ポケットの中の喧噪・外伝10 ガラパ星から愛をこめて


 1996年、我らの愛する藤子・F・不二雄先生はこの世から去った。それは、もはや先生の手による「ドラえもん」の新作は見られない、ということを意味していた。そして、てんとうむしコミックス「ドラえもん」は、その最終回を迎えることなく、第45巻で未完のままその歴史を閉じることになった。

 「ドラえもん」の最終巻。そこには、一つの中編が収録されていた。そのタイトルは「ガラパ星から来た男」。50ページにも及ぶこの作品は、連載誌上にて何ヶ月にもわたって連載されたという過去をもつ。

 「ガラパ星から来た男」のストーリーを説明することは難しい。詳しくは銀河満月さんのページを見て欲しいが、この話は過去と現在と未来と、三つの世界ののび太が交錯する、いわゆる「タイムパラドックス」の話なのだ。「ドラえもん」の中でも「ドラえもんだらけ」「ママのダイヤを盗み出せ」などこの手の話は数多く存在するが、この話はとりわけややこしい。本当に簡単に言ってしまえば、ガラパ星という星にある生物進化研究所に、のび太が自分のために働いてくれるアリ人間の製作を依頼したため、地球がそのアリ人間に征服されそうになる・・・という話である。本筋はこのように単純なものだが、そこにタイムパラドックスが加わり、複雑な話となっている。

 だが、私がここで問題にしたいのはこのストーリーではない。劇中に登場したガラパ星という星と、そこにある生物進化研究所、そしてそこで人工的な進化を加えられた奇妙な動植物達である。今回は劇中で言うところの「謎と奇跡の星」ガラパ星の謎に迫りたい。

1.ガラパ星の概要


 ガラパ星は銀河のほぼ中心にあり、その存在を知る人間もほんのわずかにすぎない星である。この星には奇妙な動植物が多数存在するが、ほとんどは地球の生物を進化させたものである。それというのも、ガラパ星が非常に特殊な環境にあるからだ。ガラパ星は3つのブラックホールの力がつりあった場所にあるため、放射線が生物のDNAに特殊な影響を与え、連続的突然変異が発生、つまり、スピードの早い進化が起こる。ガラパ星の生物はその進化の方向をコントロールされて生まれたものだが、それを行っているのが、未来デパートがこの星に設立したガラパ星生物進化研究所(以下、生進研と呼称)である。ここでは開発技術部長ダイウィン博士のもと、顧客の要望に応じた新生物が生み出されているのだ。

 ガイドマシンの解説が真実ならば、これがガラパ星の概要だ。ガラパ星の名前の由来は、ガラパゴス諸島であろう。アフリカ大陸の西の沖にあるこの島も、イグアナやゾウガメなど奇妙な生物が生息している。そしてこの島を訪れ、その生物たちを観察して「進化論」をうちだしたのがかの有名なチャールズ・ダーウィンである。ダイウィン博士の名前も、彼からとられたものだろう。これまでの歴史の中でも、人類は牛や馬、犬などの家畜を品種改良してきたが、未来デパートではこの星の特殊な環境を利用し、それをより手っ取り早いかたちで行おうとしているわけだ。

2.人工進化の可能性


 さて、まずは放射線によって進化をコントロールできるかどうかについて考察しよう。特撮の世界では、放射能によってゴジラやラドンなど、数多くの怪獣が誕生している。だが、これは決して荒唐無稽な話ではない。

 放射線の効果は、乱暴に言ってしまえば酒に似ている。多すぎれば害があるが、少なければ生物にとって有益なものとなる。多すぎた場合の例は、原子爆弾の例を挙げるまでもない。あらゆる生物を死滅させ、子の代まで白血病などの放射線障害を残すことになる。では、少ない場合はどうか。これについては、放射線治療の例を挙げられる。放射線の細胞を殺す力を利用し、これを照射してガン細胞を破壊するのだ。さて、この放射線にはDNAを破壊する力もある。DNAを壊された細胞はその欠損部分を補うのだが、このときにバグが生じるのである。これが受精卵の段階で起これば、突然変異となる。そしてその受精卵が成長し、その個体がたまたま環境に適したものならば、新たな生物として進化を始めるのである。これがある程度成長した個体の場合、体の中に他の細胞とは違った細胞が生まれることになる。いわゆるガンだ。そしてガン細胞は放っておけばそのまま無限に増殖し、死に至るのである。

 生進研の場合、いうまでもなく突然変異をコントロールしていたはずである。だが、ここで疑問が一つ浮かぶ。突然変異によってどんな生物が生まれるかは、全くの運任せである。これをどうやってコントロールするというのだろう。DNAを操作してもいいが、それではただの遺伝子操作になり、わざわざガラパ星に研究所を作って天然の突然変異を待つ意味がない。遺伝子を破壊するためにこの星に降り注ぐ放射線が必要なのかもしれないが、放射線を発する装置なら現代にもいくらでもある。

 疑問点は他にもある。突然変異が頻発するとしたら、それは相当量の放射線がガラパ星に降り注いでいるということだ。おそらく、植物プランクトンが誕生する以前の地球のように、オゾン層が存在しないかあるいはかなり薄いものなのだろう。このような環境では突然変異も頻発するが、実験生物がガンにかかる可能性の方がはるかに高いのではないか。せっかく作った実験生物を失うなどということは、営利団体である未来デパートが決して許さないだろう。かといって、ガンが発生しないように遺伝子や細胞を強化したら、突然変異も起こらなくなる。つまり、ガラパ星においてその環境を利用した商品開発を行うのは、あまりにも非合理なのだ。これでは地球に研究所を置いて遺伝子操作をしていたほうが、はるかに安全・確実・安上がりというものである。それに、この星で働いている未来デパートの職員や研究員が放射線病にかかる危険性も深刻だ。必然性がないどころか、無用な犠牲をだしかねないのである。

3.ガラパ星の生物たち


 最初から謎だらけの生進研だが、それについての考察は後回しにして、ガラパ星にはどんな生物がいたかについていくつか紹介する。彼らを生物学的に実現できるかどうか、それについて考えたい。

(1)フライングマンタ

 その名の通り、空飛ぶマンタ、すなわち巨大エイである。劇中ではのび太を背に乗せて空を飛び、ガラパ星の様子を見せてまわっていた。エイに空を飛ばせようという思いつきからしてめちゃくちゃだが、実現するには陸上でも生きられるエイを実現させ、それをふまえたうえで空を飛べるエイをつくるという段階を踏まなければならない。

 まず、エイを陸地にあげるにはどうすればいいか。一口で言ってしまえば、四億八千万年前に最古の魚が誕生してから、三億六千万年前にイクチオステガという両生類が上陸を果たすまでの過程を再現すればよい。だが、これは言うほど簡単なことではない。彼らは一億年以上の時間をかけ、海から川、川から陸へという上陸コースをたどり、劇的に自らの体を変化させてきたのだから。

 まず、骨である。脊椎動物の骨は誰でも知っている通りカルシウム、それもリン酸カルシウムでできており、炭酸カルシウムでできている貝の殻などとは違う。実はカルシウムは、細胞の新陳代謝、筋肉の運動、心臓の鼓動などと密接に関わる、生命活動上きわめて重要な物質である。また、リン酸は遺伝物質の基礎となる。リン酸カルシウムでできた骨は炭酸カルシウムと違って、骨組織となっても再び血液中に戻すことができる。外部から摂取できるリン酸やカルシウムの量が変動した際に、骨を溶かしたりその反対をしたりして、体内のリン酸やカルシウムの量を調節できるのだ。さて、エイの場合この問題は? エイには一応骨がある。しかし、それはサメと同じ軟骨。重力がまともにかかる地上では、硬骨でできた強度のある骨にしなければ、自重に耐えきれずに骨や内臓がつぶれてしまう。内臓や自重をささえられるだけの強い骨に改造しなければ。

 次に、肺がなければならない。肺の起源は、食道の一部が風船のように膨らんだ袋から始まったと言われている。川へと進出した魚は、海と違って水中酸素濃度の変動が激しい川の環境に適応するため、直接空気中から酸素をとるためにこの肺を発達させた。エイは海水魚である。当然肺を、少なくとも爬虫類以上に高機能なものに発達させなければならない。

 他にも機能の高い腎臓なども発達させなければならないが、かつての魚のように海から川、川から陸へと順を追うわけではないので、必要のないものはいらない。空を飛ばせるのであって陸を歩かせるわけではないので、足もいらないはずだ。我ながら、なんとも乱暴な改造案である。

 さて、空を飛ばせる段階に移行する。陸にあげるだけでも大変だったのだから、空を飛ばせるのはさらに大変だ。さて、動物が空を飛ぶには大きく二つの方法があげられる。一つは鳥やコウモリのようなはばたき飛行。もう一つは翼竜やムササビのような滑空型である。まずエイに、どちらの飛行方法をとらせるかだが、これは滑空型でなければダメだと断言する。理由は、エイの大きさ。巨大な動物は、はばたき飛行に不向きなのだ。現在の大型の空を飛べる鳥にはアホウドリやコンドルなどがいるが、彼らももっぱら滑空という飛行方式をとっている。飛行のためには羽根をうちおろし、自分の体重を上回る揚力を発生させ、なおかつ体を前へと進めていく力も生み出さなければならない。強力なエネルギーが必要となるが、それを生み出すための強い胸筋と長い翼を発達させれば体が重くなり、いずれは飛行できる体の大きさの限界を迎えることになる。これと比べて滑空は上昇気流に乗るため、エネルギーを使う必要もない。白亜紀後期の北米に生息していたケツァルコアトルスという翼竜は、翼長は12m、体重は65kgに達すると言われ、これ以上の大きさの動物が飛ぶことは不可能とされている。マンタの体の幅についてのデータは見つからなかったが、5〜6mと推測される。有名な翼竜、プテラノドンとほぼ同じ幅だ。巨大なマンタも、翼竜の方式をとれば飛べるかもしれない。

 空を飛べるかもしれない、といっても、当然そのためには体を相当変化させなければならない。まず、当たり前だができるだけ体を軽くしなければならない。これについては、鳥も翼竜も同じ様な工夫をしている。例えば、骨格。彼らの骨は中空で、その内部をいくつもの細い柱で支えている、という段ボールのような構造をしている。これによって体重を軽くしながら、強度を保っているのだ。当然、マンタもこうする必要がある。さらに、できるだけ体を薄くしなければならない。翼竜の皮膜は一枚の薄い皮だったし、胴体自体も細くてきゃしゃだ。肉付きのよいマンタは、彼らに習って減量すべきだ。できれば翼竜と同じ、巨大な翼と細い胴体という体型にまでしてほしい。もはやマンタとは言えないが、空を飛ばせるにはこれぐらいしなければならないのだ。こうしてフライングマンタは、B−2ステルス爆撃機と翼竜とを足して2で割ったような奇妙な姿となる。劇中のようにマンタそのままの姿で飛ぶことも、のび太を背に乗せて飛ぶことも不可能だ。薄く幅の広い体で一生懸命上昇気流を受け、滑るように飛ぶことが精一杯。前にも言ったとおり、マンタに空を飛ばせようという考え方自体が無茶なのだ。フライングマンタには、これも運命と思ってあきらめてもらうしかない。

(2)昆虫ブルドーザー

 ブルドーザーほどもある巨大なカブトムシとクワガタムシ。強力なパワーをもち、ガラパ星では土木作業機械のかわりを務め、木を押し倒したり荷物を運搬したりしている。石油などを使わないため、空気を汚さないとのこと。

 わざわざ巨大な昆虫をつくって土木作業に使うことのメリットはどこにあるか。劇中ではクリーンだからという理由だったが、それは副次的なものにすぎない。クリーンなエネルギーならば、22世紀ではたくさん実現しているはずだからだ。真のメリットは、昆虫は疲れ知らずだからだ。そもそも、疲れるとはどういうことか。それは、筋肉に疲労物質である乳酸がたまることである。だが、昆虫は筋肉中にあるこの乳酸をつくる酵素の量が我々人間や他の動物にくらべてはるかに少ない。このため昆虫は人間の大きさにすればとんでもないスピードで長時間走り続けたり、とんでもない大ジャンプをしたり、自重よりはるかに重い物を運んだりと、疲れ知らずに働き続けることができる。餌も砂糖水を与えておけばよいし、有害廃棄物も出さない。たしかに作業機械としては優秀だ。だが、一方で問題もある。商品化するには生産性と耐久性に難があるのだ。いうまでもなくカブトムシやクワガタは幼虫→サナギ→成虫という成育過程をとる。この過程は何ヶ月もかかるのだ。ブルドーザーやクレーン車をつくるのにどれくらいの時間がかかるか知らないが、流れ作業でやればいくらなんでもここまでかかるまい。大量生産には向いていないのだ。さらに、生物である以上寿命の問題もある。例外もあるが、動物には体が大きいものほど長命だという傾向がある。虫の場合、体が小さいので寿命が短い。セミが7日しか生きられないのは有名な話だ。カブトムシの場合、オスで50日、メスで80日ほどだという。長くても3ヶ月働けないのだ。となると、長期工事には向いていないことになる。ただ、昆虫ブルドーザーはゾウより一回り小さいくらいの大きさがある。こんなに大きい昆虫はいないので、それほどの大きさの虫がどれだけ長生きするかは見当もつかない。ゾウと虫では体の構造も性質も全く違うため、昆虫ブルドーザーがゾウぐらいの寿命になるかはわからない。ただ、それだけ大きければ少なくとも数ヶ月で死ぬことはないだろう。いずれにせよ、整備をすれば長い間使っていけるブルドーザーと比べると、耐用年数で圧倒的に不利である。使い方としては、一度に大量に生産し、突貫工事で作業を終わらせるという方法がベストだろう。使い捨て感覚だ。

 作業用機械として扱うには、当然自由に動かせなければならない。人間は機械の発明以前から馬や牛、ゾウなどを労働力として使ってきた。しかし、それと同じように昆虫にひもや手綱をつけて動かしたり、ゾウのように人間のいうことを聞くようにしつけることはできない。ひもや手綱では動かしきれない大きさだし、昆虫には大脳がないのでしつけなどはなっからできない。では、どうやって操るか? 劇中の昆虫ブルドーザーは皆、奇妙な首輪をつけていた(厳密には昆虫の体節は頭、胴、腹にあるため、さしずめベルトと言った方が正確だろう)。この首輪が鍵を握っているに違いない。私がたてた仮説はこうだ。この首輪からは体内各所の筋肉に電極が通されている。昆虫ブルドーザーを操作するにはこの電極に電流を流し、コントロールするのである。そう言えば、「新世紀エヴァンゲリオン」に登場した人造人間エヴァンゲリオンも、アンビリカルケーブルというケーブルを通して電力を受け取り、それを人工筋肉に流すことによって動いていた。人間を含め動物は、筋肉に微弱な電流を流すことによって動いている。動物を操作するには、このエヴァンゲリオンの方法に習うのが合理的だろう。

 が、ここまで来て私は、この昆虫ブルドーザーに構造上の致命的な欠陥があることに気がついた。虫は巨大化できないのである。それは、我々と違って昆虫が外骨格であることが原因となる。脊椎動物は内骨格であるため、自分の体重がかなり重くても支えられる。かつて中生代ジュラ紀には、全長100mという巨大なサイズモサウルスのような恐竜たちが地上を闊歩していた。彼らがそこまで巨大化できたのも、ビルの柱のような大腿骨に代表されるように、頑丈な骨をもっていたからだ。恐竜に代表される脊椎動物達は大型化へと向かっていったが、昆虫たち無脊椎動物はそれとは反対に小型化の道をたどっていった。かつて石炭紀という時代には、体長70cm、羽の長さ30cmという巨大トンボ、メガネウラが生息していた。現代に生きていたらオバケトンボと大騒ぎになるだろうが、このメガネウラあたりが昆虫の巨大化の限界と言われている。外骨格で支えられる体重には限界がある。メガネウラの胴体をデフォルメした円柱をどんどん大きくしてゆくシミュレーションを行ったところ、直径が50cmを越えたところで円柱は大きく歪み始めて潰れていった。このままではひしゃげてしまうが、かといって外骨格の重みを増すと、今度は重くなって体を支える脚が折れてしまう。それに、これでは外骨格の内部スペースが狭くなり、筋肉が入らなくなってしまう。というわけで、昆虫は構造上巨大化ができないのだ。昆虫はその点をわきまえていて、できるだけ自分の体を小さくして、あらゆる環境に入り込めるようにする、という進化の方向を選んだのだ。その流れをむりやり正反対の方向に向けようとするのは、大きな誤りである。もちろん、昆虫の構造から来る問題は地球の重力によるもので、ガラパ星の重力が地球より小さければ、あるいは昆虫ブルドーザーも実現できるかもしれない。だが、そうなると昆虫以外の、他の研究中の動物に影響が出る。重力の小さい星では支えるべき体重が少なくなり、骨が弱くなる。ガラパ星で育てた生物を地球に持ってきても、自重を支えられず動けなくなってしまうだろう。昆虫ブルドーザーなど、あっという間にペシャンコだ。というわけで、この方法で昆虫ブルドーザーを実現しても、昆虫ブルドーザーが活躍できるのはガラパ星と同じかそれ以下の重力の星に限られてしまうが、そんな星なら大長編「のび太の宇宙開拓史」のように、人間が素手で作業をしても事足りるはずだ。結局、つくった意味がなくなってしまう。目のつけどころはよかったんだけどなぁ・・・。

(3)サムライアリ人間

 「ガラパ星から来た男」の中核を成すキャラクター。のび太がこいつらを作り出したおかげで、地球は征服されそうになった。ママにこき使われるのび太は、どんなに働いても文句を言わない生物を作ろうとし、なぜか無人だった研究所の設備を勝手に使用し、アリ人間の開発を依頼した。進化には一ヶ月ほどかかる。地球に戻ったのび太はそれを待ち遠しく思い、しずかちゃんと出来杉君に語る。が、出来杉君は笑ってその計画を否定した。のび太がつかまえたアリはサムライアリという種類であり、クロヤマアリというアリの巣を襲ってサナギを奪い、孵化させて奴隷として働かせる習性をもっている。彼はサムライアリは進化しても、やはり他の生物を奴隷として扱うだろうから、彼らに代わりに働いてもらうなど無理な話だと言ったのだ。進化したアリは人間を奴隷にするのではないか。そんな不安にとらわれたのび太は、タイムマシンで一ヶ月後の様子を見に行く。ところが、一ヶ月後の街には誰の姿もなく、それどころかガラパ星からUFOに乗ってやってきたアリ人間達が人間を捕まえて奴隷にしようとはりきっている。のび太は大慌てで元の時間に戻り、アリ改造を依頼する前ののび太を止めようとドラえもんと一緒に行動を開始しようとするが、そこへのび太を追ってタイムマシンでやって来たアリ人間二人が登場。のび太達をサナギ化銃でサナギに閉じこめると、それを持って一ヶ月後へ。そして人間に対抗すべく仲間を増やすため、アリを採集してガラパ星へ戻り、進化させようとするが・・・。

 さて、問題のアリ人間である。こいつらは果たして実現できるのか。人間を奴隷化しようとしたような奴らだから、あまり実現してほしくないが。では、考察していこう。前にも言ったとおり、虫は巨大化できないのだ。ブルドーザー大どころか、人間大にもなれはしない。ああ、よかった。しかし、「虫は大きくなれないからアリ人間など誕生しない。おわり」では、面白くもなんともない。一万歩ゆずって、アリが外骨格の問題を克服して人間ぐらいの大きさになれたとしよう。その場合、アリが人間並の知能を持てる可能性はあるのだろうか?

 結論から言えば、それでも答えは「ノー」だ。例えアリが大きくなり、二本足で立って歩くようになり、両手で物を持てるようになっても、決してアリは人間のように知能をもつことはできない。それはなぜだろう? 答えは前にも言ったとおり、昆虫が脊椎動物とはまったく正反対の道を歩んできたところにある。

 前述したように、大型化する方向へと向かっていった脊椎動物とは反対に、昆虫たちは小型化への道をたどっていった。だが、昆虫たちが選んだ我々とは正反対の道というのは、体の大きさだけではない。我々脊椎動物は脳を巨大化させ、複雑な思考や情報処理ができる能力を獲得していった。その結果、知性や感情といったものを身につけ、物事を順序立てて考える能力を得たのが我々人類だ。これに対して、昆虫は単純に−これ以上ないというくらい単純に−生きるという道を選んだ。複雑な思考とは全くの無縁で、ほとんど目の前の状況に単純に反応するという行動だけである。こう言っても信じない人がいるかもしれない。「アリやハチは大きな巣を作り、餌集めや子育てを分業で行っているじゃないか」と。たしかにあれは一見非常に社会的な行動であり、実際そうでもある。しかし、あのような行動をみんなで相談してできる段階には、アリの脳はほど遠い。あのシステムは、我々とは全く違う行動原理によって生み出されるものなのだ。

 物を一カ所、あるいは数カ所に集めるという行動を例にとろう。我々がこのような作業をする場合、まず最初に作業をする人みんなで集まり、どこに物を集めるかを決めてから作業にとりかかる。ところが、アリの場合は全く違う。昆虫と人間の行動の根本的な違いについて研究していたブリュッセル自由大学のドネブール博士は、アリたちが散在している幼虫を一カ所に集める様子を観察した。その結果、その行動には二つの原則があることがわかったのである。

1.アリは幼虫を見つけると、それをつかむ。
2.幼虫を持っている状態で別の幼虫を見つけたら、その横につかんでいた幼虫を置く。

以上である。博士はプログラムされたこの原則に従って動く簡単なロボットを作った。アームと簡単なセンサーのついた、小さなロボットだ。このロボットを、幼虫を模したブロックのある場所に置いて、行動させてみる。すると、ロボット一体一体はてんでに動いているのに、ロボット達は着々とブロックを数カ所に集めていく。これは、ブロックをつかんだロボットが別のロボットをブロックと間違えてその近くにブロックを置き、そのロボットがそのブロックをつかむ・・・という、勘違いによって生じるブロックの受け渡しによって進んでゆく。たった二つの行動原理によって動くアリの単純な行動の繰り返しが、人間が相談して行ったのと同じ結果につながるのだ。これは、なにも物を運ぶという行動に限らない。軍隊アリの更新、ミツバチのコミュニケーション、ハキリアリのキノコ栽培・・・全てそうだ。我々には意図をもって行動しているとしか思えない行動も、実際は単純な行動の繰り返しが生み出す結果にすぎない。脊椎動物と昆虫とのこの行動原理の違いは実に驚くべきものであり、この昆虫のシンプルな行動原理には、我々人類が解決に行き詰まった問題を解決するヒントが隠されているともいわれている。

 このように、アリとは思考とは全く無縁の、単純に物事に反応するだけの個体が集まってできたシステムなのである。よって、アリは思考を要求される知的生命体にはなりえない。しかし、人間並みに巨大化したアリが生物としてどんな意味を持つかとしたら話は別だ。もしも人間大のアリの群が大挙して襲ってきたら・・・。想像するだに恐ろしい光景ではないか。そもそも、人間という動物は昆虫が大挙して襲ってくるともろい生き物である。ウンカやゴクツブシは田畑を食い荒らし、ハマダラカはマラリアを媒介する。科学が発達し、人間が農薬や殺虫剤をつくりだしても、ほとんどの害虫はそれに対する耐性を身につけた。また、嵐のように襲いかかってくるバッタやイナゴの大群は、今も昔も一つの農業地帯を壊滅させるほどの力を持っている。人類の力など、昆虫の圧倒的な数と力の前にはとるにたらないものだ。小さな昆虫でさえそうなのだ。もし人間並みに巨大化したアリが誕生したら・・・。軍隊アリの大群は地を這う黒い帯となって行進し、その進路上にあるものならばなんでも食い尽くしてしまう。巨大アリの襲来は、きっと「風の谷のナウシカ」の王蟲の怒りの大突撃や、「ガメラ2 レギオン襲来」の兵隊レギオンの侵攻に近い恐怖を我々に与えるだろう。繁殖力が巨大化しても同じなら、彼らは黒い大波となって地球を覆い尽くし、人類に変わって地球の支配者となるだろう。いや、巨大でなくとも現にアリたちは深刻な被害をもたらしている。アメリカ南部では現在、ファイヤーアントと呼ばれる種類のアリたちが大繁殖し、深刻な被害をもたらしている。このアリは繁殖力が強いうえに毒を持ち、攻撃的であるため、人間はおろかあらゆる生物に襲いかかり、ひどい場合には人間でも激しいアレルギー反応でショック死する。原産地の南米では、一つの街がこのアリの大繁殖によって住めなくなってしまったほどである。昆虫は知的生命体にはなれなくとも、地上の支配者にはなれるのだ。

 余談だが、劇中のアリ人間には奇妙な特徴があった。「親子の概念」が存在していたのである。劇中には一人の女性アリと、その子供アリが登場し、子供アリは母親のことを「ママ」と呼んでいた。女王アリではないのかと思う人がいるかもしれないが、違う。普通の家庭の主婦みたいな格好をしていたし、他のアリたちに特別な扱いもされていなかった。普通のアリのコロニーの中で産卵能力をもつのは女王アリだけであり、それゆえに全員が女王アリの子供である働きアリ達は件名に女王の世話をする。どうやらアリ人間達は、遺伝子操作により、普通のアリも産卵能力をもつようになったのだろう。さきほど述べたファイヤーアントは多女王制といい、複数の女王アリがいるコロニーを形成する。通常のアリのコロニーは女王アリさえ殺してしまえば滅びるが、ファイヤーアントの場合は女王アリが一匹でも生き残れば、いずれは復活を遂げてしまうのである。もともと南米に生息していた原種は、他のアリと同じく一女王制であったが、南米に比べ乾燥した北米の環境に適応するために、このような能力を身につけたのだ。アリ人間は、この多女王制を発展させたやりかたで、人間以上の繁殖力を誇るはずである。恐るべきことだ。普通のアリには、親子の概念はないだろう。働きアリは女王アリに生み出され、ただ奉仕するだけの存在だからだ。アリ人間に親子の概念があるということは、かなり特殊なことなのである。だが、アリ人間の持つ奇妙なところは他にもある。複眼から単眼になったとしか思えない目や、フェロモンや触覚によってではなく言葉によって情報伝達をするところ、いずれもこれまでの進化の流れとは正反対の奇妙な特徴である。何故にこのような筋の通らない遺伝子操作がなされたのだろうか?

4.その他の生物


 ガラパ星には、これまで取り上げたもの以外にも、様々な改良を受けた生物たちがいた。いくつか取り上げていこう。

 まず、しばかり魚。熱帯魚のような小さな魚で、空中を泳いでは雑草や伸びすぎた芝を食べ、芝の手入れをしてくれる。フライングマンタと違い、揚力の得られない小さな体では空を飛ぶことなど現実的には不可能だ。それに、草を食べる魚というのも妙だ。魚の中でも藻のようなものを食べるものはいるが、それほど多くはない。草というものは消化が悪いので、草食動物はそれを消化するために例外なく長い腸をもっている。そんなものをどうやって小さな体の中に組み込んだのかも知りたいところだ。

 次に、葉緑素をもった牛、豚、鶏。体の色が緑色で、日光と水さえあれば生きていけるという。だが、これにも大きな問題がある。ミドリムシのように、動物と植物の両方の性質を持った生物はいるが、問題はどうやって牛達に葉緑素を組み込むかではなく、彼らが食肉用の家畜であることを忘れているところだ。他の家畜と違い、牛や豚や羊はただ大きく育てればいいというものではない。食肉用として飼育する以上、うまい肉になってもらわなければならない。この牛達の肉を店頭に並べるとしたら、まずその色が問題になるはずだ。スーパーに緑色の肉と普通の肉が並べて売られていたとしたら、どちらを買うかは火を見るより明らかである。また、牛の場合肉質の問題もある。牛の肉というものは本来はかなりかたいもので、よく煮込んだりしなければ食べられない。私たちが普段食べるような、ステーキで食べられるくらい柔らかい肉をつくるには、牛に大量のトウモロコシを食べさせるなどの工夫をしなければならない。日光と水だけで大きくなった牛の肉はどんな味か。私には想像がつかないが、あまりおいしそうには思えない。

 さらに、リンドン草やチューラッパなど、まるで鈴やラッパのように音楽をかなでる植物までいた。商品価値はありそうだが、どうやって改造したのかよくわからない(まあそれは他のものもそうなのだが)。たしかにハエトリグサやハンマーオーキッドのように、葉に昆虫がおりたときに反射的に動く植物があるが、それは捕食や繁殖のための、本当に最小限の動きである。音楽を奏でるなどという行動を、どのようにとらせるのか。だいたい植物は、能動的に動かないからこそ植物なのだとも言える。なんだか存在意義がよくわからない。

 さらに、改造の手はのび太の身近にまで及んだ。「カナリヤがクロネコに狙われて困る」としずかちゃんから相談されたのび太は、あろうことかガラパ星生進研に依頼し、カナリヤをノラネコに負けないくらいに強く改造したのである。さらに、彼はそれだけ強くなったかを試すため、わざわざカゴにいれたカナリヤを庭に置いておいた。しずかちゃんが心配する中、案の定ノラネコが現れた。さっそくカゴを押し倒し、カナリヤを食べようとするノラネコ。しかし、カゴの中から飛び出したカナリヤはなんと、「ウー! ワンワン!!」とイヌのように吠えたてた。それにひるむことなく飛びかかるノラネコ。だが・・・なんとノラネコはコテンパンにのされてしまう。カナリヤは恐ろしく強くなっていると同時に攻撃的にもなっており、ノラネコにボディプレスを何度もくらわせたあと、なんと鳥かごを支え台ごと振り回し、逃げ出したノラネコを追い回しはじめたのだ。一体どんな改造をしたんだ!? カナリヤが支え台つきの鳥かごを振り回して襲いかかってきたら、これほど恐ろしいものはない。たしかに鳥は小柄な体つきで自分を空に浮かばせるだけの羽ばたきをするための強力な筋肉をもっており、特に胸筋が発達している。しかしいくらなんでも、自分よりはるかに重い鳥かごを振り回すなど、これではたしかにノラネコに食われる心配などないだろうし、番犬がわりにもなるだろうが、強力すぎてこちらの手に余る。事実、カナリヤはそのままどこかに行ってしまい、またしずかちゃんはカナリヤに逃げられることになる。おまけにのび太はその少し後にはカナリヤのことなどすっかり忘れてしまっている。無責任な男だ。本当にこんな男と結婚していいんですか? もう彼女はペットなど飼わないほうがいい。やさしい少女ぶりを見せたいのはわかるが、どのみち死ぬか食われるか逃げられるかして彼女のもとを去ってしまうというのが、彼女の宿命なのだから。

 この他にもガラパ星生進研では、ペット用ミニクジラやシャンデリアホタルなどが研究されていた。ずいぶんいろいろなものが研究されていたのだと、驚くばかりだ。

5.ガラパ星生進研の謎


 だが、ガラパ星生進研にはまだ多くの謎がある。まず、冒頭でも述べたとおり、わざわざガラパ星に研究所をつくるメリットが見あたらない。この星の特殊な環境が一応の理由となってはいるが、このような環境に頼らなくても22世紀の科学ならいくらでも新生物は作れそうだ。次に、ガラパ星がほとんど知られていない星であるという事実。商品開発の秘密保持とはいえ、わざわざそんなへんぴなところに・・・。

 そのうえ、技術責任者のダイウィン博士は、とんでもないマッドサイエンティストだった。何しろ客の依頼そっちのけで、全長1kmの大ミミズや、自分で動き回る巨大食虫植物なんてものの研究をしていたのだ。全長1km!とんでもない大きさだ。ほとんどマク○スと同じ長さじゃないか。そんなものを作って何になる! 自分で動き回る植物など、ほとんどビオラ○テ(つぼみ状態)のような姿だった。科学者という人種はどこか抜けているところがあるらしいが、いくら抜けてても肝心なところがまともなら、しゃれでこんなものは作らないだろう。根っからのマッドサイエンティストなのだろう。

 極めつけは、突然の閉鎖。ガラパ星生進研は、のび太がアリの改造を依頼したあと、突然閉鎖されてしまったのである。のび太をはじめとする顧客には「未来デパートはガラパ星生物進化研究所を、危険生物を作りだすおそれありと判定し閉鎖します。これまでお買い上げのお客様には、深くおわびし払い戻しさせていただきます」という内容の手紙とともに、これまでの代金が返金されてきたのみだった。奇妙な理由である。生物に遺伝子操作を加えて新生物を作り出す研究所なのだから、「危険生物をつくりだすおそれ」は最初から憂慮されてしかるべきであり、生進研もそれをふまえ、予防策を講じたうえで役所から許可を得て研究を開始したはずである。いまさらこのような理由を持ち出して閉鎖というのは妙な話だ。一体何があったのだろう? さらに、閉鎖はかなり急なものだったらしく、アフターサービスは極めてずさんなものだった。自動車などの商品に欠陥が見つかった場合、会社はその商品を回収するなり、無料で修理や交換を行うなりするのが当たり前である。しかし生進研は、そのように改造生物の回収を行わなかった。行われた措置は、顧客のもとに退化放射線を発して改造生物をもとの生物にもどす「退化放射線発射銃」を送ったことのみ。「自分達であとしまつをしてださい」というわけである。ひどいものだ。こんなアフターサービスでは、顧客からの苦情が殺到するだろう。客商売の未来デパートにとっては致命的だろう。あの研究所は本当に、未来デパートが設立したものだったのだろうか。

6.何が起こったのか


 ガラパ星生進研は突然の閉鎖を迎えてしまった。一体、何が起こったのだろうか。私が考えるに、仮説は2つある。

 一つは、改造生物の暴走。のび太がアリを改造してもらうために再びガラパ星を訪れたとき、研究所にはなぜか誰もいなかった。そしてその代わりに、そこには全長1kmの巨大ミミズや、巨大食虫植物が・・・。あくまで推測であるが、研究所のスタッフはこいつらに喰われてしまったのではないだろうか。マッドサイエンティストのダイウィン博士が、巨大ミミズや巨大食虫植物よりはるかに凶暴な生物をつくってしまったとしても不思議ではない。まさに「ジュラシック・パーク」だ。のび太はミミズや食虫植物に襲われたが、その生物に遭遇しなかったのはラッキーだったのだろう。商品が暴走したとあれば、店の信用は地に落ちる。未来デパートはそれをおそれ、大慌てで研究所を閉鎖した。だが、あまりにも急だったために、満足な理由の説明やアフターサービスができなかったのではないか。この説が正しいのなら、未来デパートの経営ぶりはひどいものだといえよう。

 もう一つは、公安組織による踏み込み捜査だ。未来の世界であっても、生命の設計図たる遺伝子をそうやすやすといじり、新生物を生み出すのは倫理上許されないはずだ。いろいろやっかいな許認可を関係各所からもらわなければ、研究を始められないに違いない。しかし、未来の商品開発競争は現代にも増してすさまじいものであることが予想される。いちいちそんな許可などとっていたら、他の企業に先を越されるかもしれない。そういう分野の商売に手を出すとき、未来の企業は誰も来ないような秘密の星に研究所をつくり、商品開発に乗り出すのではないか・・・。ガラパ星が建設地に選ばれたのは、そんな理由があってのことだろう。そういえば、研究所にいた未来デパート新製品セールス部のウランカナという男は、のび太がガラパ星にやってきたときに「あやしい者につけられなかったでしょうな」と警戒していた。商売敵につけられてはすぐにまねをされてしまう、というのが理由だと言っていたが、本当のところはそれ以前に、彼らのように無許可で危険な研究を行うものを取り締まる公安組織に発覚されるのをおそれていたのだろう。未来デパート以外に「ドラえもん」に登場した新世界デパートや22世紀デパートなどの同業者は、悪名高き人間製造機やクローン培養機を作り出している。こんなぶっそうな道具を、人目につく場所で開発できるわけがないから、彼らもガラパ星生進研のような施設をどこかに作り、そこで研究を行っていたのだろう。秘密研究所をつくってぶっそうな商品開発をするというのは、未来の商品開発の「裏の王道」なのかもしれない。だが、秘密とは暴かれるために存在し、また必ず暴かれる運命にある。とうとうガラパ星生進研は公安組織によって踏み込み捜査をうけ、未来デパートは研究所を閉鎖せざるをえなかったのだろう。顧客に対する説明はあやふやになり、アフターサービスも満足にできない。なんだか最近のずさんな企業経営によって起こる食中毒などに事故に対する企業側の対応をみているようだ。劇中では描かれていなかったが、このような事件は未来では日常茶飯事に起こっているのかもしれない。私としては、こちらの方がより現実的な説に思える。

 マッドサイエンティストによる自滅か、それとも官憲による踏み込み捜査か。いずれにせよ、危険な商品開発の一端は崩壊した。だが、決してそれがなくなることはないだろう。人の欲望は際限なく続き、新しいものを求め続ける。そしてそれは、「人はなぜ発展しようとするのか」という問いへの答えそのものである。人は口では日々が平穏であってほしいの願うが、心の中ではあっとおどろく事件を求めている。人が変化を求めるのは、現状が続いていくと飽きてしまうからだ。飽きてしまうのを防ぐために、人は道具をつくったり、船をつくって海の向こうを目指したり、空を飛んでみたり、月へ行ってみたりしてきた。この「飽きるということからの逃避行」こそが、人が「発展」と呼ぶものの正体である。おかげで現代は、我々の祖先がラスコーの洞窟に壁画を描いていた頃よりははるかに刺激に満ちたものになった。だが、同時に人が現状に飽きるまでの時間はますます短くなるばかりだ。22世紀にもなれば、それはどのぐらいのスピードになっているのだろう? 生命の領域にまで足を踏み入れなければ興奮を得られないほど、加速度的に飽きっぽさはスピードアップしているのかもしれない。そしてその果てにあるのは・・・。信じられないほどの奇想天外さと多様性をほこる秘密道具と、非合法な手段まで使ってそれを開発する未来企業。異常なまでのその商品開発への意欲と、それを求める大衆心理。人の欲望が先走り、政治や法律などの社会体制をはるか彼方に取り残しながら、未来企業は必死でそれに追いつこうとする。それがついに取り残されたとき、そこに待っているものは人の滅亡だろう。人は発展することが望ましいことであると思いこんでいる。その発展に限界が訪れたときこそが、滅びの時だというのに。秘密道具の裏には、いずれ人類を滅亡に追い込むことになりかねないものが潜んでいることを、忘れてはならない。

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