ポケットの中の喧噪・特別編


〜未収録道具はおそろしい〜


 長かった春休みの終わりも見えてきた2001年3月15日、私はとある場所を訪れるため、地下鉄有楽町線永田町駅に降り立った。その場所とは、国立国会図書館。呼んで字の如く、日本における閉架式国立図書館であり、国内における出版物を網羅的に収集している機関である。

 なぜ私がここを訪れたのか。もともとここは、一度は訪れなければならない場所だと思っていた場所だった。図書館情報大学の学生として、ここを訪れるのは一種義務のように考えていた。しかし、それだけではない。この場所はディープなドラえもんファンとしては、一種聖地のような場所なのだ。なぜなら、ここには現在店頭に出回っている「てんとうむしコミックス」には収録されなかった作品が、密かに眠っているからである。その中でももはや伝説的な存在となっているのが、「分かいドライバー」という話である。この話の内容はさまざまなドラサイトで語られており、私もドラサイトを運営している以上、ぜひとも一度はこの目で見ておかなければと思っていたのである。

 ・・・とまあ、前口上はこの程度にしよう。地下鉄から出た私は、もはや無能者の集まりと化している国会議員の巣窟である議事堂を横目に進んでいき、問題の建物を発見。中に入り、少し面倒な手続きを終えてから中に入り、図情大生としてひとわたり内部を観察した後、ドラえもんファンとして目的の雑誌を探し始めたのである。目指しているのは、コロコロコミック第2号。OPACでそれを探しだし、請求書をカウンターに提出して、病院で薬が出るのを待つように20分ほど待った後、目的の本を手渡された。

 それからのことは、書くまでもない。あっという間に私は、そこに収録されたいくつかの未収録作品のもつ魅力に取り憑かれてしまったのである。中でも私が大きな魅力を感じたのが、これから紹介する「いんちきぐすり」と、伝説の「分かいドライバー」である。この二つのストーリーは、その道具の危険性もさることながら、登場人物達の常軌を逸した行動が予想もつかない展開を生んでいるのである。まさしく、おそろしい作品だ。てんとうむしコミックスに収録されなかった理由もわかるものである。そこで今回は、ポケットの中の喧噪・特別編と題して、「いんちきぐすり」と「分かいドライバー」、この二つの話に登場する道具のおそろしさと、ストーリーのあやしい魅力について紹介していく。

その一 いんちきぐすり


 コロコロコミックの未収録作品の中で、最初に思わず笑ってしまったのがこの作品である。なぜか私は「いんちきぐすり」というひらがなのみのタイトルを見ただけで笑ってしまった。いんちきぐすり。声に出してみると、なんだかおかしくなってはこないだろうか? それはともかく、物語のあらすじを説明すると、「学校を休みたいのび太が、ドラえもんの出したおかしな薬を飲んだことで起こるドタバタ劇」である。こういう風に書くとなんだかよくわからないので、詳しく紹介していこう。

 ある朝。のび太の母、玉子が起きてこないのび太を起こしに行くと、彼は頭が痛いので休むと言っている。しかし、玉子はのび太の様子を見て、一発で仮病と見抜いてしまう。うそがばれたのび太は、「ほんとの病気になりたい」とぼやきながら着替え始める。かたわらにいたドラえもんは、無表情。それを見たのび太は「それはなぜかと聞かないの」と尋ねるが、ドラえもんは興味0という顔で「聞かない」と答える。するとのび太、「教えてやる」と頼みもしないのに追いすがり、どうせろくなことじゃないと部屋を出るドラえもんに、ついには「夏休みの宿題がまだ残っているが、今日一日あればできるのでなんとかしてほしい」と泣きつく。しかし、ドラえもんは立派にも「そんなずるいことを手伝うわけにはいかない」と去ってしまう。一方のび太は、「今度だけ助けてくれたらこの次からまじめにやるつもりだった」「もう絶対になまけないで勉強する気だった」と、わざとらしく独り言をつぶやきはじめる。意志の弱い奴の「今度だけ」「この次から」「もう絶対に」は、信じてはならないことの代名詞である。しかしドラえもんはその辺があまく、のび太に「内服薬」と書かれた病院の袋を渡す。ドラえもんいわく、「病気ごっこにつかう薬」らしい。お医者さんごっこと同じ遊びだろうか。それはともかく、のび太は泣いて喜び、早速その粉薬を飲んでみる。すると、すぐに顔がカーッと赤くなり、頭からは湯気が立ち上りはじめた。薬を出した当人のドラえもんも「すごく重い病気みたいだ」と驚くほど、本物の病気そっくりの症状が出るが、のび太の言うように「だけど気分はすっきりしている」というのが、この薬の効果なのだ。未来の子供達は、何気ないごっこ遊びにもリアリティを求めるようだ。

 当然のび太を見たママは大慌て、学校を休むことを許可してくれた。うまくいったので、ドラえもんは早く宿題を片づけなさいと言うが、のび太は「ゆっくりやろう。二、三回休めそうだから」と言って、布団に潜り込む。予想通りの結果だが、ドラえもんは歯を出して激昂。その迫力に圧倒され、のび太は机にとびついた。一方ママは、のび太を病院に連れていくためにタクシー会社に電話していた。勉強をしていた二人の耳に、ママが上がってくる足音が。のび太は慌てて布団にはいる。ママは氷のうを持ってきたのだが、それをのび太の頭にのせると、たちまちのうちに沸騰してしまった。ママはますます慌て、救急車を呼びに飛び出していってしまった。

 のび太は病院など大嫌いだし、当然病院に連れて行かれれば、宿題どころではないので血相を変えて騒ぐ。困ったドラえもんは、別の病気にすると言ってまた粉薬を飲ませた。そして、のび太の部屋に戻ってきたママが見たものは、まるで風船のように体がふくらんでしまったのび太と、「こんなにふくれたから、車にのれない」とのんきな顔でいうドラえもんだった。ママは悲鳴をあげ、お医者さんに来てもらおうと電話まで突っ走った。ママが去り、再び宿題に取り組むのび太。しかし、体がふくらんでいるうえにフワフワしてやりにくい。どうやら、体内にガスが発生しているようだ。というのもつかの間、またママがやってくる足音が。ドラえもんは「早く布団へ」と慌てるが、のび太はフワ〜ッと浮き上がるばかり。しかたなくドラえもんが布団に入ってしまうが、ママはなぜかメガネをしていなかったためそれに気づくことなく、お医者さんが来てくれないので呼びに行ってくると言ってまた出ていってしまった。銀河満月さんの言うとおり、さっきから布団に出たり入ったりしている様は、まるでドリフのコント(修学旅行の夜のコント。加トちゃん達が生徒役で、寝ている先生役の長さんの頭を灯油缶やら何やらでたたきまくり、長さんが起きると布団に飛び込んでタヌキ寝入りをするというアレである。わからない人は両親か身近にいるドリフ好きに聞こう)のようである。それはともかく、先ほどから心配してまさに東奔西走しているママの姿を見て、当然のび太も気の毒に思えてきた。

 少しして、ママがお医者さんをひきずるようにして連れてきた。ここでお伝えしておくが、この話一番の爆笑キャラは、意外や意外、このお医者さんなのである。さて、当然お医者さんは体が風船のように膨らむなどという奇病など見たこともないので青ざめるが、ママに早く治せと詰め寄られ、予想もつかない、とんでもない行動に出る。なんと、「それじゃ、ありったけのちゅうしゃをしてみましょう」と言ってたくさんの注射を取りだしたのである! なんという危ないことをするのか! 下手な注射を打って死んでもしたらどうするつもりなのだろう。町医者などでは手に負えない奇病であることを認め、最新の設備の整った大病院へ、ヘリを使ってでも移送するべきである。医師とは思えない考えなしの言動だ。のび太は注射など大嫌いなので、部屋中をポンポンと跳ね回って逃げ回る。まあ注射嫌いでなくても、こんな医者のお世話になるのは願い下げだが。なんとかしてと頼むのび太に、ドラえもんはまた別の薬を出す。それを飲んだのび太は、青くなってその場に倒れてしまう。薬の袋を手にし、のび太を見下ろしドラえもんは言う。「そうしきごっこのくすり」 そうしきごっこ!? なんじゃそりゃ!? いくらリアリティを求めるからといって、仮死状態にするなどいくらなんでもやりすぎだ。そもそも、「葬式ごっこ」とは何なのか? 私がこの言葉から想像するのは、朝学校に行ってみると、自分の机の上に花瓶が飾られていた、というものである。つまりは、いじめである。いじめを助長する道具なのか!?などと、PTAの代表のようなことを思わず言ってしまう。そうでなかったら、本当に「葬式ごっこ」なのだろうか? 未来の小さな子供達は喪服を着て、この薬を使って仮死状態にした友達を棺桶に入れてそれを前に「本日は本当にご愁傷様で・・・」などとやっているのだろうか? こわすぎる。それはともかく、倒れて冷たくなったのび太を見て、ママは度重なるショックについにダウン。失神してしまった。慌ててのび太とドラえもんは助け起こし、今までのがみんな嘘だったことを白状してあやまる。当然二人は、気がついたママによってこっぴどく叱られた。

 結局のび太は学校に行く支度を始めた。しかしドラえもんはその背後から「しかられるぞ。おまけにこんなに遅刻しちゃって」と、なぜか脅かすようなことを言う。さらには、「なんならこの薬、先生に飲ませようか」などと変な気遣いを見せる。ここまで大騒ぎに荷担したくせに、反省どころかまるで仮病を続けろというような奇怪な行動である。しかしのび太は、立派にも「わるいことをしたときにはしかられたほうがさっぱりする」と反省する。それを聞いたドラえもん、「男らしい!」と急にテンションをがらりと変えて叫び、「がんばってうんと叱られてこいよ」と、変な励まし方でのび太を見送るのだった。

 高熱が出る、体が膨れる、仮死状態になるなど、いんちきぐすりは遊びに使うものとしては例の如くやりすぎといった効果のある薬である。それでも、高熱の出る薬や体が膨れる薬は、まだ許せる。問題なのは、「葬式ごっこの薬」である。葬式ごっこが何なのか、いじめなのか本当にそういう遊びなのかわからないが、いずれにしても、そんな遊びを助長するおもちゃの薬を企業が製造しているというのが問題である。何を考えているのやら。

 それにしても、てんとうむしコミックスでのドラえもんを見慣れている人にとっては、異質としか言いようのない作品である。しかし、未収録作品というものは、大体がこういうものなのである。この話でのドラえもんやお医者さんのように、登場人物達が精神のタガがはずれたように常軌を逸した行動をとることによって、予測不可能のハチャメチャなドラマを生んでいく。これが未収録作品であり、そしてそれが爆発するのが、次に紹介する「分かいドライバー」なのである。

その2 分かいドライバー


 かつて「ドラえもん」の中でも裏読みをすることによって爆笑できるシーンを画像つきで集めて紹介したことで大人気を呼んだサイト「変ドラ」管理人のミラー貝入さんが言っていた通り、「ドラえもんには、身体をバラバラにする話や、逆に合体する(取り替える)話がよく(しょっちゅう?)ある。そして、そういった話は異様に面白い話が多い」のである。ここでミラー貝入さんが紹介しているものの中には、すでにこのページで取り上げたものがいくつかある。「テレビを見ながらお使いに行く」という目的を実現するためにのび太の体を真っ二つにした「人間切断機」、悪魔のび太が人体パーツ売りという商売を始めるという暴挙に出た「ねこの手も借りたい(手足七本目が三つ)」、そして、主要キャラ達のパーツを分解、再構成することによってかつてないカオスの世界を繰り広げた「からだの部品とりかえっこ」などである。いずれもこのページでは悪名高い「人間シリーズ」に分類される道具が登場した話だ。なるほど、みな強烈なインパクトをもつ話である。だが「分かいドライバー」はそれら強豪を押しのけ、ミラー貝入さんの言う通り「全バラバラ漫画界」の頂点に位置する作品なのである。

 だからといって、早合点してはいけない。分かいドライバーは、決して「人間シリーズ」に属する道具ではない。後述するように、人間に限らず何でもバラバラにしてしまう道具なのである。ただ、なぜかそれが人間に向けられることが多いのである。

 物語は、のび太が壊れた目覚まし時計をもらったので、分解しようとしている場面から始まる。何かをバラバラにしたりまた組み立てたりという欲求は、積み木遊びの例をあげるまでもなく、子供なら誰でももっているものである。しかし、時計の分解は意外に難しかった。そこでやってきたドラえもんは、この話の影の主役ともいえる道具、「分かいドライバー」を取り出すのである。ドラえもんは「だいたい真ん中のあたりに当てればいいんだ」と、一応使い方を説明してそのとおりにドライバーを時計に当てる。すると、「パカ」という音と共に、時計は部品レベルにまでバラバラになってしまった。「これじゃ組み立てられないよ」と言うのび太。彼にとっては分解する過程が楽しみなのであって、こんな道具で一瞬のうちにバラバラにしても楽しくもなんともない。それに、順序立ててバラしたわけではないので、どこがどの部品だったのかもわからなくなってしまっており、組み立てるのもままならない。のび太にとってはまったくつまらないことになったが、ドラえもんはドライバー片手に白けきった表情。

 その時、庭からママの「ゴミを捨てに行くの、手をかして」という声が聞こえてくる。ドラえもんはそのことを言うが、のび太はバラバラになった時計に取り組んでおり、それどころではない。「いかないとしかられるぞ」と言うが、その表情はまさに人ごと以外の何者でもない適当さ。だが、そこでママが「のびちゃんたら!」と声を荒げると、「はいはい、今いきますっ」と急に慌て出す。さっきからどうも情緒不安定だ。だが、その不安定ぶりはとどまるところを知らず、「手を貸せば文句ないんだ」と、分かいドライバー片手にのび太に駆け寄り、彼をバラバラにすると騒ぎ立てるのび太をしりめに彼の片腕を持って行ってしまった。ドラえもんはそのままのび太の片腕をママに渡すが、ママは突然息子の片腕を渡され、しかもその腕が「ヒクヒク」などと動いたものだから、当然その場に卒倒。しかしドラえもんは「あれっ、人をよんどいてねちゃうなんて」などと困惑。どう考えても、常軌を逸している。

 一方、「人造人間キカイダー」第41話「壮絶ジロー空中分解」で、ダークロボット・アカ地雷ガマによってバラバラにされたキカイダーのように(どんな例えだ!?)ドラえもんによって頭、胴体、腰、片腕、右足左足にバラバラにされたのび太は、バラバラにされても一応手足は思うように動くことを発見、自力で自分の体を元に戻す。が、その姿は左腕の部分に片足がつき、腰がないまま胴体に直接片足がついているという異様なものになってしまった。もう一度やり直しだとなぜかその場に落ちていたドライバーを自分の体にあてようとするが、そこで「まてよ・・・」と何かを思いつき、その直後、「これはこれでおもしろいじゃない」と、ドラえもんの異常さが乗り移ったようなセリフを吐き、そのまま部屋を出ていってしまう。そのあと、「おうい、手だけじゃだめだってよ」と、まだ異常さを引きずっているドラえもんが片腕を持って戻ってくるが、すでにのび太はそこにはいなかった。

 一方街に出たのび太は、「なんでもいいからバラバラにしたいぞ」と、虫も殺さぬような安らいだ菩薩顔をしながらとんでもないセリフを吐く。「ミサイルが追ってくる」のときの「誰でもいいから撃ってみたい」というセリフもそうだが、のび太の「誰でもいいから」「なんでもいいから」は文字通りの無差別攻撃を意味しているのだからおそろしい。さて、危険な願望を吐露したのび太は、さっそくターゲットを発見。戦艦大和のプラモをもったまま、プラモは作るのが楽しみで完成してしまうとつまらないという、プラモを作ったことのある者なら誰でも理解できる感情を吐露する学生である。さっそくのび太は大和にドライバーを当てると、バラバラにしてしまった。もう一度楽しめるわけだが、学生はありがたいようながっかりしたような複雑な顔で去っていった。戦艦のプラモはパーツ数が多い。さらに、どこがどの部品だかわからないぐらい無秩序にバラバラにしてしまった。彼は復元に苦労するだろう。次に遭遇したのは、飼っている猫と犬が喧嘩をして困っている女の子。のび太は二匹をバラバラにすると、それぞれの首と体を入れ替えて去っていった。

 次に遭遇したのはご存じジャイアンで、のび太は左肩についた足でその肩を叩いた。当然、ジャイアンは異様な姿の友人に驚くが、のび太は「あははは、驚いてる」と、当たり前のことがやけにおかしい様子。得意げにのび太は、ドライバーのことをジャイアンに話す。だが、ドライバーの存在を知ったジャイアンはいきなり態度を豹変させ、「よくも俺をけとばしたな!」と、先ほどのび太が足でジャイアンの肩を叩いたことに関して、彼にしては知的な因縁をつけてつかみかかる。だが、のび太はそのとんちに気づかず、「けとばした? 肩をたたいただけだよ」とのたまう。そしてジャイアンは、ドライバーをよこせとのび太を追い回し始めた。

 一方のび太の家では、ドライバーを持ったまま失踪中ののび太が暴走することを危惧するドラえもんが、「早くドライバーをとりかえさなくちゃ」と誰かに協力をたのんでいた。それは、のび太の余剰パーツ、すなわち、腰と片腕を組み合わせた新生命体だった。仮に「のび太B」と呼称しよう。のび太Bは逆さまにした腰に片腕を直結し、その片腕でピョンピョンと跳ねて進むという、さらに奇怪な生命体である。おそらく組み立てたのはドラえもんだが、なんという組み合わせ方だ。そして、脳もないのにどこで思考しているのかはわからないが、のび太Bはドラえもんと二手に分かれてのび太Aを探しに出かけた。

 一方そのころ、ジャイアンはのび太Aに追いつき、ドライバーを奪おうと彼ともみあいになっていた。だが、その拍子にドライバーが二人の体に触れ、白昼の閑静な住宅街の道路に二人の少年のバラバラになったパーツが散乱するというカオスの世界が繰り広げられた。「どうしてくれる」とわめくジャイアンの頭。が、のび太の頭は何事かを思いつくと、ジャイアンの体にくっつき、そこからジャイアンの腕や脚をくっつけていった。結果、ジャイアンの頭は残ったのび太の体にくっつかざるを得なくなった。ジャイアンの体を手にしたのび太は、のび太の体のジャイアンを威圧。のび太ボディージャイアンは逃げだし、武ボディーのび太は「ああ、いい気持ちだっ」と、ジャイアンの名台詞「さからうものは死けい! あはは、いいきもちだ」を思わせるセリフで喜びを表現した。だが、その直後、大変なことに気づく。のび太ボディージャイアンが、ドライバーを持っていってしまったのである。一方そのころ彼はドライバーを見つめながら、「せめてこれを使って、うんといたずらしてやんなきゃ気がすまねえ」と、暴れん坊キャラの面目躍如という感じの決意をしていた。彼にものび太の異常性が伝染したらしい。

 その決意を胸に、ジャイアンは民家の玄関先に停めてあった自転車と車を、相次いでバラバラに。しかし、車の持ち主が出てきたので、その場から逃走した。愛車をバラバラにされ怒り心頭の、ベレー帽をかぶりパイプをくわえた作者F氏を思わせる彼の元に、やはり自転車をバラバラにされ、パジャマにサンダル履きという極めてリラックスした格好の自転車の持ち主がやってきて、つかまえて弁償させようと意気込む。そのやりとりを見ていたジャイアンは、その危機を回避すべく武ボディーのび太を見つけ、ドライバーと彼の体を自分の体と交換した。もとの体を取り戻し、いたずらにも飽きて家に帰ろうとしたのび太の前に現れたのは、当然バラバラ被害者二人組。弁償しろと迫る彼らだったが、自分の体と一緒にジャイアンの犯した罪まで引き取ってしまったとは当然知らないのび太は、何のことかわからず逃げ出すのだった。

 片足でも逃げ足は早かったのか、被害者二人組はのび太を見失ってしまう。だが、その彼らの前に腰と片腕が組み合わさった奇妙な生物がやってくる。そう、のび太Bである。普通ならそんなものを見たら仰天するところだが、この作品世界の人達は普段からちょっとやそっとのことでは驚かない上、ついに脇役であるこの二人組にまで異常性が伝染していたため、二人がそれを見て言った言葉は「さっきの子供の体の残りじゃないか」だった。「体の残り」という言葉、言うまでもなく普通に考えれば異常きわまりないが、もはや異常が正常になってしまっているこの世界でそれに気づく者は誰一人いない。さらにF氏似の男は、「あれを人質にとろうではありませんか」と、ミラー貝入氏の言うとおり、丁寧な口調で冷静に気が狂っている発言をする。弁償しなければのび太Bは返さない、というわけである。このひどい話を建物の陰で聞いていたのび太は、「そんな大金をもってるわけないだろ」と一人青ざめる。どうしたものかとじっとしていると、建物の方から声がしてきた。そこは古いビルだったのだが、ビル解体の費用を巡って解体業者と、その跡地にマンションを建てたい地主との間で交渉が行われていたのだ。五百万は欲しいという業者と、四百万では無理かとねばる地主。この異常性に満ちた世界において、なぜか非常にリアルな話である。しかし、これは絶体絶命ののび太にとってまさにチャンスだった。突如として二人の前に現れたのび太は、「僕なら自転車と車一台でこわしてあげます」といって、ドライバーをビルにあてた。その途端、ビルは轟音をあげて崩壊。「だいたい真ん中に当てる」などという当初ドラえもんが示した使用法など、もはや完全に忘れ去られている。

 そして次のコマ。もとどおりの体を取り戻したのび太、この騒動をドラえもんに報告している。その間にも、のび太と地主と弁償二人組はもうけ、解体業者だけが大損という出来事が起こったはずなのだが、その辺はカットされている。なぜのび太を探していたはずのドラえもんがそこにいるかと言えば、それはのび太A捜索をのび太Bに任せて自分は家でのんびりしていたに違いない。あきれた話だが、さらにドラえもんはとんでもないことを言う。「そうかそうか、それにこりたらもう、ぶしょうしないことだね」。・・・ハア? 「ぶしょう」とは、一体何のことやら。たしかにのび太はこのドライバーを使ってすさまじいいたずらを繰り広げたが、決して彼の怠け癖がもとでこんなことになったわけではない。一体誰が、いつ、無精をしたというのか? 完全にこれまでのストーリーとかみ合っていない、ドラえもんのセリフであった。最後まで異常性をひきずっているらしい。

 かつてない異常なストーリーが繰り広げられたが、この話のオチは静かなものだった。首を手に持ったのび太が、それをドラえもんに差し出して、「わるいけど歯をみがいてきてよ」、それにドラえもんはあきれ顔、というものであった。

 分かいドライバーは、確かにとんでもない道具である。人も物もなにもかも、みんなバラバラにしてしまうのだ。しかも、それは順序立ててバラバラにするのではない。まるでこのストーリーの登場人物のように、めちゃくちゃにバラバラにしてしまうのである。これではバラバラにしたものを再び組み立てようとなったときに、こっちのパーツはあっちに、あっちのパーツはこっちにという具合になっていて、非常に苦労するだろう。劇中でやっていたように、解体するビルのように元通りにすることがないようなものならバラバラにしてもいいのではないかと言うかもしれないが、そうとも言えない。ビルというものは、ただバラバラにすればいいものではない。実際にダイナマイトを使ってビルを爆破するプロフェッショナル達は、建物の構造や強度を調べ、どのように倒せば周囲に破片や粉塵をまき散らすことなく安全かつ完璧に倒せるかを慎重に考え、それに基づいて爆薬を配置するのである。緻密で完璧な計算と作業の結果が、我々がテレビで目にする芸術的とも言えるビル爆破解体なのである。しかし分かいドライバーによる解体には、そんな計算など伴っていない。ビルの周囲に何の考えもなしにダイナマイトを並べて火をつけ、ドカンと爆発させるのに等しい。本当に解体すべきもの、つまりは大きな古い建物ほど、このドライバーを使ってはならないのである。そもそも、それ以上にとんでもなく危ないことがある。もしこのドライバーを落としたり、持ったまま転んだりした拍子に、ドライバーの先端が地面に触れたりしたら・・・。日本か地球、どちらかがバラバラになると考えていいだろう。ただのドライバーのくせに、地球破壊爆弾と同等の威力をもっているのである。なんという恐ろしい道具なのか。

 だが、それ以上に恐ろしいものが、このドライバーにはあるように思えてならない。ドラえもん、のび太、ジャイアン、そして弁償二人組という脇役まで、このドライバーに関わった者は皆、常軌を逸した行動をとったのである。まるで、このドライバーに持ち主をそのような状態にさせる魔力があるようではないか。こう書いて思いつくのは、「魔剣」や「妖刀」といったものである。すなわち、持ち主を殺人鬼にしたり、一度抜かれたら最後、血を吸うまで鞘には戻らないといったような、呪いのような力を持った剣のことである。あるいはこの道具にも、持った者やその周囲にいる者を奇怪な行動に走らせるあやしい力が働いているのかもしれない・・・。まあ、未収録作品のもつ性質と言ってしまえばそれまでなのだが。

 以上二つが、私が国立国会図書館で見つけてきた未収録道具である。この二つの道具は、あらためて私にドラえもん世界にある道具の多様性と恐ろしさを思い知らせた。ほぼてんとう虫コミックスに収録されている危険な道具は網羅したように思えるが、目の届かないところでは、いまだに想像を絶する恐ろしい道具が眠っているにちがいない。いずれまた国立国会図書館を訪れる機会があれば、そのときもそんな道具に巡り会いたいものである。

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