ドラえもん対6人のドラえもん


エピローグ


 にせドラえもん出現に始まる一連の戦いは、ついに終結した。秘密結社DBS団の出現、友人達が改造された怪人との戦い、はる夫と安雄との主役と脇役の運命をかけた壮絶な戦い、そして、さえないオヤジの幽霊と悪の組織マニアの少年の一味という、あまりにも情けないDBS団の実態・・・。だが、この戦いのもたらした影響は、はかりしれないものだった。



 事件から半年後。劇場用最新作も無事公開されたのび太とドラえもんは、騒動を振り返って話していた。

「でも、正直安心したよ。僕の子孫がものすごい金持ちになってて、出木杉の子孫が落ちぶれてるってのは、なかなかいい気分だよ

「でも、当然かもね。今までタイムマシンでたくさんの君の先祖に会ったけど、パッとした人は一人もいなかったからね。そろそろ君をターニング・ポイントとして、これからは野比一族にどんどんスゴイ人が出てくるのかもしれない」

「ハハハハハ、笑いが止まらないね」

「だけど、気を抜かないことだね。そうなるのは君の一族のせいじゃなくて、しずかちゃんの家の血が君の家系と混ざって生まれる結果なのかもしれない。もし君が気を抜いて出木杉君なんかにしずかちゃんをとられちゃったりしたら、これからも君の一族はパッとしないままかも・・・」

「そ、そんなのは御免だよ! 僕は絶対しずかちゃんと結婚するんだから!」

 その時、階下からママの声がした。

「のびちゃ〜ん! いつもの手紙が来てるわよ」

「ハーイ! 今取りに行く」

 のび太はそう答えて降りていくと、手にたくさんの手紙をもって戻ってきた。

「今日もたくさんきたよ。さっそく読もう」

「すっかり僕らもヒーローだね」

 のび太達は手紙を開けると、中身を読み始めた。

「そっちはどんなことが書いてある?」

「うん。僕達のおかげで、脇役だからといっていじめられなくなった、ありがとうって書いてある。そっちは?」

「今まで脇役を出世させなかった会社が、その方針を取りやめた。おかげで出世できたってさ」

 二人が読んでいる手紙は、事件の直後から野比家に届いてくる感謝の手紙である。誰からの感謝の手紙かと言えば、それは世界中の脇役の人達からである。なぜこんなことになったのか。それはあの、はる夫と安雄との壮絶な死闘にさかのぼる。4人があれだけ派手な戦闘を行っていたので、それを聞きつけたテレビ局がかけつけ、この戦闘を生中継したのである。この中継は深夜にも関わらず爆発的な視聴率を稼ぎ出し、浅間山荘事件を上回ったのである。その後の主役と脇役、共に全力を出しきった戦いの末の感動的な和解は、見る者の目頭を熱くさせた。そしてこの戦闘を見ていた人達もまた、4人の和解に影響され、それまでののび太とドラえもん、はる夫と安雄が抱いていたようなお互いへの好ましくない感情を捨てて、主役と脇役は互いを尊重しあい、手を取り合って生きていくべきであるという偉大な意識の変革を成し遂げたのである。それによってもはや主役と脇役との間の身分的格差は消え、理想的な状態になった。そしてこの奇跡を起こした張本人であるのび太とドラえもんのところには、連日のようにそのことに対する感謝の手紙が届くようになったのである。二人とDBS団との戦闘で建物に被害を受けた学校からの損害賠償請求も、彼らからの寄付金によって事なきを得た。

「でも、今回の事件で一番得をしたのは、やっぱりあの二人だよね」

「そうだね。あの事件の前と後じゃ、まったく扱いが変わっちゃったもの」

 二人が言っているあの二人とは、もちろんはる夫と安雄のことである。実は彼らは、あの戦いで死んではいなかったのである。後に四次元ポケットの中で息を吹き返し、再び帰ってきたのだ。はる夫と安雄が四次元ポケットの中から出てきたときは、彼らをポケットの中にしまった本人であるドラえもんも腰を抜かした。そのときにはのび太が

「立った! クララが立ったわ!」

 とわけのわからない感動の台詞を吐き、それに対してドラえもんが

「お前はペーターだろが!」

 と、これまた意味不明のツッコミをいれるという一幕があったが。

 それからの二人は、まさに時の人となっていた。テレビや雑誌にひっぱりだこ。それまではアニメでも「少年A、B」などとちゃんとした役名も与えられていなかったのがうそだったかのように、彼らは人気者となった。もちろん、サングラスの男が司会を務めるお昼の超人気番組や、日本語で「先頭を走る人」と訳されるタイトルの番組にも出演し、おそらく日本で一番有名な、ある「部屋」にも招かれた。

 そして先日、彼らは昔からの念願を果たした。そう、劇場用作品への出演である。それも、ただの脇役ではない。最新作「ドラえもん のび太の脳内革命」は、悪性のウイルスに冒され意識不明となった出木杉を救うため、いつもの5人がミクロ化してその体内に潜入、ウイルスと激闘を繰り広げるというものだったが、この作品中二人は、クライマックスでピンチに陥った5人の前にさっそうと現れ、そのピンチを救うというとてもおいしい役をもらい、クールでニヒルな演技で周囲の期待以上にすばらしい結果を残した。ファンからは近年低レベル化が見られた劇場用作品に新風を吹き込んだと絶賛され、ここに彼らの人気は脇役のカリスマとして不動のものとなった。

 彼らの人気はとどまるところを知らず、さらにドラマやCDデビューの話も持ち上がった。だがそんなさなか、彼らは突然、表だった場所でスポットライトを浴びることをやめると宣言、今後は世界中の脇役の地位向上のために努力していきたいと語った。彼らはあまりにも自分達に人気が集中し、自分達が主役になってしまうことを恐れ、あくまでも脇役であろうとしたのである。この謙虚な姿勢がさらに世間の人気を得て、彼らは今、多くの支持を得ながら働いている。彼らが出版した「脇役革命」「よい脇役の10の条件」もその一つで、ともにベストセラーとなっている。また、彼らは同時にこれからは劇場版にも出演しないとの宣言もした。そしてこれからは、はる夫が監督、安雄が脚本、演出を担当することになったのである。現在彼らは、次回作の製作に情熱を傾けている。

「でもあの二人とは反対に、スネ夫君はすっかり人気がなくなっちゃったね」

「しかたないさ。今まであれだけ威張ってたんだから。もうしばらくはこのままにしておこう」

 はる夫と安雄とは対照的に、この事件で人気をなくしてしまった者もいる。骨川スネ夫だった。彼にとって最大の不幸は、彼の髪がカツラだったことがドラえもんとのび太にばれ、なおかつ写真まで撮られてしまったことである。トレードマークとも言えるあの髪がカツラであることが世間にばれたら、彼の大幅なイメージダウンは避けられない。スネ夫は写真を公表しないかわりに、「自慢をしない、観光地に行くときは必ずのび太とドラえもんを連れていく、スネ吉作のラジコンやプラモは必ずのび太に譲る、買ったばかりの漫画は必ずのび太に先に読ませる、自分の顔をきれいと言わない」という五箇条からなる「ススキが原条約」を強制的に守らされることになった。これは彼のほとんどの個性を殺すに等しい不平等条約だったが、スネ夫はこれを守らざるを得なかった。しかし、イヤミもナルシストぶりも発揮できなくなったスネ夫はただの金持ちと化してしまい、持ち味を失ってしまった彼からは、事情を知らない多くのスネ夫ファンが去っていってしまった。条約が効力を失うまでの残り三ヶ月、彼は今のような状態で泣き暮らすしかないだろう。悲惨なものである。驕れる者は久しからず。

「まあ、前よりも住みやすい世界になったんだから、いいんじゃないの?」

「それもそうだね」

 その時、下で電話が鳴り、ママが出るのが聞こえた。続けて、ママの呼ぶ声が。

「のびちゃ〜ん! 安雄さんから電話よ」

「はーい」

 のび太は下に降りると電話を代わり、少し話してから部屋に戻ってきた。

「どんな用だった?」

「来年の映画のシナリオが、おおまかだけど完成したらしいんだ。だから僕達に読んでもらって、意見を聞きたいんだってさ。あらすじは電話で聞いたけど、けっこう面白かったよ」

「えっ、もうできたの? さすがに気合いが入ってるねえ。それで、そのタイトルは?」

「ドラえもん のび太と渚のヴィーナス達」だって」

「それは楽しそうだ。それじゃあ行ってみようか」

「うん」

 ドラえもんはどこでもドアを取り出すと、のび太と共にそれをくぐり、やがてドアも消滅した。あとには、いつもののび太の部屋だけが残された。はたしてこの戦いで藤子不二雄世界に起こった変化は、好ましいものだったのか。それを決めるのは、彼ら愛すべき練馬の住人達を愛するあなたたち・・・かもしれませんね。


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