ドラえもん対マジンガーZ


〜「ドラえもん のび太と鉄人兵団」アナザーストーリー〜


第14話


平和と代償


「ドラえもん、ここは一体どこなの?」

「きれい・・・」

 グランドザンダクロスのコクピットの中、のび太が言った。あたりはまるで宇宙空間のように広大な空間。頻繁にあちこちで蛍が光るような光が輝き、とても美しい。しかし、ドラえもん達が突入したような穴が、そこらじゅうにいくらでも開いているのである。この空間の中に入ったドラえもん達はザンダクロスの中に入り、その空間を漂っていた。

「ここは亜空間だよ。ほら、タイムマシンで時間移動をするとき通るトンネルみたいなところがあるだろう? あれと似たようなものさ。つまり、いろんな次元へと通じているドアの並んだ廊下みたいなものさ」

「ふうん・・・。でもこのたくさん開いている穴の中から、どうやって僕達の世界へ通じている穴を見つけるの?」

「心配はいらない。ちゃんとした道具があるから」

 そう言ってドラえもんはいつものように舌を出しながらポケットを探り、一つの道具を取り出した。

「次元センサー! これを使って、もとの次元に戻れる穴を探るんだ」

「どうやって?」

「宇宙救命ボートってあるだろ? あれには、行きたい星のものを何かデータポッドに入れると、自動的にその星まで行ってくれる機能があるんだ。それと同じように、この次元センサーを使えばもとの次元へのドアを探してくれるんだ」

「なんだかよくわからないけど、とにかく家に帰れるってことだね?」

「ま、そういうことだね」

 ドラえもんはそう言いながら、ザンダクロスのコンピュータに次元センサーを接続した。

「ザンダクロス、僕達の次元を探してくれ」

「了解」

 ほどなくザンダクロスが計算を終了し、亜空間の中を移動し始めた。やがて、ザンダクロスが目指して
いるらしき一つの穴が見えてきた。

「あれみたいだね」

「よーし、ザンダクロス! 突っ込めぇー!!」

 その言葉に応じて、ザンダクロスはロケットを全開にし、その穴へと全速で突っ込んでいった。



ザッパァァァァァァァァン!!


 すさまじい水音と水しぶきをあげ、何かが湖へと落下した。ほどなく、それが水面へと浮かんでくる。浮かんできたのは、ロボットの巨体。グランドザンダクロスだった。

プシュウウウ・・・

 空気音とともに、その胸部ハッチが開かれ、中からドラえもんが出てきた。

「いたた・・・みんな、大丈夫?」

「な、なんとか・・・」

「こっちもだぜ」

「大丈夫よ。リルル、あなたは?」

「私も大丈夫・・・」

「すごいショックだったなあ・・・。ミクロス、大丈夫か?」

「平気デス、スネ夫様」

 みんなの無事を確認した後、ドラえもんはハッチから仰向けに湖に浮かんでいるザンダクロスの上に立ち、あたりを見回した。

「・・・」

 鳥の一羽もいないように、湖は静まり返っている。そして、ドラえもんは言った。

「・・・間違いない、ここは鏡面世界だよ! 僕達、帰ってこられたんだ!」

「ほ、ほんとかよ!」

「やったぁ!」

「おうちに帰れるのね!」

「ママぁ!」

 それぞれ手を取り合い、喜びを分かち合うドラえもん達だった。その声は、静かな湖に響き渡っていた。



 その後、ドラえもん達はそれぞれ自分達の家に帰り、それぞれの両親との再会を喜んだ(リルルは静香の家に泊まった)。もちろん親たちは、自分達の子供が地球を救ったことなど全く知らず、きょとんとしていたが。だが、喜ぶのもつかの間、次の日にはドラえもんが全員をのび太の部屋に集めたのである。

「みんなに集まってもらったのは、これからのことを相談するためだ。僕らは甲児さん達の力を借りて、なんとか鉄人兵団を倒すことに成功したし、こうしてもとの世界に帰ってくることもできた。だけど、これでピンチが過ぎたわけじゃない。またメカトピアの鉄人兵団が地球を狙って攻めてくるかもしれない。リルル、それはどうなんだろう?」

 ドラえもんに尋ねられ、リルルが答えた。

「・・・人間捕獲作戦の全体は、実は私もよくは知らないの。全体の情報を知らされたわけじゃなかったから・・・。でも、今回の鉄人兵団からの連絡が途絶えたとなったら、いつかはメカトピアは第二の鉄人兵団を送り込んでくるわ。しかも、前よりも大規模な・・・」

「ほ、ほんとかよ・・・」

「そうなったら、今度こそ地球は・・・」

 ジャイアンとスネ夫が青ざめる。ドラえもんは腕組みをしながら言った。

「たしかに今度もっと大規模な鉄人兵団に攻められたら、今度は守りきれないかもしれない。みんな、なにかそれを防ぐための手を考えて、聞かせてもらいたい」

 ドラえもんはそう言ったが、いいアイデアがそう簡単に思いつくはずもない。しばらく重苦しい雰囲気が流れた後、ジャイアンが言った。

「メカトピアになぐり込みをかけて、あいつらを全部やっつけるのはどうだ?」

「本気で言ってるの、ジャイアン? そんなことをしたら、この間戦った鉄人兵団の何千倍もの相手をしなくちゃならないんだよ?」

「それに、いくら人間の奴隷化を企んでるっていっても、一つの星を滅ぼすっていうのは、いくらなんでもやりすぎよ」

「でも、あいつらと話し合えるとも思えないし・・・」

 頭を悩ますのび太、ジャイアン、静香、スネ夫。その時、リルルが口を開いた。

「・・・たった一つだけ、方法があるわ」

「えっ!?」

 全員の視線が、リルルに集中する。

「ドラえもんさん、あなた、タイムマシンを持ってるって言ってたわよね?」

「う、うん・・・。そこの机の中に入っているけど・・・」

 ドラえもんがのび太の机を指さす。それを見てから、リルルが何かを決心した様子で言った。

「お願いがあるの・・・私をメカトピアに・・・三万年前のメカトピアに連れていってほしいの」



 無数の歪んだ時計が壁面にはりついている、トンネルのような極彩色の亜空間。その中を、ドラえもん達を乗せたタイムマシンが突っ走る。

「ジャイアン、もうちょっとそっち行ってよ!」

「うるせえ! こっちだってギュウギュウ詰めなんだよ!」

 小さなタイムマシンの上に6人+ミクロスが乗っているので、タイムマシンの上はすし詰め状態である。

「だから定員オーバーだって言ったんだよ」

 ドラえもんが文句を言ったが、ジャイアンは

「バッカヤロー! ここまで来て置いてけぼりをくらってたまるかよ!」

「まあ、たしかにそうだね。タイムマシンから落ちないように、くれぐれも気をつけてね。・・・それで
リルル、どうして三万年前に?」

 ドラえもんがリルルに問う。

「神様に・・・会いに行くのよ」

「神様?」

 全員が一斉に言った。

「三万年前のことよ・・・。銀河の彼方、メカトピアの近くに、栄えていた人間がいたの。でも神は、その人間達を見放された。わがままで、欲張りで、憎みあい、殺しあいを続けていたから・・・。神は無人の星に降り立ち、アムとイムというロボットを作りこう言われたわ。「お前達で天国のような社会を作りなさい」とね」

「でも、それは人間と同じように、身分の差が生まれて、奴隷が生まれるようになっていったのよね・・・」

 以前にリルルからその話を聞いたことのある静香が言った。リルルはうなずく。

「そう・・・。でも、全てのロボットは平等という考えが生まれて、奴隷制度は廃止になり、新しい労働力を確保するため、メカトピアは人間捕獲作戦を始めた・・・」

「そうだったのか・・・。人間と同じ歴史だね」

「静香さんもミコトさんも、そう言ったわ。初めて静香さんにそう言われたときは、怒って彼女を撃ってしまった。だけど、そのあと静香さんと生活して、ミコトさんに人間について教えられて・・・今ではそれが間違いでないことがわかったわ。本当に私達は、人間と同じ道を歩んできたのね・・・」

 リルルがうつむく。

「それでリルル、君は神様に会って、何をするつもりなの?」

 のび太が尋ねる。

「ミコトさんに私が何をすべきか尋ねたとき、ミコトさんは悪かったところを見つけて、次からは繰り返さないように注意するように言ったわ。だから、私はどこが悪かったのか考えた。でも、人間をゴミのように思っているメカトピアのロボット達には、人間との共存を訴えても不可能だと思って・・・。いろいろ悩んで、最後に思いついたのが、この方法だったわ」

「この方法って・・・?」

「神様に会って、アムとイムを作り替えてもらうの。こんなことになったのは、きっとアムとイムに、何か悪いところがあったからだと思うの。神様に会って、それを作り替えてもらえば・・・」

「そうか! 歴史が変わって、メカトピアも平和なロボットの国になるんだ!」

 のび太達がうれしそうに言う。だが、ドラえもんだけはタイムマシンを操縦しながら、何か不安げな視線をリルルに向けた。そして、たった一言

「リルル、いいんだね・・・?」

 とだけ言った。リルルは少し寂しげな微笑みを浮かべると、小さくうなずいた。ドラえもんはそれにうなずき返すと、全員に言った。

「みんな、そろそろ三万年前のメカトピアだ」



「ここが・・・」

「三万年前のメカトピア・・・」

 ドラえもん達が降り立った、三万年前のメカトピア。そこはリルルの知っているSF映画のような光景ではなく、見渡す限りの草原のところどころに背の高い木が生えている、自然豊かな星の姿だった。

「この星のどこかに、神様がいるのね・・・」

「だけど・・・神様なんて、本当にいるのかな?」

「僕達が思うような神様じゃないと思うよ」

 ドラえもんが誰ともなしに言った。

「それ、どういうこと? ドラえもん」

「この星の神様は、きっと人間だよ。それも、人間に絶望した科学者だと思う。それはともかく、その神様を捜さなきゃね」

 ドラえもんはたずね人ステッキを取り出すと、地面に倒した。ステッキは西へ向いている。

「よし、行こう! 神様に会いに!」

 ドラえもん達はタケコプターを回転させると、空へと舞い上がった。



 広大な草原の中にぽつんと立っている、近未来的なデザインの建物。そこを見つけたドラえもん達は、ついに神様と出会うことができた。

 神様。それはドラえもんの推測したとおり、人間に絶望してこの星に移り住んできた老科学者だった。

「そうか・・・。そんなことになるとは、思いもよらなかった・・・」

 ドラえもん達からこれまでの話を聞いた老科学者は、座り心地の良さそうなイスに腰掛け、うなだれたまま悲しげな様子で言った。すでに体力が衰えきっているらしい。

「わしの作ったアムとイムはいい子なのに・・・。その子孫が・・・」

 科学者は傍らに立っている二体のロボットを一瞥した。一見して、男性的な印象と女性的な印象をそれぞれ受けるその人間大のロボットこそ、彼が作ったメカトピアのロボットの始祖、アムとイムだった。

「このままでは、地球が危ないんです!」

「博士にならなんとかしていただけるんじゃないかと思って」

 ドラえもん達は懸命に科学者に訴える。科学者はやがて静かに言った。

「・・・頭脳に「競争本能」を植えつけたのが悪かったのか」

「何です? 競争本能って?」

「他人よりも少しでも優れた者になろうという心だよ。みんなが競い合えば、それにつれて社会も発展していく。発展には欠かせない本能と言える」

 少し間をおいて、博士は続けた。

「しかし、一つ間違えると・・・自分の利益のためには他人を押しのけてでもという、弱い者をふみつけにして強い者だけが栄える、弱肉強食の世界になる。わしの目指した天国とはほど遠いものだ。わしが絶望した人間達と、同じ道をたどってしまう。いや・・・現にそうなってしまった・・・」

 そこで博士はゆっくりと立ち上がった。

「頭脳を改造しよう。そして、そのような道をたどることのないロボットに・・・」

 博士はよろよろと、作業室へと歩いていく。

「大丈夫ですか、博士」

 静香が気遣う。アムとイムがその傍らによりそい、博士を支えた。


 作業室へやって来た博士は、アムとイムを作業台に座らせ、改造の作業にとりかかった。

「他人を思いやるあたたかい心を・・・。他人を踏み台にすることなく、互いに手を取り合って繁栄を築いていけるように、アムとイムの頭脳を改造するのだ・・・。なんとか改造を完成させるだけの体力が残っていればいいが・・・」

 博士は死が間近に迫った体にむち打ち、作業を開始した。ドラえもん達は心配そうに、そのなりゆきを見守った。



 かなり長い時間が過ぎた。

「よし、もうひとがんばりだ・・・。この改造が成功すれば、三万年後のメカトピアはガラリと違った国になるはずだ」

 作業を続けながら、博士が言う。

「すると、あの恐ろしい鉄人兵団は?」

 静香の問いに、博士は淡々とした様子で答える。

「歴史が変わるんだ。そんなものは消えてしまう」

 その言葉を聞き、ドラえもん達は互いに手を取り合って喜んだ。

「よかった・・・」

「地球は救われるんだね!」

 大喜びするのび太達。だが、ドラえもんとリルルだけはそうではなかった。そしてその時、静香が何かに
気づいた。

「! ちょっとまって! でもそれじゃ・・・リルルさんも!?」

 その声に、のび太達もハッとした。

「そ、そうか! 歴史が変わって、鉄人兵団が消えちゃうってことは・・・」

「リルルもいなくなっちゃうってことかよ!」

「そ、そんな・・・!」

 その真実に、のび太達は顔を真っ青にした。

「リルルさん・・・あなた、最初からそれを知ってて・・・」

「そう・・・私も消えてしまう・・・。というより、はじめからこの世にいなかったことになるわ・・・。でも、それ以外方法はなかったのよ。あなた達や甲児さん達と過ごして、わかったのよ。人間は私達以上に複雑な心をもっている、すばらしい存在なんだって。そんな人間を、意志のない人形のように奴隷にしようとするメカトピアの考えは、やっぱり間違っているんだって。それをやめさせるためには、ここまでさかのぼるしか方法がなかったのよ・・・」

「でも、そのせいで君は・・・」

「私一人が消えることで、あなた達たくさんの人達を助けることができるのなら、私はかまわないわ。間違った道を進んできたメカトピアのロボット達と、あなた達のようなすばらしい人達を、両方助けられるんだから・・・」

「リルル・・・」

 全員が悲壮な顔つきでリルルを見つめる。そんな彼らに、リルルは寂しげな微笑みを向けた。その時・
・・

「グ・・・!」

 博士が突然うなり、胸を押さえるとフラリと体が揺れ、作業台から転落してしまった。

「博士!!」

「どうしたんですか博士!!」

 ドラえもん達がかけより、その体を助け起こす。

「グゥ・・・だめだ・・・体がすっかり弱り切っている・・・」

 博士はかすれた声でそう言った。その体からは、先ほどよりも生気がなくなってきている。

「博士! しっかりして下さい!!」

「ココデ死ンジャウナンテ無責任ダ!!」

 しずかとミクロスが口々に叫ぶ。ドラえもん達も、懸命に彼を励ます。だが、いっこうに彼の気力は戻ろうとしない。

 その時、リルルが力強く言った。

「博士! 教えて下さい、私が続けます!!」

「リルル・・・」

 心配そうな顔をする静香達をよそに、リルルはその時には作業台へと近づいていた。

「まかせといて」

 リルルは明るい笑顔とVサインを見せながら、作業台へと登った。そして、博士に教えられるまま作業を続け始めると、こう言った。

「すばらしいと思わない? ほんとの天国づくりに役立てるなんて」

「・・・」

 そう語るリルルの顔は、真に幸福に満ちているように思えた。その笑顔を見ると、ドラえもん達には何も言えず、ただ作業がうまくいくことを祈るのみだった。



「これが・・・最後ね」

 リルルはそう言うと、ボタンを万感の思いで押した。

「博士・・・改造は終了しました・・・」

 作業台から降りたリルルは、静香達の腕に抱かれている博士にそう報告した。博士は何も言うことなく、黙ってうなずいた。作業台からは、改造を完了したアムとイムがゆっくりと降りてくる。ドラえもん達はそれを見ながら、静かに言った。

「改造は、成功したんだろうか・・・」

「それは・・・もうすぐわかるわよ」

 リルルが緊張の混じった声で言った。その次の瞬間、異変が起こり始めた。

「!! リルルさん!!」

 リルルの姿が、ダビングを繰り返したビデオテープの映像のように、その輪郭がぶれはじめたのである。静香は彼女にかけより、その手を握りしめた。

「成功したみたいね・・・よかった・・・」

 リルルは安心感に満ちた顔で、そう言った。

「なにがいいもんかよ! 消えちまうんだぜ!」

「そうだよ! 僕達を救うためだからって、こんなこと・・・」

 ジャイアンとスネ夫が、やり場のない感情を見せながら言う。

「悲しまないで・・・。私は今、とっても幸せよ。ちょっとこわい気持ちもあるけど・・・きっとこれが、私が求めていた理想だったのね・・・」

「リルル・・・」

「リルルさん・・・」

「のび太さん、しずかさん・・・あなた達に会えて、本当によかったわ。もし・・・もし今度生まれかわったら・・・、天使のようなロボットに・・・」

「何を言っているの! あなたはもう、天使になってるわ」

「ありがとう・・・。その時は、お友達になってね」

「当たり前じゃないか!」

 のび太がそう叫んだ直後・・・リルルは消えた。別れの言葉を最後までかわすこともなく、まるでこの世からかき消されたように・・・。「死」と呼べるのかもわからない、残酷とも言える最期だった。

「リルル・・・!」

「う・・・うう・・・」

「ワァーッ!!」

 ドラえもん達はその最期に、一斉に泣き出した。静香、のび太、スネ夫、ミクロスは激しく、ドラえもんとジャイアンは、涙をこらえるように歯を食いしばって涙を流していた。地球は救われた。一人の少女の、悲劇的で崇高な犠牲によって・・・。ここに彼らの長い戦いは、その幕を閉じたのである。

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