〜ドラえもん のび太と異世界の盗賊〜


第1話


謎かけ盗賊




イメージBGM:法王庁
 塔を見上げた5人の目に映ったもの。それは、塔の中央に建てられたポールと、そこに掲げられた、見た事もない紋章が描かれた旗。そして塔の縁にいる、女性らしき細身の人物と、 細いフード付きの赤マントを羽織った男の姿だった。

 どうやら赤マントの男が、女性らしき人物を塔の屋上の縁から落とそうと力を込めており、女性はその手から逃れようと、必死にもがいているらしい。

 「な、何あれ…?」

 「も、もしかして殺人事件…?」

 のび太とスネ夫が呆気に取られてつぶやく。塔の周囲の人々はただ騒ぐ事しかできずにいる。塔の入口では、衛兵らしき者達が塔の頑丈な扉を打ち破ろうと、ハンマー等でガンガン叩いていた。 だがあれでは、扉を破るのにいつまでかかるか分からない。

 「おい、あのままじゃあの人、落っこっちまうぞ!」

 「ドラちゃん!」
(ドラえもん、ひみつ道具判定…成功)
 「分かってる。あの人を助けよう。タケコプター!」

 ジャイアンとしずかに促されつつ、ドラえもんはポケットから、頭に付けると自由に空を飛べる、ドラえもんの代表的ひみつ道具の1つ・タケコプターを5つ出し、全員に配った。

 「行こう!」

 ドラえもんの叫びと共に、5人は一斉に飛び立つ。周囲の人々は、空を飛ぶ、彼らからすれば見慣れない格好をした子供達が突然出現した事に驚き、さらに騒ぎ出す。

 「何だ、子供が空を飛んでるぞ!」

 「見慣れない格好してるぞ。魔法使いか!?」

 「いや、一人は人間じゃないぞ。タヌキか?」

 一方、塔の屋上を目指して飛んでいるドラえもんは、妙な違和感を感じていた。

 「……(ぼくはタヌキじゃないってのに…それにしても、何だかタケコプターの飛行速度がいつもより遅いような…気のせいかな?)」

 そして5人はついに、塔の屋上へとたどり着く。そこには地上から見た通り、赤マントを羽織った男と、美しい女性の姿があった。

 男は人間の姿をしていたが、つり上がった目とやや大きな鼻と耳、横に大きく裂けた口という、不気味な顔をしていた。肌は緑がかっており、手には黒く尖った爪が伸びていて、人間と言うよりは怪人のようにも見えた。 服装はフード付きの赤マントを羽織り、その下には右半分が黒、左半分が黄色のシャツを着て、緑のズボンを履いている。足には爪先が尖って上方向に沿った、緑のブーツを履いている。

 女性は長い黒髪に整った顔立ちの、20代前半と思われる美しい女性だった。軽装ではあるものの、周囲の民衆にくらべれば高貴な雰囲気のある、ドレスのような服を着ており、頭には真珠のような珠を 繋ぎ合わせたヘッドバンドを付けており、両手には宝石のはまった指輪をはめていた。

 そしてこれも地上から見た通り、女性は男によって、今にも塔の縁から落とされようとしていた。

 赤マントの男は浮上してきた5人を一瞥する。

 「来たか…」

 男はそうつぶやくと、女性を掴んでいた手を離した。

 「アアーーーーッ!!」

 悲鳴を上げながら落下していく女性。

 「危ない!」

 ドラえもんは急いでポケットに手を入れる。
(ドラえもん、ひみつ道具判定…成功)
 「ノビールハンド!」

 ドラえもんが出した道具、それは遠くの物を掴んで引き寄せる、手の付いた棒のような道具・ノビールハンドだった。ドラえもんがスイッチを押すと、それはみるみるうちに伸びていき、 落下していく女性の腕を掴んで引き上げた。

 「ドラえもん、こいつの事は俺達に任せて、その人を頼むぜ!」

 「分かったジャイアン。気を付けて。しずかちゃん、手伝って」

 「ええ」

 女性を抱えながら下りていくドラえもんとしずか。女性は気絶していた。残った3人は、塔の屋上に着陸する。

 「おいお前、観念しろ。もう逃げられないぞ!」

 男を威嚇するジャイアン。のび太もホルスターにしまっていたショックガンを抜いて男に向ける。だがスネ夫は首を傾げていた。

 「あれ? この人、どこかで見たような…」

 「おいスネ夫、何言ってんだよ。こんな奴、会った事あるわけ…」

 「あっ! あれは…」

 のび太の声に振り向くスネ夫とジャイアン。見ると、塔の屋上に巨大な影が投げかけられている。そして頭上20メートルほど上には、いつの間に飛んできたのか、巨大な豆型の気球が漂っていた。 その下に吊り下げられた毒々しい色のゴンドラから、1本のロープが垂らされている。

 男は素早く、塔の中央に建てられたポールに近付いた。どうやらそれを登って気球のロープを掴むつもりらしい。
(のび太、射撃判定…成功。ポールに命中)
 だが男がポールを登る前に、のび太はショックガンで威嚇射撃を行った。光線がポールに命中する。

 「そこを動くと撃つよ!」

 だが男は動きを止めたものの、さほど怯んでいる様子はない。男は不気味な笑みを浮かべる。

 「ほう、それが君達の世界の武器か。その空を飛ぶ道具といい、君達の世界には随分と便利な物が揃っているようだね」

 「えっ!?」

 「何だと!?」

 「こいつ、僕達がこの世界の人間じゃないって、知ってるの!?」

 驚く3人。すると男は右手の指を鳴らした。すると…


バタンッ! ガランガランッ…

イメージBGM:通常戦闘
 突然、金属的な音が響いた。3人が音のした方向を向くと…

 「わっ!」

 「ま、また出たー!」

 「こ、今度は炎のお化けかよ!」

 そこには全身が炎で構成された、人型の怪物が立っていた。その足元には金属製の上蓋が転がっている。 どうやら先ほどの音は、この怪物が塔の中から屋上に出る際に上蓋を吹き飛ばし、それが落下した音らしい。

 3人が怪物に気を取られていると、3人の頭上から何かが弾かれる音がした。

 「わっ!」

 「タケコプターが!」

 「てめえ!」

 驚いた3人が男の方へ視線を戻すと、男は小さな竹筒を口元に構えている。どうやら吹き矢で3人のタケコプターを弾いたらしい。弾かれたタケコプターは塔の縁から落ちていった。

 「やれ、デヴリン」

 「グオオオオー!」

 デヴリンと呼ばれた怪物は、男の命令と共に大きく裂けた口を開き、唸り声を上げて3人に突進してきた。

 「お、おい、のび太!」

 「うん!」
(のび太、射撃判定…成功。デヴリンに命中)
 スネ夫に促されたのび太はショックガンを放つ。光線は狙い過たずデヴリンの胸に命中した。

 …が、光線はデヴリンをすり抜けてしまった。デヴリンは何事も無かったかのように突進してくる。

 「え?」

 「そんな…」

 「…に、逃げろォ!」

 自分達の攻撃が通じないと悟った3人は、慌てて塔の屋上を逃げ回る。それを追い回すデヴリン。その間に男はポールを登り、気球から垂れ下がるロープを掴んでいた。 この時、ポールのそばに、折れた黒いレバーのような物が落ちていたが、デヴリンに追われていた3人は全く気付かなかった。


 一方、しずかとドラえもんは女性を抱えて、塔の入口付近へと降りた。
(ドラえもん、ひみつ道具判定…成功)
 「お医者さんカバン!」

 ドラえもんはポケットから、病人の病状を当て、即効性の飲み薬を調合する道具・お医者さんカバンを取り出した。

 「しずかちゃん、これでこの人を診てあげて。ぼくはのび太君達の援護に行く。あの気球の事も気になるし」

 「分かったわ。気を付けてね」

 しずかと女性を残して、ドラえもんは再び塔の屋上へと飛んでいく。

 しずかのところに、扉を破るのに悪戦苦闘していた衛兵達が集まってきた。地上から事件を眺めていた民衆も押し掛けてきたが、彼らは衛兵達に止められる。

 衛兵の1人がしずかに話しかけた。

 「き、君達は一体…そ、それに、キャロリーナ様は無事なのか?」

 「詳しい話は後です。今は私達に任せて下さい」

 しずかはそう答えると、お医者さんカバンの聴診器を、キャロリーナと呼ばれた女性の額に当てた…


 ドラえもんが屋上へとたどり着くと、赤マントの男がロープを登って気球のゴンドラに乗る様子が見えた。

 「このままじゃ逃げられちゃう。ようし、あの気球を…」

 「ドラえも〜ん! 助けてーっ!」

 「!? …あーっ、大変だー!」

 ドラえもんはのび太の悲鳴に振り向き、3人の現状を知る。3人はまだデヴリンから逃げ回っていた。
(ドラえもん、ひみつ道具判定…大失敗)
 「ええと、火を消す道具は…あれでもない、これでもない…」

 ドラえもんは慌てながら、ポケットからヤカンやら水筒やらを次々と出してはそこら中に放り投げている。 ドラえもんの四次元ポケットは、使用者の心に反応して出したい物を選択するため、慌てていると出したい物を思うように出せなくなる事があるのだ。

 「…ラジコン雨雲!…じゃなかった、これは…」

 そうこうしている間に、のび太達はデヴリンが出てきた、塔の内部へと入るための穴へと逃げ込んでいた。デヴリンもそれを追って塔の中へと入ろうとしている。

 「…こうしちゃいられない。こうなったら…えいっ!」

 ドラえもんは先ほど間違って出した道具を、デヴリン目掛けて投げつけた。それは、三角帽のような形をした道具だった。

(ドラえもん、投擲判定…成功)
 塔の内部に入った3人は、長い螺旋階段を駆け下りていく。その後をデヴリンが追ってくる。

 やがて3人は、鏡のように綺麗に磨き上げられた金属の壁で囲まれた部屋に出た。部屋の中央には大きな台があり、そこには灰や薪の燃えカスがたくさん乗っている。 壁には大きな窓がたくさん付いている。どうやらこの塔は、灯台としても使われているらしい。

 部屋を横切るように走る3人だったが…

 「わあっ!」

 のび太が何かに足を取られて転んでしまった。見ると、足元に木で作られた、硬そうな小箱が落ちている。

 「あっ!」

 「の、のび太!」

 のび太よりも前を走っていたスネ夫とジャイアンが立ち止まって振り向く。彼らが見たものは、転んでまだ起き上がれずにいるのび太と、そんな彼に襲いかからんとするデヴリンの姿だった。

 「うわ〜っ! ドラえも〜ん!」

 のび太に襲いかかるデヴリン。のび太の悲鳴が響く。その時…


ザッバァァァン!


 「グオオオオオウッッッ!!」

 大量の水が噴き出すような音と、デヴリンの悲鳴が響いたかと思うと、のび太の体はびしょ濡れになっていた。

 「…?」

 のび太が顔を上げると、デヴリンの姿は無く、怪物のいた場所の近くに、三角帽のような物が浮いている。それはしばらくすると、床に落ちた。

 「これは…」

 「良かった、間に合ったんだね」

 のび太達がその声に振り向くと、窓からタケコプターを付けたドラえもんが入ってきた。

 「屋上で怪物を見た時に、ざんげぼうを投げつけたんだ。火の怪物なら水をかぶせれば倒せると思ってね。でも、のび太君達が10秒間逃げ続けてくれるかどうか、心配だったよ」

 ドラえもんがデヴリンに投げつけた道具、それは、かぶった者が10秒以内に自分の犯した罪を認めない場合、認めるまで水を噴き出し続けるという帽子・ざんげぼうだった。 「かぶる」と言っても、実際には直接かぶるのではなく相手の頭上に浮かぶのだが…

 それが水を噴き出して、炎の怪物であるデヴリンを消火、消滅させたのである。

 「ドラえも〜ん!!」

 泣きながらドラえもんに抱きつくのび太。スネ夫とジャイアンも、のび太の無事を喜んだ。


イメージBGM:法王庁
 「ところでドラえもん、あの妙な男は?」

 「それが、怪物に気を取られてたら、もういなくなっていたんだ。あの気球で逃げたみたいだけど、それにしても逃げ足が早すぎるよね…」

 スネ夫の質問に、首を傾げながら答えるドラえもん。

 「とりあえず今は下に降りよう。さっき助けた人の事も気になるし」

 ドラえもんはそう言うと、階段を降りていった。のび太達もそれに続く。1階に着いた4人は、内側からかんぬきがかけられた塔の入口を開け、外にいたしずかと合流した。

 「良かった! みんな、無事だったのね」

 「犯人には逃げられちゃったけどね…それよりしずかちゃん、あの人は?」

 「大丈夫、気絶してるだけだったわ。薬を飲んで少し休めば治るって」

 しずかはお医者さんカバンと、空の大きな注射器のような物をドラえもんに見せた。お医者さんカバンが調合する飲み薬は、大きな注射器のような容器に入れられて出てくるという特徴がある。 ドラえもんはそれらを受け取ると、ポケットにしまい込んだ。

 合流した5人は、塔に押し寄せてくる野次馬の対処を衛兵達に任せ、先ほど助けた女性を塔の中へ運んだ。


イメージBGM:星の街
 女性はやがて意識を取り戻した。彼女は命の恩人であるドラえもん達に感謝し、塔の1階でドラえもん達の話を聞いてくれる事になった。

 「改めて礼を言わせて下さい。命を助けていただき、ありがとうございます。私はキャロリーナ。このカラメールを治めていたランゴール家の男爵・ブルーストーンの妻でしたが、 数ヶ月前に夫は病死し、今では私がこの街を治めています。それでは早速ですが、あなた方について話していただけますか」

 「はい…」

 ドラえもん達はまず自己紹介を行い、続いて自分達がここに来たいきさつを話し始めた。

 翻訳こんにゃくの効果により会話はできるものの、ロボットやタイムマシンや時空間といった言葉は、この世界の人間には理解できないようだった。 それでも、ドラえもん達が別世界から迷い込んできたという事は理解できたようだ。

 「それでは、あなた方は別世界から来たというのですか?」

 「そのようです。この世界には、ぼく達の世界では見られないようなものがたくさんありますから。それでぼく達は、元の世界に戻る手がかりを探しているんです」

 「…信じられないような話ですが、確かに、あなた方は見た事も無い服装をしていますし、あなた方の使っている魔法も、私達が見た事も無いものばかりですね」

 「いえ、ぼくの道具は魔法じゃないんです。ぼく達の世界では魔法が無くて、代わりに科学が発達しているんです。ぼくの道具は科学が作ったものなんです」

 「科学ですか。私達の世界にも科学というものは存在しますが、研究している人は限られています…」

 話を続けるドラえもんとキャロリーナ夫人。その時…

 「アーーーーーーーーーーーッ!!!」

 突然、部屋中に大声が響きわたった。声の主は…

 「な、何だよスネ夫。脅かすなよ!」

 「そうよスネオさん、人が話してる時に大声出すなんて、失礼よ」

 ジャイアンとしずかに抗議されるスネ夫だったが、彼はそれに構わず、夢中になって話し始めた。

 「思い出した! 思い出したんだよ! あいつの顔、どっかで見たと思ったら、僕達が時空の割れ目に飲み込まれた時に見たんだよ!」

 「あいつって、ボク達が屋上で会った、あの変な人の事?」

 「そういえば、私も割れ目に飲み込まれた時に、誰かの顔を見たわ。確かにあの人の顔だったわね」

 「そうか、あれはあいつの顔だったのか!」

 納得するのび太達。ドラえもんは腕組みしながら考える。

 「うーん、そうだとしたら、ぼく達がこの世界に来た事と、あいつは何か関係しているのかな…キャロリーナ夫人、あなたを殺そうとした、あの男は何者なんですか?」

 ドラえもんの質問に、キャロリーナ夫人は眉をひそめて答えた。

 「あの男は…"謎かけ盗賊"です」

 「「「「「謎かけ盗賊!?」」」」」

 5人の声が同時に復唱する。

 「運と偶然の神ロガーンの使者です。変装の名人で、色々な場所に入り込んでは、気紛れに混沌と無秩序をばら撒いていると言われる、謎に包まれた存在です。 行く先々でなぞなぞを残していく事から、謎かけ盗賊と呼ばれるようになり、今では本人自ら名乗っているそうです。 善悪の区別なく、運と偶然の神の名のもとに活動して、奇妙な事件を起こしていると言われています」

 「? ウンとグーゼンのカミ? コントンとムチツジョ?」

 のび太は呆けた顔で首をひねる。

 「…のび太君には難しいか。つまり、神のためとか言って、あちこちで変な事件を起こしてる、迷惑な人って事だね」

 「…でもその謎かけ盗賊が、どうしてキャロリーナ夫人を殺そうとしたんですか?」

 しずかの質問に、キャロリーナ夫人は少しの沈黙の後、話し始めた。その内容は…

 かつてキャロリーナ夫人は、ダッシュのハメットという魔法使いを雇っていた。彼は魔法使いとしてはさほど強力な力は持っていなかったが、人徳があり、街の人々の助けも進んで行っていた。 また夫人は、コナ・ナンドラムという予言者も雇っていた。彼は1ヶ月前にカラメールに現れ、その予言によりキャロリーナ夫人やその関係者達の手助けをした事から雇われる事になったという。

 だがナンドラムを雇ってから数日後、突然ハメットが行方不明になり、同時にカラメールの塔に保管されていた宝石”いざないの瞳”も無くなってしまった。夫人がその事をナンドラムに相談した結果、 彼はハメットが宝石を盗んだ犯人であり、ハメットは殺されると予言した。

 そして予言通り、ハメットは街の一角で、喉をかき切られた死体となって発見された。宝石は行方不明のままだったが、その時点では、ハメットは宝石を盗んだ後、 取引相手とトラブルを起こして殺されたとされた。

 だが夫人や一部の関係者達は、人徳のあるハメットが犯人であるという結論に納得できず、夫人はナンドラムを不審に思うようになった。

 そんなある夜、夫人はハメットの部屋から、ハメットが隠したメモを発見した。ハメットは前からナンドラムの行動を不審に思い、密かに彼の事を調査していたのだ。 そのメモには、ナンドラムの正体が運と偶然の神ロガーンの使者・謎かけ盗賊である事、宝石に秘められた魔力を使って何かを企んでいる事等が書かれていた。 またハメットは、ナンドラムの正体を知った事で、自分が狙われる恐れがある事も予想していた。

 そして今朝、夫人がナンドラムを問い詰めたところ、ナンドラムは正体を現し、逆に夫人を塔の屋上へと追い詰めたのだという。

 「そこへボク達が駆けつけたってわけか」

 のび太が言う。

 「そういう事だね。それじゃあ、宝石を盗んだのも、ハメットさんを殺したのも…」

 ドラえもんの言葉に、キャロリーナ夫人が頷く。

 「恐らく、あの男でしょう。あの男は最初から”いざないの瞳”を狙ってこの街に来たのでしょう」

 「ほんと許せねえ奴だな、そのなぞなぞ海賊とかいう奴は」

 「ジャイアン、謎かけ盗賊だよ」

 すさかず突っ込むスネ夫。

 「…その”いざないの瞳”というのは、どんな宝石なんですか?」

 再びしずかが尋ねる。

 「我がランゴール一族に伝わる、黒い宝玉です。何か不思議な力があると伝えられていましたが、どんな力なのかは誰も知りませんでした。 それでハメットに調査を依頼していたのですが…ハメットは、この宝石には世界の壁を弱める魔力があると言っていました。しかし、その力を使う方法までは発見できなかったようです」

 「世界の壁を弱める、か…それってもしかして…」

 ドラえもんがつぶやく。彼の言葉にジャイアンが反応する。

 「もしかして…何だよ?」

 「もしかして、世界を隔てる壁を弱めて、別世界と行き来できるようにする、という意味かも知れないね」

 「じゃあボク達がこの世界に来たのって、その宝石のせいなの?」

 するとスネ夫が、先ほどのキャロリーナ夫人の話を指摘する。

 「でもさ、ハメットさんはその力を使えなかったし、今その宝石は謎かけ盗賊が持ってるんだよね?」

 「という事は…私達をこの世界に呼んだのは…」

 「謎かけ盗賊、という事になるね。そう考えれば、これの事も説明がつくし。みんな、これを見てよ」

 ドラえもんはポケットからある物を出した。

 「これは、塔の屋上に落ちていたんだ。謎かけ盗賊が落としていった物らしいんだけど」

 首を傾げるのび太達。それは、黒いレバーのような物体だった。

 「何かしら? 何かのレバーみたいね」

 「どこかで見たような…そうだ、タイムマシンに付いてるレバーに似てるね」

 「そうだよ、のび太君。これは、タイムマシンに付いてるレバーだよ」

 「えっ? でもこれ、謎かけ盗賊が落としたんだよね?」

 「おい、何でそんな物を謎かけ盗賊が持ってるんだよ? まさか…」

 スネ夫とジャイアンの指摘に、ドラえもんは頷いた。

 「そのまさかだよ。タイムマシンは謎かけ盗賊が盗んでいったと考えられるんだ」

 「…ボク達をこの世界に連れてきたのも、タイムマシンを盗んだのも、この街で事件を起こしたのも、全部謎かけ盗賊のせい…」

 のび太がつぶやく。

 「…でも変じゃない? 謎かけ盗賊は夫人を襲うまでは、予言者に化けてこの塔にいたんでしょ? 僕達は今日この世界に来たばかりなのに、 そんな僕達の所まで行って、タイムマシンを盗む暇なんてあったの?」

 そんなスネ夫の疑問に答えたのは、キャロリーナ夫人だった。

 「ハメットのメモによれば、謎かけ盗賊は、彼と同じく運と偶然の神に仕える、不思議な力を持った魔神達を手下にしているそうです。 あなた方がタイムマシンと呼んでいる物を盗んだのは、魔神達なのかも知れません」

 「タイムマシンを盗んだのは、私達をこの世界から逃がさないためなのかしら?」

 「そんなところだろうね。ぼく達をこの世界に呼んで、何を企んでいるのかは分からないけど」

 「そいつが何を考えてるかなんて関係ないぜ。俺達の手で、その謎かけ盗賊って奴をとっちめて、タイムマシンも宝石も取り返してやろうぜ」

 ジャイアンは拳を振り上げた。ドラえもんも頷く。

 「そうだね。ぼく達が元の世界に帰る手がかりを見つけるためにも、謎かけ盗賊を見つける必要があるね」

 「…実はその謎かけ盗賊の事で、あなた方に見せたい物があるのです。あの男を探すための手がかりになるかも知れません」

 キャロリーナ夫人がそう言った時、横から子供の声が聞こえてきた。

 「キャロリーナ様、例の物を持ってきました」

 現れたのは、粗末なベストとズボンを身に着けた、ギザギザした髪型の、のび太達と同じくらいの年齢と思われる少年だった。

 「ダッパ、丁度良いところに来ました。それを彼らに」

 ダッパと呼ばれた少年は5人に近付くと、手に抱えていた、木でできた小箱をその場に置いた。

 ドラえもんがそれを覗き込む。

 「これは?」

 「いつからかは分かりませんが、この塔に置かれていた箱です。謎かけ盗賊が残していったものらしいのですが、我々には開ける事も、壊す事もできないのです」

 「謎かけ盗賊が残していったものだって、どうして分かるんですか?」

 スネ夫が尋ねる。

 「表面になぞなぞらしき奇妙な文が書かれているのです」

 5人が覗き込むと、表面には確かになぞなぞのような文が書かれていた。その内容は…


  わたしの中身を知りたくば この謎解いて そこにつけ わたしは開いて その中に このなぞなぞのわけがある
  風が吹くたび震える癖に すごく重たい荷にもなる きみもこいつでできている


 「何だよこれ?」

 「確かになぞなぞみたいね」

 首を傾げるジャイアンとしずか。

 「あれ? この箱ってもしかして、ボクが怪物に襲われた時に落ちてた箱じゃない?」

 のび太がそう言って、箱の上蓋に触れたその時…

  パカッ

 箱の上蓋がひとりでに開いた。

 「なっ!?」

 「えっ?」

 「開いた…」

 ジャイアン、スネ夫、しずかが順に驚きの声を上げる。

 「そ、そんな。我々が何をしても開かなかった箱が…」

 キャロリーナ夫人も呆気に取られている。

 「の、のび太君、何をしたの?」

 「な、何って、ボクは何も…」

 のび太も何が何だか分からずに動揺している。

 「…あっ、そうか! 分かった!」

 この事態に答えを出したのはスネ夫だった。

 「おいスネ夫、何が分かったんだ?」

 ジャイアンがスネ夫の顔を覗き込む。

 「この箱がどうして開いたか、だよ。まず、このなぞなぞの答えだけど、風で震えて、重い荷物にもなって、人の体を作っているもの、それって”水”だよ。 ”この謎解いて そこにつけ”っていうのは、なぞなぞの答えである”水”に”漬けろ”って意味だったんだよ」

 「それじゃあ、これは水に漬ければ開くって事なのね?」

 「そういう事。それにのび太、これってお前が怪物に襲われた時に落ちてた箱だって言ったよな」

 「うん」

 「僕達、怪物に水をかぶせて退治しただろ。その時、この箱も水をかぶったんじゃないか?」

 「そうか! あの時に…」

 納得したドラえもんは、ダッパの方を向いて尋ねる。

 「…えっと、ダッパ君って言ったね。この箱を持ってくる時、蓋に触った人はいるかな?」

 「いや、オイラはこれを持ってくる時、誰にも箱に触らせていないし、オイラも一度も蓋に触らなかったよ」

 「そうか。つまり、これは水に漬けると鍵が外れて、その後で誰かが蓋に触ると開く仕組みだったんだね」

 ドラえもんの説明に納得する一同。

 「そんな事より、箱の中には何が入ってんだよ?」

 「どれどれ…これは…巻物?」

 ジャイアンに促されたのび太が箱を覗き込むと、1枚の巻物が入っていた。それを取り出して広げる。巻物の内容は…


  私は常に人々に、運と偶然の機会を与える事にしている。運も偶然も無ければ、私の居場所はどこにある?
  ハメットの敵を取りたいならば、私の後を追いたいならば、私はそれを止めはしない。それどころか、乗り物まで提供してやろう。
  ただし、ただというわけにはいかない。3つの小物を集め、ブリオン岬でそれらを海の神に捧げよ。
  なすべき事はただ一つ。私のなぞなぞを解いて、3つの小物がカラメールの街のどこにあるかを発見するだけだ。
  幸運を祈る。そして、不運をも祈る。どちらにせよ、私には同じ事だ。


 その文章の後ろには、6つのなぞなぞが書かれていた。どうやらそのうちの3つは小物を指しており、残りの3つはそれらのありかを指しているらしい。その内容は…


  わたしは何?
  波を分け 行くは白き羽根持つ魚 泡立つ荒野を突き進む ロープで縛られ 布で引かれ 商人達が遅れぬように

  わたしはどこに?
  ひとつめはガムにはあるが、ゴムにはない ふたつめは6つにあって、7つにもある
  みっつめは子にはあるが、親にはない よっつめは小にも中にもあるが、大にはない
  全部合わせて、わたしは子供のすぐそばに

  わたしは何?
  丸いお腹にゃ鉄の輪っか 陽気さもたらす品運ぶ 人を殺めた事もなく 盗みもした事ない なのに頭を槌で打たれる

  わたしはどこに?
  片言話すこのわたし 緑の衣装で小生意気 捕らえられたる檻の壁 網の目以上の穴だらけ

  わたしは何?
  頭もなければ尻もなく 骨と皮とに留められる 音など立てやしないのに もう一つのわたしは鳴り渡る

  わたしはどこに?
  頭に角ある怖い人 その名は世界に鳴り響き 人と獣がわたしの名


 「…つまり、謎かけ盗賊を追いかけるには、ぼく達はこの街で3つの物を見つけて、それをブリオン岬とかいう場所で海に投げ込めば良いわけだね」

 「それを見つけるためのヒントが、このなぞなぞという事ね」

 納得するドラえもんとしずか。

 「でも大丈夫? 僕達を止めない上に、自分から乗り物までくれるって、気前が良すぎるよ。罠なんじゃないの?」

 怪訝そうな顔でスネ夫が言う。

 「罠だろうと知った事か! 俺達を甘く見やがった事を、後悔させてやるぜ!」

 「やるしかないよ。ボク達が元の世界に帰るためにも。それにドラえもんの道具があれば負けるわけないよ。そうだよね、ドラえもん?」

 「もちろん!…と言いたいところだけど、今回は、そうも言ってられないかも知れないんだ」

 ドラえもんの水を差すような発言に、その場がしばらく沈黙する。

 「それってどういう事なの、ドラえもん?」

 のび太が尋ねる。

 「何故かは分からないけど、この世界では、ぼくの道具の効果が弱まるみたいなんだ。ショックガンの威力も弱まってたし、タケコプターの飛行速度もいつもより少しだけど落ちてたし。 どれくらい弱まるかは、道具によって差があるみたいだけど…」

 「そんな、頼りねえ事言うなよ…」

 「でもドラちゃん、道具を使えないわけじゃないんでしょ? 気を付けて使えば、何とかなるんじゃないの?」

 「そうだよ。これまでの冒険でだって、ドラえもんが壊れたり、ひみつ道具が使えなくなったりした事なら何度もあったじゃないか。それでもボク達は、力を合わせて何とかしてきたんだ。 ちょっと道具の力が弱くなったくらい、何ともないさ」

 「…分かったよ。危険な冒険に付き合うのは僕ももう慣れたからね。…それにしてものび太の奴、ほんとに大長編になるとかっこ良い事を言う…これは大長編じゃないけどさ」

 スネ夫のメタ発言はさておき、5人は謎かけ盗賊に立ち向かう事を決意するのであった。

 「情けない話ですが、不思議な力を持った謎かけ盗賊には、私達の力では到底太刀打ちできないでしょう。でも、不思議な道具を使うあなた方なら、あの男にも立ち向かえるかも知れません。 あなた方のような子供に、このような危険な事を任せるのは不本意ではありますが、どうか、あの謎かけ盗賊から”いざないの瞳”を取り返してください。あの男にあの宝石を持たせておいたら、 また何に悪用されるか分かりません。それに我々は、ハメットを殺したあの男に、正義の鉄槌が下る事を望んでいるのです」

 キャロリーナ夫人は5人に頭を下げると、ダッパの方を向いた。

 「ダッパ、あなたもこの方々に同行しなさい。あの男を追うのに必要な、3つの小物がこの街の中にある以上、初めて街に来たこの方々には案内人が必要なはずです」

 「わかりました、キャロリーナ様。みんな、街の案内ならオイラに任せてよ。この街の事なら、隅から隅まで知ってるから。オイラは召使いのダッパ。よろしくな」

 「ぼくドラえもん。よろしく、ダッパ君」

 「ボク、野比のび太。よろしく」

 「僕は骨川スネ夫だよ。よろしく」

 「俺は剛田武。人呼んでジャイアン。よろしくな」

 「私は源しずか。よろしくね」

 「キャロリーナ夫人、ありがとうございます。あとはぼく達に任せて下さい」

 自己紹介を終えた5人は、キャロリーナ夫人に礼を言うと、ダッパと共に塔の外に出た。

 「そうだ。これ、みんながが飛ぶのに使ってた物だよね」

 そう言ってダッパが5人に差し出したものは…

 「あら、これって、タケコプターじゃない」

 「塔のそばに落ちてたのを拾ったんだ。ふーん、タケコプターって言うんだ…」

 「ボク達の使ってたタケコプターだよ。塔の上で謎かけ盗賊に撃ち落とされたんだ。ありがとう」

 「忘れるとこだった。助かったよ」

 「感謝するぜ」

 ダッパに感謝してタケコプターを受け取る3人。

 「さてと、まずはどこへ行くべきかな」

 「ドラえもん、探し物なら、まずは商店街からが良いと思うんだ。塔の近くにあるよ。オイラについて来て」

 そう答えると、ダッパは5人を街の商店街へと案内した…


 原作「謎かけ盗賊」との設定の相違

 ・原作ではブルーストーン男爵は病死しておらず、塔の屋上で謎かけ盗賊に襲われるのはキャロリーナ夫人ではなくブルーストーン男爵である。 しかも、彼は主人公達が屋上にたどり着くと同時に塔の縁から突き落とされ、墜落死してしまう(助ける事はできない)。ちなみにキャロリーナ夫人は塔の1階で椅子に縛られている。

 ・原作のデヴリンは謎かけ盗賊の手下ではない。塔の金属の壁で囲まれた部屋で、檻に入れられていて、灯台として使われる塔の光源として利用されている。 謎かけ盗賊はこの檻の鍵をわざと開けたままにしており、主人公達が塔の中を進んで屋上を目指した場合、檻から出てきたデヴリンと戦う事になる。そのため、屋上でデヴリンと戦う事はない。

 ・原作では、謎かけ盗賊はポールを登って気球のロープを掴んだ後、魔法でポールを大蛇に変えて主人公達を襲わせる。

 ・”いざないの瞳”は原作には存在しない、このプレイのみのオリジナルアイテムである。

 ・謎かけ盗賊が化けた予言者ナンドラムは、原作では夫人ではなく男爵が雇っている。雇われた経緯に関する設定は特に無い。

 ・ハメットの設定は、原作とは大幅に違う。原作のハメットは、ナンドラムが雇われた後で、男爵の悩みの種を見つけるために夫人が雇っている。ハメットはナンドラムが、 なぞなぞの難問を次々に出して男爵を徐々に狂わせようとしている事に気付き、塔の事件当日、男爵に忠告しようとして塔に入った結果、ナンドラムに待ち伏せされて殺された。

 ・原作の木の小箱は、塔の2階に座らされている、首を耳から耳まで切り裂かれた死体の両手に持たされている。この死体がハメットである。

 ・原作のダッパは14歳の青年。また、キャロリーナの召使いではなくハメットの弟子である。


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