エピローグ
22世紀からやってきた応援の数は、任務失敗のときのことも考えられていたため、非常に大規模だった。「任務失敗」のことを考えるというのは、見方を変えればカズヤ達が死ぬことも考慮に入れていた、ということだが、カズヤ達は合理的な考えであり、妥当な判断だとだけ思っていたので、別段腹も立たなかった。極東支部はおろか、東アジア支部、太平洋支部もほとんどのパトロール艇を出動させた。大量のパトロール艇や輸送艇がヘリポートや空き地、道路に着陸し、無数の隊員やロボットを吐き出す。
TPの任務は時間犯罪の取締だけではない。事後処理もまた、重要な任務である。むしろこちらの方が、事件解決よりも慎重に行わなければならない仕事である。時間犯罪者が過去へとやってくる際にもってきた様々な機材や物品を押収、あるいは破壊し、彼らの建造した施設を破壊する。さらに、事件を目撃したその時代の人間の記憶も、その事件に関する部分だけを消去する。時間犯罪があった痕跡を完全に消し去り、時間犯罪者がやってくる前の状態、本来のあるべき姿である「何事もなかった」状態に戻すことも、時空の秩序の維持のためには重要なのだ。彼らTP隊員は日頃の訓練と経験により、この任務を慎重かつ完璧にこなすことができす。ドランサー達の目の前でも、この作業はてきぱきと進められていた。亜空間破壊装置と殺人音波発生装置は今後の捜査資料用にデータだけが記録され、その後破壊された。核ミサイルやトルーパーロボットも全て回収される。都民達の閉じこめられた箱も、お座敷釣り堀の中から次々と運び出される。中から助け出された都民はビッグライトで元の大きさに戻されたが、騒ぎをおこさないためにまだ眠らされたままだった。4人は大型司令船のブリッジから、その様子を眺めていた。
「君たちのおかげで、未来世界は最大の危機を乗り越えることができた。未来人すべてに代わって、感謝の言葉を述べたい。ありがとう。」
タカクラ長官の言葉に、カズヤとドランサーは敬礼した。ドラえもんとのび太も、あわてて頭を下げる。
「たった二人でこの危険な任務に挑んでくれたカズヤ君とドランサー君は勇敢だ。危険を承知で二人に協力してくれたドラえもん君、のび太君の勇気もすばらしい。君のような祖先を、我々は誇りに思うよ」
長官に肩を叩かれ、のび太は照れ笑いを浮かべた。
「そんな・・・。僕達はただパパやママや友達を助けたかっただけで・・・」
「いや、君たちの行為は賞賛に値する。物品の譲渡は航時法によって禁止されているので、我々にできるのはただ感謝の言葉を伝えるだけだが・・・」
「それで十分です。みんな無事でさえいてくれたら・・・」
「一つ、尋ねてもいいですか?」
ドラえもんが手を挙げた。
「これから、ドランサーはどうなるんですか?」
その言葉に皆がハッとし、ドランサーに視線が集まる。
「ドランサー、お前はこれからどうしようと思っているんだ?」
カズヤが尋ねると、ドランサーは静かに言った。
「今回の事件は、バイオロボットの存在が招いたものだ。俺達バイオロボットは、生まれてはならない存在だったのかもしれない・・・。だとすれば、再び眠りにつくか・・・」
「そんな! 君は今回一番がんばったじゃないか!」
「今さら、自分を封印しようなんて!」
口々に反対するのび太、ドラえもんの声に耳を傾けていたカズヤだったが、やがてドランサーに向き直ると強い口調で言った。
「お前の考え方は間違っているぞ、ドランサー。」
そう言うとカズヤは、今度は長官に向き直った。
「長官、お願いがあります。」
「何かね?」
「ドランサーを・・・タイムパトロールに入隊させる許可を与えてはくれないでしょうか?」
カズヤの提案に、全員が驚いた。
「カズヤ・・・」
「私は彼と行動を共にして、彼がどのような人物であるかを理解したつもりです。彼は我々人間と同じか、それ以上に人の幸福を願い、人の不幸を悲しむことのできるロボットです。そしてそのために、戦いに身を投じることのできるロボットです。それは我々、時間犯罪から人々を守るTP隊員にとって、そして人間にとって、最も必要な資質だと私は考えています。」
長官はドランサーを見やった。
「ドランサー君、君は、君の兄弟達が罪を犯したことについて、悔やんでいるのかね?」
「はい・・・」
「私たちは、ロボットも人間と同じ感情を持つ以上、人間と同等のものと思っている。しかし、君たちは道具と同じように我々によって作られる存在でもある。このことが、君たちロボットに辛い目を味わわせてしまう最大の原因でもある。銃は人を殺さない。人を殺すのは・・・人だ。今回のような事件の責任が誰にあるのかといえば、それは人間にある。人間の愚かさによって起こる悲劇を完全に断つことは、残念ながら不可能だろう。だが我々は、少しでもこの業を償うしかない。逃げることの許されない戦いだ。このようなことを頼めた義理ではないかもしれないが・・・我々のこの戦いに協力してはくれないだろうか?」
ドランサーは、少し考え込んだ。
「俺には、そんな重い決心はありません。あるのは、人間と同じ心を与えられた以上、ロボットとしてではなく人間と同等のものとして、人を守りたいという思いだけです。俺の力を必要とし、仲間として受け入れてくれるのならば、喜んでお手伝いしましょう」
長官は満足そうにうなずくと、握手を求めた。ドランサーが差し出された手を握り返す。ドラえもん、のび太、そしてカズヤは、その様子を見て笑顔を浮かべた。
夕方。TPの手際のよい人海戦術により、全ての作業は完了し、TP隊員やロボット達の撤退準備が始まっていた。ドランサー達と、ドラえもん、のび太との別れの時がやってきた。
「ドラえもん、それは?」
ドランサーは、先ほどからドラえもんが手に持っているものに気がついた。
「ああ、ヒラリマントだよ。ただし、今は壊れてただの布きれだけどね」
そう言ってドラえもんは、手にしたマントを見せた。本来は鮮やかな紅色をしているマントは、イモグモングの爆発を正面から受け止め、許容量以上のダメージを受けたためあちこちちぎれ、その色もまるで使い果たしたように真っ白になっていた。
「これじゃ、もう使い物にはならないな」
「そんなことはない。よかったら、それを俺にくれないか?」
「これを? かまわないけど、一体何に使うの?」
キョトンとするドラえもんの手からマントを受け取ったドランサーは、それを首へと巻き始めた。やがて首に巻き終わったそれは、マントと言うよりマフラーと言うのがふさわしいものとして、ドランサーの腰まで垂れ下がった。純白のマフラーはドランサーの漆黒の体に映え、シンプルではあるが力強いイメージを受ける。あちこちの破れ目も、激しい戦いを生き抜いたことを証明するものである。
「防御には役に立たなくても、こうして記念品としては十分すぎるくらいだ」
「これはいい。お前のトレードマークだな」
カズヤはドランサーの肩をポンとたたいた。
「今回君たちと出会えたことの記念として、これをもらいたいんだ。長官、かまいませんか?」
「22世紀のロボットが、22世紀の道具を22世紀のロボットに渡す。何もまずいことなどありはしないよ。」
「僕もかまわないよ。ヒラリマントはまた替えばいいんだから」
その時、一人の隊員が長官の元へとやって来た。
「まもなく撤退準備が完了します。」
「わかった。こちらもそろそろ行こう。」
その言葉を聞いて、ドランサーはドラえもんに向き直った。
「いよいよ、お別れだ。俺は君たち二人を見て、人間とは、ロボットとはどういうものか、二つはどのように関わっていくべきかということを、少しではあるが理解できた。君たちには本当に、感謝しているよ」
「ああ。君たち先祖の見せた勇気と行動は、俺達も見習わなければな」
のび太は笑った。
「先祖だなんて言われると、なんだか偉そうだけど・・・。僕はただ、みんなでなかよくやっていこうと思っているだけだよ。ねぇ、ドラえもん」
「うん。人間とかロボットとか、難しく考える必要はないと思う。僕達は友達だから、お互いに助け合うのは当然なんだよ。そういう関係でいいんじゃないかな、人とロボットって」
ドラえもんの言葉に、ドランサーはうなずいた。
「そうだな。頑張っていこうぜ、お互いに。」
ドランサーとドラえもんは固い握手をかわした。同じように、カズヤとのび太も握手をする。
「それじゃあな。」
ドランサー達はパトロール艇へと歩き出した。
「さようなら! またこの時代に来たら、遊びに来てくれ! きっとだよ!」
手を振るドラえもんとのび太に対して、ドランサー達は一度だけ振り返り大きく手を振ると、パトロール艇へと乗り込んだ。それからまもなく、無数の航時艇は空高くゆっくりと上昇し、やがてまぶしい閃光とともに消えた。
それからしばらくして、東京の人々はもとの平穏な日常に戻った。TPの使用した記憶部分消去電波、通称「わすれ電波」により、ドラえもん、のび太を除く全世界の人々の記憶からあの事件に関する記憶は消去されていた。ドランサー達の活躍とTPの完璧な事後処理により、「史上最大の時間犯罪」の痕跡は完全に20世紀の世界から消えたのである。
−2126年 事件から3ヶ月後 TP極東支部・第一駐機場−
事件から3ヶ月がたち、TPは別の後始末に追われていた。事件のさなか、バイオロボットの反乱によってその中心メンバーを失い、統制を失ったクロウ。TPは各時代、各地域に孤立したクロウのアジトを破壊し、メンバーを検挙する作戦、すなわちクロウの残党狩りを実行に移していた。指導者を失ったメンバーにはもはや抵抗の力はなく、ほとんどのアジトはTPとの戦火を交えることなく降伏した。もはやクロウの壊滅は、時間の問題となっていた。
TP極東支部もこの任務に追われ、TSWATはもちろん、通常パトロール隊も検挙に当たっていた。そしてその日も、いつものようにサナダ隊長がTSWAT隊員全員を前にし、出撃前の訓辞を行おうとしていた。いつもと違うのは、彼の少し後ろに一体のロボットが立っていたことだ。
「今日から我々に新しい仲間が加わることになった。海外では例があるが、極東支部初
のTSWATロボット隊員となる。紹介しよう、ドランサーだ。」
ロボットは一歩前に進み出た。黒いボディーに白いマフラー。胸には金のTPバッジを光らせるそのロボットは、3ヶ月の特別訓練を経て、晴れて正式隊員となったドランサーだった。
「この度TSWAT−Jアルファ小隊配属となったドランサーです! よろしくお願いします!」
ドランサーが敬礼をすると、その前に並ぶ隊員達も一斉に敬礼をし、彼を迎えた。
「それでは本日も、クロウアジトの検挙に向かう。相手からの組織的抵抗はもはやないだろうが、くれぐれもチームワークを忘れず、油断のないように。各員、搭乗開始!」
隊員達がサナダの言葉でバッと散らばり、それぞれのパトロール艇へと乗り込んでいく。アルファ小隊長、カズヤにドランサーが並んだ。
「カズヤ隊長! よろしくお願いします!」
それを聞くと、カズヤは思わず笑ってしまった。
「まじめに勉強をしたようだな。仕事場ではそれくらいで十分だ。またいつか二人で組むこともあるだろうが、その時は以前のような調子でかまわないぞ」
「了解!」
やがて、十数機のパトロール艇が上昇し、大空へと消えていった。
−20世紀 東京都練馬区 学校の裏山−
大きな音をたてて、ジャンボ機が大空に長い飛行機雲をひいていく。のび太は柔らかい草の上に寝転がり、それを目で追っていた。やがてジャンボ機も飛び去り、あたりは再び鳥の声だけが聞こえる静寂に戻った。街の車の音も、ここまでは届いてこない。
と、彼の耳に小さなプロペラ音が聞こえてきた。やがて、小さなプロペラを頭につけて空を飛ぶ青いロボットが、彼の視界の中に入ってきた。そして、着陸したロボットはタケコプターをポケットにしまいながら、のび太に言った。
「やっぱりここにいたか」
のび太は体を起こし、大きなあくびをした。
「気持ちがよくってね。君もここに来てみなよ。」
その言葉をうけて、ドラえもんはのび太の横に腰をおろした。
「不思議なんだよね・・・」
「なにが?」
「あれから何を見ても・・・なんていうのかな・・・輝いてるというか・・・前よりもきれいに見えるんだよ。空も、街も、この山も・・・」
それを聞いて、ドラえもんは少し考えた。
「守ったから、じゃないかな?」
「守ったから?」
「今まではなんとなく見てきたものが、必死になって守ったことで、それだけの価値のあるものとして見えてきた。そういうことかもしれない。本当は今君にそう見えるようにきれいなのに、その中でいつも暮らしているから当たり前になってそれに気づかない。あんなことになってそれを失いそうになったあとだから、その美しさにあらためて気づいたのかもよ。」
ドラえもんがしみじみと言った。
「そうか、これが普通なのか・・・」
のび太は再び寝転がり、空を見上げた。
「でも、本当にきれいな空だ。こんなきれいな空がこの先ずっと、どこまでも、未来まで続いていけばいいなあ・・・」
「続いていくさ。青い空が好きな人がいるかぎり。」
ドラえもんもゴロリと仰向けになった。そのまま二人で、しばらく青空を眺める。
と、のび太が急に身を起こし、ドラえもんに言った。
「そうだ、ドラえもん、何しに来たの?」
それを聞いて、ドラえもんはガバッと身を起こした。
「そうだった! 先生が家庭訪問にくるって電話があったから、急いで家に連れ戻すようにママに言われたんだ!」
「えーっ!? また先生が来るの!? いいかげんにしてほしいなあ」
「グダグダ言ってるひまはない! 急ごう、うっかりしてた!」
心底うんざりしたという顔ののび太に、ドラえもんはタケコプターを渡した。小さな回転音をたてながら、二人はどこまでも続く真っ青な空へと舞い上がっていった。
完
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