第1章 黒いロボット



−2126年 日本・富士山麓 T・P極東支部中央会議室−

 「おそれていたことが、起こってしまったな」

 ヒュウガタイムパトロール極東支部長官は重く口を開いた。彼の前に円卓を囲んで座っている出席者達も、同じく沈痛な表情をしている。

 「破壊された亜空間の修復にはあとどれほどかかる?」

 「メドがたっていません。これまで亜空間破壊装置の使用をたくらんだ組織は数多く存在しましたが、実際にその使用を許してしまったのは今回が初めてです。今回のような事態が起こった時のために我々時空間修復班は訓練を重ねてきましたが、今回使用されたのは奴らが独自に開発した強力な新型亜空間破壊装置のようです。亜空間のねじれやひずみが相当ひどく、我々としても適切な修復ラインを見つけるのが困難な状況に置かれています」

 「それをなんとかするのが君たちの役目だ。世界各地で過去の人間や建物が出現したり、反対に人間や建物が消失するような怪事件が続発している」

 「そんな問題は亜空間の修復が終わればすぐに解決できる。最大の問題は、奴らが「時間の孤島」をつくったうえで何をたくらんでいるかだ。下手をすれば、我々の存在自体が抹消されかねない」

 「亜空間破壊装置を使用されたというだけでもやっかいなものなのに、ICKOの開発した戦闘用ロボットまで敵にいるという話だ。国際問題にまで発展するぞ、これは」

 「時空振動波の震源をたどったところ、震源は20世紀末の日本だということが判明しました。一刻も早くやつらの拠点を発見し、破壊しなければなりません。20世紀在住の航時移民や支局の隊員達の安否も心配です」

 「しかし、時空間がそこまでねじれていては我々のS型パトロール艇では時空間航行は不可能だ。どのように部隊を送るのかね?」

 「それについては、タカクラ開発室長から報告があると」

 セキ亜空間修復班長の言葉を受け、タカクラ技術開発室長が立ち上がった。

 「これまで我々開発室では、今回のような場合にも対処できるような新型タイムマシンの開発を続けてきました。幸いなことに、今回の事件の発生の4日前、その試作器「サン・ジェルマン」が完成しました。「サン・ジェルマン」は今回のようなひどい亜空間のねじれが生じても、わずかに残った正常な亜空間のすきま、「亜空間ポケット」をたどって目的の時代に隊員を送り込むことができます」

 そう言うと、タカクラは手元のスイッチを押した。円卓の中央のガラス部分から光が投射され、魚を思わせる優美なフォルムのタイムマシンの立体映像が現れる。

 「なるほど。」

 「ただし、試作機であるため問題が・・・。」

 「なにかね?」

 「亜空間ポケットは非常に狭いものです。そこを通過させるためにサン・ジェルマンは小型化の必要に迫られました。そのため、定員は2名・・・」

 「・・・」

 一同が沈黙した。

 「しかし、現在のところ、サン・ジェルマンを使用するしか方法はありません。精鋭隊員を2名しぼり、一刻も早く20世紀に送り込まなければ。この方法にかけるしかないのです」

 サナダTSWAT−J隊長の言葉に、長官もうなずいた。

 「その通りだ。突入隊員は君の部隊から選出してほしい」

 「ハッ。了解しました。しかし長官。その件について相談したいことがあります。他の班長、課長、室長の皆さんの意見もうかがいたいのです」

 「もちろん聞こう。話してくれ」

 「先日、今回の事件を知った民間の科学者から、この極東支部に連絡がありました。彼は敵が強奪した3体のバイオロボットの脅威を十分に理解していて、自分のところにあるバイオロボットを捜査に協力させて欲しい。そう申し出てきたのです」


−TP極東支部・TSWAT−J隊長室−

 「・・・以上が今回の君の任務だ」

 サナダ隊長は目の前に立つ若いTSWAT隊員に言った。

 「20世紀在住航時移民、それに時間旅行者の保護はどのように?」

 若い隊員が質問をする。

 「本来ならばそれも任務にはいるが、今回の場合潜入できるのは君も含めて2名。この人数でそれを行うことは不可能だ。現地の支局がその任務をすでに行っているはずだ。君たちはアジトの破壊工作に専念しろ」

 そう言いながら、サナダは電子手帳を隊員に手渡した。

 「今回の任務に必要と考えられる情報はすべてインプットしてある。装備も可能な限りそろえた。すぐにおまえのパートナーと合流し、20世紀に飛んでくれ」

 隊員は電子手帳を懐にしまった。

 「ロボットをパートナーにするのは・・・これが初めてです。」

 「誰だってそうだ。だが、おまえのパートナーは人間と変わりない心をもっているらしい。お前ならば、すぐに心をつかめるだろう」

 「ハッ。それでは出動します」

 隊員はサナダに対して敬礼をすると、隊長室を出ていった。



−トーキョー・城南大学−

 今は葉をすべて落としている木立が並ぶ道を、TSWAT隊員、カズヤは歩いていた。目指す学群棟はすぐ目の前にある。彼はその正面玄関から入ると、電子手帳を取り出して目指す人物のいる研究室の番号をもう一度確認した。

 「第3学群棟、105研究室・・・ケンゾウ・アオヤマ博士・・・」

 彼はエレベーターをあがり、目指す研究室の前に立ち、ノックをした。ドアが開き、白衣を着た穏和そうな男があらわれた。

 「どなたですか?」

 カズヤは電子手帳を見せた。

 「TSWAT−J所属、カズヤ隊員です。連絡を受け、こちらにやってきました。アオヤマ博士ですね?」

 「はい。ご苦労様です。さあ、どうぞこちらへ。」

 アオヤマ博士に案内され、カズヤは研究室の中に入った。机の上には様々な資料がばらまかれていたが、本棚にはロボット工学に関する本が整然と並べられている。二人は研究室の奥にある部屋に入った。工作室らしい部屋で、様々な工具が置かれていた。そのなかに、その場に似つかわしくないものがおいてあった。それは、一枚のドアである。一枚の青いドアが、その場に置かれていたのだ。ドアノブの所には、金庫についているダイヤルのようなものがついていた。

 「バイオロボットは、この中に?」

 カズヤの質問に、アオヤマ博士はダイヤルをあわせながら答えた。

 「正確に言えば、このドアが秘密の隠し場所に通じているのです」

 かちりと言う音がした。博士はノブを握り、ゆっくりとドアを開けた。

 「ついてきてください」

 アオヤマ博士が先にドアをくぐってから言った。カズヤも後に続く。

 「ここは・・・」

 そこは周囲を岩の壁で囲われた部屋だった。どうやら洞窟の中らしい。ヒンヤリとした空気が漂っている。そんな洞窟の中に、様々な機械が静かなうなり声をあげているのがわかる。

 パチリ、と博士が電灯のスイッチを入れた。薄暗い洞窟内が光に照らされたとき、手術台の様な物の上に横たわっている、人間ほどもあるロボットの姿がカズヤの目に映った。

 「これが・・・バイオロボット?」

 不思議なロボットだった。全身皮膚のような弾力性のあるもので覆われていたが、ところどころ、その関節部分には金属的な光を放つ部分があった。全身の色は黒。頭には巨大な目と6本のひげのようなアンテナ、そして鋭い牙の並ぶ口。手足の指には鋭い爪がついている。まるでヒョウのようだ。体型は人間と同じだったが、スラリとした四肢からはしなやかな印象を受ける。

 「不思議だ・・・ロボットなのに、生物と機械と、どちらの雰囲気も感じる」

 「そうでしょう。生物と機械の融合・・・それが私とチャペック博士の夢でした。そしてその夢の結晶として生まれたのが、このバイオロボット第1号。私たちは「ドランサー」と呼んでいたが」

 「ドランサー・・・」

 「そう。俗にドラ型ロボットと言われ現在世の中に広まっている猫型汎用ロボットを素体に、クロヒョウの細胞組織を融合して作られたものです。起動テストで見せた力は、我々の予想を遙かに上回っていましたよ。パワー、スピード、運動性・・・あらゆる点で」

 「そこまで優れたロボットを、なぜ今まで・・・」

 「人間、どうしようもなくなにかをやりたくなるときがあるものです。科学者という人種は特にその傾向が強いのです。ただ真理を極めたい。そのためには、たとえその先に恐ろしい魔物が待ち受けていても、研究を進めるのです。かつての原子爆弾のように。ドランサーを作った頃の私とチャペック博士は、まさにそんな人間でした。ドランサーの感情プログラムは正常に動くものでしたが、もしこのすさまじい力を持ったロボットが軍事用に利用され、さらに凶暴な感情プログラムを与えられたとしたら・・・。ドランサーの力を見て、初めて私たちはその恐ろしさに気づいたのです。しかし、遅かったのです。新しい兵器をめざとく見つける連中は、すぐにバイオロボットのことをかぎつけました。その結果、ドランサーの強奪は免れたものの、ICKOによって博士は殺され、開発資料も奪われました」

 「・・・」

 「悔やみましたよ。私たちの作ったもののせいで、世界が破滅に向かうかもしれない。そう考えると、死にたくなってきました。だが、ここで自殺をしても責任をとることにはならない、やれるだけのことはやろう。そう考えて、ドランサーに強化改造を加えたのです。」

 そういうと、博士はカズヤに向き直った。

 「戦闘用バイオロボットが現れたときのために備えたのです。・・・身勝手なこととお思いでしょう。自分で引き起こしたことを、自分の作ったロボットに押しつける・・・。私は大罪人です。この大学をやめる決意もしました。学会からは離れます。もし警察に逮捕されることになっても、私はかまいません」

 「・・・博士、あなたは自分の思っているほどの悪人ではありませんよ。」

 カズヤは言った。

 「最初から兵器を作ろうとしていたのではなく、人類の役に立つものを作ろうとしていたのでしょう? 結果はこうなってしまいましたが、博士に罪はありません。あったとしても、私たちに協力してくれたことが、その罪償いになったはずです。博士、ドランサーを目覚めさせて下さい!」

 博士はカズヤの言葉に耳を傾けていたが、やがてうなずいた。

 「ありがとうございます。人間としてはできが悪くても、せめて科学者としては責任を最後まで果たしましょう。これから、ドランサーの起動を始めます。」

 そういうと博士は部屋の中を歩き回りながら、ドランサーの周囲にある様々な装置のスイッチを入れていった。スイッチを入れていく毎ごとに、室内には様々な音があふれていく。そして、ドランサーに変化が起きた。まず、指がわずかに動いた。各間接部にのぞく部分も光を放つ。そして、その巨大な目が赤い光を灯し、ゆっくりと上半身を起きあがらせた。カズヤとアオヤマ博士はその様子を固唾をのんで見守っていた。

 しばらくの間ドランサーはそのままの姿勢でじっとしていたが、やがて二人の人間の方を向くと、手術台から降りて立ち上がった。

 「目覚めはどうかな、ドランサー」

 「各部異常なし・・・。俺が眠っている間に、改造を加えたようですね・・・」

 ドランサーが声を発した。

 「俺が再び目覚めたということは、博士、あなたの恐れていたことが現実となったということですか?」

 「残念ながら、その通りだ。そして、君のなすべき事もわかっているはずだ」

 「戦闘用バイオロボットの破壊・・・」

 「そうだ。お前をつくっておいてこのようなことを頼むのは勝手なことだと十分わかっている。だが、状況はきわめて悪い。お前が出る以外に、有効な手段はないんだ」

 博士の言葉に、ドランサーはしばらく黙っていた。

 「・・・俺はロボットです。ロボットは人を助ける義務がある。しかし、博士がいうような状況になったら、人もロボットも関係なく状況をよくするために努力するはずです。文句は言いませんよ」

 「すまん。目覚めてすぐの君に、人殺しをやれというのと同じ事を言わなければならないとは・・・」

 「人殺しとは思いません。人を救うための戦いです」

 「・・・わかった。君のパートナーを紹介しよう。タイムパトロールのカズヤ隊員だ」

 「よろしく、ドランサー」

 そう言ってカズヤが差し出した手を、ドランサーは握った。

 「俺はドランサーだ。よろしく」

 カズヤはにっこりと笑った。

 「詳しい話はカズヤ君に聞いてくれ。一刻も早く、20世紀に向かって欲しい」

 「わかりました、博士。」

 「カズヤ君、ドランサーを頼んだぞ。」

 「博士、ドランサーをあずかります。よし、行くぞ!」

 そう言って二人は、アオヤマ博士の研究室を後にした。

トップに戻る inserted by FC2 system