第2章 惨劇



−亜空間・「サン・ジェルマン」船内−

 サイケデリックな色彩を帯びた亜空間の中を、魚か細身の剣を思わせるTPの新型T・M、「サン・ジェルマン」が進んでゆく。普段ならばこのトンネル状の空間は周りじゅうサイケデリックな光を放っているが、今はかなりの箇所がまるでそこだけ穴があいたように、闇の部分になっている。クロウの開発した亜空間破壊装置の威力を物語る光景だった。基地から出発し、亜空間に入ってしばらくはこの穴を亜空間修復班が修復している様を見ることが出来たが、まだこのあたりは修復にかかっていない。「サン・ジェルマン」はその穴の中に落ちないように、穴の間の狭い空間をかいくぐりながら進んでいる。その船内では、カズヤとドランサーが話をしていた。

 「俺は今の状況について何も知らない。教えてくれ」

 ドランサーの言葉に、カズヤはうなずいて口を開いた。

 「一月ほど前のことだ。ICKOという組織がお前のもう一人の生みの親、チャペック博士を殺害して手に入れた資料を使って開発していた戦闘用バイオロボットを、時間マフィア、「クロウ」が襲撃し、強奪した」

 「時間マフィア?」

 「タイムマシンを使った時間犯罪を行う犯罪者集団だ。クロウはその中でも規模の大きなもので、広範囲の時空間にいくつもの工場を造り、そこで戦闘用ロボットや非合法ドラッグなどを作って売りさばいている。俺はTSWATに入隊して以来やつらを追い続けてきたが、堅固な組織構造で、下っ端を捕まえても何もわからない。手に入れたのはその首領、スペンサーの顔写真くらいだ。やつらはバイオロボットを強奪した後、追跡をまいてタイムスリップした。そして3日前、亜空間破壊装置を使用した。その時空振動波の震源が、20世紀末の日本、つまり、今俺達の向かっているところというわけだ」

 「そのバイオロボット達も、奴らの片棒をかついでいるのだろうか・・・」

 「おそらくはな。お前と同じ自由意志をもつ奴らがそうしていたとしたら、辛いことだろうが、お前は奴らと対決しなければならないだろう」

 少しの間沈黙が続いたが、ドランサーが言った。

 「そのことについては、今はなにも考えないことにしている。まずは、やつらに会ってみなければならない。うまくすれば、説得もできるだろう。どちらにしても、俺は行かなければならない」

 「そうか・・・ありがとう。さあ、もうすぐ20世紀だ」

 「20世紀についたら、まずどこへ行く?」

 「まずは日本の大雪山にあるTP20世紀支局に行く。そこで状況がどうなっているか確認するんだ。よし、亜空間を抜けるぞ。」

 自動操縦になっているサン・ジェルマンの計器板、現在の時代を示す表示が199X年を示したとき、サン・ジェルマンは軽い振動とともに亜空間から抜け出した。それと同時に、サン・ジェルマンのモニターに20世紀の青空と広大な青い海がいっぱいに映し出された。


−20世紀・北海道大雪山麓 TP20世紀支局−

 損壊した亜空間の影響もあり、「サン・ジェルマン」は予定の北海道・大雪山から少し離れた襟裳岬沖の空に現れた。カズヤは現在位置を確認すると、すぐに飛行経路を修正、大雪山へと向かった。

 大雪山のふもと。「サン・ジェルマン」を隠すにはちょうどいい森があったので、二人はそこに着陸、船を隠した後、大雪山へと歩き出した。

 「よく大騒ぎにならなかったな」

 ドランサーがなんのきなしに言った。

 「この時代のレーダーにはうつらないし、必要に応じて外壁も透明にできる。みつからんさ」

 カズヤは得意げに言った。そんな風に彼らがしゃべりながら歩き続けること数十分。カズヤが声を出した。

 「見えた。支局の入り口だ」

 そう言ってカズヤは、前方にある大きな岩に向かって走り出した。いわくつきの岩らしく、しめ縄が張られていた。岩には名刺ぐらいの幅の溝がついている。カズヤは懐からカードを取り出すと、その溝に差し込んだ。ピッという音がすると、大きな岩が横にスライドを始める。スライドが終わった後、岩のあった場所には四角い穴と、その壁面に沿って続くはしごが現れた。

 「なるほど、秘密の入り口か」

 「ここの人間が外へ出かけるのはまれだからな。この程度の出入り口で十分なんだ。入るぞ」

 そう言ってカズヤは穴に体を入れ、はしごに手足をかけて降り始めた。ドランサーも後に続く。

 はしごはすぐに終わった。降りたところに階段の踊り場くらいのスペースがあり、その前方にはエレベーターがあった。二人はそれに乗って、降りていく。しかし、降りて行くにつれた、何かのにおいがし始めた。金属が燃えるような、いやなにおい。

 「なんだろう、このにおいは」

 「・・・いやな予感がする」

 そして、エレベーターが完全に止まった時、彼らの前には壮絶な光景が広がっていた。エレベーターは格納庫に通じているものだったが、その広い格納庫の中はめちゃくちゃに破壊されていた。あちこちで破壊され、さまざまにゆがんだ形をさらすパトロール艇の残骸が、いまだにくすぶり、黒い煙といやなにおいを発していた。そんな残骸の間、至る所に青い制服をつけたTP隊員の遺体や黒こげのロボットの残骸が転がっている。

 「そんな・・・この基地がこんなことになっているなんて・・・」

 カズヤが呆然として言う。

 「クロウというのは、こんなことができるほどの力をもっている組織なのか?」

 ドランサーが尋ねる。

 「かなり大規模とはいえ、時間マフィアにこの基地を壊滅させるほどの力があるはずがない。人間技じゃない。これは・・・バイオロボットの力としか思えない。」

 カズヤの言葉を聞いて、ドランサーはパトロール艇の残骸の一つに近づいた。確かに人間がやったとは思えない、異様な残骸だった。ブリッジを中心線に、まるで巨大なナイフで切られたかのように、左右に真っ二つにされているのだ。切断面は非常になめらかで、ドランサーの姿が鏡のように映るくらいだった。

 「これが、俺達バイオロボットの力・・・使い方を誤れば、こんなことに・・・」

 そうつぶやいていると、カズヤが声をかけた。

 「ドランサー、俺は基地の中を見回って生存者がいないかどうか確かめてくる。個々に残って、なにか手がかりがないか調べてくれ」

 「わかった」

 カズヤは格納庫から出ていった。

 カズヤは急ぎ足で廊下を歩いていた。一つずつ部屋をのぞいていっているが、どこの部屋にも廊下にも、
あるのは死体だけだ。しかもそんな死体の中で銃弾やレーザーにやられたものは少ない。大多数は、
もっと異様な死に方をしているのだ。白いロープのようなもので首を絞められているもの。巨大な刃物
で切断されているもの。胸に大きな刺し傷があり、顔が異常な色に変色しているもの。ミイラのように
ひからびたもの。死体を見ることが珍しくない職についているとはいえ、カズヤは吐き気を覚えた。普
通の人間だったら、発狂するだろう。誰か一人でも生存者はいないか。そんな希望を持ってドアをあけ
るが、そのたびにそんな異常な死体を目にしては絶望するのだ。大食堂をのぞいたときなど、特におそ
ろしいものを見た。天井に巨大なクモの巣のような物が張られ、そこに死体やらロボットの残骸やらが、
まるでクモの巣に捕らえられた虫のように引っかかっていたのだ。カズヤは吐き気を必死にこらえ、
その食堂を後にした。そんな地獄を見るような体験をしながら、一時間ほどしてカズヤは格納庫に戻っ
てきた。そこでは、ドランサーが待っていた。

 「どうだった・・・?」

 ドランサーの言葉に、カズヤは黙って首を横に振った。

 「そうか・・・。残念だが、こっちにも手がかりらしいものは何もなかった。どれだけひどいかは、そ
の後少しこのあたりを見回ってわかったよ。」

 「地獄そのものだ・・・。」

 と、カズヤはそこでドランサーが何かを持っていることに気がついた。よくみると、それはあちこち焼
けこげ、ぼろぼろになったウサギのぬいぐるみだった。

 「どうしたんだ、それは・・・?」

 ドランサーはうつむくと、

 「ついてきてくれ・・・」

 と言って歩き出した。その先には、タイムシップの残骸があった。

 「ここで拾ったんだ。この残骸・・・パトロール艇のものじゃないだろう?」

 彼の前にある残骸は、確かにパトロール艇のものではなかった。原型をとどめていなかったが、パトロ
ール艇とは色も形も違い、T・Pのマークも入っていないことぐらいは確認できる。

 「まさか・・・民間人の船・・・? そういえば、制服を着ていない死体もあった。私服の隊員だと思
っていたが・・・。」

 「なぜこんなところに?」

 「きっと・・・亜空間の破壊に気づいた時間旅行者や航時移民が助けを求めてここにやって来たんだろ
う。そこを、やつらに・・・。」
 カズヤの言葉の終わりはふるえていた。こぶしを握り、ふるえている。ドランサーは手にしたぬいぐる
みの顔をみた。こころなしか、もの悲しい表情に見える。これを持っていた子は、どんな子だったのだ
ろう・・・。

 「・・・許せない!」

 ドランサーの言葉に、カズヤも無言でうなずいた。


−20世紀・東京−

 廃墟と化したTP支局を後にした「サン・ジェルマン」は東京上空にやって来た。支局の惨状を目にし
た彼らは、東京がどのようになっているか不安を隠せなかった。しかし、彼らの予感に反し、東京には
全く破壊された痕跡が見られなかった。

 「変だな・・・。あそこまでのことができるのなら、東京を壊滅させることなど簡単だろうに・・・。」

 「確かにそうだな。とりあえず、どこかに着陸して調べよう。上からはわからなくても、無事というこ
とはないはずだ。」

 そういうとカズヤは、操縦桿を前に倒した。サン・ジェルマンの高度が下がっていく。と、ある高度ま
で下がったとき、機体が激しく揺れた。

 「うわっ!」

 カズヤはあわてて高度を上げた。

 「なんだ、下からの攻撃か? それとも、故障か?」

 計器類をチェックする。しかし、そんな異常は見られない。正常な動作をしている。カズヤはもう一度
高度を下げた。その途端、またも機体がガタンと揺れる。

 「何かにぶつかっている・・・?」

 「まさか。空の上だぞ?」

 「いや、可能性がある。ドランサー、そこのスイッチを入れてくれ。」

 ドランサーは指示された黄色いスイッチを押した。すると、モニターが切り替わり、信じられない様子
が浮かび上がった。

 「な、なんだこれは!?」

 なんと、ある地点を中心に、東京全体が巨大な半円のドームに覆われているのだ。もちろん、細長い形
の東京都がすっぽりと覆われているわけではない。主要な区画が覆われているのだ。

 「やはりそうか・・・空間シールドだ。言ってみれば、透明の壁。こんなふうに偏光フィルターをかけ
ることで見えるようになる。壁の内部と外部との出入りを完全に遮断してしまう。無事で済むわけがな
いと思っていたが・・・。」

 「どうする? このままでは東京に降りられない。」

 ドランサーの言葉に、カズヤは少し考え込んだ。そして、何かを思いついたように言った。

 「この船の力を応用しよう。空間シールドといっても、一枚の壁ではない。常に流動していて、ときお
り隙間もできる。そこをついて、短距離ワープで中に進入するんだ。時空間ポケットを見つけられるこ
の船なら、できるはずだ。」

 そう言うとカズヤは、コンピュータの操作を始めた。ドランサーもそれに加わる。しばらくの後、隙間
が生じる場所、時間の算出が終わった。

 「5分12秒後、ここから約300mか。」

 サン・ジェルマンは見えない壁に沿って進み、隙間が生じるであろう場所に来た。時がたつのを待つ。

 やがて、その時が目前になった。

 「短距離ワープ用意。」

 「いけっ!」

 コンピュータに設定した時間通り、サン・ジェルマンは亜空間に突入した。そしてすぐにそこから出る。
気がついたときには、壁の内側に入っていた。

 「成功だ!」

 二人は手を取り合って喜んだ。

 「よし、着陸をしよう。」

 「あそこの学校の裏に、小高い山がある。あそこならいいんじゃないか?」

 サン・ジェルマンはその学校の裏山に向け、高度を落とし始めた。

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