第3章 少年とロボット



−20世紀・東京都練馬区すすきヶ原−

「人っ子一人いない・・・」

 カズヤはゴーストタウンとなった住宅街を眺めて言った。人の声も、車の音も聞こえない。ときおり鳥の鳴き声がするだけだ。支局の時のように無惨な死体の山を見ないだけましではあったが、それとは違った不気味さを感じた。

 「全員、避難していればいいが・・・」

 その時、ドランサーが叫んだ。

 「あぶない!」

 その声とともに、カズヤはドランサーに突き飛ばされた。次の瞬間、ボンという音が聞こえ、先ほどまで彼の立っていたところの後ろにあるコンクリートの壁の一部が砕け散り、破片が散らばった。

 「敵かっ!?」

 ドランサーはすぐに走り出した。カズヤも体勢を立て直すと、その後に続く。

 「あの砕け散り方・・・間違いない、空気砲によるものだ。しかし、なぜクロウがそんな貧弱な武器を・・・?」

 カズヤは走りながらそう思った。彼の目の前をドランサー、そしてその前を、なんだか青くて丸い物が走っている。その様は不格好で、遅い。

 「トオッ!!」

 かけ声とともに、ドランサーがその丸い物に飛びかかった。それはあっけなくとりおさえられたが、なんと捕まえた途端に短い手足をじたばたさせ、わめき始めた。

 「はっ、放せ! 放せ!!」

 後から追いついたカズヤは、その丸い物の正体を見て驚いた。それは22世紀の小さな子供のいる家庭でよく見かける、子守用ネコ型ロボットだった。もっとも、頭についているべき耳はなかったが。

 「落ち着け! 俺達は味方だ。22世紀から来たタイムパトロールだ。ドランサー、放してやってくれ」

 そう言いながらカズヤは電子手帳を見せた。ロボットは途端に暴れるのをやめ、力が抜けたように言った。

 「タ、タイムパトロール・・・? 助かった・・・」

 「君の名前は? 他に生存者は?」

 「僕の名前はドラえもん。僕の他にも一人、子供がいます。こっちに来て下さい」

 そういってドラえもんは歩き出した。二人は顔を見合わせたが、すぐにその後に続いた。


 3人はサン・ジェルマンを止めた山の表にある小学校の校門をくぐった。その中の体育倉庫に入ったドラえもんは、そこの壁に立てかけてある体育マットをどけた。そこには、一枚のドアの絵を描いた壁紙が貼りつけてあった。

 「この中です」

 「なるほど、壁紙地下室か」

 3人は壁紙のドアを開けて階段を下りていった。そしてその先にはわりと広い部屋が一つ、そしてメガネをかけた一人の少年がいた。彼はドラえもんと2人を見て、驚きの声をあげた。

 「ドラえもん、その人たちは?」

 「タイムパトロールの人たちだよ。名前は、ええと・・・」

 その時2人は、まだ自己紹介していなかったことに気がついた。

 「ああ、すまない。忘れてた。俺はカズヤ、TSWATの隊員だ」

 「俺はドランサー。カズヤと一緒にここに来た。君と同じロボットだ」

 2人は自己紹介をし、ドラえもんと少年に改めて握手を求めた。

 「僕、野比のび太です。よろしく。」

 「よろしく。早速で悪いんだが、今はどんな状況なんだろう? それを知りたいんだ」

 「そこに座って下さい。飲み物を出します」

 ドラえもんはそう言って、お腹のポケットから紅茶のポットとカップを出した。

 「僕たちにもよくわからないんです。3日ほど前、突然空にブラックホールのようなものが開いて、人が次々に飲み込まれていったんです。ドラえもんが「台風のお目々」を出してくれなかったら、僕もそれに・・・」

 のび太が口をつまらせた。

 「のび太君はパパやママ、友達を皆吸い込まれてしまったんです。のび太君を助けるのが精一杯で・・・」

 「心配だな・・・。カズヤ、そのブラックホールのようなものは何だったんだろう?」

 ドランサーの言葉に、カズヤはこう答えた。

 「おそらく、「ミニブラックホール」の大型改良版だな」

 「ミニブラックホール?」

 「ブラックホールの小型模型だ。本物と同じく、あらゆるものを吸い込んでしまう。本来は学術研究用のものだが、アンダーグラウンドでは人間や武器、金だけを吸い込むようなものが出回っている」

 「そんな・・・じゃあ吸い込まれた人たちはどうなるんですか?」

 「どこか別のホワイトホールから出てくるだろう。死んだりけがをしたりするようなことはないが・・・やつらに捕まっていては・・・。」

 「人間の捕獲か・・・。そうして捕まえた人間を、やつらどうするつもりだろう?」

 「奴らの力なら、殺すなどわけがないはずだ。ロボットも持っているのだから、奴隷として働かせることも考えられない。そうなると・・・」

 「・・・人質か」

 ドランサーが言った。

 「そんな・・・でも、誰を脅すために?」

 「ここへ来る途中、人っ子一人いなかった。おそらく君たちを除く都民全員が人質になっている。脅迫する相手は、一つは俺達だろう。あるいは保険として、日本政府への脅迫という意味もある」

 「悪知恵のきく連中だ。空間シールドを張っているのも、本格的に活動を始めるまでの間、誰にも邪魔をされたくないからだろう」

 「やはりシールドが張られているんですか? タイムマシンも使えない、どこでもドアで東京の外へ逃げることもできないから、そうではないかと思ってましたが・・・」

 「ああ。ここは時間からも空間からも完全に孤立した場所になっている」

 「それにしても・・・亜空間が破壊されているというのに、カズヤさん達はどうやってここへやって来たんですか?」

 「亜空間破壊にも対応できる新型パトロール艇でやって来た。だが、残念ながらこれを使って君たちを安全な所へ避難させることはできないんだ。当然、本部からの応援もない。すまない・・・」

 「20世紀支局はどうなっているんですか? あそこなら・・・」

 ドラえもんの質問に、カズヤとドランサーはうつむいた。しばらくして、ドランサーは言った。

 「あそこは・・・ここへ来る前によったが、完全に破壊されていた。おそらくやつらは、ここへ来る前に支局を破壊し、邪魔するものを排除しようと考えたんだろう」

 「そうですか・・・」

 ドラえもんが落胆したように言った。

 「それにしても・・・君たちはここまでよく生き残ってこれたな・・・」

 カズヤの言葉に、のび太が答えた。

 「こう見えても、僕たちこういうことの経験は何回かあるんです。今回だって、まだ人が残っていないかどうか探し回っているロボット達に見つかって逃げ回ったことがあります。でもそのたびに、ドラえもんが助けてくれました。四次元ポケットの中の道具を使って」

 「すごいものだな・・・時間マフィアの戦闘ロボットと渡り合えるなんて・・・」

 ドランサーが驚いたような声をあげた。

 「時間マフィア?」

 「ああ、まだ言っていなかったな。今回の事件は「クロウ」という22世紀の時間マフィアの仕業だ」

 「時間犯罪者か・・・。ギガゾンビやキャッシュのようなやつらだね」

 のび太の言葉に、カズヤは驚いた。

 「君、なんでギガゾンビやキャッシュのような大がかりな犯罪をたくらんだ連中の名を・・・? ! もしかして!」

 そう言うとカズヤは電子手帳を取り出し、なにやらスイッチを押し始めた。

 「TPの捜査協力者リスト、検索「ドラえもん」・・・」

 カズヤが電子手帳にドラえもんの名前を入力すると、液晶画面にデータが表示された。

 「ドラえもん・・・2112年製ネコ型ロボット・・・現在20世紀末の東京都練馬区ススキヶ原野比家在住。過去に4人の20世紀の子供達とともに、「恐竜ハンター取締」「ギガゾンビ事件」「トモス島生物兵器密輸事件」等、数々の事件の解決に協力・・・。やっぱりそうか。どこかで聞いたことのある名前だと思ったら、そうか、君があのドラえもんか・・・」

 「僕って、そんなに有名ですか」

 「ああ。極東支部じゃ、ちょっとした有名人だよ」

 「すごいじゃない、ドラえもん!」

 のび太の言葉に、ドラえもんは照れ笑いをしながら頭をかいた。

 その後しばらく、カズヤ達はドラえもん達にさらに詳しい状況について尋ねた。そして、最後にのび太達に言った。

 「俺達はこれから、奴らの拠点を探し、破壊しなければならない。もちろんその前に、人質を助けなければならない。君たちには申し訳ないが、君たちの護衛をすることもできない」

 「そんな必要はありません! 僕たちも行きます! 行ってパパやママや友達を助けたいんです!」

 のび太が強い決意を抱いているように言う。しかし、カズヤは彼に激しい口調で言った。

 「バカなことを言っちゃいけない! 今度の相手は強力なロボットも持っている犯罪のプロなんだ! 君たちがこれまでかなりの活躍をしてきたことは知っている。しかし、今回はそのどれよりも危険なものなんだ!」

 「でも・・・」

 のび太はうつむいた。すると、カズヤはその肩を、先ほどとはうって変わって優しく叩いた。

 「大丈夫だ。人数は少ないが、俺達は自信を持っている。君のパパやママや友達は、必ず助け出してみせる。そうしたらもう一度ここに戻ってくる。約束だ。」

 「ドラえもん、この子を守っていてくれ。」

 ドラえもんはうなずいた。

 「カズヤさんの言うとおりだ。僕だって今は辛い。だけどのび太君、ここは言うとおりにしよう。君を死なせるわけにはいかないんだ」

 ドラえもんの言葉に、のび太はぐっと手を握りしめ、やがて小さく、無言でうなずいた。その様子にカズヤはほっと息をつき、ドラえもんとのび太に何かを渡した。

 「これはTP用のバリヤーポイントとショックガンだ。市販されているものより防御力、攻撃力が強化されている。奴らの一般戦闘ロボットが襲ってきても、これがあれば攻撃を防ぎ、倒すことができる。気休めかもしれないが、もっておくといい」

 「ありがとうございます。無事に成功することを祈ってます」

 カズヤはのび太達ににこやかに手を振ると、ドランサーとともに地下室を出ていった。


 学校を出た後、二人はサン・ジェルマンに戻るために裏山へと向かっていた。その途中、ドランサーが言った。

 「お前の言うことは正論だが・・・やはり心配だな。子供を残して行くというのは・・・」

 「俺だってそうだ。だからこそ、一刻も早く救出を・・・」

 その時、ドランサーの額中央のランプが赤く点滅を始めた。

 「どうやら近くにいるようだ・・・」

 「ああ、ちょうどいい。心配事のタネを減らせるチャンスだ!」

 ドランサーはそう言って、目を赤く発光させた。超高感度赤外線カメラを搭載したドランサーの目は、離れたところにいる敵を障害物越しに確認することができるのだ。

 「何が見える?」

 「奴らのトルーパーロボットだ。10体が2ブロック先で固まっている。パトロールをしている様子だな・・・よし。俺が突撃をかける。援護してくれ!」

 「わかった。気をつけろ!」

 そういうと、カズヤはホルスターからTPガンを引き抜いた。

 「いくぞっ!!」

 ドランサーは矢の如く走り出した。あっという間に、ロボット達の群に到達する。

 「ハアッ!!」

 叫び声とともに、ドランサーは拳をロボットの頭にたたきつけた。鋭い金属音とともに、ロボットの頭が吹き飛び、首の連結部から火花が飛び散る。

 「テキシュウ!!」

 突然の攻撃にロボットは反応が遅れたが、機械らしい冷静さを見せ、すぐにレーザーガンをかまえた。

 「無駄だ!!」

 ドランサーが一体のロボットに目にもとまらぬ早さで近づき、レーザーガンをはたき落とす。武器を失ったロボットに近づいて、その腕をつかんだ。

 「うおおっ!!」

 力強くロボットを投げ飛ばすドランサー。投げ飛ばされたロボットは別のロボットにぶつかり、そのロボットはあらぬ方向にレーザーガンを撃ちまくる。

 「ロック!」

 一体のロボットがドランサーの背後からレーザーガンをかまえる。しかしその直後、銃声がとどろきロボットは地に倒れ伏した。ドランサーが銃声の方向を見ると、カズヤがTPガンをかまえていた。ドランサーはカズヤに無言でうなずくと、両手を大きく広げた。

 「ソニックウェーブ!!」

 叫びとともに両手をすさまじい勢いで振り下ろす。直後、数体のロボットがバラバラになった。空気を切り裂き衝撃波を発生させ、敵を破壊する。ドランサーの得意とする技である。残るは一体。

 「トオッ!!」

 かけ声とともに、ドランサーが天高くジャンプする。そして空中で、背中のバーニアを着火して急降下をする。

 「ブーストキーーーーック!!」

 ドランサーのキックは見事ロボットの頭部をとらえ、崩れ落ちたロボットは爆発した。一方ドランサーは、何事もなかったかのようにスタッと着地した。

 「ドランサー!」

 カズヤが駆け寄ってきた。

 「やったな・・・」

 「ああ、援護ありがとう。それにしても・・・」

 ドランサーはあちこちでくすぶるロボットの残骸を見て、静かに言った。

 「力をふるったのは、これがはじめてだ。これが俺の力・・・そして、奴らの力なのか・・・?」

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