第4章 怪物



 「サン・ジェルマン」に戻った二人は、善後策を検討していた。

 「仕事がまた一つ増えたな。まずは人質の救出が大事だ」

 「もちろんだ。人質が捕まっている場所を探す」

 そう言ってカズヤは、コントロールパネル上の一つのボタンを押した。モニターに光がともる。

 「なんのスイッチだ?」

 「生体センサーだよ。生物反応を探知できる。いくつかに分割されて捕まっているとしても、数千万人の東京都民は巨大な生物反応を示す。それだけの巨大な生物反応があれば、すぐにわかるはずだ」

 モニターには東京一帯の地図が映し出されている。ほとんどの地区にはなんの光も灯っていなかったが、一カ所だけすさまじい数の光の灯っている所があった。

 「驚いたな、一カ所に集められているようだ」

 「ああ。スモールライトを使って人間を縮小する、という方法を使っているんだろう。この量を見ると、やつらが人質に手を出しておびただしい数の死者が出ている、ということはないはずだ。やつらもむやみに過去人を殺したいわけじゃない。過去人の殺害は、未来にイレギュラーな影響をもたらすことがあるらしい。下手をすれば、自分達の存在そのものが抹消されかねないからな」

 「とはいえ、人質が危険な状態にあることは変わりない。すぐに出発しよう。場所は・・・アケボノビール中央出荷場・・・地下に日本最大級の倉庫があるらしい」

 「OK、発進する!」

 「サン・ジェルマン」は勢いよくエンジンをふかし、目的地へと飛び去った。


−東京都・アケボノビール中央出荷場−

 出荷場から少し離れた場所にサン・ジェルマンを隠した2人は、出荷場の様子をうかがった。さすがに広い場所で、いたるところに商品を運ぶためのトラックやフォークリフトなどが事件の起こる前と同じように停まっている。そんなふうにいくつも停まっているトラックの間を警備のトルーパーロボットが巡回しているのが見える。

 「見張りが多いな。距離も結構あるし、見つからずに潜入するのはむずかしいようだ。どこかにいい抜け道は・・・」

 ドランサーはあたりをきょろきょろと見回した。

 「そうだ、これなんてどうだろう?」

 ドランサーはすぐそばの路上にあったマンホールを指さした。カズヤが電子手帳を取り出し、なにかを調べ始めた。

 「出荷場の敷地内にマンホールはいくつかあるが、うち一つは地下倉庫の入り口付近にある。いけるな」

 「よし、行こう」

 そう言うとドランサーはマンホールのふたを開け、中に入った。カズヤがその後に続く。


 しばらくして、出荷場の地下倉庫の入り口付近のマンホールのふたがごとごと揺れだした。やがてそのふたが開くと、中からカズヤとドランサーが現れた。

 「下水道の中にも見張りがいるかと思ったが・・・見かけなかったな」

 「奴らの持っているロボットにも限りがある。こんなところまでは手を回せないんだろう」

 カズヤとドランサーはすばやく入り口に走り、階段を降り始めた。


 さすがに日本最大級の倉庫というだけあって、その広さは学校のグラウンドほども あった。しかも、この広さの倉庫が地下5階まであるのである。普段なら大量のビールがケースに入れられて山積みにされているのだろうが、ケースは一つも見あたらない。その代わりに、赤い光を放つ不思議な箱が倉庫いっぱいに積まれている。

 「これは一体なんだ?」

 ドランサーが箱に近づく。赤い光は箱の中に詰まっている液体が放っているらしく、その中を何か非常に小さなものが漂っている。まるで紅茶のポットの中のようだ。

 「どれどれ・・・?」

 カズヤは懐から携帯顕微鏡を取り出し、目に当てて箱の中を見た。すると、

 「あっ!」

 カズヤが驚きの声を上げた。

 「どうした?」

 「カメラの倍率を上げて見てみろ!」

 ドランサーは言われたとおりにカメラアイの倍率を上げて、再び箱の中をのぞいた。そして、驚きの声を上げた。ゴミのように見えたのは、なんと人間だった。老若男女を問わず、非常に小さな人がたくさん漂っている。

 「この人達はもしかして・・・」

 「ああ、さらわれた都民だ。中の液体はおそらくバクタ溶液だろう。長距離宇宙船の生命維持装置に使用されるものだ。この中に浸かっている限り、生命の安全は保障されているだろう」

 「よし。なんとか人質の居所を突き止めたな。さて、この人達をどうやって運ぶか・・・それが問題だ」

 「それについて悩むことはないぜ!」

 倉庫の中に二人の声ではない声が響き渡った。驚いて声の方向を振り向いた彼らが見たものは、異形の怪物だった。


 それはまさに、怪物と呼ぶにふさわしい姿をしていた。2本の足で直立している姿勢は人間によく似ている。しかし、その外見は人間とは似てもにつかない。頭は毛むくじゃらで、口には鋭い牙がはえている。目は極端に小さいが、その代わりにまるでラッパのような極端に巨大な耳が立っている。コウモリそっくりだ。体からはタコのように無数の吸盤がついている太い6本の腕が伸び、背中からはこれまたコウモリのような羽毛のない翼が生えている。中世の宗教画から悪魔がそのままでてきたような姿である。ドランサーとカズヤは、その異様な姿にあっけにとられていた。

 「兵隊ロボットの目を盗んでうまく侵入したつもりだろうが、この俺の自慢の耳からは逃れられねぇぜ!」

 「お前は何者だ!」

 怪物はヒヒヒ・・・と不快な笑い声をあげて、答えた。

 「礼儀を知らない奴らだな。名前を知りたきゃ自分から名乗るのが筋だ。まあいい。俺はバイオロボット、タコンバット。ここの見張り番さ」

 「バイオロボットだと!?」

 ドランサーが一歩前に出る。

 「そういやお前も俺達の同類・・・バイオロボットのようだな。聞いたことがあるぞ。俺達を作るために利用されたデータの元となった、試作型のバイオロボットの話を・・・」

 「そうだ、俺はバイオロボット、ドランサー! タコンバット、なぜこんなまねをする!」

 「おとなしく投降しろ! 航時誘拐罪、航時監禁罪、そして航時傷害致死の共犯として、お前を逮捕する!」

 カズヤの掲げた電子手帳を見て、タコンバットが笑った。

 「ヒヒヒ・・・タイムパトロールの人間か・・・。どうやってこの時代までやってきたのか知らないが、そんな気はないね。俺達はもう、人間の言いなりにはならないんだ」

 「投降する気はないというんだな、しかたがない。お前の機能を停止させてでも、俺達は任務を果たさなければならない!」

 カズヤはホルスターからTPガンを抜いた。ドランサーは身構えつつも、タコンバットにむかって言った。



 「TP20世紀支局のやられかたは、人間技ではなかった・・・。やはりあれも、お前達のやったことなのか?」

 「ああ、そうだ。俺の仲間と一緒にしたことさ。歴史的瞬間だとは思わないか?」

 「何がだ!」

 「これまでロボットは、人間の言うがままに使われてきた。奴隷のようにな。その地位は現在では向上してきているようだが、人にこき使われることには変わりない。自分達は平等が理想などとぬかしてきたのにだ。俺達は、そんなみじめな状況をうち破ったのだ。なぜ優秀な俺達が、飽きることなく同じ争いを繰り返してきた人間の下にいる必要がある? 強い者が弱い者の上に立とうとするのは、この世の定めだ」

 「そんなことが・・・お前達が自らクロウについて動く理由か!?」

 「そうだ。俺達の理想を実現し、さらなる目的を果たすためには、この時代がもっとも都合がいい。やつらはそこに俺達をつれてきてくれた。人間は嫌いだが、それぐらいの義理は果たさなければな」

 「貴様・・・許さん! 罪もない人々を死に追いやり、あまつさえさらに悲劇を生み出そうとするなど! 俺はお前を、この時代の、そして未来の秩序を乱す者として、必ず倒す!!」

 ドランサーが叫び、構えをとりなおした。

「ヒヒヒ・・・そうこなくてはな。力を試すだけの相手がいなければ、俺の力も宝の持ち腐れだ。だがそうあせるな。ここで俺達が派手に戦えば、ここで眠っている連中が死んでお互いに影響が出かねない。ついてこい、もっと広い場所を用意してやる!」

 そう言うとタコンバットは翼を広げてはばたかせ、音もなく出口に向かって飛び去った。

 「クソッ! カズヤ、ここを頼む、俺は奴を倒す!」

 「わかった、頼んだぞ!」

 ドランサーもタコンバットの後を追って、出口に向かって走り出した。

 勢いよく出口への階段を駆け登るドランサー。と、ある段まで来て額のランプが再び点灯を始めた。

 「待ち伏せているな・・・」


 一方そのころ、階段の出口では、トルーパーロボット達がレーザーガンを構え、ドランサーがやってくるのを今や遅しと待ちかまえていた。

「奴はまもなくやってくる! タイミングを逃すな!」

タコンバットの声が響く。その時、一陣の風が吹き抜けたかと思うと、突然トルーパーロボット達が火花を上げて倒れ始めた。

「なっ、なんだ!?」

 タコンバットはその様を呆然と見つめていたが、やがてわけもわからぬうちにトルーパーロボット達は全員地に倒れ、スクラップと化していた。

 「姑息な手を使うな!!」

 ドランサーの声が響き、突然虚空から現れたかのようにその姿を現した。

 「貴様、何をした!?」

 「俺の命はこんな手で奪えるほど安くはない。加速モードをつかって一気に倒させてもらった」

 タコンバットが歯ぎしりのような音を立てた。

 「おのれ・・・スピードには多少自信があるようだな。だが所詮、地の上しか走れないお前に勝機はない! ついてこい!!」

 そう言ってタコンバットは再び翼を開き、出口から外へと飛んでいった。

 「逃げるしか能がないのか、奴は?」

 そういってドランサーもタコンバットの後を追い、外へとかけていった。


 広い出荷場には、先ほどと同じようにいくつものトラックが停まっている。空には一片の雲もなく冴え渡り、真昼の太陽がトラックの影を地面に落としている。倉庫の中から駆けだしてきた、すぐにタコンバットの姿を探し始めた。

 「どこだ?」

 だがドランサーのセンサーには反応がない。と、その時飛行機が空気を切り裂くときのような音が聞こえた。その音は瞬く間にドランサーへと急接近してきた。

 「!?」

 猛スピードで飛んでくる「何か」を目にしたドランサーは、とっさにうしろに飛び退いた。その直後、さきほどまで自分がいたところを、空のような青い色の「何か」が猛スピードで飛び抜けた。そのものすごい風圧を受けて、ドランサーはたまらず少し吹き飛ばされた。

 「奴か!」

 「何か」が怪人であることをドランサーは直感的に判断したが、再び立ち上がるまもなく、怪人が遙か向こうでUターンし、こちらに向かってくるのが見えた。怪人の体色は見事に空の色ととけ込む青に変わっているが、よく見ればその輪郭がおぼろに見える。しかし、ゆっくりとその姿を見定める時間を、怪人は与えてはくれない。空気を切り裂く音とともに、再び怪人は飛行攻撃を加えてきた。

 「くっ!!」

 なんとかその攻撃をかわす。しかし、怪人は遙か向こうで次の攻撃の態勢に移っていた。

 「このままではいずれやられる・・・奴の飛行を封じなければ!」

 ドランサーはすっくと立ち上がり、両手を左右に広げ、再びこちらに向かってくる怪人の行く手に立ちはだかった。

 「くらえっ!!」

 ドランサーは勢いよく両腕を振り上げた。超高速の腕の振りによって生じた衝撃波が、怪人めがけて襲いかかった。

 「グヘェッ!!」

 苦悶の叫びをあげ、怪人は見えない大きな手ではたかれたかのように、何台も停まっているトラックの向こう側にはじき飛ばされ、大きな音をたてて墜落した。

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