第5章 ロボットの悲哀



「やったか・・・?」

 怪人が墜落した方向を見つめながら、ドランサーがつぶやいた。だが、その希望はすぐにうち消された。額の警戒ランプはいまだ点滅している。ドランサーは構えをとくことなく、その方向に体を向けた。

 突然黒い影がトラックの後ろから飛び上がり、その荷台の上に降り立った。怪人にはなんら外傷が見られない。あの程度の攻撃で倒すことのできる相手でないことはドランサー自身もわかってはいたが、予想以上の頑丈さだ。

 「やってくれるじゃないか。この俺を墜とすとはな」

 タコンバットが言った。

 「ただ飛び回るだけでは当然だ。今度こそお前の機能を停止させる!」

 「そうあせるな。俺はただ空を飛び回るだけが能じゃない。力だって相当なものさ。本気を見せてやる!」

 そう言うとタコンバットは荷台の上に腹這いになった。そして6本の長い腕をトラックにしっかりと固定すると、翼を羽ばたかせ始めた。

 ドランサーはその様子を信じられない気持ちで見つめていた。怪人が翼を羽ばたかせ始めてまもなく、トラックがふわりと宙に浮いたのだ。怪人は自分より遙かに大きく重いトラックを抱えて離陸したのである。そして今度は、ロケットのように急上昇を始めた。例のカモフラージュをしている上に、太陽を背にしているため、その姿をはっきりと見ることはできない。

 「くらえ、急降下爆撃!!」

 叫びとともに怪人は急降下、パッとトラックを放した。怪人の腕から解き放たれたトラックは、うなりをあげてドランサーめがけて落下してくる。

 「うわっ!!」

 ドランサーは横に飛び退いた。そのすぐ脇にトラックはすさまじい音をたてて落下し、爆発を起こした。

 「くっ・・・何!?」

 体勢を立て直すまもなく、怪人が猛スピードでドランサーに体当たりをくらわせた。

 「うわあっ!!」

 火花を散らしてドランサーが吹っ飛び、数メートル離れたところに落下した。

 「ううっ・・・」

 なかなか立ち上がれないドランサーをしりめに、タコンバットはふわりと着地した。

 「トラックをかわしたのはさすがだったが・・・続けての体当たりはかわしきれんようだな。」

 そう言ってタコンバットは再び翼を広げ、羽ばたかせ始めた。

 「次で終わりだ! 今度はトラックを直撃させる!」

 空に飛び上がったタコンバットは、別のトラックの荷台の上へと降りていった。先ほどの体当たりで動力システムに故障が生じたのか、ドランサーは体に力が入らず、なかなか立ち上がれない。

 「クソッ! 補助システムはまだか!」

 あせるドランサー。怪人は再びトラックに腕をかけ、空へと飛び上がった。そして、十分な高度まで達すると急降下に転じた。

 「これで終わりだ!」

 「クッ・・・!」

 ドランサーは一瞬、覚悟を決めた。

 その時である。

ドカン!!


 何かが爆発するような音がした。

 「グギャアアッ!!」

 その音とともに、怪人が悲鳴をあげた。急に飛行が安定しなくなり、トラックを抱えたまま真っ逆さまに落ちていった。

 大音響と大爆発が起こった。怪人はトラックとともに墜落したのだ。ドランサーは何が起こったのかわからず、呆然と燃え上がる炎を見つめていた。やっと補助動力が作動し、出力が正常値まで戻った。ゆっくりと立ち上がったドランサーは、その時何かの気配に気づいた。

 その気配の方向を見たドランサーが目にしたものは、全く予想外のものだった。彼が見たものは、手に空気砲を装着した青いロボットと、メガネをかけた少年だった。そう、それはのび太とドラえもんだったのである。

 「あいつら・・・」

 あっけに取られるドランサーに向かって、のび太が少し笑みを浮かべるのが見えた。と、それに対してうなずき返したドランサーの耳に、うめき声が聞こえてきた。

 「う・・・うう・・・」

 ドランサーがその方向に振り向くと、燃え盛るトラックの残骸の中から、怪人がよろめきながら立ち上がるのが見えた。さすがに今度はかすり傷一つなしというわけにはいかなかった。あちこちに焼けこげがあり、傷口からは緑色のバイオリキッドが流れ出している。だが一番めだった外傷は、タコンバットの左の翼が無惨に折れ曲がっているところだった。おそらくのび太とドラえもんの空気砲射撃をその翼に受けて破壊され、失速して墜落したのだろう。

「貴様・・・よくも!」

 タコンバットが怒りの叫びをあげる。予想外の、突然のことだったので、自分が何によって撃墜されたのかをよくわかっていないようだ。

 (あいつらのところに行かせるわけにはいかない・・・)

 ドランサーはタコンバットに気づかれないように、右手をひらひらと動かした。視界の片隅に、意を察したようにドラえもんがうなずき、のび太とともにこっそりと歩み去るのが映った。

 「これでよし・・・」

 再びドランサーは怪人に向き直り、構えをとった。

 「どんな手を使ったかは知らんが、俺の翼をへし折ったくらいでいい気になるなよ!」

 タコンバットはそう叫んで襲いかかってきた。さすがに空を飛んでいたときほどのすばやさはないが、俊敏と言うには十分なスピードである。

 「このっ!!」

 ドランサーは上空に飛び上がり、両手をクロスさせて一気に振り下ろした。さきほどロボット達をなぎ倒した空気の刃が、タコンバットめがけて襲いかかる。

 「こしゃくな!」

 タコンバットはすばやく横に飛びのけ、空気の刃はアスファルトに鋭い傷跡を残したのみだった。さらにタコンバットは、口から黒いものをドランサーに向かってプッと吐き出した。

 「くっ!!」

 ドランサーは空中で身をそらし、間一髪それをかわした。

 「タコ墨か!?」

 タコンバットの吐き出した墨はライフル弾ほどの速さと推定された。液体とはいえ、くらえばただではすまない。だが、着地したドランサーに向けて、黒い銃弾は容赦なく襲いかかる。ドランサーは全力で走り、それをかわして建物の陰に隠れた。

 「くっ、どうするか・・・」

 ドランサーは焦りを感じていた。残された方法はただ一つ。銃弾の雨をかいくぐり、一回の反撃でしとめるしかない。しかし、そのいとまを敵が与えてくれるはずもなかった。だが、それ以上にドランサーにとっては怪人と戦い始めたときからの疑問が頭にあった。

 「奴はなぜ、あれほど正確にこちらの動きをとらえられるんだ・・・?」

 ドランサーはタコンバットの極端に小さな目が気になっていた。あれほど小さく、視界が狭いと思われる目で、なぜ正確に空中からの体当たりや銃撃ができるのか。冷静に考えてみると、不可解なところは他にもあった。小さな目に反比例するように巨大な耳、奴がタコとコウモリの能力を持つロボットだということ・・・。

 「そうか・・・!」

 それらの考えが、ある一つの案にまとまった。絶妙なタイミングを要求されるが、タコンバットを倒す方法を思いついたドランサーは、意を決し建物の屋根の上に飛び乗った。

 「バカが、死にに来たか!」

 タコンバットが不敵に笑い、口をドランサーに向けた。

 「そのままにしていろ・・・」

 ドランサーはつぶやき、さらに空中高く飛び上がった。

 「いただきだ!」

 タコンバットがタコ墨を発射しようとしたその時、ドランサーが叫んだ。

 「今だ! ブースター、最大出力!!」

 その言葉とともに、ドランサーの背中のロケットパックが点火された。ドランサーの落下が急激に速度を増した。

 「ブーストキーーーック!!」

 次の瞬間、ドランサーのキックはそれをよける間もタコンバットに与えず、その巨大な耳の片方に炸裂した。

 「ギャアアア!!」

 火花を上げて片耳が吹き飛び、タコンバットは苦痛の叫びをあげた。しかしそんな怪人の叫びを無視し、ドランサーは攻撃を続ける。着地するとすぐにタコンバットの後ろに回り、残ったもう片方の耳をつかみ、片腕でタコンバットの体を押さえつけながら、叫びとともに渾身の力を込めて耳を引っ張った。

 「うおおおっ!!」

 ブチリという音とともに、ドランサーは耳を引きちぎった。バイオリキッドがその傷口から飛び散る。
再びタコンバットが苦痛の叫びをあげた。

 「グアアアア!! おっ、俺の耳がぁぁぁ!!」

 叫びをあげながら、タコンバットはあたりをふらふらとよろけながら歩いている。ドランサーは無言で、手に持ったタコンバットの耳を地に投げ捨てた。

 「くっ、くそぉーー!! どこにいる!?」

 怒りながらタコンバットはめちゃくちゃに腕を振り回し、タコ墨を吐きまくる。だがその攻撃には、これまでの正確さは見られない。今のタコンバットは目をつぶされた人間と同じ。もはや脅威ではない。ねらい通りだ、とドランサーは思った。

 タコンバットはタコとコウモリの能力を持ったバイオロボットである。しかしコウモリには、他の動物にはあまり見られない特異な点がある。夜行性のコウモリは、ものが見えにくい夜間に飛行したり、捕食をするために目の代わりに特殊な方法で「ものを見る」方法をその進化の過程で手に入れた。それは「超音波」である。彼らは口から超音波を発し、その反射音を耳でとらえることによって、目の代わりにものがあるかないか、あるいはそれが何であり、自分とどれくらいの距離にあるのかを知るのだ。タコンバットもコウモリと同じく、極端に小さな目と巨大な耳をもっているため、ドランサーはタコンバットもコウモリと同じ方法で敵を捕捉するのだと考えた。耳をちぎられ、反射音をとらえられなくなったタコンバットに、攻撃の正確さが見られなくなったことはそのことを証明した。

 もはや脅威ではなくなったタコンバットを、ドランサーは静かに見つめていた。ドランサーは、一抹の迷いを感じていた。ここでとどめを刺すか、否か。人間に限りなく近い感情をもつ彼にとって、数多くの命を無惨に奪ったタコンバットは許せない存在だった。しかし、彼と同じバイオロボットを手にかけることにも抵抗があった。それは、人が人を殺さなければならないときに抱く葛藤と同じだった。

 「・・・許せ!」

 しばらくの考えの後、ドランサーは決心したかのように、右手をタコンバットに対して水平に構え、勢いよく地を蹴って高速で近づいた。

 「ギャアアアア!!」

 ドランサーの右腕は、怪人の胸を貫いていた。怪人の断末魔の悲鳴があがる。ドランサーは腕を引き抜くと、再び地を蹴って後ろへと高くジャンプした。それと同時に、怪人はひざから崩れ落ちた。

ドカァァァァン!!


 怪人は大爆発を起こした。スタッと地に降り立ったドランサーは、もはやタコンバットの破片しか散らばっていない戦場を見つめた。

 「これで・・・あとには退けなくなった・・・」

 ドランサーはそうつぶやいた。感情プログラムをもつバイオロボットは、独自の「性格」をもっている。そしてそれは人間のそれと同じく、一度できあがってしまうと容易に修正できるものではない。人間ならば、社会にとって危険な人間はその性格を修正し、正常な社会生活を営めるように矯正される。しかし、ロボットに対しては人間はそんな時間も手間も与えない。彼らにとっては、ロボットはあくまでも「もの」だからだ。性格に問題をもったロボットは、効率を重んじる社会によって「欠陥品」と見なされ、修理されるか解体される。感情プログラムを交換することはできるが、それは自分を失うこと、死と同義なのだ。いずれにしても、タコンバットのように異端とされたロボットには、不幸な未来しか待ち受けてはいない。それは理不尽なものだということもできるし、それゆえにタコンバットが言っていた「解放を求める」という感情も当然のものだとも言える。本来人間の奴隷の代わりとして生み出したロボットに、人間と同じ感情を与える。それ自体が矛盾した行為だと言えた。

 ドランサーは無意識のうちに、両手を顔の前で合わせた。彼はそのとき、初めてロボットにも「死」というものがあることを知った。そしてそれは、常にこれほど壮絶なものではないにしても、ロボットが奴隷の代わりとして生まれた以上、人間のそれとは違い安らかなかたちで迎えることは難しいということも、漠然とだが感じていた。

 「オーイ! 無事か、ドランサー!」

 後ろからの声に、ドランサーは振り返った。カズヤが駆け寄って来るのが見えた。

 「奴は・・・?」

 ドランサーは無言だった。カズヤはあたりに散らばる破片を見て、全てを悟った。

 「・・・すまない。人を殺すのと同じようなものだからな・・・」

 「いや・・・やらなきゃならないことだったんだ・・・」

 ドランサーは自分に言い聞かせるように言った。自分の同類を殺したことが正しい判断だったと、自分に納得させているようであった。

 「リペアキットは・・・あるか?」

 ドランサーが損傷を負った右胸に手をあてて言った。

 「ああ・・・サン・ジェルマンの中にあるはずだ。すぐに行こう」

 そう言いながら足を踏み出そうとするカズヤを、ドランサーは制止した。

 「その前に、あいつらも連れていってやってくれないか?」

 ドランサーはそう言って、ある方向を指さした。その先にあるトラックの陰から、一人の少年と一体のロボットが照れくさそうな笑いを浮かべながら現れた。カズヤはそれを見て、あぜんとした顔をした。

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