第7章 反乱



 夜が明けた。朝日がトラックの影を地面に落としている。駐車場に停まっているトラックのうちの一台。その荷台のドアがガタガタと音を立て、やがてバンと開いた。最初にドラえもんが顔を出し、あたりの様子をうかがう。

 「もう大丈夫みたいだ。でてきてもいいよ」

 ドラえもんが荷台から降りる。続けて、のび太も。

 「カズヤさん達はどうしたんだろう?」

 「物音がしない・・・心配だ。早く探そう」

 二人は、まず倉庫の中へと入っていった。

 「カズヤさーん!」

 ドラえもんの叫び声は、薄暗い倉庫の中に響き渡るばかりであった。

 「やみくもに探してもしょうがないよ。ドラえもん、「たずねびとステッキ」を使おう」

 「そうだね」

 そう言ってドラえもんはポケットからステッキを取り出し、地面に立てて手をはなした。ステッキの倒れた方向を確認すると、そちらへ向かって歩き始める。やがて、倉庫の中央あたりに人が倒れているのが見えた。

 「カズヤさん!」

 二人は駆け寄って、カズヤを揺り動かした。やがてカズヤは意識を取り戻し、上半身を起きあがらせた。

 「うう・・・」

 「カズヤさん、いったい何があったんですか?」

 「ドランサーは?」

 「君たちか・・・そうだ! カマキリのようなロボットと戦って、奴の発した音を聞いたら気を失って・・・。くそっ、情けない! 早く探さなければ。」

 ドラえもんは再びステッキを倒した。

 「あっちみたいです。行きましょう!」

 三人はステッキの指し示した方角へと向かっていった。



 「そんな・・・」

 「なんてことだ・・・」

 三人は目の前に倒れているものを見て愕然とした。それはあちこちに傷を負い、完全に機能を停止して倒れているドランサーだった。カズヤがかがみこんで様子を見る。

 「だめだ・・・完全に破壊されている。バイオジェネレータが完全に潰されてしまっては・・・」

 「なんとか直りませんか?」

 カズヤが首を振る。

 「これだけのダメージでは、整った設備がなければ・・・」

 カズヤが唇をかみしめた。重い空気が流れる。と、突然ドラえもんが顔を輝かせた。

 「まだ手はある!!」

 「!?」

 ドラえもんは急いでポケットに手を突っ込むと、風呂敷を一枚取り出した。

 「タイムフロシキ! これをドランサーにかぶせて少し待てば、ロボットにやられる前の状態まで戻すことができるはずだ。」

 「そうか!」

 「やはり君はすごいな・・・TSWAT隊員であるのに、君に頼りっぱなしだ」

 「そんなこと気にしている場合じゃありませんよ。すぐに取りかかりましょう」



 ドラえもんはビッグライトでタイムフロシキをふとんほどの大きさにすると、それをドランサーにかぶせた。3人は固唾を飲んでその課程を見守る。やがて、フロシキが少し動いたかと思うと、ドランサーがむっくりと起きあがった。

 「う・・・なんだ、この布は・・・?」

 フロシキを押しのけながら言うドランサーを見て、三人は歓声を上げた。彼の体は完全に修復され、傷一つない。

 「やった! 元に戻ったんだね!」

 「みんな・・・俺は一体・・・。そうか、カマギリスとの戦いに敗れて・・・直してくれたのか?」

 「ああ。またドラえもんのおかげだよ」

 「すまない。また借りができた」

 「そんなこと、気にしないでよ」



 三人はそれから、善後策を検討し始めた。

 「奴は一体、ここに何をしにきたんだろう?」

 「おそらくは、人質の奪還だろう。ドランサーを倒すことが最重要目的で、それが終わってから探すつもりだったはずだ。しかし、人質はドラえもんのポケットの中。そんな場所にあるとは夢にも思わなかった。そのまま、アジトへ戻っていったのだろう」

 「そんなにあっさりと引き上げるってことは、もう人質にはこだわらないということでしょうか?」

 「たぶんそうだろう。人質を必要としているのなら、血眼になってさがすはずだ。奴らの計画が最終段階に入ったのか、あるいは他の事情があるのか。いずれにしても、早くカタをつけなければならないな」

 「だが・・・カマギリス、奴は強敵だ。全く動きについていけなかった・・・。せめて互角に戦えるだけの状況にもっていければ・・・」

 ドランサーが拳を握りしめた。重い空気が流れたが、やがてのび太が口を開いた。

 「きっとなにか方法があるはずだよ。僕とドラえもんも手伝うから、考えよう」

 のび太の言葉に、カズヤもうなずく。

 「のび太君の言う通りだ。この世に無敵の存在などない。考えれば、かならず道が見つかるはずだ。俺達に残された時間は残り少ない。状況は楽観できないが、だからといって逃げ出すわけにはいかないんだ」



 重いエンジン音が車内に響き渡っている。カズヤは運転席に座り、敵のアジトと思われるオフィスビルへとトラックを走らせていた。道路沿いには違法駐車の車はあるが、動いている車は当然一台もない。ドラえもんのもっていた「透明ペンキ」を外側に塗られているため、カズヤの運転するこのトラックを外側から見ることはできない。後部コンテナの中では、ドランサーがのび太、ドラえもんとともに、カマギリスにうち勝つための方法を考えている。カーナビの示す現在位置は、もう少しで目的のビルに着くことを示していた。

 「みんな、もうすぐ到着だ」

 カズヤがマイクをとってそう言うと、スピーカーからドランサーの返事がした。

 「わかった。準備をしておこう」



 カズヤはトラックをビルから少し離れたところに停めた。装備を取り付けながら、ドラえもんとのび太に言う。

「まずは俺とドランサーで偵察に行く。敵の数が多いようだったら、申し訳ないが援護をお願いしたい」

「まかせてください」

 二人がうなずく。

 「ドランサー、なんとかカマギリスに対抗できそうか?」

 「ああ。二人と話し合って、ドラえもんの道具と俺の特殊機能を使えば、奴と互角の戦いができると確信した。その道具も、ここにある」

 ドランサーはベルトにさしたケースをポンと叩いた。

 「よし。それでは行ってくる。」

 「気をつけてください。」

 カズヤとドランサーは、ビルの向かいにある公園へと潜入した。植え込みの中から、二人がこっそりと様子をうかがう。ドランサーはカメラ・アイを赤く光らせ、XYZ線を照射した。

 「妙だな・・・」

 「ああ。見張りの姿もない」

 「いや、それもそうなんだが・・・建物の中にも外にも、動体反応ひとつない。本当にあそこが奴らのアジトなのか?」

 「それは間違いないが・・・。みんな出払っているとも考えられない」

 カズヤはビニールの布のようなものを取り出した。

 「ここは覚悟を決めて、突入するか。これをつけてくれ」

 カズヤはドランサーに布を渡しながらも、自らもそれを身につけた。たちまち彼らの姿が消え、目に見えなくなる。



 誰もいないビルのロビーに、足音だけが響き渡る。と、その足音が止まった。それと同時に、二人が「透明マント」を脱いでその姿を現した。

 「これは・・・」

 「支局で同じものを見た・・・」

 ロビーの床には、奇妙なシミがいくつもついていた。様々な色が混じり合った、毒々しい色のシミ。どことなく人の形にも見える。ドランサーが目を黄色く光らせた。

 「強力な酸性の成分が含まれている」

 「溶解液で溶かされた人間だと言うのか・・・。しかし、こいつは一体誰なんだ?」

 二人は疑問に思いながらも、あたりを見回した。壁のあちこちに銃弾のあとが残っている。何かと交戦した様子だ。二人はさらに、次の階へとあがった。

 二階のあちこちに見られる光景で、二人は確信を強めた。破壊されたロボットや、惨殺された人間の死体などがあちこちに転がっていたのだ。

 「支局と同じだ。間違いなく、バイオロボットの仕業だ・・・」

 「ああ。それも一般人ではなく、クロウのメンバーを殺している。一体どうなっているんだ?」

 ドランサーはそう言いながら、何かをシミの中から拾い上げた。半分溶けてはいるが、もとはカラスをかたどったバッジだったのだろう。カズヤは首にまきついたクモの糸のようなもので首の骨をへし折られて死んでいる男の死体に近寄った。

 「死後6時間というところか。バイオロボットはカマギリスの他にもう一体いるはずだ。おそらくは、お前がカマギリスと戦っている間にそのロボットがやったことだろう」

 「ただでさえ奴らの計画がどんなものかわからないというのに、こうなってしまっては・・・」

 二人はその後も各階を回り、死体や残骸を目にしたが、動くものには全く出会わなかった。最後に残ったのは、最上階の社長室。

 「ここにも動体反応はない」

 「だが、モリアーティーがいるとしたらここだ」

 二人はドアを開けた。途端に、めちゃくちゃにものが散乱した部屋の様子と、じゅうたんの上にうつぶせになって倒れている男が目に入った。背中には巨大な刺し傷がある。顔を確認するためにひっくり返したが、その死に顔は毒々しく変色し、目や口をカッと開いていて、思わず目を背けるほどすさまじいものであった。カズヤは電子手帳を取り出し、過去に撮られたモリアーティーの写真と、その男の顔を見比べた。

 「・・・クロウの首領、モリアーティーだ」

 電子手帳を閉じて、カズヤが静かに言った。

 「長年TPの手を逃れ、こんなだいそれたことを実行した男が、こんな最期を迎えたとはな」

 「結局、奴らの立てていた計画はどんなものだったんだろう?」

 「ここには生きているクロウの人間はいない。死人に口なしだ。何か奴らの計画について記録したものがあればいいが・・・そこらを探してみよう」

 モリアーティーとバイオロボットが争ったためか、部屋はひどく荒らされ、家具や書類などが散乱していた。ドランサーは机の引き出しの中などを探し、カズヤは散らばっている書類を集め始めた。

 「どうやら、そうとう重要なもののようだな・・・」

 カズヤが一枚の書類を見ながら言った。

 「なんだ?」

 「奴らの計画書の一部らしい。とぎれとぎれにしか残っていないな。あそこから外へ飛んでいってしまったのかもしれない。」

 社長室の窓は割れていて、強い風が吹き込んでいた。

 「引き出しにはなにもないな。この書類以外、奴らのたくらみを知る手段はなさそうだ。カマギリス達が持ち去ってしまったということも考えられる」

 「そうだな。残った書類を全部集めて、ここは引き上げよう。カマギリス達の行方も、たぶんこれに記された奴らの計画に関係があるはずだ」

 二人は書類集めを再開した。



 オフィスビルの近くにあるレストラン。4人はそのテーブルを囲んでいた。テーブルの上には、さきほど集めた書類の束が置かれている。

 「この書類のおかげで、奴らの計画についてかなりのことがわかった」

 カズヤが説明を始めた。

 「まず、クロウがこの計画のために用意したもののリストだ。この時代に来たクロウのメンバーの数は、約200人。その他にも各種のロボットや兵器を用意してきたらしい。」

 「200人か・・・いやに少ないな」

 「戦力差は科学力でカバーできる。別の書類によると、東京を今のように無人状態にした後、東京中の生産施設をロボット生産工場に改造し、トルーパーロボットを大量生産することで戦力不足を解消しようと考えていたようだ。だが、問題なのはそこではない。奴らはおそろしいものを、この時代にもちこんだらしい」

 「何ですか?」

 「核だよ。リストによれば、核弾頭ミサイルを三基、この時代へと運んできたらしい」

 それを聞いて、三人がおどろいた。

 「バカな!? 核兵器は21世紀末までに太陽投棄処分によって全廃されたはずだ!」

 「表向きはそうなっている。だが、現実は行方不明になった核兵器や核燃料がいろいろなところを動き回っているという状況だ」

 「クロウがそんなものを運んできていたとしても、一体何に使うつもりだったんだろう?」

 「残念ながら、肝心のそこはまったくわからない。本当にどこかに発射するつもりだったのか、あるいは単なる脅しか・・・」

 「でも・・・そんなことをしたら、タイムパラ・・・なんだっけ?」

 「タイムパラドックス」

 ドラえもんがのび太をフォローする。

 「そうそう。そのタイムパラドックスが起きるんじゃないですか?」

 「たしかにそうだ。核ミサイルで殺した人間の中に奴らの先祖がいたら、奴ら自身の存在が抹消されてしまうはずだ。」

 ドランサー達の疑問に、カズヤは考え込むような顔をした。

 「そこなんだが・・・奴らは「パラレルワールド」を作ろうとしたんじゃないかと思うんだ」

 「パラレルワールド?」

 「ああ。俺達の歩んできた時間の流れとは別の時の流れをたどる世界。「もしも」の世界であり、一種の異次元空間と言っていい。奴らは自分達が世界の支配者となったパラレルワールドを作ろうとしていたんじゃないか。そう思うんだ。」

 「そんなことができるんですか?」

 「できる、という説もある。具体的な例を挙げたほうがいいな」

 そう言うとカズヤはテーブルの隅にあった袋入りのストローをとり、ストローを取り出して袋だけを手に取った。

 「時間学はかなりのことがわかってきたとはいえ、まだ歴史の浅い学問だ。時間というものがどんな形をしていて、どんな特性をもっているのかも、はっきりとはわかっていない。ただ、今の学会の流れでは、このストローの袋のように細長いものと考えられている。もちろん、過去から未来へととぎれることなく続いている。時たまその一部がとぎれたりして奇妙な出来事、例えば過去の人間が未来にきてしまうようなできごとが起きる。それでも、時空間には修復力があるため、そんなとぎれ目は人間の傷のようにすぐに元通りになる。しかし、ここに亜空間破壊装置が作動すると・・・」

 カズヤはストローの袋の中央あたりをビリッと破り、二つの紙の筒にした。

 「このように、完全と言っていいほど切断されてしまう。実際にはここまで見事にはやぶれず、ねじれたり一部だけでつながったりしているが。どちらにせよ、こうなると自然回復は見込めない。そして、こういう状況こそがパラレルワールドを作り出すのに最適の状況なんだ。今のこの20世紀の状態は、ちぎれたこの袋のようなもの。そのちぎれた部分に、こうやって・・・」

 カズヤはもう一本ストローの袋を取り出し、先ほどちぎった袋の一片の端にそれをつなぎあわせた。

 「自分達の思い通りの世界をつなぐことができる。少数派ではあるが、こんな説もある」

 「もとの未来はどうなってしまうんだ?」

 ドランサーはもう片方、ちぎれたままの一片をつまんだ。

 「学者もそこまではよくわからないらしい。未来は過去なしには存在し得ないとする説と、そうではないとする説があるからな。」

 「でも、もし歴史が変わるとしたら・・・」

 「そう。俺やドランサー、ドラえもんはここにはいないはずだ。なのに俺達はここにいる。時間のつながりの中でも最も重要な部分が奇跡的にとぎれていないのか、それとも未来は過去なしでも存在しうるのか・・・。どちらにしても、たよりない状況だ。早く亜空間破壊装置を破壊し、核ミサイルを回収して、バイオロボットを捕らえるか破壊しなくては、この状況が固定化するかもしれない。クロウを滅ぼした奴らが、何を企んでいるかも、もちろん大きな問題だ。はやく奴らを追跡しなければ」



 天井は高くないが、かなり広い部屋。コンピュータの端末がズラリと並び、その前に座るトルーパーロボット達がキーを叩くカタカタという音の合唱が、部屋中に満ちていた。イモグモングはその部屋の入り口に立ち、作業の進行状況を監視している。と、その後ろからカマギリスが現れた。

 「進行状況は?」

 「76%。もう一時間ほどあれば、全ての衛星にトラップを仕掛けられる。そちらは?」

 「核ミサイルの発射準備は完了。それに例のものも・・・。そちらの作業が完了し次第、直ちに作戦に取りかかることができる」

 「そうか。いよいよ新しい歴史の第一歩を踏み出せるわけだな」

 「そういきたいところだが、予想していなかったことが起きた。思わぬ邪魔がはいったようだ」

 「どういうことだ?」

 「あのTP隊員以外にも少なからぬ力を持った者がいて、それがドランサーを復活させたようだ」

 「フン、し損じたか。お前らしくもない詰めの甘さだな」

 「すまん。しかし、我ら二人がそろえば、奴らの力など軽くしのぐことができるだろう。完全に破壊しつくし、新しい歴史を作るために、リセットされた状態までもってゆくのだ」

 「わかっている。もはや歴史は動き始めた。その流れを止めることは、もう我々にもかなうことではないからな」

 そう言うとイモグモングは、空気のもれるような音を発した。

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