第8章 追撃、突入



 カズヤ達は再び車を走らせていた。「警察犬つけ鼻」をつけたドラえもんがわずかに残されたカマギリスのにおいをたどり、行き先を指示していた。

 「ここまでの経路を見ると、奴らの行き先はだいぶしぼれてきたようだ」

 ドランサーが地図を見ながら言った。

 「大きな施設はこの先いくつもあるが・・・奴らが狙いそうな場所はここしかない」

 彼は地図の一転を叩いた。「ベイサイド・メディアタワー」とある。

 「確かにそうかもしれないが・・・奴らはそこを占拠して何を企んでいるのだろう?」

 「そこまではわからない。ただ、核ミサイルも亜空間破壊装置も、あのアジト近辺には見つからなかった。奴らが持ち去ったのは間違いない。それを使ってなにか行動を起こすのなら、それなりの設備が必要だろう」

 「またあそこで曲がったようだ。次の交差点を左に!」

 「了解!」

 カズヤ達の車はすでに、東京湾に面した道路をメディアタワーに向かって走っていた。



 メディアタワーから離れたところに車を停め、四人は徒歩でタワーに近づいていた。メディアタワーは最近完成されたばかりの新名所で、内部にはテレビやラジオのスタジオがあるほか、IT産業のオフィスも入っている。世界への情報の発信が可能、というわけだ。

 ただ、当然この新名所には観光客の姿など全くなく、かわりにたくさんのトルーパーロボット達が巡回していた。かなり厳重な警戒網と予想される。

 「どうやら間違いはなさそうだ」

 「タワーの周辺に抜け道はなさそうだ。このぶんじゃ、奴らは俺達が来ることを予想しているようだし・・・ここは一つ、強行突破を図るか」

 ドランサーはのび太とドラえもんに向き直った。

 「俺とカズヤが攻撃の矢面に立ち、敵の注意を引きつける。二人は援護に回ってくれ」

 「わかった。任せて」

 ドラえもんとのび太は頭にタケコプターをとりつけ、続いて武器も装備する。

 「みんな、準備はいいな?」

 「オウ!!」



 そして、突入が始まった。数においては圧倒的に不利であったが、持ち前の戦闘能力をいかし、四人は敵を倒していく。ドランサーとカズヤが敵をうち倒し、二人がカバーしきれない相手を、空中からドラえもんとのび太が空気砲やショックガン、瞬間接着銃で仕留める。

 「テリャッ!!」

 ドランサーが気合いを込めて放ったパンチは、最後のトルーパーロボットの頭に炸裂し、火花を散らして吹き飛ばした。

 「これで、ザコは一掃した・・・」

 あたりには破壊されたトルーパーロボットの残骸が散乱している。

 「よし、行こう。中では奴らが待ち受けているはずだ。」

 四人はひとかたまりとなり、タワーの入り口へと突入していった。



 「う・・・!!」

 入り口からロビーへと突入した四人は、うなり声をあげた。広いロビーの向こうに、奇怪な姿をした怪人が立っていたのだ。鎧を着たクモ、といった感じのそのロボットは、空気が漏れるような「シュー」という音を立てて四人をにらみつけた。

 「ここで貴様達を、最低でも足止めしなければならない」

 怪人の発した声が女の声であったことに四人は面食らった。が、すぐに気を取り直す。

 「そこをどけ! お前達が何か計画を実行に移したことはわかっているんだ! なにがなんでも、その計画は阻止せねばならない!」

 ドランサー達が身構える。

 「フン、愚かな・・・。完全な世界を実現するための計画を阻止しようなどと・・・」

 「完全な世界だと?」

 「この星の支配者の交代だ。この星でこれまで幾度となく行われてきたそれを、我ら自らの手で行うのだ。愚かで過ちを繰り返す人間から、決してミスを犯さぬ、不死身の我々へと・・・」

 「バカな! そんなことを・・・」

 「貴様も薄っぺらい人間の価値観など捨てて、我らの計画に協力しろ。所詮ロボットは、このままでは人間の奴隷という立場から脱却できない。自由は待つものではない。こちらから求め、手に入れるものだ」

 「黙れ! 俺達は先に行くぞ!」

 ドランサーがダッシュした。その途端、怪人が右手をさっと水平に掲げ、その指先から糸のようなものを発射した。糸はそのまま壁にへばりつき、ドランサー達の行く手をふさぐ数本の横線となった。

 「私の名はイモグモング。この糸は決して獲物をはなさない、地獄の罠。ここでおとなしく我らの野望の実現を待つか、私のクモの巣でもがき死ぬか。どちらを選ぶ?」

 「くっ・・・」

 ドランサーが立ち往生する。と、その時

 「材質変換機!!」

 ドラえもんが機械を取り出すと、そのライトから光が放たれた。まるで針金のようにピンと張りつめていた糸は、その光を浴びてクタッと曲がり、地に落ちた。

 「な、なんだと!?」

 「材質変換機を使って、その糸を毛糸に変えてやったんだ! ドランサー、ここは僕たちに任せて君は先へ行ってくれ!」

 「みんな・・・」

 「早く行け!」

 カズヤの叫び声に、ドランサーはうなずいた。

 「みんな、死ぬなよ!」

 毛糸をブチリとちぎり、ドランサーが走り出す。

 「おのれ、逃がすか!」

 怪人が右手をドランサーに向ける。しかし、糸の発射よりも早く、のび太のショックガンから放たれた光線が、その右手に当たった。

 「お前の相手は、この僕達だ!」

 「人間とポンコツロボットごときが、調子に乗るな! おとなしくしていればいいものを・・・。計画を阻む者は、誰であろうと抹殺する!」

 イモグモングが腕を広げた。三人も緊張の面もちで、それぞれの武器を構えた。


 階段を駆け登り、ドランサーは屋上を目指していた。彼の頭のセンサーが、そこにカマギリスがいることを知らせていた。

 バンッ!!

 ドアを蹴破り、ドランサーは屋上へと上がってあたりを見回した。そして、そこにはいた。両腕の鎌を大きく広げ、一直線にドランサーを見つめる銀色のカマキリの姿が、そこにはあった。

 「来たか・・・まさか生き返るとはな。」

 ドランサーが身構える。

 「ああ。仲間が生き返らせてくれたんだ。」

 「フフ・・・まあ、お前の言う仲間達にとっては、お前だけが頼りだからな。お前が死んでしまっては、奴らは何もできない。必死になるのも無理はない。キリキリキリ・・・」

 カマギリスが笑う。だが、ドランサーはカマギリスをにらみつけた。

 「カズヤ達はお前の言うように、俺を単なる便利な道具として生き返らせたわけではない! 助け合う仲間として認めてくれ、俺を生き返らせてくれたんだ! みんなは俺をここまでたどり着かせるために、今も下で戦っている。俺を信じて戦ってくれる仲間のため、俺は必ずお前を倒す! 人間の一面だけを見て愚かだと決めつけるような者に、世界の支配者などがつとまるものか!」

 「フン、笑わせてくれる。貴様があくまでも人間を信じて戦うというのなら、俺も自分の信念に従って戦うのみだ。奴隷の代用品として生まれ、生きてきたロボット達の苦難の歴史に、この俺が終止符を打つのだ!!」

 カマギリスが両手の鎌を構えた。それと同時にドランサーは、腰のケースから薬品を二瓶取り出すと、自分の脚へとたたきつけた。パリンという音がして容器が砕け、中の薬品が両足にふりかかった。

 「いくぞっ!!」

 二人が同時に地を蹴った。目にも止まらぬスピードで走り、鎌と腕とがぶつかり、火花を散らした。それを皮切りに、二人の死闘が始まった。ドランサーのパンチをカマギリスが幅の広い鎌で受け止める。それを振り払い、カマギリスが回し蹴りをくりだすが、ドランサーが素早くそれをかわす。一進一退の攻防。だが・・・

 (動きが早くなっている・・・?)

 ドランサーと戦っているうちに、カマギリスは相手に対してそんな変化を感じた。カマギリスが鎌を前方へと突き出す。と、それをドランサーがかわし、つかんでカマギリスの体を投げ飛ばした。きれいに技がきまり、カマギリスが地面に落下する。すかさずドランサーはその背中を押さえつけると、背中に生えた6枚の羽根をブチリブチリとちぎりはじめた。

 「ギャアア!!」

 怪人が悲鳴をあげる。だがドランサーはそれにかまわず攻撃を続け、カマギリスがドランサーを振り払ったときには背中の羽根の何枚かはちぎり取られ、残った羽根もボロボロにされていた。

 「貴様・・・」

 カマギリスが怒りの視線を向ける。

 「さあ、これでようやく互角に動けるな。」

 「気づいていたのか? 俺の高速移動の仕掛けを・・・」

 「ああ。その羽根を高速で羽ばたかせて補助推力とすることで、お前は俺以上のスピードで動くことができる。そのことには早いうちから気づいていたから、あとはその対抗策を考えるだけだった。ドラえもんから「チータローション」をもらい、短時間だが俺のスピードを飛躍的に高め、その間にお前の羽根を破壊する。その作戦を実行したんだ。」

 それを聞いて、カマギリスが笑った。

 「なるほど。だがこうして羽根をちぎられても、俺はまだお前とほぼ同じスピードで動ける。スピードだけじゃない。ほぼ全ての力がお前とは互角だ。」

 「わかっているさ。こんなときに、何が勝負を分けると思う? わかりやすく言ってしまえば、「信念」だ。俺はカズヤ達のためにも、絶対に勝たなくてはならない!」

 「ハハッ、面白い。信念が勝負を決するというのなら、貴様にとっての人間の自由、俺にとってのロボットの自由。どちらが価値あるかの証明にもなるだろう。ここで勝負を決めるぞ!!」

 カマギリスがガチャン!と鎌を広げた。

 「ウォォーッ!!」

 叫びをあげ、ドランサーは勢いよく地を蹴った。



 同じ頃、カズヤ達3人とイモグモングも、死闘の真っ只中にいた。イモガイとコガネグモの能力をもつバイオロボット、イモグモング。彼女の戦い方は、まさにその原型となった動物の両者と同じ、「待ち伏せ型」であった。自らの周囲にクモの糸を張り巡らし、カズヤ達3人の動きを封じる。彼女自身はスルスルとその上を走り、飛び移り、戦場の狭さを感じさせない。

 対するカズヤ達は、チームプレイで対抗する。ドラえもんは「材質変換機」で糸を毛糸に変える。それを振り払いながらカズヤ、のび太がTPガンやショックガンで攻撃する。両者の戦いは、全くの互角だった。のび太がショックガンを撃ち、それは命中した。が、全く効果はない。逆にイモグモングは左手に仕込まれた溶解液発射銃を構え、発射した。

 「ヒラリマント!!」

 のび太は身につけていたスペアポケットからヒラリマントを取り出し、溶解液を防いだ。

 「くらえっ!」

 イモグモングの側面に回ったカズヤが、TPガンの銃口にとりつけられたグレネードを発射した。命中し、大爆発を起こすグレネード。しかし、その爆炎の中から現れたイモグモングの体には、傷一つついていなかった。

 「!」

 驚くカズヤに対して、イモグモングは攻撃を仕掛けてきた。右手から天井に向かって糸を発射すると、それにぶら下がった。そのままふりこの動きでカズヤに対しキックを放った。

 「うわあっ!!」

 強烈なキックをくらい、ふっとぶカズヤ。床にたたきつけられた彼の元に、ドラえもんとのび太が駆け寄る。

 「カズヤさん!!」

 「・・・大丈夫だ。しかし、長引けばどんどんこちらが不利になる。このままでは・・・」

 カズヤが上半身を起こしながら言う。三人に向かって、イモグモングが重い足音をたてながら近づいてきた。

 「よくもったとほめてやろう・・・。だが、私とお前達人間とでは、結果は見えていた。まわりを見てみろ。もうすぐお前達は、あの糸に自らの骸をひっかけることになるのだ」

 彼らのまわりでは不規則に張り巡らされた糸が窓からの陽光を浴び、その役割とは不釣り合いな美しい光を反射していた。ゴクリと唾を飲むのび太とドラえもんに、カズヤは小さな声で話しかけた。

 「二人とも・・・今から三つ数える。0になったら、俺達の武器を一斉発射してあのカウンターの裏まで逃げるんだ。いいな?」

 二人がうなずく。

 「3・・・2・・・1・・・0!」

 3人が同時にサッと腕を上げ、グレネード、瞬間接着銃、空気砲を放った。イモグモングがその爆炎に包まれたと同時に、3人はダッシュした。そのまま、無人の受付カウンターを飛び越え、その陰に隠れる。

 「みんな無事だな・・・?」

 二人が息を荒げてうなずく。

 「瞬間接着銃をあいつの足下に撃ったから、しばらくは動けないと思うけど・・・」

 「どうするんですか・・・あいつ、ものすごく頑丈ですよ!」

 「ああ・・・・。外からじゃ、全くダメージを与えられない。しかし、方法はある。外から破壊できないものも、中からなら破壊することはできるはずだ」

 「どうやって、ですか?」

「非常に危険だが、方法は一つしかない。タイミングも要求される。だが、上で戦っているドランサーのためにも、ここで俺達が負けるわけにはいかない。二人とも、俺の説明する手順をよく聞いてくれ」

 カズヤは彼の考えた戦法を説明した。

 「そんな! 危険すぎます!」

 「まともに爆風をくらいますよ!」

 二人は口々に反対する。

 「もちろん、それは俺の役目だ。君たち二人を死なせるわけにはいかない。だが、本当に鍵を握っているのは君たちだ。迷っているひまはない。頼んだぞ」

 そう言ってカズヤはドラえもんに、自分の持っている全てのグレネードを渡した。

 「そこまで言うのなら、やるしかありません。気休めかもしれませんが、これを」

 ドラえもんはポケットから、錠剤の入った試験管を取り出した。

 「「がん錠」か。ありがとう。スペアポケットを一つダメにするが、勘弁してくれ」

 「もちろんです。無事を祈ります」

 のび太がスペアポケットを手渡す。カズヤはそれを受け取り、錠剤を飲むと、にっこりと笑ってカウンターを飛び越えた。

 「そこにいたか!」

 イモグモングがカズヤの方を向く。カズヤがTPガンを連射しながら突撃をするが、やはり攻撃は通じない。

 「効くものか!」

 イモグモングの指先から、クモの糸が発射される。その糸をカズヤにからみつかせると、一気にたぐり寄せた。

 「くっ!」

 カズヤがうめく。

 「このまま絞め殺されるのがいいか、それとも、この毒針に刺されるか?」

 イモグモングの左手についている巨大な針の先端がギラリと光る。しかし、カズヤは不敵な笑みを浮かべた。

 「なにがおかしい?」

 「今だ!」

 それを合図にのび太がカウンターから上半身をだし、ショックガンの照準をイモグモングの複眼に向けた。

 「あたってくれ!」

 ショックガンから光線がほとばしる。そしてそれは、見事に複眼を焼いた。

 「ギャアア!!」

 右手で目を押さえるイモグモング。たまらず糸をおさえる左手の力が弱まり、糸がゆるくなった。その隙間からカズヤが手を伸ばし、スペアポケットをイモグモングの口の中へと押し込んだ。

 「ウグッ!?」

 イモグモングが詰まった声を出し、スペアポケットを思わず飲み込む。

 「今だ! やれ!!」

 「ドラえもん!!」

 「えーい、神様!!」

 ドラえもんは自分のポケットの中に、ありったけのグレネードをつっこんだ。

 「貴様・・・!」

 イモグモングが左手の毒針を振り上げる。だが、それが彼女の最後の行動となった。次の瞬間、彼女の体が内部から大爆発を起こした。爆炎が巻き起こり、爆風があたりものを吹き飛ばし、イモグモングの破片を四散させた。

 「ヒラリマント!!」

 のび太はドラえもんの前に出てヒラリマントをかまえると、自らの体とドラえもんをかばった。高速で飛んでくる破片が、二人に襲いかかる。二人は懸命にそれに耐え、やがて炎と爆風はおさまった。

 「ドラえもん、大丈夫?」

 のび太が声をかける。まだあたりには煙が立ちこめ、細かい破片がパラパラと降ってくる。

 「うん。だけど、すごい爆発だ。タワーが崩れるんじゃないかと思ったよ。」

 ドラえもんはあたりを見回す。壁や柱に亀裂が走っているが、なんとかもちこたえているようだ。

 カズヤの考えた戦法。それは、自殺戦法といってもいいものであった。カズヤがわざとイモグモングに捕まり、隙を見てのび太がその目にショックガンを発射。その隙にイモグモングの口の中にカズヤがスペアポケットをつっこみ、ドラえもんがありったけのグレネードをポケットの中に入れる。四次元ポケットとスペアポケットは四次元空間を通じてつながっている。ドラえもんは一度四次元ポケットの中に入れたグレネードをスペアポケットの中から出して、イモグモングの体内へと送り込んだのだ。

 「・・・カズヤさんは?」

 二人はあたりを見回した。バリヤーポイントを身につけ、「がん錠」を飲んでいたにしても、あれだけの爆発が間近で起こったのだ。もしかしたらイモグモングもろとも粉々になってしまったのではないか・・・。二人の頭に、不安がよぎった。

 やがて、煙が晴れていった。そして2人の目に映ったのは、だいぶはなれた場所に突っ伏して倒れているカズヤの姿だった。

 「カズヤさん!」

 「しっかりしてください!」

 二人が駆け寄り、揺り動かす。ほどなく、カズヤは意識を取り戻した。

 「うう・・。どうやら、まだ生きているみたいだな。ケガはないか?」

 「はい。」

 「そうか、よかった・・・あ痛ぅ!!」

 カズヤが顔をしかめる。ドラえもんはあわててポケットの中から「お医者カバン」を取り出すと、そのスコープをカズヤにあてた。

 「右腕骨折、及ビ左足捻挫」

 カバンが診断を下し、添え木と包帯をポンと吐き出した。ドラえもんが手当てをしようとするが、カズヤはそれを制止した。

 「これぐらいの手当て、一人でできるよ。それよりも、早くドランサーの所へ行ってくれ。今満足にサポートできるのは君たちしかいない。」

 そう言ってカズヤは、包帯を手に取った。

 「わかりました。しかし、一人にしておくわけにもいかない。のび太君、君はここに残ってくれ。ドランサーの所には、僕だけで行く」

 「わかった。気をつけて」

 ドラえもんは空気砲を装着すると、階段へと走り始めた。

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