第9章 決着の時



 「テェリャア!!」

 叫びとともに、ドランサーはカマギリスを投げ飛ばした。ガチャンという音を立てて、地面にたたきつけられるカマギリス。だが、すぐに体勢を立て直し、ドランサーと向かい合った。両者の体には、これまでの死闘の傷跡があちこちに刻まれていた。ドランサーの体にはカマギリスの鎌によって斬りつけられた大小の切り傷があちこちにつき、バイオリキッドが流れ出している。一方のカマギリスも、ドランサーの強烈なパンチやキックにより、体中に凹みが出来ている。両者はにらみ合ったが、突然なにかに気づいたように顔をあげた。しかし、それも一瞬のことで、カマギリスはドランサーに言った。

 「感じたか? 今の振動を・・・」

 「ああ。やられたようだな」

 「これで、お前一人だな・・・」

 しかし、ドランサーはフッと笑った。

 「俺を動揺させようとしてもそうはいかない。お前にもわかっているはずだ。俺達バイオロボットの発する特別な信号が、今の振動で消えたことを。一人になったのは、お前の方だ。」

 「キリキリキリ・・・やはり、こんなことでだませる相手ではないか」

 そう言うとカマギリスは、鎌をガチャンと構えた。

 「ギェーッ!!」

 奇声を発し、鎌を振りかざして襲いかかってくるカマギリス。ドランサーはジャンプしてそれをかわしたが、カマギリスはそれを見越したようにすぐあとにジャンプ、空中で体当たりをくらわせた。ドランサーは地にたたきつけられたが、すぐにダッシュにうつり、パンチを叩き込む。しかしカマギリスは動じることなく、ドランサーに頭突きを食らわせた。

 「うわっ!!」

 吹き飛ばされたドランサーは、コンクリートの壁にたたきつけられた。その勢いで壁がガラガラと崩れる。カマギリスはさらにおいうちをかけるため、地を蹴った。

 「もらったっ!!」

 カマギリスがドランサーの首めがけて鎌を振り下ろす。しかしその時、カマギリスがよそうもしていなかったことが起こった。ドランサーの鋭い牙が並ぶ口。それがカッと開き、カマギリスの鎌をガッキと受け止めたのだ。

 「!?」

 カマギリスは鎌を引き抜こうとしたが、ドランサーのアゴはそれをとらえて放さない。さらに、その口はただ鎌を押さえるだけにとどまらなかった。力を込め、バリバリと刃をかみ砕いてしまった。

 「な、なんだと!?」

 「忘れたか! 俺はヒョウの力を持つバイオロボットだ!」

 ドランサーが立ち上がり、鎌の破片を吐き出した。しかしカマギリスはうろたえることなく、再び襲いかかってきた。

 「死ねっ!!」

 しかしドランサーは突き出された鎌をガシリとつかみ、動きを封じた。

 「トアッ!!」

 そして、そのままカマギリスを空中高く放り投げた。

 「行くぞ!!」

 ドランサーが拳を天に突き出す。その拳とベルトのバックルとが、赤い光を放ち始める。そしてそのまま、ドランサーは空中高く、まるで弾丸のようにカマギリスめがけてジャンプした。

 「エクスプロード・パンチ!!」

 赤く発光する拳が、カマギリスの左胸に炸裂した。

 ドカンッ!!

 「グアアッ!!」

 カマギリスの左胸が爆発し、銀色の装甲の破片がキラキラと輝きながら飛び散る。そしてカマギリスは、胸から黒煙を吐きながら地面へと落下した。

 「お、おのれ・・・」

 カマギリスがよろよろと立ち上がる。その時ドランサーは空中で落下の角度を変え、壁に向かって降下した。そしてそのまま壁を蹴り、カマギリスに向かって再びジャンプ、キックの体勢をとる。今度はその足が、赤く発光を始めた。

 「エクスプロード・キーーーック!!」

 ドランサーのキックは、カマギリスの傷口を正確にとらえた。

 「ウオオオッ!!」

 先ほど以上の爆発が起こり、カマギリスが後ろへと吹き飛んだ。スタッときれいに着地したドランサーが、彼方に倒れたカマギリスを見やった。胸から黒煙を吐き、立ち上がる様子はない。

 ドランサーの体内のバイオジェネレーターでは、通常戦闘時に必要なだけの量をはるかに上回るエネルギーが生産されている。そうした余剰エネルギーは腰のチャージベルトに蓄積される。そしてそれが一定レベルに達すると、そのエネルギーを拳や足に集中し、さらなる破壊力をもったパンチやキックを繰り出すことができる。ドランサーはこの力を使い、カマギリスに致命的なダメージを負わせたのだ。

 ドランサーは倒れたままのカマギリスにゆっくりと近づいた。破壊された胸からはシュウシュウと白い煙があがり、身を起こすこともできない様子。

 「・・・加減をしたな?」

 カマギリスが静かに言った。苦しげな様子は、全くない。

「 お前にはまだ役目がある。核ミサイル発射装置のありかと、その止め方を教えるんだ。生きているうちに教えてほしい。お前を完全に破壊し、お前の脳・・・バイオコンピュータからその情報を取り出すこともできる。お前は危険な存在だ。だが、俺と同じバイオロボットであることには変わりない。俺に死体を冒涜するようなまねをさせたいか?」

 「キリキリキリ・・・。核ミサイル発射装置、か。お前は大きな思い違いをしている。俺が核ミサイルのように、人間だけでなくどんな生物でも見境なしに殺してしまうような非合理な手を使うと思うか? 俺の用意していた手段は、もっと効率のいいものだ」

 「どういうことだ?」

 「俺がここを制圧した理由は、ここが世界のどこへでも回線を接続することができる場所だからだ。この時代は、急速に通信手段が発達したにもかかわらず、いまだにそれを使った攻撃に対する備えが完全にはできていない。そのような攻撃手段についても、同じように未熟だ。だが、そんな通信手段を用いて大多数の人間を抹殺できる手段を、俺は持っている。」

 「・・・」

 「核ミサイルはそのきっかけとして使うものだ。核ミサイルをどこかの大都市に打ち込めば、当然そのニュースは世界中に伝えられる。世界中がそのニュースに聞き入るだろう。それこそが、俺の狙いだ。宇宙に浮かぶ通信衛星。その全てにハッキングし、そのニュースを伝える電波に俺の殺人音波を乗せる。それがテレビやラジオから、人間達に襲いかかるのだ。そして、その大量殺人を伝えるニュースが、さらに多くの人間を殺す。その繰り返しだ。人間は常に大量の情報の中にいなければいられない。それをやめれば、人間は情報の共有という重要なコミュニケーション手段を失い、原始的な小規模集団しか維持できなくなる。そんなものはもはや敵ではない。そうした小集団をつぶしてゆくのみだ。占領地を増やし、トルーパーロボットを増産していけば、わけのないことだ・・・」

 バイオジェネレーターはもはや限界だというのに、カマギリスは饒舌だった。

 「おそろしい作戦を考えたものだな。だが、お前の野望はもはや潰えた」

 「キリキリキリ・・・はたしてそうかな? たしかに、俺は敗れた。だが、計画はまだ生きている。装置の準備はすでに完了し、東京の各地では無数のトルーパーロボットが生産され、計画の開始を待っている。そしてそれを告げるのは、俺の直接の命令か、俺の死によって途絶える信号だ。そのいずれかが伝われば、5分で核ミサイルが発射される。俺のバイオジェネレーターはもうすぐ爆発し、そして俺は死ぬ。だが、一人ではない。人類全体を道連れにするのだ」

 「なんだと!? すぐに装置のありかと解除方法を教えるんだ!」

 「ククク・・・教えると思うか? それに、教えたくてもあの装置には解除の方法など最初から用意されていない。」

 カマギリスはドランサーをあざ笑うように笑い声を発した。

 「お前という奴は・・・」

 「悪人だと思うだろうな。だがな、自分でも情けなく思うこともある。俺とお前、原点は同じであるはずなのに、なぜこうなったのか・・・。人間と同じさ。生まれたときは汚れなき赤ん坊だが、その後の人生によって偉人にも悪人にもなる。人間は自分達の似姿として俺達を作ったのだから、こうなるのも当然かもしれない。最も断ち切りたい人間とのつながりが、俺の持つ自分らしさとは、皮肉な話だ。例え人間を滅ぼしても、俺が俺であるかぎりそのつながりを完全に断ち切ることはできない。だが、俺はそれでもいい。俺は俺自身として、納得のいく人生を送ることができたのだからな・・・」

 「・・・」

 「唯一の心残りは、結果を見られないことだ。その役目を、お前が引き継いでくれればありがたいのだがな・・・。終わりが来たようだ・・・。さらばだ、ドランサー!!」

 次の瞬間、カマギリスは大爆発を起こし、破片を空高く吹き飛ばした。ドランサーは無言でその最期を見届けた。

 「・・・残念だが、その役目は引き受けられない。お前が自分の人生に納得できたのならば、俺もそうできるように行動しなければならない。人の善の面に出会えなかったお前は不幸なロボットだったが、それでも俺は、お前の計画を止めなければならないのだ!」

 そう言うとドランサーは、屋上から地上へと一気に飛び降りた。


 薄暗い地下の機械室。配電設備や通信設備の機械が並ぶ中を、ドランサーは耳をそばだてながら走っていた。他の機械のうなり声とともに、明らかに異質な音が機械室の奥から聞こえてくる。やがてドランサーは、その音の源へとたどりついた。

 「・・・これか」

 天井に届くくらいの巨大な装置が、不気味なうなり声をあげていた。様々なランプが明滅しているが、一番目についたのは数字を刻むカウンターだった。カウンターの中の数字は刻々と減っている。もうすぐ残り3分に達しようとしていた。間違いなく、世界の終わりまでの時間を刻む時計である。

 「早く解除しなければ・・・」

 ドランサーは右手首に仕込まれたコードを伸ばし、それを装置の端子に接続した。解除コードの検索にとりかかる。

 「・・・だめだ。本当に奴は、解除の方法を用意していないらしい。破壊するしかないか・・・」

 カウンターの中の数字は2分を切っていた。コードをしまいながら、ドランサーは目を赤く光らせ、装置内部を透視した。

 「くそっ、うかつに破壊すれば全てが作動する仕掛けになっている。ここまできて、奴の勝ちだというのか・・・」

 装置の前に立ちつくすドランサー。カウンターの数字は、もう10秒を切っていた。

 「くっ、間に合わないか!」

 その時

 ドカン!!

 後ろで爆発音がした。振り返ると、そこには空気砲を構えたまま静かに立つドラえもんがいた。やがて、彼はドランサーのもとに駆け寄った。

 「ドランサー、ケガはないか? 奴は?」

 「ドラえもん・・・カマギリスなら倒した。大したダメージはないが、この装置が・・・」

 「これならもう大丈夫だ。見てみなよ。」

 ドランサーは装置のカウンターを見た。そして、彼が見たのは信じられないできごとだった。カウンターの数字が、見る見るうちに増えていくのだ。

 「これは一体・・・」

 「あれだよ」

 ドラえもんは装置の上を指した。見ると、装置の上に一枚の布がかかっていた。時計の柄のはいった、派手な布。ドランサーは一目でその布が何であるかに気づいた。

 「タイムフロシキ!」

 「こういう使い方もあるんだよ。以前似たようなことがあってね」

 タイムフロシキが装置にかかったおかげで、装置にかかる時間が逆行したのだ。その効果で、装置はどんどんと作動から遠ざかっていっている。

 「君を探してここまで来ると、君がこの装置の前であせっていたからすぐにこれが核ミサイルの発射装置だということがわかった。発射まで時間がなさそうだったから、とっさに空気砲の中にタイムフロシキを詰めて発射した。うまくいくかは、あまり自信がなかったけどね・・・」

 「ありがとう、ドラえもん。やっぱり君は、大した奴だ。」

 ドラえもんは照れ笑いをした。

 「いや、僕は機転がきいただけさ。ここまで来るには君の力がなければだめだったはずだ。一番活躍したのは、君だよ。」

 「そう言ってもらえば、この苦しい戦いにも価値があったことになる。ありがたいな。ところで、そっちの方は?」

 「カズヤさんが骨折したが、それほどひどいケガではないみたいだ」

 「そうか。これでようやく・・・全てが解決したな」

 「そうだね。さあ、カズヤさん達の所に戻ろう。一人で歩けるね」

 「ああ、大丈夫だ」

 二人はカズヤ達の待つロビーへと歩き出した。


 戦いが終わり、緊張が解けた4人は眺めのいいところで外の空気を吸いたくなった。そこで、彼らはメディアタワーの屋上へと上がった。4人は外のまぶしさに一瞬目をしばたかせた。前方少し先には海岸線があり、その向こうには対岸の街がうっすらと見える。方向を変えれば、そびえ立つ都心のビル群が見えた。

 「静かだね・・・。まるで、何もなかったみたいだ。ちょっと見ただけじゃ、静かなことをのぞけばいつもの街と何も変わらない」

 のび太が言った。

 「何もなかったも同じだよ、この時代の人間にとっては。この戦いは、俺達4人だけの戦いだった。眠っているこの街の人たちにとっては、今回の事件は夢のようなものだ。でも、その方がいい。おかげで時空の秩序は守られている。」

「そうだな。のび太君のようなこの時代の人間に安心して生きていってもらうためには、余計な心配事はないほうがいい。知らぬが仏・・・だ。」

 その時、急に音がし始めた。深いところから響いてくる、地鳴りのような音が。それとともに、空気も振動を始めた。

 「なっ、なんだ!?」

 「まだ何かあるのか!?」

 「いや、違う! この音は・・・」

 カズヤが何か言いかけたとき、それは始まった。雲一つない青空に突如稲妻が走ったかと思うと、空に巨大な「穴」が開いたのだ。そしてその穴の中から、青と白のツートンカラーの反重力艇がゆっくりと姿を現した。一機が完全に穴の中から抜け出ると、続いてもう一機の反重力艇がその頭を出し始めた。どちらの船体にも、「TP−FE」の文字が入っている。

 「極東支部のパトロール艇! 時空間の修復が終わったのか!」

 その時、カズヤの腰についている通信機がノイズ音をたて、やがて男の声が聞こえてきた。

 「・・・らサナダ! カズヤ隊員、応答せよ! 繰り返す・・・」

 「サナダ隊長だ!」

 カズヤが通信機をとった。

 「こちらカズヤ。サナダ隊長、応答して下さい!」

 「おお、無事だったか!」

 「それほど無事ではありませんが、ドランサーや協力者のおかげで事件を解決することができました。」

 「本当か! 今どこにいる?」

 「こちらからパトロール艇が見えますよ。信号弾を打ち上げます」

 利き腕を折ってしまったカズヤに代わり、のび太がTPガンに信号弾をとりつけ、引き金を引いた。信号弾は煙をひいて空へと昇り、ボンという音とともに黄色い煙をまき散らした。

 「そちらの位置を確認した。ただちにそちらへ向かう」

 通信が切れると、パトロール艇がタワーに向かって方向変換を始めるのが見えた。

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