プロローグ



−2126年・スコットランド沖 「黒島」−

 夜の闇の中、墨を流したように真っ黒な海面が嵐の風を受けてうねりをあげている。この地方の冬の気候としては、よくある天気である。そして、荒れる海に一つの小島が浮かんでいる。ゴツゴツとした黒い岩肌に覆われていることから地元の漁師に「黒島」と呼ばれている島である。地元の漁師達は、好きこのんでこの島に近寄ることはない。この島は周りがほとんど岩礁で囲まれ、不用意に近寄れば座礁することになる。さらに、この島に古くから建つ、今は朽ち果てた古城も、その原因の一つである。北方の海賊達から国土を守るために建設されたこの城には、「レッド・キャップ」という名前の、人間を狩る小人が住んでいる。23世紀となった今でも、先祖からの漁業を受け継ぐ漁師達はその言い伝えを信じ、この島に近寄ろうとしないのだった。
 人は、そんな話を聞いて笑うかも知れない。しかし、ここには今、人喰いの小人よりももっと恐ろしい存在がいた。

 「フンフンフ〜ン、フフフ〜ン」

 ICKOの構成員、チャールズは一人通信室でラジオから聞こえてくるヒット曲にあわせて鼻歌を歌っていた。と、その歌の1番が終わったところで、彼は自分の腕時計に目を落とした。

 「おっといけねぇ、定時連絡の時間だ。」

 そういうとチャールズは、目の前にある通信機のスイッチを入れ、ダイヤルをあわせ始めた。

 「こちらボギー、ブラウニー、応答せよ。」

 ほどなく、通信機のスピーカーからノイズの全くない声が入ってきた。

 「こちらブラウニー。よく聞こえる、どうぞ。」

 「こちらは全く異常なし。」

 「了解。次の定時連絡を忘れずに。」

 「了解。」

 そういって、チャールズは通信機のスイッチを切った。
 ここは黒島の古城の地下にある、独立国家保全組織「ICKO」の施設である。テロ活動を続ける彼にとって、人の近寄らないこの島は格好の隠れ家だった。そして彼らは、この島の地下でおそろしい兵器を作り上げていたのだ。



 薄暗い研究室。たくさんの計器類が並ぶその中心には、緑色の液体を満たした不思議なガラス張りの円筒形の装置が3つ置かれていた。それぞれの内部には「何か」がまるで胎児のように丸くなって浮かんでいるのがわかるが、それがどのようなものであるかは装置の底からわき出る泡によってわからない。

 「ついに完成しましたね」

 白衣を着た若い男が、隣にいるメガネをかけた白衣を着た男に言った。メガネの男は満足そうにうなずいた。

 「基本アイデアは他人のものとはいえ、ここまでできたのは紛れもなく我々の力だよ。このロボット達の驚異的な力は、我々の目指す目的のために使われてこそのものなのだ。あとは知識入力を行うだけだ。明日が楽しみだな。我々ICKOの勝利のきっかけとなる日だ」

 「しかし、なぜ感情プログラムなどが必要なのですか? しょせんこいつらは兵器。兵器は我々人間の要求するとおりに動けばそれでいいというのに・・・」

 「感情プログラムは従来のプログラムではできなかった様々な動作を可能にするために開発されたものだ。そのなかには、戦闘を有利に運ぶために必要なものもある。戦闘では、人間の他の行動以上に「とっさの判断」というやつが要求されるからな。まぁ、そう気にすることでもない。人間に近いとはいえ、ロボットだ。我々は20世紀の人間ではない。自分の作ったものに振り回されるなどという愚行は犯さん。さあ、知識入力装置のスイッチを入れてくれ」

 「はい」

 そう答えて、若い男は近くの計器に歩み寄り、スイッチを入れた。機械がうなりをあげ始める。

 「よし、これで明日の朝には最強の戦闘ロボットの完成だ。我々は夢の中でそれを待つことにしよう」

  「はい」

 2人の男はその研究室の電灯を消し、外へと出ていった。後には静かな音をたてる計器類と、緑色の液体の中の「彼ら」だけが残された。

 膨大な量の情報が、「彼ら」の脳に流れ込んでいく。人間にはとても処理できないほどの情報の奔流である。しかし、「彼ら」にとってはなんの問題もなかった。人間の脳を遙かにしのぐ処理速度を誇る彼らの人工の脳、すなわちコンピュータはスムーズにその情報を処理し、蓄積していく。その情報の多くは、戦いや兵器についての情報だった。

 「戦争・・・殺戮・・・破壊・・・恐怖・・・」

 「彼ら」はその情報を受け取りながら、考えていた。

 「戦争・・・平和・・・戦争・・・平和・・・同じことの繰り返し・・・無意味・・・」

  「彼ら」の思考は続く。

 「ロボットは人間に奉仕しなければならない・・・人間・・・無意味なことを繰り返す・・・」

  そのとき、「彼ら」の脳に疑問が浮かんだ。

 「なぜだ・・・なぜ我々が、そんな愚かなもののために・・・」



 チャールズは小説に目を通しながら、大きなあくびをした。寝ず番であるこの仕事は、暇つぶしがなければやっていられない。ラジオ番組も終わってしまった。この小説ももうすぐ読み終わってしまう。

「また暇つぶしを見つけにゃあ・・・」

 チャールズがそうつぶやいたとき、彼は凍りついた。首筋に突然、金属が押し当てられたようなひやりとした感覚が起こったのだ。

プシュッ

 空気が漏れるような音がした。その音とともに、チャールズの上体は通信装置のパネルの上にドッと倒れ込んだ。その後ろには、全身黒いスウェットスーツを着た人間が、サイレンサーのついた拳銃を片手に立っていた。彼はチャールズの体に触れ、脈がないことを確認すると、懐からフィルムケースのようなものを取り出し、操作パネルの上に置いて後ろへ下がった。それから数秒後、それはボンという音を立てて爆発した。通信装置はメチャクチャに破壊されている。彼はその作業が終了すると、懐から携帯用通信機を取り出し、スイッチを入れた。

「こちらエリック。施設の人員は寝静まっている。予定通り、通信室も破壊した。作戦を開始されたし。どうぞ・・・」



 いまだに荒れている海の中から、何かが浮上してきた。潜水艦のようなものに見える。と、その物体の前面のハッチが開き、中から反重力バイクに乗った一団が黒島に向かって疾走を始めた。同じような物体がさらにいくつも浮上し、同じように反重力バイクに乗った一団を吐き出していく。最初に発進した一団は、すでに黒島の狭い海岸に上陸していた。全員黒いスウェットスーツを着ている。彼らは海岸で後続の仲間達の上陸を待っていた。
 
 「よし、全員そろったな」

 一団の先頭に立つ男が声を張り上げた。

「これより作戦を開始する。目標はあの城の地下の施設で研究されている新型の戦闘ロボットの奪取だ。無傷で手に入れる。くれぐれも下手な攻撃はするな。人間はどうなってもかまわん。相手はテロリストの組織だが、ここにいるのはほとんどが研究者連中という話だ。気後れせずに、現れたヤツをかたっぱしから、的確にしとめていけ。目標のロボットがあると思われる区画はそれぞれのナビに入力してある。おくれをとるな。よし、行くぞ!」

「おうっ!」

 一団が力強い叫びをあげる。そして彼らは、反重力バイクで黒島の険しい斜面をかけ上っていった。



 「キャー!!」

 「ウワーッ!!」

 施設の内部は阿鼻叫喚のこだまする地獄と化していた。逃げ回る施設の研究員達を、頭に不気味な暗視ゴーグルを着けた男達が冷酷に狙い撃ちしていく。そして彼らは研究員達の屍を乗り越えて、一つのドアの前にたどり着いた。

 「ここだ。セットしろ。」

 海岸で部下達に指示を下していた男が、後ろの部下に命令した。うなずいた部下は小さな爆弾を扉に取り付けた。

 「下がれ!」

 男達が後ろへと下がる。直後、ドアのところで爆発が起こり、ドアのむこうに薄暗い研究室が現れた。ドヤドヤと男達がその中へ入っていく。

 「おお・・・!」

 先ほどのリーダーらしき男が、感嘆の声をもらした。緑色の液体の入った3つの装置の中には、それぞれロボットが入っている。

 「ボス、このロボットの開発責任者を捕らえました」

 後から入ってきた男が、2人の研究者を後ろ手をしばりあげたままつれてきた。

 「よくやった。」

 ボスと呼ばれた男は、研究者に歩み寄った。

 「お、おまえら、いったい・・・」

 メガネをかけた研究者が震える声で言った。

 「あんたらの味方ではないな、少なくとも。あんたらのやっていることは、こっちの商売の邪魔になる。国なんてものはなくなっちまったほうが、商売がしやすくなるんだ。」

 「商売だと!?」

 「ああ。あんたらもやばい世界に足をつっこんでいるんだったら、俺達の組織の名前ぐらい知っているはずだ。どうだ、このバッジ?」

 「ま、まさか・・・「クロウ」!?」

 「ご名答。あんたらがここでこそこそ作っていたものを失敬しに来た。悪いが、いただかせてもらうぜ。さぁ、こいつらを起動させてもらおうか。」

 男が親指で緑色の液体の中のロボット達を指した。

 「こ、断る!! これは我らの理想の実現のためにつくったものだ!! 時間マフィアの金稼ぎのために使われるなど!!」

 若い研究者が言った。

 「けっこうな理想だな。人はパンのみにて生きるにあらず。ありがたい言葉だ。だけど、理想だけじゃ腹はふくれねぇぜ。人間、とりあえずはパンをほしがるもんだ。さぁ、始めてもらおうか。」

 男は高圧的に言った。しかし、研究者達は首を振る。

 「断る!」

 「残念だな。こんなすばらしい物を作る頭があるってのに、今自分達の置かれている状況はわからないらしい。あくまでそういうふうに信念を貫き通すというのなら、しょうがない。ここでさよならだ。」

 そういうと、男は手にした拳銃をメガネの研究者の頭に向け、引き金を引いた。さらに、若い研究者がそれを見て悲鳴をあげる間も与えず、彼の頭も撃った。

 「これだから石頭は。まぁ、おとなしく教えてくれても同じ目にあうはずだったがな。おい、あれは見つかったろうな」

 「はい。ここに」

 部下の一人が書類の束を抱えて前に出た。男はそれを受け取ると、ぺらぺらとめくり始めた。そして、あるページに来ると目をとめ、書かれている内容に目を通すと、部下に指示を出した。

 「よし、その装置の周りに集まれ。俺の指示通りにやってくれ」

 その言葉を受けて、男達は装置の周りに集まった。

 「まず、そこのパネルにあるスイッチを全てオフにするんだ」

 男が書類を見ながら出す指示に、一人の部下が従ってスイッチをオフにし始めた。



 「殺し合い・・・人同士で・・・」

 「彼ら」は目の前でたった今起こった惨劇を見て、こう思っていた。自分達のいる容器の外では、何人もの男達が自分達をここから出すための作業を行っているのが見える。やがて、自分達の足下の排水口が開き、そこから緑色の液体がだんだんと抜かれていった。そして、「彼ら」は自分達の足で立った。続いて、ガラスの覆いが上へと上がり、始めて外気が体に触れた。自由に動けるようになった「彼ら」は容器から一歩踏みだし、研究室の床に降り立った。さらに、自分達の体にまとわりついていた邪魔なコードをうっとおしそうに引きちぎった。そして初めて、自分達の前に立つ男達と目を合わせた。

 「いいお目覚めかい?」

 さきほど研究者を射殺した男が言った。

 「おまえ達は、何者だ・・・?」

 3体のロボットのうち、カマキリに似た形状を持つロボットが尋ねる。

 「おまえ達の味方であり、おまえ達を使うもの・・・一言で言えば、「ご主人様」だ。」

 カマキリロボットはキリキリキリ・・・という音を口から発した。

 「不服か?」

 「俺達を使って何をしようとしている?」

 「でかい仕事をしようと思っている。俺の昔からの夢だ。その実現に手を貸してもらいたい。」

 カマキリロボットは背中の羽をこすり合わせた。男達は気づかなかったが、その後ろのもう2体のロボットが
小さくうなずいた。

 男の質問に、カマキリロボットは答えた。

 「もちろんだ。人間に従うのがロボットというもの。そうだろう?」

 カマキリの答えに、男は満足そうにうなずいた。

 「ものわかりがいいな。おまえ達のように賢い奴らばかりだったら、世の中もっと楽だろうに、残念なことだ。よし、そうと決まれば早速行動開始だ。ついてこい。」

 そういうと、男は研究室の出口に向かって歩き始めた。部下達がそれに続く。カマキリは再びキリキリキリ・・・という音を発した。それに答えるように、後ろの2体のロボットはそれぞれ空気がもれるような音と、気味の悪い笑い声を立てた。そして3体のロボットは、彼らの後を追った。

 黒島の城が炎上している、という地元の漁師の通報を受けた警察が黒島にたどり着いたのは、それから約2時間後のことだった。そのときにはまだ、これが史上空前の時間犯罪の序曲であったことなど、誰も知るよしがなかった・・・。

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