この地方特有の乾いた、湿気のない、ただ暑いだけの風が、私の顔をなでていく。普通ならば、それを
夢とは思わないだろう。あまりにも感触が現実的なのだ。だが、私にはそれが一目で夢だとわかった。
この部屋には私の他に、今は亡き母と一緒に遊ぶ8歳の頃の私、そしてその近くの机に向かい、カルテ
の整理をしている父がいるからだ。そのどれもが、ずっと以前に見た光景。それを私は、煙のように
天井近くに浮かびながら見下ろしていた。

 ここの空気、ここの暑さ、ここの匂い。そのどれもが感じられるのに、なぜか音だけは全く聞こえない。
サイレント映画の中に入り込んだかのようだ。あの日から時が経つにつれ、私のよく見るこの夢は
はっきりとしてきて、今では現実と見分けのつかないほど鮮明になっている。だが、音だけは聞こえない。

 平穏な夢の中に、いつものように乱入してきた者がいた。村の住民の、中年黒人男性である。血を流す
腕をおさえながら、診療所の中に駆け込むと父に早口で何かをまくしたて始めた。父はそれを聞くと
驚き、母と私にこの場に残るように告げると、男と同僚の医師達と一緒に出ていった。

 それから30分がたつ。父が戻ってこず、心配になった私たちは診療所を出た。少し先の方にある村から、
黒い煙が立ち上っているのが見える。その時だった。村の方からジープに乗った兵士達がやってくると、
銃を構えて私たちを取り囲んだ。口々に怒鳴っている。8歳の私は恐怖におびえ、母にしがみついた。
その時、突如銃声がして、兵士達が何人か倒れた。見ると、奇妙な服を着た男達が銃を構えている。
仲間を撃たれた兵士達は怒り、彼らに銃を向けた。その時、さらに予想外のことが起こった。どこ
からかほとばしった交戦が彼らをなぎ倒し、奇妙な服を着た男達は皆地面に倒れた。するとそのまま、
男達の姿は消えてしまった。呆然とする兵士達。が、すぐに我に返ると、再び怒り狂い始めた。彼らは
母を私から引き離すと、母に向けて一斉に銃の引き金を引いた。

 私は母の血塗れの遺体にすがりつき、泣きじゃくっていた。その時、後ろの方から足音が聞こえ始めた。
振り返ると、何人もの男達が歩いてくるのが見えた。逆光であるため男達の顔はわからず、私はあの
兵隊が再びやって来たのかと再びおびえ、泣くのをやめた。が、それは青い制服を着た男達で、兵士達
には見えなかった。先ほどの奇妙な服を着た男達を、手錠でつないでいる。男達はあたりの地面を眺め
回し、何かがないか探しているようだった。その作業が進むのを私は黙って見つめていたが、やがて一
人の男が私に近づいてきた。その時である。だしぬけに聴覚が戻ってきた。そして、男は私にこう言っ
た。
 「こうしなければならなかったんだ。こうしなければ、もっと恐ろしいことが起こっていたかもしれな
い・・・。君の母親を見殺しにした私は、いずれその罪の報いを受けるだろう。だが、私はそれでも役
目を果たさなければならない。」

 男は私に向かって深々と、辛そうな様子で頭を下げた。私はそれを呆然と見ていたが、やがて、意識が
遠のいていった・・・。


 私は目を覚ました。いつもの夢を見たあとの、いつもの目覚め。今ここにいる私は、8歳の私ではなく、
睡眠ポッドの中に横たわる今の私。枕元のアラームが鳴り、ポッドを覆っていたガラスのフードが
ゆっくりとスライドしていく。それが終わると、私は身を起こした。喉は乾いて、気分もよくない。私は、
いつもの気分転換をすることにした。水を一杯飲んで、バイオリンのケースに手を伸ばした。バイオ
リンを取り出すと、それを弾き始める。こうしていると、気分が休まるのだ。私のいる薄暗い、冷たい
感じのする石造りの部屋の中に、その音色が広がる。と、この部屋の中にバイオリンの音以外に、乾い
た足音が響き始めた。私はバイオリンを弾くのをやめ、その足音の主が現れるのを待った。やがて彼は、
その姿を現した。木でできた黒い馬の仮面をかぶった、黒い法衣の男。

「おはようございます」

 そう挨拶をした私に、彼は言った。

「目覚めがよくないのだろう? 全部弾いてからにしよう。」

 私は小さくうなずくと、バイオリンを再開した。彼は近くのイスに座り、黙って私を見つめていた。
やがて、曲を弾き終わる。しかし、彼は口を開かなかった。代わりに、私が口を開く。

「あの日以来、よい目覚めなどあったことがありません。あの夢を見るから・・・。」

「また見たのだな、あの夢を?」

 私は小さくうなずく。

「何か心を占めるものがあれば、その夢を見なくなると思うか?」

 彼は奇妙なことを言った。

「わかりません。しかし司祭インダラ、おっしゃることの意味が・・・」

 彼は私の問いには答えず、手を動かした。すると、入り口の所にいた侍女二人が、綺麗な衣装を持って
現れた。

「これを着替えるのだ。カーリー様の御前に出るのだからな。」

 その言葉の意味に気づき、私は驚いた。

「カーリー様に? ということは・・・?」

「そうだ。お前は我々の期待以上に強く、美しく育ってくれた。よくぞ訓練に耐えたな。実戦に出るこ
とになったのだ」

 それを聞き、私は頭を下げた。

「ありがとうございます、司祭!」

「・・・」

 司祭インダラは無言だった。

「どうなされました?」

「こうするためにお前を育てたつもりだったが・・・いざとなると、な。」

「司祭・・・」

司祭は次の瞬間には、部下に命令を下すいつもの姿に戻っていた。

「私は先に行っている。心配はないと思うが、カーリー様の御前で粗相のないように」

「わかっております」

司祭はうなずくと、出口へと歩き出した。その背中に、私は声をかけた。

「司祭・・・」

「なんだ?」

「この任務につくことで、私は変わるのでしょうか?」

司祭はしばらく黙っていたが、やがて答えた。

「変わるだろう。お前のよく見るあの夢を見なくて済むようになるかは、確証の限りではないが・・・。
だが、復讐で心の隙間を埋めるような女にはなってほしくはない。あのバイオリンの音は、今のお前
でなければ出せないだろう・・・。」

「・・・はい。」

 司祭はそれからゆっくりと歩み去っていった。私は考えた。自分はどのように変わってゆくのだろう、と。
それがどんなかたちであっても、後悔はしたくない。結局はそう思っていた。


時空警察ドランサー 〜守るべき者は何処に〜



 一機の白い反重力艇が、青空をバックに雲のようにゆっくりと空に浮かんでいる。機体側面には、テレ
ビ局のロゴが描かれている。あと一時間ほどで、この会場で始まる、ある建物の除幕式を中継するテレ
ビ局の移動スタジオである。その様を、一体の黒いロボットがビルの屋上から眺めていた。さわやかな
風が吹き抜け、彼が首に巻き付けているマフラーがなびく。彼の名前はドランサー。TP極東支部特殊
部隊、TSWAT−FEに所属するロボット隊員である。精鋭揃いのTSWATにおいても、数ヶ月前
に起こった「クロウ事件」の解決に多大な貢献をしたため、その実力は新人ながらトップクラスと言わ
れている。彼の所属するTSWATは、他のTP隊員達や警察と合同で、これから始まるあるイベント
の警備に当たっている。TPおよびそれに関係する各界の要人達が、このイベントに参加するために極
東支部にほど近いここ、ネオ・フジシティーに集まっているのである。

 ドランサーの腕につけてある通信機、通称タイムシーバーが呼び出し音をたてる。ドランサーがスイッ
チを入れると、TSWAT隊長・サナダのホログラム映像が投影された。

「ドランサー、異常はないか?」

「現在のところ、異常はありません」

 サナダは腕時計を見た。

「そろそろ交代時間だな。そちらにはフジサワを向かわせるから、お前は休んでいてくれ」

「疲れてはいませんが・・・」

「まあ、それはそうだろうがな。会場内の見回りだと思って、そのあたりをぶらついたらどうだ」

「わかりました。それでは休憩をとります」

 ドランサーはスイッチを切ると、ヒョイッとビルから飛び降りた。


 通信機を切ったサナダは、イスへと腰を下ろした。付近のビルの一室を司令室とし、彼はここから各隊
員に指示を出しているのである。サナダは近くのサイドボードの上に置いてあったコーヒーを口に運ん
だ。

「隊長、隊長もそろそろ休憩をとった方がいいんじゃないですか?」

 ベータ小隊長のサエグサ隊員が声をかけてきた。

「もうすぐ式典の準備が終わるんだ。こちらも配置の最終確認をしておかなければな。休憩はもう少し
あとだ」

「いえ、休憩をとってもらわなければ困ります」

「なぜだね?」

「お客様が見えているんです」

「客? 誰かね?」

「ナカオカ様と言っていましたが・・・」

「ナカオカ・・・。あいつか。」

「どんな人ですか? なかなか素敵な男性でしたけど」

 こういう質問をするときは、サエグサ小隊長も女性であることを感じさせる。

「サエグサ君、君は今年で何年目だ?」

「7年目ですが。」

「そうか。それでは知らないだろうな。TSWATもできていない頃の、私の部下だった男だ。優秀な
奴だったが、今ではTPをやめて別の職につき、家族もいる」

「そうですか」

「ところで、どこで待っている?」

「1Fのカフェテリアです。最終チェックは私がやっておきますので、ごゆっくり」

「ありがとう」

 サナダは司令室をあとにした。


 1Fのカフェテリアに着いてすぐに、サナダはナカオカと出会うことができた。サエグサから彼の服装
などは聞いていなかったが、彼の姿はそれほど変わっていなかった。

「おひさしぶりです、隊長」

「変わりないようだな。」

「あちらに席があります。どうぞ」

 ナカオカのすすめで、彼はテーブルについた。

「7年前、お前の結婚式にでたきりだったな。今日、奥さんや子供は?」

「一緒に来ています。別のカフェテリアで、女房に面倒を見てもらってますよ」

「そうか。ところで・・・今日ここに来たのは・・・」

「ええ。自分にも祈る義務はある。そう思ったんです。本当は一人でくるつもりだったんですが、子供
達が一緒に来たがって・・・」

「やはり、10年前の事件を、お前も振り切れてはいないか・・・」

「お恥ずかしながら・・・」

「私もそうだ。気にすることはない」

「しかし、あんな事件は、なかなか頭から振り払えません。子供達はどうもTPをヒーローみたいに思
っているみたいで、「なんでパパはTPをやめちゃったの?」なんて聞かれると、答えに困ってしまいます。やはり、僕は向いていなかったんでしょうね」

「お前の方が私より人間的だったということだ。人が死ぬのを放っておくことは、並の神経じゃできな
いことだ。ある意味、機械のようなものだろう。お前は人間味があった。そこを誇っていればいい」

「そんな・・・隊長だって、人間味のある人じゃありませんか。それを押し殺して、今の仕事を続けて
いるというのは、TPにいたころからわかっていました」

「そうだな・・・。確かに押し殺している。いつか、気がおかしくなるかもしれない」

 サナダはそういって口をつぐんだが、やがて尋ねた。

「クロキとツジムラはどうしている? クロキの方は結婚式の知らせがきたが、忙しくて出られなかっ
た」

「クロキの方は、うちの近くに住んでいますよ。下の娘がクロキの息子と同じ幼稚園に通っていて、
よく遊びに行きます。今日は仕事で行けないそうですが」

 その答えにサナダは意外そうな顔をした。

「そうか。さっきから「子供達」と言っていたが、2人目が生まれたか」

「もう4つになります。」

「それで、ツジムラの方は?」

「宇宙開拓事業団の仕事で忙しく、彼女をつくるひまもない、とこの間言ってましたよ。あいかわらず独
身です」

「なるほど、なんだかんだ言って仕事を優先してしまうのは相変わらずか」

 そう言って、サナダは笑った。それからも、二人の談笑はしばらく続いた。やがて、サナダが時計を見
て言った。

「そろそろ奥さんの所に行った方がいいんじゃないのか」

「仕事ですか?」

「まだ余裕があるが、お前の子供じゃ落ち着きがなくて大変だろう。奥さんをあまり苦労させるなよ」

「かないませんね、隊長には。それじゃ、言うとおりにしましょう。あ、これうちの電話番号です」

「ありがとう。この式典が終わったら電話させてもらうよ」

「そのうち、うちにも来てください。ごちそうしますよ」

「ああ。それじゃ、しっかりやれよ」

「隊長も。期待してますよ」

 そう言って、二人は別れた。


 会場の中には、すでにたくさんの出席者や観客、ロボット達が集まってごったがえしていた。各所に
あるドリンクハウスなどで談笑している人も多い。

「すごい人の数だな・・・」

 ドランサーはそう思った。ネオ・フジシティーは誕生して間もない都市で、まだ建設中の住宅地なども
多い。今回のこのイベントは、この都市の象徴となるべきモニュメントの除幕式なのである。その
モニュメントとは、市内のどこからでもその姿を見ることができる白亜の塔、プレイヤーズ・タワーである。
現在は白い布をかぶせられているが、まもなくそれは取り外される。そしてこの塔は、この街の観光
スポットとして注目を浴びることになるだろう。だが、この塔には観光用とは別に、もう一つの意味も
あった。「プレイヤー」という言葉にもあるとおり、慰霊塔でもあるのである。時間犯罪でその命を落
とした市民やTP隊員、そしてこれまでの人類の歴史で死を遂げた人々の冥福を祈る意味も、この塔に
は込められているのである。いわば、巨大な墓標であった。警察に混じってTPが警備に参加している
のも、そんな事情があってのことだった。

「さて・・・休憩とはいっても、どうするかな・・・」

 ドランサーは何をしようか考えあぐねていた。当然ながら、ロボットである彼には疲れも空腹もなく、
休憩など必要ないのである。そんなドランサーの目に、序幕前のタワーが目に入った。

「少し早いが、タワーを近くで見に行くか・・・」

 ドランサーは足を踏み出しかけた。その時

「あの・・・」

 後ろから小さな声がした。ドランサーが振り返ると、そこには少女が立っていた。つばの広い白い帽子
をかぶり、白いワンピースを身につけた、少し背の高い少女。年は18,19といったところで、色白。
きりっとした顔つきで、きれいな黒い髪を長く伸ばしていた。価値判断が人間ほど細かくないドラン
サーにとっても、まぎれもなく美人であった。だが・・・どこか暗い印象もあった。ごく些細なもの
だったが、ドランサーには妙に彼女の持つ雰囲気が気になった。

 そんな彼女は、小さな女の子を連れていた。5,6歳で、目を真っ赤にはらして小さく泣いている。ド
ランサーは一目で「迷子だな」と思った。

「インフォメーションセンターはどこでしょうか?」

 少女の質問は、ドランサーが予想していた通りだった。

「迷子ですか?」

 ドランサーはしゃくりあげる女の子の頭をなでながら言った。

「ええ。そこの広場で泣いていたので・・・。モエ・カナザワちゃんだそうです。年は5歳」

「そこまで聞いておいてくれましたか。助かります。インフォメーションセンターはこの先の十字路を
右に・・・いや、案内した方が早いですね」

「よろしいですか?」

「もちろん」

ドランサーの後に従い、彼女たちは歩き始めた。


 インフォメーションセンターから迷子の知らせを出してすぐに、モエの両親が迎えに来た。一転して笑
顔になり、こちらに手を振るモエを、ドランサーと少女は手を振って見送った。

「ありがとうございました。TPの方でしょう? 時間をとらせてすいませんでした」

「いや。いっこうにかまいませんよ。これも仕事だし、子供は我々の大きなファンだとも聞いています
から。あなたこそ、優しい方ですね」

「親がいきなりいなくなったらどんなに心細いか、私にもわかっていますから、放っておけないんです」

「そうですか」

 その時、少女はハッとしたような顔になり、すぐに申し訳なさそうな顔をした。何かを言いたいが、言
うべきか迷っているといった表情。ドランサーは、彼女が何を思っているかおおよその見当がついた。

「確かに私には親はいません。ロボットですから。でも、気にすることはありません。あなたの気持ち、
わかりますよ。私にも大切な人がいるし、それがいなくなったらどれだけ心細いか・・・」

「すいません、私・・・」

「いいんですよ。そんなつもりで言ったんじゃないというのはわかっていますから」

そう言ってから、ドランサーは続けた。

「あなたはずいぶん人の気持ちを考えるんですね。」

「すいません・・・」

「いや、悪いことじゃありませんよ。それだけあなたが優しく、人のことを考えられるということです
から」

「・・・あなたも、優しい人ですね。あの、もしよろしかったら、時間はありますか?」

「え? ええ、あまりやることもなかったんですが・・・」

「それじゃ、そこのカフェテリアに入りませんか?」

 少女の言葉に、ドランサーは驚いた。

「いいんですか?」

「もちろん。もう少し、あなたとお話をしていたくて・・・」

「はあ・・・。それじゃ、お言葉に甘えましょう」

「ありがとう」

「そうだ、あなたのお名前は?」

 そう尋ねるドランサーに、少女はこう答えた。

「トモエ・・・麻鳥トモエです」

 「TSWAT・・・。それじゃ、腕前には自身があるのね?」

 カフェテリアに入った二人は、紅茶を飲みながらうち解けていた。見知らぬ女性とここまでうち解けて
話し合えるというのは、ドランサー本人にとっても意外なことだった。

「ああ・・・。TSWATにいるということは、そういう意味になるのかもしれない」

「謙遜しちゃって・・・。ねえ、任務の時に時間犯罪の犠牲者を見たことは・・・?」

 彼女の声の調子が下がる。急にそのような質問をされ、ドランサーは面食らった。

「犠牲者・・・? ああ、たくさん見てしまった。それも、目覚めて最初の任務で、これ以上は見たく
ないと言いたくなるほど・・・。TPに入るきっかけとなった任務でね」

 ドランサーはうつむいた。

「あんな光景を見るのは2度とごめんだ。だから俺は、TPに入った」

「TPで働くことで、犠牲者を増やさないように・・・?」

「そう。だけど、どうしてそんなことを?」

 ドランサーがそう尋ねると、彼女もうつむいてしまった。

「私の両親も、時間犯罪で亡くなったのよ・・・」

 ドランサーはハッとした。

「そう・・・。それじゃ、ここに来たのも・・・」

「そう。ここで時間犯罪犠牲者の慰霊祭が行われるって聞いて、やってきたというわけ」

「ご両親はいつごろ?」

「私が8歳の時よ。父は医者で、私にも母にも、誰にでもあたたかく接する人だったわ。母も、とって
も優しい人だった」

 ドランサーは最初に彼女と出会った時から感じていた、彼女のもつ影のような雰囲気の正体がわかった
ような気がした。

「辛い思いをしたようだね。今は何を?」

「両親が亡くなった頃から世話をしてくれている人のところに、今もやっかいになっているわ。これか
ら何をするかは一応考えているけど、自分がどうなっていくかは、まだよくわからない」

「そうか・・・。知り合ったばかりでこんなこととは思うけど、君は心が強い人間だと思う。だから
きっと、うまくいくさ・・・気休めじみているかな?」

「いいえ。ありがとう」

 そう言ってトモエは微笑みを浮かべた。その時、何か音がし始めている。ドランサーが手首を見ると、
タイムシーバーが音を立てている。

「ちょっといいかい?」

 トモエは小さくうなずいた。タイムシーバーの向こうから聞こえてきたのは、サナダ隊長の声だった。

「ドランサー、聞こえるか?」

 その時

「!?」

 トモエが驚いたようなそぶりを見せた。

「どうしたの?」

「いえ、何でもないわ・・・」

 そう言いながらも、彼女の顔色は悪く、動揺しているようにも見えた。ドランサーは彼女の様子に不安
と不思議を抱きつつも、タイムシーバーに応えた。

「はい、聞こえています」

「そろそろ休憩時間明けだ。悪いが、警備本部まで戻ってきてくれないか?」

「わかりました」

 ドランサーはスイッチを切った。

「本当に大丈夫?」
「ええ。大丈夫よ」

 その言葉通り、彼女の顔色は元に戻っていた。

「それよりも、もしかしてお時間?」

「ああ。悪いけど、ここで別れなければならない。ごめん」

「いいのよ。寂しいけどね。いろいろ話を聞いてくれて、ありがとう」

 二人は席を立ち、カフェテリアの外に出た。人並みが一つの流れを作って進んでいる。

「この流れについていけば、一般観覧席に着くことができるよ」

「ありがとう。それじゃ、警備の方がんばってね」

「ああ。君が静かに祈りをささげられるためにも、しっかりやるさ」

 そう言って、二人は別れた。人混みに飲み込まれる寸前、彼女は振り返って手を振った。ドランサーは
手を振り返したが、彼女の姿はすぐに人混みにまぎれて見えなくなった。


 ドランサーは警備本部に戻ってきた。すでに本部では、カズヤ他同僚の隊員達が待機しており、モニタ
ーに映し出される会場各所の様子に見入っていた。

「ドランサー、ただいま戻りました」

 ドランサーはサナダに敬礼した。

「ご苦労。所定の位置について、待機してくれ」

「ハッ」

 ドランサーは自分のシートへと歩いていった。隣ではカズヤがモニターを監視している。

「ご苦労さん。今のところ、異常は見あたらないな」

「休憩時間中少しあたりをうろついたが、こちらもあやしい人間は見あたらなかったな」

 その時、室内にサナダ隊長の声が響いた。

「もうすぐ式典が始まる。全員、気を引き締めておけ」

 ドランサーのモニターには、式典のために集まった多くの人間の姿が映っていた。

「また人数が増えたようだな。」

 ドランサーはそう言ってアームレイカーに指をつっこむと、動かし始めた。会場内に浮かぶカメラボー
ルが遠隔操作によって動き、会場内の様子を映す。

「いよいよだな・・・」

 それから式典は順調に進み、ついにこの式典のメインイベントであるプレイヤーズ・タワーの除幕へと
こぎつけた。ネオ・フジシティーの市長がボタンに指をかけ、それを押すと、タワーにかけられていた
白い布が滑り落ち、白亜の塔が姿を現した。鳩が空に舞い上がり、ファンファーレが鳴り響く。会場も
警備本部の中も、歓声と拍手に包まれた。

「皆さんもご存じの通り、このプレイヤーズ・タワーはこのネオ・フジシティーのシンボルであると同
時に、時間犯罪で犠牲となった尊い命に対して祈りを捧げるためのものでもあります。この塔に犠牲者
の冥福と、時間犯罪のない平和な世界の実現を祈ろうではありませんか」

 除幕に続いて、市長の演説が行われる。隊員達はそれに耳を傾けつつも、モニターに目を光らせていた。
と、ドランサーが顔を上げた。

 会場のどこかから、微弱な信号が発せられていることを感じ取ったのだ。すると、それにあわせるかの
ように、一人の隊員が声をあげた。

「隊長! 会場上空に、空間のゆらぎが発生しています!」

「時空間乱流か?」

「いえ、違います! この波長のパターンは、明らかに人工のワームホールのものです!!」

「なんだと!? ここへのワープアウトは禁止されているというのに、一体誰が!」

 サナダ隊長はしばらく考え込んだ。そして

「出席者、観覧者の避難誘導を始めてくれ。大急ぎだ!」

「しかし、式典は・・・」

「このままのんびりと続けさせてくれるような雰囲気じゃないぞ。見ろ」

 モニターには、会場の上空がにわかにかき曇りだしているのを映している。計器類は、空気が電気を帯
び始めていることを示していた。

「りょ、了解! 警備中のTP隊員、及び警察官は、出席者、観覧者の避難誘導を速やかに開始せよ!
 繰り返す・・・」

 サイレンが鳴り、アナウンスが流れる。ドランサーをはじめとする隊員達は、すぐさまバタバタと本部
から出ていった。


 会場はパニックに陥っていた。得体の知れないワームホールが発生しようとしている状況におびえる
人々を、TPと警察が共同で懸命に誘導する。

「一体何が起きてるっていうんだ・・・」

 ドランサーは誘導を行いながら、ますます暗くなってゆく空を見上げた。先ほどからは雷まで鳴ってい
る。そして、稲妻が空に走った瞬間、それは起こった。最初に小さな「穴」が空中に開いた。その穴は
だんだんと大きさを増してゆき、やがてその中から「何か」が姿を現した。最初、それが何であるかは
よくわからなかった。わかったのは、それが紅蓮の炎に包まれ、真っ逆さまに落ちてくる「何か」であ
るということだけだった。その火の玉が、会場の一角に落ちる。幸いそこには人はいなかったが、火の
玉は大きく爆発し、避難する人のパニックに拍車をかけた。しかも、事態はそれだけに止まらなかった。
同じようなワームホールがいくつも空に開き、同じように火の玉がその中から落ちてきたのだ。その
うちの一つは、ドランサーの誘導する避難者達の流れの上に落ちようとしていた。

「くっ、出力最大だ! トオッ!!」

 背中のブースターが激しく火を噴き、ドランサーの体がロケットのように打ち上げられる。見る見るう
ちに、火の玉との距離が縮まってきた。

「今だ! エアロブラスト!!」

 ドランサーが力一杯両の拳を前に突き出す。それによって、空気砲の数百倍もの力をもつ空気の塊が生
まれ、火の玉にぶつかった。それをくらった火の玉は、すさまじい勢いで吹き飛び、やがて無人地帯へ
落下した。

「なんてこった・・・なんなんだよ、一体・・・」

 火の玉は会場のあちこちに落下し、会場は悲鳴と絶叫に支配されていた。だが、そんな状況でもTPと
警察は懸命に避難誘導を進めた。そのかいあってか、やがて観客はほぼ全員が安全な場所へと逃れるこ
とができた。火の玉の空爆を受けて誰もいなくなり、メチャクチャにされた会場をドランサーは見渡し
た。

「こんなことになるとはな・・・」

 彼の隣りに来たカズヤがつぶやく。ドランサーは黙ってうなずいた。そして、避難誘導が終わって緊張
がいくぶんゆるんだ意識に、再びあの奇妙な信号のことがのぼってきた。センサーの感度を上げ、ドラ
ンサーはあたりを見回す。

「どうした、ドランサー?」

「さっきから、妙な信号を感じるんだ」

「信号?」

「ああ。ちょうどこの攻撃が始まる直前からだ。あれと何か関係があるのかもしれない」

 信号が出されている場所を突き止めたドランサーは、それほど離れていないビルを見た。その屋上に、
人影がある。

「あいつか!」

 ドランサーはブースターを点火させた。

「待てドランサー! あまり無理をするな!」

 カズヤの声を背中に、ドランサーはブースターをめいっぱい吹かし、ロケットのように飛び上がった。


 ビルの屋上に、ドランサーはスタッと降り立った。そのまま流れるような動作でそこにいた者へと向き
直り、かまえをとった。そんな彼に、それはゆっくりと顔を向けた。

 それは、かつてドランサーが戦ったバイオロボットに似ていたが、受ける印象が異なっていた。体の輪
郭は人間に似ており、スラリと高い背と細身の体をもっていた。全身は絹糸のようなしなやかで美しい
白い毛で覆われている。だが、その毛並みにはところどころアクセントがついており、見ようによって
は白い和服を着ているようにも見える。顔もまた細長く、とがった耳がピンと立っている。切れ長の目
からは金色の瞳がドランサーを見つめ、狐にそっくりな頭部だった。その最も特徴的な部分は、九本の
長い尻尾が生えていることだった。風に揺れる野原のススキのように、それぞれがバラバラに揺れてい
る。ドランサーはその怪人の姿を見て、平安時代にインドから日本まで悪事を働いたという伝説の妖怪、
「九尾狐(玉藻前)」を連想した。

「お前は何者だ!? これもお前のやったことか!」

 狐人間は小さくうなずくと、右手の甲をドランサーに見せた。そこには手甲がつけられており、それに
はいくつもの腕をもつ女の姿が彫り込まれていた。ドランサーはそのマークに見覚えがあった。

「ネオ・サッグ!? ということは・・・改造人間か!」

 ドランサーも耳にはしていた。ネオ・サッグと名乗る暗殺教団が、改造人間を用いて近年テロ活動を活
発化させていることを。ヒンドゥー教の破壊の女神、カーリーを信奉する彼らは、そのマークをつけた
装飾品を身につけているのである。

「お前のやったことは明らかにテロ行為だ。おとなしく自首してもらおうか」

「嫌だと言ったら?」

狐人間が初めて声を発した。女の声だった。美しいと思えるほどのその姿を見れば、女の怪人であった
としても全く不思議はなかった。

「・・・力ずくでも!」

ドランサーは構えをとった。

「ネオ・サッグの神官、紅蓮九尾。相手になろう」

 怪人・紅蓮九尾はそう言うと、九本の尾を扇のように広げ、構えをとった。二人はそのまま、じりじり
と間合いを詰めていく。

「行くぞ!!」

 最初に仕掛けたのはドランサーだった。ダッと地を蹴り、高速で怪人の肩にパンチを食らわせる。

「・・・」

 だが、怪人は少し後ろへと後ずさりしただけで、あまり効いている様子はない。すかさず反撃として、
上段蹴りを繰り出してきた。

「くっ!!」

 ドランサーは体をのけぞらせてそれをかわした。ドランサーと怪人の攻防が繰り広げられる。怪人の
キックがドランサーの腹をとらえ、ドランサーはうしろざまに吹き飛んだ。すかさず体勢を立て直す彼に
対して、怪人はカッと口を開いた。次の瞬間、紅蓮九尾の口からその名の通り紅蓮の炎が吐き出された。

「うわっ!」

 身をよじり、すんでのところでドランサーが炎をかわす。しかし、紅蓮九尾は続けざまに炎を吐き出す。
それをかわすうちに、ドランサーはいつのまにか中途半端な間合いへと追いやられてしまった。

「チッ・・・」

 火炎攻撃がおさまった。しかし、紅蓮九尾は新たな攻撃へと移った。

「九尾分身・・・傀儡九尾」

 紅蓮九尾の九本の尻尾が、扇のように広げられた。次の瞬間、その一本一本が矢のように飛んでいった。
尾は飛行すると、ドランサーの周囲を囲むように地上へと降り立った。すると、

「な、なんだと!?」

 なんと、垂直に立っていた尾から手や足がはえていき、それぞれが紅蓮九尾と同じ姿になっていった。
本物も分身も、尾を一つしかもたないために見分けがつかない。そのうちの一体がサッと手を上げると、
九体の紅蓮九尾が一斉に攻撃を開始した。

「クッ、なんという奴らだ!!」

 空中から飛びかかり、鋭い爪を振りかざし、火炎を吹きつける九体の怪人。さしものドランサーもその
猛攻をさばききることは難しく、爪や火炎が体をかすめる。彼は九体の怪人に囲まれ、その包囲網をせ
ばめられつつあった。

「九尾焦熱地獄!」

 九体の怪人が一斉に火を吐いた。包囲網の中心にいたドランサーは火だるまとなった。

「うわあぁぁぁ!!」

 そして怪人達は、一斉にドランサーに体当たりをくらわせた。空中へと吹き飛ばされたドランサーはそ
のままビルから落下し、付近の公園の池に墜落した。すさまじい水柱があがったが、そのおかげで火は
消えた。間接などにダメージを受けていたが、ドランサーはゆっくりと立ち上がってビルの屋上を見上
げた。だが、そこには九体どころか、一体の怪人もいなかった。

「なんてやつらだ・・・しかしあの怪人、まさか・・・」

 ドランサーはある疑念を胸に、拳を握りしめた。

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