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 事件から十数時間後。現場処理を終えたドランサーとカズヤは極東支部へと戻ってきた。隊員の疲労を
考え、サナダ隊長からは少しでも休養をとるように言われていた。が、ドランサーにはどうしても気に
なることがあった。元から疲れるような体ではない。それを明らかにしようとするドランサーにつきあい、
カズヤも彼とともに鑑識セクションへつながる廊下を歩いていた。

 「傷の方は大丈夫なのか?」

 カズヤが言った。

 「関節のダメージなど、傷のうちに入らないさ。用事がすんだらアオヤマ博士のところに行くつもりだ
から、そのときのついでに直してもらう」

 やがて、目的の部屋の前に着いた。「第1分析室」と書かれたドアをノックする。

 「来たか。入っていいぞ」

中から声がした。ドアが空気音をたてて開いた。室内には様々な機器が並んでいるが、その中央にテー
ブルとイスがあり、そこに一人の白衣を着た男がかけていた。テーブルの上にある、見慣れない果物を
食べている。

 「まあ、座ってくれ。宇宙開拓事業団の友達が、アルタイルオレンジをたくさん送ってくれたんだ。遠
慮しないで食べてくれ。けっこう疲れに効くぞ」

 そう言って果物を二人に勧める男。彼はスグロという名の鑑識技師である。カズヤとは高校からの友人で、
大学は別だったが結局はTPという同じ職場で働くことになった。真面目なカズヤと比べ、少し軽薄と
言えないこともないほど気さくな性格であり、世の中ではこういう正反対とも言える性格の二人の
方が馬が合うというのはよくあることである。ドランサーもまた、何度か彼の世話になったことがある。

 「それじゃ、いただこう」

 カズヤは一個をドランサーに渡し、自分も一個をとった。アルタイルオレンジは皮は真っ黒だが中は
地球のオレンジと外見は同じである。ただ、いくぶんか果汁が多くて甘酸っぱい。

 「そっちの様子はテレビで見たし、送られてきた現場の資料の分析もしていたが、ひどい目にあったな」

 「ああ。式典が台無しになってしまった。だが、死者が出なかったのが不思議なくらいだな」

 「それなんだが・・・ちょっと妙なことがあってな」

 「妙なこと?」

 「いや・・・まあ、後にしよう。先にお前の話を聞こうじゃないか、ドランサー」

 「わかりました。実は・・・犯人らしき人物・・・を見たんです」

 「本当か?」

 スグロがドランサーの顔をのぞき込む。ドランサーは黙ってうなずいた。

 「怪人と戦いました。ネオ・サッグの改造人間のようでしたが・・・」

 「ネオ・サッグか・・・。ちょっと待ってろ」

 スグロはかたわらのパソコンのキーボードを叩いた。TPのデータベースに接続すると、ネオ・サッグに
ついての情報を引き出す。

 「ネオ・サッグ・・・かつてインドに存在した秘密結社サッグの名を冠する過激派教団。改造人間を
使ったテロ活動や破壊活動を近年活発化させている・・・か。確かに最近名前をよく聞くな」

 データベースには、ネオ・サッグに関して現在判明している限りの情報が載っていた。ネオ・サッグの
ルーツは、過去にインドに実在した秘密結社サッグ(Thugs)である。ヒンズー教の破壊と殺戮を
司る女神カーリーを信奉する彼らは、カルカッタのカリグハット神殿を根拠地としていた。カーリーから
殺人術を伝授されたと主張する彼らは、常に破壊という使命に忠実であろうとし、何世紀もの間生け
贄として3万人もの人間を殺戮してきたと言われている。だがその後、インドが19世紀にイギリスの
植民地になるとともに、サッグはイギリス政府によって解体されたのである。

 しかし、ネオ・サッグはサッグの直系を自称しており、TPの調査でもそれが真実である可能性が高い
ことが確認されている。19世紀にはイギリスでも心霊主義に代表されるようにオカルトブームが
起こっており、それに心酔していた政府高官がサッグの神秘性に惹かれ、メンバーの一部をかくまい、
今日まで力を蓄えてきたというのが有力な説である。教祖は自ら彼らの神「カーリー」を名乗っており、
「神官」と呼ばれる、カーリーの僕たる改造人間達はその圧倒的な力で破壊活動を行うことで、教祖カー
リーへの奉仕としていると言われている。実働部隊は確かに怪人ではあるが、TPの調査ではかなりの
数のメンバーが世界中に市民として潜伏していることがわかっており、その規模などの内部の事情に
ついては不明な点が多い。このような組織が活動を活発化させているため、TPも警戒を強めているので
ある。

 「やっかいな連中が絡んでいるようだな。で、その怪人との戦闘記録は?」

 ドランサーは指先で頭をコンコンと叩いた。

 「この中に」

 「よし、こっちへ来てくれ。さっそく見てみよう」

 スグロの案内で、ドランサーは安楽イスのようなものに座らされた。続いて、スグロが一つの機械から
コードを伸ばし、そのプラグをドランサーの後頭部にあるソケットに差し込んだ。スグロが機械を操作
すると、モニターにドランサーの視点の映像が映し出された。ドランサーのようなロボットの記録装置
から、記録された各種データを取り出す機械である。

 スグロは鑑識班に属してはいるが、現場まで出向くことは少ない。それは、彼の仕事が現場での調査が
終わったあとから始まるものだからである。彼の仕事は情報分析官と呼ばれるものであり、現場から
集められた資料を分析、調査するスペシャリストである。そのため、スグロはこの部屋中にある機械を
自分の手のように動かすことができるほか、法医学をはじめとする様々な知識も、基本的な部分について
はもちあわせている。ドランサーの映像記録を再生するなど、彼にとってはごくごく簡単なことである。

 「怪人と戦ったのは?」

 「出席者や観客の避難が終わってからすぐ・・・式典が始まって20分後ぐらいでした」

 スグロはその時間まで映像を飛ばした。そして、目的の場面までたどりついた。目の前に白狐のような
怪人が立っている。

「こいつか」

 怪人がカーリーの印が彫られた手甲を見せる。ネオ・サッグの怪人は必ず、そのようなエンブレムのつ
いた装飾品を身につけているのである。映像は怪人の繰り出す多彩な攻撃の様子を映しだしていく。

 「なるほど。強敵だな」

 スグロがつぶやいた。

 「スグロさん、今度は式典が始まる少し前まで戻してくれませんか?」

 ドランサーの言葉に、スグロが振り向く。

 「何かあったのか?」

 「ええ。実は休憩時間中に、一人の女の子と出会ったんです」

 「女の子? この怪人と、何か関係があるのか?」

 「・・・声が似ていたんです。雰囲気も」

 カズヤが驚いた。

 「もしかして、その女の子の正体が怪人・・・そう言いたいのか?」

 「どちらが正体なのか・・・それはわからないが」

 「わかった。手始めに、その怪人と女の子の声紋を照合してみよう」

 そう言ってスグロは映像を巻き戻した。白い服の美少女が映る。スグロは目を丸くした。

 「ずいぶんきれいな子じゃないか。うらやましい奴だな、お前も」

 そう言ってスグロはドランサーの肩を叩いた。そんな彼に

 「おい、早く作業を進めてくれ」

 カズヤが少し声をとがらせた。

 「やれやれ、お前はいい奴なんだが、昔からどうも真面目すぎるんだよ、カズヤ。ま、状況が状況だ。
おとなしくやらせてもらいますよ」

 そう言うとスグロは、二人の声紋を映像から取り出した。そして、その波形パターンを組み合わせると
・・・

 「99.8%か。驚いたな。本当にこんな子が、あんな恐ろしい怪人に変身するのか? あまり信じたく
ないな」

 「俺だってそうです。優しい人だったんですから、彼女は」

 ドランサーはそう言って黙った。

 「ドランサー、それで彼女は何と名乗っていた?」

 「麻鳥トモエ・・・そう名乗っていたよ」

 「麻鳥トモエ・・・か。どこかで聞いた名前だな、スグロ」

 「ああ。たしか、100年位前に起きた事件の関係者だ。しかし、100年前の人だし、しかも行方
不明になっている。本人である可能性は低いと思うが・・・」

 室内にしばし静寂が流れた。それを最初に破ったのは、スグロだった。

 「今回は謎だらけだな、全てが・・・。あの攻撃も、怪人も・・・」

 「そう言えば、落下した火の玉について何かわかっているか?」

 「ああ。現場から送られてきたサンプルの分析も終わっている。これが火の玉の正体だ」

 そう言ってスグロは、一枚の写真を取り出した。ぐしゃぐしゃに潰れた機械の残骸のようなものが写っ
ていた。

 「何だ?」

 「飛行機の残骸だよ」

 「飛行機? そんなものがなぜワームホールから?」

 「それは俺が知りたいが、ただの飛行機じゃないことはわかっている。もとはこんなものだった」

 スグロはまた別の写真を取り出した。今度は撮影されたのが古いと思われる、白黒の写真だった。その
中には、葉巻型の胴体と二つのプロペラをもつ、機首の形状などから軍用機とわかる形の飛行機が写っ
ている。機体側面には、日の丸のペイントがなされている。

 「一式陸上攻撃機・・・通称、一式陸攻。1939年に完成し、太平洋戦争の緒戦で活躍した、大日本
帝国海軍の陸上攻撃機だ。もっとも、翼に燃料タンクがあるから被弾するとすぐに発火して、途中からは
米軍に「ワンショット・ライター」なんて言われて、ほとんど役に立たなくなっていったがな」

 「これが火の玉の正体とは、どういうことだ?」

 「この残骸、調べてみたら間違いなく一式陸攻のものだった。落下した36の火の玉のほとんどが、この
攻撃機のなれの果てだった、というわけだ。残りのものも、すべて日本軍機だった」

 「それじゃああの火の玉は、太平洋戦争の戦場からタイムスリップしてきた墜落機・・・ということ
ですか」

 「そういうことになる。ピンポイントで物体をどこか別の時空間に送り込むことは、すでにデパートの
配送サービスセンターなどで実用化されている。だが、みんなかなり巨大なものだ。会場内に持ち込んで
誰も気づかないほど小型のものとなると、技術的に見て信じられないことだが・・・」

 「小型? ・・・そうだ、スグロさん。映像を怪人のところまでもどしてくれませんか?」

 「ああ、わかった」

 モニターに再び、怪人の姿が映る。

 「ほら、怪人が右手首につけている腕輪のようなもの・・・強烈な電磁波を放っていました。ワーム
ホール発生装置は、空間の穴、ワームホールを開くために強烈な電磁波を放出するはず・・・」

 「・・・これがその装置だというのか?」

 「断言はできません。ただ、あの怪人が今回の攻撃に深く関わっているのは間違いないでしょう。ならば、
あの奇妙な腕輪が装置であることも考えられるのでは?」

 スグロは腕組みをして考え込んだ。

 「たしかにな。しかし、それにしても奇妙なところがある。ワームホールで過去から何かを落とせるの
なら、飛行機どころか原爆だろうとミサイルだろうと、なんだって落とせるはずだ。それなのに、なぜ
飛行機など・・・」

 「技術的な問題とは思えないな。何か考えがあったのかもしれない。今回は単なる性能テストか、ある
いは何かの警告か。もし警告ならば、あとになにか恐ろしいことが控えているかもしれない。お前の
言うとおり、原爆やミサイルが落ちてきたって不思議じゃない」

 「自分で言ったことだが、縁起でもないな。いずれにしても、すぐになんとかしなければ。・・・もう
いいか?」

 「ええ」

 スグロはドランサーの後頭部からプラグを引き抜いた。

 「例の怪人と少女の関係、もう少し調べておこう。映像からまだわかることがあるかもしれない。何か
あったら連絡するよ」

 「お願いします」

 「これから二人とも、どうするつもりだ?」

 「俺は隊長の所に行って報告だ。ドランサーはアオヤマ博士にメンテナンスを行ってもらう」

 「そうか。それならオレンジを持っていくといい」

 「そうだな。サンキュー」

 「それでは」

 カズヤとドランサーはオレンジをいくつか手に持ち、分析室を後にした。

 「それじゃここで別れよう。博士によろしくな」

 「ああ」

 「それからドランサー・・・彼女・・・麻鳥トモエのことなんだが・・・ある事件の関係者だと言ったが、
この基地にその事件の解決に携わった人がいる」

 「それは誰だ?」

 「サナダ隊長だよ」

 「隊長が・・・?」

 「20年前のその事件は、解決に急を要する事件だった。まだTSWATは結成されていなかったから、
隊長が特殊機動隊の指揮を執ったという。その事件のおおまかな内容と、隊長がその事件の解決に
携わったという事実しか、俺は知らないが・・・」

 「隊長にその事件について聞くつもりか?」

 「隊長にとってはあまり触れられたくない記憶のようだが・・・事件と関わっているのなら、必ず話して
くれるだろう。辛いことだろうがな。この事件、何か恐ろしい出来事の前兆に思えてならないんだ。
それを防ぐためには、こちらも必死にならなければ・・・」

 「同感だな。ここで彼女について知ることが、直接の解決に結びつくかはわからないが、あとあと必要に
なってくるだろう」

 カズヤはドランサーの言葉にうなずいた。分析室の前で別れた二人は、それぞれの目的を果たすために
歩き出した。

 「・・・なるほど。それがお前が、あの事件について私に尋ねる理由か・・・」

 サナダは低い声で言った。カズヤに10年前の事件と、その時に出会った少女について尋ねられたときは
さすがに驚いた様子を見せたが、すぐにいつもの様子を取り戻した。

 「隊長が麻鳥トモエという少女に出会ったのは、10年前のその事件・・・「ナンビオ村史実干渉事件」の
ときと聞いています」

 「ばつの悪そうな顔をしているな」

 「ええ。隊長はあの事件について、あまりふれることもふれられることも好まないと聞いていましたので」

 「たしかに、個人としてはいい思い出ではない。戦場で人を殺した体験と似ているだろう。思い出せば
罪悪感の伴うものだ。だがTPの人間としては・・・必要とされれば包み隠さず話すことにしている。
そこにかけてくれ」

 サナダは近くの応接セットのソファーを進めた。同時に、タイムシーバーに何かを告げた。しばらくして、
お盆のような頭をした小型の運搬ロボットが、2冊のファイルを頭に乗せてやってきた。サナダは
それを手にすると、テーブルをはさんでカズヤと向き合って座った。

 「お前は「ナンビオ村史実干渉事件」と、「ナンビオ村虐殺事件」について、どれぐらいのことを知っ
ている?」

 「有名な事件ですから、基本的なことは知っています。それでも一般人とさほど変わらないでしょうが」

 TPの隊員だからと言って全ての事件の詳細を知っているわけではないのは、警察官が全ての殺人事件の
詳細を知っているわけではないのと同じである。サナダはうなずきながら、二つのファイルを彼に
すすめた。カズヤはファイルを開いた。どちらのファイルにも、事件当時の新聞記事がスクラップされて
いる。

 「資料室に保存されている両事件の資料の一部だ。こっちが2005年7月21日の、ナンビオ村虐殺
事件を報じる新聞記事。そしてこれが、10年前の同じ日、ナンビオ村史実干渉事件の新聞記事と、TPの
まとめた各種報告書だ。目を通してくれ」

 カズヤはまずナンビオ村虐殺事件のファイルにざっと目を通した。が、そこに記されていたことは、
カズヤがこの事件について知っていることと大差なかった。

 2005年7月21日、中央アフリカ、ナジル共和国のナンビオという村で、反政府ゲリラがこの村の
人間を軍人だけでなく、村民や難民まで大量虐殺するという事件が起こった。当時のナジル共和国には
二つの民族がくらしており、一方の民族が政権を牛耳っていた。それに対立するもう一つの民族が結成
した反政府ゲリラの活動により、国内は内乱状態になっていたのである。この事件の2日前、政府軍が
ゲリラの一大拠点を攻撃して壊滅させ、ゲリラ側に多くの死傷者を出させた。ゲリラはこの村に臨時に
置かれていた駐屯地を報復のために攻撃したが、大部分のゲリラが暴徒化し、軍人だけでなく住民の他、
この村に流入していた難民までを大量虐殺したのである。この事件は国際社会に大きな衝撃を与え、
国際世論は平和維持軍の派遣に傾いたが、それには他の理由もあった。犠牲者の中には、国連医師団に
所属する医師達と、その家族も含まれていたのである。

 「そのうちの一人が麻鳥浩一・・・麻鳥トモエの父親ですね?」

 「そう。彼が妻と同じく暴徒化した兵士に殺されたため、その後ナジルには国連平和維持軍が派遣された
のだ」

 「だが、その娘の麻鳥トモエの遺体は発見されず、行方不明となった・・・」

「そうだ。そして、私が最後の目撃者になってしまった・・・。今度はこちらのファイルを見てほしい」

 カズヤはもう一つのファイルを見た。今度のファイルには、カズヤの知らない情報もいくらか含まれて
いた。

 ナンビオ村虐殺事件から100年がたった2116年、再びこの事件は世界の注目を集めることになった。
「コレクターズ」の一つである組織、「白の博物館」がタイムマシンで2005年にタイムスリップし、
虐殺を阻止しようと試みたのである。

 一口に犯罪と言っても殺人や強盗、詐欺などいろいろと種類があるように、時間犯罪にもいろいろな種
類がある。競馬の結果を覚えてから過去にさかのぼって大儲けするなどというけちな詐欺はタイムマシン
発明直後に多かったが、厳しい取り締まりがなされて今ではほとんど鳴りをひそめている。タイム
マシンを使って過去にさかのぼり、邪魔な人間をその子供時代やその親を殺したりすることで殺そうと
いうものもある。しかし今では全ての亜空間にそのような思念を感知するセンサーが無数に流され、実行
以前に逮捕される。現在の時間犯罪の主流は、過去をあくまで取引や商品生産の場所として使うという
ものである。麻薬やその他の禁制品を、過去のどこかで落ち合って取引をしたり、麻薬などを栽培した
りするというというもので、これはなかなか捜査が難しい。過去を大規模に変えて自分を指導者にしよ
うという、大規模な犯罪を企むものもいるが、そのような事件は準備も大がかりであり、そのためぼろ
も出やすい。そのためTPがそのぼろを見逃すことはほとんどなく、まれに実行寸前まで行った者も全て
逮捕されている。いずれにしても、時間犯罪の大半は既存の犯罪にタイムマシンの利用という概念が
加わったものがほとんどで、既存の犯罪とは本質的にその内容は変わらない。

 だが、たった一つだけ、既存の犯罪とは異なった時間犯罪がある。それが、「修正行為」と呼ばれる
犯罪である。これはタイムマシンを使って過去の歴史を変え、戦争や虐殺など悲劇的な出来事を回避させ
ようとする行為である。この行為を行う者は修正者、すなわち「コレクターズ」と呼ばれる。彼らは
時間犯罪者でありながら、他の時間犯罪者とは大きく異なる。多くの時間犯罪者は自らの利益のために、
歴史の改変やタイムマシンを使った窃盗などを行う。ところがコレクターズの行う修正行為の裏側には、
そんな利己的な精神は全くない。彼らは単純に多くの人間が殺されるのを黙って見ておれず、それを
回避させて悲劇を防ごうという人道的な精神からこの行為を行うのだ。人を助けたいという精神はむしろ
奨励されるべきものでもあり、これはたしかに人道的な行為と言える。しかし、それを行ってしまえば
歴史を変え、未来に大きな影響と変化をもたらす危険性がある。そのため、この行為はTPによって
厳しく取り締まりをされているのである。

 人道団体を名乗る「白の博物館」メンバーは、時間移動先でゲリラ数人を殺害。しかし、駆けつけたT
Pの特殊機動隊により逮捕され、すんでのところで修正は回避された。

 「・・・そのときの特殊機動隊の隊長を務めていたのが、サナダ隊長ですね。聞いた話に寄れば、市民の
中にも彼らを支持する者がいたとか・・・」

 「支持と言うより、同情だな。たしかに連中のやろうとしていたことは、忌まわしい虐殺を回避しよう
という善意の行動と言える。しかし奴らの行動は歴史を変える・・・。それによって未来が、虐殺が史実
通りに行われた場合よりもひどいものになる可能性もある。だから我々は、奴らのような「コレクターズ」
の行動を止めなければならなかったのだ」

 サナダはそこでうつむいた。

 「・・・TPの隊員としては、そう自分に納得させた。しかし、一人の人間としては、人生で最も辛い
日だった。目の前で多くの人が殺されているのを、歴史を変えないと言う理由で黙って見ているしかな
いというのはどういう気持ちか・・・わかるか?」

 「・・・」

 「私が麻鳥トモエという少女と出会ったのは、その任務中だった。まだ8歳の女の子だった。母親の亡
骸を前に泣きじゃくるのを、なだめるしかなかったよ・・・。その間中、私の耳に私の声で誰かがささ
やき続けていた。たぶん良心だろう。「お前が殺したんだ」と、非難するような口調でね・・・」

 室内に重い沈黙が流れた。

 「もし、お前やドランサーの推測が正しいとするならば、歴史への干渉という行為自体が歴史を形作っ
ていたことになる。ネオ・サッグが彼女を保護し、改造したとすれば、彼女の行方不明は奴らが彼女を
保護したことによるものなのだからな。ループだよ」

 カズヤはファイルを閉じると、サナダに返した。

 「もし彼女が我々の前に姿を現したら、隊長ならどうするつもりですか?」

 「彼女は我々未来人の犠牲者ということになる。我々は救おうと思えば彼女の両親を救えたのに、そう
しなかったからだ。TPはそのチャンスを潰してしまっている。そんな我々を、彼女は許さないだろう。
だが、犠牲者である以上、全力を尽くして説得にあたるほかはない。しかしそれでもだめならば・・・
逮捕するか倒すしかあるまい。それがTPの・・・我々の役目であり、市民を守るための使命なのだから。
そのことを、お前もドランサーも肝に銘じておいてほしい」

 「・・・了解しました。それと・・・小型ワームホール発生装置への対策は?」

 「一応技術部などに対策を練るように伝えてはおくが・・・装置の詳細も、敵の狙いもまったくわかっ
ていない。この現状で対抗策を出すのは極めて困難だろう。だが、お前達の推測と同じく、奴らは近い
うちに行動を起こすと私も考える。諜報部と連携して、その出鼻をくじくよりほかに、打つ手はなさそ
うだな。残念ながら・・・」

 「そうでしょうね。現状では・・・」

 「・・・夜遅くまでの現場処理と報告、ごくろうだった。ゆっくり休んでくれ」

 「それでは、失礼します」

 カズヤは敬礼すると、退室した。一人室内に残されたサナダは、テーブルの上のファイルに目を落とした。

 (役目・・・使命か・・・。「肝に銘じておけ」と言ったが、それが一番難しいのはおそらく私だろうに・・
・)

 ドランサーは、腕を屈伸させてその動きを確かめた。ここはアオヤマ博士の家の、私設の実験室である。

 「どうだね? 修理のついでに、間接部の運動生をあげてみたのだが」

 「ええ、良好ですよ。キレのいい動きができるはずです」

 ドランサーは拳を勢いよく突き出してみた。たしかにパンチのスピードが上がっている。

 「すまんな。抜本的な改造ができればいいのだが、お前は元々完成型として作られたため、基礎設計に
それほど余裕がない。改造もマイナーチェンジの域から脱却できないのだ」

 「いえ。かまいません。それに、自分の体を作り替えるというのは、あまり好みません。自分の技量で
対処するほうが、俺は好きですから」

 「そう言ってもらえると助かる。確かにお前は、改造によるパワーアップは難しい。しかし、別の方法
ならばそれも可能なようになっているのだ」

 「それは、どういうことですか?」

 「お前の体は全て、貴重な純正の人工生体部品で作られている。その利点は、お前が成長できるという
ことだ」

 「成長・・・? それは、人間と同じようなものなのですか?」

 「その通りだ。お前は人間と同じように、自分を鍛えることで成長できるのだ。カマギリス達との戦い
から見て、自分の力が強まっていると感じたことはないか?」

「あります、何度か。自分ではバイオコンピュータに戦闘データが蓄積されたからだと思っていました
が・・・」

 「それもある意味では成長と言える。たしかに、改造によるパワーアップは手早く行える。しかし、
基礎設計の都合でもう改造できる余裕がなくなってしまえば、それまでだ。それに比べて、成長による
パワーアップは確かに時間がかかるが、その限界は改造によるパワーアップに比べてはるかに高い。どれ
だけ強くなれるかは、全てお前次第だ」

 「・・・」

 ドランサーは自分の拳を見つめた。

 「・・・もちろん、強くなることが必ずしもよいとは言えないがな」

 「ええ、わかっています。できる限り拳は使いたくないと、いつも思っています」

 「見たところ、今回は特にその思いが強いようだが・・・?」

 「・・・戦いたくない相手と戦わざるをえない・・・いつもそうですが、今回は特に強くそう思うのです」

 「・・・後悔しているか?」

 「・・・博士が俺を作ってくれたことにも、TPに入ったことにも、後悔も恨みもしていません。こんな
状況にぶつかることも、覚悟のうえで選んだことです。よく説明はできませんが、そんな出来事にぶつかり
ながらも生きていこうという気持ちなのです」

 「それが人間が日々生きていくうえで抱く考え方というものだよ。お前は立派だな、私などよりずっと
・・・」

 「そんな・・・。博士は偉大な人です」

 「後悔したり苦しんだりすることも、強くなる方法の一つだとかつて多くの人は言った。ただし、心を
強くする方法だが。私もそう考えている。がんばって、行ってこい」

 「はい。それでは行ってきます。ここにアルタイルオレンジを置いておきますので、よかったら食べて
下さい」

 「ありがとう。いただくよ」

 「それじゃあ・・・」

 ドランサーはアオヤマ博士の自宅を後にした。彼は右腕のタイムシーバーのスイッチを入れた。

 「はい、こちら技術開発室」

 「タカクラ室長ですか?」

 彼が連絡を入れたのは、極東支部技術開発室のタカクラ室長だった。

 「おお、ドランサー君か。どんな用かね?」

 「はい。実はこれから特別訓練を行いたいと思いまして、そのための準備を行ってもらいたいと思いま
して」

 「なるほど、例の怪人に対抗するためだね。それならば、特訓の相手もそれなりのものを用意せねばな
らないな」

 「はい。できれば改造したトルーパーロボットなどが必要なのですが」

 「わかった。君と怪人との戦闘をとらえた映像データは、すでにスグロ君から受け取っている。それを
もとに動作プログラムを作って、怪人とできるだけ近い動きができるようにしておこう」

 「そうしてもらえるとありがたいです。すいません。夜遅くに」

 「いや。恥ずかしい話だが、例の怪人の持つワームホール発生装置の対抗策が、まったくまとまらない。
その罪滅ぼしとして、精一杯協力するつもりだ。それではすぐに用意にとりかかる。いつでも来てくれ」

 「ありがとうございます。それでは」

 彼はスイッチを切った。空を見上げると、夜空に星が輝いている。ドランサーはその星々をみつめ、
自分の拳を見つめてからまた星を見るという行動を少し繰り返してから、ゆっくりと歩き出した。

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