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 その日、突然TSWAT隊員達は召集された。全員が緊張の面もちでブリーフィングルームに集まる中、
サナダ隊長が姿を現した。

 「全員に召集をかけたのはほかでもない。例の式典襲撃事件以来姿を見せていなかった奴らが、ついに
行動を起こしたようだ」

 メインモニターに光が灯り、映像が映し出される。巡視艇備え付けのカメラがとらえた、亜空間内での
不審タイムマシンの追跡劇である。

 「今朝午前8時頃、パトロール中の巡視艇052号が、この不審船と偶然に遭遇した。向こうにとって
も突然だったらしく、一目散に逃げ出した。結局まかれてしまったが、奴らの目標時点とおぼしき時点
を、ある程度特定することに成功した。」

 「いつの、どこですか?」

 「1945年8月、日本だ」

 ブリーフィングルームの中にざわめきが広がる。

 「第二次世界大戦が終結した、まさにその時・・・」

 「歴史の要衝ですね。今までもかなりの数の時間犯罪者が、この時点での歴史の書き換えを企んだこと
もあります」

 「何を企んでいるんだろう」

 「諸君、静かにしてくれ」

 サナダの言葉で、再び室内が静まる。

 「諸君らの言うとおり、わざわざこの時点に移動するということは、その目的は太平洋戦争と直結して
いるだろう。先日の事件で一式陸攻が攻撃に使用されていることからも、それはあきらかだ。そこで、
TSWATは全員1945年8月に移動し、奴らの作戦を阻止する」

 「隊長、質問があります」

 一人の隊員が手をあげた。

 「言ってくれ」

 「1945年8月といっても、重要なポイントはいくつかあります。特に重要なのは6日の広島への原
爆投下、9日の長崎への原爆投下、そして15日の終戦です。しかし、他の日を狙っている可能性もあ
る。我々はどのように動けばいいのでしょうか?」

 「二人一組となって8月の各時点に分散して配置、機動性の高いタイムスピーダーを使用し、他の時点
で何かが起こった場合にすぐに駆けつける・・・このような方策をとろうと考えている。組み合わせは
すでに決めてある。これから発表するから、しっかりと聞いていてくれ」

 サナダは手にした書類を見ながら、組分けを発表していった。カズヤとドランサーは同じペアとなり、
8月5日に配置された。ネオ・サッグが広島の原爆についてなにか行うとするなら、その前日に用意を
するだろう。そのため、重要なポジションと言えた。

 「8月6日、9日、15日の周辺時点の組は、特に気をつけてほしい。任務開始は45分後。それまで
に必要な装備の支給をうけ、タイムスピーダーの点検を済ませておくように。以上だ。解散!」

 隊員達はあわただしく、ブリーフィングルームから出ていった。


 「これは・・・他のスピーダーとは違うな・・・」

 ドランサーは目の前の、新たに自分用に支給されたタイムスピーダーを見つめた。格納庫にある他の隊
員用スピーダーとはデザインから違う。タイムスピーダーはタイムバイクという別名からもわかるとお
り、バイク型の小型高速タイムマシンである。TPは基本的に警察組織であるため、通常のタイムスピー
ダーも白バイの伝統を受け継いで白が基本色となっている。が、ドランサーのスピーダーは全体的に
黒と青が基本色で、側面には8本の脚を持った馬のエンブレムがつけられていた。

 「カズヤ、これは・・・?」

 「お前用に支給されたものだということは知っているな? まあ、最初からお前専用としてつくってい
たわけではない。極東支部の次期主力スピーダーの試作機を、性能テスト後にお前用にチューンナップ
したものだ。名前は「スレイプニル」という」

 「スレイプニル?」

 「北欧神話の主神、オーディンの乗る8本足の名馬だそうだ。このスピーダーの出力はレース用スピー
ダー並。その馬の名前を使うだけのことはある。もっとも、実戦に使われるんだから、レース用のスピー
ダーのようなデリケートな調整はされていないがな。俺達では使いこなすのが難しいパワーだ」

 「なるほど・・・。そうまでしてもらったなら、使い込まなければな。よろしくな、相棒」

 ドランサーはスレイプニルの座席シートを叩いた。


 虫の声だけが響く、真夏の夜の山中。もしその時、そこを人が通りかかっていたならば、閃光と共に現
れた、バイクのようなものにまたがった二人の男に驚いたことだろう。

 「現在時刻と位置は?」

 「1945年8月5日、午前1時。広島市東南の山中だな」

 「よし。スピーダーをここに隠し、変装をしたあと徒歩で市内に入る」

 カズヤとドランサーは茂みの中にスピーダーを隠した。カズヤは服を戦時中の国民服に着替え、ドラン
サーは「フリーサイズぬいぐるみ製造カメラ」で前もって作っておいた着ぐるみを着用した。たちまち
二人とも、戦時中の日本人の姿になる。

 「この着ぐるみ、似合うだろうか?」

 「ああ。お互い、この時代の人間に化けるには少し背が高いが、それ以外はどこから見ても日本人だ。
問題はないよ」

 二人はそんな話をしながら、山道を下り始めた。


 午前7時。すでに街は動き出していた。二人は元安川の川岸に座り、休憩をとっていた。こちらへ来て
から、二人はずっと敵の反応を探っていたが、結局反応を得ることはできないでいた。二人の左手側に
は、広島県産業奨励館・・・すなわち、のちの原爆ドームが立っていた。朝の日射しが屋根にふかれた
銅板によって、キラキラと反射している。

 「明日の今頃には・・・あそこに原爆が落ちるのか・・・」

 ドランサーがつぶやく。

 「TPに入った頃から、いつかはこんな日に立ち会うことになるとは思っていたが・・・やはりいざと
なると辛いな。街にはたくさんの人がいる。この川は水をたたえているし、あのドームもきれいな光を
放っている・・・。それなのに、この街は明日の朝には死の世界になってしまう。目の前に広がってい
るものが、一瞬のうちに全くその姿を変えてしまうなんて、とても信じられない。歴史に感傷を抱く必
要はないと昔の人は言ったが、こんな状況に立たされて何の感情も抱かずにいられる人間など、いるは
ずがない。何も思わない方が異常だと言えるほどだ」

 カズヤはそう言いながら、あたりをゆっくりと見回した。

 「だが任務は、俺達にそんな感情の赴くままに動くことを許さない」

 「時間の秩序維持のため・・・未来に生きる人を守るため、未来を変えさせないため・・・すべてそれ
が優先される。個人の感情がさしはさめる仕事ではない。それが、俺達の仕事の最も辛いところだな・
・・」

 「ああ。・・・さて、そろそろ再開するか。あまり長く休んでいるわけにはいかない」

 カズヤは立ち上がると、ズボンの尻をはたいて砂を落とした。


 午後2時。真夏の太陽はますますその勢いを増して地上を照らすが、二人の求める反応は得られない。
二人は捜索の範囲を市内から郊外の山へと広げていた。

 「見つからんな」

 「仕方がない。あの装置は彼女が怪人に変身したときにのみ動くのだろう。あの信号を頼りにするのは、
あまりいい方法とは言えないな」

 「しかし、それ以外に有効なものがないからな・・・。まいったよ」

 二人はそう言いながら、山道を登っていた。と、その途中、一人の男がむしろをかぶせた荷物を載せた
大八車を引いているのが見えた。

 「大変そうだな」

 「ああ」

 「どうだろう。どのみち俺達もここを登るんだ。ついでに人助けというのは?」

 「・・・まあ、大八車の親父さんを手伝ったぐらいじゃ、歴史は変わらないだろう」

 「じゃ、決まりだな」

 そう言うと二人は男に近づいた。

 「大変ですね。手伝いましょうか?」

 「ああ。もうしばらく上なんだが・・・いいのかい?」

 「ついでですから。それに、力持ちなのが取り柄で」


 「やあ、ここでいい。ありがとさん」

 山の中腹にある民家の玄関先に、男は大八車を停めた。男はそう言うと、荷物にかぶさっているむしろを
はがした。氷のブロックがたくさん積まれている。

 「なるほど。見ているだけでも涼しくなります」

 「ここのところ暑くてね。おかげで繁盛している。だが、ちょっと調子に乗りすぎたな。少し積みすぎて
重い。そうだ。ここまで押してくれたお礼もあるし、少し分けてあげよう」

 「いいんですか?」

 「遠慮しないで持っていってくれ」

 「ありがとうございます。でも二人にこの量は多いんで、半分で結構です」


 「なかなかうれしいな」

 「やっぱり人助けはするものだ」

 先ほどの民家の近くにある神社の石段に座り、二人は目の前の氷のブロックを見つめていった。

 「さて、もらったはいいが、どうしようか?」

 「俺はのどが乾くことはないが、お前はどうなんだ?」

 「乾いているさ。だが、問題はない」

 「なるほど。だが、せっかくもらった氷を無駄にしちゃ悪い。気分転換もかねて、かき氷でも食べるとしよう」

 「かき氷・・・? けっこうな話だが、いろいろ道具がいるぞ。器は携帯用食器でまにあうが、シロップとか氷かき機とか・・・」

 「どちらも大丈夫さ。シロップは、これを使おう」

 そう言うとドランサーは、四次元ケースの中からアルタイルオレンジをたくさんとりだした。

 「用意がいいな。果汁100%のシロップか。それで、氷かき機は?」

 そう尋ねるカズヤに、ドランサーはにやりと笑い返すと、手のひらを彼に向けた。とたんに、その指先
から鋭い爪が勢いよく音を立てて飛び出した。

 「そういう使い方もあるってわけか」


 小気味よい音を立てながら、ドランサーの爪は氷かき機にも負けない手際の良さで氷のブロックをみぞ
れ状にしていく。やがて、4杯のかき氷ができた。ドランサーはオレンジを手で絞り、果汁をかき氷の
上にかけた。

 「うん。予想以上にうまくできた」

 満足そうに言うドランサーに対して、カズヤは首を傾げた。
 
 「俺は一杯でいいが、お前は三つも食べるのか?」

 「違うよ。俺も一杯だ。残りは、あの子達の分だよ」

 そう言いながらドランサーは、ある方向をあごでしゃくった。その方向を見ると、そこには二人の小さ
な男の子がいた。一人は6,7歳で、もうひとりはそれよりやや年少に見える。二人とも麦わら帽子を
かぶり、虫取り網を持っている。どうやら兄弟らしい。

 「子供にかき氷をあげたくらいじゃ、歴史は変わらないだろう?」

 「・・・やれやれ。人助けもほどほどにしとけよ」

 カズヤはそう言いながらかぶりを振った。ドランサーは男の子に手を振る。

 「君たちもどうだい? 食べきれないんだ」

 「でも・・・」

 「遠慮するなって。おいで」

 子供達はしばらく迷っていたが、やがて照れくさそうに笑いながら二人のもとにやってきて、一緒にか
き氷を食べ始めた。

 「おいしい!」

 「当たり前だ。特製だからな」

 3人と一緒に楽しくかき氷を食べていたカズヤは、ふと石段の上に置いてある竹の虫かごを見た。虫は
一匹も入っていない。

 「とれないのかい、虫?」

 「うん・・・。お昼からずっと探してるのに・・・」

 兄の方がしょんぼりした。

 「そうか。君たちも見つからないのか」

 「お兄ちゃん達も、虫を探しているの?」

 「虫じゃないけど、朝からね。どうしても会って話をしたいお姉さんがいるんだけど・・・」

 「そのお姉さん、どんな人?」

 「きれいな人だよ。白い服の似合う、優しい人」

 「ふうん・・・。あの時のお姉さんみたいだね、兄ちゃん」

 弟が何気なく兄に言ったが、二人はかき氷を食べる手をピタッと止め、弟に顔を向けた。

 「あの時のお姉さん?」

 「うん。おとといきれいなお姉さんに、スイカを食べさせてもらったんだけど。すごくおいしかったよ
ね、兄ちゃん」

 「本当かい?」

 ドランサーは興奮しながらも、子供を怖がらせないようにおだやかに尋ねた。

 「ほら、あそこに大きなお屋敷があるでしょ?」

 兄が指さした、この神社よりさらに上にあるところに赤い洋館が建っていた。

 「長い間だれも住んでなかったんだけど、この間誰かが引っ越してきたんだ。どんな人かなと思って弟と
一緒に門からお屋敷の中を覗いていたら、お兄ちゃんが言ってたみたいな白い服のきれいなお姉さん
が出てきて、家の中に入れてくれて、スイカを食べさせてくれたんだ」

 二人は互いに顔を見合わせたが、さすがに興奮の色は隠しきれなかった。

 「ドランサー、もしかすると・・・」

 「ああ。彼女かもしれない。ダメでもともとだ。行ってみよう」

 二人は急いでかき氷をかきこむと、身支度を始めた。

 「坊や達、ありがとう!」

 「かき氷はゆっくり食べてくれ。辛抱強く探していれば、きっと虫は捕まるよ」

 そう言いながら二人は、足早に走り出した。後には、食べかけのかき氷を持ちながら、きょとんとした
顔の幼い兄弟が残された。


 「こういう風に、少し回り道をして結局成功したっていうおとぎ話、知っているか?」
 「知らない。なんていう話だ?」

 「「わらしべ長者」という、日本のおとぎ話だ。戻ったら読んでみるといい」

 「そうだな」

 カズヤはうれしそうに言ったが、ドランサーの返事はうかないものだった。

 「元気がないな」

 「そう見えるか?」

 「お前の考えていることはだいたい察しがつく。あの子達の名前を、聞いておいた方がよかったんじゃ
ないか。そう思っていたんじゃないか?」

 ドランサーは少し驚いた。

 「よくわかったな」

 「だいたいわかるさ。だが、聞かなくて正解だったと思う。あの子達が無事明日の災厄を生き延びられ
たか、名前を手がかりに調べる勇気はあるのか?」

 「その勇気ならある。だが、後悔しないという自信はない」

 しばらく間をおいて、カズヤが言った。

 「TPの人間なら、必ずそう思うだろう。人間として、多くの人々を救えたらどんなにいいことかとも
思う。目の前に苦しむ人がいてそれを助けられない。それに耐えられなくてTPをやめる人もいる。
結果的には、俺達のように少しドライな人間が、現場には多く見られるようになる。いやなことだな」

 「いや・・・。そうなるのも当然だろう。この仕事をしていれば、かつての惨劇に出くわすことも多い。
そこで見せられる人の死にいちいち心を動かしていては、気がもたなくなるだろう。だけどな・・・
やはり俺達は、過去の人間にも未来の人間に接するように接しなければならないと思う。同じ人間なん
だから・・・」

 「そうだな・・・」


 山道の行き止まりに、洋館とその門が見えた。

 「カズヤ、隊長に連絡をいれよう」

 「よし」

 カズヤはタイムシーバーのスイッチをいれた。が、ノイズ音が聞こえてくるばかりである。

 「妙だな・・・。まさか、通信妨害か?」

 「もしかしたら・・・ここはもう、連中の巣なのかもしれない」

 「となれば、ここにいて迷っていても無駄だな」

 「ああ。思い切って、屋敷まで行ってみよう」

 道を突き進み、二人は洋館の立派な門の前にたどりついた。

 「大きな屋敷だな」

 「こんなところに人が越してきたとなれば、子供でなくてもどんな人だか興味がわいてくるものだろう」

 と、突然門をはさんで二人の前に、まるで幽霊のように一人の男が現れた。老執事と言うのがピッタリの
男だったが、顔の色が異常に白く、ただの人間ではないように思えた。

 「!!」

 さすがに二人は驚いた。しかし、男は眉一つ動かさず、言葉に詰まる二人に対して口を開いた。

 「ドランサー様にカズヤ様ですね。トモエ様がお待ちです。どうぞお入り下さい」

 そう言いながら、彼は鉄の門を開けた。

 「やはり、彼女はここにいるのか?」

 「さようでございます」

 執事は丁寧な返事をしたが、カズヤは眉をひそめた。

 「明らかに罠だな。しかし、後戻りはできない。こうも素早く囲まれるとは・・・」

 そう言いながらカズヤはあちこちに目をやった。

 「右の木の上に一人、屋根の上に一人、屋敷の2階にも何人かいる。逃げ出すには難しいな」

 ドランサーもあたりを見回す。

 「戻ればハチの巣、前には敵の城か・・・。選択の余地はなさそうだ」

 「ずいぶんなエスコートをするな、彼女も。虎穴に入らずんば虎児を得ず、というわけか。よし、案内を
頼む」

 「かしこまりました」

 執事は一礼をして歩き出した。周囲に目を配りつつ、二人がその後に続く。屋敷の庭はきれいに手入れが
なされ、これが敗戦直前の日本の、しかもこれから壊滅する運命にある街に建つ建物とは思えなかった。

 「作戦中なのにこんな豪華なところで寝起きできるとは、ネオ・サッグの連中は景気がいいようだな」

 カズヤがつぶやく。屋敷の中に入っても、その内部は豪華だった。質のよい材木が柱に使われているのが
見て取れたし、床には厚いじゅうたんが敷かれていた。冷房がきいているらしく、暑くもなかった。

 「こちらでございます」

 執事は廊下の突き当たりにあるドアの前に着くと二人にそう言い、そのドアを開けた。その部屋は食堂
らしき大きな部屋だった。奥にある大きな窓からは、明かりが室内に差し込んでいる。使われてはいな
いが、暖炉もあった。そしてその部屋の中央、純白のテーブルクロスがひかれた長テーブルの向こうに、
髪の長い、美しい少女が立っていた。それはまぎれもなく、あの日ドランサーが出会った少女、麻鳥
トモエだった。

 「ようこそ。どうぞ、座って」

 そう言いながら、トモエは二人に微笑みかけた。カズヤはその笑顔に、なぜか警戒心がゆるむのを感じ
た。彼女の笑顔には、こちらを敵として見ているという様子がないばかりか、こちらにもそんな考えを
捨てるように訴えかけるような力があるように思えた。しかしカズヤはそんな内心の動揺をすぐに抑え、
冷静に返答した。

 「・・・こちらもそのように応対してもらえると助かる」

 カズヤとドランサーはあたりに罠がしかけられていないかすばやく目で確かめた。しかし、その危険性は
見られなかった。隠しカメラやマイクのようなものも見あたらない。二人は一応一安心し、トモエの
言うとおりに席についた。

 「また会えてうれしいわ、ドランサー」

 「・・・あまり認めたくはなかったが、こうなっては君が俺達の敵対する側の人間であるということを
認めなければならないようだ。しかし、まさか君の方からこんな誘いを受けるとは思わなかった。これ
もあの時みたいな、君のお誘いかい?」

 「お客を招いたり人を誘ったりするのは好きよ。でも、今回はいろいろと話があるの。これぐらいのこ
とはしないと、ゆっくり話を聞こうという気にはならないでしょう?」

 そう言いながら、彼女は傍らにあったワゴンの上のティーセットをテーブルの上に並べると、紅茶を入
れ始めた。

 「これもその一つ。話し合いの場を和やかにするための方法よ。ドランサー、あなたは紅茶は好きだっ
たわよね? カズヤ隊長は?」

 「もちろん好きです。飲み物に好き嫌いはありませんので、勤務中の酒以外なら大丈夫です」

 カズヤは場違いな場所に自分が慣れ始めているのをおかしく思えた。しかし、毒が入っていないかを確
認することは、当然欠かさなかった。ドランサーを見ると、目を黄色く光らせて成分の分析を行ってい
た。

 「心配しなくても、毒など入ってないわ。話し相手を殺してしまったら、何にもならないもの」

 こちらの行動を見て、彼女は気を悪くした様子もなく言った。ドランサーも、その言葉が確かだと言う
ふうにうなずいてみせた。そしてカズヤは、ようやく紅茶を口にした。

 「任務中においしい紅茶を飲めるとは・・・。こんな格好では失礼かな?」

 カズヤはそう言って、自分の来ている薄汚れた国民服を見た。変装としては完璧だが、この状況には
まったく似つかわしくない。

 「こちらはいっこうにかまいません。よろしければ、白いスーツを探させてもよろしいのですが?」

 「いえ、けっこうです。それよりも、話というものを伺いましょう。お互い、時間は貴重なはずです。
できればお互いにとって有益な話であってほしいのですが。例えば、そちらが我々に自首してくださる
とか・・・」

 「カズヤ隊長、残念ながらそんな話ではありません。ですが、お互いに有益な話だとは思っています。
さて、そちらの言うとおり本題に入りましょう。話というのは二つあります。まあ、我々はそのうちの
一つをすればいいのですが。どちらかの質問をすれば、その答えが必然的にもう一つの質問に対する答
えになる・・・というものですので」

 「妙な話ですね。重複した質問・・・などという無駄はしないはずでしょう?」

 「二つの質問の内容は微妙に違っているけれど、密接に関わっている、そういうことです。どちらの質
問を先にするかも、有益な話になるかどうかに関わっています。だから、どちらを先にするか考えてい
ました。でも、決まりました」

 「それはよかった。それでは、聞かせてもらいましょうか?」

 カズヤとドランサーは、彼女の口からどんな言葉が出てくるか半分恐れ、半分期待しながら待った。そ
して、彼女は言った。

 「あなた達二人に、私たちの仲間になってもらいたいの」

 彼女のその言葉に、二人はたしかに驚いた。だが、トモエにとってはその度合いは彼女が予想していた
ほどのものではなかった。

 「あまりおどろかないようね。結構突飛な話だと思ったんですけど」

 「たしかに突飛だな。だが、どんな話がくるかあれこれ予想していた中に、それも含まれていたからね」

 ドランサーの言葉に、カズヤもうなずく。

 「そして、その答えも用意してある。答えは「ノー」だ」

 カズヤはきっぱりと言い放った。

 「ちょっと待って。人の話は最後まで聞くものだって、誰かから教わらなかった?」

 「この話に限っては、最後まで聞いてもこちらの答えは変わらないだろう」

 「まあ、そう言わずに聞いてもらいたいの。あなた達、ここに来る前に虫取りをしていた子供達にかき
氷をあげていたわね?」

その言葉に、二人は彼女を見た。

 「見ていたのか。あの子達のおかげでここまで来ることができたが・・・もしかして、あの子達も君が
この場所を教えるために差し向けたのか?」

 「違うわ。あの子達は本当に、この時代のただの子供よ」

 「まあ、確かに悪い感じは受けなかったが、それで? あの子達とこの話と、どんな関係があると言う
んだ?」

 「あなた達がかき氷をあげるのを見て、二つの話のうち、この話を先にしようと思ったのよ。一つ聞い
ていいかしら? あなた達は人間? それともTP隊員?」

 思わぬ質問に、カズヤはきょとんとした。

 「妙な質問だな。俺は両方だと思っているが」

 「どちらが前提としてあるか、という話よ」

 「それなら、隊員である前に、一人の人間である。そう答えるつもりだ。ドランサーも同じだろう」

 「ああ」

 「そうでしょうね。明日には命を落とすかも知れない子供。そんな子供達にかき氷のようなものをあげ
て精一杯の思いやりを示すのは、とても人間的な行動よ。そんな小さな思いやりまで規則だからと許さ
ないような人は、たぶん人間である前にTP隊員なのでしょうね」

 「・・・TPは時間の秩序を守ることに固執しすぎて、人間本来の美徳をおろそかにしていると言いた
いのか?」

 「人としての優しさを持てない人間は、人を守ることはできない。ましてや、そんな人間達が脈々と紡
いできた、宇宙よりも広大な悠久の時を守ることなど・・・。そう思わないかしら?」
 「テロ行為を続ける組織のメンバーから、優しさなどという言葉を聞くとは思っていなかったな」

 「・・・」

 ドランサーは沈黙を守っていた。トモエはカズヤの言葉を無視し、話を続けた。

 「あなた達は優しい人よ。だけど、あなた達のその優しさはTPのやりかたではその価値を発揮できな
い。私たちはその優しさこそ、これからの時代に必要だと考えているわ。それに、あなた達は強い・・・」

 「・・・「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない」・・・そういうことか」

 「20世紀の小説の言い回しね。でも、当たりよ。昔の人はいいことを言ったものね」

 「これまでの君の言い分で、「もう一つの質問」というものの内容も読めてきたよ。「TPは解散せよ」
これだろう?」

 「思っていた以上に鋭いのね。それも正解よ」

 トモエは少し感心したように言った。

 「TPにはあなた達を含めて、我々にとっては一握りの人間しかこちらに引き入れたい人はいないわ。
これで私が、一つの質問をすればそれがもう一つの質問の答えにもなる、と言った意味がわかるわね?」

 「・・・仮に俺達の引き抜きに成功したら、TPは用済み。俺達にTPの解散を決定する権利などない
が、無理に決めさせてその答えがノーならば、俺達にネオ・サッグに降る意志もないと判断できる。な
るほど。確かにどちらか一方で質問は済む」

 「そういうことよ」

 彼女はそう言って続けた。

 「はたして、人を見殺しにしてまで時空の秩序というものを守るべき価値はあるものかしら? TPは
過去の人たちの生命や幸福をその気になれば守れるというのに、それを犠牲にして時空の秩序を守って
いるのよ。そんな組織に、あなた達が与する必要はないと思うけれど・・・」

 「その言葉、君の私怨に根ざしているものか?」

 ドランサーのその言葉に、トモエの表情が少し険しくなった。

 「・・・私の素性について調べたようね」

 「あのナンビオ村史実介入事件でTPがコレクターズを放っておけば、悲劇は回避されて君の両親も助
かったかもしれない。だが、TPはそれを阻止した。それはまぎれもない事実だし、弁解ができるとも
思わない。だが、君がこんなことをしてもどうにもならないことじゃないか」

 「私怨が絡んでいないとは言わないわ。だけど、私が言いたいのはあなた達のやり方では焼け石に水だ
ということよ。あなた達も、あなた達が対処しきれるかしきれないかの瀬戸際まで時間犯罪が増加して
いることは気づいているはず。大きなツケを払わされる時が遅かれ早かれやってくるのは、もう確実な
のよ」

 トモエの言葉に、二人も態度を硬くする。
 「まるで君たちネオ・サッグには、我々TPにはない、時間犯罪を全廃できるようなものがあるように
聞こえるが?」

 「時間犯罪の全廃。それだけがネオ・サッグの目的だと思うのなら、それは違うわ。けれど、我々の
目的が達成されれば、それも同時に達成されるのよ」

 「どういうことだ? ネオ・サッグの目的とは一体何なんだ?」

 「あらゆる問題を解決すること・・・つまり、「全ての解決」よ」

 「全ての解決・・・?」

 不思議そうな顔を見せる二人に対し、トモエは紅茶を飲み干した。

 「これで聞いてもらいたい話は済んだわ。改めて、返答を聞かせてもらおうかしら」

 「答えは最初と変わらない。確かに焼け石に水かもしれないし、人から非難されたりすることもあるか
もしれない。だが、俺もドランサーも、そのやり方で秩序を守っていくと決めている。だから、そちらに
つくつもりはない」

 「報われない茨の道を歩むつもりね・・・」

 「報われないとは限らない。それに、ネオ・サッグがどんな方法をとろうとしているかは知らないが、
それが万人にとって幸福な結果をもたらすとは思えない。俺には、君のような優しい人がこちら側にい
ないことが残念でならない」

 「お互い、進む道が異なってしまったのね・・・交渉は決裂ね」

 そう言うとトモエはイスから立ち上がり、閃光と共に怪人・紅蓮九尾へと変身した。

 「くっ・・・」

 ドランサーとカズヤは、ガタリと席から立ち上がった。だが、対決のかまえをとろうとする二人を、
紅蓮九尾は手を差し出して制止した。

 「早まらないで。ここであなた達を葬るつもりはないわ。あなた達が下手に動かないかぎりはね」

 「ならばどうしろと? ここでもっとゆっくりお茶を飲んでゆけと?」

 「そうしたいけど、そんなひまもないのよ。だから申し訳ないけど、帰ってもらいたいと思って」

 「この屋敷のあちこちに君の部下達が配置されているんだぞ」

 「引き上げさせるわ」

 「信用できると思うか?」

 「それもそうね」

 そう言って彼女は宣誓のしぐさをした。

 「神に誓って・・・。このぐらいのことしかできないけど、これじゃダメ?」

 ドランサーとカズヤは、しばらく考えていた。

 「・・・わかった。敵地のど真ん中であんまり君を疑ってこれ以上機嫌を損ねるようなことになったら
つまらない。君の神様が正直であることを願おうか」

 「信用してくれる?」

 「ああ。例え君の言葉が嘘でも、俺達二人ならなんとか脱出することぐらいはできるだろうしね」


 門から二人が出ていくところを、紅蓮九尾は窓から眺めていた。そして、近くにいたネオ・サッグの
武装信徒に命じた。

 「すぐにここを引き払う。準備にかかれ」

 「ハッ」

 「それと・・・亜空間ジャマーは解除したか?」

 「はい。たった今」

 「私は司祭と話がある。それが終わるまでに準備を整えておけ」

 「了解。しかし、手短にお願いします。連中もすぐに気づくでしょうから」

 「わかっている」

 紅蓮九尾はトモエの姿に戻ると、食堂の隣の部屋に移った。そこは本棚が並ぶ書斎だった。彼女はその
本棚の一つから、一冊の本を抜き取った。すると、本棚がスライドして、大型モニターつきの通信装置が
現れた。彼女はその前に座り、いくつか操作をした。しばらくして、モニターに馬の仮面をかぶった
男が現れる。

 「お待ちになられていたのですか?」

 「そろそろだと思っていた」

 「予定通りこの屋敷を焼き払った後、作戦に移ります。予定開始時刻は明朝0800」

 「彼らのスカウトは?」

 「・・・受け入れてはくれませんでした」

 「そうか。気を落とすな。ダメでもともとだ。他が準備万端なら、それでよい」

 しばしの沈黙が流れた。

 「・・・そうだ、バイオリンの調律を済ませておいたぞ」

 「すみません。作戦の準備で、そのひまがなく・・・」

 「気にするな。その代わり、帰ってきたら私にまた聞かせてほしい」

 「もちろんです」

 「・・・すまないな。お前には悲しい思いをさせてばかりだ・・・」

 「いえ。タイムマシンが生まれてからも、人生が一度きりであることには変わりはありません。あなたに
助けられ、育てられたのが私の人生ならば、それに納得し、後悔しないように生きるのが私のやるべき
ことですから。ですから、私を憐れんだり、自分を責めたりすることはやめてください。私が望むのは、
それだけです」

 「・・・わかった。そうしよう」

 「それでは、ここで失礼します」

 「・・・ああ」

 トモエは通信機のスイッチを切った。


 通信が終わり、司祭インダラは自室のイスの背もたれにもたれかかった。

 (憐れむな、か・・・。そう思われていたとは、私もあの子の心を理解しきれていなかったのだな、
10年も共にいたのに・・・。急に時間が欲しくなってきた・・・)

 薄暗い自室の傍らに置かれているバイオリンケースに、彼はそっと近づいてそれを開けた。薄暗い照明
の光をあびて、中のバイオリンは鈍い光を反射していた。

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