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「結局、彼女たちの作戦については、何も聞き出せなかったな」

「仕方がない。盗聴器や発信機をとりつけるヒマさえ与えてくれなかったんだ。まあ、ネオ・サッグの
工作員の手にかかれば、そんなものはすぐに見つけられて潰されるだろうがな」

 二人はいまだ、屋敷の見える場所で監視を続けていた。

「ここで見張っていても、動きを追い続けられると思うか?」

「いや。だが、やらないよりはマシだ」

 その時だった。

ドガァァァァン!!

 すさまじい大音響と共に、屋敷の窓という窓のガラスが割れて中から炎が吹き出し、爆
風が壁を吹き飛ばした。瞬く間に、屋敷は炎に包まれる。

「!?」

「いくぞ、ドランサー!!」

 二人は山道を走り始めた。ほどなくして、二人は燃える屋敷からの熱を肌で感じる距離に立っていた。

「足跡を消すつもりか!」

「こういうことをするかもしれないとは思っていたが、こんなに早くにとは・・・出し抜かれたな!」

 しかし、燃え盛る炎の勢いはあまりにも強く、二人はどうすることもできなかった。辺りを見回すが、
ネオ・サッグの姿はない。その時、カズヤのタイムシーバーが呼び出し音をあげた。

「通信が回復したのか?」

 カズヤはすぐにスイッチを入れた。

「こちらカズヤ」

「サナダだ。通信妨害をされていたようだな。お互いに連絡をとれなかった」

「ええ」

「ということは、そちらで何か起こっているのだろう?」

「はい。実は今も・・・。しかし、奴らが行動開始する時点にはほぼ確証が持てました。明日、194
5年8月6日に、奴らは行動を起こすでしょう。詳しい話をしたいので、集まりたいのですが・・・」

「すでにそちらに向かっている。こちらから集合場所を指定するぞ」

「了解しました」


 1945年8月5日、午後5時。広島市郊外にある、今は使われていない民家の土蔵に、40数名の
TSWAT隊員達が集まっていた。

「なるほど、状況はわかった」

「すいません、取り逃がしてしまって・・・。独断専行もしてしまいました」

状況説明を終えたカズヤとドランサーは、サナダに頭を下げた。

「仕方あるまい。それよりも、ネオ・サッグの狙いがこの時点だと特定できたことを収穫だと思うべきだ」

「はい。しかし、結局作戦の内容までは・・・」

「たしかに、8月6日の原爆投下と最も関係があるだろう。だが、それは陽動かもしれない。彼女と
同じ力を持った別の怪人がいて、ここに我々の目を引きつけている間に別の時点でメインの作戦を遂行
する、ということも最悪考えられる」

「では、ここに集まった40数名で彼女たちの捜索を・・・」

「そうだ。他の隊員達は、他の時点で引き続き警戒任務にあたっている。我々は明朝・・・すなわち
1945年8月6日8時15分をタイムリミットとし、ネオ・サッグの工作員達を捜索し、奴らの作戦を
阻止する。何か質問は?」

 一人の隊員が手をあげた。

「交戦せざるをえない状況になった場合の判断は・・・」

「交戦することにはなるだろう。それはしかたがないが、そのことによる歴史への干渉は最小限にとどめ、
逮捕、あるいは最悪の場合、射殺せよ」

「了解」

「健闘を祈る」

 隊員達はドヤドヤと出ていった。カズヤとドランサーを除いては。

「隊長はどうするつもりですか?」

「私も捜索に加わる。コイズミ達の班に同行する」

「先ほどの言葉ですが・・・やはり彼女を時間の秩序を乱す者と見なせ、ということですか?」

「そうとらえたならば、それは違う。できる限りの説得は言うまでもなく行わなければならない。だが、
それが成功する確率が、残念ながら低い、ということだ」

 サナダは続けた。

「彼女に言われたことがあるのか?」

「秩序を守ることに固執するあまり、人の生命や幸福を犠牲にする・・・それがTPという組織のやり方
だと糾弾されました」

「なるほど・・・賢くなったのだな」

「賢くなった?」

ドランサーが不思議そうに言った。

「正しい判断ができるようになった、ということだ」

「・・・失礼ですが今の言葉・・・隊長の仕事と矛盾しているのではないですか?」

「彼女の言い分も正しいということだ。二人とも、TPが他の治安維持組織とどういうところが違うか、
わかるか?」

「他の治安維持組織・・・警察や軍隊ですか」

「そうだ。警察は市民を守る。よそへ攻め込むこともあるが、軍隊の本来の仕事は国を守ることだ。
そして、つまるところ市民も国も、人間の集団だ。軍も警察も、人間を守ることを仕事にしている点では
違いはない。では、TPは一体何を守っているのだろう?」

「軍や警察と同じく、人を守っていると思っていますが」

 カズヤが答えた。

「たしかにそうだ。だが、「人を守る」ということの意味は、タイムマシンの発明によって変わって
しまった。タイムマシン以前の軍や警察が守るべき人々は、「現在の」人々であることが暗黙の前提だった。
過去にどれだけ凄惨な事件が起こっていたとしても、時間を巻き戻すことはできず、その事件で犠牲と
なった人々を救うことはできなかったからだ。タイムマシン発明以前の人々に出来たことは、これ
以上悲惨な事件が起こらないように注意し、仮に事件が起こっても被害を最小限に押さえることぐらい
だった。ところが、タイムマシンは現在だけでなく、「過去の」人々を守ることも可能にしてしまった。
広島や長崎、アウシュビッツや南京、ソンミ村・・・過去に起こった大量虐殺も、タイムマシンで
時間をさかのぼれば防ぐことができる。それ自体はすばらしいことだ」

「・・・」

「だが、そんな事件はすでに起こってしまったことであり、既成事実だ。そして、我々にとっての「現在」
とは、そんな事件を土台にした歴史の上になりたっている。いわば、一本のレールだ。レールを曲げれば
行き先が変わるのと同じように、過去を変えれば未来、つまり「現在」も変わってしまう。前よりも
よくなることもあるかもしれないが、歴史の変化は常にイレギュラーなものだ。とんでもないこと
が起きることも十分考えられる。だから、そういう行為をしようとする人間は、止めなければならない。
それもまた、TPの任務の一つだ。つまり、お前が言うようにTPが守ろうとしているのは警察や
軍隊と同じく、「現在の」人々だ。違っているのは、彼女の言うように、そのために過去の人々を犠牲に
してしまうこともある、というところなんだよ」

「この任務はまさに、その任務そのものということですか」

「彼女たちの作戦の内容は、お前達にも大体の見当はついているだろう?」

「はい」

「彼女のワームホール発生装置を使って、広島の原爆を22世紀のどこかの都市に投下する。こういう
ものだろう」

 そしてサナダは一拍置いた。

「お前達・・・敗者になる覚悟はできているか?」

「どういう意味でしょう?」

「言っておこう。この任務・・・成功しても失敗しても、我々の負けだ」

「!」

「失敗すれば、当然原爆は22世紀のどこかの都市に落ちる。旧型の核兵器とはいえ、市街地に壊滅的
被害が出るのはまちがいない。だが、それを阻止できたとしても、原爆は「史実通り」この広島に落ちる。
これが彼女にとっての、TPに対する復讐なのだろう」

「この時代の広島市民を犠牲にして、22世紀の市民達は生き永らえる・・・それを糾弾するつもりな
のですね」

「そのつもりだろう。お前の言うとおり、彼女は優しい娘だ。だからこそ、人を犠牲にすることを、両
親を犠牲にした我々を、許そうとはしないだろう。彼女だけじゃない。私の見てきたコレクターズ達は、
みんな優しく、他人のことを思いやる心に満ちた人間達だった。私たちなどよりずっと、立派な人間
だった」

「ですが、人には様々な価値観があるはずです」

「我々も彼らも、他人を守りたいと思っている。その違いは、彼らにとっての「守るべき人々」の範囲
が我々よりも広いということだ。お前の言うような価値観の違い・・・どちらがより現実的か、また、
どちらがより優しいかの違いであり、どちらが悪いというものではない」

 サナダは腰をあげた。

「最前線の人間がこんな考えを持つことは勝手だが、任務となればそんな考えなど関係なしに動かなけ
ればならない。TP隊員というのは、時には軍人よりも辛い経験をすることがある。・・・ついて
こられるか?」

「・・・任務の一言で全てに納得できるわけではありません。しかし、自分達の時代のどこかに原爆が
落とされるかもしれないというときに、迷ってはいられないでしょう」

「今はそれでいい。考える時間など、後からいくらでもついてくる。・・・さて、それでは行くとするか」

「ハッ」

 三人は土蔵を出ていった。



 8月6日、午前7時12分。広島市街を見下ろせる山の頂上に立つ麻鳥トモエは、先ほど警戒警報の
サイレンが響き渡った広島を見つめていた。まるで、その姿を目に焼き付けるように。と、彼女の後ろで
草を踏みしだく音がした。

「どうしてここだとわかったのかしら?」

「手がかりなどなかった。君たちはうまく俺達をまいたようだ。ここに来たのも、あちこちを回った末、
こんな見晴らしのいい場所なら君がいるんじゃないかという、ただの勘だよ」

「運がいいのね」

 そう言って彼女は振り返った。そこにはカズヤとドランサーがたたずんでいた。

「悪いけれど、君の連れ達にはしばらくの間眠ってもらったよ」

「そのようね。さすがだわ」

 彼女は目を彼らから再び広島に向けた。

「不思議な気がしない? あそこにあるのは1945年8月6日、8時15分以前の広島の街・・・
まもなく死の世界となる街・・・私たちにとっては、はるか以前に失われた街・・・。それを私たちは、
こうして眺めていられる・・・」

「ああ。そして、この街が死の世界に変わるかどうか、この街とそこに暮らす人たちの運命は、君が
握っている」

 カズヤの言葉に、トモエは右手の腕輪に手を当てた。

「気づくのも当然ね。しかたがないわ」

「その腕輪の制御回路を破壊してほしい。優しいことは悪ではないが・・・君は優しすぎるんだ」

「それはできないわ」

 トモエはきっぱりと答える。

「TPを恨む気持ちはあるわ。だけど、それ以上にもっとわかってほしいのよ・・・パパやママ、
そしてこの街の人たちのような人がたくさんいたことを。自分達はそういう犠牲の上に生きているという
ことを。そして、その人達のためにも、もっとよりよく生きていこうとしなければならないということを。
それなのに、みんな自分勝手で、学ぼうともしないで、同じ様なことを繰り返して、同じ様な犠牲を
だして・・・もうたくさんなのよ! 私は人間が好き。だから、こんなことを繰り返すだけの生き方を
してほしくはないのよ!」

「だからって、こんなことをすることはない!」

「人は怠け者なのよ、ドランサー。目の前に危険が迫ったり、ひどいことが起こったりしなければ、
自分から動こうとはしないわ」

 そう言ってから、彼女はドランサーを見つめた

「最後に聞くわ。あなたは私の敵?」

「・・・そうだ。君のことは好きだが、君と道を同じくすることはできない。それが敵というものなら、
俺は君の敵だ」

 トモエは視線を地に落とすと、サッと顔を上げた。たちまちその姿が、美しい銀色の毛皮で覆われた
紅蓮九尾の姿へと変わる。

「哀しいわね・・・この姿であなたと戦わなければならないなんて」

「君が今のままなら、俺も戦うしかない。だが、君に変わってくれとは言えない。君は優しいんだ、
誰よりも。その優しさを捨てろなんて、俺は言えない」

「あなたも優しい人よ、ドランサー。だから私は、紅蓮九尾になる。麻鳥トモエのままじゃ、あなたとは
戦えないから・・・」

 ドランサーと紅蓮九尾は、静かに対峙した。

「カズヤ、君は下がっていてくれ」

「ああ。はっきり言って、足手まといだからな」

 カズヤは離れた所へと歩いていった。ドランサーと紅蓮九尾はにらみ合う。紅蓮九尾がサッと手をかざ
すと、その指先から鋭い爪が伸びた。ドランサーもその指先から、EMファング−電磁ソルド−を伸ば
した。紅蓮九尾が音もなく走り出す。その素早さにドランサーはかわすことをあきらめ、EMファングを
構えた。

ジャリンッ!!

 爪がぶつかり、火花が散る。ドランサーはその勢いを利用していったん後ろへ引き、間合いをとって
からパンチを叩き込んだ。紅蓮九尾は吹き飛ばされたが、なにごともなかったかのように降り立った。そ
して、ドランサーに向けて口を開いた。その口から、高熱の火炎が噴き出される。

「出力最大!!」

 ドランサーのEMファングから放たれる光と火花が、その激しさを増す。そして彼は、恐れることなく
炎に立ち向かうと、その爪で炎を「切り裂いた」。EMファングからの強烈な放電現象が、一時的に
その周囲を真空状態に変えてしまうのだ。

「そんな・・・!」

「・・・」

 火炎攻撃が通用しないことに驚く紅蓮九尾。彼女はすぐさま、第二の技を使った。尻尾の一本一本が
分離し、それぞれが紅蓮九尾の分身、傀儡九尾となって襲いかかる。

「かかれ!」

 傀儡九尾の攻め方は、前回とあまり変わらなかった。しかし、それを迎え撃つドランサーは違っていた。
運動生の向上と、彼女の動きを再現したトルーパーロボット相手の特訓により、余裕を見せられるまで
ではないが、その攻撃をさばくことができるようになっていた。走る、飛び退く、ジャンプするという
ようにめまぐるしく動き、あるときはかわし、あるときはすれ違いざまに攻撃した。

「個別連続攻撃はきかないか・・・」

 紅蓮九尾は分身達に指示を与えた。三体の傀儡九尾が一斉に襲いかかり、ドランサーの両腕、首を
つかんで動きをおさえる。

「しまった・・・!」

 傀儡九尾達の動きは素早かった。三体がドランサーの動きを封じると同時に、本体も含めた残りの六体は
ドランサーを囲むように展開し、口をあけた。六つの口から放たれた火炎がその包囲の中心に炎の柱を
つくる寸前、三体の傀儡九尾はドランサーからパッと離れた。

「・・・」

 九体の九尾達はそれをじっと見つめる。と、立ち昇る火柱に異常が起こり始めた。火柱が異常な回転を
始めたのだ。その回転は速度を速める一方で、やがて火柱はバッと弾け飛んだ。そして、そこにいたのは
高速で回転を続ける黒い物体。それはやがて回転を落としていき、ドランサーの姿になった。

「私の炎を封じる対策は完璧らしいわね」

「・・・」

 ドランサーは両手のEMファングを伸ばしたまま、狩りに臨むヒョウのような隙のない構えをとった。
それと同時に、九体の怪人もかまえをとる。

 勝負はすぐに始まった。八体の傀儡九尾が一斉に飛びかかる。だが、ドランサーはまったく動じること
なく、片腕をスッと伸ばした。

「EMファング・横一閃!!」

ズバァッ!!

 その技の名の通り、ドランサーのEMファングは目にも留まらぬ速さで大きく半円を描き、八体の傀儡
九尾を腹から真っ二つにした。傀儡九尾達は地に倒れ、もとの姿である紅蓮九尾の尻尾へと戻って動か
なくなった。

「数ではダメなのね・・・それならば」

「1対1、ということだ!」

 二人は互いに鋭い爪をかまえると、相手に向かって突進した。

ジャキンッ!!

 鋭い音が響き渡り、二人が爪を交える。だが、すぐに離れて再び突進をする。この壮絶な繰り返しが続
いた。だが・・・

パシッ!!

 何かの音がした。

「!!」

 紅蓮九尾が驚いて自分の右手首を見る。腕輪にひびが入り、そこから火花が飛び散っていた。そして、
彼女がそれに一瞬目を奪われていた時、ドランサーはすでに彼女のすぐそばまで迫っていた。彼女は対
応が遅れた。とっさに顔の前でかまえた爪に、ドランサーがアッパーのように振り上げたEMファング
が勢いよくぶつかった。それによって、彼女は後ろへと倒れた。ドランサーは、その瞬間を見逃さ
なかった。倒れ込んだ紅蓮九尾の喉元に、触れるか触れないかというところまで、EMファングの鋭い先端を
突きつけた。

「・・・!」

 周囲の空気はセミの鳴き声さえ止まり、静まり返っている。EMファングが淡い光とともに発する小さ
な虫の羽音のような音のみである。

「やめるんだ、ドランサー!」

 カズヤのその叫びに、なぜか別の声が重なっていた。彼が驚いて振り向くと、そこにはいつの間にやっ
てきたのか、サナダが立っていた。

 ドランサーは彼らの声に振り向くこともなく、じっとその姿勢を維持していた。紅蓮九尾も同様に、
まったく動かない。そして、そんな時間がしばらく続いたのち・・・。

 一陣の風が、その場所を流れていった。あたりのよどんだように熱い空気を、その風は運び去り、一瞬
だが涼しさをその場にいた者達に与えた。ドランサーの首に巻かれたマフラーが、大きくなびいた。

 唐突にEMファングの光と音が止まり、ドランサーの指の中へと収納された。そしてその代わりに、彼
は先ほどまで突きつけていた右手を、手をさしのべるように少し下げた。

「戦う理由がなくなった。さあ、立ち上がってくれ・・・」

 ドランサーの視線は、火花を散らすワームホール発生装置に向けられていた。

「・・・立ち上がるときに、あなたの喉をかき切ることも、炎を吹きつけることもできるのよ・・・?」

 紅蓮九尾は静かに言った。

 「・・・自分が戦わなければならない相手、それはもうここにはいない。君にとって紅蓮九尾という仮
面は、もう必要ないはずだ」

 ドランサーがそう答えてから、またしばしの時間が流れた。そして、美しい怪人はドランサーの手を
とった。ドランサーはその手をしっかりと握り、彼女が立ち上がるのを助けた。

「・・・あなたという人は・・・優しすぎるのよ・・・」

「君ほどじゃない」

 紅蓮九尾は麻鳥トモエに戻ると、ドランサーに微笑みを向けた。そんな二人を見て、サナダとカズヤが
近づいてきた。

「あなたは・・・!」

 トモエはサナダの顔を見て驚いた。

「あの人ね・・・」

「・・・次に君と出会うことがあるとすれば、それは君に殺される時だと思っていました・・・」

 サナダが静かに言った。

「あなたが、私の両親を見殺しにしたから・・・?」

「・・・この仕事を続けていれば、必ず君のような犠牲者を出すことになる。君がそれを許せないの
ならば、ここで引導を渡してもらいたい。だが・・・そうしなければ、私はこれからもこの仕事を続ける。
人の命は、誰であろうともちろん大切なものです。しかし、人命と時間の秩序は、どちらもはかりに
かけることができないと、私は考えています」

 トモエはしばらく口をつぐんでいたが、やがて口を開いた。

「そのはかりにかけられないものに板挟みにされながらも、なんとかそのどちらも守ろうとしている・
・・。そんなあなた達がどんな気持ちでそれに臨んでいるか、ドランサーの姿を見てわかったような気
がします。本気で守りたいものがなければ、あれだけの力はだせないと思うから・・・」

「・・・」

「私の母を見殺しにしたあなたを、許すことはできない。だけど、それはあなたにとっても辛いことで
しょう。そんな思いをしてまで守りたいものがあるならば、私もそれを否定することはできないわ」

 その言葉を聞き、サナダは深々と頭を下げた。

「・・・わかってくれとは言わないが、これが私の仕事だ。君の両親には顔向けができないが・・・も
う少しこの仕事をさせてはくれないか・・・?」

「・・・ええ」

 トモエは先ほどドランサーにも見せた微笑を、サナダにも向けた。

「ありがとう・・・」

 再び礼をするサナダを、トモエは優しく見つめた。そしてしばらくしてから、彼女は右手首の腕輪に手を
かけた。それを見て、ドランサーが驚いて叫ぶ。

「だめだ!! それを外すんじゃない!!」

 彼女は手を止めた。カズヤとサナダが驚いた。

「ドランサー、どういうことだ?」

「俺は気づいていた。君の腕輪・・・ワームホール発生装置には、発電所一つ分のエネルギーを発する
エネルギー源がある。ワームホールを開くためのものだが、それは君のエネルギー源ともなっている・
・・」

「なんだって? ということは・・・」

「ああ・・・。あの腕輪を外すということは、心臓を体から取り出すのと同じ様なことなんだ」

「くそっ、なんて残酷な改造をしたんだ、ネオ・サッグは・・・!」

「それは違います、カズヤさん」

 トモエがカズヤの言葉を遮った。

「そのように改造するように頼んだのは、私なのよ」

「!? なぜそんなことを!?」

「責任を持ちたかったのよ。これをはずせば、私の命は数分間で終わる・・・。私が倒れるときは作戦が
失敗する時だし、自らこれをはずすときは、そうするに足る「何か」を得ているだろうから・・・」

 そう言うが早いか、彼女は迷うそぶりも見せず、カチリという音とともに腕輪をはずしてしまった。

「・・・納得できたわ、自分のしたことに」

 彼女はその腕輪をドランサーに差し出した。

「バカ!! すぐにつけ直すんだ!! その腕輪はすでに本来の機能を失っている! そんなことをす
る必要はないんだ!!」

「無駄よ。一度はずせば、再装着は不可能なようになっているのよ。あなたたちの言うとおり、これは
危険な機械だわ。あなた達の手で、これを破壊して・・・」

 その言葉の最後、トモエは倒れ込んでしまった。あわててドランサーが抱きかかえる。

「しっかりしろ!!」

「あまり長くはなさそうね・・・」

「ネオ・サッグによってとはいえ、一度は助けられた命じゃないか! それをこんな形で・・・」

「これでいのよ、ドランサー。何を言っても、私はネオ・サッグの人間なんだから・・・」

 その時トモエは、自分を見つめるサナダに気づいた。

「そんな顔をしないで。あなたはこんなことで落ち込んじゃいけないわ」

「しかし・・・」

「あなたは私のような人間をこれ以上生み出さないよう、それだけに努めてくれれば・・・」

 彼女は視線をドランサーに戻した。

「いまさらこんなことって思うけど・・・あなたがもっと早く生まれていたら・・・あるいは私がもっと
遅くに生まれていたら・・・どんなによかったか・・・」

「そんなこと・・・」

「ありがとう、ドランサー。会えてよかったと思える人がいて、今は本当に幸せだわ。また会いましょう。
いつか・・・どこかで・・・」

 そして彼女は眠るように、ゆっくりとまぶたを閉じた。

「トモエさん!?」

 ドランサーは腕の中の彼女を揺り動かした。しかし、彼女は何の反応も示さない。

「トモエ・・・!?」

 ドランサーは彼女を抱きかかえたまま両膝をつくと、顔をうなだれて静かに震えていた。カズヤとサナ
ダには、そんな彼にかけてやる言葉もなかった。あたりには、再びセミの鳴き声が響き始めている。そ
の場を支配しているのは、その音だけだった。

 その状況を打ち砕いたのは、サナダのタイムシーバーの呼び出し音だった。サナダがスイッチを入れる。

「隊長、原爆投下時刻まであとわずかです!」

 タイムシーバーの向こうから、緊張した隊員の声が聞こえてきた。

「・・・たった今、事件は解決した・・・」

「本当ですか!?」

「本当だ。すぐにこの時点から退避し、極東支部で合流しろ。私たちもすぐあとを追う」

「了解」

 通信は切れた。サナダはすぐに、どこでもドアを用意した。

「ここも衝撃波の被害を受ける。安全なところまで退避しよう」

 カズヤは無言でうなずくと、ドランサーの肩をたたいた。

「いくぞ、ドランサー」

「・・・わかった」

 ドランサーはトモエの亡骸を抱えたまま、カズヤの後に従ってドアをくぐった。


 三人がどこでもドアを出た場所は、さきほどよりも広島から離れた山の山頂だった。サナダがタイム
シーバーにつけてある時計を見た。

「もうすぐ8時15分だ。二人とも、遮光ゴーグルをつけろ」

 二人はサナダの指示通り、原爆炸裂の際の閃光から目を保護するためのゴーグルをつけた。すでに3人の
目には、アメリカ軍の戦略爆撃機B−29「エノラ・ゲイ」が高空を飛んでゆく姿が映っていた。

 そして、その時が訪れた。尾翼に大きく「R」と書かれた爆撃機は、何かを落とした。そして、それが
ある高さまで落下したとき、それは火球となり、あたりが真っ白になった。それが薄れたとき、そこには
満月ほどの透明なオレンジ色の火球があった。その周りをいくつもの光の輪が囲っている。その最も
外側の輪が地上に接したとき、巨大な火柱が立ちのぼった。直後、すさまじい爆発音がひびきわたる。

 熱線、衝撃波、放射線。その全てが広島の街と、そこに生きるありとあらゆる生物に襲いかかる。
三人の目には、その様が映っていた。彼らのいる場所にも、おくれてやって来た爆風の余波が、強い風と
なってやって来た。

「黙祷!!」

 サナダの号令で、三人は目を閉じた。正式な規定ではないが、このようにTPが歴史上悲しむべき事件に
立ち会う場合、隊員全員、あるいはその一部がそれを見届け、祈りをささげることになっている。
自分達が守るべき時間の流れというもの。その重要性を理解させるためにも、重要なしきたりとなっている。

 やがて黙祷は終わった。

「隊長の言うとおり、彼女の勝ちですね・・・」

「ああ・・・。今となっては勝ち負けなど意味をなさないが・・・今の我々が多くの屍の上に立ってい
るということを否定することはできない。それなのに、人々はとかく「今」だけに集中し、自分の足下
を見ようとはしない。それは仕方がないことかもしれないが、彼女はそれに気づいてほしかったのだろ
う・・・」

 カズヤはドランサーを見た。トモエの亡骸を抱えたまま、彼は立ちのぼるキノコ雲をみつめている。
そんな彼の姿を見て、なぜかカズヤは、ドランサーが泣いているという印象を受けた。もちろん、彼は
涙を流してはいない。しかし、カズヤは黙って立ちつくすドランサーの内側からあふれ出てくる悲しみが、
その赤い瞳の奥から流れ出てくるような感じを受けた。涙を出すことも、声もあげることもしなかっ
たが、彼は確かに泣いていたのだった。涙を流せないことを、彼は悔いているだろうか? おそらく、
そうではないだろう。悲しみという感情の奔流を、人は涙というかたちで表現する。しかし彼の今の姿
からは、彼にとってはそんなものは不要だという印象がうかがえた。

「ドランサー・・・」

「カズヤ、隊長・・・俺達の仕事とは、こういうものなのだろうか?」

 ドランサーはつぶやいた。

「あのキノコ雲の下では、今たくさんの人が、とうてい人の死とは思えないような、悲惨な死にかたを
している・・・。任務とはいえ、やってはいけないこととはいえ・・・そんな理由では納得しきれる
はずがない。14万人もの死をここで見ているだけの俺達は、人でなしと言われてもしかたがないんじゃ
ないか」

「確かにその通りだ。だがな、ドランサー・・・」

 サナダが口を開いた。

「お前は「原罪」という言葉を知っているな?」

「ええ・・・」

「人が生まれもってもっている罪・・・。私は思うのだが、人が歴史を持っているという事実、それこ
そが原罪なのではないだろうか? 例えば・・・北アメリカで生まれた人間は、生まれたその時から、
先祖達が先住民を駆逐して手に入れた土地に住んでいることになる」

「人が不幸な歴史をもっている以上、誰もが先祖の犯した罪を背負っている、と・・・?」

「罪だけではない。責任もだ。ほとんどの日本人は、太平洋戦争で死を免れた人間の子孫だ。だから、
望むと望まざるとに関わらず、死んでいった人間の分まで生きる責任をもっている」

「・・・」

「だが、人はとかくその責任を放棄しようとする。ある意味では、それは仕方のないことなのかもしれ
ない。人類が生まれてから今までの全ての責任は、一人の人間ではもちろん、全人類でも背負いきれな
いものなのだろう。だが、完全にそれを放棄するのは全くの間違いだ。人は自分で背負いきれるだけの
責任を、どこかで果たさなければならないのだ」

「隊長にとっては、この仕事がそれにあたるのですか?」

「そうだ。私たちは確かにここで、無数の人たちが悲惨なかたちで死にゆくところを見ている。私は
それも、自らにその責任の重さを再確認させるためだと思っている。残酷な考え方かもしれないが・・・」

 サナダの言葉を聞き、ドランサーは腕の中のトモエの顔を見つめた。まるで、眠っているかのように、
その顔は安らかなものだった。

「彼女はその責任を果たした」

 「ああ、果たした。少なくとも私はそう思う。そしてドランサー。お前はまた、新たな責任を負ったんだ。
彼女に信頼を受けた者としての責任を・・・」

「・・・」

「それをどう果たしていくかは、いくらでも方法がある。お前がこれ以上今回のような任務に耐えられ
ないというのなら、別の道を選んでもかまわない。私の部下にもそんな者達がいた。皆それぞれの場所
で責任を果たしているし、誇らしい人物だと思っている。だから、それは恥ではない。お前が決めるんだ」

「・・・わかりました」

「よし、ひとまずは極東支部へ戻ろう。彼女を早く、安らかに眠れるような場所に連れていくためにも
・・・」

「・・・はい」

 ドランサーはタイムシーバーの一つのボタンを押した。やがて、スレイプニルが空を飛んでやってくる
のが彼方に見えてきた。


 この日、1945年8月6日、広島に投下された原子爆弾「リトル・ボーイ」は14万人もの死者を
出したと言われている。3日後の9日には、長崎に「ファットマン」が投下され、7万人もの死者を出
した。この二つの原爆は、事実上もはや瀕死などという状態をとっくに通り越していた大日本帝国に対
するとどめの一撃となり、8月15日、日本はポツダム宣言を受諾、無条件降伏した。こうして、人類
史上最大の悲劇と言われた第二次世界大戦は終結した。しかし、原爆から放たれた放射能は、それを浴
びたものだけでなくその子供達までに長く悲劇をもたらし続けたのである。その後、このすさまじい悲
劇を通して「勝利者」となった大国達は、愚かな核兵器開発に没頭していく。そしてもたらされたのは、
核兵器というナイフを互いに突きつけた世界での、恐怖の上になりたった脆く危うい平和だった。そ
れが続く中、徐々に核兵器は禁止されていったが、核兵器の製造・実験・使用が全面的に禁止され、核
兵器の本格的な廃棄が始まったのは、ヒロシマ・ナガサキの悲劇から100年以上が経過した2075
年、南極条約締結の時だった。しかし、それすらもあくまで表向きのことであり、世界の裏側では、
20世紀末から21世紀初頭にかけて核管理がずさんになった時代に消えた核兵器が、密かに動いている
という。「核兵器がなくなるときは必ず訪れる。それは、核よりも効率的な大量殺戮兵器が生まれたと
きだ」と評した人物もいた。はたして人は、悲惨な過去から本当に何かを学んでいるのだろうか・・・。
自らの足元に広がる、繁栄という名の花畑。その下に無数の屍達が眠っていることを、はたして理解
しているのだろうか・・・。




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