時空警察ドランサー
〜帰郷〜
第3話
誘拐
その日は日曜日だった。商店街を、メガネをかけた少年と、ダルマのような青いロボットが歩いている。ドラえもんとのび太である。それぞれの買い物の帰りで、どら焼きの入った袋とマンガを持ってご機嫌顔である。と、のび太が急に足を止めた。
「あれ・・・?」
「どうしたの?」
「見てよ、あそこ。人が集まってる」
一軒の建物の前に、人だかりができている。さらに、パトカーまで止まっていた。
「あそこは、たしかちょっと前に開いた動物病院だったよね」
ドラえもんが言った。動物病院が開業したことは知っていた。しずかちゃんがその動物病院にカナリヤを診察させようとしたところ、いつもの如く逃げられた話を聞いていたからだ。が、彼らにとってはペットに関係する商店や動物病院といったものは、縁遠い存在だったからだ。なぜだかは知らないが、やたら動物を嫌っている母親が家にいるからである。
「パトカーが来てるってことは、何かあったんだ」
「行ってみよう」
二人は人だかりに近づき、やじ馬の一人に話しかけた。
「何があったんですか?」
「先生が急にいなくなったらしいんだ。病院の金はなくなっていないらしいから、強盗でも夜逃げでもないらしいんだがね。ここは評判もよかったのに、なんでだろうねぇ・・・」
彼は首を傾げた。ドラえもんは動物病院に目を移した。窓越しに、警察が中で調査をしているのが見える。
「行こう」
「うん」
二人はその場を離れた。彼らがいてもどうにもなるわけではないし、それほど興味のある話ではない。
商店街を離れ、住宅街にさしかかる頃。突然二人の前に、一人の男が現れた。
「やあ、ドラえもん、のび太」
親しげに話しかけてくるビジネスマン風の青年に、二人は首を傾げた。
「失礼ですが・・・どなたです?」
「俺だよ。ドランサーだ」
そう言われて、二人はハッとした。たしかにその声は、ドランサーのものだった。
「たしかにそうみたいだけど・・・そのかっこうは?」
「君ならともかく、俺がいつもの姿でうろついていたら騒ぎになるだろう? それはともかく、ちょっとこっちに来てくれ」
3人は建物の陰に入った。ドランサーが着ぐるみのマスクを外し、素顔を見せる。
「今度はどうしてここに?」
「あの動物病院の先生に用があったんだけどね。・・・実は、ちょっと聞きたいことがあるんだが・・・」
「答えられることなら・・・とりあえず、うちに来なよ」
「ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうよ」
ドランサーは頭を下げた。
「これがそのディスク・・・?」
カズヤの持ったディスクを、のび太はしげしげと見つめた。ドランサーはドラえもんと一緒に、患者リストを見ている。
「驚いたね・・・」
患者のリストに記されている12番目の患者。それは、「イシス」という名のネコだった。飼い主は「星野スミレ」という女性。
「有名な人なんだろう? 星野さんという人は」
「そりゃもう・・・知らない人はいないぐらいのアイドル・・・いや、最近はドラマや映画で見るのがほとんどだから、女優と言った方がいいね」
「だけど、どういうことだろう? その人は、スミレさんのネコにパスワードが隠されているって言ったんでしょう?」
のび太が口をはさんだ。
「パスワードを書いた紙を飲み込ませてあるとか」
「まさか。そんな単純なものじゃないでしょ」
「実は、彼は死の間際、「DNA」という言葉を残した」
「DNA?」
「彼にはネオ・サッグのメンバーという裏の顔とは別に、アメリカにある遺伝子産業の企業で働く研究員という表の顔があったようだ。最期の言葉とその事実から考えたんだが・・・そのネコのDNAが、パスワードになっているんじゃないだろうか」
「そんなことができるんですか?」
「未来では遺伝子改造のための機械が市販されているぐらいだ。カワムラのような専門家でなくとも、一般人でもちょっとした遺伝子改良やDNA解析は行える。DNAは4つのタンパク質の無数の組み合わせによりできた生命の設計図だ。その一定の組み合わせをパスワードに設定すれば、部外者の解読は非常に困難になる」
のび太の疑問に、カズヤが答えた。
「もしこの仮説が正しければ、パスワードを手に入れるのは俺達にとっては難しくない。ネコの毛を一本手に入れて分析すれば済むことだ。パスワードのありかを知っているのは、俺達4人と死んだカワムラのみ・・・」
「となると、どうやって手に入れるかですね。こっそり取ってきましょうか?」
のび太がそう言ったが、カズヤは首を横に振る。
「いや、それはちょっといただけないな。ネコの毛一本とはいえ、無断で取ってくるのは気がひける」
「カズヤさん、ちょっと生真面目すぎるんじゃないですか?」
「俺達も一応は公務員なんでね。家に中にいるネコの毛を取りに行くとしたら、どうしても不法侵入になるだろう?」
「それはそうですけどね・・・」
「なんとか飼い主の了解をとってやりたいが・・・」
「どうですかね、芸能人だから・・・」
「一応、面識はありますけど・・・」
のび太が言った。
「まあ、行くだけ行ってみよう。ドラえもん、悪いが案内してくれないか?」
ドランサーはドラえもんに向かって頼んだ。
星野スミレの自宅は、のび太の家からは遠くにある高級住宅街の中にあった。バイク形態にカムフラージュ変形しているドランサーとカズヤのタイムスピーダーに乗ってやってきた4人は、家の様子をうかがった。
「立派な家だな・・・。いくら売れっ子でも、自分の稼ぎだけであんな家を建てられるなんて、相当実力があるんだろうな」
「変なことに感心している場合か。あれを見ろ」
家の前には、一台のワゴン車が停まっていた。テレビ局のロゴがはいっている。
「あの車、妙だな」
「TV局のですよ。しつこい芸能リポーターがいるんです。双眼鏡を貸して下さい」
のび太は双眼鏡をのぞき込んだ。車の中には、見覚えのある男がいる。
「やっぱりそうだ。まだ懲りてないんだな」
「そんなに悪質なのか」
「スミレさんは悪い噂の立つような人じゃないんです。それなのに、ああしてしつこく・・・。困ってるんですよ、スミレさんも」
のび太の話を聞いて、カズヤは眉をしかめた。
「噂に聞く、「スキャンダリズム」というやつだな。TVばかりが娯楽ではない22世紀ではすたれてしまったが・・・昔はそのおかげでプライバシーを根ほり葉ほりのぞかれた人たちがたくさんいたと聞いている。彼女もその被害者というわけか」
「今考えたんだが・・・一つ、人助けをしないか? 恩を売るようで嫌な感じもするが・・・人に頼み事をするときは、こっちも何かしてあげた方が気が楽だ」
「やっぱりな。お前の人助け癖が出ると思ったよ」
カズヤが苦笑する。
「悪いか?」
「いや、もちろん賛成だ」
「でも、人助けって、どんなふうに?」
「つまりだ・・・」
ドランサーは彼の考えを聞かせた。すぐに、3人がうなずく。
「うん。それならスミレさんも、静かにすごせると思う」
「そうと決まれば、すぐに作戦開始だ」
窓ガラスをコンコンと叩く音がした。ロケバスのドライバーがふと見ると、ドアの脇に一人の男が立っている。ドライバーは窓ガラスを開けた。
「なんか用かい?」
だが、ドアの向こうの男はそれには答えず、いきなり窓から車内へ、スプレーを噴射した。
「うわっ! 何する!」
「何だ何だ!?」
車内は一時大騒ぎになったが、すぐにそれは静まった。車内の人間は、皆魂の抜けたような状態で、ぽかんと口を開けてじっとしている。
「うまくいったぞ。みんな、来てくれ」
ドランサーの呼びかけに応じて、カズヤ、ドラえもん、のび太が走ってきた。
「さすが、「わすれろ草」の匂いを強化したガスを詰めたスプレー、「わすれろスプレー」だ。この通り、一時的な記憶喪失だけでなく、心的喪失状態にもなっている」
「なるほど、こいつが噂の芸能リポーターか。品のない顔をしている」
車内をのぞき込み、助手席のリポーターを見たカズヤが言った。
「とにかく今のうちだ。ドラえもん、「メモリーディスク」を」
「わかった」
ドランサーの求めに応じて、ドラえもんは数枚のディスクを取りだした。ドランサーはそれを、車内に投げ込んだ。すると、ディスクは一枚ずつ車内の人間の頭の上に静止し、回転を始めた。やがてディスクは回転を止め、ドランサーの手元に戻ってきた。
「終わった。スミレさんに関する記憶を全部消して、記憶を返してやろう」
ドランサーからディスクを渡されたドラえもんは、機械で何か操作をしたあと、ディスクをドランサーに渡した。ドランサーが車内に再びディスクを投げ込むと、ディスクは先ほどと同じ様な行動をして、手元に帰ってきた。
「これでよし。もうすぐ意識が戻るはずだ。みんなはまた離れて」
3人が離れてすぐ、ロケバスの中の男達は気を取り戻した。
「・・・あれ? ここはどこだ?」
「俺達、何をしてたんだっけ?」
しまらない口調で話をする彼らに、ドランサーが言った。
「さっき、これからTV局に帰るって言ってたじゃないですか」
「TV局・・・? そうだ、そうだったな。こんなところにいる場合じゃない。おい、車を出せ」
リポーターの指示で、ロケバスはすぐに走り去った。
「やったね!」
喜びながら、ドラえもんとのび太、カズヤがやって来た。
「たぶんしばらくしたらまたスミレさんを追い回すようになるだろうけど・・・」
「その時は、また同じようにしてやればいいのさ」
「そうだな。さて、邪魔者は追い払ったし、彼女に会いに行くとするか」
「よし、行こう」
4人は門に向かって歩き始めた。
「あれ? カーテンが・・・」
家中の窓のカーテンが閉められている。まるで、出かける前や寝る前の戸締まりのようだ。4人がそう思っていると、玄関が開いて、一人の女性が現れた。
「あ・・・スミレさん!」
のび太が声をあげた。その女性こそ、星野スミレだった。どこかへ出かける時のように身支度をしていた彼女は、4人を見て驚いた。
「あなた達・・・」
「助かったわ、ありがとう。誰かがあいつらを追い払ってくれたから、やっと別荘へ行けると思っていたけど・・・あなた達だったなんて」
「ええ、困ってたみたいでしたから・・・。別荘へ出かけるんですか?」
「うん。久しぶりに休みがとれたからね。秘密の場所だから、ああいう人に知られたくはないの。ねえ、よかったら、一緒に行かない?」
「えっ・・・? いいんですか?」
スミレの提案に、のび太達は驚いた。
「一人でゆっくりするのもいいけど、話し相手がいた方が疲れも取れるのよ。それに、ここに来たのは何か用があったからでしょう?」
「そうです。実はお願いがあって・・・。紹介します。僕達の友達で・・・」
「初めまして、スミレさん。カズヤともうします」
「初めまして」
「実は、あなたのネコに用があるのですが・・・」
「イシスに? それなら、ここにいるけど」
スミレは手に持ったペット用のケースを少し掲げて見せた。
「実は、わけあってそのネコの毛を一本欲しいんですが・・・」
「変なお願いね」
「すいません。理由をお話しするわけにはいかないのですが、悪いことに使うことは決してないので、お願いします」
「もちろんかまわないわ。ネコの毛一本じゃ、できる悪いことなんてないもの。おいで、イシス」
そう言うと彼女はケースの扉をあけた。中から茶色のネコがゆっくりとでてきた。
「アビシニアンですね」
「ええ」
「昔飼っていたことがあります。エジプト原産のネコでしたね。だからイシスですか?」
「そう。イシス、ちょっと我慢して」
彼女はイシスの毛を一本つまむと、ピッとそれを引き抜いた。イシスが小さく鳴き声をあげる。
「ごめんね。はい、どうぞ」
「ありがとうございました。これで任務が片づきます。ご協力、ありがとうございました」
カズヤとドランサーが敬礼した。
「せっかくだから、あなた達も来ればいいのに。余裕はあるわ」
「行きたいのはやまやまですが、任務があるのです。すみません」
ドランサーが頭を下げた。
「何かは知らないけど、大変な仕事みたいね。そういうのはわかるわ。それじゃ二人とも、ついてくる?」
「もちろん!」
のび太とドラえもんはうなづいた。
「それじゃ、行きましょう。あなた達もがんばってね」
「はい。それじゃ、のび太、ドラえもん、楽しんでこいよ」
「うん。それじゃ行ってくるよ」
スミレ達3人は、車に乗って走り去った。それを見送ってから、ドランサーが言う。
「さて、これで必要なものは手に入った。DNAを解析して、パスワードを入力するにはどれくらいかかる?」
「手持ちの分析装置じゃ、半日はかかるな。その間は、ディスクを奪われないように注意しなければ」
「ああ。奴もまだ、この時代にいるはずだ。とりあえず船に戻って、解析にかかろう」
二人も歩いてその場を立ち去る。だが、二人は先ほどから建物の陰に隠れ、一部始終を見ていた者の影に気がつかなかった。
歩み去っていく二人を見ながら、男は言った。
「やはり一筋縄ではいかないな。計画の2段階目を進めるしかないか」
その男、ジェラールは星野スミレの家を見つめた。二人にまかれたあと、彼らを見つけて尾行していた彼の頭の中には、ある一つの策があった。
「・・・どうやらお互いに考えていることは同じのようだな・・・」
「!?」
不意にジェラールの後ろから声がした。ジェラールは驚いて振り返った。なんの気配も感じなかったのに、そこには一人の男が立っていたからだ。だが、男の姿は明らかにこの時代の人間のものではなかった。時代劇に出てくる侍のように、着物に袴、腰には2本の刀をさしているという姿をしている。どう考えても不自然だ。顔はやたらに大きな編み笠に隠れ、うかがうことはできない。
「貴様何者だ! この時代の人間ではないな!」
そう言われた侍は、低い声で笑った。
「いかにも。たしかに拙者はこの星の人間ではない。だがそなたこそ、この星の人間の姿こそしておるが、ただの人ではあるまい。お主からは拙者と同じく、人を数多く殺めてきた者の匂いがする・・・」
ジェラールは侍を黙って見つめた。
「妙な者同士、というわけか。それならば、互いに自己紹介でもするか。私はジェラール・フォンテンブロー。ある組織に属し、組織への奉仕のため、暗殺を生業としている。お前は何者だ?」
「拙者の名は甚内。人は「四つ腕甚内」とも呼ぶ。かつては仕える主人もいたが、今はある男を追って諸国を巡る流浪の者だ」
「なるほど。お前からは抜き身の刀のような鋭さを感じる。ごたいそうな物言いははったりではないようだな。それで、お前が私に何の用がある?」
「見たところ、そなたは何かを手に入れたがっているようだな」
「ああ。私の組織にとって重要な物だ。お前もか?」
「うむ。だが、物ではない。人間だ。その男には恨みがある。そなたはその物を、拙者はその男を、同じ手段を使って手に入れようと・・・拙者はおびきだそうと・・・している。違うか?」
「なるほど、読めてきた。手伝いたい、というのか?」
「利害が一致したとなれば、徒党を組むのは自然だろう?」
ジェラールは甚内を見つめた。
「ふむ・・・一人でもできる仕事だが、他人の役にも立つというなら、手伝ってもらうとするか。もちろん、金はでないぞ」
「わかっておる。拙者はその男を斬れさえすれば、それでよいのだ」
そう言ってから、商談の成立した二人は握手を交わした。
「さて、行くとするか。お前はそうでもないかもしれないが、私の方は早めにすまさなければ、組織に悪い影響がでる」
「なるほど。拙者としても、速く奴を斬りたいからな。善は急げと言う。それでは、参ろうか」
二人はスミレの去った方向へと走りだした。そしてまもなく、その姿はかげろうのように消え去った。
「さ、着いたわよ。ここが私の別荘」
スミレは車から降りてそう言った。
「うわぁ・・・」
車から降りたのび太とドラえもんも、感嘆の声をあげた。そこは、とある高原にある別荘だった。山々を見下ろせる高台にある。夏なら青々とした緑を、秋なら燃えるような紅葉を一望できるだろう。今は彼らのいる場所と同じく、一面の銀世界だ。スミレの別荘は、少し小さなログハウスだった。大勢を招くような場所ではないので、必要以上に大きなものを作る必要はないからだろう。
「寒いからはやくあがりましょう。もうじき吹雪になると思うから」
スミレにうながされ、二人は別荘に入った。思った通り、小さくても内装のおしゃれに気を配っているようであり、しゃれた家具が並んでいる。ただ、室内は当然寒かった。スミレは用意してあったまきを暖炉に入れ、火をつけた。
「すぐには暖かくならないけど、ごめんなさいね」
「いえ、気にしないで下さい」
やがてまきが勢いよく燃えるようになり、室内はだんだんと暖かくなってきた。その間にスミレがお湯を沸かし、カフェオレを作ってもってきてくれた。3人はそれを飲みながら、穏やかなひとときを過ごしていた。
「相変わらず、お仕事大変そうですね。この間映画に出てたと思ったら、昨日もドラマに出てましたよね」
のび太が言った。
「そういうふうに気遣ってくれるの、うれしいわ。うん、たしかに大変ね。楽しんでやってるし、自分で選んだ道だし、それに仕事ができるだけ周りの人には感謝しているけど・・・たまにはこういうことをしたくなるのよ」
「そうでしょうね」
「ねえ、悪いけど、仕事のぐちを聞いてもらえないかしら? 身近な人にはマネージャーさんとか、そういうことを話す人が少ないし、こういう機会もあまりなくて・・・」
「喜んで聞きますよ。もちろん他に話すようなことはしませんから、安心して」
「ありがとう」
そして3人は、おしゃべりを始めた。スミレの話はグチというほどどろどろしたものではなかった。そういったことでたまったストレスは、別の形で発散しているのだろう。時たま根も葉もないうわさ話をでっちあげる芸能記者への文句なども出たが、当然のことだろう。
「強く降ってきたみたいね」
スミレが窓の外を見て言った。ここへ来た頃から降り出した雪が、彼女の言葉通り、吹雪へと近づいていた。
「この近くにはスキー場があるのよ。今度行ってみない?」
「いえ、けっこうです!」
のび太があわてて答えた。それを見て、ドラえもんが笑う。
「できないもんね」
「うるさいなあ。でもスミレさんがスキー場に行って、騒ぎにならないんですか?」
「ゴーグルさえかけていれば、誰でも同じに見えるのがスキー場のいいところの一つよ。それに、ちょっとポイントを絞ってお化粧をしたりすれば、案外素顔でも気づかれないものよ」
「へえ・・・」
その時である。まきのはぜる音、吹雪の音に混じって、彼らの耳にノックの音が聞こえた。
「誰か来たのかしら?」
「ノックの音がしたみたいだけど・・・」
再びノックの音がした。スミレが席を立って、玄関へ向かう。
「どなた?」
彼女がドアの向こうに声をかけると、すぐに答えが返ってきた。
「すみません。この先のペンションに行く者ですが、雪道にタイヤがスタックしちゃって・・・」
男の声だった。スミレが慎重にドアを開けると、そこには30代半ばほどの男が立っていた。うしろの方には、スキー板を乗せた車が停まっている。男の格好もスキーウェア姿だ。今日スキー場に来て、ペンションにこれからチェックインするスキー客だろう。
「わかりました、手伝いましょう」
「すみません。女の方にお手数をかけさせて」
ドラえもんとのび太が、玄関にやってきた。
「どうしたんですか?」
「タイヤが雪にはまっちゃったらしいの。悪いけど、あなた達も手伝って」
「はい」
3人は男のあとについて車へと向かった。後輪が深い雪にはまり、タイヤが空転している。
「連れが運転席にいるので、1、2の3でアクセルと同時に押せば、うまくいくはずです」
「そうですね。それじゃ始めましょう」
4人は車の後部に手をかけた。
「いきますよ! 1、2の3!」
一斉に車を押す。タイヤが雪をかんで勢いよく回り、車は見事脱出に成功した。
「やった!」
3人は喜んだ。
「よかったですね」
スミレがそう言って、男の方を振り返った。が、そこには誰もおらず、ふりしきる雪だけがあった。
「え・・・? あの人はどこに行ったの?」
3人が驚いてあたりを見回す。その時だった。突如スミレの前に、黒い人影がバッとあらわれた。
「御免!」
それはそう言ったように聞こえた。次の瞬間、スミレは首筋に手刀を受けていた。
「ウッ・・・」
スミレが小さくうめいて倒れかかった。人影はその体を受け止めると、ドラえもん達から離れた。
「スミレさん!」
「何だ、お前は!」
「・・・」
二人の声に、侍のような姿をしたその男は答えなかった。その代わりに、さきほどの男が車の陰からゆっくりとその男の側に歩いてきた。
「あんたは・・・!」
「一体どういうつもりだ!」
その質問に、男は答えた。
「簡単なことだ。彼女を取引の道具とし、お前達にその伝令役を務めてもらいたい。カズヤとドランサーに、ディスクを持って平山市にある電機会社の廃工場へ来るように伝えるのだ。来ないようなことがあれば、彼女の身の安全は保障しない」
「なんだと!? ということは・・・!」
「そう。詳しい話をする必要はないと思うが、奴らに敵対する側の者だ。時刻は明日の夜11時。場所は平山市の廃工場だ。忘れるなよ」
そういうと二人の男はスミレを抱えたまま、信じられない早さで車に乗り込み、急発進させた。
「あ! この、待て!」
ドラえもんはあわててタケコプターを頭につけると、のび太と共に空へと舞い上がった。雪は猛吹雪となり、道路にも雪がうっすら積もっているというのに、車は山道を猛スピードで疾走する。タケコプターで追うには限界があった。
「このままじゃダメだ! ドラえもん、ショックガンを!」
のび太はショックガンを持つと、それを構えてタイヤを狙った。しかし、激しい雪で狙いがなかなかつけられない。
「当たれ!」
ショックガンから閃光が走る。そしてそれは見事に車のタイヤに命中した。しかし、車は何事もなかったかのように走り続ける。
「当たったのに!」
「タイヤに何か仕掛けがあるんだ!」
一方車内では、運転している男、ジェラールが、ダッシュボードに取り付けられたモニターに映る二人をちらりと見た。
「うっとうしいな」
彼は赤いボタンを押した。車の天上からレーザー銃がせりあがる。少し方向を修正した次の瞬間には、銃口からレーザーが発射された。続いて方向を変え、もう一発。
「うわっ!!」
「タケコプターが!」
レーザーは二人のタケコプターに命中した。タケコプターは砕け、二人は地面に落下した。厚く積もった雪のため、痛くはなかったが、彼らの耳にはエンジン音が遠ざかるのが聞こえた。
「うーん・・・」
二人はうめきながら、積もった雪の山から這い出してきた。
「こうしちゃいられない。ドラえもん、早く代わりのタケコプターを!」
「わかってる! だけど、追いつけるかどうか・・・」
ドラえもんはポケットに手を突っ込んだ。その時である。彼らの後方から、ジェット機のような速度で何かが飛んできた。
「うわっ!」
それはものすごい突風を巻き起こし、雪煙を吹き上げて、二人の横を飛び抜けていった。
「いてて・・・なんだい、あれは?」
「知るもんか。だけど、僕達と同じように、あの車の方向へ飛んでいったみたいだけど・・・」
二人は少しの間その方向を見ていたが、すぐに我に返ると、再びタケコプターを頭につけ、車の後を追い始めた。
「これでよし」
ふりしきる雪ばかり映るモニターをちらりと見て、ジェラールが言った。
「伝令役を殺すわけにはいかないからな」
「・・・」
「それはそうと、お前には伝令役は必要ないのか?」
「下調べは十分にしてある。その女さえさらえば、奴は必ず現れる。そうでなくとも、こちらが何かを始めれば、すぐにかぎつけてくる奴だ・・・」
その時、小さな電子音がして、レーダー画面に一つの小さな光の点が現れた。
「さっきの奴らか?」
だが、その光の点はのび太達とは比べものにならない速さで、こちらに接近しつつあった。
「奴が来たようだ・・・。悪いが、ここで降ろしてくれ」
「ずいぶん早いな」
ジェラールは驚きながらも、ブレーキを踏み始めた。甚内は車から降り、刀に手をかけた。甚内にジェラールが声をかける。
「ここでお別れか?」
「否。もちろんここで奴を仕留めるつもりだが、それに成功しても、し損じても、お主との契りを破るつもりは毛頭ない。そちらには後から行く」
「律儀だな。それが武士の信条というものか?」
「そんなところだ」
車は再び急発進した。甚内は遠ざかるテールランプを見ていたが、それはすぐに吹雪の向こうに消え去った。そして甚内は振り返り、吹雪の向こうからやってくるであろう、彼の敵に向けてにらみをきかせた。
やがて、吹雪の向こうから何かが飛んでくるのが見えた。やがてそれは、徐々に人の形を成し、甚内の前方に降り立った。
紅の強化服に身を包んだ男。背中にはワシの翼を思わせるマント。頭は猛禽のようなヘルメットに覆われ、バイザーの奥に見える目は、鋭く甚内をにらみつけている。
「現れたか、クリムゾン。待っていたぞ」
「やはりお前か、四つ腕甚内。そこをどけ。お前にかまっているヒマはない」
「そうはいかぬ。この時のために、今回の企てを実行したのだからな」
「もうよすんだ。「朧」は滅んだんだぞ」
「だからこそそなたを斬らねばならぬ」
甚内は腰に下げた二本の刀を引き抜いた。
「通してはくれないようだな・・・」
「左様・・・」
「ならばしかたがない。ここでお前を炭素冷凍し、僕は先へ進む」
クリムゾンと呼ばれた男も、一本の剣を取りだした。鳥の羽毛を思わせる、刀身の幅の広い、大ぶりの剣である。吹雪の中、二人の男が対峙する。
「いざ尋常に、勝負!!」
二人の男は同時に地を蹴り、剣と刀を交えた。硬い金属音が生じ、二人の男がにらみ合う。
「お前のおかげで、僕は休暇返上だ」
「安心せい。これから長い休みに入らせてやろう」
二人は弾けるように、つばぜり合いから離れた。すかさずクリムゾンが胸を張り、奇妙な形をした胸部装甲の装飾品を甚内に向けた。
「バードブラスター!!」
クリムゾンの胸から、強力なビームが発射される。そしてその光線は、甚内を飲み込んだ。
「やったか・・・?」
だが、やがて煙の晴れたその場所に立っていたのは、無傷の甚内だった。
「!!」
「我が武芸に死角なし・・・。お主はその技で多くの「朧」の者達を葬ってきたが、拙者には通用せん」
そう言って甚内は、頭にかぶった笠を脱ぎ捨てた。だが、そこにあったのは人間の顔ではなく、機械でできた頭だった。クリアパーツでできた頭の中に、複雑な配線が入り組んでいるのが見える。クリムゾンを見つめる赤いモノ・アイが、不気味な光を放った。
「ついに頭まで機械化したのか・・・」
「元の体の名残をとどめているのは、わずかに脳のみ。しかし、それでよいのだ。いくつもの修羅場を乗り越え、経験を積んだ拙者の脳と、不老不死で強靱な機械の体。この組み合わせこそ、まさに鬼神のごとく」
「なぜそこまでする」
「ただ強くなる。それだけのためだ。さあ、飛び道具など捨て、正々堂々刀を交えようぞ!」
甚内はそう叫んでとびかかってきた。とっさにクリムゾンは身構え、その刀を受け止める。だが、それを皮切りに、次々に彼に刀の一撃が襲いかかる。
「くっ・・・」
クリムゾンは後退しながら、なんとかその攻撃に耐えていた。彼の目には、二刀流で襲いかかる甚内が映っている。しかし、彼の剣によって受け止められる刀の数は、あきらかに「四本」だった。だが、クリムゾンはそれを不思議とは思わなかった。甚内の持つもう二つの「隠し刀」の存在を知っているからだ。
甚内の背中には、目には見えない特製の透明ハンドが装着されている。これが彼が「四つ腕」と呼ばれる所以だった。宇宙には4本どころか、さらに多くの腕をもつ種族も多い。地球人の2本など、最も少ない。だが、彼はどんな相手であろうと、通常の手に持った二本の刀、そして背中についた見えない腕に持つ見えない刀を使い、あざやかな刀さばきで斬り捨ててしまうのである。彼はその技を買われ、武闘集団「朧」の幹部として雇われたのだった。だが、その「朧」は、クリムゾンの活躍によって壊滅した。
「どうした? 防ぐのが精一杯か!」
「なにをっ!」
クリムゾンはなんとか4本の刀による攻撃をはねのけ、剣を上段に振りかぶって斬りかかった。しかしその渾身の一撃を、甚内は4本の刀で受け止める。
「いい攻撃だ。しかしっ!」
甚内が剣をはねのける。そして間髪入れずに、激しい体当たりを食らわせた。
「うおっ!」
空中にはじき飛ばされるクリムゾン。その後を追って、甚内も飛び上がる。
「お命頂戴!!」
そう言い放ち、甚内は4本の刀を振り下ろした。
ズバァッ!!
「うわあぁっ!!」
胸に深い裂傷を負い、クリムゾンが落下する。だが、その下には地面がなかった。そこは谷に面した山道であり、クリムゾンは谷底に向かって落ちていってしまった。
「むう、しまった」
谷を見つめながら、甚内がつぶやく。一度斬ってから地に落とし、そこでとどめを刺すつもりだったからだ。
「仕方がない・・・」
彼は谷底に下りてとどめを刺そうと、斜面に足を踏み出した。その時
ボッ! ボン!
「!」
彼の周囲で何かが破裂し、雪が舞い上がった。彼が驚いて振り返ると、吹雪の向こうから空気砲を装着したドラえもんと、銃を持ったのび太が飛んでくるのが見えた。
「あやつらか・・・。伝令の役目もあるから、殺めるわけにもいかぬ・・・」
甚内は峰打ちで気絶させようと、刀を構えて飛びかかった。しかしそれよりも素早い動きで、二人は後退しながら攻撃をする。
「こしゃくな!」
だが、甚内は彼らのたくらみに気づくべきだった。二人が攻撃をしながら、甚内を引き寄せていることを・・・。
甚内が再び飛びかかる。だが一瞬早く、のび太が銃の引き金を引いた。銃口から強い粘着性のある液体が飛び出し、甚内の足にかかった。
「ぬおっ! くっ!」
足を取られ、転倒する甚内。さらにのび太は的確な射撃で、甚内の腕も攻撃した。こうして、甚内は刀も封じられた。
「よし!」
そう言うとドラえもんは、甚内ではなく右にある雪の積もった急斜面に向けて、空気砲を連射した。たちまち斜面で爆発が起こり、積もった雪がなだれをうって甚内に襲いかかっていた。
「何っ!? うおおおお!!」
甚内の姿は、瞬く間に雪の中に飲み込まれた。やがて雪煙がおさまり、雪崩によって雪の層ができた道路が、二人の前に広がった。
「やったね!」
「うん。だけど、あいつならすぐに出てくると思う。その前に早くあの人を助けなくちゃ」
「生きてるかな?」
「とにかく探しに行こう。生きていてもひどいケガのはずだ。すぐに手当てしないと・・・」
二人はタケコプターで、谷の斜面に沿って降り始めた。
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