住宅の建ち並ぶ町にある、どこにでもある学校。その裏山に、今は奇妙な物体があった。大きさは大型のクルーザーほど。SF映画に出てくる宇宙船のような形状をしている。船体には「TP−FE」の文字が入っている。カズヤとドランサーが乗ってきた最新鋭タイムマリン、「ブラーク」である。船内にある通信室で、カズヤとドランサーは誰かとモニター越しに話をしていた。
「幽霊の退治法を知りたい・・・?」「幽霊退治の方法ねえ・・・。十字架を見せたりお経を唱えたりする、といった具合のものなら、たくさんみつかるだろうけど・・・」
「そんなのじゃなくて、もっと確実な方法が欲しいんだ。・・・そうだ、考え方を変えよう。今まで奴の言ったように、自分で幽霊を作ったような人がいるかどうか調べてくれ。作り方が載っているならば、消し方も載っているはずだろう。調べものは、お前の専門分野だろう?」
「そんな人いるかな。まあ、一応調べてみよう」22世紀の科学は、かつては心霊現象と呼ばれてきた不可解な現象までも解明した。魂の存在の実証は、生命科学を発展させていく過程でなされた発見であった。それはまた、幽霊の存在をも証明する結果となった。
「そう。人間の恨みをもった魂が人の形をなしてさまようのが、魂型幽霊。本当の意味での幽霊だな。今回お前達が出会ったのは、もう一つのタイプ、念型幽霊だろう。人間の強烈な思念が、なんらかの形で具現化したものだ。古い言い方をすれば、「生き霊」だ。きっとその男は、自己暗示ともいえるほど強くその幽霊を信じ込み、それによって幽霊を作り出したんだろう。本当にそんなことができるかどうかは、俺の専門外だがな」
「となると、その思念さえなくせば幽霊は消える、と?」「暗号コードの解読にはまだ時間がかかる。ディスクごと支部に持っていった場合、それを狙って奴らに支部が襲撃されるかもしれない。それを考えれば、ここで解読したものを転送した方が、リスクは少ない」
「そうだな・・・。カズヤ、あとの作業は俺がやるから、少し寝たらどうだ?」その慌てぶりに、ドランサーは急いでハッチを開けた。そこにいたのはドラえもんとのび太、そして、無重力担架に乗せられた重症の青年だった。ドランサーは青年に駆け寄り、その傷を見た。
「ひどい傷だ・・・この人は?」「良好デス。今ハ眠ッテイマスガ、脳波・脈拍トモニ正常値。筋肉組織修復剤トばくた溶液ノ効果ニヨリ、約2時間後ニハ完全ニ回復スルハズデス」
「本人の生命力が強いせいもあると思う。ところで肝心なことだが、彼は一体誰なんだ?」「彼から採取した血液は、間違いなく地球人のものだった。地球人であることは間違いないが、彼の身につけていた強化スーツ・・・この時代の地球の技術レベルをはるかに越えている。小型の反重力ユニット、熱光線発射装置、転送ユニット・・・いずれも21世紀後半になって開発されたものだ」
「じゃあ、あの人は未来人なんですか?」「スミレさんをさらった男達を、君も追っていた・・・。それに、スミレさんをさらったのはジェラールだけでなく、俺達の知らない侍姿の男もいた。聞かせてくれないか、君が誰で、なぜ奴らを追っていたのか」
「・・・僕の名前は須羽みつ夫。10年前までは、この日本に住んでいた。今はこういう仕事をしている」「地球から遠く離れた場所に、バード星という星がある。僕は10年前、その星に留学した。そしてその後、そこに置かれている銀河連邦警察に入り、捜査官として活動している」
「銀河連邦警察とはなんだ?」「この銀河系に住む発展途上段階にある知的生命体を、悪質な宇宙人や宇宙犯罪組織から守るために結成された組織だ。僕はその捜査官、コードネーム、バードマンクリムゾンだ」
「そんな組織があったとは・・・。それで、あの侍は?」「僕は以前、「朧」という犯罪組織を壊滅させた。依頼者の要求に応じ、暗殺を請け負う殺し屋集団だった。そこの雇われ幹部だったのが、奴・・・四つ腕甚内だった。全身をサイボーグ化した剣豪だ。二つの腕だけでなく、背中にも2本の見えない腕がある。それを使って斬りかかってくる強敵だ。朧が壊滅したときに、一緒に死んだものとばかり思っていたが・・・」
「実は生きていて、君の命をとりにきた、というわけか。しかし、なぜその四つ腕甚内がジェラールと組み、スミレさんを・・・」「・・・俺と彼女は、地球にいたころ同じ仲間としてともに戦う間柄だった。バード星にある知的生命体援助機構・・・銀河連邦警察の上部組織だが、そこは各惑星から優れた子どもを選抜し、バード星で教育を受けさせるという事業を行っている。教育を受けた子ども達は、あるものは僕のように銀河連邦警察の捜査官となり、宇宙犯罪組織と戦うことで、あるものは科学者となり、母星に帰ってその星の科学を発展させることで、といった具合に、それぞれの星の発展を助ける仕事につく。その子どもを選抜するための方法が、「パーマン方式」だ」
「パーマン?」「半人前のスーパーマン、という意味だ。冗談みたいな名前だけどね。バード星からそれぞれの星に派遣された指導員は、その星の子どもの中から候補となる子どもを選び、パーマンに任命する。パーマン達は泥棒を捕まえるような、小規模の治安維持活動を行う。そしてその結果から一人の優れたパーマンを選び出し、バード星に留学する権利を与えるんだ」
「君もそうしてバード星に渡ったのか」「それについては心配ない。俺達がサポートしよう。まだ時間はあるから、手は打てるはずだ。君の体はもう治ったようだが、強化スーツはまだ壊れている。修理ついでに、この船の工作設備を使って改良できるかもしれない」
「君がその気なら、俺はトレーニングにつきあおう。剣の心得も多少は持ち合わせているから、練習相手にはなるはずだ」「天才ヘルメットと技術手袋! ヘルメットが改造方法を考えてくれるから、手袋に仕込まれた工具で改造すればいい。僕とのび太君、それにカズヤさんでこれを使えば、改造もスムーズに進むと思う。あとは、これ・・・」
そう言ってドラえもんは、巨大な缶詰の缶を取りだした。日本武道館の絵が描かれたラベルが貼られている。「「缶づめ缶」の別バージョン、「武道缶」だよ。缶づめ缶は作家や漫画家が使うけど、これは格闘技の選手がトレーニングに使うんだ。中は異次元空間で時間のたちかたが違うから、たっぷりトレーニングできる」
「ありがとう、ドラえもん、これで特訓ができそうだ」星野スミレは目を覚ました。あたりを見回すと、そこは記憶の途絶えた時にいた場所とは全く別の、宮殿の一室のような豪華な部屋だった。彼女は美しい青のドレスを身につけ、イスに座っていた。
「ここは・・・?」声がした。彼女が驚いてそちらを見る。彼女の前方に、キャンバスが置かれていた。その向こうに誰かがいて、彼女の姿を絵に描いているようだった。その顔はキャンパスに隠れていてよく見えない。だがその声に、彼女は聞き覚えがあった。
「あなた・・・私をさらった人ね!」男のあまりにのんきな発言に彼女は怒り、イスから立ち上がろうとした。しかしどうしたことか、立ち上がることができない。首から下が、まるで石膏で固められたかのように動かないのだ。
「何これ・・・動かない!?」「毅然としていらっしゃる・・・。泣きわめかれるよりは、あなたのような強い女性の方がずっといい。・・・どうするつもりかといえば、安心してください、特にどうするつもりもありません。あなたがしばらくの間、私の絵のモデルとなってくれれば、指一本触れるつもりはありません。モデルの機嫌を損ねるようなことをするわけにはいきません」
「機嫌を損ねる心配ですって? 無理矢理人をさらって、こんなところに座らせておく男の言う言葉じゃないわね!」「はい。あなたの本来の役目は、人質です。昼間あなたを訪れ、あなたのネコの毛をもらっていった二人がいたでしょう? 彼らは我々にとって重要な物を持っており、また彼ら自身、危険な存在でもある。ですからあなたを人質にとり、彼らを誘い出すのです。しばらく我慢していてください」
彼女はしばらく体を動かそうと努力していたが、体はまるで彼女のものではないかのように、全く動かない。本当にダメらしいと思うと、彼女はため息をついた。しかし、その目にはあきらめの色はなく、視線に人を殺す力があるのならその力を使いたい、とでも言うように、キャンバスの向こうをにらみつけていた。
「どうにもならないようね・・・」「・・・まあ、あなたをむりやりさらってきたのは事実ですから、それに答えるぐらいの義務はあるでしょう。私の名前はジェラール・フォンテンブロー。本業はこのとおり、芸術家ですが、ある組織のヒットマンとしても働いています。あなたをさらったのも、その副業のためで・・・」
「たしかに、あなたはただの犯罪者ではないわね」「あなたのお知り合いに、青いロボットがいるでしょう。私も、昼間あなたが出会った二人も、彼と同じ22世紀から来たのです。その辺りは信じてもらえると思いますが?」
「・・・そうね。それであなたは、その組織のために働いて、何を狙っているの?」「それならば幸いです。たしかに幸せな世の中ですよ。20世紀後半から21世紀初頭・・・つまり、あなたが生きているこの時代は、人類史上最も閉塞した時代でした。ですが、そのころ抱えられていた問題のほとんどは、私たちの時代にはなくなっています。それをなくしたのもやはり、新しい発明や技術・・・すなわち、科学でした」
「・・・」「しかし、いつの時代にも科学が幸せばかりをもたらすとは限りません。かつての火薬や原子力のように、困ったものも現れます。私たちの時代にもそういうものがありましてね。TDLサービスというやつです」
「TDLサービス?」「簡単に言えば、誰でも簡単に「名人」になれる道具ですよ。脳に特殊な電気刺激を与えて、特殊な神経ネットワークを発達させ、スポーツ選手や職人、そして芸術家などと同じ能力を持つことができるようになる・・・そういうものです」
「いいことじゃない。誰もが芸術家やスポーツ選手になれるんでしょう?」「よい作品を残せるか、よい記録を残せるかは、技量の問題ではありません。むしろ、センスの問題です。あなたも女優なら、役作りに苦労した経験はあるでしょう?」
「・・・」「それに、力を安易に手に入れることはよいことではない。力というものは努力を通じて、その力にふさわしい心を育てながら手に入れるものです。もし何もかもが努力を必要としない世界になったら・・・人類は堕落し、いずれ滅びます」
「あなたの言うことはわかったわ。努力が大事ということなら、一応は筋が通ってる。それで、あなたは何をするつもり?」
「私の属する組織は、そんな誤った道に進もうとしている世界を変えようとしています。私はその手助けをするのです。そのために、いくらか犠牲を払ってもらうことにはなると思いますが・・・」
「「いくらか」というのは、嘘でしょう? 今までのあなたを見る限り、何をするかは知らないけど、犠牲が「いくらか」ですむとは思えないわ。それに、極端すぎる。本当に人の行く末を案じているのなら、もっと別の考えが浮かぶはずよ」
「たしかに。ですが、私は特殊な環境で育ちました。だから、いかに努力を大切にするかということに対する考え方が、あなたとは全く違うのです」
「特殊な環境?」
「その話もしましょう。実は私のジェラール・フォンテンブローという名前は、偽名です。本名はジェラール・レエル。私の時代では、「芸術一族」として知られている、レエル家の次男でした」
「・・・」
「レエル家の名を有名にしたのは、私の祖父でした。あなたの時代にはまだ無名ですが、苦心した末に才能を世に認められ、そして天才として名を馳せた。祖父は父にも私たち兄弟にも、徹底して努力の大切さを教えました。才能というものはもちろん、それを開花させるための努力の重要さも痛いほど理解していましたから。私は祖父や父の期待に応えようとした。そして、ウィーンの美術学校にも進むことができました。その時です、あの装置が発明されたのは」
「努力しなくても芸術家になれる装置・・・それによって、これまでの人生を否定されたように感じたわけね」
「悔しいですが、それを認めましょう」
「それはエゴよ。人類を正しい方向へ導くなんて言っているけど、あなたは本当は自分が否定されることが怖いだけの、弱い人間よ」
「エゴ・・・なるほど、そうも言えるでしょう。しかし考えて下さい。あなたの身の周りの人間が、全て俳優になったとしたら? それも、あなたより高い演技力と表現力をもった俳優に」
「それは・・・」
「そして、それが血のにじむような努力の結果ではなく、降ってわいたように現れたくだらない機械の力によるものだとしたら? ・・・さぞかし嫌な気分でしょうな。まるで街のチンピラが、安物の銃を手に入れたぐらいで俺が世界で最強だなどとわめきちらすのを見るぐらい・・・」
「・・・」
「私は自らの身を守ります。あなたは無力だが、私にはそのための力がある。例えそれが時代の流れだとしても、その流れを変えられるだけの力がね・・・」
「・・・」「さあ、絵を続けましょう。そう怖い顔をしないでください。私はあなたのその美しさを、十分に表現できる腕をもっている。だからこそ、自分の才能を、自分の居場所を守らなければならないのです。当然の権利でしょう。あなたが今のままでいなければならないのは、たかだか明日までです。その間いい顔をしていれば、きっとすばらしい作品が描けるでしょう」
彼は楽しげにそう言うと、再び絵筆を動かし始めた。ヘルメットのバイザーを上げながら、カズヤが言った。目の前の作業台には、みつ夫の強化服が置かれている。もっともその形態や容姿は、3人の昨夜からの改造作業により、少なからず変化していた。
「強化服自体の性能アップ、新武装の追加・・・。思ったより大改造になりましたね」