時空警察ドランサー
〜帰郷〜

第4話
前夜


 住宅の建ち並ぶ町にある、どこにでもある学校。その裏山に、今は奇妙な物体があった。大きさは大型のクルーザーほど。SF映画に出てくる宇宙船のような形状をしている。船体には「TP−FE」の文字が入っている。カズヤとドランサーが乗ってきた最新鋭タイムマリン、「ブラーク」である。船内にある通信室で、カズヤとドランサーは誰かとモニター越しに話をしていた。

「幽霊の退治法を知りたい・・・?」

 モニターの向こうの通信相手、スグロは、カズヤからぶつけられた質問にタバコをくわえたまま目を丸くした。だが、すぐにタバコを口からはなし、煙を吐いてから返事をした。

「言っておくがな、俺は情報処理の専門家で、霊媒師やエクソシストじゃないんだぞ」

「そんなことはわかってる。だが、相手が幽霊では、このままでは手の出しようがない」

 カズヤはジェラールが「自分で作った幽霊」と言っていたものの正体とその倒し方について、スグロに調べてもらおうとしていたのだ。

「本当に幽霊なのか? 自分で作ったと言っていたとお前は言ったし、よくできたロボットなんじゃないか?」

「それならどんなセンサーにも反応しないなんてことはありえません。それに・・・あれから感じた気配は、この世のものではないように思えました」

 ドランサーもそう言った。

「幽霊退治の方法ねえ・・・。十字架を見せたりお経を唱えたりする、といった具合のものなら、たくさんみつかるだろうけど・・・」

「そんなのじゃなくて、もっと確実な方法が欲しいんだ。・・・そうだ、考え方を変えよう。今まで奴の言ったように、自分で幽霊を作ったような人がいるかどうか調べてくれ。作り方が載っているならば、消し方も載っているはずだろう。調べものは、お前の専門分野だろう?」

「そんな人いるかな。まあ、一応調べてみよう」

 スグロは画面の向こうで、くわえタバコでコンピュータなど様々な装置を操作した。それからタバコを置くと、顔を上げた。

「・・・ほとんどは錬金術関係だな。まゆつばものだ。もっと科学的なもので調べると、こんなのが出てきた。そっちに転送する」

 スグロを映すのとは別のモニターに、研究報告書の文面らしきものが映った。

「1972年、オーウェン博士のレポート・・・か」

 カズヤはざっとそれに目を通した。

「なるほど、大勢で信じたことで架空の人物の幽霊が現れ、一人が否定するような発言をすると消えた、か。本当かな」

「だが正真正銘の幽霊を作るとしたら、それくらいしかないだろう。お前も幽霊には、2種類いることは知っているな?」

「ああ、「魂型」と「念型」だな」

 22世紀の科学は、かつては心霊現象と呼ばれてきた不可解な現象までも解明した。魂の存在の実証は、生命科学を発展させていく過程でなされた発見であった。それはまた、幽霊の存在をも証明する結果となった。

「そう。人間の恨みをもった魂が人の形をなしてさまようのが、魂型幽霊。本当の意味での幽霊だな。今回お前達が出会ったのは、もう一つのタイプ、念型幽霊だろう。人間の強烈な思念が、なんらかの形で具現化したものだ。古い言い方をすれば、「生き霊」だ。きっとその男は、自己暗示ともいえるほど強くその幽霊を信じ込み、それによって幽霊を作り出したんだろう。本当にそんなことができるかどうかは、俺の専門外だがな」

「となると、その思念さえなくせば幽霊は消える、と?」

「もしくは、その存在の不安定さを利用するとか。どっちにしても、うまくいくかは保証できないが・・・」

「ありがとう、スグロ。あとは俺達でなんとか対抗策を考えてみる」

「ああ、しっかりやれよ」

「それじゃあな、おやすみ」

 カズヤは通信を切った。

「やっかいな相手だな。奴を捕らえるか倒すかしなければ、安全にデータの運搬もできないとは・・・」

 ドランサーが言った。

「暗号コードの解読にはまだ時間がかかる。ディスクごと支部に持っていった場合、それを狙って奴らに支部が襲撃されるかもしれない。それを考えれば、ここで解読したものを転送した方が、リスクは少ない」

「そうだな・・・。カズヤ、あとの作業は俺がやるから、少し寝たらどうだ?」

「わかった。そうさせてもらおう」

 そう言ってカズヤが足を踏み出しかけた時だった。ブラークの船内に、鈍い音が響いた。

「なんだろう?」

「誰かが船体を叩いているのかもな・・・」

「俺が見てくる。この時代の一般人だったらやっかいだな・・・」

 ドランサーはブラークの外部ハッチへ向かい、外を映す小型モニターを見た。そこには、のび太の顔が映っていた。

「のび太か! どうしたんだ? スミレさんの所に行っていたんじゃなかったのか?」

「大変なことが起こったんだ! 早く中に入れて!」

 その慌てぶりに、ドランサーは急いでハッチを開けた。そこにいたのはドラえもんとのび太、そして、無重力担架に乗せられた重症の青年だった。ドランサーは青年に駆け寄り、その傷を見た。

「ひどい傷だ・・・この人は?」

「話は後にしよう。この船の設備で、この人を治せないかい? 僕の道具では、出血を止めるのが精一杯だ」

「俺の透視によれば、傷は内蔵までには達していない。だが、このままでは命があぶないだろう。すぐに医務室へ運ぶ」




 首から下をバクタ溶液の入った治療ポッドに入れられた青年を、4人は見下ろしていた。

「容態はどうだ?」

「良好デス。今ハ眠ッテイマスガ、脳波・脈拍トモニ正常値。筋肉組織修復剤トばくた溶液ノ効果ニヨリ、約2時間後ニハ完全ニ回復スルハズデス」

「本人の生命力が強いせいもあると思う。ところで肝心なことだが、彼は一体誰なんだ?」

「ええ。それを話に来たんです。急がないと・・・」

「わかった。こっちのブリーフィングルームで聞こう。後は頼むぞ」

「オ任セクダサイ」

 4人は医務室を出ていった。




「スミレさんがさらわれただと!?」

 ドラえもん達からスミレがさらわれたことを聞いたドランサーは、驚きのあまり声をあげた。カズヤも驚きに目を見張った。

「明日の夜11時に、平山市にある廃工場にディスクを持って来なければ、スミレさんの身の安全は保証できない、と・・・」

「うかつだったか・・・こんなことが起こることも考えに入れて行動すべきだった。彼女をこの事件に巻き込んでしまうとは・・・」

 カズヤが唇をかみしめる。

「すみません、僕達がついていながら・・・。追いかけたんですけど、攻撃を受けて・・・」 「君たちのせいじゃない。ジェラールめ、卑劣なまねを・・・」

「敵の一人を雪崩に巻き込み、その間にあの人を助けるのが精一杯でした」

「敵と戦っていたから僕達の味方になってくれると思いますけど・・・一体誰なんでしょう」

 カズヤは青年の精密検査の結果を眺めた。

「彼から採取した血液は、間違いなく地球人のものだった。地球人であることは間違いないが、彼の身につけていた強化スーツ・・・この時代の地球の技術レベルをはるかに越えている。小型の反重力ユニット、熱光線発射装置、転送ユニット・・・いずれも21世紀後半になって開発されたものだ」

「じゃあ、あの人は未来人なんですか?」

「いや。彼のスーツに使われている技術は、未来の技術系統とは異なっている。もしかしたら、別の星の技術なのかもしれない。いずれにしても、彼が目覚めるのを待つしかないようだな」

「とにかく、今は待つしかない。暗号の解読を進めよう。俺とカズヤが作業を急ぐから、二人は彼を見ていてくれ」

「わかった」

 ドラえもんとのび太は医務室へと駆けていった。




「うん・・・?」

 須羽みつ夫は目覚めた。いつのまにか、知らない場所にいる。首から下はやや粘性のある液体に浸かっている。彼は首を見回してみた。

「気がついたよ!」

 横を見ると、一人のメガネをかけた少年が叫んでいた。

「のび太君、カズヤさん達に」

「わかった」

  少年の隣にいた青いロボットに言われ、少年がその部屋から出ていった。

「ここは・・・?」

 みつ夫はロボットに尋ねた。

「タイムマリン・・・ええと、つまり、タイムマシンの中です」

「タイムマシン・・・?」

 その時、ドアが開いて少年と一緒に、一人の男と黒いロボットが入ってきた。

「気がついてくれたか」

「あなたたちは?」

「タイム・パトロール・・・といってもわからないだろうな。とにかく、君の味方だ。この子達が君を助けてここに連れてきてくれた」

「そうだったのか・・・ありがとう。しかし、タイムパトロールとは・・・?」

「動けるか? できればブリーフィングルームでゆっくりと話したいんだが。君についても、いろいろ聞きたいことがある」

「体には問題ないようだ。不思議だな、あれだけひどい傷を負ったのに・・・。わかった。行こう」

 みつ夫を覆う治療ポッドの中から、バクタ溶液が抜き取られ始めた。




 ブリーフィングルーム。カズヤはみつ夫を前に、これまで起こったことを話して聞かせた。

「スミレさんをさらった男達を、君も追っていた・・・。それに、スミレさんをさらったのはジェラールだけでなく、俺達の知らない侍姿の男もいた。聞かせてくれないか、君が誰で、なぜ奴らを追っていたのか」

「・・・僕の名前は須羽みつ夫。10年前までは、この日本に住んでいた。今はこういう仕事をしている」

 みつ夫は懐から、一枚のカードを取りだした。彼の写真が載っている、身分証明証らしきカードだ。見たこともない字が書かれている。

「・・・すまない、読めないが?」

「ああ、悪い。銀河連邦警察捜査官だ」

「銀河連邦警察捜査官・・・?」

「地球から遠く離れた場所に、バード星という星がある。僕は10年前、その星に留学した。そしてその後、そこに置かれている銀河連邦警察に入り、捜査官として活動している」

「銀河連邦警察とはなんだ?」

「この銀河系に住む発展途上段階にある知的生命体を、悪質な宇宙人や宇宙犯罪組織から守るために結成された組織だ。僕はその捜査官、コードネーム、バードマンクリムゾンだ」

「そんな組織があったとは・・・。それで、あの侍は?」

「僕は以前、「朧」という犯罪組織を壊滅させた。依頼者の要求に応じ、暗殺を請け負う殺し屋集団だった。そこの雇われ幹部だったのが、奴・・・四つ腕甚内だった。全身をサイボーグ化した剣豪だ。二つの腕だけでなく、背中にも2本の見えない腕がある。それを使って斬りかかってくる強敵だ。朧が壊滅したときに、一緒に死んだものとばかり思っていたが・・・」

「実は生きていて、君の命をとりにきた、というわけか。しかし、なぜその四つ腕甚内がジェラールと組み、スミレさんを・・・」

「君たちの持っているデータとは関係はないと思う。彼女を人質に取り、僕をおびき寄せるつもりなんだ」

「でもスミレさんを使う必要はどこにあるんだろう? あなたとスミレさんと、関係があるんですか?」

「のび太、それは彼のプライバシーに関わることだ」

 ドランサーがたしなめる。だが、みつ夫はそれを制止した。

「いや、話そう。少し長い話になるが、いいかな?」

「ああ」

 カズヤ達がうなづくと、彼は話を始めた。

「・・・俺と彼女は、地球にいたころ同じ仲間としてともに戦う間柄だった。バード星にある知的生命体援助機構・・・銀河連邦警察の上部組織だが、そこは各惑星から優れた子どもを選抜し、バード星で教育を受けさせるという事業を行っている。教育を受けた子ども達は、あるものは僕のように銀河連邦警察の捜査官となり、宇宙犯罪組織と戦うことで、あるものは科学者となり、母星に帰ってその星の科学を発展させることで、といった具合に、それぞれの星の発展を助ける仕事につく。その子どもを選抜するための方法が、「パーマン方式」だ」

「パーマン?」

「半人前のスーパーマン、という意味だ。冗談みたいな名前だけどね。バード星からそれぞれの星に派遣された指導員は、その星の子どもの中から候補となる子どもを選び、パーマンに任命する。パーマン達は泥棒を捕まえるような、小規模の治安維持活動を行う。そしてその結果から一人の優れたパーマンを選び出し、バード星に留学する権利を与えるんだ」

「君もそうしてバード星に渡ったのか」

「そう。優秀とは言えなかったけど、その時の指導員だったバードマンに選ばれた。彼女と僕は、その時まで同じパーマンとして働いていたんだ」

「かつての仲間を人質にとれば、必ず助けに現れる・・・甚内はそう考えたわけか」

「おそらくは。君たちが追っているジェラールという男も、データとの交換材料として彼女に目をつけた。利害の一致した二人が手を組んだというのが、妥当な推理だと思う」

「そうだな。それで、君はこれからどうするつもりだ? 奴らが手を組んだ以上、こちらも一緒に戦った方がいいと思うが」

「ありがとう。君たちの治療のおかげで、傷も全快した。その話、喜んで乗りたいんだが・・・」

 みつ夫は言葉を濁した。

「何か?」

「今のままの僕では、甚内に勝つことは正直、難しい。必殺技も通用しなかったし、奴の剣の腕も上がっていた。手を組むのはいいが、足手まといになっては・・・」

「ふむ・・・」

 カズヤは少し考え込んだ。

「それについては心配ない。俺達がサポートしよう。まだ時間はあるから、手は打てるはずだ。君の体はもう治ったようだが、強化スーツはまだ壊れている。修理ついでに、この船の工作設備を使って改良できるかもしれない」

「君がその気なら、俺はトレーニングにつきあおう。剣の心得も多少は持ち合わせているから、練習相手にはなるはずだ」

 ドランサーも助けを申し出た。

「そこまでしてくれるとは・・・ありがとう。僕も一緒に戦おう!」

「よし。それならすぐにとりかかろう」

「それなら僕もお手伝いするよ。これが役に立つかもしれない」

 ドラえもんはポケットから道具を取りだし始めた。まず、ヘルメットと手袋。

「天才ヘルメットと技術手袋! ヘルメットが改造方法を考えてくれるから、手袋に仕込まれた工具で改造すればいい。僕とのび太君、それにカズヤさんでこれを使えば、改造もスムーズに進むと思う。あとは、これ・・・」

そう言ってドラえもんは、巨大な缶詰の缶を取りだした。日本武道館の絵が描かれたラベルが貼られている。

「何だい、この缶は?」

「「缶づめ缶」の別バージョン、「武道缶」だよ。缶づめ缶は作家や漫画家が使うけど、これは格闘技の選手がトレーニングに使うんだ。中は異次元空間で時間のたちかたが違うから、たっぷりトレーニングできる」

「ありがとう、ドラえもん、これで特訓ができそうだ」

「よし、それじゃあ始めよう」

 5人は皆、それぞれの場所へと向かっていった。




 星野スミレは目を覚ました。あたりを見回すと、そこは記憶の途絶えた時にいた場所とは全く別の、宮殿の一室のような豪華な部屋だった。彼女は美しい青のドレスを身につけ、イスに座っていた。

「ここは・・・?」

彼女がつぶやく。すると、

「お目覚めになりましたか?」

 声がした。彼女が驚いてそちらを見る。彼女の前方に、キャンバスが置かれていた。その向こうに誰かがいて、彼女の姿を絵に描いているようだった。その顔はキャンパスに隠れていてよく見えない。だがその声に、彼女は聞き覚えがあった。

「あなた・・・私をさらった人ね!」

「気分はいかがですか?」

「何を言っているの!?」

「あまり顔を動かさないでもらえませんか?」

「ふざけないで!」

 男のあまりにのんきな発言に彼女は怒り、イスから立ち上がろうとした。しかしどうしたことか、立ち上がることができない。首から下が、まるで石膏で固められたかのように動かないのだ。

「何これ・・・動かない!?」

「あなたが眠っている間に、暗示をかけさせてもらいました。私がその暗示を解かないかぎり、あなたはイスから立ち上がることはおろか、もがくことすらできません」

「一体私をどうするつもり?」

 スミレはキャンバスの向こうの相手を射るような視線で、相手をにらみつけた。男のフッという笑い声が聞こえた。

「毅然としていらっしゃる・・・。泣きわめかれるよりは、あなたのような強い女性の方がずっといい。・・・どうするつもりかといえば、安心してください、特にどうするつもりもありません。あなたがしばらくの間、私の絵のモデルとなってくれれば、指一本触れるつもりはありません。モデルの機嫌を損ねるようなことをするわけにはいきません」

「機嫌を損ねる心配ですって? 無理矢理人をさらって、こんなところに座らせておく男の言う言葉じゃないわね!」

「それもそうですね、失礼しました」

「それにしても・・・わざわざ絵を描くために私をさらったわけではないでしょう?」

「はい。あなたの本来の役目は、人質です。昼間あなたを訪れ、あなたのネコの毛をもらっていった二人がいたでしょう? 彼らは我々にとって重要な物を持っており、また彼ら自身、危険な存在でもある。ですからあなたを人質にとり、彼らを誘い出すのです。しばらく我慢していてください」

 彼女はしばらく体を動かそうと努力していたが、体はまるで彼女のものではないかのように、全く動かない。本当にダメらしいと思うと、彼女はため息をついた。しかし、その目にはあきらめの色はなく、視線に人を殺す力があるのならその力を使いたい、とでも言うように、キャンバスの向こうをにらみつけていた。

「どうにもならないようね・・・」

「ご理解が早くてうれしい。賢明な方です」

「そんなことを言われてもうれしくはないわよ。体は動かせなくても、まだ私はしゃべることはできるわ。答えなさい。あなたは一体何者?」

 スミレは強気な姿勢を崩さなかった。

「・・・まあ、あなたをむりやりさらってきたのは事実ですから、それに答えるぐらいの義務はあるでしょう。私の名前はジェラール・フォンテンブロー。本業はこのとおり、芸術家ですが、ある組織のヒットマンとしても働いています。あなたをさらったのも、その副業のためで・・・」

「たしかに、あなたはただの犯罪者ではないわね」

「そう。ですが、ただの犯罪者である以前に、私はあなたと同じ時代の人間でもない・・・」

「どういうこと?」

「実は私は、未来から来た者なのです」

「未来・・・?」

「あなたのお知り合いに、青いロボットがいるでしょう。私も、昼間あなたが出会った二人も、彼と同じ22世紀から来たのです。その辺りは信じてもらえると思いますが?」

「・・・そうね。それであなたは、その組織のために働いて、何を狙っているの?」

「狙っているなどと・・・。私はただ、誤った方向へ進みつつある時代を、正しい方向へ戻したいだけです」

「誤った方向・・・?」

「22世紀の世界というものがどういうものか、あなたには想像できますか?」

「詳しくはできないけど、少なくとも幸せな世界にはなると思っているわ」

「それならば幸いです。たしかに幸せな世の中ですよ。20世紀後半から21世紀初頭・・・つまり、あなたが生きているこの時代は、人類史上最も閉塞した時代でした。ですが、そのころ抱えられていた問題のほとんどは、私たちの時代にはなくなっています。それをなくしたのもやはり、新しい発明や技術・・・すなわち、科学でした」

「・・・」

「しかし、いつの時代にも科学が幸せばかりをもたらすとは限りません。かつての火薬や原子力のように、困ったものも現れます。私たちの時代にもそういうものがありましてね。TDLサービスというやつです」

「TDLサービス?」

「簡単に言えば、誰でも簡単に「名人」になれる道具ですよ。脳に特殊な電気刺激を与えて、特殊な神経ネットワークを発達させ、スポーツ選手や職人、そして芸術家などと同じ能力を持つことができるようになる・・・そういうものです」

「いいことじゃない。誰もが芸術家やスポーツ選手になれるんでしょう?」

「はたしてそうでしょうか」

 彼は絵筆を動かしながら言った。

「よい作品を残せるか、よい記録を残せるかは、技量の問題ではありません。むしろ、センスの問題です。あなたも女優なら、役作りに苦労した経験はあるでしょう?」

「・・・」

「それに、力を安易に手に入れることはよいことではない。力というものは努力を通じて、その力にふさわしい心を育てながら手に入れるものです。もし何もかもが努力を必要としない世界になったら・・・人類は堕落し、いずれ滅びます」

「あなたの言うことはわかったわ。努力が大事ということなら、一応は筋が通ってる。それで、あなたは何をするつもり?」

「私の属する組織は、そんな誤った道に進もうとしている世界を変えようとしています。私はその手助けをするのです。そのために、いくらか犠牲を払ってもらうことにはなると思いますが・・・」

「「いくらか」というのは、嘘でしょう? 今までのあなたを見る限り、何をするかは知らないけど、犠牲が「いくらか」ですむとは思えないわ。それに、極端すぎる。本当に人の行く末を案じているのなら、もっと別の考えが浮かぶはずよ」

「たしかに。ですが、私は特殊な環境で育ちました。だから、いかに努力を大切にするかということに対する考え方が、あなたとは全く違うのです」

「特殊な環境?」

「その話もしましょう。実は私のジェラール・フォンテンブローという名前は、偽名です。本名はジェラール・レエル。私の時代では、「芸術一族」として知られている、レエル家の次男でした」

「・・・」

「レエル家の名を有名にしたのは、私の祖父でした。あなたの時代にはまだ無名ですが、苦心した末に才能を世に認められ、そして天才として名を馳せた。祖父は父にも私たち兄弟にも、徹底して努力の大切さを教えました。才能というものはもちろん、それを開花させるための努力の重要さも痛いほど理解していましたから。私は祖父や父の期待に応えようとした。そして、ウィーンの美術学校にも進むことができました。その時です、あの装置が発明されたのは」

「努力しなくても芸術家になれる装置・・・それによって、これまでの人生を否定されたように感じたわけね」

「悔しいですが、それを認めましょう」

「それはエゴよ。人類を正しい方向へ導くなんて言っているけど、あなたは本当は自分が否定されることが怖いだけの、弱い人間よ」

「エゴ・・・なるほど、そうも言えるでしょう。しかし考えて下さい。あなたの身の周りの人間が、全て俳優になったとしたら? それも、あなたより高い演技力と表現力をもった俳優に」

「それは・・・」

「そして、それが血のにじむような努力の結果ではなく、降ってわいたように現れたくだらない機械の力によるものだとしたら? ・・・さぞかし嫌な気分でしょうな。まるで街のチンピラが、安物の銃を手に入れたぐらいで俺が世界で最強だなどとわめきちらすのを見るぐらい・・・」

「・・・」

「私は自らの身を守ります。あなたは無力だが、私にはそのための力がある。例えそれが時代の流れだとしても、その流れを変えられるだけの力がね・・・」

「・・・」

「さあ、絵を続けましょう。そう怖い顔をしないでください。私はあなたのその美しさを、十分に表現できる腕をもっている。だからこそ、自分の才能を、自分の居場所を守らなければならないのです。当然の権利でしょう。あなたが今のままでいなければならないのは、たかだか明日までです。その間いい顔をしていれば、きっとすばらしい作品が描けるでしょう」

 彼は楽しげにそう言うと、再び絵筆を動かし始めた。




 工作室から聞こえていた機械音が、唐突にとまった。窓の外には、もう夕焼け空が広がっている。

「ふう・・・やっと終わったな」

 ヘルメットのバイザーを上げながら、カズヤが言った。目の前の作業台には、みつ夫の強化服が置かれている。もっともその形態や容姿は、3人の昨夜からの改造作業により、少なからず変化していた。

「強化服自体の性能アップ、新武装の追加・・・。思ったより大改造になりましたね」

「もう5時ですよ」

「二人とも、長い間手伝ってもらってありがとう。・・・ところで、君たちはどうするつもりだ?」

 カズヤは改造作業を手伝ってくれたのび太とドラえもんに言った。

「スミレさんがさらわれたのには、僕達も責任があります。手伝わせて下さい」

「足手まといにはならないつもりです」

「そう言うと思っていたよ。君たちのことだ、止めてもムダなんだろう。了解した。だが、あくまでもサポートに徹してくれ。無理に危険に飛び込むことはない」

「わかりました」

「さて、あの2人の特訓は終わったかな。見てこよう」

 カズヤ達は工作室を出て、「武道缶」の置かれている部屋に向かった。

「まだやっているみたいだな」

「武道缶」のフタはまだ開いていない。特訓はまだ続いているようだ。

「熱心だな・・・ん?」

「武道缶」が、ピカピカと点滅を始めた。そして、徐々にそのフタが開いていく。やがて、それが完全に開ききると、中からドランサーとみつ夫が出てきた。

「ご苦労さん。ハードな練習をしたようだな」

「いや、おかげで腕を上げることができた。感謝しているよ」

 みつ夫の表情は疲れてはいたが、満足そうだった。

「俺にとってもいい練習になった。ところで、改造の方は終わったのか?」

ドランサーの言葉に、カズヤはうなづいた。

「ああ。いいタイミングで、さっき終わったところだ。性能の向上と、新しい武器の追加装備に成功した。特訓の成果とあの強化服があれば、必ず勝てるだろう」

「ありがとう。さっそくテストをしてみたいが・・・」

「それもいいが・・・全員、長時間の改造と特訓で疲れているはずだ。奴らとの接触まではまだ時間がある。今は少し休憩をとった方がいいと思うが・・・」

「・・・わかった。そうさせてもらうよ」

「この船には、小さいながらも客室がある。そこを使うといい。みんなもできるだけ疲れをとるようにしよう」

 カズヤの言葉で、彼らはそれぞれの休憩場所へ歩いていった。だが、工作室へ向かおうとするドランサーを、カズヤが呼び止めた。

「ドランサー、悪いがちょっと待ってくれ」

「なんだ、カズヤ? ・・・そう言えば、ディスクの解読はどうなった?」

「それなんだが・・・ちょっと来てくれ」

 ドランサーは首をかしげつつも、ディスクの解析が行われているメインルームへ向かった。 「解読はさっき終わったんだ・・・」

「やったじゃないか! それで、内容は?」

「それがだな・・・」

 カズヤはスイッチを入れた。モニター画面に文字の列が浮かぶ。

「これは・・・!」

「ああ。苦労して解読した結果がこれだ。ドランサー、これをどう考える?」

「・・・つまり、俺達はまんまとひっかかっていた、というわけか」

「そうだろうな。だが、いまさら後戻りはできない。なんとしても彼女を助けなければ・・・」

「ああ。毒を食らわば皿までだ。とことんつきあってやろうぜ」


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