時空警察ドランサー
〜帰郷〜

第5話
「キャンバス」


 休憩をとることになってから数時間後。夜となり、空には美しい満月がかかった。のび太は一人、
ブラークのハッチを開け、屋根の上に上った。他のメンバーは、まだ休息をとっているはずだった。

「はあ、きれいな月だ・・・」

 のび太は月を見上げてそうつぶやいた。虫の声もなく、ただ静まり返っている夜の裏山。そこで月を
見上げるのには、特別の感慨があった。その時

「・・・?」

 のび太は近くに人の気配を感じた。その方向を見ると

「みつ夫さん・・・」

 そこにいたのは、同じように月を見上げるみつ夫だった。その声に気づき、彼はゆっくりとのび太の
方へ顔を向けた。

「君か・・・」

「みつ夫さんも、月を見に来たんですか?」

「10年ぶりの、地球から見上げる満月だ・・・。しばらくは見られないから、この目に焼き付けて
おこうと思ってね」

 のび太はみつ夫と少し距離を置いて座った。

「宇宙を飛び回っていれば、星はいつでも見られるんじゃないですか?」

「そうだな・・・。だけどね、夢を壊すようで悪いが、宇宙から見る星は、そんなにきれいじゃない。
墨を流したような宇宙に、光の点が張り付いている。そんな感じだよ。だけど、ほら、ここから見上げ
る星は、もっといきいきしている。子どもの頃見ていた星と、全く変わっていない・・・」

 そう言うとみつ夫は、裏山の山頂に立っている、この辺りでは「千年杉」と呼ばれている背の高い杉の
木を指さした。

「僕の町にも、あんな背の高い木があった。パーマンとしての仕事のあとで、よくその木の枝に座って、
空を見上げたことがあった。一番星が輝く時もあれば、すっかり日が暮れて、たくさんの星が空に
輝いている時もあった。一度でいいから、あの星に手が届くぐらいのところまで行ってみたい。そう思っ
ていた」

「それじゃあ、夢が叶ったんですね」

「ああ。だけど、それからは星を見る楽しみを失いつつあった。宇宙から見る星はきれいではないし、
それに、その星の中には、他の星を困らせている種族が住んでいる星があることも知ってしまったから
・・・。でも、こうして地球に戻ってきて空を見上げていると、あの頃のように星に夢をもつことが
できるような気がする。この星空を見るだけでも、帰ってきた価値はあるのかもしれない・・・」

 みつ夫はそう言った。それから、しばらくの静寂が流れた。

「なぜ10年も戻らなかったんですか? 仕事が忙しかったから?」

 のび太は尋ねた。

「それもあったが・・・地球を旅立つとき、約束したんだ。パーマンのみんなとね。一人前のパーマンに
なったら、必ず戻ってくる、って」

「それじゃあ、一人前のパーマンになれたんですね。こうして帰ってきたってことは」

「いや・・・僕はたしかに正規の捜査官になれた。だが、まだ一人前じゃない。現に僕は、甚内に敗れた。
僕の尊敬する先輩には、そんな状況でも冷静に切り抜けてきた人が何人もいる。僕はまだ、そこまで
及ばない。やはり僕は、帰郷すべきではなかったかもしれない。そうしなければ甚内が僕を追って
くることも、彼女がさらわれることもなかっただろう・・・」

「そんなこと言わないで下さい!」

 のび太が強く言った。

「みつ夫さんが言うような一人前の人なら、そんなことは言わないはずです。スミレさんを助けるんで
しょう? 力が足りなかったことを悔やむより、スミレさんを必ず助け出す、ぐらいのことは言って下
さい! スミレさんも、それを望んでいるはずです」

「のび太君・・・」

「・・・一つ聞いていいですか?」

「ああ・・・」

「もしみつ夫さんが一人前になれたら・・・地球に帰ってきて、それからここで暮らすつもりですか」

「ああ。僕も地球専任の捜査官になって、この太陽系を狙う宇宙犯罪組織と戦おうと思っている」

 みつ夫はそう答えてから、不思議そうな顔でのび太に尋ねた。

「しかし、なぜそんなことを?」

 のび太は何かを言うべきかどうか迷うようなそぶりを見せたが、やがて決心したように口を開いた。

「僕とドラえもんは、以前何度かスミレさんと会って、話をしたことがあるんです」

「ああ。聞いている」

「スミレさんは話してくれました。今は遠いところにいる、好きな人のことを。今は帰ってこないけど、
いつか必ず帰ってくることを信じて待っている。そう言っていました。スミレさんはその人の子どもの
頃の写真も見せてくれました。ペンダントの中にしまって、宝物だと言っていました。・・・初めて
みつ夫さんの顔を見たとき、驚きました。その顔・・・写真の人が大人になったら、みつ夫さんのような
顔になる。そう思いました」

「!・・・」

「宇宙の平和を守り、たくさんの人を助けることも大事な仕事だとは思います。だけど、誰よりもあなたの
帰りを待っている人がいるんです。その人のためにも、早く地球に戻って、そばにいてあげてください」

「・・・」

「自分の一番大切な人・・・それを守ることができれば、どんな人もどんなものも、守ることができる
んじゃないでしょうか? あなたが一人前になることは、そういうことなんじゃないでしょうか」

「・・・」

 みつ夫は沈黙していた。

「すみません。僕みたいな子どもが、こんなことを言うなんて・・・」

「いや、いいんだ・・・」

 そう答えるみつ夫の口調には、なにか考え込んでいる調子があった。

「・・・悪いけど、少し一人にしておいてくれないか?」

「・・・わかりました」

 のび太は素直にうなづくと彼を残し、船内へと戻った。客室に戻ると、ドラえもんが道具の点検をして
いた。

「お帰り、月はどうだった?」

「うん、きれいだったよ。・・・みつ夫さんも月を見ていた。地球で見る星は、本当にきれいだって・
・・」

「・・・何かあったかい?」

 のび太の表情を見て、ドラえもんが尋ねた。

「・・・スミレさんが話していた、男の人の話をね・・・」

「そうか、やっぱりみつ夫さんが・・・」

 のび太はうなずいた。

「一人でいたいって言っていたよ。やっぱり、余計なことだったかな? 迷ったんだけど・・・」

「うん・・・そんな話をしたら、誰でも気持ちを整理しようとするよ。たぶん、間違ったことじゃない
と思う。みつ夫さんはやってくれるよ。そういう人だから」

「うん・・・」

 のび太は時計を見た。

「出発まであまりないね」

「ドランサーがあと2,30分で出発するって言っていた。道具の点検ももうすぐ終わる。絶対に、無
事にスミレさんを助けなきゃならない。がんばらなきゃね」

「うん!」

 のび太は力強く答えてみせた。





「たいそうな物言いの割には、情けのない奴だな。仇敵にやられるならいざ知らず、子どもとロボット
にやられるとは・・・」

 ジェラールは部屋の隅に立っている甚内に向かって言った。雪崩に巻き込まれた甚内はそこから這い出
るのに苦労し、ジェラールと合流したのはほんの1時間ほど前のことだった。甚内はその言葉に、奥歯を
かみしめた。

「不覚をとったまでだ! あやつら、次に会うときはクリムゾンとまとめて、必ずその首をとってやる!」

「ならばすぐにでもそうしてもらいたいな。まもなく時間だ」

 時計を見ながら、ジェラールがつぶやいた。そばには相変わらずイスに座らされたままのスミレがいる。

「あなたは私を人質にして、一体何の得があるの?」

 スミレは甚内に対しても強気でそう言った。

「あなたを人質に使う理由は、彼の方が大きいのです」

 甚内の代わりに、ジェラールが言った。その後を甚内が続ける。

「左様。拙者はある男に、根城としていた組織を潰された。その男をおびき出すには、そなたを使うのが
最も適当なのだ」

「それは誰?」

「そなたもよく知っているはずだ。須羽みつ夫という男を・・・」

「!!」

 彼女は驚きに目を見張った。

「あの人が戻ってきてるっていうの・・・?」

「そう。そなたをさらったとき、すぐに拙者らを追ってきた。銀河連邦警察め、拙者が地球にやってきた
ことを知り、監視していたようだな。その時に深手を負わせたが、とどめは刺せなかった。今再びそ
なたを使っておびき出し、今度こそその首をいただくつもりだ」

「・・・あの人はあなたなんかには負けないわ」

「ほう・・・。それはどうかな。一度は不覚をとったが、この甚内、定めた獲物は常に仕留めてきた。
今度もまた、拙者の刀を奴の血で濡らすことができるだろう・・・」

「・・・」

 スミレは甚内をにらみつけた。その時

「む・・・?」

 甚内が何かに気がついたように顔を上げた。

「どうやら来たようだな・・・」

「そのようだ」

 ジェラールは絵筆を置くと、イスから立ち上がった。

「あなたも一緒に来て下さい」

 そう言うとジェラールは、手を動かした。その途端にスミレが立ち上がり、歩き始めた。
「何これ・・・体が勝手に・・・」

  スミレの体は、彼女の意思とは関係なしに動いていた。

「これも催眠術です。もうしばらく我慢してください。それじゃあ行きましょう」

 ジェラール達は部屋の外へと出ていった。





 月夜の空を行く一隻のタイムマリン、ブラーク。その行く手の地上に、一つの工場が見えてきた。

「あれだな・・・よし、着陸する」

 カズヤはコントロールパネルを操作し、機体の高度を落としていった。やがてブラークは、今は使われ
ていない山中のスクラップ工場の前へと着陸した。

「よし、みんな、準備はいいな?」

 カズヤが声をかける。全員が真剣な表情でうなづいた。

「それでは、出発する!」

 カズヤはハッチを開けると、先頭に立ってスクラップ工場へ歩き出した。

「む・・・?」

 やがて近づくにつれ、工場の前に数人の人影があるのが見えてきた。一行はそこで立ち止まった。


「約束通り来たぞ、ジェラール。スミレさんを離してもらおうか」

 カズヤは目の前に立つ男達に言った。

「みつ夫君・・・」

 スミレはみつ夫に視線を向けていた。彼もまた、スミレに視線を向けていたが、その目からは彼の心を
伺うことはできなかった。

「よく来た。まずはディスクを渡してもらおうか」

「いいとも」

 カズヤは彼にディスクを放り投げた。それを見て、ドラえもんが慌てる。

「カズヤさん! そんなにあっさり渡したら・・・」

「大丈夫だ。見ていてくれ」

 ディスクを受け取ったジェラールは、それを眺めてから言った。

「ずいぶんあっさりと渡したな?」

「理由はお前が一番よく知っているくせに。あんなもの・・・秘密情報とは真っ赤な嘘。もっともらし
いが意味のない内容のテキストを見るために、ずいぶん手間をかけさせてくれたな」

 それを聞いて、のび太達が驚いた。

「偽物だったんですか!?」

「そう。暗号化された意味のないファイル。それがあのディスクのデータ内容だった。もっとも、解読が
完了する前から、そのことにはうすうす感づいていたがね」

 ドランサーが代わって答えると、カズヤが続けた。

「もしファイルの中身が本物ならば、最初にお前と戦ったとき、奪い返そうともっと必死になって俺達を
攻撃したはずだ。にもかかわらず、あの攻撃はそれにしては弱かったし、その後も俺達を襲うことは
なかった。解読されればいくらでもコピーを作ることができるし、そうなればもはやオリジナルのディスクに
価値はない。それなのにこんな時間になるまで俺達を泳がせ、人質をとるなどという時間のかかる方法を
とった。ディスクを奪還するためには、お前の行動は明らかにムダが多すぎる。お前の目的は、
ディスクの奪還なんかじゃない。そうだろう?」

 カズヤがそう言うと、ジェラールは低く笑った。

「鋭いな。いかにもその通り。カワムラが持っていたディスクは、偽物だ」

「カワムラはそのことを知っていたのか?」

「いや。カワムラが脱走を計画していることを知ったネオ・サッグ上層部は、逆にそれを利用しようと
考えた。すなわち、ニセのディスクを奴に持たせ、計画の関係文書を持ったメンバーが脱走したという
情報を故意に流したのだ。重要データを持った脱走者と、それを追う暗殺者・・・こんな情報を流せば、
それを守るためにTPが特別強力なエージェントを派遣することは目に見えているだろう?」

「脱走者をおとりに俺達をおびき寄せ、お前に始末させる。カワムラはその計略に知らずのうちに乗せ
られ、始末された・・・。ひどいことをする・・・」

「フフフ・・・。上層部はお前達が計画の妨げになる可能性が高いと判断し、私にこの命令を下したのだ。
最初の攻撃には失敗したが、それも計算のうち。あなた達がディスクの解読にあたっている間に人質を
とり、いやおうなしに我々のもとへ来るようにし向ける・・・」

「卑劣な・・・。芸術家を気取る者のやることか!」

「全ては私の願いを実現するため・・・」

「お前が何を望むかは知らないが、スミレさんは関係ない。彼女を返してもらおう」

「もちろん彼女は無事に返すつもりだ。お前達を始末してからだが!」

 そう言ってジェラールは、何者かに目配せした。

「キャ・・・」

 スミレが小さく悲鳴をあげ、空中に浮かんだ。何者かによって抱え上げられているようだ。

「こっちへ来い。行くぞ、フィリップ、ヴィンセント、フェルディナンド」

 ジェラールは空中に浮かぶスミレと共に、工場の中へと入っていってしまった。

「待てっ!」

 追いかけようとする一行の前に、侍姿の男が立ちふさがる。甚内は刀を抜き、その刃先を一行に向けた。

「拙者と手合わせしてもらわねば困るな。特に須羽みつ夫、貴様はな」

「くっ・・・」

 5人が戦闘の構えを取る。

紅着!

 みつ夫は赤い閃光と共に、バードマンクリムゾンへ変身した。フェザーブレードを手にすると、気合いと
共に甚内へ斬りかかった。

「うおおおーーっ!!」

 ガキンッ!!

 硬質な音とともに、クリムゾンと甚内の剣がぶつかりあった。


「みつ夫!」 「ここは僕に任せて、みんなは彼女を助けにいけ!」

「だが一人では!」

「大丈夫だ! 今こそ特訓の成果を見せてやる!!」

 クリムゾンはつばぜり合いの状態から甚内をはじき飛ばし、再び斬りかかった。体勢を取り戻しきれな
かった甚内の右肩に、フェザーブレードが振り下ろされ火花が散った。

「むうっ!!」

 しかし甚内はそれにひるむことなく数歩退き、再び刀をかまえた。

「なるほど・・・この短時間に、腕を上げたようだな。これは楽しめそうだ」

 彼は楽しげに笑った。

「何をしている! 行けっ!」

 クリムゾンは4人に叫んだ。

「すまない! スミレさんは必ず助け出す!」

 4人は工場へ突進した。クリムゾンは甚内に言い放つ。

「一騎打ちがお前の望みだろう! 望み通り、相手をしてやる!」

「フフフ・・・そうこなくては。その首、必ずもらう!」

「いくぞ!!」

 二人は再び剣を構え、相手に向かって突進した。





 工場内に入った二人は、ドランサーの熱源センサーを頼りに突き進んだ。

「この中だな」

 4人は大きな鉄の扉の前にやって来た。

「オリャア!!」

 ドガッ!!

 ドランサーがパンチ一発で扉を吹き飛ばす。4人は中へ流れ込んだ。

「ここは・・・」

 そこは、かつて機械の解体を行っていたと思われる、広い作業室だった。屋根からはクレーンが下がり、
あちこちに機械や部品が散らばっている。

「ジェラール・・・!」

 4人はそこにいたジェラールを見つめた。そばにはイスに座らされたスミレがいる。

「ようこそ。やはりお前達がここへ来たか。予想通りだ」

「スミレさんを放せ!」

「言っただろう。彼女を解放するのは、お前達を始末してから、と。私もこれ以上彼女を拘束しておく
のは忍びない。手早くやるとしよう」

 そう言うとジェラールは、近くのテーブルの上にあった、手提げ金庫大の奇妙な装置を手に持った。

「ご案内しよう。私の「キャンバス」へ」

ジェラールは装置のスイッチを入れた。とたんに装置から、すさまじい光が放たれる。


「うわっ!!」

 4人はそのまぶしさに、思わず目を覆った。





「うう・・・」

 ドランサーが気づくと、彼はある場所に立っていた。

「ここは、一体・・・?」

 あたりを見回す。そこは先ほどまでの工場ではなかった。あたり一面が真っ白で、まるでものすごく
濃い霧に包まれているようだ。何も見えないのはおろか、この空間がどこまで続いているのかさえわから
ない。地面の上に立っている感覚があったが、それがなければ、上下の感覚さえ失うことだろう。

「カズヤ! ドラえもん! のび太!」

 ドランサーはカズヤ達がそばにいないことに気づき、大声で呼びかけてみた。しかしその声はむなしく
響くだけで、返事は返ってこなかった。

「一体どこなんだ、ここは・・・」

 あらためてあたりを見回すドランサー。その時、どこからか声が聞こえてきた。

「どうかな、その世界の居心地は?」

 それはジェラールの声だった。

「ジェラール! ここはどこだ! お前はどこにいる!?」

「安心しろ。お前も私も、みなこの世界にいる。ただし、距離は互いに離れている。ここはどこかという
質問に答えるならば、キャンバスとでも舞台とでも、好きなように呼んでほしい」

「キャンバスだと?」

「画家はキャンバスに絵を描き、彫刻家は石材や木で像を作る。作曲家や音楽家は楽譜や楽器で自らの
曲を表現し、劇役者は舞台で役を演じ、表現する。キャンバス、石材、楽器、舞台・・・。芸術家はそ
れぞれ、自分の芸術を表現するための道具を持っている。しかし残念なことに、それぞれの道具には
表現の限界がある。そのなかでどれだけ自分の芸術を表現するかも、才能の尺度の一つだが・・・すばら
しい表現力を芸術家が持っているにもかかわらず、それを表現しきれるほどの力が道具にはないという
ことも言える。そこで私は作った。新しい表現の道具を。そして、この世界こそがそれなのだ」

「どういうことだ?」

「表現のための究極の道具とは何か。それは、「現実」そのものだ。もし現実に絵や彫刻のように自在に
手を加えることができるならば、今までの芸術とは比べものにならないほどの豊かな表現が可能となる。
そう考えた私は、この異次元空間を作る装置を発明した。この空間は、私の思うがままに操作する
ことができる。例えば・・・」

 その時、真っ白だったあたりの空間がゆがみ始め、突然一つの風景となった。

「こ、これは・・・!?」

 ドランサーの周りに、奇妙な風景が広がっていた。木の枝に柔らかい時計がぶらさがったり、なんだか
よくわからないものが地面に横たわったりしている。

「20世紀のシュールリアリズムの巨匠、サルバドール・ダリの代表作の一つだ。まるで絵の中に入り
込んだようだろう。それでは、次はこれ・・・」

 また風景が変わり、今度は20世紀の東京のスクランブル交差点の真ん中に、ドランサーは立っていた。
ドランサーの横を、たくさんの人々が無表情に通り抜けていく。

「次はこれ」

 また風景が変わった。今度はどこかの山中の、美しい森に囲まれた小さな湖だった。

「これは夢なのか・・・?」

「夢でもバーチャルリアリティでもない。現実だ。そこの木を触ってみるといい」

 その通りに触ってみると、たしかにゴツゴツとした手応えがある。

「夢と思っても仕方がないかもしれないな。夢のもつ自由度を、現実に持ち込んだ世界とも言えるのだ
から」

「こんなところにひきずりこんでどうするつもりだ!」

「もちろん、お前達をこの空間を使って始末するのだ。そう、お前の場合は、こんなところだろう」

 その声と共に、再び風景が変わった。

「!!」

 ドランサーは驚いた。それは周囲の風景が荒れ果てた荒野に変わったことに対してではなく、目の前に
思いがけないものがあらわれたからだ。

「タコンバット! イモグモング! カマギリスまで!」

 なんと、目の前にはかつてドランサー達が倒したはずの3体のバイオロボットが立っていた。

「バカな! 3体とも俺達が倒したはず・・・」

「フフフ・・・この世界はお前達のような外から持ち込まれた存在以外は、私の思い通りにできる。今
この空間は、お前達のもつ恐怖を具現化するように設定されている。敵が最も恐ろしいと感じている存
在に始末をさせる、これこそ究極の暗殺法だ。お前がかつて戦った相手の中で、そのバイオロボット達
が最も恐ろしい存在だった。だから彼らが現れたのだ」

 3体のバイオロボット達は、一斉に戦闘の構えをとった。

「かかれ!」

「くっ!」

 ドランサーはジェラールの号令で襲いかかってきたバイオロボット達に立ち向かった。





 同じ頃、カズヤ達も具現化された恐怖と戦っていた。

「なるほど、たしかに恐怖の具現化だな、これは・・・」

 物陰に身をひそめながら、カズヤはつぶやいた。直後、すぐ近くに銃弾が着弾する。カズヤは慌てて
立ち上がると銃を数発撃ち、その場から逃げた。カズヤが体験した最も激しい銃撃戦、3年前のコウベ
超空間管理センタービルを再現した場所で、カズヤは一人テロリスト相手に苦闘を迫られていた。

 一方のび太は、いつもの町内でママ、先生、そしてジャイアンという彼にとって最も恐ろしい3人に
追い回されていた。

「ウワーッ! 助けてえ!」

 しかもそれぞれの手には、凶器が握られている。まさに悪夢である。

 そして、ドラえもんは・・・。





 薄暗い地下道。ドラえもんはそこを一人で歩いていた。どうやら下水道の中らしい。そこを歩く
ドラえもんの顔には、何かに対する不安と恐怖がはっきりと現れていた。

「まさか・・・出てこないだろうね・・・」

 彼はついそうつぶやいた。彼は「ある動物」が現れることを恐れていたのだ。その時

「!!」

 彼はビクリと動きを止めた。「鳴き声」を聞いたように思ったからだ。次第に高まる恐怖と戦いつつ、
暗闇の中に目をこらした。

「!!!」

 彼は見てしまった。行く手に無数に輝く「目」を。そしてそれは「チューチュー」という鳴き声を発し
ていた。そう、彼が最も恐れる動物「ネズミ」である。

「ギャーーーーッッ!!」

 彼はすさまじい叫び声をあげて、もと来た方向へすさまじい勢いで逃げ出した。しかし、ネズミの群は
彼を追いかけてくる。そのことに気づいたドラえもんのスピードは、短足にもかかわらずさらに上がる。
しかし

「!!!」  なんと、その行く手にもやはり無数の目が。そしてそれは、鳴き声の大合唱とともに、なだれをうって
ドラえもんへと襲いかかってきた。

「ウワアアアアア!!」

 さらにすさまじい叫び声をあげ、彼は右の通路へと逃げ出した。しかしそこは

「そんな・・・」

 行き止まりだった。うしろを振り返ると、すぐそこまでネズミの群が迫っている。

「ウ、ウワ、ウワアアアアアアアアアアア!!!」

 彼は最大級の叫び声をあげた。その時

 プッツン

 彼の頭の中で何かが切れる音がした。そして・・・

「フ、フフフ、フフフフフ・・・フヒヒヒヒヒ!!

 奇怪な笑いを浮かべ、彼は顔を上げた。しかしその顔には、恐怖はすでにない。その代わりに理性の
色もなく、狂気が彼を支配していた。

「フヒーッヒッヒッヒ!!」

 彼はおそろしい笑いを浮かべながらポケットに手を突っ込んだ。そして取りだしたのは・・・彼とほぼ
同じほどの大きさの爆弾だった。

「ネズミなんか・・・ネズミなんか・・・!!」

 彼は狂気に支配されたまま、足下まで迫ったネズミの群れへと、その爆弾をたたきつけた・・・。




「くっ、しまった!」

 ドランサーの右足に、イモグモングの放った糸が絡みついた。その糸に引っ張られ、彼は地面にたたき
つけられた。

「くそっ!」

 彼はEMファングで糸を切断すると、すばやく体勢を立て直した。しかし、3体の怪人は虎視眈々と
ドランサーに迫ってきている。前回戦ったときよりドランサーはパワーアップしているが、それでも3体を
同時に相手にするのはつらい。

「やるなら速攻か・・・」

 彼がそうつぶやいたその時だった。周囲の風景が、この世界に入ったときのように、すさまじい光を
放ち始めた。

「なんだ!?」

 ドランサーは腕で目をかばいながらも、まわりの状況を知ろうとした。周囲がまぶしくなり始めるのと
ほぼ同時に、バイオロボット達も苦しみはじめた。さらに、信じられないことが起こった。ピシッ、
ピシッという音と共に、まるでガラスのように、辺りの空間にひびが入り始めたのだ。そのひびは
どんどん広がり、そしてバイオロボット達にも同じようにひびが入った。そして

「ウオオオオ!!」

 バリン!!という音と悲鳴とともに、3体の怪人はガラスの人形のように粉々に割れてしまった。だが、
なおもひびは広がり続ける。しかし、ドランサーにはそのひびは及ばなかった。彼がわけがわからず
周囲を見回していたその時

 バリンッ!!

 ひときわ大きな音と共に、周囲の空間が粉々に砕け散った。

「うわあああ!!」

 足下も割れ、ドランサーは奈落の底へ落ちていく感覚を覚えた。


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