時空警察ドランサー
〜帰郷〜

第6話
二人の再会


 ドサッという音と共に、ドランサーは地面に落ちた。

「う・・・こ、ここは・・・?」

 彼は周囲を見回した。そこは、もといた場所である工場の中だった。そして

「いてて・・・」

「も、もとの世界に戻れたのか・・・?」

 カズヤとのび太も、その近くにいた。

「二人とも、無事だったか!」

「ああ・・・。しかし、一体何が起きたんだ? 急にまぶしい光に包まれたと思ったら、あたりがガラ
スのように粉々に・・・」

「あれっ? ドラえもんは?」

 のび太のその声に、カズヤとドランサーは辺りを見回した。そして、少し離れたところに倒れている
ドラえもんを見つけた。

「ドラえもん!!」

 3人はドラえもんにかけよった。なぜか全身黒コゲで、身動き一つしない。

「ド、ドラえもぉぉぉん!! しっかりしてよぉぉ!!」

「まさか、さっきの世界で・・・」

「ちょっと待て。今調べてみる」

 ドランサーはカメラをXYZ線カメラに切り替えると、ドラえもんの内部を透視し始めた。

「・・・内部メカニズムにたいしたダメージはないようだ。気絶しているだけだろう。よっぽど
恐ろしい目にあったか、感情制御回路のブレーカーが落ちている。すぐに自動的に起動するだろう」

「よかった・・・ドラえもん、起きてよ!」

 のび太はドラえもんを揺り動かし始めた。

「それにしても・・・ドラえもんがこうして黒コゲになったことと、俺達があの世界から出られた
ことと、何か関係があるんだろうか?」

「いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。ジェラールとスミレさんは?」

 二人は辺りを見回した。すると

「う、うう・・・」

 うめき声が聞こえた。そちらを見ると、ジェラールが起きあがろうとしていた。そばには気絶している
らしく、スミレが倒れている。ジェラールは傍らにあったものに気づくと、あわててそのそばに駆け寄った。

「ああっ、私のキャンバスが!!」

 彼が手に抱えている装置、それこそがあの世界を創りだしていたものらしい。しかし今は、黒い煙を
あげている。過負荷がかかったらしく、故障しているようだ。彼はドランサー達に気づくと、壊れた
装置を持ったまま彼らをにらみつけた。

「お前達、一体何をした!?」

「こっちが聞きたいくらいだ。だがおかげで、なんとか無事に戻ってこられた。その様子じゃ、もう
その装置は使えまい。さあ、今度こそスミレさんを返してもらおう」

「くっ・・・」

 その時、彼の後ろで声がした。

「ドランサー、カズヤさん! ドラえもんが!」

 振り返ると、ドラえもんが意識を取り戻していた。

「ううん・・・」

「ドラえもん、一体何があったんだ?」

 彼に近づいたカズヤが尋ねた。

「・・・思い出すだけでもいやだ・・・ネズミの・・・ネズミの大群が来て・・・あとはよく覚えてい
ない・・・」

「ネズミ・・・?」

 不思議そうな顔をするカズヤに、何かを思いだしたようにのび太が言った。

「もしかしたら・・・」

「なんだ?」

「ドラえもんは死ぬほどネズミが嫌いなんです。ある時なんか、一匹のネズミが出てきただけで大騒ぎ
して、最後にはあまりの怖さに気が変になって、地球破壊爆弾まで取りだしたくらいです・・・」

「地球破壊爆弾!?」

「な、なんてものを持っていたんだ・・・」

 思わず二人は絶句したが、やがて気を取り直したカズヤが言った。

「・・・だが、これで大体わかったよ、何があったか。奴の言う恐怖を具現化する空間で、ドラえもんは
一番恐ろしいネズミの大群に襲われた。そしてその恐怖に錯乱し、地球破壊爆弾を使った。その時の
すさまじいエネルギーであの空間が崩壊し、俺達はもとへ戻れたんだろう」

「なるほどな」

 そう言うとドランサーは、ジェラールの方へと振り返った。

「・・・というわけだ。ドラえもんもとんでもないことをしてくれたが、そのおかげで脱出することが
できた。人間追いつめられると何をするかわからないということを、もっとよく理解しておくべきだっ
たな」

「窮鼠猫を咬む。その逆だな」

「ぬうう・・・」

 ジェラールはすさまじい怒りをあらわにした。彼の作品の中でも、あの「キャンバス」を発生させる
装置には、特別に思い入れがあったらしい。

「まさかこんなことで私のキャンバスが破壊されるとは・・・。この償いをしてもらうためにも、
やはり死んでもらわなければ! フィリップ、ヴィンセント、フェルディナンド、行けっ!」  その言葉とともに、工場の中に散らばっていたさまざまな機械や部品、その他のがらくたが空中へと
浮き上がった。

「むっ、奴の手下の幽霊か!」

 それは彼の作った幽霊の引き起こしたポルターガイストだった。空中に浮かんだがらくたは一カ所で輪を
描いて回っていたが、やがてドランサー達に襲いかかってきた。

「テイッ! テリャアッ!!」

 ドランサーが飛来する物を次々にたたき落とす。カズヤもそれらをTPガンで撃ち落としていった。
しかしそれでも飛来物は多く、壊れたエンジンがのび太の頭上をかすめた。

「わあっ!!」

 悲鳴をあげてひっくり返るのび太。

「ちっ、数が多すぎるか! このままではらちがあかない!」

 そう言うとドランサーは、ドラえもんの方を向いた。

「ドラえもん、あの道具を!」

「わかった!」

 ドラえもんはドランサーの求めに応じ、ポケットから何かを取りだした。

「「真実の旗印」! 頼んだよ、ドランサー!」

 彼はそう言って、手にした小さな旗をドランサーに投げた。彼はそれを受け取り、肩につけると、
大きな声でこう言った。

「お前達は存在しない!!」

 彼がそう言った途端、荒れ狂うがらくたの渦の動きがピタリと止まった。

「なっ!? どういうことだ!?」

 驚くジェラールをよそに、ドランサーは続けた。

「お前達はジェラールに作られた存在だ! 本当はお前達など存在しない!!」

 空中に浮かんだままのがらくたが、ブルブルと震え始めている。

「どうした!? しっかりしろ!!」

 ジェラールの叱咤にも、ポルターガイストはいまだ不安定なままである。そしてドランサーは、とどめ
だと言わんばかりに、高らかに叫んだ。

「お前達はこの世に存在しない!!」

 その言葉によって、大量のがらくたは地面に落ちた。その時に派手な音がしたあとは、工場内はしんと
静まり返った。その光景を見て、ジェラールは信じられないというようにつぶやいた。

「なぜだ・・・ハッ!?」

 彼が気がついたときには、ドランサーは空中に飛び上がっていた。彼は倒れたままのスミレのそばに
着地すると彼女を抱きかかえ、再びジャンプしてカズヤ達のところへ戻った。

「気絶しているだけだ。スミレさんを頼む」

「わかった」

 ドランサーはカズヤ達にスミレの手当てを任せると、ジェラールの方へ向き直った。

「残念だが、お前の幽霊達は消滅した。もう手駒は残っていないだろう」

「おのれ、なぜだ・・・」

「真実の旗印は、いつも正しい」

 彼はそう言って、肩にとりつけたドラえもんの道具、「真実の旗印」を指さした。

「俺達はお前の幽霊のからくりを暴いた。一人の人間の強烈な思念によって生まれた存在。それが幽霊の
正体だ。だが、その存在のあやうさが、俺達には幸いした。真実の旗印をつけたものの言うことは、
すべて真実になる。肉体というものが存在せず、思念のみで生存している幽霊は、存在が希薄なために、
ご覧の通り、その存在を否定されただけで消滅してしまったんだ」

「ぬうう・・・」

「手持ちの「作品」はそれで品切れだろう。スミレさんも取り戻した。おとなしく投降するんだ」

 その言葉に、ジェラールはうつむいた。だが・・・

「フフフ・・・」

 なおもジェラールの表情には余裕があった。

「何がおかしい!」

「「作品」はまだ残っている・・・。私という作品がな・・・」

「どういうことだ!?」

「私は芸術に身も心も捧げた人間だ。お前も知っているだろう。ネオ・サッグの上級メンバー、すなわち
「神官」は、全て改造人間だということを・・・。自らの体を芸術品としても、何の不思議もないだろう・・・」

「!」

「見せてやろう。私の最高傑作、そして私の真の姿を・・・!!」

 次の瞬間、ジェラールの体からまばゆい光が放たれた。一同がそのまぶしさに目を閉じ、再び目を開い
たとき

「!!」

 彼らは驚いた。そこに立っていたのはジェラールではなく、鮮やかな色彩の怪人だった。

 その怪人を見て最初に頭に浮かんだ言葉は、「蝶」、あるいは「妖精」だった。青を基調とした鮮やか
な色彩の体。その背中から生えた、虹色の巨大な蝶の羽根。そしてその怪人の周囲を、絹のようにしな
やかで美しい布でできた羽衣のようなものが、いくつもゆっくりと回っていた。

「フフフ・・・これが私の真の姿、「リァノン・シー」だ。ヨーロッパに伝わる、芸術家にインスピ
レーションを与える代わりに、その命を縮める妖精だ」

「命の代わりに、その肉体を差し出したというのか」

「その通りだ。美しいもののなかには、美しさと同時に強さも備えたものもある。戦闘機しかり、刀剣しかり・・・。私もそうだということを、ここで証明してやろう」

 そう言うとリァノン・シーは、ふわりと空中へ浮かんだ。

「カラーズクロス・ゴールド!」

 彼がそう叫ぶと、彼の周囲を回る布が金色に変わった。そしてその布が一斉にドランサーをむくと、
光線を発射し始めた。

「うわっ!!」

 ドランサーは横に飛びのけながらそれをかわす。布はその角度を変えながら光線を発射し、ドランサー
を出口へと追い立てていった。

(外で戦うつもりか・・・望むところだ!)

 彼はそう思いながら、出口へと走っていった。

「ドランサー!」

「奴は俺が相手をする! スミレさん達を頼むぞ!」

 彼はそう答えて、出口の外へと消えた。そしてその後を追い、リァノン・シーも外へと出ていった。





 ガキィィィィィン!!

 鋭い金属音が響いた。クリムゾンが甚内の刀を受け止めたのだ。

「見違えるような動きだな。ほめてやろう」

「そりゃどうも!」

 クリムゾンはそう言って、甚内を蹴りつけた。そうして間合いをとったところで、空中へとジャンプする。

「いくぞっ!」

 クリムゾンの動きは素早かった。フェザーブレードをかまえ、川に飛び込むカワセミのように、目にも
留まらぬ動きで急降下する。

「なにっ!?」

 その動きは、甚内にとって予想外のものだった。次の瞬間、クリムゾンのフェザーブレードが、甚内の
見えない腕のうち一本を切り落としていた。

「うおっ!!」

 何もないはずの場所・・・透明な腕の切断面から、緑色の液体が噴き出した。

「おのれぇっ!!」

 着地したクリムゾンに対して、甚内は斬りかかった。だが・・・

「見切った・・・!」

 彼は一瞬の動きで、その攻撃をさばく。

「バカな・・・!」

 甚内がそう言ったとき、クリムゾンは甚内の背中に回り込んでいた。そして・・・

「ハアッ!!」

 気合いと共に、フェザーブレードはもう一本の透明ハンドも切り落とした。

「グオオッ!!」

 甚内は振り向きながら、フェザーブレードをかまえるクリムゾンをにらみつけた。

「いつのまにこれほどの力を・・・」

「特訓と改良スーツのおかげだ。お互い腕の数は2本・・・やっと条件は同じになったな」

「おのれ・・・だが、このままで終わると思うな!!」

 そう言うが早いか、甚内はまさに猛虎のように、激しく襲いかかってきた。

「さすがだ・・・!」

 クリムゾンはその動きに内心舌を巻いた。すさまじい早さで繰り出される刀の振りに、クリムゾンは
防戦一方となる。

「ムンッ!!」

 甚内が烈迫の気合いで刀を振り上げた。金属音とともに、フェザーブレードがクリムゾンの手から
はじき飛ばされた。

「しまった・・・!」

 それを見逃すことなく、甚内が刀を振り下ろした。

 ガシッ!!  しかしクリムゾンはその腕をつかみ、片腕をふさいだ。

「まだまだ! もらった!」

 甚内がもう一つの刀を振り下ろそうとしたその時だった。

「フェザーダート!」

 クリムゾンは機転をきかせ、残った右腕で羽根手裏剣、フェザーダートを甚内の左腕に投げつけた。
それは突き刺さった瞬間、爆発した。

「うおっ!?」

 思わずひるむ甚内。その隙にクリムゾンは後退し、フェザーブレードを拾い上げた。さらに

「今だ! ケルヴィンブラスト!!」

 彼は甚内に左手を向けた。すると、左手から白いガスが高圧で噴射され、甚内の体を包み隠してしまった。

「・・・」

 彼はしばらくガスが晴れるのを待った。そしてそれが消えると、全身氷に固められた甚内の姿が現れた。

「こざかしいまねを・・・!」

 だが、それでも彼の動きはそれほど落ちていない。まだこちらへと駆けてくる。しかしクリムゾンは
焦らず、今度は右手を彼に向けた。

「クリムゾンプロミネンス!!」

 右手からすさまじい炎が噴射された。その炎に包まれ、甚内が火だるまになる。だがそれでも、彼は
生きていた。しかし・・・

「なっ、なぜだ!? 体がうまく動かぬ!」

 彼の動きはまるでブリキのロボットのようにぎくしゃくとしていた。その言葉通り、思うような動きが
できないようだ。

 カズヤ達がスーツに行った改造は、単なる性能向上ではなく、新武装も追加されていた。絶対零度付近
まで対象物を冷凍する冷凍ガス・ケルヴィンブラストと、1500度の高熱火炎・クリムゾンプロミ
ネンス。この二つの武装は個別に使うこともできるが、連続して使用することでさらに効果を発揮する。
ケルヴィンブラストで冷凍された物体に、クリムゾンプロミネンスで急激に熱を加える。これによる
急激な温度変化により、対象物は内部まで劣化してしまうのである。

 この攻撃を受けた甚内の機械の体も、同じような状態になっていた。この機を逃さず、クリムゾンが
斬りかかる。

「ウオオーッ!!」

「くうっ!」

 甚内は刀でその攻撃を受け止めたが、刀は劣化しており、ガラスのように粉々に砕け散った。うろたえる
甚内。だが、クリムゾンはさらなる攻撃を加える。

「フェザーブレード、CFモード!!」

 フェザーブレードが光を放ち始める。そして・・・

「カーボンフリーズ!!」

 ズバァァッ!!

 クリムゾンは大上段からフェザーブレードを振り下ろし、甚内を肩口から斬った。

「こんな・・・む、無念・・・!!」

 甚内はくずれおちながらそうつぶやいた。倒れた彼の体が、石像のように固く、黒いものに変わっていく。炭素冷凍が始まったのだ。

「11時23分、指名手配犯「四つ腕甚内」、確保・・・」

 彼はそうつぶやいた。そしてそのまま、冷凍が進行し、完全に冷凍が完了するのを見届けた。しかし・・・

「!」

 工場をはさんだ向かい側から、爆発音が聞こえた。彼はその方向にサッと顔を向けた。

「ドランサー達が・・・!」

 彼はそう言うと、天高く飛翔した。





 ボッ! ボボッ!!

 ドランサーの周囲で爆発が起こる。空中に浮かぶリァノン・シーは、光線による攻撃を連続して放って
いた。

「フ、手も足も出まい」

「くっ、まずいな・・・」

 ドランサーは高速で走りながらそれをかわす。そのスピードには、リァノン・シーも手こずっていた。

「らちがあかないな。それならば・・・カラーズクロス・ブルー!!」

 リァノン・シーの周囲の布が、青色に変色する。そしてその布から、今度は光線ではなく、大量の水が
噴き出された。

「今度は水か!」

 しかし、今度は攻撃のしかたが異なっていた。布のうち、直接ドランサーめがけて放水しているのは
数本。残りはでたらめな動きで、辺りに水をまいているようだ。やがてその水は、戦いの場である野原を
水浸しにしていく。

「これでよし・・・。カラーズクロス・イエロー!!」

  今度は布が黄色に変わる。そして放たれたのは、稲妻だった。

「うわああっ!!」

 稲妻の電気が、地面にたまった水を通してドランサーに流れる。ドランサーはその高圧電流によって
うずくまってしまった。

「うう・・・」

「フフフ・・・動きさえ止めてしまえばこちらのもの・・・。カラーズクロス・シルバー!!」

 今度は布が、まるで金属のような硬い物に変化し始めた。同時にその先端が鋭くなり、巨大な槍か鉄串
のようになる。

「これで貫いてとどめとしよう。覚悟しろ!」

 槍となった布達が、一斉にドランサーめがけて飛ぶ。万事休す。その時

 バキバキバキッ!!

 何者かがサッとドランサーの前に現れると、金属音とともに槍を全てはじき返した。

「お、お前は・・・!」

 それはフェザーブレードを手にしたクリムゾンだった。

「そう簡単にやらせるものか!」

「おのれ甚内め、しくじったか・・・」

 その隙にクリムゾンは、ドランサーを助け起こす。

「大丈夫か?」

「ああ、なんとか。そっちは?」

「こっちは片づいた。次はこいつだ」

 その時、リァノン・シーは再び槍をこちらに向けていた。

「こうなれば、二人とも串刺しにしてやる!!」

 その言葉とともに、槍が二人に向かって走る。

「つかまれ!」

 クリムゾンのその言葉に応じて、ドランサーは彼につかまった。クリムゾンは飛び立ち、的をはずれた
槍は全て地面に突き刺さった。

「ふう・・・」

 ドランサーとクリムゾンは、工場の屋根に降り立った。

「近寄れないな」

「いや、俺に考えがある・・・」

 ドランサーはその考えをクリムゾンに話した。

「こうしてしまえば、互角以上に戦える。手伝ってくれるか?」

「もちろん」

 二人がリァノン・シーを見ると、布の色が銀から金に変わっていた。距離があるため、光線で攻撃する
ようだ。

「奴が撃ったら攻撃開始だ。頼むぞ!」

「任せてくれ!」

 彼らがそう打ち合わせをした直後、ドランサーはクリムゾンの右手をつかみ、彼につり下がったまま
空に舞い上がった。

「そうきたか。それなら!」

 リァノン・シーは光線の雨を二人に向けて放つ。が、クリムゾンは巧みな飛行でそれをかいくぐる。 「うまいぞ!」

「だが、いつまでも逃げ回っているわけにはいかない」

 クリムゾンはそう言って、左手を攻撃してくる布達に向けた。

「ケルヴィンブラスト!!」

 白い冷凍ガスの柱が左手から伸び、それに包まれた布の数枚が凍りつき、地上に落ちて粉々に割れた。 「くっ、それなら! シルバー!!」

 再び布が槍の形となり、二人めがけて飛んでくる。

「今だ! 行くぞ!」

 そう叫んで、ドランサーは手を離した。

「EMファング!!」

 EMファングを指から伸ばし、彼は落下しながら迫ってくる槍に立ち向かった。

 バキバキバキッ!!

 ドランサーのEMファングは、全ての剣をはじき飛ばした。さらに彼は背中のロケットパックを点火
させて落下スピードを上げる。

「何っ!?」

「ウオオーッ!!」

 ズバッ!!

 すれ違いざま、ドランサーのEMファングはリァノン・シーの巨大な羽根の片方をバッサリと切り落と
した。

「ギャアアーッ!!」

 片方の翼を失ったリァノン・シーは、真っ逆様に地面へと落ちていく。そして、派手な音をたてて落下
した。

「うう・・・」

 よろよろと立ち上がるリァノン・シー。しかしその目の前には、ドランサーがスタリと降り立った。 「ここで決着をつけるぞ!」

「おのれ・・・来い!」

 ドランサーとリァノン・シーは距離を詰め、格闘を始めた。しかし、戦いは徐々にドランサー有利に
傾いていく。ドランサーが数々の戦いで得た卓越した攻撃を、リァノン・シーは防ぐことができず、
ミドルキックやエルボー、ストレートが次々に決まる。

(格闘戦は苦手なようだな・・・)

 ドランサーは相手の格闘戦能力にそんな印象をもった。綿密な準備をたてて計画に臨む者は不足の事態
に弱いと聞いたことがあるが、リァノン・シー、ジェラールの様子はまさにそのようなものだった。
「グオッ!!」 ドランサーの左アッパーが、リァノン・シーのあごをとらえた。そして、それによって生じた隙を、
ドランサーは見逃さなかった。

「トリャアッ!!」

 渾身の力を込めたローリングソバットが、リァノン・シーを吹き飛ばした。

「グオオッ!」

 うめき声をあげて、リァノン・シーは地面に倒れた。とどめを刺す体勢に入ったドランサーの横に、空
中からクリムゾンが着地する。

「よし、とどめだ! 手伝ってくれるか?」

「ああ、もちろんだ!」

 二人は互いを見つめると、うなずきあった。リァノン・シーに目を移すと、よろよろと立ち上がろうと
している。

「トオッ!!」

 二人は声を合わせて空中へと飛び上がった。そして、息のあった動きで同時に急降下に転じた。 「ダブル・ストライク!!」

  ドカン!!

「グアアアアッ!!」

 二人の戦士必殺のパンチをくらったリァノン・シーは、真後ろへと吹き飛ばされた。地に倒れた怪人を、
ドランサーとクリムゾンが見つめる。

「お、おのれ・・・こんな・・・。最高の芸術であるこの私が、敗れるなど・・・バカな!!」

 それが彼の最期の言葉だった。直後、ばったりと倒れた怪人は大爆発を起こし、その体を四散させた。





 爆発のあとを見つめ、ドランサーがつぶやく。

「終わったな・・・」

「ああ・・・」

 二人はあらためて向かい合うと、勝利の喜びを分かち合うように、軽く拳を突き合わせてからがっしりと
握手をした。

「あれだけの腕前でも、まだ半人前だっていうのか?」

 ドランサーが軽く冗談めかして言った。

「もっと自信を持てよ」

 軽く肩を叩いたドランサーに、クリムゾンは笑顔で答えた。

「そうだな・・・」

 そう言ってから、クリムゾンは星空を見上げ、大きく息を吐いた。

「それにしても、こんな休暇になるとはね。出発前は思いもしていなかった。銀河連邦警察の仕事に、
休みはない・・・か。確かにそうみたいだな」

 しみじみと言うクリムゾン。そんな彼に、ドランサーは明るい声で言った。

「でも、苦労に見合った報酬は得られたんじゃないか? ほら」

 彼はそう言って、ある方向を手で示した。

 星野スミレ。彼女はそこに立ち、クリムゾンを見つめていた。うしろではカズヤ達が、笑顔でこちらを
見ている。

「・・・行ってこいよ。今のお前なら、堂々と彼女の前に立てるはずだ」

 ドランサーは彼の思い切りを促すように、背中をポンと叩いた。

「・・・ああ」

 彼はそう答えると、ゆっくりと歩き出した。少し離れて、ドランサーもその後を歩く。

「やあ・・・」

 彼はスミレにそう声をかけた。その声に顔をほころばせ、スミレは彼に近づいた。

「久しぶりね・・・」

「うん・・・」

 言葉少なげな会話が続く中で、カズヤが声を出した。

「みつ夫、俺達は上司に報告がある。のび太君も明日は学校だし、一足先に失礼するよ。スミレさんを
よろしく頼む」

「それと・・・スミレさん、イシスは今夜預かっておきます。今夜ぐらいなら、なんとかなりますから。
明日届けに行きます。おやすみなさい」

「明日帰るときは、必ず知らせてくれ。見送りに行こう」

「ああ」

 クリムゾンがそう答えると、彼らは夜の闇の中へ静かに歩み去っていった。

「・・・」

「・・・」

 二人は去りゆく男達を見送った。やがて、スミレがクリムゾンの顔を見た。彼の目を、ヘルメットの
バイザー越しに見ようとしているようだ。

「顔を見せてくれない?」

「えっ?」

「「お帰りなさい」って言いたいけど、あなたはさよならを言わなかったから、それを言うことはでき
ないわ。だからせめて、顔を見せてほしい・・・」

「・・・」

 彼は黙ってヘルメットに手をかけ、それを脱ぎ取った。

「これでいいかな・・・」

「・・・」

 彼女はみつ夫の瞳をじっと見つめた後、笑顔を浮かべた。

「あの頃と同じ目ね・・・。一生懸命に生きている人の、優しい目をしてるわ、あなたは・・・」 「・・・」

「もしかして、私のこと・・・」

「ああ、のび太君から聞いたよ。だけど、彼を責めないでくれ」

「ええ、そんなつもりはないわ。だけど、答えが知りたいの」

「今すぐでなければ、ダメかい?」

「そうでなくちゃ、次にその答えが聞ける日がいつか、わからないじゃない?」

「・・・」

 彼はしばらくの間、うつむいて考え込んだ。

「・・・僕はまだ、地球に戻ることはできない。自分で決めたことなんだ。一人前のパーマンになった
ら、必ず戻って来るって・・・」

「・・・」

「その日がいつになるか、はっきりとはわからない。でも、その日は近いと思う。ここまで君を待たせ
たのは悪いと思っている。でも・・・もう少し待ってほしい。そうしてくれれば、僕は、必ず君の願い
に応えてみせる」

「・・・本当に?」

「正義の味方は嘘をつかないし、必ず約束は守る。当たり前だろう?」

 爽やかな笑顔を浮かべるみつ夫。それにつられるように、スミレも笑みを浮かべた。

「・・・わかったわ。もう少しだけ、待ってあげる」

「・・・ありがとう。今、わかったよ、僕は本当に幸せな男だ。帰りを待ってくれている人がいるんだから・・・」

「みつ夫君・・・」

 みつ夫はスミレに近づき、優しく彼女を抱き寄せた。スミレは安心したように、その胸に体をあずけた。 「ねえ、もう一つお願いをしていい?」

「?」

「空を飛びたいの。あの頃みたいに」

 彼女のその言葉を聞き、みつ夫は笑顔でうなずいた。

「しっかりつかまっていて・・・」

 彼がそう言うと、スミレはうなずいて彼の首に腕を回した。みつ夫は彼女を抱き上げると、フワリと夜の空へと浮かんでいった。

「わあ・・・」

 スミレは思わず、小さく声をあげた。かつてみつ夫と共に青い空を飛んでいた頃を思い出していたのか、
その瞳には少女のような輝きがあった。冷たく澄んだ夜空に、オリオンをはじめとする様々な星座が
浮かんでいる。二人はその夜空へと、徐々に昇っていた。みつ夫のマントの一部は、彼女を寒さから守
るために彼女を覆うようなかたちに広げられていた。

「どこまで行こうか?」

「お任せするわ。ただこうして、夜空に浮かんでいるだけでも・・・」

 彼女はそう言って、顔をみつ夫の胸にもたれかけた。みつ夫は小さくほほえむと、少し体の向きを変え、夜空を滑るように動き出した。


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