ある晴れた日。その日、彼は大好きなドラ焼きを食べながらマンガを読むという、穏やかな午後を過ごしていた。部屋の壁には、1999年9月のカレンダー。正しく言えば、今日は9月6日である。しかし、この部屋の、いや、この町の住人達にとって、今年が何年か、ということは些末な問題にすぎない。一番重要なのは、強いて挙げれば今日が何曜日かということぐらい。なぜならば、彼らは30年以上も、なんら変わることのない永遠なる時間のループの中で生きてきたのだから・・・。

 ・・・とまあ、そんなことは重要ではない。重要なのは、これから何が起こるのかということである。

 「平和だねぇ・・・」

 のんびりと窓の外を見ながら、彼・・・ダルマのような体型をした、強いて言うならタヌキによく似た物体・・・は、しみじみとつぶやいた。が、すぐにその表情が曇る。

 「・・・まぁでも、そろそろ始まるんじゃないかな、いつものアレが。ぼくももう30年以上もここで暮らしてるけど、こうしてのんびりとドラ焼きを食べられる時間が長く続いた試しがないんだから」

 などと、日本一有名なネコ型ロボット、ドラえもんはため息をついた。と、彼がそんなことをしていると、

 ガチャッ! ドドドドドドド!!

 早速、ドアが開く音、そして廊下と階段を走ってくる足音とが、彼の耳に飛び込んできた。

 「やっぱりね」

 彼がそう言うのとほぼ同時に

 ガラッ!

 廊下に面したふすまが、音をたてて開かれた。それとともに、この町では日常の中の非日常というドラマの開場ベルを意味する声が、その部屋に響き渡った。

 「ドラえもぉおおおおおおおおおおおおおおおおん!!!」

 幕は開かれた。ただ、演じられるドラマが彼らがそれまで経験したことのないものになるなどということは、この時には誰一人として知る由もなかった・・・。


HELLえもん



〜のび太の人情紙細工 イギリス珍道中〜



前編

FULLMETAL JACKET


 「今日はどうしたんだい、のび太君?」

 声を発した人物が誰か、なぜこんな大声を出したのか、すでにわかっていながらも、ドラえもんは顔を声の主に向けてそう尋ねた。

 「ドラえもぉん!! 聞いてくれよぉ!!」

 のび太と呼ばれたメガネの少年は、ドラえもんに泣きついてきた。そう、彼こそが運なし、力なし、頭脳なしで知られる日本一のダメ少年、野比のび太である。

 「はいはい、わかったよ。どうせジャイアンにいじめられたか、スネ夫にバカにされたかのどっちかでしょ?」

 「うん、スネ夫の方」

 のび太はそう言ってうなずいた。

 「で? ぼくに何をしてほしいっていうんだい、のび太君」

 ドラえもんがそう尋ねると、のび太は次の瞬間、ドラえもんにとって思いも寄らないことを言った。

 「ドラえもん、ぼくを、イギリスに連れていってくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 「ええええええええええええええええええっ!!?」

 思ってもみない頼み事をされ、ドラえもんは困惑の声をあげた。

 「どどどどうしたんだいのび太君!? いきなりイギリスへ連れていってくれなんて!? スネ夫と何があったんだい!?」

 「うん、実はね・・・」

 そして、のび太はほんの少し前、いつもの空き地で起こった出来事をドラえもんに語り始めた・・・。





 さかのぼること数十分前。のび太達はいつもの空き地に集まっていた。今話の中心となっているのは、スネ夫だった。

 「この間の連休、暇だったから家族でちょっとイギリスまで行ってみたんだ。よかったよぉ、ロンドン。街そのものが高貴で輝いてる感じがしてさ。まさにぼくにふさわしいね、そのうち引っ越してみたいよ。ほら、これがビッグ・ベン、ロンドン橋、それに、バッキンガム宮殿・・・」

 土管の上に座り、いかにもな観光名所の前で自分がポーズを撮っている写真を見せびらかすスネ夫。その前で、ジャイアンとしずかがうっとりした顔になっている。

 「いいよなぁ。イギリスって言ったら、ビートルズだろ? どうせ歌手になるなら、やっぱり俺もイギリスでデビューして世界進出決めたいよなぁ」

 「いいわよねぇ、イギリス。イギリスといったら、女王様。まさに私にふさわしいわよねぇ。チャールズに近づいちゃおうかしら・・・。そうすれば、あのおばあさんのあとには私が・・・ウフフ」

 と、常人とは大きく異なった憧れを口にしていた。一方、その輪から少し離れて面白くなさそうな顔をしている少年がいる。もちろん、のび太だ。

 「ふーんだ! なんだい、外国にいったぐらいでいまさら自慢しちゃってさ! 僕なんか、外国どころか宇宙とか未来とかにもいったことがあるんだぞ!」

 のび太がいつもの負けず嫌いぶりを発揮し始めた。もっとも、そういうところに行ったのはのび太だけに限らずこの空き地にいる人間全員がそうなのだが。

 「行ったことがないもんだからひがんじゃって。だいたいのび太、お前、イギリスがどこにあるのかだって知らないだろう?」

 バカにしきった様子でスネ夫がのび太をからかう。

 「バカにするな! そのぐらい知ってるっての! インドの南にあって、地球温暖化で海面が上がってきてて、沈没しそうになってる国だろ!?」

 全然違う。

 「のび太さん、それはモルジブよ」

 「ていうか、なんでそんな国知ってるんだよ・・・」

 頭がいいのか悪いのかわからないのび太のとんでもない間違いに、3人は呆気にとられていた。

 「と、とにかく! イギリスの場所もわからないような奴じゃ、ロイヤルスイートなぼくたちの話にはついてこられないね」

 「まったくだぜ! ガハハハハハハハ!!」

 大笑いするスネ夫とジャイアン。

 「なんだいそんなもの! ぼくだってその気になれば、イギリスぐらいいつでもいけるんだぞ!」

 それを見て、のび太がさらにムッとする。そう、彼にはドラえもんがついているのだ。その言葉に、3人はハッとする。それを見て気をよくしたのび太は、さらに続ける。

 「それに、その写真に写ってる場所だって、どうせ観光客なら誰だって行けるような場所だろう? ぼくだったらもっと、イギリス人だって知らないような珍しいものを見ることだってできるんだから!」

 得意げに言うのび太。それを聞いたスネ夫が、意地の悪そうな顔をした。

 「へぇ〜、面白いじゃないかのび太。それなら、行ってもらおうじゃないの。イギリス人も知らないような、イギリスの珍しいものへ」

 「おっ、そりゃいいな」

 「私も見てみたいわのび太さん」

 「えっ・・・」

 スネ夫の発言に、ジャイアンとしずかも賛成する。一方、のび太は少したじろぐ。

 「ちょうど今日は土曜日だし、今日の午後と明日日曜、イギリスへ行って、その珍しいものをビデオにとってこい。それをジャイアンとしずかちゃん、それに、出木杉に見てもらって珍しいかどうか判定をしてもらうんだ。もしもそれが、つまらない場所だったりしたら・・・」

 「お、面白いじゃない。いいよ、やってやろうじゃないの。月曜に見せてやるから、その時に腰抜かしても知らないぞ! つまんなかったら、こめかみでパンを食べてやるよ!」

 いまさら後に引くことはできず、のび太は強気のまま、その勝負を受けてたってしまったのである。





 「・・・というわけなんだよ! だから僕を、イギリス人も知らないようなイギリスの珍しいもののところへ連れていってくれよぉ、ドラえもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!」

 再びドラえもんに泣きつくのび太。勝負を受けて立ったときの強気は、とうの昔になくなっている。ドラえもんはのび太に泣きつかれたまま、ため息をついた。

 「やれやれ、君はダメ人間のくせに、どうしてそう後先考えずに勝負を安請け合いしたりするんだろうね? ぼくは君の虚栄のためにつきあわされるのはもうたくさんだよ」

 「そんな言い方ってないだろぉぉぉぉぉぉ!?」

 「だいたいなんなの? こめかみでパンを食べるって。君は今までも目でピーナッツを噛むだの鼻でスパゲッティを食べるだの、いろんなことを言ってきたけどこんな無茶苦茶は初めてだよ。いいかい、のび太君? 人間は万能じゃないんだ。できることとできないことがあるんだよ? そのへんわかってるの?」

 呆れた様子でのび太に問いかけるドラえもん。

 「そんなことをしないで済むように頼んでるんじゃないかぁ! 大体、ドラえもんならそんなに難しいことじゃないだろ? どこでもドアでイギリスへ行って、そこでイギリス人も知らないような珍しいものを探して、ビデオに撮ればいいんだから」

 たしかに、のび太の言うことはもっともである。彼がこれまでドラえもんに頼んできた無茶苦茶な頼みの数々に比べればこの程度、頼み事の内にも入らないだろう。

 「う〜ん・・・ま、しょうがないか。たしかにいつもに比べれば、おやすいご用だし・・・」

 「わぁい、やったぁ! ウヒラウヒラアヒヒヒヒヒヒ!!」

 気色の悪い笑いをするのび太。

 「でもねぇ、のび太君・・・ちょっと問題があるんだよ・・・」

 「な、なんだよドラえもん!?」

 急にのび太の顔が不安に包まれる。

 「実はね・・・肝心のどこでもドアが、調子が悪いんだよ」

 「はぁ!? そ、それってまさか、壊れてて使えないってこと!? どうすんだよぉドラえもん!! どこでもドアがなかったら、イギリスに行けないじゃないかぁ!!」

 錯乱状態でドラえもんをガクガクと揺するのび太。ドラえもんはその手を強引に払った。

 「落ち着きなよのび太君! 調子が悪いって言ってるだけで、壊れてるとは言ってないだろ!?」

 「じゃ、じゃあ、イギリスには行けるんだね?」

 「たぶん」

 「たぶんってどういうことだよ!? 行けるの!? 行けないの!? どっちなの!?」

 業を煮やしてのび太が叫ぶ。それに対して、ドラえもんはクールに答えた。

 「実はね、どこでもドアの空間座標固定装置の調子がおかしくて、安定してないんだ」

 「難しい話はいいから、どうなるか言ってよ!」

 「つまりだね、ダーツを投げたときみたいに、思った通りの場所にはいけないってこと。目的地じゃなくて、その周りのどこかについちゃうんだよ。運良く目的地につけることもあるだろうけど」

 「そ、それじゃあ、イギリスにはいけないの!?」

 「イギリスの近くには行けるだろうけど、そこから先はタケコプターとかでイギリスを目指すしかないね」

 ドラえもんが結論を言った。

 「なぁんだ。結局イギリスには行けるんじゃない。それならさっさと行こうよ。ほら、どこでもドアを出して」

 ドラえもんを催促するのび太。が、ドラえもんはなおも渋い顔。

 「う〜ん・・・だけど、目的地がイギリスとなるとねえ・・・」

 「イギリスならなんだっていうの!?」

 「のび太君は知らないかもしれないけど、イギリスは日本と同じ島国。周りは海だよ。それも、日本の海よりずっと冷たい。ドアをくぐったらいきなり、そのまま海へドボンてことも・・・」

 「・・・」

 金槌であるのび太は、それを聞いて黙り込む。

 「使うのがあぶないから、修理に出そうと思ってたんだけどね・・・」

 ドラえもんがつぶやく。

 「そ、それなら早く修理に出してよ! どのぐらいかかるの?」

 「ぼくのどこでもドアはタイプが古いからね。部品取り寄せして修理するから、たぶん三日は・・・」

 「三日じゃ遅いんだよぉぉぉぉ!! 新型を買え新型をぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 絶叫するのび太。

 「高いんだもん。絶対ヤダ」

 ドラえもんはバッサリと切り捨てた。崩れ落ちるのび太。

 「北海ダイビング覚悟で行ってみるか、それともこめかみでパンを食べる練習をするか・・・どっちにする?」

 非情な選択を迫るドラえもん。元はといえば、全部のび太の自業自得ではあるが。

 「わかったよ・・・。どのみちやらなきゃいけないし・・・せめて浮き輪ぐらいつけさせてよ・・・」

 覚悟を決めたのび太。押入から浮き輪を取り出すと、空気を入れて膨らませはじめた。

 「それでこそだよ、のび太君」

 ドラえもんはその姿にうっすらと涙をにじませながらも、どこでもドアを取り出した。

 「準備はいいね、のび太君?」

 「いつでもいいよ」

 のび太は浮き輪をつけ、準備運動も終えていた。

 「よし、さあのび太君! いくよ!」

 ヅバ〜ン!!と団子をふりかざし、ドラえもんはドアを勢いよく開けた。

 「ちょ、ちょっとドラえもん! せめて向こうが海か確認ぐらい・・・」

 「LET’S轟!!」

 ヅバ〜ン!!

 ドラえもんは躊躇するのび太の尻を、思い切り蹴飛ばした。

 「ふぎゃああああああああああああ!?」

 悲痛な悲鳴をあげつつ、のび太はドアの向こうの闇へと消えていった。





 「・・・あれ?」

 ドアに飛び込んだのび太の足が感じたのは、北海の刺すような冷たさではなく、たしかな地面の感触だった。

 「へぇ、ラッキーだったね。ちゃんと陸についたよ」

 そのあとに、ドラえもんがのんびりとドアから出てきた。

 「ドラえもん! ひどいじゃないか! ぼくをダミーに使うなんて!」

 怒り心頭ののび太。

 「まあまあ。それに、見てごらん。君のそのかっこも、あながち無意味じゃなかったよ」

 そう言ってドラえもんが顔を向けた先には、黒々とした海が横たわっていた。時差があるので、今は真夜中のようだ。

 「もうちょっと場所がずれてたら、君はやっぱり北海ダイビングをする羽目になってたよ。君にしては珍しく、運が働いたみたいだね」

 そんなことを言うドラえもんに燃えたぎる不満を抱きつつも、のび太は何も言わなかった。

 「ところで、ここはどこなの? 陸についたってことは、イギリスなんじゃないの?」

 とりあえず気になることを、のび太が尋ねる。

 「待ってて。今探査衛星で確認するから」

 そう言ってドラえもんは、ポケットからいつも使っている偵察衛星とモニターを取り出した。

 シュボッ!

 煙と炎を吹いて、偵察衛星が空へ上がっていった。やがて、モニターに地図が映し出される。

 「わかったよ。残念だけど、ここはイギリスじゃないね」

 「ええ〜!? じゃあ、いったいどこなのさ?」

 「アイルランド」

 「アイルランド? それって、イギリスに近いの?」

 「これを見ればわかるさ。ほら、ここがぼくたちのいる場所」

 そう言って、ドラえもんがモニターに映る地図を指さした。中央に映っている縦に細長い島が、俗にイギリスと呼ばれているグレートブリテン及び北アイルランド連合王国の本土、グレートブリテン島。海を挟んでそのすぐ西にある島が、アイルランド島である。その北部、ベルファストの南、マン島の西の地点に、光っている点がある。そこがのび太とドラえもんの現在位置だった。画面には「FORT PEEKS」と表示されている。

 「どうやらここは、北アイルランドのフォートピークスっていう街みたいだね」

 周囲を見渡し、ドラえもんが言った。海岸にはいくつもの漁船が停泊している。どうやら、小さな漁村のようだ。

 「なんだ、イギリスに近いじゃない」

 「イギリスにはね。首都のロンドンはだいぶ南だけど。それにのび太君、ここだって、イギリスには間違いないよ」

 「え? それって、どういうこと?」

 「アイルランドの中でも北のこの辺りは、アイルランド領じゃなくてイギリス領なんだよ。でもこのあたりはずっと昔から、独立紛争が絶えないんだ。イギリスはキリスト教の中でもプロテスタントが国教の国なんだけど、このあたりにはカトリックの人達がいるんだ。だから少数派のカトリックの人達が独立を求めてIRAっていう武装集団を結成して、昔からテロ活動を行ってるんだよ・・・って、せっかくためになる説明してやってんのに聞いてんののび太君!?」

 隣で眠りかけていたのび太を、ドラえもんはたたき起こした。

 「うるさいなぁ・・・難しい話は苦手なんだよ・・・」

 「まったく・・・拳銃の腕前はIRA真っ青だってのに・・・」

 物騒なことをブツクサ言うドラえもん。まあ、のび太にアイルランド独立紛争の話を理解させるなど、こめかみでパンを食べるより難しいことかもしれないが。

 「そんなことより、どうするのドラえもん? 真夜中じゃない」

 のび太があたりを見て言った。街はすっかり寝静まっている。

 「イギリスと日本じゃ、時差がきっかり12時間あるからね。日本で午後2時だったんだから、ここは今夜中の2時ってことだね」

 ドラえもんが時計を確認した。

 「夜中の2時? ・・・ふぁぁ、ぼく、なんだか急に・・・」

 「早くも時差ボケかい!! 早すぎだ!!」

 のび太を揺り起こすドラえもん。が、やがてその手を止めた。

 「でも、真っ暗な夜の海の上をタケコプターで飛ぶのは危ないし、たしかに明るくなってからイギリスに行った方がいいかもしれないね・・・」

 「そうだよドラえもん・・・。今夜はここで、キャンピングカプセルでも出して寝ようよ。イギリス人も知らないような場所なら、明日一日あれば見つかるさ」

 今日と明日しか時間がないというのに、相変わらずのんびりした奴である。

 「そうだね・・・。それじゃ、そうしようか」

 ドラえもんがそう言いながら、ポケットに手を突っ込んだ、その時だった。

 ドンドン!! ドガガガガ!!

 「「!?」」

 突如、夜の静寂に無数の銃声が響き渡った。すぐにそちらの方を向くのび太とドラえもん。

 「ド、ドラえもん!? 今のって・・・」

 「間違いない。銃声だね・・・」

 ドラえもんがやけに落ち着いた様子で答えた。そして・・・

 「これは・・・チャンスだね・・・」

 と、小さくつぶやいた。

 「チャ、チャンスって何の!?」

 「決まってるだろ!? イギリス人も知らないイギリスの珍しいものじゃないか!?」

 「冗談じゃないよ!! 銃撃戦だよ銃撃戦!?」

 「だからこそじゃないか!! きっとあれは、IRAのテロに違いないよ!! 本物のIRAなんて、立派な珍しいものじゃないか!!」

 ぶっとんだことを口にするドラえもん。どうやら、大長編の血が騒ぎだしたらしい。

 「ドラえもん!! 僕達が探してるのは「珍しいもの」で、「アブナイもの」じゃないんだよ!?」

 「君にはわからないのか!? アブナイものこそ、珍しいものの中でも最高ランクに属するものだってことが!!」

 「わかるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 のび太の絶叫が響き渡る。

 「ああもう! モタモタしてたらIRAが逃げちゃうよ! さっさと行くよ! ほら、ショックガン! それがあれば大丈夫だろ!?」

 のび太にショックガンを投げ渡すのび太。

 「無茶だよぉぉぉぉぉぉ!! 相手は本物のマシンガン持ってるんだよぉ!?」

 「マシンガンぐらいなんだっていうんだ!? あれだけ一緒に死線をくぐり抜けてきて、いまさら君はマシンガンなんかが怖いっていうのかい!?」

 「当たり前だろぉぉぉぉぉぉ!? 当たったら死ぬんだぞぉぉぉぉぉぉ!?」

 絶叫するのび太。だが、業を煮やしたドラえもんは、その襟首をむんずとつかんだ。

 「うるさい! 今までぼく達がくぐり抜けてきた修羅場に比べればこの程度、修羅場の内にも入らないよ!!」

 そう言って、ドラえもんはのび太の首をつかんだまま、ズルズルと引きずり始めた。

 「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」





 ババババババババババババババババ・・・

 やかましいローター音を響かせ、ヘリが真っ黒な海上を飛んでゆく。

 「・・・敵がどんな相手かはまだ不明だ。だが、すでに警官隊が突入してしまっている。・・・今頃は彼らも喰屍鬼(グール)になっていると考えて、間違いないだろう」

 携帯電話の向こうからやや低めの、強い意志を感じさせる女性の声が聞こえてくる。

 「・・・そんなことは大した問題ではない、インテグラ」

 携帯電話を耳にあてた男は、低い声でそう言った。

 「そこには、殲滅すべき敵がいる。それだけだろう?」

 「・・・その通りだ」

 電話の向こうの相手は、短くそう答えた。

 「楽しみたいが、そうもいかんな。ウォルターがいるとはいえ、今のそちらはいかにも手薄だ」

 「・・・我々は二度もあんな真似を許しはせんよ。だが、速やかな任務遂行を期待する、我が僕」

 「・・・認識した、我が主人(マイマスター)」

 そう言うと、男は携帯電話を切った。赤いサングラスの下にある目が、わずかに横に動く。

 彼の隣には、もう一人座っていた。少女というにも、女性というにも難しい、微妙な容貌の彼女は、隣の男の横で身動き一つしない。

 「どうした、婦警」

 男は彼女にそう声をかけた。警察の制服によく似た服に身を包んだ彼女は、わずかに顔を動かして答えた。

 「楽しそうですね、マスター・・・」

 男は答えなかった。彼女は、もう一度言う。

 「期待してるのは、吸血鬼なんかじゃなくって、やっぱり・・・」

 「やはりお前も期待していたか、婦警」

 男はそう答えた。

 「私は期待なんかしていません。怖いだけです。だって、これから行くところって・・・」

 「同じ場所だからといって、また「奴」が現れるとは限らない・・・。だが・・・十分期待はできる・・・」

 男は静かに続けた。

 「標的はどれほどよくても、このあいだのくだらない出来損ないの生き物程度だろう・・・。だが・・・「奴」も同じことを期待しているはずだ・・・クククッククククク・・・」

 「・・・」

 低い笑い声を漏らす男。隣人は彼を、複雑な目で見つめるだけだった。





 ドラえもん達は、ある建物の前まで来ていた。小さなホテルらしいが、周囲には何台ものパトカーが停まり、「KEEP OUT」と書かれたテープが周辺に張られている。

 「いよいよだねのび太君・・・。この中に、本物のIRAがいるんだよ。ついにぼくたちは、テロリストと直接対決を演じることになるんだ・・・」

 「うう・・・ねえ、ほんとにやるの?」

 だんだんあきらめつつあるのび太が、ドラえもんに尋ねた。

 「当たり前じゃないか! ここまで来てあとにひけるもんか! うまく言えばIRA殲滅の英雄として、テレビや新聞に出られるかもしれないんだよ? ほら、ほんやくこんにゃく。インタビュー受けるときに英語しゃべれなかったら困るだろう?」

 そう言って、のび太にほんやくこんにゃくを渡すドラえもん。

 「そんなことより、ビデオはどうするんだよ? せっかくIRAと戦っても、ビデオに撮ってないんじゃ全然意味がないじゃないか! ・・・ムグムグ」

 ほんやくこんにゃくをかじりながら、のび太がそう言った。

 「そんなことなら全然安心だよのび太君。ビデオカメラなら、ちゃんと持ってるよ。ほら」

 そう言ってドラえもんが示したのは、彼の首輪についている鈴だった。

 「はぁ? なんでそれが・・・」

 「このあいだ未来に戻ったときに、ちょっとバージョンアップしたんだ。今のこの鈴は、鈴型超高性能CCDデジタルビデオカメラになってるんだよ!」

 「そ、そうなんだ・・・」

 のび太はとりあえず納得したが、その時、周囲の様子がおかしいことに気がついた。

 「ねえドラえもん、なんか、変じゃない・・・?」

 「変って、なにが?」

 「だってほら・・・こんなにパトカーはたくさん停まってるのに、肝心のお巡りさんの姿が一人もないじゃないか」

 のび太の言うとおり、そこには人っ子一人いなかった。

 「みんな、あのホテルの中に入っちゃったんじゃないの?」

 「まさか、だったらおかしいよ。どうしてさっきから、銃声が全然しないわけ?」

 「う〜ん・・・考えててもしかたがない。入ってみればわかることさ。いくよ、のび太君!」

 「あああ、嫌だなぁ・・・」

 意気揚々のドラえもんと嫌々な様子ののび太は、駆け足でホテルの中へと入っていった。





 ホテルの中は、不気味なほど静まり返っていた。

 「こんばんわー・・・誰かいませんかー?」

 か細い声でそんなことを言いながら、おっかなびっくり進むのび太。

 「ダメだよのび太君、そんな小さな声じゃ。こうやらないと。こんばんわー! IRAの皆さーん!! 日本から大スターが、あなた達に会うためにやって来ましたよー!!」

 と、大声を張り上げるドラえもん。のび太は慌ててドラえもんの口をふさいだ。

 「な、なにしてるんだいドラえもん!?」

 「なにって、IRAに出てきてもらわないと話にならないじゃないか?」

 サラリと言うドラえもん。彼は完全に燃えており、IRAとの戦いに体をうずかせているらしい。のび太はそんなドラえもんをあきらめると、彼の後ろについてトボトボと歩き始めた。

 と、突然ドラえもんの足が、階段の近くでピタリと止まった。

 「・・・」

 「どうしたの、ドラえもん?」

 そう言って、のび太がドラえもんの肩越しに前を覗くと・・・

 「!!? ヒ、ヒィィィィィィィィィィィィ!?」

 のび太は絶叫をあげた。そこには・・・血溜まりの上に倒れている、いくつもの死体があったからだ。ヘルメットと防弾ベストに身を包み、傍らには銃が転がっている。ベストの背中に書かれている「POLICE」の字を見る限り、どうやら突入した警官のなれの果てらしい。どれもうつぶせになって、自らの体から流れた血溜まりに倒れ伏している。

 「・・・どうやら、警官みたいだね。IRAとの銃撃戦があったあとなら、こんなのがいてもおかしくないけど・・・ん? どうしたののび太君?」

 ドラえもんはしゃがみこんでガタガタ震えているのび太を振り返った。

 「ど、どうしてそんなに冷静でいられるんだい? 死体なんだよ!?」

 「これまで修羅場くぐり抜けてきて、いまさら君は死体も怖いのかい?」

 「修羅場修羅場って君は言うけど、ぼくたちは人を殺したり死体を見たりしたことなんてないじゃないかぁ!!」

 「だったらこれがいい機会だよのび太君。死体に対しての免疫をつけて、これからの冒険のためにステップアップするんだ! さぁ!」

 そう言って、のび太の背中を押すドラえもん。

 「そんなぁ! ぼくはしずかちゃんと結婚して、普通の人生を送りたいだけだよぉ!!」

 のび太が絶叫してそれを拒む。と、そんなとき・・・

 ピクッ!

 「「!?」」

 ドラえもんとのび太が硬直する。なんと、血溜まりの中で警官の手が、ピクリと動いたからだ。

 「も、もしかして・・・生きてる?」

 そう言って、ドラえもんが近づこうとした、その時だった。

 ズルゥ・・・

 「「!?」」

 ドラえもんとのび太は、自分の目で見ているものが信じられなかった。血溜まりの中から、警官がゆっくりと立ち上がったのである。死んだと思っていたものが生き返ったのだから、当然である。しかし、彼らの驚きはそれとは別にもう一つ、別のところにあった。彼は生き返ったのではなく、やはり、「死んでいる」というところに・・・。

 「ウギャアアアアアアアアアアアアア!! ゾ、ゾンビだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 そう。立ち上がった警官の顔は醜く崩れ、だらしなく開いた口からは血をダラダラと垂れ流している。目には生気がなく、死人の目そのものだ。そんな人間が、幽鬼のように立ち上がり、ユラユラとドラえもん達へ向けて歩き始めたのだ。それも、一人だけでない。一人、また一人と、血溜まりに倒れていた警官達がゾンビとなって立ち上がる。

 「ちっ!!」

 だが、ドラえもんはすぐに冷静さを取り戻すと、ポケットからショックガンを取り出し、引き金を引いた。

 バシュッ!!

 光線がほとばしり、ゾンビの顔に命中した。ゾンビがそれによって、突き飛ばされたようにうしろに倒れる。

 「のび太君、何してるんだい!! 君もさっさと撃ってよ!!」

 ドラえもんはうしろでおびえているのび太に怒鳴った。

 「冗談じゃないよ!! ゾンビが迫って来るんだよ!?」

 「言われなくてもわかってる! んなことよりも、死にたくなかったら撃って撃って撃ちまくれぇ!!」

 バシュバシュバシュ!!

 ドラえもんがショックガンを乱射し、そのたびにゾンビが倒れ込む。だが・・・

 ズルゥ・・・

 ゾンビはいくら撃っても立ち上がってくる。ショックガンで撃たれたところに、焦げ目はついているが。そのうえ・・・

 ガシャッ・・・

 ゾンビ達は落ちていた小銃を拾い上げると、それをのび太達に向けた。

 「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 バシュバシュバシュッ!!

 ついに、のび太のショックガンが火を噴いた。死の恐怖に極限までさらされ、切れたらしい。ゾンビ達の手から小銃が吹き飛ばされ、地面に転がる。

 「やっとふっきれたかのび太君!!」

 「死ぬよりマシだ!! だけどドラえもん、こいつら、撃っても撃っても立ち上がってくるよ!!」

 「ショックガンじゃ、役不足らしいね。それなら・・・」

 そう言ってドラえもんが取り出したのは、空気砲だった。

 「空気砲? ドラえもん、それだってショックガンと似たようなものじゃないの?」

 「忘れたかい? これはその気になれば、UFOだって撃ち落とせるんだよ? ゾンビを木っ端みじんに粉砕するぐらい朝飯前さ! いくよ、のび太君!!」

 ドラえもんはのび太に空気砲を渡すと、自らも空気砲を腕にはめた。

 「ドカン!!」

 ドラえもんが叫ぶと、空気の塊がゾンビを襲った。直後、ゾンビの胸に風穴が開く。しかし、ゾンビはなおも迫ってくる。

 「ダメじゃないかドラえもん!!」

 「ハチの巣にしてやればいいんだよ!! つべこべ言わず、撃った撃った!!」

 ドガドガドガドガドガ!!

 のび太とドラえもんの空気砲がうなりつづける。そのたびにゾンビの体が穴だらけになっていき・・・やがて、ズタズタになったゾンビ達はもとの血溜まりに倒れ、今度は再び立ち上がることはなかった。

 「ハァ・・・しぶとい奴らだった・・・」

 空気砲をおろし、ドラえもんがつぶやく。

 「しかし、なんだってゾンビなんかがいるんだろう? だいたいゾンビなんかが本当にいるなんて、思ってもみなかったよ」

 「まぁ、恐竜とか天上人なんかがいるんだから、ゾンビぐらいいたって不思議じゃないでしょ。IRAかと思ったら、こんな奴らがいるなんてね・・・」

 と、のび太達が話していた、その時だった。階段の上に、いくつもの足音が聞こえた。

 「!? まだ誰かいる!」

 「ああ・・・行ってみよう」

 ドラえもんが先頭になり、階段を駆け登る。そして、彼らがそこで見たものは・・・

 ホテルの廊下を埋め尽くす、ゾンビの群だった。

 「・・・どうやら、このホテルはゾンビでいっぱいらしいね・・・」

 「うん・・・こうなったら・・・」

 ドラえもん達は、ゾンビ達に空気砲を向けた。

 「「片っ端から叩きつぶしてやる!!」」





 数分後。ゾンビ達はすべて、物言わぬ死体となって床の上を埋め尽くしていた。

 「フゥ・・・やっと始末できたよ」

 「やったじゃないかのび太君! ゾンビ退治の映像は、バッチリ撮影できたよ! これでスネ夫達の腰を抜かせることができるね」

 「腰を抜かすどころか、気絶させることができるよ! ウヒラウヒラ」

 凶悪な笑みを浮かべるドラえもんとのび太。

 「でもドラえもん、なんでこんなところにゾンビがうようよいたんだろう?」

 気になっていたことを尋ねるのび太。

 「ぼくにもわかんないよ。でも、ついでだ。もうちょっとこのホテルの中を探検して、その原因を探してみようよ。ひょっとしたら、もっと面白いものを見られるかもしれないよ」

 「そうだね」

 ドラえもんとのび太達は、床に倒れている死体を踏まないように、注意深く足を進めていった。と・・・

 コツ・・・コツ・・・

 階段を下りてくる足音がした。

 「「!?」」

 ドラえもんとのび太は、立ち止まって振り返り、電気が消え月明かりだけが差し込む廊下の上で、空気砲を向けながらその足音が近づいてくるのを待った。

 コツ・・・

 やがて、「彼」はその姿を現した。その姿を見て、ドラえもんとのび太は、少し拍子抜けした。一種異様な迫力をもっていたが、それは、ゾンビではなかったのだ。

 現れたのは、紛れもなく人間だった。年齢は、30歳過ぎくらいだろうか。黒いズボン、黒いコート。体つきはがっしりとしており、背が高い。顔には無精髭が生えており、左の頬に刃物でできたと思われる大きな傷痕がついていた。ノーブルグレイの髪を刈り込んでいる。首からは、大きなロザリオがぶら下がってる。両手に何かを持っているようだったが、月明かりは逆光の上、彼の胸から上しか照らし出さなかった。丸い眼鏡が白く反射し、その下の目がどんな表情を浮かべているかは、彼らにはわからなかった。

 ドラえもん達はホッとしながら、空気砲を下ろした。

 「よかった・・・生きていた人がいたよ、ドラえもん」

 「うん。大丈夫でしたか?」

 そう言って、ドラえもんとのび太は彼に近づいた。

 「・・・」

 男はそれには答えず、廊下の惨状を静かに見回した。

 「どうしたんです?」

 ドラえもんはキョトンとしながら言った。

 「・・・これは、お前達がやったのか・・・?」

 男は静かにそう尋ねた。

 「ええ、驚きましたけどね。でも、もう安心して下さい」

 「それより、どうしてこんなことになったか、何か知りませんか?」

 逆に聞き返すドラえもん。だが、男はニヤリと笑いを浮かべた。

 「何も知らないのか・・・。やはりお前達・・・「ヘルシング」ではないな?」

 「へ、へるしんぐ? なんですか? それ」

 男が妙なことを口走ったので、訝しげに尋ねるのび太。だがかまわず、男は続ける。

 「お前達、どこの出身だ?」

 「え・・・? に、日本から来たんですけど・・・」

 ようやくドラえもん達は、男がただの人間でないことに、薄々気がつき始めていた。もっとも、ゾンビ達がたむろするこのホテルの中を、何事もないかのように階段を下りてきたのだから、元からただの人間ではないことは確かだったが。

 「ほぉ・・・日本? ということは、仏教か。仏教にも、「我々」や「奴ら」のような組織が存在するとは・・・初耳だな」

 「な、何を言ってるんです・・・?」

 ドラえもんとのび太は、ただならぬ様子に身を震わせた。その時、彼らは気がついた。眼鏡の下に潜む目が、あきらかに普通ではない鋭い眼光をそなえていることに。それに気づいた二人は、ゆっくりと後ずさり始めた。

 「日本・・・仏教、神道、そして、キリスト教・・・様々な宗教が混在するが、結局どれについても深く信仰することを知らぬクソ雑巾どもの住む国・・・。信仰すら持たぬとは、汚らわしいプロテスタントどもより、よほど始末が悪い・・・。「もし主を愛さない者があれば呪われよ。マラナ・タ(我らの主よ、来たりませ)」!」

 「こ、この人、何を言って・・・」

 「のび太君、気をつけろ! こいつは・・・」

 男に空気砲を向けるドラえもん。だが男は、スッと両手を持ち上げて、静かに言った。

 「我らは神の代理人、神罰の地上代行者。我らが使命は我が神に逆らう愚者を、その肉の最後の一片までも絶滅すること―――Amen(エイメン)」

 カシャッ・・・

 男は両手に持っていたものを重ね合わせ、銀色の十字架を作った。さきほど人の首を切り落としたように、真紅の血に彩られた小剣を・・・。

 「・・・ここにいた雑魚の代わりに、楽しませていただこうじゃないか。小僧、それに、タヌキ」

 黒いコートの下には、黒い法衣。そして胸には、キリスト教徒の証であるロザリオ・・・。その男・・・アレクサンド=アンデルセン神父は、その目にあからさまな殺気をたくわえ、狂気に満ちた笑みを彼らに向けた。だが、そんな彼も、その時には気がついていなかった。

 「タヌキっていうなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 目の前の青いネコ型ロボットの闘志と狂気に、自ら火をつけてしまっていたことを・・・。





 「シィィィィィィィィィィッ!!」

 ヒュババッ!!

 噛みしめた歯の間から息のもれる音を出しながら、アンデルセンはすさまじい早さで手に持っていた小剣をドラえもんに向かって投げつけた。

 「クッ!! ヒラリマント!!」

 ドラえもんはポケットからヒラリマントを取り出して、それをかわした。

 カカッ!

 それた小剣はそのままの勢いで、廊下の壁に突き刺さった。

 「! ほぉ」

 少し感嘆の表情を浮かべるアンデルセン。楽しそうだ。

 「ドカン!!」

 すかさずのび太が、空気砲を発射する。超人的な射撃センスをもつのび太のこと、空気の砲弾は正確にアンデルセンを直撃した。後ろに吹き飛ぶアンデルセン。

 ドゴッ!

 「やった!」

 だが・・・

 バンッ!

 アンデルセンは床にたたきつけられた直後、両手で床を叩き、その反動で軽々と身を起こした。

 「クッ、ククッ・・・クカカカカッ!!」

 狂気に満ちた笑いを浮かべながら、アンデルセンはどこからか銃剣を取り出した。

 「そ、そんな!!」

 驚愕するのび太。

 「そんな玩具(おもちゃ)でこの俺を、どうにかできると思っているのか?」

 「思ってないさ! なに手加減なんかしてるんだいのび太君!? ゾンビをぶち殺したときみたいに、手加減なしで撃たなきゃダメだよ!!」

 「だ、だって、相手は人間だよ!? 本気で撃ったら死んじゃうじゃないか!!」

 「あれがただの人間に見えるか!? 本気でやらなきゃぼくらが死ぬ!!」

 そう言うとドラえもんは、空気砲をアンデルセンに向けた。

 「お前はぼくのことをタヌキと呼んだ! 生きてここから帰れると思うなよ!! ドッカァァァァン!!」

 空気砲からマックスパワーの砲弾が発射され、やはりアンデルセンの頭部を直撃した。吹き飛び、壁にぶつかるアンデルセン。そのままズルズルと、壁にもたれたまま動かなくなる。

 「やったか・・・」

 肩を垂らし、つぶやくドラえもん。

 「正面から不意もうたずにぼくたちに戦いを仕掛けるなんて、勇敢だね。だけど、愚か者だ。でも・・・今までの相手と比べれば、やる方かな・・・」

 「こ・・・殺しちゃったの・・・?」

 「さあね。でも、これ以上ここにいてもしょうがないだろう。出るよ、のび太君」

 「う、うん・・・」

 そう言って、アンデルセンに背を向けてホテルから出ようとするドラえもんとのび太。と、のび太がふと振り返ると・・・

 「ド、ドラえもん・・・」

 のび太はおびえきった表情で、ドラえもんの名を呼んだ。

 「どうしたんだい?」

 「ドラえもん!!」

 のび太は彼の名を呼ぶだけだった。

 「・・・!?」

 ドラえもんはとっさに、後ろを振り返った。目に飛び込んできたのは、こちらに飛んでくる銃剣だった。

 「ヒッ、ヒラリマント!!」

 間一髪でドラえもんはヒラリマントを構え、その直撃を逃れた。

 「何ィィ!?」

 床を蹴って後ろにはね、距離をとるドラえもん。

 「Amen」

 その視線の先には・・・何事もなかったかのように笑いながら銃剣を取り出すアンデルセンの姿があった。空気砲の直撃を受けた額からは白い煙があがり、血がドクドクと流れているが、その傷がみるみるうちにふさがっていく・・・。

 「そ、そんな・・・!」

 「再生能力・・・!!」

 信じられないという表情でアンデルセンを見つめるのび太とドラえもん。

 「そうだ!! 我々が貴様らのような存在と戦うために作り出した技術だ」

 シュガガガガガガガガッ!!

 その言葉の直後、無数の銃剣がのび太とドラえもんに襲いかかった。





 ザスッ・・・

 「ほう」

 男は、突然足を止めた。

 「どうしたんです、マスター?」

 その後ろをついてきていた娘が、彼に声をかけた。割と小柄な体格だが、彼女は異常にたくさんのものを持っていた。左手には手提げ金庫のような緑色の箱を提げ、肩からばかでかいライフルを垂らしている。そして右手には、水道管と見間違えるような大きな鉄の筒を、肩に抱えていた。隣の男が持った方がよいように思えるが、男自身はそんなことなど、まったく考えたことがない。

 「面白いことになりそうだ」

 男は口の端に笑みを浮かべ、男はつぶやいた。

 「そ、そ、それって! やっぱり、あの化物神父が来てるってことでスか!?」

 彼女の顔が、さっと青ざめた。

 「ああ。だが、この間とは少し事情が違うようだ。これはこれで・・・面白いものが見られるだろう」

 そう言って、男はまた足を進め始めた。

 「急げ。お楽しみが終わってしまうぞ、婦警」

 「はッ、はッ、はいッ!!」

 婦警と呼ばれた少女は、慌てて彼の後を追いかけ始めた。





 「ドカンドカンドカン!!」

 ドラえもんが叫ぶとともに、何発もの空気の砲弾が発射される。

 「ゲェアハハハハハハハハハハハ!!」

 だが、アンデルセンは悪魔のような笑い声をあげながら、猛スピードで走り回ってそれをかわす。そして同時に、どこから取り出したのか大量の銃剣を取り出し、一斉にドラえもんへ投げつけた。

 「ヒラリマントッ!!」

 ヒラリマントでそれをかわすドラえもん。

 「くっそ〜、いったいどこにあんなたくさんの銃剣を隠してるんだ!? !! まさか、あいつも四次元ポ・・・」

 と言いながら、ドラえもんはうしろを振り返った。

 「邪魔だよのび太君! そんなふうにへばりつかれてちゃ自由に動けないじゃないか!!」

 「うるさぁぁぁぁぁぁい!! こうしなきゃ、あの銃剣でハチの巣にされちゃうじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ドラえもんのうしろに影の如くつきまとっているのび太が叫ぶ。

 「邪魔ならぼくにもヒラリマントをもう一つよこせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 「無理だよ。ヒラリマントはこれ一つしかないし。それに、君みたいに鈍い人じゃ、マントを翻す前にあの銃剣でメザシにされるね」

 「ぼくに死ねって言ってんのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 絶叫するのび太。

 「うるさいなぁ。どっちにしてもこのまんまじゃ邪魔だから、君はこれでも持ってなさい」

 ドガッ!

 ドラえもんはのび太に何かを渡すと、非情にも蹴り飛ばした。

 「鬼ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 悲鳴をあげて転がるのび太。当然、そんなのび太をアンデルセンが見逃すはずはない。

 「ゲァハハハハハハハハハハ!! くびり殺してやるぞ、異教徒ォ!! 貴様の死をもって、我らが神を微笑ませろ!!」

 シュガガガガガガガガガガッ!!

 無数の銃剣がのび太に襲いかかる。

 「冗談じゃねえぇぇぇぇぇぇ!! しずかの笑顔のために死ぬことはあっても、てめぇらの神を笑わすためなんかに死んでたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 カチッ!

 が、のび太が握りしめたそれのスイッチを入れたとたん、

 カキキキキキィィィィィィィン!!

 銃剣は金属音をたてて、のび太の手前1mほどのところでなにかにぶつかったかのようにはじき返された。

 「!! 妙な小細工を・・・」

 アンデルセンは少し片方の眉を上げたが、表情はますます面白くなってきたとでもいうように残酷な笑みにゆがむ。

 「なにするんだドラえもん!? 危うく死ぬところだっただろ!?」

 「きみがあのまんまぼくの背中にへばりついていたら、そのうちどっちも共倒れになるところだったんだぞ!? 感謝してほしいくらいだよ!!」

 「う〜・・・まあいいよ。たしかに、バリヤーポイントの方が、心おきなく戦えるね」

 のび太はそう言って、小型バリヤー発生装置バリヤーポイントをポケットにしまった。

 「そう、仲間割れなんかしてる場合じゃない。今はこいつをなんとかしないと・・・」

 そう言って、アンデルセンをにらみつけるドラえもん。

 「DUST TO DUST(塵は塵に)。塵にすぎないお前達は、塵に還れ」

 ズパッ!

 両手に銃剣をかまえるアンデルセン。

 「AMEN」

 彼は銃剣をもった両腕を横に伸ばし、ツカツカと歩み寄ってきた。

 ドガドガドガドガドガドガ!!

 のび太とドラえもんは何も言わず、アンデルセンに向けて空気砲を連射した。アンデルセンはよけるそぶりも見せず、その攻撃を甘んじて受け、床に倒れる。だが・・・

 「クカカカカカカッ!!」

 不気味な笑い声とともに、彼は再び立ち上がった。

 「ムダだ。おとなしく皆殺しにされろ、「邪教徒」め」

 どんなに空気砲を撃ち込んでも倒れない「化物」に、のび太とドラえもんは戦慄した。

 「ど、どうしようドラえもん! 空気砲じゃ全然手がつけられないよ!!」

 「・・・」

 だが、ドラえもんは何かを考えているようにじっとうつむいていた。

 「ドラえもん!!」

 のび太が大きな声を出す。その時、ドラえもんはのび太を「キッ!」と見つめた。

 「のび太君・・・」

 「な、なにっ!?」

 ただならぬ様子におびえるのび太。

 「「あれ」を使うよ・・・。あまりの威力に、これまでの修羅場でも使うことはなかった、禁断の「あれ」を・・・」

 その言葉に、のび太は顔を真っ青にした。

 「ま、まさか・・・! ダメだよドラえもん! いくらなんでも、あんなものをここで使ったら・・・!」

 「空気砲がきかないなら、あれを使うしかないだろ!? ぐずぐず言わずに、受け取れ!!」

 ドラえもんはそう言うと、ポケットから取り出した何かをのび太に投げた。

 ヒュッ!

 「わっ! じゃ、「じゃ」のつくもの、はいれ!!」

 のび太が慌ててそう言うと、それはバリアを突き抜けて、のび太の手に落ちた。

 ズシッ!

 「!?」

 それを受け取った瞬間、のび太の手にすさまじい重量感が伝わってくる。

 それは、ごくごく普通のリボルバー拳銃だった。ただ、その大きさを除いては。のび太の手の中にあるその拳銃は、冗談のような大きさをしていた。口径は、すくなく見積もっても20mm。紛れもなく、化け物のような銃である。

 「相変わらず、すごい重さだね・・・。だけど、しかたない。ネズミ相手に使うよりはマシだ!」

 のび太はそう言うと、その超巨大拳銃「ジャンボ・ガン」を両手でアンデルセンに向けて構えた。同様にドラえもんも、同じものをポケットから取り出し、構えた。

 「!?」

 さすがにこれを見て、アンデルセンの表情が変わる。

 「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 のび太が叫びながら、その重い引き金を引く。

 ドゴォォォォォォォォォォォォン!!

 その直後、その銃口から巨大とはいえとても拳銃から出たとは思えない爆音と閃光がほとばしった。

 「うおおッ!?」

 だが、アンデルセンはその直前、とっさに横へと飛びすさっていた。そして、直後に彼が見たものは・・・。

 「・・・!」

 部屋ごと吹き飛ばされた、ホテルの壁だった。粉みじんに粉砕され、夜の潮風が強く入り込んでくる。

 「はずしたか・・・!」

 悔しそうに言うのび太。おそらく、当たればアンデルセンといえど容易に再生することは不可能だろう。この「ジャンボ・ガン」は、戦車を一撃で吹き飛ばすほどの威力を持っているのだ。

 「なにやってるんだのび太君!! 弾数が少ないんだぞ!!」

 ドラえもんが怒鳴る。

 「しょうがないだろ!! これを撃つのは初めてだし、取り回しがむちゃくちゃ難しいんだから!!」

 一方、アンデルセンは再びあの残酷な笑みを浮かべていた。

 「フン・・・! 楽しんでばかりもいられないようだな」

 ダダダダダダダダダダダ!!

 アンデルセンは再び銃剣を構え、突進してきた。

 「吹っ飛べぇ!!」

 ドゴォォォォォォォォォォォォン!!

 ドラえもんが「ジャンボ・ガン」を発射する。しかし、アンデルセンはその爆風を乗り越えてなおも突進する。

 「ドラえもんだって外してるじゃないかぁ!!」

 「う、うるさぁい!! あいつの動きが早すぎるんだよ!!」

 それを聞いたのび太は、ジャンボ・ガンをしまい、ポケットに両手を突っ込んだ。

 「ちょ、ちょっとのび太君!! 何をする気だい!?」

 「見せてやるのさ・・・昨日完成したばかりの、ぼくの新しい技をね・・・」

 そう言って、のび太は前に進み出た。

 「塵に還る覚悟はできたか! 貴様からくびり殺してやる、小僧!!」

 アンデルセンは銃剣を振りかぶり、のび太に突っ込んだ。

 「の、のび太くぅぅぅぅぅぅぅん!!」

 ドラえもんが悲鳴を挙げる。

 だが、アンデルセンは銃剣を突き刺す直前、見た。目の前の少年が、不気味な笑いを浮かべるのを。

 「かかった」

 「!?」

 その時、アンデルセンは悪魔退治、異教弾圧、異端殲滅のプロフェッショナルとしての長いキャリアの中でも感じたことのない「恐怖」を感じた。次の瞬間

 ヒュヒュヒュッ!! ヒュバッ!!

 「!?」

 ビシィッ!!

 何かが空を切り裂く音とともに、アンデルセンの両手、両足になにかがからみつき、すさまじい力で彼を押さえつけた。ふりほどくことができず、空中に磔にされたようになるアンデルセン。

 「見たか! 日本の誇る最強の伝統芸能、「あやとり」を! そしてこれが、ぼくが一年ものあいだあたため、ようやく完成させた超大作あやとり「黒後家蜘蛛(ブラック・ウィドウ)」だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 狂気じみた叫びをあげるのび太。のび太の両手から伸びた無数の糸は、「黒後家蜘蛛」の名の通り、さながら蝶を捕らえる蜘蛛の巣のように、複雑に絡み合いながらアンデルセンの両腕と両足を縛り付け、完璧に彼の動きを封じていた。

 「今だ、ドラえもぉぉぉぉぉぉん!!」

 「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 ドゴドゴドゴォォォォォォォォォォォォン!!

 ドラえもんが、ジャンボ・ガンの引き金を連続して引いた。そして、発射された弾丸は・・・残らず、アンデルセンに命中した。

 ドッガァァァァァァァァァァァァァァァン!!

 想像を絶する大爆発が起こった。

 「ック!!」

 足を踏ん張ってそれに耐える二人。やがて、爆炎も爆風もおさまっていく。天井から破片がバラバラと降り注いできた。

 「だ、大丈夫、のび太君?」

 「う、うん・・・。ホテルが崩れなかったのが不思議だよ・・・」

 そう言いながら、のび太は両手を見つめた。燃え尽き、途中でなくなった糸が、彼の指から伸びていた。

 「あいつは・・・どうなったんだ?」

 「油断するなよ、のび太君」

 二人は前に向けて、ジャンボ・ガンを構えた。やがて・・・煙が晴れていく。のび太とドラえもんは、唾をゴクリと飲み込んでその時を待った・・・。

 「「!!?」」

 ドラえもんとのび太は、そこに驚くべきものを見た。

 「ぶあッ! ばッ! がは、邪教徒ォ!!」

 生きていたのだ。もちろん、無傷ではない。それどころか、生きているなどあり得ない状態だ。左肩の先と右脇腹が、えぐられたようになくなっている。全身が傷口まで黒コゲで、再生が思うようにいかないようだ。

 しかし、二人が恐れたのはそんなことよりも、別のことだった。これほどまでのダメージを受け、前屈みになって腹を押さえ、口から血を吐きながらも、アンデルセンの目はダメージを受ける前と全く変わらぬ狂気と闘志の光を見せているのである。虚勢ではなく、戦いはこれからだとでも言うような、本物の「狂信者」としての姿を見せるアンデルセンに、ドラえもんとのび太はこれまで戦ったどの敵にも感じたことのない恐怖と戦慄を感じた。

 「まだやるっていうのか、お前は!?」

 信じられないといった様子で、のび太が叫ぶ。

 「これ以上やるなら容赦しないよ。すぐに退いた方が身のためだ」

 静かに宣告するドラえもん。だが、アンデルセンは笑いをやめなかった。

 「退く!? 退くだと!? 我々が!? 我々神罰の地上代行イスカリオテの第13課が!? なめるなよ、青狸。我々が貴様ら汚らわしい邪教徒共に引くとでも思うか!?」

 そう言いながらアンデルセンは、残った右手で銃剣を構えた。

 「!? こんなやつがいるなんて・・・」

 「青狸と言うな!! ぼくは・・・怒っている」

 怒りに震える手でジャンボ・ガンを構えるドラえもん。と、その時だった。

 「しょせんそんなものか、人間」

 「「「!?」」」

 突然響いた聞いたことのない声に、3人はその方向を向いた。

 いつのまにか、階段のそばに二つの人影が現れていた。一人は、警察の制服によく似た黄色い制服に身を包んだ、少女以上女性未満といった感じの、可愛らしい顔をした金色のショートヘアーの娘。こんな場所にいるのは、あまり似つかわしくない。

 彼女の前には、もう一人男が立っていた。つばの広い真っ赤な帽子を目深にかぶり、足首まで届く裾の長い真っ赤なコートを身につけている。コートの下は、黒いスーツに黒い靴。目には夜だというのに真っ赤なサングラスをかけており、長い髪が帽子からのぞいている。

 尋常じゃないのは、彼らの持っているものだ。少女の方は、砲身が2mに及ぶかというような巨大な「砲」の砲口を向け、その後ろに腹這いになって狙いを定めている。一方男の方は、ジャンボ・ガンと同じくらい常識外れに大きなオートマチックの銃を両手に持っていた。どちらの銃口も、ドラえもんとのび太、それに、アンデルセンへ向けられている。

 その姿を見たアンデルセンが、「フッ」と笑顔を浮かべた。

 「ようやくお出ましか、ヘルシングの犬共」

 「ご立派な格好だな、人間(アンデルセン)」

 ドラえもんとのび太は、わけもわからずそのやりとりを見つめている。

 「フン・・・」

 アンデルセンはそう言うと、その場にいる人間達を見つめた。

 「今夜は十分に楽しんだ・・・」

 スッ・・・

 そう言うと、アンデルセンは右手を懐に入れた。

 「マッ、マスターッ!!」

 後ろの少女が、慌てたように言う。だが、男は動かない。アンデルセンは再び、ドラえもんとのび太に目を向けた。二人がビクリと身を震わす。アンデルセンは懐に入れた手から、一冊の本を取りだした。

 「なるほど・・・たしかに、今の装備では貴様らを「殺しきれん」ようだ」

 バララアアアアアアアッ!!

 そう言うとアンデルセンは、「TESTAMENT」と書かれた本を広げた。

 「なっ・・・!」

 その途端、その1ページ1ページが舞い上がり、紙吹雪の如く周囲を覆い隠していく。

 「また会おう、ヘルシング、それに、邪教徒」

 宙を飛び交うページに、アンデルセンの姿が隠されていく。

 「次は皆殺しだ」

 そして、アンデルセンの姿は消えた。





 「はああああ・・・」

 プシュウウウ・・・と頭から蒸気を出しながら、のび太がその場にへたり込む。ドラえもんも同様だ。と、そんなときに・・・

 コツ、コツ・・・

 二人が足音に目を向けると・・・あの男女の一人、少女が、例の巨大砲を肩に担いだまま、こちらへと歩いてくる。

 「「!?」」

 とっさにドラえもんとのび太は、彼女にジャンボ・ガンの銃口を向けた。

 「あッ、いや、あの・・・その・・・」

 そのことに、彼らよりも少女の方が驚いたようだ。

 「あ、あたしたち、戦うつもりはないから!」

 少女のその言葉に、ドラえもんとのび太は顔を見合わせたが、やがて、銃を下ろした。その様子に、少女もホッとした様子を浮かべ、彼らに近づいてきた。

 「それにしても・・・君たち、何者? あの化物神父と、互角に渡り合っちゃうなんて・・・」

 珍しいものでも見るような顔で、少女が二人の顔を見る。もっとも、あの神父と渡り合って生き残っているのだから、十分常識離れしているのは当たり前だが。

 「は、はぁ・・・。ただの、日本の小学生ですけど・・・」

 のび太が疲れ切った表情でそう言った。

 「ウソォ!? に、日本って、小学生でもあんなに強いワケ!?」

 少女は仰天した様子で言った。むろんそうではないが、この状況ではそう思ってもしかたがない。と、

 「無駄話をするな、婦警」

 声に振り向くと、そこには例の男が立っていた。

 「あッ・・・で、でも、マスター」

 少女が慌てた様子を見せる。少女とは対照的に、男には先ほどのアンデルセンとよく似た雰囲気を感じる。思わずドラえもんとのび太は、表情に緊張を浮かべた。

 「・・・」

 男は、二人の前に立った。

 「マスター、やめてください!!」

 「黙っていろ、婦警」

 男は静かにそう言った。そして・・・

 バッ!

 「!?」

 目に見えないほどの早さで、のび太のジャンボ・ガンを奪い取った。ドラえもんがすかさず、自分のジャンボ・ガンを突きつける。

 「・・・」

 だが、男はかまう様子もなく、自分の手に握られたジャンボ・ガンをしげしげと見つめた。そして・・・

 「パーフェクトだ。人間の身で、これを扱うとはな・・・」

 男は楽しそうに笑いながら、グリップを前にのび太にそれを返した。

 「あ・・・」

 それを受け取るとき、のび太は初めて、サングラスに隠された男の目を見た。抜き身の剣のような鋭さをもつ、血のように真っ赤な目だった。

 「・・・」

 スッ・・・

 男はそれだけすると、身を翻して歩き始めた。

 「マ、マスターッ!! この子達は・・・」

 少女がその背中に叫ぶ。だが、男は

 「戻るぞ。もうここに用はない」

 とだけ言って、去ってしまった。少女は男の去った方とドラえもん達を交互に見ていたが、やがて、

 「ごめんね。とりあえず、ありがとう」

 と言って、重そうな荷物を担ぎながら、同じ方向へと去っていった。二人はその時初めて、彼女の肩の腕章に「HELLSING」という文字が書かれているのに気がついた。

 「な、なんだったんだ・・・?」

 ヨロヨロと立ち上がりながら、ドラえもんがつぶやいた。





 こうして、のび太とドラえもんのイギリスでの一日目は、幕を閉じた。


あとがき


 どうも、管理人兼作者の影月です。いつかはやると自分でも思っていたのですが、ついにやっちゃいました、「HELLSING+ドラえもん」。久々のクロスオーバーものですが、マジンガーの時以上の暴挙です。ていうか、こんなものを書いたのもたぶん世界初でしょう。

 さて・・・「HELLSING」ですが、マンガに対してある程度深く突っ込んでいる人ならば、名前くらいは聞いたことがあると思います。簡単に言えば、「イギリスの秘密機関に所属する最強の吸血鬼が、イギリスとプロテスタントに刃向かう吸血鬼を始めとする化物達を殺しまくる」話です。ただ、その殺しぶりがちょっとやそっとのものではなく、登場人物がほとんどまともじゃない人ばかりということもあり、作品全体が狂気に支配されたような感じになっています。この作品の大ファンである私としては、ぜひ一読をお勧めしたいのですが、ハッキリ言って、これほど好き嫌いが分かれる作品もないでしょう。私のようにかつてないほどのめりこむか、ちょっと見て放り出すかのどちらかだと思います。個人的には、あまり覚悟して読むほどのものではないと思いますが・・・。

 というわけで、何を間違ったのかドラえもん達がこんな世界の人達と関わり合う羽目になってしまいました。藤子先生、ごめんなさい(あ、こういうと「HELLSING」の平野耕太先生に失礼か・・・)。しかも、前編の相手は劇中では主人公アーカードと並び最凶の名をほしいままにしている、ヴァチカンの絶滅機関、イスカリオテ第13課所属の「聖堂騎士」アンデルセン神父。「HELLSING」を知っている人ならば、彼と戦うことがいかに無謀かわかると思います。当然、いつものギャグ漫画モードやシリアスモードのドラえもんとのび太では秒殺されてしまうのがオチなので、今回の二人はネット上でよく見る暴走ギャグモードです。アンデルセンとの戦いは原作でのアーカードとの戦いをベースにしたものですが、とりあえずアンデルセンのキレっぷりは出せたと思います。彼の強さを知るファンの方は、「アンデルセンはあんなに深刻なダメージは受けない」と思うかもしれませんが、勘弁して下さい。

 さて、アホらしい目的でイギリスへとやって来て、いきなりアンデルセンと戦わされたドラえもんとのび太ですが、次回後編ではついにロンドンへ上陸。管理人のさらなる暴挙により、なんとアーカードと戦わされることに!! 果たして、勝つのは百年かけて作られた最強のアンデッドか? はたまた、三十年間スターの座を守り続けている未来のネコ型ロボットと日本一のダメ少年コンビか? 管理人の暴走による史上最大の戦いが、ロンドンで幕を開けます。お楽しみに!


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