強い風が吹き抜ける、海に面した高台。周囲には背の高い草木が生い茂っている。普段なら無人のこの森にも、今はいくつかの人影が存在していた。

 「・・・」

 彼に網膜投影ディスプレイから送られてくる映像には、彼をとりまく十数台の「敵」が映っていた。人型、昆虫型、4脚歩行型・・・。形状は異なるが、そのいずれもが中身に人間の入っていない半自律型の軍用ロボットであることは変わりない。彼は首を回し、自分から距離を置いて包囲しているそのロボット達を見回した。

 「新座さん、準備はいいですか?」

 「システムに異常なし。いつでもいけます」

 「それでは、テストを開始します。ターゲットは全て、戦闘オペレーションスタートの宣言から3秒後に起動します。当然、すぐに攻撃してきますので、注意して下さい」

 「了解」

 管制室からの通信に、圭介はそう答えた。

 「なお、これを最後に一時的に通信をカットします。本来なら司令本部からの情報支援を受けながら活動するのですが、今回のテストはそれを抜きにした、単体の戦力として見たキャバリエの性能試験ですので」

 「了解しました。それでは、一旦通信を解除します」

 「圭介君、気をつけて下さいね」

 「ただのテストだ。大丈夫だよ。終わったら、またかけなおす。それじゃあな」

 圭介はそう言うと、通信回線をカットした。

 「さて・・・始めるか」

 デュアルカメラの向こうに見える「敵」をひとにらみし、圭介はつぶやいた。

 「キャバリエ、これより戦闘オペレーションを開始する」

 「O.K. Variable Jacket Autonomic Control System, startup」

 網膜投影ディスプレイに、そんなメッセージが浮かぶ。同時に、全身が軽くなるような感覚が伝わってきた。周囲の草木と同様、オリーブグリーンの機体色に染められた新型VJ、キャバリエは、そうして戦闘態勢に入った。




第11話

〜February〜

強襲のキャッシュ


 圭介は右足のガンホルダーに手を伸ばし、大型の専用拳銃を抜いた。と、その時である。

 ピピピピピピピ!!

 システムが警報音を鳴らしてきた。圭介はとっさに、右へ飛び退く。その直後

 ババババババババババババ!!

 彼のいたところを、無数の弾が飛び抜けていった。

 「チッ! もう撃ってきたか!」

 木の陰に隠れ、彼はその攻撃をやりすごした。ディスプレイには、その銃撃の張本人である四足歩行型のロボットが迫ってくるのがわかる。

 「くらえっ!!」

 ダンダンダン!!

 圭介はとっさに木の陰から飛び出すと、拳銃を3発連射した。それによってロボットの装甲が貫かれ、火花を散らして停止した。

 「もう一台!!」

 その後ろに同型のロボットをもう一台確認した圭介は、それに向けて突進をかけた。

 「ハアアッ!!」

 ガシンッ!!

 左の二の腕に格納されたチルソナイトナイフを引き抜き、彼はロボットへ取りつき、精密部品が集中する箇所へ一気に突き立てた。

 「・・・」

 それによって、ロボットが動きを停止する。しかし圭介は気を緩めず、次の索敵にかかった。

 「2時方向・・・人型3!」

 すぐにその方向を向き、ロボットの残骸に隠れる圭介。その方向からは、威嚇の意味を含めた機銃弾がいくらか飛んできた。

 「そんなら・・・」

 そう言うと、圭介はバックパックからバズーカ砲を取り出し、肩に担いだ。

 「こうだ!!」

 ボッ!!

 ドガァァァァァァァァン!!

 爆発が巻き起こり、敵ロボットはそれに飲み込まれた。

 「Target Rest: 7」

 モニターに映る表示を見ると、圭介はうなずいて次の目標へと走っていった。





 「あ、いましたよ」

 オフロード用のエアカーを運転する男は、助手席の女性にそう声をかけた。丘の上に、一体の緑色のジャケットがたたずんでいる。その足下には、白煙をあげて倒れている一台の人型ロボットがあった。

 「お疲れさまでした、新座さん」

 「大丈夫ですか?」

 助手席の女性・・・ひかるも、通信に割り込む。

 「どこにも異常はありません。まぁ・・・感想とかは、またあとで」

 緑色のジャケットからは、そんな声が返ってきた。





 「所要時間4分26秒、被弾数3発・・・テストとしては、ベスト記録ですよ。さすがに、本職の方は違いますねえ」

 モニターに映るテスト結果を見て、作業服姿の男は満足そうな笑顔を浮かべた。

 「本職と言っても・・・どっちかというと、俺の得意は救助作業ですからね。うちの副隊長がやったら、もっといい結果は出たと思いますけど」

 VJの下に着るボディースーツに身を包んだままの圭介が、イスに腰掛けたまま言った。

 「いえ、この結果なら、自衛隊の方に胸を張ってこいつを送り出せるというものです」

 「しかし、坂下さんも忙しいみたいですね。セルキーの開発が終わったと思ったら、今度は新型VJの開発・・・」

 圭介は親しげな声でそう話しかけた。

 「なんだかんだ言って、私も技術屋ですから。忙しいうちが華とも言えますし」

 「それもそうですね」

 VJの水中推進用ユニット「セルキー」の開発を終えた松芝の技術者、坂下は、今は陸上自衛隊用の新型軍用ジャケット「キャバリエ」開発の中心メンバーとなっていた。

 自衛隊への納入を数週間後に控え、最終調整が進むキャバリエ。その前に、実際にVJを使用して活動している組織の人間による性能テストで得られるデータが欲しいと上層部から要求があり、急遽第1小隊の圭介に白羽の矢が立てられた。こうして圭介は、ひかるや楢崎とともに松芝の性能試験場がある小笠原の大鳥島に来ているのである。

 「ところで、これが本題なんですが・・・」

 データをディスクに記録し終えた坂下は、彼の向かいにあるイスに腰掛けた。

 「キャバリエに搭載されている、あれの感じ・・・いかがですか?」

 真剣な表情で尋ねる坂下に、思わず圭介も真剣な顔になった。

 「・・・率直に答えて、よろしいんですね?」

 「もちろんです」

 圭介はそれを確認してから、答え始めた。

 「違和感がありますね・・・」

 坂下は黙り、その言葉を実直に受け止めているようだった。

 「やはり、そうですか・・・」

 「ただ、それは今までのVJを動かしたことのある俺達みたいな人間が動かした場合だけ感じるものだと思います。国産車しか運転したことのない人が、左ハンドルの車を運転するときに戸惑うように・・・。でも、最初からこれを動かす人には、なんの違和感もないと思います。実際、テスト中に不満となるようなことはありませんでしたし」

 「私も、そう思いますよ。ただ、そのことを確認したかっただけで・・・」

 坂下は、圭介の言葉にうなずいた。しばしの時間が、二人の間に流れる。

 「坂下さん・・・」

 「なんでしょう?」

 「これがVJの、本来の姿なんでしょうかね・・・?」

 圭介の質問に、坂下は少し考え込んだ。

 「難しい質問ですね・・・。ただ・・・一般的な考えに照らし合わせれば、その通りだと私は考えますよ」

 坂下はそう言って答え始めた。

 「極論になりますが・・・どんな機械でも、それが作られる理由というのは、人間の仕事を肩代わりさせるためです。計算という仕事の代わりをコンピュータに、洗濯という仕事の代わりを洗濯機に・・・という具合にです」

 「わかります」

 「機械の発展のベクトルというものが、常にそういった方向に向いているとすれば、これまで管制員が行っていた管制作業が、管制員の手から自律管制システム・・・ACSにゆだねられるというのは、そういった流れと同じものだと思います。ACSの搭載によって、ようやくVJは本来の姿・・・単体で完結したジャケットとなった・・・。開発班の中でも、そういった意見は多数を占めています」

 「そう・・ですね。それも、もっともな意見だと思います」

 圭介は黙り込んだ。

 「・・・ここに来る前、おやっさんから俺達のVJとキャバリエとの違いを、マニュアル車とオートマ車みたいなものだと説明されましたよ」

 「なるほど・・・それは的を射たたとえですね」

 坂下は微笑を浮かべた。そんな彼に、圭介は遠慮がちに言った。

 「マニュアル車はオートマ車ができたあとでも、しっかりと生き残ってますよね・・・」

 「そんな回りくどい言い方をしなくても、おっしゃりたいことはわかっていますよ、新座さん」

 坂下はにこやかに微笑みながら言った。

 「ACSは実用化に成功したとはいえ、これから作るVJは猫も杓子もACS搭載だ、なんてことは、我々も考えていません。これからも当分は、VJは人の手による管制作業によって動くのが主流であると思いますよ。ただ、ACSがVJの将来を見越して開発されたものであるということも、間違いありませんが・・・」

 「俺みたいな一実動員のわがままで、今後の開発方針を変えることはできませんからね・・・」

 「いえ、技術者として新座さんの意見は、実際に使う人の意見として尊重するつもりですよ」

 二人は、このコントロールルームからガラス一枚隔てた整備場に目を移した。松芝の作業服に身を包んだ技術者達が、先ほどまで圭介が身につけていたキャバリエのパーツをばらし、チェックを行っている。その中に、作業を見て回っている楢崎と、それについて回っているひかるの姿がある。

 「企業秘密じゃないんですか?」

 「キャバリエのハード自体は、VJとそれほど違っちゃいないんです。外部の者ならいざ知らず、楢崎さんのような方なら、別に秘密にする必要はありませんよ」

 ひかるはこちらが見ていることに気がつき、小さく手を振った。圭介は片手をあげてそれに返す。

 「実は・・・新型VJの開発者として、私も新座さんに聞きたいことがあるんです」

 「なんでしょうか? お役に立てるのならもちろん・・・」

 「いえ、あくまで個人的な質問なのですが・・・」

 そう言って、坂下は切り出した。

 「実動員の方にとって、管制員の方とは、どんな存在なんでしょうか?」

 圭介はその質問に少し面食らったが、やがて、答え始めた。

 「・・・これは俺の場合で、他の実動員はどうかはわかりませんが・・・」

 坂下は、じっと聴き入った。

 「管制員は、すぐそばにいて、安心を与えてくれるものだと思います」

 「安心・・・ですか」

 「ええ。たしかにACS搭載のVJは稼働中のパワー配分制御を誤る心配はないでしょうし、機械としてのVJの信頼性がより高まったことも事実だと思います。ただ、技術者の方にこんなことを言うのはなんなんですけど・・・」

 圭介は頭をポリポリと書いた。

 「どうも、安心できないんですよね・・・」

 「・・・」

 「今のVJを身につけて働いている人間にしかわからないと思いますけど・・・自分が危険な現場の真っ只中にいる中で、離れてはいるけれどしっかりと自分を見守っていて、こっちのことを考えてめまぐるしく管制作業を行ってくれて、オペレートまでやってくれる管制員がいることがもたらす安心感っていうものは、ACSのようなシステムからは得られないんですよ。俺は今たった一人で危険な現場にいるけど、命を預けられるパートナーが、すぐ側で見守ってくれている・・・。そう思うと、落ち着いて任務に集中できるんです」

 「なるほど・・・」

 「世の中には、機械より人間を信頼する人間と、人間より機械を信頼する人間がいます。主観の違いだと思いますけど、俺は前者みたいです。やっぱり、わがままですかね・・・?」

 「・・・技術進歩の流れは、効率化一辺倒だとは限りませんよ。機械は効率化できても、それを使う人間には、損得勘定だけで納得できないことがたくさんある。だから機械にも、そういったことに対応できる余裕が必要なんです。そうでないと、機械の発展なんてものはただの人間疎外になりますからね」

 坂下はそう言うと、視線を整備場へ戻した。その時である。

 「東京都特機保安隊からお越しの楢崎様、新座様、服部様。お迎えのヘリが参りました。第3ヘリポートへお越し下さい」

 アナウンスが響き渡った。

 「時間のようですね」

 圭介は立ち上がり、整備場に目を移す。楢崎とひかるの姿は、すでになかった。

 「今日は本当に、ご苦労様でした。おかげで、いいデータがとれました」

 「お役に立てて光栄です」

 「・・・次世代VJの開発が、このままの方向で進むかどうか・・・。私の一存で決められるものではありませんが、今日新座さんから伺ったことはできるだけ開発に役立てていきたいと思っていますので、ご安心を」

 「よろしくおねがいします。それでは、失礼します!!」

 圭介はパッと敬礼をした。その時、彼の背後のドアが開いて、楢崎とひかるが顔を出す。

 「圭介、いくぞ」

 「今行きます。それじゃ」

 圭介は急いで、彼らの元へと駆け寄った。





 ヘリのローターが起こす強い風が、建物を出た途端に襲ってくる。

 「ご苦労さん」

 見送りの職員に礼を言うと、楢崎はヘリに向かって歩いていく。ひかると圭介も、そのあとに続いた。ひかるは強風で乱れそうになる髪を手で押さえながら、懸命に歩いていく。

 「飛ばされるなよ」

 「私はそんなに小さくありません!」

 圭介はひかるの背に腕を軽く回しながら、一緒にヘリへと歩いていった。楢崎が乗り、圭介が乗り、彼がひかるの乗り込みを手伝う。

 「忘れ物はありませんね?」

 ヘリのパイロットが、後ろに座った彼らに声をかける。

 「ああ。出してくれ」

 「シートベルトの着用をお忘れなく」

 機内にその音が少し響いたあと、やがてパイロットはスラストレバーを上げ、ヘリはゆっくりと空へと上がり始めた。

 「これでまた、寒い街へお帰りだな」

 小さくなっていく風景・・・大半を工場のような松芝の施設で覆われた小さな島を見送りながら、楢崎はポツリとつぶやいた。八丈島のさらに南にあるため、2月とは思えない暖かさが、こうなると少し恋しい。

 「私は寒くても、自分の街に帰れる方がうれしいです」

 「俺もだ。それにおやっさんだって、海上区に戻れば奥さんが待ってるでしょ?」

 「生意気なこと言いやがる・・・」

 圭介の言葉に楢崎は苦笑したが、すぐに真剣な顔になった。

 「・・・どうだった、動かしてみて」

 その言葉に、圭介も真剣な顔になった。

 「・・・ああいったものが出てくるのは自然とは思いますが、好きになれません」

 楢崎はその答えを聞いて、小さく笑った。

 「そう言うと思ったよ。ましてや、嬢ちゃんの前だ。どんな風に言おうが、あれは嬢ちゃんの居場所を奪い取るようなものだからな」

 「そんな、楢崎さん・・・。私、そんなふうには・・・」

 ひかるが困ったように言った。

 「だが、あれが導入されれば、嬢ちゃんも桐生さんも仕事は必要なくなることになる。そのことには変わりないだろう」

 「・・・」

 「おやっさん・・・ものをハッキリ言うのはいいですけど、時と場合を考えて下さい」

 圭介は、少し怖い顔で楢崎を見た。

 「・・・すまん。ちょっとハッキリ言いすぎたよ。悪かったな、嬢ちゃん・・・」

 「いえ・・・」

 楢崎は苦笑しながら、圭介の顔を見た。

 「しかしなんだな。お前、こと嬢ちゃんのこととなると人が変わるな?」

 「・・・当たり前です」

 圭介は少し不機嫌そうな顔で、窓の外に視線を移した。一方、楢崎はそれにかまわずひかるに話しかける。

 「でも、嬢ちゃんの場合は安心だろ? もし今の仕事がなくなっても、そのときは・・・」

 そう言って、圭介を見る楢崎。ひかるは顔を赤らめ、うつむいた。

 「・・・しっかりしろよ?」

 「・・・おやっさん・・・さっきから、言わなくてもいいことを言い過ぎですよ」

 「そりゃまたずいぶんな言い方だな・・・」

 楢崎はそう言って、これ以上ちょっかいを出すのをやめた。が、やがて、ひかるがポツリと言った。

 「でも、私・・・」

 その言葉に、二人は彼女を見た。

 「・・・まだみんなと・・・圭介君と一緒に、働いていたいんです・・・」

 ひかるの言葉に、二人は少し黙っていた。が、やがて圭介が少し肩を寄せて言った。

 「・・・わかってる。働けるさ、これからも一緒に・・・」

 「・・・」

 ひかるはその言葉に、少し寂しげな微笑みを浮かべた。二人の様子を見た楢崎は、苦笑しながら窓の外を見た。





 霧に包まれた街。そこに立つ一軒のアパートの中で、一人の男が新聞を読んでいた。

 「・・・ん?」

 新聞を読みながらその男は、何かに気づいたような声を出した。「米軍・自衛隊、新型軍用ジャケットを発表」。そこには、そんな見出しが踊っていた。彼は再び新聞に目を落とし、その記事に注意深く目を走らせ始めた。

 「え〜っと・・・ベーオウルフ、キャバリエ、両VJ最大の特徴は、これまで人間の手によって行われてきた複雑な機体管制作業を、それぞれ独自開発したシステムにゆだねることを実現、完全に独立したシステムを実現したことにある・・・か」

 尾崎はその一文を口に出して読んだ。

 「これが本当だとすると・・・これまで管制員が行ってきた管制業務が、完全にシステム化されて行われるようになったということだよね・・・。さらに言えば、これが従来のVJにも実用化されるとすれば、管制員は必要ないということに・・・」

 その記事から読みとれる限りのことを口にして、尾崎は少し考えにふけった。が、すぐに微笑を浮かべると、電話に向かって歩き、その受話器をとった。





 柔らかな白い光に包まれている、ロッカーの並ぶ小さな部屋。暖房が十分効いているその部屋で、仁木はYシャツを身につけ、ロッカーからハンガーにかかった制服を取り出した。

 「それでは副隊長・・・お先に・・・」

 すでに着替えを終えた亜矢が、更衣室を出ていこうとした。

 「あ、そうだわ。亜矢さん」

 「なんでしょう・・・?」

 「悪いけど、先月分のVJの整備費請求書、まとめておいてくれないかしら? あとで経理にまとめて送るから」

 「わかりました・・・」

 そう言って、亜矢は出ていった。その時である。

 Trrrrrrrrrr・・・

 彼女のウェアラブルフォンが、音をたてはじめた。彼女は着替えを続けながら、声を出した。

 「はい、仁木です」

 「やあ、元気かな?」

 「!?」

 その声に、仁木は一瞬ドキリとした。が、すぐに冷静さを取り戻して言葉を返す。

 「おどかさないでよ・・・。ビックリしたじゃない」

 「ごめんごめん。ちょっと、急な用事でね。今何してたんだい?」

 「仕事前に着替え中。TV電話でなくてよかったわ」

 「それは残念だね」

 「・・・バカなこと言ってないで、何の用なの、匠? プライベートの話なら、12時間くらいしてからかけ直してほしいわね」

 仁木は冷静に、電話の向こうの相手・・・尾崎匠に言った。

 「プライベートの話なら、そうしてるさ。こんな時間にかけるのは、もちろん、仕事の話だからだよ。君と話すのも、ここからは恋人としてではなく、アーサリアンの隊長としてだ」

 「そう。それなら、話そうっていう気にもなるわね。それで? どんな話なの?」

 仁木は尾崎に尋ねた。

 「君のところでも、話題ぐらいにはなってると思うけど・・・例の、米軍と自衛隊のVJに搭載される、自律管制システムのことだよ」

 「ああ、あれね。もちろん。でも、話題になってるなんてものじゃないわ。うちはほら、ただ実動員と管制員という間柄じゃない二人がいるから、管制員というポジションの消失というただの問題より、少し深くてね・・・」

 「なるほど・・・」

 尾崎はその言葉に、納得したようだった。

 「それで? あのシステムについて、何が聞きたいの?」

 「できれば聞きたいのは・・・SMSがあれを導入するかどうか、なんだけどね」

 「・・・あのね・・・。仮にも私達は、治安を維持する特殊機関なのよ? その活動内容を変えるかもしれないことについての方針なんて、れっきとした機密事項。いくらSMSがアーサリアンの設立に協力していて友好関係にあったとしても、そんなことを教えられるわけがないじゃない」

 「もちろん、そんなことはわかってる。君が正直に話す必要もない」

 「それならいいんだけど・・・。でも、私達と同じくVJを使っている世界のどの治安維持組織も、あのシステムに対する方針は今のところはどこも同じだと、私は思うけど・・・」

 「ぼくもそう思うよ。口には出さないけど、たぶん君の考えていることと同じはずだ」

 「公然の秘密・・・というところかしら」

 仁木はそう言った。

 「それで? そのことじゃなかったら、あなたが知りたいのはどんなことなの?」

 「君たちはあのシステムに対して、どんな印象を持っているのか・・・。そこのところを、答えてほしい」

 「・・・受けはよくないわ」

 「ふぅん・・・その言い方、まるで実際に使ったみたいだね?」

 「・・・使ったのよ。つい昨日、新座君がね。松芝が自衛隊への納入前に、実際にVJを使用して活動している人間による動作データがほしいっていうから・・・」

 「そんなこと、言ってもいいのかい?」

 尾崎は、少し驚いているようだった。

 「近いうちにそのデータは、私達関係者には他のデータと一緒に松芝から公開される予定。すぐにあなたの目にも触れることになるだろうから、かまわないわ」

 「君にしてはずいぶん寛容だね?」

 「ほっといてよ」

 「ところで、受けがよくないというのは・・・やっぱり、そのシステムが服部さんのポジションを奪うのが、面白くないからだったのかな?」

 「あのね・・・新座君は立派な社会人よ? 私情はもちろんそうだろうけど、一人のVJ装着経験者として、彼には違和感があるみたい。彼は今まで管制員による作業を受けながら働いてきたから、そこから来るものじゃないかと言っているし、私もそうだとは思うわ。当たり前のことだけど、システムそのものはもちろん、使い物になるらしいわよ」

 「それはそうだろうね」

 「とにかく、他はどうかは知らないけど、うちの小隊ではこの問題はデリケートに扱っていかなくちゃいけないみたいね。ことはただの新システムへの移行に留まらず、隊員同士のチームワークに関わることだから・・・」

 「なるほど。仲がよいのも、時にはこういうことになることもあるかもね」

 「他人事みたいに言わないでよ。あなただって、もうすぐ部下を持つことになるんじゃないの?」

 「そのとおりだね。その時には先輩として、是非部下の人心掌握術を教えてほしいところだね」

 相変わらずの様子の尾崎に、仁木は苦笑した。

 「ありがとう。悪かったね、仕事前に」

 「いいのよ」

 「ありがとう。それじゃ、頑張ってね」

 「あなたもね」

 そして、電話は切れた。仁木は少しの間微笑んでいたが、努めて副隊長らしい冷静な顔を取り戻すと、更衣室から出ていった。





 「おはよう」

 オフィスに入り、仁木は笑顔でその場にいた全員にあいさつをした。

 「おはようございます、副隊長」

 「おはようございます」

 先ほど更衣室で一緒になった亜矢を除く小島と聡美が、やはりにこやかにあいさつをした。

 「今日の非番は・・・新座君と服部さんね」

 スケジュールボードに書かれている名前を確認し、仁木が言う。

 「となると、何をするかは決まってるね、あの二人」

 「新座にとっては大事な日だな。今日のデートで、どれだけひかるちゃんの不安を和らげてあげられるか、腕の見せどころってわけだ」

 「他人事みたいに言わないでよ」

 そんな二人を、仁木が注意した。

 「ことは私達のチームワークにも関わるんだから、他人事じゃないわよ」

 「そうでした・・・」

 二人が反省していると、亜矢が書類を持ってやってきた。

 「副隊長・・・先月分の請求書です」

 「ありがとう。けっこうあるわね・・・」

 そう言いながら、書類をパラパラとめくる仁木。

 「ところで・・・副隊長・・・」

 「なに?」

 「私が出ていってから・・・ここに来るまで時間がありましたが・・・なにか?」

 「えっ・・・」

 仁木は少し戸惑った。正直に答えても別にかまわないのだが、いざとなると言いにくい。

 「電話があったのよ、大学の友達から・・・」

 一応、うそは言っていない。その答えのおかげで、仁木は罪悪感を感じずに済んだ。

 「そうですか・・・」

 亜矢はそう言うと、無表情で立ち去っていった。フゥ、と仁木がため息をついたその時。

 「おはよう」

 小隈がオフィスに入ってきた。隊員達も、彼にあいさつし返す。

 「さて、今日も元気に行ってみようか。二人抜きだけど」

 そう言うと、小隈は自分の席に着いた。

 「本日の予定に、特記事項はありません。今日もよろしくおねがいします」

 「よろしくおねがいします」

 仁木が定例の始業合図をして、隊員達が答える。いつもの朝の風景だった。

 「悪いんだけど、仁木。特記事項なしってのは変更だ。予定が入った」

 「はぁ・・・どんな予定ですか?」

 「9月の事件・・・覚えてるな?」

 その言葉に、全員の間にピリッとしたものが走った。全員の脳裏に、翼つきとキャノン砲つきのジャケットの姿がよぎる。

 「・・・もちろんです。あれがなにか?」

 「あれについて、重要なことがわかったらしくてな。その説明に、午後お客さんがやってくる」

 「どこのお客様です?」

 「海の向こうからお出ましさ」

 小隈はそう言うと、ニヤリと笑った。

 「インターポールだよ」





 土曜日ということで、週末の買い物を楽しむ人々でごった返す街。その中に、一軒の大きな店舗があった。

 「ランドスケーパー」。「世界一のガーデニング専門店」を自称する、超大型のガーデニング専門店である。その名に恥じず、8階建てのビルの中では、植物の種はもちろん、植木鉢や肥料、状態管理センサーにいたるまで、ありとあらゆるガーデニング用品が並べられており、ガーデニングファンでにぎわっている。

 「ふぅん・・・」

 あるボックスの前で、圭介はそこに飾られている花の写真を見ていた。「インパチェンス:ピンク」と書かれている。圭介はボックスについているボタンを押してみた。すると、ボックスにつけられている投影装置から、大きめのピンク色の花弁をつけた花の立体映像が浮かび上がる。

 「これもいいな・・・」

 ガーデニングには素人である圭介は、単純にきれいだという理由から、ボックスの別のボタンを押した。機械音とともに、種を包んだ袋が出てくる。圭介は、それを持ち歩いていたカゴの中に放り込んだ。

 「あれ・・・?」

 その時、圭介は気がついた。一緒に来ていた相手がいないことに。

 「どこいったんだ、あいつ・・・」

 圭介はキョロキョロと見回した。やがて、こちらに歩いてくる人影を発見する。

 「一人歩きしたいなら、断っておいてくれ。ちょっと心配したぞ」

 「すいません。ちょっと考え込んでたら、圭介君が先にいっちゃってて・・・」

 種の袋を手にしたひかるは、少し困った顔でそう言った。

 「そういや、何かの種のボックスの前で迷ってたな。買いたいなら遠慮するなよ。見せてくれ」

 「はい・・・」

 そう言うと、ひかるはおずおずと手に持った袋を差し出した。

 「おい・・・」

 それを見て、圭介は絶句した。

 「なんでこんなもの・・・」

 その袋には、「カカオ豆」と書かれ、その写真がのっていた。

 「・・・わかりませんか?」

 「なんとなくわかるが・・・一応聞かせてくれ」

 「今年のバレンタインは、普通のチョコでしたよね・・・?」

 「ああ。普通ってお前は言うけど、うまかったぞ」

 実際、この間もらったバレンタインチョコはおいしかった。ひかるの料理の腕を考えれば当たり前だが、ホワイトデーに何をお返しするか、今の圭介は思案中である。

 「でも私、本当は手作りチョコを作りたかったんです」

 「このあいだのだって手作りだったろ?」

 「そうじゃなくて・・・本当に「手作り」を・・・。この間は時間がなかったからできませんでしたけど、来年は絶対に・・・」

 「原料から手作りのチョコレートか・・・。たしかに、これ以上の手作りチョコはないな」

 圭介は一応うなずいた。が、そこから論理を発展させて、慌てる。

 「まさかお前、ミルクやバターも牛を飼って作ろうとしてるんじゃないだろうな・・・?」

 「残念ですけど、さすがにそれは皆さんにも迷惑がかかるので・・・。襟裳にお父さんの知り合いの牧場主の人がいますから、その人に分けてもらいます。でも、カカオ豆ぐらいは、自分で作りたいんです」

 「「ぐらいは」っていうけど、これ育てるのだって大変だぞ? もともとアフリカの植物だから、ここで育てるには温度やら湿度やらに気を使って・・・」

 「でも、やりたいんです! 前から考えていたんですけど、そのことを亜矢さんに相談したら、そのあたりのことは魔術で何とかできるって・・・」

 圭介はここまで自分のことを思ってチョコ作りに汗を流そうとしている自分の恋人がとてもいじらしく思ったが、同時にそこまでしなくても、という呆れのような感情もあった。

 「・・・わかった、感謝するよ。来年のバレンタインが楽しみだ・・・」

 圭介がそう言ってカカオ豆の種をカゴに入れると、ひかるは嬉しそうな顔をした。

 「さて・・・種はこれくらいでいいとして・・・他のはどうする?」

 「植木鉢も肥料も、余っているのがありますから、もういいです」

 「そうか、それじゃあ・・・」

 圭介は腕時計に目をやった。

 「時間もいいし、飯にするか?」

 「はい!」

 二人は会計を済ませるべく、レジへと歩き始めた。





 「ランドスケーパー」を出た後、二人はその袋を下げ、街を歩いていた。

 「飯、どこにする?」

 「なんでもいい・・・っていうのは、困りますよね?」

 「まあな。・・・たまには奮発するか」

 そう言った圭介の目に留まったもの・・・それは、一軒の寿司屋だった。

 「そ、そんな! いいですよ、圭介君」

 慌ててその腕をつかんで止めようとするひかる。

 「先月は、あんまり金使わなかったからな。けっこう財布に余裕があるんだ」

 「でも・・・」

 「遠慮するなって。いくぞ」

 腕を組んだまま、寿司屋に向かって歩き出そうとする二人。その時だった。

 「引ったくりだーっ!!」

 「!?」

 右手の方の人混みの向こうから男の大声が聞こえてきた。

 「そっちに行ったぞーっ!!」

 とっさに振り向いた二人の耳に、続いて声が入ってくる。

 「ったく・・・どうして俺達ゃ、普通のデートを楽しめないんだ・・・」

 圭介はぼやきつつも、立ち止まってその方向を見据え、そちらに歩き出した。

 「圭介君、危ないですよ」

 「黙って見てていい立場じゃないだろ? 悪いけど、これ持っててくれ」

 そう言うと圭介は、ひかるに背負っていたバックパックと袋を渡し、道の真ん中で突っ立って、やってくるひったくり犯とやらを待ち受けた。ほどなくして、人通りを強引にすり抜けながら走ってくる一人の男が見えてきた。女物のバッグを抱えている。

 「あれか・・・」

 圭介はそれを見ると、ゆっくりと歩き出した。対する男は、まっしぐらにこちらへと駆けてくる。圭介は、その男とすれ違うかに見えた。だが・・・

 「ヨッ」

 ガッ! ズデデッ!!

 「グオオッ!!」

 その直前、圭介は右足を少し突き出し、相手の足をひっかけた。つんのめった男は、勢いでバッグを放り出して激しく倒れ込んだ。そんな男の上に、圭介はのしかかる。

 ギリギリギリギリ

 「観念してほしいな」

 男の背中の上で涼しい顔をしながら、その腕をねじり上げる圭介。

 「イッ、イデデ!! するする! 観念するから、放してくれぇーっ!!」

 男が悲鳴を挙げる。

 「素直でよろしい」

 「圭介君、これ・・・」

 男の手からすっ飛んでいたバッグを拾い、ひかるが戻ってきた。

 「サンキュー。それと、バックパックの中に添え木用に買っておいたロープがある。それとってくれ」

 「はい!」

 ひかるはすぐに圭介のバックパックからロープを取り出し、圭介に手渡した。それを受け取り、きつく男の手首をしばる圭介。

 「はい、いっちょあがり」

 圭介がそう言うと、周囲からざわめきと拍手が起こった。いつのまにか、彼らの周りには人だかりができていた。まあ、当然と言えば当然だが。

 「あ・・・アハハ、どうも・・・」

 照れ笑いを浮かべながら、一応それに応える圭介とひかる。と、その時だった。

 「す、すいません! ちょっとどいて下さい!」

 そんな声とともに、一人の青年が人だかりをかき分けながら彼らのところに近づいてきた。それに続き、もう一人少女も。

 「いやぁ、すいません。取り押さえてくれたんですね? なんとお礼を言ったらいいか・・・」

 メガネをかけた、ちょっとさえない様子のその青年は、二人にそう言って頭を下げた。

 「ひょっとして、このバッグは・・・」

 「あたしのです! ありがとうございました!」

 そう言って、ペコリと頭を下げる少女。

 「大事にならずによかったですね。お返しします」

 そう言って、ひかるは彼女にバッグを返した。

 「さて・・・一応窃盗・・・未遂かな? とにかく犯罪ではありますから、警察を呼びましょう。お二人とも、すいませんがお時間は?」

 「もちろん大丈夫ですが・・・お二人とも、警察の方じゃないんですか?」

 不思議そうな顔をする青年と少女。

 「似たような仕事・・・なんですけどね」

 そう言いながら、圭介はひかるとともに苦笑した。





 「ご協力、ありがとうございました!」

 「あとのこと、よろしくお願いします」

 交番が近かったこともあり、警官はすぐにやってきた。彼と敬礼を交わしたのち、警官は犯人を連行して去っていった。

 「いやぁ、本当にありがとうございました。どうなることかと思いましたけど・・・」

 「もぉ! アニキがすぐに追いかければ、こんなことにならなかったのに!」

 「盗まれたのはお前の責任だろ?」

 「まぁまぁ。無事に解決したんだから、よかったじゃないですか」

 そう言って、二人をなだめる圭介。

 「被害届けなどは、あとで出してもらえば結構ですので」

 「いろいろとありがとうございます」

 「どういたしまして。それじゃ、俺達はこれで・・・」

 そう言って、立ち去ろうとする圭介とひかる。

 「あ、ちょっと待って下さい!」

 慌てて青年が、彼らを呼び止めた。

 「せっかく助けていただいたんです。これで済ませてしまっては、僕達としても申し訳が・・・。なにか、お礼をさせていただけませんか?」

 「え? はぁ・・・。そうは言っても・・・あれは当然のことですし、仕事上の義務でもありますから、ことさらお礼をされるほどのことでは・・・なぁ?」

 「え、ええ・・・」

 「でも、それじゃあ気が済みません。・・・そうだ。お二人とも、お食事はまだですか?」

 「え、ええ・・・。寿司を食いに行く途中だったんですけど・・・」

 「それなら、お寿司よりいい店を知ってますよ! ぜひ、ご馳走させて下さい!」

 「え、でも・・・」

 「アニキはなりは情けないけど、お金には困ってませんから。どうぞ遠慮しないで下さい」

 少女も調子を合わせる。圭介とひかるは、顔を見合わせて戸惑っていた。が、二人は強引に彼らを引っ張っていってしまった。





 大きなテーブルの上にのせられた、ヤケにカラフルな料理の数々。圭介とひかるは、それを見て唖然としていた。

 「さあさあ、どうぞ。遠慮なく食べて下さい」

 そんな彼らをよそに、メガネの青年は料理を勧め、少女はすでに並べられたカリフォルニア料理をパクつきはじめている。

 「は、はあ・・・。それじゃあ、遠慮なく・・・」

 「いただきます・・・」

 遠慮がちながらも、二人もナイフとフォークをもち、料理に取りかかり始めた。

 「前から東京に来たらここでご飯を食べようと思ってたんですよ」

 「正解だったね、アニキ。すっごくおいしいよ」

 笑顔を浮かべながら、舌鼓を打つ二人。

 「あ、あの・・・」

 「なんですか?」

 「お料理をいただきはじめちゃってからなんなんですけど・・・自己紹介もまだしてませんでしたね」

 「あっ・・・! 失礼しました。いや、こういうのは僕達からすべきだと思います。えーっと・・・たしか、日本語の名刺が・・・ああ、これだ」

 そう言って、メガネの青年は圭介に名刺を手渡した。

 「CCシステムズ、ライン管理ソフトウェア開発室所属・・・」

 「クライド・ビューティといいます。会社はサンノゼにありまして・・・よろしく」

 そう言って、彼はにこやかに笑った。

 「それで、こっちはボニー・ダナウェイ」

 「よろしく!」

 元気な笑いを浮かべる少女。

 「あの・・・失礼ですけど、さっきからクライドさんのことをお兄さんと呼んでいますけど、セカンドネームが違うのは・・・?」

 ひかるが遠慮がちにボニーに尋ねた。

 「血はつながってないんですけど、昔から一緒に暮らしているんで・・・だから、アニキって呼んでるんです」

 そう言って、ボニーは微笑んだ。

 「そうなんですか・・・」

 「それじゃひかる、今度は・・・」

 「そうですね」

 圭介はひかるとうなずきあった。

 「それじゃ今度は、俺達が自己紹介しましょう。新座圭介といいます。よろしく」

 「私は、服部ひかるといいます。よろしくおねがいします」

 「こちらこそ、よろしく」

 「ひかるさんか・・・いい名前ですね」

 「ありがとうございます」

 「それで・・・失礼ですが、ご職業は? さっきのこともあって、気になっているのですが・・・」

 「ああ、そうですね。失礼しました」

 そう言うと、圭介は答えた。

 「二人とも、SMSの隊員です。俺は実動員で、ひかるは管制員・・・」

 「!・・・」

 その言葉に、一瞬二人が少し驚いた表情を見せた。

 「SMSの方・・・なんですか。ということは、VJを着けているのは・・・」

 「ええ・・・こう見えても、俺です。ひかるは、その管制作業をしてくれてるんです」

 「なるほど・・・どうりで」

 クライドは納得した顔をした。

 「SMSの方と一緒にお食事できるとは・・・光栄ですね」

 「ほんとほんと」

 「いや・・・SMSの隊員とはいっても、普段はご覧の通り、普通の人間ですし・・・」

 「そんな風に言われても、ちょっと恥ずかしいですね・・・」

 圭介とひかるは、そう言って恥ずかしそうな微笑をうかべた。

 「いや、ご活躍はいつもテレビで見てますよ。アメリカのテレビでも、皆さんの活躍は時々取り上げられますからね」

 「はあ・・・光栄です」

 たしかに、前にアメリカの放送局の取材を隊長が受けていたことがある。

 「でも、ほんとにあるんだぁ・・・」

 少しボンヤリと、ボニーが言った。

 「何がだ、ボニー?」

 「映画やドラマとかだと、よくあるじゃない。警察とか軍隊とか、そういう職場で一緒に危機を乗り越えてきた二人が、恋人になるって・・・そんなことあるんだなぁと思って」

 「「!」」

 驚く様子を見せる圭介とひかる。

 「おい、ボニー! ・・・ハハ、すいません。思ったことをすぐに口に出す奴で・・・」

 笑いながらボニーの頭を押さえつけるクライド。

 「「・・・」」

 「・・・どうか、しましたか?」

 何も言わずに様子のおかしい二人を見て、クライドがキョトンとする。

 「い、いや、その・・・なんていうか・・・」

 「本当・・・なんです・・・」

 言いにくそうに、二人が言った。

 「え・・・? あ・・・す、すいません!」

 「ほら見なさいよ! やっぱりそうじゃない!」

 頭を押さえつけていた手から逃れて、ボニーが言った。

 「だからって、初対面の人に藪から棒に・・・」

 「か、勘がいいんですね・・・」

 「やだなぁ。勘なんかじゃなくって、見る人が見たらわかりますって。恋人・・・それも、もしかしたら、結婚の約束なんかもしちゃってるんじゃないですかぁ?」

 「「!!!」」

 さらに驚く様子を見せる二人。

 「いい加減にしろ、ボニー! すいません、ほんとに礼儀を知らない奴で・・・」

 そう言いながら、二人を見て黙り込むクライド。二人は真っ赤になってうつむいていた。

 「・・・もしかして、それも本当・・・なんですか?」

 「「・・・」」

 小さくうなずく二人。

 「すっごぉい! でもお二人とも、本当にお似合いのカップルって感じですよ! あたしが保証します! 絶対幸せになれますって!」

 「調子に乗るな! すいません! ほんと〜にすいません! どうぞ、お料理召し上がって下さい!」

 昼食の席は、妙な空気になってしまった。





 「それじゃ、ごちそうさまでした」

 圭介はひかると一緒に、クライドに頭を下げた。

 「いえいえ。こちらこそ、お礼をするつもりが、いろいろ失礼なことを言ってしまって・・・」

 そう言って、隣のボニーをキッとにらみつけるクライド。

 「でも、楽しいお食事でしたよ。もしチャンスがあったら、また一緒にお食事したいなぁ」

 それを気にすることなく、ボニーは言った。

 「すいません、ほんとうに・・・」

 「いえ、楽しいお食事でしたし、お料理もおいしかったし、言うことなしですよ」

 「こっちこそ、ありがとうございました」

 「それで、お二人はこれからどうするつもりなんです?」

 「・・・久しぶりに二人いっぺんに休みをとれましたから、今日は時間いっぱいまで、それなりにデートを・・・」

 圭介の横で、ひかるがうなずく。

 「アニキ、これ以上邪魔するのは悪いよ」

 「そうだな。それじゃあお二人とも、僕達はこれで・・・。本当に、ありがとうございました」

 「いや、こっちこそお料理をごちそうになってしまって・・・。ありがとうございました。それじゃあ・・・俺達は、ここで・・・」

 「失礼します」

 ひかるが礼儀正しく頭を下げる。

 「さようなら!」

 二人に見送られ、圭介とひかるは去っていった。

 「・・・あ〜あ・・・憧れちゃうなぁ、ああいうの」

 その後ろ姿を見ながら、ボニーが言った。

 「意外と、ロマンチストなんだな?」

 クライドが言った。今までとは異なり、やや張りつめた感じの声。表情も、どこか冷たさを感じる。

 「なぁによお・・・女の子にとって、なんだかんだ言ってもああいうのが理想の一つなのは万国共通、いつの時代も共通なんだから」

 「そういうものか」

 「それにしても・・・ああいう人達がいるってこと知っちゃうと、なんかやりづらいなぁ・・・」

 「・・・本気で言っているのか?」

 とがめるような視線をボニーに向けるクライド。

 「わかってるよ・・・。あくまで私情。私情は仕事に挟まない。そうでしょ?」

 「わかっていればいい・・・」

 「そんなことより・・・どうするの? 予想外のハプニングだけど・・・」

 「尻尾をつかませるようなカードは何一つ見せてないし、一応変装もしている。向こうはまだ俺達の名前すら知らないんだ。何もなかったも同じだよ」

 「でも・・・」

 「それに、万が一こちらの正体が割れたとしても、だからどうだと言うんだ? 俺達はただの兵隊だ。俺達の正体を知ったところで、組織の目的まで推定はできない。・・・まぁ、警戒するぐらいなら十分ありえるが・・・」

 クライドは淡々と言った。

 「それにしても、よく相手によってコロコロキャラを変えられるねぇ・・・」

 「お前ができないだけだ。おかげで俺が、どれだけ苦労しているか・・・。少しは見習え」

 「無理だよ。だってあたし、うまい嘘考えるの下手だもん」

 「・・・」

 クライドはそれに首を振ったが、やがて歩き出した。

 「いくぞ。そろそろ戻らなければ・・・」

 「あっ、待ってよ!」

 そのあとを、ボニーは慌てて追いかけ始めた。





 「寒くないか?」

 圭介は後ろにそう声を掛けた。

 「はい、大丈夫です」

 ひかるは圭介の腰にしっかりと手を回し、その背中に自分の体を預けていた。顔を回すと、自分達が走っているこの海上区大橋の向こうに、海に沈む夕日が見えていた。

 「それに、もう少しで寮ですし」

 「そうだな。それにしても、また妙な一日になっちまったな」

 「いいじゃないですか。私は楽しかったですよ」

 「ありがと」

 背中にしがみつくひかるの体温をわずかに感じながら、圭介は愛車ファルコンのスロットルを吹かした。やがて、ファルコンはあっという間に海上区に入り、市街地を抜けて彼らの毎日の拠点である寮へと向かいつつあった。

 「あ、ひかる、悪いんだけど」

 圭介は少し振り返って言った。

 「昨日ロッカーに置きっぱなしにしてきたものがあるんだ。寮に戻る前に、取りに行っていいか? すぐ戻るから」

 「もちろんです。門の前で待ってますから」

 「悪い」

 やがて、圭介達は署へとたどりついた。ところが・・・

 「あれ?」

 そこには、数人の人影がいた。夕闇のためはっきりとはわからないが、一人は小隈、もう一人は仁木らしい。そしてもう一人は・・・見覚えはないが、どうやら女性らしい。

 「おう、戻ってきたか」

 彼らの前に停車した圭介とひかるを見て、小隈が声を掛けた。

 「こんなところで何してるんです、隊長?」

 「この方のお見送りだ」

 そう言って、小隈が件の女性を見る。その横で、仁木が語りかけていた。

 「シャルロッテさん、こちらが新座圭介実動員、それに、服部ひかる管制員です」

 「まあ! すんででお会いできてうれしいですわ」

 女性はそう言った。美しい金色の長い髪に、青い瞳。どう見ても外国人で、レザーのライダースーツを身につけていた。その傍らには、大排気量の外国製大型単車が。

 「新座君、服部さん。この方は、インターポールのシャルロッテ・ミュンヒハウゼン捜査官。捜査中の事件と私達が担当した事件に関連があるようだから、わざわざドイツからお越し下さったの」

 「は、はじめまして。新座圭介です」

 「服部ひかるです」

 「初めまして、お二人とも。シャルロッテ・ミュンヒハウゼンです」

 シャルロッテはそう言うと、優雅な物腰で礼をした。その振る舞いからどことなく、育ちの良さと気品が感じられた。と、顔を上げた彼女の目に、圭介のファルコンがとまった。

 「これは・・・あなたのバイクですか?」

 「え? ええ・・・」

 圭介は戸惑いつつも、そう答えた。シャルロッテはファルコンに、じっくりと視線を滑らせていく。そして、顔を上げると

 「素晴らしいバイクですね」

 そう言って微笑んだ。

 「できればゆっくりお話を聞きたかったのですけど、私の方も捜査を進めなければならないので、本日はこれで。それでは小隈隊長、失礼します」

 「今日はありがとうございました。この件に関しては、我々も全力を尽くしますので。それじゃ」

 小隈と仁木が敬礼をする。それにつられ、圭介とひかるも敬礼をした。シャルロッテはそれに手を上げて返すと、傍らに置いてあった大型エアバイクに跨り、さっそうと去っていった。

 「・・・すごい人だな。女性であの排気量のバイクを乗りこなすなんて・・・」

 「ご先祖様は由緒ある男爵だったそうよ。彼女にもその血が、しっかりと流れているのかもしれないわね」

 圭介がポカンとした表情で言うと、仁木が答えた。

 「ところで隊長、どうしてインターポールの方が、私達のところに来たんですか?」

 「ああ。そのことは、これから小島達に説明しようと思ってた。お前達は明日説明しようと思ってたんだが、戻ってきたなら好都合だな。デートの後で悪いが、お前達がよければ、一緒に説明するぞ」

 圭介とひかるは顔を見合わせたが、すぐにうなずいた。

 「いいですよ。どうせ、ここに寄るつもりで来たんですから」

 「助かる。それじゃ、オフィスに行こう。そのままの格好でいいから」





 「しかし、お前ら二人とも、真面目だよなぁ」

 イスをギシギシと揺らしながら、小島が圭介に言った。

 「今日一日は仕事のこと忘れて、甘〜いムードに浸ってればいいのに」

 隣でひかるが困ったようにうつむいているので、圭介は一応言葉を返すことにした。

 「今日小島さん達に、明日俺達にじゃ、隊長に二度手間かけさせるじゃないですか。時間の無駄ですよ」

 「それはたしかに・・・正しいね」

 亜矢が静かにうなずく。

 「それより・・・俺達が出かけてる間、なんかありました?」

 「なにも。例のドイツからのお客さんが来たこと以外は、何もなかったよ。新座君達の方は、ゆっくりデート楽しめたの?」

 野暮なことを聞く聡美。それに対し、ひかるが口を開く。

 「ゆっくり・・・というわけじゃないんですけど・・・」

 「何? 何かあったの?」

 「町を歩いてたら、ひったくり事件に出くわして・・・圭介君が、犯人を捕まえたんです」

 「で、そのお礼にバッグを盗まれた人から、カリフォルニア料理をごちそうになったんです。なあ?」

 圭介の言葉にうなずくひかる。

 「デート中も事件にぶつかったのか。そりゃ災難だったな」

 「でも、お礼にごちそうになったんならいいんじゃないの? あたしもそういうことないかなあ」

 「私達はお礼なんていいって言ったんですけど・・・」

 「どんな人だったの?」

 「アメリカのシステム開発企業で、プログラマーをやってる人だったみたいです。高給取りなんでしょうね。かなり羽振りがよかったですよ」

 「どんな名前の・・・会社かな」

 「一応、名刺をもらいました。ええっと・・・あ、これだ。どうぞ」

 圭介はそう言うと、財布から名刺を亜矢に手渡した。

 「CCシステムズ・・・? あまり・・・名前を聞かない会社だね・・・」

 「できたばっかりのベンチャーなんじゃないですか?」

 小島がそう言ったその時

 「全員、そろってるな」

 小隈と仁木が、オフィスに入ってきた。

 「これが終われば、今日の勤務は終わりだ。ま、もうちょっと我慢してくれ」

 「別に嫌とは思っちゃいませんよ。気になる話ですし」

 小島の言葉に、全員がうなずく。小隈は自分の席に着くと、本題に入った。

 「さて・・・小島達には既に言ったが、なぜドイツからお客さんが来たかというと、それは、彼女たちの追っているある犯罪組織が、俺達が関わった事件・・・それも、九月の事件に関わっているからだ」

 「九月の事件!? それって・・・」

 その話が初耳だった圭介とひかるは驚いた。

 「そうだ。新宿と幕張で、正体不明のジャケットが大暴れして、第2小隊やポリスジャケット隊が甚大な被害を受けた、あれだ。忘れちゃいないな?」

 「忘れる方がどうかしてますよ」

 「だろうな。さて・・・あの事件でとりあえず俺達は犯人を退けたわけだが、犯人には逃げられ、問題のジャケットは自爆して証拠は残らず。あれだけのことをした奴らの背後にいるであろう大がかりな組織がなんなのか、わかったことはないに等しい」

 「・・・」

 全員の脳裏に、苦い記憶が蘇る。

 「俺達の仕事はとりあえずあそこで終わりだったが、捜査部の方はあきらめずにずっとその捜査に務めてきた。インターポールや各国の警察など、国際犯罪組織の仕業であることも視野に入れた協力体制もとりつけながらね。そして・・・ようやくその結果が報われるときがきた。彼女はその使者だったというわけだ」

 小隈はそう言うと、自分の机の上の端末をいじった。

 「これから見せるものは、彼女が持ってきた資料の一部だ」

 小隈がそう言うと、全員の端末の画面上に、報告書らしい書式の文書が浮かび上がった。

 「「キャッシュ・コネクションに関する報告書 No.129」・・・?」

 圭介がその表題を読み上げる。

 「キャッシュ・コネクションとは、彼女たちがこの数年間専従で追いかけ回している組織の名前だ」

 小隈が言った。

 「どんな組織かというと、簡単に言えば兵器の密輸、密売を行う死の商人。ヨーロッパを拠点に、主に南米やアジアに向けて兵器密売を行っている国際的犯罪組織だ」

 「兵器密売組織ってことは、あのジャケットも、そいつらの商品というわけなんですか?」

 聡美が尋ねる。

 「まあ、もう少し聞け。少し話は変わるが・・・この組織を率いているのは、こいつだ」

 小隈がポンとキーを押すと、モニターに表示される文書が変わる。一人の中年の男の写真と、その説明らしきものだ。

 「ファビウス・キャッシュ。通称、「ミスターC」。キャッシュ・コネクションの総裁で、組織の名もこいつからとられている。もともとキャッシュ・コネクションはマフィアの流れを汲む組織で、総裁も代々キャッシュ一家から輩出されている。実は、コネクションはこいつが総裁につくまでは、一介の密売組織に過ぎなかった。ところがこいつの代になってから組織は急成長を遂げ、世界を股にかける一大犯罪組織となったわけだ。普通の会社なら、やり手経営者としてメディアに取り上げられるだろうがな・・・」

 「海千山千の強者ってわけですか」

 「ああ。ところが、こいつの野望はそこでは終わらなかった。他の裏軍事ブローカーから買った商品を売りさばくだけではなく、商品そのものを自前で作り、売りさばくことに手を染め始めた。力を増した下請け企業が、部品だけじゃなく製品まるまる自分達で作り始めるみたいに」

 隊員達は小隈の説明に聴き入っていた。

 「・・・そして、奴らがその目玉商品として目をつけた分野・・・それが、軍用ジャケットだった」

 モニターに、様々な軍用ジャケットが映し出される。

 「お前達も知っての通り、いまやジャケットはあらゆる作業環境に投入されつつある。戦場はその中でも、特にジャケット投入に有利な環境だ。銃弾から兵士の全身を守りつつ、その身体能力をもメカニズムによって強化する現代の鎧、ジャケット。いかに人的損耗を減らすかが重要になってきている現代の戦場では、まさにかっこうの兵器というわけだ。各国のジャケット企業がこの業界に進出し、兵士全員に配給できるほどの安価なジャケットも流通し始めている」

 「同じ道具でも、私達のように使うばかりじゃないんですよね・・・」

 「ジャケットもつまるところ、機械に過ぎない。使う奴次第ってことだな」

 ひかるの言葉に圭介はうなずいたが、内心ではジャケットの軍事利用という使い道に、納得はしていないようだ。

 「当然ながらインターポールは、世界の主要な犯罪組織の一つとして奴らをマークしていた。著名なジャケット技術者や、有名な工科大学の卒業生達が、キャッシュのもとに集められていることを突き止め始めていた矢先に起きたのが・・・」

 「九月の事件・・・というわけですね・・・?」

 亜矢が静かに言う。

 「その通りだ。シャルロッテ捜査官のもってきた情報に寄れば、あの二体のジャケットはその試作3号機と4号機。3号機は飛行能力による高機動性重視、4号機は火力重視と、それぞれ開発コンセプトは違っている。しかし、一つだけ共通するコンセプトがある。・・・これまでのジャケットとは比べものにならないほどの、単体で多数のジャケットを破壊できるほどの性能をジャケットに持たせる、というものだ」

 その言葉には、全員異論を挟まなかった。たしかにそれほど、あのジャケットの性能は高かった。

 「しかし・・・それほど強力なジャケットとなれば、作るために費用もかかるはずです。それほどコストのかかるものを、商品として買う組織があるんでしょうか・・・?」

 「さあて・・・な。あれはあくまで試作型だから、あれをもとに量産型を作る魂胆かもしれん。あるいは、あれを開発した技術をいろんなとこに売り込むか。だが・・・」

 「なんですか?」

 「シャルロッテ捜査官達の説に寄れば・・・どうも、それだけじゃないらしいんだな、これが」

 頭をかきながら、小隈が言った。

 「彼女たちがつかんだ情報によれば・・・キャッシュ・コネクションの関係人物としてマークされている人間が、少なくとも13人、この日本国内に潜入したということだ」

 小隈が手元の端末を操作すると、各人の目の前にあるモニターに、一部写真付きの人名リストが表示される。

 「いずれもキャッシュ・コネクションの新型ジャケット開発計画の中心メンバーと目されている人間ばかり、だそうだ」

 「ということは、また九月みたいなことが・・・」

 「可能性の一つとして備えておいてほしい。彼女はそう言い残したよ。置きみやげとして、このデータファイルを置いていってくれた」

 小隈の言葉に、室内が沈黙に包まれる。

 「・・・それで、我々は?」

 やがて、仁木が口を開いた。

 「・・・奴らの動きを追うのは、警察の専従捜査班、うちの捜査部、それにインターポールの仕事だ。彼らが一定の成果をあげんことには、俺達はいつものように、動きようがない。だが・・・ひとたび奴らが動き出したとなれば・・・」

 小隈は部下達の顔を見渡した。

 「きっと、こないだより強い奴とぶち当たることになる。毎度毎度、お前らには3K仕事ばっかりさせてすまないと思ってるよ。年度末だからってわけじゃないが・・・仕事納めは大変なものになりそうだ。悪いが、そう思って気を引き締めて楽にしててくれ」

 小隈は頭を下げた。

 「・・・」

 彼が頭を上げると、そこには、笑顔を浮かべた隊員達の顔があった。

 「しょうがないですよ。辛い仕事は覚悟の上で、私はこの仕事を選んだんですから」

 「ひかるの言うとおり。3K仕事承知で、こっちは命張って仕事してるんです。いまさら嫌だなんて言いませんよ」

 ひかると圭介が、まず口を開いた。

 「私達にできることがあるなら、それにベストを尽くすだけですよ、隊長」

 「フ・・・いざとなれば・・・私の研究成果を使うことも・・・」

 「痛い目に遭いたくはないですけど、ま、しかたないですね」

 「こないだの借りもあるしね! 今度こそ絶対に逃がさないで、捕まえて土下座させてやるんだから!」

 それに続いて、他のメンバーも自分達のやる気を見せる。それを見て、小隈は安堵の笑みを浮かべた。





 「よく来てくれた。正直、引き受けてもらえないと思ったが」

 目の前の男は、メガネを白く反射させながらそう言った。

 薄暗いが、大きな会議室くらいもある部屋。壁一面にはガラスが張ってあり、その向こうを様々な魚が泳いでいる。青と黒のみが支配する空間で、彼らは話をしていた。

 「たしかに気乗りはしなかったが・・・あいつがうるさくてな」

 赤いサングラスの男・・・「ワイリー・コヨーテ」は、短くそう答えて魚を楽しそうに見ている相棒「ワイルド・メアー」をチラリと見た。

 「それにしても、だいそれたことを考えたものだ。こんなことをして、ただで済むと思っているのか?」

 コヨーテは目の前に置かれた書類を見つめた。

 「ただで済ませるつもりなどない。これが予定通り進行しようがしまいが、我々キャッシュ・コネクションには、莫大な利益が転がり込むのだからな」

 白髪の紳士・・・キャッシュ・コネクション総帥、ファビウス・キャッシュはほくそ笑んだ。

 「・・・まあいい。俺達はあんたたちの仕事を手伝い、その報酬をもらう。それだけでいいのだからな」

 「その通りだ。そういうふうに常にシニカルな考え方をすることが、この世界でやっていく秘訣というものだ」

 「言われなくてもわかっている。さて・・・それじゃあ、早速商売道具を見せてもらおうか」

 「もちろんだとも。こっちへこい」

 そう言うとキャッシュは、大きな扉へと歩き出した。

 「いくぞ、メアー」

 「あ、待ってよアニキ!」

 コヨーテは魚を見ていたメアーとともに、キャッシュのあとについていった。





 ゴゴゴ・・・

 大きなガレージの扉が開き、中の様子が目に飛び込んでくる。

 ガレージの中は、以前彼らが来たときよりも熱気に満ちていた。動いている整備員の数は、前回の倍以上。そして、ガレージのほとんどのスペースはあるものによって占められていた。

 「なにこれ・・・かっこ悪〜い」

 それを見上げて、メアーが顔をしかめる。ガレージの通路の両脇に、まるで彫像のようにたたずんでいる、黒い人型ロボット達。大きさは3mほど。なんとも無骨な形状をしていて、顔には赤いランプのような一つ目と、ニヤリと笑っている口のような形の廃熱ダクトがついていた。背中には翼がついている。

 「我々が開発した人型戦闘ロボット、「鉄人」だ。たしかにデザインはおせじにもいいとは言えないし、状況判断能力も人間には及ばない。だが、パワーと装甲は他のどんなロボットにもひけをとらない。機動力のなさが欠点だったが、それはうちの方で、前回君の使った「ガーゴイル」のウィングを取り付けて飛行能力を持たせることで解決した」

 キャッシュはコヨーテを見ながら言った。

 「それにしても、ずいぶんと数を揃えたものだな。安いものでもあるまいに・・・」

 「投資としては高いものではない。全部で200体を揃えた。さしずめ、「鉄人兵団」というところかな。一個中隊100人を、四日後の第1次計画に投入するつもりだ。つまり、君たちと共同作戦をとるということだ」

 「・・・役に立つのだろうな?」

 「もちろんだ」

 キャッシュは自信を持って答えた。

 長い鉄人達の回廊を抜け、ようやく彼らは、ジャケットの整備スペースへとたどり着いた。

 「ご苦労だ、アルフ」

 キャッシュは整備主任にそう声を掛けた。五厘刈りの技術者、アルフ神楽が振り向く。

 「おいでになりましたか、総裁。それに、お二人も」

 「前回はすまなかったな。脱出のため、ジャケットを放棄しなければならなかった」

 「まあ・・・いいでしょう。残念でしたが、データディスクはちゃんと持ち帰ってくれたのですからね」

 アルフはそう言って笑った。

 「これが、今度のジャケットなの?」

 コヨーテの背中から、メアーがヒョコッと顔を出した。彼女の目の前には、二体のジャケットが置かれている。だが、メアーはそれを見ていい顔をしなかった。

 「なぁんだ。結局前回の焼き直しじゃない」

 目の前のジャケットは、前回使った「ガーゴイル」と「デストロス」によく似ていた。

 「たしかにフォルムはよく似ていますが・・・性能の方は、格段に上がっています。これならば今回の作戦でも、十分通用するでしょう。ちなみに、ガーゴイルを改修したものが「燕尾蝶」、デストロスを改修した方が「刑天」といいます」

 「燕尾蝶」はウィングがX字型になったガーゴイル、「刑天」はキャノン砲が二門になったデストロスという印象を受けた。

 「あんたにしては、妥協した造りだな」

 コヨーテがそれを見て言った。

 「まぁ・・・そもそも本命が、今回の計画で得られるものですからね。おっしゃるとおり、これには余り手を掛けてません。でも、自信作であることには間違いありませんよ」

 コヨーテはそれを聞くと、キャッシュに振り返った。

 「計画は、四日後だったな?」

 キャッシュはその声に、無言でうなずいた。





 2月26日、深夜。陸上自衛隊富士演習場。雲一つない夜空にかかった明るい満月が、その下にある原生林と富士山の輪郭、そして、平原に展開した部隊を照らしていた。

 平原の一部に展開された部隊の一つ。そのテントから少し離れたところに、一機のヘリコプターが着陸した。いまだローターがうなりを上げるそれから、一人のスーツを着た男が男が降り、自衛官の案内でテントへと向かう。

 「松芝製作所の坂下様が到着なさいました」

 自衛官が敬礼をしながら報告する。

 「ご苦労様です。本演習の指揮を担当する、加藤です」

 一佐の肩章をつけた自衛官は、そう言って坂下に握手を求めた。

 「すみません。出発間際に急な調整作業があり、少し遅れました。一足先に技術班を出発させましたが・・・」

 「ええ。おかげさまで、キャバリエ三機は調整を終えています。いつでも演習は開始できますよ。すでに三機とも、装着を終えています」

 「よかった。それでは、説明をお願いします」

 「はい。こちらへ」

 加藤一佐は彼をテーブルへと案内した。テーブルの上には、演習場の地図がのっている。

 「我々の現在地はここ。森を挟んで2km先に、米軍の司令部があります。演習開始の指示があり次第、我々のキャバリエ小隊、米軍のベーオウルフ小隊は森に向かって前進します」

 加藤の説明にともない、地図の上にのせられたマーカーがフワフワと動く。

 「森の中には、ダミーシーカーを多数放してあります。両小隊のジャケットはこれの破壊を競った後、森林内での戦闘テストを開始。どちらかの小隊のジャケットが全機被弾するまで、テストは続行されます。以上が、今回の演習の手順です。よろしいでしょうか?」

 「よくわかりました。いつでも開始してけっこうです」

 「了解しました。よし、米軍司令部へ通達。演習を開始する」

 「了解。演習を開始します」

 通信員がそう言って連絡を取り始めた。

 「坂下さんはこちらへ。ここなら、戦況がよくわかります」

 そう言って加藤は移動司令センターへと移動した。

 「しかし・・・緊張しますな」

 苦笑いしながら、坂下が言った。

 「緊張なさることはありませんよ。キャバリエはすばらしいVJです」

 「我々もその点には自信をもっているつもりです。しかし・・・この演習の結果を見なければ、我々もキャバリエが実戦でどこまで通用するか、完全に把握できませんから・・・」

 坂下はそう言って、いくつもあるモニターをジッと見つめた。モニターには闇夜にその輪郭を浮かばせる富士山の姿もあった。一瞬、その画面の空にキラリと光るものがあったが、それに気づく者はだれもいなかった。





 その時演習場のはるか上空では、奇妙な物体が飛行していた。全身が真っ黒の、無骨な人型のロボット。見る者が見ればそれは軍事用の戦闘ロボットだとわかっただろうが、普通の軍用ロボットとはかなり形状が異なる。背中に異常に大きな翼をもち、音もなく飛行しながら、望遠レンズのようにやはり異常に長くせり出した赤い一つ目を地上に向けている。その高空偵察型鉄人のとらえた映像はあるところに送られ、解析されていた。





 「来ました」

 オペレーターの声に、コヨーテとメアーはモニターに近寄った。暗くてよくわからなかった高空映像は、オペレーターの手によってすぐに映像解析にかけられ、わかりやすいものに変わる。映像には、森を挟んで赤と青の三つずつの光点が移動しているところが映っている。

 「両陣営のこれまでのジャケットには、ここまでのエネルギー反応を示すものはありません。間違いなく、キャバリエとベーオウルフでしょう」

 オペレーターの言葉に、コヨーテはうなずいた。

 「よし。俺達も作戦開始といこう。あれを発進させてくれ」

 「了解」

 「メアー、装着しろ」

 「アイアイサー♪ また大暴れだね」

 「あまり度を超すなよ。正直、今回はあまりお前を連れていきたくない」

 「あれ? それって、あたしのこと心配してくれてるの?」

 「ああそうだ。お前が無茶苦茶をやるせいで、作戦が台無しになる心配をな」

 コヨーテのその言葉にメアーは頬を膨らませたが、コヨーテはそれにかまわずトレーラーの後部へと移動し、「燕尾蝶」の装着を始めた。メアーもそれにならい、「刑天」の装着を行う。

 「燕尾蝶、ミッションスタート」

 「刑天、ミッションスタート!」

 ギンッ!!

 それぞれのジャケットの目に、赤い光が灯った。





 「キャバリエ3、被弾。戦線離脱です」

 オペレーターの声に、坂下は苦い顔をした。

 「まず一本とられましたか」

 「状況を見る限りは、一進一退ですな。やはりジャケットの性能そのものに、それほどの違いはないでしょう。我々も装着員は選りすぐりの隊員を選んだのですが・・・差があるとすれば、使う人間の方ですかな」

 加藤も苦い顔でつぶやく。森の中のターゲットを全機破壊した両小隊は、クライマックスである直接対決へと移っていた。一進一退の攻防の末、最初にアウトとなったのはキャバリエの一機だった。

 その時である。

 「なんだこりゃ!?」

 別のオペレーターの一人が、素っ頓狂な声を出した。全員の視線が彼に向くが、すぐに彼は加藤に振り返って報告した。

 「4時方向、静岡方面より正体不明の飛行物体が多数こちらに向かって接近しています!」

 「なんだと!?」

 加藤はすぐに駆け寄った。彼の言うとおり、レーダー画面に奇妙な機影が映っている。

 「なんだこれは・・・こんなものが来るとは聞いていないぞ。米軍にすぐに問い合わせを・・・」

 その時、別のオペレーターが報告した。

 「米軍司令部より連絡。米軍司令部へ向かうほぼ同数の機影をとらえたそうです。自衛隊機かどうか、確認をしてほしいとのことですが・・・」

 「戦況確認用の偵察ヘリ以外の自衛隊機は、この上空には飛んでいない。米軍機でもないとすれば・・・完全に、未確認飛行物体か。距離と総数は?」

 「編隊を組み、4時方向40kmから推定速度毎時180kmで移動中。総数50。進路は間違いなくこちらです」

 「時間がないな・・・。キャバリエ小隊と米軍司令部に通達。演習は中止。ただちに全部隊撤収だ」

 「し、しかし・・・」

 「万が一となることが濃厚だ。撤収する。それと・・・浜松の航空師団と、近隣エリアのSMSに出動要請を出せ」

 「了解。全部隊、撤収準備にかかります」

 たちまち指令部内は、慌ただしく動き出した。

 「大変なことになりましたね・・・」

 坂下が、加藤に声をかけた。

 「ええ・・・。飛行物体の正体が何かは不明ですが、万一の場合を考えて行動すべきでしょう。とにかく、坂下さんは一足先に脱出して下さい。誰か」

 加藤の声に、一人の自衛官が出てきた。

 「坂下さんを、ジープで送ってくれ」

 「了解しました。こちらへ」

 坂下は振り返りながらご無事でと言うと、隊員の後についてセンターを出ていった。





 「どうやら予想もつかない場所で、恐れていたことが起こっちゃったようだ」

 ガレージ。指揮車の横に整列した隊員達を前に、小隈はそう言って話を始めた。

 「たった今、富士の演習場で演習を行っていた陸上自衛隊第七管区所属の実験中隊の出動要請に基づき、出動命令が出た。SMSには、東海SMS全3小隊、それに中部SMS1小隊、関東SMS1小隊への出動命令が下った。中部SMSは第2小隊を出すが、関東は我々に白羽の矢が立った、というわけだ」

 隊員達は静かにその言葉を受け止めていた。

 「演習場では、話題の日米両陣営のACS搭載軍用VJ同士の性能テストを兼ねた演習が行われていたそうだ。詳しい状況は不明だが、演習場は現在、自衛隊、米軍どちらの司令部も、飛来した謎の飛行物体による攻撃を受けているらしい。わかると思うが、ジャケット絡みでこんな大がかりなことをしでかすとしたら・・・奴らしかいない」

 小隈は部下達の顔を一人ずつ見ていった。

 「我々の任務は、司令部と通信が途絶し、その状況が把握できなくなっている日米の両新型VJ小隊の脱出支援だ。お前達の健闘を期待する。以上だ」

 「乗車!!」

 仁木の号令で、隊員達は慌ただしく指揮車へと乗り込み、座席についてシートベルトを締めていった。

 「反重力エンジン、異常なし」

 「よし。発進だ」

 「了解。発進!」

 ヒィィィィィン・・・

 車体が浮き上がり、滑るようにガレージから出ていく。

 「ガンバレヨー!!」

 夜勤の整備員達に見送られながら、指揮車は夜の空へと浮かんでいった。

 「急ぎますから、飛ばしますよっ!!」

 ギィィィィィィィン!!

 聡美がスロットルを吹かすと、反重力エンジンがうなりを上げ、指揮車は見る見るうちに速度を上げていった。





 「そっちの方はどうだ?」

 「いや、こっちもダメだ」

 模擬弾とはいえ、先ほどまで戦闘を行っていた自衛隊と米軍のVJは、突然の演習中止命令と、互いの司令部との通信が途絶したことにより、今は互いにコミュニケーションをとっていた。森からはすでに抜け出している。

 「どうする?」

 「どうもこうもない。とにかく今は、演習場から脱出することが先決だろう」

 キャバリエ小隊長の幸田一尉は、ベーオウルフ小隊長のスコット大尉にそう言った。

 「それまでは、お互い共同戦線をとるしかないだろう」

 「そのようだな。こういうとき、ACS搭載のVJは安心できるな」

 「そうだな。普通のVJでは、管制員がやられた時点でデッドエンドだ」

 「指揮は誰が執る」

 「階級は同じだな。軍暦は何年だ?」

 「13年だ」

 「俺の方は15年だ」

 「なら、あんたに任せようか。いいな、チャック、ベス」

 スコットはそう言うと、後ろを振り返った。

 「了解です」

 「わかりました」

 「お前達も、脱出までは共同戦線だ。わかったな?」

 「了解しました」

 後ろの二体のキャバリエがうなずく。

 「よし。それじゃ、早速出発だ」

 そう言って、キャバリエが足を踏み出そうとしたその時だった。

 ドガドガァァァァァァァァァァァン!!

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 突如起こった大爆発に、6人は吹き飛ばされた。

 「う、うぅ・・・苅谷、中嶋、大丈夫か!?」

 「だ、大丈夫です。おい、中嶋・・・中嶋!?」

 キャバリエ小隊の一人が、地面に倒れたまま動かない隊員の肩を揺するが、反応がない。死んではいないようだがジャケットは大破しており、意識を失っているようだ。

 「ベス! しっかりしろ!!」

 ベーオウルフ中隊の一人も、同じように意識を失っていた。

 「くっ・・・なんてことだ!」

 「今の爆発は・・・長距離砲撃か!!」

 そう判断したスコットは、ベーオウルフのデュアルカメラを望遠モードにした。それに映ったのは・・・肩に載せた二門のキャノン砲をこちらに向けている、黄色いジャケットの姿だった。

 「あ、あれは・・・まさか」

 「黄色いキャノンつき・・・!?」

 二人は当然、9月に東京で猛威を振るった謎の二体のジャケットのことを知っていた。その時だった。

 ギィィィィィィィィィィィィィン!!

 耳をつんざく飛行音とともに、銀色の影が飛来した。

 ガガガガガガガガガガガガガガガ!!

 「うわっ!?」

 とっさに身をかばうジャケット達。彼らに向けて、銃弾の雨が降り注ぐ。炎の尾を引き、その銀色のジャケットはやや離れた場所に着陸した。ホバー移動する黄色いジャケットもまた、その隣に止まる。

 「貴様ら・・・!」

 小隊は二人をにらみつけた。

 「こんなところに、何の用だ!?」

 「お前達に用はない。俺達が用があるのは、そのジャケットだ」

 銀色の鳥人は、そう言って指をさした。

 「そのジャケットを置いていけ。お互いのためだ」

 「ふざけるな!! このジャケットは、軍の新兵器なんだぞ!! 貴様らなどに渡せるものか!!」

 「それはこっちも同じだな。血税をムダにするわけにはいかない」

 キャバリエ、ベーオウルフは、それぞれのバックパックから重火器を取り出した。

 「それならば、完全に動けなくするまでだ。いくぞ、メアー。言っておくが・・・」

 「やりすぎるな、でしょ? バカじゃないよ、あたしだって」

 「それならいい」

 短いやりとりのあと、ジャケット達は互いに突進した。





 一方、自衛隊の指令陣地は撤退の最中、空から襲来した黒い人型ロボットの集団との戦闘に突入していた。

 ガガガガガガガガガガガガガガガガ!!

 陸上自衛隊の制式ジャケット、80式スサノオに身を包んだ自衛隊員達は、着陸してきた鉄人達に重機関銃の一斉射撃を浴びせた。火花を散らし、侵攻を止める鉄人達。だが・・・

 シュバババババババッ!!

 ドガァァァァァァァァァン!!

 鉄人達も一斉に指先を向け、そこから熱線を発射した。巻き起こった爆発により、数名の自衛隊員が宙を舞う。

 「くそっ! 本部、本部! こちら第4小隊、Tポイントにて敵集団と交戦中も形勢不利! 至急応援を要請する!」

 スサノオ隊はショットガンを乱射しつつ後退する。強力なその銃弾を浴び、鉄人達が腕や脚を失って倒れるが、彼らは倒れてもなお熱線を撃ってくる。

 「こちら本部。3分後、東海SMS第2小隊及び中部SMS第3小隊が到着する! 彼らの支援を受けつつ、Eポイントまで撤退し離脱せよ!」

 「了解! 引き続き撤退戦を継続する!!」

 小隊長はそう言うと、バズーカを構えた。

 「火力を集中して一撃離脱をとれ! 撃ぇ!!」





 ドガァァァァァアン!!

 「っ痛ぅ・・・!! やってくれんじゃないの!!」

 キャバリエの放ったバズーカの直撃を受け、よろめく刑天。

 「さすがは次期主力ジャケットだな。メアー、少しやり過ぎてもかまわん」

 「あいよ。そんじゃ・・・いっくよー!!」

 ガガガガガガガガガガガガ!!

 短機関銃をキャバリエに向かって撃つ刑天。キャバリエはなんとかそれを防いだが・・・

 「おりゃあああああ!!」

 ドガァッ!!

 「うわぁぁぁっ!!」

 素早いホバー移動で距離をつめた刑天は、豪快なタックルをキャバリエに見舞った。

 「ゲホッ・・・つ、強い・・・!」

 肩で息をつきながら、幸田一尉は目の前の敵をにらみつけた。隣のスコット大尉も同じである。

 「苅谷! 中嶋! しっかりしろ!!」

 「チャック! ベス! 応答しろ!!」

 二人は部下の名を呼んだが、彼らはすでに意識を失っているらしく、応答はなかった。二人自身のジャケットも、既に満身創痍である。

 「なかなか強いけど、こんなものかな? SMSのVJより、機械として完成度が上がったって聞いたけど」

 「製作コンセプトの違いだ。俺達のジャケットほど、スタンドアロンでの戦闘というものを想定に入れていないということだ。量産兵器としては、正しい考え方だが・・・」

 「結局、群れなきゃ勝てないってことじゃない」

 何気なくそんな会話を交わす燕尾蝶と刑天。

 「もう二対二だよ? 四対二でも勝てなかったんだから、そろそろこっちの言うこと聞いた方がいいと思うけど?」

 「ほざけ!!」

 ボボォン!!

 キャバリエとベーオウルフは、そろってバズーカを発射した。だが・・・

 「ヒラリシールド!!」

 刑天はデストロスから受け継いだあのシールドをかざした。

 ドガァァァァァァァァァァァァン!!

 爆炎が巻き起こる。だが、燕尾蝶と刑天は、悠然とその炎の中から姿を現した。

 「くっ・・・!」

 ジリッ、後ずさりする二人。だが・・・

 「くらえ! ズ〜カ〜!!」

 ドガドガァァァァァァァァァァァン!!

 「グワァァァァァァァァァ!!」

 刑天が発射したダブルキャノンに、二人は吹き飛ばされた。そして、その直後

 ガシッ!!

 空中に浮き上がった二人を、何者かがつかんだ。

 「!?」

 それは、燕尾蝶だった。二人を両脇に抱えたまま、燕尾蝶は上空へと垂直上昇していく。そして・・・

 「mission comp」

 小さくそう言うと、燕尾蝶は二人を投げ落とした。

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ズドォォォォォォォォォォォォォォン!!

 すさまじい音と砂煙をたてて、二体のジャケットは地面へと落下した。

 「ありゃ〜・・・」

 ホバー移動でその落下地点へとやって来た刑天は、そのあとを見てそんな声を出した。地面には大きな穴が開いており、その中で二体のジャケットが折り重なるように倒れていた。

 「・・・殺してしまったか?」

 上空から燕尾蝶がスタッと降り立った。

 「死んじゃいないみたいよ。でもこれで、任務完了だね」

 「ああ。よし、早く回収して撤退だ」

 「了解!」

 刑天が元気よく返事をした、その時だった。

 ボゴォォォォォォォォォォォン!!

 「「!!」」

 すさまじい発射音とともに、何かが飛んできた。

 「くっ!!」

 とっさに伏せる二人。その直後、何かが彼らの目前に着弾した。

 「今のは・・・」

 身を起こしながら、燕尾蝶は目の前を見据えた。すると、100m程先に・・・

 横一列に並んだ、SMS第1小隊の姿があった。圭介は真空砲、仁木はヨイチ、小島はオルムをそれぞれ装備しており、いわば完全武装である。先ほどの攻撃は、圭介の放った真空砲によるものだったようだ。

 「そこまでよ、キャッシュ・コネクション!! すぐに武装を解除して投降しなさい!」

 「さもなければ、次は威嚇じゃすませない!!」

 「ペギラ君2号を改良して作ったこのガンダー君1号で、体の芯までカッチカチになってみるか?」

 それぞれの武器を向けながら、第1小隊は投降勧告をした。しかし、燕尾蝶と刑天は慌てることはなかった。

 「ありゃ。あたしたちのこと、知られちゃってるみたいよ」

 「連中だってバカじゃない。あれだけ派手に暴れ回れば、俺達の正体を探ろうと血眼になるはずだ」

 「それもそっか」

 「メアー、少し時間稼ぎを頼む」

 「あいあ〜い」

 刑天はそう言うと、ダブルキャノンを第1小隊へ向けた。

 「やっぱりそう来る・・・」

 圭介は小さくつぶやいた。前回までの経験から、投降勧告など受けつける相手ではないことは、十分わかっていたのだ。

 ドガドガァァァァァァァァァァァン!!

 大爆発が巻き起こる。しかし、事前にそれを見越していた第1小隊はあっさりとそれをかわした。

 「私が支援射撃を行います! 新座君は左手、小島君は右手から目標を挟撃して!!」

 「「了解!!」」

 攻撃をかわした第1小隊は、すぐに反撃に転じた。だが・・・

 「回収完了だ、メアー。撤退する」

 「了解。ジョイントオフ!」

 メアーがそう言うと・・・

 ガチャッ! ガチャガチャッ!!

 刑天の両肩のキャノン砲や、全身を覆う重厚な装甲がガチャガチャとはずれ、地面に落ちて派手な音をたてた。刑天の姿が一転して、普通のジャケットのようなスリムなものになる。燕尾蝶はその後ろに立つと、ワイヤーで自分と刑天とを固定した。

 「脱出する気か!!」

 圭介はそれを見て焦りを感じ、さらにダッシュを早めた。が・・・

 「また会おう、SMS」

 「じゃ〜ね〜!!」

 燕尾蝶と刑天は、圭介に向けてそう言った。

 「!?」

 その声を聞いて、圭介は驚いた。その直後・・・

 バシュウウウウウウウウウウウ!!

 燕尾蝶は背中のハイパーロケットエンジンを吹かし、夜空へとすさまじいスピードで舞い上がっていった。

 「くっ!!」

 すぐに仁木と小島が、それに射撃を行う。だが、すでに敵は有効射程距離外へと脱出していた。

 「逃げられたか・・・」

 仁木は悔しげにつぶやいた。

 「急いで追撃しないと!!」

 「あのスピードでは追いつけないわ。追撃はあきらめましょう。それより小島君、すぐにこの人達の手当てを」

 「りょ、了解!」

 小島はあたりに倒れているキャバリエ、ベーオウルフの手当てを始める。

 「すぐに救援隊が応援に来るわ。新座君、私達は自衛隊司令本部の救援にいくわよ。まだ向こうは形勢不利のようだから」

 「・・・」

 「新座君!? 聞こえているの!?」

 「あ・・・! は、はい!」

 圭介が我に返ったように慌てて答えた。

 「しっかりしてね。一刻を争う状況なんだから」

 「すいません・・・」

 「こちら仁木。指揮車、自衛隊司令本部への輸送をお願いします」

 「了解!」

 圭介はその場で、考え込むようにうなだれていた。

 「どうしたんですか、圭介君・・・?」

 ひかるが心配そうに声をかける。

 「ひかる・・・いや、後にしよう。今は任務に集中だ」

 圭介はそう言うと、顔を上げて両の拳をつきあわせた。





 その後、第1小隊は撤退中の自衛隊とその支援を行っている他のSMS小隊と合流。数に苦しめられながらも、なんとか鉄人の集団を打ち倒し、自衛隊部隊の救出に成功した。米軍を攻撃していた鉄人達も、米軍とSMSの手によって壊滅された。自衛隊・米軍合同演習襲撃事件は、こうして解決した。





 「よっし。点検終わりっと」

 オートドライバーを片手に持った整備員が、たった今装甲板を全て張り替えた圭介のVJを前にそう言った。各VJの整備は、これで全て終了した。

 「ボロボロになって帰ってくるかも、なんて聞いて駆けつけたら・・・結局、いつもと同じぐらいのダメージだったな。装甲板張り替えるだけで済んじゃうんだから」

 「取り越し苦労だったな」

 若い整備員達がそう言っていると

 「取り越し苦労で済んでよかったじゃないか」

 圭介が言った。

 「俺達としても、そっちに苦労させたくはないからな」

 「ま、それもそうだな。何もないのが一番だ」

 整備員はそう言って笑った。圭介はそれを黙って見ていたが、やがて、整備員達の輪から離れて、楢崎のそばに歩いていった。そこには、仁木とひかるもいた。

 「お休みのところ、申し訳ありませんでした」

 仁木が小さな声でそう言った。

 「いいってことよ。取り越し苦労で済んだなら、それにこしたことはねえ」

 相手が九月の相手かもしれないという連絡を受け、他の整備員全員とともに夜勤に出てきた楢崎は小さく笑ったが、すぐに真剣な顔に戻った。

 「・・・しかし、手放しで喜ぶわけにもいかねえな」

 「ええ・・・」

 「やっぱり、盗まれていたんですか? ACSの書き込まれていたディスク・・・」

 ひかるが眉をひそめて仁木に尋ねた。

 「ことがことだけに、まだ公にはされていないけど。私達には連絡されたわ。キャバリエ、ベーオウルフ両VJのACS搭載ディスクは、どちらも盗まれていたそうよ。あの黄色いジャケットが砲撃をしている間に、パートナーが盗んでいたのね・・・」

 仁木はうなだれた。

 「間違いなく、今回最大の被害ね・・・。私達が使っているVJの管制システムだって、軍事機密級の扱いなのに、それを完全自動化したACSがこんなかたちで盗まれたというのは・・・」

 「やっぱり、そのキャッシュって奴らの仕業か?」

 小隈の言葉に、仁木はうなずいた。

 「自衛隊、米軍を襲撃した人型ロボットは、キャッシュ・コネクションのもののようです。シャルロッテさんの置いていったリストの中にあった、キャッシュ・コネクションの製造兵器リストの中にも存在します。それを考えれば、あのロボットはキャッシュが動かしていたと見て間違いないでしょう。ロボットに自衛隊、米軍を攻撃させている間に、孤立したVJ小隊を狙ったと考えれば・・・」

 「しかしまいったな。これはつまり、キャッシュとかいう連中も、キャバリエみたいなVJを作ることができる・・・ってことだろう?」

 楢崎の言葉に、仁木がうなずく。

 「あれだけの性能を持ったジャケットが、さらにVJとしての機能を備えたら・・・」

 「鬼に金棒・・・ですね」

 思い詰めた表情で圭介が言う。

 「次に奴らと当たることになったら、ある意味VJの到達点みたいなのと戦うってことになるわけだ。勘弁してほしい話だが・・・過ぎたことを悔やんでもはじまらねえ。若い奴らには、それなりに覚悟するように言っておく」

 「お願いします」

 仁木がそう言って頭を下げたので、圭介とひかるもつられて頭を下げた。

 「一番大変なのはあんたらだよ。こっちはこっちで精一杯やるから、あんたらもがんばれよ」

 「はい!」

 「それでは、私は報告がありますので、これで」

 仁木は敬礼をすると、ガレージから出ていこうとする。

 「俺達はどうすればいいんです?」

 その背中に、圭介が尋ねた。

 「今日の仕事はこれでおしまい。英気を養っておいて」

 仁木は振り返ることなくそう言った。圭介はひかると顔を見合わせたが、楢崎に言った。

 「それじゃあ、俺達もこのへんで」

 「おう。よく寝とけよ」

 圭介とひかるは敬礼をすると、ガレージから出て寮へと歩き出した。

 「午前3時・・・あと4時間は眠れるか・・・」

 圭介は時計を見ながら、大きなあくびをした。

 「圭介君・・・」

 と、その時ひかるが圭介に声をかけた。

 「ん? なんだ?」

 「後でって言って、まだ教えてもらってないんですけど・・・。ほら、任務中に、ちょっと上の空になったこと・・・」

 「あ・・・」

 圭介はそう言って、ばつが悪そうにうつむいた。

 「どうしてああなったのか、教えて下さい。任務中に圭介君があんなふうに上の空になったことって、今まで一度もありませんでしたから・・・気になるんです」

 「・・・大したことじゃないんだけど・・・」

 圭介は話すのを躊躇するように言いながら、傍らのひかるの顔をチラリと見た。だがひかるは、強い意志を持った目でこちらをジッと見ていた。

 「わかった、わかったよ。隠し事はしないから、そんな目で見ないでくれ」

 圭介がそう言うと、ひかるは少し視線を落とした。圭介は一拍置くと、口を開いた。

 「さっきも言ったけど、大したことじゃないんだ。ただ、ちょっと気になってな・・・」

 「なにがですか?」

 「離脱する直前、あいつらが俺に向かってしゃべっただろ?」

 「はい・・・。でも、中身は人間なんですから、しゃべるのは当たり前なんじゃ・・・」

 「もちろん、しゃべったのは別に不思議でもなんでもない。気になったのは、その声だ。どうも、聞き覚えのある声に聞こえたんだ」

 「聞き覚え?」

 圭介はうなずくと、また少し黙ってから言った。

 「この間の土曜のデートの時、昼飯をおごってもらったあの兄妹・・・あの妹の方の声に、黄色いジャケットの声がよく似ていたような気がしたんだ。特徴のある声だったし」

 「!」

 ひかるは少し驚いたが、すぐに冷静に言った。

 「あの子が、あのジャケットを着ていたって言うんですか?」

 「確証はない。だけど、仕事柄自分の耳は信頼してる。それに照らし合わせると・・・かなり自信はあるんだ」

 ひかるは圭介の顔を見ていたが、やがて言った。

 「それじゃあ、もう一体のジャケットには・・・」

 「ああ。あの子のお兄さんが入っていたかもしれない。あっちの方は、土曜とはだいぶ違った調子の声だった。同一人物かどうか、そっちには自信が持てないけど・・・。シャルロッテさんの報告にもあっただろう? キャッシュのジャケット開発の中心人物が、この日本に潜入してきてるって・・・」

 圭介とひかるの間に、重い沈黙が流れた。

 「・・・もしそうだとしたら、どうするんですか・・・?」

 やがて、ひかるが小さな声で尋ねた。

 「・・・どうもしない。平和を壊す犯罪者がいるなら、俺達はそれを止めるしかない」

 「でも・・・今度はきっと、もっと強いジャケットで現れると思います。そうなったら・・・」

 ひかるは、圭介の腕をギュッとつかんだ。

 「ひかる・・・」

 圭介はその肩に、ポンと手を置いた。

 「今度ばかりはどうあっても、お前に心配かけさせることになる。だけどな・・・」

 圭介はそう言うと、ひかると目を合わせた。

 「俺はSMSの隊員だ。その仕事は人を助けることだ」

 「え・・・?」

 「できるだけ、誰も傷つけることなく、事件を解決して困ってる人を助けたい・・・。理想論かもしれないけど、俺達はそんな風に思いながら、いつも仕事をこなしてる。それは、今度みたいな事件でも同じだ」

 「・・・」

 「俺は人を助けるためにこの仕事をしてる。犯罪や事故のために、誰かが死んだり、傷ついたりすることがないように・・・」

 圭介はそう言うと、ひかるの肩に手を回した。

 「俺は死なないし、誰も殺さない。俺はずっと、このままだ。目の前の幸せを置いたまま、先に天国行くほどマヌケじゃない。だから・・・な?」

 「・・・!」

 ひかるは無言のまま、圭介の体に抱きついた。圭介はその頭を軽くなでていたが・・・

 「・・・今夜は特に冷えるな。早く戻ろう」

 そのまま、小さな声でそう言った。

 「・・・はい」

 ひかるはそう言うと、うつむいたまま圭介の体から離れ、その隣を歩き始めた。





 コツ、コツ・・・

 人気のない廊下を、亜矢は資料を小脇に抱えて歩いていた。

 「・・・?」

 唐突に、彼女は歩みを止めた。オフィスの前を通りかかった時に、自動ドアの向こうから話し声が聞こえたのだ。彼女はそのまま、耳に感覚を集中させる。すると、かすかにその内容が聞こえてきた。

 「ええ、悪いのですが、そちらを通じてお願いできませんか?」

 どうやら、小隈の声のようだった。どうやら、電話で誰かと話をしているらしい。

 「・・・そうですか、ありがとうございます。すいませんねえ、協力していただいてる上に、こんなお願いまで聞いてもらって・・・」

 会話の相手が誰かまではわからなかったが、小隈はうれしそうにそう言っていた。

 「・・・」

 亜矢は無言でポケットに手を伸ばすと、タロットカードを取り出した。それを無言で見つめていると・・・

 シュッ!

 その中から、一枚のカードが飛び出した。

 パシッ!

 亜矢が空中で取ったそれには、太陽の絵が描かれていた。

 「フッ・・・」

 亜矢は小さく微笑むと、そのまま歩き出した。何かを企んでいるには違いないが、おそらくは悪くない企みなのだと、亜矢は感じていた。





 「戦果には満足している。よくやってくれた」

 キャッシュは目の前に立つコヨーテとメアーにそう言った。

 「楽な仕事だったよ、ねぇ?」

 「比較の問題ならな」

 「ちぇっ、アニキはいつもそんなふうに盛り上がりに欠けるんだから」

 「とにかくこれで、第2計画に必要なものはそろった。君たちの持ってきたものをアルフが調整し次第、計画は実行に移されるだろう」

 キャッシュはほくそ笑みながらモニターに映し出される情報を見ると、2人を見回して言った。

 「さて。一月後に、私達は小さな戦争を始める。戦争に使う兵器のデモンストレーションに、もっともふさわしい状況・・・それは、ほかならぬ戦争なのだから」





 それから一週間後。第1小隊の管区である関東では、一応は平穏な時が流れていた。しかし、第1小隊メンバーの神経は、いつ現れるとも知れないキャッシュの新型ジャケットに、常に向けられていた。

 そしてそんな時、その突然の来訪者は現れた。

 ピーッ

 インターホンの音がした。オフィスにいた全員の視線がドアに向けられるなか、すぐに圭介が席を立ってドアに向かった。

 「どなたですか?」

 「インターポールのシャルロッテです。小隈隊長から依頼されていた件で、こちらにうかがったのですが・・・」

 インターホンからの女性の声に、圭介は小隈の方を見た。

 「おお、来てくれたか。あがってもらえ」

 圭介はドアロックを解除すると、自動ドアを開けた。この自動ドアはオートロックがかかっていて、署内の人間が持つIDカードのICチップに反応して開く仕掛けになっているので、部外者は入れないのだ。

 プシュー・・・

 ドアが開くと、そこには金髪の女性捜査官が立っていた。相変わらず、レザーのライダースーツをびしっと着こなしている。彼女は圭介を見ると、ニッコリと微笑んだ。

 「ど、どうも・・・」

 思わずどぎまぎする圭介。その後ろから、ゆっくりと小隈がやってきた。

 「どうも。このあいだは無理を言ってしまってすいませんでしたね」

 「いえ。そちらの要請はごもっともだと思います。幸い、向こうもまだ本格的な活動段階には入っていませんでしたので、快く引き受けてもらえましたが・・・」

 シャルロッテは、怪訝そうな表情でオフィスの中をキョロキョロと見回した。

 「・・・まだ、来ていないのですか? 装備一式とともに、成田に到着したと本人から連絡があったのですが・・・」

 「渋滞のせいでしょう。この時間帯の海上区大橋は混んでますから」

 一方、勝手に話を進める二人の後ろで、隊員達はキョトンとしていた。

 「あ、あの、隊長・・・?」

 「さっきから、話が見えませんけど・・・なんの話です?」

 たまらず尋ねるひかると圭介。

 「うん。黙ってて悪かったな。実はな、どうやら9月以上に深刻な事態になりそうだから、シャルロッテさんに頼んでインターポールを通じて助っ人を呼んだんだ」

 「助っ人?」

 圭介達が首を傾げる中、

 「・・・!」

 仁木だけはなんとなく悪い予感がして、おそるおそるシャルロッテに尋ねた。

 「あ、あの、シャルロッテさん・・・?」

 「はい?」

 「先ほど、「装備一式とともに成田に到着」とおっしゃってましたが・・・まさか・・・」

 「ええ、そう言いましたけど・・・小隈隊長、本当に何も説明してないんですか?」

 シャルロッテがちょっと信じられないという表情で小隈に顔を向けると、小隈はニヤリと笑って答えの代わりに言った。

 「そう、そのまさかだよ、仁木」

 なぜか、仁木の顔が青ざめる。と、その時だった。

 ププーッ!!

 建物の外から、クラクションの音が聞こえた。

 「来たようですね。小隈隊長」

 「そんじゃ、お出迎えしますか」

 小隈とシャルロッテはそう言うと、出ていってしまった。

 「どうなってんの?」

 「やっぱり話が見えないな」

 首を傾げる聡美と小島。その一方で、仁木は静かに言った。

 「・・・いきましょう」

 すぐにその後を追う仁木。他のメンバーも、腑に落ちない顔をしながら後を追った。





 「なんだ、あれ?」

 分署の玄関に出た圭介達。正面のグラウンドにあるものに、圭介はそんなことを言った。そこには、一台の大型トラックが停まっていた。正面には桜の紋が付けられており、それが警視庁のトラックであることを示していた。

 「警視庁のトラックを使わせてもらったんですか」

 「ええ。運ぶ物が物ですので」

 相変わらずマイペースに会話する小隈とシャルロッテ。いよいよ業を煮やして、圭介が尋ねた。

 「隊長! 助っ人って誰なんですか!?」

 「慌てなくても、ほら」

 小隈がのんびりと指さした先。そこでは、トラックの運転席のドアが開き・・・

 スタッ

 一人の男が、降り立った。

 「あ・・・!」

 その姿を見て、小隈とシャルロッテ、それに、仁木を除く圭介達は驚いた。

 「やっぱり・・・」

 一方、仁木はため息をついた。そうこうしていると、彼は彼らの元へと歩いてきて、高らかに言った。

 「ロンドン警視庁より尾崎匠警部、東京都SMS第1小隊の支援要請により、パーシヴァル及び装備一式とともにただ今到着しました! よろしくお願いします」

 かつて「教育実習生」としてやってきた尾崎匠は、屈託のない笑みを浮かべた。圭介達は、呆気にとられてそれを見ていたが・・・

 「ご苦労。改めてお願いしたい。予想されるキャッシュ・コネクションの次の襲撃に備え、君を臨時に第1小隊実動員として迎えたい。引き受けてくれるかい?」

 「よろこんで!」

 笑顔でビシッと敬礼を決める尾崎。それを見て、やがて圭介達も笑顔を浮かべ、彼に対して敬礼をした。




・関連用語紹介

鉄人兵団

 大長編ドラえもん及び劇場版「ドラえもん のび太と鉄人兵団」に登場したメカトピア星の侵略ロボット軍団。ロボット自身が星の支配者であり、労働用の奴隷を確保するために地球侵略を行った。圧倒的な兵力でドラえもん達を敗北寸前にまで追い込んだが、ドラえもん達の活躍と人間の優しさに目覚めたスパイのロボット少女、リルルの勇気ある行動により消滅した。外見、能力は小説中でも変わらないが、本作では異星の侵略ロボットではなく、キャッシュ・コネクションが製造した軍用ロボットということになっている。


次回予告

 聡美「さぁ〜って、次回の「Predawn」は〜っ♪」

 小隈「小隈です。ここではお久しぶり」

 仁木「仁木です」

 聡美「隊長に副隊長かぁ・・・なんかやりにくいなぁ」

 仁木「そんな言い方はないんじゃないの? 私だって、どうもこういう場所は・・・」

 小隈「まぁそういうな、仁木。これも任務だと思って・・・」

 仁木「た、隊長・・・」

 聡美「と、とりあえずちゃっちゃとやりましょう。なんだか今回、歯切れ悪いところで
    終わっちゃってますね」

 小隈「ま、次回が最終回だからな。それにつながる話ってことでしょ」

 仁木「苦労させられそうね、私達・・・」

 聡美「そんじゃ隊長、次回予告お願いします」

 小隈「はいはい。次回、第12話「三月の風」。お楽しみに」

 聡美「あたしたちの活躍も、次回で見納めかぁ・・・」

 仁木「何を言っているの。任務はまだまだ続くわよ」

 小隈「そういうこと。気を引き締めて楽にしていこ」

 聡美「ほ〜い。そんじゃ岸本聡美、恒例のアレをやりま〜す!」

 小隈「パチパチパチ」

 仁木「またやるのね・・・」

 聡美「ホイッ!」

 ポイッ! ゴクッ!

 聡美「んがぐぐ!!」

 小隈「いやぁ、見事見事。いつクビになってもその芸でやってけるな」

 聡美「なぬ!?」

 仁木「・・・先にオフィスに戻ります」


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