燃え盛る炎に、鉄でできた様々な機械が赤く照らされている。周囲の至る所で炎が生き物のようにうごめき、全てを焼き尽くすかのようにその背を高くしたり低くしたりしている。灼熱地獄。全ての生き物の存在を許さない場所。だがそんな場所に、うごめく影がいくつもあった。

「大垣! 荒井! しっかり安全は確保したな!?」

「はい!」

「よし、行け!」

 麹町消防署の消防隊特別救助隊隊長、須賀勝は、部下の声に振り返った。見ると、部下の指さす先に、化学防護服を着た人間が倒れている。ここは、都内にある化学工場。40分前に製造ラインの故障が原因で火災が発生。その十分後に彼の率いる特別救助隊が駆けつけた時には、すでに工場全体に火が回っていた。炎上する工場の中に飛び込んだ彼らは、すでに何人もの作業員を助けていた。

 しかし、まだ一人いた。その人物は、大きな緑色の薬品タンクの下に倒れていた。

「よし、いくぞ!」

「はい!」

 部下と共に須賀は、その人間のところに走っていった。

「状態は?」

「意識を失っています! すぐに運ばないと・・・」

 その時だった。

 グオ・・・

「!?」

 不気味な音に、須賀は思わず首を回した。彼の目に入ってきたのは、こちらへと倒れかかってくる緑色の薬品タンクだった。

 ガシッ!!

 とっさの判断で、彼は両手でそのタンクを押さえた。見ると、部下も両手でタンクを押さえるのを手伝っている。タンクの転倒はとまった。

「何をやってる! 早くいくんだ!」

「このタンクの重さじゃ、隊長のFJ一つじゃ押さえられません! 俺も手伝います!」

「バカ野郎! このままでは全員、このタンクの下敷きだ! 少しの間なら、俺一人でも押さえられる! その間に、その人を連れて行け!」

「無茶です! 今だってやっと支えてる状態・・・」

「いいから行け! このままだったら、二人とも地獄行きだぞ! さっさと行くんだ!」

 隊長の言葉を、部下は黙って聞いていたが、やがてタンクからパッと手を離し、ぐったりとしている被害者の腕を自分の肩に回し、飛び出そうとした。

「くっ・・・!」

 しかし、隊長のFJの両腕にかかる重さは、予想以上のものだった。すさまじい重さが、両腕から腰、そして踏ん張っている両足まで伝わってくる。

(まずい・・・!)

 隊長がそう思った、その時だった。

 ガシッ!

 その支えている両腕の隣に、別の赤い二本の腕が、タンクを支えた。それにより、須賀のFJにかかる負担が軽くなる。部下が戻ってきたのか。一瞬そう思った須賀は、彼を叱ろうと首を回した。

 だが・・・そこにいたのは、部下ではなかった。揺らめく炎に、元から赤い装甲をさらに紅く染めた、一体のVJ。まさしくそれは、SMS第1小隊のものだった。

「SMSです! 救援に来ました!」

 須賀のFJのヘルメットの中に、若く活気に満ちた青年の声が響く。

「これは俺が支えます! そのうちに脱出を!」

「すまない・・・感謝する!」

 小さく頭を下げ、短く通信を入れると、須賀はタンクを押さえていた手を離した。そして、振り返ることなくその場を離脱する。

「間に合った・・・」

 VJの中で安堵のため息をもらす圭介。しかし、その中では別の様々な声が、渦を巻いていた。

「新座、危険だ! すぐに現場を離脱しろ!」

 先ほどから、いつになく厳しい声の小隈の声が、圭介の耳に届いていた。普段ならば、上司として尊敬する小隈の命令には、素直に従っていただろう。だが、この時の彼には、その命令は聞けなかった。

 先行していた特別救助隊が、炎の中で危機に瀕している。その知らせを現場に到着し、仲間と共に救助作業を行っていた新座は、その知らせを聞いていてもたってもいられず、仁木や小島を置いて工場の奥へと突入していった。

「独断専行よ! 止まりなさい!」

「無茶すんな! 戻れ!」

 仁木と小島の声を背中に、それでも圭介は止まらなかった。そして、この場にたどり着いた。そして、救助隊員達の脱出を助けることに成功したのだ。その喜びに比べれば、あとに受けるであろう叱責など、大したことではなかった。

ドガァァァァァァァァン!!

 彼の背後で爆発が起こったのは、その時だった。

「ウワッ!!」

 その爆風の直撃を受け、声をあげる圭介。しかし、事態はそれだけで終わらなかった。

ドガッ! バチバチッ!

「!?」

 爆風と共に、背後に何か重い物体がぶつかったような衝撃が走る。そしてその直後、異変は生じた。全身から、力が抜けていく。

「な・・・なんだ!?」

「パワーユニット損傷!! エネルギー低下しています! 圭介君、離脱して!!」

 ヘルメットの中に、ひかるの悲鳴のような声が響く。全身の力が抜けるとともに、支えている巨大な緑色のタンクが、だんだんと重みを増してきているように感じた。そして、それは気のせいではなかった。

「早く離脱しろ!!」

 小隈の怒号のような声が響く。しかし、それは無理なことであった。パワーユニットの出力は急激に低下し、VJは本来の力を失いつつあった。得意の瞬発性も、既に失われ始めている。このままでは、脱出などおぼつかない。

「今行くわ! 辛抱して!」

「俺達が行くまで我慢しろ!!」

 仁木と小島の必死の声も聞こえる。しかし、それすらも手遅れになりつつあった。どんどんと、VJから力が失われていく。

 圭介が最後に見たものは、視界一杯に広がっていく、巨大な緑色のタンクだった。




第3話

〜June〜

闇夜のゴルゴン

 ・・・・・・・・・・・

「・・・お前が助けられて・・・どうすんだよ・・・」

「早く指揮車へ!」

「圭介君!!」

「心配いらない・・・。必ず・・・助かるから・・・」

暗闇の中で、いくつもの声を聞いたような気がする。再び動き出した圭介の意識が最初に知覚した感情は、そういうものだった。そして次の瞬間には、彼は目を開けた。





 最初に目に入ってきたのは、目にもまぶしい白い天井。そして、最初に耳に入ってきたのは・・・

「・・・お、気がついたみたいですよ」

 小島の声だった。ゆっくりと首を回すと、そこには白衣を着た小島が、さして驚いた様子も見せずにこちらを見ていた。

「・・・ここは・・・?」

 状況が把握しきれず、思わずつぶやく圭介。だが、その思考は中断された。

「圭介君!!」

 ガバッ!

「うわっ!?」

 突然ぶつかってきた何かに、半身をもたげかけていた圭介は、再び枕の上に押し戻される結果となった。驚いて顔を胸の上に向けると・・・そこには、圭介の胸の上に覆い被さるように泣いているひかるの姿があった。

「よかった・・・・っ・・・ううっ・・・」

 泣き笑いの表情で、嗚咽をあげるひかる。

「お、おい・・・ひかる・・・」

 事態が飲み込めず、うろたえる圭介。たまらずベッドサイドにいる小島に目を向けるが、彼は知ったことではないというような様子で、そっぽを向いていた。しかたなく、圭介は元通りひかるに目を戻すと、ベッドの中から手を伸ばして、嗚咽をあげる赤いショートカットの髪をぎこちなくなでた。

「おいひかる。泣くな、泣くなって・・・」

 迷子になった子をなだめるように、ひかるに声をかけ続ける圭介。やがて、ひかるのすすり泣きはおさまっていき・・・涙を拭いて、にっこりと圭介に笑いかけた。

「よかった・・・。このまま、目を覚まさなかったりしたら・・・どうしようかと思いました・・・」

「ひかるちゃん、だから、そんなことにはならないって言っただろう? 脳震とう起こして意識失ってただけだって。そんなに俺の診察と治療が信じられないかなあ?」

 少し困ったように、小島が言った。

「そんなことは・・・。でも・・・心配で・・・心配で・・・」

「な、なあ・・・一体、どうなったんだ・・・?」

 状況が飲み込めず、たまらず質問する圭介。今自分が寝ている場所。そこが第1小隊分署の医務室のベッドであることは、状況からわかっていた。しかし、自分が意識を失ってからどうなったのか、彼にはまるで理解できていなかった。

「それよりも、先にすることがあるんじゃないの?」

 その時、ひかるでも小島でもない声が、医務室の中に響き渡った。

「!?」

 驚いて、その声の方向を見る圭介。彼には、なんとなくその声に聞き覚えがあった。今までひかるの後ろに隠れていて、姿が見えなかった人物。それが、ゆっくりと圭介の近くに歩いてきた。

「・・・親不孝」

「!? お、お袋!?」

 思わず圭介は、素っ頓狂な声をあげてしまった。そこに立っていたのは、そこにいるはずのない人物・・・圭介の母、新座理佳子だった。

「なんでここに!?」

「バカな息子が無茶をして人様に迷惑かけたって聞いて、家でのんびりしている親がどこにいるっていうの?」

 どうやら彼女は、第1小隊からの連絡を受けて、練馬の自宅からここまで来たらしい。

「ごめん・・・」

 「・・・寿命が縮まるような思いをすることは、あんたが消防士になるって言い出したときから覚悟はしてたわよ。恥を忍んで、息子が迷惑かけたことを謝ることもね。でも許せないのは・・・こんなかわいいお嬢さんを泣かせるような無茶をしたことだよ!」

 そう言って、圭介に対しては般若のような顔でにらみつけ、ひかるには菩薩のように優しい笑顔を向ける理佳子。ひかるは母親の前ではばからず圭介に抱きついてしまっていたことに気づき、赤面して慌てて圭介から離れた。

 「まったく・・・名誉の負傷ならともかく、一人で突っ走ってこの有様だっていうじゃないか。恥ずかしくてしょうがないよ。ほら、お二人に謝りなさい」

「あ、ああ・・・。ひかる、小島さん、心配をかけて、すいませんでした」

 そう言って、頭を下げる圭介。再び頭を上げたとき、部屋の時計が目に入った。たしか、通報を受けて現場に到着したのが、午後9時24分。しかし、今の時刻は11時半を回ろうとしていた。2時間近く、意識を失っていたらしい。

「いや・・・。生きてさえいりゃ、それでいいんだ」

「私も・・・無事なら、他には何も・・・」

 それぞれ、圭介の言葉に返事を返す二人。

「いい人達と一緒に働いてるんだね。感謝しなよ」

「・・・親父と姉貴には?」

 「一応、連絡はしたよ。いずみはいつもと同じで月。父さんは今、長崎に出張中。二人とも、心配してたわよ。無事を伝える電話は、あんたが自分でしなさい。私は知らないからね」

「わかったよ・・・」

「さて・・・あんたが無事なら、もう長居は無用だね。明日の昼には父さんが帰ってくるから、私はもう帰って寝るよ」

「俺も、そうしてもらいたいな。なんとなく、状況はわかってきた・・・。これから、いろいろやらなきゃならないこともあるし・・・」

「ああ、そうだね。私がいてもいろいろと邪魔になるし・・・。それでは、私はこれで失礼します・・・」

「夜分遅く、ご苦労様でした」

「いえいえ、こちらこそうちの息子がとんだ迷惑をかけてしまって・・・。至らないところの多い息子ですが、これからもよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 理佳子と小島、ひかるは、丁寧に挨拶をかわした。

「それじゃ、私は帰るからね。あまり迷惑かけるんじゃないよ」

「わかってるよ」

「玄関まで、お見送りしましょう」

 ひかるがそう言って進み出る。

「そんな、気を使ってもらわなくても・・・」

「いいんです。圭介く・・・いえ、新座さんには、いつもお世話になってますから・・・」

「・・・本当に、いいお嬢さんがそばにいるねえ。それじゃあ、お願いしてもいいですか?」

「はい、喜んで」

「じゃあ、おやすみ」

 そう言ってひかると共に、理佳子は医務室から出ていった。

「・・・」

 ドサッ・・・

 圭介は疲れたように、ベッドに寝ころんだ。

「いいお母さんだな」

 そう言って、小島はサイドテーブルの上に乗せてあった圭介の制服を、彼に差し出した。

「着替えろ。隊長も待ってる」

「・・・はい」

 差し出された制服を受け取り、圭介は着ていたパジャマを脱ぎ始めた。小島は黙ってそれを見ていたが、その視線は厳しいものだった。

「・・・お母さんやひかるちゃんの見てる前では、こんなこと言えないからな・・・」

「・・・」

 やがて、小島が口を開いた。

「・・・お前を叱るのは、隊長の仕事だ。だが、俺にも言っておきたいことの一つや二つはある」

「当然でしょうね・・・。もちろん、その覚悟はできてます」

 圭介は着替えを続けながら言った。

「・・・俺はSMS隊員になる前は、医者をやっていた。俺はSMSの隊員になってから、病院に勤めてた頃よりも、命の重さってやつを実感できるようになった。むごい事件や、悲惨な事故をいくつも見てきたからな。だから・・・今日のお前みたいなことをする奴は・・・許せねえんだ」

「・・・」

「自分を犠牲にして人を助けようなんて、考えないことだな。本当に人を助けたいって考えるなら・・・もっと欲張ることだ。人を助けて、自分も助かる道を見つけろ。そのためなら、仲間だってなんだって、頼れるものはなんでも頼れ。そうしなきゃ・・・誰かが喜んだとしても、誰かが泣くことになる」

「・・・」

「わかったな・・・?」

「はい・・・」

 着替えを終えた圭介は、静かだが、深くうなずいた。

「とりあえず、オフィスに顔を出せ。隊長と副隊長が待っているはずだ」

「処分はもう・・・決まってるんですか?」

「お前が意識を失ってから、だいたい2時間・・・。そんだけあれば、決まってるだろうさ」

「はい。・・・迷惑をかけて、すいませんでした」

「俺は医者だし、お前は仲間だ。普通の仕事をしただけだよ。早く行け」

「・・・」

 圭介は頭を下げると、医務室から出て行った。





 医務室から廊下へでると、そこは部屋の中よりも静寂が支配していた。廊下へ出るとすぐに、玄関から戻ってきたひかると出くわした。

「お袋は?」

「タクシーに乗って・・・帰りました」

「そうか・・・すまなかったな」

「いえ・・・」

 そんな会話をかわし、オフィスに向かって歩き出す二人。

「悪かったな・・・心配させて・・・」

「そのことなら・・・本当にいいんです。無事でさえいてくれたら・・・」

 やがて、二人はオフィスの前にたどり着いた。しかしそこには、二人の先客もいた。

「よかった。心配したんだよ」

「フ・・・だから言っただろう・・・? 助かるのは・・・わかってたって・・・」

 そこにいたのは、控えめな笑顔を浮かべる聡美と亜矢だった。

「聡美さん、亜矢さん・・・お二人にも心配かけてしまって、すいませんでした」

 そう言って、頭を下げる圭介。

「よしなよ・・・。そんなに恐縮されるようなことしてないし・・・」

「その通りだよ・・・」

「でも・・・」

「ま、あんまりクヨクヨしないことだね。若さ故の過ちっていうのは、認めなくないだろうけど」

「どっかで聞いた台詞ですね・・・」

 聡美はそれに笑顔で答えたが、すぐに真剣な顔に戻った。

「それより、頭下げるんならあたしたちなんかより、この中でしたほうがいいよ」

 オフィスのドアを指さす聡美。圭介とひかるは無言で頭を下げると、ドアの方に向かって歩いていった。

「あまり・・・気を落とさないようにね・・・」

 ドアを開けて中に入っていく二人の背中に、亜矢の静かな言葉がかかった。





 オフィスの中は、静かだった。7つある机のうち、人がかけているのは一つだけ。すなわち、一番奥に置かれている、小隈の机である。そこにかけている小隈は、「失礼します」という二人の言葉にも、その厳しい表情を崩すことなく、二人に視線を向けていた。その傍らでは、仁木が努めて感情を表情に出さないようにしながら、彫像のように立っていた。

「・・・」

 机の前に並んで不動の姿勢となった二人を、小隈は厳しく見据えた。

「・・・まず聞こう。新座、負傷した箇所はないか?」

「はい。どこにもケガはありません。ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げる圭介。

「そうか。それならば、本題に入るとしよう」

 その言葉に、さらに背筋をしゃんと伸ばす二人。

「・・・俺は今回のことについて、あまりうるさく言うつもりはない。自分が何をしでかしたのか言って聞かせなきゃわからんような奴は、はなからうちには入れないことにしているからな。だが・・・念のため、それを確かめさせてもらう。新座、お前が何をやったか、言ってみろ」

「はい・・・。個人的な焦りのために独断専行の行為をし、小隊全体に多大な損害を与えました」

「その通りだ。そして、それが俺達の中ではどういうことか・・・言ってみるんだ」

 小隈の言葉に圭介は少し考え込んだが、やがて、言った。

「・・・もっともしてはならない行為です・・・」

「それも、その通りだ。そのことをちゃんと理解している点については、評価しよう。しかし、お前がその最もしてはならない行為をしてしまったことには、変わりはない」

「・・・」

「俺達の仕事では、新人だからという理由でミスを犯すことは許されない。ミスはそのまま、死につながることさえある。仕事はできて当たり前、失敗したら命取りだ。今回の件など、まさにそれだ。それを防ぐためにも、俺達はチームワークというものを何より重く見ている。四つの「よく」の中に「仲良く」があるのも、そのためだ。しかし・・・お前はそれを破った。それは自分の命取りになるばかりか・・・仲間の信頼を裏切る行為でもある」

「・・・どんな処分でも、受ける覚悟です・・・」

 頭を下げ、歯をくいしばりながら言う圭介。長期の謹慎、場合によっては懲戒も覚悟していた。隣でひかるが心配そうに見つめる中、小隈は口を開いた。

「しかしだ・・・」

 そう言って、やや視線を上げる小隈。

「お前の独断専行の行動によって、特別救助隊が危機から救われたことも、紛れもない事実ではある」

「・・・」

「先ほど特別救助隊の須賀隊長と、電話で話した。彼らもチームワークを命としている点では俺達と同じだ。だから、お前の行動を手放しで誉めはしなかった。しかし・・・お前のおかげで自分と部下、それに作業員一人の命が助かったことは、お前の処分を考える際に考慮に入れてくれと、頼んでくれた」

「・・・」 「結果オーライで全てを運ぶほど、SMSは甘くはない。もちろん、処分は受けてもらう。よく聞け」

「はい」

 緊張を隠すように努めつつ、圭介は自分に言い渡される宣告を待った。

「減俸3ヶ月、それと、報告書の提出」

「はい・・・」

 そのままの姿勢で、続きの言葉を待つ。しかし・・・

「・・・? それと・・・?」

 いつまでたっても、それ以上の言葉は小隈の口からは発せられなかった。

「以上だ」

 圭介には、小隈のその言葉が信じられなかった。

「どうしてです!? 俺はとんでもない迷惑を・・・」

「その迷惑に、さっき言った功績を自分なりに加えた結果だ。評価が甘いというのなら、もっと厳罰に処してもいいが?」

 圭介は迷った。自分としては、もっと重い罰を受ける覚悟もできている。迷っているまま横を見ると、ひかるがこちらを見て小さく首を振った。

「いえ・・・。隊長がそう判断なさるのなら、謹んでその処罰をお受けします」

 そう言って、頭を下げる圭介。小隈はそれを見てうなずくと、今度はひかるに目を向けた。

「服部、お前も同じ処分だ」

「・・・」

「!!」

 ひかるは黙っていたが、圭介は驚いた。

「了解しました・・・」

「ちょっと待って下さい! 独断専行をしたのは俺です! 何故ひかるまで・・・」

 そう言って、小隈に抗議しようとする圭介。

「圭介く・・・」

「新座隊員! あなたはまだわかっていないのですか!?」

 それを止めようとしたひかるの声を遮り、それまで黙っていた仁木が叫んだ。

「まだ分かっていないというのなら・・・この場で教えましょう。いいですか? 実働員と管制員は、運命共同体なんですよ?」

「それくらい、わかって・・・」

「わかっているのなら、服部隊員への処分に異存はないはずです。独断専行をおかしたとき、管制員である服部隊員には、あなたを止める義務があった。そして、外部操作によってVJ3号機の機能を強制停止させることも可能だった。しかし、服部隊員はその義務を怠り、今回の事態を招いた。これは、独断専行に荷担したことになります。よって、服部隊員にもあなたと同じ処分を受けてもらいます」

「そんな・・・!」

 それでも納得がいかず、身を乗り出そうとする圭介。その時・・・

 ギュッ・・・

「!?」

 首を回すと、ひかるがいつになく強く、彼の腕をつかんでそれを止めていた。圭介の顔を見つめる視線には、いつもの気弱な彼女には見られない、強い意志のようなものと、何かの感情が込められていた。その目を見た途端、圭介はあることに気づき、踏み出しかけていた足を戻した。

「・・・」

 それを見届けると、仁木は改めてひかるに言った。

「服部隊員・・・三ヶ月の減俸と、報告書の提出を命じます。異存はありませんね?」

「はい・・・了解しました」

 そう言って、頭を下げるひかる。圭介は彼女への処分自体に納得したわけではなかったが、黙ってそれを見つめた。

「正式な処分の通達はここまでだ。しかし・・・新座。お前にはもう一つ、残念な知らせがある」

「・・・何でしょうか?」

「お前は一週間、出動できない」

「「!?」」

 その言葉に、圭介とひかるはどちらも驚いた。しかし、圭介の方はすぐに落ち着いた。

「どうしてですか!? 先ほど、処分は減俸と報告書の提出だけと・・・!」

「ひかる・・・いいんだ。やめてくれ」

「圭介君・・・」

 今度はひかるがくってかかったが、それを圭介が押しとどめた。それを見かねて、小隈が言う。

「服部、お前の言うとおり、これは処分ではない。新座が出動できないのは、やむを得ないことなんだよ。新座、お前自身は無傷で済んだが、VJはその身代わりになってしまったということだ」

「!! VJの状態は・・・どうなんですか!?」

「お前を潰したタンクは、あのあと爆発を起こしてな・・・。仁木と小島が助けたときには、VJ全体にかなりのダメージと薬品による劣化が見られた。詳しい報告はまだ受けていないが・・・おやっさんが言うには、完全な状態に戻すには、一週間はかかるらしい・・・」

「・・・」

 圭介にとってその知らせはショッキングではあったが、すぐに仕方のないことだと納得できた。覚悟していた処分に比べれば、これでもずっと軽い。それよりも、楢崎を始めとする整備班にも自分のために迷惑がかかっていることの方が、よほど心に響いた。

「わかりました・・・」

「辛いだろうが、頭を冷やす時間だと思って、我慢してほしい」

「はい・・・。それで、その間・・・ひかるはどうなるんですか?」

 それが気にかかり、小隈に問う圭介。

「小島のVJの管制についてもらう。空いている人員を遊ばせておくほど、うちはヒマじゃないからな。服部、それでいいな?」

「はい」

 その返事を聞くと、小隈は一段落着いたように、息を吐き出した。

「以上で伝えることは全てだ。何か他に、言いたいことはないか?」

「はい・・・。もう一度、独断専行を謝らせて下さい」  そう言って、頭を下げる圭介。それにひかるもならった。

「・・・大の大人が、そうめったやたらと頭を下げるもんじゃないぞ。それだけなら、もう寮に帰って寝ろ。今日は、いろいろとあったからな・・・」

「はい・・・」

 そう言って、敬礼をする二人。

「お疲れさまでした!!」

 それに黙って返礼を返す、小隈と仁木。二人は踵を返すと、ドアから外へと出ていった。小隈はそれを見届けると制服のポケットからイミテーション・シガレットを取り出し、火をつけた。

「仁木、お前も今日は大変だっただろう。早く寝た方がいいぞ」

「はい・・・。あの、隊長?」

「なんだ?」

「あの二人への処分・・・あれでよろしかったのですか?」

「不十分だと思うか?」

「そう思わないといえば、嘘になります。減俸3ヶ月という処分にしても・・・」

「そうだな。お前達も含めて、ここには金が第一の目的で働いているような奴はいないからな。たしかに、たいしてこたえるものじゃないかもしれない。だが・・・仁木、お前、子供の頃に叱られて、悔しい思いをしたことはあるか?」

「え・・・?」

 いつもながらの妙な質問に、仁木は戸惑いながらも、黙ってうなずいた。

「自分は十分悪いことをしたって反省してるのに、それでも親は叱ってくる。そんな理不尽な思いをしたこと、あるだろう?」

「ええ・・・」

「人間、だいたいそういうものだ。本気で叱られるような悪いことをした時には、そいつの心の中では、だいたいもうそれに見合った反省とか、罪の意識とかがあるんだよ。それの上に、余計な説教を加える必要なんてない。理不尽で悔しい思いをさせるだけだ。そいつはもう、十分罰を受けてるんだよ」

「・・・」

「まして、あの二人は「いい子」だ。その辺のことは、俺よりずっとよくできてるよ」

「・・・そうですね」

 仁木はその説明に納得した。そして、自分の机の上に置いてあったままのいくつかのファイルを手に持った。

「それじゃ、私も失礼します。隊長は、どうします?」

「まだやることがあるからな。もう少しここにいるよ。お疲れさま」

「はい。お疲れさまでした」

 そう言って、仁木は出ていった。人数にしては広いオフィスの中に、小隈一人が残された。彼は黙って天井を見上げると、静かにつぶやいた。

「今日も・・・みんな、生きていられたな・・・」





 オフィスから出た二人は、玄関から外へ出て、寮への道を歩き始めた。すでに梅雨に入っているこの時期にしては空気は澄んでおり、耳にも涼しい声で鳴く虫たちの声が、二人の耳には入ってきた。

「あのさ・・・ごめんな・・・」

 今日何度目かになる、ひかるへの謝りの言葉を、圭介は口に出した。

「大丈夫です・・・。お給料の他にも、実家からの仕送りもありますし・・・。皆さんのお食事の材料も、小隊の経費の一部ってことになってるみたいですから・・・」

 クスリ、と笑って答えるひかる。しかし、圭介は首を振った。

「減俸のこともあるんだけど・・・ほら、俺がお前の減俸のことで、隊長に文句言おうとしたときのこと・・・」

「・・・」

「副隊長の言うとおり、やっぱり俺、お前との関係、ちゃんと考えてなかったと思う」

「・・・」

「たしかに、俺とお前・・・実働員と管制員っていうのは、運命共同体じゃなきゃいけないよな・・・。お互いがお互いを思って行動する・・・。そんな関係じゃなきゃ、ダメなんだ」

「圭介君・・・」

「違ってたら悪いんだけどさ・・・」

 そう言って、圭介は続けた。

「あの時、俺が文句を言おうとしたときに止めたのも・・・そういうことだろ? お前が俺と同じ処分を、文句も言わずに受けたのは・・・そうすることが、そんな関係への最初の一歩みたいなものだって・・・そう思ったからじゃないのか・・・?」

「・・・」

 ひかるはうつむいていたが、やがて、黙ってうなずいた。

「ごめんな・・・あそこで俺がそれをやめさせたりしたら・・・お前のその気持ち、ムダにするところだった・・・」

「いいんです・・・。ちゃんと気づいてくれましたから・・・」

 そう言って、圭介に笑顔を向けるひかる。

「私こそ・・・ごめんなさい。私も副隊長の言ってたこと、ちゃんと考えていませんでした・・・」

「・・・」

「あの時圭介君を止められたのは・・・私だけでした。本当に圭介君のことを考えるなら・・・あそこで圭介君を止めるのが、私のやるべきことだったはずです。でも・・・私はあそこで、圭介君を行かせてあげることが信頼だとはき違えていました。それも信頼の一つかもしれません。けど・・・それは本当の信頼じゃなかったんですね・・・」

「・・・」

 二人は街灯の下で、立ち止まった。

「「ごめんなさい」は、お互い様か・・・」

「そうですね・・・」

 つぶやくようにそんな会話をし、二人は、小さく笑った。そして・・・

 スッ・・・

 圭介が、右手を差し出した。

「初心に帰ろう。今度こそ・・・運命共同体になれるように。・・・よろしくお願いします」

「・・・こちらこそ」

 そう言って二人は、お互いの手をしっかりと握った。

「さて・・・帰るか」

「はい」

 そう言って、足を踏み出しかけた圭介の右手を、ひかるの左手が握った。

「ひかる・・・?」

「・・・いいですよね?」

 少し顔を赤らめながら、ひかるが言った。圭介はどうしたらいいかわからずに戸惑っていたが、やがて答えた。

「・・・寮までならな」

「はい!」

 そう言って、二人は手を繋いだまま歩き出した。やがて、二人は寮の玄関へとたどりついた。

「到着」

 ひかるは少し名残惜しそうな顔をしたが、やがて握っていた手を離した。

「今日は大変だったな・・。よく寝るんだぞ」

「圭介君も・・・よく眠って下さいね」

「ああ。それじゃ、おやすみ」

「おやすみなさい。・・・あ、忘れてました!」

 そう言って、持っていたバッグから何かを取り出し、圭介に渡すひかる。

「何これ?」

「圭介君のお母さんから渡されました。あとで渡して欲しいと・・・」

 それは、二つに折り畳まれた一枚の紙だった。

「信じてほしいですけど・・・私、その中は・・・」

「ああ、もちろん。さっき言ったろ? もっとお互いを信じようって。そういうことをする奴じゃないってことぐらいは、十分わかってるつもりだぜ」

「・・・はい! それじゃ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 そう言って、ひかるはパタパタと足音をたてて、階段を上がっていった。その後ろ姿を見送ってから、圭介はひかるから渡された紙を見た。

「もっとも、見られて困るようなことも書いてないだろうけどな。にしても・・・言いたいことがあるなら、面と向かって言やぁいいのに・・・」

 そんなことをブツブツとつぶやきながら、圭介は紙を開いた。

「!!」

 そして、そこに書かれていた文字を見て、ひかるに見られなくてよかったと、心から思った。

「今度、一緒にうちへお連れすること!」

 そんな言葉が、その紙には書かれていた。

「・・・大きなお世話だ・・・ったく。・・・あ、そうだった・・・」

 その時、圭介は思いだした。普段は圭介のすることに口出しはしないが、怒るときはものすごく怒る父。そして、母以上に口うるさい姉。その両者に、無事と謝罪の意を伝える連絡をしなければならないことを。圭介はそのことを思い出すと急に足取りが重くなり、ヨタヨタと自分の部屋まで歩いていくしかなかった。





 第1小隊にとって様々なことがあったその日の夜・・・海上区から離れた神奈川県・横浜市において、一つの事件が起ころうとしていた。

 その日の深夜1時。横浜市の上空には厚い雨雲がかかり、どしゃぶりの雨がその下にある街に降り注いでいた。

 その街の幹線道路を、一台の大型トラックが走っていた。深夜1時とはいえ、今だに交通量は少なくない。そんな中を、その大型トラックは法定速度を遵守しつつ、慎重に進んでいた。

 それは、スリップの危険を避けているわけではなかった。すでに、自動車という乗り物はタイヤによって動くものではなく、底面から高圧の空気を吹き出しながらホバー移動するものが全てとなっている。いわゆる、エアカーだ。濡れている地面に接地しているところがないのだから、当然、スリップなどという現象とは無縁である。エアカーが自動車の主流となってからは、そのような濡れた路面によるスリップ事故というものは、ほとんど過去のものになりつつあった。そんな自動車も、将来的には第1小隊の指揮車のように、反重力ユニットを搭載したものに移っていくことだろう。そうなれば自動車はスリップ事故はおろか、渋滞とも無縁の存在となるだろう。

 にもかかわらず、トラックは神経質なほど法定速度を守っている。彼らにそんな注意を払わせている理由は、ただ一つ。少しでも安全に、目的地まで積み荷を運ぶことである。

「・・・遅れてるな」

 助手席の男が言った。先ほどから神経質に、腕時計と車の進行状況との間に目を行ったり来たりさせている。

「ここまでの渋滞は、予定のうちです。予定時刻までには、きっちり目的地には着くことができますよ。流れてるじゃないですか」

 運転席の男が言った。先ほどまでのうんざりするような渋滞は脱出し、今では彼の言葉通り、スムーズに流れ始めていた。

「そんなに心配なら、少しペースを上げましょうか?」

「バカを言うな。あくまでスピードは慎重にしろ。つまらん事故や違反でひっかかるわけにはいかんのだからな」

「了解しています」

 やがて、トラックは赤信号で止まった。車内に、フロントガラスや車体を打つ雨音だけが響く。やがて、信号は青に変わった。トラックは先ほどと同じように、タイミング良く、しかし、慎重に発進する。そして、交差点の中程を通り過ぎようとしたその時

 ゴオオオオッ!!

ドガァァァァァァァン!!

「ウワァァァァァッ!!」

 大型エアカーの接近音が聞こえた直後、突然横から彼らのトラックと同じくらいの大きさのトラックが、突っ込んできた。どうやら信号無視か酔っぱらい運転だったらしく、かなりのスピードが出ていた。そんなものが脇から突っ込んできたのではたまらない。見事にトラックは、その衝撃によって横に倒され、派手な音をたてた。

「う・・・うう・・・」

 横転したトラックの中で、助手席の男はうめき声を発した。口の中に血の味がひろがったが、そんなことはかまってはいられない。横転した運転席の中で、足下に倒れている男、すなわち、先ほどまで運転していた部下に声をかける。

「おい! しっかりしろ! おい!」

 しかし、部下は頭から血を流したまま意識を失っていた。男は彼を起こすのを諦めると、運転席の中にあった通信機のマイクをとると、それに向かって大声を出した。

「おい! 積み荷は無事か!? おい、応答しろ!」

 先ほどまでは、そのマイクに向かって言えば、荷台のコンテナの中に待機している部下から、異常なしを伝える声が返ってきた。しかし、今はノイズばかりが聞こえるばかりで、何の反応もない。

「くそっ!!」

 こんな事態にならないように、細心の注意を払って輸送を行っていたのだ。にもかかわらず、どこかのバカのせいで、その最も恐れていた事態が起こってしまった。男はそのバカを殺してやりたい気分になったが、今はそれどころではない。大急ぎで横転した運転席から這い出て、荷台の上によじ登った。

「!! なんてことだ・・・!!」

 トラックは完全に横倒しにされ、荷台のコンテナの脇腹には大きな穴が開いていた。男はその穴の縁にかけよる。その時だった。

 ビュンッ!!

「うわっ!?」

 その穴の中から飛び出してきたもののために、男は後ろに倒れてしまった。慌てて身を起こすと、そこには・・・

「!? バ、バカな・・・!? ショックで起動したとでも・・・いうのか!?」

 目の前にいる「それ」を見ながら、男は恐怖した。

「ウウウウウウウウウウ・・・」

 「それ」は、低い不気味なうなり声をたてながら、彼を見下ろしていた。逆光に照らされ、シルエットのようになっているその姿。その頭では、まるでイソギンチャクの触手のようなものが、絶えずニョロニョロと動いている。そして・・・

「ウオオオオーン!!」

 「それ」は、恐ろしい叫びをあげ、目からまぶしい光をほとばしらせた。

「ウワァァァァァ・・・」

 男はその光を浴び、絶叫したはずだった。しかしその叫びは、すぐにかき消されてしまった。





「すいませんでした!!」

 ガレージに、圭介の大きな声が響き渡る。圭介はその言葉を発してから、目の前の人物に頭を下げたまま動かなくなった。

「・・・」

 しかし、その人物は自分に向かって頭を下げたまま不動の姿勢を維持している彼に背を向けたまま、黙々と自分の作業を行っていた。

 カラン・・・

 彼はVJの赤い装甲板を取り外し、コンクリートの地面に置いた。よほど強い熱と衝撃と、刺激性の強い薬品にさらされたためか、赤い塗装はあちこちが剥がれ落ち、装甲板自体も一部が溶け、へこんでいる。いつものごとく、「四十七士」こと整備班の誰よりも早くガレージに来て仕事に入った班長・楢崎達也は、装甲板を取り外して、内部の機械類の整備作業に入った。

 やがて、他の整備員達も続々とガレージにやってくる。彼らは、自分達の上司に向かって頭を下げたまま動かない圭介と、それにかまわず自分の仕事を続ける楢崎の姿を見てとまどいをうかべたが、やがて黙って仕事にとりかかる。

「おい、新座・・・」

 若い整備員が見かねて声をかけようとしたが・・・

「ほっとけ!!」

 楢崎に大きな声でどなられ、やむをえず「すまないな」といって、彼から離れていった。

 圭介がその姿勢を取り始めて20分。ガレージ中が気まずい雰囲気のまま、時間だけが過ぎ去る。そんなとき・・・

「・・・お前ら、続きやっとけ」

「はいっ!!」

 楢崎が腰を上げ、振り返る。整備員達は手を止めては楢崎に怒鳴られるため、作業を行いながら横目でなりゆきを見守る。

「気が済んだか?」

「いえ・・・」

「いいから、とっとと顔上げろ! そのままにされてちゃ、朝っぱらから辛気くさくてしょうがねえだろが!」

 そう言って、無理矢理圭介の上半身を上げさせる楢崎。圭介は申し訳なさそうな顔をしていたが・・・

「こっちに来い」

「はい・・・」

 楢崎に言われ、ガレージの奥へと彼と一緒に歩いていく二人。それを見た整備員達は、張りつめた空気から解放され安堵のため息をもらし、同時にこれから圭介がどうなるか案ずるような表情を浮かべながら、作業に集中し始めた。





 ガレージの奥にある、粗末なスチールのテーブルとパイプいすを置いただけの、簡単な休憩場所。そこで楢崎と圭介は、テーブルをはさんで座っていた。楢崎の方は先ほどいれたばかりのお茶を飲みながら、圭介を見ていた。

「・・・いいか、圭介。お前、俺達がどんな仕事をしているか、わかってるな?」

「はい・・・」

「それがなんだか言ってみろ」

「・・・俺達が使っている機材を、整備することです」

「その通りだ。それがわかってるんなら、なんで下げんでもいい頭を下げた?」

「・・・」

「お前の言うとおり、俺達はお前達の使ってる機材を整備して、それで飯を食っている。当たり前だ。仕事なんだからな。お前達がどれだけ機材を荒く使ってブッ壊したとしても、それを直して新品同然にして戻すのが、俺達の仕事なんだよ。俺達は決まってる仕事をしてるだけで、お前に頭を下げられるようなことはしちゃいない」

「しかし・・・」

「しかしもくそもない。機材を直すのは俺達の仕事なんだから、お前達はぐだぐだ言わず自分の仕事をしてりゃいいんだ! 俺達にとっちゃな、お前がVJを壊したことよりも、自分の体の方を大事に扱わなかったことの方が、よっぽど腹がたつんだよ!」

 楢崎はそう怒鳴っていた。

「・・・お前、あの嬢ちゃんのここでの評判、知ってるか?」

「ひかるのことですか・・・?」

「ああ。あの子はよくできてるよなあ・・・。俺達をねぎらって、お茶をいれてきてくれたり、タオル持ってきてくれたり・・・」

「あいつ、そんなことを・・・?」

「なんだ、知らねえのか? それでもお前、あの子のパートナーか?」

 楢崎が呆れたように言った。

「すいません・・・」

「いいか? ここには、あの子のファンが多いんだ。お前があの子を泣かせるようなマネをしたら・・・お前のVJにどんなことがされるか、わかってるだろうな?」

 にらみつけるように、楢崎が言った。どうやら、彼自身その「ファン」の一人らしい。その恐ろしい顔に、圭介は思わず、何度もうなずいていた。

「ま、今の脅しは冗談だがな。わかりゃいいんだ・・・」

 楢崎はタバコに火をつけた。小隈のタバコと違い、本物のタバコである。

「お前のVJだがな・・・」

「はい」

 圭介が気になっていたことに、楢崎が話題を移し始めた。

「実を言うとな・・・修理自体は、5日で終わるんだ」

「えっ!?」

 思わぬ言葉に、圭介は目を丸くした。

「それなら、なんで一週間なんて・・・」

「いい考えが浮かんだんだ。お前には悪いが、お前のVJがボロボロになって運ばれてきたとき、いい機会だと思ったんでな」

「・・・どういうことです?」

「つまりだ。修理ついでに、お前のVJをもっと使い勝手のいいものにしてやろうと思ってな」

「それって・・・どこかに改良でも加えるんですか?」

「そうしたいのはやまやまだが、お前のVJはただでさえ導入されたばかりの新型だ。どこをどう改善したらいいかのデータも、まだ十分にとれちゃいない。使い勝手をよくするっていうのはな、ここ2ヶ月の出動のおかげでたまったお前のモーションデータを、そろそろVJにフィードバックしようってことだ」

「それって、そんなに変わるものなんですか?」

「ああ。スーツから部屋着に着替えたみたいにな。ただ、細かい調整やらなんやらが必要で、一日二日かかるんだ。その分を足して、小隈さんには一週間、お前を任務に出させないよう頼んでおいたんだ。これでも、納得できないか?」

「いえ・・・こっちからお願いしたいくらいですよ。お願いします!」

「言われなくてもやってやるさ。それと、もう一つ考えていることがある」

「何ですか?」

「この一週間を使って、お前をみっちり鍛え上げる」

 そう言って、楢崎はタバコを灰皿に押しつけた。

「幸いにも・・・お前はメカに強い。お前がたまに顔を出して俺達の仕事を手伝ってくれるのは全員感謝してるし、そのおかげで、お前がひかるちゃんとつきあってても、誰もひがみ根性を表に出さないでいられる」

「別に、つきあってるわけじゃ・・・」

「素直に認めるのが男ってもんだぞ」

「・・・なんと言ってもムダなんでしょうね」

「まあいい。そんなお前が一週間何もできないでいるのを、放っておく手はない。前々から、現場で応急処置のできる奴がほしかったんだ。俺達は、ほいほいと現場に出向くわけにはいかないからな。そこで、この俺の手でお前をうちの若い奴らに負けないぐらいのメカニックにしてやろうと考えてるんだが・・・どうだ? 元々の仕事以外でも、お役に立てる機会が増えると思うが?」

「やらせて下さい!」

 その言葉に、圭介は即座に乗った。

「その代わり、俺の促成栽培の方法は厳しいぞ? いいんだな?」

「根性には自信があります」

 そう言って、楢崎の目をまっすぐに見据える圭介。

「・・・なかなかいい返事だな。それじゃ、決まりだな。さて・・・早速始めるとしようか」

「えっ・・・? もうですか?」

「当たり前だ。文句あるのか?」

「い、いえ、ありません!」

「それなら、さっさと俺達のロッカーに行け。予備の作業服があるから、着替えて戻って来るんだ」

「わかりました! それじゃ、行ってきます!」

 そう言って、圭介は立ち上がり、ロッカーの方へ走っていった。

「・・・」

 その後ろ姿を見送り、茶碗に残ったお茶をすする楢崎。その背後に、ゆっくりと一つの気配が現れた。

「うちの若いのが、お世話になります」

 そう言ったのは、小隈だった。

「こっちこそ、責任持ってお預かりするよ。一週間すれば、ピッカピカのVJと、少なくともメカニックとしては役に立つ奴を、そちらに届けられるだろう」

「そいつを実働員としても本当に役に立つようにするのは、俺達の仕事・・・ですね?」

「当たり前だろ? 俺達は機械を使い物にするのが仕事で、人間を使い物にするのは小隈さん、あんたの方が得意なはずだ」

 そう言って二人は、互いに笑った。

「そういや、お嬢ちゃんの方はどうなんだい? 姿を見てないが・・・」

「ご心配なく。しっかり働いてますよ。あのときはかなり動揺してましたけど、新座としっかり話し合ったらしくて・・・」

「ハッ、あいつめ・・・。ところで、今日はなんだか静かなような気がするが・・・?」

「ええ。昨日横浜の方で妙な事件がありましてね。警察の方から何人か協力によこしてくれって要請があったもんで、うちでも特に頭のいい奴、3人よこしました」

「妙な事件ねえ・・・。厄介なことになりそうなのかい?」

「今のところは、なんともいえませんね。こっちのことは気にせず、いつも通りのペースでやって下さい。無理に焦って片づけた仕事ってのは、質で劣りますからね」

「違いない。お言葉に甘えさせてもらうよ」





 一方そのころ。横浜市内にあるとある大病院の大きな病室に、神奈川県警からの要請を受けてやってきた仁木、小島、亜矢の3人の姿があった。

「たしかに・・・これは・・・異常だね」

 ベッドの上に寝かされている患者の一人を見ながら、亜矢がつぶやいた。ベッドの上の患者は、不自然な姿勢のままで寝かされている。亜矢はその姿勢をなおしてやろうとしたが、患者の体はまるで石のように硬く、関節でも曲げることはできなかった。まるで石像か、マネキン人形のようである。しかし、触ってみれば体温があるし、脈もある。間違いなく生きているのだが・・・その表情は何か恐ろしいものでも見たかのように、すさまじい形相でこわばったまま、まばたきもしていなかった。

「・・・」

 亜矢は別のベッドの患者も見てみるが、どれも全員、同じ様なものだった。離れたところでは、この症状について小島が仁木とともに、医師から説明を受けている。

「・・・つまり、体中の全ての随意筋と、脳と神経の一部が、完全に硬直して機能を停止している・・・と?」

「もっとわかりやすく言えば、生命維持に必要な部分以外の組織が全て止まっている・・・植物人間に近い状態・・・ってわけですね?」

 仁木と小島の言葉に、医師は黙ってうなずいた。

「奇妙なのは、決して脳細胞や神経細胞が壊死しているわけではなく、一種の仮死状態のようになっていることで・・・こんな症状は、前例がありません」

「そうでしょうね。俺も脳神経分野についてはそれなりの知識は持ち合わせているつもりですが・・・全く原因がわかりませんね」

 そう言って、あたりの患者を見回す小島。

「しかし、大体状況はわかりました。お預かりしたデータをもとに、治療法を検討してみます。幸いうちには、薬品の専門家もいるので・・・」

 そう言って、いつのまにか近くに来ていた亜矢を軽く示す小島。亜矢は無言でうなずいた。

「わかりました。それでは、吉報をお待ちします・・・」

「ええ。最善は尽くします。それでは・・・」

 3人は医師に会釈をして、病室から出ていった。

「・・・しかし正直言って、まったくわかりませんね」

 歩きながら、小島が言った。

「何が原因で、あんなことになったのかも?」

「ええ。患者達の体からは、何の薬物も検出はされなかった。病原菌やウィルスの類も、同様です。原因不明の病気を治すのは、生半可なことじゃないですよ・・・」

「・・・。やっぱり、鍵はあの衝突事故にあるのかしら?」

 仁木が言ったのは、昨夜市内の道路で起きた、トラックの衝突・横転事故のことである。この病院に運び込まれた患者は、みなその事故が起きたときに、現場に居合わせた人なのである。発見されたときは全員が、あのような石像のような硬直した状態のまま、病院に運ばれてきたのだ。おかげで、その事故の状況がどのようなものだったのかさえ、まったくわからない状態である。

「亜矢さんは、どう思います?」

 考えあぐねた小島は、玄関を出たところで亜矢に意見を求めた。

「・・・医学は専門外だからね・・・。はっきりしたことは・・・何も言えない。でもね・・・」

「でも?」

「あの患者さん達を見て・・・メドゥーサの伝説を・・・思い出したよ」

「メドゥーサって・・・あの、ギリシア神話の?」

 仁木の問いに、亜矢は黙ってうなずいた。

「そう・・・姿を見た者は石になってしまうという・・・怪物だよ。見られた者が石になるとも・・・言われているけどね」

「・・・怪物が、あんなことを引き起こしたって言うんですか?」

「何が起こっても・・・おかしくない時代だからね・・・。怪物よりも恐ろしいものは・・・世の中の至る所にいると・・・私は思うけれど・・・」

「・・・」

 駐車場まで来ていた3人。仁木と小島はそう言う亜矢の顔を見つめたが、やがてウィンディに乗り込みながら、仁木が言った。

「とりあえず、署に戻りましょう。今は何をするにも、情報不足よ」

 小島と亜矢はうなずくと、ウィンディに乗り込んだ。





 それから3日後。例の怪事件についての糸口もつかめぬまま、時間だけが経過していった。順調に進んでいるのは、「四十七士」班長楢崎達也の進める「VJ修理+新座圭介メカニック化計画」のみといった状況である。

 ジャー・・・

「・・・」

 ガレージの近くにある洗い場で、圭介が手についた機械油を落としている。それを洗い終えると、今度は蛇口の下に頭を突っ込み、流れ落ちる水をシャワー代わりに汗を流した。

「タオルタオル・・・」

 そう言いながら、手探りで近くに置いてあったタオルを探す。と、その時

 パサ・・・

「?」

 手に柔らかい布の感覚が伝わる。どうやらタオルのようだが・・・。髪から水を滴らせたまま、圭介が顔を上げると、そこにはタオルの山を抱えたひかるの姿があった。

「お・・・サンキュー」

 渡されたタオルで、グシャグシャと髪を拭く圭介。

「こんなところで、何してるんだ?」

「最近出動もなくって、時間がありますから・・・。ここにある洗濯物、一気に洗っちゃおうと思って」

 タオルの山を抱えたまま、笑顔でそう語るひかる。

「ふーん・・・やっぱり気が利くな、お前。ところで、そこに置いてあった俺のタオルは?」

「汚れていたので、あとで他の洗濯物と一緒に洗っちゃいます。ダメですよ、いつも清潔にしてないと・・・」

「悪い。でも、今やってることは汚れて当たり前だからな・・・」

 二人がそんなことを話している時だった。

「ほうほう。なかなか仲良くやってるようだな」

「「!?」」

 後ろからの声に、圭介とひかるは驚いて振り返った。

「ホッホッホ。久しぶりだな。お前さん方、わしのことを覚えとるかね?」

 目の前に立っていた男から、一見すると、とても古めかしい印象を受けた。山高帽をかぶり、黒いスーツにステッキを持っている。体型はやせ形で、面長の顔に尖ったカイゼル髭を生やしている。まるで、明治時代の政治家である。しかし、その男を見た途端、圭介とひかるは慌てて敬礼をした。

「ハッ、ハイ! 陸奥部長!」

「採用試験の際は、お世話になりました!」

 恐縮する二人。今彼らの目の前に立っている人物は、組織的には第1小隊の直属の上司である、陸奥裕光実働部部長だったのである。

「ほう、覚えておいてくれたか。いや、そんなに恐縮することはない。休みたまえ」

 陸奥は穏やかな笑顔を浮かべながら、二人に敬礼をとくように言った。

「お前さん達に会うのは、採用試験の面接以来だったな。しかし、安心したよ。なかなか仲良くやってるようで」

「ええ・・・それは、まあ・・・」

 そう言って、ひかると顔を見合わせる圭介。陸奥の言葉通り、第1小隊採用試験の最終試験の際、面接で彼らと直接話をしたのが、陸奥なのである。実際、新入隊員の採用決定において彼の面接による結果は、かなりのウェイトを占めていると聞く。

「・・・報告書は読ませてもらったよ」

 一転して、真剣な顔になる陸奥。それによって、圭介とひかるの顔がこわばる。

「はい・・・」

「それは、罰の一種なのかね?」

 陸奥は作業服姿の圭介と、洗ったばかりのタオルを抱えたひかるを指さしながら言った。

「いえ・・・これは、自分からやってることです」

「そうか。わしはてっきり、小隈の奴が何かひどいしごきでも与えたのかと思ったよ。それなら安心だ。なかなか感心だな」

「はあ・・・ありがとうございます」

「それよりも・・・一体何をしにいらしたんですか?」

「ああ。こうして、自分が選考に立ち会った二人がどうしてるかを確かめるのもあったが・・・小隈に用があってな。今いるかな?」

「ええ、たぶん、オフィスにいると思います」

「あ、私案内しますから!」

「よいのかね? 悪いね」

「いえ、こちらこそ、こんなかっこですみません」

「いやいや、見てくれで中身は決まらんからな。大事なのは、今のお前さん達みたいにいつも一生懸命になってることだよ。それじゃ、案内を頼もうか」

「はい。それじゃ圭介君、がんばってください」

「ああ」

 こうして、ひかるは陸奥を案内して署の建物へと戻っていった。黙ってその後ろ姿を見送る圭介。その時

「こらぁっ、圭介! いつまで休んでるんだ!」

「!! ハッ、ハイ! 今行きます!」

 背後から楢崎の怒鳴り声がしたため、大急ぎでガレージへと戻っていった。





 それから十数分後。署内の応接室で、テーブルを挟んで座る小隈と陸奥の姿があった。テーブルの上には、先ほどひかるがいれてくれたお茶が湯気をたてている。

 ズズズ・・・

 陸奥がそのお茶を手に取り、おもむろにすすった。

「いつもながら、ここで出されるお茶はうまいな」

「そりゃあ、桐生の親戚から送られてきた宇治茶ですからね・・・。今思いましたが部長・・・まさか、お茶が送られてくるタイミングを見計らって、いつもここに来てるわけじゃないでしょうね?」

「気のせいだよ。いくらわしがお前達の上司だからって、そんなことまでわかるわけがなかろうが」

 陸奥はお茶をすすりながらそう言ったが、小隈ははたして本当だろうかと疑いの視線を向けた。

「そんなことより・・・本題に入って下さいよ。お茶飲みとうちの若い奴らの顔を見に来ただけじゃないんでしょう?」

「お茶ぐらいゆっくり飲ませんか。どうせここはヒマなんだから」

「ヒマで悪かったですね。忙しいときは忙しくなるんですよ。まあ、俺達がヒマな方が世の中は平和ってことですが」

 そんなことをしゃべっている間に、陸奥は湯飲みを空にした。

「さて・・・それじゃあ、本題に入るとするか」

 そう言って、陸奥は手を組んだ。

「・・・この間の横浜の事件、あれは知っているな?」

「妙な事件ですからね。うちでも小島と桐生の二人が、病院に頼まれて治療法探しをしてますよ。もっとも、何が原因で被害者達があんなことになったのか、まったくわかっていないんですからね。原因も分かってない症状を治す方法を見つけろなんて、無茶を言いますよ。もちろん、そんなこと公式な立場では言えませんけど」

「その通りだ。基本的にSMSは、頼まれては嫌と言えない何でも屋さんなんだからな」

「そのへん、なんとかできませんか?」

「上司としてそうしてやりたいのはやまやまだがな。SMSはもともとそういうことのために作られたものだ」

「そうでしょうね。しかし、あの二人が気の毒ですよ。私も上司として、なんとかしてやりたいもんですが・・・」

「それなら、わしの持ってきた知らせは福音だな」

 そう言って、陸奥がニヤリと笑った。

「・・・何かいい情報を持ってきたんですか?」

「ああ」

「話してもらいたいものですね」

「言われなくともそうする。・・・例の事故で、一人だけ固められずにいた奴がいたんだ」

「ほう・・・それは初耳ですね」

 その知らせは、小隈にとってその言葉通り、初めて耳にするものだった。あの事故現場に居合わせた人間は、全て謎の硬直状態にあるものと思っていた。

「それで? それは誰なんですか?」

「事故でひっくり返ったトラックの運転手だ。事故の時に意識を失ってそのまま運転席にいたために、固められるのをまぬがれたようだ」

 その言葉に、小隈はピンと来るものを感じた。

「・・・先ほどから、「固められる」という言い方をしていますね? その言い方・・・まるで被害者達が、何者かの仕業によってあのような状態にされたとでもいうような感じですが?」

「さすがに、鋭いな」

「まあ、病原菌やウィルスなどではなく、もっととんでもないものの仕業じゃないかとは、薄々思ってはいましたが・・・」

「その通りだ。実際、とんでもないものの仕業らしい」

「仁木が言っていましたよ。鍵はあの衝突事故にあるのではないかって・・・。ここまでくれば話が読めてきましたが・・・あのトラックの荷台に積まれてたもの・・・それの仕業なんじゃないですか? 一体、あれには何が積まれていたんですか?」

「その前に、話をもとに戻そう。例のトラックの運転手なんだが・・・ちょっといわくのあるやつだったんだ。この情報、警視庁の公安部から伝えられたものだが、その公安部も、インターポールに情報の照会を頼んで、はっきりわかったことらしい」

「もったいぶらずに、早く教えて下さいよ」

「わかっとる。その運転手だが、兵器密輸団「ビターズ」のメンバーだったのだ」

「ビターズ・・・」

 その言葉には、小隈も聞き覚えがあった。「ビターズ」は大西洋を中心に活動をしてきた兵器密輸団だが、最近になってアジアでも活動を始めている。

「それで?」

「連中は最近になってシンガポールにあるドイツ系軍事企業の研究所で開発された自律型の軍事用兵器を、香港経由でアメリカに密輸しようと考えていたらしい。しかし、香港警察が事前にその情報を察知して港に検問を敷いたため、奴らは急遽輸送ルートを変更した。そのルートというのが・・・シンガポールから大阪港に入り、そこから陸路で横浜港へ移動。横浜港からサンフランシスコへ運ぶという経路だったようだ」

「その途中のあの事故で、その兵器が逃げ出した・・・というわけですか。どんな兵器なんです、それ?」

「詳しいデータがまだ届いていないんだがな。最近流行りの、人間サイズの人型ロボット兵器らしい。幸いなのは、そいつが「非殺傷兵器」であるらしいということだ」

「非殺傷兵器・・・。つまり、そいつがいくら暴れても、死人が出ることはないということですか?」

「情報を信じるならな。つまり、そいつは何らかの方法で、人をあんな状態に固めてしまうらしい。死人を出すことなく敵を戦闘不能にする・・・「人道的兵器」らしい」

 そう言った陸奥の口調は、皮肉めいていた。

「やっかいなもの持ち込んでくれたもんですね。死人が出ていないことは感謝すべきかもしれませんが。そう言えば、あれっきり被害が出ていませんね」

「かといって、いつまたそいつが現れるとも限らない。夜間戦闘用のプログラムが入っていたらしいから、現れるとしたら夜だな」

「安眠はできないということですか。部下にも覚悟をしておくように伝えたいところですが・・・いいんですか?」

「ああ。別に、秘密情報ではないからな。このあと、第2、第3小隊にも通達するつもりだ」

「それなら・・・なんでわざわざ出向いてきたんですか? 電話でも事足りるでしょうに」

「何って、ついでに新人の様子を見るためにきまっとるじゃないか」

「それと、これが目当てでしょう?」

 そう言って、空になった湯飲みを指さす小隈。

「まあ、それもないとは言い切れんがな・・・。それじゃ、用事は済んだ。わしは帰るとする」

 そう言ってステッキを持ち、山高帽をかぶる陸奥。

「あ、そうそう。今度お茶が届くのはいつだ?」

「さて? たぶん部長がまたここに来る時には、届いてるんじゃないですか」





 その日。時刻12:36。ここ横浜のような大都会では、こんな時間ではまだ都市は眠気などみじんも見せず、相変わらず光り輝いている。そして、その光の下を、様々な人々が思い思いに楽しみながら、際限なく歩き続けている。

「それじゃ、お疲れさん」

 バーから出てきた数人の男達の中の一人が、他の男達に言った。

「部長、どうやって帰るんですか?」

「ああ。今ならまだ、終電に間に合うだろう。なんとか帰れるさ」

 腕時計を見ながら、笑ってそう答える年かさの男。

「うーん・・・ちょっと厳しくないですか?」

「俺の車、近くに停めてありますから送っていきますよ。こういう時、酒が飲めないってのはプラスですね」

 そう言いながら、若い男の一人がポケットから車の鍵を取り出した。

「いいっていいって。大丈夫だからさ」

「遠慮しないで下さいよ。部長の家、帰り道の途中にあるんだし」

「・・・こんなことしたって、ボーナスの重さには影響しないぞ?」

 冗談めいた口調で言う年かさの男。

「やだなあ部長。こんなところで仕事のことは持ち出さないでくださいよ。せっかく気持ちよく酔ってるんでしょ?」

 そう言って、談笑する一同。

「それじゃ、お疲れさん」

「明日もがんばろうぜ。それじゃ」

 そう言って、一団は部長とその部下と、他の社員達に別れて別の方向へ歩いていった。やがて、部長と社員は近くにあった駐車場にたどり着く。社員はそこに停めてあった白い車に近づき、電子キーでその鍵を開けた。

「どうぞ、乗って下さい」

「悪いな」

 そう言って、助手席に乗り込む部長。社員も続いて運転席に乗り込み、エンジンをかけようとする。しかし・・・

 キキキ・・・プスンプスン・・・

 エンジンは風邪をひいたような音をたてるばかりで、動こうとしなかった。

「どうした? 故障か?」

「なんだか変ですね。すみません。おかしいな・・・朝停めたときまでは何もなかったし、この間車検に出したばっかりなのに・・・」

 首を傾げながら、社員はドアを開けて外へと出ていった。車体のボンネットを開けて、中をのぞき込む。

「おかしいところはなさそうだけどな・・・」

 そう言ってボンネットを閉め、車体の後部に回ろうとする。その時、何気なく顔を上げて彼は凍りついた。その様子は、中から見ていた部長にもわかった。

「おい、どうした?」

 その時である。

「ウオオオオオーーーーン!!」

 この世のものとは思えない、身の毛もよだつような叫び声がし、それと同時にピカリと光が走った。そしてそれを浴びた途端・・・社員の体は、恐怖で凍りついたように硬直したままその場にたたずんだ。

「おい!? どうしたんだ!?」

 それに驚き、急いでドアを開けて駆け寄ろうとする部長。しかし彼はその前に、背後からの恐ろしい気配に振り返った。

「ウウウウウウウウウ・・・」

 そこには、不気味なうなり声をたてて彼を見つめる、異形の影があった。





「・・・」

翌日の隊員オフィス。そこには、渋い顔をして新聞を見つめる小隈の姿があった。

「横浜市に人型兵器出現」

 大きくそう見出しが振られている。その見出し通り、昨夜横浜の繁華街に怪物が出現し、その場にいた百人近い通行客を次々と石のように硬直させていったのだ。そして、その犯人が兵器密輸団「ビターズ」が日本に持ち込んだ人型兵器の仕業であることも、すでに発表されている。

 あいにく、人型兵器出現の報が入ったとき、第1、第2小隊はそれぞれ別の場所で起こった強盗事件の解決に出動していた。そのため、横浜には第3小隊が向かうことになったが、第3小隊がこの怪物に攻撃を仕掛けた直後、怪物はすさまじい速さで逃げ出し、行方をくらませてしまった。

 今のところ、横浜市を中心とした市街地には、夜間の外出を控えるように指示が出されている。外出を禁止するわけにはいかないのでこのような指示に止まっているが、懸命な人間ならば、そんなことを言われなくても夜外を出歩くようなマネはしないだろう。横浜にある多くの店も臨時休業をするところが多く、当分横浜は閑散としたものになりそうである。

「やはり・・・メドゥーサの仕業だったか・・・」

 手元の資料を見ながら、亜矢がつぶやく。その資料は、今朝SMSの本局から送られてきたばかりのもので、人型兵器についての詳細なデータ、そして、その写真が載っているものだった。

 写真に写っているその姿は、まさに怪物と言えるものだった。銀色に輝く、人型のボディー。その上に、遮光器土偶のような顔をした頭が乗っている。何より不気味なのは、その頭に髪の毛のように無数に生えている金属の触手である。これは周囲の状況を探るためのセンサーのようなものらしいのだが、これがまるで生きた蛇のようにクネクネとそれぞれ動くというのだから、非常に気色がわるいだろう。

「たしかに、見かけはね・・・。でも、開発名は「Gorgon」ってなってるけど?」

 疑問に思った小島が、亜矢に問う。

「・・・メドゥーサというのはね・・・もともと、3人姉妹の怪物の末妹なんだよ・・・。その3姉妹を総称して・・・ゴルゴンと言うんだ」

「へえ・・・」

 亜矢の詳しい解説に、とりあえず感嘆する一同。

「あの症状は、この怪物の石化光線のせいか・・・」

 仁木が資料を見ながらつぶやく。この兵器の最大の特徴である、目から放つ「石化光線」についての情報も、そこには記されている。

「「人体に後遺症を残すことなく、筋肉組織や神経組織をショック状態にしたまま硬直させる人道的兵器」・・・か。美しい宣伝文句ね。そんなに人道的なら、自分達で浴びてもらいたいものだわ」

「でも、肝心の放射線の詳しい性質については、この資料には書かれていない。これじゃ、治療法を見つけるのはむずかしいんじゃないですか?」

 圭介が自分の意見を言った。

「そうだな。つまり、治療法を見つけるには・・・」

「生け捕りにするしかない・・・ということだな。残念だが」

 小島の代わりに、小隈がそう言った、その言葉に、全員が小隈の方向を見る。

「石化光線の発振装置を搭載した頭部を破壊することなく、生け捕りにして調査すること。それが、上からの指令だ」

「いつになく無理を言ってきますね」

「最強の武器を潰すことなく、頭を無傷で回収しろって言うんですからね。たしかにこりゃあ、無茶な頼みだ」

「でも、放っておくわけにはいくまい。このままじゃ、いつまでも横浜は閑古鳥が鳴くことになる」

「それに・・・治安も悪くなりますよね?」

 小隈の言葉に、ひかるが続けた。

「そうだな。人が出歩かなくなれば、いかがわしい連中が街に出てくるようになる。怪物がうろついているっていっても、そういう連中は必ず現れるからな。そいつらが起こす厄介ごとの方が、よっぽど迷惑かもしれん」

 そう言って、小隈は立ち上がった。

「とにかく、東京の三つのSMS小隊は、本日より緊急配備態勢に入った。すでに第2、第3小隊は待機任務に入り、現地に滞在している。我々は首都圏での他の事件や事故にそなえ、こうしてここで待機しているが、いざとなれば我々も出動することになる。今回の相手は大変だが、全員に一層の努力を期待する。以上だ」





 それから2日後の夜。日が暮れた分署のガレージで、VJの調整を行う楢崎と圭介の姿があった。

「でも、VJの修理が早く終わってよかったですね」

「ああ」

 嬉しそうに言う圭介に、楢崎が素っ気なく答えた。彼の言葉通り、圭介のVJの修理は整備班の努力により、当初の予想よりもずっと早く進んでいた。今彼らが行っているのは、圭介のモーションデータをVJにフィードバックする作業、すなわち、圭介の動きの癖をVJに覚え込ませる作業である。

「これも、俺が頑張ったおかげですね」

「バカいえ」

 そう言って、圭介の頭を軽くはたく楢崎。

「冗談ですよ・・・。VJが予定よりも早く直ったのは、四十七士のみなさんのおかげです」

「当たり前だ。お前みたいなヒヨっ子一人付け足しただけで能率がグンと上がってたまるか」

「でも、実際の所俺のメカニックとしての腕も、それなりになったんじゃないですか?」

「まあ、お前は基本ができてたから、飲み込みも早かったしな。そうだなあ・・・半人前ってところだな」

 その言葉に、圭介は思わず憮然とした。

「さすがに一人前になれたとは思ってませんけど、この5日間、ずっとおやっさんにしごかれっ通しだったんですよ? それでまだ半人前ですか?」

「そういう生意気な口は、あと10年こういうことを続けてからきくんだな。それに、半人前でもそれなりには役に立つ。とりあえず、俺が目指してたラインはクリアしたんだ。もう少し喜べや」

 その時だった。

ビーッ! ビーッ!

 突如、署内にけたたましいアラートベルが鳴り始めた。

「!?」

 それを聞いた途端、反射的に走り出そうとする圭介。しかし・・・

 ガシッ

「行ってどうする?」

 楢崎に肩をつかまれた。

「お前のVJはまだ出せない。今度の任務も、お前はここで待機だろう」

「でも・・・」

「もうじきみんなここに集まってくるだろう。話はその時聞けばいい」

「・・・調整は、あとどれぐらいで終わるんですか?」

「20分ほどだ。たしかにもうじき終わるが、それを待ってもらうわけにもいかんだろう。中途半端な調整で出すのは、俺が許さん」

「・・・」

「今回はあきらめろ。こいつさえ動くようになれば、いくらでも挽回のチャンスはあるんだ」

 そう言って、圭介の肩をたたく楢崎。圭介は横たわって調整作業を行っている自分の真紅のVJをじっと見つめた。

 その時、ガレージにいくつもの足音がかけこんできた。見ると、小隈達がかなり急いでいる様子でガレージの中へ駆け込んできた。

「お前達は先に搭乗、発進準備をしろ!」

 小隈の指示で、隊員達が指揮車へと走っていく。小隈はVJを一瞥した後、楢崎に質問した。

「調整はまだ終わりませんか?」

「あと20分ほどは・・・」

「そうか・・・」

「あいつですか?」

「ああ。裏をかいて、横須賀市に現れた」

「!! 本当ですか?」

「第2、第3小隊は態勢の建て直しに時間がかかる。俺達が急行して捕獲にあたる」

「そうですか・・・」

「すまないな。急がなければならない。次の現場での活躍を期待する。それでは、行ってくる」

「ハイ!」

 そう言って、圭介は敬礼をした。小隈は返礼を返すと、指揮車に向かって走っていった。そして、彼が乗り込んで間もなく、指揮車はガレージから出て音もなく飛び上がり、夜の空へと消えていった。

「悔しいだろうが・・・仕方のないことだ」

 楢崎がなぐさめるように言った。しかし、圭介はVJを見つめながら言った。

「・・・あと20分あれば、こいつは使い物になるんですね?」

「そうだが・・・出る気なのか? 焦ったってしょうがないだろうが。あれなしじゃ、現場に行くのは無理だ」

 そう言って、指揮車が出ていって空っぽになったガレージのスペースをあごでしゃくる楢崎。しかし、圭介は何かを決心したような表情になると、くるりと踵を返して走り出した。

「おい! どこへいくんだ!?」

「調整頼みます! すぐに戻ってきますから!」

 そう言って圭介は、闇の中へと走り去っていった。

「どうしようってんだ、あいつ・・・。焦るなっつってんのに・・・ったく」

 ブツブツと言いながら、楢崎はVJの調整作業の最終段階を始めた。





 一方、それから十数分後。指揮車は間もなく横須賀上空にさしかろうとしていた。

「でも・・・なぜ横浜から横須賀に移動したんでしょうか?」

 すでにVRコンピュータの準備をしたひかるが、思っていた疑問を口にした。

「相手の行動原理が完全に把握できていないから、推測にすぎないけれど、大体の見当はつくわね」

 VJを装着した仁木がその疑問に答え始めた。

「夜間戦闘のプログラムが組み込まれてあったことはもうわかっているけど、それとは別に、ゲリラ戦用のプログラムも組み込まれていたんじゃないかしら? スペックを見る限り、スタンドアロンで運用されることが想定されていたみたいだから、その可能性は高いと思うわ」

「それと、横須賀への移動と関係があるんですか?」

「敵にある程度の損害を与えては即座に移動するのは、ゲリラ戦の基本・・・。こうすることによって、自分の損害を最小限に押さえながら相手にジワジワと損害を与えていくのよ。ゴルゴンがそういう行動パターンによって動いているなら、無駄な損害は避けるはずよ。私達が横浜に大がかりな警備網を張り巡らせたから、それを避けて手近の都市で人口の多い横須賀に移動した・・・そう考えるべきじゃないかしら」

「そう言えば、横浜でも第3小隊が攻撃したらすぐに逃げちゃったみたいですね」

 運転をしながら、聡美が合いの手をいれる。

「それじゃあ、これからも同じ様なことをしても・・・」

「大がかりな態勢を整えたときには、別の場所で活動を始めるわ」

「つまり、一発勝負ってことですね」

「そういうことになるわね。今夜で決めるわよ」

「でも・・・その石化光線、VJで防げるんでしょうか?」

 ひかるのその言葉に、指揮車の中が静寂に包まれる。

「あ・・・ご、ごめんなさい! 出動前に不安にさせるようなこと・・・」

「それはわからないけど、おそらく問題ないはず。VJは全ての外的影響から、内部の実働員を守るように設計されているから」

「それでもダメだったときは・・・亜矢さん、頼みますよ」

「フ・・・任せてほしい。小島君が石にされた時は・・・私の個人的研究の成果を使ってでも・・・治療法を完成させるよ。いや・・・むしろその方が・・・治療法が早く完成できるかもしれないね・・・。患者さんを実験台にするわけにはいかないけど・・・小島君なら・・・問題は・・・」

「大ありです!!」

「・・・絶対に決めなければならないみたいね、小島君」

 仁木のその言葉に、小島は力強くうなずいた。

「間もなく現場上空です」

 その時、聡美の声がそれを告げた。指揮車の眼下には、横須賀の輝く繁華街が光り輝いている。

「降下する。全員、準備しろ」

 小隈の声が力強く響いた。





 ガチャ・・・

 繁華街を行く仁木と小島の二人は、歩きながら奇妙な感覚を覚えていた。周囲にある建物は、平時とまったく変わりない輝きを放っている。しかし、その場はゴーストタウンのように静まり返っており、VJが歩くたびにたてる金属質の音だけが響いている。神奈川県警によってすでに客達の避難が完了した今となっては、ここを歩いているのも彼らぐらいである。

「あーあー、陰気になっちまって・・・。俺は悲しいですよ」

「そういえば小島君、横須賀の出身だったわね?」

「ええ、任せて下さいよ。ホームグラウンドなんですから。せっかく副隊長と二人っきりなんですから、できればもっと人がいるときに、VJなんか着込まないで歩いてみたかったもんですよ」

「それは残念ね。でも安心したわ。思ったよりも肩の力が抜けてるみたいで」

 そんな会話を交わしつつも、二人は互いに自分の死角をフォローしあうようなかたちで、マルチリボルバーを構えながら進んでいた。

「そりゃあまあ、必要な緊張感は持ってるつもりですよ。でも副隊長、その代わりに・・・」

「なに?」

「例の予兆が出てるんですよ、嫌なことの起こる前兆が」

「・・・まぶたがピクピクするっていう、例のあれ?」

 うんざりした様子で言う仁木。

「そうです。ここに来て歩き出してから・・・。気をつけた方がいいですよ。絶対に何かやばいことが起こりますって」

「私達が必要とされた場所で、危険じゃなかったところなんてある?」

「そりゃあまあ、そうですけど・・・。でもですね」

 なおも食い下がろうとする小島。

「小島君・・・何度も言うようだけど、それはただの筋肉の痙攣。正確には「眼瞼痙攣」。眼輪筋の発作性の痙攣よ。こういうことは、私よりあなたが知っている方があたりまえじゃないかしら?」

「う・・・」

「それに、どんな予感がしようと小島さんの勝手だけど、あたしたちまで巻き添えにするのはやめてほしいなあ」

「なんだと!?」

「そりゃ言えてるな」

「た、たいちょお・・・」

 小島は割り込んできた聡美に怒鳴りかけたが、小隈が相づちを打ったためにタイミングを失ってしまい、黙り込んだ。二人はそのまましばらく歩き続けたが、再び小島が口を開いた。

「でも副隊長、こう人がいなくなったら、あいつもどこかにいっちゃうんじゃないですか?」

「ゴルゴンにとっての獲物は、まだいるわよ。この一帯を封鎖している神奈川県警の人達、それに、私達・・・」

「ぞっとしませんね・・・。副隊長、頼りにしてますよ。特に隊長のVJの、強化センサーにはね」

「索敵は任せておいて。その代わり、フォローしっかり頼むわね」

 二人はそのまま、緊張感を漂わせたまま前進を続ける。そして、5本の道が交差するアーケードにさしかかったとき・・・

 ピピピピピピピピ!!

「!!」

 突如、仁木のVJに搭載されている強化センサーが反応を示した。

「亜矢さん!」

「了解、分析します・・・」

 VJがとらえたデータはただちに指揮車に転送され、亜矢の手によって分析される。

「詳細な位置は・・・右手側にある雑居ビルの地下2階です」

 二人のVJの網膜投影ディスプレイに、その位置が示される。二人は互いにうなずきあうと、慎重にそのビルへと近づいていった。すると・・・

 フッ・・・

「!?」

 ディスプレイに示されていた、敵の位置を示す赤い光点がフッと消えた。

「副隊長! 反応が消えましたが!?」

「落ち着いて。小島君、少し下がるわよ・・・」

 そう言って、その場から少し下がる。すると・・・

 ピピピピピピピピピピ!!

 またセンサーが反応を示す。

「これは、どういう・・・」

「一定範囲内では、ステルス性能も持っているらしいわね・・・。やっかいな相手」

「どうします?」

「行くしかないんでしょう? 特にあなたの場合は」

 小島のVJのヘルメットに、亜矢の微かな笑いが聞こえた。小島は唾をゴクリと飲み込むと、うなずいた。

「了解・・・。ひかるちゃん、しっかり管制頼む」

「ハイ! 気をつけて下さい」

 意を決した二人は、再び全身を始める。それと同時に、センサーの反応も消えた。じりじりと雑居ビルの入り口へと迫っていく。その時だった。

 ガチャ・・・

「!!」

 仁木と小島は、同時にマルチリボルバーを構えた。その銃口の先には・・・まるで蛇のように動く触手を頭に生やした、ゴルゴンの姿があった。

「動くな! ・・・って言って、止まる相手じゃないですよね?」

「ウウウウウウウウウウウウ・・・」

 こちらを狙う怪物は、その口から不気味なうなり声を漏らしている。

「目標確認」

「ああ、よく見える」

 運転席のディスプレイに送られている、仁木のVJからの映像を見ながら、小隈が答えた。その時だった。

「ウオオオオオオオオオーーーーーーーン!!」

 ゴルゴンは恐ろしい叫びを挙げ、遮光器土偶のような細い目から、まばゆい光を放った。

「うわっ!!」

 その光に、仁木と小島だけでなく、モニターごしの光に小隈達も目を覆う。そして・・・それが収まったとき・・・

「仁木! 小島! 大丈夫か!?」

 急いでマイクをつかみ、二人に呼びかける小隈。

「こちら仁木・・・VJの全機能に、問題はありません」

「小島、右に同じく。VJさまさまですね。命拾いですよ、亜矢さん」

 返事は間もなく返ってきた。特に小島は、亜矢の実験台を免れるとわかって言葉が弾んでいた。

「光線が効かないとわかれば、こっちのもんだ!」

「隊長、攻撃許可を!」

「思いっきりやれ。ただし、首から下だぞ」

「VJ−1、セーフティー・オフ」

「VJ−2、セーフティー・オフ」

 ガァンガァンガァン!!

 その言葉が発せられるが早いか、二人のマルチリボルバーが火を噴いた。しかし・・・

「ウオオオオオオオン!!」

 ビュンッ!

 怪物は雄叫びをあげると、空高く飛び上がった。

「チッ! 外れた!」

「射撃訓練の必要ありね、小島君」

「副隊長と違って、俺はここに入る前は銃なんて撃ったことないんですから、しょうがないじゃないですか。俺の本業は、銃を撃つ方じゃなくて撃たれた人を助ける方なんですよ」

「私も入る前は、訓練以外で撃ったことなんかないわよ。キャリアは同じなんだから、単に練習量の問題よ」

「そんなことより、落ち着いてる場合じゃないでしょう。逃げられちゃいましたよ」

「いえ、まだ逃げられてはいないわ。亜矢さん、追跡している?」

「はい。時速40kmで・・・東南に向かって逃走中」

「どういうことです?」

「だてに情報収集能力に長けたVJは使っていないわよ。タキオン発信装置つきの銃弾を命中させたわ。追いかけるわよ。亜矢さん、服部さん、パワーを脚部に集中!」

「「了解!」」

「準備のいいことで・・・」

 ビュンッ!!

 白と青のVJは、闇夜の空に飛翔した。そのままビルの屋上に降り立つと、すさまじい速さで疾走し始める。脚部にエネルギーを集中させれば、このような芸当もVJには可能である。

「どうやら・・・スピードは私達の方が上みたいね・・・」

 疾走する仁木の目には、先を走るゴルゴンの姿が映った。そして彼女はそれを確認すると、マルチリボルバーを構えた。

 ガァンガァンガァン!!

 夜の闇に、それがゴルゴンの背中に着弾したことを示す火花が赤く散る。

「ウオオオオオオオオン!!」

 悲鳴らしきものを挙げ、ゴルゴンが止まる。そこは既に繁華街を離れた、海浜公園の中だった。

「場所もおあつらえむきですね・・・。それにしても、よくあのスピードで当てられますね」

「見習ってほしいわね。それじゃあ・・・いくわよ」

 ブシュウウウウウ!!

 両肩、両脚の前面、そして足裏から、強力なエアブレーキが吹き出され、疾走する二人が急停止する。一方、ゴルゴンの方も逃走を諦めたのか、二人に向かってうなりをたてている。

「覚悟決めたみたいです」

「気をつけて。非殺傷兵器とは言っても、相手を戦闘不能にする方法は、石化するだけじゃないんだから・・・」

「・・・半殺しって手もある・・・ってことですか?」

「平たく言えば、その通りよ」

「やれやれ、こんな奴とやりあうなんて・・・。新座、お前はラッキーだったな」

 その場にいる不幸を呪いつつ、マルチリボルバーを構える小島。

「ウウウウウウウ・・・」

 不気味なうなり声をたてつつ、ゴルゴンは二人をにらむ。そして・・・

 シュルルルルルルルルルルル!!

「「!?」」

 ゴルゴンは、思いも寄らない攻撃を仕掛けてきた。なんと、頭部に無数に生える触手のうち後頭部にある一本が、不気味な音を立てて急激に伸び、小島に襲いかかってきたのである。

「おわっ!?」

 とっさにマルチリボルバーを自分の体の前にかざす小島、その触手はそれにからみつき、小島の手から銃を奪い取った。

「小島君!」

「畜生! こいつ!」

 小島は左腰に装備されていたスタンスティックを引き抜こうとした。しかし、触手はマルチリボルバーを投げ捨てると、それよりも早く再び小島に襲いかかった。

 シュルルルルルルルルルル!!

 金属でできた触手が、小島のVJに絡みつく。

「しまった!?」

バババババババババババ!!

 途端に、触手がすさまじい光を放ち始めた。

「小島!!」

 小隈が叫ぶ。しかし・・・

「だ、大丈夫です、隊長! しかし・・・パワーが・・・」

「なに・・・?」

「た、大変です! パワーユニットのエネルギー残量が・・・!」

 そう叫ぶひかるのモニターには、急激に低下する小島のVJのエネルギーユニット残量の様子が表示されていた。

「ヤアッ!!」

 いつのまにか電流量を最大に設定したスタンスティックを抜いていた仁木がそれを上段に構え、触手めがけて振り下ろした。

バチンッ!!

 それによって、触手は真っ二つに切り落とされた。

「小島君! 大丈夫!?」

 急いで仁木が駆け寄る。

「パワーユニットエネルギー残量・・・約30%・・・」

「一応動けますけど・・・体が重いですね。くそったれ! だから嫌な予感がしたんだ!」

 ひかると小島の言葉が、彼の状況を告げる。

「あの触手・・・機械のエネルギーを吸収するのか?」

 地面に落ちてのたうちまわっている金属の触手を見ながら、仁木が言った。

 戦闘不能にする対象は、人間だけじゃないってこと・・・」

 そう言って仁木は、スタンスティックを構えて敵に向き直った。

「小島君、下がってなさい」

「副隊長一人で相手できるわけないでしょう? サポートぐらいできますよ・・・」

 そう言って、小島はマルチリボルバーを構えた。

「悪いわね・・・」

「新座の分も、がんばってやらないと・・・」

 相対する二人のVJとゴルゴン。

「ウオオオオオオオン!!」

 シャアアアアアアアアアッ!!

 再び金属の触手が、今度は仁木に襲いかかる。

「ヤアッ!!」

 仁木はスタンスティックを振るって、その触手を叩き伏せた。しかしそれでも触手は不屈の闘志をもつかのように再び浮き上がり、仁木へと襲いかかってくる。

「きりがないわね・・・」

「副隊長、援護します!!」

ガァンガァンガァン!!

 小島のマルチリボルバーが火を噴く。ゴルゴンは突っ立ったまま触手を動かしているので、外すはずもない。全弾命中する。しかし、ゴルゴンにあまりこたえた様子はない。

「チッ! 頑丈な奴だ!」

 その時、触手の動きが変わった。

 シュルルルルルルルルルルル!!

 バシッ!!

 バリバリバリバリバリ!!

「うわあっ!!」

 触手が青白い光を放ったかと思うと、いきなりそれはムチのように小島に襲いかかったのだった。それによって、小島は激しく吹き飛ばされた。

「小島君!」

「右腕部、電子回路ショート! 電源カットします! 他のユニットにも、致命的に負荷がかかってます!」

「小島、離脱するんだ!!」

 小隈の声がヘルメットの中に響く。しかし、小島は立ち上がることがままならなかった。

「そうしたいのはやまやまですけどね・・・。どうも、あちこちがいかれちまったみたいで・・・」

 一方、仁木は小島とゴルゴンの間に立ちふさがった。

「やらせはしないわ・・・」

 仁木は力のこもった視線でゴルゴンをにらみつけた。その後頭部から伸びる触手は、バチバチと音をたてている。

「エネルギーを吸収するだけじゃなく、逆流させることもできるってわけね・・・」

 スタンスティックを握る手に、力がこもる。一方、ゴルゴンも次の獲物に不気味に両目を輝かせ、触手を動かしている。

 シャアアアアアアアアアアアア!!

 そして、突如触手が動き出した。

「!!」

 仁木はスタンスティックを構え、それを迎え撃つ体制に入った。

 突如、爆音が飛び込んできたのはその時だった。

グォォォォォォォン!!

「!?」

「!?」

 仁木とゴルゴン。二人がほぼ同時に、その爆音の方向に目をやった。その直後

 ドガッ!!

「ウオオオオオオオオン!?」

 恐ろしい叫びを挙げ、ゴルゴンは何かにぶつけられて放物線を描いてはじき飛ばされた。

「な・・・なに?」

 何が起こったのかわからないまま、仁木はゴルゴンにぶつかったものを見つめた。やがて、それは一定のリズムのエンジン音をたてながら、彼女の方へと近づいてきた。そして・・・

「・・・新座君!?」

 それは、赤いエアバイクにまたがった、真紅のVJの姿だった。激しい体当たりを行ったせいか、エアバイクのフロントカウルはいびつな形にへこんでいる。圭介はエアバイクから降りると、仁木に敬礼をした。

「新座圭介実働員、ただいま現着しました!」

「新座君・・・あなた、そのバイクでここへ?」

「私物ですけど、なかなかのもんでしょう? 俺の宝物、その名も「ファルコン」です。現場が横須賀でよかったですよ。エアバイクなら海の上を最短距離で来れましたから。それよりも・・・」

 圭介は仁木への言葉もそこそこに、圭介はファルコンに積んであった箱のようなものをつかみ、なんとか立ち上がろうとしている小島に駆け寄った。

「大丈夫ですか、小島さん!」

「ったく・・・おいしいところ持ってくな、お前」

「さあ? そういう星の下にでも生まれたんでしょう、たぶん」

「へっ・・・体はなんともない。けど、VJの方はおかげでダメみたいだな」

「それなら、早速お役に立てそうですね」

 圭介は手に持っていた箱を開けた。そこには、四十七士が持っているものと同じ整備用具がぎっしりと入っていた。

「ダメージの状況は?」

「右腕は完全におしゃかだ。他の部分のダメージは、パワーユニットさえ取り替えればなんとか動けるな」

「わかりました。右腕部ユニットを切り離し、パワーユニットを取り替えます」

 そう言って、工具類を取り出す圭介。

「お、おい、大丈夫なのかよ?」

「その言葉、俺を鍛えたおやっさんへも失礼だと思いますけど?」

「わかったわかった。やってくれ」

 それにうなずくと、圭介は小島のVJの右腕関節部にハンディジャッキを差し込み、一つずつジョイントパーツを外していった。

「副隊長、あいつはどうなってます?」

 作業を続けながら、圭介は仁木に尋ねた。

「今の体当たり、けっこう効いたみたいよ。立ち上がろうとしているけど、もう少し時間がかかりそうね」

「すいませんが、作業する間・・・」

「わかってるわ。あいつは私がくい止めるから、集中して」

 スタンスティックを左手に、マルチリボルバーを右手に持ち、たちはだかる仁木。彼女に背中をあずけ、圭介は小島のVJの修理作業に集中した。

「本格的に、息あってきたな・・・」

 圭介達の会話を聞きながら、小隈は嬉しそうな笑みを浮かべた。そして、ひかるの方を向いて指示をする。

「服部、回線を新座のVJに切り替えろ」

「え? それじゃ、小島さんは・・・?」

「応急処置を終わらせたらすぐに離脱させる。それだけなら管制作業は必要ない」

「わ・・・わかりました! 小島さん、回線を圭介君に移します」

「了解」

 ただちに操作を行い、管制系統を小島から圭介のVJに移動させる。

「圭介君、聞こえますか・・・?」

「お、ひかるか。これで、コンビ復活だな?」

「はい・・・!」

「新座、小隈だ」

「隊長・・・すいません。どうしても力になりたくって・・・」

「元よりVJさえ直れば、いつでも復帰してもらうつもりだったんだ。歓迎するよ。とりあえず、小島を動けるようにしてやってくれ」

「はい! ・・・と、これでよし。小島さん、右腕ユニット、外します」

「ああ」

 右腕ユニットとボディユニットとを接合するパーツを全て取り外した圭介は、右腕ユニットについている小さなスイッチを押した。シュッという空気音がする。それから圭介がユニットをつかんで優しく引っ張ると、ユニットは石膏のギブスのようにスッポリと小島の左腕から離れた。

「よし、成功。あとは簡単です」

 そう言って、背中にある赤いパワーユニットに手を伸ばす圭介。いくつかのスイッチを押すと、箱状のパワーユニットはパカリと背中から外れた。圭介は工具箱の中に入っていた予備のパワーユニットを取り出すと、それを同じ場所にはめ込んだ。

 それと同時に、小島の網膜投影ディスプレイに「BATTERY FULL」の文字が浮かぶ。小島は左手を地について、ゆっくりと立ち上がった。

「どうです、小島さん?」

「やっぱりあちこちにガタがきているみたいだ。ギクシャクするな。でも、動けるようになっただけマシだ」

「小島君、その状態では任務続行は無理よ。離脱しなさい」

「了解。右腕は生身むき出しですからね。お先に失礼させてもらいます。新座、あとは頼んだぞ」

「ええ、任せて下さい!」

 小島は装甲で覆われていない右腕で圭介の肩をポンと叩くと、後方で待機している指揮車に走っていった。それを見届けると、圭介は仁木の近くまで歩いていった。

「あいつは?」

 マルチリボルバーのチェックをしながら、圭介が尋ねる。

「いいところよ。やっと調子を取り戻したみたい」

 その言葉通り、二人の視線の先にいる怪物はすでに立ち上がり、目をらんらんと輝かせてこちらをにらんでいた。

「あいつの武器は?」

「例の石化光線は、VJを着ていれば効かないから安心して。そのかわり、頭から伸びてる触手が厄介ね。VJのエネルギーを吸収できるし、逆にエネルギーを逆流させて電磁ムチとしても使える。戦法としては・・・二方向から攻めるのが定石かしら。どうでしょうか、隊長?」

「とりあえず、その線で攻めてみろ」

「了解。それじゃ、俺が左手に回ります」

「私はフォローに回るわ。あいつの気を引くから、その隙に接近を試して」

 圭介はうなずくと、その言葉通り左手に走っていった。

「さて・・・始めるわよ」

 圭介が配置についたのを確認すると、仁木はマルチリボルバーを持ち上げた。

 ガァンガァンガァン!!

 轟音がとどろき、弾丸がゴルゴンに命中した。ゴルゴンは苦悶のうなりをあげたが、ひるむことなく後頭部の触手をしならせて攻撃をかけてきた。

「今よ!」

 スタンスティックを構えながら、仁木が言った。

 ダッ!

 触手が仁木に襲いかかっている隙に、圭介はダッシュをかけた。が・・・

「ウオオオオオオン!!」

 それに気がついたゴルゴンは仁木に走らせていた触手をしならせ、圭介の方へと走らせた。

 シャアアアアアアアアア!!

「チッ!」

 首元を火花を散らす触手がかすめる。接近を許そうとしないかのようなその動きに、圭介は後退を余儀なくされた。

「このぉっ!!」

 とっさにマルチリボルバーを引き抜き、射撃をフルオートに設定して引き金を引く。

 ガガガガガガガガガガガガガ!!

 斉射された弾丸が、ゴルゴンに命中した。

「ウオオオオオオオオオン!!」

 うなりをあげるゴルゴン。触手が後退し、その隙に圭介も後ろに下がる。

「大丈夫? 思ったより守備範囲が広いわね」

「ええ。でも、手応えは感じましたよ。要はやり方です。ひかる!」

「はい」

「脚部サスペンションの設定を、瞬発力最重視に設定してくれ」

「わ・・・わかりました!」

 すぐに圭介の意図を悟り、設定の変更を行うひかる。

「私達は・・・どうしましょう?」

 仁木のヘルメット内に、亜矢の静かな声が響く。

「そうね。すぐにダッシュをかけられるように、準備だけはお願いするわ」

「了解」

「もう一度仕掛けます」

「ええ。それじゃ、頼むわよ」

「了解!!」

 ガァンガァンガァン!!

 再び射撃を行う仁木。ゴルゴンは再び吼え、触手を彼女に走らせた。一方、圭介は地面に両手をつき、クラウチングの体勢をとる。

「レディー・・・ゴー!!」

 ドガッ!!

 地面の敷石を爆音をたててはじき飛ばし、圭介は飛び出した。

 ゴオオオオッ!!

 真紅の弾丸となったVJは、ゴルゴンめがけて突進した。

 !?」

 それに気がついたゴルゴンは触手の動きを変えようとしたが、それはあまりにも遅いことだった。

 ドガァッ!!

「ウオオオオオオオオオン!!」

 すさまじい音と共に、圭介はゴルゴンに強烈なタックルを食らわせた。もちろんその勢いを受け止めきれるはずもなく、圭介とゴルゴンは組み合ったままゴロゴロと地面を転がった。

「ひかる! 腕部にエネルギー集中!!」

「了解!!」

 転がりながらも、圭介はひかるに指示を出した。やがて、回転の勢いが弱まってくると、圭介が上となり、ゴルゴンを押さえつける体勢となっていた。圭介は左手でゴルゴンの体を押さえつつ、右腕のマルチブラスターをゴルゴンに向けた。

「リキッドポリマー、噴射!!」

 ブシャアアアアアアアアアア!!

 それと同時に、リキッドポリマーがゴルゴンの頭めがけて噴射された。リキッドポリマーはその頭にかぶさると、アッという間に乾燥を始めた。またたくまに、絶えず動いていた頭部の触手が白く覆われ、動かなくなっていく。

「こいつめぇ!!」

 圭介はそのままスタンスティックを構えると、力一杯ゴルゴンの胸に突き立てた。

 ガッ!

 バリバリバリバリバリバリ!!

「ウオオオオオオオオオオオオオン!!」

 どことなく悲鳴のようにも聞こえる声が、石膏のように固められたゴルゴンの口から吐き出される。ゴルゴンの体はショートを起こし、高圧電流のショックで激しくのたうつ。

「副隊長!」

 圭介はなおもゴルゴンを押さえつけながら、仁木を呼んだ。しかしすでにその時には、彼女は彼のすぐ側までダッシュしていた。しかも、障害物除去用の切断機材、超振動カッターを両腕で持って。

「お願いします!」

「任せて!!」

 ブィィィィィィィィン!!

 超振動カッターがうなりをあげる。そして・・・

 ガキィィィィィィィィィィン!!

 火花を散らし、カッターはゴルゴンの首にたたき落とされた。すさまじい音と火花を散らし、一瞬にしてカッターはゴルゴンの首を切断した。

「ウ・・・オ・・・」

 首を切断されたゴルゴンは、低いうなりをあげたが・・・やがて、その目の光がだんだんと弱まり・・・そして、消えていった。

「・・・」

「・・・」

 それを確認すると、圭介は押さえつけていた腕を放して立ち上がり、仁木は超振動カッターのスイッチを切ってバックパックへと収納した。

「こちら仁木・・・目標の停止を確認」

「了解、こちらでも確認した。・・・状況終了だ。二人とも、ご苦労だった」

「はい」

「それでは、ゴルゴンを回収後そちらに向かいます」

 そして、二人は一時指揮車との通信を切った。

「ハア・・・」

「どうしたの? 任務成功だっていうのに、浮かない顔ね?」

「見て下さいよ、これ」

 そう言って圭介が指さしたのは、フロントカウルのひしゃげたファルコンだった。

「高校の頃から、コツコツチューンナップしてきたんですよ」 「一応、労災の申請してみたらどうかしら?」

「どうですかね・・・。おりるとは思えませんけど」

「クヨクヨしないの。それとも、私達のピンチよりもそのバイクの方が大事っていうの?」

「そ、そんなことありませんって! それよりも副隊長、これ」

 圭介は慌てた様子で、首と胴体を切り離されたゴルゴンに顔を向けた。

「・・・伝説通り、打ち首になりましたね」

「こんなところまで似せる必要はないとは思うけど、最良の手段ではあったわね。それじゃあ、持ち帰ろうかしら」

 仁木がそう言うが早いか、圭介はゴルゴンの重い胴体を抱え上げた。

「あら? いいの?」

「レディーファーストですから」

 圭介のその言葉に、仁木はクスリと笑い、残された首を拾い上げた。

「あんまりこっちを持つ気にも、なれないわね・・・」

「なんなら、代わりましょうか?」

「何がレディーファーストなのかわからないわね・・・。いいわよ、こっちは私が持っていくから」

 そして二人は、それぞれゴルゴンの残骸を持って指揮車へと歩き出した。





 それからすぐに、ゴルゴンの首に搭載されていた石化光線発振装置の解析が小島と亜矢によって行われ、光線の具体的作用が明らかになった。このデータをもとに、二人は特殊配合したヨウ素を主成分とする、石化状態を解除する薬品を製造。これを患者に注射し、見事治療に成功した。

 こうして恐ろしい怪物は第1小隊の手によって退治され、街々はもとの活気を取り戻していった。特に怪物騒ぎで大きな被害を被った横浜と横須賀の様子は、その被害を取り戻そうかというように、以前よりも活気に満ちたものだった。

 そして、事件解決から数日後。横浜の街と共に長い歴史を創ってきた中華街の中の一軒に、その日の夕食時、その一団はやってきた。

「いらっしゃいませ」

 彼らに対し、立派なタキシードを着たボーイが恭しく挨拶をした。

「予約してたSMS第1小隊だけど」

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 ボーイに案内され、彼らは立派な店内を歩いていった。その豪華さに、聡美と小島がキョロキョロと辺りを見回す。

「キョロキョロしないの。みっともないでしょ」

 少し恥ずかしそうな様子で、仁木がそんな二人を注意する。

「だって・・・あたし、こういうとこ初めてだから・・・」

「もっといい服着てくればよかったな・・・」

 そういう彼らの服装は、全員私服だった。第1小隊に服のセンスのない者はいないため、決してひどい格好ではないのだが。この日の勤務終了後、「今夜は俺がおごる」と小隈が言い出し、車に乗せられてついたのがここだったのである。小隈はこれまでにもおごることはあったが、大抵はラーメン屋か焼肉屋が多かったため、この日も彼らは普通の格好で来てしまったのである。

「大丈夫。ここは服にはうるさいこと言わないんだから」

 先頭を歩きながら、小隈がのんびりと言った。

「で・・・でも隊長・・・?」

「ん? なんだ服部?」

「ここ、かなり高いんじゃないですか?」

「俺もひかると同感です。失礼かもしれませんけど、懐が寒くなるかも・・・」

「おごられる奴が、そんなこと気にするな。今日はたらふく食っていいんだぞ。もちろん仁木、お前のことも考えてある。金も量も、心配は無用だ」

 その言葉に、仁木は顔を赤くして恨めしげな表情を浮かべ、残りのメンバーは唖然とした。

「・・・なんてな。実はこれだよ、これ」

 そう言ってポケットから取り出した紙の切れ端のようなものを、小隈はちらつかせた。

「それ・・・この店のクーポン券?」

 それを見た聡美が言った。

「当たり。この店のオーナーが部長にお礼にあげたものをいただいたの。この間の苦労のねぎらいだってな。太っ腹だろう? おかげで、なんでも半額で食べられるんだ。遠慮はいらないぞ」

「なんだ・・・そういうこと」

「フ・・・隊長らしいね・・・」

 やがて、彼らは赤い大きな扉のついた小宴会場の前についた。

「こちらでお待ち下さい」

 ボーイの指示通りに、一行は席に着いた。やがて程なくして、大皿に乗せられた彩り豊かな料理の数々が、朱塗りのテーブルの上に置かれていく。

「うわぁー・・・おいしそう!」

 それを見て、聡美が目を輝かせる。仁木もそれらには強い関心を持っているが、それを素直に表情に出すべきかどうか、明らかに迷っている様子だった。

「まあ、料理にかかるまえに乾杯といこう。みんな、グラスはもったな?」

 アルコールを押さえたシャンパンを入れたグラスを、全員が持つ。

「任務お疲れさま。乾杯!」

「かんぱーい!」

 全員の明るい声が響き、グラスを傾ける。程なくして、彼らはテーブルの上の料理に取りかかった。

「それじゃああたしは、この餃子からいこうかな」

「あ、それいいな。俺にも取ってくれよ」

「…いただきます」

 そう静かにつぶやいて、大盛りにされた「車海老とオオミミ茸の炒め」にとりかかる仁木。どうやら、結局ふっきれたらしい。

「・・・そういえば新座君・・・君のバイクは・・・どうなったんだい?」

 ユバとクコの実の入ったスープを上品に飲みながら、亜矢が圭介に尋ねる。圭介はその質問に、力ない笑いを浮かべた。

「・・・結局、自費で修理ですよ。やっぱり労災おりませんでした。減俸中だからこたえましたよ・・・」

「それは・・・気の毒だったね・・・。すまない・・・悪いこと聞いてしまって」

「いえ、いいんですよ。それよりも、おやっさんに無理言って出してもらったから、埋め合わせにいろいろ修理しなきゃならなくって・・・そっちの方が大変です」

「元気出して下さい。ほら、このフカヒレの姿煮、おいしいですよ」

「あ、ああ・・・ありがとう」

 ひかるから差し出されたフカヒレの皿に圭介がはしを伸ばした時、聡美が言った。

「あ、そうだ新座君。今度そのバイクでつきあってほしいんだけど」

「どういうことです?」

「ほら、あのバイクって、水の上も走れるじゃない? だからさ、夏になったらジェットスキーをやってみたいんだよね。悪いんだけど、引っ張る役やってくれないかな?」

「バイク使うのはいいですけど・・・俺、そんなことやったことありませんよ? あれって引っ張る側にも、それなりの技術がいるんじゃないですか?」

「大丈夫! なんとかなるって」

「なんかなるって・・・お前、そもそもジェットスキーなんかやったことあるのかよ?」

 金華ハムをぱくつきながら、小島が疑わしげに言った。

「ない!」

 きっぱりと言い放つ聡美。

「・・・」

「大丈夫大丈夫! このスポーツ万能美少女聡美ちゃんにかかれば、どんなスポーツだっておちゃのこさいさい! 圭介君は引っ張ってくれればいいからさ、お願い!」

「なんだよその、スポーツ万能美少女ってのは・・・」

「そのまんまの意味です! 文句あります!?」

「おおありだね。スポーツ万能はともかく・・・」

 いつものようにギャーギャーと騒ぎ出す聡美と小島。

「にぎやかだねえ・・・」

「いいんじゃないですか? せっかくのごちそうですから、黙って食べるというのも・・・」

 その騒ぎを横目で見ながら、黙々と料理を食べる小隈と仁木。

「おや・・・? 隊長、そのおこげチャーハン・・・食べないんですか?」

「ん? ああ。ガンが怖いからね」

「気にしすぎですよ、隊長・・・」

 こうして、中華料理店での楽しい夕食は過ぎていく。結束固めた第1小隊の戦いは、これからも続いていく・・・。


関連用語紹介

・ゴルゴンの首

 てんとうむしコミックス第20巻「ゴルゴンの首」に登場した謎の道具。普段は箱の中に収納されている。その名の通り石像の首のような形状をした道具で、目の部分から発する光線には生物の筋肉を石のように硬直させる作用がある。この効果は首の頭頂部に生えた一匹の蛇を引っ張ることで解除される。ドラえもんは「機械」と言っているが、ひとたび箱から逃げ出せば自力ではいずり回り、近づく者全てに石化光線を浴びせるなど、怪物のような生物的行動をとる。のび太が裏山に落としたゴルゴンの回収作戦ではドラえもん他3名が犠牲となり、「ジョーズ」にも匹敵する恐怖を見せつける。

 小説中で書かれている通り、「ゴルゴン」とはギリシャ神話に登場する怪物の三姉妹の名前。最も有名な者は、視線の力で人間を石に変える力をもつ、髪の毛が蛇でできている美女の、末妹メドゥーサである。メドゥーサは二人の姉ステンノ、エウリュアレとは異なり不死身ではないため、囚われの母を助ける条件として彼女の首を持ち帰ることになった英雄ペルセウスによって、その首を切り落とされて殺された。メドゥーサの首は死してもなおその恐ろしい力を失うことなく、ペルセウスが帰り道で海の怪物に襲われていた王女アンドロメダを助けたときには、その視線の力で怪物を石に変えてしまった。この首は後に女神アテナに献上され、その盾にはめこまれたという。

 小説中に登場する人型非殺傷兵器ゴルゴンは、このメドゥーサをモデルにドイツ系の軍事企業がシンガポールの研究所で開発したものである。「ゴルゴンの首」同様、目から出る光線で人間の筋肉や神経細胞を硬直させる力をもつ。「ゴルゴンの首」では一本しか生えていなかった蛇のような触手も無数に生え、センサーとしての役割を果たすほか、後頭部の数本は特に長く伸び、機械のエネルギーを吸収したり、エネルギーを逆流させて電磁ムチとして使用することができる。


次回予告

聡美「さぁ〜って、次回の「Predawn」は〜っ♪」

ひかる「あ、聡美さん! 隊長が朝のブリーフィング始めるって・・・」

聡美「あ、ちょうどよかった。今日はひかるちゃんの番よ」

ひかる「えっ? わ、私ですか!? えっと・・・どうすれば・・・」

聡美「自分の名前と、近況報告。落ち着いて」

ひかる「は、はい! 服部です。ええと・・・最近は出動が多くて、ちゃんとした
    お料理をつくる時間がとれないのが残念です。今度作る時間が持てたら、
    この間テレビで見た南イタリアの海鮮リゾットを作ってみたいと思っています」

聡美「うーん、なんだか本当に例の次回予告みたいね」

ひかる「次回、「第4話 第1小隊 南へ」です。これでいいんですか?」

聡美「うん、バッチリ。ところでひかるちゃん、朝のブリーフィングで、何か特別な
   ことがあるの?」

ひかる「はい。隊長が、私達に慰安旅行をプレゼントするって・・・」

聡美「ええっ!? い、慰安旅行!? ほんとに!?」

ひかる「え、ええ・・・」

聡美「ヤッホー! これは早速詳しい話を聞かないと! ワープ!」

   ダダダダダダダダ!

ひかる「あ・・・行っちゃいました。それじゃあ私も・・・え、あんパン? 
    ・・・やらなきゃいけないんですか? さ、聡美さぁ〜ん!
    ・・・しょうがないですね。行儀悪いですし、うまくいくかどうか
    わかりませんけど・・・やってみます」

 ポイッ! ・・・ポト

ひかる「ああーっ!! ご、ごめんなさーいっ! 食べ物を粗末にしちゃいけないのに
    ・・・やっぱり、これはいけませんね・・・本当にすいません。そ、それじゃあ
    私はブリーフィングがありますから、いってきます。・・・このあんパン、
    片づけますね。それじゃあ」


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