ガチャ・・・

 「フィー・・・」

 やや疲れた様子で、部屋の主が戻ってきた。彼が部屋に戻ってくるとすることは、決まっている。まず、靴を脱ぎながら電気をつける。次に、冷蔵庫を開けて酒を取り出しながら、テレビのスイッチを入れる。そして最後に、自分のパソコンの前に座り、スイッチを入れるのである。

 「今日もお疲れ・・・っと。おっ、映ってる映ってる・・・」

 テレビのニュースの映像の中では、燃え盛るビルを前に忙しく動き回るVJの姿が映っていた。その中の青いVJの姿を見ながら、彼はにやけた。

 「さて、いいお知らせはないかなあ・・・」

 立ち上がったパソコンのビジュアルメールソフトを起動させ、彼は操作を始めた。新着のメールの送信者の欄に、ざっと目を走らせる。

 「いる、いらない、いらない・・・」

 手慣れた手つきで、どうやって自分のアドレスを知ったのかわからないダイレクトメールの類を削除していく。と、そんな彼の手が、ピタリと止まった。

 「波多野・・・明?」

 彼の目は、そう表示されている送信者のメールに釘付けになった。

 「・・・そういや、4年前に会ったっきりだな。何の用だ、あいつ?」

 首を傾げながら、彼はそのメールを開いた。すると、その傍らに置いてあった小型の3D受像器に光が灯り、眼鏡の男の姿がホログラフ投影される。

 「よ〜お、佳樹! 久しぶりだな。忙しいと思ったから、電話じゃなくてメールにしたよ」




第5話

〜August〜

機械仕掛けの恋心


 「おはようございます!」

 朝のオフィスに、圭介の声が響き渡った。

 「あ、おはようございます」

 「おはよう」

 そんな彼に、二人の先客が挨拶した。コーヒーをカップに注いでいる、本日早番のひかると、机に向かって書類の整理をしている仁木である。

 「副隊長、コーヒー入りました」

 「ありがとう。・・・うん、やっぱりいい薫りね」

 「ありがとうございます。あ、圭介君は・・・紅茶ですよね?」

 「いや、コーヒー煎れたんなら、コーヒーでいいよ。手間がかかるだろう?」

 「私はかまいませんけど?」

 「気分的にもコーヒーなんだ」

 「わかりました。それじゃあ」

 そう言って、圭介のカップにコーヒーを注ぐひかる。朝の風景としては、もう当たり前になったものである。早番の者は、机の掃除や各種機器のスイッチを入れるなどの仕事に加え、お茶の類をいれるのが役目である。たいていの場合、早番をのぞけば一番最初にオフィスに入ってくるのは仁木なので、彼女が最初の一口を飲むことになる。

 「今日の非番は・・・小島さんですか」

 今日の非番やそれぞれの役目などを表示している掲示板に目をやりながら、圭介は自分の机に腰をかけた。

 「静かになりそうね」

 「そうですね・・・。なんだか最近、小島さんが金貸してくれってうるさいんですよ。それがないだけでも、今日は平穏に暮らせそうです」

 「小島さん、お金に困ってるんですか?」

 「ああ。なんか、音楽関係で欲しい物があるんだって」

 「うちのお給料、そんなに少ないとは思わないけど・・・。あなたたちはどう思う?」

 「仕事の大変さに見合うだけのお金だと思いますよ。今減俸中ですけど、それでもいくらかは余裕あるし・・・」

 「私もお金で困ることはありません」

 「そうよね。それを上回る勢いでお金を趣味につぎこんじゃうんだから、小島君も困ったものね・・・」

 書類にサインをしながら、仁木がため息をついた。

 「小島さん、今日は何してすごすんでしょうね?」

 「出かけるみたいだったわよ。出るとき廊下で会ったわ。ゆうべ高校の友達から電話があって、会いに行くとか言ってたけど・・・」





 それから数時間後・・・。都内にある大きなオフィス街の一角。他のビルに負けない大きなビルの前に、私服姿の小島の姿があった。

 「あいつ・・・こんなところに引き抜かれたのか・・・」

 小島はその大きさに圧倒されながら、昨夜のことを思い出していた。





 「・・・というわけだ。とりあえず、さっきの電話番号に電話してくれ。何時でもかまわないから、待ってるぞ。それじゃ」

 それだけ言って、映像は途切れた。

 「なんのこっちゃ・・・」

 小島はほおづえをつきながらそれを見つめていたが、やがて近くにあった電話をとり、先ほどのメールで表示された電話番号をかけてみた。

 Trrrrrrr・・・ガチャッ

 「はい、波多野です」

 「俺だ。メール見たぞ」

 3D受像器には、相手の姿が投影されなかった。どうやら、向こうは装着型携帯電話、ウェアラブルフォンを使っているらしい。

 「おお、かけてくれたか! 心の友よ!」

 「・・・なんだそりゃ。どっかで聞いたことあるけど」

 「そんなことより、こうして電話してくれたってことは、興味持ってくれたってことだな?」

 「興味なぁ・・・。あんまりわけわからん内容のメールだったから、ちょっと気になって電話したってことなら、たしかに興味かな」

 「わけわからなかったか?」

 「自分でわからんのか。要約すると、こういうことだろ? 1年前勤めてたゲームソフト会社からロボット産業の会社に引き抜かれて、新製品を開発したからそのモニターになってくれないか?」

 「なんだ、わかってるじゃねえか」

 「ちっともだ。本当にそれだけじゃないか、あのメールで言ったこと。モニターだかなんだか知らないけど、引き受けてほしいならどんなものかもっと詳しく説明しろ」

 「それを説明する前にだな。俺がなんで今の会社にヘッドハンティングされたか、その経緯から説明しようか」

 「自慢話なんか聞きたくねえぞ」

 「そう言うなって。まあ、もともと俺は優秀なプログラマーだったし、女性心理を理解した優れたシナリオライターでもあったわけだが・・・」

 「そんなすごい奴が就職したのが、恋人もろくに作れない奴の気持ちを慰めるためのゲーム作りしてる会社だったってのか?」

 「佳樹・・・前から言ってるが、お前ギャルゲーをそんな風にとらえてると、いつか殺されるぞ!!」

 ヒステリー口調になった電話の相手を、小島はうるさがった。

 「うるさいうるさい。とにかく、お前がその方面で適材適所だったことは認めるよ。何本かヒット作出したんだろ?」

 「うん。そしてそれが、俺のサクセスストーリーにつながった。俺のその才能を認めてくれた今の会社が、引き抜いてくれたというわけだよ」

 「物好きな会社だな。それで、その会社がお前に作らせたもののモニターを、なんで俺に頼むんだよ?」

 「お前が一番だと思ったんだ」

 「はあ?」

 「俺が知る限り、お前は俺の友達の中で一番女にうるさい男だった」

 「女に優しい男、の間違いだろう?」

 「そんなお前が満足できるなら、この製品の品質に問題はないと考えたんだ」

 「・・・おい、その商品ってのは、まさか・・・新手のダッチワ・・・」

 「あんなものと混同するな! 汚らわしい!!」

 「・・・今の言葉からすると、どうやら似たようなものらしいな・・・。切るぞ。俺はそんなものに頼るほど、おちぶれちゃいない」

 「わーっ! 待て待て! お前今、金は欲しくないか!?」

 電話の相手は慌ててそう言った。

 「金? そうだな・・・普段は困ってないが、今は別だ。欲しいギターの限定モデルがあるが、金がない・・・。我ながら少し、無計画な使い方をしすぎた・・・」

 「そういうことなら、お手伝いするぜ? もし引き受けてくれたら・・・20万やる」

 「20万? なんだかしらんが、ずいぶん太っ腹だな」

 「フッフッフ・・・金ならある」

 「・・・やな台詞だな・・・」

 「どうする? やるか、やらないか?」

 「だぁから、その商品ってのはどんなものなんだよ!? それがわからなきゃ、引き受けようがねえじゃねえか!!」

 小島は電話の相手に怒鳴り散らした。

 「一応、企業秘密だからな。どんなものか知りたいなら、直接うちの会社にきてもらいたい」

 「何様だ、お前・・・」

 「たぶん、こんなにいい条件のバイトはないぞ? 断っていいのか?」

 相手の声は、どこか怪しかった。脅したりなだめたりしてなんとかモニターを引き受けさせようとする波多野と、それがどんな商品なのか教えろと譲らない小島。そうした問答が、約20分の間二人の間で繰り広げられた。そしてその結果折れたのは、このままでは電話代がかさんでしまうと判断した小島の方だった。

 「もういい・・・会社の場所、教えてもらおうか?」

 「おお、やってくれるか!」

 「だから、やるかどうかはそれがどんなものか見てからだって言ってるだろ!」

 「わかったわかった。それで? いつ来られる?」

 「ちょうど明日非番だ。予定もない」

 「なに? 高校時代は休みとなっちゃデートばっかりしてた小島佳樹が、いったいどうしたっていうんだ?」

 「うるさいってんだよ・・・。こっちにも事情があるんだ」

 意外そうな声で言う相手に、小島はイライラした。

 「ま、いいや。その辺のことは明日ゆっくり聞こう。それじゃ、会社はだな・・・」

 そう言って、彼は会社の住所を口にした。

 「ほい、メモはとったぞ」

 「10時頃来てくれ。受付で俺の名前を出してくれれば、すぐに迎えに行く。それじゃあ、明日を楽しみにしてるよ」

 「あ、こら、ちょっと待て・・・」

 小島がそう言った時には、すでに電話は切れていた。

 「ったく・・・相変わらず、人の話を聞かない野郎だ・・・」

 小島は会社の住所を記した紙を見ながら毒づいた。





 そして今、彼はその会社の前に立っていた。

 「シャイロック・ロボットヘルパー株式会社・・・」

 彼はその会社の名前を口にした。医療活動サポート用、老人介護用、心に傷を受けた人のためのサポートなど、「人をケアするロボット」を中心として開発・販売を行っているロボット産業の会社である。事前に調べたところ、どうやらいかがわしいところなど全くないまっとうな会社らしく、小島には電話の相手である悪友とこの企業との接点が、どうしても思い当たらなかった。

 「ま、考えててもしょうがねえな。入ってみるか・・・」

 覚悟を決めて、小島は会社の中へ入っていった。





 「今いらっしゃるそうですので、少々お待ち下さい」

 美人の受付嬢にそう言われた小島は、受付カウンターの側で相手を待つことにした。

 「立派な会社じゃねえか・・・」

 小島はやはり、違和感を感じた。ロビーの中は、どこからどうみても真面目なビジネスマン達がうろついている。その時だった。

 「よお、お待たせ。久しぶりだな。よく来てくれた」

 声がした方に振り向くと・・・そこには、立派な仕立てのスーツ姿の悪友、波多野明の姿があった。

 「ああ・・・。なんだかお前、小綺麗になったな?」

 4年間にあったとき、よれよれのスーツを来ていた相手の姿を思い出しながら、小島は言った。

 「ああ。今じゃ俺もプロジェクトリーダーだからな。部下を持つ身になると、それなりの格好をしなきゃならん」

 そう言って、得意げにスーツの襟を正す波多野。

 「ご立派になったもんだねえ。さて、それじゃあ、お前が中心になって進めたそのプロジェクトとやらの産物で、俺に押しつけたがってるものを見せてもらおうか」

 「そんな言い方ができるのも、今のうちだ。実物を見たら、きっと驚くぞ」

 「ごたくはいいから、さっさと案内しろ」

 「はいはい。それじゃあ、こっちだ」

 ぶつくさ言う小島を、波多野は案内し始めた。





 「はいこれ、今のうちに記入しといてくれ」

 長いエスカレーターに乗った二人。波多野が小島に数枚のカードとペンを手渡した。

 「なんだこりゃ?」

 どうやら、マークシート式の記入用紙らしい。YES・NO式の選択肢がズラズラと書き連ねてある。

 「お前のパーソナルデータをとるためのアンケートだ。こいつの結果を新製品にインプットする」

 「なんかわからんが、仕方ないな・・・」

 ペンを手にとって、アンケートに取りかかる小島。

 「それよりも、昨日の電話で気になること言ってたな? 非番の日に何の予定もないとか」

 「ああそうだよ。悪かったな」

 小島は不機嫌そうに答えた。

 「往年の小島佳樹を知る人間としては、ちょっと信じられないなあ。あのプレイボーイで通ってた小島佳樹が、非番の日に何の予定もないなんて」

 「往年とか言うのはやめろ。俺は今でもバリバリの現役だ。それに、俺はプレイボーイなんかじゃない。「ドン・ファン」だ。自分だけでなく女にも喜びと愛を与える・・・それが俺だ」

 「・・・安心したよ。恥ずかしげもなくそんな台詞を吐けるってことは、あの頃と勢いは変わっちゃいないってことだな」

 二人の会話の内容通り、小島は高校時代はプレイボーイで通っていた。それも、ちゃんとした「戦果」を伴っているプレイボーイだったのである。

 「だとしたら、予定がないってのはどういうことだ? そんなに忙しいのか?」

 「まあな。俺達がどれだけ忙しいのかは、テレビをつければすぐにわかるだろう」

 「ああ、いつもご活躍は拝見してるよ。しかしそれならそれで、おとなしくしてるお前じゃないだろう? 「身内キラー」になるって手が、まだあるじゃないか」

 「なるほど、身内キラーね・・・」

 「お眼鏡にかなう相手が、職場にはいないのか?」

 「とんでもない。綺羅星の如く輝く素晴らしい女性ばかりさ・・・一応はね」

 そう言って小島は懐から一つのホログラフ写真を取り出して、波多野に渡した。

 「おい佳樹・・・こりゃあ・・・」

 「どうだ? うらやましいだろう?」

 そう言って小島は、ニヤリと笑った。その写真は、沖縄で撮った第1小隊の私服での集合写真だった。

 「なおのことわからなくなった・・・。これだけの美人揃いなのに、どうしてお前が手を出さずにいるんだよ?」

 「出さないんじゃない。出せないんだ」

 「どういうことだ? 全員、性格が悪いとか?」

 「いや、少なくとも性格の悪いのは一人もいない」

 「だったらどうして? ほら、俺の知ってるお前なら、この人なんかもろにストライクゾーンだと思うが?」

 波多野はそう言って、仁木を指さした。

 「そうだな。性格的にもほとんど問題ないし、たしかに俺のタイプだ」

 「だったらどうして?」

 「ガードの堅さは、たぶん日本一。核爆弾使おうが、突破できるもんじゃない」

 「お前がそこまで言うなら、よっぽどだな・・・。それじゃあ、こっちの娘(こ)は? なんだか物憂げで、今の人に負けないくらい魅力的だと思うが?」

 今度は亜矢を指さす波多野。

 「本人は別にかまわないって言ってるんだけどね・・・」

 「何!? だったらどうして?」

 「ちょっと変わった趣味の持ち主でね・・・。それにつきあわなきゃいけないんだよ。人生の伴侶にするには、命がいくつ必要かなあ・・・」

 青ざめた顔でつぶやく小島。それを見て、波多野は追求をあきらめ、今度はひかるを指さした。

 「それじゃあこの娘は? 見たところ、一番素直そうだけど・・・」

 「ああ。可愛い、頑張り屋、よく気が利く・・・三拍子そろったいい子だよ」

 「だったらどうして?」

 「そればっかだな・・・。よく見てみろよ。略奪愛は、俺の主義に反する」

 そう言われた波多野は、写真をよく見てみた。なるほど、よく見ると彼女は、隣にいる男と腕を組み、うれしそうな顔をしている。男の方はといえば、嬉しいような困ったような、微妙な顔をしているが。

 「な〜るほど。先客がいたってわけか」

 「ベタ惚れだよ。入り込む隙もない」

 「それじゃあしょうがないか・・・。それじゃあ最後。この娘は?」

 当然、彼が最後に指さしたのは聡美だった。

 「・・・問題外。個人的には、一番性格に問題ありだな」





 「「「「クシュン!!」」」」

 同じ頃、第1小隊の隊員オフィスに、四つのくしゃみの音が響き渡った。

 「どうした? 女性陣だけ綺麗に揃って?」

 不思議そうな顔で、小隈が尋ねた。

 「いえ、別に・・・ご心配なく」

 「風邪というわけではないと思いますけど・・・おかしいですね」

 「ねえ・・・あたしなんだか、すごく失礼なこと言われたような気がするんだけど・・・」

 「・・・もしかしたら・・・それは当たっているかも・・・しれないね・・・」





 「さて、着いたぞ」

 二人は「商品開発部 第3研究室」と書かれた金属製の自動ドアの前に立っていた。カードキーを取り出した波多野がそれをスロットに通すと、シュッという音と共にドアが開いた。

 「さあ、どうぞどうぞ」

 波多野に続いて、小島が中に入る。内部はいかにも企業の研究開発室といった感じで、ロビーとは異なり、作業服を着た男達が右往左往していた。

 「あ、どうもお帰りなさい」

 「ああ」

 プログラマーらしい男が、端末から顔をあげて波多野に挨拶した。彼は波多野の後ろにいる小島も、同時に見た。

 「その方が、モニターになってくれる方ですか?」

 「ああそうだ。俺の知っている限り、モニターとしては最高の男だよ」

 「誉められるのは恐縮だがな、俺はまだ引き受けると言ってないぞ」

 「これ、パーソナルデータだ。入力してくれ」

 「わかりました」

 小島の言葉を無視して、波多野はアンケート用紙をプログラマーに渡してしまった。

 「俺の意見は無視かい!」

 「ここまで出向いた時点で、お前のモニター参加は決まったようなものだ。ところで、調整の方はどうなってる?」

 「ハードの方は、3日前に終わってますからね。最終点検してます。ソフトの方も、これさえいれればいつでも動かせます」

 「そうか、いよいよ始動だな。それじゃ佳樹、こっちに来てくれ」

 「ったく・・・これでろくなもんじゃなかったら、俺は帰らせてもらうぞ」

 圭介はぶつぶつ言いながら、勝手に先を行く波多野のあとを追った。





 やがて、研究開発室の奥に置かれている円筒状の大きなカプセルの前に、二人は立っていた。

 「さあ、この中に入っているのが我が社が総力を挙げて開発した、まったく新しいタイプのヒューマンケア・ロボットだ」

 「カプセルの中に入ってて見えないじゃないか。さっさと見せろ」

 「慌てるなって。おい、カプセルを開けてやれ」

 「はい」

 近くの端末に座っていた男が、操作をする。すると・・・

 プシュー・・・

 空気音がして、ゆっくりとカプセルの扉が開いていく。そして・・・

 「!!」

 小島はその中にあったものを見て、驚きに目を見張った。

 「どうだ、すごいだろう?」

 「おい、これは・・・」

 小島が驚くのも、無理はなかった。その中には、目を閉じたまま静かにたたずむ、一人の少女の姿があったのである。少女は様々な金属製のアームのようなもので、体の数カ所を支えられていた。

 「これが、本当にロボットなのか・・・?」

 「内部は機械だが、外装部には人工細胞組織を使用している。見た目や質感は、本物の人間と全く変わりない」

 「驚いたな・・・。今までいろいろなロボットを見てきたが、ここまで人間そっくりなのは初めてだ・・・」

 「可愛いだろう? 苦労して膨大なデータを集めて、男が「かわいい」と思う要素を全て取り入れたつもりだ」

 「ああ。たしかに、これならどんな男のストライクゾーンにも入りそうだな」

 小島が、ロボット少女に近づく。しかし、彼は不審げに振り返った。

 「しかしだ・・・こんなロボットを、一体何の目的に使うつもりだ? 俺の印象では、このロボットは大昔のギャルゲーによく出てきた、メイドロボットの類の延長に見えるが?」

 「うん。発想としては、そんなところだ。温故知新というやつだな」

 「ということは、やっぱりダッチ・・・」

 「だから、そんなものと一緒にするなと言っているだろうが!」

 波多野が怒鳴った。

 「だってそうだろう? 俺にそんな趣味はないが、その筋の欲求に飢えている男達にこんなものを渡したら、どうなるかは目に見えてるだろう?」

 「そんな目的に使うような機械を、うちの会社が作ると思うか?」

 「ああ・・・そういえば、そうだな」

 「病院の患者、寝たきりの老人、心に傷を負った子供達・・・うちで作っているロボット達は、そんな人達の世話をして、心を癒すことを目的に作られているんだ。事実、現場からもいい評価を受けている。正真正銘、社会のために清く正しく働いているんだ、俺達は」

 「たしかにそうだろうがな。でも、さっき俺が言ったことも間違いではないはずだ。人間に限りなく近い外観と触感。それに、可愛い女の子の姿。どう考えても、妙な趣味の男達の欲望のはけ口に使われそうだ」

 「いいや、そんなことにはならない」

 「どうしてそう言い切れるんだ」

 「それを防止するための自衛手段が、この子には備え付けてある。目の部分だ。のぞいてみろ」

 言われたとおり、ロボットの目をのぞく小島。人間と同じ茶色の瞳の中に、カメラとは異なった別のパーツがあるのが見える。

 「ショックビームの発射装置だ。お前が言うようないかがわしい真似をしようとすると、瞬時にそれを察知し、容赦なくこれが放たれる。しかもだ。同時に脳神経に電流による刺激を与え、その種の行動につながる本能的な欲求をもっと別な方向・・・スポーツとか学問とかに向けさせる効果もある。名づけて、カタルシスウェーブ」

 「おいおい、そんな物騒なもの・・・。しかも、どっかで聞いたことのあるネーミングだな・・・」

 「それだけじゃないぞ。土木作業用ロボットメーカーに技術提供を申し入れて、外見からは想像もつかない一万馬力の超パワーを持たせてある」

 「・・・そんなもの、暴れ出したらVJだって止められないぞ・・・。まさかその力も、そういう奴らに向けられるんじゃないだろうな?」

 「クライアントを殺すような真似はしたくないからな。安心しろ。これはクライアントに危機が迫ったときに、守るための機能だ。今の世の中、どこでどんなピンチに陥るかわからんのは、お前が一番よく知ってるだろう?」

 「・・・すごいロボットだってことは認めるよ」

 「そうだろう?」

 「じゃあ結局、どのくらいのことなら許される?」

 「肩を抱くとか抱擁とか、それくらいなら全く問題ない。一応、キスを限度としてある。それ以上は、絶対に不可能だ」

 「健全な異性交遊、というわけか。たしかにそれなら、問題はなさそうだな。それで? これをどうやって使うつもりだ?」

 「コストがべらぼうにかかるから、市販するには向いていない。だから、当分はレンタルという方法をとる。それに、この子には今までうちで開発してきたロボットのノウハウも取り入れてある。たしかにメインのターゲットは、お前の言うような寂しいお兄さん達だが・・・お年寄りや子どもの面倒もみることができる」

 「ごたくはいくらでも並べられる。ロボットに恋人の代わりをさせるという考えは、どうも俺は好かない。たしかに、ロボットの感情プログラムはどんどん人間に近いものになっていっている・・・。だが、結局人に造られたものであることには変わりない。人間と機械の間には、どうしても越えられない壁がある。それを知りつつ女に似せた機械とつきあうというのは・・・虚しいとは思わないか?」

 「相変わらずロマンチストだな、お前は」

 「そりゃどうも」

 「佳樹・・・生産性のない関係を愛と認めないような時代は、とっくの昔に終わってるんだ。お前は男と女、子孫を残せる組み合わせでなければ、愛のある関係とは認めないような時代錯誤な考えの持ち主か?」

 「そうは言っていない」

 「街を歩いてみろ。かつては偏見の目で見られていた男と男、女と女のカップル。今じゃすっかりそんな偏見はなりを潜めて、堂々と青山通りを楽しそうに歩いている姿をしょっちゅう見かけるじゃないか。社会にゆとりができればな、かつてはタブーだった関係も、生産性のあるなし抜きで許されるようになるんだ。どうあがこうと越えられない壁のある関係・・・それだけなら、同性愛のカップルもこの子も、違いはないじゃないか?」

 「・・・お前が言うカップルの場合、少なくともお互いの相手は人間だ」

 「そんなにロボットが嫌いか?」

 「そうじゃない。自分の手で作った者を恋人として愛するという考えが、虚しく思えるだけだ」

 「・・・なるほど。お前がどういう考えの持ち主かは、だいたいわかっていたよ。それを知ってて、お前をモニターに選んだんだ」

 「どういうつもりだ?」

 「お前みたいな考えの持ち主を、この子が変えることができるのなら・・・この子の性能は保証されたようなものだからな」

 そう言うと、波多野はプログラムを行っている男に声をかけた。

 「まだ終わらないか?」

 「もう少し待って下さい」

 波多野は再び、少女ロボットと向かい合った。

 「今、この子をお前好みの女の子に仕立てている」

 小島の顔を見ながら、波多野は言った。

 「クライアントの性格分析によって導き出されたパーソナルデータを入力すれば、この子はどんな女の子にでも変身できる。外見は同じでも・・・つきあうことになる男によって、全く違った感じになるんだ」

 「そうかい。・・・それで、俺はこの子とどれだけの間つきあえばいいんだ?」

 「やってくれる気になったか?」

 「ずいぶんな自信をもってるみたいだからな。無下にはできんだろう、長い付き合いだし」

 「ありがたいな。それじゃあ、正式な契約書だ」

 そう言って、波多野は小島に書類を手渡した。それに注意深く目を走らせる小島。

 「ずいぶん念入りだな?」

 「お前に何回だまされたと思ってるんだ? ・・・なるほど、妙なところはなさそうだな。しかしだ・・・」

 「何か不都合なところがあるか?」

 「ああ。契約期間が三日というのは、どういうことだ?」

 「三日じゃ不満か? もう少し長くしてもいいが・・・」  「その逆だ! 俺の仕事がどんなものかわかってて、本気でこんな日数を指定したのか? 俺は忙しくて、ろくに恋人もつくれない状態なんだぞ!」

 「心配するな。しっかり相手の都合にあわせて動いてくれる」

 「本当だろうな?」

 「本当だ」

 小島は疑わしげに波多野を見たが、結局書類にサインをした。

 「で、給料は?」

 「お前を信用しないわけじゃないが、後払いになっている。3日後にお前がこの子をつれてここに来たときに、きっちり20万支払おう」

 「手堅いな。あ、そうだ。肝心なことを忘れてた。この子の名前は、何ていうんだ?」

 ロボット少女を見つめて、小島が尋ねた。

 「そうだったな。それじゃ教えよう。この子の名前は・・・ロボ子という」

 その言葉に、小島は絶句した。

 「どうかしたか?」

 「お前なぁ・・・。本当にギャルゲーのキャラデザインまでしてきたプログラマーか?」

 「その通りだが?」

 「だったらなんなんだよそのネーミング・・・。可愛い娘なんだろう? もっと愛情のこもった洒落た名前をつけてやれよ」

 「やろうと思えばできる。しかし、ロボ子というのはあくまでデフォルトの名前だ。名前は本人が自由に決めることができるようになっている」

 「それを早く言え」

 「それで? お前はこの子にどんな名前をつける?」

 「そーだなー・・・」

 小島は悩んだ。いざ言われると、どんな名前がいいか思いつかない。そうこうしていると、波多野が言った。

 「決められないなら、俺が決めるぞ。「瞳」ってのはどうだ?」

 「!! てめえ・・・」

 小島は波多野をにらみつけた。

 「高校時代、どうしてもお前が振り向かせることができなかった、因縁の相手・・・」

 「俺はこんなことでその雪辱を果たそうと考えるような安い男じゃないぞ!」

 「じゃあ、別の名前にするか?」

 「・・・」

 そう言われても、小島にはよく思い浮かばなかった。

 「・・・わかったよ。それでいい。ったく・・・本当にお前って、むかつく奴だな・・・」

 「名前は「瞳」に設定」

 「わかりました」

 聞こえないふりをしながら、波多野は部下に指示を出した。

 「主任、起動準備、全て完了しました」

 「よし。起動開始!」

 「了解!」

 部下が端末のスイッチを押した。

 rrrrrrrrr・・・

 機械のうなる小さな音が、次第に間隔をせばめていく。

 「さて、いよいよお前の瞳ちゃんが動き出すぞ」

 「黙ってろ」

 ジロリと波多野をにらむ小島。そうこうしている間にも

 ピピッ! ウィン!

 小さな音がして、「瞳」の目が開いた。同時に、体を支えていたアームが自動的に外れる。

 「ほら、目が開いたぞ」

 「ああ」

 そして・・・

 コツ・・・コツ・・・

 バシュッ!

 「瞳」が前に進み始めると同時に、首に接続されていた充電用ケーブルがはぜるような音と火花を散らして切り離された。

 コツ・・・コツ・・・

 小島に向かって近づいてくる「瞳」を、固唾を呑んで見守る開発スタッフ達。やがて、「瞳」はピタリと立ち止まった。

 「初めまして。私、瞳といいます。小島くん、よろしくお願いします」

 そう言って、「瞳」はにっこりと微笑んだ。

 「あ、ああ・・・よろしく」

 少し戸惑う小島。一方、開発スタッフ達は歓声をあげていた。

 「やったぞ! 起動成功だ!」

 「これで大喜びか? ただちょっと歩いて、挨拶しただけじゃないか」

 「そういうことじゃない。はじめてのあんよみたいなもので、親代わりの俺達にとってこんなうれしいことはない」

 「親バカだな。それと・・・まだロボットらしいギクシャクした動きが少し見られるが?」

 「動作プログラムが完全にたちあがるまで時間がかかっているのかもしれない。オートバランサーの調子は大丈夫だから、安心しろ」

 「先行き不安だな。それで、この子はどういう原理で動いているんだ?」

 「内蔵バッテリーで動いている。その寿命が三日ってことだ」

 「なるほど」

 「それじゃあ、うちの娘を頼むぞ、佳樹」

 そう言って、頭を下げる波多野。他の開発スタッフ達も、同じように頭を下げた。

 「お、おいおい、大げさな・・・。だいたい俺はこの子のこと、何にも知らないんだぞ?」

 「お前がこうしてあげれば喜ぶんじゃないかって思うことをしてやればいいんだ。何しろ、お前の理想像なんだからな」

 「小島くんの行くところなら、私はどこでもかまいません」

 「瞳」も波多野に続いて言った。

 「そうなのか?」

 「はい、早く出かけましょう」

 そう言うと、「瞳」は小島の腕に自分の手を絡ませた。

 「!? なんだか、積極的だな・・・。せかしてるみたいだから、しょうがない、行ってくる」

 「くれぐれも壊すような真似をするんじゃないぞ」

 「こっちがバラバラにされないかが心配だ。とにかく、預かるよ」

 開発スタッフに見送られ、小島は「瞳」とともに研究室をあとにした。





 しずかにオペラ楽曲が流れる店内。真っ白なテーブルクロスのかけられたテーブルの上に置かれた彩り豊かな料理を、家族連れや商談を兼ねたビジネスマン、そして恋人達といった様々な人々が楽しんでいる。

 「食事をとるとは、思わなかったよ・・・」

 目の前でパスタをおいしそうに食べる瞳を見て、小島は心の底からそう言った。

 「内臓バッテリーで動くんじゃなかったのか?」

 「補助動力源として、食物もエネルギー変換できるようになっているんです」

 「ふうん・・・」

 そんな機能まであるのか、と、小島は思った。波多野の会社を出てから7時間。彼女は、その間に、小島が知るロボットというものの常識を覆すような行動をとり続けだった。

 (映画見たときも、ゲーセン行ったときも・・・どう見ても人間の女の子だよな・・・)

 デートは星の数ほどしてきたつもりの小島だったが、さすがに相手がロボットではいまいち勝手がわからず、とりあえず映画館やゲームセンターなど、無難と思われる場所を回っていた。瞳はそのどこに行くにしても、喜んでくれた。そればかりではなく、ゲームセンターで得意のリズムアクションゲームをハイスコアでクリアしたときや、映画を見ながら出演している俳優について何気なく自分の知っていることをつぶやいたときなど、尊敬のまなざしと言葉をかけてくれた。プログラムされているからといえばその通りなのだが、およそその様子は、プログラムなどという機械的なもののなせる業とは、小島にはどうしても思えなかった。

 しかし、彼女はただおとなしく小島のいうことに付き従うだけの女ではなかった。例えば、ゲームセンターでは対戦型のシューティングゲームで小島に勝つまでゲームをやめなかった。また、映画館ではラブロマンス映画がいいだろうと思った小島の予想に反し、なぜかホラー映画を見たいと言ったのである。小島はホラーはあまり好きではなかったが、瞳がどうしてもとすがるので、断りきれなかった。思い通りにいかないところにも楽しみがあるということを、本人が理解しているかどうかはわからない。しかし、小島自身はそんな彼女に好感が持てた。

 そんなことをしているうちに夕食時となり、二人は一軒のイタリアンレストランに入った。

 「小島くんは、私が食べ物を食べるのがそんなに意外・・・?」

 我に返ると、瞳が尋ねてきていた。

 「いや・・・そうじゃない」

 「もしかして、ここのお金を気にしてるとか・・・?」

 「それも心配いらない。必要経費として、みんなお前のパパが払ってくれることになってる」

 「お待たせしました」

 ちょうどいいタイミングで、ボーイが大皿に乗った魚のグリルを運んできた。

 (機械だってことは、考えないことにした方がよさそうだ・・・)

 自分が自然につきあうためにも、瞳を傷つけないためにも、そうした方がいい。自分の中でそう割り切ると、小島はナイフとフォークを持った。

 「さ、メインディッシュだ。皿貸してくれ。取り分けてあげる」

 「ありがとう・・・お願いします」

 その様は、普通の恋人同士となんら変わりなかった。





 「さて・・・どうするかな」

 車の中から寮を見ながら、小島が頭をかいた。

 「見たところ、まだ誰も戻ってないみたいだけど・・・」

 「どうしたの?」

 「いや、な・・・。いつかは見つかるとは思うけど・・・それでもあんまり見つかりたくないんだよ・・・」

 親に黙って捨て猫を拾ってきた子どもというのは、こういう心境だろうか。小島はそんなことをしたことはなかったが、なんとなくそんな思いがした。彼は助手席に座る瞳と、寮とを何回か交互に見て、やがて覚悟を決めた。

 「よし・・・! 駐車場に止めたら、ダッシュで俺の部屋に入る。いいな?」

 「はい」

 それを確認すると、小島はゆっくりとアクセルを踏んだ。やがて、彼の車は寮の駐車場に入り、エンジンが止まる。

 「いい? 1、2の3でいくぞ」

 瞳がうなずくのを見ると、小島はカウントを始めた。

 「1、2の、3!」

 ガチャッ!

 勢いよく運転席のドアと助手席のドアが開き、二人は一目散に寮の小島の部屋めがけて走り出した。

 「1階でよかった・・・」

 小島はドアの前で心底そう思った。

 「ねえ、どうしてこんなことを?」

 「いろいろな人がいてね、この寮は・・・。えっと、鍵鍵・・・!」

 小島はポケットを探ったが、なかなか部屋の鍵が見つからない。走り出す前に手に握っておけばよかった。小島がそう後悔していると・・・

 「アーーッ!!」

 「!?」

 背後から大きな声がして、二人が振り返ると・・・

 「小島さんが、女の子連れ込もうとしてるーっ!!」

 ジャージ姿の聡美が、廊下の向こうからこっちを指さして叫んでいた。

 「・・・一番見られたくない奴に・・・」

 小島は頭を抱えた。が、聡美の方は・・・

 「通報してきまーっす!!」

 いかにも嬉しそうな声とともに、自慢の俊足で走り出した。行き先は・・・おそらく、まだ残りの隊員達が詰めている分署だろう。

 「ダァーッ!! またこのパターンかよ!!」

 小島は心底いらだたしそうに叫ぶと、そのあとを追った。おそらく、追いつけはしないだろうが。

 「小島くーんっ! どこに行くの!?」

 「お前はそこで待ってろ!!」

 背後からの瞳の声に、小島はそう答えた。





 「なるほど、言いたいことはわかったよ、小島」

 目の前に立たされている小島、そしてその隣に立っている瞳を見ながら、小隈が言った。席について無言の圧力をかけてくる女性陣の8つの視線が、小島の背中に痛い。

 結局、小島は聡美に追いつくことはできなかった。そして、小島が自室に女性を連れ込もうとしていた事件は、彼女がオフィスにたどり着くことによってたちまちのうちに全員の知るところになったのである。

 男女が同じ寮に住んでいるが、自然の秩序が築かれていたため、決してSMSは風紀面についてそれほど厳密な職場ではなかった。しかしそれでも、女性を部屋に連れ込もうというのは、市民の平和と安全のためにその身を尽くすべき名誉あるSMS隊員として問題のある行為である。こうして、小島と彼が連れ込もうとした女性(瞳)は、SMS第1小隊分署のオフィスに連れてこられたのである。

 「しかし、すごいロボットが作れるんだねえ、今の技術は・・・」

 小隈が瞳を見ながら、感心したように言った。

 あまりにも人間によく似たロボットであったため、最初彼が瞳がロボットだということを説明しても、それは苦し紛れの言い訳としかとられなかった。

 「往生際が悪いよ・・・小島君・・・」

 それでもロボットであると言い張る小島に、亜矢がブードゥー人形を取り出す事態にまで、一時発展した。しかし、あまりにも彼が必死になってそれを主張するため、念のために瞳は亜矢によって調べられた。そこでようやく、小島の言っていることは本当であることがわかったのである。

 しかしロボットとはいえ、人間に限りなく近いロボットを自分の部屋に連れ込もうとしていたことはたしかである。当然それが問題にならないはずがなく、こうしてSMSのオフィス内で、小島の今後の処遇を巡る緊急会議が開かれていた。

 「いくらお金が欲しいっていっても、SMSの隊員がそんな副業まで引き受けますか、普通・・・恥を知りなさい」

 仁木の口調はいつもの冷静さを保っていたが、マイペースな隊長の分もしっかりしなければならない彼女のこと、表情はもちろん険しい。

 「すぐに契約を解除して、返してくるべきです!!」

 「まあまあ仁木、落ち着け」

 「こんな時に、隊長はなんのおとがめもなしと言うんですか!?」

 「そうじゃない。もちろん、女の子を部屋に連れこもうなどとんでもないはなしだ。しかし・・・小島が言うような自衛装置がついているんなら、別に心配する必要はないんじゃないのか? いかがわしい真似をしようとした奴は、そいつが黒コゲになるんだろう?」

 「黒コゲになるかどうかは知りませんが・・・」

 先ほどまで発言を許されていなかった小島が言った。

 「そんな! それじゃあ隊長は、小島隊員がこの子と夜を過ごすことを許すと言うんですか!?」

 「要はベッドの上で夜を明かさなければいいんだろう? ・・・小島」

 「はっ、はい!」

 「今日と明日、夜直を命じる。その子と一緒に、このオフィスで夜間勤務につけ。あとは無断で風紀違反を犯したので、減俸一ヶ月」

 「そんな・・・そういう問題では・・・」

 「一応念のため、他にもう一人ずつ、小島の夜直につきあえ。そうだな・・・今夜は新座、明日の夜は服部。お前達だ」

 「「ええっ!?」」

 その言葉に、思わず声をあげる圭介とひかる。

 「なんで俺達がつきあわなきゃいけないんですか!?」

 声を張り上げる圭介。ひかるがその隣で、やはり不満げな顔をしている。

 「なんでもなにも、今日と明日の夜直は元からお前達だろうが」

 「せっかく休めると思ったのに・・・」

 「夜直から小島の監視に、仕事が変わっただけだ。その代わり・・・お前達の減俸を、早めに解くというのはどうだ?」

 「隊長、めちゃくちゃです・・・」

 呆れたように仁木が言った。一方、圭介とひかるは顔を見合わせる。

 「仕方ありませんね・・・。それなら、了解します」

 「私も」

 「決まったな。とりあえず、隊長として申し渡す処分は以上だ」

 その言葉に、ホッと胸をなで下ろす小島。しかし・・・

 「あとはお前達の好きにしろ、解散」

 小隈はそう言って、オフィスから出ていってしまった。

 「え・・・? あ、あの、隊長・・・?」

 青ざめる小島。そんな彼に、ずんずんと迫る三つの影・・・。

 「隊長はああ言いましたけど・・・私は処分に納得していませんから」

 「フ・・・覚悟してもらおうか、小島君・・・」

 「あたしの場合、なんか失礼なこと言われたような気がするのよねえ、昼間」

 「あ・・・あの、皆さん、落ち着いて・・・」

 恐ろしい顔で迫ってくる仁木、亜矢、聡美に圧倒される小島。

 「圭介君・・・」

 「すまん、ひかる・・・。俺には何もできそうにない・・・」

 お互いに困った表情を浮かべる圭介とひかる。

 「安心しなさい。一度で済ませてあげるから。亜矢さん、お願い」

 「・・・」

 亜矢が取り出したのは、先ほどのブードゥー人形だった。同時に彼女は、針も取り出す。

 「安心したまえ小島君・・・。少しの間・・・魂と肉体を引き離すだけだ・・・」

 「ヒ、ヒィィィィィ・・・」

 もはや小島の運命は決まったかと思われた、その時だった。

 パシッ!

 「!?」

 突如、亜矢の手が何者かによって払われ、ブードゥー人形が宙を舞った。

 「小島くんにいじわるする人は・・・私が許しません!!」

 なんと、彼女たちの前に立ちふさがったのは瞳だった。その可愛い顔が、怒りの形相に燃え上がっている。しかも、目がまぶしい光を放っている。どうやら、例の「カタルシスウェーブ」の発射態勢に入ったようだ。

 「ワーッ! やめろ、やめるんだ瞳!!」

 慌てて小島がそれを止める。

 「でも、この人達小島くんのことを・・・」

 「俺のためを思ってくれるのは感謝する! でも、いくらなんでもやりすぎだ! 頼むからやめてくれ!」

 目を輝かせたまま振り返る瞳にびびりつつ、小島は懸命の説得を行った。それを聞き入れたのか、目の輝きが収まっていく。

 「そう・・・小島君がそういうのなら・・・」

 小島はホッとため息をつくと、仁木達に頭を下げた。

 「勝手にこんなことをしてしまったのは、本当に申し訳ありません!! 瞳は俺が責任を持って面倒を見ます! ですから・・・」

 その言葉に、仁木達はさきほどの恐怖も冷めやらぬまま、顔を見合わせた。

 「え、ええ・・・わかったわ。風紀違反であることは間違いないけど、今回だけは大目に見ます。その代わり、今後このようなことはないように。それと、その子の面倒も・・・」

 「もちろんです!!」

 「・・・それなら、もう帰っていいわよ」

 「はい・・・。ここにいると、迷惑かけそうなんで・・・お先に失礼します・・・」

 小島はそう言って頭を下げると、瞳の腕を引っ張ってオフィスから出ていった。帰り際に瞳がもう一度女性陣に向けた警戒の視線に、彼女たちがたじろいだのは言うまでもない。

 「・・・」

 「どうしたの、亜矢さん?」

 いつもと違う様子の亜矢に、聡美が声をかけた。

 「・・・怖かった・・・」

 そうつぶやいた亜矢の顔は、いつもの無表情だったが青ざめていた。亜矢がこんな顔でこんな台詞を吐いたことに、その場にいた者は本人以外全員またしても驚くことになった。

 「亜矢さんをひるませるなんて・・・俺、今晩無事でいられるかな・・・」

 「怖いです・・・」

 今日、明日と、小島と一緒に彼女と夜を明かすことになっている圭介とひかるは、互いに不安に満ちた視線を向けあった。





 その夜・・・

 シャァァァァァァァァ・・・

 バスルームの中に、シャワーの水音が響く。その中で小島は、その美しさに自慢を持っている茶色い髪についたシャンプーを洗い流していた。

 「っと・・・タオル、タオル・・・」

 彼は手探りでバスタブの縁に置いてあったタオルをとると、髪を拭った。

 「ったく・・・波多野の奴・・・。たしかに俺のためを考えて動いてくれるけど・・・あれじゃやりすぎだ。あとで絶対文句言って、この苦労の分給料水増ししてもらわないと割にあわん」

 そうぶつくさ言いながら、小島がリンスを手に取ろうとした、その時だった。

 カタ・・・

 「!? な、なんだ・・・?」

 背後のドアの向こうで、何か物音がした。それと同時に、誰かが脱衣場で動く気配がする。

 「ま、まさか・・・」

 小島が振り返り、そうつぶやいていると・・・

 ガタッ!

 「小島くん、お背中流します!!」

 バスルームのドアが勢いよく開き、バスタオルを体に巻いてタオルと石鹸を持った瞳が、中に入ってきた。

 「ひっ、瞳!! い、いいって、そんなこと!!」

 慌てて腰にタオルを巻きながら、小島が慌てて拒否する。

 「小島くん、遠慮することはありません! 恋人同士の間柄なら、背中を流すくらい・・・」

 「遠慮じゃなくて、拒否だ!」

 「!! そうですか・・・小島くんは・・・私のことが嫌いなんですね・・・?」

 急に涙目になる瞳。ありきたりな手ではあるが、小島はそれ以上逆らうことはできなかった。別に、これに弱いわけではない。今でこそ涙目攻撃に留まっているが、先ほどの出来事から考えれば、拒否し続ければ強制的になにがなんでも背中を流そうとするだろう。

 「わ、わかったよ・・・お願いしようか」

 「はい」

 コロッと笑顔になって、小島の背中を流し出す瞳。唯一の救いは、その手つきが非常に優しいということだろうか。





 「お背中流してます・・・」

 暗い部屋の中、顔を真っ赤にしたひかるがそうつぶやいた。室内にいる人間は、彼女を含めた4人。その中央にいて、全員が注目している水晶玉の前を前に座って両手をかざしているのは、この部屋の主、亜矢である。

 「最近は調子がよくて・・・よかった・・・」

 亜矢はそうつぶやいた。水晶玉には、小島の背中を流している瞳の姿が映っている。本来ならこのビジョンは亜矢にしか見えないものだが、幸い最近の彼女の調子がよく、彼女の魔力によって増幅されたビジョンは、彼女以外の人間にも見えるようになっていた。

 「でも・・・心配はなさそうね。小島さんも思ってたより、ずっと紳士だったってことかな」

 聡美が言った。その言葉に、仁木も小さくうなずく。

 「いかがわしいことをしようとすれば、自分がひどいめにあう・・・。それを知っているとはいっても、ああして理性を保っていられるなら、たしかに心配はいらないかもしれないわね」

 仁木はそう言いながらも、なんとなく気まずそうに水晶玉から視線をそらした。根が真面目な彼女としては、小島が何か公序良俗に反するようなことをしないかどうか監視するという名目とはいえ、男の入浴シーンをのぞくというのは当然うしろめたいことであるのだろう。亜矢がアングルを調節し、できる限り刺激の少ないアングルからの映像にはなっているが、それでもその光景を見ている彼女たちはどことなく気まずそうであり、ひかるなど顔を真っ赤にしている。

 「・・・もういいわ、亜矢さん」

 その言葉に、亜矢がフッと気をゆるめる。それと同時に水晶玉の映像も消え、彼女は深く息をついた。

 「・・・このあと小島君はお風呂から上がった後着替えて、夜直に入るでしょう。そのあとは新座君が監視をすることになっているから、心配はいらないはず。今日の監視は、とりあえずここまでね」

 「隊員寮風紀維持委員会」の委員長である仁木は、ひかる達にそう言った。

 「隊員寮風紀維持委員会」。それは、今回の事態に対して臨時につくられた委員会である。メンバーは、この部屋の中にいる四人。その行動目的は、小島が瞳に対して公序良俗に反する行為を行わないように監視することとともに、瞳が何かの拍子でとんでもない事態を引き起こすことを未然に防ぐことでもある。

 この委員会は仁木の発案によって、亜矢の部屋を本部として急遽設立された。目的のためとはいえ、小島の私生活をのぞくこと自体が公序良俗に反する行為であり、本末転倒であるという意見もあるかもしれない。しかし現実的に、そんなことも言っていられないのが現状である。どちらかといえば、小島よりも瞳の監視の方が、彼らにとっては重要でさえあった。

 「それじゃあ解散。あと二日、がんばりましょう」

 「はい」

 「はーい! 亜矢さん、おやすみなさーい」

 「おやすみ・・・」

 そんなこんなで、仁木、聡美、ひかるの3人は、亜矢の部屋から出た。





 「あれ? 3人そろって・・・」

 亜矢の部屋から出てきた3人は、なぜかそこに立っていた圭介と鉢合わせした。

 「け、圭介君・・・」

 びっくりしたのは、3人の方だった。

 「何してたんだ、ひかる?」

 「あ・・・ちょっと、亜矢さんに頼み事を・・・」

 「そ、そういう新座君こそ、こんなところで何をしてるの?」

 話題を変えようと、仁木が尋ねる。

 「これから夜直でしょう? どうしてもヒマになりますから、本でも読もうかと思ってたんですけど・・・一冊見つからないのがあるんです。大急ぎで亜矢さんに占ってもらおうかと思って。亜矢さん、まだ起きてますよね?」

 「う、うん・・・。あたし達も、さっきまで亜矢さんに頼み事してたから・・・」

 「それならちょうどよかったですね。夜直はしっかりやりますから、安心して寝て下さい。事件がなければいいですね」

 「そうね。それじゃ、しっかり頼むわよ。おやすみなさい」

 「よろしく頼むね、おやすみ」

 そう言って、仁木と聡美は足早に自分の部屋に戻っていった。

 「? ひかる?」

 なぜかその場にボーっと立ったままのひかるに、圭介は声をかけた。

 「お背中・・・」

 「?? おーい、ひかる・・・聞こえてるかぁ?」

 焦点の定まっていないひかるの目の前で、ひらひらと手を振ってみる圭介。すると、ひかるは「ハッ!」という息を呑む音と共に我に返った。

 「あ! ご、ごめんなさい!」

 「何謝ってんだよ・・・。大丈夫か? もしかして、亜矢さんの部屋で何かあったか?」

 「え!? そ、そんなことありません! 大丈夫、ほんとに大丈夫ですから!」

 「そうか? それならいいんだけど・・・」

 「あの・・・それじゃ、おやすみなさい! 夜直、がんばってくださいね」

 「ああ、おやすみ」

 ひかるはペコリと頭を下げると、風のように去っていった。

 「何なんだ・・・?」

 圭介は首を傾げつつも、亜矢の部屋のドアをノックした。すぐに、ドアが音もなく開く。

 「やあ・・・新座君」

 「ど、どうも。夜遅くすいません・・・」

 「話はだいたい聞かせてもらったよ・・・。入りたまえ。占ってあげるから・・・」

 「どこで聞いてたんです? ・・・まあいいか。それよりも、みんなで集まって何をしてたんですか?」

 圭介のその質問に、亜矢は人差し指を唇にあて、圭介に顔を近づけた。

 「な、なんですか・・・?」

 思わず顔を赤らめる圭介。

 「女同士の秘密に・・・首を突っ込むものじゃ・・・ないよ」

 「は・・・はぁ?」

 圭介のその反応を楽しむように、亜矢は顔を遠ざけて小さく笑った。そして、踵を返して部屋に入る。

 「もうすぐ夜直だろう・・・? 早く済ませよう・・・」

 「あ・・はい!」

 圭介は本来の目的を思い出し、慌てて彼女の部屋に入った。





 その翌日。通報を受けて現場に向かう指揮車の中は、いつもとは違った様子だった。普段ならば移動中の間も、隊員達の間では緊張をほぐす意味も兼ねた会話が行われているはずであった。しかし、今は誰もが気まずそうに黙り込んでいる。原因は、ゲストシートに座っている人物である。

 結局、昨晩の夜直は無事に過ぎ去った。瞳は小島にしか興味がないため、圭介にとってはその場に自分だけしかいないかのように行動していれば、まったく害にならない存在だったのである。まさしく、触らぬ神に祟りなし。もっとも、当の小島は一晩中瞳につきまとわれ、仮眠もろくにとることはできなかった。結局、その晩は何ということもなく過ぎていった。

 しかし、二人にとっては気がかりなことがあった。小島に対する瞳の愛情表現が、どんどん過激なものになっていっている・・・。そんな感じがしたのだった。そしてそれは、翌日に飛び込んできた出動要請のときに、確信へと変わった。

 「第1小隊、出動!!」

 都内のリニアウェイ路線拡張工事現場において、土木作業用の大型ロボット数台が突如暴走、破壊活動を始めた。そんな通報が第1小隊に飛び込んできた。原因は、工事に反対する一部の過激派グループによる一種のサイバー攻撃によるものと推測されている。ロボットの動作プログラムになんらかの細工が施され、起動と同時に暴走を始める仕組みになっていたようだ。さらに悪いことに、そのロボット達は最近海外から輸入されたばかりの、パワーに優れたものだった。過激派グループもそれを知って狙ったのだろうが、現場のロボットや駆けつけた警察のポリスジャケット隊では、これらのロボットの暴走を止めることはできなかった。そこで第1小隊にお呼びがかかり、小隈が出動の号令を発したのだが・・・。

 「私もいきます」

 その場にいた瞳が、そんなことを言い出したのだ。「小島くんが働いているところを見ていたい」と言って強引にオフィスに居座っていたのである。しぶしぶそれを許した第1小隊の面々だったが、さすがに指揮車に同乗させるということまで許すわけにはいかないと、必死で説得を始めた。

 「瞳、いくらなんでもそれはダメだ!!」

 「どうしてダメなんですか? 私は小島くんが働いているかっこいい姿を見てみたいんです」

 「絶対ダメだ! 俺達は危険な仕事をしてるんだ! 指揮車で見ているだけでも、危険なことに代わりはない!!」

 「だったらなおさらです! 小島くんが危ない目にあうようなことになったら、私が助けてあげないと!」

 そういうときのために自分達がいる、と圭介と仁木が説得にあたったが、結局瞳は首を縦には振らなかった。そんなことをしている間にも、時間は過ぎていく。このままではらちがあかないと、結局折れたのは第1小隊の方であった。

 そして今。現場に向かう指揮車の中は、いつにない雰囲気に満ちていた。小隈と聡美は、自分達のうしろにいる瞳の様子が気になってしかたがない。亜矢とひかるも、果たして彼女を乗せたまま無事に任務を果たすことができるのか、心配でならなかった。そして、VJを装着して出動に備える3人。仁木と圭介の間にはさまれ、無言の圧力をかけられている小島は、その間で小さくなっていた。心に一点の曇りもなく楽しげな表情を浮かべているのは、ゲストシートの瞳だけである。

 「現場上空に到着しました。降下に入ります。シートベルトを確認して下さい」

 いつものアナウンスを告げる聡美の声も、いつもより無機質だった。小隈はその言葉にうなずくと、後ろの瞳に振り返って言った。

 「瞳さん、繰り返し言うが、我々の仕事は遊びではない。命の危険性も十分に考えられる、危険な仕事なんだ。本来ならこうして部外者を指揮車に乗せることも十分に危険なことだが・・・現場についたら、どんなことがあってもその席から離れるようなことのないように。小島が危機に陥ったとしても、それを助けるのは仲間である我々の仕事です。そのことを、くれぐれも忘れないように」

 小隈はいつになく厳しい口調で釘をさした。

 「はい、わかってます」

 瞳はそう言ってにっこりと微笑んだ。しかし、本当にわかったのかどうかは、これまでの行動を見る限りとても疑わしい。

 「・・・降下開始」

 小隈はため息をつくと、聡美に言った。





 「なるほど、こりゃあひどい・・・」

 現場にたどり着いた小島は、現場の惨状を見てそう言った。彼らの耳には、今も暴走を続ける3台の大型土木作業用ロボットが、周りにあるものを片っ端から破壊する様々な騒音が響いていた。バラバラにされた鉄骨の山。踏みつぶされた資材輸送用のトラック。横転したクレーン車。そういったものの残骸が、そこかしこに散乱していた。

 「アメリカ、マーチン&マリナーインダストリー社製土木作業用ロボット、「ポール・バニヤン」・・・。間違いないわ。3ヶ月前に発売されたばかりの新型ね・・・」

 目の前で暴走を続ける、やたら腕と脚の太い巨大なロボットからのデータ収集とデータベースに登録されているロボットの情報との照合を終えた仁木が言う。

 「手こずりそうですね、どう攻めます?」

 スタンスティックの動作確認をしながら、圭介が仁木に尋ねた。

 「あれだけ大きければ、それだけ攻めて効果的な部分も多いわよ。具体的には、腰や脚の関節部。あそこにスタンスティックを突き刺してショートさせれば、動きを封じることはできるわ。言うまでもないけど、必ず3人で1台に立ち向かうように」

 「「了解!!」」

 3体のVJがスタンスティックを構え、気合いをいれる。

 「小島くん、がんばってくださいね〜!!」

 小島のVJのヘルメットの中に、あまりにも脳天気な瞳の声が響く。それによって、張りつめた現場の空気が一気にゆるんでしまった。

 「か、勝手に通信に割り込まないで下さい!!」

 慌てる聡美達の声と、なおも小島に声援を送ろうとする瞳の間での騒ぎが全員の通信回線に流れる中、小島は頭を抱えた。

 「て、手早くかたをつけましょうね?」

 「当たり前です!」

 仁木が不機嫌そうに言った。





 ガキィンッ!!

 小島が「ポール・バニヤン」の一台の左足に取りつき、スタンスティックを突き立てる。これで3度目となる。しかし・・・

 ガチャンッ!

 「ポール・バニヤン」は平然と動き回る。さすがに最新型らしく、ジョイント部もかなり頑丈にできているらしく、電流量を最大に設定したスタンスティックをこれだけ突き立ててもまだ動き回るそのタフさ加減には、仁木達もうんざりしていた。

 「副隊長! らちがあきませんよ!!」

 「ポール・バニヤン」の脚から飛び降り、小島が叫ぶ。

 「困ったわね・・・こんなに頑丈とは・・・」

 仁木にとっても、その頑丈さは想像以上だったようだ。ヘルメットの中で顔をしかめる。

 「いや・・・人間の作った機械です。壊せないはずありません」

 その時、圭介が自信のある声で言った。

 「何かいい考えが?」

 「ええ。本当は、こういうことに使う道具じゃないんですけどね・・・」

 そう言って圭介はNIBEQを使って、目的の装備を選択する。

 「ウェッジシューター、アクティブ」

 ガシャッ!

 背中のバックパックからせり出してきた金属製の円筒を、圭介は肩に乗せた。

 「今度ばかりは、こいつをバズーカ代わりに使わなきゃならないみたいです」

 「・・・仕方ないわね・・・。小島君、新座君をフォローします。動きを止めるわよ」

 「了解!!」

 仁木と小島が、「ポール・バニヤン」の1台に向かって走り出す。そして、二人は左右に回り込むと、それぞれ左腕を「ポール・バニヤン」の腕に向けて構えた。

 「アンカー・ショット!」

 「発射!!」

 バシュッ!!

 二人の手首に開いている発射口から、先端に分銅のついたワイヤーが勢いよく発射される。それは、「ポール・バニヤン」の両腕に向かって飛び・・・

 ガチャッ!!

 しっかりと、両腕に巻き付いた。すかさず、二人はワイヤーを右手でしっかりと握る。

 「亜矢さん!」

 「了解。エネルギーを腕部に集中・・・」

 たちまち二人の両腕に力がみなぎる。それによって、「ポール・バニヤン」の両腕はしっかりとワイヤーによって固定され、身動きがとれなくなっていた。

 「今よ、新座君!!」

 しかし、仁木に言われるまでもなく、その時にはすでに圭介はウェッジシューターを担いで走り出していた。彼はそのまま、「ポール・バニヤン」の膝までジャンプした。そして、ウェッジシューターをジョイント部に向ける。

 「打ち込む!」

 「反動に気をつけて下さい!」

 ボンッ!!

 轟音がして、「ポール・バニヤン」の膝部にウェッジシューターの砲弾が打ち込まれる。ウェッジシューターは武器ではないため、そこで爆発はしない。一方、圭介はその反動を利用して空中に飛び上がり、一回転して着地、少し離れた場所まで走っていった。

 「爆破します! 離れて下さい!」

 「ポール・バニヤン」の両腕を拘束したまま、距離をとる仁木と小島。圭介はそれを確認すると、ウェッジシューターについている爆破スイッチをいれた。

 ドガァァァン!!

 「ポール・バニヤン」の右膝が、大きな爆発を起こした。さすがに、コンクリートの分厚い壁も局所的に粉々に破壊するだけの機材である。頑丈であるとはいえ、所詮複雑な機械の詰まった構造的に弱点と言える場所であるため、見事に吹き飛んだ。

 ガシャアアアアアン!!

 爆破によって膝を吹き飛ばされた「ポール・バニヤン」は、派手な音をたててそのまま擱挫した。必死に立ち上がろうとするが、片足を失ったのでは、もはやそれは不可能だ。「ポール・バニヤン」の一台は、こうしてほぼ無力化できた。

 「よっしゃあ!!」

 「ポール・バニヤン」の腕に巻き付いたワイヤーを引き戻しつつ、小島が歓声をあげる。その時だった。

 「小島君、後ろっ!!」

 「えっ!?」

 仁木の大声に振り返った小島の目に、こちらに向かってすさまじい速度で繰り出された「ポール・バニヤン」の太い脚が目に飛び込んできた。

 ドガァッ!!

 「ウワアアアアアアッ!!」

 「ポール・バニヤン」の猛烈なキックにより、小島は激しく吹き飛ばされた。

 「小島君っ!!」

 その場にいる全員が絶叫する。小島は吹き飛ばされた勢いのまま、工事中の橋脚に激しく激突した。

 「新座君!」

 「はいっ!」

 仁木と圭介の二人は、すぐに小島の救助に向かう。その時、ヘルメット内に奇妙な声が入ってきた。

 「あ、こら、待ちなさい! 外へ出ちゃあぶない!!」

 小隈の声だった。なぜか指揮車の中は、混乱しているようだった。

 「?」

 二人は疑問に思いつつ、橋脚の下の小島に駆けつけた。

 「小島さん、大丈夫ですか?」

 「あ、ああ・・・。死ぬかと思ったけど・・・大丈夫だ」

 そう言って、ゆっくりと立ち上がる小島。VJの機能にも、問題はないらしい。が、その時だった。

 ドドドドドドドド!!

 「!?」

 何かが走ってくるような音に、3人は驚いてその方向を見た。見ると、土煙をあげながら、何かがこちらにすさまじい勢いで走ってくる。そしてそれが何であるかは、すぐに3人にもわかった。

 「小島くーーーーーーーーーーーん!!!」

 なんとそれは、瞳だったのである。

 「ええっ!?」

 まさに猪突猛進といった状態で、小島だけを眼中に突進してくる瞳。3人がそんな彼女に唖然としていると、あっというまに彼女は3人のところまでやってきた。

 「小島くん!! 大丈夫大丈夫大丈夫っ!?」

 そう言って小島の肩をガッシとつかみ、すさまじい勢いでゆさぶる瞳。

 「ひひひひひ瞳!! だだだだだ大丈夫だから!! ややややややややめてくれぇぇぇ!!」

 必死に叫ぶ小島。仁木と圭介は、それを止めることができずにいた。一方、やっとその叫びが届いたか、揺さぶるのをやめる瞳。

 「よかったぁ・・・。小島くんに何かあったら、私・・・」

 そう言って、限りなく優しい笑みを浮かべる瞳。普通ならばこちらまでうれしくなること間違いなしだが、先ほどまでの様子を見てしまっていては、唖然とするほかない。しかし、彼女はすぐにその天使のような笑顔を、鬼のような形相に変えて二台の「ポール・バニヤン」をギロリとにらみつけた。

 「あいつらが小島くんを・・・許さない!!」

 「あ、あの・・・瞳・・・頼むから、乱暴なことは・・・」

 瞳が何をしようとしているのかすぐにわかった小島は、おそるおそる説得をしようとする。しかし・・・

 「小島くんにいじわるするなら・・・私がこらしめます!!」

 ダァッッ!!

 それもむなしく、彼女は地を蹴り、弾丸のような速さで「ポール・バニヤン」めがけて突進していった。

 後に仁木が上への報告書のためまとめた、そのあとに起こった出来事の詳細は、次のようなものだったという。

 普通に立っていれば間違いなく可憐な女の子にしか見えない少女が、すさまじい速さで「ポール・バニヤン」めがけて突進した。彼女は一台の「ポール・バニヤン」の足下で一旦止まると、深く腰を落とした。そして次の瞬間、すさまじい強さで地を蹴り、空中へミサイルのように飛び上がった。そのまま彼女は拳を突き出し、その拳は見事に「ポール・バニヤン」の頭に直撃。強烈なアッパーを食らったかのように、「ポール・バニヤン」は仰向けに転倒した。しかし彼女は、それにかまわず次の行動に移っていた。付近に置かれていた鉄骨の山の中から一本を引き抜くと、それを抱えたまま空中へジャンプ。そしてそのまま落下し、鉄骨の先端を「ポール・バニヤン」の首につきたて、てこの原理を利用し、鉄骨を使って「ポール・バニヤン」の首を強引に胴体から引きちぎってしまった。制御中枢を搭載した頭部を失った「ポール・バニヤン」は、そこで活動を停止した。

 一台の「ポール・バニヤン」を倒したのもそこそこに、瞳はもう一台の「ポール・バニヤン」へ飛びかかっていた。彼女は「ポール・バニヤン」の左腕にとりつくと、その細い腕を左腕に回し、力を込めた。すると、大型タンクなみの太さを持つロボットの腕が、肘から先を彼女によってもぎ取られてしまった。瞳はもぎ取った左腕を持ったまま、ジャイアントスイングのように高速で回転を開始。その勢いで左腕をハンマー投げのように投げ飛ばし、それを「ポール・バニヤン」にぶつけた。この攻撃により、やはり「ポール・バニヤン」は転倒。そして瞳は、近くで横転していたクレーン車のクレーン部分をつかむと、力をこめてそのまま持ち上げてしまった。そして、倒れたまま動けない「ポール・バニヤン」の頭部に、車体部分をハンマーのように振り下ろしたのである。これによって頭部はグシャグシャにつぶされ、「ポール・バニヤン」は完全に機能を停止した。

(挿絵:間津井店長さん)


 以上の出来事が始まって終わるまでの所用時間、2分48秒。その間、第1小隊は一人の少女が大型ロボット2台をすさまじい力で叩きつぶしていくという異様な光景を、呆然と眺めているしかなかった。やがて全てが終わり、呆然としている小島達のところに瞳が笑顔で駆け寄り、はしゃいでいるという光景を見ながら、小隈は言った。

 「・・・小島の代わりに、あの子を入れた方がいいかもな・・・」

 「たいちょお・・・」

 あんまりだといった顔で聡美が情けない声をあげたが、そう言った当の小隈も、こんな冗談でも言わなければこの異常極まりない顛末を受け入れることなどできなかったのである。





 「はああ・・・不安です・・・」

 オレンジジュースの入ったグラスを持って、ひかるがためいきをついた。

 「大丈夫だよ。昨日だって、新座君は何事もなかったんだから。ほら、新座君もなんか言ってやりなよ!」

 「ええ? ・・・そ、そうだよひかる。何事もないって。明日になれば、瞳さんはメーカーに送り返されるんだから、もう少しの辛抱だよ」

 聡美に促され、圭介が必死にひかるを励ます。

 ここは聡美の部屋。小島と瞳との夜直を控えたひかるが、昼間の出来事でますますおびえてしまったため、彼女を奮い立たせようと聡美が彼女を自分の部屋に招待したのである。ついでということで圭介も強引に呼び出され、3人は今、飲み物を飲みながら共に過ごしていた。

 「そ、そうでしょうか・・・」

 二人の言葉に、ひかるは少し元気が出てきたようだった。それを見た聡美は、肘で隣の圭介の脇腹を小突いた。

 「? なんですか・・・?」

 聡美は「もう一つ何か言ってやれ」と、目で指示した。圭介はそれに戸惑ったものの、とりあえず、自分なりの言葉をかけてやる。

 「そ、それに、ほら・・・何かあったら、俺が行ってやるから・・・な?」

 少し恥ずかしそうに、やっとといった調子で言う圭介。

 「本当ですか・・・?」

 それを聞いたひかるの顔が輝き、聡美は「それでいい。よく言った」というような満足げな顔をした。

 「でもほんと、困ったもんですよね・・・」

 照れ隠しの目的もあり、圭介が話題を変えた。

 「困ったもんって、何が?」

 「瞳さんに決まってるじゃないですか。どんどん行動がエスカレートしてってますよ・・・」

 「愛ゆえの暴走かもねえ・・・。そう言えば、彼女の性格って小島さんの理想のタイプに設定してあるんじゃないの? だったらああいう子が、小島さんのタイプなんじゃないのかな」

 聡美がのんきに答える。

 「冗談言わないでくださいよ。ああいうとんでもないことばっかりする子がタイプなんて男がいたら、見てみたいぐらいだ。「絶対プログラムが不良品だっ!!」って、小島さんわめいてましたよ」

 「やっぱりそお? でも、自業自得よ。いくら公務員じゃないからっていっても、副業にまで手を伸ばそうとするからこうなるんじゃない」

 「俺もそうは思いますよ。でも、小島さんの自業自得でおさまっているうちはまだいいかもしれませんけど、下手をすると矛先が俺達にも回ってくるってことになると・・・」

 「命に関わるわよねえ・・・」

 昼間の出来事を思い出し、身震いする二人。その時、ふとさっきから黙っているひかるを見ると・・・また先ほどのような不安に満ちた青い顔になってしまっていた。

 「ちょ、ちょっと新座君! 変なこと言ったせいでまたひかるちゃんがおびえちゃったじゃない!」

 「そ、そんなこと言ったって、俺は話題を変えようとしただけで・・・」

 小声で圭介を責める聡美と、うろたえる圭介。聡美はため息をつき、圭介に言った。

 「こうなったら最後の手段ね」

 「最後の手段?」

 「耳貸しなさい」

 そう言って、圭介の耳に何事かささやく聡美。それを聞いて、圭介が弱った顔をした。

 「勘弁して下さいよ、聡美さん・・・。昨日だってろくに眠ってないし、今日だって昼間のことで・・・」

 「男がごしゃごしゃ言わないの! ひかるちゃんが心配じゃないの? 今の彼女なら、ちょっと小島さんがひかるちゃんに目を向けただけでも、ひかるちゃんにジェラシーを抱いたって不思議じゃないわ」

 ひかるには聞こえないように、小声でささやく聡美。圭介はその言葉で覚悟を決めると、ひかるに向き直った。

 「ひかる」

 「はい?」

 「そんなに心配なら・・・俺が夜直につきあうよ」

 「!!」

 その言葉に、ひかるは驚いたような顔をした。

 「そんな・・・圭介君、疲れてるじゃないですか! 今夜はゆっくり休んで下さい」

 「お前のその様子じゃ、そうも言ってられないだろうよ」

 「一緒にいれば、心配いらないでしょう? 遠慮しないでお願いしちゃいなよ、ひかるちゃん」

 聡美もそれを後押しする。ひかるはしばしためらっていたが、やがて、小さな声で

 「お願いできますか・・・?」

 と言った。圭介は、それに無言でうなずいた。聡美は笑顔でそれを見ていたが、やがて、時計を見た。

 「あら、もうこんな時間じゃない。そろそろ行かないと。それじゃあお二人さん、行ってらっしゃい」

 「はい。それじゃ行ってきます。ジュース、ごちそうさまでした」

 「行ってきます」

 笑顔で出ていくひかると、去り際少し恨めしい顔で聡美を見る圭介。そして、部屋には聡美だけが残された。

 「あの二人は心配なさそうね。問題なのは、もう一組のカップル・・・。今夜も何事もなければいいけどね・・・」

 そうつぶやいた聡美の口から、眠気が音となって出てきた。

 「ふあ・・・もう寝よ」

 大きなあくびを一つした聡美は、飲み終わったグラスを片づけ、ベッドへと向かった。





 そして、夜が明けた。

 「なんとか、何事もなく終わりましたね・・・」

 イスに座ったまま大きな伸びをしつつ、圭介が小島に言う。その小島は自分の机の上にだらんとうつぶせになって、顔だけ上げてそれに答えた。

 「・・・疲れた」

 確かにその表情には、疲労が色濃く見て取れた。仕事に支障がでないかどうか、心配になるぐらいである。

 「でも、何事も起こらなくてよかったじゃないですか」

 「そうだな・・・。昨日の昼のことを考えりゃ、もっとおっかないことが起こってても不思議じゃないもんな・・・」

 「小島さん、前から思ってたんですけど・・・」

 「何だ?」

 「人間そっくりとはいっても機械なんですから、夜の間はスイッチを切るとか、そういうことできないんですか?」

 その言葉に、小島はうなずいた。

 「そういうおやすみタイマーみたいな機能がついていれば、こっちも楽なんだけど」

 「ダメですか」

 「昨日波多野に電話して、そのことを聞いてみたんだ。あいつが言うにはな。強制停止はできるにはできるが、それをやるとメモリーがとんじまって、せっかく貯めたデータがパーになるらしい。だから、ダメだとさ」

 「ひどいですねえ・・・」

 「ああ、ひどい話さ。いくら試作型だからって、それはないだろう」

 「そもそも、なんで彼女はあんな性格なんですか?」

 「本当はあいつが俺に瞳を預けるときに言っていたように、俺の理想の女性になるはずだったらしい。しかしだ。あいつの推測によると・・・感情プログラムがそれを無視して、独自の発展を遂げているらしい」

 「独自の発展?」

 「瞳に使われている感情プログラムは、遺伝子プログラムをベースにしたタイプで、あらかじめ与えられた方向性に従って、独自の性格に成長していくものらしい」

 「あらかじめ与えられた方向性って、どんなものなんです?」

 「恋人への愛」

 小島は淡々と答えた。

 「要するに、今のあいつは「恋人を愛する」という方針にしたがって、その行動をエスカレートさせていっている、ということのようだ・・・」

 「・・・聡美さんが言ってましたよ。愛ゆえの暴走かも、って」

 「愛ゆえの暴走、かあ・・・。あいつにしては、詩的で的を得た表現だな」

 「しかし、だとするといよいよ危ないんじゃないですか? このまんまの調子でいくと、彼女ますます・・・」

 「脅かすなよ・・・」

 小島の顔が青ざめる。

 「でも、確かにそうだよな・・・」

 「業者の人、いつ回収に来るんです?」

 「夜の8時にここまでくるそうだ」

 圭介は時計を見た。時刻は、午前8時を回っている。

 「あと半日ですか・・・長いですねえ」

 「ああ・・・とりあえず、けが人だけは出さないように気をつけないと・・・」

 そう言って、小島はドアの方を見た。

 「それにしても・・・あいつら、遅いな・・・」

 あいつら、というのは、この場にいないひかると瞳のことである。少し前、ひかるがコーヒーを沸かすためにキッチンに立とうとしたのだが、例の如く瞳が「小島くんのコーヒーは私がいれます」と強引についていってしまったのである。

 「まさか・・・なんかあったんじゃないだろうな・・・」

 小島が不安になり、立ち上がる。

 「かもしれません・・・けど、もしそうならひかるが悲鳴をあげたりすると思いますけど」

 「すると思いますって・・・薄情な奴だな。そう思ってんなら、そばにいてやれよ」

 「そう思うのは山々ですよ。ただいつもいつも俺がそばにいてやるわけにもいかないし。精神年齢は幼いかもしれませんけど、あいつも一応オトナですからね。そういう状況で甘えっぱなしっていうのも、よくないと思って・・・」

 「・・・お前はひかるちゃんの恋人なのか保護者なのか、わからなくなってきたよ。でも、コーヒーいれるだけでこんなに時間がかかるってのは、やっぱおかしいって。俺、ちょっと見てくるわ」

 「・・・すいません、俺も行きます」

 なんだかんだ言ってやはりひかるのことが心配なのか、圭介もそのあとを追おうとする。と、その時だった。

 プシュー・・・

 「待たせてごめんなさい!」

 元気な声とともに、コーヒーを乗せたお盆を持った瞳が入ってきた。その後ろから、困った顔をしているひかるも入ってくる。

 「遅かったじゃないか」

 「ごめんなさい。コーヒーのいれかた、よくわからなくって・・・」

 そう言って、恥ずかしそうに笑う瞳。お盆の上に乗っている小島と瞳の分のコーヒーは、なぜか普通よりも色が濃くてドロッとしていた。

 「そ、そうか・・・そりゃあ大変だったな・・・」

 ひきつった笑いを浮かべる小島。

 「いれかた教えますって言っても、自分でやるって聞かなかったんです・・・」

 「お前も大変だったな・・・」

 疲れた様子でため息をつくひかるに、同情するように圭介は声をかけた。

 「と、とにかく、とりあえず飲もうぜ」

 「はーい!」

 そう言って、席について朝のコーヒーを楽しもうとする4人。席に歩き出した、その時だった。

 「・・・キャッ!」

 ひかるが突然、悲鳴をあげてよろける。偶然足下に伸びていたコードに、うっかり足をひっかけてしまったのだ。彼女はバランスを崩したまま、よろよろと前に倒れる。

 「! 危ないっ!」

 ポスッ・・・

 その体を抱き留めたのは、ちょうど前にいた小島だった。

 「大丈夫? ひかるちゃん」

 「あ・・・はい、大丈夫です」

 そう言って、すまなそうに笑顔を浮かべるひかる。圭介が、なんとなく複雑な視線を向ける。だが・・・その二人に視線を向けていたのは、彼だけではなかった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・

 そんな地鳴りのような音が聞こえてきそうな恐ろしい威圧感に、3人がその方向を向き、凍りついた。

 「小島くんから・・・」

 そこには、目を光らせながら鬼のような形相を浮かべ、いまだにひかるを抱き留めたままのかたちになっている二人をにらみつける瞳の姿があった。しかも、今にも動き出しそうな様子である。

 「ひかるっ!!」

 今度いち早く動いたのは、圭介の方だった。強引にひかるの手をひっつかんで、自分の方に引き寄せる。そして、その判断は正しかった。

 「・・・離れなさいっ!!」

 彼がひかるをたぐりよせるのと同時に、瞳はひかるのいた場所に猛烈なストレートを繰り出していたのだ。

 ズドォォォォン!!

 彼女はそのままの勢いで突進し、その拳はオフィスの壁に深々とめり込んだ。それを見た3人の顔が、蒼白になる。

 「ひ、瞳っ! やめるんだ! 新座、早く逃げろっ!!」

 「言われなくたって!! ひかる、いくぞ!!」

 「はっ、はいっ!!」

 半ば強引にひかるの腕を引っ張りながら、オフィスから逃げ出そうとする圭介。

 「このおっ!!」  怒りに我を忘れている状態の瞳が、追撃をくらわそうとする。

 ズドォォォォン!!

 再びパンチはそれ、壁にめりこんだ。そしてその間に、二人はオフィスから逃げ出すことに成功していた。

 「瞳!! 落ち着け!! 落ち着くんだ!!」

 瞳の肩につかみかかり、強引に彼女の動きを止めようとする小島。それによって、彼女はようやく動きを止め、小島の方を見た。

 「小島くん・・・」

 安堵の顔で、小島をみつめる瞳。しかし・・・

 「このバカッ!! 二人を殺す気か!?」

 怒りを顔中にあらわし、激しく瞳を責める小島。その様子に、瞳の肩がビクンと震える。

 「こ、小島くん・・・」

 「お前の力で人を本気で殴ったらどうなるか、わかってないのか!?」

 「だ、だって小島くん・・・あの子、小島くんに抱きついて・・・」

 「だからひかるちゃんを殴ろうとしたのか!? そんなことをしたら、死んでいたぞ!!」

 小島は瞳に反論を許さなかった。そして・・・

 「お前みたいな・・・お前みたいな女は・・・大っ嫌いだ!!」

 「!!!」

 小島の口から、決定的な言葉が放たれた。自分を愛する感情がもととはいえ、それによって仲間を傷つけようとした瞳を、許すことができなかったのである。その言葉によって、電撃を浴びたかのように、瞳がショックを受ける。彼女は呆然とした表情で、よろけるように数歩後ずさった。

 「わ・・・私・・・私・・・」

 そして・・・

 「イヤァァァァァァァァァァァーーーーーーーー!!」

 すさまじい悲鳴をあげると、彼女は泣き叫びながら、猛スピードでオフィスから走って出ていってしまった。

 「し、しまった!!」

 小島はすぐに、自分の行動を後悔した。瞳が悪いとはいえ、感情にまかせて後先考えず叫んでしまった。その言葉に傷ついた彼女が自暴自棄となって走り去ってしまったことは、小島には容易に理解できた。小島は自分のしてしまった行動の意味に、激しく頭を振ると急いでその後を追っていった。





 「・・・ここまで逃げれば、大丈夫だよな・・・。ひかる、ケガはないな?」

 分署から出て、少し離れた十字路まで逃げて来た圭介は、後ろを振り返ってそう言った。

 「ハア、ハア・・・ハイ、大丈夫です・・・」

 息をつきながら、ひかるも後ろを振り返って言う。その時だった。

 「あれえ? 朝っぱらから二人してこんなところで手をつないで、何してるの?」

 素っ頓狂な声に、二人は驚いて振り返った。そこには、これから出勤しようとしているらしい、仁木と聡美の二人が立っていた。

 「夜勤の方はどうなったの?」

 「そ、それどころじゃないですよ、副隊長!」

 「瞳さんが、大変なんです!!」

 二人の顔を見た圭介とひかるは、急いで先ほどあったことを知らせようとした。その言葉で、どうやら恐れていた事態が起こってしまったことを察知した二人は、さらに詳しく聞こうと身を乗り出した。その時だった。

 「イヤァァァァァァァァァァーーーーーーーーー!!」

 「!?」

 すさまじい叫び声に、驚いて振り返る4人。その瞬間

 ギュオオオオオオオン!!

 「うわっ!!」

 「きゃあっ!?」

 爆音と共に、何かが彼らの横を通っている道路の上を風のようなスピードで走り去っていった。まさにつむじ風のようで、4人には何が起こったのか、さっぱりわからなかった。

 「け、圭介君、今のって・・・」

 「あ、ああ、もしかしたら・・・」

 悪い予感がする圭介とひかる。そして、それを証明するかのように・・・

 「おーい!! 待ってくれー!!」

 分署の方から、青ざめた顔で小島が走ってきた。

 「・・・岸本さん、隊長と亜矢さんを大急ぎで呼ぶわよ」

 「はい・・・」

 それを見た仁木と聡美も、事態をだいたい把握していた。





 「あーあ・・・みすぼらしくなっちゃったなぁ・・・」

 鈍い光沢を放つ金属の壁が、二ヶ所まるでクレーターのように大きくへこんでいる。それを横目で見ながら、小隈は各種の鍵を保管している箱から一つのキーを取り出した。

 「すいませんでした! もちろん弁償しますから・・・」

 「頭下げる前にさ・・・」

 チャリッ・・・

 頭を下げようとする小島に、小隈は手にしたキーを投げ渡した。それは第1小隊がパトロールに使っている特別仕様の緑色のエアカー、「ウィンディ」のものだった。

 「何するかわかってるよな? 新座じゃないんだから、こういうとき何をするべきかは、お前の方がよくわかってるはずだろ?」

 「・・・はい! 小島佳樹実働員、ウィンディで瞳を捜索します!」

 小島はキーを受け取ると、小隈に敬礼をして出ていった。

 「まずいことになったなぁ・・・」

 小隈が頭をかいていると、圭介が前に進み出た。

 「隊長、俺もファルコンで捜索に出ます」

 「ん、そうしてくれ。普通の女の子ならあいつ一人に追っかけさせた方がいいが、なにしろ一万馬力で目からビームまで出す女の子だ。自暴自棄になって逃げ出したとなれば、ことはあいつだけで片づけられる問題じゃないからな」

 「はい! それじゃ、行ってきます!!」

 続いて、圭介も出ていった。必然的に、オフィス内に残されたのは小隈と女性陣だけになる。小隈は、彼女たちにも声をかけた。

 「お前達は、出動準備を整えておいてくれ」

 「やはり、隊長はよくない事態が起きるとお考えですか?」

 仁木が心配そうな顔で尋ねる。

 「可能性は高いと思うよ。昨日のことを考えればね。怒りだろうが悲しみだろうが、とにかくそういう感情に支配されると暴走するんだよ、彼女。だとすれば、大騒ぎになることは間違いないと思う」

 「・・・私があそこで転んだりしたから・・・」

 ひかるが悲しそうな顔でうつむく。

 「ひかるちゃん、いくらなんでもそれはひかるちゃんのせいじゃないよ」

 「でも・・・」

 「岸本の言うとおりだ。不幸な出来事の積み重ねの結果だよ。その意味じゃ、他の事故と本質は変わらないがな」

 「これは・・・まずいですね・・・」

 彼らの話に加わらず、タロット占いをしていた亜矢が顔を曇らせた。

 「どんな結果だ?」

 「逆位置の「恋人」、それに、正位置の「死神」「塔」・・・」

 亜矢が引いた3枚のカードを、順に指さしていく。二人の男女を描いたカード。大鎌を持った骸骨を描いたカード。そして、雷を受けて崩れる塔のカード。恋人のカードは、逆さに置かれていた。

 「逆位置の恋人は、「別れ」・・・。「死神」は「破局」・・・。「塔」は・・・「災難」や「事故」をあらわします・・・」

 「最悪ってことね・・・」

 頭を抱える仁木に、亜矢は静かにうなずいた。

 「占いでも最悪ってことは、こりゃいよいよだな。出動準備を急げ」

 「了解!!」

 敬礼をして急いでオフィスを出ていく女性陣のあとを、小隈はゆっくりと追った。

 「やだなあ・・・あの子の相手・・・」





 ブォォォォォォ・・・

 「・・・」

 海岸沿いの道を、小島は無言で「ウィンディ」を飛ばしていた。東京湾の上には、彼らの暮らす海上区が見える。その時、「ウィンディ」の通信機が呼び出し音をたてた。

 「小島です」

 「新座です。小島さん、見つかりましたか?」

 「いや・・・。今湾岸地区を探し回ってるが・・・ここにはいないようだな。自暴自棄になったあいつがいるとすれば、大騒ぎになってるはずだ。そっちはどうだ?」

 「国道沿いを新宿方面に走ってます。こっちの方も、変わった様子はありませんね・・・」

 「そうか・・・。俺ももっと都心沿いの方に向かってみる」

 「了解」

 小島はウィンカーのスイッチをいれ、ハンドルを左に切った。

 「新座・・・」

 「何ですか?」

 「悪いな・・・迷惑かけちまって」

 通信機の向こうから、圭介が小さな笑い声をもらすのが聞こえた。

 「なんだよ・・・」

 「いや・・・小島さんが俺にそんなこと言うなんて、ほんっとに珍しいなと思って・・・」

 「・・・人が迷惑かけてること素直に謝ってんだ、お前も素直に受け取れ」

 「そうそう。それでこそ、いつもの小島さんですよ」

 「お前なあ・・・」

 「でも小島さん、別に気にすることないですよ。たしかに小島さんが持ち込んだ騒ぎですけど、こうなったらこうなったで、仕方ないことじゃないですか。俺は今まで何回か小島さんに助けられたこともありますから、文句は言いませんよ。それはきっと、他のみんなも同じです」

 「へっ・・・お前にそんな言葉をかけられるとは、俺も焼きがまわったもんだな・・・」

 「んなこと言いますか。小島さんこそ、好意は素直に受け取るべきじゃないんですか?」

 「素直じゃねえのはお互い様だろ? ・・・だけど、気は楽になった。ありがとな」

 「どういたしまして。早く探しましょう」

 「ああ」

 一旦圭介との通信を切って数分後。再び、通信機が呼び出し音をたてた。

 「小島、新座、応答しろ。小隈だ」

 「隊長、すいません。まだ見つからなくて・・・」

 「そのことについての心配はなくなった。見つかったぞ」

 「!!」

 小島と圭介は、その言葉に驚いた。それと同時に、その言葉の意味も大体見当がついた。

 「・・・暴れてるんですか?」

 「原宿だ。出動準備は整えてあったから、今現場に向かっている最中だ。現地で合流しよう」

 「・・・了解!!」

 短い通信を切り、小島はハンドルをギュッと握りしめた。

 「待ってろ・・・今いく!!」

 ブォォォォォォ!!

 小島がアクセルを踏み込むと共に、「ウィンディ」は勢いよく加速した。





 ドガッ! ガシャァァァァン!!

 振り回された街灯によって、一台のパトカーが吹き飛ばされ、ゴロゴロと横転する。それを見たポリスジャケット隊が、やや後退する。

 彼らが包囲しているのは、一人の少女である。外見はごく普通の少女なのだが、明らかに普通ではないところは、先ほどからそうしているように、道ばたの街灯をもぎとって、それをブンブンと振りかざしているところである。普通の人間に、そんなことはできない。

 「まだ出動できませんか!?」

 「もう少し待って下さい! 実働員が間もなく到着しますから!!」

 待ちきれない様子で叫ぶポリスジャケット隊隊長からの通信に、聡美は必死の様子で答える。彼女たちが乗っている指揮車からも、その凄惨な様子はよく見えた。こちらとしてもすぐに出動したいのだが、VJを装着しているのは仁木のみ。小島と圭介の到着を待たなければ、彼女一人で出動してもどうにもならないだろう。

 「隊長・・・」

 「・・・今は黙って、我慢の子だ」

 目の前の惨状を直視したまま、微動だにせず小隈が言った。

 今も昔も、原宿という街が若者のデートスポットであることには代わりはない。今世紀中頃に相次いだ都市部再開発事業により、今世紀初頭の原宿の姿とはだいぶ様変わりしているが、それでも若者向けの服飾店、喫茶店、アンティークショップ、映画館などの店舗が並んでいるおしゃれな街である。

 しかし、そんな街は今や、目を覆わんばかりの惨状になっている。一人の少女が泣き叫びながら暴れ回ることにより、おしゃれな街並みはさんざんに破壊されていた。砕け散ったショーウィンドウや、なぎ倒された街路樹などが、そこかしこに見て取れる。原宿は、その一部を破壊されつつあった。幸いだったのは、駆けつけたポリスジャケット隊が彼女を包囲したのが比較的早かったため、破壊は今のところ原宿の一区画ですんでいること。そして、時刻はここにある店舗がまだ開店を迎える前であったため、人通りが少ないということ。もし昼間の、幸せそうなカップルが大勢歩いているような状況であったなら、今の彼女ならどんな行動をとるかは、容易に想像がつく。

 「あ・・・隊長、来ました!」

 その時、モニターを見つめていた聡美が声をあげた。コントロールパネルにいくつも表示されているモニターの一つに、通行止めとなっている道路をこちらに向かって走ってくる一台の車とエアバイクの姿が映っていた。

 「いいタイミングだ・・・」

 ほどなくして、車とエアバイクは指揮車の隣に停車し、ドアが開いて小島と圭介が入ってきた。

 「小島佳樹、新座圭介両実働員、ただいま現着しました!!」

 「なんとか手遅れにならないうちに着いたな。見ての通り、今のところは包囲しているが、いつ逃げ出すかわからない。VJは、あとはお前達が着るだけで動ける。急げ」

 「了解!!」





 ガチャガチャガチャガチャ!!

 無人となった原宿の街に、金属の鎧をまとった3人の足音が響き渡る。

 「お待たせしました!!」

 副隊長の仁木がポリスジャケット隊の隊長に敬礼をすると、後ろの小島、圭介も続いた。

 「状況はよろしくないようですが・・・お任せしてよろしいのですか?」

 「はい! 絶対に止めてみせます!!」

 小島が大きく声を張り上げて言った。仁木はそれに振り返ったが、静かにうなずき、隊長に言った。

 「包囲を続けたまま、間隔を広げて下さい。万が一にも私達の手から抜け出そうとしたときは、お願いします」

 「了解しました」

 「東京都特機保安隊第1小隊副隊長、仁木葉子。只今より現場指揮権をお借りいたします」

 「お願いします。全員包囲態勢を崩さず後退!」

 ガチャガチャガチャ・・・

 隊長の指示を受けたポリスジャケット隊が、位置関係は崩さす相互の距離だけを広げて後退していく。

 「副隊長・・・すいません」

 「男の人の気持ちなんて、全部理解できるものじゃないけど・・・これがけじめっていうものなんでしょう? だったら、手伝ってあげるわ」

 仁木はスタンスティックをいつでも引き抜ける状態にすると、居住まいを正した。

 「小島隊員、説得にあたりなさい。それが不可能だった場合は、実力行使もやむを得ません。よろしいですね?」

 「女の体に傷をつけるような趣味は、俺にはありません」

 「当たり前でしょう。私だって、そんな人と一緒に働きたくないわよ。でも、状況が状況だわ。新座君も、いいわね?」

 「万が一小島さんの説得が失敗しても、なんとか傷つけずに済む方法を考えますよ」

 仁木はうなずくと、号令を発した。

 「それでは・・・前進」

 第1小隊は、前進を始めた。





 ガシャアアアアン!!

 瞳が振り回した街灯によって、一台のエアカーがゴロゴロと転がり回る。そしてそれは、彼女に向かって歩いてきた一団の目の前で炎上した。

 「!!」

 瞳は、その一団に気づいた。白、青、赤に染められた装甲服をまとった3人が、こちらに向かって悠然と立っていた。

 「キイイイイイイイイ・・・」

 瞳は先ほどから振り回しているへしおった街灯を構え、彼らに対しても憎悪の視線を向けた。最愛の人から、「大嫌い」という最も聞きたくない言葉を聞いたこと。それは処理不能の膨大な情報量となって彼女のCPUを埋め尽くし、他の一切の論理的思考を不可能にした。そしてそれはまた、理性的な判断をも不可能にさせ、制御不能となった彼女は、思考回路に様々なノイズの走った結果として起こった破壊衝動によってのみ、現在動いていた。

 「瞳・・・」

 変わり果てた様子の瞳を、小島は悲しい目で見つめた。彼が一人でやや先行し、その少し後ろに仁木と圭介がいつでもフォローできる体勢で控えている。第1小隊はそんな陣形で、瞳に対し接近を試みていた。

 「ウガアアアアアア!!」

 その時、瞳が街灯を振り回し、小島に襲いかかろうと恐ろしい叫びをあげた。

 「くっ・・・やめろ、瞳!!」

 「!!?」

 ピタッ・・・

 小島が叫ぶと同時に、瞳の動きがピタリと止まった。ほぼ正常な機能を失っていたコンピュータの中の、数少ない正常に機能している部分が、今の音声データを分析する。そして、そのデータは彼女の最愛の人としてインプットされている男の音声データとぴったりと一致した。

 「小島・・・くん・・・?」

 呆然とした様子で、瞳がつぶやく。

 「そうだ、俺だ・・・。瞳、すまない・・・あんなこと言ってしまって・・・」

 小島は瞳の説得を開始した。第1小隊は、そのゆくえを固唾を呑んで見守る。

 「小島くん・・・」

 「あのときは、お前のやったことが許せなくて・・・カッとなって、あんなこと言っちまった。でも、冷静になってみると・・・言い過ぎだった。まさかあの言葉で、お前がこんなことするほど傷つくなんて、思ってもみなかったから・・・」

 「・・・」

 瞳は小島の言葉に聞き入っているようだった。

 「聞いてくれてるみたいですね・・・」

 「・・・」

 ヘルメットの下で圭介は、やは表情をゆるめた。しかし、仁木は緊迫した表情を崩さずに、その光景を見つめている。そんな中、小島は説得を続けていた。

 「・・・いくら頭に血がのぼったからって、あんな言葉をお前にぶつけたのは、本当にひどかったと思ってる」

 「・・・」

 「だから・・・こんなことはやめて、元の瞳に戻ってくれないか?」

 そう言って、小島が一歩足を進め、彼女に近づこうとした、その時だった。

 「!! イ・・・イヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 それを見た瞳が、再びすさまじい悲鳴をあげ、頭をかきむしった。

 「ひ、瞳っ!!」

 その様子に、小島はうろたえた。同時に後ろに控える仁木と圭介に、再び緊張が走った。

 「何が起こったっていうんだ!?」

 だが、圭介のその言葉に答える者はなく、それどころか瞳は再び街灯を拾い上げ、大きく振りかざした。

 「!! いけないっ! 小島君、下がって!!」

 しかし、仁木のその言葉が発せられたと同時に、瞳は街灯を振り回していた。

 ドガァッ!!

 「ウワアアアッ!!」

 大きな鉄の柱の直撃を受け、小島は吹き飛ばされた。

 「小島君!!」

 「小島さん!!」

 すぐさま仁木と圭介は、破壊された喫茶店の中に吹き飛ばされていた小島のもとに駆け寄った。

 「大丈夫!?」

 小島はなんとか、ガレキの中から半身を起こした。

 「え、ええ・・・。でも・・・どうして・・・」

 先ほどまでジッと言葉に耳を傾けていた彼女が、いきなりこんなことをしたことに、小島はショックを隠しきれなかった。

 「彼女を機械として見るなら・・・たぶん、記憶が輻輳している状態だと思います。ちょっとした行動でも、過去のいろいろな記憶が蘇ってしまうんでしょう。そして・・・今の瞳さんの記憶の中で、一番鮮烈なものは・・・」

 「俺の、あの言葉か・・・?」

 小島の言葉に、圭介は黙ってうなずいた。

 「本人も、正常な思考ができなくなっているんです。小島さんと会ったことで、それがさらに進んだんじゃ・・・」

 瞳は廃墟の中で、頭をかきむしりながらもがいていた。正常な情報処理が行われず、それが非常な苦痛として知覚されているのだろう。

 「くそっ、こんなことって・・・!」

 小島は立ち上がると、彼女に向かって走っていった。

 「あっ、小島さん!!」

 「待ちなさい! 迂闊に近づくのは危険よ!!」

 二人が止めたが、それは遅いことだった。

 「瞳!! しっかりしろ!!」

 そう叫んだ小島の声に、瞳がハッと我に返る。しかし・・・

 「イヤァァァァァァァァァ!! 来ないでぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 ガシッ!!

 彼女は錯乱に陥りながら、近くに放置されていたエアカーの残骸をつかみあげると

 ブンッ!!

 小島に向かって、力一杯投げ飛ばした。

 グシャアッ!!

 「グウッ!!」

 それにつぶされ、うめき声をあげる小島。急いで二人が駆け寄り、残骸の中から小島を助け出し、安全な距離へと運ぶ。

 「小島さん、大丈夫ですか!?」

 「あ、ああ・・・。すまない・・・。嫌われたもんだな・・・」

 「逆効果なのかしら・・・」

 「小島さんの声を聞くと、辛いことを思い出してしまうんでしょうね・・・」

 黙り込む3人。やがて、決意を固めたように仁木が立ち上がった。

 「・・・新座君、いくわよ」

 「副隊長・・・」

 「残念ながら、説得は難しいと判断するしかないでしょう。実力行使に踏み切ります。異論はありますか、小島隊員?」

 その言葉に、小島はうつむいた。

 「私としても、彼女に傷をつけたくはありません。できる限り、手荒な手段は避けます。・・・それでは、行きます。新座君」

 「はい・・・」

 「・・・」

 小島をその場に残し、二人は出ていった。





 瞳は相変わらず頭をかかえたまま、その場でもがいている。二人はそれを見つめながら、対策を考えていた。

 「定石通りの手が有効だと思います。つまり、動きを止めてから一撃を加える・・・」

 右腕にマルチブラスターのノズルを装着しながら、圭介が言った。仁木も、それにうなずく。

 「リキッドポリマーを足下に噴射して動きを止め、そこにスタンスティックでショートさせる・・・。瞬間的な電流をピンポイントに絞って流せば、ショックも少ないはず・・・」

 そう言いながら仁木は、スタンスティックを引き抜いた。あまり必要以上のショックを与えないよう、電流量を調整する。

 「圭介君、あまり痛い目に遭わせないで下さいね・・・」

 「期待していますよ・・・副隊長・・・」  ひかると亜矢の励ましの言葉が、VJのヘルメットの中に響いた。

 「安心しろ。俺だって、できれば手を上げたくはない」

 「問題は、彼女がジッとしていてくれるかということね・・・」

 二人は互いにうなずきあうと、物陰からゆっくりと歩き出した。

 「ひかる、エネルギー配分を腕部に集中しておいてくれ」

 「はい」

 圭介はそれを確認すると、右腕下に取り付けられたノズルを、いつでも噴射可能にした。

 「それじゃあ副隊長・・・先に行きます」

 「気をつけてね」

 ダッ!!

 一気にダッシュをかける圭介。

 「!! 来ないでぇぇぇ!!」

 ブンッ!!

 それに気づいた瞳が、今度はコンクリートの塊を投げてくる。

 「たあああああっ!!」

 バコッ!!

 圭介はそれに向かって拳を繰り出し、粉々に粉砕した。すかさず立ち止まり、マルチブラスターのノズルを構える。

 「リキッドポリマー、噴射!!」

 ブシャアアアアアアアアアアアア!!

 「!?」

 圭介の右腕に装着されたノズルから、白い液体が噴出される。それは瞳の足下に付着し、またたくまに乾燥して石膏のように固まる。圭介は仁木に続くように声を出そうと振り返ったが、その必要はなかった。

 スタンスティックを構え、すでに仁木はこちらに向かって走り出していた。ものの数秒で彼女は圭介の脇を通り過ぎ、スタンスティックの電流によって彼女をショートさせ、状況終了・・・そのはずだった。

 「ガアアアアアッ!!」

 バキッ!!

 「「!?」」

 仁木と圭介は、目の前で起こった信じられない出来事に目を見張った。なんと、瞳はすさまじい叫びをあげて足に力をこめ、リキッドポリマーによって地面と接着させられていた足を地面から強引に引き剥がしたのだった。リキッドポリマーの接着性を知る彼にとって、それは信じがたい光景だった。

 「クッ! ヤアアッ!!」

 その光景に驚きつつも、仁木の切り替えは早かった。すでに相手は目前にいる。彼女が強引にリキッドポリマーの拘束から逃れたとしても、やるべきことにかわりはない。彼女は気合いとともに、スタンスティックを振るった。だが・・・

 バシッ!!

 「!?」

 高速で瞳の手が振るわれ、仁木の手を払った。そのすさまじさに、スタンスティックは彼女の手から離れ、宙を舞った。

 「ガアアッ!!」

 ドガァッ!!

 彼女の反撃は、それに留まらなかった。続いてやはり高速で掌底を突き出し、仁木のVJを突き飛ばしたのである。

 「キャアッ!!」

 悲鳴をあげ、吹き飛ばされる仁木。それらの出来事は、あっというまに起こった。

 「副隊長!!」

 「VJ−1、胸部ユニットにダメージ18%・・・。実働員、負傷なし」

 「副隊長! 大丈夫ですか!?」

 「わ、私は大丈夫・・・それよりも・・・」

 「新座、攻撃を引き継げ」

 小隈からの指示を受けた圭介は、それに従う。すぐさまスタンスティックを引き抜き、瞳に対して挑みかかった。

 「タアアッ!!」

 しかし・・・

 「キイイッ!!」

 ガシッ!!

 「うわっ・・・!?」

 スタンスティックを突き出した右腕は、瞳によってガシリとつかまれた。そしてそのまま、彼女は圭介を一本背負いのように投げた。

 ズゥン!!

 「グゥッ!!」

 地面にたたきつけられる圭介。しかし、瞳の攻撃はそこで終わらなかった。

 ドガッ!!

 「ウワアッ!!」

 たたきつけた圭介をそのまま引き上げ、近くのブティックの建物に激突させる。

 「イヤ・・・誰も・・・私に近づかないで・・・」

 またたくまに二体のVJを排除した瞳は、頭をかかえたままそうつぶやき、もがき苦しんでいた。





 「隊長、このままでは・・・」

 一万馬力のパワーを振るい、瞬く間に第1小隊を排除した瞳の力に、聡美の顔がこわばっていた。

 「・・・銃器の使用も、やむなし・・・か」

 小隈は重く言った。仁木と圭介のVJのダメージは、まだ低い。任務の継続は十分可能であるが、接近戦を仕掛ければ、先ほどのような損害を受けるのは目に見えている。マルチリボルバーを用いた攻撃も、こうなってはやむを得ない。小隈がそう判断した、その時だった。

 「待って下さい!!」

 小島の声が、全員の耳に入った。

 「まだ完全に無理だと決まった訳じゃありません! 説得を続けさせて下さい!」

 「小島・・・しかし、今の彼女は・・・」

 「考えがあります・・・。けじめは、俺の手でつけさせて下さい・・・」

 小島がそう言った直後だった。

 ピピピピピピピピ!!

 亜矢のバイザーの中に、警告音が響く。

 「! 小島君・・・一体何を・・・?」

 ディスプレイに投影される表示を見て彼が何をしているのかを知り、さすがの亜矢も信じられない様子でつぶやいた。「HEAD PARTS JOINT OFF」。それは、小島がVJのヘルメットを脱ぎ捨てたことを意味していた。





 「・・・フゥ・・・」

 ヘルメットをとった小島の顔に、8月のぬるんだ空気が当たる。

 「小島さん! 何してるんですか!?」

 「危険よ! 任務中にヘルメットをとるなんて! すぐに再装着しなさい!!」

 小島の様子を知った仁木と圭介の叫びが聞こえてきたが、小島はそれに対して答えた。

 「考えてみれば、素顔も見せずに説得しようなんて、失礼な話じゃないですか・・・」

 「そんな・・・」

 一方、指揮車の中では亜矢が、小島のVJの機能強制停止プロセスのセットアップを終了していた。「BATTERY CUT?」。その文字の下に表示されている「YES」の表示にカーソルを重ね、亜矢は隊長の指示を仰いだ。

 「隊長・・・準備完了です」

 「・・・」

 小隈は目を閉じ、考えにふけっていたが、やがて答えた。

 「いや・・・好きにやらせてやれ」

 その言葉に、小島と小隈をのぞく全員が驚いた。

 「隊長・・・しかし、このままでは小島君が・・・」

 「彼女は自分から攻撃するようなことはしない。すまないが、仁木、新座・・・何かあった場合は、フォローを頼む」

 「・・・了解しました」

 亜矢はカーソルを「NO」の上に持っていき、決定した。再び画面が通常の管制モードに切り替わる。小隈はうなずくと、亜矢とひかるに指示を出した。

 「VJ−1、VJ−3のマルチリボルバーの安全装置を解除しろ」

 「了解。VJ−1、セーフティー・オフ」

 「VJ−3、セーフティー・オフ」

 射撃可能となったマルチリボルバーを、仁木と圭介は静かに引き抜き、いつでも撃てる体勢をとった。

 「失敗した場合は、すぐに離脱しろ。その場合は、彼女に射撃を加えることになる。残念だが、与えられるチャンスは一度だ。いいな?」

 「・・・もう、心に傷を負ってるんです。体にまで傷を負わせることはありません。必ず、止めてみせます」

 決意のこもった言葉で答え、小島はゆっくりと足を進め始めた。





 「・・・瞳」

 彼女との距離が30mほどのところで小島は立ち止まり、声をかけた。もがき苦しんでいた瞳の肩がビクンと震え、再び彼女は顔を上げて、小島を見た。

 「小島・・・くん・・・」

 彼女のカメラに、頭だけVJをとった小島の顔が映る。それによって、輻輳していた思考の状態が、一時的に平静を取り戻す。

 「瞳・・・お前が俺を嫌いというのなら、それでもかまわない」

 瞳が話を聞ける状態に安定したことを確認し、小島は再び説得を始めた。

 「だけど・・・こんなことはよしてくれ。周りを見てみろ。覚えてるだろう・・・?」

 小島の言葉に、瞳は自ら廃墟と化した原宿の街並みを見回した。そして、彼女の目はその破壊された店舗の中の一つに止まった。

 「!!」

 「そうだ・・・。おととい、俺とお前が晩飯を食べた場所だ」

 小島の言葉通り、それはおととい、小島と瞳が夕食を食べたイタリアンレストランだった。おしゃれだった店は見る影もなく崩れ落ち、倒れた看板だけがそこがその店であったことを思い起こさせた。

 「あ・・・ああ・・・」

 「俺は、あのとき楽しかった。お前もあの時は・・・本当に嬉しそうにしてたじゃないか。そんな思い出のある場所を・・・どうしてこんなふうに壊そうとするんだ」

 小島の言葉によって少しずつ理性を取り戻してきた瞳は、周囲の状況を理解できるようになっていった。冷静さを取り戻してみれば・・・廃墟と化した街並みは、どれもたしかに見覚えのある場所だった。二日前、小島とデートを楽しんだ街並み・・・。

 「私・・・私・・・」

 それに気がついた瞳は、再び頭を抱えて苦しみ始めた。

 「あれじゃあ、また悪化するだけじゃ・・・」

 小島を止めようとする圭介だったが、それを仁木が制止した。

 「見ていなさい・・・」

 圭介は無言でうなずき、もとの体勢に戻った。

 「・・・」

 ジャリ・・・

 一方、小島はゆっくりと、足を進め始めた。

 「!! こ・・・来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 それに気がついた瞳が再びパニックとなり、近くにあったコンクリートの塊を小島に投げつけた。

 「小島さん!!」

 「・・・」

 スッ・・・

 しかし、小島は手を前にかざしただけだった。

 ドガッ!!

 それにぶつかったコンクリートが、粉々に砕け散る。しかし、その破片はヘルメットを装着していない小島の素顔に、容赦なくぶつかってきた。

 「・・・」

 少し大きな破片が額に当たり、そこから血が流れ出る。しかし、小島は平然と歩み続けた。

 「!! そんな・・・!!」

 そんな小島の様子に、瞳は我に返った様子でおびえた目で小島を見つめた。

 「拒むなら拒め。俺を殺すなら殺せ。この街を壊すように、俺を殺すことで辛い思い出を消したいのなら、俺はそれでもかまわない」

 「!!」

 瞳の頭の中で、様々な思考が入り交じっていた。

 壊スコトデ、コノ辛イ記憶ヲ消セルノ?

 NO。 例エ街ヲ壊シテモ、思イ出ハ消セナイ。

 殺スコトデ、アノ人ガ私ニカケタ辛イ言葉ハ消エルノ?

 NO。 コノ人ガイナクナッタラ、私ハ最愛ノ人ヲ失ウ。

 ソレナラ、私ガシテイルコトハ、一体ナニ? 何故私ハ、コンナコトヲシテイルノ?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 私、ヒドイコトヲシテイル・・・

 「・・・」

 呆然とした様子で立ちつくす瞳に、小島は一歩一歩近づいていく。

 アノ人ハ、何故私ニ近ヅイテクルノ? 私ハ、コンナニヒドイコトヲシテイルノニ・・・。

 アノ人ハ、私ノコトガ大嫌イナハズ。

 デモ、ソレナラナゼ、アノ人ハ私ノトコロニ来テクレルノ?

 「なぜ・・・なぜ、私のところに来るの・・・?」

 瞳は近づいてくる小島に言った。

 「お前が、苦しんでいるからだ」

 小島は平然と言って、なおも瞳に近づく。

 「私のことが・・・大嫌いじゃないの?」

 「・・・好きな相手じゃなきゃ、ここまでしようとは思わない」

 「!!」

 好キ? アノ人ガ私ニ、好キト言ッテクレタ?

 アノ人ハ、私ヲ愛シテクレルノ? 

 デモ、私ハ・・・

 「でも、私は・・・こんなひどいことを・・・」

 「感情を抑えきれなくなることは、誰にだってある。お前にあんなことを言ったのも、その一つだけどな・・・」

 小島はそう言うと、恥ずかしそうに笑顔を浮かべた。

 「俺のためにしたことがもとでこうなったんだ。俺はもう怒らない。だから・・・戻ってきてくれないか?」

 小島は、すでに彼女の目の前に立っていた。腕を大きく広げてみせる。

 アノ人ハ、私ヲ受ケ入レテクレルノ? 私ヲ許シテクレルノ?

 私ハ、アノ人ノ胸ニ飛ビ込ンデイイノ?

 「遠慮せずに来いよ。一万馬力だろうがなんだろうが、ドンと受け止めてやるから」

 そう言って、小島は満面の笑みを浮かべた。

 私ハ、アノ人ノ胸ニ飛ビ込ンデイイノ?

 ・・・YES。 アノ人ハ、私ヲ受ケ止メテクレル!

 「・・・小島・・・くんっ!!」

 ガバッ!!

 瞳は、ごく普通の少女がそうするのと同じように、これ以上ないくらいに顔をほころばせ、小島に抱きついた。

 「ありがとう・・・。ごめんな、ひどいこと言って・・・」

 「私こそ・・・ごめんなさい。こんなひどいことをしてしまって・・・」

 「わかってくれれば、それでいいんだ・・・」

 抱擁をかわしながら、二人は互いに謝りの言葉を発した。

 「瞳、顔をあげて」

 「・・・?」

 小島の言葉に、瞳は言うとおりに顔を上げた。

 スッ・・・

 その直後、小島は瞳の額に、唇を重ねていた。

 「あ・・・!」

 驚きに、瞳が目を大きく開いた。膨大な情報が、彼女のCPUに流れ込んでくる。それは、人間にとって「幸福感」として認識されるものと、全く同じだった。そして・・・

 「・・・」

 瞳はゆっくりと目を閉じ・・・動かなくなった。

 「・・・瞳・・・?」

 その様子に心配になった小島が、声をかける。

 「心配ありません。CPUのブレーカーが落ちただけです」

 「詩的じゃないわね、新座君。オーバーな言い方だけど・・・嬉しさの余り気を失ったっていうほうが、ずっとふさわしいんじゃないかしら?」

 「それもそうですね」

 小島の姿を見ながら、仁木と圭介はマルチリボルバーをしまっていた。

 「キスのおかげで眠りにつく・・・。おとぎ話とは逆ね」

 「今日はずいぶんロマンチストですね、副隊長」

 「失礼ね、新座君。好きな相手と一緒にいる時間を邪魔されるのは、誰だってイヤじゃないの」

 「・・・失礼しました」

 「・・・仁木より指揮車へ。状況終了。小島隊員が瞳さんを回収次第、そちらに戻ります」

 「了解。全員、よく頑張ってくれた。ご苦労」

 指揮車への報告を終えた二人の目に、瞳を優しく抱きかかえた小島がやってくるのが見えた。





 照明がほとんど消された、暗い室内。部屋の中はかなり広く、コンピュータを始めとする様々な機械が置かれているが、それらは全て動きを止めている。室内に灯っている雄いつの灯りは、円筒形のカプセルを照らすライトのみ。そのカプセルの前には二人の男が立ち、カプセルの中にいる立ったまま眠っているような少女に目を向けていた。

 「すまないな、こんなことになってしまって・・・」

 「お前のせいじゃない。欠陥があったのは、プログラムなんだ。モニターがお前でなくても、いつかはこういうことは起きていただろう」

 視線を少女に注いだまま、小島と波多野は静かに言葉をかわしていた。事件が終わったその夜。二人は誰もいない研究室で、瞳を前に話をしていた。

 「むしろお前には、この子を止めてくれたことを感謝している。暴走の知らせを聞いたときは、壊されてしまうことも覚悟した。破壊された店舗の復旧の費用は、全てうちの会社で出す。他の会社で商品が暴走したときと同じ対処だが・・・せめてもの償いとして、それぐらいはさせてくれ。お前に迷惑はかけさせない」

 「ああ・・・。俺の給料じゃ、払うまで何十年かかるかわからないからな。それは遠慮なく頼もうか・・・」

 そこで、小島は波多野の顔を見た。

 「お前はどうなる? こんなことになってしまっては・・・」

 「・・・タダじゃすまないだろうな。よくて左遷、たぶんクビかもな。なんにしても、責任は全部俺がかぶる」

 そう言って、波多野は笑った。小島はすまなそうな顔をする。

 「せっかく、いい仕事につけたのにな・・・」

 「仕方ない。会社にも世間にも、迷惑をかけたんだ。責任をとるのは当たり前さ。俺達ゃ、大人なんだから」

 「どうするつもりだ、これから?」

 「元の仕事に戻るなりなんなり、好きなことをして暮らしていくさ。ありがたいことに、俺みたいな男でもなんとか自分にあった仕事をやっていける時代だ。身の振り方は、いくらでもあるよ。それより・・・」

 波多野は、カプセルの中にたたずむ瞳を見つめた。

 「お前には、この子がどうなるのかが気になるんじゃないか?」

 「・・・」

 小島は黙ってうなずいた。

 「処分は決まっている。これから記者会見があるんだが、その時に発表される。お前には先に教えよう。いいか?」

 「ああ」

 波多野はそれを確認すると、ゆっくりと口を開いた。

 「・・・プロジェクトは無期延期。感情プログラムは凍結。ボディ本体は今回の件の反省を取り入れた改良を加えた上で、別計画の試作機に回される」

 「そうか・・・」

 小島は静かに言った。想像していたものと、大体同じだった。

 「お前にとってはどうあれ、社会にとっては迷惑者という扱いだ。許してくれ」

 「・・・この子だけを、特別扱いにするわけにはいかないからな・・・」

 小島の表情、口調は冷静なものだったが、その裏には何かを耐えているような雰囲気があった。

 「辛いのは、お前も同じだろう?」

 「ああ・・・。ずっとこの子の「心」を作ることに、かかりっきりだったからな。絶対に、本物の「心」と同じものを作ってやる。そう心に決めて、やっとできたと思ったのに・・・」

 波多野は悲しそうに、瞳を見つめた。

 「やはり・・・完全な「心」を作るのは・・・無理なのかな」

 「・・・そう捨て鉢になるもんじゃないぜ。思っていたよりも、この子はずっと人間に近かった。俺にロボットであることを忘れさせるくらいに・・・」

 元気づけるように、小島はやや微笑んだ。

 「勉強になったよ。女はやっぱり難しい。だけど、魅力的だ。オーバーだったが、この子は本当に俺のことを考え、俺を思ってくれた。もしかしたら、本物の女以上に女らしかったのかもしれない」

 「・・・」

 「あんまり気を落とすな。これだけのことができたんだ。次はもっと本物に近い「心」を作ることができるさ」

 「・・・人が機械を愛することに、抵抗はなくなったのか?」

 その言葉に、小島は軽く上を向いた。

 「体は、魂の器に過ぎない・・・」

 「なんだそりゃ?」

 「同僚の女の子の受け売りだよ。古代エジプト人の考え方らしいがな。エジプト人は肉体と霊魂とを別物として考えていたらしい。そして死後の復活に備えて、その時戻る肉体を用意するために、遺体をミイラにして保存していたってわけだ」

 「それとこれと、何の関係がある?」

 「大事なのは魂・・・心の方ってことさ。人の心さえ持ち合わせていれば、体が生身だろうと機械だろうと、人間としてつきあっていくことができる。そう思ったんだ」

 「それじゃあ、考え方は変わったんだな?」

 「便利なものや妙なものが次々に生まれて、価値観がめまぐるしく変わっていく時代だ。機械相手に恋をするっていうのも、そのうち当たり前になるのかもな。本当にすごいものには、人の心をそういうふうに変える力だってある。がんばれよ」

 そう言って、小島は片方の手を差し出した。

 「俺の仕事を、初めて認めてくれたな」

 「悔しいがな」

 苦笑する小島の手を、波多野はがっしりと握った。その時、研究室のドアが開いた。

 「主任、記者会見の時間が、そろそろ・・・」

 「ああわかった。先に行っててくれ」

 顔を出した研究員に、波多野はそう答えた。

 「それじゃあ、行ってくる」

 「がんばれよ、この子のためにも」

 「ああ!」

 そう言って、二人は再び、瞳を見つめた。

 「それじゃあ・・・俺もそろそろ帰ろうかな」

 「ああ・・・別れのキスとかは、いいのか?」

 「・・・いらないな。今のこの子じゃ、キスをしても笑ってはくれない。それに、もう済ませたからな」

 「相変わらず、手の早い奴だ」

 「それが自慢だよ」

 二人は、研究室の出口に向かって歩いていった。

 「今なら、マスコミは会見場や正門の方に回ってる。そっちに行けば従業員専用の出入り口に出られるから、そこから出ろ。マスコミにつかまらず出ていける」

 「ありがとな。それじゃあ、また・・・」

 「ああ・・・」

 波多野は軽く手を振ると、会見場となっている会議室に歩み去っていった。

 「・・・」

 小島は振り向き、もう一度カプセルの中の少女に目を向けた。

 「また会おうな、いつか・・・」

 小島はそれだけ言うと、振り返ることなく、研究室を静かに後にした。





 「ハア・・・」

 従業員用の出入り口から外へ出て、小島は一つため息をついた。波多野が言ったとおり、マスコミはみな表の方へ流れていっているようで、裏口のここには人気がない。小島が広い道路へと歩き出そうとした、その時だった。

 パッ

 後ろから、自動車のヘッドライトらしき光が、小島を照らした。小島が振り返ると、背後からゆっくりと、一台のブリティッシュグリーンのエアカーがやってくるのが見えた。

 「あれ・・・?」

 小島が訝しげに思っていると、車は彼の横に来て止まった。やはり彼の思ったとおり、車体のドアには「SMS」のロゴが入っている。「ウィンディ」だった。彼が見ていると、助手席のドアが開いた。

 「よ」

 助手席から顔を出した小隈は、小島にそう声をかけた。車の中を覗いてみると、運転席には圭介が座り、こちらに笑みを浮かべている。さらに、後部座席にも誰かが座っているようだった。

 「どうしてここが・・・」

 「表はマスコミでうるさいからな。出るならこっちからだと思ったんだよ」

 「パトロール中じゃないんですか?」

 「もう1ブロック回ったら終わりだ。飯、まだなんだろう? 帰りに寄ってくから、一緒に行かんか?」

 小島はそれにうなずくと、後部座席のドアを開けて、中に入った。

 「あれ!?」

 「よお。ご一緒させてもらうぜ」

 後部座席の先客は、楢崎であった。

 「なんでおやっさんが・・・? 奥さんは?」

 「アメリカに里帰り。お父さんの誕生パーティーだ。俺も行きたかったが、さすがに仕事休むわけにはいかないからな。というわけで、今日明日は独り身だ。夕飯につきあわせてもらうぞ」

 「それはいいですけど・・・一体どこに?」

 「お前らがよく行くっていうラーメン屋だ。ずっと一緒に働いてるが、まだ行ったことがないからな。やっと連れてってもらえるわ」

 「すいませんねえ、おやっさん」

 小隈が楢崎に謝った。

 「しゃあねえわな。ここ10年くらい、一人で飯食うようなことはなかったからな」

 「愛妻家ですもんねえ、おやっさん」

 「ん? ま、まあな。ワハハハハ」

 いつもだったら圭介がこんなことを言ったら怒鳴りつける楢崎ではあるが、妻・ヘレンに向ける愛情が並大抵のものではないことは自ら認めるところなので、このときばかりは素直に認めて高笑いした。

 「それにしても、副隊長達はどうしてるんです?」

 「相談しましてね。男性陣はラーメン、女性陣は聡美さんの発案でうなぎ食いに行くってことになりました」

 圭介の答えに、小島はため息をついた。

 「なんだよ、それじゃあ俺も向こうの方がよかったな・・・」

 「けっ・・・なんだ小島。お前、あんな目にあったっていうのに、まだ女に懲りちゃいねえのか?」

 「奥さん一筋のおやっさんにはわからないでしょうね。いろんな女性と出会うことの楽しさってやつは。お酒と同じで、例え悪酔いしてひどい目にあっても、こればっかりはやめられるもんじゃありませんよ」

 「青二才のくせに、なに言ってやがる。小島よぉ・・・たまには野郎同士で飯を囲むっていうのもいいもんだぜ。ましてやお前、失恋したらしいじゃねえか?」

 「失恋・・・。まぁ、たしかにそう言えるかもしれませんけど」

 「そういうときは、話を聞いてやるのが男としての務めだ。それともなにか? 俺と一緒に飯を食うのは嫌だってのか?」

 「い、いえ! 喜んでご一緒させてもらいます!」

 恐縮したように叫ぶ小島。車内は笑いに包まれた。そして、光り輝く大都会の中を、ブリティッシュグリーンのエアカーは滑るように走り抜けていった。




関連用語

・ロボ子

 てんとうむしコミックス第2巻「ロボ子が愛してる」に登場したロボット。外見は可愛い女の子そのままの姿をしたロボットで、静香ちゃんたちに無下にされながらもさりげなく笑うのび太の辛い心中を察したドラえもんが未来から連れてきた。

 未来ではレンタルされているものらしく、のび太だけを好きになるように設定されていた。そのため、どんなことでものび太を誉め、のび太を手伝う。しかし、その度合いが強すぎる傾向があり、のび太を守ろうとするあまり、ひがんで石を投げてきたジャイアンとスネ夫を百万馬力のパワーでたたきのめすなど、外見と行動とのギャップがすさまじい。また、大変に嫉妬深い性格で、仲直りに来た静香ちゃんはおろか、のび太が可愛がる子犬にまでジェラシーを燃やすほど。最後は、のび太を叱ろうとしたママに襲いかかろうとしたので、慌ててドラえもんが未来に返した。

 本作中に登場するロボ子(瞳)は、性格はほぼ原作通り。しかし、恋人用ロボットという設定のため、姿は十代の可愛い女の子という、原作のロボ子よりも成長した姿となっている。また、百万馬力という設定はいくらなんでも、という思いがしたので、パワーはずっと抑えて一万馬力という設定。


次回予告

 聡美「あー、3500円のうな重、おいしかった・・・え!? もう
   始まってるの!? さ、さぁ〜って、次回の「Predawn」は〜っ♪」

 小隈「小隈です」

 聡美「きょ、今日は隊長ですか・・・」

 小隈「やっと出番回ってきたよ・・・。それはそうと、タイミング遅れたな、岸本」

 聡美「グフ! 不覚! そ、それじゃあ隊長、近況報告お願いします」

 小隈「まあいいか。そうだな、これといったことはなし。朝起きて、
   ランニングして、出勤して、現場に出かけて解決して、ラムネ飲んで、
   帰ってきたら風呂入って寝る。こんなところかな」

 聡美「た、隊長! なんですかそれ! やる気あるんですか!?」

 小隈「しょうがないでしょ。独身の中年男の生活には、あんまり華やぎがないのよ」

 聡美「トホホ・・・身も蓋もない・・・もういいです。次回のタイトル、お願いします」

 小隈「はいはい。「仁木 コスタリカ一人旅」、「小島 うなじに刺さる、手裏剣が」、「岸本 渡る世間は日本海」の3本です」

 聡美「なんじゃそりゃああああ!! ほ、ほんとは「第6話 水晶の夜」! 
   たいちょお! まじめにやってください!!・・・って、なんでいないのぉ!? 
   あーもーいやあああああ!!」(錯乱してあんパン忘れてる)


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