グォーン・・・ゴン

 重々しい機械のうなり声とともに、その大きな扉は開いた。その途端、扉の前に立っていた3人の目に、飛行機の格納庫のように広いその空間の様子が入ってきた。それとともに、彼らはその空間の中へと足を踏み入れた。

 「この前の仕事を頼んでからずいぶんになるが・・・二人とも、調子はどうかな?」

 一人の初老の男が、後ろからついてくる若い二人の男女にそう言った。横分けにしている髪はもちろん、口髭までが白く、薄いサングラスをかけている。

 「愚問だな」

 灰色の髪の若い男は、丸いレンズの赤いサングラスを少し上げながらそう言った。

 「あたしたちは年がら年中絶好調! そうじゃなかったら、どっかの荒れ地で野ざらしになってるわよ」

 その隣の金髪の少女が、無邪気な笑みを浮かべながらそう言った。

 「そういう奴らを、俺達は数え切れないほど見てきた」

 補足するように、赤いサングラスの男が言い足す。

 「なるほど・・・それもそうだな」

 そう言って、白髪の紳士は小さく言った。

 「そんなことより、俺達が見たいのは・・・」

 「ああ、わかってる。そこで整備をしているのがあれだ」

 無数の巨大機械が置いてある中を歩いてきた彼らは、作業服を着た男達が取り囲んでいる一角へとやってきた。

 「どうだ、アルフ?」

 彼はその中の、白衣を着た男に話しかけた。技術者らしいが、髪を五厘刈りにしているところは全くそう見えない。

 「これは総裁。失礼しました」

 そう言うと、白衣の男は「総裁」に恭しく頭を下げた。

 「顔は知っていると思うが、今度も彼らが君の作品を使うことになる」

 そう言って、「総裁」は男女を指で示した。

 「ああ、あなた方でしたか。あのときはおかげで、いいデータがとれましたよ」

 「相変わらず、データ収集にしか興味がないようだな・・・」

 「そんなんで、人生楽しい?」

 失礼なことを言う少女。

 「楽しいですとも。もちろんね」

 「それより、整備の方は・・・?」

 「もちろん、いつでも出せるようにしてあります。ご覧下さい」

 そう言って、白衣の男は部下達にスペースを開けるように指示した。それによって、彼らに隠れていたものが、姿を現した。

 「なるほど・・・」

 「よさそうじゃない。ちょっと無骨だけど・・・」

 それを見た男女は、満足げな表情を浮かべた。

 「やってくれるかな? 「ワイルド・メアー」、それに、「ワイリー・コヨーテ」」

 それを見た「総裁」も、彼らに笑顔で尋ねた。

 「またご厄介になろうか・・・」

 赤いサングラスの男が差し出した左手を、「総裁」は握り返した。




第6話

〜September〜

水晶の夜

前編


 2087年の夏は、例年に比べて多少は涼しかった。猛暑も一段落した9月、気象庁は今年の夏について、そのようなコメントを発表した。

 しかし、多少涼しかろうがなんだろうが、夏が暑いことには変わりない。いくら科学技術の発達した現代とはいえ、夏の暑さを根本的に何とかするような技術は、いまだ開発されていなかったのである。クーラーの利いた建物に入り浸ったり、アイスやスイカをかじったり、ビールやコーラなどをガバガバと飲んだりといった人々の夏の過ごし方は、昔も今も変わっていなかった。

 ところが。8月が過ぎても、なかなか暑さはひかなかった。気象庁はもう一つ、今年は残暑が長引くだろうとの発表も行ったのである。この知らせに多くの人達が、がっくりと肩を落としたものである。





 だが、首都圏からは離れた東京・奥多摩。その日そこには、そんな暑さにもめげず、逆にさらなる暑さを発散しているような人々がいた。





 ギュインッ!

 ガシンッ!!

 雲一つなく冴え渡った青空に、機械の駆動音と金属同士がぶつかり合う音が響く。

 「そこまでっ!!」

 凛々しい女性の声が響き渡る。青い空の下の地面には、砂煙が舞い上がっており、その中に黄色いVJにスタンスティックを突き立てられて押さえ込まれている緑色のVJの姿があった。その声を聞くと双方動きをとめ、やがてゆっくりと、お互いに離れて向かい合う。

 「第8回戦 勝者、第2小隊 須羽光義! 双方、礼!」

 「「ありがとうございました!」」

 剣道の試合後のように、互いに頭を下げあう二体のVJ。

 「さすが、副隊長対決。白熱したね」

 白いテントの下、小隈が隣に座っている二人に話しかけた。

 「残念ですね、健闘したんですけど・・・。気にしないように言っておかないと・・・」

 少し深刻そうな様子で言う、メガネをかけた男。彼の名前は木戸瑛一。東京都SMSの中でも、もっとも若くして第3小隊の隊長となった人物である。

 「うちは今のところ、4勝1敗・・・次の最終戦で、結果が出るわね」

 不敵な様子で微笑む、栗色のショートカットの女性。彼女の名前は星野葵。3人の小隊長の中で、唯一の女性隊長である。

 「そういうことになるね。今のところ、第2小隊とは五分と五分・・・。あとは新座に任せるしかないな」

 その時、先ほどの試合を終えた二人が、テントへとやってきた。

 「すいません、隊長・・・。副隊長として、情けないですよ・・・」

 残念そうにそう言う緑のVJ・・・第3小隊副隊長、三葉健二を、木戸は優しく肩を叩いた。

 「気にすることはない。負けたくなかったのはわかるけど、頑張ったよ、三葉」

 一方、黄色いVJ・・・第2小隊副隊長、須羽光義の方はやや嬉しそうな声で星野と話していた。

 「やりました、隊長」

 「がんばったわね、須羽君。これで1勝1敗」

 星野の方も、笑顔で彼の健闘をたたえた。

 「さて・・・星野さん。そろそろ次の試合、いってみない?」

 「そうね。それじゃあ・・・」

 そう言うと、星野はマイクを手に取った。

 「続いて最終戦、第9試合を開始します。第1小隊・新座圭介隊員、第2小隊・浪平健隊員は、準備を行って下さい」





 小隊対抗模擬戦大会。第2、第3小隊が発足した年、小隊同士のコミュニケーション、各小隊の模擬戦による自らの実力の客観的な評価の機会として、小隈の提案により始められた、3月と9月に行われるSMSにとっての一大イベントである。

 この大会はアメリカ陸軍伝統の基地対抗フットボールトーナメントと同じようなもので、普段は協力して困難な事件・事故の解決に取り組んでいる各小隊も、競争心をむき出しにしてしのぎを削る。賞品は出ないが、模擬戦とはいえ三つの小隊のうちでもっともいい成績を残したという事実は、どの小隊にとっても魅力的なものである。

 模擬戦のルールは、次のようなものである。試合は全部で9試合。どの隊員も、別の小隊の隊員各一人ずつ、合計二人を相手に戦う。ただし、副隊長に限っては対戦相手は自分達以外の小隊の副隊長ということで、かならず別小隊の副隊長と当たることになる。実際に模擬戦で使える武器は、VJの固定武装であるスタンスティックにペイント弾仕様のマルチリボルバー、アンカーショット、それに、マルチブラスターである。これら限定された武器と自らの知力と技術を思う存分発揮して勝利を目指す。それが、この模擬戦大会なのである。





 「よーし、運び込め」

 楢崎の号令とともに、整備員達によって指揮車の車内に真紅のVJが台車に乗せられて運び込まれる。圭介はそれを、緊張した面もちで見つめている。

 「幸か不幸か・・・」

 そう言って、楢崎は口を開いた。

 「さっきあっさりやられたおかげで、ムダに蓄積したダメージはない。おかげで修理もすぐに終わったし、分署を出たときとほとんど変わらない状態、パーフェクトだ。あとはお前次第だぞ」

 「相変わらず、ハッキリ言ってくれますね」

 圭介は苦笑した。先ほどの試合で、圭介は元自衛隊レンジャー部隊出身の第3小隊島田薫隊員と対戦し、その格闘技術の前にあっさりと負けてしまったのである。圭介にとっては悔しくてこのうえなかったが、おかげでVJは、それほど傷を負うこともなかったのである。

 「とにかく・・・ありがとうございました」

 「オウ。頑張れよ」

 「期待してるからな」

 「これ以上ひかるちゃんにふがいないところ見せてみろ? ただじゃすまさねえぞ」

 そんな捨てぜりふを残しながら、整備員達は去っていった。

 「勝手なこと言ってくれるな・・・」

 そう言いながら、圭介はため息をついた。

 「そう緊張しないでよ。リラックスリラックス」

 「その通りね。さっきの試合も、動きの硬さが目立ったわ」

 聡美と仁木がアドバイスをする。

 「そうは言っても・・・焦りもするし、緊張もしますって・・・」

 「ま、気持ちは分かるよ。まだ1勝してないの、お前だけだもんな」

 「小島君・・・それは、余計なことだよ・・・」

 亜矢が小島をたしなめる。小島の言葉通り、すでに仁木は二勝、小島は一勝をあげている。

 「でも、小島さんが勝てるとは思わなかったなぁ。まぐれとはいっても」

 聡美がからかう。

 「う、うるせぇ! 運だって実力のうちだよ! そりゃあ、正々堂々戦って勝利を収めたかったけどな・・・」

 聡美の言葉通り、小島が二戦目で対戦した春日梨恵隊員のVJは、試合中に突然システムエラーを起こし停止。小島は不戦勝となったのである。

 「・・・」

 圭介は無言で座っていたイスから立ち上がると、ジャケットを装着し始める。その真剣な様子に、仲間達も口を閉じて見守った。

 プシュッ・・・

 最後に、ヘルメットが頭部に装着される。NIBEQの起動画面が表示された後、デュアルカメラ越しに車内の様子が網膜投影ディスプレイに投影される。圭介は動きを確認するように、腕や指を曲げたり、体をひねったりしてみる。

 「ひかる。動きの方は良好だ。システムの方はどうだ?」

 「大丈夫です、圭介君。異常ありません」

 ひかるの明るい声が、ヘルメットの中に響いた。

 「・・・」

 それを聞いて、黙り込む圭介。彼は通信回線をひかるとの間に限定、外に漏れないようにした。

 「・・・どうしたんですか?」

 「ごめんな、ひかる・・・。情けないとこ見せちゃって・・・」

 圭介の言葉を聞いたひかるは、首を振った。

 「そんなことありません、圭介君。一生懸命やったじゃないですか」

 「・・・今の試合は、それだけでもよかったかもしれない。でも、次の試合はそうはいかない・・・。それだけじゃあんまりにも情けないし、しっかりやってくれているお前に申し訳ないからな・・・」

 そう言うと、圭介は一歩を踏み出した。

 「次は勝つ。約束だ。だから・・・」

 「わかってます。しっかりサポートを・・・ですね?」

 「ああ」

 そう言うと、圭介はうなずいた。

 「それじゃ、いくぞ」

 「頑張って下さい!」

 圭介は、後ろに立つ仲間達に振り返り、敬礼をした。

 「新座圭介実働員、いきます!」

 そう言って、指揮車から出ていく圭介。

 「がんばってよー!!」

 「ひかるちゃんに、勝利のプレゼントだ! 忘れるなよ!」

 その背中に、小島と聡美がエールを送る。

 「・・・ふっきれた・・・みたいですね」

 「あれならたぶん、いけるんじゃないかしら」

 それを見ながら、亜矢と仁木が話していた。





 試合会場とはいっても、奥多摩にある警察機動隊のジャケット研修校のグラウンドを借りた試合会場。舗装などはされてなく、砂の地面の上に、遮蔽物としてドラム缶やコンクリートブロックの壁などがちらほらと置かれている。

 そんな中、グラウンドのほぼ中央に二体のVJが向かい合って立っていた。一体は、真紅のVJ。圭介である。そしてもう一体、ライトグリーンのVJは、圭介と同じく今年第2小隊に配属されたばかりの新人、浪平健隊員のものである。

 「ひかる・・・準備はいいな?」

 「いつでも大丈夫です」

 圭介が最後の確認をする。

 「さっきは負けてましたけど、新座さんは強い。気を引き締めますよ」

 「勝てば優勝だからね! がんばってよ、健!」

 健のヘルメットの中に、管制員のリーナ・ストリーム隊員の声が響く。どちらも闘志をみなぎらせる二人の間に、一迅の風が吹いた。隊員達はもちろん、整備のために同行している整備班達も、試合の開始を固唾を飲んで待つ。

 「双方、礼!」

 星野の号令で、頭を下げる二人。そして、二人が姿勢を戻し・・・

 「はじめっ!!」

 試合は始まった。

 ガシャッ! ガシャッ!

 その途端、どちらもスタンスティックを引き抜き、構える。

 「タアアアッ!」

 ガキィィィィィン!!

 スタンスティック同士がぶつかる、激しい音が響く。どちらも譲り合わぬまま、しのぎを削る二人。と、その時

 ガチャッ!

 健が、右手をマルチリボルバーに伸ばした。

 「!」

 ドガッ!

 圭介はそれを察知すると、一旦体を引いて、健に猛烈なタックルを食らわせた。

 「グッ!」

 それを受けて倒れ込む健。しかし、マルチリボルバーは手放さなかった。起きあがりざまに、連続して引き金を引く。

 ベシャッ! ベシャッ! ベシャッ!

 しかし、そのときには圭介はコンクリートの塀の向こうへ退避を完了しており、発射されたペイント弾は塀に黒いシミを作ったのみに留まった。

 「サンキュー、ひかる。とっさに瞬発力最重視に設定してくれたおかげだ」

 「ありがとうございます。でも、これからどうするんですか?」

 「決まってる。反撃開始だ」

 その言葉通り、圭介は壁にもたれながら反撃の準備を始めた。一方

 「どうするの、健?」

 「とりあえず、近づいてみます。ただ新座さんにも反撃の絶好のチャンスだから、いつでも逃げられるように瞬発力を最重視に」

 「用心深いわねえ」

 健もマルチリボルバーを構えながら、慎重に塀へと近づいていく。と、その時だった。

 バッ!!

 「!!」

 突如塀の向こうから、赤い影が飛び出した。そして・・・

 ブシャアアアアアアアア!!

 圭介のVJは、空中からマルチブラスターのリキッドポリマーを健にお見舞いした。

 「クッ!!」

 なんとかそれをかわす健。白い液体は虚しく地面に降りかかり、見る間にコンクリートのように固まっていった。しかし、その間にも圭介は着地し、健めがけて地面を蹴っていた。

 「もらった!」

 そのままマルチリボルバーを抜いて左手で持ち、構えようとする圭介。しかし・・・

 「アンカーショット!」

 ボシュッ! ガキンッ!

 「!」

 健が放ったアンカーショットが、圭介のマルチリボルバーにからみついた。

 「ちっ・・・」

 それを後目に、健は左手首から伸びたワイヤーを左手で引っ張りながら、右手のマルチリボルバーを圭介に向けた。

 「この勝負、いただきます!」

 だが、圭介はヘルメットの中で微笑を浮かべた。

 「ノズル口径、最小・・・!」

 圭介がそうつぶやいた、次の瞬間だった。

 ブシュウウウウウウウウ!!

 右手にとりつけられたマルチブラスターのノズルから、極細の水流がほとばしる。

 スパッ!!

 「!?」

 なんと、圭介はそれを使ってワイヤーを切断してしまった。ノズルの直径をギリギリまで狭めて放水された細い高圧の水流が、ウォータージェットと同じ役割を果たしたのだ。これには健も驚き、引っ張っていたワイヤーが切れたこともあり、後ろによろける。圭介は、それを見逃さなかった。

 「水圧最大! 放水開始!!」

 ブシャアアアアアアアアアアア!!

 圭介の構えたマルチブラスターから、大量の水が鉄砲水のように健へと襲いかかった。

 「ウワアアアアアアッ!?」

 それに吹き飛ばされ、地面に倒れこむ健。それに対して、圭介はスタンスティックを構えて突進した。

 ガキッ!

 バチッ!

 圭介は倒れた健にスタンスティックを突き立てた。

 「そこまで!!」

 サイレンの音とともに、星野の声が響く。それを聞いた圭介は、スタンスティックをしまった。

 「や、やりました! 圭介君、勝ったんですね?」

 「ああ、そうだ・・・。感謝するよ、ひかる。お前のサポートもあったればこそだ」

 圭介は落ち着いた声で話そうとしたが、どうしても嬉しさが声に出た。だが、すぐに顔を引き締め、倒れた健に手をさしのべる。

 「いい試合でしたよ、浪平さん」

 「いやはやハハハ・・・完敗ですね。マルチブラスターをあそこまで自由に使うこなすなんて・・・」

 「前は消防士やってましたから、銃なんかよりあれの方が使いやすいんです」

 圭介は健を助け起こすと、始まった時と同じように、間を置いて向かい合った。

 「第9回戦 勝者、第1小隊 新座圭介! 双方、礼!」

 「「ありがとうございました!!」」

 礼をする二体のVJ。それをきっかけに、見守っていたギャラリーから拍手が起こった。

 「ああよかった。勝ってくれたよ」

 小隈が胸をなで下ろす。  「今回は、私と小隈さんのところの同時優勝か・・・。一戦目だとわからなかったけど、スゴイのね、彼・・・」

 感心したように、星野が言った。

 「そりゃあそうですよ。なんたって、俺の部下なんですから」

 自慢げにそう言う小隈を、星野は半ば呆れた顔で見つめた。





 第2小隊と同率とはいえ、優勝は優勝。その夜、第1小隊の分署では、優勝に喜ぶひかるが張り切り、その調理技術の全てをそそぎ込むような豪華かつ大量の料理を作り上げ、隊員及び整備班にふるまった。余談だが、この時のひかるのエプロン姿と、和食担当として手伝っていた亜矢の割烹着姿は整備班数名によって写真に収められ、彼らの間で高値で取り引きされたという(のちに楢崎によって発覚。没収され、全部本人に返却された)。





 一方、同日の深夜・・・東京から遠く離れた北の地、函館近郊において、一つの事件が幕を開けようとしていた。





 夜の道路。国道でも高速道路でもないその道路は、普段は深夜ともなると交通量もほとんどなく、静かなものである。だが、その日の夜は違っていた。十数台の道警のパトカーが、サイレンをけたたましく鳴らし、回転灯を光らせながら、猛スピードで突っ走っていたのである。

 「逃走中の犯人へ告ぐ! いますぐスピードを落とし、車を片側に落として停車しなさい!」

 先頭を行くパトカーのスピーカーから、停止を勧告する声が発せられる。しかし、彼らの前方をやはり猛スピードで走っている灰色のエアカーは、その声にも応じることなくスピードをゆるめない。

 「やはり難しいかな」

 マイクを口から遠ざけ、助手席に座っている警部補が言う。

 「あれだけのことをしでかした奴らですよ。このぐらいでおとなしく捕まるような奴らは、最初からあんな大胆なことはしないと思いますけど」

 運転している巡査部長は、正直に自分の思っていることを口にした。

 「とはいえ、このままいつまでも追いかけっこをしててもらちがあかない。連中を諦めさせる、決定打があればいいんだが・・・」

 警部補がそう言った、その時だった。

 「移動303。こちら本部。応答下さい」

 警察無線が声を発した。

 「こちら移動303。どうぞ」

 「そちらの現在位置から5km先、国道との合流地点に検問の設置を完了しました」

 「了解しました。感謝します」

 そう言うと、警部補はスイッチを切った。

 「決定打ができたみたいだ」

 警部補はそう言って巡査部長に笑いかけると、再びマイクをとった。

 「前方を逃走中の犯人に告ぐ。ここから先に検問所の設置を完了した。逃げ道はない。おとなしく停車して、投降しなさい。繰り返す・・・」





 その声は、灰色のエアカーの中の運転手にも伝わっていた。

 「ど、どうすんだよ!? 逃げ道なくなっちまったじゃねえか!」

 「んなこと、てめえに言われなくてもわかってる!」

 車内の二人は、その勧告に大慌てとなっていた。

 「後ろに警察、前に検問・・・このまんまじゃ、どっちにしたって捕まるぜ!」

 「そういうわけにいくかよ! 俺達ゃ絶対に、この金をボスのところに届けなきゃならねぇんだぞ!?」

 そう言って助手席の男は、後部座席を振り返った。そこには、札束をがいくつも口からのぞいているボストンバッグがいくつも置かれている。

 彼らが追われている理由。それが、これであった。彼らはある犯罪組織の下級構成員、ようするに下っ端なのだが、彼らはボスに命じられ、ある命令を実行した。その命令とは、函館市内にある銀行のうち、三つの銀行の連続強盗。非常に無謀な計画と言えたが、もちろんノーと言えるわけはない。彼らは支給された警備会社用のジャケットとロシア製の自動小銃を装備し、指令を実行に移した。

 実際にやってみると、思ったよりもうまく計画は進行。手際よく現金を回収しながら、彼らは三つの銀行から一億円近い現金の強奪に成功した。

 ・・・と、ここまではよかったのだが、さすがに三つも銀行を襲撃しておいて、タダで済むはずがない。三つ目の銀行を襲撃し、帰路につこうとしたまさにその時、通報を受けたパトカー隊が来襲。彼らは慌ててジャケットを脱ぎ捨て、自動小銃で威嚇しながら逃走を開始したのである。

 そして、現在に至るのだが・・・。

 「なぁ、銃も弾切れちゃったし、降参しようぜ! たしかに罪は重いかもしれねえけど、悪あがきするよりはマシだろ!?」

 「んなことが許されると思うか!? それに、ボスだって言ってただろう! 当然警察が追っかけてくるだろうから、その時のために助っ人を用意しておくって!」

 弱気になっている相棒に、助手席の男はそう言った。

 たしかに、出発前にボスはそんなことを言っていた。警察に追いかけられた場合、助っ人を派遣して彼らの脱出を助ける、と。

 「正義の味方でもやってきて、俺達を助けてくれんのか!? んなことあるわけないじゃねえか! 例えそんな奴らがいたとしても、俺達みたいな下っ端助けるのに、そんな奴らを呼んでくれるもんかよ!」

 「バカ野郎! ボスの命令は絶対なんだぞ!? なんにしたって、サツに捕まるなんてのは許されねえんだ!」

 二人がそう言ってもめているとき、ふと、バックミラーに目がいった。

 「!? おっ、おい! いつのまに・・・!」

 彼らが口論になって運転に集中できなかったためか、パトカー隊はすぐ後ろにまで迫っていた。

 「も、もうダメだ・・・」

 運転席の男が、ガタガタと震え始めた時だった。

 ギィィィィィィィィィィィィィィン!!

 すさまじい爆音が、彼らの耳に入ってきた。と、次の瞬間

 ガガガガガガガガガガガガガガ!!

 機関銃の発射音のような音がしたかと思うと

 ドガドガドガァァァァァァァァン!!

 追いかけてきていたパトカーのうち、先頭を走っていた数台が爆発炎上。後続の車も、火だるまになった車へ次々に玉突き衝突を起こしていった。

 「ヒ、ヒィィィィィィィィ!!」

 「な、なにが起こったんだぁ!?」

 突然の事態に、わけもわからない男達。

 ギィィィィィィィィィィィィィィン!!

 またあの爆音がした。それと同時に、闇の中を鳥のような何かが、一筋の炎を引いて彼らの頭上を飛び越えていった。

 「あ、あれは・・・」

 目が離せない男達。と、それは彼らのはるか前方で着陸し、こちらに向かって両手を向けた。

 「な、なんだありゃあ!?」

 運転席の男が叫び声をあげる。一言で言えばそれは、「鋼鉄でできた鳥人」だった。

 「・・・まて・・・見たこともないけど、ありゃあどうやら、ジャケットみたいだぞ」

 幾分冷静な助手席の男が、よくその姿を見て言った。なるほど、たしかに人間が作ったものであり、関節部などジャケットのまさにそれだ。

 「おい、止まれ!」

 「ほ、本気かよ!? あんな奴の前で止まったりしたら・・・」

 「向こうが止まれって合図してるんだ。止まらなかったら、そっちの方がヤバイだろ!」

 助手席の男は強くそう言った。しかたなく、車を止める運転席の男。

 「・・・」

 二人が見守る中、車が止まるのを確認した鳥人のようなジャケットは、こちらへとゆっくりと近づいてきた。

 「こ、こっちへ来るぞ」

 「いいからおとなしくしてろ」

 やがて、その鳥人は彼らの車の横へとやって来て、運転席の窓をノックした。

 「あ、開けてやれ・・・」

 おそるおそる、窓を開ける男。鋼鉄の鳥人は、その窓から中をのぞき込んだ。

 「あ、あんたは・・・」

 助手席の男はおそるおそる尋ねた。すると、鳥人は顔をひっこめて、男達に言った。

 「遅くなってすまないな」

 男達は驚きながらも、次の言葉を返した。

 「すると、あんたが・・・」

 「ああ。助っ人っていう奴だ。お前達のボスに頼まれてやって来た。話は聞いているだろう?」

 「あ、ああ・・・。でも、あんたみたいなのが来るとは・・・」

 「あれは・・・あんたがやったのかい・・・?」

 背後で炎上するパトカーを見ながら、男達は言った。

 「どうやったかは教えるわけにはいかないが・・・そうだ」

 「そ、そうかい・・・助かったぜ」

 ひきつった笑顔を浮かべる男達。

 「さて・・・お前達の仕事は、たしかその後部座席に積んであるのを運ぶことだったな?」

 「そ、そうだけどよ・・・」

 「だったら、早く出るんだな。もたもたしてると、また応援が来るぞ」

 「で、でも、この先に検問が・・・」

 そう言って、二人は顔を見合わせた。だが、鳥人はそれを鼻で笑った。

 「あれか。あれなら今頃は、どうにかなってるはずだ。問題ない」

 「どうにかなってるって・・・なんだよそりゃ」

 「とにかく、車を出せ。なんなら俺が、その後ろにあるものを運んでやってもいいんだぞ? その場合は、お前達はお払い箱らしいが・・・」

 カメラアイらしい鳥人の赤く丸い目が、無機質な輝きを放つ。二人は首を振った。

 「だったら早く車を出せ」

 慌てて男達は、車に乗り込み再びエンジンをかけた。それを確認した鳥人は・・・

 バシュッ!

 背中の翼の中央についたエンジンから火を噴かし、空中へと舞い上がった。

 「お、おい・・・ありゃあ・・・」

 「あんまり深く関わろうとするな・・・。黙ってついてきゃ、その分には大丈夫だ・・・たぶん」

 空を駆ける一筋の炎のあとを、彼らは走り始めた。





 数キロ走ったところで、彼らの前方に何かが見え始めた。

 「おい! ありゃあ・・・」

 フロントガラスの向こうの光景に、思わず首を伸ばす二人。その顔が、オレンジ色の光に染まる。

 さながらそれは、火炎地獄だった。横転したパトカー、バリケード、破壊されたポリスジャケット・・・。そういったありとあらゆるものが、炎に包まれていた。

 「こりゃあ、一体・・・」

 車を降りて、呆然と周囲を見渡す。

 「フン・・・ずいぶんと派手にやったものだ」

 その隣に着地した鳥人が、小さくそう言う。と、その時だった。

 「遅―――――――い!!」

 その場には似つかわしくない、甲高い少女の声が響いた。それから

 ガチャッ・・・ガチャッ・・・

 重い金属音を響かせ、炎を乗り越えて「それ」はやってきた。どこか牛を思わせる、鳥人よりも一回り大きい黄色のジャケット。右肩に載っているキャノン砲と、左手に構える巨大なシールドが特徴的だった。

 「こいつらったら、手応えが本当にないんだもん。待ちくたびれちゃったよ」

 「しょうがない奴だ・・・。ここまで派手にやらなくてもよかったのにな」

 そう言って、周囲の惨状を見渡す銀色の鳥人。

 「あ、あの・・・」

 忘れられていたようになっていた男達が、彼らに声をかけた。

 「ああ、そうだったな。ご覧の通りだ。お前達を追っていた連中は、とりあえず片づいた」

 「はやく逃げた方がいいよ。せっかくあたしたちが、ここまでしてあげたんだから」

 サラリとそんなことを言う二体のジャケット。

 「はっ、はい! そうします!!」

 男達はそう言うと、すぐに車に乗り込もうとした。

 「あ、ちょっと」

 その時、黄色いジャケットに呼び止められ、男達がびくっと身を震わせる。

 「な、なんでしょう・・・?」

 「あたしたち一応共犯者だから、心配いらないと思うけど・・・」

 「もし、俺達のことをお前らのボス以外に言ったりしたら・・・」

 そう言って、無機質なカメラアイで二人を見つめる二体のジャケット。

 「し、しませんしません!! そんなこと絶対に!!」

 「口が裂けても!!」

 震え上がり、大声で叫ぶ二人。

 「それなら安心だね」

 「それじゃあ、とっとと行くんだな」

 「はっ、ハイ! そうさせていただきます!!」

 そう言うと男達は車に乗り込み、文字通り逃げ去った。あとには、二体のジャケットのみが残された。

 「あ〜あ、イヤになっちゃう。こんだけスゴイジャケット着けてだよ、最初の仕事がちんけな銀行強盗が逃げるのの手助けだなんて・・・」

 「そう言うな。今回はこれのウォーミングアップみたいなものだ」

 「ウォーミングアップにもならないよ。やっぱり、こんなところでぶつかることのできる相手なんてたかが知れてるよ。もっとデッカイ街へ行かないと。そうすれば・・・」

 「慌てなくても、次のフィールドはそこだろう。それより、撤収だ」

 そう言うと、銀色の鳥人は腕についたスイッチを押した。

 「こちらガーゴイル。ミッションを終了した。回収を頼む・・・」





 午前3時。いまだ夜も明けていないその時刻。SMSの隊員寮は、静まり返っていた。誰もが眠りについている。

 Trrrrrr・・・

 寮にある部屋の中でも、とりわけ飾り気のない一室の電話が鳴り始めた。無理もない。そこは、小隈の部屋なのだから。

 「・・・」

 その音に目を覚ました小隈は、ノソリと起きあがるとスイッチを入れた。

 「はい、小隈です・・・」

 「寝ていたらすまなかったな。わしだ」

 その声に、小隈はやや目が覚めた。

 「誰かと思えば、部長・・・。ええ、たしかに寝てましたよ。グッスリとね。昨日はうちの隊が優勝できたし、祝勝パーティーで服部と桐生が作ってくれた料理はうまかったし、いうことなしの気分で熟睡していたんですけどね」

 「そのわりには機嫌が悪そうだな?」

 「悪くなったのは今ですよ。そんなときに電話でたたき起こされて、しかも相手が部長ときたら・・・どんないい気分だってぶちこわしになるに決まってるじゃないですか? ・・・まさか部長、昨日の模擬戦大会、会議で見に来られなかったからって、その腹いせにこんなことしてるんじゃないでしょうね?」

 「バカかお前は。人を死神みたいに言いおって。この年になってそんな大人げないことをするか」

 「冗談ですよ。でも、こんな時間にかけてくるってことは、ろくな話でないことには間違いないでしょう?」

 「ようやく本題に入る気になったようじゃな。それじゃ、話に入るとするか」

 そう言うと、陸奥は一拍置いた。

 「昨日の夜のニュースは見たか?」

 「そりゃあもちろん。社会人としての義務でしょう?」

 「ならばいい。それでだが、北海道で起きた銀行強盗事件についてのニュースは見たか?」

 「ああ、あれですか。ジャケットを着た二人組が、銃を持って函館の銀行を連続で襲って現金強奪。警察に追っかけられながら現在逃走中とか言ってましたね?」

 「その通りだ」

 小隈はタバコに火をつけた。

 「なかなか大胆なことをしでかしたもんだとは思いましたが・・・それがどうかしましたか? 捕まったなら、めでたい話ですが」

 「いいや。残念ながら、取り逃がした」

 「おや・・・そりゃあまずいですね。しかし、それと我々と、何の関係があるんですか? 北海道は、我々の管区じゃありませんよ?」

 「銀行強盗自体は、お前達とは関係がない。だが・・・連中がどうやって逃げたか。このことが、憂慮すべきことなのだ」

 「・・・まだ話がいまいちつかめませんが・・・詳しく話してくれますか?」

 小隈は煙を吐き出しながら、表情を引き締めた。





 「おはよーっす」

 「おはよう・・・」

 非常に陽気な小島と、非常に落ち着いている亜矢。まさに静と動な対称的な二人が、並んで朝のオフィスに入ってきた。

 「・・・?」

 だが、二人は妙な違和感に、思わず足を止めた。その理由はわかっている。すでにオフィスには、彼らを除く全員・・・小隈までが揃い、自分の席に座っていた。しかし、いつもなら始業業務をしながら談笑をしているはずの彼らが、おとなしくイスに座って黙っているのである。

 「・・・なあ、どうしたんだよ?」

 とりあえず、自分の席に座りながら小島が隣の聡美に声をかけた。

 「あたしも知らないよ・・・。ここに来たらもう隊長がいてさ、仕事の準備が終わったら、席に座ってみんなが揃うの待ってろって・・・」

 聡美も困惑した表情で言った。

 「・・・全員揃ったようだな。それじゃあ、始めよう。まずは、おはよう」

 小隈が口を開いた。とりあえず、「おはようございます」と返礼を返す隊員達。

 「昨日はみんな、ごくろうだった。全員持てる力を発揮し、見事優勝できたことを誇りに思う。それと、本業以外にも祝勝パーティーで腕を振るってくれた服部と桐生。二人にもさらに感謝する」

 小隈の言葉に、ひかると亜矢が小さく頭を下げた。

 「・・・さて。この爽快な気分のまま、今日からの仕事もがんばっていきたいと思っていたが・・・残念ながら、そうもいかない出来事が起きた」

 その言葉に、全員の表情が少し変わった。

 「どういうことです?」

 代表して、圭介が尋ねる。

 「うむ・・・。まずは・・・この中で、昨日函館で起きた連続銀行強盗事件について、知っているものはいるか?」

 その言葉に、真っ先に反応したのはひかるだった。

 「それでしたら、昨日のニュースで聞きました。函館なら実家とは離れてるから、一応安心かな・・・というぐらいにしか思いませんでしたけど・・・」

 他の全員も、一応ニュースは見ていたらしく、事情はわかっているというようにうなずいた。

 「それなら話は早い。その犯人二人組だが・・・逃げおおせた」

 「逃げおおせた・・・? あれだけのことをしたのなら、警察だって、全力で追いかけたはずでしょう? それなのに、逃げられたって・・・」

 納得のいかない顔をする圭介。

 「逃げおおせたといっても、逃げ切ったというわけじゃない。今言っていた、追っかけていた警察の部隊・・・パトカー隊と待ち受けていた検問所だが、それが壊滅したんだ。死者8名、重軽傷者13名・・・」

 「!?」

 その言葉に、全員の顔が凍りつく。

 「壊滅した・・・って、どういうことです!?」

 「死者8名って、大惨事じゃないですか!」

 「パトカー隊と検問所を破壊できるほどの武装を、犯人が持っていたということですか?」

 驚愕の程度はそれぞれだったが、矢継ぎ早に小隈に質問する隊員達。

 「・・・犯人にそんな武器があったのなら、もっとどでかいことをやってたはずさ」

 小隈はそう言って、机の上で指を組んだ。

 「そんなことをしでかしたのは、犯人じゃない。こっからが重要な話なんだが・・・検問所の生き残りの警官が、こんな証言をしたんだ。検問所は、圧倒的な火力を持つ一体の黄色い未確認ジャケットによって壊滅した、とな・・・」

 「!!」

 再び全員の顔が凍りつく。

 「破壊された検問所の方の被害も、戦車部隊に蹂躙されたような惨状だったらしい。証言に嘘はないようだ」

 「たった一体のジャケットに・・・警察の部隊が壊滅させられたというのですか?」

 仁木が信じられないといった様子で言った。他の隊員も、同様の考えである。彼らの知る限り、軍用ジャケットでも単体でそれほどの力を持つものはない。そもそもジャケットというものは、集団運用が基本前提となっている。単体でも恐るべき実力を発揮するようなジャケットなど、彼らが使っているVJぐらいなものだろう。

 「信じられないのは仕方ないが・・・これは事実だ。それと・・・もう一つ事実がある。検問所の壊滅と、強盗犯人を追っていたパトカー隊の壊滅・・・これはどうやら、別々の犯人がやったらしい」

 「検問所を襲ったジャケットとは別に、もう一体未確認のジャケットがいる・・・ということですか?」

 「そう考えた方がいいだろう。残念ながら、そっちの方の目撃証言はない。検問所より死傷者は少なかったが、一瞬でやられたそうだからな・・・」

 小隈がうなずく。

 「・・・と、ここまで言えばわかるだろう。たった二体で大規模な破壊活動を行うことのできる力をもったジャケットが、北海道に現れた。その正体や目的、今後再犯を行う可能性、そのいずれもが不明だ。本日早朝をもって、全国各大都市圏を管区とする全SMS小隊に、非常態勢が発令された。・・・といっても、相手の正体が分からない以上、こちらにできることは、そいつらがいつ来てもぶつかれる覚悟を固めておくことぐらいだが・・・とにかく、これまで相手にしてきたような事件とは比べものにならないような非常事態が起こることを全員頭に置いて、今日からの勤務に励んでほしい。俺の方から言うことは以上だ。なにか質問は?」

 「・・・」

 質問の声はなかった。

 「それじゃあ、今日のミーティングはこれまでだ。今日も一日、がんばろう」

 「よろしくお願いします!」

 「「「よろしくお願いします!!」」」

 仁木の号令で、全員が頭を下げる。

 「それじゃあ、俺はこのことをおやっさんにも伝えてくる。整備班の皆さんに、迷惑かけるかもしれんからな。仁木、ちょっと開けるから、よろしく」

 「わかりました」

 そう言って、小隈は出ていった。とたんに、オフィスの中がざわめき出す。

 「おいおい、勘弁してくれよな・・・。全身武器のかたまりみたいな奴の相手かよ・・・。こんなことするために、SMSに入ったわけじゃないんだけどな・・・」

 「なぁに言ってんのよ、小島さん! SMSに入った以上、任務の好き嫌いなんて許されるわけないじゃない! あぁぁ、あたしもVJを着られたらなぁ・・・」

 ため息をつく小島と、違った意味でうなだれる聡美。

 「波乱になりそうだね・・・」

 一人タロットカードから引き抜いた「運命の輪」のカードを見ながら深刻な顔をする亜矢。

 「大変なことになりそうですね・・・」

 「ああ。だけど、今のところ俺達にできることはありそうにない。出たとこ勝負ってのは、ちょっと不安だけど・・・いざとなったら、やるっきゃないな。頼むぞ、ひかる」

 「・・・はい!」

 真剣に受け止めながらも、気落ちはしていない圭介とひかる。それぞれの反応を見せる隊員達を見ながら、仁木は思った。

 「まぁ・・・どうにかなるかしら」

 そう思った直後、自分も小隈のような考え方をしたことに気づき、苦笑した。





 一方、「謎のジャケット出現。警戒せよ」の指令は、もちろん第2、第3小隊にも伝わり、それぞれの隊員達の間に波紋を呼んでいた。





 「・・・というわけよ。各自、気を引き締めておいてね」

 手に持ったファイルを、星野が読み上げた。とたんに、隊員達の反応が返ってくる。

 「ってことは隊長! ついにあたし達が恐れていたような、悪のジャケットがこの日本に上陸したってわけですね!?」

 ひかると同じく、見事なまでの赤い髪の毛をもつ第2小隊実働員、佐倉真由美が、全員の予想通り、真っ先に叫んだ。

 「恐れていたっていうより、待ち望んでたんじゃないか・・・」

 そのとなりに座っている、彼女担当の管制員、高畠一生がため息をつく。

 「フフフ・・・これこそ、待ち望んでいた・・・じゃない、恐れていた日本の危機! いよいよあたしたちが、真にこの日本の平和を守るときが来たんですね! こうしちゃいられないわ! 高畠君! さっそく射撃訓練よ!!」

 「ええ!? ぼ、ぼくも!?」

 そう言って、高畠の腕をつかんで出ていこうとする真由美。だが・・・

 「待て、佐倉」

 冷静な声が、彼女を呼び止めた。

 「東京都SMSの3小隊の中でうちの小隊が、射撃訓練も含めて任務に使う弾丸代及びショックレーザーのバッテリー代を一番使っているのは誰のせいか・・・このあいだ説明したばかりだろう?」

 ジロリ、と真由美をにらむ副隊長、須羽光義。

 「し、しかし・・・それに見合った成果は出ていると思います。事実、昨日の模擬戦でもそのおかげで2勝できたわけですし、この技量を維持するためにも・・・ましてや、新たな敵の出現が警戒される中では、一層の訓練は・・・」

 「訓練は必要だ。ただし、射撃ではなく格闘のな。お前は射撃に比べるとそちらに劣る。より自分を高めたいなら、格闘の方を鍛えるべきだ。違うか?」

 「う、うぅ・・・」

 弱り切る真由美。その横で、高畠が胸をなで下ろしている。

 「結局、いつものパターンだね」

 「しょうがないですよ。先輩だって、真由美さんを押さえるとしたら大変なんじゃないですか?」

 その様子を傍観していた実働員の浪平健と、管制員のリーナ・ストリーム。

 「そうね。でも高畠さん、損してるわよ。いい人すぎるのよね。もうちょっと厳しかったり、あるいはのらりくらりとしてれば、結構うまく真由美さんを操縦できると思うんだけど」

 そう言いながら、リーナは机の上にあったアイスティーを一口飲んだ。

 「戦意有り余ってるわね。いつものことだけど・・・」

 彼らを見ながら星野がそう言っていると、彼女にお茶が差し出された。

 「隊長。心配あらへんようですな」

 お気楽な顔でお盆をもつ大男、指揮車運転手の大山善法がそこに立っていた。

 「ありがとう、大山くん。それにしても、喜んでいいのか悲しんでいいのか・・・」

 「気にすることありまへん。なんとかなる思いますよ」

 大山はのんびりした関西弁でのんきに言ってみせた。





 一方、第3小隊では・・・。

 「はん! どんな野郎が来たところで、俺様の鉄拳で牛タン牛タンにしてやるぜ!」

 一人息巻く巨漢、島田薫実働員。

 「それを言うならギタンギタンでしょ。前から思ってたんですけど島田くん・・・どうしたらそんな無茶苦茶な言い間違えできるんです?」

 好んでやっているわけではないが、今ではすっかり島田のツッコミ担当として定着してしまっている戸狩浩志管制員がためいきをついた。

 「なんでもいいじゃねえか。なにしろ俺には、隊長が発明してくれた撃砕ナックルがあるんだからな! あれを装着した俺のVJなら、どんな野郎だって粉ミジンコだぜ!」

 「コは余計だって・・・」

 一方その近くでは、女性二人がしゃべっていた。

 「あ〜もう最悪ぅ〜! 昨日の模擬戦だってビリだったし。おまけにそんな奴らが現れたら、ますますヒマがなくなるじゃないの!」

 「恨み言ならそいつらに言って下さい。あたしは知りません」

 やや派手めな装飾をつけた河合百合子管制員と、ちょっと幼げな印象もある春日梨恵実働員である。

 「冗談よ。あたしだって一応この仕事愛してるんだから。ちょっと文句言ってみただけ」

 「ちょっとの割には回数が多くありません?」

 「愚痴ならあんただって言ってるじゃない。それも、すんごく贅沢な悩みで。今朝からいい顔してなかったのも、どうせまたラブレターが届いたからでしょう? ん?」

 「・・・ほっといて下さい・・・」

 肩にひじを乗せて顔を近づけてくる百合子から、梨恵はうっとうしそうに顔をそむけた。

 「それにしても、人生って不条理だよねえ。爆弾テロから助けたよその国の皇太子に一目惚れされちゃって、絶え間ないアプローチを受けるなんて大幸運が、なんであたしじゃなくてあんたに降りかかるんだろうね?」

 「あたしの立場になってみて下さいよ。うらやましがってなんかいられなくなりますから」

 「どう考えたって、あたしがあんただったら迷わず飛び乗るわよ、そんな話。第2のグレース・ケリーになってみせるわ。あんたも、どうして迷うかねぇ」

 「あたしの人生は、あたしが決めるんです。ほっといて下さいってば!」

 そんな部下達の様子を、ともにメガネをかけた二人の男と、ボールのような頭を持つロボットが見つめていた。

 「この分なら、心配はいらなそうですね」

 隊員達の様子を見つめ、三葉健二副隊長が言う。

 「そうだろうね。でも、憂慮すべき事態であることには変わりない」

 木戸瑛一隊長がそれに答えた。

 「やっぱり作るんですか、新型機材?」

 「どうかな・・・。作り始めたとしても、たぶん間に合わないだろうね。CORO、問題の奴らは、いつ来ると思う?」

 「申し訳ありませぬ。データ不足故、それに対するお答えはしかね申す」

 木戸が開発し、指揮車の運転手兼オペレーターとして働いているオペレーションロボット、COROは、その特徴である妙に時代がかった話し方で答えた。

 「COROもそう言うんじゃ、仕方がないよ。戦意は旺盛だし、いつ来ても大丈夫だろう。ただ・・・」

 「ただ?」

 「忘れてたのかい? 明後日からうちの小隊、VJの定期点検だってこと」

 「あ・・・」

 ポッカリと口を開く三葉。

 「昨日の模擬戦で春日が不戦敗になったのも、マシントラブルのためだった・・・。こんなときだけど、やっぱり徹底的なオーバーホールが必要だよ。いろいろな新型機材を取りつけて活躍してきたのはいいけど、やっぱりそれなりの負荷がVJにもかかってる・・・。反省しなきゃいけないね、僕も」

 そう言って、木戸は上を見上げた。

 「それじゃあ三葉、僕は小隈さんと会ってくるから、お留守番よろしく」

 「何の用です?」

 「頼まれてた例のものを、実際に見せてくる。きっと満足してもらえるはずさ」

 そう言うと木戸は、オフィスから出ていった。





 夜9時。建ち並ぶビルの窓に無数に開いた窓から漏れる光が、夜の空に浮かび上がっているように見える。その下の道路を、仕事を終えた人々が夜を楽しもうと歩き回り、街は活気に満ちていた。

 そんな場所からは少し外れた、ある倉庫の裏手の道路。そこに、一台の大型トラックが止まっていた。コンテナの横には、有名な運送会社を示すカエルのマークがついている。

 だが、その中には・・・宅配物とは全く違ったものが収納されていた。

 「ねー、まだ終わんないのーっ!?」

 イスに座った少女が、足をパタパタさせながら待ちくたびれたように言う。

 「すいません。まさか、こんな大事なところで不調が出るなんて・・・。もうすぐ終わりますので、もう少し・・・」

 黄色いジャケットを整備しながら、整備員が頭を下げる。

 「ほんとーにダイジョブなのかしら、こんな土壇場でつまづいてるジャケットなんて・・・」

 小声でつぶやく少女。だが、その横で本を読んでいた丸いサングラスの男が言った。

 「文句を言うな。もとはといえば、この間ウォーミングアップだというのに、お前が必要以上に激しく動いたからだろう」

 「えーっ!? あたしのせい!? だってあのときは、全然激しく動かなかったよ!?」

 少女の不満げな声を耳にしながら、彼は整備員に言った。

 「すまないな。礼儀知らずな奴で・・・」

 「いいんですよ。構造的なウィークポイントは、早めに出てくれた方が楽ですからね」

 そう言いながら、整備を続ける整備員。やがて、何かを締めると整備員はスパナを置いた。

 「よし。お待たせしました。いつでも出せます」

 そう言って、整備員は頭を下げる。

 「よし、いくぞメアー。仕事だ」

 「あいあ〜い」

 二人はイスから立ち上がると、それぞれ銀色の鳥人のようなジャケットと、黄色い無骨なジャケットへと向かう。

 「ああそうだ」

 そう言うと、男はかけていたメガネを外し、整備員に渡した。

 「これ、少し預かっていてくれ。製造元がつぶれてもう手に入らない品だから、くれぐれも・・・」

 「は、はあ・・・」

 男はメガネを預けると、少女とともにジャケットを装着し始めた。

 「システム起動」

 「システム起動」

 二人が言うと、網膜投影ディスプレイにOSの起動画面が映り、直後にカメラを通してコンテナの中の様子が目に入ってきた。

 「システムチェック完了。ガーゴイル、ミッションスタート」

 「システムチェック完了。デストロス、ミッションスタート。派手にいくよ!」

 その言葉と同時に、コンテナの後部ハッチが開放された。夜の闇の中へと、足を踏み出す二体のジャケット。そのカメラアイが、不気味な光を放った。





 午後9:30。その頃第1小隊は、前橋市郊外の鉄道線路上に展開していた。

 「小島君! 負傷者は!?」

 「運転士の人だけです! すでに救出しました!!」

 「すぐに中和剤の散布を!!」

 「了解! 始めるわよ! 散布用意!!」

 「「了解!!」」

 周囲には白い煙がシュウシュウと音をたてながら充満している。その中で実働員3人は、マルチブラスターのノズルを構えた。

 約40分前。第1小隊にここで鉄道事故が起こったとの通報が入った。運行管理システムのミスで列車同士が正面衝突を起こし、片方の列車が横転したのだが、悪いことにその片方とは、化学薬品を入れたタンクを輸送していた貨物列車だったのである。横転したタンクからはその化学薬品がもれて反応を起こし、たちまち周囲に有毒ガスが発生したのである。警察により前橋駅の利用客及び沿線の住民の避難が行われる中、第1小隊に事態収拾の支援要請が下った。幸い、衝突したのは貨物列車と回送列車。どちらにも乗客はなく、すでに運転士と車掌の救助も終わり、第1小隊は警視庁から中和剤を受け取ったあと先行し、薬品の中和作業に従事。警察の化学物処理班が到着するまでの間、現地警察と協力して被害の拡大を押さえることになったのである。

 「かなり範囲が広い・・・。やはりうちの小隊だけじゃ、被害の拡大を押さえるのが精一杯か・・・」

 運転席の3D映像投影装置から映し出される、現場一帯の3D見取り図。運転席と助手席のどちらもインカムをつけた小隈と聡美は、その様子を見ていた。

 「仕方ありませんよ。できればあたしたちだけでなんとかしたいけど、化学物処理班の到着を待たなきゃいけないみたいだし・・・・・・」

 聡美がそこまで言ったとき、運転席の通信装置が音をたてた。聡美がスイッチを入れる。

 「はい、第1小隊・・・あ、部長。・・・はい、いますよ。代わります」

 聡美は「部長です」と言いながら、回線を小隈に回した。

 「はい、代わりました。・・・ええ。例の前橋の現場ですが・・・え?」

 横で見ていた聡美は、その時小隈の顔色が変わるのを見た。

 「・・・わかりました。この現場を引き継いだら、すぐに・・・それじゃ」

 そう言うと、小隈はスイッチを切った。

 「どうしたんです?」

 不思議そうな顔で尋ねる聡美。

 「・・・例の奴らが、新宿で暴れている。ポリスジャケット隊、それに第2小隊が出動した」

 小隈は無感情な声でそう答えた。それを聞いた聡美の顔が驚きに包まれる。

 「し、新宿!? 北海道から、いきなり東京に来たんですか!?」

 「そのとおりだ。噂通りの破壊力をもってるらしく、ビルを手当たり次第に破壊しているらしい」

 「そんな・・・落ち着いてていいんですか!? 早くあたしたちも応援に・・・」

 「部長も俺もそうしたい。だが、この現場だって予断を許さない状態なんだ。化学物処理班が到着するのを待たずにほっぽりだすわけにはいかないだろう?」

 「・・・」

 その言葉に、黙り込む聡美。

 「お前がさっき言ったように、化学物処理班が到着するまでは、ここで頑張るしかないよ」

 「でも・・・」

 そう言って、聡美は振り返った。管制ブースでは、亜矢とひかるが黙々と管制作業をこなしている。

 「みんなに言わなくていいんですか?」

 「・・・今はこの現場に集中してもらいたいからな。酷な話だが・・・ここを引き継いだらすぐに出発だ」

 そう言う小隈の顔にも、心なしか緊張の色が見て取れた。

 「了解・・・!」

 聡美は重くうなずき、いつでも発進できるよう準備を整えていた。





 夜のビル街は、炎に赤々と照らされている。路上には砕けたコンクリートの塊や窓ガラスの破片が散らばっており、窓ガラスの破片は炎の光をキラキラと反射し、いびつな美しさを作り出していた。

 ドゴォォォォォォォォォォン!!

 そんな夜の街に、すさまじい砲声がとどろいた。

 ドガァァァァァァァァァァン!!

 「ウワァァァァァァァァァァァ!!」

 大爆発が巻き起こり、停車していた警察の輸送車やパトカーがバラバラになって空中へ巻き上げられる。その周辺にいた警官達は慌てて逃れたものの、やはり爆風に巻き込まれて吹き飛ばされた。

 「♪」

 黄色いジャケット・・・デストロスのヘルメットの下で、少女は楽しそうな笑みを浮かべた。

 「くそっ!! 撃て、撃てぇ!!」

 ガガガガガガガガガガガガガ!!

 その横に回り込んでいたポリスジャケット隊は、コンクリートの大きな塊を壁に、手にしたネオナンブを一斉に発射した。

 「・・・」

 しかし、それにひるむことなくデストロスは、左手に持った巨大なシールドをかまえた。すると、弾丸はデストロスに命中することなく、その周辺の地面に虚しく炸裂した。驚くポリスジャケット隊。その時

 ギィィィィィィィィィィィィィィン!!

 すさまじい爆音が、彼らの耳に入ってきた。と、次の瞬間

 ガガガガガガガガガガガガガガ!!

 突如飛来した銀色の鳥人のようなジャケット・・・ガーゴイルが放ったバルカンの雨が、ポリスジャケット隊を襲った。

 「グワァァァァァァ!!」

 「たっ、退避!!」

 深刻なダメージを受け、撤退するポリスジャケット隊。それをしりめに、ガーゴイルは折れ曲がった街灯の上に鳥のようにとまった。

(挿絵:ura_kenさん)


 「あーあ、つまんないの。警察のジャケットなんか、このあいだ相手して実力なんてわかってんのに」

 「撃ちすぎだぞ、メアー。建物の破壊とポリスジャケット隊の相手は、所詮奴らをおびき寄せるための餌に過ぎない。本来の仕事をする前に、弾を使い切る気か?」

 「いいじゃない、弾はまだたくさんあるんだし。どうせおびきよせるためなら、パーッとやった方がいいじゃない」

 「まったく・・・だからお前に、重火力の火器はもたせたくないんだ」

 二人がそんなことをしゃべっていた、その時だった。

 「こちら司令部。聞こえますか?」

 移動司令部となっているトラックから、通信が入った。

 「こちらガーゴイル。よく聞こえる」

 「本命が来ます! 準備をして下さい」

 「了解した」

 そう言うと、ガーゴイルは通信を一時切った。

 「メアー、聞いたとおりだ。本番はここからだぞ」

 「ヘヘ・・・ちょっとは歯ごたえがあるといいんだけど」

 そうつぶやくデストロス。間もなく、二人の前方に、見た目は空飛ぶコンテナのように見える第2小隊の指揮車が、ゆっくりと着陸してきた。





 「着陸完了。ハッチ開きまっせ」

 大山が運転席のスイッチを押す。すると、指揮車の後部ハッチがゆっくりと開き、破壊された新宿の街並みが見えてくる。

 「VJ−1、VJ−2、オペレーションスタート」

 「VJ−3、オペレーションスタート」

 「第2小隊、出動!!」

 その言葉とともに、黄色、ピンク、ライトグリーンのVJが立ち上がり、指揮車から出ていく。

 「みなさん、ほな頑張ってや」

 運転席の大山がのんきな声で手を振って見送る。

 「ああ、いってくる」

 「サンキュー、よしやん」

 「いってきます」

 それに答え、3人は新宿の街へと足を踏み入れた。





 まさに戦場のような光景となってしまった新宿。それを見て、ピンクのVJ・・・真由美がいきり立つ。

 「何よこれ!? 蹂躙されっぱなしじゃないの!!」

 「ほんと・・・ひどいですね、これは・・・」

 周囲を見渡し、健も言う。一方、真由美はこの事態を引き起こした二体のジャケットをにらみつける。

 「もー許さないわ!! あたしらが来たからには、これ以上の狼藉は許さないわよ!!」

 そう言うと、いきなり彼女はマルチリボルバーを抜いた。

 「ハチの巣にしてやるから、おとなしくしてなさい! 高畠さん! 安全装置解除して!!」

 「む、無茶苦茶言うなよ真由美君!! いきなり銃を撃つなんて・・・」

 「こんなことしてくれた連中に、今更手加減無用!!」

 「また始まっちゃったよ・・・」

 うろたえる高畠の横で、リーナが呆れまじりのため息をつく。

 「隊長、副隊長! なんとか言ってやって下さい!」

 「高畠の言うとおりだ、佐倉。投降勧告の方が先だ」

 須羽が冷静に諭す。

 「そんなのを聞く連中だと思いますか!?」

 「真由美さん、落ち着いて落ち着いて・・・」

 暴走しそうになる真由美を、健が後ろから羽交い締めにする。

 「・・・隊長、お願いします」

 「了解」

 星野はマイクをとった。

 「・・・所属不明のジャケットに告ぐ! こちらは東京都特機保安隊第2小隊だ! 諸君らの行っている行動は、紛れもない破壊活動である! 無駄な抵抗はやめ、おとなしく武装解除して投降しなさい! さもなくば、我々は実力行使に踏み切る! 繰り返す・・・」

 指揮車のマイクから、星野の声が響き渡る。相手の反応を伺う第2小隊。だが・・・

 ガチャ・・・

 黄色いジャケットが、右肩のキャノン砲をこちらに向けるのが見えた。

 「! 大山君!!」

 「はいな!!」

 「二人とも、散れ!!」

 指揮車が急にバックをし、VJ達が一斉に散開した次の瞬間。

 ドガァァァァァァァァァァン!!

 彼らのいた場所に、デストロスのキャノン砲が炸裂した。

 「だから聞く相手じゃないって言ったのよぉぉぉぉぉ!!」

 地面に伏せて上から破片が降ってくる中、真由美が怒りの叫びをあげた。





 「呆れた奴だな、お前も・・・」

 いきなりキャノン砲を撃ったデストロスを、ガーゴイルが見下ろした。

 「へっへー♪ いいじゃない。どのみちあたし達は、あいつらにケンカ売りに来たわけだし。こっちはやる気十分だってことをアピールするには、あれくらいいいんじゃない」

 「十分すぎる」

 彼らの目には、砲撃をきりぬけた第2小隊のVJが立ち上がってくるのが見えた。

 「さて・・・いよいよ本番だな」

 「It's show time♪」

 ガーゴイルはロケットエンジンを吹かして空に飛び上がり、デストロスはキャノン砲を構えた。





 「もー怒った!! 青筋立てて怒ったわよ!! あたしの怒りは爆発寸前!!」

 デストロスの礼儀知らずをはるかに通り越した返事に、どこか特撮チックな怒りを露わにする真由美。

 「今度ばかりは、真由美さんの言うことに異議はありませんよ・・・」

 体についた破片を振り落としながら立ち上がる健。

 「・・・相手の意志は十分わかりました。隊長、発砲許可を」

 この状況でも落ち着いて発砲許可を求める須羽。

 「許可する」

 「VJ−1、VJ−2、セーフティー・オフ」

 「VJ−3、セーフティー・オフ」

 各VJのマルチリボルバーの安全装置が解除される。

 「お許しが出たぞぉ! 副隊長、あの黄色い奴はあたしが倒します! デェェェェェェイ!!」

 右手にマルチリボルバー、左手にスタンスティックを構え、真由美が突進する。

 「おい、独走するな佐倉!! 浪平、追うぞ!」

 「はい! でも副隊長、空を飛んでいるジャケットも、無視できないと思いますが・・・」

 「・・・やむをえん。浪平、あいつを止められるか?」

 「・・・やってみます!」

 「よし。俺と佐倉は黄色い奴を攻撃する。お前は空飛ぶ奴だ。いけっ!!」

 「はい!!」

 第2小隊は、それぞれの敵に向かっていった。





 ドガァァァァァァァァァァァァン!!

 キャノン砲が炸裂する。

 「ムダムダァ!! 正義の味方に、同じ攻撃は二度通用しない!!」

 武器を両手に、その爆炎の中を突き抜けて疾走する真由美と

 「懐に飛び込めば、あのキャノン砲は封じられる!!」

 走りながらスタンスティックを抜く須羽。二人とも、すでに敵は目の前だ。

 「あたしたちにケンカ売ったことを、後悔させてあげるわ!!」

 真由美はマルチリボルバーの射撃モードをフルオートにセットし、一気に引き金を引いた。

 ガガガガガガガガガガガガ!!

 「・・・」

 だが、デストロスは再びシールドをかまえた。さきほどのポリスジャケット隊の一斉射撃同様、弾丸はデストロスには当たらず、全てそれた。

 「んな!? 狙いはあってたはずなのに!?」

 「佐倉、俺が仕掛ける!!」

 その横を走り抜け、須羽が突進をかける。

 「くらえ!!」

 スタンスティックを突き出す須羽。しかし・・・

 ヒラリッ!

 「!?」

 デストロスが構えていたシールドに、それは命中することなく、須羽の攻撃は空を切った。

 「なんだ・・・!?」

 「こいつ・・・コケにするな!!」

 今度は真由美がスタンスティックを構えて突進をかける。だが・・・

 「・・・」

 今度はデストロスは、シールドを構えるのをやめた。

 ガッシィィィィィィィィン!!

 「!? ・・・なに!?」

 剛健な黄色いジャケットのボディには、スタンスティックの攻撃はびくともしなかった。

 「パワーには自信あるんだよね」

 デストロスの中でそうつぶやくと、少女は真由美の腕をガシリとつかんだ。

 「オリャアアアアア!!」

 ブンッ!!

 ドガァァァァァァァァァン!!

 デストロスに投げ飛ばされ、ビルの壁に激突する真由美。

 「佐倉!! 大丈夫か!?」

 「ちょ、ちょっと脳震とう起こしましたけど・・・。あいたた・・・やってくれるわね」

 なんとかガレキの中から起きあがる真由美。

 「この・・・」

 怒りと緊張を覚えつつ、再び須羽は敵と対峙した。





 一方、少し離れた場所では・・・

 ギィィィィィィィィィン!!

 爆音をたてて、ガーゴイルが健に向かって飛来する。

 ガガガガガガガガガガガ!!

 敵に対して、マルチリボルバーを連射する健。だが、敵は高速で飛行しながらも、巧みにそれをかわす。

 「くっ・・・やはりこれは、空の敵には向きませんね・・・」

 マガジンを換装しながら、健がくやしげにつぶやく。

 「どうする? 相手にならないわ!」

 「例え相手にならなくても、引きつけるぐらいはしないと! こいつが副隊長達のところにいったら、ますますピンチですから・・・」

 ガガガガガガガガガガガガ!!

 「くっ!」

 慌てて飛び退ける健。その横を、ガーゴイルの放ったバルカンが縫う。

 「フン、あれでひきつけているつもりか・・・。まあいい。こっちは何はともかく、経験値を上げなければならないんだからな」

 旋回しながら健を見下ろすガーゴイル。その時だった。

 「こちら司令部。応答願います」

 再び司令部からの通信が入った。

 「こっちは交戦中だぞ。どうした」

 「増援です。第1小隊が、間もなくこちらへ到着するようです」

 「・・・早いな」

 「どうします? いくらガーゴイルとデストロスといえど、合計6体のVJが相手では・・・」

 「・・・どうする? メアー?」

 「決まってるじゃない。続行よ。あたしはまだまだいけるよ」

 即答が返ってきた。

 「だそうだ。まだとりたいデータはあるし・・・俺も続行だ」

 「しかし・・・」

 「引き際は心得ている。撤収の準備だけは整えておいてくれ」

 「わかりました・・・」

 そこで、通信は途切れた。





 一方、戦闘が行われているところからは少し離れた場所。第2小隊の指揮車の横に、第1小隊の指揮車がゆっくりと着陸した。

 「星野さん、大丈夫?」

 星野のインカムに、小隈の落ち着いた声が入ってきた。

 「助かったわ、小隈さん」

 「状況は?」

 「お恥ずかしいけど、大苦戦よ。早く部下のところに行ってあげて」

 「了解した。仁木、小島、新座、ただちに出動。第2小隊を支援せよ」

 「「「了解!!」」」

 「VJ−1、VJ−2、オペレーションスタート」

 「VJ−3、オペレーションスタート」

 トリコロールのVJ達は、指揮車から飛び出して疾風の如く駆けだしていった。





 デストロスの周囲を、二体のVJがその背後をとろうと動き回っている。

 「さすがに考えるね。たしかに正面からかかっても、勝ち目ないだろうから」

 しかしデストロスはその剛健な体つきとは裏腹に軽快な足裁きで、二体のVJに背後をとらせることを拒んでいる。その時だった。

 ガガガガガガガガガガガ!!

 パシパシパシッ!!

 突如銃声がとどろき、デストロスの装甲に火花が散った。

 「!?」

 デストロスが銃声の方向を見ると、そこには硝煙のたつマルチリボルバーを構えた青いVJの姿があった。

 「チッ・・・対ジャケット用の特殊硬芯弾でも抜けない装甲かよ」

 「やってきたわね・・・面白くなってきた」

 デストロスの中で少女がほくそ笑む。その時

 ガガガガガガガガガガガ!!

 パシパシパシパシパシッ!!

 「!?」

 再び銃声がし、デストロスに弾丸が降り注ぐ。驚いてデストロスが振り返ると、背後にあるレストランの屋根の上に、人影があるのに気づいた。マルチリボルバーを構えた、白いVJの姿がそこにはあった。

 「やってくれるじゃない!!」

 ドガァァァァァァァァァァン!!

 ろくに照準もつけずに、キャノン砲を発射するデストロス。レストランは粉々に吹き飛んだが、白いVJはその寸前にジャンプし、地上に着地していた。

 ジャキッ!!

 四つの銃口が、一斉にデストロスに向けられる。

 「おとなしく投降しなさい! いかに火力に自信があったところで、純粋に戦力を比較してもそちらの勝率はせいぜい一ケタよ!」

 「ここで終わりにするか、続けるか・・・ってところだな。終わりにするのが、そっちのためでもこっちのためでもあると思うんだが・・・」

 白いVJと青いVJが、デストロスに言い放つ。それに対してデストロスは、沈黙を守っていたが・・・

 ガチャッ・・・

 「あたしの勝率なんてものは、あんた達が決めるものじゃないわ・・・あたしが決めるもの・・・」

 そう言って、デストロスがシールドの裏から取り出したもの・・・それは、第2次大戦中によく使われていた、短機関銃によく似た火器だった。

 「続けるに決まってるじゃない」





 ガガガガガガガガガガガガガ!!

 「クッ!!」

 パシッ!

 空中から連射されたバルカンの一発が、かわそうとした健のVJの右膝付近に命中して火花を散らす。

 「!?」

 なんと、右膝から下が思うように動かなくなってしまった。

 「右脚部ジョイントにダメージ! 関節部に作動不良発生!!」

 リーナの声とディスプレイに表示されるメッセージが、その原因を告げる。

 「健! 離脱するのよ! 負荷はかかるけど、脚部エネルギー集中を行えば、一時的に通常の状態を取り戻せる! その隙に・・・」

 「バカ言わないで下さいよ、先輩」

 「バ・・・バカとは何よ!? あたしはこれ以上は危険だから言っているのよ!?」

 「SMSがテロリスト相手に・・・引き下がれるわけないじゃないですか!」

 そう言って、再びマルチリボルバーを構える。その体は既に相当の銃撃を受けており、VJの装甲には深刻なダメージが見て取れた。

 「無理よっ! これ以上銃撃を受けたら、装甲を貫かれるおそれだってあるのよ!?」

 「本当に危なくなったら退きますよ。でも・・・今はまだ、その時じゃありません」

 健の声には、決意しか感じられない。リーナはその声を聞いて、これ以上言ってもムダだと言うことを悟った。真由美ほどではないが、健の正義感もまた、相当に強い。礼儀正しい態度とは裏腹に、一度言い出したら聞かないところがあることも、高校からの付き合いである彼女にはわかっていた。

 「・・・次に危ないと判断したら、管制員としてではなく先輩として離脱を命令するわよ? いいわね」

 それは健にとって、絶対の命令ということであった。

 「了解・・・!」

 リーナはため息をつきつつも、再び管制作業に戻った。一方、ガーゴイルは上空を旋回している。

 「さすがに・・・根性はあるようだな」

 冷静に判断するガーゴイル。彼は再び急降下に転じ、銃撃を加えようとした。と、その時だった。

 ボボボボボン!!

 突如、健の周で何かが爆発し、大量の煙が発生して彼の姿を覆い隠した。

 「「!?」」

 どちらも驚く健とガーゴイル。

 ガッ!

 「!?」

 ガッチャァァァァァァン!!

 直後、健は何かにぶつかられ、近くにあったビルのショーウィンドウのガラスを突き破り、ビルの中へと入っていた。

 一方、ガーゴイルは数発の銃撃を煙の中へと撃ち込んでいた。

 「・・・」

 しかし、手応えは感じられなかった。再び旋回し、様子をうかがうガーゴイル。





 一方。電気が消えて真っ暗になっているビルのロビーに、二つの影が動いていた。

 「うう・・・今のは一体・・・?」

 身を起こす健。その時、彼は目の前で誰かが立ち上がろうとしているのを見た。

 「あ、あなたは・・・?」

 健はVJの肩についているライトを点灯させ、その正体を見定めようとした。

 「・・・大丈夫ですか、浪平さん?」

 ライトの光に浮かび上がったのは、真紅のVJ・・・圭介だった。

 「新座さん!」

 「荒っぽい方法ですいません。でも、あのままやっていたら遅かれ早かれ、致命的なダメージを負うと思いましたから・・・」

 どうやら圭介は、健にタックルをくらわせて一緒にこのビルの中へ飛びこんだらしい。

 「じゃあ、さっきの煙幕は・・・?」

 「ただの消火弾。爆発すると同時に二酸化炭素ガスが発生する仕組みを利用して、目くらましに使ってみたんです。温度も低下するから赤外線カメラもごまかせるし、けっこう目くらましとしても重宝するんですよ」

 「・・・すいません、新座さん。やっぱり、無謀でしたね・・・」

 「いや、俺も人のことは言えませんよ。目の前の任務に集中しすぎて、自分の危険を忘れたって経験・・・俺にもありますからね。このまんまじゃまずいって思って・・・」

 圭介の言葉を聞きながら、指揮車の中でひかるは微笑を浮かべていた。

 「新座さん・・・」

 「すいません、偉そうなこと言っちゃって。そんなことより・・・」

 そう言うと圭介はかがみ込み、健のVJの右脚損傷箇所を見た。

 「・・・やられてますね」

 「面目ありません」

 「一人で相手してたことを考えれば、このぐらいで済んだことの方がすごいですよ・・・動作の具合は?」

 「ジョイントをやられたらしいですね。よく動きません」

 「・・・ひかる!」

 「はい!」

 「奴の動きはどうだ?」

 ひかるはディスプレイの片隅に映る、ガーゴイルをとらえたレーダーを確認した。

 「周辺上空を旋回中。攻撃する様子はありません」

 「俺達が出てくるのを待ってるのか・・・?」

 普通に考えれば、姿を消した二人など相手にせず、四体のVJと戦っている黄色いジャケットの方へ向かいそうなものである。

 「・・・なんか考えがあるにしても、とにかく今は好都合だ」

 そう言うと、損傷箇所をのぞき込む圭介。

 「に、新座さん・・・」

 「・・・うん、このぐらいなら」

 圭介はバックパックを開き、中から金属の箱をとりだした。

 「完璧は無理ですけど、応急処置ぐらいはなんとかなります。五分ください。ひかる、すまないがその間、奴の監視を頼む」

 「わかりました」

 そう言うと圭介は、箱を開けて中からたくさんの工具や部品を取り出し、健の右脚の修理を開始した。

 「へぇ・・・」

 ディスプレイに映るその光景を見て、リーナは思わず感嘆の声をもらした。

 「・・・」

 少しの間考えると、彼女はVRコンピュータを操作し、あるところへ通信回線をつなげる。

 「・・・すごいのね、彼」

 「え・・・?」

 突如VRコンピュータの中に響いた声に、ひかるは戸惑った。

 「あ、おどかしてごめん。よく考えてみれば、初対面だったわね、あたしたち」

 その時ひかるは、ディスプレイの片隅に点灯している回線元の表示に気がついた。回線の種類は、直通回線。

 「あ・・・第2小隊の・・・」

 「リーナ・ストリーム管制員よ。この間の模擬戦でお互いパートナーがぶつかったけど、こうして直接話すのは、今回が初めてね。よろしく。任務中に不謹慎だけど・・・ね?」

 「はい! こちらこそよろしくおねがいします。第1小隊の、服部ひかる管制員です」

 ひかるは自分も自己紹介した。

 「・・・しかしすごいわね。このあいだの模擬戦でも健を負かしちゃうし、こうやってVJの応急処置までできるんだから・・・。頼れるパートナーで、本当にうらやましいわ」

 「そんな・・・浪平さんだって、頼れる人じゃないですか」

 「そりゃあね。他のみんなと同じく、選ばれた以上はそれなりの人間だってことは間違いないわ。でもね、高校からのつきあいとなると、いろいろよくないところとか、かっこわるい思い出とか、そういうのがあってね・・・」

 「高校からのつきあいって・・・どういうことなんです?」

 ひかるがそう尋ねた。

 「別に大した関係じゃないのよ。ただ、健とあたしは高校が同じで、あたしが一つ上の先輩。しかも、部活も一緒の吹奏楽部。2年ぐらい一緒だったから、おかげでお互いの性格やら行動パターンやら、だいたいわかってるのよね。そのあとあたしは大学に、健は警察機動隊に就職したと思ったら・・・いきなりSMSでまた一緒になるんだもの。ま、腐れ縁ってとこかしらね」

 「それ・・・うらやましいですね」

 「へ?」

 ひかるの言葉に、思わず情けない声を出すリーナ。

 「だって、SMSに入る前から、浪平さんのこと知っているんでしょう?」

 「う、うん・・・」

 「それ、すごくうらやましいです。私なんて、圭介君と知り合ってから半年しか経っていないんですから。お互いのいいところも悪いところもよく知っているって、すごくいい関係だと思うんですけど・・・」

 「そ、そうかな・・・」

 自分では腐れ縁だと思っている関係をうらやましいと言われ、戸惑うリーナ。その時、リーナはあることに気がついた。

 「服部さん・・・あなた今、「圭介君」って言ったわよね?」

 「え? あっ・・・!」

 「なーるほど・・・そゆこと。それなら、そう言うのもうなずけるわね」

 「・・・」

 「恥ずかしがることないじゃないの」

 リーナはそう言って微笑んだ。

 「そういうことなら、大丈夫よ。あなたたち、十分いいコンビじゃない。この間の模擬戦でも、今も・・・あたしが保証するわ」

 「でも・・・」

 「わかってる。もっといいコンビになりたいんでしょ?」

 「・・・」

 「それも心配いらないわよ。大丈夫よ。あなたたちが今の関係でいて、この先一緒に仕事をしてくなら、お互いのいいところや悪いところなんか、すぐにわかるようになれるはず。現にあなただって、この半年で新座さんのこと、ずいぶんわかることできたんじゃないの?」

 「そう・・・ですね」

 リーナの声を聞きながら、うつむくひかる。視線だけは、まだレーダーを監視している。

 「ありがとうございます、リーナさん」

 「べ、別にお礼言われるようなことしてないんだけどな・・・。まぁいいや。第1小隊の新人さんがどういう人か気になってたけど・・・なんか気に入っちゃったな、ひかるちゃんのこと」

 「え・・・?」

 「どぉ? 今度非番の日が重なったりしたら、一緒に飲みにいかない?」

 「す、すいません・・・私、お酒は全然・・・」

 「あ、そぉなの? それじゃあ、カラオケは?」

 「それなら、少しは・・・」

 「それじゃ決まりね。今度非番がとれる日が決まったら電話してね」

 「は、はい・・・」

 ひかるは戸惑いながらも、嬉しそうな顔をした。と、その時だった。

 「よし、応急処置完了」

 圭介が工具を箱にしまい始めていた。

 「浪平さん、どうです?」

 「ちょっと待って下さい・・・っと・・・」

 健が立ち上がり、右脚を動かしてみる。しっかりとなめらかに動いた。

 「大丈夫なようです。先輩、システムの方は?」

 「右脚部ジョイントコンディション・グリーン。大したものね・・・」

 きっちり仕事へと戻ったリーナが、そう報告した。

 「ありがとうございます、新座さん。これなら、まだいけますよ」

 「大丈夫みたいですね・・・でも、VJ全体の損傷はひどい。継戦できる時間は、そんなに長くないと思いますけど・・・」

 「新座さんだけに、奴の相手をさせるわけにはいきません。少しの間でもなんでも、ぼくも手伝います」

 「わかりました。ひかる、奴の監視を任せておいてすまなかった。奴の動きはどうだ?」

 「まだ旋回を続けています。出ていけば、攻撃してくると思いますが・・・」

 「だろうな。でも、このままじゃ退けない。管制よろしく、ひかる!」

 「了解!」

 「先輩、いきますよ!」

 「オーライ!」

 二体のVJはうなずくと、ビルから出ていった。





 「ようやく出てきたか。煙幕でごまかし、一度撤退したのは・・・あいつか」

 上空から、ガーゴイルは真紅のVJをにらみつけた。

 「SMSにも、なかなか面白い戦い方をする奴がいるようだ。どれ・・・」

 そう言うと、ガーゴイルは地上の二体のVJに対して急降下をかけた。

 「来ますよ、新座さん!」

 「了解!!」

 ガシャッ!!

 マルチリボルバーを上空に構え、即座に連射する二人。

 ガガガガガガガガガガガガガガガ!!

 「・・・二人になったことで、対空砲火の密度は増したが・・・それでも、二人ではな」

 ガガガガガガガガガガガガガガ!

 二人の銃からの火線を切り抜け、お返しにガーゴイルが銃撃をする。それをよけ、それぞれガレキのかげに隠れる二人。

 「一人で僕達二人分以上の攻撃をしてきますね・・・」

 「ああ、いかにも分が悪い。戦車と対戦車ヘリのケンカみたいなもんだ」

 圭介がヘルメットの中で唇をかみしめる。一方・・・

 pipipipipipipi・・・

 「ん?」

 ヘルメットの中に響いた音に、ガーゴイルの中の男がディスプレイに目をやる。

 「Fuel: 32%」

 と片隅に表示されていた。

 「ふん・・・少し長引きすぎたか。目標までには達していないが・・・しかたがない」

 そう言うと、男はデストロスに通信をいれた。

 「メアー、ひきあげだ」

 その途端、通信の向こうから不満げな声が返ってきた。

 「えーっ!? やっと面白くなってきたところなのにぃ!!」

 「しかたない。俺としたことが、少し長居しすぎたようだ。燃料が少ない。いい加減ひきあげる」

 「あたしはまだいけるよ!!」

 「一緒にひきあげろ。お前だっていつまでも、4体のVJの相手がつとまると思うか?」

 「うぅ・・・」

 「適当なところで切り上げろ。俺は先に行っているからな」

 そう言うとガーゴイルは、通信を切った。

 「さて・・・お別れだ」

 ガーゴイルは再び旋回に転じて、地上の二人へと向かっていった。

 「ASM、スタンバイ・・・ロック」

 ガーゴイルのディスプレイに、ロックオンサイトが表示される。

 「・・・発射」

 シュパーッ!!

 ガーゴイルの背中の主翼下に装備されていた円筒が、火を噴いて発射された。小さいが、れっきとしたASM(空対地ミサイル)である。

 「け、圭介君! ミサイルです!!」

 「ゲッ!! んなものまで装備してんのか!!」

 これには圭介も驚き、右へと飛び退けた。その直後・・・

 ドガァァァァァァァァァァン!!

 ミサイルは地面に命中し、大爆発を起こした。

 「・・・あれは、本格的な戦争用のジャケットだな」

 あたりにもうもうと煙が立ちこめ、破片が降り注ぐ中、圭介はそうつぶやくと通信をいれた。

 「浪平さん、大丈夫ですか!?」

 「え、ええ・・・なんとか・・・」

 そんな健の声が聞こえてきた、その時だった。

 「ウワッ!?」

 突如、金属音のような激しい音とともに、通信が途切れた。

 「!? 浪平さん! 浪平さん!!」

 その時、ひかるの叫び声のような声がした。

 「け、圭介君!! 二時の方向!」

 「!?」

 ひかるに言われた方向を見て、圭介は自分の目を疑った。その空には、有翼のジャケットが飛んでいた・・・健のジャケットを抱えて。

 「浪平さん!!」

 そう言って、マルチリボルバーを構えかける圭介。だが、すぐにそれをやめる。

 「やめて下さい!! 浪平さんにも当たっちゃいます!!」

 「わかってる!! クッ・・・!」

 圭介は悔しがりながらも、マルチリボルバーをしまう圭介。そして、すぐに追いかけようとした、その瞬間

 「!!」

 あるビルの屋上まで来たとき、銀色のジャケットが健を手放すのが見えた。健はまるで人形のように、下へ向かって落ちていく。そして・・・

 ズドォォォォォォォォン!!

 「浪平さん!!」

 圭介の目に、落とされた健がビルの屋上に落下するのが見えた。そのまま、銀色のジャケットはどこかに飛び去っていく・・・。

 「くっ・・・あいつめ」

 圭介はその姿をにらんだが、敵を負うよりも浪平の救助が先決であることを十分理解していた彼は、浪平が落下したビルへと走り出した。





 「・・・」

 ジャンプ力を最大に設定し、屋上までやって来た圭介は、屋上に開いていた巨大な穴を見て絶句した。すぐにその縁に駆け寄り、下をのぞき込む。だが、電気が消えているので下の様子はよくわからなかった。

 「圭介君、浪平さんは・・・」

 しかし、圭介は首を振った。

 「VJを着ていれば、そうそう大事には至らない。大丈夫だ、きっと」

 「・・・はい」

 「いくぞ」

 圭介はそう言うと、穴の中へ飛び込んだ。





 落下のエネルギーは相当大きかったらしく、穴はフロアを突き抜けていくつも開いていた。

 「浪平さーん!!」

 圭介が声を張り上げながら、下へ下へと降りていく。ひかるも、センサーから目を離さない。と、その時

 「圭介君!!」

 ひかるが声を張り上げた。

 「見つかったか!?」

 「この下のフロアです!」

 圭介はそれにうなずくと、もう1フロア下へと飛び降りた。胸のライトを使い、暗い中を健の姿を探す。と・・・

 「・・・!!」

 ライトが、ひどいダメージを負ったライトグリーンのVJの姿をとらえる。

 「浪平さん!!」

 すぐに圭介が駆け寄り、そのヘルメットを外す。その下から、意識のない健の顔が現れた。

 「浪平さん!! 浪平さん!!」

 懸命に呼びかける圭介。と・・・

 「う・・・うぅん・・・」

 うめきながら、健が目を覚ます。

 「に、新座さん・・・」

 「よかった・・・」

 ヘルメットの下で頬をゆるめる圭介。だが、すぐに真剣な表情に戻って言う。

 「どこかケガは!?」

 「だ、大丈夫です・・・どこにも痛みはありません・・・でも」

 そう言うと、健は自分の体を覆うライトグリーンの鎧を見た。

 「・・・VJの方は、ダメみたいですね・・・」

 圭介も無言で見つめる。

 「・・・離脱して下さい。この状態では・・・」  「すいません・・・」

 うつむく健。圭介は無言で、彼がVJを外すのを手伝った。

 「指揮車まで送ります」

 「いえ・・・一人で戻れます。それよりも、副隊長のところへ行ってあげて下さい」

 「しかし・・・」

 「お願いします。あ、そうだ・・・」

 そう言うと、健は自分のVJの右腿のガンホルダーから、マルチリボルバーを抜いて圭介に差し出した。

 「今は新座さんが持っていた方が、役に立つはずです」

 圭介は黙ってそれを見つめていたが、うなずくと銃を受け取った。

 「お預かりします。それでは・・・」

 「ご無事で」

 二人の実働員は敬礼を交わした。そしてその直後、赤いVJは天井に開いていた穴から、外へと飛び出していった。

 「・・・」

 健はそれを黙って見送ったが・・・無言で近くにあった建材の破片を蹴り飛ばすと、歯を食いしばりながらビルの階段を下り始めた。





 「メアー、こっちは離脱した。早くしろ」

 「待ってよ、今いくからさ」

 ヘルメットの中に響いた男の声に答える少女。目の前では、4体のVJが連携の整った攻撃を仕掛けてくる。

 「やってくれるじゃないの!!」

 ガガガガガガガガガガガガガガ!!

 手にした短機関銃を連射するデストロス。

 「くぅっ!!」

 その銃弾は、小島に命中した。

 「小島君!!」

 「へ、平気・・・まだやれますよ、副隊長」

 とりあえず安堵のため息をもらしつつ、仁木は隣の須羽に声をかけた。

 「須羽さん、このまま闇雲に攻めていても・・・」

 「ええ・・・分が悪いですね」

 仁木は少し考えると、彼に言った。

 「ここは二つに分かれて、片方はリボルバーで牽制、もう片方はスタンスティックで白兵戦をしかける・・・というのは、どうでしょう?」

 「・・・いいと思います。よし・・・」

 そう言うと、彼は真由美の方を向いた。

 「佐倉!! 銃で奴を牽制しろ!」

 「小島君も、支援を!!」

 「「了解!!」」

 ガガガガガガガガガガガ!!

 真由美と小島がリボルバーを構え、発射する。腕を交差し、防御態勢をとってガードするデストロス。

 「今です!!」

 一気にスタンスティックを抜き、デストロスに突進する仁木と須羽。だが・・・

 「そう来る・・・なら、こっちも!!」

 デストロスは短機関銃を放り捨てると、腰に装着されていた金属製の棒状のものを外し、右手で構えた。

 ジャキッ!!

 その両端が伸び、一本の長いロッドとなった。先端は、牛の角のように湾曲して二股になっている。

 「なにっ!?」

 仁木と須羽は驚きつつも、攻撃の手を止めずに、スタンスティックを振り下ろした。

 ガキィィィィィィィィン!!

 「!?」

 だが、デストロスはロッドによって、たやすく攻撃を受け止めた。

 「ダァァァァァァ!!」

 ドガッ!!

 そして、すさまじいパワーで二人を押し返すデストロス。それによって、後ろへ弾かれた二人のうち、須羽へデストロスがロッドを突き出す。

 ドガッ!!

 「うわぁっ!!」

 はじき飛ばされる須羽。

 「このっ!!」

 体勢を立て直した仁木が、再び攻撃を仕掛ける。

 ガッ! ガキッ! ガィン!!

 ロッドとスタンスティックがぶつかりあい、火花が飛び散る。だが・・・

 「ハァァッ!!」

 ブゥンッ!!

 ドガッ!!

 「キャアッ!!」

 デストロスが大きく振り回したロッドに脇腹を打たれ、吹き飛ばされる仁木。

 「や、野郎!!」

 それを見た小島が、リボルバーを構える。

 「よくも副隊長達を!!」

 だがその前に、真由美がスタンスティックを構えて突進していた。

 「よ、よせ佐倉さん!! 接近戦じゃ、あいつには・・・!!」

 と、小島が真由美を呼び止めようとした、その時だった。

 「行きがけの駄賃だ。こいつだけでも・・・」

 そう言うと、デストロスはアメフトのタックルのような姿勢をとった。

 ドガッ!!

 すさまじい勢いで地を蹴り、突進するデストロス。

 「!?」

 突進していた真由美に、それをかわすことはできなかった。

 ドガァッ!!

 「グゥッ!!」

 すさまじいタックルを体に受ける真由美。だが・・・

 ブンッ!!

 続いてデストロスは、上体を跳ね上げて真由美の体を空中高く放り投げた。そして、右肩のキャノン砲をほぼ垂直にする。

 「必殺!! バーティカルフレアバースト!!」

 ドゴォォォォォォォォォォォォン!!

 空に向けられた巨砲が、大きく火を噴いた。そして・・・

 ドガァァァァァァァァァァァァン!!

 発射された砲弾は、空中でよける術を知らない真由美に炸裂し、巨大な炎を上空に作り上げた。

 「佐倉ぁぁぁぁぁぁ!!」

 ガレキの中からはい上がっていた須羽がその光景を見て、絶叫する。

 「小島君!!」

 「りょ・・・了解!!」

 小島が落下してくる真由美を受け止めるべく走り出す。一方、仁木はデストロスをにらみつける。

 「よくも・・・」

 スタンスティックを中段に構える仁木。デストロスはそれをじっと見つめた。

 「・・・悪いけど、そろそろ切り上げね」

 ドゴォォォォォォォォォン!!

 そう言うと、デストロスはいきなりキャノン砲を発射した。

 「!!」

 砲弾は仁木の目の前で爆発。仁木はなんとか伏せてその爆発を逃れたが・・・煙が晴れたとき、そこにはデストロスの姿はなかった。

 「!!・・・」

 ガッ!

 仁木はそれに気がついたときには呆然としたが・・・やがて、彼女にしては珍しく怒りを露わにし、地面を拳で叩いた。

 「・・・」

 その時、仁木は声に気づき、その方向を向いた。懸命に真由美の意識を取り戻そうと呼びかける須羽の声が聞こえる、小島が彼女を手当てしているところから聞こえる声の方へ。真由美のVJのダメージはひどく、いかにVJを着ていたとしても、真由美はタダではすまないだろう。

 仁木がそれを見つめていると、背後から金属のブーツをはいたような、ガチャガチャという足音がしてきた。

 「副隊長・・・」

 真紅のVJが、背後に立っていた。

 「・・・浪平隊員は?」

 「VJは致命的でしたが・・・本人は無事です。離脱しました」

 「そう・・・よかった」

 そう言って、仁木はゆっくりと小島達のところへ歩き出した。

 「副隊長・・・俺達は・・・」

 仁木の背中に、圭介の声が響いた。だが、仁木は振り返ることなく歩き続ける。

 「・・・」

 圭介はそれ以上、言葉を紡ぐことができなかった。ただ、ふと右手を見てみる。そこには、健から渡されたマルチリボルバーが、月明かりに鈍い光を放っていた。

 「・・・」

 圭介も見ている、デュアルカメラから送られてくる映像。それを見ながらも、ひかるは圭介にかける言葉もなく、ただ沈黙するだけだった。





To be continued…


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