いくつもの乾いた金属音が響くガレージ。深夜だというのに、そこには明々と灯りが灯され、十数人の整備員が忙しく働いていた。

 「よし・・・」

 真紅の装甲板を、自分のVJのフレームにしっかりと固定、さらに溶接する圭介。

 「だいぶ上達したな」

 隣で見守っていた整備員が、笑顔を投げかけた。圭介はそれに小さな笑みを返すと、立ち上がって歩き出した。

 「おやっさん、俺のVJの修理、終わりました」

 「おう。ご苦労さん」

 白いVJの修理作業を見守っていた楢崎は、作業の進捗状況から目を離さずにぶっきらぼうに答えた。

 「あの・・・おやっさん」

 「なんだ」

 「他に仕事は・・・?」

 「あとは俺達に任せろ。寝とけ」

 「しかし・・・」

 その時、楢崎は初めて圭介に顔を向けた。

 「何か仕事をしてたい気持ちはわかるが・・・あいにく、ここにはもうお前の仕事はない」

 「・・・」

 「それに・・・仕事をしてたいのは俺やこいつらも同じなんだ。お前らはこれ着て働くことができるが、俺達が役に立てるのは、普段を除けばこうしてお前達が働いて帰ってきてあとだけなんだからな・・・。そのへんのことも・・・わかってくれや」

 「すいません・・・それじゃあ、失礼します」

 圭介はそう言って頭を下げると、作業服のまま、ガレージから出ていった。

 「・・・」

 楢崎はポケットからタバコを取り出し、火をつけると、その煙を細く天井に向かって吹いた。




第6話

〜September〜

水晶の夜

後編


 圭介は夜の中を、ゆっくりとオフィスへと歩いていく。道の脇の植え込みの中から、まだ残っている虫の声が小さく聞こえてくる。やがて、圭介の目に、オフィスの玄関が見えてきた。

 「・・・?」

 その時圭介は、玄関の脇に見覚えのある人影が立っていることに気がついた。近づくにつれ、その判断は確信になった。

 「・・・どうしたんだよ、こんなとこで・・・」

 そこには、ひかるが立っていた。

 「・・・待ってるんです。皆さんが帰ってくるのを・・・」

 ひかるは、小さくつぶやいた。

 「皆さんが帰ってきたら・・・すぐに熱いコーヒーを煎れてあげたいと思って・・・」

 圭介は黙ってそれを聞いていたが、やがて言った。

 「・・・当分待つことになるぞ」

 圭介はそう言ったが、ひかるは黙ってうなずいた。

 「隊長と亜矢さんは、緊急対策会議に出席。小島さんは佐倉さんの緊急手術で、聡美さんはその付き添い。副隊長はこの中だけど、関係各方面への連絡でおおわらわだ・・・。誰がいつ戻ってくるかは、全然わからない」

 「・・・」

 「寝ておけよ。全然眠ってないんだから・・・」

 「眠れませんよ・・・」

 ひかるはつぶやいた。

 「みんな自分のできることを必死にがんばっているのに・・・私、何もできないんですよ・・・?」

 「・・・俺だって、大した役にはたっちゃいない。VJの整備が多少できるからって、整備班のみんなにかなうわけがないんだ。俺だって、今は役立たずさ」

 「そんな・・・」

 「今は役立たずでもしかたないかもしれない。けど、明日も役立たずじゃいけない。今は少しでも寝て、頭も体も休めて、ベストコンディションにしておく必要がある。寝ることだって、立派な仕事だよ」

 「でも・・・とても眠れる気分じゃ・・・」

 「だったら、眠らなくてもいいから横になれ。少なくとも、ここで立ちっぱなしよりはマシだ。よく寝るってのは、うちの「家訓」の一つでもあるし」

 そう言うと、圭介はひかるの肩に手を置き、少し強引に引っ張った。

 「俺だって、眠れるかどうかわからない。でも、それしかできないのなら、そうするつもりだ」

 「・・・」

 「寮に戻ろう」

 「・・・はい」

 ひかるはうなずいた。圭介が先に歩き出し、ひかるはそのあとを追う。その時だった。

 trrrrrrr・・・

 ひかるの胸のウェアラブルフォンから、着信音がした。ひかるが圭介を見る。

 「出た方がいい。先に行っている」

 圭介は短くそう言うと、先に歩き出した。ひかるはうなずき、電話に出る。

 「はい、服部です・・・」

 「あ、ひかるちゃん? 私。リーナよ」

 電話の向こうから、明るい声が聞こえてきた。

 「リーナさん? どうして、私の番号を・・・」

 「今病院にいるんだけど、岸本さん・・・だっけ? 付き添いに来てたあなたの小隊の人に偶然会って、教えてもらったの」

 「そうなんですか・・・。でも、何の用です?」

 「ちょっと、ね。実は・・・」

 そう言うと、リーナは用件を話した。見る見るうちに、ひかるの顔色が変わる。

 「わ、私達も、すぐそっちに行きます!!」

 ひかるはそう言って、相手が切る前に携帯を切った。

 「圭介くーん!!」

 圭介の名を呼びながら、ひかるは彼の後を追い始めた。





 ガチャッ!

 「「浪平さん!!」」

 ドアが開くなり、男女の大きな声が病室の中にこだました。その途端

 「シーッ!」

 ベッドサイドに座っていたリーナが、人差し指を口に当て

 「こ、こんばんは、新座さん、服部さん」

 パジャマ姿の健が、ベッドから上半身を上げてペコリと頭を下げた。

 「な、浪平さん!! 具合はどうなんです!?」

 二人がベッドサイドに駆け寄り、叫ぶように尋ねる。しかし、健は顔をしかめて脇腹を押さえた。

 「す、すいません・・・あんまり大声あげると、ちょっと響くんです・・・」

 「ごめんね。ちょっと静かにしてて」

 「ご、ごめんなさい!!」

 リーナが二人を押しとどめ、近くにあったイスをすすめる。

 「それで・・・容態は?」

 圭介がおそるおそる尋ねた。

 「重傷は重傷なんだけど、大したことはないわ。肋骨に一本、少しヒビが入っただけ。全治1週間だって」

 「すいません、心配かけてしまって・・・」

 再び頭を下げる健。圭介は呆然としていたが、すぐに横に座っていたひかるをジロリと見た。

 「誰だ? 肋骨が折れたなんて言ったのは?」

 ひかるから「健が肋骨を折って入院した」という知らせを聞いて、彼女とともにこの病院までファルコンを飛ばしてきた圭介は、そうせずにはいられなかった。

 「だ、だって・・・大けがで肋骨を折ったって・・・あのときはたしかにそう聞こえたんです・・・」

 「大事なことなんだから、肝心なところを聞き間違うなよ!」

 「うぅ〜・・・」

 小さくなるひかる。

 「まぁまぁ、そのくらいにしておいてあげてよ。急な電話だったし、焦って聞き間違っちゃったとしても仕方がないって。ね?」

 リーナがなだめる。圭介は小さくため息をつくと、「まぁいいよ」と言って、ひかるの肩をポンポンと叩いた。

 「それにしても、確かに大けがではありますけど、ヒビが入ったくらいで済んでよかったですよ。でも・・・」

 そう言って、圭介は健の顔を見た。

 「あの時、ケガはないって言ったじゃないですか」

 顔をしかめる圭介。

 「心配かけてすいません・・・でも、本当にあの時は、どこも痛みを感じなかったんです。新座さんが出ていったあとで、歩き出したら痛みが・・・」

 そう言って、健はすまなそうな顔をした。白いシャツの下に、きつく胴体に巻かれたクリーム色の包帯がかすかに見えた。

 「・・・しかたないですね。無事ならなによりですよ。ところで・・・」

 そう言うと、圭介はリーナに顔を向けた。

 「佐倉さんの容態は、どうなんです?」

 その質問に、リーナは顔を曇らせたが、すぐに答えた。

 「さっき岸本さんに会ったけど、手術が始まってから、誰も出てこないんですって。中でどうなっているかわからないけど・・・真由美さんの方は、かなり危険な状態みたい・・・」

 「そうですか・・・」

 病室の中が、重苦しい雰囲気に包まれる。

 「・・・今、SMSはどんな風に動いてるんですか? ここからでは、状況がわからないのですが・・・」

 その沈黙をやぶり、健が質問する。

 「さすがに、混乱の方はだいぶ収まっています。でも、第2小隊やポリスジャケット隊の被害は甚大、新宿の被害状況も深刻です。ですが、例のジャケットの行方はいまだにつかめない・・・。ここまでやられて何もできないなんて・・・屈辱の極みです」

 「・・・」

 圭介が膝の上でかためた握り拳を、ひかるは無言で見つめた。

 「あ、そうだ・・・。これを持ってきたんです」

 そう言うと、圭介は、布に包まれた何かをテーブルの上に置いた。ゴトリ、という重い音がする。

 「に、新座さん、困りますよ。病院にこんなもの持ってきたら・・・」

 「いや・・・俺もそう思ったんですけど・・・。でも、この機会以外に、返すのに適当な機会って、たぶん当分ないと思ったから・・・」

 慌てる健と、頭をかきながら答える圭介。リーナは疑問に思いながら、布を解いてみた。

 「!」

 それは、マルチリボルバーだった。

 「け、圭介君! どうしてこんなものを病院に・・・」

 「非常識だとは思ってる。けど、仕方なかったんだよ・・・借りっぱなしだったんだから・・・」

 その時、弱った顔をした圭介に健が助け船を出した。

 「持ってきちゃったものはしょうがないですよ。とにかく、わざわざ返しに来てくれてありがとうございます。先輩、これ、オフィスに戻るときに一緒に・・・」

 「オーケー」

 リーナは再びリボルバーを布にくるんだ。

 「・・・ところで、この銃なんですけど・・・」

 圭介は、言いにくそうに言葉を発した。

 「すいません・・・せっかく貸してもらったのに、役に立てることはできませんでした」

 そう言って、頭を下げる圭介。

 「あのあとどうなったかは、先輩から聞きましたよ。謝ることなんてありませんって。顔を上げて下さい」

 しかし、健は笑って圭介に頭を上げるように言った。

 「ふがいないですよ・・・。結局、やつらにいいようにさせて、取り逃がしてしまった」

 悔しそうに言う圭介。健は彼をじっと見ていたが、やがて言った。

 「新座さん・・・僕はご覧の通り、当分動けそうにありません。真由美さんも、ひどい怪我を負っている・・・。でも僕は・・・奴らがこれで終いにするとは、どうしても思えないんです」

 健は圭介の目をじっと見つめた。

 「頼みましたよ・・・あとのこと」

 圭介はそれを黙って聞いていたが、やがて答えた。

 「・・・任せて下さい。俺達がこの街を・・・俺達が守るこの街や、仲間を、二度も傷つけさせるほどボンクラではないってことを、思い知らせてやりますよ」

 「私もです・・・。もう絶対に、これ以上好きにはさせません!」

 彼女にしては強い決意のこもった声で、ひかるもそう言った。

 「新座さん、わかっているとは思いますけど、奴は手強いです。くれぐれも、気をつけて下さい」

 「もちろんです」

 「ひかるちゃんも、しっかりね」

 「はい。皆さんの分も、しっかり頑張ります!」

 そう言うと、四人は互いに笑顔を交わした。

 「あ・・・もうこんな時間ですね」

 時計は、3時を示そうとしていた。それを見た圭介とひかるは、立ち上がった。

 「それじゃあ・・・これで。聡美さんに会って、佐倉さんの手術の状況を聞いた後で、署の方に戻ります」

 「気をつけて下さいね。健闘をお祈りします」

 「新座実働員、服部管制員、部署に戻ります!」

 ビシッ!と敬礼をする圭介とひかる。健とリーナは、それに返礼を返した。第1小隊の二人は、小さく会釈をすると、病室から出ていった。

 「・・・あとは、彼らに任せるしかないですね・・・」

 ベッドに体を沈め、健が小さく言った。

 「パートナーのあんたがこれじゃあ、あたしもしばらくはひまかもね・・・」

 リーナが小さく笑う。

 「先輩も、そろそろ分署に戻った方がいいんじゃないですか? しばらく再起不能とはいっても、仕事はあるでしょうし・・・」

 「・・・」

 リーナは少し健の顔を見ていたが、やがて言った。

 「そうね。あんたのケガも、思ったより大したことなさそうだし・・・言うとおり、そろそろ署に戻った方がいいかもね」

 そう言うとリーナは、かけてあったバッグを手に取った。

 「それじゃあ、あたしも失礼するわ。お大事にね。おやすみ」

 「おやすみなさい」





 「聡美さん」

 横からの声に、聡美は顔を向けた。そこには、私服姿の圭介とひかるが立っていた。

 「新座君、ひかるちゃん・・・どうしてこんなところに?」

 長椅子から立ち上がった聡美は、彼らに歩み寄った。

 「浪平さんがケガをして入院したって聞いたんで、お見舞いに」

 そう言った圭介は、先ほど聡美が座っていたイスに、数人の人達が座ってこっちを見ているのに気がついた。一目でそれが誰だか気がついた二人は、丁寧にあいさつをする。

 「佐倉さんのご家族の方ですね・・・」

 聡美はうなずいた。

 「今はみんな、終わるのを待っているわ」

 「それで、佐倉さんの手術は?」

 いまだ手術中のランプがついたままの手術室のドアを見ながら、ひかるが訊いた。

 「始まってから、ほとんど人の出入りがないけど・・・ついさっき、看護婦さんが出てきたから容態を訊いたわ」

 「それで?」

 「危ないところは、通り越したって。まだ完全に安心はできないけど、成功を期待してて大丈夫みたい」

 「そう・・・ですか」

 「よかった・・・」

 笑顔を浮かべて語る聡美に、二人も安堵の笑みを浮かべた。

 「小島さんは普段はああだけど、腕前に関しては折り紙付きだからね。こっちはだいじょぶそうだけど、そっちの方はどう?」

 今度は聡美が尋ねてきた。

 「残念ですけど、こっちの方の進展はありません。隊長も副隊長も亜矢さんも、がんばってはいるんでしょうけどね・・・」

 「そっか・・・」

 聡美は少し残念そうな顔をした。

 「二人とも、こっちのことはあたしに任せて、署に戻った方がいいよ。いつ仕事が来るか、わかんないからさ」

 「ええ。ここにいつまでもいても、役に立てることがあるとは思えないし・・・お任せしますよ、聡美さん」

 「それじゃあ、私達はこれで・・・」

 「うん、がんばってね」

 聡美の笑顔に見送られ、二人は真由美の家族にもう一度会釈をすると、手術室の前から去っていった。





 「ちゃんとかぶったか?」

 「はい、しっかり」

 しかし、圭介は振り返ってヘルメットをかぶったひかるの頭をポンと叩いた。

 「なにするんですかぁ!?」

 「念のためだ。出すぞ。しっかりつかまってろ」

 ひかるは少し不満げな顔をしていたが、圭介の腰に両手をしっかりと回した。

 ブォォォォォン・・・

 軽快なエンジン音とともに、二人を乗せた真紅のエアバイクは病院前から発車した。

 「ちょっとは気分が楽になっただろ?」

 ハンドルを握りながら、圭介はひかるに言った。

 「え? あ・・・はい!」

 「たしかに俺達は、隊長達ほど頭はよくないし、小島さんみたいに直接人の命を助けることもできない。けど・・・だからって、何もできないって落ち込んでる場合じゃないよ」

 圭介はそう言った。

 「そんなんじゃ、俺達よりずっと被害が大きくて、自由に動けない浪平さん達第2小隊に、合わせる顔がない」

 「・・・」

 真紅のエアバイクは、東京本土と海上区とを結ぶ大橋にさしかかった。

 「いちばんいけないのは、俺達なんかだめだって思いこむことだよ。大事なのは、自信をもつことだ」

 「自信・・・ですか?」

 「そう。たしかに前回は、ほとんどやられっぱなしだった。けど、俺達はこれで黙ってていい人間じゃない。俺達はこの街と、そこに住む人の平和な暮らしを守る仕事を任されてるんだぜ? そのことに、もっと自信と誇りを持てよ。俺達は世界一のチームだって。俺達ほど優れたチームがこの世にいるもんか、ってね」

 「世界一・・・ですか? 圭介君、それはちょっと大げさなんじゃ・・・」

 「大げさくらいがちょうどいいんだよ、今みたいな時は。ほんっと、お前って控えめだよなぁ」

 圭介がそう言って小さく笑ったので、ひかるは少し頬を膨らせたが・・・

 「・・・世界一とまではいきませんけど、日本の治安維持特殊部隊の中では二番目か三番目くらい・・・でしょうか?」

 ひかるが小さくそう言うのを聞いて、やはり控えめだなと思いつつも、圭介はうなずいた。

 「そう、その意気だよ」

 「そう・・・ですよね。私達は、日本で最初のSMS、東京都特機保安隊第1小隊の隊員なんですから!」

 ひかるの声に元気が戻ってきたので、圭介はホッと一息ついた。

 「根拠があってもなくても、自信を持つのはいつだって大事なことなんだ。それだけでも、気持ちはずっと明るくなる。もう吹っ切れただろ?」

 「はい!」

 「よっしゃ! 飛ばすぞ!」

 圭介は、ファルコンのアクセルをふかした。スピードがグンと上がる。

 「とにかく、早く帰って寝ようぜ。今度は眠れそうだろう?」

 「たぶん・・・大丈夫です。圭介君が一緒なら、もっと安心して眠れると思いますけど・・・

 「ん? なんか言ったか?」

 「あ・・・な、なんでもありません!」

 「気になるな。言ってみろよ?」

 「なんでもないんです!」





 「う・・・ん」

 顔に当たるまぶしい光で、仁木は目を覚ました。

 「あ・・・朝・・・?」

 ムクリと上半身を起こし、少し乱れて顔にかかっていた綺麗な青い前髪を整えながら、仁木は自分の机の上を見た。関係各所に送った連絡のコピーと、その返事として送られてきた書類が、寝る前そのままに散らばっていた。続いて、机の上の時計に目をやった。時計は、午前8時を指そうとしている。

 「・・・」

 たしか、忙殺されていた関係各方面への連絡が一段落つき、睡魔に勝てずに少しこの場で仮眠をとろうとしたのが3時10分頃だった。2時間ぐらい寝て起きればいいと思っていたが、実際は5時間近く眠ってしまったようだ。仁木はそのことに苦笑した。

 「おはようございます、副隊長」

 圭介の声がしたのは、その時だった。

 「!?」

 仁木は珍しく、イスから転げ落ちそうになるほど驚いた。慌てて圭介が身を乗り出そうとするが、仁木は自力で体勢を取り戻していた。

 「すいません、おどかしちゃって・・・」

 「ビックリしたわ・・・なぜこんなところに?」

 「なぜって・・・8時ですよ。いい加減仕事の時間ですもん」

 机の上に新聞を広げた圭介は、当然のように言った。

 「新座君も人が悪いわね・・・。来てるなら、起こしてくれればよかったのに」

 仁木は不満げに言った。

 「あんまりよく寝てたんで、起こした方が怒られるんじゃないかなって思って」

 「別にいいわよ、変な気配りしなくても。多少睡眠不足でも、そのぐらいで任務に支障をきたすようじゃ・・・!」

 と言いかけた仁木の口から、おもわずあくびがでかけた。慌てて口を押さえる仁木。圭介は何も言わなかったが、おかしそうな笑いをどうにかかみ殺している様子だった。

 「と、ところで! 服部さんはどうしたの?」

 照れ隠しの意味もあり、少し大きな声で仁木が尋ねる。

 「あいつなら・・・」

 と、圭介が言いかけたとき、オフィスの自動ドアが開いた。

 「あ、副隊長、起きてたんですか。おはようございます」

 いつもの明るい笑顔で、ひかるが挨拶をした。ティーセットの乗ったお盆を持っている。

 「あ・・・うん。おはよう」

 ひかるはお盆を自分の机の上に置き、ポットから焦げ茶色のお茶をカップに注ぎ始めた。

 「シナモンティーを煎れたんです。副隊長も、いかがですか?」

 「ええ・・・いただくわ」

 仁木がうなずくと、ひかるはシナモンティーの注がれたカップを差し出した。

 「どうぞ」

 「ありがとう」

 「はい、圭介君も」

 「サンキュー」

 温かく湯気のたつシナモンティーを、3人は静かに飲んだ。

 「・・・おいしいわ。頭の方も、すっきりしてきたみたい」

 「ありがとうございます」

 「それにしても、服部さんも起こしてくれないなんてね」

 「気持ちよさそうな寝顔でしたので・・・起こすのは、ちょっとよくないかな、って思って・・・」

 「二人とも、変なところに気を使うのね・・・」

 仁木は苦笑した。

 「で、どうなの? 二人とも、よく眠れた?」

 「いえ、それが・・・」

 ひかると顔を見合わせて、圭介が答え始めた。

 「俺もひかるも落ち着かなくて、整備班の仕事を手伝ったり、病院へお見舞いにいったりしていたから、結局睡眠時間は副隊長と大して変わらないことに・・・」

 「そんなことだろうとは思ったわ・・・」

 仁木はため息をついた。

 「みんな仕事に忙殺されてるから、あなた達だけでも休んでてほしいって思ってこうしたのに・・・」

 「すいません・・・」

 「でも、仕方ないわね。二人とも、人一倍責任感が強い性格なんだから・・・。それで? 気分は落ち着いた?」

 「俺もひかるも、バッチリ気合いを入れ直しましたよ。落ち込んでる場合じゃないってことは、よくわかってますから」

 力強く言う圭介の横で、ひかるもうなずいた。

 「その意気なら、大丈夫そうね。・・・ごちそうさま」

 仁木は空になったカップを置いた。

 「ずいぶん忙しかったみたいですね。やっぱり、俺達も手伝った方がよかったんじゃ・・・」

 何事も整然としている仁木であるが、今の彼女の机の上は、珍しく乱雑である。

 「いいのよ。あれぐらいの仕事、一人でも十分だわ」

 それを整理しながら、仁木が言った。

 「そう言えば、お見舞いにいったって言っていたわね? 佐倉隊員の具合は・・・?」

 「聡美さんの話じゃ、峠は越えたって言ってました。今頃は・・・」

 と、圭介が言いかけたときだった。

 「おはよ〜!」

 「ふあ〜あ・・・なんかこう、帰ってきたって感じがするなぁ」

 聡美は元気に片手を上げ、小島は大あくびをしながら入ってきた。

 「お、おはようございます! あの、二人が戻ってきたってことは・・・」

 「その通り!」

 「助かったぜ。もう安心だ」

 Vサインをする二人。それを見て、圭介達は笑顔を浮かべた。

 「お、新座。なんかスッキリしそうなもん飲んでるな?」

 「シナモンティーです。小島さん達も、飲みますか?」

 「ああ、助かるよ。手術室に入ってからここまで、飲まず食わずでさ。腹は減るし眠いし・・・」

 「飲み食いも眠気も忘れてたっていうのが正解でしょ。ひかるちゃん、あたしにも!」

 「はーい!」

 笑顔でお茶を入れるひかる。

 「佐倉隊員のケガの具合はどうだったの?」

 「一時はかなり危なかったですね・・・おっと、ありがと」

 ひかるからお茶を渡される小島。

 「砲弾が胸部を直撃。爆発の衝撃で肋骨が四本折れて、傷ついた内蔵から出血が起きてました。刺さってなかったのは幸いでしたけどね」

 「うわぁ・・・」

 「だけど、もう安心ですよ。久々に難しい手術でしたけど、スタッフの方も優秀だったおかげで、折れた肋骨の除去と接続、内臓の止血、その他縫合からなにやら、全部完璧と言っていいくらいうまくいきました。まだ意識は戻っていないし、ICUにいますけど、意識が戻るのも時間の問題ですよ」

 「そう・・・よかったわ。ありがとう、小島君」

 「いや・・・それにしてもですよ」

 シナモンティーを一口飲み、小島が深刻そうな顔をした。

 「俺も実働員ですから、VJの頑丈さは体でわかってるつもりですけど、VJの装甲で保護された実働員の体にあそこまでのダメージを与えられるなんて、恐ろしい火力ですよ」

 「俺も、それを思ってました」

 圭介がうなずく。

 「でも・・・何が目的なんでしょう?」

 ひかるのその言葉に、全員が振り向いた。

 「少し調べてみたんですけど、壊したビルにはなんの共通点もありませんし・・・なにか目的があって、あんな破壊活動をしたとは、私には思えないんです」

 「たしかにな・・・」

 「あれは目的じゃなくて、手段だった・・・そう考えるべきだと思うわ」

 仁木が静かに言った。

 「手段・・・ですか?」

 「手段と言うより・・・餌ね。私達をおびき寄せるための・・・」

 「俺達をおびき寄せるために、あんなことをしたって言うんですか? でも、なんで俺達を・・・」

 「おそらく、データ収集ね」

 仁木はきっぱりと言った。

 「服部さんが考えていたことと同じことは、私も気になっていたわ。あのジャケットの行動には、単なるテロ活動としては納得できないことがあるのよ。まず第一は、服部さんが言ったように、ビル街の破壊自体になんらかの目的が存在するとは思えない」

 ピッ、と仁木が上げた人差し指に、全員が注目する。続いて仁木は、中指も同じように上げた。

 「第2。ポリスジャケット隊が到着し、第2小隊が到着し、そして、私達が到着しても・・・奴らはおとなしく引き揚げなかった。私達の後に、第3小隊やポリスジャケット隊の応援が駆けつけてくる可能性だって、普通なら考えるはず。それでも奴らは、しばらくの間たった2体のジャケットで、私達と互角以上に戦ったのよ。性能に自信があったみたいだし、たしかにそれは事実だった・・・。けれど、いくら性能がよくても、6体のVJとポリスジャケット隊を向こうに回して戦おうなんて、普通は考えない。テロ活動が目的なら、あらかじめ予定していた破壊活動を終えるとか、何らかの目的を達成した時点で、すぐに逃げようとするはずだわ」

 仁木の言葉に、全員が聞き入っていた。

 「第3、戦闘中の奇妙な行動。新座君の報告にもあったけど、空を飛ぶジャケットの方は、新座君が浪平隊員のVJを修理している間も、もう一体のジャケットの加勢に出向くことなく、そのまま上空を旋回していた。二人が出てくるのを待っているように・・・そうだったわね?」

 「は、はい」

 圭介がうなずく。

 「他にも彼らは、私達との戦闘に時間をかけるような行動をとっていた・・・。基本性能はともかくとして、武装は私達よりも格段に上のジャケットよ。その気になれば、第2小隊だけでなく私達にも壊滅的なダメージを与えて、撤退に追い込むことだってできたんじゃないかしら・・・悔しいけれど」

 「それは・・・その通りですね」

 「あたし達への挑戦?」

 「おそらく、そんなロマンチックな理由じゃないわ」

 仁木は少しうつむいて言った。

 「あれを着けて動いていた人間・・・素人じゃないわ。銃弾が飛び交うような状況には、私達以上に慣れている人間。動きがそうだった」

 「戦闘のプロ・・・傭兵か、テロリスト、ですか」

 「そういうことになるわね」

 仁木がうなずく。

 「さっき言った三つのことから考えて、おそらく、奴らの目的は、私達と戦って得られることよ」

 「俺達と戦って得られること?」

 「例えば、どんな?」

 「実際に使っているとつい忘れがちになるけど、私達が使っているVJは、世界最高水準の性能をもつジャケットよ。着用する人間がよければ、軍用ジャケットと戦っても負けることはないぐらいの。岸本さんがあのジャケットの装着者だったとして、それを倒したとしたら、どう思うかしら?」

 「え? えっと・・・とりあえず、自慢するかな?」

 「子どもかお前は。誰に自慢すんだよ」

 小島が茶々を入れた。だが、仁木は微笑む。

 「それも正解の一つね」

 「へ?」

 「ほら見ろ」

 「えばるな」

 にらみあう小島と聡美。

 「デモンストレーション・・・ってことですか?」

 それをしりめに、ひかるが仁木に尋ねる。

 「その通り。あれをどこの誰が作ったのかはわからないけれど・・・あれを軍用ジャケットとして売り出すつもりだったら、私達のVJと戦って、うち2体を大破させたという実績は、相当ウリになるはずよ。こんなこと、自分で言うものじゃないけれど・・・」

 「なるほど。商品に箔をつけるとしたら、軍用ジャケットならそうするのが一番かもね」

 「やっぱり、そういうことまで考えて言ったんじゃないんじゃないか」

 「うるさいなあ。正解したんだからいいじゃない」

 「売り出すつもりじゃないとしても、戦闘自体から得られるデータそのものも貴重なはずね。そのデータをもとに、改良した新型を製作することもできるだろうし」

 「倒すにしても、戦うだけにしてもおいしい相手・・・というわけですね」

 「平たく言えば、そういうことになるわね」

 圭介の言葉に、仁木がうなずく。

 「くそっ、俺達をコケにするばかりか、俺達を倒して名を上げようとしたり、経験値稼ごうとしたり・・・。俺達ゃRPGのザコキャラか!?」

 「ザコキャラ倒しても名は上がんないと思うよ。ボスキャラだよボスキャラ」

 「よくわからない怒り方するわね、あなたたち・・・」

 仁木がそう言って、ため息をついたときだった。

 「!?」

 周囲が突然、闇に包まれた。と思ったら、次の瞬間には・・・

 「おお、ほんとにオフィスだ。すごいな。でもなるほど、こういうものだったとは・・・」

 「・・・」

 ドアの前に、会議に出席していたはずの小隈と亜矢の姿があった。

 「わぁ、元気がいいこと。もう全員集合してるのか」

 すでに全員集まっているオフィスを見回し、小隈が言う。

 「亜矢さんはともかく、なんで隊長までボスキャラみたいな登場をするんです!」

 「ボスキャラの話はもういいじゃないですか」

 「ボスキャラ? なんの話だ? まあいい。せっかく桐生が同行してたことだし、頼んで一緒に瞬間移動で帰らさせてもらったんだよ。すごいな。さっきまで本部にいたと思ったら、まばたきしたらもうここだ」

 「大したことでは・・・ありませんよ」

 亜矢お得意の瞬間移動を体験し、興奮気味の小隈。

 「そんなことより、会議の結果はどうだったんです?」

 仁木が少しうんざりした様子で言った。

 「ああ、すまん。興奮してた。・・・その前に、お前達はなんの話をしていた?」

 「例のジャケットの目的について、あれこれ推測を・・・。副隊長がデモンストレーション説を出して、俺達もそれが正しいんじゃないかと話してたところなんですが・・・」

 圭介の手短な状況説明に、仁木達もうなずく。

 「なるほど。そういう話なら、会議でも出ていたな?」

 亜矢の顔を振り返る小隈。亜矢は黙ってうなずいた。

 「やっぱり他の小隊や上の方、それに警察なんかも、そういう風に考えているんですか?」

 「確証はもちろんないが、仮説としては一番信憑性があるからな」

 「目的はそうだとして、他のことは? 奴らに対する対抗策などは、出なかったのですか?」

 仁木が質問したが、小隈は首を振った。

 「奴らの行方も正体もつかめん。決定的な対抗策も、昨日の今日に出せるわけじゃない。わかったのは、俺達は今のところ、無力だということだけだ」

 「そんな・・・」

 ひかるが残念極まりないという顔をする。他の隊員達も表情はそれぞれだが、失望や憤りを感じているようだ。

 「・・・そんな顔をするなよ。言ったろう? 「今のところは」、俺達は無力だって」

 苦笑しながら言う小隈に、全員が怪訝そうな顔をする。

 「「今のところは」って・・・じゃあ、もう少したてば、無力じゃなくなるんですか?」

 「「決定的な対抗策も、昨日の今日に出せるわけじゃない」。そうも言ったはずだ。でも・・・決定的かどうかはわからんが、対抗策なら・・・あるさ」

 そう言って、小隈がニヤリと笑った。その時、オフィスのドアが開いた。

 「おじゃまするぜ」

 「おやっさん」

 入ってきたのは、作業服姿の楢崎だった。

 「小隈さん。例のもの、今届いたぜ。今若い奴らがガレージに運び込んでる」

 「あ、言ってるそばから届きましたか。恐れ入ります。すぐ行きますから、先行ってて下さい」

 「あいよ」

 楢崎はそう言うと、再びオフィスから出ていった。

 「どういうことです?」

 怪訝そうな顔をして尋ねる圭介。だが小隈はニヤニヤ笑いながら、その背中を押し始めた。

 「さーさ、ガレージに行った行った。百聞は一見に如かず」

 「ちょ、ちょっと隊長・・・押さなくても行きますから・・・」

 「どうした、お前らもついてこい」

 小隈は圭介を押して、オフィスから出ていってしまった。

 「なにあれ?」

 「さあ・・・」

 「ガレージで何か、いいことあるんでしょうか?」

 「どうもそうらしいね・・・」

 「行きましょ。ここでじっとしてても仕方ないし」

 仁木の言葉に全員がうなずき、小隈達のあとを追い始めた。





 「おお〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

 ガレージに入った途端、彼らは驚きと感嘆の混じった声をあげた。目の前の床には、形も大きさも様々な道具が並べられていたのである。

 「これって・・・」

 「はいはい、気をつけ」

 その時、後ろから小隈が手を叩きながらやって来た。その前に、隊員達が素早く整列する。

 「どうだ? 一目見た感想は?」

 ニヤニヤしながら、小隈が問う。

 「はぁ・・・すごいのもあれば、何に使うのかわからないのも・・・あれ、なんなんです?」

 「まぁ待て。今から説明する」

 そう言うと小隈は、一列に並べられた道具の横に立った。

 「紹介しよう。これがお前達の新兵器だ!」

 「し、新兵器!?」

 全員が驚く。

 「新兵器って、どういうことなんです!? いつの間にこんなものを・・・」

 圭介が目の前に並べられたものを見渡して尋ねる。

 「それをこれから、順を追って話す。そもそもこれを用意しようと考え始めたのは、ずいぶん前からだった。しかし、実際に計画にとりかかったのは、今から3ヶ月前・・・」

 「計画?」

 「そうだ。今年はどの小隊にも、それぞれ新人隊員が実働員、管制員一人ずつ配属された。うちの場合、それは新座、服部、お前達だったが、今回もお前達のような優秀な人材に恵まれ、とてもうれしく思っている。それに、仁木達先輩にあたる隊員。お前達も、いつもこちらの期待以上の働きをしてくれている。感謝しているぞ」

 「あ、ありがとうございます・・・」

 なぜこんなことを言うのか、隊長の話を読むことができないまま、隊員達はとりあえずお礼を言った。

 「というわけで、うちの小隊も見事に優秀な人的資源の獲得に成功し、日夜活躍しているわけだ。だが・・・」

 そこで小隈は、一旦言葉を切った。

 「・・・人材が優秀なだけじゃ、SMSの力にも限度がある。さらにSMSを頼りになる治安維持・人命救助特殊部隊に育てていくには、どうしたらいいか。答えは簡単だ。人間というハードに、性能のいいソフトを与えればいい」

 「それってつまり・・・俺達に性能のいい機材を持たせる、ってことですよね」

 「その通りだ」

 「回りくどい言い方しないで下さいよ」

 首を振る圭介。

 「そういうわけで、新型機材の開発と配備を行うことになったわけで、これには科学者としても優秀な、第3小隊の木戸隊長の力も借りた。さて、ここからが重要な話だが・・・俺は今回の新型機材開発計画にあたって、一つ思うことがあった。それはこれまでの機材のように、誰が扱うかということの前提のないものでなく、最初からある個人が使うことを想定した機材を作ろうということだった。つまりは・・・専用装備だ」

 「専用装備!?」

 その言葉に、全員が驚く。

 「そ、それって、装備すると3倍のスピードで動けるとか、そういうことですか!?」

 「アホか! 「専用」の意味のはき違えだ! 俺達ゃ赤い彗星や青い巨星か!?」

 「・・・」

 「全然違うぞ、岸本。説明を進めさせてもらう」

 妙な会話が終わるのを見届け、小隈は再び口を開いた。

 「要するにだ。プロボーラーが自分にあわせた特注のマイボールを持っているように、仁木、小島、新座、お前達それぞれの特性にあわせた機材を開発する。それが、この計画の重要なポイントだったんだ」

 「私達それぞれの特性・・・」

 実働員達が顔を見合わせる。

 「実際に開発をスタートさせたのが3ヶ月前。新座が配属されてからの3ヶ月は、新座の適性を見極めるために使わさせてもらった」

 「そ、それはご苦労様です・・・って、そんなことするより、直接俺達にどんな機材が欲しいか、聞けばよかったんじゃないですか?」

 圭介が疑問を口にすると、他のメンバーもうなずく。

 「お前達が欲しい機材じゃないの。必要なのは、お前達にあった機材なんだよ。お前達の欲しい機材を作ったって、それを実際に使いこなせるかどうかは別の話じゃないか。話題のゴルフクラブを買ってみたけど、自分にはどうも使いこなせなくて、結局やめちゃったっていうのと同じだよ」

 「そりゃ隊長の話でしょ・・・」

 そんな話を以前聞いたことのある聡美がつっこんだ。

 「でも、わかるだろう? 欲しいものと本人にあうものは、必ずしも一致しない。人それを「ミスマッチ」という」

 「そのまんま」

 「とにかく。自分が思ってるより、他人の方が自分についてよく知ってるってこともある。お前達の口から聞くよりも、実際に任務を行っているお前達をいつも見ながら見極めてきたお前達の特性に基づいて新型機材を作った方が、この場合はいい結果になる。そう思って作ったわけだ」

 そう言うと、小隈は再び並べられた機材に目を移した。

 「さて、待たせたな。いよいよ各機材の説明といくか。もっと近くに来ていいぞ」

 言われたとおり、機材の近くに寄って機材をよく眺め始める一同。

 「まず、こいつからいこうか」

 そう言うと小隈は、一番右端に置いてある機材を指さした。ただ、それを機材と言っていいのかどうか、ちょっと判断に迷う。なぜなら見かけは完全に、日本刀なのだから。

 「たぶんわかると思うが、これは仁木のために作った機材だ」

 「やっぱり・・・」

 「この中で日本刀使える人なんて、副隊長だけだもんね」

 「しかし隊長・・・なぜ日本刀が機材なのですか?」

 仁木がもっともな質問をする。

 「たしかに、外見は完全な日本刀だ。だが・・・こいつはただの日本刀じゃない」

 小隈は笑いながら答えた。

 「こいつの正式名称は、超振動ブレード。刀自体の切れ味もさることながら、刀身の超高速振動によってさらに冴える切れ味を見せる。つまりは、刀の形をした超振動カッター、というわけだ」

 「これが・・・超振動カッター?」

 刀を見つめながら、仁木は自分がよく使っている、電動鋸のような機材を思い浮かべていた。

 「以前からお前は、あれをよく武器として使っていたからな。ただ、あれは本来障害物除去用の装備だ。戦闘用に使うとしたら、もっといい形があるはず。そう考えて、天然理心流の有段者であるお前のために、刀の形をとった。この形なら、お前も存分に腕前を振るえるだろう。戦闘の他にも、障害物を切り裂くのにも使えるだろうしな。こいつの性能にお前の剣技が加われば、こわいものなしのはずだ」

 「あ、ありがとうございます。あの・・・抜いてみていいでしょうか?」

 「お前の道具だ。じっくり見てくれ」

 それにうなずき、仁木は刀を手に取り、鞘からゆっくりと抜いた。

 「意外に軽いのですね・・・」

 シュランッ・・・

 「・・・」

 手首を返したり戻したりしながら、美しい刃紋に見入る仁木。ライトを反射する冷たい刃に、他の隊員達が少しうろたえた。

 「長さや反りは、どのぐらいでしょう・・・?」

 「長さ80cm、反り2.7cmだそうだ」

 「パーフェクトですね」

 仁木はそう言うと、剣を鞘におさめた。と、その時だった。仁木は鞘に金文字で彫り込まれた銘に気がついた。

 「童子切・・・安綱?」

 「ああ、言い忘れてた。その刀の名前、だそうだ」

 「ほぅ・・・酒呑童子を倒した刀と同じとは・・・由緒ある名前ですね・・・」

 亜矢が感心したように言う。

 「酒呑童子?」

 「平安時代の伝説に出てくる・・・鬼の総大将だよ・・・。源頼光という武将とその部下が・・・それと同じ名前の刀で・・・討ち取ったんだ・・・」

 「へぇ〜」

 「由緒ある名前、というわけね」

 仁木が感慨深げに「童子切安綱」を見つめる。

 「ありがとうございます、隊長」

 頭を下げる仁木。

 「礼を言うのはまだ早いぞ、仁木。この機材も、お前のものだ。もっともこっちは、開発したわけじゃないんだが・・・」

 そう言って小隈が見たのは、「童子切安綱」の隣に置いてある、やけに銃身の長いライフルだった。

 「これなら知っています。たしか、陸自が今年開発したばかりの、87式完全消音狙撃銃「ヨイチ」ですよね? 詳しいスペックはたしか、口径10mm、最大射程3700m、初速800m/秒・・・」

 「さすがに詳しいな。その通りだ」

 「でも、どうしてこんなものがここに・・・」

 「そこはそれ。ちょっとつてを頼ってね」

 小隈はちょっと意味ありげに言った。

 「つて・・・?」

 「教えようか? 実は、陸自が次期主力ジャケットの開発を松芝さんに依頼していてね。松芝さんにはお世話にもなってるけど、貸しも結構あるから、技術提供するかわりにこいつを一挺ゆずってもらえないか頼んでほしいって、ダメもとで頼んだんだよ。そしたら、これがうまくいってね・・・」

 「そんなことが・・・」

 「できちゃった以上、誰にも文句は言えないだろ?」

 そう語る小隈を、隊員達は信じられないといった目で見つめた。

 「し、しかし隊長・・・いくら私が射撃が得意でも、これは威力が強すぎて、使い道が・・・」

 あまりに性能の高すぎるものを渡され、仁木は戸惑いの表情を浮かべた。

 「もちろん、使う相手は大型のロボットとか、装甲の厚いジャケットなんかに限られるだろうな。どんなときに使うか、それはお前の方がよく判断できるはずだ。任せる」

 「は、はい・・・。でも、私だけ二つも機材をもらうというのは・・・」

 残っている機材は二つ。どう考えても、小島と圭介には一つずつだろう。

 「いいですよ副隊長、遠慮しなくても」

 「そうそう。副隊長の特権だと思って・・・」

 「その通りだ。それに、残りの二つだって、それに負けないすばらしい機材だ。さて、次は小島の番だな。お前の専用機材は・・・これだ」

 そう言って小隈が指さしたのは、「ヨイチ」の隣に置いてあった機械だった。

 「えーっ!? これが俺の機材なんですかぁ!?」

 明らかに不満そうな声で小島が叫ぶ。無理もない。その金庫のような形をした四角い機械は、お世辞にも見栄えがよいとは言えなかった。スイッチやらダイヤルやらキーボードやらマイクやら、その他雑多な入力装置がつき、さらにディスプレイもついている。見た限りでは、かなり複雑な機械であることには間違いなさそうだが、何に使うのか見当がつかない。下の方には、自動販売機の商品が出てくるところのような四角い穴が開いていた。

 「そうあからさまにイヤな顔をするなよ。こいつがどんな機能を持っているかを知ったら、お前は泣いて喜ぶぞ」

 「んなおおげさな・・・。まぁいいや。早く説明して、俺を泣いて喜ばせて下さいよ」

 「言われるまでもなくそうするさ。さて、口で説明するより、実際に動かしてみる方が早い。小島、そのマイクに向かって、「風邪薬」と言ってみろ」

 「へ? なんでそんなことを?」

 「いいからやれ」

 小島は首を傾げながらも、言われるとおり機械についたマイクに口を近づけ、

 「風邪薬」

 と言った。その途端

 ガシャッ!

 シートに入った錠剤が、機械の下の穴から出てきた。それを見て驚く小島達。小島は出てきた錠剤をしげしげと見つめる。

 「ほんとに風邪薬が出てきた・・・。隊長、これって」

 「驚いたか。これがお前の専用機材、万能薬品製造装置、「カラドリウス」だ」

 そう言って小隈は、軽く機械を叩いた。

 「これの中にはVJのバックパックと同じ空間圧縮技術により、約10万種以上もの薬品・化学物質を収納している。さらに搭載された小型コンピュータが自動的に行程式を作り上げ、自在に薬品を調合することができる。さらに化合する薬品や物質を指定し、新薬を作ることもできる。つまりは、動く薬品製造プラントだ。この機械がどんな役に立つか、わからんお前じゃないだろう?」

 驚いていた小島は、コクコクとうなずいた。

 「す、すげえ・・・。これさえあれば、出動先にどんなけが人や病人がいても、症状に応じて的確な薬品が作れる・・・!」

 そう言うと、小島は隊長に顔を向けた。

 「ありがとうございます、隊長! ほんとにスゴイですよ、この機材! まさに俺にピッタリな道具です!」

 さすがに泣きこそしなかったが、小島は狂喜していた。

 「そう喜んでくれると光栄だよ。さて、最後になったが新座、これがお前の機材だ」

 そう言って小隈が指さしたのは、当然最後に残ったものだった。

 「・・・これが圭介君の機材なんですか? なんだか地味です」

 ひかるが不満げに言った。無理もない。その機材というのは、水道管を30cmほどで輪切りにしたような、見た目は全くの金属の筒だったのだから。

 「そう言うのは早いだろ、ひかる。小島さんの機材だって見た目は妙だけど、たしかにすごい機材なんだから」

 それを圭介が軽くたしなめた。

 「それもそうですね・・・」

 「そんじゃ、説明といこう。こいつはVJを着た状態でこうやって、腕にはめて使う」

 そう言って小隈は、その金属の筒を右腕にはめて見せた。

 「既に警察や海保なんかで実用化されている、空気砲という武器を知っているな? 圧縮空気の塊を発射する、相手を殺傷する危険性のない武器だ。こいつはそれを、さらに強化発展させたもので、名前を真空砲という」

 「真空砲・・・」

 その名前を復唱する圭介。

 「こいつは空気砲とは異なり、発射の寸前には砲身内部がほぼ真空状態となる。これによって、空気砲とは比べものにならない威力の圧縮空気の砲弾を発射することができる。コンクリートはもちろん、最大出力で撃てばチルソナイトでできた壁だってぶち抜けるだろう。消火にも使えるが、戦闘でだって十分通用する」

 「た、隊長! そんなすごいもの、普通の任務じゃ使えませんよ!」

 「大丈夫だ。どの程度の威力にするかは、自在に調節できる。だが、すごいのはそれだけじゃない。こいつの砲口には複雑なギミックがついていて、口径や砲口の形状を自在に変えることができる。これによって、広範囲に衝撃波を拡散させたり、口径を絞ってライフル弾のように初速の早い空気の塊を発射したり、いろんな空気砲弾を発射できる。使い方はまさに自由自在。今回揃えたジャケットの中でも、自由度の高さは一番だと言っていいだろう。とっさの判断や工夫した機材の使い方ができるお前には、これがピッタリの機材のはずだろう」

 そう言って小隈は、真空砲を圭介に手渡した。

 「こいつが俺の・・・新兵器」

 渡された金属の筒を、しげしげと見つめる圭介。

 「すごい道具だと思いますか、圭介君?」

 「さて・・・使ってみないと、どうかはわからないな。けど・・・」

 そう言って圭介は、ひかるに振り返った。

 「俺だけのために作られた、世界に一つの道具なら、使いこなしてやらなきゃならないじゃないか」

 そう言って、ニッと笑顔を浮かべる圭介。説明を聞く限り、どうやら圭介は気に入ったということを察し、ひかるも笑顔を返した。

 しかしそれもつかの間、圭介は真剣な顔に戻り、小隈の顔を見る。

 「隊長・・・この新型機材で、俺達は奴らに勝てるでしょうか?」

 圭介の率直な質問に、全員が小隈の顔を見る。

 「・・・これは、奴らに勝つために作り上げた新兵器じゃない。そのずっと前から、開発はスタートしていたんだ」

 小隈は無表情にそう言ったが、やがて、自信に満ちた表情になって続けた。

 「これは、奴らに勝つためだけに作ったんじゃない。お前達が臨むことになる、あらゆる任務を切り抜けるために作った新兵器だ。どんな事件が起きようと、どんな災害が起ころうと、その脅威から尊い命と平和な街を守るのが、お前達の仕事だ。奴らを倒すなど、そんな任務の一つに過ぎない。だが・・・お前達がその機材を使って初めて手に入れる勝利が、SMS始まって以来の被害をもたらしたあのジャケットの打倒というのも、華々しくていいかもしれない」

 そう言うと小隈は、部下達の顔を一人ずつ見ていった。

 「最高のチームに、最高のアイテム。こうなったらもう、お前達はみっともないミスなんかできないぞ。・・・今まで以上の覚悟と誇りを持って、自らの任務に全力を尽くすことを隊長として期待する。いいな?」

 「了解!!」

 ザッ!と正式の敬礼をとる音と、隊員達の誇りに満ちた声が、ガレージの中に響き渡った。





 同じ頃。横浜港から少し離れたところにある倉庫街の一角に、カエルをトレードマークとする運送会社のトラックが停まっていた。トラックの運転席と、それが停まっている倉庫の入り口には、一人ずつ男がいた。一見所在なさげにタバコをふかしているだけのように見えたが、見る者が見れば、男達の目にはどこか鋭さがあり、時々周囲に目を配っていることがわかっただろう。

 その倉庫の中では・・・今、数十人の男達に囲まれ、二体のジャケットが整備を受けていた。

 「やー、大したもんだねこのジャケット。あれだけ対ジャケット用の硬芯弾を食らったってのに、全然こたえてないんだもん」

 無骨なスタイルの黄色いジャケット・・・デストロスを前に、少女がのんきに言う。トレードマークともいえる巨大なキャノン砲は取り外され、別に整備を受けていたが。しかし、データの記された紙のファイルを持ち、そのジャケットの前に立って状態を調べている五厘刈りの技術者は、顔をしかめていた。

 「こたえてほしいのはあなたですよ。たしかにデストロスの装甲は普通のジャケットとは比べものになりませんが、デストロスの場合、それじゃあ意味がありません。あのシールドを使えば、ほぼ無傷で帰還することも理論上は可能で・・・」

 口うるさく少女に言う技術者。だが、少女はうるさそうに首を振った。

 「たしかにあのシールドは便利だよ。だけど、守ってばっかじゃ結局勝てないじゃない。キャノン砲だけじゃ敵は仕留められないし、どうしても短機関銃やロッドを使うことになるんだよ。そうなると、あの大きい盾邪魔でさ」

 「邪魔とはなんです! あれこそがデストロスの最大の特徴なんですよ、それを・・・」

 とケンカになりかかったところに、丸いサングラスをかけた男がスッと入ってきた。

 「すまないな。せっかくのウリを、前回の仕事では活かせなくて」

 そう言って男は、少女の頭に手を置いて少し強引に頭を下げさせた。

 「アニキ! なにすんのよ!?」

 「クライアントを満足できる仕事ができなければ、傭兵として失格だ。仕事なら、好みがどうとなど言っていられない。わかっているだろう」

 サングラスの下の鋭い目が、少女をにらみつけた。

 「う・・・ごめん」

 今度は少女は、自らの意志で頭を下げた。それを見届け、男は言う。

 「俺もこいつも、今回の仕事では十分なデータを得ていない。不足している分は次できっちり帳尻をあわせるから、今回は大目に見てやってくれないか?」

 五厘刈りの男を含め、整備員達は唖然としてそれを見ていたが・・・

 「まあ、今回の戦闘でもいいデータは得られましたし・・・これ以上目くじらはたてませんよ」

 五厘刈りの男・・・技術主任アルフは、頭をかきながら言った。

 「そう言ってもらうと助かる。ところで・・・次の仕事は、いつになる?」

 「先ほど総裁から連絡がありまして・・・三日後、幕張でやるそうです」

 「三日後・・・か。わかった。その時になったら、またここへ来る。整備をよろしく頼む。それじゃあ」

 そう言うと男は、少女とともに出口へと歩き出した。

 「どちらへ?」

 「千葉にあるテーマパークだ。アメリカとフランスのには行ったことがあるが、日本のはまだ行ったことがない。こいつがうるさくてな」

 「そんじゃ、楽しんでくるね〜!」

 そう言って、歩き出そうとする二人。と、男の足が止まった。

 「どしたの、アニキ? 早く行こうよ」

 だがそれにかまわず、男は整備員達を見回してある整備員を認めると、彼に近づいた。

 「あんただったな? 昨日の仕事で、メガネを預かってくれたのは?」

 それは、昨日出撃前に男に頼まれ、サングラスを預かった整備員だった。

 「え、ええ・・・」

 「大したものじゃないが、一応礼だ。スカンジナビアで仕事をしていたときに手に入れたものだが、植えると綺麗な花が咲く。試すといい」

 そう言って男が渡したのは、植物の種だった。

 「あ、ありがとうございます・・・」

 「それじゃあな」

 男はそう言うと、待っていた少女と出ていった。整備員達はそれを唖然として見ていたが、やがて

 「仕事に戻るぞ」

 という五厘刈りの男の言葉に、我に返って仕事を始めた。

 「主任、あの二人、どんな人間なんですか? 正直、わけがわかりませんけど」

 種をもらった整備員が、五厘刈りの男・・・主任に尋ねた。

 「わからなくて当然だ。銃弾と炎の中をくぐり抜けてきた連中のことなど、普通の人間が理解できるはずもない」

 主任は淡々と仕事を続けながら言った。

 「「ワイリー・コヨーテ」と「ワイルド・メアー」・・・。本当の名前も経歴も、何もわからない二人組。一つだけ確かなのは、彼らがこれまで少しでも腰を据えていた場所に、硝煙の匂いのしなかったところはない、ということさ。この世界に身を置いていれば、いつかはあの二人のことをよく知ることになる」

 主任は口元に笑みを浮かべた。

 「まあ、彼らがどんな人間かなんてことは、私には興味はない。私の夢をかなえるのを手助けしてくれる人間は、理由や素性はどうあれ、皆私のよき隣人だよ」





 「よっしゃ、これでピカピカだ」

 圭介はガレージの中、一人雑巾とワックスを片手に、真紅のVJを見つめていた。少し離れたところから、夜勤の整備員達の見ているテレビの音がかすかに聞こえてくる。整備と点検を終えた完調のVJは、たった今主人によって磨かれた、鏡のようにピカピカの装甲をガレージのライトに輝かせながら、それを着る主人の前にたたずんでいた。

 「ここにいたんですか」

 顔を横に向けると、そこにはひかるの姿があった。

 「装甲板全部取り替えたから、どうせならピカピカに磨こうと思ってな。ちょっと張り切っちゃった」

 圭介がそう言うと、ひかるは圭介の隣に近づいてきた。

 「半年間つきあってきた相棒だし、愛着もある。ちょっとした恩返しのつもりだよ。どうだ?」

 「すごくきれいになりましたね。なんだか、VJも喜んでるみたいです」

 ひかるは、真紅のVJを見つめた。

 「改めて見ると、やっぱり、頼もしく見えますね・・・」

 「そうだな・・・。実際、こいつは頼もしい。こいつがあるから、銃弾の中にも、炎や有毒ガスの中へも飛び込んでいける。俺にとっちゃ、こいつらもSMSのメンバーだよ」

 圭介はそう言いながら、これまでこのVJと運命をともにした任務を思い出した。

 「・・・」

 だがそこで、圭介は顔を曇らせた。

 「どうしたんですか・・・?」

 心配そうに声をかけるひかる。

 「いや・・・ちょっとな・・・。この間大破した、佐倉さんや浪平さんのVJ・・・あれを思い出しちまった・・・」

 「・・・」

 「ショックだったな・・・。これは鉄壁だ、これを着てれば命は保証されてる・・・心のどこかで、そう思ってたのかもしれない。でもあれを見たら、一気にそれは崩れた。結局、VJは神様なんかじゃない。人が作った機械なんだ」

 「がっかり・・・したんですか?」

 だが、ひかるのその言葉に圭介は首を振った。

 「そうじゃない。失望なんかしちゃいないよ。もちろん今でもこいつには、命を預けられる。そうじゃなくって・・・目が覚めたっていうのかな・・・。やっぱり俺達は、時には命の危険と関わりそうなところで働いてるってことがわかったんだ」

 そう言って、自分のVJを見つめる圭介。

 「壊されたVJを見たとき、俺がこういう目に遭うかもしれないってことが、ものすごく怖かった・・・」

 「・・・」

 それを聞き、ひかるも辛そうな顔になる。

 「縁起でもないこと・・・言わないで下さい」

 「縁起でもないことはわかってるさ。だけど、お前も覚悟しておいてほしい。俺も人間だ。限界はある。絶対に無事で戻れるってことは、情けないけど約束できない」

 「そんな・・・」

 「前にお前とのデートの約束すっぽかしてひどい目に遭ったときに、決めたんだ。もう絶対に約束は破らない。その代わり、できるっていう自信がない約束も、俺はするつもりはない」

 「・・・」

 悲しそうな顔になるひかる。それを見て、圭介は微笑みを浮かべた。

 「安心しろ。無傷で済むとは思っちゃいないが・・・やられるつもりは、もっとない。勝てる自信の裏付けが、今の俺にはたくさんある。前回の経験、性能のいい機械、短いけど、SMSの隊員としての経験、それに・・・お前のサポート」

 「・・・」

 「絶対じゃないけど、勝てる自信は満々さ。俺を信じろよ」

 そう言って、ひかるの肩にポンと手を置く圭介。

 「一つだけ、覚えておいてください・・・」

 「なんだ?」

 「私・・・悲しいお別れだけは、いやですから」

 「・・・それこそ縁起でもないってんだよ」

 圭介はひかるの頭を軽くピコンと叩いたが、すぐに笑顔になって言った。

 「安心しろ。そんなことだけにはならないって、約束できる」

 と、圭介が言ったその時だった。

 ビーッ! ビーッ!

 ガレージの中にアラートベルが響き渡る。

 「幕張に正体不明のジャケットが出現し、破壊活動を行っているとの通報! 不明ジャケットは前回新宿に出現したものと同型と判明! 第1小隊に出動要請! 隊員は速やかに全員ガレージに集合!」

 続いて、聡美のアナウンスが響いた。

 「・・・せっかく磨いたってのにな」

 「仕方ないですよ。今度やるときは、私も手伝いますね」

 二人の表情はアナウンスが告げた事実に対する緊張と、戦意に満ちあふれていた。

 やがて、ガレージの中にいくつもの足音が駆け込んできた。





 ほとんど揺れることなく夜空を駆ける鋼鉄の箱。その中で圭介は、眼下の街を見下ろしている。光の宝石箱のような街の中に、ところどころ電気によるものではない光が見える。ここから見れば、小さな炎。だが実際には、大きな炎なのである。

 「まもなく現場上空です。シートベルトのチェックをしてください」

 やや緊張気味の聡美の声が車内に響く。隊員達は、一斉にその確認をした。その時、運転席の通信機が受信音をたてた。

 「はい、こちら第1小隊。・・・あ、木戸隊長。・・・はい、すぐ代わります」

 そう言うと、通信の回線を切り替える聡美、すぐに小隈が代わった。

 「はい、代わりました。・・・え? ・・・あちゃ〜、そうですか。やっぱりあれですかね、計略というか・・・ま、そう言っていても始まらないでしょう。・・・いえ、気になさらないで下さい。部下にはちゃんと、伝えておきますから・・・はい、それじゃ」

 そう言うと、小隈は通信を切った。

 「さて・・・着陸前に、訓辞をしておこうか」

 小隈はイスを後ろに回した。

 「・・・といっても、もはや言うべきことはなにもない。これは予期されていた出動であるし、お前達の心の中でも、それぞれの覚悟がついていると思う。思う存分実力を出し切り、人の命を守る人間の底力というものがどんなものか、教育してやれ」

 隊員達は無言でその言葉にうなずいた。

 「それと・・・こんなときになんだが、残念なお知らせが一つある」

 そこで小隈は一拍置いた。

 「第3小隊は、現在常磐高速道で起こった大規模なトンネル火災に出動中で、こちらには来られない。したがって・・・やつらとの戦いの矢面に立つのは、我々第1小隊だけということだ」

 その知らせに、少し動揺が走ったが、すぐに落ち着いた。

 「やはり苦しい戦いとなるだろうが、こちらに来られない第2、第3小隊の分も働くつもりでやれ。全員、笑顔で署に戻れることを期待する。以上だ」

 「着陸開始します!」

 眼下の街の光が、だんだんと近づいてきた。





 ドガァァァァァァァァァァン!!

 空高くそびえるタワーの頂上から三分の一ぐらいの場所が、爆炎に包まれる。そして・・・その上の部分が、煙をたてながらスローモーションのようにゆっくりと崩れていく。

 「ひぇ〜・・・我ながらすごいよ! さすが爆裂徹甲焼夷弾! こんな威力があるなんて」

 その様を見ながら、デストロスが驚いた様子でつぶやく。

 「そのぐらいにしておけ、メアー。連中はもうすぐここに来る」

 その背後に立ったガーゴイルが静かに言った。彼らの周囲には、コンクリートの破片やらスクラップと化したパトカーなどが、ゴロゴロと転がっている。

 「それで、来るのはどっち? 第1? 第3?」

 「第3小隊の方は、こっちが用意した別の現場の方に出動している。こっちに来るのは、第1だけだ」

 「ええーっ!? なんでそんな余計なことしたの! あたしたちなら2小隊まとめて・・・」

 「自惚れるな、メアー」

 ガーゴイルは冷たくそう言った。

 「誰がどれだけ吼えようと、戦場における優位を決定づけるのはなんといっても数だ。一騎当千などというのも、数の前では限界がある。ましてや、俺達が相手にしているのはウドの大木じゃない。世界最高水準の性能をもったジャケットだ。そしてそれを着ている人間も、烏合の衆ではない。そんな敵を、6人も相手にするなど・・・この間だって、引き際を間違えれば危ないところだったぞ」

 「そお? あたしはそうは思わないけどな」

 「とにかく・・・ん? 来たようだ」

 ガーゴイルは顔を上げた。銀色に輝く大きな箱が、空から降りてくる。





 「VJ−1、VJ−2。オペレーション・スタート」

 「VJ−3。オペレーション・スタート」

 「第1小隊、出動する!!」

 ガチャ・・・

 指揮車の後部ハッチから、トリコロールにそろえられた3体のVJがその勇姿を現す。

 「・・・」

 そのヘルメットの下では、それぞれの実働員が緊張の表情を浮かべている。仁木は腰に提げた「童子切安綱」を、圭介は右手に装着した真空砲を、それぞれしっかり固定されているか確認した。

 「今回も派手にやってくれやがって、連中・・・」

 周囲の惨状を見ながら、小島は舌打ちをして、その張本人である2体のジャケットを見つめた。

 「小島君」

 その隣に立っていた仁木が、小島に声をかけた。

 「はい?」

 「まぶたの具合はどう?」

 一瞬、小島はなんのことかわからなかったが、すぐに笑いながら答えた。

 「あ・・・そういや、ピクピクいってませんね」

 「そう。それじゃあ、少しは安心できるかもね」

 その言葉に、通信回線がクスクス笑いで包まれた。

 (仁木もこういうことを言えるようになったか・・・)

 と、小隈は笑いながら思っていた。

 「そんなことより副隊長、どうするんです?」

 「また奴らに、投降勧告するんですか?」

 圭介と小島が、一応仁木に尋ねる。だが、仁木は首を振った。

 「見なさい。その必要はないわ」

 仁木が見つめる先では、すでにデストロスがキャノン砲を構えていた。

 「散開!!」

 ドゴォォォォォォォォォォォン!!

 仁木が叫んだ直後、砲声がとどろいた。そして・・・

 ドガァァァァァァァァァァァン!!

 その数秒後、彼らのいたところに砲弾が着弾した。

 「チェッ! 毎度毎度、ド派手な開場のベルだ!」

 「気をつけて下さい! 前回より、爆発の威力が増しています!」

 悪態をつく圭介の耳に、ひかるの分析結果が入ってきた。

 「砲弾の種類を変えたか・・・」

 「思ったとおりね。話し合いのつもりなんて、毛頭なさそうだわ」

 仁木は静かにつぶやいた。この状況としては、おそろしく冷静である。

 「だったら俺達のやるべきことは、口で何か言うことじゃありませんね」

 「力ずくでも取り押さえる・・・そういうことでしょう?」

 隣に立つ二人の言葉に、仁木は無言でうなずいた。

 「隊長」

 「・・・実力行使やむなしと判断する。リボルバー、安全装置解除」

 「VJ−1、VJ−2。セーフティー・オフ」

 「VJ−3。セーフティー・オフ」

 3体のVJは、その言葉を合図にマルチリボルバーを抜いた。

 「3対2・・・新型機材装備なら、互角の戦いができるはず・・・」

 そう言うと、仁木は圭介に振り向いた。

 「新座君」

 「わかってますよ。あの鳥は、俺が相手をします。二人は、黄色い奴を」

 「すまないわね」

 「仕事ですから。あとは、意地も」

 3体のVJはうなずきあうと、一斉に走り出した。





 「おー・・・今度は向こうも、初っぱなからやる気満々だよ」

 こちらに走ってくる敵を見ながら、「メアー」は冗談っぽく言った。

 「当たり前だ。あんな手荒いあいさつを受けて、二度も丁寧な勧告などしてくる奴らがいるものか」

 「コヨーテ」は片手を頭に置きながらそう言ったが・・・

 「俺は赤い奴とやりあう。特に機転が利きそうな奴だ。データ収集にはちょうどいいだろう」

 「じゃあ、あたしは白と青ね。了解」

 「いくぞ」

 バシュッ!

 ガーゴイルは背中のロケットエンジンを点火して、空に舞い上がった。

 「さーて・・・第2ラウンドの、ゴングを鳴らしちゃおうか!」

 デストロスはキャノン砲を構えた。





 「小島君!」

 「なんです!?」

 「先行して、一人であいつの動きを止めて!」

 「えっ・・・俺だけでですか!?」

 「復唱しなさい!」

 「りょ、了解!!」

 仁木は珍しく、有無を言わせない命令をした。実際、小島に判断の迷いに使うような時間はなかったのである。

 ドゴォォォォォォォォォォォン!!

 砲声がとどろいた。それと同時に、仁木の網膜投影ディスプレイに数種類の数値がめまぐるしく表示される。その全てが、またたくまに少なくなっていく。

 ザッ!

 突然、仁木は立ち止まって伏せた。その直後

 ドガァァァァァァァァァァァン!!

 目の前の地面に、砲弾が炸裂した。仁木はそれに歯を食いしばりながらも、顔を上げる。煙の向こうに、前へと駆けていく影がぼんやりと見えた。

 「がんばって・・・」

 ガシャッ!

 仁木はそうつぶやくと、「ヨイチ」を取り出して片手に持つと、砲撃によってできた大きなクレーターに飛び込んだ。





 「副隊長!!」

 後ろで起こった爆発に仁木の姿が隠れるのを見て、思わず小島は立ち止まろうとしたが・・・

 「大丈夫・・・走り続けて」

 亜矢の静かな言葉に、うなずいて走り出した。デストロスの姿は、もはやすぐそこに見える。この距離まで近づけば、キャノン砲は撃てない。

 「くらえっ!!」

 小島はマルチリボルバーを構えた。

 ガガガガガガガガガガガガガガガ!!

 銃が火を噴く。しかし、敵はその前に、冷静にシールドを構えていた。敵の体の周辺の地面に、弾着を示す火花が散る。

 (まただ。あのシールド・・・俺達の攻撃をそらす力があるのか?)

 小島はふとそんなことを思った。しかし、その時間は短かった。シールドの裏から、敵が短機関銃を取り出すのが見えたからだ。

 ババババババババババババ!!

 マルチリボルバーよりはるかに重い発射音がけたたましくこだまする。小島は転がってそれをかわした。

 「ちぇっ、話にならない。こんなもの、マッチ棒みたいなもんだ」

 小島はそう言うと、マルチリボルバーをしまった。

 「・・・やっぱり、医者は医者らしく戦うことにするか」

 そう言うと、小島は腰につけた二つのカプセルのうち、青いカプセルを外した。手の中にあるピンポン玉大の青く輝くカプセルを見ていると、なぜか真っ白な肌をしたギリシャ神話の女神のような姿をした美しい少女が微笑みを浮かべるビジョンが、彼の頭の中をよぎった。

 「頼んだぞ」

 小島がそう言って、視線を戻したとき・・・デストロスがこちらに短機関銃の銃口を向けていた。

 ババババババババババババ!!

 だがその直前、小島は空へ飛び上がっていた。

 「そらっ! こいつはよく効くぜ!」

 シュッ!

 小島は上空から、カプセルを投げつけた。

 「?」

 デストロスはそれを見て訝しげに思ったが、撃ち落とす間もなく、それは地面に落ちて砕け散った。その瞬間

 ブワァァァァァァァァァァァァァ!!

 大量の真っ白なガスが、カプセルが砕けた地点を中心に地面を猛烈な勢いで這っていったのである。

 「!?」

 思わずデストロスはそれから身を退こうとしたが、あっというまにその足下も白いガスに覆われる。と、やがて、それが晴れると・・・

 「なっ・・・?!」

 デストロスの中で、「メアー」は驚いた。なぜなら、見渡す限りの一面は氷に覆われ、自分の足下もまた、膝から下が凍りつき、地面を覆った氷と固められてしまっていたのだから。

 一方、小島は凍りついた地面の上にスタリと着地し、自分の成果であるこの凍てついた地面を見渡し、デストロスに言った。

 「見たか! これが俺と亜矢さんが共同開発したスーパー冷凍剤・・・名づけて、「南極ペギラ君1号」だぁ!!」

 ビシィ!と指を突きつける小島。だがその直後

 「マニアックだかメジャーだかわからん・・・」

 呆れたような聡美の声が、ヘルメットの中に響いた。





 指揮車の中、小隈はすました顔でそんなコメントを吐いた聡美をチラリと見た。

 「でも、あの冷凍剤、ホントにすごい威力だね。共同開発したって言ってたけど、どういうこと、亜矢さん?」

 聡美は振り向いて亜矢に尋ねた。

 「簡単なことだよ・・・。小島君がカラドリウスで作ったものに・・・私が雪の精霊の力を・・・与えただけさ・・・」

 ヘルメットからのぞく亜矢の口元に微笑が浮かぶ。

 「なるほど。ど〜りで」

 聡美は妙に納得して、戦況に目を戻した。





 「なんていうネーミングセンスなのよ、まったく・・・」

 クレーターの縁に寝そべりながら、仁木はヘルメットの下で呆れていた。しかしそれでも、冷静になって自分の成すべきことを進める。バックパックから取り出した「ヨイチ」はすでに構えられ、その銃口をデストロスに向けている。網膜投影ディスプレイの中では、デストロスはしっかりとその照準に収められていた。小島の「南極ペギラ君1号」により、その足を完全に氷で固められて身動きがとれないらしい。

 「NIBEQとの連動OK・・・ターゲット・ロック、完了」

 ガチャッ!

 仁木は「ヨイチ」の槓棹を引いた。

 「・・・」

 仁木は引き金にかけた指に力を込めた。「ヨイチ」は完全消音機構が備えられているため、銃声は一切発生しない。その代わりに

 ガァン!

 「!?」

 デストロスの右肩に、激しい火花が散るのが見えた。肩に命中した銃弾に、デストロスがうろたえるのが見える。

 「装甲は抜けなかったみたいね・・・」

 仁木は相手の様子と手応えから、そう判断した。いくら凶悪な犯人ではあっても、いきなり射殺などできるはずもない。短機関銃を持っている右腕の肩を狙撃し、戦力を落とすつもりだった。予想以上の装甲の厚さに銃弾は阻まれたようだが、仁木は慌てるそぶりも見せずに、次の弾丸を装填した。

 「くっ・・・冗談じゃないわよ!!」

 一方、デストロスは先ほど自分が撃った砲弾でできたクレーターからの狙撃に気づき、そちらにキャノン砲を向けようとした。だが、足下が凍りつき、動くことができない。

 「くぅっ・・・!」

 デストロスは力一杯足を氷から引き剥がそうとしたが、氷は異常に硬く、その力でも引き剥がすことはできなかった。

 「ムダムダ。この氷は、コンクリートよりも堅いんだ! そう簡単に割れたり溶けたりするもんかよ!!」

 小島がそう言った、その時だった。

 バババババババババババババ!!

 なんとデストロスは、自分の足下に短機関銃の銃弾を撃ち込み始めた。氷のかけらがキラキラと次々に弾け飛ぶ。

 バキィッ!!

 やがて・・・デストロスは地面から凍りついた足を力ずくで引き剥がすのに成功した。

 「む、無茶苦茶なことしやがる・・・」

 小島は呆れていたが、敵がキャノン砲を仁木の方に向けるのを見て顔色を変えた。

 「副隊長、逃げて!!」

 ドゴォォォォォォォォォォン!!

 キャノン砲が発射され、先ほどとほぼ同じ位置に着弾する。だが小島の目には、その前にクレーターから脱出する仁木の姿が見えていた。





 ギィィィィィン!!

 ジェットの爆音をたてて、銀色の鳥人が飛来する。

 ガガガガガガガガガガガガ!!

 両腕からバルカンが発射され、弾丸が地上を縫うように走る。

 「・・・!」

 圭介はそれをみとめ、とっさに路上に停まっていた車の陰に隠れる。弾丸が何十発も撃ち込まれ、車は穴だらけになってしまった。

 「やっぱり、とんでもなくアブナイ野郎だ・・・」

 圭介はそう言いながらも、何度もチェックしたはずの右腕の真空砲を見つめた。

 「いよいよ、こいつの出番だな。ひかる、準備はいいな?」

 「はい! いつでもOKです!」

 圭介はその言葉にうなずくと、スクラップと化した車の陰から飛び出し、こちらに向かって旋回するガーゴイルに真空砲を向けた。網膜投影ディスプレイにターゲットサイトが表示されるが、空を自由に舞う敵に、なかなかロックできずにいる。

 「ちぇっ、照準が安定しない・・・」

 「圭介君、落ち着いて下さい。焦るとNIBEQが・・・」

 「わかってるよ。今なんとかする」

 圭介は深呼吸をすると、ディスプレイの中の敵を見据えた。それと同時に、こちらへと向かい始めた敵に照準がロックされる。自由度は非常に高いが心理状態に影響されやすいインターフェース、NIBEQ。それをコントロールするのも、この半年で手慣れた。

 「・・・まだ試射もしてないんだ。どんなものかまだ、俺にもよくわからんが・・・」

 発射の反動に備え、左腕を右腕に添える。ディスプレイには、「N」と表示された。

 「発射!!」

 ドカァァァァァァァァン!!

 次の瞬間、すさまじい空気の砲弾が、爆発音とともに発射された。

 「!?」

 ドガァッ!!

 それにぶつけられたガーゴイルは、巨大な手ではたき落とされたかのように地面にたたき落とされた。

 「よし、ビンゴ! しっかし、なんて威力だ。反動で倒れそうになったぞ」

 圭介は右手の真空砲を見た。冷却システムが作動し、熱せられた砲身から蒸気が白く立ちのぼっている。

 「圭介君! 見とれてないで、ターゲットはどうなったんですか!?」

 と、ひかるの声で圭介は我に返った。

 「ご、ごめん! あいつは、落っこちたけど・・・」

 そう言って、ガーゴイルの落ちた方向を見る圭介。銀色の鳥人は、再び立ち上がろうとしていた。

 「・・・タフだ。まだやれそうだぜ」

 圭介は再び真空砲を構える。その前で、ガーゴイルは再び飛び立った。

 「ひかる、今のデータとれたな? もう一度いくぞ」

 「はい! 設定変更します!」

 空を舞い、こちらへと向かいつつあるガーゴイルに、圭介は照準をロックした。





 バババババババババババババ!!

 短機関銃の銃弾が小島に襲いかかる。

 「当たってたまるかっての!!」

 とっさにジャンプしてコンクリートの塊の後ろに隠れ、攻撃をやり過ごす小島。ベルトについていたもう一つのカプセルを外し、握りしめる。

 「冷やされて風邪をひいちゃいけないからな! 風邪には温かくするのが一番だぜ!」

 小島は遮蔽物から身を乗り出すと、赤いカプセルを放り投げた。

 パリィン!

 それが地面に落ち、砕け散った瞬間。

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォ!!

 「!?」

 凍りついた地面が、今度は一面の業火に包まれた。

 「特殊焼却剤、「鎌倉ザンボラー君1号」!! こいつの炎は伊達じゃないぞ!!」

 「「鎌倉ザンボラー君」って・・・さっきよりマニアックな上に、なぜ鎌倉・・・?」

 「地震・・・怪獣・・・ウ○トラマン・・・日本三大名物・・・」

 再び呆れる聡美と、妙なコメントをする亜矢。

 「あっ、熱っ!!」

 炎に巻かれ、苦悶するデストロス。だが・・・

 「調子に乗ってんじゃないわよ!!」

 ジャキッ!!

 短機関銃をそれでも小島に向ける。

 ガンッ!! ボンッ!!

 「キャッ!?」

 その刹那、突如短機関銃のマガジンに何かが当たり爆発。デストロスは驚いて身を引いた。

 離れた場所には、「ヨイチ」を構えた仁木の姿があった。

 「よし・・・マシンガンを封じた!」

 仁木はそれを確認すると、再び弾丸を装填した。

 「あの白い奴、よくも・・・! ・・・いっぺんに相手してちゃダメだ! 一人ずつ潰せば・・・!」

 ようやく力押しの戦いをやめる気になり、「メアー」は一人ずつ相手にすることにした。最初に倒すべき相手は、知れている。白いVJに比べれば、青いVJは戦闘慣れしていないようだ。

 「このぉっ!!」

 ドガッ!!

 すさまじい勢いで地を蹴り、突進するデストロス。

 「のわっ!?」

 突然炎の中から飛び出してきたデストロスを、小島はよけられなかった。

 ドガァッ!!

 「グゥッ!!」

 タックルを受けてうめく小島。

 「小島君!! いけない・・・あれは!」

 仁木は短く叫ぶと、「ヨイチ」をしまって走り始めた。

 ブンッ!!

 上体を跳ね上げて小島を空中高く放り投げるデストロス。そして、右肩のキャノン砲をほぼ垂直にする。

 「これで終わりだ! 必殺!! バーティカルフレアバースト!!」

 こいつも前回と同じく、夜空の花火にすることができる。「メアー」はそう確信していた。

 ザッ・・・

 「えっ・・・?」

 だがその瞬間、白い影が彼女の横を通り過ぎた。そして次に・・・

 ズッ・・・

 「!?」

 なんと、突然キャノン砲が、真ん中で斜めにスライドしたのである。まるで・・・切断されたかのように。いや、切断されていたのだ。

 ドゴォォォォォォォォォォン!!

 「キャアアアアッ!!」

 その瞬間、すでに点火されていた砲弾が、行き場を失い砲身内部で暴発した。巨大キャノン砲が、右肩のアーマーごと吹き飛ぶ。

 「なっ、なにを・・・!?」

 何が起こったのかわからず、振り返るデストロス。その目に映ったのは、長大な日本刀を片手に持つ、白いVJだった。

 「同じ攻撃を二度許すほど、私達は甘くはないわ・・・」

 キチッ・・・

 日本刀をデストロスにつきつける仁木。刃に映る炎の朱が、神秘的な美しさを出していた。

 「う・・・くそっ!」

 ガチャッ!

 しかし、デストロスもいつまでもひるんではいなかった。腰から刺又のような武器・・・デストロッドを取り出し、仁木と対峙する。

 「あの・・・お取り込み中すいませんけど」

 仁木のヘルメットに、小島の声が聞こえた。

 「小島君、今どこ?」

 「お空ですよ。もうすぐ地面に落ちそうです」

 「ごめん。今手が放せないから、自分でなんとかして」

 「でしょうね・・・トホホ」

 小島の悲しげな声が聞こえた直後

 ズドォォォォォン!!

 空から小島が落下し、すさまじい音がした。

 「小島、生きてるかぁ?」

 小隈がのんびりした声で問う。

 「なんとか。花火にされなかっただけ御の字ですよ。イテテ・・・」

 体をきしませながら立ち上がる小島。その眼前では、仁木とデストロスによるすさまじい立ち回りが行われていた。

 ガッ! ガキッ! ガィン!!

 仁木の「童子切安綱」と、デストロスのデストロッドが激しくぶつかり合い、火花を散らす。

 「くそぉ・・・リーチはこっちの方が長いはずなのに・・・」

 デストロスの中で「メアー」は舌打ちした。「童子切安綱」は刃渡り80cmにも及ぶ太刀だが、それでもデストロッドに比べれば短い。デストロスはそのリーチを活かした戦いをしたかったが、仁木は果敢にその懐へと飛び込み、逆にその利点を殺そうとしていた。

 「ハァッ!!」

 上段から「童子切安綱」を振り下ろす仁木。

 ガキッ!!

 しかし、それは先端についた湾曲した金属棒によって押さえられた。  「甘いよ! ソリャアッ!」

 そう言うとデストロスは、デストロッドを跳ね上げた。仁木の手から、「童子切安綱」が空中へとはね飛ばされる。

 「!!」

 「もらった!!」

 その一瞬をついてデストロッドを引き戻し、渾身の突きを食らわそうとするデストロス。だが・・・

 「ハッ!」

 ビュンッ!!

 仁木は突然ジャンプし、空中へと飛び上がった。

 「!?」

 ガシッ!

 そして、空中で「童子切安綱」をつかむと、そのまま大上段に構えた。同時に、その刃が目には見えないほどの高速振動を開始する。

 「タアアッ!!」

 ガキィィィィィン!!

 落下の勢いを加え仁木が振り下ろした刃は、それを防ぐべく構えたデストロスのロッドを、いとも簡単に両断してしまった。

 「う・・・嘘!?」

 二つに切断されてしまったデストロッドを信じられない目で見つめるデストロス。だが、目を敵に戻すと・・・

 チャッ・・・

 「投降しなさい・・・。さもなくば、斬ります!」

 白いVJは「童子切安綱」の切っ先を突きつけ、強い力のこもった声で言った。はったりではない。この相手の剣技ならば、体を傷つけることなくジャケットのみを切り裂くことも、その中の体を斬ることも、簡単なさじ加減だろう。「メアー」はそう感じていた。さらにその後ろからは、これまで成り行きを見守っていた青いVJも、マルチリボルバーを向けながらゆっくりと歩いてくる。

 「ア・・・」

 全ての武器を失ったデストロスは、じりじりと後ろに下がり始め、叫んだ。

 「アニキィィィィィィィ!!」





 ギュオオオオオオン!!

 猛スピードで接近してくるガーゴイル。

 「くらえっ!!」

 ドゴォン!! ドゴォン!! ドゴォォォン!!

 真空砲を連続で発射する圭介。しかし・・・

 ヒュンッ! ヒュンッ!

 ガーゴイルはたくみに右へ左へ体を動かし、その攻撃を避ける。

 「単調な攻撃だな」

 ガガガガガガガガガガガ!!

 「クッ!!」

 腕を交差してバルカン攻撃を防ぐ圭介。その頭上を、ガーゴイルが飛び去っていく。

 「圭介君! 攻撃が読まれてます!!」

 「わかってる! さすがに同じ攻撃じゃ、いくらなんでも芸がないな・・・」

 圭介は振り返った。ガーゴイルが旋回し、再びこちらへ向かおうとしている。

 「なんにしても、新兵器装備とはやっかいだな。早めにけりをつける」

 ガーゴイルはASMの発射態勢をとった。

 「発射」

 シュパーッ!!

 ガーゴイルの両翼から、二発のミサイルが発射された。

 「ミサイルです!!」

 「当たってたまるか!!」

 圭介は真空砲の発射モードを「B」に切り替えた。真空砲の砲口が、ラッパ状に変形する。

 「発射!!」

 ドバァァァァァァァァァン!!

 大音響とともに、圭介の前方へラッパ状の衝撃波が発射される。

 シュルルルル・・・

 ドガドガァァァァァン!!

 そのあまりにすさまじい風圧によってミサイルは動きを乱され、ヒョロヒョロと頼りない軌跡を描いた末に、圭介からは離れた地面に落下して爆発した。

 「衝撃波の風圧でミサイルを逸らした・・・だと?」

 その対処法に驚くガーゴイル。

 「反撃開始!!」

 しかし、圭介はこちらに向かってくるガーゴイルに対し、なおも衝撃波を発射した。

 「グッ!? 飛行が・・・」

 衝撃波は拡散して発射されるため、敵にダメージを与えることはできない。しかし、揚力によって飛んでいる以上、ガーゴイルもそれによって起こされるすさまじい乱気流の中では、うまく飛ぶことができない。たちまち飛行が不安定なものになる。

 「今だ! Mモード!!」

 それを逃さず、圭介がさらにモードセレクトを行う。砲口がもとに戻り、代わりにその表面にいくつもの放熱用フィンが展開する。

 「くらえ!!」

 ドドドドドドドドドド!!

 次の瞬間、真空砲からすさまじい速度で空気の砲弾が次から次へとマシンガンのように発射され、ガーゴイルに炸裂した。

 「グオオオォォォォ!!」

 無数の巨大な拳のラッシュをくらったように、ガーゴイルはまるで激しいダンスを踊るように翻弄されながら、後方へと吹き飛ばされていった。

 「・・・やったか?」

 ガーゴイルが落下し、土煙があがる場所を見つめる圭介。右手の真空砲からは白い蒸気が立ちのぼり、ディスプレイには砲身冷却から次弾発射まで数秒かかることが表示されていた。だが・・・

 ガラ・・・

 ガーゴイルは、ガレキの中から立ち上がった。空気砲弾の集中砲火を浴び、その装甲はあちこちがくぼみ、ひび割れていた。しかし、ジャケットの機能そのものにダメージは少ないようである。

 「圭介君、油断しないで下さいね」

 「ああ、わかってる」

 再び発射可能になった真空砲を構える圭介。と・・・

 「!」

 ガーゴイルが、なにか見えないものに目を向けるように、突然首を動かした。圭介はそれを少し不思議に思ったが、やはり真空砲を向け続ける。その時

 ヒュッ!!

 「!?」

 ガーゴイルが何かを投げつけた。その正体を見定めるヒマもなく、それは地面に落下し・・・

 カッッ!!

 「うわっ!?」

 すさまじい閃光が起こり、思わず圭介は目を覆った。

 「閃光グレネードか!?」

 その直後

 バシュッ!!

 ガーゴイルのロケットエンジンの音がした。

 「なにっ!? クッ!!」

 ドゴォォォォォン!!

 その音が耳に入り、圭介はとっさに真空砲を発射したが、空気の砲弾は飛び去ったガーゴイルの足下をかすめていった。

 ギィィィィィィィン!!

 たちまち、飛び去っていくガーゴイル。

 「圭介君、大丈夫ですか!?」

 「すまん、今のでデュアルカメラに焼き付けが起こっちまった。回復にもうちょっとかかる。ひかる、奴はどこへ行った?」

 「は、はい! えっと・・・! 副隊長達の方です!!」

 「合流するつもりか!!」

 圭介は舌打ちをすると、まだよく見えない目のまますぐに後を追い始めた。





 「くっ・・・!」

 シールドを構えつつ後ずさりするデストロス。その眼前には「童子切安綱」を構える仁木と、マルチリボルバーを向ける小島のVJ。

 「どうしても投降しないのなら・・・仕掛けます!」

 キチッ!

 さすがに業を煮やしたか、仁木は左手の親指と人差し指の間に刃を滑らせ、刺突の体勢をとった。敵に脅威を与えるのなら、最適である。おそらくは、最後通牒だろう。その時だった。

 ギィィィィィィン!!

 シュパーッ!!

 「!?」

 突如起こった爆音に振り返ると、なんとこちらに飛んできたガーゴイルが、ミサイルを発射していた。

 「飛びなさい、小島君!!」

 「えいちくしょう!!」

 ドガァァァァン!!

 とっさにジャンプした二人の足下に、二発のミサイルが炸裂する。あたりが炎と煙に包まれた。

 「くっ・・・敵は!?」

 仁木があたりを見回した、その時だった。

 仁木の目に、デストロスを抱えて空へ舞い上がろうとしているガーゴイルの姿が映った。

 「あれを抱えて、空に逃げるというの・・・?」

 キャノン砲を切り離しているとはいえ、デストロスの重量はそうとう重たいはずである。それを抱えて空を飛ぶことなどできるのか。それに、できたとしても速度は非常に遅くなるだろう。

 「副隊長、すいません! 奴を引き留められませんでした!」

 圭介が走ってやって来た。

 「謝るのはあと! あれを止めるわよ!」

 再び「ヨイチ」を取り出し空に向ける仁木。

 「了解!!」

 「逃がすもんか!!」

 小島と圭介も、マルチリボルバーと真空砲を空を昇りつつある敵に向けた。

 「斉射!!」

 ドンドンドンドン!!

 ガガガガガガガガガガ!!

 ドドドドドドドドドド!!

 三つの武器が、一斉に火を噴いた。空中を飛ぶ敵に当てるのは難しいとはいえ、そのうちの数発は見事に敵に命中、夜空に派手な火花が散った。そして・・・

 ゴオォォォォォ・・・

 二体のジャケットが、建設中のビルの中へと落ちていった。

 「やった!」

 真空砲を下ろしながら、圭介が言う。

 「まだよ。犯人の逮捕が残ってる。いくわよ」

 「「はい!!」」

 仁木の言葉にうなずき、3人は墜落現場へと向かった。





 パラパラと破片が降ってくるビルの中を、圭介は真空砲を構えながら進んでいた。上を見上げると、二体のジャケットが落下してきたときにできたと思われる大きな穴が開いており、星空がそこからのぞいていた。

 破片を踏みしめるパリパリという音をたてながら、第1小隊がゆっくりと進んでいる。先鋒をつとめるのは圭介。その後ろにマルチリボルバーを構えた仁木と小島が続く。全員別々の方向に銃口を向け、いつ敵が襲いかかってきてもいいように、互いが互いの死角を補いあうようなかたちになっている。と、その時

 「圭介君、2時方向少し先に、反応が・・・」

 センサーのデータを注視していたひかるが報告する。

 「わかった。副隊長」

 「こっちでもとらえてるわ。慎重にいきなさい」

 3人は互いにうなずくと、ゆっくりと歩みを進め・・・

 バッ!!

 目標の直前まで目にも留まらぬ速さで駆け寄り、銃口を向けた。

 「!!」

 彼らがそこで見たものは、思いもよらぬものだった。

 そこには、たしかに彼らを苦しめたジャケットが、大きなダメージを受けて転がっており、ピクリとも動かなかった。しかし・・・その「中身」はなく、空っぽだった。主を失った機械の鎧だけが、虚しく転がっていたのである。

 「こんな・・・ここまでやっときながら・・・」

 圭介は信じられないといった様子でポツリと言った。

 「試合に勝って、勝負に負けた・・・ってことかな」

 小島も静かに言ったが、やはりショックを受けている様子だった。

 「・・・隊長、状況終了です」

 やがて、仁木が静かに報告した。

 「ああ、たしかにそうだな・・・。ジャケットを回収後、速やかに帰還しろ。みんな、今日はご苦労だった。隊長として感謝する」

 「ありがとうございます」

 圭介達は礼を返したが、どこか沈んだ調子だった。そのまま、ジャケットに近づこうとするが・・・

 「!? ちょっと待って!!」

 仁木が突然叫んだので、二人は止まった。仁木はジャケットから片時も目を離さない。そのセンサーには、はっきりと「爆発物反応」が出ていた。

 「自爆するわ!! 全員散開!!」

 仁木がそう叫び、3人が行動に移ったその直後

 ドッガァァァァァァァァァン!!

 あたりが、炎に包まれた。

 「圭介君!!」

 ブラックアウトしたモニターを見て、ひかるが叫ぶ。

 ザ・・・ザザッ・・・

 やがて、モニターは回復し、破片の積もった床が映った。

 「・・・ってて・・・ちくしょう、こんな置きみやげまで残してくなんて・・・」

 続いて、とりあえず元気そうな圭介の声が。彼が首を動かすと同時に、やはり無事だった仁木と小島の姿が映る。

 「隊長、ジャケットが・・・」

 「機密保持用の超小型気化爆弾・・・か」

 カメラには白い蒸気をあげる穴だけが映っており、ジャケットの残骸は跡形もなくなっていた。

 「・・・見事な引き際ね・・・悔しいぐらい」

 仁木がポツリと言った。

 「岸本、警察に非常線を敷いてもらうように連絡」

 「了解!!」

 小隈は淡々と自分の仕事をこなしていた。

 「圭介君、大丈夫ですか・・・?」

 ひかるが心配そうに尋ねる。

 「ああ、すまない。こっちは大丈夫だ。ただご覧の通り、みっともないことになっちゃったけどな」

 圭介は努めて明るい声を出そうとしていたが、やはり悔しそうな響きがあった。

 「たしかに悔しいですけど・・・圭介君達は、ベストを尽くしたんでしょう?」

 「ああ・・・」

 「悔しい思いをした分は、次の任務でがんばりましょうよ? ね?」

 「そうだな・・・。ありがとう」

 ひかるの優しい言葉に、圭介は慰められるような思いをした。その時、小隈の声が全員の通信回線に流れた。

 「たしかに犯人を捕まえられなかったのは痛恨だが・・・とりあえず、脅威を追い払うことはできたんだ。これは立派な戦果だよ。めげないで誇りに思え。お前達はすばらしいチームだ。そのことを忘れるな」

 「はい!!」

 「よし、撤収開始だ。ご苦労さん」





 「以上が、現在進行している調査で判明したことです」

 書類を手にした小隈は、目の前に座っている初老の男に、そう言って報告を終えた。

 「要するに、わかっていることはあまりにも少ない・・・というわけだな」

 男の言葉に、小隈の顔が少し曇る。

 「いや、すまん。苦言を呈するつもりじゃない。君たちは十分すぎるほど頑張ってくれたし、連中についてわからないことだらけなのも、君たちのせいではないからな」

 実働部部長、陸奥裕光は目の前に並ぶ3人の顔を一人ずつ見ていきながら言った。真正面には小隈が座り、その両隣に星野、木戸が座っている。

 「そう言ってくれると、うちの部下も喜んでくれるでしょう」

 「そう、そのことだ。小隈、お前の部下達はどんな様子だ?」

 「あそこまで追いつめておきながら、逃げられたんですからね。俺もその場にいましたから、悔しさは一緒に味わってますよ。まぁでも・・・あんなもんでへこたれるような連中じゃありません。全員、けっこう根性ありますから」

 「それなら大丈夫そうだな。一番心配なのは、星野、君の小隊の二人だが・・・」

 小隈は星野に目を移した。

 「浪平君の方は、すでに完治して署で働いてます。問題なのは、佐倉隊員の方で・・・」

 「よくないのか?」

 「その逆です。予定よりも早くに治りそうなのはよいのですが、早く退院させろと無理を言って、病院に迷惑を・・・。個室に移動させて監視していますけどね」

 星野はため息をついた。

 「第2小隊のVJは、急ピッチで修理を進めている。隊員の方が完治したらいつでも働けるようにしておくつもりだ。そのことを伝えておいたらどうかな?」

 「それなら少しは落ち着くかもしれませんね。逆効果ってこともあるかもしれませんけど・・・」

 「木戸、君の方は? あの日のトンネル火災・・・時限発火装置によるものだったそうだな?」

 「はい。おおかたそんなことだろうとは、知らせを聞いたときに思いましたよ。しかし、出動しないわけにもいきませんでしたし・・・第1小隊の皆さんには、苦労を掛けてしまいましたよ」

 木戸は小隈に頭を下げた。

 「いいですよ、木戸さん。それに、うちの隊だけでなんとか片づけられたのは、木戸さんが開発に参加した新型機材のおかげでもありますし」

 「おそれいります」

 そこまで聞くと、陸奥は手にした書類をまとめた。

 「よし、了解した。みんな、ご苦労だった。それぞれの部下に、よくがんばってくれたと伝えておいてほしい。それと・・・できるだけ近いうちに、どの小隊にも休暇をプレゼントできるように努力する。おそらく、最初は第1小隊だ。楽しみにしていてほしい」

 「それはありがたいはなしですね」

 「それでは、報告ご苦労。本日はこれで終了とする。各自、部署に戻りなさい」

 「「「失礼します」」」

 3人の小隊長は立ち上がって敬礼すると、部長室をあとにした。





 「でもほんとね。今回ばかりは、すっかり小隈さんのところに助けられちゃったわね」

 廊下を歩きながら、星野が言った。木戸もうなずく。だが、小隈は首を振って言った。

 「いやぁ、星野さんや木戸さんとこの活躍あったればこそですよ。第1小隊が先に奴らと戦っていたから、ある程度その手の内もわかっていたわけだし」

 「お役にたてたみたいね。だしに使われたみたいで、ちょっとしゃくだけど・・・」

 「そんなんじゃありませんよ。俺がそんなことする男に見える?」

 小隈の言葉に、二人は小さく笑った。

 「ま、うちの奴らはよくやってくれたよ。隊長として、なんかしてやりたい気分だけど・・・」

 上を向きながら歩く小隈。その時、ハッと何かを思いついたような顔になった。

 「どうかしましたか、小隈さん?」

 「ちょっといいこと思いついた。ねぇ、模擬戦大会以外にも、もう一つ全員集まってやるイベント、やってみない?」

 小隈が妙なことを言い出したため、二人は首を傾げた。

 「イベントって・・・どんなの?」

 「模擬戦大会は、いわば小隊同士、闘志と闘志、意地と意地とのぶつかり合いじゃない。そういうのとは違って、もっとわきあいあいとしたものを・・・」

 「例えば、どんなものです?」

 「まぁ簡単に思いつくし、一番いいと思うのは・・・やっぱりアレだな。みんなで集まって、ジュースを飲む集まり。麦でできてて、泡の立つ・・・」

 「要するに、飲み会じゃない・・・」

 星野がため息をついた。

 「別に悪いアイディアじゃないでしょー?」

 「・・・でもそうね。たしかにそういうコミュニケーションの場を年に一度くらいもつのも、悪くないかもしれないわね。木戸さん、どう思う?」

 「僕も、悪くないと思いますよ。模擬戦大会じゃ、全員がお互いを知れるわけじゃありませんからね」

 木戸も同意する。

 「そんなら、とりあえず決まりみたいだね。あとで3人とも部下に意見を聞いてさ、反対意見が出なかったら、模擬戦大会の時みたいに俺が部長にかけあうよ。なんとか、費用を部長のポケットマネーから出させるようにし向けるからさ」

 「小隈さん・・・」

 「相変わらず、とんでもないことサラリと言うのね・・・」

 聞かれていないかどうか、あたりをキョロキョロと見回す星野。

 「部長に人心掌握術ってやつを実践してほしいからね。細かいことは気にしないでよ」

 3人は、エントランスの前にやってきた。すでにあたりは夕闇に染まり、霞ヶ関に立つSMS本部ビルを赤く照らしていた。

 「あ・・・隊長―っ!!」

 建物の前には、3台のウィンディが停まっていた。それを運転してきて談笑を楽しんでいた、第1小隊の圭介とひかる、第2小隊の健とリーナ、第3小隊の梨恵と百合子は、それぞれの隊長の姿を見て手を振った。

 「可愛い部下がお待ちかねだ。さて、それじゃあ・・・」

 「さようなら、明日からも・・・」

 「頑張りましょう」

 3人の小隊長は、互いに手を振って自分を迎えに来た車へと乗り込み、それぞれの方向へ去っていった。






次回予告

 聡美「さぁ〜って、次回の「Predawn」は〜っ♪」

 仁木「仁木です。私でひとまずローテーション終わりみたいね」

 聡美「すいません。ところで、長い話でしたね」

 仁木「そうね。ただでさえこの話長いのに、ついに前後編になってし
    まったんだから」

 聡美「でもついに、この小説にも悪役登場です。パトレイバーで言えばシャ
    フトですよシャフト。グリフォンファントムブロッケン〜♪」

 仁木「シャフトとかグリフォンとか言うのはよしなさいよ・・・。でも、悪
    役なんて出す必要、本当にあるのかしらこの小説」

 聡美「しょうがないじゃないですか。これって基本はヒーローものですし、
    管理人、悪役との壮絶な決闘以外に話の締め方知らないんですから」

 仁木「それもそうね。苦労するのは私達だけど・・・ハァ」

 聡美「でもこんな長い話書いて、読む人退屈しませんかね? 原作に出てく
    る秘密道具も出てこなかったし・・・」

 仁木「あら、気がつかなかった? ちょっと秘密道具をアレンジしたものが
    出ているわよ」

 聡美「へ? どこに?」

 仁木「敵のジャケット。攻撃をかわすシールドとか、最小翼面積で飛行でき
    るウィングとか・・・」

 聡美「そ、そんなところに! そんな細かいとこ気づきませんよ!」

 仁木「文句は管理人に言って。それより、予告までダラダラ続けるのはよく
    ないわ。そろそろ終わりにしましょう」

 聡美「そうですね。それじゃ副隊長、お願いします」

 仁木「次回 「第7話 霧の街から来た男」。お楽しみに」

 聡美「ありがとうございます。それじゃ、恒例の(ガサゴソ)」

 ポイッ! ゴクッ!

 聡美「ンガググ!」

 仁木「・・・下品ね」

 聡美「ふ、副隊長〜、これも仕事なんですってば。それにこのあんパン、お
    いしいんですよ? 副隊長もお一つ」

 仁木「(パク・・・)あら、本当ね。どこで売ってるの、これ?」

 聡美「えっへっへ〜、なにを隠そう、創業百年、甘井屋のあんパンなのデス!」

 仁木「へぇ、いいところの使ってるのね」

 聡美「よかったら、副隊長も次回から予告レギュラーになります? あんパ
    ン食べ放題ですよ?」

 仁木「・・・(チャキッ)」

 聡美「そ、そんなもの突きつけるのやめて下さい!! 童子切安綱なんか、
    どっから取り出したんですかぁ!!」


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