夜の住宅街。普通よりも立派な家が建ち並ぶところを見る限り、いわゆる高級住宅街と呼ばれる場所だろう。街灯の少ない道路を、一台の黒塗りのエアカーが走り、一軒の家の前で停まった。

 その後部座席から、一人の男が降りる。立派なスーツを身につけた男だった。彼が降りると、エアカーも走り去る。男は疲れた足取りで、自分の家の玄関へと歩き出した。と・・・

 ガサッ!!

 「!?」

 突然、玄関への道の両脇に植えられている植え込みから、何者かが飛び出してきた。右から飛び出してきた人間に口と腕を押さえられ、左から飛び出してきた人間に手首を縛り上げられ、あっというまに男は身動きがとれなくなってしまった。男はうめくが、口をふさがれて声が出ない。そうしている間に、いつのまにか自宅の前に停められていた白いワゴンの中へ、男は運び込まれた。座席に座らされ、やっと口を解放される。

 「な、なんだお前らはっ!? いきなり私をこんなところに・・・」

 カチャッ・・・

 「挨拶などよろしい。話は手短に済ませた方が、お互いにとっていいでしょう?」

 運転席、それに両脇に座っている男達が、一斉に拳銃を向けた。みな全身スウェットスーツに身を包み、目には暗視ゴーグルを装着しており、映画に出てくるテロリストそっくりである。三つの黒い銃口が、冷たく輝く。

 「わ、私は名古屋高検の公安部長だぞ! こ、こんな真似・・・」

 「もちろん知っていますよ。あなたが調査活動費を着服したり、コリアン・マフィアとの癒着を深めてよからぬ収入をたくさん得ている、ということもね」

 運転席の男がこともなげに言った。青ざめた男の顔が、さらに青ざめる。

 「な、なぜそのことを・・・!?」

 「悪事というものは、いずれ露見する・・・。私達はそれに少し早く気づいただけです」

 「な、何が目的だ!? 金か!?」

 「・・・こういう状況で真っ先に金を口に出すあたり、あなたという人間がよくわかりますよ。社会正義を守る立場の人間が、率先してそれを侵しているのですから・・・普通ならば、死をもって償うべきところです」

 両脇の男が、こめかみに銃を突きつけた。

 「や、やめろ! 助けてくれ! 何でもさせてもらう! 頼む!」

 「嘆かわしい・・・これがこの国の正義を守る人間の姿ですか」

 運転席の男は首を振った。

 「しかし・・・我々としても、あなたを殺すのは忍びない。いかなる理由があるにせよ、人を殺すことは大きな罪であるということには変わりないのですから」

 両脇の男が銃を下げる。男は少しホッとした表情を浮かべたが、まだ恐怖の色が色濃い。

 「そのかわり、あなたには別の方法で罪を償ってもらう」

 「な、何をする気だ!?」

 「なに、簡単なことですよ。あなたが社会から巻き上げて、自分の懐にしまい込んだ金・・・それを再び社会に返そうというわけです」

 運転席の男はそう言うと、サッと片手をあげた。その瞬間

 「グッ!?」

 右の男が男を取り押さえ、左の男が彼の口にボンベのようなものについたマスクを、彼の口に押し当てた。

 「ウグ・・・グ・・・ゥ・・・」

 最初はもがいていた男だったが、ボンベから注入されたガスを吸い込み、やがておとなしくなった。運転席の男が、助手席の男を見る。

 「もう大丈夫でしょう」

 助手席の男がそう言ったので、ボンベをもった男は彼の口からそれを外した。男はボンヤリとした様子で、焦点の定まっていない目になっていた。運転席の男はそれを確認すると、彼の懐から財布をとりだし、その中身を確認した。

 「ずいぶんと・・・」

 財布の中には紙幣数十枚と、たくさんのカードが入っている。運転席の男はそれを彼に見せた。

 「これが何かわかりますか?」

 「お金・・・です」

 男は抑揚のない声で答えた。

 「そう、金です。あなたが社会から巻き上げた、汚れた金・・・。あなたは、これをどう思いますか?」

 「こんなものを持っていることは・・・とても嫌です・・・。罪の意識に耐えられません。早くこんなものは・・・捨ててしまいたい」

 「正しい心を取り戻したようですね、おめでとう。汚れた金を集めることに執心していた悔いを改め、真に清らかな体となりたいですか?」

 「はい・・・なりたいです・・・」

 「よろしい。それならば、我々があなたに、そのための方法を教えましょう」

 そう言って、男は彼にその「方法」を教えた。

 「よろしいですね? あなたがそれを実践しさえすれば、あなたは生まれ変われるのです」

 「はい・・・。実践します」

 「それでは、いきなさい」

 ワゴンのドアが開き、男はフラフラと、自宅へと戻っていった。

 「これであの男も、これまでと同じように浄化されるでしょう」

 「・・・」

 助手席の男は、そんな彼の後ろ姿を黙って見つめていた。




第9話

〜December〜

狙われた聖夜


 街のあちこちには、赤と白を基調とした様々な装飾品が飾られている。赤い服を着て、白い大きな袋をかついだ白いヒゲのおじいさんの絵も、そこかしこに見受けられる。よく見れば、立ち並ぶ街路樹にはどれも電球がつけられていた。夜になれば、光の並木道を作り出すことだろう。そして、そこかしこで流れる、今年のクリスマスソングの数々・・・。

 「クリスマスまで、あと1週間なんですねぇ・・・」

 ハンドルを握りながら、赤い髪の少女が窓の外に見える街の様子を見ながら顔をほころばせた。

 「毎年この時期になると・・・冬になって寂しそうな街も・・・どことなく暖かそうに見えてくるよ・・・」

 助手席に座っている緑の髪の女性も、目を細めて静かに言った。

 「私、日本から出たことないからわからないんですけど・・・外国のクリスマスって、やっぱり日本よりすごいんですよね?」

 「そうだね・・・。ヨーロッパの人達は・・・新しくやってくる年よりも・・・過ぎゆく年に別れを告げる方に・・・心を傾けるようだからね・・・。大学の時に呼ばれたパーティーは・・・私には少し・・・にぎやかすぎたけれど」

 アメリカで博士号を取得した亜矢は、海外で暮らした経験があった。

 「でも・・・誰でもわかっていることだろうけど・・・日本のクリスマスには・・・本来の宗教的意味合いは・・・感じられないね。ひかる君は・・・子どもの頃・・・クリスマスはどんな日だと・・・考えていたかい?」

 「恥ずかしいんですけど・・・プレゼントをもらったり、家族や友達とケーキを食べたり、そんな日だと思ってました」

 「フ・・・気にすることはないよ。それが日本人にとっての・・・クリスマスなのだから」

 「・・・やっぱり、ちょっとムシがいいんでしょうか? こんなときだけ、キリスト教のお祭りを祝うのって・・・」

 「楽しむことに・・・意義があるんだよ・・・。私は・・・特にこだわりはないよ」

 二人を乗せたウィンディは、滑るように渋谷の街の中を走り抜けていく。

 「そういえば・・・ひかる君は、誕生日ももうすぐだったね・・・?」

 思い出したように亜矢が言う。

 「はい。26日です」

 にっこりと笑って、ひかるが答えた。

 「なるほど・・・。新座君は大変だね・・・。プレゼントを・・・二つ用意しなければならないから・・・」

 亜矢はポツリと言ったが、ひかるはそれに大きく反応した。

 「そ、そんな、プレゼントなんて・・・。圭介君にそんなお願いは・・・」

 「ひかる君がお願いしなくても・・・新座君は用意してくれるはずだよ。一つで済まそうなんて・・・横着なことは考えずにね・・・。それとなく、欲しいものを言ってみたらどうだい・・・?」

 亜矢は微笑を浮かべながら言った。

 「そんなこと言っても私・・・今のところ、欲しいものなんて・・・」

 戸惑い気味に言うひかる。赤信号で車が停まる。

 「・・・ひかる君は・・・控えめなうえに無欲だからね・・・。いいことだけど・・・こういうときには・・・仇になるかな・・・」

 (さぁ、どうするんだい、新座君)

 心の中でそんなことを思いながら微笑を浮かべ、亜矢は窓の外をチラリと見た。日曜日ということもあり、多くの人が目の前の横断歩道を渡っていく。亜矢はその流れを、何気なく見つめていたが・・・

 「!!」

 突然目を大きく見開き、顔を窓に近づけた。

 「どうしたんですか?」

 ひかるが怪訝そうな顔をして尋ねる。

 「いや・・・今・・・」

 亜矢が言いかけたその時だった。

 ププーッ!

 後ろからクラクションの音が響いた。ハッとして前を見ると、すでに青に変わっている。

 「出して・・・」

 「は、はい! すいません!」

 ひかるは慌ててアクセルを踏んだ。車が再び走り出す。

 「すまないね、ひかる君・・・今のは私のせいだ・・・」

 「気にしないで下さい。でも亜矢さん、どうしたんですか?」

 「いや・・・さっき横断歩道を渡っていた人の中に・・・昔の友達に似ている人が・・・いたような気がしてね・・・」

 気になるのか、バックミラーに目をやりながら答える亜矢。

 「お友達ですか。その人って、長い間会ってないんですか?」

 「そうだね・・・。大学院を卒業してからだから・・・もう五年になる。全く連絡がつかないんだけどね・・・」

 「そうなんですか・・・。それならやっぱり、車を停めて降りてみた方がよかったんじゃないですか? もしかしたらってこと、ありますから・・・」

 「・・・」

 亜矢はしばらく黙っていた。が、やがてゆっくりと首を振った。

 「いや・・・たぶん、私の気のせいだよ・・・。彼はきっと・・・こんなところにはいないだろうからね・・・」

 「でも・・」

 「それに・・・今はパトロール中だからね・・・。私用で中断するわけには・・・いかないよ」

 前を向き、微笑を浮かべながら言う亜矢。当人がそう言っているのでそれ以上言う必要もないと思ったか、ひかるもそれ以上のことは言わず、再び運転に神経を置いた。





 「・・・?」

 新宿の雑踏の中。男は突然立ち止まって振り返った。

 「柚木君」

 前を行く男がそれに気づき、彼に声をかけた。

 「すいません、今行きます」

 柚木と呼ばれた男は慌てて声を出し、彼のあとを追い、再び並んで歩き始めた。

 「どうかしたかね?」

 「いえ・・・ちょっと、誰かに見られたような気がしたもので・・・」

 「視線など、君のまわりに溢れてるじゃないか」

 「それもそうですね。単なる気のせいでしょう」

 「・・・それとも、罪の意識を感じているのかね?」

 「!」

 男にそんな言葉をかけられ、一瞬柚木は顔をこわばらせた。

 「・・・そうなんでしょうか? ぼくは、自分のしていることが正しいと信じているつもりなのですけど・・・」

 男は周囲を見渡した。

 「気にすることはない。君の心には、まだここにいる人達と同じ価値観が残っている。だからこそ、罪の意識を感じるのかもしれない」

 帽子を目深にかぶり、トレンチコートに身を包んだ男は、そう言って柚木の肩を叩いた。

 「しかし、何も心配することはない。君の言うとおり、君のしていることは正しいのだよ。このまま順調にことが進めば、私達の理想が実現することになるんだ。そしてそれはまた、人類の長い間の悲願でもある。それを達成した暁には、柚木君、君は偉業を成し遂げた男として、歴史に名を刻むことになるだろう」

 「・・・ぼくはそんなことは望んでいません。ただ・・・ぼくや姉さんのような人間を、これ以上出したくないだけです」

 柚木はうつむき加減にそう言った。

 「立派だよ、柚木君。君を我々に迎え入れたのも、君の技術だけでなく、その純粋な気持ちがあったからこそだ。平和を願う心、それが一番大事なのだから」

 「ありがとうございます、村木代表」

 柚木は頭を下げた。

 「さて、ついたぞ」

 そう言って、男は立ち止まった。そこは、銀行やその他の金融機関が立ち並ぶ場所だった。

 「ここでやるのですか・・・?」

 思いも寄らない場所だった、というように、柚木があたりを見回す。

 「そうだとも。我々が目指す、汚れた金の排除。その本格的活動開始の狼煙を、ここで上げるのだよ」

 「・・・」

 感慨深げに周囲を見渡す男を、柚木は黙って見つめた。





 プシュ〜・・・

 オフィスのドアが開き、ひかると亜矢が入ってきた。

 「服部ひかる、桐生亜矢両名、パトロールから帰還しました!」

 敬礼をしながら、元気よく報告するひかる。無言ながらも、その隣で亜矢も敬礼をする。

 「お疲れさま。異常はなかった?」

 「はい。平和そのものでした」

 仁木の声に応えながら、二人は席に戻った。

 「お疲れさん」

 席に戻ったひかるに、圭介が声をかけた。ひかるはそれに応えようとして、あることに気がついた。

 「あれ・・・? 隊長は、どこか出かけたんですか?」

 彼女の言うとおり、小隈の席に彼の姿はなかった。

 「隊長なら、今応接室。部長が来てるんだ」

 「部長が? 何かあったんですか?」

 「さあ? 部長がここに来る理由は、いろいろだからな。いつもみたいにお茶を飲みに来ただけなら、気は楽なんだけど」

 圭介は背もたれにもたれながら言った。





 ズズズ・・・

 湯飲みにいれられたちょうどいい温度の宇治茶を、陸奥はおいしそうにすすっていた。小隈はそれを、黙って見つめている。

 「今日は、なんのご用です? 早く教えて下さいよ。いつもいつも、お茶飲まないと本題に入らないんですから・・・」

 迷惑そうな様子で言う小隈。

 「そうせかすな。お茶がまずくなる」

 あくまでマイペースでお茶を飲む陸奥。やがて、彼は空になった湯飲みを置いた。

 「ごちそうさま。あとで桐生隊員によろしく言っといてくれ」

 「了解しました。さあ、本題に入ってもらおうじゃありませんか」

 そう言って、小隈は身を乗り出した。

 「ん、そうしよう。さて、今回持ってきたのは、不穏な話と言えるかどうかはわからんが・・・」

 そう言って、持っていたファイルから数枚の新聞記事の切り抜きを見せる陸奥。

 「「マルクスブルグ聖ルカ教会に多額の寄付金 修復にメド」、「地雷撤去NGO 多額の支援金獲得」・・・ふぅん。いくつか読んだのもありますね」

 目を通していく小隈。

 「で? どれもいい話ばかりじゃないですか。これと我々と、なんの関係があるっていうんです?」

 「うむ。記事を見て、一つ気になることはないか?」

 そう言われて、小隈はもう一度記事を見直した。

 「はぁ・・・共通点と言ったら、資金難で建物の修理ができなかった古い教会とか、活動資金がなくって思うように活動できなかったNGOとか・・・要するに、金に困ってた善意の人達のところに、思わぬ大金が舞い込んだってことぐらいですね」

 「その通りだ」

 「・・・もしかして、その金がいわくのあるところから出ている、ってことですか?」

 「そのあたりは、これから説明しよう」

 陸奥は身を乗り出した。

 「記事をよく読めばわかるが、寄付された金はいずれも億単位・・・。いずれも匿名で寄付されている。しかし、調査部が調べて報告してきたところによると・・・どれもこれも、寄付した出所は一個人なのだよ」

 「一個人が数億円の寄付を? なんとも太っ腹な話ですけど・・・いったいどんな人達なんです? 俺みたいな人間には、到底できない真似ですけど」

 「・・・今の給料が不満か?」

 「いや、そんなことないですよ。そりゃあ論理の飛躍だ。気にしないで、答えて下さい」

 ジロリとにらんだ陸奥を、小隈はサラリとかわした。

 「・・・ここからが、どう解釈していいのか難しいところなのだが・・・。少し話がそれるが、なぜこんな話をわしが気にしているかというのは、実は検察庁や公安から、極秘に調査要請が出たためだからなのだよ」

 陸奥は指を組んだ。

 「そりゃまた、妙なところからのお願いですね」

 「ああ。そして、彼らがこの件を気にしている理由というのが、その寄付を行った「足長おじさん」達全てが、彼らがマークしていた人間だからなのだ」

 「・・・つまり、俺達善良なる市民とは違って、ろくでもない方法で世間の目をかいくぐりながら懐を暖めてきた人種、というわけですか?」

 「平たく言うとそうなる」

 「じゃあその寄付ってやつも、もしかしてそういう方法でどっかからかすめ取られた金だから、検察や公安の人達も動いている・・・?」

 「そうとも言えるし、そうでないとも言える・・・。寄付金は全て純粋に彼らの私有財産から出ているのは間違いないのだが、その私有財産というのが、まっとうでない方法で得られた可能性が高いのだから。問題なのは、なぜ彼らがそんな寄付などしたのか、ということだ」

 「たしかに普通に考えれば、そんな真似までして金稼いできた人間が、いきなり「足長おじさん」になるとは思えませんね。でも部長、それって、簡単なことじゃないですか?」

 小隈はタバコに火をつけた。

 「要するに、イメージアップ戦略の一つなんじゃないですか? 世間の疑いの視線をさけるための」

 「たしかに、普通ならばそう考えるだろう。しかし今回の場合わからないのは・・・それにしても、あまりに寄付金が多額すぎることだ。それこそ全財産のほとんどを寄付している。お前が言うような理由で寄付をするのには、あまりにも多くの金が出ているんだよ」

 「なるほど・・・。たしかにイメージアップに使う費用としては、ちょっと出しすぎですね・・・。急に罪の意識が強くなって、というのも苦しい。と、なると・・・」

 小隈は少し考えた。

 「なんらかの圧力が、この「足長おじさん」達に働いた、と・・・?」

 「検察や公安は、そう見ているらしい」

 「ただ・・・それもちょっと変ですね。そんなことをする一団がいるとしたら、自分達の利益になるように金を使わせるはずだ。それなのに、金が流れているのは完璧な慈善団体。寄付金は余すところなく、世のため人のために使われている。けっこうな話ですが、現実に起こる話としては、なにか裏があるんじゃないかと、たしかに勘ぐりたくもなりますよ。さながら、現代のネズミ小僧か・・・」

 小隈は考え込んだが、やがて顔を上げた。

 「ところで、なんでこんな話を俺達に? 俺達は言ってみれば兵隊なんですから、捜査が進んである程度証拠がつかめた段階にならないと、動けませんよ? そりゃあまあ、俺達には捜査活動の権限も与えられていますけど・・・」

 「もっともだ。実際わしも、お前達に動いてくれとは言わんよ。この件に関しては、すでに捜査部が動いてくれている。この話を持ち込んだのは、お前が言うとおり、お前達が動くことになる可能性があるということからだ。どうも普通じゃない事件のようだからな」

 「毎度同じく、覚悟を促しにきたってわけですか・・・」

 小隈はため息をついた。

 「まぁ、しかたないでしょうね。この話、部下には伝えときますよ。もともと年末年始は人も物も金も、それに犯罪も大きく動く時期。わざわざ部長に覚悟促されんでも、俺達はいつも以上に神経を尖らせていますし」

 「ほう、そうなのか?」

 陸奥は少しからかうような目で小隈を見た。

 「そうなんですよ・・・。そうは見えなくってもね」

 小隈は少し陸奥をにらんだ。

 「まあいい。とにかく、それなら一安心だな」

 そう言うと陸奥は立ち上がり、帽子かけにかけてあった愛用の山高帽とステッキを身につけた。

 「それじゃあ、わしはおいとまするよ。何事もなく、いい年明けが迎えられるようお互い祈るべきだな」

 「まったくですね。それじゃ、部長」





 その数日後。第1小隊のオフィスでは、穏やかな時が流れていた。

 「さーて、と・・・」

 することもなく頬杖をついていた小島が、目を上げて時計を見た。時刻は午後2時になろうとしている。

 「そろそろいくか、新座」

 小島は仁木に報告書を提出していた圭介に声をかけた。

 「あ、そうですね」

 「先に行ってる。キー持ってきてくれ」

 そう言って、小島は先に出ていってしまった。圭介はそれにうなずくと、キーの保管場所からウィンディのエンジンキーを取り出すと、隊長の方を向いて言った。

 「新座圭介、小島佳樹両隊員、定時パトロールに出発します」

 「はい、いってらっしゃい」

 小隈が適当な返事をした。

 「がんばってくださいね」

 「がんばるようなことは、たぶんないだろうけどな。いってくる」

 ひかるの声に苦笑しながら、圭介はオフィスをあとにした。

 「・・・」

 ひかるはそれを見送ると、机の上にあった書類をまとめ、亜矢の机に向かった。

 「亜矢さん」

 「・・・」

 亜矢は机の上にノートを広げたまま、ぼんやりとしていた。

 「亜矢さん・・・?」

 トントンと肩を叩くひかる。それによって、ようやく亜矢が気を取り戻した。

 「あ・・・ああ、ごめんひかる君・・・。なんの用だい・・・?」

 「このあいだ私達が押収した禁止薬剤のデータが、科警研から届いていたので持ってきたんですけど・・・」

 そう言って、書類を差し出すひかる。

 「ありがとう・・・」

 亜矢はそれを受け取り、目を通し始めた。しかし、ひかるはそこを離れなかった。

 「・・・? どうしたんだい?」

 「その、失礼かもしれませんけど・・・亜矢さん、最近少しいつもと違うような感じがして・・・」

 ひかるは言いにくそうに言った。

 「さっきみたいに、何か考え込んでいるような時が多いと思うんです」

 もともと亜矢は、普通の人間とはちょっと違うことをいつも考えているのだが、最近はそれとは別なことを考えているように見えた。亜矢はその言葉に、いつもの微笑を浮かべた。

 「フ・・・心配させて・・・しまったのかな・・・? そうなら・・・ごめん」

 「いえ・・・。でも、少し心配です。何か悩みがあるなら言って下さい。役に立てるかわかりませんけど、いつも占いでお世話になってますし・・・」

 亜矢はその言葉に少し迷う様子を見せたが、やがてうなずいた。

 「そうだね・・・。このまま何も言わないでいたら・・・ひかる君も気持ちが悪いだろうからね・・・。ここ・・・座ってもたぶん・・・かまわないだろう」

 そう言って、亜矢は空いている小島のイスを勧めた。

 「悩んでいる・・・というほどではないんだ。気になっている・・・という方が・・・正しい」

 「気になってるって、もしかしてこの間見かけたっていう、お友達のことですか?」

 亜矢は無言でうなずいた。

 「それでですか・・・。様子が違うようになったのは、そういえばあれからでしたね」

 「・・・」

 「その人って、大事なお友達なんですか?」

 「そうだよ・・・」

 そう言うと亜矢は机の引き出しを開け、手帳に挟んであった数枚の写真から一枚を出してひかるに見せた。

 写真に写っている亜矢は、今より少し若かった。しかし、表情や感じられる雰囲気などは、今と変わっていないように見える。写真の亜矢は、海外の大学の卒業生が卒業式の時にかぶる角張った帽子をかぶり、黒いケープを羽織っている。後ろに写っているのも立派な石造りの講堂で、彼女の大学の卒業式のときに撮られた写真であることはすぐにわかった。

 問題なのは、彼女の隣。同じ格好をして、笑顔で彼女の隣に立っている男がいた。

 「この人ですか・・・」

 「そう・・・。柚木智君・・・私の大学院時代の・・・一番の友人だよ」

 そう言って、亜矢は微笑んだ。

 「亜矢さんの出身大学って、たしか・・・」

 「アメリカのトレーシー大学大学院だよ。この写真は、その卒業式のときのもの。今から5年前・・・18歳の時だね」

 「じゅ、18歳で大学院を卒業したんですか?」

 「珍しいことじゃないよ・・・。私の周りには・・・そういう人がたくさんいたからね・・・」

 亜矢はサラリと言ったが、ひかるは驚いていた。以前仁木から聞いた話によれば、亜矢はこの大学院時代に化学博士の博士号をとっていたという。しかもその頃には友人の興したジャケット用OSを開発するシステムメーカーに勤務しており、画期的なOS「カーバンクル」を開発し、一躍脚光を浴びていたらしい。自分とは次元の違う天才だということを、ひかるは感じていた。

 「柚木君とは・・・大学院で知り合ってね・・・」

 「どんな人だったんですか?」

 「柚木君は・・・私以上に化学物質の専門家としての才能をもっていた・・・。彼と友人になれて得られたことは、とても多かった・・・。しかしそれ以上に・・・彼は人柄がよかった・・・」

 「人柄・・・ですか」

 「そう・・・。彼は決して・・・経済的に恵まれてはいなかった・・・。両親を中学生の時になくして・・・それ以来、お姉さんと二人で生きてきた・・・。お姉さんのことは・・・彼から聞いただけで実際に会ったことはないけれど・・・きっとお姉さんも、いい人だったんだろうね・・・」

 「・・・」

 「彼はいつも言っていたんだ・・・。人の役に立つ薬を作ることは・・・自分の夢でもあるけれど・・・化学者になって大きな製薬メーカーに勤めて、お姉さんに恩返しをしたいという夢もあるんだ、とね・・・」

 「立派な人だったんですね。その、柚木さんは、卒業した後夢が叶ったんですか?」

 「ああ・・・。私は、それまで勤めていたシステムメーカーにそれまで通りに勤め・・・柚木君は・・・イタリアにある大手の製薬メーカーに入社した・・・」

 「夢、叶ったんですね? ・・・でも、それなのに行方不明って・・・どういうことなんですか?」

 ひかるがそう尋ねると、亜矢は沈み込んだ表情をした。

 「彼のお姉さんが・・・亡くなったんだ・・・。ある事件に巻き込まれてね・・・」

 「え・・・?」

 「そのことを私に伝えた彼の手紙には・・・生きる意味を失った・・・会社も辞める・・・そうとだけ書かれていた。私はすぐに彼を止めようとイタリアへ行ったけれど・・・すでに彼は、行方がわからなくなっていたんだ・・・」

 沈んだ表情で話す亜矢。

 「それからも暇を見ては、いろいろな手で彼を捜しているんだけど・・・」

 「そうだったんですか・・・。じゃあ、もしかしてこの間亜矢さんが見かけたのは・・・」

 「・・・わからない。一瞬のことだったからね・・・。ただ似た人を見て、直感的に彼のことを思い出してしまったのかもしれないし・・・ただ・・・」

 「ただ?」

 「もし、あれが彼だったとしたら・・・彼がここ(日本)にいる理由というのは・・・たしかにあるんだ・・・」

 「そうなんですか。だったら、やっぱり柚木さんなんじゃないでしょうか・・・? 根拠はありませんけど、なんとなく、そう思うんです」

 亜矢はひかるの目をジッと見ていたが、やがて、微笑を浮かべた。

 「そうかも・・・しれないね。たしかに・・・信じなければ、何も始まらない」

 「そうですよ!」

 「もう一度・・・探してみることにしよう。ありがとう、ひかる君・・・」

 「そんな・・・私、大したことは・・・」

 そう言って照れるひかる。亜矢は微笑を浮かべてそれを見ていたが、やがて、あることに気がついた。

 「おや・・・? そういえば、新座君と小島君は・・・?」

 「亜矢さん、今気がついたんですか?」

 さすがにこれには、ひかるも少し呆れた。

 「二人とも、パトロールに出かけました」

 ひかるは普通にそう言ったが、亜矢の顔が曇った。

 「しまった・・・もう出てしまったのか・・・」

 そのただならぬ様子に、ひかるが訝しげな表情をする。

 「・・・どうかしたんですか?」

 「いや・・・実は、昨日星占いをしていたのだが・・・」

 亜矢は口ごもりながら言った。

 「新座君に・・・よくない兆候が出ていてね・・・」

 「え・・・!?」

 ひかるの顔が、見る間に青ざめた。





 一方その頃。圭介と小島は、いつものパトロールルートを走っていた。

 「あああ、嫌な時期がまた来ちまったよ。独り身の寒さ寂しさがこたえるこの時期が」

 「・・・」

 クリスマスににぎわう街を見ながら、小島がぼやく。圭介はその隣で、我関せずといった顔でさっきから運転に集中していた。

 「昔はあ〜んなにあったかかったのになぁ。だいたいもうちょっと世の中が落ち着いてりゃあ、彼女つくる暇だってあるし、そうなりゃ一人や二人・・・」

 「・・・世の中のことぼやいたって、しょうがないじゃないですか。どんなにすごい装備持ってても、俺達は基本的に兵隊ですし」

 さすがにこれ以上グチを聞かされるのは精神衛生的によくないと思った圭介は、イヤイヤながらも応えることにした。たちまちそれに、小島が反応する。

 「いいよな〜、一緒に過ごせる相手がいる奴は」

 「・・・」

 こういう反応が返ってくるだろうから、相手にしたくなかったのだ。圭介はそう思っていた。かといって、放っておいたらこちらが応えるまで延々グチを聞かされることになっただろうし、やはり適当なところで切り上げさせた方がよかっただろう。そんな圭介にかまわず、小島はさらに続けた。

 「聞いたぞ。クリスマスと誕生日のプレゼント、何にしようか迷ってるんだってな?」

 「・・・聡美さんのおしゃべり・・・」

 圭介は舌打ちした。

 「人の口に戸はたてられねえよ。ましてや、しゃべった相手があいつじゃ・・・しゃべったお前の方が悪い。で? どうなんだよ?」

 「クリスマスの方は、もう決まってますよ。問題なのは、誕生日の方で・・・」

 「お前も水くさいよなぁ。一言俺に言えば、プレゼントぐらいいくらでも見繕ってやれるって・・・」

 「ほ〜お? じゃあ、やってもらいましょうか? 言っときますけど、あげる相手はひかるですからね」

 「・・・う・・・」

 小島は言葉に詰まった。それを見て、圭介はニヤリと笑う。

 「どうしました? いくらでも見繕ってやれるんじゃないんですか?」

 「う、うるせぇ! ひかるちゃんが欲しがりそうなものを、考えてるだけだ! え、えぇ〜と、そうだな・・・」

 小島は腕組みをしたままうなりだした。そのうなりは、5分にも及んだ。

 「もういいですよ」

 さすがに呆れた圭介が止めた。

 「わかったでしょ? 人並みはずれた無欲さなんですよ、あいつのは。だから苦労してるんです」

 「・・・」

 小島はそれを黙って聞いていた。

 「それに、小島さんが選んでどうするんですか」

 「ごもっとも・・・」

 「ま、なんとかしますよ、なんとかね。誕生日には、もう少し時間があるし・・・」

 そう言って、圭介はブレーキを踏んだ。目の前には十字路、それに赤信号。と、その時だった。

 ボゥン!! ボゥン!! ボゥン!!

 「「!?」」

 突然、連続した爆発音がした。その直後

 ブォォォォォォォォォォォォ!!

 まるで、山の谷間を走り抜ける雪崩のように、大量の白いガスがすさまじいスピードでビルの谷間を埋め尽くしていった。

 「な、なんだこりゃあ!?」

 「まさか、化学テロ!?」

 ウィンディの周囲もガスによって真っ白に覆われ、何も見えない。ウィンディ自身は高い機密性を持っているため、簡単にガスが車内に侵入することはないはずである。

 「小島さん、俺、先に外で避難誘導してきます! 分署に連絡お願いします!」

 「わかった! 俺もすぐに行く!」

 圭介は言うが早いか、後部座席に備え付けてあった首まで覆うガスマスクを取り出してかぶり、出ていこうとした。

 「待て、新座!」

 「なんです!?」

 「口だけ覆っても皮膚から入り込むかもしれない。こいつをしっかり手にはめとけ」

 そう言って、小島は特殊グローブを手渡した。

 「すいません」

 圭介はそれをしっかりはめると、今度こそ外へと飛び出した。





 「落ち着いて! できるだけ風上や、高いところへ避難して下さい!!」

 大声で叫び、避難誘導を進める圭介。しかし、彼一人の力では限界があり、突然の出来事にパニック状態になった街の人々を助けるには、あまりにも非力だった。

 「くそ・・・!」

 圭介は悔しそうにつぶやきつつも、誘導を進めた。そして、数分後・・・

 「・・・? ガスが・・・」

 あたりに充満していた白いガスが、だんだんと薄れ始めたのだ。そして、目に入ってきたのは・・・

 「!!」

 あたりの道路に、死屍累々と倒れている人々だった。

 「そ、そんな・・・」

 圭介は信じられない思いで、その一人に近寄った。祈るような気持ちで、その脈をとる。

 「・・・! よかった・・・」

 脈は、たしかにあった。弱くもなく、正常である。しかし、彼がみているサラリーマン風の男は、意識を失っているままである。他の人々も、同様であった。

 「目を覚まして下さい! しっかりして!!」

 頬を少し強めに叩いたり、ゆすってみたり、圭介は様々なことを試みた。その結果・・・

 「・・・」

 男は、目を開いた。

 「!! 大丈夫ですか!?」

 圭介は笑顔になりつつも、そう尋ねた。周りでも同じように人々が意識を取り戻し始めた。だが・・・

 「・・・」

 「!?」

 人々は、自分達ですっくと立ち上がった。その顔は無表情で、目もどこか虚ろである。そして・・・

 ゾロゾロゾロ・・・

 人々は何も言わず、同じ方向へゾロゾロと歩き出した。

 「ちょ、ちょっと! どこへ行くんですか!? 病院にいかないと・・・」

 慌てて圭介が引き留める。しかし、男はなおも歩き続けようとしている。その口からは

 「早く捨てなければ・・・。清らかにならなければ・・・」

 と、うわごとのようなつぶやきが漏れている。そのときである。

 「みなさん! 私達こそ、あなたがたを救うことができます!!」

 「!?」

 マイクを通した突然の大声に、圭介はその方向を向いた。

 そこには、謎の一団があった。白い大型トラックが一台、交差点の真ん中にとまり、その屋根に備え付けられたスピーカーから、その声は流れていた。その周囲には、ガスマスクをつけた男達がいる。そして人々は、その声に導かれるようにその一団へ向けて歩いていた。

 「まさか・・・あいつらがあのガスを・・・!」

 一目でわかる怪しい集団。圭介にはすぐにそれがなんだかわかった。一方、なおもスピーカーからの演説は続いている。

 「汚らわしき金に縛られた哀れな現代の人々よ! 今こそその束縛から解き放たれ、かつての祖先と同じように、真に自由になる時がきたのです! 我らこそ、あなた方の救世主。汚れた金を私達にあずけなさい。我々があなた方に代わり、それを処分しましょう」

 よく見ると、ガスマスクをつけた男達の周りに人々が群がり、現金やらカードやらを差し出している。そして男達はそれを、傍らの袋にガバガバと入れていた。

 「あいつら・・・!」

 男達をにらみつけた圭介は、腕にはめられた通信機Sナビで小島に連絡をいれた。

 「小島さん、聞こえますか!?」

 「新座、そっちはどうなってる!? ガスがなくなったと思ったら、みんなゾンビみたいにゾロゾロと・・・」

 別の場所で避難誘導にあたっていた小島が、やはり戸惑いの声をあげた。

 「今、すぐ近くにこの騒ぎの張本人達がいます! ガスを吸った人が、みんなそいつらに手持ちのお金をあげてて・・・」

 「なんだと!?」

 「すぐに止めます! 応援に来て下さい! サンシャイン通りの7号交差点です!」

 「わかった! すぐ行く!」

 通信は切れた。圭介はうなずくと、腰の護身用拳銃ガードダガーの安全装置を外し、その一団に近づいていった。





 一方、男達は荒稼ぎをしていた。

 「押すのはやめてください。順番に、ゆっくりと」

 そのうちの一人が、前に並んだ人々から順番に金をとりあげていた。と、その横に人影が現れた。

 「焦らなくても、順番に並べばすぐに・・・」

 「焦りもするさ」

 そう言って、その男は銃口を彼につきつけた。

 「!? なっ、なんだお前は!?」

 驚いて下がる男。周りの男達も動揺する。

 「全員動くな!! 東京都SMS第1小隊だ!!」

 そう叫んで、隙のない構えをする圭介。それを聞いて、さらに男達がたじろぐ。

 「この騒ぎの張本人はお前達だな? お前達は何者だ!?」

 だが、男達はやがて落ち着きを取り戻してきた。圭介の死角で、一人の男が隣の男に耳打ちしていた。

 「代表、どうします?」

 「・・・幸い、一人のようだ。すぐに黙らせろ」

 「ハッ」

 そう言って、男は足音をたてずに去った。

 「全員、両手を挙げて地面に伏せろ!」

 男達は圭介の指示に従っている。と、その時だった。

 ガァン! キィンッ!!

 「!?」

 突如銃声がして、圭介の銃がはじき飛ばされた。

 「今だ! 取り押さえろ!!」

 誰かの声とともに、それまで地面に伏していた男達がサッと起きあがり、瞬く間に圭介に飛びかかった。

 「うっ、この・・・放せっ・・・!」

 圭介は叫び声をあげる間もなく口をふさがれ、たくさんの男達に取り押さえられてしまった。

 「とんだハプニングだな」

 取り押さえられてもがく圭介を見ながら、「代表」と呼ばれた男が言った。

 「ハ、申し訳ありません。まさか、SMSの隊員などがここにいたとは・・・」

 「こうなってしまっては、続行は不可能だろう。この男の仲間もすぐに来る。今回はここで切り上げ、すぐに撤収だ」

 「ハ。それで、この男はいかがいたしましょう」

 「代表」はその言葉に、圭介を一瞥した。

 「・・・利用価値があるかもしれない。連れて行け」

 「ハッ。おい、麻酔を」

 近くにいた男から何かを受け取り、実行部隊のリーダーらしき男は圭介へと近づいた。

 「!?」

 それが、小型の薬品注入器であることに圭介は気づき、逃れようとしたが・・・あっさりとそれを首筋につけられてしまった。

 プシュッ

 「・・・」

 小さな空気音がして、圭介はすぐにグッタリとなった。

 「こいつを連れて行け。すぐに撤収だ」

 リーダーの指示に、男達はすぐに動き始めた。





 「はい、ごめんなさいごめんなさい」

 そんな風につぶやきながら、小島は人垣をかき分けていった。

 「早くしないと・・・」

 そう思いながら、やっと人垣を抜けた小島が見たものは・・・

 ブォォォ・・・

 走り去る白いトラックだった。ナンバーすらつけていない。

 「!? まてっ!!」

 ダン! ダン!

 車に向けて発砲する小島。しかし、それは命中せずに、車は走り去ってしまった。

 「クソッ!」

 舌打ちする小島。その周囲では人々が「救いを〜」と、ゾンビのように手を伸ばしながら声を出している。

 「新座は!?」

 小島はあたりを見回し、圭介の姿を探した。が、彼の姿はどこにもなかった。

 「まさか・・・あいつらに!?」

 ゾッとする想像が頭をよぎる。

 「!?」

 その時、彼は見つけた。地面の上に落ちていたガードダガーを。

 「なんてこった・・・」

 小島はそれを拾い上げ、呆然としながら見つめた。





 「「なんですって!?」」

 救急車のサイレンの音が響く街に、さらに仁木と聡美の声がこだました。

 「新座君がさらわれたって、どういうことなのよ!?」

 「ど、どういうこともなにも・・・」

 「あなたがついていながら、何をしてたの!?」

 「いや、ですから・・・」

 同時に二人の女性に食いつかれ、しどろもどろになる小島。と、その時・・・

 「・・・ふぅっ・・・」

 トサッ

 気が抜けるような声を発して、後ろにいたひかるが地面に倒れてしまった。

 「ひ、ひかるちゃん!!」

 「ひかる君!!」

 「服部さん、しっかりして!!」

 慌てて女性3人が、ひかるを抱き起こすが、彼女は青ざめた顔で気を失っていた。

 「服部さん、気を確かに!!」

 「ひかる君!!」

 仁木と亜矢が必死に呼びかける。

 「・・・これで新座君の身に何かあったら、あたし、承知しないからね・・・」

 すごい形相で小島をにらむ聡美。仁木、亜矢も同様であった。

 「・・・俺だって、新座に何かあったら・・・」

 真っ青になる小島。

 ポン

 と、その肩に手が置かれた。振り返ると、小隈の顔が。

 「それぐらいにしておけ、お前達」

 小隈の声は、驚くほど落ち着いていた。

 「小島一人を責めるもんじゃない。小島だって避難誘導の仕事をしていたし、新座が一人でその連中を止めようとしたのも、無理がなかったとは言い切れないんだ。責任を一人に押しつけても、新座は戻っちゃ来ない」

 その言葉に、全員がシュンとなる。

 「・・・たしかに、これは一大事だ。仲間が一人、敵の手に墜ちたんだからな。俺達は全力で新座の救出と、この事件の解決にあたる必要がある。いざこざはそのあとだ。すぐに始めるぞ」

 「はいっ!!」

 隊員達が、一斉にうなずく。

 「よし。これからは各自、別行動をとれ。まず仁木と桐生は、捜査部と協力して犯人の洗い出しと、白いトラックの目撃情報を探すんだ。小島は回収したガスのサンプルを分析。その正体と、ガスを浴びた人の治療法を見つけだせ。岸本は服部のつきそいだ。服部が気を取り戻したら、すぐに俺に連絡をいれろ、次の指示を出す。俺は他の小隊に協力要請を出した後、本部に行って詳しい報告をしてくる。それぞれの進行状況は、逐次他のメンバーに報告するように。一瞬一秒たりともムダにするな」

 小隈はテキパキと指示を出した。

 「以上だ。解散!!」

 小隈と仁木、それに亜矢はウィンディへ。小島と聡美、それにひかるは、指揮車で自分達の場所へと動き始めた。





 「う・・・」

 自分のうめき声で、圭介は目を覚ました。が、目を開けたというのに前は真っ暗である。オマケに、何かが目を覆っている感触がある。

 「気がついたようです」

 男の声がした。

 「う・・・くそ・・・。そうか、眠らされて・・・」

 圭介はそうつぶやくと、声を出した。

 「おい、お前達は誰だ!」

 「慌てるな。もうすぐ、お前と話をしてくれる方が来る」

 男の声がそう答えた。それと同時に、コンクリートの床を踏みしめる音も。

 「お目覚めかね?」

 さっきとは別の男の声がした。意識がはっきりしてきた圭介は、それに応えた。

 「ああ、最悪の目覚めだ。俺に何を打った? 妙に頭が重いぞ」

 「フフ・・・安心したまえ。ただの麻酔薬だ」

 「それに、この目隠し・・・うっとうしいな。外してくれないか?」

 「残念ながら、それはできない。私の顔を見られるわけにはいかないからな」

 「それなら、そっちが仮面でもかぶったらどうだ?」

 「・・・さすが、SMSの隊員だ。この状況でこれだけ話せるとは・・・。だが、自分のしたことを思い出してほしいな。君は私達の邪魔をしたんだ。少しぐらいの待遇の悪さは、我慢してほしいものだ」

 「邪魔をするのは当然だろう? それが仕事だし、使命だ。俺が怪しい集団が妙なガスをばらまいて、街の人から大金を巻き上げているところを見たら、邪魔しないわけにはいかないだろう」

 圭介はあくまで強気だった。

 「巻き上げたのではない。不浄の金を、彼らの代わりに捨ててやろうとしただけだ」

 「フン・・・たしか、あのときもそんなこと言ってたな。お前達、宗教団体かなにかか?」

 「・・・」

 男が答えなかった。そう思った直後

 ズンッ!!

 「!!・・・ゲホッ・・・!!」

 圭介の腹に、強烈なパンチが叩き込まれた。

 「下手な勘ぐりはやめてもらおう。あまりおしゃべりがすぎると、君の待遇はどんどん悪くなるぞ」

 「・・・これでも待遇がいいって言えるのかね」

 目には目隠し、さらにイスに座らされ、後ろ手に縛られている。

 「俺を連れてきてどうするつもりだ? 殺すつもりか?」

 「殺すぐらいならとうにしているさ。何か利用価値があると思ってね」

 「あいにくだな。俺を交渉材料に使って何かをしてくれるほど、SMSや警察は甘くない。ましてや、犯罪者の手に墜ちたマヌケな隊員なんかね」

 「フフ、すいぶんと自分を卑下するものだな・・・」

 男はそう言って笑った。

 「とにかく、君をどうするかはこれからゆっくり考える。それに・・・君の命を我々が握っているという時点で、君は十分役に立っているよ」

 「お前達の役になんか、これ以上たちたくないね。それに・・・SMSや警察の神経を逆なですることにならなきゃいいがな」

 「元気な人だ・・・。まあ、それぐらいなら心配する必要もないだろう」

 男はそう言うと、別の男に向き直った。

 「私は戻る。目隠しと手錠を外してやれ。慎重にな」

 「ハッ」

 「おい、待て!!」

 「それでは、ごきげんよう」

 圭介の声もむなしく、足音は遠ざかっていった。

 「これから、お前の体を自由にする。妙な真似はやめろよ。目をふさがれてても、この感触はわかるな?」

 「ああ、痛いぐらいね」

 両のこめかみに突きつけられた冷たい鉄の感触に、圭介はそう答えた。

 シュルッ・・・

 やがて、目隠しが外され、周囲の様子が目に入ってきた。

 周りじゅうコンクリートでできた、四角い部屋だった。牢屋というわけではなく、倉庫といった感じだ。空き箱らしい木箱が隅の方に積まれている。窓はなく、灯りは天井に蛍光灯が二本。飾りも素っ気もなく、他にあるものと言えば、壁に開いた小さな通風口ぐらいだろう。隅の方にある無骨な鉄のドアが、唯一の出入り口らしい。密室に近い。

 「薄気味の悪い牢屋だな」

 「気味のいい牢屋などあるか」

 今この部屋にいるのは、圭介以外5人。全員目出し帽をかぶっており、素顔はわからない。3人が銃を突きつけ、一人がうしろで手錠を外している。そして、リーダーらしき男が少し離れたところでそれを見守っていた。

 カチャッ・・・

 やがて、手錠も外された。

 「手を挙げろ」

 リーダーがそう言った。圭介はおとなしく手を挙げる。アクション映画のヒーローではないのだ。2、3人ならともかく、5人もいてはたとえ暴れて一人二人倒しても、その間に誰かの銃が火を噴くだろう。それに、向こうは「この道のプロ」らしい。圭介はおとなしくしたがうことにした。

 「衣服以外は、全て没収させてもらった。逃げ出されては困るからな」

 「わかってるよ。つまんないこと言う奴だな」

 「・・・おとなしくしていれば安全は保障しよう。三食も与えるし、トイレも自由だ。どれも監視つきだがな」

 「待遇としてはいい方だろうな。とりあえず、ゆっくりさせてもらおうか」

 「フン」

 男達は銃を向けながら、ジリジリと下がっていった。

 ズン・・・

 やがて、鉄のドアが閉じる重い音がして、部屋の中には圭介だけが残った。

 「さて・・・どうするか」

 圭介は両手を枕に、冷たいコンクリートの床に寝ころんで、蛍光灯を見上げた。





 ドアが開き、立派なスーツに身を包んだ男が入ってきた。

 「待たせて済まない、柚木君」

 部屋に先にいた男に、彼は声をかけた。

 「いえ、お気になさらずに」

 柚木はそう答えた。男はそれにうなずくと、立派な机の前に座った。机の上には「代表 村木新二」と書かれたプレートがある。

 「・・・失敗したそうですね」

 柚木は言いにくそうに言った。

 「うむ、申し訳ない。途中で邪魔が入ったものでな」

 「いえ」

 「今回は少し、はやりすぎたと言えるかもしれん。次回はもっと、時期と場所を慎重に選んで行動すべきだな」

 「なかなか、うまくいかないものですね」

 「「革命の戦いは、勝利するまでは敗北の連続である」と、フランスの革命家も言っている。諸悪の根元である金を排除するためのこの戦いに勝つためには、これぐらいでへこたれていてはいかんよ。がんばろう」

 「はい・・・」

 「ん? どうした? 失敗がそんなに応えているか?」

 「いえ・・・そんなわけではありませんが・・・」

 柚木は戸惑い気味に口を開いた。

 「・・・一つ、疑問が生じたのです」

 「疑問? 何かね」

 「いや、それは・・・」

 「長い間人類の生活の根幹を成してきたシステムに戦いを挑むのだ。迷いの一つも生じるだろう。正直に言ってみなさい」

 「それなら・・・。我々がしていることは、本当に人間を救えるのでしょうか?」

 「なに・・・? そんな根本に関わる悩みか。救えるに決まっているだろう? 君もそれを信じて、我々の戦いに加わり、力になってくれたのではないかね?」

 「はい、そうです。しかし・・・」

 柚木は村木の目を真っ直ぐに見て言った。

 「人々から「貨幣」という概念を取り去るだけで、本当に犯罪はなくなるのか・・・。それに、それをなくすことで、新たな弊害が生まれるのではないか・・・そう思っているのです」

 「・・・」

 村木は不機嫌そうにしていたが、やがて言った。

 「もう一度説明しよう、柚木君。いいかね? この世のありとあらゆる人間の欲望は、金と結びついている。欲望を満たすために人々は金を使い、そのために金を死にものぐるいで得ようとする。そしてその過程で発生するのは、虚しい一時的な快楽と、ゴミの山、そして・・・その犠牲となった人々だ」

 「・・・」

 「我々は、そんな薄汚い金と、それを巡る醜い争いによって傷を受けた人々のために活動をしてきた。他ならぬ君自身、その一人だ。だが・・・そんな懸命の活動にも関わらず、犠牲はあとを絶たない。さらに、そんな人々を助けるためには、もっとも憎むべき金が必要だというジレンマにも、我々は苦しめられた。その結果、我々はたどり着いた。「金がこの世にある限り、人類に真の幸福が訪れることはない」という結論へと」

 「・・・」

 「そして、このプロジェクトを発動した。人々から貨幣という概念を取り去ることにより、真の幸福をもたらす計画。そして君はそのために、その頭脳の全てを計画の要となるあのガスの開発に費やした。違うかね?」

 「おっしゃるとおりです・・・」

 柚木はうなずいた。

 「・・・たしかに君の言うとおり、「経済」という概念を失った人類は、大混乱に陥るだろう。しかし、それを乗り越えた先にこそ、真の幸福が待っている。貧富の差も身分の差もない、素晴らしい世界が・・・」

 「・・・」

 柚木は黙ってそれを聞いていた。

 「・・・すいません、代表。気が迷っていたようです」

 柚木は頭を下げた。村木は微笑む。

 「かまわんよ。いいかね、信じることがまず大切だ。善悪に対する既存の判断基準で行動していては、我々の戦いは務まらない。今は「悪」でも、この戦いが成功すれば我々は「正義」となる。そのことを忘れないでいてほしい」

 「はい!」

 「今日はもうよろしい。部屋に戻りなさい」

 「はい。ですが、あの、代表・・・」

 「なにかね?」

 「はい。実は、明日外出許可を戴きたいのですが・・・」

 「外出許可・・・?」

 「ええ。明日は、姉の・・・」

 と、柚木が言いかけたとき

 「・・・そうだ、そうだったな。それは大事な日だ。もちろん、外出を許可するよ。行ってくるといい。いい気分転換にもなりそうだからな」

 「ありがとうございます! それでは、ぼくはこれで・・・」

 「うむ」

 柚木は頭を下げ、部屋出ていった。

 「・・・」

 村木は無表情な顔のまましばらくいたが、やがて、机の上の内線スイッチをいれた。

 「はい、Z計画実行部です」

 向こうの相手はそう答えた。

 「私だ。今から柚木に監視をつけろ。どうも面倒な考えを持ち始めたようだ・・・」





 「それじゃあ、あのガスは吸った人間に対して、お金に対するひどい嫌悪感を発生させる作用があるということ?」

 仁木はSナビに向けてそう言っていた。

 「そうです。他にも、気前がよくなったり、アレルギー症状まで発生させる作用までありそうです。疑似電子人体モデルを利用したシミュレーション上でしか確認していませんが。なにしろ金銭とか財産とかいう概念は、動物は持ち合わせていませんから、動物実験は意味がないし。でも、ガスを吸った患者がそろってそんな症状を出しているんですから、間違いないでしょう。要するに、金銭アレルギー誘発剤とでもいうものです」

 「やっかいなものね・・・。こんなものが、大規模に使用されたら・・・」

 「貨幣に対する信頼の上に成り立っている経済システムは崩壊、弱肉強食の世界になるってことですよね・・・」

 「・・・」

 仁木は身震いがする思いがした。

 「なんとかしないと。解毒剤の開発は?」

 「カラドリウスをフル回転させてやってます。製薬メーカーにも準備はさせてありますから、行程式ができあがり次第、すぐに量産できます」

 「言うまでもないと思うけど、なるべく急いでね」

 「汚名挽回のチャンスですよ? やってるに決まってるじゃないですか。あ、そうそう。たった今、ひかるちゃんが気を取り戻したそうです」

 「本当? よかった・・・」

 「相変わらずだいぶショックを受けているようですが、彼女ならたぶん大丈夫でしょう」

 「そうね・・・。がんばりましょう、お互いに」

 「はい! それじゃ」

 通信は切れた。仁木はSナビを閉じると、隣の亜矢を見た。

 「今の、聞いたわね」

 「はい・・・」

 その時、二人に向かって一人の男が歩いてきた。

 「お待たせしました。やっとわかりましたよ」

 「ありがとうございます。それで、容疑が強いのは?」

 「これです」

 そう言って、男は書類を差し出した。

 「「ガブリエル財団」?」

 仁木は思わずそう尋ねていた。

 「その通りです。容疑と言うほど確証はありませんが、ここが一番怪しいですね」

 梶原と名乗るSMS捜査部の男は、そう言ってニヤリと笑った。

 「この財団は・・・どんな財団なのですか?」

 亜矢が尋ねた。

 「南米に本拠を構える保険会社が母胎となって設立した財団です。主にテロや犯罪で家族や家をなくすなど、そういった被害にあった人達を援助している団体ですね。どちらかというと、例の事件の寄付を受ける側のような団体ですが」

 「それが、どうして怪しいと?」

 「疑いのある組織のリストの中にはありましたが、ここに来て一気にその疑いが濃厚になりましたね。例の事件・・・マークされていた人達が、そのガスを吸った結果、金嫌いになって寄付をしたとしたら、一応つじつまはあいます。今科警研で、彼らの血液サンプルを調べているところです。あのガスの成分が、まだ血液中に残ってればいいんですが・・・」

 「・・・」

 「疑いのある組織の中で、そんなガスを開発できる、または、開発するような兆候を見せていたところとなると、ここが残ったんです」

 「兆候とは?」

 「これは公安からもたらされた情報なのですが・・・彼らは一年ほど前、大勢の化学者をメンバーに迎え入れています。いずれも、かなり優秀な人達を。偽装工作をして隠密に進めていたようですが、結局、公安にはばれていたというわけです。ただ、これがわかったのはつい最近のことで、公安も内偵をしようとしていた矢先のこの事件でしたが」

 「「ガブリエル財団」は、その化学者達を使ってあのガスを開発していた、というわけですか」

 仁木の言葉に、梶原はうなずいた。

 「招かれた化学者グループ・・・そのリストのようなものは、ありますか・・・?」

 それまで黙っていた亜矢が、口を開いた。

 「リストですか? ええ、あります。ただ、全部はまだ把握しきれていないようで、一部の人間しか乗っていませんが。偽名の可能性もありますし。ええと、たしかこのへんに・・・あ、これだ。どうぞ」

 梶原は亜矢にリストを渡した。食い入るように見つめる亜矢。そして・・・

 「・・・!」

 その目が、一点に釘付けになった。「柚木智」。そこには、その名前が書かれていた。

 「・・・しかし、これだけではまだ、証拠として弱いですね。家宅捜索を行うには、もっと容疑がかたまらないと・・・」

 梶原は首をひねった。

 「心配でしょう? お仲間が一人、捕まっているのですから」

 「はい・・・」

 「部署は違えど、私達は同じSMSの職員です。彼を救うためにも我々は全力を注ぎます。そのことを、忘れないで下さい」

 「ありがとうございます。それでは、我々も動いてみますので、何かわかったらご連絡します」

 「こちらこそ、進展がありしだい連絡します。それでは、健闘を期待します」

 彼らは互いに敬礼をすると、自分達の場所へと戻っていった。

 「さて・・・どう動こうかしら。ガブリエル財団の調査の方は捜査部の人が進めているから、私達はその監視を・・・」

 「副隊長」

 ウィンディに戻りかける仁木を、亜矢が呼び止めた。

 「なに? 亜矢さん」

 「はい・・・。実は・・・言いづらいことなのですが・・・」

 亜矢はゆっくりと口を開いた。

 「明日だけでよろしいのですが・・・単独行動を許してほしいのです・・・」

 仁木はそれを聞いて驚いたが、すぐに複雑そうな表情に変わった。

 「・・・今は大変な状況よ。力を合わせて対処するのが大事な時に、単独行動というのはあまり感心できないけど・・・」

 「わかっています・・・。しかし・・・新座君の命がかかっている・・・一刻の猶予もありません」

 「・・・秘策があるってこと?」

 「はい・・・」

 「・・・」

 仁木は少し黙っていたが、やがて

 「聞かせて」

 と言った。亜矢はうなずくと、口を開いた。

 「先ほど見せてもらったリスト・・・その中に、私の友人の名前がありました」

 「! ・・・続けて」

 「はい。そして私には・・・彼が明日、必ずある場所に現れるという確証があります」

 「いつもの占い?」

 だが、亜矢は首を振った。

 「いえ・・・そんなものより・・・ずっと確かなことです」

 「・・・あなたはその人に会って説得して、彼が所属している組織の犯罪を彼の口から立証させる・・・そういうことね」

 「その通りです」

 「自信はあるのね?」

 「100%は保証できませんが・・・あります。ただ・・・私一人で行かなければ・・・彼は警戒してしまうかもしれない・・・。ですから・・・」

 亜矢は決意のこもった目で言った。仁木は少し考えていたが、やがて笑顔を浮かべた。

 「・・・わかったわ、やってみなさい。隊長には私から許可をもらうわ。ただ、危険な状況になったら、すぐに助けを呼ぶように。あなたまで新座君と同じ目に遭わせるわけにはいかないわ」

 「ありがとうございます・・・」

 亜矢は深々と頭を下げた。

 「それと、副隊長・・・」

 「まだなにか秘策が?」

 「はい。こちらの方は、もう少し正確なのですが・・・」

 そう言って、亜矢は懐から何かを取りだした。それは、一本の竹筒だった。

 「? なんなの、それ?」

 と仁木が言った、その時だった。

 ヒョコッ

 「!」

 突然竹筒から、一匹の動物が顔を出した。

 「ビックリした・・・。イタチ・・・いえ、キツネね? でも、こんなに小さなキツネなんて・・・」

 仁木が首を傾げている間に、キツネは竹筒から出てきて亜矢の体の上を跳ね回り、やがて、彼女の差し出した手の上にチョコンと飛び乗った。

 「おっしゃるとおり・・・ただのキツネではありません。「管狐」・・・別名「オサキギツネ」・・・私の使い魔・・・のようなものです」

 亜矢はそう言って、キツネの頭をなでた。なるほど、たしかに尻尾が二つに裂けている。

 「この子を使って・・・新座君の居場所を探したいと思います」

 「そんなことができるの?」

 「はい・・・。この子は、鼻が利きますし・・・他にも、便利な能力を備えています・・・。新座君を捜すだけでなく・・・もしかしたら、脱走の手伝いもできるかもしれません・・・」

 「脱走・・・大胆なことを考えるものね」

 仁木はそのアイディアに少し呆れていたが、やがて、うなずいた。

 「そうね・・・。このまま時間がたったら、新座君がどうなるかわからないし・・・。脱走ができなくても、その子が新座君を守れるのなら・・・」

 「よろしいですか?」

 「信頼するわ。魔術と科学の融合を目指す、若き天才の力をね」

 「・・・くすぐったいですよ」

 亜矢はわずかに微笑んだが、すぐに真剣な表情に戻り、何かを取りだして管狐の鼻先に近づけた。

 「さあ・・・この人を捜してくるんだ・・・」

 それは、圭介のガードダガーだった。鼻をひくつかせてその匂いを覚えた管狐は、亜矢を振り返ってうなずいた。

 「覚えたね・・・? それじゃあ・・・頼むよ」

 「コン!!」

 ビュンッ!!

 管狐は高く鳴くと、すさまじいスピードで去っていった。

 「猟犬は放たれた、というわけね」

 「はい・・・」

 「いきましょう。猟犬だけを働かせるわけにはいかないわ」

 そう言って、仁木はウィンディに乗り込んだ。亜矢も無言でうなずくと、それに続いた。





 翌日。東京郊外にある、十字架が整然と立ち並ぶ墓地。そこに、一人の男が姿を現した。片手に白い花束を抱えている。彼は十字架の立ち並ぶ中を、ゆっくりと歩いていった。

 「・・・」

 やがて、彼は一つの十字架の前で立ち止まった。十字架の足下にある石版には、こう書かれている。

 「SIZUKA YUUKI 2059−2082」

 彼はそこに、花束をそっと置いた。そして、芝生の上に跪く。

 「姉さん・・・しばらく来られないでごめん・・・。やっとまた来られたよ、ここに・・・姉さんがいなくなってから、もう5年か・・・。短かったような、長かったような・・・」

 彼はそうつぶやいた。

 「姉さんがいなくなってから、ずっと考えていたんだ。どうしたらこの世界から、姉さんやぼくのような人間をなくすことができるかを。しばらくの間のぼくは、死んだも同然の人間だった。だけど・・・ついに出会ったんだ。そのことをなくすことのできるかもしれない人達に・・・。今ぼくは、その人達の下で働いている。それが成功すれば、きっと・・・」

 「なくなるのかな・・・はたして・・・」

 「!?」

 突然の背後からの声に、彼は驚いて振り向いた。

 いつのまにか彼の背後には、一人の女性がたっていた。縁の広い黒い帽子に、黒い服。顔はヴェールに覆われていたが、それごしに美しい顔と、緑色のリップが塗られた唇を見ることができた。帽子からはやはり緑色の美しい髪が伸び、肩にかぶさっていた。彼女もまた、白い花束を持っていた。

 「あ・・・亜矢ちゃん!?」

 「ひさしぶりだね・・・探したよ」

 亜矢は無表情で言った。

 「どうして、ここが・・・?」

 「君が最後にくれた手紙には・・・この場所が書かれていたからね。私は毎年・・・君の姉さんの命日には・・・ここに来ていた・・・。君が来ることも期待してね・・・。しかし・・・希望が叶えられるのが・・・こんなに遅くなるとはね」

 亜矢はそう言うと、前に進み出た。

 「すまない・・・。私にも・・・供えさせてほしい」

 「・・・」br>
 柚木は無言でその場をあけた。亜矢は会釈すると、そこに花束を置き、十字を切った。

 「とりあえず・・・久しぶり・・・だね」

 やがて、柚木が言った。

 「そうだね・・・五年ぶりか・・・。お互い、あの頃とはずいぶん変わってしまったようだ・・・」

 「・・・今の君は、何をしている? まだ会社に?」

 「・・・SMSに入ったよ。VJの管制システムの設計をした・・・流れでね」

 「!?」

 その言葉に、柚木の顔色が変わる。しかし、亜矢は表情一つ変えずに言った。

 「わかっているようだね・・・。私も・・・君とまた会うときは・・・あの頃と変わりない友人同士として・・・会いたかった」

 亜矢は吸い込まれるような瞳で柚木の顔を見た。

 「・・・だが、今の私は友人としてではなく・・・SMSの隊員として・・・君と話さなければならないようだ・・・」

 「・・・」

 柚木は無言だった。

 「昨日新宿で散布されたガス・・・あれを作ったのは、君だね・・・?」

 亜矢はそう言って、手にしたバッグから何かの化学構造らしいものの書かれた紙を取り出した。

 「分析の結果得られた・・・化学構造・・・。これほど多様な化学物質を・・・ここまで不整合なく完璧に調合できるのは・・・私の知る限り・・・君だけだからね・・・」

 「・・・」

 「答えてほしい。君がこれを作ったことを証言すれば・・・私達は・・・」

 「断る」

 きっぱりと、柚木は言った。

 「何故」

 「5年・・・5年考えた末に、ようやくたどり着いたんだよ、亜矢ちゃん。この世のあらゆる欲望を絶ち、幸福な世界を創ることのできる方法に・・・」

 「それが・・・あのガスだと・・・君は言うのかい・・・?」

 「そうだ。あのガスを世界中の人間が吸えば、人類は汚い金に対する執着から逃れられる。それこそが、ぼくや姉さんのような人間をこれ以上生み出さないための方法なんだ」

 亜矢は無表情でそれを聞いていたが、やがて、言った。

 「人類を救う・・・そういうことは・・・神様の仕事だ。君のするべきことではない・・・」

 「・・・神様は、いないよ。いたとしたら、なぜこんなひどい仕打ちをしたんだ?」

 十字架を見ながら、柚木は言った。

 「神がいなければ、人間がやるしかない。人間を救うのは、人間なんだよ」

 「それは正しいよ・・・。私達も・・・人を救うために働いている・・・」

 「だったら、ぼく達の邪魔をしないで欲しい。頼む」

 「それはできない」

 「なぜだ?」

 「私は・・・君を救いたいからだ。友人としても・・・SMSの隊員としても・・・」

 亜矢は物憂げな瞳で柚木を見つめながらそう言った。

 「このままでは・・・君が大変な過ちを犯してしまう・・・」

 「今は・・・君もぼくのしていることが間違いだと思うかも知れない。でも・・・」

 「君自身・・・迷っているのではないか・・・?」

 「!?」

 亜矢の言葉に、柚木は目を見開いた。

 「な、なぜそんなことを・・・」

 「人の心は・・・よく見えてしまうものなんだよ・・・」

 亜矢は優しい微笑を浮かべながら言った。

 「たぶん・・・君の姉さんはそんなことをしても・・・喜びはしない」

 「うるさい! 君に・・・君に何がわかる! 育ての親を失ってから、支え合いながら生きてきたたった一人の家族を失った悲しみなんて・・・!」

 「そうだね。私にはわからない。私は私・・・君ではないのだから・・・」

 「!?」

 無表情で亜矢が言った言葉に、さらに柚木は動揺した。

 「私は君に・・・同情はしない。だけど・・・君のしようとしていることは・・・正しいことではない・・・。君も・・・どこかでそう思っているのだろう?」

 「あ、亜矢ちゃん・・・君は・・・」

 柚木は首を振った。

 「君は一体・・・なにに対して復讐しようとしているんだい・・・? その相手が見つからず・・・心の中に無理にその相手を打ち立て・・・もがいているだけかもしれない・・・」

 「違う! ぼく達のしようとしていることは・・・」

 スッ・・・

 「!?」

 その時、亜矢が何かを差し出した。

 「こ、これは・・・!?」

 「見てみるといい・・・。君にとっては・・・悪夢かもしれないけれど・・・」

 それは、帳簿らしきものが記された紙だった。それを見て、柚木は頭を殴られたような感覚を覚えた。

 「こ、これは・・・!!」

 「君たちが・・・昨日以前にあのガスを使って・・・様々な人に寄付させたお金・・・。一部は自分達の懐にも・・・入っているようだね・・・」

 亜矢の言葉通り、それは寄付金の一部がしっかりと「ガブリエル財団」の資金にも入っていることを示した、裏帳簿だった。

 「う、ウソだ、こんなこと・・・! だいたい君は、こんなものをどこで・・・」

 「気になったので・・・少しハッキングをかけてみたんだ・・・。それなりに頑丈なプロテクトがかかっていたけれど・・・私のパソコンには・・・「グレムリン」が棲んでいるからね・・・彼に任せれば・・・」

 とんでもないことをサラリと言う亜矢。

 「そ、それこそ犯罪じゃないか!」

 「そう・・・だからこれは、君たちの犯罪の立証には使えない・・・。グレムリンが痕跡を全て消し去ったから・・・侵入されたことも気がつかないだろうけどね・・・」

 亜矢は残念そうな顔をした。

 「君たちが何を企んでいるのか・・・詳しいことは、私も知らない。けれど・・・君が思っていることと・・・君の上司が思っていることとは・・・少し違うんじゃないかな?」

 「う、ウソだ! ガブリエル財団は、本当に被害者達のために・・・」

 「どうしてもウソだと思うなら・・・君の目で確かめてみてからにしてほしい・・・。これが・・・目的のファイルまでたどりつくための・・・方法を書いたものだ・・・」

 そう言って、亜矢は一枚の紙片を渡した。

 「・・・」

 柚木はしばらく迷っていたが、やがて、震える手でそれを受け取った。

 「それともう一つ・・・大事なことがある」

 「・・・なんだ?」

 「私の仲間が一人・・・君のところに捕らえられている・・・」

 「!?」

 柚木は、さらに大きく目を見開いた。

 「そ、そんなバカな!? なぜ財団がそんなことを・・・」

 「昨日の君たちの行動を・・・止めようとしてね。やはり君には・・・知らされていなかったか・・・」

 「そんな・・・」

 柚木は愕然とした。

 「現在SMSは、全力でその仲間の捜索にあたっている・・・。他ならぬ私も・・・」

 亜矢は厳しい表情で柚木をにらんだ。

 「私は・・・いかなる理由であろうとも・・・仲間の命を奪った者には・・・容赦はしないつもりだ・・・。そして・・・そんなことはさせない・・・」

 「・・・」

 「今なら・・・本当に全てうまくいく。君が話すことで、何もかもが・・・。もう一度訊くよ・・・話してくれる気は・・・ないかな?」

 柚木は黙っていたが、やがて、答えた。

 「・・・すまない。君の話したことが正しいのかどうか・・・それを確かめるまでは・・・」

 そう言って、柚木は背を向けた。

 「そうかい・・・。決意は・・・固いようだね・・・」

 「・・・止めないのか?」

 「他人が人の決意に口を挟むのは・・・私はするのもされるのも・・・嫌いだからね。でも・・・一つだけ、言っておきたいのは・・・」

 そう言うと、亜矢は柚木の背中に声をかけた。

 「今の君は・・・私の知る君じゃない・・・。復讐の鬼だよ・・・」

 「・・・」

 柚木は無言で、その場を立ち去った。





 一方、墓地の外れにある茂みから、彼らを監視する人影があった。

 「こちら監視隊」

 「私だ」

 「代表、面倒なことになりそうです。柚木がSMSの人間と接触しました」

 「なに!?」

 「しかも・・・大変です。その女は、我々がZガスを作ったことを知っているだけでなく、我々の裏帳簿の存在まで知っているようです」

 「なんだと!? あの裏帳簿には、厳重なプロテクトがかけてあるんだぞ! それを・・・」

 「どうやら、破られたようです。女は柚木に、その裏帳簿の存在と、捕らえているSMSの男の存在を教えてしまいました。このままでは・・・」

 「・・・」

 しばらく、通信機の向こうからは沈黙が流れた。

 「代表」

 「・・・ふむ。柚木は有能な男だ。まだまだ使い道があると思っていたが・・・これ以上はごまかしきれないようだな」

 「では・・・」

 「いや、この場ではやるな。こちらに戻ってくるだろうから、こっちでやることにする」

 「わかりました。では、女の方は・・・」

 「・・・柚木よりもはるかに邪魔な存在だな。その場でやってしまえ。ハッキングで知ったことでは公表はできないだろうが、裏帳簿の存在を知られたのはまずい」

 「了解しました。それでは・・・」

 男は通信を切り、両脇に控えていた男達を見た。

 「いくぞ」

 両脇の男は、黙ってうなずいた。





 「・・・」

 柚木を見送った亜矢は、再び十字架に目を戻した。

 「・・・あなたの弟さんは・・・私が必ず助けます。ですから・・・」

 そう言って祈りを捧げると、亜矢はその場を離れた。と、その時だった。

 ザッ・・・

 「!」

 目の前に、一人の男が現れた。全身黒ずくめのボディースーツを着込み、顔は目出し帽で覆われている。あきらかに、普通の人間ではない。亜矢が眉をひそめた、その直後

 ガシッ!

 彼女は背後から、羽交い締めにされていた。

 「動くな!」

 さらに一人の男が現れ、彼女に銃を向けた。しかし、亜矢は表情一つ変えない。

 「死者の安息の地で・・・罰当たりなことをする・・・」

 「・・・SMSの隊員というのは、さすがに誰も毅然としているようだな」

 銃を向ける男はそう言った。

 「私を・・・どうするつもりだい? 新座君のところに・・・連れていってもらえるのなら・・・好都合なのだが・・・」

 「あいにくだが、そうはいかない。残念だが、あなたにはここに眠る人達の仲間入りをしてもらう。あなたはあまりにも知りすぎた」

 「・・・そうか」

 亜矢は静かにそう言った。その時、男達は彼女が右の袖から、何かをパラパラと地面に落としたことに気がつかなかった。

 「最後に言うことはあるかね?」

 ありがちな質問だと亜矢は思ったが、すぐに答えた。

 「ああ・・・。よりにもよって・・・墓地で私を襲った君たちに・・・哀悼の意を表するよ」

 「!?」

 ぞっとするような笑顔を浮かべ、亜矢は言った。その様子に、思わず男達が鳥肌をたてる。その時、亜矢はキッと目つきを変え、叫んだ。

 「大地に還りし竜の歯よ! 今、不死身の戦士として立ち上がり、悪しき者達をうち倒せ!! スパルトイ!!」

 その瞬間、

 ボコッ!! ボコボコッ!!

 突然地面が盛り上がり、中から何者かが飛び出してきた。

 「!? なっ・・・!?」

 男達は、見ている者が信じられなかった。地面の中から出てきたものは、古代ギリシアの重装歩兵のような鎧と兜、盾、それに槍を身につけた、屈強そうな兵士だったのだから。

 「やれ」

 亜矢がそう言うと、その一人がすさまじい早さで動いた。

 ボゴォッ!!

 「!?」

 兵士に頭を殴られ、亜矢を羽交い締めにしていた男が悲鳴を挙げる前に意識を失って倒れる。亜矢は体の自由を取り戻した。

 「!? くっ、くそ!! 撃て!!」

 わけもわからぬまま、残りの男達は引き金に指をかけた。だが、その寸前に二人の兵士が亜矢の前に壁として立ちはだかる。

 ドンドンドン!!

 銃が火を噴き、盾となった兵士に命中する。しかし、兵士は悲鳴も挙げず、表情も変えない。無表情で弾丸をその体に受け止め、仁王立ちしている。

 「ば・・・化け物!?」

 男達は目の前のことが信じられなかった。

 ガシャ・・・

 一方、兵士達は突撃の体勢をとった。

 「殺してはいけないよ・・・」

 亜矢のゾッとするような命令の直後、兵士達は突進した。一人は槍の柄で腹を突かれて昏倒し、もう一人は・・・

 ガシッ・・・

 兵士に片手で首をつかまれ、つるし上げられていた。

 「た、助けてくれ・・・! い、息が・・・!」

 男が苦しげにもがく。

 「安心したまえ・・・殺しはしない・・・。私はただ・・・君たちに協力してほしいだけだ・・・」

 亜矢はそう言って、兵士に目配せをした。すると・・・

 グッ・・・

 兵士がわずかに手に力を込め、男はカクンと意識を失った。直後、ドサリと体が落下する。そして、その場に静寂が戻った。兵士達が、亜矢の目の前に跪く。

 「騒がせてしまって・・・申し訳ない」

 亜矢はその場にいる誰にともなくそう言うと、兵士達に言った。

 「すまないが・・・彼らを縛っておいてくれ」

 兵士達はうなずくと、どこからか取り出したロープで、男達の体を縛っていった。それを見ながら、亜矢は静かにSナビのスイッチを入れた。

 「・・・もしもし、桐生です・・・。ええ、実は・・・」

 そう言って、亜矢は事情を説明した。

 「・・・はい。私の方は無傷ですが・・・はい。すぐに来てもらえると・・・ありがたいですね。・・・はい。それでは、お願いします・・・」

 そう言って、亜矢は通信を切った。すでに目の前では男達が縛り上げられており、兵士達が不動の体勢で次の命令を待っている。

 「なかなか・・・抜け目がないようだね・・・。こんな人達を・・・送り込んでいるとは・・・。どうやら・・・余裕はなさそうだ・・・」

 亜矢は男達を見ながら眉をひそめた。





 それから10分ほどして、指揮車がその墓地へとやってきた。

 「やあ・・・ひかる君・・・。具合はどうだい・・・?」

 気絶して以来初めて会うひかるに、亜矢は具合を尋ねた。

 「はい、なんとか大丈夫です・・・ご心配をおかけしました」

 「いいんだよ・・・。みんな・・・新座君を助けるのに・・・一生懸命になっている・・・。だから・・・君も安心してほしい・・・」

 「はい! 私も、力になりたいと思っていますから!」

 ひかるはそう言って、笑顔を見せた。まだ不安の影があったが、だいぶ元気になったようだ。

 「と、ところで亜矢さん・・・」

 それまで黙っていた聡美が、遠慮がちに言った。

 「なんだい・・・?」

 「後ろにいる人達・・・誰?」

 聡美が指さしたのは、彼女の後ろにいる屈強な兵士達だった。

 「ああ・・・。彼らは、スパルトイといってね・・・。竜の歯を地面に蒔くことによって生まれる・・・不死身の兵士達だよ」

 亜矢は振り返ってそう言った。

 「もういいよ。ご苦労だった」

 亜矢がそう言うと、兵士達は頭を下げた。すると、スルスルと体が小さくなっていき、やがて地面の上に、白いかけらが三つ残った。亜矢はそれを拾い上げると、ひかる達に見せた。

 「これが竜の歯・・・メソポタミアを旅したときに・・・手に入れたんだ・・・。護身用に持ち歩いているんだけど・・・役に立ったね・・・」

 「・・・ここまでいくと、なんだかかわいそうになりますね、あの連中が」

 小島が半ば呆れながら、少し離れた場所で小隈と仁木の尋問を受けている男達を見た。

 「さて・・・向こうの様子を見てこようか」

 亜矢のその言葉にひかる達はうなずき、小隈達のところに行った。

 「どうなってます?」

 「いやはや、なかなか強情だよ、この人達」

 小隈が少し疲れた顔で言った。

 「所属を示すものは、やっぱり持っちゃいなかった。犯罪立証のためには、この人達がガブリエル財団の人間だって、言ってもらうほかないんだけどね」

 「望み薄ね。見てご覧なさい、この目」

 仁木が腕組みしながら男達を見た。彼らは目を合わせようとしないし、決して口を割るものかという強い意志をその目に見せていた。

 「「プロの目」ね。うかつなことはしゃべりはしないわ」

 仁木がため息をつく。

 「どうします? もう一度「スパルトイ」に絞らせてみますか?」

 小島がポツリと言った。男達はビクンと身を震わせたが、すぐに例の目に戻った。

 「拷問や自白強要は禁止されてるってこと、子どもだって知ってるでしょう?」

 仁木が軽くたしなめる。そんな中、小隈が頭をかきながら言った。

 「ま、しょうがないよ。取り調べとか尋問とかいうのは俺達の本業じゃないし、こいつらに自白させるのは俺達じゃ無理だ。警察呼んだから、彼らに引き渡してそっちの方は任せよう」

 「じゃあ、あたしたちはどうすればいいっていうんです?」

 聡美が不満げに言う。

 「決定的なものはまだないが、ガブリエル財団が怪しいっていう根拠はたくさんあるんだ。その財団の本部ビルの近くまで行って、見張るっていうのはどうだろうか?」

 「見張るだけですか?」

 「まだ踏み込むわけにはいかないからな。それにたぶん・・・桐生がいろいろ動いてくれたおかげで、連中も焦りを感じていると思う。そう遠くないうち、なにか動きがあるはずだ。そうなれば、連中の近くにいた方が、その動きにも対応しやすい」

 「それはそうですけど・・・なんだか、もどかしいですね」

 聡美はやはり不満そうである。

 「しょせん、犯罪者と俺達の間にはルールの違いがある。だから俺達はいつも後手に回るんだけど、それはしかたのないことさ。なに、大丈夫だって。きっとうまくいくさ」





 「・・・これは!!」

 ガブリエル財団の本部ビル。自室に戻ってきた柚木はさっそく亜矢に教えられた手順で、裏帳簿の隠されているファイルにアクセスした。表示されたデータは、先ほど亜矢に見せられたものと同じものだった。

 「そ、そんな・・・。財団が・・・Zガスを使って寄付させた金を、自分の懐にもしまい込んでいたというのか・・・!!」

 柚木は歯を食いしばりながら、パソコンの置かれているOAデスクを力一杯たたきつけた。その時である・・・。

 コンコン

 「柚木君、いいかね?」

 ノックの音とともに、ドアの向こうから村木の声が聞こえてきた。

 「・・・どうぞ」

 柚木はパソコンのモニターのスイッチだけを消すと、そう応えた。その声に応じてドアが開き、村木が入ってくる。

 「どうしたのかね? そんな顔をして? お姉さんのお墓参りの途中、何かあったのかね?」

 「・・・」

 こわい表情をしている柚木に対し、村木はニコニコと笑いながら話しかけた。

 「・・・墓地で、昔の友人に会いました」

 「ほう、それはよかったな。それで?」

 「彼女から、一つのことを教えられました」

 そう言って、柚木はモニターのスイッチを入れた。

 「・・・これは・・・一体どういうことです?」

 柚木は裏帳簿の表示されたモニターを指さしながら、静かな怒りのこもった声でそう言った。しかし、村木は表情を変えない。なおも柚木は続ける。

 「彼らの寄付した金は、全て恵まれない人々のために寄付される。あなたはそうおっしゃったはずだ。だが、これを見ると・・・実際に彼らが寄付した額は、ぼくが聞かされた額より少ない・・・」

 「・・・」

 「差額分を、あなたは自分達の懐に納めたのですね・・・? これはどういうことか、説明をお願いします。ごまかすことは、ゆるされません・・・」

 柚木は村木をにらみつけた。やがて、村木は答えた。

 「別にごまかそうなどと考えているわけではないよ、柚木君。君の言うとおり、これは事実だ・・・」

 「・・・よく落ち着きながらそんなことを言えたものですね? あなたは、ぼくをだましたんですよ!?」

 「君がどう思っていたかは知らないが、私は君をだましたつもりはない。ただ、君が非常に清廉潔白な性格だということを知っていたから、一部の事実を伏せていただけだ」

 「・・・ぼくには言い訳にしか聞こえませんよ。結局あなたも・・・同じ穴の狢だったということですね・・・」

 「・・・まあ聞きたまえ柚木君。君はどうも、あまりに潔白すぎる。君が金とそれを巡る欲望が嫌悪していることはわかっている。だが・・・我々の活動にもまた、金は必要なのだ。いやなジレンマだけどね・・・」

 「この額のどこが、必要な額だというのです!? ぼくは・・・ぼくは、悪魔に魂を売っていたということじゃないですか!!」

 その時、村木の表情が変わった。

 「・・・私は悪魔ではないよ、柚木君。私は人間だ」

 「!?」

 無表情な顔でそう言う村木。

 「人間なら誰しも、金が欲しい・・・。それは誰がどのように否定しようとも、否定しきれない事実なのだよ」

 「代表・・・あなたは・・・! ついに本性をあらわしましたね・・・」

 「柚木君・・・最後に訊こう。これから先も、我々に協力するつもりはないかね?」

 「ありません! ぼくはあなたたちを信じて、恐ろしいものを作り上げてしまった・・・。このうえは警察やSMSに出頭し、罪を全て告白して、自分の業を払うつもりです。それに・・・」

 「それに?」

 「あなたたちは昨日、計画の邪魔をしたSMSの隊員を一人、捕らえたそうですね? 彼も解放させてもらいます。それでは」

 そう言って、柚木は立ち上がって部屋から出ていこうとした。そのとき

 「待ちたまえ」

 カチッ

 「!?」

 背中に固い物を突きつけられる感覚が、柚木の体に走った。

 「それを許すはずがないだろう?」

 ドン!!

 銃声、衝撃、それに、胸から吹き出る鮮血。

 ドッ・・・

 柚木は床に倒れ込んだ。血溜まりが広がっていく。

 「君は学があるぶん、知恵が足りないようだな。君のバカさ加減には、笑いがとまらないよ」

 村木は冷たい声でそう言った。同時に、足音がいくつも柚木の部屋の中に入ってくる。

 「報告します! 仙台、名古屋、大阪、福岡、第2次Z計画は、いずれの実行地でも成功しました! 実行部隊は、予定集合地点に集結しつつあります」

 「よし。予定通りだな・・・」

 「グッ・・・どういう・・・ことだ・・・?」

 口から血を滴らせながら、柚木が苦しそうに尋ねる。

 「君が作ったガスは、有効に利用させてもらった。地方大都市の金融街で使用し、莫大な資金の回収に成功したのだよ」

 村木はそう告げた。

 「なん・・・だと?」

 「素晴らしいものをつくってくれたことを感謝する。だが、君にはお別れを告げなければならない。まもなく我々は、ここを引き払う。各階に備え付けられた発火装置が作動し、このビルは炎に包まれるのだ。我々はその混乱に乗じて脱出する。回収した金をもってね・・・」

 「貴・・・様・・・!!」

 「君にはこのビルと運命をともにしてもらう。地下には君も言っていたSMSの隊員が捕らえられているが、結局彼にも、同じことになる運命を課した。君は彼とともに、ここで生涯の最期を迎えるのだよ。おい、連れていけ」

 「ハッ」

 男達が二人、担架をもって入ってきた。柚木はあっというまにそれに載せられると、運ばれていってしまった。

 「愚かな男だ・・・」

 村木はそうつぶやいた。そんな彼に、部下が近づく。

 「代表、一つ厄介なことが・・・」

 「なんだ?」

 「SMS第1小隊の指揮車が、ここの近くに張り込んでいます。証拠がないので、積極的なことはしてきませんが、脱出の妨げになるかと・・・」

 「・・・彼らも、自分達の仲間がこのビルに囚われていることを知っているだろう。ここが火事になれば、救出と消火の方に手一杯になるはずだ。しかし・・・他に連絡されるとやっかいだな。もう一つ、彼らをここに引きつける手が必要だ・・・」

 村木はしばらく考え、やがて、言った。

 「・・・地下駐車場でトレーラーに乗せたままのTR、あれを3機とも稼働して暴れ回れ。そうすれば、連中も含めて警察も、ここでの対処に手一杯になるだろう」

 「TRを動かすのですか? しかし・・・」

 「最後まで粘る必要はない。ある程度足止めをしたら、この場を去って合流しろ。金は十分に集まった。この局面さえ乗り切れば、我々の勝ちだ」

 「ハッ」

 「五分後に脱出する。発火装置を作動させろ」





 一方、その少し前、同じビルの地下では・・・。

 「・・・」

 圭介が所在なさげに、木箱の上に座っていた。

 「このあいだの聡美さんと似たような状況だけど・・・もっと悪いな」

 圭介はそうつぶやいていた。頭の中に浮かぶことは、どうやって脱走するかということだけだが・・・状況から見て、脱走はまったく困難なものと言わざるをえなかった。と、その時である。

 コツ・・・コツ・・・

 「?」

 部屋のどこかから、何かを叩くような小さな音が聞こえてきた。

 「なんだ・・・?」

 圭介は音のもとを探して、耳をそばだてながらあちこち見回した。と・・・

 「・・・」

 その目が、少し高いところにある唯一の通風口にとまる。圭介は首を傾げながらも、木箱を一つ持ってきてそれを床の上に置き、踏み台にして通風口をのぞき込んだ。

 「!?」

 人間の腕の太さ程度しかない通風口に、圭介が見たもの。それは、黒いビー玉のような二つの目だった。やがて、目が通風口の中の闇になれると、さらにその目の周りがわかってくる。

 「キツネ・・・?」

 どうも、そんな動物らしい。それは尖った鼻先で、通風口の穴をふさいでいる格子状の金具をコツコツと叩いている。どうやら、出たがっているようだ。

 「よし・・・待ってろ」

 圭介はその金具に手をかけると、力を込めて引っ張り始めた。そして・・・

 パキンッ!

 「っ・・・!」

 ドサッ

 金具が外れると同時に、圭介は床の上に勢いあまって倒れ込んだ。その胸の上にキツネがヒョイと飛び乗り、圭介の顔を見下ろした。

 「なんだ、こいつ・・・」

 圭介がそう思いながら体を起こすと・・・

 「やあ・・・無事なようで・・・安心したよ」

 突如、聞き覚えのある声が頭の中に響いてきた。

 「あ・・・」

 と、驚きの余り大声を出しかけた圭介は、なんとかそれを押しとどめ、小声で言った。

 「亜矢さんなんですか!?」

 「そうだよ・・・新座君・・・。ずいぶん久しぶりな・・・気がするね・・・」

 「え、ええ・・・。でも、キツネに変身するなんて・・・」

 「いや・・・それは、私ではないよ・・・。そのキツネに私の魂を移し・・・君と話をしているだけだ・・・」

 「あ、そうですか。失礼しました。そんなことより・・・みっともないことになっちゃって、すいません。ご迷惑をおかけしちゃってますよね?」

 「それはもちろん・・・。三つの小隊と本部は・・・全力を挙げて君を捜している・・・」

 「まずいなあ・・・大事になっちゃってるよ・・・」

 「それを気にする必要はないが・・・もっとまずいことがある・・・」

 「なんです?」

 「ひかる君・・・君が連れ去られたと知って、倒れたよ・・・」

 「!? な、なんですって!?」

 思わず圭介は、大声をあげかけた。

 「だけど・・・心配はいらない・・・。今は気を取り戻して・・・私達と一緒に・・・君の捜索に加わっている・・・」

 「そ、そうですか、よかった・・・。けど参ったな・・・んなことになってるんじゃ、ますますこんなところでおとなしく捕まってる場合じゃないじゃないですか」

 「そうだろうね・・・。脱走は・・・考えたかい?」

 「誰が好きこのんで、こんなところでおとなしくしてようなんて思います? ここに来てからこっち、頭の中はそれで一杯です。でも・・・」

 圭介はため息をついた。

 「装備は全部取り上げられちゃってるし、この密室の中にも使えそうな物は何もない。唯一チャンスの食事やトイレも見張られてるんですから・・・悔しいけど、脱走は至難の業ですよ」

 「そのようだね・・・」

 キツネは部屋の中を見回して言った。

 「できれば私が瞬間移動で・・・そこに行って助け出したいが・・・それには・・・正確な場所がわかっていなければ・・・。そこがどこか・・・わかるかい・・・?」

 「すいません・・・。眠らされて運ばれたから、ここがどこか、皆目見当がつきませんよ」

 「そうか・・・。それなら・・・私達の方が・・・まだ詳しいね」

 「ここがどこか、わかるんですか?」

 「大体の目星はね・・・。いいかい? 君がいる場所はおそらく・・・ガブリエル財団という財団の・・・本部ビルの地下だ・・・」

 「ガブリエル財団?」

 「そう。君が昨日止めようとした集団の正体・・・それに間違いない。彼らはあのガスを使って・・・人々から強制的に・・・お金を巻き上げようとしているんだ・・・」

 「とんでもないこと考えますね・・・」

 「だが・・・残念なことに・・・決定的な証拠がない・・・。私達は本部ビルのそばにいるのだけど・・・そのために、踏み込めないんだ・・・。だから・・・申し訳ないけれど・・・やはり君一人で脱出してもらうしか・・・なさそうだ」

 圭介はゴクリと唾を飲み込んだ。

 「君が本部から脱出してくれば・・・君を捕らえていた容疑で捜査ができるし・・・芋蔓式に・・・他の犯罪も立証できるだろう・・・」

 「ピンチをチャンスに変えろ・・・ってことですね」

 「そういう・・・ことだよ・・・」

 と、なぜか亜矢の声が、苦しそうなものに変わってきた。

 「? 亜矢さん、どうしたんですか?」

 「フ・・・ご、ごめん・・・。実は・・・魂を肉体から離していられる時間は・・・あまり長くはないんだ・・・。あまり長く離れていると・・・元に戻れなくなることも・・・」

 「大変じゃないですか! それなら、早く戻らないと・・・あ、でも」

 そうすると、こうして亜矢と話をしていられなくなる。そう言いかけたとき

 「心配は・・・いらない・・・。この子はこう見えても・・・頼りになるんだ。君の言うことを聞くように・・・言ってあるから・・・協力して・・・なんとか脱走してほしい・・・」

 「・・・」

 圭介はキツネを見つめ、やがてうなずいた。

 「やってみせます。これ以上、みんなに心配をかけるわけにはいきませんからね」

 「がんばってほしい・・・。ひかる君に・・・早く元気な顔を・・・見せてあげなよ・・・」

 その声に、圭介は苦笑した。

 「それじゃあ・・・私はいくよ・・・。また・・・あとで会おう・・・」

 「はい。それじゃあまた」

 それっきり、亜矢の声は聞こえなくなった。その代わり

 「コン」

 キツネが鳴いた。圭介はそれを手の上に乗せると、話しかけた。

 「頼りにしていいんだよな・・・?」

 「コン」

 任せてくれ、というように、キツネは首を縦に振った。

 「よし。それじゃ、打ち合わせだ。たぶんもうすぐ、食事の時間だ。飯を持った奴がドアを開けるから、そのときに・・・」





 ドアの外から、鍵を開けるガチャガチャという音が聞こえた。その言葉に、木箱に腰掛けて壁に寄りかかっていた圭介がピクリと反応する。

 ギィ・・・

 ドアがゆっくりと開かれた。

 「やっと飯の時間か」

 圭介はそれに近寄る。と・・・

 チャキッ・・・

 「!? な、なにするんだよ!?」

 ドアの前に立っていた男二人に、圭介は銃を突きつけられた。

 「残念な知らせがある」

 「なんだよ?」

 「我々は間もなく、ここを引き払う。この建物に火を放って、何もかもを消し去ってな」

 「な、なんだって!?」

 これにはさしもの圭介も驚いた。

 「当然、その中にはお前も含まれる。そこで、お前に二つの選択肢が与えられた。ここで頭を撃たれて死ぬか、それとも炎に巻かれて焼け死ぬか。どちらがいい?」

 「結局殺すつもりかよ・・・。人間らしい心がカケラもないな。せめて最後の食事ぐらい持ってきてほしかったけど」

 圭介がそう言っている間に、彼の尻のポケットから管狐が這いだし、こっそりと彼の足を伝い降りていた。

 「我々にも時間がない。返事をきかせてもらおうか」

 ニコリともせず男達は言った。だが・・・

 「・・・」

 圭介は何も言わず、ニヤリと笑った。

 「・・・?」

 男達が、その意味を計りかねていると

 「痛ぇっ!?」

 突如、二人の男のうち後ろに立っていた男が悲鳴をあげた。銃を持った右手に、管狐がかみついたのだ。

 「なんだ!?」

 驚いて振り返ろうとする前の男。だが

 「タアッ!!」

 バキッ!!

 「グァッ!!」

 圭介に思いきり殴られ、床に転がった。すぐに圭介は、その手から離れた銃を拾い上げた。

 「貴様ぁ!!」

 管狐を振り払った男は、銃口を圭介に向けようとした。だが・・・

 ガスッ!!

 「ギャッ!!」

 圭介は一瞬で間合いを詰め、必殺のアッパーを顎に叩き込んだ。男が倒れると同時に、銃もその手から離れる。圭介はそれもまた、素早く拾い上げた。

 「立て」

 奪い取った拳銃を両手でもち、男達に向けながら圭介は言った。あたふたと立ち上がり、手を挙げる男達。

 「命が惜しいのはお前達も同じなはずだ。さっさとここから出て行け」

 男達は戸惑っていたが・・・

 ドンドン!!

 圭介がその足下に威嚇射撃をしたので、尻尾を巻いて逃げ出してしまった。

 「・・・ぼやぼやしてられないな、俺達も急いで脱出しないと・・・」

 そう言って、歩き出そうとする圭介。が・・・

 「おい・・・」

 廊下の両側に、圭介が囚われていたような部屋がいくつも並んでいる。その一つのドアの前でなにかをしている管狐を見つけ、圭介は声をかけた。

 「なにしてるんだ? 早く脱出しないと・・・」

 「コン・・・」

 圭介を振り返り、管狐は不安そうな鳴き声を発した。ドアの向こうを、しきりに気にしているようだ。

 「・・・もしかして、俺の他にも誰かいるのか?」

 「コン!」

 強く返事をする管狐。圭介はドアに近寄ると、ノブをガチャガチャと回した。だが、ドアは開かない。

 「ちぇっ・・・」

 圭介は舌打ちをすると、銃口をノブに向けた。

 ドンドンドン!!

 圭介が数発撃った銃弾は、ノブと鍵をグシャグシャに破壊した。

 バンッ!!

 すかさずドアを蹴破り、圭介は中に飛び込んだ。

 「!?」

 圭介がそこで見た者・・・。それは、血溜まりの上に倒れている男だった。

 「だ、大丈夫ですか!?」

 すぐに駆け寄り、圭介は抱き起こした。胸に親指ほどの穴が開き、そこから血が大量に流れ出している。そこから流れた血により、胸についている「柚木智」と書かれた身分証が赤く染まっていた。

 「き・・・君は・・・SMSの・・・」

 柚木は弱々しい声で言った。

 「しゃべらないで! 今なんとかします!!」

 (ひどい出血だけど・・・まだ致命傷じゃないはず)

 圭介はそう思いながら、以前小島から教えてもらった止血ポイントの一つを強く押さえた。やがて、出血が弱まってくる。

 「すいません! ちょっとお借りしますけど」

 そう言うと圭介は柚木の血染めの上着を脱がせ、腕の部分を引きちぎって止血帯を作り、それで彼の上半身を強く縛った。

 「これでよし・・・。だけど、すぐに病院に連れていかないと・・・」

 「ぼ・・・僕にかまわず・・・逃げるんだ・・・。まもなく、ここは炎に・・・」

 「わかってますよ。だから一緒に逃げなきゃいけないんじゃないですか。力抜いて下さい」

 そう言って、圭介は柚木を担ぎ上げると立ち上がった。管狐がその肩に飛び乗る。

 「ぼくはもう・・・助からない・・・。血をあまりにも・・・失ってしまった」

 「いいから任せて下さい。大丈夫、きっと脱出できますよ」

 圭介がそう言って、部屋から出たその時だった。

 ゴオッ!!

 部屋の一つから炎が吹き出し、廊下に飛び出してきた。

 「クッ! 始まったか!」

 圭介は顔をしかめつつ、柚木を背負って階段へと走り始めた。





 「隊長、煙が!!」

 ビルの近くに指揮車を停め、様子をうかがっていた聡美が叫んだ。フロントガラスからは、ビルの各階で火の手があがり、窓から煙が噴き出しているのが見える。ビルの正面玄関からは、たくさんの人々が悲鳴を挙げて飛び出し、近隣の建物の人々と一緒に、道路を一つの流れになって駆けていた。

 「なんだありゃ!? 普通の火事じゃないぞ!!」

 「まさか・・・証拠隠滅?」

 仁木が訝しげな表情をして言った。

 「そんな・・・圭介君が、まだ中にいるのに・・・!!」

 「柚木君・・・」

 ひかると亜矢が、この上ない不安の表情を露わにしながら燃えるビルを見つめる。

 「隊長、出動許可を!」

 仁木が小隈の顔を見た。

 「むろんだ。第1小隊出動。ビル内の避難誘導及び消火作業を行いながら、新座及び柚木智の捜索を行え」

 「「了解!!」」

 隊員達は即座に、VJの起動準備に入った。





 「やっと1階か・・・」

 階段の踊り場で、圭介はそうつぶやいた。彼らが閉じこめられていた倉庫は、どうやら地下10階にあったらしい。圭介は柚木を担いだまま、炎を避けつつなんとか1階まで上がってきた。顔についた煤が汗でドロドロになっている。

 「もうすぐですよ、柚木さん! これを上がれば、あとは出口だけです」

 「うぅ・・・」

 背中の柚木は、先ほどよりも衰弱してきている。圭介は彼を励ましながら、さらに足を進めた。

 「よし、1階だ・・・」

 と、言いかけた圭介。その目に、すさまじい光景が映った。

 1階のロビーは、すでに炎に包まれていた。いたるところで炎が燃え盛り、彼らの行く手を遮っている。

 「参ったな・・・」

 圭介は口ではそう言ったが、状況の深刻さはよくわかっていた。

 「・・・」

 振り返ってうしろの階段を見る。が、そこも下から煙と炎があがってくる。もはやエントツと同じだ。

 「柚木さん、行きますよ・・・」

 圭介は覚悟を決め、柚木を支える手に力を込めた。

 「き・・・君だけでも逃げてくれ・・・ぼくは・・・」

 「任せて下さいって言ってるでしょう。こう見えても、前は消防士だったんです。炎の中を歩くコツは、人よりはよく知っているつもりですからね」

 圭介はそう言って、足を進め始めた。炎を避け、できるだけ安全な箇所を抜けていく。管狐にも炎を察知する力があるらしく、先導するようにトコトコと歩いていく。どうしても炎を通り抜けなければならないときは、慎重だが一気に駆け抜けた。しかし、出口まではそれでも遠回りになってしまう。

 「頑張って下さい、柚木さん! もう少しで・・・」

 灼熱地獄のような周囲の熱さと対称的に、背中に感じる柚木の体温が、どんどん低くなっていく。圭介はそれに焦りを感じつつも、励まし続けた。と、その時

 ドガッ!! ガシャアッ!!

 「!?」

 突如目の前に、ロビーの中央に飾られていたオブジェが炎に包まれ倒れてきた。圭介はとっさに身を引きその下敷きになることを免れたが、目の前を炎でふさがれてしまった。

 「クッ!!」

 急いで後退しようとしたが、すでに背後は炎に包まれていた。さらに、左右も。

 「・・・巻かれたか!?」

 圭介は舌打ちをしながら、炎をにらみつける。

 「・・・」

 「・・・柚木さん!? しっかりしてください、柚木さん!」

 柚木は何も言わなくなっていた。まだ心臓の鼓動はあるが、極めて危険な状態だ。

 「くそっ! こんなところで立ち往生してる場合じゃないってのに!!」

 VJを通さない生の高熱が、圭介の肌に襲いかかる。圭介は焦りつつも、諦めずに炎をにらみつけた。

 「こんなところで・・・終わってたまるかぁ!!」

 圭介がそう叫んだ、その時だった。

 ボォン!!

 「!?」

 圭介のすぐ側で爆発が起こり、あたりが白いガスに包まれた。それと同時に、燃え盛っていた一帯の炎がウソのように鎮まる。

 「こ、これって・・・」

 圭介が訝しげに思っていると、煙の向こうに、ぼんやりと青い影が出現した。それは、だんだんはっきりとなっていき・・・

 「新座!!」

 やがて、VJを着た小島が飛び込んできた。

 「小島さん!!」

 「大丈夫か!? 心配したぞ! ケガは!?」

 「ありません! それより、この人を! 撃たれたらしくって、出血がひどくて・・・」

 そう言って、背中の柚木を示す圭介。

 「わかった! 安心しろ、絶対助けてやるから!」

 圭介が慎重に柚木を小島に引き渡していると、さらに仁木も煙の向こうから飛び込んできた。

 「新座君、大丈夫!?」

 「ええ、どこもケガはありません! それより、他の人は!?」

 「心配いらないわ、あなた達が最後よ! 早く脱出しましょう! つかまって!」

 「はい!」

 圭介は仁木に半ば抱えられるように、ビルから脱出した。





 「大丈夫ですか・・・?」

 「心配するな。大したことないよ」

 ひかるが心配そうな顔で、圭介が顔と手の甲に負った軽いやけどに、やけど用の膏薬を貼り付けている。圭介はそれに対して、安心させるようにわざと大げさな笑みを見せた。

 「俺のやけどなんかより・・・」

 圭介はそう言って、横に視線を向けた。

 「よし・・・」

 小島がメスを置き、手袋をしたまま脱脂綿で汗を拭った。地面に敷かれた毛布の上には柚木が目を閉じて横たわっている。その胸の銃創は、小島が施した緊急手術でたった今ふさがれた。手持ちの分の輸血パックにより、輸血が行われている。

 「どうなんですか・・・?」

 圭介が心配そうに声をかける。小島は、難しい表情をした。

 「見ての通り、これ以上失血の心配はない。だが・・・血を大量に失っている。輸血をしても助かるかどうかは、残念だがわからない・・・。俺の力じゃ、ここまでが限度だ。もうすぐ救急車が来るから、あとは病院のスタッフの努力と・・・本人のがんばりに任せるしかない」

 小島は正直に答えながらも、沈痛な表情をした。それに続いて、できる限りの処置としてカラドリウスで作った造血ホルモン剤の入った注射器を用意した。

 「亜矢さん・・・」

 ひかるが心配そうに、柚木の手を握りしめている亜矢を見た。亜矢は顔を上げると、優しい微笑を浮かべた。

 「大丈夫だよ・・・ひかる君・・・。柚木君は・・・強い人だからね・・・」

 そう言うと亜矢は圭介に目を向けた。

 「新座君・・・柚木君を助けてくれて・・・ありがとう」

 「それなら、小島さん達に言って下さい。あと、亜矢さんの狐にも」

 「でも、圭介君が地下から一緒に連れてきてくれなかったら・・・」

 「そうだよ・・・。君がいてくれたおかげで・・・柚木君は助かったんだ・・・」

 「ど、どういたしまして・・・」

 ひかると亜矢に同時に言われ、圭介は戸惑いながら頭を下げた。

 「とにかく、誰も死ななくてよかった」

 それを少し離れたところで見ながら、小隈が言った。

 「でも、危険な状態であることは変わりません。岸本さん、救急車は?」

 「もうすぐ到着すると思います。それに、他の小隊も・・・」

 と、聡美が言いかけたとき

 ヒィィィィィン・・・

 ふいに飛行音がした。空を見上げると、大きな銀色の箱が二つ、ゆっくりと降りてくるところだった。

 「来た来た」

 小隈が嬉しそうに言う。やがて、二台の指揮車は静かに着陸し、二人ずつ人間が降りてきた。

 「ご苦労様。いろいろ手間かけさせちゃって悪かったね」

 「いいのよ。人命には代えられないでしょう?」

 「それにしても無事で、なによりですよ」

 第2小隊の星野葵と、第3小隊の木戸瑛一。二人の隊長は、そう言って笑顔を浮かべた。その隣にいる、須羽光義と三葉健二、二人の副隊長も同様である。

 「それで? 火事の方は?」

 「ご覧の通り。消防隊が来るのは早かったんだけど、それ以上に火の回りが早くってね。あっというまに、みんな燃えちゃったよ」

 小隈はガブリエル財団のビルを見た。もっとも、今は「元ビル」と言った方がいい。どの部屋にも炎がくまなく回ったことにより、ビルは丸焦げの真っ黒な塔になっていた。

 「あれでは、証拠になるデータなんかも全部灰になっちゃったでしょうね・・・」

 三葉が残念そうに言う。

 「そうだろうねえ・・・。まぁ、新座があそこに捕まってたから、連中が違法行為をしていたことは立証できるけど、証拠になるものが燃えちゃったのは痛いなぁ・・・」

 「やっぱり決定的な証拠をつかむには、首謀者を捕まえるしかないってこと?」

 「そういうことだね」

 星野の言葉に、小隈はうなずいた。

 「実は、さっき大事件の連絡が・・・」

 「知ってる。仙台、名古屋、大阪、それに福岡で、例のガスを使って荒稼ぎをした奴らがいたってやつでしょ?」

 「その通りです。各地のSMS小隊は、全力で犯人グループの行方を追っているようですが・・・」

 「最初っから計算ずくだったのかな・・・。ガスを相当量生産して、それを大都市でばらまいて荒稼ぎして、あとはトンズラ・・・。うまいこと考えたもんだ」

 「感心してる場合じゃ・・・!」

 「わかってるよ。こっちだって、危うく部下が一人焼け死ぬところだったんだ。それなりの借りは、返すつもりだよ」

 「だったら・・・」

 「柚木さんと新座を病院に送ったら、すぐに俺達も動くよ。首謀者はたぶん、この騒ぎに乗じて逃げ出しただろうからね。警察には非常線を敷いてもらったけど、俺達が動かないわけがない。すぐにでも血眼で追いかけるさ。そこでお願いなんだけど・・・」

 「わかってるわ。先に始めろっていうんでしょ?」

 「ぼくの小隊も、やる気は十分ですよ」

 「わるいね」

 小隈は頭を下げた。

 「それじゃ、部下に伝えてくるわ」

 「失礼」

 二人の小隊長と副隊長は、自分達の指揮車に戻っていった。間もなく、指揮車達が発進していく。それと同時に、サイレン音を鳴らして救急車がやってきた。

 「患者さんは!?」

 救命隊員が小隈に詰め寄った。

 「あそこに」

 小隈が指さした方向へ、隊員達は担架を押して走っていった。

 「ただいま到着しました! 患者さんの容態は!?」

 「背後から撃たれ、銃弾が右胸部を貫通。銃創はふさぎましたが、すでに相当量の血を失っていて、重傷です。すぐに追加の輸血の準備を」

 「わかりました」

 救命隊員達は柚木を担架に乗せると、救急車へと運んでいった。念のため、小島がそれに付き添う。圭介はそれを祈るような表情で見ていたが、その時、彼の腕を誰かが叩いた。

 「ん? なんだ、ひかる?」

 「なんだ、じゃありません! 圭介君も、すぐに病院に行って下さい。ケガしてるんですから」

 ひかるが心配そうな顔で見上げていた。

 「こんなもの、ケガのうちに入らないよ。病院に行くほどじゃない」

 圭介は頬に張られた膏薬を軽くなでながら言った。

 「そういうわけにはいきません! 煙だって吸い込んだんですから・・・」

 「心配してくれるのはありがたいけど、ひかる・・・病院なんか行ってる暇はない」

 圭介は救急車に乗せられる柚木を見ながら、静かに言った。

 「まだ・・・仕事が残ってるからな」

 「でも、体が・・・」

 「新座君の・・・気持ちに任せた方が・・・いいと思うよ・・・ひかる君」

 その横で、亜矢がやはり静かな声で言った。

 「あ、亜矢さんも、柚木さんに付き添わなきゃいけないんじゃ・・・」

 だが、亜矢は首を振った。

 「今は自分の仕事をしないと・・・それが・・・柚木君のためだからね・・・」

 「亜矢さん・・・」

 「二人の言うとおりにさせてやれ、服部」

 小島が仁木と聡美を連れ、彼らのところにやって来た。

 「残念だが、俺達の仕事はまだ終わっちゃいないし、今は人手が必要だ。新座がいなければ実動員は仁木だけだし、桐生がいなければ動けるのは新座だけだ。二人ともいなかったら、何もできない」

 「頼む、ひかる・・・」

 圭介はひかるの肩に手を置いて言った。

 「・・・無理しないでくださいね・・・」

 「もちろんだ。これ以上心配、かけたくないからな」

 「よし。全員乗車。改めてVJの起動準備を整えろ」

 「了解!!」

 全員が返事をした、その時だった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・

 突如、地鳴りとともに地面が激しく揺れ始めた。

 「!?」

 「地震!?」

 驚く第1小隊。と、その時

 ボコォッ!!

 突如、ガブリエル財団の元本部ビルの地面が弾け飛び、何かが地面から飛び出した。

 「!?」

 第1小隊の隊員達は、我が目を疑った。それは文字通り、地面から「顔を出した」のだ。

 彼らの目には、ビル跡地の地面から飛び出している「ロボットの頭」が映っていた。





 「・・・まずいな・・・」

 コクピットの中、男はそうつぶやいた。

 「どうした?」

 「第2、第3小隊は、もう追跡に出てしまったようだ。ここにいるのは第1小隊と警察、それに消防だけだ」

 カメラに映る周囲の様子を見ながら、男は舌打ちした。

 「まさか、起動にこんな時間がかかるとはな・・・」

 「ぼやいていてもしかたない。なあに、俺達が派手に暴れ回れば、代表を追いかけている奴らもとんぼ返りしてくるだろう」

 「そうだな・・・」

 「それより、早く出てくれ。あとがつかえてるんだからな」

 「ああ。今出る。TR1、前進しろ」

 「マ゛ッシ!!」

 やがて、ロボットは両手を使い、下半身を地上へと這い出させてきた。





 「ロ、ロボットが、一つ、二つ、三つ・・・!?」

 次々に廃墟となったビルの下から這い出してくるロボットを見ながら、ひかるは信じられない様子で言った。彼女の言うとおり、そこには3体の同じ形のロボットが立っている。大きさは高さ10mほど。顔やデザインだけを見れば、大昔のロボットアニメに出てきたスーパーロボットによく似ている。ただ、顔はなんとなく悪役っぽい。胸には、それぞれ「I」「II」「III」と書かれていた。

 「ロボットが三つって・・・まさか、ガ○モン!? チルソニア遊星人の侵略!?」

 「なにわかんないこと言ってんの。まあ、連中のビルの下から出てきたんだから、たぶんろくなもんじゃないけどね」

 小隈は静かに言ったが、すぐに命令を下した。

 「全員直ちに乗車。VJ起動準備だ。厄介なことになりそうだぞ」

 隊員達はすぐにうなずくと、指揮車に乗り込んだ。

 「よし・・・始めるぞ。手始めに火を放つ。TR1、火炎放射」

 「マ゛ッシ!!」

 すると、ロボットの口にあたる部分がカパッと開き、そこから真っ赤な火炎が吐き出された。他のロボットも同じように火炎を吐き出す。たちまち、あたりの建物が炎に包まれた。

 「よし。このまま火を放ちながら、適当に破壊を行え。必要のないことはするな」

 「TR2、了解」

 「TR3、了解」





 「なによアレ! やりたい放題じゃない!!」

 ロボットの一体につかまれ、地面にたたきつけられて炎上した消防車を見て、聡美がいきり立った。

 「VJ−1、オペレーション・スタート」

 「VJ−3、オペレーション・スタート」

 「よし、仁木、新座、出動だ。奴らをとめろ」

 「「了解!!」」

 そう言って二人は立ち上がり、指揮車から出ていった。

 「ちょ、ちょっと隊長!」

 「なんだ?」

 「あんなデカイの三つも相手に、副隊長と新座君だけで立ち向かわせるなんていくらなんでも・・・」

 「しょうがないだろ? これが俺達の全戦力なんだから」

 「他の小隊を呼び戻した方が・・・」

 「ダメだ。あれはたぶん、こっちに目を引きつけるためのしんがりだ。そんなことしたら、まさに向こうの思うつぼだよ」

 「だからって、なんか勝算あるんですか?」

 「今の今、初めて見た相手だ。そんなのはこれから見つけてくさ」

 「トホホ・・・」

 「そんなことより岸本、前」

 「へ? 前?」

 聡美が間抜けな声を出して、前を見た時だった。

 ズシン・・・

 地響きをたてて、ロボットがこっちを向いた。

 「デーッ!! こっち向いたぁ!!」

 次の瞬間、聡美はギアをバックに入れ、アクセルを踏んでいた。

 ギュウウウン!!

 急バックをする指揮車。直後

 ブゴォォォォォォォ!!

 彼らのいた場所に、火炎が襲いかかった。

 「あーもー!! 危うく丸焼けになるところだったじゃない!!」

 「岸本、キレるのはあとでいいから、ちょっとやってほしいことがあるんだ」

 「は、はい。なんデスか?」

 「あのロボットのデータ、探してくれ。資料部のデータにアクセスして、軍用、産業用問わず、徹底的にね。あと、警察に支援要請」

 「わ、わかりました・・・」

 聡美は指揮車を安全なところまで移すと、専用回線を使って小隈の指示に従い、ロボットのデータを検索し始めた。





 一方、指揮車から出た仁木と圭介は、ビルの陰に隠れながら突進の機会をうかがっていた。

 「わかってるとは思うけど、手加減は無用よ」

 バックパックから取り出した「ヨイチ」を調整しながら、仁木が言った。

 「あんなの相手に、どう手加減しろっていうんです」

 同じように圭介も、真空砲を腕に装着していた。

 「どこに攻撃すれば、効果的だと思います?」

 「普通に考えれば、関節部か頭部・・・。でも、どちらも頑丈そうにできてるわね」

 ロボットを観察しながら、仁木がつぶやく。

 「私は、目の部分を狙撃してみるわ。たぶん、カメラアイだと思う」

 「そんなら、俺は関節部を狙ってみます」

 「わかったわ。それじゃ・・・いくわよ!」

 ダッ!!

 二人のVJは同時に飛び出すと、それぞれの武器を構えた。目の前には、「III」と書かれたロボットが。

 「いけっ!!」

 仁木が引き金を引き、音もなく銃弾が発射される。

 パリィィィィィン!!

 カメラアイを覆っていた強化ガラスが砕け散る。一瞬ロボットはうろたえる様子を見せたが、すぐに再び動き始める。

 「止まれ!! Mモード、発射!!」

 ドドドドドドドドドド!!

 真空砲から空気砲弾が連続して発射され、ロボットの左膝の関節に命中する。

 グラ・・・

 と、ロボットがわずかによろけた。

 「やったか!?」

 だが・・・

 ズシ・・・

 ロボットは再び体勢を立て直すと、動き始めた。

 「くそっ! 頑丈な奴だ!!」

 と、圭介が言っていると・・・

 グオ・・・

 「!?」

 ロボットは、その巨大な足を彼らの上に振り下ろしてきた。

 ズゥン!!

 地響きをたて、足が地面を踏みつける。

 「圭介君!?」

 「だいじょぶだ。動き自体は、俺達の方がずっと早いよ」

 圭介の声に、ひかるは胸をなで下ろした。

 「でも、全然歯が立ちません・・・」

 「ああ、悔しいけどな。アリとゾウのケンカだ」

 「どうすればいいのかしら・・・」

 思い悩む第1小隊。その時、圭介が何かを思いついたように

 「・・・そうだ!!」

 と叫んだ。

 「何かいいアイディアでも思い浮かんだ? 新座君?」

 「いいかどうかはわかりませんけど、当たり前といえば当たり前ですかね・・・」

 そう言って、圭介は自分のアイディアを話し始めた。





 「TR3、だいじょうぶか?」

 「ああ、大丈夫だ。まだメインカメラをやられただけだ」

 「ハハハハハ、さすがのSMSも、こいつらの前では形無しだな」

 「当たり前だ。こいつなら、自衛隊の戦車だって互角以上に相手ができるからな」

 コクピットの中で、男達はそんな会話を交わしていた。そんなとき、一人があることに気づいた。

 「ん?」

 「どうした?」

 「おい、たしか、2人いたよな?」

 「ああそうだ」

 「おかしいな。一人しか確認できない」

 カメラに映っているのは、なおも銃撃を続ける白いVJだけである。

 「赤いのがいない。そっちにいるか?」

 「いや。TR1、お前の方はどうだ?」

 「まて、今探してる・・・」

 男はロボットの首を動かし、周囲を見渡した。と、それが一点に止まる。

 古びて使われていない送電用の鉄塔の上で、赤いVJがこちらに真空砲を向けていた。

 「見つけた。至近距離から頭にくらわせるつもりだな。そうはさせるか」

 そう言うと、彼はロボットをそちらに向けさせる。

 「TR1、ロケット弾だ」

 「マ゛ッシ!!」





 「け、圭介君、本当にやるんですか!?」

 こちらに体を向けたロボットを見て、ひかるがおびえた声を出す。

 「これしか手はないだろうから、しかたないだろ? やるのはお前じゃなくて俺だし」

 「私が言ってるのは、そういうことじゃ・・・」

 「心配するなって。それより、ちゃんと設定をジャンプ力最重視にしておいてくれよ」

 「もう・・・」

 ひかるは頬を膨らませつつも、言われたとおりの設定を行った。

 「マ゛ッシ!!」

 ロボットはなぜかそう吼えると、奇妙な動作をとった。

 キシッ! キシッ!

 まず、なぜか腕を左右に大きく振る。そして、バンザイするように両手を挙げ

 ガシャッ!

 その両手を振り下ろし、「前へ習え」のように圭介に向けた。

 「無駄な動きの多いロボットだな・・・」

 と、

 カシャカシャカシャカシャ!

 その一つ一つの指先に穴が開き、その中から先端の尖った円筒状の物体が、シャカシャカと顔を出した。

 「げ! あれって、まさか・・・あんなものまで持ってるのかよ!?」

 圭介が驚愕した次の瞬間、

 ドドン!! ドドドン!!

 一斉にその指先が火を噴き、ロケット弾が圭介へと襲いかかってきた。

 ドガガガガガガァァァァァァン!!

 たちまちそれが炸裂し、鉄塔を跡形もなく消し飛ばした。





 「やったか?」

 「ああ。鉄塔ごと吹き飛ばした」

 男はそう報告した。

 「よし。それじゃああとは、一人と指揮車一台だな」

 「先に始めるぞ」

 「オーライ」

 男がそう返事をし、ロボットを動かそうとしたその時だった。

 バコッ!!

 突然、男の頭の上で爆発が起こり・・・

 ガンッ!!

 「グエッ!?」

 外れたコクピットのハッチが落ちてきて、男の頭を直撃した。うめき声をあげ、気を失って倒れる男。

 スタッ

 「あちゃ〜・・・こんなことになるなんて・・・。大丈夫かな?」

 主を失ったコクピットに降り立った男は、そう言いながら男の脈をとったり、目を開かせて瞳孔を確認したりする。

 「圭介君、その人、大丈夫ですか?」

 「ああ。すごくでっかいタンコブができて気を失ってるけど、命に別状はなさそうだ。ちょうどいいから、縛ってこのまま寝ててもらう」

 赤いVJ・・・圭介は、そう言いながら鮮やかな手際であっという間に男を首の下からつま先までがんじがらめに縛ってしまった。

 ロケット弾が発射される直前、彼はロボットに向けてジャンプしていたのだ。うまく爆風に乗ることができたこともあり、敵に気づかれることなく、コクピットがあると思われる頭の上に飛び乗ることができた。そして、頭頂部にあったハッチを真空砲で吹き飛ばしたら、運悪くそれがパイロットの頭を直撃してしまった、というわけである。

 「さて、準備万端。始めようか」

 シートに座る圭介。

 「新座君、うまくいったの?」

 仁木の通信が入ってきた。

 「ええ。「I」って書かれているロボットに乗り込みました。早速、動かしてみようと思います」

 そう言って、圭介は目の前のコンソールパネルを見た。わけのわからないスイッチが、たくさん並んでいる。そう、彼のアイディアとは、ロボットを一機乗っ取り、他のロボットを倒す、というものだったのだ。

 「・・・とはいったものの、こんなデカイロボットの操縦法なんてな・・・」

 が、いざ実際の操縦席を前にすると、圭介は戸惑った。

 「言い出したのは圭介君ですよ?」

 「わかってるよ。でも、車や航空機とは大違いだな、このコンソール。どっかにマニュアルか何かないかな、マニュアル・・・。表紙にでっかく「V」って書かれてるような・・・」

 と、少し妙なことを言いながら、あちこちをのぞく圭介。

 「そんな・・・パソコンじゃないんですから・・・」

 が、シートの下を覗いたとき、彼は一冊の冊子を見つけた。

 「「タイタニック・ロボ 操縦マニュアル」・・・あった、これだ! へぇ、このロボット、タイタニック・ロボっていうのか」

 表紙の文字をそのまま読み、圭介は喜んだ。が、

 「・・・でも、変だな・・・。マニュアルが、たったこれだけの薄さなんて・・・」

 と、首を傾げた。たしかに、マニュアルは絵本ほどの厚さしかなかった。

 「とにかく、読んでみましょうよ」

 「そうだな」

 そう言って、ページを開く。「購入者の皆様へ」などと書かれた電化製品の説明書のようなページを飛ばし、圭介はさっさと操縦法のページにたどりついた。

 「え〜と・・・「タイタニック・ロボの操縦は、非常に簡単です。超高性能電子頭脳搭載により、非常に高度な論理解釈や状況判断が可能。簡単な命令でも、自動的に内容を解釈し、最適と思われる行動をとります」。へぇ・・・おぉ、すごいぞひかる。空も飛べるらしい」

 「感心してないで、続きを」

 「わかってるよ。「さらに、複雑な操縦作業は一切不要。高性能の音声認識システムが電子頭脳に搭載されており、マイクに向かって命令をするだけで、タイタニック・ロボは行動に移ります」。なるほど、すごいシステムだな。どうりでこれだけの大きさのロボットを、たった一人でコントロールできるわけだ」

 圭介は妙に納得しながら、倒れている男を見た。

 「よし、そうとわかれば、さっそく動かしてみよう。マイクは・・・これだな」

 圭介は目の前にあるマイクに、顔を近づけた。

 「おい、タイタニック・ロボ。ちょっと動いてみろ」

 しかし

 「・・・」

 タイタニック・ロボは、微動だにしなかった。

 「あ、あれ? おっかしいな・・・なんで動かないんだ?」

 「マニュアルに、他になにか書いてありませんか?」

 ひかるにそう言われ、圭介はもう一度マニュアルを開き、操縦法のところをもっとよく読んでみた。すると・・・

 「なになに・・・「防犯機構も完全装備。最初に操縦者が音声パターンを入力することにより、以降はその操縦者の声による命令しか受けつけません」だとぉ!?」

 圭介はマニュアルを持ったまま怒鳴ったが、考えてみれば当然、このぐらいの防犯対策はしてあるだろう。こんなロボットがホイホイ盗まれるようでは、自転車や車が盗まれたときなどよりはるかに厄介なことになるのは火を見るより明らかだ。

 「ど、どうするんですか!? これじゃこのロボット、動きませんよ!?」

 「う、う〜ん、参ったな・・・。こいつをたたき起こして無理矢理命令させるか・・・。でもたぶん、言うこと聞かないだろうなぁ・・・。脅迫だし・・・」

 圭介はしばらく考えていたが、やがて、顔を上げた。

 「・・・しかたない。こうなったら・・・」

 そう言うと圭介はバックパックから工具箱を出し、中から様々な工具を取り出し始めた。

 「よっと」

 バキッ!

 そしてコンソールの下にかがみ込むと、パネルの一部をはぎ取り、狭い中を工具片手にのぞき込んだ。

 「なるほどな・・・。このコンソール自体が、一つの大きな電子頭脳か」

 「な、なにするんですか?」

 「登録音声の初期化の方法が書いてないからな。動かそうとするなら、音声のメモリーを無理矢理はずして、誰の命令でも聞くように配線をいじくっちゃおう。車盗むみたいで、なんか気が引けるけど・・・」

 「そんなことできるんですか?」

 「機械に違いないなら、なんとかできるよ。にしても・・・見たことのない配線が詰まってるな・・・」

 「機械のことはよくわかりませんけど・・・見たことのある配線に直しちゃえばいいんじゃないですか?」

 「違いない」

 そう言って、圭介は取りかかり始めた。





 「おい、TR2」

 「どうした、TR3?」

 「見ろ、TR1の様子がおかしい」

 3号機がその方向に目を向けると、たしかに、1号機がガックリとうなだれたような姿勢のまま、活動を停止していた。

 「本当だな。おい、TR1、どうした?」

 「何かトラブルか?」





 コクピットに響いた声に、圭介は一瞬身をこわばらせた。

 「やば・・・さすがに、動かなかったら怪しまれるよな・・・。どうしたらいいと思う、ひかる?」

 「と、とりあえず、返事した方がいいんじゃないですか・・・?」

 「そうだな・・・」

 圭介は作業を中断して、操縦用とは別の通信用のマイクのスイッチをいれた。

 「ああ、ちょっとしたトラブルだ。今直してる」

 圭介はマイクに向かって答えた。





 「マシントラブルだとよ、こんな時に」

 「でも、おかしくないか? 発進前に、完全に点検は済ませておいたはずだぞ? それに、元々コイツは整備費用の低さがウリの一つなんだぞ」

 「そう言えば・・・さっきの声、なんかあいつと違ってたな・・・」

 「もしかして・・・」

 「なんだ?」

 「さっき攻撃した赤いVJ・・・あいつに、乗っ取られたんじゃないのか?」

 「・・・」

 2体のTRの間に、沈黙が流れる。

 「おい、お前、本当にTR1のパイロットか?」





 「ば、バレちゃったみたいですよ!」

 「そうらしいな!」

 圭介はそう言いながら、再びコンソールパネルの下に潜り込んだ。

 「なんとか、ごまかしきれないでしょうか?」

 「やったとしてもそのうちバレる。それに、向こうにかまってちゃいつまでたってもコイツは動かない。無視してこっちに集中する」

 圭介は黙って作業に集中し始めた。





 「応答がないな」

 「図星かもしれない」

 「よし。確かめてやる」

 そう言うと、2号機は1号機に向かって歩き始めた。

 「TR1、早く再起動しろ。動かないのなら、機密保持のために破壊する。早く脱出しろ」





 「無茶苦茶なこと言ってきます・・・」

 ひかるはヘルメットの中で弱った顔をした。

 「圭介君、まだですか?」

 「もうすぐだ。この配線を繋げば、たぶん・・・」

 圭介がパネルの下に頭をつっこみながらそう答える。

 「応答がないな・・・。警告通り、破壊する。TR2、ロケット弾だ!!」

 「マ゛ッシ!!」

 キシッ! キシッ!

 TR2が、例の奇妙な振りをしはじめる。

 「圭介君!」

 「これでどうだ!」

 圭介が配線を繋いだ途端、

 ピキーン!!

 タイタニック・ロボの目に、再び光が戻る。

 「よし、直った! よけろ、タイタニック・ロボ!!」

 「マ゛ッシ!!」

 その直後

 ドドン!! ドドドン!!

 TR2の指先から、ロケット弾が連続発射された。しかし、その寸前にTR1は意外に軽快な動きで後退した。

 ドガガガガガァァァァァン!!

 ロケット弾が地面に直撃し、大きな火柱を噴き上げる。

 「あぶないとこだった・・・」

 VJの中で冷や汗を流す圭介。

 「動き出したぞ!!」

 焦るTR2とTR3。それをしりめに、圭介はシートに座り直した。

 「よし、反撃開始だ! え〜と、武装にはどんなものが・・・うん、まずこれだ!!」

 圭介はマニュアルをパラパラめくると、武器の名を口にした。

 「ロボ! レーザー光線を使え!!」

 「マ゛ッシ!!」

 指示を受け、吼えるロボ。しかし、やはり例の振りをする。

 「どうにかなんないのかよ、これ・・・」

 辟易する圭介。しかし、ロボはバンザイのような手を上げた姿勢で止まると

 クァ〜ン、クァ〜ン・・・

 と、妙な発射音をたてて目からレーザーを発射した。それは一直線にTR2へと走り・・・

 ドガァァァァァァァン!!

 TR2の胸で、なぜか大爆発を起こした。

 「ウオオオッ!?」

 ズズゥゥゥゥン・・・

 地響きと砂煙をたて、TR2の巨体が倒れる。

 「やったぁ!!」

 それを見て、ひかるが歓声をあげながらパチパチと手を叩く。

 「よーし!! もう一丁だ!! いくぞ、タイタニック・ロボ!!」

 「マ゛ッシ!!」

 もはやすっかり操縦が板についた圭介。タイタニック・ロボも、力強い咆吼をあげる。





 「いーなー、新座君。巨大ロボを操縦できるなんて、一生に一度あるかないか・・・」

 モニターと、巨大ロボ同士の戦いが繰り広げられる窓の外を交互に見ながら、聡美はうらやましそうに言った。

 「普通はないと思うわよ。でも、なんだかあれならわざわざ乗り込まなくても、外から操縦できる気がするんだけど・・・」

 仁木が冷静な言葉を返した。

 「わかってないなぁ、副隊長。ロボに乗り込み一心同体となっての操縦こそ、巨大ロボの醍醐味! この魂だけは譲れません! きっとあれを造った人も、そのへんの心を深〜く理解してたに違いないんです!!」

 拳を「グッ」と固めて一部根拠のない力説をする聡美。その肩を、小隈が叩いた。

 「燃えてるところ悪いけどさ。データは見つかったの?」

 「あ・・・は、はい! これです!」

 そう言って、キーボードを叩く聡美。モニターに、タイタニック・ロボの写真とデータが表示される。

 「タイタニック・ロボ。イギリスの軍事メーカーB&Fインダストリーが製作した、全長10mの軍事用ロボットです。武器をいろいろ内蔵したすごく物騒なロボットですから、もちろん日本には、輸入計画もたっていません」

 「てことは、やっぱり密輸か・・・。あんなの買うのに、元はといえば俺達が汗水垂らして稼いだお金が使われてるなんて・・・なんともやりきれない話だねぇ」

 小隈は頬杖をつき、再び巨大ロボ同士の格闘に目を向けた。

 「ま、新座には思いっきり納税者の怒りをぶつけてもらおうか」





 一方、彼らの目の前ではまだロボット同士のすさまじい戦いが繰り広げられていた。

 「くっそお! 俺達のロボットを奪うとは、貴様それでもSMSか!!」

 「悪党に悪人呼ばわりされる筋合いはなーい!!」

 「うるさい!! TR3、ロケット弾だ!!」

 「マ゛ッシ!!」

 だが・・・

 ドガガガガガガガガ!!

 発射される前にタイタニック・ロボは体を動かし、余裕で攻撃をよけていた。

 「だから! ムダなアクションが多いって言ってるんだ!!」

 武器の発射前にとる、あの妙な振り。あれをしている間に、TR3は簡単に攻撃をよけられてしまったのだ。

 「これ以上被害は出させない! 早めに蹴りをつけさせてもらうぞ! 突進だ、ロボ!」

 「マ゛ッシ!!」

 ドスッドスッドスッドスッ!!

 重い足音を響かせ、TR1がTR3に突進する。

 「ロボ! メガトンパンチだ!!」

 「マ゛ッシ!!」

 グオッ・・・

 ロボは走りながら右腕を振りかぶった。その直後

 ドガァッ!! グシャッ!!

 装甲の貫かれる音、そして内部のメカニズムがひしゃげる派手な音を発して、TR1の拳はTR3の胸に深々とめり込んだ。

 「ぐおおっ!?」

 ズズゥゥゥゥン・・・

 TR3は完全に倒れ、機能を停止した。

 「肉弾技なら、武器発射前の隙はないからな」

 倒れた敵を見下ろして言う圭介。と・・・

 ボボォォォォォン!!

 「!?」

 突如、左から何かが飛んできて、タイタニック・ロボの足下で爆発した。見ると、胸に大きな損傷を負ったTR2が、発射態勢をとってこちらを向いていた。

 「生きてたのか・・・」

 「圭介君、なんだか悪役みたいです・・・」

 「そ、そうか? そりゃまずいな。気をつけないと・・・」

 妙に緊張感のない会話をしながら、圭介はロボを敵に向けた。

 「派手だねぇ。がんばってよ」

 圭介のヘルメットの中に、小隈の声が響く。

 「のんきに応援してる暇があったら、奴の弱点とか教えて下さいよ!!」

 忙しそうに圭介が怒鳴る。

 「弱点か。岸本、なんかある?」

 「弱点ですか・・・。強いて言うなら、動力源だね」

 「動力源?」

 「タイタニック・ロボの動力源は、VJと同じで背中についてるのよ。それを引き剥がしちゃえば、動かなくなるわ」

 「・・・わかりました、やってみます。ところで、これってなにで動いてるんです?」

 「電池よ。単三電池」

 圭介は一瞬頭が硬直したが、すぐに聞き返した。

 「あの・・・もう一回言ってくれません?」

 「だから、電池よ。単三電池四本で動いてるの」

 「なんですかそりゃ。おもちゃのロボットじゃあるまいし・・・」

 「文句なら造った人に言って。あたしのせいじゃないもん。ただ、たぶんかなりデッカイ電池ね。データによれば、山一つ崩せるくらいの力があるらしいから・・・」

 「スケールがでかいのか小さいのかわかりませんね・・・。ま、いっか」

 圭介はそう言うと、気を引き締めた。そして、あたりの状況を見回す。

 「あの空き地なら・・・」

 ちょうどよい空き地を見つけ、圭介はロボに指示した。

 「ロボ! 奴に体当たりだ!! あいつを空き地に押し倒せ!!」

 「マ゛ッシ!!」

 ドスッドスッドスッドスッ!!

 「なにっ!?」

 あまりにとっさにTR1が突進してきたため、TR2はそれをよけることができなかった。

 「ドリャアアアアア!!」

 ドガァッ!!

 アメフトのタックルの要領で、TR2の腰を抱え込むように体当たりを食らわすTR1。

 ズズズゥゥゥゥゥゥン!!

 そして、TR1はTR2を整地作業が行われている空き地に押し倒した。すさまじい砂煙が立ちのぼる。

 「わぁすごい・・・」

 その様子を見ながら、小隈は小さく声をもらした。やがて、もうもうと立ちこめていた砂煙が晴れていき、姿を現したのは・・・TR1に押さえつけられ、ギシギシと作動不良の音をたてながらも、なおももがこうとしているTR2の姿だった。

 「このっ、おとなしくしろ・・・っ!」

 自分の乗っているものと同じ怪力に苦労しながらも、圭介はTR2をひっくり返し、その背中をさらさせることに成功した。そこには、四角い箱がとりつけられていた。

 「これだな・・・ロボ、引き剥がせ!」

 「マ゛ッシ!!」

 TR1はそれに手をかけると、力を込めて引き剥がし始めた。TR2がさらにもがくが・・・

 ベキベキィッ!!

 ついに、TR1はTR2の背中からそれを引き剥がした。その途端、TR2がガクリとなり、

 ヒィィィィィン・・・

 静かな音とともに、活動を停止した。

 「ふぅ、終わった・・・。結局最後も、弱点を突くなんて悪役っぽい手だったな。すまん、ひかる」

 「今のはしょうがないと思います」

 タイタニック・ロボは、引きちぎった電池ボックスを片手に持ったまま、ゆっくりと立ち上がった。

 「あちゃ〜・・・まずいよ、これ・・・」

 改めて圭介はその場を見て冷や汗を流した。せっかく整地がされ綺麗になっていた工事現場は、二体が暴れたために穴だらけになっていた。

 「また減俸だな、お気の毒・・・」

 「!?」

 隊長の声に、圭介は心臓が止まりそうになった。

 「冗談だよ、新座。むしろ、お前のおかげでなんとか最小限の被害で済んだと思うよ」

 「脅かさないで下さいよ、隊長・・・」

 「この被害については、なんとか不可抗力ってことにしよう。捕まってたうえ減俸じゃ、お前もたまらんだろう。もちろん、いろいろ頭は下げなきゃならんけどな」

 「すいません、おつきあいします・・・」

 圭介はコクピットの中でシュンとなった。

 「まあ、それはあとにするとして、新座。もう一つ、そのロボットでやってほしいことがあるんだけど」

 「はい、なんでしょう?」

 「お前さっき、空も飛べるって言ってたな? だったら話が早い。急いで星野さん達を追いかけて、奴らを捜索してくれないかな」

 「あ、そういうことですか。もちろん! 俺も、借りを返したいですからね。それに・・・いい考えもありますし・・・」

 「いい考え?」

 「ええ。任せて下さいよ」

 圭介は不敵に笑った。

 「ひかる、それに、亜矢さん。悪いけど、もう一仕事手伝ってくれませんか?」

 「え・・・? はい」

 「喜んで手伝うけど・・・何をすれば?」





 それから少ししたのち。埼玉県にあるとある飛行場で、一機の小型ジェット機が滑走路に姿をあらわした。

 そこは、忘れ去られたような場所だった。前世紀の末、採算も考えずに建設会社の延命のみを考えてつくられた、無駄な公共事業の結果の一つである農業用の飛行場である。ここは長い間使われることも整備されることもなく、ほとんど朽ち果てていた。が、つい最近になってある企業が買収し、滑走路の一部を修復したのである。近くの農村の住人は、あんなものを何に使うのかと首を傾げていたが、それは全てたった一度、このときのためであった。

 タラップのつけられたジェット機のそばに、一台のエアカーが停まった。その中から、数人の男が降りてくる。

 「お疲れさまです、代表」

 スーツに身を包んだ男が、タラップの前で出迎えた。

 「ご苦労。逃走路は万全なのだろうな?」

 タラップを昇りながら、先頭を行く男が彼に尋ねた。村木である。

 「はい。特別にカスタマイズされたジェット機ですので、地上レーダーも偵察衛星もごまかすことができます。速度も自慢なので、四時間もあれば無事にサンパウロに・・・。代表が乗り込み次第、すぐに離陸できます」

 「フ・・・だが、向こうに落ち着くまでは安心できないな。まだ消すことができていない証拠がいくつかある。それをもみ消さなければ・・・」

 村木は男に顔を向けた。

 「ところで、本部ビルの方は、うまくまくことができたか?」

 「部下にテレビをチェックさせています。まもなく・・・」

 その時、機内から一人の男が駆けてきた。

 「たっ、大変です!!」

 「なんだ、代表が到着したのだぞ」

 「テ、テレビで大変なことが・・・」





 「・・・で発生したビル火災、さらに直後の巨大ロボットの破壊行為により、現場はご覧のように、深刻な被害を受けました。3体出現したロボットのうち、1体はSMS第1小隊の実動員が奪い、残りの2体の停止に成功しました。現場で警察・消防合同の迅速な避難活動により死者は出ておらず、幸いにも人的被害は最小限におさえられました・・・」

 「LIVE」と右下に書かれた画面の中で、レポーターが時折背後を振り返りながら中継をしている。すでに時刻は夕方になりかけており、赤い夕日が焼けた建物や穴だらけの道路、それに、さながら巨人の屍であるTR2、TR3の残骸を照らし出している。

 「・・・」

 機内の天井からさがったテレビに映るその映像を見ながら、男達は沈黙していた。

 「・・・」

 やがて、村木は一人、すぐにシートに腰掛け、シートベルトを締めた。

 「代表・・・」

 「何をしている! 離陸だ、急げ!」

 「は、はい! おい、離陸だ!」

 「了解!」

 にわかに機内が慌ただしくなり、男達が自分の席についてシートベルトを着け始める。操縦室では、パイロットと副パイロットが最後の離陸プロセスに入っていた。

 「メインエンジン、出力正常!!」

 「よし。テイク・オフ!!」

 そう言って脇のスラストレバーをつかむパイロット。その時である。

 ズシィィィィィン!!

 「!?」

 何かが落ちてきたような大揺れが、ジェット機を襲った。グラグラと揺れる機体。だが、さらに

 ガゴン!!

 金属同士がぶつかるような、鈍い音がしてまた少し機体が揺れる。

 「どうした! かまわず離陸しろ!!」

 乗客席から通信が入る。パイロットはそれに我に返ると、スラストレバーに再び手を掛けた。だが、ジェット機はいっこうに離陸しようとしない。

 「どうしたんです!?」

 副パイロットがパイロットに怒鳴るように言うと、

 「スラストレバーが上がらないんだ!!」

 パイロットは青ざめた顔で答えた。その時

 ガゴッ!!

 また機体に振動が走った。

 「!?」

 その時、主翼を窓の真横に見る席に座っていた村木は見た。巨大な手が、ジェット機の右翼に手を掛け、押さえつけているところを。

 「こ、これは・・・TR!?」

 村木が驚愕していると

 「そこまでだ! こちらはSMS第1小隊、新座圭介実動員! ガブリエル財団代表、村木新二! 殺人未遂、放火、及び誘拐と監禁の容疑で逮捕する! ただちにジェット機のエンジンを停止し、おとなしく降りてきなさい! 指示に応じない場合は、実力行使に踏み切る!」

 「誘拐と監禁」のところを特に強調した圭介の声が、スピーカーを通して機内の人間達の耳に入ってきた。





 タイタニック・ロボはジェット機の横に立ち、右手で主翼を、左手で機体の胴体部をつかみ、ガッチリと押さえつけていた。さすがに観念したのか、エンジンの火は消え、ジェット機は完黙している。

 「墓穴を掘ったな・・・」

 微笑を浮かべ、圭介はコクピットからジェット機を見下ろした。その時である。

 ヒィィィィィィン・・・

 何かが降りてくる音がした。TRが空を見上げると、第2、第3小隊の指揮車が、空から降りてくるところだった。

 「来てくれた」

 やがて、指揮車は地上に降り、後部ハッチからVJを着た実動員達が降りてきた。

 「あーあ、ついてないなぁ。捜索なんかに加わらなきゃ、あたしもこのロボットに乗って悪党をバッタバッタとなぎ倒せたはずなのに!」

 「だったら、隊長達の判断は正しかったですね」

 「ちょっとぉ、浪平君、それってどういう意味よぉ?」

 「そんなことになったら、きっとあれ以上に深刻な被害が出てましたって」

 つまらなそうに言う真由美と、それに対して少し挑戦的な言葉で止める健。それを聞きながら、圭介は苦笑した。一方、第3小隊でも同じようなことを言っている男がいた。

 「ったく、ちっとも暴れられないし、犯人逮捕は先越されちまうし・・・とんだくたびれ損の骨折りもうけだぜ」

 「それを言うなら、骨折り損のくたびれもうけでしょ? まあ、そのことわざを知ってたのは意外だけど・・・」

 「なんだと!?」

 島田と戸狩のわめき声が聞こえてきた。

 「今回はいろんなところに、迷惑かけちゃったな・・・」

 と、苦笑いをしながら圭介は改めて反省した。

 「ほらほら、無駄口叩かないの」

 「犯人確保、急いで下さい!」

 その声とともに、隊員達がジェット機に動き出す。直後、コクピットに通信が入ってきた。

 「お手柄ね、新座隊員。借りは返したってことかしら?」

 「まさに水際でくい止めたって感じですね」

 二人の小隊長から、明るい声が届いた。

 「いえ・・・。ただ、自分の考えがあたってたってだけですよ。本当に役に立ったのは、これに残されていたデータです」

 圭介はそう言った。

 圭介が思いついたいい考えというのは、至極単純なことだった。これほどのロボットを、脱出までのただの時間稼ぎだけに使うなどというもったいないことをするはずはない。足止めのための破壊活動は適当なところで切り上げて、必ず逃げた連中と合流するつもりだったはずである。

 そう考えた圭介は、ロボの電子頭脳をVJを通して指揮車のVRコンピュータに接続。ひかると亜矢に手伝ってもらい、合流地点のデータを検索してもらったのである。その結果わかったのが、この小さな飛行場。聡美に頼んでその位置を他の小隊や警察に通報してもらい、自らも「ロボ、合流地点に飛べ」と命令し、先回りしてここまでやってきたのである。そして、すんでのところで国外逃亡を阻止したのだ。

 「それにしても、その大きなロボットも一緒に国外に逃げるつもりだったのかしら」

 「それは無理だと思いますよ。たぶん、ロボットの方はこの飛行場に隠しておいて、ほとぼりが冷めた後で回収に来るつもりだった、ってとこだと思いますけど・・・本当のところは、連中に訊いてみないとわかりませんね」

 圭介は再びジェット機を見下ろした。

 「なんにしろ、今回は大活躍・・・いや、災難といった方が正しいかな?」

 「そうですね。昨日事件に巻き込まれて、不覚にもつかまって・・・火の中を脱走したりこいつで立ち回り演じたり、いろいろなことがありすぎて、なんだかもう・・・。あんまりいろんなことがありすぎて、全部が昨日今日起こったことなんて信じられませんよ」

 今までのことを思い返し、圭介は急に疲れが体にきたような感覚を覚えた。気を抜く暇もない状況がやっと終わり、眠気がドッと押し寄せてきた。

 「今夜はよく寝ることね。小隈さんに、休暇をお願いした方がいいわよ?」

 「ええ、そうしますよ」

 「あとのことは、僕達に任せて。・・・あ、来たようだね」

 その言葉に、圭介はタイタニック・ロボを振り返らせた。夕日を背に、彼の指揮車が四角いシルエットとなって、こちらへと進みつつあった。





 「・・・」

 最初に目に入ってきたのは、白い色だった。天井、カーテン、ベッド。何もかもが白い。

 「ここは・・・」

 そう言って、身を起こそうとする柚木。と・・・

 スッ・・・

 その胸の上に、細く長い指が美しい、雪のように白い手が添えられた。

 「!」

 「まだ・・・動かない方がいい・・・」

 静かな声が聞こえた。横を見ると・・・そこには、綺麗な緑の髪を伸ばした、神秘的な雰囲気の女性が座っていた。

 「亜矢・・・ちゃん」

 柚木は、静かにその名を呼んだ。亜矢はゆっくりとうなずいた。部屋の中には彼ら二人しかおらず、時計が秒針を刻む音が、やけに大きく感じられた。亜矢の手に促され、柚木は頭を再び枕の上に戻した。

 「ここは・・・?」

 「病院だよ・・・。もう安心していいけれど・・・まだ安静が必要だよ・・・。三日も眠っていたから・・・心配したけどね・・・」

 まだ自分がどうなったのかわからない、といった様子の柚木に、亜矢は続けた。

 「助かったんだよ・・・君は・・・。少し遅いけど・・・やはりクリスマスには・・・素敵なことが起こるようだ・・・」

 「・・・そうか・・・」

 その声に、柚木は意外なほど落ち着くことができた。側に置いてある卓上カレンダーは、12月26日になっていた。

 「財団は・・・あいつらは・・・どうなったんだ?」

 「それも・・・心配はいらない・・・。いろいろあったけれど・・・全員、逮捕することができた・・・」

 「そうか・・・ありがとう・・・」

 「うん・・・。だけど・・・一つだけ、聞かせてくれないかな・・・?」

 「・・・」

 「なぜあんなものを作ったのか・・・ちゃんと、聞かせて欲しい・・・」

 「・・・わかった・・・」

 柚木はそう言って、口を開いた。

 「君もわかっていると思うが・・・始まりは、姉さんの死だった。あれが全てを、変えてしまったんだ・・・」

 「ああ・・・。ひどい事件だったからね・・・」

 そう言って、亜矢は5年前、TVで初めてその知らせを聞いたときのことを思い出した。

 ブラジル・リオデジャネイロで起こった日本の銀行での犯罪グループ立てこもり事件。現金強奪のため銀行に突入したグループを、いち早く駆けつけたリオ市警が完全に包囲した。しかし、事件は思わぬ長期化を見せた。関係者全員の疲労が高まる中、リオ市警は人質の極限状態を考え、綿密な計画のもと突入を決行。しかし、ここでも犯人達は思わぬ激しい抵抗を見せ・・・結局、犯人グループは全員死亡、さらに人質、警官にも多数の死傷者が出たこの事件は、古今まれにみる大惨事となってしまった。

 亜矢がその犠牲者のリストの中に、柚木の姉、しずかの名を見つけたのは、それを報じる中継を見ていたときだった。

 「あの時ぼくは、一度死んだ・・・。頭にあったことは、ただ一つ・・・姉さんを殺したものに、復讐したいという執念だけ・・・。だが・・・」

 柚木はうつむいた。

 「犯人は全て射殺されていた・・・。ぼくの怒りは、行き場を失ってしまったんだ・・・。ぼくはさまよいながら、ただ胸の中で膨れ上がっていく憎悪を持て余していた・・・。その時だったんだ、奴らに・・・「財団」に出会ったのは・・・」

 「・・・」

 「奴らは言った。警察のように、この世の一つ一つの悪を潰していったところで、悪がこの世から消え去ることはない。悪を根絶するためには、人々を悪にもたらしているもの、そのものをつぶさなければならない。奴らがその「悪の根元」としてあげたもの・・・それが、金だった。この世の苦しみの多くは、金を巡って人間同士が憎み、妬み、だましあうことによって生まれている・・・と」

 「・・・」

 「その時のぼくには・・・その時、「真の敵」が見えたような気がした・・・。そして奴らは・・・その「敵」と戦うために、ぼくの力を活かしてくれないかと、誘いをかけたんだ・・・。ぼくはその話に乗って、働き続けた・・・。それが姉さんのために・・・全ての人のためだと思って・・・。それなのに・・・!」

 柚木はそう言って、辛そうに顔をそらした。気がついた時に亜矢の顔を見て以来、彼は亜矢と視線をあわそうとしていなかった。

 「・・・辛かったのだね・・・お姉さんが亡くなってから・・・ずっと・・・」

 亜矢は無表情ながらも、優しい声をかけた。

 「すまない・・・今は・・・君に合わせる顔がない・・・」

 「・・・何故」

 「君にも・・・わかるはずだ・・・。ぼくは・・・悪魔に魂を売って・・・おそろしいものを作ってしまった・・・」

 辛そうにそう言った柚木を、亜矢は変わらぬ優しい視線で見つめた。やがて、彼の肩に手を伸ばすと・・・

 「すまない」

 グッ・・・

 「!?」

 亜矢は意外なほどの力で、彼の体を無理矢理自分の方へ向けさせた。

 「悲しみや憎しみにとらわれ・・・大きな過ちを犯した人は・・・たくさんいる・・・。その罪に耐えきれず・・・自らの命を絶った人も・・・。でも・・・私は・・・そんなことは罪滅ぼしと認めない・・・。罪を償う場所は・・・地獄ではなく・・・生きている間なんだよ・・・」

 亜矢が吸い込まれそうな黒い瞳で柚木を見つめる。

 「君が死んだとしても・・・私も・・・君の姉さんも・・・君を許しはしないだろう・・・。辛いだろうが・・・君は・・・生きなければならない・・・。生きて・・・罪を滅ぼして・・・その上で・・・人を助けなければならないんだ・・・。それが今・・・君がこうして生きている・・・理由なんだよ・・・」

 柚木は、亜矢のその瞳から目をそらすことができなかった。

 「私の知る・・・柚木智は・・・決して逃げたりはしない・・・。こうと決めたら曲げない・・・その一途さが・・・君の生き方・・・。私は・・・そう思ってきたのだが・・・?」

 柚木は、やがて静かに目を閉じて答えた。

 「そうだ・・・そうだよ、亜矢ちゃん・・・。姉さんにも、君にも・・・よく言われたな・・・。もっとも、姉さんには頑固だって言われていたけど・・・」

 その答えに亜矢は優しい微笑みを浮かべた。

 「こんなぼくでも・・・まだ罪滅ぼしや・・・人助けができるだろうか・・・?」

 「ああ・・・もちろんだよ。君は・・・すばらしい力を持っているじゃないか・・・。今度こそその力を・・・みんなのために使えれば・・・それでいいんだ」

 亜矢は珍しく、ニッコリと微笑んだ。

 「・・・わかった・・・。ぼくは大きな過ちを犯した・・・。だけど、残りの人生をその罪滅ぼしに、それに、それ以上に人を助けられるように・・・どこまでやれるかはわからないが、生きてみる。法の裁きを受けて、罪を償って・・・もう一度出直してみる。今度こそぼくは・・・正しく生まれ変われるかもしれない・・・」

 穏やかな青空の見える窓を、柚木は目を細めて見た。

 「フ・・・」

 と、突然柚木は小さな笑みを漏らした。

 「どうしたんだい・・・?」

 「いや・・・君の言うことは、ちゃんと聞いておくものだと思ってね。今まで何度も、同じことの繰り返しだ・・・」

 柚木は思い出すように言った。

 「覚えているかな? 大学院時代、シトロネラアシッドの精製実験をしたときのこと・・・」

 亜矢はうなずいた。

 「よく・・・覚えているよ・・・。君とあの時・・・ナトリウムの調合量を巡ってケンカをして・・・結局、君が自分の意見を押し通したんだっけね・・・」

 「あの時も、君の言うことを聞かなかったばっかりに、ひどい目にあった。結局、酸性度が強くなりすぎて、フラスコまで溶けて、あやうく床まで溶かしそうになった・・・。一番苦い思い出だよ。君の占いを無視して行動した挙げ句にひどい目にあったことなら、それこそ数え切れない・・・」

 柚木は笑った。

 「ああいう本質は、全然変わってなかったんだな。ダメな奴だ、ぼくって・・・」

 「そんなことは・・・ないと思うよ。君をあの火事の中から助けてくれた新座君・・・彼も、そういうところがある・・・。任務に集中しすぎると・・・周りのことも、自分のことも見えなくなって・・・突っ走ってしまうんだよ・・・」

 亜矢はそう言った。

 「みんながそれに困ることもあるし・・・本人も、悪い癖だと思って、なんとか直そうとしてきている・・・。決断したからといって・・・突然立派な人間になんかなれない。大事なのは・・・今の自分を大切にしながら・・・自分なりに頑張っていくことなんだよ・・・」

 亜矢の言葉を、柚木は静かに聞いた。やがて、亜矢が時計を見た。

 「1時だね・・・。悪いけれど・・・私は、戻らなければならない」

 そう言って、亜矢は立ち上がった。

 「できれば、もう少しそばにいてあげたいけど・・・このあいだの事件の後始末が、まだ終わっていないんだ・・・。すまないが・・・署に戻らないと」

 「いや、謝らなきゃならないのはぼくの方だよ」

 「気にしないことだね・・・。今は休んで・・・早くよくなることだけ考えた方がいい」

 「今度こそ、君の言うことを聞くよ。それじゃあ・・・」

 「ああ・・・。また一緒に・・・研究ができる日ができるだけ早く来ることを・・・祈ってるよ」

 亜矢がそれにうなずき、出ていこうとしたその時だった。

 「あ、そうだ亜矢ちゃん」

 呼び止めた柚木に、亜矢が振り向いた。

 「なんだい・・・?」

 「一番大事なことを忘れていた。ぼくを助けてくれた人・・・新座君に、ありがとうと言っておいてくれないか?」

 亜矢はその言葉に、フッと笑った。

 「近いうちに、彼もお見舞いにくると思うけどね・・・。まぁ、そうしておくよ。彼も今は・・・自分の罪滅ぼしの最中だからね・・・」

 「罪滅ぼし?」

 「罪滅ぼしというより・・・お詫びかな」

 亜矢はそう言って、楽しそうに小さく笑った。





 クリスマスが終わり、年の終わりに向けてますます慌ただしさを増していく街。そこは数多くの人々でにぎわっているが、そんな中、一軒のカラオケボックスから一組のカップルが出てきた。

 「ひさびさにちゃんと歌ったって感じだな」

 ネイビーブルーのアーミージャケットと、オリーブグリーンのパンツを身につけている青年、新座圭介。

 「圭介君の歌、初めて聴きました。ビートルズが好きだったんですね」

 その隣で手を握って歩いている少女・・・チェックの帽子を被り、青いデニム地のコート、それに、コートに隠れているが、白いニットのセーターとグリーンのミニスカートをはいたひかるが、楽しそうに言った。

 「ああ。ちょっと月並みだけどな。だけど、下手だから恥ずかしいとか言っときながら、全然マイク離さないじゃないか、お前」

 「すいません・・・」

 恥ずかしそうにうつむくひかる。

 「いいよ、うまかったし。演歌がけっこう得意だってのは、ちょっと意外だったけどな」

 二人は手を握って、年末で慌ただしい雰囲気の駅前通りを歩いていた。

 「あ、見て下さい。タイタニック・ロボですよ」

 ひかるがそう言って、ビルの壁に取り付けられた大型モニターを指さした。そこには、ビルの修復作業にあたっている巨大ロボが映っている。

 「やっぱり機械だな。作る奴、整備する奴使う奴。結局、人間なんだよ。ある時は正義の味方、ある時は悪魔の手先とは、よく言ったもんだ」

 「なんですか、それ?」

 「別に。気にしなくていいよ」

 タイタニック・ロボは結局その後、とりあえず東京都の手にゆだねられた。いずれは財団の私有財産として、被害にあった人々への補償金にあてられることにはなるだろうが、今のところは超法規的措置ということで、被害地域の復興に作業機械として投入され、役に立っているようだ。残りの二体も修理を受けており、終わればやはり復興の役に立つだろう。これによって被害を受けた人にとっては、複雑なことかもしれないが。

 「柚木さんが作ったあのガスも、平和利用の方法が考えられてるみたいですね」

 「ああ。簡単なところで思いつけば、立てこもった銀行強盗に浴びせたり、ってところかな。金が欲しくなくなれば、強盗なんてやる意味がなくなるし。管理は厳重にしなきゃいけないけど、毒も使い方次第で薬になるってことだな。ま、個人的にはちょっと薄めて小島さんに吸わせたいね。最近、また金貸してくれってうるさくなってきたから」

 「フフッ、圭介君もけっこう悪いこと考えるんですね? でもそれ、いいアイディアかもしれません」

 「おい、人のこと言えないじゃないか・・・」

 などと、少し毒の入ったおしゃべりをしながら、二人はある店の前に立った。

 「ついたぞ」

 ひかるはコクンとうなずくと、圭介とともに中へと入っていった。

 「わぁ・・・」

 店内の様子を見て、ひかるは目を輝かせた。一方、圭介はばつの悪そうな顔をしている。

 「やっぱり、居心地悪いな・・・」

 ポツリとつぶやく。そこは、女性向けのアクセサリー店だった。店内にいるのは女性がほとんどで、圭介のようにカップルで来ているのは意外に少なく、数人しかいなかった。

 「さて・・・」

 圭介は、店内を歩き回り始めた。ひかるはそのあとに、おとなしくついていく。陳列されているアクセサリーをたまに手にとっては、圭介は「これなんかどうだ?」と、ひかるにそれを示した。

 「はい、いいと思います」

 ひかるはそのどれに対しても、変わらぬ笑顔で答えてくれる。だが・・・

 「ふぅ・・・」

 圭介は、疲れたようなため息をもらした。

 「あのさ・・・」

 「なんですか?」

 「なんでもいいって言ってくれるのはうれしいし、生返事じゃなくて本気でそう言ってくれてるってのもわかるんだけど・・・お前なりの希望ってのは、本当にないのか?」

 「そんなこと言われても・・・。だから、誕生日プレゼントなんて、改めてくれなくてもいいって言っているんです。このあいだあんなに素敵なオルゴールもらったんですから、私はあれで十分・・・」

 ひかるは困ったような顔をして言った。

 圭介はあの事件の翌日、クリスマスイブに、あるものを買ってきてひかるにプレゼントした。100年以上前に作られた、年代物の少し大きいオルゴールである。先月、パトロール中に偶然出くわした交通事故。圭介が当事者から事情を聞いてウィンディに戻ってくると、警察への連絡を終えていたひかるは、道の脇にあった小さなアンティークショップのショーウィンドウをじっと見つめていた。そこに置いてあったのが、このオルゴールなのである。これをプレゼントされたひかるは、まず驚き、次に値段の心配をし、最後にやっと喜んだ。ひかるらしいその反応に、圭介は苦笑しながらも一緒にその音色に聴き入った。

 圭介はその顔を見て、口ごもった。

 「ご、ごめん。別に責める気はなかったんだけど・・・。でも、あれはあくまでクリスマスプレゼントだ。やっぱり誕生日プレゼントは、別にあげたいし・・・」

 圭介はそう言いながら、後頭部をかいた。もちろん、こんなことになる前に、プレゼントは選んでおきたかった。だが、とにかく無欲なひかるへのプレゼントを考えるのはもともと至難の業のうえ、例の騒ぎであてにしていた選ぶための最後の時間がなくなってしまったのだ。結局誕生日が来てしまい、苦肉の策としてひかると一日デートをし、その途中で選ぶことにしたのである。ひかるは喜んでくれたが、それを聞いた小島と聡美には「恋人としての義務の怠慢だ!」と、いわれがあるのかないのかわからない非難を浴びたが。

 「人のプレゼントを本人に訊きながら選ぶなんて、下の下だってことはわかってるよ。けど、プレゼント選びなんてしたことがないもんだから・・・許してくれ」

 「わ、私はそんなふうに思ってません! ただ・・・」

 「・・・」

 会話が途切れてしまう。そんな中、圭介はプレゼント選びを続けていた。

 (参ったな・・・)

 この状況を破るには、なんとしてもピッタリなプレゼントを選ぶしかない。焦りの中で歩いていた圭介は、ふと、あるものの前で止まった。

 「・・・ひかる。俺は、これがいいと思うんだが・・・」

 そう言って圭介が示したのは、美しいガラスで細工のされた、翼を広げた鳥のオーナメントだった。

 「わぁ・・・すごく綺麗ですね、これ・・・」

 ひかるは笑顔を浮かべながらそのオーナメントに見入った。その反応は、それまでとは少し違ったものに思えた。

 「あれ・・・でもこれ、二つあります・・・」

 ひかるの言うとおり、そのオーナメントは二つで1セットのようだった。

 「これって、たぶんキジバトだよな・・・」

 圭介がポツリと言った。

 「そういや・・・いつか、亜矢さんが言ってたな。つがいのキジバトっていうのは、幸せの象徴だって。キジバトの飾り物は、片方は大切な人にあげて、もう片方は自分でもってるっていうのが、正しいしきたりだって・・・」

 そう言うと、圭介はそれを手に取り、ひかるの顔を見た。

 「ひかる・・・俺はこれがいいと思うけど、お前はどうだ?」

 こんな質問、プレゼントをあげる当人にするべきじゃないだろう。圭介はそう思いながらも、そう口にしてしまっていた。

 「はい・・・。私も、それが欲しいです・・・」

 初めて「それが欲しい」と口にしたひかる。それを聞いて、圭介はうなずいた。

 「そうだな。どうせあげるなら、やっぱりこういうものの方がいいか・・・」

 ひかるも、それにうなずく。二人はそれを持ってレジへ行き、それを買い、外へ出た。

 「圭介君、ありがとう・・・。これ、大事にします!」

 そう言って、ひかるはオーナメントの入ったバッグを大事そうに胸元で抱えた。

 「さて・・・これからどうする?」

 圭介は振り返ってそう尋ねた。

 「そうですね・・・。ちょっと、人混みで疲れましたから・・・静かなところに行きたいですね」

 「静かなところか・・・う〜ん」

 圭介は腕を組んで考えた。と、それにひかるが思いついたように言った。

 「・・・海に、行ってみたいです」

 ひかるの唐突な言葉に、圭介は少し驚いた。

 「なんでまた海なんだ? 今は風が冷たいし、それにもともと俺達、海の上に住んでるし」

 「誰もいない海って、静かでちょっと寂しいところが好きなんです」

 「ふ〜ん・・・」

 「ダメですか・・・?」

 「いや、いいよ。ただ、どうせならお台場なんかじゃなくて、もっとちゃんとした砂浜がいいな。ここから一番近いのは・・・江ノ島か。今から行って、海岸を散歩して帰ってきても、夕方くらいには帰れるだろうし・・・。よし、そうしよう」

 圭介はニッと笑いながらひかるを見た。

 「すいません。私の言うことばっかり聞いてもらっちゃって・・・」

 「何言ってんだ。今日はお前の誕生日、お前が主役の日だろ? それに・・・いろいろ心配かけさせちゃったしな。その罪滅ぼしもしないと。思いっきりわがまま言っていいんだぜ」

 「はい・・・」

 「でも、一つだけ言わせてもらっていいかな・・・」

 「なんですか?」

 「倒れるほど、俺のことを心配しなくっていいんだぞ?」

 「フフ・・・ちょっとそれは、無理な相談かもしれません。圭介君に、あんまり無茶しないようにしてもらわないと・・・」

 ひかるは少しいたずらっぽい目つきで、圭介を見上げた。

 「了解。すぐに治るかどうかわからないけど、慎みますよ」

 圭介はそれに苦笑いしながら、もう少しひかるの手を握る手に力を込めた。




関連用語紹介

・お金を嫌いになる薬

 てんとうむしコミックス第16巻「お金なんか大きらい!」に登場。正確には、「お金なんか見るのもいやになるキャンデー」と、「お金をあげたくなるキャンデー」。劇中には他にもお金が嫌いになる薬と気前のよくなる薬が登場したが、どれもこれも、飲むとお金を手元に置いておけなくなるという作用は同じである。ドラえもんがこれを後先考えずに(確信犯という可能性も濃厚)のび太やパパに与えたり、路上に投げ捨てたりしたおかげで、実に面倒なドタバタが展開されることになった。

 小説中に登場するZガスは、これを気体化したもので、吸った人間は金を所持していることに強い罪悪感を感じ、誰かにあげなければ気が済まなくなる。ZガスのZは、Zakat(イスラム教の五行の一つ。財産の寄付)の頭文字である。



・タイタニックロボ

 てんとうむしコミックス第23巻「大あばれ、手作り巨大ロボ」に登場。未来のプラモデルであるが、全部で16箱あるパーツをすべて組み合わせると、全長10mの巨大ロボとして完成する。スネ夫がいとこに作ってもらった人型ラジコンロボ、グランロボに対抗してのび太がドラえもんとともに作り上げた。プラモデルでありながら、実際に乗り込んで操縦することができ、空を飛ぶことも可能。さらに、武装はないが山一つを崩したり宇宙怪獣と戦ったりすることのできる恐るべきパワーをもっている。のび太がコントロール装置を作り損ねたため暴走しかかったが、最終的には山を越えて学校に通っている山奥の子ども達のためにパンチで山にトンネルを堀り、人助けに役立ってエネルギーを使い果たした。なお、この話はのび太がロボットであるドラえもんに対して「ね〜えドラえもん。ぼくもロボットほし〜い」と、なにげに爆弾発言をしたことでも有名である(笑)。

 小説に登場するタイタニック・ロボは、姿形は同じだがイギリスの兵器メーカーが作った軍用ロボット。音声認識で動いたり、指からロケット弾を発射したり、「マ゛ッシ!!」と叫んで妙な振りをとったり、「タイタニック」と「ロボ」の間に「・」がついていたりするのは、某スーパーロボットのパロディとしての作者のこだわりである。なお、タイタニックロボのコクピットは胴体にあり、背中から乗り込むが、タイタニック・ロボのコクピットは頭部にあり、頭頂部から乗り込む。また、単三電池四本で動いているという動力源の設定は原作そのまま。


次回予告

 聡美「さぁ〜って、次回の「Predawn」は〜っ♪」

 ひかる「服部です。また出番みたいですけど、私でいいんでしょうか?」

 聡美「もちろん。早くこっち来なよ」

 ひかる「おじゃまします」

 聡美「いやぁ、ついに今年も残すところあと5時間ってところだねぇ・・・
    って、ひかるちゃん、なんでおかもちなんて持ってるの?」

 ひかる「年越しそばを作ってみたんです。圭介君達はもう食べてますから、
     私はここで、聡美さんと一緒に食べようと思って・・・」

 聡美「へぇ、さすがひかるちゃん、気が利く! でも悪いね。ホントは、
    新座君と一緒に食べたかったんじゃないの?」

 ひかる「・・・(赤面)」

 聡美「いいなぁ、一緒に過ごせる人がいて。こーんな時ばっかり、家族が
    恋しくなっちゃったりしてね。ウシシ」

 ひかる「さ、聡美さん・・・もういいですから、早く次回予告をやって、
    おそば食べましょうよ。伸びちゃいます」

 聡美「ハハ、そうだね。それじゃあひかるちゃん、よろしく」

 ひかる「はい。次回、第10話「服部家の事情」・・・って、なんでしょう、これ?」

 聡美「さあ? でも、タイトルからするかぎり、ひかるちゃん主役なんじゃないの? 
    詳しいこと聞いてない?」

 ひかる「ええ・・・」

 聡美「ふうん・・・。まあいいや。次回になればわかることだもんね。さて・・・
    今回はいつものあんパンは中止。年末らしく、年越しそばでお別れといきましょ」

 ひかる「はい、どうぞ。おそばはつなぎなしの、100%そば粉なんです」

 聡美「さっすがひかるちゃん。おそばもこだわりの一品だね。それじゃ
    さっそく、いただきまーす!」

 ひかる「あ! いけない・・・」

 聡美「どしたの?」

 ひかる「いえ・・・薬味を置いてきてしまって・・・」

 聡美「そんなの、あとで取ってくればいいじゃない。おそばのびちゃうよ」

 ひかる「そういうわけには・・・すいません。私取ってきますから、先に食べてて
     ください。すぐに戻りますから」

 聡美「あ、ちょっと・・・行っちゃったよ。ま、しょーがないか。お言葉にあまえて、
    お先にいただこ。・・・ズッ・・・ズズッ・・・。ん、さすが料理上手だね。
    んまいんまい。あ、そうだ。もう始まったかな、モグモグ」

 ピッ

 TV「第○○回、N○K紅白歌合戦!!」

 聡美「あ、もう始まってるよ。まだTV欄見てないんだよね。白組の先発、誰なんだろ
    ・・・ズズッ」

 司会「それでは白組、今年のトップバッターは、まさに歌で飛ぶ鳥を落とす勢いだった、
    この方です」

 ??「ウオーッ!! ついにこのステージに立つことができたぜぇ!!
    母ちゃん! ジャイ子! 見てるかぁ!? 俺はついに、日本の頂点に立ったぞぉ!」

 聡美「ちょ、ちょっと!? 誰この子!? なんかすんごく趣味の悪い衣装着てるけど」

 司会「曲はもちろん、ミリオンヒットとなった「乙女の愛の夢」!!」

 ??「ウオオッ!! 張り切っていくぜ!! 日本中のみんな! 俺の歌を聴けぇぇ!!」

 聡美「こ、この顔で「乙女の愛の夢」って・・・なんなのよそれ!? 
    今年そんな曲、流行ってないわよ!?」

 ??「おいらの〜心の胸はよ〜!! お空の〜星の涙よ〜!!」

 聡美「グエエッ!! な、なによこの歌!? い、急いでTV消さないと・・・気が・・・」

 ??「ボゲ〜」

 聡美「も、もう少しでリモコンに手が・・・グッ!!」

 バタッ!

 ピッ

 シ〜ン・・・

 タタタ・・・

 ひかる「お待たせしました、聡美さん・・・!? 聡美さん! どうしたんですか?!
     しっかりしてください! 聡美さん!!」

 聡美「う、う〜ん・・・歌が・・・乙女の愛の夢が・・・」

 ひかる「さ、聡美さん!? しっかりして! こ、小島さん! 圭介君! 大変です!!
     聡美さんが・・・早く来て下さぁい!!」


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