パチッ!

 「あ!」

 小気味よい音を立てて置かれた「飛車」の駒に、思わず小隈は声を出した。

 「それじゃ、いただきだな」

 楽しそうにニヤニヤ笑いながら、その正面に座る楢崎が金の駒を取る。

 「まいったなこりゃ・・・どうやって挽回するか・・・」

 小隈が将棋盤を前に口に手を当ててうなりだす。すると・・・

 「あら、ずいぶん今日はいきいきしてるじゃないの。相手が違うからかしら?」

 お茶の入った湯飲みをお盆に乗せた、栗色の髪の白人女性がニコニコしながら歩いてきた。彼女をジロリとにらむ楢崎。彼女はそれに気がつかないふりをしながら、黙って将棋盤を見つめた。

 「ふぅん・・・なるほど・・・。こうなさったらいかがですか、小隈さん」

 と、彼女が駒の一つに手を伸ばそうとした時

 「こらぁ! 俺の勝負に口出しするんじゃない!!」

 楢崎が慌ててその手をつかんで止める。

 「それより早くお茶を並べろ!」

 「はいはい。いやですよねぇ、たまに勝てるかもしれないからってムキになっちゃって。はいどうぞ、小隈さん」

 そう言って、彼女・・・楢崎の妻、ヘレンは小隈に緑茶を差し出した。

 「恐れ入ります。奥さんも、将棋をおやりになるんですか?」

 「この人の相手をさせられてるうちに。そのうちに、あたしの方が上手になってしまって・・・」

 「いらんことを言うな! 次の手を考える邪魔になる!」

 楢崎が怒鳴る。

 「あらヒドイ。どうせ下手な考え休むに似たりなのに」

 「なんだと!」

 「わかったわよ。もう口出ししないから、せめて横で観戦ぐらいさせてよ」

 「・・・」

 楢崎は何も言わないまま、再び将棋盤とにらめっこを始めた。

 「あ、そうだ・・・」

 小隈はひらめいたらしく、駒の一つを動かした。

 「これならどうです?」

 ピシャッ!

 「むぅっ!? むむむ・・・」

 うなって考え込んでしまう楢崎。それを見て、ヘレンは小隈に耳打ちした。

 「ああなっちゃうと長いですから、お茶でも飲んでて下さい」

 「いただきます」

 小隈は小さく笑うと、お茶に口をつけた。それを見ながら、ヘレンが言う。

 「今日は第1小隊の皆さんは全員休暇だそうですね?」

 「ええ、まあ。おかげでこうして、おやっさんのお宅にお邪魔して、のんびり将棋を打てたりできるんですけど」

 「でも、そのぐらいしてもらう権利はあるでしょうからね。3月の事件、テレビで見てましたけど大変でしたものねぇ。あのとき現場で戦っていた方にお茶を出せるなんて、主婦としてうれしいですわ」

 そう言って、ヘレンは小さく笑った。

 「いや・・・ほんとに大変だったのは、部下達ですよ。上司なんていくらえばってても、ほんとにえらいのは現場で戦ってる兵隊達です。今日一日と言わず、何日でも休暇をやりたいぐらいです。そのぐらい、部下には感謝してます」

 「他の皆さんは、今日は何をしてらっしゃるんですか?」

 「実は、これから午後にお花見をすることになってまして。2人その場所取りに、2人酒とかの買い出しに出てます。あとの2人は・・・まぁ仕事熱心な奴らでして、仕事だかプライベートだかわからないことをしてます」

 「そうですか・・・。今日は出動がないといいですね」

 「そう願ってますけど、こればっかりはどうなるかわかりませんからね。第2、第3小隊は活動再開までもう何週間かかかりそうだし・・・それまでは、何かあったらうちの小隊しか動けませんから。旦那さんには、いつも以上に働かせちゃってるみたいで、なんだか悪いですけど・・・」

 「いえいえ、どんどんこき使っていいんですよ? この人も普段は悪い人じゃないんですけど、将棋が絡んだりするとたちまち不機嫌になったりして、困ったものですよ」

 などと言ってヘレンは横目で楢崎を見たが、当の本人はまだ将棋盤を見ながらうなっていて、彼女の言葉など耳に入っていないようだ。と、その時である。

 Trrrrrrrr・・・

 突然、電話の呼び出し音がした。ヘレンが慌てて立ち上がろうとすると・・・

 「あ、俺です」

 そう言いながら、小隈はウェアラブルフォンを取り出した。そしてその番号を見て、ちょっと顔をしかめる。

 「あちゃあ・・・まいりましたよ。仕事です」

 「あら、私がめったなこと言ったからかしら?」

 「お気になさらずに。ちょっと失礼」

 そう言って、彼は電話に出た。

 「はい、小隈です。なにかありましたか、部長?・・・」

 その時、楢崎が声を出した。

 「・・・うんっ、これだ! この手しか・・・」

 と叫びかけたとき、ヘレンが彼の口をふさいだ。

 「な、なにをする!?」

 「ちょっとは目の前のことを見てよ! 仕事みたいよ。あなたも準備して!」

 ヘレンに促されて小隈の方を見た楢崎は、すぐに顔つきをかえると、他の部屋へ歩いていった。やがて、小隈は電話を切った。

 「やっぱり、出動ですか?」

 「例の事件でポリスジャケット隊にも深刻な被害が出てましてね。今はどこも、人手不足なんですよ。そういうわけで奥さん、せわしなくてすいませんけど、旦那さんお借りしてきます」

 「どうか、お気をつけて」

 ヘレンも頭を下げて別の部屋へ去っていった。小隈はそれにうなずくと、どこかに電話をかけ始めた。

 「さて、あいつらを呼び出さないと・・・。まずは・・・もう見送りは終わったかな?」




エピローグ

〜April〜

二年目の、春


 様々な人種、年齢の人々が行き交う空港のロビー。その中を、灰色のコートに身を包んだ背の高い青年と、彼に比べれば少し低いが、女性としては十分背の高い青い髪の女性が歩いていく。二人はロビーにあるソファーに座ると、フライトスケジュールの表示される掲示板に目をやった。

 「どの便?」

 「あれだよ。ほら、11:06発ロンドン行き」

 そう言って、灰色のコートの青年、尾崎はそこに表示されている便の一つを指さした。

 「ロンドンはまだ寒いんだろうなぁ・・・。正直、もうちょっとここにいたい気分だよ」

 「そうも言ってられないんでしょ?」

 隣に座る仁木は、尾崎にそう返した。尾崎は苦笑した。

 「そうなんだけどね」

 「でも、気持ちは分かるわ。できればあなたも、お花見に参加してほしかったけど・・・」

 「ちょっと遅かったね。寮の桜を見ることができただけでも満足としておくよ」

 やがて、仁木は彼に尋ねた。

 「・・・どうだった? 今回の来日は?」

 「いい経験だったよ。本格的な初舞台であれだけしごかれると、パーシヴァルの性能もよくわかった」

 尾崎は満足そうに言った。

 「今回のデータは、これからのアーサリアンの役に立つと思うよ。パーシヴァルの次に控えてる、ガウェインやランスロットのような次期モデルの開発にもね」

 「そう言ってもらえると、ありがたいわ」

 「逆に、君から見てぼくはどうだったかな?」

 逆に、尾崎は彼女に尋ねた。

 「申し分のない働きはしたと思うわ。あなたのおかげで、新座君もつぶされずにすんだし・・・副隊長としては、合格点をあげたいわ」

 「感謝します」

 そう言って、尾崎は敬礼をした。

 「・・・だけど、それって隊員としてのぼくの実力の評価だからね。いい選手がいい監督になれるかどうかはわからないってのが、ぼくの目下の不安だよ」

 「・・・それについても、心配はいらないと思うわ。私みたいに知らずに肩に力が入りがちな人間が、監督に向いてるとは必ずしも言えないだろうし」

 「そうかな?」

 「副隊長っていう微妙な立場にいると、小隈隊長の能力ってものを実感できるわ。私のように肩に力の入る人間より、隊長のような人の方が、指揮官としては向いているのかもしれない・・・。あなたは私よりも隊長に似ているから、きっとうまくいくわ」

 「そう言ってもらえると、ありがたいけどね・・・」

 その時、ロビーに彼の搭乗する便の搭乗手続き開始のアナウンスが流れた。尾崎はそれを聞いてから、彼女に言った。

 「それじゃあ、またお別れだ。またいつ会えるかは、わからないけど・・・」

 「とか言って、また今度みたいにひょっこり姿を現す気じゃないでしょうね?」

 「さあ、どうかな・・・。それは成り行きしだいさ。それに、そろそろ驚かすのにも飽きたからね。いっそのこと、今度は君がぼくを驚かしてみるってのはどうだい?」

 「・・・そうね。いつまでもおどろかされっぱなしってのは、やっぱり癪だし・・・。期待しないで待ってるといいわ。それまでに、あなたを驚かす方法を考えておくから」

 「期待してるよ」

 そう言うと、尾崎は仁木と向かい合った。

 「それではお元気で、副隊長」

 「あなたも。ご活躍の噂がロンドンからやってくるのを、楽しみに待っているわ」

 二人は固い握手を交わして、お互いに笑顔を浮かべた。やがて、尾崎はトランクを持つと、手を大きく振ってロビーの人混みの中へと消えていった。

 「・・・」

 仁木は少し寂しげな表情でそれを見送ったが、小さくため息をつくと、すぐにいつもの凛とした表情に戻って、軽やかに歩き出した。と、そのとき・・・

 Trrrrrrrr・・・

 ハンドバッグの中から、呼び出し音が聞こえてきた。仁木がウェアラブルフォンを取り出してそこに表示されている番号を見ると、それは小隈のものだった。仁木は足を止め、それに出た。

 「はい、仁木ですが・・・。ええ、たった今見送りは終わりましたが・・・出動ですか? 場所は? ・・・わかりました、現地集合ですね? 他のメンバーには・・・そうですか。それでは、すぐに向かいます」

 仁木は急な出動にもイヤな顔一つせず、足早にロビーから出ていくと、玄関前に止まっていたロボットタクシーに飛び乗りながら言った。

 「練馬区までお願いします」





 「ほいよ。これも入れてくれ」

 小島はそう言って、一升瓶を後ろでショッピングカートを押す聡美に手渡した。

 「ちょっとぉ・・・お酒はもういいじゃないの。他のもの買おうよぉ・・・」

 呆れ顔で抗議する聡美。すでにショッピングかとの中は、缶ビールやらカクテルやら、ありとあらゆる種類の酒が詰め込まれていた。

 「せっかく経費で落とせるんだぞ? こういうときに買い込んでおかないと損だろが」

 「あとでどんなことになっても知らないからね。だいたい、小島さんがいくらお酒に強いからって、この量は飲み過ぎなんじゃないの?」

 「まだまだこんなもんじゃないよ。医者にとっちゃアルコールも仕事道具の一つだ。お前知ってるか? ある宇宙戦艦の船医の先生なんかなぁ、しょっちゅう一升瓶片手にうろついてたんだぞ?」

 「それって、ただの危ない人なんじゃない?」

 「いいからどんどんいくぞ!」

 ノリノリの様子の小島とは対照的に、聡美は浮かない顔をしていた。

 「ていうかさあ・・・お花見のお酒とおつまみの調達なんて、あたしたちがすることなのかなぁ?」

 「しょうがないだろ? 副隊長も亜矢さんも他の用事で出てるし、新座とひかるちゃんは場所取りだし」

 「それはそうだけど・・・結局あたし達って、いつまでたっても下っ端なんじゃない」

 「それが嫌なら、えらくなれ。親孝行にもなるぞ?」

 「えらくなる・・・かぁ。それもいいかもしれないけど・・・あたしはこうして、みんなと騒いでる方がなんとなく好きだな」

 「へっ・・・そんなだから普通の稼業にはむいてないんだよ・・・俺もだけど」

 二人はそう言って、互いに笑った。と、その時である。

 Trrrrrrrr・・・

 「あ、電話」

 小島はすぐに、自分の携帯に出た。

 「はい小島です・・・あ、隊長。ええ、今買い出しの真っ最中で・・・はい、岸本もいますよ? それで、なにか?」

 聡美は会話に耳をそばだてたが、内容はよく聞き取れなかった。が・・・

 「ええっ!?」

 突然小島が大声を出したので、聡美も含め周囲の客の目がすべて小島に向く。

 「小島さん! お店だよお店!」

 聡美に言われてばつが悪そうに周囲を見ると、小声で小島は続けた。

 「ちょっと待って下さいよ。それじゃ、お花見はどうなるんです・・・夜桜?」

 小島が素っ頓狂な声を出した。

 「ええ、まぁ・・・俺はかまいませんけど・・・。わかりました。それで、場所はどこなんです? ・・・はぁ、わかりました。すぐにいきます」

 小島がそう言って電話を切ると、聡美が不安そうな表情で彼に尋ねた。

 「隊長、なんだって? まさか・・・」

 「そのまさか。出動だよ」

 「えーっ!? ちょっと勘弁してよぉ。今日はみんな休めるんじゃなかったの?」

 「しょうがないだろ。どこも猫の手も借りたいんだから」

 「お花見はどうなるのよ?」

 「そう口を尖らせるなよ。中止になんかならないって。夜桜見物に変更なだけだ」

 「夜桜・・・あたし、見たことないんだけどきれいなの?」

 「そりゃあ、へたすりゃ昼間以上にな。まぁ、お前には関係ないと思うけど。まさしく、花より団子だからな」

 「ひどい。あたしにだって「もののあはれ」を感じる心ぐらいあるんだから」

 「なにが「あはれ」だ。とにかくいくぞ。こいつをレジで済ませてトランクに乗っけて、現地集合だ」

 「あ、待ってよ!!」

 聡美はそう言って、走り出した小島のあとをショッピングカートを押しながら追った。





 彼は両手に手錠を掛けられた状態で、5人もの屈強な警官に囲まれた状態でイスに腰掛けていた。

 「・・・」

 ガチャッ・・・

 と、彼の目の前右手側にある鋼鉄の扉が開き、一人の女性が中へ入ってきた。SMSの制服を着こなした緑の髪のその女性はドアを閉めると、彼の向かいに置かれたイスに座って対面した。

 「ごきげんよう・・・。こうして話すのは・・・初めてだね・・・」

 透明金属QQVでできた壁の向こうで、亜矢は小さくだが優しい笑顔を浮かべた。

 「気分は・・・どうかな?」

 「ずっと昔、同じように手錠をはめられて牢屋に入れられたことがある。それにくらべれば、何もかもVIP扱いだ」

 手錠をはめられたコヨーテは、無表情にそう言った。

 「キャッシュ・コネクションのことについては・・・口を開かないそうだね・・・? シャルロッテさんを困らせるのは・・・よくないと思うが・・・」

 「この仕事は信用が命だ。クライアントの秘密を話すような真似は、するわけにはいかない」

 「まだ・・・仕事を続ける気なのかい・・・?」

 さすがに、亜矢もそれは疑問に思わざるを得なかった。あの事件の後逮捕され、こうして拘置所に収監されているというのに。

 「人殺しを・・・楽しんでいるのかい・・・?」

 しかし、コヨーテはそれには強く首を振った。

 「人殺しをしていることは否定しない・・・。だが、それを楽しめるほど、ねじくれた神経は持ち合わせていない・・・」

 そう言うと、彼は両手を膝の上に置いた。

 「それならなぜ、こんな仕事を・・・」

 「単純なことだ・・・金が儲かる」

 「お金儲けのためなら・・・ほかにも仕事はあるじゃないか・・・」

 「あんたにはわからないかもしれないが・・・この世には、望まなくともある仕事でしか金を稼ぐことのできない質の人間がいる・・・。俺も、そうだった・・・」

 亜矢はジッとそれを聞いていたが、やがて彼に言った。

 「やりたいことが・・・あるようだね・・・? それも・・・とてもお金のかかる・・・」

 「ああ・・・時間は、金以上にかかるかもしれない」

 亜矢はそれを聞くと、持っていたバッグからあるものを取り出した。

 「これが・・・関係しているのかな・・・?」

 それは、一枚のしわだらけの写真だった。どこなのかはわからないが、とにかく青い砂浜と様々な植物の写った、南の島の風景写真らしい。

 「君の所持品は・・・これだけだったようだね・・・」

 コヨーテは表情は変えなかったが、それにうなずいた。

 「これは・・・どこなんだい?」

 だが、コヨーテは首を振った。

 「俺にもわからない・・・。それを探すことが、この写真の前の持ち主の夢だった・・・」

 「・・・前の持ち主?」

 「それは、そいつの形見のようなものだ」

 コヨーテは言った。

 「その人とは・・・仲がよかったのかい?」

 「いや・・・。俺とは全く違う人間だった。だが、腕は良かった。メアーと出会う前には、難しい仕事でよく組んだ相手で、駆け出しの頃はそいつに命を助けられたこともある。だが・・・そいつは死んだ。ボルドリアの民族紛争の時、政府軍に雇われて戦い、重砲の一撃で骨も残さず。残ったのは、その写真だけだ」

 そう言って、コヨーテは写真を見た。

 「その写真は、そいつが小さい頃に母親に買ってもらったらしい。手がかりはそれだけだが、いつかそこを探して、家を建てて暮らすというのが、そいつの夢だった。時間も金もかかることを承知でな。だからそいつは、大金の稼げる傭兵になった。一生かかっても見つけられるかはわからないのに、ばかげた夢だよ」

 「なぜ・・・そのばかげた夢を・・・君は継いだんだい・・・?」

 「たしかにばかげた夢だ・・・。だが・・・そんなばかげた夢も見られないくらい虚しかった自分の生き方に・・・不満を感じてな・・・」

 コヨーテは自嘲気味に笑った。

 「俺は様々な職を渡り歩いて、結局裏の世界でしか生きられなくなった人間だ。傭兵なんて仕事を選ぶのは、だいたいそんな人間だ。だが、いつまでもこの稼業を続けられるものじゃない。稼業で命を落とすつもりはないから、いつかは足を洗って、別にやることを見つける必要がある・・・。見つかるかどうかわからない場所探しというのは、それにぴったりなように思えた」

 「では・・・君は、そのための資金稼ぎのために・・・?」

 亜矢はとがめるような目で、彼を見た。

 「弁解をするつもりはない。だが、命と弾の無駄遣いだけは避けている。どちらも、必要以上に失われるべきものじゃない」

 「それが・・・君の職業倫理かい・・・?」

 コヨーテは、その言葉には応えなかった。亜矢はイスにもたれると、彼に言った。

 「君は合理的な人間のようだが・・・らしくないこともするようだね」

 「時々理屈に合わないことをするのが人間というものだ。戦争や犯罪など、その最たるものだとは思わないか?」

 亜矢はその言葉に、フッと小さく笑みを漏らした。

 「この写真は・・・返しておこう。大切なもののようだからね・・・」

 そう言って、亜矢は窓の下に開いた口から写真をその向こうへ滑らせた。

 「今日は・・・あの二人は何をしている?」

 コヨーテの言う「あの二人」とは、これまで二度面会に来ている圭介とひかるのことだ。

 「久しぶりに小隊全員に休暇が出たものでね・・・。お花見をすることになって、その場所取りにいっているよ・・・」

 「花見か・・・。メアーが聞いたら、うるさそうだな。あいつはどうしている?」

 「今のところはおとなしくしているよ・・・。退屈そうだったけどね・・・」

 「面倒なものを引き受けたな。あれは世話が焼けるぞ」

 「なら、なぜ君は彼女と一緒にいるんだい? それも、理屈に合わないことかな?」

 「いや・・・あいつが勝手についてきた。それに、あいつが近くにいると退屈はしない」

 亜矢はその言葉を聞くと、小さく笑って立ち上がった。

 「それでは・・・私も失礼するよ・・・。お花見の準備をしなければ・・・」

 「ああ・・・」

 その時、面会時間の終了を知らせるベルが鳴り、コヨーテは警官達によって立ち上がらされた。

 「私は・・・君にはもっと別の仕事をお勧めしたいが・・・」

 最後に、亜矢は彼の背中に言葉をかけた。

 「見つかることを祈るよ・・・その場所が・・・」

 コヨーテは少し振り返ったが、すぐにドアの向こうに消えた。

 「・・・」

 それから、亜矢が小さくため息をつくと・・・

 Trrrrrrrr・・・

 バッグの中でウェアラブルフォンが鳴り始める。亜矢はそれを取り出し、スイッチを入れた。

 「はい、桐生です・・・。隊長ですか・・・ええ、こちらも今終わりましたが、なにか・・・?」

 電話の向こうの小隈の声を聞いていた亜矢の顔が、少し曇る。

 「そうですか・・・。それはしかたないとして・・・新座君とひかる君は・・・? ・・・わかりました。そういうことなら、私が・・・」

 そんな会話をして、彼女は電話を切った。そしてため息をつくと、バッグから竹筒を取り出し、それを見ながら言った。

 「仕方がないね・・・頼むよ・・・」





 ハラハラと、花弁がはかなげに落ちてくる。太い幹の上に張り出したいくつもの枝は、それぞれ無数の花弁をつけ、今を盛りと咲き誇っている。時折吹いてくる爽やかな風が、そこから花弁をさらい、幻想的な美しい光景を作り出していた。

 そして、風に吹かれてハラハラと落ちていった花弁が・・・その下で眠っていた、一人の青年の鼻の頭にきれいに乗った。

 「ん・・・」

 そのこそばゆい感覚に、青年はちょっと首を動かしながら目を覚ました。寝ちまってたのか。そんな言葉が出かけたその時・・・

 「・・・?」

 圭介は、妙なことに気がついた。後頭部に、地面とは明らかに違った感触が伝わっている。ふわふわとして心地よさと、優しい暖かさ、それに、どことなく懐かしさのようなものも。

 「なんだ・・・?」

 圭介が、寝ぼけまなこをこすりながら思わずそう言うと・・・

 「・・・おはよう、圭介君。気持ちよく眠れましたか?」

 すぐ目の前に突然、ひかるの顔が逆さに入ってきた。

 「うわっ!?」

 思わず圭介は驚いたが、その拍子に・・・

 ドサッ!

 「うおっ!」

 「きゃっ!」

 今まで頭を乗せていた何かから転がってしまい、ビニールシートを敷いた地面に頭をぶつけた。それを見て、ひかるが小さく悲鳴をあげる。

 「す、すいません!! だいじょぶですか!?」

 慌てて圭介を助け起こすひかる。

 「い、いいって、大丈夫だから・・・」

 苦笑いしながら圭介は体を起こしたが、目の前にちょこんと正座したひかるの姿を見て、気になっていたことを尋ねた。

 「それより聞きたいんだけど・・・俺、もしかして・・・お前の膝枕で寝てなかったか?」

 圭介が一語一語確認するような調子で尋ねると、ひかるは

 「はい・・・」

 と頬を紅潮させて小さくうなずいた。

 「嫌でしたか・・・?」

 「そ、そんなわけないだろ!? だけど、なんで・・・」

 圭介の記憶では、ここ・・・高井山自然公園に到着してお花見の席を確保した後、ひかるは圭介にファルコンを運転してきて疲れただろうから休んだらどうかと言った。ひかる自身はその間あたりを散歩してくると言って、その場を離れたはずである。その言葉に甘えて横になっていた圭介だが、いつのまにか眠ってしまっていたらしい。

 「散歩から戻ってきたら、もう圭介君は寝てました。このままじゃ寝心地が悪いと思ったんですけど、枕になりそうなものがないから、かわりに膝枕で・・・」

 「そうか・・・。どのぐらい寝てた?」

 「一時間ぐらいです。すごくよく眠ってましたよ」

 圭介はそれを聞いて、一時間も膝枕の上で寝ていたのかと、少し恥ずかしくなった。周囲にはそれほど多くはないが、他の花見客もいる。もっとも、皆自分達で楽しむことに集中しているようで、こちらにはまったく神経を向けていない。だからこそ、恥ずかしがり屋のひかるも、膝枕というちょっと思い切った行動に出られたのだろうと圭介は思った。

 「そっか・・・まいったな」

 圭介は決まり悪そうに頭をかいた。

 「やっぱり、疲れてんのかな。1、2時間ファルコンを飛ばすくらい、なんでもないはずなんだけど」

 「無理ないと思いますよ。昨日もおとといも、大変な出動がありましたから」

 「そうだな・・・」

 二人は並んで、しばらくのあいだ、辺り一面に咲き誇る桜を見つめた。

 「圭介君の言ったとおりですね」

 「ん? なにがだ?」

 「ほら、あの時教えてくれた・・・「催花雨」の話です」

 「ああ、あれか・・・」

 「あの雨が、こんなに綺麗な桜を咲かせてくれた・・・そんな感じがします」

 ひかるがしみじみと言った。圭介は黙っていたが、やがて、ポツリと言った。

 「早いもんだな・・・もう一年か・・・」

 「そうですね・・・。今までのことが本当に一年の間に起こったことなのか、信じられない感じです」

 「やたら密度の濃い一年だったな。あの日、分署の門の前で初めてお前と会って、トンネル火災に出動したのが、たった一年前だなんて」

 「いろんな事件にぶつかりましたよね。増える栗饅頭とか大きくなるドラ焼きとか・・・」

 「小島さんが持ち込んだ恋人ロボットの騒動とか・・・」

 「聡美さんが女の子と迷路に取り残されたり・・・」

 「それに・・・キャッシュ・コネクションの事件・・・」

 二人の脳裏に、この一年の間にぶつかった事件が、次々に蘇ってくる。

 「みんな、印象に残ることばっかりですね。私、皆さんと一緒に働くことができて、本当によかったと思います」

 「ああ、ほんとにいろんなことがあったよ。だけど・・・」

 そう言って、圭介はひかるの顔を見た。

 「あの日、初めてお前と会ったときには、まさかこういうことになるとは、思ってもみなかったな」

 「圭介君・・・」

 「SMSで働くことができるようになったのは、二重の意味で本当によかったと思うよ。本当に働きがいのある仕事と、それに、大事な人・・・どっちも同時に見つかったんだから」

 圭介はそう言って、ひかるを後ろから抱きしめた。

 「け、圭介君・・・」

 「膝枕の礼だ」

 圭介のその言葉を聞くと、ひかるは恥ずかしげながらも、彼に任せた。しばらくして、彼はひかるに言った。

 「ひかる・・・」

 「なんですか?」

 「あのさ・・・実は俺、お前に言い忘れてたことがあることに、最近ようやっと気がついたんだけど・・・それ、言ってもいいかな?」

 「いいに決まってるじゃないですか。どうしてそんなに緊張してるんです?」

 「いや・・・なんか、怒るかもしれないと思ってな」

 「・・・? とにかく、言って下さい。その方が気持ち悪いです」

 「そ、そうだな・・・。それじゃ言うぞ。一度しか言わないから、よく聞いてくれ」

 そう言うと圭介は彼女の背中から離れ、彼女と向かい合った。

 「ひかる・・・」

 「は、はい!」

 「・・・俺は、お前のことが好きだ」

 圭介は大まじめな顔でそれだけ言って、黙り込んでしまった。ひかるはポカンとした顔で、それを見つめていたが、やがて・・・

 「プッ・・・」

 と小さく吹き出すと、そのままクスクスと笑いだしてしまった。

 「お、おいおい・・・ひどいな。俺は真面目に言ったんだぞ。死ぬほど恥ずかしいんだから」

 さすがに不服そうにひかるを見る圭介。ひかるは笑いを抑えながら、すまなそうに言った。

 「す、すいません・・・でも、今頃こんなこと言われると思ってませんでしたから・・・」

 「う、うん・・・それは反論の余地がないよ。ごめん」

 「でも・・・ありがとう、圭介君。好きだって言ってもらえるの、本当に初めてでしたから・・・すごくうれしかったです」

 ひかるはこれ以上ないくらいにうれしそうな表情で、圭介を見つめた。

 「でも、どうして急に?」

 「うん・・・先月の事件の後で、自分で振り返ってみたんだ。お前とはこうしてつきあってるけど、考えてみると「つきあってくれ」とか、「結婚してくれ」とか、面と向かって肝心な言葉を全然言ったことがなかったなって」

 「私は、圭介君が優しくしてくれるからそれでよかったですけど・・・」

 「いや・・・やっぱりおかしいよ。でも、今頃「つきあってくれ」とか「結婚してくれ」なんて言うのはいまさらって感じがしたから・・・せめて、好きだってことぐらい自分ではっきり言わないとしょうがないと思ってさ」

 圭介は恥ずかしそうに言った。

 「とってもうれしかったですよ。それに・・・私も、それは同じです」

 「・・・え? お前、俺に好きだって言ったことなかったか!?」

 「圭介君と同じです。言葉に出すのは恥ずかしくて、ちゃんとは・・・」

 それを聞いて、圭介は愕然とした。

 「そ、そうか・・・」

 「でも・・・たしかにおかしいですよね。私も・・・ちゃんと言います」

 そう言って、ひかるは圭介の顔を見た。

 「私も・・・圭介君のことが好きです」

 圭介は、黙ってその言葉を受け止めたが、やがてうなずいて言った。

 「・・・サンキュ」

 二人は恥ずかしそうに、再び並んで座った。

 「ひかる・・・」

 「はい?」

 「これからも、きっと心配をかけるかもしれないけど・・・俺にはお前が必要だ。俺はこれからもずっとお前の側にいて、お前を大事にしていくから・・・俺と一緒に、歩いてくれないか?」

 「・・・はい。これからも、一緒にいて下さいね・・・?」

 二人はお互いにそう言うと、小さく笑った。すると・・・遠くから正午を知らせるチャイムの音が聞こえてきた。

 「あ・・・もうお昼か。早いな」

 「ご飯にしますか? 私達のお昼のお弁当は、持ってきましたけど・・・」

 そう言って、ひかるがバスケットをヒョイと持ち上げた。

 「相変わらず準備がいいな・・・でも、そうするか」

 「それじゃ、お昼にしましょう」

 そう言って、ひかるがバスケットを開けようとした、そのときだった。

 Trrrrrrrr・・・

 圭介のウェアラブルフォンが、呼び出し音をたて始めた。

 「おいおい・・・」

 圭介は悪い予感がしながらも、そのスイッチを入れた。

 「はい、新座ですけど」

 「小隈だ。お花見はどうだ?」

 「ええ。満開ですし、やっぱり穴場なのか思ったより人が少ないし、いいロケーションですよ。隊長達も、そろそろ出発した方がいいんじゃないですか?」

 「そうしたいんだがな。そうもいかなくなっちゃったんだよ。緊急出動だ」

 それを聞いて、圭介はため息をついた。

 「やっぱり・・・。どこで何が起きたんです?」

 「練馬にある国立生物進化研究所で研究中に事故があって、ちょっとやっかいな事態が起こった。ポリスジャケット隊も苦戦しているようだから、俺達も出向かなきゃならん。服部と一緒に、そこから直接現場に向かってくれ。他の奴らも同じようにそれぞれの場所から急行中だ。指揮車は俺が運転する」

 「それはわかりましたけど・・・お花見はどうするんです? 中止ですか?」

 「いや・・・中止にはしない。ちょっと時間を遅くして、夜桜見物にしよう」

 「夜桜・・・ですか。でも、そのあいだ場所取りはどうするんですか? せっかく俺達が、ここで場所取りしたのに」

 「ムダにはしないよ。桐生が代理の者をよこすって言ってたから、それと交代して現場に向かってくれ」

 「代理の者って、誰です?」

 「俺も詳しくは知らん。でも桐生のことだ。大丈夫だろう」

 「はぁ・・・」

 「そういうわけで、頼んだぞ」

 それだけ言って、小隈は電話を切ってしまった。

 「まいるよなぁ。せっかくの休みなのに」

 「でも、誰なんでしょう? 代理の人って・・・」

 「わからないけど、亜矢さんのことだからなあ・・・」

 と、圭介が言いかけたその時だった。

 ピョコンッ

 「わっ!?」

 何かが圭介の頭に飛び乗ってきたので、圭介は慌てた。彼が激しく体をゆらしたので、それはふたたびジャンプして、彼らの目の前に飛び降りた。

 「あれ・・・?」

 それを見て、ひかるが小さく声をあげた。

 「亜矢さんの狐さんじゃないですか」

 そこにちょこんと座っていたのは、亜矢の使い魔のような存在、管狐だった。

 「代理って、もしかしてお前か?」

 圭介が尋ねると、管狐はコンと鳴いてうなずいた。それを見て、二人は顔を見合わせる。

 「た、たしかにお前は賢いけど、狐に場所取りの役ってのは・・・」

 と、圭介が言いかけたとき

 クルンッ!

 管狐は宙返りすると、白装束を着た少年の姿に変化してた。さしもの二人も、これには驚いた。

 「すごいです・・・」

 「ああ、驚いたな・・・。でも、たしかにその姿なら場所取りぐらいできそうだけど・・・頼んでいいのか? 夜まで待つことになるぞ」

 「コン」

 少年はそう言ってうなずいた。どうやら、変化しても人間の言葉は話せないらしい。

 「それじゃ・・・お言葉に甘えようか、ひかる?」

 「そうですね。あ、そうだ! お弁当を置いていきます。中にお稲荷さんも入ってますから、よかったら食べて下さい」

 「コン!」

 少年は嬉しそうにそう言った。それを見ると、圭介はうなずいた。

 「よし、それじゃいこうぜ」

 「はい!」

 そうして二人は、ファルコンの停めてある駐車場へと歩き出した・・・。





 「あ、指揮車です」

 「小島さんの車も停まってるな」

 警官隊によって封鎖されている国立生物進化研究所の正門前へとやってきた二人は、そこに停まっている指揮車と小島の車を見つけた。圭介はそのすぐそばまでファルコンを動かすと、停車してひかるとともに指揮車の中へと入った。

 「遅くなりました!」

 「新座、服部、ただいま到着しました!」

 二人は中に入るなり、敬礼をした。

 「ご苦労。呼び立てて悪かったな。早速準備にかかってくれ」

 小隈が軽い調子で言ったので、二人はうなずくと、それぞれ自分のブースへと向かった。

 「大変だったわね」

 すでにVJを装着し終えた仁木が、彼に声をかけた。

 「なにもこんなときまで仕事がなくてもいいだろうにな」

 隣でやはりVJを装着し終えた小島がぼやく。

 「しょうがないですよ。必要とされる以上、やるしかないじゃないですか」

 圭介はVJを身につけながら、苦笑いしてそう言った。

 「やあ・・・ひかる君・・・。彼は・・・ちゃんとついたかい?」

 VRコンピュータの起動準備を進めるひかるに、亜矢が声をかける。

 「はい。でも、よかったんですか? 夜まで待たせてしまいますが・・・」

 「フ・・・心配することはないよ・・・」

 やがて、圭介はヘルメットをかぶり、完全にVJを装着した。

 「VJ装着完了。チェックを開始してくれ」

 「了解。パワーユニット、異常なし。パワー配分調整システム、異常なし。各種センサー・・・」

 ひかるのバイザーに表示されるあらかじめ用意されたチェック項目に、青いランプがともっていく。

 「・・・生命維持システム、異常なし。オールチェック・グリーン。VJ3号機、駆動開始します!」

 ヒィィィィィィィィン!!

 ひかるがスイッチを押すと、いままではただの重い金属の鎧に過ぎなかったVJに力がみなぎり、まるで普通の服を着ているかのように感じられるようになる。

 「VJ3号機、スタンバイOK!」

 「よし、それでは今回の現場の説明をする」

 圭介がそう言うと同時に、小隈は今回の状況説明を開始した。

 「ご覧の通り、今俺達がいるのは国立生物進化研究所の門の前だ。現在敷地内は警察によって封鎖されているが、それには理由がある。今敷地内には、こんな奴らがうろついているんだ」

 そう言って小隈は、全員のディスプレイに敷地内のカメラからの映像とおぼしきものを映した。それを見て、全員が軽い驚きを覚える。

 そこに映っていたのは敷地内を我が物顔でうろつく、何匹もの奇妙な生物の姿だった。一言で言えば、カバとトカゲを一緒にしたような印象を受ける生物。子牛ほどの大きさもあるそれは、ずんぐりとした体でノソノソと動き回っていた。

 「ほう・・・「胚竜類」だね、これは・・・」

 それを見た亜矢が、興味深げにつぶやく。

 「なんですか、そりゃ?」

 「絶滅した原始的な爬虫類だよ・・・。恐竜やほ乳類型爬虫類よりもずっと古い・・・古代の爬虫類と言えるだろうね・・・」

 「研究所の研究員も、それに間違いないと言っている」

 小隈もその言葉にうなずいた。

 「恐竜より古いって・・・なんでそんなのが、こんなところをうろついてるんです?」

 圭介が当然の疑問を発した。

 「どーせ、この研究所の作った変な機械が関わってるんでしょう?」

 「言い過ぎよ、岸本さん」

 聡美の言葉を、仁木が軽くとがめる。

 「たしかにそれは言い過ぎとして、この研究所の作った装置が原因であることは確かだ」

 小隈はそう言った。

 「名前の通り、この研究所では生物の進化に関する研究を行っていた。その研究内容は、人為的に生物を進化させたり退化させたりすることだったんだが・・・その試作品の一つとして、「進化退化放射線源」という装置が作られた」

 「進化退化放射線源?」

 「その名の通り、生物を進化させたり退化させたりする放射線を照射する装置だ。研究所ではこれを使って、ハツカネズミを使って退化放射線を照射して祖先を探る実験を行っていたわけだが・・・」

 「照射量を誤って、あそこまで退化させてしまった・・・?」

 「そういうこと。実験に使われた36匹全部が先祖返りして、研究所の中をうろついてる」

 仁木のつぶやきを認めた小隈に、全員がため息をついた。

 「発明をするのはともかく・・・もっと安全管理に気を配ってほしいですよね」

 「ほんとよ。結局その後始末をするのはあたし達なんだから、こっちのことも考えてほしいよね」

 さすがにぼやくひかると聡美。

 「そういうのはあとで厳しく注意すればいいわ。今考えるべきは、この状況をどうするかよ」

 「とりあえずは、あれをどうやって捕まえるかですよね」

 仁木と圭介がそう言うと、小島が手を上げた。

 「そんなのは簡単ですよ。俺の開発した特殊催眠ガス弾「おやすみバオーン君」で眠らせて、一網打尽にしてやりましょう」

 「また変な薬を・・・。安全性に問題はないんでしょうね?」

 「そこんところはご心配なく。ちゃんと安全性は確認済みです。先祖返りする前のあいつらで」

 「・・・どうします、隊長?」

 仁木は小隈に尋ねた。

 「よし。それじゃあ、小島の薬を使って眠らせて捕まえる方向でいこう。全部捕まえたあとで、進化放射線を使って元に戻せばいいし・・・異議のあるものは?」

 その言葉に、反論する者はいなかった。

 「よし、それじゃあ始めだ」

 「「「了解!」」」

 ガチャッ!

 3体のVJが一斉に立ち上がる。

 「ハッチ、オープン!」

 ゴゥン・・・

 聡美がスイッチを入れると、車体後部のハッチがゆっくりと開き始める。

 「VJ−1、VJ−2、オペレーション・スタート」

 「VJ−3、オペレーション・スタート」

 それぞれのデュアルカメラに光が灯り、3人はゆっくりと、出口へと歩き出した。

 「できるだけ早く片づけろ。全員、メシがまだだからな」

 「あたしもうお腹ペコペコだよぉ〜・・・小島さん、てまどったりしないでよね」

 「なんで俺に言うんだよ!!」

 「二人とも・・・怒ると・・・余計お腹はすくものだよ・・・」

 「早く済ませたければ、入念かつ手際よくこなすことね」

 「よし、出動開始」

 「了解!!」

 ガチャガチャガチャ・・・

 ハッチへと歩き出す3体のVJ。圭介は、その途中でひかるにサムズアップをしてみせた。

 「いってくるな。管制よろしく!」

 「任せて下さい! 早く終わらせちゃいましょう」

 3人は陽光の下に、その姿を現す。金属でできた三色の鎧は、春の日射しを浴び、誇らしげに光を放った。

 「SMS第1小隊、任務開始します!!」








関連用語紹介

・お花見

 おそらく「ドラえもん」の中で最も頻繁に登場するであろう春のイベント。「何が何でもお花見を」「食べて歌ってバイオ花見」など、花見のそのものがメインであるエピソードの他、やけに花見のシーンは作中に登場する。しかし、多くの場合のび太はここでも不運ぶりを発揮し、特にのび助が花見の当日に急に仕事が入ったなどの理由で花見に行けないというパターンがほとんどである。特に「何が何でもお花見を」では、幾多の困難を乗り越えようやく花見ができることになったにもかかわらず、当日になって大雨が降るなど、神が意地でものび太を花見に行かせまいとしているかのような意志すら感じられてしまう。



・胚竜類

 てんとう虫コミックス8巻、「進化退化放射線源」に登場した古代の生物。生物を進化させたり退化させたりする放射線を発する道具「進化退化放射線源」の力を生物で試すため、のび太がねずみ取りに捕まえてあったネズミを実験台に退化放射線を浴びせた結果、原始ほ乳類、ほ乳類型爬虫類を経て、この形態まで退化した。ただし、退化したとは言ってももはやネズミとは似ても似つかない恐竜のような生き物で、実験をした当人であるのび太にも手に負えなかった。これが街に出たため街は大騒ぎとなってしまったが、のび太がねずみ取りを進化させてこれを捕獲することに成功、事なきを得た。なお、劇中での表記は「はい竜類」。ペルム期に棲息していた原始的な爬虫類の一種らしい。ちなみに管理人が「胚竜類」をキーワードにヤフーで検索を行ったところ、該当件数は1件のみだった。どうやら、相当マイナーな生物らしい。


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