新宿。時代が過ぎてもやはり若者やビジネスマン達で、この街は活気に満ちている。スクランブル交差点の信号が青に変わり、慌ただしく人の流れが動き始める。

 そこに立ち並ぶビルの一つに、壁面に巨大なビジョンを設置したものがあった。ビジョンには今のところTVのニュース番組が映っており、行き交う人々は時折それを一瞥してはその前を去っていく。そしてその前にはベンチの置かれたちょっとした緑地があり、そこに腰掛けている人達も、そのTVを見たり、ベンチに寝転がって昼寝をしたり、思い思いに昼休みにあたる時間を過ごしていた。

 「次のニュースです」

 お昼のニュース。ビジョンの中のアナウンサーは日本と中国の外相会談のニュースを終えると、都内で起きた事件のニュースへと切り替えた。

 「先月27日から都内で発生している薬物ガスによるものと思われる事件の続報です。今日10時34頃、八雲駅の地下食品街で原因不明の爆発が起こった後白色のガスが充満、それを吸った買い物客らが突如凶暴化し、周囲の人間や店舗を襲撃しました。これにより重傷者3名を含むけが人28人が発生、食品街の8店舗に被害が出ました。警視庁はこれまでに起こった3件の同様の事件と手口が同じであることから同一犯による犯行であると見ており、さらなる都内各所の警備と・・・」

 アナウンサーはそんなニュースを口にした。それをベンチに座りながら見ていた待ち合わせ中の女子大生二人が、眉をひそめて言う。

 「またあったんだ。でもなんなんだろうね、これ?」

 「突然爆発があったと思ったら、白い煙が充満して、それを吸った人がいきなり狂ったみたいに襲って来るんでしょ? こわいよねぇ」

 二人がそんな話をしていると、駅の方から一人の女子大生がやってきて、苦笑いをしながら二人に謝った。彼女たち3人はそのまま、今の会話などなかったかのように楽しくおしゃべりをしながら街へと歩いていった。

 だが、彼女たちの隣に座っていた一人の男は、今のニュースと彼女たちの会話を忘れなかった。

 「相変わらず物騒な事件が起こってるようで・・・ほっとくわけにはいきませんねぇ」

 彼はそう言うと立ち上がり、新宿の雑踏の中へと消えていった。ただ一つの荷物である、白いギターを肩に担いで・・・。




Extra Episode Vol.3

ストレイ・ヒーロー


 「まぁ、一目見てよ」

 そう言って沙希は、その病室のドアを開けた。ここは関東医大病院の特別病棟。小島と亜矢はうなずくと、その病室の中へと足を踏み入れた。

 そこは、異常な空間だった。無駄なものはまったく置かれていないやや閑散とした雰囲気がある以外は、部屋自体は普通の病室と変わりない。だが、そこに置かれているベッドには、異常な患者達が寝かされていた。

 「うがあああああ!! 放せ放せぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 「寄るな寄るなぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ベッドに寝かされているのは、四肢をベッドに固定された患者達だった。皆耳をふさぎたくなるような罵声を吐きながら、激しくベッドの上でのたうちまわっている。その様は、他者に対する敵対心だけをむき出しにした狂人そのものだった。

 「・・・」

 小島と亜矢はそれを見て少し驚いたが、やがて冷静にその患者達を見つめた。

 「他の病室の患者も、こんな状態なんですか、先輩?」

 小島が尋ねると、沙希はうなずいた。

 「重傷の3人以外はね。この病院に収容された28人の患者ほぼ全員がこんな感じよ。参ったわ。こう激しく暴れられたんじゃ、点滴をうつこともできない・・・。今は仕方なく拘束しているけど、早くなんとかしないと・・・」

 ため息をつく沙希。すると・・・

 「・・・」

 亜矢が一歩前に進み出て、懐から何かを取りだした。それは、ガラスの瓶の中に入った銀の粉だった。彼女はそれをひとつまみすると、一人の患者の顔の上にサラサラとふりかけた。すると・・・

 ドサッ

 その患者はそれまでの暴れぶりが嘘のように、枕に頭を落として深い眠りに落ちてしまった。呆気にとられてそれを見ていた二人に、亜矢は瓶を差し出しながら言った。

 「南米のキプリスモルフォの仲間である蝶の・・・燐粉です・・・。少しでも吸い込めば・・・三日三晩は眠りにつく・・・。原住民の間で古くから睡眠薬として使われていたもので・・・成分も安全です・・・。これで眠らせている間に、必要な処置をとってください・・・」

 「あ、ありがとう・・・」

 戸惑いながらも、沙希はそれを受け取った。気を取り直して、小島が続ける。

 「この人達も、元からこんな人達じゃなかったんでしょ?」

 「当たり前よ。私達と同じ、普通の人達だわ。これまでのケースと同じなら、あと4、5日すれば、元に戻ると思うけど・・・」

 「これで4件目ですか、くそっ・・・」

 小島は今回も入れて4回起こっている同種の事件を思い起こしながら、唇をかみしめた。ここのところ都内では、謎の爆発が起こった後白い煙が充満し、それを吸った人間達が狂ったように暴れ出すという事件が続発していた。犯人の正体はおろか、凶暴化を引き起こしている「白い煙」もすぐに消えてしまうため、捜査もなかなか進んでいない。そのことが、小島をはじめ多くの人々をイライラさせていた。

 「それにしても・・・」

 と、小島はベッドの上で暴れている患者の一人を見て、ポツリと言った。

 「なに?」

 「いや・・・昔なにかの文献で、こんな症状について書いてあるのを見たような覚えがあるんですけど・・・なんだったかなって思って・・・」

 頭をかきながらそう言う小島。すると、沙希も

 「小島君も? 実はあたしも、この症状どこかで見た覚えがあるなぁって感じがしてるのに思い出せなくって、すんごく気持ち悪いんだけど・・・」

 「先輩もですか。なんなんだろうな・・・」

 首を傾げる二人。その時、亜矢が言った。

 「できるだけ・・・思い出せるように努めて下さい・・・。私達も・・・捜査に全力を注ぎますから・・・」

 「そうね、ありがとう。患者さんのことは私達に任せて、あなたたちは自分達の仕事に力を尽くしてほしいわ」

 「そうします。それじゃ先輩、そっちのことはお任せしますよ」

 「それでは・・・」

 二人は沙希に頭を下げると、病室をあとにした。





 一方その頃・・・。都内にあるスポーツウェア専門店に、久しぶりの休日を楽しむ二人のSMS隊員の姿があった。

 「ほらほら見てよひかるちゃん! このスニーカーも機能的な上にデザインもすっきりしたグリーンですごくかっこいいと思わない?」

 ライトグリーンのスニーカーを履いてご機嫌そうにしゃべる聡美と、

 「そ、そうですね。すごく似合ってると思います・・・」

 なぜかその前で疲れたような表情をしているひかる。久しぶりの休暇をもらった二人は、一緒にショッピングに来ているのだ。

 「もぉ! ダメだよひかるちゃん、生返事は」

 そんなひかるの様子を、両手に腰をあてながら少し憮然とした様子で見る聡美。しかし、ひかるは困ったような顔をして言った。

 「そ、そんなこと言っても・・・。ずっとスポーツ関係のお店ばっかり回ったら、いくらなんでも疲れちゃいますよ・・・」

 そう言うひかるの横には、他の店の手提げ袋が何個か置かれていた。ひかるはこれまでの3時間、お昼を回っても聡美のスポーツショップ巡りにつきあわされていた。

 「もうご飯にしましょうよ。お昼はとっくに回りましたし、お腹すきました・・・」

 遠慮深いひかるも、さすがにもう限界らしい。その言葉に、聡美は時計を見た。

 「ゲッ、ウソッ!? もうお昼回ってたわけ!? ご、ごめんひかるちゃん!!」

 どうやら、聡美は時間のたつのも忘れていたらしい。ひかるは苦笑いしながら、手提げ袋を二つ両手に持ち、残りを聡美に渡した。

 「ご飯食べながら、ちょっと休みましょう。それから続きをすれば・・・」

 「ごめんね。午後からは約束通り、ひかるちゃんの買い物につきあうからさ。それじゃあ、ご飯にしようか」

 「はい!」

 と言ってひかるが歩き出そうとするその時。

 「あ、ちょっと待って! この靴気に入ったから買っちゃうわ」

 そう言って靴を脱ぎ、箱に詰めてレジへ持っていく聡美。その後ろ姿を見て、ひかるはため息をついた。





 店を出た二人は、食事をとる店を探し始めた。

 「あー・・・お昼回ってるってことに気づいたら、なんだか急にお腹が減ってきたなぁ」

 聡美が力の抜けた声でそう言った。

 「どこで食べます?」

 ひかるが周囲をキョロキョロと見回しながらそう言う。周囲にはラーメン屋、レストラン、そば屋など、食事をとれる店はたくさんあるのだが。と、その時・・・

 「! クンクン・・・」

 聡美がなにかの匂いに気がついたように、顔をそちらに向けた。

 「どうしたんです、聡美さん」

 「なんかあっちの方から、特に食欲を刺激する匂いが流れてきてるみたいなんだけど・・・」

 聡美がそう言ったので、そちらに顔を向けるひかる。すぐに彼女も、その匂いを感じ取った。

 「ほんとですね。おいしそうな匂いがします」

 「でしょ? 何の匂いかな、これ? お好み焼き?」

 「いえ、お好み焼きとはちょっと違う感じがします。これはたぶん・・・もんじゃ焼きじゃないでしょうか」

 ひかるがそう推測する。

 「もんじゃ焼きかぁ・・・。いいかもしんない。ねぇひかるちゃん、お昼もんじゃ焼きにしようよ、ね?」

 ひかるの手を引く聡美。まるで子どものようだが・・・

 「そうですね。あれなら好きな量だけ食べられますし」

 ひかるは笑顔でうなずき、聡美とともに歩き出した。





 匂いをたどった二人は、ほどなくして一軒のもんじゃ焼き屋を見つけた。

 「ほんとにもんじゃ焼きだよ! ひかるちゃんすごい!」

 照れるひかる。聡美はウキウキした足取りで、彼女とともにその店に近づこうとした。と、その時

 ボォン!!

 「わっ!?」

 「きゃっ!?」

 突然店の中から大きな爆発音らしき音が聞こえ、店の入り口や窓から白い煙が吹き出してきた。その事件に騒然となる周囲。

 「な・・・なんじゃこりゃあ!?」

 聡美は驚いた様子で叫んだが、すぐに気を取り直して店の中に駆け込もうとした。と、その時

 「待って下さい、聡美さん!!」

 ひかるがその腕にしがみつき、引っ張って彼女を店から遠ざけた。

 「な、なにするのよひかるちゃん! きっとガス爆発かなんかだよ!! このまんまじゃ店の中の人達が・・・」

 と言いかける聡美。だが、ひかるは首を振った。

 「よく見て下さい! 出てくるのは煙ばっかりで、炎は全然見えないじゃないですか!! ガス爆発だったらすぐに火が回るはずです! それに、煙が黒い煙じゃなくて白い煙だっていうのもおかしいです!」

 ひかるに言われてよくよく見ると、なるほど、たしかにただのガス爆発ではない。店の中からは白い煙ばかりがモクモクと出てきて、燃え盛る炎はいっこうに見えない。

 「ほ、ほんとだ・・・。でも、それじゃあこの煙は・・・」

 「もしかして・・・あの事件の煙なんじゃ・・・」

 「あの事件・・・?」

 と、聡美が聞き返そうとした、その時だった。

 フラ・・・

 一人の男が、店の中からフラフラとさまよい出てきた。

 「だいじょぶですか!?」

 彼に駆け寄る聡美。男にはなんら外傷はなかった。だが・・・

 「うがああああああああ!!」

 「わっ!?」

 なんと男は、かっと目を見開いて奇声をあげ、聡美に襲いかかってきたのだ。首を絞めるため、彼女の首に手をかけようとする。だが・・・

 「よっ!!」

 聡美は軽やかなステップでそれをヒョイとかわした。そして

 「なにすんのよっ!!」

 バキィッ!!

 強烈なハイキックを、その首筋に叩き込んだ。そのダメージに男は昏倒し、気を失った。

 「あらやだ。つい条件反射で・・・」

 気まずそうに倒れた男を見る聡美。だが、

 「聡美さん、うしろ!!」

 ひかるの声に気がつくと、さらに何人もの男女が誰も狂気じみた目をしながら聡美にフラフラと迫ってきた。

 「ちょ、ちょっと! なんなのよこの人達!!」

 「きっと、この煙を吸って一時的な精神錯乱になってるんですよ! 逃げて下さい、聡美さん!!」

 慌てる聡美にそう叫ぶひかる。だが、聡美はその言葉で落ち着きを取り戻した。

 「そっか・・・思い出したよ、ひかるちゃん。あの事件って、最近起こってるこんな事件のことだね。となると、ここでほっとくわけにはいかないね」

 「で、でも聡美さん!」

 「ほっといたらこの人達、他の人を襲うかもしれない! あたしが注意を引くから、その間にこのへんの人達を避難させて! 早く!」

 「わ、わかりました!」

 すばやく行動に移るひかる。避難誘導を彼女に任せ、聡美はこちらへ向かってくる凶暴化した客達に体を向けた。

 「さぁって・・・どっからでもかかってきちゃいなさい! 日頃の鍛錬の成果を見せてあげるんだから!」

 そう言って、空手風の構えをとる聡美。それを皮切りに、客達が襲いかかってきた。

 「ぎぃやああああああ!!」

 「タァッ!!」

 ドンッ!

 「ぐはぁっ!!」

 「きゃはははははははは!!」

 「ヤァッ!!」

 バシッ!

 「ぐ・・・!」

 「けへへへへへへへへ!!」

 「おっと! シャァァイニング、フィンガアアアア!」

 ドガッ!!

 「があああ・・・」

 襲いかかってくる客達を次々に叩き伏せる聡美。実動員並の体力と格闘技術を存分に発揮している。

 「へへっ、どんなもんよ! あたしが本気になれば、このぐらい・・・」

 と、聡美が言いかけたその時だった。

 「!?」

 背後に人の気配を感じ、聡美が振り返ると

 「げへへへへへへへ・・・」

 そこには、もんじゃ焼き屋の店主らしき男が、肉切り包丁を振りかざして立っていた。

 「う、うそっ!?」

 いつのまにか背後に回られていたことに驚く聡美。だがその間もなく

 ブンッ!!

 「!!」

 包丁が振り下ろされた。聡美は思わず目をつぶった。が、その時

 ガッ!

 何か固い物が包丁にぶつかる音がした。それが盾になってくれたことに気づき、聡美が目を開けると・・・

 そこには、白いギターがあった。それを誰かが聡美と店主の間に差し込み、包丁から守ってくれたのだ。

 「ギター・・・?」

 聡美は呆然としながら、ギターを持っている人物の顔を見た。

 「大丈夫かい、お嬢さん?」

 その男は、やや気取った声で聡美にそう尋ねた。

 彼は、ちょっと風変わりな格好をしていた。頭から順に身につけているものを挙げていくと、頭には黒いテンガロンハット、首には白いスカーフ、上半身は黒いレザーのジャケットの下にやはり黒いベスト、その下に真っ赤なシャツを着込んでいる。フリンジつきの黒いレザーのパンツに、黒い革靴を履いている。どことなくウェスタンスタイルとも見えなくもない、少なくとも世間一般のファッションスタイルとは明らかに違う格好をしていた。

 「あ、あなたは・・・?」

 「お嬢さん、なかなか腕がたつようだが・・・さすがにこの数相手に一人でやるってのは、無謀ってやつじゃないかい?」

 ギュルッ!!

 彼はニヒルな笑みを浮かべると、包丁を持った店主の手を後ろ手にねじりあげた。

 「ぎゃあああああ!!」

 悲鳴をあげる店主。

 「こりゃ失礼。トィヤッ!」

 バシッ!

 男は痛がる店主の首にチョップをし、彼を気絶させた。さらに

 「ここはこの俺に任せてほしいね」

 彼はそう言うと、さらに襲いかかってくる凶暴化した客達を相手に、たった一人で戦い始めた。だが、その表情は平時の涼しさを少しも失わない。次々に襲いかかってくる客達を手もなくかわし、少しもムダのない動きで気絶させていく。

 「す、すごい・・・」

 自分や仁木以上だと思われるその腕前の良さに、聡美は舌を巻いていた。

 「聡美さん、大丈夫ですか!?」

 「う、うん・・・」

 そこへ付近の人の避難を終えたひかるが戻ってきて、彼女を助け起こした。そしてその時には・・・男は既に、全員を気絶させて、息一つ乱さず涼しい顔で立っていた。

 「はい、いっちょあがり」

 彼はそう言うと、白いギターを肩に担いで歩いてきた。

 「大丈夫だったかい? お嬢さん」

 彼はもう一度そう言うと、聡美の服の腕についた砂をはたいて落としてくれた。

 「あ・・・ありがとうございました」

 素直に礼を言う聡美。ひかるもペコリと頭を下げる。

 「なに。困ってる人は見過ごしちゃおけない性分なもんでね。それがお嬢さん達のような可愛い娘さんだったりしたら、なおのことではあるけど」

 「か、可愛い・・・?」

 今まであまり言われたことのない台詞に、ひかるよりも聡美が顔を赤くした。

 「助けてくれてありがとうございました。あの、あなたは・・・?」

 と、ひかるが尋ねる。すると彼はフッと笑って、こう答えた。

 「早川健・・・さすらいの私立探偵さ」

 「さすらいの私立探偵・・・? (そういうのって、私立探偵って言うんでしょうか・・・?)」

 探偵というのは事務所を持っていて依頼が来るのをそこで待っているというイメージのあるひかるは、それに首を傾げた。だが・・・

 「か、かっこいい・・・!」

 「さ、聡美さん?」

 聡美はそんなことはお構いなしに、目を輝かせながら早川を見つめていた。その様子に、思わずたじろぐひかる。だがそんな二人を気にする様子もなく、早川は言った。

 「それにしても、ますます物騒になったもんだね、この街も。もんじゃ焼き屋の客が凶暴化して襲ってくるなんて、予想もできないことが起こるもんだ。どうしてこんなことになったと思う?」

 二人は顔を見合わせたが、すぐにひかるが答えた。

 「最近都内で起こっている事件と同じだと思います。すぐに捜査しないと・・・」

 と、その言葉に早川が片方の眉を上げた。

 「捜査・・・? お嬢さん達、どんな仕事をしてるんだい?」

 「エヘヘ、実はあたし達、こう見えてもSMS第1小隊の隊員なんで〜す!」

 自慢げに言う聡美。早川は意外そうな顔で言う。

 「ほほぉ、SMS。噂の正義の味方か。どうりで、腕が立つわけだ」

 と、その時。サイレンを鳴らして、パトカーが数台こちらへと走ってきた。

 「あ、来ました」

 「ひかるちゃんが呼んだの?」

 「はい。このあたりの人の避難を終わらせてからすぐに。もうじき救急車も来るはずです」

 やがてパトカーからは、次々に警官達が降りてきた。

 「ご苦労様です!」

 敬礼をする警官に返礼をするひかる。

 「救急車が来るまでの間、手当てをお願いします。それと、お店の中の調査もお願いします」

 ひかるの指示を受けて警官達はうなずくと、すぐに活動に入った。

 「あたしたちも、すぐに捜査を始めないと・・・」

 聡美の言葉にうなずくひかる。その時、早川が言った。

 「そういうことなら、店の中を調べるよりもっと有意義な手があるが、どうかな?」

 「え?」

 「そっちを見てごらん。逃げ遅れたネズミが、慌てて尻尾巻いて逃げ始めるところだ」

 そう言って早川が指し示した先・・・。そこではなんと、黒帽子、サングラス、黒服という見るからに怪しい黒ずくめの服装で統一した男達が、店の近くに停めてあった車にこっそり乗り込もうとしていた。

 「なにあいつら!?」

 聡美の声で、全員の視線が男達に向けられる。そのことに気づいた男達は、慌てて車に乗り込んだ。

 「待てっ!!」

 聡美達がすぐに止めようと走り出す。だが・・・

 ブォォォンッ!!

 「ウワッ!!」

 車は急発進し、あやうく聡美達ははね飛ばされそうになった。

 「逃がすもんか!! ひかるちゃん、追うよ!!」

 「え? え?」

 「いいから早く!! すいません、パトカーお借りします!!」

 「え!? あの、ちょっと!!」

 が、聡美はすぐに立ち上がると強引にひかるの手を引っ張り、パトカーの一台に乗り込んでしまった。

 「シートベルト締めて!」

 「は、はい!」

 言われるままにするしかないひかる。エンジンをかけると聡美は窓の外の早川に笑顔を向けた。

 「それじゃ追っかけるね。ありがとう、探偵さん!」

 ブォォォォォォォォン!!

 そう言うが早いか、聡美はパトカーを急発進させた。あとに残されたのは、呆然とする警官達。そして・・・

 「ほんとに元気なお嬢さんだ・・・」

 肩をすくめてみせる早川だけだった。





 「というわけで、今その怪しい人達を追跡中なんですけど・・・」

 「ああ、それはわかったけど・・・え? なんです? ・・・ちょっと待ってくれ。隊長が指示を出す」

 通信の向こうの圭介は、小隈の指示を聞いているようだった。

 「・・・わかりました。いいか、よく聞いてくれ」

 「はい」

 「犯人を捕まえるチャンスかもしれないから、追跡は認めるそうだ。ただし、条件が三つ。深追いしないこと、五分ごとに状況を報告すること、それに、一般車両に極力迷惑をかけないこと。以上だそうだ」

 「わ、わかりました・・・」

 「・・・大丈夫か? なんだか、弱ってるみたいな声だけど・・・」

 「さっきから聡美さんが、すごい運転してますから・・・」

 「そ、そうか・・・。大変だろうけど、頑張れよ」

 「はい、それじゃ・・・」

 ひかるは弱々しくつぶやくと、いったん通信を切った。

 「聡美さん、聞いてましたよね」

 「もっちろん!」

 と、そう言った直後・・・

 ブォォォォォォォン!!

 「ひゃああああああ!!」

 聡美がカーブをものすごい速さで右へ曲がったため、ひかるはドアに体を押しつけられるかっこうになって悲鳴をあげた。

 「う〜ん、思ったほどステアリングがよくないな。やっぱりウィンディに比べると・・・」

 涼しい顔でギアを変えながら、なにかブツブツとつぶやく聡美。彼女にひかるは呆れ顔で言った。

 「聡美さん! 今言ったばっかりじゃないですか! 一般車両に極力迷惑をかけないようにって!!」

 いくらサイレンを鳴らして走っているパトカーとはいえ、今の急カーブを始め、彼女の運転が他の車に迷惑をかけていることは間違いあるまい。

 「「極力」でしょ? どうしてもって時は仕方ないよ。隊長だってそのへんのことはしっかりわかってくれてるって」

 「そういう問題じゃ・・・」

 「大丈夫だよ。あたしは一般市民の方の車にぶつけるようなヘマはしないから! それに、文句言うなら向こうに言ってよ。あいつらが無謀な運転するから、それを追っかけるあたしもちょっと危ない運転をしなきゃいけないんだから」

 「・・・」

 ひかるは何も言う気力もなく、前方を走る銀色の車を見た。彼らの運転も強引な追い越しや割り込みを繰り返す危険なものだが、聡美の運転が彼らに比べたら安全だというのは、文字通り比較の問題にすぎない。屁理屈である。

 「それより、あの車の出所わかった?」

 それを気にする様子もなく、聡美はひかるに尋ねた。ひかるはもうそのことには何も言わず、彼女の質問に答えた。

 「思った通りです。二日前に世田谷で盗まれた盗難車ですね」

 ナンバープレートを元にパトカー内の端末で車の出所を探ったひかるの読み通り、男達の運転している車は盗難車だった。

 「そっか・・・。ますます怪しい。こりゃ絶対逃がしちゃだめだね。気合い入れて追いかけるから、しっかり踏ん張っててよ!!」

 「うぅ〜・・・」

 ひかるが泣きそうな顔になって座り直した途端、パトカーはスピードを上げた。





 「まかれちゃいましたかね・・・」

 助手席でひかるがつぶやく。あれから十数分。パトカーは、とある港の倉庫街で停車していた。ここまで追いかけたところで、二人はあの車を見失ってしまった。

 「まだそうとは限らないよ! ここまでは追いつめたんだから、ここにいるのは確かなはずなんだ!」

 ダッシュボードをどんと叩く聡美。まかれたことが相当悔しいらしい。

 「・・・そうですね。圭介君達、早く来てくれるといいんですけど・・・」

 ひかるは分署への連絡を終えたばかりだった。通信に出た圭介はすぐに応援に向かうと言ったが、たまたま指揮車が整備中だったため、少し時間がかかるらしい。二人にはそのまま現場で待機し、下手に動かずに現場を監視するようにとの命令が下された。

 「悔しいけど、そうするしかないよね・・・。今のあたし達、銃もなにも持ってないし、丸腰でここをうろつくのはいくらなんでも危険だもんね・・・」

 さすがに聡美もそのあたりはわきまえているらしい。運転席から周囲に油断なく目を光らせている。と、その時

 メキメキッ、メキッ・・・

 「!?」

 二人は我が目を失った。突然、パトカーのボンネットが巨大な手で握りつぶされるように、ひしゃげはじめたからだ。

 「なっ、なに!?」

 驚く二人。だが、それに続いて

 メキッ、バキバキ・・・

 なんと、後部トランクも同じようにひしゃげ始めた。

 「な、なんですかこれ!?」

 そんな中、聡美はその原因を見定めようと、よく目を凝らした。すると・・・

 「・・・糸!?」

 なんと、ボンネットに細い糸が巻き付き、それがボンネットを締め上げてグシャグシャにしているのだ。後ろのトランクも同様である。その糸は、どちらも上から伸びているようだった。すると、さらに・・・

 ゴゴ・・・

 なんと、糸につり下げられて車が空中に浮き始めた。

 「うそっ!?」

 驚く聡美。だが、その間にもどんどん車は上がっていく。

 「ひかるちゃん! 飛び降りよう!」

 「え!?」

 「いいから早く! このまんまじゃどこまでいくかわかんないよ!」

 「は、はい!!」

 うなずくが早いか、ひかるはドアを開けて意を決すると、地面へと飛び降りた。それに続き、聡美も地上へ降り立つ。

 スタスタッ!

 すかさず頭上を見上げる聡美。すると・・・

 ハラッ・・・

 車を持ち上げていた二本の糸が、突然力を失ってほどけた。

 「!?」

 当然、束縛から解放されたパトカーは、そのまま彼らの頭上に落ちてきた。

 「わわっ!! ひかるちゃん、逃げて!!」

 蜘蛛の子を散らすように逃げる二人。その直後

 グワッシャァァァァァァァアン!!

 パトカーは地上に激突し、大破した。

 「ハァ、ハァ・・・なんなのよ一体・・・」

 地面にしゃがみ込んで青息吐息をつく聡美。その時・・・

 「さ、聡美さん・・・」

 ひかるのおびえたような声がしたので、顔を上げると・・・

 ザザッ・・・

 二人は、ナイフや拳銃を持った例の黒ずくめの男達にすっかり囲まれていた。





 黒ずくめの男達に銃を突きつけられたまま、二人はある倉庫の中へと連れていかれた。

 「くそ〜・・・こっちにも銃があったらこのぐらいの数・・・」

 男達をにらみながら、聡美がつぶやく。だが、ひかるは首を振った。

 「無茶はいけませんよ。こういうときは抵抗するなって、副隊長にも言われているじゃないですか」

 「・・・」

 ひかるの言うことももっともである。聡美はおとなしく、男達に従った。

 やがて、二人は倉庫の一番奥に連れていかれた。

 「で? あたしたちをどうするつもり?」

 おとなしくは従っているが、聡美は毅然とした態度は崩さない。ひかるも表情は不安を押し殺している。だが、男達は銃を向けたまま何も言わない。と、その時

 「そんなのは決まっているだろう」

 「!?」

 突然の声に驚く二人。

 コツ・・・コツ・・・

 すると、倉庫の入り口から一人の男が中へ入ってきた。男が近づくにつれ、その姿が明らかになっていく。が・・・

 「「・・・?」」

 二人は首をひねった。その男は、どう見てもこの場には場違いな格好をしていた。足まで届く長いガウンを羽織り、その下にはプロレスラーのリング衣装のようなピッチリしたスーツを身につけている。どう見てもその姿は、こんな倉庫などではなく大観衆に包まれたリングあたりにさっそうと登場する人気プロレスラー、といった風情である。

 「な・・・なんなのよあんた!?」

 その場違いな男に戸惑いつつも、聡美は叫んだ。しかし、男は両手をガウンのポケットに突っ込んだまま、悠然と歩いてくる。

 「なかなか気の強い女だな。・・・どこの馬の骨だ? 警察か?」

 だが、二人はそれには答えなかった。男は苦笑いし、続ける。

 「・・・まぁいい。どのみち、関係のないことだからな」

 男はそう言うと、真剣な顔になった。そして・・・

 「フンッ!!」

 シュルルルルルルルル!! バシバシッ!!

 「わっ!?」

 「きゃあっ!!」

 なんと、二人は一瞬のうちに細い糸によって全身を縛られていた。

 「この糸って・・・!」

 ひかるはそれが、先ほどパトカーを縛ってひねりつぶした糸と同じものであることに気づいた。そして、自分を縛っている糸を視線でたどっていくと・・・

 その糸は、男の指の一本一本とつながっていた。

 「な、なんなのよこいつ! こんな糸なんて・・・」

 糸は普通の木綿糸ほどの太さで、見た目には引きちぎることができなくもなさそうに見える。だがその見た目に反し、聡美がいくら全身に力を込めようと、糸は切れることなく彼女の体に食い込むばかりだった。

 「痛っ・・・! ダメだ」

 「聡美さん!」

 「ムダだ。そんな力じゃ、チタンより固い特殊繊維でできたその糸は切れん!」

 指から伸びる糸で二人を拘束しながら、男は言った。

 「・・・あたしたちをどうする気?」

 「どういうつもりだったかは知らないが、俺達のことをかぎつけようとした者には死んでもらうことになっている。よって、そのまま輪切りになってもらおう」

 「「!?」」

 男はそう言うが早いか、十本の指を少し折り曲げた。すると・・・

 ギリギリギリ・・・!

 「「きゃあああああ!!」」

 糸の二人を締め付ける力が増し、その体に食い込んでいく。その激痛に悲鳴を挙げる二人。二人の脳裏に、同じようにして糸によってグシャグシャに潰されたパトカーのボンネットやトランクの姿がよぎる。

 「・・・」

 だが、そんな姿を前にし、悲鳴を耳にしながらも、相変わらず男は冷酷な笑みを浮かべたまま、糸の締め付ける力をさらに強めようとした。と、その時

 シュルルルルルル!!

 ズパズパッ!!

 「!?」

 突然どこからか飛んできた二本のナイフが、二人を縛っていた糸を見事に断ち切った。

 ドサドサッ・・・

 「ぐ、ぐぅ・・・」

 「ハァ・・・ハァ・・・」

 糸のいましめから解放されて倒れ、うめきながらも息をつく二人。一方、糸使いの男も含めて黒ずくめの男達は突然起こった出来事に戸惑っていた。と、その時・・・

 ♪〜・・・

 「!?」

 どこからか、もの悲しいギターの音色が聞こえ始めた。

 「なんだこのギターは!?」

 「どこだ!? 出てこい!!」

 騒ぎ始める男達。すると・・・

 スッ・・・

 倉庫の中に積まれていたコンテナの影から、一人の男が白いギターを弾きながら現れた。ギター二本分の音がする曲を弾きながら・・・。

 「あれは・・・!」

 「早川さん・・・!」

 そう。それは早川健だったのである。

 「なんだてめぇは!?」

 「やっちまえ!!」

 突然現れた早川に、男達はいきり立ってナイフや拳銃を手に襲いかかった。だがしかし

 「おっと」

 バキッ! ドカッ! ガスッ!

 「ぐわっ!!」

 「ぎゃあっ!!」

 「ぬおあっ!?」

 一斉に襲いかかってきた男達を、早川は先ほどと同じように軽くいなし、バッタバッタとなぎ倒した。

 「す、すごい・・・!」

 その強さに、二人はまたも感嘆した。

 「はいお待ち」

 あっという間に男達を蹴散らし、早川は二人の元へ歩いてきた。

 「あ、ありがとうございました・・・」

 「危ないから下がってな」

 早川に助け起こされた二人は、言われたとおり彼の後ろへ下がった、一方、早川は一人だけになった糸使いの男にクルリと向き直った。

 「女の子を縛り上げて喜ぶなんて、あんまり趣味がいいとは言えないな」

 「なんだお前は!?」

 突然現れ、手下の男達をあっというまに片づけた早川には、さしもの彼も戸惑いを隠せなかった。が、早川は落ち着いた声で言った。

 「グレート・フィンガー・・・」

 「!? 俺を知っているのか?」

 どうやら、それが彼の名前らしい。名前からしてカタギの人間ではないことは明らかだが、驚くグレート・フィンガーに早川はなおも言った。

 「ああ、よく知っているさ。裏社会じゃ有名な、凄腕の殺人あやとり使いだということもね」

 「さ、殺人あやとり使い!?」

 早川の言葉に、ひかると聡美は驚いた。あやとりを殺人の道具にする殺し屋など想像したこともないので、無理もないだろう。だが・・・

 「フッ・・・俺も有名になったもんだ」

 グレート・フィンガーはその言葉にまんざらでもない顔をした。どうやら、早川の言葉は正しかったらしい。だが、そんなグレート・フィンガーに、早川はなおも言った。

 「おっと、喜ぶのはまだ早いな。確かに腕はいいがお前さん、日本じゃあ二番目だ」

 少しうつむいてテンガロンハットで自分の顔を隠しながら、早川は指を二本立てて示して見せた。

 「二番目だと!? この俺より腕の立つあやとり使いがどこにいるっていうんだ!?」

 それを見たグレート・フィンガーは、激怒した。だが・・・

 ヒュウ♪ チッチッチッチッチッ

 早川は口笛を吹くと、舌打ちしながら先ほど示した指を左右に振った。そして・・・

 スッ・・・

 その指を眼前で止め、帽子の鍔を上げると相手を見据え、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら親指で自分を指さした。

 「!?」

 驚く聡美、ひかる、それにグレート・フィンガー。聡美とひかるはその内容もさることながら、妙にキザな仕草にも呆気にとられていたが・・・。が・・・

 「お前だと!? 笑わせるな!! お前は俺がどれだけのあやとりの使い手か、はっきりわかってないらしいな!!」

 が、グレート・フィンガーはすぐに怒りと嘲笑の混じった表情でそう言った。それに対して、肩をすくめてみせる早川。

 「そんなに言うんなら、ひとつ、腕前のほどを見せてもらいましょうか」

 「フン、いいだろう! お前に日本一の技を見せてやる!」

 グレート・フィンガーはそう言うと、キョロキョロとあたりを見回し始めた。プライドが高いのか、あるいはノリがいいのか。ともかく、聡美とひかるは小声で早川に言った。

 「ちょ、ちょっと早川さん・・・」

 「どういうつもりなんですか?」

 が、早川はニヒルな笑みを浮かべて答えた。

 「まぁ見てなさいって。面白い曲芸が見られそうだから」

 と、そんなことを言っていると

 「よし! あれがいいだろう」

 そう言ってグレート・フィンガーは、倉庫の中にあった積み上げられた鉄骨の山を指さした。そして、切れた糸に変わって新しい糸をポケットから取り出すと、それを指に結わえた。

 「よく見ていろ! ハァッ!!」

 シュババババッ!!

 次の瞬間、グレート・フィンガーの糸が一本一本、まるで生き物のように鉄骨の山に走った。そして・・・

 グシャッ! バキッ! ガガガ・・・

 鉄骨同士がこすれあう音を放ちながら、糸がまるでグレート・フィンガーの指そのものになったかのように、鉄骨を切断し、飴細工のように曲げながら、見る見るうちにオブジェのようなものを作り上げていく。そして・・・

 「どうだ! これで俺が日本一だということがわかっただろう!!」

 得意げに叫ぶグレート・フィンガー。そこにはなんと、鉄骨でできた大きな十字架が三本、並んで立っていた。

 「これからお前達を始末して、この十字架に磔にしてやる!!」

 聡美とひかるは呆気にとられていた。世の中にこんな恐ろしい技をもっている人間がいるとは。使っている道具は子どもの遊びかもしれないが、その力は紛れもなく人間離れしているのだ。

 「やれやれ・・・そんなものかい? その程度じゃあ・・・お前さんの名前が泣いているぜ」

 が、早川は大げさにため息をついて首を振った。その仕草に、再びグレート・フィンガーが激怒する。

 「なんだと!? そこまで言うのなら、お前がやってみせろ!!」

 「いいだろう・・・。糸を貸してみな」

 早川の言葉に応じて、自分の糸を投げ渡すグレート・フィンガー。糸を自分の指に結わえる早川に、聡美とひかるは言った。

 「む、無茶だよ早川さん!!」

 「そうです!! あんなすごいこと・・・」

 「チッチッ、まあ見てな」

 早川は軽くそう言うと、三つの十字架の前に立った。そして・・・

 「トィヤッ!!」

 シュバババババババッ!!

 早川の指から、垂れ下がっていた糸が生き物のように十字架に向かって走った。

 ガラガラァァァァァァァン!!

 それはあっという間に鉄の十字架をバラバラにすると、さらに転がっていた別の鉄骨も使いながら、グレート・フィンガー以上のしなやかな動きで見る見るうちにやはりオブジェらしきものを組み上げていく。

 「お、おおお・・・!」

 その腕前には二人はおろか、グレート・フィンガーも驚嘆の声を禁じ得ない。やがて、できあがったのは・・・なんと、鉄骨でできた精巧な東京タワーの模型だった。

 「おっと、仕上げをしないとな」

 早川はそう言うと、指を一本動かした。

 ヒュルッ! ブンッ!

 糸が一本、置いてあったドラム缶に絡みつき、東京タワーの真上まで放り投げる。

 バシャアッ!

 それはそこで逆さになり、中に入っていたもの・・・真っ赤なペンキをその上からぶちまけ、灰色だったその模型を真っ赤に染めた。

 「日本一を名乗るからには、せめてこれぐらいはしてもらわないとね。はい、これはオマケ」

 早川はあやとりの「東京タワー」を作って見せながら、余裕タップリにそう言った。

 「す・・・すごぉい!!」

 あっというまに精巧な東京タワーの模型を作ってみせた早川に、聡美とひかるは驚きと感動から純粋に拍手をしていた。一方、グレート・フィンガーはその見事な技に、言葉もなくうなっていた。

 「グ、グヌヌヌヌ・・・」

 「どうだい? もっとすごい技を見せてくれるなら、見せてほしいもんだけど」

 だが、やがてグレート・フィンガーは・・・

 「今日のところは退いてやる! 今度会ったときには、お前達全員八つ裂きにしてやるからな!!」

 そう言い残し、あっというまに逃げてしまった。

 「おーい、忘れもんだよ」

 早川は糸を持ってその後ろ姿に早川は声をかけたが、グレート・フィンガーの姿は消えていた。

 「月並みな捨てぜりふだねぇ・・・」

 しみじみとつぶやく早川。

 「早川さん!!」

 その時、聡美とひかるが駆け寄ってきた。

 「またも危ないところだったな。ケガはないかい?」

 「はい! ありがとうございました!」

 「ねぇねぇ、あんなすごい技、どこで身につけたの!? どうやったらできるようになるの!?」

 お礼を言うひかると、子どものように尋ねる聡美。早川は笑って答えた。

 「さすらいの身だと、なにかと身につけておいた方がいいもんでね」

 が、彼はそう言うとまじめな顔で二人に言った。

 「・・・今度お嬢さん達が首を突っ込もうとしてる事件を起こしてる連中は、あんな妙な技を使う用心棒を連れてるらしい。今まであんたらが捕まえてきた悪党共とは、ちょっとひと味違うだろう。どうだい? それでも続けるかい?」

 だが、二人は毅然とした顔で言った。

 「決まってます! 悪いことを許すわけにはいきません!!」

 「それがあたしたちの使命なんですから!!」

 早川はそれを聞いて、笑顔を浮かべた。

 「なるほど・・・気に入ったよ。ほんとにいいお嬢さん達だ。こいつはほんのプレゼントだ。受け取ってくれ」

 そう言って、早川は懐から記録ディスクを取り出し、聡美に手渡した。

 「なにこれ?」

 「これがあんたらの役に立つだろうさ」

 と、その時

 ヒィィィィィィィィン・・・

 倉庫の外から、飛行音が聞こえ始めた。

 「・・・お仲間が来たらしいな。それじゃ、俺はここでおいとまさせてもらうよ」

 そう言って、ギターを担いで歩き出す早川。

 「いっちゃうんですか?」

 「一人で動き回るのが向いてる性分でね・・・。それじゃ」

 彼はそう言って手を振ると、倉庫から出ていってしまった。

 「早川さん・・・ほんとにただの探偵さんなんでしょうか?」

 首を傾げるひかる。

 「さあ・・・。でも、かっこよかったなぁ・・・」

 目を輝かせながらつぶやく聡美。と、その時

 「ひかるーっ! 聡美さーん!」

 ガチャガチャガチャ・・・

 早川と入れ違いになるように、VJを着た圭介、仁木、小島が倉庫へ駆け込んできた。





 「・・・つまり、こういうことだな? お前と聡美さんは黒ずくめの奴らに捕まって、殺人あやとりの使い手に殺されかけたところを、そのさすらいの私立探偵に助けてもらった、と」

 圭介の言葉に、ひかるはコクリとうなずいた。

 「う〜ん・・・」

 だが、圭介は小島と顔を見合わせてうなってしまった。それを見て、聡美が叫ぶ。

 「ちょっと! もしかして二人とも疑ってるの!?」

 「ほんとのことなんですってば!!」

 ひかるも抗議する。

 「疑ってるわけじゃないけど・・・」

 「たしかにマンガみたいなことがホントに起こる世の中だけどさぁ・・・」

 さすがに突拍子もない話なので、圭介も小島もにわかには信じがたいらしい。

 「証拠ならたくさんあるじゃない! 潰されたパトカーも! 早川さんにのされた黒ずくめ軍団も! そしてなにより、早川さんが作った東京タワーだって! あたしたちなんか、あやとり使いに締め上げられたときのアザまで乙女の柔肌についちゃったんだからね! なんならそれも、見せてあげようか!?」

 「さ、聡美さん、それはちょっと・・・」

 ひかるが顔を赤くしてそれを止める。

 「わかった、わかったよ。もういいって。お前の言うとおり、とんでもない証拠は俺達もこの目で見たよ」

 「それに、その一つ・・・その探偵さんがくれたっていうディスクは、今亜矢さんが調べているところですしね」

 と、その時

 プシュー・・・

 「よ、留守番ご苦労さん」

 ドアが開き、小隈と仁木が入ってくる。

 「おかえりなさい。どうでした、例の黒ずくめ軍団の正体は?」

 聡美がそう尋ねると、仁木は微笑んで答えた。二人は警察に逮捕された黒ずくめの男達の取り調べに参加していたのだ。

 「少しは進展があったわ。とりあえず、座って話しましょう」

 仁木がそう言ったので、この場にいない亜矢を除く全員が自分の席についた。

 「なかなか強情な奴らだったけど、なんとか口を割らせるのに成功した。連中は、ある凶悪な犯罪組織の下っ端だったんだ。仁木」

 「はい。警察のファイルにあったその組織のデータを借りて、コピーしてもらってきたわ」

 仁木はそう言いながら、一枚ずつ紙を回していった。全員がそれに目を落とす。

 「BC団?」

 そこには、そんな名前の犯罪組織のデータが書かれていた。

 「BCというのは、いわゆる「NBC兵器」のBC。つまり、Biological とChemical、生物・化学兵器のことだ。要するに、毒性細菌や毒ガスを使った兵器のことだが・・・このBC団というのは、その名の通りそんなBC兵器を作って、各国のテロリストや反政府ゲリラ相手に売りさばこうと考えているとんでもない連中らしい」

 「BC兵器は核兵器と比べて、製造するのに資金も技術も少なくて済むことから、「貧者の核兵器」とも呼ばれているタイプの兵器。BC団はそれを自前で開発して大量生産することによって、さらに安価な値段で様々な武装組織に大量に売りさばこうと考えている、危険な犯罪組織らしいわ」

 小隈と仁木の報告に、顔をしかめる圭介たち。

 「それじゃ、例の事件は・・・」

 「そいつらの新しい兵器の大がかりな人体実験・・・?」

 その言葉に、仁木がうなずく。

 「状況から考えれば、その可能性が高いわね」

 「つかまった奴らはほんとに下っ端らしくて、命じられたこと以外は白いガスの正体も何も知らなかった。連中は命令されて、例のガスを吸い込んで暴れる人たちの様子をビデオで撮影しただけらしい」

 「そうですか・・・。そんな計画、なにがなんでも阻止しないと・・・」

 と、そのとき

 プシュー・・・

 「おや・・・隊長、副隊長・・・戻ってらしたのですか・・・」

 亜矢が書類を手にオフィスに入ってきた。

 「今さっきな。どうだ、例のディスクのほうは?」

 「早川さん、どんなものをくれたの!? 早く教えてよ!!」

 せがむ聡美。

 「その探偵さん・・・すごい特ダネを・・・くれたようだよ・・・」

 そう言って、亜矢はニヤリと笑った。





 都内にある、とある大病院。一人の医師がその一室で、カルテの整理をしていた。と、そのとき・・・

 コンコン・・・

 「どうぞ」

 彼がそう言うと、看護婦が一人顔を出した。

 「あの、先生。来客の方がお見えになったのですが?」

 「ああ、悪いね。今ちょっと、カルテの整理をしているところだけど、もうちょっとで終わるから少し待っていてもらえるように伝えてくれないかな?」

 「わかりました」

 「それで、それは誰なんだ?」

 彼がそう尋ねると、看護婦は少しためらいがちに言った。

 「それが・・・SMSの方達なんですけど・・・」





 「お忙しいところ申し訳ありません、北川先生。私は東京都SMS第1小隊の実動員小島佳樹。こっちは同僚で同じ実動員の新座圭介です」

 「新座です。はじめまして」

 「北川です。よろしく」

 北川というその医師の部屋にやってきた二人は、礼儀正しくそう自己紹介した。

 「先生のお噂はかねがね。実は私もSMSに入る前は医師をやっていた時期がありまして。関東医大病院の救命センターで働いていたんです」

 「ほぉ、あの病院の・・・。国内でも評価は高いですね、あそこの救命は」

 「ご存知ならば光栄です。医師をやっていたときには、先生の名前はよく耳にしました。脳神経の病気に関する第一人者。さらには人間の脳神経に影響を及ぼす植物の研究でも世界に名をとどろかす権威だと。お若いころは、そういった植物の標本を採取するために、南米やアフリカにもよく足を運んでいたそうですね」

 「壁に飾られているのは、そのとき集めた標本ですか?」

 圭介は壁に飾られたいくつものケースを見ながら言った。その一つ一つに、様々な植物の標本が入っている。

 「そのとおりです。むしろ昔はそうした調査旅行で日本を離れていることのほうが多かったわけですが、30歳を過ぎたころに心筋梗塞を起こしまして・・・無理のできない体になったので、ちょうど舞い込んできた話があったので、それ以来この病院のお世話になっているわけです。もう20年にもなりますか」

 北川は笑顔でそう言った。

 「すばらしいですね」

 「いえ、それほどのことでは・・・。ところで、今日はどんなご用件で・・・?」

 「ああ、すいません。そうですね。多忙な先生のお時間を無駄にするのはよくない。それでは、早速お話に入りましょうか」

 小島はそう言うと、持ってきたカバンから数枚の書類を取り出しながら言った。

 「おわかりになると思いますが、うちにはいろいろな事件の知らせが舞い込んできまして・・・。実は、今捜査中の事件について、とある筋から気になる情報提供がありまして。いわゆる、タレこみというやつです」

 「私が・・・何かその事件と?」

 不安そうな表情で二人を見る北川。圭介は微笑を浮かべて言った。

 「とりあえず、お話を聞いてください」

 「・・・北川先生、これがなにか、お分かりになりますか?」

 小島はそう言って、手に持った書類を北川の机の上に置いた。

 「こ、これは・・・!?」

 北川はそれを見て、うろたえた表情を見せた。冷や汗が一気に吹き出す。

 「無理もないでしょうね。それは・・・あなたがこの4年の間にひそかに横流しをしていた薬品のリストなのですから」

 「そこに記されているリストが示しているように、あなたはその地位を利用して、ひそかに薬品の横流しをしていた・・・。巧妙なやり方だったのでこれまで気づかれもしませんでしたが、これのおかげでそれが明るみに出ました。病院にも内密に内偵をしてもらいましたが、たしかにそこに記されている薬品の一部が、いつのまにか消えていました。探せばまだまだ出てくるでしょうね」

 先ほどまでとは対照的に、小島は感情のない声で言った。北川は震えながら、信じられない様子でそれを見つめていた。

 「こ、こんなものをどこで・・・!?」

 「タレこみをしてくれた人がどうやってこれを手に入れたか、それは私たちも知りたいぐらいですよ。とにかく、信じられないのもしょうがないでしょうね。このリストは本来、あなた以外の目に触れる場所にはないはずだったのですから」

 圭介がそう言った。北川は震えながら言う。

 「き、君たちも・・・このことで私を脅すつもりか!?」

 「冗談言わないでください。私たちはSMSですよ? 脅迫なんかするはずないじゃないですか。私達はただ、警察にもこのことを連絡して、しかるべきことをするだけです。それより・・・」

 「先生・・・今たしかに、「君たちも」と言いましたね?」

 圭介の指摘に、北川はギクリとした表情を浮かべた。

 「私たちがこのリストを提示しただけで、それをネタに私たちがあなたをゆするという発想が真っ先に浮かぶというのも、妙ですね」

 「先生・・・もしかして、以前にも薬物の横流しを誰かに知られて、それをネタにゆすられた経験があるんじゃないですか?」

 「・・・」

 二人の言葉に北川はしばらく黙っていたが・・・観念したのか、やがて首を縦に振った。

 「・・・やはり、そうでしたか」

 「実は、先生にお会いしに来たもうひとつの理由が、それなんですよ」

 小島は言った。

 「先生も、最近都内で起きている妙な事件は知っていますね? 白い煙が立ち込めたあと、それを吸った人間が凶暴化して暴れだすという・・・」

 「!」

 「先生が以前調査したアフリカの植物の中に、似たような作用を引き起こすものがありましたね? たしか、名前は・・・」

 「・・・「悪魔の足」だ・・・」

 観念したのか、北川は自ら口を開き始めた。

 「原住民の間ではそんな名前で呼ばれる植物だ。アフリカ中部の荒野に生える珍しい種類の植物で、根の形がヤギの足に似ている。そしてその植物には・・・燃やして出る煙を吸い込むと、脳に影響を及ぼし、他人が全て敵に見えるようになる作用がある・・・」

 「・・・」

 「昔そのあたりに住む原住民たちは、祭りの際にその植物を使っていたらしい。部族同士が特に強い若者を出し合い戦わせて、勝ち残った若者の部族が他の部族を一年間統べるという祭りだったらしい。その戦いを盛り上げるために、彼らはこの植物の煙を吸い込み、一種のトランス状態になって戦いに臨んだ。しかし、もし吸い込みすぎれば完全に見境がなくなり、バーサーカーと化して周囲の全ての人間に襲いかかる・・・。危険な祭りなので植民地化と同時に廃止され、今は行われていない」

 「・・・その植物の作用について詳しく研究した先生の論文を、昔少し読んだことがありました。つい最近そのことを思い出して、その論文を読んでみましたが・・・今回の事件と症状がまるで同じです」

 「しかも、その植物は20年ほど前に絶滅し、現在標本を持っているのは、日本では先生だけ・・・。そうなると、今回の事件と先生の関係を疑ってしまうのも、仕方ないと思いますが・・・」

 圭介はそう言った。しかし・・・

 「ち、違う! 私じゃない! あいつらが・・・あいつらが・・・!!」

 北川は必死に自分の直接関与を否定した。

 「・・・誰ですか? あいつらというのは?」

 圭介は冷静に尋ねた。

 「・・・一年ほど前だ。このリストと同じリストを持った男が、この部屋にやってきた。その男はそれを材料に、私に「悪魔の足」の提供を迫ったのだ・・・」

 「それを・・・認めてしまったのですね?」

 北川はゆっくりとうなずいた。二人はそのことにはとりあえずここでは追及せず、話を続けることにした。

 「それは・・・誰なんですか?」

 「教えてください!」

 詰め寄る二人。北川は黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた・・・。





 「小須田・・・か」

 病院から戻ってきた二人の報告を改めて聞いた小隈は、そう言った。

 北川の口から語られた、彼を脅迫し「悪魔の足」をゆすりとった犯人の名前。それは、小須田という名の研究者だった。小須田は彼は自分のことを知らないと思って素顔で接近してきたそうだが、彼は実際にはどこかの学会で顔を見たことがあり、その顔を知っていたという。

 「そうです。都内で私設の研究所を設立して研究を行っているそうなんですけど・・・ひかる、亜矢さん、わかりました?」

 小隈から目を離して、端末に向かっているひかると亜矢に目を向ける圭介。

 「ちょっと待っててください」

 「もうすぐ終わるから・・・」

 二人は小須田という男についてのデータを集めていた。そして・・・

 「終わりました。データ出します」

 ひかるのその言葉とともに、それぞれの端末にデータが表示される。

 「小須田富雄、公称45歳。小須田微生物研究所の所長にして、創設者・・・か」

 「聞いたことのない研究所だね・・・。規模も小さいようだし・・・どんな研究をしているか、どのようにして利益を得ているのか・・・不透明なようだ・・・」

 亜矢もそうつぶやく。そこで、小隈がつぶやいた。

 「犬みたいな顔してるな・・・」

 端末に表示されている写真の小須田の顔は、たしかに犬にそっくりだった。白く長い髪の毛が両耳の上に覆いかぶさっていて、どことなく卑屈そうな顔をしている。

 「北川先生も、犬みたいな顔だったからよく覚えていたと言ってました」

 小島もそう言う。

 「凶暴化事件、BC団、活動内容が不透明な研究所と、「悪魔の足」を脅し取ったその所長・・・。これまでの事実がもしも一つにつながっているとしたら・・・」

 と、仁木が腕組みしながら言った。

 「この小須田という所長と研究所は、BC団となんらかのつながりがあり、例の事件と関わっている疑いがある・・・ということになりますね」

 「たしかにそうだが・・・今手元にある材料だけでその研究所に踏み込むのは、ちょっと難しいな。下手に踏み込むと、ドサクサ紛れに証拠を処分されたりするかもしれないし・・・」

 「でも・・・このまま事件を繰り返させるわけにはいかないし・・・」

 悩むメンバー。

 「あの、あたしに考えがあるんですけど」

 そのとき、聡美が少し自信ありげな様子で手を上げた。





 東京都・青梅。この街の郊外に、一軒の建物がポツンと建っていた。外見はなんの変哲もないコンクリートでできた研究所だが、建物の中央にそびえ立つ教会の尖塔のような塔が目を引く。

 その研究所から少し離れた森の中。そこに、第1小隊の指揮車がひっそりと停まっていた。

 「・・・準備OKです」

 亜矢が端末に向かいながらそう言う。一方、ひかるは聡美の耳たぶにイヤリングをつけていた。

 「どうですか、聡美さん?」

 「うん、バッチリ」

 ひかるはそれにうなずくと、モニターに表示される映像を見た。そこには、聡美の視点とほぼ同じ視点から見た、ひかるの横顔が映っていた。

 「すごいね。このイヤリング型小型カメラとマイク。ほんとにスパイ映画みたいじゃない」

 そう言いながら、自分の耳を触る聡美。その姿は、いつもの聡美とは大きく異なっていた。服装はいつもの制服ではなく、グレーのスーツとスカート。頭には少し長い髪のウィッグをかぶり、耳が隠れないように後ろで縛っている。普段はしていない化粧もこなし、さらに目にはメガネをかけ、黒いハイヒールを履いていた。

 「馬子にも衣装とは、よく言ったもんだな」

 小島がからかい半分に言った言葉に、聡美はムッとして彼を見た。

 「気にしないでいいわよ、岸本さん。完璧な変装だわ」

 それにかまわず仁木が言った台詞に、聡美は機嫌を取り戻した、事実彼女の今の姿は、おしとやかにしてさえいればどこからどう見てもキャリアウーマンといった感じである。

 「ありがと、副隊長。やっぱり特撮ヒロインといったら七変化ぐらい身につけてないとね〜♪ でもハイヒールって、やっぱりはき慣れないなぁ・・・」

 違和感のこもった目で足元を見る聡美。

 「自分で言い出したことなんだから、少しぐらい我慢しなさい。他にも、地を出さないように気をつけろよ」

 「へへっ、わかってますって。そんなヘマはしませんよ」

 笑顔を浮かべてVサインを小隈に見せる聡美。その横で、圭介は心配そうな顔をした。

 「でもほんとに、だいじょぶなんですか? 潜入捜査なんて・・・」

 聡美が提案した作戦とは、潜入捜査だった。誰かが科学雑誌の記者に変装し、取材を装って小須田微生物研究所に潜入し、研究所が例の事件を引き起こしている犯人かどうか、その証拠をつかむというものであった。さすがに最初は誰もが危険な作戦だと思ったが、現状を考えれば一刻も早く犯人を捕まえなければならない。全員がアイディアを出し合って具体的な作戦準備が整えられ、潜入役には聡美が自ら立候補したのだった。

 「大丈夫だよ。今度は銃も持ってくし」

 そう言って、ポケットに忍ばせた小型のショックガンを見せる聡美。

 「それに、そういうときのためのみんなでしょ?」

 その言葉に、メンバーは顔を見合わせて苦笑いした。

 「そりゃあまあ、何かあったらすぐに俺達がVJで駆けつけますけど・・・」

 「そんなことにならないように、あんまり手間かけさせるんじゃないぞ」

 「わかってますって。それじゃ隊長、行ってきます」

 「おう、慎重にやれよ」

 聡美は指揮車のドアを開けると、そこから外へ出て、森の中を道路に向かって歩き出した。





 「どなたでしょうか?」

 研究所の門のところに立っていた警備員が、やって来たスーツ姿の女性に声をかけた。

 「コスモ・ジャーナルの松原真理子です。こちらの小須田所長さんのインタビューのため、2時にアポイントをとっておいたのですが・・・」

 「わかりました。確認をしますから、少々お待ちを」

 警備員はそう言って、詰め所に戻っていった。

 (警戒厳重ね・・・)

 記者に変装した聡美は、さりげなくそんな様子を眺めながら思った。そうしているあいだに、先ほどの警備員が戻ってきた。

 「失礼しました。確認がとれましたので、どうぞお入り下さい」

 警備員がそう言うと、研究所の重そうな鉄のゲートが横へ開き始めた。

 「ありがとうございます。(とりあえず、第一関門突破)」

 聡美はお辞儀をすると、研究所の敷地内へと入っていった。





 研究所の建物の中に入った聡美を出迎えたのは、白衣を着た二人の男だった。その一人の顔を見て、聡美はすぐにそれが誰だか理解した。

 (小須田所長・・・!)

 そう。犬にそっくりな顔をしたその男は、この研究所の所長で問題の人物、小須田だった。

 「ようこそ、松原さん。所長の小須田です」

 「初めまして、小須田所長。コスモ・ジャーナルの松原真理子です。本日は、よろしくお願いします」

 そう言って頭を下げながら、用意しておいた名刺を渡す聡美。

 「こんな有名な科学雑誌の方に、うちのような小さな研究所が取材を受けるとは、思ってもみませんでしたよ」

 名刺を見ながらそう言う小須田。聡美は笑顔で答えた。

 「これまでは海外の研究所や大学を取材することが多かったので、今年は国内の研究所の取材に優先的に目を向けるというのが、今年の取材方針なんです」

 小須田はうなずいた。

 「なるほど、うれしいですな。ところで松原さん、非常に申し訳ないのですが・・・」

 「なんでしょうか?」

 「実は、今研究の山場を迎えている研究室がありまして、そちらの指示に行かなければならないのです。今はこうして一時的に席を外しているのですが、すぐに戻らなければなりません。ですから、少しの間応接室で待っていてもらえないでしょうか? すぐに戻りますので・・・」

 「ええ、かまいませんわ。時間はありますし・・・」

 腕時計を見ながらそう言う聡美。

 「ありがとうございます。応接室までの案内は、この研究員がいたしますので。それでは、失礼・・・」

 小須田はそう言って、その場から去っていってしまった。

 「それでは、ご案内いたします」

 「お願いします」

 残ったもう一人の研究員に案内され、聡美はそのあとについていった。





 「こちらです。すぐに冷たいものもお出ししますので、お待ち下さい」

 「どうも」

 案内の研究員は立ち去り、聡美は一人、応接室のソファーに腰掛けた。

 「さてと・・・無事に建物の中に潜入完了」

 聡美が小さな声でそう言うと、耳元で声がした。

 「了解した。すぐに作戦を開始してくれ。こっちは準備OKだ」

 「了解」

 聡美はそう言うと、持っていたハンドバッグを取り出し、その中から小さな箱を取り出した。それを開けると・・・

 ワサワサワサワサ・・・

 なんと、その中からたくさんのゴキブリが這い出してきたではないか。

 「ひぃぃ〜! ロボットだってわかってても、やっぱり気色わるぅ〜い!!」

 小さな悲鳴をあげる聡美の耳に、耳のイヤリング型マイク兼イヤホンから、亜矢の静かな声が聞こえた。

 「コックサーチ改、任務開始します・・・」

 それは、以前迷宮研究所事件の時に迷宮となった空間歪曲技術研究所内の探査に使われた探査用ゴキブリ型ロボット、コックサーチの改良型、コックサーチ改だった。あれから市販が開始されたコックサーチは、本来の役目である災害救助だけでなく、その優れた調査能力から、極秘調査用として警察でも活用がされ始めた。その際、そんな目的のためにさらに改良が施された警察用コックサーチ、コックサーチ改は、カラーリングを始めとしてどこからどう見ても普通のゴキブリと見まごうばかりになっていた。

 潜入捜査といっても、実際に今回捜査を行うのは聡美ではない。内部に潜入した聡美がそこからコックサーチ改を放ち、指揮車内にいるひかると亜矢が遠隔操作でそれらを操り研究所の調査を行うのだ。

 ワサワサワサワサ・・・

 コックサーチ改達は、たちまちありとあらゆる小さな隙間から出ていった。

 「ゴキブリを動かすなんて、あんまりいい気持ちはしませんけど・・・」

 ひかるの弱ったような声が聞こえる。

 「気持ちはわかるけど、がんばってよひかるちゃん。あたしがこうして中に潜入してばらまいたんだから」

 「それにしても、よくよくゴキブリに縁のある奴だな、お前って」

 「うるさいわよ小島さん!」





 それから十分後。聡美は相変わらず、応接室で一人待っていた。

 「遅いなぁ・・・。すぐに冷たいもの持ってくるっていったのに・・・」

 暇そうにつぶやく聡美だが、すぐにハッとして言った。

 「まさか! 感づかれたんじゃ・・・」

 「いや、それは考えにくいな。本物のコスモ・ジャーナル編集部にも捜査に協力を求めてあるから、たとえ連中が本当にお前が所属しているか尋ねてきても、問題はないはずだ」

 「それに、私達も外から監視を続けているけど、逃げ出したりするような動きは見えないわね。平静そのもののようだけど・・・」

 小隈と仁木の声がそう告げる。

 「・・・ちょっと、うろついてみようかな」

 そう言うと、聡美はソファーから立ち上がり、ドアへと歩き出した。

 「よしなさい。下手に感づかれるわけにはいかないわ」

 仁木の声が反対するが、聡美は言った。

 「ちょっとそのへんをうろつくだけです。誰かにあったら、トイレを探してるとか言えばいいんですから」

 そう言って、ドアノブに手を掛ける聡美。それを回して引こうとするが

 ガチャ

 「あれ?」

 それは開かなかった。念のため、今度は押してみたが結果は同じ。

 「う、うそ!? まさか・・・閉じこめられた!?」

 ドアは内側からは鍵が開けられないようになっていた。出入り口はこのドアしかない。聡美がそのことに気づくと、突然・・・

 「ハッハッハ・・・気がついたかね、松原さん?」

 どこからか、声が聞こえた。その声にハッとして、聡美がキョロキョロする。

 「その声は・・・小須田所長!?」

 「ご名答。まんまと罠にはまりましたね、松原さん、いや・・・SMSの岸本隊員」

 「!!」

 聡美は自分の正体がばれていることに驚いた。その声を指揮車内で聞いているメンバー達も、それは同様である。

 「どうしてあたしたちのことを・・・」

 「私達をバカだと思っているのかね? 北川にSMSが接触してきたと聞いて、なんの対策も講じないとでも思うかね? 君たちの行動は、全て把握している!」

 「くっ!」

 バシュバシュッ!

 聡美はポケットからショックガンを取り出すと、ドアノブに向かって数発発射した。しかし、ドアノブは傷一つつかなかった。

 「ムダです。超合金製のドアですからね。あなたは完全に閉じこめられました」

 小須田の声があざ笑うように響く。それと同時に

 プシュー!

 「!?」

 聡美が振り返ると、天井にあったスプリンクラーの穴だと思ってばかりいた穴から、白いガスが吹き出し始めた。

 「こ、これって・・・」

 「そう。あなた方が追いかけている、例の白い煙ですよ。まもなくこの部屋に充満し、あなたも同じような錯乱状態になるでしょう。そうすれば・・・」

 含み笑いをする小須田。

 「岸本さんっ!!」

 「待ってろ! 今行くぞ!!」

 指揮車が飛び立ち、VJが起動する。だが・・・

 「ううっ・・・!」

 ガスはどんどん室内にたまっていく。部屋の隅に逃れる聡美。とても指揮車が間に合いそうにない。と、その時

 バキッ!

 「!?」

 大きな音がした。聡美が頭上を見上げると、天井に大きな穴が開いていた。そして・・・

 スタッ!

 何者かが、そこから飛び降りてきた。

 「あ、あなたは・・・!」

 驚く聡美。

 「おやおや、ガス漏れか。こりゃいけないねえ」

 噴き出すガスを見ながら、のんきにつぶやく男。

 「早川さん!!」

 そう。それは早川だったのだ。

 「よう、縁があるね、お嬢さん。こんなところで何してるんだい?」

 「それどころじゃないよ早川さん! 見りゃわかるでしょ! 絶体絶命のピンチってやつなんだから!」

 いつものペースも、さすがにこの時の聡美にはまだるっこく見えた。しかし、早川はペースを乱さずに言った。

 「わかってますって。まぁそう慌てなさんな」

 彼はそう言うとドアに近づき、ポケットから針金を取り出してそれを鍵穴に差し込んで動かし始めた。

 「今時オートロックじゃないってのが幸いだね」

 そして・・・

 カチャッ

 「はいどうぞ」

 早川はそう言って、なんなくドアを開けてみせた。その腕前に、またしても聡美は舌を巻いた。

 「早川さん、ほんとに探偵さんなの?」

 「前にも言ったろう? ご覧の通り、ただのさすらいの私立探偵さ。さ、早く」

 そんなふうに言葉を交わし、部屋から駆け出す二人。

 「あれが噂のさすらいの私立探偵か? ひかる」

 「はい、そうです! 助けに来てくれたんですね!」

 その様子は、指揮車の面々も見ていた。すると・・・

 「いたぞ!」

 向こうの廊下の曲がり角から、例の黒ずくめの男達が出てきて、銃を構えるのが見えた。

 「こっちだ!」

 早川に手を引かれ、とっさに左へ曲がる聡美。

 「やっぱりあいつら、この研究所とつながっていたんだね!」

 「というよりは、ここの所長・・・小須田こそ、あんたらの追っているBC団のボスなのさ」

 「ええっ!?」

 早川の口から出た驚くべき言葉に、聡美はもちろん、それを聞いていた他のメンバーも驚いた。

 「小須田って名前も、民間研究所の所長って肩書きも、どっちも浮き世を渡るための仮面さ。奴の本当の名前は、ドクター・コス。昔アフリカのバウワンコ共和国の軍事政権で化学兵器の研究をしていた、毒ガス製造の責任者さ。バウワンコが市民革命で民主国家になったあとは海外に逃げてBC団を興し、今の稼業を続けている。今はこの研究所を隠れ蓑に、毒ガスの研究と製造を続けているわけだ」

 「どうしてそんなこと知ってるの!?」

 「あんたらと同じさ。悪人は放っておけない性分でね。それともう一つ・・・」

 と、早川が言いかけた時だった。

 「あそこだ!」

 廊下の向こうに、BC団の構成員が現れた。が・・・

 バシュバシュッ!!

 「うわっ!!」

 「ぎゃあ!!」

 彼らは聡美の撃ったショックガンに倒された。

 「やるね、お嬢さん」

 「でも、日本じゃ二番目・・・なんでしょ? それ以下かな?」

 聡美のその言葉に、早川はニヤリと笑った。

 「そういやお嬢さん、名前はなんていうんだい?」

 「聡美! 岸本聡美だよ!」

 「なるほど・・・聡美さんか。いい名だ」

 「えへへ・・・そうかな?」

 「さて・・・大脱走を続けるとしますか。SMSの皆さん、おたくのお嬢さんは責任を持ってお送りしますので、ご安心を」

 隠しカメラがついていることを知っているのか、早川は聡美に向かってそう言った。

 「いくぜ、お嬢さん」

 「はい!」





 「隊長・・・彼に任せていいんでしょうか?」

 突然現れ聡美を救ったさすらいの私立探偵に、さすがに戸惑いを隠せない仁木。しかし・・・

 「大丈夫です! 早川さんに任せておけば、きっと無事に脱出してくれます!!」

 ひかるが妙に自信ありげに言った。

 「・・・よし。岸本が戻ってこられるように、指揮車を研究所の裏門付近に待機させろ。仁木達は出撃。二人の脱出支援も兼ねて、内部に侵入して攻撃を開始しろ」

 「了解!!」

 「VJ―1、VJ−2、オペレーション・スタート・・・」

 「VJ−3、オペレーション・スタート!」

 VJを身につけた3人の実動員が、指揮車から飛び出していく。





 「むぅ・・・! グレート・フィンガー、あれがお前がしてやられた男とやらか?」

 無数のモニターが壁面を覆う部屋で、その一つに映る逃走中の聡美と早川を見た小須田所長・・・いや、ドクター・コスは、振り返って後ろに立っている男に言った。

 「忘れるわけがありません。あの男です」

 その男・・・殺人あやとり使いのグレート・フィンガーは、忌々しそうな顔でモニターを見ていた。その時

 「SMS第1小隊が建物内に侵入! 構成員が次々に倒されています!」

 モニターに白、青、赤のVJが、次々に構成員を格闘で気絶させたり、ドリームモードのマルチリボルバーで眠らせたりしているのが映る。

 「うぬぬ・・・! 何をしているグレート・フィンガー! 高い金を払って貴様を雇っているんだぞ! さっさとやつらを退治してこい!!」

 「お待ち下さい、ドクター・コス。それよりももっと有効な・・・奴らを一網打尽にする作戦があります」

 「なに? ・・・よし、いいだろう。その作戦とやらを見せてもらおうか」

 グレート・フィンガーはそれにうなずくと、その部屋を後にした。





 それから数分後。

 「トィヤッ!」

 バシッ!

 裏口を守っていた最後の構成員を、早川は倒した。

 「これでよし。さあ、いきな。外であんたらのお仲間が待ってる」

 そう言って、早川はもと来た道に駆けだそうとした。

 「早川さん! どこいくの!?」

 「あんたらの仲間が中で戦ってるようなんでね。とんぼ返りして加勢するつもりさ。あんたも早く戻って、自分の仕事をしな」

 「・・・はい!」

 聡美が笑顔でうなずくと、早川は風のように走り去っていった。それを見送ると聡美も裏口から飛び出し、外で待っていた指揮車に飛び乗った・

 「無事だったんですね、聡美さん!!」

 その姿を見て、ひかるが喜びの声をあげる。

 「心配かけさせちゃってごめん!」

 聡美はすまなそうな笑顔を浮かべながらも、自分の席である指揮車の運転席に座った。

 「よし、岸本。すぐに発進させてくれ。ここも安全とはいえないからな」

 「了解!」

 そう言って、指揮車を浮上させようとする聡美。その時

 シュバババババッ!! バシィッ!!

 「!?」

 突如、何かが指揮車にがんじがらめに絡まり、そのために指揮車の動きが停まってしまった。

 「こ、これって・・・!!」

 聡美は驚愕の表情で、フロントガラスにへばりついているものを見た。それは、何本もの細いワイヤーだった。





 一方その頃。研究所内で戦い続ける圭介達は・・・

 バシッ!

 「グエッ!」

 圭介が構成員の一人の首筋にチョップを叩き込み、昏倒させる。

 「こっちは片づきました。どっちに進みます、副隊長?」

 「外から見たのと違って、中は複雑なのね・・・」

 周囲を見ながらそうつぶやく仁木。その時

 ザザッ!

 「!!」

 左手側に、重機関銃を持った構成員達が殺到し、一斉に引き金に指をかけた。とっさに防御の姿勢をとる3人。と、その時

 バシバシバシッ!!

 その男達は背後からの打撃で、そろって気絶した。その後ろから現れたのは・・・

 「やぁどうも、はじめまして」

 白いギターを担いだ男だった。

 「あなたが、早川さんね・・・。岸本さんを助けてくれて、ありがとう」

 「その前は、ひかるも助けてくれたそうで・・・感謝します」

 仁木と圭介がそう礼を言う。

 「いえいえ、困ったときはお互い様ですから。というわけで、加勢にきたんですがね」

 「そのお気持ちとこうして助けられたことは感謝します。ですが、民間の方を危険にさらすわけにはいきません。ここは我々に・・・」

 と、冷静に仁木が答えようとした、その時だった。

 「た、大変です圭介君!! 指揮車が・・・指揮車が!」

 「どうした、ひかる!?」

 突然飛び込んでくるひかるの声。だが、そのまもなく

 「そこまでだ、SMS! それに、そこの流れ者! 仲間を殺されたくなかったら、おとなしく武器を捨てて降伏しろ!」

 ドクター・コスの声が響いた。

 「なんだと!?」

 「まさか、指揮車に何か!?」

 「戻るわよ!!」

 実動員3人、それに早川は、急いで裏口へと戻り始めた。





 「なにっ!?」

 裏口へ戻った四人は、そこにあった光景に驚愕した。

 そこではなんと、プロレスラーのような衣装をつけた男が、両手の指先から伸びるワイヤーで、自分よりはるかに大きな指揮車をがんじがらめに縛り付けて動けなくしていたのだ。

 「なんだこりゃ!?」

 「ほんとうにこんなことが・・・!!」

 話には聞いていたが、実際に前にしても容易に信じられない光景。その時、聡美から通信が入った。

 「ごめん、みんな! 捕まっちゃったよ!」

 「聡美さん! なんとか振り切れないんですか!?」

 「ダメ! こいつ、見かけに寄らずすごい馬鹿力だよ・・・!」

 「くそっ、それなら・・・!」

 真空砲をグレート・フィンガーに向けようとする圭介。しかし・・・

 「おっと! 下手な真似はするなよ!! 少しでも動いてみろ! 俺の指が少しでも動けば、この車はこのワイヤーでグシャグシャにつぶされちまうんだぜ!!」

 グレート・フィンガーが、彼の方を向いて言った。それに続いて

 「そういうことだ。全員、おとなしくしてもらおうか」

 「!」

 振り返ると、多数の構成員を引き連れたドクター・コスが現れた。

 「くっ・・・」

 真空砲を向けたまま、ヘルメットの中で悔しそうな表情をする圭介。

 「・・・気持ちはわかるが、よしたほうがいい」

 その時、早川がそう言って真空砲に手を添えた。

 「・・・大事な人がいるんだろう、あの中に? 下手に動いて、死なせちゃいけない」

 「・・・」

 先ほどまでの余裕が嘘のように真剣な早川の言葉に、圭介は無言で真空砲を下ろした。





 研究所の裏手にある採石場の跡。SMSのメンバーは、ここへ引き立てられ、それぞれ柱に縛りつけられた。

 「ちょっと! あたしたちをどうする気なのよ!?」

 柱に縛り付けられたまま、聡美が叫ぶ。

 「お前達には、新開発の細菌兵器の実験台になってもらう」

 彼らの前に立ったドクター・コスが、そう言った。

 「細菌兵器!?」

 「そうだ。お前達の足下にある噴射装置から、その細菌兵器が噴射される仕掛けになっている。吸い込めば、体内からドロドロに溶けていってしまう」

 「ま、マジかよ・・・!」

 「悪趣味だね・・・」

 青ざめてつぶやく小島と、あまり表情を変えない亜矢。

 「ねえ、早川さんはどうしたのよ!?」

 聡美が早川がそこにいないことに気づき、叫んだ。それに対して、コスの隣に立つグレート・フィンガーが答える。

 「あの男はお前達以上に我々の邪魔をした。よって、もっと残酷な方法で処刑を行う!」

 「もっと残酷な方法!?」

 「そうだ。見るがいい!」

 コスがそう言って合図をすると・・・

 ゴゴゴゴゴ・・・

 透明な材質でできた大きな箱が、フォークリフトに乗せられて運ばれてきた。そして、その中には・・・

 「早川さん!!」

 両手足を鎖で固定された早川が、その箱の中に閉じこめられていた。

 「あの箱の上に置いた装置には、特殊な細菌が大量に閉じこめてある。このスイッチを押せば、それが一気にあの箱の中に充満し・・・あっというまに、皮膚や肉を溶かしきってしまうのだ!!」

 スイッチを手にしたコスが、得意げに言う。

 「そ、そんな・・・残酷すぎます!!」

 あまりのむごさに、ひかるが叫ぶ。だが、コスは笑って言った。

 「このぐらいのことはしなければならん。我々の最後の大実験の前祝いとしてな」

 「・・・前祝い? なんだそりゃ?」

 小隈がいつもののんびりとした調子で尋ねる。それに対して、コスは答えた。

 「冥土のみやげに教えてやろう。我々が今まで実験してきたのは、これからお前達に試そうとしているものと同じ、細菌の一種だ。ただし、とても特殊な細菌でな・・・我々は、「人間うつし」と呼んでいる」

 「人間うつし!?」

 「そうだ。その細菌をある人間に飲ませると、その細菌はその人間の体の中で増え、汗や息に混じって外へ排出される。そうして排出された細菌を吸った人間は、その人間とまったく同じ性質をもつようになる。これが、人間うつしだ!!」

 「それじゃあ、あれを吸った人達が「悪魔の足」の煙を吸った人と同じ症状を示したのは・・・」

 「あの煙を吸って攻撃本能に支配された男の体を使って培養した「人間うつし」を詰めたボンベを、いろいろな場所で爆発させてテストを行っていたのだ! 結果はもちろん、大成功だったがな!」

 「なんてことを・・・!」

 「「人間うつし」は究極の細菌だ! 培養基となる人間を変えれば、どんな兵器にも早変わりする! 殺人鬼を使って増やした「人間うつし」を吸った者は殺人鬼になる! 麻薬中毒患者を使って増やした「人間うつし」を吸った者は麻薬中毒患者になる! ・・・これまでの「人間うつし」は、人間の体内でも数日すれば死んでしまうために効果を持続させることができなかったが、我々はそれの改良に成功した。その成果は、これから行う大実験によって証明されるだろう」

 「大実験?」

 「改良した「人間うつし」を大量に封入した爆弾を、あの塔に設置した発射装置に装填した!」

 コスが研究所の中央にそびえ立つ塔を見ながら言う。

 「時限装置が作動すれば、その爆弾は発射され、この上空で爆発する。解き放たれた大量の「人間うつし」は、今日の強い東風に吹かれ、都心へと向かい・・・そこで無数の患者を生み出す! これが我々の、最後の実験なのだ!!」

 「おやまあ、ずいぶん気前よくしゃべっちゃって・・・」

 小隈のつぶやき同様、他のメンバーもその恐ろしい計画に戦慄しながらも、ここまでベラベラと自分達の計画をしゃべってしまったこの男に呆れていた。だが、コスは相変わらず笑っていた。

 「ハッハッハ・・・心配はいらない。なぜならお前達は、この実験の結果を知ることはないのだからな。早速始めるとするか」

 コスはそう言うと、透明な箱に閉じこめられた早川に向き直った。コスをにらみつける早川。

 「まずはお前からだ、伊達男。細菌に食い尽くされてしまえ!」

 そう言って、ボタンに指をかけるコス。その隣で、グレート・フィンガーも残酷な笑みを浮かべている。

 「や、やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 聡美の絶叫が響く。しかし、それも虚しく

 カチッ!

 プシュウウウウウウウウウ!!

 スイッチが押され、噴出した白いガスがたちまち箱の中に充満し、早川の姿が見えなくなる。

 「早川さぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 「ワハハハハハハ!! あっけないものだな!!」

 高笑いをするグレート・フィンガー。と、箱の中のガスが、ゆっくりと薄れてゆく。

 「どれ、奴の骨格標本でも眺めるとするか」

 そう言って、箱に近づくコスとグレート・フィンガー。やがて、完全にガスがおさまり、箱の中が見えるようになる。

 そして・・・そこには、早川の手足を拘束していた鎖以外は、何もなかった。

 「そ、そんな・・・! 嘘でしょ・・・!?」

 信じられない様子でそれを見つめる聡美。

 「ワハハハハハハ!! あとかたもなく食い尽くされてしまったようですな、ドクター・コス!」

 それを見て笑うグレート・フィンガー。が、その隣のコスは、目を見開いて黙っていた。

 「・・・ドクター?」

 「・・・お、おかしい! おかしいぞこれは!!」

 そう言って、箱に顔をくっつけるコス。

 「あの細菌に食い尽くされても、骨だけは残るはずだ! なぜ何も残っていない!?」

 「なんですと!? それなら、奴はどうなったというんです!?」

 「わからん!! まさか・・・抜け出したのか!?」

 「抜け出す!? バカな!! 奴は縛られていましたし、密閉されたこの箱の中から我々が見ている中で脱出するなど・・・」

 大混乱に陥るコス達。と、その時・・・

 バババババババババババババババ!!

 何か、巨大なファンが回るような爆音が、彼らの耳に入ってきた。

 「!?」

 BC団、そしてSMSのメンバーがそちらに目を向けると・・・

 なんと、後部に巨大なファンを備えた赤、白、黒のカラーリングを施した車が、砂煙を起こしながら猛スピードでこちらへ走ってくるではないか。

 「うわぁっ!? なんだ!?」

 ブォォォォォォォォォッ!!

 「ウワァァァァァァッ!!」

 それはBC団の中に突っ込み、彼らをさんざんにかき乱した。呆気にとられてそれを見ているSMSメンバー。すると・・・

 「タァッ!!」

 その車を操縦していた何者かが運転席から高くジャンプし、車はそのまま走り去った。。

 「ううっ・・・」

 よろよろと立ち上がるコス達。そのとき・・・

 シュルルルルルルッ!! ビシィッ!!

 「うぁっち!?」

 突如飛んできた何かが、コスの手からSMSメンバーの足下に仕掛けられた噴射装置のリモコンを奪い取った。

 「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」

 突如採石場の岩壁の上から、何者かの高笑いが聞こえてきた。驚いた全員がそこを見ると・・・

 そこには、真紅の強化服を身にまとった一人の男が立っていた。胸には黒と黄色の逆三角形。黒いグローブとブーツ、それに真っ白なスカーフを身につけている。そしてなにより特徴的なのは、胸やベルト、それにマスクの額にあしらわれた「Z」の文字。彼は片手には真紅のムチ、そしてもう片方の手には、そのムチでコスから奪い取ったリモコンを握っていた。

 「だ、誰だお前は!?」

 突然現れた謎の男にうろたえ、彼に向かって叫ぶコス。すると・・・

 「・・・ズバッッと参上! ズバッッと解決!」

 彼はキレのよいポーズをとりながら、高らかに叫んだ。そして・・・

 「人呼んでさすらいのヒーロー! 快傑ズッバアァァァァッット!!」

 気合いのこもった叫びとともに、彼は決めのポーズをとった。その迫力に、誰もがたじろぐ。が、ズバットはすぐに次の行動に出た。

 「テェッ!!」

 シュバババババッ!!

 彼が何かを縛られているSMSメンバーに連続して投げつける。すると・・・

 ズパズパッ! パラッ・・・

 「あ・・・!」

 「ロープが・・・!」

 圭介達を縛っていたロープが見事に切られ、ほどけた。地面を見ると、そこには赤く「Z」をあしらったカードが突き刺さっていた。

 「早くいきな! ここは俺に任せて、あんたらには細菌爆弾とやらの始末を頼むぜ!」

 圭介達にそう叫ぶズバット。圭介達はすぐにうなずくと、素早くその場から逃げてしまった。

 「ああっ! おのれ! くそっ、やってしまえ!!」

 ガガガガガガガガガガガガガガガガ!!

 BC団が落としていたマシンガンなどを拾い上げ、一斉に岩壁の上のズバットに撃ち始める。だが・・・

 「ズッバアァッット!!」

 スタッ!

 ズバットは高らかに叫び、ジャンプして岩壁の下に飛び降り、コス達と対峙した。そして、彼らを見据えて激しく責め立てる!

 「罪もない人々を実験台にし、SMSを皆殺しにしようとし、あまつさえ凶悪な細菌兵器の大量散布を企てたドクター・コス! 許さん!!」

 「ええい、うるさい!! やってしまえ!!」

 銃やナイフを持ち、ズバットに襲いかかるBC団。しかしズバットは、ムチをふりかざしてそれに勇猛に立ち向かった。





 一方その頃指揮車では、圭介達がVJの再起動作業を行っていた。その作業を進めながら、メンバーは言葉を交わす。

 「あの・・・もしかして、あのズバットさんって・・・」

 「ああ、間違いないな。あの探偵さんだよ」

 ひかるの言葉にうなずく圭介。

 「まぁそれは、胸にしまっておくんだな。それがお約束なんだろうから」

 のんびりと小隈が言う。

 「そうですね・・・」

 「それより、ほんとにだいじょぶなんですか? 彼一人に任せておいて」

 小島が心配げに言う。だが、聡美は力強く言った。

 「大丈夫だよ! あんな奴らぐらい、一人でちょちょいのちょいだよ!」

 「それに、今は爆弾の方が危険だわ。時限式らしいけど、いつ爆発するかわからないし、すぐに発見して解体しないと・・・」

 仁木がそう言った。

 「・・・はい、終わりました圭介君。起動準備、完了です」

 「こちらも・・・終わったよ」

 ひかると亜矢が次々に報告する。

 「よし、第1小隊出動。建物内の爆弾の捜索と解体を行え」

 「了解!」

 VJは次々と、指揮車から飛び出していった。





 「ゼェット!!」

 ビシィッ!!

 「ギャアッ!!」

 また一人、構成員がズバットのムチに倒される。

 「う、うぬぬぬ・・・」

 残りの構成員は数が少ない。ジリジリと迫るズバット。その時

 ザザッ!

 「ドクター! ここは俺に任せて早く!」

 グレート・フィンガーが、間に割って入る。同時に構成員の運転する一台のエアカーが、コスの近くに停まった。

 「た、頼んだぞ!」

 コスはその車に乗ると、一目散に走り去ってしまった。

 「待てっ!!」

 「おっと! お前の相手はこの俺だ!!」

 バババッ!

 ズバットの前に立ちふさがるグレート・フィンガー。ガウンを脱ぎ捨てると、その指から十本のワイヤーが一斉に伸びる。

 「俺のこのワイヤーで、お前をズタズタに切り刻んでやる!!」

 「・・・」

 油断なく構えをとるズバット。そして、グレート・フィンガーが動いた。

 「死ねぇっ!! 必殺あやとり、「銀河」ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ザァァァァァァァァァァッ!!

 グレート・フィンガーの指から伸びたワイヤーが絡み合い、複雑な模様を作りながらズバットへ向けて走る。だが・・・

 「タァァァァァァッ!!」

 ギュルルルルルルルルル!!

 ズバットはそのムチを、竜巻のように猛回転させはじめた。そして・・・

 バババババババババババババババ!!

 猛回転するムチに触れたグレート・フィンガーのあやとりは、それに散らされ、見る見るうちに形を失っていく。それを見て、愕然とするグレート・フィンガー。

 「バ、バカな!! 俺の最高のあやとりが破られるなんて・・・!」

 「ズバットのムチに不可能はない!!」

 ビシィッ!!

 ムチを構えて叫ぶズバット。一方、グレート・フィンガーは途中でちぎれた自分のワイヤーを見て、呆然としている。だが、ズバットは攻撃の手をゆるめなかった。

 「テェッ!!」

 バシッ!!

 「グエッ!?」

 グレート・フィンガーの首に、ズバットのムチがしっかりと巻きつく。そして、そのまま

 ドカッ! ドカッ!

 「ぐえっ!! ぎゃあっ!!」

 ズバットはムチを振り上げては振り下ろし、二度三度とグレート・フィンガーを地面に叩きつける。やがて、ズバットはその手を止め、ボロボロになったグレート・フィンガーを見下ろした。

 「お前の・・・勝ちだ・・・!」

 ガクッ

 グレート・フィンガーはそう言い残し、意識を失った。しかし、それもそこそこにズバットは叫ぶ。

 「ズバッカー!!」

 すると、先ほどBC団を蹴散らしたあの巨大なファンのついた車が走ってきた。ズバットの愛車、ズバッカーである。ズバットはそれに飛び乗ると、猛スピードで走らせ始めた。そして・・・

 「フライト・スイッチ、オォォォォン!!」

 カチッ! ギュオオオオオオオン!!

 コンソールパネルのスイッチを入れると、二枚の主翼が展開し、ズバッカーが空に舞い上がった。

 ギィィィィィィィィィィン!!

 主翼の端についたジェットエンジンで雲を引き、ズバッカーは猛スピードでドクター・コスを追跡し始めた。





 「あったぞ!!」

 塔を駆け登り、内部を捜索していた3人。小島がその最上階で、ついに爆弾とその発射装置を見つけた。圭介と仁木もすぐにやってくる。

 「すぐに解体を始めないと・・・」

 「XYZ線スコープ!」

 ガチャッ!

 圭介のヘルメットのバイザーが下りる。そこには、内部を完全に見通すことのできるXYZ線を使ったスコープが内蔵されているのだ。

 「どう、新座君?」

 「あまり時間はなさそうですね・・・」

 圭介はそう言いながら、バックパックから工具箱を取り出し、工具を並べ始めた。

 「手伝うわ。私も爆弾解体の訓練は受けているから」

 「助かります」

 「俺は何かできないか?」

 「冷却剤か何か持っていたら、貸してくれませんか?」

 「わかった、今出す」

 3人は協力してその解体に取りかかり始めた。





 「急げ! 急げ!」

 後部座席に座るドクター・コスは、運転している部下を後ろからせき立てていた。部下も猛スピードでとばしているのだが、これで精一杯である。と、その時

 「ド、ドクター!!」

 助手席に座っている男が、前を見ながら叫んだ。

 「どうした!?」

 「あ、あの男の車が、前から!!」

 パニック状態になりながら叫ぶ部下。前を見ると、なんとズバッカーが猛スピードで正面からこちらへ向かってくるではないか。ズバッカーは見る見るうちに近づいてくる。そして・・・

 ドガァァァァァァァッ!!

 「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 正面衝突を避けようとした部下がハンドル操作を誤り、車は派手に横転し、道路脇の空き地に逆さになって停まった。

 「うぅ・・・くそ・・・!」

 屋根を下にして倒れた車からはいずりだしてくるドクター・コス。と、その眼前に

 スタッ!

 ズバッカーからズバットが降り立つ。

 「た、頼む、助けてくれ! お願いだ!」

 あわれっぽく命乞いをしながら後ずさるドクター・コス。だが・・・

 ガガガガガガガガガガガ!!

 ドクター・コスは車の中からマシンガンを拾い出すと、それをズバットに向かって放った。しかし・・・

 バシバシバシバシバシ!!

 ズバットはその銃弾を、激しく振るったムチによって全て弾いてしまった。

 カチッ! カチッ!

 「!!」

 やがてマシンガンは弾切れを起こしたらしく、ドクター・コスの引き金を引く音だけが虚しく響く。

 「あ・・・あわわ・・・」

 マシンガンを取り落とし、しりもちをついてズルズルと後ずさるドクター・コス。しかし、その後ろに転がった車が立ちふさがり、それ以上は進めなくなる。

 シュルルッ! バシッ!

 「ぐええっ!!」

 ズバットのムチが、ドクター・コスの首に巻きつく。

 ギリギリギリ・・・

 「くっ、苦しい! やめてくれ!!」

 そのムチを締め上げるズバット。彼はドクター・コスに激しく問いつめた。

 「二月二日、飛鳥五郎という男を殺したのは貴様だな!?」

 「しっ、知らん! 私はそんな男は知らん!!」

 「嘘をつけ!!」

 「ほ、本当だ!! それに私は、その日はモスクワでピロシキを食べていたんだ!!」

 「・・・」

 ズバットはドクター・コスの顔をジッと見ていたが・・・

 「・・・こいつでもなかったか」

 パシッ!

 やがて、ムチをほどいてベルトに戻すズバット。それから解放され、ドクター・コスは激しくせき込んだ。だが・・・

 「タァァァァァッ!!」

 突然、ズバットは空中高くジャンプし、その頂点で体にひねりを加えた。

 「ヒ、ヒィィィィィィィィ!!」

 ドクター・コスは、それを引きつった顔で見ることしかできない。そして・・・

 「ズバット・アッタァァック!!」

 ドガァッ!!

 ズバットは空中でキックの体勢をとると、必殺技・ズバットアタックをドクター・コスの胸に叩き込んだ。

 「ぎゃああああああああ!!」

 悲鳴を挙げて倒れるドクター・コス。

 スタッ!

 ズバットは着地し、彼を見下ろした。死んではいないが白目をむいて痙攣しており、半死半生といった様子だ。その時

 ビコーンッ! ビコーンッ!

 ズバットのヘルメットの両側面にあるタイマーが、警告音らしき音を発する。

 「タイムリミットか・・・」

 ピッ!

 ズバットはそうつぶやくと、カードを一枚取り出して倒れているドクター・コスに投げつけた。そのカードは、コスの着ている白衣の胸ポケットにきれいに滑り込んだ。

 「あっちも、止めてくれたようだな・・・」

 やがて、ズバットはなんの異常も見せない研究所の塔を見やって、静かに歩き始めた・・・。





 それから数分後・・・。その場所に、ゆっくりと指揮車が降りてきた。

 ガチャガチャッ! スタッ!

 そのドアやハッチが開き、中からVJを着たままの圭介達と、指揮車クルーが全員出てくる。

 「あれぇ? いないよ?」

 聡美があたりをキョロキョロしながらズバットの姿を探す。だが、そこにはすでに彼の姿は影もかたちもなかった。

 「もういっちゃったんじゃないんでしょうか?」

 ひかるがそう言う。と、その時

 「おーい、こっち来てみろや」

 小隈の声がしたので、そちらの方に行くと・・・そこには逆さになって倒れている車と、その側で意識を失っているドクター・コスがいた。

 「ありゃりゃ、こりゃひどいな。半殺しですよ」

 メディカルスコープで状態を確かめながら、小島がそんな感想を漏らす。

 「彼が・・・やったのかな・・・?」

 「おそらくはそうね。うまく急所はそらしているみたい。たしかに、こういう目に遭わされても文句は言えないことをしたとは思うけど・・・」

 それを見ながら、亜矢と仁木がそう言う。その時・・・

 「・・・ん? 何か胸ポケットに入ってる」

 圭介が胸ポケットから半分顔を出しているものに気がつき、それを取り出してかざしてみた。

 「なになに・・・「この者 極悪細菌テロ犯人!」」

 「Z」の文字をあしらった赤いマークが書かれていた白いカードには、そんな文字だけが力強く書かれていた・・・。





 それから数日後・・・。

 「ハッ、ハッ、ハッ・・・」

 軽く息をつきながら、ランニングウェア姿の聡美が海沿いの幹線道路を走っている。そして・・・

 「とうちゃく〜」

 いつも休憩場所にしている海浜公園に入り、そこのベンチに腰を下ろす。

 「ふぅ〜・・・」

 持ってきたスポーツタオルで汗を拭う。いつもならそのまま、一走りしたあとの心地よい疲労感にひたるところだが・・・

 「・・・」

 聡美の心には、どこかもやもやしたものが残っていた。

 (早川さん・・・どこいっちゃったのかな・・・)

 聡美は海に沈む夕日を眺めながら、そんなことを考えていた。すると・・・

 ♪〜

 「あ・・・!」

 どこからともなく、かすかにギターの音色がきこえてきた。顔を上げ、キョロキョロとあたりを見回す聡美。やがて、ギターの音とともに、歌声もきこえてくるようになった。

 「赤ぁあいぃぃい〜 夕日にぃいいい〜・・・♪」

 「!」

 聡美がその方向を見ると・・・白いギターを弾き鳴らしながら、早川が姿を現した。

 「早川さん・・・!」

 驚きと笑顔の混じった表情を浮かべる聡美。早川は彼女に笑顔を向けながらも、歌を歌い続けた。やがて・・・

 ・・・♪

 演奏は終わった。

 パチパチパチパチ・・・

 拍手を送る聡美。

 「や、どうも」

 早川はそう言いながら、聡美の隣に腰掛けた。

 「いい歌ですね、その曲。聞いたことない曲だけど、早川さんが作ったんですか?」

 「いや・・・これは、俺の親友が作った曲さ・・・」

 早川はそう言って、海に沈む夕日を見つめた。

 「そう言ってもらえれば、あいつもきっと、喜んでくれるだろう・・・」

 「!? あの・・・もしかして、その人って・・・」

 「ああ・・・もうこの世にはいない。この曲もギターも、そいつの形見さ」

 「そうだったんですか・・・。すいません」

 「謝ることはないさ。こうしてあいつのことを思い出しながら、この曲を弾いていれば・・・あいつは今も、俺の心の中に生きている・・・」

 早川はそう言った。

 「・・・もしかして、早川さんが旅を続けているのも、その人となにか関係あるんですか・・・?」

 聡美は思い切って、尋ねることにした。

 「暗い話になっちまうが、聞いてくれるかい?」

 「はい、もちろん」

 早川はそれにうなずくと、ゆっくりと話し始めた。

 「あいつは・・・俺の親友、飛鳥五郎は、本当に勇敢な男だった・・・。だがあるとき、幼稚園バスに仕掛けられた爆弾から園児を救うために重傷を負い、さらに運ばれた先の病院で、何者かに銃で撃たれて・・・そして、死んだ。この俺の目の前でな・・・」

 「!!」

 それを語る早川の顔は、本当につらそうだった。聡美はそんな辛いことを話させてしまったことに、罪悪感を感じた。が、早川は続けた。

 「・・・俺はそのとき誓った。飛鳥を殺した真犯人を、必ずこの手で見つけ出すと! ・・・その日から俺は、そいつを探しながら日本中を旅して回っている。そういうわけだ」

 「つまり・・・仇討ちの旅ってこと・・・」

 早川は小さく笑みを浮かべた。

 「お嬢さんの立場じゃ仕事柄、あんまりおおっぴらに俺のやっていることを誉めるわけにはいかないだろうがね」

 聡美は戸惑ったが、すぐに答えた。

 「うん・・・。あたしも、仇討ちが法律で禁止されてることくらい知ってる。たとえ仇を討っても、飛鳥さんは戻ってこないってことも・・・。でも・・・」

 そう言って、聡美は早川の顔を見た。

 「・・・もう会えなくなった人のことを忘れないで、その人のためになにかしてあげることは、少なくとも正しいんじゃないかって思うんだ・・・」

 「・・・」

 「あたしにもね、ちょっと違うけど、そういう人はいるんだ」

 聡美は夕日を見ながら言った。

 「あたしのお父さんも、もうこの世にはいない。けど、最後までとってもやさしくて、とっても強いお父さんだった・・・。あたし、早くお父さんみたいな人になりたくて、SMSでがんばってるんだ。ちょっと焦って、ほかのみんなに迷惑かけちゃうこともあるけど・・・きっとそれで、天国のお父さんも喜んでくれるはずだから・・・」

 聡美はそう言うと、再び早川に向き直った。

 「たしかに、素直に応援できる立場じゃないけど・・・でもあたし、早川さんの信じてることは正しいと思う。それに早川さんは、ただ復讐したいって気持ちだけで動いてる人じゃないこと、わかるから。それより前に、あたしたちと同じで、弱い人や困ってる人を助けたいって思ってる人だから。だから・・・だから、あたしは間違ってないと思うよ! 早川さんのやってること・・・」

 そう言って、聡美は笑顔を浮かべた。すると・・・

 「・・・」

 早川は笑顔を浮かべ、その手をとった。そして・・・

 「ありがとう、お嬢さん」

 「あっ・・・!」

 聡美はその手の甲に、軽く口づけをした。聡美の顔が、見る見るうちに赤くなった。

 「失礼。ほんのお礼のつもりだったんだが・・・」

 「い、いいんです! その・・・うれしいですから・・・」

 そう言ってうつむく聡美。早川は笑顔を浮かべた。

 「あんたは本当に心のきれいな人だ、聡美さん。そのままの心で仕事を続けていれば、もっともっときれいになれるだろう。がんばってくれ」

 「は・・・はいっ!!」

 思わず気をつけをしてしまう聡美。その目の前で、早川はギターを肩に担いだ。

 「さて・・・この街のそれらしい悪党も、飛鳥を殺した犯人じゃなかった。そろそろ、次の街へ行くとするかな」

 「ええ!? もう行っちゃうんですか!?」

 聡美が思わず声を出す。

 「なるべく早く天国の飛鳥を安心させてやりたいんでね。それに・・・日本にはまだまだ、悪党に苦しめられている人たちがいるだろう。そういう人たちのところへ、早く行ってやりたいからな」

 「そう・・・ですよね。名残惜しいけど・・・」

 早川と聡美は、互いに向かい合った。

 「お嬢さん・・・世の中には、いろんな悪党がいる。その中には、あんたらや警察の目をかいくぐって悪事を続けている連中もいる。そういう悪党は、俺のような人間に任せてくれ。あんたらは、少しでも闇の中から顔を出した悪党をかたっぱしから捕まえる・・・そんなふうに、全力で戦ってほしい」

 「わかりました・・・! お互い、がんばりましょうね!」

 早川と聡美は、固い握手を交わした。そして、早川はクルリと背を向けた。

 「またいつか・・・会えますよね!?」

 その背中に、聡美は尋ねた。

 「・・・悪を探して東へ西へ、さすらい続ける地獄から来た渡り鳥。同じ類を追いかけてれば、いずれまた会うこともあるでしょう。それまでは、どうかお達者で、お嬢さん。それじゃ、また」

 そう言ってかっこよく手を振ると、早川はゆっくりと歩き始めた。

 「さよーならー! 早川さーん!! 今度会うときは、日本一のSMS隊員になってるからねーっ!!」

 聡美はその後姿が見えなくなるまで、手を振り続けていた。そして、それが見えなくなると・・・

 「・・・よっし!!」

 一人気合を入れなおすと、夜の帳の降り始めた道路を、先ほどよりも快調な足取りで走り始めた・・・。




関連作品紹介

・快傑ズバット

 昭和52年2月2日から9月28日、全32回に渡って東京12チャンネル系で放映された特撮ヒーロー番組。石ノ森章太郎氏による原作、長坂秀佳氏の脚本、そして主演の宮内洋氏の快演、東映スタッフ陣の名演出などが合わさり、今なおカルト的な人気を誇る特撮番組。

 親友・飛鳥五郎を目の前で惨殺されたさすらいの私立探偵・早川健が、その真犯人を捜してギター片手に日本全国を旅するというのがストーリーの基本設定。早川はキザなポーズと洒落た仕草がピタリとはまるスマートで明るい男だが、弱い者には優しく悪に対しては激しい怒りを燃やす熱血漢でもある。早川は行く先々の街で悪人達によって虐げられている街の人々を助け、飛鳥の残した特殊強化服を完成させたズバットスーツを着てさすらいのヒーロー「快傑ズバット」となり、悪人達を退治しては次の街へ向かうのである。



 「快傑ズバット」は、毎回のストーリーの流れがほぼ決まっていて、それは次のようなものである。

 ヤクザや強盗団など、街にはびこる悪党達によって虐げられている人々。その前に颯爽と現れ、悪党達の三下達を軽く蹴散らす男・早川健。その前に悪党のボスが雇った用心棒が現れる。用心棒の素性を一目で見抜く早川だが、続いて不敵にもこう言い放つ。

 「お前さん、日本じゃあ二番目だ」

 怒った用心棒は、超人的な技を早川に見せつける。が、早川はさらにそれを上回る大技を披露し、用心棒を退散させる。悪党達を壊滅させるため、その拠点へ殴り込みをかける早川。が、人質を取られるなどして身動きがとれなくなり、悪党達によってすさまじい拷問を受け、最後はマシンガンの一斉射撃にさらされる。が、いつのまにか早川は姿を消している。驚く悪党達だが、その耳にどこからか爆音が聞こえてくる。そこへ飛来する赤いスーパーマシン、ズバッカー! そこから飛び降りた赤い強化服のヒーローは、悪党達に向かって高らかに名乗りを上げる!

 「ズバッと参上! ズバッと解決! 人呼んでさすらいのヒーロー! 快傑ズバァァッット!!」

 彼こそがズバットスーツを着た早川のもう一つの姿、「快傑ズバット」である。ズバットは悪党達の悪行を責め立て、ムチ一本で敢然と悪党達に立ち向かい、用心棒を倒し、ボスを捕まえて締め上げ、問いつめる。

 「二月二日、飛鳥五郎という男を殺したのは貴様だな!?」

 だが、ボスはアリバイを主張するなどしてそれを否定する。この男でもなかったと判断したズバットは、半死半生のボスに一枚のカードを投げつけ、その場から立ち去る。やがて警察が駆けつけボスを見つけて捕らえるが、そこには「この者 極悪殺人犯人!」など罪状を記したカードが残されていた。

 こうして一つの街を救った早川は、再び仇を求めて、また、悪に苦しめられている人を救うため、再び旅に出るのであった・・・。



 このような基本的流れに沿って、毎回のストーリーは展開される。早川の登場、用心棒との対決、一転してピンチに陥る早川、入れ替わりに登場し悪を蹴散らすズバット、そしてまたさすらいの旅へ・・・という、非常にシンプルな構造である。ワンパターンであるがそれは絶対に退屈であるということはない。なぜなら、それを補ってあまりあるほどの魅力が早川健にはあり、毎回のストーリーも基本的な流れの上にしっかりとメリハリがついている。なにより注目すべきなのは用心棒との対決である。毎回登場する用心棒達はいずれも自らを日本一や世界一だと自称するほどの凄腕ばかりである。加えてそれぞれの用心棒は、拳銃の早撃ちを得意とするガンマンや居合抜きの達人といった正統派だけでなく、大工道具を武器にする殺し屋大工や皿や包丁投げの名人である殺し屋コック、果てはバーテンや釣師、占い師までもが、用心棒として早川の前に登場し、とんでもない特技を披露するのである。が、早川は毎回いとも簡単にそれを上回る技を見せつけ、自分の実力を相手に見せつけるのである。この用心棒との対決だけでも毎回十分楽しめるのだが、加えて早川のどこまでもかっこいい仕草や、ズバットが悪人を責め立てるときやボスに飛鳥殺しの犯人を問いつめる際の毎回の口上などが、見る者の心をとらえて離さないのである。そしてその魅力の中心である早川を演じるのは風見志郎(仮面ライダーV3)、神命明(アオレンジャー(秘密戦隊ゴレンジャー))、番場壮吉(ビッグ1(ジャッカー電撃隊))など数々のヒーロー番組で主役級のキャラを演じてきた宮内洋氏であり、現在でも彼以外にかっこよくキザな仕草を嫌みなくすることのできる早川を演じることのできる人物は考えられないと言われている。


関連用語紹介

・人間うつし

 てんとうむしコミックス第45巻「人間うつしはおそろしい」に登場した細菌の一種。試験管の中に液体状に保存されており、人間に飲ませて使用する。体内に入ったこの細菌はそこで増殖し、汗に混じって体外に排出される。それはやがて空気中を漂い、この細菌の混じった空気を吸った者は培養に使われた人間と同じような性質をもつようになる。劇中ではのび太がこれを飲み、吸った者がのび太と同じになる「のび太病」を生み出した。ドラえもんの「さあ、町中にばい菌をばらまいてこい」という悪の組織の大幹部ばりのセリフに見送られたのび太は言われたとおりに町中を徘徊し細菌を散布。たちまちのび太病は蔓延し、翌日はパパが寝坊し、ママはめんどくさがって料理をつくらず、クラスメートは全員遅刻、先生は問題がとけない・・・と、恐ろしい被害(?)が出た。

 培養基となる人間を変えれば、どんな細菌にもなりうるのだから恐ろしい細菌である。もし殺人鬼や麻薬中毒者の体内で繁殖した人間うつしが市街地で散布されたら恐ろしいことになるだろう。なお、小説中でBC団がとろうとした爆弾に詰めて上空で爆発させ、風に乗せて細菌を散布するという方法は、やはりほとんど同じ効果を持つ「ビョードー爆弾」という道具の使用法と同じである。



・グレート・フィンガー

 てんとうむしコミックス第15巻「あやとり世界」に登場したキャラ。のび太がもしもボックスで作ったパラレルワールド「世界中があやとりにむちゅうな世界」の住人で、そこで行われている大人気のプロスポーツ(?)、「プロあや」のチャンピオンである。プロあやは選手の格好やリングの上で行う点はプロレスそっくりであるが、違うのは選手同士があやとりの技術を競うというところ。片方の選手があやとりで形を作り、対戦者はさらに高度な技でそれにこたえていく、というのが試合形式らしく、何をもって勝ち負けを判断するかの詳細は不明だが、相手の技より高度な技を出せなければ負けということになるらしいことと、時間がかかりすぎるとノックアウトになるらしいことはわかっている。既に七回のタイトル防衛に成功しているチャンピオン、グレート・フィンガーは、挑戦者アヤノ・トリローの必殺技「大森林」に苦しめられながらも第5ラウンド、自らの必殺技「銀河」で反撃、見事逆転勝利をおさめた。テンションが高いのか低いのかよくわからない試合だが、このチャンピオン戦のような試合では勝者には30億円もの賞金が渡されるらしい。また、天才あやとり少年のび太の噂を聞きつけてやってきた全日本プロあやとり協会のスカウトマンは、その契約金としてプロ野球並の数字を提示してきた。のび助によるとプロあやの選手になるには「たいへんな才能と努力と・・・」その他のものが必要らしく、大変なことのようだ。

 小説中でのグレート・フィンガーはプロあやの選手ではなく、殺人あやとりを使う用心棒として登場、早川健とあやとり対決を行う。糸やワイヤーを生き物のように動かし、鉄骨をも切断する超人的な技を持つが、それでもやはり早川には敵わなかった。原作中ではしゃべっていないので性格も何もわからないが(とりあえず悪そうな顔ではない)、とりあえず用心棒の慣例に倣い、女子供も平気で殺そうとする残忍な性格、ということにした。なお、彼の雇い主であるBC団のボス、ドクター・コスも、元ネタは大長編「のび太の大魔境」に登場する犬の国の悪の科学者、コス博士。シーズー犬から進化したと思われるが、ちっともかわいげのない卑屈で底意地の悪そうな顔をしている。


おまけコーナー(対談式あとがき)

 作者「影月」

 聡美「聡美の」

 二人「「おまけコーナー!!」」

 作者「はい! というわけで第三弾です。いかがでしたでしょうか?」

 聡美「いかがでしたでしょうか、って・・・。つっこみたいところはたくさんあるけど、
    とりあえず・・・なんでズバット?」

 作者「リアルな恐怖もの、ファンタジーものと続いてきたので、ここらでエンターテイメント色の
    強いのを書いてみたくなりまして。そのときたまたま買ったのが「快傑ズバット大全」だった
    というわけです。もとから好きな作品なんですけど」

 聡美「ようするに、いつもの影響されやすいクセが出ただけでしょ。たしかに
    エンターテイメント色は強いと思うけど。でもねぇ・・・」

 作者「なにかご不満でも? せっかく今回のメインに据えたのに」

 聡美「メインっていっても、なんだか早川さんに助けられてばっかりじゃない。
    まぁそれはいいとして・・・なんかあたし達が早川さんに食われてる
    感じがするけど」

 作者「それは仕方ありません。どんな作品だろうと、彼が出てくると全てが彼中心に
    回り出すのは当たり前のことです。彼はそういうキャラですから」

 聡美「・・・それを承知で彼をこの世界に引っ張り込んだの?」

 作者「はい(キッパリ)」

 聡美「もうちょっと自分のキャラに愛情もってよ・・・(ため息)」

 作者「もってますってば。だからこそこのシリーズ長続きしてるんでしょ。
    それじゃ聡美さん、最後にズバットといえばラストのあれ、ズバッと
    お願いします」

 聡美「はいはい。「ズバットのまねは危険ですから絶対にしないでね」。
    これでいい?」

 作者「はい、バッチリ! それでは、今回はこのへんで。あばよ、カモメさん!」

 (BGM 「男はひとり道をゆく」)


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