カップルや家族連れでにぎわう、とある水族館。そこにあるマンボウの水槽の前で、一人の少女が座っていた。周囲はカップルばかりなのに一人だけなのが理由なのか、彼女はどこか浮かない表情だった。

 「やっぱり、一人で来ても仕方ないですかね・・・」

 赤い髪のその少女は、小さくそうつぶやいた。もっとも、最初から彼女はここに一人で来るつもりはなかった。最初は、彼女の恋人とともに来るつもりだったのだ。しかし・・・

 「ごめんな、ひかる。すぐに行ってやらないといけないんだ」

 ひかるの頭に、申し訳なさそうに謝る圭介の姿が浮かぶ。本当は今日は圭介とデートの予定だったのだが、その出発直前、圭介のもとに彼の高校時代の友人が事故にあって病院に運ばれたという電話が入った。そのため、彼は急いで病院へ向かわなければならなくなったのである。

 「すぐ行ってあげてください。デートはいつでもできますから・・・」

 もちろんひかるは、それを笑って許した。圭介はもう一度謝りの言葉を述べると、すぐに寮から出ていった。結局デートがふいになってしまったひかるは、一人で寮で過ごすのも退屈だと思い、一人で予定のデートコースだった水族館にきたのである。

 「もうちょっと見て、それで帰ろうかな・・・」

 しかし、やはりあまり楽しくない。ひかるがそうつぶやいて、その水槽の前を離れようとしたその時だった。

 「あ! いたいたいた!!」

 野球帽を被った一人の男が、いきなりひかるのもとへ駆け寄ってきたのだ。猫のようにつり上がった目と出っ歯が特徴的な男だった。

 「いやぁ、探したよ! 花のブローチをしてるってことは、あんたが受取人だね」

 その男はひかるの胸につけられたひまわりのブローチを見ながら早口でそうまくしたてた。

 「あ、あの・・・」

 突然のことに、戸惑うひかる。だが・・・

 「はい、これが今回のブツだ。受け取ってくれ」

 男はひかるに緑色の箱を突き出し、無理矢理受け取らせた。

 「で、ですから私は・・・」

 「そんじゃ、俺はこれで。毎度あり!!」

 男はそう言うと、風のようにそこから立ち去ってしまった。

 「あ、待って下さい!!」

 ひかるは彼を呼び止めようとしたが、すでに彼は姿を消していた。ひかるは唖然とした顔でたたずむしかなく、彼の渡していった箱だけが、その手の中にあった。




Extra Episode Vol.4

ある幸福な生涯


 「やあ・・・ひかる君」

 夕方。寮に戻ってきた亜矢は、同じように外出から戻ってきたひかると寮の前でバッタリ出くわした。

 「ご苦労様です、亜矢さん。勤務明けですか?」

 「ああ、一足先にね・・・。ところで・・・新座君はどうしたんだい・・・?」

 ひかるが圭介と一緒にいないことに、亜矢は首を傾げた。

 「出かけるすぐ前に、圭介君のお友達が事故にあったって電話があって、圭介君はそのお見舞いにいきました。だから今日は、ずっと一人だったんですよ」

 苦笑いしながら答えるひかる。

 「それは災難だったね・・・。しかたのないことだけど・・・」

 「そうですね・・・」

 ひかるはそう言って、ちょっとあさっての方を見るような表情をした。

 「・・・? どうしたんだい・・・?」

 すると、ひかるは亜矢の顔を見て言った。

 「あの・・・実は、亜矢さんに見てもらいたいものがあるんです」





 亜矢の部屋。二人はテーブルをはさんで向かい合って座っていた。テーブルの上には、ひかるが持って帰ってきた例の箱が。

 「なるほど・・・。相変わらず・・・出かけると何かが起こるんだね、君は・・・」

 話を聞いた亜矢は、紅茶を飲みながら微笑を浮かべた。だが、ひかるは真剣な顔で言う。

 「そうかもしれませんけど・・・問題なのは、これをどうするかですよ」

 その言葉に、箱を見つめながら亜矢はうなずいた。

 「もちろんだよ・・・。中身は・・・見ていないのかい?」

 ひかるは首を振った。

 「もし危ないものだったりすると、怖いですから」

 「それはそうだね。警察に届けることは・・・思いつかなかったのかい?」

 「私達の仕事だって、ほとんど警察と同じじゃないですか」

 「それもそうだね・・・」

 二人はしばし黙って、箱を見つめた。

 「ひかる君は・・・これが爆弾だと思うかい?」

 だが、ひかるは首を振った。

 「・・・たぶん、そうじゃないと思います。渡した人の雰囲気は、そういう感じじゃありませんでしたから。なんていうか・・・もっと、大事なものみたいな感じでした」

 「・・・」

 「わ、私思うんですけど・・・私、誰かに間違えられたんだと思います。その人、私のことを「受取人」って呼んでましたし、花のブローチがその目印みたいなことも言ってましたから」

 「つまり・・・君はもしかしたら何かの犯罪に巻き込まれてしまったんじゃないか・・・そういうんだね?」

 その言葉に、ひかるはうなずいた。

 「フム・・・「間違えられた男」ならぬ・・・「間違えられた女」・・・か」

 亜矢は妙に納得した様子で箱を見つめていたが、やがて言った。

 「・・・開けてみようか?」

 その言葉に、ひかるは軽く驚いた。

 「爆弾じゃないとは思いますけど、危ないものじゃないっていう保証はないんですよ?」

 不安げにそう言うひかる。だが、亜矢は言った。

 「大丈夫だよ・・・。私の力を使って・・・中のものを見透かしてみよう・・・」

 そう言って亜矢は、水晶玉のように箱に両手をかざし、目を閉じた。

 「・・・」

 集中した様子になる亜矢。緊張した空気の中、ひかるは固唾を呑んでそれを見つめた。と・・・

 「・・・」

 亜矢が目を開け、手を元に戻した。

 「どうでしたか?」

 ひかるはすぐに結論を尋ねた。

 「君の言うとおり・・・爆発物ではないようだね・・・。それどころか・・・人工物でもないようだ。はっきりとはわからないが・・・」

 「そうですか・・・」

 「・・・やはり、開けてみるしかないか・・・」

 箱のフタに手をかけながら、亜矢が言った。

 「大丈夫ですか?」

 「心配なら・・・君は隣の部屋に避難してもいいよ・・・」

 ひかるは少し迷ったが、やがて首を振った。亜矢はそれを見届けると、言った。

 「それじゃ・・・いくよ」

 「は、はい・・・」

 緊張の表情でひかるが見つめる中、亜矢はその手を上に上げた。

 パッ!

 見た目通り、箱は簡単に開いた。そして・・・爆発することもなければ、白い煙が出てきて二人がおばあさんになることもなかったのである。

 「・・・」

 「・・・」

 そして箱の中には・・・奇妙な物体が入っていた。大きさは夏みかんほどで、ボールのような形とオレンジ色の色もよく似ていた。ただし表面はツルツルしていて、まるで陶器のようである。

 「・・・」

 亜矢はテーブルの上にあった眼鏡ケースから眼鏡を取りだし、それをかけた。伊達眼鏡なのだが、考え事をするときにつけていると集中できるのだという。そして箱の中からそれを取りだし、しげしげと見つめたり、指先でコンコンと軽く叩いてみたりした。見た目通り、固い感触が返ってくる。

 「なんでしょう、これ・・・」

 そんなことを言ったひかるに、亜矢はそれを手渡した。

 「ちょっと、持っていてくれないか・・・」

 亜矢はそう言うと、隣の部屋へ歩いていった。ひかるはその間、亜矢と同じ様なことをしていたが、すぐに亜矢はハンディアナライザーを手に戻ってきた。

 「これで分析してみよう・・・」

 ひかるはうなずくと、それを亜矢に手渡した。亜矢はアナライザーをその物体にあてていく。

 「もう一杯・・・どうだい?」

 その間、亜矢は紅茶をもう一杯ひかるに勧めた。

 「あ、いただきます」

 そう言って、ひかるはティーポットから再び紅茶を注いだ。

 pipi!!

 やがて電子音がして、分析完了を告げた。

 「どうです?」

 尋ねてくるひかるに、亜矢は分析結果を見ながら言った。

 「思った通りだね・・・。これは・・・何かの卵だよ・・・」

 その答えに対するひかるの表情は、半分納得半分驚きというものだった。

 「やっぱりそうですか。持った感じとかは卵としか思えなかったんですけど・・・」

 そう言いながら、ひかるは不思議そうな表情で卵を見た。

 「でも、こんな卵見たことがありません。大きさはダチョウの卵くらいですけど、形や色が全然違います」

 「私も・・・見たことがないね・・・。魔獣の卵でも・・・なさそうだし・・・」

 黙って卵を見つめる二人。やがて、亜矢が言った。

 「・・・孵化させてみようか?」

 眼鏡を白く反射させながら(ただ反射してるだけなのだが)亜矢が言ったその言葉に、ひかるは驚き慌てて手を振った。

 「だ、ダメですよ! もしも怖い生き物が生まれちゃったりしたらどうするんです!」

 「遺伝子操作で作られた生物兵器とか・・・かな?」

 ひかるは一生懸命うなずいてみせた。実験したがりという亜矢の悪い癖を出させるわけにはいかない。

 「・・・わかったよ。SMSが騒ぎを起こすわけには・・・いかないからね」

 やがてその祈りが通じたのか、亜矢は少し残念そうな様子を見せながらも、ひかるの言うことを受けいれた。ひかるはホッと安堵のため息をついた。

 「それじゃ、これはどうしましょう?」

 「とりあえず・・・隊長のところへ持っていってみよう・・・。どこかの研究所からの・・・盗難品かもしれないからね・・・」

 「そうですね」

 ひかるはそう言って、立ち上がろうとした。その時・・・

 ガッ! ガタッ!

 「あっ!!」

 椅子をテーブルに戻す勢いが少し強かったためにテーブルが揺れ、その上に置いてあったティーカップが倒れてしまった。

 バチャッ!

 そして、中にあった飲みかけの紅茶がテーブルの上に派手にこぼれてしまった。

 「ご、ごめんなさい! ええと、布巾布巾・・・」

 ひかるは慌てて布巾を探し始めたが、あいにくそれはテーブルの上にはなかった。

 「火傷はしていないかい・・・? 待っていて。すぐにとってくるよ・・・」

 「す、すいません・・・」

 キッチンへと歩いていった亜矢に頭を下げると、ひかるはテーブルの上に目を戻した。

 「ああ、卵にもかかっちゃいました・・・」

 紅茶はテーブルの上に置いてあった卵にもかかってしまっていた。ひかるが思わずその卵に手をかざそうとしたその時・・・

 ピシッ! ピッ・・・ピキッ・・・

 「え・・・!?」

 その目の前で、オレンジ色の卵にひびが入り始めた・・・。





 時間を数分巻き戻そう・・・。

 「フゥーッ・・・」

 寮の駐車場にファルコンを停めた圭介は、ヘルメットを脱いで一息ついた。

 「折原の奴が足の骨以外は大丈夫だったのは不幸中の幸いだったけど・・・ひかるには悪いことしちゃったな」

 圭介はそう言いながら、シートを開けてその下のスペースに入っていたお菓子屋の箱を取り出した。ひかるは納得していたので怒ることはないだろうと思いながらも、気持ちの問題でお詫びにケーキを買ってきたのだ。圭介はそれを持って、寮の中へ入っていった。





 「ひかるー、帰ってるか? ケーキ買ってきたんだけど」

 ひかるの部屋のドアをノックしてそう言うが、中から返事はない。同じことを何度かやってドアノブを回してみたが、やはり鍵がかかっている。

 「まだ帰ってないのかな」

 圭介はそうつぶやいて、仕方なく自分の部屋に戻ろうとした。その時

 「〜〜〜!!!」

 どこからか、悲鳴のような声が聞こえたような気がした。

 「?」

 圭介はその音の方向へ歩いていった。そして立ち止まったのは・・・亜矢の部屋の前だった。中からは今は悲鳴ではなく、ドタバタという音が聞こえている。基本的に静かな亜矢の部屋でこんな音がするのは珍しい。

 「もしかして、あいつもここかな・・・」

 圭介は首を傾げながらも、そのドアを叩いた。

 「亜矢さん、どうかしましたか? 亜矢さん?」

 だが、返事がない。圭介が何度かそれを続けていると・・・

 ガチャ・・・

 「や、やあ・・・新座君・・・」

 ドアが開いて、亜矢が顔にかかった前髪を直しながら出てきた。

 「? 亜矢さん、どうかしましたか? 変な音が聞こえましたけど」

 「うん・・・ちょっと、ね・・・」

 「・・・それはそうと、ひかる来てません? 部屋にいなかったんですけど」

 それを聞いた亜矢は、珍しくばつの悪そうな顔をした。

 「・・・いるには、いるんだけどね・・・」

 「? どうかしましたか? いるなら会わせてほしいんですけど。早く食べるか冷蔵庫にしまうか、どっちかしないとこの箱の中のドライアイスが溶けちゃうんですから」

 そう言って、ケーキの箱を掲げる圭介。

 「今立て込んでいるけど・・・いいかな?」

 「ええ、別にかまいませんけど・・・」

 圭介は首を傾げながらも、亜矢に誘われて部屋の中に入った。

 「ひかる?」

 圭介はこちらに背を向けて床の上に座っていたひかるに声をかけた。すると・・・

 クルッ!

 「あ・・・! け、圭介君!」

 ひかるは普段からは想像もつかない素早さで、クルリと振り返った。

 「ひかる、ケーキ買ってきたぞ」

 圭介はそう言ったとき、妙なことに気づいた。ひかるは自分の両腕を不自然に後ろに回していたのだ。

 「ひかる・・・お前、後ろになんか隠してないか・・・?」

 当然圭介がそう尋ねると

 「な、なに言ってるんですか!? なんにも隠してなんかいませんよ」

 ひかるは不自然な笑みを浮かべながらそう言った。両腕は相変わらず後ろなので、説得力は0である。

 (わかりやすい奴・・・)

 圭介はため息をつきながらも、さらに言った。

 「何拾ってきた? 犬か? 猫か? 怒らないから見せてみろよ。たとえ王蟲の幼生だったりしても、俺は風の谷の人達みたいなことはしないからさ」

 「何を言っているんだい、新座君・・・?」

 その横で、亜矢が首を傾げた。

 「ほんとに何もいないんですってば!」

 「ふ〜ん・・・」

 圭介はそう言うと、ひかるに背を向けて何かゴソゴソとやってから振り向き、ケーキの箱を両手で持った。

 「ひかる」

 「?」

 「パス」

 そう言うと圭介は、その箱をひかるに向かって放り投げた。

 「わっ・・・!?」

 ひかるは条件反射的に両手を前に出して、目の前にスライディングした。

 ポスッ

 その甲斐あって、見事箱はひかるの手の中へ。

 「ナイスキャッチ」

 圭介はそう言って拍手した。ひかるはそれを見て怒る。

 「なにするんですか圭介君!! これじゃ中のケーキがグチャグチャに・・・」

 と、そこまで言ってひかるは気がついた。手の中にある箱が、やけに軽いことに。

 「ならないんだな、これが」

 圭介はスッと横へ移動して見せた。その背後にあったテーブルの上には、ケーキがちゃんと並んでいた。

 「それより、もう一つ気がつくことがないか?」

 その言葉に、ひかるが気がついたときには遅かった。そう、ひかるは今目の前に倒れ込んだ状態で、当然その手は空の箱でふさがっている。ということは・・・

 ササッ!

 完璧にノーガードになったひかるの背後に、圭介はすばやく回り込んだ。

 「あっ!!」

 「ずるがしこくなったね、新座君・・・」

 それを見て、亜矢が静かに言った。

 「多少ずるがしこさ身につけてたって無駄にはならないと思いますよ。ここまで見事にひっかかっちゃうのも考え物だけど」

 「・・・ずるいです、圭介君」

 恨めしそうな目で圭介を見るひかる。

 「そんな目で見るなよ。お前の好きなシルクロードケーキとブルーベリーアイス、俺の分もあげるからさ」

 「・・・」

 なぜかそれで黙り込んでしまうひかる。圭介はそれを見て苦笑いした。

 「そんじゃ、とりあえず俺の勝ちだな。見せてくれないか、お前の拾ってきたもの」

 「・・・拾ってきたんじゃありません。かえったんです」

 「かえった・・・?」

 圭介が首を傾げたその時・・・

 ピュルルルルルルル!!

 風のような音とともに、何かが飛び出してきた。

 「わっ!?」

 思わず近くのソファーに倒れ込む圭介。圭介はすぐに起きあがってその正体を確かめようとしたが・・・

 「な・・・なんだそりゃ!?」

 「それ」は、明らかに不可思議なものであった。体の中心、その最上部についた「目」はまつげまで生えていて人間の目そっくりであったが、そのほかの部分は「体」と呼べるのかよくわからない。その「目」を中心につむじ風のように激しく風が回っているのである。

 「ひかる・・・なんなんだそれ?」

 圭介はもう一度尋ねた。だが・・・

 「なんなんでしょう・・・?」

 「フーンフーン♪」

 困惑するひかるの腕の中で、「それ」は目を細めてうれしそうに鳴くだけであった。





 それから数十分後・・・。

 「で、なんだかわかんないんだ?」

 ほとんど説明になっていない事情の説明を受けた小隈は、そう言った。

 ここは寮の3Fのレストルーム。時々メンバー(主に小島、聡美、圭介、ひかる)が勝手に集まってゲームなどをしている部屋なのだが、今は全員がここに集まっている。その話題の中心は、もちろん謎の卵から孵化した謎の生き物(?)である。

 「フーンフーン♪」

 ひかるの腕の中で相変わらず上機嫌な鳴き声を出しているその生き物は、常に弱い風を巻き起こしていた。それを抱いているひかるの髪が、その風で少し揺らいでいる。

 「卵から孵ったことは確かなんですけど・・・」

 ひかるが困惑気味にそう言った。

 「これがその卵なのね」

 亜矢に渡された二つに割れた卵を、仁木はしげしげと見つめた。

 「どれ、近くで見せてもらおうか」

 そう言って、小隈はそれに近づいてよく見た。

 「ふ〜ん・・・。見た目はつむじ風か竜巻・・・いや、目があるから台風かな」

 小隈はそう言って、亜矢を見た。

 「桐生、どう思う?」

 「ざっと調べたことでしかわかりませんが・・・」

 亜矢はそう言った。

 「回転が反時計回りであること・・・中心部の気圧が低いことなどの特徴は・・・台風の特徴と一致はしています」

 「ねえ、まさかとは思うけど、台風って卵から生まれるものじゃないよね・・・?」

 それまで黙っていた聡美が、おそるおそる尋ねる。すると、小島がそれを鼻で笑った。

 「台風は気象現象だぞ? 卵から生まれるわけないだろが」

 その言葉に、聡美はムッとして言い返した。

 「そこまで言うなら訊くけど、気象現象ってどんな気象現象なの? わかりやす〜くレクチャーしてくれないかしら、小島センセ」

 その言葉にひるむ小島。

 「そ、それはだな・・・」

 「台風というのはね・・・熱帯で発生した熱帯低気圧のうち・・・北西太平洋で発達して・・・中心付近の最大風速が毎秒17m以上になったものをいうんだよ・・・」

 それに代わって、亜矢がその質問に答えた。

 「小島君の言うとおり・・・つまりは気象現象。間違っても・・・卵から孵るようなものではないね・・・」

 「でもこの子、現に卵から孵ったわけでしょ?」

 ひかるに甘えている台風の子供と仁木の持っている卵の殻を交互に見ながら、聡美が言った。

 「どーせまた、どっかの科学者か研究所が思いつきで作ったものに決まってるって。ただ、ひかるちゃんの話した卵の入手経緯からすると、たぶんどっかから盗まれてきたものだろう」

 「状況から考えれば、そう推理するのが妥当ね。捜査部に頼んで関係各所にこういうものが盗まれていないかどうか、調べてもらうわ」

 卵の殻をテーブルの上に置きながら、仁木がそう言った。

 「それにしてもずいぶんなついてるな、服部」

 うれしそうにひかるの腕の中でクルクルと回っている台風の子供を見ながら、小隈が言った。

 「ずっとうれしそうについてくるんです。たぶん・・・卵から孵ったとき一番近くにいたのが私でしたから、「すり込み」で私を親だと思ってるんじゃないでしょうか」

 「フーンフーン♪」

 困惑気味ながらも笑顔を浮かべて答えるひかるの腕の中で、台風の子供はうれしそうに鳴いた。

 「それにしても、前は雲になつかれたのに、今度は台風になつかれるなんて・・・お前、かわったものに懐かれる縁でもあるんじゃないのか?」

 「よくわかりませんけど・・・そうかもしれませんね」

 圭介の言葉に、ひかるは小さくうなずいた。

 「・・・ところで、どうしましょうか、隊長?」

 そう言って、小隈を見つめる仁木。

 「う〜ん・・・」

 小隈がうなる中、自然と全員の視線がひかると台風の子供に注がれる。すると・・・

 ギュッ・・・

 その視線に、思わずひかるは台風の子供を抱きしめて言った。

 「せっかく生まれてきたんです! お願いですから、殺すとか捨てるとか、そういうことはやめて下さい!」

 誰よりも生き物に優しいひかるのことである。必死にそう言うひかるの気持ちは、誰でもよくわかった。しかし・・・

 「でも、ひかるちゃん・・・こればっかりは、普通の生き物じゃないし・・・」

 「そうだよ。子供だからって台風は台風なんだから、もし大きくなったりしたら危ないことになるかもしれないんだよ?」

 小島と聡美がそう言う。

 「・・・」

 ひかるはうつむいてしまった。

 「隊長・・・」

 見かねた圭介達が小隈を見る。結局、このような問題は最終的な判断は彼に任せるしかない。やがて、小隈は顔を上げた。

 「・・・仕方ない。飼おうか」

 その言葉に圭介達は驚き、ひかるは顔を輝かせた。

 「で、でも隊長・・・」

 聡美が困惑した顔で小隈に言いかけたが、小隈はさらに言った。

 「岸本、お前の言うとおり、もしこいつが大きくなって本物の台風になるのは困る。だが、もしこいつを捨てたりして、勝手に大きくなったりしたら、そっちの方が危なくはないか? SMSがそんな無責任なことするわけにいかないよ」

 「そ、そう言われると・・・」

 「それにだ。こいつには、処分する方法がない。この中で、台風を殺す方法を知っている奴、いるか?」

 その言葉に、顔を見合わせるメンバー。

 「なにより、仮にも命を救うことを仕事としている集団である俺達がそんなことをしたら、世間に顔向けできないじゃないか」

 「それでは・・・」

 「・・・常識的に考えれば、危険物ということになるだろうな。SMSにはそれが市民に害を及ぼさないように管理する義務がある。それと、考えようによっては落とし物ということにもなる。どこの誰が落としたのかろくに調べもせずに勝手に処分したりはできないだろう。よって、当分の間は俺達がこいつを保護管理下に置きながら、落とし主を捜しつつ、対処法を検討していく・・・とまあ、立て前はこんなところでどうかな、服部?」

 「は・・・はい! ありがとうございます!!」

 ひかるは顔を輝かせ、何度も小隈に頭を下げた。

 「お前達はどうだ?」

 小隈の言葉に隊員達は顔を見合わせていたが、やがて、思い思いにうなずいた。

 「仕方ないですね・・・。隊長のおっしゃることも、ごもっともです」

 「どうしてこの子が生まれたのか・・・興味もありますし・・・」

 「それに、あたしたちがちゃんと見張ってれば、とりあえず危ないことにはならないだろうし」

 「一応俺達は、変なものを扱うスペシャリストってことになってるし・・・こうなりゃ、台風でも竜巻でもなんでもこいって気になりますよ」

 「よかったな、ひかる」

 「はい! ありがとうございます、みなさん!!」

 圭介が肩にポンと手を置くと、ひかるは笑顔でうなずいた。

 「ただし」

 と、小隈が急にまじめな顔で言った。

 「預かる以上は、万一の事態が起こらないように細心の注意を払わなければならない。特に・・・服部。奇しくもまた母親代わりになった以上は、その責任と義務を全うしろ。・・・まぁ、お前には言わなくてもわかっていることだろうがな」

 「・・・はい! もちろんです!」

 キッと顔を引き締め、そう宣言するひかる。こういうときの彼女は、誰よりも責任感に満ちあふれているように見える。小隈はそれを見届けると、笑顔でうなずいた。

 「それじゃあ、また名前をつけないとね」

 聡美が手を叩いて言った。

 「そうか、名前か・・・。でも台風となると、いったいどんな名前つけりゃいいんだろうな。犬ならポチ、猫ならタマ、じゃあ台風は・・・」

 「そこのところは、やっぱりひかるちゃんに決めてもらおうよ。ね、ひかるちゃん?」

 「え? は・・・はい! そうですね・・・」

 ひかるは腕の中の台風の子供を見て、しばらく考え込んでいたが、やがて言った。

 「・・・決めました!」

 「なになに? どんな名前?」

 聡美が興味深げに身を乗り出すと、ひかるは言った。

 「「フー子」です。この子の名前は、「フー子」ちゃんにします!」

 ひかるらしいといえばひかるらしい単純なネーミングである。それを聞いて、圭介が首を傾げた。

 「悪くはないと思うけど・・・なんでフー子なんだ? 台風に男も女もないと思うけど」

 「それは・・・目を見て決めました」

 「目?」

 「はい。見て下さい、この子の目、大きくてまつげが長いじゃないですか」

 ひかるの言うとおり、フー子の目はたしかにそんな目だった。

 「なるほどなぁ。たしかに目だけ見れば美人かもしれない」

 小島が妙に納得したようにうなずく。すると・・・

 「フーン・・・」

 フー子が少し違った声で鳴いて、ひかるに身を寄せた。

 「どうしたの?」

 ひかるが少し不安そうな顔でフー子をなでる。

 「もしかしたら・・・お腹が空いているのではないかな・・・」

 すると、亜矢が腕を組みながらそう言った。彼女に全員の視線が集まったが、やがて、皆深刻そうな顔をする。

 「お腹が空いてるって言っても・・・」

 「台風って、何を食べるんだ・・・?」

 生きている台風の生態など誰一人知らないので、みんな考え込んでしまった。だが、やがて亜矢が言った。

 「ひかる君・・・卓上コンロと、水の入ったヤカンか何かを・・・持ってきてくれないか?」

 「え・・・? わ、わかりました・・・」

 「俺も手伝うよ」

 そう言って、圭介とひかる、それについてフー子は、部屋から出ていった。

 「持ってきました」

 「水は、これぐらいでいいんでしょうかね?」

 やがて言われたとおりのものを持ってきた圭介とひかるに、亜矢はうなずいた。

 「十分だよ・・・。コンロの上にヤカンを置いて・・・火をつけて」

 「はい」

 言われたとおりにするひかる。聡美は首を傾げながら尋ねた。

 「亜矢さん、いったいどうするつもり?」

 「もし、この子が何もかも台風と同じだとしたら・・・これがこの子の餌のはずだ・・・」

 亜矢はじっとヤカンを見つめていた。やがて、その中の水が沸騰し始め、湯気が立ちのぼり始める。すると・・・

 「フーッ!」

 フー子が突然、ヤカンの上に覆い被さり、ジッとし始める。体を構成する風の巻くスピードがさらに早まっているようで、ヤカンからのぼる湯気がその体の中心に吸い込まれていっている。その目も、どことなくうれしそうに細くなっていた。

 「どういうことです、これ?」

 「なるほど・・・熱い水蒸気がこの子の餌というわけね?」

 どうやらその意味を理解したらしい仁木の言葉に、亜矢はうなずいた。

 「台風の発達するエネルギーのもとは・・・暖かい海面から供給された水蒸気が雲になる際の気化熱です・・・。このように、それに近い形で水蒸気と熱エネルギーを供給してあげれば・・・飢え死にということはないでしょう・・・」

 「上陸した台風が勢力を落とすのは、海面からの水蒸気と熱エネルギーの供給がなくなるからだという話を聞いたことがあるけど、この子もそれは同じなのね」

 「よかった・・・」

 餌となるものが見つかったことで、ひかるが胸をなで下ろす。

 「ただ・・・あまり与えすぎるのもよくないね・・・。この子を一人前の台風にするわけには・・・いかないから・・・」

 亜矢が冷静に考えながら言う。やがて、彼女がコンロの火を消し、ヤカンにふたをすると、満足したのかフー子は元通りひかるの側へ戻っていった。

 「これから観察を続けて・・・一日当たりの適正熱量を算出していこう・・・。それにしたがって餌を与えていれば・・・それほど恐ろしい存在にはならないはずだ・・・」

 「お願いします!」

 ペコリと頭を下げるひかるに、亜矢は笑顔でうなずいた。他のメンバーも、それぞれホッとした表情を浮かべる。

 「よし。名前も決まって、餌もわかったところで、俺達もメシにしよう」

 「はいっ!」

 小隈の言葉に、メンバーは元気よくうなずいた。





 一方その頃。銀座のとあるビルにある高級クラブの一室では・・・

 「この馬鹿者っ!!」

 バシッ!!

 「ギャアッ!!」

 一人の女の振るった棒に弾かれ、男が椅子から転げ落ちる。床に転がった男を、棒を振るった本人も含めて五人の女が取り囲み、次々に蹴りつける。全員それぞれ色の違った和服を身につけており、一見してホステスのようだ。

 「ウギャッ!! ヒィッ!!」

 悲鳴を挙げる男。その男は、昼間ひかるに間違って台風の卵を渡した男だった。すると・・・

 「そのぐらいにしとき」

 関西弁の声に、女達は暴行をやめて振り返った。そこには特に高そうな和服に身を包み、椅子に腰掛けた中年の女が、貫禄のある様子でこちらを見ていた。

 「男取り囲んで足蹴にするなんて、女のすることやありまへん。それに元はと言えば桜はん、あんたが待ち合わせの場所に遅れたんが、そもそもの原因やろ?」

 「も、申し訳ありません・・・」

 先ほど殴った女が恐縮し、回りの女達も彼女を見つめる。しかし、彼女は続けて言った。

 「しかし、たとえそれでもミスを犯したことの責任はとってもらわなければなりません!」

 「たしかに、あんたの言うとおりや。その責任は、とってもらわんとな」

 中年の女はそう言うと、ピストルを男に向けた。震え上がる男。

 「ヒィィィィ!!」

 「小塚はん・・・わてがあんたに今回の依頼をした理由は、わかってらっしゃりますやろな?」

 笑顔を浮かべたまま、女は言った。

 「あんたを雇ったんは、どっからでも物を盗み出すあんたの評判をこうたからでっせ。雇われた以上は・・・自分の仕事にかける誠意ちゅうもんを、あんたにも見せてもらいたいところやなぁ・・・」

 「わ、わ、わかりました! すぐに取り返してきます!!」

 男はそう言うなり、風のようにその部屋から出ていってしまった。

 「足だけは素早いんだから・・・」

 それを見送り、若い女達の一人が言った。

 「しかし、再びあの男に任せて大丈夫なのですか?」

 「いざとなれば、我ら「花の五人組」が・・・」

 そう言いかける女達を、中年の女は押しとどめた。

 「あきまへん。あんたらが下手に動いたら、「ムーラン・ルージュ」の連中に感づかれるのがオチや。ただでさえ遅れをとってるのを、これ以上差を広げられることは絶対にあきまへん」

 「しかし・・・」

 「まぁ、任せておくんや・・・」

 中年の女はそう言ってほくそ笑んだ。





 次の日。昼食をとってまもなくの第1小隊のオフィスに、サイレンが鳴った。すぐに聡美が連絡に出る。

 「原宿のショッピングモールで火災発生! 建物内に多数の買い物客が閉じこめられています! 第1小隊に出動要請が出ました!」

 その言葉に、小隈はうなずいてメンバーを見た。

 「よし。第一小隊、現場へ急行する」

 「了解!!」





 「よし、VJ装着完了したぞ。ひかる」

 発進前、指揮車の中で圭介はVJの装着を終えていた。が、返ってくるはずのひかるの声が返ってこない。

 「ひかる? どうした? 早く各機能のチェックを開始してくれよ」

 「ちょ、ちょっと待って下さい。フー子ちゃんが・・・」

 ひかるは自分についてこようとするフー子に頭を悩ませていた。親だと思っているので、どこまでもついていこうとするのだ。

 「お仕事なんです、フー子ちゃん。つれてくわけにはいかないんですよ」

 「フーン!」

 「お願いです。わかって下さい・・・」

 ひかるの声が沈んだのを聞いて、フー子も目を細めた。

 「フーン・・・」

 フー子は元気なくそう言うと、後部ハッチから指揮車の外へ出ていった。

 「わかってくれたみたいですね・・・」

 「聡美君、ハッチを」

 「了解!」

 ゴゥン・・・

 聡美がスイッチを押すと、後部ハッチはゆっくりと閉まっていった。

 「フーン・・・」

 その向こうで寂しそうな鳴き声をあげているフー子を、ひかるは少し罪悪感のこもった目で見つめていたが、やがてハッチは完全に閉じた。

 「お待たせしました、圭介君。すぐにチェックを開始しますから」

 「気にすんな。お前も大変だな・・・がんばれよ」

 「は・・・はい!」

 ひかるはそう言うと、圭介のVJのチェックを開始した。

 「よし岸本、発進だ」

 「了解! 指揮車、発進します!」

 ヒィィィィィィィィン・・・

 フワリと指揮車が宙に浮かび、やがてガレージから出て、空へと飛んでいく。

 「パワーユニット、異常なし。パワー配分調整システム、異常なし・・・」

 その間もチェックを続けているひかる。だが、そこへ聡美の声が割り込んだ。

 「ね、ねえひかるちゃん・・・」

 「どうしたんです、聡美さん?」

 「フー子ちゃん、ついてきてるんだけど・・・」

 「!?」

 ひかるが驚くと同時に、指揮車の車体後部に備え付けられたカメラからの映像が、ひかるの網膜投影ディスプレイに投影された。そこには、指揮車の後を追って飛んでくるフー子の姿が映っていた。

 「フー子ちゃん・・・!」

 「うーん・・・ひかる、きっとあいつは、どこまでもお前についてくる気だぞ?」

 「どうしましょうか、隊長?」

 仁木が小隈に意見を求める。

 「・・・かまわん。このまま現場へ向かう」

 「よろしいのですか?」

 「現場の方は一刻を争うからな」

 「すいません・・・」

 「気にするな、服部」

 フー子を連れたまま、指揮車は現場へと急いだ。





「ハッチ、オープン!」

 ゴゥン・・・

 聡美がスイッチを入れると、車体後部のハッチがゆっくりと開き始める。

「VJ−1、VJ−2、オペレーション・スタート」

「VJ−3、オペレーション・スタート」

 機動を開始したVJは、慌ただしく指揮車の中から飛び出していった。

 ゴォォォォォォォォ・・・

 目の前では大きなショッピングモールが窓という窓から火を噴き出しながら燃え盛っていた。消防車がいくつも集まり高圧放水を行っていたが、それらをもってしても、火勢を制することはとても難しいものに見えた。

 「こりゃまずいな・・・」

 現場を見て舌打ちをする圭介。彼らはすぐに現場指揮を執っている消防隊の隊長に近づいた。仁木が彼に敬礼をして尋ねる。

 「SMS第1小隊、現着しました! 状況は!?」

 「ご苦労様です! ここから見て1F奥にあるレストランが出火元のようです! ご覧の通り、すでにかなりの部分が火に包まれてしまいましたが、昼時の出火のためまだ買い物客が中に取り残されています! 皆さんはその救助作業に加わって下さい!」

 「了解しました! 突入するわよ、二人とも」

 「「了解!!」」

 仁木の言葉に、圭介と小島はうなずいた。

 「ひかる、冷却システムの出力強化を頼む。あと、建物内の見取り図も」

 「了解しました!」

 すぐに言われたとおりの指示をこなすひかる、それに亜矢。一方、指揮車の運転席と助手席では、小隈が建物の見取り図を見ながらふと聡美を向いて言った。

 「岸本、そういえば、フー子はどこいった?」

 その言葉にハッとして、モニターを見る聡美。だが、フー子はどこにも映っていなかった。

 「途中までは追っかけてたはずですけど・・・おかしいですね。このままはぐれちゃって帰ってこなかったりしたら、やっぱり困りますけど・・・」

 聡美が深刻そうな表情をするが、小隈はシートの背にもたれた。

 「・・・まぁ、あれも一応生き物って考えていいだろう。帰巣本能も強いはずだから、きっと大丈夫だ」

 「お気楽ですね、隊長」

 「そんなことより、今は仕事だ」

 小隈はそう言うと、インカムのマイクを口に近づけた。

 「よし、迅速にやれ」





 ゴオオオオオ・・・

 あちこちから火が噴きだし、ショッピングモールの広い廊下に這い出してくる。

 ブシャアアアアアアアア!!

 マルチブラスターから消火液を噴射しながら、圭介達は自分達の進路を確保しながら進んでいた。

 「くそっ、こんな修羅場は久しぶりだぜ!」

 「すごい輻射熱・・・。生命センサーも満足に働かないし・・・まずいわ」

 炎の中を進む第1小隊の足は、炎やガレキに阻まれなかなか進まない。と、その時・・・

 バキッ・・・

 頭上で不気味な音がした。その直後・・・

 「危ないっ!!」

 いきなり圭介が、小島にタックルをかけてきた。その直後・・・

 ガッシャアアアアアアアアン!!

 吹き抜けの天井から落ちてきたシャンデリアが、先ほどまで小島のいた場所を直撃して粉々に砕け散った。小島は圭介の覆い被さったまま、ギョッとした表情でそれを見つめてから圭介に言った。

 「できれば今の役はお前じゃなくて、副隊長にやってほしかったな」

 「・・・助けてもらって言うことがそれですか? 嫌われますよ」

 「バカなこと言ってないで、早く立ち上がりなさい・・・」

 圭介と仁木がかぶりを振りながら言った。

 「冗談冗談。ありがとな、新座。さ、先を急ごう」

 小島の言葉に、圭介と仁木は一度苦笑いを浮かべたが、すぐに真剣な表情に戻った。





 「なかなか進めないようだね・・・」

 「これだけの火事だと・・・でも、早くしないと中にいる人達が・・・」

 彼らを管制しながら、亜矢とひかるも焦りを感じていた。と、その時

 「ひ、ひかるちゃん! フー子ちゃんが!」

 突然、聡美の声が聞こえると同時に、ショッピングモールの入り口をとらえた映像がひかるのディスプレイに表示された。それを見て、思わずひかるは叫んでいた。

 「フー子ちゃん!?」

 なんと、燃え盛るショッピングモールの入り口から、フー子が建物の中に飛び込んでいってしまったではないか。

 「フー子ちゃん、戻って! 聞こえないの!?」

 ひかるが必死に呼びかけるが、フー子はそのまま建物の中へと姿を消してしまった。

 「ど、どうしましょう! フー子ちゃんが中に!」

 「ひかる君、落ちついて・・・」

 亜矢はひかるを落ち着かせながらも、考えていた。

 「どうして・・・フー子君が中へ・・・?」





 「Bモード、発射!!」

 ドバァァァァァァァァァァァン!!

 真空砲から発射されたすさまじい風圧によって、進路を塞いでいた炎がサッと引く。だが・・・

 ゴォォォォォォォォォォォ!!

 それをあざわらうかのように、すぐに炎は再び彼らの目の前を覆い尽くした。

 「くそっ、きりがない・・・」

 真空砲を下ろしながら、圭介は唇をかみしめた。

 「手持ちの消火弾や消火剤も残り少ないわ。早くしないと・・・」

 と、その時

 「圭介君、大変です!!」

 ひかるの声が圭介の耳に入った。

 「どうした、ひかる!?」

 「フー子ちゃんが、建物の中に入ってしまったんです! たぶん、圭介君達の方へ向かってると思いますけど・・・」

 「なんだって!?」

 その知らせに驚き、圭介達は振り返った。すると・・・

 ビュウウウウウウウウウ!!

 激しい風の音とともに、通路の向こうから炎を越えて、竜巻のようなものがやってくるのが見えた。

 「フー子・・・!」

 「フーン!!」

 やがて、彼女は彼らの目の前で止まった。

 「バカ! ここは危険なんだぞ!? ひかるの言うことをちゃんと聞け!!」

 さすがに叱りつける圭介。だが・・・

 「フーン!!」

 ゴオオオオオオオオオ!!

 「わっ!?」

 突如フー子はその勢いを増し、なんと彼らに近づいてきた。そして・・・

 「あ・・・!」

 「これって・・・!」

 圭介達3人は、フー子の体の中に入ってしまった。頭上を見上げれば、そこにはフー子の目がある。そしてその中はまさに、「台風の目」であった。外界の炎の嵐が嘘のようにその内部は静かで、荒れ狂う炎は自分達の周囲を激しく回る風・・・つまり、フー子の体によって遮断されていた。

 「どういうつもりだ・・・?」

 「でも、すごいわね・・・さながら、風のカーテンに守られているみたい・・・」

 仁木のその言葉に、ひかるはハッとしてフー子に言った。

 「フー子ちゃん・・・もしかして、圭介君達を助けるために・・・?」

 「フーン!!」

 フー子はその言葉に、元気よく鳴いて答えた。

 「へぇ・・・大したもんだ」

 「たしかに、この風のバリアに守られていれば、炎を気にしないで進むことができる・・・」

 圭介は頭上のフー子の目に言った。

 「フー子、この先に取り残されてる人がいる可能性が高い、俺達を包んだまま、つきあってくれるか?」

 「フーン!!」

 任せてくれ、というように、フー子の目が笑みらしきものを浮かべる。圭介はそれにうなずくと、仁木と小島に言った。

 「思わぬ味方ですけど、急ぎましょう!」

 「ええ、そうね!」

 「こっからはペースアップだ!!」

 3人はそう言うと、フー子に包まれたまま一斉に炎の中へ突進した。





 その日の夜。フー子という思わぬ援軍のおかげで救助作業をスムーズに進めることのできた第1小隊は、7人の人命を救うことができた。分署に戻ったメンバーは、特別にうなぎの出前をとり、分署のダイニングで集まって食べていた。

 「しかしほんと、大したもんだよなぁ。災害救助犬ならぬ災害救助台風かぁ」

 うなぎを口に運びながら、小島がフー子を見つめた。フー子はひかるの横で行儀よく水蒸気の食事をとっていた。

 「ほんとほんと。できればごちそう食べさせたいぐらいなのに、湯気しか食べられないのがもったいないよ。せめてたくさん食べさせてあげられない?」

 聡美も同意する。だが、亜矢は彼女の方を向いて言った。

 「気持ちは分かるけれど・・・やはりそれは危ないよ・・・。適正量の算出も・・・まだ完了してはいないんだからね・・・」

 「やっぱりダメ? 残念だなぁ・・・」

 「でも本当に偉かったですよ、フー子ちゃん」

 「フーン♪」

 ひかるが頭をなでると、フー子は気持ちよさそうに鳴いた。

 「でも・・・ああいうことができたってことは、相当知能が高いと考えられますよね?」

 圭介の言葉に、小隈はうなずいた。

 「ますますもって、不思議さが増してきた感じだな。生みの親は誰なんだか・・・」

 小隈がそう言ったとき、ダイニングの中の電話が鳴った。一番近くにいた仁木が、その受話器を取る。

 「はい、SMS第1小隊ですが・・・」

 うなぎを食べながらも、その会話に耳を向けるメンバー。

 「本当ですか? ・・・わかりました、伝えておきます。はい、それでは」

 仁木はそう言うと、電話を切った。小隈が尋ねる。

 「仁木、なんだって?」

 「噂をすれば影がさすということですよ、隊長」

 仁木は微笑みながら言った。

 「その子の生みの親が、見つかったそうです」





 翌日の昼、出動のない第1小隊のグラウンドでは、ひかると聡美がフー子を前に何かをしていた。

 「ひかるちゃん、今度はこれでやってみようよ」

 聡美が自分のフリスビーをひかるに差し出しながら言った。

 「昔、スノーウィの前に飼っていた犬でやったことありますけど、できますかね?」

 「犬にできることがこの子にできないわけないじゃない。ほら、ね」

 「はい!」

 ひかるはうなずくと、それを目の前のフー子に見せた。

 「いいですか? これをとってきてください」

 「フーン!」

 ひかるはその鳴き声を聞くと、うなずいてフリスビーを投げた。

 「それっ!」

 ひかるの投げたフリスビーは、きれいにまっすぐに飛んでいく。

 「ゴー!」

 ヒュルルルルルルル!

 ひかるがかけ声を発すると、フー子は風を巻いて一直線にそれを追いかけた。そして、それに追いつくと空中でそれを取り込み、ひかるのところへ戻ってきた。

 「フーン」

 フリスビーはフー子の体からポーンと飛び出し、ひかるはそれをキャッチした。

 「よしよし、お利口さんですね」

 「ひかるちゃん、次あたしにもやらせて!」

 フー子をなでるひかるに、聡美はそうせがんだ。

 「なるほど、ありゃあ大したもんだな。台風にあんなことができるなんて・・・」

 少し離れているガレージの軒下では、圭介と小島と亜矢、それに通常の整備業務が終わりひまそうな楢崎達整備班が、その様子を眺めていた。それを見ながら、楢崎が感心したようにつぶやく。

 「まだまだあんなもんじゃないですって、おやっさん」

 「そーそー。災害救助台風として使ってやってもいいくらいだ」

 圭介と小島が、笑みを浮かべながら答える。

 「まぁ、簡単にそうことは運ばないんだろうさ。小さくても台風は台風だからな。慎重になるのも当たり前だろう」

 「その通りですね・・・」

 亜矢がノートパソコンを叩きながらそうつぶやいた。

 「桐生さんは、何してるんだい?」

 それを見て、楢崎が尋ねた。

 「平たく言えば・・・観察記録です。しっかりしたデータがとれれば・・・それだけ危険性を減らすことができるでしょうから・・・」

 「なるほど、さすが学者さんだ」

 感心したように楢崎がうなずく。その時、分署のオフィスから仁木が出てくるのが見えた。

 「あなた達! そろそろお客様が見えるから、適当なところで切り上げておいて!」

 「わかりました!」

 ひかるがそれに答えると、他のメンバーもうなずいた。

 「さて、俺達もいつまでも油売ってるわけにはいかねぇな」

 楢崎はそう言って立ち上がると、後ろの整備班達に言った。

 「よ〜し、仕事に戻るぞ、お前ら」

 「うぃ〜っす」

 ゾロゾロとガレージへ戻っていく整備班。それと入れ替わるように・・・

 ブォォ・・・

 門を通って、一台のエアカーが敷地の中へ入ってきた。

 「グッドタイミング」

 圭介はそう言うと、小島や亜矢とともに立ち上がった。





 「どうぞ・・・」

 亜矢はその来客の前に、宇治茶の入った湯飲みと羊羹を置いた。

 「や、これはどうも・・・」

 テーブルの向こうに座っている老科学者は、頭を下げた。応接室の中には小隈と亜矢、それにひかるとフー子がいるが、他のメンバーもドアの向こうで聞き耳をたてているらしい。

 「まず、自己紹介させていただきましょう。気象庁の国立気象研究所の五十嵐です、よろしく」

 そう言って頭を下げる五十嵐に、他のメンバーも頭を下げた。

 「隊長の小隈です。さて、五十嵐博士・・・単刀直入にお伺いしますが・・・」

 そう言って、小隈はフー子を見た。

 「この子の生みの親が博士だというのは・・・本当でしょうか?」

 その言葉に、五十嵐はゆっくりとうなずいた。

 「ええ・・・まちがいありません」

 ひかると亜矢は顔を見合わせたが、小隈はさらに続けた。

 「つまり・・・この子が生まれた台風の卵を作ったのも、五十嵐博士ということになりますね?」

 「その通りです・・・」

 「どうして台風の卵などお作りになったのか、詳しく聞かせてもらえますか」

 「もちろんですとも」

 五十嵐はうなずくと、お茶を一口飲んでから、ポツリポツリと話し始めた。

 「・・・私は学生時代から気象学に魅せられ、寝ても覚めてもそのことばかり考えている男でした。いろいろな研究機関を渡り歩いてきましたが、これまでの人生の時間をほとんど気象学に費やしてきたのです」

 「博士のお名前は・・・気象学の権威として、よく耳に入ってきます・・・。博士がこの子の生みの親と聞いたときは・・・驚きましたが・・・」

 亜矢の言葉に、五十嵐は微笑を浮かべた。

 「長年研究を続けてきたため、名前だけは知られるようになりました・・・。しかし、ご覧の通り私もそれほど先が長いとは思えない。このあたりで自分の研究人生の集大成と言えるものを作ってみたい。そう思って作ったのが・・・その子なのです」

 そう言って、フー子を見る五十嵐。

 「私のこれまでの研究で得られた知識を全て注げば、超小型だが本物と寸分違わぬ台風を作り出すことができるのではないか。私はそう思ったのです。いわば、台風の生きたミニチュア模型ですな。これが完成すれば、これから気象学を学ぶ若い研究者達の研究に役に立つのではないか、そう思って作ったのです」

 「・・・」

 ひかるは博士の話を理解しながらも、複雑な思いでそれを聞いた。

 「この子を純粋に学術的必要性から作り出したことはわかりました。ですが・・・万一のことを考えた対策は、なにか講じていましたか? 小型とはいっても、台風は人間の生活に大きなダメージを与える自然災害です。暴走した場合などに備え、破壊などの解決手段を同時に用意することは?」

 「台風の恐ろしさは、研究者として十分理解しているつもりです。当然、そういった場合の対策も同時に開発しました」

 そう言って、博士はアタッシュケースの中から銀色の筒のようなものを取り出した。

 「それは?」

 「特殊乾燥冷却弾です。これを台風の中心部で爆発させれば、その水蒸気と熱エネルギーを奪い取り、一気に消滅させることが可能なのです。本物の台風を消すためにはミサイルに詰められるほどの量がなければいけませんが、今回のようなごく小型のものなら、この大きさでも十分に効果はあります」

 「・・・」

 複雑そうな表情を浮かべているひかるを一瞥してから、小隈は続けた。

 「・・・わかりました。では、これが肝心なところですが・・・博士の手元にあったはずの卵が、現在孵化したかたちでここにいるということについては、何かご存じでは? 状況から考えれば、卵を盗んだ何者かが間違えて服部に渡してしまったというのが、我々の推論なのですが・・・」

 「おそらく、それは当たっているでしょう」

 五十嵐は言った。

 「もちろん私も、卵の管理は厳重にしていたつもりでした。ものがものですので、悪用されれば大変なことになりかねませんから・・・。ですが・・・ちょうどそちらの服部隊員がその卵を渡される前日、研究所に何者かが侵入し、金庫を破って中に入っていた卵を奪っていってしまったのです。もちろん我々も、すぐに警察へ届けを出したのですが・・・」

 「結果的に犯人の勘違いで我々のもとへ来たというのは、不幸中の幸いと言えるかもしれませんね」

 小隈はフー子を一瞥すると、再び尋ねた。

 「最後にお尋ねしたいのですが、博士・・・今後、我々はこの子をどう扱っていけばよいのでしょうか?」

 最も気になっている質問に、思わずひかるの表情がこわばる。

 「SMSとしても、台風の子供を預かるというのは前例のないことです。手探りでここまで来たという感じなので、やはり専門家として、博士の意見を伺いたいのです。もちろん、もともとは博士の作ったものですから、博士がお引き取りになるというのも当然の選択肢ですが・・・」

 「そうですな・・・」

 博士はフー子をしばらく見てから言った。

 「この子の観察記録などは、つけていますか?」

 「はい・・・。どうぞ」

 亜矢はそう言って、自分のつけていた観察記録のデータを博士に渡した。

 「ふむ・・・」

 博士はしばらくそれを見ていたが、やがて言った。

 「・・・素晴らしいですな。過剰な成長の危険を抑えながらうまく飼育していると言えるでしょう。台風の飼育法としては、これまでの方法がほぼ理想的だと思います」

 「よかった・・・」

 ひかると亜矢が、ホッと息をもらす。

 「責任は我々にありますので、できれば我々の方で引き取りたいのですが・・・」

 博士はひかるとフー子を見ながら言った。

 「「すり込み」のためか、完全に服部さんになついてしまっているようです。無理に引き離そうとすれば、反発して逆に危険な事態を招くことになるかもしれません。デリケートな生き物なので・・・」

 「それでは・・・」

 「・・・申し訳ありませんが、引き続きこちらでの飼育を続けてもらってはくれないでしょうか? もちろん、この子に関する費用は全て研究所から出させていただきますし、我々も全力でお助けします。ひどいお願いだとは思いますが・・・」

 「もちろん、お引き受けします!」

 その言葉に、ひかるが真っ先にうなずく。小隈は苦笑しながら言った。

 「そういうことでも、我々はかまいません。実際この子はとても賢いらしく、我々の救助作業も手伝ってくれたことがありますから、役にも立ってくれますし・・・」

 「そうですか。それでは・・・お願いできますか?」

 「喜んで」

 そう言って、小隈と五十嵐は握手をした。

 「よかったね・・・」

 「はい・・・」

 微笑を浮かべる亜矢に、ひかるはうなずき返した。が、すぐに彼女は博士に言った。

 「博士・・・一つ、大事な質問があるのですが・・・」

 「なんでしょう?」

 「フー子ちゃんは、どのぐらいの間生きられるんですか・・・?」

 その質問は、小隈と亜矢にとっても気になった。それに対して、博士は真剣な表情で答えた。

 「・・・その卵はもともと実験動物として作ったので、寿命はそう長いとは言えません。そもそも、本物の台風の寿命も短いものですから。おそらく・・・一ヶ月程度でしょう」

 「一ヶ月・・・」

 ひかるは少し目を伏せて、フー子を見た。

 「あまり長い寿命だと、成長して本物の台風になる恐れもある。気持ちは分かるが・・・万一の危険も考えれば、そのぐらいの寿命でよかったと言えるんじゃないか?」

 「仕方ないよ、ひかる君・・・。限られた時間を・・・精一杯生きさせてあげよう・・・」

 「はい・・・」

 ひかるはそう言って、フー子を胸に抱きしめた。

 「よろしくお願いします。ところで、話は変わりますが・・・」

 「なんでしょう?」

 「このことは、警察の方にはすでに届けてあるようですが・・・」

 そう言って、博士は話し始めた。

 「私と同じく、気象学の研究の第一人者で天本教授という研究者がいることを、ご存じですか?」

 「ええ・・・たしか、清明院大学の教授でしたね・・・? 博士とは・・・ご学友のはずですが・・・」

 「その通りです。実は彼も最近、台風の研究の集大成として、工学科と共同で一つの発明をしたのですが・・・一ヶ月ほど前、それも何者かに盗まれているのです」

 その言葉に、小隈は眉をピクリと動かした。

 「それは聞き逃せない話ですね。それで、その盗まれたものというのは?」

 「これです」

 そう言って、五十嵐は一枚の写真を出した。それは、レジスターのような形をした装置に丸い円盤の取り付けられた金属製のもので、見た目にはどんな装置なのかよくわからなった。

 「この装置は・・・?」

 小隈の質問に、五十嵐はうなずいて答えた。

 「その名の通りですが・・・台風発生機です」

 その言葉に3人が驚いたのを見て、五十嵐は慌てて言った。

 「あ、いえ。もちろん、本物の台風を作る装置ではありません。その子と同じ規模の極小台風を人工的に発生させる装置で、実験装置の一種です。天本博士がこれを作った目的も私と同じもので、台風の発生過程をごく小規模に再現するためでした。建物を破壊できるほどの台風を発生させることなどできません」

 「なるほど・・・」

 「一ヶ月ほど前、大学の研究室に不審者が侵入しました。彼らは現物は持っていかなかったのですが・・・設計図を持ち出していったのです・・・」

 その言葉に、小隈は深刻そうな表情を浮かべた。

 「そりゃまずいですね。その設計図を元に、オリジナルをよりスケールアップしたようなものを盗んだ奴らが作ったとしたら、本物の台風を作ることができるんじゃないですか?」

 「その通りです。そういうことがあったので、我々も台風の卵を厳重に管理していたのですが・・・」

 「時期的に考えて、その事件と今回の事件は、なにか関係があるんじゃないでしょうか?」

 ひかるがそう言ったので、小隈はうなずいた。

 「そうだな。この件は、おそらく、うちの捜査部も動いているはずです。この件は警察と我々SMSにお任せ下さい」

 「よろしくお願いします」

 そう言って、五十嵐は頭を下げた。





 それから数日後。海上区大橋の上。

 「たーすけてくれぇぇぇぇぇぇ!!」

 男の野太い悲鳴があがる。一台の大型トラックが、車体の半分以上を橋の外へ乗り出し、半ば宙ぶらりんの状態になっていた。

 「あまり動かないで!! 今助けにいきますからー!!」

 運転席の中の男にそう声をかけて、圭介は仁木に向き直った。

 「副隊長」

 「・・・私達が引き上げるには、足場が悪いわね・・・。トラックも、やっとひっかかっているという状態だし・・・」

 仁木は少し考えていたが、やがて言った。

 「・・・服部さん、フー子ちゃんをここへ呼んで」

 「はい、フー子ちゃん、行ってあげてください」

 「フーン!」

 すぐにフー子は、彼らのところへやってきた。

 「手短に説明します。まずフー子ちゃんはぶら下がっている車体の下へ回って、下から車体を支える。その間に誰かがアンカーショットのワイヤーを橋のケーブルに絡ませて、あそこまで下りて運転手を救出しましょう。その役・・・頼めるかしら」

 「俺が行きます!」

 圭介が即答した。仁木はうなずいた。

 「お願い。小島君は応急処置の準備をしておいて」

 「了解!」

 「すぐに取りかかるわよ。救助開始!」

 一斉にそれぞれの持ち場に散るメンバー。

 「フー子ちゃん、トラックを下から支えて下さい!!」

 「フーン!!」

 ひかるの指示を受け、すぐにフー子はぶらさがっている運転席の前まで飛んでいった。

 ゴオオオオオ!!

 そして、その体を大きくすると、上向きの風でそれ以上車体が落下しないよう支え始めた。

 「ヒイイイイ!!」

 「落ち着いて下さい! そいつは俺達の仲間ですから!」

 その間に、圭介は左腕の袖から伸びたワイヤーをしっかり橋のケーブルに巻き付けた。

 「よし、いくぞ・・・」

 キュルキュルキュル・・・

 ワイヤーを伸ばしながらスルスルと下りていく圭介。眼下には東京湾の海面が広がっている。やがて、圭介は運転席のすぐ脇までたどり着き、そのドアを力任せに引き剥がして下向きの運転席に体を滑り込ませ、右手をさしのべた。

 「さ、つかまって!」

 「た、助かったぁ!」

 圭介は右腕でしっかりと男を抱きかかえると、再び車の外にぶら下がった。

 「下は見ないようにして下さいね?」

 左袖に仕込まれたウインチが動き、ワイヤーを巻き取っていくと同時に二人の体が上へと上がっていく。やがて、圭介は仁木と小島に運転手の男を先に引き上げさせると、自分も橋の上へ上がった。

 「小島君、応急処置をお願い。ご苦労様、新座君。最後の仕上げに、フー子ちゃんと一緒にこのトラックを引き上げるのを手伝ってくれないかしら?」

 「了解しました」





 「プハーッ・・・」

 圭介はヘルメットをとり、首を激しく振った。

 「お疲れさまでした。はいどうぞ」

 そう言ってひかるが、タオルとラムネを差し出す。

 「サンキュー。熱いよな、ここ」

 圭介はそれを受け取り、タオルで髪を拭い始めた。救助終了後、現場の検分にも第1小隊は一応つきあっていた。事故の原因は居眠り運転だったらしい。橋の上では日射しを遮るものが何もないので、真夏の太陽がアスファルトに照り返してフライパンの上のような暑さになっていた。

 「でも、あいつだけは元気だな」

 圭介は少し離れたところで元気に回っているフー子を見ながらそう言った。

 「熱いところの方が元気なのかもしれませんね」

 「にしても、今回も大活躍だったな。フー子はもちろんのこと、ひかるちゃんもフー子へ指示するのがうまくなってきたみたいだし。さながら、「ふしぎ風使い」ってところだな」

 「なにそれ」

 ラムネを飲みながら小島がそんなことを言ったのを聞いて、聡美がおかしそうに笑った。

 「副隊長がフー子を救助の力に使ったのは、正直意外でしたけど」

 その言葉に、ヘルメットを脱いでアップにしていた髪を解いていた仁木は微笑を浮かべた。

 「チームの戦力として頼りにしていいことはわかってきたから。それなら頼りにしてあげないのはよくないわ」

 「それじゃ、名実ともにあたしたちの仲間ってことだよね?」

 「よかったね、ひかる君・・・」

 亜矢の言葉に、ひかるは嬉しそうにうなずいた。

 「おーい、お前達」

 その時、警察の責任者と話をしていた小隈が戻ってきた。

 「ここはもう警察に任せていいそうだ。暑いから、早く戻ろう」

 「了解」

 メンバーは腰を上げて、指揮車へ戻り始めた。

 「フー子ちゃん、戻りますよ」

 「フーン!!」

 ひかるに呼ばれて、フー子が戻ってくる。小隈とひかる、それにフー子は、その列の最後になって戻り始めた。と、その時

 「ちょっとすいません! お話いいですか!?」

 突然小隈の前に、一人の女性が割り込んでマイクを向けた。それに驚き、足を止める一同。彼女の後ろから、カメラマンと大型のマイクを持ったスタッフらしき男達も現れた。

 「どなたでしょう?」

 「あけぼのテレビ専属の突撃リポーター、葉山ニーナです! 小隈隊長、インタビューをお願いします!」

 そう言って彼女は、再びマイクを突き出した。小隈はポンと手を叩く。

 「ああ、思い出した。どっかで見た顔だと思ったら、夕方のニュースに出てる人だね? 第2小隊の星野さんがしつこくつきまとわれて困ったとか言ってた覚えがあるけど」

 「はい! 「迅速正確ねちっこく」が、私のモットーですから!」

 そう言って胸を張るニーナ。

 「威張れるモットーかよ」

 「でも、そうでもなきゃやってられないのかもよ、ああいう仕事って」

 ひそひそ話をする小島と聡美。

 「それで? 俺達になんの用なんです? たぶん何も出ないと思うけど」

 「そんなの決まってるじゃないですか! あれですよ、あれ!!」

 ビシッ!

 そう言って、ニーナはフー子を指さした。

 「フーン?」

 目をぱちくりとさせるフー子。

 「最近皆さん第1小隊が、あの小さな台風と一緒に現場にやってくることが多いと聞きつけたので気になったのです。ぜひ取材を!!」

 だが、小隈はフー子をチラリと見てそっけなく言った。

 「あぁ・・・あれですか。なんてことはありませんよ。ただのペットです、ペット。特ダネをお探しなら、もっと追っかけるものがあると思いますけどねぇ」

 だが、ニーナはひるまなかった。

 「いーえ! 今のあたしたちには、あの台風が特ダネなんです! そう言わずにぜひ詳しいお話を!!」

 「ふぅむ・・・」

 小隈は小さくうなって頭をかくと、やがて言った。

 「ちょっとだけですよ」

 「いいんですね!?」

 「「隊長!」」

 仁木とひかるがそれぞれ不安そうな表情で小隈に詰め寄る。

 「メディアを敵に回しちゃいけないよ。それに、台風を連れ歩いてる事情をしっかり話しとかないと、根も葉もない悪い噂がたつかもしれないだろ? 広報部に記者会見させるより安くつくだろうし、ここはちゃんと説明しとこうよ」

 「それはそうかもしれませんけど・・・」

 小隈が小声でそう言ったので、二人はとりあえず様子を見ることにした。小隈はニーナに向き直る。

 「ただ、こう見えても俺達もひまじゃないんで、手短に。俺と・・・そうだな、服部」

 「はい!」

 「インタビューは俺達二人だけ、それぞれ五分ずつ。それ以上は譲歩できないけど」

 ニーナは少し考えていたが、やがて言った。

 「・・・わかりました。それじゃお二人とも、こちらの車へ」

 そう言って、早くもニーナは二人をロケ車両へ案内し始めた。

 「悪いけど、ちょっと待っててくれや」

 「わ、わかりました・・・」

 残されたメンバーは、二人を見送った。

 「だいじょぶかなぁ・・・」

 「心配いらないわよ。それに・・・隊長がこういうことにただで応じるとは、私にはどうしても思えないわ」

 「・・・」

 仁木の一言に、なぜか他のメンバーは納得した様子で大きくうなずいた。





 その日の夕方。北海道・旭川市のひかるの実家、服部家。

 ドタドタ・・・

 「遅くなっちゃったわ〜! 早くご飯炊かないと・・・」

 玄関のドアを開けて入ってきた都子は、買い物袋をテーブルの上に置くのもそこそこに、炊飯釜を取り出して水を張り、米をとぎはじめた。

 「ワンワン!」

 「はいはい、あんたのご飯ももうすぐ用意するから、それまでこれでもかじってて」

 都子が戸棚から一本の骨を取り出して投げると、スノーウィは上機嫌でそれをかじり始めた。と、その時・・・

 Trrrrr・・・

 突然電話が鳴り始めた。

 「んもう、誰よ! この忙しいときに!」

 彼女はぼやきながらも、受話器を取った。

 「はい、服部です。・・・あら、久しぶり!」

 それまでの不機嫌さをコロッと変え、電話をかけてきた富良野の友人に明るく答える都子。すると、電話の向こうの友人は、少し慌てた声で言った。

 「え? ひかるがテレビに映ってる? 悪いけど、そんなの珍しくないわよ。娘はSMSに勤めてるから、ちょっとだけどちょくちょくニュースに映ったり・・・」

 そこまで言ったところで友人が遮り言った言葉に、都子は目を丸くした。

 「・・・インタビュー!? アップで!? それはさすがに見たことないわ。どこ? 何チャンネル? ・・・あけぼのテレビね!」

 都子はそう言うと素早く受話器を取って、あけぼのテレビにチャンネルを回した。やがて映ったのは、夕方のニュース番組。その画面の中で、なんとひかるが小隈隊長と一緒に、インタビューを受けているではないか。

 「ワンワン!」

 画面に映る主人の姿に気づき、スノーウィは骨をかじるのもやめて鳴いた。

 「あらほんと! へぇ・・・あの子何したのかしら? ・・・うん。それじゃ、これが終わったらまたかけて。それじゃ」

 都子はそう言うと一旦電話を切り、テレビに集中し始めた。

 「・・・それでは、危険性はないということですね?」

 「研究所のサポートも万全ですし、我々が管理している限りは、保証します。万一のことが起こった場合は、潔くクビでも腹でも切る覚悟ですので」

 「さ、さすがにそこまでは・・・」

 小隈の本気かどうか計りかねる妙な言葉に、強引さで知られているニーナもたじろぐ。もっとも、途中から見始めた都子には、いまいち事情が飲み込めなかったが。

 「ありがとうございました、小隈隊長。では次に、この台風の子供のお母さんになった服部ひかる隊員にインタビューを行いたいと思います。服部さん、よろしくお願いします」

 「よ、よろしくお願いします・・・」

 どことなく緊張したひかるの表情がアップになる。そのすぐ隣では、目のついた変なつむじ風がひかるにピタリと寄り添っていた。それを見て、都子はだいたいの事情を察した。

 「あら・・・あの子、また変な動物になつかれたのね」

 それをよそに、ニーナはひかるに質問をする。

 「服部さんはフー子ちゃんの名づけ親にもなったそうですが、台風のお母さんになってしまったときは、どのように思いましたか?」

 「誰でもそうだと思いますけど・・・とにかく、信じられませんでした」

 「そうでしょうね。それからフー子ちゃんのお世話をするのは、大変だったでしょう?」

 「はい。台風を飼う方法なんて誰も知りませんから、食事とかほとんど手探りでした。でも、回りの人達が助けてくれましたし、それに・・・実家が動物病院をやっているので、動物の世話は得意でした。フー子ちゃんも、習性とかは犬によく似てますので、今はかなり楽になりました」

 それを聞いて、都子はつぶやいた。

 「あらら、もうちょっと気を利かせてくれてもいいのに。どうせなら旭川の服部動物病院ですとか、そのぐらい宣伝してもバチはあたらないと思うけど・・・」

 などと勝手なつぶやきをもらす都子をよそに、インタビューは続いていった。

 「・・・それでは最後にお伺いしますが、服部さんはフー子ちゃんをどのように育てていきたいとお考えですか?」

 「・・・実は、フー子ちゃんを作った方のお話だと、フー子ちゃんの寿命は一ヶ月くらいだそうです。ですから、皆さんに迷惑をかけない範囲でやりたいことはやらせてあげようと思ってます。今はフー子ちゃんが私達の仕事を手伝ってくれるのが、とてもうれしいです」

 「本当にフー子ちゃんを愛していらっしゃるのですね。お二人のお話を聞いて、安心しました。本日は、ありがとうございました」

 そこでインタビューは終わり、テレビはスタジオでのキャスター達のコメントに移っていった。

 「相変わらずね、あの子・・・」

 見終わってから安心したような笑顔を浮かべる都子。すると、再び電話が鳴り始めた。

 「忙しくなりそうね・・・」

 都子は苦笑しながら、その電話をとった。





 「うん、私の方もあのあと大変でした。いろんなところから電話がかかってきて・・・」

 夜11時頃。ひかるは都子からかかってきた電話に答えていた。

 「お父さんはまだ帰ってないの? ・・・そう。それじゃ、私はちゃんとやってるから心配しないでって伝えておいて。・・・うん。それじゃ」

 そう言って、ひかるは電話を切った。

 「フーンフーン」

 その足下ではフー子がじゃれついていた。ひかるは背をかがめると、その頭をなでた。

 「お待たせ。それじゃ寝ましょうか」

 そう言って、部屋の電気のスイッチを消そうとするひかる。すると、再びフー子がないた。

 「フーン」

 「・・・一緒に寝たいんですか? 甘えんぼさんですね」

 ひかるはそう言いながらベッドに入り、掛け布団を上げてスペースを空けた。

 「いいですけど、この間みたいに布団を飛ばしちゃったりしたらだめですよ?」

 「フーン♪」

 ひかるがそう言うと、フー子は喜んで布団の中に入り込んできた。

 「おやすみ、フー子ちゃん」

 ひかるはリモコンで電気を消し、部屋は闇に包まれた。





 それから2時間ほどしたのち・・・。

 「・・・」

 寮の裏手の壁の前に一人の男が立っていた。黒いジャケットに黒いリュックサック、黒いチノパンと、黒ずくめの動きやすそうな格好をしている。彼はジャケットのポケットから折り畳んだ紙を取り出し、それを広げて街灯の光に照らした。そこには、目の前にある建物・・・寮の見取り図らしき図が書かれていた。その2階、向かって左から四番目の部屋にあたる部分に、赤い丸がつけられている。

 「調べは万全・・・さっさとこなさんと」

 彼はそう言うと、バッグの中から何かを取りだした。それは暗視ゴーグルだった。彼は暗視ゴーグルをつけると、壁に飛びついてその上から敷地の中の様子をうかがった。

 「・・・」

 寮までの間には、目には見えない何本もの赤外線レーザー式感知装置が張られていた。しかし、特別製の暗視ゴーグルには、その全てがハッキリとうつっている。それ以外に、セキュリティはなさそうだ。

 スタッ!

 彼は壁の上から飛び降り、敷地内に降り立った。そして一気に走り出すと、赤外線レーザーの赤い線を器用に飛び越えながら、あっというまに寮のすぐ側まで到着した。

 「SMSのセキュリティなんて、こんなもんかい」

 男は口元に笑みまで浮かべると、リュックを漁って別のものを取り出した。それは、銃のような形をしたものだった。

 「・・・」

 彼はその銃口を、二階のベランダの下に向けて、引き金を引いた。

 パシュッ!

 小さな音がして、銃口から先端に鋭い鉤のついたワイヤーが発射された。

 ガキッ!

 それは狙った場所にしっかりと食い込んだ。続いて男は、グリップについているスイッチを入れた。

 ウィィィィィィィン・・・

 銃の中に内蔵されたウィンチがワイヤーを巻き取り、それに従って男の体は上へと上がっていった。

 カチッ

 やがて、すっかり上がりきると彼は腕を伸ばしてベランダの格子をつかみ、一気にベランダの上へ上がった。なかなか軽い身のこなしである。

 「・・・」

 続いて彼は、室内に通じる大きな窓に近づいた。その鍵の近くにガラス切りで穴を開けると、中に手を差し入れて鍵を開けると、ゆっくりと窓を開けていった。

 「・・・」

 息と足音を殺して中へと入っていく男。暗視ゴーグルごしに、手作りのぬいぐるみなどが並べられた棚や、サイドボードの上に乗せられた写真立てなど、部屋の中の様子が目に入ってくる。部屋の雰囲気からしても、目的とする隊員の部屋に間違いないだろう。彼はそれを確認すると、さらに部屋の奥へと足を進めていく。

 「・・・」

 やがて、彼の足が止まった。前方右の壁際にベッドがあり、そこにかけられた布団は盛り上がり、明らかにその下に人が寝ていることを示していた。彼はそれを見ると一度深呼吸し、ポケットに入れておいた消音器つきの拳銃を持つとゆっくりとそれに近づいていった。そして、布団に手を掛けると・・・

 ガバッ!

 一気にそれを引き剥がし、銃を突きつけようとした。だが・・・

 チャキッ!

 予想外のことが起こった。

 「そこまでよ! 住居不法侵入ならびに殺人未遂の現行犯で逮捕します!!」

 なんと、布団の下にいたのはターゲットの女性隊員とは別の、青いストレートロングヘアの女性隊員だった。しかも、彼女は布団が剥がされると同時に起きあがり、手に持っていた銃を逆に男に突きつけたのだった。

 「ウワァッ!? な、なんでっ!?」

 男は予想外の事態に驚く余り、自分も銃を持っていることを忘れて後ずさった。しかし、目の前の女性隊員・・・仁木もまた、銃を向けながら迫ってくる。

 「くぅっ・・・!」

 男はうめくような声を出すと、クルリと背を向けて侵入口であるベランダへと走り始めた。そして、ベランダの欄干の上に飛び乗ると、一気に飛び降りようとしてその下の地面に目を向けた。だが・・・

 「動くな!!」

 なんと、そこにも二人の男が立っていて、一人はこちらに向かってやはり銃を向けていた。もう一人の男はタバコをくゆらせながら、ボーっとこっちを見上げている。

 「!?」

 進退窮まった男は、再び背後を振り返った。しかし・・・

 「飛び降りるだけ損よ。諦めなさい」

 そこには、やはり銃を突きつけている仁木の姿があった。男はジッとそれを見つめていたが、やがてガックリとうなだれると、銃をベランダの上に落として両手を上げた。

 「俺達の名誉のために言っとくけどね。ほんとならこの敷地、夜の間は誰かが足一歩踏み込んだだけで大騒ぎになるようになってるのよ。今夜はゲストをお迎えするために、ちょっと入りやすくしといたけど。ようこそ」

 下からののんきな声に、男はさらに肩を落とした。





 「へー、そんなことがあったんだ。全然知らなかったよ」

 「のんきな野郎だな、ほんとに・・・」

 翌朝。初めて昨夜の出来事を聞かされた聡美がそう言った。小島がため息をつく。

 「でも隊長も水くさいよね。そういう仕事なら、あたしに任せてくれれば立派につとめてみせたのに」

 「お前だと必要以上に張り切ってヘマやらかしそうな気がするんだよ。その点、副隊長に任せておけば安心だからな」

 「ひっどい言いぐさ。でも、ほんとにうまくいったんだね。隊長の「藪をつついてヘビをご招待しちゃうぞ作戦」」

 「なんてネーミングセンスだ・・・」

 絶句する小島。他のメンバーも苦笑いする。

 「でも、私も聞かされたときは驚いたわ。本当に泥棒が入ってきたときは、もっと驚いたけど・・・」

 仁木が昨夜のことを思い出しながらつぶやく。

 「昨日の作戦をもちかけられたのは・・・ひかる君の他は副隊長と新座君だけ・・・だったね?」

 「ええ。なるべく少人数でやった方がいいって言われて、作戦の何時間か前にいきなり」

 亜矢に問われて、圭介はうなずいた。

 「ただでインタビューに答えるはずがないと思ってたけど・・・あんなことを企んでたなんて」

 「インタビューに答えてフー子をうちで預かってることを世間にアピールして、犯人をおびき出して取り返そうと忍び込んできたところを捕まえる・・・。隊長に聞かされたときは、そんなにうまくいくかと思ってましたけど・・・」

 「それで、副隊長はひかるちゃんと部屋を交換してベッドに潜りながら待ってて、新座君と隊長は寮の植え込みに隠れて張り込んでたんだね?」

 「ヤブ蚊が寄ってきて大変だったんですけどね」

 「言ってくれれば・・・虫除けの護符をあげたのに・・・」

 「それにしても恐ろしい人だよな。きっと隊長には、幸運の女神がついてるんだよ。いや、悪運の女神かも」

 小島が頬杖を突きながらそんなことを言っていると

 「誰に女神様がついてるって?」

 ドアが開き、フー子を連れたひかると小隈が入ってきた。二人とも、昨日の泥棒の取り調べに参加しに行っていたのだ。

 「あっ・・・お、おはようございます、隊長! それにひかるちゃんも!」

 慌てて頭を下げる小島。やがて、二人は自分の席につき始めた。

 「副隊長、昨日はよく眠れましたか?」

 「ええ、おかげさまで。いつもと違う部屋で寝るっていうのも、たまには面白いわね」

 仁木が微笑みを浮かべてうなずいた。あのあと二人はせっかくということで、部屋を交換したまま眠りについたのである。

 「いーなー。ねぇひかるちゃん、今度あたしと部屋を交換しようよ! あたし、枕が変わると寝られないから枕は持参だけど、それでもいいよね?」

 「もちろんです! 楽しいですよ、ああいうのって」

 「はいはい。そういう女同士の楽しみの話はあとにして、仕事に戻ろう」

 小隈のその声に、ひかると聡美は恥ずかしそうにかしこまった。

 「で、ひかる。あの男はやっぱり、お前に台風の卵を渡した男だったのか?」

 圭介が彼女の方を向いてそう尋ねると、ひかるはうなずいた。

 「間違いありませんでした。取り調べでもそのことはちゃんとしゃべってくれましたし」

 「作戦の甲斐はあったというわけね。隊長、その男は何者だったんですか?」

 仁木の言葉に、小隈はファイルを取り出してその中から何枚もの紙を配っていった。

 「全員行き渡ったな。それじゃ、説明しようか」

 どうやらその紙は、警察の指名手配用のポスターのようだった。そこには、昨夜寮に忍び込もうとした男の写真とこれまでの前科が載せられていた。

 「猫渡克夫。38歳。19件の窃盗容疑で全国に指名手配されていた泥棒だ。ただこいつの場合ちょっと変わった泥棒で、いろんな裏の世界の奴らから依頼を受けてものを盗みだし、その報酬を金で受け取るっていう稼業を続けてきた。警視庁ではあだ名もあって、通称「黒猫」。そそっかしいところがあって物証になるものを落としていくこともたびたびだったが、ものすごくすばしこいために今まで警察の手をすんででかいくぐってきたらしい。泥棒に向いてるのか向いてないのかわからんが、とにかく、それも昨夜俺達の手でご用となったわけだ」

 「なんだかマンガのキャラみたいな商売だね。依頼をするときはテレビに賛美歌13番をリクエストしたり、駅の掲示板にXYZって書き込んだりするのかな?」

 「結局はこそ泥だろ? あんな超有名スナイパーやスィーパーと一緒にしたら失礼だろ」

 その話を聞きながら、聡美と小島は妙な話題で盛り上がっていた。

 「でも、そんな商売をしてたってことは・・・台風の卵を盗んだのも、誰かに頼まれたからなんですよね?」

 「依頼主は・・・わかったのですか?」

 それをしりめに圭介と亜矢がした質問に、小<隈はうなずいた。

 「実際のところ、一番それが知りたかったからな。そこのところは、その筋の専門家・・・警視庁の刑事さん達が、しっかり取り調べてくれたよ。で、わかった黒幕ってのが、こいつらだ」

 そう言って小隈は、別の資料を配った。

 「「花鳥風月会」。新宿を本拠地に東京周辺に勢力を持つ、いわゆるヤクザだ。ただ、こいつらもまた変わった連中でな・・・。首領を務める中村あやめっておばさん以下、ほとんどが女だけで構成されたヤクザなんだ。表向きでは高級クラブなんかを経営しているが、裏では相当悪いことやってるらしい」

 「女だらけの犯罪集団かぁ・・・」

 そう言って小島が、どこか遠くを見つめたような視線になる。が・・・

 「・・・小島さん、今変なこと考えてたでしょ?」

 聡美達女性陣が、冷たい視線で彼をにらんだ。圭介は関わり合いにならないように視線をそらしている。

 「お・・・おいおい! 言いがかりはよしてくれ! そんなこと、これっぱかりも考えちゃ・・・」

 そう言って、首をブンブン振る小島。某美人怪盗三姉妹を連想したなどとは、口が裂けても言えない。

 「・・・それはともかくとして、どうしてその花鳥風月会が、台風の卵など盗んだのでしょう?」

 時間の無駄とばかりにそれを切り上げ、仁木が小隈に質問した。

 「問題はそこだが・・・これには、もっと面白い事情がある。これを見てくれ」

 そう言って、小隈は三度別の資料を配った。

 「その花鳥風月会だが、実はライバルとなるような勢力が新宿に存在する。名前は「ムーラン・ルージュ」。花鳥風月会とはその規模や活動内容、構成員がほとんど女ばかりという点まで、何から何までよく似ている。唯一違うのは、「ムーラン・ルージュ」は女性は女性でも外国人の女性だけで構成されているってところだ。おかげで両者は犬猿の仲。常に勢力範囲の拡大を狙って小競り合いを繰り返しながら、互いを出し抜くチャンスをうかがってる・・・とまぁ、そんな関係だったらしい」

 「うわぁ・・・なんかそういうのって、女同士の泥沼の抗争って感じだね。なんだかおっかないよ」

 聡美が顔をしかめる。

 「で、このムーラン・ルージュなんだが・・・最近になって警視庁の専従捜査班が妙な動きをかぎつけた。どうも、どでかい稼ぎを企んで構成員を水面下で活発に動かしていたらしい。で、その結果連中はある装置を盗み出すことに成功したらしい」

 「ある装置?」

 「これだ」

 そう言って、彼は一枚の写真を彼らに見せた。それを見て、ひかるを除くメンバーは驚いた。

 「それって、まさか・・・」

 「台風発生機・・・?」

 その写真は数日前、五十嵐が小隈達に見せたあと彼ら全員の目にも触れた、台風発生機の写真だったのだ。

 「私も、初めて聞かされたときは驚きました」

 その驚きはよくわかっているというふうに、ひかるがうなずいた。

 「専従捜査班が別件で逮捕したムーラン・ルージュの構成員の中に、それを盗み出す計画に加わった奴がいた。何を企んでるのか取り調べた結果、その犯行を白状したんだ」

 「でも・・・台風発生機を盗んで、何を企んでるんだろ・・・」

 聡美がそう言ったので、小隈はうなずいた。

 「盗んだものがものだ。機械の性能とそれを盗んだ奴とを考えれば、ろくなことに使わないことは目に見えている。詳しくはわからないが・・・その企みが今回服部に台風の卵が間違って渡された経緯とどうつながるかは、だいたいの推理を組み立てることができた」

 小隈はそこまで言って、一度全員を見た。

 「つまりだ。花鳥風月会はムーラン・ルージュが台風を使ってなにか悪事を企んでいることを知った。どこまで知ったのかはまだわからないが、おそらくはかなり詳しいところまで知ってるんだろう。対抗心を燃やした花鳥風月会は、同じように台風を使った犯罪を企み、五十嵐博士の作った台風の卵に目をつけた。そして、それを盗むことを猫渡に依頼し、まんまと成功したが・・・あろうことかその引き渡しのミスで、卵は服部の手に・・・とまぁ、こんなところだと思うが」

 小隈の推理に、メンバー達は納得したようにうなずいた。

 「ということは・・・危うくフー子君は・・・悪事に利用されかかったんだね・・・」

 亜矢がそうつぶやいたので、ひかるはうなずいた。

 「偶然ですけど、そうならなかったのはほんとによかったと思います」

 ひかるはそう言って、腕の中に抱いたフー子を抱きしめた。  「うん。偶然とはいえ、とりあえず一つの犯罪は潰すことができたんだからな。でも隊長、そうすると、ムーラン・ルージュが企んでる計画っていうのは・・・」

 圭介の言葉に、小隈はうなずいた。

 「うちの捜査部も警視庁も全力で動いてるが、今のところその手がかりは発見できちゃいない。しかしだ。台風発生機なんてものを盗んでやろうとしてることを安直に考えた場合、思い浮かぶのは・・・」

 「スケールアップした台風発生機で発生させた大型台風を使った破壊工作・・・というところでしょうか? しかし、実際実現するとなるとかなり大がかりなものになるでしょうし、私達の目に触れずに計画を進めるのは難しいのでは・・・」

 訝しがる仁木。小隈は言った。

 「たしかにな・・・。だが、俺達がこれまで戦ってきた犯罪者も、いろいろ知恵を絞った犯罪で俺達を後手に回らせてきた。俺達が思ってもみないところで、思ってもみないかたちで計画を進めているのかもしれない。できれば、それが完成する前に引っ捕らえたいところだが・・・」

 「台風を使った犯罪となると・・・爆弾テロなんかより、もっと被害が大きくなる可能性もありますからね」

 圭介の言葉に、小隈はうなずいた。

 「実際起こったとなると、かなり大がかりな犯罪になるかもしれん。いざというときは、もしかしたら局長が直接指揮をとるかもしれないな・・・」

 その言葉に、メンバーは顔を上げた。





 一方その頃。とある場所では・・・

 体育館ほどもある広いスペースの中で、作業服を着た女性作業員達が黙々と作業を行っている。その中では、巨大な装置が作り上げられようとしていた。

 「開発状況はどういったところかしら、グランドウッズ博士?」

 高そうな毛皮のコートを着た中年の女が、自分達を案内している白衣を着た若い女に尋ねた。

 「順調ですわ。現段階での完成度はおよそ85%。もっとも、装置の効果の基礎となる部分はすでに完成しておりますので、その気になれば動かすことができますが・・・。やはり、完成まではお待ちいただきたいですわね。それほどお時間はとらせませんから」

 「どれほど?」

 「1週間とかかりませんわ」

 「わかりました。予定通り作業を続けて」

 「ありがとうございます」

 二人の女はそう言って、目の前に立つ巨大なシャフトのようなものを見上げた。





 それから2週間ほどの時が経った。しかし、ムーラン・ルージュの動きについては警察もSMSも何もつかむことはできず、ムーラン・ルージュもまた、目立った動きを見せることはなく、SMS第1小隊にも静かな時が流れていた。しかし・・・

 「フーン・・・」

 フー子がどことなく元気のない鳴き声で鳴く。心なしか、風の回転スピードも以前と比べて衰えているように見える。グラウンドで亜矢と圭介、それにひかるは、その様子を心配そうに見つめていた。

 「どうも・・・弱ってきているようだね・・・」

 「湯気を食べさせて回復できないんですか?」

 圭介が亜矢に尋ねたが、ひかるがその代わりに答えた。

 「ここのところ、あんまり湯気も食べてくれないんです」

 「そうか・・・」

 「やはり、これは・・・」

 そこまで言って、亜矢は言葉を止めた。フー子が誕生してから、3週間ほどがすぎている。五十嵐博士の言う通り、フー子の寿命が一ヶ月程度だとしたら・・・。「寿命」という言葉は、口には出さなくとも第1小隊の誰の頭の中にもあった。

 「やっぱり、一ヶ月っていうのは短すぎますね・・・」

 圭介と亜矢は、ひかるの言葉に少し驚いた。が、すぐにその言葉を、避けられない運命を誰よりも深く受け止めたうえでの言葉だと理解した。

 「すまないね・・・。私の魔術も・・・寿命を延ばすようなことは・・・できないから・・・」

 「いいんですよ・・・。その代わり・・・残った間だけでも、フー子ちゃんをもっと愛してあげようと思うんです」

 「そうだな・・・。それはお前が一番得意としてることの一つだろうし・・・」

 圭介はそう言って微笑んだ。と、その時・・・

 ポツ・・・ポツ・・・

 空から降ってきた水の滴が、砂の上に落ちて一つ、また一つと黒い点をグラウンドの上につけはじめた。

 「やっぱり降ってきちゃったか」

 圭介は空を見上げてそう言った。朝から多かった黒雲は、すでに空一面を覆っている。

 「オフィスに戻ろう・・・」

 亜矢の言葉に、圭介とひかるはうなずいて歩き出した。と、その時・・・

 ビーッ! ビーッ!

 突然、サイレンの音が響きだした。

 「・・・事件!?」

 圭介達はすぐに真剣な表情になり、オフィスに向かって走り出した。





 「いったいなんですか!?」

 オフィスに戻るなり、圭介は叫んでいた。オフィスの中にいた小隈達が振り返る。

 「じ、事件なんだけど・・・とにかくテレビを見てよ!」

 やや慌てた様子を見せる聡美。とにかく、三人は彼らの見ているテレビの前に集まった。その画面の中では・・・

 「ご覧下さい! ものすごい・・・竜巻です! 日本でこれほどの竜巻が観測されたことは、観測史上例がないとのことです!!」

 アナウンサーが興奮気味に実況している。その背後では・・・巨大な白い逆円錐が、すさまじい回転をしながら黒い雲までその背を伸ばしていた。竜巻・・・それも、アメリカなどで見られるもっとも被害をもたらすタイプの大型の竜巻・・・「トルネード」という名前が、ピッタリの竜巻だった。

 「現在竜巻は海上でほぼ静止していますが、ご覧の通りその目と鼻の先には市街地が存在します! そのため、こちらでは警察、消防合同で住民の全力の避難作業が・・・」

 彼の実況とともに、カメラが避難民でごった返す通りを映し出す。

 「ここ・・・どこなんですか?」

 「銚子らしい」

 小島がすぐに答えを返す。

 「おかしいね・・・日本でこれほどの竜巻が発生するなんて・・・」

 亜矢がその超巨大竜巻を見つめながら、訝しげにつぶやく。

 「隊長、これはやはり・・・」

 「・・・」

 仁木の言葉に、小隈は黙って考え込んでいた。その時

 Trrrrr・・・

 電話が鳴り始めた。聡美がすぐにそれに出る。

 「はい・・・SMS第1小隊です。あ・・・部長」

 聡美はそう言って、小隈に振り返った。

 「隊長・・・あの竜巻について、「犯行声明」が出されたそうです」





 「「あの竜巻は、我々が作った装置によって生み出されたものである。そして、我々はあの竜巻の規模、そして進路を自由にコントロールすることができる。その証拠として、我々は台風の進路を、次のように操作する。3分間の直進後、北へ90°の方向転換。それを見届けてもらったあと、次の連絡を送る」。5分前に送られてきた匿名のメールです」

 SMS本部内の危機管理センター。捜査部の部長が、目の前のノートパソコンを見ながらそう言った。

 「そして・・・実際に竜巻は、その通りの進路をとりました」

 メインモニターに、その進路が映し出される。それは、極端な方向転換を行っていた。

 「犯人達の声明の内容は事実と判断しなければならないでしょう」

 「・・・新しい連絡は?」

 「同じ差出人からつい先ほど入りました。読み上げます。「我々は警察、並びにSMSに対して、200億円を差し出すことを要求する。要求が受け容れられない場合、竜巻を銚子の市街地に上陸させ、蹂躙する。30分以内の返答を要求する。銀行口座の番号の指定などは、その際に改めて指示を行う」。以上です」

 「専門家の見解では、竜巻の規模は「F5」。中心付近の風速は秒速117から142mに達し、これが市街地を直撃した場合、自動車や列車はもちろん、住居は跡形もなく吹き飛ばされ、コンクリート製の建造物も壁が崩れるほどの被害を受けるそうです」

 情報部の部長がそう報告する。

 「選択の余地はなさそうだな・・・千葉県警、警視庁の対応は?」

 それらの報告を聞いて、円卓の中央に座っていた男が言った。

 「要求に応じることもやむなし、と判断し、政府に資金提供の要請を行うとのことです。SMSにも、それに沿った対応をとってほしいとのことですが・・・」

 「それしかないだろうな・・・返答を伝えろ。要求には応じる。SMSは警視庁とともに政府に資金の提供を要請する。そのために、1時間の猶予時間を設けること。これが返答だ」

 「了解」

 オペレーターがすぐにその内容を打ち始める。

 「陸奥部長」

 「はっ」

 男に呼ばれ、陸奥が答えた。

 「東京都SMSの全3小隊に総員出動命令を。うち、第1小隊には警察、消防と協力しての避難活動のサポートを命令。第2、第3小隊は捜査部と協力し、あの竜巻を操作している拠点の捜索を任務とするように」

 「了解しました」

 男はそれにうなずいた。

 「全員、部下の一人に至るまで一丸となって行動することに努めるように。犠牲者を一人も出さないことを覚悟とし、事件解決に全力を尽くせ。健闘を期待する」

 ビシッ!

 東京都SMS、及びSMS全体の最高責任者である彼・・・宮内局長は、そう言って一部の隙もない敬礼をした。その姿に、センター内の全員が気持ちを引き締め返礼を返した。





 「しっかりつかまってるんだよ」

 VJを装着した圭介は腕の中のパジャマ姿の男の子に優しくそう言った。その言葉に、男の子が黙ってうなずき、さらに強くしがみつく。圭介は彼を両手で抱きかかえると、窓から身を乗り出した。

 「いくよ。怖かったら、目をつぶってるんだ。次に目を開いたら、もう地面の上だ。何も怖くない。いいね?」

 目をつぶる男の子。圭介は次の瞬間、外へ躍り出た。

 スタッ

 その直後、しっかりと芝生の上に着地した。

 「もう大丈夫だ。えらいぞ」

 圭介がそう言うと、男の子は目を開けてキョロキョロとあたりを見た。そして、笑顔を浮かべると圭介を見た。圭介はその頭を軽くなでると、近くに止まっていた救急車まで運んでいった。

 「この子をお願いします」

 「ありがとうございます」

 男の子は救急隊員によって、優しく救急車のベッドに寝かされた。

 「ありがとう、お兄ちゃん」

 「しっかり病気を治すんだぞ」

 圭介はそう言って、サムズアップをしてみせた。男の子が笑顔でそれに答えた直後、救急車は後部ドアを閉め、病院の駐車場から走り去った。

 「新座君」

 背後からの声に圭介が振り返ると、背後の病院から仁木と小島が走ってきた。

 「今送った子が、最後の患者さんのはずです」

 「私達も中を全て調べたけど、もう誰もいなかった。生命センサーは反応しなかったし、それで間違いないわ」

 「これで小児病棟の避難は、全て完了したわけだ」

 「ええ、急ぎましょう。まだ一般病棟の避難は終わっていませんから」

 現場に到着したSMS第1小隊は、海に最も近い病院での患者の避難作業のサポートを行っていた。圭介達はうなずくと、一斉に走り出した。小高い丘の上にある病院からは、海の上で不気味に渦を巻く巨大な竜巻を見ることができた。

 「くそっ・・・ひかる、猶予時間はあとどれぐらい残ってる?」

 「残り23分です。急がないと・・・」

 「あれを操ってる連中の居場所さえ特定できればなぁ・・・」

 「第2小隊と第3小隊が頑張っているはずだわ。捜索は彼らに任せて、私達は私達の仕事をしましょう」

 「了解!!」





 その頃、銚子沖の海上では第2小隊の指揮車が低空を飛行していた。

 「どう、よしやん? 何か見える?」

 VJを装着したままの真由美が、指揮車を運転している大山に声を掛ける。大山は運転席からキョロキョロと外を見回しているが、見えるのは灰色の海だけだ。

 「ダメですわ。海ばっかりで、他にはなんも見えまへん」

 「ほんとに、連中は海の上にいるんでしょうか?」

 リーナが感じていた疑問を星野にぶつけた。星野は少し考えていたが、やがて言った。

 「・・・竜巻はこの海上に突然発生した。犯行声明が出たように、あの竜巻は人工のものだわ。それならば・・・あれを生み出した何かは、必ず海の上にあるはず。あれだけのものを生み出せるのなら、それなりの大きさがあるはずだわ」

 「待つしかないな。第3小隊の木戸隊長達が、全力でその位置を割り出そうとしている。それまでは、俺達もこうして海上の捜索に加わるしかない」

 須羽の一言で、再び車内が沈黙した。





 須羽の言葉通り、第3小隊の指揮車は竜巻をよく見ることのできる見通しのいい場所に停車し、アンテナを竜巻に向かって伸ばしていた。そして、その車内では・・・

 カチャカチャカチャカチャ・・・

 戸狩、百合子、それに隊長の木戸が、すさまじい速さでキーを叩いている。運転席に座っているCOROも、手首から伸ばしたコードをコンピュータに接続し、瞑想しているかのように目を閉じていた。その様は静かであったが、彼の頭脳・・・超小型のスーパーコンピュータの中では、めまぐるしい演算処理が行われていた。

 「まだ終わらねぇのかよぉ、戸狩」

 待ちくたびれたように島田が言う。

 「話しかけないでよ! 今忙しいんだから!!」

 「そうよ! 早く終わらせたかったら黙ってて!」

 データ処理で手一杯らしく、戸狩だけでなく百合子までにも怒鳴られる島田。

 「ぐぬぅ・・・」

 「や、やめてくださいよ島田さん! 落ち着いて落ち着いて! ね?」

 その隣に座っていた梨恵が、慌てて彼をなだめる。

 「そう待たせはしないよ、島田」

 と、データ処理をしながらも、余裕のある声で木戸が言った。

 「この指揮車のコンピュータとCOROのコンピュータ、それに僕達の頭と手をフルに使ってるんだ。そう時間はかからないよ、もうすぐだ。どうだい、CORO?」

 「データ解析率、現在99%・・・まもなく終わり申す」

 「ほらね」

 木戸がそう言った途端、

 ピーッ!

 電子音とともに、データの解析が終了した。

 「お疲れさま。さて、座標は・・・」

 疲れた様子でため息をつく戸狩と百合子にねぎらいの言葉をかけ、木戸はモニターに目を戻した。そこには、位置座標の数字らしいものが並んでいた。

 木戸は竜巻がコントロールされているものであることに着目。そのコントロールの媒介となっているものとして、どこからか竜巻に向けて発信されているタキオンをとらえた。そして、その周波数を分析して、それがどこから発信されているのか逆算したのだ。

 「・・・やっぱり、銚子沖の海上だ。ゆっくり北上しているようだけど、それほど遠くはない。CORO、このデータを第2小隊に送ってくれ。もちろん、僕らもあとに続くよ」

 「御意」

 「よっしゃあ! いよいよ俺達の出番だなぁ!」

 「落ち着いて下さいってば!」





 最後の救急車が走り去ったのを見送り、第1小隊の3人は顔を見合わせた。

 「これで、この病院はもぬけの殻ですね」

 背後の病院を見上げながら、小島は言った。

 「ほかに、避難の遅れている施設とかは?」

 「今のところ、それはないみたいね。やっぱり、道路は混雑してしまっているみたいだけど・・・」

 ディスプレイに表示される情報を見ながら圭介に答える仁木。その時、指揮車の聡美の元に通信が入ってきた。

 「え・・・!? ほんとですか!?」

 その通信を受けて、聡美はすぐに小隈に言った。

 「大変です! 男の子が一人、飼っているハトを逃がすために銚子港のそばにある住宅地の自分の家に戻ってしまったと、警察から連絡が・・・」

 その知らせに、メンバーは驚いた。圭介は反射的に、タイムリミットの時間を確認した。

 「あと10分もないぞ・・・! 急ぎましょう、すぐに助けに行かないと!」

 「全員、指揮車に戻れ。救出に向かう」

 「了解!」

 第1小隊は慌ただしく指揮車に戻り始めた。





 「もうすぐ目標ポイントね。大山君、何が見える?」

 飛行する指揮車内で、星野は大山に尋ねた。

 「船ですわ。貨物船とちゃいますかな?」

 大山の言うとおり、かなり離れた海上に一隻の大型船が浮かんでいるのが見える。星野はカメラを使って、その拡大映像を映しだした。

 「「天界丸」・・・そう書いてあるわ」

 古びた船体の横に白く書かれている船名が、モニターに映し出されている。

 「リーナ、あの船のデータ、洗い出してくれる?」

 「Yes Sir!」

 リーナがすぐに船舶協会のコンピュータにアクセスし、データを探し始める。求めるデータは、すぐに出てきた。

 「出ました。「天界丸 船籍:日本 船種:大型貨物船」。半年前まで竹尾ゼネラルトレードの所有する船でしたが、廃船になるところを別の会社に払い下げられています。でも、この新しい会社・・・なんだか怪しいなぁ・・・」

 リーナがそう言ってデータをにらむ一方、高畠は問題の船を分析し始めた。

 「隊長、これはただの貨物船じゃないかもしれません」

 「どのあたりが?」

 「このタイプの船にしては、不自然なほどの赤外線が検出されています。かなりの出力を持った動力機関を積んでいるはずですけど、それが船の速力強化に使われている様子は見られません・・・。それに、後部甲板のこの部分・・・」

 モニターに船の一部がクローズアップされる。ヘリポートのような大きく奇妙な円盤状の金属板がとりつけられている。

 「こんな金属板は、普通の船にはありません」

 「ヘリポートじゃないんですか?」

 健が尋ねたが、高畠は首を振った。

 「ヘリポートにしてはでかすぎます。それに、あの金属板の下には、大がかりな仕掛けがなされてる可能性もあります・・・。まるっきり、用途不明というわけで・・・」

 「怪しいわね・・・」

 星野はその言葉を聞いて、考え込んだ。

 「乗り込んじゃいましょう!! 踏み込んで調べればわかるこ・・・!?」

 その時、須羽が隣から手を出して真由美のヘルメットの口を塞いだ。

 「まずは、停船命令を発しましょう」

 「そうね・・・」

 冷静な須羽の意見を聞いて、星野はマイクをとった。





 一方その頃。問題の船の中では・・・。

 「まもなく交渉のタイムリミットだ。金の用意はまだか」

 「ムーラン・ルージュ」の首領、マダム・ローズはボイスチェンジャーを通じて電話を行っていた。その相手は・・・

 「現金は現在用意している。時間まではまだあるはずだ。もう少し待ってほしい」

 冷静な口調で、宮内局長はそれに答えた。

 「・・・10分後に、またかけ直す」

 ローズはそう言って電話を切った。

 「・・・少し、ハッパをかける必要があるようね・・・」

 彼女はそう言うと、近くにいた白衣の女に言った。

 「竜巻をもう少し、港へ近づけて」

 「わかりました」

 女はそう言うと、装置を操作し始めた。と、その時である。

 「マダム!!」

 黒いスーツに身を包んだ女が、慌てて操作室に駆け込んできた。

 「なんだい、慌てて」

 「SMS第2小隊の指揮車が、停船命令を出してきました!」

 ローズはその知らせに少し表情を変えたが、すぐに妖しい笑みを浮かべた。

 「さすがだねぇ・・・。でも、こっちだってかなり出資してるんだ。そう簡単に引くわけにはいかないねぇ・・・」





 「隊長、向こうさん、停船命令を了解しました。速度もだんだん落としとります」

 大山がそう報告した。

 「ゆっくり近づいて、指揮車を甲板に下ろして」

 「了解!」

 星野の指示通り、ゆっくりと指揮車を船に近づけていく大山。近づくにつれて、甲板上の様子がわかってくる。と・・・

 「・・・!?」

 星野が目を見開いた。甲板に置かれているコンテナの影に、奇妙な筒状の物体がこちらに口を向けているのが見えたのだ。

 「大山君、右に急速回避!!」

 「はいな!!」

 星野の突然の命令に、大山は反射的に従っていた。それとほぼ同時に・・・

 ボシュッ!

 あの筒状の物体から何かが発射され、煙を引いて指揮車の車体脇すれすれを飛んでいった。

 「地対空ミサイル!?」

 ボシュッ!!

 それに他の隊員が驚いている間にも、また別の角度からミサイルが発射された。

 「SMSをなめんなやーっ!!」

 大山はコンソールのスイッチの一つを押した。アンテナから出されたジャミング電波により、発射されたミサイルは制御装置を狂わされ、でたらめな動きののちに海へと落ちた。

 「強行着陸! 3人とも、飛び出して!」

 「了解!!」

 指揮車は強引に後部甲板へと降りると、降りながら開いていた後部ハッチから3人の実動員が飛び出した。その途端・・・

 バババババババババババ!!

 コンテナの影からスーツ姿の女達が何人も現れ、手にしたマシンガンを撃ち始めた。その弾がVJの装甲や指揮車の車体に当たり、火花が散る。

 「隊長、一旦この場を離れて下さい。現場指揮は私がとります」

 「ごめんなさい、頼むわよ。第3小隊が到着するまで、もちこたえて。火器の使用は任せるわ」

 「了解」

 その直後、指揮車は空へと舞い上がった。マルチリボルバーを抜きながら、須羽が指示を出す。

 「指揮車の着陸と後続の第3小隊のため、甲板上を確保する。敵を無力化しつつ、地対空ミサイルランチャーを破壊しろ。船内の捜索はそれからだ」

 「了解!!」

 「相手は女ばっかりみたいだね。副隊長や浪平君はやりにくいだろうから、あたしが大暴れさせてもらうよ!!」

 真由美はそう言うと、マルチリボルバー片手にコンテナの向こうに走っていった。

 「しょうがないなぁ、もぅ・・・」

 「あいつには俺がつく。浪平、気をつけろよ」

 「了解!!」

 彼らは二手に分かれた。

 「先輩、しっかりサポート頼みますよ!」

 「Leave it to me!!」





 一方その頃、銚子港の近くの住宅街では・・・。

 「ほら、どんどん逃げるんだ!!」

 一人の少年が屋上の小屋から、何十羽もの競走用のハトを逃がしていた。と、その時

 スタッ!

 その屋上に、赤いVJを着た男が降り立った。

 「あ・・・」

 「危ないじゃないか! あれが見えないのか!?」

 圭介はそう言って、すぐ向こうに見える巨大な竜巻を指さした。その時、ひかるの声が届いた。

 「あんまり怒らないであげてください。やってることは、悪いことじゃありませんから・・・」

 「・・・あぁ」

 圭介はうなずくと、ゆっくり彼に近づいた。

 「・・・優しい子だな、君は。でもこういうことは、一人でやっちゃいけない」

 「ごめんなさい・・・」

 「ハトはみんな逃がしたんだな? 今度は君が逃げる番だ。さぁ、つかまって」

 少年は圭介にしがみついた。

 「いくぞ」

 ビュンッ!

 圭介はジャンプし、屋上からその家の前の道路に飛び降りた。

 「よし、これでいいんだな?」

 「周辺地区の生命反応はもうないわ。すぐに逃げましょう」

 「はい!!」

 3人はそう言って、指揮車に乗り込もうとした。と、その時・・・

 ゴゴゴ・・・

 「!?」

 不気味なうなりが港の方から聞こえた。驚いたメンバーがそちらに目をやると・・・

 ゴォォォォォォォォ・・・

 なんと、竜巻が港の方へ接近し始めていた。竜巻によって波が荒れ、港に停まっている船が木の葉のように揺れる。

 「まずい! 接近し始めた!!」

 「早く! 避難するわよ!!」

 彼らはすぐに指揮車に乗り、指揮車は空へと舞い上がった。





 一方その頃、「天界丸」の船内・・・。

 カツ・・・カツ・・・

 慎重に歩く足音だけが響く。様々な鉄の構造物が入り組んでいる船内を、健はマルチリボルバーを構えながら注意深く進んでいた。

 「健、そのあたりよ」

 ある一角を曲がったところで、健はリーナの声とともに足を止めた。彼の目の前には・・・天井まで伸びる、巨大なシャフトがあった。健はそれに近づき、見上げた。

 「でかいシャフトですね。この下は・・・」

 健は視線を下げた。その時、リーナが言った。

 「健、そのままにしていて。下に熱源反応があるわ。分析してみる」

 「了解」

 健はそのまま、デュアルカメラでその下を見続けた。やがて、再びリーナが言う。

 「・・・どうもこのシャフト、大型の動力炉か何かと直結してるみたいね。この上に何があると思う?」

 「もしかして・・例のでかい金属板ですか?」

 「ビンゴ♪ それじゃついでに、それが何を意味してるかわかるかしら?」

 「これが竜巻発生装置・・・ってことしか、思いつきませんね」

 シャフトを見上げながら、健はそう言った。

 「例の盗まれた装置をスケールアップしたものね。竜巻の発生原理はいくつかあるらしいけど・・・これは熱で人工的に親雲になる積乱雲を発生させて、それを高速回転させることで発生させるタイプのようね。あの大きな金属板は、雲を作るためのものだわ、きっと」

 「まさか船にこんな設備を作るなんて・・・」

 「一回で終わらせるつもりがなかったのね。何度も竜巻で脅迫できるように、動く竜巻発生基地をこんなかたちでつくったのよ」

 「・・・どうします、これ?」

 「ここでいきなり壊すわけにはいかないわよ。とりあえず、これをコントロールしてる奴を捜し出して・・・」

 と、リーナが言ったその時

 バチバチッ!!

 「!?」

 突然、天井から雷のようなものが健を直撃した。VJのおかげで健の受けたダメージは軽微だったが、頭上を見上げるとそこには、円盤形のボディに蜘蛛のような足を生やしたロボットが二体天井に張り付き、赤いモノアイでこちらを見下ろしていた。

 「ゲンゴロウか・・・」

 それは、警備用に使われているAIロボットで、通称「ゲンゴロウ」と呼ばれているタイプだった。リーナはそのデータを分析した。

 「見かけはただのゲンゴロウだけど、パワーが強化されてるらしいわ。気をつけて!」

 「了解!」

 バチバチッ!!

 ゲンゴロウは再び電撃を放ったが、健は後ろに飛びそれをかわした。

 ガンガン!!

 そして即座にマルチリボルバーを抜くと、ゲンゴロウに放った。健の的確な射撃によりゲンゴロウは機能を停止し、床に落ちてくる。しかし・・・

 シュイイイイイン・・・

 健が落ち着く間もなく、彼の前方から多数のゲンゴロウが床、壁、天井を問わず走りながらゾロゾロと現れた。

 「うっ・・・」

 「多勢に無勢・・・? 健、一旦引・・・」

 と、リーナが言いかけたとき

 「くらえっ!!」

 「テンタクルアンカー!!」

 シュルルルルルルル!!

 男女の声とともに、健の左後方からは手裏剣が、右後方からはたくさんのワイヤーが、それぞれ飛んできた。そして・・・手裏剣はゲンゴロウのボディーに突き刺さり、ワイヤーはゲンゴロウに絡みつき、電流を流してそれぞれ動きを止めた。

 「健、今よ!」

 ガシャッ!

 リーナの言葉に我に返り、健はバックパックからスピーカーのようなものを取り出すと、それを両肩に装着した。

 「サイバーフリーザー、装着完了!」

 「All Right! セットアップ、完了!」

 「デジタルフラッド、発射!!」

 健がそう叫んだ瞬間、両肩のスピーカーが低く重いうなりを発した。その直後、活発に動き回っていたゲンゴロウ達はモノアイを明滅させ、動きを停止していった。大量の情報を一気に敵に流し込み、コンピュータの処理能力をパンクさせてフリーズ状態に追い込む健の特殊装備、サイバーフリーザーの力である。健は動きを止めたゲンゴロウ達を前に、フウと息をつくと振り返った。

 「危ないところでしたね、浪平さん」

 「ご苦労さん。お見事だったよ」

 緑と銀のVJが近づいてきた。第3小隊の三葉と梨恵である。手裏剣は三葉の投げた物。ワイヤーは手甲に装備された遠隔操作により自在に動くワイヤーで敵を縛り上げ、電流を流す梨恵の特殊装備「テンタクルアンカー」だった。

 「三葉副隊長、春日さん! 応援に来て下さったんですね!」

 健は喜びの声をあげた。

 「第2小隊のみなさんのおかげで、ここまではすんなり来れました」

 「急ごう。早くコントロール・ルームへ行って、あの竜巻を止めないと」

 「はい!」

 そう言って走り出そうとしたとき、健はふと気づいたことを尋ねた。

 「・・・そういえば、島田さんはどうしたんですか?」

 「勝手に須羽さんと佐倉さんの応援に行っちゃったよ。ったく・・・」

 「大変でしょうね、須羽副隊長・・・」

 「でしょうね・・・」

 今頃暴走気味で知られる二人を押さえながら進んでいるであろう須羽の苦労を思いながら、健はため息をついた。





 「悟っ!!」

 ハトを逃がしていた少年に、彼の母親は泣きながら抱きついた。

 「このバカッ!! ハトの命と自分の命と、どっちが大事なんだよ!!」

 「ごめんよ、母ちゃん! だけど、俺・・・あいつら、見殺しにはできないから・・・」

 圭介達はその様子を見つめていた。

 「よかったですね・・・」

 「あぁ・・・」

 圭介はうなずきながらも、辺りを見回した。そこは海岸からはかなり離れている小学校に設けられた臨時の避難所で、大勢の人が集まっていた。少年を母親の元に送ったついでに、第1小隊はここで状況確認と小休止を同時に行っていた。圭介達実動員もすぐに出られるよう、ヘルメットだけを外してVJは装着したままである。

 だが・・・ここも安全であるとは絶対に言えない。竜巻は移動する災害であり、しかも、今はそれが犯罪者によってコントロールされているのである。海から離れたこの場所からも、空を覆う灰色の雲まで伸びている巨大な水蒸気の柱を見ることができ、それを見つめる人々の目は、みな不安におびえていた。あの移動する災厄の前では、安全な場所などどこにもないことを、誰もが知っていた。

 「・・・」

 圭介はそれをなんとかしてやりたいと思いながらもどかしさを抱えつつ、指揮車の中へと戻った。指揮車のモニターには、警視庁のヘリがとらえた竜巻の様子が映し出され、全員がそれに見入っていた。

 「・・・結局、港まではこなかったんですね」

 それを見ながら、圭介は言った。その言葉通り、一旦は港に接近した竜巻は、港に被害が出ないギリギリの距離で立ち止まった。

 「催促のつもりだろう・・・」

 「そうね。おそらく・・・これ以上長引かせると、本気で竜巻を港に上陸させるかもしれない。そうなれば、それがエスカレートして市街地まで被害が及ぶ恐れも・・・」

 亜矢のつぶやきにうなずき、仁木が深刻そうな表情をする。

 「くそっ・・・なんとかできないのかよ。竜巻っていっても、あれは人が作ったものなんだから・・・」

 「そうは言っても・・・こればっかりは相手が悪いよ。普段相手にしてる暴走ロボットとか変な生き物とかとはわけが違うんだから・・・」

 小島の気持ちは理解しながらも、聡美もいつになく弱気にならざるを得ない。

 「フーン・・・」

 「怖がらなくてもいいんですよ、フー子ちゃん・・・」

 ひかるはおびえたような鳴き声を発するフー子を抱いてなだめていた。と、その時・・・

 ババババババババ・・・

 「?」

 どこからか、ヘリのローター音らしきものが聞こえてきた。気になった第1小隊が、指揮車の外へ出てくると・・・

 ヒュンヒュンヒュンヒュン・・・

 ローターを回転させながら、ヘリがゆっくりと校庭のはずれへと降りつつあった。その側面には、SMSのロゴが記されている。

 「SMSのヘリだ・・・誰だろう」

 圭介達がそれを見ていると、着陸したヘリから三人の人物が降りてきて、こちらに歩いてきた。

 「あれは・・・」

 そのうち二人は、全員が知っていた。先頭を歩いてくるのは楢崎だ。何か金属製の物体を載せたホバーキャリアを押しながら歩いてくる。その後ろを並んで歩いてくるスーツ姿の二人のの男達。その一人は、五十嵐博士だった。

 「どうも、ご苦労さんです」

 楢崎は指揮車のところまで来ると、小隈を前にニッと笑った。

 「おやっさん、一体何しに?」

 圭介がその後ろからヒョイと顔を出して尋ねる。

 「何しにってのは失礼だな。せっかく秘密兵器を持ってきてやったのに」

 「秘密兵器?」

 「ああ。まぁ、詳しい話はこちらの先生方に頼もう。お願いします」

 すると、彼の後ろに立っていた二人の男が前に出た。

 「どうも、小隈隊長。大変なことになってしまいましたね・・・」

 「ええ。このとおり、沿岸部からの避難はとりあえず順調には進んでいますが・・・。ところで、そちらの方は?」

 小隈は五十嵐の隣に立つ男を見て尋ねた。

 「以前お話ししたと思いますが・・・清明院大学の天本教授です」

 「はじめまして、天本です」

 「はじめまして。それで、お二人がわざわざお見えになったのは・・・」

 小隈がそう言うと、天本はうなずいた。

 「実は・・・私の開発した台風発生機が盗まれ、台風が犯罪に利用される可能性が高いとお聞きしたので、五十嵐博士とともにSMSに協力を申し出て、いざというときのために台風を消滅させるための武器を作っていたのです」

 「それがいましがた完成しましたので、ヘリに乗せてもらってここまで運んできたのです。これが・・・その武器です」

 そう言って、五十嵐は手に持っていたアタッシュケースを開けた。その中には、お茶の缶ほどの太さを持つ金属製の円筒が二本収まっていた。

 「これは・・・このあいだ見せてもらった奴に似てますね?」

 「はい。この間お見せした特殊乾燥冷却弾と、本質は同じです。ただし・・・もっと巨大な台風を消滅させるために、その効果は数百倍に高められています」

 「で、これをどう使うかというと、こいつの出番だ」

 楢崎はそう言って、ホバーキャリアの上に載せられていた物を指さした。一つは、金属製の直方体にグリップとトリガーがついたようなもの。もう一つは、最後部に四枚の羽のついた金属製の二本の円筒だった。

 「これって・・・まさか」

 直方体の方を見た仁木が、驚きに目を丸くした。

 「お気づきになったようですね。そぅ、陸上自衛隊で使ってる携帯型SAM(地対空ミサイル)ランチャーですよ。で、こっちがその砲弾になる81式短SAM。航続距離はそんなでもありませんが、速度は折り紙つき。風の影響を受けるより速く、矢みたいに竜巻めがけて突入できますよ。こいつの弾頭にこの特殊冷却乾燥弾を装着してランチャーに装填。竜巻の中心部にぶち込んで、消滅させる・・・というわけです」

 「お〜・・・すごいじゃない。まさに秘密兵器って感じね。ライトンR30爆弾って命名しよう」

 聡美がよくわからない感心のし方をする。

 「こんなものどうやって・・・」

 「宮内局長が装備部を通じて練馬の駐屯地から貸してもらったんだよ。駐屯地の整備員と俺達がそれぞれ二度点検をしたから、ミスはありません。安心して使って下さい。こういうのは・・・やっぱり、副隊長さんが扱うべきものですかね」

 「そうだな。仁木、これはお前が使え」

 「りょ、了解・・・」

 仁木は戸惑いながらもそれを担ぎ、あれこれと取り回しの具合を確かめた。

 「ただ・・・これについては、耳に入れておかなければならないことが・・・」

 その時、天本がそう言った。

 「なんでしょうか?」

 「まず、数量の問題です。これを相当数用意する前に事件が発生してしまったため・・・使用可能なのは、この二発だけです」

 一瞬隊員達は驚いたが、すぐに平静を取り戻した。

 「ま・・・そういうののお約束だろうしね。ペンシル爆弾もそうだったし・・・一発しかないよりはましかも」

 またしてもわけのわからない納得をする聡美。

 「絶対に外せない・・・那須与一の心境ですね・・・副隊長・・・」

 「そうね・・・」

 亜矢の言葉に、仁木はさすがに緊張した表情でうなずいた。

 「すみません・・・」

 「お二人のせいではありませんよ。で、他にも問題点が?」

 五十嵐は言いにくそうにうなずいた。

 「実は・・・この弾頭では、完全に消滅しきれないかもしれないのです」

 その言葉は、二発限りという言葉よりも隊員達を驚かせた。

 「それって、どういうことですか?」

 「私達がこれを作るにあたって想定したのは、あくまで台風でした。しかし・・・実際に出現したのはあのとおり、竜巻です」

 竜巻を指さしながら、五十嵐が言う。

 「竜巻と台風とは、高速回転する空気と水蒸気の渦であるという大ざっぱな共通点こそありますが・・・発生原理や性質など、竜巻には台風と比べて異なる点も多いのです」

 「つまり・・・同じ痛み止めでも、頭痛薬は歯痛には効かない・・・みたいなことですか?」

 「まったく効かないというわけではありませんが、完全消滅が望めるかどうかは微妙で、私達にも予想できません。おまけに、竜巻は台風と比べて狭い空間にずっと大きなエネルギーを蓄えています」

 うなずきながら五十嵐は言った。

 「要するに、絶対的効果は望めない・・・ということですね?」

 「申し訳ないことです・・・」

 「いえ、時間が足りなかっただけです。それに・・・例えそうでも、今の俺達にとっては希望には違いないじゃないですか」

 圭介がそう言うと、小隈もうなずいた。

 「新座の言うとおり、竜巻という自然の猛威に為す術もなかった俺達が、不完全ではあれそれに対抗する手段を手に入れられただけでも十分です。たとえ消滅できなくても、勢力を大きく弱められるぐらいのことができるなら、それでも大きな力でしょう。感謝します」

 小隈の言葉に、五十嵐と天本は頭を下げた。

 「さてと・・・それじゃあ、さっそく竜巻退治に出発するか」

 「はいっ!!」

 隊員達は士気に溢れた顔でうなずいた。小隈はそれにうなずくと、楢崎達を見た。

 「おやっさんたちは、一刻も早くここから離れて下さい。竜巻がいつ動き出すか、わかりませんから」

 「できれば私達も状況が確認できる場所で、竜巻の状態を観測しながらサポートしたいのですが・・・」

 五十嵐と天本がそう言ったので、小隈はうなずいた。

 「わかりました。おやっさん、お二人を自衛隊の災害対策司令部までお連れしてくれませんか?」

 「もちろん、おやすいご用ですよ。・・・と言っても、実際に連れていくのはヘリの運ちゃんですがね」

 楢崎はそう言って笑顔を浮かべた。

 「それでは、健闘を祈ります」

 「作って下さったものは、ムダにはしませんから」

 五十嵐達はそう別れを告げて、ヘリまで歩き出した。

 「よし、俺達も急ぐぞ。全員乗車」

 「了解!!」

 一斉に指揮車の後部ハッチから乗り込もうとするメンバー。最後に圭介とひかる、それにフー子が乗り込もうとしたその時

 「お兄ちゃん!」

 呼び止められたので、圭介とひかるは振り返った。そこには・・・彼が助けたあのハトを飼っている少年が、母親に付き添われて立っていた。

 「なんだい?」

 「無理なお願いかも知れないけど・・・俺の家を守ってほしいんだ」

 少年は一生懸命な様子でそう言った。

 「ハトが帰ってきたとき、帰る場所がなかったら、困るから・・・。あと、ご近所みんなの家も。隣の裕子ちゃんは今日誕生日だし、向かいの雅史兄ちゃんは明後日お父さんが外国の出張から帰ってくるから・・・」

 少年の訴えを聞いて、圭介とひかるはそれぞれ笑顔を浮かべた。

 「ああ、任せてくれ。絶対、守ってみせるから」

 「晩ご飯をちゃんとおうちで食べられるように、頑張りますから!」

 少年と母親はペコリと頭を下げた。それを見届け、急いで指揮車の中へ走っていく二人。

 「・・・」

 フー子はその様子を近くで見ていたが・・・

 「フー子ちゃん、急ぎますよ!!」

 ひかるに呼ばれて、急いでその中へ入っていった。

 ヒィィィィィィン・・・

 その直後、指揮車は急浮上して灰色の空へと飛び立った。





 「もう待つことはできない。いつまで待たせるつもりだ」

 マダム・ローズは再び電話を掛けていた。

 「200億という大金を集めるのはいかに我々でも大変なことだ。そう簡単に言わないでほしい」

 だが、返ってくるのは宮内局長の冷静な声だった。

 「そちらの事情など知ったことか。用意できるのか、できないのか?」

 「そちらの要求額の半分ほどは用意した。先に用意できた分だけ振り込むか?」

 実際には要求額の半分の半分・・・50億も用意できてはいなかったが、宮内はそんな提案をした。マダム・ローズはしばらく考えていたが・・・

 「・・・いいだろう。とりあえず、半額を振り込んでもらおうか。今から指定する口座に振り込め。下手な真似はするな。竜巻を上陸させるぞ」

 そう言って、メールを使って口座番号を通達させる。

 「了解した。すぐに振り込ませる」

 宮内のその返事だけ聞いて、マダム・ローズは電話を切った。部下が近づいてくる。

 「よろしいのですか?」

 「なにせ、これが初仕事よ。まずは手堅くいただけるものをいただいておくべきよ」

 マダム・ローズはそう言ってほくそ笑んだ。と、その時

 ボンッ!!

 「!?」

 突如室内で爆発が起こり、白い煙が充満し始めた。

 「ゴホッ! ゲホッ! なんなのさ、これは!?」

 どうやら催涙ガスらしく、室内にいる女達は涙を流しながらせき込む。その時・・・

 ガチャッ・・・ガチャッ・・・

 鉄のブーツを履いた足のような足音が、室内に響きだした。それとともに、白い煙の向こうからバラのような鮮やかなピンクと無骨な茶色の影が現れる。

 「そこまでよ、悪党共!! 神妙にお縄を頂戴しちゃいなさい!!」

 「この俺達が来たからには、おめぇらの悪運もここで終わりだ!!」

 それは、どちらも暴走気味で知られる二人のSMS隊員、真由美と島田だった。

 「早まるな、お前達」

 その後ろから黄色いVJが姿を現し、冷静に言う。

 「東京都特機保安隊第2小隊だ。お前達を破壊活動防止法違反の容疑で逮捕する」

 その時

 「同じく、特機保安隊第3小隊。以下同文」

 別のドアから、健と梨恵を連れた三葉が入ってくる。二人の副隊長はそれぞれ目配せし、ズイッと前に出た。

 「くっ・・・!」

 装置の前に立っていた白衣の女が、隙を見て装置に歩み寄ろうとした。しかし・・・

 「アンカーショット!!」

 ギュルルルッ!!

 「キャッ!?」

 ドタッ!!

 真由美の放ったアンカーショットが、女の足に絡みついて引き倒した。

 「他の者も、動くな!」

 全員がマルチリボルバーをかまえる。そのプレッシャーに、女達は動けなくなった。リボルバーを下ろし、須羽が白衣の女に近づく。

 「お前が、この船に積んである竜巻発生装置の製作者か?」

 「・・・」

 「今すぐ竜巻を消すか、遠くの沖へ移動させろ。今すぐにだ!」

 須羽は力のこもった口調で言った。が・・・

 「・・・ムダよ」

 女は視線を逸らして言った。

 「・・・そんな答えは訊いていない。今すぐやるんだ」

 「そんなことをしてもムダだと言っているの。たしかに竜巻を作れるのは、この船しかない。でも・・・それをコントロールする場所が、この船以外にもいくつも存在するとしたら?」

 その言葉に、須羽達は驚いた。

 「なんだと・・・!?」

 「この船は、いくつもある制御拠点の一つに過ぎない。たしかに、竜巻を発生させてここまでコントロールしていたのは私達・・・。でも・・・なにかここに異常が起こったら、すぐにコントロールは別の拠点に移される。もうこの船は、あの竜巻とは一切のつながりを断っているわ」

 女はそう言って、コンソールパネルを見た。ランプが全て消えている。

 「それなら・・・お前だ」

 今度は、三葉がマダム・ローズに近づいた。

 「組織のトップに立っているお前なら、他の制御拠点の場所も知っているはずだ。教えるんだ」

 だが、マダム・ローズは嘲笑を浮かべた。

 「・・・おめでたい連中ね。私が本当のトップだとしたら、わざわざこんな最前線に足を運ぶかしら?」

 「なに!? それじゃお前・・・まさか・・・!」

 「そう・・・影武者よ。本物のマダム・ローズなら、今頃あんたたちが本当に100億振り込んでいるかどうか、拠点の一つで確認しているはずだわ」

 「・・・」

 三葉は黙って、それを見つめるしかなかった。その時、それに追い打ちをかけるように・・・

 「大変です!! 竜巻が!!」

 「銚子港に向かって進行を始めました!! さらに勢力を強めているようです!!」

 高畠と百合子の声が、それぞれのVJの耳に届いた。

 「・・・どうやらハッタリだったようね? 本物のマダムは、怒ると誰よりも怖いわよ?」

 影武者がそう言って嘲笑を浮かべる。

 「・・・!」

 思わず島田と真由美が、彼女に向かって踏み出す。しかし・・・

 ガチャッ!

 「やめろ、佐倉」

 「怒るだけムダだ、島田」

 二人の副隊長は、それぞれ片手でそれを止めた。無言で一歩下がる二人。須羽と三葉はため息をつくと、それぞれの隊長に言った。

 「隊長・・・」

 「残された手段は・・・」

 少しして、それぞれの隊長は言った。

 「・・・第1小隊が、竜巻破壊用の新兵器を持って銚子港に急行している。竜巻への直接の対処は・・・彼らに任せるしかない」

 「あなた達のやらなければならないことは・・・まず、そこにいる全員を、ここに向かっている海上保安庁に引き渡すこと。それから・・・ここを探知したときと同じように、制御拠点を探し出すことよ」

 木戸と星野の指示は、単純明快だった。

 「・・・了解しました」

 「全員、指示に従え」

 「・・・」

 隊員達はバックパックから手錠を取り出し、黙々と女達の手にそれをかけていった。

 「佐倉」

 自分も手錠をかけながら、同じことをしている真由美に声をかける須羽。真由美は無言で顔を向けた。

 「帰ったら、模擬戦をするぞ」

 「え・・・?」

 「そりゃあ名案ですね、須羽さん。よし、俺達もそうしよう。な、島田?」

 それを聞いた三葉が、同じように島田に言った。

 「な、なんで急にそんなこと・・・」

 「ただでさえ暴走気味なお前らだ。フラストレーション抱え込んだままじゃ、何するかわからないからな」

 「振り上げたきり下ろせない拳の下ろし場所を用意してやるのも、上司の仕事だ」

 三葉と須羽のその言葉に、真由美と島田は呆気にとられていたが・・・

 「・・・わっかりました、副隊長! そういうことなら、手加減しませんからね!」

 「思いっきりストレス解消の相手になってもらいますから、覚悟してもらいます!!」

 元気よくそう言ってうなずいた。その言葉に、健と梨恵も安堵のため息をもらし、顔を見合わせてうなずく。二人の副隊長は、顔を見合わせた。

 「相変わらず、お互い気苦労が絶えないみたいですね」

 「副隊長って仕事も、中間管理職ですから。第1小隊の仁木さんは、どうしてますかね」

 二人はそんな言葉を交わし、犯人達の連行を始めた。





 ガチャガチャガチャッ!!

 指揮車から降りるなり、第1小隊の3人は防波堤の上に急いだ。前方には太平洋。そして・・・

 ゴォォォォォォォォォォォォ!!

 こちらへと迫り来る、巨大な竜巻・・・。3人のVJに、強烈な風と波しぶきが叩きつける。

 「ウヒャハア!? 前に見たときよりでかくなってるじゃないか!!」

 それを見た小島が、驚きと悪態の混じった言葉を吐く。

 「こっちが金を用意できてないことを知って、本気で脅すつもりになったんですよ。上陸させて、猛威を見せつける気なんだ・・・」

 圭介が吐き捨てるようにそう言った。

 「なんにしろ、ここがアラモの砦だわ」

 竜巻を前にしながらも、仁木は冷静にランチャーに特殊乾燥冷却弾の一発を装填して、肩に担いだ。

 「文字通り、水際でくい止めるってわけですね・・・」

 「背水の陣ならぬ、前水の陣・・・とでも言うんですかね」

 その両側に立ち、二人は言った。

 「・・・ここからは一人でもできる仕事よ。避難するなら、避難しなさい」

 だが、二人は首を振る。

 「冗談きついですよ。ここで逃げたら男がすたるってもんです」

 「たしかに撃つのは副隊長ですけど、最後まで見届けさせて下さい」

 「・・・ありがとう」

 仁木はそう言うと、バイザーを下ろした。射撃用スコープが自動的にピントを調節する。

 「亜矢さん、もっとも効果的なターゲットポイントの割り出しをお願い」

 「もう済ませていますよ・・・」

 亜矢のその言葉と同時に、仁木の網膜投影ディスプレイにその場所が表示される。

 「さすがね、ありがとう」

 ガチャッ!

 仁木はそれに向かって、素早く、慎重にランチャーの照準を合わせた。

 「ターゲット・ロック・・・完了!」

 「よし。撃て」

 小隈の静かな号令とともに、仁木はトリガーにかけた指に力を込めた。

 「発射!」

 ボシュウッ!!

 ただ一つの希望である兵器としては少し頼りなくも思える音を発して、ミサイルが発射された。

 バシュウウウウウウウウッ!!

 だが、すぐにそれは最後部から炎を吐き、目にも留まらぬ速さで竜巻めがけて一直線に突進していった。

 「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」

 聡美の叫びが響く。そして・・・

 ボォォォォォォォォォン!!

 竜巻の渦の中で起こった閃光と爆音が、彼らの耳に聞こえてきた。

 ゴォォォォォォォォォ・・・

 それと同時に・・・急激に、竜巻の大きさが収縮していく。

 「巨大竜巻、急激にエネルギーを喪失中・・・」

 亜矢が静かに報告する。彼女のディスプレイに表示される竜巻のエネルギー値が、ぐんぐん減っていく。

 「なぁんだ、効いてるじゃない」

 「これで、あの竜巻も消えるでしょうか・・・」

 聡美の楽観的な声に、ひかるも慎重ながらうなずいて言う。だが・・・

 ゴォォォォォォォ・・・

 あるところで、竜巻の収縮が止まってしまう。

 「ええっ!?」

 聡美はそれを見て、表情を変えた。その時、コンソールの通信機が音を立てる。聡美はすぐにそれを繋いで通信に出た。

 「はい・・・隊長、五十嵐博士からです」

 聡美はそう言って、回線を小隈のインカムにつないだ。

 「小隈です。今さっき、一発を竜巻にぶち込みましたが」

 「はい。そちらからの映像で確認しました。特殊乾燥冷却弾は正常に作用しましたし、爆発したポイントも最適です。100%の効果でした。しかし・・・」

 「やはり完全な消滅には至らなかった・・・」

 「・・・申し訳ありません。やはり、我々の力不足です。はっきりとした分析はこれからですが、目測では竜巻から奪ったエネルギーは、約30%ほどかと思われます」

 「ということは、もう一発をぶち込んでも・・・」

 「その通りです。一発目と同じように作用したとしても、竜巻は最初の30%の力で活動が可能・・・その状態でも、市街地に深刻な被害をもたらすには十分です・・・」

 「そんな・・・」

 小島は目の前の巨大竜巻を見ながら、呆然とした。しかし・・・

 ガチャッ・・・

 仁木は平然と、二発目のミサイルを装填してランチャーを構えた。

 「隊長、次弾を撃ちます」

 「副隊長・・・」

 「例え完全消滅できなくとも・・・被害を抑える努力はしなければ・・・」

 そう言って狙いを定める仁木の姿を、圭介と小島は黙って見つめた。

 「やっぱり・・・どうにもできないって言うの? 自然の猛威は・・・」

 竜巻を見つめ続ける聡美。それを見て、ひかるは手を組んで祈った。

 「みんな、自分の力を尽くしてます・・・。だから、神様・・・助けてあげてください・・・」

 「・・・」

 その姿を、ジッと見ていた者がいた。そして・・・

 ガチャァァァァァァァン!!

 「!?」

 背後のガラスの割れる音に、ひかるは振り向いた。小隈達の目も、そちらに向けられる。

 ひかるの背後にある窓ガラスが割れ、そこから強い風が車内に吹き込んでいた。

 「なに、今の!?」

 驚いた聡美が駆け寄ってくる。

 「フー子君は・・・?」

 その時、車内を見回した亜矢が、先ほどまでいたフー子がいないことに気がついた。

 「! フー子ちゃん! フー子ちゃん、どこですか!?」

 そのことに気がつき、ひかるが探し回るがどこにもいない。やがてひかるは、ハッとして窓に駆け寄った。

 「まさか・・・!」

 「ひかる、どうしたんだ!?」

 車内の異変に気づき、圭介が通信を入れてきた。彼女に代わって、小隈が答える。

 「小隈だ。フー子がガラスを破って外へ飛び出したらしい」

 「フー子が!? どうしてそんなこと・・・」

 と、圭介が言いかけたとき・・・

 「おい! あれ見ろ!!」

 小島が海の方を指さす。圭介と仁木が、そちらに目をやると・・・

 なんと、フー子が荒れ狂う海上を竜巻めがけて突き進んでいるではないか。

 「フー子!?」

 「なにやってるんだ! 戻ってこい!」

 「フー子ちゃん! お願いだから戻ってきて!!」

 メンバーが口々に叫ぶが、フー子はなおも突き進み続ける。が・・・ある場所で、ピタリと止まった。そして・・・

 「フゥゥゥゥゥゥゥゥン!!」

 ゴオオオオオオオオオオオオッ!!

 「なっ!?」

 メンバー達は、信じられない様子でその光景を見つめた。なんと、フー子の体を巻く風が急激に激しくなり、その体が見る見るうちに大きくなっていったのだ。そして・・・最終的にそこには、竜巻よりは一回り小さいが、それに負けないほどの巨大な体に成長したフー子の姿があった。

 「きょ・・・巨大化した!?」

 「周辺の水蒸気と熱を吸収して・・・急激に成長したんだ」

 すぐに分析をした亜矢が、そうつぶやく。一方・・・

 「フーン・・・」

 巨大化に比例して大きくなった目で、フー子は竜巻をにらみつけた。そして・・・

 「フゥゥゥゥゥゥン!!」

 ゴオオオオオオオオオッ!!

 フー子は竜巻に体当たりをくらわせた。巨大なエネルギー同士がぶつかりあい、竜巻はその進行を阻まれた。

 「フー子!!」

 誰もが息を呑んでそれを見つめる。フー子と竜巻はぶつかりあったまま動かない。そんな中でも亜矢は、その状況を分析した。

 「・・・二つのエネルギーが互いに反する方向でぶつかり合うことにより・・・巨大竜巻は急速にエネルギーを消耗しつつあります・・・」

 「竜巻と戦っているのか・・・」

 小隈がその光景をじっと見ながら、そう言った。

 「ただし・・・それはエネルギー同士の相殺というかたちなので・・・フー子君のエネルギーもまた・・・急速に失われつつあります・・・」

 「そ、そんな・・・それじゃ、フー子ちゃんは・・・」

 「このままでは・・・相打ち・・・ということになる・・・」

 亜矢はひかるの気持ちを察しながらも、冷静に言った。

 「フー子ちゃん! 戻ってきて! 聞こえないの!?」

 「ひかる・・・」

 ひかるは声の限りに叫び、その声はスピーカーから外へと響いた。しかし・・・

 「フーン・・・!」

 フー子は、竜巻と組み合うのをやめようとしない。

 「どうして・・・どうして、そこまで・・・」

 ひかるは呆然とした様子で、その光景を見つめていた。が・・・

 「守りたいんだよ・・・あいつも」

 「え・・・?」

 突如入ってきた圭介の声に、ひかるは我に返った。

 「思い出してみろ。あいつは、お前の行くところならどこへでもついていって、お前のすることをみんな見てきた。あいつは・・・その間に学んだんだ。人の命を助けるってことは、何よりも大事なことなんだってことを、お前から・・・」

 「!!」

 ひかるの脳裏に、これまでフー子と一緒に出動してきた事件や事故での記憶が蘇った。そこには、常に彼女たちの行動を見て、時にはそれを手伝ってきたフー子の姿があった。

 「たぶん・・・最初はお前が誉めてくれるから、俺達の仕事を手伝ってくれてたんだと思う。でも・・・それを繰り返すうちに、人を守ることが自分のするべきことだってことを学んだんだ。お前みたいに、人を守ることを・・・」

 ぶつかりあったまま動かない二つの巨大な風の渦を、圭介は見つめた。

 「勝手な思いこみかもしれないけど、たぶん、あいつにとっては・・・これが自分のなすべきことなんだ。大勢の人のためにも、俺達のためにも・・・それに、お前のためにも・・・」

 「・・・」

 ひかるは黙ってそれを見つめていた。

 「・・・頑張れ、フー子!!」

 圭介は、フー子に向かって叫んだ。

 「圭介君・・・」

 「応援しろ、ひかる!! 仲間が頑張ってるんだぞ!!」

 ひかるはその言葉に、ハッとした表情を浮かべた。そして、しばしの沈黙のうち・・・

 「負けないで、フー子ちゃん!! あなたは・・・強い子なんですから!!」

 彼女も、その応援に加わった。他のメンバーも、それを見つめていたが・・・

 「フー子ちゃん、ファイト!!」

 「俺達がついてるぞぉ!!」

 すぐに、その応援に加わった。





 ・・・それから、数十分が経過した。フー子と竜巻のぶつかり合いは、いまだに続いている。しかし・・・その勢いは、目に見えて衰えていた。VJや指揮車を打つ風も、海にたつ波も、その力を弱めてきている。

 「いける! いけるよぉ!!」

 その様子を見て、聡美が歓喜の声をあげる。しかし・・・

 「いや・・・これは、まずいよ・・・」

 亜矢が言いにくそうに言って、モニターに表示されているデータを見比べた。

 「もともと勢力の差があったけど・・・やはりフー子君の方が・・・押されている。このままでは・・・竜巻に敗れることに・・・」

 「そんなぁ! ここまできてそりゃないよ!!」

 聡美が悲鳴に似た声を出した、その時だった。運転席の通信装置が音をたてた。

 「はい・・・あ、五十嵐教授。はい、代わります」

 聡美はそう言って、再び回線を小隈に回した。

 「はい、小隈ですが」

 「五十嵐です。状況はこちらでも観測していますが、あれは・・・」

 「・・・フー子が戦ってくれているんです」

 「そうですか、やはり・・・」

 「博士から見て、この状況は・・・」

 「そのことでお話があるのです。ざっと、現在の竜巻のエネルギー量を測定してみたのですが・・・」

 五十嵐はそう言って、データを送ってきた。

 「現在の状態ならば、特殊乾燥冷却弾で完全に消滅させられる可能性が高いことがわかりました。撃つならば、今しかありません」

 「・・・了解しました。ありがとうございます」

 そう言って、小隈は通信を切った。

 「全員、聞いたな?」

 小隈の言葉に、全員がうなずいた。その時、ひかるが言う。

 「待って下さい! 冷却弾を撃つなら、その前にフー子ちゃんに離れるように言わないと・・・」

 「もちろんだ。服部、頼む」

 小隈にうなずき、ひかるはすぐにマイクを通して叫んだ。

 「フー子ちゃん! すぐに離れて! 竜巻を攻撃します!!」

 しかし・・・フー子は、竜巻から離れようとはしなかった。

 「!? どうしたんですか、フー子ちゃん! 早く!!」

 と、その時

 「これは・・・」

 亜矢がデータを見ながら眉をひそめた。

 「どうしたの、亜矢さん?」

 「フー子君のエネルギーの消耗は・・・思ったよりもひどいようだ・・・。おそらく・・・持ちこたえているだけでも精一杯・・・」

 「そんな・・・!」

 「衰えたとはいっても・・・竜巻はいまだ、大きなエネルギーを持っている・・・。ここでフー子君が離れたら・・・竜巻は、こちらに突進してくる・・・」

 「それで、あいつは・・・」

 「そ、それじゃあ・・・竜巻を消すには・・・」

 「・・・フー子君もろとも・・・消滅させるしか・・・」

 亜矢は辛そうな表情で、残酷な事実を語った。指揮車の中が、重い沈黙に包まれる。

 ガチャッ・・・

 仁木はランチャーを再び構えた。しかし、トリガーは引かず、ターゲットだけをロックした状態で動きを止めた。それを見て、小隈がひかるに言う。

 「服部・・・すまない。迷っている時間は・・・あまりない」

 「・・・」

 ひかるは沈黙していた。

 「フー子君の持ちこたえられる時間は・・・多く見積もっても、あと30秒も・・・」

 亜矢の声が耳に入った。ひかるは遠隔操作で指揮車に取り付けられたカメラを、フー子に向けてアップした。

 「・・・」

 モニターに巨大な目が映る。優しい目だった。そして・・・

 「・・・」

 フー子は、一瞬ではあるが・・・その視線を指揮車に向けた。

 「・・・!」

 ひかるはそれを見て、歯を食いしばった。

 「・・・副隊長」

 そして、ひかるは言った。

 「撃って下さい・・・お願いします!」

 「・・・」

 仁木はその言葉を受け止め、静かにうなずいた。

 「わかったわ・・・」

 仁木は再びターゲットサイトに意識を集中し、トリガーに指をかけた。そして・・・

 「・・・発射!」

 ボシュウッ!

 ミサイルは発射された。

 バシュウウウウウウウウウウ!!

 矢の如く竜巻へ、そしてフー子へ走っていくミサイル。そして・・・

 ボォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!

 それは、その内部で炸裂した。

 ゴォォォォォォォォォォ・・・

 「竜巻が・・・!」

 第1小隊の目の前で、天にそびえるバベルの塔のようだった巨大な竜巻が、見る見るうちにその輪郭を崩し、消滅していく。そして・・・

 「フー子!!」

 それは、竜巻を押さえ込んでいたフー子も同じだった。

 「フー子ちゃん・・・!」

 ひかるはその様子を、目を離すことなく見つめていた。

 「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」

 ひかるはひたすら、心の中で謝りの言葉を繰り返していた。だが・・・

 「・・・!!」

 モニターに大写しになったフー子の目が、彼女の目に入ってきた。それは目を細め、こちらを優しく見つめていた。

 「えっ・・・!?」

 その時、ひかるは自分の感じたものを信じられない様子で目を見開いた。その直後・・・

 フッ・・・

 フー子の目は、陽炎のように静かに消えていった・・・。

 「・・・」

 しばらくは、誰も何も言えなかった。フー子と竜巻のいなくなった海を、呆然と見るしかなかった。しかし・・・

 「ありが・・・とう」

 ひかるがポツリといった言葉に、亜矢は彼女へ顔を向けた。ひかるは言った。

 「フー子ちゃんが・・・最後に、そんなことを言った気が・・・」

 亜矢はヘルメットから露出している口元に微笑を浮かべた。

 「そうか・・・ひかる君には・・・聞こえたんだね・・・」

 「・・・」

 ひかるはその言葉を聞いて、しばらくジッとしていたが・・・やがてヘルメットを脱いで立ち上がり、指揮車から駆けだしていった。





 「ハァ、ハァ・・・」

 ひかるは息を切らしながら、圭介達のいる防波堤の上へと駆け上がっていった。それに気づいた圭介達が、彼女に顔を向ける。

 「ハァ・・・」

 防波堤の上にたどり着いたひかるは、そのまま黙って海を見つめ始めた。先ほどまでの戦いの余韻のような風だけが、彼女の髪を揺らした。

 「・・・服部さん」

 やがて、ランチャーを地面の上に置いた仁木が、彼女に近づいた。振り返るひかる。

 「ごめんなさい・・・。あなたの愛した命を・・・奪ってしまいました」

 仁木はそう言って、頭を下げた。しかし、ひかるは寂しげな微笑を浮かべて、首を振った。

 「ありがとう・・・ございました」

 ひかるはそれだけ言うと、海へ突き出した突堤へと歩き出した。止めようとする者はいない。しかし・・・

 「・・・」

 こちらに顔を向けた小島に、圭介はうなずくとそのあとをゆっくりと追った。

 「・・・」

 圭介が彼女に追いつくと・・・突堤の先で彼女は、うつむいたまま立ちつくしていた。圭介はそれに気づくと、彼女の少し後ろで立ち止まった。

 「・・・ひかる」

 圭介はそこでようやく声をかけた。彼女は振り返らない。

 「泣くんじゃないぞ・・・あと、自分を責めるな」

 圭介はやや冷たい調子でそう言った。

 「・・・」

 ひかるはうつむいたまま、何も言わなかった。しかし、圭介は続けた。

 「たしかに、幸せな最期だったとは言えないかもしれない。墓も作ってやれないんだからな。一ヶ月って寿命も、短すぎた。けど・・・あいつはその短い時間を、お前に愛されながら生きることができたんだ」

 圭介は空を仰いだ。

 「・・・もしあいつがお前のところに来なかったら・・・盗まれてそのまま、あの竜巻みたいに悪事に使われたはずだ。あるいは、盗まれずに研究所で生まれたとしても、少しはマシかもしれないが、実験動物としての一生だ。どっちも、あいつにとって幸せな一生だとは言えなかったと思う。けど・・・あいつはお前のところに来て、お前に愛してもらいながら育てられた。下手すれば生まれながらに忌み嫌われるかもしれない台風っていう存在として生まれたあいつには・・・お前に愛してもらえたっていうのは、最高に幸せな一生だったんじゃないのか?」

 「・・・」

 「お前に愛してもらうことで、あいつも人を愛するってことを知った。それで・・・そのために、命を落とした。あいつは短い間に、大人になったんだよ。ただ甘えるだけの子供から、自分で自分のすることを見つける大人に・・・。お前は、あいつの立派な母親だったよ、ひかる。本当のところは、あいつにしかわからないだろうけど・・・たぶん、あいつは幸せだった」

 圭介はそう言い終わると、黙ってひかるの背中を見つめた。ひかるは、しばらく黙っていたが・・・

 「・・・ありがとう、って・・・」

 消え入りそうな声でつぶやいた。

 「ありがとう、って・・・最後に言ってくれたんです」

 「・・・そうか」

 圭介はそれだけ言って、ひかるに近づいて促すような仕草だけをした。波しぶきをまんべんなく浴びてベトベトになってしまったVJの手で触るわけにはいかないという、圭介なりの心配りだった。

 「・・・」

 防波堤の向こうでは、仁木と小島、それに指揮車が待っている。ひかるは最後に、海に目を向けた。水平線の上の雲にわずかに切れ目が走り、晴れ間が覗いている。小さな台風のもたらした、小さな台風一過の青空だった。





 それから、2週間後・・・。

 「おい、あれはちゃんと持ったか?」

 「はい。ちゃんとシートの下に入れておきました」

 「あそこにか? そんなに小さな花束でいいのかよ?」

 「いいんです。それより圭介君、急ぎましょう。早く出ないと、帰りが遅くなっちゃいますから」

 「そうだな。それじゃ・・・」

 圭介は玄関の前に立つ二人に目を向けた。

 「すいませんけど、ちょっと行ってきます」

 「うん。安心していってらっしゃい」

 「気をつけるんだよ・・・」

 圭介はそれにうなずくと、ひかるに向き直った。

 「はい、圭介君」

 すでにヘルメットを被ったひかるは、圭介にヘルメットを手渡した。

 「ん」

 それを受け取ってかぶり、ファルコンのシートにまたがり、エンジンをかける圭介。その後ろに、ひかるが乗る。

 「いってきます!」

 ひかるがそう言って手を振るとファルコンは走り出し、あっというまに寮の門から外へ出ていった。それを見送り、聡美がため息をつく。

 「やれやれだね。お墓参りに行く休みもとれないなんて」

 「仕方ないよ・・・。二人一緒に休みをとれる機会が・・・当分先なのだからね・・・」

 亜矢がつぶやく。第1小隊の勤務開け直後。すでに日は西に傾きつつあるが、ひかると圭介は「墓参り」のために銚子へと出発したのだ。

 「でも本当は、あたし達も行くべきなんだよね。フー子ちゃんがいなかったら、あのあとどうなってたか・・・」

 「そうだね・・・。全員一緒は無理かもしれないけど・・・みんな休みを見つけて・・・行くべきだろうね」

 「ところでさ・・・」

 聡美は亜矢の顔を見た。

 「あの二人の先生の研究はどうなるの? あんなことがあったあとじゃ・・・」

 「うん・・・台風の卵と台風発生機は・・・今後は二度と作らないらしい。幸い・・・ムーラン・ルージュの拠点から、台風発生機の設計図は全て回収できたしね・・・。それを含めて・・・全て白紙になるそうだ」

 あのあと、休む間もなくSMSはムーラン・ルージュの拠点捜索と撲滅に全力を注いだ。そして・・・特に第2、第3小隊の意地を見せた活躍が大きかったが・・・拠点は全て発見され、首謀者であるマダム・ローズも逮捕された。台風発生機に関する情報も全て回収に成功したのである。

 「じゃあこれからは、どんな研究を?」

 「特殊乾燥冷却弾の性能が・・・気象庁に認められたらしくてね・・・。あれの本格的実用化に向けて・・・二人とも研究に取り組むことになったらしい・・・。将来はもしかしたら・・・台風や竜巻に苦しめられている国の・・・大きな役に立つかもしれないね」

 「そうだね。台風のミニチュアを作るより、ずっと平和利用に役立ちそう。でも・・・ね」

 「なんだい・・・?」

 「・・・台風の卵の研究が白紙になるのと同じで・・・あの事件のことも、いつかは世の中みんなの頭の中から消えちゃうのかなぁ、って思うと、残念っていうか、悲しいっていうか・・・。今だって、もう忘れられかけてるし」

 「うん・・・。たしかにそれは・・・悲しいね。でも・・・」

 亜矢は小さくうなずいた。

 「せめて私達だけでも・・・ずっと覚えておいてあげればいいんじゃないかな・・・?」

 「・・・それもそうだね」

 聡美はニッコリと笑った。





 「・・・だいぶ日が落ちるのが早くなってきたな」

 腕時計と西の空に迫りつつある夜の気配を見比べながら、圭介は防波堤の上へ続く階段を登っていた。数段先を、小さな花束を持ったひかるが歩いている。

 「足下、気をつけろよ」

 「だいじょぶです!」

 ひかるの返事は元気だった。圭介はそれに小さく笑顔を浮かべると、そのあとに続いて階段をのぼっていく。二人は堤防の上を歩き、あの突堤へと歩いていった。

 「・・・」

 「・・・」

 二人はそこでしばらくのあいだ、何も言うことなく海を眺め続けた。

 「つい2週間前のことだなんて、信じられません・・・」

 「そうだな・・・」

 圭介はうなずくと、ひかるの手にしている小さな花束を見た。小さな薄紫色の花束だった。

 「花には詳しくないけど・・・どうしてその花を?」

 「フー子ちゃんが好きだったんです。裏の植物園にいくと、必ずその花の周りでクルクル回って・・・。たぶん、薫りが好きだったんだと思います」

 圭介はその言葉にうなずき、優しく言った。

 「さて・・・やろうか。もうちょっとで真っ暗になっちゃうだろうし・・・」

 「そうですね・・・」

 ひかるはそう言うと、花束を胸のところで持った。そして・・・

 「・・・」

 何も言わず、優しいがそれでいてどこか悲しげな目で海を見つめながら、花束を海へと投げた。小さな音をたてて、花束が水面に落ちる。

 「・・・」

 「・・・」

 圭介とひかるは何も言わず、ただ両手を組み合わせて目を閉じ、祈った。花束は波間に揺られ・・・そして、消えていった。やがて、圭介とひかるは目を開け、再び海を見た。

 「海に追憶の花束を・・・か」

 何気なく、昔どこかで聞いた言葉が圭介の口をついて出る。

 「え?」

 「いや、なんでもない」

 圭介はそう言ってはぐらかし、ひかるを見た。

 「・・・行くか?」

 「・・・はい」

 圭介はうなずくと、先に歩き出した。

 「また、来ますから・・・」

 ひかるは海に向かって小さくつぶやくと、そのあとを追った。階段を下り、ファルコンの停めてある街灯の下に歩いていく。一足先についた圭介が、ヘルメットをかぶろうとすると・・・

 「あ・・・!」

 ひかるの少し驚いたような声に、圭介は振り返った。すると・・・

 クルクルクル・・・

 街灯の下、圭介とひかるの間で、風がクルクル巻いて落ち葉を舞わせている。まるでスポットライトに照らされ踊る、小さな踊り子のようだ。ひかるはその風のいたずらをじっと見ていたが・・・やがてそれが消えると、寂しそうな笑みを浮かべた。

 「小さな風が舞っていると・・・つい思い出しちゃうんですよね・・・」

 圭介はその顔を見ていたが、やがて言った。

 「それでいいんじゃないか?」

 圭介はそう言ってヘルメットをかぶり、ファルコンにまたがってエンジンをかけた。

 「・・・!」

 ひかるはもとの元気な表情に戻ってうなずくと、すぐにヘルメットをかぶって圭介の後ろに座った。

 「いくぞ」

 ブォォォォォォォ・・・

 ファルコンは走り出す。風に吹かれながら、ひかるは空を見上げた。少し暗くなり始めた夕焼け空に、魚の鱗のような形の雲がいくつも並んで浮かんでいる。

 「見て下さい、もう秋なんですね・・・」

 それにつられて、圭介もチラリと空を見た。

 「ああ、そうだな。たしかに、入道雲は見えなくなった」

 と、その時視界に白い影がいくつも飛び込んできた。

 「あ・・・ハト・・・」

 それは、ハトの群だった。家路につこうとしているらしく、高度を落としながら整然と飛んでいく。

 「あの子のハトでしょうか?」

 「そうかもな」

 圭介は短くそう言ったが、声はうれしそうだった。夕焼け空。ひょっとしたらフー子は今でも、この空のどこかをあのハトのように楽しそうに飛んでいるんじゃないか。そんな気がした。ひかるはその姿を思い浮かべながら、微笑みを浮かべて圭介の背にしがみついた。




関連用語紹介

・台風の卵

 てんとうむしコミックス第6巻「台風のフー子」に登場。卵から静香ちゃんが育てた小鳥をうらやましがったのび太がドラえもんにせがみ、出してもらった。しかし、出したときには当のドラえもんがこの卵が何の卵なのか思い出せないままのび太に渡した。世にも恐ろしい怪物が生まれてのび太を喰ってしまったりしたらどうするつもりだったのだろう。結局のび太が温めた末に孵化したのは、小さなつむじ風のような台風の子どもだった。ドラえもんはそれが生まれてからやっと台風の子どもであることを思いだし、危ないので捨てようとしたがのび太は飼うことを押し通し、のび太はフー子をかわいがった。しかし成長するにつれ、いたずら好きのフー子のいたずらはひどくなっていく。やむなく捨てようとするのび太だが、それもできなかった。なんとか飼い続けさせてほしいと懇願するのび太。そんなある日、超大型の台風が関東へ向かって進行。野比家は屋根の破損個所を直していなかったため、屋根を吹き飛ばされてしまうかもしれないという危機に直面する。その話を聞いていたフー子は家を飛び出し、自ら小型台風となって大型台風と戦う。そのことを知り応援するのび太とドラえもん。やがて台風は消えたが、フー子も相打ちとなって夜空に消えた。夜空を見上げて涙を流すのび太。小さな風が舞っていると、のび太はついフー子のことを思い出してしまうのだった・・・。

 小説中に登場したフー子は、原作よりも行儀がよいということを除けば、熱い空気を餌とする点、人なつこい点、非常に賢い点などほとんど同じである。原作中では気象台の学者が実験用に作ったものだとドラえもんが説明していたが、おそらくは台風の発生から消滅までをシミュレートし観測するためのミニチュア実験動物だったのだろう。なお、フー子は2003年春公開予定の劇場用作品「ドラえもん のび太とふしぎ風使い」にも姿を変えて登場することが予定されている(この小説を執筆したのは2002年10月である)。



・台風発生機

 てんとうむしコミックス第14巻「台風発生機」に登場。弱みにつけ込まれジャイアンの部屋を掃除させられたというのび太の話を聞いたドラえもんが、憤慨して仕返しのために出した道具。モニターとコントロールパネルのついた装置に、金属製の円盤が取り付けられている。この円盤に熱を集中させて上昇気流を発生させ、そこから低気圧を経て台風を発生させる。発生させた台風はコントロールパネルで風力と進行方向を調整し、モニターに表示させるレーダーを見ながら自由に操作することができる。ドラえもんとのび太はこの台風をジャイアンの家に侵入させ強風で彼の部屋を滅茶苦茶にし、さらには母ちゃんに怒られビンタを受けるという(明らかに過剰報復な)受難をジャイアンに負わせた。しかし、その後装置が故障し、台風はさらに勢力を増して今度は野比家へ向かい始める。大騒ぎになる二人だったが、何を思ったかドラえもんは玄関の前で装置を操作し台風をくい止めようとする。結局、台風はドラえもんもろとも装置を吹き飛ばし、機械が壊れたことで台風も消滅した。

 小説中で天本博士が開発したという台風発生機は、これと同じものである。ムーラン・ルージュはこの設計図を奪い、さらにスケールアップさせたものを開発して天界丸に積み、竜巻を発生させた。台風ではなく竜巻なのは、原作の台風発生機が発生させた台風は、台風と言うよりは竜巻といった方があっているようなものだからである。なお、台風の大きさや進路をコントロールする技術については、具体的なことは一切不明。また、別の作品では22世紀では台風は上陸する以前に消してしまうとドラえもんが言っているが、これについても詳細は不明である。


おまけコーナー(対談式あとがき)

 作者「影月」

 聡美「聡美の」

 二人「「おまけコーナー!!」」

 作者「どうも皆様。早いもので第4弾となりました」

 聡美「リアルなホラー、ファンタジー、ノリ重視と続いて、今度は・・・ほのぼの系かな?」

 作者「まぁ、そんなところでしょう。原作があの話で、メインがひかるとなったら、
    彼女と異生物とのほのぼのとした交流を描くに決まってるじゃないですか。
    あとは、最近純粋にレスキューしてるあなた達を書いてなかったので、そういう事情も」

 聡美「それは言えるかもね。ところで、「台風のフー子」は今度の劇場版のモチーフにも
    なってるみたいだけど・・・もしかして、話題に乗っかった?」

 作者「し、失礼な! 私は流行なんぞとは無縁の存在です! 流行性ネコシャクシ
    ビールスだろうと、私は感染しない自信があります!」

 聡美「えばれたことじゃないと思うけどなぁ・・・。でもほんとかな? わざわざ
    サムスの最終回公開時期を、コスモスが終わったあとにしたり・・・」

 作者「(ギクッ!)あ、あれは偶然ですよ・・・」

 聡美「・・・そういうことにしといてあげる。で、次回は誰をメインにする予定?」

 作者「エクストラで残ってるのは、副隊長と小島さん、それに隊長ですね。そのうちの
    誰かになると思います」

 聡美「ふぅん・・・なぁんか曖昧」

 作者「それでは皆さん、また次回会えればお会いしましょう。ではでは」


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