校舎を照らす満月は、窓から射し込み廊下を青く照らしていた。すでに生徒達のほとんどは帰宅し、月光に照らされた廊下は不気味なほど静まり返っている。

 「先生、お疲れさまでした」

 「お疲れさまでしたー」

 音楽室の出入り口に立ち、二人の女生徒が女性教師に向かって言った。

 「ご苦労様。戸締まりは私がしておくから、もう帰っていいわよ。日が暮れちゃったから、二人とも気をつけて帰るのよ」

 「大丈夫だよ、先生。あたしも真央も、家はすぐ近くなんだし」

 「それに、家に着くまでもほとんど一緒だしね」

 「そう。でも、気をつけるのよ。最近は以前にも増して、なにが起こるかわからない世の中なんだから」

 「わかってますって。それじゃ先生、お先にー」

 「失礼しまーす」

 女子高生らしい陽気な声ではしゃぎながら、二人の生徒は音楽室から出ていった。顧問の女性教師はそれを見て少し苦笑いを浮かべ、音楽室のカーテンを閉め始めた。





 都立青葉ヶ丘高等学校。都立校の中でも特に名門として知られるこの高校は、特にその吹奏楽部で有名だった。国や都の開催するコンクールでは常に上位に位置をつけ、所属部員は卒業後ほとんどが音大へと進み、世界的な奏者になった者も何人かいる。そのような事情で、音楽で身を立てていこうと考えている多くの若者達にとって、この高校の吹奏楽部は密かな憧れの的となっている。

 「すっかり遅くなっちゃったね」

 「また怒られちゃうかな」

 「怒られたの、さおり?」

 「うん。「部活にのめりこむのはわかるけど、音大だって入るにはいろいろやっておかなきゃならないんだから、そろそろ準備を始めなさい」って」

 「それはそうだね。私もまだちゃんと、進路の準備進めてないなあ」

 「だけど、そんなこといったってこればっかりはどうにもなんないと思わない? あたしも真央も今度が最後のコンクールになるんだから。それに、真央は部長であたしは副部長なんだから、一番頑張ってやることやらなきゃいけないのは当然じゃない」

 「うん・・・。去年は優勝できなかったし、今年こそは優勝しないとね。みんなもすごくまとまってきて、いい演奏ができるようになってきてるし、このままいけば、きっと優勝できると思う」

 「うん、あたしもそう思うよ。お互い、高校最後の晴れ舞台をパーッと飾ろ!」

 きゃいきゃいとはしゃぎながら正面玄関から出てきた二人もまた、その吹奏楽部のメンバーであった。それも、部長と副部長である。1ヶ月後の都の音楽コンクールに向け、二人は一人の部員としてだけでなく、部員達をまとめるべき役目の者としても全力を注いでいた。その努力は実を結び、部員達の団結と演奏の質は格段に向上してきている。ただ、それと反比例するように二人が部活を終え学校をあとにする時間も、遅くなってきてしまっているのだが。

 「・・・あ!」

 と、その時真央が小さく声をあげて立ち止まった。

 「どしたの?」

 不思議そうな顔で真央を見つめるさおり。すると、真央は手に持っていたカバンとクラリネットのケースを地面に置いて、カバンの中身を漁り始めた。

 「やっぱり・・・」

 真央はしまったという顔をした。

 「なにがやっぱりなの?」

 「もしかしたら、物理の教科書教室に忘れてきちゃったかなって思ったんだけど・・・やっぱりそうだったみたい。期末も近いし、そろそろ勉強始めようと思ってたから、ちょっとまずいかな。取ってくるよ」

 「あたしもついてくよ」

 「いいよ、さおりはここで待ってて。カバンとケース持ってまた階段上がるの大変だし。悪いけど、ここで私の荷物見張って待っててくれない?」

 「いいけど・・・ほんとに大丈夫?」

 「学校の中だから心配ないよ。先生だってまだいるし。悪いけど待ってて。すぐ戻るから」

 真央はカバンとケースをその場に置くと、さおりを残して再び校舎の中へと戻っていった。





 それから十分後。

 「・・・!」

 不安そうな様子でそこに立っていたさおりだったが、意を決すると荷物はそのままにして自分も校舎の中へ入った。どう考えても行って戻ってくるのに5分とかからないはずなのに、真央はまだ戻ってこないのである。と、さおりが階段を上がり始めたその時・・・

 「わっ!!」

 「きゃっ! ・・・あぁなんだ、高遠さんじゃない。まだ帰ってなかったの?」

 踊り場でぶつかりそうになった吹奏楽部顧問の女性教師が眉をひそめて言った。

 「先生! 真央見なかった!?」

 その姿を見るなり、さおりはかみつくような勢いで尋ねた。

 「笹川さん? 一緒に帰ったんじゃなかったの?」

 「玄関出たところで忘れ物に気づいて、教室に取りに戻ったんだけど・・・十分もたったのにまだ戻ってこないんです!」

 それを聞いた先生の表情が、みるみる深刻なものになった。

 「行きましょう。たしか、4組だったわよね?」

 「はい!」

 二人はすぐに、階段を駆け登り始めた。





 「真央っ!!」

 「笹川さんっ!!」

 ガラッ!

 二人は2年4組の教室のドアを開けるなり、中に向かって叫んだ。室内はしーんと静まり返り、廊下よりも深いその暗さに目が慣れるまで、少し時間がかかった。

 「笹川さん・・・?」

 教師が探るように再び静かに言った。その時・・・

 「先生・・・」

 さおりが彼女の腕を引いた。見ると、教室の隅に黒い影がうずくまっているのが見えた。二人はそれを見て少し安心したが、不安の色をなおも浮かべたまま、それに向かって近づいた。

 「よかったぁ・・・なにやってたのよ、真央」

 「心配したのよ? 何かあったの?」

 「・・・」

 二人は目の前に座り込む真央に言った。だが彼女は、膝を抱え込んだ体育座りの姿勢で、顔を伏せたまま動かなかった。いや・・・よく見ると、体が少し震えている。

 「どうしたの、笹川さん? 具合でも悪いの? それとも・・・」

 「とにかく、顔を上げてよ真央。それじゃ何があったのかわかんないよ・・・」

 二人はそう言って、彼女の体に触ろうとした。すると・・・

 「!」

 バッ!

 彼女が少し顔を上げてこちらを見たと思うと、二人の手をはねのけた。二人は驚きのあまり何も言えず顔を見合わせたが、すぐに再び語りかけた。

 「ど・・・どうしたの笹川さん!?」

 「真央! 怖がらないで! あたしたちよ!? 落ち着いて!」

 だが、真央はその姿勢を崩そうとしない。

 「真央!」

 業を煮やしたさおりが、とにかく彼女を立ち上がらせようと少し強引にその体をつかむ。真央はそれをやはり強く拒もうとし、顔を伏せたままそれを払おうとする。

 「高遠さん!」

 教師はそれを止めようと声を出した。が、その時・・・

 ドッ!

 「!!」

 不自然な姿勢でのもみ合いのため、真央がバランスを崩して床の上に倒れ込んだ。

 「笹川さん!」

 「ご・・・ごめん、真央! 大丈・・・」

 その時二人は、初めて彼女の顔を見た。そして・・・

 「「きゃあああああああああああ!!」」

 彼女たちの悲鳴が、夜の学校にこだました。




Extra Episode Vol.6

青いドレスの女


 「次は新橋〜、新橋〜。お出口右側です」

 独特の調子の車内アナウンスが流れる。21世紀末になろうと、地下鉄を含めた首都圏の鉄道が軒並み地磁気で走るリニアウェイに変わろうとも、この調子だけは変わらないようだ。

 「・・・」

 だが、小島はそんなことを意に介することもなく、ただ新聞に目を落としていた。

 「小島さん、次で降りますよ」

 「ああ、わかってる。ありがとう」

 左から聞こえてきたひかるの声にそう応えながらも、小島は新聞から目を動かそうとはしなかった。

 「なにか気になる記事でも?」

 その集中した様に気になった圭介が、小島に尋ねた。

 「ああ。見てみろよ、これ」

 小島はそう言って、社会欄のある記事を指さした。少し広めにスペースがとられていて、そこには次のような見出しが踊っていた。

 「またも「顔泥棒」 これで24件目」

 それを見たひかるが、横から言った。

 「それなら、今朝のニュースで見ました。でも・・・本当なんでしょうか? 私には、ちょっと信じられないですけど・・・」

 「たしかに。いろんな犯罪者を相手にしてきたけど、人間の顔のパーツ・・・口だの耳だのを盗んでいく犯罪者なんて・・・」

 圭介もそれに対してはうなずいた。

 最近、首都圏では不可解な事件が日常茶飯事になった今日にあってなお、聞く者に耳を疑わせるようなある奇怪な事件が続発していたのである。その事件とは・・・突如暗がりで女性が襲われ、「顔のパーツ」を奪われるという、奇怪で恐ろしいものであった。犯人は、まるで魔法のように、口や耳のような「顔のパーツ」を奪い去っていく。これまでは耳や鼻が奪われる事件が続発していたが、同一犯によるものかは不明であるものの、今度は口が盗まれる事件が起こり始めたらしい。最初は混乱を抑えるために公表は控えられてきたが、被害が拡大したことでそれは得策ではないと判断され、報道がなされることになった。この恐ろしい事件に女性達は震え上がり、女性の夜の一人歩きはこのところめっきり減っている。

 「気持ちはわかるが・・・信じられないもなにも、起こってることは現実に違いない。なにをどうやってこんなことをやっているのかわからんが、とにかく、女の子達の顔を盗んでいる奴がいる。これは事実だし、許せないことだな」

 小島はそう言いながら新聞を折り畳んだ。そして、顔をひかるに向けて笑顔を浮かべる。

 「・・・ひかるちゃんは特に気をつけた方がいいな。特に、その目。俺が犯人だったら、まず見逃さないね」

 「怖いこと言わないで下さい・・・」

 その言葉に、ひかるがおびえた表情をする。その途端

 「やめてくださいよ小島さん。ひかるが怖がるじゃないですか」

 圭介が恨めしそうな顔で小島を見る。

 「・・・相変わらず、恋人なのか保護者なのかよくわからん奴だな」

 小島の言葉に、圭介はそっぽを向いた。

 「それはともかく、怖がらせちゃったなら謝るよ、ごめん。俺としては、誉め言葉のつもりで言ったんだけどね。そんだけ可愛いってことさ、ひかるちゃんは」

 「そんな・・・」

 「まぁ、心配することはないよ。いざというときは白馬の騎士がすぐそばについて守ってくれるだろうから。そうだよな、新座?」

 「うるさいですよ、小島さん・・・」

 圭介は照れ隠しのように顔を背け、ひかるは顔を赤らめてうつむいた。そんな二人を見て変わらないなと思いながら、小島は新聞をかばんにしまった。

 「でも、いいんでしょうか。こんな事件が起こってるのに、私達休みもらっちゃって・・・」

 ひかるが顔を上げて圭介と小島に言った。だが、小島は気にする様子もなく手を振った。

 「いいのいいの。今日の全隊休日は、何ヶ月も前から決まっていたことなんだから」

 「全隊休日」とは、一小隊全員が同時に休みをとれる休日のことである。普段は多忙で、一人一ヶ月に一度程度、別々に休みをとることが精一杯なSMS各小隊にとっては、こうして一つの小隊が同時に休みをとれる全隊休日は非常に貴重なもので、盆と正月を除いては年に一度か二度しかない。

 そして今日は第1小隊に与えられたその全隊休日の日であり、メンバーはそれぞれ、思い思いにその時間を使っている。聡美は友達の頼みで、その友達の所属するフットサルチームの欠場した選手の代わりに代打で出場している。結局、体を動かすことが聡美にとっては一番の娯楽となるらしい。仁木と亜矢は、神田の古本屋街へ繰り出している。古文書を探すために出かけようとしていた亜矢が、仁木を誘ったらしい。仁木は推理小説を、亜矢は古文書をそれぞれ買いあさるつもりのようだ。そして、小隈だけは寮に残っている。本人が出不精ということもあるのだが、彼らの仕事を考えれば小隊の誰か、特にその責任者である隊長が万一の事態に備えて残るというのは、望ましいことではある。

 「それに、この事件についてはうちではもう捜査部が動いてるしな。俺達実動部が動くには、捜査部や警察とかからの協力要請とか、隊長の出した命令とかが必要だし・・・それが出てないと、ちょっと動きづらいな」

 圭介がそう言うと、小島はうなずいた。

 「そういうこと。とりあえず、今のところは楽しんでおこうよ。これから忙しくなるかもしれないんだから」

 「そうですね・・・」

 「でも、よかったのか新座、ひかるちゃん? せっかくの映画なんだから、二人で見に行きゃよかったのに」

 小島がそう言うと、二人は首を振った。

 「別に、ラブロマンス映画見に行くわけじゃないんですから」

 「圭介君と出かけることはよくありますけど、こうして3人で出かけられるのはめったにありませんから。気にしないで下さい」

 「ありがたいねえ。まぁ、たしかにずっと見に行きたかったんだけどね。スタージョーズ」

 小島はそう言って、窓の外を眺めた。3人は今日は揃って、映画を見に行くことにしていた。一ヶ月ほど前に封切られた大人気SFファンタジーシリーズの最新作、「スタージョーズ・エピソード9 ユグドの神託」である。最初は小島と圭介が見に行きたいと言っていたのだが、やがてひかるも興味を持ったらしく、3人で行くことになった。なかなか休みがとれず、封切りから時間が経っても見に行くことができなかったのだが、今日の全隊休日でようやく見に行くことができた。

 「次は〜、有楽町〜、有楽町〜」

 再び車内にアナウンスが響いた。

 「よっし、降りるぞ」

 「はい」

 電車がホームに入り始めると、3人は椅子から立ち上がった。





 「東口・・・で、いいんだったな」

 「はい。見えるじゃないですか」

 有楽町駅の東口改札にたどりつきつつあった小島が尋ねると、ひかるはうなずいて駅の外に見える大きなビルを指さした。中に大きな映画館が入っているビルで、「スタージョーズ・エピソード9」の垂れ幕がかかっていた。

 「混んでなきゃいいんですけどね」

 「だいじょぶだろ。一ヶ月も経ってんだから、まさか立ち見ってことはないだろうけど・・・」

 3人は言葉を交わしながら、改札から出ていった。と、その時

 「小島さーん!!」

 「?」

 背後からふいに大きな声で呼びかけられ、小島はもちろん、圭介とひかるも改札の方を振り返った。見ると、改札の向こうで大きく手を振りながら、こちらに駆けてくる人影が見えた。

 「あれは・・・」

 3人が驚いていると、すぐにその人物は改札を出て、3人のところへやってきた。

 「あぁ、よかった。やっぱり小島さんだった」

 少し息を弾ませながらそう言うのは、ひかるよりも鮮やかな赤いショートカットの女性だった。

 「佐倉さん・・・どうして、こんなところに?」

 圭介はそう尋ねずにはいられなかった。その人物とは、第2小隊のお騒がせ熱血女性隊員こと、佐倉真由美だったからである。

 「あ・・・新座さんに、服部さんも・・・」

 「お久しぶりです」

 二人の姿を見て少し驚く真由美に、ひかるはペコリとお辞儀した。

 「そういえば、今日は第1小隊は全隊休日だったね・・・。だから3人でお出かけ?」

 「ええ。そこの映画館に「スタージョーズ」を見に」

 圭介がビルを指さしながら言った。

 「そうなんだ」

 「そういう佐倉さんこそ、こんなところで何してるんです?」

 小島は先ほどの圭介と同じ質問をしながら、真由美の姿を見た。3人と同じく私服ではあるが、明るいグレーの少しフォーマルな感じのスーツを着ている。

 「あたしも、あのビルに用があるんだけどね。ほら、あの垂れ幕」

 「え? どれですか?」

 「ほら、あの左端の奴。「第27回 柿原賞受賞作品展」て書いてある奴」

 真由美が指さした先には、たしかにそんな垂れ幕がかかっていた。

 「柿原賞・・・って、なんですか?」

 「たしか、日本でも特に権威のある絵画コンクールの一つだな。20世紀後半に活躍した抽象画家の柿原画伯を記念して始められた・・・そうですよね」

 圭介の質問に答えた小島が、確認のため真由美の顔を見た。

 「そのとおり。詳しいんですね」

 真由美は笑顔を浮かべてうなずいた。

 「じゃあ、絵を見に?」

 ひかるが尋ねると、真由美は妙な含み笑いをした。

 「半分はそれであたり。でも、もっとすごいことがあるのよ」

 「すごいこと?」

 「実はね・・・あたしのパパ、画家なんだけど・・・あの賞に入選しちゃったのよ!」

 「ええっ!?」

 驚く3人。真由美はうれしくてたまらないようだ。

 「すごいじゃないですか!」

 圭介達が口々にそれを祝う。

 「うん。パパ、あたしがずっと小さい頃から絵を描いてたんだけど、なかなか評価されなくって・・・でも、やっとそれが報われたんだ。あたしもうれしくって。だから今日、直接お祝いにいこうと思ってるんだ。今日はパパも展覧会に来てるから、いきなり行ってビックリさせようと思って」

 「そうなんですか・・・」

 すると、真由美は3人に言った。

 「・・・そうだ! もしよかったら、小島さん達も一緒にどう?」

 「え?」

 「私達も・・・ですか?」

 「展覧会が開かれてるのは同じビルのイベントホールだし、いい絵ばかりだから見て損はないと思うよ。だから、ね?」

 3人は顔を見合わせた。

 「新座、上映スケジュールはどうなってる?」

 「ええと・・・午前中はあと1回、午後は夜まで入れるとあと3回ですね」

 携帯で情報を確認しながら圭介が言う。

 「それなら、お言葉に甘えてもいいんじゃないですか? 午前中のは飛ばして、午後からの上映を見れば・・・」

 ひかるがそう言うと、2人もうなずいた。別に断る理由もない。

 「そうだな。映画は午後でも見られるし・・・」

 「芸術鑑賞ってのも、悪くないか。それじゃ・・・お言葉に甘えていいですか、佐倉さん?」

 小島がそう言うと、真由美は笑顔でうなずいた。

 「ありがとう! それじゃ、行きましょ」

 こうして、4人は揃って駅から出ていった。





 そのビルの15階イベントホールでは、展覧会が開かれていた。入り口には「第27回 柿原賞受賞作品展」と書かれた看板が掲げられている。入場は無料ということもあり、ホールの中ではかなりの数の人が作品を鑑賞していた。

 そんな中に、一人の初老の男がいた。やや白くはなっているが濃いヒゲをはやし、眼鏡をかけている。男はホールの中を歩きながら、飾られている作品やそれを見ている客達の様子をのんびりと眺めていた。と、その時

 「パパ!!」

 後ろから、聞き覚えのある声がした。彼が振り返ると、そこにはスーツを着た赤い髪の女が花束を持って立っていた。

 「マユ公! どうしてここに?」

 男は驚きながらも、彼女に近づいた。

 「もちろん、パパの受賞をお祝いに来たに決まってるじゃない! あたしが電話でおめでとう言うだけで済ますような薄情な娘だと思ってたわけ?」

 「そうか・・・ありがとう。でも、仕事はどうしたんだ?」

 「隊長に頼んで、休み前倒ししてもらっちゃった。できるだけ早くお祝いしたかったから。それに、あたしだけじゃないんだよ」

 真由美はそう言うと、後ろを振り返った。

 「こんにちは。このたびは、おめでとうございます」

 「私からも、お祝いさせてもらいます。おめでとうございます」

 「どうも。おめでとうございます」

 圭介、ひかる、小島の3人が、口々にお祝いの言葉を述べた。

 「あなた達は、第1小隊の・・・! マユ公、まさかわざわざこれのために・・・」

 「違うよ。駅でばったり会って、ちょっとお誘いしたんだよ」

 「それならいいんだが・・・」

 男はそう言うと、改めて圭介達と向かい合った。

 「どうもありがとうございます、皆さん。以前に娘を助けていただいたお礼もちゃんとしていないのに、わざわざこんなことのために来てくれるとは・・・」

 そう言って、その男・・・真由美の父・重朗は、深々と頭を下げた。圭介達3人も、少しではあるが彼とは面識がある。去年6月、キャッシュ・コネクションのジャケットが初めて出現し、デストロスの攻撃によって真由美が重傷を負った際、小島はその手術のため、圭介とひかるはその見舞いのため、それぞれ病院を訪れたときに彼とは会っているのである。

 「あのときのことならお構いなく。医者として当然の仕事をしたまでですし、こうして佐倉さんが元気に働いていることが、俺にとってはなによりのお礼ですからね」

 小島が笑顔でそう言うと、佐倉親子は笑顔で頭を下げた。

 「そんなことより・・・受賞した作品というのは、どこに?」

 「あ、そうね。実は、あたしもちゃんと完成品見てないんだ。パパ」

 「ええ、喜んで。こちらへ」

 重朗は4人を引き連れて少し歩き、一枚の絵の前で立ち止まった。

 「これです。ありがたいことに、これが入選しました」

 それは、風景画であった。手前には大きな柿の木、その後ろにはかやぶき屋根の民家、その背後には、少し珍しい形をした山がそびえたっている。

 「きれいな絵ですね・・・。一度も行ったことがないけど、どこか懐かしい感じがするような・・・。絵のことはよくわからないんですけど、素直にいい絵だと思えます」

 ひかるがその絵を見ながら静かに言った。

 「そうだな。まだこんな風景が残っている場所があるんですね」

 圭介がそう言うと、重朗はうなずいた。

 「いい風景を探して、ときどき旅行に出かけるのですが・・・これは、長野県の神里村という村なんです。私も驚いたのですが、時間が止まったかのように、昔からの風景が生きていたんです。思わずそれを描きたくなって、そのまま筆を動かしたら・・・」

 「これができた、っていうわけですか。わかるような気がしますね。いい作品っていうのは、絵にしても彫刻にしても、手の方が勝手にグイグイ動くものらしいですから」

 小島が妙に納得したようにうなずく。

 「うん、いい絵に仕上がったじゃない。おめでとう、パパ」

 そう言って、花束を差し出す真由美。駅前の花屋で、ひかるのアドバイスも受けながら選んだものだった。

 「ありがとう、マユ公。うれしいよ」

 笑顔を浮かべながら、その花束を受け取る重朗。

 「マユ公?」

 圭介とひかるが訝しげな顔をする。真由美と重朗はハッとした顔をしたが、すぐに真由美が唇に指を当てた。

 「もう、パパったら・・・。パパは昔からあたしのことそう呼ぶの。ごめん、3人とも、このことは黙っててくれない? リーナとかに知られちゃうと、なんだかからかわれそうだからさ。ね?」

 「わかりました。内緒ですね」

 「約束は守ります」

 「女の人の秘密は、口が裂けても言いませんよ」

 3人は笑みを浮かべながらそう言った。

 「いやはや・・・お恥ずかしい。ところで皆さん、せっかくここまで足を運んで下さったんですから、私だけでなく他の方の作品を見ていってはいかがですか?」

 重朗がそう言った。

 「そうですね、せっかくですから」

 「他の作品も見て、昼になったら飯にしようぜ」

 「異議なしです」

 「あたしはパパと話したいことがあるから、悪いけど・・・」

 「わかりました。勝手に見て回りますよ」

 「ごめんね」

 「気にしないで下さい。それじゃ」

 3人は佐倉親子と別れ、他の作品を見て回り始めた。

 「柿原画伯が抽象画家だったからですかね。出品されてる作品も、抽象画が多いような・・・」

 会場を見回しながら圭介がつぶやく。このコンクールに出品する絵に特定の様式はないが、抽象画の権威であった柿原画伯の名を冠しているだけあり、抽象画が好まれる傾向はあるようだ。たしかに、壁に飾られている絵は抽象画が多かった。

 「俺、こういうのよくわかんないんだよな」

 ぐにゃぐにゃとした奇妙な模様や、機械的な直線で構成される抽象画を見ながら、小島が少し退屈そうな声を出した。その時

 「うわぁ〜・・・」

 隣から、ひかるの感嘆したような声が聞こえた。圭介と小島がそちらを見ると、ひかるは一枚の絵に目を釘付けにしていた。

 「どうした、ひかる?」

 「見て下さい。すごくきれいなんです」

 ひかるに言われるまま、二人はその絵の前に来た。

 「ほほぉ・・・」

 「へぇ・・・」

 思わず、二人も息を呑んだ。その絵は抽象画ではなく、婦人画であった。暗い部屋の中、青いドレスを身にまとった女性が椅子に座り、こちらに微笑を浮かべている。構図だけ見れば、なんとなく「モナ・リザ」を思わせる絵であった。絵そのものは実物をそのまま写し取ったようにリアリティに溢れ、陰影のつけかたに特徴があった。17世紀、レンブラントやフェルメールといった画家達に代表される、いわゆる「バロック」と呼ばれる様式だろう。

 だが、なんといっても目を奪われるのはモデルである女性の美しさそのものである。陶器のように美しく白い肌が、暗い周囲によく映えている。なにより、絶世の美女というのがふさわしいほどの美貌である。スッと走る眉毛、大きな瞳、はっきりと鼻筋の通った鼻梁、薔薇のように赤く、魅力的な唇。卵形の輪郭にバランスよく配置されたそれらのパーツが、全体として単なる集合以上の美しさを出していた。

 「きれいな人ですね・・・」

 ひかるがうっとりしたような声を出す。

 「女でも、やっぱりきれいな人はきれいだって思うんだな」

 「当たり前じゃないですか。女はいつだって、もっときれいになりたいって思うものなんです!」

 ひかるがちょっと怒ったように言った。少し慌てる圭介。

 「女心を学習しない奴だな、お前って・・・。まぁでも、たしかにきれいな人だな。こんな人が街歩いてたら、俺はほっとかないぜ。やっぱり絵ってものは、どんな人が見ても美しい、きれいだって思えるようなものを描かないと。女性の美しさこそ、永遠の美のテーマなのです!」

 「小島さんが言うと、なんだか不純な意味がありそうな気がするんですけどね」

 「なんだと!?」

 横目で圭介にそんなことを言われた小島が、彼にヘッドロックをかける。慌てて止めようとするひかるだったが、それより前に警備員がやってきて、静かにするように怖い顔で注意した。思わず恐縮してしまう3人。

 「恥かいちまったじゃねえか。お前のせいだぞ」

 「小島さんがばかなことしたからじゃないですか。ひかるにまで恥かかせちゃって・・・」

 「いいんです。気にしなくて・・・」

 とりあえず反省した3人は、再び目を女性の絵に戻した。

 「でも・・・なんだかこの絵、ちょっと怖いです」

 と、ひかるがそれを見ながら少し顔を曇らせた。

 「怖い? どうしてだ?」

 「なんて言えばいいのかわかりませんけど・・・怖いぐらい、よく描けてて・・・」

 「うん、なんとなくそれはわかるな。妙にリアルに描かれてる絵は、そんな感じがするよ。新座、お前のとこの学校にはなかったか? 美術室のモナ・リザの怪談」

 「ああ、あれですか。夜に美術室に行くと、飾ってあるモナ・リザの絵からモナ・リザが出てきて、絵の中に引きずり込まれるっていうアレでしょ?」

 「あ・・・モナ・リザじゃありませんけど、そういうのは私の小学校にもありました。思い出しちゃいましたよ・・・」

 「とにかく、震えが来るほどきれいな絵ってことだよ。どれどれ、タイトルは・・・「娘」か」

 絵の下には、ただ一文字「娘」と書かれた簡潔なタイトルプレートがつけられていた。

 「こんなきれいな娘さんがいるんじゃ、親としては可愛くてしょうがないんだろうな。ひかるちゃんのお父さんみたいに」

 「・・・もしそうなら、ちょっと気の毒です」

 かなりの親バカである自分の父を思い出しながら、ひかるはため息をついた。

 「まぁまぁ」

 小島は笑いながら、そのタイトルの下にある作者の名前に目を向けた。

 「御簾内(みすうち)・・・亀一・・・?」

 だが、小島には妙にその名前がひっかかった。

 「どうしたんです?」

 「いや・・・別に」

 その名前を見て変な顔をしながら、小島は生返事をした。

 「わぁ・・・来て下さい。こっちの絵も、すごくきれいですよ?」

 ひかるが隣の絵を見ながら手招きをした。声がさきほどよりもご機嫌なのは、その絵が小さな女の子と戯れるアメリカンショートヘアの仔猫を描いたものだからだろう。圭介は苦笑しながらも、近づいていった。小島もすぐにそのあとを追おうとしたが、その前にもう一度、「娘」と題された絵を見た。

 「・・・」

 絵の中の女は、やはり何も言わないまま、謎めいた微笑を小島に向けていた。





 翌日の早朝。よく晴れた青空の下、駐車場にブリティッシュグリーンに染められたエアカーが停まり、運転席と助手席からそれぞれ人が降りた。

 「さてさて・・・休みも終わって、また仕事ですね」

 「頑張ろー!!」

 大きく腕を伸ばす小島に対して、太陽のように明るい声で叫ぶ聡美。いつも通り制服に身を包んだ二人は、駐車場から関東医大病院の建物へと歩き始めた。





 ロビーで二人が待っていると、ほどなくして沙希がやってきた。

 「ご苦労様。お休み明けだったみたいね」

 そう言いながら、沙希は笑顔を浮かべた。

 「おかげでリフレッシュできましたし、また今日からバリバリいきますよ」

 「エンジン絶好調!!」

 小島がそう言うと、隣の聡美もうなずいた。

 「そうしてもらうとありがたいわね。・・・正直、あたしたちだけでは手に余るわ」

 沙希は真剣な顔になると、二人にそう言った。

 「で、彼女はどこに?」

 「こっちよ。特別病棟。ついてきて」

 白衣のポケットに手を突っ込み歩き始める沙希のあとに、二人はついていきはじめた。





 「状況は?」

 「面会謝絶よ」

 その沙希の言葉に、小島は歩きながら彼女の顔を見た。

 「もちろん、重傷というわけじゃないわ。「口を盗られた」ということ以外は、外傷も病気も全くなし。肉体的には健康そのものよ。面会謝絶にしてあるのは、言うまでもなく・・・」

 「本人の精神状態を考えて・・・ですか?」

 自分の言葉を継いだ小島に、沙希はうなずいた。

 「ただでさえ口を「盗られたり」したら、人と話すことも、食事をすることもできないのに・・・。彼女は女の子よ。今回のことは、顔に大きな傷をつけられたにも等しいことだわ」

 「・・・」

 「事件発生直後の彼女は、錯乱状態にあった。今はそれよりは落ち着いているけど、何をするかはわからない。ひどく絶望していて、自殺を図ってもおかしくないわ。警察との判断の一致で、ご両親にも了解をとって、今は入院させて保護監視下に置いているわ。私達としても、こんなことはしたくないのだけれど・・・。わかっているとは思うけど、彼女を刺激するような行動は控えて、慎重にね?」

 「わかってます」

 「それはもちろん・・・」

 二人がそう言ってうなずいた時には、彼らは病室の前にやってきていた。沙希はそれにうなずき返すと、病室のドアをノックした。

 「勝呂です」

 「どうぞ」

 中からの返事を聞くと、沙希は静かに病室のドアを開けた。

 「おはようございます」

 沙希はにこやかな笑みを浮かべながら入っていった。そのあとに続き、小島と亜矢も入っていく。

 清潔な病室の中には、3人の人間がいた。窓際で替えのタオルを用意している看護婦。ベッドサイドに座っている婦人。そして、ベッドの上で上半身をもたげたまま、こちらに何の反応も示さない少女。彼女は口に、大きなマスクをしていた。

 「おはようございます、先生」

 ベッドサイドの婦人は、そう言って頭を下げた。

 「おはようございます、お母さん。笹川さんの様子はどうですか?」

 「ええ・・・真央、先生がお見えになったわよ」

 母親らしきその夫人に言われた少女・・・真央は少し目を動かしたが、やはり反応はなかった。

 「・・・やはり、気分はよろしくないようですね」

 沙希は静かにそう言うと、ドアを閉めてベッドサイドに近づいていった。

 「あの、そちらの方たちは?」

 と、真央の母が小島と聡美を見て尋ねた。

 「東京都SMS第1小隊の、小島さんと岸本さんです。今回の事件解決のため、笹川さんに協力していただきたいということで・・・」

 「小島です。こんなことになってしまって、我々としても残念です。一刻も早く事件を解決して、笹川さんが元の暮らしを取り戻せるようにしてあげたいと考えています。あまりお時間はとらせませんので、どうか、協力して下さい」

 「お願いします・・・」

 頭を下げる二人。

 「娘は・・・娘の口は、戻ってくるのでしょうか?」

 不安に満ちた表情で、真央の母が尋ねた。

 「必ず取り返します。お約束しましょう」

 小島ははっきりとそう言った。真央の母は静かにうなずくと、真央を見た。

 「・・・真央、聞いた通りよ。気持ちは分かるけど・・・協力してあげてくれないかしら・・・」

 「・・・」

 だが、やはり真央は何も言わなかった。うつろな目で、布団に覆われた自分の足を見つめている。

 「・・・よろしいでしょうか?」

 「え、ええ、どうぞ・・・」

 真央の母はそう言って椅子から立ち上がった。看護婦が運んできてくれたもう一つの椅子を加え、二人はベッドサイドに座った。

 「さすがに、気分はよくないみたいだね・・・」

 小島は、優しい口調でそう言った。

 「本当に、ひどいことだと思うよ。許せない。おいしいご飯を食べることも、友達や家族と楽しくおしゃべるすることもできないんだから・・・。それに、結果として君みたいに可愛い子を、こんなところに押し込めることになったことにもね」

 真央の腕に打たれている栄養補給用の点滴を見つめながら、小島は続けた。

 「・・・でも、一番許せないのは君の夢を奪ったことだ。音楽コンクール・・・近いんだろう?」

 「!」

 その言葉に、初めて真央が反応した。黙って小島の顔を見つめる。

 「それが一番辛いんじゃないかな?」

 小島がそう言うと、真央はうつむき、ゆっくりとうなずいた。そして、近くに置いてあったスケッチブックとペンを手に取ると、小さな文字でなにかを書いた。

 「死にたい」

 だが、その四文字を見た途端、小島はその手を取って目を見つめ、黙って首を振った。

 「それだけはだめだ。絶望する気持ちはわかるけど、君をこのままにはしておかない」

 小島の熱のこもった説得に、真央は黙って耳を傾けた。

 「俺達は、そのためにいるんだ。君のような目にあった人は、他にもたくさんいる。俺達はその人達の盗まれた体のパーツを、全て取り返すつもりだ。それも、可能な限り早く。だから、絶望だけはしないで待っていてほしい。コンクールにも間に合うように・・・君が再び、舞台の上でクラリネットを吹けるように、全力を尽くす。必ず君の夢を、未来を、取り戻してみせる。だから、俺達を信じてほしい」

 小島がそう言うと、聡美も深くうなずいた。真央はじっと見つめていたが、やがて、ゆっくりと頭を下げた。それを見た二人は、安堵のため息をもらした。

 「ありがとう。それじゃあ・・・始めようか。質問することはそんなに多くないから、安心して。無理に答える必要もない。いいね?」

 小島がそう言うと、真央はうなずいた。

 「それじゃあ、最初の質問。君は教科書をとりに教室に戻ったところで、何者かに襲われた。警察やうちの捜査部も聞いたと思うけど・・・犯人は、どんな奴だった?」

 真央はそれに対して、残念そうに首を振った。暗闇だったので、はっきりと姿を見てはいないのだろう。だが、やがてペンを取ると、何か文字を書いた。そこに書かれていたのは、短い言葉。

 「白い手」





 「どう思う?」

 病室から出た小島は、聡美に尋ねた。

 「これ以上あの子に尋ねても、何もわからないんじゃないかな。彼女の言うとおり、一瞬でその「白い手」に口を盗られたんだと思う・・・」

 聡美はそう言った。

 「教室に入った途端、突然後ろから襲われ、口を盗られた。見たものは、そのとき自分の顔に覆い被さってきた「白い手」だけ」。先ほどまで続けられた質問だったが、結局真央から得られたのは、そんな証言だけだった。

 「たしか、他の被害者達もそう言ってましたね。悔しいが、敵は相当手際のいい奴らしい・・・」

 小島は苦々しく言った。捜査部がまとめた他の被害者達の証言も、おおむねそのようなものだったからだ。

 「大丈夫なの?」

 少し不安そうな顔で、沙希が尋ねる。

 「目撃証言から犯人を洗い出すのは、ちょっと難しいかもしれません。でも、大丈夫。捜査の方法は、他にもいろいろありますから。女の期待は裏切らないってのが、この小島佳樹のモットーですからね」

 小島がそう言うと、沙希はクスリと笑った。

 「わかったわ。頼りにしてるからね」

 小島はそれに、微笑みを返そうとした。と、その時

 「・・・」

 なぜか、小島は沙希の顔をジッと見た。

 「・・・どうしたの? あたしの顔に、何かついてる?」

 自分の顔をあちこち撫でる沙希。小島はハッとして言った。

 「いや・・・そういうわけじゃないんですけどね・・・」

 小島は言葉を濁した。自分でもなぜそうなったのか、よくわからなかった。と、その時・・・

 「あの、先生・・・」

 背後からの声に、3人は振り返った。そこには、制服に身を包んだ女子高生らしき少女が申し訳なさそうに縮こまって立っていた。

 「あ・・・今日も来てくれたの? 感心ね」

 「はい・・・。あの、面会できますか?」

 少女のその言葉に、沙希は考え込んだ。

 「うん・・・。今はちょっと、精神が高ぶってるかもしれないわね。さっきまで、事件の話をしていたから・・・」

 沙希はそう言って、小島と聡美に視線を移した。少女も二人がSMSの隊員だということは制服を見て理解したようだった。すまなそうに頭を下げる二人。

 「・・・どうしても、ダメですか?」

 だが、少女はなおも食い下がった。沙希はそれを聞いて考え込んだが・・・

 「・・・いいわ。私もついていればいいんだし。先に中に入ってて」

 「ありがとうございます! それじゃ・・・」

 沙希が苦笑しながら言うと、彼女はパッと顔を輝かせて3人に頭を下げると、病室の中へと入っていった。

 「誰です? あの子」

 「面会謝絶じゃなかったんですか?」

 気になった二人が尋ねる。

 「あの子は別。特別な事情があってね・・・」

 沙希は言った。

 「彼女は、被害にあった笹川さんの第一発見者の一人。笹川さんとは小さい頃からのお友達で、彼女が部長を務める吹奏楽部の副部長でもあるらしいわ。彼女がこんなことになってから毎日、学校に行く前にここによって、笹川さんのお見舞いに来てくれてるのよ。最初の内は断ってたんだけど、あんまり熱心だから、つい、ね・・・」

 「親友なんですね。いいなぁ・・・」

 聡美が頬をゆるめる。が、沙希は少し悲しそうな表情をした。

 「そうね・・・。でも、だからこそ・・・」

 「え?」

 「彼女を発見したとき、口のない彼女の顔を見て思わず悲鳴をあげてしまったことを、彼女、すごく悔やんでいるのよ。そのことが彼女を傷つけて、さらに心の傷を広げることになってしまったんじゃないか。親友なら、そんなことをしてはいけなかったはずじゃないか、ってね」

 「そんな・・・それは仕方のないことじゃ・・・」

 「そういう問題じゃないのよ、彼女にとっては。だから彼女は一生懸命、ああやって笹川さんに話しかけているの。それを邪魔したくはないし、精神的なショックの回復にもプラスになるわ」

 3人は病室の中を覗いた。少女は真央の母に挨拶し、ベッドサイドに座って明るく熱心に真央に話しかけていた。それを見ていた小島は、やがて言った。

 「心のケアは、そちらにお任せします。俺達は、彼女の口を取り返すことに全力を注ぎますので」

 「同じく!」

 そう言って、小島と聡美は敬礼した。

 「わかったわ。こっちのことは任せて」

 「はい。それじゃあ、俺達はこれで戻ります。隊長達と、今後の方針について話し合ってみます」

 「彼女をよろしく!」

 手を振って去っていく二人を、沙希は笑顔で見送り、病室に入ってドアを閉めた。





 六本木の街にそびえ立つ、ガラス張りの巨大なビル。そこは全国放送ネットワークをもつ民間テレビ放送局「あけぼのテレビ」の本社屋だった。夜空に赤いネオンで、そのロゴが浮かび上がっている。

 「押しちゃったね。せっかくもっと早く返せると思ったのに」

 スーツ姿の若い男が、残念そうにそう言った。

 「別にいいよ。このぐらいはしょうがないし。それに、昨日けっこう寝たから、明日もなんとかだいじょぶなんじゃないかしら」

 その隣を歩く少女が、明るい声で言った。ウェーブのかかった明るい色の髪に、カチューシャをつけている。

 「ここのところけっこうハードスケジュールだったからね。大丈夫かなと思って」

 「だいじょうぶだよ。それに、今が売り出し時だって考えてるからそんなハードスケジュールを組んでるんじゃないの? 社長も小柴さんも」

 「はは・・・参ったな。でも、たしかに。今の万里恵ちゃん、波に乗ってるよ。ほら、春の水曜の連ドラの主役。あれだって今のままでいけば、万里恵ちゃんのものになるのは間違いないって」

 「ありがと。あたしはまだまだ大丈夫。だから、頼りにしてるよ、小柴さん」

 万里恵はそう言って笑顔を向けた。そう言いながら、二人は社屋の中から出て玄関へとやって来た。守衛が挨拶をして、停まっていたタクシーのドアを開ける。

 「それじゃ、お疲れ。明日は何時からだっけ?」

 「そっちは6時起きになっちゃうかな。一応電話するけど、自分でも努力してね」

 「うん、わかった。帰ったらベッドに直行だな、こりゃ。それじゃあ、おやすみ」

 「おやすみなさーい」

 ドアが閉められ、黒塗りのタクシーは夜の街へと走り出した。

 「ふぅー・・・」

 ため息をつきながら後部座席のシートにもたれる万里恵。やがて、バッグを漁るとおもむろに携帯を取り出し、メールのチェックを始めた。

 友達からのメールが多かったこともあり、全てに目を通すだけでも、少し時間がかかっていた。それに返事を打とうとし始めた万里恵は、ふと窓の外に目をやった。その時・・・

 「・・・?」

 万里恵は、違和感を感じた。芸能界に入ってすでに2年以上が経ち、テレビ局から自宅や事務所へと戻る道の風景は、あけぼのテレビに限らずどの局のものでも頭に入っている。だが、タクシーは見覚えのない道を走っていた。

 「あの、運転手さん? この道でいいんですか? あたしのアパート五反田なんですけど、わかってますよね?」

 少し不安に駆られた万里恵は、運転手に確認した。ロボットによる自動運転が主流になりつつあるタクシー業界だが、まだ人間の運転手を使っている会社も多い。特にテレビ局が芸能人の送迎のために契約するタクシー会社は、何かが起こったときのためにロボットよりも柔軟な対応のできる人間の運転手に運転させることをウリとしている。

 「・・・」

 だが、運転手は何も答えなかった。そればかりか、ハンドルを切って街の灯りも届かない細い路地へと、タクシーを滑り込ませていく。

 「ちょ・・・ちょっと・・・!」

 途端に、心の中の不安が大きくなった。思わず万里恵は身を乗り出し、運転手の横顔をのぞき込んだ。だが、それによって彼女の不安はさらに大きくなった。

 運転手は、異様な雰囲気の男だった。その男の顔を知らなかったのは、不思議でもなんでもない。お抱え運転手ではないのだから、自宅や事務所まで送り届けてくれる運転手達も、そのたびに異なってはいた。だが、その運転手はそれらの運転手とは全く異なった雰囲気だった。制服や帽子こそタクシー会社のものだが、帽子は目深にかぶり、目はあまり見えない。さらに、鼻まで覆う大きなマスクをつけているため、表情や人相はまったくといっていいほどわからない。運転席と助手席の間から万里恵がのぞき込んできても、彼は相変わらず、ハンドルを握ったまま真正面を見据えていた。

 「っ・・・!!」

 万里恵は声にならない悲鳴をあげ、後部座席に身を押しつけた。その直後、思い出したようにドアにとりつくが・・・いつのまにか、ドアにはロックがかかっていた。万里恵の顔が恐怖に歪む。そんな彼女を嘲笑うように・・・

 プシュウウウ・・・

 空気音をたてて、タクシーは停車した。あたりは闇に包まれた路地裏で、人影はおろか、街灯すらない。

 「あ・・・ぁ・・・!!」

 ドアに体を押しつけたまま、絶望したように首を回して周囲の様子を見る万里恵。すると・・・

 「・・・」

 運転手が運転席から体を動かし、後部座席に身を乗り出してきた。

 「い・・・いや・・・っ!!」

 必死に逃れようとする万里恵だったが、後ろにはロックのかかったドアがあり、それは叶わない。その間にも、運転手は体をさらに進め、やがて、右手をゆっくりと持ち上げ、彼女へと迫ってきた。

 「キ・・・キャアアアアアアアア!!」

 意識を失う寸前に、悲鳴を挙げながら最後に見たもの。それは、自分の顔へと迫ってくる、白い手袋に包まれた手だった。





 「ついに芸能人にまで犠牲者が出たってことですか・・・」

 朝のミーティング。小隈から昨夜深夜に再び起こった「顔泥棒」事件について聞かされた第1小隊だったが、その中で圭介がそうつぶやいた。

 「被害者は丸井万里恵、今年でハタチ。注目株の若手女優、だそうだ。写真、要るか?」

 小隈が顔写真のつけられた経歴書をひらひらさせたが、メンバーは首を振った。

 「いりませんよ。みんな知ってるだろうし」

 「たしかに最近、テレビによく出てるもんねぇ」

 小島と聡美がそう言った。たしかに、昨夜起こった事件の被害者、丸井万里恵は最近売り出し中の女優で、CMなどでもよく見かける。

 「そうか。それなら話は早いが・・・彼女の場合、これまでとまた違った顔のパーツを盗まれた。・・・目だよ」

 小隈はそう言って、自分の目を指さした。

 「たしか、これまでの被害者さんたちが盗まれたのは、耳と、鼻と、それに口、でしたよね?」

 ひかるが確認のために尋ねる。亜矢がそれにうなずいた。

 「そうだね・・・。犯人はこれまで・・・襲った人達からそのうちのどれかを盗んできた・・・。その標的が・・・ついに目にまで及び始めたということだね・・・」

 「一体、何を考えてるんでしょうかね」

 圭介が苦々しそうにつぶやく。

 「それと、もう一つ。今回は、事件の目撃者もいる。犯人がタクシーを停めた場所の近くにあるバーのマスターだ。深夜店を閉めて後かたづけをしていたとき、窓の外にタクシーが停まってるのに気がついた。その時ちょうど、窓越しにタクシーの車内で、犯人が被害者の「目を盗む」瞬間を見たらしい。これが、奇妙な話だが・・・」

 小隈はそこで、一拍置いた。

 「犯人は、手袋をはめた両手で被害者の目に触れると、その目をネジでも外すように「つまみとってしまった」らしい。それを偶然目撃したマスターはすぐに店から飛び出したが、犯人は被害者を後部座席から放り出し、そのままタクシーで逃げ去ったそうだ。マスターはすぐに彼女を助け起こしたが、無論、これまでの被害者と同じく、出血や傷などは全くなし。目のあった場所は、まるで最初から目なんかなかったみたいにつるりとしていたそうだ」

 「そんな・・・人間の体のパーツを、血も出さずにそんなにホイホイ外せるわけありません。しかも、道具は何も使わずに、手でつまみとったなんて・・・」

 小島が信じられない様子で言う。

 「信じられんが、本当の話だ。それに、もしかしたら・・・その手袋が「道具」なのかもしれない。どこでどんな道具が発明されているかわからない時代だ。何者かが、人間の体を簡単に外すことのできる手袋を発明していたとしたら・・・? それが、被害者達の多くが目撃した「白い手」だとしたら?」

 「・・・」

 現代科学が生み出した人間の想像をはるかに超える創造物を数多く目にし、誰よりもその力を理解しているSMSメンバー。小隈の指摘した可能性を頭から否定できる者は、彼らの中にはいなかった。

 「・・・犯行の道具も重要ですが・・・犯人がどんな人物かも、見過ごしてはおけませんね。事件の性質から単純に考えるとするのなら、異常な性癖を持ったコレクターの仕業・・・いう可能性が高いと思いますが」

 それまで黙っていた仁木が、口を開いた。

 「それって、単純なんですか?」

 「・・・そうね。たしかに、単純ではないかもしれないけど・・・でも、現段階ではそう考えるのが一番自然ではないかしら。被害者は全員若い女性ばかり。それに、顔の一部分を盗んでいくという異常な手口・・・。どうやってこんな犯行を実現しているのかははっきりしない。でも、それを実行している犯人を動かしているのは、歪んだフェチシズムなんじゃないかしら」

 「・・・」

 現実でも創作の世界でも、殺人を犯してその体の一部を「記念品」として保存していた異常な殺人者達はいくつも存在する。圭介達は仁木の話を聞いて、そんな犯罪者達のことを思い出した。

 「一つ、わからないことがあるんだが・・・」

 と、小隈が言った。全員の視線が彼に注がれる。

 「なぜ犯人は、顔をまるごと盗んでいかないんだろう? 盗まれるのは、たいがい体の一部分・・・鼻と口を一緒に盗まれた人もいるが、顔をそっくりそのまま盗まれたって人はいない。犯人が歪んだ収集癖を「女の顔」に向けたとするなら、いろいろな女性の顔をそっくりそのまま盗むという方が、理には適っているんじゃないかな?」

 小隈の言葉に、圭介達は顔を見合わせた。たしかに、普通ならばそうするだろう。犯人の家の壁にズラリと並ぶ女の顔。そんな光景を想像した圭介達は、思わず身震いした。

 「隊長は、犯人は単なる変質的なコレクターではないと・・・ただ収集するだけでなく、何か他の目的があってこんなことをしていると?」

 仁木がそう尋ねると、小隈は視線を天井に向けた。

 「詳しいことはわからないな。俺達は異常者じゃないし、精神分析医でもない。犯人がどんな奴かあれこれ想像してみたところで、どうにもなるものじゃない。とにかく、今回の事件の犯人には、単なる収集欲以上の何かがあるような、そんな感じがする・・・」

 小隈がそう言った、その時だった。

 ビーッ!

 インターホンの音がした。圭介がドアに近づく。

 「どなたですか?」

 「捜査部の村松と申します。朝早くからすみませんが、「顔泥棒」の件でお話があってきました」

 圭介は小隈を振り返った。小隈がうなずくのを確認し、圭介は答えた。

 「今開けます」

 ドアが開き、一人の男が室内へと入ってきた。

 「どうも、おはようございます」

 スーツ姿の中年の男は、帽子をとって挨拶をした。痩せてはいるが血色はよく、活発な印象を受ける男だった。

 「村松さん・・・でしたね。どうぞこちらへ」

 そう言って、小隈は彼を来客用の椅子へと案内した。

 「今回の事件の被害者達について、なにか共通点が見つかったというのは、さきほどのお電話でお聞きしましたが・・・」

 小隈がそう言ったので、圭介達は少し驚いた。例の如く、いつのまにかそんな連絡を受けていたらしい。

 「ええ。ちょうど、昨夜の事件が起こる少し前に判明しました。調査によると、今回の被害者である丸井万里恵も、その共通点に該当しました。一連の犯行がそれと関係していることは、ほぼ間違いないでしょう」

 「なんですか? その共通点というものは」

 仁木がそう尋ねると、村松は席から立った。

 「ご説明しましょう。まず、これを見て下さい」

 そう言って村松は、懐から封筒を取り出して中から何かを取りだし、それを円卓の上に一列に並べ始めた。

 「これは・・・今回の事件の被害者の人達ですね?」

 圭介がそう言うと、村松はうなずいた。彼が並べたのは、事件の被害者達の顔写真だ。もちろん、撮影されたのは顔を盗まれる前。それぞれの被害者本人かその家族から貸してもらったプライベートな写真なのだろう。撮影された場所も、カメラのアングルもバラバラだった。写真の中には、真央や万里恵の写真もあった。

 「でも、これに何か共通点が? あるとすれば、みんな若い女の人ばかりってだけだと思いますけど」

 小島が先ほどまでの議論で出たことを口にした。改めて写真で見ると、たしかに美人揃いなことがわかる。だが、村松は小さく首を振った。

 「いえ、これじゃありません。問題なのは、こっちです」

 そう言って、村松は先ほどと同じような封筒をもう一つ取り出した。そして、やはりその中から写真を取り出しては並べ始める。ただ、今回は先ほど並べた写真にピッタリ並ぶように並べていく。

 「・・・これでどうでしょう?」

 並べ終わって、村松は言った。それを見た圭介達は、驚きの表情を表した。

 最初に並べられた写真と同じく、それは被害者達の顔写真であった。全員目も鼻も口もついているから、これも事件が起こる前に撮影されたものだろう。ただ、こちらは最初の写真とは少し違う。モデルの背景にあるのは、無機質な白い壁。カメラアングルも、全て正面からモデルをとらえたものばかりである。そして、モデルの表情はいずれも無表情だった。背景もアングルも表情まで統一された一連の写真は、まるで証明写真のようだった。それらの写真が、前に並べた写真と対応するように並べられている。つまり、真央の写真の隣には無表情な真央の写真、万里恵の隣には無表情な万里恵の写真が、という具合に並べられていたのである。

 「これ、どこで撮ったものなんですか? 同じ場所で、同じ時に撮ったみたいですけど・・・」

 ひかるがその写真を見ながら、村松に当然の疑問をぶつけた。だが・・・

 「これは・・・もしかして、モンタージュメーカー用の写真では・・・?」

 その疑問には、亜矢が先に答えることになった。

 「ええ、そうです。その通りです」

 村松は少し驚きながらうなずいた。

 「モンタージュメーカー・・・って、あの、モンタージュを作る?」

 「それ以外に何がある?」

 聡美の言葉に、小隈はサラリとそう言った。

 モンタージュメーカーとは、その名の通り、モンタージュを作成するための機械である。あらかじめ登録されてある顔の中からパーツを選び出し、それを構成して犯罪者の手配写真などを作るために開発された。同じことは20世紀から行われていることだが、現在使われているモンタージュメーカーは実物と寸分違わぬ立体モデルを作り出すことも可能である。もっとも、単純にパーツを組み合わせて顔を作るという作業そのものは変わりないので、ずっと昔に起きた時効寸前の事件の犯人の現在の顔を想像で作り出すなど、心理学的分析などを必要とされる作業には、専門の技術者達の根気のある作業が必要となるが。

 「これがモンタージュメーカー用の写真というのは?」

 「モンタージュを作るためには、その「素材」となる顔が必要なんです。当然、素材はたくさんあった方が、いろいろなパターンの顔を作るには都合がいいわけでして。ですから、警察では定期的に市民の方にも、素材登録に協力を依頼しているのです。それに応じて集まってくれた市民の方の顔のデータを登録し、保存しているのです。ここからが本題なのですが・・・」

 村松は後に並べられた写真を示しながら言った。

 「警察との共同捜査によって、被害者に共通点が見つかったのです。すなわち、顔を盗まれた女性は皆、警察のモンタージュ用顔データ登録に協力していた人達ばかりなのです」

 その言葉に、圭介達は驚いた。

 「そんな・・・!」

 「じゃあ・・・犯人はそのデータを利用して、ターゲットになる女性を選んでいると・・・?」

 「はい。今回の事件は、いずれも非常に素早く行われています。これだけの被害者が出ているというのに、犯人の顔をハッキリと目撃した被害者は一人もいませんし、いずれの事件の後も犯人はあっという間に姿をくらましています。突発的な犯行を繰り返しているとすれば、手際がよすぎます。ですから、犯人は前もって標的を決め、計画的に犯行を進めていたのではないか。警察も我々もそう考え、何か被害者に共通点があるかを探しました。しかし、職業や血液型、生活環境といった側面からは、何の共通点も得られませんでした。標的となっているのが若い女性ばかりであるということを除けば、共通点はただ一つ・・・いずれの被害者も、自分の顔を警察のモンタージュデータベースに登録している人ばかり、ということです」

 しばらくその場が静まり返った。

 「しかし・・・だとすれば、これは大変なことではありませんか?」

 と、仁木が口を開いた。

 「モンタージュ用のデータと言えば、個人から提供された情報である以上、れっきとした個人情報です。それを捜査活動に使用する以上、そのデータは他の捜査情報以上に、機密情報として厳重に管理されているのではなかったのですか?」

 SMSに入る前の一時期本庁に身を置いていたことのある仁木は、それについての知識も持っていた。

 「ええ、そのとおりです。データの盗用や誤用を防ぐためにも、顔データは厳重に管理され、利用に際してはいくつもの手続きがあります。そもそも、登録された顔データ自体が、本名などの個人データとは切り離された状態で管理されているのです。顔は名前と切り離され、単なる名前のない「顔」として登録されているわけです。何らかの犯罪のために利用するとするなら、顔データと個人データを両方手に入れ、なおかつそれを組み合わせなければならないのです。どんなハッカーであろうとも、そこまでの侵入をセキュリティの担当者やシステムが許すはずがないというのが、担当者の見解です」

 「しかし、現に今回の事件の被害者達は、そのデータをもとにターゲットにされ、顔を盗まれているわけでしょう? もしデータを入手したのがハッカーでないとしたら、まさか・・・」

 圭介がそう言うと、村松は苦々しそうにうなずいた。

 「その通りです。内部犯行説、というのが、警察とSMSの一致した見解です」

 その言葉に、圭介達はさらに衝撃を受けた。

 「あたし達の仲間が、犯罪を・・・?」

 「そう判断するよりないと思います。身内を疑うのはやまやまなんですがね・・・。ただ・・・もしそうだとすれば、警察の人間である可能性が高いと思われます。SMSもモンタージュ用のデータは利用できますが、データが保管されているのは警視庁です。しかも、データを直接扱うことのできる人間は、警視庁の中でも少ないでしょう」

 村松はそこまで言うと、一旦言葉を切ってから、また続けた。

 「・・・実際、データ管理を行っていたSEの一人が、最近謎の失踪を遂げています。警察とSMSはこの人物を重要参考人として捜索すると同時に、データが流出した形跡がないかどうか、全力を挙げて捜査中です。現段階で判明していることは、そのぐらいです」

 そう言って報告を締めくくる村松。小隈達は顔を見合わせた。すると・・・

 「あの・・・すいません村松さん、その写真、お借りできないでしょうか?」

 小島がモンタージュ用の写真を指さしていった。

 「これですか? ええ、もちろんかまいませんが・・・」

 「どうするの小島さん? 変なことに使うんじゃないでしょうね」

 「アホか。ちょっと気になることがあるんだよ」

 聡美への口答えもそこそこに、小島はその写真を熱心に見つめ始めた。





 その日の夜、第1小隊は夜直担当だった。いつ事件が飛び込んできても対応できるように、オフィスには小島と聡美の二人が居残り、不意の通報に備えている。といっても、基本的にやることはないので、どちらも自分のやりたいことに没頭していた。時刻は午前四時。

 「ぬっ!・・・くっ!・・・むううっ・・・!」

 なぜか聡美は、オフィスの床にうつぶせになり、足を背面方向へエビのように逸らそうと悪戦苦闘していた。一方・・・

 「・・・」

 夜直の場合、音楽を聴きながら雑誌を読むのが普通な小島だったが、今は別なことをしていた。相変わらず、昼に村松に貸してもらった被害者達のモンタージュ用写真をながめているのである。と・・・

 「さっきから何やってんだ、お前」

 床に視線を向け、得体の知れないことをやっている聡美に声をかける小島。

 「来月に3つの小隊の懇親会があるでしょ? それにそなえて、練習してるの。宴会芸」

 「練習」を続けながら、聡美が答える。

 「それが宴会芸? 一体どんなのだよ?」

 「知りたい? それじゃあ、一足先に見せてあげる。よ〜く見ててよ」

 聡美は自信ありげにそう言うと、一旦体をリラックスさせた。そして・・・

 「ハッ!!」

 グンッ!!

 上半身は床につけたまま、一気に足を上に逸らしてしゃちほこのようなポーズをとる聡美。

 「ツインテールのまねっ!!」

 ズルッ

 聡美がそのポーズでそう言ったとき、小島は思わずよろけた。

 「どお? すごいでしょ? 面白いでしょ?」

 得意げに小島に声をかける聡美。小島は頭を抱えながら首を振った。

 「結局体力勝負かよ。それだけ体が柔らかいのは誉めるけどな。だが、軟体系の芸としては、そいつはまだまだ日本じゃ二番目だな」

 口笛を吹いて舌打ちをしながら指を左右に振る小島。

 「あーっ! 小島さんがそのセリフ使わないでよ!! ・・・でも、日本じゃ二番目だって言うなら、もっとすごい軟体芸があるわけ?」

 「あるとも。俺はできないけどな」

 「なんだ。でも、それってなんなの? 教えて教えて」

 「フッフッフ、それはな・・・」

 小島はもったいぶるように怪しい含み笑いをしてから言った。

 「・・・「キングアラジンのまね」をやってみろ!!」

 「!!!」

 聡美はその言葉を聞いた瞬間、電撃に打たれたような表情をした。が、すぐに真剣な表情になると

 「よ・・・よぉし! やってやるぞぉ!! ・・・ハッ!!」

 グンッ!!

 気合いを入れ、まず「ツインテールのまね」をやる。だが、今度はそこで止まることなく、さらに下半身を逸らしていく。やがて、聡美が足を肩に担ぐような異様なポーズになりかけたその時・・・

 「だぁーっ!!」

 相当きつかったのか、もう少しというところで、聡美はそれを崩してしまった。

 「どうしたどうした? 「キングアラジンのまね」は、完全に下半身を背面方向に折り畳んで両足を自分の顔の両脇に置き、自分の手で自分の足首をつかまなければならん! いや、それでもまだ不完全! さらにそのままの姿勢でゴロゴロ転がらなければ、完成とは言えない! 芸の道とは果てしなく長い! お前の芸に対する情熱はその程度か!? だからお前はアホなのだぁ!!」

 「むっ! なにを!! 望むところよ!! 絶対に完成させてみせるんだから!! スポーツ万能美少女の名に賭けて!!」

 小島の妙な煽り文句に乗せられ、再び「キングアラジンのまね」に挑戦し始める聡美。

 「・・・いかんいかん。こんなことしてる場合じゃなかった」

 と、小島は急に我に返ると首を振り、再び写真に集中し始めた。

 「あたしにはそんなこと言ってるけど、そう言う小島さんはなにをしてんのよ?」

 「ツインテールのまね」状態の聡美が、顔だけこちらに向けながら言った。

 「だから言ったろ? ちょっと気になることがあるって」

 「だから、それってなんなのよ。ほんとに、事件に関係のあることなの?」

 「ちゃんとした確証があってやってるわけじゃないからな。何かの勘違いだったりしたら恥ずかしいから、今は黙っておく」

 「なんなのよ、それ・・・」

 聡美は少し呆れた顔をしたが、なおも「キングアラジンのまね」に挑戦し続ける。小島はそんな彼女には目もくれず、時々写真を重ね合わせたりしながら、ジッと何かを考えていた。と、その時

 「・・・!!」

 不意に、小島が何か閃いたように目を大きく開け、天井を見上げた。

 「・・・どしたの?」

 その様子を見て、思わず尋ねる聡美。だが・・・

 ガチャッ! ピッピッピッ・・・

 小島はそれには答えず、急いで電話の受話器を取るとボタンを押し始めた。あっけにとられてそれを見ている聡美。すると・・・

 「あ、隊長ですか。寝てるところすいません。小島ですけど・・・ええ、事件じゃないんですけど、実は・・・」

 小島は小声で何かを話し始めた。

 「・・・はい。ですから、隊長からお願いできませんか?」

 電話の向こうの小隈は、何かを考えているらしかったが・・・

 「・・・そうですか! ありがとうございます! それじゃ、早速。ええ、夜直は岸本に任せますから。はい、それじゃ!」

 小島は笑顔でそう言って電話を切った。そして、机の上の写真をひっつかんで懐にしまい、ウィンディのキーをとってオフィスから出ていこうとする。

 「ちょ、ちょっと小島さん! どこいくの!?」

 アクロバティックな姿勢のままで、聡美が小島に尋ねる。

 「ちょっと出かけてくる! 急ぐから、詳しいことは朝になってから隊長に聞いてくれ! 悪いけど、夜直お願いな! そんじゃ!」

 小島はそう言うが早いか、振り向きもせずオフィスから出ていってしまった。聡美はしばらく呆然としていたが、やがてその耳に、ウィンディの走り去っていく静かな音が聞こえた。

 「なんなのよーっ!! ・・・って、アタタ・・・」

 アクロバティックな姿勢のままで叫んだ聡美の腰に、その拍子に強く痛みが走った。





 「「おはようございます」」

 朝。オフィスに圭介とひかるの元気のよい声が響いた。

 「おはよー。同伴出勤、ご苦労様」

 一緒に出勤してきた二人に、聡美は席についたままお決まりの言葉をかけた。そんな彼女を見た二人が、怪訝そうな顔をする。

 「あれ? ゆうべの夜直は、小島さんも一緒じゃありませんでしたっけ?」

 「どこへ行ったんですか?」

 あたりをキョロキョロ見回しながら言う二人。聡美は不機嫌そうな表情をしてため息をついた。

 「知らないよ、もう。途中でどっかに行っちゃうんだもん」

 「出かけた!? 夜直を放り出して?」

 信じられないというような表情を浮かべる二人。すると・・・

 「それは大いに問題があるわね」

 3人が振り向くと、オフィスの入り口には仁木が立っていた。その後ろには、亜矢の姿も。

 「あ、副隊長、亜矢さん、おはようございます」

 「おはよう・・・」

 「おはよう。そんなことより・・・」

 仁木は円卓へと近づいてきた。

 「小島君はどこへ行ったというの? 無断で夜直を放棄してどこかへ行くなんて、れっきとした職務怠慢じゃない」

 さすがに副隊長として、それは見逃せないことらしい。だが、聡美は戸惑いながら言った。

 「あのですね、小島さんがどこへ行ったかは、あたしも知りません。でも、「無断で」ってわけじゃないんですよね」

 「どういうこと?」

 「出かける前に小島さん、隊長に電話していったんです。その時に、外出については許可をもらったみたいで・・・「詳しくは朝になってから隊長に聞け」とか言って、そのまま出ていっちゃったんです」

 聡美の言葉に、仁木達は顔を見合わせた。

 「隊長の許可が出ているのなら・・・問題はありませんね・・・」

 亜矢がボソリと言う。

 「事件もなかったし、結果的にはあたし一人でも十分間に合ったから、いいんだけどね・・・」

 聡美もうなずく。

 「それなら仕方ないけど・・・隊長もどういうつもりなのかしら」

 仁木は腑に落ちない表情で言った。

 「隊長も、ちゃんとした理由がないとそんなこと許してくれないと思います。きっと小島さんにも、なにか事情があったんですよ」

 ひかるがそう言った、その時だった。

 「その通り」

 背後からの声に振り返ると、今度は小隈がオフィスの中に入ってきた。

 「みんな、おはようさん」

 「お、おはようございます」

 「隊長、お尋ねしたいことが・・・」

 「わかってる。とりあえず、カバンだけは置かせてくれ」

 詰め寄ってきた仁木を制止して、小隈は自分の机にカバンを置いた。

 「訊きたいことはわかってるよ。小島のことだろ?」

 そうしてから、小隈は仁木達に向き直った。

 「そうです。どんな説明を受けて、待機任務中の外出を許可されたんですか?」

 「そのことなんだが・・・俺にもよくわからんのだよ」

 小隈はタバコに火をつけた。

 「よくわからないって・・・」

 「小島自身も興奮していたみたいだったからね。ただ、犯人がどんな狙いでこんな事件を起こしているのかわかるかもしれない。そのために、警察にモンタージュメーカーを使わせてもらえないかどうか頼んでほしいって言うんだよ」

 「モンタージュメーカーを?」

 「それで、隊長はどのように・・・」

 「現場はともかく、捜査の段階であいつがこんなに燃えるなんて、めったにないことだからね。あいつの場合、燃えるに任せた方がいいかなって思って、外出を許可した。行き先は警視庁だ。俺の方からも、夜遅くだったけど使わせてもらえるようになんとか頼み込んでおいた」

 小隈の言葉に、仁木は頭を抱えてため息をついた。

 「そう神経質になるな。いい結果が出ることこそあれ、悪い結果にはならないよ。夜直中に何かがあったら、俺が責任をとるつもりだったし。岸本、一人でやらせて悪かったな」

 「いえ・・・それはいいんですけどね・・・」

 苦笑いをする聡美。

 「でも、小島さんどうしたんでしょうね。そこまでするなんて、よっぽどのことがあったんでしょうけど・・・」

 圭介が腕組みをしながら言った。

 「それについては、本人に聞こうよ。少し前にあいつから電話があって、警視庁からまっすぐこっちに来るって言ってたから、たぶんもうすぐだ」

 「まだ警視庁にいたんですか!?」

 「なんか知らんが、頑張ってるみたいだぞ」

 小隈がそう言うと、表で車の音がした。

 「お。おいでなすったみたいだぞ」

 小隈がそう言ってニヤリと笑うと、まもなくドアが開いて小島が駆け込んできた。

 「おはようございます!! ・・・っと、全員集合とは、誠に重畳」

 オフィスに全員集合しているのを見て、小島は笑った。

 「おはよう、小島君。さっそくだけど、隊長の許可を得た上でとはいっても、夜直を放り出してまで何をしていたのか、詳しく聞かせてもらえないかしら」

 仁木が一歩近づいてそう言う。

 「もちろんですって。ビッグニュースがいろいろあって、何から出せばいいか迷うぐらいだ」

 小島は興奮気味にそう言うと、とりあえず円卓に自分のカバンを置いた。

 「とりあえず、そもそも警視庁にいくことになった用事から説明しましょうか」

 そう言って、小島はカバンの中から一枚の記録ディスクを取り出した。

 「ひかるちゃん、悪いけど、スクリーンの用意してくれない?」

 「あ、はい!」

 小島に頼まれ、ひかるがすぐに用意を始める。スイッチを入れると、天井からスクリーンがスルスルと降りてきた。

 「できました」

 「ありがとう。さて、夜直のあいだに俺が何を思いついたかというと・・・これです」

 そう言って小島が懐から取り出したのは、昨日村松から貸してもらった被害者のモンタージュ用写真だった。

 「夜直のあいだそれを見ながらずっと何か考えてたけど、何を思いついたの?」

 聡美がそれを指さしながら尋ねる。

 「ああ。俺が考えていたのは、こういうことだよ。きっかけになったのは、隊長の言ったことだった。「なぜ犯人は、顔をまるごと盗んでいかないんだろう? 単なる収集じゃなく、なにか別の目的があるんじゃないか」。そうでしたよね?」

 「ああ。たしかにそう言ったな」

 小隈がうなずく。

 「それがずっとひっかかってたんです。顔をまるごとではなく、目や口などのパーツごと、つまりバラで盗むことには、なにか意味があるんじゃないか。その「意味」についてあれこれ考え、被害者の写真を眺めているうちに、ふと閃いたんです」

 「なにを?」

 「福笑いです」

 「福笑い?」

 圭介達が首を傾げる。

 「子供の頃、一度ぐらいは遊んだことあるだろ? 顔の輪郭の上に、目やら口やら顔のパーツを目隠しして並べて、元の顔にできるだけ近いように再現する遊び。古いやつだとおかめとかひょっとことか。遊びではあるが、やってることは基本的にはモンタージュと変わらないな」

 「それは知ってますけど・・・それと事件と、どんな関係が?」

 「つまりだ。犯人は、盗んだ目や鼻を組み合わせて、「ある顔」を作ろうとしてるんじゃないだろうか。福笑いやモンタージュと同じように」

 小島のその言葉に、全員が驚きの表情を浮かべる。

 「・・・確証はあるの?」

 やがて、仁木が尋ねた。

 「思いついたときには、ありませんでした。でも、被害者の写真を見ながら頭の中でその目や口をあれこれ組み合わせているうちに、ハッとしたんです。頭の中でそんな作業をしていても埒が明かないと思ったから、隊長に頼んで許可をもらって、警察のモンタージュメーカーを使わせてもらったんですけどね」

 小島はそう言うと、先ほどのディスクを自分の端末のドライブに挿入した。

 「警察の人も半信半疑でしたけど、とりあえず俺の言うとおりに顔を作ってもらいました。これはその時の作業の画面を、ノーカットで記録したものです」

 そう言って小島は、ディスクを再生した。スクリーンに画像が映り始める。最初に映ったのは、モンタージュメーカーの起動画面だった。それが消えると、モンタージュメーカーの動作画面に切り替わる。

 「まずは、輪郭です。盗まれているのは顔のパーツで、頭をまるごと盗まれた人はいませんから、これについてはサンプルの中から適当なものを選びました。性別は女性。輪郭は卵形。顔の大きさは平均より少し小さいぐらいを選びました。髪も無難に、普通のストレートロングにしています。肌はきめ細やかで、色白なものを」

 小島の言葉に応じて、そんな作業が進められていく。やがてできあがったのは、目も鼻も口も耳もない、顔のない女性の頭だった。

 「のっぺらぼうだね・・・」

 亜矢が言う。

 「ここからですよ。まずは耳です。耳を盗まれた人は全部で6人。その中から一つ選んで、これにとりつけます」

 画面の中ののっぺらぼうに、耳がついた。

 「次に鼻。鼻を盗まれた人は全部で8人。これも任意で選んだものをとりつけました」

 のっぺらぼうの顔に、鼻がポンと加えられる。目も口もないのに鼻だけあるというのは、少し不気味である。

 「次に口。口を盗まれた人は最も多く、全部で12人もいます」

 顔に口が加えられる。だいぶ人間らしくなってきたが、目がついていないのでやはり不気味だ。人間の顔の印象でもっとも重要なのはやはり目なのだろうと、圭介達は感じた。

 「そして最後に・・・目。目を盗まれたのは今のところおとといの丸井万里恵ただ一人。ですから、当然彼女のものを使いました」

 最後に、目が顔に加えられる。その大きな瞳は特徴があるので、圭介達にもすぐそれとわかった。

 こうして、丸井万里恵の目を加え、一人の女性の顔が完成した。

 「・・・というわけで、完成したのがこの顔です」

 小島はそう言った。できあがった顔は、絶世の美女と呼ぶにふさわしい顔だった。大きな瞳、はっきりと筋の通った鼻梁、薔薇のように赤く、魅力的な唇。卵形の輪郭にバランスよく配置されたそれらのパーツが、全体として単なる集合以上の美しさを出していた。

 「ほほぉ・・・こいつは美人だな」

 小隈が感嘆したように言う。すると・・・

 「あれ・・・?」

 「この顔、どこかで・・・?」

 圭介とひかるが、何かを思い出したようにその顔をジッと見つめた。

 「小島さん、これって・・・」

 圭介が言うと、小島はニヤリと笑ってバッグの中から一冊の本を取りだした。

 「これでどうだ?」

 その1ページを開き、圭介達に見せる。そこに見たものに、小隈達は息を呑んだ。

 そこには、画面の中の顔とほとんど同じ顔をした女性がいた。ただし、それは写真ではなく一枚の絵である。そこには、椅子に座って謎めいた微笑みを浮かべる青いドレスの女の絵が載せられていた。

 「おんなじ顔じゃない! なんなの、この絵?」

 聡美が当然の疑問を発する。

 「このあいだ見に行った展覧会に飾られていた絵ですよ・・・」

 すると、圭介が静かに言った。小島が見せた本は、柿原賞展覧会の会場で売られていた画集だった。

 「きれいな人の絵でしたから、よく覚えてます。でも小島さん、これって・・・」

 ひかるがそう言って、小島の顔を見る。すると、仁木が小島の顔を見ながら言った。

 「言おうとしていることはわかったわ。つまり、犯人はこの女性の顔を再現するために、様々な女性の顔のパーツを盗んでいる。そういうことね、小島君」

 小島はうなずいた。だが・・・

 「・・・でも小島君、これはあまり説得力がないんじゃないかしら」

 仁木は画面の女性の顔を見ながらそう言った。

 「もともとモンタージュというのは、誰かの顔を再現するための方法よ。つまり、再現すべきモデルとしての顔は、最初から存在している。言うまでもなくモンタージュというのは、様々な顔のパーツを組み合わせて、そのモデルとしての顔に近づけていく作業よ。それは、福笑いでも同じこと。第一、顔の組み合わせの結果は何パターンもあるはずだわ。そのひとつが、たまたまその絵と同じ顔になったといっても・・・」

 「つまり・・・小島君の頭の中には・・・最初からその女性が近づけるべきモデルとして存在していた・・・。その作業の結果・・・このように、モンタージュの結果と絵の女性がそっくりになったとしても・・・それは小島君がそうなるように顔のパーツを組み合わせた結果なのだから・・・不思議でもなんでもない・・・。そういうことですね?」

 亜矢が仁木の言葉を継いだ。たしかに、そのとおりである。福笑いだろうが似顔絵だろうが、モデルがあってそれに似せようと作業したのならば、結果的としてそれが似てしまうのは当然のことである。似なければ、それは方法が下手だったというだけの話である。

 だが、小島は自信のある表情を崩さなかった。

 「もちろん、それは俺もわかってます。しかし・・・今まで盗まれたどのパーツを組み合わせても、結果としてできあがる顔は、同じようなものなんですよ」

 その言葉に、圭介達は驚いた。

 「それって、どういうこと?」

 「この写真を見てくれ」

 小島は別の写真を取り出すと、それを聡美に渡した。

 「被害者達の顔写真の中でも、その被害者達が盗まれた顔のパーツだけをクローズアップした写真だ。つまり、口を盗まれた人の口のアップ、鼻を盗まれた人の鼻のアップ、という具合だ。当然、写真の枚数はそれぞれの被害者の数と同じ。口の写真が12枚、鼻の写真が8枚、耳の写真が6枚、それに、目の写真が1枚」

 その言葉通り、写真はそれぞれの体のパーツだけがアップになったものばかりだった。

 「それぞれのパーツを比較してみてくれ。何か気づかないか?」

 小島に言われたとおり、鼻同士、口同士という具合に見比べる一同。すると・・・

 「そういえば・・・どれもそっくりですね」

 ひかるが最初に、そのことに気づいた。

 「そうね・・・。盗まれた鼻は、どれも鼻筋がスッと通っているし、唇は少し厚くてきれいな色をしたものばかりだわ・・・」

 仁木がさらに詳しく観察する。

 「・・・被害者達がそれぞれ盗まれた顔のパーツに、もっと注目すべきだったんです。そうすれば、盗まれた顔のパーツが、パーツ毎にそれぞれ非常に共通した特徴を持っていることに気づくことができたはずです。こんなふうに」

 小島はそう言うと、なおも続けた。

 「コンピュータで口、耳、鼻というカテゴリーに分けてそれぞれのパーツがどれだけ似ているか検査したところ、どれも97%以上の適合率を示しました。犯人は明らかに、ある条件を満たすパーツだけを集めているんですよ。耳は小さくて形のよいものを。鼻は高く鼻筋がスッと通って小鼻が広がっていないものを。唇は少し厚めできれいな桜色をしたものを、という具合に。一口に顔のパーツといっても、それぞれにそれぞれの特徴があります。耳では形や耳たぶの大きさ。鼻では高さや鼻筋、小鼻の広がり。唇は厚みや色。十人十色というのがピッタリです。そんな中で特定の特徴をもったパーツだけが盗まれているんです。つまり、目は目、口は口で、それぞれそっくりなものばかりなんです。」

 仁木達は腕組みをしながら、その事実の示すところに思いを巡らせた。

 「ということは、さっき言った結果として同じような顔ができあがるというのは・・・似たようなパーツばかりを組み合わせれば、結果として似たような顔ができあがる、ということか?」

 「ええ」

 小島はうなずくと、端末を操作した。女性の顔を映した画面の左上端に、「98.13%」という数字が表示される。

 「なんです? この数字」

 圭介が尋ねると、小島は答えた。

 「この絵の女性の顔データをコンピュータに取り込んだ。そして、そのデータとこうして作った顔データとがどれだけ似ているか、比較した結果の適合率だ。犯人が実際に捕まったとき、その手配写真に使ったモンタージュとそれだけ似ていたかを確かめるための機能なんだが、結果はご覧の通り、98.13%。普通の捜査に使うモンタージュならば、本人と同一と判断して間違いない数値、だそうだ」

 「・・・」

 「で、ここからなんだが・・・盗まれた顔のパーツの全組み合わせパターンを試して、その出来上がりと適合率を試してみた。12×8×6×1だから、全部で576通り。いくつか見せましょう」

 小島が端末を操作すると、画面が切り替わって様々なモンタージュが映し出される。だが・・・

 「組み合わせを変えたと言われなきゃ、ほとんどわからんな・・・」

 小隈の感想通り、映し出される顔はほとんど同じだった。そう言われてみれば、という印象の違いがかすかにあるぐらいである。それを数字でも示すように、左上端に表示される適合率の数値も、零コンマ単位の変動を示すのみである。いずれの顔も、絵の女と97.5%以上の適合率を示している。

 「髪型や輪郭を変えたパターンも作ってもらったんですが・・・」

 そこからは、これまでの卵形の輪郭にストレートロングというのとは違う輪郭、髪型の顔の上に同じような組み合わせが配置されたモンタージュが表示されていく。さすがに髪型や輪郭が違うと印象は変わるし、適合率も先ほどより低くなる。だが・・・

 「顔そのものが、はっきり整ってるせいでしょうかね。輪郭や髪型を変えても、別人だと思えるようなのは・・・」

 圭介の言うとおり、それほど劇的な印象の変化はなかった。やがて、適当なところで小島はそれを切り上げた。

 「・・・いろいろ試してみましたが、俺の結論はこうです。何者かが、この絵の女性を絵だけではなく、現実のものとして再現しようとしている。それも、生身の女性の顔のパーツを使って・・・です」

 「でも、どうして何人も女の人を襲うわけ? どんな目とか口とかが欲しいっていう種類は決まってるんだから、一つずつ盗めば十分なんじゃないの」

 「普通ならそうだ。だが、もし犯人が、とことん妥協しないタイプの人間だったとしたら?」

 「え?」

 「今回組み合わせた576通りのパターン、全てが絵の女とそっくりになった。絵の女の通り、ストレートの髪と卵形の輪郭なら、適合率も97%を下回ることはない。しかし・・・もし犯人が、それで満足していなかったとしたら? 他人の顔を組み合わせて、100%同じ顔を作るなんてことは理論上不可能だ。今回の組み合わせでも99%を上回るものは一つか二つしかなかった。だが・・・これだけのことをしでかしている奴だ。絵の女の顔を再現するために、妥協することはないと思う。同じようなパーツだといっても、とても数値なんかじゃ表せないようなごくわずかな差が、それぞれの鼻、それぞれの口にはある。そしてその差が、組み合わせの結果としてできあがる顔にも微妙に影響してくる。犯人がこだわるのは、きっとそんなごくわずかな違いだ。100%は無理としても、とことん本物に近い組み合わせを探すだろう。そのためには、手間も暇も惜しまない。画家が絵の具にこだわるように、彫刻家が石にこだわるように・・・「素材」となるものをできるだけ集めようとするんじゃないか?」

 小島の言葉に、室内が静まり返った。仁木や亜矢も、今度は何も言わなかった。が・・・

 「・・・なるほど、わかった。だが、だとしたら小島・・・その「何者か」とは、一体誰だと思う?」

 「普通に考えるなら、そうしてその女性を現実に再現したくてたまらない人物・・・その女性に心を奪われている人物・・・ということになるわね。ということは・・・」

 「ええ。状況から見た推測でしかありませんが・・・おそらくは、この絵を描いた人物・・・」

 そう言って小島は、画集のあの絵の描かれたページを再び見せた。絵の下には「娘」というタイトルとともに、「御簾内亀一」という作者の名前が載っていた。

 「・・・調べたのか?」

 小隈が尋ねると、小島はうなずいた。

 「ええ。もっと興味深いことがわかりましたよ」

 「まだあるんですか?」

 ひかるの驚きの言葉に、小島は笑みを浮かべた。

 「御簾内亀一という男、警視庁の監察医務局に勤める法医学者でした。検死の仕事もしていましたが、専門は復顔術。白骨死体から生前の顔を復元したりする仕事です。ここからが興味深いのですが・・・職業上、復顔のための参考資料として、モンタージュメーカーの顔データを利用しやすい立場にあったようです。しかも・・・三ヶ月前に警察を辞めています」

 「三ヶ月前というと・・・たしかに、この事件が始まった頃ね。関係があると?」

 「御簾内に関しては、まだ確たるものはありません。予断をしたくないのは、俺も同じです。女の絵との関係を考えると、注目すべきだとは思いますが・・・なにかを言うには、もうちょっと証拠がほしいですね」

 小島も容疑者の確定に関しては、慎重に進めたいらしい。

 「ふむ・・・。とりあえず、犯人がその絵の女と同じ特徴を持つ顔のパーツを集めているってことは、間違いないようだな。となると・・・仁木、これまでの「顔泥棒」事件はどんな経過をたどっている?」

 「経過ですか? これまでのところでは、まず最初に「耳泥棒」が6件続いた後、「鼻泥棒」が8件、次に「口泥棒」が12件連続で続いています。一番最近の事件は、おとといの丸井万里恵の事件ですが・・・隊長、もしかして」

 「どうやら犯人は、ひとつのパーツにかかると連続してそれを盗み続けるようだな。おそらく、納得のいくパーツが手に入るまで集め続けているんだろう。12件連続で続いた「口泥棒」が終わり、今度は目が盗まれたということは・・・」

 「次は「目泥棒」が続く、ってことですか?」

 圭介の言葉に、小隈はうなずいた。

 「おそらくそうだろう。6件、8件、12件と、それぞれの件数は増えてきている。やっこさん、ますますこだわりが強くなってきてるんだろうな。迷惑な話だ。しかし、放っておくわけにはいかん。対策は、と・・・」

 小隈はそう言って、小島を見た。

 「方針そのものは簡単だと思います。この絵の女や丸井万里恵と同じような目をした女性を洗い出し、警護をすれば手は出せないはずです。モンタージュメーカーに登録されている顔データの中から該当する女性を洗い出せばいいでしょう。登録されてるデータは何万個もありますが、それに当てはまるような目を持つ人は、そうはいないでしょうから」

 「どの程度を「同じような目」と判断すればいいと思う?」

 「それについては、犯人のこだわりの強さが幸いしますね。そっくりと言えるぐらい似てなけりゃ、手を出そうとは考えないはずです。さっきの適合率で言えば、97%以上の適合率の目を持つ人は狙われる可能性が高いでしょう。それに少し幅を持たせて、95%以上の適合率を示した人は、警護の対象にすべきじゃないでしょうか」

 小島がそう言うと、小隈はうなずいた。

 「・・・でも、それはモンタージュメーカーに顔を登録している人の話ですよね? 女の人は日本中にたくさんいますし、みんなモンタージュメーカーに顔を登録しているわけじゃありませんよ?」

 「そうだよねぇ。むしろそっちの方があっとー的に多いだろうし、犯人だって、モンタージュメーカーの顔データだけを頼りに盗んでるわけじゃないだろうし。街で偶然見かけたそんな目の女の人を襲って目を盗むってことも考えられるよ。どうするの小島さん?」

 ひかるの意見にうなずきながら、小島に尋ねる聡美。

 「もちろん、それはわかってるよ。でも、こればっかりはどうにもならないだろ」

 「日本中の女性の顔を知っている人など・・・誰もいないだろうからね・・・」

 亜矢もそう言う。

 「・・・とりあえず、顔データを登録している人の中での該当者の警護は先決ね。そうでない大多数の人については、夜の道を一人で歩かないとか、そういった注意を引き続き出し続けるしかないでしょう」

 「結局、一番の解決法は早く犯人を割り出して捕まえる、ってことじゃないですか。当たり前のことですし、言うほど簡単でもないんですけど」

 「それしかないだろうなぁ。俺達の関わる事件はそんなのばっかだな、まったく・・・」

 仁木と圭介の言葉にそう言ってうなだれる小隈。その時・・・

 Trrrrr・・・

 電話が鳴りだした。すかさず聡美が受話器をとる。

 「はい、SMS第1小隊。・・・はい? 捕まった!?」

 「!?」

 大声を出した聡美に、全員の視線が向けられた。





 「それにしても、ずいぶん早く捕まりましたね?」

 「青森県警に感謝しなければいけませんね」

 小島の言葉に、運転席の村松はそう答えた。

 「でも、ぬか喜びしちゃったなぁ。捕まったって聞いたから、てっきり犯人が捕まったかと・・・」

 「それは申し訳ありませんでしたね」

 「いいんですよ、こいつの早とちりなんですから」

 小島がそう言って後部座席を振り返ると、聡美がそっぽを向いた。

 「犯人ではなかったのは残念でしたが、十分捜査の進展にはなりましたよ」

 「それはそうですけどね」

 小島はそう言って、シートにもたれた。

 「捕まった」という聡美の大声に期待をもった小島達だったが、捕まったのは犯人ではなく、その犯人にモンタージュメーカーの顔データを横流ししていた警視庁のSEだった。一週間ほど前に捜査が自分の周囲に及び始めたことに感づき逃走したのだが、潜伏先の青森で逮捕されたという。

 「で、詳しくはどんなことをしていたんです?」

 「青森県警が取り調べをしたので、細かいところまではわからないのですがね。交友関係のトラブルで、金の必要に迫られていたようです。そこに6千万の提供とひきかえに、データを提供しろと話をもちかけられて・・・」

 「願ってもないチャンスだったわけですか。貧すれば鈍す、ってやつですね。セキュリティの見直しやら信頼回復への努力やら、これからが大変ですね・・・」

 「ええ・・・。それにしても、本当に推理通りでしたね。我々も見習わなければ」

 「推理なんてものじゃありません。偶然ですよ。展覧会であの絵を見ていなければ、わからなかったでしょう。どっちにしろ、捜査が進めば御簾内の名が出てくることには変わりなかったでしょうし」

 小島の読み通り、逮捕された男の口から出たのは、御簾内亀一の名前であった。男は御簾内から6千万円を受け取るかわりに、個人データと組み合わせた顔データ1万5千人分を彼に横流ししたという。ひどい不祥事だが、ここまで騒ぎが大きくなってしまっては、隠しおおせるものではない。被害者がモンタージュメーカーの顔データ登録に協力していた人ばかりというのはすでにマスコミも気づき始めており、警視庁もおとなしく頭を下げる覚悟を決めているという。発表すれば当然信頼の失墜と協力者の激減は免れないだろうが、いたしかたのないことである。

 「でも、無駄足にならないかな? たぶんその人、もう逃げちゃってるよ」

 聡美がそう言う。彼らを乗せたSMS捜査部の車を筆頭に、同じ捜査部の車が1台、パトカーが2台、同じ場所を目指して走っていた。目的地は都内、桜新町。そこに今のところの最重要容疑者、御簾内亀一の家があるのだ。小島と聡美は、そこへ向かう捜査部の車に便乗し、そこを目指していた。

 「警視庁を辞めたのが3ヶ月前。それ以来姿も見えなくなってますしね。我々も、おとなしく家にいるとは思ってませんが・・・」

 「たとえ本人がいなくとも、なにか残ってるかもしれないじゃないか。多少なりとも、犯人の手がかりが見つかれば御の字だが・・・」





 大正から昭和にかけて整えられたという歴史を持つ住宅地、世田谷区桜新町。当時中流以上の家庭が住んでいた流れから、20世紀から今日に至るまで、高級住宅地として知られてきた。そんな歴史のある町らしく、今でも古い屋敷が何軒も立ち並んでいる。さすがに何度も修繕を繰り返されてきたようだが、それらはしっかりと風格を保っていた。

 そんな屋敷の一つの前に、突如パトカーや他の車が次々と停まった。

 「ふぇ〜・・・こんなすごいお屋敷に住んでたわけ?」

 聡美がそれを見ながらため息をついた。ツタの絡まるレンガ塀。立派な造りの鉄の格子門。白い化粧石で覆われた屋敷に続く美しい石畳。レトロな匂いが強く感じられる屋敷だった。

 「とりあえず、住所は本物だったようですな」

 運転席から降りながら、村松が言った。

 「確証がなかったんですか?」

 「御簾内という男、人付き合いというのが信じられないほどなかったようで、10年以上警視庁に勤めていたのに、家庭の様子はおろか家がどこにあるのか知る人間さえいなかったらしいんです。戸籍や警視庁の職員録にあったこの住所が本物で、よかったですよ」

 「なんて奴だ」

 小島はため息をつきながら、門柱の表札を見た。「御簾内」と書かれた古い表札がそこにはかかっていた。

 「行きましょう。ここの駐在が待っています」

 村松にうながされ、小島と聡美、それに捜査部の捜査官と警官達は、門柱の所に立っていた警官のところへ歩いていった。

 「ご苦労様です!」

 駅前の派出所勤務らしきその巡査は、少し緊張した様子で敬礼をした。

 「こちらこそ。それで、屋敷はどうなっていますか?」

 「近所の方の話によれば、やはりここ数ヶ月、この屋敷に出入りした様子はないようです。もっとも、以前から御簾内と近所の交流はあまりなかったようです。御簾内が朝ここから出ていったり、夜帰ってきたりするのを見た人はほとんどいないようです。夜になって、部屋に灯りがつくのを見て初めて帰ってきたことがわかる、という具合だったらしく・・・」

 「ふむ・・・」

 村松は考え込んだ。

 「やっぱり、入ってみないとわからないんじゃないですか?」

 聡美がそう言うと、小島もうなずいた。

 「俺も、それには賛成だな。捜査令状は出ているんだし」

 小島はそう言って、村松を見た。すでに御簾内には、警察のデータを違法に持ち出した容疑について逮捕状と捜査令状が出されている。

 「・・・そうですな」

 村松もうなずいた。聡美と小島は互いにうなずくと、鉄の格子の門に近づいた。

 「とりあえず、これを開けないとな」

 「そうだね」

 と言って、聡美が門を軽く押した。すると・・・

 キィ・・・

 少し錆びついた音を立てて、門が小さく開いた。

 「開いてる・・・? 鍵がかかってないのか?」

 二人はそれに驚きながらも、さらに門を押した。それによって、門は簡単に開いてしまった。

 「あっけないなぁ・・・。なんだか、罠の匂いがするけど」

 「でも、ここを調べるほかないだろ? 注意して進むしかない」

 「それしかないのね・・・」

 一行は意を決し、門から中に入って石畳を歩き、玄関へとやってきた。

 「・・・」

 玄関には木でできた重そうなドアがあり、真鍮製のドアノブがついていた。小島は黙ってそのノブをつかみ、試しに力を込めて引っ張ってみた。

 ガチャッ・・・

 すると、そのドアも簡単に開いてしまった。

 「不用心だね」

 「俺達が言えることじゃないかもしれないけどな」

 そんな言葉を交わす二人。

 「それじゃ、あたしいくね」

 「はいよ。気をつけろよ」

 聡美が一番乗りを志願したので、小島はそれに任せた。ドアをゆっくりと開け、中へと入っていく聡美。小島達はそれを見守っていたが・・・

 「うひゃあっ!!」

 「!?」

 その途端中から聞こえた聡美の声に、思わず驚いた。

 「どうした!?」

 すかさず小島が飛び込むと、聡美がすまなそうに笑った。

 「ご、ごめん。あれにちょっと驚いただけ」

 聡美が指さしたのは、玄関に飾られた人形だった。着物を着た女の子の人形で、微笑を浮かべた表情で、こちらを見つめている。

 「脅かすなよ・・・」

 「そんなこと言っても、入っていきなりこれがあったら結構驚くよ?」

 頬を膨らませながらそう言う聡美。そんなやりとりを聞いて、村松達も中に入ってきた。

 「これはこれは・・・。想像通り、中も立派な屋敷ですね」

 床板も壁も、黒光りする上質の木材でつくられていた。外からの光が、階段の踊り場にある青いステンドグラスを通じて、屋敷内を淡く照らしていた。

 「それでは、捜索を始めましょう。御簾内本人はいないと思われますが、行動には十分注意するように。必ず二人一組で行動して下さい。お二人は、それでよろしいですね?」

 「ええ」

 「私達は一階を捜索します。お二人には、二階の捜索をお願いします」

 「わかりました。いくぞ、岸本」

 「オッケー!」

 小島と聡美は、一組の警官と一緒に階段を昇り始めた。





 「ここは・・・なんだろ?」

 「書斎、かな。入ってみるか」

 立派なオークの扉を前に二人は短く言葉を交わしたが、小島は扉を開けると迷うことなく内部へと踏み込んだ。

 小島の読み通り、そこは書斎であった。やはり上質の床板の上に黒いベルベットの絨毯が敷き詰められ、その奥には窓と大きな机があった。壁は一面本棚に支配され、そのどれにも本がぎっしり詰まっていた。

 「さすが学者さんだね。勉強家だったみたい」

 「それも、きれい好きみたいだな。整然としてるよ」

 小島はそう言いながら、本棚に近づいた。

 「とりあえず、この本棚からいくか。何か事件と関係のあるものがあったら知らせろ」

 「りょーかい」

 二人は手分けして、本棚に詰まっている本の背表紙に目を走らせ始めた。そのほとんどは、医学書か美術書だった。が・・・

 「・・・?」

 ふと、聡美の目が本棚に置かれていた写真立てにとまった。

 「小島さん!」

 「どうした?」

 聡美に呼ばれ、近づいてくる小島。

 「なにか見つかったか?」

 「手がかりかどうかわかんないけど・・・こんなのが」

 小島にその写真立てを渡す聡美。

 「・・・」

 小島はそこに収められた写真を見つめた。それは、一人の女の子を写した写真だった。撮影場所は、この屋敷の門の前だろう。つばの広い青い帽子と白いワンピースを身につけた女の子が、カメラに笑顔を向けている。おめかしをしたその姿はまるで人形のようで、とても可愛かった。

 「・・・」

 頭をかきながら、小島は視線を宙に泳がせた。その時

 「!」

 思わず、ドキリとした。本棚の一つの上に置かれていた人形と、目があったのだ。

 「ただの人形だよ」

 それを見た聡美が笑う。だが、小島は真剣な顔で言った。

 「・・・玄関にもあったな」

 「え? ああ、そういえばそうだね・・・。好きだったんじゃないの? 男の人でも、そういう人はいるだろうし」

 聡美は特に気にする様子もなくそう言ったが、小島は妙な感覚を覚えながら、じっとその人形を見つめていた。と、その時

 「小島さん! 岸本さん! ちょっと来て下さい!」

 部屋の外、階下から村松の声が聞こえた。二人はそれを聞くと、書斎から出て階段を下りていった。





 「何か見つかりました?」

 「ええ、見て下さい」

 そう言って村松が指さしたのは、石畳の床にぽっかりと開いた、地下への階段だった。

 「地下室への階段・・・かな?」

 「食器棚の裏に隠されていたんです」

 「よく見つけましたね」

 「動かした形跡があったもので」

 そこは大きな食堂であった。一人で暮らしていたとすれば、ひどく手に余ったことだろう。入り口の横には、村松が捜査部員や警官と一緒に動かした食器棚が置かれていた。

 「でも、見るからに怪しいですね」

 「もしかしたら、御簾内が隠れてるかも・・・」

 二人は互いに視線を交わした。

 「岸本、ライフガードの用意だ」

 聡美は無言でうなずくと、ホルスターからライフガードを取り出し、麻酔弾とショックバッテリーの装填を確認した。同じ作業を進めながら、小島は村松に言う。

 「一応、皆さんも拳銃の用意はしておいてください。何が起こるかわかりませんから」

 村松達はやや緊張した表情でうなずき、言われたとおり拳銃の用意をした。

 「それじゃ小島さん、あたしが先行するよ。フォローして」

 「わかった。それじゃ、行きますよ」

 聡美が銃を構えながら一番に階段へと踏み込む。そのあとについて、小島たちも階段を降りていった。

 「・・・」

 やがて、一行は階段の突き当りへとたどり着いた。そこにあったのは、緑色の大きな扉。

 「開けるよ」

 聡美の言葉に、小島たちはうなずいた。そして・・・

 バンッ!!

 聡美が勢いよく、観音開きの扉を開ける。

 ダダダッ!!

 すぐに彼らは中に飛び込み、死角のないように銃を向けた。しかし・・・

 「な・・・!?」

 「なに・・・これ!?」

 そこには、人間はいなかった。だが・・・そこにいた「住人」たちに、小島たちは凍りついた。





 「人形?」

 電話の向こうの小隈は、小島の言った言葉を繰り返した。

 「ええ・・・。地下室にあったのは、女の子の人形でした。数は、全部で14体・・・」

 御簾内邸で見たものを携帯で報告しながら、小島はあの地下室で見た背筋が凍るほど不気味な光景を思い出していた。

 その部屋の内部は、地下室とは思えないほど豪華だった。広さはかなりのもので、改装される前はワインセラーとして使われていたのではないかと思えるほどだった。だが、今その部屋の中は上質の床板や明るい色の壁紙が張られていた。それ以上に豪華なのは、そこに置かれている家具。アンティークものの衣装箪笥。細かい彫刻の施された椅子や長椅子。天蓋つきのベッド。まるで、人形の家をそのまま大きくしたような感じだった。そこに、人形達もまた配置されていたことも含めて・・・。

 「怖いぐらいよくできてるんですよ。本物の人間と間違えるぐらいで・・・」

 聡美もややおびえた声でそう言った。

 その部屋には、全部で14体の女の子の人形が飾られていた。ある人形は椅子にちょこんと座り、ある人形はベッドから身を起こしている姿勢で。そのいずれもが、入り口に対して顔を向けるように配置され、入ってきた小島達に謎めいた表情を向けていた。そのいずれかと目があった瞬間、小島達の背筋に戦慄が走った。

 「で、この人形なんですが・・・」

 小島が報告を続ける。

 「どの人形も顔はよく似ているんですが、大きさは微妙に違っているんです」

 「どういうふうに?」

 「それぞれの人形がどのぐらい前に作られたのか、詳しいことはわからないんですが・・・どうもこの人形、ある特定の女性をモデルに定期的に作られてきたものみたいです。それが証拠に、古いものから新しいものへ、だんだん大きくなってきているんです。それも、単純にスケールアップしているわけじゃないんです。新しいものになるにつれて、顔が大人っぽくなったり、胸の膨らみなど体型にも変化が出てきたり・・・」

 「つまりなにか? 人形を使った成長記録・・・みたいなものだと?」

 「ええ、それが一番しっくりきます。きっと、古いものから順に正しく並べたら、一人の女の子がだんだん大人になっていくまでの過程がはっきり再現されるでしょうね。それぐらい、よくできてるんですよ・・・」

 電話の向こうの小隈は何かを考えていたようだったが、やがて、沈黙を破った。

 「それで・・・その「成長記録」のモデルになったのは、誰なんだ?」

 「・・・他人の子供の成長記録なんかつけたって、面白くもなんともないでしょう? 親が成長記録をつけるのは、いつだって可愛い我が子に決まってます」

 小島はそう言いながら、あの写真立てから取り出した写真を見た。

 「書斎で見つけた写真に、一人の女の子が写ってました。他の部屋からも何枚か、同じモデルの写真が見つかっています。そして・・・その女の子の顔は、例の人形の中でも一番小さい人形・・・一番古いと思われる人形と、全く同じ顔をしていました」

 「つまり・・・」

 「ええ。聞き込みの結果、近所で一人だけ、その女の子が誰か知っている老人がいました。一度だけ、屋敷の庭で遊んでいるのを見たことがあるそうです。間違いありません。御簾内の娘ですよ」

 「なるほど・・・。それで、その本人はどうしたんだ?」

 「それが・・・」

 小島は少し言葉を濁してから、続けた。

 「・・・最近、その娘の姿を見た人物は、誰もいないんです。老人がその娘を見たというのも、十年以上昔の話だそうです。もちろん、屋敷の中もくまなく捜索しましたが、屋敷は完全に無人でした・・・」

 「・・・」

 「それと、もう一つ興味深いことが」

 「なんだ?」

 「人形のうち、一番最近に作られたと思われるものの顔は、例の絵の女によく似ていました。微妙に・・・本当に微妙に異なっていましたが」

 「・・・」

 小隈は黙っていたが、やがて小島に尋ねた。

 「どう見る?」

 「隊長が今考えているのと、まったく同じだと思いますが」

 「そうだな・・・」

 小隈はそう言って言葉を一旦言葉を切ると、再び言った。

 「ご苦労だった。そっちの方はもういいぞ。村松さん達や警察に任せて引き揚げろ」

 「引き揚げていいんですか?」

 「たぶん、もうそこからは何も出ないだろう。御簾内という男と、奴がやっていることについてもっと詳しく知るためには、他のアプローチが必要だ」

 そう言って小隈は、さらに続けた。

 「こっちでも、情報部に頼んで御簾内亀一についていろいろと調べてもらった。その結果、御簾内を比較的よく知っている人物を捜し当てた。京南医大に勤める、嵯峨根という助教授だ。大学時代、御簾内と同じ教授の下で学んだらしい。その人のところに新座と服部をよこして、話を聞いてもらっている。仁木と桐生も、今回と関係がありそうな事件の調査に出ていっている。とりあえず分署に戻って、あいつらが帰ってくるのを待ってくれ。あ、それとその写真、新座のSナビに送っておいてくれ」

 「了解しました。これから戻ります」





 「401 嵯峨根順一」というドアプレートのかかったドアを叩いて名を名乗ると、中からはすぐに入っていいという返事が返ってきた。

 「失礼します・・・」

 圭介とひかるはゆっくりと部屋の中に足を踏み入れた。部屋の中はいかにも大学教授の研究室という感じで、至る所資料や書類が山積みにされていた。

 「すいませんねぇ、散らかってて。今手が放せないんで、ちょっとそこの椅子にかけてもらえませんか?」

 その部屋の奥、山積みにされた資料に挟まれた谷のようなところに置かれている机に、一人の男がこちらに背を向けて座っていた。手は忙しく動かしているらしく、その言葉もこちらに顔を向けずに出されたものだった。ついでに言えば、言葉の内容とは裏腹に、男の言葉にはあまりすまないと思ってる響きもなかったが。

 「あ、はい・・・」

 二人は資料の山に触らないように注意深く足を進めると、言われるままにどこにでもありそうな革張りのソファーに腰を下ろした。

 「・・・よし」

 男はそう言うとペンを置き、椅子をきしませて立ち上がってようやくこちらに顔を向けた。

 「どうも、お待たせしました。学生の期末レポートの評価が佳境に入ってましてね」

 「はぁ、それはどうも、お忙しい中お手を煩わせてしまって・・・」

 一応、圭介とひかるは頭を下げた。

 「いえ。法医学を教えてる身ですから、SMSや警察の方に協力しないわけにはいかないでしょう」

 男はそう言いながら、コーヒーメーカーからコーヒーを注いで、お盆に載せて持ってきた。

 「どうぞ。インスタントですが」

 「すいません、いただきます」

 「いただきます」

 出されたコーヒーに二人は手をつけた。一口啜ってあまりおいしいものではないことがわかったが、もちろん表情には出さなかった。

 そうこうしていると、男はタバコを取り出すと火をつけ、はばからず吸い始めた。

 「SMSの新座さんに、服部さん・・・でしたね。上司の方からは話は伺ってます。御簾内亀一について、私に話を伺いたいとかで・・・」

 「ええ、その通りです。嵯峨根さんは、京都の大学時代に、御簾内と同じゼミに所属していたそうですが・・・」

 「まぁ、それは事実ですけど。当時の他のゼミ生はほとんどが海外に出ていっちゃってるし・・・今国内にいるあいつについて一番詳しいのは、確かに私ぐらいかもしれませんね。ご存じでしょうけど、極端に人付き合いのない男でしたから・・・。でも、あまり期待しないで下さいよ。私だって、人よりは知っているという程度で、お世辞にも友人と呼べる間柄じゃなかったんですから。お宅の上司の方の電話を受けるまで、あいつの名前を聞くことも十年ぐらいなかったぐらいですよ」

 ひかるは思わず少しがっかりしたような表情をした。が、圭介は真剣な表情で続けた。

 「それでもかまいません。お手間をとらせるつもりはありませんし、質問も簡潔にしますから。それでは早速始めますけど・・・学生時代の彼は、どんな男だったんですか?」

 「・・・なんとも答えにくい質問ですね。当時からすでに、何を考えているかわからない、形容しがたい男でしたから。ただ、これだけは言えますよ。あいつは紛れもなく、天才でした」

 「天才・・・ですか」

 「ええ」

 嵯峨根はコーヒーを啜った。

 「法医学・・・特に復顔の技術については、あいつの右に出る人間はいませんでした。死者の骨から様々な要素を拾い上げ、経験や知識や職人的な勘といったものを加えながらそれが生きていた頃の顔を蘇らせる。それにかけては、奴は芸術的とさえ言えるほどだった。その腕は警視庁で存分に振るっていたようですけどね。でもまぁ、それは当然だったのかもしれませんね。あいつの家は、芸術家の家だったんですから」

 「芸術家?」

 初めて聞く話に、思わず二人は身を乗り出した。

 「ご存じじゃありませんでしたか。あいつの実家は芸術家・・・正確に言えば、江戸時代から人形を作り続けている人形師の家の分家だそうですよ。本人から聞いた話じゃありませんが、時々文楽とかの人形の写真の載った本を読んでることもありましたから、たぶん本当なんでしょう。人形に対する興味が、そのモデルになっている人間の体にも向いていったのかもしれませんね。ルネサンスの頃に活躍したダ・ヴィンチも、絵だけでなく解剖学や機械についての研究にも長けていたといいますから、あいつもそんな類なんでしょう」

 灰皿に灰を落とす嵯峨根。

 「・・・そうですか。実は、見てもらいたいものがあるんですが・・・」

 そう言って、圭介はSナビの液晶画面に映る小島から送られてきた御簾内の娘らしき少女の写った写真を、嵯峨根に手渡した。

 「ほぅ。こりゃあ、瑠璃子ちゃんじゃないですか」

 少し驚いたように眉を上げる嵯峨根。

 「ご存じですか」

 「やっぱり、御簾内の娘さんなんですか、この子?」

 二人が尋ねると、彼はうなずいた。

 「ええ。一度会ったことがありますけど、可愛い子でしたよ。とてもあいつの娘とは思えないぐらい」

 懐かしそうに言う嵯峨根。

 「そのことなんですが・・・今、過去形でお話しされましたね。ということは、もしかして・・・」

 「ええ、既に亡くなっているはずです。ずいぶん前の話ですよ。ええと、あれはたしか、ちょうど私がこの大学で助手として働くようになった年だから・・・ちょうど、15年前ですね」

 「なぜそんなことに?」

 「かわいそうに、不慮の事故というやつですよ。ちょうど、今頃だったと思いますよ。居眠り運転の大型トラックが園児を乗せた保育園のバスに横から突っ込む事故がありまして。その時に犠牲になった園児の中に、瑠璃子ちゃんも・・・。しかもそのトラックが可燃性の薬品を大量に積んでいたために、すぐに爆発炎上・・・遺体はみんな、誰が誰だかわからないほど焼けこげていたとか・・・。たしか、その日がちょうど5歳の誕生日じゃなかったかな。いろいろな意味で、とにかくかわいそうでしたよ。私も葬儀に出ようと思ったんですけど、御簾内はよほどショックだったのか、葬儀も自分一人でやって、それ以来ますます人を遠ざけるようになったんです。私が御簾内に最後に会ったのも、そのぐらいだったと思います」

 「そうだったんですか・・・」

 圭介は写真に写る瑠璃子という名の娘の少女を見つめた。

 「あの・・・ちょっと気になったんですけど、奥さんはどうしたんですか?」

 と、ひかるがそんな質問をした。たしかに、娘が死んだときに母親はどうしていたのか、それは気になることだった。が・・・

 「・・・」

 その質問をした途端、嵯峨根は視線を逸らして語りたがらない様子を露骨に見せた。しかし・・・

 「・・・あまり、他人に話すべきことじゃないんですけどね。お二人を信用して、お話ししましょうか」

 それでも、そんな前置きをしてからなんとか話し始めた。

 「・・・瑠璃子ちゃんは、世間一般の男女のつき合いの結果で生まれた子じゃなかったんですよ」

 彼は静かにそう言った。

 「それというのも、瑠璃子ちゃんの母親というのは・・・御簾内や私の先生だった大学教授の娘さんだったんです」

 「「!」」

 だが、嵯峨根は二人の驚きをよそにさらに続けた。

 「もちろん、ちゃんとした段取りを踏んだつきあいだったら、何の問題もなかったはずです。きれいな人でしてね。当時私達はそのことを知ったとき、あの御簾内がよくあんな人の心を射止めたもんだと耳を疑ったものですよ。ただ、まずかったのは・・・その時既に、彼女のお腹の中に御簾内の子供がいたことだったんです」

 「・・・」

 「先生の家は、京都では古くから続く由緒ある家柄でしてね。こんな時代になっても、その伝統は守り続けていたんです。そんな家の娘さんが、あろうことか結婚する前に子供を身ごもってしまった。問題にならないはずがありません」

 二人は黙って嵯峨根の話を聞いていた。

 「ただ・・・同時に、先生は厳格なクリスチャンでもありました。堕胎は、その教えで禁止されていたんです」

 「それで・・・どうしたんですか?」

 嵯峨根はタバコを口から離し、フーッと煙を噴き出した。

 「・・・産みましたよ。でも、「できちゃった結婚」なんてものを許す人じゃない。結局、その赤ん坊は御簾内が大学院を卒業し、警視庁に入ると同時に引き取り、育てることになりました。娘さんの方は・・・半ば強引に、他の男と結婚させられたそうです。この話を知っているのは、先生の家の人達と、私達当時のゼミ生の一部、それに、御簾内本人だけ・・・」

 「・・・」

 「もちろん、瑠璃子ちゃんはそんな出生の事情など知りませんでした。御簾内は本当に瑠璃子ちゃんを愛していたようで、彼女が生きている間の5年間は少し社交的にもなって、学会主催のパーティーなどにも彼女を連れてきてましたよ。おめかしをした姿は、人形みたいに本当に可愛くて、その出生の事情を知ってる人間としては、だからこそいたたまれない思いを感じたことを覚えてます。彼女の死後、御簾内が以前にも増して人を遠ざけるようになってしまったのも、その反動だったんでしょうね」

 「・・・」

 圭介は黙ってその話を聞いていたが、やがて、あの画集を取り出した。

 「これを見て下さい。御簾内がある展覧会に出品した絵です」

 あの絵のページを開き、嵯峨根に渡す圭介。彼はそれを受け取って、ジッと眺めた。

 「はぁ、なるほど・・・院生時代にも、あいつの絵を見たことがありますけど・・・これはたしかに、あいつのタッチですね」

 「タイトルを、よく見てくれませんか?」

 圭介にそう言われ、嵯峨根はその絵のタイトル・・・「娘」という文字を見た。

 「「娘」・・・ですか。なるほど。言われてみると、雰囲気や顔全体の感じが、瑠璃子ちゃんに似ていますね。彼女のお母さんの面影もあります。もし瑠璃子ちゃんが生きていたら・・・今頃は、こんなきれいな女性になっていたかもしれませんね」

 「・・・」

 嵯峨根の言葉を、圭介とひかるは黙って聞いた。





 「・・・と、いうわけなんです」

 そう言って、圭介は御簾内邸と嵯峨根の研究室で見聞したことの報告を終えた。神妙に聞いていた小隈達が、沈黙に包まれる。

 「・・・御簾内の娘は、既に亡くなっていた。そして、今は亡きその娘の成長を想像して作られたかのような「成長記録」としての人形の数々、それに、あの絵・・・か」

 小隈がそうつぶやく。

 「地下室にあった14体の人形・・・あれは、おそらく瑠璃子さんの命日が来るたびに毎年作り続けてきたものなんでしょう。しかも、亡くなった当時の姿のものではなく、年を経るごとに体の大きさや容姿を微妙に変えています。瑠璃子さんの代わりに、人形が年を経ているんですよ。復顔術では、死んだ人間の顔の復元だけでなく、何年も前に行方不明になった人間が今どんな顔をしているのかを、心理分析なんかも交えながら推測して作り上げていくってこともやるそうです。おそらくあの人形達の「成長」は、御簾内が頭の中で想像した、瑠璃子さんが生きていた場合の成長を再現したものなんでしょう。復顔術の権威と詠われた彼なら、それは得意分野だったはずです。彼の中では、まだ瑠璃子さんは死んでいないんでしょうね・・・」

 小島がそうつぶやく。

 「17、18・・・19」

 その時、なぜか指を折りながら数を数えていた聡美が顔を上げた。

 「聡美さん、何を数えてるんですか?」

 不思議がるひかるが尋ねる。

 「うん・・・。最初の人形が作られたのが、瑠璃子さんが死んで一年目、生きてたら6歳の時に作られたとするじゃない。そうすると、最後に作られた人形は去年の誕生日、19歳の瑠璃子さんを想像して作られたってことになるよね?」

 たしかに、聡美の言うとおりである。1体目の人形が6歳の瑠璃子だとすれば、2体目は7歳、3体目は・・・という具合だろう。となると、屋敷にあった一番最近作られた人形、14体目は去年の誕生日、19歳の瑠璃子をかたどったものということになる。

 「そうか・・・。となると、今年で瑠璃子さんはちょうど20歳になるわけか・・・」

 圭介はそう言って考え込んだ。ちょうどその時

 「ただ今戻りました」

 オフィスのドアが開いて、仁木と聡美が入ってきた。

 「副隊長、亜矢さん、今までどこに?」

 「江東区で起きた・・・死体盗難事件の話を聞きに行っていたんだよ・・・」

 亜矢がそう答える。

 「死体盗難事件?」

 「ええ。一人の女子大生の遺体が、江東区内の葬儀社の霊安室から盗まれる事件が、3ヶ月ほど前にあったの。死因は、閉め切った室内にガスを引き込んでの中毒死。動機は、失恋を苦にしての自殺・・・」

 そう言って、仁木は持ち帰ってきた書類を円卓の上に置いた。

 「・・・監察医務局に運び込まれたその遺体の検死を行った主任解剖医は、御簾内亀一だったそうよ。御簾内は検死医も務めていたから、それは珍しいことではないけれど・・・その遺体が盗まれたのは、解剖が終わって葬儀のため葬儀社の霊安室に運び込まれた直後の夜だったらしいわ。そして、「体泥棒」の最初の事件が発生したのが、それから約1週間後・・・。これだけの事実なら、ただの偶然とも考えられるけど・・・」

 そう言って、仁木は写真を取り出した。

 「・・・これが、その女子大生の生前の写真です。例の絵の女性と比較してみたところ、身長、体型、顔の輪郭線などの身体的特徴が非常に近いことがわかりました。さらに、事件当日の夜に付近住民に目撃された、犯人のものと見られる濃いブルーの大型車ですが、これと同じものを御簾内は通勤に利用していたようです」

 そう言って、仁木は写真を小隈に手渡した。その写真をじっと見つめる小隈。

 「仁木、この女子大生、年はいくつだ?」

 「死亡当時はまだ19歳でした。生きていたなら、今月の始めに20歳になっていたはずですが・・・」

 「そうか・・・」

 「隊長、やはり・・・」

 小島が小隈を見つめる。全員の頭の中に、犯人がこれから何をなそうとしているのか、その予想がこれまで集めた材料によってほとんどできあがっていた。

 「・・・15体目の人形・・・20歳の娘・・・か」

 小隈のそのつぶやきによって、メンバー達は彼の頭の中にある仮説も、自分達のものと同じであることを悟った。

 「新座。瑠璃子ちゃんの誕生日はいつだったか、聞いているか?」

 「え、ええ・・・。命日と同じ日ですからね。嵯峨根さんも、はっきりと覚えてました。2月18日、だそうです。つまり・・・」

 圭介の言葉を聞いた全員の目が、壁に掛けられたカレンダーに向けられた。

 「あと一週間、か・・・」

 小隈はそうつぶやき、タバコに火をつけた。

 「・・・どうやら、はっきりしたと言ってもいいようだな」

 小隈の言葉に、全員がうなずいた。

 「御簾内は毎年、幼くして亡くなった自分の娘の人形を、その成長まで想像しながら作り続けてきた。だが、彼女の死からちょうど15年後、彼女が生きていたら20歳になったという節目のような年・・・つまり今年は、それまでとは全く異なる人形を作り出そうとした。つまり・・・本物の人間の体を使った「人形」をだ」

 「・・・」

 小隈の言葉に、全員が静まり返る。

 「御簾内の目的。それは・・・「材料集め」だ。自分の娘の20歳の姿の予想図をもとに、その「人形」を作るための「材料」となるものを集めているんだよ。まず、その素体となる体を手に入れる。そして、その顔を作り上げていくために盗み出した目、鼻、口、耳を、機械部品のようにその顔に組み込んでいく・・・。素体となる女子大生の遺体を手に入れた彼は、素早く行動を開始した。3ヶ月かけて、娘の20回目の誕生日までに全ての素材を手に入れ、「人形」を完成させるために・・・」

 小隈が机の上に並べられた資料を見つめる。被害者達の顔写真、盗まれた女子大生の遺体の生前の写真、それに、「娘」と題された絵・・・。

 「・・・まるで、フランケンシュタイン博士ですね・・・」

 小隈の言葉を聞いた亜矢がつぶやく。生きた人間の体のパーツや死体を組み合わせ、娘をかたどった人形を作り上げる・・・。そのあまりにも呪わしくおぞましい行為を想像し、圭介達は身の毛のよだつ思いがした。

 「・・・20回目の誕生日まで、残りあと一週間・・・。誕生日を過ぎても御簾内が「材料集め」をやめないという保証はない。が、ここまで「材料集め」にこだわる男だ。奴にとっては、「人形」は誕生日までに作り上げなければならないはずだ。その期限まで、残り一週間・・・奴を追いつめているのは俺達じゃなく、時間なのかもしれない。そのあいだに奴がどんな行動を起こすか、それを俺達は止められるのか・・・それが勝負だな」

 小隈の言葉に、隊員達は無言でうなずいた。





 それから時が流れ、18日まであと数時間となった、17日深夜・・・。

 「・・・」

 静まり返った夜のオフィスの中。小島は一人で、事件資料にジッと目を凝らしていた。

 プシュー・・・

 その時自動ドアが開き、聡美が入ってきた。

 「コーヒーいれてきたよ」

 「お、サンキュー」

 聡美が運んできたお盆から、自分のマグカップを受け取る小島。視線は資料に向けたまま、無言でコーヒーを飲み始める。聡美も自分の席に着くと、コーヒーを飲み始めた。

 警視庁とSMSは、2月18日までの一週間を「顔泥棒」に対する特別警戒期間と設定し、被害者をこれ以上出さないためのさらに強い警戒に乗り出した。SMS各小隊も、いつ事件が発生しても対応できるよう、特別ナイトシフトを敷いている。今夜は小島と聡美、圭介が担当。圭介はファルコンでパトロールに出ており、オフィスには小島と聡美が残っていた。

 「ねぇ、気持ちはわかるけど、もうちょっと楽にしたら?」

 カップから口を離し、聡美が言った。小島が顔を向けると、聡美が眉をひそめていた。

 「・・・考えすぎだと思うか? この警戒の中、さらに御簾内が犯行を繰り返すっていうのは」

 「もちろん、そうは思ってないよ。そのために、あたしたちもこうしてるんだし・・・。でも、そんなに神経を張りつめさせることもないと思うよ。「20歳の瑠璃子さん」によく似た目の人のうち、モンタージュメーカーに顔データが登録されてる人についてはみんな護衛がついているし、他のそんな人達が襲われる危険を減らすために、パトロールや夜間外出を控える呼びかけだって・・・。そりゃあ、それだって万全な対策じゃないかもしれないけど、やれることはやっているんじゃないの? もっと気を楽にしてもいいと思うよ。隊長が普段言ってるみたいに、気を引き締めて楽にしてればいいんだし、なにより小島さんがそんなふうにシリアスなのは似合わないって」

 「どういう意味だよ・・・」

 小島はブスッとした顔をしたが、やがて天井を見上げた。

 「・・・たしかに、やれることはやってるかもしれない。「20歳の瑠璃子さん」に似た目をした人がどれだけいて、どこにいるのか全部わからない以上、これが俺達にできる精一杯かもしれない。でも、もっと充実した対策がとれていたとしても、やっぱり俺は不安に思ってただろうな・・・」

 「・・・あたしたちの認識があまいってこと?」

 「そうじゃない。むしろ、どんな対策をとっても、御簾内の犯行を完全にくい止める手段はないんじゃないか、ってことだ」

 「どういうこと・・・?」

 小島に尋ねる聡美。彼はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

 「・・・御簾内が、いつこんなことを考えついたと思う?」

 「え・・・?」

 逆に問い返され戸惑う聡美。小島はそれにかまわず続けた。

 「それがいつだったのか、知っているのは御簾内だけだろう。司法解剖に回されてきた女子大生の遺体を見たときはじめて、それまでとは違った「人形作り」を思いついたとしてもおかしくない。でもな・・・俺には、御簾内はそのずっと前から、こんな方法での「人形作り」を考えていたと思えてならないんだよ・・・」

 小島は円卓の上に散乱する資料の中から、屋敷で見つかった人形の写真を取り出した。

 「御簾内が作り続けてきた人形、お前も見ただろう? あれはただの人形じゃない。死んだ娘のあるべき姿という役割を負わせるために作られてきたものだ。それを「作る」という行為も、本人にとっては「作る」というより「産む」と言った方が正しかったんじゃないか? 御簾内は人形を作ってきたんじゃない。毎年毎年、自分の娘を産んできたんだよ」

 「・・・」

 「だが、そんな偏執的なこだわりをもって作り出してきたものだとしても、人形はしょせん、人形でしかない。どんな優れた素材を使ったとしても、人工物では人間の女のもつ特有の柔らかさは完全に再現することはできない。偏執的な精神がそれに不満を感じて、もっと完全なかたちでの「出産」を求めるようになるまでは・・・そんなに時間はかからなかったんじゃないか? もしかしたら、最初の人形を作ったときから、それは芽生え始めていたのかもしれない。なんにしろ、その完全な人形作りへの衝動は、20歳の誕生日というきっかけで、その実現へと走り出した・・・」

 聡美は小島の言葉を、黙って聞いていた。なおも小島は続ける。

 「もしそうだとするなら、奴がその準備に要した時間は、何ヶ月どころの話じゃない。下手をすれば15年間・・・自分の全てをその実現のために注ぎ、表面上は静かでもその下では活発に動いてきたことになる。どうすれば「完全な人形」を作ることができるのか。どうやって「素材」となる人間を選定するか。何年も何年も、そんなことばかり考え続け、それを実行に移す準備を進めてきたはずだ。もしそうだとしたら・・・奴がそれだけの時間と、それをはるかに上回る情熱・・・いや、狂気を注いできたことの前に、今俺達がそれを防ごうとやっていることは、どれだけの力をもつのか・・・。隊長が言ってたみたいに、「素材選び」の方法にしても、警察の顔データだけがその全てなんてのは絶対にあり得ない。それをこうして封じても、奴にはまだ、切り札があるんじゃないか。今の俺が不安で仕方ないのは、そんなことを考えてるからだ」

 聡美は、何も言えなかった。小島同様、深刻な顔をしている。それを見た小島は、重苦しい気分を変えるようにわざと笑顔を浮かべた。

 「・・・でも、たしかに気を尖らせすぎかもしれない。今言ったことだって、可能性にすぎないんだからな。でも・・・自分の目的実現のために御簾内が燃やす狂気・・・。それは、犯行を思いついたのが3ヶ月前だろうが15年前だろうが、恐れなきゃならないもののはずだ。頭ではしょうがないと思っていても、そのターゲット候補を完全に把握しきれないっていうのは、もどかしくてしょうがない・・・」

 小島はそう言って、「娘」の絵を見つめた。青いドレス姿の「20歳の瑠璃子」は、謎めいた微笑を浮かべた目を小島に向けていた。

 「・・・そうだね。あたしも、そう思うよ。でも、だからこそ気疲れしちゃうのはよくないよ。いざというとき、すぐに動けなきゃいけないんだから。ね?」

 「・・・ああ。できるかわからんが、もう少しリラックスしてみるか」

 聡美のあたたかい言葉に、小島はそう言ってうなずいた。室内の空気も、少し軽くなる。

 「・・・そういえば、あの子、どうしてるかな?」

 その時、聡美が思いだしたように言った。

 「あの子?」

 「ほら、あたし達が事情を聞きに行ったあの子。来月に部活の発表があるんじゃなかったっけ? それまでに口を取り戻してあげたいなぁ。そうすれば元気になってくれるだろうし、あたしも中学の頃、大会の前に足くじいて出られなくなったことがあるから、そんな思いはさせたくないし・・・」

 小島はあの絵を見ながらうなずいた。

 「そうだな・・・。それについては俺達が頑張るとして、奴が捕まらないうちは、病院で様子を見てもらうしかないな。先輩もいるし、そっちも心配はいらないと思うけど・・・」

 と、言いかけたその時、突然小島の声が止まった。

 「・・・どしたの?」

 それに気づいた聡美が彼に顔を向けると、小島はそのままの姿勢で固まっていた。が・・・

 ガタッ!!

 椅子を倒すような勢いで立ち上がると、何も言わずオフィスからダッシュで出ていってしまった。

 「ちょ、ちょっと!? またそのパターン!?」

 聡美はそれに呆れながらも、今度は逃がすまいとすぐにそのあとを追った。





 一方、分署の建物とは少し離れたガレージ。楢崎を始めとする夜勤の整備員達が、様々な機材を整備していた。その時

 「おやっさん!!」

 叫び声とともに、小島が中に駆け込んできた。

 「おう、小島か。どうした、血相変えて」

 ウィンディのボンネットを勢いよく閉めながら楢崎が言った。

 「ウィンディの整備、終わってます!?」

 「ああ、たった今終わったとこだが・・・出すのか? 別になにも起こっちゃいねえようだが」

 出動がかかったときには、ガレージにもサイレンが流れることになっている。

 「すいません。でも、すぐに出さなきゃいけないんです!」

 「小隈さんの許可はとってるのか?」

 「それはあとで! とにかく、キーを渡して下さい!! 整備の時は預かってるはずでしょ?」

 そう言っている間にも、小島はドアを開けて運転席に滑り込もうとしている。そんなとき・・・

 「ちょっと小島さん! 何があったっていうのよ!?」

 聡美もガレージに駆け込んできた。

 「こいつが駆け込んでくるなり、ウィンディを出すなんて言い出しやがってよ・・・」

 楢崎が聡美にそう言う。

 「悪いが、事情を話してるヒマはないんだ! とにかく、キーをくださいおやっさん! 岸本! お前は隊長達を起こして、俺からの連絡を待つように伝えるんだ! 早く!」

 なおもそう叫ぶ小島。聡美はそれを見ていたが・・・

 「おやっさん、キー貸して」

 「お、おう・・・」

 真剣な表情で迫る聡美に、楢崎はポケットから取り出したキーを聡美に渡した。

 「小島さん、助手席に行って。あたしが運転する」

 そう言って、小島を運転席から引きずり出そうとする聡美。

 「お、おい岸本・・・」

 「何の用かは知らないけど、急ぐんでしょ? お急ぎの時は、天才的ドライビングテクニックを持つこの岸本聡美にお任せあれ!!ってね。さ、早く!!」

 そう言って、ウィンクをする聡美。

 「・・・わかった」

 小島はそれにうなずくと助手席へと回り、聡美が運転席に座った。それと同時にエンジンをかけ、シートベルトを素早く締める聡美。

 「それじゃおやっさん! なんだかわかんないけど急ぐから、さっき小島さんが言ったこと、あたしの代わりにお願いね? そんじゃーねー!!」

 「あ、こら! オイ!!」

 ブオオオオオオオオオッ!!

 楢崎の声も聞かず、明るい声を残して聡美の運転するウィンディはアクセル全開でガレージから飛び出していった。あとには、呆然とした整備員達が残された。





 ブオオオオオオッ!!

 「わっ!?」

 突然分署の門から飛び出してきたウィンディに危うくはね飛ばされそうになりながら、なんとか圭介はそれから免れた。

 「あ、あっぶねえ・・・! 今のは聡美さんだな。何考えてるんだか・・・」

 ヘルメットのバイザーをあげながら、九死に一生を得たことのため息をつく圭介。

 「でも、一体どうしたっていうんだ? おやっさんに聞いてみるか・・・」

 圭介は再びファルコンのスロットルを吹かすと、ガレージの中へと入っていった。

 「お、戻ってきたか」

 ガレージの中に入ってきた圭介を、楢崎達が取り囲む。

 「おやっさん、今飛び出してったウィンディって・・・」

 「ああ。岸本と小島が乗っていった。詳しいことは何も言わないで、ただ急ぐの一点張りでな・・・」

 苦い顔でそう答える楢崎。

 「小島さん、また飛び出していったんですか? ふぅん・・・このあいだのこともあるし、気になるな・・・」

 圭介はそうつぶやいたが、ヘルメットをかぶり直し、エンジンを再びかけた。

 「お、おい圭介!!」

 「俺も追っかけます! ウィンディの位置は、ファルコンでもトレースできますから!」

 「待てっての! おたくの隊長達に連絡しろって・・・」

 「悪いですけど、お願いしますおやっさん! それじゃ!」

 ブオオオオオオオオオッ!!

 圭介もまた、ファルコンをターンさせてガレージから出ていってしまった。

 「ったく・・・最近の若い奴らは、目上の人間をなんだと思ってやがる! 帰ってきたら3人とも、ボルト磨きさせてやる!」

 不機嫌そうにそう言う楢崎。整備員達はその様子に震え上がった。





 一方、ウィンディの車内では。

 「あぶねえなお前は!! SMS隊員が人を、それも同僚を撥ねたりしたらしゃれになんねえぞ!!」

 「反省してるよぉ。あたしだってタイガーセブンみたいなことになりたくないもん」

 「なんの話だ!! ・・・ハァ」

 小島はそこまで叫んで、ため息をついてシートにもたれた。

 「もういい。いいからぶっ飛ばせ」

 「だから、ぶっ飛ばそうにもどこへぶっ飛ばせばいいのかまだ聞いてないんだってば」

 「そ、そうだったな・・・」

 小島はばつが悪そうにつぶやくと、改めて目的地の名を告げた。その直後、ウィンディはさらに加速し、海上区大橋を渡り始めた。





 都内、とあるマンションの駐車場。すでに他の住民達はほとんどが帰っており、駐車場もほとんど埋まっていた。

 ブォォォ・・

 そこに入ってくる、一台の白いスポーツカー。その車は駐車場に入ると、慣れた動きでバックをして止まり、ライトを消した。

 「ふぅ・・・」

 スポーツカーのドアが開き、紫のスーツに身を包んだ女性が降りてくる。ドアをロックし彼女は少し疲れたような表情でため息をつくと、ハンドバッグを肩に掛けて歩き始めた。ハイヒールがアスファルトを叩く音が、夜の駐車場に響く。

 彼女が駐車場の入り口近く、来客用の駐車スペースに停められていた車の前を通りかかった、その時だった。

 ガバッ!!

 「うぐっ!?」

 突然彼女は後ろから何者かに拘束された。悲鳴を出そうとしたが、その口は素早くふさがれ、くぐもった声が漏れ出ただけだった。

 「・・・!!」

 声にならない悲鳴をあげながら、彼女はそれをふりほどこうとした。しかし、今彼女を拘束しているのはどうやら男らしい。口をふさいだ手によって同時に首も固定され、ふりほどくことはおろか、首を回して男の顔を見ることすらできない。ただ奇妙だったのは、自分の口を塞ぐ男の左手には、手術のときにはめるような薄くて弾性の強いゴムのような素材でできた白い手袋がはめられていたことだった。すると、男はそれまで体を押さえていた右手を離し、それを自分の顔へと近づけ・・・そして、目をふさいだ。

 「・・・!!」

 その途端、彼女は今まで経験したこともないような感覚を感じた。男が目をふさぎ、それに指で触れると同時に、目に奇妙な感覚が走ったのだ。それを例えるとするなら、草を地面から引き抜く感覚だろうか。それを引き抜かれる草の側から感じたとしたのならば、おそらくそのようなものだったろう。痛みはない。だが、目が自分の顔からはがされるような感覚はひどくおぞましいもので、全身に一瞬で鳥肌が立った。目が自分の顔から抜き取られる。そんなあり得ない感覚に、彼女の精神は恐怖に満たされた。それによって、彼女の意識が闇へと堕ちかけた、その時だった。

 バシュッ!!

 何かの発射音がした。それと同時に小さな悲鳴が聞こえ、自分の目を抜き取ろうとしていた手も、口を塞いでいた手も、弾かれるように離れた。思わずせき込みながら、前方に目をやると、駐車場の入り口に一台のブリティッシュグリーンのエアカーが止まり、その運転席からショートカットの女がこちらに銃を向けていた。そして・・・

 「先輩! 早くこっちに!!」

 助手席から降りた茶色い髪の男が、銃を片手にこちらへと駆け寄ってきた。

 「小島君・・・!!」

 彼女・・・沙希はその姿を見るなり、すぐに彼の元へ駆け寄った。

 「大丈夫でしたか!?」

 彼女を自分の後ろにかばい、尋ねる小島。すると、聡美も運転席から降りてその隣に駆けつけ、銃を構えた。

 「え、ええ、大丈夫・・・ありがとう。でも、どうして・・・?」

 礼を言う沙希だったが、ここまでナイスタイミングで二人が助けに来てくれたことについて、疑問を感じずにはいられなかった。

 「その話はあとで! 今は、こいつを・・・」

 そう言って、小島は前方に立つ男をにらみつけた。その時初めて、沙希は自分を拘束していた男の顔を目にした。

 背の高さは、沙希と大体同じ程度。細い目、低い鼻、薄い唇と、異様なほど白い顔をもつ、不気味な男だった。顔のパーツそれぞれは驚くほど特徴がなかったが、それが全体として、その特徴のなさを最大の特徴に押し上げているような顔。特徴がないにも関わらず、だからこそ一度見たら忘れることのできないような顔だった。

 「・・・御簾内さん!!」

 その顔を見た沙希は、思わずその男の名を叫んでいた。小島と聡美はそれに驚いたような顔を浮かべたが、すぐに銃を向けて叫んだ。

 「やはりお前だったのか! 御簾内亀一!!」

 「窃盗容疑、及びその未遂現行犯で、あんたを逮捕するわ!!」

 その顔は、二人が警察資料で見た御簾内の顔と全く同じであった。

 「・・・」

 だが、御簾内は表情を変えることもなく、無表情のまま黙って立っていた。特徴のない顔の浮かべる無表情。そこからは何の感情も読みとることができず、二人は能面かなにかを見つめているような得体の知れない感覚を感じ、銃を持つ手に汗がにじんだ。

 と、その時だった。

 ダッ!!

 「!?」

 御簾内は一瞬の隙に横へとダッシュした。そして、駐車場の入り口に停めてあった濃いブルーの大型車に飛び乗ると、エンジンをかけた。

 「あっ!?」

 「止まりなさい!!」

 すぐに銃を向ける二人。だが・・・

 ブォォォォォォォォォッ!!

 「うわっ!?」

 「きゃっ!?」

 御簾内はかまうことなくそれを急発進させた。慌てて飛び退き、撥ねられるのを免れる二人。車は駐車場から猛スピードで出ていった。

 「くそっ!!」

 小島はすぐに立ち上がると車道に飛び出し、銃口にアタッチメントを取りつけると走り去っていく車に向けて狙いを定めた。

 ボンッ!!

 小さな爆発音とともに、そのアタッチメントが発射された。その直後、小島は車に何かがぶつかるような小さな金属音を聞き、それが命中したことを確信した。その見ている中、車は交差点を曲がり、完全に姿を消した。

 「あぁ、逃げられたぁ!!」

 あとを追って車道に出てきた聡美が悔しそうに言う。だが、小島は首を振った。

 「いや、発信ダートを打ち込んだ。あれは簡単に引っこ抜いたり壊したりできないから、今からでも追うことはできる」

 「じゃあ、すぐに追おうよ」

 「そうしたいのはやまやまだけど、そんなわけにもいかないだろ・・・」

 そう言って、小島は別な方向を向いた。そこからは、沙希が歩いてきた。

 「あ、そっか・・・」

 聡美もそれを見て、納得したような顔になる。

 「ありがとう、小島君、岸本さん。おかげで助かったわ」

 「無事でよかったですよ、先輩。ケガとかはありませんね?」

 「うん、大丈夫」

 「まさにギリギリセーフだったね」

 「でも、どうしてこんなにタイミングよく助けにくることができたの?」

 「それは、俺の名推理のおかげ・・・といいたいとこなんですけど、偶然です。犯人が、自分の娘の絵と同じ特徴をもつ顔のパーツをもつ女性ばかり襲っているってのは、聞いてますね?」

 「ええ。でもまさか・・・あたしもそれに該当したっていうこと?」

 「その通りです。分署でその絵を見ていたとき、こいつが例の入院している女の子の話をしてましてね。その時先輩の顔を思い出して、ハッとしたんです。あの時先輩に会ったときに感じた妙な感覚は、これだったんですよ。たしかに先輩の目は、あの絵の女の目とそっくりでしたから。すぐにそれとわからなかったのは、顔の他の部分はまるっきり似ていなかったからですね。あ、別に悪い意味じゃありませんよ。先輩は違ったタイプの美人だっていうことで・・・」

 小島は沙希の目を見ながら言った。「20歳の瑠璃子」とよく似た目が、そこにはあった。

 「で、一緒に飛び出してきたってわけです。最初は病院に行こうとしたんですけど、病院に電話をかけたらもう家に帰ったっていうから、小島さんが自宅を知ってたんでこっちに来たんです。いくらターゲット候補だからってすぐに狙われるとは限らないと思ってたけど・・・すぐに飛び出して正解だったね」

 聡美が頭をかきながらそう言った。

 「そうだったの・・・。でもまさか、御簾内さんが犯人だったなんて・・・」

 「それは知らなかったんですか。でも、そのことなんですけど・・・どうして御簾内のことを?」

 今度は小島が気になっていたことを尋ねた。

 「私も法医学を学んだ人間だから、もちろん知っているわ。話したことはないけど、検死結果の報告で監察医務局に行ったとき、何度か会ったこともあるし。たぶん、向こうも顔は覚えていたんじゃないかな」

 「そうか・・・。先輩は例の顔データには登録してないから、どうやって先輩のことを知ったのか不思議でしたけど、それで合点がいきましたよ」

 納得したようにうなずく小島。

 「でも・・・追いかけなきゃいけないんじゃないの? こんなところでこんなことしてたら・・・」

 だが、沙希は不安そうにそう言った。小島は困った顔をした。

 「ええ、それはそうなんですけど・・・」

 「勝呂さんが襲われたことを、隊長達や警察に報告して、保護手続きをとらないと。それまでの間も、念のために護衛する必要があるし・・・」

 「私のことはいいわ! 犯人を捕まえるチャンスなら、すぐに行って!」

 なおもそう言う沙希。

 「どうする?」

 「それじゃあ、小島さん残ってよ。車の追跡ならあたしにお任せだし、何かあってもあたしなら銃の扱いもうまいし・・・」

 「待てよ。相手は俺達の手がすぐそこまで迫ってるのを知って、たぶん追いつめられてるはずだ。もともと何考えてるかわからない奴が今みたいな状態で何をするか、全く予想はできないんだ。一人で動くのは危険すぎる」

 「そんなこと言ったって、ゆっくりもしてられないんだよ? 御簾内は今まで盗んだ顔のパーツを持ってる。人質を取られてるのと同じだから、ヤケになってそのパーツに何かすることだってありえるじゃないの!」

 「そうよ! 二人とも、早く行って!」

 三人がそんな言葉を交わし始めた、その時・・・

 ブロロロロロ・・・

 背後からのエンジン音とライトに、3人は振り返った。すると、赤いエアバイクがやってきて止まり、ライダーがヘルメットをとった。

 「小島さん、聡美さん! 何やってるんですか!」

 圭介はヘルメットをとるなり、二人にそう叫んだ。

 「おお、新座!!」

 「ぐっどたいみんぐ!!」

 その顔を見た小島と聡美が、圭介に駆け寄った。

 「な、なんですか!? ・・・あ、こんばんは、勝呂さん」

 「こんばんは、新座さん」

 沙希に気づいて挨拶をする圭介。

 「のんびり挨拶なんかしとるヒマはない!!」

 「実はね、まるまるうまうまで大変だったのよ!!」

 事情を説明する聡美。

 「御簾内が!? ・・・でも聡美さん、それを言うならかくかくしかじかですよ」

 事情を知って驚きながらも、聡美へのツッコミは忘れない圭介。

 「あーもー!! そんなつまんないことはいいから!!」

 「とにかく、いいところに来た!! 俺達は御簾内を追うから、お前は警察が来るまで先輩のそばにいてやってくれ! それと、隊長達への連絡忘れるなよ!!」

 そう言うが早いか、二人はウィンディに再び乗り込んでしまった。

 「あ、ちょっと!! ・・・わかりましたよ。ただ、深追いはしないでくださいよ。奴のアジトなりなんなりを発見したら、必ず連絡をよこして下さい。俺達が合流するまで、絶対に手を出しちゃダメですよ?」

 二人を止めることはできないと諦めた圭介は、せめてこれだけはと釘を差した。

 「どぅわーいじょうぶ!! むぁーかせて!!」

 「よし、出発だ岸本!!」

 勢いよく発進しようとする二人。

 「小島君」

 その時、沙希が声をかけた。

 「なんすか先輩。これからって時に興をそがないでくださいよ」

 「無茶はしないように、あたしも釘を差しておくわ。それと・・・本当にありがとうね。今度お礼に、お食事でもおごらせて」

 それを聞いた小島は、ニッと笑顔を浮かべた。

 「・・・よろこんで! 美人のお誘いなら、いつだって受けつけてますよ。それじゃ、急ぎますんで」

 「出すよ? ゴーッ!!」

 ブオオオオオオオオオオッ!!

 改めて、ウィンディは猛スピードで発進し、すぐに夜の闇へと消えていった。

 「・・・勝呂さん、とりあえずマンションの中へ。御簾内がまた襲ってくることはないと思いますけど、念のため」

 二人を見送り、彼らに頼まれた仕事にかかる圭介。

 「ええ、ありがとう・・・。でも、本当にあの二人に任せて大丈夫なの?」

 「大丈夫・・・だと信じたいんですけどね」

 圭介もまた不安そうな表情で、Sナビを取り出した。





 約1時間後。ウィンディは奥多摩の少し山へと分け入った場所に停まっていた。

 「どう、小島さん? あれがなんだかわかった?」

 「ちょっと待ってろ。もう少しで出るから・・・」

 運転席から尋ねてくる聡美に、小島は助手席に搭載された情報端末を操作しながら答えた。すると、電子音とともにディスプレイに画像が表示された。

 「ほらきた」

 「どれどれ・・・」

 聡美が横からそれをのぞき込む。

 「・・・なぁるほど。今は倒産した製薬メーカーの研究所の一つとして使われていた建物だ。住宅地から離れた場所にあるのは、万が一危険な薬物の漏出やバイオハザードが起こったときに備えて、被害を拡大させないためだな。人が来る心配もないし、人の目を引くこともない。おまけに危険なイメージもあるから、近寄る人間もなし。隠れ家としては絶好の場所だな」

 ディスプレイに映っていたのは、コンクリート造りのちょっと古い建物だった。小島は暗視機能付きの双眼鏡で、遠くを見た。そこには、それと全く同じ建物が建っていた。だが、ディスプレイに映っているものよりさらに古びていて、敷地内には雑草が繁茂し、周囲には債権者が張ったと思われる有刺鉄線と、「危険 関係者以外立入禁止」の看板があった。もちろん建物は真っ暗で、廃墟としか言いようのない雰囲気を出していた。

 「何か見える?」

 聡美が自分にも貸してほしいという目で双眼鏡を見ながら、小島の肩を叩く。

 「建物そのものはひどく静かだな。だが、奴さんがいることは間違いない。車がある」

 建物の陰から、御簾内の車が少し体を覗かせていた。

 「うー・・・早く隊長達来ないかなぁ。こうしてる間にも、中でどんなことが起こってるか・・・」

 「焦るなよ。ここで二人して突っ込んだら、それこそ何が起こるかわかんねえぞ。それに、こうしてるのだって許可もなく飛び出してきた結果だからな。そのことは先輩を助けたことでおとがめなしになるかもしれないけど、これ以上何か勝手なことしたら、今度こそ副隊長から大目玉食らうのは間違いないからな」

 「・・・」

 聡美はそれを聞いて黙り込んだ。それは中に待ち受ける犯人と同じぐらい恐ろしい。と、その時・・・

 ブォォォォォ・・・

 「!」

 かすかに空気音が聞こえたので、二人は後ろを振り返った。すると、狭い坂道をトラックのような大型のエアカーがライトもつけずに登ってくるのが見えた。

 「あ、来たよ!」

 「そうだな・・・」

 二人はそれを見ると、ウィンディから降りて並んだ。まもなくその目の前に、指揮車が静かに停車した。

 ガチャッ

 「よう、ご苦労さん」

 運転席のドアが開き、小隈がそこから降りた。敬礼してそれを迎える二人。さらに・・・

 ガチャッ、ガチャッ

 「待たせてしまったみたいね、小島君、岸本さん」

 後部ハッチから、VJに身を包んだ仁木と圭介がやってきた。その言葉に多少の怒気を感じ、二人は思わず身を強ばらせた。

 「・・・夜勤中の無断外出は、これで2度目ね。しかも今度は、岸本さんまで一緒になって・・・」

 思わず身を縮ませる二人。

 「ふ、副隊長、今回は・・・」

 「そうですよ。おかげで勝呂さんも無事でしたし・・・」

 見かねた圭介とひかるがなだめる。だが、その言葉の途中で仁木はフッと声を和らげた。

 「・・・そうね。この場合は無断外出よりも、犯行を防いで犯人の居場所まで探ることができたことの方を見るべきね。・・・今回も、大目に見てあげるわ。処分は、始末書を書くぐらいでよろしいですね、隊長?」

 「ああ、そのぐらいでいいだろう」

 「隊長・・・そういうことは普通、隊長が決めることですよ?」

 圭介が小隈を見ながらそう言う。そんな様子に、二人はホッと安堵のため息をついた。

 「・・でも、いいわね? スタンドプレーはそう簡単にはうまくいかないし、感心できるものではないわ。私達の成果は、私達のチームで生み出していくものよ? それだけは、忘れないでおいてよね」

 「ええ。それはもちろん・・・」

 仁木の念を押す言葉に、小島は反省の意味を込めて深くうなずいた。

 「いいわ。それじゃあ小島君はすぐにVJを着て、岸本さんも配置について。それと亜矢さん、あの建物内の見取り図を用意して。突入作戦をたてるための材料が必要だわ」

 「了解!」

 「了解っ!」

 「了解・・・」

 仁木のてきぱきとした指示を受け、それぞれの仕事を始める小島達。

 「ほんと、優秀な部下がいるってことは感謝しなきゃな」

 「・・・だから、そういうのは隊長の仕事なんですってば」

 タバコを吸いながらのんきにそう言う小隈に、圭介は再びつっこんだ。





 「監視カメラ、赤外線センサー、その他防犯用装置、一切反応はありません」

 仁木がバイザーを上げながらそう報告する。見た目どおり、防犯用設備と言えるものは全て取り払ってある、まったくの廃墟らしい。

 「無防備だな」

 「見かけはそうかもしれませんけど、油断は禁物ですよ。どんなトラップが仕掛けてあるか・・・」

 「わかってるよ。どんなに用心しても、用心しすぎることはないだろうさ」

 圭介と小島が、そんな言葉を交わす。

 「隊長」

 「・・・よし。予定通り、裏口から突入しろ」

 「了解。いいわね、二人とも?」

 無言でうなずく圭介と小島。

 「いくわよ。3・・・2・・・1・・・!」

 ダッ!! ザザザッ!!

 3人はそれまで隠れていた茂みから飛び出すと、あっというまに廃墟の裏口までたどりついた。

 「こちら仁木。全員、裏口前までたどり着きました」

 「了解。続けろ」

 小隈の言葉にうなずくと、仁木は後ろの二人に言った。

 「突入するわ。小島君、ドアを開けてもらえる? それと同時に私と新座君が突入するわ。それに続いて」

 「「了解」」

 小島がドアノブに手を掛ける。鉄のドアには鍵がかかっていなかった。仁木と圭介はマルチリボルバーを構え、彼がドアを開けるのを待った。

 「3・・・2・・・1・・・!」

 ガチャッ!!

 小島がドアを開けると同時に、二人は銃を構えて中へと飛び込み、素早く室内を検索した。

 「・・・」

 だが、そこには何もなかった。備品倉庫としてでも使われていただろう広い部屋だったが、今は段ボール箱一つ置かれてなく、がらんとしていた。人が隠れる場所もない。

 「・・・どうやら、ここには何もなさそうですね」

 銃を降ろし、圭介が少し緊張を解く。

 「油断は禁物よ。奥にはまだたくさん部屋があるわ。続けていくわよ」

 仁木の言葉にうなずく二人。三人はすぐに、部家の奥にあったドアへと近づいた。





 「ロックがかかってますね」

 一つのドアの前で、小島はそう言った。部屋をいくつか通り過ぎてきたが、そのドアはこれまでのようなドアノブのついたドアではなく、オートロック式の自動ドアだった。

 「どうします?」

 「蹴破っちゃえば? VJなら簡単でしょ?」

 「なんでそうなるんだよ・・・」

 聡美の言葉に頭を抱える小島。

 「極力、音はたてたくないわね。使えるかしら、あれ・・・」

 仁木が見たのは、ドアの脇にとりつけられたプッシュキーだった。

 「試してみます。ひかる、用意してくれ」

 「わかりました」

 圭介はそう言うと、プッシュキーのカバーを取り外し、基盤のコネクターにVJの袖口から伸ばしたケーブルを接続した。

 「接続完了。始めてくれ」

 「了解。ロックナンバー、解読開始します」

 指揮車の中では、ひかるが忙しく手を動かしながらロックナンバーの解読に取りかかった。やがて、ひかるのヘルメットバイザーに四つの数字が灯った。

 「わかりました。ロックナンバーは、「1025」です」

 「わかった。ありがとう」

 圭介はそう言うと、ケーブルを外してプッシュキーに指をかざした。

 「開けますよ。準備して下さい」

 圭介の言葉にうなずき、ドアの前で銃を構える二人。

 ピッピッピッピッ

 それを確認すると、圭介はひかるの解読したロックナンバーを押していった。

 プシュー・・・

 エアーの音とともに、ドアが開いた。

 ダダッ!!

 すかさず中に突入した仁木と小島が、油断なく周囲に銃を向ける。圭介もすぐにそれに続き、それに倣った。

 「・・・ここにも、御簾内はいないみたいですね」

 「ええ。でも・・・明らかに、今までの部屋とは違うわ」

 圭介と仁木は、部屋の中を見回しながら言葉を交わした。今まで見てきた部屋は何もない、あってもガラクタが転がっている程度のものだったが、その部屋にはそれとは対称的に様々なものでごった返していた。

 一言で言ってしまうなら、その部屋は実験室であった。壁際に置かれた作業台の上には、用途不明の機械や何かのデータを記したノートが乱雑に置かれている。大きな冷蔵庫らしきものやキャビネットもいくつも置かれていた。だが、一番目を引いたのは部屋の中央にどんと置かれている、水槽らしき大きな透明の箱だった。

 「これは・・・水槽か?」

 小島がその水槽に近づく。水槽は人間が入れるぐらいの大きさがあり、その中は無色透明の液体が満たされていた。

 「・・・」

 小島は無言でバイザーを降ろし、メディカル・スコープでその液体の化学組成を調べ始めた。

 「小島君、それは?」

 「副隊長・・・これは、バクタ溶液っていう特殊な液体ですよ」

 表示されたデータを見ながら、小島は言った。

 「バクタ溶液?」

 「生理食塩水をベースに、ある種のバクテリアを混合した特殊な液体です。特徴的なのは生物を生きたまま保存することができる、っていうところですね」

 「生物を生きたまま保存!?」

 圭介が驚いた。

 「ああ。この中に含まれるバクテリアが細胞組織の腐敗を防ぎながら、生命活動の維持まで手伝うんだ。要するに、冬眠状態のまま保存するようなものだな。不老不死というわけにはいかないけど、2、3年ぐらいならそれに近い状態で、中に入れたものを保存することができる。しかも、溶液から取り出したあと、自然蘇生も可能だ。もちろん、既に死んだ生き物も、生きているかのような姿のまま保存することができる」

 「本当ですか? すごい液体ですね」

 「ああ。だが、こいつはまだ開発されたばかりのもののはずだ。買うにしても、かなり高価だろう。何のためにこんなものを・・・」

 「盗んできた死体を保存するために使っていたのかしら・・・」

 仁木がそう言いながら考え込む。一方・・・

 「・・・?」

 圭介は、キャビネットに奇妙なものが置かれているのを発見した。金属でできた、黒い円筒。それが何本も、キャビネットの上に置かれていた。試しに、その一本を手に持ってみた。金属の重さだけでない、中に何かが入っている重さが感じられた。よく見ると、円筒の上部は茶筒の蓋のように取り外せるようになっている。

 「副隊長、こんなものが・・・」

 圭介はそれを持って、二人のところへ歩いていった。

 「・・・何かしら?」

 仁木もそれを見て考え込む。

 「ここが開くみたいです。開けてみましょうか?」

 「そうね・・・危険物反応はなさそうだし・・・」

 「念のため、離れて開けますよ」

 圭介はそう言って二人から離れると、円筒の蓋に手をかけた。

 蓋は簡単に外れた。圭介はその中身をのぞき込んだ。すると・・・

 「!!」

 「きゃあっ!?」

 圭介はひどく驚いた様子を見せ、危うくそれを落としそうになった。圭介のデュアルカメラから送られてきた同じ映像を見ていたひかるも、悲鳴を挙げる。

 「どうした!?」

 「何があったの!?」

 すぐに二人が駆け寄る。

 「す、すいません・・・。ああ、びっくりした。見て下さいよ、これ・・・」

 圭介はそう言って、その円筒を二人に見せた。おそるおそる、それを覗く二人。

 「!?」

 「!!」

 それを見た二人も、それと同じ反応を見せた。だが、それもそのはずであろう。その円筒の中に入っていた液体の中には、何個もの人間の唇が浮かんでいたのだから。

 「副隊長、これって・・・」

 「・・・間違いないわね。被害者達の唇よ」

 すぐに落ち着きを取り戻した仁木がそう言った。

 「どれどれ・・・」

 小島がそう言って容器の中に手を伸ばし、唇を一つつまみ上げる。

 「小島さん、勇気ありますね・・・」

 圭介がそれを見ながら言った。きれいに取り外したように完全なかたちの唇が一個、小島の手の中にあるというのは、ひどくシュールでグロテスクな光景だった。だが、小島はバイザーを降ろすと、メディカル・スコープでその唇を調べた。

 「・・・よかった。この唇、生きてますよ。細胞組織が活動しています」

 「生きている? 人体から切り離されているのに、生きているの?」

 仁木が驚きながら言った。

 「バクタ溶液のおかげですよ。この筒の中に入っている液体も、水槽のものと同じものなんです。これのなかに漬け込まれていたから、腐敗どころか組織が死ぬこともなく、眠ったような状態で保存されていたんですね」

 小島はそう言いながら、その唇を容器の中に戻した。

 「びっくりしました・・・。でも、よかったですね。これなら、まだ被害者の人達に盗まれた顔のパーツを返してあげられる望みがあるんじゃないですか?」

 「そうね・・・」

 ひかるの言葉にうなずく仁木。

 「そうなると・・・」

 そう言って、小島はこの筒が置かれていたキャビネットに近づき、置かれていた同じ筒を一本とって蓋を開けた。

 「・・・こっちには、鼻が入ってます」

 「これは耳が入ってますよ」

 圭介も報告した。ちなみに、耳は対になるように小さな箱に分けられて入れられていた。

 「・・・グロテスクな報告、ありがとう。あら・・・?」

 と、仁木が作業台の上に置かれていた白い手袋を手にとった。

 「小島君、これはもしかしたら・・・」

 仁木に呼ばれ、小島は近づいてその手袋を受け取った。

 「・・・間違いありません。御簾内がはめていた手袋と同じです」

 「うん、間違いないよ。その手袋で御簾内が勝呂さんの目を取り外そうとしたところ、見ました」

 聡美もそう証言する。

 「見た目は、普通の手術用手袋と変わらないように見えますけどね」

 圭介が横からそれを見ながら首を傾げた。

 「でも、小島君達がそう言うのなら、何か特別な秘密があるに違いないわ」

 仁木は手袋を見つめた。

 「よし。小島、その手袋と盗まれたパーツを全て回収して、バックパックにしまえ。何があっても守り抜け。いいな?」

 「了解、命に替えても。女の体に傷をつけるわけにはいきませんから」

 小島はそう言うと、手袋や顔パーツが入った容器を丁寧にバックパックへ入れていった。

 「結局、ここにも御簾内はいませんでしたね」

 周囲を見回しながら、圭介が言う。

 「1階と2階の検索は終わったけど、誰もいなかった。つまり・・・地下ね」

 仁木は確信に満ちた表情でそう言った。





 目の前でエレベーターのドアがゆっくり開いた。薄暗い地下の廊下を、マルチリボルバーを構えながらゆっくりと歩いていく第1小隊。

 「ストップ」

 突然、仁木が手を横に出して後続の二人を止めた。

 「何か?」

 「見て。灯りがついてるわ」

 仁木が指差したのは、廊下の突き当たりにある部屋だった。そこにはドアと窓があり、窓からは室内の光が漏れていた。

 「人がいるみたいですね」

 「ってことは・・・もしかして」

 3人は顔を見合わせ、うなずいた。

 「接近するわよ。姿勢を低くして、なるべく足音をたてないように。いいわね?」

 無言でうなずく二人。

 サササーッ!

 3人は低い姿勢で静かに、それもすばやく、その部屋の前へとたどりついた。すぐに仁木は、小さな丸い窓の下に身を潜めた。

 「私が中をうかがうわ。亜矢さん、全員のディスプレイに私のカメラからの映像を送って」

 「了解・・・」

 亜矢が指示された作業を行う。圭介と小島のディスプレイ、ひかると亜矢のディスプレイ、それに、指揮車内メインモニターが、全て仁木のVJの映し出す映像に変わる。全員が仁木の目を共有したような状態だ。

 「それでは・・・いきます」

 仁木はゆっくりと立ち上がると、そっと中の様子を伺った。

 「!」

 そのとたん、仁木は驚きに目を見張った。室内は先ほど見た実験室と同じようなものだった。ただ、置かれているものの種類はずっと少なかった。先ほどの部屋にも置かれていた、バクタ溶液入りの水槽、それに、手術台に似た大きな台だった。だが、彼女の目はそれよりも、その台の上に寝かされているものと、その傍らに立つ白衣の男だった。

 白衣の男は、間違いなく御簾内だった。こちらに背を向けているが、わずかに横顔も見ることができた。両手にはあの白い手袋をはめている。こちらに気づいている様子はなく、仁木は絶好の監視ポイントだと思った。そして・・・手術台の上に寝かされていたのは、「青いドレスの女」だった。ゆるやかな布で作られた青いドレスを着た女が、手術台の上に寝かされていた。だが・・・その女には、顔がなかった。それに、耳も。のっぺらぼうのようにつるりとした顔の女が、寝かされていた。

 「副隊長、あの女の枕元・・・」

 「ええ、わかっているわ・・・」

 圭介の言葉に、仁木はうなずいた。女の枕元に、例の容器が何個か置かれているのだ。それを見てメンバーは、御簾内が何をしようとしているのかを直感した。

 「踏み込みましょう、副隊長!」

 「いや、待て・・・見てみろ」

 小島の言葉をさえぎり、小隈が言った。

 「何かしゃべってる」

 小隈の言うとおり、御簾内は体を傾け、手術台の女に何かを話しかけていた。

 「死体に話しかけてるの・・・?」

 聡美が気持ち悪そうに言う。たしかに、おそらくあの女は盗んできた女子大生の遺体に青いドレスを着せたものだろう。顔も耳もないのは、もしかしたら不要だとして取り去ってしまったからではないだろうか・・・。

 「亜矢さん、サウンドセンサーの感度をもっと上げて」

 「わかりました・・・」

 亜矢が操作を行うと、はっきりとではないが、壁を通して御簾内の声が聞き取れるようになった。

 「・・・すまないな、瑠璃子・・・」

 まず聞こえてきたのは、そんな謝りの声であった。全員が耳をそばだてる。

 「誕生日までもう少し時間があれば・・・警察やSMSの妨害さえなければ・・・もっと満足のいく素材を集めることができただろうに・・・。私も残念でならないが、目については十分な数を集めることも、素材を吟味する時間も、十分にとることができなかった。だから、目についてはこれ一つしか使えるものがないんだ。許してくれ・・・」

 御簾内はとても優しい声で、言い聞かせるように「青いドレスの女」に話しかけていた。

 「だが、わかってくれ。私はお前を作るために、これまでのどれよりも自分の全てをそそぎ込んだのだ。お前を作るために多くのものを失ったが、そんなものはもはやどうでもいい。私には、お前さえいてくれればいいのだ」

 そう言って、御簾内は部屋の隅に置かれている大きな柱時計を見た。

 「・・・さあ、もう少しで12時になる。お前も、大人になれるんだよ瑠璃子。それじゃあ、始めようか・・・」

 そう言って、御簾内は動き始めた。まず、枕元に置かれていたあの容器の一つをとり、蓋を取って中に手を突っ込んだ。それがその中から取り出したのは・・・唇だった。

 「まずは唇だ。どうだ? すごくきれいな色をしているだろう?」

 御簾内は両手でその唇をもって、顔のない顔へと下ろしていった。そして、本来それがあるべき場所へと置いた。

 「・・・!!」

 その瞬間、メンバーは驚きで目を見張った。ただ置かれたというのではない。手袋に包まれた手がそれを口のあるべき場所に配置したとたん、その唇は顔と一体化し、あたかも以前からそこについていたような自然なかたちで、そこに現れたからだ。

 「次は、鼻だ。高すぎず、低すぎず・・・鼻筋も通っていて、まさにお前にピッタリだ」

 御簾内は同じように鼻を取り出すと、それも顔の上に配置した。その鼻も顔と一体化し、自然なかたちでそこに落ち着いた。

 「そうだ、耳をつけなければ。耳たぶはこぶりだが、その方が形がいい。そう思うだろう?」

 今度は耳を取り出し、それを両側頭部にとりつける御簾内。物言わぬ死体に語りかけながら、盗んだ他人の顔で喜々として理想の娘の顔を作っていくその様は、狂気の芸術家と言う以外に表しようがないほどだった。そして・・・

 「さあ、これが最後だ・・・君に、目をあげよう、瑠璃子・・・」

 最後に、御簾内が容器から取り出したのは、一対の目だった。目を盗まれたのは丸井万里恵一人であるから、おそらくその目は彼女のものなのだろう。と・・・

 ボーン・・・ボーン・・・

 ちょうどその時、柱時計が大きな音をたてはじめた。時計の長針と短針は、12時のところで重なり合っていた。

 「さあ・・・プレゼントだ・・・」

 時計の鳴る中、御簾内はゆっくりと、その目を「青いドレスの女」の顔にとりつけた。そして、完成した「娘」の顔をじっくりと眺めるかのように、数歩下がって「娘」の顔をじっと見つめた。それによって、仁木も「娘」の顔をはっきりと見ることができた。

 「!!」

 その瞬間、メンバーは驚きに目を見張った。御簾内に顔を与えられた「青いドレスの女」。それは、あの絵の中から抜け出てきたと錯覚するほど、あの絵の通りの姿を持っていた。男なら誰もが美女であると思うような姿の女。それが手術台の上に寝かされている姿は、体そのものは死んでいるにも関わらず、表情を見ると眠っているとしか思えないようなものだった。とても、複数の人間の顔や体を組み合わせて作られたとは思えない。一人の人間として生まれ、そして育ってきたような、自然な姿だった。「絵をモデルに人間を作る」。普通の絵画とはまったく逆の手法で、彼は「娘」の姿を再現することに成功したのだ。まさしく、悪魔の業である。

 「ハッピーバースデー、瑠璃子・・・」

 御簾内は満足そうに歪んだ笑みを浮かべて、そうつぶやいた。そして、ゆっくりと「瑠璃子」に近づくと、背中と膝の下に手を差し込み、女を抱え上げた。

 「さあ、最後の仕上げだ。その中に入るんだよ、瑠璃子。そうすれば、この溶液を取り替え続けるかぎり、君はずっとその姿を保ち続けることができる。永遠に、その美しい姿を・・・」

 御簾内は「瑠璃子」を抱えたまま、ゆっくりとバクタ溶液の満たされた水槽へと歩き出した。その時だった。

 バゴッ!!

 研究室の重い鉄の扉が、大きな音をたてて吹き飛んだ。御簾内が驚いてそちらを振り返ると・・・

 「そこまでよ!!」

 純白と真紅のVJを着た仁木と圭介が、彼に銃を向けていた。

 「!?」

 驚いた御簾内が、「瑠璃子」を抱えたまま壁際へと後ずさる。だが・・・

 ガチャァァァァァン!!

 窓を突き破って突入してきた青いVJが、すさまじい速さで御簾内に接近し、「瑠璃子」をその腕から奪い返した。

 「ああっ!? き、貴様何をする!! 私の・・・私の娘だぞ!!」

 「娘」を小島に奪われ、狂ったように叫ぶ御簾内。だが・・・

 「黙れ!! 何が娘だ!!」

 小島は「瑠璃子」を抱えたまま叫び返した。

 「どんなに美しくても、「これ」は他人の顔を組み合わせただけの死体にすぎない!! お前も父親なら・・・娘をもったことのある人間なら、そんなものを作るために顔を奪われた女の気持ちが・・・それで絶望する娘を見る親の苦しみが、わからないのか!?」

 「違う!! それは私の娘だ!! 私が愛して、私が作り上げた・・・この世でたった一人の、私の娘なんだぞ!! 返せ!! 返すんだ!!」

 「・・・」

 小島は狂気に満ちたその叫びを聞きながら、何かを諦めたかのように肩を落とした。

 「副隊長、新座・・・」

 「ええ・・・」

 「わかってます」

 仁木と圭介も、諦観のような響きのある声で静かに言うと、スタンスティックを構えて御簾内に組みかかった。

 「御簾内亀一! 窃盗および窃盗未遂の容疑で、あなたを逮捕します!!」

 「放せ! 娘を・・・娘を返せぇぇぇっ!!」

 「くっ・・・! この、おとなしくしろ!!」

 狂ったように暴れる御簾内だが、両腕をそれぞれ仁木と圭介に拘束されては、身動きのとれるはずもない。

 「・・・」

 やがて、諦めたのか、御簾内はがっくりとうなだれ、動かなくなった。

 「・・・」

 小島はそれを、悲しい瞳で見つめた。だが・・・

 グッ!

 「!?」

 突然、御簾内が顔を上げた。

 「私は・・・私は、瑠璃子と暮らさなければならないんだ・・・。ずっと、ずっと・・・。それが・・・瑠璃子の願いなのだから・・・」

 細い目を大きく見開き、薄い唇から歯をむき出しにした恐ろしい形相で、御簾内は小島をにらみつけた。

 「そう・・・瑠璃子自身が願ったことだ。最初の人形を作った、あの夜に・・・。だから私は・・・瑠璃子のために、その体を作り続けてきた。そして・・・ついに、彼女にふさわしい体を作ることができた。瑠璃子と暮らす準備は、全て整ったのだ。だが・・・それがかなわないというのなら・・・!!」

 「!! ・・・やめなさい!!」

 何かに気づいた仁木が、御簾内を止めようとした。だが・・・

 ガチッ!!

 御簾内は、強く自分の歯を噛みしめた。

 ドガァァァァァァァァァァン!!

 「うわっ!?」

 「ああっ!!」

 その途端、爆発音とともに地下研究室をすさまじい振動が襲った。その衝撃に思わず足をとられ、仁木と圭介は御簾内を拘束していた腕を離してしまった。御簾内はその隙に素早く逃れ、壁際にはりついた。

 「ひかる!! 何が起きてる!?」

 なんとか立ち上がりながら、ひかるに事態の確認をとる圭介。

 「1階で大きな爆発が起こりました!! 爆発物が仕掛けられていたみたいです!!」

 「なんだって!? 貴様ぁ!!」

 小島は御簾内に叫んだ。どうやら、御簾内はその小型点火装置を口の中に隠していたらしい。が、御簾内は不気味な笑いを浮かべるだけだった。

 「ハハハ・・・誰も、誰もここからは逃げられない! 私と瑠璃子・・・二人だけの暮らしが、この世ではかなわないと言うのなら・・・! そうだろう? お前も、それがいいだろう、瑠璃子・・・? ハ、ハハハ・・・ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 狂気に満ちた笑い声をあげる御簾内。

 ドガァァァァァァァァァァン!!

 その時、その頭上で爆発が起こり、降り注ぐ大量のコンクリートや土砂によって、彼の姿と笑い声は、瞬時にかき消された。

 「なんてことを・・・!!」

 圭介はすぐにその場へ駆け寄ろうとした。だが・・・

 ドガァァァァァン!! ドガァァァァァン!!

 今度は1階ではなく地下室そのもので連続して爆発が起こった。瞬く間に火の手があがり、壁に亀裂が走る。

 「新座君、ダメよ! 脱出しなさい!!」

 「しかし・・・!!」

 「このままでは私達が生き埋めになるわ!! すぐに脱出するのよ!! 小島君も!!」

 「圭介君、危険です!! お願いですから脱出して下さい!!」

 「脱出するんだ、二人とも・・・」

 「くっ・・・了解!!」

 「了解・・・!!」

 小島と圭介は後ろ髪を引かれる思いで、仁木とともに爆発の続く地下研究室から脱出を始めた。





 「全部、燃えちゃいましたね・・・」

 圭介のVJのカメラから送られてくる焼け跡の映像を見ながら、ひかるがポツリとつぶやいた。廃墟は爆発と炎により、跡形を留めぬほど黒く焼けこげ、崩れ去っていた。

 「ああ。鎮火できなかったのは残念だ。御簾内を救出できなかったことも・・・」

 口から水滴の垂れるマルチブラスターを右腕に装着したまま、圭介はそう答えた。外へ脱出後、すぐに消火にかかった彼らだったが、すでに建物の大半が業火に包まれ、炎は三人の力で消し止められる限界を超えていた。結局、炎は彼らが消し止めるよりも早く、燃やすべきものを全て燃やし尽くして自ら消えたのだった。

 「かなりの量の爆発物が仕掛けられていたんだ。残念だが、仕方がない。御簾内にしても、おそらくあれでは・・・。お前達はよくやったよ。全員無事で、本当によかった」

 小隈がそう言って、部下達をなぐさめた。

 「そうね。たしかに、彼を助けることはできなかったけど・・・私達がやるべきことは、ちゃんと果たしたはずだわ。盗まれた顔のパーツも「あれ」にとりつけられた分まで取り返すことができたし、御簾内が犯行に使った不思議な手袋も手に入れることができた。これで、それぞれのパーツをもとの持ち主の顔に戻してあげることができるはずだわ」

 仁木がそう言った。その時、聡美があることに気づいた。

 「あれ? そう言えば小島さん、「あれ」はどうしたの?」

 小島は脱出するときまでは抱えていた「瑠璃子」を持っていなかった。

 「ああ。消火を始める前に、とりあえず近くに寝かせておいた」

 「死者をいい加減に扱っては・・・いけないよ」

 「そんなことしてませんてば。とりあえず、柔らかい草の上に・・・」

 そう言って、小島は近くを振り返った。

 「ほら、ね」

 小島の言うとおり、そこには「瑠璃子」が柔らかい草の上に寝かされていた。まるで、眠っているようでもある。それを見たメンバーが、安堵のため息をついた、その時だった。

 目が、開いた。眠りから目を覚ましたかのように、突然に。

 「!?」

 圭介達、それに指揮車の中で同じ映像を見ている小隈達は、あまりの出来事に何も言えなかった。が・・・

 ムクッ・・・

 怪異は、まだ続いた。目を開けたばかりか、「瑠璃子」は上半身を起きあがらせ、ゆっくりと立ち上がり、そして・・・歩き出した。

 ヒタ・・・ヒタ・・・ヒタ・・・

 一歩・・・そして、また一歩・・・。「瑠璃子」は草の上で、ドレスの裾から覗く白い足をゆっくりと進めながら、廃墟へと向かって歩んでいく。圭介達は、ものも言えずそれを見つめるしかなかった。

 「・・・」

 「瑠璃子」は、右手を持ち上げ、前へ伸ばした。何かを求めるように、手のひらを広げて。赤い唇が、ゆっくりと開かれた。何か言葉を発するかのように。だが・・・

 「・・・」

 「瑠璃子」がさらに踏み出した右足は、地面を踏みしめ損ねた。手を前に伸ばし、口を開いたまま・・・ゆっくりと前へ倒れていく。圭介達の目には、それがスローモーションのように映った。

 ドサッ・・・

 「瑠璃子」が草に覆われた地面の上に倒れた音。それさえも、どこか遠くの音のように現実感を伴わなかった。ようやく我に返った圭介達が、そのそばに駆け寄ると・・・

 「・・・」

 「瑠璃子」は、顔を横に向けて倒れていた。その唇が、何か言葉を発するようにパクパクと動いたが、言葉はついに出てこなかった。やがて、赤い唇も、大きな瞳も、ゆっくりと閉じられていった。呆然とそれを見下ろす圭介、仁木・・・それに小島。だが・・・「青いドレスの女」は、何も語らず、ただ横たわるのみだった・・・。





 昼休み。昼食を終えた第1小隊メンバーは、それぞれ食後のひとときを楽しんでいた。

 プシュー・・・

 「ただいま戻りました」

 と、そこへ食事後どこかへ出ていった圭介とひかるが戻ってきた。二人とも、木でできた箱を手に持っていた。

 「どこいってたの? 二人とも」

 自分の席のモニターでサッカー中継を見ていた聡美が、顔を上げてたずねた。

 「ちょっと寮まで。これを取りに行ってたんですよ」

 圭介がそう言いながら、手に持った箱を少し持ち上げてみせた。よくよく見ると、高級そうな桐の箱だった。

 「なんだそりゃ?」

 小島もそれを見て、医学雑誌から顔を上げた。

 「今出しますから。隊長、ここでいいですよね?」

 東の窓際を指さしながら、ひかるが小隈に尋ねた。

 「ああ、さっき言ったとおりだ。好きなようにしてくれてかまわんぞ」

 小隈はその中身を知っているらしく、うなずいた。

 「それじゃ圭介君、ここに飾りましょう。大事に取り出してくださいね」

 「ああ、わかってる」

 二人はそこに桐の箱を置くと、蓋を開けて中のものを取り出し、窓際に並べた。

 「こんなもんでいいかな?」

 「ええ、バッチリです」

 二人はそう言って、小隈達からも見えるようにその場から退いた。

 「どうですか?」

 ひかるがそう言うと、小隈達からおおっという声があがった。

 そこには、一対のひな人形が飾られていた。正確に言えば、烏帽子束帯姿で尺を持ったお内裏様と、十二単姿で金の扇を持ったおひな様だった。

 「そういえば、明後日はひな祭りだったな」

 小島がカレンダーを見ながらそう言う。カレンダーはすでに3月のものに変わっていた。

 「ほぅ・・・これは・・・すごいものだね・・・」

 興味を持ったのか、亜矢が古文書の解読を中断して近づいてきた。

 「人形にも、着物にも・・・細かい細工が施されているね・・・。さぞかし・・・高いんじゃないかな・・・?」

 しげしげとひな人形を観察する亜矢。たしかに、人形の顔は細部まで丹念に筆で描かれ、着物も上質な生地を使っているようだ。

 「ええ。本当は、全部で七段飾りで、十五人揃いのすごく立派なものなんです。でも、全部を飾るわけにはいきませんから、お内裏様とおひな様だけ実家から送ってもらったんですよ」

 そう言いながら、ひかるは箱の中から取り出した屏風とぼんぼりを飾った。

 「いいなぁ。あたしのうちは、お内裏様とおひな様しかなかったから、友達の家に飾られてた立派なひな人形がうらやましかったっけ」

 「お前でもひな祭を祝ったのかよ?」

 「失礼ね! あたしだってれっきとした夢見る女の子だったんだからね! い〜だ!!」

 小島に向かって顔をしかめて見せる聡美。

 「でも、あのお父さんならそれぐらいのものは買いそうだな」

 小隈が笑いながらそう言った。

 「・・・私が産まれて最初の年に、職人さんに頼んで作ってもらったそうなんです。お母さんに内緒で作ってもらったそうですから、家に届いて初めてそのことを知ったお母さんがすごく怒ったらしいですよ・・・」

 ひかるがそう言って、ため息をついた。自分の父親の親バカぶりを嘆いているようだ。

 「でも、いいじゃないか。それだけお前のことを思ってくれてたんだから。それにお前だって、うれしかったのには違いないんだろ?」

 「はい・・・」

 ひかるはそう言って恥ずかしそうに微笑んだ。だが・・・

 「娘を思う親の気持ち・・・か」

 「!」

 その時、小隈がつぶやいた言葉で、オフィス内の全員が沈黙に包まれた。と、その時

 プシュー・・・

 「ただいま戻りました」

 ドアが開いて、仁木が中に入ってきた。

 「あ、お帰りなさい、副隊長」

 聡美がわざと大きな声で、仁木を迎え入れた。

 「どうしたの? 何かあった?」

 オフィスの中の空気が妙なことに気づいて、仁木がキョロキョロと首を回した。

 「いえ、別に・・・」

 「あら、おひな様?」

 その時、仁木も窓際に飾られたひかるのひな人形に気づき、それに近づいた。

 「服部さんの人形? きれいねぇ・・・」

 「はい。ここに飾っても、いいですよね?」

 「もちろん。季節を感じさせるものがあった方が、オフィスの中の雰囲気もよくなるわ」

 「よかった・・・。仕事が終わったら、お花屋さんで桃の枝を買ってきて飾ろうと思ってるんです。あと、明後日はちらし寿司を作ってみようと思ってるんですけど、どうですか?」

 「さんせーい! たくさん作っちゃっていいからね」

 「ほんとにわかりやすい奴だな。花より団子そのものじゃねえか」

 「ウフフ・・・わかりました。安心して下さい。整備班の人達の分まで、たくさん作るつもりですから」

 「酢飯がたくさん・・・必要になりそうだね・・・。私も手伝おう」

 「俺も手伝うぜ。酢と飯を混ぜるぐらいなら、俺にも手伝えるだろう?」

 「ありがとうございます、亜矢さん、圭介君」

 微笑を浮かべてそんな会話を聞きながら、仁木は小隈の机へ歩いていった。

 「ただいま戻りました、隊長」

 ピッと定規で測ったような敬礼をする仁木。

 「ご苦労。悪かったな、一人で回らせちゃって」

 「いえ。私としても、早く結果は知りたかったので。よろしければ、すぐにも報告をさせてもらいたいのですが・・・」

 「そうだな・・・。そろそろ昼休みも終わるし・・・」

 小隈は時計を見てそう言うと、手をパンパンと叩いた。

 「はいはい、悪いけどおしゃべりはそれまでだ。そろそろ、またお仕事を始めないとな。席につけ」

 小隈の言葉で、円卓のそれぞれの席につく圭介達。仁木も自分の席に戻った。

 「さて・・・まずは、例の事件についての調査結果を持って戻ってきてくれた、仁木の報告を聞いてもらおうか。仁木、頼む」

 「了解しました」

 仁木はそう言うと、机の上にアタッシュケースをのせ、それを開いた。中から様々な資料が出てくる。

 「・・・ご存じの通り、容疑者・御簾内亀一の死亡によって、「連続「顔」盗難事件」が終結してから、すでに一週間以上が過ぎました。警視庁・SMSは事件についての捜査結果をすでにまとめ、病院においても、回収された「顔」の本人への返還がほぼ終了しつつあります。その確認のため、警視庁と関東医大病院に出向き、事件後の現状について可能な限りの情報を集めてきました」

 仁木はきっちりとそう報告すると、まずリストのようなものを全員に配り始めた。

 「まず、顔パーツの本人への返還作業ですが、先ほども言ったとおり、これはほぼ終了しつつあります。他の医療機関や研究所の協力により、顔パーツは一つずつDNA鑑定が行われ、それが誰のものであるか、全て判定されています。そうして判定がなされた顔のパーツが、関東医大病院で本人に返還されています」

 「その作業に使っているのは、やっぱりあの・・・」

 「ええ。御簾内が使っていた、あの白い手袋よ」

 仁木がうなずく。

 「でも、どうしてあの手袋はあんなことができるんです? 人間の体を、冷蔵庫の磁石みたいに取り外したりくっつけたり・・・」

 「残念ながら、それはわかっていないわ。詳しい研究はまだだけど、あれを使って元通り顔のパーツを取り戻した人には、今のところ異常はない。おそらく、今後も異常が起こる可能性は低いと、勝呂先生も言っていたわ。とにかく、あの手袋には人間の体を自由に取り外したりつけたりする力があるということだけ。また、顔だけでなく腕や脚も自由に取り外せることもわかった。わかったのは、それぐらいよ」

 「気になってたんですけど、あれは御簾内が作ったものなんですか?」

 「それも不明ね。御簾内の自宅からも、あれについての研究資料などは一切見つからなかった。処分してしまったのか、それとも、誰か別な人間の作ったものを手に入れたのか・・・これについても、今のところは謎のままよ」

 「それにしても、御簾内はなんであんなものを使って、捕まる危険を冒してまで、犯行を続けたんでしょうかね。娘そっくりの顔を作りたかったのなら、盗んだ死体の顔を整形してもよかったはずなのに・・・」

 「それがこだわりだった・・・と言ってしまえば、それまでだったのかもな。もしかしたら、完成すれば「娘」となるものの肌にメスを入れて傷つけるのを嫌ったのかもしれん」

 小隈の言葉に、室内が一時しんとなった。

 「・・・ところで、あの女子大生の遺体の顔はどうなったんですか? 顔がないままお葬式なんて、本人にも家族にも、かわいそうです・・・」

 ひかるがそう言った。小島達が回収した「瑠璃子」の顔は、もとの女子大生の顔を取り外し、盗んできた顔を組み合わせてつくったものだ。それを本人達に返してしまった後では、当然女子大生の遺体はのっぺらぼう、ということになる。

 「そのことについては問題はないわ。私達が回収した容器の中に、一つだけ目、耳、鼻、口が全て一人分ずつ入ったものがあったわ。調べたところ、それは女子大生の顔のパーツだった。被害者達の顔の返還作業が終わったら、彼女も顔を取り戻せるそうよ」

 「そうですか。よかった・・・」

 ひかるがホッとしたような表情を浮かべる。

 「でも、あの手袋があればこれからの移植手術はずっと簡単になるんじゃないかな。そう思わない? 小島さん」

 「・・・たしかにな。あれを使えば、移植手術をする医師の技量を問わず、簡単にドナーの体から臓器などを摘出して、患者に移植することができるはずだ。整形手術だって、同じことだろう。たしかに、画期的な道具だ」

 聡美が小島を見る。小島は腕組みをしながら答えた。

 「・・・だが、俺はあれは気に入らない。あの道具のもつ姿勢は、人間の体をパーツとしてしか見ない姿勢だ。道具は時々、それを使う人間の姿勢まで決めつけることがある。あれを使ったら、御簾内と同じように人間の体をパーツとしてしか見られないようになりそうな・・・そんな気がする。人の命を救うためには、時には手段を選んでいる場合じゃないこともあるが・・・いや、だからこそ、俺はそんな姿勢を大事にしたい。人の体を尊いものと思えない人間に、それを扱う資格はないだろうからな・・・」

 「・・・」

 小島の言葉に、全員が黙り込んだ。

 「・・・とにかく、被害者達のことについては、心配はいりません。顔を盗まれた精神的なショックなど、元通りとはいかないけれど、それも治療と時間で癒すことができるはずです」

 「そうか。では次に・・・警察とSMSの捜査結果を報告してくれ」

 「はい・・・。ですが、これは捜査結果と呼べるほどのものではありませんね・・・」

 仁木が書類を見つめながら、頭を抱える。

 「どういうことだ?」

 「簡潔に言えば、わかったことはほとんど何もない、ということです」

 仁木がそう言った。

 「御簾内本人は死亡。アジトは焼失。自宅にも犯行動機や具体的な犯行内容を記したものなどは、一切見つかりませんでした。なぜ御簾内があんな犯行を企み、どのように準備を進め、どうやって犯行を行ったのか。その真実を知るためのものは、ほとんど失われてしまったのです。単独犯なのか、誰か共犯がいたのか、それさえも・・・。「御簾内亀一による、死んだ娘に対する偏執的な愛情が動機となって行われた犯行」。我々と同じく、捜査本部も状況証拠からそのような結論を出す以外、方法はなかったようです」

 「そうか・・・。だが、それも仕方のないことだろう。それに、あの地下室での御簾内の行動と言葉からすれば、少なくとも動機と目的については、俺達の推理も間違ってはいないはずだろう。あれはまさに、狂気の沙汰だった。愛情と狂気の差は、そう明瞭なものじゃないのかもしれんな・・・」

 小隈の言葉に、メンバーは心の中でうなずいた。

 「・・・以上が、簡潔ではありますが今回の事件について現時点でまとめられる報告です。正式な報告書作成はこれからですが・・・」

 「ちょっと待って下さい、副隊長! まだ一つ、わからないことがあるじゃないですか」

 聡美が手を上げてそう言った。

 「わからないこと・・・?」

 「そうです。つまり、その・・・あの・・・「あれ」のことですよ」

 聡美がためらいがちにそう言った。それだけで、圭介達は彼女が何を言わんとしているのか、すぐに理解することができた。

 「・・・結果は出ているわ。そうね。それも、伝えないわけにはいかないわね・・・」

 仁木はそう言うと、検死報告書らしきものを取り出した。

 「例の女子大生の遺体について、勝呂先生が再度検死を行った報告書よ。結果から言えば、あの遺体はバクタ溶液の作用によって盗難時の状態をほぼ保った状態だった。とはいえ、すでに3ヶ月前に死亡していた事実には変わりはなく、それは「あの時」も同様だった。VJのカメラがとらえた「あの時」のデータでも、「あれ」に体温はなく、その心臓や血流も停止し、脳も活動していなかった。つまり・・・どんな条件を見ても、「あの時」の「あれ」は間違いなく死亡していた・・・ということになるわ」

 その報告に、圭介達は背筋を寒くした。

 「そんな・・・! それじゃあ、「あれ」は何だったんですか!? 幻なんかじゃないんですよ!?」

 ひかるがそう言った。あれが幻でない証拠に、あの時「あれ」が数歩歩いて倒れるまでの十秒に満たない映像は、圭介達3人のVJのデュアルカメラによってしっかりと記録されていたのだ。

 「・・・ええ、現実だわ。でも、なぜそれが起こったのかは、これもまた謎なのよ・・・」

 仁木がうつむきながらそう言った。

 「・・・亜矢さん、何かわからないんですか?」

 圭介が亜矢にそう尋ねた。彼女のおかげで圭介達は、魂とか精霊とかいったものが実在し、怪異を引き起こすことを知っていた。それが、科学によって解明できることも。

 「いや・・・そうではないよ。あれは間違いなく・・・ただの死体だった」

 だが、亜矢は無表情にそう答えるだけだった。

 「そんな・・・! じゃあ、亜矢さんにもわからないんですか?」

 「ああ・・・わからない。でも・・・それはなんの不思議でもないよ。私は・・・人間なんだからね」

 亜矢は静かにそう言った。

 「きっと・・・人間の生と死の間には・・・人間には解きえない何かがあるんだよ・・・。何かが・・・ね・・・」

 「・・・」

 亜矢の言葉が議論の終わりを告げるものであったかのように、そのことについて何か言う者はいなくなった。

 「・・・被害者はほとんど出なかったが、真実については藪の中、か・・・。後味の悪い事件だったな」

 小隈がそう言って、タバコに火をつけた。メンバーはそれぞれ、今回の事件を思い起こしていた。

 「ところで・・・警視庁の押収品保管庫で、私も例の人形を見たわ」

 仁木が思い出したように、小島と聡美にそう言った。

 「あ、あの地下室にあったやつですか」

 「どうでした? 本物の人間みたいに、よくできていたでしょう?」

 二人がそう尋ねると、仁木はうなずいた。

 「ええ。本当に、生きているみたいだったわ。それにしても、人形というのは不思議なものね。あの人形達を見ていると、私が人形を見ているのか、人形達が私を見ているのか・・・そんな倒錯的な感じを覚えたわ。年をとらない、永遠の少女・・・。親を失っても、あの人形達は永遠にあの姿のまま生き続けるのね。あの人形達を作りながら、彼は何を考えていたのかしら・・・」

 仁木はそう言って、どこか遠くを見るような目をした。

 「・・・心理学の用語では、人形とか人の作ったもの、人の形をしたものを愛するっていうのは、ピュグマリオン・コンプレックスっていうらしいですよ。たしか、由来はギリシア神話でしたよね?」

 小島がそう言って亜矢を見ると、彼女はうなずいた。

 「キプロス島の・・・彫刻家の名前だよ。一説には・・・島の王だったともいう。自分の作った女の彫刻に恋をして・・・女神に祈り、人間にしてもらったんだ・・・。神話では・・・最良の妻を得たピュグマリオンは・・・以前にも増して彫刻作りに取り組むようになったらしいけどね・・・」

 亜矢は何かを考えるような表情で、そう言った。

 「人間はみんな、そんな心をどこかに持っているのかもしれませんね。よくできた彫刻に心を動かしたり、人間の姿に似せたロボットを作ってみたり・・・」

 圭介が静かにそう言った。

 「・・・「人間に恋はできなくとも、人形には恋ができる。人間はうつし世の影、人形こそ永遠の生物」」

 仁木が突然、そんなことを言った。聡美が不思議そうに尋ねる。

 「なんですか、それ?」

 「江戸川乱歩が随筆の中で語った言葉よ。彼もまた、そういう考え方をする一人だったようね」

 「永遠の生物か・・・。たしかにそうかもしれんが、俺は自分の人生をなんとか素晴らしいものにしようと、限られた時間の中で悪戦苦闘しながら生きる人間の方がつきあって楽しいと思うし、好きになりたいと思うな。お前もそうだろう、服部?」

 「え・・・は、はい!」

 ふいに尋ねられたひかるは少し慌てたが、すぐに元気よく返事をした。

 「人間は今度の事件のような不可解な事件を起こすこともあるが、それを相手にするのが俺達の仕事だ。俺達が戦う相手が人間なら、俺達が助ける相手も人間。人間は恐ろしいが、それよりもずっと素晴らしい。俺達はこれからも、人間相手に頑張っていこうじゃないか。な?」

 「はいっ!!」

 小隈の言葉に、メンバーは元気よく返事をした。その時・・・

 「あ、そうだ。小島君、勝呂先生から預かってきたものがあるわ」

 仁木は思い出したようにそう言うと、懐から一通の手紙を取り出してそれを渡した。

 「手紙ですか。誰からです?」

 「読めばわかると言っていたわ」

 とりあえず、手紙を広げてみる小島。

 「なになに・・・「前略 SMSの皆さん、こんにちは。都立青葉ヶ丘高校吹奏楽部部長、笹川真央です」」

 「笹川さん? もしかして、あの入院していた子?」

 聡美がその名前を聞いて、横からのぞき込む。

 「ああそうだよ、読んでもいいから押すなっての。ええと・・・「皆さんのおかげで、私も自分の口を取り戻すことができました。今は再び学校にも通えるようになり、クラリネットも吹けるようになって、今まで休んでしまった分も取り戻せるように頑張っています。これも全て、いつもそばにいてくれた母や勝呂先生、私を励ましながら、私の代わりに部をまとめていてくれたさおり、それに、口を取り戻してくれた皆さんのおかげです。特に小島さんの言葉には、絶望の底にいたような私は大きく救われました。本当に、ありがとうございます」」

 「なんだなんだ小島、えらくモテモテじゃないか」

 「そうですねえ。まぁこれも、日頃の行いがいいからでしょうね。真心をこめて接すれば、女性は必ず振り向いてくれるんですよ」

 小隈に調子よく言われ、まんざらでない顔をする小島。

 「いいから、先を読んで下さいよ。俺達全員に書かれた手紙みたいですから」

 「わかってるよ」

 圭介にそう言われ今度はむすっとすると、彼は先を続けた。

 「「今度のことで、私は自分がたくさんの人達に支えられて生きているということがよくわかりました。そして、その人達にお礼をしたいと思うようになりました。いろいろ考えましたが、結局私にできる一番のことは、やはり私の、また、私が部長を務める吹奏楽部の演奏を聴いてもらうことです。今私は、今月に行われる都の吹奏楽コンクールに向けて、必ず優勝できるように部長として頑張っています。つきましては、私達の演奏を、皆さんにも聴いていただけないかと思っています。勝呂先生には既にお話ししてあり、喜んで参加するとおっしゃってくれました。皆さんがお忙しいことはわかっていますし、勝手なお願いであることは承知しています。ですが・・・どなたか一人でもいいので、私達の演奏を聴きに来ていただけるとうれしいです。特に、小島さんは音楽を趣味にしていらっしゃると勝呂先生から聞きましたので、ぜひおいで下さるとうれしいです。日時は3月14日、10:00開催。場所は港区のフランシーヌ・ホールです。当日お越し下さることを、心からお待ちしています。最高の演奏をお聴かせできるように、私も頑張ります。それでは」」

 小島はそう言って、手紙を締めくくった。

 「音楽会のお誘いですか、いいですねえ・・・」

 ひかるがほのぼのとそう言った。

 「隊長! 行かせて下さい! 14日はぜひ休みを!!」

 小隈に詰め寄る小島。

 「女の子が絡むとすぐこれなんだから・・・」

 「進歩がありませんね・・・」

 仁木と亜矢が白い目でそれを見つめる。

 「気持ちはやまやまだが、このあいだ全隊休暇とっちゃったばかりだもんなぁ・・・」

 「この俺に女の子の頼みを断れと!? 部下に女の子を裏切れと言うんですか、隊長!?」

 「おおげさです、小島さん・・・」

 「ほっとけ、ひかる。なに言っても無駄だ」

 眉をひそめていうひかるに、呆れた様子で首を振る圭介。

 「まぁ、たしかに。女の子の頼みを断るのはよろしくない。だからといって、あんまり休みをとるわけにもいかない。そうなると・・・」

 小隈は言った。

 「・・・休みはやれない。その代わり、その子達の演奏の時だけ、それを聴きに行くことを許可する。聴いたらちょっと彼女たちとおしゃべりをして、終わったらすぐに帰ってくる。そのあたりが妥協線だな」

 「えーっ!?」

 思わず不満そうな声を出した小島だったが、仁木と亜矢にジロリとにらまれ、おとなしくなった。

 「・・・わかりましたよ。それでいいです」

 「素直でよろしい。それと・・・岸本。お前も行っていいぞ」

 「ほんとですか!? やったー!!」

 「ちょ、ちょっと待って下さい! なんでこいつまで!?」

 「こいつとはなによ!? あたしだってお見舞いに行ったし、今回の事件でもいろいろ小島さんを手伝ったじゃないの。当然の権利よ」

 聡美が憮然とする。

 「そのとおり。それに、お前一人でそういうことをさせると、なんのかんのと理由をつけていつまでもその場にいたがりそうだからな。戻ってこなくても困るから、岸本はそのお目付役だ。頼めるな?」

 「了解しました!! むぁ〜かせて下さい!!」

 「た、隊長!! 俺がそんなに信用できないっていうんですかぁ!?」

 小島の絶叫がオフィスに響く。仁木は頭を抱えて報告書の作成にとりかかり、亜矢は我関せずという表情で書類に目を通し始めた。

 「どうにかなんないのかな、小島さんのああいうところ」

 圭介がため息をつきながら、ひかるに言った。

 「でも、ああいうところがあるから小島さんらしいんじゃないんですか?」

 「それって誉め言葉か?」

 「悪い意味で言ったつもりじゃないんですけど・・・」

 「まぁ、たしかにその通りかもな。隊長と同じで、やっぱり俺も、人形より人間の方が面白くて好きみたいだ」

 「私もです」

 そう言って微笑む圭介とひかる。そんないつもの昼下がりのオフィスの風景を、窓際に飾られた二体のひな人形が、笑っているような、悲しんでいるような、少し怒っているような、考え事をしているような、どのようにもとれる不思議な表情をして見つめていた。


関連用語紹介

・つけかえ手ぶくろ

 てんとうむしコミックス第7巻「ねこの手もかりたい」に登場。外見はただのビニール手袋そのものだが、この手袋をはめると体のどの部分でも冷蔵庫の磁石のように出血や傷をともなわず取り外すことができ、それをどこへでも付け替えることができる。22世紀ではこの手袋を使って、医師の技量にそれほど左右されない移植手術が行われているのだろう。ちなみにこの話には、目や腕、足といった「人造人体パーツ」も登場しており、これを取りつけることで手を二本増やしたり腹に口をつけたり後頭部にもう一個目をつけたりといったおそろしいことが可能になる。ちなみにこの人造パーツ、ボストンバッグの中に無造作に詰め込まれていてかなり怖い。

 小説中で御簾内が「顔泥棒」に使用していた手袋も、これと同じ機能をもつものである。原作同様、どうやってこんな機能をもたせているのかは一切不明。また、御簾内本人が開発したのかどうかも謎である。



 人体を分離、もしくは切断し、自由に組み合わせたり上半身と下半身を別々に行動させたりといったナンセンスな作品は、上記の「ねこの手も借りたい」以外にも「体の部品とりかえっこ」「人間切断機」、そして、その極致とも言えるコミックス未収録の「分かいドライバー」など数多い。真に驚嘆すべきは、本来グロテスクであるはずのそんな描写を極めてあっさりと描き、それほどブラックな印象を感じさせずに(シュールさは感じられるが)ナンセンスギャグとして成立させてしまうF先生の力ではないだろうか。


おまけコーナー(対談式あとがき)

作者「影月」

聡美「聡美の」

二人「「おまけコーナー!!」」

作者「Extra Episode第6弾、ここまで読んでいただいてありがとうございました」

聡美「また無駄に長いもの書いたわねぇ。で、今回のテーマは?」

作者「「怪奇」ですね。ちょっとオカルトも入ってますけど。最近「怪奇大作戦大全」を読んで、
   ビデオも何本か見たので・・・」

聡美「それの影響ってわけね。相変わらず影響されやすいんだから」

作者「まぁ、これまでも「燃えよ栄光」「雪の童話」と、「怪奇大作戦」っぽいのは
   書いてきたんですけど、今回はよりそれっぽい作品に仕上げてみました。少し
   でも「怖い」と思っていただけたのなら、今回は成功ですね」

聡美「でも、これって前のサイトの最後の作品だったんだよね? サイトの最後になる作品が
   こういうのって、なんだかおかしくない? 普通はもっと明るい作品書くでしょ」

作者「私もそれは思いましたが、基本的にひらめきとノリで書く人間ですから、
   思いついたものしか書けないんですよ」

聡美「その好き勝手に振り回されるあたし達の身にもなってよね・・・」

作者「まぁ、これからもご苦労かけるでしょうが一つよろしく。それでは、今回はこのへんで」



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