とある日の第1小隊分署、ガレージ。その中にはいつものように、整備員達が互いにかけあう声と、工具のたてる騒音が響いていた。
「おやっさん、このパーツ、だいぶくたびれてきてるみたいですけど・・・」
圭介のVJ3号機のアーム・アーマーを分解して点検を行っていた整備員が、パワーユニットの一部のパーツを取り外して楢崎に見せた。
「うん、そうだな・・・。倉庫に在庫のパーツがあっただろ。交換しとけ」
「わかりました」
楢崎に指示された整備員は、パーツを持って倉庫の方へ走っていった。その時
「おやっさん、2号機のチェック、終わりました!!」
少し離れたところで小島の2号機の点検を行っていた整備員達の一人が、ガレージに響く騒音に負けまいと声を張り上げた。
「おう、わかった。休んでいいぞ。八谷、1号機の方はどうなってる?」
「あとはセンサーユニットのチェックだけです! 5分もあれば十分ですよ」
1号機の整備をしていた整備員が楢崎の問いに答えた。小隈がそれにうなずき返した、その時だった。
「お邪魔しまーす!」
整備員達に比べれば小さいが、それでも一生懸命声を張り上げているという少女の声が、ガレージの中に響いた。とたんに整備員達が手を止め、にわかにガレージの中が静かになる。
「点検作業、ご苦労様です。いいですか?」
ガレージの入り口から、何かを乗せたワゴンを押しながらひかるが入ってきた。
「おう、嬢ちゃんか。なにか用か?」
ひかるの登場でいろめきたつ整備員達を無言で制し、楢崎が代表で迎え入れる。
「そろそろ3時ですから、皆さんも休んでもらった方がいいと思って・・・」
そう言ってひかるは、ワゴンの上にかかっていた白い布を取り去った。
「おやつを作ってきたんです」
その途端、整備員達の間からどよめきが起こった。ワゴンの上に載せられていたのは、大きなチーズケーキと山盛りにされたクッキー、それに、紅茶の入った数本のティーポットだった。
「ほぉ・・・これ全部、嬢ちゃんが作ったのかい?」
楢崎も作業帽を脱ぎながら、感心した様子を見せる。
「はい。最近出動が続いて、整備班の皆さんにもいろいろご迷惑をおかけしてますから、これぐらいのお礼はしなきゃいけないと思って・・・」
恥ずかしそうにそう言うひかる。
「なに言ってる。俺もこいつらも、それが仕事なんだから当たり前だよ。ちょっと俺達には上品なおやつだが・・・もちろん、嬢ちゃんの厚意だ。ありがたく受け取らせてもらうよ。そろそろ点検も終わるし、それが終わったらお茶にするか」
楢崎はそう言うと、整備員達に振り返った。
「よぉしお前ら、早くこれを食いたかったら、脇目もふらずに手を動かせ! だからって手ぇ抜いたりしたら承知せんからな!!」
「「「ヘイッ!!」」」
整備員達が俄然やる気に満ちた顔でうなずく。
「とにかく、ありがとよ嬢ちゃん。お前ら、礼はどうした?」
「「「ありがとうございました!!」」」
「そんな・・・。私はただ、おいしく食べてもらえればそれが一番うれしいことですから・・・」
「もちろん、おいしくいただかせてもらうぜ。ここには嬢ちゃんの料理が嫌いな奴なんか、一人もいないんだからな」
楢崎はそう言って、笑顔を浮かべた。
「さて、そろそろ戻った方がいいんじゃないか? あんたらもおやつの時間なんだろう?」
「はい。それじゃあ、あとでお皿を取りに戻ってきますので。失礼します」
ひかるはペコリと頭を下げると、ガレージから出ていった。
「よぉし、再開だ。さぁ、仕事だ仕事!」
楢崎に急かされるまでもなく、整備員達がそれぞれの持ち場へ駆け足で戻っていった。

ミニプレ

Hungry? Angry!!


プシュー・・・
「ただいま戻りました」
ひかるはオフィスに戻るとそう言った。
「おかえり。おやっさんたち、どうだった?」
「点検作業ももうすぐ終わるそうです。終わったら食べてくれるって言ってました」
椅子に座りながら、ひかるは圭介にそう答えた。
「ひかるちゃんお手製のお菓子を目の前にぶら下げられたら、きっと整備班のみんな、目の色変えて働いちゃうだろうね」
「そうそう。どんなドリンク剤なんかより、よっぽど効くもんな」
聡美と小島が笑みを浮かべながらそう言う。
「服部さん、カップをかして」
その時、ひかるの席へ仁木がティーポットを持って歩いてきた。
「あ、すみません副隊長」
「いいのよ」
ひかるのティーカップに紅茶を注ぐ仁木。彼女が席へ戻ると、小隈が言った。
「そんじゃ、始めようか。お茶が冷めちゃうからな。それじゃ・・・いただきます」
「「「「いただきます」」」」
全員がひかるに向かって手を合わせる。ひかるは顔を赤らめた。やがて、彼らは目の前に並べられたチーズケーキやクッキー、それに紅茶に手をつけていった。これまでのおやつの中でも、特に力作と言えた。
「・・・どうですか?」
心配そうな顔でひかるが尋ねる。
「うん。おいしいぞ、ひかる。最高のできだ」
圭介がチーズケーキを口に含みながら、笑顔でそう言った。ひかるの顔がみるみるほころぶ。
「うん、さすが服部だな。いい味だ」
「ほんとほんと。このチーズケーキなんて、なんともまったりとした、お・あ・じ♪」
「なんだよそりゃ。でもほんとだな。クッキーもちょうどいい焼き加減だし、ちょっとほろ苦いのがケーキと一緒に食べるのにちょうどいいな」
「ええ。紅茶もおいしく煎れてあって、ケーキとよくあうわね」
全員がひかるのお菓子を絶賛する。
「ありがとうございます!」
ひかるは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あ〜あ、ひかるちゃんがこんなおいしいもの作ってくれたっていうのに留守だなんて、亜矢さんもかわいそうに」
その時、ケーキを頬張りながら聡美が誰も座っていない亜矢の席を見ながらそう言った。
「仕方がないわよ。NIBEQの新バージョンのエラーの修復には、亜矢さんの知識が必要とされるんだから」
仁木が紅茶を飲みながらそう言う。彼女の言葉通り、亜矢はNIBEQの新バージョンに見つかった複雑なエラーの修復作業のため急遽呼び出され、SMSのシステム研究所で今日の午前中からその修復作業を行っているのである。さきほど電話がかかってきて、どうやら何日か、泊まり込みになるかもしれないとのことだった。
「亜矢さんが帰ってきたら、同じものを亜矢さんにも出そうと思ってます」
「ほんと? それじゃあその時には、あたしも頼んでいいかな?」
「ったく、食い意地の張ったヤツだな。そんなことばっかりしてると太るぞ」
「うるさいわね! あたしはおやつでとった以上のカロリーをちゃんと運動で消費してるんだから別にいいの!!」
小島のいれてきた茶々に、聡美がそっぽを向く。全員がそれにおかしそうな笑いを浮かべた、その時だった。
プシュー・・・
バタバタバタ!!
「!?」
突然オフィスのドアが開き、誰かが慌ただしい足音とともに駆け込んできた。全員が驚いてそちらを見ると・・・
「た・・・た・・・た・・・!!」
圭介達とも顔なじみの整備員の一人、八谷が、ひどく慌てた様子でたたずんでいた。
「どうしたんです? そんなに慌てて」
怪訝そうな様子で圭介が尋ねる。
「たっ、たっ、たいへんなんだ圭介! 聞いてくれ!!」
圭介に駆け寄ってその両肩をつかみ、ガクガクと揺する整備員。
「やややややめてくださいいいいい!! きききもちわるいいいいい!!」
激しく揺さぶられながら叫ぶ圭介。その時、小隈が近づいて八谷の肩をポンと叩いた。
「まぁまぁ落ち着いて。なにが大変なのか、ゆっくり聞かせてくれないか?」
その言葉で、ようやく八谷は圭介を揺さぶるのをやめて、ハッとしたように彼を見た。
「大変なんですよ、小隈さん! ケーキが・・・クッキーが・・・紅茶が・・・!!」
「え!? あのお菓子が、どうかしたんですか!?」
その言葉に、ひかるが驚く。
「とにかく来て下さい! 大変なことになってるんですよ!!」
そう言って八谷は小隈の手を強引にひっつかみ、引きずるようにしてオフィスから出ていってしまった。
「なんなんだ・・・?」
息をついて乱れたネクタイを直しながら、圭介が呆然とつぶやく。
「とにかく、ガレージで何かあったみたいね。私達も行ってみましょう」
仁木の言葉にうなずくと、残された者達もオフィスから出ていった。


彼らがガレージに着くと、そこは騒然としていた。全ての整備員達がテーブルの周りに集まり、なにやら騒いでいる。
「なんだこりゃ・・・」
怪訝に思いながらも、それに近づく圭介達。すると
「おう。お前らも来たか」
彼らを見つけた楢崎が、その輪の中から出てきた。そのそばには、小隈と八谷も立っている。
「おやっさん、何があったんですか?」
「ケーキやクッキーがどうかしたと言ってましたけど・・・もしかして、食べてなにか悪いことが・・・?」
心配に満ちた表情でひかるが尋ねる。
「いや、そういうことじゃないから、そんな心配はしないでくれ。というより、それ以前の問題でな・・・」
「それ以前?」
圭介達が首を傾げる。
「まぁ、実際に見てもらう方がいいな。お前ら、ちょっと開けろ」
楢崎の言葉で、テーブルを囲んでいた整備員達が離れる。それによって、テーブルの上の様子が明らかになった。そこにはひかるが運んできた大皿が置かれていたが、その上にあったホールのチーズケーキや山盛りのクッキーは、かけらも残さず消え失せていた。
「もう食い終わったんですか? さすがにこれだけいると、なくなるのもアッという間ですねぇ」
小島がちょっと呆れた様子で、空の大皿と整備員達を見比べる。
「いや、それも違うんだ。俺もこいつらも、ここにあったお菓子には一口も手をつけちゃいないんだ」
「「「「はぁ?」」」」
圭介達はきょとんとした表情を浮かべた。
「一口も手をつけちゃいないって・・・じゃあなんで、こんなにきれいさっぱり消えちゃってるわけ?」
聡美がそう尋ねると、楢崎は小隈をちょっと振り返って言った。
「今、小隈さんにも話してたところなんだがな・・・」


楢崎の話によると、つまりはこういうことらしかった。
ひかるがお菓子を持ってきたあと、整備班達は一刻も早くそれにありつくため、文字通り目の前ににんじんをぶら下げられた馬の如く、全力で作業を進めた。その結果、点検作業はすぐに終わった。整備員達はすぐに食べたかったのだが・・・
「手を洗うのが先だろうが!!」
と、礼儀やしつけにはうるさい楢崎に怒鳴られた。実際、彼らの体はところどころ整備の際の機械油やホコリなどで汚れていたため、全員ガレージの外の洗い場へ手を洗いに出ていったのである。そして、手を洗い終えた第一陣がガレージの中へ戻ってみると・・・
「ご覧の有様だった、というわけですか」
小隈が空の大皿だけが乗ったテーブルを見ながら、腕組みをする。
「手を洗うのにかかる時間なんて、たかが知れてるんですよ? それなのに、全員がちょっとここをあけた隙にこの有様ですよ。見て下さいよ。紅茶まで全部なくなってるんですから」
八谷がティーポットの蓋を全て開けるが、その中身も全部空だった。
「誰かがこっそり入ってきて、持ち去ったんじゃないかな」
小島がそう言うが、仁木は首を振った。
「それなら、皿やティーポットごと持ち去るはずよ。お菓子や紅茶をわざわざ移し替えるなんて手間になることはしないはずだわ」
「じゃあ、誰かがここであっというまにお菓子を食べて紅茶を飲み干したっていうんですか?」
「それは無理だよ、新座君。副隊長ぐらいの大食いでなおかつ早食いでもなきゃ・・・」
聡美の言葉は、仁木にジロリと睨まれたことで途切れることになった。
「人間の仕業じゃないとしたら、ゴキブリかネズミかなにかが大群で押し寄せてきて、あっというまに全部食べたとか」
「ここにそんな数のゴキブリやネズミがいるんですか!?」
ひかるが顔を青ざめさせる。
「そんなわけないだろう? この分署は俺達がこまめに掃除をして、そういうのが居着かない環境にしようって心がけてるんだから。それに小島さん、ゴキブリやネズミじゃ、ティーポットの蓋までは開けられませんよ」
「なるほど。それもそうだな」
圭介の言葉に小島がうなずく。
「ふむ、どうも珍妙な出来事だな。こういう出来事を専門に相手にしてるとは言っても、まさかこの分署の中で、こんなことが起こるなんてな」
顎に手をやりながら、小隈がつぶやく。
「隊長、どうしましょう? 可能性は低いはと思いますが、この分署の中に不審者が入り込んだとも考えられます。念のため、分署の中をパトロールした方がいいかもしれません」
仁木がそう言うと、小隈はうなずいた。
「そうだな・・・。よし、それじゃそうしよう。悪いが服部、お前は分署の中に配置されてる不審者用の監視カメラに誰か怪しいヤツが映ってないかどうか、チェックしてくれないか?」
「わかりました」
彼らがそんなことを言っていると、八谷が言った。
「小隈さん、そういうことなら俺達にも協力させて下さい!!」
「そうだ! ひかるちゃんのお菓子を食い逃げしたヤツがいるかもしれないのに、このまま黙ってられるか!!」
「ふんづかまえて叩きのめしてやろうぜ!」
血気盛んな若者の多い整備班。物騒なことをのたまい始めるが・・・
「・・・おやっさん、いいですか?」
「まぁ、しかたねぇだろう。仕事も一段落ついたことだし、このままじゃこいつらも収まりがつかないだろうしな」
楢崎もそう言ったので、小隈はうなずいた。
「それじゃあ、みんなにもお願いしようか。仁木の指示に従って、この分署の中を見回ってほしい」
「了解!!」
整備員達はまるで実動員の一員になったかのように、張り切って敬礼をした。


「結局、昨日のあれはなんだったんだろうねぇ」
翌日のお昼。聡美がボールペンを指先でもてあそびながらぼんやりとそう言った。
第1小隊、それに40名以上の整備員を動員しての捜索だったが、彼らは結局、「謎の食い逃げ犯」を捕まえることはおろか、その姿を見つけることもできなかった。監視カメラの記録をチェックしたひかるの方も同様で、その日は不審者はおろか誰一人、第1小隊分署の敷地には入ってきていなかった。
「結局被害はお菓子がなくなったってだけですけど、SMSの敷地内で起きた事件が迷宮入りじゃ、格好がつかないよなぁ」
「そうね。なんとか真相を解き明かしたいところだけど・・・」
小島の言葉に仁木も頬杖をつきながらそう言う。と、その時・・・
プシュー・・・
ドアが開いて、キッチンで昼食を用意していたひかるが入ってきた。
「どうした、ひかる?」
圭介が彼女に尋ねる。
「コーヒーを煎れてたんですけど、キッチンのコーヒー用のお砂糖を切らしちゃってて・・・すみませんけど、誰か持ってませんか?」
「あ、俺あるわ。どうぞ」
小隈がそう言って、引き出しの中から角砂糖の詰まった瓶を取り出す。
「ありがとうございます。料理はもうできてて、あとはコーヒーをいれるだけですから、もう少し待っててくださいね」
そう言って、ひかるは瓶を持って再び出ていった。が、その直後・・・
「キャアアアアア!!」
「「「「「!?」」」」」
ひかるの悲鳴が、どこかから聞こえてきた。すぐに圭介が立ち上がり、キッチンへ向かって走り出す。他のメンバーも、それにすぐに続く。
「どうした、ひかる!?」
キッチンに駆け込むなり、圭介は叫んだ。ひかるはキッチンの入り口で、壁により掛かって青ざめていた。
「お、お料理が・・・!」
そう言って、流し台の上を指さすひかる。圭介がそこを見ると・・・
「!?」
そこには、先ほどまでは料理が乗っていたと思われる皿が、空の状態で並んでいた。圭介を追って駆けつけたメンバーも、それを見てすぐに何が起きたかを悟った。


それから間もなく。オフィスの中では、緊急会議が開かれた。
「またも食い逃げ・・・しかも、分署の建物の中でなんて・・・どういうわけなのかしら」
聡美が頭を抱える。
「分署の正門は昼間は開けてますから、敷地の中へ入ることなら誰でもできますけど・・・この建物の入り口にはロックがついてて、俺達が解除しないと外部の人間は中に入れない仕組みになってますからね」
「ええ。もし誰かが中に入ってきたのだとしたら、もうただの食い逃げじゃすまされない。二度も誰かに侵入され、そのうち一度はこの建物の中まで侵入を許したとなれば、この分署の防犯体制を見直さなければならないわ」
圭介の言葉に、仁木は深刻な表情でうなずいた。調べてわかったことだが、建物のドアや窓には通常通りすべてロックがかかっており、部外者が入り込める隙などないはずだった。
「しっかし、わかりませんよねぇ。こんなところに入り込んでまで、なんで食い逃げなんてケチなこと・・・。ここに忍び込むようなヤツなら、他に盗みたいと思う物なんていくらでもあるでしょうに・・・」
小島が椅子の背もたれに凭れながら言う。実際、昼食が何者かに食べられた以外、特に物やデータが盗まれるなどの被害はなかった。すると、小隈が言った。
「どうにも謎だらけだが・・・とりあえず、昨日のことと共通点はあるな」
その言葉に、全員が彼を向く。
「共通点? なんですかそれは」
「食い逃げの被害にあったのは、どっちも服部の作った料理、ってことだ」
その言葉に、ひかるが驚いた顔をする。メンバーは小隈とひかるの顔を交互に見比べた。
「隊長・・・まさか、犯人はひかるの料理食いたさに、こんなところまで忍び込んで食い逃げしてるっていうんですか?」
「服部の料理には食い逃げされるだけの価値はないっていうのか?」
小隈の言葉に圭介はちょっと息を詰まらせたが、すぐに言った。
「そ・・・そうじゃありません! たしかにひかるの料理は、どこのレストランにだって負けないと思ってますよ。けど、だからってそうまでして食い逃げするなんて、ちょっと考えにくいじゃないですか」
「まぁ、それはたしかに言えてることだけど・・・」
小隈はのんびりとしながら続けた。
「とりあえず、これからはもっと気をつけようよ。今のところ食い逃げは、服部や整備班が目を離した隙に素早く行われている。これからは服部が料理を作ってから俺達が食べるまでは、常に誰かが料理のそばについて見張りをすることにしよう。なに、どうせキッチンからここまで運ぶだけの間だ。犯人がどれだけの早食いの名人か知らないが、俺達が見張りをしてる前じゃ、大胆なことはできないだろう」
小隈の意見は、とりあえずの対処法としては異論を差し挟む余地はなかった。全員が素直にうなずく。
「とりあえず服部、残り物でなにか作ってくれないか? おにぎりとかでもいいからさ」
「は・・・はい。わかりました・・・」
小隈に頼まれ、ひかるは席を立った。


翌日の昼。キッチンの中には、ちょっと緊張した空気が流れていた。
「できました・・・」
お皿の上には、ほかほかと湯気の立つ長崎ちゃんぽん。とてもおいしそうだが、それを見つめるひかると圭介の視線は、鋭いものだった。
「・・・」
圭介は無言でうなずくと、周囲に誰もいないか見回し、さらに先ほど一回確認したはずのキッチンの窓の戸締まりをもう一度確認した。
「・・・よし、大丈夫だ。オフィスに運ぶぞ」
圭介がそう言うとひかるはうなずき、慎重にそれらをお盆に乗せていく。やがてそれが終わると、彼らはそれをもってゆっくりと運び始めた。互いに言葉を交わさないまま、ただ視線だけを頻繁に周囲に走らせ、慎重に料理を運んでいく。
プシュー・・・
「お待たせしました」
やがて、彼らは無事にオフィスへとたどり着いた。迎えるメンバー達が、ホッとした表情を浮かべる。
「どうやら、無事に運べたようね」
「さすがに謎の食い逃げ犯も、人がいたんじゃ手出しはできなかったみたいですね」
安堵の笑みを浮かべる仁木と小島。
「なんだか疲れちゃいましたよ。料理運ぶだけで、こんなふうに神経使わなきゃいけないなんて」
圭介とひかるは彼らの前に、無事運んできたちゃんぽんを並べ始めた。
「ご苦労さん。それじゃ、いただこうか。ここまでして運んできたんだから、おいしくいただこうじゃない」
そう言って箸を持つ小隈。他のメンバーもそれに倣う。
「それじゃ・・・いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
と、その時だった。
フワッ・・・
「!?」
突然、圭介の目の前のちゃんぽんが、音もなく宙に浮かび上がった。全員が呆気にとられていると・・・
「あっ・・・!?」
「わっ!?」
ひかる、聡美、小島、仁木、それに小隈・・・と、次々にちゃんぽんをのせた皿が宙に浮かび上がっていく。そしてそれらは、ひとつにまとまると・・・なんと、突然その上に乗っていたちゃんぽんが、虚空に消えてしまったではないか。
「!?」
激しく驚くメンバー。その前で、6枚の皿は浮かんだときと同じく音もなく下りてきて・・・机の上に、静かに置かれた。
「な・・・なに、今の・・・!?」
聡美がわけが分からない様子で叫ぶ。
「まさか・・・犯人は透明人間か!? どこだ!? 出てこい!!」
小島が何もない周囲に向かって叫ぶ。だがその声に応える者は誰もいなかった。
「・・・また、食い逃げか」
やがて、誰ともなく小隈がポツリとつぶやいた。その言葉に、全員がとりあえず落ち着きを取り戻す。しかし、目の前でちゃんぽんが消えるという不可思議な現象に直面した驚きは、そう簡単に収まるはずもなかった。
「どうなってるんでしょうかね・・・。ほんとに透明人間なんかじゃなきゃ、あんなことできるわけありませんよ」
圭介がそう言う。
「もしかしたら、あたし達じゃ手に負えない相手の仕業なのかもね・・・。あぁぁ、こんな時に亜矢さんがいてくれたらなぁ・・・」
と、聡美がつぶやいたその時だった。
「呼んだかな・・・」
「わぁっ!?」
聡美の後ろで突然声がしたので、彼女は思わず飛び跳ねて驚いた。その直後、一瞬部屋の中が暗くなり、次の瞬間にはそこに亜矢が姿を現していた。
「噂をすれば影が差す、か。まさにお前にピッタリな言葉だな。とりあえず、お帰り。システムの方は、直ったのか?」
小隈が特に驚いた様子も見せずにそう言う。
「ええ・・・もう私がいなくても大丈夫なので・・・戻ってきました・・・。それより・・・ん・・・?」
亜矢は突然、何かに気がついたような表情で周囲を見回した。
「どうしたんですか?」
「いや・・・かすかだが・・・妖気のようなものを感じてね・・・。なにか・・・あったのかな・・・?」
いつもの無表情でそう語る亜矢に、メンバー達は顔を見合わせた。


「なるほど・・・。それはおかしなことが・・・起こっているようですね・・・」
小隈達からこのところ起こっている奇妙な事件の話を聞かされた亜矢は、特に驚くでもなく、むしろ興味を浮かべた表情でうなずいた。
「情けない話だが、どうも俺達じゃ手に余ることみたいだ。なんとかならんかな?」
小隈と同様、圭介達も彼女に期待の視線を向ける。すると、亜矢は微笑を浮かべた。
「ええ・・・任せて下さい。私も・・・ひかる君の料理が食べられないのは・・・困りますからね・・・」
その言葉に、とりあえず安堵のため息をもらす一同。
「でも亜矢さん、どうやって謎の食い逃げ犯を捕まえるつもりですか?」
「それについては・・・いい手がある。すまないがひかる君・・・協力してもらえないかな・・・?」
「は・・・はい」
亜矢に見つめられ、ひかるはとりあえずうなずくしかなかった。


誰もいないガレージ。その真ん中にテーブルが置かれ、その上にはほかほかと湯気の立つ豪勢な料理がいくつも、所狭しと並んでいた。すると・・・
ムシャムシャ・・・
なんと、その料理が見る見るうちに食べられていくではないか。小島が言ったとおり、まるで透明人間が食事を楽しんでいるような、不可思議な光景だ。と、その時・・・
バァン!!
突然、壁際に並んでいたロッカーの扉が勢いよく開いた。そして・・・
「そこまでだ、食い逃げ犯!!」
「今日こそお縄を頂戴するからね!!」
「化けの皮をひん剥いてやる! 覚悟しろ! 亜矢さん、頼みます!」
「・・・」
ロッカーの中から圭介、聡美、小島、それに亜矢が飛び出してきた。亜矢は無言で、手に持った懐中電灯のような道具をテーブルの方へ向けた。
「外道照身・・・霊波光線・・・」
ピカッ!
亜矢がそうつぶやいてスイッチを入れると、そこからまぶしい光が飛び出した。そして・・・
パシッ!
「わぁっ!?」
驚きの声と共に、テーブルのそばにそれまで見えなかった何者かの姿が浮かび上がった。
「正体見たり・・・」
亜矢がぼそりとつぶやきながら、ライトのスイッチを消す。
「な・・・なんだあいつは!?」
正体を現したその姿を見た圭介達は、驚きの表情を浮かべた。
一言で言えば、ハロウィンの時に子供が扮装するシーツをかぶったオバケだった。背丈も1mと少しぐらいだろう。人間のように頭と胴体と足の区別があるわけではないようだが、それは全身真っ白なシーツのような服を頭からかぶっているからで、もしかしたらその下の体にはちゃんとした区別があるのかもしれない。とにかく、袋を被ったような体から短く指のない手が両脇から伸びている。顔・・・というのかどうかわからないが、とにかくその中心には大きな丸い目が二つ。鼻はなく、目の下には直接、大きなタラコを二つ合わせたようなやたら大きな口があった。それだけでも十分まぬけな姿ではあるが、頭頂部に所在なさげに生えた3本の髪の毛が、さらにそれをまぬけな姿にしていた。
「わっ・・・!!」
自分の正体がばれてしまったことに気づき、服の裾から覗く短い足で、走って逃げ出そうとする食い逃げ犯。しかし・・・
「逃げられないよ」
ガレージの出入り口からは小隈、仁木、ひかる、それに整備班の面々が姿を現す。
「!?」
食い逃げ犯はそれを見て背後を振り返ったが、そちらからは圭介達が手にロープを持って迫ってくる。食い逃げ犯は両者に挟まれ、追いつめられた。そして・・・
「総員、かかれー!!」
ワァァァァァァァァァ!!
小隈の号令とともに、圭介達と整備班が手に手にロープをもち、雄叫びをあげながら食い逃げ犯に殺到した。しかし・・・
フワッ・・・
「!?」
なんと、その寸前で食い逃げ犯は風船のように宙に浮かび上がった。
「うわっ・・・!?」
ゴン!! ガン!! ドガッ!!
「あ痛っ!!」
「ぐえっ!!」
そして、そのまま圭介達と整備班はぶつかってしまった。
「空を飛ぶのか!?」
圭介達は空へ飛び上がった食い逃げ犯を見上げた。
「小島さん、聡美さん、何してるんです!!」
何人かの整備員と頭をぶつけて昏倒している小島と聡美に声をかける圭介だが、二人は意識がもうろうとしていて、なかなか立ち上がろうとしなかった。そのあいだに・・・
「逃げるぞ!!」
食い逃げ犯はガレージの屋根の天窓から、外へ逃げ出そうとしていた。さすがに空を飛ばれては手出しができない。誰もがこれまでかと思った、その時だった。
バサバサバサバサバサ!!
突然羽音がしたかと思うと、食い逃げ犯の前に真っ赤な体の三本足のカラスが姿を現した。
ガアガアガア!!
「わぁっ!?」
目の前に突然現れ、けたたましく鳴くカラスに驚いてバランスを崩し、食い逃げ犯は地面へと落ちてきた。
ドサッ!
「今だよ・・・」
亜矢の声に我に返り、圭介と整備班が地面に落ちた食い逃げ犯に群がる。
バサバサバサ・・・
「ありがとう、八咫烏・・・助かったよ」
肩にとまった赤いカラスを優しくなでる亜矢。カラスは高い声で鳴くと、煙のように消え失せた。
「小島君、聡美君・・・大丈夫かな・・・?」
「う・・・うーん、なんとか・・・」
「まだちょっとフラフラするけど・・・」
小島と聡美を助け起こし、亜矢は食い逃げ犯を捕まえた圭介達のところへ歩いていった。
「ご苦労様・・・」
「ありがとうございます、亜矢さん。おかげで捕まえられましたよ。でも・・・こいつ、いったい何なんですかね?」
床の上にのびたまま、ロープでグルグル巻きにされている奇妙な食い逃げ犯を前に、圭介は怪訝な顔をした。
「あまり・・・手荒に扱ってはいけないよ・・・。元来・・・悪い性格じゃないんだからね・・・」
「え・・・? 亜矢さん、もしかしてこいつがなんなのか、知ってるんですか?」
亜矢は無言でうなずいた。やがて、小隈達もやってくる。
「お手柄。しかし、これからどうすればいい?」
その時・・・
「う・・・ううん・・・」
うなりながら、その食い逃げ犯は目を覚ました。そして、ハッと気がついて周囲をおびえた目で見たが・・・
「大丈夫・・・怖がることはないよ・・・」
亜矢は優しく語りかけた。


「「「「「「「オバケ族!?」」」」」」」
亜矢の口から出た耳慣れない言葉に、第1小隊のメンバー達、それに、整備班の代表としている楢崎は思わずそれを反復した。
「・・・って、なんなの、それ? お化けなわけ?」
「お化けではなく・・・オバケだよ・・・」
文字で書かなければ違いのわからない言葉を口にする亜矢。縄をほどかれ、彼女の隣におとなしく座っている食い逃げ犯も、それに小さくうなずく。
「オバケ族というのは・・・妖怪や幽霊のような物の怪の類ではなく・・・どちらかといえば・・・私達と同じ・・・生物に近い存在なんだ・・・。もっとも・・・精霊に近い特質も・・・備えているけどね・・・」
亜矢はそう言うと、さらに続けた。
「そもそも大昔・・・地球には私達とオバケ族・・・二つの種族が存在した・・・。しかし・・・人間の文明が進歩するにつれ・・・もともとのんびり屋のオバケ族は人間にかなわなくなっていった・・・。追いつめられたオバケ達は・・・もともと備わっていた変身能力で人間を脅かしたりしていたけれど・・・結局は、雲の上に移り住んでしまった・・・。それが、君達オバケ族だね・・・?」
「う、うん・・・」
亜矢がそう尋ねると、「オバケ族」らしきその食い逃げ犯は小さくうなずいた。
「どうして亜矢さんが、そんなことを知っているんですか?」
全員が疑問に思ったことを、ひかるが尋ねる。亜矢は微笑を浮かべた。
「オバケ族は人間に地上を追われることになったが・・・もともと優しくて、人なつこい種族なんだよ・・・。だから・・・彼らのような存在を理解して、寛容に接してくれる人達のところへ・・・彼らがやってくることもごくまれにある・・・。アメリカに住んでいる私の友人のところにも・・・一人のオバケ族が居候をしていてね・・・。今の話は・・・その彼から聞いたことだよ」
その話を聞きながら、一体亜矢は自分達の知らない世界をどれだけ知っているのかと、全員が思わずにいられなかった。もっとも、知らない方がよいこともたくさんあるのだろうが。
「なるほどね。とりあえず正体はわかったが・・・ここからは事情聴取になっちゃうな。まず、名前を聞かせてもらおうか?」
小隈はあまり怖がらせないように、のんびりとした声で彼に尋ねた。
「きゅ、Q太郎・・・」
食い逃げ犯は緊張した声でそう言った。姿だけでなく名前までまぬけなので、思わず圭介達は笑いそうになったが、仁木が無言でそれをたしなめた。
「Q太郎君、ね。あとは年齢、職業、住所だけど・・・これは聞いてもしょうがないな。それじゃあ、いきなり核心に入っちゃおう。おととい整備班に出したケーキとクッキーと紅茶、それに昨日の俺達のお昼のタコライス、そして今日の俺達のお昼だったちゃんぽん・・・これを食い逃げしたのは、君なのかな?」
Q太郎は決まり悪そうにだったが、うなずいた。
「どうしてこんなことをしたのか、聞かせてもらおうか。そもそもなんで君は、ここに来たのかな?」
メンバーに見つめられ、Q太郎は困惑していたようだったが・・・亜矢に無言で促され、やがて口を開いた。
「・・・ぼくの妹が、人間界で居候をしてるんだ。それで、会いに行こうとしたんだけど・・・」
「うんうん」
「でも、その途中で道に迷っちゃって・・・。あちこち飛び回ってるうちに、持ってきた食べ物は全部食べちゃって、最後にはお腹ペコペコで、ここに落っこっちゃったんだ」
(ま、まぬけなヤツ・・・)
圭介や聡美や小島はそう思ったが、言葉には出さなかった。
「なるほど。つまり行き倒れになっていたところで、ガレージに置かれていたお菓子と紅茶を見つけた。あまりの空腹に、思わず・・・ってところだな?」
小隈の言葉に、Q太郎はうなずいた。
「わかった。でもそれからも、姿を消しては服部の料理を食い逃げしてたのはどうしてだ?」
「あの食べ物がとってもおいしかったから、同じ人が作ったものをもっと食べてみたくなっちゃって。でも、最初にあれを食べた後でここにいる人達がすごく怒ってたから、今姿を現したらきっと怒られると思ったから・・・」
「・・・私の料理をおいしいって言ってくれるのは、本当に嬉しいです。でも、食い逃げなんてよくありません。ちゃんと謝ってくれれば、いくらでも作ってあげられたのに・・・」
Q太郎の話を聞いていたひかるが、複雑な表情で言った。
「ひかる君の言うとおりだよ・・・。さぁ・・・謝って・・・」
「ごめんなさい・・・」
亜矢に促され、さしものQ太郎もシュンとして謝る。
「・・・まぁ、行き倒れてた結果なら仕方ないし、被害も食べ物だけで済んだことだし。それに、オバケを逮捕するわけにもいかんからな。今回ばかりは大目に見るってことで、どうだ?」
メンバーを振り返って尋ねる小隈。
「隊長がそうおっしゃるのなら・・・」
「まぁ、メシのことで目くじらたてるってのも、大人げないですしね」
「そうだね」
「ひかる、どうだ?」
「私も・・・かまいません。整備班のみなさんには、また改めて作りますから」
メンバーにうなずき、今度は楢崎に向く小隈。
「おやっさんも、どうにか容赦できませんかね・・・?」
「まぁ、こういうことに関しちゃあんたが決定者だからな。あんたがそうしたいんなら、俺はかまわないぜ。うちの連中は、なんとか俺から説得しておこう。嬢ちゃんがまた作ってくれるっていうなら、連中の腹もおさまるだろうし」
全員の同意を得ると、小隈はQ太郎に言った。
「まぁ、そういうことで今回だけは大目に見るよ。ただ、今度からはこんなことをやっちゃいかんよ。そっちではどうかは知らないけど、俺達の世界じゃ食い逃げは犯罪だし、オバケだからって容赦してくれる人ばかりとは限らないからね」
「・・・」
だが、Q太郎はうつむいたまま、何も言わなかった。
「どうしたんだい・・・?」
亜矢が声をかけると、彼は顔を上げた。
「・・・許してくれるのはうれしいけど、やっぱりなんだか、このままじゃいけない気がして・・・。お詫びに何か、お手伝いをしたいんだけど・・・」
その言葉に、小隈達は顔を見合わせた。
「気持ちはわかりますけど・・・本当に、私達はもういいんですよ?」
ひかるがそう言うと、メンバーは皆うなずいた。しかし、やはりQ太郎は納得した様子を見せない。やがて、亜矢が言った。
「・・・本人の好きなように・・・させてあげた方がいいんじゃないのかな・・・。悪いことではないし・・・」
亜矢の言葉に再び顔を見合わせるメンバー。やがて、小隈が言った。
「まぁ、そうしたいならしてもいいけど・・・うちらの仕事は特殊だからなぁ。正直、君に手伝えることがあるかどうか・・・」
小隈が考え込む。すると、小島が思いついたように言った。
「あ、そうだ。亜矢さん、さっきこいつらには、変身能力があるって言ってましたよね?」
「ああ・・・。それにさっき見たように・・・姿を消す能力と・・・飛行能力もね・・・」
亜矢がそう付け加える。
「変身能力があるなら、それがなにかに役立たないかな? お前、どんなものに化けられるんだ?」
小島がQ太郎にそう言うと、彼は困った顔をした。
「ぼくは化けるのは苦手なんだ。一つだけ化けられるのは、これなんだけど・・・」
Q太郎はそう言うと立ち上がり、やおらもともと大きな口をさらに大きく開け始めた。それにともない、だんだん体の形が変わり、大きさも小さくなっていく。やがて・・・
コロン・・・
床の上に転がった、Q太郎の変化した姿。それは一足の白い「靴」だった。Q太郎をそのまま靴にしたような、まぬけな靴である。
「これしか化けられないんだけど」
「・・・」
「靴」になったままそうしゃべるQ太郎。さすがにメンバーは閉口した。
「・・・もういいよ。もとに戻って」
小隈がそう言うと、Q太郎はもとの姿に戻った。
「それじゃあさ、特に何かしてくれなくてもいいからさ・・・」
今度は聡美が、何か興味の光を目に浮かべてQ太郎を見つめた。
「その服の下、どうなってるの? 足だけはちょっと裾から出てるけど・・・ねぇ、ちょっとでいいから見せてくれないかな?」
すると、途端にQ太郎は慌てた様子を見せた。
「だ、ダメだよ! それだけは絶対に秘密! この服の中の秘密は、オバケの命なんだから!!」
「そんなふうに言われると、ますます見たくなっちゃうよ。ねぇ、お願い。ちょ〜っとでいいからさ。ね、減るもんじゃないし」
さらに興味が増したのか、強引にその服をまくろうとする聡美と、それを防ごうと裾を押さえるQ太郎。二人は騒ぎながら押し問答を続けたが・・・
「やめなさい、岸本さん。嫌がっているじゃないの。あなただって、他人に服を脱げと言われたらいやでしょう?」
「そうだぜ。嫌がってるヤツを脱がせようなんて、まるで酔った親父じゃねえか」
「す、すいません・・・」
仁木と小島にそう言われ、聡美は顔を赤くしてそれをやめた。
「そうなると、掃除とか皿洗いとか、そういうのしかないかな・・・」
「でも、そういう仕事は今の私達でも十分足りちゃってますし・・・」
圭介とひかるも顔を見合わせる。全員が腕組みをしながらうなりはじめた、その時だった。
Trrrrr・・・
聡美の机の上の電話が、突然鳴り始めた。全員がハッとしてそれを見つめたが、すぐに聡美がそれに飛びつく。
「はい、特機保安隊第1小隊です。・・・はい。ただいま代わります」
聡美はそう言って、受話器を小隈に差し出した。
「隊長。神奈川県警からです」
小隈はうなずくと、それを受け取った。
「はい、小隈です。・・・はい・・・はい・・・それで・・・」
全員が彼の表情をうかがう。
「・・・本当ですか? ・・・わかりました。直ちに出動します」
小隈はやがて、電話を切った。
「事件ですか?」
圭介の言葉に、小隈はうなずいた。
「横浜で銀行強盗をした三人組が、逃走途中に幼稚園バスをバスジャックした。そのままバスごと、近くにあった倉庫の中にたてこもってしまったそうだ。警察がすでに包囲を終えているそうだが、犯人達は園児達を人質にとったまま、籠城のかまえをみせているそうだ。一刻の猶予もない。すぐに出動するぞ」
真剣な表情の小隈の言葉にうなずく圭介達。小隈は楢崎にも向き直った。
「おやっさん、すいませんが・・・」
「わかってる。すぐにVJを積ませよう」
楢崎は作業帽を被ると立ち上がった。
「SMS第1小隊、出動!!」
「了解!!」
ザッ!
敬礼をすると、走り出す第1小隊。
「ぼ、ぼくは!?」
Q太郎が慌てた様子で、その背中に叫ぶ。
「その話は戻ってきてからだ! 悪いがここで留守番しててくれ!!」
走りながら叫ぶ圭介の言葉に、Q太郎は何も言わなかった。
「・・・」
オフィスにはただ、Q太郎一人が残された。


ヒィィィィィン・・・ズン・・・
わずかな振動と共に、指揮車は着陸を終えた。
「隊長、現着しました」
運転席の聡美の言葉に、小隈はうなずいた。
「神奈川県警の指揮車と連絡をとっておいてくれ。俺は状況を確認してくる。仁木達はいつでも出られる用意をしておいてくれ」
「了解」
「了解」
部下達に指示を下すと、小隈は指揮車から降りた。
現場は、横浜の中心市街から離れた倉庫街だった。普段ならば港湾関係者や配送業者ぐらいしか姿のない場所であったが、今現場は多数のパトカーや待機する救急車、それにマスコミの車といった車両がひしめき、慌ただしく人が行き交っている。小隈はそれをすり抜けながら、パトカーの前でポリスジャケットを着た警官達に指示を下している一人の男の所へと近づいていった。
「どうも、遅くなりまして」
小隈の言葉に、その男は振り返った。
「SMS第1小隊の小隈です。私以下7名、ただいま現着いたしました」
そう言って敬礼をする小隈。男は待ちかねたといったような表情で、小隈に返礼をした。
「神奈川県警第3機動隊の佐久間警部です。よくお出でくれました」
「いえ。それよりも、早速状況を」
無駄なあいさつは無用とばかりに、小隈は早速切り出した。
「はい。今から2時間ほど前のことなのですが・・・」


 2時間ほど前、横浜市内にある銀行に三人組の強盗が押し入り、現金1億2千万円を強奪していった。事前に綿密な計画をたてていたらしく拳銃も用意していて、その手口は非常にスムーズで、事件発生から犯人の逃走まで、ほんのわずかな時間しかかからなかった。そのまま計画が進めば、彼らはうまく逃げ切ったかもしれない。
 しかし、綿密な準備を進めていた彼らにとって、大きな誤算が起こっていた。その1時間ほど前に、現場からそう離れていない道路で、木材を積んだトラックが横転事故を起こしていた。その事故処理と交通整理のため、周辺の警察署から何台ものパトカーが出動していた。そんな時に銀行強盗事件が発生し、事故現場の処理にあたっていたパトカーはその現場を後続の部隊に任せ、逃走する犯人の追跡にあたるように命令が出されたのである。
 かくして、パトカーはすぐに犯人達の車に追いつき、犯人達は複数のパトカーに追われることになった。そして、しばらくは市街地の道路を舞台に犯人と警察とのカーチェイスが繰り広げられたが、それもそう長くは続かなかった。やがて、犯人の車は交差点でハンドルを切り損ね、ガードレールに衝突した。誰もがそこで犯人逮捕、劇的な幕切れというものを想像した。
 しかし、事態は思わぬ方向、それも、最悪の方向へと進んでいった。その時その交差点では、付近の幼稚園の園児達を乗せた幼稚園バスが、偶然赤信号で停まっていた。もはややけくそになっていた犯人達は、動かなくなった車を捨ててその幼稚園バスへと走ると、無理矢理保母さんと運転手を引きずり降ろし、園児達を人質にとって、再び逃走を始めてしまったのである。このような状況になってしまっては、警察もうかつな手出しはできない。その後、なんとかこの倉庫街まで追いつめたが、そこではさらに最悪な状況が待っていた。この倉庫街までやってきた犯人達は、偶然入り口のシャッターの開いている、倉庫を見つけ、その中へとバスごと入ってしまった。そして素早くシャッターを閉め、その中へ閉じこもってしまったのである。そして、警官隊が現場の包囲を完了してから、すでに30分が経過していた・・・。


「・・・で、この倉庫なんだが、ちょっと厄介なんだわ」
指揮車の3Dモニターに浮かぶ、サイロのような円筒形をした倉庫の映像を前に、小隈は言った。
「今年の春にできたばかりの新型の倉庫だそうだ。ちょっと特殊な荷物を置くのに使われている」
「特殊な荷物?」
ひかるの言葉に、小隈はうなずいた。
「この港には、アラビアの砂漠で生成された高純度の工業用ドライ・ライトを載せたタンカーもやってくる。この倉庫は荷揚げされたそのドライ・ライトを一時保存し、各地の工場へ配送するためのものなんだよ」
モニターに、その倉庫のデータが浮かび上がる。
「知ってのとおり、高純度のドライ・ライトは置かれている状況によっては、危険な反応を起こす危険な物質だ。これを保存するための工夫が、この倉庫にはいろいろと施されている。倉庫そのものは、内張にクリステン、外側にプレキャスト合金を使用した頑丈なものだ。急激な温度変化による反応をさけるため、高性能の温度管理システムも備えている。そしてなにより、高い密閉性を備えている。空調システムは働いているから、中の園児、それに犯人が窒息するということはない。しかし、こんな倉庫だから外部からその内部の状況を把握するのは非常に難しい」
モニターに映る倉庫のデータを見ながら、メンバーはうなった。
「幸い、この倉庫にはまだドライ・ライトは保管されていなかった。しかし、犯人達が籠城するには、都合のいい環境だといっていい。現在連中は、倉庫の中の備え付けの電話から、俺達のこの場からの引き揚げを要求している。警察はなんとか交渉で犯人達を投降させようとしているが・・・連中はもうすでに、相当追いつめられている。いつ自暴自棄な行動に走って、園児達にその矛先を向けるか、余談を許さない状況だそうだ。機動隊もすでに、突入を想定した計画をたてはじめている」
「それでは、我々もその突入を?」
仁木の言葉に、小隈はうなずいた。
「状況が状況だけに、突入開始と同時に速攻でけりをつけたいところだ。そういう任務には、俺達は向いているからな。ただ・・・問題がある」
小隈は再び、倉庫の映像に目を戻した。
「この倉庫には、今シャッターの降りている荷物搬入口以外、出入り口もなければ窓もない。突入するとなれば、俺達の機材でどこかの壁をぶち壊し、そこから突入するしかない。しかし・・・さっきも言ったとおり、内部の状況がほとんどわからない。倉庫の中は、けっこう広い。犯人と人質がどこにいるかわからないまま突入すれば、下手をすれば俺達が犯人を取り押さえる前に、やけになった連中が人質に危害を加えるおそれがある。犯人達のいるすぐそばの壁をぶち壊し、浮き足立っているうちにケリをつけなければならない。これが、今回の任務に要求される条件だ」
「つまり、内部状況の正確な把握が最重要事項ということですね?」
「そういうことだ。ただ、倉庫の外側からではサーモセンサーを最大出力で働かせても、中の様子を知ることはできない。さて、どうするか・・・」
小隈がそう言うと、聡美が手を上げた。
「そんなの、簡単じゃないですか。コックサーチを空調ダクトかなにかから送り込んで、情報を送ってもらえば・・・」
あのゴキブリ型ロボットを思い浮かべ、思わずひかるは嫌そうな顔をした。だが、小隈は残念そうに首を振った。
「それがだめなの。言っただろ? 危険な荷物を扱う倉庫だって。空調システムや温度管理システムは、その責任を果たすためにとっても敏感なつくりになってるんだ。中の状況を知るためには、何匹かのコックサーチを放すしかないだろう。そうすると、それを機能に障害をきたすものだとしてセンサーが感知して、警報が鳴るようになってる。当然そうなれば、犯人達を気づかせ、刺激することになる。残念だが、その手は使えん」
その言葉に、隊員達がうなだれる。外から中をうかがうのは無理。なにかを中に忍び込ませても、気づかれてしまう。制約だらけの状況に、さしもの圭介達も頭を抱えた。と、その時・・・
「・・・?」
亜矢が突然顔を上げ、車体後方へと目を動かした。
「? どうしたんですか?」
それに気づいたひかるが声をかけ、全員が亜矢を見る。亜矢は目を細めていたが、やがて言った。
「姿を隠しても・・・私にはお見通しだよ・・・。出ておいで・・・」
すると・・・
スゥッ・・・
「えへへ・・・ばれちゃった」
虚空からQ太郎が姿を現し、恥ずかしそうに舌を出した。
「お前・・・留守番してろって言ったろうが!!」
圭介が思わず身を乗り出そうとするが、ひかるがそれを止める。
「そこまで怒ることないですよ。でも、勝手についてきちゃダメじゃないですか」
ひかるも表情を曇らせてそう言う。
「ごめん・・・。でも、ここで何か役に立てないかなあって思って・・・」
「気持ちは買うけど、ちょっとこればっかりはねぇ・・・。あたしたちも頭を抱えるような状況だし・・・」
聡美が苦い顔をしながらそう言う。しかし・・・
「いや・・・」
小隈が妙な声を出したので、全員が彼の方を向く。
「食い逃げのお詫びとしては、ちょっと酷なことやらせちゃうけど・・・いいかな?」
Q太郎に向かってそう言う小隈。何かを企んでいるとき特有の妙な笑顔を浮かべる彼に、メンバーは小隈は一体どんな無理難題をこのオバケに押しつけようとしているのか恐れると同時に、Q太郎に一種同情の視線を送った。


薄暗い倉庫の中。
コツ・・・コツ・・・
やや背の低い一人の男が、拳銃を片手にその中をうろついていた。時折子供のすすり泣く声が聞こえる以外は、その足音以外は静寂に包まれている。と・・・
「・・・!?」
サッ!
突然、右の方向からなにか視線のようなものを感じ、とっさに拳銃を向ける男。しかし・・・そこには金属でできた壁以外、なにも変わったものはなかった。
「おい、どうした?」
その時、左の方からやはり拳銃をもった痩せ形の男が近づいてきた。
「いや・・・なんでもない」
拳銃を下ろしながら、男は無感情な声で答えた。
「あんまり神経質になるなよな。この中なら警察だって、うかつに手出しはできねぇよ。こっちには人質だっているんだ。このまま行けば、粘り勝ちするのは俺達の方さ」
そう言って、また別な方向へ歩き出す男。
「・・・」
背の低い男は先ほど拳銃を向けた方向にもう一度目を向けると、別の方向へと歩き出した。


赤い夕日を浴びて鈍い光を放つ金属の壁。そこからヌゥッとQ太郎が顔を出したので、VJを身につけた仁木、小島、それに圭介は、思わずギョッとしてしまった。
「ああ、怖かった」
やがて、頭だけでなく体も倉庫の壁をすり抜けて出てくるQ太郎。
「お前、お化けなんだろう? 鉄砲なんて別に怖くないんじゃないか?」
「お化けじゃなくてオバケだよ。ぼくたちは幽霊じゃないんだから、怖いものは怖いの」
憮然とした表情で小島に言い返すQ太郎。
「そんなことより、肝心の中の様子はどうだった? ちゃんとわかったか?」
圭介の問いに、Q太郎は自信ありげな表情でうなずいた。
「もちろん。捕まってるちっちゃな子達だけど、ここからもうちょっと右に行ったところの壁際に集められているよ」
Q太郎は倉庫の右手側を指し示しながらそう言った。
「犯人はどうだ?」
「ええとね、一人がその子達の見張りをしてて、あと二人はこの中をうろつき回ってる。3人とも、鉄砲を持ってたよ」
それを聞いた圭介、小島は、仁木の顔を見た。
「副隊長」
仁木は無言でうなずくと
ガシャッ!
バックパックの中から童子切安綱を取り出し、左手に持った。
「ご苦労様、ありがとう。あなたはここで待っていて」
仁木はそう言うと安綱を携え、圭介、小島と共に、先ほどQ太郎が示した方向へと駆け出した。


薄暗い倉庫の中。その一角に、運悪く今回の事件に巻き込まれ、犯人達の人質にされてしまった幼稚園児達が集められていた。そして、その前を黒いジャケットに革パンという姿の男が一人、拳銃を片手にゆっくりと右往左往していた。銀行に押し入ったときに着けていた目出し帽を既にとっていることを除けば、そのときとほとんど服装は変わっていない。男はイライラとした足取りでその場を右往左往し、時折人質となった園児達を一瞥する。度重なる脅しですっかりおびえた園児達は、バスジャックの当初のように泣き叫ぶことはなくなり、今は時折すすり泣くだけである。と、その時だった。
ガガッ!!
「!?」
突然、金属が裂けるような音がした。男が驚いてそちらを見ると・・・
ガゴォォォォォォン!!
なんと、すぐ近くの壁がきれいな円形に切りとられ、切られた部分が床に落ちて倉庫に音を響かせた。が、男がそれに呆気にとられるヒマもないまま・・・
ガチャッ!! ガチャッ!!
赤、それに青の金属の鎧を身にまとった男が二人、その穴から倉庫の中へと飛び込んできた。
「SMSだ!! 強盗、傷害、未成年者略取、その他の現行犯で逮捕する!!」
「銃を捨てておとなしくしろ!!」
男に向かってそう叫ぶ2体のVJ。
「このやろぉっ!!」
ようやく我に返り、事態を認識した男。しかし、だからといって冷静になったわけではなかった。むしろ、逆に頭に血が上り、手に持っていた拳銃を園児達に向ける。園児達から悲鳴があがった、そのときだった。
ダンッ!
一発の銃声がした瞬間、鋭い金属音とともに、男の持っていた銃がはじき飛ばされた。
「無駄な抵抗はやめなさい!!」
いつのまにか、2体のVJのうしろにもう一体、銃口から一筋の細い煙をたてるマルチリボルバーを構えた白いVJが立っていた。そして、その直後
「広角高圧放水!!」
ブシャアアアアアアアアアアアア!!
間髪入れず、圭介がマルチブラスターからすさまじい勢いの放水を男めがけて行った。
「うわぁぁっ!?」
もちろん、それにはひとたまりもなく、男ははじき飛ばされてびしょ濡れとなって地面に転がった。
「よし、確保!!」
圭介が素早く駆け寄り、倒れたままの男の身柄を拘束する。
ドヤドヤドヤ・・・
さらに、先ほどの穴から続々とシールドを持ったポリスジャケット隊が駆け込んでくる。
「すぐに人質の避難誘導を!」
「了解しました!!」
仁木の指示を受けて、ポリスジャケット隊は園児達の避難を開始する。と、その時
ダンッ!! ダンッ!!
倉庫のどこかから、銃弾が飛んできてポリスジャケット隊のシールドに命中、火花を散らした。園児達の悲鳴があがる。
「!!」
圭介達がそちらに顔を向けると、痩せ形の男が必死の形相でこちらに銃を向け、連射をしてくる。やけくそのようだ。
「てめぇっ! 子どもがいるんだぞっ!!」
ブンッ!!
小島はそう叫ぶと、バックパックから取り出したスモークグレネードを力一杯投げつけた。
ボゥンッ!!
「うわぁっ!?」
犯人の近くに落ちたスモークグレネードは炸裂し、周囲に濃い煙を発生させた。すかさぐ小島はその中へ突進する。圭介達は成り行きを見守っていたが・・・
ガチャッ・・・
やがて、煙の中からグッタリとした男をかついだ小島が出てくる。
「ざっとこんなもんですよ」
得意げに通信をいれる小島。圭介達は安堵のため息をもらした。
「犯人はあと一人・・・。でも、どこへ・・・?」
仁木が周囲を見回す。犯人は全部で3人。しかし、もう一人の姿が見あたらない。と、その時だった。
「そこまでだっ!!」
「!?」
突然、男の声が倉庫の中に響き渡った。その場にいた全員が、その声の方を向くと・・・
倉庫の中に置かれていた空のコンテナの影から、やや背の低い男が姿を現した。そして、その男は・・・一人の泣き叫ぶ園児の体を左腕で自分の胸に押さえつけ、その頭に拳銃の銃口を突きつけている。圭介達とポリスジャケット隊は、それを見た途端に凍りついた。
「形勢逆転だな。下手なことをすればどうなるか、わかってるんだろう」
どうやらこういうことを想定して、園児を一人、自分の手元に置いておいたらしい。現場の圭介達はギリリと奥歯を噛みしめ、指揮車でそれをモニターしている小隈達も、この展開に断腸の思いを感じていた。
「これ以上罪を重ねるのはやめなさい!! あなたにはもう、逃げ道はないのよ!!」
仁木が強く叫ぶが
「その逃げ道を開けるためにこんなことをしてるんじゃねぇか! どのみち俺達ゃ、こうしなけりゃおしまいだったんだ! こっから逃げ出すためなら、なんだってしてやる!!」
男は聞く耳をもたないという様子で、激しくわめきちらした。
「さっさと武器を捨てて、道をあけろ!! 外を囲んでる連中も同じだ!! 俺をここから出させて、追ってくるな!! さもなきゃこのガキの頭ぶち抜いて、俺も死んでやる!!」
拳銃の銃口をさらに強く園児の頭に押しつける男。園児がさらに強く泣き叫ぶ。
「その男の子は解放するんだろうな!?」
圭介が叫ぶ。
「お前らが追ってこなけりゃな。もう大丈夫だってところで、車から降ろしてやるよ」
男はそう言った。信用できるとは思えなかったが、今は言うとおりにするしかない。
「・・・」
ガチャッ・・・
まず最初に、仁木がマルチリボルバーを捨て、腰につけていたスタンスティックと童子切安綱を捨てた。すぐに圭介、小島、それにポリスジャケット隊もそれにならい、自分達の武器を捨てる。ポリスジャケット隊の隊長は中の状況を伝え、周囲の警官隊に包囲を解くように連絡した。
「そうだ・・・そのままにしてろ・・・」
男はギラギラした視線を第1小隊、ポリスジャケット隊に向けながら、園児をしっかりと小脇に抱えたまま、ゆっくりと停まっている幼稚園バスへと向かって歩き出した。強奪した現金の入ったカバンも、おそらくはまだバスの中に置かれたままなのだろう。圭介達はこのうえない悔しさを味わいながらも、ただ、それを黙って見つめるしかなかった。
やがて、男は幼稚園バスのステップに足をかけ、乗り込もうとした。その時だった。
「バァッ!!」
突然男の目の前に、口から大きく真っ赤な舌を出した正体不明の物体が現れた。
「うわぁっ!?」
あまりにも突然、わけのわからないものが目の前に現れたため、男は当然取り乱してバランスを崩し、思わず手に持った拳銃を落としてしまった。すると・・・
ヒョイッ! パクッ!
それはすかさず拳銃を拾い、なんと、洗面器も入りそうな大きな口の中へ放り込んでしまった。
バリバリバリ・・・
「う〜ん・・・まずいね、これ」
すさまじい音をたてながら拳銃をかみ砕く、それ。
「な、なんなんだお前は・・・」
あまりのことに狼狽し、数歩後ずさる男。
「ひかるっ!!」
「はいっ!!」
その隙を見逃す圭介ではなかった。行為こそ、自分のパートナーの名を呼ぶにすぎなかったが、そのパートナーはそれだけで自分のパートナーが求めている作業を行った。
ヒィィィィィィィィン!!
瞬発力最重視にモード設定された圭介のVJの脚部に出力が集中し、足に力がみなぎる。
ダッ!!
圭介はコンクリートの床を思い切り蹴った。赤い弾丸と化したVJが、あっというまに犯人との距離を詰める。そして・・・
ドスッ!!
「ぐえっ・・・!!」
あっというまに懐に飛び込んだ圭介は、犯人の鳩尾に軽くではあるが、芯を捉えた拳を打ち込んでいた。男はカエルのつぶれるようなうめき声をあげると、白目をむいた。体が力を失い、その左腕から男の子が落ちそうになるが・・・
パフッ・・・
圭介は力の抜けた男の体を支えながらも、器用に右手で男の子の体を受け止めた。
「さぁ・・・もう大丈夫だ。怖かったろう?」
圭介は犯人の体を地面に寝かせ、男の子をゆっくりと地面に降ろしてあげると、優しくそう言った。先ほどまでは短い時間でいろいろなことがあって泣きやんでいた男の子だったが、助かったことがわかって緊張が解けたのか、圭介の体にすがりつき、再び強く泣き始めた。
「・・・」
圭介はその体を抱きすくめ、なだめるようにポンポンとその背中を軽く叩いてやった。そうしている間にもポリスジャケット隊が駆けつけて、倒れている犯人を確保、残りは幼稚園バスの中へと走り、現金の入ったバッグが置かれているか、確認に入った。仁木と小島もやってきて、圭介と無言でうなずきあう。その時・・・
「ほら、泣かないで」
Q太郎が圭介の腕の中の男の子に声をかけた。その言葉に男の子は泣きやみ、不思議そうな顔で彼を見たが・・・
「ベロベロ、バァ〜!!」
Q太郎は目を互い違いにし、口から舌を出した。元からまぬけな顔がさらにまぬけに見える。その顔を見て、男の子が先ほどまでの恐怖を忘れたかのようにキャッキャと楽しそうにはしゃいだ。圭介達も思わず、笑いをこらえてしまう。
「えへへ・・・言いたかないけど、面倒みたよ」
Q太郎はちょっと恥ずかしそうな表情で、圭介にそう言った。
「ああ・・・そうみたいだな」
圭介はヘルメットの下で微笑を浮かべながら、Q太郎を見つめた。

「おかわりっ!!」
ご飯粒一つくっついていないピカピカのお茶碗を差し出して、Q太郎は元気よく叫んだ。
「・・・」
テーブルを囲んだ第1小隊の面々は、しばらくの間呆気にとられてそれを見ていたが・・・
「あ・・・は、はい」
ひかるが我に返るとそれを受け取り、新しくご飯をよそってQ太郎に返した。
「どうもどうも」
Q太郎は上機嫌にそう言うと、再びすさまじい勢いでそのご飯をかきこみ始めた。
「お前・・・今ので15杯目だぞ?」
小島が箸を持ったまま、唖然とした様子でそう言う。
「まだまだこんなの序の口だよ。いつもは朝は15杯、昼は20杯、夕方には25杯食べてるんだから。ほんとのこと言うと、毎食30杯は食べたいんだけど、さすがに申し訳ないからちょっと遠慮してるんだ」
もはや遠慮がどうとかいうレベルの問題ではないと、第1小隊のメンバーは思った。
「ご飯、いつもの3倍炊いたんですけど・・・もっと炊いた方がいいかもしれませんね」
ひかるが電気釜の中に残ったご飯の量を見ながらそう言う。
「たくさん食うのはいいけど、もっと味わって食えよな。そんなペースで食われたら、こっちの分がなくなっちゃうぜ。ひかる、俺もおかわり頼む」
圭介が全部食われてはたまらんとばかり、自分の茶碗を差し出す。
「よーし、肉も煮えてきたな。飯ばっかり食ってないで、そろそろこっちも食おうや」
その時、テーブルの中心でグツグツ音をたてている鉄鍋をのぞき込みながら小隈が言った。鍋の上ではきれいにタレの色に染まった肉や豆腐、ネギやその他の野菜といったものがいい感じに煮え、おいしそうな匂いを出し始めている。
「いっただっきまーす」
さっそくQ太郎がすき焼きに箸を伸ばし、肉を一切れヒョイと箸でつまんでいった。
「あ、ずるいぞ!」
負けじと圭介も、肉とネギと豆腐を自分の皿にすくい取る。出動から戻ってからのすき焼きパーティーは、Q太郎の存在によって早くもスピード戦の様相を呈してきた。
「私達もいただきましょうか」
そう言って仁木が箸を伸ばそうとすると・・・
「いっそのこと、大食い勝負挑んじゃったらいいんじゃないですか?」
隣の聡美が、冗談めかしてそう言った。
ピキッ!
「じょ、冗談ですぅ〜・・・」
仁木に鋭い視線で睨まれ、すごすごと後退してしまった。と、その時である。
「やぁ・・・始めているね」
亜矢がダイニングルームの中に入ってきた。
「亜矢さん、どこへ行ってたんです? 早くしないと、全部こいつに食われちゃいますよ」
箸でQ太郎を指す小島。
「小島君、行儀が悪いわよ」
仁木にすかさずそう言われ、小島は慌てて箸をおろした。
「そのQ太郎君に・・・朗報だよ」
「はい?」
亜矢に自分の名を呼ばれ、Q太郎はご飯粒を口の周りにつけたままキョトンとした。そんな彼にかまわず、亜矢は一枚の紙片を取り出した。
「ちょっと調べていたんだ・・・。君の妹さん・・・名前は、P子というのではないかな・・・?」
「うん、そうだけど。どうして知ってるの?」
Q太郎が驚いた様子で尋ねる。
「ちょっと、つてを頼ってね・・・。君の妹さんだが・・・練馬区に住んでいる安岡ゆかりさんという人の家で・・・お世話になっているようだね・・・。住所も調べておいたよ・・・」
「そうか、よかったじゃないか。今夜は泊まってもらうとして、桐生。悪いが明日、その人の家へ送ってやってもらえないか? ウィンディを使っていいからさ」
すき焼きを食べながら、小隈がそう言った。
「了解しました・・・」
「すまんな。さて、桐生も早く席につけ。今夜のすき焼きは、Q太郎へのお祝いも兼ねてるからな。今日はいろいろ、お前に助けられた。遠慮せんで、どんどん食ってくれや」
「はーい! それじゃ、お言葉に甘えて・・・」
そう言って、先ほどよりもさらに勢いを増して食事にかかるQ太郎。もとより、遠慮するつもりなどないのだろうが・・・。
「そういえばお前、あの犯人の拳銃まで食べちまったよな。腹とか大丈夫なのかよ」
小島がそう言うと、Q太郎は答えた。
「うーん、たしかにまずかったけど、悪いことは別になにもないよ」
「悪食にもほどがあるぜ。まったく・・・」
圭介がそう言って、肉を食べようとしたその時だった。
「ムグッ!?」
Q太郎が突然、胸をドンドン叩きだした。どうやら、ご飯を喉に詰まらせたらしい。
「ほら見ろ、言わんこっちゃない。だからもっとゆっくり、味わって食えって言っただろうが」
圭介達は苦笑を浮かべながら彼を見つめ
「すぐにお水を」
「は、はい!」
冷静に指示する仁木に答え、Q太郎に水を差し出そうとするひかる。と、その時だった。
「ゴホッ!! ゴホッ!!」
ギューン!!
Q太郎がむせ返り、盛大な咳をしたその時だった。Q太郎の大きな口から何かが飛び出し、空気を切り裂く鋭い音をたて、第1小隊の間をすり抜け、壁にぶつかった。
「!?」
全員がギョッとし、それがぶつかった壁を見てみると・・・そこには、真新しい弾痕が。
「ま・・・まさか・・・」
全員が同じ想像を頭に抱き、顔面を蒼白にしたのもつかの間
「ゲホッ!! ウェッホ!!」
ギューン!! ガチャァァァァァン!!
再びQ太郎がむせ、何かが飛び出すと同時に、窓際に置かれていた花瓶が粉々に砕け散った。もはや、自らの想像を疑う者は誰もいなかった。
「きゅ、Q太郎!! 早く口を閉じろ!!」
これ以上Q太郎の口からあの拳銃の銃弾を吐き出させてはならない。圭介は慌てて叫んだが・・・
「そ・・・そんなこと言ったって・・・へんなとこに入っちゃって・・・!?」
そう言いながらも、Q太郎はまたもや咳の出る前兆のような、悶えるような仕草を見せた。
「伏せてっ!!」
仁木が叫ぶより早く、全員が本能的に身を伏せる。その途端
「ゴホッ!! ゲホゲホッ!!」
ギューン!!
彼らの頭上を、鋭い音をたてて銃弾が飛んでいった。
「ひぃぃぃぃぃぃ!!」
「なんでこんなところで銃弾にさらされなきゃならんのだーっ!?」
「は、早くお水を飲ませないと・・・」
「いまさら遅い!! できるかそんなこと、こんな状況で!!」
「とにかく全員、匍匐前進で速やかにこの部屋から脱出するわよ!!」
「やれやれ・・・」
「・・・」
最後までオバケの国からの珍客に振り回されることになった第1小隊の騒がしい数日間の、最後のひとコマであった。


トップに戻る

inserted by FC2 system