ガシャッ・・・

 背中でバックパックの開く音がする。

 ガチャッ・・・

 左腕を右腕に装着されている真空砲に添えると、それはいとも簡単に外れた。圭介はそれをつかむと、大きく腕を回して背中で口を開けたバックパックへと収納した。

 ガシャッ・・・

 背中で再び、バックパックのふたが閉じられる音がする。

 「・・・」

 圭介は両手を持ち上げ、頭のヘルメットの両脇へと添えた。

 プシュッ・・・

 小さく空気の抜ける音がすると同時に、頭全体を覆っていた苦痛に感じない程度の圧迫感が消える。それと同時に、後頭部の装甲が左右へと分かれた。

 「ぷはぁっ・・・!」

 大きく息をつきながら、圭介はヘルメットを脱いだ。汗にぬれた顔や髪が、たちまち身を切るような外気にさらされる。

 「うぅっ・・・さむ・・・」

ミニプレ

Winter Day



 圭介はそうつぶやいて顔をしかめさせながら、ゆっくりと後ろを振り返った。

 そこは、とある工事現場だった。周囲にはいまだに多数のパトカーが止まり、パトライトを鮮やかに点灯させているが・・・その中でもっとも目立つのは、それらの中心で地面に突っ伏して倒れている一台の大型作業用人型ロボットだった。
 午前11:34。ちょうどひかるが昼食の用意を始めようと席を立とうとしたとき、その通報は第1小隊オフィスへと飛び込んできた。川崎市の化学工場跡地にて施設の解体作業に従事していた大型作業用人型ロボットが暴走。施設を破壊しつつ周辺の作業員や作業機材に対しても容赦なく踏み潰すような行動をとり始めた。通報を受けた神奈川県警はただちに出動したものの、猛威を振るうロボットに対しては有効な対策をとれなかった。ポリスジャケット隊の出動要請も考えられたが、現場周辺は年末の集中工事により渋滞が多発。輸送車の到着が遅れることが予期されたため、事件の早期解決が優先され、SMS第1小隊に出動要請がなされたのだ。
 楢崎以下整備班の迅速なる作業によって指揮車へのVJ搭載を終えた第1小隊は、昼食もそこそこに直ちに出動。現場に到着するとすぐに現場指揮官から状況を聴取した。それによると、作業用ロボットは搭載の人工頭脳により動作する無人型であり、何者かによって人工頭脳になんらかの工作を施されたものと推測された。おりしも化学工場跡地では、その解体後の土地の活用について市と一部の住民との間で対立が発生し、それは危険な熱をもったものになり始めていた。おそらくは住民側の中でも過激な人物が工事の妨害を図って行った計画と思われたが、まずは目の前の暴走ロボットを停止させることが先決である。第1小隊はただちに行動に移った。

 その後の経過は、拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。小島は新開発のトリモチ弾「粘着クジラ怪人君1号」の使用を仁木に求めたが、リキッドポリマーでも十分として彼女はそれを却下。そして彼らは、作業用ロボットへと襲いかかった。
 まず小島と圭介が左右からロボットの足元へと突進。そこへマルチブラスターからリキッドポリマーを噴射した。足元に粘着性の強い液体をかけられた作業用ロボットの動きは格段に鈍った。さらに圭介は真空砲を装着。マシンガンモードの空気砲弾を連続してロボットの右足関節に叩き込んだ。これによって右ひざを破壊されたロボットはそのまま倒れ、身動きが取れなくなったその頭の上に仁木が飛び乗ると、彼女はすばやく童子切安綱を抜き、その制御チップがある場所へと一気に突き刺した。その直後、ロボットは瞬間的に狂ったように暴れたが仁木はすばやく飛び降りた。そして・・・ロボットはそのままぐったりとなると、その動きを完全に停止した。その後の負傷した作業員の救出作業も、第1小隊の手際よい作業でスムーズに進行した。

 こうして、SMS第1小隊は無事にその任務を終えたのである。



 「任務完了・・・っと」

 圭介はそうつぶやきながら、すでに現場検証の始まっている現場に目をやった。警官たちの輪の中には小隈や仁木も混ざり、議論に加わっている。

 「・・・」

 圭介はそれから目を離すと、ふと左手に下げていたヘルメットを持ち上げ、自分の目の前に掲げて、「もうひとつの顔」と言ってもよいそれをじっと見つめた。

 このヘルメット、そして、今自分が着ている、赤く輝く機械の鎧。SMSの隊員となってから・・・このVJを身にまとい、命さえ危険にさらされかねないような状況へと飛び込むようになってから、2度目の冬がやってきた。今年はこのVJを着て、幾度現場へと飛び込んでいっただろうか。そして、どれだけの人を救うことができたのか・・・。圭介は「もうひとつの顔」を見つめつつ、そんなことを考えていた。

 「・・・寒いんじゃないんですか?」

 右手の方からの声に顔を向けると、指揮車から防寒用のコートを羽織ったひかるが歩いてくるところだった。その両手が持つ紙コップから、絶えず白い湯気がのぼっている。

 「もう終わったんですから、指揮車に戻ってくればいいじゃないですか。聡美さんたちもみんな、車の中でこれを飲んでますよ?」

 「ああ、うん・・・ちょっとな。それより・・・どうしたんだ、これ?」

 圭介はひかるのもつ紙コップを見た。白い湯気はその中に満たされた、琥珀色の飲み物から立ち上っていた。

 「工事現場の人たちが差し入れしてくれたんです。圭介君も、どうぞ」

 「ああ、いただくよ」

 ひかるからコーヒーを受け取ると、圭介は彼女とともに一口それを口に含んだ。と、その顔がとたんにしかめられる。

 「・・・濃いな、これ」

 「眠気覚ましにも使ってるそうですから。車に戻れば、一緒にわけてもらったお砂糖もありますけど・・・」

 「いや、いいよ。このぐらいでちょうどいいかもしれない」

 圭介はそう言って再びコーヒーを口に含むと、現場検証の終わった箇所から早速後片付けにとりかかり始めている作業員たちに目を向けた。

 「・・・大変だよな、年末だっていうのに。こっちの仕事は、これで終わりだけど・・・」

 「はい・・・。でも、割と早く終わりましたよね。できれば今年は、もうこれで出動がなければいいんですけど・・・」

 「このあいだもそう言ってたな、お前」

 「だって・・・そうじゃないですか」

 「ああ、たしかに。普通の会社の人たちは、もう仕事納めだからな。たしかに今日が、俺たちの仕事納めならいいんだけど・・・」

 圭介はうなずきながらそう言った。二人はしばし、無言のまま並んでコーヒーを飲んでいたが・・・

 「・・・今年も、何度も出動しましたね・・・」

 ひかるが、静かに言った。

 「うん。残念ながら、な・・・」

 圭介は小さくうなずいた。

 「どうでしたか、圭介君? この一年は・・・」

 「どうでしたか、と言われてもなぁ・・・。まぁ、納得できる仕事もあったし、もっとなんとかなったんじゃないかっていう仕事もあった。トータルで言えば、納得できる仕事の方が多かったと思うけど・・・もちろん、それで完璧に納得できるってわけでもないからな。今年の教訓を、来年に生かしていく・・・。当たり前のことだけど、やっぱりそう思うな。お前は、どうなんだ?」

 「私も圭介君と同じです。来年はもっといい仕事をたくさんして、もっとたくさんの人を助けられるといいんですけど・・・。それと、怖い事件や事故が起こらないように・・・」

 「ああ、それももちろんだな。どっちにしろ、それは俺一人の力じゃどうにもならないことだ。お前や隊長たち、それに、もっとたくさんの人たちの力が必要だし・・・」

 圭介はそう言うと、ひかるを見た。

 「とりあえず、来年も俺たち二人のベストを尽くすところから始めようぜ。なにはなくとも、そこからだ。来年もよろしくな、ひかる」

 「はい! よろしくお願いします、圭介君」

 二人はそう言うと、乾杯をするように互いの紙コップを向け、残ったコーヒーを飲み干した。

 「はぁっ・・・」

 顔を軽く上げ、大きくため息をつく圭介。それは白い煙となって、圭介の口から凍てついた空気へと吐き出された。と・・・

 ポツッ・・・

 「!」

 突然、鼻の頭になにか冷たいものが触れた感覚がした。

 「あ・・・!」

 それと同時に、ひかるが小さく声をあげて手のひらを空に向ける。すると・・・

 ハラッ・・・

 その上に、白く柔らかなものがふわりと落ちてきて・・・ひかるの手のひらの上で、あっというまに溶けて小さな水玉となった。二人はゆっくりと、空を見上げた。

 視界いっぱい見渡す限り、灰色の雲に覆われた空。そこからゆっくりと・・・だが、次々と・・・白い雪がふわりふわりと舞い降りてくる。二人が見ている間にも、それはさらに視界の多くを占めるようになっていった。


Illustlation by ura_ken

 「・・・降り始めちゃいましたね。天気予報だと、雨か雪かって言ってましたけど」

 ひかるがつぶやく。

 「・・・ちょっとうれしそうに見えるぞ?」

 圭介はその彼女の表情を見ながら苦笑した。

 「え!? そ、それは・・・」

 「いや、別に咎めてるわけじゃないけどさ・・・」

 「はい・・・。積もっちゃうのは困りますけど・・・なんだか、嬉しくなっちゃうんですよね」

 ひかるは恥ずかしそうにそう言った。

 「・・・正月、休み取れたら家に帰るんだろ?」

 圭介は何気なくそう尋ねた。

 「はい。このあいだは帰れなかったから、今度はなんとかって思ってますよ」

 「うん、それがいいよ。お父さんに元気な顔、見せてあげてこいよ」

 圭介にそう言われ、ひかるは恥ずかしそうに微笑んだが・・・

 「あの、圭介君・・・」

 「ん?」

 「もしお休み一緒にとれたら・・・よかったら、一緒に来ませんか?」

 ひかるにそう言われ、圭介は少し面食らったが・・・

 「そうだな・・・。今年は結局、挨拶にいけなかったし・・・もし正月がだめでも、来年こそは必ずいくよ。約束する。それも来年の目標・・・いや、公約だな」

 「フフ・・・ありがとうございます。楽しみにしてますね」

 ひかるは楽しみな様子で小さく笑った。と・・・

 「なんだお前たち。まだこんなところにいたのか」

 ふと振り返ると・・・小隈が仁木とともにこちらへと歩いてくるところだった。

 「あ・・・お疲れ様です」

 圭介とひかるは敬礼をした。

 「現場検証、終わったんですね」

 「ああ。あとは警察の人たちのお仕事だ。ここでおいとまさせてもらおう」

 「行きましょう、二人とも。雪も降り出したことだし・・・」

 「「はい!」」

 二人はうなずくと、小隈と仁木のあとについて歩き始めた。

 「隊長、今年の仕事はこれで最後になってくれますかね?」

 「さぁてな。こればっかりは神様にしかわからんだろう。でも・・・できればそうであってほしいな」

 小隈もまた確約はしなかったが、その思いは同じだったようだ。それは仁木もまた同じで、微笑を浮かべて小さくうなずいた。と・・・

 「たいちょー! 終わったんなら早く戻りましょうよー! あたしもうお腹ぺこぺこーっ!!」

 待ちきれず指揮車から出てきたらしい聡美が、こちらに手を振りながら叫んでいた。その後ろでは、亜矢と小島が苦笑を浮かべている。

 「やれやれ。そろそろ腹ペコもいいとこらしいな。雪も降ってきたことだし、早く分署に帰ろう。服部、昼は何の予定だ?」

 「はい。寒いですから、鍋焼きうどんを・・・。材料はもう切ってありますから、分署に戻ればすぐ用意できると思いますよ」

 「そいつはいいねぇ。岸本、エンジンかけておけ! すぐに出発するぞ!」

 「りょーかい!!」

 聡美はすぐに運転席へと戻っていった。

 「よし。第1小隊、撤収開始! これが仕事納めかどうかはわからんが、とりあえず、今年もご苦労だった。みんな、ありがとう」

 「「「ご苦労様でした!!」」」

 隊員たちの明るい声が冬の空に響く。雪のはらはらと舞い降りる中、その年の第1小隊最後の出動となった事件は幕を閉じたのだった。

トップへ戻る

inserted by FC2 system