人は誰しも、幸せを求める。幸福を願い、不幸を嫌う。しかし実際は、ほとんどの人たちは極端に幸運なわけでもなければ、極端に不幸でもない。繰り返される日常の中で訪れるささやかな幸運、ささやかな不運に一喜一憂しながら、日々の暮らしを送っているのである。
 だが、この広い世の中には、ごく稀に特に幸運に恵まれた人たちというものが存在する。テレビの中や歴史の教科書の中に見られる、ビジネスや政治などの舞台において「成功した」と言われる人々は、彼ら自身の才能や努力もさることながら、それを生かすことのできるチャンスにおいても恵まれたことにより、栄光の座を手に入れたとも言われる。
 しかし・・・世の中にはそれとは反対に、どうしようもなく運のない人というものもまた、存在するのである。これから挙げるのは、その極端な例である・・・。




スペシャル

不幸買います


不幸怪獣 アンキラー
宇宙魔術師 ボセンク星人
登場




 中途半端に閉じられたカーテンの隙間から、白い光が差し込んでいる。その中に浮かぶのは、一見して独身男性のものとわかる、やや乱雑にものの置かれた部屋の様子。

 そのベッドの上で、一人の男がうつ伏せになって眠っていた。と・・・彼が唸りながら寝返りを打つと、ちょうどカーテンの隙間から差し込む光が彼の顔に当たる格好となった。そして・・・

 「ぅ・・・うん・・・」

 彼はもぞもぞと布団の中で蠢いていたが、やがてその目が重たそうにゆっくりと開けられる。途端に飛び込んできた日の光に、まぶしそうに再び目を閉じると、彼は無意識的な動作で布団の中から片腕を出し、枕もとのあたりをフラフラと探った。やがて、その手がそこに置かれていた目覚まし時計をつかみ、顔の前に持っていく。

 「・・・」

 いまだ覚醒し切れていない目で、目覚まし時計の文字盤を見る男。

 「・・・!?」

 が・・・その目はすぐに、これ以上ないぐらいに見開かれた。

 ガバッ!!

 すさまじい勢いで跳ね起き、改めて目覚まし時計を見る男。しかしいくら見たところで、その針が3時50分を示していることには変わりはなかった。そして・・・壁にかかっているもう一つの時計に目を向けると・・・それは、7時45分を示していた。

 「ね・・・」

 呆然とした表情で、本日最初の言葉を発する男。そして・・・

 「寝過ごしたぁぁぁぁぁ!!」

 続いて彼の口から発せられたのは、絶叫だった。




 「ええい、ちくしょう!!」

 2階建てのアパートの外階段を、コートのボタンを閉じながら、彼は駆けおりた。

 「なんだって止まるんだあの不良品目覚まし! こないだ買ったばかりだし、電池だって新品だってのに!!」

 毒づきながら階段を下りると、彼はそのままアパートの駐輪場へと走り、毎朝駅までの通勤に用いている自転車に飛び乗り、こぎ始めた。普段ならば、駅までおよそ15分の道のりである。が・・・

 ビュウウウウウウ・・・!!

 「くっ・・・!」

 ペダルをこぎ始めた彼に、身を切るような冷たさの突風が襲いかかる。しかも、突風はまるで彼の行く手を阻むように、正に真正面から容赦なく吹きつけてくる。踏み下ろすのに普段の数倍の力を要するペダルに歯を食いしばりながら、彼はそれでも、前へと進み続けた。




 「ハァ・・・ハァ・・・」

 そして・・・30分近い時間をかけて、彼はようやくいつも利用している駅前の駐輪場へとたどり着くことができた。走っている間中向かい風が途切れることはなく、朝から全力の運動を強いられた彼の心臓は、すでに半鐘を打っていた。

 「は・・・早くしないと・・・」

 会社の始業時刻に間に合うための電車に乗るには、そろそろギリギリのタイミングである。彼は自転車を停め、急いで走り出そうとした・・・が・・・

 ガッ!

 そのために身を翻したそのとき、彼の体が隣に停めてあった自転車に触れた。そして・・・

 ガシャガシャガシャガシャガシャガシャ!!

 その衝撃で倒れた自転車が、その横にあった自転車を倒し、さらにその自転車が・・・。悲劇の連鎖は、端に停めてあった自転車が倒れるまで続いた。

 「・・・」

 あっというまに綺麗に横倒しになった自転車の列を呆然と見ていた彼だったが・・・その場にいた何人もの利用者からの、無言の圧力を含んだ視線に気づくのには、さほど時間はかからなかった。




 「ドアが閉まります。ご注意ください」

 リニアウェイに飛び乗った直後、アナウンスとともに背後のドアが閉まる。彼は荒く息をつきながらも、力尽きたように背後のドアに寄りかかった。結局、倒れた自転車を全て元通りにする羽目になったものの、なんとか電車に乗ることはできた。さすがに座席は完全にふさがっているが、朝起きてから寝坊、向かい風、ドミノ倒しという三重苦に立て続けに襲われたことを思えば、始業時刻に間に合うギリギリのリニアウェイに乗ることができただけでも満足しなければならないだろう。彼は後ろのドアにもたれかかり、ようやく安堵の息をついた。

 が・・・

 ィィィィィィン・・・

 「・・・?」

 なぜか、リニアウェイのスピードが落ちていく。やがて・・・リニアウェイは完全に停まってしまった。他の乗客たちもざわめき始めるが、そこに車内アナウンスが入る。

 「お客様に申し上げます。次の駅におきまして信号トラブルが発生しましたため、運転を一時停止させていただきました。お急ぎのところ申し訳ありませんが・・・」

 乗客たちの口からため息や文句が漏れる中、彼は一人、ため息を漏らす気力さえなくがっくりと肩を落とした。




 ウスイ・ユキト、25歳。都内の商事会社に勤務する、一見ごく普通の青年である。だが、彼には一つ、他人とは大きく違うところがあった。

 彼はものすごく、運が悪かったのである。




 空気を切り裂く音を立てながら、家路を急ぐ人たちを乗せたリニアウェイが駆け抜けていくガード下。そこに一軒の屋台が停まり、「おでん」と書かれた赤提灯が、北風に体を冷やされた人たちを、物言わず誘惑している。

 「はぁ・・・なんだって俺は、こんなについてないのかねぇ・・・」

 空のコップを置きながら、ウスイはため息をついた。

 「そんなに気を落とすなよ。今に始まったことじゃないだろ」

 隣に座る同僚の男が、笑いながらそのコップにビールを注いだ。

 「お前は他人事だからそんなことが言えるんだよ、オカベ。俺の立場になってみろ。そうも言ってられなくなるぞ」

 「まぁ、そうだろうな。俺もそんなのは、ごめんこうむる」

 そう言いながら、オカベは割り箸で皿の中の大根を二つに割った。

 「たしかにお前の不幸続きは、傍目に見てても気の毒だけどな。だけどお前、体は健康なんだからまだいいじゃないか。2課のハシモト課長なんて、家で階段踏み外して骨折だぞ、骨折。それに比べりゃあ・・・」

 「骨折なら中学で2回、高校で1回、同じような原因で経験済みだよ。幸い、社会人になってからはまだないがな」

 「・・・そうか。まぁとにかく、もっと気持ちを明るく持てって。不幸続きでも、なんとか生きてるんだからさ。そのうちいいことあるって」

 「そんな気休めは、何百篇と聞いたよ。だけど20代も半分を過ぎようってのに、その「そのうち」が来る気配がなんて、いっこうにない。きっと俺はこのまま、不幸の星に付きまとわれて一生を終えるんだよ・・・」

 そう言いながら、ウスイがコップのビールを一気にあおった。オカベは、なんとかさらにかける言葉を見つけようと、口を中途半端に開けて彼を見ていたが・・・

 「・・・あぁもう、やめだやめ! せっかく人が励まそうとうまい店に連れてきてやってんだから、湿っぽい愚痴はやめて、もっと食えよ。そうだ、ここはな、特にがんもがうまいんだ。親父さん、こいつにがんも一つ」

 やがて諦めたようにそう言うと、うまそうな匂いとともにモクモクとあがる湯気の向こうに立つ屋台の親父にそう言った。だが・・・

 「悪いねぇ。今日はがんもが特に売れて、仕込んでたのが今さっき全部売り切れちまったんだよ」

 申し訳なさそうな笑みを浮かべながら、非情な宣告をする親父。オカベは思わず言葉を失ったが・・・

 「・・・そんなことだろうと思ったよ」

 ウスイは諦めたような、慣れているというような顔で、平然とそう言った。改めて実感するその不幸ぶりに、オカベはかける言葉もない。

 そのときだった。

 「すまないね。お兄さん方」

 突然、2人の横からそんな声がした。2人がそちらに顔を向けると・・・粗末な丸いパイプ椅子一つ分の席を挟んで、もう一人の客が座っていた。

 50代後半ぐらいに見える、太った年かさの女である。ふてぶてしそうな顔をした、一見どこにでもいそうな、「近所のおばさん」といった感じの女だった。だが、女の身につけているものはそんな顔の印象とは大きく異なり、ド派手の一言だった。一目でそれとわかる高級毛皮のコートを纏い、パンパンに膨らんだ足元には、これまた高級ブランドメーカーのハイヒール。そして・・・10本の指には一本残らず、鮮やかな輝きを放つ宝石のリングがはめられている。

 「最後の一個は、今あたしがいただいてるところよ。悪いね」

 ガード下のおでん屋台とはまるで相性の合わない格好をした女は、2人にそう言った。皿の中には、食べかけのがんもどきが入っている。

 「い、いえ。どうぞご遠慮なく、いただいてください」

 「そうかい。それじゃあ、遠慮なく」

 少し早く我に返ったオカベがそう言うと、女は大きな口を開け、食べかけのがんもどきを一口で飲み込んだ。本当に、遠慮がない。

 「うん、うまいわね。自慢するだけあるわ」

 もしゃもしゃとそれを噛みながら、満足そうにそう言う女。しかし・・・

 「それにしてもなんだい、あんたたち。聞くつもりはなかったけど、若いのにしけた話してるじゃないの」

 女はさらに、そんなことを言ってきた。

 「俺は別に、しけた話はしてませんよ。してるのは、こいつの方です」

 そう言って、ウスイを指差すオカベ。

 「わかってるわよ。なんだか、ついてないことばっかりでいい加減うんざりみたいじゃないの」

 「・・・」

 ウスイは何も言わずに、割り箸の先でこんにゃくを突いていた。

 「まぁあんたのいうとおり、不幸な星の下に生まれついちゃった人ってのは、実際いるもんよ。かわいそうだけど、そればっかりはどうしようもないね」

 「お、おい、あんた・・・」

 見ず知らずの癖に口さがない女の言葉に、さすがに止めようとするオカベ。しかし、さらに言葉を続ける間を彼に与えず、女は続けた。

 「でも、そこのお友達の言うことも一理あるわね。いくら運がないからって、生まれてから死ぬまで、ずっとどん底続きってことはないわよ。必ず一度や二度、浮き上がれるチャンスはあるもんよ。それに・・・たぶんそれは、もうすぐそこまで来てるはずよ」

 「・・・言いましたでしょう。そんな気休めは聞き飽きたって」

 ウスイはそう言って、再びグラスを傾けた。だが・・・

 「気休めなんかじゃないわよ。専門家から見た意見を言っているだけ」

 女がそんなことを言ったので、ウスイはゆっくりと顔を向けた。

 「専門家、って・・・」

 「あたしはね、占い師なのよ」

 女はそう言って、不敵に笑った。

 「・・・あたしには見えるのよ。今の自分が嘘みたいな幸運に囲まれて、有頂天になってるあんたの顔がね。しかもそれは、遠い未来のお話じゃない。本当に、すぐそこまで迫ってきてるのよ。だからあんた、もうちょっと辛抱なさい」

 女はそう言うと、親父に顔を向けてお勘定を願い出た。そして、やはり高級ブランドの財布にお釣りの小銭を戻すと、ウスイの背中を叩いて、夜の闇の中へと消えていった。

 「・・・なんだったんだ、一体」

 「・・・」

 呆然とした表情でつぶやくオカベ。

 「まぁ、気にするなって。あんな胡散臭いオバサンの言うことなんか。それより、おでんだおでん。ここはな、つみれもうまいんだ。親父さん、つみれ一つ」

 「悪い。つみれも売り切れちまったんだよ」

 またも愕然とする同僚をよそに、ウスイはコップの中のビールを見続けていた。




 ガチャ・・・

 オカベとおでん屋で別れ、ウスイはアパートの自分の部屋へと戻ってきた。玄関で靴を脱ぎ、だるそうな足取りで廊下を歩き、居間へとやってくると彼はテレビをつけた。

 「はぁ・・・」

 本日何十回目かになるため息が、思わず口から漏れる。いつもと同じように、振り返ったところでよいことなど何もない一日を振り返るのをやめ、彼は着ていたコートを脱ぎ始める。と・・・

 ポトッ・・・

 コートのポケットから、何かが床の上に落ちた。

 「・・・?」

 拾い上げてみたそれは、見覚えのないものだった。装飾も何も施されていないシンプルなデザインの、人間の手首ほどの太さの、白い金属製のリングである。たぶん、ブレスレットだろう。

 「なんだ・・・?」

 見覚えもなければポケットに入れた覚えもないそれを、ウスイは怪訝そうな表情で見つめた。




 翌日・・・。

 営業部に所属する社員である彼は、いつものように外回りから会社のすぐそばまで戻ってきていた。今日も気温は低く、コートとマフラーは欠かせない。それでも思わず震えがくるような北風の寒さに、ウスイは思わず、自動販売機の前に立っていた。かじかむ手でコインを入れ、ボタンを押すと、ガシャンという音とともに缶コーヒーが落ちてくる。が・・・

 ガシャンッ!

 「?」

 なんと、硬貨も入れていないというのに、缶コーヒーがもう一本落ちてきた。ウスイ歯驚いて、自動販売機を見つめた。「当たりが出たらもう一本」というような機能がついているわけでもない、普通の自動販売機である。故障だろうか。だが、故障にしてもありがたい故障である。ウスイは少しの間そこに留まっていたが、やがて2本の缶コーヒーを取り出すと、少し軽い足取りで歩き始めた。




 「おう、ウスイ」

 会社の廊下を歩いていると、ウスイは同僚の男に声をかけられた。

 「どうした?」

 「ちょうどよかった。だいぶ前だけど、飲み会の時にお前に金借りたろ? 今返すわ。悪かったな、長い間ほったらかしで」

 そう言いながら、財布を取り出す同僚。そして・・・

 「っと。これでいいや、ほら」

 彼は1万円を出したが、彼は怪訝そうな顔をした。

 「悪い。今財布を持ってないから、お釣りが・・・」

 「釣りなんかいいよ。そのまんまもらってくれ」

 「そのまんまって・・・お前に貸したのは3千円だろ?」

 「いいんだよ。このあいだ競輪ででかいのを当てたおかげで、結構懐があったかいんだよ。構わないからもらってくれ」

 ウスイは黙って1万円を見ていたが、やがて、うなずいた。

 「・・・わかった。すまないな」

 「いいよ。利子だと思ってくれ。それじゃ、俺ちょっと急ぐから」

 そう言い残して、彼は去っていった。1万円という思わぬ収穫を得たウスイは、笑みを浮かべてそれをポケットにしまい、トイレに入った。そこで用を足し、洗面所で手を洗い始める。と・・・

 「・・・?」

 彼は洗面台の上に、茶色い封筒が置かれているのを見つけた。手にとって表面を見てみると、よく知る取引先の名前が書かれている。怪訝に思いながらもそれを持ち、彼は自分の席へと戻っていった。と・・・

 「はい、はい、わかりました。大至急探しますので、はい・・・」

 少し離れた席で、課長が電話の向こうの誰かと慌てた様子で話している。気になったウスイは封筒を持って、課長のところへと歩いていった。

 「課長」

 「ああ、すまない。悪いがあとで・・・」

 と、忙しそうに遮ろうとした課長だったが・・・

 「!? ウ、ウスイ君、それは!?」

 「トイレの洗面台の上に置いてありましたが・・・」

 と、ウスイが完全に答える前に、課長はそれをウスイの手から取った。

 「これだ、間違いない!」

 封筒を確認しながら満面の笑みを浮かべると、課長はウスイを見た。

 「いやぁ、助かったよ。ついさっき、イイジマ産業のアリカワ課長から、打ち合わせでもらった契約書をうちに忘れたって電話があったんだ。本人もどこに置き忘れたかわからなくて困ったんだが・・・いや、よかったよかった。万一なくなりでもしたら、うちも向こうも大損だからな。 ・・・そうだ。お礼に、今度寿司でも一緒に食いに行かないか? もちろん、俺のおごりだよ。ボーナスも入るからね」

 課長のその言葉に、ウスイは二つ返事でうなずいたのだった。





 笑みを浮かべる自分の顔を見るのは、どのぐらい久しぶりになるだろうか。

 鏡に映る自分の顔を見ながら、ウスイはふとそんなことを思った。あのあとも続々と様々な、思わぬ幸運が舞い込んできた。会社のトイレの洗面台の前で手を洗ってふと見上げた自分の顔は、口元に笑みを浮かべていた。意識して浮かべた笑みではない。突然連続して舞い込んできた幸運に、自然と浮かんだ笑いである。誰か人に見られていたりしたら少し恥ずかしいなと思いながら、ウスイは努めてキッと顔を引き締めた。と・・・

 「おぅ」

 ドアを開けてトイレに入ってきたオカベが、ウスイの隣に並んでネクタイや髪を整え始める。

 「聞いたぞ。一体どうしたんだよ? 昨日までの不幸っぷりが嘘みたいじゃないか。今もにやけてたぞ、顔」

 「うるさいな」

 やはり見られていたかと思いながら、ウスイはそっぽを向いた。

 「でも、ほんとにどうしたんだよ。急にツキまくるようになっちまって」

 「知らないよ。たしかに、急に運が回ってきたのは確かだけど、自分でも驚いてるんだ」

 「何もしないで急にツキが回ってくるなんてことはないだろ。何かきっかけみたいなものがあったんじゃないか? よく思い出してみろよ」

 「きっかけねぇ・・・。まぁ強いて言うなら、こんなものをつけたことぐらいかな」

 ウスイはそう言って、スーツの左袖をまくった。白いブレスレットがそこにははめられている。と・・・

 「おっ。なんだウスイ、そりゃフォーチュンリングじゃないか」

 「フォーチュンリング?」

 オカベの反応と聞き覚えのない名前に、ウスイは首をかしげた。

 「知らないのか? 自分で買ったんじゃないのかよ?」

 「だから知らないって。昨日お前とおでん屋で飲んで家に帰って、服を脱いでたらポケットから落っこちたんだ。入れた覚えもなければ、買った覚えだってないのに」

 「ふぅん・・・」

 「オカベ、何なんだ、そのフォーチュンリングってのは?」

 「もちろん、この白いブレスレットのことだよ。通販の商品だけど、身につけているだけで幸運が舞い込んでくるっていう・・・要するに、幸運のお守りとか、開運グッズとかいうやつだな」

 フォーチュンリングを見ながら、オカベはそう言った。

 「開運グッズ? そんなの、通販の中でも一番胡散臭い商品じゃないか」

 「まぁ、たしかにそうだな。でも、その腕輪に関しちゃ、どうも話が違うみたいだぜ。ほんとに幸運を運んでくれるって、ネットや雑誌なんかじゃかなり話題になってるんだ。こないだも、テレビの情報番組で取り上げられてるのを見た」

 「これが・・・?」

 手首の腕輪をまじまじと見つめるウスイ。

 「しかし、あんだけツキに見放されてたお前にここまでツキが回ってくるなんて、こりゃほんとに本物かもしれないな。お前、これ売ってる会社に自分の体験談売り込んでみろよ。いい広告塔になれるぜ、きっと」

 「大きなお世話だ」

 人の割るそうな笑みを浮かべる友人から目をそらしながらも、彼は自分の手首から目を離すことができなかった。



 「ほんとにあっちこっちで大評判なんですよ。だから、これは乗り遅れるわけにいかないと、買ってみたわけで。これこそが、つけるだけで信じられないような幸運がガンガン舞い込むという驚異のラッキーアイテム、その名も、フォーチュンリング!!」

 マリナーベースのミッションルーム。持ち上げた右手の手首にはめられた白い金属製のブレスレットを、自慢するように高々と掲げるコジマ。だが・・・

 「はいはい。またしょーもないもの買ったってわけね」

 「お給料で何を買おうと勝手かもしれないけど、社会人として、それもSAMSの人間として、そんなものにお金を使うのはどうなのかしら」

 サトミとニキはちょっとそれを一瞥しただけで、たちまち興味をなくしたようにそれまで読んでいた雑誌や報告書に視線を落とした。が・・・

 「ふふん、そう言うと思いましたよ。でも、昨日これを身につけて出かけた俺がどんな体験をしたのか聞いても、そう言ってられますかねぇ」

 コジマは全く動じることなく、不敵な笑みまで浮かべてそう言った。

 「出かけたって言ったって、合コンじゃないですか」

 頬杖をつきながらそう言うケイスケ。昨日の非番、コジマは久しぶりの合コンだと言って、勇んで出かけていったのだった。

 「久々の合コンだったからこそ、楽しみたかったんだよ。で、俺は前の日に届いたこれをつけて、出かけたんだ。その時の俺は、確かに大して期待はしていなかったさ。だがな、効果はすぐに現れ始めたんだ。まず、合コンまでにはまだ時間があったからな。会場にしたレストランの近くをブラブラしてたら、中古のレコードを売ってる店を見つけたんだ。で、何気なく入ってみて、レコードを物色してたら・・・なんと、ずっと前から探してたクリムゾン・ツェッペリンの限定版レコードがその中にあるじゃないかよ。速攻でレジに運んだね」

 「ふ〜ん。ま、たしかにそれはついてるかもね」

 一応認めるが、いまだ反応の薄いサトミ。話を聞いている他のメンバーにしても、それは同じだった。

 「それはほんの序曲だよ。で、合コンの時間が来たんで、レストランに行ったんだが・・・集まった女の子が、5人とも全部、タイプは違うけど俺のストライクゾーンど真ん中だったんだよ」

 「コジマ君はそもそも・・・そのストライクゾーンが広いからね・・・。下は女子高生から・・・上は子供連れのご婦人まで入るじゃないか・・・。それだけ範囲が広ければ・・・そういうことも、珍しくはないんじゃないのかい?」

 今度はアヤがそう言葉を挟んだが、コジマの力説は止まらない。

 「いいから聞いてくださいよ。で、いざ合コンが始まったわけですが、ここでも信じられないぐらい、5人の女の子全員と話が合いましてね。みんな何かしら、俺と共通の趣味を持っていたりして。歳は違うけど、俺と同じ高校に通ってたって子までいたのには驚きましたよ。そんなわけで、他の奴らには悪かったですけど、ほとんど俺の一人勝ち状態。女の子全員と、電話番号交換しちゃいましたよ」

 「・・・」

 「ところが、まだまだラッキーは続くんですよ。合コンが終わって、もうホクホク顔で部屋に戻ってパソコンをつけたら、新しいメールが入ってましてね。それが開けてみたらなんと! 前にギター雑誌に応募した懸賞の、当選のお知らせだったんだよ」

 「懸賞って、何を応募したんですか?」

 ヒカルがそう尋ねる。

 「それがヒカルちゃん、あの伝説のギタリスト、ニック・パンサーの直筆サイン入りのエレキギターなんだよ。もしお宝鑑定なんかに出したら、ウン百万円の値がつく代物だよ。一応出したけど、当たるなんて全然思ってなかったんだ。さすがに俺は、我が目を疑ったよ」

 コジマの自慢げな話に、さすがにメンバーは顔を見合わせた。

 「・・・ってな具合で、昨日は最初から最後まで、ツイてツイてツキまくりでしたよ。そりゃあもう、怖いぐらいに」

 「まぁ合コンの話はともかくとして、その懸賞が当たったってのは確かに凄いな」

 オグマが素直にそう言った。満足そうにうなずくコジマ。しかし、ニキは半信半疑といった視線を、彼の右手首に送った。

 「でも・・・正直信じられないわね。そんなブレスレット一つつけただけで、そこまでいいことが起きるなんて・・・」

 「ま、そうかもしれませんね。俺も最初はそうでしたし。けど、昨日のことで俺は確信しましたよ。こいつは正真正銘、本物のラッキーアイテムだって」

 そう言いながら、フォーチュンリングを見つめるコジマ。メンバーはそれを、怪訝そうな表情で見たが・・・

 「よし。そこまで言うなら、運試しでもしてみるか」

 突然オグマが、そんなことを言った。

 「運試し?」

 「ああ。純粋に運だけが結果を左右する勝負を何回かやってみるんだよ。それが本当にラッキーアイテムなら、コジマが連勝するんじゃないかな」

 オグマがそんなことを提案すると、コジマは笑みを浮かべてうなずいた。

 「なーるほど。いいですね、それ。やりましょう」

 「あたしもさんせー。なんか面白そう」

 「キャップ、今は勤務中で・・・」

 「別にいいだろう? 今のところ平和なんだし、気分に張りを持たせる、ちょっとしたお遊びだよ」

 困ったような顔をするニキに、笑みを向けるオグマ。

 「やるのは別にいいですけど・・・それで、どんなふうに運試しをするんですか?」

 と、ケイスケがもっともなことを尋ねるが、オグマはそれを見越していたようにうなずいた。

 「それについては、考えがある。キリュウ、お前、トランプ持ってるだろ」

 「はい・・・ありますが」

 そう言って、机の引き出しからトランプを取り出すアヤ。何故そんなものが入っているかと言えば、昼休みなどによく、それを使ってトランプ占いをしているからだ。

 「よし。ちょっと貸してくれ」

 アヤからトランプを受け取ると、オグマはそれをよく切り、一枚一枚、手早く円卓の上に伏せて並べていった。

 「っと、これでよし。それじゃあルールを説明するが、まぁ簡単なゲームだ。これからいっせーので一人一枚、この中からカードを選ぶ。で、マークには関係なく選んだカードの数字が一番大きかった奴の勝ちだ。最強はジョーカー。一番大きい数字が何人かで重なったら、そいつらだけでもう一度やる。ちなみに、Aは1とする。どうだ?」

 「なるほど。それならたしかに、結果が純粋に偶然に左右されますね」

 納得したようにニキがうなずく。他のメンバーも、それぞれ同意した。

 「じゃあ、早速第1回戦、いってみようか」

 「よっしゃー! 覚悟しなさいよコジマさん。コジマさん以外、ここにいるみんな全員、かなりの強運の持ち主なんだからね」

 「フフフ、いつもの俺と思ったら大間違いだぞ。どっからでもかかってこい!!」

 「運試しなんですから、いくら気合入れたって関係ありませんって・・・」

 脱力したような顔をするケイスケ。やる気満々だったり、緊張していたり、無表情だったりとそれぞれの表情は異なっていたが、全員円卓を取り囲む。そして・・・

 「いっせーのー「「「「「「「せっ!!」」」」」」」」

 バンッ!!

 まるでお正月の百人一首大会のように、我先に伸ばされたそれぞれの手が、叩きつけるようにカードの上に置かれる。

 「よーし。全員、他の奴に見えないようにカードを取れ」

 オグマの声とともに、メンバーはそろそろと、自分の取ったカードを見た。ババ抜きの要領で、ここは全員、ポーカーフェイス。

 「じゃあ、一人ずつ順にカードを見せてくれ。ニイザ、お前からだ」

 オグマがそう言うと、ケイスケはうなずいた。

 「なんか中途半端ですけど・・・7です」

 ケイスケのカードは、スペードの7。

 「次、ハットリ」

 「は、はい。私は、10でした」

 ダイヤの10のカードを目の前に置くヒカル。

 「残念・・・私は8だよ」

 「私は9だったわ」

 それぞれ、クラブの8とハートの9を置くアヤとニキ。

 「やれやれ。面目丸つぶれだな、こりゃ」

 そう言いながらオグマが置いたのは、クラブの5だった。

 「じゃあ、次はキシモト」

 「フフフフフ・・・聞いて驚け、見て笑え! あたしのカードは、これだぁ!!」

 大げさな台詞とともにサトミが目の前に叩きつけたカード。それは・・・

 「見よ! これこそがクイーン・ザ・スペード!!」

 スペードのクイーンだった。

 「わぁ・・・大きいカード引きましたね、サトミさん」

 「フフン、運も実力ってやつよヒカルちゃん。さぁどうする、コジマさん?」

 不敵な表情でコジマを見るサトミ。だが・・・

 「フ・・・フフフフフ・・・」

 コジマはうつむき、不気味な声で笑い始めた。

 「フハハッ、クックックッヒヒヒヒヒケケケケケ、ノォホホノォホ、ヘラヘラヘラヘラ、アヘアヘアヘ」

 「コ・・・コジマさん、なにを笑ってるんですか?」

 どんな反応をすればわからない、といった表情で、不気味に笑うコジマを見つめるヒカル。他のメンバーも、それぞれ怪訝そうに、あるいは生暖かい目で彼を見る。が・・・

 「クハハハハハハハ!! 笑止! クイーンごときで勝ったつもりかキシモト!! だからお前はアホなのだぁ!!」

 高笑いとともにバッと顔を振り上げ、ビシィ!という擬音語が聞こえそうな大げさな身振りで、サトミに人差し指を向けるコジマ。白髪をおさげにした紫色の拳法服の老人が、燃える大地をバックに腕を組んで高笑いしているのがその背後に見えた・・・ような気がした、なんとなく。

 「なっ・・・ま、まさか!?」

 「見るがいい! これが俺のカード・・・最強の証、キング・オブ・ハート!!」

 バァン!!

 コジマが目の前に叩きつけたのは・・・ハートのキングのカードだった。

 「な、なんだってー!!」

 些かオーバーな驚愕の表情を浮かべるサトミ。他のメンバーも、無論そこまで大げさではないが、それぞれ驚きの表情を浮かべる。

 「フフン、どうだ。いつもの俺とは一味違うと言っただろう」

 得意げにそう言いながら、手首につけたブレスレットを撫でるコジマ。サトミは悔しそうに、ハートのキングのカードを見つめていたが・・・

 「・・・まだだ! まだ終わらんよ!! 一回ぐらいで勝ち誇ってもらっちゃ困るんだから!!」

 「言われなくたってそうするさ。納得いくまでやってやろうじゃんか」

 「当たり前よ! 次こそギャフンと言わせてあげるんだから! キャップ! 次お願いします!!」

 「あー、はいはい。予想通り、ヒートアップしちゃったみたいね」

 オグマは当たり前のようにディーラー扱いされたことにも腹を立てず、淡々とカードを拾って再び切り始めた。




 「ダイヤの6・・・」

 「クラブの3。なかなかいいカードを引けないわね・・・」

 「俺はハートの8だな。キシモト、おまえの番だぞ」

 次々にカードを公開していくメンバー。そして・・・

 「ええいっ! これでどうだ!!」

 無駄に気合の入ったアクションでサトミが公開したのは、ダイヤのジャックだった。

 「・・・」

 そして・・・全員が固唾を飲んで、コジマのカードの公開を待つ。

 「フッ・・・」

 と・・・コジマは小さく笑みを浮かべて、サトミとは対照的に、スッとカードを机の上に置いた。

 カードの図柄は・・・スペードのジャック。思わずケイスケとヒカルが、感嘆ともなんともつかない声を漏らした。

 「やるじゃないか、キシモト。ラッキーモード全開のこの俺に、素でついてくるなんて」

 「そっちこそ、今までキングとかクイーンばっかりだったのに、いよいよツキが落ちてきたんじゃないの?」

 「いやいや。これもきっと、結果をさらに面白くしようとする幸運の女神の粋な計らいさ」

 互いに不敵な笑みを浮かべてにらみ合う両者。

 「それじゃあ、あいこってことで、残ったカードの中から選んでくれ」

 オグマの言葉にうなずく2人。そして・・・

 「「あーいこーで・・・しょっ!!」」

 バンッ!!

 2人はそれぞれ取ったカードを、すばやく自分の胸元に引き寄せ、それを見た。

 「よし。それじゃあキシモト、お前から」

 「ラジャー! いくわよコジマさん! これが勝利の鍵だぁぁぁぁ!!」

 バンッ!!

 いつにも増してオーバーアクションで叩きつけたサトミのカードは・・・クラブのキング。だが・・・

 「フッ・・・」

 コジマはまたしても、不敵な笑みを浮かべただけだった。そして・・・

 「甘いんだよ、キシモト。思い知るんだな。『運』はこのコジマ・ヨシキに味方してくれるんだッ!!」

 バァンッ!!

 高らかな叫びを挙げて、コジマはカードを目の前に叩きつけた。

 「・・・!?」

 そのカードを見た瞬間、全員が我が目を疑った。

 「奇跡、切り札は自分だけ・・・ってな」

 踊る道化師を描いたそのカードは紛れもなく・・・ジョーカーだった。

 「そ、そんなぁ・・・」

 サトミはへたり込むように、椅子に沈み込んでしまった。

 「どうです? これでこのリングの凄さがわかったんじゃないですか?」

 コジマは得意げにそう言いながら、ブレスレットをはめた手で持ったジョーカーをヒラヒラさせた。

 「そうですね・・・。一回も負けないで十連勝なんて、確かに普通なら考えられませんけど・・・」

 ヒカルがそうつぶやく。すると、オグマが言った。

 「たしかに今のコジマが物凄くラッキーらしいことはわかったが、これだけじゃまだまだ不十分だな。そのリングの効果を証明するには、もう何回かやってみる必要がある。ただし・・・」

 オグマは、コジマの手首のブレスレットを指差した。

 「今度は、そのブレスレットを外してな」

 「えっ・・・マ、マジですか?」

 「マジだ。そりゃそうだろうよ。お前の幸運とそのブレスレットの因果関係を証明するには、それをつけてる時と外した時とで比べてみなきゃわからないだろうが」

 「確かにそうですね。もし今のコジマさんの幸運がそのブレスレットのおかげなら、それを外して勝負したら、今度は負けるはずだ、ってことですね」

 「そういうこと」

 ケイスケの言葉にうなずくオグマ。

 「・・・わかった、わかりましたよ。なんか不満ですけど、言ってることはもっともですし」

 コジマは渋々といった様子で、ブレスレットを外して机の上に置いた。

 「よし、それじゃあもう一度」

 再びカードを切り、円卓の真ん中に置く。そして、それぞれカードを取ったメンバーは、一人ずつそれを目の前に置いていく。

 「ダイヤの6です」

 「スペードの7でした」

 「クラブの7だよ・・・」

 「スペードの8ね」

 「俺はハートの4。なんだ、今回はみんな揃って低調だな」

 あまり大きい数字の出なかったここまでの経過に、オグマはそう言った。

 「じゃあ次、キシモト」

 「トホホ・・・はい」

 と、サトミが情けない声を出しながら置いたのは・・・ハートの2だった。ここまでの数字の中では、最低である。ここまでの最大の数字は、ニキの8。9以上の数字を出せば勝ちということになる。先ほどの十連勝でのコジマのツキっぷりを考えれば、これはもう勝利は決まったようなものだ。が・・・

 「・・・」

 コジマは両手に持ったカードをこわばった表情で見つめたまま、いっこうにそれを出そうとしない。

 「どうした、コジマ。早く出せ」

 「は・・・はい」

 答えるその姿は、先ほどまでの覇気が嘘のようである。そして、おずおずといった様子で彼が出したカードは・・・

 「嘘・・・」

 サトミが思わず漏らした感想は、コジマを除く全員同じものだった。それは・・・クラブのエースだった。

 「この状況でこのカードを引くというのも・・・ある意味ではすごいことだけれどね・・・」

 アヤがぼそりとそう言うと、コジマが我に返ったように、急に身を乗り出してまくし立て始めた。

 「も、もう1回! もう1回です!!」

 「なんだコジマ。そんなに慌てることなくたって、この1回で結論付けたりしないよ。続けていこう、続けて」

 そう言ってオグマは、再びカードを集めて切り始めた。




 「・・・」

 「・・・」

 「・・・」

 メンバーはいずれも、机の上に置かれた1枚のカードに視線を注いでいた。カードの図柄は・・・ダイヤのエース。そして・・・

 「・・・」

 それを前にしたコジマが、真っ白に燃え尽きていた。

 「どうするコジマ。これで終わりにするか、続けるか・・・って、その様子じゃあ無理そうだな」

 オグマはそう言いながら、カードをしまい始めた。

 「まさか5連敗・・・。それも、全部エースだなんて・・・」

 「普通に考えるなら・・・まずありえないことですね・・・」

 ニキとアヤがその結果にそう呟く。

 「いやはや。まさかここまではっきりと結果が出るとはな。さすがにこうなると、そのリングの効用を認めざるを得ないんじゃないかな」

 オグマの言葉に異を唱える者はなく、皆素直にうなずいた。

 「おい、いつまで白くなってるんだコジマ。お前の望みどおりの結果が出たんだから、もっと喜べ」

 「・・・たしかに、そりゃそうなんですけど・・・素直に喜べない・・・」

 うなだれたまま、コジマはそんなことを言った。

 「しかし、すごいものが売られてるんですね。ここまで効き目があるなんて。幸運のお守りとか開運グッズとかいうものは、ずいぶん昔から売られているはずですけど、ここまで効き目のあるものなんてないんじゃないですか」

 フォーチュンリングを手にとって、しげしげと見つめるケイスケ。サトミがうなずく。

 「そうよねぇ。ここまですごい効き目があるんなら、値段もけっこうしたんじゃないの、コジマさん?」

 だが、コジマの答えは意外なものだった。

 「いや、それがな。これ、三千円で買えちゃうんだよ」

 「えっ、マジ?」

 「そんなに安いんですか?」

 ヒカルも信じられないというように、目を丸くする。

 「あぁ、本当だよ。最近爆発的に広まり始めてるのには、そういう理由もあるみたいだけど」

 「・・・ちょっと、いいかな」

 と、それまで黙って見ていたアヤがケイスケからフォーチュンリングを受け取り、眺めたり触ったりし始める。

 「どうだ? 専門家の目から見てみて」

 しばらくそれを見守った後、オグマがそう語りかけた。確かに、開運などという科学の入り込む余地のなさそうな分野については、趣味(と言っても下手な「本職」をはるかに上回るレベルだが)で魔術を研究するアヤは専門家と言える。しかし・・・

 「・・・どう見ても、変わったところはありませんね・・・」

 アヤはそう言って、首を傾げた。

 「材質に特殊な物質・・・例えば、パワーストーンのように幸運をもたらすと言われている石のようなものが使われているわけではありません。たぶん・・・ただのアルミです。魔力のようなものも全く感じませんから・・・運気を向上させる何らかの魔術的効果が付随されている・・・というわけでもありません」

 「つまり、ただのブレスレットってこと?」

「はい。これならば・・・幸運を呼ぶアイテムとしては、古くからある神社のお守りなどの方が・・・ずっとご利益があるでしょうね。そもそも・・・運気を向上させるということは、運命を自分にとって都合のよい方向へともっていくことです。運命を操作するというのは・・・魔術的に考えてみても、非常に難しいことです。おいそれと実現できるものではありません」

 「じゃあ、俺のあのラッキーモードはどう説明するんですか?」

 「そう・・・君の見せた幸運は、確かにこのブレスレットの力としか思えないこともまた・・・事実だね。私の知るような方法とは全く違ったかたちで、運気を向上させているのか、それとも・・・」

 ブレスレットを見つめるアヤの瞳には、いつのまにか、静かな探究心の火が点っていた。




 その夜・・・。主の趣味によって、あえて照明の明るさの抑えられた部屋の中。ぼんやりと光る3台のモニターを前にして、アヤは静かに座っていた。

 「・・・」

 黙したまま全く姿勢を変えない彼女の姿は、静止している。しかし、モニターを見つめるその瞳を、彼女をよく知る者が見れば、彼女が今、何か真剣に取り組むべき対象に没頭していることは容易にわかったことだろう。

 そして・・・3つのモニターにそれぞれ展開されているいくつものウィンドウは、「フォーチュンリング」に関する様々な情報を表示している。その多くは、ネット上の掲示板でやりとりされる会話や、雑誌で紹介された記事、TVで紹介された内容など、「フォーチュンリング」の評判に関するものだった。例えば・・・



【ケース1 女子高生(18)の場合】

 「じゃーん! 見て見て2人とも、すごいでしょー」

 満面の笑みを浮かべた自慢げな表情で、彼女は一枚の紙を目の前にいる2人の友人に見せた。が・・・

 「・・・ナツ、あたし昨日夜更かししちゃって今朝寝坊しそうになったんだけど、まだ寝ぼけてるのかな?」

 「・・・いや・・・私も、まだ夢を見ているのかもしれない。トモカ、構わないから、私の頬をつねってみてくれないか?」

 茶色のショートカットの髪型の快活そうな少女と、長く伸ばした黒髪を後ろで束ねた真面目そうな少女は、ともに見てはいけないものでも見てしまったような表情の顔を見合わせた。

 「ちょっと! 2人ともバカにしてるわけ!?」

 その反応に頬を膨らませ、癖毛気味の金髪をもった西洋人とのハーフらしき少女は、バンと机を叩いた。

 「ご、ごめん。ただ、その・・・ねぇ?」

 「あ、ああ。あまりにも意外なことだったから、つい・・・」

 2人の少女は気まずそうな笑みを浮かべた。

 「いいんだいいんだ。あたしが100点なんてとる方がいけなかったんだよ。明日は雪でも槍でもスカイドンでも、なんでも降ってくればいいんだ」

 すっかりそっぽを向いてしまう、金髪の少女。

 「ご、ごめんごめん。あたしたちが悪かったよ」

 「ああ、悪かった、マリア。お詫びに後で、DoDo’sでなにかおごらせてもらおう」

 2人がそう言って謝ると、金髪の少女は顔は向けずに

 「・・・ビッグチョコレートパフェ・ゲスラスペシャル」

 と言った。

 「わかったよ。高いが仕方ない」

 ため息をつきながらうなずく黒髪の少女。

 「エヘヘ、ありがと。それに免じて、今回は許してあげちゃうっ」

 振り返った金髪の少女の顔は、ケロリと元の笑顔に戻っていた。

 「本当に現金な奴だな、君は・・・」

 「でも、本当にどうしちゃったのマリア? 英語は特に苦手なはずなのに・・・」

 「ああ。しかも、今回は特に難しかった・・・」

 そう言う黒髪の少女の机の上に乗っているのは、75点の答案。決して悪くはない点数だが、日頃は80点台は当たり前、90点台後半も珍しくない彼女の成績から考えれば、確かにパッとしない点数である。

 「別に何か、特別なことしたわけじゃないよ。でもね、今度の期末テストはこれをつけてみたんだ」

 そう言って金髪の少女が伸ばした右腕の手首には、白いブレスレットがつけられていた。

 「あーっ! フォーチュンリングじゃない!! 買ったのマリア!?」

 「? なんだ、それは?」

 すぐに目を輝かせてそのブレスレットに見入る茶色い髪の少女と、それとは対照的に、きょとんとした顔をする黒髪の少女。

 「やだ、知らないのナツ? これはね、つけるだけですごくラッキーになれるって、今大評判のアクセサリーなんだよ!」

 「なんだ、お守りか」

 「ただのお守りじゃないよ。ほんとに効果あるんだから。今度のテスト前は、これをつけて勉強したの。英語は特に苦手だから、思い切ってヤマをかけてみたんだけどね。そしたら、それが全部大当たり! 勉強したところが全部テストに出てきたんだよ。この100点も、そのおかげ」

 そう言いながら、金髪の少女は誇らしげに胸を反らした。

 「へぇ〜、ほんとにスゴイんだぁ。あたしも買ってみようかなぁ。そんなに高くないみたいだし」

 「絶対そうした方がいいよ。実を言うと、他のテストも今回は自信あるんだぁ。もしかしたら、ナッちゃんを抜いちゃうかも。ナッちゃんも買ってみたら?」

 「結構だ。運に頼るなど、私の性に合わない。強くなりたければ鍛える。賢くなりたければ学ぶ。今までもずっとそうしてきたのだから、いまさらそのやりかたを曲げるつもりはない」

 きっぱりとそう答える黒髪の少女。

 「ふ〜ん・・・でもナッちゃん、世の中、鍛えたり勉強したりでなんとかなることばっかりじゃないんじゃない? 例えば・・・もしかしたら、何か予想もできない幸運で背がグングン伸びたりすることだってあるかもしれないのに」

 「なっ・・・!?」

 他の人間ならば触れてはならない話題にさらりと触れる金髪の少女。そのあまりのさりげなさに、黒髪の少女は一瞬怒ることさえも忘れたが・・・

 「もっとラッキーなことだってあるかもよ? たとえば・・・好きだけど告白することもできない憧れの人から、思わぬデートの誘いが来たり、とか」

 「ッ!!」

 次に茶色い髪の少女の言った何処か確信犯的な言葉に、顔を真っ赤にしてフリーズしてしまったのだった。




【ケース2 大学教授(27)の場合】

 時刻が夜8時を回った頃。その女性は自宅であるマンションのダイニングキッチンで、一人テレビを見ながら夕食をとっていた。と・・・

 ピンポーン・・・

 突然、インターホンの音がした。

 「・・・?」

 来客の予定はない。彼女は首をかしげながらも箸をおき、小型のモニターつきのインターホンへと歩み寄り、そのスイッチを入れた。すると・・・

 「よっ」

 そこに映し出されたのは、眼鏡をかけた一人の男の顔だった。

 「!? キョウジさん!?」

 「ああ。とりあえず、中に入れてくれないか? 寒くってさ」

 「は、はい! すぐに開けますから!」

 彼女は慌ててそう言うと、小走りで玄関へと向かい、ロックを外してドアを開けた。

 「う〜、さむさむ。この何日で急に冷え込んできたよな。助かるよ、シュン」

 「い、いえ・・・。でも、どうしたんですか? 今日は教授会のはずじゃあ・・・」

 「司会役の先生が、風邪をこじらせちまってな。また後日ってことに。そんなことよりさ。いい土産があるんだよ」

 彼はそう言うと、肩からかけていたバッグの中から、1枚のパッケージメディアらしきものを取り出した。

 「これ、な〜んだ?」

 面白そうにそれを、彼女の目の前で振った。そのパッケージには、狂気じみた笑いを浮かべて刃物を握っている女の写真がついている。いかにもおぞましい感じのするパッケージだったが、それを見た瞬間、彼女の目が見開かれた。

 「こ、これは!? 「怪奇大作戦」幻の欠番第24話「狂鬼人間」!?」

 「当たりだ。さすがだな、シュン」

 男はニヤリと笑った。

 「当然です! 精神異常者の犯罪と「心神喪失者ノ行為ハ之ヲ罰セズ」とする刑法第39条について、被害者は犯人が心神喪失者ならあたかも運の悪い単独事故にあったかの如く諦めなければならないのか?という問いかけを視聴者に投げかける今日にも通じるような作品ながらも、精神病は一生直らないなどの一部偏見のある内容とキ○ガイという台詞の多用によって、全26話中唯一欠番扱いとなった作品・・・!!」

 それを手に取りながら、興奮した様子で異常に詳しい解説をする女性。

 「でも、どうしてそれがここに? この作品のマスターテープはどこかに紛失されてしまって、現在はネットも含めてどこにも映像は残っていないはずなのに・・・」

 「チッチッ。あったんだよ、それが。放送終了の後、最初に映像販売されたLDボックスの最初の版には、これも収録されていたんだ。そのあと問題になって、回収されたんだけど・・・」

 男はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 「うちのゼミの学生の一人がさ。物置の中にあったそのLDボックスを偶然見つけて、持ってきてくれたんだ。で、それを俺が新たに焼きなおした。映像も音も俺がデジタルリマスターしたから、細かいとこまでクッキリハッキリだぞ。これは絶対、シュンも見たがると思ってな。司会の先生には悪いけど、教授会も中止になったし、やること片付けて飛んできたってわけ。どうだ?」

 「すごいです、キョウジさん! 早速見ましょう! すぐ見ましょう!」

 まるでモデルのようなスタイルの大人っぽい雰囲気とは裏腹に、まるで子どものように笑いながら、男の手を引こうとする女性。だが・・・

 「ああ、そうしよう。でも、それが終わったら・・・」

 靴を脱いて玄関をあがりながら、男は彼女の目をジッと見つめた。

 「・・・この寒い中、終わった後わざわざ家まで寝に帰るってのもな。どうせ明日は土曜だし・・・」

 女を後ろから、さりげなくソッと抱きしめ、男は呟くようにそう言った。その右腕には・・・白いブレスレットがはめられていた。

 「・・・わかりました。風邪を引いたりしたら、大変ですからね・・・」

 女は顔を赤らめながら、小さくうなずいた。




【ケース3 会社員(警備会社勤務、23)の場合】

 ガラガラガラガラ・・・

 騒がしい音を立てながら、台座のついた八角形の奇妙な箱が回る。箱に取り付けられたハンドルを握って回す女の顔は真剣そのもの。その後ろには2人の青年と1人の少女が立っているが、それを見つめる彼らの視線もまた、真剣そのものだった。そして・・・

 ポトッ・・・

 箱に開けられた小さな丸い穴から、小さな玉が転がり落ちる。その色は・・・赤。

 「はい、残念。ポケットティッシュですね」

 鮮やかな色のはっぴを着た男が、彼女にポケットティッシュを手渡した。

 「・・・ごめん。ダメだったわ」

 ポケットティッシュを片手に、彼女は申し訳なさそうに、後ろに立っていた3人にそう言った。

 「気にしないでよ、オガタさん。俺もヨウコちゃんも、結果は同じだし」

 苦笑いを浮かべながら、そのうちの1人である青年は、やはり手に持ったポケットティッシュをちょっと持ち上げてみせた。

 「でも、加奈もダメかぁ・・・。そうなると、最後は・・・」

 やはりポケットティッシュを持っている高校生ぐらいの年頃の少女は、そう言って、4人の中で唯一それを持っていない人物に顔を向けた。すると・・・

 「よぉ〜しよしよしよし。いよいよ最後は俺の番ってわけだな」

 その青年は腕まくりをしながら、意気揚々と福引のガラガラ抽選器の置かれたテーブルへと歩み寄ろうとする。が・・・

 「「ちょっと待て」」

 1歩目の足を踏み下ろす間もなく、彼は左右から青年と女に肩をつかまれた。

 「おわっ!? なっ、何をするだァーっ!?」

 「カズマ、悪いことは言わない」

 「私達のうち、誰かに任せなさい」

 きっぱりとそう言い放つ、青年と女。

 「な、何を言ってやがるんだお前ら!? お前ら3人とも、一回ずつ回しただろうが! 残りはあと1回なんだぞ? 俺がやるのが順番として当然だろうがよ!!」

 肩をつかまれたまま、青年は吼えた。言ってはなんだがこの青年、かなり人相が悪い。目つきも鋭く、人が見れば十中八九、ヤンキーだと思うだろう。実際、半分は似たようなものなのだが。

 「あと1回だからよ。だからこそ、あなたに任せるわけにはいかないの」

 「そうそう。お前に任せたら、確実に残念賞を引くに決まってる。確実! そう、探偵マンガの主人公が外出すると殺人事件に巻き込まれるのと同じぐらい確実だッ!!」

 容赦なくそんなことを言う2人。

 「お、お前らなぁ・・・」

 わなわなと震える、人相の悪い青年。

 「ねぇ、そんなにミヤザキセンパイって運が悪いの?」

 少女は素朴な疑問を発した。

 「そりゃあもう、筋金入りだよ。高校時代、友達6人で海に行ったことがあったけど、そのときカズマは一人だけクラゲに刺されまくったんだぜ」

 「大学時代、同じサークルの仲間でカキ鍋パーティーやったことがあるんだけど、そのときも一人だけカキにあたって救急車で運ばれたのよ。カズマの運の悪さについては質問するまでもないわ、ヨウコ」

 「ふ〜ん」

 「ダァァァァ!! やかましい! うっおとしいぜ、お前ら!!」

 と、ついにキレたのか、人相の悪い青年は2人を強引に振りほどき、あっという間に抽選器の前に立った。

 「ほいおっさん、福引券! 1回頼む!」

 「は、はい! どうぞ・・・」

 すさまじい形相で最後の福引券を目の前に突き出され、商店街の会長は何度もうなずくしかなかった。

 「ちょっと、カズマ!」

 「やめとけ! ポケットティッシュが欲しいなら、駅前でいくらでも配ってるぞ!」

 「そんな口は、ティッシュ以外のものを当ててから叩いてみろ! いいか、今までの俺と同じだと思ったら大間違いだぞ! 何しろ今日の俺は、こないだダチからもらった、このフォーチュンリングをつけてるんだからなぁっ!!」

 振り上げられたその右手の手首には、白いブレスレットが。

 「おい、そんなブレスレットでどうにかなるほど甘いわけ・・・」

 「いいからそこで黙って見てろ!! お前ら程度のスカタンにこのカズマがなめられてたまるかァーッ!!!」

 彼はそう絶叫すると、ハンドルをガシリとつかんで、「コオオォォォォ・・・」と奇妙な音をたてながら、呼吸をした。そして・・・

 「震えるぞハート! 燃え尽きるほどヒート!」

 グルルルルルルルルル!!

 すさまじい勢いで回し始めた。

 「ちょ、ちょっとお客さん! そんなに回したら、抽選器が・・・」

 「おおおおおっ、回すぞ福引のビート! サンライトイエロー・・・」

 ポトッ・・・

 と、唐突に抽選器から、一個の玉が零れ落ちた。その色は・・・

 「お、おめでとうございます! 特賞、ジョンスン島7泊8日ペアの旅が当たりましたぁ!!」

 興奮した様子で、手にしたベルを鳴らす会長。トレイの上には、光り輝く金色の玉が転がっていた。

 「嘘・・・」

 「マジ・・・?」

 「奇跡だわ・・・」

 呆然とした様子でつぶやく、うしろの3人。ガラガラを回していた人相の悪い青年さえ、固まったようになっていたが・・・

 「ワハハハハハハハ! どうだ見たかお前らぁ! これで何者も運のよさでこのカズマを越える者はいないことが証明されたッ! 最高に『ハイ!』ってやつだアアアアアハハハハハハーッ!」

 やがて、体を大きく仰け反らせながら狂ったように笑い始めた。特賞が当たったというその騒ぎで、買い物客が福引所の周りに集まり始める。それに気づき、ようやく他の3人は我に帰ったが・・・

 「でも・・・ほんとは、1等の方が欲しかったんですけどね・・・」

 少女はそう言いながら、景品一覧の特賞の下、1等のところに書かれた「ツインテール肉サーロイン5kg」の文字を複雑そうに見つめた。




 「ふむ・・・」

 投稿者も出自も皆違う、そんな「幸運体験談」を一通り読み終えたアヤは、静かに唸った。

 「なるほど・・・。とりあえず、評判になっているというのは本当のようだね・・・。「体験談」のバリエーションも豊富だし・・・少なくとも、商品を宣伝するためのサクラの作り話ばかり・・・というわけではないようだ」

 アヤはそう言って次々にウィンドウを閉じていき、最後に一つだけ残したウィンドウを見つめた。

 「やはり、百聞は一見にしかず・・・実際に調べてみるしかなさそうだ・・・」

 彼女がそう言ってモニターを見つめると、カーソルが独りでに動き出し始めた。ウィンドウに表示されているのは、「フォーチュンリング」を販売している通信販売会社の直営サイト。「TV、雑誌、ネットで話題沸騰!!」という文字とともに、「120%の幸運を、あなたに!!」という、普通なら誇大広告としかとられないような見出しが大きく書かれている。カーソルは移動し・・・「今すぐ購入」と書かれたボタンの上で動きを止めた。




 翌朝。

 「やぁ、おはよう・・・」

 「あ、アヤさん、おはようございます」

 「おはようございます・・・」

 と、ミッションルームに入ってきたアヤに、ケイスケとともに挨拶をしかけたコジマだったが・・・

 「・・・って、アヤさん、それ!?」

 彼は、アヤが右手に持っているものを見て驚いた。

 「ああ・・・。私も・・・買ってみたよ・・・。最近の通信販売というのは速いのだね・・・。昨夜注文したのに・・・朝には届いていたよ・・・」

 それは紛れもなく、フォーチュンリングだった。

 「ははぁ、さすがにアヤさんも、あそこまでの効果を見たら黙っていられませんか。誰だって、幸運には恵まれたいですからねぇ」

 「・・・フフッ・・・」

 気分よさそうに語るコジマだが、アヤは謎めいた笑みを浮かべると、ケイスケに顔を向けた。

 「ところでニイザ君・・・いきなりですまないのだけれど・・・工作室からレーザーメスを借りてきてくれないか?」

 今度はもっと風変わりなお願いをするアヤ。

 「・・・? わかりました。すぐに持ってきます」

 「すまないね・・・」




 その後、ミッションルームには次々に他のメンバーも集まり、全員が揃ったが・・・

 「アヤさん、ほんとにやるんですか? もったいないからやめといた方がいいですって」

 「その・・・神社のお守りとかは、一度開けちゃうとご利益がなくなっちゃうって聞いたことありますけど・・・」

 ヒカルがちょっと心配そうな表情でアヤを見つめるが、彼女はレーザーメスを調整しながら微笑を浮かべた。

 「心配は要らないよ・・・。私は別に・・・幸運がほしいわけではないんだからね。私はただ・・・このリングの秘密を解き明かしたいだけだよ・・・。それにはどうしても・・・このリングの中身を知る必要があるからね・・・」

 「まぁ、アヤさんがそう言うなら別にいいんじゃないの? それに、こういう秘密っぽいものの中身を見るって、なんだかワクワクするじゃない。そう思わない? ニイザ君」

 「え? ええ、まぁ・・・。機械好きは大体そうですからね・・・」

 好奇心全開のサトミにケイスケはそう言いながら、頭をポリポリと掻いた。

 「よし。それじゃあキリュウ、やってみてくれ。俺も興味がある」

 「わかりました。では・・・」

 正直なオグマの言葉にうなずくと、アヤは慎重に、レーザーメスの先端をフォーチュンリングの表面に向けた。

 ジジジジジ・・・

 レーザーメスの先端から照射される青いレーザーがリングの表面を焼き、切断していく。金属の焼ける匂いが少し漂う中、メンバーは固唾を呑んで、その作業を見守る。そして・・・

 「できました・・・」

 アヤはそう言って、レーザーメスのスイッチを切った。そして・・・真っ白で傷一つなかった表面には、アヤがレーザーメスで切り取った、十円玉ほどの大きさの穴が開けられていた。

 「さて・・・ご開帳・・・」

 アヤは無表情にそう言うと・・・ゆっくりと、フォーチュンリングを傾けた。すると・・・

 パラパラパラ・・・

 その穴から突然、何か細かく小さなものがいくつも零れ落ちてきた。

 「?」

 思わず、円卓の上に零れ落ちたそれらに視線を集中させるメンバー。ニキは正体不明のそれを恐れるでもなく、手でヒョイとつまみ上げ、目の前に持ってきた。

 「石・・・みたいなものかしら。まるでビーズみたいね」

 彼女の観察どおり、それはビーズ程度の大きさの、非常に小さな丸い石の粒だった。色は黒。触った感じは硬く、表面はつるつるとしていて、光沢がある。

 「黒水晶にも似ているね・・・。どうやらこのリングの中には、この石がぎっしりと詰まっているようだ・・・」

 穴の中を覗き込みながら、アヤはそう言った。

 「なぁんだ、つまんない。もっとすごいものが入ってるんじゃないかって期待してたのに」

 期待はずれだったのか、だらんと椅子の背もたれにもたれるサトミ。しかし・・・

 「いや・・・どうやら、そうでもなさそうだよ・・・」

 そう言いながら結晶のような黒い石を見つめるアヤの眼鏡の奥の瞳には、先ほどまでよりもさらに強い光が宿っていた。




 「うーん・・・」

 分析結果を表示する画面を前に、まだ若いが丸々と太った研究員は、腕組みをしてうなった。

 「どうかな・・・スドウ君」

 このマリナーベース内の科学班第1研究室の主任研究員も務めるアヤは、部下であるその研究員に尋ねた。

 「とりあえず、この結晶を怪しいと睨んだ主任の見立ては、正しかったようですね。たしかに、分子の構造は黒水晶にも似ていますが・・・これは、地球上の物質じゃあありませんよ」

 黒い結晶の粒を入れたシャーレを手に取りながら、スドウ研究員はそう言った。その言葉に、分析結果を聞くためについてきたケイスケたちも驚く。

 「本当ですか?」

 「ええ、間違いありません。防衛軍や宇宙開発関連の研究機関のデータベースとも照合してみましたが、該当する物質はありませんでした。全く新発見の物質、ということになりますね」

 「そんなものが中に入ってたとはな・・・。確かに、ここまで運が良くなるってのは、ただごとじゃないとは思ってたけど・・・」

 正体不明の結晶が中に入っていたとわかり、さすがに得体の知れないものを感じてブレスレットを外すコジマ。しかし・・・

 「ええ、確かに通販で売られている開運グッズの中にこんなものが入っているっていうのは、おかしいんですけどね。ただ・・・」

 「ただ、何ですか?」

 「・・・地球上には存在しないというだけで、他には何も変わったところはないんですよ」

 首をかしげながら、スドウはそう言った。

 「変わったところがないって・・・」

 「変な電波や磁力線を発しているわけでもなく、ましてや、放射性物質でもない・・・。また、特に硬いとか比重が重いとか、そういう性質もありません。要するに、性質的には道端に転がっている石ころと、全く変わらないということです」

 「確かなんだね・・・?」

 「ええ。ひと通りの分析をしてみましたが、本当に、ただの石ころです。人や物に何らかの影響を及ぼすような特徴は、何もありません」

 眼鏡を直しながらのスドウの言葉に、アヤたちは顔を見合わせた。




 「なるほどな。地球にない物質だったわけか。そりゃあ確かに、おかしな話だな」

 円卓の上に置かれた、黒い結晶の入ったシャーレを見ながら、オグマはそう言った。

 「でも、分析の結果は何もなかったんでしょう?」

 ニキがそう尋ねると、アヤはうなずいた。

 「はい・・・。確かに、科学的に見た場合、この石には何の特殊性も見られないようです。ですが・・・」

 アヤはそこまで言って、一旦口を閉ざした。

 「いいから言ってみろって」

 オグマが軽く促すと、彼女は再び口を開いた。

 「・・・あくまで私の心象ですが・・・先ほどからこの結晶からは、嫌な印象を受けるのです。たとえ科学的に見て異常がないとしても・・・私としては、それで安心してはならないような気がしてなりません・・・」

 アヤのその言葉に、メンバーは全員沈黙した。

 「ふむ・・・」

 オグマは少しの間何か考えているようだったが、やがて、ポンと膝を打った。

 「わかった。たしかに、今のところおかしなことは起きていないし、何か被害が起きてるわけでもないが、気になる話なのは事実だからな。調べてみる価値はありそうだ。お前の納得するような方法で、気の済むまで調べてみろ」

 「ありがとうございます・・・」

 アヤは笑みを浮かべて、オグマに頭を下げた。

 「あとは・・・そうだな。ニイザ、ハットリ。お前達は、これを売ってる通販会社や、これを作ってる工場を調べてくれ。結晶の出所がわかるかもしれん」

 「「ラジャー!!」」

 ケイスケとヒカルは、ピッと敬礼をした。




 「ええ、たしかにうちで扱っている商品です」

 応対役として現れた社員は、ケイスケの差し出したフォーチュンリングを見てそう言った。フォーチュンリングを販売している通販会社を訪れたケイスケとヒカルは、応接室に通されていた。

 「と言うより、このところはこれが主力商品みたいなものです。もう、売れて売れて。おかげさまで、受付センターの電話やメールは、注文でてんてこ舞いですよ」

 「・・・こちらでは、商品の販売だけを行っていると聞きましたけど・・・」

 「ええ。いろいろなメーカーなりなんなりから販売の委託を受けて、それを代行するようなかたちですね。弊社独自開発商品の販売は、今のところは・・・」

 「では、このフォーチュンリングは?」

 「オオキタリスマンという会社から委託を受けて販売しています。こういった開運グッズを販売している会社のようですが、弊社との取引は、このフォーチュンリングが初めてです」

 「委託を受けたのは、いつ頃のことですか?」

 「半年ほど前ですね。他の委託と同じく、営業に電話がかかってきて、このリングを弊社の通信販売に乗せてもらえないかとご相談がありまして。そのあと、1度代表の方とお話をさせてもらって、その場でご契約をいただきました。担当したのは私ですけれど」

 「・・・どんな方でしたか? その代表の方というのは」

 「50代ぐらいの、女性の方でしたね。着ている服はかなりお値段の張るもののようでしたし、手の指には全て、大きな宝石の指輪をはめていましたよ。ずいぶん儲けているみたいだなと、正直うらやましくも思いました。ただ・・・言ってはなんですけれど、ちょっと横柄な態度を見せるところもありましたね」

 社員は苦笑しながらもそう言った。

 「その方とは、その後は?」

 「契約の後は、直接会ったことはありませんね。何度か電話でお話はさせていただきましたが。オオキタリスマンさんは自社で工場を所有していて、フォーチュンリングはそこで作られて納品されてきます。納期にはとても正確なので、今まで督促の連絡などをしたことはありません。今ではすっかり、上得意さんですね」

 「・・・」

 考え込むように顔を見合わせるケイスケとヒカル。

 「・・・わかりました。それでは、最後にお伺いしたいのですが・・・」

 ケイスケはそう言って、社員の目の前に例の結晶の入ったシャーレを出した。

 「この石を見たことはありますか?」

 「? ・・・いえ、ありませんが、この石が何か?」

 社員は不思議そうな顔をしてそう言った。

 「・・・そうですか」

 「あの・・・こちらもお伺いしたいのですが、弊社の販売品に何か問題でも?」

 「ああ、いえ・・・」

 身を乗り出す社員に、ケイスケは頭をかきながら曖昧な返事をした。




 「・・・そうか。通販会社のほうはシロか」

 ウィンディの通信機越しに、オグマはそう言った。

 「はい。怪しいのは、フォーチュンリングを作って通販会社に卸しているという会社の方だと思います」

 「そう思って、さっきその会社の入っているビルに行ってみたんですが・・・一足遅かったようです。もぬけの殻でした。今、その会社がフォーチュンリングを作っているという工場の方に向かっていますが・・・」

 「わかった。何かあったら連絡してくれ」

 「ラジャー」

 そして・・・数十分ほどして、ウィンディはその工場の前に停車した。

 「思ったよりも、小さな工場で作ってるんですね・・・」

 目の前に立つ工場を見てのヒカルの第一声は、それだった。そこは、古くから町工場の立ち並ぶ工業地区のそのまた外れにある町工場だった。ヒカルの言うとおり、今や全国で爆発的に売れている商品を製造している場所としては、はなはだ地味なものだった。

 「電化製品みたいに、最初からたくさん作るもんじゃないだろうからな。最初はこのぐらいの工場でも大丈夫だったんだろうけど、今もこれで間に合ってるのかな・・・」

 ウィンディのドアを閉め、工場へと歩いていくケイスケ。ヒカルもまた、そのあとに続いた。




 工場の敷地内へと入ったケイスケは、すぐに眉をひそめた。

 「おかしいな・・・」

 「ええ。静かすぎますね・・・」

 あたりには人影はなく、工場ならばつきものの騒がしい物音も、全く聞こえない。周囲に立ち並ぶ他の工場の作業音だけが、少し離れて聞こえてくる。

 「平日だから、休みってことはないはずなんだが・・・」

 不審に思いながらも、ケイスケは工場の建物の中へと入っていった。

 「ごめんください」

 中に入りながら挨拶をするケイスケ。だがその言葉は、天井の高い建物の中に空しく反響しただけだった。

 「誰もいませんね・・・」

 ケイスケの後から入りながら、中の様子を見回すヒカル。人の姿は全くなく、使うもののいない工作機械や作業台だけが、がらんとした建物の中にひっそりと置かれている。

 「・・・最近まで使われていたのは、間違いなさそうだが・・・」

 作業台に近づき、その上に全く埃が積もっていないことを確認するケイスケ。少し離れた場所では、ヒカルが工作機械の一つに近づこうとしている。と・・・

 「!?」

 突然ケイスケは、何か背筋に冷たいものが走るのを感じ、反射的にヒカルの方へと振り返った。

 バキッ!!

 と、その頭上で何かが壊れるような音が響く。

 「ヒカルッ!!」

 「えっ・・・?」

 弾かれるように、全力で彼女に向かって走り出すケイスケ。そして・・・

 ガバッ!!

 「きゃあっ!?」

 ケイスケがそのままの勢いでヒカルに覆いかぶさり、倒れ込む2人。その直後・・・

 ガッシャァァァァァァァァン!!

 先ほどまでヒカルの立っていた場所に、何かが派手な音を立てて落下した。

 「っく・・・だ、大丈夫か、ヒカル?」

 呻きながら尋ねるケイスケ。その腕の下で、仰向けに倒されたヒカルはぽかんとした表情で天井を見上げていたが・・・

 「は・・・はい、大丈夫です。びっくりしました・・・けど・・・」

 やがて我に帰ったようにそう言うと、少し顔を赤らめ、困ったような表情を浮かべた。

 「その・・・どけてくれませんか・・・手」

 「え・・・?」

 言われてケイスケが、自分の左手に目をやると・・・それは見事に、ヒカルの制服の胸の上にあった。

 「ッ・・・す、すすすすまんヒカル!! わざとじゃなくて、その・・・!!」

 次の瞬間慌てて跳ね起き、面白いほど狼狽するケイスケ。もしこの場にコジマでもいたら、瞬時にバイオライダーに変身できそうなほどの怒りを燃やして襲いかかってくるに違いない。

 一方、ヒカルは赤い顔をうつむかせながらも、ゆっくりと身を起こした。

 「き、気にしないでください、わかってますから。それよりも・・・」

 ヒカルは立ち上がって体についた埃を払いながら、目の前を見下ろした。

 「ありがとう、ケイスケ君。ケイスケ君が助けてくれなかったら・・・きっと、大怪我していたと思います」

 「あ、ああ・・・。間に合ってよかったよ・・・」

 左手に残る感触を意識しないよう、心の中でなんとか努力しながら、ケイスケは彼女と同じものを見つめた。

 さきほどまで彼女が立っていた場所には・・・天井から落下してグシャグシャに壊れた照明の残骸が転がっていた。

 「どうして急に、こんなものが・・・」

 ケイスケがぶつかってこなければ、間違いなく自分を下敷きにしていたそれを、ヒカルは恐る恐る見つめた。

 「・・・どうやら、落ちてきたのは本当に偶然らしいな。見てみろ。この金具、これと天井の鉄骨を繋いでいたものだろうけど・・・すっかり錆びついてる。限界にきてたんだろう。コードの方も同じだ。金具が折れても重さを支えきれずに、そのまま千切れてしまったんだろう。間に合ってよかったよ・・・」

 照明の残骸を調べながら、心の底から安堵のため息をつく。同時に彼は、自分の中に住むもう一人の存在・・・ウルトラマンサムスにも感謝した。サムスと一心同体になってからの彼に備わったのは、巨大な姿への変身能力だけではない。危機を感じ取る第六感とも言うべき感覚もまた、より高まっているのである。照明が落下するその直前にその兆候を感じ取り、素早くヒカルのもとに走ることができたのも、その賜物だった。

 と、そのときだった。

 「ハハハッ、なかなかやるじゃないのよ」

 「「!?」」

 突然頭上から、笑い声が降ってきた。2人が驚いて、顔を振り上げると・・・

 「さすがはSAMS。精鋭揃いとは聞いていたけど、運も実力のうちってことかねえ」

 先ほどまでは確かに誰もいなかったキャットウォークの上に、一人の女が立っていた。高そうな毛皮のコートを身につけた、太った中年の女である。

 「誰だ、お前は!?」

 突然現れた女に警戒するケイスケとヒカル。と・・・

 「フフフ・・・」

 フワッ・・・

 なんと、女の体がフワリと宙に浮いた。2人が驚いている間に、女の体はキャットウォークの手すりを越え、そのままゆっくりと、地面へと降り始めた。

 「くっ・・・貴様、何者だ!!」

 パルサーガンを構えるケイスケ。だが、女は全くひるまない。

 「会ったばかりの相手にそんな物騒なもの向けるなんて、ご挨拶じゃないか。礼儀がなってないねえ。こっちはせっかく、同じ目線で話をしてやろうと降りてきてやってるっていうのに」

 ふてぶてしくもそう言いながら、やがて女は、コンクリートの床の上に降り立った。

 「まぁいいわ。そろそろ来る頃だとは思ってたわよ。だから、ここはもう引き払わせてもらった。残念だけど、もう何も残っちゃいないよ」

 女はそう言って、ニンマリと笑った。

 「あのブレスレットを作っていたのは、あなたなんですね!」

 油断なくパルサーガンを向けながら、ヒカルが問う。

 「その通りよ。どうだい? なかなかの優れものだったろう? 地球人も大喜びだったじゃないの」

 「確かに、あのブレスレットは日本中に広まっている・・・だが、あのブレスレットに入っていた黒い結晶は何だ? 一体、何を企んでいる?」

 「あんたたちに幸せを授けに来た・・・って言っても、信じられないかい?」

 ケイスケとヒカルは答えず、パルサーガンを構え続けた。

 「・・・冗談だよ。たしかにあたしは、どこかの光の巨人みたいに、慈善事業であんたたちを幸せにしにきたわけじゃない」

 女はそう言うと、その場でクルリと一回転した。すると・・・

 バッ!

 一瞬にして、その姿はローブを纏ったような奇怪な宇宙人の姿へと変わった。

 「あたしは、ボセンク星人。目的はズバリ・・・地球侵略よ」

 「「!!」」

 言葉通りズバリと言った宇宙人の言葉に、2人はパルサーガンを握る手に力を込めた。

 「本当はこんなことする必要なんてないけど、一応あんたたちに挨拶しておこうと思ってねえ。これからこの星は、あたしたちがいただく。後任の支配者として、そのぐらいの礼儀は持っていたいじゃないか」

 ひるむことなく、不敵にそう言うボセンク星人。

 「勝手なことを言わないでください! 何を考えているか知りませんけど、あなたたちの思い通りにはさせませんよ!」

 「そうだ! この星には俺達SAMSや地球防衛軍・・・それに、ウルトラマンサムスがいる。俺達がいる限り、お前達のような侵略者の好きにはさせないぞ!!」

 睨み付けるヒカルとケイスケ。だが、ボセンク星人は余裕を崩さない。

 「あぁ、そうだね。あんたたちの力は、かなりのもんだわ。さすがに、これまでどんな侵略者にも星を明け渡さなかっただけはある。あたしたちはあんたたちを、たいしたもんだと思っているよ」

 それどころか、意外な言葉を口にするボセンク星人に、2人は内心少し戸惑いを浮かべた。だが・・・

 「でも・・・そんなものは、あたしたちの侵略には何にも関係ないのさ。あんたたちがどれだけ強力な武力を持っていようが、ウルトラマンサムスが邪魔しようが、関係ない侵略の手段をあたしたちは持っているのよ」

 「なんだと・・・!!」

 「そして、そのための準備は、もう9割方終わっている。ことを始めるのは、もう時間の問題。つまりもう・・・あんたたちは助からない、ってことよ」

 ボセンク星人は淡々と、そんなことを口走った。

 「ふざけるな! そんなハッタリが通用すると思ったら大間違いだぞ!!」

 「ハッタリかどうかは、すぐにわかることよ。けど、あんまり時間はないよ。もうすぐ最後の準備は整う。それが終われば、あとは行動を起こすだけよ。それまでは、与えられた幸運をせいぜい楽しむんだね。あんたたちは、自分達の不幸に溺れて地獄に落ちるんだから・・・」

 フワッ・・・

 そう謎めいた言葉を呟くと、ボセンク星人はふわりと空中に浮かび上がった。

 「待てっ! それは一体どういうことだ!!」

 「さてね。ここで話しちゃ面白くない。お楽しみはあとにとっておくもんさ。それじゃあ、あたしはこれで失礼するよ。最後の準備に取り掛かるんでね」

 ビュンッ!!

 ボセンク星人はそのまま、2人の頭上を飛び越え、工場の出入り口へと飛んでいった。

 「待てっ!!」

 逃げ去るボセンク星人に向けて銃を構え、引き金を引くケイスケとヒカル。だが、ボセンク星人はあっというまに工場の外へと逃亡し、発射された光線は空しく飛んでいった。

 「くっ!!」

 その後を追い、急いで工場の外へと出る2人。だが、既にそこにはボセンク星人の姿はなかった。

 「逃げられちゃいましたね・・・」

 やがて、ヒカルは残念そうな表情でパルサーガンを下ろした。

 「やっぱり、宇宙人が絡んでいたな。しかし、奴の言っていたことが気になる。一体何を企んでるんだ・・・」

 「・・・とにかく、本部に連絡しましょう。アヤさんが何か、糸口を見つけてくれればいいんですけど・・・」

 「ああ、そうだな・・・」

 ケイスケはうなずきながら、リストシーバーのスイッチを入れた。




 その日の夜・・・。街灯だけが照らす、住宅に挟まれた人気のない道を、一人の男がほろ酔い加減で歩いていた。

 「あ〜、今日もツイてたなぁ。ほんと、このブレスレットはたいしたもんだぜ」

 心底満足そうな笑みを浮かべながら、ウスイは右手首にはめた白いブレスレットを愛おしそうに撫でた。不運にまみれたそれまでの人生が嘘のような幸運続きの日常は、いまだに続いている。今日も会社では、それまで難航していた大きな取引の話が一転してスムーズに進み、それを祝って今までに行ったこともないような高級クラブに行けば、美人揃いのホステス達に何故かよくモテる・・・といった具合だった。もはやすっかりブレスレットの効用の信者となった彼にとって、それは肌身離せぬものになっていた。

 「今までの人生、あれだけ不幸続きだったんだ。きっとこのブレスレットは、その分を取り返してくれてるんだ・・・」

 突然訪れ、今なお衰える気配を見せない幸運のオンパレードは、少し前までは考えられなかった前向きな思考まで彼にもたらしていた。あるいは、彼は元来楽天的な性格だったのかもしれない。いずれにせよ、自宅のアパートに戻る途中の彼の心は、明日はどのような幸運が待っているのだろうという期待によって、早くも一杯になっていた。

 「だいぶご機嫌のようだねえ」

 声が突然背後からかけられたのは、そんなときだった。

 「!?」

 驚いて振り返ると・・・そこには、おでん屋で出会ったあの自称占い師の女が、街灯に照らされて立っていた。

 「あ、あんたは・・・」

 曲がり角などない一本道である。先ほどまでは人の気配すらなかったのにどこから現れたのだろうと、彼は戸惑った。しかし、そんな彼の戸惑いなどお構いなく、女はニヤリと笑った。

 「だから言っただろう? 不幸続きの毎日から浮かび上がれるチャンスは、すぐそこまで来ているって」

 「・・・! もしかして、このブレスレットは!」

 ウスイはハッとして、右手にはめたブレスレットを見た。女は満足そうにうなずく。

 「気に入ってもらえてるようだねぇ」

 「そ、そりゃあもちろん! 今までの毎日が嘘みたいに幸運続きで、信じられないぐらいですよ!! こ、こんなすごいものもらっちまって、あ、ありがとうございました!!」

 恐縮したように、ウスイは何度も頭を下げた。

 「そう言ってもらえると嬉しいよ。そうそう、その顔だよ。あたしがあの時見た、近い将来のあんたの顔はね・・・」

 女はそう言って笑ったが・・・やがて、スッとその笑みを表情から消した。

 「さぁて・・・満足してもらってるようだし、悪いんだけど、そろそろお代の方をいただこうかねぇ」

 その言葉に、ウスイは驚いた。

 「お、お代って・・・」

 「お代はお代よ。まさか、タダで人も羨む幸運をもらったと思ってないだろうね? ズバッと言うけど、世の中タダは絶対にないよ」

 突然の「支払い請求」に戸惑うウスイに対して、女はそう言い放った。ウスイは反論の言葉を出そうとしたが、その態度には有無を言わさぬものがあり、言葉は口からは出てこなかった。

 「なに、大したものは欲しがらないから安心しな。ただ、お代をもらえないならそのブレスレットは返してもらうわよ。言っておくけど、嫌だって言っても無駄よ。今までをさらに上回るような不運を、あんたにもたらすことだってできるんだからね・・・」

 そんなことまで言って、不気味に笑う女。ウスイの心の中の恐怖は、一気に大きく膨らんだ。なぜかはわからないものの、女の言葉が決してハッタリなどではないことは、恐怖を感じるぐらいよくわかる。理不尽な「支払い請求」に抗う意志は既になく、心がこの女には逆らってはいけないという本能的な叫びを発し続けている。

 「・・・わ、わかりました。いくら、お支払いすればいいんですか・・・? このあいだ宝くじに当たったので、銀行には持ち合わせはあるんですが、今の手持ちのほうは・・・」

 だが、女は首を横に振った。

 「金なんか欲しかないわ。常識で考えなさいよ。金で運が買えると思うかい?」

 「そ、そりゃあそうかもしれませんけど・・・それじゃ一体、何を払えって言うんですか?」

 戸惑いながらそう尋ねるウスイ。すると・・・

 「決まってるだろ。体だよ、体で払ってもらうのよ」

 「カ・・・カラダ!?」

 その言葉を聞いた瞬間、ウスイの頭の中を、想像するだに恐ろしい想像がかすめた。

 「ちょ、ちょっと待ってください! いくらなんでもそれだけは! それだけは勘弁してください! 他のことならなんでもしますから! お願いします!!」

 土下座でもしそうなすさまじい勢いで、必死にその回避に努めるウスイ。女はそんな彼を半目で見ると、すぐに言った。

 「体で払えってのは、そういう意味じゃないよ」

 「じゃ、じゃあ一体・・・?」

 「もっと単純な意味だよ。つまり・・・」

 女はそう言いながら、ゆっくりと腕を持ち上げ、彼へと向けた。最初に会ったときと同じように、全ての指に宝石のリングが光り輝いている。

 「・・・あんたそのものが必要なのさ、あたしたちの計画にね」

 バババババババババッ!!

 突如、女の人差し指にはめられた指輪から赤い光線のようなものがほとばしり・・・それに打たれたウスイは、悲鳴をあげる暇もなく、その場にバタリと倒れこんだ。

 「悪いね。さて、一緒に来てもらおうか」

 女はほくそ笑みながら、ゆっくりと彼に近づいていった。




 「集まってくれたようですね・・・」

 翌朝のミッションルーム。そこに集まったケイスケたちを見て、アヤはそう言った。

 「本当なの、アヤさん? あの黒い結晶の秘密が解けたっていうのは・・・」

 ニキがそう尋ねると、彼女は深くうなずいた。

 「はい・・・そのとおりです。それを報告するために、集まってもらったんですよ・・・。それでは、始めたいのですが・・・」

 「ちょっと待ってください。アヤさん、ヒカルがまだ来ていないんですけど・・・」

 ケイスケの言うとおり、ヒカルだけはその場にいなかった。

 「いや・・・いいんだよ。実はヒカル君には、ちょっと頼みごとをしてね・・・。すぐに来るはずだから・・・一足先に始めよう。さて・・・」

 アヤはそう答えた。

 「早速ですまないのだがコジマ君・・・これを飲んでくれないか?」

 そう言ってアヤが取り出したのは、フラスコのようなガラスの瓶だった。その中には、目にも鮮やかな蛍光オレンジの液体が入っている。

 「・・・やけに綺麗なオレンジ色ですね。朝っぱらから実験台になれってことですか?」

 「まぁ、そういうことだね・・・。心配しなくても・・・体には何の害もないよ・・・」

 「せめて、どんな薬かは説明してくれませんか? 医者だった頃にも、インフォームド・コンセントってのは大事にしてたんですけど」

 「大丈夫。すぐにわかるよ・・・」

 どうやら、教えてくれる気はないらしい。

 「まぁまぁコジマさん、男なら細かいことなんか気にしないで。ささ、グーッといこ、グーッと」

 さらには、サトミがとても機嫌よさそうに一気飲みを促してくる。コジマはギロリとそれを睨みつけたが・・・

 「・・・えぇい、わかりましたよ! 飲みゃあいいんでしょ、飲みゃあ!!」

 やけ気味にそう言うと、瓶の蓋をとり、中身を一気にあおった。

 「・・・Ф×△ψΩ!!」

 たちまちコジマは表現のしようのない表情になり、表現のしようのない意味不明の叫び声を上げた。

 「すまないね・・・。急いで作ったので・・・味の調整までは手が回らなかった・・・」

 そう言いながらアヤが渡した水の入ったコップをひったくるようにとると、コジマは一息にそれを飲み干した。

 「ハァ・・・ハァ・・・ヘ、ヘヴィな味でしたよ・・・。刻が見えるかと思った・・・」

 「どんな味だったの?」

 「そりゃあもう、なんというか・・・ひき肉とたくあんと塩辛とジャムと煮干しと大福と・・・その他いろいろを、とにかく一緒くたにして煮込んだような・・・」

 青息吐息で感想を述べるコジマ。と・・・

 「お待たせしました」

 ミッションルームの自動ドアが開き、ヒカルがワゴンを押しながら入ってきた。

 「アヤさん、言われたとおり用意しましたけど・・・」

 「ああ、ありがとうヒカル君・・・」

 「わぁ、すごい数のシュークリーム! おいしそー!!」

 たちまちワゴンに駆け寄るサトミ。その上には、大量のシュークリームが並べられていた。と・・・

 「ちょ、ちょっと待ってください! 危ないですよ!!」

 「へ? 危ない?」

 それに手を伸ばそうとするとヒカルが慌てて止めたので、サトミは首をかしげた。

 「そうだね・・・。ヒカル君にはこのとおり、100個のシュークリームを作ってもらったけれど・・・このうち99個は、カスタードクリームではなく辛子入りだ・・・」

 いつもの無表情で、アヤはそう言った。

 「えっ!? ア、アヤさん、それって、もしかして・・・」

 「そう・・・。シュークリームロシアンルーレットだよ・・・」

 アヤはニヤリと笑ってそう言った。

 「・・・アヤさん、俺に何か恨みでもあるんですか? わけのわかんない薬飲まされたり、大昔のバラエティー番組の罰ゲームみたいなことやらされたり・・・」

 「いやいや・・・どうせやるなら・・・手の込んだ事をした方が面白いかと思ってね・・・」

 「んなことに面白さを求めないでくださいよ! しかも、人を使って!!」

 ついにキレるコジマだが、アヤは自分のペースを崩さなかった。

 「大丈夫だよ・・・。これさえ持っていれば・・・君がハズレを引くことはないだろう・・・」

 そう言ってアヤは、巾着袋をコジマに手渡した。

 「? 何すか、これ?」

 「フォーチュンリングと同じだよ・・・。中には、あの黒い結晶を詰めてある・・・。効果のほどは、君が宣伝したぐらいだから・・・よくわかっているだろう?」

 「そりゃあまあ、そうですけど・・・」

 コジマは困ったような顔をしながらも、ワゴンの前へと近づいた。

 「・・・さすが、というか何と言うか。焼き加減も大きさも見事にみんな一緒で、見た目じゃ全然わかりませんね・・・」

 1個を除いて全部辛子入りとはいえ、ヒカルの手作りである。出来栄えに抜かりはなく、100個のシュークリームはどれも同じように、おいしそうに焼きあがっている。コジマは困り果てた表情でそれを見つめながら、無意識に手にした巾着を握り締めた・・・。

 と、そのときだった。

 シュウウウウウ・・・

 「わわっ!? コ、コジマさん! なんか体から出てきたよ!?」

 「おわっ!? マ、マジだ!? なんだこの黒いの!?」

 なんと、コジマの全身から黒い霧のようなものが立ち上り始めたではないか。だが・・・

 「あ・・・吸い込まれていきます・・・」

 それはまるで排水口に水が吸い込まれていくように、コジマが手にしている巾着袋にどんどん吸い込まれていく。さらに・・・

 「こ、今度は巾着から、ピンク色の煙みたいなものが!?」

 「うわぁっ!! な、なんだ!? 俺の体に勝手に吸い込まれていく!?」

 黒い霧が巾着に吸い込まれるのと入れ替わるように、巾着から立ち上るピンク色の霧のようなものが、コジマの体に吸い込まれていく。目の前で繰り広げられる不可思議現象に、コジマ達は大騒ぎである。が・・・

 「ふむ・・・うまくいっているようだね・・・」

 アヤはそれを見ながら、満足そうにうなずいた。

 「ナ、ナズェミデルンディスカアヤザァン!!」

 「別に慌てる必要などないよ・・・。君自身、今まで何度も経験していることなのだからね・・・」

 半狂乱のコジマに、アヤはあくまで冷静に答えた。

 「なんですかそれ!・・・って、ありゃ・・・?」

 「今度はおさまっていきます・・・」

 ヒカルの言うとおり、コジマの体からの黒い霧のようなものの放出と、反対に巾着から放出されるピンク色の霧のようなものは急速に衰え・・・やがて、完全に止まった。

 「終わったようだね・・・。それではコジマ君、一つ選んでくれるかな?」

 「なにがなにやら・・・。あぁもう、わかりましたよ。そのかわり、ちゃんと説明してくださいよ」

 コジマはそう言うと、目の前に並べられた大量のシュークリームを眺め渡していったが・・・

 「これだっ!!」

 やがて、意を決したようにその一つを手に取った。そして・・・

 ガブッ!!

 「あっ!!」

 「わぉ! コジマさんってば、男らしー!!」

 彼はそのまま、シュークリームにかぶりついた。そして、全員がその次の反応を待つが・・・

 「・・・あまぁーい!!」

 次の瞬間、彼は歓喜の雄たけびを上げていた。

 「甘いよヒカルちゃーん! ヒーローを捕まえたのに余裕ぶっこいてすぐに殺さない悪役ぐらい甘いよー!!」

 「あ、ありがとうございます・・・」

 そんなことを言うコジマにサトミが近づき、彼のかぶりついたシュークリームを調べる。

 「わっ、ほんとにカスタードだ! じゃあ、こっちは・・・」

 今度はワゴンに近づき、シュークリームの一つを割る。

 「うわぁ・・・ほんとに辛子ぎっしり・・・。これも、これも・・・。ほんと、よくこれの中から引き当てられたね」

 サトミが感心したようにコジマを見る。コジマは機嫌よさそうにシュークリームを食べ終わったが、腑に落ちないような表情でアヤを見た。

 「で、この実験は何の意味があったんですか、アヤさん?」

 「実験そのものは、この間やったのと同じ、運試しだよ・・・。ただ・・・今回は、目には見えないものを見えるようにしてみたんだ・・・」

 「それって、さっきコジマさんの体から出た黒い霧みたいなものと、入れ替わりみたいに巾着の中から出てきたピンク色の霧みたいなもののことですか?」

 ケイスケがそう尋ねると、アヤはうなずいた。

 「一体何だったんですか、あれ? めちゃめちゃびっくりしたんですけど」

 「さっきも言ったけれど・・・別に驚く必要などないよ。あれは君だけでなく・・・フォーチュンリングを身につけている人全員の身に起こっていることなんだからね・・・。目には見えないけれど」

 アヤがこともなげにそう言うと、メンバーは驚いた。

 「あんなことが・・・あれを使っている人全員に?」

 「どういうことですか?」

 ケイスケとヒカルがそう尋ねると、アヤは小さく笑って、コジマの手から巾着袋をスッと取った。

 「・・・なぜ、フォーチュンリングは幸運をもたらすのか? 私はいくつか仮説を立ててみて・・・その中でも一つの可能性に絞って、研究を進めてみた・・・」

 アヤはそう言った。

 「一口に幸運と言っても・・・それは、大きく2つに分類される」

 「2つ?」

 「神社で売られているお守りを例にとると・・・話がしやすいね。知ってのとおり、お守りには願い事の種類によって、いくつもの種類がある・・・。これらをよく見ると・・・実は、2つのタイプに分かれることがわかる。一つは、交通安全や家内安全、無病息災といったもの・・・。そしてもう一つは・・・合格祈願や商売繁盛、恋愛成就といったもの・・・。どのように違うか、わかるかい・・・?」

 そう問われて、メンバーは少し考え込んだが・・・

 「・・・つまり、前者はよくないことが起こらないように願うもの、後者はよいことが起こるように願うもの・・・ということかしら?」

 やがてニキがそう答えると、アヤはうなずいた。

 「そのとおりです、リーダー・・・。古い言い方をするならば・・・前者は「厄除け」、後者は「開運」とでも呼ぶのでしょう。無論・・・たとえば、安産祈願などは流産などがないように祈る意味と、元気な赤ちゃんが生まれてくるように祈る意味の両方が含まれていますが・・・」

 「なるほど。たしかにそれは言えているな。確かに、宝くじが当たったりすることばかりが幸運とは限らない。ケガや病気をせずに普通に暮らせることも、普段は当たり前だけどいざそういうことになると、それはそれでラッキーだってことがわかるからな。それで?」

 「つまり・・・人に幸運をもたらす方法は、2つあるということです。その人にとってマイナスの出来事が起こらないようにすることと・・・プラスの出来事が起こるようにすること。では・・・フォーチュンリングはそのどちらの方法で、人に幸運をもたらしているのか? それを確かめるために・・・私はこの薬を作りました」

 そう言ってアヤは、コジマが飲み干した薬の瓶を手に取った。

 「これは・・・さっきも言ったとおり、目に見えないものを見えるようにする薬です。一言で言えば・・・着色剤ですね」

 「着色剤って・・・何に色をつけるの?」

 「それはもちろん・・・「幸運」と「不運」だよ・・・」

 アヤの言葉に、メンバーは驚いた。

 「そんなものに、色なんかつけられるんですか?」

 「科学的な手段では無理だね・・・。だからあの薬は・・・魔術的な手法でつくらせてもらった。先ほどはすまなかったね、コジマ君・・・。インフォームド・コンセントをしようにも・・・少々説明が難しくてね・・・」

 「・・・」

 コジマはなんとも複雑な表情を浮かべ、自分の胃のあたりに手をやった。

 「心配しなくても大丈夫だよ・・・。事前に私が、私自身を実験台にしている。そのときの結果も、今回と同じだったよ」

 アヤはそう言うと、巾着袋に目を落とした。

 「ここまで話せば、大体察しがつくと思うけれど・・・あの黒いものは「不幸」あるいは「不運」と呼ばれるもの・・・そしてピンク色のものは・・・「幸運」と呼ばれるものだ。無論、普通は目に見えるものではない・・・」

 「それじゃあ、フォーチュンリングの中に入っていたあの石は・・・」

 「ああ・・・。見てもらったとおり・・・あの石は、人間の不幸を吸収し・・・その代わりに、幸運を吐き出す性質がある。つまりそれこそが・・・フォーチュンリングの効果の秘密、というわけだよ」

 「そんなことが、本当にできるんですか?」

 「できるできないで言えばできることは・・・現にコジマ君が証明してくれている。問題なのはそれをどうやって実現しているかだが・・・科学的手段では、まず無理だろうね・・・。こんなことができるのは・・・魔術にかなり精通している者だけだ。事実・・・科学的な検査では、この石には何の異常も見られなかった・・・。ニイザ君とヒカル君が出会ったという宇宙人・・・なかなか、手ごわい相手かもしれない・・・」

 アヤの言葉に、ケイスケとヒカルは顔を見合わせた。

 「・・・でも、なんでわざわざそんなことを? 親切な宇宙人ならいざ知らず、侵略のために来たってはっきり言ったんでしょ? その宇宙人」

 「ええ、確かにそう言ってました」

 「当然、なんか裏があると考えるべきだろうな。アヤさん、奴らが何を企んでるか、何か見当つきます?」

 コジマが顔を向けると、アヤは顎に手をやった。

 「残念ながら、まだそこまではわからないね・・・。ただ・・・そのヒントは、やはりこの石に隠されていると思う。特に注目したいのは・・・この石に吸い込まれた「不幸」だね」

 アヤはそう言って、手にした巾着から黒い石を一粒取り出した。

 「さっき、この石は「不幸」を吸収して「幸運」を吐き出すと言ったけれど・・・この石に吸収された「不幸」は、そのあとどうなると思う?」

 「えっ? 石の中で「不幸」が「幸運」に変わって吐き出される・・・ってわけじゃないんですか?」

 ケイスケが考えていたことは、全員同じだった。しかし、アヤは首を振る。

 「いや・・・調べてみた結果、どうやらそれは違うらしい。これは言ってみれば・・・自動販売機に近いかな」

 「自動販売機?」

 「自動販売機は・・・お金を入れると商品が出てくる。でも・・・入れたお金が、直接商品に変わって出てくるわけではないだろう? それと同じだよ」

 「じゃあ、吸収された「不幸」はそのままこの石の中に溜め込まれるってわけか。でも、その代わりに吐き出される「幸運」の方はどうなんだ?」

 「石をフォーチュンリングの中に入れるときに・・・石の中に封じ込められたのでしょう。当然そのあと補充されるわけでもありませんから・・・商品の補充されない自販機と同じく、いずれは石の中の「幸運」は空となり・・・フォーチュンリングはただ「不幸」を吸収し続けるだけの道具となるでしょう。効果は半減することになりますが・・・不幸な出来事は起こらないわけですから、厄除けの効果は持続しますね」

 アヤはそう言いながら、巾着を円卓の上に置いた。

 「・・・私が危惧しているのは、そうして集めた人々の「不幸」を、ボセンク星人が何らかの方法で侵略に利用しようとしているのではないか・・・ということです。「自分達の不幸に溺れて地獄に落ちろ」と・・・ボセンク星人は、そう言ったのだろう?」

 「え、ええ・・・」

 ケイスケはうなずいた。

 「ボセンク星人がそれをどのように利用しようとしているかは、まだわかりませんが・・・侵略者に利用される可能性がある以上、直ちに手を打つべきだと思います。キャップ・・・関係各所に大至急、フォーチュンリングの回収を通達すべきだと思います」

 「そうだな・・・。よし、すぐに手配しよう」

 アヤの提案を受け入れるオグマ。と・・・そのときだった。

 フワッ・・・

 「!?」

 突然、巾着が見えない手でつまみあげられたように、円卓からフワリと浮き上がった。そして・・・

 バァン!!

 「うわっ!?」

 いきなり巾着が中から弾け飛ぶと、中から飛び出した黒い結晶が宙を飛び、ミッションルームの換気口から外へと出て行ってしまった。

 「な・・・なんだ、今の・・・?」

 呆然としていたメンバーの中で、コジマが最初に口を開く。と・・・

 「・・・」

 いきなりアヤが走り出し、ミッションルームから出て行く。その表情はいつもの無表情ではなく、何か鬼気迫るものがあった。

 「あっ、アヤさん!!」

 突然出て行ったアヤを追って、ケイスケとヒカルも走り出す。

 「・・・一体、何だってんだ・・・?」

 残されたメンバーの中でオグマがそう言った、そのときだった。

 ビーッ!! ビーッ!!

 突然、ミッションルームの中に警報が鳴り出す。サトミが弾かれるように、メインモニターのスイッチを入れるが・・・

 「な・・・何これ・・・!!」

 そこに映されたレーダー画面を目にして、全員が硬直した。




 「アヤさんっ!!」

 マリナーベースの屋外へリポートに通じるドアを、ケイスケは思い切り開いた。

 「・・・」

 ヘリポートの真ん中に、彼女は静かに立っていた。だが、こちらに背を向けたまま、振り返ろうとはしない。アヤはただ、ジッと空を見上げていた。

 「アヤさん、一体どうしたんで・・・」

 と、ケイスケが近づこうとした、そのときだった。

 「ケ、ケイスケ君、あれ・・・!」

 突然背後から、ヒカルがケイスケの袖を引いて空を指差した。

 「なんだ、ヒカル・・・ッ!?」

 そして・・・それにつられて空を見上げたケイスケもまた、絶句したまま硬直した。

 凛と引き締まった冬の青空を、蛇が泳いでいる。ニョロニョロと蛇行しながら進んでいく、黒く巨大な蛇である。無論、それは本物の蛇ではない。よく見ればそれは、無数の黒い石がイナゴのように群を成したものであることがわかる。そして、黒い石の蛇は、一匹だけではない。北から、南から、西から、様々な方角から、何匹もの蛇がやってくる。それらはいずれも、港湾施設やビル街が立ち並ぶ、湾岸の開発地区へと向けて進んでいるように見えた。

 「みんな、何してんの!? 今日本中の防衛軍基地から連絡があって、フォーチュンリングをつけてた日本中の人のリングが割れて、中から黒い石が飛び出したんだって! 黒い石はそのまま、東京湾岸のF−145ポイントに向かって集結中よ! 早く戻って!!」

 リストシーバーから緊急事態を告げるサトミの声が発せられたが、アヤは頭上で進行する緊急事態を、ジッと見つめていた。

 「遅かったか・・・」

 大空を我が物顔で行く黒い蛇を見上げながら、アヤは歯噛みした。




 「う・・・」

 うめき声とともに、彼はゆっくりと目覚めた。

 「俺は・・・一体・・・」

 目覚める前までの記憶がすぐには戻らない頭を抱えながら、彼はゆっくりと身を起こした。

 目に映ったのは、殺風景な風景だった。ところどころに雑草の生えた、むき出しの地面が広がっている。遠くの方に港やコンビナート、立ち並ぶ高層ビルといった風景が見える。少し離れたところには、鉄骨の骨組みだけが立っている、建設途中のビルが見えた。再開発の行われている、どこかの埋立地・・・というのが、それを見て感じた印象だった。だが・・・

 「なんだ・・・?」

 彼は、自分の視界に違和感を感じた。目の前にある風景と自分との間に、まるでガラスの壁が立っているかのようだ。

 「・・・?」

 そして・・・ゆっくりと手を前に伸ばし、彼は気がついた。ガラスの壁は、本当にあるのだということを。伸ばした指先は、たしかにガラスのような表面に触れた。そして、それに沿ってパントマイムのように触れていくと・・・どうやらそれは、球形をしているらしい。ガラスのような透明の玉の中に閉じ込められているらしいという状況に、彼はようやく気がついた。

 「な、なんだよこれは・・・」

 戸惑いながらも、なんとか外に出ようと思い、とりあえず彼は、その表面の硬さを試すように、拳で軽く叩いてみる。その結果、思ったよりも頑丈そうなので、彼は思い切って、足でその表面を思い切り蹴飛ばした。だが・・・

 「痛っ・・・なんなんだよ、一体」

 それは予想以上に硬く、蹴った足のほうが痛くなる結果に終わった。と・・・

 「無駄だよ。おとなしくするんだね」

 「!?」

 いつのまにか背後に、あの女が立っていた。その姿を見たとたん、昨夜の記憶が瞬時に頭の中に浮かび上がった。

 「あ、あんたは!? こりゃ一体どういうことだ!? すぐにここから出してくれ!!」

 もはや態度などは関係なく、女にそう怒鳴るウスイ。しかし、女はそれを鼻で笑った。

 「何言ってるんだよ。ゆうべ言ったとおり・・・お代をいただくんだよ、あんたの体でね」

 「う・・・あんたは、一体・・・」

 得体の知れない恐怖を感じながら身を引くウスイ。と、女はふと空を見上げた。

 「・・・来たね」

 その視線に釣られて、ウスイが空を見上げると・・・黒い雲のような、無数の虫の群のようなものが、東西南北ありとあらゆる方向から、自分達の頭上へと集まってくるのが見えた。そして・・・

 ドザァァァァァァァァァァァァァッ!!

 「うわぁぁぁぁっ!?」

 それは一斉に、彼らの前方の地面へと降り注いだ。よく見るとそれは、無数のビーズ状の黒い結晶であり、それらが滝のように降ってくる様は、まさしく「土砂降り」だった。が・・・やがてそれがおさまると、そこにはそれらがうず高く積もって生まれた、高さ数十mはあろうかという巨大な黒い「山」が生まれていた。そしてその表面は、まるで生きているかのように、グニャグニャと揺れ動いている。

 「な、なんだこりゃ・・・」

 「なんだい、その顔は。あれだけ世話になっておきながら、そりゃ失礼ってもんだよ」

 ウスイを振り返りながら、女はそう言った。

 「せ・・・世話になった?」

 「そうだよ。あのブレスレットの中に入っていたこのフォーチュンストーンが、あんたの不幸をせっせと吸収して、代わりに幸運を吐き出していたから、あんたはあれだけいい思いをできたのよ」

 「な、なんだって!?」

 「あんただけじゃないよ。フォーチュンリングを買った人間、みんなそうよ。ご覧。そのおかげで、不幸をたっぷり吸い込んだフォーチュンストーンが、こんなに集まったわ。感謝してるよ、あんたらには・・・フフフフ・・・」

 黒い結晶の山を満足げに見上げながら、女は不気味な声で笑った。

 「お、お前は・・・」

 思わず球体の中で後ずさるウスイ。すると・・・

 バッ!!

 振り返った女の姿は、一瞬にして異星人・・・ボセンク星人へと変わった。

 「う、うわぁっ!?」

 肝をつぶし、その場に尻餅をつくウスイ。

 「あたしはこの星を侵略するためにやってきたボセンク星人。そしてそのための仕上げをする準備は、たった今整った。不幸のエネルギーをたっぷり吸い込んだ、大量のフォーチュンストーン・・・そしてウスイ・ユキオ、あんたを手に入れたことでね」

 ウスイを見下ろしながら、ボセンク星人はそう言った。

 「お・・・俺をどうする気だ!!」

 「ご覧、この無数のフォーチュンストーンの山を。この石一つ一つに、人間たちの不幸が凝縮されているのよ。これからあたしはこのフォーチュンストーンを使って、怪獣アンキラーを生み出す・・・」

 黒い結晶の山を見ながら、ボセンク星人はそう言った。

 「でもそのためには、この結晶だけでは不十分なのよ。これが怪獣として動き出すには、コアとなる部分を組み込んでやる必要がある・・・。そのために、あたしは前からあんたに目をつけていたのよ」

 「な、なんだって!?」

 「アンキラーは大量の不幸のエネルギーを吸い込んだフォーチュンストーンに、人間をコアとして組み込むことによって誕生する・・・。でも、その人間というのは誰でもいいってわけじゃなくてね。普段ツイてなければツイてない奴ほど、それをコアとしたアンキラーは強力なパワーを発揮するのよ。苦労したよ、ちょうどいい人間を探すのは。けど、こうしてあんたといううってつけの素材が見つかったんだ。いやいや・・・あたしはツイてるよ。おかげで、とびきり強力なアンキラーを生み出すことができそうだ。ありがとう」

 ボセンク星人はウスイを見下ろしながら、ふてぶてしい笑い声をあげた。ウスイは尻餅をついた姿勢のまま、呆然とそれを見上げていたが・・・

 「ふ、ふざけるな! くそっ!! このっ!!」

 我に帰ったように怒鳴りながらガバッと起き上がると、自分を閉じ込めている透明の壁に体当たりをしたり、思い切り蹴りつけたりした。だが、透明の壁はびくともしない。

 「無駄なあがきはやめるんだね。あんたの運命はもう決まっているんだよ」

 「黙れ! 誰が怪獣の体の一部なんかに!!」

 「いいじゃないの、それで。ズバッと言うけど、あんたはこの先一生、死ぬまでろくな目に遭わないのよ。全くいいことのなかった人生を振り返りながら惨めに死んでいくよりは、アンキラーのコアになってあたしたちの役に立つ方が、よっぽどマシってもんじゃないの」

 「うるさい! 勝手に決めつけるな!!」

 ボセンク星人はやれやれといった様子でかぶりを振った。

 「まぁ、あんたが何と言おうと別にかまわないんだけど。さて・・・ようやく材料もそろったところだし、早速始めようかねぇ」

 球体の中で喚き散らすウスイなどお構いなしに、ボセンク星人は片手をヒョイと持ち上げた。すると、ウスイを閉じ込めた球体が、フワフワと空に浮かび上がり始めた。

 「お、おいっ! やめろ! やめろー!!」

 さらに暴れるウスイだが、その努力も空しく、球体はどんどん上昇していく。

 「あきらめなよ。この星の新しい支配者の役に立てることを、光栄に思うんだね」

 ボセンク星人はそう言うと、今度はその手を、黒い結晶の山の方へと振るった。

 「うわぁぁぁぁっ!?」

 すると、球体は突かれたビリヤードの玉のように空中を走り、黒い山にめり込んだ。そして・・・

 ズブズブズブ・・・

 球体は底なし沼に沈むかのように、見る見るうちにその中へと取り込まれていってしまった。

 「・・・キミョーキテレツマカフシギ、キソーテンガイシシャゴニュー・・・」

 印を組み、なにやら奇妙な呪文を唱え始めるボセンク星人。

 「デマエジンソクラクガキムヨー!! ・・・時は来た! 今こそ生まれ出でよ、アンキラー!!」

 バババババババババッ!!

 ボセンク星人が叫びながら両手を黒い山へと向けると、そこから紫色の電撃のようなものが迸り、黒い山を直撃した。すると・・・

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・!!

 それまでも絶えずグニャグニャと動いていた黒い山が、さらにその激しく身もだえするように動き始める。すると・・・最初はただの黒い山に過ぎなかったそのかたちが、徐々に変化していく。太い足が生えてしっかりと大地を踏みしめ、さらには腕や尻尾も生える。そして・・・最後に巨大な口だけを持った目鼻のない頭がその頂点に出現し・・・

 ファァァァァァァァァァ・・・!!

 怪獣アンキラーは、まるで人間の泣き声のような産声を、思い切り周囲に響かせた。その姿はさながら、二本足で立ち上がったサンショウウオといった感じだろうか。まるで子どもの描いた下手な怪獣の落書きのような姿で、お世辞にも強そうには見えない。が・・・

 「アハハハハハハハハ!! さぁいくのよアンキラー!! お前の力でこの星の人間を、不幸のどん底に叩き落してやるのよ!!」

 その鳴き声を聞きながら、ボセンク星人は歓喜の哄笑を響かせた。




 突然埋立地に現れた怪獣に、埋立地に程近い港や湾岸のビル街は騒然となった。人々はその奇怪な姿と叫び声に恐怖心をあおられ、とにかくその反対方向へと我先に駆け出し始める。だが・・・

 ファァァァァァァァァァ・・・!!

 出現から何分も経過しても、怪獣には一向に動きが見られなかった。ただ、その体をフラフラと落ち着きなくゆらめかせながら、奇妙な鳴き声をあげるばかりである。口から火炎や光線を吐いたりといった攻撃の兆候が見られないどころか、足を一歩踏み出す素振りさえ見えない。人々は避難の足を急ぎつつも、そんな怪獣の姿に首を傾げていた。だが・・・

 ゴゴ・・・

 アンキラーは突然、動きを見せた。とは言っても、やはりその場から動く気配は見せない。その場に止まったまま、自分自身の体を抱くように、背中を丸めてその場にかがみ込む。そして・・・

 ファァァァァァァァァッ!!

 アンキラーは力いっぱい叫ぶように、その全身を大きく広げた。

 ドォォォォォォォォォォォォォォォォン!!

 その瞬間、アンキラーの体から、黒い波動が迸った。それは水面に石を投げ込んだときに立つ波紋のように、怪獣を中心として、周辺へと円が拡大するように広がっていく。

 「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 ついに怪獣が攻撃を始めたのか、と、それまで何もしない怪獣に首を傾げていた人たちも、それが出現したときと同じパニックに駆られ、迫ってくる波動から逃れようとする。しかし、黒い波動は衝撃波にも匹敵するスピードで彼らを追い、そして・・・

 「・・・?」

 「あ、あれ・・・?」

 通り過ぎていった。黒い波動は確かに彼らの背後からビル街を舐めるように通過していったのだが、それに当たった人々が木の葉のように宙を舞ったり、バタバタと倒れていったりといった事態は、全く起こらなかった。波動は、ただ通り過ぎていっただけだった。そして・・・怪獣は元通り、何もしないで鳴き声をあげ続ける。再び首を傾げる人々。しかし・・・

 ビュウウウウウウッ!!

 そのとき突然、巨大な台風が襲来しても吹かないような強烈な突風が、ビル街を吹き抜けた。すると・・・ビルの屋上に設置されていた巨大な看板が木の葉のように舞い上がり・・・

 ガッシャァァァァァァァン!!

 ビルの下の歩道の上にひしめいていた人々の上に、覆いかぶさるように落下した。たちまち悲鳴に包まれる、ビル街の一角。さらに・・・

 ガシャァァァァァァン!!

 ハンドル操作を誤ったらしいエアカーが、前を行く車の後部に追突する。それが引き金となり、次々に車の玉突き衝突が発生し・・・ビリヤードの玉のように弾かれた車が、横向きに激しくスピンしながら、避難者の列へと突っ込む。怒号と悲鳴があたりを支配し、パニックに拍車をかけられた人々が、狂乱したように走り始める。足がもつれて一人の男が倒れ込むが、人々はそれに気づくことすらなく、彼の体や頭を踏み越え走り続ける。

 一方・・・現場上空の空では、たまたま飛行中だったテレビ局のヘリがカメラを回していた。埋立地から一歩も動こうとしない怪獣とは対照的に、先ほどその怪獣が黒い波動を発してから街では突然様々な事故が発生し、パニック状態が広まりつつある。さらには、街のあちこちで火の手まで上がり始めた。

 「ま・・・まずいんじゃないですか? ありゃ絶対、さっきあの怪獣が出した変な黒い波のせいですよ! このままここにいたら、俺たちまで危ないんじゃ・・・」

 怪獣に向かってカメラを回しながら、カメラマンが怯えた様子でそう言う。だが・・・

 「もうちょっと! もうちょっと撮ってよヤマちゃん! 怪獣出現の現場に出くわすなんて、めったにないことなんだからさ」

 同乗していたディレクターは、背後から彼にそう焚きつけた。

 「で、でも・・・」

 「だいじょぶだって! さっきの黒い波に当たっても、別段なんともなかったじゃないか」

 「・・・しょうがないですね。もうちょっと撮ったら逃げましょうよ」

 カメラマンは渋々といった様子で、カメラを担ぎなおした。だが・・・

 「・・・あ、あれ?」

 カメラをのぞいていた彼は、突然変な声を出して目を離した。

 「どうしたの?」

 「バッテリー、切れちまったみたいです」

 「ええっ!? こんな大事なときに!! 予備はないの予備は!?」

 「さっきのロケで使い切っちまいましたよ。予定より長引きましたから」

 「うう・・・この大事なときに・・・」

 ディレクターは歯をかみ締めながら、己の不運を嘆いた。が・・・

 プスン・・・プスン・・・

 「!?」

 突然、ヘリのエンジンが咳き込むような音をたて始めた。驚いて見ると、ローターの回転が急にピッチを落とし始めている。

 「ど、どうした!?」

 「そ、それが・・・エンジンの調子が、急に・・・」

 パイロットは必死にエンジンを復調させようと操作を行うが、揚力の衰えたヘリコプターは、どんどんその高度を落としていく。そして・・・

 プスッ・・・

 ついに、完全にエンジンが停止した。完全に揚力を失ったヘリは、ついに重力に引かれるままの墜落を始める。

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 カメラマンやディレクターの悲鳴が響く中、パイロットはパイロットとしての最後の義務を果たそうと、安全な墜落地点へとヘリを懸命に操作しようとした。が・・・完全にコントロールを失ったヘリは、非情にもその最後の願いさえ、叶えさせてはくれなかった。

 墜落するヘリの中、パイロットが最後にガラス越しに見たものは、ちょうど港に停泊中だった、天然ガスを満載した巨大タンカーだった。




 十数分後・・・。現場上空へとピース・シリーズで駆けつけたSAMSが目にしたのは、惨憺たる光景だった。

 高層ビルの立ち並ぶ沿岸の都市部では、あちこちから火の手が上がり、サイレンの音が幾重にも重なってこだましている。通信機のチャンネルを地上の無線に合わせると、警察や救急の無線から、悲鳴や怒号が雑多に混じった声が聞こえてくる。
 都市部から少し離れた港は、さらに深刻な被害を受けている。入港していた天然ガスを満載した巨大タンカーの上に突如ヘリコプターが墜落してきたことにより爆発炎上。火は瞬く間に港全体へと延焼し、もはや消防隊では手のつけられないほどの火勢で燃え続けている。

 「こいつは・・・ひどいな・・・」

 SAMSルークのコクピットから地上を見下ろしながら、オグマはその惨状に顔をしかめた。そして、業火に包まれている港から視線を少し話すと・・・

 ファァァァァァァァァ・・・

 建設中のビルのほかはほとんど何もない埋立地の上で、黒い怪獣が空に向かって悲しげな鳴き声をあげている。その場から一歩も動かないその様は、周囲の惨状とは一切無縁であることを主張するかのようである。

 「くそっ! あいつか、こんなことをしやがったのは!」

 今にもSAMSビショップを怪獣に向けて飛ばしそうなコジマ。だが・・・

 「待て、コジマ。攻撃は控えろ」

 「キャップ、しかし・・・」

 「今、キリュウが分析中だ。少し待て」

 コジマを制すると、オグマは分析オペレーター席で分析作業を行っているアヤを振り返った。

 「どうだ、キリュウ?」

 「・・・思ったとおりです。あの怪獣の体は・・・あの黒い結晶が集合して、形作られています」

 キーボードをすさまじい速さで叩きながら、アヤはそう報告した。と・・・アンキラーは再び、自分自身の体を抱くように、背中を丸めてその場にかがみ込んだ。そして・・・

 ファァァァァァァァァッ!!

 ドォォォォォォォォォォォォォォォォン!!

 アンキラーが叫びとともに体を広げると同時に、その体から周囲へと黒い波動が放たれる。

 「うわっ!?」

 なんとかそれを回避しようとするSAMSだったが、全周囲に波状に広がるそれをかわすことはできなかった。だが・・・

 「あ・・・あれ?」

 「なんともない・・・けど」

 その波動を浴びても、ピース・シリーズの機体は全く揺らぐことなく、計器が異常を示すこともなかった。だが・・・

 「くっ・・・!!」

 「アヤさん!?」

 波動がSAMSルークを通過していった瞬間、アヤが突然呻いて頭を抱え、顔を伏せた。ヒカルが慌てて声をかける。

 「アヤさん! どうしたんですか、アヤさん!?」

 「わ・・・私は、大丈夫・・・。だが・・・あの黒い波動は・・・」

 顔をゆっくりと上げながら、アヤがそう言ったその瞬間・・・

 ドガドガドガァァァァァァン!!

 ビル街や港で、連鎖的にいくつもの爆発が起こる。さらに、ヒカルの席の通信機へと、一斉に地上からの通信が殺到してきた。

 「こ・・・これは・・・!」

 「どうした、ハットリ?」

 「し、市街地で数箇所のドライ・ライトスタンドが同時に爆発! 港でも、地下に埋設されていた船舶用ドライ・ライトのタンクが爆発を起こしました! そ、それに・・・変電所の電力供給プログラムの原因不明の誤作動により、停電が発生! 病院や電車、信号への電力供給も、ストップしました!!」

 「なんだって!?」

 「くそっ! あの怪獣、一体何をしやがった!?」

 さらに地上で連鎖的に発生した災厄に、誰もが耳を疑ったそのとき・・・

 「・・・恐れていたことが・・・現実になってしまったようだ・・・」

 アヤが静かに、そう呟いた。

 「アヤさん・・・」

 「どういう、ことですか?」

 ヒカルに視線を向けられ、アヤは静かに答え始めた。

 「・・・あの怪獣の体は、日本中の人々が使っていたフォーチュンリングの中に入っていた黒い結晶でできている・・・。つまり、あの怪獣の体には・・・日本中の人たちの不幸が詰まっている・・・。言ってみれば・・・不幸の塊」

 「不幸の・・・かたまり?」

 「そう・・・。そして、あの怪獣は・・・体内に蓄えている膨大な量の不幸のエネルギーを・・・周囲に撒き散らすことができるようだ。その結果・・・周囲では不幸な出来事が、常識ではありえないほどに立て続けに起こることになる。この惨状は・・・怪獣が直接破壊活動を行った結果ではない・・・。全ては・・・怪獣によって引き起こされた不幸な出来事が連続した結果だ。「自分達の不幸に溺れて地獄に落ちろ」とは・・・こういう意味だったんだよ」

 「そんな・・・!」

 「なんて奴なの・・・!」

 全員がアヤの言葉に驚きながら、アンキラーを凝視する。

 「このままあの怪獣を放っておけば・・・さらに取り返しのつかない不幸な出来事が連続して起きることになる・・・。そうなる前に・・・あの怪獣を倒さなければ・・・」

 「・・・了解した。各機、ミサイル発射準備。目標のいる埋立地は無人だ。一斉射撃で一気にカタをつけるぞ」

 「ラジャー!!」

 横一列に並んだピース・シリーズが、一斉にミサイルの発射準備を整える。そして・・・

 「いくぞ・・・3、2、1・・・」

 「いっけぇ!!」

 「吹き飛べぇ!!」

 「粉々になっちゃえぇぇぇぇ!!」

 ドドドドドドドドドド!!

 SAMSナイト、ビショップから放たれたASM、そして、SAMSルークから放たれた多弾頭ASMが、群を成してアンキラーへと襲いかかる。対するアンキラーは相変わらず悲しげな鳴き声をあげて身をくねらせるだけで、よけるそぶりなど全く見せない。そして・・・ミサイルは全て、怪獣へと命中した。

 が・・・

 「あ・・・あれ?」

 何故か、巻き起こるはずの大爆発が起こらず、メンバーは思わず目を点にする。と・・・

 「ぜ・・・全弾不発・・・みたいです」

 ヒカルが呆然とした様子でそう告げた。

 「あ・・・あんだけ撃って、一発も爆発しなかったっていうの!?」

 「は、はい・・・」

 「い、いくらなんでもそりゃないだろ!? おやっさんたちが信管つけるの忘れたんじゃないのか!?」

 「し、信じられないのはわかりますけど・・・俺にはそっちの方が信じられないですよ・・・」

 「ええ・・・ナラザキさん達に限って、そんなことはありえないわ。信じられないけど・・・不幸な偶然としか・・・」

 メンバーの会話を黙って聞きながら、オグマはアヤを振り返った。

 「キリュウ、これもやはり・・・」

 「ええ・・・怪獣によって引き起こされた不幸な偶然に・・・違いありません」

 「そ、そんな! こんなのもアリなんですか!?」

 「あの怪獣は・・・周囲を無差別に不幸にするからね・・・。既に私達も・・・その例外ではないということだろう・・・」

 アヤは沈んだ様子でそう言った。が・・・

 「・・・何よっ、このぐらい!」

 突然サトミが、大きな声を出した。

 「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる!! いくら運が悪くなってるからって、全弾不発なんてそうそう何度も起きてたまるもんか!!」

 「お、おいキシモト、ちょっと待て」

 慌てて止めようとするオグマ。だが・・・

 バシュバシュバシュバシュウウウウウウ!!

 その暇もなくサトミはミサイルの発射ボタンを押してしまい、多弾頭ミサイルが発射された。発射されたミサイルは、次々と怪獣へと向かって飛び始める。が・・・

 クルッ!!

 「なっ・・・!?」

 「なにぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 なんと、発射された多弾頭ミサイルが全弾、途中でクルリとUターンをして、ケイスケたちへと向かい始めたではないか。しかも、ナイト、ビショップ、ルークを目標として再ロックオンしてしまったらしく、逃げ惑う各機をしつこく追尾し続ける。

 「な、なんでこんな目にぃ!?」

 「てめぇキシモトォ! あとで覚えてろぉぉ!!」

 「わひぃぃぃぃ!! ごめんなさぁぁぁぁぁい!!」

 アンキラーは相変わらずボーっとしたまま、ミサイルに追われる戦闘機たちを見上げている。と・・・

 「しまった!! 後ろに・・・!!」

 ドガァァァァァァァァン!!

 SAMSナイトの右の主翼に、後ろから追いついてきたミサイルが命中、爆発した。

 「ケイスケ君!!」

 「ニイザ!!」

 「だ、大丈夫です! まだコントロールは利きそうですから、なんとか不時着させてみます!!」

 操縦桿を強く握りながら、高度を落としていくSAMSナイトのコクピットの中で、不時着地点を探し始めるケイスケ。その間にも、ビショップとルークはなんとかミサイルを振り切った。

 「ふぅ・・・し、死ぬかと思った・・・」

 危機を脱し、冷や汗を拭うサトミ。が・・・

 「・・・!!」

 すぐに、自分を矢のように射る3対の視線に気がつき、操縦席のシートの上で身を小さく縮こませた。

 「・・・すみませんでした」

 「処分はあとで考える。今後は許可するまで、ミサイルの発射は厳禁だ」

 「ラジャー・・・」

 彼にしては厳しい口調でサトミにそう言うと、オグマは地上に目を向けた。沿岸の人工の砂浜の上に、SAMSナイトが不時着を終えている。ヒカルが連絡を取ろうとしているが、うまくつながらないらしい。どうやら、不時着のショックで通信機が壊れてしまったようだ。

 一方、アンキラーはいまだにフラフラしているばかりで、いっこうに動こうとしない。

 「ちっくしょう、あの怪獣・・・むかつくぜ」

 イライラしながらコジマは怪獣をにらみつけた。

 「しかしキャップ。ミサイルが使えないとなると、あとは・・・」

 「ああ、フォトングレネイド砲が頼りだ。最大出力でお見舞いしてやれ」

 「ラジャー。コジマ君、フォトングレネイド砲、発射スタンバイ」

 「ラジャー! 今度こそあのふざけた怪獣、木っ端微塵にしてやりましょう!!」

 コジマは強く意気込みながら、フォトングレネイド砲発射形態への変形スイッチを押した。だが・・・

 ガクンッ!!

 「!?」

 突然機体が大きく揺れ、コクピット内に警報が鳴り始めた。

 「どうしたの!?」

 「そ、それが・・・変形システムに、プログラムのトラブルが発生! 発射形態への変形、不能です!!」

 これも怪獣によって引き起こされた不運か。全員がそう思った。怪獣は相変わらず、ボーっと突っ立っている。

 「くそっ、こんなんアリかよ!? やることなすこと全部うまくいかなくて打つ手なしなんて!!」

 コジマが腹立たしげに叫ぶ。と、そのときだった。

 ビーッ! ビーッ!

 突如、ビショップとルークのコクピットに警報が鳴り響き始めた。

 「今度は何!?」

 「じょ、上空から超高速で飛来する物体・・・!?」

 と、ヒカルが報告しようとした、そのときだった。

 ドガァァァァァァァァァン!!

 「うわぁぁぁぁっ!?」

 突如空から降ってきた真っ赤に燃え盛る物体が、ビショップとルークにぶつかった。たちまちコントロールを失い、墜落していく2機。

 「な、何が起こったの!?」

 「い、隕石です! 隕石が突然降ってきました!」

 「そ、そんなぁ! どんな確率よそれって!」

 「とにかく不時着だ! 市街地には落とすな!!」

 「ラ、ラジャー!!」

 ビショップとルークは黒煙を吐きながら、高度を落としていった・・・。




 「くっ・・・ビショップとルークまで・・・!!」

 不時着したSAMSナイトのコクピットから出たケイスケは、やはり同じように不時着したビショップとルークの姿を見て歯噛みした。SAMSの機体はこれで全機不時着。埋立地のど真ん中では、相変わらずアンキラーが何をするでもなく、ただ我が物顔に悲しげな鳴き声をあげている。

 「だから言ったじゃないか。あんたたちがどれだけ強かろうが、そんなことはあたしたちには関係ないってね」

 「!?」

 突然背後からかけられた声に驚いて振り返ると、そこには、ボセンク星人が立っていた。

 「貴様・・・!」

 すかさずパルサーガンを抜くケイスケだったが、ボセンク星人は微塵も恐れを見せない。

 「無駄なことはお止め。今のあんた達は、ものすごく運が悪い。さっきまでのことでわかっただろう? 撃ってもあたしに当たらないことは間違いない。それ以前に、引き金を引いてもちゃんと発射されるかしらね? いや、それどころか・・・何か不幸な偶然が起こって、撃った光線が自分に返ってくるかもしれないよ?」

 「っ・・・!」

 ケイスケは苦々しい表情を浮かべたが・・・やがて、ゆっくりと銃を下ろした。

 「そうそう、迂闊に引き金なんか引いたら、何が起こるかわからない。それよりもどうだい? あたしたちの生み出したアンキラーは」

 ボセンク星人はそう言いながら、アンキラーへと視線を向けた。

 「見てのとおり、アンキラー自身は何も壊しはしない。あれはただ、不幸を周りに撒き散らすだけさ。ただ・・・それによってそのまわりでは、ものすごく不幸な出来事が立て続けに起こる。それについては、今見てもらっているとおりだよ。あんたたちは不時着で済んだ分、まだまだ運のいい方さ。普通だったら、そのまま墜落死だよ。でも、アンキラーの力はまだまだこんなもんじゃない。ここで今不幸な目に遭っている人間たちの不幸をさらに吸収し、力を蓄えたアンキラーは、もっと広範囲に不幸を撒き散らすことができるようになる・・・。いずれはこの星全体を、不幸のどん底に叩き落すことができるようになるのよ」

 あちこちから火の手が上がり、サイレンの音が響き渡る海沿いの街を見渡しながら、ボセンク星人はそう言った。

 ゴロゴロゴロ・・・

 いつのまにか、先ほどまで青空だった空を黒雲が覆い始めている。そこからは、不穏な雷の音まで聞こえ始めていた。

 「・・・素晴らしいじゃないの。敵が圧倒的な数の軍隊を持っていようと、どんな強力な兵器を持っていようと、アンキラーの前には無力。あたしたちは直接敵と戦う必要などない。敵はただ、「運が悪い」せいで滅んでゆく。あたしたちはそれを、ゆっくりと待っていればいい・・・。アンキラーは「不幸」そのもの。まさに究極の侵略兵器・・・そうは思わないかい? ウルトラマンサムス」

 「!!」

 「驚くことないだろう。鈍感な地球人ならともかく、あたしたちには簡単に見抜けるわよ。あのとき彼女の前でばらさなかったことを感謝してもらいたいね」

 ケイスケは黙ってボセンク星人を睨みつけ、静かに手を制服の胸ポケットへと差し入れた。

 「お止めなさいよ。たとえ変身したところで、結果は同じよ。あんたはアンキラーに一つも攻撃を当てることもできず、それどころか、アンキラーから直接手を下されることもなく、ただ己の不運によって自滅することになる。そんな醜態を晒しながら死んでいきたくないだろう?」

 しかしケイスケは、そのままポケットからエスペランサーを取り出した。

 「・・・どんなに運に見放されようと、俺達は諦めたりしない。俺とサムスは戦う。この星と、この星に住む人たちを愛する心がある限り!!」

 ケイスケの言葉に応えるように、エスペランサーがキラリと光り輝いた。

 「・・・まぁ、別にかまわないけどね。あんたが死ねば、それはそれで今後の侵略がもっと楽になるから」

 興味がなさそうにそう言うボセンク星人。すると・・・

 ヒィィィィィィィ・・・

 「!」

 奇妙な飛行音が聞こえてくるとともに、彼らの周囲が突然暗くなる。空を見上げると、そこには巻物のようなかたちをした奇妙な飛行物体が静止していた。

 「それじゃあ、せいぜい頑張るんだね。あんたの無様な死に様、ゆっくりと見物させてもらうよ」

 そう捨て台詞を残したボセンク星人は、飛行物体から放たれた光を浴びて吸い上げられるように上昇していき、やがて、その中へと消えた。そして飛行物体は、アンキラーの方へと飛んでいく。

 「・・・いくぞ。力を貸してくれ」

 片手に握ったエスペランサーにそう呟くと、ケイスケはそれを高々と空に掲げ、その名を呼んだ。

 「サムス!!」




 「そっちはどうだ、ニキ?」

 「わずかに主翼の端にぶつかった程度なので、応急修理をすれば飛び立てるはずです。今、コジマ君がやってくれていますが・・・」

 「こっちも同じようなものだ。今、キシモトが全力でやってくれているところだ」

 SAMSルークのコクピット内で、オグマはニキと通信を交わしていた。と・・・

 「問題は・・・無事に飛べ立てたとして、そのあとですが・・・」

 「・・・」

 ニキの言葉に、オグマは無言だった。

 「・・・失礼しました。今の発言は不適切でした」

 「いや・・・かまわんよ。だが・・・なんとかせにゃならんことは確かだ」

 オグマは彼女にしては珍しい弱気な発言を咎めることなく、背後を振り返った。先ほど隕石が当たったときに電装系にも一部トラブルが生じたらしく、ヒカルとアヤが懸命に復旧作業を行っている。と・・・

 カッッッッッッッッ!!

 「!!」

 突然キャノピーの向こうが青い光に包まれ、一瞬目がくらんだ。だが・・・それが収まると・・・

 「シュワッ!!」

 SAMSナイトの不時着ポイントからそう離れていない人工の砂浜に、身長40mを超える青い光の巨人が、悠然と立っていた。

 「キャップ! ウルトラマンサムスが!」

 「ああ・・・」

 果たして、この絶望的な状況の中でもサムスは怪獣に勝てるのだろうか。期待と不安の混じりあった視線を、オグマはサムスに向けた。




 「ジュワッ!!」

 サムスは雄雄しい叫びを上げると、人工の砂浜からひと跳びで埋立地の上へと着地した。ファイティングポーズをとるサムス。その視線の先では、アンキラーが悲しげな鳴き声をあげている。しかし、ウルトラマンサムスが現れたというのになお、その姿には戦う意志さえ感じられない。

 「ジュワッ!!」

 だが、そんなことはサムスには関係ない。サムスはかまうことなく、怪獣に向かって走り始めた。一歩、また一歩と、サムスは怪獣へと接近していく。得意とする格闘戦の間合いに達するまでは、あと数歩。が・・・

 ズズンッ!!

 「ジュワッ!?」

 突然、サムスの右脚が地面にめり込んだ。そして・・・

 ズズゥゥゥゥゥンッ!!

 サムスはそのまま勢いよく、前のめりに転倒してしまった。これには、見ていたオグマ達も目を丸くする。

 「・・・なんだ? 一体どうしたんだ?」

 と、アヤが手元の端末を操作し、埋立地のデータを表示させた。

 「どうやら・・・埋立地の一部に、地盤の弱いところがあったようです・・・。運悪く、そこに踏み込んでしまったのでしょう・・・」

 「あちゃぁ・・・なんてついてない・・・」

 オグマは思わず、片手で顔を覆った。一方・・・

 ガラガラガラッ!!

 「ジュワァッ!?」

 立ち上がろうとしたサムスだったが、さらに足元の地面が崩れ、ついには下半身が丸ごと地面の下に埋もれてしまった。

 「ジュワッ・・・!」

 腹から下が地面に埋もれてしまっているという、なんとも情けない格好になってしまったサムス。彼は両手を地面に踏ん張り、必死で体を地面の中から引き抜こうと努力し始めたが・・・

 ビシャァァァァァァァァァァァン!!

 「ジュワァァァァァァッ!!」

 突然、空を覆う黒雲から迸った幾筋もの稲妻が、まとめてサムスを直撃した。絶叫をあげ、地面に突っ伏すサムス。あまりにも不運であるが、それを引き起こしているアンキラーは相変わらず全く関心のない様子で、その場でフラフラしている。

 「ジュ・・・ジュワッ・・・!」

 それでもなんとか上半身を持ち上げ、再び下半身を地面から引き抜こうとするサムス。しかし・・・

 ヒュウウウウウウ・・・

 「!?」

 突如頭上から、妙に不吉な感じのする高い音が聞こえてきた。ハッと空を振り仰いだサムスが見たものは・・・

 ゴオオオオオオッ!!

 黒雲を引き裂いて空から次々と降ってくる、真っ赤に燃え盛った隕石群だった。そして・・・

 ドッガァァァァァァァァァン!!

 「ジュワァァァァァァァッ!!」

 隕石群は身動きの取れないサムスの周囲へと、次々と落下。大爆発に巻き込まれたサムスの姿は、炎の中へと消えていった・・・。




 「サムスさん・・・!!」

 ルークのコクピット内からそれを見ていたヒカルは、次々と不幸に見舞われるサムスの姿を、悲しげに見つめていた。

 「ジュ・・・ジュワッ・・・」

 やがて・・・炎と煙がゆっくりと薄れていき、サムスの姿が再び彼らの前に現れる。

 隕石群の落下によっていくつものクレーターができた埋立地。サムスはいまだ、下半身が地中に埋まったままだった。いくつか隕石が直撃したのか、地面に出ている上半身は満身創痍であり、全身から煙があがっている。既にその胸のカラータイマーは赤く点滅を始めていた。一方・・・

 ファァァァァァァ・・・

 アンキラーは出現したときと全く変わらず、そこからやや離れた場所で悲しげな鳴き声をあげている。サムスやSAMS、周囲の街の惨状と比べると、その様子はあまりにも対照的である。と・・・

 『ハハハハハ・・・どうだい、地球人ども』

 アンキラーの頭上に浮かぶ巻物型のUFOから、ふてぶてしそうな女の高笑いが聞こえてきた。

 『あたしたちはボセンク星人。あんたたちに代わり、これからこの星の支配者となるのよ。あたしたちの怪獣、アンキラーの力で、あんたたちは不幸のどん底へと突き落とされた! ご覧! SAMSも、そしてウルトラマンサムスさえも、アンキラーの巻き起こす不幸の嵐の前には無力! ズバッと言うわよ! あんた達にはもう、未来はない! このままおとなしく、不幸に溺れて地獄に落ちなさい! ハハハハハハハハ!!』

 我が物顔で高らかに笑うボセンク星人。その円盤の下では、アンキラーはフラフラと蠢きながら悲しげな鳴き声をあげている。

 「・・・」

 それぞれのコクピットの中で、声もなく怪獣と円盤を睨みつけるオグマとアヤ。ヒカルも不安げな様子で、サムスを見つめる。と・・・

 ポン・・・

 「!」

 突然肩を叩かれたので振り返ると・・・そこには、アヤの顔があった。その表情には、普段はあまり見ることのできない、母親のような優しい笑顔が浮かんでいる。

 「アヤさん・・・」

 「そんな顔をしなくても・・・大丈夫だよ」

 アヤはそう言うと、円盤を見上げた。

 「・・・確かに、「不幸」にはミサイルもビームも通用しない・・・。けれど・・・それは決して、無敵の最終兵器などにはなりえない。私達には・・・あの怪獣と戦うための、強い武器がある・・・」

 「え・・・?」

 と・・・そのときだった。

 ゴゴ・・・

 地面の上に上半身を突っ伏していたウルトラマンサムスが、ゆっくりとだが、背中から土砂をふるい落としながら、その上半身を持ち上げた。

 「サムスさん・・・!」

 「・・・」

 アヤはその姿を、微笑を浮かべながら見つめた。




 胸のカラータイマーを点滅させながら、再び体を地面から引き抜こうとするサムス。その姿をUFOから見下ろしながら、ボセンク星人はため息をついた。

 「つくづく始末が悪いねぇ、M78星雲人ってのは。無駄だって言ってんのがわかんないのかい? しょうがない・・・アンキラー」

 パチン、とボセンク星人は指を鳴らした。すると・・・

 ファァァァァァァァァッ!!

 ドォォォォォォォォォォォォォォォォン!!

 再びアンキラーはその全身から、不幸を巻き起こす黒い波動を放った。その直後・・・

 ビシャァァァァァァァァァァァン!!

 「ジュワァァァァァァッ!!」

先ほどを上回る稲妻が、サムスを直撃した。再び、地面の上に突っ伏すサムス。だが、煙をあげる上半身をすぐに再び持ち上げ、体を地面から引き抜こうとし始める。

 「・・・イライラするねぇ。いくらそのうち自滅するとわかってても・・・」

 と、ボセンク星人がそう呟いた、そのときだった。

 ゴオオオオオオッ!!

 再び空が赤く染まり・・・黒雲を引き裂いて、真っ赤に燃え盛る隕石群が降ってきた。

 「おやまぁ、おあつらえ向きだね。無駄な努力も・・・これで終わりよ」

 それを見ながら笑うボセンク星人。そして・・・

 ドガドガドガドッガァァァァァァァァァン!!

 隕石群は次々と、サムスの周囲へと落下した。一つ落下するごとにすさまじい大爆発が起こり、サムスの姿は炎と煙に覆い隠されていく。そして・・・

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・

 大爆発の嵐がようやく収まったとき・・・そこには、いくつもの巨大なクレーターが穴を開けているだけであり、サムスの姿は影も形もなくなっていた。

 「ハハハハハハ!! どうだい! あたしらの手にかかれば、ウルトラマンを倒すことだって赤子の手を捻るようなものだってことさ!!」

 高笑いを上げるボセンク星人。

 「さぁ、もっと不幸を撒き散らすんだよアンキラー!! ウルトラマンと同じように、地球人どもを不幸のどん底に叩き落して滅ぼしておやり!!」

 ファァァァァァァァ・・・!!

 空を仰いで、勝利の雄たけびとはほど遠い響きの鳴き声をあげるアンキラー。

 ・・・と、そのときだった。

 ゴゴゴゴゴゴゴ・・・

 突然、地鳴りのような音が地面の下から聞こえ始めた。

 「フフフ・・・今度はどんな不幸が起こるのかねぇ。大地震でも起こるか、それとも・・・」

 ほくそ笑むボセンク星人。だが・・・次の瞬間起こったことは、彼女の想像を超えていた。

 ボコォォォォッ!!

 突然、何がアンキラーの目の前の地面を突き破り、ミサイルのように空中へと飛び出した。そして・・・

 「シュワッ!!」

 ドガァァァァァンッ!!

 ファァァァァァァッ!!

 急降下しながら「それ」が繰り出した飛び蹴りをまともに喰らい、アンキラーはもんどりうって倒れこんだ。

 ドズゥゥゥゥゥゥゥッン!!

 地響きとともに、深く腰を落としながら「それ」は二本の足でしっかりと大地に足を下ろす。そして・・・ゆっくりと立ち上がると、地面に倒れているアンキラーを光る眼差しで見下ろした。

 「なっ・・・あ、あんたは!?」

 宇宙船の中で、ボセンク星人は言葉を失っていた。

 ウルトラマンサムスが、そこには悠然と立ちはだかっていた。




 「そ・・・そんなバカな! あんたは死んだはずよ! い、いや・・・そんなことより・・・」

 初めて狼狽の様子を見せながら、ボセンク星人は倒れたアンキラーを見下ろした。

 「あ、ありえない・・・ありえないわ、こんなこと! アンキラーが周り中不幸で一杯にしてるっていうのに、アンキラーに攻撃を当てるなんて! たとえ何をしようが、何をやっても運悪く当たらないはず・・・!」

 目に見えて動揺している様子のボセンク星人。よほどアンキラーと、その引き起こす不幸の嵐に自信を持っていたのだろう。だが、サムスは答えない。それどころか・・・

 「へへっ、そいつはどうかな?」

 「!?」

 ヒィィィィィィィィィン・・・!!

 静かなエンジン音とともに、SAMSビショップとSAMSルークが、ウルトラマンサムスの背後から迫ってきた。

 「ビショップ、ルークともに応急修理完了、戦列復帰・・・アイル・ビー・バック、ってね」

 「バ、バカな・・・あんたたちまで! どういうことよ!? 一体、どんなからくりを使った!?」

 先ほどまでの余裕がすっかりなくなり、叫ぶボセンク星人。すると、サトミが不敵な笑みを浮かべながら言った。

 「別に、タネも仕掛けもな〜んにもありませ〜ん♪ ただ、すごく単純なことに気がついただけだよ」

 「な、なんだい単純なことってのは!? 今のあんた達は、とことん運に見放されているはずよ! それなのに・・・一体・・・」

 うろたえ続けるボセンク星人。すると・・・

 「それが・・・なんだって言うんですか?」

 ヒカルが、静かな声で言った。

 「!?」

 「運が悪くても何でも、私達のやるべきことには、何も変わりはありません。そのことに・・・気がついただけです」

 「ヒカルちゃんの言うとおり! やらなきゃならないことは結局同じなんだから、諦めてなんかいられないよ! 諦めたら、そこで試合終了なんだからね!!」

 「こちとら、地球を守ってんだ! ツイてないから、なんて情けない理由で、いまさらやめられっかよ!!」

 「私達は、この星の平和を守る戦いの最前線で戦ってきた・・・。守るべき人たちの命と期待、それに応える責任を背負って戦い続けてきた今日までの日々を思えば、運に見放されたぐらい、どうということはないわ!」

 「な・・・なんだい、そりゃ! ただ開き直っただけじゃないか! そんなことぐらいでアンキラーの巻き起こす不幸の嵐に対抗できるもんかい! やれるもんならやってみな」

 「言われるまでもない。キシモト、コジマ」

 「「ラジャー」」

 バシュバシュバシュバシュバシュバシュウウウウウウウ!!

 オグマの指示の直後、ビショップとルークから、多数のミサイルが放たれる。そして・・・

 ドガドガドガドガァァァァァァァァン!!

 ファァァァァァァァァ!!

 「は・・・!?」

 発射されたミサイルは、Uターンすることもなくそのまま怪獣に命中し・・・次々に爆発を起こした。

 「そ・・・そんなバカなこと! たかが開き直ったぐらいで、不幸のどん底にあるはずのお前達に、こんなことができるわけ・・・」

 目の前の現実が信じられず、呆然とつぶやくボセンク星人。と・・・

 「・・・幸運や不運を自在に操る君たちの力は、たいしたものだ・・・。だが・・・それが最強の武器であるというその認識は・・・心得違いと言わなければならない」

 アヤが静かに言った。

 「な・・・なんだって・・・?」

 「私達を・・・見くびらないことだね。たとえどのような不運や不幸が目の前に立ちはだかっても・・・私達人間は、常にそれを乗り越え、前に進んできた・・・。私達にとって・・・不幸や不運というものは、越えられない壁などではない・・・。不運に屈せず・・・その先に待つ未来を掴み取ろうとする強い心さえあれば・・・運命は、乗り越えられる」

 「・・・そういうことだ。俺達は端っから幸運など当てにしていないし、不運を嘆いたりもしない。決して諦めない心こそが、お前達自慢の「最終兵器」に対する最大の武器、ってことだ。そしてそれは、俺達だけの武器じゃない・・・」

 そう言って、オグマはコクピットのキャノピー越しに見えるサムスの顔に視線を向けた。

 「・・・」

 ルークに顔を向け、サムスはゆっくりとうなずいた。オグマはうなずくと、インカムのマイクを口に近づけた。

 「これより、ウルトラマンサムスを援護する。目標、怪獣及び敵宇宙船」

 「ジュワッ!!」

 「ラジャー!!」

 サムスは拳を握り固めて走り始め、ビショップ、ルークがそれに続く。

 「ええい、地球人どもが調子に乗るんじゃないよ!! アンキラー! もっと不幸を撒き散らしてやるのよ!!」

 ファァァァァァァァァッ!!

 ドォォォォォォォォォォォォン!!

 アンキラーは叫びを上げて立ち上がりながら、全身から不幸の波動を発した。

 ピシャァァァァァァァァァン!!

 そのとたん、上空を覆う黒雲から次々と極太の稲妻が降り注ぐ。だが・・・

 「シュワッ!!」

 サムスは稲妻の降り注ぐ中を、恐れることなくただ前へ前へと走り続ける。

 「な・・・なにぃっ!?」

 「無駄無駄WRYYYYYYYY!!」

 と、バーニアを吹かしたSAMSルークがサムスに先行し、機首のレーザーバルカンを連続してアンキラーに叩き込む。

 ファァァァァァァァァァァ!!

 体を構成する黒い石を撒き散らしながら、悲鳴をあげてのけぞる怪獣。そこへ、ついにサムスが到達する。

 「シュワッ!!」

 ドガァン!!

 サムスの繰り出した強烈な左フックが決まり、地響きをあげて横様に倒れるアンキラー。しかしサムスは攻撃の手を緩めず、その尻尾を掴み、しっかりと持ち上げた。そして・・・

 「ジュワァッ!!」

 グルンッ! グルンッ! グルンッ! グルンッ!

 尻尾を掴んだまま、すさまじいパワーでハンマー投げのように豪快に怪獣を振り回すサムス。そして・・・

 ダダァァァァァァァァァン!!

 ファァァァァァァァッ!!

 遠心力が最大に達したところで尻尾を放され、放り投げられたアンキラーは、大音響とともに地面にうつぶせに叩きつけられた。

 「ええい、何をやってるんだいアンキラー!!」

 苛立つボセンク星人。だが・・・

 ズズンッ!

 「!?」

 突如宇宙船が大きく揺れ、ボセンク星人はたたらを踏んだ。驚いて視線をやると・・・

 「どこ見てやがる! てめぇの相手は俺達だ!!」

 機首のハイパワーレーザービーム砲を撃ちながら、SAMSビショップが猛スピードで突っ込んでくる。

 「ッ!! ・・・なめるんじゃないよっ!!」

 バババババババッ!!

 宇宙船から、シャワーのような光線が放たれる。コジマは操縦桿を左に切り、紙一重でそれをかわした。

 「っ・・・コジマ君、今のは危なかったわよ?」

 「すいません、でもだいじょぶですよ。啖呵切った手前、墜とされるわけにはいきませんからね。そっちも、攻撃のタイミングを外さないでくださいよ?」

 「ええ、ご心配なく」

 口元に笑みを浮かべてそう言葉を交わすと、SAMSルークはボセンク星人の宇宙船との激しいドッグ・ファイトを演じ始めた。

 「ええいっ、うっとうしい! アンキラー!!」

 ファァァァァァァッ!!

 叫びを上げながらガバリと立ち上がるアンキラー。と・・・

 ボコッ!! ボコッ!!

 アンキラーの体から、例の黒い石でできた球体が次々と飛び出し、アンキラーの周囲に浮遊し始める。そして・・・

 ヒュンッ!! ヒュンッ!!

 空を切り裂く音を立てながら、小さな家ほどの大きさもある黒い石の玉は次々とサムスやSAMSへと襲いかかった。

 「わわっ!?」

 「チッ!? 妙な攻撃を!!」

 周囲を唸りをあげて飛び交う球体を必死に回避するビショップ。ルークは反重力ウォールを展開し、運動性の不足を補う。サムスもチョップやキックで、襲いかかる球体を次々に弾くが・・・

 ドガァァァンッ!!

 「ジュワッ!!」

 「サムス!!」

 背後に回りこんだ球体が背中にぶつかって爆発し、大きく前へとよろめいた。

 「ハハハハハッ!! その調子だよアンキラー!! もっとやりな!!」

 高笑いを上げるボセンク星人。それに答えるように叫ぶアンキラーの体から、さらに石の球が飛び出す。

 「どうしよう! このままじゃ埒があかないよ・・・」

 と、そのときだった。

 「・・・サトミ君、もう少しだけ、防御に徹してくれないか・・・?」

 アヤがサトミにそう言った。口調は静かだが、その手元はすさまじい速さでキーを叩いている。

 「アヤさん?」

 「あの球の動き・・・規則性がある・・・。その解析を・・・もうすぐ・・・」

 タンッ!

 アヤは最後にエンターキーを押した。サトミの目の前にあるモニターに、新しいロックオンサイトが表示される。

 「これって・・・」

 「急造だけれど・・・ロックオンシステムを改良した。これなら・・・あれを同時ロックオンすることができるよ・・・」

 「・・・サンキュー、アヤさん! よぉぉぉっし!!」

 バシュウウウウ!!

 サトミは思い切りブースターを吹かすと、一旦急加速で球体を振り切り、その後急な角度でUターンする。そのロックオンサイトの中で、次々に球体がロックオンされていく。そして・・・

 「当たれぇぇぇぇぇぇっ!!」

 なぜか頭の中でヒマワリの種が弾けるのをイメージしながら、サトミはミサイルの発射ボタンを押した。

 バシュバシュバシュバシュバシュウウウウウウウウ!!

 白い煙を糸のように引きながら、一斉に発射される大量の多弾頭ミサイル。そして・・・

 ドガドガドガドガドガァァァァァァァァン!!

 それらは一発も標的を外すことなく、全ての球体に命中、爆発した。

 「よっしゃあ!!」

 腕を振り上げ、ガッツポーズをとるサトミ。

 「シュワッ!!」

 好アシストに答えるべく、反撃とばかりに右手からラピッドショットを放つサムス。それらが頭や胸に当たって爆発を起こし、アンキラーは悲鳴をあげた。

 「こ、こんな・・・こんな・・・バカなことが・・・」

 うわごとのように呟き、思わず宇宙船の中で後ずさるボセンク星人。と・・・

 「・・・ッ!? あ、あいつらはどこへ・・・!?」

 先ほどまで戦っていたSAMSビショップの姿が、いつの間にかいなくなっている。と・・・

 ゴォォォォォォォォォォォッ!!

 「ハッ!?」

 頭上から聞こえる奇妙な音に、ボセンク星人が振り仰いだそのとき

 ゴオッ!!

 頭上を覆う黒雲を突き破って、SAMSビショップが真っ逆さまに急降下してきた。その機体は前方が上にせり上がり、露になった砲身の中に、まばゆいビームの輝きが見える。

 「地獄に落ちるのは・・・あなたの方よ!!」

 カチッ!!

 バシュウウウウウウウウウウウウッ!!

 「ッッッッッッッ!!!」

 SAMSビショップの砲身から放たれる、最大出力のフォトングレネイド砲。巨大な光の柱のような光芒は、悲鳴さえあげさせる暇もなく、ボセンク星人の宇宙船を一瞬にして飲み込んだ。

 「・・・やった! お見事です、リーダー!!」

 「ええ・・・あとは、怪獣だけね」

 通常形態に戻りつつあるSAMSビショップの中から、ニキは怪獣と対峙するサムスに視線を送った。と・・・

 カッ!

 突然、サムスの目から白い光線が投射され、サーチライトのように怪獣の体を照らしていく。

 「何してるんだろ・・・?」

 今までに見たこともないサムスの行動に、首を傾げるメンバー。と、サムスは怪獣の胸の辺りでそれを止めると・・・

 「シュワッ!!」

 力強い叫びを上げ、怪獣に向かって突進した。

 ファァァァァァッ!!

 サムスと組み合い、激しく暴れるアンキラー。しかし、力はそれほど強くはないらしく、サムスは片腕でその動きを封じ・・・

 「ジュワッ!!」

 ドスゥッ!!

 ファァァァァァァァァッ!!

 いきなりその鳩尾の辺りに、深々と右腕を突き刺した。アンキラーは天を振り仰いで絶叫をあげたが・・・それきり、まるで電池が切れたように動かなくなる。そして・・・

 ズボッ!!

 サムスはアンキラーの胸に突き刺していた右腕を引き抜いた。

 「あ・・・見てください。何かを握っています・・・」

 ヒカルがその右手に、何か白い球のようなものが握られているのを見つける。サムスは怪獣から離れ、慎重に地面の上に置いた。一方・・・

 ファァァァァァァァ・・・

 アンキラーの体が突然、グニャグニャと不安定な変形を繰り返し始める。

 「な、なんだありゃ!?」

 「ふむ・・・怪獣の体を構成する石の結合が・・・急激に不安定になっている・・・。おそらく・・・サムスが今体内から取り出したのは、そのために重要なコアパーツ・・・のようなものだろう」

 アヤは小さく唸ると、手元の機器を操作し、状況を分析した。と・・・

 ガシッ・・・

 サムスは両手首を腰の前でクロスさせた。その両腕を、円を描くようにゆっくりと上へと回していく。点滅するカラータイマーが、その輝きを増した。そして・・・

 「シュワッ!!」

 カァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!

 両腕を十字にクロスさせた瞬間、スパークが迸る。放たれる銀色の光線。

 ファァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!

 ドッガァァァァァァァァァン!!

 テラニウム光線の直撃を受け、大爆発を起こして炎上するアンキラー。炎に包まれたその体が、ボロボロと崩れ落ちていく。と・・・

 シュウウウウウウ・・・

 「あ・・・あれ!」

 燃え上がる怪獣の体から、黒い霧のようなものが立ち上り始める。

 「シュワッ!!」

 サムスは右手を挙げ、その指先から光線を発射した。

 ポンッ!!

 すると、燃え上がる怪獣の上空に照明弾のような光の球が生まれた。黒い霧はその光の球にグングン吸収されていく。さらに・・・

 「シュワッ!!」

 ババッ! バァァァァァァァァァァンッ!!

 サムスが左手を真上へと高々と掲げ、光線を発射するサムス。光線は空中で花火のように爆発し・・・

 「わぁ・・・きれい・・・」

 とても細かい白い光の粒子が、雪のように周囲に降る。すると・・・

 「見て! 火事が・・・!!」

 「すごい・・・」

 市街地や港で燃え盛っていた炎が、見る見るうちに嘘のように消えていく。

 「・・・」

 それを見届け、空を見上げるサムス。空を一面に覆っていた黒雲の間にいつのまにか裂け目が生まれ、太陽の光が幾筋もの帯として、地上を照らし始める。サムスはうなずくと、軽く地を蹴り、空中へと浮遊した。その手の中に、黒い霧を吸収した光の球が飛び込んでくる。サムスはそれを両手で抱え・・・

 「・・・シュワッ!!」

 ヒィィィィィィィィィィィィィン!!

 力強い声とともに、太陽の差し込む雲の裂け目から、猛スピードで空へと飛んでいった。

 「ありがとー!!」

 満面の笑顔を浮かべ、空に手を振るサトミとヒカル。

 「アヤさん、あの黒い霧を吸い込んだ光の球は・・・」

 「・・・あの怪獣が溜め込んでいた不幸を・・・持っていってくれたんだよ・・・。そのままにしておいたら・・・あれは元の持ち主のところに帰っていっただろうね・・・。本当に・・・感謝しなければならないね」

 「おまけに、火事も消してくれましたし・・・ほんと、至れり尽くせりですよ」

 いまだ煙をあげてくすぶってはいるものの、火は完全に消し止められた市街地や港を見下ろしながら、コジマはそう言った。と、そのときだった。

 『こちらニイザ。SAMSルーク、応答してください』

 突然、SAMSルークのコクピットにケイスケからの通信が届いた。

 「! こ、こちらSAMSルーク! 無事だったんですか、ケイスケ君!?」

 『ああ、すまない。不時着のショックで、ナイトの通信装置がいかれちまってな。リストシーバーの調子もなんか悪くて、連絡できなかった』

 「よかった・・・心配しました」

 「まっ、お前のことだから、多分大丈夫だとは思ってたけどな」

 「そうそう。ニイザ君の不死身ぶりは筋金入りだもんね」

 ヒカルはホッと胸を撫で下ろした。コジマ達も笑顔でうなずく。

 『心配かけてすみませんでした。ところでキャップ、これから負傷者の救助作業に当たろうと思ってるんですが・・・』

 「ああ、わかってる。こっちもすぐに加わるよ。ただ、さっきサムスが怪獣から引き抜いて置いていったコアパーツも気になるからな。キリュウ、すまないがあれの調査と回収は、お前に任せても構わんか?」

 「了解しました・・・。終わり次第、私も合流しますので・・・」

 「すまんな。よし、お前達、もうひと仕事だ」

 「ラジャー!!」

 リストシーバーから聞こえてくるSAMSメンバーの希望に満ちた声に合わせながら、ケイスケは小さく笑った。




 「それじゃあ、処分を言い渡す」

 「・・・」

 一枚の書類を手にしたオグマの前で直立不動の姿勢をとるサトミを、メンバーは不安や緊張のこもった姿勢で見つめていた。

 「・・・まず、始末書の提出。減俸3ヶ月。極東基地でパイロット教練プログラムの3日間の再受講。それと、整備班の業務支援2週間。以上だ」

 「ラジャー!!」

 カンと音を立てて踵をそろえながら、サトミは敬礼をした。

 「何か不服とかはあるか?」

 「あ、ありません。もっと重い処分も覚悟してましたから。飛行禁止命令とか・・・隊員資格剥奪とか・・・」

 うつむきながら、サトミはそう言った。

 「・・・まぁ、司令ともいろいろと話し合ったんだがな。今回はそこまでの処分はなしにした。幸いにもニイザに怪我はなかったし、ナイトも主翼の交換だけで修理が済んだし。ただし、忘れるな。一歩間違っていたら・・・」

 「はい、わかってます。ほんとにごめん、ニイザ君」

 「いいんですよ、もう気にしないでください」

 深々と頭を下げるサトミに、ケイスケは苦笑しながら手を振った。

 「・・・キシモト、「SAMSの誓い」第4条は覚えているな?」

 「はい!」

 「今この場で、胸を張ってそれを言えるか?」

 「はい!!」

 「よし。言ってみろ」

 オグマが促すと、サトミは思い切り息を吸い込んだ。

 「SAMS隊員は、如何なる場合といえども、命令を守り、命令に従って行動し、自分に与えられた責任を果たします!!」

 サトミの言葉は、ミッションルームの隅々まで、ハッキリと響き渡った。

 「・・・これからも頼りにしてるぞ、キシモト」

 「・・・」

 ポンと肩を叩くオグマに、サトミは何も言わずに頭を下げた。見守っていたメンバーも、ホッとした表情を浮かべる。

 「よし、これでこの話は終わりだ。ハットリ、待たせたな。お茶にしてくれ」

 「はい!」

 オグマがパンと手を叩いたので、ヒカルは我に返ったように、近くに置いておいたワゴンの上のマグカップに、コーヒーを注ぎ始めた。

 「それにしても・・・今回は、難儀な奴が相手だったな」

 「ええ。まさか不幸を武器にする宇宙人がいるなんて、思ってもみませんでした」

 席に腰を下ろしながら息を吐くオグマに、ニキが同意した。

 「侵略さえ企んでなきゃ、いい奴だったかもしれないんですけどね。それが惜しまれます」

 「コジマさん、まだフォーチュンリングに未練があるんですか?」

 ケイスケがそう尋ねると、コジマは決まり悪そうな表情をした。

 「も、もちろんあんなひどい目に遭うのはごめんだよ。ただ、あれのおかげでいい目に遭えたのも事実だし、ちょっと名残惜しい気が・・・な」

 「まぁ・・・気持ちはわかるけどね・・・。幸運を望む気持ちは・・・誰にでもある」

 アヤが口を開く。

 「でも・・・ただ待っているだけでは、幸運はなかなかやってこないのが自然というものだよ・・・。ずっと昔の流行り歌にもあるじゃないか・・・」

 「あ、知ってる。幸せは歩いてこないから、こっちから歩いていこう、ってやつでしょ?」

 サトミがそう言うと、アヤはうなずいた。

 「そう・・・別の歌には、こんな一節もある。人生には涙も笑顔もあるけれど、そんなに悪いものじゃない。何もしないで生きるより、何かを求めて生きよう・・・とね」

 「いい言葉ですね。それに今回は、ここにいるみんながそんな心を持っていたから、あの怪獣・・・不幸にも勝てたんじゃないでしょうか」

 ヒカルの言った言葉に、メンバーは皆うなずいた。

 「まぁ、少なくとも俺達にはそれが一番あってるんだろう。結局のところ、ギリギリまで頑張ってもどうにもならないようなとき、最後にものを言うのは俺達一人一人の・・・」

 「「「「「「知恵と勇気!!」」」」」」

 ケイスケたちの声が重なり合った。

 「・・・そういうことだな」

 朗らかに笑うメンバーたちに微笑みながら、オグマはマグカップを傾けた。

 「あ・・・ところで、怪獣のコアにされてたっていう例の人はどうなったの?」

 思い出したように尋ねるサトミ。

 「メディカルセンターで先輩が診てくれたけど、外傷も含めて身体には何の異常もなかったからな。一晩だけ入院してもらって、そのあと退院していったよ」

 「念のため、私も検査には参加したけれど・・・特に何かをされたということはなかったよ」

 コジマとアヤはそう答えた。

 「それにしても、怪獣の部品にされるなんて、ひどい目に遭いましたねその人」

 「話を聞いてみたが・・・彼は日頃から不運続きだったらしい。あの怪獣は、コアにする人間が不運であればあるほど力を発揮するので・・・そのために宇宙人に目をつけられたようだね・・・」

 「宇宙人に目をつけられるなんて、その人の運のなさも相当なもんですね・・・」

 「でも、よかったです。サムスさんが助けてくれなかったら、そのまま怪獣と一緒に爆破しちゃったかもしれませんし・・・」

 「そうだな。命あっての物種だ。できればこれからも、なんとか前向きに生きていってほしいが・・・」

 と、そのときだった。

 サァァァァァァァァ・・・

 窓の外から聞こえ始めた音に、メンバーが目を向けると・・・灰色の空から、雨が降り始めていた。

 「ありゃ、雨だ」

 「天気予報だと、降水確率10%だって言ってたけど・・・」




 冬にもかかわらず夏の夕立のように突然降り始めた雨に、道を歩いていた人々が蜘蛛の子を散らすように走り始める。

 「えぇい! 降るなんて言ってなかったぞ!!」

 そんな人々の中・・・ウスイはコートを頭からかぶりながら走っていた。会社まではもう少し。雨宿りをするよりも、会社まで走った方が早いと踏んだからだった。だが・・・

 ブブゥゥゥゥ!!

 「わっ!?」

 突然、左の車道から1台の大型トラックが、彼の目の前へと曲がってきた。それをよけようと思わずたたらを踏むウスイだったが、雨のため、革靴の底が滑った。そして・・・

 「うわぁぁぁぁぁぁ・・・」

 哀れ、たまたま工事中のためその近くに開けっ放しになっていたマンホールへと落下し・・・彼の意識は、そこで途切れた。




「こないだも言ったけど、とにかくもっと気持ちを明るく持てって」

 「こないだも言ったけど、そんな気休めは聞き飽きたよ」

 数日後。見舞いに来たオカベの言葉に、ウスイはムスッとした顔で応えた。

 目が覚めたときには、すでにこのベッドの上。そして、右腕と右脚の骨が折れ、ベッドの上から動けない状態だった。

 「まぁ、考えてもみろよ。お医者さんも言ってたぞ。このぐらいで済んだのが不思議なぐらいだって。その前にいたってはお前、怪獣の中身にされてたんだぞ。それから生きて帰ってこられたなんて、奇跡だぞ奇跡。普通の奴ならお前みたいな目に遭ったら何度も死んでるよ。それでなんとか生きてられるんだから、お前実は、運がいいんじゃないのか?」

 変ななぐさめ方をするオカベ。

 「・・・そんなふうに思えたとしても、嬉しいと思うか?」

 「・・・・思わない」

 なぐさめておきながら変なところで正直な同僚の言葉に閉口し、ウスイはドサリと枕の上に頭を落とした。

 「とにかく、今はゆっくり体を休めろよ。これ、課のみんなからの見舞いだ。今度の一件じゃみんな、改めてお前の運の悪さには同情してるから」

 見舞いのフルーツを指差しながら、オカベは椅子から立ち上がった。そんなことを言われても、全く嬉しくはないのだが。

 「それじゃあな。お大事に」

 そう言い残して、オカベは病室から出て行った。見舞いにもかかわらず、来る前よりもさらに気分が滅入ってしまった彼は、黙って布団にもぐりこんだ。いっそ不貞寝してしまおうと目を閉じ・・・やがて、彼の意識は眠りに落ちていく・・・。

 『ズバッと言うけど、あんたはこの先一生、死ぬまでろくな目に遭わないのよ』

 と、完全に眠りに入るまさにその直前、ボセンク星人の言葉が悪夢のように頭の中に蘇った。

 「うわぁっ!!」

 悲鳴を上げて、ガバリと起き上がるウスイ。呼吸は荒く、心臓がドクドクと脈打っている。ウスイは無言で片手を額に当て、しばらくそのままの姿勢でいた。やがて、少し落ち着いたところで何か飲もうかと、先ほどオカベが置いていってくれたお茶の缶をとろうと、サイドテーブルに目をやった。と・・・

 「・・・!?」

 彼の目が、大きく見開かれた。サイドテーブルの上、お茶の缶の横には・・・あの白いブレスレットが置かれ、誘惑するかのように、窓からの光を鈍く反射していた。

 「・・・」

 ウスイは思わず目をごしごしとこすり、もう一度サイドテーブルの上を見た。が・・・そのときにはもう、白いブレスレットはそこにはなかった。

 「・・・」

 疲れているのだろうか。そう思いながら、思わず手で両目を押さえたそのとき・・・

 「・・・!?」

 彼は背筋に、視線を感じた。視線は、病室の入り口から注がれている。恐る恐る振り返った彼の目に映ったのは・・・




 「・・・?」

 カルテを片手に廊下を歩いていた女医は、入り口のところに人ごみのできている病室の前で立ち止まった。顔見知りのナースが、病室の中を覗こうとしている患者たちに、自分の病室に戻るように指示をしていた。

 「どうしたの?」

 「あっ、ニノミヤ先生。すみません、お騒がせしてしまって・・・」

 すまなそうに謝るナース。女医が彼女の脇から中を覗くと、医師と数人のナースが、ベッドの床の上に倒れている患者をなんとか元のベッドの上に戻そうとしているのが見えた。が、患者は極度の興奮状態にあるらしく、わけのわからないことを叫んでジタバタしていた。

 「・・・あれって、こないだマンホールに落っこちて怪我したっていう患者さんだよね? どしたの?」

 「わからないんです。突然あんなふうに暴れ出して、ベッドから落ちてしまって・・・」

 女医が見ている間にも、患者の若い男は狂ったように何か叫んでいる。「もう一度俺にあれをくれ」とか、そんな言葉が聞こえた。

 「鎮静剤、持ってこようか?」

 「いえ、結構です。ミタムラ先生がそうおっしゃっていますから・・・」

 「そう。早く落ち着いてくれるといいんだけど・・・」

 女医はそう言って、苦笑いを浮かべた。

 「ところで、あたしさっきそこの廊下で、すごい人とすれ違ったんだけど」

 「すごい人?」

 「とにかく、ゴージャスって感じ。高そうな毛皮のコートとか、真珠のネックレスとかつけてて。手なんか、全部の指に大きな宝石の指輪つけててさ。似合ってるかって言うと、ぶっちゃけ別問題だったけど。この病室の前通ったはずなんだけど、見なかった?」

 「さぁ・・・」













 皆さんの周りに、急に幸運に恵まれるようになった方はいませんか? もしかするとそれは、宇宙人の恐るべき陰謀なのかもしれません。思わぬ幸運が続いたときは、くれぐれもご用心・・・。


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