4月も終わりを迎えようとしている頃。世間では間近に迫ったゴールデン・ウィークに多くの人が心を躍らせていた。しかし、怪獣や宇宙人はそんな人間の都合など関係なしに現れるものである。そうした非常事態に備えるべく、地球の平和を守るここ、マリナーベースでは、今日もいつものようにSAMSメンバーの一日が始まろうとしていた。

 「それでは、ブリーフィングを終了する。全員、今日もよろしく頼む。以上だ」

 「宜しくお願いします!」

 ブリーフィングの終了を告げるオグマの声に、隊員たちが一斉に敬礼する。その日もマリナーベースのSAMSミッションルームでは、いつものように一日の始まりを告げる風景が見られた。しかし・・・

 「・・・にしても、あいつらがいないってだけで、こうも静かなもんかねぇ」

 オグマがそう言いながら、6人掛けの円卓を見る。ケイスケたちと同じく、いつもならばそこにいるべき長身長髪の青年と、やや小柄ながらも元気いっぱいの女性隊員の姿が、そこにはなかった。

 「そうですね。コジマ君たちには失礼ですけど、こんなに落ち着いた朝は久しぶりです」

 「彼らはいつでも・・・ハイテンションですからね」

 ニキとアヤが苦笑交じりにそう言う。

 「せっかくですから、今日は一日何事もなければいいんですけど。それに、戻ってきたら戻ってきたで、楽しみがありますからね。な、ヒカル?」

 「はい。メニューはもう考えてますけど、今から楽しみです」

 ケイスケに話題を向けられたヒカルは、そう言ってにっこりと笑った。




スペシャル

山は生きている


地熱怪獣クロッドン
登場


 「ったく・・・うちにはヒカルちゃんもリーダーもアヤさんもいるってのに、なんだって助手席に座ってんのがお前なんだよ」

 「勤務シフトの都合なんだから仕方ないでしょ。休みはとれるときにとっておかないと。だいたい、あたしのどこが不足だってのよ? こんな美人を助手席に乗せてんだから、男冥利に尽きるってのが正しいんじゃない?」

 ハンドルを握りながら悪態をつくコジマに、サトミは柳に風と返す。

 「よくいうぜ。まぁ、ある意味じゃ都合が良かったがな。肉体労働のお願いは、ヒカルちゃんたちには頼みづらいし」

 「どういう意味よ! ・・・まぁいいわ。今回は、あたしの方が頼んだんだし」

 珍しく自分からおとなしく矛を収めると、サトミは窓の外に目を向けた。

 「でも意外だなぁ。こんなところにコジマさんの知り合いが住んでるなんて」

 窓の外に流れる景色に、高層ビルやおしゃれな店などは見られない。道の左右に広がっているのは水田や畑であり、それらの中に古い造りの大きな農家が海に浮かぶ島のように点在している。そんなのどかな田園風景を、緑に包まれた山々が見下ろしていた。

 「正確には俺じゃなくて、俺の親父の知り合いだけどな。医学関係に限らず、妙なところに知り合いがいるんだ。ジッちゃんもその一人」

 「ジッちゃん?」

 「苗字がジツイシ・・・漢字では実石って書くんだ。俺が物心ついたころにはまだ50歳過ぎだったんだけど、言っちゃ何だがそのころから実際よりも老けててな。だから、俺はガキの頃から今でもジッちゃんって呼んでる」

 「ふぅん。で、その人がタケノコ掘りの名人ってわけ?」

 「そう。ジッちゃんはこの村の山で昔から林業をやってるんだが、毎年この時期になると、うちの家族をタケノコ掘りに誘ってくれるんだ。かなりたくさん生えるから、一人じゃとても間に合わないんだよ。で、俺も昔からそれを手伝ってたんだ」

 「そんなにたくさん採れるの?」

 「ああ。本気で掘り尽そうと思ったら、しばらくタケノコは見るのも嫌ってぐらい採れるぜ。まぁそこまではやらないが、とにかくたくさん採れるのはたしかだ」

 「そうなんだ。よぉし、張り切って掘るぞ! ヒカルちゃんも張り切ってたし、今夜の晩ご飯が楽しみだなぁ・・・」

 サトミは空中に視線を浮かべ、まだ見ぬタケノコ尽くしの晩餐に思いを馳せた。




 事の発端は一週間ほど前。アヤが何気なく読んでいた雑誌が、そもそもの始まりだった。そのときアヤが読んでいた雑誌というのが、彼女の地元である京都を特集した旅行雑誌だった。机の上に広げてあったその雑誌の、タケノコ料理で有名な高級料亭の紹介記事のページを見たオグマが、「・・・タケノコ食いたいな」と、深い意味など全くない発言をした。それに対してコジマが話の流れで旧知の人物にタケノコ掘りの名人がいることを開陳。タケノコ掘りをしたことのないサトミがやりたいとはしゃぎだしたり、ヒカルがあまり作ったことのないタケノコ料理というジャンルに料理人の血を燃やしたり・・・といった経緯を経て、あれよあれよという間に、コジマとサトミが休暇を利用してタケノコ掘りに行くことになったのである。




 「それにしても・・・何年か来ないうちに少し変わり始めてるみたいだな、この村も・・・」

 「そうなの? あたしには、のどかな田園風景にしか見えないけど」

 運転をしながらコジマが呟いた言葉に、サトミが首を傾げる。

 「昔は本当にそうだったんだけどな。だけど・・・見ろよ、あれ」

 そう言ってコジマは、片手で道の右手を指差した。遠くに「スパリゾート足曳」と書かれた大きな看板が立ち、その向こうで何か大きな建物の工事が行われているのが見えた。

 「2、3年ぐらい前に、偶然このあたりで温泉が見つかってな。このあたりもご他聞に漏れず、人口流出に苦しんでいたから、それをいかした観光客の招致計画が始められたってのは聞いてたんだが・・・」

 「ふぅん・・・。でも、ってことはこの村もこれから開発が進められるってことだよね。なんだかもったいないなぁ・・・」

 美しい山々やのどかな田園風景を見ながら、サトミが息を漏らす。

 「まぁな。でも、この村の人たちだって霞食って生きてるわけじゃないんだ。ここで暮らしてる人たちには、自然が豊かなだけじゃどうにもならない現実ってもんがあるんだ。部外者の俺たちがきれいなとこだけ見てものを言ったところで、勝手な意見にしかならないだろ」

 「そう・・・だよね」

 「・・・まぁ、この村の人たちだって、無闇に開発を進めようとは思ってないだろうけどな」

 コジマはそう言うと、ウィンカーを点滅させ、車を左折させていった。




 国道から外れたコジマの車は、水田の間を真っ直ぐに走る農道へと入っていった。

 「見えてきた。あれがジッちゃんの家だ」

 車の向かう先には、今まで見えた家々と同じような造りの大きな農家が見えて来る。やがて車はその家の敷地内に入り、静かに停車した。

 「ほい、到着」

 「んん〜っ・・・プハァ! う〜ん、空気がおいしー!!」

 車から降りて大きく体を伸ばしながら深呼吸をするサトミ。一方、コジマはさっさと玄関まで歩いていくと、インターフォンのボタンを押した。

 「ジッちゃーん、俺だよー。たった今到着したぞー」

 完結極まりない到着の報告をするコジマ。しかし・・・

 「こっちだ、こっち。こっちへ来い」

 それに対する返事は家の中からではなく、納屋のような印象を受ける離れのほうから聞こえてきた。コジマはサトミと顔を見合わせたが、やがて2人でそちらへと歩いていった。

 「おう、来たか。久しぶりだな、ヨシキ」

 「ああ。ジッちゃんも、しばらく。元気そうでなによりだ」

 納屋から出てきた老人と、コジマはにこやかに挨拶を交わした。今でも現役で林業を続けている以上、元気であることは間違いないとは思っていたが、実際に目にするジツイシ老人は、サトミの想像以上にかくしゃくとしていた。

 「こいつは、俺の仕事仲間のキシモト。タケノコ掘りをしたことがないってんで、ついてきたんだ」

 「キシモト・サトミです! よろしくお願いします!!」

 「こっちこそ、よろしく。しかしまぁ、あんたも大変だろう。こいつのことはまだヨチヨチ歩きを始めたばかりの頃から知ってるが、こいつが仕事仲間じゃ苦労してるんじゃないのかい?」

 「ええ、そりゃあもう」

 「コラ、何言ってる。ジッちゃんも、いらんこと言わないでいいんだよ。それより、タケノコ掘りの準備はどうなってるんだ?」

 「心配はいらんよ。お前たちがこれに着替えてくれれば、いつでも始められる」

 そう言ってジツイシは、農作業用のつなぎを2人に手渡した。

 「え? 早速始めるの?」

 「当たり前だ。何のために朝早く出たと思ってんだ。雨が降った次の日の朝一番ってのが、タケノコ掘りの一番のねらい目なんだよ」

 ポンとサトミの肩を叩きながら、コジマはそう言った。




 それから数十分後。

 「コジマさん、まだ着かないの?」

 「もうちょっとだよ。なんだお前、掘る前からもうへばってんのか? 日頃人のこと鍛え方が足りないだのなんだの散々言ってる割には、たいしたことねぇなぁ」

 「訊いただけでしょ! このぐらいの山登り、あたしにとっては、ハイキング同然よ!」

 前を行くコジマにむきになって答えるサトミに、ジツイシは忍び笑いをしながら先導を続けていた。

 着替えを終え、鍬とタケノコを入れる背負い籠をもった2人は、ジツイシの案内で、普段彼が管理を行っている山にある秘密のタケノコ狩りスポットまで移動を始めた。村と同じ「足曳山」という名を持つこの山はハイキングコースにもなっており、途中までは登山道を進んでいた彼らはそこから外れ、文字通り道なき道を進んでいた。そして・・・

 「着いたぞ。ここがそうだ」

 途中から延々と続いていた竹林が急に途切れ、視界が開けたところでジツイシがそう言った。

 「うわぁ・・・」

 サトミは感嘆の声を漏らし、コジマとジツイシを追い越して、その場所に足を踏み入れた。ここまでは背の高い竹が文字通り林立していたが、そこはちょうどその空白のようになっており、地面の上には細長い竹の落ち葉が厚く降り積もっていた。そして・・・

 「おっ! 早速タケノコ発見! へぇ〜、こんなふうに生えてるんだ」

 落ち葉に覆われた地面の下から、茶色い皮に覆われた姿を30cmほど露出させているタケノコを見つけ、サトミが興味深げに観察する。

 「おっと。残念だがキシモト、そいつは食っても旨くないぜ?」

 「そうなの?」

 「そのぐらいに育っちまうと、もう身が固くなっちゃってるんだよ。ねらい目は、地面からちょっと顔を出したぐらいの奴だな」

 「ふぅん・・・。でも、こんなに落ち葉が積もってると、見つけるのは大変そうだなぁ」

 「目で見て探そうとすればな。だけど、タケノコの探し方はそうじゃない。タケノコはな、ここで探すんだ」

 コジマはそう言うと片足を上げ、軍手をはめた手でパンパンと靴の裏を叩いた。

 「足・・・?」

 「まぁ見てろ。お手本を見せてやる」

 コジマはそう言うと、一歩ずつ、まるで足元の地面を踏みしめるような慎重な足取りで進み始めた。表情は真剣そのもので、足元に全神経を集中させているようにも見える。

 「ここだ・・・!」

 やがてコジマはある場所で足を止めると、持っていた鍬で慎重に足元を掘り始めた。そして・・・

 「よっしゃ、一個ゲットだぜ! どうだ、これがタケノコ掘りってもんだ」

 地面から掘り出したタケノコを掲げ、コジマは誇らしげな表情を浮かべた。

 「おおっ、デカルチャ! コジマさんにこんな特技があったなんて! あたし、今初めてコジマさんのことすごいと思った」

 「今までなめてやがったのかてめぇは! ・・・ったく、誉めるかけなすかどっちかにしろ」

 「誉めてるんだってば」

 「もういい。いいからお前もやってみろ」

 「了解! なんとなぁく、こっちの方にありそうな気がするのよね〜♪」

 コジマを真似て歩き出すサトミ。

 「伊達に昔とった杵柄ってわけじゃないか」

 「まぁね。毎年来てたおかげで、コツはしっかり体に叩き込まれてるよ」

 手に持っていたタケノコを籠に入れながら、コジマはジツイシに答えた。

 「まぁ、手本は見せてやったけど、そう簡単には見つからないさ。なにしろ・・・」

 と、コジマが言いかけたそのときだった。

 「むっ! この感覚・・・そこか!」

 突然サトミが足を止め、足元の地面に積もる落ち葉を手で払いのけていく。そして・・・

 「あった、あったよ! 見える! あたしにもタケノコが見えるぞぉ!」

 まぎれもなくそこには、理想的な大きさのタケノコが埋まっていた。

 「勘だけで探し出すとはな。あの子、才能あるんじゃないのか?」

 「・・・」

 横で感心したように言うジツイシ。と、サトミは早速鍬を持ち出し、掘り始めた。

 「よーし、掘るぞー!」

 「あ、こら、ちょっと待て・・・」

 と、コジマが止めようとしたそのとき

 ボキッ

 「あーっ!!」

 サトミの鍬は、タケノコを途中から折ってしまった。

 「あ、あたしのタケノコがぁ・・・」

 「言わんこっちゃない。タケノコ掘りで一番難しいのは、その名の通り、うまくタケノコを掘り出すことなんだよ。いいか、タケノコってのは反っているほうから掘っていくんだ。それで根が見えたらうまく根を切り落として、鍬を持ち上げる感じでタケノコを掘り出す・・・と、口で言うとそんな感じだな。実際に見てみるといい。ジッちゃん」

 「おう」

 すでにタケノコを見つけ出していたジツイシは、さすがベテランと思わせる慎重かつスピーディーな手順でタケノコを掘っていき、やがて、手ごろな大きさのタケノコを綺麗に掘り出した。

 「こんな感じだな」

 「わかった。よーし、今度こそ・・・!」

 瞳に闘志の炎らしきものを燃やしながら、再びサトミはタケノコを探し出すべく、あたりをゆっくりと歩き始めた。




 それから数時間。3人は夢中になってタケノコを掘っては籠に入れ、やがて籠は、タケノコによって満杯となった。




 「うーん、大漁大漁。これだけあればヒカルちゃんの期待にも、十分応えられるんじゃないかな?」

 前を歩くコジマが背負っている籠にぎっしりと詰まったタケノコを見ながら、サトミは満足そうにそう言った。

 「ああ、これだけ採れたんだ。今夜は当分食う気がなくなるぐらい、タケノコ料理のフルコースが食べられるだろうさ。ジッちゃん、ありがとうな」

 「なに、礼を言うのはこっちのほうだ。放っておけばあの場所も、あっという間に竹でいっぱいになっちまうからな。食べてくれるんなら、こっちも大助かりだ」

 3人は朗らかに談笑しながら、のんびりとした足取りで山道を下りていた。

 「・・・それにしても・・・」

 と、コジマがふと、登山道の端に目をやった。

 「けっこうゴミが落ちてるな。今まであんまり気づかなかったけど・・・」

 「ああ。温泉が出たせいか、だんだんハイキングの観光客も増えてきてな。それはいいことなんだが・・・」

 「マナーを守らない人も増えてきてる、ってことですか。嫌だなぁ、こんな綺麗な山なのに」

 サトミはそう言うと、落ちていた空き缶やお菓子の空袋を拾い上げた。

 「手で持って帰れるだけでも、持って帰りますね」

 「すまないなぁ。そうしてもらえると、お山も喜ぶ」

 自らもゴミを拾いながら、ジツイシは微笑んだ。と・・・

 「ん・・・? おい、あれ見てみろよ」

 コジマが何かに気がつき、指を差した。サトミがそこを見ると、中学生ぐらいの少年が、ゴミを拾っては持参しているゴミ袋に放り込んでいた。

 「へぇ、ボランティアか何かかな。感心感心」

 ゴミ拾いを続ける少年を見ながら、サトミは何度もうなずいた。そのとき、その声に気がついたのか少年が顔を上げ、コジマ達を見た。と・・・

 「じいちゃん・・・」

 「また来ていたのか、トオル」

 少年とジツイシは、顔見知りのように言葉を交わした。

 「お知り合い・・・ですか?」

 きょとんとするサトミ。だが、コジマは別の反応を見せていた。

 「トオル・・・?」

 コジマはジツイシの口にした名前を呟くと、少年の顔をジッと見つめた。やがて・・・コジマは何かに気がついたようにはっとした表情を浮かべ、ジツイシに顔を向けた。

 「ジッちゃん、トオルって、もしかして・・・」

 すると、ジツイシはうなずいた。

 「そうだ。お前も夏休みに来たときには会っていただろ。わしの孫のトオルだ」

 その言葉に、少し驚きの反応を見せるコジマとサトミ。一方、トオルは無表情に2人をジッと見ていた。

 「トオル、覚えているだろう? 何年か前まで毎年来ていた・・・」

 「ヨシキ兄ちゃん・・・だよね?」

 ジツイシが最後まで言うことなく、トオルはコジマを見ながらそう言った。

 「あ、ああ、そうだ。覚えててくれてありがとよ。5年ぶりぐらいか。今はもう、中学生ぐらいなんだろ?」

 「中学一年生です・・・」

 「そうか。早いもんだな。でも・・・しばらく見ないうちにでかくなったなぁ、お前」

 トオルをしげしげと見つめながら、コジマはそう言った。と・・・

 「すみません、そのゴミ・・・」

 「え? ああ、これ?」

 トオルが声をかけてきたので、サトミは慌てたように、手に持ったゴミを見た。

 「この中に捨ててください。持って帰りますから」

 「あ、ありがと。じゃあ、お願い」

 トオルが口を広げたゴミ袋の中に、サトミは持っていたゴミを捨てた。

 「ありがと。君、よくこういうことしてるの?」

 サトミの言葉に、トオルは無言で小さくうなずいた。

 「そうなんだ。偉いなぁ」

 「・・・誉められるようなことじゃありません。僕はただ、この山が好きなだけです。だから、こんなふうにゴミが捨ててあったりすると腹が立つんです。自分の部屋を汚されたような気がして・・・」

 トオルはそう言いながら、ゴミ袋を肩に担いだ。

 「それじゃあ、僕はもっと上のほうのゴミも拾ってきます。じゃあね、爺ちゃん」

 「ああ。昼には戻って来るんだぞ?」

 ジツイシにうなずくと、トオルはコジマとサトミに会釈をして、山道を登っていった。

 「・・・立派だなぁ。自然を愛するのはいいことだよね」

 その後姿を見送りながら、サトミが微笑む。しかし・・・

 「・・・? どうしたの、コジマさん? 変な顔して・・・」

 ふと見ると、コジマが横で何か腑に落ちないといったような表情を浮かべていた。

 「ジッちゃん。あいつ、もしかして・・・この村に住んでるのか?」

 コジマの言葉に、ジツイシは黙ってうなずいた。

 「そうだったのか。たしか前は、東京に住んでたはずだったよな。でも、いつから?」

 「・・・まぁ、こんなところで話し込むのもなんだ。それも重いだろうし、一旦家に戻ろうや」

 ジツイシはコジマの背負っている籠を軽く叩くと、先頭に立って山道を下り始めた。コジマとサトミはぽかんとした表情を向け合ったが、やがて、その後を追い始めた。




 「カズコおばさんが・・・死んだ?」

 ジツイシの家の縁側。籠だけを下ろしてタケノコ掘りからもどったままの格好で、ジツイシの入れてくれた冷たい麦茶のコップに口をつけようとしていたコジマは、彼の口から出た言葉に、思わずコップから顔を挙げた。その隣に座るサトミも、コップを両手で持ったまま、反応に困ったような表情を浮かべている。

 「・・・いつ?」

 「去年の・・・1月だ。交通事故でな」

 ジツイシは淡々とした調子でそう言いながら、麦茶のコップを傾けた。

 「・・・そうか。たまたま遊びに来てるにしては、どうもおかしいと思ったけど・・・。それで、今はジッちゃんがトオルを引き取って育ててる・・・ってわけか」

 コジマの言葉に、ジツイシは静かにうなずいた。

 コジマと違いジツイシとは赤の他人のサトミだったが、これまでの2人の会話から、だいたいの事情は察することができた。先ほど山で会った、ジツイシの孫であるトオルという少年は、もとは東京に住んでいたらしいが、トオルの母親が去年事故で亡くなってしまった。父親はトオルが生まれて数年後にやはり病死してしまっているらしく、両親を失ってしまったトオルは、ジツイシに引き取られて母の実家であるこの家に住むようになった、ということらしい。それ以前はトオルと母親も夏休みにはこの家に帰ることが多く、同じように夏休みにこの家を訪れることの多かったコジマは、その遊び相手をしていたのである。

 「あ・・・すみません。ちょっと、お手洗いお借りしていいですか?」

 「ああ。玄関から入って廊下を突き当りまで進んで、左に曲がったところだ」

 ありがとうございますと頭を下げ、サトミは玄関の方まで歩いていった。さすがにあいつも、他人の家の内部事情の話に立ち会うのはきまずいんだな、などと思いながら、コジマはその後姿を見送った。

 「なるほどね・・・。でもジッちゃん、なんか浮かない顔じゃないか。昔トオルが遊びに来てた頃は、もっと楽しそうな顔してたはずだぜ」

 コジマはそう言って、ジツイシの横顔を見た。誰でも自分の孫は子どもよりも可愛い、という例に漏れず、記憶の中のジツイシもまた、夏休みに孫が訪れるのを心待ちにしていたはずである。だが、今のジツイシの表情には、確かに翳りがあった。

 「トオルだってそうだ。確かに昔からおとなしい奴だったけど、暗そうなところなんてなかった。だけど、さっき山で会ったあいつの表情とか様子とか・・・なんか、違ってたな」

 「・・・」

 「なんか、あったのか?」

 コジマが尋ねると、ジツイシはしばらく黙っていたが・・・

 「・・・なかなか、難しいんだよ。都会で暮らしてた子が、いきなり田舎で暮らし始めるってのは。特に、学校はな・・・」

 ジツイシがポツリと言った言葉で、コジマは大体の事情を察した。

 「・・・馴染めずにいる、ってことか。もしかして・・・いじめとかも?」

 「いや・・・それとなく話も聞いているが、幸いそこまではないらしい。でもな・・・」

 うつむくジツイシ。

 「そういえば、あいつ昔からあの山が好きだったな。俺もよく、あいつに付き合って虫取りとかに行ったっけ・・・」

 コジマはそう言って、足曳山に目を向けた。

 「今じゃあの山が、あいつにとって唯一の安住の地・・・ってわけか」

 「あの山で仕事をしている手前、山へ行くなとは言えんのでな。山にばかりこもっていないで、なんとか友達を作って遊んでほしいんだが・・・無理強いできるものじゃない」

 おそらくは、自分の娘の子育てのときよりも、今の孫の状況について案じ、どうすべきかを思い悩んでいる目の前の老人に対し、コジマはなんとか声をかけてやりたかったが・・・どれだけ頭をめぐらせても、適切と思われる言葉は、彼の頭には浮かんでこなかった。




 「それじゃあ、今日はありがとう、ジッちゃん」

 「本当にありがとうございました。隊のみんなも、喜んでくれると思います」

 夕暮れが迫る中、ジツイシの家でのんびりと過ごしたコジマとサトミは、ジツイシに別れの挨拶をしていた。車のトランクには、大きな段ボール箱に詰め込んだタケノコが入っている。

 「もし暇ができたら、夏にでもまた来るといい。このあたりはスイカも、なかなかうまいからな」

 「ああ。そうさせてもらうよ。キシモト」

 「うん。それじゃあ、失礼します」

 サトミはそう言って一礼をすると、運転席に乗り込んだ。

 「・・・」

 しかし、コジマはすぐに助手席に乗ろうとはしなかった。

 「どうした?」

 「あ、あのさ、ジッちゃん。トオルのことなんだけど・・・」

 コジマはそう言って、続ける言葉を探すように、宙に視線を泳がせたが・・・

 「・・・いや、なんでもない。ごめん」

 「心配せんでもいい。こっちはこっちでなんとかするから、お前は自分の仕事に集中しとればいいんだ」

 「・・・ありがとう。それじゃあ、またな」

 コジマは笑みを浮かべて手を振ると、助手席に乗り込んだ」

 「いいぞ、出してくれ」

 「オッケー」

 サトミは短くクラクションを鳴らすと、ゆっくりアクセルを踏み込んだ。車が家から離れていくにつれ、ルームミラーに映る、こちらに手を振りながら見送るジツイシの姿が小さくなっていく。

 「あーっ、今日はほんとにリフレッシュできたなぁ。タケノコもたくさん採れたし、ヒカルちゃんも喜ぶだろうなぁ。晩御飯が楽しみ楽しみ♪」

 ハンドルを握りながら、今夜の食卓に並ぶタケノコ料理の数々を夢想し、幸せな気分に浸るサトミ。

 「・・・」

 しかし、コジマはそれには何の反応も示さず、シートのヘッドレストに頭をもたれかけ、視線を宙に泳がせていた。

 「あっ、見て見て! すっごい綺麗な夕陽!」

 突然、サトミが片手で窓のほうを指差しながらはしゃぐ。億劫そうな様子でコジマがそちらに顔を向けると、足曳山のシルエットが、その背後に沈んでいく夕陽によって、黒く美しく浮かび上がっていた。

 「・・・結局、あたしたちがいる間は帰ってこなかったね。まだあの山にいるのかな?」

 と、サトミがぽつりとそんな言葉を漏らして、コジマに視線を向けた。

 「珍しいね。コジマさんが女の人のこと以外でそんな顔して考え事するなんて」

 「年がら年中女のことばっかり考えてるような言い方するな」

 憮然とした表情を浮かべるコジマ。

 「でも、気になるんでしょ?」

 「そりゃあな。あいつがまだはいはいを始めた頃から、夏休みにジッちゃんの家に遊びに行ったときのあいつの遊び相手をするのは、俺の仕事だったんだから」

 「意外。コジマさんって、子どもの面倒見もよかったんだ」

 「まぁ、最初の頃は面倒だったけどな。でも、嫌いじゃなかったぜ。それが、何年か会わないうちにこんなことになってるなんて。なんか・・・胸に引っかかるんだよな」

 コジマは浮かない表情でそう答えた。

 「お母さんを亡くして、東京から田舎に引っ越してきたんだもんね。おじいちゃんと一緒に暮らしてるとはいっても、寂しいと思うよ。あたしがお父さんを亡くしたときには、お母さんやお兄ちゃんたちがいたおかげですぐに元気取り戻せたけど・・・」

 「・・・」




 その日の夜・・・。

 足曳村はいつもと同じように、静かな夜を迎えていた。都会では地上の光の輝きに勝てず、夜空に溶け込むしかない小さな輝きの星星も、余計な光のないこの村の夜空では、生き生きと輝いてその存在を主張している。

 「・・・」

 トオルは勉強机に向かったまま、目の前にある窓から、ぼんやりとその星空を見ていた。机の上には英語の教科書とノートが広げられているが、一時間ほど前に始まった勉強は、ほとんどはかどっていない。

 目の前の窓からは、ちょうど足曳山の姿を眺めることができる。彼が毎日のように訪れている山は、夜の闇よりもなお濃い黒いシルエットを浮かび上がらせていた。

 と、そのときだった。

 ゴォォォォォォォォォォッ・・・!!

 「・・・?」

 突然夜空から、まるで地鳴りのような奇妙な音が聞こえてきた。思わず首をかしげ、窓の向こうを覗きこもうとするトオル。すると、突然夜空の一角が、オレンジ色の光に包まれた。トオルは呆然とそれを見つめていたが、光の輝きと地鳴りのような音は、ますます大きくなっていく。そして・・・

 ゴォウッ!!

 オレンジ色に燃え盛る火の玉が、夜空から鋭い角度で落下してきた。大きさはそれほどでもないが、すごいスピードで突き進む。そしてその先には・・・足曳山があった。

 「ああっ・・・!!」

 とトオルが叫びかけた、そのときだった。

 ドガァァァァァァァァァァァン!!

 「うわぁっ!!」

 突如飛来した火の玉は、トオルが危惧したように山には激突せず、山頂のほぼ真上で大爆発を起こした。稲光が炸裂したときのように一瞬夜空全体が真っ白になり、何十発もの爆弾が一斉に爆発したような大音響が夜の静寂を打ち砕く。光と音の衝撃に打ちのめされ、トオルは思わず目をかばいながら、見えない大きな手で張り飛ばされたように、そのまま後ろへと倒れこんでしまった。

 「うう・・・」

 うめき声をあげながら身を起こすトオル。顔を上げると、窓の外の夜空はもとの闇と静寂を取り戻していた。

 「山は・・・!」

 黒く浮かび上がって見える山も、先ほどまでと全く同じに見える。しかし、火の玉がその山頂の真上で爆発したことは間違いない。トオルはすぐに意を決すると、階段を駆け下り、玄関に向かって走り出した。

 「爺ちゃん!」

 玄関のところには既にジツイシが立ち、訝しげな表情で夜空を見上げていた。

 「トオル! 今の光と音は何だ?」

 「隕石だよ! いきなり空から隕石が降ってきて、山の上で爆発したんだ!」

 「なに!?」

 「爺ちゃん、僕見てくる!!」

 そう言って、山の方向へと向かって走り出すトオル。

 「ま、待てトオル! いっちゃいかん!!」

 懸命に引き止めるジツイシの声が背後から聞こえたが、トオルはそれに耳を貸すことなく、一心不乱に走り続けた。




 それから少し時間を巻き戻し・・・マリナーベース。

 「お待たせしましたー!!」

 いつもの隊員服にエプロン姿のヒカルが、ミッションルームに入ってくるなり、手にしたお玉を高々と掲げて明るく声を発する。

 「すまなかったね・・・下茹でに少し時間がかかったから、遅くなってしまった」

 その後ろから、割烹着姿の亜矢がワゴンを押して入ってくる。そのワゴンの上には・・・コジマとサトミが足曳山で掘り起こしてきたタケノコを使った料理が、所狭しと並べられていた。

 「いよっ、待ってました!!」

 立ち上がってパチパチと拍手をしながら2人を迎え入れるサトミ。オグマとニキも、顔をほころばせる。

 「・・・エプロンと割烹着はいいねぇ。たとえ男の勝手な願望だと言われようとも、料理を作ってくれる家庭的な女性の姿は、女性の美しさの極みだよ。そう思わないかい、ニイザ・ケイスケ君?」

 「・・・どこのシ者ですか」

 料理を配膳し始めるヒカルとアヤの姿を見つめながら、妙に優しい口調でケイスケに尋ねるコジマに、あくまで冷静にツッコミを返すケイスケ。

 「えーっと、献立を説明しますね。まず定番のところで、タケノコご飯に若竹汁、木の芽和え。それから、お刺身にサラダ、中華風の炒め物、田楽、天ぷら、酢の物・・・以上です」

 「ほぉ〜、いつにも増して気合が入ってるじゃないか。まるで割烹料亭だな」

 円卓の上に並べられた料理は、器や盛り付けにまでいつも以上のこだわりが感じられた。

 「すごく鮮度のいいタケノコだったから、張り切っちゃいました。アヤさんがタケノコ料理の方法に詳しかったのも、とても助かりましたし」

 「タケノコ料理は実家にいた頃、馴染み深い料理だったのでね・・・。それでも、やはりヒカル君にはかなわないね。作り方を教えただけでここまで見事に作るのは・・・センスのなせる業だよ」

 目を細めながらうなずくアヤ。

 「うん、さっすがヒカルちゃんとアヤさんだね。ねぇ、早く食べよ! あたしお腹ペコペコ〜」

 「よしよし。功労者もこう言ってることだし、早速始めようか。2人も、席について」

 オグマの言葉にうなずき、それぞれエプロンと割烹着を脱いで席に着くヒカルとコジマ。

 「それでは、装備を確認する。お箸は持ったか?」

 「はい!」

 「お茶碗の用意はできているか?」

 「はい!」

 「よろしい。それでは・・・」

 メンバーを見回すオグマ。そして・・・

 「いただきまーす!!」

 7つの声が重なり合い、タケノコづくしの宴の幕開けを告げる。

 「どうぞ、ケイスケ君」

 「ああ、すまん。へぇ・・・やっぱりスーパーで売ってるのとは全然違うな。こんな香りがするんだ・・・」

 ヒカルがよそってくれたタケノコご飯から立ち昇る湯気に含まれる香りを吸い込み、ケイスケが感心したような表情を浮かべる。

 「うん、このシャキシャキとした歯ごたえがなんとも・・・」

 満足げな様子でタケノコの刺身を味わうオグマ。

 「この田楽おいしー! お味噌がまたいい味だねぇ」

 「やっぱり、作る人がいいとまた違ってくるんだな。長いこと食ってるけど、こんなにおいしいのは初めてだ」

 田楽を頬張りながら歓喜するサトミに、木の芽和えを食べながらコジマがうなずく。

 「あの、アヤさん・・・その・・・」

 他のメンバーが舌鼓を打つ中、ニキがいつになく申し訳なさそうに、おずおずと茶碗をアヤに差し出す。

 「遠慮なさらず・・・どんどん食べてください。作った人間にとって・・・おかわりは最大級の賛辞ですからね・・・」

 優しい口調でそう言いながら、アヤは茶碗を受け取った。

 そして・・・いつも以上に食と会話の進む夕餉は続き・・・やがて、あれだけあったタケノコ料理は全て、7人の胃袋の中に収まってしまった。

 「あー、もうお腹いっぱい夢いっぱい」

 幸せそうな表情を浮かべて椅子の背もたれに体を預けながら、ポンポンとお腹を叩くサトミ。

 「下品よ、キシモトさん」

 すかさずそれを注意するニキという、阿吽の呼吸のような図式はいつものことだが、心なしかいつもより口調が柔らかい。

 「いやぁ、たらふく食わせてもらったよ。ありがとな、ハットリ、キリュウ」

 「お礼なら、コジマさんとサトミさんに言ってください。新鮮なタケノコがあったから、私達もおいしく作れたんですから」

 オグマに答えるヒカルの言葉に、食後のお茶を啜りながらアヤが無言でうなずく。

 「まぁたまた、謙遜しちゃって。でも、そう言ってくれると朝早く出てった甲斐があるってもんだよ」

 「そうそう。ヒカルちゃんとアヤさんのおかげでその努力も実を結んだわけだし、今日はこのまんまのんびり風呂に入って、ぐっすり眠りたいねぇ」

 手をヒラヒラさせながら答えるコジマ。

 が・・・そのときだった。突如ミッションルームに、けたたましい警報音が響き始めた。

 「・・・どうも、それはちょっと無理みたいですね」

 ボソリとケイスケの漏らした呟きに、コジマは舌打ちをした。

 「何事だ?」

 いち早く通信装置の前に座って確認を進めるヒカルに、オグマが尋ねる。

 「宇宙ステーションV7、および、極東基地観測班からの連絡です。宇宙から、超小型の隕石が極東地区に落下したそうです」

 「隕石が? どこにだ?」

 「待ってください。え・・・と」

 端末を操作し、さらに情報の確認を進めるヒカル。と・・・

 「え・・・!?」

 新たに端末に表示された情報を目にしたヒカルが驚きの表情を浮かべ、なぜかコジマとサトミの顔を見る。

 「どうしたの、ヒカルちゃん?」

 「そ、それが・・・」

 きょとんとした顔をするコジマとサトミに、戸惑いながらヒカルが言う。

 「隕石が落下したのは・・・足曳村だそうです」

 「な・・・なんだって!?」

 「そんな・・・何かの間違いじゃないの!?」

 椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がるコジマとサトミ。

 「ほ、本当です! 今、観測カメラの記録した映像も入りました」

 そう言って、端末を操作するヒカル。大型モニターに、どこかのビルの屋上に設置された定置カメラによるものと思われる映像が映し出されている。その画面の中央に映っているのは、コジマにとっては馴染み深い、足曳山のシルエットだった。が、突然画面右上方の空がオレンジ色に染まったかと思った瞬間、そこから燃え盛る隕石が降ってきて、足曳山の上空で大爆発を起こした。一瞬、画面が真っ白に染まる。

 「そ、そんな・・・」

 つい6時間ほど前までいた村に襲いかかった出来事に、ぺたりと椅子に座り込むサトミ。

 「村は・・・足曳村はどうなったんですか!?」

 「落ち着きなさい、コジマ君!」

 「リーダーの言うとおりだよ。ほら・・・映像を見てご覧・・・」

 叫ぶコジマをなだめながら、アヤはモニターを指差した。爆発の瞬間真っ白になった画面だったが、徐々にその状態から回復していく。そして、徐々に見えてきたのは・・・隕石が振ってくる前となんら変わりない、静かな村の様子だった。

 「今の映像を見る限り・・・隕石はかなり小さなものだ。爆発によって、粉々に砕け散ったはずだし、映像から見ても・・・破片の落下による深刻な被害の可能性は、とても低いだろう」

 「直接の被害はなかったとしても、あの隕石に放射性物質とかが含まれていたらどうするんです!? 宇宙から降ってきた以上、何があるかわからないんですよ!」

 「そうですよ! キャップ、すぐにあたしたちを足曳村に行かせてください!」

 冷静な分析によるアヤの言葉にも冷めることなく、オグマに詰め寄る2人。

 「まぁ待て、2人とも。ハットリ、極東基地は何と言ってきてる?」

 「はい。すでに科学班を現地に急行させています。コジマさんの言ったような、隕石に放射性物質、毒性物質、未知の有害微生物などが含まれていた場合に備え、医療班、化学処理班も同行しています。SAMSには別途連絡があるまで、マリナーベースにて待機を求む・・・とのことです」

 極東基地からの連絡文を読み上げるヒカル。

 「待機って・・・でも」

 「何が起こっているかを調べ、まずやるべきことをやるのは、あっちの仕事だ。それでも何が起こっているのか、何をすればいいのかわからないときや、どうしようもないことが起こったときに、初めて俺たちの出番になる。守備範囲ってのは、意味もなく決められてるわけじゃないんだ。オトナなんだから、わかるだろ?」

 「向こうは人手も多いし、大丈夫よ。気持ちはわかるけど、彼らも私達と同じプロなんだから、まずは彼らを信じて任せなさい」

 「・・・」

 オグマとニキの言葉に落ち着きを取り戻し、黙り込む2人。

 「・・・まぁ、気持ちはわかる。今はおとなしくしててもらいたいがその代わり、いざとなったらすぐに行ってもらうから、そのつもりでいてくれよ」

 「あ、俺、ウィンディの整備しときます」

 「おう、頼む。キシモトが本気で飛ばすことを考えて、入念にな」

 「わかってますよ」

 そう言ってケイスケは、ミッションルームから出て行った。

 「さて・・・今夜は寝そこなったな。ハットリ、悪いけどコーヒー頼む。濃い目の奴」

 「わかりました。すぐ用意しますね」

 笑みを浮かべて、ヒカルもまた出て行く。コジマとサトミはばつの悪そうな互いの顔を見合わせ、元の席へと静かに腰を下ろした。




 「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

 その頃・・・家を飛び出してから、一度も止まることなく走り続けたトオルは、足曳山の登山道にたどり着いたところでようやく足を止め、山を見上げた。普段はカッコウや山鳩といった野鳥の鳴き声がよく聞こえる山も、夜のうちは静まり返り、わずかに虫の鳴き声だけが聞こえる。隕石が山頂上空で爆発したことによる異変・・・たとえば、山火事の発生などは、そこから見る限りでは何も見られない。

 「・・・」

 それでもトオルには安心できるものではなく、彼はほんのわずか休みを取っただけで、再び足を進め始めた。暗く静まり返った夜の道を、一歩ずつ登っていく。

 「うわっ!?」

 と、道のわずかな凸凹に気づかず足を取られ、トオルは転倒してしまった。幸い、どこも擦りむいたりはしなかったが、無我夢中で家を飛び出したため、懐中電灯などを持ってこなかったことが悔やまれた。しかし、いまさら家に戻って出直すわけにもいかない。今度は特に足元に注意をしながら、トオルは再び山を登り始めた。

 それから数分後・・・。

 「・・・!」

 トオルはふと、足を止めた。前方数m、道の脇の茂みが、ガサガサと揺れたことのだ。何か生き物がいることは間違いない。トオルは全身を緊張させ、その茂みを凝視した。そして・・・

 「グルル・・・!」

 ガサガサと音をたて、茂みの中から出てきたのは、一匹の犬だった。闇の中でわずかな月の光を反射する二つの目が輝き、口から唸りを発しながら、トオルを睨みつけている。

 「・・・!!」

 蛇に睨まれた蛙のように、その場に釘付けになるトオルの頭に、この間ジツイシや学校の先生から聞いた話が蘇る。この足曳村や隣町では、最近都会の住人が飼えなくなった犬を捨て、野犬と化した犬たちが山々を徘徊しているという問題が発生していた。住民からの要請を受け、一月ほど前に保健所の職員が山狩りを行ってかなりの数の野犬を捕獲、もしくは射殺したが、まだ野犬が残っている可能性もあるため、山に入るときは十分に注意するように、という話だった。

 「ガウッ!」

 「わぁっ!!」

 が、そんなことを思い出す暇もなく、突然犬はトオルに襲いかかってきた。横へと転がり、なんとかそれをかわすトオル。

 「このっ! あっちいけ!!」

 足元に落ちていた石を拾って投げつけると、犬はヒョイと跳んでわずかに後ずさった。しかし、トオルに対しては襲いかかる体勢を崩さない。様子から見て、腹をすかしているのは間違いないだろう。トオルは犬と向かい合ったまま数歩後ずさり・・・やにわに踵を返し、走り始めた。

 「ワンワンワンワン!!」

 背後から犬の咆え声と、息遣いが聞こえてくる。息を切らせながら、トオルはひたすらに山道を駆け下りた。だが、犬の荒い息遣いと足音は、着実に背後から近づいてくる。そして・・・

 「うわぁっ!!」

 突然トオルは、背後から重い塊にぶつかられた。犬が背後から飛びかかってきたのだ。そのまま前のめりに地面に倒れ込むトオル。顔を激しく地面に打ちつけ、その痛みに涙が出そうになる。が、そんな痛みは首筋に当たる生暖かい息と、すぐ耳元で聞こえる荒い息遣いによって、すぐに忘れた。背中にのしかかった犬が、首筋に口を近づけているのだ。

 「やめろ! やめろ!」

 激しく暴れることによって、トオルの背中の上から飛び降りる犬。しかし犬は、すぐに再び襲いかかろうと、四本の足を踏み込ませる。

 「う、うわぁぁあ!!」

 悲鳴をあげ、両腕で顔をかばうトオル。

 が・・・

 「・・・?」

 いつまでたっても、犬が襲いかかってくることはなかった。恐る恐る、顔をかばっていた両腕をどけてみると・・・なんと、犬はその場に座り込んでいた。先ほどまでの、獣の本能剥き出しの凶暴さはまるでない。まるでよくしつけられた犬が、「待て」を命じられたかのようだ。トオルは先ほどまでの恐怖も忘れ、不思議そうにそれを見つめたが・・・やがて、犬は立ち上がると、道の脇の茂みの中に静かに消えていった。尻餅をついたまま、呆然とそれを見送るトオル。

 『あたしなら大丈夫。だから今夜は、家に帰っておやすみなさい・・・』

 「・・・!?」

 突然、どこからか声が聞こえた・・・ような気がした。驚いて周囲を見回すトオルだったが、彼のほかには人の気配など全くない。

 と、そのときだった。

 パッ!!

 「!?」

 突然、登山道の下のほうから眩しい光がトオルを照らした。思わず目をかばうトオルの耳に、何人もの人間が駆け足でやってくる音が聞こえてくる。

 「子どもだ! 子どもがいるぞ!」

 そんな声が聞こえて間もなく、懐中電灯をもった男たちがトオルのところへやってきた。

 「君、どうしたんだこんな夜中に・・・ん、鼻血まで出てるじゃないか」

 トオルの顔を心配そうに覗きこみながら、男の一人がそう言う。全身を白い機密服で覆っており、一見すると何処かの星の宇宙人にも見えたが、その胸にははっきりと、地球防衛軍のシンボルマークのワッペンがつけられていた。男たちは皆同じ格好をしており、肩からは何か大きな箱を提げている。

 「この村の子か?」

 別の男がそう言ったので、トオルはこくりとうなずいた。

 「そうか。それなら君も見たかもしれないが、少し前にこの山の上で隕石が爆発を起こしたんだ。我々はこれからその調査に行くところだが・・・危険性も考えられる。とにかく、一旦山を下りるんだ。クラモチ、この子を麓まで連れて行ってくれ」

 「了解。君、立てる?」

 隊員の言葉にうなずき、トオルは立ち上がった。他の隊員たちは付き添いの隊員たちと敬礼し、山を上っていった。

 「・・・君、どうしてこんな時間にこんなところに?」

 「・・・」

 「ごめん。答えたくないのなら、今はいいよ。とにかく、山を下りよう。手当てと・・・念のため、検査もしなきゃいけないけど、いいね?」

 隊員にうなずき、彼と共に歩き出すトオル。

 『またね・・・』

 「!」

 その耳に再び声が届き、トオルは足を止めたが・・・

 「どうしたの?」

 「・・・」

 隊員の声にすぐに振り返ると、また歩き始めた。




 そして・・・結局その後、コジマとサトミがすぐに足曳村に向かうことはなかった。科学班、医療班、化学処理班で構成される防衛軍の部隊は、足曳村に到着後ただちに活動を開始。隕石が爆発したと思われる足曳山とその周辺の調査、及び、周辺住民の健康への影響について、徹底した調査を行った。その結果、コジマが危惧したような放射性物質、毒性物質、未知の有害微生物等、人体に有害なものは何一つ検出されず、住民の体も、全くの健康体であることが確認された。隕石についてはアヤの分析したとおり、爆発の際に粉々に砕け散ってしまったらしく、数日間に及ぶ捜索も空しく、科学班はその破片すら回収することはできなかった。
 ただ一点・・・隕石が爆発した瞬間、足曳村の隣町にある天文台が、未知の宇宙線を観測したことだけが、一部の関係者にとって、わずかに気になることではあった。宇宙線が観測されたのは爆発の一瞬だけだったため、この宇宙線がいかなる性質をもつものだったかを検証する術はなかった。かくして、謎の宇宙線というわずかな不安要素を孕みつつも、事件後の足曳村には大きな変化もなく、村の人々はまもなく元通りの日常に戻り始める・・・かのように見えた。




 隕石落下から数日後。トオルはあの夜以来、初めて足曳山に登った。

 あの夜、防衛軍の隊員に救助されたあとは大変だった。放射線や未知の病原体など、隕石によるなんらかの悪い影響を受けていないかどうか検査を受けた後、連絡を受けて迎えに来た祖父には当然ながら叱られた。

 突然の隕石落下により、普段静かなこの村も、にわかに騒がしくなった。村人たちは調査を行う防衛軍の隊員たちの様子を不安げに見守り、何か悪い結果が出ないことを祈っていた。とはいえ、日常生活にはさほどの影響もなく、村人たちは不安な表情を浮かべながらも、それまでと全く同じ日常を繰り返していた。トオルもまた他の子供たちと同様、それまでどおり学校に通っていたが、窓から見える足曳山を見るたびに脳裏に蘇るのは、あの夜野犬の襲撃から助かることのできた不思議な体験、そしてそのときに聞いた謎の声のことばかりであった。

 そして、トオルの待ち望んでいたときがついにやってきた。調査を行っていた防衛軍が、第一次の調査結果を発表したのである。その内容を要約すれば、隕石の爆発による放射線、毒性物質、未知の病原体による汚染の可能性は限りなく0に等しく、人体、環境への悪影響を心配する必要はない、というものだった。この発表に村人たちはひとまずホッと胸を撫で下ろしたが、さらなる調査の続行を望む声もまた、根強かった。防衛軍もまたこれを受けて、調査に当たる人員の規模こそ縮小するものの、調査の続行を村に対して約束した。

 この発表によって、隕石の爆発以来の足曳山の立入禁止が、一部解除されることとなった。隕石がその真上で爆発した山頂などは当然調査が継続されるため、さすがに立入禁止が解かれることはなかったが、中腹あたりまでのかなり広い範囲に関しては、防衛軍の調査の結果問題なしと判断され、立入禁止が解除された。とはいえ、すぐに山に登ろうとするものなどそうはいない。立入禁止が一部解除されたこの日、さっそく山に入ったのはこの山を仕事の場としているジツイシのほかは、トオル一人だけだった。

 「・・・」

 登山道を登るトオルの足は、自然とあの夜の現場へと向かっていた。まだあの野犬がうろついているかもしれず、それを考えれば怖くて仕方のないはずだが、自分でも不思議に思うくらい、そうした恐怖は全くなく、坂道を登る足取りは、いつになく軽やかだった。

 やがて、トオルはあの場所にたどり着いた。とはいえ、特に何かがあるというわけでもない。近くに少し変わったかたちの木があるのでここだとわかるが、もしそれがなければ、ここがあの夜不思議な出来事のあった場所だということもわからなかっただろう。その何もない場所で、トオルはあの不思議な出来事、そして、あの不思議な声について思い出していた。

 『ありがとう。来てくれたのね』

 「!?」

 と、そのときだった。あの不思議な声が、再び頭の中に響いたのだ。驚いて周囲を見回すが、あの時と同じで、人の気配すら全くない。驚くトオルをよそに、声は当然のようにトオルに語り続ける。

 『大丈夫。怖がることなんて、何もないわ。みんな、トオル君のことを歓迎しているもの』

 「・・・誰? 一体、どこから話しかけてるの?」

 不安そうな表情を浮かべながらも、どこからともなく聞こえてくる声に尋ねるトオル。すると、どこからともなく一匹の蝶がヒラヒラと飛んできた。

 『その子についてきて。せっかくこうして、お話ができるようになったんだもの。もっとたくさん、おしゃべりしましょ』

 声がそう言うと、蝶はまるでトオルをどこかへと案内しようとしているかのように、その前を飛び始めた。




 世界各地の地球防衛軍基地、宇宙ステーションV9と同じく、地球防衛の要であるマリナーベース。そこでは常時700名以上の隊員が勤務しており、その中にはベース内の居住ブロックで寝起きしている者もいれば、基地の外にある自宅やマンションで家族と共に暮らしながら通勤している者もいる。
 そんな彼らの中でも精鋭部隊であるSAMSはどうかといえば、いつ発生するかわからない怪獣の出現、宇宙人の襲来に備えるため、全員が居住ブロックにて生活を送っている。

 宿直でないSAMS隊員の一日は、それぞれの自室から出てミッションルームに入ったところから始まる。その朝もコジマはいつもの同じように一日を始めるべく、ミッションルームに続く通路を歩いていた。途中、数日前に音楽ディスクを貸した旧知の整備員とすれ違い、ディスクを返してもらって歩き出そうとしたそのとき。背後から聞き覚えのある足音が聞こえてきた。コジマは振り返ろうとしたがそれより前に黒い影が彼の横を駆け抜け、その前方に回りこんだ。

 「お兄ちゃん、おはよ!」

 目の前に回りこんだ彼女は、そう言いながらちょっとおどけた敬礼のポーズをした。

 「・・・俺はお前のお兄ちゃんでもなければ、天の道を行き総てを司るニートでもない」

 死んだ魚のような目で彼女を見ながら、コジマはそう言った。

 「なによ、イマイチな反応じゃない。人がせっかく萌やしてあげようとしてるのに」

 「萎えるわ、ボケ。妹キャラでもないくせに」

 「あ、ひどいな。こう見えても、実家じゃ正真正銘お兄ちゃんのいる妹だよ」

 「ああ、そうだったな。心から同情すると、今度実家帰ったときはお兄さんによろしく言ってくれ」

 力なくそう言って、先に進もうとするコジマ。

 「あ、ちょっと待ってよ!」

 慌てて追いつき、その横を並んで歩き出すサトミ。

 「なんだ、今度は幼馴染キャラか?」

 「違うってば。ねぇ、足曳村の様子はどうなってるの? ジツイシさんに電話とかしてないの?」

 サトミがそう尋ねると、コジマはああと言ってうなずいた。

 「ちょうど昨日の夜、電話をかけて話をしたよ。この間のブリーフィングでお前も聞いたとおり、防衛軍の部隊による調査の結果、俺たちが心配したような物騒なものは見つからなかったし、村の人たちもとりあえずそれに安心して、今のところは落ち着いてるらしい。ただ、な・・・それとは別に、最近妙なことが起こってるらしい」

 「妙なこと?」

 「がけ崩れとか地面の陥没とかいった事故が、毎日のように発生しているらしい。現地に残っている科学班が調査を続けているが、皆目原因がつかめないそうだ。タイミングがタイミングだから、隕石と関係あるんじゃないかって噂も流れてるみたいだ」

 「ふぅん・・・」

 興味があるのかないのか、サトミはなんとも微妙な相槌を打つと、コジマの顔を見上げた。

 「・・・なんだよ?」

 「・・・たしかにそれはそれで大変そうな話だけど、それだけじゃなさそうな感じがする。他にもなんか、気になる話があったんじゃないの?」

 サトミにそう言われ、コジマはたじろいだ。

 「な、なんでそんなこと、お前にわかるんだよ?」

 「顔見ればわかるわよ。コジマさんとはそれなりの付き合いだし。ねぇ、他に何かあったの?」

 重ねて尋ねるサトミ。コジマは渋々といった様子で、口を開いた。

 「・・・まぁ、気になる話っちゃ話なんだけどな。トオルのことだよ」

 「トオル君が、どうかしたわけ?」

 「前にも増して、山通いが増えてきてるみたいなんだよ。このごろはほとんど毎日、学校が終わるとその足で山に行って、それから暗くなるまでずっといる、ってのが続いてるらしい。あんまり山通いがすぎるから、さすがにジッちゃんもこないだ叱ったそうなんだが・・・聞く耳もたないみたいだ。そのおかげで、逆に険悪なムードになっちまって、ジッちゃんも悩んでたよ」

 「そうなんだ・・・」

 コジマの話を聞いて、サトミも神妙な顔をする。と、そのとき、2人のつけているリストシーバーが、同時に受信音をたてた。

 「はい、コジマです」

 「キシモトです」

 『おはよう、2人とも。悪いが、すぐにミッションルームに来てくれないか?』

 「ええ。今キシモトと一緒にいますけど、もう目と鼻の先ですよ」

 2人の立っている場所からは、すでにミッションルームのドアが見えている。

 『そうか、それじゃあ来てくれ。話がある』

 「「ラジャー」」

 オグマとの会話を終えて通信スイッチを切る2人だったが、互いに顔を見合わせると、とにかく指示通りにミッションルームの中へと入った。

 「「おはようございます」」

 「おう、来たか。おはよう」

 オグマ以下他のメンバーは全員既に揃っており、最後に出勤してきた2人に、口々に朝の挨拶を口にする。それが終わるのもそこそこに、オグマは2人に言った。

 「コジマ、キシモト。このあいだ言ったとおり出番だ。さっき、防衛軍から調査の要請があった。お前たち2人に、足曳村に行ってもらいたい。隕石落下後少しの間は何事もなかったようだが、最近になって村のあちこちで、がけ崩れや地面の陥没といった事故が、毎日のように発生しているらしい。現地に残っている科学班が調査を続けているが、皆目原因がつかめないそうだ。怪獣の仕業という噂も、現地では広がりつつあるらしい。あくまで噂だがな。そこで、俺たちSAMSにも来てもらって、調査に加わってほしいと・・・そういうわけだな。まずはお前たち2人で先に現場の調査や関係者からの事情聴取をして、詳しい状況を把握してくれ。何か気になることがあったら、積極的に調査してくれてかまわん。 ・・・ん?」

 ひとしきり説明して改めて見た2人の顔は、オグマが思ったより驚いてはいなかった。

 「どうした? 別に慌ててほしいってわけじゃないが、あんだけ騒いでた割には、ずいぶん落ち着いてるみたいだな?」

 「いえ、なんでもないです。それはともかく、了解しました。コジマ、キシモト両名、これより足曳村へ向かいます!」

 水を得た魚のように返事をし、コジマとサトミは返礼をした。




 「うわぁ・・・大きな穴・・・」

 ウィンディから降りるなり目に入ったそれに、サトミは恐れることなく近づいていった。同じく助手席から降りたコジマが、彼女に声をかける。

 「あんまり近づくなよ。そのテープの中まで入るんじゃないぞ」

 「わかってるよ、子どもじゃないんだから」

 現場では既に、防衛軍の調査班が調査を開始している。穴の周囲に張り巡らされた「立入禁止」のビニールテープの手前から、サトミはその巨大な穴を覗き込んだ。

 オグマに命じられマリナーベースを出発し、足曳村についた2人は、一番最近「事件」が起きたという「現場」に向かうことになった。そこで2人を待ち受けていたのが、この巨大な穴である。

 大きさは、直径30m程度。深さもかなりあり、大人の男の背の高さぐらいはゆうにある。畑の中を貫くように走る舗装道は、怪物の口のようにぽっかりと開いたその穴によって、完全に寸断されてしまっていた。

 「ね、ひどいですよね?」

 ここまで車を運転し、ウィンディの先導をしてくれた男は、太い眉毛を八の字に曲げ、四角い顔に悲しそうな表情を浮かべてコジマに言った。

 「これじゃあとても、大型トラックなんて通れませんよ。ここが通れないとなると、トラックには大きく回り道をしてもらうしかないんです。おかげで、ただでさえ災難続きで遅れてる工事が・・・」

 頭を抱えんばかりに情けない声を出してうなだれる男。ムラタと名乗った彼は、この足曳村での温泉リゾート開発を行っている丸友観光という会社の社員で、一連の開発工事の責任者らしい。四角い顔とずんぐりした体つきに反して、神経のほうはあまり図太くはないようだ。

 と、そのとき、2人のところに防衛軍の下士官が近づいてきて挨拶をした。

 「ご苦労様です。調査班長のサクライと申します。ご足労いただき、感謝しています」

 「いえ、こちらこそ。SAMSのコジマといいます。あっちで穴を覗き込んでるのは、同じくSAMSのキシモト。早速ですが、今現在わかっていることを教えてもらえますか?」

 コジマがそう尋ねると、サクライはうなずいて小脇に抱えていたファイルを取り出した。

 「ええ。すでに現場調査だけでなく、関係各所にも連絡を取ってみたのですが・・・どうも妙なんですよ」

 「妙とは?」

 「ご覧のとおりの大穴ですが・・・こんなものができる原因らしい原因が、見当たらないんですよ」

 サクライは何か腑に落ちないような表情をした。

 「こういった場合、まずは急激な地盤沈下が原因として考えられますが、その原因となる地下水の汲み上げのようなことは、このあたりでは行われていません。他には地震も原因として考えられますが、そもそもこのあたりの地盤は、かなりしっかりしているんです。こんな大穴ができたとするなら、かなり大きな地震があったはずなのですが・・・」

 「そんな地震は起こっていない?」

 戻ってきたサトミが、サクライの言葉に続けるように尋ねた。

 「ええ。近隣の住民の方の証言はもちろん、付近の地震観測計も、そんな地震があったことは・・・」

 「ふぅん・・・」

 「あの・・・どうなんでしょう、こういう場合は。怪獣の仕業とか・・・そういうのも、考えられるんでしょうか?」

 顎に手をやるコジマに、横からムラタが不安げに尋ねる。

 「たしかに妙な事故ではありますけど、今の段階では、そこまでは・・・」

 「こういうおかしな事故が、他にもこのあたりで起こってるって聞きましたけど・・・」

 「そうなんですよ! この4日間に立て続けに、毎日のように!!」

 よくぞ聞いてくれたといわんばかりの様子で、ムラタは身を乗り出した。

 「4日前は工事場所の確認のために山に入った作業員たちが、スズメバチの群に襲われました。3日前は林道を塞ぐように大木が倒れて、撤去のために工事が半日中断。一昨日には崖の補強工事を行っていたら、突然がけ崩れが起きてブルドーザーがペシャンコ。そして昨日はこれです。もう、なにがどうなってるのやら・・・」

 今にも泣きそうな表情で、立て続けに起こった災難について教えるムラタ。

 「・・・なんか祟られてるんじゃない? この工事・・・」

 「・・・」

 ひそひそとコジマに耳打ちするサトミ。と、そのときどこからか携帯の着メロらしき音が聞こえてきた。

 「ああ、すみません。ちょっと失礼します」

 ムラタは慌ててポケットから携帯を取り出し、通話ボタンを押した。

 「はい、ムラタです・・・ああ。そう、今SAMSの人たちを案内してるところだが・・・」

 と、普通に話し始めたムラタだったが・・・

 「・・・なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 ほどなくして、よく晴れた青空に悲鳴じみた絶叫が響き渡った。




それから十数分後。コジマとサトミは、ムラタの運転する車の後についてウィンディを走らせ、道路の陥没現場からさほど離れていない、足曳山のすぐ近くの工事現場にたどりついていたが・・・

 「うわぁ・・・なにこれ」

 その場に広がっていた光景に、サトミは思わずひきつった表情を浮かべた。

 ブルドーザーで造成されたばかりの土がむき出しになった地面は、一面ひどくぬかるみ、水浸しになっている。あちこちに木の破片やらなにやらが散乱している様子は、まるで大洪水でもあったかのようだが、実際、状況はそれに似たようなものである。そして・・・一面に広がる泥の上には、その泥にまみれて横転したり完全に逆さになったりしている作業用重機や車が、無残な姿を晒していた。

 「キシモト、なにボサッとしてんだ! いくぞ!」

 「あ・・・う、うん!!」

 泥を跳ね上げて走り出すコジマの後を追うサトミ。やがて2人は、作業員たちに指示を下している現場監督らしき男のところに駆け寄った。

 「お忙しいところ失礼します!」

 「あ・・・SAMSの方ですか。どうも、こちらこそご苦労様です」

 2人の制服を見た現場監督は、ヘルメットを取ってひょいと挨拶をした。

 「一体何があったんですか? 鉄砲水だって聞きましたけど・・・」

 「ええ、本当です。最初は、何が起こったのかわかりませんでした。このあいだのがけ崩れで潰れたのに代わって、昼前に新しい重機が到着したんで、午後から工事を再開しようと準備だけして、作業員と一緒に昼飯を食べてたら、雷の音みたいな不気味な音が聞こえてきたんです。何かと思って外へ出たとたん、そこの斜面からすごい勢いで土砂混じりの水が、爆発したみたいに飛び出してきて・・・。ほら、あそこ。ぽっかり穴が開いてるでしょう?」

 そう言って、斜面の一角を指差す現場監督。彼の言うとおりそこには、トラックがそのまま入れそうなほどの大きさの穴が、ぽっかりと開いていた。

 「それで、けが人は?」

 「奇跡的にも、けが人はいません。さきほど、全員の無事を確認しました。さっきも言いましたけど、水が出たのは昼飯のときだったんで、私も作業員もみんな、少し離れたところで弁当を食べてたんです。不幸中の幸いってのはこういうのを言うんでしょうけど、ただ、せっかく送ってもらった重機は・・・」

 現場監督は泥に塗れて無残な姿を晒す重機を、複雑そうな表情で見つめた。と・・・ドサッという音が背後で聞こえたので、コジマとサトミが振り返ると・・・

 「ム、ムラタさん! しっかりしてください!!」

 「しゃ・・・社長に殺される・・・」

 泥の上に仰向けになってのびてしまったムラタに、現場監督が慌てて駆け寄り、声をかけ始めた。と・・・

 「・・・?」

 コジマは突然、どこからか誰かに見られているような感覚を覚えた。そして反射的に、その奇妙な視線へと振り返ると・・・

 「・・・!」

 彼らのいる場所から少し離れた場所に、泥に半分埋もれているブルドーザーの屋根の上に、浅い緑色の服を着た少女が立ち、こちらを見ているのが見えた。

 「おい、君!」

 コジマは驚いて、彼女に声をかけた。

 「そんなところにいちゃ危ないだろ! 今行くから、ちょっとそこで・・・」

 「ちょ、ちょっとコジマさん、どうしたの?」

 コジマの警告は、サトミの不思議そうな声によって遮られた。

 「どうしたって、ほら! あんなところに女の子が」

 サトミを振り返り、ブルドーザーのほうを指差すコジマ。しかし・・・

 「? 女の子? どこに?」

 サトミはその方向を見ると、首をかしげてそう言った。

 「いるだろが! ほら、そこのブルドーザーの・・・」

 言いながら、再びブルドーザーに視線を向けるコジマ。しかし・・・

 「!?」

 「? 誰もいないじゃない」

 サトミの言葉通り・・・ブルドーザーの上にいた少女は、忽然とその姿を消していた。

 「今、たしかにそこに・・・」

 呆然とした表情で呟きながら、コジマはブルドーザーに向けた指を、力なく下ろした。と、そのときだった。

 「ちょ、ちょっと待ってくれ! もっとよく考えてくれないか?」

 「いーや、俺たちはやめる! これじゃいつか、お山に命をとられちまう! 俺たちゃそんなのごめんだ!」

 作業員の仮宿舎から荷物をまとめて出て行こうとする数名の作業員たちを、工事会社の社員が懸命に押しとどめようとしていた。しかし彼らの決意は固いらしく、社員の説得も空しく、彼らはズンズンと進み続ける。

 「そもそも、工事のやり方が強引なんだ! お山が怒ったって無理もねぇ」

 「そうだ! ただの偶然で、こんなに事故が続くもんか。こりゃあ山守様が怒ってるに違いねぇ」

 「とにかく話を聞いてくれ! 今やめられたら工事が・・・」

 そんな会話をしながら去っていく作業員と工事会社の社員を、コジマとサトミは怪訝そうな表情で見送った。

 「山盛り・・・?」

 「・・・」




 「・・・ってな具合で、聞いてた以上に妙なことになってるんです」

 ウィンディのダッシュボードの上に据えつけられた液晶モニターに映るオグマに、これまでの出来事を報告し、コジマはそう締めくくった。

 『なるほど。たしかに妙な話だな、そりゃ』

 モニターの中のオグマは、腕組みをしながらそう言った。

 『丸友観光というと、大規模なリゾート開発でここ何年かの間に有名になった開発会社ね。もっとも、開発のやり方がかなり強引らしくて、開発予定地の住民や環境保護団体やマスコミと揉めたことがあるのをニュースで見たことがあるわ。今回の場合は、どうなのかしら? 一連の事故が、開発に反対する何者かによる、事故に見せかけた開発妨害工作という可能性は?』

 画面がマルチ分割され、新たにその姿をモニターに現したニキが、彼女らしい現実的な可能性を疑う。しかし、

 「たしかに、開発反対の動きもないってわけじゃないですけどね。でも、足曳村やその周辺地域で圧倒的多数を占めているのは、開発賛成派のようです。足曳村も若者離れが深刻になり始めてますし、近隣の都市にも、これといった観光資源がありませんからね。みんな、温泉リゾート施設での観光客呼び込みに期待してるんですよ。そういった事情で、昔からこのあたりに住んでいる人たちでも、開発もやむなしと受け入れている人が多いようです。複雑な思いの人は多いと思いますけど、ここまで積極的に妨害工作をするような人たちがいるってのは、考えにくいですね」

 「それに、一通り現場を見て話も聞きましたけど、どの事故も人間がどうにかして起こせるようなものじゃないですよ」

 コジマとサトミは、そろって人間による妨害工作の可能性を否定した。

 『偶然にしちゃ妙だし、自然現象にしては不自然な点が多すぎる。かといって、人間の仕業とは思えない、か。どうやら、SAMSの守備範囲の事件のようだな』

 「ええ。それに、ちょっと気になる話もあるんです。地元出身の作業員には、既に仕事をやめ始める人も出てきてるんですが・・・その人達の間の噂によると、事故は山守様の祟りだとか」

 『やまもりさま?』

 「足曳山の神様の使いだそうです。どんな姿なのかははっきりしていないんですけど、人間が山を荒らすと地面から現れて人間を襲うっていう言い伝えがあるみたいなんです」

 「もっとも、最近じゃ地元でもその言い伝えを知っている人は少ないみたいですけどね。もちろん、本当に神様の使いがいて、開発で山を切り崩す連中をこらしめている・・・かどうかは、判断のしようがないんですが」

 『昔からの言い伝えを・・・馬鹿にしてはいけないよ・・・。ネロンガ、ウー、サドラ、オクスター・・・過去に出現した怪獣にも・・・伝説や民話の中でその存在が語られてきたという事例は、いくつもあるのだからね・・・』

 「アヤさんが言うと、余計に真実味がありますね。もちろん、わかってますよ。調査は先入観や偏見なしに、視野を広く持って考えられる可能性は全て探り、その中から絞り込みながら真相に近づいていく。これが怪奇現象調査の基本ですからね」

 アヤの忠告に苦笑しながら、コジマはそう言った。

 『それで、これからどう調査を進めていくつもりだ?』

 「現場の調査は引き続き防衛軍の科学班にやってもらっていますし、周辺住民の聞き込みも、だいたいは終わりましたからね。まだわからないことは多いですけど、はっきりしているのは、今回の一連の事件、どうやら足曳山が深く関わっているらしいってことです」

 「だから、足曳山を詳しく調べてみようかと思ってます。今日はもう遅いんで、明日になったら早速、山に登ってみるつもりです。そういうわけですんでキャップ、今日はこっちに泊まります」

 『それは構わんが、泊まる場所は大丈夫なのか?』

 「それはご心配なく。ジッちゃん・・・いや、ジツイシさんに話をしたら、そういうことならうちに泊まってけって言ってくれたんで、ご厄介になることにします」

 『そうか、わかった。ご苦労だったな。昔からの知り合いとはいっても、あんまり迷惑かけんようにな』

 「わかってますよ。そっちこそ、マリナーベースの方はよろしく頼みますね」

 『ああ。それじゃあ、おやすみ』

 その言葉を最後に、モニターの映像はぷっつりと切れた。

 「さてと。キャップもああ言ってくれたことだし、今日はこれぐらいにしてジッちゃんの家で休むとするか。キシモト、運転頼む」

 「はいはい。楽しみだなぁ。あたし、ああいう昔からある造りの家に泊まったことってないからさ」

 「まぁたしかに、めったにないことだな。座敷わらしとかが出そうな感じだけど」

 「座敷わらしは東北でしょ。それに、座敷わらしがいるなら会ってみたいぐらいだよ。あたしがこわいのはむしろ、コジマさんと同じ屋根の下で寝ることのほうだけど」

 「・・・何を恐れているか詳しくは訊かんが、ありえないから安心しろ。どのぐらいありえないかっつーと、グドンとツインテールがお手手つないで仲良くお散歩するぐらいありえない」

 「そもそもお手手つなげるような体してないと思うけど、どっちも。でもたしかに、そりゃあありえないね。安心安心」

 苦虫を噛み潰したような顔のコジマの言葉に満足げに笑いながら、サトミはジツイシの家へとウィンディを走らせた。




 やがて、ウィンディを運転するサトミの視界に、ジツイシの家が入るようになってきた。

 「あれ・・・?」

 「どうした?」

 家まであと少しというところで、サトミが不思議そうな声を出した。

 「見て。ジツイシさん、玄関の前に立ってるけど・・・」

 サトミの言うとおり、ジツイシらしき人影が家の玄関の前にジッとたたずんでいる。

 「ほんとだ。何やってんだ、ジッちゃん」

 「ひょっとして、あたしたちのお出迎え?」

 「こないだ来たばっかで、そんな熱烈歓迎はないだろ・・・」

 首を傾げる2人だったが、やがてウィンディは玄関前にゆっくりと停車した。

 「来たか。待っとったよ」

 「やあ、ジッちゃん。恥ずかしながらまた来たよ」

 「お世話になります」

 とりあえず挨拶をする2人だったが、コジマはジツイシを見て訝しげな表情をした。

 「ところで、なんでこんなところに立ってんだ? それに、懐中電灯なんか持って・・・これからどっかに出かけるのか?」

 「ああ。これから山に行かなきゃならんのでな。でも、お前たちが来ないうちに玄関に鍵かけて出てくわけにもいかんかったから、ここで待っとったんだ」

 「そりゃあ悪いことしたな。でも、何だってこんな時間に?」

 とうに日は沈んでいる。たしかに、山に登るような時間ではない。

 「実はな・・・トオルがまだ戻らんのだ」

 やがて、ジツイシは顔をやや伏せながらそう言った。

 「本当ですか?」

 「ああ。学校にも電話してみたが、いつもと同じように授業が終わると真っ先に帰ったらしい。だが、まだ家に帰ってきてないということは・・・」

 「足曳山・・・か」

 コジマはそう呟きながら、月光に浮かび上がる足曳山を振り返った。

 「たしかに、こんな時間になってもまだ戻ってなくて連絡もないってのはまずいな」

 「それに・・・電話をしたとき、トオルの先生から気になることを聞いてな」

 「気になること?」

 「トオルの奴、今日学校で同級生と喧嘩をしたらしい。クラス別の合唱コンクールってのが近々あるらしく、毎日練習をしてるらしいが・・・やる気を見せないトオルにクラスメイトの何人かが怒って、喧嘩になったそうだ。帰るときも、先生が話を聞こうとする前に、いつにも増してさっさと帰ってしまったらしいが・・・」

 「・・・」

 ジツイシの言葉に考え込むコジマ。

 「とにかく、他にトオルが行くような場所も考えられん。ちょっと山まで行って、トオルを連れ戻してくる。来てくれたところで悪いが、留守番を頼まれてくれんか?」

 そう言って、家の鍵を差し出すジツイシ。すると、サトミがそれを拒絶するように手を前にかざした。

 「ちょっと待ってください。そんなの、危ないですよ。探しに行くなら、あたしたちが行きます」

 「心配はありがたいが、それには及ばん。わしはもう50年近く、あの山で仕事をしとるんだ。いまさら夜の山道で迷ったりなぞせんよ」

 「それはそうかもしれませんけど、問題はそうじゃないんです。あの山は・・・」

 と、言いかけたサトミの口をコジマが手で塞ぐふりを見せたので、彼女は黙り込んだ。

 「・・・とにかく、キシモトの言うとおりだ。いくら慣れてるったって、夜の山道は危ないよ。そういう事情なら、ここは俺たちに任せてくれ」

 「いや、しかしだな・・・」

 「頼むよ。それに、さすがにジッちゃんほどじゃないけど、俺だって昔はここに来るとしょっちゅうあの山で遊んでたんだ。おおよその勝手は知ってるよ。だからジッちゃんは、ここで待っててくれ。お願いだ」

 ジツイシに頼むコジマ。ジツイシはしばらくの間、何も言わなかったが・・・

 「・・・わかった。すまんが宜しく頼むぞ」

 家の鍵の代わりに差し出された懐中電灯を受け取ると、コジマは大きくうなずいた。

 「ありがとう。よし、いくぞキシモト!」

 「ラジャー!」

 下りたばかりの車に再び飛び乗る2人。そして急発進したウィンディは、足曳山へ向けて走り始めた。




 「足曳山登山道入口」と書かれた古い看板を、ヘッドライトの光が照らす。完全にウィンディが停車したところで運転席と助手席のドアが開き、コジマとサトミが降車した。

 「・・・」

 登山道の入り口まで歩き、闇の中へと伸びていく坂道を見上げる2人。

 「ねぇ・・・」

 「なんだ?」

 ふと、サトミが声をかける。

 「なんだかさ、変な感じがしない? うまく言えないんだけど、拒まれてるっていうか・・・なんだか、ここから先に行っちゃいけないような・・・そんな感じがするんだけど」

 自分でも戸惑っているといった様子で言うサトミ。

 「・・・あぁ、たしかにな」

 と、コジマが素直にうなずいたので、サトミは少し驚いた。

 「なんだよ?」

 「いや・・・臆病風に吹かれたかとか、そんな風に笑われるかと思ったんだけど。でも、それじゃあコジマさんも?」

 「ああ。こんなのは、アヤさんの専売特許かと思ってたけどな。でも、俺もなんとなくそんな感じがするよ。お前まで同じだとすると・・・いよいよ、マジで何かあるらしいな」

 コジマはそう認めたが、すぐにサトミの顔を見た。

 「さて、どうする? 引き返すか?」

 「冗談でしょ? そんなことできるわけじゃない。空へかけたる虹の夢、いまさら後には引けないよ」

 「だからいくのだ虹男・・・ってか。そうこなくっちゃな。パルサーガンのバッテリーとマガジン、ちゃんと持ってるな?」

 「もちろん。ジツイシさんには悪いけど、こりゃちょっとした冒険だね」

 「よし。それじゃいくぞ。アタック!」

 パチンと指を鳴らすコジマ。2人は勢いよく、登山道を駆け上がっていった。




 闇に包まれ、静まり返った登山道を慎重かつ素早く登っていくコジマとサトミ。

 「今んところ静かだけど、油断すんなよ」

 「わかってるって」

 声をかけあいながら進む2人。と、そのときだった。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 「わわっ!?」

 「じ、地震か!?」

 突然激しく揺れ始めた地面に足を取られ、ふらつく2人。と、サトミの目の前の地面が大きな音を立て、深く陥没した。

 「わぁっ!!」

 バランスを崩し、クレバスに落ちそうになるサトミ。

 「キシモトッ!!」

 だが、クレバスに落ちる直前コジマが腕を伸ばしてサトミの手を掴み、不安定な姿勢になりながらも、力の限りグイと引っ張った。サトミは後ろへと引き戻され、2人は並ぶようなかたちでほぼ同時に尻餅をついた。

 「いてて・・・大丈夫かよ?」

 「う、うん・・・ごめん。ありがと」

 尻をさするコジマに、サトミは頭を下げた。

 「だから油断すんなって言ったんだよ」

 苦笑いを浮かべてそう言いながらコジマは立ち上がり、慎重な足取りでクレバスへと近づき、覗き込んだ。クレバスの幅は、登山道とほとんど同じ。落ちれば死ぬというほどの深さはないが、骨折ぐらいは考えられる。

 「どうも妙だな・・・」

 首をひねりながらコジマはクレバスから離れようとした。と、そのときだった。シュルシュルと奇妙な音が聞こえたと思ったとたん、コジマの足首に何かが絡みついてきた。

 「!?」

 驚く暇もなく、コジマはものすごい力で引っ張られ、地面の上に引きずり倒された。足に絡みついた何かはなおもコジマを引っ張り、登山道の横に広がる森の中へと彼を引きずり込もうとする。

 「くっ!!」

 引きずりこまれまいと懸命に地面に指を立てるコジマだが、グローブに覆われた彼の指は、空しく地面に溝を穿つだけだった。

 「コジマさん!!」

 そのとき、サトミがホルスターからパルサーガンを引き抜いて素早く狙いを定めると、コジマの足に絡みつく何かに向けて引き金を引いた。青白い光線が銃口から迸り、コジマの足に絡みつく何かに命中した。それと同時にコジマの体を引っ張る力はなくなる。

 「コジマさん、大丈夫!?」

 「ああ、恩に着るよ。さっそく借りを返してくれるとは、いい心がけだな。しかし・・・」

 コジマはそう言いながら、自分の足首に手を伸ばした。サトミのパルサーガンによって焼き切られたその切れ端は、まだコジマの足に巻きついていた。コジマがそれを外して見てみると・・・それはまるで、ロープのように太いつる草だった。

 「なんだ、こりゃ・・・?」

 眉をひそめる小島。そのとき、あのシュルシュルという音が再び耳に入ってきた。驚いたコジマが振り仰ぐと、頭上に茂る木々の間から、今絡み付いてきたものと同じつる草が、触手のように襲いかかってきた。

 「危ないっ!!」

 再びトリガーを引くサトミ。今度もパルサーガンは狙いを外さず、コジマを狙っていた触手は光線の直撃を受け、すばやく木々の間へと戻っていった。

 「コジマさん、早く!!」

 「ああ!!」

 コジマは素早く立ち上がり、パルサーガンを抜きながらサトミの元へと駆け寄った。2人は背中合わせになると、周囲に油断なく視線を走らせながら銃を構えた。登山道の左右に広がる森の木々の間から、シュルシュルと音をたて、何本ものつる草が2人に襲いかかろうと隙をうかがってる。

 「囲まれちゃったね・・・」

 「ああ。しかしこいつら一体何なんだ? こんなもん、自然に生えてるはずないだろ」

 「・・・スフラン?」

 「違うだろ。あれはもっと南・・・多々良島とかジョンスン島とかに生えてるやつだし、実物は見たことないけど、ワカメとか昆布とか、そんな感じのもっと幅の広い葉っぱだったはずだ」

 周囲を取り囲む奇怪なつる草たちにパルサーガンを向けながらも、冷静にそれを観察し言葉を交わす2人。が、つる草たちは突然引き上げるかのように、静かに木々の間に引っ込んでいった。

 「どっかに行っちゃった・・・どうしたんだろ?」

 「さぁな。それより、俺たちが想像してた以上におかしなことになってるらしいな、この山は」

 「うん。早くトオル君を見つけて、原因を突き止めないと・・・」

 と、サトミが言いかけたそのときだった。

 「トオル君はもう、この山からは帰らないわ」

 「「!?」」

 突然聞こえてきた声に、2人が驚いて顔を向けると・・・登山道を塞ぐクレバスの向こうに、人影が立っていた。

 トオルと同じぐらいの年頃に見える、あどけない表情をした少女である。若葉のような鮮やかな緑色の、シンプルなデザインのワンピースを着ていた。

 「君は・・・!」

 それは、あの鉄砲水が起きた工事現場でコジマが目撃した少女だった。

 「誰、あなた? いつのまに・・・」

 少女が現れた気配は、まったく感じられなかった。まさに忽然と現れたとしか言いようのない少女に戸惑うサトミ。

 「気をつけろ、キシモト。この子、ただの人間じゃない・・・」

 「え?」

 「足元を見てみろ」

 コジマが真剣な表情で言った言葉につられ、サトミは少女の足元を見た。

 「・・・!」

 あることに気づき、サトミは自分の足元を見た。足を包む支給品のブーツには、泥がこびりついている。少し前に降ったにわか雨のため、土がむき出しの登山道の地面はぬかるんでいる。にもかかわらず、少女が履いている、服と同じ色の緑色の靴には、泥はねひとつなかった。着ている緑色の服にも、汚れは全く見られない。仮に登山道の左右に広がる森の中から出てきたとしたら、そんなことは考えられない。

 「何者だ、君は? どこから来た?」

 銃こそ向けないが、鋭い視線で少女を見据えて問うコジマ。それに対して少女は、恐れることなく自然な笑みを浮かべて答えた。

 「あたしはずっと昔から、ここにいるわ。あたしはあなたの周りにもいるし、あなたの足元にもいる。だって、あなたたちがいるこの場所が、あたしなんだから」

 「な、何言ってるの・・・?」

 少女の言うことがよくわからず、戸惑うサトミ。少女はにっこりと笑うと、登山道の脇を指差した。2人が見ると、すっかり萎れてしまっている一輪の花がそこにあった。が、2人の見ている前でそれはビデオの逆再生のようにむくむくと頭をもたげ、何日か前まではそうであったように、きれいなオレンジ色の花を咲かせた。

 「君は・・・!」

 奇妙な現象に驚き、少女を見つめる2人。少女はゆっくりと口を開いた。

 「あたしは、この山よ。あなたたち人間が、足曳山と呼んでいる山。今、この山とそのまわりにある地面とそこに生きる自然の生き物たちは、全てあたしが思い通りにできる・・」

 「君が・・・この山の化身だって言うのか・・・」

 信じがたいことだったが、先ほどからの奇妙な出来事を考えれば、信じるしかなさそうだった。突然落ち込んだクレバスや、2人に襲いかかってきた動くつる草も、この少女の仕業だろう。

 「あたしも驚いたわ。今まではこんなこと、できなかったもの。でも、あたしの上に降ってきた星が爆発した夜から、あたしはこんなふうに人と話したり、自然を操ったりすることができるようになったの」

 山の化身を名乗る少女の言葉に、2人は顔を見合わせた。

 「もしかして、あの隕石が爆発した時に発生したっていう、宇宙線の影響・・・?」

 「かもしれないが・・・アヤさんじゃないけど、専門外だな」

 2人は小声で言葉を交わすと、少女に目を戻した。

 「・・・わかった。君がこの山自身だっていうのは信じる。そのうえで訊きたいんだが・・・工事現場で起こった奇妙な事故も、君の仕業か?」

 コジマが尋ねると、少女は素直にうなずいた。

 「そうよ。あなたたちだって、自分の体を傷つけられたり変なことをされたりしたら、怒るでしょう?」

 「それは・・・」

 理屈の通っている言葉に、2人は返す言葉がなかった。開発行為は彼女・・・山にとってみれば、自分を傷つける脅威に過ぎない。抵抗しようとするのは当たり前だろう。

 「でも、あたしは人間みんなが嫌いなわけじゃないわ。トオル君やトオル君のおじいさんみたいに、あたしを大切にしてくれる人は好き。あたしが嫌いなのは、あたしを大きな機械で崩したり、あたしの上にゴミを捨てていったりする人間だけ」

 「なら、さっきのはどういうことだ?」

 「そうだよ。あたしたちは別に、君に危害を加えに来たわけじゃ・・・」

 すると、少女は急に鋭い目つきで2人を見た。

 「わかっているわ。でも、あなたたちはトオル君を連れ戻しに来たんでしょう?」

 「・・・そうだ。君とこうして話ができるのなら、話が早い。君に頼みがある。トオル君がどこにいるか、教えてくれ。おじいさんが心配してるんだ」

 少女に頼むコジマ。だが・・・

 「いやよ。あたし、トオル君が大好きだもん。トオル君はこれからずっと、あたしと一緒に暮らしていくの」

 「なんだって!?」

 「トオル君だって、そうしたいって言っているわ。だからあなたたちを、トオル君のところに行かせるわけにはいかない。さっきのことは、警告よ」

 道を塞ぐクレバスを指差しながら、少女はそう言い放った。

 「そ、そんなの無理だよ! この山でずっと暮らすなんて・・・」

 「トオル君の面倒は、あたしが見る。最近の人間と違って、トオル君は余計なものは欲しがらないもの。何一つ不自由はさせないわ」

 「たとえそうでも、おとなしく引き下がるわけにはいかない。トオルは人間だ。鳥でも獣でも、虫でも植物でもない。鳥や獣が自然の中で生きているのと同じように、人間は人間の社会の中で生きるべきなんだ。頼む、トオルのためにも・・・」

 懇願するコジマ。しかし・・・

 「帰りなさい! 恐ろしい目にあわせるわよ!」

 少女は怒りの表情を浮かべ、2人に恫喝の言葉をぶつけた。それが嘘ではないと言うかのように、周囲の木々がザワザワと騒ぎ、山のあちこちから獣や鳥の叫び声があがる。

 「コ、コジマさん・・・」

 「・・・」

 サトミは戸惑いの表情を浮かべコジマの顔を見たが、彼は真剣な表情を浮かべたまま、黙って少女を見つめていた。

 「・・・帰ってちょうだい。ここで帰るなら、何もしないわ」

 もう一度2人に警告すると、少女はゆっくりと2人に背を向けた。すると・・・その姿は地面に吸い込まれるように、スッと消えてしまった。

 「・・・コジマさん」

 「とりあえず、マリナーベースに連絡してみてくれ」

 コジマにうなずき、リストシーバーのスイッチを入れるサトミ。

 「こちらサトミ。本部、応答願います。本部・・・あ、あれれ?」

 マリナーベースに通信を試みるサトミだが、リストシーバーの画面に表示されるのは砂嵐ばかり、音声も聞こえるのはノイズばかりである。

 「・・・ダメ、つながらない。どうなってるんだろ。電波障害なんて関係ないはずなのに・・・」

 やがてサトミは通信を諦め、コジマに顔を向けた。

 「どうしよう・・・」

 彼はふうと一息つくと、口を開いた。

 「・・・おとなしく帰れ、か。可愛い女の子の頼みじゃ、なかなか断りづらいな」

 「な・・・!」

 そう言って苦笑するコジマを咎めようと、サトミは口を開きかけたが・・・

 「だからって、はいそうですかと戻れるほど、ものわかりはよくないんだ。可愛い顔して、おっかない脅しをかけてくれたが・・・」

 サトミの見ている前で、コジマはパルサーガンをホルスターから抜いた。

 「やるならやってみろってんだ」

 そう言ってコジマはパルサーガンの安全装置を解除した。

 「コジマさん・・・」

 「お前は一旦、山から下りろ。麓まで戻れば通信もできるだろうし、それでもだめなら、ジッちゃんの家からマリナーベースに電話することもできる」

 「だったら、コジマさんも。みんなを呼んでから登った方が・・・」

 と、サトミが言いかけたそのときだった。シュルシュルという音が、2人の耳に入る。サッと周囲を見回すと、一度は引いたあの動くつる草たちが、再び2人を包囲しかけていた。

 「やっぱりな・・・」

 コジマはそれを見ても驚くことなく、苦笑いを浮かべた。

 「この山の中にいる以上、話すことはみんな筒抜け。俺たちはお釈迦様の手の上の孫悟空ってわけだ。俺たちがおとなしく引き下がるつもりがないとわかって、警告どおり、おっかない目にあわせてくれるらしい」

 コジマはパルサーガンを、動くつる草たちに向けた。

 「なに、こんな奴ら、俺一人でもなんとかなる。お前は戻って、みんなを呼んできてくれ。もっともその頃には、俺はトオルと一緒に山を下りてるだろうけどな」

 減らず口を叩くコジマ。サトミは黙ってそれを聞いていたが、やがて、自分もパルサーガンを抜いた。

 「おい・・・」

 「なにかっこつけてんのよ。射撃は苦手だって、いつも言ってるくせに」

 そう言いながらサトミは、襲いかかってきたつる草を次々とパルサーガンで撃ち、灰にした。

 「つきあってあげる。イチかバチかなら、前だけ見るもん。それに、前にも言ったかもしれないけど、コジマさんには似合わないのよ。そういうシリアスなの」

 「うるせえ。人のこと言えた義理かよ」

 その間にも、次々につる草が2人の周囲に伸び、隙をうかがい始める。

 「・・・んなことはどうでもいいんだよ。あぁもう、もたもたしてる暇はないんだ。しゃあねえ、遅れんなよ!」

 「そっくり返すよ、その台詞。ついてこれるか!」

 いつものように軽口を叩きあうと、泥を跳ね上げながら、2人は勢いよく山道を駆け上がり始めた。




 一方その頃、マリナーベースのミッションルームでは、ケイスケたちが不安げな面持ちで時計を見上げていた。

 「定時連絡、まだないのか?」

 そこに入ってきたオグマが、彼らに尋ねる。

 「ええ。予定の時間から、もう20分も過ぎてるんですが・・・」

 「こちらからも連絡していますが、返事がありません」

 曇った表情をオグマに向けるケイスケとヒカル。

 「コジマ君とキシモトさんだけを行かせたのは、まずかったでしょうか・・・」

 「たしかに、なにかと賑やかな2人だが、SAMS隊員としての資質に欠けてるわけじゃない。定時連絡を忘れてるということはないはずだ」

 ニキにそう答えると、オグマはテーブルの上にタロットカードを広げているアヤに顔を向けた。彼と視線が合ったアヤは何も言わず、ただ小さく首を振る。

 「・・・ハットリ。おやっさんたちに連絡して、ピース・シリーズをいつでも出せるようにしておいてくれ。それと、控えのナミヒラとリーナにも、すぐに出られるように準備しておいてもらうように」

 「ラジャー!」

 ヒカルは答えると、テーブル上の電話の受話器を取り上げた。




 けたたましい鳴き声をあげながら、カラスやキツツキといった鳥たちが襲いかかってくる。

 「百発百中! 千発千中! 全力集中! ヘイ! ヘイ! ヘイ!!」

 真正面から飛来する鳥の群に対して、サトミは怒号とともに引き金を引いた。銃口から稲妻状に迸る黄色い光線が命中した鳥たちは、ボトボトと地面に落下していく。

 「ごめんね・・・」

 ショックビームで気絶させた鳥たちに謝るサトミ。と、その背後からブウンという不気味な音とともに、何か黒い塊がこちらへ向かって飛んでくるのが見えた。よく見るとそれは、大量のスズメバチの群だった。

 「任せろ!」

 と、サトミの前にコジマが立ち、パルサーガンのモードセレクターを操作する。そして・・・

 ゴオッ!!

 銃口から火炎が迸り、2人に襲いかかろうとしていたスズメバチの群を焼き尽くした。

 「大丈夫? コジマさん」

 「ああ、なんとかな。しかし、覚悟はしてたが四面楚歌ってのはこういうことだな。周りじゅう敵だらけだ」

 息をつきながら言葉を交わす2人の表情には、疲労の色が見え始めていた。山の意思に逆らって山を登り始めて以来の絶え間ない攻撃をかわしながらの登山に、2人の制服も泥に塗れている。

 「・・・だいぶ登ったな」

 2人は既に、山頂が見える位置にまで登っていた。今2人の立っている場所からは、麓の足曳村までの景色が一望できた。絶え間のない攻撃に気の休まる暇もない2人とは対照的に、眼下に見下ろす景色は、静寂に包まれている。

 「でも、もうじき山頂だよ。トオル君はきっと、そこにいる」

 「間違いないか?」

 「山頂に一つ、ジッとしている生体反応があるの。データから判断すれば、人間とみて間違いないわ」

 Sナビの画面を見ながら答えるサトミ。

 「よっしゃ、いくぞ!」

 「オーッ!」

 気合を入れなおし、再び山道を駆け上がり始める2人。と・・・

 「・・・!!」

 突然2人の前方に、奇妙な現象が起こり始めた。緑色の光の粒子がどこからともなく集ってきて、一つの形を成し始める。そして・・・

 「・・・」

 やがて、2人の前に現れたのは、あの山の化身の少女だった。足を止め、緊迫した表情で少女と対峙する2人。

 「・・・こんなところまで来るなんて。これでも帰るつもりはないの?」

 「ああそうだ。どんなことをしても、トオルを連れて帰る」

 決然と言い放つコジマの言葉に、サトミも無言でうなずく。少女は黙って、2人を見つめていたが・・・

 「・・・仕方がないわ」

 そう言うと静かに目を閉じ、おもむろに両手を広げて足元に向けた。そして・・・

 「起きるのよ・・・!」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 少女がそう言った瞬間、突然地面が激しく揺れ始める。

 「くっ・・・何をする気だ!?」

 少女にパルサーガンを向けようとするコジマ。しかし・・・

 「コジマさん、あれ!!」

 突然サトミが叫び、麓の方を指差す。コジマが同じ方向に目をやると・・・

 「・・・!?」

 突然、麓の地面の一角が、モコモコと大きく隆起を始めた。まるで、何か巨大なものが地面の下で蠢いているようだ。コジマがそんな印象を持った、次の瞬間

 ゴォォォォォォォォォン!!

 地面の隆起が爆発したように弾け飛び、その中からスコップの先端のような形をした巨大な「頭」が、地上へと飛び出してきた。大きく裂けた口をいっぱいに開け、産声をあげるかのように奇怪な鳴き声をあげたそれは、その頭に続くさらに巨大な体を、地面の下から這い出させ始めた。やがて、それは太くがっしりとした足に支えられた巨体を完全に夜空の下に晒し、ブルブルと全身を震わせた。冷えた溶岩の表面のようにゴツゴツとした体表から、大量の土砂が振るい落とされる。こうして完全に地上に姿を現したそれは、低い鳴き声をあげてこちらを見上げた。

 「地底怪獣・・・!」

 突如地面の下から現れた怪獣に驚愕するコジマとサトミ。

 「行きなさい」

 少女はそう言って、ある方向を指差した。すると・・・怪獣は返事をするように低く唸ると、体の向きを変え、四本の足でノシノシとその方向へと進み始めた。その向かう先には、静かな光を灯す家々・・・足曳村がある。

 「ちょ・・・行きなさいって、あの怪獣に村を襲わせる気!?」

 サトミは怪獣と少女を交互に見ながら叫んだ。

 「あそこには、トオル君の居場所はないわ。あそこでのトオル君は、ただ苦しんでいるだけだもの」

 「やめろ! 君だってわかってるだろう! たくさんの人たちがあそこには住んでいるんだぞ! 君だって、人間の全てが嫌いじゃないって言っていたじゃないか!」

 「・・・昔は、この村の人たちはもっと優しかった。あたしたち自然を、もっと大事にしてくれた。でも、今は違う。山も、森も、川も、人間たちの持ち込んだ機械で壊されて、悲鳴をあげている。さっき言ったことは、嘘じゃないわ。あたしたちはここから動くことができないから、これからも人間たちと一緒に生きていかなくてはならない。だから、人間たちにも知ってもらわなければいけないのよ。あたしたちが今受けている、この痛みを・・・」

 「開発のせいで君たちが苦しんでいるのは、俺も申し訳ないと思っている! でも、ここまでする必要はないだろう! 今すぐ怪獣を地面に戻してくれ!」

 「いやよ。こうでもしないと、人間たちはわかってくれないもの」

 「くっ・・・いくらお山だからって、やっていいことと悪いことがあるぞ!」

 パルサーガンを少女に向けるサトミ。だが、コジマがすぐにそれを制止する。

 「やめろ! 相手は山だぞ! そんなもの、脅しにもならない!」

 「・・・」

 サトミは悔しそうにパルサーガンを下ろした。

 「・・・ここから出て行きなさい。自分とここに暮らす全ての命を守る使命があたしにあるように、あなたたちも、人間を守ることが使命なんでしょう?」

 少女の言葉に、コジマはしばらく黙っていたが・・・

 「・・・わかった。君の言うとおりだ。山を下りよう」

 「コジマさん!?」

 しばらくしてコジマがそう言ったので、サトミは彼の顔を見た。しかし、コジマは続けた。

 「ただし、だ。最後に一つだけ、チャンスを与えてくれ」

 「チャンス?」

 「君のてっぺんにいるんだろう、トオルは? せめて一度ぐらい、説得のチャンスをくれ。それも、できれば俺たちだけで話させてほしい。君はこの山なんだ。そのぐらいの懐の深さは見せてくれたっていいんじゃないのか?」

 コジマは大胆不敵にそう持ちかけた。少女はジッと、彼を見つめていたが・・・

 「・・・わかったわ。その代わり、一度だけよ」

 「ありがとう。コジマ・ヨシキ5つの誓いの一つ、女の子との約束は必ず守ること。ダメだったら、潔く山を下りるよ」

 コジマは笑みを浮かべてそう言うと、サトミを振り返った。

 「キシモト、ここまで付き合ってくれて助かった。すまないが、今度こそお前は先に山を下りろ」

 「えっ!?」

 「トオルの説得は、俺一人で十分だ。怪獣を野放しにする気か?」

 コジマの言葉に、サトミは少し黙り込んだが・・・

 「・・・『怪獣から市民を守る』『トオル君も助ける』。両方やらなくっちゃならないのが、SAMSのつらいところだね」

 「ああ。だが、両方やるのはわけないことだ」

 ニヤリと笑みを交わすと、サトミはコジマに敬礼をして、足早に山道を駆け下りていった。

 「待たせて悪かった。それじゃあ、エスコートしてくれるかな?」

 少女を振り返るコジマ。

 「・・・この道を真っ直ぐ進みなさい。トオル君なら、千年杉の下にいるわ」

 無感情にそれだけ言うと、少女の姿はスッと消えた。コジマは苦笑を浮かべると、頂上に向けて山道を足早に上り始めた。




 けたたましい警報音が響き渡り、ミッションルーム内に詰めるSAMSメンバーに、非常事態の発生を警告する。反射的とも言える反応で立ち上がったヒカルは通信装置に素早く駆け寄り、インカムをつけて端末を叩き始めたが・・・

 「極東基地より緊急連絡! 地中より怪獣が出現しました! 場所は・・・足曳村です!」

 通信内容を確認したヒカルは、一気に緊張感を増した声で叫んだ。

 「なんだって!?」

 「キャップ、これは・・・」

 「ああ。コジマとキシモトからの連絡が途絶していることといい・・・どうにも、まずいことになってるようだな」

 腕組みをして唸るオグマ。

 「映像入りました! モニターに出します!」

 ヒカルの声とともに、短い砂嵐の後、大型モニターに咆哮をあげながら進撃する、四足歩行の赤い怪獣の姿が映し出される。

 「ハットリ、怪獣の行動は?」

 「出現後、一直線に移動中・・・このまま進むと、20分後には村の中心部の住宅地に到達します!」

 ヒカルの報告を聞いたケイスケは、卓上の端末で素早く地図を呼び出した。

 「キャップ、すぐに発進しないと間に合いません。直ちに出動を・・・」

 「いや・・・ちょっと待ってほしい」

 突然ケイスケの言葉をさえぎるアヤ。

 「なんですかアヤさん、時間が・・・」

 「ヒカル君・・・映像からわかる怪獣の特徴をもとに、防衛軍の怪獣データベースに検索をかけてほしい。あの怪獣・・・どうも、見覚えがあるんだ」

 「了解しました!」

 アヤの求めに応じて、素早く操作を行うヒカル。焦燥に駆られながらも、メンバーは検索作業の終了を待った。そして・・・

 「・・・ありました! たしかに、過去に出現記録のある怪獣です!」

 ヒカルの言葉とともに、モニターに防衛軍データベースのデータが表示される。そこに表示された怪獣の姿はたしかに、今足曳村に出現している怪獣と同種のものだった。

 「防衛軍による分類、地底種第156号、通称「クロッドン」。2018年に中国の黒竜江省に出現した際の記録があり、地熱の高い場所を好む性質があることが確認されています。ただ、大きさは今回出現したものより小さかったようですけど・・・」

 「日本にも、同種の別個体が生息していたということね。確かにあのあたりは温泉もあるし、地熱の高い一帯だわ・・・」

 「前に出現したとき、どのように対処したか記録されているか?」

 「硬い皮膚と熱への耐性により、ミサイルやナパーム弾による効果は微弱。戦車部隊による足止めを行った上での爆撃機部隊による冷凍弾の集中投下により殲滅した・・・となっています」

 「冷凍弾か。高熱系の怪獣に対する対処法の定石が有効ということだな。たしか、このあいだ完成した新型冷凍弾が、ここにも運び込まれてたな・・・」

 オグマはそれを聞くと、すぐに判断を下した。

 「・・・よし。ナイトとルークで先行して怪獣の足を止める。その間にSAMSビショップは新型冷凍弾を搭載して、あとから追いつけ。勝負はそこからだ。ニキ、頼むぞ」

 「わかりました!!」

 「よし。SAMS、出動!!」

 「ラジャー!!」




 グァァァァァァァァァッ!!

 巨大な口から咆哮をあげ、土煙を巻き上げながらひたすらに進撃を続ける怪獣・クロッドン。その前方には、視界を横切るように川が流れている。しかし、クロッドンはそんなものなど障害とすら認識していないように、進撃のペースを緩めることなく全身を続ける。そして怪獣は、ザブリと飛沫をあげて川の中へと身を躍らせた。津波のような波が川岸を洗い流す一方、怪獣が川の中へと入った瞬間、その体の周囲の水が一瞬にしてブクブクと沸騰して、猛烈な蒸気を上げた。しかし怪獣は、何事もなかったかのように向こう岸へと這い上がる。その体を塗らしていた水は、怪獣の発する高熱によって瞬く間に蒸発してしまった。川を越えて迫る怪獣の姿は、その進路上にある村からもそう遠くない距離にまで迫っていた。

 「川を越えたぞーっ!!」

 誰かの叫んだ声が、避難する人々をさらにパニックにかきたてる。駐在は懸命に避難誘導を行おうとしていたが、いかに小さな村とはいえ、たった2人の駐在ではそれもままならない。防衛軍の部隊も応援に向かっているが、どう考えても怪獣の到達までには間に合わない。目の前まで迫った危機に、思わず駐在が天を仰いだ、そのときだった。

 地上のパニックとは無縁のように煌々と輝く満月を、鋭い爆音をあげながら、巨大な黒い影が一瞬にして横切った。そして、駐在がそれが何かを確認する前に、空から降り注いだ二条の赤い光が、怪獣の目前の地面に突き刺さって爆発を起こす。クロッドンは地上に姿を現してから止めることのなかった足を初めて止め、短い鳴き声をあげて、耳障りな音をたてて頭上を飛んでいく物体をにらみつけた。

 空気を切り裂く音をたてながら、長剣を思わせるフォルムの戦闘機・・・SAMSナイトが、理想的な軌道でのインメルマンターンを行う。

 「こちらナイト。クロッドンを確認。既に川を渡っています。ルーク、指示を」

 ナイトからの通信に応えるかのように、村の上空にSAMSルークが悠然と飛来する。

 「出撃前に言ったとおり、今は怪獣の足止めに徹する。ルークはこのまま村の上空から支援。いざというときは、反重力ウォールを展開して村の盾になる。リーナ、大丈夫だな?」

 「No Problem、キャップ。サトミさんの代役、しっかり果たしてみせます」

 連絡の取れないサトミに代わりルークのパイロットシートについているのは、控えパイロットとして普段はパトロール、テストパイロットなどの任務を行っているリーナ・ストリーム隊員である。完全な欧米人の容姿とは裏腹の完璧な日本語で返した彼女の返事に、オグマはうなずいた。

 「ナイトはクロッドンに攻撃を続行。勝負はビショップが到着してからだ。今は奴をその場に釘付けにできればそれでいい。必要以上に無茶な攻撃は控えるように」

 「ラジャー!!」

 オグマの指示にハッキリと応えるケイスケ。もっとも、相手は怪獣である。最後まで無茶をすることなく、ビショップの到着まで怪獣を足止めできるかどうかは、現実的に言って難しいところである。だが、所詮そんなことは問答しても無駄である。怪獣という脅威を目の前にした状況では、選択肢などないに等しい。「やるっきゃない」のである。

 と、そのとき。動きを止めていたクロッドンが、再び前に向かって足を踏み出した。

 「・・・SAMSナイト、攻撃を開始します!!」

 操縦桿を倒していくのにつれ、SAMSナイトの機体が緩やかな勾配で高度を落としていく。スコップの先端にも似た頭部に照準をつけ、ケイスケはトリガーを引いた。SAMSナイトの主翼下から切り離されたミサイルが白煙をひいて走り頭部に炸裂。クロッドンの頭部が炎に包まれるが、クロッドンはわずかに足を止めただけで、再び進み始める。

 「このっ、止まれ!!」

 旋回したナイトは、今度はクロッドンの背後から飛来。その背中を舐めるように飛行しながら、ターボレーザー砲を次々に背中に叩き込む。レーザーが炸裂するたびに激しい火花が散るが、クロッドンは意に解する様子もなく、前進を続ける。

 「キャップ、記録の通りです! 熱エネルギー兵器は、こいつには効果がありません!」

 怪獣の背後を旋回しながら報告するケイスケ。

 「わかってる。あー、なんだ。そこをなんとか、頑張れ」

 「応援するなら口じゃなく行動で示してください!!」

 オグマの悠長な返事に悪態をつくケイスケ。と、そのときだった。クロッドンがそれまで背中にペタリと伏せていた長い尻尾を、まるでサソリのようにグイと振り上げた。それと同時に、SAMSルークのオペレーター席のコンソールが、何か警告表示を発する。

 「!! ケイスケ君、上昇して!!」

 ヒカルの叫びを頭で理解する前に、ケイスケは操縦桿を強く引いていた。その操縦に応え、急角度で上昇するSAMSナイト。その直後・・・クロッドンの尻尾の先から迸った一条の赤い熱線が夜空を走り、先ほどまでナイトが飛行していた場所を通り抜けていった。

 「大丈夫ですか、ケイスケ君!?」

 「た、助かったよヒカル・・・。でも、今のは・・・」

 「熱線です。記録には、あんなものを使うなんてなかったんですけど・・・」

 「どうやらあの怪獣は・・・長い間地下で眠りながら、膨大な地熱のエネルギーを体内に蓄えてきたらしい。今のはそれを・・・熱線にして尻尾から発射したんだ」

 これまでの分析からわかったことをケイスケに伝えるアヤ。そうしている間にも、クロッドンは尻尾をしなやかに動かし、次々と熱線を発射する。その猛攻によって回避が精一杯となるケイスケだが、クロッドンは攻撃を行いながらも、さらに前進を続ける。

 「くっ! このままじゃ埒が明かない!」

 「どうやら尻尾の先端に・・・ヘビのピット(赤外線感知器官)と同様の器官と、「第二の脳」があるらしい・・・。尻尾は別の生き物同然・・・。攻撃は尻尾に任せて、本体は前進に専念できるというわけだね・・・」

 「冷静な分析は必要ですけど、このままじゃケイスケ君が! キャップ!」

 「・・・そうだな。やはりニイザ一人にやらせるのは気の毒だ。前進守備に移ろう。リーナ」

 「O.K、キャップ。ナイトを援護。攻撃を開始します」

 ゆっくりと前進を始めるSAMSルーク。さらに前進を続ける怪獣に対して、ルークは多弾頭ミサイルと機首レーザーバルカンの一斉射撃を開始する。SAMSナイトを大きく上回る火力による攻撃に、さしものクロッドンもその侵攻スピードを大きく落とす。しかしクロッドンも、ナイトを攻撃していた尻尾をルークに向け、熱線を発射した。

 「くっ!!」

 熱線が発射される直前に操縦桿を切り、熱線を避けるリーナ。

 「反重力ウォール展開!」

 「ラジャー!!」

 リーナがスイッチを入れると同時に、機首から青い光の壁が広範囲にわたって展開される。クロッドンが連続発射した熱線は光の防壁に激突し、完全に防がれる。反重力ウォールで自機と背後の村を守りながら攻撃を続けるSAMSルーク。SAMSナイトもまた、絶え間なく怪獣に攻撃を行い、足止めに徹する。

 しかし・・・クロッドンはその場にうずくまるような体勢をとると、次の瞬間、反重力ウォールめがけて飛びかかってきた。

 「きゃあっ!!」

 数万トンの重量を誇る巨体の体当たりに、反重力ウォールが火花を散らし、それを展開するSAMSルークも、大きく揺さぶられる。なんとかその体当たりを弾き返した反重力ウォールによって、クロッドンはもんどりうって砂煙をあげながら地面に倒れ込む。だが怪獣は全く闘志を失わず、体勢を立て直して再び反重力ウォールに飛びかかる姿勢を見せる。

 「あんなの、何度も受け止められないわよ・・・!」

 パイロットシートで冷や汗を流すリーナ。

 「このぉっ!!」

 クロッドンの体当たりを阻止するため、SAMSナイトが攻撃を仕掛けようとする。しかし、まるで別の生き物のように動いた尻尾がグンと頭をもたげ、次々に熱線を発射してくる。

 「くっ、近づけない!!」

 熱線の乱射に、攻撃のタイミングがつかめないケイスケ。その間に四肢に力を溜めたクロッドンが、思い切り大地を・・・

 ドガァァァァァァァァン!!

 蹴ろうとした瞬間、その左後足の踵にあたる部分が突如爆発を起こし、勢いを失った怪獣はそのまま前のめりに地面に倒れこんだ。

 「えっ・・・!?」

 何が起こったのかわからない、ケイスケとSAMSルークのクルーたち。だが・・・怪獣の周囲を旋回していたケイスケは、いち早くその「原因」に気がついた。

 さきほど怪獣があっというまに渡った川にかかる、鉄筋コンクリート製の橋。そのほぼ中央に、見慣れたブリティッシュグリーンの車・・・ウィンディが停車している。そして、その運転席の外に、長銃身のレーザーライフルを構えた小柄な人物が立っていた。

 「ふぅ・・・なんとか間に合った」

 安堵のため息混じりのその声が、ナイトとルークのコクピットのスピーカーから響く。

 「サトミさん!?」

 「今までどこ行ってたんですか!? それに、コジマさんは!?」

 リストシーバーから飛び出してくる矢継ぎ早の質問に、サトミは首をすくめた。

 「ご、ごめん! ちょっといろいろあって。でも、今はそれより・・・」

 と、サトミが言いかけたそのとき。前のめりに倒れていたクロッドンが、再びゆっくりとその全身を持ち上げる。

 「こいつをなんとかするのが先決だよねっ!!」

 それを目にするや否や、レーザーライフル「グングニール」を再び構え、連続して引き金を引くサトミ。銃口から迸った青いレーザーが、次々にクロッドンの後ろ足に命中して爆発する。その攻撃に、ピタリと動きを止めるクロッドン。しかし、その尻尾だけがニョロリと動き、獲物を見定めた蛇さながらに、サトミにその先端を向けてピタリと止まる。

 「サトミさん!!」

 「いかん! 逃げろキシモト!!」

 一斉に叫ぶSAMSメンバー。だがそれとほぼ同時に、クロッドンの尻尾の先端から次々に熱線が発射され、サトミのいる橋に次々に命中する。

 「わぁぁぁぁっ!!」

 からくもサトミ本人は熱線の直撃を免れたが、橋脚は完全に破壊され、サトミとウィンディを乗せた橋桁がそのまま滑り落ちるように崩落を始める。

 「サトミさん!!」

 悲鳴をあげるヒカルたち。

 そのとき、ケイスケの胸ポケットの中で、青い光が輝いた。

 『ケイスケ!』

 「ああ! 力を貸してくれ!!」

 ケイスケは素早くオートパイロットのスイッチを入れると、ポケットからエスペランサーを取り出し・・・

 「サムス!!」

 叫びとともに、そのスイッチを入れる。先端の青い石から放たれた閃光が、全てを包み込み・・・




サトミとウィンディを乗せたまま、ガラガラとコンクリートの雪崩を起こして十数m下の川面に向かって落下していく橋桁。ヒカルたちはなす術もなく、それを目の当たりにするしかなかった。が・・・

 カッッッッッッッ!!

 突如ビッグバンのように炸裂した青い閃光が、ヒカルたちの、クロッドンの、そしてサトミの、その場に集った全ての者の目をくらませる。そして・・・

 「え・・・?」

 視界が回復したとき、サトミは先ほどまで橋桁とともに落下していた自分が静止していることに気がついた。そして、頭上を見上げると・・・

 「あ・・・!!」

 そこには、自分を見下ろす巨大な「顔」があった。人間の顔とよく似たパーツの配置のされたその「顔」は、柔らかな光を放つその目で、サトミを優しく見下ろしている。

 「ウルトラマンサムス!」

 自分たちの「8番目の仲間」である巨人の名を呼ぶサトミに、ウルトラマンサムスは静かにうなずいた。そのとき初めて、サトミは自分を乗せた橋桁をサムスが大事そうに抱えていることに気がついた。と・・・

 「わ・・・!」

 サムスがゆっくりと橋桁を持ち上げ始めたので、サトミは少し驚いた。しかし、サムスのその手つきはあくまで慎重なものであり、彼はそのままゆっくりと橋桁を運び、静かにそれを川岸へと置いた。

 「ありがとー!!」

 サムスに向かって大きく手を振るサトミ。サムスはそれにうなずくとゆっくりと立ち上がり、怪獣に振り返った。

 「ヘアッ!!」

 サムスの力強い叫びに反応し、クロッドンもまた、SAMSルークからサムスへと体の向きを変え、威嚇するように咆える。

 「シュワッ!!」

 気合の叫びをあげ、クロッドンに向けて走り始めるウルトラマンサムス。真正面から突っ込んでくる彼に対して、クロッドンの尻尾が振り上げられ、その先端から連続して熱線が放たれる。しかし、サムスはその尻尾の動きをよく見て、ギリギリのタイミングで左右に飛び跳ねながら、ジグザグを描くように接近してくる。クロッドンは攻撃が当たらないことに苛立ちのような様子を浮かべながら、なおも狙いを定め、熱線を発射する。しかし・・・

 「ヘアッ!!」

 サムスは突然膝を大きくかがめ、空中高く飛び上がった。発射された熱線が空しく地面を打つのをよそに、サムスは目を大きく見開くクロッドンの頭上、そして背中の上を高く飛び越え、体操選手のように空中で体をひねり・・・クロッドンの後ろへと、地響きをたてて着地した。

 「ジュワッ!!」

 背後を取られたことを察したクロッドンの尻尾が、すぐさま鎌首をもたげて、サムスを撃とうとする。しかし、それよりもサムスの動きの方が速かった。サムスは尻尾に素早く飛びかかって組み付き、両手でしっかりとそれを掴んだ。

 「フンッ・・・!!」

 両足を踏ん張り、腰に力をため、綱引きのようにクロッドンの尻尾を引っ張り始めるサムス。クロッドンは慌てたように短い鳴き声を連続して発しながら、懸命に足を踏ん張って地面と体を繋ぎとめようとする。しかし、サムスの力はすさまじく、抵抗も空しくついにクロッドンの体がフワリと地面から浮かび上がる。そして・・・

 「ジュワァッ!!」

 サムスは雄たけびを上げながら、ハンマー投げの要領でクロッドンの体を振り回し始めた。グルグルと猛スピードで回転させられながら、悲鳴をあげるクロッドン。

 「シュワッ!!」

 そして・・・回転が最高潮に達したところで、サムスはパッと腕を放した。回転によって与えられた遠心力により、重さ数万トンに達するクロッドンの体が宙をすっ飛び、先ほど渡った川を軽々と越え・・・

 ダダァァァァァァァァァァァァァン!!

 川向こうの原野に、地響きと砂煙をあげて、腹から落下した。

 「よし・・・引き離してくれた」

 村と怪獣との間に再び距離ができたことで、少し安堵するオグマたち。

 「シュワッ!!」

 サムスもまた、怪獣を追うように川をひと跳びで越え、対岸に着地する。クロッドンは着地によるダメージのためか、地面に伏せたまままだ動かない。

 ガシッ!

 それを目の前に、サムスは両腕を腰の前で交差させる。そして・・・ゆっくりと上へ回した両腕を、十字に交差させた。

 「シュワッ!!」

 カァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!

 クロスした両腕から発射されたテラニウム光線が、クロッドンに向けて一直線に迸る。

 ドガァァァァァァァァァァンッ!!

 テラニウム光線はクロッドンの背中を直撃し、大爆発を起こした。怪獣は頭をのけぞらせ、苦しげな鳴き声を発したが・・・

 ズ・・・ズン・・・

 やがて、その巨体を支える四肢から力が失われ・・・怪獣は地面の上にズズンと大きな音をたてて倒れこんだ。力なく地面の上に投げ出された頭についている二つの目が、ゆっくりと閉じられていき・・・怪獣は、動きを止めた。

 「・・・」

 テラニウム光線の構えをゆっくりと解きながら、クロッドンを見つめるサムス。光線の当たった部分を中心として、背中の甲羅が砕け、白煙をあげている。

 「やった、のか・・・?」

 SAMSルークも上空を旋回しながら、様子を見守る。だが・・・突然、ヒカルの目の前にあるコンソールが、警報音を発し始めた。

 「怪獣の体内に、高エネルギー反応・・・!?」

 ディスプレイに表示される情報に、ヒカルが目を見開いたそのとき・・・突然、怪獣の両眼がカッと見開かれ、その頭をもたげて大きな咆哮をあげた。

 ドカァァァァァァン!!

 その瞬間、怪獣の背中で爆発が起こる。テラニウム光線によって半壊していた甲羅は、体内で起こったと思われるその爆発によって、完全に吹き飛んだ。そして・・・

 ズシャァァァァァァァッ!!

 甲羅の下に隠されていた表皮が露になった背中から、無数の細長い何かが一斉に立ち上がる。それらは一本一本が、風にそよぐ草のようにわらわらと揺れていたが、突如その全てが一斉に、まだ事態を把握しきれていないサムスへと、その先端を向けた。そして・・・

 バヂィィィィィィィィィッ!!

 それら全ての先端から発射された無数の熱線が、単一の標的・・・サムスに向かって発射された。

 「ジュワァァッ!!」

 無数の熱線を全身に受けたサムスが、苦しげな叫びをあげて後ろへと吹き飛ばされる。

 「な・・・なんだあれは・・・!」

 SAMSルークのクルーやサトミは、復活した怪獣の姿に目を見張っていた。その背中からは、ゆらゆらと蠢く無数の細長い触手が文字通り林立している。新たに無数の触手を背中から生やしたクロッドンの姿は、先ほどまでとはかなり印象を異にするものになっていた。

 が・・・そんなSAMSメンバーの驚愕など構うことなく、さらに追い討ちをかけるように、クロッドンは雄たけびをあげて突進し、大きく跳び上がると、その体の上にボディプレスをしかけた。

 「グアアッ!!」

 数万トンの体重を持つ怪獣に下敷きにされ、苦悶の叫びを上げるサムス。怪獣はサムスにのしかかったまま、その体を前足でバシバシと打ちすえる。

 「サムスを救出するんだ!」

 「Yes, Sir!!」

 サムスを助けるため、彼に覆いかぶさる怪獣に攻撃を加えようとするSAMSルーク。しかし、怪獣の背中から生える無数の触手、そして尻尾から発射される熱線が、今度はルークへと襲いかかる。

 「No kidding!!」

 リーナは額に汗を浮かべながら操縦桿を操り、槍衾のような熱線をなんとか回避する。

 「くっ・・・近寄れない!」

 「対空防御は完璧というわけか・・・厄介な相手だ」

 「サムスさん・・・」

 容易に接近を許さないクロッドンを攻めあぐねるSAMSルーク。一方・・・

 「このっ! サムスから離れろ!」

 サトミが発射したグングニールのレーザーがクロッドンの体に命中して爆発を起こすが、クロッドンはそれを気にする様子もなく、サムスを攻め続ける。身動きの取れないサムスの胸で、ついにカラータイマーが点滅を始めた・・・。




 草を踏みしめる、ざくざくという足音が近づいてくる。うとうととまどろんでいた彼は、その足音によって、だんだんと目を覚ました。寝転んだ姿勢のまま、緩慢な動きで麓へと下る登山道の方へと首を動かすと・・・人影が、その道を登ってくるのが見えた。最初は暗く、たぶん大人だということぐらいしかわからなかったが・・・やがて彼が足を止めると、その姿ははっきりと、月明かりに浮かび上がった。

 「よう。探したぜ、トオル」

 彼のよく知る気さくな顔と声で、男はそう言った。しかし、その身につけている制服は、泥によってかなり汚れている。

 「寝心地のよさそうなソファーだな。特注品か?」

 トオルの横になっている「ソファー」を指差し、笑みを浮かべるコジマ。あたかも人が寝転ぶのに都合が良いように生えたかのような、それぞれ高さの違う3本の巨大なキノコが千年杉の根元から生え、トオルはその上に横になっていた。

 「・・・僕のために生えてくれたんだ」

 「そうか。愛されてるんだな」

 トオルはコジマに顔を向けた。

 「山に通してもらったんだね?」

 「なんとかお願いを聞いてもらってな。お前と2人、サシで話せるように取り計らってもらった」

 「・・・僕を連れ戻しに来たの?」

 「ああそうだ。トオル、山を下りよう。ジッちゃんも心配してる」

 それまでの笑顔とは打って変わり、コジマは真剣そのものの表情になった。

 「・・・」

 トオルは何も言わず、寝転んだままコジマに背を向けた。

 「トオル」

 「・・・ほっといてよ。僕はこの山が好きだし、この山も僕が好きなんだ」

 「相思相愛なのはわかってる。結構なことだし、うらやましいよ。だけど、こんな風に山にこもりっきりってのは間違ってる。どんなに仲のいい恋人や夫婦だって、朝から晩まで一緒にいるわけじゃない。仕事をしたり、子育てをしたり、それぞれにやらなきゃならないことはたくさんあるんだ」

 「・・・そんなの、世の中が勝手に決めたことじゃないか。そんなこと、もう僕には関係ない。これからはずっと、この山と一緒に暮らすんだ」

 トオルはそう言うと、キノコの根元から何かを拾い上げた。

 「これを見てよ」

 トオルが投げたそれを受け取るコジマ。それは、カボチャをそのままくるみ大にしたような木の実だった。きれいなオレンジ色をしていて、ちょっと見覚えのない種類である。

 「この近くの木に、たくさん生えてるんだ。このキノコと同じで、山が僕のために生やしてくれたんだよ。甘くて、とってもおいしいんだ。キノコや木の実だけじゃない。眠いときには鳥たちが子守唄を歌ってくれるし、歩いているときには、鳥や虫たちが僕を守ってくれる」

 「そうだな。おかげで、ここまで来るのにずいぶん手荒な歓迎を受けたよ」

 「・・・村にいたって、何にも楽しいことなんてない。でも、この山には何だってある。ここにいれば食べ物にも寝る場所にも、何も困らないんだよ!」

 苦笑するコジマに訴えるトオル。だが・・・

 「・・・食って生きてりゃ、それでいいのか?」

 「・・・!!」

 静かにコジマがそう言ったので、トオルは身を硬直させた。

 「・・・お前は人間だ。食ったり寝たりする以外にも、やらなきゃならないことがいっぱいある。こんなこと続けてたら、お前はダメになっちまう! 必ずダメになるぞ! 人間として失格になってもいいのか!!」

 コジマの叫びが、満天の星空に響き渡る。彼らの傍にそびえる千年杉の枝が、風もないのにざわりと揺れた。

 「ほっといてって言ってるだろ!!」

 コジマの言葉を拒絶するように、トオルは声を張り上げた。

 「人間としてどうかなんて、僕にはもう関係ないんだ! この山とずぅっと暮らす以外に大事なことなんて、僕にはないんだよ!!」

 トオルがそう叫ぶと、コジマはスッと目を細めて、トオルをジッと見つめた。

 「・・・本気でそう思ってるのか? だったらお前は、人間として失格なだけじゃない。この山を愛する資格も、お前にはないよ」

 「何を・・・!」

 「周りを見てみろ」

 コジマはそう言って、周囲を見回した。

 「この山には、たくさんの命が生きている。草も木も、虫も、鳥も、獣も・・・それぞれ自分に与えられた命を、一生懸命全うしようとしているんだ。俺たちにとっちゃなんでもない、「食って生きる」だけのことでも、生き物たちにとっちゃそれで精一杯なんだよ。それなのに、お前ときたら何だ。嫌なことがあったからって、人間までやめて、ここで山に甘えてただ食ったり寝たりしながら、死ぬまで暮らしてくってのか? 自分だけそんな生き方して、必死に生きてるこの山の命たちに、恥ずかしいと思わないのか?」

 千年杉の枝が、さらにざわざわと騒ぐ。

 「う、うるさい!!」

 「悔しいか? 悔しいんだったら、人間としてとことん生きてみてから言い返してみろ。お前はこの山が好きだからここにいたいんじゃない。お前はただ、この山に甘えたいだけなんだよ」

 「違うっ!!」

 トオルは顔を真っ赤にし、両手を硬く握り締めて立ち上がった。

 「いくら兄ちゃんでも、この山で僕にそんな口を利いたらただじゃすまないぞ!!」

 「ほら、言ってるそばからそれだ。やっぱりお前は、この山に甘えてるだけじゃないか」

 コジマはそう言って冷笑を浮かべ、どっかとその場に胡坐をかいた。

 「いいぜ。自慢の彼女にお願いしてみな。俺を追い出すことぐらい、わけないんだろ? 煮るなり焼くなり、好きにしろ」

 トオルは握り締めていた拳を、怒りでわなわなと震わせていたが・・・

 「山よ、こいつを追っ払え!!」

 腕を振り上げ、トオルはそう叫んだ。コジマはどっしりと腰を落ち着かせたまま、身動き一つとろうとしない。

 が・・・

 ズボッ!!

 「うわっ!?」

 なんと、突然トオルの足元の地面が落とし穴のように陥没し、彼はその中に落ちてしまった。

 「・・・」

 コジマは驚いた様子も見せず、淡々とそれを見つめている。

 「い、いたた・・・違うよ! 僕じゃないよ、兄ちゃんを・・・」

 穴から這い上がりながら、山に抗議するトオル。が・・・

 ブゥゥゥゥゥゥン!!

 山の木々の間から、無数の黒く小さい何かが雲のように形を成して、唸りを上げながら飛んできた。そしてそれは・・・あっというまに、トオルへと襲いかかった。

 「うわっ! あ、あっちいけ! ど、どうしたんだよ! こんな・・・!」

 周囲を飛び交うスズメバチの群に恐怖の表情を浮かべながら、トオルは叫ぶ。

 「な、なんで! あんなに仲良しだったのに!」

 すがりつくような声で叫ぶトオルだったが、スズメバチはなおもトオルの周囲を縦横無尽に飛び回る。やがて・・・トオルは悲鳴を上げながら、スズメバチに追い立てられるまま、山道を駆け下りていった・・・。




 「このままじゃサムスが・・・!」

 照準スコープから目を離し、焦りの表情を浮かべるサトミ。時間だけが過ぎていくと思われた・・・まさにそのときだった。

 ドガァァァァァァンッ!!

 突如、どこからか矢のように走った赤いレーザービームがクロッドンの眉間に命中し、爆発を起こした。苦悶の叫びをあげ、状態を仰け反らすクロッドン。その隙を見逃すサムスではなく、ようやく自由になった腕をふりかざし、渾身のパンチをクロッドンの顎に見舞った。そのクリーンヒットにより、クロッドンはひっくり返された亀のように仰向けに転倒。サムスはその間に立ち上がり、怪獣と距離をとった。

 「今のは、もしかして・・・」

 赤いビームの飛んできた方向を振り返るサトミ。すると、そこにはこちらへと接近してくる、SAMSビショップの姿が見えた。

 「遅くなりました!」

 「みなさん、大丈夫ですか?」

 SAMSビショップに搭乗するニキと、コジマの代理のナミヒラの声が、ルークのコクピットのスピーカーとサトミのリストシーバーから流れた。

 「Good timing。いいところに来てくれるじゃない」

 「ああ、助かった。ニキ、早速ですまないが、冷凍弾は?」

 「はい、ASMの弾頭に装備してきました。いつでも攻撃可能です」

 「よし。これでようやく、満足な攻撃ができる。問題は・・・」

 顎に手をやり、怪獣の姿を見つめるオグマ。サムスに対して咆えながらも、クロッドンの背中の触手と尻尾は、頭上を飛ぶ彼らを警戒するように蠢いている。

 「冷凍ミサイルをただ撃ったところで、撃ち落とされるのがオチだな。さて、どうするか・・・」

 オグマが考えている間にも、クロッドンは次々にサムスに熱線を発射する。ステップを使い分け、なんとか回避に努めるサムスだが、到底その全てを回避しきることはできず、肩や腹に次々と熱線がぶつかる。

 「・・・リーナ」

 「Yes, Sir!!」

 「怪獣に多弾頭ミサイルをありったけ撃ちこめ。同時に、尻尾にはレーザーバルカンで攻撃。触手と尻尾の注意を、こちらに引きつける」

 「Roger!!」

 「その間にビショップは怪獣に接近。熱線はこちらに引きつけるが、万が一を考え、ギリギリまで接近して冷凍ミサイルを発射しろ」

 「ラジャー。できるわね、ナミヒラ君?」

 「もちろん。こういうときのために腕を磨いてるんですから」

 ナミヒラの心強い返事に、ニキはうなずいた。

 「了解しました。キャップ、攻撃開始の合図を」

 「よし。攻撃開始、5秒前。4、3・・・」

 オグマのカウントダウン開始に、リーナとナミヒラがそれぞれの操縦桿をギュッと握りなおす。

 「2・・・1・・・」

 「attacking start!! Full fire!!」

 ドドドドドドドドドドドドド!!

 SAMSルークから一斉に発射される、大量のミサイル。それらは空中でさらに分裂し、無数のミサイルがクロッドンめがけて走り始める。そして、ミサイルを発射すると同時にルークは怪獣の尻尾へと向きを変え、レーザーバルカンの斉射を始める。

 自分に向かってくる大量のミサイルに気がつかない怪獣ではない。それまでサムスを攻撃していた無数の触手が一斉に向きを変え、熱線を発射しはじめる。槍衾のように襲いかかる熱線によって撃ちぬかれ、次々に撃墜されていくミサイルたち。同様に尻尾もまた、レーザーバルカンの射撃を受けながらも、熱線を放って反撃する。

 「今よ!!」

 反重力ウォールで防御を行いながら叫ぶリーナ。しかし、そのときには既にビショップは行動に移っていた。

 「リーダー! 当てて下さい!!」

 「ええ、任せて!!」

 クロッドンに向かって、一直線に突っ込んでいくSAMSビショップ。が・・・

 ドガァァァァン!!

 「うわぁっ!!」

 尻尾が連続発射した強力な熱線が反重力ウォールに直撃し、その衝撃でSAMSルークの攻撃が一時止まる。尻尾はすかさず向きを変え、その先端を真正面から突っ込んでくるビショップに向けた。

 「しまっ・・・!!」

 叫びかけるリーナ。

 ドガァァァァンッ!!

 だがそのとき、突如青い光弾が飛来し、尻尾の先端に命中。熱線の発射を阻止した。ハッとしたリーナが顔を向けると、そこにはラピッドショットを放った体勢のサムスがいた。

 「Thanks!!」

 リーナの笑顔にうなずくサムス。そして・・・

 「ターゲット・ロック! 発射!!」

 バシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!

 怪獣にギリギリまで接近したビショップから、2発のミサイルが発射される。多弾頭ミサイルの撃墜に追われていた触手と、サムスとルークに攻撃される尻尾には、もはやそれを撃墜する余裕はない。そして・・・

 ドカァァァァァァァァァンッ!!

 見事に背中へと着弾したミサイルは、爆炎の代わりに白く輝くガスを、クロッドンの周囲に充満させた。

 その効果は、すぐにも現れ始める。煉瓦のように赤い怪獣の体のあちこちが、白く凍結し始める。特にミサイルが直撃した背中はその効果が著しく、SAMSとウルトラマンサムスを苦しめたあの無数の触手が、植物の立ち枯れのように、見る見るうちに凍りついていく。そして、クロッドン自身もまた苦しげな鳴き声を発し、その動きを鈍らせていく。

 「さすがは最新型冷凍弾、キグナス・・・すごい威力ね」

 怪獣の頭上を旋回しながら、その効果に目を見張る。と・・・

 ゴアアアアアアッ!!

 クロッドンが咆え、まだ凍りついていない尻尾を振り上げる。

 「ケン!!」

 リーナの悲鳴も空しく、SAMSビショップに放たれる熱線。が・・・

 バチィッ!!

 素早くその間に割り込んだウルトラマンサムスが、片手で発生させたバリアでそれを防ぐ。SAMSメンバーが安堵のため息を漏らす中、サムスはもう片方の手に、三角形の光のカッターを発生させる。

 「シュワッ!!」

 勢いよく右手を振りぬき、トライスラッシュを投げつけるサムス。

 ズパッ!!

 高速回転しながら飛ぶ光のカッターが、クロッドンの尻尾を見事根元から真っ二つに切断する。クロッドンが絶叫をあげる中、切り落とされた尻尾はしばらく地面の上を激しくのたうっていたが、やがて、その動きを止めた。が・・・

 ゴアアアアアアアアッ!!

 冷凍弾を受け、背中の触手を凍らされ、尻尾を切断されたにもかかわらず・・・クロッドンはカッと見開いた目でサムスを睨みながら、なおも咆哮をあげて襲いかかる意志を見せ続ける。

 「まだ戦う気!?」

 半ば呆れ顔でクロッドンを見下ろすリーナ。

 「・・・」

 ただ一人・・・サトミだけが、満身創痍でサムスと対峙する怪獣をやりきれない表情で見つめていた。




 スズメバチに追い回され、悲鳴をあげながら山道を駆け下りていったトオルの姿を、コジマは胡坐をかいたまま、黙って見送った。が・・・

 スッ・・・

 その目の前に、山の化身の少女が忽然と姿を現した。それを目にして、ようやくコジマは立ち上がった。

 「やあ」

 気さくに声をかけるコジマだったが、少女は背を向けたまま動かなかった。

 「・・・あなた、もしかして・・・」

 「そう。俺は最初から、トオルじゃなく君を説得しようと思ってたんだよ」

 やがて、少女の発した短い言葉に、コジマはそれだけでその先を察したようにうなずいた。

 「トオルを説得して連れ戻すのは、難しいと思ってた。あのぐらいの年は、理屈だけで納得してもらうにはまだまだ若いからな。でも、君を説得する自信ならあった」

 「・・・なぜ?」

 「そりゃああもちろん・・・君が、いい女だからさ」

 コジマはそう言って、すぐに慌てたように付け足した。

 「あぁ、すまない。神様に誓ってもいいが、ふざけて言ってるんじゃない。俺は本気でそう思ってる」

 少女はしばらく黙っていたが、やがて、再び口を開いた。

 「・・・よくわからないわ。あたしが「イイオンナ」なら、なぜ説得できると思ったの?」

 「・・・いい女っていうのは、本当に男のことを思って、男のためになることをしてくれるからさ。君が本当にトオルのことを思ってるなら、これでいいはずがない。俺はほとんど確信に近い感じで、そう思っていたよ」

 「・・・やっぱり嫌な人ね、あなた」

 「騙したつもりはないが、謝るよ。辛いことをさせてしまって、すまないと思ってる」

 コジマはそう言って、頭を下げた。そして・・・

 「ありがとう・・・。君、本当にトオルが好きだったんだな」

 「・・・」

 コジマが優しい声でそう言った言葉に、少女は何も言わなかった。と・・・

 グァァァァァァァァッ!!

 「「!!」」

 2人の耳に、心なしか苦しそうなクロッドンの絶叫が聞こえてきた。弾かれるように山の麓へと目を走らせると・・・ウルトラマンサムスに投げ飛ばされたらしいクロッドンが、仰向けの状態でジタバタと足を動かしていた。

 「・・・」

 「・・・え?」

 少女が何か言ったような気がして、コジマは思わず問い返した。少女はサムスと怪獣の戦いを見つめたまま、今度ははっきりと、声に出して言った。

 「お願いがあるの・・・」




 「・・・」

 もはや四本の足で立っているのもやっと、といった様子の怪獣を複雑な表情で見つめるサトミ。と、そのとき。左手にはめられていたリストシーバーが受信音を発する。

 「・・・もしもし?」

 『キシモト、俺だ!』

 リストシーバーから聞こえてきた声は、コジマの声だった。

 「コジマさん!? そっちはどうなったの!?」

 『こっちは心配いらない。それよりキシモト、頼みがある。今、サムスの近くにいるな?』

 「う、うん。よく見える場所にいるけど・・・」

 そう言いながら、息も絶え絶えな怪獣と対峙するサムスを見るサトミ。

 『上出来だ。それなら・・・』




 サムスとにらみ合っているクロッドン。満身創痍のその姿は、とても戦う力が残っているとは思えない。しかし・・・

 バッ!!

 まるで最後の力を振り絞るように、クロッドンは突然サムスに向かって飛びかかってきた。だが、サムスは闘牛士のようにヒラリとそれをかわすと、すれ違いざまにその背中に、強烈なチョップを叩き込んだ。地面に叩き落され、悲鳴をあげるクロッドン。

 「シュワッ!」

 後方へと跳んで距離をとるサムス。そして、両手首を腰の前で交差させ、二度目のテラニウム光線発射の構えに入る。クロスされた両腕がゆっくりと上へ回され、カラータイマーの光が輝きを増す。そして・・・腕を十字にクロスさせようとした、まさにそのとき

 「やめてぇ、サムス!!」

 突然耳に入ってきた声に、サムスはハッとした様子で、交差させようとしていた両腕を止め、声のした方に顔を向けた。

 川原に置かれた崩れた橋桁の上に立つサトミが、サムスを見つめていた。

 「その怪獣を許してあげて! 暴れたくて暴れたわけじゃないの! 元の地底に返してあげて!」

 サムスに向かって懸命に叫ぶサトミ。サムスはジッと、彼女を見つめている。

 「サトミさん・・・?」

 「キシモトさん・・・」

 SAMSメンバーたちも、突然のサトミの言葉に驚きながらも、固唾を呑んで状況を見守る。

 「・・・」

 サムスはサトミから目を離し、再び怪獣を見下ろした。クロッドンは地面にはいつくばったまま、荒い呼吸をしている。サムスは少しの間、ジッとそれを見下ろしていたが・・・やがて、一歩、また一歩と、怪獣に近づき始めた。そして・・・

 「フンッ・・・!」

 サムスはクロッドンの体の下に両手を差し入れると、腰に力を入れてその体を持ち上げ始めた。怪獣はもう抵抗する力もないのか、ぐったりとサムスのなすがままになっている。その間にもサムスはクロッドンの上半身を持ち上げると背中に背負い、夜空を見上げた。

 「シュワッ!!」

 クロッドンを背中に背負ったまま、空へ飛び立つサムス。ほどなくして水平飛行に移り、足曳山の方向に向かい始める。

 「・・・」

 やがて、足曳山に程近い山間の地面に、ぽっかりと口を開けた巨大な穴が見えてくる。クロッドンが地上に出てくるときに開けた穴である。

 「シュワッ!!」

サムスはそれを確認すると、急降下に転じ・・・そして、クロッドンを背負ったまま、穴の中へと飛び込んでいった。先ほどまでの戦いが嘘のような静寂が山に戻り、その中でSAMSメンバーは、状況をじっと見守った。そして・・・

 「シュワッ!!」

 やがて、その穴の中からサムスが勢いよく飛び出してきた。それを見て、安堵の笑みを浮かべるSAMSメンバーたち。彼らに見送られながら、サムスはそのまま夜空へと消えていった。

 「ありがとう・・・サムス」

 夜空を見上げながら、サトミは静かに感謝の言葉を口にした。




 「・・・これでよかったんだろう?」

 「ええ・・・ありがとう」

 サムスの消えた星空を見上げながら、コジマと山の化身の少女は言葉を交わした。と・・・

 「あ・・・!!」

 少女の体から、緑色の粒子が煙のように立ち昇り始まる。少女の体自体も半透明になりつつあり、その向こうの景色が透けて見える。少女は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、すぐに全てを悟ったように目を閉じ、小さく笑った。

 「・・・時間が来たみたいね」

 「時間?」

 「もしかしたら、ずっとこのままでいられるかもしれないって、ちょっと期待していたんだけど・・・そううまくはいかないみたいね。でも、なんとなくわかってもいたわ。こんな楽しいことが、そんなに長く続くわけがないって・・・」

 「・・・なるほど。今も昔も、魔法ってのは12時の鐘が鳴ると解けちまうってことか」

 「・・・?」

 「あぁすまない。なんでもないよ」

 不思議そうな顔をする少女に、コジマは苦笑いをして手を振った。相手は人間ではなく、山である。有名な童話を知らなかったとしても当然だ。

 「しかしそうか。残念だな・・・」

 「いいの。夢を見ていたと思えばいいのよ。わずかなあいだだったけど、楽しい夢を・・・」

 少女はさっぱりとした表情で、夜空を見上げた。

「それに、これであたしが消えるわけじゃないもの。あたしはこれからも、ずっとここにいるんだから。今までずっと、そうしてきたように」

 「それもそうだな。できれば今度みたいなことは、二度と勘弁だけど」

 「さぁ・・・それはあなたたちの心がけ次第ね」

 「おぉこわ。ま、こんだけのことをやったんだ。お灸をすえるにしちゃやりすぎだったが・・・当分の間は村の人たちも、君に足を向けては寝らんないだろうな」

 さらにその姿を薄れさせながら、小悪魔のような笑みを浮かべる少女に、コジマは苦笑いを浮かべた。少女の手は完全に消え、他の部分もほとんど消えかかっている。

 「・・・ひとまずお別れね。いまさらこんなことを言うのもおかしいけど・・・ごめんなさい」

 「まぁな。たしかにいい迷惑だったけど・・・好きだからこそ冷たく突き放すって愛し方は、恋愛のテクニックとしちゃ、なかなか高度だよ。やっぱり君・・・いい女だな。山にしとくのはもったいない」

 ニヤリと笑うコジマ。そして・・・

 「そんな誉め方されても、嬉しくないわ」

 まるで蝋燭の火が消えるように、最後に残った少女の笑顔も、その言葉だけを残してスッと消え去った。コジマはしばらくの間、ジッとその場にたたずみ、周りから聞こえてくる涼やかな虫の鳴き声に耳を澄ましていたが・・・

 「ん・・・」

 やがて、手の中に握ったまま忘れていたものの存在を思い出した。そこには、あのオレンジ色の木の実があった。コジマはジッとそれを見つめていたが、やがて、パクリとそれにかじりついた。

 「・・・うまいな。ま、このぐらいのお駄賃があってもいいか」

 そう言って微笑を浮かべると、コジマはゆっくりとした足取りで、山道を下り始めた。




 それから、数時間後・・・。

 床の上に座り、いつもどおり山仕事の道具の手入れをしていたジツイシの背後で、隣の部屋のテーブルの椅子に静かに座る音が聞こえた。振り返ってみると、パジャマに着替えたトオルが、洗いざらした髪のまま、黙って座っていた。

 「・・・」

 ジツイシは苦笑を浮かべると、手入れ途中の道具を置き、おもむろに立ち上がった。うなだれたまま、顔も上げようとしないトオルだったが・・・

 「ほら、飲め」

 その声と、目の前に何かが置かれるコトリという音に、ゆっくりと顔を上げた。そこには、テーブルの上に置かれたよく冷えた麦茶の入ったコップと、それを置いたジツイシの、柔和そうな笑顔があった。自分も同じ麦茶のコップを持っていたジツイシは、そのままトオルの正面に腰掛けた。

 しばらくの間、2人は言葉を交わさなかった。ジツイシは何も言わず、酒を味わって飲むかのように、ちびりちびりと麦茶を飲んでいる。トオルはそんな祖父と目の前のコップとの間で落ち着きなく視線を漂わせていたが、やがてそれに手を伸ばすと、静かに口に運んだ。傾けたグラスから流れ込む麦茶の冷たさが、口から喉、胃へと流れていくのが、よくわかった。

 やがて・・・2人はほぼ同時に麦茶を飲み終わり、コップを置いた。

 「・・・どうして・・・怒らないの?」

 沈黙を守る祖父に対して、トオルはこの家に戻ってから初めての言葉をそう口にした。

 スズメバチに追い出されるかのように山を出たトオルは、途方に暮れていた。スズメバチはトオルが山を出ると引き上げるかのように戻っていったが、もし再び山に戻ろうとすれば、また現れるような気がしてならなかった。かといって、村に程近い川の傍では、怪獣とSAMS、それにウルトラマンサムスの激しい戦いが繰り広げられている。どうすることもできず、トオルはしばらくその場でジッとしているしかなかった。

 やがて、怪獣はウルトラマンサムスによって地中に戻され、ウルトラマンサムスとSAMSはそれぞれ去っていった。そうして、ようやくもとの静寂が訪れたが・・・それでもトオルは、しばらくの間そこに留まっていた。祖父に散々心配をかけてしまった今、どんな顔をして家に帰ればいいのかも、今まで起こったことをどう説明すればいいのかも、わからなかった。だが、いつまでもそうしているわけにもいかない。ウルトラマンサムスとSAMSの活躍のおかげで、村が被害を受けることはなかったが、だからといって祖父が無事だという保証もない。どんどん大きくなっていく祖父の安否への不安には勝てず、ためらいながらもトオルは、家に帰る足を踏み出した。

 重い足取りで歩き続けた末、ようやくたどり着いた家は、戦闘の被害など受けておらず、何もかも元のままだった。そして・・・家の玄関の前には、既に夜も遅いというのに、ジツイシがポツンと立っていた。2人が互いに気がついたのは、同時だった。思わず足を止めたトオルだったが、ジツイシもまた、自分からトオルに近づいてこようとはしなかった。

 結局歩み出したのは、トオルだった。一歩ずつ、恐る恐るといった様子で近づいてくるトオルを、ジツイシはジッと見つめていた。そして・・・

 「・・・おかえり、遅かったな。あんまり年寄りに心配かけさせんでくれ」

 目の前に立ったまま、何も言うことのできない孫にそう迎えの言葉をかけたジツイシの表情は、とても穏やかだった。そして、トオルはそのまま、家の中に迎え入れられたのだった。

 こっぴどく怒られることも当然と覚悟していたトオルだったが、食事を作ってくれたときも、風呂に入るように勧めてくれたときも、結局ジツイシがトオルを叱ることはなかった。そして、麦茶を出されたところで、トオルは思い切って自分から尋ねてみた。しかし・・・

 「そんなことはいらんよ。もう十分、ひどい目にあったって顔しとるぞ」

 トオルの顔を見ながら笑みを浮かべ、ジツイシは言った。思わず再びうつむくトオル。

 「お前が風呂に入ってる間に、ヨシキが来てな。何があったかは、あいつから聞いたよ」

 ジツイシはそう言った。

 「・・・ショックだったか?」

 ジツイシのその言葉に、トオルは小さくうなずいた。

 「・・・信じられない。あんなに優しかった山が・・・」

 消え入るような小さな声とともに、トオルの目から一筋、涙が零れ落ちた。

 「・・・ヨシキ兄ちゃんの言うとおり、僕はただ、山に甘えてただけだったのかもしれない。僕がそんなだったから、山も・・・。僕は、山に嫌われちゃったのかな・・・?」

 ジツイシは黙ってそれを聞いていたが、やがて、口を開いた。

 「そうだな。少し、嫌われたかもな」

 率直なジツイシの言葉に、トオルはまた少し、視線を下げた。

 「だが、わしはそれでよかったと思ってる。お前には少し気の毒だがな」

 「え・・・?」

 「人も山も、昔から持ちつ持たれつの関係にある。わしらは山の恵みで生きてきたし、わしらはそれに感謝し、山の手入れをしてきた。だがな、結局人は人、山は山なんだ。お互いに入ってはいいところ、いけないところってものがある。どんなに仲が良くても、それを破ってしまえば・・・お互いにとって、とりかえしのつかないことになるかもしれないんだ。お山はそれをわかっていたから・・・お前を追い出したんだろう」

 ジツイシの言葉に、トオルはコジマが言っていた「お前は人間だ」という言葉を思い出した。

 「・・・僕はもう、山に入っちゃいけないのかな・・・」

 トオルはポツリと、そう言った。しかし・・・

 「お山は広い。大きさだけじゃなく、心もだ。お前が行きたければ、またいつでも行けばいい。トオル・・・今度はさっき言ったことを忘れるな。人間として、お山を大事にしてあげるんだ。いいな?」

 トオルは黙ってそれを聞いていたが・・・やがて、しっかりとうなずいた。ジツイシはそれを目を細めて見届けると、テーブルから立ち上がり、元の山仕事の道具の手入れに戻った。

 「・・・爺ちゃん」

 「ん?」

 背中にかけられた声に、ジツイシは手を休めることなく答えた。

 「今度、爺ちゃんの仕事・・・手伝わせてくれないかな?」

 「・・・」

 手をピタリと止め、しばらく何も言わなかったジツイシだったが・・・

 「・・・ああ、いいぞ。ただ、鉈はよく切れて危ないからな。今度山に入る前に、一度使い方を教えてやる」

 そう言って、微笑んだ。




 よく晴れた空に輝く朝の太陽の光を受け、水田に張られた水がキラキラと輝いている。その一面に満遍なく植えられた稲の青い苗が、吹き抜けていく朝の風に、サワサワと音をたててそよいでいた。その水田の間を貫くあぜ道を、自転車に乗って真っ直ぐに走っていく学生服の少年の姿を、少し離れたところに停められたブリティッシュグリーンの車の脇に立つ2人の人物が見つめていた。

 「・・・心配する必要、なかったみたいだね」

 「ああ、そうでなくっちゃな。いつまでもウジウジしてたんじゃ、今度こそ完全に「彼女」にふられちまうよ」

 安心したような表情で呟くサトミに、コジマはうなずいた。

 「・・・こんなところで見送るだけでいいの?」

 「他に何をしろってんだ? 男はふられたら、自力で立ち上がるもんだ。そうやって男は強くなっていくんだよ。愛か、誠か、苦しみか。戦いの道、火の地獄。何があるのか知らないが、男は一人で行くものさ」

 「ふぅ〜ん・・・」

 「なんだ、その胡散臭そうな目は?」

 「別に〜」

 憮然とした表情を向けるコジマから、サトミはとぼけるように顔を逸らした。その視線が向かった先に、あの山の姿が映る。

 「・・・結局、なんであんなことが起きたのかな? やっぱり、例の宇宙線の仕業だったのかな?」

 「さてな。判断材料が少なすぎてよくわからないって、アヤさんも珍しく困ってたけど・・・」

 コジマはそう言ってから、あっけらかんとした表情で空を見上げた。

 「ま、なんでもいいんじゃないか? いい女との出会いに、理由なんかないさ」

 「ほんとに適当だね、コジマさんって」

 「お前に言われたかねぇよ」

 コジマはそう言うと、その場でうんと体を伸ばした。

 「さて、と。そろそろ戻るか。キャップに無理言って残らせてもらったからな」

 「そうだね」

 2人はそう言葉を交わすと、ウィンディに乗り込んだ。

 「さぁ〜って、出発しますか。お客様、シートベルトはしっかりとお締めください」

 「・・・それは守るが、くれぐれも安全運転だぞ? わかってるな?」

 「安心して。安全運転かつ最短タイムでマリナーベースまで戻るから。Da! Da! Dash!! 若さ全開!! 胸に愛を抱いて魂(ソウル)の血潮で勇気のアクセル踏み込めグッと!!」

 「おい・・・」

 嫌な予感がして、コジマが何か言おうとしたそのときだった。

 ギュオオオオオオオオオオッ!!

 いきなりサトミがアクセルを吹かしたことによって、コジマはシートにグッと体を押し付けられた。

 「発進! アクセル踏んで燃えろアドベンチャー! どこまで走れるんだろう、確かめたいよ、この力の限りまで!!」

 「確かめんなぁぁぁぁぁ!!」

 爆音とコジマの絶叫だけを残し、ブリティッシュグリーンの車は去り・・・緑の山々の懐に抱かれた小さな村は、再び平穏な時を取り戻した。


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