東京湾に浮かぶ巨大人工島、東京第24区「海上区」。この地にそびえる巨大基地「マリナーベース」では、地球防衛軍の誇る対怪獣特殊部隊「SAMS」が日夜地球防衛の任務に励んでいる。

 が・・・怪獣の出現や宇宙人の侵略がない限り、彼らの日常はいたって平穏なものである。

 その事件は、その平穏の中で幕を開けた・・・。


スペシャル

小さな逃亡者


可変戦艦ロボットモビーディクス
小人宇宙人ピリカ星人
登場


 「はぁ・・・」

 円卓に頬杖を突き、ため息を吐くヒカル。隣に座っていたサトミが、それを聞きつけて顔を向ける。

 「どしたの、ヒカルちゃん? ため息なんかついちゃって。ひょっとして・・・ニイザ君とケンカしちゃったとか? それとも、体重が増えちゃったとか?」

 「ち、違いますよ! そんなんじゃありません!」

 慌てて手を振って否定するヒカル。

 「困ります。サトミさんはすぐにそんな風に考えるんですから」

 「ごめんごめん。でも、そういうことじゃないとしたら、一体どうしたの?」

 「そうそう。俺たちでよかったら、相談に乗るぜ」

 「男は横から口挟まないで。女の子の悩みはデリケートなのが多いんだから」

 話題に乗っかってくるコジマを牽制するサトミ。しかし、ヒカルは苦笑しながら首を振った。

 「いえ、そんなおおげさなことじゃないんです。ただ、最近おかしなことがあって・・・」

 「おかしなこと?」

 「はい。勤務が終わって部屋に戻って、ご飯を食べた後にデザートを食べようとすると・・・いつのまにか、デザートが少しだけなくなってるんです」

 「少しだけなくなってる?」

 「このあいだはケイスケ君が買ってきてくれたケーキを食べようとして、お皿に乗せてテーブルの上に置いておいたんですけど・・・隣の部屋に置いてあった雑誌を取りに行って戻ってきたら、少しだけ欠けてたんです。昨日も同じようなことがあって。リンゴをむいて切っておいて、ちょっと目を離してたら・・・」

 「切っておいておいたリンゴがひときれなくなっていたとか・・・そんなところかな?」

 自然に話題に入ってきたアヤがそう言うと、ヒカルはうなずいた。

 「ふぅん。たしかに大げさなことじゃないが、おかしな話だな」

 いつものように机でぼんやりしていると思いきや、しっかり聞いていたらしく、オグマがのんびりと感想を口にする。

 「困ってるっていうほどのことじゃないんですけど・・・なんだか、気になって」

 「なるほどね。でも、なくなってるのが食べ物ばかりとなると、アヤさんお得意の幽霊とかじゃなさそうだね」

 サトミの言葉に、アヤが無言でうなずく。

 「まぁ、ちゃんと生身の体がある奴の仕業だろうな。とはいっても、誰かがヒカルちゃんの部屋に忍び込んで高速でつまみ食いをしてるとも考えづらいし。そうなると、残る可能性は限られるな。まず、ネズミ」

 「ネ、ネズミですか?」

 ヒカルがちょっと怯えた表情をする。いくら動物好きとは言っても、さすがにネズミは苦手なようだ。

 「今どき人の住んでる部屋の中にまでネズミが出てくるなんて、よっぽどのことだと思うけど。コジマさんの部屋ならおかしくなさそうだけど」

 「俺の部屋は綺麗に整理整頓されてるわ。部屋をネズミが出るような状態にするなんて、清潔第一の医者の恥だよ。お前の部屋の方が、よっぽどネズミが出そうじゃないか」

 「あたしの部屋だってきちんと整理されてるよ!」

 言い返すサトミ。

 「まぁ、ヒカルちゃんの部屋にネズミが出るとは考えにくいな。となると・・・残るはところ構わず現れる、神出鬼没のアイツか・・・」

 「アイツ?」

 首を傾げるヒカルに、大きくうなずくコジマ。

 「そう。数億年の昔から姿を変えず、どこからともなく姿を現して人類を恐怖に脅かす、黒い悪魔。その名は・・・」

 そこまで言ったとき、サトミとアヤが慌ててそれを止めようとしたが・・・。




 その頃、パトロールから戻ってきたニキとケイスケは、ミッションルームのすぐ近くまで来ていた。

 「そうだ、リーダー。あとで時間ありますか? フライトシミュレーターの訓練に付き合ってほしいんですけど」

 「ええ、いいわよ。極東支部に送らなきゃならない報告書が一つあるから、それを送ったらね」

 と、そのときだった。もはやすぐそこに見えているミッションルームのドアの向こうから、突然絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。

 「!? 今のは・・・」

 「ヒカルの声ですよ!!」

 すぐに走り出すケイスケにわずかに遅れ、ニキがその後に続く。あっという間にたどりついたケイスケの前で、ドアが開く。

 「ヒカルッ!!」

 「どうしたんですか!?」

 と、勢いよくミッションルームに踏み込んだニキとケイスケは、目の前の光景に唖然とした。

 まず、床にぺたんと尻餅をついた姿勢のまま、頭を抱えたヒカルがしきりに何かうわごとのようなことを言っている。

 そして・・・その背後にはプロレスラーが弟子入りしたくなるほど見事な卍固めをサトミに決められ悶絶するコジマと、その傍で異様な気配を放ちながらブードゥー人形に針を刺そうとしているアヤの姿があった。

 「お帰り。ご苦労さん」

 ただ一人、オグマだけが何事もなかったかのような様子で、パトロールから戻った2人に労いの声をかけた。

 「一体・・・」

 「何があったんですか・・・?」

 「コジマが「禁断の呪文」を口にしちゃったの」

 呆然とした様子で尋ねる2人に、オグマはあっけらかんとした表情で答えた。

 「何やってんの! ヒカルちゃんの部屋にゴ・・・アレがいるかもしれないなんて言うなんて!!」

 「いるかもしれないって言っただけ・・・あだだだだだだだ!! 折れる! 折れるっての!!」

 「それすら禁句だよ・・・。某巨大テーマパークのネズミのマスコット並みにね・・・」

 ますますしっかりと技を決められ悲鳴を上げるコジマと、いよいよ人形に針を刺そうとしているアヤから目を離し、ケイスケはヒカルに近づいた。

 「おいヒカル、どうした? 何があった?」

 ケイスケの声を聞いて、ヒカルは顔を上げた。涙目になっていることにぎょっとするケイスケ。

 「私の・・・私の部屋に、アレがいるかもしれないんです・・・」

 「アレ・・・?」




 「困ったもんだな、あいつにも」

 冷蔵庫から取り出したビールをテーブルの上に置きながら、ケイスケはそう言った。

 『だが、仕方のないことではないのか? 誰でも苦手なことぐらいあるだろう。我々M78星雲人にしても、寒さが特に苦手な者などはいる』

 その言葉に答えるように、声がケイスケの頭に響く。その声にあわせるかのように、テーブルの上に置かれている奇妙なスティックの先端の宝石が明滅する。

 「それは苦手は苦手でも、体質的なものだろう? あいつの場合は、どうにか克服しようとすれば、なんとかなる類の問題じゃないか」

 ビールをグラスに注ぎながら、ケイスケは額をかいた。

 『確かに、それはそうかもしれないが・・・』

 「百歩譲って苦手なものは仕方ないとしても、ものには限度ってものがあるぞ。ゴキブリの名前を聞いただけであの怯えようってのは、さすがになんとかしてもらわないと。第一、かっこがつかないじゃないか。地球を守る警備隊、モンスター・アタック・チームであるSAMSの隊員が、怪獣や宇宙人なんかよりゴキブリの方が怖いなんて・・・」

 そう言いながら、グラスを口に運ぶケイスケ。が、まさにそれを傾けようとしたそのとき、突然電話が鳴り始めた。

 「・・・?」

 訝しげな表情を浮かべながらもグラスを置き、受話器を取るケイスケ。

 「はい、ニイザですが?」

 『ケイスケ君ですか!? お願いします!! すぐに私の部屋まで来てください!!』

 受話器の向こうから飛んできたこの世の終わりを告げるような絶叫に、思わずケイスケは慌てて受話器を耳から離した。




 「この際だから言っておくぞ」

 憮然とした表情で、ケイスケは切り出した。

 「俺は確かに、平和を脅かす怪獣や宇宙人と戦う仕事をしているし、そのためだったら寝ているところを叩き起こされようが、休暇中に呼び出されようが、文句を言わずにどこへでも駆けつけるつもりだ。だが、キャップもいつも言っているように、俺たちには決まった守備範囲ってものがある。なんでもかんでも出動していたら、いくら俺たちだって身がもたない。そこでお前に訊く。部屋にゴキブリが出たから退治してほしいっていうのは、SAMSへの出動理由として、果たして正当なものだろうか?」

 「そんなこと言われても・・・」

 下を向いて、いじけるような表情をするヒカル。ただでさえ実際より幼く見えるのに、仕草によってさらに幼く見える。

 「自分でどうにかしないといけないことなのは、わかっています。 ・・・でも、お願いします。このままじゃ私、怖くて眠ることもできません・・・」

 「・・・」

 必死の様子でケイスケに頭を下げるヒカル。俺も大概甘いなと心の中でため息を吐きながら、ケイスケは部屋の隅にあるカラーボックスに顔を向けた。

 「・・・ゴキブリは、あれの後ろに逃げ込んだんだな?」

 「はい。あれからずっと見てましたけど、出てきてはいません。まだあそこにいるはずです」

 「わかった。しょうがない、やってやるよ。次からは自分でやれるように、しっかり見とけ。戦い方を教えてやる」

 ケイスケはそう言うと、右手にスリッパ、左手にトリガーノズル式の殺虫剤のスプレーという、対ゴキブリ用フル装備で近づいていった。

 カラーボックスと壁の間には、5センチにも満たない狭い隙間があった。ここに殺虫剤を噴射すれば、大慌てでゴキブリが飛び出してくるはずだ。そこをスリッパで叩き潰せばよい。仮に飛んだとしても恐怖に駆られることなく冷静に対処できるよう、頭の中で必殺のパターンをシミュレーションすると、ケイスケはおもむろにスプレーのノズルを隙間に向け、トリガーに指をかけた。そして・・・

 「待ってください」

 「「!?」」

 突然聞こえてきた声に、ケイスケは思わず、トリガーにかけた指を離した。

 「ヒカル・・・今、何か言ったか?」

 振り返りながら尋ねるケイスケだったが、ヒカルはぶんぶんと首を振った。すると・・・

 「僕は君たちがゴキブリと呼ぶ生物ではありません。また、あなたたちに危害を加えるつもりもありません。今から出るから、その武器を使うのはやめてください」

 流暢な日本語で語りかける声が、再び2人の耳にはっきりと聞こえた。しかもそれは、ケイスケが殺虫剤を噴射しようとしていた、カラーボックスと壁の隙間の中から聞こえてくる。あまりに奇妙な出来事に、ケイスケは言葉を失っていたが・・・

 スッ・・・

 やがて、その隙間から、それは静かに歩み出てきた。

 「小人・・・さん?」

 ヒカルはその姿を見て最初に頭に思い浮かんだ言葉を、素直に口にした。

 そう、それはまさに、伝説や童話によくその姿を見る「小人」そのものだった。身長15cmにも満たない、奇妙なデザインの緑色の服を着た「小人」である。が・・・

 「・・・!」

 ヒカルよりも早く本来の自分を取り戻したケイスケは、彼女を守るように素早く移動した。

 「・・・宇宙人か?」

 ケイスケが鋭い視線で見据えながら尋ねると、小人はうなずいた。

 「ぼくの名はパピ。ピリカという星から来ました」

「こんなところに、一体何の用だ? ここがどこだかわかっているのか?」

 「ケ、ケイスケ君、そんな言い方で訊かなくても・・・」

 自然に詰問口調になるケイスケに、後ろからヒカルが意見する。

 「いえ、警戒なさるのは当然です。もちろん、ここがどういう場所なのかは知っています。ですが、仕方がなかったのです。乗ってきた宇宙船がここのそばに不時着し、体を休められる場所は、ここしかなくて・・・」

 パピと名乗る宇宙人は、ヒカルに顔を向けた。

 「あまりお腹が減ったので、つい無断で食べ物を食べてしまいました。許してください」

 「き、気にしないでください。こっちこそ、ゴキブリなんかと勘違いしちゃってすみませんでした」

 そう言って、ヒカルは自らもパピに頭を下げた。

 「おい、ヒカル・・・」

 「とっても礼儀正しい人じゃないですか。警戒するのはわかりますけど、こっちも丁寧にお答えするのは礼儀なんじゃないですか?」

 「それはそうかもしれないが・・・」

 複雑そうな表情で頭をかくと、ケイスケは再びパピに視線を戻した。

 「・・・宇宙船が不時着したと言ったな? 地球に一体、何をしに来たんだ?」

 ケイスケがそう尋ねると、パピはうつむいて少しの間黙り込んだ。

 「それを聞かれるとつらい・・・。大勢の友達を見捨てて逃げてきたのです」

 「え?」

 「話したくない・・・ということか?」

 「・・・すみません。でも、決して後ろめたい理由ではありません。話せば・・・いや、ここにこれ以上いるだけでも、あなたたちに迷惑がかかるからです」

 「迷惑?」

 「ぼくには敵がいるんです。恐るべき敵です。やがてはぼくを追って、この星へ来ると思う・・・。あなたたちを巻き添えにしたくはないのです」

パピはそう言った。そして・・・

 「ですから、ぼくはもうここから出て行きます。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。さようなら・・・」

 そう言って、部屋から出て行こうとするパピ。だが・・・

 「ちょっと待ってください」

 素早くその前に回り込んだヒカルが、その行く手に手で壁を作って止める。彼女はそのまま大切そうにパピを掌に乗せると、目の前まで持っていった。

 「そんなこと聞いたら、なおさらあなたを行かせる訳にはいきません。詳しい事情は知りませんけど、ここに隠れていたほうが安全ですよ。そうですよね?」

 ヒカルが顔を向けると、ケイスケはうなずいた。

 「たしかに、それは言えるな。それに、素性不明の宇宙人を自由に歩き回らせるわけにもいかない。どっちにしろ、それについては賛成だ」

 「もう・・・」

 ケイスケの答えに、ヒカルは少し憮然とした表情を浮かべた。

 「とにかく、安心してください。あなたは私達が守ります」

 ヒカルがそう言うと、パピはうつむき、目に涙を浮かべた。

 「ありがとう・・・。地球の人たちはなんて親切なんだろう。ピリカ星を代表して深く感謝の意を表します」

 「なんだか大げさだな・・・」

 礼儀正しく感謝するパピに、ケイスケは苦笑を浮かべた。

 「・・・とりあえず、キャップたちにも秘密にしておこう。いきなり危害を加えるようなことはないだろうけど、SAMSとして正式に身柄を扱うとなると、いろいろと面倒なことになりそうだしな。それに、話が大きくなるとその「敵」とやらの目にもつきやすいだろうし・・・」

 「そうですね。それじゃあ、パピさんには私の部屋の中でしばらく過ごしてもらいましょう。いいですか、パピさん?」

 「恐縮です。でも、やはりいつまでも長居することはできません。ぼくは一刻も早く、ピリカ星に戻らなければならないのです。星に残してきた仲間たちが心配で・・・」

 「わかった。できる限りの協力はさせてもらおう。でも、一体どうすればいい? 俺たちは、君の星がどこにあるのかも知らないが・・・」

 「この基地の外に、ぼくの乗ってきた宇宙船が不時着しています。不時着のショックで壊れてしまっていますが、あれさえ直せれば・・・」

 「そうか。それじゃあ、これから探してこよう。もしかしたら直せるかもしれない」

 「ありがとうございます。宜しくお願いします」

 パピは深く頭を下げた。




 それから数十分後。ケイスケはマリナーベースの敷地のはずれを、懐中電灯を片手に歩いていた。

 「あいつの話じゃ、たしかこのあたりに落ちたって言ってたが・・・ん?」

 と、懐中電灯の光に、地面の上に転がっている奇妙な物体が浮かび上がった。急いで駆け寄り、それを確認するケイスケ。

 それは、確かに人工物だった。全体的な形状は、バドミントンのシャトルにもよく似ている。大きさは両手で持つのにちょうどよいぐらい。底面には噴射孔らしき穴が5つ開いており、大きさを除けば、たしかにロケットと言われればそう見えなくもない。パピの体の大きさからすれば、これに乗ってきたとしても不思議ではないだろう。

 「これ・・・なんだろうな、たぶん」

 他にこんなところにこんなものが落ちているいわれもない。ケイスケはとりあえず持ってきた布でそれをくるむと、目立たないようにしてから両手で持って歩き始めた。

 「・・・サムス、いいか?」

 『ああ、ケイスケ』

 ケイスケの声に、彼の制服の胸ポケットの中が淡い光を放ち、その耳に声が届く。

 「訊きたいことがあるんだが・・・」

 『わかっている。彼の言うことを信用してよいのか・・・もしくは、ピリカ星という星について知っているか・・・といったところだろう?』

 「ああ、そのとおりだ」

 質問の先を読んだサムスの言葉に、ケイスケはうなずいた。

 『彼が信用できるかどうかは、まだ私にもわからない。一目で相手の本性を見抜いたり、相手の心を読んだりするようなことは、いかに我々でも不可能だ。ピリカ星についてだが・・・その星についても、残念ながら我々は知らない。宇宙は我々にとっても、果てしなく広大な世界だ。我々の知らない星、我々の知らない知的生命体はまだまだ数多い。すまない、ケイスケ。期待に応えられず・・・』

 「いや、ありがとう。気にしないでくれ」

 ケイスケは苦笑した。

 「・・・こちらこそ、すまない。俺がまだあいつを完全に信用できないこと・・・同じ別の星から来た人間として、嫌な気分じゃないか?」

 『いや。君たちが今まで辿ってきた歴史を考えれば、異星人を警戒するのは仕方のないことだろう』

 ケイスケの気遣いに穏やかに答えるサムス。

 『私は君の姿勢もヒカルの姿勢も、どちらも間違ってはいないと思っている。君は地球を護る者として、ヒカルは同じ宇宙に住む命との友好を願う者として、どちらも正しいことをしているはずだ』

 「ありがとう、サムス」

 ケイスケはそう礼を言うと、腕の中のロケットを見た。

 「とりあえず、これを直すのが先決だな・・・」




 2日後。ここ数日同様、怪獣の出現も未確認飛行物体の目撃報告も怪事件の調査依頼も何もなく、マリナーベースは日没を迎えようとしていた。

 「ん・・・そろそろ時間だな」

 オグマのその呟きに、ケイスケとヒカルが同時に顔を上げる。オグマはリストシーバーの時刻表示を見つめていたが・・・

 「・・・はい、ご苦労さん。ただいまをもって、本日の定時勤務を終了する。当直は予定通り、ニキとコジマが担当。その他の隊員は各自自室にて待機せよ。以上。歯ぁ磨けよ? 風呂入れよ? 宿題やれよ?」

 「お疲れ様でした!!」

 立ち上がり、一斉に敬礼をするメンバーたち。と・・・

 「「お先に失礼します!!」」

 ケイスケとヒカルは机の上をあっというまに整理すると、ミッションルームから2人一緒に風のように出て行ってしまった。

 「なんだ、ありゃ・・・」

 「さぁ・・・」

 共に首を傾げるオグマとアヤ。

 「・・・なぁるほど」

 「・・・何? その不気味な笑い」

 「なんだかんだ言って、あいつらも恋人同士なんだ。制服から着替える時間も惜しいぐらい、たっぷり愛し合いたいときだってあるだろうさ。何しろ、シーゴラス、シーモンスに例えられるぐらいだからな。仲のよさもさることながら、いざというときの激しさもきっと怪獣級・・・」

 と、コジマがそこまで言いかけたとき、クリップボードの角がその後頭部を直撃した。

 「グハァ!?」

 「・・・SAMSの誓い、第3条。SAMS隊員はいついかなる時も自らの責務を自覚し、それにふさわしい言動を心がけること。言動は常にエレガントでありなさい。エレガントに・・・コジマ君?」

 口調はこの上なく優しいが、目が笑っていないニキの声が、コジマの背中に突き刺さる。

 「はい・・・以後改めて心がけます、副隊長殿・・・」

 後頭部を押さえることもままならず、その場で直立不動となるしかないコジマであった。




 「ふう・・・」

 ケイスケは宇宙船から顔を離し、大きく息をついた。

 「・・・難しい」

 そう言うと、ケイスケはつけていたゴーグルを外し、ドライバーを一旦工具箱に戻した。

 「直りそうですか?」

 「やってはいるけど・・・そう簡単にはな。この大きさの中に、見たこともないメカがぎっしりなんだ。中学のとき作ったボトルシップも大変だったけど、これはその比じゃないな・・・」

 「申し訳ありませんが、宜しくお願いします。なんとか一日も早くお願いします」

 「私からもお願いします、ケイスケ君」

 「わ、わかってるって。全力でなんとかするから、2人揃ってそんな目で見るのはやめてくれ」

 哀願する2人に、ケイスケは慌ててそう言った。

 「とりあえず、一息入れさせてくれ。ヒカル、悪いけど紅茶でも淹れてくれないか?」

 「わかりました。ちょうどこのあいだ、いい茶葉を手に入れたところなんです」

 笑顔で立ち上がるヒカル。やがてヒカルはいつものように無駄のない手際で紅茶を用意した。

 「どうぞ」

 「ありがとう」

 ティーカップに注がれる紅茶の香りを吸い込み、くつろいだ笑みを見せるケイスケ。

 「パピさんもどうぞ」

 「ありがとうございます。いただきます」

 そう言ってヒカルは、一旦小さなスプーンにすくった紅茶を、パピの目の前に置かれた小さなティーカップに注意深く移した。

 「どうしたんだ? それ」

 「おもちゃ屋さんで買ってきたんです。お人形遊びの道具なんですけど・・・」

 「すみません、いろいろとお心遣いをさせてしまって・・・」

 「いいんですよ。一緒にお茶を飲める人が増えて、私うれしいです」

 ヒカルは笑ってそう応えた。

 「ところでパピさん。前から聞きたかったんですけど・・・パピさんって、おいくつなんですか?」

 「ああ、そうだな。初めて会ったときから、ずいぶん丁寧なしゃべり方をしてるし、受け答えもしっかりしてる。確かに気になるな。見かけだけじゃわからないが、もしかして、もう立派な大人なのか?」

 何気なくヒカルの発した疑問に、ケイスケもうなずく。

 「このあいだ、10歳になりました。でも、ピリカ星でも10歳はまだ子どもです」

 「へぇ、10歳にしては、ずいぶん落ち着いた雰囲気だな。地球人の場合、10歳ならまだ小学生だけど・・・ピリカ星にも、小学校ってのはあるのか?」

 ケイスケがそう尋ねると、パピはうなずいた。

 「もちろんあります。でも、ぼくはもう大学まで出ちゃいました。8歳の時に」

 パピがこともなげにそんなことを言ったため、ヒカルはカップを落としそうになり、ケイスケは紅茶を噴き出しかけた。

 「だ、大学を出た!?」

 「8歳でですか!?」

 「ええ、本当です」

 すんなりとうなずくパピ。どうやら、本当のことらしい。ケイスケとヒカルは、顔を見合わせた。

 「・・・天才だな」

 「別に大したことじゃないです」

 「大したことですよ! 私達の身近にも一人、天才って呼べる人がいますけど、その人だって大学を出たのは18歳の時なんですよ?」

 ヒカルがそう言うと、パピは笑って言った。

 「地球ではそうかもしれませんけれど、ピリカ星では珍しくないんです。子どもでも大学に入るのに年齢制限なんてありませんし、大学を卒業すれば、大人も子どもも区別はありません。それぞれ自分の好きな仕事、向いた仕事に就けるのです。選挙で選ばれれば、10歳で大統領になることもあるんですよ」

 「ふぅん・・・俺たちも昔と比べるとだいぶ進歩してきてると思ってたけど、さすがにそこまではまだまだだな。しかしすごいな、10歳の大統領か・・・」

 「ケイスケ君なんて、学級委員にもなったことないって言ってたじゃないですか、ウフフ・・・」

 「ほっとけ」

 そっぽを向くケイスケを見ながら、くすくす笑うヒカル。そんな2人を前に、パピがなんともいえない複雑な表情を一瞬見せたことに、2人はそのとき、気がつかなかった。




 その日の夜。地球の静止軌道上に浮かぶ宇宙ステーションV7では、一つの事件が幕を開けていた。

 全フロアに非常警報が鳴り響く中、V7の中枢である管制センターでは、オペレーターたちが目の前のコンソールに表示される情報を注意深く見守っていた。と、管制センターの入口のドアが突然開き、制服姿の初老の男が入ってくる。入口に立つ警備兵が敬礼を送る一方、それまでオペレーターたちに指示を下していた男が、彼の元に駆け寄った。

 「お休み中のところ申し訳ありません、司令」

 「かまわん。それより、状況の説明を」

 管制センター内の自分の席に向かいながら、ウェリッジ司令は副司令に尋ねた。

 「ハッ。今から18分前に、宇宙レーダーがJT−1245宙域に次元の歪みの発生を観測。それから2分後、次元の歪みの発生ポイントにワームホールの発生を確認しました。さらにその中から、未確認飛行物体の出現を確認。現在物体は地球に向けての飛行ルートを直進しています」

 「物体の正体は?」

 「ワームホールから出現した以上、ただの隕石などではないと思われますが、レーダーの観測結果からでは、まだ確認はできません。これは独断ですが、すでにパーシヴァル隊に飛行物体の正体確認のための出撃を命じました。3分13秒後に、目標とのコンタクト予定です」

 正面の大型モニターには、こちらに向かって進行中の飛行物体が「UNKNOWN」の文字と共に赤い三角で表示され、それに対して急行中の3機のステーションナイトが緑色の三角形で表示されている。同時に表示されている接触予想時刻のカウントは、見ている間にも刻まれていく。

 「適切な判断だ。全セクションに第二種警戒体制発令。ガウェイン隊、ランスロット隊はスクランブル用意。以降の対応は、パーシヴァル隊からの報告を待つ」

 「了解」

 ウェリッジからの指示を副司令が復誦し、オペレーターたちはすぐさまその指示を実行へと移していった。




 漆黒の宇宙空間を切り裂くように、3機のステーションナイトがデルタ隊形を組んで飛行していく。いずれの機首にも、杯のノーズアートが描かれていた。

 「パーシヴァル01より各機へ。間もなく接触予定ポイントだ。理解しているとは思うが、命令はあくまでアンノウンの正体確認だ。許可あるまで、こちらからの発砲は禁ずる。いいな?」

 『02、了解』

 『03、了解』

 部下に確認の指示を下すと、パーシヴァル隊隊長のオザキは、操縦桿を握りなおした。

 「さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・」

 口からそんな呟きが漏れたそのとき、コクピット内に電子音が響いた。モニターに目をやると、望遠レンズの捉えた未確認飛行物体の姿が、そこには映し出されていた。

 『クジラ・・・?』

 部下たちのモニターにも、同じものが映っているに違いない。部下の一人の漏らした呟きが、スピーカーを通して聞こえた。

 たしかにそれは、クジラとしか言いようのないかたちをしていた。厳密に言えば、その特徴的な四角い頭部を見れば、マッコウクジラそのもののかたちだった。無論、マッコウクジラそのものが宇宙空間を泳いでいるわけではない。マッコウクジラそっくりの形をした宇宙船が、こちらに向かって飛んでいるのである。ただし、大きさは本物のマッコウクジラには全く及ばない。大きさから見れば、ステーションナイトよりも小さいぐらいである。

 「やはり、宇宙船か・・・」

 その姿を確認すると、オザキはV7に連絡を入れた。

 「パーシヴァルよりアーサー。目標を確認。自動車程度の大きさだが、地球外の宇宙船と思われる。現在のところ、こちらへの攻撃の意思は見られない。指示を乞う」

 『こちらアーサー。目標に停止、もしくは転進を指示せよ。指示に従わない場合、警告攻撃を実施。なおも地球への進攻を続行、もしくは攻撃を行ってきた場合、交戦を許可する』

 「了解。目標に停止を指示する」

 無駄のないやり取りで自らの行うことを確認すると、オザキは部下を率いて一度宇宙船を追い越し、Uターンを行い、追跡を始めた。それが最高時速なのかはわからないが、宇宙船の速度はステーションナイトのそれと比べても、それほど速いわけではない。労せずして宇宙船に追いついた3機のステーションナイトはそれを取り逃がさぬようフォーメーションを組み、宇宙船と同速度で飛行し始める。宇宙船の外装には、砲塔やミサイル発射口などは見られない。油断は禁物とはいえ、依然として宇宙船にこちらを攻撃するような様子は見られなかった。

 「・・・飛行中の宇宙船に告ぐ」

 全宇宙語翻訳装置(パン・スペース・インタープリター)を作動させた上で、オザキはおもむろに口を開いた。

 「こちらは地球防衛宇宙軍宇宙ステーションV7所属、第4戦術戦闘飛行隊「パーシヴァル」。現在そちらのとっている飛行ルートは、地球へ向かうものであり、このまま進攻すれば、我々の定めた地球圏防衛第一次ラインを超えることとなる。直ちに速度を落とし停止、もしくは転進せよ。この警告が受け入れられない場合、そちらに対し警告攻撃を実施する。その上でなおも進攻を継続した場合は、撃墜を目的とした攻撃を実施する。繰り返す・・・」

 同じ警告を2度繰り返し、オザキは相手の出方を待った。相手は異星人と思われるが、これまでに現れた異星人はほぼ例外なく、高性能の翻訳装置などを用いて、こちらとの意思疎通を行うことが可能であった。万が一向こうがこちらの言葉を解さなかったとしても、悪意がないのであれば、こちらが警告攻撃を行えば、宇宙船が故障などしていない限り、引き返すだろう。と・・・

 『了解した。ただちにそちらの停船指示に従う』

 「!」

 警告から間もなく、スピーカーから聞き覚えのない、しかし流暢な日本語の声が聞こえてきた。モニターに表示される情報を確認するオザキ。その通信は間違いなく、目の前の宇宙船から聞こえてきた。

 『隊長、宇宙船が減速していきます』

 部下の言葉通り、宇宙船は見る見るうちにスピードを落としていき・・・そして、完全に停止した。

 『隊長・・・』

 「油断するな」

 部下に短くそう答え、オザキは停止した宇宙船の周囲を旋回しながら、再び宇宙船に対し通信を入れた。

 「・・・停船指示に従ったことに対し、心より感謝する。そちらの所属、及び来訪の目的について、明らかにしてほしい」

 すると、モニターが宇宙船から映像情報を受信したことを表示した。少しの逡巡の後、映像をモニターに映すオザキ。

 映像の切り替わったモニターに映し出されたのは、一人の男だった。暗緑色の軍服のようなものを身にまとい、目にはサングラスをかけている。頭にかぶった制帽のつばの上には、スペードに似た形の徽章が取り付けられており、見た目から受ける印象は、軍人という感じだった。身体的特徴はほとんどの部分が地球人と共通していたが、地球人と比べて鼻が尖っていたり、両耳に当たる部分からカタツムリの目のような奇妙な形の器官が飛び出していたり、手に指がなかったりなど、明らかに地球人とは異なる特徴も見て取れた。

 『初めまして、地球の皆さん。我々はピリカ星よりやってきた、ピリカ暫定政府軍特務派遣部隊。私が部隊指揮官のドラコルルです。我々に、貴官らとの交戦の意思はありません』

 ドラコルルと名乗る男は、礼儀正しいが堂々とした態度でそう言った。

 「では、そちらの地球圏来訪の目的は何か?」

 『先ほども申し上げた通り、我々は特務のため、この星へとやってきました。無論、侵略の意思などはありません。任務を完了次第、直ちにピリカ星へと帰還します。ただし、当初とは状況が変わってしまったため、我々だけでは任務の遂行は困難なのです。そこで・・・我々は貴官らに、特務への協力を正式に依頼したい』




 「おとなしくこちらの指示に従った上でお願いなんて、変わった宇宙人ですね。まぁ、問答無用で攻撃を始めたり、こっそり暗躍したりされるよりはずっとマシですけど」

 翌日の夕刻。昨夜突如として現れた宇宙人が、奇妙な「協力依頼」を持ちかけたところまでを聞き、コジマが素直な感想を漏らした。

 「うむ。実際、今のところの彼らの行動は、実に慎重だ。敵意がないことを証明するためか、宇宙船の位置を固定した上で、監視体制化に置いてもらって構わないとまで言っている・・・ん?」

 時計の針が午後5時を示してすぐ、極東基地での緊急会議が終わったと言ってミッションルームにやってきて、昨夜からの経緯を話していたムツは、突然奇妙な声を出した。

 「どうかしたか? ニイザ君、ハットリ君?」

 ムツの言葉に、彼以外の隊員たちも、その2人に目を向けた。

 「いえ・・・なんでもありません」

 「それよりも、お話を続けてください」

 なぜか強張った表情を浮かべていた2人はそう答えたが、その返事にはどこか歯切れの悪さがあった。

 「ふむ。それならばよいが・・・」

 「それで、そのピリカ星人っていう宇宙人が求めてきた「協力」っていうのは、一体何なんですか?」

 サトミに先を促され、ムツはうなずいた。

 「うむ、それなのだがな・・・簡単に話せば、こういうことになる。彼らは自分たちの星から逃亡した、ある「犯罪者」を追ってきたが、その「犯罪者」が、この地球に逃げ込んだ。「犯罪者」の逮捕のため、地球での捜査活動を許可するか、もしくは、我々にその「犯罪者」の捜索と逮捕を行ってほしい・・・と」

 「犯罪者?」

 隊員たちのほぼ全員が、素っ頓狂な声をあげる。

 「・・・それがな。なかなか、厄介な話なのだよ」

 ムツは眉をひそめ、お茶を一口飲んだ。

 「彼らは地球にやってくることになった理由を、こう話した。彼らは自分たちのことを「暫定政府軍」と名乗ったが、「暫定」というのには理由がある。彼らの話によれば、ピリカ星はつい最近まで、独裁政権の支配下にあり、政権の頂点に君臨する大統領の圧政によって、ピリカの人々は苦しめられていた。だが、そんな独裁に対して密かにクーデターの準備を進めてきた軍の一部が、それを実行。これに呼応した市民の暴動も重なってクーデターは成功し、独裁政権は崩壊した。現在のピリカ星は、そのクーデターを起こした軍と市民を中心とする暫定政府によって、復興を遂げつつあるらしい。だが・・・新たな第一歩を踏み出すために、彼らには一つ、どうしてもやらなければならないことがある」

 「なるほど・・・話が読めましたよ」

 オグマが腕を組んで、椅子の背に深くもたれる。

 「彼らが追ってきた「犯罪者」というのが、その大統領・・・というわけですね。独裁者を逮捕して自分たちの星に連れ帰り、裁判を行う・・・と」

 「まぁ、そういうことだ。クーデターの際、肝心の大統領だけは、その側近の手引きで宇宙に取り逃がしてしまったそうだ。だが、そのままにしておくことはできない。大統領を逮捕し、裁きにかけなければ、ピリカに本当の意味での新しい時代は訪れない。それがピリカの人々の意思であり、自分たちはそれに応えなければならない・・・と、彼らはそう主張しているのだ」

 ムツがうなずく。

 「彼らは大統領が脱出に使用した宇宙船がワープの際に残した超空間の波動を辿り、その行方を追った。そして・・・その結果たどり着いたのが、この地球だったというわけだ。我々が数限りない宇宙人の侵略を跳ね除けてきたという事実は、彼らの星にも知れ渡っているらしい。連絡もなしに勝手に捜査を開始すれば、侵略行為と疑われかねず、そうなれば百戦錬磨の地球の軍隊相手に勝ち目はない・・・。そう判断して、わざわざあのような接触をしてきたのだそうだ」

 「ふふん、わかってるじゃないですか」

 ご満悦といった表情を浮かべるサトミ。

 「それで彼らは、自分たちで地球に降りて調べることを許してもらうか、それがダメなら俺たちに代わりに調べてくれ、と。会議っていうのは、それについて検討するものだったんですか?」

 「うむ」

 「話の流れはわかりました。それで、会議の結果は?」

 ニキが先を促すと、ムツは再び難しそうな顔をした。

 「・・・無論、彼ら自身に調べさせるというのは却下だ。たしかに今のところ彼らは紳士的だが、本当に侵略の意思がないかどうかはわからないのだからな。過去にも、友好を装って地球人に接触してきた侵略者の事例は数多い」

 「となると、俺たち地球人がその大統領を探さないといけないっていうことになりますね」

 「でも、そんなのできるんですか? この広い地球に逃げ込んだ、たった一人の宇宙人を探し出すなんて・・・」

 サトミがもっともな疑問を口にする。すると、ムツは答えた。

 「正論だな。まず、探さなければならない範囲だが・・・これについては、そう広くはない。彼らの分析によれば、大統領の乗ったロケットが落下した場所というのは、かなり正確にわかっているそうだ」

 「へぇ。どこなんですか?」

 「それなんだがな・・・」

 コジマがそう尋ねると、ムツはそう言って足元を指で示した。

 「ま、まさか・・・」

 「そのまさかだ。彼らによれば、ロケットが落下したのはこの海上区らしい。それも、3日前だ」

 その言葉に、隊員たち全員が驚く。しかし・・・

 「待ってください・・・。それは少し・・・おかしいのではありませんか・・・?」

 それまで黙って聞いていたアヤが、声を発した。

 「そんなロケットが落下してきたのならば・・・この基地のレーダーが、それを捉えているはずです・・・。それ以前に・・・地球の近くにワープアウトしてきた時点で・・・V7に捕捉されているはずでは・・・」

 たしかに、そのとおりである。すると、ムツは素っ頓狂な声をあげた。

 「おう、しまった。肝心なことを言うのを忘れていた」

 「肝心なこと?」

 「うむ。彼らが我々と、最も異なる点なのだが・・・彼らの体の大きさは、これぐらいしかないのだ」

 そう言ってムツは、指で10cmほどの大きさを示した。それを見て、再び驚くSAMSメンバー。

 「そ、それじゃあ・・・小人の宇宙人ってことになるんですか?」

 「そういうことになるな」

 「大統領が乗ってきたロケットというのは・・・一人乗りの脱出艇のようなものですか・・・?」

 「そのようだな。そっちの大きさも、このぐらいだそうだ」

 そう言ってムツが再び示したのは、大人の首から胸ぐらいの大きさだった。

 「ふむ・・・。たしかに、そのぐらいの大きさでは・・・レーダーで捕捉するには、サイズが小さすぎますね・・・」

 納得したようにうなずくアヤ。

 「ちょっと待ってくださいよアヤさん。たしかにそれは納得できますけど・・・それじゃああたしたちは、ネズミみたいに小さな宇宙人を、この海上区から探し出さなきゃいけないってことですか?」

 「そういうことになるな」

 自分自身うんざりしているといった表情を浮かべて、億劫そうにうなずくムツ。

 「そんなぁ・・・」

 「断っちゃう、ってのはナシですか?」

 「ちょっと、コジマ君。そんなに簡単に断れるわけないでしょう」

 めんどくさそうなコジマをたしなめるニキ。

 「まぁ、気持ちはわかるがな。しかし、ことは宇宙人同士の交渉だ。ニキ君の言うとおり、そう軽々と断ったりはできん。逆に、安請け合いもできんがな」

 「それじゃあ、どうするんです? そもそも、あっちは一つの星を代表して来てるんでしょう? こっちが捜査に協力した場合の見返りとか、逆に断った場合のペナルティとか、そういうものは出してきてないんですか?」

 オグマが尋ねると、ムツはうなずいた。

 「よい質問だな。まず、見返りについてだが、もし我々が彼らに協力し大統領を逮捕することができた場合、その功績に感謝し、ピリカ星の内政が落ち着いたあかつきには、正式に地球と星間国交を結ぶことを政府に上申すると言っている。ピリカ星は文明を持つ他の星とも交流があるので、もし地球がこれから積極的な宇宙進出を考えているのならば、それらの星々に対する大きなイメージアップにもつながる・・・とな」

 「じゃあ、断った場合は? まさか逆に「地球は凶悪な政治犯を匿うようなひどい星だ」とか他の星に触れ回るとか、宇宙戦争を仕掛けるとか言ってるんじゃないでしょうね?」

 「さすがにそこまでは言っとらん。こちらがどうしてもダメだと言うのならば、おとなしく一旦出直すと言っている。ただし、当然ながらそう簡単に大統領逮捕を諦めるつもりもないらしい。今度は正式な使節団を派遣し、要求が受け入れられるまで、何度でも交渉するつもりだとな。だがこちらが要求を拒めば拒むほど、ピリカ星人の不満は募ってゆく・・・」

 「でしょうね。そのせいで暴動とかが起これば、間接的にはですが、俺たちのせいで復興が遅れるということになる。あまり、いい気はしませんね。それに、向こうが言いふらさなくても、その顛末を見た他の星の我々に対するイメージは大幅にダウンする・・・と」

 「そのとおり。向こうの言っていることは、そういうことだ。そのあたりを踏まえた上で、できるだけ早いうちに返答が欲しいと言ってきている」

 「・・・たしかに、難しい問題ですね。彼らの言っていることがどこまで本当なのか、頭から信じるわけにはいきませんが・・・もし本当ならば、本格的な宇宙進出をこれからに控えた我々にとっては、重要な問題となります」

 ニキが難しい表情をして考え込む。

 「それで司令。結局会議では、どんな結論が出たんですか?」

 オグマが尋ねる。

 「無論、昔のように話など聞かずさっさとミサイルを撃ちこめ、というような極端な意見は出なかった。ピリカ星人の要求に対して何らかの返答を行うという点においては、出席者全員が最初から合意に達していた。ただ、会議でも今出たような話が議論を呼んでな。彼らの話をどこまで信用してよいものか、喧々諤々・・・」

 「司令。俺たちが聞きたいのは、とどのつまりですよ」

 「わかっとる。まったく、お前たちはどうもせっかちでいかんな」

 「どうも。スピードが命なもので」

 小さく笑って頭を下げるオグマに、ムツは言った。

 「では、結論を言おう。地球防衛軍はピリカ星人の逃走犯逮捕への協力を決定。地球防衛軍極東支部及びSAMSは、逃走犯の捜索に当たることになった」

 ムツの言葉に、メンバーの間に緊張が走った。

 「・・・やっぱり、そういうことになりましたか」

 「彼らの話をどこまで信用できるかは別としてもだ。少なくとも、地球に宇宙からの侵入者があったという話自体は、信憑性があると判断された。先ほども話に出たとおり、この基地のレーダーやV7は何も捉えてはいなかったが、ちょうど2日前の夜、この海上区上空で流星と思われる光る物体の目撃報告が、東京湾沿岸部を中心に何件かあった」

 「それじゃあ、本当にこの海上区に宇宙人が・・・?」

 「その可能性については、事実として対応して問題ないという結論に達した。そして、その侵入者が彼らの言うように凶悪な人物ならば、我々は速やかにその身柄を確保する必要がある。過去には似たようなかたちで、大惨事に発展しかけた事例もあるからな・・・」

 「過去の事例?」

 「・・・キュラソ星逃走犯連続殺人事件・・・通称、「303号事件」のことですね?」

 ニキの言葉に、全員が彼女を見た。

 「・・・そのとおりだ。君の知識にはいつも舌を巻くよ、ニキ君」

 「リーダー、なんですか、「303号事件」って・・・」

 「ウルトラ警備隊が活動していた頃に起こった事件よ。コスモポリタス第8惑星、キュラソから逃走してきた凶悪な殺人鬼、「303号」が地球に逃走。エネルギー源のガソリンを狙って各地のガソリンスタンドやタンクローリーを襲撃し、その過程でハンターやガソリンスタンドの店員と客、パトロール中の警官などを殺害。防衛軍が発令した緊急警戒警報にも係らず、303号は都内に侵入し、民家に立てこもった末、駆けつけたウルトラ警備隊の隊員1名を催眠術で操り、ウルトラホーク1号のβ号を奪って宇宙への脱出を企てた。最終的にウルトラ警備隊は、ホーク1号を空中ドッキングさせ人質になっていた隊員を救出し、追い詰められた303号はそのまま墜落、体内のガソリンに引火して爆発した。宇宙からの犯罪者によって市民に大きな犠牲が出たばかりか、防衛チームも被害を受けかけた事件として、いまだに多くの関係者に記憶されている事件よ」

 「宇宙からの犯罪者による事件は、それだけでない。MACが活動していた頃は、侵略ではなく通り魔的殺人を繰り返す宇宙人の襲来が相次ぎ、やはり市民らの間に多くの犠牲が出た。今回はまだそうした被害は出ていないが、市民に犠牲が出る可能性が少しでもある以上は、我々は速やかにその宇宙人を拘束する必要がある」

 ムツは真剣な表情でそう言った。

 「今回侵入した宇宙人に、人間を殺傷する手段はあるのですか? 303号は口から火炎を吐く能力があったようですが・・・」

 「犬や猫程度の知能の動物を操る超能力を持っているほか、護身用の光線銃を携帯している可能性があるようだ。人間を殺害できるほどには、ピリカの光線銃の出力は高くはないようだが・・・」

 そう答えるムツ。

 「・・・了解しました。決定に従い、SAMSは海上区に侵入した宇宙人の捜索にあたります」

 「うむ。いつもすまんが、頼むぞ」

 「でもキャップ。いくら海上区の中って言っても、相手が小人みたいな宇宙人じゃ、普通に探して回って見つけるっていうのは大変ですよ?」

 「わかってる。キリュウ、Sナビのエイリアンソナー機能を使って、ピリカ星人を探すことは可能か?」

 「現在の機能では・・・そこまで小型の宇宙人を探すのは、難しいですね・・・。感度の強化が必要となります。ニューヨーク支部で先日開発された新型センサーチップを輸送してもらい・・・それを組み込んだ上で、プログラムを修正すれば・・・」

 「どのぐらいかかる?」

 「4日・・・いえ、3日はいただきたいところです」

 「わかった。司令、そのあいだ、ピリカ星人の特務部隊に待ってもらえるようにお願いできますか?」

 「わかった。そうかけあってみよう」

 「同時に、海上区全域に警戒警報を発令。陸地に通じる道路に非常線を敷き、文字通り蟻の子一匹通さないようにせねばならんな。実際そうできるかどうかは、難しいところだが・・・」

 と、そのとき、コジマが手を上げた。

 「司令。その逃亡犯の手配写真なり人相書きなり、そういうものはないんですか? 小人みたいな宇宙人が何人も地球に潜入しているとは思えませんけど、本人確認のためには必要でしょう?」

 「そうだな。幸い・・・と言っていいのかはわからんが、今回侵入した宇宙人は、大統領だ。画像データについては、特務部隊から参考資料としていくつも入手することができた」

 ムツはそう言うと記録ディスクを取り出して近くの端末のドライブに挿入し、操作を行った。すぐに全員の端末のモニター上に、「大統領」の画像が映し出される。

 「いかん、また肝心なことを言うのを忘れていた。逃走犯の名前だが・・・「パピ」というのだそうだ」

 「わぁ、かわいい! ほんとにこの人が、極悪な独裁者だっていうの?」

 「見かけだけでものを判断するなよ。足元すくわれるぞ?」

 映し出された画像を見て、サトミとコジマはそんな言葉を交わしたが・・・

 「・・・司令、一つ、お訊きしていいですか?」

 「ん、なにかね?」

 それまで黙って聞いていたヒカルが、スッと手を上げた。

 「もし、私達が宇宙人の拘束に成功したら・・・そのあと、どうするつもりですか? そのまま、特務部隊に引き渡すのですか?」

 「・・・先ほども言ったとおり、我々も、彼らの言っていることを頭から信じているわけではない」

 ムツはそう口を開いた。

 「彼らの主張に何らかの事実の歪曲・・・あるいは、虚偽が含まれている可能性は、常に疑わなければならない。もし、パピの拘束に成功した場合、当然彼の主張も時間をかけて聴取するつもりだ。彼を特務部隊に引き渡すか、あるいは、別の措置をとるかは、それから決める。一方的に引き渡すようなことはありえない」

 「・・・」

 ヒカルは黙ってそれを聞いていたが、突然立ち上がった。

 「すみません、キャップ。ちょっと失礼します!」

 ヒカルはそう言うと、突然ミッションルームから出て行ってしまった。

 「どうしたんだ、ヒカルちゃん・・・」

 「お手洗いかな・・・」

 突然のヒカルの行動に首を傾げるメンバーたちだったが・・・

 「・・・すみません。俺もちょっと、失礼します!」

 「お、おいニイザ」

 今度はケイスケが突然立ち上がり、ヒカルの後を追うように、ミッションルームから出て行ってしまった。

 「なるほど・・・シーゴラス、シーモンスに喩えられるのも、うなずけるな」

 「・・・」

 やがて、ムツがポツリと言った言葉に、異論を挟む者はいなかった。




 「・・・ついに、来ましたか。あまり時間はないだろうとは思っていましたが・・・」

 ヒカルの部屋。ケイスケとヒカルから、先ほどのミッションルームでの話を聞かされたパピは、全く驚くことなく、淡々とそう言った。

 「・・・改めて尋ねたいことがある」

 ケイスケは、真剣な表情で言った。

 「君は一体、何者だ?」

 パピは瞑目し、静かに答えた。

 「ぼくの名前はパピ・・・ピリカ星連邦共和国第43代大統領です」

 「・・・そうか」

 それに対して、やはり静かにうなずくケイスケ。

 「これが・・・私達に話せなかったことなんですね?」

 「・・・皆さんに、ご迷惑をおかけしたくなかったのです。お2人の優しさについ甘えてしまったために、こんなことになってしまい・・・申し訳ありません」

 「そんなことを謝る必要はない。そんなことより、俺たちには確かめなければならないことがある」

 そう言ったケイスケの視線が、わずかに鋭さを増した。

 「彼らの話は、本当か?」

 パピは少し押し黙った後、答えた。

 「・・・ぼくが大統領であったこと、クーデターによって宇宙へ逃れてきたことについては、真実です。多くの仲間を見捨てて逃げてきたことも・・・ぼくは卑怯者です」

 「・・・」

 「しかし・・・これだけは、決して認めるわけにはいきません。ぼくは決して・・・独裁者などではありません。彼らの主張には、大きな欺瞞があります」

 ケイスケとヒカルは立ったままそれを聞いていたが、やがて、ケイスケは近くにあった椅子に腰を下ろした。

 「・・・話を聞かせてくれ」




 「「PCIA(ピシア)?」」

 パピの口から出てきた耳慣れない言葉を、ケイスケとヒカルは思わず反復していた。

 「「ピリカ暫定政府軍特務派遣部隊」という名称は、明らかに虚偽です。彼らはクジラのような宇宙船に乗ってやって来た。そして、隊長の名はドラコルル・・・そうですね?」

 「はい」

 ヒカルがそう答えると、パピはうなずいた。

 「・・・間違いありません。彼らは、PCIAの追撃部隊です」

 「何だ? そのPCIAというのは」

 「ピリカ中央情報局・・・政府軍のギルモア将軍の作った秘密情報機関で、将軍に反対する人々をあらゆる手段で消していく、恐るべき集団です。ドラコルルは、その長官を務める男。悪魔のように悪知恵が働き、情け容赦のない男です」

 「ギルモア将軍とは、何者だ?」

 「政府軍高官の中でも、最も過激な思想を持つタカ派の軍人です。ピリカ星周辺の星々との友好路線の進展や、国内の治安の安定を受けて、ぼくは閣僚と共に、軍縮を推進していました。粘り強い交渉の末、多くの政府軍高官は軍縮路線を受け入れてくれました。しかし、ギルモア将軍と彼の周辺の一部の軍人たちは強硬にそれに反対し・・・ついには、クーデターを起こしたのです。政府軍は不意を突かれて全滅し、反乱軍は官邸にまで押し寄せました。ぼくは仲間と共に最後まで戦おうとしましたが・・・仲間たちはぼくを無理やりロケットに乗せ、宇宙に向けて脱出させました。あとは・・・お2人もご存知の通りです」

 「待ってください。それじゃあ、私達が聞いた話とは・・・」

 「・・・まるで正反対だな。そうなると、特務部隊・・・いや、君の言うPCIAが、一刻も早く君を捕らえたがっているのは・・・」

 「おそらく、今のピリカを支配しているのは、PCIAとギルモア傘下の反乱軍です。ギルモアは支配体制を完全なものにするため、ぼくを捕らえたがっているのでしょう」

 「それじゃあ、もしパピさんがPCIAに引き渡されたら・・・」

 「・・・ピリカ大法廷で形式だけの裁判が行われた後、公開処刑されることになるでしょう」

 「そんな・・・」

 「・・・」

 部屋の中にはしばらくの間、沈黙が流れた。

 「ヒカルさん、ケイスケさん・・・お願いがあります」

 パピがそう言った言葉に、2人は顔を挙げた。

 「ぼくを、お2人の仲間のところまで連れて行ってください。今お2人に話したことを・・・もっと多くの方の前で、お話したいのです」

 ヒカルはそれを聞いた直後、放心したような表情で言葉を失っていたが・・・

 「ダ、ダメです! そんなことしたらパピさんは・・・」

 「いや・・・俺も、それには賛成だ」

 慌てふためくヒカルとは対照的に、ケイスケは冷静にそう言った。

 「ケ、ケイスケ君まで何を言ってるんですか!?」

 「どのみち、このまま俺たち2人だけでパピを匿い続けることはできない。アヤさんがエイリアンソナーを改良すれば・・・宇宙人がこの基地の中にいることなんか、すぐにばれるぞ」

 「・・・! それは、そうかもしれませんけれど・・・」

 「これはもう俺たちだけじゃなく、防衛軍全体の問題になってしまったんだ。俺たちがここで顔を突き合わせていたところで、満足な結論が出ると思うか? パピ自身に司令たちの前で今のように主張をしてもらって、最終的な判断を仰ぐべきだ」

 「でも・・・それで本当に、正しい判断が出るとは限らないじゃないですか。もし司令たちが、PCIAの言うことの方を信じたら・・・」

 「「正しい判断」って、一体何だ?」

 ヒカルの言葉をさえぎってケイスケの投げかけた質問に、彼女は言葉をつぐんだ。

 「パピの言っていることの方が真実か、あいつらの言っていることの方が真実か・・・どちらが「正しい」かなんて、俺たちにだってわからないんだぞ」

 ヒカルはその言葉に唖然とした表情を浮かべたが、すぐにキッとケイスケの顔を睨み、彼に詰め寄った。

 「・・・パピさんが、私達を騙してると言いたいんですか?」

 ケイスケは黙ってその視線を受け止めたが、ヒカルの肩に手を置いて、スッと引き離した。

 「いいか、よく考えろ。俺たちは、同じ地球人同士でさえ、相手を信じていいのかどうか、簡単には判断できないんだ。ましてや、パピやあいつらピリカ星人と俺たちは、お互い初めて会う宇宙人同士なんだぞ?」

 「やめてください! パピさんの目の前で・・・」

 ヒカルはさえぎろうとするが、ケイスケは構わず続ける。

 「俺たちにしたところで、他の地球人よりも、ほんの少しだけ詳しくパピについて知っているだけだ。そのぐらいでパピの全てを知ったことにはならないだろう? 相手が本当はどんな相手かわからないという点では、俺たちにとってはパピもPCIAも同じなんだ」

 「それじゃあ、正しい判断なんて誰にもできないじゃないですか!」

 「最初からそう言っているだろう。だが、どんな結論が出るにせよ、このままにしておくわけにはいかないんだ。どこかで決着をつける必要がある。ヒカル、冷静になれ。お前だって俺と同じ、立派なSAMSの隊員だろう? それぐらいのことがわからないはずがないだろう」

 「わかってます! だけど・・・だけど・・・」

 ヒカルは両方の拳をグッと握り、視線を落とした。

 「・・・ありがとう、ヒカルさん。あなたのその気持ちだけでも、ぼくは嬉しい」

 と、それまで黙って2人の様子を見つめていたパピが、優しい声でそう言った。

 「パピさん・・・」

 赤くなった目で、パピを見つめるヒカル。

 「ぼくはもう、決心がついています。ぼくがこれからどうなるか・・・ぼくは、あなたたち地球人に身を委ねたいと思います」

 「で、でも! それじゃあ・・・」

 「お2人にお会いして、私は地球の人達の優しさを知りました。そんな人たちならば・・・この身を委ねても、かまわないと思っています」

 「・・・水を差すようで悪いが、地球人の全てが俺たちと同じとは限らないぞ?」

 ケイスケが冷静にそう言う。しかし、パピは首を振った。

 「たとえPCIAに引き渡されることになったとしても、ぼくはあなたたちを恨みません。ぼくは大統領として、力の限り自らの潔白を主張させてもらいます。その結果として信じてもらえなかったとしても、それは仕方のないことでしょう」

 「そんな・・・それじゃあ、ピリカ星の人たちはどうなるんですか? ピリカ星では今でも、パピさんの帰りを待ってくれている人たちがいるかもしれないんですよ?」

 「おそらく彼らは今でも、ギルモアに対する抵抗運動を続けているでしょう・・・」

 「だったらなおさらです! パピさんが行ってあげて、その力になってあげないといけないんじゃないですか!?」

 「・・・確かに、そのつもりでした。ですが・・・彼らはぼくがいなくても、十分に強い人たちです。それに、こんな無法が許される日が、そう永く続くはずがありません。ぼくは、愛する祖国の国民を信じています。ぼくが死んでも、きっとぼくの志を継いでくれるでしょう」

 「そんな・・・」

 絶望したような表情を浮かべるヒカル。その肩に、スッと手が置かれた。

 「・・・もういいだろう、ヒカル。誰でもない、パピ自身の決めたことだ」

 ケイスケはそう言うと、パピの目の前に手を差し出した。

 「・・・いきましょう、大統領。ご案内します」

 ケイスケの言葉に深く頭を下げ、パピは静かに、その掌の上に乗った。




 自動ドアが開く音に、ミッションルーム内のメンバーは、一斉に入口へと顔を向けた。

 「あっ、やっと戻ってきた」

 「遅いぞニイザ、ヒカルちゃんも。こうしてる間にも、宇宙人が海上区の中をうろついてるんだ。アヤさんがエイリアンソナーを改良するのを待ってるわけにはいかないし、やれるだけのことは・・・」

 と、柄にもなく説教をし始めかけたコジマは、入ってきた2人に視線を向けるなり、彫刻のように固まった。

 「ニ、ニイザ君、その掌の上にいるのは・・・」

 ヘルメットを手に取ったまま、ニキも驚きを隠せない表情で、ケイスケの掌の上にいる「それ」に目を釘付けにしている。

 「ええ・・・」

 「それ」を掌の上に乗せたまま、ケイスケはうなずいた。続いて入ってきたヒカルは、複雑そうな表情で押し黙っている。

 「ピリカ星連邦共和国から来た・・・パピ大統領です」

 静かにケイスケの言った言葉に合わせるかのように、掌の上に立つ身長10cmにも満たない小人は、礼儀正しく頭を下げた。

 「・・・ちょっとびっくり」

 「ちょっとどころではないと思いますが・・・」

 全員が呆気にとられる中、オグマの発した言葉には、さしものアヤもツッコミを入れざるを得なかった。




 「それでは大統領。申し訳ありませんが、この中へ・・・」

 「はい・・・」

 特殊強化ガラス製の四角いケースの中に、パピは自ら足を踏み入れた。それを確認し、係官が電子ロックのスイッチを入れる。

 「・・・少しの間、我慢してください」

 「ありがとう、ヒカルさん」

 ガラス越しに声をかけるヒカルに、パピは笑顔で答えた。

 「司令、申し訳ありませんが、くれぐれも・・・」

 「わかっている。身柄には細心の注意を払い、慎重に事情聴取を進める」

 真剣な表情で向かい合うケイスケの言葉に、ムツは深くうなずいた。

 「それではな」

 ムツはそう言うと、ガラスケースを載せたワゴンを押す部下たちと共に、ミッションルームの前から去っていった。全員並び、それを見送ったSAMSだったが・・・

 「・・・すみません、キャップ。また少しの間・・・失礼していいでしょうか?」

 「ああ。行ってこい」

 オグマが軽く許可を出すと、ヒカルは一礼をして、足早にそこから去っていった。

 「・・・追わなくていいの?」

 サトミがそう尋ねたが、ケイスケは首を横に振った。

 「ま、今はその方がいいかもな」

 そう言うコジマを横に、ケイスケはオグマに顔を向けた。

 「それよりもキャップ・・・俺たちは、無断で宇宙人を匿いました。処罰について、お聞かせください」

 「まぁ、たしかにまずいな。犬や猫拾ったのとはわけが違うんだから。SAMS隊員としての自覚に欠ける行動であったことは間違いない」

 オグマはそう言った。

 「しかしだ。こう言うとハットリは気を悪くするかもしれんが、理由はどうあれ、お前たちは問題となっている宇宙人をここまで保護観察下に置いてきたわけだし、おかげでこうして速やかな事情聴取とそれに基づく今後の対応の検討ができるようになったわけだから、全て非難されるべき筋合いのものじゃない・・・」

 「・・・」

 「まぁ、そう焦るな。その辺を踏まえた上で、処分は後で司令と一緒に考える。そんなことより・・・お前も、ちょっと一人になりたいんじゃないのか?」

 オグマはケイスケの顔を見ながら、そう言った。

 「・・・失礼します」

 「いってらっしゃい」

 ケイスケは敬礼をして、ヒカルが去っていったのとは別の通路を歩いていった。

 「・・・それにしても、こんな展開になるとはなぁ・・・。これから、どうなるんだろ」

 「あの大統領が独裁者だなんて、あたしもちょっと信じられないなぁ。ニイザ君たちの話を聞く限りでも、すごくいい人みたいだし・・・」

 「なんにせよ、彼に対する事情聴取と、その結果も合わせた最終的な結論を待つしかないわね・・・」

 その後姿を見送りながら、メンバーはいまだ先の見えない運命に思いを馳せた。




 パピの身柄がマリナーベースの警備班に引き渡され、事情聴取が開始されてから、1週間の時が流れた。

 「・・・地球側はなんと言ってきている?」

 クジラ型宇宙船の内部。先ほどV7を経由して送信されてきた、地球防衛軍極東支部の通信文を持ってきた部下に、ドラコルルは冷ややかな声で尋ねた。

 「パピに対する事情聴取は、昨日をもって終了。事情聴取の結果もあわせ、地球防衛軍上層部にて、引渡しの可否も含めた今後の対応について、本日より検討を開始する・・・概要は、以上です」

 部下の報告に、ドラコルルはチッと舌打ちをした。

 「地球人め・・・。予想以上に早くパピを見つけ出してくれたのはよいが、このぶんではおそらく、パピの話したことに惑わされているのだろう。あるいは・・・パピよりも我々のことを疑い出しているのかもしれない。いずれにせよ、このままでは予定よりもかなり時間がかかりそうだ・・・」

 「しかし、それでは・・・」

 苛立たしげなドラコルルの言葉に、部下が何か言おうとしたそのときだった。

 「長官、本星より秘匿通信です!」

 突然、別の部下がやはり通信文を持って飛び込んできた。

 「またか。まったく、せっかちな男だ。定期連絡は必要とはいえ、こうも毎度催促されたところで、こちらにも都合があるというのに」

 うんざりした様子で顔を向けるドラコルル。しかし・・・

 「いえ、それが・・・」

 「なんだ?」

 「戴冠式の日程が・・・決定したそうです」

 「なんだと!?」

 ドラコルルはひどく驚いたような声を上げると、部下からひったくるように通信文を受け取った。それを読み進めるドラコルルの表情が、見る見るうちに変わっていく。

 「バカな・・・3日後だと・・・!?」

 思わずその口から漏れた呟きに、最初からいた部下も驚きをあらわにした。

 「み、3日後!? なぜ、そんな急に・・・戴冠式は、パピを逮捕しピリカに帰還次第と、事前に決めたはず・・・」

 「・・・自由同盟をはじめとする反将軍の地下勢力が、近日中に大規模蜂起を起こすとの情報が入ったらしい。現政権に対する国民の不満はさらに高まっており、蜂起が起きた場合、政権を一夜にして瓦解させるほどの大規模な反乱に発展する恐れがある。その前にパピを処刑して戴冠式を執り行い、国民をねじ伏せるつもりらしい・・・」

 ドラコルルは吐き捨てるようにそう言った。

 「飴と鞭の使い分けも知らん能無しめ! おおかた、私のいない間に、また勝手な真似をしたのだろう。そうでなければ、こうも短い間にここまで状況が悪化するはずがない。誰のおかげでクーデターを成功にもっていけたと思っているのだ・・・!」

 ドラコルルは通信文をグシャグシャと丸めた。

 「・・・なんにせよ、まだ政権に倒れてもらっては困る。パピを連れて帰って処刑したあとならば、頭のすげ替えなどどうにでもなるが・・・その前に胴体に倒れてもらっては、ここまでの苦労が水の泡だ」

 「しかし・・・パピはいまだ、地球防衛軍の勾留下です。結論が出るまではまだ時間がかかりそうですし、結論が出たとしても、すんなりと我々に引き渡すかどうか・・・」

 「貴様に言われずともわかっている。後々のことを考え、できるだけ慎重な手段でことを進めようと思っていたが・・・こうなってしまっては、仕方がない。計画を急ぐとしよう」

 「! では・・・」

 「そうだ。我々「本来」の仕事をするときがきたのだ・・・」

 そう答えるドラコルルの目を覆うサングラスが、冷たく怜悧な輝きを放った。




 装飾の類は一切ない、無機質な白一色の部屋。部屋は大きな特殊強化ガラスの板によって二つに仕切られており、その一方に椅子にかけたケイスケとヒカル、そしてもう一方に、同じガラスのケースの中に入っているパピがいた。

 「・・・事情聴取は、どうだった?」

 「・・・ここではまだ、詳しく話すことはできませんが・・・」

 ちらりと、部屋の四隅に取り付けられたカメラと集音マイクを気にするパピ。

 「話したいこと、話すべきことは、全てお話しました。あとは・・・判断が下るのを待つだけです」

 「そうですか・・・」

 「上層部で検討の結果が出るまで、もうしばらく不自由させてしまうが・・・我慢してくれよ」

 「もちろんです。それに、こうしてお2人も面会に来てくださいますし、それが楽しみですから、こうしているのも一向に苦にはなりません」

 「そう言ってもらえると助かる」

 3人は和やかに笑いあった。

「・・・でも、パピさんも疲れてるんじゃないですか?」

 「ご心配、ありがとうございます。ですが、全く問題ありません。こちらでの身柄の取扱いも、不当な扱いも特別扱いもなく、とても公正なものでした。何の不満もありません」

 自分を気遣うヒカルの言葉に、パピは笑顔でそう答えた。

 「昨日も、よく眠ることができました。ただ・・・」

 「ただ?」

 「・・・久しぶりに、夢を見ました。ピリカにいた頃の夢です。日曜日に愛犬を連れて街へショッピングに出かけたことや、官邸の夜会でダンスを踊ったこと・・・思い返すと、皆楽しい思い出ばかりです」

 少し寂しそうに笑みを浮かべ、視線を宙に浮かべるパピ。

 「・・・こんなことを言っても、気休めにもならないと思いますけど・・・」

 ヒカルは小さな声でそう切り出した。

 「私はやっぱり、パピさんを信じます。だから・・・きっと、ピリカ星に帰ることができます。パピさんがピリカ星に戻って、また平和が戻ったら・・・ショッピングだってダンスだって、また楽しめるようになります。だから・・・もう思い出を作ることもできないみたいな、そんなことを言うのはやめてください」

 パピはそれを黙って聞いていたが、やがて、笑みを浮かべてうなずいた。

 「ありがとう、ヒカルさん。大丈夫です。ぼくは希望を失ってなんかいません。きっとまた、生きてピリカに帰れる日を信じています」

 パピの言葉に、ヒカルはケイスケと笑みを交わした。と・・・そのとき、突然天井のスピーカーからブザーの音が鳴り、声が降ってきた。

 『ニイザ隊員、ハットリ隊員。申し訳ありませんが、間もなく面会終了時刻です』

 「わかった。これから退室する」

 ケイスケは天井に向かってそう答えた。

 「・・・すまないな。毎度毎度これじゃ、ゆっくり話すこともできやしない」

 「お気になさらないでください。先ほども言いましたが、お2人が来てくれるだけで、ぼくはとても救われていますから」

 「ありがとうございます。それじゃあ、今日はこれで失礼しますね。また明日・・・それがダメなら、明後日にでも」

 「それじゃあな」

 「ええ。楽しみにしています」

 別れの言葉を交わし、ケイスケとヒカルは席を立った。




 面会室を出たケイスケとヒカルは、ミッションルームへの通路を歩いていた。

 「今度面会に行くときには、クッキーを持っていこうと考えているんですけど・・・」

 「ああ、それぐらいなら大丈夫だろう。パピも喜ぶ・・・ん?」

 と、ケイスケが足を止める。ヒカルも足を止めてその視線を見ると、向こうからムツが歩いてくるのが見えた。

 「ご苦労様です、司令。これからパピと面会ですか?」

 近づいてきたムツに挨拶と共に尋ねるケイスケ。

 「・・・ああ、そのとおりだ。それじゃあ」

 小さく笑って頭を下げると、ムツは2人とすれ違っていった。2人はそのまま歩き出そうとしたが・・・

 「あ・・・司令!」

 突然ヒカルが立ち止まり、ムツを呼び止める。

 「このあいだお貸しした本ですけど・・・どうでしたか?」

 そう尋ねるヒカルの言葉に、ムツは一瞬黙り込んだが・・・

 「・・・ああ、とても面白かったよ。明日にでも君に返すとするよ」

 そう答えると、足早に面会室の方へと歩いていった。

 「・・・司令に本を貸していたのか?」

 「はい。でも・・・「面白かった」って、どういうことなんでしょう」

 「え?」

 「司令にお貸しした本・・・犬の病気についての本なんです。司令が家で飼っている犬が最近元気がないらしくて、相談に乗るのと一緒にその本を一緒に貸してあげたんですけど・・・」

 「・・・」

 ケイスケは黙って、ムツの歩いていった方角を見つめていた。




 一方、その頃。面会室の入り口で立ち番をしていた2人の警備兵は、こちらにやってくるムツに気づき、敬礼をした。

 「ご苦労。すまないが、大統領に至急伝えなければならないことがある。通してくれ」

 「ハッ、しかし・・・そのような連絡は・・・」

 「大統領の身柄の取り扱いについて、上層部でつい先ほど出た協議結果に関することだ。そちらに伝わっていないとしても無理はなかろう。すまないが、頼む」

 警備兵は互いに顔を見合わせたが、やがてうなずいた。

 「・・・わかりました」

 そう言って、面会室のドアのロックを解除する警備兵。ムツは2人に会釈をすると、面会室の中へと入っていった。

 「・・・」

 特殊強化ガラスで仕切られた向こうに、パピを閉じ込めたケースが見える。パピもまた、部屋に入ってきたムツにすぐに気がついた。

 「ムツ司令・・・何か、新しい動きがありましたか?」

 が、パピのその問いには何も答えず、ムツは無言でガラスの仕切りへとつかつかと歩み寄った。そして・・・

 ガチャン!

 なんと、ムツは無言で拳を振りかぶり、特殊強化ガラスを拳で突き破った。

 「ム・・・ムツ司令!? いや、違う! お前は・・・!」

 だが、パピが驚いている暇もなく、警報ベルがけたたましく鳴り始める中、ムツはパピの入ったケースを取り上げた。

 「どうしたのですか!?」

 「ム、ムツ司令!? 一体何を!?」

 警報ベルを聞きつけて飛び込んできた警備兵たちは、パピの入ったケースを小脇に抱えたムツと、その背後で割れているガラスを見て仰天した。が・・・

 「・・・」

 ムツが右手を警備兵に向ける。と、その右手がいきなり展開して銃口のようなものが姿を現したかと思うと、そこから青い光弾が発射された。

 「うわぁっ!?」

 警備兵は対応する暇さえなく、光弾に撃たれて倒れこんだ。

 「やめろ! ぼくを離せ!!」

 ムツはパピの言うことに耳を貸さず、そのまま面会室から飛び出した。そのときだった。

 バシュウ!

 「!!」

 「動くな!!」

 面会室から飛び出したムツの足元に光弾が命中し、火花を散らす。見ると、ケイスケとヒカルがこちらにパルサーガンを向けていた。

 「やっぱり偽者だったか・・・!」

 「パピさん!」

 「気をつけてください! こいつは・・・」

 パピが最後まで言い終わることなく、ムツの姿をした何者かは、銃口の突き出した手を2人に向けた。

 「うわっ!?」

 「くっ!」

 発射された光弾を、とっさに柱の陰に隠れてかわす2人。だがその間に、ムツの偽者は踵を返してその場から逃げ出した。

 「くそっ! 追うぞ、ヒカル!」

 「はい!」

 すぐに偽者を追い始める2人。

 「ミッションルーム! 侵入者です! ムツ司令の姿をした何者かが面会室を襲撃! パピさんをさらってN−1ブロック通路を地下駐車場入口に向けて逃走中です! 至急応援願います!」

 ヒカルが走りながらリストシーバーに応援要請を叫ぶ中、ケイスケも前方を走る偽者をパルサーガンで狙うが、下手に撃てばパピに当たるおそれがあるため、なかなか引き金を引くことができない。そうしているうちに・・・

 「まずい! 駐車場に出るぞ!」

 ムツの偽者は地下駐車場に逃げ込んだ。駐車場に止められている車両を使って逃走を図る気なのだろう。そうはさせじと、ケイスケがさらに加速を強めようとしたそのときだった。

 バシュウ!

 偽者の左肩が突然火花を散らし、その手に抱えられていたケースが地面に落ちた。

 「リーダー!」

 ケイスケの視線の向こうには、パルサーガンを構えたニキの姿があった。そして・・・

 「今よ、キシモトさん!」

 「よっしゃあ!」

 その横に立っていたサトミが、猛然と走り出す。ムツの偽者は左肩に開いた穴からバチバチと火花を散らしていたが、それを気にする様子ひとつ見せず、突進してくるサトミに右手を向けた。が・・・

 ボンッ!!

 その右手が突如爆発を起こし、肘から先が吹き飛ぶ。ニキの射撃が、正確に偽者の銃口をとらえて命中し、暴発させたのだ。

 「リーダー、グッジョブ!」

 そう叫ぶとサトミはスライディングを行い、地面に転がったケースを両手で捕まえた。そして・・・

 「ニイザ君、パス!」

 「あ・・・はい!!」

 ケイスケの返事を待つことなく、サトミはケースを放り投げた。慌てて前進し、それをキャッチするケイスケ。

 「っと、危機一髪・・・。パピ、大丈夫か?」

 「え・・・ええ・・・少し、目が回りましたが・・・」

 ケースの中でパピは苦笑しながらそう応えた。

 「ヒカル、パピを頼む」

 パピの入ったケースをヒカルに預けると、ケイスケはパルサーガンを構え、前後から偽者に銃を向けるニキとサトミに加わった。

 「これ以上の抵抗は無意味です。おとなしく投降しなさい」

 ニキがそう呼びかけるが、偽者は無表情で彼女を見つめるだけで、何も行動を起こそうとはしない。

 「リーダー、どうしますか?」

 「・・・止むを得ないわね。本当に司令そっくりだから心苦しいけど、強制的に機能を停止させます」

 「了解!」

 一斉に狙いを定める3人。電子頭脳を搭載している可能性がある頭部を避け、動きを封じる意味で脚に狙いを集中する。が・・・

 「!」

 突然偽者は、その場でピンと背筋を立てた。

 「いけない! 伏せて!!」

 「!?」

 それを見たパピが叫んだので、3人は反射的にその場に伏せた。その直後・・・

 ドカァァァァァン!!

 直立不動の姿勢のまま仰向けにばったりと倒れた偽者は、突如爆発を起こした。

 「く・・・自爆したか」

 白煙の漂う中、ケイスケはうつ伏せの状態から顔を上げた。

 「みんな、大丈夫?」

 「あたしはだいじょぶです、リーダー」

 「こっちも怪我はありません。ヒカル、大丈夫か?」

 「はい! パピさんも無事です!」

 ヒカルが胸に抱えたケースの中で、パピがちょこんと頭を下げた。




 地球からの緊急通信を受け、ドラコルルは乗艦のブリッジのメインモニターの前に立った。

 「つい先ほど、こちらで非常事態が起きた」

 モニターに映るムツは、眉間に深い皺を寄せた顔でそう切り出した。

 「・・・大統領が襲撃を受けた。私そっくりの姿をしたロボットがマリナーベースに侵入し、大統領をさらい逃走を企てたのだ」

 「なんですって? それで、大統領は?」

 ムツの報せに驚いた様子を見せながらも、ドラコルルはすぐに冷静に尋ね返した。

 「幸いにもSAMSの隊員がすぐに気がつき、ロボットとの交戦の結果、大統領を奪回した。ロボットは大統領を奪回された直後自爆してしまったが、大統領の身に怪我はない」

 「それはよかった。ピリカ国民に代わって、お礼を申し上げます。我々にとっては憎むべき独裁者とはいえ、ピリカで法の裁きの下にかけるまでは、もしものことがあっては困りますので」

 あくまで自然に礼を述べるドラコルル。しかし、ムツの険しい表情は変わらなかった。

 「・・・他に何か、言うべきことはないのかな?」

 ムツがそう言うと、ドラコルルはそれを予期していたように言った。

 「・・・やはり、我々を疑っておいでですか。困りましたな。しかし、どう言われようとも、我々は潔白であるとしか答えようがない。今も言ったとおり、大統領を確実に、生きたまま、ピリカ星に連れて戻ることが我々の任務です。そのために我々はこうして、あなた方からのお返事をお待ちしているのです。いくら痺れを切らせても、そのように大統領の命を危険に晒すような浅はかな真似など・・・」

 「それでは、この襲撃をどう説明する。大統領をマリナーベースに勾留していることは、民間はおろか、防衛軍内でも機密事項扱いだ。それを知っているばかりか、奪回を試みようとする者など・・・」

 「ピリカを取り巻く星々の中には、現在の政情不安に乗じ、侵略や内政干渉を企てていると噂されているものもいくつかあります。彼らにとっても大統領は、非常に重要な人物です。あなたがたの警備システムを軽視するつもりは決してありませんが・・・我々と同様の任務を帯びたどこかの星の諜報部隊が、あなた方に気づかれることなく地球に潜入し、大統領のすぐ近くに潜んでいるかもしれないというのは、あながち荒唐無稽な話とは思えませんが・・・」

 「・・・」

 ムツは黙ってそれを聞いていたが、やがて、ポケットから何かを取り出した。

 「それは?」

 「自爆したロボットから回収した部品の一つだ。我々が検証した結果、一つの事実が判明した」

 「事実?」

 「まったく同じ部品が、大統領の乗ってきた宇宙船から発見された。宇宙船の修理をしていたSAMSの隊員が気づいたのだ。科学班による詳細な分析の結果、全く同じ素材・・・それも、地球では手に入らない金属でできていることも判明した」

 ムツの言葉を、ドラコルルは黙って聞いていたが・・・

 「・・・大統領拉致未遂事件の犯人を我々と断定するには、それだけでは心許ないですな」

 特に動揺した様子もなく、冷静にそう言った。

 「あなたがたとて、一つの機械を作るために、様々な国で作られた、様々な部品を使うでしょう? 我々はそれと同じことを、惑星規模で行っているのです。そのような部品は、我々も属する星間貿易連合に属する星々の間では、ごくありふれたものですよ」

 ムツはジッとその答えを聞いていたが、やがて、あっさりと部品をポケットの中に戻した。

 「・・・なるほど、それは失礼した。歴史が歴史とはいえ、いまだに星と星との間の基本的な貿易ルールについても知らん田舎者でな」

 「・・・」

 モニターを挟み、ムツとドラコルルはしばらくの間対峙していたが・・・

 「・・・ともかく、このようなことがあったからには、そちらには悪いが我々としても今後の検討作業はさらに慎重を期さねばならない。大統領の勾留期間は当初の予定よりも長くなりそうだが?」

 「・・・致し方ないでしょう。ですが・・・我々としては、一刻も早く大統領の身柄を引き渡していただくことこそ、我々、あなた方、そして大統領のいずれにとっても最良の解決策であるということだけは、重ねてお伝えしておきましょう」

 そのやり取りを最後に、互いの議論を終わらせた。




 「やはり、そう簡単に尻尾を出してはくれんか。ま、このぐらいで何とかなる相手なら苦労はしないんじゃがな」

 ドラコルルとの会談を終えたムツは、かぶりを振りながらそう言った。

 「あの陰険グラサン男、よくもぬけぬけとあんなこと言えたもんだわ! この状況で他に大統領を狙う奴なんて、そうそういるわけがないじゃない!」

 「今回ばかりはキシモトの言うとおりですね。どっちの言っていることが正しいか、これではっきりしたようなもんです。これ以上あいつらの話を聞いてやる義理はないんじゃないですか?」

 憤慨するサトミの言葉に同意するコジマだが、ムツはあくまで冷静に答えた。

 「まぁ待て。わかっているはずだが、わしの一存で奴らへの対応を決められるわけじゃない。上の連中ともあわせて話をせんとな。まぁ、コジマ隊員の言うとおり、こんなことが起こったからには、議論の結果がどうなるか、概ね予想はつくが。それに・・・」

 「それに?」

 「この基地に忍び込むのに、よりにもよってわしそっくりのロボットを使いよった。目のつけどころはいい・・・と言いたいところじゃが、さすがに腹に据えかねている。上の連中に話をするのが、今から楽しみじゃ」

 「・・・」

 怪しい含み笑いを漏らすムツ。

 「・・・あのロボットを彼らが送り込んできたとするなら・・・やはり彼らは、焦ってきているということでしょうか?」

 「その可能性は高いと思うな。そのあたり、大統領はどうお考えになりますか?」

 ヒカルが膝の上に置いたケースの中のパピに尋ねるオグマ。

 「ぼくも、そう思います。ギルモアは、あまり気の長い男ではありません。一刻も早くぼくをピリカに連行して処刑し、反体制派の動きを封じたいと考えているはず・・・ドラコルルもギルモアから、しつこく催促を受けているのでしょう。そもそも、ぼくがこの星に不時着したのもアクシデントのようなものです。おかげでみなさんともこうして出会うことができたわけですから、ぼくにとってはまさに幸運でしたが・・・」

 「恐縮です」

 パピの言葉に、全員が笑みを浮かべていた。

 「まぁ・・・向こうの出方を待つとしよう。幸いにも、時間はわしらの味方らしい。根比べといこう。無論、大統領の警護にはさらに万全を期す。お前たちも、いつ何が起こってもすぐ対応できるよう、心構えだけはしておいてくれ」

 「わかってますよ。気を引き締めて楽にする、が、俺達の信条ですから」




 「・・・もう一度、お聞かせ願えますか?」

 翌日。モニターに映るムツに対して、ドラコルルはそう言った。

 『いいでしょう。今回の件に関しての、地球防衛軍の最終的な決定ですからな。誤解などがあっては大変ですし、ご理解いただけるまでは何度でも説明いたしましょう。もっとも、そう何度も説明の必要な内容ではありませんが・・・』

 「・・・」

 『では、もう一度申し上げましょう。そちらとピリカ星大統領・・・失礼、元大統領パピ氏、双方の主張をふまえ、中立的視点に立ち協議を行った結果・・・主張の内容の信憑性についてはパピ氏のものの方が高いと判断いたしました。したがって・・・残念ながら、そちらの求めるパピ氏の引き渡し要求に応じることはできません。今後、パピ氏は地球への亡命者として地球防衛軍が保護を行うこととします・・・以上ですが、これでご理解いただけましたかな?』

 ムツの言葉の後、両者の間には長い沈黙が流れた。

 「・・・非常に遺憾ですな」

 やがて、ドラコルルはそう言った。

 「我々がパピの捜索と事情聴取をそちらにお任せしたのは、数限りない侵略を跳ね除けてきた実績を持つあなた方地球人に敬意を評し、あなた方ならば必ずや正しい判断をされ、我々にパピを引き渡していただけると信じていたからです。にもかかわらず、そのような判断を下されるとは・・・」

 『そちらがどのような期待をこちらに寄せていたとしても、それと我々が実際にどう判断するかは別問題です。そうでしょう?』

 「それにしても、その判断はあまりにも軽率です。パピがあなた方に何を言ったかは知りませんが、我々ではなくパピの方を信じるとは。あなたがたはパピの危険性を全く理解していないと言わざるを得ない。あなた方は、自分たちの判断のためにピリカの復興が遅れてもよいというのですか?」

 『・・・どのように言われようと、これが我々の下した判断です。抗議されるのはもちろんそちらの自由ですが、それには改めて正式な使節を送っていただきたい。改めて交渉の席をご用意しましょう。 ・・・お伝えすることは以上です。本国の皆様によろしく』

 「待・・・」

 ドラコルルの抗議に一切応じることなく、ムツとの通信は途切れた。

 「・・・」

 ドラコルルはしばし、砂嵐を映すモニターから視線を落として沈黙していた。周囲でそれを見つめるブリッジクルーたちは、彼の手がワナワナと震えているのを見てとった。

 「・・・地球人め。下手に出ていればつけあがって・・・!」

 やがて、ドラコルルは激しい怒りのこもった声を絞り出すように吐いた。

 「・・・長官、いかがいたしましょう? 一旦ピリカに戻りますか?」

 「何をバカなことを言っている! 手ぶらで戻れるわけがないだろう! 戴冠式は目の前まで迫っているんだぞ!」

 「そんなことはわかっている! だが、どうやって奴らからパピを奪い返す? アンドロイドはもう使えないぞ」

 意見を交わすクルーたち。と・・・

 「機関士、エンジン始動だ」

 「は・・・?」

 「モビーディクス、発進だ。針路を地球にとれ」

 ドラコルルのその言葉に、全員が驚いた。

 「ちょ、長官! まさか・・・」

 「地球を攻撃するつもりですか!? 無謀です! 本艦の戦力だけで地球防衛軍を相手にするなど・・・」

 必死に止めようとする部下たちだが、ドラコルルの表情は変わらない。

 「・・・万一のときに備え、ブロブディンナグを積んできただろう。あれを使えば、奴らとも互角に渡り合える」

 「あ、あれを使うのですか!? しかし・・・」

 「それに、我々は地球を侵略するわけではない。パピを奪い返すだけならば、現在の戦力でも十分事足りる」

 「ですが・・・」

 「・・・いつまでそんな煮えきらん態度でいるつもりだ! 貴様たちは、自分たちの置かれている状況を理解することすらできんのか?」

 「・・・」

 ドラコルルの一喝に、部下たちは黙り込んだ。

 「・・・やるしかないのだよ。PCIAの設立と組織拡大、そしてクーデター・・・ここでつまづいては、今までの全ての苦労が無駄になる。わかったのならば配置につけ!!」

 その言葉に、部下たちは尻を突かれたように一斉に持ち場へと散っていった。




 宇宙ステーションV7内に突如鳴り響き始めた警報に、隊員たちが動きをあわただしくする中、ウェリッジ司令はメインモニターに映し出される状況をじっと見つめていた。

 「何らかの動きをとるだろうことは予期していたが、まさか地球に向かうとはな・・・」

 メインモニターに映るレーダー画面には、まっすぐ地球へ向かうクジラ型宇宙船の姿が表示されていた。と、オペレーターが声を張り上げる。

 「先行のパーシヴァル隊、間もなく目標と接触します!」

 「さて、どう出るか・・・。このあいだのように、穏便にはいくまいが・・・」

 ウェリッジはそう呟き、机の上で手を組んだ。




 「見えた・・・!」

 オザキは前方から接近してくるクジラ型宇宙船を肉眼で捉えると、このあいだと同じように全宇宙語翻訳装置のスイッチを入れた。

 「パーシヴァル隊よりピリカ暫定政府軍特務派遣部隊へ! 直ちに停船、もしくは転進せよ! 指示に従わない場合、威嚇攻撃を実施する!」

 だが、前回とは異なり、宇宙船に停まる気配はない。それどころか、通信に答えるつもりすらないらしい。

 「・・・パーシヴァルよりアーサーへ。目標は停船命令を無視。速度を維持したまま引き続き地球への針路を進行中。威嚇攻撃の許可を願う」

 『アーサーよりパーシヴァル。威嚇攻撃を許可する』

 「了解。これより威嚇攻撃を開始する。各機、続け」

 『了解』

 クジラ型宇宙船とすれ違うパーシヴァル隊。オザキらは一糸乱れぬ動きで機体を反転させると、クジラ型宇宙船を追い始めた。

 「各機へ。繰り返すが、攻撃は威嚇からだ。当てないように気をつけろ」

 『了解』

 部下たちに最後の指示を出すと、オザキはトリガーに指をかけた。前方を飛ぶ宇宙船の大きさは乗用車程度。標的としては小さいので、当てないように撃つのは楽である。と、そのときだった。

 カッ!!

 「!?」

 前方の宇宙船が、突然強烈な光を放った。ヘルメットのバイザーのおかげで目がつぶれることは避けられたが、強烈な光の中に、一瞬目標の姿が消える。

 「くっ・・・目眩ましか!? 各機、警戒せよ!」

 指示を出しながら、視界の回復を待つオザキ。だが、再びはっきりと見えるようになってくると・・・

 「な・・・!?」

 オザキは、言葉を失った。前方には先ほどまでと同じように、クジラ型宇宙船が飛行している。

 ただし・・・その大きさは、姿はそのままに全長100mを上回るものになっていた。まさに、戦艦クラスの巨大さである。

 「宇宙船が・・・巨大化しただと!?」

 過去、地球を襲った侵略宇宙人の多くは、ミクロ単位から40mを超える大きさまで、自らの体を自由に縮小・巨大化させる能力を備えていた。同様の能力は、一部の怪獣にも確認されていない。
 だが・・・生物ではなく機械である宇宙船が巨大化したという事例は、オザキの知る限り聞いたことがない。幻でも見ているのではないか。オザキは自らをそう疑ったが・・・

 『アーサーよりパーシヴァルへ! こちらのカメラで、目標が巨大化したのを捉えた! それに伴い、目標の放つエネルギー反応の増大も確認! そちらの状況を報告せよ!』

 V7からの通信が、それを見ているのが自分だけではないことを教えてくれた。

 「こちらパーシヴァル! こちらでも同様の現象を確認した! 巨大化した宇宙船は、依然地球に向かって進行中!」

 『隊長! どうすれば!?』

 「・・・やるべきことに変わりはない。各機、威嚇射撃を開始せよ!」

 号令を下すと同時に、オザキはターボレーザー砲のトリガーを引いた。それを皮切りに、後続のステーションナイトも次々と射撃を開始する。幾筋もの火線が、前方を行く巨大宇宙船を掠めて飛んでいく・・・が

 「止まらないか・・・そりゃあそうだろうね」

 威嚇射撃などなんとも思っていないかのように進撃を続ける宇宙船に、オザキは苦笑を漏らした。

 「パーシヴァルよりアーサーへ。威嚇射撃の効果認められず。目標は依然として進行中。指示を乞う」

 『アーサーよりパーシヴァル。攻撃を許可する』

 「了解。攻撃を開始する。 ・・・各機、続け!」

 『了解!』

 ブースターを吹かし、一斉に宇宙船へと接近していくパーシヴァル隊。放たれるレーザーやミサイルが次々にその船体に命中するが、宇宙船にダメージは見られない。

 『くそっ! ダメです、隊長! まるで歯が立ちません!』

 「諦めるな! せめて足止めぐらいは・・・」

 と、オザキが言いかけたその時だった。クジラ型宇宙船の口の部分が開き・・・その中から、シャチそっくりの形をした戦闘艇が次々に発進を始めた。

 「各機、散開!」

 こちらに向かって殺到してくるシャチ型戦闘艇に対し、一旦フォーメーションを解いて散開するパーシヴァル隊。シャチ型戦闘艇たちも散開し、それぞれステーションナイトを追跡し始める。

 「くっ・・・パーシヴァル隊をなめるな!」

 追跡する5機のシャチ型戦闘艇から次々に放たれる青いレーザーをかわしながら、オザキは一気に操縦桿を引いた。急上昇に転じたステーションナイトはそのまま宙返りを切り、その動きに対応できないシャチ型戦闘艇の背後へと回り込む。

 「落ちろっ!」

 ステーションナイトから発射されたミサイルが、5機の戦闘艇をまとめて破壊する。が・・・

 『隊長! 敵艦より敵機の発進を新たに確認! 総数12!!』

 部下から入った通信どおり、ステーションナイトのレーダーは敵艦から新たに接近する複数の機影をとらえていた。

 「チッ・・・数が多すぎる。おまけにしつこい。パーシヴァルよりアーサー! ガウェイン隊、ランスロット隊の支援を要請する!」

 部下の機体をしつこく追撃する敵機を撃墜しながら、オザキは援軍の出撃を要請した。




 「貧すれば鈍す・・・ということかな」

 ドラコルルの宇宙船が地球に向けて進行を開始したと聞いたムツは、そう言葉を発した。

 「こうなることも予想の範囲内ではあったが、これまでの慎重な行動を考えると、少々意外なような気もする。それだけあなたを捕らえることに必死・・・ということなのでしょうな」

 ムツはそう言って、傍らの机に立つパピを見やった。メインモニターに映し出されているクジラ型宇宙船とステーションナイト部隊の戦いをジッと見つめるその表情は、どこか辛そうなものだった。

 「・・・申し訳ありません。ぼくがここへ来たばかりに・・・」

 「そういうのはいいっこなしですよ、大統領」

 パピが申し訳なさそうに呟いた言葉に、オグマはそう返した。

 「むしろ、大統領がここへ来られたことは、幸運なことだと思っています。何があろうと我々SAMSが、全力をもってあなたをお守りします」

 オグマの言葉に、他のメンバーも笑顔でうなずいた。

 「本当に・・・ありがとうございます」

 パピは深々と頭を下げた。

 「どういたしまして。さて・・・問題は、あいつですな」

 オグマはモニターに目を戻した。

 「まさかあんなことができるとは・・・宇宙船が巨大化するという例は、さすがに聞いたことがありません。大統領、ピリカ星にはあんなことが可能な技術もあるのですか?」

 「・・・心当たりはあります。おそらく・・・ブロブディンナグ」

 「なんですか? それは?」

 「一定範囲に物理法則を無視するフィールドを展開、その中で質量も含めた物体の拡大・縮小を行うことのできる装置です。かつて軍が、みなさんのようにぼくたちよりも圧倒的に体の大きい異星人との戦争に備え、研究を行っていたものです。その後、ぼくたちの進めた軍縮政策により、開発は中止されたはずですが・・・」

 「PCIAが密かに完成させていたと見るべき・・・ということですね?」

 パピはうなずいた。

 「あのモビーディクス級戦艦は、ピリカ軍の中でも最大の戦力をもつ艦です。艦自体の戦闘能力もさることながら、搭載されている無人戦闘艇も、どこまでも標的を追いかけてついには自爆する恐ろしい兵器です。気をつけてください」

 と、そのときだった。

 「キャップ! 宇宙ステーションV7から入電です! 敵艦はステーションナイト部隊の追撃を振り切り大気圏へ突入! 海上区付近へ降下する見込みです!」

 「降下を防げなかったか・・・あの無人戦闘艇の数では仕方がないか。よし、地上での迎撃を行う」

 オグマの言葉に、SAMSメンバーの顔が一斉に引き締まる。

 「ピース・シリーズの搭乗割りだが・・・通常通りニキ、コジマはビショップに、ニイザはナイトに搭乗。キシモト、お前もナイトで出ろ」

 「へ? ルークは出さないんですか?」

 「出撃すればあのクジラ戦艦だけじゃなく、大量の無人戦闘艇を相手にすることになる。いくらお前の腕でも、小回りの利かないルークであいつらの攻撃をかわすのは難しいだろう?」

 「そ、そっか・・・」

 「俺とハットリ、キリュウはここから戦闘をサポートする。奴らがここまで来るようなことがあればルークも出すが、できればそうならないうちにかたをつけてくれ。ニキ、現場での戦闘指揮はお前に頼む」

 「了解しました」

 「よし。SAMS、出動!!」

 オグマの号令にニキたちは揃った敬礼を返すと、一斉にミッションルームから駆け出していった。パピは心配そうな表情で彼らを見送ったが・・・

 「大丈夫ですよ、パピさん。ケイスケ君たちが必ず守ってくれます」

 「・・・はい!」

 ヒカルの励ましの言葉に、大きくうなずいた。




 青空に突然、赤く輝く点がぽつんと浮かび上がる。それは高度を落としてくるとともに、見る見るうちにその姿・・・全体を大気との摩擦熱で赤く輝かせたクジラ型戦艦モビーディクスの姿を明らかにしていった。

 「地球大気圏内への降下、完了。船体各部異常なし」

 「現在位置は?」

 「ほぼ予定通りのポイントです。このまま降下を続ければ、SAMS本部のある人工島に降下可能です」

 「よし・・・」

 と、ドラコルルがうなずきかけたそのときだった。

 「!? 高熱源反応・・・下から!?」

 ブリッジ内に警報が鳴り響き、オペレーターが叫ぶのと同時に・・・

 ドガァァァァァァァァァァン!!

 真下から飛んできた太いビームが艦尾に命中し、船体が大きく揺れた。

 「て・・・敵襲! 真下からです!」

 「バカな! レーダーの範囲外からの狙撃だと!?」

 「落ち着け。被害状況は?」

 「艦尾エンジンノズル、1番3番大破! 姿勢制御に大きな影響が出ています! 予定降下ポイントへの降下不能!」

 「ちっ・・・止むを得ん。手近の場所に着陸させろ」

 「りょ、了解!」

 ビームによって破壊されたエンジンノズルから黒煙を引きながら、モビーディクスは当初の進路を変えて降下していった。




 「・・・少し逸れたわ。やはり高高度迎撃は難しいわね」

 フォトングレネイド砲発射形態から通常形態にSAMSビショップの機体を戻しつつ、ニキは自らの狙撃の結果に対して不満そうに呟いた。

 「何言ってんですかリーダー。艦尾のエンジンノズルにバッチリ命中。奴ら、ルートを変えましたよ。このままどっかに不時着するんじゃないですかね?」

 「そのようね。ニイザ君、キシモトさん、追撃を続けるわよ」

 『ラジャー!』

 SAMSビショップは2機のSAMSナイトを従え、降下を続ける敵艦を追撃していった。




 「モビーディクス、依然降下を続けています。このままの針路をとると、新木場付近への降下が予想されます」

 ヒカルの報告通り、ミッションルームのメインモニターに映る地図には、荒川の河口付近に向けて降下していくモビーディクスが映っていた。

 「海上区への直接降下は防いだが、人口密集地への降下は避けたいな。海に落とせればベストなんだが・・・」

 「難しいでしょうね・・・。リーダーたちも積極的に攻めていますが・・・」

 アヤの言葉通り、ビショップと2機のナイトが果敢にモビーディクスへと攻撃を仕掛けていたが、その装甲には彼らでもなかなか有効なダメージを与えられずにいるようだ。と・・・

 「!? 戦艦が・・・!」

 ヒカルが驚きの言葉を発する。なんと、モビーディクスが「変形」を開始したのだ。船底から鳥のそれと同じような逆関節をもつ脚が飛び出し、船体の両側面の装甲が変形し、アームとなる。そして・・・

 ズズゥゥゥゥゥゥン!!

 「腕と脚を持つクジラ」となったモビーディクスは、地響きを轟かせて新木場の埋立地へと着陸した。




 「ダサッ!!」

 変形して地面に着陸したその姿を見て、サトミは驚くより先にそう率直な感想を漏らしていた。

 「なんなのよアレ! 変形なんてするからには、元よりもかっこよくなるのがお約束じゃない! かっこ悪くなってどうすんのよ!」

 「サトミさん、怒ったり驚いたりするポイントはそこじゃないと思いますけど・・・」

 と、理不尽な怒り方をするサトミなど構うこともなく、モビーディクスは両手である2本のアームを空へと向けた。そこから次々に発射されるビームが、ビショップやナイトを掠める。

 「くっ・・・! なりは確かにダサいが、伊達や酔狂で変形したわけじゃなさそうだぜ、キシモト」

 さらに、モビーディクスの口部分が開き、中からシャチ型無人戦闘艇が次々に出撃を始める。

 「来たわね。各機、連携を密に! カバーしあいながら敵艦を攻撃するのよ!」

 『ラジャー!』

 一斉に散開する3機の戦闘機。無人戦闘艇部隊もそれに呼応して分散し、それぞれ敵を追い始める。サトミのSMSナイトには5機の無人戦闘艇が背後につき、次々にレーザーを発射してくる。しかし、サトミはまるで後ろに目がついているかのように、巧みなロールを行って紙一重でそれをかわしていく。

 「ルークとは違うのだよ、ルークとは!」

 そう叫ぶとサトミは、操縦桿を前に倒した。一気に急降下へと転じたSAMSナイトが、ほぼ垂直に地面へと降下していき、無人戦闘艇もそれを追撃する。そして・・・

 「おりゃああああ!!」

 雄たけびと共に、今度は操縦桿を思い切り引くサトミ。地面に激突する寸前、機体を水平に取り戻したSAMSナイトは、そのまま超低空を駆け抜ける。が、追撃してきた無人戦闘艇たちはその動きについていくことができず、次々に地面に激突して爆発していった。

 「ぬっふっふ〜♪ やっぱ機械ごときじゃ、このあたしの華麗なる操縦技術についてこられないみたいね〜・・・って、おわっ!?」

 ご満悦の笑みを浮かべていたところに、サトミのSAMSビショップの側面から次々にレーザーが飛んでくる。見ると、新たに10機以上の無人戦闘艇がこちらにむかって接近しつつある。

 「もてる女はつらいわね〜。でもいいわ。みんなまとめて面倒見てあげる。リーダー、ニイザ君! こいつらはあたしに任せて、クジラの方をお願い!」

 その言葉通り、サトミは無人戦闘艇の注意の引き付けを図る。

 「リーダー、サトミさんのおかげで敵艦周辺の敵機が減りました。仕掛けるなら今です!」

 「あいつの無茶もたまには役に立つもんだな。調子に乗って墜とされなきゃいいが」

 「コジマ君、仕掛けるわよ。フォトングレネイド砲スタンバイ。ニイザ君、敵艦周辺に残った戦闘艇の撃破をお願い」

 「了解。露払いは任せてください」

 敵艦周辺の防備が手薄になった隙を突き、一気に突撃をかけるビショップとケイスケのナイト。ナイトが先行し、襲いかかる戦闘艇を次々に破壊する中、変形したSAMSビショップのフォトングレネイド砲の砲口の奥に、ぼぅとした光が灯る。

 「エネルギー充填率、100%!」

 「フォトングレネイド砲、発射!!」

 SAMSビショップから太いビームがほとばしり、モビーディクスの側面を直撃する。が・・・モビーディクスは何事もなかったかのように一歩前へ出ると、その背中から多数の砲台が姿を現し、次々に対空射撃を放ち始めた。さらに・・・モビーディクスの口が開き、新たな戦闘艇の編隊が出撃を開始する。

 「新手の無人戦闘艇の出撃を確認! 総数、24!」

 「くそっ! あのクジラ、腹の中に工場でもあるってのか!?」

 すぐに襲いかかってくる無人戦闘艇たちに、ビショップとナイトはその迎撃に専念することを余儀なくされた。それを横目に、モビーディクスは海へと向けて悠々とその足を進め始めた・・・。




 「少数精鋭が裏目に出たな。所詮、戦いは数ということだ」

 モビーディクスのブリッジ。多数の無人戦闘艇に追い回されるピース・シリーズをモニターで見ながら、ドラコルルは満足そうな笑みを浮かべた。

 「よし。奴らは無人戦闘艇に任せて、奴らの基地へ向かうぞ」

 進撃の指示を下すドラコルル。モビーディクスの前方、東京湾の海上には、巨大な人工島が浮かんでいる。一歩、また一歩と、東京湾へと近づいていくモビーディクス。

 だが・・・突然ブリッジにけたたましい警報音が鳴り響いた。

 「なんだ!?」

 「て、敵機が1機、無人戦闘艇の追撃を振り切ってこちらへと接近してきます!」

 オペレーターの言葉通り、無人戦闘艇の攻撃をかいくぐった戦闘機が1機、モビーディクスに向かって急接近しつつあった。

 「キシモト・サトミをなめんなよぉぉぉぉぉ!!」

 雄たけびを上げつつ接近してくるのは、サトミのSAMSビショップだった。追撃の無人戦闘艇をうしろにつけたまま、モビーディクスの真正面から接近してくる。

 「対空砲火、撃ち落とせ! 追加の無人戦闘艇も発進させろ!」

 モビーディクスの対空砲火がさらにその激しさを増し、無人戦闘艇を発進させるため、クジラの口に当たる発進口が開く。

 が・・・サトミはそれをものともせず、なおも突っ込んでくる。

 「ま・・・まさか、この艦に特攻をしかけるつもりか!?」

 そうとしか思えないそのあまりの勢いと気迫に、さしものドラコルルもたじろぐ。

 「馬鹿野郎! 何やってんだ!!」

 「サトミさん、何をするつもりなんですか! やめてください!!」

 「バカな真似はやめなさい!」

 ニキたちの叫びがコクピットに響くが、サトミは口元に微笑を浮かべただけだった。

 「悲しいけどこれ、戦争・・・じゃないけど、やるしかないのよね!」

 サトミはそう叫ぶと、さらにSAMSナイトを加速させ、モビーディクスの無人戦闘艇発進口めがけ突進した。

 「回避だ! 回避しろ!!」

 「ダメです! 間に合いません!!」

 「サトミさん!!」

 敵も味方も絶叫する中、一直線に発進口に突撃するサトミ。だが・・・

 「・・・と、見せかけてぇぇぇぇぇ!!」

 発進口に突入する直前、サトミは操縦桿を前に倒した。降下に転じたナイトは、発進口に飛び込む寸前ギリギリで、船体の下へと潜り込んだ。

 が・・・後続の無人戦闘艇たちは、その動きについていけない。無人戦闘艇たちはそのまま、次々と発進口の中へと飛び込んでいった。そして・・・

 ドガガガガガガガガガガガガガァァァァァン!!

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 発進口へと飛び込んでいった無人戦闘艇たちは、内部で発進態勢に入っていた無人戦闘艇をも巻き込み、次々と爆発した。

 「よっしゃあ!!」

 モビーディクスの船底と地面の間をすり抜けたサトミは、力強くガッツポーズをした。

 「あぁ、びっくりした・・・。サトミさん、あんまりヒヤヒヤさせないでくださいよ」

 「ごめんごめん。でも、あたしはまだまだ前途有望な若い命をこんなところで散らすつもりはないよ」

 「・・・今度からはもう少し自重してちょうだい。でも、おかげであの戦艦に大きなダメージを与えることができたのは事実ね・・・」

 ため息をつきながらも、ニキはモビーディクスを見下ろした。手足を持つ鋼鉄の巨鯨は、口に当たる発進口から火炎と黒煙を吐き出しながら動きを止めている。この様子なら、すでに内部にもかなり火が回っているだろう。

 「・・・SAMSビショップよりモビーディクスへ。これ以上の戦闘継続は、お互いにとって無意味です。戦闘を停止しおとなしく投降するのであれば、危害は加えないことは保証します。おとなしく投降してください」

 通信回線を開き、ニキはモビーディクスに投降勧告を行った。モビーディクスの上空を旋回しながら、状況の推移を見守るピース・シリーズたち。だが・・・

 ガガガガガガガガガ!!

 「なにっ!?」

 突如、猛烈な対空砲火がモビーディクスからニキたちを襲った。

 「この野郎! 不意討ちとはやってくれるじゃねぇか!」

 「リーダー! こうなったら完全におとなしくさせるしかありませんよ!」

 「・・・止むを得ないわね。攻撃を再開します!」

 なんとか不意討ちをかわし態勢を立て直すと、ピース・シリーズは反撃に転じようとした。が・・・・

 ドドドドドドドド!!

 「!?」

 突然、モビーディクスの艦尾にある生き残りのエンジンノズルが火を噴き始めた。そして・・・

 バシュウウウウウウ!!

 エンジンを最大出力まで高めたモビーディクスは、一気に飛び立った。

 「飛びやがった! まさか・・・マリナーベースに直接飛ぶつもりか!」

 「撃ち落すわよ!!」

 「ダ、ダメ! 早くて追いつけません!!」

 マリナーベースに向けて飛び立ったモビーディクスを追おうとするピース・シリーズだったが、そのスピードはピース・シリーズの最大速度を超えていた。このままでは、モビーディクスに海上区へと上陸される。誰もがそう思った、そのときだった。

 「サムス!!」

 カッッッッッッ!!




 突如閃いた青い閃光が、全てを覆い隠した。




 「長官、もうおやめ下さい! これ以上は!」

 「黙れ!!」

 悲鳴じみた叫びをあげる部下に、ドラコルルは銃を突きつけた。

 海上区に向かって飛行するブリッジの中は、ひっきりなしに鳴り響く警報音で埋め尽くされていた。モニターに映し出される艦内の状況は、火災の延焼によりすでに危機的状況に陥っている。消火活動ももはや限界であり、既にブリッジの中にまで、火災の煙が流れつつあった。

 「それよりも、白兵戦の準備をしろ! モビーディクスで奴らの基地に突っ込んだ後、基地内部に突入し、パピを捕らえる!」

 「そ、そんな無謀な! この艦の乗員だけでできるはずがありません! それに、既にモビーディクスは限界です! そんなことをすれば、宇宙に帰る術さえ失うことに・・・」

 「あの基地にある宇宙船を奪取すればいい!」

 「無茶です! 今からでも遅くはありません! ここはおとなしく投降を・・・」

 「貴様・・・ここまで来て退けというのか!」

 怒りに任せて引き金を引こうとするドラコルル。が・・・そのときだった。

 「シュワッ!!」

 ドガァァァァァァァァァァン!!

 「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 突如、モビーディクスの船体に大きな衝撃が走り、バランスを失ったモビーディクスは見る見るうちに落下していった。そして・・・

 バシャアァァァァァァァァン!!

 モビーディクスは巨大な波飛沫を起こし、東京湾の海面へと落下した。そして・・・

 「シュワッ!!」

 その目の前の海面に、巨大な何者かがやはり波飛沫を立てて降り立つ。ブリッジの床に倒れこんだモビーディクスの乗組員たちは、その姿を見て呆然となった。

 「あ、あれが・・・ウルトラマン、サムス・・・!!」

 海面に倒れ伏したモビーディクスを見下ろすように、両腰に手を当てたウルトラマンサムスが、誇らしくその前に立ちはだかっていた。




 「やっちゃえ、サムス! そんな奴らに遠慮は無用だよ!」

 サムスの登場に歓喜の声をあげるサトミ。一方、モビーディクスはまだ戦う気なのか、海面からその体を持ち上げた。その動きを見て、サムスも油断なく身を構える。と・・・

 ボシュッ!!

 突然モビーディクスが右手のアームをサムスに向けたかと思うと、その先端が射出された。チェーンで本体とつながれたアームは、サムスの左手首をがっちりと捕らえた。背中に並ぶ砲台が、サムスを狙う。

 「シュワッ!!」

 が・・・サムスは慌てることなくチェーンを引っ張ると、右手を発光させたチョップをチェーンに振り下ろした。バチン!と音がしてチェーンが断ち切られ、バランスを失ったモビーディクスがもんどりうって倒れこむ。そして・・・

 「ジュワッ!!」

 飛沫を散らして跳躍すると、サムスはモビーディクスの船体の上に飛び乗った。そして、右手の拳を力強く握り締めると・・・

 「ダアッ!!」

 光エネルギーを集中させた拳を、思い切りモビーディクスに叩きつけた。サムスの拳は、モビーディクスの装甲を容易く破った。

 「・・・」

 一瞬の沈黙の後、静かに拳を引き抜いたサムスは、軽く跳躍してモビーディクスの上から下りた。と・・・

 シュルルルルル・・・

 「あ・・・戦艦が・・・」

 「萎んでいく・・・!」

 なんと、巨大なモビーディクスの船体が、見る見るうちに小さくなっていく。やがて、モビーディクスの大きさは元と同じ自動車サイズにまで戻ってしまった。

 「大統領、これは・・・?」

 「・・・彼は、モビーディクスの中のブロブディンナグを破壊したのでしょう。だから、装置の効果が切れて・・・」

 「元の大きさに戻った・・・というわけですか」

 ムツとパピの会話を聞きながら、オグマは円卓の上の電話の受話器をとった。

 「・・・警備室か? すぐに何隻か高速艇を用意してほしいんだが。 ・・・ああ、そうだ。悪人とはいえ、目と鼻の先で溺れ死なれたら寝覚めが悪いからな。よろしく頼む」

 オグマはそう言うと、受話器を置いた。

 「警備班に連中を回収するように頼んでおきました」

 「うむ。大統領、これでようやく一安心ですな」

 「ええ・・・本当に、ありがとうございます。皆さん」

 パピは深々と頭を下げた。

 「シュワッ!!」

それとほぼ同時に、サムスも大空へと飛び上がった。見る見るうちに小さくなっていくサムスをモニターで見つめながら、ヒカルはほっと安堵の息をついた。

 と、そのときだった。ヒカルの目の前の通信機が、突然受信音を発した。

 「は、はい! こちらマリナーベース! はい・・・はい・・・ええっ!?」

 突然ヒカルが大声を発したので、室内の全員が彼女を見た。

 「どうしたんだい・・・ヒカル君?」

 「す、すいません。あの、宇宙ステーションV7から通信ですが・・・月付近に新たなワームホールが出現し、小型の宇宙船が数隻出現したと・・・」

 「なんだと? PCIAの新手か?」

 再びオグマたちの表情に緊張が走る。が・・・

 「いえ、それが・・・こちらに通信を送ってきているそうです。通信の送り主は、ピリカ自由同盟代表のゲンブと名乗っているそうですが・・・」

 「ゲンブ!? 本当ですか!?」

 「は、はい・・・」

 「ご存知の方ですかな?」

 パピは大きくうなずいた。

 「ピリカの治安大臣です。あのクーデターのとき、ピリカからぼくを脱出させてくれたのもゲンブです。ヒカルさん、彼はなんと?」

 「ま、待ってください。キャップ、ウェリッジ司令が、こちらに直接回線を繋いでもいいかと言っていますが・・・」

 「構わん。すぐに繋いでくれ」

 「了解です」

 ヒカルはすぐに操作を行った。すると、モニターが切り替わり、口ひげを生やしたパピと同じピリカ星人の男の姿が映った。

 「ゲンブ!!」

 『おお・・・大統領! ご無事でしたか!!』

 モニターに映ったゲンブという男は、パピの姿を見てたちまち感激したような表情を浮かべた。

 『大統領がピリカを脱出された後、ずっと心配しておりました。あのあとすぐに、PCIAのドラコルルたちが追いかけていったので・・・』

 「ぼくならこのとおり、大丈夫だ。この星の人たちが、ぼくを守ってくれた」

 『そうでしたか・・・地球の皆さんには、なんとお礼を申し上げてよいやら・・・』

 その言葉に、ヒカルたちは笑みを浮かべた。

 「ゲンブ、どうしてここへ? ピリカは今、どうなっている?」

 『お喜び下さい、大統領! ギルモアの軍事政権は、市民の手によって倒されました!!』

 「なに!? 本当か!?」

 『はい! 我々はあのクーデターの後地下に潜伏し、レジスタンス活動を行っていたのですが、先日ついに、一斉蜂起を実施しました。ギルモアの圧政に苦しめられていた市民たちも共に立ち上がってくれたため、蜂起は見事に成功しました! ピリカは再び、自由を取り戻したのです!』

 「そうか・・・よかった。よくやってくれた、ありがとう・・・」

 『なんの。大統領の苦労を思えば、なんのことはありません。我々はピリカを代表し、大統領をお迎えに参りました。帰りましょう、大統領。ピリカの民は皆、大統領のご帰還を心から待ち望んでいます』

 パピはそれを聞くと、ムツに顔を向けた。

 「ムツ司令・・・」

 「ええ」

 ムツはにっこりと笑うと、通信機に近づいた。

 「・・・というわけだ。聞いていたな、ニキ君?」

 『はい』

 「すまんが、引き続き任務を与える。マリナーベースに一度補給に戻ったあと、宇宙に向かってほしい。ピリカの船団と合流した後、彼らを地球まで護衛しながら先導してくれ。着陸場所はすぐに用意する」

 『了解しました』

 『それは大任ですね、司令。できれば、任務の後に・・・』

 「無論、それなりの労いはするとも。歓迎のパーティーの準備も、あわせて行うように手配しよう」

 『さっすが司令! 話がわかるぅ!』

 サトミの明るい声が通信機から聞こえてくる。ヒカルはそれを聞きながら、パピと笑みを交わした。




 真昼の空港を見下ろす青空には、雲ひとつない。特別にスペースの空けられた滑走路上には、自動車ほどの大きさの宇宙船が数機、整然と並んでいる。それらを背後にして、特別に設えられた台の上に、ゲンブたち迎えの部下を従えたパピが、ピリカ星の正装らしき衣服をまとい、立っていた。

 彼と向き合って立っているのは、ケイスケ、そしてヒカルである。少し後ろにはその他のSAMSメンバーが整列し、さらにその後ろには、ムツたち防衛軍の高官たちが並んでいた。

 「・・・いよいよ、お別れなんですね」

 「・・・はい。名残惜しいですが・・・」

 少し寂しそうに笑みを浮かべるヒカルに、パピも静かに答える。

 「皆さんのおかげで、こうして再び、愛する祖国に戻ることができます。ぼくはあなた方の友情を、絶対に忘れることはありません。地球の皆さん・・・特に、お2人の親切には、本当に、どうお応えすればよいのか・・・」

 「そんな・・・。私達は、大げさなことは何もしてませんよ」

 「ヒカルの言うとおりだ。今はそれよりも、早く自分の星に戻って、帰りを待ってくれている人たちを安心させてあげてくれ。頼むぞ、大統領」

 2人の言葉に、パピは深々と頭を下げた。

 「・・・本当に、ありがとうございます。ピリカ星に戻ったら、国民と力を合わせて復興に取り組み、一日も早くピリカ星を、クーデターが起こる前よりも、もっと平和で素晴らしい星にしたいと思います。そして・・・改めて、地球との友好関係を結びたいと思っています」

 「本当ですか?」

 「はい。そのときは・・・今度はゆっくりと、地球を見て回れればと思いますので、もしよろしければ、ぼくを案内してくれますか?」

 「はい・・・喜んで」

 「もちろんだ」

 ケイスケとヒカルの差し出した手に、握手の代わりにその指を握るパピ。パピは一礼をすると、ゲンブに付き添われ、宇宙船のタラップに足を踏みかけた。

 「それでは・・・お別れです。地球の皆さん、本当にありがとうございました。いつかまた会えるときまで、どうかお元気で。さようなら!!」

 大きく手を振り、ゲンブと共に宇宙船へと乗り込むパピ。そして・・・

 バシュウウウウウウ!!

 ブースターから火を噴き、小さな宇宙船たちは次々と青空へと飛び立っていった。

 「さようならぁ!!」

 ヒカルたちは皆、宇宙船が見えなくなるまで、その手を振り続けて別れを惜しんだ。

 「いっちゃいましたね・・・」

 「ああ・・・」

 感慨深げに空を見上げるケイスケとヒカル。と・・・

 「こりゃあ大役任されちゃったね、2人とも」

 サトミの声に振りかえると、そこにはSAMSの仲間たちが立っていた。

 「大役って・・・なんのことですか?」

 「決まってるだろ。大統領直々に、国交を結んだときの案内役を頼まれたじゃないか。まぁ要するに、親善大使に指名されたってことだな」

 「し、親善大使!? んな大げさな・・・」

 「いやいや・・・それはわしらからもお願いしたいところじゃな。頼むぞ、地球とピリカの発展は、君らにかかっているのだからな」

 「ちょ・・・司令まで!」

 「うぅ、プレッシャーです・・・」

 まだ先のことについて生真面目に悩む2人を、オグマたちは笑みを浮かべながら見つめるのだった。




 そして・・・小さな逃亡者の来訪に始まった事件が、ようやくに解決したその夜。

 マリナーベース7階に位置する、巨大なガラス張りの展望ルーム。昼食時や休憩時間には、見晴らしのよい景色を楽しみながら談笑する職員たちの姿を見ることができるが、夜も更けたその頃には人影もまばらであった。

 「・・・なんだか今日は、いつもより星が多く見えるような気がしますね」

 「少し前まで、風が強かったからな。雲も空気に漂うゴミとか埃も、みんな飛ばされたから、いつもより空気が澄んでるのかもしれない」

 ガラスを目の前にしたベンチに並んで腰掛け、ケイスケとヒカルは満天の星空を見上げていた。

 「・・・ピリカ星は、ここから見えるんでしょうか?」

 「う〜ん・・・パピはピリカ星がどこにあるか教えてくれたけど、俺もそんなに詳しいわけじゃないからな。ここから見えるかどうか・・・ごめんな」

 「いえ、いいんです。でも・・・本当に、すごい数の星ですね。ここから見えるだけでもこれだけあるんですから、きっと宇宙には、私たちが想像するよりもずっとたくさんの星があるんでしょうね・・・」

 「そうだな。昔、宇宙にある全ての島宇宙の数を計算したっていう宇宙人がいたって話を聞いたことがあるけど・・・その宇宙人には悪いが、そういうのははっきり答えを出さないほうが面白いと思うな」

 「そうですね。私も、そう思います」

 ヒカルは笑顔を浮かべてうなずいた。

 「・・・ケイスケ君。私・・・SAMSに入って本当によかったと思います」

 「ん? なんだ、急に」

 「他のみんなもそうだと思いますけど・・・私、SAMSに入るときに、訓練だけじゃなく、いろいろな勉強をしました。その中には、地球防衛の歴史もありましたけど・・・勉強すればするほど、悲しい気分になりました」

 「どうしてだ?」

 「・・・今まで地球にやってきた宇宙人は、ウルトラマンさんたちを除けば、ほとんどが侵略目的でやってきた宇宙人だったからです。知らなかったっていうわけじゃなかったですけれど、防衛軍に入って、それが自分の想像以上だったっていうことがわかって・・・」

 ヒカルはガラスの向こうの星空を見上げた。

 「以前は、星空を見上げるたびに不安だったんです。こんなに綺麗な星がたくさんあるのに、私達と友達になれる人たちが住んでいる星なんて、この宇宙にはほとんどないんじゃないかって。そう思うと、自分が一人ぼっちみたいな、そんなとても寂しい気分になって・・・」

 「・・・」

 「でも・・・今度のことで、また希望をもって星空を見上げることができそうです。パピさんたちみたいに素晴らしい人たちがいることがわかったんですから。だからきっと、この広い宇宙にはもっと・・・」

 大きな瞳で星空を見上げるヒカルの横顔を、ケイスケはジッと見つめていたが、やがて、大きくうなずいた。

 「ああ、そうだ。きっと会えるさ。もっと多くの宇宙の仲間達と、そう遠くない未来に・・・」

 ケイスケの見上げる先で、一つの星がピカリと輝きを放った。


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