「困りますね」

 阿波野愛美は誰もが讃えるその美貌に似つかわしくない渋面を浮かべながら、目の前の相手にそう言った。

 東京都心のビジネス街から少し離れた場所に店を構える、一軒の会員制カウンターバー「MANOS」。本来ならば会員の中でも一部の許された客にのみ入室を許されるその一室にて、阿波野は一人の女と相対していた。

 少しウェーブのかかった茶色い髪を長く伸ばした、若い女である。阿波野に負けず劣らずの美貌の持ち主であり、着る者を選びそうな派手な赤いスーツもばっちりと着こなしている。しかしながら、いかんせん無愛想すぎる。この部屋に入ってきてからこちら、彼女は愛想笑いの一つすら見せず、ずっと仏頂面のままで通している。勤め先は違えど彼女と同じ「秘書」という仕事をしている阿波野にしてみれば、もう少し愛想を見せてもよいのではないかと不満に思うのも無理からぬところではあった。

 だが、今彼女が抱えている最大の不満は、そこではなかった。

 「そちらの会長様が直接お出でくださるという話だったので、こちらは今回の席を用意したのです。それが来られないというのは、約束が違います」

 「ですから、先ほども申し上げたはずです。会長は多忙のため、急きょ来られなくなったと」

 女は変わらぬ仏頂面のまま、阿波野にそう言った。

 「それに、本人が直接こちらに来るかどうかは、大した問題ではないと思いますが。そのためにこれを持ってきたのですから」

 女はそう言いながら、なぜか横に置いてある持ち運び可能な液晶ディスプレイを軽く叩いた。

 「そういう問題ではありません。そもそも我が社としては、あなた方のような方たちとの取引は避けたいところなのです。そちらの会長様がご自身が赴いて依頼すると再三コンタクトをとってきたからこそ、我々は今回の席を用意したのです」

 阿波野がそう言うと、女は元々不機嫌そうだった顔をさらに不機嫌そうにした。

 「・・・社会人が仕事の選り好みをするのって、どうかと思いますけど。そもそも、そちらの社長様はどうしたんですか? こちらも、そちらの社長様が来ると聞いていましたけど。まさかとは思いますけど・・・」

 「ええ。社長は今海外におりますので、これを使って」

 そう言う阿波野の傍らにも、女の傍らにあるのと同じようなディスプレイが。

 「・・・人のこと言えないじゃないですか」

 「こちらは社長が同席するとは一言も言ってはおりません。それに、弊社と御社とでは、だいぶ事情が異なりますので。社長が同席できないのは、あくまで保安上の問題からです」

 2人の美女が互いに険悪な視線をぶつけ合っていた、そのときだった。

 『そのぐらいにしたまえ、里中君』

 突然男の声が響いたかと思うと、女の傍らのモニターがパッと灯り、一人の男の顔が大写しになった。

 『彼女の言うとおり、今回は無理を言って話を聞いてもらうのだからね』

 一目見たら忘れられない、インパクトのある顔をした男だった。顔のパーツが全て、見る者に鮮烈な印象を刻んで離さない。クイズ番組の司会者のような派手な色をしたスーツも、この男のインパクトからすれば、これ以上ないぐらいにお似合いの衣装だった。

 『約束が違ってしまったことは素直に謝ろう。だが彼女の言うとおり、私もなにぶん多忙なものでね。このような形となってしまったことを許してほしい』

 「・・・こうおっしゃっていますが、社長」

 阿波野は傍らのディスプレイにそう声をかけた。

 『構わん。どうせこんなことになるだろうとは思っていた』

 低い声と共にディスプレイに光がともり、こちらも一人の男の姿が映し出される。獅子の鬣のようにボリュームのある髪を伸ばし、おしゃれな四角いフレームの眼鏡の奥からは、鋭い眼光を放つ視線が注がれる。がっしりとした大柄な体躯をシックなダークグレーのスーツで覆った、こちらも一目見たら忘れられない容貌の男だった。

 『お会いできて光栄だよ、獅子倉社長。はじめましてと言うべきだろうが、この出会いを祝して、あえてこう言わせてもらおう』

 派手なスーツの男がそう言った次の瞬間

 『ハッピーバースデイ!!』

 目も、鼻も、口も、穴という穴を目いっぱいに開いた男の顔が目の前のモニターにどアップで映し出され、阿波野は危うくソファーから飛び上がりそうになった。


仮面ライダーT × 仮面ライダーオーズ/
The Spin-off Story


財団財団財団
前編


 とにかくインパクトのあるこの男から、阿波野の上司であり勤め先の社長である獅子倉威雄の携帯電話に突如電話がかかってきたのは、一週間前のことである。

 男の名は鴻上光生。日本に本拠を置く巨大財団・鴻上ファウンデーションの会長である。

 電話がかかってきたその場に偶然居合わせた阿波野は、今と同じ異様なハイテンションで鴻上が自らの名を告げただけで、獅子倉の表情が一瞬にして、敵の気配を察した野獣のように鋭いものに変わるのを見た。それもそのはず。鴻上ファウンデーション、いや、鴻上光生という男こそ、獅子倉が現在最も危険な存在の一つとしてその動向を注視していた相手に他ならなかったのだから。

 なぜ獅子倉はそれほどまでに鴻上を危険視していたのか。それは、現在日本で展開されているとある「戦い」の中心にいる人物こそ、他ならぬ鴻上だからである。

 ことの起こりは、今から800年前にさかのぼる。当時のヨーロッパのある国の王が、配下の錬金術師たちに命じ、人工の生物を生み出そうとしたのがきっかけである。錬金術師たちはその命に応じ、様々な生物の情報とその力を宿した10枚ひと組の「コアメダル」と呼ばれるメダルを複数セット作り上げた。当初、それはただのメダルに過ぎなかったが、10枚のうちの1枚を抜いたことで、残されたメダルの中に「足りない」という「欲望」が生まれた。その欲望はメダルに恐ろしい進化をもたらし、やがて、欲望の権化ともいえる怪物「グリード」へと変貌した。欲望のままに暴れるグリードを止めるため、王は再び錬金術師たちに命じ、手元に残ったコアメダルを使ってグリードたちと戦う方法を研究させた。こうして完成した「オーズドライバー」を使用し、王は人間を超越した存在「オーズ」となり、グリードたちとの戦いを繰り広げた。やがて、一体のグリードが仲間たちを裏切り王の側についたことで、形勢は王の方へと傾いていく。しかし、戦いの中でコアメダルの絶大な力に溺れた王はその欲望を暴走させ、グリードたちから全てのコアメダルを奪い、究極の生物として進化することを目論んだ。だが、結局その肉体は進化に耐え切れず、王はグリードたちを吸収しながら石化。あとには、全てを封印した石棺だけが残された。

 それから時は流れ、800年後の現代。日本へと運び込まれた石棺から、グリードたちは復活を遂げた。だが、その体はコアメダルの不足から不完全なものとなっており、完全なかたちでの復活を目論む彼らは、配下の怪物・ヤミーを使役してコアメダルの回収を開始した。一方、800年前の戦いで王の側についたグリードは、とある青年にオーズドライバーを渡して新たなるオーズを誕生させ、同族たちを牽制しつつも、こちらもコアメダルの入手を目論んでいる。今日本で行われている戦いとは、この奇妙な「メダル争奪戦」であり、石棺を日本に運び込んだ張本人こそ、鴻上なのである。




 『まったく、厄介なことをしてくれたものだな』

 お互いに初対面であることは先ほどの会話からも明らかだったが、獅子倉は不快の念をあからさまに表情に浮かべながら、いきなりそう言った。

 『これはこれは・・・どうやらいきなり嫌われてしまっているようだ』

 『グロンギの復活、アンノウンの出現、オルフェノクの暗躍、アンデッドの解放、魔化魍の異常発生、ファンガイアの跳梁、ドーパントの犯罪・・・この10年の間、毎年のようにこの国には危機が訪れ、そのたびに新たな仮面ライダーが現れた。もはやこの国は、ヒーローと人類の敵対者たちとでいっぱいだというのに、お前はそこに新たな怪物と仮面ライダーを放り込んだのだ、鴻上光生。裏の世界に通じる者で、お前に対して好意的な者など一人としておりはしない』

 『誤解しないでくれたまえ。グリードたちが封印された棺をこの国に持ち込んだのは確かに私だが、彼らの復活は私の意図したところではないよ。ただ、グリードやオーズの復活は、我々にとってもより多くのメダルを、より効率的に集める手段であることは確かであるし、現に最大限に利用させてもらっているがね。私のライフワークである「欲望による世界の再生」のためには好ましいことだよ』

 『・・・やはり、救えぬ男だな。過ぎたる欲は再生どころか、己の身を滅ぼすだけだ。私を初め、我が社の社員はそれを嫌というほど知っている者ばかりだ』

 剣呑な視線を送る獅子倉と、それを真正面から受け止めても泰然とした笑みを浮かべている鴻上。と・・・

 「あの・・・」

 突然、里中と呼ばれていたあの仏頂面の秘書が口を開いた。

 「商談に入るのなら、早くしていただけませんか? 定時まであと一時間もありませんので」

 「あなたねぇ・・・!」

 部屋の時計にちらりと視線を走らせながら平然とそんなことを言う里中に、阿波野は怒りを通り越して呆れが先立ち、開いた口がふさがらなかった。

 『あぁ、わかっているよ。すまないが、彼女の言うとおり商談に入らせてほしい』

 『・・・いいだろう。お互い、時間は貴重なものだろうからな』

 獅子倉がそう言ったので、阿波野もひとまず冷静な表情に戻り、ソファーに座りなおした。

 「それでは・・・今回は、我が社にどのようなご依頼でしょうか?」

 『うむ。君たちには、非常に重要な仕事を頼みたい』

 もったいぶった様子でうなずく鴻上。はたして彼の口からどのような無理難題が飛び出すのか、阿波野は内心で覚悟を決めたが・・・

 『実はだね。年末年始を利用して、ヨーロッパへ旅行する予定がある。君たちには、それに随行する社員数名の派遣を依頼したいのだよ』

 「・・・え?」

 あまりにも予想外だったその内容に、阿波野はぽかんとした表情を浮かべた。

 「そ・・・それはつまり、ボディガードを依頼したいと・・・?」

 『待て、アフロディテ』

 その時、獅子倉が阿波野を制した。

 『もったいぶった話はやめろ、鴻上。ただの旅行の護衛なら、そこにいるお前の秘書だけでも務まるだろう。わざわざ我が社に社員の派遣を依頼する、その本当の目的を言え』

 『そう急かさずとも話すとも。君の言うとおり、この旅行の目的はただの観光ではない。あるコアメダルを手に入れることが、その最大の目的だ』

 『コアメダル?』

 『そう。おそらく既に君たちも知っているだろうが、コアメダルにはそれぞれに込められた生物のデータによって複数の種類が存在する。昆虫系の緑のメダル、猫系の黄色いメダル、重量系の灰色のメダル、水棲系の青のメダル、そして、鳥類系の赤のメダル・・・コアメダルはこれら5種類に分けられる・・・』

 と、鴻上は言ったが・・・

 『・・・と、思われていたのだがね。我々の最近の調査で、おそらくはグリードたちすらその存在を知らない、第6のコアメダルが存在することが明らかになったのだよ』

 『なんだと・・・?』

 これには、阿波野はもちろん獅子倉も驚きの表情を浮かべた。

 『無論、私としてはこのコアメダルも手に入れておきたい。だが、悪いことに我々とほぼ同じタイミングで、2つの組織が第6のコアメダルの存在を知ってしまったようなのだよ』

 『2つの組織?』

 『そう。おそらく、どちらの組織も君たちはよく知っているだろう。まず一つだが、かの有名なサージェス財団だ』

 サージェス財団。それは、世界各地で失われかけている貴重な宝を収集し保護する民間団体である。「宝」とは古代文明の遺物、知られざる財宝、そして絶滅寸前の動植物まで、人類にとって貴重なものならばその全てが「宝」であり、彼らはそれを発見(Search)、保管(Guard)、そして次代へ引き継ぐ(Success)ことを目的としている。その保護活動は一般にも認知されているが、実際には彼らの活動の中には、一般には知られていないものも含まれる。彼らの保護対象である宝の中でも、兵器にも転用しうる強力な力をもつ超考古遺物・・・「プレシャス」と呼ばれる危険な宝の保護活動こそ、彼らが最も重視している活動である。
 近年、超考古学者たちなどによってプレシャスの研究が飛躍的に進み、その研究成果によって革新的な技術がもたらされるなど、プレシャスは学会のみならず様々な分野からの注目を集めている。だが、このように注目を集めるものには、よからぬ者たちもまた目をつけるのが世の常というものである。プレシャスにおいてもそれは例外ではなく、利益目的で非合法なプレシャスの収集活動や利用を企む組織が存在する。ネガティブシンジケートと呼ばれるこのような組織は近年急激にその数を増しており、これに伴ってサージェス財団とネガティブシンジケートとのあいだでのプレシャス争奪戦は激化の一途をたどっている。数年前、サージェス財団の日本支部がネガティブシンジケートとの戦闘までをも想定した装備を持つプレシャス保護・回収の専任特殊部隊を設立したのは、その状況を示す最も端的な出来事と言えるだろう。

 『なるほど。連中がコアメダルのような危険なプレシャスを放置しておくはずがない。手つかずのメダルがあると知れば、当然回収しようとするだろう』

 『この世の全てのプレシャスを保護したいという彼らの欲望は素晴らしいと思うがね。しかし、残念ながら彼らに保護されたプレシャスの末路は、封印という名のもとに行われるこの世からの抹消に等しい処置だ。コアメダルのような素晴らしい宝を封印するなど、耐えがたいほどもったいないことじゃないか! そう思わないかね、君!!』

 『思わんな。それで、もう一つの組織とは?』

 興奮気味に語る鴻上の言葉をにべもなく受け流し、先を促す獅子倉。

 『うむ。あるいは、こちらの方がサージェスよりも厄介かもしれない。第6のコアメダルを狙うもう一つの組織・・・それは、財団Xだよ』

 『なに・・・!?』

 獅子倉の表情に、これまでで最も色濃い驚きが浮かんだ。

 財団X。それは、現在活動している秘密組織の中でも、獅子倉が最も警戒している組織の一つである。その最大の理由は、彼らの活動の特異性にある。財団Xという組織は、一部の例外を除いては、他の組織のように怪人を動かして破壊活動や殺戮行為を行うことはない。獅子倉がこれまでに耳にした彼らの名は、他の組織の出資者としてのケースばかりだった。現在のところ、彼らの関与がはっきりと判明しているのは、つい最近まで地方都市・風都において生体感応端末「ガイアメモリ」の流通・実験を行っていた組織「ミュージアム」への出資である。また、それ以前には死者蘇生兵士「NEVER」への出資も検討していたようだが、こちらはガイアメモリとのコンペの結果中止となったらしい。また、現在確認中の情報ではあるが、さらに以前にはスマートブレインや人類基盤史研究所への出資を行っていたとの情報もある。最近では、ミュージアムと同じくとある学園都市で人間を怪人へと変身させる「スイッチ」を開発している組織への出資を行っているらしい。
 近年日本を震撼させた事件のその中心にいた組織の出資者として、闇の中からその存在を見え隠れさせる組織・財団X。だが、途方もない資金力と巨大なネットワークを持っているであろうにもかかわらず、彼らの正体や目的は、いまだ何一つ明らかになってはいない。獅子倉たち裏の世界に生きる者たちにとっては、活動目的すら判然としない組織ほど危険な存在はない。

 『・・・だが、待て。我々の掴んでいる情報では、鴻上ファウンデーションも財団Xからの出資を受けていたはずだぞ。お前たちと協力関係にある財団Xが、なぜコアメダルを巡ってお前たちと争う?』

 『さすがによく知っているね。だが、その理由は簡単だ。確かに我々はかつて財団Xからの出資を受けていたが、今はその関係は決裂している。原因については・・・まぁ、欲望というものは必ずしも相容れるものではなかった、とだけ言っておこう』

 『・・・お前が強欲すぎただけではないのか?』

 獅子倉の言葉にも、鴻上は妙にうれしそうに笑みを浮かべるだけだった。

 『まぁいい。つまりお前たちと物別れになった財団Xは、お前たちに対するカウンターパワーとしてその第6のコアメダルを欲しているというわけか。なるほど、事情はよくわかった。サージェスも財団Xも、コアメダル回収のためにそれなりの戦力を送り込んでくるだろう。それに対抗するために、我が社に依頼をしたいということだな』

 『そのとおりだ。引き受けてくれるかね?』

 『・・・事情はわかった。だが、引き受けるかどうかとなると話は別だな』

 獅子倉はそう言った。

 『手に入れた宝を封印するだけのサージェスならともかく、得体の知れない財団Xの手にコアメダルが渡るのは、確かに好ましいことではない。だが、お前たちがコアメダルを独占するための片棒を担ぐというのもな』

 『なるほど、パワーバランスを重視する君らしい考え方だ。だが、それならば心配はいらない。私が第6のコアメダルを手に入れたいのは、他のコアメダルのようにその力を利用したいからではない。私は、あのコアメダルを破壊しなければならないのだ』

 『!? コアメダルを破壊するだと・・・?』

 獅子倉は聞き間違いでもしたかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 『どういうつもりだ? コアメダルを破壊するなど、到底お前の口から出る言葉とは思えんが・・・』

 『そう、確かに他のコアメダルは私の望みのためにはなくてはならないものだ。だが、第6のコアメダルは違う。あれはあらゆる意味で、他のコアメダルとは全く異なるものだ』

 『どういうことだ?』

 『先ほども話したように、コアメダルにはそれぞれ、生物のデータが記録されている。我々の調査によると、第6のコアメダルに記録されているのは、恐竜や空想上の動物のデータらしい』

 『それがどう関係するのだ?』

 『つまり、第6のコアメダルに記録されているのは、「すでに存在しない動物」あるいは「最初から存在しない動物」のデータということになる。その本質は・・・「無」だ。もし、このコアメダルから他と同じようにグリードが誕生することになれば、それは己が本質である「無」を渇望する・・・全ての生命に死をもたらし、あらゆるものを消滅させ、この世を終末へと導こうとする存在となるだろう。さすがに、私もそのような存在の誕生は望まない。だからこそ私は、速やかに第6のコアメダルを手に入れ、そのうえで破壊しようと考えている』

 『なるほど・・・。しかし、破壊といってもどうやって破壊するつもりだ? コアメダルを破壊する手段は今のところ見つかっていないはずだが』

 『残念ながら確かにそれは事実だ。しかし、メダルの研究に関して我々は世界で最先端の地位にある。今は不可能であったとしても、いずれはメダル破壊の手段も見つかるだろう。あるいは、他ならぬ第6のコアメダルそのものがそのカギを握っているかもしれない。いずれにせよ、君たちが世界の均衡を望むのならば、第6のコアメダルはサージェスや財団Xよりも我々の管理下に置かれるのが最善であると、私は考えるがね』

 『・・・』

 モニターの中の獅子倉は瞑目し、黙考を始めた。鴻上も2人の秘書も、沈黙したまま彼の次の言葉を待っていたが・・・

 『・・・わかった。この話、引き受けるとしよう』

 『ハッピーバースデイ!!』

 獅子倉が言い終わるまもなく、再び鴻上の顔がモニターいっぱいに映し出され、またもや阿波野はソファーから飛び上がらんばかりに驚いた。




 『すまんな。私の一存で決めてしまって』

 「商談」が成立し、里中が出て行った部屋。再び一人となった阿波野は、モニターの向こうの獅子倉と向き合っていた。

 「お気になさらずに。我々はこれまでにも数々の重要な局面において、社長の下されたご決断に従って今日まで生きてこられたのですから。社員一同、社長のご采配には信頼を置いています」

 しかし、と阿波野は続けた。

 「正直に申しますと今回の話、個人的には気乗りがしませんわね」

 『よほどあの秘書の態度が気に入らなかったようだな』

 笑いながらそう言う獅子倉に、阿波野は少しむっとした表情を浮かべた。

 「・・・それもあります。ですが、やはり、組織同士の争いに我々が関与するというのは、どうも・・・。どうしても、以前のノーデンスとの一件を思い出してしまいます」

 暴力団やマフィアなど、一般社会にもよく知られる犯罪組織は別として、怪人などを操る秘密組織間での争いには原則不干渉の立場をとるというのが、壊滅した組織の生き残りの怪人たちの寄せ集めである弱小組織に過ぎないホワイトシルエットが余計な争いに巻き込まれることのリスク回避のための基本方針である。以前心ならずもその方針が破られたために、ホワイトシルエットは大きな損害を受けることになった。日本から海外へと本拠を移し、ようやく体勢を立て直して落ち着いてきたところだが、人手不足は相変わらずの悩みの種である。

 『無論、それは承知している。組織同士の争いなどに首を突っ込みたくないのは私とて同じだ。特に、鴻上のような男とは極力関わりたくない。だが、放っておいてもよい問題とは言えないだろう。鴻上ファウンデーションはスマートブレインやD&Pなどと違って、豊富な戦力を擁しているわけではない。サージェスや財団Xと武力で衝突すれば、ひとたまりもあるまい』

 「第6のコアメダルを手に入れたらこれを破壊するという鴻上会長の言葉、信用できるものでしょうか?」

 『誰よりも欲望に忠実という点においては噂に違わぬ・・・いや、噂以上の男だよ、奴は。ああいう男については油断をしてはならないが、欲望に忠実ということはある意味正直だということだ。第6のコアメダルは奴にとっては邪魔なものだというのは間違いあるまい』

 「・・・」

 『それに、サージェスはともかくとして、財団Xに関しては我々もほとんど情報を掴んでいないのが実情だ。奴らについて探る上でも、今回の仕事は有益なものになるだろう』

 「そうですね・・・」

 『さて・・・問題は人選だな。例によって苦労をかける。出発は明後日と言っていたが、今からスケジュールの都合がつく者はいるか?』

 「本来ならこういった任務はガントレックが適任なのですが、彼は今バガン共和国での任務の真っ最中ですからね。そうなると・・・やはり、またあのトリオにお願いすることになりますかね」

 タブレット端末で社員のスケジュールを確認しながら、阿波野は言った。

 『わかった。あの3人にも苦労をかけるな。任務については私から伝えておこう。正式な契約については抜かりないよう頼む』

 「承知しました。それと・・・これについてはいかがいたしましょうか?」

 テーブルの上には、里中が持参した鴻上お手製のバースデイケーキが置かれていた。

 『悪いが、私は生クリームが苦手でな。アテネとでもいっしょに食べればいい。毒は入ってはおるまい』

 「まぁ、それはそうでしょうけれど・・・」

 『それでは、後はよろしく頼む』

 そう言って、モニターの映像は切れた。

 「・・・」

 阿波野はケーキをじっと見つめていたが、やがて、応接用の皿とフォーク、ナイフを持ってくると、一切れを切り取り、口に運んだ。

 「・・・あら、意外といけるじゃない」

 暑苦しいほどエネルギッシュな中年男の手によるものとは思えぬ意外な味に、阿波野は軽い驚きを覚えながら、口元についた生クリームを指で拭った。




 「結局、こういう胡散臭い仕事は俺たちに押し付けられるんですよね」

 車の後部座席の背もたれに背を預け、金色の髪をかきあげながら、高天アベルはうんざりしたようにそう言った。

 フロントガラスにぶつかってくる雪を、ワイパーが必死で拭っている。空港を出発してから一時間以上。彼らが乗るSUVは、対向車もまばらな雪の道路を走り続けている。

 「私たちの仕事が胡散臭くなかったためしなんてあったかしら?」

 「そりゃあまぁ、それはそのとおりですけど・・・」

 「あんたはそうやって仕事の選り好みばっかりするからダメなのよ。ちょっとはガントレックを見習いなさい」

 「いや、あの人は好きとか嫌いとかいう基準がそもそもありませんから・・・」

 アベルのボヤキに対し、すかさず前の助手席からたしなめる水無月沙耶。しかし、彼女もまたそれに続けて眉間にしわを寄せた。

 「とはいえ、正直なところ今回ばかりは私も気が重いわね。サージェスと財団X・・・二つの組織との争いになる確率が高いんだから。うまく立ち回らないと、今後の我が社にも影響してくるかもしれないわ」

 「ま、俺は少しでも運動ができるなら、相手が誰だろうと喜んでやりますけどね」

 「あんたはいいわよねぇ、単純で・・・」

 と、そのときだった。

 『水無月さん、聞こえますか?』

 車の中に、里中の声が響いた。声は沙耶の手の中にある、バッタの形をした小型メカから発せられている。鴻上ファウンデーションが開発した、セルメダルを動力源とする小型メカ、「カンドロイド」。その一種であるこの「バッタカンドロイド」は、通信機としての機能を持っている。

 鴻上とはメダルの発掘現場で合流することになっていたが、その場所は機密保持のため、事前には教えられなかった。社長からの指示を受けヨーロッパ某国の空港に降り立った沙耶たちは、事前に鴻上側から提供されていたバッタカンドロイドを通しての里中のナビゲートに従い、現地へと車を走らせていた。

 「はい、よく聞こえます」

 『お疲れ様でした。もう少しで左に曲がる細い道がありますので、そこを曲がってまっすぐ進めば発掘現場です』

 「了解しました」

 里中との通信は再び切れ、沙耶は運転席でハンドルを握る児玉鳴海に声をかけた。

 「鳴海、聞いてのとおりよ。見逃さないように注意して」

 「わ、わかったんだな」

 車は左右を森に挟まれた道を走っている。と、まもなくその左側に、森の中へと続く道が見えた。道と言っても舗装すらされておらず、SUVが通るのもやっとの幅しかない、注意されなければ見過ごしてしまうほどの細い道だ。鳴海は性格通りの慎重なハンドルさばきで車を左折させ、その道へと乗り入れた。左右に木々が迫る中、細い道をしばらくのあいだ走り続けると・・・やがて、開けた場所に出た。

 野球場程度の大きさの、円形の広場のような空間。一面に雪が降り積もった平坦な場所であるが、何もないわけではなく、半ば雪に埋もれかけた石の構造物が、ところどころ地面から顔を出している。かろうじて人の手によって造られた構造物だと分かる程度の状態で、無残に崩れ去ってから多くの年月が流れているのを察するのは容易だった。そんな空間のほぼ中心あたりで十数人の人間が何やら作業としている。そこから少し離れた場所には数台の車が止まり、仮設テントが設営されていた。沙耶たちはそこに停まっている車に横付けするかたちで車を停め、降りた。

 「うぅ、寒・・・」

 「寒いんだな・・・」

 直接の外気に触れて身を縮こまらせる部下2人を従え、沙耶はテントに近づき、その天幕をめくった。その途端

 「ようこそ諸君!! 待っていたよ!!」

 テントの中から響いてきた大音声に思わず身を引き、沙耶は後に続くアベルにぶつかりそうになった。

 テントの中ではストーブが焚かれ、十分な暖かさが保たれている。そんなテントの中、そのいかつい容貌には似つかわしくないピンクのエプロンを身に着けた鴻上が、見事にデコレートされたケーキを前に歓迎の言葉を述べた。こんな場所にもかかわらず、テントの中にはオーブンをはじめとする調理機材が揃っている。鴻上の傍らでは別のケーキを前にした里中が、食べるというよりは処理をしているといった感じの黙々とした調子で、ケーキを口に運んでいた。

 「あ・・・こ、これはどうも。ホワイトシルエットより参りました、水無月沙耶です。こちらは部下の高天と児玉です」

 「ありがとう、よく来てくれた。見たまえ、君たちを歓迎するケーキがちょうど出来上がったところだ。さぁ、そこに座りたまえ」

 「はぁ・・・」

 社長や阿波野から話は聞いていたものの、鴻上の得体の知れないハイテンションと迫力の前では、さしもの沙耶たちも黙って彼の言うとおり、テーブルに着くほかはなかった。

 「あ、あの・・・ここがお話に伺っていた発掘現場・・・ですよね? 問題のコアメダルについては、今どのような状況になっているのでしょうか?」

 嬉々としてケーキを切り分ける鴻上に、遠慮がちに最も気になっていたことを尋ねる沙耶。ケーキナイフを操る手は止めず、鴻上は答えた。

 「心配しなくとも、今発掘作業の真っ最中だよ。作業にあたっているのは他のコアメダルの発掘にも携わった優秀なスタッフだからね。見つけてくれるまでにそう時間はかからないだろう。コアメダルの発見を祝うケーキを焼くために、今オーブンの火を入れたところだ」

 オーブンの中では、新たなケーキが焼かれている真っ最中だった。それを横目に、さらに沙耶は問う。

 「・・・サージェスや財団Xに、何か動きは?」

 「今のところは何もない。まぁ私が彼らの立場なら、今は黙って見ているだろうがね。君たちに働いてもらうとしたら、それはメダルを見つけた後だろう。今はこれを食べながらゆっくりしてくれたまえ。さぁどうぞ」

 そう言って、切り分けたケーキを沙耶たちの目の前に並べる鴻上。質問の答えは、沙耶の予想していた通りだった。第6のコアメダルを狙う3つの組織の中で、最もアドバンテージがあるのは鴻上ファウンデーションであり、それはサージェスも財団Xも自覚しているだろう。ならば彼らにとっては、鴻上がコアメダルを発見したところを横からかすめ取るのが最も賢いやり方だ。鴻上の言うとおり、自分たちの出番があるとすればそのときだろう。

 「それじゃあ、お言葉に甘えまして・・・」

 「い、いただきます・・・」

 能天気にケーキに手を付けるアベルと鳴海だったが、沙耶にそれをたしなめるつもりはなかった。のんびりケーキを食べていられる時間など、そう長くはないだろう。

 「いただきます・・・」

 彼女もまたそう言って、フォークを手に取った、そのときだった。

 「会長!!」

 防寒着を着込んだ男が、興奮した様子でテントの中に飛び込んできた。

 「やりました! コアメダルを発見しました!!」

 「素晴らしい!!」

 男を上回るテンションでそう叫ぶと、鴻上は沙耶たちに目を向けた。

 「申し訳ない、諸君。ひとまずケーキは置いておいて、一緒に来ていただけないだろうか。せっかくの記念すべき瞬間だ。祝う人間は一人でも多い方がいい」

 いつの間にやら防寒着を着た里中から防寒着を受け取りながら、鴻上はそう言った。

 「・・・あまり祝う気にはなれませんが」

 思わず本音を漏らしながらも、不満げな顔の部下2人を無言で促し、沙耶は立ち上がった。




 テントの外は相変わらず雪が降りしきっている。自ら先頭に立ちズンズンと突き進む鴻上の後に続く里中とホワイトシルエットの3人。やがて彼らが発掘現場にたどり着くと、現場を取り囲んでいた発掘スタッフたちが道を開けた。

 雪が降り積もった地面に、その下へと続く石の階段がぽっかりと口を開けている。その下から、埃にまみれた発掘スタッフたちが上ってきた。

 「お待たせしました、会長。どうぞ、ご確認を・・・」

 発掘スタッフは手に持っていたものを恭しく鴻上に差し出した。それはフリスビーほどの大きさの、石でできた円盤だった。どうやらそれは容器らしく、上半分は蓋になっていた。鴻上はそれを受け取ると、その上蓋を外した。

 容器の中には金属質の光沢を放つ紫色のメダルが10枚、円を描くように並べて収められていた。メダルの表面には3種類の図像が彫り込まれており、それぞれ右を向いたティラノサウルスの頭、左を向いたトリケラトプスの頭、プテラノドンの全身像と見受けられた。鴻上はそのメダルを、目を皿のようにしてまじまじと見つめていたが・・・

 「素晴らしい!! これこそまぎれもなく第6のコアメダルだよ!!」

 彼はそう叫びを発した。周囲の発掘スタッフたちが拍手を贈り、里中も無表情ながらそれに倣う。さすがに沙耶たちはその輪に混ざる気にはなれず、ただ今回の件の中心となるであろう第6のコアメダルを見つめていたが・・・

 「!? 伏せて!!」

 突然沙耶が叫んだ直後、彼らの周囲で次々に爆発が起こった。それらを伏せてやり過ごすと、3人は鴻上たちを背後に守りながら、周囲に立ちこめた雪煙の向こうに目を凝らした。

 「Coooooooongraturatioooooooons!!」

 その雪煙の向こうから、能天気な声と共に一人の男が歩みだしてきた。緑を基調とした独特のデザインのジャケットを着た、20代後半ぐらいの白人の男。伸ばした金髪を首の後ろで束ねており、ハンサムではあるが、少々目つきが悪い。

 「・・・なんてな?」

 そう言って、ウィンクなどをしてくる。その態度といい、両耳に開けたピアスといい、全体的な容貌からして軽薄な印象を受ける。だがその左手には、大型の特殊拳銃が握られていた。

 「第6のコアメダルの発見、おめでとさん。俺も派手に祝いたかったんだが、生憎花火もクラッカーも持ち合わせがなくってな。ま、これで勘弁してくれや」

 「ありがとう。たとえ何者であれ、この記念すべき瞬間を共に祝ってくれる相手がいることは素晴らしい。名前を聞かせてくれるかな?」

 不敵にもそう尋ねた鴻上に、男はニヤリと笑みを浮かべた。

 「サージェス・ヨーロッパ所属、プレシャス回収専任エージェント、アーサー・V・ドレイク。覚えてくれなくっても結構だぜ、会長さん」

 その名を聞いて、沙耶がハッとした表情を浮かべた。

 「ヴァルチャー・ドレイク・・・!」

 「知っているのか姐さん!?」

 「あのね・・・阿波野さんからもらった資料に載ってたでしょ、読んでなかったの? それと、姐さんじゃなく部長と呼びなさい」

 冷やかにアベルに言いながら、沙耶はドレイクと名乗った男に目を戻した。

 「“不滅の牙”明石暁と同じく、凄腕のトレジャーハンターとして名を馳せた男・・・。最近になってサージェス財団のエージェントになったって情報を手に入れて、阿波野さんたちが真偽を確かめていたけれど・・・どうやら、本当だったらしいわね」

 「どこの誰だか知らないが、あんたの言うとおりさ。上司がそいつを欲しがってるんでね。見つけたばっかで喜びに浸ってるところ悪いんだが・・・そいつを渡してもらおうか?」

 「素晴らしい。欲望とはそのように、包み隠さずありのままを示すべきものだ。だからこそ、私も自分の欲望をありのままに示そう。私はこのコアメダルが欲しい。誰にも渡すつもりはない」

 それを聞いたドレイクは、愉快そうに笑った。

 「あんたとはうまい酒を飲めそうだな、会長さん。安心したぜ。そうすんなりともらっちゃあ面白くない。苦労してこその冒険だ。そうだろ?」

 「ずいぶん威勢のいいことね。でも、この人数相手にどうやってコアメダルを奪うというのかしら?」

 ドレイクに問う沙耶。しかし、ドレイクの顔に浮かぶ余裕はみじんも揺るがなかった。

 「そう焦るなよ、レディ。今その答えを教えてやる」

 そう言うとドレイクは、ジャケットの右手の袖を捲り上げた。そこには、腕時計のようなものが装着されていたが・・・

 「スタートアップ」

 ドレイクがその文字盤を指で押した瞬間、彼の全身が眩い光に包まれ、わずか一瞬の後に、彼は全く別の姿へと変わっていた。

 頭部全体を覆うヘルメット。その目の部分を覆う黒いゴーグルの上には、車のヘッドライトを思わせるライトがついている。全身も一体型のスーツによって包まれており、体の中心線部分は白、その左右の側部はダークグリーンに塗り分けられている。そしてその胸の中央には、羅針盤をモチーフとしたサージェス財団のシンボルマークが大きく描かれていた。

 「鋭き冒険者・・・」

 ドレイクが変身した戦士は、そう呟きながら自らの胸を右の拳でドンと叩き

 「ボウケンレイダー」

 そう名乗りを上げた瞬間、ゴーグル上のライトがパッと光を灯した。

 「変身した!? まさか・・・ボウケンジャー!?」

 目の前で変身を遂げたドレイクに驚愕する沙耶。サージェス財団には、プレシャスの回収を専門に行う特殊部隊が存在する。彼らはプレシャスを狙うネガティブシンジケートとの戦闘をも想定し、強化スーツや各種携行武器、さらには合体して巨大ロボットになる大型メカまでも装備として保有している。轟轟戦隊ボウケンジャー。その特殊部隊の名は、ネガティブシンジケートならずとも、裏の世界に生きる者ならば知らぬ者はいない。

 だが、ボウケンレイダーはチッチッと言いながら指を左右に振った。

 「悪いがちょっと違うな、レディ。さっきも言っただろ? 俺の所属はサージェス・ヨーロッパだって。サージェス・ジャパンの連中とはお国違いだ」

 「サージェス・ヨーロッパがボウケンジャーとは別のチームを立ち上げたってこと・・・? そんな情報は・・・」

 「ま、知らないのはしょうがない。動き出したのはつい最近だからな。だが、実績はちゃんとあげてるぜ。それと・・・もう一つ訂正だ。俺はチームじゃない。俺は一人で任務を遂行する、ワンマンアーミーってわけだ」

 「なるほどね・・・。それにしても正面から横取りを仕掛けてくるなんて、サージェスもずいぶんと強引になったものね」

 「上司に言わせりゃ、日本の連中のやり方は生ぬるいんだとよ。ネガティブシンジケートとのプレシャスの奪い合いはどんどん激しくなってるんだから、こっちももっと攻めに出なきゃ勝てねぇってな。そんなわけで俺の登場ってわけだ。さぁ、メダルを渡してもらおうか」

 そう言うが早いか、ボウケンレイダーは左手の銃を持ち上げ、いきなり発砲してきた。だが、放たれた光弾は甲高い金属音と共に弾かれ、遠く離れた場所に着弾し爆発を起こした。

 「やれやれ、スーパー戦隊かと思ったら・・・いきなり先制攻撃とかダメじゃないか、君。正義の味方のやることじゃないよ」

 いつのまにか二股の長大な槍を手にしたアベルが一同の正面に立ち、不満げな顔でそう言った。ボウケンレイダーはそれを見て、ヒュウと口笛を吹いた。

 「アベル・・・!」

 「メダルを持って会長さんたちと一緒に逃げてください、部長。こいつはオレが引き受けます」

 いつになく真剣な表情でボウケンレイダーを睨みながら、アベルが言った。

 「・・・頼むわ。くれぐれも無理はしないでよ。時間を稼いでくれるだけで十分なんだから」

 「たまには優しいこと言ってくれるんですね。けど、一つ確認。時間を稼ぐのはいいんですけど・・・別に、アイツを倒しちゃっても構わないんでしょう?」

 「・・・あんた、それ死亡フラグだってわかってる?」

 「わかってて言うから楽しいんじゃないすか」

 そう言って、いつものへらへらとした笑みを浮かべるアベル。

 「・・・いきましょう」

 そう言って、鴻上たちに逃走を促す沙耶。だが、逃げていく彼らに対してボウケンレイダーは何も行動を起こさず、アベルと対峙したままだった。

 「オレが言うのもなんだけど・・・追わなくていいのかい?」

 「こう見えて楽しみは後にとっておくタイプなんだ、俺。それに、今はあんたと遊んだ方が楽しそうだ」

 「わからないでもないね。でも、仕事は真面目にやった方がいい。社会人としての忠告だよ」

 「ありがたく聞いておくよ。さて・・・そんじゃ、始めるとしますか、ね」

 ドンッ!!

 再び右手を持ち上げ、銃を発砲するボウケンレイダー。発射された光弾はアベルを直撃し、その全身を業火に包み込んだ。だが・・・

 「シュファファファファファ・・・」

 業火の中から奇怪な笑い声とともに、それは姿を現した。

 無数のパーツが複雑に組み合わさって構成された重装甲の真紅の鎧。顔面を覆う仮面と、その後頭部についた宝玉のような形をした二つの褐色の球体。手には最前までアベルが手にしたのと同じ、長大な二股の槍を手にしている。

 「Hmm・・・噂に聞くグリードとかヤミーとかいう化け物とは違うようだが・・・?」

 変身したアベルの姿を興味深そうにしげしげと見つめるボウケンレイダー。アベル・・・否、変身を遂げ本来の姿、「ネクロドラグーン」となった彼は、その言葉に憮然とした声で返した。

 「あんな欲望の権化と一緒にされちゃ困るね。まぁ、素性は明かせないけど。そっちが仕事なら、こっちも仕事なんだ。悪いけど、姐さんたちは追わせないよ」

 「そんじゃ、お互い仕事をするとしようか。Maximize our adventure time!!」

 互いににらみ合う両者。一時、雪原に本来の静寂が戻ったが・・・

 ドンドン!!

 ボウケンレイダーは得意の早撃ちで、手にしたエネルギー拳銃「カイシューター」をネクロドラグーンめがけて放った。が、ネクロドラグーンは先ほどと同じように、手にした槍でそれを弾く。

 「シュファファファファファファ!!」

 奇怪な笑い声を発しながら、手にした槍をプロペラのように高速回転させるネクロドラグーン。彼はそれを使って、足元の雪を巻き上げ始めた。槍の回転が巻き起こす風によって巻き上げられた雪が拡散し、瞬く間に周囲は吹雪のように白一色に包まれる。

 「・・・」

 その場に足を止め、注意深く周囲に神経を張り巡らせるボウケンレイダー。

 次の瞬間、白い雪のカーテンを突き破り、鋭い二股の穂先が彼の右側面から襲いかかった。

 ガキンッ!!

 が、ボウケンレイダーはその攻撃を、腰から引き抜いた大型ナイフ「ダッシュナイダー」によって受け止めた。

 「シュファファファ・・・やるねぇ。こいつを初見で捌けた奴はそうはいないよ」

 ネクロドラグーンの愉快そうな声が響き、槍が再び雪のカーテンの向こうに引っ込む。ボウケンレイダーはすかさずカイシューターをそちらに撃ち込んだが、何の手ごたえもなかった。さらに・・・

 ドシュッ!!

 「ッ!?」

 今度は反対の方向から槍が突き出された。ボウケンレイダーは紙一重でそれをかわしたが、槍は素早く引っ込み、また別の方向から突き出された。

 「Bloody hell!!」

 周囲のあらゆる方向から繰り出される突撃を、悪態をつきながらかわし続けるボウケンレイダー。

 (妙だな。あの重装甲だ、高速で移動しながらの攻撃は不可能なはず・・・どうやってこんな攻撃を?)

 訝しげに思いながらも、ボウケンレイダーはダッシュナイダーを逆手に持ち替え、大きく後方へと振りかぶった。

 「チェイサァァァァァァァァァ!!」

 奇妙な気合いの叫びと共に、ダッシュナイダーを振り抜くボウケンレイダー。その鋭い風圧によって、周囲を覆う雪が白いカーテンのように切り裂かれ、視界がクリアになる。その中で、ボウケンレイダーは見た。まるで蛇のようにその柄を長くしならせ襲いかかる、ネクロドラグーンの槍の穂先を。

 「チッ・・・!」

 紙一重でそれをかわすボウケンレイダー。

 「なぁるほど。伸びる槍とは面白いもの持ってるじゃないか、おたく」

 「ば〜れ〜た〜か〜。けど、タネが分かったからって、君に打つ手はあるのかな?」

 余裕に満ちた声でそう言いながら、伸縮自在の槍、『長顎』アントニオでの攻撃を続けるネクロドラグーン。ボウケンレイダーはその攻撃を捌きながらも、槍が最大限に伸びたその瞬間を見計らい、カイシューターを発射した。

 「おっと」

 だが、その攻撃は彼の予想以上に素早く槍を縮めたネクロドラグーンに弾かれた。

 「なかなかいい考えだったね。けど、その程度じゃオレには通用しないよ。さぁ、どうするんだい?」

 挑発するようにそう言うネクロドラグーン。と・・・

 「・・・しゃあねえ。あんまり使いたくはねぇが、性能テストもかねてやってみるとするか」

 「おっと、何か企んでる? そう言うの聞くとお兄さん期待しちゃうなぁ」

 そう言いながらアベルは、再び槍を突き出した。その柄が長く伸び、ボウケンレイダーへと襲いかかる。だが・・・

 フッ・・・

 「!?」

 突然ボウケンレイダーの姿が煙のように掻き消え、槍の穂先は何もない空間を貫いた。驚いて周囲を見回し、気配を感じ取ろうと神経を張り巡らせるネクロドラグーンだったが、ボウケンレイダーの気配ひとつ感じ取れない。

 「Bang」

 背後で突然そんな声がしたのは、その直後だった。そして・・・

 ドガァァァン!!

 「ぐあああああっ!?」

 突如背中を襲った爆発に、ネクロドラグーンはもんどり打って仰向けに雪原へと投げ出された。

 「ご期待には答えられたかな?」

 銃口から白煙をのぼらせるカイシューターを背後からネクロドラグーンに向け、愉快そうに言い放つボウケンレイダー。

 「くそっ・・・気配まで感じさせないとは、サージェスの光学迷彩はずいぶん性能がいいんだね?」

 「光学迷彩? そんなちゃちなもんじゃあ断じてねえ」

 そう言うとボウケンレイダーは、サージェス財団のシンボルマークが描かれた胸を叩いた。

 「このアクセルスーツは最新型でな。今までサージェスが回収して分析に成功した一部のプレシャスの能力を、限定的にだが発動することができるのさ。まぁまだ試験運用の段階で、いろいろ問題はあるんだがな。仕事とはいえモルモット役まで引き受けるのは気が進まないから、あまり使いたくはないんだが・・・」

 「なに・・・!?」

 「今使ったのは「天狗の隠れ蓑」の能力。一時的に位相をずらして使用者を三次元空間のあらゆる影響から遮断する・・・とかなんとか小難しい説明だったが、要するにどうやったって触れもしなければ姿もとらえられない、そんな完全無欠のステルスってわけだ」

 「・・・解説ありがとう。けど、相手が勝ち誇った時、そいつはすでに敗北してるって、昔の人は言ってたぜ?」

 そう言いながら、ネクロドラグーンは素早く身を起こしながら槍を突き出した。だが、ボウケンレイダーはそれを見越していたように状態をひねりながらそれをかわした。

 「勝ち誇ってなんかいねぇさ。こう見えても謙虚なんだぜ、俺?」

 そう言いながら彼は、カイシューターの銃口をネクロドラグーンに向けた。

 「ファルコネット・バスター!!」

 ドンッッッッッッ!!

 エネルギーを最大限にチャージしたカイシューターを、一気にネクロドラグーンに放つボウケンレイダー。放たれた光弾はネクロドラグーンの姿を包み込み、大爆発を起こした。

 ドガァァァァァァァァァン!!

 「うああああああああああっ!!」

 業火の中から響く、ネクロドラグーンの断末魔。それが収まった後も、ボウケンレイダーはしばらく燃え盛る炎を見つめていたが・・・

 「・・・さて、と。一応、言ってやるとするか」

 そう呟き、ゴホンと一つ咳払いをして

 「やったか?」

 そう言った、次の瞬間だった。

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!

 炎の中から、いきなり無数の槍の穂先がボウケンレイダーへと襲いかかった。まさに槍衾。咄嗟に、右腕で身体を庇うような動きをするボウケンレイダー。すると、その右腕に円盾のような形をした光が形成され、突撃の全てを防ぎ切った。

 「シュファファファファファファファ・・・」

 もはや聞き慣れてきた奇怪な鳴き声と共に、一つの影がゆらりと業火の中からその姿を現す。重装甲の甲冑を纏ったような姿から一転、その鎧が外れ、体積にして三分の一程度になり、スリムな体型となりながらも、特徴的な頭部、手にした二股の魔槍は、まぎれもなくネクロドラグーンだった。

 「お約束の一言、ありがとう。悪役冥利に尽きるよ」

 「まぁな。ああ言ってやるのがマナーだと思ってな」

 「それより気になったんだが・・・今の攻撃、さっきの「天狗の隠れ蓑」を使えば簡単によけられたんじゃないのかい? それをせずに別のプレシャスの能力を使ったということは・・・もしかするとそのプレシャスの能力、一つにつき一回しか使えないんじゃないか?」

 その言葉に、ボウケンレイダーは答えなかった。それを見て、ますます得意げになるネクロドラグーン。

 「おっ、青ざめたなドレイク、図星だろう? ズバリ当たってしまったか……なァーーーッ!?」

 「いや、マスクの上からじゃわからんだろ、青ざめたかどうかなんて」

 ポンポンとマスクを叩きながら冷静に突っ込むボウケンレイダー。

 「うん、そのとおり。ごめん、調子乗った。けど、当たってるよね?」

 「言っただろ、まだ試験運用中だって。けど、俺が使ったのはまだ「天狗の隠れ蓑」と「アキレウスの盾」の二つだけ。発動可能な能力はまだまだあるぜ。まぁ、俺は別にそんなもんに頼る気はないけどな」

 「二つも使っといて言う台詞じゃないと思うけど。まぁいいや。こんなに歯ごたえのある戦いは久しぶりだ。やるねぇ、スーパー戦隊!!」

 そう言うと背中の翅を羽ばたかせ、ネクロドラグーンはフワリと浮かび上がった。今にも突撃を仕掛けてきそうな敵に対して、ボウケンレイダーは冷静に、カイシューターとダッシュナイダーを構えた。





 一方その頃。発掘現場を脱出した沙耶と鳴海は、鴻上たちの乗る車を先導し、空港へと続く道を猛スピードで飛ばしていた。

 「姐さん・・・アベル、大丈夫かな?」

 ハンドルを握りながら、いつにも増して心配そうな顔で鳴海が言う。

 「あれでも一応、対仮面ライダー用に作られたネクロイドよ? そう簡単にやられるようなタマじゃないわよ。万が一やられたとしても、そんときは怪人大復活マッシーンRX弐式で・・・でもあれ、お金かかるのよねぇ。あんまり使いすぎると社長から怒られるし・・・」

 ダッシュボードに頬杖を突きながらぶつぶつ言う沙耶。

 「どっちにしてもアイツの心配なんかする必要ないわよ。とにかく、あんたは無事に空港にたどり着くことだけを考えてハンドルを握ってればいいの。わかった?」

 だが、それに対する鳴海の返事はなかった。

 「ちょっと鳴海、聞いてんの? 返事ぐらいしなさいよ」

 「あ、姐さん・・・後ろから、何かが来るんだな・・・」

 鳴海が真剣な顔でそう言ったので、沙耶も真剣な顔になる。

 「後ろ・・・?」

 思わずリアウィンドウを覗き込む沙耶だったが、見えるのは後続の車の一団だけである。だが、沙耶は警戒を解かない。鳴海は聴覚に優れた改造人間である。彼が背後から迫る何かの音を感じ取ったのであれば、それは間違いなく存在する。そのときだった。

 ドガァァァァァァァァン!!

 「なっ・・・!?」

 車列の最後尾、鴻上ファウンデーションのスタッフを乗せた一台が、突如大爆発と共に吹き飛んだ。そして・・・

 ババババババババババ!!

 一瞬で爆音が沙耶たちの頭上を通過した。そしてその音の主は沙耶たちを追い越し、彼女たちの進路を阻む形で、地面すれすれの高さでホバリングの体勢をとった。

 「ハインド!?」

 Mi-24。かつて旧ソ連で開発されたソビエト初の攻撃ヘリコプターで、西側でのコードネーム「ハインド」の名で広く知られる機体である。12.7mmガトリング機銃、対地ロケット弾ポッド、対戦車ミサイルと強力な装備を有し、ソ連のアフガニスタン侵攻で猛威を振るったのち、現在に至るも現役で運用されている傑作兵器である。戦闘ヘリコプターとしては巨大な全長21mを超える巨大な鉄の猛禽が行く手に立ちはだかり、思わず唖然とする沙耶。だが、その機首の旋回式のガトリング機銃がこちらにその機銃を向けた時、彼女は叫んでいた。

 「よけて!!」

 普段はそののんびりとした言動を叱責されがちな鳴海であったが、彼とて幾多の修羅場を切り抜けてきただけはあり、沙耶が叫びを発する前に、急ハンドルを切っていた。急激に左へと傾いだ車のすぐ横を、唸りを上げるガトリング機銃の銃口から放たれた50口径弾がかすめ、路面を薙いでいった。車は勢い余ってそのまま横転し、天地がひっくり返った状態で止まった。

 「っつ・・・鳴海、生きてるわね?」

 「な・・・なんとか」

 「あんたにしちゃ上出来よ。けど、こんなところに長居は無用。さっさと出ないと、今度こそ車ごと蜂の巣にされるわよ」

 そう言って、鴻上から持たされていたコアメダルのケースを持ち、車外への脱出を始める沙耶。鳴海も慌ててそれに続いた。

 「・・・!」

 予想はしていたが、外へと出た沙耶の目の前に広がっていたのは凄惨な光景だった。自分たちは間一髪間に合ったが、後続車たちはそうはいかなかった。ハインドのガトリング機銃の直撃を受ければ、普通の車などひとたまりもない。道路の上にはその直撃を受けた後続車たちが、無惨な姿の鉄くずとなって何台も炎上していた。

 「会長は・・・?」

 自分たちのすぐ後ろを走っていた、鴻上と里中の乗っていた車を探す沙耶。と、彼女はその車が、道路脇に無事な姿で止まっているのを見つけた。そして車のドアが開き、鴻上と里中が無事な様子で姿を現したのを見て、彼女は胸をなでおろした。鴻上の車は里中が運転していたはずだが、自分たちと同じくあの銃撃をかわしてみせた彼女の腕前に、沙耶は内心で舌を巻いていた。だが、そんな彼女の思考を、ハインドのガトリング機銃の旋回音が現実へと戻した。ハインドは相変わらず悠然とホバリングを続けながら、機銃の銃口を鴻上と里中へと向けていた。

 「くっ・・・!」

 歯噛みする沙耶。怪人へと変身すれば、鳴海との二人がかりならハインドを撃墜することぐらいは造作もない。だが、それよりも機銃が鴻上と里中をズタズタにする方が先だろう。沙耶と鳴海が動けずにいると、突然滞空中のハインドの、トンボを思わせる特徴的な丸みを帯びたバブルキャノピーが開き、コクピットから一人の男が飛び降りた。

 「あれは・・・!」

 ハインドから飛び降りたのは、黒い髪をオールバックに撫でつけた、浅黒い肌のヒスパニック系の容貌をした中年の男だった。身に着けているのは、上下とも完全に白で統一された詰襟の学生服のような服。その服装を見て、沙耶は男の正体について見当がついた。これまでにホワイトシルエットが確認した、財団Xのエージェント。彼らは皆、この男と同じ白の上下の服を身に着けていた。

 男はおもむろにポケットからオイルライターを取り出すと、パチンと音をたててその蓋を開いた。

 「お久しぶりです、鴻上会長」

 「やはり君か。財団Xが第6のコアメダルを狙っていると知った時から、動いているのは君だろうとは思っていたがね」

 無表情な顔で自分の名を呼ぶ男に対し、鴻上は変わらぬ不敵な笑みを浮かべながら答えた。

 「鴻上会長、この男は・・・?」

 「ディエゴ・デ・アルバラード。かつて我々と取引を行っていた、財団Xのエージェントだよ」

 名を呼ばれ、ディエゴはパチンとライターの蓋を閉じた。

 「さすがは鴻上会長。首尾よく第6のコアメダルを発見したようですね。では、それをこちらに渡していただきましょうか」

 単刀直入にも自らの要求を突き付けるディエゴ。その言葉と同時に、ハインドの機体から何人もの男たちが次々に飛び降りてきた。首から下はディエゴと同じ白一色の服だが、顔はといえば、背骨またはムカデのような模様のマスクで覆われている。マスカレイド・ドーパント。かつてガイアメモリ犯罪の元締めだった組織・ミュージアムが、大量生産したマスカレイドメモリを使用して配下の人間たちを変身させていた、いわば戦闘員。マスカレイドメモリの一部は財団Xにも渡り、同様に戦闘員として使用されているという情報はあったが、どうやら事実だったようだ。沙耶は思わず、腕の中のコアメダルのケースを握る手に力を込めた。だが・・・

 「いいだろう。水無月君、それを彼に渡したまえ」

 「ええっ!?」

 あまりにもあっさりと鴻上の言った言葉に、沙耶はメダルのケースを落としそうになった。

 「いやその・・・いいんですか? そんなすんなり・・・。それに、これを渡したからといって・・・」

 「彼に私を殺すつもりはないよ。関係が決裂したとはいえ、彼にとっても私の研究成果はまだまだ魅力的なはずだ。違うかね?」

 「さすがにあなた相手に私の欲望を隠し通せるとは思っていません。おっしゃるとおりですよ、鴻上会長」

 ディエゴもまた、素直に鴻上の指摘を認めながらライターの蓋を開けた。

 「渡したまえ、水無月君。依頼主の私がよいと言っているのだ。何も躊躇する必要はない」

 「・・・」

 もう一度、沙耶にそう促す鴻上。静かながらも有無を言わせぬ迫力をはらんだその言葉に、沙耶はやがてうなずき、メダルの入ったケースをディエゴに向かって放り投げた。

 「・・・確かに」

 ケースの蓋を開け、中に収められた十枚のコアメダルを確認しながらうなずくディエゴ。彼の次の行動に、沙耶と鳴海は警戒を強めたが・・・ディエゴはそのまま、マスカレイド・ドーパントたちと共にハインドに飛び乗った。

 「Gracias por el regalo。それでは、失礼します」

 ディエゴのその言葉を残し、ハインドは急上昇に転じて、そのまま時速320kmのスピードで飛び去って行った。

 「・・・本当によろしかったのですか、鴻上会長?」

 「もちろんだよ。何も問題はない。君たちが取り返してくれさえすればいいのだからね」

 そんなことを、鴻上はいつもの笑顔でさらりと言ってのけた。

 「君たちとの契約の期間は、第6のコアメダルを持って日本に帰国するまで、だったはずだが・・・里中君?」

 「はい、契約の内容に間違いはありません」

 ご丁寧に鴻上の横で契約書の写しを広げて見せる里中。

 「・・・そんなことだろうとは思いましたよ」

 そう言って、沙耶はため息をついた。おそらくこのような展開になることも、獅子倉の想定のうちではあったのだろう。

 「わかりました。契約は責任を持って履行いたします。実際、あそこであなたたちとメダルを守って戦うよりも、一度渡しておいて後から取り返す方が簡単そうですし。ただしその場合、護衛は不可能となりますが?」

 「構わんよ。財団Xもサージェスも、目当てはあのメダルだ。私の護衛は里中君だけで十分だ」

 「そのようですね。それにしても・・・遅いわね、あの極楽蜻蛉」

 そう呟くと、沙耶はスッと目を閉じた。




 『こちら部長。ちょっとあんた、まだサージェスのとやり合ってるんじゃないでしょうね?』

 ネクロドラグーンの頭の中に、直接沙耶からの念話が届く。

 「あー、姐さん。そのまさかなんだわ。こいつ、予想以上にやるもんでさぁ」

 ボウケンレイダーと切り結びながら、ネクロドラグーンはそう答えた。

 『そんなこったろうと思ったわよ。なにが「倒しちゃっても構わないんでしょう?」よ』

 「それより、そっちはどうなんです? 無事に空港には着いたんですか?」

 『残念ながら、財団Xにメダルは奪われたわ』

 「そんなこったろうと思いましたよ」

 『うるさい。とにかく、これから取り返しに行くから、あんたもいつまでも遊んでないでさっさとこっち来なさい。いいわね?』

 言うだけ言って、沙耶からの念話は途切れた。次の瞬間、ボウケンレイダーのダッシュナイダーの一撃がネクロドラグーンを襲ったが、彼は空中高く後方宙返りを切り、ボウケンレイダーと距離をとると彼に片手を突き出した。

 「待った。お互いにとって悪いニュースだ。コアメダルが財団Xに奪われた」

 ネクロドラグーンのその言葉に、ボウケンレイダーはピタリと動きを止めた。

 「あー・・・そいつはまずったな。上司に怒られる」

 ポリポリと頭をかくような仕草をするボウケンレイダー。

 「一応あんたの足止めには成功したわけだから、オレの方は問題ないんだが・・・悪かったね?」

 「謝るなよ。おたくとの戦いに熱中しすぎた俺の自業自得さ」

 「助かる。というわけなんだが・・・」

 「ああ、とりあえずこの場はここでお開きだな。続きはまた今度・・・ってことで」

 そう言うボウケンレイダーの上に、轟音と共に大きな影が覆いかぶさる。ネクロドラグーンが見上げると、全長40mはあろうかという船を模したかのような巨大メカが、彼の頭上へと飛来しつつあった。

 「こいつは・・・!」

 それを見ながら、ネクロドラグーンは思い出していた。スーパー戦隊と呼ばれる戦士たちの、大きな特徴の一つ。それは、それぞれが巨大な機動兵器を保有しているということであり、基本的にはバイクしか所持していない仮面ライダーたちとの大きな違いでもある。ボウケンレイダーもまた、それは例外ではないようだ。ボウケンレイダーはひと跳びでその舳先に飛び乗ると、驚きの様子を見せるネクロドラグーンを満足そうに見下ろした。

 「もっと楽しい冒険になることを期待してるぜ。じゃあな、Seeeeee Youuuuuuuuu Agaaaaaaain!!」

 そう言い残すとボウケンレイダーは巨大メカの内部へと乗り込み、その直後、巨大メカはバーニアを吹かしてその場から飛び去って行った。

 「・・・楽しい仕事になりそうだ」

 ネクロドラグーンは心底楽しそうにそう呟くと、背中の翅を高速で羽ばたかせふわりと浮き上がり、その場から飛び去った。


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