2人の米兵がコックピットでヘリの操縦桿を握っていたのと同じ時、ヘリの後部、待機席には、一人の男が腰掛けていた。

 年齢は30代始めと言った所だったが、身に付けているスーツはちゃんと手入れが行き届いており、皺一つ無い。

 そして、何よりその殆ど年齢を感じさせない整った顔立ちによって、実年齢よりも数歳若く感じられた。

 しかし、その姿から感じ取れる、禍禍しい気配は、周りに人が寄りつきにくい雰囲気を形成していた。

 「ふ、ふふふふふ・・・」

 男は顔をうつむけたまま、小声で笑い出す。

 端から見れば異常な光景でもあるが、その笑い声には、もっと別の所から来る、狂気的な意味合いが含まれていた。


仮面ライダーコブラ


第21話
デカルト博士の遺産


 「新たな幹部を派遣?」

 モニターにアメリカからの連絡を受けたヒメヤは顔をしかめた。

 「その通りだ・・・」

 微笑を返すマッド。

 「社長、お言葉ですが、話が少々唐突な為に、理解に苦しまざるを得ないのですが」

 無表情でヒメヤは言葉を返した。

 「ふっ、Dr.ヒメヤ、案ずるな。私は君が無能だと思っている訳では無い。これは最初から決まっていた事なのだ・・・」

 「最初から決まっていた事?」

 再び顔をしかめるヒメヤ

 「そうだ、本来なら君を日本へ派遣させると同時に、もう一人こちらから幹部を派遣する予定だった。しかし、諸事情によって数日遅れる事になった。それだけだ・・・」

 「・・・成る程・・・では、その人物は何を研究していたのでしょうか?」

 「こちら側でのバイオソルジャーの最高権威だ。メタルソルジャー専門の君とは馬が合わないかもしれないが、そこは上手くやってくれ・・・」

 マッドは口元に皮肉を含めた笑みを浮かべた。

 「了解しました・・・」

 ヒメヤが頭を下げると、回線は切られた。

 「フッ、君も早くもお払い箱という事か・・・」

 後ろでアポカリプスが皮肉そうに言う。

 「・・・貴様、まだそんな減らず口を叩くか・・・」

 アポカリプスを睨みつけるヒメヤ。

 「フッ、まあいい。しかし、未だに社長は低俗なバイオソルジャーに信頼を寄せているか・・・」

 不愉快そうに椅子に腰を下ろすヒメヤ。

 「フッ、メタルソルジャーの1体としては確かにいい知らせでは無いが、新幹部が派遣される事になったのは単に君が無能だからだろう・・・」

 再び皮肉を言うアポカリプス。

 「・・・勝手にほざいていろ、鉄塊が・・・」





 同時刻、鳥取郊外のヘリポート。

 米軍のヘリが、着陸体勢を取っていた。

 「オーライオーライ、気をつけて」

 地上で作業員が着陸の指示を出す。

 そのままヘリは地面へと着地した。

 「ふう、やれやれ・・・」

 米兵の一人が額の汗を拭きながらコックピットから降りた。

 「ようこそ、手厚い協力に感謝する」

 近寄って来た黒服の男が手を差し伸べた。

 「ああ、どういたしまして」

 流暢な日本語で対応する米兵。

 「ゲストと荷物は運んで来た」

 米兵は後ろのヘリに目を移した。

 機体下部に取り付けられていたカプセルの様な物は作業員が数人がかりで取り外しを行っている。

 そして、待機席にいた男も、機体から降りた。

 「解った。後は我々で対応する。重ね重ね感謝する」

 「そりゃどうも」

 米兵は軽く会釈をすると、踵を返し、ヘリに向かって行った。

 入れ替わる様に、ヘリから降りた男がこちらに向かってくる。

 その間、男は米兵に軽く礼を言う様な仕草を取った様だが、ごく数秒だった。

 「お待ちしておりました。ドクトル・サイトウ」

 先程の米兵と同じく、手を差し伸べる黒服の男。

 「フッ、手厚い歓迎、ありがたく頂戴しましょう・・・」

 ドクトル・サイトウと呼ばれた男は、手を握り返した。

 「運んで来た物は逐次研究施設へと送ります」

 「フッ、それは有り難い」

 「車を用意したので、今すぐ研究施設まで向かわせましょうか?」

 男が尋ねる。が、

 「その前に、少々寄って行きたい場所があるのですが・・・」





 「そのドクトル・サイトウとやらがここに来るだと?」

 顔をしかめるヒメヤ。

 「はい、日本の同僚に挨拶したいとの事ですが・・・」

 と、黒服の男。

 「フン、ファーストインプレッションで良い印象を与えておこうとでも考えているのか?」

 「さあ、それは解りませんが・・・」

 「まあいい、到着まではどれ位かかる」

 「2時間程で到着すると言っていましたが・・・」

 「解った、下がれ」

 男は部屋から出て行く。

 「少々不本意だが、まあいい。低俗を地で行く男がどんな面をしているか拝めそうだしな・・・」

 笑うヒメヤ。が、

 「ふっ、それより君は日本の面汚しにならぬ様気を付けるべきだな・・・」

 再度皮肉を言うアポカリプス。

 「・・・貴様に言われなくても解っている。心配するな」






 「何から何まで世話を焼かせてしまって申し訳ありません・・・」

 車の中でサイトウは自嘲の様な笑みを浮かべる。

 車はいましがた人気の少ない路地に入った。

 「気にしないでください。世話を焼くのもSPの仕事ですよ」

 素っ気無い表情で運転手の男は答えた。

 「・・・君はやがて今よりもずっと高い所まで上り詰めるでしょうね・・・」

 悪戯げに笑うサイトウ。

 「フッ、よしてください。さて、そろそろ到着しますよ」

 窓の外には、古ぼけたビルの姿が映っていた。






 「どうやら到着した様です・・・」

 部屋に入ってくる男。

 しかし、いつもの研究室では無く、ビルの2階にある応接間だった。

 「解った、案内しろ・・・」

 「はっ・・・」

 男は部屋から出て行った。





 「こちらです・・・」

 男に案内されたサイトウが部屋に入ってくる。

 「フ・・・はじめまして、私がドクトル・サイトウです。色々と手間をかけさせてしまって申し訳ない・・・」

 詫びる様な事を言いながら、サイトウは手を差し出した。

 「気にしないでください。私がここの所長のDr.ヒメヤです。同士として歓迎します。ドクトル・サイトウ」

 顔に作り笑いを浮かべながら手を握り返すヒメヤ。その目からは敵意と不信感が見て取れた。が、

 (・・・この男・・・)

 手を握り返したヒメヤは、サイトウの背後にある何らかの気配に気付いた。

 今の穏やかな物言いからは考えにくい様な、背筋を凍らす様な感覚だった。

 「とりあえず、そこのソファーにでも座ってください。長旅でお疲れでしょう・・・」






 「で、今日は何故ここに?」

 テーブルに運ばれて来たコーヒーをすすりながら、ヒメヤは尋ねた。

 「ええ、日本で活動している同士に挨拶しておこうと思いまして・・・重ね重ね申し訳ありません・・・」

 「いえ、こちらとしても新たな同士が加わったという事で非常に心強い。頼りにしています」

 「そう言って貰えると幸いです・・・」

 再三笑うサイトウ。

 「この後は研究所へ?」

 「ええ・・・」

 サイトウはヒメヤの問いに答えた。

 「聞く所によると、最前衛地に向かわれると聞きましたが・・・」

 「ええ、おかげで肩の荷が重いですが・・・」

 「成る程・・・」

 不敵な笑みを浮かべるヒメヤ

 「・・・さて、あまり長居しても迷惑がかかりますから、そろそろ失礼します」

 「ええ、健闘を祈ります」

 ソファーから立ち上がるサイトウ。が、

 「ああ、忘れる所だった。ちょっと渡したい物があります」

 「渡したいもの?」

 ヒメヤは顔をしかめた。

 「ええ、ちょっと・・・」

 そう言うとサイトウはバッグから白い発泡スチロールを出した。

 「これは・・・」

 ヒメヤはその箱に手を伸ばしたが、箱を開けて唖然とした。

 箱の中には、氷に包まれたカニが入っていた。

 「北海道の祖母から送られて来たタラバガニです。2日程前にアメリカに送られて来たのですが、しばらくは日本に留まらないと行けないので、持ってきたんです。お口に合うかは解りませんが、とりあえず、お近づきの印に・・・」

 「・・・ほう、それは有り難い、感謝します」

 「ありがとうございます。では・・・」

 そう言うと、サイトウは部屋から出て行った。





 「このカニ、どうしましょうか・・・」

 テーブルの上のカニを見た男が尋ねる。

 「・・・ふん、生ゴミと一緒に捨てておけ」

 「・・・生ゴミ・・・ですか?」

 男は顔をしかめた。

 「当たり前だろう。こんな物、兆発以外の何物でも無い。それに私は焼いた物はともかく、生のシーフードは大嫌いでね。こんな生臭い物、見ているだけで吐き気がする。ここに置いておく価値はどこにも無い」

 男を睨みつけるヒメヤ。

 「・・・あの・・・もし良ければ、私に譲ってもらえないでしょうか?」

 男は恐る恐る尋ねた。

 「何?」

 「いえ・・・最近家計が苦しくて・・・子供もカニは食べた事が無い物で・・・」

 「・・・好きにしろ」






 「さて・・・どうする、これ?」

 地面に崩れ落ちた「それ」を見て首をかしげる博士。

 「・・・どうしましょう・・・」

 同じく首をかしげる健二。

 「早くしないと、近所の人とかが戻って来ちゃうんじゃないの?」

 とレミィ。

 「警察とかも来るかもしれませんよ」

 更にリューク。

 「・・・」

 全員一様に黙り込む

 「怒られちゃいますね」

 「いや、怒られるじゃすまんだろ、下手すりゃお縄を頂戴する事になるかもしれんぞ」

 「住民の人に見付かってもちょっとまずいわね・・・」

 「お前等が戦ったから街が破壊された!とか非難されるんですかねえ・・・」

 「ザ○ボットみたいな展開だな・・・」

 「・・・」

 再び黙り込む一同。

 「ああもう! そもそも原因はあのボケナスにあるんじゃないの! 責任の半分はアイツにあるってのに!」

 レミィは同じく地面に崩れ落ちているバグソルジャーの残骸を指差した

 「お姉ちゃん、落ちついてよ。まだ石は投げつけられていないから大丈夫だって」

 妙な事を言ってフォローするリューク。

 「しかし、ボケかましてないで、ホントどうする?」

 博士が話を元に戻す。

 「うーん・・・」

 やはり全員一様に黙り込む。が、

 「おーい!」

 誰かの叫び声が聞こえた。

 「誰だ?」

 博士は辺りを見回した。すると、

 「おーい! 大丈夫か!?」

 叫び声と一緒に、クレーンを背負ったトラックが目の前に現れた。

 「・・・何だありゃ・・・!?」

 顔をしかめる博士。

 トラックはそのまま、一同の前で停車した。

 「悪い悪い、ちょっと遅れちまった、怪我は無いか?」

 トラックの運転席から銀崎が降りてきた。

 「・・・銀崎、お前・・・」

 唖然となる博士。

 「ん? ああ、ちょっととある所から借りて来たんだ」

 そんな博士を尻目に喋る銀崎。

 「盗難車じゃないだろうな?」

 「違うよ、ちゃんと工事現場から借りて来た物だ。それより・・・」

 銀崎は辺りを見回した。

 「やっぱり、アレの始末に手を焼いていたか?」

 「それ」に目を移す銀崎。

 「ああ、ちょっと片付けるに片付けられなくてな・・・」

 「ふっ、心配御無用! その為にわざわざこのトラックをチョイスして来たんだからな」

 「チョイスって・・・」

 健二達も唖然とする。

 「まあともかく、事が運ぶ前に、さっさと片付けるか!」





 「目立ちませんかねえ・・・コレ」

 トラックの後部座席で顔をしかめる健二。

 「まあ、とりあえず結果オーライって事でいいんじゃない?」

 隣で苦笑するレミィ

 「ハハハ、そういう事にしといてくれ」

 ハンドルを握りながら、あくまで楽観的に答える銀崎。

 「せめてシートくらい被せた方がいいんじゃないのか?」

 後部座席の更に博士が突っ込む。

 「生憎、野郎の車にそんなお上品な物はねえ!」

 「偉そうに言うな」

 「そんな事より坊主」

 「僕ですか?」

 助手席に乗っていたリュークが振り向く。

 「お前が助けたあの子供なんだが・・・」

 「ハイ、あの後どうしたんですか?」

 「一応病院に連れて行ったんだが・・・重度の記憶障害らしい」

 「・・・」

 車内が静まり返る。

 「まあ無理もねえ・・・目の前で家族を殺されたんだ。子供にはあまりにもショックが大き過ぎるだろう・・・酷いもんだ」

 やりきれない表情になる銀崎。

 「それで・・・あの子は今後どうなるんですか?」

 「解らん・・・両親は数年前に事故死しちまったらしくてな、もう身寄りもいないらしい。しばらくは病院でリハビリを行うらしいが、その後は・・・」

 その後の声は暗かった。

 「・・・ガルグド・メタル・・・」

 健二は悔しそうに、拳を握り締めた。






 「ここが日本のラボですか・・・」

 研究所のに辿りついたサイトウは、やや古臭い建物を見上げた。

 「ええ、数日前にトラブルが発生してしまって、管理者不在になっていますが、設備等は問題無く使えます」

 側の男が説明する。

 「ほう、それは災難でしたね・・・」

 目を細めるサイトウ。

 「しかし、巻き込まれた方には申し訳ありませんが、私が使うからには内部を把握しておく必要があります。案内してください」






 「例のカプセルの運び込みは完了しました」

 作業員が状況を報告する。

 「ご苦労、戻っていいぞ」

 指示を出す男。

 「本当に助かりました。ありがとうございます・・・」

 軽く頭を下げる素振りをするサイトウ。

 「いえ・・・しかし、あれは一体・・・」

 男は室内に設置されたカプセルに目を移した。

 かなりの大きく、横幅がある物の、形は長方形を保っている。しかし、銀色の為中を見る事は出来ず、側面には「HBS−01」と書かれている。

 「私が向こうで研究していた物です」

 表情を変えずに答えるサイトウ。

 「研究・・・という事は、バイオソルジャーでしょうか?]

 少し考えて、男は尋ねた。

 「ええ、ただし、これまでのバイオソルジャーを一歩突き詰めた物、と言えば納得していただけるでしょうか?」

 「はあ・・・」

 サイトウの解答に、何のこっちゃという顔をする男。

 「まあ、詳しい事は実際に見てもらった方がいいとおもうのですが、今日はちょっと疲れたので、テストは明日以降行いたいのですが、よろしいでしょうか?」

 「・・・了解しました・・・」

 「ありがとうございます。そういえば、このラボに休息スペースはありますか?」







 「さて、どうした物か・・・」

 地下倉庫に集まった面々は、目の前の鉄塊を凝視していた。

 腕と頭が無く、ダルマというのもおかしいバイソン、ブースターが無く、合体の都合上ブロックと化しているファルコン、同じく合体の都合上真っ二つにされた上に表面は傷だらけのゴーレム。

 端から見ればガラクタ以外の何物でも無いが、それを凝視している彼等にとっては深刻極まりない代物だった。

 「うーん・・・」

 苦しそうな表情で頭を掻く健二。

 「んー・・」

 苦笑する銀咲。

 「・・・」

 無言でそれぞれの愛機を凝視するデカルト姉弟。

 「・・・黙っていても始まらない」

 博士が口を開く。

 「とりあえず聞いてくれ。皆色々と考える事はあると思うが、今考えるべき事はこの3体の今後についてだと、私は思っている」

 全員博士の方を振り向き、首を縦に振った。

 「私が考えるに、この3体は修理して再び戦える様にするべきだと思うんだ」

 「修理・・・直すんですか?」

 リュークが尋ねる。

 「そうだ。君達も解っていると思うが、今回我々が遭遇した敵はこれまでの敵よりも体格、戦闘力共に別物だった。今後どの様な敵が出て来るかはまだ解らないが、あんな化け物が再び出て来る様な事があった場合、これまでの戦力、健二君、ゴーレム、ファルコンだけで戦うのは決して楽な事では無いだろう。その様な巨大な敵を相手にする事も踏まえて、私は3体を修理するべきだと考えている」

 博士はそこで一端言葉を切った。

 「しかし、これはあくまで私の意見だ。私の意見だけで話を進めるのはあまりにも勝手だ。皆それぞれ自分なりの考えを持ってはいると思う。だから、この3体の今後の処遇について皆の意見も聞きたいと思う」

 「・・・」

 再び数秒間黙り込む一同。

 「オレは・・・博士の言う意見に賛成します」

 最初に健二が口を開いた。

 「これまでオレは、皆さんに色々な面で助けてもらっていましたが、ゴーレムとファルコンも、オレが危なかった時に色々と手助けをしてくれた。言い方はおかしいかもしれませんが、この2体はオレの大切な恩人だと思っています。だから、恩を返す意味でも、彼等を修理すべきだと思うんです」

 「オレも、健二の意見に賛成だな」

 次に銀咲が口を開く。

 「まあ、一応オレはこいつ等のメンテナンスは行っていたし、バイソンは一部の製造にも関わっていたからな。オレとしちゃあ、そこそこの愛着がある訳だ。だから、そう簡単に壊しちまうのは納得いかねえってこった」

 「・・・」

 レミィとリュークは、沈黙したままだ。

 「・・・レミィさん、リューク君、君達の意見も聞きたいんだが・・・」

 博士は姉弟の方を向いた。

 「お姉ちゃん」

 姉の袖を掴むリューク。

 「正直、私自身は、彼等を修理するのは、あまり気が進まないと言うのが本音です・・・」

 重い口調で答えるレミィ。

 「正直、私はゴーレム、いや、あの3体の力を軽く見過ぎていました。1体だけなら、そんなに大きな力にはならないだろうと、過小評価をしていました。でも、それは間違いでした。あの3体が合体して戦えば、大きな被害を及ぼす事になると、さっきの戦いで思い知らされたんです・・・」

 「で、でもレミィさん、バイソンは未完成だったし、ファルコンもゴーレムの手負いの状態だったし、それに・・・」

 横から口を挟む健二。しかし、

 「解ってるわ、健二君。確かに、3体が全快だったら結果も変わっていたかもしれないという意見は最もだわ。でも、同時に3体が全快の状態で戦って、何事も無く無事に終わると思う?」

 「そ、それは・・・」

 健二は口篭もった。

 ある程度予想出来る反論ではあったが、彼女の気迫の前では、考えた意見も吹き飛ばされた。

 「・・・けれど、私も、決してあの3体を破壊する事に納得出来る訳じゃありません」

 「え?」

 予想外の反応に、一同は目を丸くした。

 「あの3体は父が残した物だし、私も思い入れはあります。だから、壊す事に賛成は出来ません。でも、合体させるかについては・・・もう少し考えさせて欲しいんです」

 「・・・そうか・・・リューク君、君はどうだ?」

 「・・・僕は・・・」

 わずかに口篭もるリューク。

 「僕は・・・修理に賛成します・・・確かに、合体する事には色々問題はありますが・・・もう、あんな化け物の犠牲になる人は見たくないんです・・・」
言葉の端々からは、悔しさが滲んでいた。

 「・・・解った・・・では、我々はあの3体の修理を行う。ただし、3体の合体機構についてはもう一度検討し、その上で搭載するか否かを決定する。いいか?」

 博士の提案に、全員が首を縦に振った。






 「じゃあ、オレは病院に行ってきます」

 踵を返す健二。

 時間を気にする余裕など無かったが、時計は既に5時を回っていた。

 「ああ、気を付けてな」

 「あたしも後で行くわ」






 「さて、早速修理に取りかかりたいのだが・・・」

 意気込む博士の前には、前述の様に鉄屑と化した3体が並んでいる。

 「こいつ等の修理は結構骨が折れそうだが、大丈夫か?」

 念の為博士は確認を取る。が、

 「ふ、職人をバカにすんなよ?」

 と銀咲

 「望む所です」

 続いてレミィ。

 「寝不足でもやってやりますよ」

 最後にリューク。

 「・・・よし、諸君等の健闘を祈る!」






 「先生の話によると、3日位すれば退院出来るらしいぜ」

 手に持った梨を剥きながら言う健二。

 「本当? 長かった・・・」

 嬉しそうに背伸びする真琴。

 「長かったって言っても、ホントはまだそんなに経ってないけどな」

 「でも、病院ってホントやる事無くて退屈だったから、嬉しいよ」

 「そうか・・・でも、大事に至らなくて、ホント良かったよ・・・」

 健二はここ数日の事を思い出した。

 血の池に倒れ伏した妹を見た時は、頭が真っ白になった。頭が回転しても、もう駄目かと思っていた。

 しかし、妹は一命を取り留め、今こうして元気に笑っている。

 人間の生命力の強さには、健二も驚かされるばかりだった。

 「? どうかしたの?」

 そんな兄の顔を真琴は覗き込む。

 「・・・何でもねえよ・・・ほら、梨剥いたぞ」

 健二は少し笑うと、皮を剥いた梨を差し出した。






 翌日

 「zzzzz・・・」

 地下倉庫で、健二を除く四人は道具を片手に爆睡していた。

 「ん・・・」

 その中で、最初にレミィが目を覚ます。

 「ふああ・・・えーと・・・」

 頭を掻きながら、彼女は天井に掛けられた時計を見た。

 「・・・もう7時・・・」

 目をこすりながら、時計が7時を回っている事を何とか確認する。

 「ん・・・皆、朝よ・・・」

 目は完全に覚めてはいないが、とりあえずレミィは寝ている男共を起こす事にした。






 「じゃあ、オレは大学に行って来る」

 そう言うと健二はバッグを手に持ち、椅子から立った。

 「その内レミィさんも来ると思うから」

 「うん。行ってらっしゃい」






 「・・・はあ・・・」

 大学のベンチで、祐樹は溜息を付いていた。

 先日の、アポカリプスを相手にした戦いで完敗した事が原因だった。

 「くっ・・・何でだ・・・」

 健二との戦いで全く予想外の敗北を喫した上に、得体のしれないロボットに喧嘩を売られてボコられた事で、彼は相当悩んでいた。

 ほぼ確実に動きを封じられると思っていたディープロザリオでさえ、ハッキングという訳の解らない手段でかわされてしまった事も、悩みの一つになっていた。そこへ、

 「よう、元気か」

 悩みの種を作った一人、健二が現れた。

 「貴様・・・」

 祐樹は健二を睨み付ける。が、

 「隣、座らせてもらうぞ・・・」

 健二はそんな事などお構いなしに彼の横に腰掛けた。

 「・・・ふん・・・」

 祐樹はいかにも不愉快そうな顔をして顔を背けた。

 「最近見なかったけど、何かあったのか?」

 「・・・こっちの事情だ。貴様には関係無い・・・」

 顔を向けようともしない祐樹。

 「ふうん・・・」

 「そんな事を言いに来たのなら、さっさと消えろ。目障りだ」

 「・・・いや、これ以外にも用はある」

 これまで和やかだった健二の目がわずかに鋭くなる。

 「・・・何だ・・・」

 「お前、アポカリプスと戦ったそうだな・・・・」

 「アポカリプス・・・? あの銀色のロボットか・・・」

 自分を苦しめた銀色のロボットの存在、今の彼にとっては忌々しい名前だった。

 「ふん、それを笑いに来たのか・・・」

 祐樹は自嘲するかの様な顔をしたが、すぐにまた健二を睨み付けた。

 「・・・いや、むしろ無事で何よりだ・・・」

 「何・・・?」

 健二の予想外の反応に、祐樹は顔をしかめた。

 「あいつはオレが思うに、かなり強い。あいつが直接出向いて来るという事は、結構な大事って事だと思う・・・」

 「・・・説教なら聞く気は無いぞ・・・」

 「まあ最後まで聞けよ。あいつは強い。だが、他にも強い奴はまだまだいる筈だ」

 「何だと?」

 「現にオレは・・・あいつ以前にも、恐ろしい奴を相手にした事がある。・・・完敗だった。手も足も出なかったし、あと少しで死ぬかもしれなかった・・・」

 健二は数週間前に戦ったサソリの怪人を思い出した。

 「・・・何が言いたい・・・」

 「まあ・・・何と言うか・・・オレ達より強い奴は、まだまだいる筈だ。そいつ等と戦えば、命の保証は無い。お前にもそれを知っておいてもらいたかったって事だ・・・」

 「・・・くだらん・・・」

 祐樹は健二の発言を一蹴した。

 「そんな事言われなくても、オレは既に覚悟を決めている。奴等に復讐するまで、決して死なない。その為にはどんな奴だった潰してやる。貴様も例外じゃ無い・・・」

 再び祐樹は健二を睨み付けた。

 「・・・解ってるならいいさ・・・」

 そう言うと健二はベンチから立った。

 「・・・死ぬなよ・・・」

 そのまま健二はその場から立ち去った。

 「・・・ふん・・・」






 「既に準備は整いました。いつでもテストに移る事が出来ます」

 現状を説明する黒服の男。

 「・・・解りました。ありがとうございます・・・」

 やはり穏やかな物言いで答えるサイトウ。

 テストの準備、というよりは、祭りの準備とでも言うべきか。彼等のいる研究所の屋上では、数時間前からスタッフが忙しく動いていた。

 今は2体のジャイロソルジャーが地面に膝を付き、その時を待っている。

 そしてその2体の間には、アメリカから運ばれて来た例のカプセルが取り付けられている。

 「しかし、私が考えているテスト開始の時間までまだ余裕があります。少し散歩に行って来ていいでしょうか?」

 少し前から空を眺めていたサイトウが尋ねる。

 「ええ、テストは午後4時からの予定なので、後3時間程あります。それまでに戻って来てください」

 「ふっ、解っています」

 サイトウは口元に笑みを浮かべると、屋上のドアを開けて消えて行った。

 「・・・全く、何がしたいのか・・・」

 男は自分の上司の底知れぬ行動理念に早くも疲れ始めていた。






 [はい、という訳でラジオネーム、ヘタレ三原さんからのリクエストで、Havの列島パーティナイトでしたー]

 午後一時、とあるカジュアルショップ

 そのレジで、健二は暇そうにしていた。

 「中々お客さん来てくれませんね・・・」

 溜息を付きながら、手もとの電卓を弄る健二。

 「まあしゃあねえだろ、まだ平日の昼下がりじゃ、そんなホイホイ客も来やしないさ」

 店の奥から店長が現れる。

 「まあ、それもそうですけど・・・」

 府に落ちないという顔をする健二。

 バイトを探していた時、店先でバイト募集の張り紙を見て店員になったのは2ヶ月前だった。

 その間の売れ行きは結構売れる日もあれば全く売れない日もしばしば、要するにあまり忙しくは無い。

 それ程キツイ仕事でも無いし、これ位のペースの方が自分には向いている気がしないでも無いが、アルバイト募集と聞いてそれなりに忙しい仕事を覚悟していた彼には少し拍子抜けした部分もあった。

 それに彼はバイトで家計をやりくりしているのだ。暇が多くて自給が安いバイトをやるくらいなら暇をつぶしてでも生活費を稼ぐ方が経済的だ。そういう意味ではこの仕事はあまり経済的では無い。

 そこまで理由があるのにやめないのは、彼のお人好しが災いしているのか・・・。

 「暇があるなら、店内の掃除でもしてくれ。それも立派な仕事だ」

 「へーい」

 働きに来ているんだから何かしてやらないと、店にも申し訳無い気がしたから、健二は掃除でもしようと立ち上がった。

 その時、来客を告げるベルが鳴った。

 「あ、いらっしゃいませ!」

 とりあえず姿勢を正して挨拶をする健二。

 「だから、ここ結構いい店だと思うぜ」

 「本当にい?」

 客は若い男と女だった。が、

 「・・・あ・・・」

 入ってきた2人組を見て、健二は少し驚いた。

 男の方は、店の常連と言うべき高校生だった、これ自体は別に驚く事では無い。

 その高校生の側にいたのは、どういう訳か片想いの松木綾子だったのだ。

 「あ・・・こんにちは」

 とりあえず挨拶する健二。

 「あ、どうも・・・」

 綾子も僅かに驚いた素振りを見せる。

 「・・・えーと・・・」

 健二には若干難しく光景が映ったかもしれない。

 常連の高校生と、同級生の綾子が、何故一緒にいるのか、その疑問が頭を駆け抜けた。

 「・・・あのー、ひょっとして2人は・・・」

 健二は目を点にして尋ねた。すると、

 「そ、兄弟。なあ、姉ちゃん」

 高校生が綾子に言う。

 「弟です」






 「いや、ちょっと驚いたなあ・・・まさかウチの常連が弟さんだったなんて」

 作り笑いを浮かべてその場をごまかす健二

 「こっちも驚きました。まさか弟のオススメの店で青山君が働いてるって」

 笑顔で答える綾子。

 「ああ、とりあえず、何か見てってよ。ウチ、品揃えはちょっとアレだけど、結構いい柄が揃ってるから・・・」

 とりあえず店の中を案内しようとする健二。

 「お、いらっしゃい」

 丁度店長が店の奥から出て来た。

 「今日はどんなのを探しに来た?」

 そう言うと店長は高校生に話しかけた。

 「んー、バイト代入ったから何か買おうと思ったんだけど、オススメある?」

 「オススメか・・・青山、ちょっと入り口の側のヤツ持ってきてくれ」

 「へーい」

 健二はレジから立ち上がる。

 「大変そうですね・・・」

 「いや、案外楽なもんだよ・・・」

 笑いながら答える健二。

 「無駄口叩いてると、給料差っ引くぞ!!」






 「じゃ、合計で2250円になります」

 健二はレジで服の合計金額を精算した。

 「なっ、言った通りだろ?」

 高校生は自身有り気に答える。

 ちなみに、買った内容はジーンズ×2、Tシャツ×3、ニット×1であった。

 「本当に安いですね・・・」

 驚く綾子。

 「まあ、安さと出来の良さがウチの店の売りだし・・・採算取れるかは解らないけど・・・」

 最後に小声でつぶやく健二。

 「何か言ったか、青山」

 店の奥で店長が目を光らせた。

 「いえ・・・別に・・・」






 「でも、ホントお得だったわね・・・」

 綾子は袋から出したニットを眺める。

 色は良く、着る分には何の問題も無いが、これで650円というのは少し安過ぎな気もしないでは無い。

 「なっ、そこいらの店で買うよりもずっと得だったろ?」

 再び得意そうな顔をする弟。

 「・・・アンタって、ホント買い物上手ね」

 釣られて綾子も微笑んだ。






 数時間後、

 「今日は結構儲かりましたね・・・」

 目の前の売上金を見て健二が呟く。

 「ああ、今月ではかなり売れた方じゃ無いだろうか」

 満足げな顔をする店長。

 2人が帰った後、店には結構な客が入ってきた。

 やはり安さが魅力的なのか、結構な数が売れた。最近では当たりと言えるのでは無いだろうか。

 「毎日これ位の調子なら、オレの給料も・・・」

 「それはお前次第」

 店長は健二の額を指でつついた。

 「ん、もうこんな時間か・・・」

 時計を見る店長。

 現在3時半、12時半から始めたから、丁度3時間程経った事になる。

 「青山、そろそろ上がっていいぞ」

 え? もうそんなに経つんですか?」

 「たった今3時間経った」

 ちなみに、健二のバイト時間は3時間という事になっている。

 「・・・じゃあ、お言葉に甘えて・・・」

 そう言うと健二はそそくさと店の奥に荷物を取りに行った。






 「しかし・・・ちょっと小腹が空いたな・・・」

 数分後、バイクで走りながら、健二はそんな事をぼやいた。

 昼は次間が無かった為にコンビニで買ったサンドイッチのみで済ませた。なので腹が減っていた。

 「ちょっと何か買ってくか・・・」

 そう言うと健二は、近くのコンビニへ向かった。







 「えーとサイフは・・・」

 健二は道路の端に停めたバイクから降りると、歩きながらポケットに入っているサイフを取り出そうとした。すると、

 「そこの君、ちょっと寄っていかないか・・・?」

 突然誰かに声をかけられた。

 「・・・誰だ・・・?」

 辺りを見回す健二。

 「ここだよ・・・」

 声の聞こえた方を振り向くと、そこには帽子を被った男が道に座っていた。

 男は地面に引いたシートに座っており、その前には鉄板の様な物が並べられている。どうやら露天商の様だ。

 「あの・・・オレに何か・・・」

 とりあえず健二は男に近づいた。

 「ふっ、まあそう警戒するな・・・私だ・・・」

 そう言うと男は帽子を取った。が、

 「・・・何でアンタが・・・」

 その顔を見た健二は驚いた。

 「ふっ、地味に久しぶりだな。青山健二・・・」

 その男は、沢田だった。







 数分後

 「で、何でこんな所で露天商なんかやってんのよ・・・」

 買ってきたパンを食べながら言う健二。

 「こっちにだって色々事情がある。金を稼がんと食っていけんのだ・・・」

 その隣で不機嫌そうな顔をする沢田。

 「ていうか、アンタ今どこに住んでるんだよ・・・」

 「安いビジネスホテルに泊まっている。ちなみに宿泊料は貯金だ」

 「ふうん・・・」

 健二は少し反応したが、構わずパンを平らげた。

 「しっかし、器用なもんだな・・・」

 健二は鳥の頭を模したエンブレムを手に取った。

 所々傷はある物の、かなり細かく作られているというのが印象だった。

 「それはまだ青い頃に作った物だ。つい最近、と言っても3ヶ月程前だが、その時に作ったのがこれだ」

 そう言うと沢田は手に取った蛇のエンブレムを手渡した。

 「・・・」

 思わず言葉が出なかった。

 大きさはやや小振りではある物の、皮膚の一つ一つに至るまで精巧に作られており、今にも動き出しそうな迫力だった。

 最初に見た鳥のエンブレムもよく出来ていると思ったが、このエンブレムには傷も無く、丁寧に磨かれており、迫力も段違いだった。

 平面でここまで立体的な迫力を引き出せるのかと思うと、思わず溜息が出そうだった。

 「アンタ、何でこんな良い物を作れるのに、あんな所で働いていたんだ?」

 もし彼が数日前まで生きていた世界を知る物がこのエンブレムを見たら、健二と同じ疑問を抱くかもしれない。

 それ程、このエンブレムの出来はどれも良く出来ていた。

 「・・・貴様には解らんさ・・・」

 悔しそうな顔をする沢田。

 「最初は趣味の一環で始めたこの銀細工に、もっと早く出会っていれば、まだこんな事にはならなかったかもしれないと、今でも思っている・・・」

 その言葉が、元から暗かった沢田の影に更に暗い影を落とした。

 「・・・最初は、生物学について研究する為に、ガルグド・メタルに入った。いや、正確には誘われたと言うべきか・・・私が入社した頃、ガルグド・メタルはまだ秘密裏ではあったが、生物兵器の研究に既に着手していた。そんな事も知らずに、私はスタッフの一人として招き入れられた・・・」

 「・・・怪しいとは思わなかったのか?」

 「勿論だ。だが、独学での研究は資金面等でも非常に苦しかった。そんな時のスカウトだ。またと無いチャンスだと思った私は、迷わず飛びついた・・・」

 「・・・結局、私利私欲の為だったのかよ・・・」

 健二はこれまでの話での沢田の身勝手な態度にわずかながら怒りを覚えていた。

 「そう思うならそう思っていろ・・・」

 自嘲の様な笑みを浮かべる沢田。

 「だが、ガルグド・メタルの研究機間は本当に充実していた。独学では到底敵わない設備や資料の数々、時間や資金を気にせずに研究に打ち込める充実した毎日だった。あの日が来るまでは・・・」

 「・・・あの日って・・・例の?」

 健二は以前博士から聞いた、アメリカでのバイオソルジャーの暴走事件を思い出した。

 「そうだ。いや、あの日以前にも、予兆は有った・・・社内で、ガルグド・メタルが軍事兵器の着手に乗り出したという噂が立ってな。生物研究課も、その為の準備を進めていると・・・」

 「で、その時疑惑が浮かんだって訳か・・・」

 「そうだ・・・そしてあの事件が起こった・・・」

 沢田は頭を抱えた。

 「あの時、私はようやくガルグド・メタルに入った事が間違いだった事に気が付いた。そして、社長に直接会って話をしようと、アメリカに留まった。だが、その後の事はさっぱりだ。気が付いたら、私は再びアメリカで生物学の研究をしていた。そして数年前に日本に渡って来たという訳さ・・・」

 「・・・」

 健二は複雑な心境だった。

 「・・・アンタの話が丸っきりの嘘じゃないって事は解った。けど、記憶が飛んでいるというのは流石におかしいんじゃ無いか?」

 「だから、解らないと言っているだろうか・・・」

 「・・・」

 これ以上問い詰めても何も解らないだろうと思った健二は、話をするのをやめた。そこへ、

 「あの・・・これは売り物でしょうか?」

 横から誰かが話しかける。

 見ると、一人の男がしゃがんでエンブレムを眺めている。

 「え? あ、はい。ここに並んでいる物は全て売り物になっています」

 気を取り直して応対する沢田。

 「ほお・・・ちょっと拝見させてもらいますよ・・・」

 そう言うと男はその場にあったエンブレムを見渡した。

 そして、一枚のエンブレムを手に取った。

 「これを・・・頂きたいのですが・・・」

 男が手に取ったエンブレムは蟹だった。

 恐らく最近作った物だろうか。蟹が鋏を構えている姿だが、やはり他の物に引けを取らない完成度だった。

 「はい、1500円になります・・・」

 「解りました・・・ちょっと待ってください・・・」

 そう言うと男はポケットの中を探り、取り出した金を手渡した。

 「あ、あの・・・」

 沢田は一瞬戸惑った。

 エンブレムの定価はどれも一律で1500円である。だが、男が渡したのは3000円だった。

 細かい金が無いにしても、2000円払えばそれで済む話だ。ましてや男が渡したのは1000円札三枚である。一枚余計な筈だ。

 「この1000円札はどういう事でしょうか・・・」

 沢田はその趣旨を説明しようとした。しかし、

 「いえ、それは私の感謝の気持ちです」

 「・・・はあ?」

 男の発言に、沢田は顔をしかめた。

 「いえ、私はこの作品の価値は、1500円で収まるとは思えないのです。細部に至る細かい作り、丁寧な仕上げ、非常に素晴らしい物だと思います。だから、こんな素晴らしい作品を生み出したあなたに敬意を表して、3000円を渡したのです。遠慮せずに受け取ってください」

 そう言うと男はエンブレムをポケットに入れ、その場から立ち去った。

 「ちょ、ちょっと・・・」

 沢田は男を呼び止めようとしたが、男の足取りは意外にも素早く、すぐに見失った。

 「・・・」

 余分に受け取った金を見つめる沢田。

 「・・・いい事あったじゃん・・・」

 「・・・どうかな・・・」






 「すいません。少し遅れてしまいました・・・」

 戻って来たサイトウは軽く頭を下げた。

 「いえ、何の問題もありませんよ」

 表情を変えずに答える男。

 実際は数分遅れた所で支障は特に無いが、些細な事でも相手に気を使うのがサイトウの性格らしい。

 「それでは、テストを始めましょうか・・・」

 サイトウは目を細めた。

 「了解。ジャイロソルジャー、テイクオフ」

 スタッフの掛け声と共に、ジャイロソルジャーの目が光り、ローターが回転を始める。

 「果たして、最近噂に上っている「仮面ライダー」という反逆分子は姿を現すのでしょうか・・・・」

 「それは解りません・・・むしろ行動を起こされない方が予定が狂わないから好都合ですよ」

 苦笑する男。

 「いえ、その辺りは心配ありませんよ・・・」

 微笑しながら言うサイトウ。

 「は・・・?」

 またか、という顔をする男。つくづくこの人物の考えは理解に苦しむ。

 「ところで・・・そのエンブレムは・・・」

 男はサイトウが先程から眺めているエンブレムに気が付いた。

 「ああ、街の露天商で買った物です。いや、良い買い物をしましたよ・・・」

 「ほお・・・」

 (まあ、あの1500円は、この先散り行くかもしれない者への花束、と言うには少し安いかもしれませんが・・・)

 再びサイトウは小さく笑った。





 「で、アンタ毎日どれ位儲かってるんだよ」

 バイクを手で押しながら尋ねる健二。

 「・・・売れる時は1500円、売れない時には1円も入ってこない」

 「つまりは一個しか売れて無いって事だろ・・・」

 呆れたという表情をする健二。

 「笑いたければ笑え」

 その横で再度自嘲する沢田。

 「・・・いや、笑う気にはなれねえよ・・・結構シュールだし」

 健二は空を見上げた。

 「どんな悪人も、悪事を働かなきゃみんな同じ人間なのかな・・・」

 「・・・それで済むならどんなに楽だろうな・・・」

 沢田は溜息を付いた。






 「ポイント201・・・投下場所としてはここが最適でしょう・・・」

 男はモニターに移った地図を指差した。

 「解りました。そこに投下をお願いします・・・」

 再び笑うサイトウ。

 「了解、カプセル、投下せよ」






 「ん・・・?」

 空を見ていた健二は、ある異変に気付いた。

 「どうした・・・」

 吊られて空を見る沢田。

 「・・・成る程な・・・」

 すぐにその理由は解った。

 2体のジャイロソルジャーが、こちらに向かって来ているのだ。

 そして、2体の間には、カプセルの様な物が吊るされていた。

 「どうやら、荷物運びに来たらしいぜ」

 カプセルの存在に気付いた健二が言う。

 「ああ、解っている・・・あれが異変という訳だな・・・」

 沢田も気付いていた。

 ジャイロソルジャーは輸送の為に使われている。真打は懸架されているカプセルだ。

 「来るぞ・・・」

 健二はバッグに手を伸ばした。

 そして、カプセルが地面に落とされた。







 「っ・・・!」

 カプセルは土煙を上げて地面に突き刺さり、2人は思わず顔を覆った。

 「・・・これは・・・」

 地面に突き刺さった、かなり大きな、特異な形状のカプセルに目をやる健二。

 「あまり近づくな・・・どんな落し物か解らんぞ・・・」

 近づこうとした健二を制止する沢田。

 「解ってるよ・・・」

 その行動を見て、健二は一歩後ろへ下がった。その時、

 「・・・なに!?」

 カプセルの一部が突然鈍い音をあげて歪んだ。

 そしてカプセルは次々と内部から盛り上がり始めた。

 「くっ、何が起こっているというんだ!?」

 そんな沢田の声にも構わず、カプセルは変形していき、内部から液体が噴出している。

 そして、中央に亀裂が入った、その時、

 「グオォォォォッ!!」

 背筋を凍らせる様な、巨大な叫び声と共に、カプセル、いや、悪魔の卵は粉々に砕け散り、殻に守られていた悪魔がその姿を現した。






 「これは・・・」

 映像を見ていた男は顔をしかめた。

 「あの・・・これがアメリカで研究していた物でしょうか?」

 どうにも納得が行かない男はサイトウに尋ねた。

 「ええ、そうですよ・・・」

 サイトウの口元がにやける。

 「ハイブリットソルジャー01、スカベンジャー。私の研究成果の一つですね・・・」





 「こいつは・・・!?」

 健二は一瞬言葉を失った。

 「・・・蟹・・・?」

 沢田も同じだった。

 現れた化け物は、サイズこそかなり大きい物の、見た目は完全に蟹だった。

 「グォォ・・・」

 蟹の目が二人を睨みつける。

 「けど、コイツも敵なら、戦うしか無いだろ!」

 健二はバッグから機械を取り出そうとした。が、

 「グォォォッ!!」

 蟹は唸り声と共に、鋏を二人に向けた。そして、

 「なっ!?」

 蟹の鋏から、鉄球が打ち出された。

 「くっ!?」

 何とか攻撃をかわす二人。

 だが、かわした鉄球はそのまま道路を直進して行った。






 「くっ・・・アイツ、また余計な事を・・・」

 バイクを走らせながら、祐樹は健二の今日の行動を憎々しく思っていた。

 戦いは命がけなど、自分でも理解している。そんな事で一々口を出してくるのが鬱陶しかった。

 「・・・絶対に殺してやる・・・」

 そんな思いを抱きつつも、曲がり角が差しかかった。が、

 「がっ!?」

 それ以上考える余裕は無かった。

 突然響いた轟音と共に彼の体は宙に浮き上がった。

 そして同時に巻き上げられたガレキの山と共に、地面に叩き付けられた。






 「何て奴だ・・・」

 蟹の攻撃の非常識ぶりに驚く健二。

 発射された鉄球は着弾と同時に爆発を起こし、道路を吹き飛ばした。

 「アンタの作った化け物とは違うのか?」

 健二は沢田を見た。

 「いや、こんなバイオソルジャーは全く知らん・・・。恐らくアメリカで新たに作られた物だろう・・・」

 「成る程ね・・・どっちにしろ、一筋縄じゃ行きそうに無い・・・」

 そう言うと健二はバッグから機械を取り出した。

 「ああ、全くだ・・・」

 沢田もアタッシュケースから機械を取り出す。

 「グォォ!!」

 蟹は鋏を振り下ろす。

 「変身!」

 健二は跳躍して攻撃をかわし、コンバットスーツを装着した。

 「行くぞ!」

 続けて沢田も強化スーツを装着した。







 跳躍と同時に、蟹の鋏が地面を大きく抉った。

 「ちっ!」

 着地と同時に、バイクからコンバットソードを取り外すコブラ。

 「くらえ!!」

 反対方向から、沢田は弾丸を打ち込む。

 「グギャギャ・・・」

 しかし、蟹は大した事ないという様子で沢田を睨み付けた。

 「くっ、やはり装甲はダメか・・・だったら」

 沢田はマシンガンを剣に変形させた。

 「青山! 装甲は破壊するのが難しい! 関節を狙え!」

 コブラに向かって叫ぶ沢田。

 「関節!? ・・・解った!」

 コブラは装甲の隙間を見た。

 確かに脚の関節には装甲が見当たらない。

 「うおぉぉっ!!」

 そしてコブラは跳躍し、関節へ剣を振り下ろそうとした。

 「でええぇいっ!!」

 沢田も同じく剣を振りかざした。が、

 「グォォ!!」

 蟹が唸り声を上げる。その時

 「なっ!?」

 コブラは目を見張った。

 突然、脚の一つが不自然な動きをしたと思うと、そのまま鞭の様に変形したのだ。

 「なっ!?」

 そのまま脚はコブラに巻き付いた。

 「ば、馬鹿な!」

 沢田も同様だった。






 その頃、大阪の研究所、

 「・・・ふん、低俗の割にはそれなりに戦える様だな・・・」

 ヒメヤは画面で2体を締め上げている蟹を見た。

 (・・・まさか、あれは・・・)

 後ろにいたアポカリプスはコブラともう一体を見た。

 以前戦った二人のライダーとはいずれも異なる、機械然とした姿だが、彼には心当たりが有った。

 「・・・」

 立ち上がるアポカリプス。

 「・・・貴様、どこへ行く・・・」

 ヒメヤはアポカリプスを睨み付けた。

 「ちょっと用事を思い出した・・・」

 そう言うとアポカリプスは部屋から出て行った。

 「・・・ポンコツめが・・・何を考えている・・・」






 「グォォッ!!」

 蟹は唸り声と共に、健二を放り投げた。

 「がっ!?」

 健二は地面に叩き付けられた。

 「この野郎!」

 コンバットソードを構え、反撃に転じようとするコブラ、が、

 「グォォォッ!!」

 反撃に転じる前に、蟹の鋏が横から迫る。

 「のわあぁっ!?」

 そのままコブラは吹っ飛ばされた。







 「くっ、青山!」

 沢田は叫んだが、全身を縛り付けている鞭は固く、身動きが取れない。

 「ググォォォッ!!」

 そして蟹はコブラと同様に、沢田を投げ付けた。

 「ぬあっ!? がっ!」

 投げ付けられた沢田は木に激突した。

 「ぐ・・・おのれ・・・」

 よろめきながらも立ち上がる沢田。

 後ろにあった木がぶつかった拍子にへし折れる。

 「グォォ!!」

 蟹の口から液体の様な物が吐き出された。

 「ちっ!」

 紙一重でそれをかわす沢田。

 液体はそのまま後ろに倒れていた木にかかったが、そのまま木は瞬時に融解してしまった。

 「高濃度の硫酸か・・・」

 その様子を見た沢田は震えた。

 「気を付けろ!こいつの硫酸を食らったら、一瞬で溶けちまうぞ!」







 「とんでもない奴だな・・・」

 沢田の警告を聞いたコブラは苦笑した。

 「こうなりゃ、素でガンガン行かせてもらうぜ!」

 そう言うとコブラは再び戦闘態勢を取った。

 「グォォォッ!!」

 蟹は再度鋏を振り下ろす。

 「ちっ!!」

 コブラは跳躍して攻撃をかわす。

 「グォォ!!」

 蟹は地面に鋏が激突する寸前で、鋏を振り上げた。が、

 「引っかかったな!」

 待ってましたとばかりの顔をするコブラ。

 そのまま彼は、蟹の鋏を踏み台にして、背中の装甲まで跳躍した。

 そして手に持ったコンバットソードを装甲に向けた。

 「この距離なら行ける筈だ!」

 装甲まではそれなりの距離がある。

 このまま落ちて行くまでの加速力を加えれば、装甲を破壊出来るかもしれないとコブラは考えたのだ。

 「グォォ・・・」

 が、蟹は僅かに身震いすると、鋏を上に振り上げた

 「この距離でそんな物何になる!」

 コブラは全く相手にしなかった。

 確かに蟹の腕の間接は短く、背中に届くまでの長さは無い。ここで鋏を振り回しても、コブラの攻撃を防ぐ手段は無い。

 そして、コンバットソードが装甲に接触しようとした、その時。

 「グォォォッ!!」

 蟹は唸り声を上げた。そして、

 「なっ!?」

 コブラはその光景に目を見張った。

 突然蟹の腕の関節が、先程の足の関節の如く植物の様に変化したのだ。

 そしてそのまま背中まで伸びた鋏は、コンバットソードを寸前で防いだ。

 「んなアホな・・・がっ!?」

 驚く間もなく、コブラは吹っ飛ばされた。

 今度は左の鋏が同様に変形して、コブラに攻撃を加えたのだ。

 「んががっ!! がっ!!」

 コブラは地面に叩き付けられしばらく転がった末に止まった。

 「・・・くっ・・・やっぱとんでもない奴だ・・・」

 立ち上がったコブラは、蟹をまじまじと眺めた。








 「あの攻撃・・・まさか・・・」

 沢田は考えた。

 蟹の手や脚を植物の様に伸ばして攻撃する戦法。

 彼はその戦い方を知っている。

 「・・・だとしたら・・・奴だけは・・・!」

 そして更に真剣な表情をした沢田は、蟹を睨み付けた。が、

 「グォォ!!」

 蟹は伸ばした腕を沢田にも振り下ろした。

 「しまった!!」

 気をとらわれていた沢田はその攻撃に気付かなかった。が、

 「なっ!?」

 突然、彼の体が宙に浮き、攻撃をかわした。

 目標を失った鋏は大きく地面を抉った。

 「・・・お前は・・・」

 今の一連の動きを見た沢田は、後ろにいるその犯人を見て驚いた。

 「ふっ・・・やはり君だったか・・・」

 後ろにいたのは、アポカリプスだった。

 「・・・何故お前がここに・・・」

 「映像に映ったそのスーツを見て、まさかと思ったが、本当に君だったとはな・・・」

 「・・・それより、何故私を助けた・・・」

 「仮にも君は私の生みの親だからな。親を助けるのが子供の礼儀という物だ・・・」

 「・・・ふっ・・・」

 アポカリプスの話を聞いた沢田の口がにやける。

 「だったら、あの化け物を倒すのに協力してもらおうか・・・」

 沢田は蟹を睨み付けた。

 「・・・望む所だ・・・」









 「・・・どうすれば・・・」

 健二は考えた。

 死角と考えて攻撃した背後も、伸びる腕と脚の前では死角とは呼べないだろう。

 全身が凶器とも呼べるこの相手の前には、ほぼお手上げだった。

 「・・・くそっ・・・」

 心と体の痛みで、健二は膝を付いた。

 以前の巨大な化け物相手では、何とか勝つ事が出来た。しかし、それは仲間の力あっての事だった。

 今目の前にいる相手に、自分の無力さを叩き付けられた。

 「グォォ・・・!」

 蟹はコブラを睨み付けた。

 そして、口から硫酸を吐き出した。

 「・・・ここまでかよ・・・」

 コブラは死を覚悟した。が、

 「!? がっ!」

 再び横から何かに吹っ飛ばされた。








 「がっ・・・何だ・・・?」

 再び地面を転がったコブラは、立ち上がって辺りを見回した。

 「オイ! お前!」

 誰かの怒鳴り声が聞こえた。

 「・・・お前は・・・」

 コブラは声の主を聞いて驚かされた。

 声の主は、祐樹、シャークだった。手には分離したグランドハンマーが握られている。

 どうやら分離したグランドハンマーのパーツがコブラを弾き飛ばしたらしい。

 シャークはコブラに歩み寄った。

 「お前、何死に急いでやがる・・・」

 シャークの声は震えていた。

 しかし、その声は怒りに震えている様だった。

 「・・・お前を倒すのはこのオレだ! 勝手にここで死なれちゃ困るんだよ!」

 そう言うとシャークはコブラを殴ろうとした。が、

 「・・・解ってるじゃねえか・・・」

 シャークの口がにやけた。

 コブラは、無言でシャークの拳を押さえた。

 「・・・ありがとよ、おかげで目が覚めたぜ・・・」

 コブラは笑みを浮かべた。が、

 「グォォォッ!!」

 再び蟹が唸り声を上げる」

 「・・・これ以上好きにはさせないぜ・・・」

 二人は武器を構え、蟹を睨み付けた。


次回予告

 未知の強敵、スカベンジャーを何とか退けた健二達だったが、その戦いで祐樹は重傷を負ってしまう。一方、沢田は自らの研究を之村博士に託し、スカベンジャーに再度戦いを挑む。その戦いの中で、健二は新たなる力を使おうとするが・・・。

 仮面ライダーコブラ 第23話 魔獣暴走

 魂の叫びが、聞こえるか? 


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