「どうしようかな・・・」

警報鳴り響く通路を走りながら、京子は逡巡していた。

彼女の前には三つの行動選択肢が在ったが、その何れを選ぶか決めかねていたのだ。選択肢の一つは現在魔帝国の軍勢と交戦中のマリアらを救援するために速やかに地上へ出ること。これは本来、陰陽寮の戦闘陰陽師である彼女に予め与えられた任務であり、何においても優先せねばならない。加えて外部から送られてくる情報は戦術的な分析を行うまでもなく、切迫した状況であるということを伝えている。既にアスラや時空海賊一味が揃っているようだが、敵の規模・・・
 魔王一柱に仮面ライダー一体――を考えれば多いに越したことは無いだろう。既に、桐生博士が大規模攻撃用の兵装の準備を完了している。彼女が受けている損傷個所は少なくはなく、軽いものでもなかったが、先の改修によって格段に整備性が上昇している。修復は直ぐだろう。

だが、直ぐに地上に上がるには、懸念材料がこの地下施設内には高密度に充満しすぎている。彼女に深手を負わせた相手もその一つだ。

刺客の名はロボット剣士ジュン――京子と同様、ギャラクシー計画で開発された「生命の力(オーラ・パワー)」を有するアンドロイド、詰まり彼女の弟だ。思い返せば生き別れの肉親との再会だったが、既に「いないもの」として二十ウン年を過ごしたためか、錆ついて久しい感性にセンチメンタリズムな感動は湧き起こらなかった。出会いの仕方も最悪だったので尚更だ。だが、弟を送り込んだ存在、そしてそいつらの思惑は非常に気になっていた。順当に行けば魔帝国、或いは現在その傘下にある落天宗だろうが、京子は何か違和感めいたものを感じていた。

(ティン!とこないってゆーか)

それはオーラー・パワーを有するが故に機械でありながら備え得た半ば論理的とは言い難い予見性、詰まりは“勘”。だが彼女の二進法を基礎としたハードドライヴはアーカイヴから関連した情報をピックアップする事で、その不確定的な推論に論理的な理屈で補足をしてくれる。かつては専ら古代遺物等の研究に用いていた機能だが、ロボット陰陽師としての本来のあり方からすれば、より順当な使用方法だと言えるのが彼女には些か癪に障るところではあった。

兎も角、京子は推論を続ける。

彼女の弟・ジュンはこの陰陽寮の技術顧問である天才超考古学博士・桐生春樹を連れ去ることが任務だと語っていた。巨大要塞の浮上作戦に失敗して以降、戦力不足なのか地上戦力の取り込みに腐心している魔帝国の作戦傾向から考えれば不自然なところはない。

(でもこう言う安易な答えを求めてしまうのはナンとかバイアスって言うんだっけ)

当初の予測を肯定する要素もある一方、条件に合致しない発言も彼女の頭脳は記録している。例えばジュンは「人間にしてもらう」とも口にしていた。他のアンドロイドやロボットに比べアバウトでファジーな傾向にある自分たち量産型Kシリーズだが、思考の基幹的な部分では論理的に演算するようできている。確証もなしにそのような大それたことを信じたりはしないだろう。

しかし魔帝国、その地上侵攻艦隊が求めているのは戦力だ。「機械である」という事が大きな武器である自分達アンドロイドをわざわざ基本スペックの高くない人間の肉体に変換するメリットが魔帝国に存在するだろうか? 事実、元同僚である役華凛は元来強大な霊力を秘めており、奈津ともども生身でありながらアンドロイドである自分や、改造人間である瞬やマリアに匹敵する最強クラスの戦闘陰陽師=トップファイブと数えられていたが、魔帝国の尖兵として現れた時、その身体はメカニックと魔界生物を組み込まれた半機械人間と化していた。

それに技術の有無は兎も角、頭上で好き勝手絶頂に狂乱の宴を繰り広げるあの悪の科学者がそのような面白くもなさそうなことをやるとは思えない。寧ろ、このイメージのほうが余程、ジュンと魔帝国の結び付きを否定する理由として説得力が高いような気さえしてくる。

(知恵熱出そ・・・)

ではいったい何者が――と言われても彼女に答えを出すことはできない。正確には無数の可能性を検証するための処理でCPUがハングアップを起こすのを防ぐ為、自動的に検証プログラムが保留状態で保存され、別の思索へと切り替えられたのだ。取り敢えずそれは置いておいて、ということである。

そして選択肢の最後の一つ、放置するには危険すぎるある事実は今、彼女の手の中に握られていた。
 
 牛乳瓶に良く似た形の、しかし約二倍の径を持った乳白色のガラス瓶だ。


 「・・・」

中にはビンと同じ色をした、一般的なビー玉くらいの大きさをした丸薬が詰まっていた。ロボット治療薬―――ラベルには特大明朝体でそう記されており、用法なども併記してある。一日朝晩二回、大人なら二錠、子供はその半量を服用すべし、だそうだ。

「子供のロボットって何よ・・・」

思わず嘆息めいた呟きを洩らす。一応、工業製品として開発されるアンドロイドに「人格の成熟レヴェルにおける子供」は存在しても、「身体の成熟レヴェルにおける子供」は存在しない。子供の姿をしたアンドロイドも、それが完成形であって人間のような機能的未発達部分が残されている訳ではない。稼働年数に応じた外見年齢変更機能を搭載する量産型Kシリーズ(といっても量産されなかったのだが)においても同じことだ。

京子は取り敢えず瓶の蓋を堅く締めると、太腿の部分を開いて中の格納スペースに滑り込ませておく。こんな成分の50パーセントがあやしさで出来ていそうな薬物を服用できるほど能天気ではないが、一応これは「遺留品」だ。無暗に処分するのは些か問題があるだろう。一度引き戻して、ぶっ倒れてる筈の自称弟を実験台にしようと考えないでもなかったが、万が一、本物だった時のリスクが大きい。

もう一つの選択肢は――この薬瓶を置いて行った何者かを追うことである。彼女はその“何者か”の正体について既に凡そのあたりを付けていた。もし、京子が推測する通りならば、それを放置することは非常に危険。

「う〜ん・・・」

義務的にも感情的にも後輩、というよりは妹のような存在であるマリアを助けに行きたかったが、第六感が「獅子身中の虫」を探すことを求めているのだ。

果断実行という言葉の似合う奈津や、即断即決を常とするマリアとは比べるべくもないが、彼女もまた自分は比較的潔い決断力を持つほうだと思っていた。優柔不断等という言葉は、十何年も自分の欲求を押し殺し周囲の顔色を伺いながら育ってきた瞬や華凛にこそ似合う言葉だ。

(ンま――わたしが気にしなさすぎる性質なだけだけど)

結局、彼女らは抑圧していたものを解き放った結果、一方は目も当てられないような酷い男(といっても彼女も一時、その男に憧れていた時期があったのだが…)と恋仲になり、一方は敵の軍門に下った。人間、適度に欲求を消費しなければ極端な方に針が振れてしまうらしい。

無論、何もしてやれなかった自分に、彼女らの選んだ道を批難する資格はない。自分はトップ5の中で一番の年長者でありながら、彼女らが孤独に苦しんでいる時、まるで助けてやることができなかった。だから悔しがり怒り責める権利は自分には無い。彼女らが自分の意思で選んだ道を歩いて幸せならばそれで構わない。

(本当に幸せなら、ね)

多くの仮面ライダーが自らの行動目的に掲げる「人類の自由と平和」の守護。しかし京子は個人としてそれを至上のものとは思っていない。自分の傍にいる、自分の見知ったごく僅かな人々さえ幸せなら、取り敢えずそれで妥協できる。多くを求めれば苦しいだけだ。得られないと諦めたとき、心を押し潰す空虚こそ何より恐ろしいのだ。

(そうだ・・・)

今はマリアや、陰陽寮を守れればそれで構わない。これ以上、自分はいったい何を欲張ろうと言うのだろうか。たかだか一個の機械の如きが何もかも出来るとはおこがましい考えだ。いや、機械だからこそ出来得ることは遙かに限られていると言うのに。ならば選択肢は決まっているだろう。

「――!!」

決断を下したその時、京子は自分の身体に起きている異変に気づく。

「チャージ速度が上がっている・・・?」

先ほどのジュンとの戦闘で殆ど消耗しきっていたバッテリーやコンデンサーが急速に充填されはじめている。これが意味することは一つ、動力源である反重力エンジンの出力が上昇しているのだ。

反重力エンジンとは、機関内部の反重力物質と外界の重力との反発作用から運動エネルギーを取り出す装置であり、G(重力加速度)の増加に比例してその出力が増大していく。京子ら量産型Kはこの反重力エンジンが生み出す電力でオーラパワーシステムを作動させ稼働状態を維持しつつ、余剰電力をバッテリーにプールして戦闘など大量消費をする際に備えるのだ。

即ち、急激な重力場変動が起こっている。

「どうゆうこと・・・?」

微細な重力変動ならば自転や公転、月の周期、或いはマントルの対流による地中密度の変化などで起こり得る。しかし、ここまではっきりとエンジン出力が増減する様な重力異常は、少なくとも地球上の一般的な自然法則の上では起こり得ない。

エネルギー充填速度は更に加速していき、遂にフルチャージに達する。それでも尚、加速は止まらないが、出力過多による物理的な破損を防ぐ為に安全装置が作動して内部電源がバッテリーに切り替わる。やがて本部施設全体が軋みを上げ、唸る様に震え始める。僅かの間に明確な影響が生じるまでに重力加速度が増大しつつあるのだ。致命的なレヴェルに到達するまで十数分と要しないだろう。この異常事態は京子の決断を後押しする。

(癪に障るわね――)

推論、それは恐らく“彼女”の思惑通りだということ。あからさまな遺留物は、追跡を断念することを確信していたからだ。

(悪いところばかり似てからに)

解っていても、予期していても、逃れられない。それが罠であり策略だという。しかし京子は嵌められることに最早躊躇しない。そうしなければ助けられないというなら。

彼女は通路の突き当り、戦車の装甲板の様に頑健そうな金属製の扉の前で立ち止まる。その、扉の先が目的地だ。彼女は扉の脇にある認証システムにキーカードを差し込み、彼女専用の暗証コードを打ち込む。機械である自分が人間と同じ所作で別な機械を操作するというのは如何にも無駄で面倒な所だが、一職員専用の認証システムを新たに設置するというのは更に無駄極まりないので妥協しておく。

認証が下りロックが解除されると、圧搾空気が噴き出し響き、扉が開く。見た目の重厚さに反して静かに素早い。そして、その奥には陰陽寮――古来より呪術というある種アナクロなものを扱ってきた組織とは思えない、無機質で近代的な空間が広がっている。

床も天井も壁も、薄く油を引いた様な光沢を帯びる金属に覆われ、その表面には折り畳まれた虫の肢を思わせる作業機械が張り付いている。空間は更に柱や金網で幾つかに区切られ、その区切りごとにカテゴライズされた車両が整然と並べてある。要するにここは陰陽寮の車庫なのだ。

最も車庫といっても道交法に則り、ナンバープレートを付けた様な車両は此処には一台も置かれていない。ここにあるのは陰陽寮が作戦行動を展開する上で使用する特殊車両ばかりだ。むしろ、格納庫という表現の方が適当かもしれない。

「おかしいな・・・」

しかし、京子は即座に異常を覚えて呟く。何時もに比べて格納庫は妙に閑散と感じられた。そして彼女は即座に理由に思い当たる。

陰陽寮本部の実行部隊は作戦における部隊展開には主にデンジ推進機能を備えた特殊グライダーか、フォーミュラーカーを遙かに上回る馬力を備えたバイクを用いるのだが、その後者、バイクが一台も見当たらないのだ。確か先日、S.B社から一般隊員用に調整されたジャイロチェイサーが納入された筈だが、それすらも見当たらない。

(乗ってったのか・・・な?)

時間的余裕から持ち出せたとは思い難いが、それが最も可能性が高い。ガードチェイサーやジャイロチェイサーの地味目なデザインなら、まあ並のバイクよりは目立ち辛いだろう。鼻腔内部に設置されたガスセンサーが車両格納庫内のイオンの値が幾分高い事を感知しているが、状況を把握するにはデータ不足だ。

(思い出した。確証バイアスだ)

また安易な答えを求めようとしている自分の怠惰さに嫌気が差すが、今はそれだけ余裕がないのだ。

「まあ、いい」

彼女は考えるのを諦め、自分が求める者の安否を確かめる。

格納庫の隅――それは間違いなく其処に残っている。彼女専用に建造された二台のサポートマシンの一方だ。よかったと心より安堵する京子。一方は既に完全に失われている。それも敵の攻撃によってではなく、仲間の乱暴な扱いによって。しかも残骸も殆どが溶解していたので整備主任の千葉さんですら匙を投げた。本当に、此方まで無くなっていたら涙ものだ。それでなくても変身バンクが無いのだから完全に花が無くなってしまう。

工作機械の装備により奇抜なシルエットを持つに至った車両が多数格納されている中でも彼女の求めるそれは一種独特の様相を呈している。別段、動物の意匠を象っていたり冗談の様に派手なカラーリングが施されていたりするわけではない。

ナンバープレート・・・彼女の求めるその車体にだけ、一般的な車両と同様の前後バンパーの部位にナンバープレートがしっかりと嵌め込まれている。それだけではない、車検の時期を示すシールやJAFのエンブレムまである。

京子はやや高い位置、車体の前面にあるコックピットに乗り込む。胸以外は平均的な女性の姿をした彼女には些か大き目のハンドルとマニュアル式の操作系統。サブシートは長距離運航にも耐えられるように、また狙撃の際に姿勢が楽なようにベッドになっている。フロントガラスにはゴム吸盤で張り付くタイプの可愛らしい狐をモティーフにしたマスコットのついた「交通安全」のお守り。マリアが「私のかわりだよぉ〜」と言って買ってきてくれたお気に入りだ。

白衣のポケットに無造作に入れていた、キーホルダーのじゃらじゃら付いた鍵を差し込みエンジン始動。フロントガラスとコンソール状に車体のコンディションデータが表示されていく。武装よし、燃料よし、整備よし、各部問題一切なし。

「よし・・・グランセイル、出発する!」

床がスライドをはじめ、大型トラックの形をしたそのマシンは、パドックへと侵入を開始した。

 

 


 堀江方介は至って冷静だった。無論、実の娘の命を取引材料にされているので、実の親として怒りを覚えない訳ではないが、それでもその感情は義憤と呼べるものに近しく、自らを見失うほど猛々しいものではない。それは昨年の夏、娘の晴れの舞台が落天宗に脅かされた時も同様だった。別段、彼女の命に頓着していない訳ではない。

―――陰陽寮の全ての職員に家族を持つことが許されたのは、五十数年前に神崎紅葉が陰陽寮局長に就任してからであり、陰陽寮全体の歴史からすればごく最近のことだ。それまで家族を持つことを許されたのは、阿倍家や賀茂家といった陰陽寮の成り立ちに深く関わる一族や、渡部家や役家など多大な貢献のある名家一族のみであり、階級特権と言うべきものだった。

その制度の背景には陰陽寮と言う組織の在り様が深く関わっている。国家直属の技術研究機関、としてではなく非公開防衛組織としての在り様が、だ。

そう言った国家を秘密裏に護る組織として、優先順位が「国家」や「組織」を上回る「家族」というコミュニズムを職員個人に持たせるのは、機密情報の保持や行動制限の観点から組織運営上の重大な弱点となりかねない。要するに「肉親の情」を優先されては組織としては困るのだ。また、先天的異能者が無暗に増える事は防災の観点からもリスクが大きく、更に組織内で権勢を振るう名家一族の幾つかが自分たち以外の名門血統が生まれる事に難色を示し、強い圧力を長年にわたりかけていたのだ。

コミカルな表現をすれば「大人の事情」によるリスクの予見は此れまでも何度も在ったし、今この瞬間にも起こっている。あの局長が極めて嫌いな類の顔に最も嫌いな類の表情を浮かべた優男は今、局長の最も嫌いな類の要求を突きつけているのがそれだ。

家族の安否を問う優男の狙いは、疑うまでもなく脅迫。王道、或いは古典的、若しくは原始的な、だがそれ故に効果的な不当要求手段。

多数決で正義を決定できると信じている某大国が、勝手に世界に押し付けた「要求に応じない」が実際にナショナルスタンダードとして認識されつつある昨今、それでも尚、場所や状況を問わず行う者が後を絶たない事実が証明している。理屈で片が付き切り捨てられるのならば最初から「大切な人」など存在せず、「大切な人質」足り得ない。それ無しで成り立つのは単なる消費システムで在って、断じて人間社会などではない。

「大切な誰かがいない人間は、誰かの大切な人を守ることは出来ない」それが陰陽寮局長・神崎紅葉の持つ一つの信念である。

国とか組織とか、そう言った社会性を持つ集団のすべては、一人一人の人間同士の繋がりであり、また超常的な力を使用可能な陰陽師も所詮は一人の人間に過ぎない。誰かを護る為に延ばせる手の長さは普通よりほんの少ししだけ長い程度でしかない。また自分達は仮面ライダーとは違い、彼らの様な、ある意味で盲目的にはなれない。

防人とは「防衛する人間」であり「人間を防(まも)る者」だ。護るべきものの存在を手に触れられるほど、疑い様もなく身近な場所に実感として感じていなければ、他者の大切な人間の存在も理解できず、護ることも出来ない―――要するに、人を抱ける者でなければ、人を守る事は出来ない。

かつて最も多くの妖人を葬った鬼神・神崎は、自らの経験上、それを身に染みて理解しているのだ。彼女は自ら戦いに没入する余り、“失って初めて気づいた大切なもの”を自らの手で生み出してしまったのだ。立場上、本来ならば厳しい対応を取らねばならない伊万里京二と神野江瞬の関係を容認したのもそれが理由である。

だからこそ、それを実感させるために職員たちに家族を持ってほしかったのだ。例えそれが、秘密機関として大きなリスクを背負うこととなったとしても。

「さてどうします? 東京は何かと物騒ですからね。皆さん何時もご家族の事が気がかりでしょう・・・早く安否を確かめられたいのではありませんか?」

急かす様に詰襟の男は、何も怪人怪獣だけが人を殺すわけではないと付け加える。似た男と同じ様なブラフの線も在るが、その内容は数倍不愉快なものだ。既に隣に座る局長から立ち上る気は、殺気を通り越した滅気とでも言う様な黒々しいもので、プロトデスパーとでも言うべき堀江には些か脳に応えた。

「折角の年賀の折なのです。わたくし共も是非、陰陽寮総司令部の皆様にも、家族円満水入らずの時を過ごして頂きたい・・・と、切に思っているのですが」

「その冗長な言い回し、止めて頂ける? 去年末からこっち3、4時間しか睡眠をとってないの。眠くなるわ」

局長は低く押し殺した声で言うと、スーツの内ポケットから細長い何かを取り出す。一瞬、V−NEEDLE部隊に緊張が走る。

「煙草よ。一服させてちょうだい」

張り詰めた空気に反して、それは武器等ではなく、最近では見るのも珍しい煙管だ。神崎は火の術を行使する要領で指を擦り合わせて火花を起こし、先端に詰めた葉に灯す。

「ふぅ・・・」

紫煙が吐き出されると、彼女の漂わせる殺気も僅かに薄れる。教育上余り宜しいものではないので未成年職員の前では見せないが、気が高ぶった時など時おりこうやって燻らせる。しかしそれでも褒められたものではない。彼女は生身でないため、普通の葉では物足りずマリファナを混ぜたものを好むからだ。嫌煙家である堀江にその副流煙は非常に辛いものであるし、そもそも違法である。

詰襟の男も、違法薬物の香を訊いたのだろう、漂い寄って来る煙の端を手で払う様に散らす。愛煙家には世知辛い時代だが神崎は気にした様子もなくもう一度、煙を吸い込む。

「もう、良いから体裁なんか気にしないで『命が惜しければ大人しく渡せ』とハッキリ言いなさい。そう言う奥歯にモノを詰めながら言う様な喋り方、嫌いだわ」

「これは失礼、『伊達や酔狂に拘る』が我が家の家訓でして」

やはりこの男は、何か悪い冗談の様に伊万里京二に似ている。歪んだ姿見に写された影のようだ。

「それに『ハッキリと言いなさい』・・・と仰せになられても、出来るだけ歯に衣着せるのが日本の美徳であり習わし・・・おっと、一応私は正体不明の“侯爵”或いは“4世”でしたね。日本人にしか見えませんが、日本人かどうかは解らないと言う設定でした。いけませんね・・・ついつい私は余計な事を口走りやすい。この間もそれで光山君にこっぴどく怒られたのでし――もがっ」

不意に言葉が途切れる。目を白黒させる詰襟に局長は冷たく言い放つ。

「いい加減にお黙り」

「ふが、んが」

詰襟の男は奇妙な悶え声をあげるしかない。何故なら彼の口に何時の間にかギャグボールがはめ込んであったからだ。講釈が過熱し始めた瞬間を狙って式神で飛ばしたのだ。

「続けて頂ける?」

そして神崎は椅子を回転させ悠然と向きを変えると、詰襟の男の副官を務める地味な眼鏡の女に続きを促す。一瞬、面食らった様な顔を見せた彼女だったが、どうやら彼女もまたウンザリしていたのだろう。何処となく嬉しそうに、指揮官に代わって彼女らの要求を陰陽寮に突きつける。

「“神体”並びにMBF計画に関する資料・資材の全てを譲渡する事を要請します。交換条件は我々の別動隊に下されている陰陽寮局員の家族に対する監視及び暗殺任務の暫定的解除」

「丁寧な説明有難う、光山さん・・・だったかしら。でも―――人質を有効に使うなら、先に見せしめが必要でなくて?」

「!」

不用意ともとれる挑発に驚きの表情を浮かべる光山。冷静に見えて指揮官に比べ精神面では数段劣るらしい。神崎は唇の端を薄く上げてからかう様にほほ笑む。

「冗談よ・・・フェアな条件で取引を持ちかけてくれて感謝しているわ」

「いえ―――」

答えたのは思いのほか早く猿ぐつわを外した詰襟の男。

「我々は別段、狂気の殺戮集団と言う訳ではありませんから。ガロンよりはリットル、リットルよりはデシリットル、デシリットルよりはミリリットル・・・流される血液と涙の量は少なく済ませたいのですよ。出来得る事ならば、ですが――――」

行動とは裏腹の厚顔無恥な言葉。しかし、其処には逆に犠牲を出すことも辞さないと言う覚悟の念が含まれている。そして彼は、脅迫する誘拐犯と言うよりは、外回り商談中の営業マンを思わせる口調で重ねて要求を告げる。

「光山君の言うとおりもう我々に残された時間はあまり多くはありません。ここは、お互いの精神衛生と安全のため、気持ちよくお渡し願えませんかね?」

「・・・」

「皆様方にとって、ご家族と同等以上の価値を持つ掛け替えの無いものは在りません」

畳み掛ける様に断言して見せる詰襟の男。だが彼の言う通り、要求の品は人の命と釣り合う様な大層なものではない―――少なくとも副局長堀江はそう考えている。確かに三十年以上かけ心血を注いできたモノであるが、掛け替えのない類のものではない。実際のところ、本部撤収に当たりそれらは放棄される予定だった。余りに嵩張る上に、運用も難しい。だが―――

「渡すわけにはいかないわね」

局長は堀江とほぼ同様の考えを口に出す。訝しむ表情を浮かべるのは敵の女副官。

「ご自分で口にしたことの意味がお判りですか?」

光山の口調は相手の理解力を嘲ったものではない、陰陽寮局長の意思を再確認するためのものだ。

「ええ、勿論」神崎には改める必要も無い為、逡巡の間も無く頷き返す。

「だって私たちにとって“どう価値がある”という事が問題なわけじゃないもの。私たちは陰陽寮――古の時代から当時の最新の技術を蒐集・管理し、その悪用を防いで来た。それを渡してしまえば、私達が私達である意味を理由を否定する事よ」

だから渡す訳にはいかない。最初から取引対象の価値の次元が根本から異なるものなのだ。

「わかりました・・・」

陰陽寮の総意を確かめた光山は頷くと左の手首を口の前に持っていく。だが彼女は自らの肩に置かれた手に気づき、引き留めようとする男の顔を見上げる。

「光山君・・・」

止め様としたのは、あろうことか作戦を指揮する詰襟の男その人だ。多弁な帰来のある彼は、しかし副官の名を呼んだだけで、それ以上の言葉を口にしようとせず、悲しげな表情を向けるだけだ。

「侯爵、彼らは意思を示されました。この上は、犠牲を以て変節していただくしかありません。直接的な暴力は、お嫌なんでしょう?」

「・・・・わかりました、君の言うとおりです。指示を下してください」

副官の説得は短いものだったが、それでも詰襟の男はそれ以上の抗弁はせず、自らの職務を全うする。

「では局員の皆さん、気を変えられるならばお早いうちに。部下には拘束後、しかるべき場所であなた方の家族にしかるべき処置を施す様に指示してあります。直ぐに酷く残念な事態になるとは思えませんが、早いうちでないと少し残念なことになるかもしれません。最近は東京ではバリアフリーの箇所も多くはなってきましたが、それでもそう言った方達に酷く利便性の良い街でと言う訳ではありませんからね――――」

最終警告、最後通牒、それを告げても総司令部スタッフは微動だにしない。冷静に状況の趨勢を見守っている。彼らも堀江と同様、家族を愛していない訳ではない。厚生課長など、二十数年連れ添う御夫人と未だに新婚夫婦の様に仲が良い。技術部長は昨年十一月、娘が結婚前に子供を産んでしまったと嘆きながらも、何処か嬉しそうに話していた。だが―――

「―――侯爵」

「仕方、ありませんね・・・では、お願いします」

「は」

渋々と指令を下す詰襟の男。待ち侘びた副官の娘は善は急げとばかりにそれを伝達する。

「各分隊、待機命令を解除。作戦を第二段階へ移行、速やかに状況を開始せよ――」

手首部分に装備された通信機に命令を告げる。

「・・・」

「・・・」

命令は下された。だが沈黙が続くばかりで通信機からの応答は無い。故障の可能性を考慮し、他の隊員のものや詰襟の男専用なのだろう、彼が懐から取り出した懐中時計型の通信機でも結果は同じだ。

「どうした? 各隊、速やかに報告せよ!」

光山が狼狽し少し上ずった声で叫ぶと、漸くレスポンスが返ってくる。但しそれは任務遂行を告げるものではなく阿鼻叫喚と言うに相応しい、悲鳴と怒号の入り混じったものだった。

 

『こ、こちら第一部隊・・・! 現場は地底冥府(インフェルシア)の攻撃により混乱に陥っています! 目標を完全に見失いました!!』

『こちら第二部隊ッ・・・大量の魔化魍に襲われている・・・とても対処できない!! ぐあああっ・・・撤退命令を!! 撤退命令を!!』

『こ・・・こちら第三・・・小隊・・・BC兵器による攻撃を受けている・・・・・・』

 

彼らは気付かねばならなかった。何故、神崎が躊躇も無く、局員を省みることもせず、断固たる意思表明を即座に出来たか。

 

『こちら・・・・・・隊・・・突如現れた列車に跳ねられて・・・』

『オルフェノクが・・・! 暴走してやがるのか? 畜生ッ』

『こいつら・・・ホラーかぁぁぁっ!!? うわ・・ひぃ・・・ひぎゃああああああああああああああああああああああああああああっ』

 

以降十二部隊まで順次、例外なく悲鳴7割の声が現状を訴える。光山は血の気の引いた顔で呆然と立ち尽くし、後ろで控えているV−NEEDLE部隊からもざわめきが漏れ出る。その中で詰襟の男のみがひとり冷静な表情、と言うよりは何処か安堵した様な表情で自らの懐中時計型通信機に告げる

「各隊、直ちに撤収準備を、完了次第順次撤収開始」

「侯爵―――?」

「状況が判然としない現状で任務を断行しても、徒に出血するだけですからね」

詰襟の男は賢明な判断を下すと、その優男の顔を神崎に向けて問う。

「さて、何をなさったのですか? 神崎局長」

問われた彼女は自虐的な笑みを浮かべる。確かに、そんな顔をせざるを得ないだろう。言うなれば、これは私的流用、或いは横領と呼ばれる犯罪なのだから。

彼女が諜報部長に指示を下すと、大型ディスプレイに東京各所の映像が映し出される。何れも怪物が街を襲う異常事態。ちなみにこれは軍事衛星から犯罪目的で仕掛けられた盗聴器まで、様々な情報収集システムに強制的にリンクを行い、必要な情報を収集する未来予測システムHIMICOの機能によるものだ。

「そうね・・・」

神崎は物憂げな表情で複数画面に映し出される怪異の暴虐を眺めつつ、携帯用灰皿に吸殻を零しながら呟く様に言う。因みに発令所は本来全席禁煙であり灰皿が常備していないのだ。

「結論から言えば、何も」

「そんなことが、信じられると・・・!」

白々しい発言にヒステリックな声を上げる光山。しかし尚も神崎は他人事のようにとぼけた顔をしている。

「こう言ったのはキミたちではないかね? 『東京は何かと物騒』だ・・・と」

堀江は局長に代わり皮肉めいた言葉を紡ぐ。彼は普段は老執事然とした穏やかな佇まいだが、酷く底意地悪いことも言う事が出来る。

「現在東京及び首都圏で活動している組織・勢力は100前後。彼らが起こす怪異事件は大小含めて一日当たり最大15件前後、数字上“偶然”、キミ達の仲間が怪事件に巻き込まれても、不思議なことはあるまい」

「馬鹿な! ありえません!!」

光山は半ば喚く様に言うが、実際には確率論的には「起こらない」という事は、無い。だが、東京は狭いようで広く、そして深い。十二か所が同時にピンポイントで妨害を受ける等という事態は、現実には極めて限りなくゼロに近い・・・いや、ゼロと言ってしまった方が良いだろう。

「ありえない・・・か」

堀江は思い返す様に遠い眼をしながら呟く。

「確かキミ達は、去年ボクの娘が襲われた時の話を引き合いに出したね。“幸運にも助かった”と。そう、あの時は本当に忙しくってねぇ・・・どうしてもギリギリの所で手が回らなかったんだよ。だけどまあ、“幸運にも”ね」

「幸運・・・」

その言葉に詰襟の男はハッとした様に何かに、そして自身の迂闊さに気づく。

「成程、西洋魔術で言う“運気上昇(Rise-Luck)”系統の術、ですか」

「術なんて立派なものではないよ」

苦笑しつつ首を左右に振る堀江。但し全否定と言う訳ではない。

「最も、ただ純粋に幸運・・・というわけではなく、誰かを陥れた上での平穏と言ったところだから悪運と言った方がいいのかな。陰陽道の前身に鬼道と呪禁道と言うオカルト技術が日本にはあってね。特に呪禁道は物理的・霊的問わずあらゆる災禍、悪意を禁じ、封印することで自身や誰かを護ったのさ。現代風に言えば攻性防壁(ファイアーウォール)と言ったところかな」

「フ・・・『何も』していないとは言ったものですね」

含みのあるものの言い方をする詰襟の男。しかし神崎は、先に言った自らの言葉を改めない。

「そうよ、私たちは何もしていない。そうなっただけ・・・ただ、今日のラッキーアイテムを付けていただけ」

「ラッキー・・・アイテム?」

頓狂な響きに流石に眉をひそめる詰襟の男。神崎は煙管をペン回しの要領で回転させると、その先端を指先で弾きながら疑問に対する回答を述べる。

「そう、ワイドショーの今日の占いのコーナーでよくあるでしょう? 人の運気と言うのは持ち物でもある程度操作できるものなの。最も、そう言った番組のモノは大衆向けだからほんの気休め程度にしかならないんだけれどね」

「成程、神崎局長の今日のラッキーアイテムはそのキセル、なのですね」

「ええ、そうよ」

頷く神崎。ちなみに、彼女が未だ局長になったばかりの三十代のころ、『この方が貫録でるかしら?』等と若気の至りそのものの言葉を発し旅行先で購入してきたものだ。普段は簡易性から専ら紙巻きのオーソドックスなものを愛用している彼女だった。

「まさか・・・ラッキーアイテム、そんな陳腐なもので・・・」

非現実的な現実は、例え非現実でなくても受け入れ難いものだ。納得の表情を浮かべる詰襟の男に対し、副官の光山は明らかに腑に落ちかねた様子だ。恐らく他の隊員も同様だろう。そんな彼女らに神崎は意地の悪い笑顔を浮かべて問いかける。

「ここが何処だかお忘れかしら?」

「!」

「ここは陰陽寮、その本部よ」

巨大な液晶モニタやコントロールパネルなど極めて近代化・機械化が進んだ内装により、本部職員ですら失念しかける事実だが、ここは古来より伝わる呪いや占いと言ったオカルト技術を集積・編纂する組織の中枢なのだ。

「これは未来予測システム・HIMICOの備える特殊機能の一つ。“彼女”の占いは個人レヴェルで最も効果の高い行動指針を与えてくれる。その効果は既に体験済み・・・でしょう?」

「成程、ですが納得が行きませんね。確かに我々の目論見は破られましたが、更なる災禍で災禍を押し潰す様な遣り方では本末転倒では無いのですか?」

何故か憮然として問う詰襟の男。陰陽寮の使命はそう言った災禍を防ぐことである。確かに彼が言う通り、斯様な結果が出てしまっては陰陽寮の存在意義そのものが引っ繰り返り兼ねない。無論、神崎たちもそれに気づき理解している。だから、先ほどから気だるげな苦笑を浮かべていたのだ。

「そうね・・・貴方の言うとおり。だけどここは“陰陽寮”で私たちは“陰陽師”、そして実践するのは“陰陽道”。陰陽道とは即ち森羅万象の陰と陽、そのバランスを司る技術――」

「成程――確か『天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ。悪を倒せと俺を呼ぶ』――でした、か」

「そう、『闇あるところ光あり、悪あるところ正義あり』――・・・一方に偏ったバランスは彼らが元に戻してくれる。月並みな言葉で言えば―――」

モニタ上に映し出されていた怪異事件の現場に次々とその姿が映し出されていく。

「ヒーロー達が」

溢れる勇気を魔法の力に変えて戦う家族たち、鍛えた肉体を鬼に変化させ邪気を祓う音撃の戦士、或いは巨大怪獣と戦う空飛ぶ列車、そして仮面ライダーたち。彼らはある種、神懸かり的な直観力で『自らの敵』の暗躍を察知し、正確に現場へ出現する。その驚異の展開力に陰陽寮は決して無関係ではない。

「私が貴方の立場なら――」

指す様に煙管の吸い口を詰襟の男に向ける神崎。

「都内各所に爆発物を複数設置するわ」

「そう言う、無分別に犠牲を広げるやり方は好きではありませんね。それに“運悪く”起爆信管が故障している可能性もありますし彼らに嗅ぎつけられるかもしれません。運搬中に暴発する危険性も捨てきれません」

それもそうね、と掌を打つ神崎。

「まあ、何にせよ凄いモノですね。驚きました。幸運だけで覆されるとは思いませんでしたよ。ですが、あまり感心は出来ませんね。そういう使い方は、宜しくないかと」

前半は純粋に感動した少年の様な、後半は酷く不服そうな表情で詰襟の男が言う。

「こう言う言い方をすると負け惜しみに聞こえてしまいそうですが、あなた達は公共の為の組織の筈だ――その機材を一個人の為に使用するのはルール違反ではありませんか?」

「フ・・・何を言っているの? 自分の家族ひとつ護れない人間が、何百万の家族の総体である国を守れるわけが無いわ。『大事の前の小事』と言うでしょう? だから私が局員の家族の為に局の備品を占いに使うのに何の不都合も不利益も無いのよ」

「なるほど、良く分かりました」

詰襟の男は思わず感嘆の声を上げる。屁理屈ではあるが、それでも理屈は理屈だ。

「手ぶらで帰るというのは些か気がひけますが、潔さこそが日本人の美徳。生き埋めにされないうちにさっさと帰りましょう」

そして先程、部下に指示したとおり自分達も引き上げようとする。だが、それに待ったをかけるのがより事務的で思考硬直気味な副官・光山。

「侯爵・・・! 我々の任務は!」

「光山君、改めて言いますが、私も神崎局長と同じでしてね、組織の長としての使命よりも身内の方が大事な人間なんです。このまま彼らと実力勝負ともなれば、倒しても倒されても此方が失うものはあれど得るものは何も無いでしょう。そんなハイリスクノーリターンな賭け事に大切な部下を巻き込む訳にはいきませんよ」

「侯爵・・・」

何やら良い話がなされ、V−NEEDLEの隊員たちが仮面の上からでも解るほどに感動している。人質に手をかけることを躊躇した時といい、或いは此れが彼の素顔なのかもしれない。彼がもっと救いの無い類の人間ならば、或いは“幸運”でもどうにもならない事態になっていたかもしれない。

「それでは、そういうことで陰陽寮の皆さん。お騒がせしましたが、私たちはこれで――」

総員撤収の合図で整然と回れ右をして突入口より帰って行こうとする詰襟の男たち。どうやらこれ以上何かをする腹積もりは本気でないらしい。最も、これより先のことは流石に詮索不可能だが。

全く掴み所のない連中だと疲れた溜息を吐きかけた瞬間だった。

『誰が“タダ”で帰すといいました?』

稲妻と爆風が迸り、銀色の装甲服に身を包んだ兵士たちが、秋風に吹かれる枯れ葉の様に吹き散らされる。

「――!!」

途端に、莫大な威圧感が通路の先から噴き出してくる。まるで台風の迫る直前、一人崖に立ち尽くした様な、或いは燃え盛る噴煙を立ち上らせる火山を前にしたような――酷い絶望感、無力感すら与えてくる威圧感。

「・・・あなたは」

V−NEEDLE隊員を弾き散らして、“彼女”は総司令部に入ってくる。黒地に赤のストライプで統一されたウェスタンスタイルに、背に負った巨大装飾剣という出で立ち。夜の色を映しこんだ絹の質感を持つ長い黒髪にアレクサンドライトの色彩を帯びた瞳、整った美しい顔立ち。

詰襟の男と共にあるその姿は在りし日の情景を思い起こさせたが――彼女の放つ獰猛なまでの不可視の圧力は即座にそれを忘却の彼方に追いやり、否応なく戦士としての緊張感を激しく呼び起した。

「・・・御機嫌如何ですか? 皆さん」

「悪くは、ありませんね」

詰襟の男の頬にも汗が伝い、彼は此処に来て初めて腰に吊下げたサーベルの柄に手をやっている。堀江はそれを視認して、やはりと兼ねてより抱いていた予想を確信へと移す

 (彼らV−NEEDLEは・・・)

それでも未だ二択から選ばねばならないのだが。一方は彼の顔が連想させる。もう一方はV−NEEDLEの構造が物語る。

兎も角今は――眼前の、“彼女”が問題だ。予感が正しければ“彼女”であり“彼女”ではない。黒いテンガロンハットを取り、柔らかくお辞儀して彼女は名乗る。

「初めて会う方もいらっしゃいますね。私は――」

「陰陽寮派遣執行員――――神野江瞬!」

“彼女”の言葉を遮る様に、その名前を言うのはV−NEEDLE副隊長。光山の「事実」に脚色を加えず紡がれる言葉は、しかし首を左右に振る“彼女”によって否定される。

「いいえ、私は魔帝国ノア元首、竜討万魔霊長皇帝。長いので竜魔霊帝と略してお呼び下さいね」

ふんわりとした笑みとは裏腹に、発する魔力は彼女の名に遜色のない圧力を伴っている。“彼女”――富士山の浮上作戦阻止に従事し、公式記録では死亡扱いになっている鬼神・神野江瞬――と同じ顔を持った魔人軍団の支配者。魔王たちすら束ねる最高位の魔王。

『デウス・エクス・マキナ』

収拾のつかなくなった物語を強引に解決させる機械仕掛けの女神。だが彼女の降臨は、事態に更なる混迷をもたらしそうであった。

 

 

 

 

 

これまでのディケイドあらすじ


ライダー洗脳解除の為に“永遠の青春号”への誘いに乗り

羽根衝きでの勝負に賭けるマリア。
だが、それは邪眼導師の巧妙な罠だった。

「マリアの勝利の報酬は、反故にするために考えてきたものだからね」
「みんながいれば・・・こんな邪眼導師なんか・・・!」
「よかったじゃない。仲間不在のせいにできて」
「んんんんんんんっ!」
「ふふふ、おい、仮面ライダーREXUS、用意しろ。みんなで陰陽寮潰滅させてやる」
(耐えなきゃ!! 今は耐えるしかない!!)

「生マリア様の生涙を拝見してもよろしいでしょうか?」
「こんな奴らに・・・くやしい! でも涙が出ちゃう。だって女の子なんだもん」(ビクッビクッ
それからは後から遅れてきた仮面ライダーアスラやY-BURNらによって救出されて・・・

 

「いないンだなぁ、コレが。ヌフフハハハハハ・・・!」

 

 

 


第七話最終局面

「守るべき者、倒すべき敵、そして自分の為に」

 

 

 

 

 

「壊せ、REXUS!! その道化たちを血と肉の塊にしろ――ッ!!」

邪眼導師は下僕、白い仮面ライダーに勝利の果実の収穫を命じる。アジテイターの仕草は、確実に訪れる幸福を待つ悦びが彼を昂ぶらせているからだ。

彼は勝利を確信していた。が、それは地下要塞を陥落させる事ではない。今、正に内外からの攻撃により潰滅の時を待つばかりのこの場所を護り支え様とする戦士たち。その健気な彼らが自身を激しく閃光の様に燃やして燃やし尽くし、抗う力を失って絶望に身を委ねる事だ。

既に一人、新氏マリアは完全に術中に堕ちている。力の限りを尽し誇りと命を賭けて掴んだ勝利の褒賞が一瞬で芥と化してしまったのだ。それも自らの力不足と、自らの命を助けようと駆け付けた者達によって。力なく呆然としゃがみ込み、顔は水死人の様に青褪め切っている。明るく朗らかで、同じ年頃の娘に比べればやや幼さの残る面立ち――そんなところが魅力的だった女の子だったが、今は見る影もない。

邪眼導師は心中で舌なめずりをする。彼女は今、間違い無く人生最上級の絶望を味わっているだろう。だが、この戦いが終われば更なる絶望の深みと高さを知る事になる。いや、邪眼導師が教えるのだ。既に幾通りもカリキュラムは組上げられている。催眠術や薬物を用いてある時は狂気に捉われながら、或いは恍惚の中で、時に正気に引き戻してやりながら、精神を冒し、様々な刃物で肉を裂き、電極を埋めて解剖実験の様に電流を流し、とてもとてもはしたない器具をあらゆる場所にあてがって肉体を嬲るのだ。

目の奥に痺れに似た甘い感覚が起り脊髄を通して全身を巡る。数千、数万年に渡る絶え間ない戦乱と言う環境は彼ら魔人に嗜虐性を満たす事で快楽を覚えるよう定向進化を強いてきた。それは大きな力を持つ者ほど強く激しく身を焦がす欲求となって彼らを衝き動かす。魔人達の中で最上に近い位階に属する魔王にとって、美食家がより良い食材を求める様に、若者が異性の心と肉体を求める事の様に、それは最早抗う事は出来ない生理的欲求――愛として現れる。

そして他の戦士たちも、間も無く邪眼導師の愛に応えるだろう。

「ううう・・・」

うめき声が聞こえる。視界の隅に遊び飽き玩具の様に打ち捨てられた彼らの姿が見えた。彼ら五人のライダーも、これ以上ない楽しい一時を提供してくれた玩具であり、研究資料であったが、既に知的好奇心を刺激する類のモノは彼らの身体に残されていない。邪眼導師と同じくイーヴルアイの二つ名を持つ狂科学者がそうしたように、丹念に愛してやった。完全に壊れてしまわない様に細心の注意を払って分解と組み立てを繰り返し、表面も裏側も物理的に余す所なく観察し尽くし、そして散々弄り倒した。それでも尚、彼らは自らを失わず壊れたりしなかった。

何と素晴らしく強靱な心なのだろうか。或いは既に、彼らはもうずっと昔に壊れ切ったのかもしれない。最早、壊れ尽してしまったと言うのならば彼らの強さもまた得心出来る。月並みな表現で言うならば「すべてを捨てた強さ」だ。

科学者としての見地からはガラクタ同然の彼らであったが、魔王としての趣向からすれば、彼らは尚も魅力的に煌く素敵な存在だった。

彼らの存在は足枷であり餌だ。彼らの存在がある限り、仮面ライダーアスラや時空海賊一味は戦いを挑んでくれるだろうし、一旦後退して体勢を立て直す事も出来ない。速やかに彼らを救う方法を奪い取る=REXUSを倒さなければ、邪眼導師が埋め込んだ悪意の種が彼ら五人のライダーを内側から分解してしまうのだ。

自らの所為で同朋が窮地に立たされる――ライダーたちならばそう考えるだろう。自らを責め苛む彼らを思うと、震え快感に肌が泡立つ。肉体を限界まで傷めつけられながら、彼らは何と殊勝で健気で、強靱なのだろう。苦痛に敗北し、より容易な安楽を求め様としても誰も文句は言えないはずなのに、それでも尚、彼らは自らを奮い立たせようとしている。死力さえ振り絞り、未だ膝を衝かない戦士達の一助になろうとしている。

人が人である事の強さ。ああ、正にこれだ。主君、竜魔霊帝が六人の魔王に示した目指すべきモノ。正に憧憬を抱くに足る愛おしいものだ。だが、それ故に嗜虐心を刺激する。それを踏み躙りたいと全身の細胞が戦慄き、血が騒ぐ。愛おしいからこそ愛したい。愛とは本能、貪り尽す事だ。

勇ましくも対峙する心強い我が敵、愛しの戦士たち。彼らも連戦で著しく消耗している筈だが、放つ意気にその衰えの陰りは映しこまない。彼の物理的な“相”を見る視界には、内包するエネルギーが目減りし、身体の各所に決して軽くないダメージを負っている様子が映し出されるが、それすらも幻に見えてしまいそうな激しい闘気、怒気、殺気。

彼らは見捨てる事を“しない”。出来ないと言う以上に、諦めと言う選択を拒絶する。どれだけ勝率が低くても、それが例え零だとしても健気なまでにそれを覆そうと死力を尽くす。そして邪眼導師は地上に来てからの15年の歳月で、幾度となく英雄たちのメイクミラクルを目撃して来た。

邪眼導師は知っている。彼が造り出した白いライダー、仮面ライダーREXUS。5人のライダーを参考にしながら、彼の持つ全ての技術を注ぎ込んで造り上げた改造魔人の最高傑作。だが、それが決して完全勝利の鍵足り得ない事を。だから優秀な戦士である彼らも勝利の余地があると言う事実を肌で感じ取っているだろう。

そして希望があるからこそ、彼らは毒蛇の顎門としりつつも毒牙の中に飛び込んでくれる。思う壺、最早王手までの詰め手が決定した様なものだ。

邪眼導師は、隅で塗りたくられた顔のまま、勝利の美酒の味を想像し不気味にニヤ付いていた。

だが――――

「?!」

先にアスラや自由騎士が動揺の色を見せ、直ぐに邪眼導師も異変を察する。

闘気漲り強襲の隙を窺っていた地上戦士に対し、REXUSは手に持った曲刀を下ろしてしまったのだ。脱力して構えている訳ではない事を、開発者である邪眼導師は知っている。専門外なので詳しくは知らないが、剣術には無形の位と言う脱力し一見構えていない様に構える構えがあるらしい。だがREXUSにその様な技術を習得させた記憶はない。

気付けば迎え撃つべき敵に向けるべき敵意を何故か創造主(マスター)である邪眼導師に差し向けている。

最も、敵意とは言っても見敵必殺の四字熟語が似合う様な荒々しいものではない。そうであれば、気付いた時には既に彼の頚部と胴体は二振りの曲刀で切り裂かれていたであろう。兎も角、予想外の行動の連続に、邪眼導師は困惑と言うよりは寧ろ我儘を通そうとする子供に対した若い親の様に憮然とした表情を浮かべる。

「なんのつもりだい? REXUS、早く彼らを絶望させてやりなヨ」

「お断りする」

REXUSはこれ以上なく簡潔に命令を拒絶し、刀を修めて敵に背を向ける。そして、全身が強烈に発光したかと思うと、直後には人間の姿へと変わっている。

それは邪眼導師に良く似た容姿を持つ少年だった。但し外見年齢が十歳以上若く見え、また邪眼導師の眼が常時閉じられサングラスを帯びているのに対し、彼の眼は大きく見開かれ真っ黒な瞳が創造主の姿を映しこんでいる。

一瞬に邪眼導師の理解の範疇を越える。五人のライダーの実戦運用データを基礎にして組み上げた戦闘プログラムには、臨戦態勢の敵に背を向ける様な動作パターンは組み込んでいない。まして、変身を解除については尚更だ。

だが次にREXUSが言葉を発したとき、それが敵に背を向けたのでは無く、邪眼導師に向かって向きなおったのだと言う事を察する。

「邪眼導師・・・父上、貴方の命令を聞いて戦う訳にはいかない」

少年の様にも、或いは年老いた老人の様にも聞こえるよう調整された声が拒絶の意思をはっきりと文面化する。だが、其処には任務放棄を正当なものとする理由と理屈が不足している。体内に何らかの不具合が発生したのか、或いは速やかに撤収しなければならない脅威を感じたのか。幾つかの答えが脳内を過ったが、それらは推測に推測を重ねたものにすぎない。故に邪眼導師は問う。管理責任者として問わねばならない。

「何故だ? パパはお前を口答えする様な子に育てた覚えはないぞ」

「私も同様だ、父上」

REXUSは邪眼導師の自己評価を肯定する。だが、それが同意を意味するものでない事は明白だ。

「だが私には貴方に服従する理由は無い――いや、貴方に服従しない、してはならないと言う理由がある」

「理由? もっと具体的に答えてくれないか」

もって回った様に結論を先延ばすREXUS。平静に促す邪眼導師だが、些か内心では苛立たされるものがある。彼は自ら答えに行きつく事を促している様に思えた。つまりは試しているのだ。ブラフや引っ掛けを会話に多用する邪眼導師だが、科学者と言う性分か自分で得た確証に基づかない発言は好きではない。

「判らないか?」

やがてREXUSが癇に障る問いを重ねてから漸く真意を語る。

「貴方は非道で外道だ。だから仮面ライダーREXUSは貴方に従えない。そう言っている」

「は・・・?」

REXUSの発言は明確な離反の意思を示すもの。そして邪眼導師の人格そのものを否定するものだ。邪眼導師は、今までその様なモノを作った記憶はない。

「シュファファファファファファファ・・・・」

風が枯れ枝を鳴らす様な奇妙な声が響いてくる。視線を向けると自由騎士が赤い鎧を纏った細身の身体をくの字に折り嗤っていた。

「成程ね」

一しきり笑った後、自由騎士は何かに納得したように何度も頷き、そして又込み上げてくる笑いを堪え肩を震わせる。

「シュファファ・・・そうか、邪眼導師、キミは“仮面ライダーを造った”んだったね。ならば仕方無い。それじゃあ、仕方無い」

「何が・・・」仕方ないのかと問いかけて口を噤む邪眼導師。自分は知識階級としては帝国最上位者である。そんな自分が答えを乞うのは権威的を損なうものではないか、そんな疑問が生じる。だが、自由騎士は先に自分がそう評したように「よく似ている」存在だった。プライドを損ない傷つけ得る事を見透かして、言葉を続ける。

「簡単な話さ。キミは仮面ライダーを創った。だから、その通りに彼は正しく仮面ライダーに出来上がったのさ。そして仮面ライダーと言うのは、古今、生み出した組織に対し反旗を翻すモノさ!! 正に、“そうあれかし(Amen)”だ」

胸の前で十字を切る自由騎士。その時点で邪眼導師は凡そ総て彼が言わんとするところを理解し察する。

「成程、ボクは失敗作を目指してその通りに失敗作を造ったと・・・言いたい訳か」

「この業界、『自分だけはそうならない』と先人の失敗に学ばない自信過剰な人は多いけど、キミに比べたら幾分ましだね。キミは“悪”として、してはならない失敗を敢えて拾い集めた」

確かに組織の為に創出された改造人間が、組織に仇為し利益を損失させるならば、それはミスクリエーションとしては極まったものだ。

「失敗という評価は些か不愉快ではあるが仕方あるまい。概ねそう言う事で良いと思う」

「策士策に溺れる、という奴か?」隣に立つ女海賊に耳打ちする様に問う本韻元宗。だが邪眼導師はそれを耳聡く拾い噛み付く。

「溺れる? 誰が?」

まるで場違いだ、空気を読まない発言だと言わんばかりに声高く問い返す邪眼導師。尊厳の、傷付けられ貶められた分の補填の意味も含まれている。

「どうする心算だい、それで? 彼ら五人を見捨てるのかい? ボクは言ったよね、「REXUSを倒せば教えてあげる」と。倒すのかい? 彼を」

「・・・!!」

狼狽を明々と顔に曝け出す元宗。その事に考えが至っていないあたり、報告通りの単細胞振りだ。そして邪眼導師は、顔をREXUSに向けて同じ様に問う。

「キミも倒されるのかい? 彼ら“地上の”仮面ライダーの為に」

「!・・・」

装飾の少ないシンプルな仮面の上に、確かに彼の動揺が見て取れた。邪眼導師は、彼らの様子を見てにたりと口の端を歪める。

「出来る筈がないね、REXUS。何故ならキミは“仮面ライダー”だからね」

「・・・どう言うことだい?」

明らかに様子の可笑しいREXUSを見て、今度は自由騎士が邪眼導師に向けて問う番だ。この自分に良く似ているが故に不愉快極まるこの男に、意趣が返せる好機にこうも早く巡り合えるとは幸運の限りだ。

「今さっき、キミは仮面ライダーを定義して「反逆者」とした。でも、それは彼らのごく限られた一面に過ぎない。キミも察しているだろう?」

「そう・・・か」

「どう言う事だよオイ?」

勿体ぶって気分を出して喋っているところに口を差し挟んでくる元宗。流石に話が長くなった所為か忍耐が出来なくなりつつあるのだろう。何とも修行の足らない坊主だ。説明を途絶してあからさまに嫌そうな顔を浮かべて黙っていると、どうせ理解できないのだからと女海賊エミーに訳もわからないと言う表情で諌められる。面倒な仲間達に囲まれている所為か、自分だけでも空気を読まねばと気張っているのだろう。微笑ましくも嗜虐心をそそる。時空海賊は良い部下を手に入れたものだ。

「さて仮面ライダーの重要なもう一面だが」

ゴホンと一つ咳払いをして邪眼導師は続ける。

「それは――「自由と平和を守る」こと。つまりは「守護者」としての属性だ」

人類の自由と平和を護る――これはREXUSにもアンドロイドの自律制御系規範「アシモフ・コード」の様に彼の脳内に刷り込まれた行動原理だ。

「そして仮面ライダーREXUS。キミはボクの細胞を培養して造った人造魔人を素体とする改造魔人だ」

驚愕の表情が元宗たちに浮かぶ。しかし何を驚く事があるだろう。彼らは既に魔王が単性生殖する様子を目撃している筈だ。邪眼導師は彼らを気に留めず更に続ける

「地上人類、動物界・脊索動物門・脊椎動物亜門・哺乳綱・サル目(霊長目)・真猿亜目・狭鼻下目・ヒト上科・ヒト科・ヒト属・ヒト種、ホモサピエンスを改造した改造人間、仮面ライダーは地上人類の自由と平和を守る為に戦った。ならば改造魔人、仮面ライダーREXUS、君が護るべき相手は何か判るだろう?」

「護る? 何を言っている!! 侵略しているのは貴様たちだろう!!」

「キミは馬鹿だなぁ」

声を荒げる元宗に嘲笑を以て答える。彼の脳の出来の悪さは蔑みを通り越して可笑しささえ覚える。

「ダーナ・・・霊威神官から聞いているだろう? 覚えていないかい? ボクらが住み辛い地上くんだりに出てきたのは子供じみた独占欲によるものじゃあないって」

「脅威・・・ドラゴン、そう奴は言っていたな」

答えるのはエミー。このメンバーの中では順当だろう。一人は呆けており、一人は呆け者だ。

「魔の国に何らかの、差し迫った危機が迫っている。それが何かは解らないが、貴様たち魔王が六柱揃っても容易ならざる事態・・・そう言う事か」

「良く解るね、時空海賊の入れ知恵かい? そう、キミの言うとおりだ。魔の国は今、滅亡の危機に瀕している」

本来ならばトップシークレットに類する、本国でも魔王や最高評議会議員等のVIPクラスのものしか知らない情報だ。漏洩させた事が死天騎士の耳に入ったら、また大目玉を食らう。今回は予算削減程度の仕返しでは済まないかもしれない。しかし、邪眼導師は構わず話を続ける。魔王として、魔人としての本分を果たす為に。

「何時になるか解らないけれど、魔の国は近い将来確実に崩壊する。これは日本の不特定多数で選んだ都市が地震に遭う位に、ほぼ確定した未来だ」

「何故、何が原因で・・・?」

「原因や理屈はこの際どうでもいい」

首を振り、エミーの問いに答えない。彼女は時空海賊の腹心だ。既に時空海賊自身は50メガトン級改造魔獣の自爆に巻き込まれたとの報告があるが、確定情報が得られていない以上、用心するに越した事は無い。

「大切なのは魔の国に魔帝国臣民の大半がこのままでは死滅する、その事実のみだ」

「だから、侵略を正当化するってぇのか!!」

「じゃあキミは見殺しを正当化するのかい?」

声を荒げる元宗に邪眼導師は飽く迄も冷静に対応しようとする。そして言葉はREXUSにも向けられていた。

「キミ達の先祖が僕たちの友人にしたことをボクは別に否定したりはしないよ」

地上侵攻艦隊の足場となってくれている落天宗と言う組織は、千数百年以上前に日本国の前身となった大和朝廷から不当に地方に追われた夷逖と呼ばれる少数民族の馴れの果てだ。彼らとは同盟関係にある組織だが、彼ら落天宗を庇おうとも大和朝廷を糾弾しようと言う意志は湧きおこらない。

「弱肉強食とは勝者が自らの“意”を通す事。キミ達、正義の戦士たちも悪に打ち勝って、その正義を押し通してきたじゃないか」

「オレは別に正義の味方じゃないけどね」

茶化す自由騎士。

「寄る辺はこの際関係ないよ。特にフリーダムの名を冠する君がジャスティス云々を気にする必要は無いだろう?」

「確かにね」

「これは言うならば生存に関わる問題だ。君たち地上の人類が秘密結社の暗躍や侵略者に脅かされて来た様に、今、ボクたち魔人もその生存が脅かされている」

「成程、この構図から見れば今度はオレ達が自由と平和を奪う悪の怪人ってわけか」

もともとそうだけど、と小さく付け足す様に言う自由騎士だが、何故かエミーから後頭部に手刀を食らいよろめく。慌てた様子で口の辺りに指を当てている女海賊だが、殆ど隠蔽は無意味だ。それとも隠す事自体に何か意味があるのか。

「そう、だからREXUS、キミが仮面ライダーであるならば彼らを打倒せねばならない。ボクを外道と罵り、邪悪の旗の下より去ると言うのなら・・・」

「く・・・」

呻くREXUS。

「馬鹿な、詭弁だ!」吠える様に言う元宗だが、彼が口に出した言葉は邪眼導師にとって意外なものだった。

「キミは詭弁と言う言葉の正確な意味を知っているのかい?」

『難しい言葉は使わニャい方がいいよ、元宗』

「う、うるさいッ」

彼の足下に猫に似た白い生物が現れ、フォローにならない言葉を吐く。

「兎も角――・・・君たちの為の自由と平和は確実にボクたちの自由と平和を阻害する。そして、そうやって滅んだ実例があるんだよ。それも君たち仮面ライダーの手によって、だ」

「馬鹿な!!」

「確かな話さ。魔の国の異変にも間接的に関わっている。今から十数年前、50億の人口を抱えたこの地球の裏側に存在する世界の一つが崩壊した。無論、ボクはそれを責めるつもりは無い。そうしなければキミたち地上人類は絶滅していたかもしれないからね。だけどREXUS、キミはそれを許したらダメだろう? キミは自由と平和を守る戦士なんだから――自らの目的の為に他者を根絶する、そんな奴らが敵なんだ。もしかしたら、魔の国の崩壊さえ促してくるかもしれないよ・・・?」

「私は・・・ッ」

苦悩。強烈なネタで畳みかけてやったと言うのに未だあと一押しが足らない。魔王の細胞と仮面ライダーの精神性の混合、生半可に強靭になり過ぎた帰来がある。遊ぶには良いが、駒としては使い辛いと苦情が来そうだ。廉価版を製作する際のケーススタディだな、と記憶にとどめておく。それよりも今は何を起爆剤にするかが悩みどころだ。流石の邪眼導師も懐が寂しくなってきていた。

(ふむ・・・)

先ほどからREXUSは五人ライダーが気にかかるのかチラチラと窺っている。敵とは言え、自らの母体であり兄や姉に当たる、そして同じ仮面ライダー。やはり、彼らの安否が気にかかるのだろう。戦闘種族とは言え魔人は血も涙も流さない生き物ではなく、情の有る生き物なのだ。ただ地上人類とその比重が違うだけで。ならば、仕掛けは決まった。

「REXUS、君がもし敵である彼らを助けたいと望むなら・・・戦わなければ負ける事さえ出来ないよ?」

「・・・!」

強い決意の表情が、困惑の表情を覆い隠していく。漸くやる気を出してくれたようだ。やはり複雑すぎるメンタリティは遊ぶ上では楽しいが、仕事に用いるには難がある。後は絶望の宴を高みから見物するだけだ。邪眼導師は懸命に闘う戦士たちをおちょくる気の利いたセリフは無いか思考を巡らせ始めた。

バアァァァァ―――――ッ

鳴り響く警笛の様な音色。次の瞬間、陰陽寮本部を囲む塀の一部がまるで爆発するように外側から内側に向けて粉砕する。

「!?」

視界を向けると既に目前まで迫る巨大な金属の塊、いや大型トレーラーだ。中に眼鏡をかけた気だるそうな女の姿が見える。避けようとするが巡る思考ほど彼の動作は素早くない。末端の神経が反応するより早く、恐ろしいほど激しい衝撃が邪眼導師を真横から襲う。

「あべしッ!!」

邪眼導師の軽い身体は容易く吹き飛ばされごみくずの様に落下する。「あれはグランセイル!」という少女の声が聞こえるが、今は参考にさえならない。

「ぐ・・・が・・・ぎゃ・・・」

声が上手く出ず、変りに血と胃液の混じったものが噴き上げる。左半身の骨格がほぼ全損していることが解る。心臓を含めた内臓器官の多くが裂け破れ、人間ならば即死は免れない傷だ。魔王は肉体機能に生命維持を完全には依存していないため、致命傷とはならないが、それでも死ぬほどの痛みである事に違いは無い。

「ギャ・・・ぎゃああああああああああああああああああっ」

ギャグじゃなかったら死んでいた――全てのダメージを無効化する魔法の言葉は口に出る前に肺腑ごと引き潰された。邪眼導師をピンボールの様に弾き飛ばした大型トレーラーは巨体に見合わない軽快なターンを決めると、さながら興奮した闘牛の様に突撃してきたのだ。

トレーラーは更に追い打ちをかける。一度目は“跳ねた”かたちとなった突撃だが、二度目は“轢いた”と形容したほうが良いだろう。更に重厚な鋼の巨体は、餌食となった邪眼導師の身体に食らい付いて放さず、そのままガリガリと地面で削りながら引きずり出したのだ。

(やばいやばいやばい・・・ッ!!)

背中の肉が紅葉おろしの様になっていく。他の五人の魔王の様に使い勝手の良い防御技能を持たない邪眼導師は、肺と片腕が潰れて呪文の行使が出来ない今、再生速度を上回るダメージを受け続けると地上で存在し続けられなくなる・・・即ち死んでしまう。何より、この状況は幾らなんでも不味い。自分自身は外道だが、導師の名を持つ以上、これは道義的に看過できない。出来ない所で対処不能の現状は如何ともし難いが。

ドゴン

しかし、邪眼導師を襲う殺人的な摩擦熱は彼の背中の肉を数センチ焦がしたところで重い衝撃音とともに止まる。トレーラーが何か、恐らくは本部施設外壁にぶつかって止まったのだろう。これで何とか死なずに済んだ。しかし彼の安堵は些か性急が過ぎた。彼の挟まる車体の下に金属で覆われた腕が伸びてきて彼の襟首を捕まえると、身体が変形し車体下部が噛んだ状態になっているにも関わらず強引に引きずり出してくる。

「あ・・・が・・・ありがとうと・・・言うべきかな?」

軽口を叩いて流石に後悔する。彼を鋼鉄の猛獣の顎から救い出したのは首無し女騎士(デュラハン)だった。本来頭がある場所からは巨大な砲身を邪眼導師に向けて鈍い金属光を照らつかせている。彼女の左脇で美貌のデスマスクが冷たく微笑んだ様に見えた。

「いや、同僚と、元カレが世話になったからね。おれい」

「元カレ・・・?」

ズドンッ

大砲が火を噴き、首の下あたりの肉を貫き吹き飛ばす。想定外の登場の上に想定外の威力だ。役華凛がもたらした情報からは未だ彼女が復帰するまで時間を要した筈だ。完全に信用した訳では無かったが、想定外の痛みの所為で恨み辛みを覚えてしまう。

「・・・け、京子先輩!!」

今まで死人の様だったマリアに少なからず魂魄が戻る。血液が脳に届かなくなり、思考がぼやけるが、どうやら間違いないらしい。陰陽寮の戦闘用備品、ロボット陰陽師だ。

「大丈夫? マリア」

彼女は邪眼導師をごみの様に放ると、人間の姿に戻りながら後輩の下に駆け寄る。しかし、外見的には彼女の方が余程、大丈夫ではない。何しろ、未だ斬首状態のままだ。生首が微笑むと言うシチュエーションはB級ホラーだが、実際に至近でやられると衝撃が大きいのか、元宗たち地上の戦士達は本気で引いている。しかし流石に同僚で妹分だけあり、マリアの様子は変わらない。

「それ怖いよ、先輩」

「ごめん、ちょっとトラブルがあってね」

「京二さんのあれのせい?」

「ううん、ちょっとした兄弟喧嘩さ」

小脇に抱えた京子の首が目を伏せる。自分では首を左右に振っているつもりなのだろう。首のあたりの人工皮膚が引き攣っているのが不気味だ。そして彼女の下ににじり寄る様な茶褐色の影が一人。汚れ煤けた外套の所為で巨大なナメクジの様にも見えるが違う。アラブ系の容姿と格好をした浅黒い肌の青年だ。

「・・・ケイコ、なのか?」

「うん、久し振り、カシム」

二人は懐かしそうな顔で互いのファーストネームを呼び合う。そして俄かに苦笑を浮かべる京子。

「随分と変わったみたいだが、相変わらずボロボロなんだな」

「き、キミこそ・・・な。初めて会った時も、ボロボロだったじゃないか」

仮面ライダージハードことカシム=ウダイン。二人の瞳に複雑な感情の入り混じる寂しげな光が映る。半死半生の仮面ライダーと首の取れたアンドロイド。そう言った外見的なもの以上に深い関係の匂い。疑問が生じるが今の邪眼導師は呼吸器系が潰れてそれを口に出せない。しかし同じ事を考えていた少女が、それを代弁する。

「あの・・・二人の関係は?」

「ほら、前に話したじゃないか。別れた彼氏がいるって。元カレ、だよ」

「ええええっ・・・!!」

突然明かされる衝撃の真実、と言った所だろう。声が出たら邪眼導師も叫んでいたところだ。以前に京子を鋼鉄の乙女と評したとき、彼女は乙女ではないと返したが成程、そう言う理由があってのことか。妖麗楽士の情報収集もこう言った面には不備がある。知っていたならばもう少し面白い使い方もあったと言うのに。

「キミは、仮面ライダーになってしまったんだな」

「ああ・・・キミと別れて間もなく・・・な。フフ・・・後悔してもし足りないよ。あのとき・・・」

「それはもういいの。私の中では、解決したから」

「すまない。京子」

「いやいいんだよ・・・でも、生きていてくれて、嬉しいよ」

「ああ・・・おれもだ」

二人にどのような過去があったかは知る由もないが――辛い別れがあっただろうことは二人の表情から見て取れた。まあ、そんなものよりはただならぬ空気漂わせる二人を酷く衝撃を受けた様子で呆然と眺めるマリアの顔の方が幾分と邪眼導師には面白みがあった。だが再会のささやかな喜びは長くは続かない。いや、続かれては謀略を巡らせ絶望を導く毒蛇の魔王の沽券に関わる。それは間も無く訪れる。

「ぐ・・・ぐふっ」

「カシム?!」

中東の青年は重篤な肺病患者の様に濁った血を吐きだすと、そのまま糸が切れた様に恋人の腕の中に崩れ落ちる。

「ぐ・・・くっふっふ・・・」

仄暗い快楽に血に汚れていた喉が潤い、傷の痛みが幾らか緩んで何とか立てる様になる。

「ナイス根性だけれど、本当ならば意識を保つ事でも精一杯な筈さ。肉体が分解しかかってるんだからね。這ってキミの傍まで行けたこと自体が奇跡だ。褒めてあげると良い」

だが立たないまま死んだふりを続けておいた方が幾らかマシだったかもしれない。邪眼導師の説明はアンドロイドのシリコン製の神経を逆撫でしたようだ。力尽きた元恋人を傍らに寝かせると彼女は、何時もより幾段冷たく見える眼で見据えてくる。

シュバッ

「ぐぎゃあああああああああああああっ!!」

彼女の小脇で彼女の両目が瞬いた次の瞬間、腹部に感じた激しい痛みで邪眼導師は絶叫を上げる。発射された破壊光線(ブラスター)の一閃が彼の内臓を沸騰させたのだ。自己修復に魔力供給を傾けていた為に防御結界が弱まっているのだろうか。ダメージが必要以上に大きい様な気がする。流石に殺される事はないだろうが、嬲られ続けるのは如何にも癪だ。

「待ちなよ京子ちゃん。ボクを殺せば“キミのいとしいしと”を助ける手段が解らなくな・・・ぐべらっ」

徹底した冷酷さで振り下ろされた踵が爛れた腹部に突き刺さり、焼けた内臓が飛び散る。

「続けて」

「あ・・・が・・・いた・・・しゃ・・・しゃべれ・・・」

踵を捩られ、地獄の釜と同義になった内臓が更に掻き回されて異臭を放つ。続きを促す京子だが激しい痛みでとてもそれどころではない。だが、暫くやってそれにも飽きたのか、彼女は足を上げると靴底にこびり付いた焦げた血肉を地面に擦り付け始める。

「ぐ・・・く・・・REXUSを倒せば・・・手段を・・・」

バチィッ

一定の時間を要して傷が修復し喋れるようになるが、また言葉の途中で一撃が襲いかかって来る。だが、撃ち込まれる拳は彼の眼前数センチで停止される。回復速度を落としてその分のエネルギーを結界にまわしたのだ。だが、そのバリアーも僅か数秒しか持たず打ち破られる。

「ぶげぁっ?!」

「続けて」

鉄拳を叩き込まれて吹き飛ぶ。気のせいではなく、間違いなく攻撃能力が上昇している。改良を施されたのか、怒りのパワーはロボットをも強化するのか判らないが、間違い無く此れは既存のデータ上のロボット陰陽師ではない。

「ぐ・・・げ・・・」

「続けて」

執拗に暴行を続けるロボット陰陽師。知り得た情報から彼女は既に何をすれば良いか理解していると思われた。だが、尚も殴り続けたのは、手段や目的は関係なく、単純に彼女自身が邪眼導師を殴りたかったからだ。馬乗りになり、頭を振り下ろす、振りおろす、ふり下ろす。魔王の半不死性を考慮して完全に殺し切らない様に計算された頭突きの繰り返し。

(素晴らしい・・・!!)

最早、呻く事も出来ないまま、邪眼導師は感動を覚える。人工的に作られた意志が、これほどまでの激情を生み出すとは。オーラパワーシステムが構築する彼女の怒りの意識を感じ、強い酒を飲んだ時の様な刺激的な酔いを感じる。が、この手合いの感情は自分の得意領域ではない。

「もう、喋りは終わり? なら」

そう言いながら立ちあがると、京子は腕時計の竜頭を捩る。すると車体の前面を壁に減り込ませていたトレーラーの後部に積載されていたコンテナが開き、中から大量のミサイルランチャーを始めとした重火器群が現れる。

「どれが誰誰の分と一々計上するのも面倒だから――」

ドヴァッ

「これはみんなから、貴方への感謝の気持ち」

火器の使用の際にファイア、イグニッション等、火を意味する言葉を欧米では良く使うが、今のこの様はスプラッシュ(散水)と言う言葉が端的に説明出来たかもしれない。大量に撒き散らされるミサイルを見ながら邪眼導師は場違いに思った。

どごおおおおおおおおおおおおおおおおん!!

莫大な熱量が解放され、凄まじい爆音と共に本部施設の決して少なくない部分が吹き飛ぶ。だが邪眼導師は自分が爆発の威力に巻き込まれていない事に気づく。驚くべき事に、自分は護られているのだ。心を弄んだ毒蛇の魔王、邪眼導師が。正義を唱え、それ故につい先ほど袂を分かったばかりの我が子によって。

「れ・・・REXUS」

素早く動作したREXUSは、自身の創造主を抱きかかえて地獄の業火から邪眼導師を救い出していた。

「やはり口先だけか?」

問うのは元宗。もともと厳つい表情がより以上険を帯びている。この男はもともと単純な割に猜疑心が強い、と言うデータがある。いや、単純で繰り返し騙され続けたからこそ猜疑心が醸成されたのかもしれない。唐突に現れて立場を二、三転させるREXUSに無い筈の罠を見ても仕方のないことかもしれない。発声器が復活していれば、何か悪意ある言葉を弄する事も出来たが、しかし、それより早くREXUSは首を左右に振ってこたえる。

「勘違いしないでもらおう。私は魔の国の民を救う。外道でも、例外では無いと言うだけだ――そして」

言葉が途切れる。やはり未だ躊躇いがあるのか。だが、彼の逡巡は直ぐに終わる。REXUSは地上戦士を見据えると言葉を続ける。

「やはり私と戦ってもらおう、地上の戦士たちよ」

「どういった心境の変化かな? 手を貸せないとか言ってたけど」皮肉っぽく問う自由騎士Y-BURN。

「・・・」

するとREXUSは相模京子に視線を向ける。彼女は相変わらず冷たい視線を投げかけては来ていたが、先程の狂った様な猛攻を加えていた姿が別人であるかのように、腕を組み静かに佇んでいた。

「・・・外道だからこそ、だ」

「?」

理解力の乏しいメンバーが頭上に疑問符を浮かべている。REXUSの言葉は相変わらず真意の汲み取り辛いものだった。だが彼は直ぐに続きの言葉を紡ぐ。

「私の父である邪眼導師が行った事は紛れも無く外道で邪悪だと私の感性は判断する。故に私は彼女の激しい怒りを否定する事は出来ない。しかし今、私の父以外にも多くの魔の国の民が地上に現れ地上を奪おうと画策している。地上侵攻――その目的の中で多くの魔の国の民はその性癖故に父同様、外道を行き邪悪を行うだろう。そうなれば彼女同様、大切なものを傷付けられ怒りに燃える者が数多く表れるのは必定。炎は間違いなく、魔の国の民に向けられるだろう。ならば、私は復讐の炎から彼らを護る義務がある」

「だから、反撃を防ぐ為に予めオレたちを叩く・・・そう言いたいのかい?」

自由騎士が問うとREXUSは頷いて言う。

「そう言う事になるな」

「馬鹿な!」

自らを棚に上げて吠える元宗。馬鹿と言う者が馬鹿、そんな格言は彼の為にこそあるのだろう。

「ならば、魔人の邪悪を正すべきだろう!」

「違うよ、仮面ライダーアスラ」

血圧も高く叫ぶ元宗。彼の言葉は一見して正論のように思えたが、しかし自由騎士は諌める様に言う。

「言ってただろ? 邪悪は彼ら魔人の性癖だって。キミは、毒で獲物を捕える生き物を見て、邪悪だからと根絶しようとは思わないだろう? だってキミは仮面ライダーとして善人や悪人の区別なく、彼らの自由と平和を護って来たんだから」

「その通りだ。魔の国の民が悪鬼の性を持つと言うのならば、それを護る事もまた魔の国の自由と平和を守ると言う事だ」

「はぁ・・・?」

相変わらず、訳が解っていない表情を浮かべる本韻元宗。

「お前たちは、その、何だ? 言葉遊びをしているのか?」

「理解できないならば結構。ただ、受けて立てば良い。仮面ライダーアスラ、お前がお前である為に・・・!!」

REXUSは抱き止めていた邪眼導師を地面に下ろす。未だ足元は覚束無いが、自力で立てるだけの時間は稼ぐ事が出来た。

「な・・・待て・・・!!」

「仮面ライダーアスラ、もう問答は無用だよ」

制止しようとする元宗だが、自由騎士は最早無駄だとシニカルに言う。REXUSは既に戦闘形態、仮面ライダーの姿へ転じる為の変身ポーズをとっていた。

右の拳を腰に当て左手を右斜めへ延ばす、奇妙だが何処か武術の構えを思わせる鋭い緊張感の溢れる姿勢。変身システムの中枢であるベルトは既に出現して装着されており、エネルギー供給機である風車が回り始め、その周囲に配置した十の宝玉が輝き始めている。

「変・・・」

半円を描く様に左腕を時計回りに旋回させる。

「・・・身!」

そして左腕が地面とほぼ水平になった瞬間、素早く腰に向かって引き、逆に右腕を左方に向かって突き出す様に延ばす。直後、ベルトが激しく輝いてREXUSは跳躍。着地した時には本来の仮面ライダーの姿へ変身を完了している。

(そう、これで漸く本来の予定通り・・・)

イレギュラーにより回り道をしてしまった。だが、本来の有るべき形に戻ったにも関わらず、邪眼導師は余り愉快な気分にはならなかった。REXUSが自ら選んだ答えが気に入らなかったのだ。

(邪悪の性故に、か・・・)

苦笑いが自然と零れる。

「修羅・・・変身!」

「チェンジ・・・!」

「装徹・・・!!」

元宗たち地上戦士たちも、敵の臨戦態勢に対し次々と変身していく。仮面ライダーアスラ、ロボット陰陽師K−C0、錬糸術士(アルケニーウィザード)エミー・・・変身を解いていない自由騎士(フリーナイト)Y-BURNだけはそのままだが。

(取り敢えず、まあ楽しませて貰おう)

変身する気力も体力も残されていないマリアが悔しそうに歯?みしている。彼女が今感じているだけの絶望をあと何人に与えられるだろうか。

(無理かも、な)

邪眼導師には先ほどまでのREXUSの勝利に対する自信がなかった。寧ろ、敗北さえも予感していたと言って良い。

戦況はさほど変わらない。奇妙な騎兵隊の援軍こそあったが、未だ予測し得る誤差の範囲だ。敗北を裏付けるデータは無い。だが、それでもREXUSが彼らに勝利する姿を思い浮かべる事は、もう邪眼導師には出来なくなっていた。

(或いは、そう願ってるのか・・・?)

言う事を聞かない裏切り者は痛い目を見れば良い。そんな狭量さが自分にもあったのかもしれない。

 

 

竜魔霊帝と詰襟の男、二人がこの場所に並び立っていると、まるで“彼ら”が戻って来た様な錯覚を覚える。最も、比較的普通――と言うよりはやや地味目な服装のセンスをしていた彼らに比べ、ここに居る二人の恰好はエキセントリック極まりない。一方はケープ付きの詰襟軍服、一方は黒いウェスタンスタイルと、どちらも時代錯誤のノリだ。最も彼らの厄介さだけは、特に“彼”の方と同等以上ではあるが。

(よく似ている――)

神崎は竜魔霊帝の顔を見ながら思う。報告により知ってはいたが、成程マリア達の驚きと狼狽も理解できる。詰襟の男は単に良く似ている程度だが、彼女らの場合は相似性が高いとかそう言うレヴェルではない。

鬼神独特の優れた感覚機構は骨格や筋肉の付き方さえ見て取ることが出来るのだが、彼女の目で見ても竜魔霊帝と瞬の顔の形状に差異を見出す事が出来ない。全く“同じ”顔なのだ。

だが、それでも神崎にとっては驚く様な事ではない。この業界には似た顔、同じ顔の他人同士と言うのは存外少なくない。70年代あたりは両の手の指では足らない様な組数が存在したものだ。

この事象を研究していたある学者は「To=Aの定理」という計算式で説明していたが神崎は良く覚えていない。

(指紋が取れればいいのだけれど――)

自身の霊感とSPDを使用して霊紋を探るが、彼女の持つアストラル体が莫大な量のエネルギーを内包している――と言う事実以外は読み取れない。これは確認された他の魔王たちも同様であり、彼らが地上で活動するに当たり異空間に“魔王”としての本体部分を隔離していることと関係があるのだろう、というのが技術部門の見解だ。

珍しくはない――そんな事例に関して神崎が気にかけるのは理由がある。幾ら珍しいとは言っても、限りなく近しい場面に同じ顔の二人がほぼ同時に存在するという“偶然”は確率的に起こり得ないし、先の「To=Aの定理」も否定している。双子、クローン、変装、ドッペルゲンガー等と言った必然性が求められ、そう言った理由が無ければ極まって奇跡的な偶然か、或いは――

其処まで思考が巡り切ったところで、詰襟の男が留められた時間の堰を切る。

「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。先程は部下が失礼致しました。お見知りおきを――陛下」

自らの部下を跳ね散らした魔界の皇帝に対し、その頭を垂れて恭しく言葉を謙譲する。

彼の所作は手慣れて洗練されている。仮にも貴族の爵位で呼ばれているわけでは無いらしい。だが、丁寧な口調とは裏腹に彼は、猛獣と相対する様に一切緊張を緩めない。それは神崎も同様であったが、詰襟の男ほどに徹底したものでは無かい。

「この様な汚い場所に魔の国の帝殿が供回りも無く御自ら御出座しとは――どう言った風の吹き回しですかな?」

詰襟の男とは違い、単に丁寧なだけの口調で問うのは副局長。同時に彼は念波を飛ばして思考を読もうと試みている。

「長自らが率先するというのが魔の国の流儀なんです。それに私一人で十分な事に大勢で詰め掛けても御迷惑でしょうし・・・」

「なるほど、『高貴な血が最初に流れる』を実践されているわけですか。して、ご行幸の目的は?」

こうやって問い掛けるのは感情のふり幅を少しでも広くして読み易くするためだ。

(そう・・・成程)

堀江からの直通回線で送られてきた情報を認識し、神崎は直ぐに考えをまとめ送り返す。それは直ぐに総司令部スタッフに伝達されるだろう。もし、そうなったら・・・

(その時は、仕方がないわね)

苦渋とも言える決断だが、神崎の最も重要な使命は陰陽寮を護ること――

「結論から先に申し上げれば」

竜魔霊帝は下問に答える。柔和な笑みを浮かべながらも、業務連絡の様に酷く事務的に。

「この場所は消滅します」

彼女がそれを告げた瞬間、無数のマズルフラッシュが発令所内に閃き、咒が書き記された霊符が矢の様に飛来する。一斉同時にV−NEEDLEと総司令部スタッフ全員が危険極まりない宣言を行う魔界の元首に攻撃を仕掛けていた。

ドガガガガガガガガガ!!!

先にアサルトラフルの弾が着弾し、獣の悲鳴の様な耳障りな金属音が鳴り響く。潜入工作を目的としていた為だろう、V−NEEDLEの火器はそれだけらしい。だが一拍遅れて発動する古参陰陽師達の符術――亜空間から出現する大量の飛び苦無、四方を囲む鳥居型の結界、鬼の形相を有する式神、青白く輝くエネルギーカッター、霊力を集中させて形成した炸裂弾と各員最大の術を行使する。更に――

「念動時流加速・・・順転チェスト!!」

堀江が外科手術によって強化処置を施された前頭葉に念を集中させ、ESPを発動させる。瞬間、数万倍まで加速された時間流が、通常時間軸との相対速度差によって強烈な破壊力を伴う波濤となって襲いかかる。

どごぁあっ

ごく狭い領域に大量のエネルギーが叩き込まれるが、爆発はさほど大きくはならない。竜魔霊帝の四方に展開した内向きの結界が余波を防いでいるのだ。その為、破壊力が極度に集中した爆心の一点は太陽表面の様に輝いている。

「これは、凄い。正に――粉砕・玉砕・大喝采だ」

猛術の連打が起こす念の入った破壊を、まるで花火ショーでも見ている様に鑑賞する詰襟の男。この同時攻撃を提案したのは無邪気そうな演技をしてみせるこの男。彼は敢えて堀江に思考を読ませ、堀江を経由して同時攻撃の共闘を持ちかけていたのだ。

互いにこの場所が失われては困る。その為、竜魔霊帝の目的が判明し、互いに利害が一致した瞬間、神崎と詰襟の男は示し合せ同時に部下へ攻撃指令を下した。

「・・・」

緩やかな面持ちながらもその実、詰襟の男は緊張を崩していない。神崎も同様だ。莫大な破壊エネルギーの奔流の向こうから、それ以上の圧力を彼女らは感じていた。

シュゴオオオォォォ・・・・

やがて、排水溝に水が吸い込まれていく様な音色とともに術のエネルギーが消滅する。

「言いませんでした? 『私一人で十分』だと」

「これは・・・とんでもないですね」

倒せていない事は予め解っていた。だが光の消えた後、其処に立つ攻撃を受ける直前とまるで変わりがない彼女の姿には戦慄を禁じ得ない。

「加速時流を無効化するとは・・・空間の断絶かね」

「ええ、時空間を破断して異なる位相の空間にエネルギーを受け流しました。時空操作は首領格の嗜みですよ」

堀江の問いに圧倒的防御力の原理を説明する竜魔霊帝。この親切さは余裕から来るものか、或いは彼女自身の性癖に由来するものか。そして彼女は少し頬を膨らませて不満気に言う。

「酷いですね。これから起こることを教えて差し上げたのに、『何故』とも『どうやって』とも聞かずに急に攻撃を仕掛けてくるなんて。折角、来た甲斐が無くなってしまいます」

「これは失礼致しました――皇帝陛下」

詰襟の男は相変わらず堂に入った所作で頭を下げ、手を翻して視線を自分の部下の方へ誘導しながら言葉を続ける。

「この甲冑姿からご理解頂けると思いますが我々は何分臆病な気質のものばかりでして、陛下が余りに剣呑な事を仰せに――」

「あ、ご免なさい。聞いてませんから」

詰襟の男本人にさえ目を向けようとせず、視界の外から響いてくる耳障りなBGMを無慈悲極まりない言の葉で切って捨てる暴虐の魔帝。無慈悲な一撃を受けた似非貴族は頭を垂れたまま、亡霊の様に立ち尽くす。

「兎も角、ここ――陰陽寮本部は消滅します。正確には中心点をこの施設のほぼ中央、海抜マイナス250メートルの位置に有する、半径2キロメートルの球状の空間内がこの世界から消えて無くなります。なので、その前にここからお逃げになられた方が良いですよ」

繰り返された説明は問いを誘発するため、敢えて強調がなされていた。神崎は竜魔霊帝の誘いに乗る。

「“消滅”? “この世界から消えてなくなる”? どういうことかしら? 説明して頂ける?」

「それは――」

勿体ぶった様に笑い、立てた人差し指を綺麗な弧を描く唇の前に持っていく。つまり――

「秘密です」

顔面がミシリと音を立てる。比喩的な表現ではなく実際に、強烈に引き攣った筋肉が骨を軋ませたのだ。

「――という冗談はさておき」

更に怒りの炎に気化燃料を打ち撒く竜魔霊帝。だが、彼女は爆風など何処吹くそよ風と言った軽やかなスルーっぷりで説明を始めてしまう。

「理論等の詳しい事は省きますが、先ほどご挨拶を受けた際に使用した時空破断の魔法を、より大規模に展開してこの本部施設を次元の挟間に落下させよう――と、概ねそのような事を私、竜魔霊帝は目論んでいます」

「・・・!」

彼女の口調は今月の学級目標を告知する女教師のそれに似ていたが、その内容は比較の意味が無いほどに非日常極まっていた。不自然なまでにナチュラル――そんな二律背反を為し得ながら魔界の王者は更に“目的”を語る。

「ちょっと此方に、我が帝国にとって不利益なものが在るという情報を小耳に挟んだもので。やっぱり、思い立ったが吉日と言いますから足を延ばしてみたんですよ」

「しかし“消滅”と言うのは些か大げさすぎではないかね。ここは間もなくカーボナイトの海に沈むのだよ?」

堀江が半ば呆れた様に言う。最早、彼女が手を下さずとも陰陽寮本部は間も無く機能を停止するのだ。しかし竜魔霊帝は頭を左右に振る。

「月並みですが物事に絶対は有り得ません。封印も所詮は人の作りしモノ――解凍する手段が陰陽寮だけにあるとは限らないでしょう。不安の種は芽吹く前に摘み取っておくのも元首の務めです」

「首領格――とは思えない殊勝なお言葉ですね」

皮肉の籠る詰襟の言葉。過去、首領格が敵を軽視し長期に渡り放置した事で壊滅した組織は掃いて捨てるほどある。しかしそれは、彼らの絶対的な自信と誇りに基づいた彼らなりの「行動倫理」でもある。詰襟の男はかなり婉曲的な表現で臆病者と謗ったのだ。

だが、竜魔霊帝は彼の挑発に怒りでもって応じない。ただ、クスリと微笑み返す。

「少なくとも帝国議会は地上人類を対等な競争相手だと認識しています。力と知恵を尽くして戦わねば屈伏させることが出来ない、魔の国の民の生存に脅威となるだろう存在だと――」

「民の・・・生存?」

その言葉を神崎が反芻すると、竜魔霊帝はハッとしてバツの悪そうな顔をする。

「いけない・・・ついうっかり、喋ってしまいましたね。まあ、そういうことです、お察し下さい」

そして彼女は茶を濁す。敢えて詮索するよう仕向けているのだろうか、今一つハッキリしない。生存の為の侵略ならば彼女の姿勢も納得いくものだが、逆に彼女の臣下の魔王たちの行動に疑問が生じる。交戦データがある四柱の魔王の内、三柱までが遊戯感覚で戦闘に臨んでいるのだから。しかし――

「話が随分と逸れましたが、まあこう言う理由があるので、私は全力でこの施設を消去させて貰おうと思っています。ですから速やかに私の避難誘導に従って下さい」

彼女の避難誘導に従う――それは当然ながら魔帝国への降服勧告分だ。神崎は当然、それに応じる事は出来ない。

「返答を聞く必要はあって?」

「私達の最終目的は飽く迄も支配であって殲滅ではないんです」

敵意で返す神崎に魔の国の帝王はやや困った表情を浮かべる。

「地上侵攻の総責任者である私には命を無駄に散らす理由も権利もありませんよ。神崎局長、貴女だってそうでしょう?」

「・・・!」

魔成る者の長でありながら彼女は理想論(ヒューマニズム)を語る。人類同士の戦争でさえ、未だ敵軍勢力の根絶やしこそが勝利と疑わぬ民族が少なくないと言うのに。

「光山君、首尾は?」

「・・・大丈夫です。直ぐにでも」

「結構・・・ならば」

詰襟の男とその部下が何事かを話しているのに気づく。名詞を避けて行われる会話である為、どのような意図を持っているか断定できない。思考も既にロックされているようだ。やがて詰襟の男は竜魔霊帝を真っ直ぐに見据えて言う。

「陛下、大変申し訳ないのですが、それは断念して頂けないでしょうかね。ここには我々のクライアントが欲しがる品が在るので、消滅してしまうととても困るのですよ」

「勝手な事を言わないで頂戴。陰陽寮のモノは私のもの、私のものは何一つ貴方には上げないわ」

「ま・・・まぁ、所有権云々の話は後ほど落ち着いてから・・・」

眼前の竜魔霊帝より余程帝王学的な暴君論(ジャイアニズム)を語って水を差す神崎に、引き攣った笑みを浮かべてそれを諌める詰襟の男。

「私、答えは聞いたつもりは無いのですけど」

竜魔霊帝の表情が物分かりの悪い生徒に相対した大卒一年目の若い女教師のものに代わる。何故、理解できないのかが理解できない、そんな不満気な表情に詰襟の男は説明する。

「貴女に国家元首としての責務がある様に、私にも義務がある。貴女が己の正義と倫理を押し通すなら、私にも同じ様に押し通す権利――いや自由がある」

権利の遂行が何を以て成されるか――それは引き抜かれたサーベルが物語っている。

「そうね・・・」

目を伏せ自嘲的な微苦笑を浮かべる神崎。

「悶死するほど嫌いな男だけど、その主張には同意するわ。竜魔霊帝、貴女の言うとおり単に封印しておくだけなのは、壊れては困るものが此処には沢山あるから。悪いんだけど、貴女の思惑邪魔させて貰うわね」

神崎も符術を使って自らの得物を呼び出す。竜魔霊帝の大剣より更に長大な刃渡りを持つ大包丁と無数のスパイクが付いた鉄の棍棒だ。

構えられた彼らの意志の有り様を眺めながら、彼女は深い落胆の色を示す。

「どうしても、素直に応じては頂けないのですね」

「最早、問答無用というやつですよ。陛下」

「仕方がありませんね」

深く長い溜息を吐くと彼女は背負っていた巨大な剣を引き抜く。禍々しくも美しい細工が施された柄の部分には眼球を思わせる灰色の宝玉が、黒曜石に似た光沢を帯びる刀身にはルーン文字と楔形文字を組み合わせた様な謎の言語が細かくビッシリと刻みこまれている。

「宝剣“魔界聖典(カオステスタメント)”力を示しなさい・・・ウラーナ・シャイオパラ・タイオパラ・カーサイターボウ・・・・」

彼女が命を下し不気味な呪文を詠唱すると宝玉と刻み込まれた文字の幾つかに赤い燐光が灯る。次の瞬間、発令所の壁に床に天井に、或いは空中に赤い光で描かれた文字や図形が浮かび上がる。

「これは――!!」

三角形と円の組み合わせを基礎に、コンピュータの回路図を想起させる様な複雑な幾何学図形集合体。それが竜魔霊帝の剣、“魔界聖典”より紡ぎ出され球状に広がっていく。

神崎は、この光の図形に見覚えがあった。最も、厳密に言えばそれはこの様な立体ではない。空中に円形に投影された所謂、魔方陣と呼ばれる類のものだ。それは今から20年以上前――10人の仮面ライダーとバダン帝国との戦いの最終局面においてである。

時間と空間を自在に操り、物質を完全にエネルギーへと相転移させる装置にして、その中枢である魔術的システム。バダン帝国の崩壊とともに失われた禁断の技術だ。

「時空破断システム・・・時空魔方陣!」

「よく、わかりましたね」

微笑む竜魔霊帝。やはり、彼女はそうなのだ――と、神崎は確信する。

「バダン帝国の遺産・・・」

バダン帝国の擁する改造人間部隊には、その改造に用いられた技術レヴェルから3つのカテゴリーが存在した。ショッカー系列の組織がバダン成立まで培って来た技術を応用して改造された“バダン強化兵士(サイボーグソルジャー)”。時空魔方陣の力によって更にパワーアップを遂げたバダン強化兵士、“UFOサイボーグ”。人間の脳の機能の一部のみを残して全身の99パーセントを人工物に置き換えた“パーフェクトサイボーグ”。

しかし実は、更にもう一種、実用化寸前までに到っていた改造人間の開発計画が存在したのだ。その名は「EXCEL計画」、そして「エクセルサイボーグ」である。

その概要は、胎児期から時空魔方陣のエネルギーを照射することで生まれながらに人体改造への高い順応性を持たせる――というものである。それは実用化前にバダンが潰滅した事により日の目を見ることは無かったが、生まれた実験体は残党たちの手によって持ち出され、隠匿された。

多くのエクセルサイボーグ実験体達の行方は、既に死んだものか、或いは他の組織の尖兵となったか、未だに全貌は把握できない。しかし、少なくともその生い立ちがはっきりしている者がいる。

「やはり・・・」

彼女は実父でもあるバダンのUFOサイボーグから仮面ライダーの一人に委ねられ、そして政府の養護施設で育ち、呪術に関する英才教育を受けた。“彼女”は自らの肉体に生まれながらに組み込まれていた時空魔方陣の力を深く理解していただろう。

偶然は重ならない。先ほど竜魔霊帝は「絶対などない」と断言したが、偶然の重複――特に意味を為す形での重複は絶対に在り得ない。

「やはり貴女は」

「私が貴女の知る何者かであったとして――今のこの状況がどうなるわけでも無いと思いますよ。局長」

神野江瞬の顔で悲しげな笑みを浮かべる竜魔霊帝。既に彼女は陰陽寮への敵対を決定し、それを実行に移しているのだ。今、彼女は組織の長として、取らなければならない選択は一つ、敵対者の排除以外に無い。彼女が指摘する様に、今この瞬間彼女自身が何者であるか、その疑問に意味は無いのである。神崎は「自らの敵」に対し、問いかける。

「それの意味と危うさは、使う貴女が一番良く知っている筈よ」

「ええ、勿論」

頷く竜魔霊帝。時空魔方陣とはバダンの侵略作戦の根幹を担った破壊兵器であると同時に、ある恐るべき者をこの世界に呼び覚ます為の扉でもあった。しかし彼女は事も無げに言う。

「大丈夫、中には誰も居ません」

無数の秘密結社を組織し、裏から支配してきた“大首領”と呼ばれる存在は、バダン帝国と共に仮面ライダー達に打倒され、そして消滅した事を神崎は知っている。現存するショッカーの系列を引き継ぐ組織は、ネットワークや技術などの遺産を利用しているに過ぎない、残骸の様なものだ。だが、例え本当に滅んでいたとしても、復活しないという保証が何処にあろうか。“根源”に連なる彼の者が現世に再びまろび出ることなど如何にも在り得る話ではないか。

「止めるわ、貴女を」

決意を表明する神崎だが、竜魔霊帝は首を振る。

「残念ながら、それは無理です。この魔方陣は既に発動を始めました。間も無く消滅が始まるでしょう」

「!」

床と壁が低い唸り声を上げて俄かに細動し始める。

「答えは聞いていないと申し上げた筈です。何故なら、私が姿を現した時点で既に準備は整っていたのですから」

時空魔方陣の発動は時空間に歪みを生む。それは即ち重力の変動。増大する重力場が構造材を苛みはじめているのだ。

「勧告は繰り返しました。この先は自己責任です。それでは無事、逃げ遂せる事が出来るのを魔の国の神、至高神ベトニウスにも祈っていますよ」

再度、黒い宝剣が光を放ち竜魔霊帝の周囲の湾曲が際立っていく。宇宙や異次元からの侵略者が多用するテレポートを利用した撤退だろうか。だが――

「逃がさんよ、神野江君」

「!!」

堀江が宣言した直後、竜魔霊帝の姿は一瞬だけ消えて、その場に再び出現する。エスケープ失敗は予想外だったのだろう。彼女は僅かに面食らった顔を見せる。

「驚きましたね・・・そして迂闊でした」

「これだけ大規模な時空操作領域内では流石のキミでも空間転位は容易では無いと見た。干渉しあって何所に飛ばされるか解ったものでは無いからね。だが、だからと言って幻影で目を晦まそうとしても無駄だよ。僕のESPはそういうものを見破るのも得意だからね」

「横着な真似はいけませんね」

頭を掻いて苦笑する竜魔霊帝。テレポートが使えるのなら最初から徒歩で入ってくる必要はない。彼女の恋人はそう言った無駄な演出が大好きだったが、彼女はそうではなかった筈だ。

竜魔霊帝は小さくため息を一つ吐く。

「詰まる所、帰して頂けないということですか」

「勿論、そうさ。流石のキミも飲み込まれて無事で済む訳では無いのだろう? 我々は時間を稼ぎ遂せてもらう――キミを倒す為の、な」

「どうしても、撤収しては頂けませんか」

残念そうに彼女は最後の確認をとる。彼女が気に病むのは恐らく戦いを挑まれたことではない。それもあるだろうが、この危険な床板一枚下に地獄の釜が待ち受ける地下壕から速やかに撤退してほしい、というのが彼女の本心なのだ。だが、しかし最初から色よい返事が返らぬことは予見しているのだろう。

「キミも、どうしても消滅させないではくれないのだろう?」

「致し方ありませんね」

渋りつつも竜魔霊帝は漸く交戦の意思を受諾する。

「良いでしょう――ではお言葉に甘えて、お相手して頂きますよ」

彼女の放つ不可視の圧力が、面で押し潰す様なものから、点で突き刺し切り裂く様なものへと性質を変化させる。それが、覚悟を完了した魔界皇帝の殺気だと気付いたのは、彼女の攻撃の第一波が終了した後だった。

ドギャアアッ

虚空から出現した金属光沢を帯びる長大な何かが、猛烈な勢いで覆い被さる様に襲いかかってきて、壁に叩きつける。

「・・・・クラッシャーチェイン」

「なッ・・・!」

それを辛うじて避けられたのは神崎、堀江、諜報部長、詰襟の男、光山の5人。諜報部長が肩書きでしか述べられないモブでありながら回避成功したのは、やはり諜報員の長としての矜持か。それ以外の者は竜魔霊帝が召喚(?)した巨大な鎖―――バイクを車輪の部分で繋ぎ合せて造った―――に巻き込まれ、壁に押し込められていた。

「これは・・・ジャイロチェイサー・・・!!」

先日、SB社より納入されたばかりのオフロードバイクだが、それは本来ならば格納庫に収容されていた筈だ。

「よく、避けられましたね。流石です」

賞賛の声をかける竜魔霊帝だが、無論、明らかに快挙を歓迎していない、皮肉を込めたものだ。神崎は第二波を警戒しつつ、深い信頼関係にある腹心に問う。

「堀江、空間移動は使えなかったのではなくって?」

「これは――」

「ええ、使えませんよ」

言いよどむ堀江に代わり竜魔霊帝が正答を提示する。

「つかえませんから、魔力エネルギーに変換して保存しておいたんです。勝手に持って来てしまって、少しはしたないとは思ったのですが」

“魔界聖典”の咒印が光ると、虚空から再びジャイロチェイサーが現れ、床に落下する。

「こんなこともあろうかと、という奴ですね。後は任意のタイミングでモーメントを与えながらリマテライズ(再物質化)してあげれば、お手軽な護身用武器の完成。これも時空魔方陣のちょっとした応用です」

「何処のラスボスですか貴女は」

「この物語の、ではないかしら」

ボケ化した詰襟の男の突っ込みに、更に突っ込みを重ねる神崎。彼女もまた些か驚いているが顔にはおくびも出さない。正直なところ、人間の姿を維持したままここまで無茶苦茶な力を発揮できるとは想定していなかった。

「さて、先立たぬこと、存分に後悔して頂きますよ・・・クラッシャースコール!」

ドガガガガガガガガガ!!

まるでガトリングの弾の様にジャイロチェイサーが連続して発射される。最早、物理法則を軽やかにスルーする自重率0の暴大な魔力だ。

「ぬぅ、局長後ろに!!」

「あぁっ、私も入れて下さい!」

堪らず堀江がテレキネシス(念動力)でシールドを張り、詰襟の男がそれに便乗しようとするが、神崎に蹴たぐられてオートバイの弾雨の中に放棄される。

ガコン、ガコン!!

スマートブレインがジャイロチェイサーに内燃機関を採用しなかったのは、せめてもの幸いと言えただろう。やがて、発令所がスクラップ工場の有り様と化したところで弾切れとなる。流石にここの容積を埋め尽くすだけのバイクをアストラライズ出来なかったらしい。

「ぐう、連れないですよ――私と局長殿との仲なのに」

「あら、死んでなかったの? 残念」

心底言葉通りの念を抱く神崎。詰襟の男は彼女に蹴り飛ばされた先でハンドルが脳天に突き刺さった様に見えたが、十字絆創膏付きの瘤を一つこさえただけで安穏としている。まさか彼もギャグじゃなければ死んでいる類の人間なのか。

「う・・・侯爵」

「ぐ・・・うぅ」

光山を始めとしたV−NEEDLEや総司令部スタッフも無事だ。最初にぶつけられたバイクの鎖が逆にバンパーというかフェンス的なモノの代わりとして旨く働いてくれたらしい。どうにも彼女の思惑通りの様な気もするが――

「さて、これで1対4。良い案配に埒が空く人数になりましたね。ロールプレイングゲームでも一番メジャーな人数ではないですか?」

戦士が二人に魔法使いが一人、忍者(シーフ)が一人、攻撃に特化した回復に難の有る、レヴェル不足で魔王と戦うには少々荷が勝つパーティだ。しかし泣き言は言っていられない。

「吐いた唾飲まんとけよ――という感じね」

既に喧嘩と言う名前の商品は売却契約済み。大口顧客の某国V.I.P.殿に商品の返品を願っている様だが、陰陽寮の喧嘩販売サービスはクーリングオフ制度のない悪徳商法。無論、自主回収の予定もないのだ。この残されたメンバーで最大限のもてなしをしなければならない。

 

 

 

空へと舞ったREXUSを追って自由騎士、ロボット陰陽師、そして仮面ライダーアスラも飛翔する。

戦場を空と定めたのは、倒れた五人のライダーを巻き込まぬ為か、或いは何かを狙ってのものか。空を飛べない、飛ぶ必要も無いエミーは地上から天空の戦士たちを見守る。

矛を交える前、自由騎士とKC-0は強く単独での戦いを求めた。毒蛇の魔王が創り出した、強大な力を秘めているだろうと容易に予測できるREXUSと一対一の勝負を望んだのだ。

集団で戦いそれを指揮する事が常であったエミーは発想こそしなかったが、彼らの感情は理解できた。そもそもエミーを除く三人は基本、単独で戦う事を前提とした能力分布をしている。そのため彼らが同時に戦うには緻密な連携を要する訳だが、KC-0が「面倒臭いな」と難色を示したのだ。また自由騎士も「ヤツはオレの獲物だよ☆」と戦いに悦びを求める奇異な性癖を披露したのだが・・・

生理的な嫌悪感を覚えエミーは仮面の下の顔を軽く歪める。シルエットXがその場にいれば、見透かした様に指摘して笑顔が似合う云々の甘やかな言葉を囁いて気を紛らわそうと心を配ってくれたことだろう。軟派だと苛立たしく思う反面、それを何所かで期待し依存している自分がいる事に彼女は気付いていた。

胃袋の上辺りに糸が絡んで詰まった様な、酷いもどかしさが在った。別段、懊悩する白い仮面ライダーに共感し思うところあった訳ではない。彼女が魔帝国との戦いに参列しているのは、先ほどから声高に叫ばれている人類の為、種の保存を巡る生存競争という名前のジハドに勝利する為、等と言う高尚な目的などではなく、ごく個人的な理由によるものだ。彼女の苦悩の原因はまた別の次元にあると言って良い。

戦力は戦える人間の頭数で比べれば4:1と一見して有利ではある。一般的に敵の三倍の兵力を揃える事が出来れば勝利は盤石だと言われる。だが実際に、そう単純なものでは無い事は戦術コンピュータの解析を待たずとも瞭然だ。先ず自軍側の損耗度合いが著しい。アスラと自由騎士は共に疲労と消耗が激しく詳細が解らないKC-0も視認可能な損傷具合から完全とは言い難い。

状況はエミーに対REXUS戦線への参加を余儀なくしたが、彼女はそれに強い抵抗を感じずにはいられなかった。別段、戦術戦略の定石を卑怯下劣と蔑むわけではない。繰り返すが、遍く魔人を護ろうとする決意に打たれた訳でもない。

この臨戦の鉄火場に於いて余りに場違いな感情だとエミーは理解していた。闘争に喜びを見出す自由騎士の言動を一々どうのこうのと批評する資格など無い。だが、それでも彼女は眼の傍に小さく映る金髪の少女を気に掛けずにはいられない。前は気力と自信に充ち溢れ陽のような暖かさを覚えさせた少女。だが、力なく崩れ込む有様はとても同じ人物のものとは思えなかった。

(すまない、マリア・・・)

自尊心の強い少女に、エミーは敢えて言葉を口に出さず謝罪する。友と呼んでくれた少女に何の言葉をかけてやる事も出来ない事実は、義理に厚く自己評価の低い彼女の心を曇らせた。

五人のライダーが毒蛇の魔王の兇策で倒れたとき、マリアは自責の念で押し潰れそうになっていた。更にロボット陰陽師に発覚した元恋人の存在と、その生存。対人関係に於いて余り鋭敏でないと自覚する自分にも傍から見て判る未だ冷めやらぬ感情の昂りは、単に先輩と呼び慕う以上の感情を抱いていた彼女にとって酷い衝撃となっただろう。

彼女の絶望と混乱に満ちた表情を嬉しそうに見ている邪眼導師。端正な面立ちがこれ以上なく醜悪なものに見えた。嗜みに人の心を飽食する毒蛇の形容も正しく相応しい凶気を、放置しておかねばならないのは酷く忍びなかった。だが今のエミーにはどうすることも出来ない。やれることも無い。

戦風が襤褸の様な何かを彼女の足下に運ぶ。酷使され血と泥に汚れたハリセン――直接接触型精神共感高揚装置だった。エミーはそれを拾い上げてじっと見つめ、やがてぐしゃりと握りつぶす。それは八つ当たりと言って差しさわり無い。アスラを含め、六人のライダーに精神注入を行い、精神支配から快復させた秘密道具も、今の彼女にその効能を十全に発揮する事は出来ないからだ。

これは本来、精神力を一時的に昂ぶらせ精神支配を打ち破り得る抵抗力を獲得させる装置であり、今のマリアを打ち叩いても、幾ばくか気力を回復させることこそ可能だろうが、失態を犯した記憶が鮮明にある限り、マリアは自らを許す事が出来ず責め続け、己が心を責め苛み続ける。結局は自身の心が解決するしかないのだ。

(彼女も戦士だ――自分で立ち直ってくれる、筈だ)

自身への苦しい言い訳、或いは願望を胸中で唱えて、エミーは強大な敵を見据える。

REXUS――「我らが王」と名を冠する白いライダーは、その名に恥じぬ強力な改造人間、いや改造魔人だった。邪眼導師が最高傑作と謳うのも納得が出来る。アスラ、自由騎士、KC-0は各々が異なる手段を用いて亜音速から超音速域に達する超高速で攻撃を仕掛けたが、その何れも容易く退けて、退け続けている。

白銀色のマントがはためいて、修羅が繰り出す観世音菩薩の形意拳を、伸縮自在な騎士の槍撃を、魔王を瀕死に追い詰めた機械呪術師の鉄拳をいなし、逸らす。軽やかに風に舞うそれは上質のシルクの様にも見えるのに、それはさながら白銀の城の堅牢さを以て王の前に立ちはだかる。

マントの表面に青白い燐光が灯って見える。それはREXUSが身を潜めていた白い狩人の鋼皮とよく似ていた。同極同士が弾きあう電磁気の作用により疑似的に摩擦をゼロとする絶対防御機能が其処には備えられているのだ。更に風も孕まず翻る都度に鎌鼬の様な鋭敏な傷をアスラ達の装甲表面に残していく。完全に滑らかで、そして強靱な薄布。それはどのような物体にも切り込む事が出来る鍛え抜かれた白刃と同義なのだ。攻防一体を高水準で体現したと評する事が出来よう。

その上にマントと曲刀による斬撃だけがREXUSの攻めの手立てではないのだ。驚異と言う他ない。

「まるで要塞。なんでもかんでも継ぎ足せばいいってもんじゃない」

そうぼやく自由騎士。彼もまた多くのギミックを内蔵する戦士ではあるが、その全てがひたすら唯一撃を叩き込む為に特化している。無数の武装を搭載しあらゆる方向、あらゆる距離にいる敵を打ち倒せるよう創造されたREXUSとは対極的コンセプトと評する事が出来よう。だが特化された穿つ力も、強固な城壁を思わせるREXUSの防御陣を突破する事は出来ない。心眼すら謀かるまやかしを弄し、音より早く肉薄しても彼の切っ先は最後に彼を守護する銀のマントをどうしても貫き得ない。

「無駄だ。“渡し守(カロン)”は破れない」

そう言いつつ両手の曲刀で切り返すREXUS。彼は間合自在の伸縮槍を二刀で巧みに弾き、自由騎士の決して厚くない装甲に無数の傷を与えていく。其処に背後から仮面ライダーアスラ。背に開いていた“魁”の翼を巨大な“殿”の右拳に転じつつ殴打を繰り出す。だが白いライダーはそれを察知して虚空に呼びかける。

「相手をしてやれ、“洋太子(トライトン)”」

REXUSが命じると空間に波紋が広がり、金色に輝く何かが現れる。筋骨隆々の男の上半身を生やした鯱――そう形容できる半人半獣形。その逞しい腕には自由騎士のものの十倍近い重量がありそうな巨大な三叉矛。左右の腕でしっかりと握られたそれが、唸りを上げながら襲来するアスラに突き込まれる。

ドゴォッ

「ぐぅっ・・・!」

腹部に一撃を被りながらも構わず拳を叩き込み金色の自動人形を粉砕するアスラ。だが、その一瞬の間にREXUSは次なる迎撃準備を整えている。

「焼き爛れろ・・・“内なる炎河(イーオー)”発射!」

マントが翻り、背部を覆う装甲板が展開する。砲門が迫り出すと其処から赤い液状のものが猛烈な勢いで噴射してくる。アスラは咄嗟に通常形態に戻り、四本の腕で弾き返そうとするが――

ジュワッ

「ぐわあぁっ!!」

液体は弾かれる事も、散る事も無くアスラの腕に張り付き表皮を焼く。強い粘性を帯びた高温の液体金属だとコンピュータが分析する。アスラは弾くのでは無く、避けなければいけなかった。

「元宗!!」

アスラの肉体は金気に偏重した霊的特性を有するため火気を帯びた攻撃に弱い。エミーは咄嗟に糸を伸ばしてアスラの身体に絡め、怒涛を為す紅蓮の大河から彼の身体を引き上げる。

「『よくもアスラを』と言うべきかな?」

独り言の様に答えを求めない問いかけ。自由騎士は言葉を繰りながら踊る様に突きの連打を繰り出す。本来ならば、或いは別の敵と相対していれば比喩の表現は「踊る様に」ではなく「変幻自在に」とその格を上げていただろう。だが、乾坤一擲の連打の数々は何れも外套と曲刀に阻まれて玉座に達する事は出来ない。その有様は正に踊っているに過ぎない。

「稼いで!!」

業を煮やして叫ぶ優男の声。時間を、と言う意味を察してKC-0が胸部装甲を展開して破壊砲を発射し始める。

「退魔銀錬成符咒(シルバーアルケミックプラグイン)、解凍―――」

自由騎士がスペルエミュレーションを起動させながら攻撃を仕掛ける。如意竜槍ウィルスピアの表面に生命樹(セフィロト)を図式化した紋様が浮かび上がる。

「“我が身の内に流れる火星獄(ラース)が熱情よ。智慧を齎す者(メフィストフェレス)を導とし、木星獄(グラトニー)、土星獄(グリード)、水星獄(エンヴィー)を巡り、太陰獄(スロウス)へと至れ。昇華せよ”」

自由騎士が詠唱する呪文と彼の背中でさざめく翅音が重なり共鳴する様な響きを奏でる。彼は槍の穂先を握り込んで自らの掌を裂くと、其処から溢れ出す血液が無数の生き物の様に槍の柄に絡み、這う様にしながら石突に集まると、三日月を半ばで断ち割った様な半弧を為し、その色を白銀に変える。

「“そは誘うもの。招くもの。深き淵、レテの水面にたゆとう死魄の月”―――出でよ、地獄の釜≒鎌(デアボリス・デスサイザー)!」

武装が錬金術によって完成する。錬成されたのは異形の兵器。柄の一方には元より備わる歪な二叉の矛先。もう片方には死神が魂を刈り取りに用いる大鎌が新たに現れ不気味なきらめきを放っている。空気の漏れる様な奇妙な笑い声を立てる姿もさながら冥府の使者の如く、王を僭称する白いライダーに襲いかかる。

「目かい? 耳かい? 鼻かい?」

REXUSのフリクションゼロはAMRのように全体を保護していない。エネルギーコスト、或いは積載武器の兼ね合いからか、彼の纏うマントはケープ状なのだ。自由騎士の変形武器はその異形により防御的死角を狙う。

ザシュウッ

火花が切っ先の後を追って走る。

「撃ち返せ、“不可避の報復(アドラステア)”!」

バチィッ

初めての有効打、そう思われた直後、反撃が自由騎士の身体を激しく撃つ。深紅の騎士は全身から白煙を上げながら吹き飛ばされた。

「あ、危ない。正に殺す気か・・・だよ」

だが何時の間にか吹き飛ばされた筈の男はエミーの横で肝を冷やしていた。その脇腹には弾痕を思わせる溝が走っている。吹き飛んだ様に見えた自由騎士は、彼が標準的に装備・使用する“偽装”のスペル・エミュレートで見せたものだろう。

「バカな、破壊砲だと・・・?!」

MEGA-NEXが弾痕を自動解析し弾きだした結論を見て驚愕するエミー。彼女のシルエットスーツに搭載された量子コンピュータは、既知の記録の中に弾痕のデータがある事を彼女に教えたのだ。それは紛れも無くロボット陰陽師KC-0のロボット破壊砲。ライフリングが彼女の搭載しているもののそれと一致するのだ。邪眼導師はコピーしたそれを搭載したのだろうか。しかし彼が反撃を受ける前、弾丸がREXUSから発射された様には見えなかった。

「モーメントを保存して、任意のタイミングでベクトルだけを変換してリリースする――という武器かな?」

「ナンセンスだ。そんな防御機構があるならば、F0を搭載する意味がない」

「どうかな? チャージ量やチャージの維持時間、その辺りにウィークポイントがあるんじゃないかとオレは見たね」

「検証しようがない、どちらにせよ」

自由騎士の鎌がマントを?い潜れた事だけでも今のところ快挙だったのだ。アスラとKC-0が今一つ揃わぬ足並みで連続攻撃を仕掛けているが一向に埒が開く様子はない。とくにアスラは万能回避手段だった神掌を封じられた上に火器で牽制されて得意な至近距離に持ち込む事が出来ない。しかし――

「ストレイジブラスター!」

空間を抉り取る様な極太の赤い光線。殆ど予備動作も無く放たれたそれは、標的であるREXUSのみならず至近にいたアスラまでも飲み込みかける。“魁”の超速で辛うじて難から逃れるアスラだったが、直撃を受けていれば致命打は免れない。些かに肝が冷える。味方の攻撃で倒れたとあれば間が抜けているにも程がある。

REXUSも回避運動を取ったものの、追跡する光の掃射は遂に彼を捉え飲み込む。KC-0は此れほどまでに大出力・重火力型の戦闘ロボットだっただろうか。彼女自身も不思議そうに頭を捻っているが、直ぐに何か答えを見つけたらしくポンと掌を打ち、殺す気かと大声で元宗の声が抗議するが、まるで興味無いとばかりに黙殺する。

端的に言えばドライ、とでも言うのだろうか。元宗やマリアと言った感情豊かな人間との付き合いが最近多い所為か殊にそう感じる。先程までは言語を絶するほど苛烈に邪眼導師の殺害を試みていたのに、今は最早、興味さえ示していない様に見える。スペックノートから見て取れる彼女の性能では機械故の切り替えの早さと断じる事は難しい。

或いは、その怒りが今の彼女の大出力を支えているのかもしれない。彼女には、人間の感情を“気力”の面から再現するオーラパワーシステムが搭載されている。昂る感情が強大なエネルギーとなって発露し、あの巨大な熱光線の柱を、小規模な太陽を思わせるプラズマ球を生み出させているのかもしれない。だとしたら、尊敬できる人物と言える。怒りをただ飲み込むのでは無く、自らを支える基礎とする、力として利用する。それは戦いに身を置くものとして大切な心構えの様に思える。かつて自分はただ怒りの命じるままに力を振っていた。怒りに支配されていたのだ。

しかし白いライダーは注ぎこまれる怒りの連撃にもまるで傷ついた様子は見えない。フリクションゼロコーティングの原理を考えれば光学兵器や電磁兵器は確実にダメージを被っている筈なのだ。エミーにとって癪に障る事だが、先ほどの自由騎士が指摘した他の防御手段も搭載しているらしい。

「深海の手(La main de hauturier)!」

指先から青いビームの様な物を放つKC-0。

(粒子ビームか?)

プラズマ化した荷電粒子を収束し亜光速で叩き込む粒子ビームならば一定のダメージを与えられるかもしれない。しかし、その期待は文字通り霧散する。青いビームは銀のマントに触れた瞬間、滑走するどころか、霞に分解してREXUSの周囲の空気に溶けてしまった。水――ウォータージェットカッターと同じ原理を用い、超高圧の水を撃ち出し、それがマント表面の強電磁界によって電離分解したのだ。

「ブラスター!」

ドォン!!

迸る熱線を火種に巨大な爆発が起こる。マントの電磁界で電離分解した水素と酸素が再び水へと爆発的な還元を起こしたのだ。四方の空気そのものの炸裂、それは原理としては燃料気化爆発や粉塵爆発に近い。逃げ場のない炎による圧殺。だが、それでもREXUSは蝋燭の灯を吹き消す様に軽やかに風を吹き起こして炎を散らす。

「吹き散らせ・・・“妖精女王(ティタニア)”」

呟く白いライダー、REXUSの周囲の空間が歪み揺らぎ蠢いて見える。密度の異なる空気の層が激しく流動し、水素の酸化還元反応が生み出す熱照射と爆風の運動エネルギーを完全に遮断してしまっているのだ。これで光学兵器・電磁兵器に続き熱量兵器も通用しない事が証明された。正に打つ手なしだ。

(最も直接打撃が封じられた時点で八割方打つ手なしなんだが・・・)

此処にいる戦闘可能なメンバー、マリアも含めれば五人中四人までが直接的な打撃、いわゆる物理攻撃が主要な攻撃手段である。そう、例えコンディションが最良の状態で立ち向かっても、REXUSを殴る事が出来ない面子では正攻法によるダメージはほぼ期待できないのだ。

『殴れないならば殴れるようにすればいい。それが建設的な思考と言うものだ』

出撃前に時空海賊シルエットXが言い含んだ言葉を思い返す。殴れるようにしてしまえば状況は数の利を含めれば五分以上に盛り返せるのだ。

「行け・・・“多産母神(タラッサ)”よ!」

REXUSの周囲で幾重にも波紋が波打ち、水面を突き破る様に一抱えはある巨大な砲弾が幾つも現出する。鈍い。決して遅いわけではないが、重く直線的な運動だ。

容易く避け遂せる、早計した直後、外殻が爆ぜ飛び翼と十の触手を持つイカを模した弾丸が次々に打ち出されて行く。墨の如く黒煙を引き摺りながら、産み落とされた無数の弾丸は宙を縦横無尽に駆け巡り、敵にその鋭い先端を埋める事だけを喜びとする様にただ執拗に追跡する。

自由騎士はデコイと超高速を併用して軽々と、アスラも魁に変身して逃れ回り込まれれば四本の阿修羅神掌を旋回させて迎撃するが、速度も防御の一芸も無いKC-0は追い込まれ、次々と命中させられていく。傍らのマリアからか細い悲鳴があがる。幾らか体力が回復して来たらしい。

「先輩・・・!」

「マリア?!」

金髪の少女は全身を震わせながら立ちあがろうとする。だが疲労に萎えた両足は自らの体重を支える事も困難なのか、なかなかそれは適わない。見かねてエミーは友に肩を貸してやる。

「どうするつもりだマリア? そんな身体で・・・!」

「グランセイルに・・・お願い・・・」

真意は判らないがエミーは頷く。そしてマリアを介助しながら停車してあった大型トレーラーに向かう。グランセイル・・・陰陽寮がKC-0の専用装備として開発した空戦用のスカイセイルと対となる陸戦用サポートメカニック。マリアは何時の間にかその鍵を預かっていたらしく、勝手知ったる様子で運転席に上る。

「グランセイル、ヘッジホッグシステム起動、データリンク・・・迎撃開始!!」

コンソールを操作するとグランセイルのコンテナから数基の機関砲が現れ、コンピュータが自動的に標的を捕捉。虚空から無尽蔵に発射されるミサイルに向け掃射を行い、撃ち落としていく。

「・・・厄介さを認識した。破壊させて貰う!」

優先順位の変更を口頭で伝えてくれるが、まるで有り難味が無い。REXUSは此方に向けた肘から電極端子を迫り出させる。それが外見から最も予測し易い機能を持つと言うのなら、事前の告知は何の意味も持たないからだ。そしてプラグの先端は安易という言葉を体現する様に、青白い光を閃かせ始める。

「“雷王の乳母(アマルティア)”・・・放電開始!」

「やらせんッ!!」

大きく広がる翼が光とREXUSを覆い隠す様に現れる。庇う様に割り込んだのは、本来守護者たるべき騎士、ではなく殲滅者の意を持つ阿修羅。巨木を幾把も束ねた様な猛雷が解き放たれ、翼はそれを覆い包む様に受け止める。

バチィッ

「ぐゥっ・・・!!」

破城槌に焔の威力を併せ持つ雷霆がアスラの五体を撃ち据えた。紫金の生態装甲が火花を爆ぜ散らし白煙を昇らせる。グランセイルの物理的破壊ではなく電子機器の機能停止を狙ったのか、予想より彼に認められるダメージは大きくない。だが、それは直接の安堵に繋がらない事を、REXUSは次に解放する武装の名を叫ぶ事で教える。

「猛れ、新月(ルナ)!」

脛を覆うアンクレットが黒い炎の様なものを発し、燃えあがる。やがてその炎は収束し、人の頭部とほぼ同じ大きさの球体を形成する。

「呪縛蹴打(カーズシュート)を受けろ!!」

REXUSは漆黒の火球を電撃による麻痺から回復していないアスラに向かって蹴り飛ばす。真球が歪み楕円を為すほどの勢いで唸る弾丸を、アスラ以外に庇って受けてやる、受けてやれる者はこの場にいない。

「ぐおお」

命中する黒球。その瞬間、直径を急激に拡大してアスラの全身を飲み込み、その勢いのまま、陰陽寮本部の外壁に激突――

ドゴオオオオオオオオオオオオン!!

アスラを取り込んだ黒い炎の球は、同サイズの砲弾と同等の破壊力を持って、陰陽寮本部、正確にはその上部施設である宮内庁皇室史編纂局を半壊させる。

「元宗――!!」

エミーは悲鳴を上げる。アスラが大きなダメージを負ったからではない。これから更に大きなダメージを受けるからだ。黒い炎の結界は建物を瓦礫の塊に変えて尚、その効果を失っていない。強大な圧力を以て尚も修羅の戦士を地面に押し潰そうとしている。更にREXUSの右脚には未だ黒炎が灯っている。彼はその脚を地面のアスラに向けると急速に降下を始める。これは――

「往くぞアスラ、これが私のライダーキック・・・星滅脚(グラビティクラッシュ)だ!!」

重力結界の上に更なる重力呪縛を叩き込むキック。即座に分析できる。食らえばアスラの身体は地球の自重そのものに押し潰されるだろう。しかしそうはならない。

「わざわざそう言う事を口に出す・・・!」

アスラの前に飛び出してくるKC-0。それは間違いなくアスラを庇うタイミング。エミーは予想外のロボット陰陽師の行動に驚きを隠せない。砲弾と化し一直線に加速を続けていたREXUSに避ける術は無かったし、避ける必要も無いと確信していただろう。アスラを取り込んだものとREXUSの右脚に燃え滾るもの、今、二つの重呪力はお互いに引き合っており、KC-0はその間に居る。彼女はアスラの代わりにキックを受けるのでは無く、ただ巻き込まれ挟み潰されるだけだ。

ガキィィィィッ

交差した両腕で受け止めるKC-0だが、グラビティクラッシュは一気に彼女を重力結界表面に叩きつける。だが、其処で勢いは完全に失われ彼女を結界内に押し込む事が出来ない。

「何っ?!」

「なんともゆとり、ね。教えないわよ」

茶化し嘲る様なKC-0。だが余裕ある言葉の調子とは裏腹に、腕部の装甲は撓み割れて、関節部からは火花が散り始める。何かのギミックを使って超重力を退けるKC-0。だがミサイルの集中爆撃で低下した彼女の構造強度では拮抗状態を長時間維持できない。いや、彼女は最初から長く持たせるつもりはなかった。

「ブロウ・・・アップ!」

KC-0の全身から兵器が火を噴く。アイカメラに仕込まれた気力−超力転換の光線兵器ストレイジブラスター、腕部の電磁共振兵器ヴォルティックエンド、胸部のロボット破壊砲、その他、無数の小型ロケットや機関砲、攻撃符術が撃ち出され、それらは狙い過たずREXUSに吸い込まれて行く。彼がグラビティクラッシュの為に纏った重力フィールドが逆に至近から放たれた弾雨を収束させてしまっているのだ。

ブオオオオオオオオンッ

『Wooooo――――――oooooooN!!』

そして猛るエンジン音。白いライダーの背後に、深紅の狼が高らかな遠吠えと共に飛翔する。

「“昏き死者の国、無慈悲な女王の番犬よ、凍れる獄炎、汝が国への誘いの灯とせん”!!」

詠唱される呪文、実はあれには意味がない。自由騎士がノリと勢いで口走っている単なる言葉の羅列に過ぎない。だが彼が跨る鋼の愛犬・ロートヴォルフが吐き出した地獄の炎は、魔力に操られてディアボリスデスサイザーに絡みついて行く。それがスペルエミュレータの機能と言うものだ。

「EX奥義! アンチ・アレス・デスチャージャー!!」

弾丸が撃ち出される様に延びるウィルスピアにロートヴォルフの突進力が更に加わって、業火を纏った突撃(チャージアタック)はREXUSの背後を襲う。炎は破壊力を高める為だけではない。四方に向けて繊細な噴射が行われ、姿勢制御(スタビライザ)として機能し、切っ先が滑るのを強引に抑え込んでいる。

「ロートヴォルフ、フルドライブ!! うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「はあああああああああああああああっ!!」

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

幾重に光が揺らめく。膨大な熱量、電磁場、重力異常が高圧プラズマを生じ大気をオーロラ状に輝かせているのだ。二人の戦士の恐らく最大の戦力が挟み撃ち、それで崩れる事の無いREXUSの防御陣が生み出す場違いな程に美しい光景。だが見惚れている場合ではない。

(この期を・・・)

今の拮抗状態は精妙なバランスの上に成り立っている。下手に動けばそれは崩れ、膨大な破壊力が怒涛となって襲う。だが、白きライダーの王が悠然と“待っている”のでは無い。二人の戦士が獲物の動きを“止めた”のだ。何故ならば蜘蛛魔術師エミーは、今のこの機を待っていたのだから。別段、空中戦に参加できないからとサボっていた訳ではない。

「WIZARD.No6 「繭」!!」

彼女のシルエットスーツに与えられたコード、アルケニーウィザードの由来、四本のマジックアームと彼女自身の手が大きく、しかし精緻を極めて挙動する。その瞬間、戦いが始まって以降、彼女がこの場所に仕込み続けたそれは姿を現す。

ぶおあああっ

「?!」

地面が一瞬毛羽立ったかと思うと、次の瞬間、白い霞の様なものが一気に噴きあがる。しかし、それは水蒸気のような、吹けば千々と散る様なものではない。エミーの脳波で制御される左右二対の機械腕と彼女自身の両腕、更に足。これを駆使して彼女は操るのだ。

「なんだ・・・これはッ?!」

浮上した白いモノは渦を為し、まるで竜巻の様にREXUSに向かって収束する。それは、光を受けて白く反射する夥しい量の“糸”。変身ベルト=ヘルメスが合成した“不可知の蜘蛛糸(ステルス・ストリングス)”。察して曲刀で薙ぎ、火器群で焼き払おうとするREXUSだが、既に総重量がトンを超える分子間距離より細い糸の全てから逃れる事は物理的に不可能だ。逆に粘性を伴った糸に絡め取られ彼の武器は封じられる。

「吹き荒せ、“警告者(アリエル)”!! 猛れ“北辰神威(カリスト)”!! 撃ち滅ぼせ“洋王妃(ラリッサ)”!!」

「無駄だ・・・! 逃しはしない!」

渦の内側でエネルギーが高まるのをエミーは感知した。だが、蜘蛛の牢獄が破れる事は無い。それこそが“蜘蛛魔術師(アルケニー・ウィザード)”の真髄。既に白い仮面ライダーの王は彼女の獲物。巣に掛った獲物(ワーム)がどれほどの抵抗を試みようと蜘蛛は決して逃しはしない。直線の糸は平面の渦へ、更に「繭」の名の通り立体の球へと収束していく。

「何故だ、何故破れん!!」

予想外の事態に狼狽した声を上げるREXUS。強力な武器と優秀な運用プログラムを持っていても、経験が浅ければ柔軟に対応する事は出来ない。

「繭の持つ保温性は北国の厳冬をも凌ぐ・・・。 其れは即ち内より生じた僅かな熱量(エネルギー)さえ外に漏らさんということだ!」

そう一喝するエミーだが、実際には種を明かせば切られ焼かれたその場から新たな糸を再生産して「繭玉」に巻き付けていくことで破られるのを阻止している。しかし、流石にREXUSの攻撃による消費速度の方が速く、「繭」を発動させるまでに十全に膨大な量を用意しておかなければ容易く突破されただろう。即ち、現状で既にこの蜘蛛の封印を破られるのは時間の問題なのだ。だが、

「飽く迄も、逃しはしないッ! 元宗、何時まで大人しくしているつもりだ!!」

「お・・・応ッ!」

未だ重力結界に捉われ続けていたアスラだが、呻きつつ呼応すると彼は指で梵字の印を組み咒言を唱える。自由騎士のそれとは違い、実際に現実空間に超自然現象を発生させる言霊の宿る呪文だ。

『仏法の威力がまやかしを打ち破る。山紫水明、破幻法!』

ブワァッ

「今だ、撃て、撃つんだ元宗!!」

「応っ!!」

アスラの丹田を中心に金色の光が迸り、闇色に燃え滾っていた球状空間が掻き消される。黒重の楔から解き放たれた修羅の戦士は跳躍し、REXUS、正確にはそれを包む「繭」を襲う。

「観世音、馬頭の型ァ、行くぞォらァァァァァッ!!」

ドドドドドドドドドドドドドド!!

拳の弾雨が撃ち出される。観世音菩薩、衆生に救済を与える慈悲の菩薩、その中にあって憤怒の形相を持ち、怒りとその実行によって救いの道を示す馬頭観音。その明王にも似た馬力の仏を、戦い神である阿修羅が宿し、只管に撃つ。撃ち続ける。連打する。繭で覆い包んだ事でフリクションゼロに滑らされる事無く、REXUSに打撃を当てる事が出来る。だが――

「これ、無意味じゃない? アスラの打撃も通らないよ? ってか蜘蛛なのに繭ってどうなの? 理不尽スレに書き込むよ?」

「うるさい、集中を乱すな」

茶化す様に言ってくる自由騎士。ものの言い方は余り愉快ではないが、確かに彼の言う事は確かだ。当たる様に放ったが、今度は厚い繭壁がアスラの猛連打を遮る。かといって衝撃が通る様に穴を開けてしまえば今度はフリクションゼロと衝撃反射機能の餌食になる。だが、そんなことは百も承知なのだ。

「うぐあぁぁぁっ!!」

繭の中からREXUSの叫び声が聞こえる。どうやら始まったらしい。内側にこれまで以上の熱量(エネルギー)、いやこの場合“熱量(カロリー)”を感知する。

「繭の役割は保温以外にも衝撃からの吸収・緩和作用もある。だが吸収された衝撃、詰まり運動エネルギーは消えてなくなりはしない。不可逆的な状態に変化するだけだ。相模、お前なら理解が出来るだろう」

「ああ、簡単な物理の授業ね。衝撃は熱に変換し、内部に蓄えられる・・・と言う事でしょう」

推論するロボット陰陽師にエミーは頷く。彼女の体内を循環している冷却材は、外部からの衝撃に対する緩衝材としても働き、運動エネルギーを熱エネルギーに変換して排出する事で内部にダメージが浸透しない構造となっている。ミサイルの集中爆撃を受けたにも関わらず、華奢な彼女が今だ無事なのはコンパクト且つ高性能なこのシステムと、彼女自身が展開した符術結界による。

しかし、この機能にも無論弱点は存在し、ラジエータに損傷を受けて排熱が出来なくなれば熱は蓄えられ続け、やがて超高温になった冷却材は逆に内部構造を熱損する。

そう――今の「繭」と同じ様に。

「理解できたらサボってないで仕事をしろ、自由騎士」

「もうMP少ないのにィ」

ブチブチ言いながらも攻撃に加わる自由騎士。不平不満を憚りなく口に出すが、結局は真面目に仕事をする男だ。そう言うところはシンパシーを持てる。

(いや・・・)

エミーは思う。それは諦念と言う感情だった筈だ。

(結局のところ、私も、奴もそうしかなれないんだ)

「“天球の黒面に散り潜む空亡の下僕たちよ、その炎の災禍を天の下に顕せ”」

呪文を唱え、指先で宙をなぞり、赤い光で五芒星の魔方陣を幾つも描いていく自由騎士。彼が指を弾く様な仕草をすると、その赤いペンタグラムは夜空を駆ける小惑星(アステロイド)の様に飛び、「繭」の表面に張り付いて行く。その様はさながら一昔前の港の波止場を思わせた。

「“小新星爆発(プチ・ノヴァ)”!」

ドガッ ドガッ ドガンッ!

「ぐおおおおおおっ!!」

爆ぜる星々。宛ら指向性地雷の様に火柱が繭の内側に向けて吹き出し、熱と衝撃波を内部に伝導させる。更に彼は畳みかける様に次の呪文を唱え始める。

「“纏うは灰、敗者を越えて敗者を纏う。汝が持つは焼けた鉄靴、不幸を呼ぶ鴉、地を這う虫達。落ちるは黒曜石の片靴、星の周天は呪いの終点を告げる。”」

今度は黒い光が生じ、それが複雑な図形を描きながら槍の柄に吸い込まれて行く。

「――完成」

武器の変形が完了する。鎌が十数の小型のものに分裂して鋸刃の様に並列し、柄は鞭の様にしなやかにのたうつ。

「さぁ巻いて行こう」

空を切り、真空を生む音を立てる異形兵器。鎖鎌とチェーンソーの相の子の様なそれは、一瞬で破壊の黒渦と化す。

「“至れ、約束の地へ。黒き死の螺旋を越えて、連なり星の下へ”」

円盤は渦。駆け行く星が牙となって貪り齧る、漆黒の銀河(コスモ)。

「技を借りるよ・・・旧友!」

自由騎士は懐かしむように呟くと、黒き破壊のエナジーを円空間から解放する。

「電影クロスゲージ明度1192! 超必殺“閻魔刀(サイズ・バレル)”!!!」

黒い竜巻が生じ、白い「繭」を飲み込む。刃のシリンダーとでも言うべき空間が、猛烈な勢いで「繭」の表面を乱打していく。

ガガガガガガガガガガガガガガガガガッ

「とっておきを使う!! 巻き込まれたければ近くにいなさい!!」

遠隔自動制御で走りくるグランセイルのコンテナが開き、列車砲を思わせる巨大な砲口が出現する。

「輝け・・・アレクサンドリアの灯火!」

KC-0が跳躍し基部に飛び乗ると、自動的にケーブルが延びて彼女の背中に接続し、同時に発射システムが起動して砲全体が低く大型四足獣のような唸りを上げ始める。そして、砲口の先からは光が洩れ溢れ大気に舞う微粒子を金色に煌めかせる。

「・・・名づけてホーリージャッジメントカノン、発射!!」

一瞬、視界がブラックアウトする。解き放たれた光の濁流が、閃光弾の光度に匹敵したためアイカメラが自動フィルタリングを行ったのだ。同じロボット陰陽師が運用する光学兵器でも、ストレイジブラスターとは比較にならない膨大な光量。冬の最中だと言うのに外気は既に摂氏40度近くまで上昇している。七不思議に数えられる古代エジプトはファロスの超巨大灯台。その謎に満ちた光源は現在のレーザー兵器の発信源にも遜色ない、太陽の如き光を放つオーパーツ、或いはアーティファクト、プレシャスと呼ばれるものだったのだ。

ごぉっ

炎が「繭」の表面を覆う。既に内部は炉の如く灼熱していたが、「大灯台」の放つ熱照射が遂に耐熱限界を超えさせたのだ。火は張り巡らされた糸を伝い、既に瓦礫の山と化しつつある陰陽寮本部を火葬していく。「ああ」と嘆く様なマリアの声にエミーは強い罪悪感を覚える。既に秘密組織の本拠地として命脈を絶ってはいるが、それでも彼女個人にとって大切な場所である事は代わりないのだ。それを理解していながら、勝利の為に破壊も辞さない自分に嫌悪感すら覚える。

「うおおおおお・・・」

焔を纏いながら、焼けた糸屑を払いREXUSは業火の中より這いずりだしてくる。超高温に晒されてなお健在、これは驚異的だが充分に予想の範疇だ。そもそもエミーは彼を熔解させる為に繭の中に封印したのでは無い。この直後の瞬間を狙って動き出すアスラの為の布石でしかないのだ。

ギュ―――――――――ン

モーター音に似た高い音色が響き、宙に炎を孕みながら一陣の風と化して紫影が舞う。それは六腕のスイングで高速ジャイロ回転する仮面ライダーアスラ。その身を一基の回転掘削機と化しながら彼の身体はREXUSに向けて突撃する。

「意趣返しだ、REXUS! これがオレの修羅ァッ!烈風ゥゥ脚だッ!!」

ギャリギャリギャリギャリギャリ!!!

ドリル化して突き刺さった右足が、墳血の様に火花を撒き散らしながらREXUSを削り抉っていく。

「馬鹿なっ・・・“渡し守(カロン)”が作動していないッ?」

「うおおあああああああらあああああああああっ!!!!」

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」

ドギュラッ

弾き飛ぶREXUS。彼は激しく錐揉みしながら落下地点の瓦礫を、まるで発破を掛けた様に激しく爆砕させて墜落する。

どごおおぉぉぉぉ・・・・

「おおお・・・」

驚嘆の声を上げる自由騎士。確かに凄まじいが、戦車の装甲を貫徹する威力を持った仮面ライダーのキックならば、本来何の不可思議も無い筈の情景。だが、それもこの戦闘の開始直後ならば先ず考えられなかった。糸の結界に閉鎖されるまでマントによって遮断されていた運動エネルギーの入力が今は可能になっている。

理屈は簡単だ。排熱不能の状態で加熱し続けたことでマントを構成する材質の電気抵抗が高まり、摩擦を無効化する為の通電が不可能になったのだ。

「感心している場合か!! 畳みかけるぞ!!」

「お、おおっと!!」

慌てて追従する自由騎士。リスキーな賭けに勝って得た報酬、この好機を逃す手は無い。物理的衝撃が通る。ならば、あの衝撃反射機能の容量以上のダメージを叩き込めるのは今しかない。

「おりゃああああっ!!」伸びる突きの連打を繰り出す自由騎士。

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」ロボット破壊砲の全残弾を解放するKC-0。

「オラオラオラオラオラ!!」拳で撃ち据えつつ、目標を逸れたKC-0の弾丸を阿修羅神掌で拾い軌道補正を行うと言う神技を見せるアスラ。

「せぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!」そしてエミーも糸で周囲の瓦礫を吊り上げ、勢いを付けて叩きつける。

ドドドドドドドドドドドドド!!!

それは最早、壁と言って差し支えない。打撃の弾幕。全ての力を余す事無く絞り尽す様に放たれ撃ち込まれて行く。

「ぐ・・・おお・・・おおおおおおっ・・・!!」

膨大な圧力は逃れる事さえ許さず、REXUSを地面に押し潰していく。怒涛の勢いのまま一気に全質量を削り取り、消滅させる。

それで此方の勝ちだ。邪眼導師が契約を違えなければ、それで五人のライダーは復活し、一気に此方が有利となる。そんな計算を巡らせるエミー。だが――

「な・め・る・なぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「!!」

爆ぜる。爆発的に広がる。白き仮面ライダーの王は、挑む戦士達に踏み込む隙も、逃げる暇も与えない。

イオンを纏う太い光の鎚、大鉈の切れ味を持った激烈な颶風、飛礫の大きさに巨岩の質量を封じ込めた重力弾、柄頭同士で連結しブーメランの様に投げ放たれた曲刀、それらが次々、ではなく一切の間を置かず同時に襲いかかり、更に頭上から最大の脅威が降り注いで来る。

「・・・出でよ、“不産母神(ガラテヤ)”」

ひゅおおおおおおおおおおおおおおおおごごごごごごご

「な・・・なんだ、あれは・・・!!」

見たもの、見ている目、その両方をエミーは疑う。空を戦慄かせ、赤鈍色に焼け爛れた岩塊が雨粒の様に降り注いで来たのだ。

「・・・!!」

長く轟音は続いた様に思えたが、最初の一音以外は殆ど意味を成さなかっただろう。その直前までの攻撃により、意識の大部分は刈り取られていたし、大音響も余りに音量が大きく長く続けば、最早、耳朶は音を拾う作業を放棄し、それは静寂と何ら変わりなくなるからだ。

「ぐ・・・」

だが、存外に短い時間で意識を取り戻す。咄嗟に前を庇ってくれたアスラが燃える岩を薙ぎ払ってくれたのだ。

「元宗・・・!!」

しかし、そのアスラも既に倒れ伏している。紫金の生態装甲は無数の亀裂が生じところどころ焼け爛れている。何より酷いのが彼の象徴たる阿修羅神掌だろう。あるものはグシャグシャに崩れ、あるものは付け根に近い位置から折れ砕けている。

「元宗・・・!!」

「・・・」

まるで屍の様に彼からは返事がない。エミーは廃墟と称するのもおこがましい、最早、“焦土”と成り果てた周囲を見回す。怒れる神罰の槍が降り注いだ様に、周囲には小規模なクレーターが無数に穿たれ、陰陽寮の地上施設はその姿を完全に砂利粒の様なコンクリートの欠片と、千切れた鉄片へと変じていた。

「ま・・・マリア・・・!!」

現状、自分の身を守る手段さえ持たない友の姿を探す。だが直ぐにエミーは僅かな安堵を得る。少し離れた場所に僅かにコンテナ部分が歪みはしているものの、ほぼ無傷に近いグランセイルの姿があったからだ。大気圏突入直後の星屑(メテオ)を拾い集めて呼び寄せたか、或いは活火山の滾る内側から取り出したのか何れかは解らないが、遠く離れる以外に被害から逃れる術の無いあれは、どうやらごく小規模な空間に限定して降り注いだものらしい。だが、安堵は長くは続かない。

「相模・・・ネ・・・いや自由騎士・・・!」

動揺に思わず口にしてはならない言葉が出てしまいそうになる。其れほどまでに酷い有様だった。機械陰陽師は足だけを瓦礫の下から覗かせ、倒れ伏した自由騎士も背中の翅が焼け縮れてしまっている。二人ともアスラと同等に近いダメージを受けており、どう贔屓目に見てもこれ以上の継戦が可能な様には見えない。またエミー自身の足にも飛来した金属片が突き刺さり立つ事が出来ない。

「浅はかだな。蜘蛛魔術師・・・」

「・・・仮面ライダーREXUS!!」

絶対防御を誇った白銀の外套は焼け爛れて崩れ落ち、苛烈な攻撃を装甲は無数の打撃により大きく歪み、赤黒く血糊に汚れている。

「“渡し守(カロン)”を破った程度で、この私が倒れるものか・・・!」

咆えるREXUS。だが、それはまるで悪趣味な、それこそナンセンスな冗談の様だった。あれで倒れないならば、倒し切れないならば、何の為の防御装備だ。摩擦係数を歪めるマントも、報復兵装(ペインバッカー)もまるで意味がない。ふと脳裏に邪悪な笑顔が過ぎり、成程と彼女は理解する。製作者の酔狂に応えるため、死力を尽くした戦士に絶望を与える為か。

だが次いで放たれる言葉が、エミーの推量を否定する。

「私は仮面ライダーなのだから。その程度で・・・倒されるものかっ・・・!!」

彼は言う。精神が足に立つ力を与え、拳を固めさせるのだと。そして、REXUSの精神論に応える様に立つ男がいる。

「元宗・・・!!」

「く・・・」

手を衝き、膝を擦りながら仮面ライダーアスラはボロボロになった身体を起こす。彼は自分の代わりに隕石弾を受け、更に彼自身の霊力の塊である阿修羅神掌が粉砕されたのだ。本来ならば、肉体的にも霊的にも一線を越える瀬戸際なのだ。それを見て、REXUSは何故か満足そうに言う。

「やはり立つのはキミか、仮面ライダーアスラ。仮面ライダー、だからこそキミは立つ」

「・・・しらねぇよ」

頭を振るアスラ。肺か、呼吸器官の何処かに負傷を受けているのか、その短い単語を吐きだすのさえ億劫そうだ。だが、彼の口調ははっきりと意思が込められた強い調子のものだった。

「お前らの言う事は全くわからねぇ。オレは馬鹿だからな。だが・・・一つだけはっきりしてる。オレは仮面ライダーだから立ち上がったんじゃねぇ」

「なに・・・?」

「立てるから立ってるだけだ」

ただ純粋に事実を述べる様に短く応える。そして―――

「っつーか、仮面ライダーだから戦わなきゃなんねぇっての、おかしいんじゃねぇのか?」

「何を・・・何を言っているッ?! 仮面ライダーアスラ?! 貴様は・・・何を言っているッ!!」

「?!」

突然、狼狽し激高したように声を荒げるREXUS。しかしアスラは自らの言葉の何が王の癇に障ったのか理解できていない。

「仮面ライダーは自由と平和の為に戦う。戦わなければならない。そうでなければ仮面ライダーではないッ!! 仮面ライダー足り得ない!! 貴様は・・・利己によって戦うというのか?!」

「だから、そんな理屈を捏ねられてもわからねぇってんだろ」

「ならば・・・何故、お前は仮面ライダーを名乗る?! 自らの字の意味すら判らぬ訳ではあるまいッ!」

問われてアスラは暫く躊躇う様に黙考していたが、やがて少し照れ入った声で答え始める。

「オレは単に好きになった女を護りたかったんだよ。男だからな。だからそいつの代わりに戦ってやりたくて、だから仮面ライダーを名乗っただけだ」

「な・・・」

「建前は兎も角、本心では大層な題目掲げてた訳じゃない」

そう言ってアスラは自身の胸に掌を当てる。

「まァ、今はそれだけじゃない。仲間だって護らなきゃならンし、ここに託された“夢”にだって応えてやらんとな」

(やはり、変わったな・・・)

苛烈だった頃の姿を知るエミーは、彼の言葉に胸に湧き出す熱い何かを感じずにはいられない。以前、霊威神官が人の夢見る心を刈り取り集めて作った“一つの太陽”。その根源となった多くの人の希望の力は今、アスラの体内に取り込まれ、彼の力となっている。或いは、その思いが彼を変えたのかもしれない。

アスラは胸に於いていた掌を握り拳に変え、力強く言う。

「そしてオレにはその力がある。だから立って、戦うんだよ。なぁに・・・そんなのは屁ってやつだ」

「馬鹿な・・・」

まるで白昼に悪夢を見る様に呻くREXUS。

「女・・・仲間・・・・・・そんなもので、そんな事で仮面ライダーを名乗る・・・だと・・・?」

「平成(いま)は――そう言う時代らしいぜ」似合わぬニヒリズムを呟くアスラ。

「馬鹿な!!」だがREXUSは怒りに満ちた声で返す。

「自らの欲望に任せて行動する奴に仮面ライダーを名乗る資格は無い!! お前たちは、やはり魔の国を脅かす怪人だ!! やはり貴様たちは倒されなくてはならない!!」

「って言われてもな」

遂に極論に至る幼き王だが、アスラは存外に落ち着いた口調で答える。

「ってかヨ、オレから言わせてもらえば仮面ライダーだから護る・・・って、それこそ怪人みてぇじゃないか」

「なんだと・・・?!」

自身の価値観の根幹を揺るがされ冷静さを失っていたREXUS。だが続きを促す所を見るに未だ少なからず理性の糸は繋がっているらしい。

「なんだと・・・って言われても、なぁ。なんか説明してくれよ、コウ。適当に難しい言葉使ってヨ」

『いきニャりふるニャよ』

『まあ、そうだニャ。与えられた目的に沿って行動する。洗脳処置を施された改造人間に見られる典型的パターンだ。あんたの場合、“仮面ライダーである”という目的の為ニ“自由と平和を守る”という手段を取っている、と分析できるニャ。まあ要するに手段と目的が入れ替わっているというべきかニャ・・・とこの脳足りんは言いたいみたいニャんだけど如何、感想を持たれるかニャ?』

「な・・・そんな・・・そんな・・・馬鹿な・・・!! そんな筈は」

「じゃあ聞くが、お前、自分で非道だ外道だ言ってた奴らを護るってのは、本意なのか? おまえ自身、本当にそう願って、やりたいと思っているのか?」

「・・・!」

「呆れたぜ。自分がほんとに何してぇのかも判らずにヒトに喧嘩売ってるのかよ」

「だまれ・・・だまれ・・・だまれぇぇぇぇぇぇっ!!」

「私は護る! 護らねばならない!! 魔の国を!! 魔人たちを!! 私が仮面ライダーである為に!!」

「お前がそう言うなら、それしかねぇなら、良いさ。どっちが怪人で、どっちがライダーかなんて、この際、どうでも良い。お前にも俺たちにも護りたいものがある。それでな」

「そうだ・・・」立ち上がるジハード。彼には別れたとはいえ、未だ思いを寄せる元恋人がこの場にいる。

「我々には・・・」パトリオット。データでは妻子を持っている。子を為す事が難しく同じ時を過ごせない改造人間。だからこそ、逆に彼の愛は深いのだろう。

「護りたいものが・・・」人類よりも、それを包括する地球生態系の守護を掲げた組織の戦士、テラ。

「ある・・・!」エル。彼女の視線の意味をエミーは余り察したくは無い。自由騎士の出した玩具が生んだ一時的な気の迷いと信じたい。

「託すぜ・・・アスラ!! オレ達の力を・・・!!」そしてライダーでありながら悪の組織の首魁を務めた、義賊の長、ルドラ。二度も組織を失った彼の怒りはいかばかりか。

五人のライダー達から、光の様なものが迸りアスラの身体に注がれて行く。そして見る間に破壊されていた彼の阿修羅神掌は、形を取り戻していく。

「これは・・・!!」

「ライダーシックスインワン!!」

再び倒れるライダーたち。その瞬間、光は途切れ腕の修復は終了する。完全にではないが、アスラの背には確かに四本の腕が新たに備わっていた。

「茶番、虚仮脅しだ!」

「お前はあいつらを、五人を参考に改造されたんだろ? だったらこれで互角!」

「死に損いの力を得た処で!! この私には九の必殺攻撃を同時に放つ事が出来るからな!! たとえ六本の腕と両足で防いでも残りの一撃が確実に貴様を仕留めるッ!!」

思い返せば先程は五撃同時に放たれた。それが四人がかりでも防げなかったのだ。その倍の威力に一人で立ち向かうなど無謀も極まった。だが・・・

「この腕一本一本には仲間の力が宿っている。だったら腕一本に付き五撃分、それが四本だから二十撃分・・・!! きっちり利子を付けて倍返しできるぜ」

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「大真面目だっ!!!!」

五人のライダーの思いを託された仮面ライダーアスラが、五人のライダーを参考に造り出された仮面ライダーREXUSに向かって駆ける。

「出ろ!! メルクリウスローネ!!」

出現する大型二輪車。仮面ライダー、そのライダーの名を体現する様にREXUSはそれに騎乗すると走り来る修羅の戦士に向けてエンジンを始動させる。

空中滑降蹴り(ライダーキック)と並んで彼らの代名詞とも言えるバイクによる敵陣突入攻撃(ライダーブレイク)。

それだけではない。空間が歪んで兵装が召喚され、両眼が激しく電光を迸らせ始める。それぞれパトリオットとジハードの特性を受け継いだものだ。更にルドラの能力を模した気象制御システムで大気の大規模制御を始め、消去法でテラを参考に合成されたのだろう細胞組織が猛烈なエネルギーを放ち彼の左腕が赤く燃え始める。そしてエルの神霊術に対応しているのだろう、魔術的言語が周囲に複雑な光の紋様を描き出していく。

「倒れろ!! 魔の国の為に!!!!!!」

破壊力が解き放たれる。

「“不可侵浄水(ナイアス)”、電磁照射開始!!」パルス状に発光しながら超高速で飛来する青い水晶球。

「TCシステム、“助言者(メティス)”・・・アクティブ!!」額の第三眼(シグナル)から放たれるレーザー、それに追随するよう両目から迸る稲光。

「吹き荒せ、“孤島の公女(ミランダ)”」旋風の砲弾、そう形容するのが相応しい真空と超高気圧がランダムに入り混じった疾風。

「滾れ“灯す者(プロメテウス)”・・・喰らえ、プロメテウスクラッシュ!!」炎を上げて繰り出される左腕。

「軍神(マルス)の双子、“恐怖(ダイモス)”、“恐慌(フォボス)”、唸り切り刻め・・・戦風双連斬(ダン・バインド)!!」柄頭で接続され双剣となって繰り出される曲刀。

「“満月(セレネ)”・・・人工中性子星(ニュートリノ)、発射!!」黒い染みの様な、周囲の空間を歪ませる重力弾。

「明星魔術(ヴィーナスブラスター)」巨大なトゲ付き鉄球型の、金色に輝く魔力の塊。

「メルクリウスローネ、死告天座疾走(ペイルホースランディング)!!」エネルギーバリアを展開しながら疾走してくるメルクリウスローネ。

「“星無き夜(ニュクス)”」そして僅かに焼け残ったマントが分解し、無数の刺の様になって飛び散って来る。

それぞれが必殺の威力を有した恐るべき攻撃の殺到。だがアスラは僅か程も躊躇わず破壊の怒涛の中心に踏み込んでいく。馬鹿な、自殺行為だと言う言葉が喉から出かけるが、直後、エミーはそれを飲み込む事になる。

どんっ

爆発が起こる。九の必殺攻撃がアスラを飲み込んだのでは無い。それはメルクリウスローネの爆発。REXUSの放った重力弾が彼自身のバイクに命中したのだ。

「な・・・なに・・・!!」

空中に投げ出されながら驚愕するREXUS。正確には九つの必殺攻撃同士が衝突しあいアスラの前で炸裂したのだ。余りに短い時間だったが、アルケニーウィザードのMEGA-NEXはそれを捉え目視レヴェルに解像することが出来ていた。ほぼ光速と言う速度の関係から最初に飛来する雷光。アスラは通常、阿修羅神掌による防御は角度を付けて逸らすという方法をとるが、今回彼は、逸らすのでは無く“弾き返し”、後続の攻撃に衝突・自滅を図ったのだ。それにより、自らの手数より多い攻撃を捌き切ったのだ。

「足りねぇなら、相手の力を使わせて貰う・・・! 悪いがな」

「おのれっ・・・!!」

だが尚も剣の一本が残り、REXUSは其処に細胞が燃える炎と黒い重力を纏わせてアスラを迎え討つ。アスラは“殿”の形態に阿修羅神掌を変形させる。だが彼の巨大な剛腕も、既に過酷な消耗の繰り返しで亀裂が無数に走り、パーツそれぞれが今にも分解しそうになっている。アスラは意志力でそれを引き締めると、空中のREXUSに向けて跳躍する。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」

神の使徒の如き裁きの一斬が修羅の巨腕に振り下ろされる。巨大な破壊の拳が王の僭称者に突き上げらられる。

ざごんッ

「元宗!!!」

悲鳴が漏れる。破壊力の勝者はREXUSに見えた。割れ、砕ける阿修羅神掌。真っ二つになり、更に無数の部品に分解されて空中に四散する。

「私の勝ちだ仮面ライダーアスラッ!!!」

既に曲刀にも無数の亀裂が走り、武器としては最早、扱える術は無い。それでもREXUSは残された全精力を其処に籠め、自らの存在意義と護るべき者を脅かす悪鬼羅刹へと振り下ろす。

ガキン

だが刀はアスラの生態装甲を僅かに浅く切り削いだところで停止する。いや、停止させられる。腕が彼の手首を、肘を、肩を掴み固めているのだ。空中に砕け散った殿の巨腕が再構築し、REXUSの全身を捉え固めたのだ。

「なんだ、これは――――ッ!!!!!」

いや或いは砕かれたのでは無く、敢えて砕いて見せたのかもしれない。彼を捉え確実を期した撃破を果たす為に。それは無数の阿修羅神掌。彼の驚愕の声も理解できる。阿修羅は本来ならば三面六臂。即ち六本の腕しか無く、仮面ライダーアスラも自らの手を加えて六本、詰まり阿修羅神掌は四本しか無かったはずだ。だが、今、彼の身体を捉えている腕の数は明らかにそれよりも多い。

「言っただろ・・・釣りがあるってな」

ガシィ――――ン

二十本の阿修羅神掌が主であるアスラの背中に接続・最合体する。手足の関節のみならず、頸椎・脊椎・腰部と言った人体の構造上重要な間接部位に圧迫を加えるべく、頭部や腹部を始めとしたほぼ全身に絡みつく様は、宛らイカやタコなどの頭足類や蜘蛛が獲物を貪る様を想起させた。

「が・・・ぐ・・・ごあああああああっ」

奇妙な咆哮を上げて逃れようともがくREXUSだが、既に完全に極まったこの状況では、どのような剛力を用いても離脱する事は難しい。ゴルゴダの丘で十字架に掲げられた神の子の如く、もはや彼の運命は決したのだ。アスラは彼を捉えたまま錐揉み回転しながら急激に上昇していく。

ギュイ―――――――――――――――――――――――――ン

「修羅くぁぁぁぁみぃぃぃぃかぁぁぁぜぇぇぇ(神風)ッ!!」

アスラとREXUSが一体になった竜巻は、その辰の名の如く天に昇った後、一点で折り返し、今度は地面に向かって急速降下する。

「むぁぁぁんじぐるまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(卍車)ッ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」

メキベキメキベキベキベキバキッ

ギャリギャリギャリギャリッ!!

REXUSを下に地面に激突する神風。多量の土砂が水飛沫の様に散り、折れ砕け削り抉られる音が痛々しく長く辺りに響く。

やがて新たに生じた孔から礫弾が飛ばなくなり、擦過音が聞こえなくなる。もうもうと柱の様に土煙が立ち昇り、沈黙が辺りを支配する。

「や・・・」

エミーはごくりと喉を鳴らす。口から漏れ出そうになった、浮ついた言葉を飲み込んだのだ。余りに多くの戦場で“それ”を口に出して確認したものは、戦没者となって果てているからだ。

しかし、彼女のその様な心遣いは無用のものだった。直ぐに煙の奥から大柄な人影が現れる。アスラだ。しかし彼は一人だけではなく、REXUSも抱きかかえている。五人のライダーから託された力も使い果たしたのかアスラの手の本数は元に戻り、REXUSは全身がボロボロで特に手足は針金の様に圧し折れ捩れている。

「元宗・・・!!」

「なんとか、勝ったぜ。エミー」

白い仮面ライダーを下ろすと彼もそのまま座り込み、変身を解除して元宗の姿に戻る。勝利――その言葉が頭に過った、その時。

パン パン パン・・・

「コングラッチュレーション。仮面ライダーアスラ。そして地上人類を護るみんな。よく頑張ったね」

手を打ち鳴らし、邪悪な微笑を浮かべて毒蛇の魔王が称賛の言葉を告げる。エミーは思わずギョッとする。これまで戦いの余波を被らない場所に一人で退避していたらしい。失念していた――訳では無い。無いのだが、強敵REXUSを半死半生のていで倒した後だけに、全神経が訴える危険信号は何時もより激しいものに感じられた。

「邪眼導師・・・!」

「まあ、落ち付いてよ」

彼は元宗の脇をすり抜けREXUSの前まで歩いてくると、しゃがみ込んで苦笑を浮かべる。

「いやぁ、しかし派手にやられたねぇ。全関節がほぼ全て粉砕されてるし、内部循環系もダメージ著しい。これじゃあ自己修復も追いつかない。そもそもこれじゃあね」

全身の各所に簡単なチェックと所感を述べる白衣の魔王。それは失敗した実験の結果を観察する狂科学者のそれだったが、何所か出来の悪い息子を見守る親の様にも見えた。

「確かにこれは負けだね。完全敗北だ」

そうして魔王は自らの創り出した最高傑作が破られた事を確認する。此方にその意を伝える様に、倒れた我が子に言い聞かせる様に、或いは自分自身で再確認する様に。元宗は常から険しい顔に更なる険を含ませると、鋭い視線で邪眼の魔王を見据えて言う。

「約束だ・・・あいつらを助ける手段。教えて貰おう・・・!!」

促す元宗に魔王は楽しそうに頷いて見せる。未だ何かを隠し持った、そんな剣呑な雰囲気を漂わせる――

「確かにそうだったね。そう言う約束だった。キミたちがREXUSを倒せば彼ら五人のライダーを死病から救う方策を教える。確かにそれは邪眼導師マナ・N・マックリールとキミたちの間で交わされた、口約束とはいえ正式な契約だ。だが」

振り返る邪眼導師。その口の端がサディスティックに吊りあがっている。それを見た瞬間、背筋に走る冷たい感覚。全身の毛穴が先立ち泡立ち、酷く重苦しい圧迫感が骨より内側の何かを軋ませる。

「ボクがその契約を踏み倒さないと――本気で思っているのかい?」

「!!!」

やはり、とエミーは悪しき予感の的中を確信する。この人の心を弄ぶ事を最大の楽しみとするこの男が、素直に教える筈がない――強烈な虚脱感の後に、猛烈な怒り。この様な外道を生かしておくわけにはいかない。先程のKC-0の猛烈な可逆の意味が心で理解できた。彼女は直感を持つ機械である故に、より忠実に危機感に従ったのだ。あの時、自分も躊躇わず完全殺害に助力するべきだったのだ。

「――なんてね」

だが次いで酷く意外な言葉が邪眼導師の口から出る。ヘルメスの中枢、シルエットスーツの動力源であるエーテル相転移エンジンのメルトダウンも辞さないオーヴァドライブモードの準備をしかけた矢先だ。

「冗談だよ。そう殺気だたないでよ。ボクの負けさ。ボクの人生の集大成、そしてボクの未来と夢の全てを賭けて造り上げたREXUS――彼が敗れたんだ。ボクの負けだよ」

「な・・・」

「本気さ」

今一、信じ切れていないと言う一同に彼は苦笑いを浮かべる。

「いや――もう負けていたのかもしれないね。彼が、REXUSが、仮面ライダーとして戦おうとした時点で」

「どういうことだ」

「僕はキミたちに憧れていたのさ、仮面ライダー。だけどボクはそうはなれない。だからボクの分身であるこの子に夢を託したのさ。だけど・・・」

問うアスラに答えず邪眼導師は倒されたREXUSを調べながら独り言の様に呟く。その顔に先ほどまでの邪気は見て取れない。別人の様に柔らかく穏やかな表情が浮かんでいる。だが、それでもまだ、エミーは胸中に生じた不安感、嫌悪感は未だ拭えていない。その人の良い笑顔は仮面だ、邪悪な本性を隠し、油断を誘う為の、そう判断できるだけの材料は充分に揃っているのだから。

「まあ、詳しくは良いじゃない。それより約束だったね。彼らを助ける為の手段、教えておかなきゃね――」

彼はそう言ってズボンのポケットからフラッシュメモリを取り出すと元宗に向かって放る。それが綺麗な放物線を描いて元宗の手に落ちようとした瞬間――

「!!」

「え・・・」

その一瞬を、当事者の邪眼導師でさえ理解するまでに数秒の時間を要したようだ。エミーも、それが何であり何が起こったのか、判らなかった。血管の中を血ではない重い何かがざりざりと流れているような感覚。鈍る思考と霞む視界の中でエミーは目に映ったそれが何であるかを理解しようと務める。

以前、未だ故郷に居たころ、金曜日のロードショーで三作目だけを見たSFモンスターパニック映画のワンシーンを思い出す。

然程厚くない邪眼導師の胸が破れ、赤く血に濡れた何かが突き出していた。

「あ・・・ぐ・・・・れ・・・REXUS?」

異様な光景は、異質な生命を思わせたが――魔王のうめき声通り、それは確かにREXUSの腕だったようだ。

視界が更に狭まる。赤い霧が辺りを覆っているようだ。足もとがグラつく。意識が朦朧としているせいなのか、実際に揺れているのか判然としない。

「REXUS・・・フフフ、違うな。邪眼導師」

「ぐおおおおおおあああああああああああああっ」

「私は・・・」

REXUSだったものの口から彼のものでない声が紡がれ、邪眼導師が苦痛に叫ぶ。そして、エミーは意識を失った。

 

 

 

地の底より鳴り響く巨獣の怨嗟にも似た唸り声。大地は大気と混ざらんばかりに割れ砕け、舞う。

既に灰燼と化しつつあった陰陽寮本部は遂に、巨大な震動によって、その姿を完全に消滅しようとしていた。

だが、地震などよりも余程大きな衝撃が目の前に展開している。邪眼導師がREXUSに後ろから刺されたのだ。

それはこの場の誰も予期せぬ事態だった。

確かに白い仮面ライダーは創造主である邪悪な科学者に反旗を翻した。だが、それでも彼の目的は“魔の国”に棲む人類=魔人の自由と平和を護る事であり、邪眼導師に対しては一切、危害を加えようとはせず、寧ろ彼を護りさえしたのだ。それにも関わらず、今、目の前では親殺しの惨劇が起りつつある。

敗北により精神に異常を来したと見るべきか。しかし、彼の口から洩れた彼以外の声は気になった。

「うぐあ・・・あ・・・ああ・・・」

「マ・・・マナくんが・・・」

吸い取られて行く――邪眼導師の姿を見てマリアは率直に、そんな感想を覚えた。

血が腕を伝い、流れ出す。それと共に、邪眼導師が邪眼導師であるために必要なもの、彼と言う存在を成り立たせる為の要素が奪われて行くようにマリアには見えた。全身の骨格が粉砕され満身創痍だったREXUSが、生血を啜る吸血鬼の様に傷を癒していったからだ。

「ぐ・・・が・・・かあああっ!!」

「!!」

シュヴァッ

黒い光の刃が虚空に生じ、REXUSの腕を切断する。解放される邪眼導師だが、彼は頭を潰された蛇の様に血を噴き撒き散らしながら地面をのたうつ。

『フ・・・即座に接続を断ったか。賢しいものだ』

一方でREXUSは断たれた腕を復元しながら小憎らしげに自らの創造主を見下ろす。一体、何が起こったのか疲労を極めた今の頭では即座に理解が出来ない。

「マリア」

「先輩・・・!」

背後から呼ばれる声に振りかえると、其処には京子の姿。何とか意識を取り戻し瓦礫の下から這いだしたらしい。

「撤退するわ。彼らをグランセイルに運んで」

「え・・・何? 先輩、何が起こるって言うの」

突然、促してくる彼女に戸惑うマリア。だが彼女は現状について、何らかの情報を持っているらしい。

「だいぶ前からこの辺りに重力異常が起きてる。多分、空間に穴が開くわ。ホントはもっと早くマリアには逃げてて欲しかったのに・・・」

「そんな・・・どうして、今更そんなことを?」

「敵を欺くには、と言うでしょ。上手くいけば白蛇野郎もろとも・・・と思って」

言葉の間に一呼吸分の含みを入れる。狙いが外れた、そんな苦虫を潰した様な顔。

「それじゃ先輩、ここが・・・本部はどうなっちゃうの?」

「・・・この規模だと、多分、いや間違いなく消滅する。跡形も残らない。巻き込まれれば、終わりだよ」

「そんな・・・!」

京子の言葉はマリアにとって激しい追い打ちとなってショックを与えた。

「どうにか、ならないの? 何か手立ては無いの・・・先輩!!」

「情報が少なすぎるのよ、マリア。それに時間も無い。諦めるしかないわ」

「でも、だって・・・ここはわたし達の、家なんだよ!」

上部施設が破壊されただけでも、彼女の心は引き裂かれる様な痛みを覚えていたのだ。

幼い頃、故郷を焼かれたマリアにとって、この上帰るべき場所を失うという事は、決して忍耐し得ることでは無かった。

「判るんだよマリア。それに、ここはもう基地としては死に体も良い所だ。遅かれ早かれ、棄てることになったんだよ・・・」

「でも、それでも・・・!!」

冷静に説得する京子だがマリアは承服できない。確かに「エニグマ」をはじめ、複数の暗躍組織にその所在を露見している本部は、既に秘密組織の基地として十全な機能を果たせるとは言い難く、そう遠くない時期に移転するという計画があることは聞いていた。だが、理解できることと納得できる事は別の問題なのだ。

「マリア・・・!」

「だって、先輩・・・ここが無くなっちゃったら、神野江先輩や華凛ちゃん、何処に帰って来ればいいかわからないじゃない!」

「・・・!」

京子は言葉を詰まらせる。見ぬふりをしていたものに、誤って視線を向けてしまった様な、そんな表情。何時もはぼんやりとしている顔に、苦渋を呑む顰めた表情が過ぎり、そして其れは怒りのものへと変わる。振り上げ、降ろされる掌。だがそれはマリアの頬を打つ寸前に止められる。

「先輩・・・」

「いい加減にするんだマリア! お前が死んだら二人を誰が迎えてやるって言うんだ?!」

「!!」

「ここが無くなっても、記憶(メモリー)は消えやしないよ。それに、あんな面倒な二人、奈津だけに相手させるつもり?」

今、この場にいない彼女ならば二人をあらゆる意味で手厚く迎えてくれるだろう。だが、それでも小柄な彼女には荷が重いかもしれない。

「先輩はしないの・・・?」

「わたしは面倒なのは嫌いって知ってるでしょ。だからマリアにいてもらわなきゃ、困るんだから」

わざとらしく不貞腐れた様に言う京子。マリアは彼女の不精が、半分はポーズである事を知っている。いや、ポーズだと信じている。悲しい別れの経験から、また同じ思いを繰り返さない様、そして人に同じ思いをさせないよう、敢えて自分も含めた全てに関心が薄い様に振る舞ってきたのだろう。だから実際には彼女は仲間への思いを最優先に行動する。マナ・N・マックリールに烈火の如く暴行を加えていたのも、グレーゾーンの存在であるエミーたちを諸共に葬ろうとしたのも、自分を思っての行動なのだ。

マリアは、それを察すると頷く。自分を思ってくれる彼女を悲しませる訳にはいかない。

「・・・わかったよ、先輩」

涙を拭い立ち上がるのを見て京子は嬉しそうに笑ってくれる。

「話は聞いたよね、エミーちゃん。逃げよ――」

そう言って友に目を向けた時、彼女は友に起こっていた異変に漸く気づく。エミーと、そして自由騎士。二人はまるで案山子の様に、生気無く幽然と佇んでいる。そして彼らが、その姿はそのままに全くの別人に変わってしまった様な、そんな錯覚をマリアは覚えた。

「エミーちゃん、どう・・・したの・・・?」

尋常ならざる事態、それこそ数多と経験してきたが、感じる怖気は五指に入るかもしれない。そして、その答えに応じるのはREXUS――いや、REXUSから発せられる何者かの声だった。

『彼らは彼ら自身の在るべき姿を思い出したのだよ』

「ぐ・・・おまえは・・・一体・・・なんだ・・・っ」

苦しげな声で問うのは胸に穴を明けられた邪眼導師マナ。京子に暴行を加えられた際は即時修復していた傷が、まるで回復を始める兆しを見せていない。REXUS――の姿を持った何かは、嗤うと先程までの彼からは想像できない、酷く他者を卑下した仕草で自らの創造主を見下ろす。

『ははははは・・・ご苦労だったね。“我が娘”の下僕よ。キミのお陰で私は再び現し身を手に入れる事が出来た。感謝するよ・・・』

「な・・・ぐ・・・キミは・・・まさか・・・」

『仮面ライダー諸君、キミたちならば、私の声に聴き覚えがあるものがいるのではないかね?』

不意に、彼はライダー達に話を振って来る。だが――

「?」

「・・・?」

『ふむ・・・』

元宗を始め、倒れ伏しながら顔のみ上げるライダー達の顔に浮かぶのは疑問の表情。

『あの出来損ない(ミスクリエーション)の虫けら(ワーム)どもに撃ち滅ぼされて二十余年。私が生きてきた悠久の時間に比べれば毛の先ほどの時間ではあるが――人が恐怖(ショック)を忘却するには充分だったようだ』

「いや・・・貴様の声、聞き覚えがある!」

諦念の声を洩らすREXUSに、それを打ち消す様に言うライダーが一人。浅黒い肌を持ったアラブ系の青年――京子の“元”恋人だと言う仮面ライダージハードこと、カシム。

「その声は・・・“黒いジハード”、最高預言者(ラビ)・・・バフォメット=ギブリエル!!」

『ハハハハハ・・・』

その名を聞いて嬉しそうに笑うREXUS。マリアも詳しくは知らなかったが、黒いジハードとは中東の紛争地帯を実験場に、テロ組織を隠れ蓑にして人体実験を行い続けていた秘密結社だが・・・

「だが、“黒いジハード”は倒した!! 撃ち滅ぼした筈だ! 俺と・・・一文字さんの二人で!! バフォメット=ギブリエルは死んだ!!」

『おお、一文字、一文字隼人か。我が憎き怨敵よ・・・!』

憎悪の呪詛とは裏腹に、声は歓喜にも似た響きを帯びてカシムを戸惑わせる。

「貴様は、一体・・・?」

『ハハハ・・・その者達は我が遺産を受け継ぎ私を模倣しようとしたものに過ぎん。かつて世界の隅々に根を巡らし、恐怖により世界を制さんとした我のな』

「まさか、貴様は・・・」

中東の青年は、その浅黒い顔に深刻な色彩を浮かべる。それに一瞬遅れて元宗たち他のライダーも同様の慄然とした表情を浮かべる。精神感応(テレパス)。仮面ライダーと呼ばれる者たちがその共感力(シンパシィ)によって為し得る距離と時間を超えた情報共有能力。カシムの得た答えを彼らは言葉を交わさぬまま共有したのだ。

『察したようだな、仮面ライダー諸君。そうだ・・・かつて君達が恐怖した数多の闇を支配してきた者。至高の英知と究極の生命を授ける者。君達は私をこう呼ぶね。“大首領”と』

「馬鹿な・・・!」

わなわなと震えながら叫ぶのは元宗。

「お前は本郷さん達によって完全に倒された筈だ!!」

元宗が告げるのは、マリアも知るそれについての数少ない事実の一つ。それの顛末についてだ。その真の目的、正体、姿の何れも正確なものは何一つ判明していないが、少なくとも大首領と呼ばれる存在は記録上では二十数年前、元宗の言うとおりショッカーの系譜に連なる最後の組織・バダン帝国と共に彼は十人の仮面ライダーによって完全に撃ち滅ぼされた筈なのだ。

『ハハハハハ・・・確かに私はあの時、虫けらどもによって討ち果たされた』

そして“彼”もまた、自らに訪れた“死”を肯定する。彼について詳述された記録が全て事実だとするならば、幽玄の存在としか思えない彼もまた一度は死を迎えたのだ。だが――

『私の肉体は原型と機能を失い、力の根源は切り離されて封印され、魂魄もまた完膚なきまでに打ち砕かれた。それは死すら生温い滅び――あ奴らは、恐怖を与える者である私すら恐れさせる怒りを、そう激怒を以て私をその野望諸共に粉砕した。だが、我が無念の思いは我が魂魄が常世の闇に散り逝くのを留めたのだ。そして私は待った。あの冷たく昏い異界の牢獄の中で。仮面ライダージハード・・・君を生み出した黒きジハードの様な私の遺産を受け継ぐものが、我が転生するに相応しい器を造り出し閉ざされた次元の扉を再び開く時を・・・』

「次元・・・やはりか」

呟く京子。推察の通り空間に穴が開きつつある。其処から過去の悪霊が再び現世にまろび出たのだ。

『邪眼導師、君には感謝しよう。実に素晴しい器を産み出してくれた。完全、究極、至高等という言葉には未だ遠いが、これは私が使うに相応しい身体だ』

「なんだ・・・と?」

満身創痍の邪眼導師は力なく問い返す。

『ショッカーをはじめ私が背後から支配してきた組織に人体改造の技術を授けて来たのは世界征服の手段としての他にもう一つ、私が私の魂を宿す為の相応しい肉体を造り出させる為でもあったのだ。様々な組織に異なるアプローチでの改造技術の研鑽を行わせ、より強くより素晴らしいものを私が宿る肉体として捧げさせる。そうやって幾つもの組織を使い技術を発展させ、遂に二十数年前それは完成を見た。完全に限りなく近いモノ、最後の者、ZX』

「それは――――」誰かが息を呑む。その名前には確かに聞き覚えがあった。REXUS=大首領は頷いて言う。

『そう、私を倒した十人のライダーの最後の一人。完全改造者、コードネームJUDO、村雨良。詰りは仮面ライダーZX。仮面ライダー第一号・本郷猛から第九号・沖和也までの改造データを基に設計、改造された私の器。何故なら各組織が産み出した改造人間の中で彼ら仮面ライダーが最も優れたものだったからね』

仮面ライダーの多くは自らを生み出した組織を潰滅させるに到っている。それは極論するならば、組織の改造人間の中で自らが最も優秀な性能を持つ事を実証したのと同義だ。

だけど、とマリアは思う。

『彼らの技術を集め、彼ら以上の者を産み出そうと望めば、自然と彼らに似ることになる。もう理解できただろう』

「REXUSと同じ・・・!」

『仮面ライダーであるが故に反旗を翻した事まで含めてね。まあ、それに関してはこの忌々しい陰陽寮も同じ道を辿るとは思わなかったがね』

「え・・・? どういうこと?」

「やめろ・・・!!」

必死の形相を浮かべる京子。その顔は酷く青ざめて見える。

『知らないのか? 判らないのか? 化身忍者の末裔。先程私は口にしたはずだぞ、邪眼導師とその主に対する礼をな』

「それ以上、言うな亡霊め!!」

『その娘を思うならば教えてやるべきではないか、機械巫女? 異界に孔を穿ち私を現世に呼び戻したのはお前の慕う者であると』

「!!」

『カミノエシュンである・・・と』

「え・・・?」

マリアは一瞬、大首領が口にした名前を正確に把握できない。

カミノエシュン

かみのえ

しゅん

神野江瞬

あの日、富士の火口に消えた彼女。幼い頃から、実の姉以上の存在として慕い愛した女性。陰陽寮に入局後は家族以上に戦友として心を繋ぎ、共に戦った人。

それが何故、陰陽寮を滅ぼす者の名前として、彼女の心を弄んだ外道の主の名前として出てくるのか判らない。確かにあの魔界の帝王の容姿は瓜二つ以上に良く似ていた。同じだとさえ言えた。だがそれは然して珍しい事ではない筈だ。或いは敵が此方の心を乱す為に仕組んだ罠だと考えていた。いや――――――

思いこもうとしていたのだ。

あれは神野江瞬ではない。特に邪眼導師に裏切られて以降、遂先ほどからは特に強く違うものだと思おうとしていたのだ。

「何故・・・どうして・・・先輩が・・・なんで?」

錯乱し朦朧とし、言葉が巧くまとまらない。舌が酷く重いモノの様に感じられる。

「そうだ! なぜ瞬が陰陽寮潰滅を企む? 第一、どうして瞬が魔帝国の皇帝になれる?」

『知らんよ。私は門を開けたものが神野江瞬であり、彼女の魂が魔帝の宝冠を戴いているのを感じたに過ぎん。それ以上は我が娘の家臣に聞くべきではないか?』

そう言ってREXUSは邪眼導師に目を落とす。

「さて・・・ね」

邪眼導師はずれかけたサングラスを直しながら答える。

「まあ、ボクは・・・“邪眼導師”だからね。“以前と違う”ことには気づいていたよ。いや“見えていた”よ・・・」

「・・・!」

望みもしないのにまた一つパズルのピースが揃い、絶望の絵を完成に近づける。

「じゃあ、どうして・・・!」マリアは言葉にならない言葉で問う。どうして主人の入れ替わりを平然と受け入れられるのかマリアには理解できない。

「僕は別段、陛下ご自身の人柄に惹かれ、慕って・・・・・・なんて殊勝な人間じゃないからね。相応しい力を持ってるなら、中の人が誰かなんて別にどうでもよかったんだよ」

『強きものが弱きものを従える、弱肉強食の理が最も理想的に働く文明社会、魔の国――――そうだ、故に私はデルザーを寵愛したのだったな』

大首領は感慨深げにかつて自らが支配した、魔帝国とも由縁ある魔人の戦闘集団の名を口にする。

『ハハハ・・・そして、その支配者の座に就くとは、娘ながらに小気味の良い話だ』

「娘・・・?」

マリアは漸く彼の瞬を呼ぶ時の言い回しに気づく。娘、それは年若い少女を指して呼ぶ時のものではない。そして彼女の呟きに呼応するように問うのは邪眼導師。

「そう言えば・・・“誰でも良い”なんて言ったけど、まさか大首領・・・キミの娘だとは思わなかったよ」

「!!」

魔王の嗜虐性は、頭を潰された蛇が尚も暫く這いずり蠢く様に、彼自身が死の淵に瀕しても正常に作動している。敢えて目を逸らしたものを見せ、濁していた言葉を明瞭にする。正道の行いだが、それが常に最良の結果をもたらすわけではない。マリアはヒステリックな声を上げる。

「せ・・・先輩の、先輩のお父さんは・・・!」

『新氏マリア、キミは仮面ライダーV3、風見志郎がそうだ、と言いたいのだろう? それは事実の一端ではある。だが総てではない。風見志郎は怪人に襲われていた私の娘を助けた後、僅かな時間を共に過ごしたに過ぎないよ。確かに私の娘にとって、その僅かな時間は重要な意味を持ったようだがね』

マリアも本気であの赤い仮面の伊達男が瞬の実父だと考えていた訳ではない。ただ、悲痛な現実から目を逸らしたかったのだ。

『教えてあげよう。彼女の本来の姿はバダン帝国の次世代改造人間開発プラン、「EXCEL計画」改造素体第一号。胎児に時空魔方陣のエネルギーを照射する事で生まれながらに改造手術に適した肉体を手に入れた新世代児。そして彼女の遺伝子提供者はバダン帝国UFOサイボーグ、オウルロイド・神野江惣一郎』

「そ・・・そんな」

「馬鹿な・・・」

驚愕の事実に最早言葉も失うマリア。神野江瞬を異性として慕っていた元宗も、マリアより彼女と付き合いの長い京子も知らない事実だったらしく、驚愕と共に彼らも息を吐き尽している。

『ハハハハハハ・・・知らぬか。お前たち陰陽寮ならば合点がゆく。かつて見初めた頃のままだ』

感慨深く思い出す様な物言い。かつて彼は陰陽寮に接触を持ったと言うのか。その疑問に答えを見いだせぬうちに彼は続けて言う。

『まあ良い。詰まるところ君が先輩と呼び慕う、魔の国の帝を僭称するあの娘は、我が同胞の血肉を分けた娘であり、我が怨敵の人生を分けた娘であり、我が神霊を分けた娘なのだよ』

其処まで言って彼は何かに気づく。

『ふむ・・・或いは復讐なのかもしれんな』

「え・・・」

『何故ならば風見志郎が彼女を助ける為に殺した怪人が、彼女の実父、即ちオウルロイドなのだからな』

「!!」

もう今日何度めの驚愕かも判らない。神経が摩耗し、精神が擦り切れて尚も残酷な衝撃がマリアを襲い続ける。

『ハハハハ・・・だとしたらなかなか皮肉なものだ。人外の闇より生まれ出でた娘が人間の側に引き入れられ、人間の側を護る為に改造人間にされて、人外の側に立って人間に弓引く。このREXUSの肉体とは別の意味で、仮面ライダーのパロディだな・・・!』

魔人の自由と平和を守る為に魔人の守護者として改造された魔人に宿る父親と、悪の秘密結社より生まれ防衛組織に引き取られ今は人類の敵となる娘。確かに親子と言えるほど似通った、歪んだ鏡に映し出されたような存在同士。だが、マリアは首を振る。

「違う・・・」

マリアは首を振り否定する。

「違う、絶対違う・・・!! そんなこと・・・絶対嘘だ!!」

肯定などとても彼女の心は許容できない。既に痛め尽くされた彼女の心は、それを許容すれば壊れて砕けてしまうからだ。これは嘘だ。全てが出鱈目だ。REXUSが敗北した時の為に邪眼導師が仕込んでおいた虚言を弄して心を攻撃する為のシステムに違いない。

「先輩は、そんなこと思わない!! 先輩は・・・先輩は・・・!!」

『君には優しかったかね、私の娘は。そうだろうね、君がそう望んだのだから。彼女は、そういう娘だよ』

思いが溢れて言葉にならないのに、彼は冷酷な言葉を投げかける。まるで、その優しさが神野江瞬自身のものでは無い様に、機械的な反射であるとでも言わんばかりに評する。否定したい、拒絶したい。だが、繰り返し撃ち据えられ疲弊し切った頭は、瞬の名誉回復の為に働いてはくれず、言葉を求めて見た京子の顔も、暗く淀んでいる。

『まあ、私の娘がどのような人格を獲得しているか・・・等と言う事は、どうでも良いことだがね。魔帝国の皇帝とは言え、所詮は私の玉座の人柱に過ぎないのだから』

「貴様は・・・自分の娘と呼んだ者も手をかけると言うのかッ!!」

野太い怒りの声が上がる。大柄の白人――ライダーパトリオット、マクガイアだ。彼はライダーの身でありながら珍しく妻子を持つ一人だと陰陽寮のデータには記録がある。彼の怒りは既に知己として交流の在る、あの探偵親子を思い出させた。あの巨大な鋼の塊の様なライダーもまた娘二人を愛し、それ故に他者の歪んだ親子の関係に激しい義憤の炎を燃やした。

『その為に産まれる様、仕向けた娘だ。その為に必要ならばそうする』

「貴様の目的は一体何だ・・・!」

『私の目的は変わらぬ。力による・・・世界征服。牙と爪を備えるものたちによる、純粋な力によって支配される世界の完成――』

掲げた右腕が何かを掴み握りつぶす様に拳を固める。

『優しさを奪い、弱きものをいたぶり、互いにいがみ合わせ、愛しき隣人にさえ骨肉で争わせる為――例えお前たちが何兆回と裏切りに疲れ、安らぎを求め様とも。それが私の変わらぬ願いだ』

混沌の神の如き宣言。そして彼は通告する。

『さてお喋りの時間は終わりだ。私は目覚めの仕事をせねばならない。先ずは、この東京を消滅させる。バダン帝国壊滅後、その遺産を受け継いだ組織の幾つかは順調に育っているようだ。だが、何故か一定の緊張を保ったまま停滞している。故に呼び水を差すのだよ。この東京は多くの組織にとって重要な場所だろうからね。今まで沈黙を守って来た者達も、カウンター行動に出ざるをえまい』

「そんなことは・・・させるわけにはいかんッ!!」

『させる、させないの話ではないのだよ。これは一方的な決定事項なのだからね』

「ふざ・・・けるなぁぁぁぁぁっ!!」

咆哮と共に元宗の姿がアスラに変わり大首領=REXUSに殴りかかる。腕のスウイングを最大限に利用した重く鋭い拳打。だが大首領はそれを避けようともしない。

ガッ

顔に突きささるアスラのパンチ。しかし――

「お、重い?!」

弾かれたのはアスラの拳。弾かれただけではない、彼の拳の生態装甲が細かく割れ、血が噴き出している。急激に重量と硬度が上昇したのだ。

『ハハハハハハ・・・言っただろう? 東京を潰滅させると。戯言だと思ったのか? 見せてやろう、魔王の力を!』

そう大首領の声が告げた次の瞬間、REXUSの身体はまるで空気を吹き込まれた風船の様に急激に膨張を始めた。


 

 

 

 


陰陽寮の現局長・神崎紅葉は元戦闘陰陽師である現場上がりの局長だ。成程、この戦闘に対する意欲の高さも納得できる。
 但し、巻き込まれた此方は些か良い迷惑だ―――等と詰襟の男は無責任極まりない事を思い泣き言を口にする。

「私は出来れば逃げたいのですが――」

「一蓮托生と言う言葉をご存知かしら」

「呉越同舟だねぇ」

「騎虎の勢いとも言いますな」

「ひぃん」

泣き言を喚く詰襟の男だが目溢してくれる優しい誰かは居りしない。うっかりと火中の栗を拾いに来たつもりが蛇の棲む藪に突っ込んでしまったらしい。そもそも、この時点でもう此処には誰も残っていない筈だし、あの冗談の様な占いマシンについても事前に情報を受領していない。やはり余り“彼ら”に好かれていないらしく、それを再確認して悲しくなる。同じ人間、それも同じ目的をもった―――仲間や友とは言わないが、同胞である自分達に対しても、疑心を向けられるとは。

まあ、人間そう易々とは分かり合えるものではない。状況に流されるのもこの業界で生きていく上で仕方のないことだ。彼はサーベル片手に憎いアン畜生、竜魔霊帝に切りかかる。

ザシュっ

竜魔霊帝から鮮血が迸る。左の肩口から刃を入れて袈裟掛けに切り裂いたのだ。驚嘆の表情を浮かべている彼女は、攻撃モーションに入ってから切り終えるまでの約0.5秒間、一切、回避行動や防御姿勢どころか此方に視線を向けさえしなかった。恐らく速度と切れ味を低目に見積もり過ぎていたのだろう。

油断、人間以上であるが故に生じる油断。人間のままであるが故につけ込む事の出来る隙。

ザガン!ザガン!ザガンッ!!

詰襟の男は更に斬撃を三つ、左手で引き抜いたリボルバー拳銃を三連射して一旦距離を取る。

「―――凄いですね。生身の方に傷を付けられるとは思いませんでした」

竜魔霊帝は盾代わりに構えた左腕に走る三筋の切り傷を見ながら感心する様に言う。銃弾が全て服の上で拉げて潰れて銀色のボタンの様になっていることを考えれば、確かに破壊力だけ見ればピストル以上。だが、それを称賛する皇帝陛下よりのお褒めの言葉に対し、侯爵と呼ばれる詰襟の男は飽く迄も謙遜して答える。

「なに、いい得物を使っていますから。ディスカヴィルの毒蛇殺し(ワームスレイヤー)と言いましてね」

竜魔霊帝は古代の角竜を思わせる轟烈な突きを繰り出してくるが、詰襟の男はその特別な得物の嶺の部分でそれを逸らしマタドールの様にかわそうとする。

「ディスカヴィル・・・確かドラゴン討伐で富と爵位を得たグレートブリテンの――」

しかし竜魔霊帝は圧倒的膂力によって、其処から太刀を真横に振う。彼女はあろうことか、この文化遺産級の剣ごと無理やり断ち割ろうとしているのだ。咄嗟に詰襟の男は全身の力を抜く。

「ええ。その一族縁の品です。聖ジョージの竜殺し(ドラゴンスレイヤード)には及びませんが、あなた方をお相手する武器としては一級品です」

竜巻の様なものが巻き起こり、辺りに散乱するバイクが木の葉の様に舞いあがる。恐るべき斬撃。だが青年の姿は太い黒鋼の暴風圏内から霞と消えている。

「確か本家は没落してもう無いと聞きましたが」

「ええ、まあ」

水鳥の羽が舞い降りる様に、青年は静かに振り抜かれた魔剣の上に着地する。意識的に踏み躙る様に踵を捩じる様にしながら。カオステスタメント、何ともふざけた刀銘だ。

彼は苦笑を浮かべると頷いて竜魔霊帝の問いに答える。

「まあ、亜竜(レッサードラゴン)を見つけるのも難儀する様な時代ですから、そちらの稼業では食って行けなくなったんでしょう」

「環境破壊は深刻ですね――魔帝国も地上に領土を保有した暁には京都議定書に調印するべきでしょうか」

「御随意に。兎も角、お陰でわたくしの様な人間も、こう言う素晴らしい業物に巡り合える訳です―――栄枯盛衰、諸行無常の響きあり」

彼が再び切り込んだのは言葉が終るか否か、というタイミング。一切の予備動作なく最小の旋回半径でサーベルを振い終わっている。

「――まるで“無拍子”。捕えられませんね」

血飛沫を散らしながら漆黒の大太刀で迎撃する竜魔霊帝。激烈な勢いで振り下ろされた剣に断ち割られ、空が唸り吠える。超重武器の一撃が人外極まる高速機動を補足出来る筈も無いが――

「くっ・・・」

吹き荒れる衝撃波は見ることも、避ける隙も詰襟の男に許さない。咄嗟に足もとのジャイロチェイサーを蹴り上げ、それを盾代わりに防ぐ詰襟の男だが、竜魔霊帝はその間を突いて殺到してくる。大上段に掲げられた巨大剣が爆裂的な勢いで叩き落とされ、眼前のバイクを紙細工の様に引き裂いて青年の眼前に迫る。

グァォォォ―――――・・・ン

大鐘楼を衝き鳴らす轟音。詰襟の男は“魔界聖典”の犠牲者とはなっていない。交差した金棒と包丁が受け止めていたのだ。

「ハハ・・・これはご助力痛み入ります」

「別に貴方の為ではないわ」

礼を言う男に神崎は何かと勘違いされそうな台詞で応える。

「それでも、助かりました」

言う間に鍔迫り合っている竜魔霊帝の大きく広がった死角―――背後に踏み込む詰襟の男。

「八方い式――“植接ぎ”」

全身を捩り放つ寸剄の如き刺突の一撃、更に左手の拳銃が銃火を閃かせ弾丸が柄の尻に激突して潰れる。人力プラス機械力が切っ先を超音速まで加速し、衝撃波が空気を裂いて戦慄く。彼の突きは対戦車ライフルに匹敵する威力を有する。生身の人間相手に用いれば、肉が抉れて爆ぜ飛び、血が一瞬で沸騰するだろう。斬撃に於いても同様――ワームの、装甲車に匹敵する甲殻を貫く“毒蛇殺し(ワームスレイヤー)”に彼自身の超筋力を加えれば、それは対人戦ではキルレシオの高すぎる甚だ危険な武器―――いや兵器なのだ。だが、

「・・・凄まじい破壊力ですね。飽く迄も、人間のレヴェルでは、ですが」

不敵な言葉を連ねる竜魔霊帝。しかし人体粉砕級の超破壊力でも魔帝に献上出来た痛手の程は予想通り薄皮一枚分。可能ならば脊椎を破壊したかったのだろうが、その目論見は先刻既に破られている。故に彼が狙うのは経絡、要は体の動きを麻痺させるツボ。純粋な破壊力のみに頼るのでは無く、“人の形をしている”都合上、構造的に弱点となる部分に的確にダメージを加えるのだ。

「う・・・!」

グゴッ・・・

脊椎の何番目かの骨の隙間に浅く、だが切っ先が刺さる。手にしているのは鋭敏な刃物の筈だが、木製バットで分厚いゴムを打った様な重く鈍い感触。あと一歩、踏み込みが深ければ彼の手首が壊れていたかもしれない。

「こそばゆい・・・です」

竜魔霊帝が漏らす言葉に深刻さはない。だが、詰襟の男の博打はある程度の勝ちを得る。彼女が自ら申告する通り皮膚の表面に漲っていた力が確かに一瞬だけ弛緩したのだ。

「はあっ!!」

機を逃さず打ち返す神崎。刃から雨の様に火花が噴き出し、順・逆、両袈裟の軌道を描いた金棒・大包丁が、漆黒のグレートソードを使い手もろとも宙へと打ち上げる。

「今よ――! 鏡宵明(かがみよあかり)!!」

「EMTC(電磁場念動制御)サイクロンバインド!!」

「結界術、老亀甲“森氣牢”!!」

回転して床に突き立つ“魔界聖典”。だが、剣の主の身体は重力に拒まれた様に落下することはない。鏡の檻、念動力の渦、霊樹の縛鎖――三人の術士による三種の結界が空中に束縛したのだ。

このまま動きを封じつつ、総司令部の他の面子が回復するのを待ってから本格的な結界に落とし込めば、間も無く本部を沈める呪化カーボナイトとの相乗作用で、かなり長期に渡って封印出来る筈だ。しかし――

「“ネイー・ネ”」

低く短く呟く様に竜魔霊帝の口から紡がれる呪文。直後、魔の国の宝剣はドス黒く燃える炎を吹き上げ、それによって巨大な翼を形作り、宙に飛び立つ。

「舞い戻りなさい。冥府鳥・魏瑠(ギル)の姿を以て!」

『ヒィィィヨロォォォォォォ――ッ!!』

高く響く笛の音にも似た不吉な鳴き声を上げ、鷹匠の腕に戻る鷹の様に、主の下へと舞い戻る黒の不死鳥。其処に如何なる障害が待ち構えていようと、まるで意に介すことなく、否、意に介する事が不要なのだ。

バリーーン

その羽ばたきで災禍を招く凶鳥は、理法の結界を容易く打ち砕き主の手の甲に止まる。しかも黒き炎の翼は三層の結界を突破しても尚、強く燃え猛り、封縛から逃れた竜魔霊帝は、今度は敵を打ち倒す為に彼の鳥を差し向けてくる。

「まずいッ」

陰陽師たちは先ほどとは異なる種類の結界を張って黒炎の遮断を試みるので詰襟の男も便乗させて貰う事にする。エネルギーフィールドの表面に“水克火”等と陰陽五行的な文字が書かれている事から水の霊力で火の力を弱めているのだろう。だが冥府鳥は結界によって断絶された空間同士の界面を、炎を撒き散らしながら啄み、爛れさせていく。瞬間的に爆発的な破壊が生じる猛烈さはない。だが、彼女らの結界の防御キャパシティでは完全無力化できぬほど保有するエネルギー総量が大きい。

「侮って・・・!」

鉤爪によって結界が引き裂かれた瞬間、生じた裂け目から炎がバックドラフト現象の様に急激に吹き込み、直後、冥府の鳥は地獄の業火の如き爆球にその身を変換し超高温で発令所内部を押し潰す。

やがて――――炎は空中に溶ける様に薄れ、爆心地点から手元に飛来した漆黒の剣が竜魔霊帝の手元へと飛来。彼女は再び悠然と剣を構える。

尚も、立ち上がる陰陽寮幹部、だが人数が二人に減っている。健在なのは神崎局長と堀江副局長、諜報部長は此処でグロッキーらしい。無論、立てた二人も無事では済んでいない。

詰襟の男は薄々気づいていた事を確信に移す。どうやら、随分と繊細に手加減をして貰えているらしい。だから根性の在る局長殿と副局長殿は竜魔霊帝の予想を覆せたのだろう。因みに彼自身はケープが特殊救急部隊でも使用されている防火素材で出来ている分で助かったのだ。最も、その防火ケープも焦げてボロボロになっており彼はそれを引きちぎって捨てる。

次の瞬間、彼は急速に踏み込み、竜魔霊帝の全身に剃刀で細く筋を引く様に切り傷を創っていく。

「う!」

蝶の様に舞い蜂の様に刺すと言う言葉があるが、彼の剣舞はその逆――蜂の様に鋭い動きに、蝶が羽ばたく様に軽やかな斬撃。痛みを与え、その方向に意識が集中した瞬間に視野の外側、或いは関節の可動限界の外へと素早く移動する。彼は極めて深く人体というものの構造を熟知している。

例え死角が出来る場所に予めトラップが仕掛けられていても、彼の反射速度と判断能力ならば十分に回避可能だ。超重武器の類に分けられる“魔界聖典”を武器とする竜魔霊帝が、軽量のサーベルである“ディスカヴィルの毒蛇殺し”を武器とする詰襟の男と相対するのは、列車砲で戦闘機を迎撃する様なものである。

「“加速(ヘイスト)”することも出来ないことは無いのですが――」

良い様に弄られるのにもいささか飽きたのか、うんざりとした表情で呟く竜魔霊帝。すると刀身の咒印が光り魔術効果が周囲に展開される。

「魔の国の元首たるもの、せかせか落ち着かない態度ではいけないと思います。ですので、スロウライフは貴方に楽しんで頂きましょう」

空間中に投影されていた時空魔方陣の赤い光が光度を増す。危険を察した詰襟の男は即座に竜魔霊帝の剣の間合いから離脱し様とするが、

「な・・・!」

宣告通り、詰襟の男の動作は松の樹脂で取り固められた羽虫の様に緩やかなものとなる。

「こ・・・れ・・・は・・・」

「時空魔方陣を応用した遅滞魔法ですよ。取り敢えず、ゆっくりしていってくださいネ」

説明した後、介錯人の様に両手で握った剣を頭上に掲げながら問いかける。

「貴方は、手加減されて嫌な人ですか?」

「ふ・・・は・・・!」

詰襟の男は唇の端に辛うじて笑みを浮かべる。彼の頭上に猛烈な勢い――彼の主観時間では酷く緩慢に見えるが――で降り注がれる巨大な黒刃。詰襟の男は一瞬後にシンメトリーに分割される自分の頭部を想像する。どうやら終わりらしい。腹立たしい事に―――

「――!」

だが、竜魔霊帝は驚愕の表情を浮かべ巨大剣を急制動する。それは刃が彼の額より数ミリメートル手前のこと。直後、時空魔法の効果が切れ詰襟の男はディレイ状態から脱出するが、身体を硬直させた竜魔霊帝はそれに対応出来ない。

「なにがどうしたか知りませんが」

彼は小型手榴弾を投げつけ、小爆発によって竜魔霊帝が吹き飛んでいる間に距離を取る。

「・・・副局長、貴方の仕業ですか」

身体の前面を真っ黒に煤けさせ仰向けに倒れたまま竜魔霊帝は堀江に問いかける。

「ふむ、何でも試してみるものだね。やはり、そうか」

「私は竜魔霊帝ですよ」

「だとしても効果はあった。その事実で充分ではないかね?」

様相には似つかわしくない、しかし実年齢には相応の老獪な笑みを浮かべる堀江。

「一体、何をなされたのですか?」問いかける詰襟の男。彼は物理的に何が起こったのか察する位置にいれないのだ。

「フフ・・・もともと似ていたからね。キミの顔は加工が楽だったよ」

「加工? どういうことですか?」

主語を欠いた説明に、彼の頭上に浮かぶ疑問符は更に増える。

「なに、簡単なコトだよ。“彼女”ならば違うと解っていても咄嗟に攻撃を中止すると睨んでね・・・テレキネシスで可視光線を歪曲させてキミの顔が神野江瞬の恋人、伊万里京二の顔に見える様にしたのだよ。名付けてOTC(光学系念動制御)ホログラム」

「いまりきょうじ・・・」

詰襟の男は思わずポカンとしてしまった。よもや、この様な場所で彼の名前を聞くとは思わなかったからだ。しかし―――同姓同名と言う事もあるので彼はこの場で一番、快く教えてくれる相手に聞いてみた。

「副局長殿、いまりきょうじ・・・というと伊万里焼の伊万里に、京都の京に二つと書いて伊万里京二ですか?」

「そうだが?」

「その伊万里京二は、こんな顔の伊万里京二ですかな?」

詰襟の男は記憶の中にある彼の顔を思い出しながら、自分の顎の肉を下に引っ張って問うと、堀江は思わず吹き出してしまった。

「失敬・・・・・ふむ、やはり関係者かね、キミ達は」

「ええ、まあ・・・」

頬をポリポリ掻いて言い淀む詰襟の男。郷愁、と同時に先程感じたのと同じ、ささやかな孤独感。矢張り、どうにも信用されていないらしい。成程、確かに彼―――伊万里京二が陰陽寮の関係者だと自分が知れば、躊躇いや裏切りを危惧するのも当然の話ではあるが。

ふと気づいて見回すと、神崎局長や堀江副局長は元より他の局員の皆様方、更に竜魔霊帝までも興味しんしんと言った面持ちで此方を見ている。機密事項ではあるが、そもそもエスパーが相手方にいる時点で隠しだては無意味だ。仕方がないので彼は期待に応えて口を熟れたアケビの様に潔く割り始める。

「京二とは、社会的には従兄と言う続柄になりますね」

「社会的には――?」

首をひねる神崎。確かに我ながら奇妙な言い回しではある。だが、まあ仕方のないことだ。それなりに珍しくはあるのだから。

「まあ、たいした事ではありませんよ。私の母と京二の母が一卵性の双子でして、遺伝学的に見れば種違いの兄弟と言う事が出来る、ということです」

「こ・・・侯爵!」

何とか回復してきた光山が諌めようとするが、詰襟の男は仕方ないと苦笑いを浮かべながら続ける。

「改めて自己紹介いたしましょう。わたくし姓は波佐見、名は京一と申します。京二とは幼少の砌に生き別れて以来ですが、どうやら皆さんに色々ご迷惑お掛けしたようで、兄貴分でもある私が彼に代わってお礼と謝罪を」

折り目正しく頭を下げる詰襟の男。そして彼は竜魔霊帝にセールスマンの笑顔を向ける。

「特に貴女は京二の恋人と言う事でお世話になっております。いやぁ、引っ込み思案で臆病だったあいつが貴女の様な美しい方と連れ合いとは、兄貴分として私も鼻が高い。何卒、京二を宜しく」

「あの、私は竜魔霊帝であって・・・」

顔を赤くして訂正を求める竜魔霊帝。だがそれは驚きの声を上げる神崎によって阻止される。

「引っ込み思案・・・あの子が?」

神崎の反応はまるで「夏は寒い」とでも言われた様なものだったが、詰襟の男の記憶にある彼は、そう言う人物なのだ。彼は二十年近く前を懐かしむ様に言う。

「ええ―――やんちゃで、運動馬鹿だった私と違って、あいつは頭は良かったんですが、少し自分の殻に籠り勝ちでしてね。生き別れになって以来、人付き合いで苦労していないか心配していたんですよ」

「苦労は、してないと思うわ。・・・苦労はさせられてるけど」

「しかし良かった・・・こうして恋人や頼れる仲間までいるとは、羨ましい限りです―――」

出来れば久しぶりに会いたかった波佐見だが、流石にそれは口に出さない。自分は一応、88年に起こったカルト集団のテロ、通称「ゴルゴム事変」に巻き込まれて戸籍上は死人扱いになっている。今の「侯爵=V−NEEDLE指揮官」の立場も、その「死んだ波佐見京一」の上に成り立っていると言える。

「波佐見君」不意に、改まって名を呼ぶ神崎。

「なんです、神崎局長?」

「親族にもう変態なんかいないわよね?」

「さあ? 十年以上、盆暮れにも会っていませんからね。というか、京二は皆さんにどんなご迷惑を?」

変態―――という言葉にリアリティのある不安と危惧を感じる波佐見。何しろ彼の記憶の中で京二は根暗な少年だし、彼と自分の母であるあの双子の女性たちは、客観的に見て世間一般の母親像からは些か逸脱した個性を持った方々だった。或いは、そう言う事もあるかもしれない。

「ふむ、兎も角として、だ」

咳払いを一つしてからグダグダになりつつあった場の空気を纏める堀江副局長。彼は複雑な表情で沈黙する竜魔霊帝を怜悧な視線で見据えながら問う。

「どう説明するかね?」

「事実がどうであれ、今は関係の無いことだと思いますが?」

開き直りに近い返答で答える竜魔霊帝。既に余裕の相好が崩れ、隠す様に無表情をつくっている。対する副局長はクククと悪人染みた微笑を洩らしながら、何度も頷いて言う。

「確かに、キミの正体を知る事は戦略的には意味のないことだが、しかし戦術的には重要なことだ。それは今、その場で何をすれば良いか教えてくれる」

「何をする・・・つもりですか?」

形の良い頬に汗が一粒浮かび、一筋線を描く。

「要は弱点を突く、兵法の基本ではないかね・・・国家元首殿」

やがて老獪な陰陽寮の老人は世間話でもするよう喋り始める。

「知っての通り僕は音楽が好きだ。クラシックは言わずもがな、だがフォークやロック、テクノ・・・それにJ−POP等もものによっては悪くはないね」

ざわり、と何かが動く気配がする。

「しかし、やはり楽しむならばジャズが良い。楽しげに響きながらも心が静まる――まるで夕暮れ時に遊ぶ子供たちを見守る様な、そんな気分にさせてくれる」

デスクの下の隙間、通気ダクトの奥、モニタの裏側、闇の蟠る部屋の隅――そんな視界の途切れる場所に、闇に溶け込む黒い何かがざわざわと蠢きはじめる。彼の鋭敏に鍛えられた視覚以外の四感が、それを捉える。恐らく、堀江副局長が強化された脳の力を行使しはじめているのだ。

「そんなサックスホンの音色を聞きながらのウィスキーの一杯は正に天国の至福でね」

「まさか――」

竜魔霊帝の顔色がみるみる青くなっていく。そして、神崎の顔も同様に。彼女は既に堀江が何をしようとしているのかを察したのだ。

「風見君に師事していた彼――キミは随分と敬遠していたようだが、私は好きだったよ。身なりは確かにアレだったが、素晴らしい音楽を奏でる者に悪人はいないよ、多分ね」

「ふ・・・副局長、ごめんなさい、それだけはやめて頂戴!!」

泣く様な声で懇願するのは、時空破断の魔法にさえ憤りこそしたが怯みはしなかった神崎。先程までの組織の長としての風格が今では見る影も無い。だが陰陽寮副局長――現場上がりの局長に代わり、実務面での指揮を一手に担う彼は、冷酷な決断を下す。

「多少の犠牲には・・・目を瞑ってください、局長」直後の様子の形容としては縁日などでよく見かける紐の先に様々な賞品を結びつけたクジ引き、所謂“千本引き”をまとめて全部引っ張り上げた――その様な情景であった。
 堀江が振り上げた手に招き誘われ、あらゆる闇の領域から、ソレは姿を現す。

 

数億年以上前に生物としての完成を見、その姿を現在にとどめ続ける“時の潜行者(タイムダイバー)”。

その名を口に出すことも憚られる“忌むべき偉大な四字名(テトラクテュス・グラマトン)”。

如何な手段で駆滅を試みても以前より更に強靱と化して蘇る人類最大の“好敵手(リヴァーレ)”

プロトタイプデスパーサイボーグは、その念動力を以て闇より“冥府の神(ディス)”を召喚したのだ!

GKBR


その行いは正にCジェネレーション!

その有様は正にGセンチュリー!!

何時の間にか堀江は何処からかヴァイオリンを取り出し、優雅な音色を奏でている。彼は音楽を利用してESPを増幅できるのだ。さながら彼の姿は街に巣くう鼠を海へと誘ったハーメルンの笛吹き――いや、彼の場合はハーメルンのヴァイオリン弾きだ。

「自重して下さい」

大パニックの渦中にあって落ち着いた様子の詰襟の男、波佐見京一は誰にとは無しに呟く。

「キミは平気なのかね、波佐見君」

「・・・見た目は確かに気色の良いものではありませんが、別に害の有る生き物ではありませんからね。それに幼い頃に京二に聞いたのですが、一部地域では食用として用いることもあるらしいですし」

「いやあああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

彼の言葉が更なるトラウマの引き金を絞ったのか、絶叫はいよいよ激しいものとなる。

「そう言えば都市伝説ではそれの唐揚を食べて腹痛が――というのがあったねぇ」

「ああ知ってますよソレ、有名ですよね。確か腹を開いてみたら・・・という奴ですよね。ですが、アレは尾鰭がついた出鱈目なのでしょう?」

「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「中国では漢方としても用いられているんですよ」

「ああ――豚の胆汁とナメクジとを混ぜて、という奴だね。古い薬術だ」

悲鳴が飽和する。最早、何も聞こえない。ホエホエとした表情の波佐見は恐らく天然(ナチュラルボーン)、堀江は意図的な嗜虐趣味(サディズム)で以て恐怖を駆り立てる呪文を紡いでいる。臨界まで力の高まった時空魔方陣が彼らをそうさせるのか、或いはそれほど日々のストレスが嵩んでいるのか――

恐らく後者だ、と推測するのは堀江に何度か胃薬を処方したことのある厚生課長。

「去年の今頃を思い出しますねぇ・・・ホイホイさんが良く売れたんでしたっけ」

「ああ――うちではトップエース5人中4人が駄目になってね、大変だったよ」

一昨年末に起こった異種生物種の大量発生事件を波佐見は思い返す。能力こそ戦闘員程度だが、無尽蔵に湧き出し無差別に襲う性質と、終末の死神を想起させる禍々しい姿は、世界中の人間にとって恐るべき脅威となった。波佐見達の調査では一人の青年が自らを犠牲に捧げる事で事件を終息させたと言うが、今ここで起こっている混乱の渦中には残念ながら自らを生贄に差し出そうと言うものはいない。

「う・・・う・・う、うわあああああっ!!!!」

しかし、それでも蜂の巣を突いた様な――と言っても蜂ではないが――パニックは長くは続かない。沸騰した混沌が急激に膨張(インフレーション)して大爆発(ビッグバン)を起こした様に、恐慌が弾け猛火となって爆ぜる。要するに、火を出すタイプの術を使ったのだ。

彼らは草花に着く害虫とは別に油虫と言う異名を持ち、その名の通り良く燃える。古来より浄化の力の象徴とされた神秘の炎は、瘴気の様に覆っていた彼等を一瞬で焼き掃い、汚物は焼却と、ばかりに燃えカスに変えて撒き散らす。

「むう・・・」

「どうしました?」

「いやなに、思っていた以上に早かったものでね。出来れば失神でもしてくれれば御の字だったのだが」

大技が十全な効果を発揮しなかった割に堀江は余り落胆の様子を見せていない。一方、黒い恐怖を死ぬ思いで退けた二人の女性は肩を上下させながら、赤く血走った眼を、冷血非情な元・旧陸軍のサイボーグ兵士に向ける。

「やってくダさいまshiたねェ・・・」

「堀江君、あなたねぇぇ・・・!」

怒りというより怨嗟めいた声を上げる竜魔霊帝と神崎。最も、多少凄んで見せた処で、先ほどの醜態の後である。急激に下落した彼女らの株価がV字回復するはずもない。

「ふむ・・・どうやら撤収前に駆除が出来た様で何より。二人とも、お疲れ様でしたな」

堀江は何食わぬ顔で彼女らを労うが、それだけでは当然、彼の凶行は許されない。

「お疲れ様・・・じゃあありません!!」

涙目になって、理不尽への怒りを剣に込めて振り下ろしてくる竜魔霊帝。

「怒らないでくれたまえよ、悪意は在ったが悪気が在ったわけではないんだよ」

「ひ・・・っ!!」

再び顔を青くして後方に飛び退く竜魔霊帝。今度は波佐見からも何が起こったか理解できた。老紳士然とした堀江の姿が、顔から背格好に至るまでまるで別人――ボロボロになったタキシードを身に纏う、くたびれ汚れた浮浪者風の男の姿に変化したのだ。

「どうしたのかね? 不満があるのではなかったのかね? 言ってごらん」

「く・・・そんな幻覚!!」

血が滲むほど下唇を噛み、自分にそう言い聞かせながら竜魔霊帝は再び突進してくる。いや、魔界聖典を出鱈目に振り回しながら迫って来るそれは、突進という言葉でも役者不足の感がある危険さを伴っていた。正しく怒涛の有り様だ。堀江は相変わらずの人の良さそうな笑顔で波佐見の方を見る。

「協力してくれたまえ」

「ふえ?」

堀江は逃げながら波佐見のカラーの入った襟首を掴むと、デスクやら情報端末を細切れにしながら追い付いてくる竜魔霊帝の前に放り投げる。

「こ・・・侯爵!!」

悲鳴を上げる光山。彼女の想像力は脳裏に細切れにされる上司の姿を映したのだろう。

「く・・・ううっ!!」

しかし黒刃は、それを振るう竜魔霊帝の手は、彼女の意図に反して殆ど反射的にその速度を緩めてしまう。

それを見逃さず波佐見は軽業師の様に空中で身を翻すと、“遅い剣”の峰を蹴って竜魔霊帝に肉薄し首の根元―――人体構造上、殆ど肉に護られていない個所にサーベルを突き込む。

「うぐあっ・・・!!」

「では失敬・・・!」

シュバッ

刃先10cmほどが肉に減り込み血が滲みだしたところで波佐見は剣を手放し離脱する。抜けなくなったからでも、これ以上は彼の腕力と剣の切れ味を以てしても通じないから――でもない。

「天津弓(あまつゆみ)」

横目に陰陽寮局長が雷光の矢を稲妻の弓に番えている光が見えたからだ。符を介して現出した神代の電撃は竜魔霊帝本人――ではなく、彼女の首元に刺さったディスカヴィルの毒蛇殺しに命中する。

「―――――――ッ!!」

肉が焼け、血が焦げる臭気が立ち込める。避雷針と化した刃を伝導して体内に直接高圧電流が注ぎ込まれたのだ。

「ぐ・・・がはっ・・・くはぁっ・・・」

口、耳、鼻から煙が噴き出し、膝が床に落ちて手が力なく垂れる。並以上の改造人間でも致命傷に成り兼ねない攻撃だ――流石に竜魔霊帝も無事ではいられなかったらしい。

「さて、理解頂けたかな?」

ヴァイオリンを一奏でして、歌う様に問う堀江。

「例え頭で違うと解っていても、護ろうとせずにはいられない。我々は“大切なものを護る”ことに関しては大ベテランなんだよ」

波佐見に再び伊万里の姿を投影したのだ。躊躇するかは賭けだったが、失敗しても一つ手間が減るだけだと堀江は考えていた。ゆらりと幽鬼の様な影が二つ彼の傍に立つ。

「酷い事をしますね・・・」

「副局長、話があります」

ぐごごごごごごごごごごごごごご・・・・

女の恨み辛みが男たちに向けられる。読心術で他人の悪意に馴れているのだろう堀江は涼しげな表情だが、圧力を伴う殺意と怒気に波佐見はたじろがざるを得ない。

「くふっ・・・」

笑い声が、漏れる。

「?」

「ふふ・・・うふふふふ・・・ふふふふふふふ」

枯れた林を嵐が吹き抜ける様な不吉な音程で響かせているそれは、竜魔霊帝のもの。俯き血を噴き零しながら笑うその姿は誰かの狂気を描写した絵画の様だ。やがて彼女は、首筋に切っ先を埋めた“毒蛇殺し”の刀身を強く握る。

「ぐ・・・くぅっ」

「な・・・!」

ずぶ・・・ずぶぶぶ・・・ずぶ・・・

低い苦悶の声と血の絞り出される音。彼女はそれを引き抜くのでは無く、自分の身体の内側に押し込んでいく。それは己を戒めるための自傷行為か。やがて刃は彼女の身体の中に完全に飲み込まれる。

「あ・・・う・・・ふぁ・・・はぁ、はぁ・・・」

「一体、何を」

「・・・決別ですよ。丁度良い機会だと思いましたので」

ごぼりと彼女の口から血が塊となって吐き出される。

「私がこれから先、魔帝国の皇帝として、竜魔霊帝として戦って往く為に必要な区切り、けじめ・・・そう言ったモノ全てを果たす、良い機会です。ここに貴方達がいて、本当に良かった」

喜びを言葉にして顔には微笑みをうかべる。だが彼女の瞳は真冬の淡水湖の様に凍てついて澄み切っていた。

「これから私が竜魔霊帝として戦っていく為に乗り越えなければならない壁・・・思えば、そのために私は此処に自ら赴いたのかもしれません」

全身の皮膚に痛みを感じる。剃刀の裂かれた様に鋭く走るのに、鉈で叩かれた様に鈍く重い痛みを。それは竜魔霊帝から放たれる殺気とも邪気ともつかぬ何かを肌が感じているのだ。

「教えて頂戴、何が貴女を駆り立てるの? 貴女の目的は一体、なに?」

「庇護を望む者の為、倒すべき者の為――そして私が、私である為に」

掲げられる宝剣、“魔界聖典”。その刀身に刻み込まれた皇帝の権能が輝きながら作動を開始する。

「く・・・!」

戸惑う波佐見。竜魔霊帝は今、その膨大な魔力を本格的に行使した戦闘を始めようとしている。これまで巨大剣による近接戦だったため、考慮外だったが、此処からは周囲の戦闘不能者が巻き込まれる可能性もある。陰陽寮最高幹部二人も顔を緊張させている処から見て、彼女らもそれを危惧しているのだろう。

「判っていますよ、局長。“ウオハ・ジアド”・・・大地を巡る朱龍(アケロン)よ、退きなさい」

それを見透かした様に言って、竜魔霊帝は輝く大剣を床に突き立てると、直後、其処を中心として水面に水滴を落とした様に、“崩壊”が波紋状に伝播。構造材が一瞬で砂の様に粉砕し、床は直ちに重量を支える働きの一切を失う。

「え・・・これは?!」

「なななんとっ!」

足元に目を遣り驚愕する。抜けたのは床板一枚だけではない。底を見通せない程に深い、恐らく最下層まで貫くほどの深い縦穴が一瞬で生み出されている。

(く・・・!)

初老の男女が視界の上の方に遠ざかっていく。陰陽寮組の二人は堀江副局長の念能力で咄嗟にレビテーションすることに成功したらしい。だが、そう言った飛行手段を持たない波佐見には重力に逆らうには手足をバタつかせる以外ないのだが――――しかし体組織に含まれるギャグ成分が少ない彼には、平泳ぎで空気から浮力を得ることは出来る筈もなく、竜魔霊帝の創り出した奈落の底へと只管落ちていくしかなかった。

「アッ――――――――――!!」

 

 

「マジこすめらんきん・・・」

ぼふっと音を立て砂を巻き上げながら起き上る波佐見京一。四肢の感覚は鮮明で全身痛いが、脈も心拍も体温も感じられる。

「どうやら生きていたようだね。頑丈なのは良いことだよ」

「おほめにあずかり大変恐縮」

背後から響く堀江副局長の声に波佐見は振り返らずに答える。辺りを見回せば奇妙な色取りの砂の山が出来ていて、其処に落ちた事で衝撃が緩和出来たらしい。恐らく竜魔霊帝が床に穴をあけた際に分解された構造材の成れの果てなのだろう。この程度の高さで死ぬつもりはないが、ダメージが緩和出来たのは、今後の事を考えれば儲けものと言える。

(・・・気絶したまま機を見ていたほうが良かったかもしれませんが)

「横着は考えないことだ」

「な・・・なんのことですかな?」

うっかり心を読ませてしまったらしい。彼は話を逸らす様に、薄暗い空間を見回しながら誰にと無く問う。

「そう言えば、随分と下まで来たようですが、ここは・・・?」

「陰陽寮本部最下層」

神崎は苦々しい表情で答える。

「貴方が求めていたものがある場所よ」

自動的にライトが点灯を始め、肉眼でも見通せるようになる。目算では横幅は200メートル前後、高さは100メートル前後、奥行きは1000メートル弱くらいの地下に存在するには些か広大すぎる空間だ。しかし、波佐見は空間の広大さよりも、其処に立ち並ぶ者の存在にこそ驚愕を覚える。

「おおぉおおぉぉぉおおっ」

それは戦支度を済ませた戦国武将の装い。体格は極めて大きく、頭頂高50メートルに余る巨躯が天宮を守護する神将と同じく十と二。身に纏う甲冑の胴の部分に打ち込まれた“BF”の二文字。さながらに、其処は古の武神を祀った大神殿の威容である。

「あの、あの大和魂を体現したあの雄々しき姿、正しくあれは」

半ば興奮に震える声を波佐見は上げる。予期せぬ目的のものを眼前にしたことによる驚きと、幾ら歳を重ねても薄れこそしても消える事のない少年の血潮が彼の声を興奮で上擦らせている。波佐見はそれら武神像が単なる宗教的モニュメントではない事を知っている。人類の叡智と夥しい労力をかけて建造された機動偶像(スーパーロボット)――

「バトルフィーバーロボ!」

「ええ、正確にはその量産型」

注釈する様に言う神崎。そう彼女が言う様に(彼らの目線の高さからでは細部までは判別しかねるが)立ち並ぶ十二体の巨大武神はそのオリジナルとは多分にそのディティールが異なる。戦国武将をモティーフとした全体のイメージこそ同じだが、耐弾性を高めるために曲面を多用したオリジナルの装甲に対し、量産型の装甲は全体的に直線的なラインで構成されている。また、頭部は特に変更が顕著であり、オリジナルにあった双眸・鼻梁・唇といった人間的な顔の要素は廃され、目の部分はゴーグルで覆われ、顔全体は無機質なマスクで覆われている。

波佐見が彼のクライアントから奪取を指示された「MBF計画」、それは最早説明するまでも無く「Project of Mass production type Battle Fever=バトルフィーバーロボ量産計画」の略称である。即ち侵略組織による大規模侵攻、或いは同時多発的に巨大戦力を繰り出してきた場合、それに即応する為の手段として、バトルフィーバーロボの量産し大量に配備することを目的とした旧・国防省が秘密裏に推進していた計画だ。

様々な問題から国防省に於いて実現する事は無かったが、国防省解体後、その資材や研究資料の大部分は陰陽寮が極秘の内に引き継ぎ、研究を進めていたのだ。しかし――

「しかし、これも後手に回り過ぎた」

そう悔いる様に呟くのは堀江。

「去年、一昨年と“秘密結社”である筈の連中に、人目を憚らない様なものを投入させてしまったからね」

確かに陰陽寮と敵対する“彼ら”――所謂“悪の秘密結社”の最近の動向を考えれば些か遅い対応だったかもしれない。しかし、他に気取られずにここまで量産を進めていたことは充分驚嘆に値すると波佐見は評価を下げない。

尚、一見門外漢である陰陽寮が量産計画を引き継げたのは、BFロボの設計母体となったのが飛鳥時代、遣唐使が持ち帰った古代ダオス文明の記録を基に厩戸皇子=聖徳太子が設計した磁雷神であり、その磁雷神の建造を実際に行ったのが陰陽寮の前身となる呪禁師衆や鬼道衆と言った朝廷直属の呪術者集団だったらしい。更に其処に地球精霊が生み出した聖なる獣「百獣」達との共闘や、「奈良の大仏」などの建立、「磁雷神」を管理する「戸隠」など「忍者」達との交流を経てアーキテクチャを蓄積して行き、そして日本が世界に冠たる重工業国家となった現代―――

60年代末のビッグファイア団に始まり、ダグ星地球侵略ロボット軍、ブレイン党、鉄十字団、更にサタンエゴスなど巨大兵器を繰り出す侵略組織が多数現れ始めた70年代後半、それに対抗する巨大戦力を欲した国防省は、その開発に当たりカラクリ巨人の開発ノウハウを有していた陰陽寮に協力を要請した。

そして「磁雷神」の構造データを基礎に、更に敵味方問わず当時存在した様々な大型ロボット(「ジャイアントロボ」や「大鉄人17」、「レオパルドン」等の戦闘用スーパーロボットは言うに及ばず、ロボット刑事の保守点検を務めていた移動基地「マザー」等もその対象だったようだ)から、半ば非合法的な手段で得られた技術を解析し、盛り込むことで完成したのがバトルフィーバーロボなのである。そう――バトルフィーバーロボの設計に携わった故に、陰陽寮はその量産計画を容易に引き継ぐ事が出来たのだ。

閑話休題。

「竜魔霊帝陛下の姿が見えませんが――――」

先に降りた筈の竜魔霊帝の姿が見えない事に気づく波佐見。彼は淡い期待を露骨に声に出していた。彼自身、これ以上のリスクは御免被りたかった。

「ここにいますよ」

しかし頭上から響く声が波佐見の淡い期待を裏切る。中空から彼の愛刀(ワームスレイヤー)が落ちてきて彼の眼の前に突き立ち、続いて竜魔霊帝もゆったりとした速度で神やそれに類するものの降臨を描いた宗教画を思わせる酷く過剰演出気味の光背を放ちながら降下してくる。

(うーむ・・・)

その有様を見て波佐見は苦笑を浮かべつつポリポリと頬を掻く。確かに荘厳ではあるが、ウェスタンスタイルでは締まりが悪い。カトリックの高位聖職者が式典で纏う様な、壮麗な装飾が施された法衣等を着用していればもう少し威厳があったのだろう。だが、だからと言って珍妙コスプレと茶化せるような相手ではないし空気でもない。

(というか、KYって口に出す人の方がKYって感じですよね)

思わず現実逃避して最近の流行り言葉に思いの丈を抱いてしまう波佐見であった。

「いけませんね。日本国は武力の永久放棄を掲げていた筈ですよ」

戒告する竜魔霊帝。確かに彼女の言う通り、それがMBF計画の頓挫と国防省の解体の原因である。組織の目的が何にせよ、彼らの力を諸外国は“防衛の為の実力”ではなく“戦争の為の武力”として見做され強い批判を受けてしまったのだ。故に、有事の備えと国際摩擦の回避という二律背反の命題を果たす為、この計画は極秘裏に陰陽寮において進められていたのだ。

神崎は静かな口調で反論する。

「貴方と同じよ、“竜魔霊帝”。守るべき者の為に、倒すべき敵の為に、我々が我々である為に・・・力は必要なのよ」

「飽く迄も過不足無く――過ぎたるは及ばざるが如し、ですよ」

「魔王、等と言うモノは過ぎたるものの骨頂ではなくって? “神野江瞬”」

自嘲的な微苦笑を浮かべ、返答の代わりに静かに告げる。

「時も尽きました――そろそろ“終わり”を始めましょう」

彼女は静かに大剣を頭上に掲げる。アレクサンドライトを思わせる深い緑色の瞳に躊躇い、後悔、苦悩と様々な感情が映り込み、そしてそれを断ち切る様に刃が振り下ろされ、彼女は腰だめから逆袈裟に振り上げる構えを造る。

(そういえば・・・)

波佐見はふと、思う。彼女はバダンの残党によって、バダンの怪人となるべく生み出された人間であり、長じた彼女は魔王の長となって今、陰陽寮を消滅させるために来た。古今、仮面ライダーと呼ばれた戦士の多くは自らを生み出した組織を討ち滅ぼしてきた。果してこれもその倣い、命数による報いなのだろうか。

(馬鹿な・・・)

些か陰陽寮の毒気に中てられ過ぎた様だ。第一、彼女の目的は明らかに復讐の焔怒猛る故ではない。彼女は彼女の使命に戦っているのだ。挫き、挫かれる為に。

「その前に聞かせて」

神崎は正に解き放たれようとする破壊力に向けて静かに問う。それに波佐見は深い責任感を感じさせた。

「何故、竜魔霊帝は神野江瞬でなければいけなかったの? 神野江瞬が、竜魔霊帝にならねばならなかったの?」

「お答えするわけにはいきません。全て知れば局長は“人類”を護る者として、最善の選択を採らねばならない。ですが、私はそれを止めねばならない」

「そう――――判ったわ」

神崎局長は勝手に納得したようだが、結局、真意をはかる事は出来なかった。だが、敢えて途切られた噤まれた言葉に、決意を推量する事は出来た。

「いいでしょう。全戦力――鬼神の力を使って、貴方を迎え討ちます」

そして、神崎もまた決意を固める。それは、六十数年前、封印した力を再び解放することの決意――――

 

神崎の腹部が発光し、鬼の面がバックルとなった鉄色のベルトが出現する。それは執行員が鬼神の力を制御する補助の為、心霊手術で埋め込まれた宝具・御鬼宝輪。但し波佐見が事前に入手した情報で見た神野江鬼神の鬼瓦を思わせるデザインとは異なり、神崎鬼神のそれは般若そのものとデザインが大きく異なる。更に歯を圧し砕かんばかりに引き結ばれた口には赤黒く錆びた釘で呪い札が打ち込まれて封を施され、見るからに毒々しく忌まわしい。

神崎がその御鬼宝輪の封印に手をかけると、その瞬間、黒ずんだ血の様な稲妻が札から迸り、彼女の身を襲う。

「ぐ・・・があああっ」

獣の様な雄叫び。黒雷によって神崎の手の皮は吹き飛び、沸騰した血液が湯気となって昇る。

「局長っ」

竜魔霊帝は、中の人間の正体から判断して、この所作の意味を十分に理解し、そして阻止を謀ることも容易であったろう。だが、それにも関わらず彼女は飽く迄も静観を決定したらしい。

やがて、焼けた血に濡れた釘がバラバラと零れ落ち、般若の唇を塞いでいた札は一枚残らず剥ぎ取られ、ちぎれた紙屑と化す。

泣き笑い、いや、哭き嗤いと表現するべきだろうか。炎の様な怒りに猛り狂う様にも、諦念の果てに冷笑している様にも見て取れる、腹に埋め込まれた仮面。

「転化――」

般若の口がゆるりと開き、喉奥より迫り出すのは陰陽大極を描く円盤。それが旋回し、やがて白と黒が溶け合う速度に達すると同時に、赤い光が霧の様に噴き出す。

その赤い光は鬼神の力そのものだと言う。執行員に神なる鬼の姿と力を与え、力の誇示を強要し続ける、古の名も無き禍つ神の呪い。呪の札によって数十年に渡り堰き止められてきた呪いの力は、墓穴さえ共用する親しき盟友(ともがら)の姿を見つけると、再開を喜ぶ様に、或いは長きに渡る疎遠を憤る様に、猛烈な勢いで神崎に襲いかかっていく。

「――変身」

呪いは呪われたものを呪われた姿に変える。

軽いウェーブのかかっていた銀髪は一瞬で色素が戻り、直毛になりながら伸びてゆく。皮膚は黒ずみ、赤い水晶質の鱗に覆われ、骨格は異形へと歪んでいく。

「ぐるぉぉおおおお・・・」

唸り上げる声、消え失せる光の粒子――それと共に神崎の、鬼神への転化変身は完了する。

「これは・・・」

初見の波佐見は、彼女の威容を見上げながら驚きの声を上げる。無理も無い。彼は神崎鬼神の姿を事前に確認していた神野江鬼神とそう変わらないだろうと予測していた。そう、神崎が変身した鬼神の姿は神野江瞬が変身した鬼神と大きくその姿が異なるのだ。

 

 

オオカミのモノの様に前方に鋭く迫り出した上下の顎と、三角形に尖った耳。

極度に膨張した大胸筋と背筋からなる分厚い胸板は猩々の様な大型類人猿。

広く長く展張した両腕はハヤブサなどの猛禽類で、その先の手は熊の様な太い鉤爪が。

爪先の一部で接地し、強くしなやかな合成弓(コンポジット・ボウ)の様なラインを描く脚部は巨大なネコ科の肉食獣のものだ。


 

金色の角、燃える銅の様に輝く緑色の複眼、肌理細やかな黒い皮膚に赤い鱗状の生態装甲。更に長い黒髪など構成するディティール自体は共通しているものの、見上げると表現したように、殆ど体型に変化の見られない神野江瞬に対し、神崎は大幅に――約3メートル弱程度まで――巨大化している。更に変化は単に体型の身に留まることなく、全身の各部も様々な獣の要素を複合した様な、人間離れしたものへと変形してしまっている。

“鬼”、或いはその名の通り“鬼神”が最も相応しい形容だろう。それは人の畏怖を形にした姿だ。

「やはり・・・駄目ね」

怪物の姿の神崎の溜息は獣の唸り声。彼女は何かを納得して、その鋭い複眼に竜魔霊帝を映す。

「どうりで、すんなりと鬼神にさせてくれると思ったわ。やはり瞬の記憶は、富士での戦い以降途切れているのね」

「この期に及んで、未だ私の理解のために努力して頂けるんですね」

「私は、この陰陽寮の長だから。母代りだから――――」

獣の仮面に隠れて、神崎の表情は見てとれないが、慈しむ様な柔らかな言葉。剣を構えたまま竜魔霊帝は切なそうに眉を曇らせる。もっとも波佐見には彼女らの会話についていけないでいた。神崎が鬼神に変身したのが竜魔霊帝との相互理解の為の一手段だと言う事は理解できたが、何分、情報が少なすぎる。こう言うとき、解説役を買って出てくれそうな副局長と言う役柄に付く老人も、意識してかしないでか、神妙な面持ちで竜魔霊帝を見据えている。

「局長」

「だけど、ここからは」

神崎は熊の様な腕で二振りの得物を握り締めると、巨体が張り裂け縮退せんばかりに折り畳む。

「敵、同士よ」

直後、ばねが弾かれた様に、引き絞られた弓が鏑矢を放つ様に赤い巨体は魔帝に向かって撃ちだされる。その巨体が一瞬で距離を圧し潰す有り様は、殺到と言う言葉さえ粗雑さなものの表現と感じさせる。先ず縦一文字に振り下ろされた大包丁を竜魔霊帝は“魔界聖典”の峰で受け止める。

ドゴォン!!

空気が爆発したとしか表現しようのない爆音。同時に竜魔霊帝の足元で床が蜘蛛の巣様にひび割れ、窪む。これまでその巨大な剣を片手で振り回してきた竜魔霊帝が、両手で剣を支え唐竹割を防いでいる。神崎鬼神の圧倒的膂力。だが陰陽寮局長の得物はナモミハギの大包丁だけではない。

ぐおおおおおおおおおおおおおおおっ

空気が唸り、床から跳ね上がる様に襲い来る巨大金棒が脇腹に命中、竜魔霊帝を独楽の様に宙へ弾き飛ばす。

ぐあらがきぃいいん

「くっ・・・」

「焔飛燕、カァァ――ッ!!」

更に火炎術を放ちながら自らも跳躍し神崎は追い打ちをかけてくる。竜魔霊帝は空中に魔力で足場を造り、其処に着地すると態勢を立て直し、迎撃しようとするが――

ごぉうっ!!

「!!」

彼女は横手からも来る脅威への対応も余儀なくされる。刃渡り十メートルの巨大な短刀、としか表現しようのない物体。それが刀身に激しい雷光を纏い、柄頭からロケットのように火を噴きながら巨大な投げナイフ―――いや、飛苦無となって竜魔霊帝の命を狙う。

「これはっ・・・ソードフィーバー?!」

魔力の足場を蹴って中空へと巨大暗殺器を逃れる竜魔霊帝。猛烈な衝撃波を伴いながら脅威は彼女の真下を過ぎ去るが、その間隙を突いて群れ飛ぶ炎と鬼神の巨体が眼前に押し寄せる。

「くぅっ・・・」

先遣の紅炎の燕たちが群がる様に次々と命中し、爆発が連続する。だが生じた炎は何れも竜魔霊帝の全身を覆う見えない薄皮の様なものに阻まれて彼女の本体に届き切らず、大部分が逸らされ弾かれていく。しかし、それは本命への布石。直後に鬼神が振り下ろす二連超重武器は、ダイレクトに竜魔霊帝を捉え、叩き堕とす。

ドゴォン!!

さながら隕石。構造材が爆ぜて飛び散る。彼女は咄嗟に受け身を取ったらしいが、その程度では到底受け流し得ない。更に立ち上がろうとする彼女の上に覆いかぶさる黒い影。胸にBFの刻印を施された鋼の巨人が、差し渡し数メートルの掌をプレス機代わりに彼女の圧殺に取り掛かったのだ。

ミシミシミシミシミシ・・・

「ぐ・・・くぅ・・・」

避ける間もなく、それを全身で支えざるを得ない竜魔霊帝。量産型BFロボが堀江の超能力で稼働させられているのだ。先程の巨大飛刀も内蔵武装の一種だろう。魔術的な力を伴わない純粋な質量と馬力の負荷は強靱と化した竜魔霊帝の肉体にも尚荷が勝ちすぎるのか、骨格が軋む不気味な音色が辺りに響く。

「そのまま――支えていなさい」

「!!」

見れば神崎・鬼神が雷光で出来た全長が3メートル近くある巨大な弓に、ほぼ同じ長さの稲妻の矢を番えて引き絞っている。太陽光に匹敵する、肉眼では直視出来ない暴力的な光度。恐らく内部温度は少なく見積もっても摂氏で五桁は行っているだろう。命中すれば量産型BFロボの掌ごと竜魔霊帝の肉体を蒸発させるだろうと思われた。

だが魔界の支配者もただ座して屈辱的な姿のまま陽炎とはならない。

「流石に、手に余りますね・・・ニアデスオーブよ!!」

彼女の懐から何かが飛び出す。それは白、青、赤の三つの宝玉。透き通る石の中には、それぞれクマ、クラゲ、タカを模った小さな像が封じ込められている。その三つの宝玉は、主の意思に応えて鮮やかな光を発しながら中空へと飛翔する。

「“踊れ我が下僕(ウユン・ネスオク)”、出でよ、三つの魔神(デヴィル)!!」

ドギャ―――ン!!

竜魔霊帝が唱えた直後、BFロボは大型トラックに追突された歩行者の様に猛烈な勢いで吹き飛び、立ち並ぶ他のBFロボに突っ込む。

自由を得た竜魔霊帝は即座に神崎に向けて突進、波佐見は咄嗟に突きを乱れ打って弾幕を張るが、列車砲の威力を秘めた彼女の突進に逆に弾かれ吹き飛ばされる。

「ぬおああぁぁぁっ」

「ちぃ・・・1ミリも役に立たない。天津弓(あまつゆみ)!!」

神崎は暴言を吐いてチャージ途中の矢を放つ。だが迂闊な狙いが竜魔霊帝を捕らえられるべくも無い。そして、彼女の背後で、実体を得た彼女の下僕が咆哮を上げる。

『ウルゥアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

女性型巨大ロボットとしか表現しようのないモノが、三体ほど現れた。

中央の機体は、白い大型機。何処となく特攻服を思わせる装甲に覆われ、背中に「雪」の一文字。

右側の最も小柄な青い機体は腕が無く、代わりに肩の部分が「月」の文字が書かれた透明な装甲で覆われて、其処から無数の触手が伸びている。

左側の赤い機体は「雪」と「月」の中間の大きさで、豪華なドレスに身を包んだ姫君の様な、美しい鳥か大きな花束を思わせ、額に「花」の字。

(ぬあー)

こちらが必至こいて奪おうとしていたものを、この御仁は片手間に呼び出してしまう。なんとも虚しくなる話だ。

「“アンチブレイズ”、“フォールセレネ”、“ヴェノムウェザー”・・・行きなさい!!」

竜魔霊帝が指令を下すと三つの僕は鋼の武者巨人に襲いかかる。

『ハァァ―――――――――――――・・・ッ』

まず「月」の字が書かれている、恐らく「フォールセレネ」だろうと思われる機体が、クラゲに良く似た半透明の触手を伸ばしてBFロボの四肢を絡め取り自由を奪う。そして彼女は、猛烈な勢いでそれを振り回し充分な加速を与えた上で、束縛を解き空中に放りだす。

『ヲホホホホホホホホホホホホホホホホ・・・!!』

同時に「花」、「ヴェノムウェザー」と思しき機体の全身が花咲く様に開き、熟した鳳仙花が種子を撒き散らす様にミサイルや光弾が発射される。スペックノート上、BFロボは飛行能力を備えていた筈だがジャイアントスウイングを受けた直後に無数の弾雨を避け得る優秀な機動力は持ち合わせてはいないらしく、雷撃兵器のことごとくを全身に浴び地下施設を激しく揺らす爆発が起こる。

『ウルゥアアアアアアアアアアアアッ!!』

黒煙を纏いながら落下してくる鋼の巨人に追撃をかける「雪」―――「アンチブレイズ」。雄叫びにも似た荒々しい時の声と共に、殴り下ろす様なパンチの一撃で落下を加速し、施設の底面に激突したBFロボに馬乗りに覆いかぶさり、センサー類の集中している頭部に向けてクロー付きの拳で連打を見舞う。

ガコン、ガコンと重く鳴り響く金属音と、共に飛び散る巨大な火の粉。そのまま嬲られるかと思われた量産型バトルフィーバーロボだが、その名の由縁たる“力”を以て事態の打開を図る。

トドメとばかりの大ぶりの一撃を振り上げるアンチブレイズだが、その瞬間、真横から飛来した何かを脇腹に命中させられ、上体を大きく仰け反らせる。

アンチブレイズの脇の装甲に突き立っていたのは彼女ら巨大ロボットの縮尺で片手用サイズの斧、ネイティブアメリカンが使用した投擲武器としても扱われる所謂トマホークだ。

更に二体、バトルフィーバーロボが眠りから目覚めており、そのうち一体が巨大な片刃斧をブーメランの様に投げ放ったのだ。アンチブレイズは斧を引き抜くと投げつけてきたBFロボを睨みつける。その一瞬注意が逸れた隙を逃さず、馬乗りにされていたBFロボが急激に馬力を発揮し、アンチブレイズを跳ね除ける。猛攻を受けたにも関わらず、ISO合金と呼ばれる特殊素材製の装甲は僅かな傷しか帯びていない。

対峙する六体の機械巨人。“量産型”と呼ばれるモノの最大の戦力は“数の暴力”だ。堀江副局長は念の力でその一端を行使したのだ。一息に全戦力の集中投入を行わないのは堀江副局長とこの閉鎖空間のキャパシティが足りないせいだろう。これ以上は操り切れないし、仮に操れてもここは狭すぎるのだ。

『ウルァアアアアッ!!』

アンチブレイズは怒りの叫びを上げて戦斧――フィーバーアックスを引き抜くと、逆にそれを投げ返す。怒りの反撃だが、それが逆襲を果たす事は無く、空中でもう一体のBFロボが操る錫杖=ケーンノッカーの先端に付いた金属の輪に絡め捕られ威力を受け流される。

『グルゥ・・・グルゥアアアアッ!!』

さながら癇癪を起した様に猛り狂うアンチブレイズ。直後、その形態が変化する。四肢が折り畳まれて太く短くなり、胸と背の装甲の一部が展開して頭部に覆い被さり新たな頭部の形状を為す。それは陸上肉食動物の王者、北極圏に棲息する巨大なクマをモティーフにした姿だった。

『グァアアアアアアオオオオオッ!!』

地響きを上げながら斧を投げたBFロボに突進するクマことアンチブレイズ。だがBFロボは正面からぶつかり合おうとはせず、盾に傾斜をつけて滑らせる様に往なす。所謂、パリイと呼ばれる技術だ。ヴェノムウェザーとフォールセレネもマジックミサイルやエネルギーカッターを飛ばして援護射撃を行うが、SO合金製のバトルシールドやケーンノッカーを巧みに操り防御する量産型に有効打を与える事は出来ない。

『グルゥッ?!』

そして突出したアンチブレイズを何時の間にか三体のBFロボが取り囲んだ形となる。直後、三体のBFロボの前腕部からロケットアンカー付きのワイヤーが射出され、アンチブレイズの全身に巻き付く。

『グルアアアッ?!!!』

もがくメカ白熊。しかし彼女の膂力を持ってもワイヤーは引きちぎれず、逆に深く締まって責め苛む。その手合いの好事家が嗜む特殊な緊縛法が用いられているのだ。最も、人の形のままならば花と蛇と揶揄する事も出来たのだが、これは狩人に召し捕られた人食い熊の在り様だ。

救出の為に攻撃を仕掛けてくる残り二体の魔神たち。だが、一体のBFロボがバトルシールドとケーンノッカーを構えた完全なディフェンススタイルでヴェノムウェザーの遠距離攻撃を防ぎ牽制しつつ、残りの二体が短槍と斧による近接攻撃で、フォールセレネの触手を薙ぎ払いながら打撃を与えていく。

巨大バトルは、陰陽寮側の優勢、と結論する事が出来ただろう。流石は単機で組織の壊滅を為し得たスーパーロボットの発展量産タイプだ。昨今の、複数台あるのが当然の奴らとは鍛え方が、精根が、理想が、そして決意が違う。波佐見は長く憧れたあの鋼鉄の武人の姿を余す処なく眼に焼き付ける。

が――――

(こちらは少々手ごわい・・・!)

逆に等身大サイズの戦いは此方が押され気味だ。

鬼神に変身した神崎が、その巨体から繰り出すパワーで竜魔霊帝を圧倒していたのは最初の内のみだった。波佐見に先程かけた遅滞魔法や、強化された障壁魔法が徐々にダメージを減衰させていく。自己修復能力も換算すれば、分間単位では殆ど損害を与えられていない筈だ。

(このままではジリ貧だ・・・)

竜魔霊帝自身が「殺さないように」気遣ってくれている分、此方が一息に全滅する様なことは無いが、バイタリティのスケールに桁単位の差がある分、先に此方が力尽きるのは目に見えている。BFロボ達も今は彼女の僕を圧倒しているが、堀江副局長も見た目ほどに若い訳ではない。並行作業で何時までも拮抗状態を維持できる筈がない。

呪術のプロ二人が竜魔霊帝のそれに表だって対抗していないところを見ると、無駄なのか、或いは割けるリソースが無いのだろう。無論、波佐見には超能力的なものが備わってはいないので、その線は却下だ。ならば手段は圧倒的な破壊力で彼女の防御能力を突破し、一撃で行動不能に至らしめるしか方法は無い。

(しかし・・・)

それが可能なBFロボは竜魔霊帝の配下の魔神たちと絶賛交戦中だ。となると自分達でやるしかない。

(出来れば逃げたいのは山々ですが・・・)

黒い旋風が神崎鬼神の巨体を木の葉の様に吹き飛ばす。あんなべらぼうな暴力に対抗する等と言うのは正気の沙汰ではない。そう、理不尽な有り様なのだ。馬鹿げている。拘ったりせずに逃げた方が人間として幾らかお利口だろう。だが――――

(ま、馬鹿で結構ですがね)

波佐見は退かない。媚びも省みもするが、退くつもりはない。80過ぎた老人たちが命を賭けて闘ってくれている処で、20代の若人が尻尾を巻くなど、大和男の風上にも置けない行為だ。

(精神論はさておき、現実問題をどうするかが問題ですが)

腹を据えた以上、本腰を入れてどうするか考えねばならない。

『波佐見君――――』

(堀江副局長―――何故?)

不意に響く堀江の声に戸惑う。彼はエスパーの精神攻撃に対する生理的サイコブロックの訓練を受けている。通常ならばテレパスは受け付けない筈なのだ。だが彼は直ぐに気づく。声は通信機から響いている。恐らくBFロボを動かすのと同じ理屈で通信機を操っているのだ。

『取り敢えず肯定ならば、何も口にせず頷いてくれたまえ。キミは―――竜を斃したことがあるかね?』

質問の意図は汲みかねたが、波佐見は頷く。厳密に言えばドラゴン、即ち『知恵在る竜』を殺した事は無い―――と言うより、恐らく彼ら数千年以上の時を生き、人間以上の知能を有する古き竜は既に人間の活動域には現存しない。恐らくは彼らに選ばれた人間しか立ち入ることの許されない神域と呼ばれる場所に僅かに生き残っているのみだろう。彼が屠った事があるのは、ワイバーンやサーペントと呼ばれる亜竜―――レッサードラゴンだけだ。

最も獣同然の彼らすら、開発と環境変異著しい昨今では遭遇するのは稀なのだが、それでも『知恵在る竜』に近しい智慧と戦闘力を持つ者ならば存在なら英国はスコットランドの霧深い湖で、レイクサーペント(湖水蛇竜)を一頭、倒した事がありはする。

『ならば“屠龍の業”は使えるのだね』

それも肯定だ。このディスカヴィルの毒蛇殺しは、アンチ・アンチクリストの作用を持つ聖ジョージの竜殺しの様に特殊な力が備わっているわけではない。単純に扱いやすように軽く、硬い竜の鱗と骨を断っても刃毀れしない様に頑丈に、そして強い肉を断ち切れるよう鋭く鍛え上げられただけの、飽く迄も武器の範疇を超えないものなのだ。毒蛇殺しを真の毒蛇殺しとなすためには、扱うもの自身もまた毒蛇殺しとならねばならない。それが、ディスカヴィル公爵家が繁栄し衰退した理由でもあるのだ。

成程、確かに龍を屠る技ならば或いは竜魔霊帝にも致命的なダメージを与えられるかもしれない。だが―――

『ならばそれを、あるタイミングで神崎局長に使ってくれたまえ』

(?!)

思わぬ言葉に波佐見は堀江を見返してしまう。本部内の内通者については予め説明を受けていた波佐見だが、彼がそうだというのか。しかし、このタイミングで自分に「神崎を殺せ」と依頼する真意がわからない。彼の眼は真剣で揺らぎ無く、決して冗談を言っている様にも見えない。

『神崎局長はこれより奥の手を使う』

堀江は念動でBFロボを操り、符術で神崎を支援しながら、波佐見に説明を始める。

『だがそれは失敗する公算も高く、そうなれば恐るべき事態が起こる』

「どういうことです?」

波佐見は遠方から符術を飛ばしている堀江の近くに下がり、小声で問う。

『・・・簡単に言えば、彼女は鬼神の力を限界まで引き出す。しかし、それは暴走する可能性が高い賭けだ。若し、そうなれば“魔王”に匹敵する脅威が新たに生まれかねない』

「!!」

『古き鬼神の一人が力に溺れ暴走させ一匹の化け物と化したことがある。その力は凄まじく、陰陽寮と落天宗の双方が潰滅的な損害を被り、当時三人いた鬼神の一人が犠牲となることで漸く封印する事が出来た。陰陽寮は、尊厳に賭けてもはやそう言うものを生み出すわけにはいかない。だから――――頼む』

(成程)

恐らく彼は内通者ではない。堀江の痛切な懇願の裏に隠された真意を察する波佐見。何れにせよ、倒さねばならない。化け物など、この人間社会にはまるで必要のないものなのだから。

「よろしいのですね?」

『ああ』

「では一つ条件を。成功したら、一台下さいね」

ドサクサに紛れて交換条件を提示する波佐見。と言ってもこれは半ば冗談の様なもの。しかし、

『良いだろう。好きにしたまえ』

「はは、言ってみるものですね」

承諾が下りる。これで怨みっこなしだ。波佐見は巨人の戦闘と、未だ動かないBFロボを利用して戦場から死角になる位置に退避する。この技は使用するまでに数秒時間を要するのだ。巨体を持ち反射速度の遅い亜竜達ならば、それでも十分に間に合うのだが、人間サイズの相手には些か分が悪い。竜魔霊帝は弟―――京二への感情からか、意識的に此方を注意から外そうとしている節がある為、数秒程度の不在ならば見逃してくれるだろう。

「―――瞬、鬼神の力の解放には十二符術の一つ『陰陽極』と私が編み出した『夜猟襲』がある。だけど、実はそれ以上もあるのよ」

戦場では堀江の予告通り神崎が奥の手を発動しようとしていた。それを聞き、竜魔霊帝の顔色が一瞬で青ざめる。

「・・・まさか!」

「そう、『陰陽極』と『夜猟襲』・・・この二つを同時に発動させれば・・・!」

「止めてください!!」

制止を訴える竜魔霊帝。これまでの情報から総合的に判断すれば、鬼神は記憶を一定量共有している。恐らく彼女も、その技法を知りつつ邪法として「まず使用しない」という前提の下で戦っていたのだろう。それほどに双方にダメージを与えられるものなのだ。果たして――――亜竜を斃せる程度の業が通用するのだろうか。

「そんなことをすれば、局長――――貴方が!!」

「私はどんなことをしても、陰陽寮を護る義務がある。例え貴方と私が犠牲になったとしても。その覚悟は出来ているわ・・・」

「くっ・・・」

竜魔霊帝が神崎に向けて突進する。使われる前に勝負を決めるつもりなのだ。だが、彼女を遮る様に巨大な壁の様なものが降る。量産型BFロボが投げたバトルシールドだ。

「邪魔です・・・! 巻き起これ嵐の牙―――“アヌヂ・ネク”」

ごうっ

嵐が吹き荒れる様な音色と共に、盾は縦一文字に断ち切られる。だが、既にその一瞬で神崎は奥の手を使用可能としていた。彼女のベルトから赤い光の粒子が、湯にドライアイスでも投入した様に猛烈に吹きあがり彼女を包んでいく。

「しまった・・・!!」

「夜猟襲陰陽極・・・!!」

ドオォー

凄まじいエネルギーの圧力が神崎鬼神から吹き荒れる。或いは竜魔霊帝自身に匹敵する膨大で濃密な圧迫感。

彼女の黒く長く変貌していた頭髪は、空間に走る亀裂の様な赤い稲妻と変わり、更にそれが凝集し金属光沢を帯びたクリスタルの様なものへと結晶化する。猛る炎を思わせる真紅の鬣だ。

更に全身の赤い鱗の様なものも金属的質感と油を引いたような玉虫色の色彩を帯びたものとなり、皮膚は赤熱するマグマの様に光り脈打つ。

それは正しく地獄から罪人を引き摺りこむ為に遣わされた獄卒達の支配者―――鬼神の在るべき姿に思われた。

「ぐるるるるるる・・・がぁああああああっ!!」

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン

怒れる獣の咆哮。同時に突進してきていた竜魔霊帝が弾き返され、割れた盾の表面に激突する。同時に、幾重にも響く爆音。空気中で投射物が音速を超えた際に生じる衝撃波だ。

ベキィッ・・・

そして拉げ折れながら倒れる盾の片割れ。それは超硬度のSO合金が、それ以上の硬度を持つ物体を、耐圧限界以上のパワーでぶつけられたことを意味する。更に追い討ちをかけるべく跳躍し、磔になった竜魔霊帝に一発一発が重砲の直撃を思わせる爆音を鳴らす拳を十、二十と叩き込む。

「があああああああああああああああああああああああああっ!!!」

飛び散る血に酔う様に、狂気に似た吠え声を上げる神崎鬼神。あの竜魔霊帝が完全に守勢に回らされている。反撃の暇さえ与えない必殺の猛攻だ。成程、確かにこれならば竜魔霊帝に対抗する為の切り札と称しても何ら遜色は無い。だが――――

「やはり・・・駄目か」絶望の声を吐く堀江副局長。

「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

先程の衝撃波をも上回る圧力で放たれる咆哮。結晶の鬣が怒髪天を衝く、を体現する様に激しく逆立ち、先程まで銅の燃える炎の様な色を灯していた複眼は、今は薄暗く淀み意思的なものを感じさせなくなっている。波佐見は直観的に―――直観と言う言葉を彼は余り好きではないが―――察する。どうやら、これが“そう”らしい。

「波佐見君、頼めるかね」

「了解」

既に準備は完了している。竜を殺す為の技、即ち荘子曰くの『屠竜之技』。人間相手には無用の長物な威力のその技は、理不尽の存在を討ち取る為の武技だ。

竜とは人の絶望の象徴。覆し得ない大いなる脅威が実体を得た存在。強固な鱗と強大な体躯を持つ彼らを人が人のみで倒すのは不可能、無理な話だ。だが―――

(無理が通れば、道理が引っ込む・・・というが)

決してメジャーではないが、コアなファンを持つある漫画家が野球漫画の中で唱えた言葉だ。理屈の上では不可能なことも、押し通れば理屈や常識は沈黙するしかない。圧倒的な脅威に立ち向かうには、それも一つの手段ではある。実際、陰陽師たちの使う符術や魔法、超能力と言ったものは、その言葉を理論化し体系化したものなのだろう。神話の時代から彼ら超常の力を発揮する者たちが、竜を始めとした魔物や古き巨人たちを倒して歴史の原形を築いてきたのかも知れない。

しかし、波佐見はそれを認め、受け入れるつもりはない。この世界に、理法から外れたもの、常道から逸れたものは存在してはならない。ならば自分が為すべき事はただ一つ。

「ぐうううっ」

全身の筋肉から鉄骨が軋む様な音色が響く。――――波佐見の両足は床に噛み付き、全身の筋肉が巻貝状に捻じれ上がっていた。それは当然、どのような流派にも存在しない構えだ。剣は本来、人と人とが戦うための武器。怪物を倒すためには魔術の類の“無理”や重火器などを利用する方が利口だからだ。

断言せねばならない。人間の生物としての力で、竜やそれに類する怪物を斃す事はほぼ不可能だと言ってよい。主力戦車の装甲に匹敵する剛性を持つ外皮と、巨大な吊橋を支えるワイヤーを遥かに超える強度を持った筋肉。それを打ち破るだけの力は、人間の肉体では先ず発揮する事が出来ない。それはどれほどの筋肉の量を搭載しようが、筋肉の質を高めようが同じことだ。白兵戦用の武器の破壊力は、インパクト部分のトップスピードが最も重要になってくるが、人間の筋力が手足の関節に依存して生み出されるものである以上、加速度は骨格の長さに比例したものになる。

ならば、どうすれば良いか。答えは簡単である。発条の様にねじれば良いのだ。今、波佐見が行っている通りに。

大地に正確に厳密に自己の質量を固定し、完全脱力しゴムの様に伸びきった全身の筋肉を骨の周囲で捩じり巻き上げていく。これで最早筋肉は力を発揮するのに関節を頼る必要はない。後はストッパーを外せば良い。

バツンッ

「銃剣道“ノ方”、六式―――“藤田之尺”!!」

留め金が外され、弾かれる様に飛び出す波佐見。筋線維そのものの弾性作用に加え、筋肉そのものに剛直するよう指令を下す事で、捻じれた筋肉が戻ろうとする力を高め、回転速度を引き上げているのだ。撃ち出された彼の身体は、蓄積していた筋肉螺旋の力に加え、回転によるジャイロ効果で一気に亜音速まで加速する。

ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

「ぐあ?!」

竜魔霊帝と殴り合っていた神崎鬼神が此方を向く。流石ではあるが、しかし遅い。いや、寧ろ好都合と言えよう。如何にも剣呑な後頭部の結晶を避けることが出来たのだから。後は高速回転する毒蛇殺しの切っ先を生体装甲の隙間に突き出せば良い。

「局長!!」

(やはり―――)

だが、其処に割り込んでくる竜魔霊帝。それは波佐見の予測通り、堀江の狙い通り。彼女の正体が、そうであるというのなら、間違いなくこうなると予測されていたこと。そして、詰めの一手。

「甘くなったわね」

「え・・・」

鬼神の吠え声でなく、神崎局長の怜悧な声が響き、彼女の複眼に光が戻る。そして、呆気にとられた魔の国の玉将を彼女は後ろから羽交い絞めにする。

「羨ましいわ」

羨望の言葉を彼女が呟くと同時に波佐見の剣は竜魔霊帝の胸の中央、心臓を貫く。

「う・・・あ・・・ぐぅ・・・っ」

何処か艶めかしい呻き声。それ以上に生態の強度に感心させられる。少なくとも心機能は破壊されている筈なのに尚も抵抗し、刃を退けようとしている。だが神崎鬼神の膂力は彼女の身体を完全に抑え込み抵抗を許さない。

そして堀江は肉体に蓄積した力の残り全てを解放する。それは上体のパワー。跳躍に使用したのは下半身の筋肉のみで、上体の筋肉は未だ捻じれたまま。波佐見はそれを解放する。

「道理を重ねて・・・無理を砕く!!」

ぎゅあああああああああああああああああああっ

筋肉の螺旋運動が練り上げられて切っ先に伝動する。それは中国拳法の寸剄に極めて類似した技術だ。一点に注ぎ込まれた膨大な運動エネルギーは、対象内部構造を液状化し激しく振動させる。即ち、剣と振るう力のみではなく、彼女の肉体そのものが彼女の肉体を引き裂く凶器と化すのだ。

ぶぁん!!

破壊力の伝播は一瞬。竜魔霊帝の上半身は叩きつけられた水風船のように呆気なく、そして激しく血飛沫を撒き散らしながら弾け飛ぶ。

どざ・・・

血だまりに滑り落ちる竜魔霊帝の下半身。辛うじて形を保っているが、螺旋運動を捻じ込まれたそれは歪に捻じれてしまい、もはや人の足とは言えない。骨格から破砕しているのだ。

「ぐ・・・ぐはっ・・・」

波佐見は全身の激痛に血だまりの上に膝をつく。直後、全身の皮膚が裂けて血液が噴き出し、血だまりは宛ら血の池と化す。全身の筋肉を極限まで引き延ばし、一瞬でそれを極限まで圧し縮める技だ。疲労骨折、筋断裂、皮膚は裂傷を起こし、頭が割れる様に痛む。高速回転と運動により生じる気圧差で血中の酸素や窒素の濃度が変化し高山病と潜水病が同時に引き起こされたようなものなのだ。

だが犠牲を払っただけの価値はあっただろう。何より竜魔霊帝を倒せたのだから。彼女の僕たちは、丁度今、それぞれがBFロボの霹靂を纏う刀―――オリジナルのものは、作は電光、銘は剣の一文字の太刀だったが、この量産型のそれは旧陸軍の士官が使っていたような軍刀だ―――による真っ向唐竹割で両断され、霞に戻っている。

「しかし驚きましたね・・・暴走までブラフだったとは」

「甘く、見ないで欲しいわね」

神崎はその姿を鬼神から人の姿に戻す。頬はこけ眼にはクマが出来て落ち窪み、明らかに憔悴している。が、それ以上に酷く沈痛な面持ちだ。流石に部下で在り、実の娘のような相手を殺してしまったのだから無理もない。悲しくない筈は、ない。

「あの子がいなくなった後から、もう一度前線に戻る為に馴らしていたのよ。だけど、最初の相手があの子と・・・というのは皮肉な話だったけれどね」

「成程、敵を欺くには先ず味方から―――ということですか」

波佐見はディスカヴィルの毒蛇殺しを杖代わりによろよろと立ち上がる。そう言えば時空魔方陣はどうなったのだろうか。竜魔霊帝が倒された以上、あの絶対的時間制限は解除された筈なのだが。そう思って宙を見上げかけた瞬間―――

ゴッ

「が・・・」

後頭部に受けた衝撃で、波佐見は倒れ突っ伏す。

「味方、と言ってくれたところ申し訳ないが」

「堀江・・・副局長・・・」

どうにか振り返ると、堀江が血に塗れたヴァイオリンを持って死神の様な表情で見下ろしていた。

「些か青かったようだね、キミは」

「音楽家の風上にもおけませんね・・・」

「塩梅の良いものが無くてね。なに心配はいらんよ、テレキネシスでコーティングしてあるからね」

「そう言う問題では・・・無いと思いますが、これは油断しました・・・っがは・・・!」

立ち上がろうとした波佐見の背中に神崎の踵が叩きこまれる。既に限界近い負荷のかかっていた骨格が、もう耐えられないと悲しげな悲鳴を上げる。

「残念だけど、堀江君との間で交わした約束は、私の一存で破棄させてもらうわ」

「すまないね。君も組織の人間ならわかるだろう? 上の人間には逆らえないのだよ」

言葉とは裏腹に浮かぶサディスティックな表情。罪の意識を感じていない訳では無いと思いたいが、ここで自分が二度と抵抗する気を起こさないよう徹底的に痛めつけるつもりだろうか。

「ぐ・・・」

「心配はしなくても良い。言葉が喋れない様にはしないよ」

要するに自分から情報を引き出すつもりらしい。拷問、薬物、或いは呪術の類を使うのだろう。前者二つは兎も角、後者は些か不味い。どうにかこの徹底した組織人たちから逃れねば、クライアントは元より、部下たちの生活にも関わる。しかし、今の彼には鬼神とプロトデスパーから逃れる力は残されていない。

「参りましたね・・・万事休すといったところですか」

無理を砕き切るには道理の積み重ねが足りなかった様だ。こう言う状況に陥った時の為、自決用の毒薬を持っているが、出来れば使いたくはないし、この状況で使わせてくれるとも思えない。ならばやる事は一つである。

「ぐぬあああああああああああああああっ!!!」

「なに?」

「まだ・・・!!」

痛み傷ついた全身の筋肉を克己して足を跳ね除けようとする。少しでも力が残されている限り抵抗するだけだ。成功率は少ないだろうが決して零ではないのだから。

どさっ

「ふえ?」

尻もちをついて倒れる神崎。意外なほど、思いのほか簡単に彼は立ち上がる事が出来た。しかし彼は直ぐにその理由を理解する。自分ごときに構っていられない重大な事情が出来たのだ。

「ば・・・馬鹿な!!」

「まさか・・・」

「不思議では無いでしょう?」

若い聞き覚えのある女性の声。二人の陰陽師が見つめる先には、今、先程倒した筈の竜魔霊帝の姿が。但し、服装は黒いカウボーイスタイルから鎧とマントを纏った如何にも魔界の皇帝らしい威厳を伴ったものに変化している。

「一度死んだ人間が蘇ったのです。二回目があっても、不思議では無い筈ですよ」

微笑みながら告げる竜魔霊帝・神野江瞬。神崎の足元に目を向ければ其処には確かに彼女の残骸、ねじくれた両足が在る。無論、甲冑姿の彼女にも確かに両足がある。ゴーストの類ではない筈だ。

「幾ら魔王とはいえ、人間の姿のまま致命傷を受ければ回復は不可能なはずよ・・・!」

「ええ、ですがお忘れですか? あなた方は私を神野江瞬だと言いました。でしたら、神野江瞬は当然、あれを持っていて然るべきでしょう?」

そう言って彼女は左手を翳す。その薬指には薄らと燐光を帯びる青い石で出来た指輪がはまっている。

「・・・伊万里京二の、指輪」

「ええ、竜王の再生と復活能力を司るもの―――魔の国では“権威と権能”と呼ばれる秘宝です。これに竜魔霊帝と時空魔方陣の力が組み合わされれば、この程度は造作ないことです」

「ふはは・・・」

思わず笑いがこぼれる。何とも絶望的な状況だ。不死、それは無理や道理など意味を為さない、神の真理とでも言うべきものだ。

「ですが・・・」

波佐見は神崎を跳ね除けようとして高めた力を剣を持つ手に籠める。

「諦める訳にはいきません」

「やはり、貴方はあの人のお兄さんなんですね・・・」

決意を固めた波佐見を見て竜魔霊帝は悲しげな表情を浮かべると、そっと掌を彼に向ける。そして―――

「ルゥオオオオアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ・・・」

「!!」

吠え声を上げる。先ほどの暴走寸前の神崎が上げていた唸る様な猛る様なものではない。唄い鳴り響かせる様な何処か音楽的な響きのある鳴き声。波佐見はそれを幾度か聞いたことがある。それはレッサードラゴンの中でも長い時を生き、知恵在る竜に近い知性を備えたものが死に逝く時に上げる断末魔の鳴き声。次の瞬間、手の中の毒蛇殺しが支えきれぬほど重く感じられ、取り落としてしまう。

カツ――――――ン

落ちた時の音色は、軽い金属音。二度はねたあと、床の上で静止したそれを拾おうとするが、持ち上がらない。筋肉が断裂寸前のダメージを受けたからではない。まるで大陸を引き抜く愚を犯しているような理不尽なまでの超重量。

「な・・・こ・・・これは・・・!?」

「“ディオクレティアヌスの憤怒”――――ドラゴンスレイヤー達に復讐する為、『知恵在る竜』たちが編み出した竜言語魔法(ドラゴンロアー)です。竜を殺す武器、竜を殺した武器を使用不能に陥れる一種の呪詛として作用します。本来はローマ法王庁と矛を交えることになった場合の切り札だったのですが、貴方の屠竜之技は厄介すぎるので前倒しさせて貰いました」

つまりは件の聖騎士どのの為の奥の手を使って貰ったと言うわけだ。光栄過ぎて涙が出てくる思いである。

「ふ・・・しかし、男は孤拳一つあれば良い!」

強がり拳を固める波佐見。堀江達も攻撃態勢を構えるが、どう考えても彼らも限界近いだろう。対して竜魔霊帝はほぼリセットされた様なものだ。

「さて・・・」

再び彼女の背後に実体を得る三体の僕。

「今度こそ、終りにしましょう」

彼女は大剣“魔界聖典”を掲げると、静かにそう告げた。

崩壊する本部から遠退く様に走るトレーラーのコンテナ上から、徐々にその大きさを増していく巨大怪獣と、それに纏わりつく羽虫の様な影、そして彼らの周囲に所謂「怪獣広場」を形成するため地下に沈んでいく建造物群が見えた。

(街が・・・燃えてる)

知らぬ間に、別の侵略組織の活動があったらしく都内各所から火の手が上がっているのが見えた。炎の上には救急車を思わせる形状とカラーリングの巨大な飛行物体が浮遊し、消火剤の散布と救助活動を行っている。救急戦隊の活動停止と、その翌年に起こった米国での「人間の手による大規模テロ」を受けて消防庁が導入した消防救助機動特別部隊所属・都市防災移動基地、通称「ソリッドステイツ2」だ。

人々を守る為に莫大な資金と労力を注ぎ込んで構築された防災システム。それでも尚、困難を極める防災活動。だが彼らの懸命の救助活動を嘲う様に新たな災害が現れた。

いや、現れさせてしまった。

巨大化は全体の体積に反比例するように速度を緩める。遠ざかっていくグランセイルの上から、その全体像は首を左右に振らなくても見て取れた。

マリアは其処で初めてREXUSの名前の由来が「我らの王」という意味だけでなく、その改造モティーフを言及したものであると気づいた。

変貌したREXUSの姿は、過ぎ去りし太古の一時代、地上の覇者と呼ばれた巨大肉食獣――ティラノサウルス、T-REXを想起させた。それも昔の図鑑に載っている怪獣に似せた様なものではなく、あの有名な恐竜映画に出てくる様な鯱と猛禽を掛け合わせて爬虫類の要素を付け加えた、最新の学説に基づいたアレだ。ただし、南国の鳥の様な鮮やかな羽毛は無く、仮面ライダーの時と同じ白い滑らかな表皮が全体を覆っている。

ギャオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――ォォオン

『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ・・・』

巨龍の咆哮がビル群のガラスを粉砕し、大首領の哄笑と合わさって凄まじい音響となる。

確かにREXUSの姿は古代最強の竜脚類に良く似ていた。だが大きさは恐竜の比では無く、去年現れた爆竜と呼ばれる異世界で生存した恐竜の子孫たちより更に大きい。漸く巨大化は停止したものの、一番高い腰の位置までで恐らく100メートルオーバー、鼻先から尾の先端までは300メートルを超える超巨大怪獣だ。

「く・・・“封印を解く女(パンドラ)”を使って“構成者(パン)”のリミッターを解除したのか」

受刑者の苦悶を思わせる呻きがコンテナの下から響く。

「どういうこと、マナくん?」

話をするためにマリアは彼をゴリゴリと引きずりながらコンテナの上に引き上げる。彼の顔からは完全に血の気が失せ、死人さながらの様子だった。

「REXUSの装甲や人工骨格、強化細胞と言った諸々の人工臓器関係は長期間のメンテナンスフリーを実現する為、自己複製機能を備えたナノサイズのゴーレム、言うなれば魔法のナノマシンで出来たナノスレイブマトリクス“構成者(パン)”って奴で造られてるんだ。だけど勝手に自己改造して暴走したり、後で使い勝手が悪くならないように組み込んでおいた安全装置を、本来ならバリアとか外部の封印を解除するための兵器で無理やり解除しちゃったんだよ。そして、僕から奪った魔王の力を使って巨大化した・・・というよりは魔王化した、というわけさ」

「・・・やっぱり、あれは」

あの時、邪眼導師から何かが失われ、それがREXUSに吸い取られていくように見えたのは錯覚ではなかったのだ。だがひとつ謎が解けるとまた疑問が湧いてくる。

(でも・・・そんな簡単に魔王でなくなれたり、なったりできるものなの?)

魔王というのは、そういった生態を持つ生物ではなかったのか。

『ハハハ、この身体のベースは彼のクローンだったからね。彼の“魔王の宝冠”を此方に移すのは酷く容易だったよ』

だが心を読み透かし、心の中に直接響いてくる大首領の声。つまり大首領はREXUSと邪眼導師が遺伝子上同一である事を利用し、魔王の力を強引にREXUSの方に引き寄せたらしい。修復しない傷を押さえながら、しかし何処か嬉しそうに笑う邪眼導師。この顔は何度か見たことがある。陰陽寮の技術部局員が、或いは茶色かったり緑かったりする考古学者が稀に見せる笑みと同じものだ。この事態でさえ、彼にとっては喜ばしい研究材料に過ぎないというのか。

『そしてこの身体は魔の国の存在が地上で全ての力を発揮する為、造り出されたメガ魔獣の機能も備える。つまり、制限の多いお前たち六大魔王と違って今の私は魔王の力を常に完全に引き出す事が出来る。言うなれば今の私の身体は終焉を齎すもの、オメガ魔獣!!』

「!!」

大首領に操られるオメガ魔獣REXUS。彼はゆっくりとその巨大な顎をグランセイルの走り行く方向に向ける。半開きになった口の隙間からは光の粒子が漏れ飛び、直後に生じる大破壊を予見させた。グランセイルは急加速する。確かカタログスペック上は地上走行時でも時速800キロ前後まで加速出来た筈だ、が――

『ハハハ・・・逃がさんよ。先ず君達はこのオメガ魔獣の馴らしの為の的になって貰わないといけないからね。さあ動きを止めるんだ』

グランセイルはまるで命じる声を聞き届けた様に、突然意に反したような蛇行運転を始める。コンテナを左右に振って、今にも道を外れて事故を起こしそうな危険運転。イモリの術で90度以上の壁面に張り付く事が出来るマリアにとって、この程度で振り落とされる様なヘマはしないが、明らかに深刻な異常事態には違いない。原因を確かめるため彼女は運転席を覗き込む。

「どうしたの先ぱ・・・エミーちゃん?! なんで?!」

それで理由は即座に判然する。エミーと自由騎士の二人が京子の腕や足に絡みつく様にして、運転を妨害していたのだ。だが彼らの諸動作にはやはり生気と言うものが感じられず、いわゆるゾンビー、“何者か”に操られている様な印象を受ける。“何者か”、それは最早明白であり、その“何者か”は笑い声と共に絶望を詳説してくれる。

『ハハハハハハ・・・彼女らの大切なモノを盗んだのだよ。そう、“心(スピリッツ)”をね。だから思い出したのだよ。自らが何者で在ったかを、何者であるかを、その肉が、骨が、血が、霊が。どれほどまでに“装い”、その姿に“徹しよう”とも覆せぬ、換え得る事の出来ぬものがね。さあ恐怖を与える者、我が同胞よ、この世界の真の支配者に生贄を捧げるのだ』

「エミーちゃん・・・!」

そんな、と愕然とする感情がある一方で、僅かに残る冷静で理性的な部分がやはり、と納得している。予想し得る彼女らの正体から推察すれば、この様な事態は何時起こっても不思議ではなかったのだ。だが予見は出来ていても、心構えは出来ていない。そうなっては欲しくない、きっとそうはならない――淡やか確たる根拠のない期待があったからだ。

「やめて、やめてよエミーちゃん!!」

悲痛な叫び。しかし二人を静止するには至らない。『まとわりつく』程度の微温い妨害しかしないのは、完全に正気を失ったわけでなく『大首領』の支配に二人の意志が抗おうとしているからかもしれない。だが、このままでは二人が自ら支配より脱する前にグランセイルは重篤な事故を起こし大破するか、減速したところを狙われて破壊されるかのどちらかだ。

「く・・・マリア、離脱の準備をして!」

「わ、わかったよ先輩!!」

しかし京子はグランセイルからの脱出を選ぶ。想定される最悪の事態は、事故を起こして周囲に被害を拡大し、動きが止まった処でオメガ魔獣の攻撃を受けることだ。

彼女が今まで躊躇っていたのは、スカイセイルに次いでグランセイルまで失うのを避けたかったからなのだろう。マリアをはじめとした多くの陰陽寮職員はメカは飽く迄も「信頼に足る武器」として認識しているが、メカニックの肉体を持つ京子にとってサポートメカは自らの血を通わせることの出来る「肉体の延長」なのだ。そう、易々とは切り捨てられない。

「ごめん、ごめんねグランセイル・・・」

妨害されながらもブレーキを作動させる京子。単にタイヤの回転を止めるのではなく、内蔵された反重力エンジンを利用した重力制御と慣性制御、そして飛行モードの時に使用される姿勢制御ブースターを併用した四重ブレーキングだ。グランセイルの巨体はブレーキから1秒で完全に停止する、が――

「しまった?」

脱出しようとする京子だが、エミー達が纏わりつき容易にそれは叶わない。このままではオメガ魔獣の吐き出すビームで諸共蒸発は免れない。

「?」

しかし不意に大首領の姿が赤い巨体によって蔭る。

「!!」

先程まで防災活動に当たっていたソリッドステイツ2がオメガ魔獣の前に進出してくる。恐らく此方を護ろうとしてくれている訳ではない。彼らはオメガ魔獣を放置すれば都心に多大な被害をもたらすと判断し、実行力を以て排除するべきと判断したのだ。SS2の装甲の一部が展開し、迫り出した火器群が破壊機能を発揮し始める。

『ハハハハハハ・・・その様な矮小な武器で私の前に立ちはだかるか。風見志郎の意志を継ぐものども』

だがSS2は救助車両。その武装は飽く迄も補助的なものであり、身長100メートルの巨大怪獣を殲滅出来る様なものではない。ミサイルとバルカンだけで一体どれほど持ち堪えられるだろうか。

『二十数年の慰みに先ずお前たちから葬ってやろう・・・受けよ神の光、“盃を掲げる者(ガニュメデス)”を』

オメガ魔獣の口が大きく開かれ、その喉の奥が青白く発光する。直後、奔流の様な光の塊が吐き出されSS2を襲う。

バチバチバチバチバチッ

厚い雲が覆い薄暗かった空が目を細めねばならないほどに目映く輝いた。凄まじい光量と、恐らくは膨大な熱量。だがSS2は耐え堪えていた。

『ハハハハハハハハハハ・・・面白い。流石は我が宿敵の魂を継ぐ者らよ。そうでなくては、な』

機体前面に赤く輝く光の壁が放射され、オメガ魔獣の放ったビームを押し留めているのだ。確かあれは工場や飛行場などでの大規模火災において延焼を防ぐ為の電磁防火システム「フレイムミラー」。それを収束放射することでビームに対する電磁防壁として応用しているのだ。

『だが!!』

青白い光の激流の勢いが急激に増大する。赤い光の壁は一気に薄められ、抵抗もままならないまま押し切られ、光の鎚はSS2に命中する。

「ああ・・・っ」

爆発が起き、黒煙を上げながら特殊救助車両は東京湾の方に向かって降下していく。墜落による被害を少しでも減らす為だ。しかし最早死に体でありながら、SS2のチーフオペレータは尚も自らの職務を放棄せず、残された弾薬を王の名を持つ怪獣に撃ち込む。

『無駄と、解っていても抵抗せずにはいられまい。それがお前たちの性。そして、その性こそが絶望と恐怖を深めるのだ』

厚い雲に無数に孔が穿たれ、空の青が覗く。穴の中央には昼間にも関わらず星が煌き、その輝きは徐々に増していく。

『絶望を噛み締めるのだ。“不産母神(ガラテア)”が招く堕星によって!』

焼け爛れた星が降り注いで来る。REXUSの姿の時にも使った兵器だったが、その時とは星の規模が十倍近くも異なる。一個当たり数メートルもある様な巨岩が炎を纏いながら猛烈な速度で落下してくるのだ。それが満身創痍のSS2に命中し、更に街をも撃ち据えていく。

『ハハハハハハ・・・終末の法螺貝は吹き鳴らされた。間もなく世界はこの都を中心に黙示録へと突入する。そう・・・混沌の始まりだ』

「あ・・・ああ・・・っ」

破壊は尚も拡大していく。ビル群が粉々に吹き飛んで、道路が地下と崩れて混ざり合い、炎が人々を飲み込んでいく。

『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ・・・』

高笑いが響く。氷の様な怜悧さを備えながら獄火の様に煮え滾る感情を湛えた――

『恐怖だ。恐怖するのだ。恐れこそが、脅える心こそが生物に強靭なる進化をもたらす。人類よ、今こそ腐敗した揺り籠を脱却し新たな進化領域(ステージ)に進むのだ。それが万物の霊長たるお前たちの唯一無二の義務だ。さぁ、私を恐れよ、恐怖を打ち越えようとする力を紡ぎ出すのだ。そして支配者(私)に捧げるのだ。より強く、より素晴らしく磨き上げられた供物を』

再び巨龍の咽喉に青い魔光が灯る。再びあの破壊光線が解き放たれれば、東京は完全に炎の底に沈む。恐怖に怯え、乗り越える暇すらなく多くの人々が理不尽の死を迎える。

「やらせるかよぉぉぉぉっ!!」

怒れるアスラが自動兵器の包囲網を突破する。闘気をジェット状に噴射し幾重にも音の壁を貫いて。だが巨龍の口に浮かぶのは死神の微笑。

『愚かな。仮面ライダーとはいえ、たかが一人で私をどうこう出来るつもりか』

「出来なきゃどうにもならねぇだろうがっ!!」

『見せるがよい。十重二十重の絶望を打ち貫いて、な』

魔獣の肌が沸き立ち、彼がREXUSの姿の時、一基ずつ体内から出現させていた内臓武器が針鼠の針の様に無数に皮膚の上に形成されていく。

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!

迎撃の弾幕がアスラに向けて解き放たれる。恐るべき濃度と質量を有する悪意と殺意が、幾種類もの破壊の形状でアスラから一切の活路を奪う様に襲いかかる。超音速に達するというアスラ魁の超高速も、避ける隙間が無ければ避けようが無い。そもそもアスラ魁は超高速を得る代償に、その被弾面積は極端に大きくなっているのだ。

「くっ・・・」

翼を六本の腕にチェンジして弾幕を迎え撃つアスラだが、疲労と損傷を蓄積した彼の腕は高密度な弾雨を完全に捌き切る繊細な動作は不可能だった。阿修羅神掌の防御陣を突破して最初の一撃が命中すると、後は済し崩しに破壊の威力はアスラを撃ち据えていく。

「ぐおおおおおっ」

『ハハハハハ、さらばだ修羅の戦士よ。後の世も修羅道に生きるがよい』

「元宗さん!!」

マリアは悲鳴を漏らす。オメガ魔獣REXUSの口一杯に暴力的な光が蓄えられている。東京の街ごとアスラを焼き払うつもりだ。マリアは彼にそれほど好意的な感情を持っているわけではない。

瞬に不器用ながらもモーションを掛けていたのが先ず許せなかった。それに昭和中期の男性像を引き摺る、あの古臭く暑苦しい性格が嫌いだった。どちらかといえばフリーダムな性格のマリアには、彼の常識と良識を押し付ける喧嘩を売る様な正義感が鬱陶しかった。

だが、それでも彼は仲間だ。友達ではないにしても、共に戦った仲間だ。

そんな近しい人がまた一人逝ってしまう。

絶望感がマリアを貫く。また何も出来ず、指を咥えてその瞬間を見届けねばならないのか。

この戦いでもライダーたちを救う事ができず、友の暴走を止めることも出来ず。これまでの戦いでも。華凛を引き留められなかった時も。瞬が富士の火口に消えた時も。そしてあの時、故郷が火に焼かれたあの日も――

何故、これ程に自分は無力なのか。

なにが狐の化身たる変身忍者だろうか

なにが陰陽寮トップの戦闘陰陽師だろうか

自分はただ何も為すことが出来ない、今、この場に及んでも何の策も打ち出すことのできない単なる小娘だ。

折れて、砕ける――

『恐怖せよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!』

光が盛り上がり、正に解き放たれる――

「恐怖、笑ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ止ッ!!!!!」

『なにッ?!』

突如、魔獣の首が足元から飛び出した何かに跳ね上げられる。発射寸前だったビームはそのまま天空に向けて伸びる光の塔と化し、大気圏の外へと消えていく。

「・・・幽霊の正体見たり枯れ尾花。幻影風情が恐怖云々とは笑わせる」

『貴様は・・・』

オメガ魔獣の前にロボットが浮遊していた。派手なカラーリングと装飾を持つ巨大人型機械、スーパーロボット。だがスーパーロボットとしてはかなり小柄。オメガ魔獣との比較で背丈は五分の一程度。ボーイ級より更に小さい20メートルほどしか無い。特徴的なのは、その右腕の肘から先がドリルになっていることだろうか。恐らく、あのドリルで地下を潜行し不意の一撃を狙ったのだろう。

そのロボットの頭の上に、聞き覚えのある声の主は立っていた。ブルーメタリックの重装甲に身を包む彼の名は――

「時空海賊ッ!! シルエッッッエェェェック!!!」

自らの手でXの字を切り高らかに名乗る時空海賊の長。わざわざ拡声器まで使って名乗り文句をここまで届かせている。それほどまでに彼は自分が「時空海賊であること」を主張したいのだ。

ドリルロボに受け止められたアスラが左手の中で苦笑を浮かべて友を迎える。

「・・・やっぱり生きてやがったか、時空海賊」

「信頼に応えられて光栄だな。戦友」

サムズアップするアスラに口元でのVサインで答える時空海賊。

「馬鹿なっ・・・」

そう叫ぶのは邪眼導師。彼は器用に身を捩ってコンテナの上に登ってくると信じ難いといった様子で声を上擦らせる。

「ガ・・・ガニラの自爆は計算上、タイクーンを完全に消滅させられたハズだ。い、一体どうやって・・・」

「計算、それも笑止だな邪眼導師。愛の力は計算や理論では計れない。あんたも科学者ならばそれを充分熟知していたはずだ」

「な・・・まさか・・・?!」

シルエットXの説明の体を為さない説明でも、しかし邪眼導師は察する。

「彼女を縛る、それだけの為に組み込んでいた“フクロムシ”が・・・?」

「そうだ。彼女の愛する心が、爆発を抑え込んでくれたのだ。愛する者を護る為に、な」

どういった経緯で何がどうなったかは判らないが、恐らく時空海賊がここに到着出来るまでの間に起こった何かの事だろう。

『何を茶番劇を演じている? 幻影、だと? この私が? それこそ笑止!!』

オメガ魔獣が膨大な敵意を時空海賊に向け定める。三度巨龍は破滅の光を放とうと巨大な口を開くが。

「最も、愛だけというわけでも無いがな」

そう言うと時空海賊は徐に足元にあったブリーフケースを持ち上げる。何時もならば彼は其処から様々な武装を取り出し、攻撃する。そして彼がゆったりとした動作でケースを開いた次の瞬間、

ドギュアア―――――――――――――――ッ

『なっ・・・!!』

バックから一直線に爆炎と爆音と爆裂が解き放たれ、ビームのようにオメガ魔獣REXUSの喉の奥に突き刺さる。そして、蓄えられた破壊光は暴発しオメガ魔獣の首から上を丸ごと吹き飛ばす大爆発を起こす。

『が・・・な・・・・これは・・・っ』

「さっき話していただろう。ちょっとしたお土産さ。焼き蟹は香ばしかろう?」

見れば魔獣の吹き飛んだ首の痕に焼けた殻の様なものが突き刺さって見えた。そして漂ってくる炎に炙られた磯の香――邪眼導師は察したように口を開く。

「そうか、その超空間バッグに・・・爆発を吸い込んだのか」

「タッパーの持ち合わせがなくてな。少々、不作法だがこれに拝借させて貰った。その代わり、幾つか貴重品が駄目になったがな」

頷いて言う時空海賊。回らない頭では全く状況が理解できない。どのような酒池肉林の歓待がなされたというのか。邪眼導師は更に問いかける。

「彼女らは、どうしたんだい?」

「説明は面倒だ。第一、あんたに知る権利はない。後で責任を取って貰う」

「それは・・・のんびりした話で」苦笑する邪眼導師。立って談笑しているが、彼はすでに致命傷を受けているのだ。

『おのれ、貴様・・・“また”私の邪魔をするか!!』

咆哮を上げる“大首領”。先ほどまでの何処か歓喜めいた響きを含む声ではない。怒り猛るのみの憤怒と怨嗟の声。しかし時空海賊は静かに答える。

「勘違いするな。俺は“奴”じゃないし、あんたは“あれ”じゃあない。呼ばれてもいない幻影には退場願おう」

『貴様がその言葉を口にするか―――――ッ!!』

吠え声と共に復元した頭部が大口を開けてドリルロボに牙を剥く。しかしドリルロボは軽快な空中機動で咬撃を避けながら再び螺旋の一撃を抉りこむ。

『ぐぬぅッ』

ドリルが装甲を引き裂いて右肩に突き刺さり洞穴の様な創孔を穿つ。千切れた肉の間から体液の染み出してくる其処に呵責のない砲火が浴びせかけられ、更なる爆裂が肉を焼いて飛散させる。

『小賢しいっ』

「!!」

だが太く長大な尾が先端に雲を引く猛烈な速度で逆襲する。T-REXを模した棍棒の一撃が、ドリルロボの左わき腹に強かに叩き込まれた。

「うおおおっ!!」

破裂音。超音速を超えて生じた衝撃波が突風となって吹き荒れ、近くのビルから砕けたガラスが光りながら辺りに飛び散る。

小柄で華奢なドリルロボは全身のブースターを使って制動をかけ、吹き飛ばされるのを何とか踏み止まる。しかし左腕は無残に砕けて大部分が脱落し、一撃が減り込んだ胴体は装甲が大きく歪んで火花を散らしている。中破以上のダメージ。だが時空海賊はそれでもロボットを酷使する。

「ぐぅっ、ドリルボンバー!!」

再びドリル攻撃。ミサイルの様にブレード部分が発射されて、報復とばかりにオメガ魔獣の左脇腹に突き刺さる。そのまま高速回転しながらドリル本来の在り様通り内部に潜行、そして――

巨大な水疱が生じた様に白い表皮が無数に膨れ上がり、直後、内側から赤い生き物に食い破られる様に爆裂。膨大な量の肉片が辺りに舞い散る。

「やったか・・・?」

京子が呟く。否と判っていても呟かずにはいられない。きっと彼女が呟かなくてもマリアは自分自身で呟いていただろう。実際、魔獣の左半身を構成していた体組織はほぼ完全に奪い去られ、爛れて焼けた肉が其処に只、こびり付くだけだったからだ。強靭な生命力を持つ怪人や怪獣でも致命傷。直後に内包する高エネルギー物質が制御不能となり、全身が粉々に爆砕する。経験則がその近未来のビジョン、或いは願望を見せる。

だが彼は、魔王の力と最強の仮面ライダーの肉体に大首領の精神を備えた超怪物なのだ。その致命を遥かに通り越した傷さえも見るも無残なまでに完全に修復しきってしまう。いや、邪眼導師の言を信じるならば「より強固に、より強靭に」超回復しているはずだ。

『ハハハハハハッ!! そのようなガラクタ細工で埒が開けられると思ったか?! 馬鹿者め!!』

「なんでも試してみるものさ」

ドリルロボの右手首から発射されたドリルに代わる様に拳が生えてきて、バックパックから銀色に光る蛇腹の様なものを取り出す。それは幾つもの短い刃をワイヤーで繋げた鞭状剣だ。元・ドリルロボはそれを振って奇妙な軌跡を描く斬撃を叩きこむが――

『無駄だ!!』

鍔迫り合い、火花が散る。オメガ魔獣の右手の爪がウィップソードを弾き絡め取っていた。仮面ライダーの姿の時に得物として持っていた二振りの曲刀が、今は巨龍の獲物を引き裂くための鉤爪と為り果てている。そして強大な膂力によってそれを引き抜けば、繊細なウィップソードなど容易く引き千切られてしまう。

『馬鹿め!!』

「ぐおおおおっ」

そして巨龍の突進がドリルロボに叩き込まれ、もはや踏み止まることも出来ず弾き飛ばされ、此方に落ちてくる。

ドオオォ――――――ン・・・

ドリルロボは危うくグランセイルを圧壊させる――そんな位置に墜落する。いや、恐らくあわよくば踏み潰す様に計算して叩き飛ばされたのだろう。それを時空海賊が墜落の寸前にブースターで何とか凌いでみせたのだ。

『ハハハハハハハハハハハハハ・・・』

どぉん、どぉんと巨大地震の様に大地を揺らし、ゆっくりと此方に近づいてくるオメガ魔獣。使い古された表現だが、それは正に絶望の足音と呼ぶに相応しい。最早その有様は怪獣等という一個の生命などではなく、一種の巨大な自然災害を想起させた。

だが暴力的脅威に対し、屈服を拒絶する影が二つ。時空海賊が立ち上がり、仮面ライダーアスラがその横に降り立つ。二人とも激戦を経過したため、全身がボロボロで激しく息が切れている。彼らの有様を見て大首領の声は嘲り笑う。

『ハハハハハハハハ・・・まだ抵抗して見せるか、虫けらども。ならば良かろう、真なる恐怖を味わわせてやろう。“蜜月(エンデュミオン)”・・・起動開始』

オメガ魔獣の姿が俄かに歪み始める。彼の周囲で空気の密度が変化し、光の屈折率が変化したのだ。それとともに低く重い震動音が辺りに響き始める。

「なに・・・なんだ?!」

『ハハハハハ・・・死だ。死が確約された。この東京が確実に死ぬ。来るべき恐怖を待つことこそ真なる恐怖。さあ、絶望し慄くがよい』

「いったい、何を?」

何か恐るべき破壊力が間もなく解き放たれる。それだけは理解できた。そして、それを説明できる人物が一人だけいる。邪眼導師は苦い表情で呟く。

「エンデュミオン・・・ブラックホールレールガンだ。こりゃ、まずいよ。関東どころじゃない・・・極東アジア一帯が人の住めない場所になる」

「え、ブラックホールって、あの宇宙にある何でも吸いこんじゃう穴のこと? なんで、そんなものが?!」

物理と天文の知識を余り持たないマリアでもその単語は知っていた。そして、その単語が持つ直観的なイメージも。それは酷く危険な代物。余り好きではないがテレビの科学系ドキュメンタリー番組で星を飲み込む黒い穴のCGを彼女は見たことがあった。そんなものが現れたら関東や日本どころか地球そのものが大きなダメージを受けるのではないか。

だが邪眼導師は彼女の覚えた第一印象的危機感を否定する。

「理屈と理論はさておき、問題は重力――“吸い込む”ことのほうじゃない。“蒸発”のほうだ」

「蒸発?」聞きなれた言葉だが、明らかに違う意味合いを含んで響く。邪眼導師は説明を続ける。

「幾ら巨大化したって作り出せるブラックホールの質量なんてたかが知れてる。総質量の少ないブラックホール、つまりマイクロブラックホールはごく短時間で蒸発し、その時に大量のガンマ線や中性子線をばらまくんだ。つまり――大型の核兵器が爆発するのと同義ってことさ」

「!!」

それは60年前、広島や長崎で起こった悲劇がより広範囲で再来するということだ。唯の破壊のみならず、生き残った人々にさえ長く続く苦しみを与え続ける。恐るべき狂気と愚行の産物だ。マリアは遂に我慢できずに激昂して狂える科学者に掴みかかる。

「なんで、そんなのを積んでるの!! そんなの全然“守る為の力”なんかじゃないじゃない!!」

「力は力さ。目的があって、手段だ。本当の敵の為に必要だったんだよ」

「本当の・・・敵?」

「ま、兎も角あれは発射までに暫く時間がかかる。恐らく、あと3分強」

はぐらかす様に言う邪眼導師。残された時間は僅か。恐慌し恐怖に絶望するだけで尽きる時間。だが、

「どうする? とても奴を倒し切るパワーなんざ残ってねぇぜ。まぁ、あんたのことだ。何か策があるんだろう?」

心からの期待と信頼を声に乗せて問うアスラ。些か彼は時空海賊を信頼しすぎている帰来がある。本気で中身があの男であるとは考えてもいないのだろうか。だが時空海賊の返答は明るくない。

「そう買い被ってくれても困るな。流石に種切れだ」

「んなっ?!」

「立てる限りやるだけだ。そういうの、好きだろ?」

「くそ・・・肝心な時にあんたはこれだ」

「すまん。流石に想定の範囲外だった」

「仕方ねぇ。やるしかねぇんだからやるだけじゃねぇか」

へこたれないというよりは最早、投げ槍といったほうが正しいだろうか。迫りくる脅威に改めて向き直る二人。

「ま・・・待つんだ」

しかし、その向こう見ずな戦いに待ったをかける男が一人。邪眼導師だ。

「僕に良い考えがある」

「馬鹿な・・・」

冗談ではないと呟くのはアスラ。以前の、或いは平時の彼ならば激昂しても可笑しくはない毒蛇の元魔王の発言。

「いや、聞こう。話してもらおう、邪眼導師」

だが時空海賊は何を思ったか、猛毒を吐く男に発言を促す。邪眼導師は苦しげに、しかし嬉しそうに笑みを浮かべて言う。

「ありがとう、時空海賊。流石は陛下の・・・」

「余計な事を喋る時間は無い筈だ。説明は簡潔に願おう」

珍しく余裕のない怒気を帯びた言葉が時空海賊から発される。彼の真意を量れば何を今更という感もあるが、しかし邪眼導師は了解して頷く。

「簡単に言おう。ボクを指定したポイントまで運んで欲しい」

「それで、奴を倒せると・・・?」

「まあ・・・可能性は五分五分いや良くて七分三分、かな。勿論、成功する可能性が三分だけど。まあ、結局は成功するかしないか、だから関係ないんじゃないかな」

「聞くだけ無駄だったようですね、時空海賊」

そう冷たい口調で断言するのは京子。彼女は邪眼導師に対する猜疑心、敵愾心を言葉に変える。

「何故? どういった理屈で“勝てる”と断言できるの? 納得させてもらいたいわ。そうでなければ口車に乗る道理がないもの。あなたみたいな外道なんかの」

恐らく今、この場で最も彼に悪意を抱いているのは彼女だろう。だが、その感情を正面から受けてさえ涼しそうに邪眼導師は笑う。

「道理では、ね。確かに道理ではその通りだ。物事は道理を通さねばならない。だけど、それは無理ってもんだ」

「大首領は心を読む。ボクやキミ、そして其処の彼ならともかく――」

そう言って彼は親指で時空海賊を指す。

「君たちが理屈を知れば、あいつに筒抜けだ。それじゃあ意味がない」

「悪い冗談、ね。空事を繰る蛇に、誰が乗るというの?」

「心外だな・・・ボクは嘘を吐いた覚えはないよ?」

「『嘘を吐いていない』が免罪符となるなら、世の中の詐欺師は全員、無罪よ」

冷たく言い放つ京子。彼女の二進法の思考機能で考えなくても毒蛇の魔王の言が信用に足らないことは明白であった。だが――

「確かに君の言う通りだよ、京子」

ぽつりと魔王は自らを糾弾する言葉を受け入れる。

「ボクがやったことは、キミたちには許し難いことだろう。だけど、いや、だからこそ“けじめ”を着けたいのさ。敗者の責任として。地上での闘争でもそうだろう? 戦いに決すれば負けた者は代償を支払わなければならない。それが戦いの契約。そして僕は力を失ったとはいえ魔王だ。魔王は一度交わした契約は反故にしてはならない。絶対に、確実に。そして敗れた以上、僕は僕が生み出したものについての責任を取らなければならない。それに――」

邪眼導師は時空海賊のほうに顔を向ける。

「ボクは科学者でもある。自分が作った失敗作が他人に好きな様に使われるのは我慢ならない。キミだってそうだろう? 海賊」

瞼は尚も閉ざされているが、その奥の瞳は鉄の仮面さえ見透かしているようだ。やがて、時空海賊は頷いて言う。

「誰かと勘違いしているようだが、良いだろう」

「・・・信じるのか?」アスラの問いに時空海賊は頬を掻く仕草をしながら答える。

「他に方法がない、というか用意できないからな。不本意ではあるが“致し方ない”と言うヤツだ」

自覚しているのか似合わない言葉を吐いて彼は京子のほうを、正確には京子に絡みついたままの二人にアイカメラを向ける。

「ったく、よくよく団子状になるのが好きなやつだ?」

「?」

「真夏の話だ。兎も角、あいつ等を起こす」

彼はブリーフケースからボロボロのハリセンを取り出すとエミーと自由騎士と頭を叩くと、彼らは糸の切れた人形か、或いはふやけたワカメの様にぐにゃぐにゃと力なく京子の身体から解け落ちる。時空海賊は爪先を時空海賊の腹部に軽く蹴りこんで冷たく言い放つ。

「起きろ、仕事の続きだ」

「むにゃ・・・もう食べられない」

額のダイヤ型のクリスタルをチカチカ輝かせながら、ベタなボケをかます自由騎士。仮にも大首領と呼ばれるものから受けた精神制御を、片手間と云わんばかりに軽やかに解除してのける時空海賊。彼の技術力(ちから)は十二分に承知していたから驚きこそしない。だが彼が容易くやってのける事が、自分には絶望的なほどに難しいという事実が、彼女に更なる劣等感と絶望感を味わわせた。

「く・・・意識を失っていたのか。 !?・・・キャプテン!」

エミーも間もなく意識を取り戻すと、間近に現れた自分たちの頭目の姿を見て驚く。だがシルエットXは彼女の動揺に付き合う事なく、冷静に命令を下す。

「Y-BURN、エミーと一緒にクリスタニアを使え。ワイヤレスのオートマじゃ巧くいかん」

「タイクーンはどうしたんだ? まさか壊したのか?」

彼女の問いでマリアも思い出す。そう言えばあのデカブツが今日に限って出張ってない。あの大型マシーンを繰り出せば、オメガ魔獣にもある程度抵抗できるような気がする。

「またコストがかかる」彼女は邪眼導師の告げた情報しか聞き及んでいない。破壊された、と思うのが道理だろう。そう勝手に思い込むエミーだが、時空海賊は首を振る。

「ダメージはでかいが無事だ。ただ途中で宇宙捜査官(バードマン)に見つかりかけてな。海に沈めて隠してきた」

「宇宙刑事警察機構か・・・」

「ああ、流石に即断執行(ジャッジメント)なんて導入してる奴らだ。動きが迅い。まあ兎も角、この話はあとだ」

確かに脅威は既に眼前に迫り、退路は無く、備えも無い。今、あるものでどうにか対処するしか無いのだ。エミーと自由騎士が乗り込むとドリルロボ――クリスタニアは再び動き出し、立ち上がると同時に風を巻き上げて飛翔する。

「サイドクルゥゥゥザァァァァァァ!!」

高らかに時空海賊が呼ぶと、流線型の美しいデザインをした彼の愛車・サイドクルーザーが何処かから走り来て彼の目の前に停まる。

「責任放棄も甚だしいんだが、アスラ。そいつのこと頼んでも良いか?」

「時空海賊! ・・・何を考えているんだい?」

驚きの声を上げるのは邪眼導師。精神ブロックを持つ者同士、彼は時空海賊が同行すると思ったのだろう。

「悪いが少し用がある」

「・・・判った。任せろ」

相変わらず説明になってない、説明。しかし猛毒を押し付けられながら、アスラは然程やぶさかでもない様子で(邪眼導師の意向は無視して)承諾する。

「じゃあ、先に行く」

彼もまた不穏な企みを垣間見せ、近未来的メカニックで何処かへ走り出す。それを呆然と見届けて邪眼導師は溜息を一つ吐いてアスラに促す。

「さて、それじゃあボク達もいこうか。水先案内は手慣れたものだろ? 修羅の僧侶」

「待て、待ちなさい」

呼び止めるのは京子。それは相手の良心に期待する「待って」ではなく有無を言わさぬ命令口調。

「行く前に聞かせて貰う。これが最後になるかもしれないから」

「最期・・・か」

ひどく感慨深く反芻する邪眼導師。やがて彼は京子に顔を向けて頷く。

「そうか、そうだね――良いだろう。若しこれが成功したら、僕はあちら側、君たちは此方側だからね。なんでも答えてあげよう、アイアンメイデン。それが義理だ」

アスラは急かしたそうにしていたが、京子はそれを視線で制し問い返す。

「なら遠慮呵責なく聞かせて貰うわ。貴方の主、竜魔霊帝――私たちが神野江瞬と呼ぶ人間の目的を教えなさい」

「!」

脳髄に電流が走るのをマリアは感じた。それは無意識に聞くまいとしていた問いだから。知れば、知ろうとすれば、認めてしまわなければならなくなるから。認めたくない事実が、真実であると理解し、納得してしまうと言う予感があったから。だが、もはやマリアにそれを留める手立てはない。京子さえ、もはや固定された図式で二人を同一と認識しているから。

「あの子は何を望み、何をやろうとしてるの?」

「望みか」

呟いて邪眼導師は唇の端が裂ける様に吊り上げはぐらかす様に答える。

「そんなことは君たちが一番知っているんじゃないのかい?」

「なに・・・?」

「“目”は表面の在り様を“視る”ことは出来ても内なる声を“聞く”ことまでは出来ない。陛下が、あの人が君達の大切な仲間だというなら、いや・・・“だった”というなら、その声を一番聴いているのは、聞きおおせるのは君達の筈だ。違うかい? 陰陽師の諸君」

諭す様にも聞こえる毒を含み、皮肉が嘲笑と共に吐き出される。痛みは脊髄を貫き舌を麻痺させるが、邪眼導師は日和見者の笑顔を浮かべて言葉を続ける。

「まあ、でも“何をやろうとしているか”、これなら判る。何故なら下僕たるボクが彼女の手となり触れ、弄ったんだから」

そう言って邪眼導師は指に長い舌を這わせる。力の大部分を失っても、消え失せない嫌悪感。認めたくない。彼女がこのような男を使って策謀を巡らせていたなど。だが彼が次に告げた言葉を聞いた時、その嫌悪感を忘れさせるほどの激しい衝撃がマリアたちを襲った。

「簡潔に言おう。陛下は、邪悪な龍達の王をヨミガエらそうとしている」

「・・まさか・・・!!」

その言葉の羅列はある一つの事象を思い起こさせた。半年前、今日の様に東京が強大な怪物に襲われたあの日。陰陽寮の宿縁の敵ともいえる落天宗が戦後最大の攻勢を仕掛けてきたあの日。邪眼導師は一同のリアクションを見て満足そうに、嬉しそうに、サディストの笑みを浮かべて言葉を続ける。

「察しのとおりさ。“全ての絶望の根源たるもの”――要するに、キミたちが落天宗の支配者と認識している、あの蒼き竜王をあの人は黄泉から孵そうとしている。ボクらが落天宗に接触したのもそのため。ライダーたちを洗脳したのもそのため。REXUSを作り出したのも・・・言わずもがな、かな?」

「そうか・・・! 仮面ライダーを依り代にするのか!!」

「!!」

意外な事に最初に気づいて答えたのは仮面ライダーアスラ。邪眼導師は僅かに意外そうな驚きの表情を見せたが、直ぐに満足そうに肯く。

「ご明察。そう、先兵として扱うなら彼らみたいな玄人好みの扱いづらい奴らなんて洗脳しない。いや、させてもらえない。コストもリスクも見合わないからね。だけど、他に大義名分があった、だからボクは彼らに思う様、好き勝手絶頂に悪戯を極めれたのさ」

「下衆め・・・」アスラの吐き捨てをかわす事なく受け止めて、邪眼導師はクククと笑う。

「強靭な肉体と強靭な精神。そして優秀な知能。それらを備えた“竜王好みの肉体”、それを用意してあげて邪悪な龍の王を呼び起こす。それが竜魔霊帝陛下のお望み、勅命。REXUSもその為に創り出したものなのさ。彼女の意を添い遂げるために、ね。マァ、だから“本質的に同じ存在”である“大首領”に、ああも簡単に乗っ取られてしまったのかもしれないけどね」

「う・・・嘘だ!」

マリアは声を荒げる。

「神野江先輩がそんなことを命令する筈がないよ!!」

「またそれか、マリアちゃん。そんなことを言われちゃ講釈にならない。さっきもあのインチキ野郎が言ってたじゃないか。キミが知る彼女の姿と彼女本来の在り方は違うものだって」

呆れたように、そして諭すように判ったような言葉を吐き出す毒蛇。

「まあ、信じる信じないは自由だよ。ただ、繰り返し言うけど魔王は契約を破れない、破ってはならない。だからボクらは嘘を吐くことが出来ない。これがキミたちとお話しできる最後だからね。最期の言葉くらい心に届けたいとは思ってる」

「マナ・・・くん・・・」

自嘲的に笑う魔王。だまされてはいけない、そう思う心の方が間違っているのではないかとさえ錯覚させるほど酷く寂しげな表情。それから彼は思い出したと呟き、教師の様に人差し指を立てながら助言する様に告げてくる。

「君たちがこの戦いに勝ち、生き残ったなら竜王の六遺物を集めてみると良い」

「竜王の・・・六遺物・・・?」

聞きなれぬ言葉に首を傾げるアスラ。竜王の情報についてある程度は把握している陰陽寮においても聞いたことのない言葉。だが、その響きには恐るべき脅威が秘められていることを感じずには入れない。毒蛇の王は、邪竜の王の秘宝をこう曰く――

「文字通り、竜王所縁の六つの宝具さ。より正確に言えば、遥か昔、神々の時代に魔の国の神が竜王の身体を六つに引き裂き、それぞれに封印を施した、言うなれば邪竜の王の遺骸」

「馬鹿な、そんな話は聞いたことがない。高野山にも記録が残されていないぞ・・・!」

アスラは吠える様に言う。そう言えばマリアは聞いたことがあった。高野山は落天宗が仏教系の組織として天海宗を名乗っていた時期、陰陽寮とは距離を置き逆に天海宗と同盟関係を結んでいたらしい。高野山が竜王の記録や情報を持つのもそのためだ。邪眼導師は頷いて言う。

「だろうね。六つの遺物のうち、地上に遺されたのは“指輪”と“心臓”の二つだけ。残りの四つは魔の国に伝わっていたからね」

「指輪と心臓の二つ・・・まさか!」

最初に反応を示したのは京子。遅れてマリアたちも気づく。竜王に関わる指輪と心臓をマリアはあれしかしらない。邪眼導師は一同が察したのを見ると満足そうに頷く。

「そう。落天宗の族長である菱木家頭首が受け継ぐ大祭司の心臓――『魂の玉座』と、伊万里京二が魏留冥府鳥を祀る捨道遺跡で発掘した碧玉の指輪――『権威と権能』。この二つは竜王の遺物なのさ。地上にはこの二つしか残されなかったから、それで全部だと勘違いしたまま伝承しちゃったみたいだね」

「竜王を復活させる鍵が、まだあと四つもあるというのか・・・!」

「正確には五つ、だね。『魂の玉座』――心臓は黄泉孵りの時に失われてるから。攻撃力を司る爪、『侵攻剣』。吸収能力・・・つまり取り込んだものを支配する能力を封じた牙、『王者の杖』。知識と総てを見通す力を封じた目、『千理眼』。そして竜王の現世における肉体そのものである骨、『悠久国土』。これらに加えて再生能力と創造力を封じた指輪『権威と権能』」

「そんなことはどうでもいい! 言え、それは何処にある!!」

押し倒す様な勢いで掴みかかるアスラ。だが邪眼導師は道化師を思わせる他人事の様な微笑を浮かべる。

「散逸したよ」

「な・・・」

「十五、六年前に魔の国では大きな戦争があってね。その折の混乱で所在が分からなくなっちゃったんだ。本国の連中も必死で探してるよ。まあ、もっとも――――」

邪眼導師は閉ざされた目が見える様、空に聳える白き巨龍を振り仰ぐ。

「あれをどうにかしないと、キミたちにはまるで関係のない話なんだけどね」

「!・・・」

忘れていた訳ではないが、予言された邪竜の王の脅威は、直近に迫る王なる巨龍の脅威感を僅かに薄れさせていた。ドリルのロボとサイドカーの時空海賊が埒外の火力を叩きこんでいるが、尚もその侵攻は鈍らせこそしても止めるに至っていない。そして、今あの大災害の如き巨龍を止める手立ては、この邪悪な蛇の王に手を借りるしかない。それを思い返す度に酷い無力感に苛まれる。

やがて彼は視線を戻すと相好を崩し、少年の様な無邪気な笑みを浮かべて言った。

「まあ、なんとかするよ」

 

 

 

 

増大していく重力場に大地が震え、沸騰したコンクリートが火の雨となって降り注ぎ、街を朱に蚕食していく。まるで今にも新たな火山が、この東京に生まれ出でそうな風情である。

SS2部隊が爆裂的に拡大する災害を鎮圧しようと孤軍奮闘しているが、炎の速度は弱まりこそしても決して留まりはせず着実に焼き蝕む。健気な彼らの自らの無力を呪い、悲痛に歪む表情がありありと自由騎士には想像できた。

この街は等活地獄の一歩手前、更なる地獄も奥に口を開いて待っている。オルガスムスに達する寸前にも似た、震える様な痺れが背筋を這いあがり、鼻の奥が熱く滾る。

素晴らしい。全く持って素晴らしい。感動に充ち溢れ、狂喜さえ覚える。

だが自由騎士は、それを冷静に理性から切り離す作業に取り掛かる。簡単なことだ、自分が何者であるかを自覚するだけで良い。

時空海賊の傭兵を装い徹しているこの時は、個人の趣味趣向に走っている時ではない。人は一人では生きていけないと確信する彼にとって、それは、それらの行いは飽く迄もコミュニケーションツールの一つに過ぎない。多くの者にとって、それは何かを成し得る為の手段であるが彼にとっては異なる。それはライフスタイルではあるものの、同時に生きる上での目標、最期に到達すべきものであり、今を生きる上で最優先すべきものではない。

邪眼導師は、「君の姿は僕に似ている」と評したが自由騎士はそうは思わない。魔人たちは「そうでなければ生きていけない」が、彼は「その様に生きていきたい」と願っているだけだ。

――クリスタニアは、二人の操縦に良く応え健気なまでに教科書通り、基本に則って動いてくれる。小が大を制すための手段は一つ。寡兵は拙速を好む、即ちヒットアンドアウェイだ。

孤軍奮闘はSS2部隊だけではないようだ。

雇い主の海賊船長殿は来たと思ったらまた居なくなったし、他の方々も動きが鈍い。此方もマジックポイント空っ欠に近いというのに、人任せも甚だしい。

ダメもとで派遣元の上司や得意先の社長に援軍を頼んではみたものの「私らまでそんなことしたら社の信用問題にかかわるでしょーが」「ワニのとこの社員を危険な目にあわせられないベル」と至極最もな反応だった。まあ、仮に来てくれたとしても先ほどの自分たちの二の舞三の舞になれば大事だ。下手したら二次災害の方が酷いことになりかねない。何せ国家単位のジェノサイドが難しくない埒外な連中が何人も揃っているのだから。

『ハハハハハハ・・・無駄に足掻くか。愚かな』

哄笑が響く。確かに愚かな真似をしているかもしれない。クリスタニアはパイロット二人の能力を拡大したような――天空から無数の槍を降らせる、刃の切れ味をもった糸の嵐を起こす、地獄の魔狼の幻影を呼び出し業火を撃ちこむ――と言った大規模で華美な魔術的攻撃を織り交ぜ撃ち込むが、確かに魔獣の皮膚と肉は削り取れるものの、失われた部分は即座に内側から肉が盛り上がり、表皮が覆って修復を完了する。焼けた大岩に銚子で水を注いでいるような錯覚さえ覚える、圧倒的強固。

『ハハハハ・・・我が同朋よ。何時までそのような愚行に興じるのだ? 諦めよ、そして再び軍門に下りたまえ』

無情に過ぎ去る時間と、押し寄せる徒労感に、焦燥を掻き立てられずにはおれない。其処に安易な諦念を誘う声が響けば、危うく先の決意も虚しく転びそうになる。精神攻撃。先程は不覚を取り、彼の声に取り込まれてしまった。だが、

「冗談」

ハンと笑う自由騎士。軽やかに、涼しげに何事も無い様に。何事でも無い様に。虚勢でも張らぬよりはまし、晴れぬようになれば最早終わり。

「さっきは不意を打たれて心神喪失状態になってただけさ。こっちもプロでね。プロは一寸たりとも責任取れない状態になっちゃいけないってのに、やってくれるよ」

「同感だ。私は体も心も奴の・・・奴らの為に使うと決めたのだ。先程は不覚を取ったが、奴が見ている前でこれ以上の無様は見せられん」

エミーの声も響く。それは時空海賊に対しての見栄で、誇りなのだ。きっと、そうであろう。彼女はあの人に弱みを見られることを酷く恐れる。心を配られる事を酷く嫌う。

『ハハハハハ・・・殊勝なものだ。その思い、心が報われないと知りながら仕え尽くすのか』

「私は報われる人間じゃない。報う人間だ。私は奴に助けられた。命も、心も。だから奴に報いてやらなければならない。絶対に・・・!」

「貴方だって報いるようなタマじゃないだろ? だったらオレはオレの意思で戦いたいね」

砲火を交えながら、二人は絶対支配者に対し拒絶の意思を明確に打ち出す。だが、それを大首領は下らぬと笑い、吐き捨てる。

『下らん。絶対優位者となれる道を己から捨てるとは。良いだろう、君たちも恐怖を捧げるのだ』

最後通牒が破棄され死刑宣告が通達される。イタリアンマフィアの美意識によれば、殺意を抱いた時、それを実行に移す前に口に出す事は品性下劣な行為らしい。しかし、これは恐らく恐怖心を喚起するための言葉遊びに過ぎないのだろう。もっとも、不意を打って心に侵入されない限り、もはや操を明け渡す様な無様な真似はしないつもりだが。

『ハハハハハハハ・・・』

「くそ・・・押し切られる!!」

悲観的な言葉を吐くエミー。彼女は常に最悪を想定する。だが無理もない。オメガ魔獣の強力さは何も執拗に内蔵された火器兵器のみではなく、大型化により鈍重にはなったものの、その分だけ破壊威力を増した肉弾攻撃も驚異的なのだ。今は、集中力の限りを絞り回避に専念し隙を狙って攻撃をしかけているが、それが途切れたとき、クリスタニアの華奢な巨体は易々と紙千切られるだろう。

「埒が開かない。エミーちゃん、手数を増やそう!」

「・・・! 了解した。出ろ、レギオ―――――――ン!!」

エミーが通信機に向かって叫ぶと、ビルの谷間の暗闇から大量の蟲が湧き出す様に彼等は姿を現す。エミーと同じデザインの戦闘服を着た女海賊たちと、自由騎士に酷似したフォルムを持つ鎧兜に身を包む飛行騎兵たち――量産型エミー軍団とコマンドドラグーン部隊、時空海賊一味の“戦闘員”。呪術式に置き換えられた二人のパーソナルデータ、思考パターンを簡易スペルエミュレータで再現するデッドコピーの自動人形たち。

「名実ともに海賊版だね」

「お前は特に、な」

珍しく軽口に付き合うエミー。偽装し、模倣し、贋作を並べ立てる。時空海賊の名に相応しい有り様だ。実に良い。

「八頭身のドラえもんの格好でもしますかね」

自由騎士が念波で指令を飛ばすと、戦闘員たちは巨龍に襲いかかる。その様は蟻が獲物にたかる様を思わせたが、彼等は死んだ肉に群がるのではなく暴れ狂う魔獣と相対するのだ。易々と取り付かせては貰えず、巨体が巨体であるだけで生み出される暴風の威力が薙ぎ払い、表皮に生じる対空火器群が撃ち落としていく。それだけではない――

コマンドドラグーンが見えない刃に切り裂かれ、或いは銀糸に囚われて墜落し、エミー軍団が槍に貫かれ、魔力の炎で焼かれていく。人工物である彼らの中から造反者が生まれ、先程まで友軍だった自動人形たちを内側から蝕み始めているのだ。理由は直ぐに察することが出来た。いや、予想していた。そして答えが笑い声と共に響く。

『ハハハハハ・・・不意を打たれたとはいえ、キミたちが抗しえなかったものだよ? 人形でどうにかなると思うかね』

「く・・・」

苦虫を噛むエミー。まあ同じコピー商品でも最高の手間暇をかけた匠の業REXUSですら、どうともならなかったのだ。

「廉価版でどうにかなったら全国津々浦々の中小企業のお父さん方に申し訳ないよねぇ」

「失礼なことを言うな。あいつらは一人一人、私が心をこめて造ったんだ。見ろ、私のよりお前の奴の方が離反率が高い。ハードじゃなくてソフトが問題なんだ」

「ちょ・・・オレの奴の方が近づかなきゃいけないんだから、その分、影響を受けてるんだよ!!」

「・・・検証をしてみたいところだが、な」

無論、口論を解決する時間など無い。万が一と期待は淡すぎるものだったが、それでも実行は心苦しいものがある。

自動人形たちが“大首領”の先兵と化すことは既に折り込み済み。既に手続きは完了。後はスイッチを押すだけだ。

「簡易スペルエミュレータ、外部強制入力モード! モードをパーソナルエミュレートからオリジナルエミュレートに変更!!」

『なに・・・?』

いぶかしむ声。自動人形たちの動きが止まる。そしてエミーは空中で地面で、オメガ魔獣の周囲で静止した彼らに、人形使いとして彼らにしてやれる最後の指令を下してやる。

「特殊任務用プログラムスペル・セルフエクスプロージョン、アクティヴ!!」

ぼっ、ぼっと人形たちが炎の塊に変わる。自爆用のスペルを強制起動させ、コンデンサー内の電力を全て熱量に変換したのだ。爆発を起こしてオメガ魔獣を焼き抉っていく。巨体に比べれば余りに小規模な爆発だが、数十・数百と数珠つなぎとなる火球は、決して少なくない体積を巨龍の身体から奪い去る。

『ハハハハ・・・この程度の爆発、幾ら連ねたところで、死には届かん』

だが、結局は破れかぶれの特攻。ミツバチは決死の覚悟でスズメバチに群がり高めた体温で熱殺するというが、トンボとクモのやぶれかぶれの自爆では恐竜を殺す事などできないことは始めから分かり切っている。これは、飽く迄も時間を稼ぐための一石、一手だ。

「自由騎士・・・!」

「大丈夫、出来てる! 来い、ヴォルフ!!!」

『WAOOOOOOOOON!!』

高らかな遠吠えと共に、愛犬にして愛車、狼を思わせるバイク・ロートヴォルフが陰陽寮跡地近辺から疾走してくる。彼はオメガ魔獣との戦場付近まで来ると、サスペンションの力を使って自らのボディを空中に跳ね上げる。

「エミーちゃん、あとお願い!」

「任せろ、頼むぞ!」

そして自由騎士もコックピットハッチを開くと空中に飛び出す。愛車に跨る為ではない。彼の左手はあるものを掴んでいる。それは自動人形が時間を稼いでいる間に用意した、工作物だ。彼はそれをロートヴォルフに向かって投げつける。

「圧縮冷凍解呪法(マジカルハンマー)!」

更に自由騎士は投げ放った“それ”に対し、疑似魔力のウェーブを浴びせかける。直後、“それ”は本来の姿――厳密には圧縮され時間の狭間に凍結されていた本来の質量と体積を通常空間に回帰させる。

ドワォッ

新た巨大ロボットの出現に大気が唸る。鉄で出来た天空に聳え立つ巨大城塞を思わせる重厚さを持ちながら、何処か女性的な優美なフォルムも併せ持つ巨大なロボット。その大きく開いた頭部に、ロートヴォルフが突入し、合体する。

「ノリシロンY、完成!!」

『GAOOOO―――――OOOONN!!』

胸を張り両腕を掲げる雄々しい姿勢、猛々しいまでの咆哮と共に、巨大ロボットは起動する。

『これは・・・』

「ふふっ・・・自由騎士秘蔵、別冊宇宙ランド6号付録、暴走皇帝の遺産さ」

正確には、それに自由騎士手ずから改造を施したものである。現在、プレミアがついてオークションで高値で取引されているらしいが、彼は保管用、鑑賞用、配布用と三冊ずつ所有している。

「更にそれだけじゃない・・・巨大化保険サービス、契約履行開始!!」

それは自由騎士がかつて宇宙人の様な冥獣人と交わした契約。月々6000円から始められる、60歳以上でも入れるお得なプラン。次元を介して振り込まれた宇宙的エナジーが、自由騎士を構築する量子の間隙に充填され、彼の肉体は急激にその体積と質量を増大させていく。

『巨大Y-BURN!!』

ドゴォ―――ン

自由騎士は数千倍に拡張した自らの巨体を着地させ、地面を水飛沫の様に派手やかに舞い上がらせる。そして、宛ら神世の威容を得た如意竜槍ウィルスピアの切っ先を白き巨龍に向ける。左右には黒鉄の宮殿の如きノリシロンと、三位一体の強襲兵クリスタニア。超時空海賊巨神を欠く今、事実上の最大戦力三体がオメガの前に立ち塞がる。

だが大首領の声は嗤う。何の動揺も狼狽もなく、一笑に付す。

『ハハハハハハハ・・・これは、これは。キミがその力を、有様を使い、私に立ち向かうか。愚かな、そして哀れな』

『折角のビッグステージだから、相応しい演者ってのがあるでしょ? なに、伊達と酔狂ってやつさ』

自由騎士は軽口で応えつつも、役者不足である事を充分に承知している。だが、そのことにまるで問題が見当たらない。時間を稼ぐのは昔から得意なのだから。

「・・・無駄話はここまでだ、自由騎士、ヴォルフ、行くぞ!!」

奮起を喚起するエミーの号令。それと共に一味の攻撃が開始される。

『了解、GO!!』

『Gurrr・・・WAOOO――――――――――――――N!!』

高らかに上がる狼の吠え声。先ずはノリシロンYが全身に仕込まれた火力を解き放つ。目からのビーム。胸部装甲から赤い熱線。腹部から大型ミサイル。両腕はロケットとなって発射され、その発射跡から小型バンカーバスターが機関砲の様に速射される。どれも、対スーパーロボット戦に十分な威力を持った兵器群だ。それらが火力と速力を以てオメガ魔獣の体表を焦がし削っていく。

『ぬぅ・・・なるほど、素晴らしい火力だ』

『まだまだ、ヴォルフ!!』

『ONNッ!! GAAAAAAAッ!!!!』

ガルムが応えて吠えると、直後、ビルの間に風が起こる。僅かに苔の様な濃緑色という色を帯びた風が。やがて一陣だった風は幾重にも太く厚く束ねられ、糸巻きを巻く様に渦を為し、竜巻の様相を呈して轟音と共に巨龍を風の牙に捉える。

『こ・・・これは・・・』

風壁の向こうから届く戸惑いの声に無理もないと自由騎士はほくそ笑む。オメガ魔獣のこれまで圧倒的な速度を誇っていた自己修復速度が緩んで止まり、逆に傷口が溶ける様に広がり始めたのだ。やがて傷口のみならず、無傷だった箇所も壊死が広がっていく。

『酸・・・か?』

強力な腐食現象。そう考えても可笑しくはないだろう。だが自由騎士は首を振る。風圧による破壊はあるものの、ビルや道路に腐敗は広がっていない。ただ街路樹だけが、見えない何かに蝕まれる様にグズグズに崩れていく。

『これは酵素さ。消化酵素』

触媒となって物質を別の形に変えるもの。唾液に含まれてデンプンを糖に変えるもの、或いは洗剤に含まれて汚れを分解するものと言えば分り易いか。解体したばかりの硬い肉が数日を経て熟成し柔らかさと旨味を醸し出すのもこの物質の作用だ。強固で優れた自己修復能力を持っていても、生体組織・有機化合物である以上、酵素の分解力からは逃げられない。

『お・・・おおおおお・・・?!』

更に散布される酵素ガスだが、拡散する事なくオメガ魔獣を包みこみ、その周辺に堆積していく。魔獣自身が生成する人工重力が、猛劇薬を自らに集めてしまっているのだ。

肉と内臓が黒く壊死して腐敗していく。一度化学変化を発生させれば、別の物質に変わり効果を失ってしまう酸とは違い、酵素は分子構造が破壊されるまで効果を発揮し続ける。終わることのない増大してゆく猛火の痛み、正に地獄の番犬の毒液に相応しい。

『シュファファファファ・・・! どうだい? 痛いかい? 苦しいかい? さあ、オレを楽しませてくれ! 貴方が愉しんだ様に!!』

『ハ・ハ・ハ・・・小賢しい。これが、これしきが、私の命に届くと思ったのかね? 哀れな陽炎の騎士よ』

そう大首領の声が問うた次の瞬間、オメガ魔獣の全身に亀裂が走り、噴火寸前の火口の様に赤い光を漏らす。

『やば―――退がれ!!』

フラッシュする額の結晶コンピュータ。危機を予見した自由騎士が、警告を出しながら後退する。だが、その警告を出すと言うワンテンポが彼にとって致命的なダメージとなる。彼の速度を以てしても、遅れは取り戻せず、危険発生範囲から離脱できない。生じるのはオメガ魔獣の全身爆発。吹き飛ぶ肉の一片漏れなく全てが連鎖的に熱量に変化しながら広大な空間ごと時空海賊の一味を焼灼する。

『ぐ・・・無事・・・かい・・・?』

辛うじて無事だった自由騎士は同僚の安否を問う。最も早く察知できた彼は被害を最小限に留めることが出来たが、それでもダメージは甚大で動く事もままならず爛れたビルの壁面に巨大化した身体を預けていると言った有り様だ。やがて炎の残滓が薄れ、鋼の巨人のシルエットが見えた。

『エミーちゃん、よかった』

「・・・ああ・・・ロートヴォルフが護ってくれた」

しゃがみ込む様な姿勢のクリスタニアの足元に、燃えて原形を留めないノリシロンの残骸が横たわっている。対戦車砲十発に相当する宇宙ゴム鉄砲を苦もなく弾き返す宇宙厚紙も、凝固すればダイヤモンドの数倍の硬度を得る宇宙糊も、流石にあの爆発には耐えきれなかったらしい。

『ガル・・・じゃなくてヴォルフは?』

「どうやら・・・無事だ。この姿は伊達ではないらしい」

エミーの言葉を裏付ける様に、識別信号が確認できる。車体にこそ大きなダメージを受けた様だが中枢回路は破損していないらしく、自由騎士は安堵と共に改めて感心する。流石は宇宙の皇帝を冠する存在が創り出しただけはある。

「自爆・・・したのか?」と、彼に今度は逆にエミーが聞き返してくる。

『まさか』

エミーの生温い予想を自由騎士は首を振って否定する。強烈な邪気は未だ衰えを見せず、事実、晴れ始めた煙の向こうから白い巨龍の影が再び現れる。それを見てエミーは疼痛を堪える様に呻く。

「早い、早すぎる・・・」

視認できる範囲での損傷が全く見受けられない。表層部を取り繕っただけと仮定しても、エミーが端的に評したとおり、尋常ではない修復速度だ。

『ハハハハハ・・・時空海賊の侍女(はしため)よ、絶望ではない、恐怖するのだ。自らの無力を嘆くのではない、支配者の膂力に慄くのだ・・・! それが、君達に相応しい有り様だ。一度、人でなくなったものは二度とは人に戻れぬ。絶望とは自由意思が挫かれた先にあるもの。人でない君達には分不相応と知りたまえ』

「く・・・ふざけたことを・・・」

呻くエミーだが、自由騎士はフフンと鼻を鳴らす。

『流石は魔界の王の一人が造り出した魔獣の王、確かに恐るべき回復力だ。だけど“恐るべきもの”を“恐れねばならない”なんて決まりはまるでない。ま、あっても守らないけどね』

『舌の回ることだ。だが、キミたちにはもはやどうすることも出来まい。間も無く蜜月(エンデュミオン)は為り、為って果てて東京は壊滅する。それを呼び水に真なる恐怖の世界が訪れるのだ!』

オメガ魔獣を中心に大地がクレーター状に陥没し、ビルが倒壊していく。其処に存在するだけで災いを振りまくものが、更なる災禍を呼び起こそうとしている。ああと思わず声を上げそうになる。

心臓が激しく拍動し動悸も抑えが効かない。だが、それは恐怖や絶望等からくるものではない。彼に流れる黒い血液が、直後に到来するアーマゲドンを、ラグナロクを、其処で多くのものが苦しみ死に絶え往くのを見たい、見たいと叫んでいるのだ。だが――

『シュファファ・・・一つ良いコトを教えてあげよう。笑う時はカタカナで「ハハハ」ではなく平仮名で「ははは」と笑う方が大物っぽい』

『ハハハ・・・狂ったか、哀れな陽炎の騎士』

自由騎士の叩く軽口の意味を大首領はその様に解釈する。残された時間が僅かになったため、精神の均衡を失ったのだと。だが、そうではない。いや、厳密に的確に評価するならば自由騎士の本質は確かに狂人のそれであったが。そして、彼は言葉の真意を告げる。

『悪党が親切にモノを教えるときは、冥土の土産と相場が決まってるもの――覚えておくといい』

『なに・・・?』

だが大首領は一瞬、その意味を理解できない。婉曲的な表現。その身に模した大型肉食竜の如く、脳に至るまでの速度が遅い。そして、彼は答えに考え至れない。

『うぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ?!』

不意に混乱と苦痛の入り混じった絶叫が辺りに響き渡る。見ればオメガ魔獣の腹部が、まるで無数の寄生虫が蠢く様に、烈しく急激に脈打ち始めたのだ。

『な・・・が・・・こ・・・これは・・・・仮面ライダー・・・アスラか!!! ば、馬鹿な・・・!!』

魔獣の腹腔内で暴れまわる毒蟲、それは六本の腕をもった仮面ライダーアスラ。大首領はまるで彼の奇襲を一切想定していなかった様に驚愕の声を上げた。

『やっぱりね』

自由騎士は自らの予測が当たったことに満足し頷く。強固な城塞を落とすのに正面突破を狙うのは愚策中の愚策だ。そして毒蛇の魔王ならば決してその様な策は犯さない。

『シュフフ・・・シュファファ・・・やはり、キミはキャプテンの予測した通りのものだったみたいだね』

『な・・・なに・・・?』

『本当にキミが貴方であるならば、貴方が最も恐れるものが健在である事を失念したりはしない。“オレたち”を敵に回してしまった所為で“キミ自身”の本質的な部分が、攻撃の優先順位をオレたちを最上位に設定してしまったんだよ』

『ま・・・まさか・・・』

『そう、キミは“仮面ライダーREXUS”を乗っ取った心算だろうけど、その実、彼のシステムに寄生し暴走させているウィルス・・・ワームの様なものでしかない!!』

決定的有罪証拠を突きつける検察官さながらに、指差し指摘する自由騎士。オメガ魔獣を介して放たれる精神波には言語化されたものこそ含まれていなかったが、明らかに愕然とした意識の様なものが含まれているのが感じられた。

『違うよ、自由騎士。ワームですらない』

そして追い討ちをかける様に響くのは邪眼導師の声。直後、オメガ魔獣の全身に更なる異変が起こる。

『うぐ・・・ぐおおおっ!! 貴様、邪眼導師!! 何を・・・!!』

オメガ魔獣の肉体が腰の部分を中心に急激に分解していく。更に宛ら絡まった糸が解き解され新たな糸車に巻きつけられて行く様に、オメガ魔獣の肉体の後ろ半分、大凡六割に相当する質量は、空中で再集結し、その形を変化させていく。

『「何をする?」だって? はははは、キミは自分がついさっき言ったことも忘れたのかい?』

『な・・・なに・・・』

それは、まるで地上に現れた太陽の様な白い光を放つ球体だった。そして目を凝らせば、表面に無数の蛇が蠢きながら絡み合い、その蛇の鱗が光を放っているのが理解できた。

『「この身体のベースは彼のクローンだったからね。彼の“魔王の宝冠”を此方に移すのは酷く容易だった」・・・そう、ならば逆も然り、だろう?』

邪眼導師の声が、先程大首領が告げた言葉を語る。その輝く蛇の球体こそが、毒蛇の魔王、邪眼導師マナ・N・マックリールの魔王としての本来の姿だったのだ。

 

 

 

 

時間は凡そ百秒前に遡る。

鉄鉱石を思わせる、濃厚な鈍色の雲を突き抜けた先には赤みを帯びた空が広がる。日本のほぼ全域に広がった富士の火山灰は、空の色を薄暗く変え、長い黄昏時を生み出す。其処は今朝までは陰陽寮本部と呼ばれていた場所のほぼ真上、高度数千メートル上空。邪眼導師は、アスラ魁と共に其処にいた。

「一体、ここに何が在るってんだ?」

ただ、導かれるままに飛翔してきたアスラも、流石に主戦場から離れ過ぎている事に疑問に覚えたらしい。

「ふむ・・・良いかな、そろそろ」

頷いて邪眼導師が指をはじいた直後、空がめくれ上がる様に歪み、巨大な何かがそこから這い出す様に現れる。赤茶けた色と錆の臭いを纏うもの。無秩序に投棄され積み上げられたスクラップの山の様にも、狂った芸術家が書き出した歪んだ宮殿の様にも見える、莫大な機械の塊。

空に突如現れた混沌の権化の様な威容を目の当たりにして、流石にアスラも驚嘆の吐息を漏らす。

「これは・・・」

「秘密研究機関ティル・ナ・ノグの移動実験施設、『永遠の青春号』。僕の本拠地さ。有難う、仮面ライダーアスラ。あそこが僕の目的地だ」

「研究機関に実験施設・・・・・・何か、凶悪な武器でもありそうな響きだが」

警戒と僅かに期待の籠るアスラの声。だが邪眼導師は首を左右に振る。

「『こんなこともあろうかと』・・・と言うのはロマンはあるけどね、残念ながら、そういう用件じゃないよ。大体、科学者と言うのは本来、『こんなこともあろうかと』と思ったら、そんなことが起こらないよう予防策を巡らせるのが正しい在り方だと僕は思ってるからね。話はそれたけど、まあ、言っただろ? 万策尽きた、完敗だって。そんなのがあるなら使ってるし、わざわざ足労願わないよ」

「だったら何故」

「仮面ライダーアスラ、ナゾナゾだよ、ちょっとしたね。数十年生きる象と数か月で死ぬネズミ、一生の内に心臓が拍動する回数、どちらが多いと思う?」

「・・・馬鹿にしているのか?」

僅かに声を荒げるアスラ。持って回した講釈に、直情径行の彼は些か苛立っているようだった。だが彼は、それでも辛抱強く謎かけに応えてくれる。

「有名な話だ。確かほぼ同じ、と言うヤツだろう。それが一体、何の関係がある?」

「何、そう急かないで。これは詰まるところ、代謝速度と言うものが、生物のサイズに反比例すると言う一種の指標なのさ。簡単に言えば“デヴは愚鈍”、エビ味怪獣大好きっ子じゃないよ」

「??」

「判らないかい、アスラ? 思い出してごらん。REXUSはキミに倒された、だけどどうやって? こう言っては失礼だけど“全身の骨格に多大な負荷をかけられた”だけだ。その彼がオメガ魔獣と化した後は上半身を吹き飛ばされる様なダメージを一瞬で回復してしまっている。判るかい? 巨大化した後の方が明らかに回復速度が速まっているんだ」

「ふ、む・・・おかしい、おかしい、のか? そうだな、確かに」

さながらバイメタルの様な鈍さで理解するアスラに、更に畳み掛ける様に邪眼導師は追記する。

「そしてもう一つ、此方の方がより重大な問題なんだけど――アレは明らかに質量保存の法則を無視している。幾ら、巨大化なんて言う技術が大手を振ってる時代だとは言え、あんな風にバンバン巨大質量を無から取り出せるわけじゃない。アレは構造材同士の距離を広げて生じた空間にエネルギーを充当する、言うなれば風船みたいなものなんだ。だからあんな風にホイホイ再生できるのは、おかしいことなんだ。確実にね」

「あんたが、そう言う風に造ったんじゃないのか?」

「・・・信用ないな。言ったじゃないか? あれはイレギュラーだって。ま、つまるところボクがそう言う風に造ってない以上、在る筈なんだよ、トリックが」

「何故、科学者はそう勿体ぶった言い方をする? 時間がない。早く結論を言え。要するに貴様の要塞を沈めればいいのか?」

「少し落ち着きなよ、暴れウシじゃないんだから」

余りの猪突猛進ぶりに流石の邪眼導師も呆れ声を上げる。彼の意見は最も手っ取り早い問題解決手段ではあったのだが。

「本題は、これからだよ。ごらん」

そう促して邪眼導師がもう一度指を弾き鳴らすと、外壁の一部が爆発して吹き飛び内部構造が露出する。それは、やはり予想した通りの様相を呈していた。

「なんだ・・・あれは・・・?」

解せない、そう感じたのだろうアスラは言葉を失う。だが彼の理解が及ばないのは、彼の無知ゆえのことではない。朽ちた鋼の皮が剥がれた先、其処には血管か、或いは植物の根を思わせるものが無数に張り廻り、内部のメカに絡み付き、隙間に潜り込み、そしてドクドクと脈動をしていた。一般的な地上人類の感性では、理解し把握し辛いだろう。

邪眼導師は微笑み、そして告げる。製作者にとっても予想外の進化を遂げた、その物の名前を。

「・・・あれはオメガ魔獣の一部さ。見ての通り、吸い取ってるのさ。『永遠の青春号』からね」

「どういうことだ? オメガ魔獣は地上に――」

「覚えてるだろう、アスラ? REXUSが幾つも武器を召喚して見せたのを。あれはパトリオットのファイブアームズと同じさ。拠点で保管している兵装を瞬時に前線に送り出す為の兵装転位システム。最もパトリオットのはタキオン通信による物質転送だけど、REXUSのは極小ワームホールを作ってそれを使って送るタイプでね、奴はその穴から逆に根を延ばして『永遠の青春号』そのものを餌にしてるってわけさ。あれは外装こそガラクタの塊だけど、中身はメガ魔獣に近い生体組織だからね」

「成程、丁度良いってわけか」

「そ、流石に無限の兵站と言うわけじゃないけど、ざっと見てあと20回近く奴を完全破壊しなきゃ残機ゼロにならない。これはちょっとした無理ゲーだろう?」

「判った・・・やはり、あの要塞を沈めればいいんだな」

長々と説明したのにも関わらず、結局最初の案に戻るアスラに、邪眼導師も些か頭痛めいたものを感じる。

「確かにそれも一つの手ではあるけど、考えて御覧よ? どうやって沈める? ただ海に沈降させるだけじゃ意味がないし、時間もない。勿論、ここで爆発させるのは論外だ。残骸がディープインパクツで東京1000万都民が大迷惑。流石に、そんな責任はとれないだろ? ボクもアキバ潰れるのヤだし」

「・・・むぅ、じゃあどうする?」

「簡単な事さ。利用しない手はないだろ? 要塞中枢への抜け道を、さ」

「抜け道――?」

「鈍いなァ。キミは・・・」

急かす割には回転が鈍い頭。データによれば関西の有名大学卒なので、偏差値自体は低くない筈なのだが、所謂ゆとり世代と言うヤツだろうか。時空海賊は思わせぶりに何か用があると姿を晦ませたが、実は彼とのやり取りでイライラすることを見越して人材配置をしたのではなかろうか、そんな邪推すらしてしまう。だが、そうなればあの邪悪な竜の思う壷。毒蛇の王が、邪竜の王の毒に中てられるなど笑い話にもならない。邪眼導師は努めて冷静に、出来の悪い生徒を忍耐強く教える教師の様に、言葉を続ける。

「まさか判らないとは言わないよね? あの根っこが何処に繋がってるかが」

「・・・奴の、体内か?」

「そう、答えだよ、それがね。詰まり、奴の体内に直行できると言う訳さ。あの根っこを伝っていけば、ね」

「・・・! なるほど、そうか! ならばッ!!」

感嘆する様に納得の声を上げるアスラ。彼は今にも翼を開き、要塞内部に突入する構えを取ろうとしていたが、邪眼導師はそれに待ったをかける。

「アスラ、慌てないで欲しいな、そんなには」

「?」

「頼みごとがあるんだ。申し訳ないんだけどね」

訝しむアスラに邪眼導師は耳打ちする様にそっと囁いた。

 

 

 

 

アスラに倒された後、REXUSの意識は強大な闇の様なものに覆い隠され塗り潰され、完全に表層意識から隔離された状態にあった。少なくとも、彼自身は、自らの意思で肉体に干渉することが不可能であると確信していた。いや、取り戻した処で肉体とは詰まる所、意思と目的を遂行する為の道具、手段に過ぎない。意思を折られ、目的を失った今の自分に最早、肉体は無用の長物である。そんな諦観が、彼に奪還の意思を湧きたてさせなかった。

大首領――そう呼ばれる邪悪な敵、自らの身体に刻まれた、「仮面ライダー」たちの遺伝子とも言うべきものが恐れ、そして憎む存在。その様なものが自らの身体を好きな様に弄び、地上の戦士たちを、そして地上の人類を傷つけるのは見るに堪えなかったが、今の彼の意志力ではそれを出来るとは思えなかった。

所詮、自分は紛い物。

多くの仮面ライダーが苦悩の果てに、その目的と名前を持つことを選んだのに対し、自分は悪なる者が悪なる目的の為に刷り込み、それを自らの意思と思い込んでいただけの人形の様なものに過ぎない。だから、そんな偽物で作り物だから――本来ならば憎むべき敵に容易に体を、意思を明け渡してしまえたのだ。

甚だ無責任な話ではあるが、地上の戦士たちに滅ぼしてもらいたい。打倒され、心折られた今でも、僅かな自尊心は残っている。この様な無様を晒し続けるくらいならば、きっと死んでしまった方がずっと良いし、きっと彼らならば、本当の仮面ライダーたちならば、自分の様な紛い物には負けはしないだろう。

「それで、いいのかい?」

不意に声が響く。それは自分を絶望の淵に突き落したモノの一人――

彼の言う事はまるで判らない。今の自分に、他に何を選べると言うのだろう。

「確かにボクがキミに“仮面ライダーとしての目的意識”を与えたのはボクの目的の為だ」

その通りだ。改めて確認するまでもない。一度、知り理解してしまった以上、細胞と本能が、それが与えられた紛い物である事を認識し、認識し続けている。

“仮面ライダー足るべく創り出されたが故に、仮面ライダー足りえない”そんな矛盾を抱えながら、尚も意識が永らえていること自体が奇跡的なのだ。

「だけど、君自身は、どうなんだい?」

尚も彼は問う。奇妙な問いだ。この残滓の様な意識も、失った目的意識も、全ては彼が造り与えたものでは無かったのか。自身、等と言うものは最初から存在しなかったのではないか。在ったと、そう勝手に思い込んでいただけではないのか。

「キミは人類の自由と平和の為に戦うの、嫌かい?」

(・・・!)

自らの使命に嫌悪感を覚えた事はなかった。護らなければならないと思った。自分に与えられた力の全てを使って、敵を倒さなければならない、そう信じた。確かに魔人たちは、邪悪と非道を本性としたが、それでも護ることに疑問は感じなかった。だが、それは彼がそうプログラミングしたからではないのか。

「嫌じゃない、それで構わないと思うなら、きっとそれで良いと思う。例え与えられた運命だとしても、君自身が、そうあることを望めば、それは君が選んだものだ」

鈍く重い衝撃を感じる。矛盾を許容しても良いと言うのか。自らを否定しながら、存在し続けて良いと言うのか。

「REXUS、なぜ仮面ライダーは仮面ライダーと言うのだろう? バイクに乗るから? いや、そうじゃない。バイクに乗る奴らはライダー以外にも沢山いるし、バイクに乗らない仮面ライダーだって何人もいる。じゃあ何故、ライダーなのか。ボクはね、たぶん“運命を乗りこなす”から、ライダーじゃないか、と思うんだ」

運命を、乗りこなす・・・

「そう、最初の仮面ライダーは、悪の先兵として改造され、その目的の為の機能を体内に組み込まれた――言うなれば“悪なる運命”を課せられた人間だった。だけど、彼はその“悪なる運命”に囚われず、逆にそれを操り、自らの力として、人類の自由と平和の為に戦い、そして遂には悪を打ち破った。彼は運命を打ち破ったわけじゃない。組み伏せ、手懐け自分のものとしたんだ」

新鮮な空気が吹き込んだ様に思えた。先程まで、周囲を閉ざす闇の様だった運命―――自らの肉体そのものが、熱く滾る様な感覚を覚えた。自分も、そう在れるというのか。

彼は尚も語る。故郷に憧憬を抱く様に。故人を偲ぶ様に。傷ついた胸を抑え、遥かな夢を悔やむ様、寂しそうに、自嘲的に。

「ボクは、キミにそう在って欲しかった。だから、そう創ってしまった。ボクが、そう在れなかったかわりに。その所為で、キミにはつらい思いをさせてしまった。だけど―――だけど、ボクは謝らない。きっとキミも“運命を乗りこなす者”となってくれると信じているから」

なれると言うのだろうか。自分に。こんな唯の一度の敗北で、心折られる様な自分に。

「誰もが急ぐ道だ。だけど答えは急がなくて良い。キミは戦い勝つ為に進化した魔人の血を受け継いでる。だけど、キミは仮面ライダーだ。傷ついて倒れても良い、だけど、強く立ち上がるんだ。キミが良ければ、の話だけど。だから、今はゆっくりと考えて、自分がどうしたいか決めると良い。キミの未来は―――始まったばかり、だから」

だが、もう時間は残されていないのではないか。最早、大首領の意思はこの巨体全体に広がり物理的に自分を押し潰しつつある。

「なに、心配はいらない。最期に義務を果たさせて貰うよ。キミを創り出したモノ、父親として、君の主、魔王としての。ボクは、そうしか在れないから」

何を言っているのだ、最期とはどういうことだ? 貴方は何をしようとしているのだ。

「・・・遺言だよ」

 

 

 

 

下半身を失ったオメガ魔獣の姿が更なる変貌を遂げる。前腕が巨大な翼へと発達し、全身の生体装甲が羽毛状に変容し、巨大な鳥――始祖鳥の様態を呈する。風を孕み舞い上がる巨龍鳥。それはかつて世界の闇を支配したものの誇り。地を這い蹲る事を拒絶する、圧倒的自尊心が為さしめた生態変異。

きゃごおおおおおおおおおおおおん・・・

しゃげぇええええええええええええ・・・

東京の空で対峙する二体の魔物が、咆哮で大気を引き裂き、大地を覆う影を生む。戦場に在るのは巨龍の暴君と毒蛇の魔王の二柱だけ。現代の世に再現された終末神話が最終局面を迎え、夾雑物は戦場から取り除かれたのだ。修羅の法師には体内に潜む白血球に、時空海賊の手下は既に死に体。

『おのれ邪眼導師・・・私が虫・・・出来損ないにも劣る寄生虫だと? ふざけおって』

憎悪と怨嗟を炎の様な吠え声に乗せて吐き出しぶつけてくる巨龍。だが白き毒蛇の王は、北風に吹かれる太陽の様に泰然と空に輝き続ける。

『違うね。言った覚えはないな、そんなことは。虫ですらない、そう言ったのさ』

『なに・・・・』

『キミは幻影、大首領と言う存在がいたと言う記録さ。魂魄のよーなオカルト科学に分類されるモノじゃない。超空間に転写された残留思念―――そう、お前は既に死んでいる!』

魔帝国地上侵攻艦体最高頭脳と言われた毒蛇の魔王が、そう断言し通告する。口調は限りなく軽く冗談めいているが、しかし巨龍の暴君の肉体を介して再実体化したことによる、明確な確信を持って。余命、ではなく享年を知らされたオメガ魔獣は、暫く放心したように沈黙していた。だが、やがて地の底から湧き出す様な禍々しい笑い声が再び起こり始める。

『ハハハハハハハハハハハハハ・・・下らん。私が既に死んでいる? 幻? それが何だと言うのだね。わが野望も、意思も、力も、私が私である為に必要なもの何一つ欠く事なく揃っている。何も変わりはしない!! 例え幽世に囚われようと、私(ショッカー)は滅びぬ・・・! 何度でも蘇るさ!!』

裏から糸を引き、無数の組織の結成から壊滅まで操ってきた記憶が巨龍に力強く宣言をさせる。そして猛禽、大鷲のそれに良く似ながらも、遥かに広大な翼面積を持つ翼を、空と大地を覆い尽くさんばかりに広げ、彼は恐るべき支配者の威を再び示す。

『ハハハハ・・・私より余程、キミの方が黄泉に近いのではないかね?』鎌首をもたげる暴君巨龍の仮面が、にやりと冷徹に笑った様に歪む。

『・・・』

沈黙で答える毒蛇の王。巨龍の指摘が図星を突いていたからだ。彼の魔王の姿を構築する白蛇たちの、神々しささえ覚える輝きが徐々に弱まり、干乾び萎びていく。高濃度の魔素を含有する魔界の瘴気の下か、魔帝国元首のみが発動権限を持つ特殊結界内以外の環境において、魔王は急速にその力を消耗するのだ。

『ハハハハハハハハ・・・大気に溶けて消え失せてしまう前に、その力、私に還したまえ!』

鮫の様に牙を剥き、鷲の様に襲い掛かる巨龍。奪還された魔王の力の半分を、毒蛇の王が衰え消える前に、再び貪り食らおうと言うのだ。

『クッ・・・』

白蛇が延びて茨の様に絡み合い、迫撃する巨龍を堰き止めるべく壁を為す。だが急速に衰え逝く主の力は、彼らの守護にも大きな影を落とした。蛇の群れは殺到する巨体に弾き散らされ、あるものは食い千切られ次々無残な死骸を晒してゆく。そして、大型爆弾の炸裂を思わせる轟音と共に巨龍の肉弾は毒蛇の魔王に命中する。

『ハハハハハ・・・悪足掻きだったようだな、邪眼導師。その姿通り、もはや手も足も出まい』

『どすこい、そうでもないさ!!』

蛇を纏め固め、人間の様な手足を創り出す毒蛇の魔王。踏ん張る事で地の利を得ようと言うのだ。だが、真横から叩く様に撃ち付けられた翼によって毒蛇の魔王の球状の身体は転がされビルに叩きつけられ、巨大な砲弾の様に壁面を破砕して減り込む。崩れたビルの残骸が降り注いでくるが、魔王の肉体も崩壊に程近い。

『ぐ・・・ぐぅ、頭脳労働者がいきなり張り切っても無理か・・・』

残された力を無駄に使って創り出した手足を引っ込め、再び空中に浮かびあがろうとするが、巨龍の暴君はビームと雷撃によりそれを許さない。白蛇たちは一気呵成に削ぎ落とされ、また攻撃を受けていないもの達も徐々に力尽き、枯れ落ちていく。身体の中心が赤く明滅する臨死へのカウントダウンを始める。邪眼導師の行動は正に今、本当の意味で悪足掻きと化そうとしていた。

『ハハハハハハ・・・他愛もない。その程度で魔王、かね。デルザー諸君の方が余程、精強だったものだよ』

『同列に語らないで欲しいな、鉄球ブン回して参謀名乗れる体育会系どもと・・・!』

『ならば知略で状況を覆してみたまえ、邪眼導師』

明らかな挑発をして見せる暴君。毒蛇の魔王が「ヘリオスフィアハーロゥ」唱えると、彼の周囲に光の膜が現れ辛うじて攻撃を拡散させるが、それも直ぐに無数の亀裂に覆われ、烈しく撓む。

『知略、知略ねぇ・・・くっくっくっく』

だが、防戦一方とさえ言えない様なワンサイドゲームでありながら、魔王は俄かに含む様な笑い声を立て始める。

『確かにキミの言う通りだ。ボクは知略で状況を覆さなければならない。何故ならボクは違うからね、戦士では。だけどね、違うと思うよ。場当たりで対策を立てることはね、悪足掻きであって知略じゃない。そう言うのは任せておくべきなのさ、愛すべき正義馬鹿達に』

『何を戯言を・・・』

『判らないかい、大首領。つまりは、だ、頭脳労働者が前線に出てくる時と言うのは、勝利の美酒の更に美味しい処を啜ろうと言う魂胆の時さ!!』

魔光の防御結界は崩壊し、割れたガラスの様に輝く粒子となって飛び散る。再び圧倒的質量を有する破壊力に晒される魔王。だが彼は勝ち誇って宣言する。

『今一度言う―――大首領の幻影よ、お前はすでに死んでいる!!!』

『ぐおおおおおおおおおおおおおおおおっ、なんだ・・・これはァ―――――ッ!!!』

暴君の全身に血管が浮かび上がり、皮下で無数の毒蟲が蠢く様に、激烈に脈打ち肉が跳ね始める。だが、これは死の宣告が呪詛の毒となって廻ったからではない。巨龍の内側に潜む何者かが、巨龍の巨体に異常事態を呼び寄せているのだ。

『はははははは、決まっているだろう? 肉体労働者さ。今、この場所で用意出来得る最高の、ね。信じていたよ、流石だ』

『ライダーアスラか?! 馬鹿な! ヤツがこれほど早く・・・防疫機構(セパード)を撃ち崩すとは・・・!!』

攻撃性防疫機構“牧羊犬(セパード)”―――REXUSの身体機能を統御する“土星(サターン)システム”の内、体内の免疫・防疫を司る超兵器。全身の細胞、それを構築するナノスレイヴそのものに攻撃性を持たせ異物の排除を行うこのシステムは、言うなればオメガ魔獣の全質量が敵となり四方から殺到する様なものだ。無論、突破は容易ならざることだ。

『違うな―――呼びかけたのさ』

『な・・・』

しかし毒蛇の魔王が告げた真実は全くの相反するもの。

『ぬぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ???!!!』

地を割る様な苦悶の絶叫。そして―――龍の身体に起こった異変は最高潮を迎える。腹部が臨月を迎えた母親の様に膨れ上がった次の瞬間、急激な内圧の上昇に耐えられなくなった腹の皮と生体装甲が弾けるように破れ、内部の臓物を爆裂させたのだ。

飛び散る血と肉に混ざり、腹から飛び出してくる二人の人影。それは仮面ライダーアスラ魁と、それに抱えられた仮面ライダーREXUSの姿だった。

『還してもらうよ、何もかも』

 

 

 

「アスラ、頼みがある。もし奴の体内に侵入出来たら、REXUSを助けてやってほしい」

「助ける――だと?」

「わかってる、虫の良い話だということは。だけど、時間を与えてやって貰えないか? 同じ仮面ライダーである彼に」

「――どうすれば良い?」

「気合いを入れてくれればいい」

「気合いィ?」

「時空海賊が、あの道具でするように。今の君なら――出来る筈だ。だから、お願い」

 

 

 

苦痛と激怒が混ざり合い、凄まじい絶叫となって世界を揺らす。雲は稲妻を孕んでうねり、コンクリートの街並みは広く軋んでひび割れていく。その怨嗟の中心であるオメガの魔獣は、更なる変貌を遂げつつあった。四肢が骨格から歪んで肉が引き裂け、破れた皮膚の間から新たな肢が出鱈目に突き出しては水膨れの様に膨れて弾け、より異形へと歪んでいく。抽象的に表現するならば、それはカオスの権化とでも言うべき姿。だが、真実は異なる。それは本来、細胞の異常増殖体であるオメガ魔獣が、中枢・本体であるREXUSを取り除かれた事で、全体のバランスを崩壊させ、暴君巨龍の容態に増殖部分を維持できなくなったのだ。

『うがごああがおあああああああっくぎゃああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!』

『はははははははははははははははははははは!!!!!!』

高らかに上がる哄笑。手ずから弄した策に陥る敵を見て、愉快に感じぬ毒蛇の魔王ではない。だが勝利の美酒に酔う彼もまた、全身の白蛇たちを枯死させ、入滅の時は近い。

のたうち、ばた狂い、狂ってしまった巨体を、何度も地面に叩きつけ、血のしぶきを飛び散らす其れは彼岸を超えた先、阿鼻の地獄の有様。既にオメガ魔獣等と言うモノは存在しない。唯、かつて闇を支配したものの幻を写し込んだ肉塊が、断末魔を上げているだけだ。

『ぐぎがあああわたぎしだけではいかぬがああああああああっ!!!』

だが二次記録と化して尚、現世に留まり続けた悪意は、死肉が死肉である事を拒む。歪み腐り落ちかけた翼が大きく羽ばたき、巨龍の巨体が舞い上がる。腐敗していく肉片と羽毛を撒き散らしながら、航空力学の一切を無視し、飽く迄も気迫と執念を以てオメガ魔獣だったものは、高空へと上昇していく。

『お・・・おまえたちの・・・負けだ・・・我が願いは・・・成就する・・・・!!!』

巨龍の口が大きく開かれ、其処から凄まじい量のエネルギーが噴き出す。それは物質が超高密度に圧縮された事で原子から弾き出された電子と陽子が創り出す電磁波ジェットとプラズマ雲。膨大な熱量を伴うエネルギーに、もはや崩壊寸前の巨龍の死肉は焼け爛れ蒸発していく。マイクロブラックホールレールガン、“蜜月(エンデュミオン)”―――既に、正常に発射することは出来ないだろう。だが、一度点火線を入れられれば、死せる都を一つ創出するに充分な害悪を撒き散らすだろう。最早、ロボット陰陽師の反重力エンジンでもこの重力兵器を無効化することは出来ない。生じる各種放射線、中性子線は防ぎようが無いからだ。エントロピーマイナスを発射可能な銃砲を持つパトリオットも活動不能。手だては無い、そう思われた。

『マッハ効果で出来る限り被害地域と破壊作用を増大させようとしたキミは正しい。だけど、それが最大の失敗だ』

冷たく静謐な口調で断言する毒蛇の魔王。蛇が削げ落ち、無数の赤い亀裂に覆われた白い球状の身体に一本の筋が走り、瞼となって見開かれる。即ち、彼は自らの名前の由来、邪眼の力を解放したのだ。

『『太陽の邪眼(イヴィルアイ ソーラー)』』

大きく見開かれる瞼。其処から現れたのは深い闇色の眼球と、その中央に輝く白色恒星の様な瞳。その奇妙な眼に今正に暗黒の塊の如き闇色の星を解き放とうとする巨龍の姿が映る。直後、

『がっ――――』

奇妙な呻き声、それと共にオメガ魔獣の亡骸――邪眼導師に肉を奪還され、大量の腐食部分を崩落させて尚、一万トン近い質量を残す肉の塊が、一瞬で硬質な灰色の塊に変わる。それだけではない。オメガ魔獣の上空に在った、富士の噴煙を含んで黒く厚く覆っていた雲が、丸く穴を穿った様に消え去り、代わりになのか砂の様なものが降り注ぎ始める。邪眼導師の持つ唯一の邪視能力、『太陽の邪眼』によって『石化した』という結果のみが現出させられ、巨大な石像と、微細な石の粒子――砂に変えられてしまったのだ。

『太陽の邪眼』。かつて『最高の魔眼保持者』と呼ばれた男の『運命の魔眼』に匹敵する莫大な瞳力を秘めた邪視能力。だが邪眼導師は、それを自らの意思で制御する事が出来ない。通常、“魔の視線”と言うものは低レヴェルなものならば「対象の目を見る」、高レヴェルなものならば「対象自体を見る」・・・つまり「凝視する」というプロセスを経て効果を発揮するものだ。だが邪眼導師のそれは異なる。一度、瞼を開くと彼の瞳に映った全てのモノに、邪眼導師の意思如何に関わらず、邪視の作用が及ぶ。それが、これまで彼が自らの両目を封じ続けてきた理由である。

彼が自らの目で見ることが出来るのは火山に呑まれたポンペイの街の様な、時の止まった灰色の石の世界でしかないからだ。

ビシィッ

『はははははは・・・最期に、自分の目で・・・見るのも良い。素敵な・・・空だ・・・みんなにも・・・あのこにも・・・見せたかった・・・』

そして、毒蛇の魔王にも崩壊が始まる。赤い亀裂が球体全体に広がり、枯れた大地の様に割れ、そして砂粒へと崩れ風化していく。

「邪眼導師・・・」

「ち・・・父上ッッ!!」

木霊するREXUSの悲痛な叫び。彼の嘆きは、魔王に死の有様を目で見るより余程、強い実感を伴わせた。

決した。

多くの者が、そう思い、願い、確信したかった。最新の防衛技術に護られた要塞都市・東京も、度重なる侵略勢力の猛威で多大なダメージを被っていた。今、この時がご破算の時。そうでなければ、立ち直ろうとする意欲さえ湧き生じぬほどの痛打がこの一千万都市を蹂躙する。だが、彼らの痛切な願いは聞き届けられない。今、此処に在る神は恐怖の支配者―――

『コレは不味いニャ!!』

猫の唸る様な声が狼狽した叫びを上げる。アスラの身体に宿る、人工生命コウだ。

「何がだ、コウ!!」

『常識的に考えて、あんニャものが落っこちたら、どっちにせよヤバいニャ!!』

「そうか―――」

即座に自分の為すべき事を理解したアスラは、すまんと短く断りを入れてREXUSの身体を中空に放り、隕石の様に徐々に加速しながら落下してくる巨大石像に向かって飛ぶ。

ガシィィィン!!

真っ向からぶつかる様に受け止めるアスラ。重く硬い音が空に響く。或いは外部から衝撃を与えて、落下軌道を変えると言う手段もあっただろう。だが、やはりこれこそがモアベター。海山どちらに落とすにせよ、出来る限り減速しなければ落下時の二次災害が甚大なものとなる。

「くぅっ、パワーが足りんッ!!」

何より自身を呪うアスラ魁。しかし、文字通り余りに荷が勝ち過ぎているのだ。

大きく開かれた翼から、翼そのものを噴壊させるようにオーラが燃え猛り、剛直を極めた筋肉に皮膚が裂けて赤い蒸気が噴き出す。自身を破壊する程の力を絞る様に出し尽くしても、落下速度は微々としか緩まらない。彼が街と運命を共にするのは時間の問題。

「このままではッ」

「正直、この街のことなど知ったことではないが」

弱気な言葉が口を吐いて出かけたとき、それを遮る様に響くエミーの声。それと同時に鋼の影がアスラを覆い、巨龍の落下は大きく減速する。

「お前に潰れて貰うのは、困る」

照れた様な声が小型巨大ロボ・クリスタニアから響く。更にアスラの横に並び岩肌に諸手を差し出す深紅の騎士。

「シュフフ、自由騎士は伊達なんでね」

それだけではない。

「私にも・・・手伝わせてほしい」

「REXUS!」

遠慮がちに言って戦列に加わる白いライダー。その姿を見てアスラは俄かに驚きの声を上げたが、直ぐに何かを察し理解して彼を迎える。

「有難い。助かる」

「人が傷つく事に、地底も地上も関わりない」

落下速度は更に減衰し、これを維持したまま着水させれば被害は最小限に留められるだろう。だが―――

「? なに?」

彼らの思惑を裏切る様に、巨岩の翼は大きく旋回し東京湾に向かうコースを逸れ始める。支持のバランスは絶妙、吹き付ける砂風も影響を及ぼすほどではない。しかし巨龍は確実にコースアウトし始め、彼等はそれを修正する事が出来ない。そして、彼等は巨龍が何処に向けて落ちようとしているかを察する。

「陰陽寮に向かってるのか!!」

内陸部、都の郊外、この日の朝までは宮内庁外局・皇室史編纂局=陰陽寮本部が在った場所に向けて落ちようとしているのだ。コース逸脱は明白に恣意的なもの、そう察したとき、悪意の主は巨龍の巨体の上にその姿を現す。

『未ダダ、未ダ・・・終ワラヌ・・・終ワリハ・・・セヌ!』

岩と化した表皮が生物の様に蠢いて隆起し、その形を人の形に変える。それは石像等と言う上品なものではなく、鬼の様な形相を持つ人の形をした岩屑の集まり。それが悪意の腕をREXUSに向けて伸ばし、不意を打たれて対応が遅れた彼を掴み捕る。

「ぐああああっ・・・だ、大首領!! 貴様、なぜ!!!」

『岩ハ・・私ノ現身ノ一ツト・・・知ラヌ、カ・・・。今、ヒトトキナラバ・・・動カセヨウ』

メキメキ、ではなくバキバキと軋み折れる嫌な音が響く。反撃を封じる為、一気呵成に握り潰したのだ。そして返す刀とばかりに振り戻された拳が、アスラ達を空中に薙ぎ払う。

クリスタニアの巨体までも空中に弾かれ、ブレーキを亡くした巨龍―――復活岩石大首領は、陰陽寮へと向けて加速を始める。

『魔王ノ・・・力、失ッタ、ダガ未ダ・・・時空魔方陣ガ、アル。今度コソ・・・我ヲ満タス器ト・・・REXUS!!』

「させるかぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーッ!!」

だが、アスラ魁は回り込む。度重なる戦闘で蓄積した筈の膨大な疲労と傷がまるで冗談だったように、彼は最高速度を以て回り込み、追跡対象者を迎え撃つと言う語学的・哲学的暴挙ともいえる全霊を尽くした阻止を試みてくる。最早、翼の揚力だけで滑降してくる岩の龍鳥には、チェンジアスラ殿で翼を巨腕に転じて待ち構える修羅の退魔法師を避ける事は出来ない。

「うおぁらああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

大型重機を駆動させるディーゼルエンジンにも似た唸りを上げて繰り出されるアスラの拳が、岩の巨人の腕を粉砕しREXUSを空中に解放する。

『ライダァァァァ!! ルァイドァァァァァアスルァァァァァァァァァ!!!! レェェェェクサァァァァァァスゥ!!!!!』

だが、馬鹿と言う存在をシリアスの場に体現させた様なアスラと異なり、REXUSは飽く迄まだ常道を外れた場所にはいない。即座に全身の骨格を修復し退避行動に移れるはずもなく、岩の巨人は白いライダーを三度虜にしようと、空中に舞う彼に残された方の腕を突きのばす。

「往生際の悪いッ!!」

『邪魔ヲスルナァァァァァァッ!!!』

粉砕された片腕が岩粒の雨となってアスラに降り注ぐ。通常形態に戻れば容易に突破できる弾幕、しかし彼は被弾面積の大きい魁で強行する。厚い弾幕は魁の高速にも逃げ場を与えず、翼を毟り取るがタイムロスこそ致命的なこの時に、彼は構わず血にまみれながら突破する。だが、岩石の腕は今にもREXUSに届こうとしている。殿の拳に、それを砕く力をためる時間は残されていない。

「耐えろ、REXUS!!!」

「ぐふぉっ!!」

アスラはREXUSを突き飛ばす。文字で書けば単純だが超音速の砲弾が直撃するのと変わらない。REXUSは壊れた人形のようにもんどり打ちながら空中に弾き飛ばされ、代わりにアスラが岩の指に捕らえられる。急速に遠ざかっていくREXUSと、間近に迫る陰陽寮本部。

『オノレ・・・コウナレバ・・・アスラ・・・キミノ肉体ヲ器ニ・・・時空魔方陣ノ力ヲ・・・・』

「くっ・・・!!」

陰陽寮の周辺で風景がはっきりと歪み、黄昏時の様に赤く染まっていく。遂に禍巻き濃縮していた魔力が時空魔方陣を作動させたのだ。オメガ魔獣は、作動した時空をゆがめ全てを破壊し得るその力を以てアスラの身体を器とし大首領へと再び黄泉還ろうと試みる。

更に赤く歪む空間に、幾重もの円と幾何学模様の組み合わせで構成された立体的な文様が浮かび上がる。それこそが時空魔方陣。その中に、時空の穴が貪欲な獣のように顎を開いたのだ。

世界を食らうという北欧神話の終末狼にも似たその大穴は陰陽寮本部とその周辺の土地を粉砕しながら飲み込んでいく。黄昏色の空間の穴に、日本の霊的守護を司り、日本に存在する地球を守る善意の戦士たちを統括しバックアップしてきた組織の総本部が、瓦礫から砂へ、砂から分子へ、分子から原子へ、そしてクォークにまで分解されながら破断された空間の裂け目に向かって消えていく。

「やだ・・・やだよぉぉぉぉぉぉっ!!!」

忍者少女の嘆きと悲鳴が響いた。だが化け物は無慈悲に彼女の思いの場所を貪り飲み干していく。

オメガ魔獣は、その地獄(ヘル)より奈落(アビス)と呼ぶに相応しい物理学的魔獣の上へと舞い降りる。かつて僕を再び足元におくために。だが、彼は気づくべきだった。何故、残留思念である自分がREXUSの中に取り込まれたのかを。時空魔方陣の力が自らの伺い知らぬところで作動しているのかを。

『ナ・・・ナニ?』

ぐしゃあああああっ

オメガ魔獣が魔方陣に触れた瞬間、岩と化した身体は時空魔方陣のパワーを吸い込む事はなく、逆に巨大恒星の潮汐力にも似た力で引き裂かれ砕かれて吸い込まれていく。

『馬鹿ナ・・・何故ダ!!!』

既に時空を操る邪法は彼の目論見を離れ、別の管理者の下へその権限を移したのだ。岩塊にこびり付いた思念の残響に過ぎない彼では、もはや再掌握する力も時間も残されていない。岩石の巨人は身を捩じらせ、かつての飼い犬の牙から逃れようと試みるがそれは金色の縛鎖に囚われた事で阻止される。

「逃がすかよ・・・」

『ア・・・アスラ・・・!!!』

岩の指の狭間から法術を行使するアスラ。虜囚となったのは修羅の戦士ではなく岩石の巨人の方だったのだ。不動明王の法具を模した霊力の鎖は、邪法によって蘇った者を再び往生の際へと力強く引き戻そうとする。

『馬鹿ナ、キミモ死ヌゾ・・・!!』

「―――そうかもな。だが、まだマシだ。貴様を野放しにするよりは!!」

(いや・・・駄目だね)

不意に柔らかな男の声が頭の中に響き、金色の鎖の上から白い幻の様な蛇が岩石の巨人に絡み締め付けていく。

(キミにはREXUSを託したんだ―――ここで死んで貰われては困る)

『貴様ハ・・・邪眼導師!!』

空気に溶ける様に逝った筈の毒蛇の魔王。その最期の力の一片。それが白い蛇を象って実体化し、金の縛鎖の中心である巨人の拳を噛み砕く。

「邪眼導師・・・!?」

(毒蛇の魔王の沽券に関わるからね・・・)

石牢への監禁から逃れたアスラに、自嘲気味に語りかける邪眼導師。そして、断末魔が響く。

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!』

巨龍の部分だけでなく、巨人の部分も丹念に粉砕し、時空の穴は飲み干していく。アスラも巨人から逃れはしたものの、既にその身体は時空魔方陣の引力に囚われている。酷使し続けたオーラジェットウイングに最後のオーバーブーストを行わせるが、それでも逃れられない。

「くぅっ・・・」

「元宗ゥゥゥゥゥゥッ!!!!」

エミーの声を大音響で響かせながらクリスタニアが飛んでくる。鋼の巨体は、その手をアスラに向かって伸ばし彼を掌に包みこむ。だが奈落への扉は開き切り、其処は既に彼岸の先。魔方陣の中心に向かってクリスタニアは落ちてゆく。既にクリスタニアもレテの河を踏み越えた者。アスラを常世から現世に引き戻す権利人ではない。ただ、黄泉平坂を転げタルタロスの底へと落ちゆくのみ。自らの一身に傷を引き受けようとしていたアスラは戸惑い、叫ぶ。

「馬鹿な! エミー、なぜ来た!!」

「義理、だからな」

短く応える彼女の声に躊躇いも後悔もない。クリスタニアは子を護る母親の様にアスラを懐中に抱き、身体を丸める。次の瞬間、時空魔方陣の生み出す黄昏色の歪曲空間は急速に収縮を始め、濃い藍色へとその色を変えていく。其処に捕らえられた彼らも、破断された時空の一点に向かってこの世界から遠ざかり、そして―――

魔方陣は空に赤い余韻を残して消える。後に残されたのは、巨大な真空のドームと綺麗に抉られた大地の穴。詰まるところ、何も残されていない。時空の穴が其処に在った何もかもを奪い去り貪りつくしてしまったのだ。大首領の幻影も、魔王の亡霊も、陰陽寮本部も、海賊巨人も、蜘蛛の魔術師も、修羅の仮面ライダーも。

何もかもが、其処から消え去っていた。だが、静寂は戻ってくるのに、未だ少しの時間を必要としていた。

 

 

 

 

戦闘は終わり、避難民の誘導や救助の支援を終えてグランセイルの前に戻ってきた京子を待っていたのは、大きな苦悩だった。

「やだ・・・いや・・・やだよぉぉぉぉぉっ!!」

激しく、泣き崩れて悲痛に身を捩るマリア。受け入れ難い現実を前に彼女はただ嫌、嫌と繰り返す。

「本部が・・・エミーちゃんが・・・・・・・!!」

帰るべき場所、親しくなった友、一緒に戦う仲間、それらが一度に失われたのだ。戦う事で自分を証明してきた彼女にとって、何も出来なかったと言う事実はこれ以上なく堪えたのだろう。その上に、状況が悪化した原因が自分だと思っている節がある。邪眼導師が存命ならば彼に怒りを持っていくこともできたのだが、自己犠牲等と言う予想外の行動を取って消え散った為にその当面の現実逃避手段も得られない。

「マリア、大丈夫だよマリア、私がいる」

「先輩ぃぃぃぃっ」

胸に少女の顔を抱きよせ、クシャクシャに絡まった金髪を指で撫でてやる京子。だが、それが何の解決にも繋がらないことは百も承知だ。

(―――どう、しよう)

マリアを献身的に慰めながら京子は途方に暮れていた。本部が消滅してしまった事に、ではない。陰陽寮局員は業務規程で所属する本部ないし支部が壊滅した場合、最も至近の支部へと移動するよう義務付けられている。未だ連絡はとれないが、脱出した局員は指定ルートを使って向っている筈だ。無論、長く―――それこそマリアよりもずっと長く、造られて直ぐの物心がつく以前から暮らしていた場所が失われたのは悲しく辛い。だが、今の彼女にはより重要な懸案事項があった。

(カシム・・・)

声に出さずに元恋人の名前を呼び、悲嘆に暮れるマリアに気取られないようグランセイルの方に視線をやる。赤く染まったコンテナ上には、5人の仮面ライダーたちが全身から血液を噴き出し、骨格を歪めながら、苦悶の声さえ上げることも出来ず苦しんでいる。彼らの命は間も無く尽き消え様としていた。

既に死に瀕していた身体に鞭を打ち、アスラに助力したことが彼らの命を急速に燃やし尽くしたのだ。このままでは半時間と持たず、彼らの身体は血と肉と機械の残骸に成り果てるだろう。

(そんなのは・・・いやだ・・・!!)

間も無く訪れるだろう絶望的未来の光景が彼女の脳内でシミュレートされる。それはとてもとても恐ろしい事だった。折角、もう一度会う事が出来たのにこんなに呆気なく、そして苦しんで別れるなんて在り得ない。まだ何も話していないのに。だが、もう時間は残されていない。最も至近の支部は長野支部。其処に行けば何らかの応急処置を行えるかもしれない。だが、とても間に合わない。グランセイルの最高速度は時速800キロメートルだがそれは飽く迄もカタログスペック上のものだ。一般の公道や高速道路でこんなデカブツが最高速度で走り続けられるわけはない。ヘリや飛行機でも、調達する時間だけでタイムオーバーだろう。正に八方塞だ。

(どうすればいい・・・どうすれば・・・・・・・・・・・!)

AIに稲妻を思わせる強烈なスパークが走り抜ける。

(・・・あれなら、もしかして)

太股内のチャンバーに保管していた“彼女”の遺留物。無機で出来た機械の身体の自分達を治癒すると言う謎の丸薬。もし、あれが明朝体で書き記してあった怪しげな薬効成分通りの代物だったならば、肉体の大半が機械に置き換えられたカシム=ジハードやパトリオット等になら有効かもしれない。それは際どい賭け。このまま手を拱いていても状況は好転しない。しかしあの薬を使っても好転しないどころか悪化する可能性すら捨てきれない。早急な、しかし冷静な決断を要する―――

「マリア、すまない」

「先輩・・・?」

縋り付く少女に謝罪して引き離すと、京子は立ち上がり太ももから薬瓶を取り出す。もしこの薬の所為で彼が死んだ場合、きっと今のマリアと同じ様に泣き崩れるのだろう。だが、何もしないよりはましだ。悪魔と化した元後輩が残したものでも、縋る以外の方法がなければ縋るしかない。忌々しい受け身的姿勢。今の彼女には、もうこれしかないのだから。

「カシム・・・」

コンテナ上に昇り、元恋人の枕元に膝をつく京子。精悍だった青年の顔は見る影もなく青ざめ、皮膚の中身が透けて見える。余りに痛々しく見るに堪えない。彼女は決心する。愛する者が苦しむ姿をこれ以上見るわけにはいかない。何れにせよ、けりをつけなければいけないのだ。

京子は瓶から一錠、薬を取り出して口に含む。恋人が、病に苦しむ恋人に薬を飲ませてやる方法。我ながらミーハーと思いつつも、何時かはやってみたいと思っていたこと。まさか、この様な形で訪れるとは思わなかった。彼女はそのまま彼に顔を近づけていく。左様、口うつしと言うやつだ。マリアの悲鳴めいた泣き声が聞こえるが、今は放置するしかない。が―――

ごごごごごごごごっ

「ンがっくっく?!」

突然、烈しい震動音に驚いて京子は丸薬を飲み下してしまう。地面を激しく揺らし、噴水の様に土とコンクリートの飛沫を舞上げながら、巨大な何かが彼女らの前に出てくる。それは深緑色の巨大なショウリョウバッタ・・・いや、ショウリョウバッタを模したグランセイルの数倍はあろうかと言う超大型トレーラーだった。

「こ・・・これは・・・?!」

『・・・欧州のネオショッカー対策委員会が設計、そしてNPO団体青年ライダー隊が開発した仮面ライダー支援用移動整備基地、ライダーキャリア2世だよ』

応える様に響くのは穏和ながら、理知的な鋭さを備えた声。当然、京子には非常に聞き覚えのあるものだった。そしてライダーキャリア2世と呼ばれたビークルのハッチが開き、声の主が現れる。深緑の上等な和服の上に白衣を羽織る奇抜な風体、陰陽寮が技術部顧問、世界で五本の指の超考古学者の一人。

「桐生先生!!」

「どうやら無事だったようで何よりだ。安心したよ」

良心そのものといった笑顔を浮かべる超考古学者。そして彼は後ろのライダーキャリアを示しながら指示をする。

「説明してあげたいのは山々だが、今は急ぎたまえ。仔細は承知しているし、必要なものは人材も含めて揃っている」

彼が言うと同時にライダーキャリアからもう一人誰かが降りてくる。自分が機械であるのも忘れて思わず羨むほど均整のとれた身体を白衣に包む、長身の女性。

「貴女は・・・」

城南大学付属病院に勤める外科医。そして、『異端の吸血鬼』こと仮面ライダーヴァリアントを戦闘以外の面で協力にバックアップする女傑。それらの肩書きを例え知らなくとも、確信できたであろう強い信頼感を覚えさせるオーラ。エンプレス―――陰陽寮本部内でそう呼ばれ噂される人物。曰く、「仮面ライダーの専属医」。そう―――

「二宮、瑠魅・・・!!」

「看るぜェ〜♪ 超看るぜぇ〜♪」

何処か伊万里京二に通じるところのある珍妙なノリと、それでいて感じるのは強い安心感。大丈夫なのではないか、そう思えてしまう。

「詳しい事は車内で話そう」

京子は固めた決意と、思わず飲み下してしまった薬への不安感を持て余さざるを得なかったが、取り敢えず今は落ち着き休みたかった。もともと、働きものではないのだから。

 

 

 

拳を強く握り締める。

戦いが終わり、彼は呆然とも愕然ともしてはいなかった。ただ、自らの愚かしさを呪っていた。

仮面ライダーアスラ―――自らの危険も顧みず死地に乗り込み、自分に生きる活力を与えてくれた男。敵同士でありながら、救ってくれた友。

恩を返す為に、彼を助けたかった。だが、結果は無残で間抜け極まりないものだ。逆に助けられ、そして見殺しにしてしまった。

悔いても、悔い切れない。全て、自らの愚かしさが招いたことだ。

もっと早く自分の在り方に気づいていれば、大首領の意思に乗っ取られなければ、あの地上人を護る戦士を失わずに済んだのに。

「―――REXUS」

背後から響く歌う様な声に彼は振り返る。其処には黒い西部風の格好をした背の高い女。直接の面識はないが顔には、見覚えがある。メモリ内に登録された最重要人物の一人。

「貴女は、竜魔霊帝・・・陛下」

「やはり無事でしたね。何よりです」

柔和な微笑みが彼女の顔に浮かぶ。凶悪無比の魔王を統べる魔界皇帝のものとは思えぬ慈母の様な微笑。全ての罪を赦し祝福を与える女神の微笑。だが、いや、だからこそREXUSはその微笑みを疑う。その微笑みに込められた慈愛を疑う。何故―――

「何故、見殺しにした?」

彼女の下僕であった邪眼導師を、友であった仮面ライダーアスラを、自らの属していた陰陽寮を、かつて護っていたこの街を。

REXUSは既に彼女の正体を知っている。魔帝国の国民が現人神と崇め、統治権を委ねた竜魔霊帝は彼女の仮の姿。何故、どういった理由でその姿を装い、その役に徹しているのかは判らない。

だが彼女の正体は知っている。彼女もまた仮面ライダーと呼ばれた者。仮面ライダー鬼神、神野江瞬。

竜魔霊帝、いや神野江瞬は柔らかな微笑みに苦いものを混ぜ暫く言葉を探す様に沈黙し、やがて唇を開く。

「彼と私の契約だったからです。私も出来ることならば、いえ、彼にこそ、生きていて欲しかった。彼は―――竜魔霊帝と同じだったから」

「それは・・・一体?」

「でも・・・彼は良くも悪くも、魔王過ぎました。もしかしたら、自由意思で魔王となった竜魔霊帝や、他の五人の魔王と異なり彼だけが生まれながらの魔王だったからかもしれません。貴方が、貴方で在るが故の苦悩を抱えたのと同じように、彼もまた―――彼が彼自身であるが故の苦悩に苛まれて生きていました」

そう言って彼女は言葉を区切り、過去を思い返す様に遠くを眺める。REXUSは彼女の云わんとすることは理解できたが、一方でその言い回しが気にかかった。まるで意図的に言葉を削り、推論を促す様な・・・・。彼女は自分に何を知らせようとしているのか。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

暫時、沈黙が二人の間に流れるが、やがて竜魔霊帝の問いがそれを破る。

「これから、貴方はどうしますか? もし貴方が私と共に来る、というのなら手配りはしましょう。一度、魔の国に戻る事になりますが、新たな魔王として迎えることも出来ます」

魔帝国の皇帝の言葉を口にして、彼女は掌を差し出す。だが、彼女の微笑む表情はREXUSが何と答えるか既に察している。察していながら、敢えて尚も試す様に問うているのだ。

「いや・・・私は、やはり陛下、貴女達とは共には往けない。私は、私の意思で戦わせていただく」

「では、仮面ライダーREXUSとして戦う―――と?」

「それも、違う」

首を振ると、魔帝国の皇帝は初めて驚いたような表情を浮かべる。彼は、自分が仮面ライダーとして戦えるとは思っていない。仮面ライダーとして在れるとは、無条件に信じられない。今朝、日が昇るまでの様に盲目的には信じられない。例え、自らの使命を自らの意思で選びとったとしても。

「だが、思いには応えたい。託してくれた父と―――救ってくれた友の思いに。そう、」

拳を握るREXUS。この固めた決意さえも、邪眼導師の姦計が生み出した偽りのものかもしれない。だが、もう彼にはそれでも構わない。

「自由と、平和を、守る為に」

決然と自らの行動目的を告げる。それは偽りでも、偽りでなくても自分が為すべき事には変わりがないのだから。替わるものはないのだから。それを受け竜魔霊帝は満足そうに頷く。

「わかりました。ではREXUS、貴方はこれから超神REXUSと名乗りなさい。生まれ変わった証に」

「ちょうじん・・・? それは?」

「かつて強大な大魔王と、その軍勢の暴虐から人々を守る為に立ち上がった三人の勇敢な騎士がいました。彼らは奮闘も惜しく敗れ倒れましたが、高潔な魂は地上の若者に受け継がれ、邪悪な魔の軍勢に立ち向かう新たな戦士として蘇りました。その戦士たちの名が、超神―――」

「―――良いでしょう」

REXUSは深く考えることもなく与えられた新たな名前を受け入れる。確かに、父と友の思いを受け継ぎ戦う自分に相応しい名前だ。だが、この名前を得ることは連鎖的にある構図が発生する事も意味する。魔界の皇帝は既に察しているだろうが、彼は敢えて確認する。

「ですが、それはノアの大魔王、竜魔霊帝陛下、貴女とも戦い、何れ倒す事を容認される、と言う事で構いませんね?」

「ええ、構いません。是非、竜魔霊帝を斃してください。これから出来るであろう、貴方の仲間と共に」

まるで他人事を離す様に魔の国の元首は微笑む。彼が今、ここで切りかかる可能性は殆ど考慮に入れていないらしい。事実、REXUSに今ここで彼女を倒すという選択は無かった。かつて仮面ライダー鬼神と呼ばれた彼女が、何を狙っているのか、そして何故、帝国の皇帝を僭称しているのか、先ずはそれを知る必要がある。

「では、何れまたお会いしましょう。幾久しく健やかに―――」

告げて彼女の姿は赤い魔方陣に包まれ、虚空に消えていく。そして、其処には一人、白き戦士が残される。

「超神REXUS―――か」

彼は新たな自身の名前を確認した。

 

 

ここに新たな戦士が誕生した。

彼の名は超神REXUS。

魔王より生み出され、人々の自由と平和の為に戦う戦士である。

戦え、超神REXUS! 竜魔霊帝の企みを突き止め、地上と魔の国を守るのだ!!

 

 

 

 

 

 

 

次回予告

 

宇宙を震撼させた暗黒宇宙大皇帝エンペラ星人が倒れて一年

日本をはじめ世界各地を脅かした怪獣・宇宙人の頻出現象は確実に減少傾向にあったが

未だ完全終息の兆しは見せていなかった

エンペラ星人率いる宇宙人連合との戦いで前線に立ち

死力を尽くした人類の砦・GUYSもまた組織を再建するには至らず

怪獣災害への対策は各国が保有する軍が行わねばならなかった

 

しかし特別防衛チームの様な特殊兵器を持たない各国正規軍の力では強力な怪獣をせん滅する事は難しく

またノウハウを持たない彼らでは市民のみならず兵士たちにまで徒に被害を拡大させることとなった

 

事態を重く見た国連は下部組織である世界保健機構(WHO)主導の下

これまでの対怪獣特別チームとは一線を画する特殊機関の設立に着手

GUYS活動期からローマ・カトリック教会がバックアップし活動を始めていた

被害者救済の為のNGO団体を吸収合併する形で新たなる人類を護る組織が生み出された

 

その名はGenerality of Anti Risk and Destruction Effect Network(全領域危機的災害防衛網)

通称「GARDEN」である

 

彼らの目的はこれまでの対怪獣特別チームの様な「怪獣の殲滅」ではない

怪獣や異星人の活動によって生じる被害

それに対する各国軍の攻撃によって生じる被害

そう言った複合的な被害から

市民の命と財産を超科学と心で護ることにある

 

 

そして世界で最も多くの怪獣災害が発生するこの日本には

総司令ウラカミ マルコ司祭の下

行動隊長ニノミヤ ルミ医師を始めとした優秀な女性たちが集められた

 

即ち―――――

 

「エンペラーが鳴らした時空震動波は、奴が倒れて一度は消え、怪獣たちは地下に眠った。しかし、奴らは怪獣墓場で眠ってるようなやつじゃあない。

筋が通らなくても腹さえ立てば何でもぶっ壊してみせる怖いもの知らず、不可能を可能にし人の財産を粉砕するにっくき怪獣野郎ども」

 

「私は、リーダーのニノミヤ・ルミ隊長。通称エンプレス。医療殺法とハンマーの達人。私の様な天才外科医でなければ、百戦錬磨のつわものどもの治療は務まらん」


「わたしはエミー・マリオン。通称スパイダーウーマン。自慢のワイヤーで、みんなイチコロさ。裁縫かましてブラジャーからジーパンまで、なんでも補整してみせるぜ」


「カミノエ・シュン、通称オーガ。メカの天才。大型二輪でもブン投げてみせらァ。でも、セクハラだけは勘弁な」


「やぁ、お待ちどう!わたしこそカミムラ・サオリ。通称ガルーダ。義肢装具師としての腕は天下一品! 奇人?変人?だから何」


「私は音楽療法士のサラ・ヤマグチ。チームの最年長。カウンセリングは、音楽と人生経験でお手の物」


「オガタ・カナだ。刃物使いの私を加えて、チームもぐっと盛り上がったわね」


「私達は、保険の利かぬ怪獣災害にあえて挑戦する、国際公務員の!」

「「「防衛野郎Gチーム!!」」」

「助けを借りたい時はいつでもいってくれ」

 

 

 

 

しかし彼女らの奮闘とは裏腹に怪獣頻出現象は再び活発化の兆しを見せる

 

 

「あれじゃまるでズィラースね。貴重なマグロが勿体ない」

「ジラースサウルスは環境指標生物として注目されてるらしいですよ」

えり巻怪獣

ジラース 2代目登場

 

 

「駄目! そこはまだ彼のテリトリー!!」

「どういうこと?!」

「あの怪獣はゴモラではありません! あれは地底怪獣ゴモラU!! 近づきすぎです!!!」

古代怪獣

ゴモラU 2代目登場

 

 

『ふっふっふ・・・今度こそ、ゴランを落としてみせる』

「キミの父親はもっと信念をもっていたと聞くよ」

『父の話をするな!! あんな道楽ものの話など!!』

幻覚宇宙人

再生メトロン星人Jr.再登場

 

 

「ドキュメントUMAに類似した生態データを確認。非常に再生能力の強い怪獣です」

「それとボガールの細胞が融合したと言うの? 最悪とはこのことね」

高次元捕食邪悪生命体

ゴーデスボガール登場

 

 

「ふはははは・・・信じていたウルトラマン、それも一度に大勢のウルトラマンから裏切られるのだ。人類の絶望も大きいだろう」

凶悪宇宙人 ザラブ星人

にせウルトラマン

ニセ・ウルトラセブン

超人ロボット エースロボット

妄想ウルトラセブン

ニセウルトラマンメビウス

ニセハンターナイト・ツルギ登場

 

 

 

だが――――

拡大する怪獣災害に呼応して新たなる光の超人たちが光臨する

 

 

「死んだ怪獣が良い怪獣なんだ・・・そうあるべきなんだ」

30年前のウルトラの星大接近によって生まれたプラズマスパーク大量被曝地帯

そこで生まれた一人の敬虔なカトリック信者であり日本支部の新たなる仲間

ジャン・クリストフ・ガルブレイズ

 

ジャンの着任と時を同じくして現れる青い光の巨人

背中に三対の翼の様な模様を持つ光線技を得意とする戦士

ウルトラマンセラフ

『セラフィウムミサイルライト!!』

聖なる光の矢が怪獣を貫き、爆殺する!!

 

 

 

「GUYSが動けない今こそ怪獣災害を経験した我が国がリーダーシップを発揮する時です」

世界最高峰のロボット工学の粋を集め更に

GARDENに出向させていたカミノエ隊員を通じ入手した

外来技術(メテオール)を投入して生み出された機械仕掛けの光の超人

MFS-09 9式 ハヤブサ

 

ナショナリズムを賭けたロボット兵器は全ての音を超えて平和の為に飛ぶ

「吸引力の見せどころですね」

人造ブラックホールパック内臓・モンスターイレイザーが唸りを上げる!

 

 

 

「あの黒いウルトラマン・・・怪獣の血を吸ってるみたいだ」

黒いボディに赤いラインを引く異形のウルトラマン

ウルトラマンブラド

 

光の戦士でありながら、太陽を嫌う様に月夜に現れ

怪獣の肉を引き裂き血を啜る異形の戦士

彼は果たして味方か、敵か

 

そしてルミのもとに現れる昔、死んだ甥っ子の姿で現れる謎の少年

「ボクの名はレイジ、地球は狙われている」

 

 

 

しかし――――

 

「キミ達は殊更にあの星を大切にしていたからね。私の様な危険な星人が近づけばキミ達はきっと追いかけて来てくれると思っていたよ、有難う」

M78星雲・光の国に属する惑星Ur666星を自らの知的好奇心の為に滅ぼし

今、新たな実験の場を怪獣が頻出する地球に定めた古き凶悪な宇宙人

遊星狂人

イマルカトル星人登場

 

 

「さて諸君、宇宙レヴェルで見てもこれは学術的に価値のあるサンプルだ」

更にイマルカトル星人は地底から、海底から、宇宙から

怪獣より恐ろしく、超獣より強力で、大怪獣より大きく、円盤生物より残忍な生き物を召喚する

 

彼らの名は神獣

神話の時代より伝わる凶悪にして莫大な力を持つ生き物

 

 

 

「ミサイルが効かない・・・ビームも!! 奴は、鉄を食ってるんだ!!」

「フフフ・・・この程度で音をあげてはいけないよ。単に彼は不死身なだけなんだから」

鉄食神獣

プルガサリ登場

 

『不信心どもめ! 仏様を大切にしない奴らは腹を切ってしぬべきである! この私が地獄の火の中に投げ込んでやる!!』

黒猿神獣

ブラックハヌマン登場

 

「構成物質の殆どが今の宇宙に存在しないものです!!」

「どういうこと?」

「ビッグバンを越えて数兆度の炎を耐えて前の宇宙からやってきた文字通りの不死鳥だよ」

先宇宙神獣

エア登場

 

「まるで火山そのもの・・・」

「あれが3000年前、ノアの神と呼ばれた光の超人達が死力を尽くして封じた最強最悪の生物・・・」

「太陽を覆い隠すというアイヌ伝説の魔神」

「そう、つまりは光の超人達の天敵――――そしてエンペラ星人の母星を滅ぼしたものさ」

不可知神獣

モシレチクコタネチクモシロアシタコタネアシタ登場

 

恐るべきイマルカトル星人と神獣たちの猛攻に

倒れる三人のウルトラマン

地球は凍り付き花は枯れ、鳥は空を捨てる

人々は微笑みをなくし悲しみの夜が訪れようとも

だがGARDENの隊員たちは絶望に負けず魂を燃やし朝を待つ

そして――――

 

 

「立つのです、光の戦士たちよ。貴方達は強い身体を持って生まれました。その力、今使わないで何時使うのです?」

「モノクロの光の戦士・・・ウルトラマン? ううん、あのボディラインは女性だから、ウルトラウーマン?」

「まさか未だ生きていたのか・・・! ウルトラマンキングと並び称される伝説の興国の祖・・・M78星雲の母、光の国の女王・・・!」

ウルトラQ(クイーン)登場

 

 

果たしてルミは、GARDENは、光の戦士は

再び平和を取り戻せるのか?

 

 

ウルトラマンサムス×ウルトラマンメビウス

And

仮面ライダーヴァリアント ウルトラ外伝

Pre Down −日暮れ前―

 

新帝国歴23年公開予定

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ミー・・・エミー・・・!!」

「う・・・」

自分を呼ぶ野太い声。酷く必死に、懸命になって彼は呼んでくれている。どうやら気を失っていたらしい。

「なんか・・・ヤな夢みた。怪獣が・・・出てくる夢だ・・・」

「無理するな。頭を打ってるのかも知れん」

いかつい顔を心配そうに曇らせる元宗。確かに夢の話を突然口走ったらおかしく思われるだろう。

「元宗・・・無事、だったのか」

「お前こそ、な・・・」

彼の安堵する表情を見て、エミーもまた安堵する。だが彼女は直ぐに周囲の異変に気づき表情を曇らせる。

「何だ・・・ここは?」

荒涼とした岩山と砂の海。乾燥しているのに肺に重く溜まる様な空気の質感。空は薄暗く、鉄色の雲の向こうには空ではなく、大地と同じ様な岩肌が天蓋となって地平の果てまで覆っている。

明らかに先程まで戦っていた東京とは別の場所・・・いや、それどころか此処は恐らく地球上ですらない。

「まさか・・・ここは・・・」

ドゴォ

言い掛けた瞬間、目の前で砂が柱の様に吹き上がり、其処から巨大なミミズの様な、芋虫の様な生き物が現れる。

「な・・・!」

夢ではない。悪夢の様な現実だ。
全長二十メートルは下らない。この様な生物は地球上には先ず在来していない筈だ。エミーは此処が何処なのかをほぼ、確信する。だが、それを詳しく検証している時間は無い。巨大ミミズが此方に襲いかかってきたからだ。

ドゴオオ

「くっ・・・」

元宗に手を引かれ降り注いでくる大ミミズの巨大な口吻を何とか避ける。ミミズはそのまま再び砂の中に消えるが、気配は周囲に蠢いているままだ。餌にするつもりなのか、或いは縄張りを荒らされた事を怒っているのか判らないが、兎も角、逃してはくれないらしい。

「戦えるか?」

「やるしかないさ」

変身しようとする元宗。だが大ミミズが再び攻撃を仕掛けてくる方が早い。エミーはクリスタニアを無線操縦しようと呼びかけるが、背後から悲鳴の様な機械音が唸るばかりで鉄の巨人は一向に助けに来る気配は無い。

(不味い・・・!!)

ザンッ

しかし直後、パッと視界を閃光が横切ったかと思うと、直後、大ミミズの頭部が千切れて吹っ飛ぶ。

「な・・・」

「・・・来て良かった。矢張り地上人が迷い込んだのか」

重い空気の中に、爽やかな一陣の風が吹いたように思えた。声の方向に目をやると、其処には炎の様な赤く逆立った髪が特徴的な、美しい光沢を帯びた青い鎧を身にまとう一騎の騎士の姿があった。但し乗る騎馬は地上の馬ではなく、昆虫を思わせる外骨格を持った生き物で、手に携える剣は稲妻を纏っている。

「あんたは・・・」

元宗はアスラへの変身こそ中断したものの、笑顔さえ浮かべる青年に対し警戒を解かない。それはエミーも同然だ。大抵、親しげに近付く者ほど信用ならないのだから。

「どうやら無事の様だね、良かった。取り敢えず安心してくれ、敵じゃない。俺はウラ・ソーク。この地方一帯の総督の任を預かっているものだ」

「この地方・・・総督? 一体、ここは何処なんだ?」

「ああ、すまない。先ず、そう言う事をまず説明しないと、な。まあ、直ぐには信じられないかもしれないから話半分に聞いてくれれば良い」

注釈と言う勿体を付けてから青年―――ウラは、エミーの予測をなぞる様に説明した。

「ここはキミたちが今まで住んでいた地上世界の遥か地下深くに幾つも存在する地底空洞世界の一つ、魔人と魔獣の住まう底の世界――――『遠い魔の国』さ」

 

 

 

第一章完結

第二章「竜王六遺物争奪編」に続く

 

 

 


 

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