(注意文テロップ:伊万里教授からのお願い)
〜鬼神を見るときは部屋を明るくして画面から離れて見てくれい。ま、俺はまじまじと嘗め回すように見るけどな〜


 かつて、人外の存在が在った。

 異形の肉体に、人智を超えた力を秘めた、生き物たちが。

 彼らは呼ばれた。

 “魔族”“化物”“怪物”“妖怪”

 夜の闇と共に在り、人の身近にいた存在・・・

 伝説や御伽噺の中ではなく、森に、山に、水面の奥に、誰彼時の路地に・・・

 彼らは人の傍にいた。

 人と共に在った。在った筈だった・・・





 男が熱の篭った視線をガラス壁の向こうに向けている。別段、手の届かないショーウインドウのトランペットを見ているわけではない。

 透明な厚い防弾ガラスで仕切られたその先には、一種異様な空間が広がっている。

 無数の金属パイプやメカニックが絡み合い、腸の様相を呈している。その中央には直径十数メートルはある盆状の台が据えられている。

 「始めろ」

 男の命令を受け、傍らのオペレーターらしい男がコンソールのレバーを引き下ろす。すると、重低音が響き、二本のガラス柱が競り上がってくる。中には緑色に燐光を発する謎の液体と、異形の怪物が封入されている。それは、理科の実験室に置かれているホルマリン漬けの生物の標本を思わせた・・・だが、その二つは亡骸などではなく、緑の液体の中で確実に生態活動を行っていた。

 やがて、ガラス柱のみが床に下がって行き、流れ出す液体と共に異形生物も解放される。液を全身に纏い、ヌラヌラと輝く二体の化物。一方は、熊に似たフォルムを持つ化物が巨大な槍を携えている。何処と無く僧兵を思わせる姿をしているが、よく見ればそれが皮膚の一部が変形したものだとわかる。もう一方は全身に金属的質感を帯びた河童型の生物。河童のロボットというよりは金属で出来た河童といったほうがしっくり来る姿をしている。お互いの眼光に友好的な光は無く、ただ盲目的な敵意が黒々とした眼の中に滾っている。

 低く唸りを上げながら、間合いを取る二匹の怪物。河童は姿勢を低くして上目遣いに熊の隙を探り、熊は大上段に槍を構えて襲い掛かってきた河童を一振りの下に葬り去ろうとしている。やがて一瞬の静止の後、河童が弾かれる様に飛び出す。

 「ゴオオオオオオッ!!」

 凄まじい雄叫び。その瞬間には、巨大な槍は振り下ろされ、空気を引き裂いて唸りを上げている。

 だが、その一撃は河童を捉えない。寸前に地を蹴り、横方向に飛んで逃れている。鋭い爪と水掻きの付いた腕を開き、銀色の河童はそこに力を集中する。

 しかし、更なる一撃が真横から襲い掛かる。熊が凄まじい膂力を発揮し、慣性を押し切ってスイングの軌道を直角に捻じ曲げたのだ。

 
ドゴォッ!!

 凄まじい衝撃音と共に、河童が吹き飛びパイプの張り巡らされた壁に激突する。千切れた管から噴き出す高圧の蒸気。

 
ギュバッ!

 弾かれる様に飛び出す銀の円盤。それは高速で宙を舞い、熊の頭部から胸にかけて並行に三条の傷を刻む。甲羅に手足を収納した銀色の河童が、戦輪(チャクラム)の如く襲い掛かったのだ。大きく弧を描いた後、手足を出して減速し、床を削りながら着地する河童。

 「グ・・・ガアアアアアアアアアアア!!」

 頭部に傷を受けたことで激昂する熊の怪物。内腑の底から響く激しい咆哮にガラス壁がビリビリと震える。槍を大上段に構えると、その巨体は河童に向かって押し寄せる。だが既に銀色の河童は跳躍体勢に入っている。熊が槍を振り下ろす瞬間には既に、僅かに身体を逸らし、そして振り下ろした後には中空に舞い上がっている。再び手足を甲羅内に収納し、戦輪形態に移行する河童。だが、その瞬間、散弾が真下から襲い掛かり、銀の河童は弾かれる。熊の化物は単に咆哮した訳では無かった。槍に共振させることで穂先に振動状態を生み、更に床に向けて強撃を繰り出すことで破砕した床の構造材を飛散させたのだ。

 不意の攻撃に、一瞬の対応が遅れる銀色の河童。その一瞬を逃さず、熊の化物は槍を撃ち込む。

 
グシャァッ!!

 金属光沢を持つ、河童の甲羅が弾ける様に千切れ飛ぶ。二撃目で壁に叩きつけた際に与えた僅かな“歪み”の部分・・・其処に正確に撃ち込んだのだ。その為、湾曲し構造劣化を起こしたその部位は、熊の化物の強力に抗しきれず破壊したのだ。

 「ギュアアアア・・・」

 苦悶し喘ぐ銀色の河童。割れたその部位から、内臓とも生体メカニックとつくような何かが黒ずんだ血液と共に流れ出す。
熊の化物は止めを刺すため槍を両手で構え、ゆっくりと歩み寄る。そして、振り上げた次の瞬間、異変は起こる。

 「ウ・・・グ・・・ガアアアアアア?! ギオオオオ!!?」

 困惑の混じった叫びと共に、熊の全身に異常が現れる。先ず、表皮が溶けて肉が露わになり、剥き出しになった肉も泡立って黒い煙を上げながら崩れ落ちていく。内臓もやがて形を残さずに溶解し、最後に残った骨格も、肉体が解けた液の中に落下し分解する。後に残るのは怨嗟に似た断末魔の残響のみで、一瞬の間に熊の化物は消滅する。

 「やはり・・・か・・・」

 男は、胸が不快に成る様な光景に眉一つ動かさず、むしろ諦念に似た表情を浮かべ、呟く。

 「ギ・・・ギギィ? ギュアアアア!!?」

 そして、数秒間、何が起こっているのか理解できなかった河童にもまた、異常が起こる。銀色だった全身は、赤く変色しボロボロに劣化していく。即ち、全身が錆びているのだ。最初に腕がもげ落ち、次に足が折れて仰向け倒れ、その衝撃で甲羅が潰れる。後は全体が崩れ、其処には酸化鉄に似た粉の塊が一山残るのみだ。

 「また・・・失敗か」

 男は、ガラスに拳を突きたてた。




 

 ・・・う・・・うう・・・う・・・ううう・・・うう・・・

 呻く様な声が、低く響いてくる。何かを押し殺すように、何かを堪える様に、苦しげで痛々しい声が。

 その声に、彼女は目を覚まし、薄暗い部屋を見回す。

 「うう・・・うう・・・」

 声の主は、彼女の傍らで悪夢にうなされていた。付け残された白色灯の微かな朱の光が男の容貌を浮かび上がらせる。

 彼女の良く知る男の表情は、そこには無かった。昼間の超然とした余裕を見せる微笑を浮かべた表情は、男の顔には無かった。
変わりに有るのは、恐怖に、苦悶に、痛みに歪んだ表情。額には無数の汗が粒となってこびり付き、全身は小刻みに震えている。

 「・・・」

 彼女は半身を起こし、男の手を握ろうとする。だがその瞬間、

 「うああああああああっ」

 絶叫。それと同時に男の身体はバネ仕掛けの玩具の様に突然跳ね上がる。

 鬼気迫る表情。目はかっと見開かれ赤く血走っている。

 「オレは・・・闇が・・・くる・・・う・・・うわ・・・あ・・・ああっ・・・くるなっ・・・」

 未だ彼の意識は悪夢の虜囚となっているのだろう。錯乱したように、首を、顔を掻き毟りながら、彼は悲鳴を上げ続ける。

 「大丈夫です・・・」

 「ああ・・・う・・・ぅ・・・・・・」

 彼女は男の身体を抱きしめる。柔らかく、包み込むように。冷え切って小刻みに震える男の体温が彼女の身体に伝わる。それと同時に彼女の温もりもまた男の身体をゆっくりと暖めていく。それと共に、男は僅かに落ち着きを取り戻し、再び目を閉じ、乱れているが寝息を立て始める。

 「しゅ・・・ん・・・」

 呟く様な寝言と共に、完全に男の意識は闇に沈む。

 「京二さん・・・」

 瞬は指先で京二の額に張り付いた汗粒を拭い取ると、京二の身体をベッドへ横たえる。それと同時に、両手が彼女へと伸びてくる。無意識的に何かを求める腕に彼女は答え、身体をそっと寄り添わせる。

 怯えている。

 伊万里京二は、夜の闇に怯えている。闇から這い伸びてくる黒い影を、伊万里京二は恐れている。

 神野江瞬は、つい最近まで知らなかった。昼間の超然たる余裕に満ちた彼の表情から、彼が、それを窺い知らせることは無かったのだ。

 だが、瞬は知った。知ってしまった。伊万里京二が鋼の魂を持つ超人でないことを。

 今、彼女の胸の中に抱かれている男は、子供の様に夜に怯えている。

 夜風に晒しただけで、崩れ風化してしまいそうな・・・そんな繊細で脆いものを、彼女は優しく、抱きしめる。

 彼が、砕け、飛び散ってしまわない様に・・・

 彼が、砕け、飛び散ってしまわない様に、守ることが出来る・・・それだけで彼女は・・・


「その名は鬼神‘70」


空に暗雲立ち込めて

悪が陽射しを閉ざす時

黒い髪をなびかせて

赤い稲妻敵を討つ

幻見抜く緑の目

赤い仮面 その名は鬼神 ライダー鬼神

愛と自由を守るため

必殺キックが打ち倒す

鬼神! 鬼神! 仮面ライダー鬼神!


「仮面ライダー鬼神・神野江瞬は改造人間である。
彼女の使命は愛し合う全ての者の為に、人類社会を脅かす闇の住人から自由と平和を守る事である」


“帰ってきた”仮面ライダー鬼神

第零話
 「終わる日常」


 通路を二人の男が歩いていく。一方は中肉中背の背格好を神道の神官のような衣装に身を包んだ男。彼の名は月野修造。落天宗と呼ばれる呪術的秘密組織の現在の代表を務める男だ。もう一方は、カーキ色のスーツをきっちりと着こなした背の高い男。どちらも20代中盤、月野は純日本人、スーツの男はゲルマン系と造型のタイプは異なるが、どちらも平均よりやや上程度に整った顔立ちをしている。
二人は暫し、無言で歩いていた。月野は口元を僅かに歪め、些か不愉快そうに見える。だが、やがて神官風の青年は大きな溜息をつくと、見上げる様に苦笑を浮かべた顔を背の高い男に向ける。

 「見っとも無い所を見せたな」

 「いや・・・」

 「すまない、ヘカテ。わざわざ遠くから遊びに来てくれたと言うのに」

 月野の謝罪に、ヘカテと呼ばれたそのスーツの男は苦笑で返し、首を振る。

 「気にするな。それに生き抜く為に努力を重ねるものを見苦しいとは言わないよ、修造」

 「そう言ってくれると助かるね・・・」

 「しかし・・・思ったより事態は優れないみたいだな」

 ヘカテの指摘に、表情を曇らせる月野。彼は小さく頷くと、苦虫を噛み潰す様に表情を歪めながら、数ヶ月前の事を思い起こす。

 「ああ。前回の作戦が失敗に終わった後、帰還しなかった奴が多数いたんでね・・・生きてる筈なのに、だ」

 「そうか・・・君達は構成員の殆どがブレインウォッシュされていなかったな」

 落天宗の基本構成員は妖人(あやかしびと)と呼ばれる改造人間からなる。そして、その殆どが陽食の民と呼ばれる一族を出自とした同郷・同胞なのだ。故に、多くのものが自由意志を持って行動し、それを一族全体が有する復讐心によって統率していたのだが・・・

 「ま・・・それもあるね。だけどそれだけじゃない。長引く戦いで一族全体が疲弊しているのさ・・・精神的にね。その上、一時的とはいえ“竜王”が消滅したのが重なった影響で、全体の士気を支えていた復讐心が薄れてしまった・・・」

 「成る程・・・彼の存在は君たちの力・意思の根源でもあったからな」

 「ああ。で、減った人員は残存戦力の強化で凌ごうと思ったんだけど、あの様さ」

 僧兵の姿をした熊・・・「熊入道弁慶」と、金属繊維の皮膚と超硬質の甲羅を持つ「河童・鋼式」。今回の実験では両者とも体機能を保持できず自壊した。それだけではない。月野はここ数ヶ月の失敗の繰り返しを思い返しながら、再び表情を歪める。

 妖武人・・・武将の魂と獣の魂を融合させた怪人。

 妖鋼人・・・通常の妖人をサイバネ技術で強化した怪人。

 獣妖人・・・バイオテクノロジーで強化した素体を妖人化した怪人。

 双妖人・・・二種の妖怪を組み込んだ妖人。

 兵鬼・・・付喪神となった器物をロボットの動力中枢として組み込んだもの。

 等など、様々な強化実験を試みたのだが・・・

 致命的・・・と言う程でこそ無いものの、落天宗という組織の屋台骨を揺るがすほどの戦力の低下。それを質の面で補おうとする試みは、結局何れも功を奏さなかった。

 不快そうな月野の顔を複雑な表情で見ながら、ヘカテは思い出した様に問う。

 「クローン・・・再生怪人は?」

 生体の複製技術。一般社会では未だ研究段階の域を越えないものだが、裏社会では既に四半世紀以上前に完成している。

 「ああ・・・バイオケミカル的なアプローチは勿論考えたんだが、駄目だね。呪術系の問題が出てくる」

 「呪術系・・・というと?」

 「記憶や表層意識なんてのは電気的な脳刺激を与えることで復元可能なんだが、俺たちの戦力の要である戦呪術は記憶や知識より魂そのものの修練が肝要なんだ。こればっかりは一朝一夕にいかなくてね。再生しても即戦力にならないようなら意味が無いんだ」

 「ふむ・・・分かる様な、分からない様な・・・」

 「まあ、俺は爺さんみたいには上手く説明できないからね」

 月野の言葉に思わず苦笑を浮かべるヘカテ。

 「いや・・・彼の御仁の説明は些か回りくど過ぎている。キミくらいの説明で丁度良い」

 彼もまた、長々とした解説の餌食になったことが在る一人なのだ。

 「サンキュウ・・・しかしまあ・・・どうしたものかね」

 「フフ・・・実は今回、ただ遊びに来たわけではない。本題は、そのことについてだ」

 「?」

 「君たち落天宗の協力によって、わが国の情勢も安定軌道に乗った。そこで・・・だ、私たち地底王国は君たちを新たな同胞として迎える準備がある」

 「!」

 地底王国・・・一般的に、いやアンダーグラウンドにさえも殆ど知られていない事実だが、この地球の地殻内には、陸海空に次ぐ四番目の生物生存圏が存在する。地下空洞世界、地底世界と呼ばれる場所だ。・・・その地下空洞世界に領土を構える国家のひとつが地底王国であり、その国家の現代表を、このヘカテ・・・正しくはヘカトンケイルと呼ばれる男は務めている。

 「かつて、盟主タイタンが死んだ後、一族存亡の危機に立たされた地底王国を救ってくれた恩義・・・私達は常々、それを返したいと思っている。今、ひと時は地下において雌伏の時を過ごし、力を蓄えては如何だろう?」

 此度のヘカトンケイルの来訪が、単に保養と地上世界の情報収集にあると思っていた月野は、古き友人の予想もしない申し出に驚き、そして沈黙する。

 「・・・」

 「勿論、君たちさえ良ければ・・・だ。ただ、修造・・・親しい友人である君が傍にいてくれると私も嬉しい」

 期待の眼差しを向けてくるヘカトンケイル。この古き友人は、命の恩義もあってか、月野を殊の外、慕っている。

 「・・・」

 月野はかつて、それを・・・移住を考えた事が無い訳ではなかった。祭司に就任する以前、一介の妖人の一人でしかなかった頃。一族の為に、復讐ではなく安寧を求めていた一頃・・・だが、今の月野は首を縦に振ることは出来なかった。

 「・・・その言葉有難い。だが、今は言葉だけ戴かせて貰うよ。俺には未だ使命が残されてるから。三木咲の旦那から託された使命が・・・」

 三木咲・・・三木咲誠也。月野と同じく、祭司の一人だった男だ。彼は、組織の全てを月野に託し、命を賭けて宿敵と戦い、散っていった。彼だけではない。まぶたの裏に焼きついた、倒れていった全ての同胞の姿が、彼に安寧の道を選ばせない。

 そして・・・彼には危惧があった。悲願も果たせぬまま、力だけを残し、復讐を諦めたとき、陽食の民が一体どのような運命を辿るのか。一つの目的に向かって進んでいた此れまでこそ、穏健派・過激派と分かれてはいたが一丸となることが出来た。だが、道標を失い、目標すら失えば、果たして・・・

 そんな月野の複雑な思いと危惧を察したのか、ヘカトンケイルは寂しげに笑って言う。

 「そうか・・・残念だな。だが、記憶の片隅にでも留めて置いてくれ。私たち地底王国は何時でも君たちを受け入れる準備があることを」

 「感謝に絶えんさね」

 「全ては恩返しさ。それからもう一つ・・・」

 穏やかだったヘカトンケイルの眼差しが急に鋭いものになる。

 「何だ?」

 「これは他の大空洞に潜伏させておいた間諜からの報告なんだが・・・「魔の国」で近々、大きな動きがあるらしい・・・」

 「魔の国・・・デルザーか?」

 ヘカトンケイルの言葉に、かつて見た三十年前の記録資料を思い起こす。デルザー・・・デルザー軍団。地底王国の前代表タイタンが鬼籍に入って間も無く、日本を襲撃した一団だ。だが、地底王国の現代表は首を左右に振る。

 「いや・・・彼らは「魔の国」の強豪・豪傑達が「大首領」とよばれる謎の存在の手引きによって結成した地上征服のためのギルド・・・組合に過ぎない。今度、動き出したのは「魔の国」に一大国家を成す大勢力・・・「魔帝国ノア」」

 「魔帝国ノア・・・」

 「気を付けてくれ、修造。彼らは強力で、かつ容赦ない。「深淵」の「ジャトード王国」、「不知火」の「古代マチュー軍団」、「常世」の「死霊帝国レイスフィアー」、同じく「大墓所」の「暗黒騎士団領シュバルツガイスト」・・・地底世界の列強国家の数々が、彼らの前に滅ぼされた。私たち地底王国も君たちが張ってくれた結界が無ければ危なかっただろう・・・」

 背筋に冷たいものを感じる月野。当時、地底王国防衛の為、支援部隊の一員として地底世界に赴いていた月野にデルザー軍団と直接間伐を交えた経験は無い。だが、記録によればデルザー軍団、主要構成員が十数名程度の軍団と呼ぶには余りに規模の小さい組織であったが、その各々が大幹部に相当する戦闘能力を持った恐るべき集団だったらしい。それが国家規模となればその脅威は少なくとも十倍は下らないだろう。

 「地底に覇を打ち立てた奴らが、次は地上を狙うというのか」

 「可能性は高い。アクマ族、ジャシンカ、チューブ・・・地底世界に巨大な政権を打ち立てたものの多くが地上侵攻に打って出ている。まるで地上進出を果たす為、巨大国家を作っているような・・・」

 「だが・・・奴らは尽く倒され、滅びた」

 此れまで地上進出を図ったそれら地底国家のことごとくが滅び去った。例外なく・・・完全に。

 「そう・・・盟主タイタンもそうやって死んでいった・・・」

 だが、ヘカトンケイルは神妙な面持ちで首を左右に振り、月野の楽観に非を唱える。

 「修造、奴らを侮らない方が良い。どうやら奴らは・・・既に地上にも根を張り始めている。それにひどく言いにくいんだが・・・」

 「なんだ?」

 「少し、耳を貸してくれ」

 「フっと息を吹きかけるなよ? 子供じゃないんだから」

 幼い頃を思い出し、茶化すように言う月野。

 「わかってる。いいから」

 焦れた様に言うヘカトンケイルの顔に注意深く耳を近付ける月野。ヘカトンケイルは、周囲に声が漏れないよう最新の注意を払って囁く。

 「・・・!」

 驚愕に目を見開く月野。

 (奴らの中に・・・妖人が・・・?!)

 「本当か・・・?」

 俄かに信じ難いといった表情で、月野はヘカトンケイルの顔を見る。しかし、彼の旧友は告げた言葉を否定せず、沈痛な面持ちを静かに頷せて言う。

 「ああ・・・かなり確かだ。何故、いたのかはわからない。だが、確かなのは、相当数の妖人が彼らと共にいる・・・ということだ」
「・・・」

 何故・・・何の為に・・・月野は口にしようとした言葉を飲み込む。

 (最早・・・)

 王を失い、指導者を失った今、既に落天宗は以前のものでなくなっているのかもしれない。自分の知らない所で、ドラスティックに変化しているのかもしれない。だが、明確な答えを導くには、余りに判断材料が少なすぎた。

 「わかった・・・忠告を感謝するよ・・・盟友」

 「君の役に立てた事を誇りに思うよ・・・盟友」

 そして・・・月野の予測通り・・・いや、予測より更に早い形で、事態は進行していた。





 『穏やかな日々〜説明嫌いの大学教授』


 国立城北大学・・・戦前から在る日本有数の国立大学の一つ・・・その講義室の一つにて・・・

 「で・・・あるからして、こうなるのである」

 「伊万里先生、ちゃんと講義やってください」

 教壇に立ち、白版をレーザーポインターで指し示す男に、講義ならず抗議の声が上がる。男・・・超考古学博士、伊万里京二は不貞腐れた様に鼻の下を突っ張ると、問い返す。

 「・・・うん? 何処が不満なんだ、あんたら?」

 京二が問うと学生たちは自分とそれ程年の頃は変わらぬ男に、一斉に不満をぶつける。

 「そんなドラえもんの先生みたいな教え方されても判りません」

 「権威なら権威らしく、もっと専門的なところを詳しく教えてください」

 「大体、何も書いてない所指したって意味無いじゃないですか!」

 「あー・・・」

 S・B社製のやや大きめのレーザーポインターを手で弄くりながら、やる気なさげに天井を見上げる京二。

 「なんであんたらはそんなにヤル気満々かねぇ・・・普通の大学生というのは学友に代原頼んでパチンコ大名人に興じたり、頬っぺたにノートのあとつけて夢の世界へ旅立つってのがセオリーだろうに」

 京二が余りに俗的な一般論を持ち出すと、学生たちは一斉に反論する。

 「私たち、勉強しに学校に来てるんです! 人類の未来を豊かにする為に色々なことを知りたいんです!」

 「講義をサボって一時の快楽に身を任せていたら、高い学費を払って通わせてくれてる両親に申し訳たたないよ」

 「努力・・・好きですから」

 「下がりっ放しの大学生の学力、出来る奴らで少しでも底上げしとかないとねぇ」

 「バイトが夜遅いからって、講義で寝ちゃったら本末転倒だし」

 「だから真面目にやってくれよ、先生」

 「さ・・・流石は天下の城北大学生・・・!」

 熱の篭った視線と言葉をぶつけて来る学生たち。かつて・・・というか現在進行形で恐るべき怪人や怪生物と戦う京二であったが、その迫力には思わず気圧されてしまう。一切、妥協の無い正論。あらゆる拒絶の言葉を打ち抜く力に満ちた純粋な瞳の輝きを穢れた大人、伊万里京二は正視できない。

 「ぐ・・・ぐう・・・なら、ビデオ教材だ!俺の親友が制作・編集したもので、これはとてもいいものだーっ!」

 何処からとも無く「桐生春樹の分かり易い古代インカ文明」と書いてあるVHSのテープを取り出す京二。だが、学生らの彼をジト目で睨んでいる。引き攣った愛想笑いを浮かべる京二だが・・・

 「先生」

 冷たい響きを持つ口調が、学生の一人から放たれる。

 「神教授に言いつけますよ?」

 「うぐっ・・・」

 京二の額に一筋の汗が伝う。神教授・・・城北大学の学長を勤める海洋工学の権威であり、京二が恐れる数少ない人間の一人だ。
すかさず別の生徒の一人が意地悪そうに笑って言う。

 「この間、無断でさぼったときは真空地獄車でしたからねぇ・・・今度は生きてられるかどうか?」

 「うう・・・」

 蘇る悪夢。恐怖に呻く京二。因みに真空地獄車とは相手に正面から組み付き巴投げの要領で回転しながら脳天を連続で地面に叩きつけ、充分にダメージを与えた所で宙に放り投げ、無防備となったその背中に飛び蹴りを放つ人外の大技である。以前京二は、恋人と共にある事件に関わった際、南の島に漂流し一週間ほど無断で欠勤してしまい、その後お仕置きとして神教授からその技をかけられ、一週間生死の境をさ迷ったのだ。

 「ここ最近寝不足でだるいんだよなぁぁ・・・」

 だが其処は不屈の男、伊万里京二は命の危険を冒して尚、観念せず職務放棄を諦めきれない。

 「社会人がそんなこと言わないで下さい」

 「先生、遅くまで何かやってるんですか?」

 ふと、学生の一人が興味を持ったらしく聞いてくる。京二はその問いに、頬を掻きながら面倒臭そうに答える。

 「ああ・・・研究用資材の開発をな・・・それから夢見が悪くて、よく眠れないんだよ」

 「へぇ〜」

 「あんたら・・・少しは心配しろよ」

 余り興味が無さそうに相槌を打つ学生に、今度は京二がジト目を向ける。だが、学生たちは何処吹く風といった調子だ。

 「先生は社会人なんだから自己管理が出来ていて当然です」

 「お給料分働いてくれなきゃ、学費払ってる意味がありません」

 「先生、みんなの見解は『同情の余地無し』です」

 「だからとっとと講義を続けてくれよ」

 「トホホ・・・」

 いなかっぺ大将なら振り子型の涙が顎の下でぶつかり合っていただろう。しかし、既に言及されている様に学生達に同情の意を示すものはいない。京二は遂に観念し、バックの中から一冊の本を取り出す。

 「やれやれ・・・仕方ない。真面目にやるとするか・・・」

 「私達は『やれやれ』で『仕方ない』んですか?!」

 「はい、じゃあテキスト122p、『古代文明におけるパワーストーンの関り』からいくぞぉ」

 「スルーしないでください」

 「じゃあ、猪狩から読んでくれー」

 京二は、何とか先生と呼ばれるに相応しい講義を始めた。

 ・・・・・・





『穏やかな日々〜不安を隠し〜』


 カタカタ・・・

 軽やかにキーボードを叩く音色。

 澄んだ女性の声が朱の光が差し込むオフィスに響く。一人、黒髪を長く伸ばした背の高い女性が、パソコンに向かっていた。何かの書類をまとめている。やがて、暫しその空間の音の全てだった硬質な音色は停まる。女性は座ったままその場で小さく伸びをした。

 「これで・・・よし」

 完成させたデータを保存し、文書アプリケーションを終了させると、そのままパソコンの電源を落とした。直後、不意に、背後に気配が現れたのを彼女は感じた。だが、振り向くより早く、彼女の目は何かに覆われる。

 「だぁ〜れだ?」

 悪戯っぽい響を含んだ、よく、聞き覚えのある声だ。

 「マリアさん・・・悪戯は止めてね」

 彼女は穏やかな口調で、やんわりと嗜める。少女の後姿に向かって。少女は、些か大袈裟な挙動で彼女の目を覆っていた両の手を離す。直後、彼女の姿は陽炎の様にオレンジの光の中に解けて消え、後には人を模した形に切り抜かれた紙切れだけが机の上に落ちる。

 「てへへ・・・流石ですね」

 少女はくるりと振り返る。その顔は彼女が予想した通りのもの。最初に目に入るのは短く切り揃えられた赤く照り輝く髪。最も彼女はそれが本来は薄い金色だということを知っている。窓から差し込む西日が、銀に近い少女の金髪を鮮やかに染め上げているのだ。その下には目鼻立ちが整った少女の顔。左目はばつが悪そうに閉じているが、もう片方の大きな眼にはサファイアに似た濃いブルーの瞳が輝き、口は舌をぺろりと出している。

 「上がりですか? 神野江先輩!」

 「ええ・・・今日はこれであがり。マリアさんも?」

 「はい! もうここ最近、書類仕事ばかりでやんなっちゃいました」

 瞬の問いに、少女は元気一杯に答える。彼女の名は新氏マリア。陰陽寮に属する陰陽師の一人、つまり瞬の同僚だ。日本人らしからぬ容姿とファーストネームは母がブリティッシュだから、らしい。彼女はおおきな溜息を一つ付くと瞬に訴えるように言う。

 「ここ最近、野良妖怪や地縛霊の報告も少ないですし、腕が鈍っちゃいます」

 四月の「黄泉孵り」作戦において大きな痛手を被った落天宗・・・陰陽寮はそれに止めを刺すべく一気に攻勢に出たのだが、その後、各地で散発的なテロ活動による牽制が行われた為、結局中枢を叩くには至らず、現在両組織の対立状況は小康状態になっているのだ。

 「平和なことは私たちにとって誇らしいことよ? マリアさん」

 瞬が微笑みながら諭すように言う。鬼神・・・戦士とって、平和であることはアイディンティティを損ないかねない状況かもしれない。だが、伊万里京二と出会い、神野江瞬として仮面ライダー鬼神になった彼女には、それはとても尊いと思えることだった。しかし、年少期特有の無邪気さを多分に遺すマリアはぷっくり頬を膨らませると反論する。

 「でもでも、若い女の子がまっ昼間からパソコン向かって書類整理なんて、青春の使い方間違ってます! やっぱり女の子なら、クソみてぇな化物どもをズタズタに引きちぎってやらなきゃなぁ!! って感じだと思います!!」

 思わず引き攣った笑みを返す瞬。

 「御免なさい。それには私、同意出来ない・・・」

 「冗談ですよ先輩。相変わらず堅いんだから〜! でも鈍ってるのは本当ですから、これから模擬戦でもやろーと思って、先輩を誘いに来たんです」

 期待の眼差しを向けるマリア。しかし瞬は口の前で両手を合わせると申し訳無さそうに言う。

 「御免なさい・・・今日は駄目なの」

 「えぇ〜付き合い悪ーい! またあの波佐見だか有田だか焼き物の産地みたいな名前の人とデェトですかぁぁぁ」

 マリアの言葉に瞬は頷くと、思い浮かべながら答える。甘い、今宵の逢瀬を思い浮かべながら、まるで夢現に。

 「うふふ・・・そう。今日は京二さんと映画を見に行くの。『ゴジラVSプルガサリ〜日本海頂上決戦』」

 「さらっと悪意の台詞、流しましたね・・・大体なんなんです、その映画・・・キタの将軍様がまた文句言いますよ」

 律儀に突っ込むマリアだが、既に瞬は半ば上の空で沈みかけた夕日をぼんやり見つめている。まるでアストラル体だけが遊離し彷徨っているようだ。

 「だから今日は早く帰ってお洋服選んで、京二さんと待ち合わせ♪ なの」

 「あぁ・・・駄目・・・先輩ってば、すでにメルヘンランドを旅しちゃってる・・・」

 「と、言う訳で、マリアさん。お相手は誰か別の方にやってもらってね」

 何とか現世に踏み止まっている瞬の良識がそのように提言するが、マリアは尚も不服そうに眉でハの字を描く。

 「えぇ〜・・・他の人っていっても、ナッちゃんは地方巡業で居ないし、リンちゃんは持病でまた入院してるし、相模先輩はバチカン研修中だし・・・先輩以外、あたしより強い人、全部出払っちゃってるんですよぅ・・・」

 内心、溜息をつく瞬。マリアは特異な出自も関わって、陰陽寮に属する戦闘部隊・陰陽連の中でもトップクラスに実戦能力は高いのだが、その分やや好戦的な傾向が強いのが珠に瑕だ。本来、彼女の実力なら小隊長を任されて然るべきところなのだが・・・瞬は彼女の言葉に、数秒間黙考した後、何か閃いたらしく、親指をピンと立てて言う。

 「なら、貴女が後輩のコ達を鍛えて上げる・・・というのはどう? 一体多数とか、何かリスクを負って・・・というのなら、互角の勝負になるんじゃない?」

 「え〜・・・う〜ん・・・」

 少女は暫し腕を組んで考え込む。だが何かを思い出したらしく、不意にハッと目を見開くと瞬を睨み付ける。

 「もう! 分かってないなぁ、先輩は! あたしは先輩と一緒にトレーニングしたいんです! 後輩とじゃなくて、神野江先輩と! 相変わらず鈍いんだから・・・」

 「え・・・? 鈍いって・・・? 反射テストも射撃訓練でも問題なかったけど」

 素っ頓狂な反応を示す瞬に、落胆の色を隠せないマリア。

 「もういいですぅ・・・デェトなんでしょ? しかたありません・・・」

 「御免なさいね。今度、必ずお相手させてもらうから・・・あ、もうこんな時間!」

 瞬は腕時計を見て軽く狼狽すると、手早く机の上を片付け、オフィスの出入り口に小走りする。

 「もーっ! 必ずですよう、先輩!」

 「ええ、約束します」

 背中に険の付いた声をぶつけてくるマリアに、瞬は一度だけ振り返って微笑んでそう言うと、直ぐに部屋を出て行く。そして薄暗くなったオフィスに一人残されるマリア。

 「もう・・・本当、鈍いんだから」

 怒り冷め遣らぬ、といった装いで一人呟いていたマリアだったが・・・

 ガタ・・・

 「?!」

 突然の物音に驚くマリア。音の方向に目をやればそこには神棚があった。何時も目に入っているものだが、僅かに違和感を覚え彼女はそれを凝視する。

 「花瓶が倒れてる・・・」

 いつもは花を挿している瓶が倒れ、水がこぼれている。よく見れば、神棚を支える留め具が片側で外れ、僅かに傾いていた。

 ぞくり・・・

 「!!」

 背筋を襲う悪寒。それと共に襲う、正体不明の不安な予感。彼女には明確且つ、詳細な言葉で表現することは出来なかった。だが、陰陽師である彼女を襲ったその不快な冷たさは、間違いなく近い将来、何か善からぬ事が起こるのを暗示するものだった。

 「神野江先輩・・・?」

 窓の外から、カラスの鳴き声が聞こえた様な気がした。





 『穏やかな日々〜予兆〜』


 ・・・・・・

 「とまあ、そう言う訳で幾つかの超文明においてそれらのパワーストーンは、単なるシンボル以上にエネルギー資源としても活用されていた訳だ・・・」

 適当な区切りも来たので京二は余韻を残しながら言葉を区切り、辺りを見回し半ば義務的に問う。

 「無いと嬉しいんだが・・・質問は?」

 「はーい」

 京二の淡い期待を裏切り、女子生徒の一人が元気良く手を上げる。京二は一瞬、面倒そうに目を細めるが、目蓋の裏に恐るべき上司の姿が映り、すぐにニッコリと微笑み指差し名を呼ぶ。

 「うい、楢崎」

 「それらのパワーストーンは、現在でも精製は可能なんですか?」

 その質問を受けた京二は、わざとらしい仕草で眼鏡のブリッジに指を当てクイと位置を直すと、唸る様に言う。

 「いい質問だ。答えるのは面倒だが、いい質問だ。結論から言えば、現状ではちょっと難しい。多分、ムリ」

 「何故ですかぁ?」

 「これはまあ、次回で解説するところなんだが・・・」

 時計を見る京二。既に針は四時を指している。しばらく考えた後、彼は続きを期待する学生たちに告げる。

 「ふむ、そうだな・・・もう時間も無いし、これは宿題にしよう。来週までに何故、精製が不可能なのか調べてレポートにまとめて提出だ。必要な資料は第二図書館にあると思うが、判らない奴は明日にでも俺のゼミ室に来てくれ。参考になりそうな資料をリストアップしてやるから」

 「はーい」「え〜」「有難う御座いマース」「わかりました」「・・・」

 反応は様々だが、はっきり嫌と言う人間がいないのは流石名門城北の学生だ。以前、他の大学で非常勤講師をやったこともある京二だが、そこでは提出期限の延長を求めたり、必要“最低”枚数を聞いてきたり等と、とてもこうは行かなかった。講義室内を見回し、満足そうに頷く京二。

 「じゃあ、ちょいと早いが、今日はこれまで」

 『は〜い』

 「じゃあ、気をつけて帰れよう」

 テキストやらレーザーポインターやらをバッグに仕舞い込み、学生の誰より早く講義室を出ようとする京二だが・・・

 ブチッ

 「ぬお?」

 何かが千切れる様な音と共に踏み込んだ左足が、突然床に体重を支えることを止めてしまう。急に足元が不如意となったことで、京二は転倒しかける。だが幸い何とか踏みとどまり、転倒は回避する。

 「大丈夫ですか先生?」

 「ああ・・・」

 気の無い返事を返し、不信気に足元を注視する京二。すると、先ほど踏み込んだ際にかかった力で、だろう。彼の左足に嵌っている革靴の靴紐が千切れていた。生徒の何人かがそれを覗き込んで言う。

 「わあっ、不吉ですね先生」

 「何か悪いことの前触れですよ」

 「悪い夢も・・・きっと予知夢です」

 「あんたら縁起でもない事を言うな」

 口々に好き勝手なことを言う生徒たちに京二は苦笑交じりに抗議する。

 「え〜心配してるのに」

 「いいから早く帰れ」

 尚も纏わり付く学生を手で払う様にして散らす京二。

 (靴屋によってから行かなきゃな・・・)

 学者キャラクターらしく、こんな事も在ろうかと用意していればよかったのだが、流石に斯様な瑣末な事態は想定外だった。靴紐が切れた状態でも歩けない事は無かったが、これから歩き回る予定がある以上、少々心許無い。第一、ガバガバになった靴を突っ掛けて歩くのは如何にも格好が悪く、京二の由とするところでは無かった。

 カア

 「!」

 窓の外から響く、カラスの鳴き声。目を向けると斜陽の赤い光の中、黒い塊がフェンスの上に蟠っていた。

 (・・・この季節、珍しいな)

 寒さに弱い京二には余り違いが感じられないのだが、今年の冬も去年に引き続き暖冬らしい。食料が豊富にあり、夜も輝きに満ちたこの東京なら、最早彼らの活動は季節に縛られないものなのかもしれない。

 (ま・・・そんなことより・・・)

 京二は立ち上がり、ドアノブに手をかける。今日、彼は恋人と映画を見に行く予定なのだ。寄り道が必要ない上、これ以上油を売っている場合ではない。

 彼は紐の切れた靴で器用に立ち上がるとドアノブに手を掛け、扉を開く。

 カア

 夕日が反射したのだろうか。京二は自分を見つめるカラスの瞳が、一瞬だけ赤く光ったような気がした。

 (まさか・・・な)




 とある、時計台の前。待ち合わせの場所・・・その場所に、赤いロングコートに身を包んだ長身の女性が立っていた。黒く長い髪と、奥二重になった切れ長の目。人並みから降り注ぐ視線に、彼女は少し頬を赤らめる。彼女の美しいと言える姿形に、道行く男が目を停め、或は振り返るのだ。

 (ちょっと早かったかしら・・・?)

 瞬は、せっかちだった事を少し後悔した。京二と歩いている時は気にならないのだが、一人だと必要以上に視線を感じる。彼女が腕時計を見つめると、針は五時四十分を過ぎたところを刺していた。二人が予め打ち合わせて置いた時間は六時。だが、瞬はそれよりも二十分以上早く到着してしまったのだ。

 (浮かれすぎね・・・)

 苦笑を浮かべ、自分の頭に拳骨を落とす瞬。ここ最近、任務続きのため、京二と落ち着いてプライベートな時間を過ごすのは久しぶりなのだ。否が応にもテンションがハイになる。

 一応、半同棲のような生活はしているのだが、二人とも残務処理や研究などで帰宅するのは夜遅くのため、二人でゆっくり過ごす時間が取れないのだ。

 最も、プライベートな時間以外なら、京二が調査研究などで出張する際に「護衛」という名目で瞬が付いていったり、秘密結社が何らかの作戦を展開し瞬がそれに対応した際「巻き込まれた」という形で京二が同行したり、結構二人だけの時間というものを楽しんでいたりするのだが・・・

 (不謹慎だけど・・・この間の南の島は楽しかったなぁ・・・)

 沖縄近辺の発掘調査に京二が向かった際、衛星軌道に程近いに超高空からレーザー砲撃を仕掛けてくる大型護法妖怪「衾」が現れ、首尾よく「衾」の撃破には成功したのだが、船も沈没してしまい、最後まで船に残っていた瞬と京二は漂流し、無人島に流されてしまったのだ・・・そしてそこで・・・

 (は・・・また別のお話だから・・・と)

 瞬は、周囲の人々に不信がられるほど顔が赤くなりそうなので回想を止める。

 (そういえば・・・みなさん、息災でしょうか・・・)

 ふと、星の浮かぶ空を見上げて彼女は思い浮かべる。八ヶ月前の京二との出会い、その過程で邂逅した人たち。彼女が、今の彼女となるきっかけを与えてくれた恩人の女性。相反する立場に在りながら、心通わせた友。女性とは、それっきり。もう一人の、友人とは八月末に起こった事件以来会っていない。

 (年賀状、書かないと・・・)

 瞬はそう思い至るのは随分、久し振りの様な気がした。思えば、幼い頃に施設に引き取られてからこの歳に至るまで、ごく身近な関係以外で誰かと親しくなった事は殆ど無かった。みな、仕事上の関係ばかりだったのだ。

 「クリスマスか・・・」

 イルミネーションに飾られた街並みを見て瞬は呟く様に言う。正月だけでない。クリスマスをクリスマスとして過ごす事も、彼女にとってはまた懐かしい記憶だ。まだ母が生きていて、父が父だった頃・・・もう何時の頃かも思い出せない様な、遠い幼い日の記憶。

 今年は過ごせるかも知れない。最も、メシヤの降誕を祝うキリスト教徒の聖夜でも、聖ニコラウスの化身が訪れる子供たちの待ち侘びた夜でもなく、愛するものと過ごす二人だけの夜・・・という本来の意味合いからは遠い不謹慎な部類のものだが。

 (そこは、キリスト教の行事じゃなくって、日本の年中行事と考えれば大丈夫)

 多くの人々が疑問に抱いていながら、流し去ってきた一つの命題に簡潔に答えを与えると瞬はそれを勝手に納得する。・・・或は神道という宗教思想において、日本に伝来した神や超自然の存在は、全て八百万の神々に組み込まれてしまい、神の体現者である彼女はそれを無意識に体現したのかもしれない。

 そんな神秘学・宗教学的疑問など、当の彼女にとって、他の普通の恋人たちと同様に深く興味を魅かれる部分ではなく、専らどのように過ごすかを考えるほうに夢中だ。

 (えへへへへへへへへへ・・・)

 甘美な妄想に、思わず締りの無い表情になってしまう瞬。その独特のオーラは、異様な空間を周囲に形成し、道行く人々を避けて通らせる。今の彼女ならば、以前に彼女が倒したアレな感じに愛し合う阿吽雷雲という二人が放つ絶対領域を中和・侵食できるかもしれない。八ヶ月という時間は彼女をその様なレヴェルまで昇華させたのだ。

 (むしろ・・・)

 一瞬、彼女ののろけでしまりを失った美麗な容貌に影が差す。

 (“彼ら”が何かしないか気がかりね・・・)

 やがて、その想像に彼女の筋弛緩剤を投与されたかのごとく緩んでいた表情筋は見る間にその機能を取り戻し、真剣そのものの表情となる。

 (昔から、クリスマスといえば、ああいう組織が暗躍するものだったから・・・)

 拳を強く握り締める瞬。自分だけではない。自分と同じ様に、愛するものと、愛する者達と・・・幸せな時間を謳歌しようとする者達の邪魔をさせるわけにはいかない。

 ♪〜

 「?!」

 不意に辺りに流れる音楽。不思議の国から現実に立ち戻った彼女が見上げると、時計が格納されていた自動人形を軽妙に躍らせながら時計の針を六時調度に合わせている。

 「・・・あれ?」

 瞬は首を捻る。

 約束の時間にも関わらず京二がまだ来ていない。

 豪放に見えて意外と律儀な性格の彼は、何時もならば時間ピッタリに来るのだが。

 (なにかあったのかしら?)




『穏やかな日々〜悪い予感は当たる〜』



 僅かに前、京二は靴屋にて物色をしていた。突然、切れてしまった靴紐を新しいものに交換するためだ。因みに現在、靴を絞る為に、切れた所をかた結びにして応急の処置として使用している。機能的にはこれで問題ないのだが、「伊達男」或は「格好付け」を自認する京二として、それは感化できるものではないのだ。

 (久しぶり・・・だしな)

 瞬は格好を気にする様な女性ではないが、やはり身嗜みは社会人として大切なことだ。が、まあそれはともかくとして・・・

 「う〜ん」

 京二は二つの靴紐を手に取り見比べていた。両者とも革靴用の黒い丸紐だが、微妙にサイズが異なる。右手に持つ方が80cm。左手には90cmと書かれた袋を持っている。

 京二が今履いている靴は穴が六つ。この穴の数には80から85cm程度の長さの靴紐が適当らしい。何時もならば無難なところで85cmを選ぶのだが、今回は売り切れており、今手にしている二つから選ばねばならなくなったのだ。

 (短いと歩き辛いし、長いと踏ん付けて危ない・・・さて・・・どうするか)

 暫らく黙考していた彼だが・・・

 (考えるのマンドクセェ・・・二つとも買ってしまえ)

 ブルジョワジィな決断を下すと彼は二種類の靴紐をレジへと持っていこうと振り返る。だが、その瞬間、彼の二つの眼に全く意外なものが映し出された。

 「あッ・・・あれはッ!!」

 ハーフブーツの陳列棚。その最も手前に置かれた一足のブーツに彼の目は止まる。優れたデザインに高い機能性が秘められている事を京二の目は一瞬で見抜いた。それはある有名ブランドの最新限定モデル・・・京二はこのシリーズの大ファンなのだ。

 しかし、その靴の前には一人の男が、それに向かって手を伸ばそうとしていた。普通ならば、間に合わない。先客に奪われてしまうだろう。しかし不屈の男・伊万里京二は今こそ、その本領を発揮する。

 「スタァァトアァップ!!」

 カチッ

 奥歯を噛み締める京二。これにより京二はターボユニット起動時のエクシードラフト並みの速度で走れる・・・様な気がするのだ。それはともかく・・・走り出した京二は初速から最高スピードに達する。

 ギュオオオオオオオオ

 ズドドドドドドドドド


 「?!」

 背後から迫り狂うけたたましい足音に振り返る男性客。

 「!!」

 そこには腰から下が渦状になった眼鏡をかけたコートの男がいた。文字通り獲物に襲い掛かる猛獣の形相を浮かべた京二の容貌に男は一瞬、戦慄を覚え・・・

 「なぶはっ」

 男性客は『なんだ?』という暇すら与えられず吹き飛ばされ、地面に転がる。意外と配慮の行き届く男、京二の体が直接ぶつかったわけではない。彼の高まった闘気が男性客にあたかも彼が巨大であるように見せ、驚愕催眠の一種を引き起こし、弾き飛ばしたのだ。つまり、彼の靴に対する熱はそれほどに高かった。因みに京二の目には一応、映っているが、それは脳内で認識されていない。

 そして彼の五本の指はしっかりと目的のものを掴み取った。

 「リフォメイション・・・くふぅ」

 なんちゃって加速装置を停止させる京二。やがて、その靴を天に掲げると・・・

 「ゲットだぜぇぇぇぇ!!」

 「ぢゃねぇっ!!」

 ドゴォッ

 「ぐはっ」

 真横からフライングクロスチョップを受け、吹き飛ばされる。転倒した京二はごろごろと何回か転がった後、壁に激突したところで停止し、そのまま沈黙した。

 「ぐ・・・」

 朦朧としながら起き上がる京二。

 「また・・・あいつらか・・・?」

 敵襲を想定し、スーツの裏ポケットに銃を探りながら視線を上げる。すると其処には先ほど京二が吹き飛ばした男性客が怒りに満ちた表情で見下ろしていた。比較的大柄の男だ。背丈は京二よりやや低いくらいだが、胸板の厚さは倍以上。そして頭部はスキンヘッド・・・顔は厳つくヤクザかパンクロック系を思わせる。革のジャケットにパンツ、無数のシルバーアクセサリーという出で立ちから恐らく後者だろう。或は世紀末漫画の雑魚キャラクターの可能性もあるが。

 「なんだあんたは」

 憮然とした表情で男を睨み返す京二。

 「てめぇ・・・人を吹っ飛ばしておいて『なんだあんたは』・・・か? いい度胸、してるじゃないか」

 難癖をつけてくる男。どうやら後者と思わせて前者だったらしい。

 「ん? ああ、すまんね。そんな無駄にでかい図体が吹き飛ぶとは思わなかった」

 京二はそう、皮肉っぽく応える。無論、ハッタリであるが。京二は見上げるまでこの男性がどのような背格好をしているか知らなかったし、吹き飛んだこと自体にも気づいていなかったからだ。

 そして、京二の言葉は無為に男の怒りに油を注ぐこととなった。

 「てめぇっ」

 京二の胸倉をつかみ上げる男。厳つい、怒りに満ちた表情が間近に迫る。しかし、京二は一切の動揺を見せず冷静に受け返す。

 「ムサイ顔を近付けるな」

 「眼鏡の度があってないようだな・・・なら直接、目玉にブッこんで良く見えるようにしてやろうか?」

 「気遣いは結構だが、ナンセンスだな。自分の顔がすっきり爽やか系だとでも思ってるのか?」

 「トサカに来たぞ・・・お前」

 「トサカなんてないぞ。というか、手を離せ。ポリスメンを呼ばれたいのか?」

 「!・・・」

 左手で店員を指す京二。其方に目をやると、店員が電話に手を掛けようとしている。それを見て男は面倒ごとを嫌ったのか、京二を解放する。

 「ちっ・・・」

 舌打ちするスキンヘッドの男。京二はため息をつくと、言う。

 「あやまっただろう? 見かけの割りに肝の小さい男だ」

 「じゃねぇっ! それはオレが狙ってたんだ!」



 そう言って男は京二が右手に抱えるブーツを指し示す。どうやら、吹き飛ばされた事を言っている訳ではなく、彼も京二同様にそのブーツの購入を目論んでいたらしい。しかし京二はニヤリと笑うと勝ち誇って言う。

 「ああ、この靴か。残念だが早い者勝ちだ。悪いな。俺があんたより早かった」

 「ふざけるなっ! 泥棒猫みたいに掻っ攫いやがった奴が!」

 「俺は真剣だニャ〜」

 年甲斐も無く猫のような口調でおちょくる京二。

 (イイ玩具だ♪)

 心情を映像化したらさぞかし悪人面の笑みを浮かべた京二の顔が現れただろう。どうやら彼の脳内に組み込まれた悪魔回路のスイッチがオンになったらしい。彼は必要以上に挑発的な態度でスキンヘッド男に対峙する。しかし・・・

 「盗人猛々しいとはこのこと! 許さん!! 天の裁きをくだしてくれる!!」

 剃り上がった頭を今にも蒸気が噴き出そうなほど赤く染めながら咆える男。

 「フ、面白い。神が助力してくれるとは」

 「誰がンな事いったぁぁぁ!!」

 「あんた」

 「いってねぇぇぇ!!!」

 「あれ?」

 「てめぇに与えられた判決はァァ! 死刑!!」

 京二の不遜で挑発的な言動の数々に、遂に堪忍袋の緒を切ってしまうスキンヘッドの男。怒り心頭の彼の脳内からは既に、警察沙汰を避けようと言う意識が飛んでしまっている。

 「おおおりゃあああああああああっ!!」

 振り上げた拳を真っ直ぐ京二の顔面めがけて振り下ろしてくる。腰の回転の伴った、打ち下ろし気味の正拳突き。眼鏡の奥で京二の瞳は鋭く、そう判断した。

 (ならば・・・)

 おちょくった以上、殴られる覚悟は出来ているが、無抵抗に殴られるつもりは無い。京二の脳内に組み込まれた悪魔回路がこの状況に最適な手段を算出する。

 シュバァッ

 京二の右手が素早く動く。

 次の瞬間、スキンヘッドの男の拳は何かに遮られた様に停止してしまう。

 「て・・・てめえ・・・汚ねぇぞ」

 「フフン・・・何の話だ? あんたにも良く見せようと思っただけさ」

 プルプルと震える拳。艶消しのかかった深い黒を地とするレザーの質感、それが拳の直ぐ前にあった。京二は瞬時にブーツを眼前に掲げ、男が放った拳の一撃を、殆ど労力を払わずに静止したのだ。

 「ぐ・・・」

 呻き声を上げる男。

 (このまま拳を突き出しても、退いても・・・オレの負けだ)

 精神的な王手詰みの状態に、文字通り進退窮まる男。だがその時、勝利目前の京二が思いがけないような言動を取る。

 「譲るよ」

 サッと靴を下ろし、それをスキンヘッドの男に対して差し出す。男は想像していなかった事態に思わず目を白黒させる。京二は自嘲気味に笑うとこう、続ける。

 「良く考えたら、あんたとこれ以上、言い争っている時間はないからな。それに、其処まで熱くなってくれる奴に貰われるなら、靴にとっても幸せだろうさ」

 「ふざけるな」

 だが、スキンヘッドの男はそれを承服せず、首を横に振る。

 「オレが言いたいのは、そんな物質的な問題じゃない。お前のその誠実さを欠いた行動が許せないんだよ」

 拳を握り締め、皮のグローブをギリギリと鳴らせる男。京二は呆れた様に問う。

 「公衆の面前で腕力にモノを言わせるのが誠実さか?」

 「自己本位な人間はいずれ、誰かを悲しませる。その前にオレが・・・」

 「オイオイ・・・スルーですか」

 盲目的な目的意識。京二は誰かを思い出しそうになったが、思考回路は強制的に遮断される。どうやら精神的な衛生のために自己保存能力が働いたらしい。ともかく、男はどうあっても京二を殴り飛ばしたいらしかった。

 (不味いな)

 京二は時計をチラリと見て口を歪める。もうそろそろ美味くあしらって置かないと、待ち合わせの時間が過ぎてしまう。やはり男としては「さっき来たばかりさ」といいたいものだ(実際には既に瞬は待たされているのだが)。

 このまま、痛い目を見ずに切り抜ける手は幾らでもあるのだが、流石に速やかに実行できるものは無い。今正に、拳を振り上げようとする男を前に唸っていたが・・・ラッキーとアンラッキーは、同時に訪れる。

 「!」

 (何か・・・来る?)

 何故か京二はそう感じた。確証も、予兆も無いのに。その直後・・・

 
ガシャーン!

 高く澄んだ破砕音が店内に響く。

 ギャアギャアギャアギャアギャア!!

 黒い羽を持った生物が次々と耳障りな鳴き声と共に店内に侵入してくる。

 「キャアアアアアアア」

 直後、絹を裂いた様な絶叫がそれに折り重なる。

 「!?」

 京二は音の方向に鋭く視線をやる。

 ヒッチコックの映画、「鳥」を思わせるカラスの大群と恐怖に逃げ惑う客。混乱の中、悠然と歩いてくる異形の影。二足歩行で直立し、二本の腕を持つフォルムは人間。だが顔面から伸びた錐を思わせる口と、巨大な翼を広げたその漆黒の姿は辺りを飛び回る黒いと立地によく似ている。

 「チッ・・・まさかこんな時にクロウアンデットってか・・・? ご苦労さんだぜ」

 「下手な洒落はやめな」

 ベチ

 「む・・・」

 ベタなリアクションをとろうとした男のスキンヘッドに平手を叩きつけて黙らせ、京二はカラス人間を鋭い眼差しで凝視する。その手は店員と思われる女性の顔面を鷲?みにしており、爪によって皮膚が裂け、血が滴って床に垂れている。アトラクションにしてはショッキングすぎだ。京二はそれが、人間が着ぐるみに入った類のものではないと確信する。

 「・・・許せん」

 怒りに歯を軋ませる京二。彼は靴をスキンヘッドの男に押し付けるとスーツのうちポケットに手を差し込む。

 「アンタは他の客を守ってくれ。俺が足を止める」

 男の猪突猛進な気質を察した京二はそう言って逃げ遅れた客の方へ男の意識を誘導しようと試みる。しかし状況に困惑しているのか男は素っ頓狂な声を上げる。

 「おい・・・?」

 「男なんだろう!? グズグズするなッ!!」

 
パ・パ・パァンッ!

 返答を待たず、銃声が重なって響く。一瞬で引き抜いた小型の自動拳銃を三連射したのだ。

 「ち・・・」

 舌を打つ京二。撃ち込んだ銃弾は、しかしカラス人間の羽毛に浅く食い込んだだけで停止し、潰れて半分ほどになっている。こう言った状況の例に違わず、殆ど効果を成していない。

 「こんな事ならカラス避けのネットでも持ってくるんだったぜ・・・」

 引き攣った笑いを浮かべる京二。しかし注意を自身に引き付ける事は成功したらしい。カラス人間はつかんでいた女性店員を放るとこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。

 「或は目玉バルーンとかな」

 軽口を誰に言うでもなく呟く京二。騒ぎを聞きつけSAUL辺りが駆けつけるまでは何とか持たせなければならない・・・が。

 (参ったね・・・こりゃ)

 バブルが崩壊した90年代初頭を期に一時は格段に減ったと思われた異種知性体による事件だが、2000年に起こった未確認生命体関連事件以降、再び活発化しているという。特に2005年はアンダーグラウンドの組織が活発だったと京二は瞬から聞いたことがあった。何でも去年の夏ごろ、日本での破壊活動の統括をいっていた元締め組織の一つが原因不明の潰滅を遂げ、その抑制が解き放たれたのが原因らしい。

 (スカルスパイダー・・・だったかな?)

 その為、こういった類の事件が都内で週三回は少なくとも起こっているらしい。

 (よくもまあ都市伝説で済んでいるよなぁ・・・)

 最も、それらの事件の殆どは、彼が良く知るある者達によって被害が拡大する前に食い止められているのだが。そう言えば何年か前に彼が客員研究員を務めていたある研究所では、その伝説にあやかった名前の人体強化システムを開発していたのを覚えている。人間関係の不具合で直ぐに辞めてしまい、事の顛末は知らないのだが・・・

 「ガァァァァッ」

 「む・・・」

 等と関係の無いことを考えている間に、カラス人間は眼前まで迫っている。

 銃弾は効果が無い。かと言って怪人の攻撃を避けられる瞬発力も耐えられる頑強さも彼は持ち合わせていない。どうやら頭を使わねばならないらしい。

 「京二ヘッドクラァァァッシュ!!!」

 「ガァ?!!」

 突然、頭からカラス人間に突っ込む京二。流石の怪人もこれには意表を突かれたのかもろに首根っこに喰らい、押し倒されるような形で倒れこむ。

 「フ・・・」

 呼吸を寸断され、目を白黒させるカラス人間に対しマウントポジションを得る京二。彼は眼鏡の位置を気障っぽく治すと近くからハードタイプの革靴を無造作に取る。

 一瞬、京二の表情がアクマのそれに変わるのを、カラス人間は目撃した。

 「ライダーポイントキィィィック!!」

 ドスッ

 「ガァァァァァァァ」

 鋭く振り下ろされた爪先が喉に突き刺さり、絶叫が上がる。

 「ライダー回転キィィィィック!!」

 ドスッ

 「ガァァァァァ」

 「ビッグスカイキィィィィック!!」

 ドスッ

 「ガァァァァ」

 ・・・人の形を採る以上、

 「エックス必殺キィィィィック!!」

 ドスッ

 「ガァァァ」

 「ダブルキィィィィック!!」

 ドスッ

 「ガァ」

 どうしても筋肉や骨格で防御できない人体の急所に対し、

 「飛び石砕きィィ!!」

 ドスッ

 「ガ・・・」

 「稲妻閃光キィィック!!」

 ドスッ

 「g」

 「じゃあ、Gキィィック!」

 ドスッ

 「・・・」

 革靴を何度も何度も叩き込む京二。

 連続でダメージを受けたカラス人間は徐々に衰弱し、やがて沈黙する。

 「フ・・・」

 舌を垂らし白目を剥いたカラスを見下ろしながら、京二は勝ちを確信し、勝ち誇る。

 しかし次の瞬間・・・

 バウンッ

 カラス人間の背中から生える一対の翼が力強く床を打ち、馬乗りになった京二ごと全身を跳ね上げる。京二は後方に弾き飛ばされながらも、上手く転がって受身を取り、直ぐに起き上がる。

 「中の人はアクション俳優だからな!・・・って中の人などいないっ!!」

 一人でボケ突っ込みをこなしながら、京二はカラス人間に目をやる。

 「ギガギャガガカギュグ・・・」

 「うおっ・・・」

 眼前で繰り広げられるグロデスクな光景に思わず呻いてしまう京二。カラス人間に、異様な変化が起こっていた。頭部が、羽が、翼が・・・上半身を覆うカラスの造詣が人間の胴体から剥がれ始めていた。

 メキ・・・メキ・・・ミシィッ・・・

 やがて、人の形をした赤黒い物体が崩れ落ちる。それは、皮を失い肉を腐らせた人間の死骸だ。そしてその屍の上に黒い翼を広げた巨大なカラスが舞い降りる。

 「成る程・・・リガズィとは逆か」

 どうやらこちらの巨大なカラスの方が本体らしい。人の死体に取り付くようにして人間の形態をとっていたのだ。何のためかは知らないが。

 「ガア・・・」

 悪意の篭った唸り声を上げるとカラスは翼を振るい、空気の塊を床に叩きつける。

 ブワァッ

 コートの裾を靡かせるほどの風が巻き起こり、それと同時にカラスの巨体は宙に舞う。

 「チッ・・・航空力学を無視しやがって」

 学者として舌を打つ京二。本来なら、翼を持つ様な生き物は一定のサイズを越えると自らの羽ばたきでは飛翔できなくなる。アホウドリなどを見ても判る様に助走による加速を行い、上昇気流を受けて滑空するようにしないと飛び立てないのだ。更に体重が20キログラムを越えると最早、飛ぶことそのものが不可能になる。筋肉が体重に相応した翼を支えることが出来なくなるのだ。

 「ま・・・人のことは言えないがね」

 
ギュオオオオオオ!

 大カラスが唸りを上げて襲い掛かってくる。

 「ぐうっ」

 裂く様な激しい風を身に纏いながら押し寄せる漆黒の怪鳥。京二は何とか身を逸らし、体当たりを避けるが強烈な風圧は彼の細身の体を容易く吹き飛ばす。

 陳列棚の一つに背中から激突する京二。肺から空気が吐き出され、一瞬、視界が暗くなる。だが意識を失うわけにはいかない。拳を握り、爪を掌に減り込ませると更なる一撃を繰り出しつつある大カラスの姿を捉える。狩猟者は殺意に満ちたラインを描く鉤爪をまるで猛禽の様に向けたまま、襲い掛かってくる。

 
ギュウウウウウウウウウウウ

 眼前に迫る左右合計八本の爪。人間など百円カッター一本で死ねるのだ。匕首ほどもあるそれらには人の体など苦も無く引き裂き、頭を胴から引き千切る力が備わっているだろう。そんなもの、一度たりとも受けるわけにはいかない。

 京二は爪を眼前に動かない。猫や鹿の様に命の危機の恐怖に竦んでいるのではない。

 (死中に)

 集中力が極限まで高まる。カッと目を見開く京二。脳内の視覚を司る部位が活発に活動し、画像分解能力が極限まで高められる。途端に周囲の現象がスローになり、カラス人間の攻撃がまるで粘性の液中を進むように彼の目にも捉えられる様になる。

 (活あり!)

 京二は身を屈め、狩猟者とは逆のベクトルに体を滑らせた。黒い二つの影がミリ秒単位で交差。爪は京二の髪の毛を数本削り取り、弧を描いて空を切る。京二の体は宙を前転すると胸筋に踵を叩き込み、更に回転して翼の付け根にトリガーを絞る。前周りに受身を取る京二。一拍遅れて耳に届く空気の裂ける音。それと同時に感覚は超加速から解き放たれる。激しい動悸が込上げるがそれに関煩っている場合ではない。

 一瞬にも満たないごく短時間の後、京二は無防備と成ったカラス背後と無人の店内を確認すると裏ポケットから更に何かを取り出す。それは一枚の紙切れ。しかしその表面には神秘的な文字が画き込まれていた。

 「焔よ!」

 顔に近づけ呼びかける様に叫ぶと、一瞬文字が赤く光る。これは瞬が護身用にと力を込めた攻撃用の呪い札なのだ。込められているのは焔飛燕と呼ばれる術。その名の通り燕の姿をとった炎の弾丸が、動体・熱源を自動追跡する術だ。瞬でなくとも、鍵となる言葉を唱え放てばその力を発揮してくれる。だが・・・

 「おかーさーん」

 「なにっ・・・?!」

 突然物影から子供が出てくる。同時に目に入る「お手洗い」の文字。

 (なんつー親だ!)

 子供を待たず逃げてしまったのだろう。想定外だ。このままでは術に子供を巻き込んでしまう。瞬自身が使用すれば対象を絞ったナビゲートが可能だが、何から何まで都合よくは出来ていない。

 「くぅっ」

 京二は術が発動するより早く札を千切り棄て、同時に子供の下へ疾走する。ターンして翼を広げる大カラス。今度は体当たりではない。その場でホバリングしたまま大きく翼を振るう。すると。翼から弾丸のような黒いものが無数に放たれ、それが弾雨となって京二と子供に襲い掛かる。

 「くそっ」

 
ガガガガガガガガ

 コートで覆うようにして、子供を護る京二。彼の背中に降り注ぐ弾丸。それは翼より離れ手裏剣の様になったカラスの羽根だった。背中に鋭く痛みが走る。

 「つ・・・ぐ・・・」

 だが、痛みは浅い。針は何れも背中の皮膚で止まっている。特製のコートが防弾チョッキの代わりを果たし殺傷力は殆ど奪われている。だが、全身に僅かだが痺れが生じ、脱力感が襲う。微量だが毒を含むようだ。

 「く・・・くそっ・・・」

 「おじちゃん大丈夫〜?」

 「おじちゃんじゃない! おにいちゃんだ!」

 子供・・・幼稚園児くらいの少年の言葉に応えつつ羽を抜き取りカラスに向き直る。しかし痺れは引く所か徐々に激しくなり足がふら付く。

 「えい畜生・・・」

 「ガアアア・・・」

 止めを刺すべく再び爪を向けてくる大カラス。脳みそが出す指令が脊髄で渋滞しているような感覚。最早、避けることは適わない。翼で空気を引き裂く轟音を立てながら狩猟者は京二と子供に襲い掛かる・・・だが・・・

 
ドガァァァッ

 左方から降り注いだ何かがカラスの頭部に叩き込まれ、激しい破砕音とともにカラスは壁にぶつかる。そして宙で回転しひらりと降り立つ何か・・・

 「お前は・・・」

 そこに居たのは避難した筈のスキンヘッドだ。男は咆えるように京二に向かって言う。

 「何をしている! 人間の姿のまま戦える相手じゃないだろう?!」

 「は・・・?!」

 突然、放たれた理解不能の言葉の羅列に困惑する京二。

 「お前もなんだろう・・・違うのか?」

 「何がだ・・・?」

 京二の反応に男は凡その事情を察したのか呆れた様に言う。

 「まさか・・・生身の癖に無茶やったってのか・・・なんて馬鹿な」

 「バカとはなんだ。そういうあんたはどうなんだよ?! 俺は逃がせっていったんだ! なのになんであんたまで戻ってくる?!」

 怒り心頭に今度は京二が男に食って掛かる。

 「わかんないか・・・?」

 大カラスは頭を二度三度振り、昏倒から回復すると敵意に満ちた赤い目をスキンヘッドの男に向ける。そして一声、高くなくと、それまで出口辺りで事を静観していたカラスの群れが一斉に男に向けて襲い掛かる。

 
ギャアギャアギャアギャアギャアギャアギャア!!!!

 凄まじい鳴き声を上げる黒い怒涛。恐ろしいまでに収束した敵意の塊に向かって、しかし男は一切の怯みも見せず、寧ろ不適に構えてみせる。

 「バカ! 何やってる!! 光物はカラスの格好の的だろう!! 隠せーっ!!」

 叫んで、銃を上げようとする京二。だが、誤射への危惧と全身の痺れが彼の行動を阻む。次の瞬間、黒色の飛行軍団はスキンヘッドに目掛けて襲い掛かる。黒に覆い隠される。

 「ハゲェェェェェェェ!!!!」

 知りあいとさえ言えぬ程、短い付き合いでしかなかった。だが、ああやって口げんかで楽しませてくれた人間が、目の前で無残に引き裂かれるとは。激しい悲しみと怒りに叫びながら京二は狩猟者が第一の獲物に気を取られている隙に裏口から逃げようと少年を抱きかかえて忍び足を踏もうとする・・・が。

 「修羅・・・」

 けたたましい鳴き声を上げるカラスの陣中から確かに低く、そう響いた。スキンヘッドの男の声で、低く、だがハッキリと。そして・・・

 「変身!!」

 その声が響いた瞬間、黒い毬藻の様になったカラスの中から、血が飛沫となって辺りに飛び散る。考えるより早く抱いた子供の目を隠す京二。だが・・・思い直す。

 (変身だと?)

 次の瞬間、男を覆っていたカラス達は一匹残らず弾き飛ばされる。あるものは切り裂かれ、あるものは引きちぎられ、あるものは粉微塵に砕かれて。

 そして、霧の様に降りてくる赤い飛沫の中に、それは居た。



 額から生えた一対の角。

 腰に帯びた巨大なバックルを付けたベルト。

 メカとも生物ともつかない、特異な質感の皮膚。

 そして髑髏を思わせる仮面と、そこに輝く巨大な複眼。

 変身・・・その言葉が示すとおり、伊万里京二の前には新たな仮面ライダーが現れていた。





 「京二さん・・・遅いな・・・」

 既に待ち合わせの時間から五分以上過ぎている。大雑把なように見えて、意外と細かい・・・殊に彼自身のタイムスケジュールには深い拘りを見せる京二が五分以上遅れることは非常に珍しいことだった。

 (まさか・・・)

 瞬は脳裏に一寸の危惧を覚える。

 京二は好みの女性を見かけたらナンパせずにはいられない。若しかしたら、余りに度を越したナンパ行為・・・例えば「みせいねんしゃ」に対する犯罪真っ只中のナンパや、女性挌闘家に対する危険度満点のナンパ・・・或は一度食いついたら離さないストーカー気質女性への地雷踏みナンパ・・・これらの女性にナンパしてしまい(最早、ここまで来ると軟派ではなく硬派だが)来る事が出来なくなっているのではないか・・・

 (じゃなくって)

 瞬は手袋を外し左手の薬指を見つめる。その付け根には瑠璃か碧玉に似た青い石を磨きあげ、作られた指輪が輝いている。或は怪人に襲われているのではないか。ここ最近は沈静化したとはいえ、落天宗は未だに京二と、彼が発掘したこの指輪を狙っているはずだ。余りに緩やかに時が流れ過ぎる為、油断していたのかもしれない。

 瞬は、自身の予想が危惧に過ぎないことに淡い期待をする。

 『・・・神野江瞬・・・鬼神だな』

 そして、期待はごく短い時間の後に、何処よりか響いてきた声に破られてしまう。

 (ええ・・・貴方は、誰?)

 しかし瞬は一抹の動揺も見せず、心中で答えそして問う。耳に聞こえる声でなく、意識に直接語りかけてくるテレパシー。空中のエーテルを介して送られてくる精神言語が彼女の心に言葉を紡ぐ。

 『私は皇帝陛下の使い』

 (皇帝陛下・・・?)

 『左様・・・王の王・・・我々、魔族に於かれて最も高貴なる方・・・我は、その御方の僕であり、御方が賜れた言葉を汝へ伝えるための使い・・・』

 (魔族・・・? 王・・・一体何の?!)

 突然告げられた謎の言葉の羅列に困惑する瞬。だが・・・

 『・・・黒髪の戦姫・・・鬼神よ・・・幸運にも汝は陛下の御為に働くことが許された・・・今日この時より、栄えある帝国の臣民として、皇帝陛下の為にその類稀なる力・・・尽くすが良い』

 (待ってください! 一体何のことです!? 貴方たちは一体!?)

 『陛下こそが真なる世界の王。帝国こそが世界に君臨する唯一絶対なる安住の地。人にして人に在らざるもの・・・鬼神よ。汝の幸福は帝国と共にある・・・』

 瞬の疑問に答える事無く、声はただ淡々と言葉を告げ、そしてその気配を消す。

 (一体・・・何が起こるというの・・・)

 “穏やかで幸福”な時間が、今、静かにしかし急速に終わりを告げようとしていた。





 「ったく・・・お仲間かと思って、手並みを拝見しようと戻ってくれば・・・」

 柄の悪そうな、ぶっきら棒なその声はスキンヘッドの男のもの。だが、そこに佇むその姿は、先ほどまでの男の姿から大きく変化を遂げている。

 全身は小豆色に近い紫を基調に、くすんだ鈍い金色のアクセントライン。全体のディテールは、生態装甲が複雑に折り重なった鬼神に比べ、格段にシンプルなものだ。しかし、体の至る所に呪文のような刻印がレリーフされアクセントを施している。また、仮面の左右には、正面の顔とは別に顔の様な造型が施され、正面左右に合計六つの複眼が紫色に燐光を発している。最大の特徴はバックパックだろう。どの様な働きを持っているのかはわからないが、同じような形状のものが四つ、背中に備わっている。

 「お前・・・仮面ライダーだったのか・・・!!」

 「他に何に見える? ウルトラマンには見えんだろう?!」

 「ギィィィィィィッ!!!」

 カラスが絶叫と共に羽手裏剣を飛ばしてくる。

 
ガカカカカカカ

 「!!」

 驚愕する京二。無数の黒い弾丸は何者かに阻まれ、弾かれて壁や床に突き刺さる。

 「オレはアスラ・・・仮面ライダーアスラだ!」

 「サイバーフォー・・・」

 「レーシングカーじゃない! アスラ、だ!!」

 「・・・チゲアンド!」

 「そりゃアス・・・って違う! チゲはコリア語で鍋!!」

 「ああ・・・完全平和主義の」

 「あんな小娘と一緒にするな・・・って、そりゃタネじゃなくってハネだ!!」

 「貴方がシンでも代わりがいるもの」

 「クローンがいるのは白い方だ!! 大体ネタが二番目と被ってる!! セカンドだけに!!」

 「フッ・・・」

 嬉しそうに笑う京二。

 「ククッ・・・」

 つられる様にアスラと名乗った仮面ライダーも、表情を映さない無機質な仮面の奥で笑う。

 「中々の切り替えし、ブラボーだ。最初は頭の固い奴かと思ったが・・・なかなかどうしてやるじゃあないか」

 「フ・・・ウィットの富んだ会話は関西人の嗜みじゃけぇの。おんしも東京モンにしてはやるじゃなかか」

 「オイオイ、そりゃ広島弁だろう」                          キィィィィィィィィィィィィィ

 「ヴぁれたか、ガハハハハハ!!」                 キィィィィィィィィィィィィィィ

 「ブハハハハハハ!!」      キィィィィィィィィィィィィィィ

 先ほどまで、殴り合い寸前までいがみ合っていたのに、すっかりと意気投合する二人だが・・・

 ドギャァァッ!!!

 凄まじい衝撃音と共に二人は黒い飛行体に弾き飛ばされる。

 「っ・・・」

 「ぐふっ・・・」

 靴を派手にばら撒いて墜落する二人。

 「アァホー」

 凄まじい速度で体当たりを仕掛けた大カラスは、ゆったりと翼を羽ばたかせながらあざ笑うように鳴く。

 仮面ライダーアスラは金属質のプレートで覆われ何処にあるかも判らぬ様な舌を打ちながら立ち上がる。

 「ちっ・・・畜生の分際で気の利いたバカの仕方をしやがって」

 「この場合アホにされたというべきか」

 一方、京二は吹き飛ばされた衝撃と麻痺性の毒の影響で靴の山から動くことが出来ない。

 「く・・・あのチビは?」

 京二は自分が現在動けない遠因となった彼が助けた子供の姿を探す。

 「おじちゃん大丈夫〜?」

 近くの柱の影から姿を見せる少年。しかし、彼はそこから動こうとせず、じっと京二を見ているだけだ。二人が漫才を始めた頃には既に危険を察知して一人隠れていたのだ。ホッとする京二。だが、締める所は締めねば成らない。

 「おじちゃんじゃない! おにいちゃんだ!!」

 「おじいちゃん?」

 「混ぜるな危険だ!!」

 「言ってる場合か!!」

 
キィィィィィィィィィィ

 再び襲い掛かってくるカラス。今度は爪を剥くのではなく、嘴を真っ直ぐに向けて。槍か、或は徹甲弾のように怪鳥はアスラ目掛けて中空を突進してくる。一瞬で、アスラの間合いを侵食する巨大カラス。

 グアッ

 しかし、漆黒の砲弾が仮面ライダーを貫く事は出来ない。直進していた怪鳥の飛翔軌道は、アスラの寸前で突如、円弧を描き逸らされる。アスラは大カラスの嘴が自身に至る寸前、それを掴み、力を受け流すように背負い投げたのだ。腹をアスラに向けたまま京二達の方へと飛ばされる大カラス。それを追ってアスラは跳躍するように疾駆する。しかし上下逆転した視界で尚カラスは襲撃者を捉え、迎撃するように翼を振るう。

 
ガカカカカカ!!

 羽根の弾雨。黒い流星の如きそれらはアスラの後方に突き刺さる。そう、何れもアスラには突き刺さらない。

 「フッ・・・」

 アスラは左右の翼を羽ばたかせて打ち出す以上、必然的に生じる死角に入り込み、大カラスの迎撃弾を回避したのだ。死角・・・即ち、大カラスに肉薄する程の至近。素早く伸びたアスラの腕がカラスの節だらけの足を鷲?み、怪鳥の運動ベクトルを慣性から強奪する。

 「ウオオオオオオオオオオッ」

 ゼロの距離。拳を握り、後方へと引き絞るアスラ。腰の回転。足の踏み込み。腕の展開。握力。そして骨格強度。それら人間の数十倍に至る改造人間の力が理想的な運動によって拳の先端に伝達され、そこに砲弾に匹敵する破壊力を与えるのだ。

 一切の無駄を廃しコンパクトに纏められたその挙動から、正拳突きが繰り出され、大カラスの腹部に突き刺さる。最早、苦悶に上がる声も無い。それが連続して、何度も何度も突き刺さる。その度に跳ね上がるカラスの胴体。

 「ガァァ・・・ケェェェェェッ!!!」

 
ブワァァァァァ

 しかし、正にサンドバックと成り果て、朽ちるかに見えた大カラスはまさかの反撃に打って出る。口から噴出す緑色の怪しげなガス。それが体に触れる寸前、アスラの濃紫の瞳に幾筋かの光が走る。危機を感じた彼は咄嗟にカラスを手放し後方に跳躍する。

 
ジュ・・・ジュウウウウ・・・

 緑色ガスが辺りのものを包み込む。それと同時に沸騰し発砲する様な音が響き、それらは一瞬で溶解してしまう。

 「酸性ガスか! レトロな小技を!!」 

 舌を打つアスラ。それと同時に、アスラ後方からカラスの群れがアスラを追い越すように飛んできて、緑色の霧の前に自らを黒い壁と化し、主への攻撃を阻もうと襲い掛かる。

 「ちぃぃぃ」

 打ち落とそうと拳を振るうアスラだが、そのことごとくは空を虚しく切り、たとえ当たっても全体数に差したる被害は与えない。生身の人間を相手取ろうと油断していた先ほどとは異なり、ヒットアンドアウェーを繰り返し絶妙の間合いを取っているのだ。

 「ぬ・・・」

 酸の霧と下僕の航空部隊に背後を護られ、大カラスは京二の前に翼を広げる。威嚇しているのか、或は勝ちを誇っているのか。

 (やはり俺が狙いか・・・)

 「やれやれ・・・ホントにごクロウさんだ」

 血走った眼。ゴボリと不快な音と共に口から吐き出される濁った血。羽根はボロボロになり見るからに満身創痍だが、怪鳥は今尚、動けない京二を殺すのに余りある力を持っていた。根性を振り絞る京二にアスラの怒声が飛ぶ。

 「おまえ、早く逃げろ!」

 「そうしたいのは山々だが、生憎と足がまだ動かん」

 麻痺毒に犯されながらも何とか立ち上がった京二は、場違いな程に冷めた口調で答える。だが、彼の根性は足を動かして逃げ果せる速度を生み出せるほどの出力は持ち合わせていなかった。

 ゆっくりとだが、大カラスの巨躯は京二の視界の中に広がっていく。だがそれでも京二は全く余裕の相好を崩すことは無い。

 「確かな計算に裏打ちされた自信。それが俺の俺たる由縁ッ!!」

 銃を構え、右腕で顔を隠すように左方に銃口を向ける京二。

 「格好付けてる場合か!!」

 「伊達も酔狂も無く男をやってられるか!! チャンスをやるから、こいつをブっ倒して俺を助けろ仮面ライダー!!」

 「ううっ・・・登場までに一年以上かかった挙句、引き立て役か・・・」

 「フッ・・・何の事かは知らんが、諦めちゃ駄目だ!! 諦めが人を殺す!!by安西先生!」

 「惜しいが違う!! ええい、ままよ!!」

 押し迫る黒い怪鳥。鉄色の嘴が上下に開かれて、淀んだ血の色の肉が京二の眼前に迫る。荒い息遣いに眼鏡が白く曇る。脈打つ心音はカラスのものか自身のものか。大鋏の様な二つの顎が正に京二に喰らい付こうとする瞬間・・・遂に銃口から火が噴き出す。

 
タ・タ・ターン!!

 響く銃声。壁のある一点を正確に狙った三連射の音色だ。その直後、店内の明かりが瞬時に全て消え去る。

 「ギ? ガァァァァ?!!!」

 「ギャアギャア!!?」

 「グアーッ!!??」

 カラスの困惑の鳴き声が上がる。それと同時に京二は全身から力を抜いて後方に倒れこむ。訪れた暗闇・・・だが、アスラはその中で全てをはっきりと見て取ることが出来た。

 (鳥目・・・か!)

 何故、弱点の多い人間に結合して現れたのか。それは単に、捕獲能力を高める為だけでなく、夜間行動での安定性を得るためなのだろう。そして、人の目と足を失い、光が消え去った今、大カラスとその下僕たちは、視覚と平行感覚を失って出鱈目に飛び回り、衝突して落下する。大カラスも獲物を完全に見失って明後日の方向を付きまくった挙句、巨体を支えきれず前に向かって転倒しかける。

 「ガアッ?」

 更に困惑の声を上げる大カラス。何かに尾羽を支えられ、倒れることは無い。だが、転倒しなかった事は、一切安堵には繋がらない。

 
グオン!

 再び宙で弧を画く大カラスの体。怪力によってアスラの体を中心に円を画き始める。詰まる所、ジャイアントスウイング、だ。運動ベクトルに更に遠心力が加わり、さながら黒い旋風と変る大カラス。擬似的だが想像を絶する重力加速が発生し、胴体を引き千切らんばかりに襲い掛かる。

 「ケェェェェェェェ!!!!」

 「う・お・ら・ああああああああっ!!!」

 そしてアスラは遂に大カラスを投げ放つ。空中に向けて遠心力に委ねられた大カラスの肉体は宙を舞い、残り少ないガラスを突き破って外へと放り出される。

 「ゲ・・・か・・・ガカァァァ・・・」

 避難が済んだのか、既に人並みは遠い。暗黒となった店内に比べ、街灯やネオンの輝く外は幾分明るく見通すことが出来た。カラスはいささか傷みが激しい翼を羽ばたかせると空へ逃げようと試みる。

 「マァァァァテェェェェ!!!」

 追走してきたアスラが景気良く残りのカラスとガラスを粉砕して登場したときには既に怪鳥は空へと逃れつつあった。アスラはそれを睨み付けるとベルトのバックルに手をかざして吼える。

 「逃がさん!! 咬!!」

 『ニャ!』

 呼応して何かの声が響き、直後、バックルから白い光のような塊が噴き出して一つの形をとる。それは虎か獅子と似た様なフォルムを持つ輝く獣の姿だ。

 「暇が無い!!そのまま行くぞ!!」

 『全く人使いが荒いが・・・仕方ニャイ』

 咬と呼ばれた獣の背中にアスラを跨ると、白い獣はビルの壁面に向かって跳躍し、そのまま壁面を地表と同様に疾走を始める。

 ノロノロと飛ぶ黒い怪鳥の背後に迫る獣とアスラ。振り返った大カラスの顔に驚愕と恐怖の色が濃く浮かぶ。

 「カァァァァァァ!!!!!」

 天を仰いで、何かに助力を求める様な叫び。その瞬間、カラスを中心に、赤と黒がグロデスクにマーブルした異様な空間が四方に広がっていく。

 (転移か・・・或は能力強化用のテリトリーか・・・)

 在るべき情景を黒と赤で塗り潰しながら異空間は押し寄せてくる。何れの予想が正しかろうと、アスラにはそれを行わせる心算は無かった。

 「仏法の威力がまやかしを打ち破る!!」

 アスラの両の腕が素早く複雑に動き、彼の指が無数のサインを結んでいく。

 「山紫水明! 破幻法!!」

 そして拳から紫を帯びた光が幾条もの筋をなして放たれ始める。そして・・・

 「喝ァァァァァァッつ!!」

 無数の触手を伸ばし自らを押し包もうとしていたその空間に、気迫のこもった一声と共に拳を突き出すアスラ。光は強力な光源へと変わり、閃光が刃となって赤と黒の領域を切り裂いていく。

 見る間に異様な空間は寸断され、元の光景が戻ってくる。

 「ガアアア!!??」

 想定外の上に想定外を積み重ねられ、最早恐慌状態に陥る大カラス。だがアスラはそれを逃そうとはしない。既にビルの壁面を走る白い獣はカラスと同じ高さまで駆け上っている。

 「征くぞ!!」

 上がるアスラの咆哮。その声と影だけを残して、既に彼は白い獣の背中から空中へと飛翔している。細く研ぎ澄まされた月を背負うアスラ。星の見えない東京の空で、薄い黄色に輝く月光だけが空に明かりを灯している。

 
グオン・・・!

 アスラの全身が高速で回転を始める。空気を切り裂く澄んだ音と共に、アスラのディテールが紫と金色の渦に変わっていく。

 「修羅!!」

 重力による落下が始まり、更に回転に伴うジャイロ効果が加速させる!

 「旋風キィィィック!!!!」

 
ギュワアアアアアアアアアアアア!!!

 嵐を纏う弾丸は一瞬で大カラスとの空隙を抉り抜き、破壊力の集中した脚部は頭部へと突き刺さる。

 「ギイ・・・」

 上がりかけた悲鳴も、瞬時に頭部を砕かれたことで停止し、旋風は黒い羽根と肉片を引き千切り四方に散らしながら胴体は左右に分断する。

 
ドカアアアアアアアアアアアアアン

 黒ずんだ血液がシャワーとなり、直後、二つに泣き別れた大カラスの身体は空中で爆発を起こした。それを背中で感じながら、アスラは静かに地面へと降り立った。




 同刻・・・中華人民共和国香港自治区、九龍。

 人並みを掻き分けるようにして一人の青年が歩いていく。年の頃は二十代後半から三十前半といったところだろう。黒く長い髪を後ろで纏め、丸い眼鏡をかけた細面の美男子だ。

 彼は繁華街を歩いていた。何時もは行かないのだが、係り付けの患者の一人が此方の方で急病に倒れ、それで信頼ある彼・・・ここ香港の下町で開業医を商う、この小竜・・・シャオロン=ブリッドマンを呼んだのだ。

 「まったく・・・お酒は控えなさいとあれだけ言ったのに・・・」

 彼は眼鏡を指で上げながらやれやれと息を吐く。

 (やはり内科的処置や漢方だけでは治らないか・・・)

 患者は以前から肝機能に障害を持っており、アルコールの分解能力が低く、酒を飲んでは酔って倒れていた。それでも酒好きが治らず、懲りずに飲み続けていた。

 (仕方ないな・・・生身だった頃からの趣味だから)

 彼の開く医院に来るのは何も普通の人間だけではなかった。悪の組織等に人体改造を受けながら悪の一員として洗脳されることも、また「仮面ライダー」と呼ばれるもののように自らを改造した組織と戦うことも無く、野に下った者達を診ることも多かった。今日の患者もそうした一人で、人体改造の黎明期に改造人間となったらしい。

 (シースルー・・・スコーピオン・・・だったかな?)

 そんな事を考えながら歩いていたシャオロンだが・・・雑踏の中、多くの人々とすれ違う中で、不意に違和感を感じ振り返る。

 巧妙に隠された気配。ごく自然体で、周囲の人間が放つ気配の中に自身の放つ気配を分散させ隠しているが、シャオロンはそれを見逃さなかった。

 シャオロンは気配を追い、後を付け始める。今は隠されているが、隠されたその気配は間違いなく、殺気。余りに深く、そして強い波動を持った害意の念だ。それも人間のものではない。彼は、自分自身の使命としてそれを看過するわけにはいかなかった。何故なら彼は・・・

 (!)

 気配の移動が停まる。シャオロンが追ってくるのに気づいたのだろう。直後、冷たい何かが人並みを擦り抜けるように彼に迫る。

 チィ・・・ン

 細く響く刃が弾かれる音。冷たい塊・・・それは人をかわし、正確にシャオロンのみを狙った剣の一閃だった。シャオロンは咄嗟に外した眼鏡の淵で切っ先を逸らし、人に当たらぬように弾いたのだ。人並みの中でその遣り取りに気づくものは他にいない。二人は、雑踏のはるか上空に既に飛翔していた。

 殺意の根源がシャオロンの目に映る。白いスーツを纏った男。だが顔面には包帯を捲いてその容貌を見て取ることが出来ない。やがて彼の姿が変わる。スーツは白いローブとマントに変わり、フードが顔を覆う。包帯が取れると、皮膚も肉も無い髑髏だけが顔として其処にある。

 「・・・流石だな・・・シャオロン=ブリッドマン。いや、仮面ライダーガウルン」

 再び繰り出される剣の横薙ぎの一撃。今回は、周囲の人間を避ける必要が無いため、速い。だがそれも、シャオロンは眼鏡で弾き受け流すと、拳を繰り出して反撃する。

 「貴方は・・・!」

 全身の回転を利用した、寸剄と呼ばれる零距離からの痛打。例え硬い装甲や厚い肉に覆われていても、それらを貫通し内部に衝撃を浸透させる中国拳法の秘儀。鈍い炸裂音と共にそれが撃ち込まれるが・・・

 「!?」

 紙の様に軽く、後方へと吹き飛ぶ骸骨の男。更にシャオロンがインパクトする瞬間に、人体の構造上ありえない方向から繰り出された剣の一閃を受け流すことが出来ず、衝撃で後方へと吹き飛ばされ、お互いに道を挟んでビルの屋上に降り立つ。

 「私はケルノヌス・・・この都の地脈を支える要石を頂きに参上した」

 「要石を・・・!」

 要石。それは、大都市・・・事に東洋の大都市の地下に多く存在する特殊な作用を持った石である。霊的な一システムとしての作用を持っており、地脈や霊的な場を安定させることで都市の繁栄と安全を維持しているのだ。

 もしもその石が破壊されたり奪われたりすれば、この膨大な人口の集まる大都市香港は、たちまち霊的バランスを崩し、激しい混乱に見舞われるだろう。

 「貴方にそれを渡すわけには行きません・・・!!」

 腰を深く落とし、丹田の所で何か玉を持つように両の掌を広げるシャオロン。すると其処に光が集まり、彼の手には龍のレリーフが施された巨大な複眼を持つ薄緑の仮面が、腰には輝く石を嵌め込んだベルトが取り巻く。

 「変身!!」

 その言葉と共に仮面を被るシャオロン。次の瞬間、仮面とベルトから輝く繊維が全身を覆う。やがてそれらは複雑に織り込まれていき、中国拳法の胴衣を思わせる燐光を帯びた薄緑のスーツとなる。

 「ほう・・・それがガウルンか」

 「そうです・・・これが人界を守る為に先人より託された九龍霊衣。貴方ほどの相手に出し惜しみ出来るほど私は傲慢ではありません」

 「よい心がけだ。ならば私も全力を持って戦おう」

 ケルノヌスはそう言うと空に向かって掌をかざす。

 「我が名はケルノヌス。魔帝国六大魔王が一人、死天騎士ケルノヌス」

 朗々たる声で唱えるケルノヌス。

 「魔界において至高なる神ベトニウスよ・・・我らが偉大なる主君、竜魔霊帝よ・・・加護を」

 言葉が終わると同時に、ケルノヌスを中心に世界の色が変わっていく。赤と黒に染め上げられていく世界。二色のマーブルが視界に映る全てのものを飲み込んでいく・・・ケルノヌスを除いて。

 異様な・・・世界そのものが蠢いている様な、異様な空間。そこにいるのは仮面ライダーガウルンと死天騎士ケルノヌスの二人。ガウルンは突如変異した空間に狼狽も見せず、凛然と形を失った大地へと立っている。彼は静かに問う。

 「この空間は一体・・・?」

 「ここは“魔幻空間ブラッディリゾート”。霊場を歪め造り出した一種のアストラルゲート・・・瘴気が高濃度に満ちたこの空間では下級魔族は3倍の力で、我々上級魔族は本来の姿で戦うことが出来る」

 「魔族・・・本来の姿・・・?」

 「そう・・・言うなれば、お前たち人間が伝承に語る化物のこと・・・」

 剣を構えるケルノヌス。

 「最も・・・私はこの姿が既に“本体”だがな」





 同刻・・・アメリカ合衆国、ヒューストン・アメリカ航空宇宙局。

 最先端の宇宙科学の研究機関は今、見る影も無く無残に引き裂かれ ていた。

 地面から林立する黒金の柱。その上端には螺旋状の溝が刃の如く刻み込まれた巨大円錐が陽光に鈍く輝いている。数十分前、大地を打ち抜いて現れたそれらは、施設に壊滅的なダメージを与えた。更に、そこから現れた謎の機甲部隊は施設の警備兵・研究員問わず命あるもの全てを目標に破壊の限りを尽くした・・・が。

 「・・・シャトルはやらせねぇ!!!」

 野太い男の声が吼える。既に全身を強化外骨格で覆った機甲部隊の殆どは息絶え周囲に、周囲に屍を晒していた。

 だが、累々たる骸床の上に二つの巨漢の影が対峙している。

 一方は、アメリカンフットボールのプロテクターを思わせる力強いフォルムを鮮やかなブルーに染め上げ、白と赤のストライプを刻んだ戦士だった。肩には合衆国の国旗である星条旗をエンブレムとして貼り付け、ドーム状の頭部には丸い巨大なデュアルセンサーと鳥の羽を思わせるデザインの二本のアンテナが立っている。

 「・・・我が突撃鬼甲部隊を破るとは中々、やる。名を聞こう?」

 そしてもう一方の巨漢が青い戦士に問う。その男は灰色のトレンチコートを纏う体躯が2m30cmを越すような異様な程の巨体であるのを除けば、ごく普通の人間と変わらぬ様相をしていた。ただ、額を裂いて天に向かって伸びる二本の角を除けば。

 青い戦士は、巨漢の鬼人の問いに答える。

 「オレの名はマクガイア! またの名を正義と合衆国を守る戦士!! マスクドライダーパトリオット!!」

 「マスクドライダー・・・その強靭な肉体、異形。やはり貴様、仮面ライダーだったか」

 「日本じゃあ、そう言うらしいな! だったら、そいつらの怒りを買った人間がどうなるか・・・知らねぇとは言わさねぇぞ!!」

 怒りに震える拳を隠そうともしない仮面ライダーパトリオット。しかし、鬼人は嘲笑を浮かべて返す。

 「必滅か・・・面白い、大した自信だ。やってみるが良い・・・」

 「人類の夢・・・未来を踏み躙りやがって!! 許さん!!」

 怒りの咆哮と共に突進をかけるパトリオット。その巨体に似合わぬ高速で彼は鬼人に迫る。背部に搭載した超小型のロケットブースターユニットが彼に急激な加減速能力を与えるのだ。振り上げるように繰り出される拳。厚さ一メートルの特殊装甲板ですらへし曲げるパンチ。それが鬼人の腹に突き刺さる。

 
ドゴオォッ!!!

 弾着の爆裂に似た衝撃音が辺りに響く。くの字に折れ曲がる鬼人の胴。そう、折れ曲がっただけだ。凄まじい破壊力を誇る一撃を受けながら、鬼人の身体は砕け散るどころか、千切れてさえいない。鬼人はにやりと笑みを浮かべると、パトリオットの脇腹にミドルキックを放つ。

 
ドグッ!!

 「グアアアアアッ!!」

 左脇腹に強烈な衝撃を受けて吹き飛ぶパトリオット。殆どテイクバック無しで放たれた加速の無いキック。にも拘らず、ダメージは装甲を貫いて内部に及び彼を悶絶させる。

 「どうした・・・マスクドライダー。私に先例と同じ末路を辿らせるのではなかったのか?」

 「く・・・ぐううっ!!」

 苦悶の声を吐いて立ち上がるパトリオット。無数のスリットが刻まれたマスクから血が噴き出す。それでも尚、彼は加速しながら真っ直ぐに拳を繰り出す。

 ドゴッ!!

 鬼人の顔面に撃ち込まれるパンチ。鬼人の胴体は捻れる様に逸れるが、倒れない。バネの様に上体を戻しながら鬼人は手刀をパトリオットの肩に叩き込む。

 バキィッ

 装甲が拉げ、パトリオットの足は地面に減り込む。

 「が・・・あ・・・ああっ!!」

 更にパトリオットの顔面に右のストレートが叩き込まれる。仰け反り、吹っ飛びそうになるパトリオットだが、鬼人はそれを許さない。鬼人の巨体が宙に舞い、飛び蹴りがパトリオットを大地に縫いとめる。

 「ギャアアアアアアアッ!!」

 胸を抉る様なその一撃に、一際大きな絶叫を上げるパトリオット。彼の胴体を蹴って地面に降り立った鬼人は冷然として言う。

 「情けない声を上げるな・・・マスクドライダー。その名を冠する兵(つわもの)ならば、単に我に弄られるだけでなく一矢報いてみればどうだ・・・?」

 「く・・・ぐ・・・畜生・・・こうなったら!!」

 僅か一分足らずで満身創痍の傷。パトリオットは全身の痛みを堪え、立ち上がるとこの圧倒的不利な状況を覆すべく、最後の手段に打って出る。

 「バックアップシステムレディ!!」 

 パトリオットは徐に肩の星条旗に触れると叫ぶ。

 「コール!!サテライトパワー!!」

 その言葉に応える様に、空の一角が輝き始め、続いて空にオーロラが浮かび上がる。

 「これは・・・!!」

 「来い!! 俺のエナジー!!」

 そして、一条の眩い光線が天空の彼方から降り注ぎ、それがパトリオットに照射される。光に包まれるパトリオットの体。鬼人やそれ以前の敵との戦いで受けた傷が高速修復されていく。

 これはパトリオットの独自の装備としてある人工衛星補助システムの機能の一つ。太陽電池によって生み出された膨大な量のエネルギーをマイクロウェーブに変換してパトリオットに照射し、パトリオットのエネルギーを極限まで高めるものである。

 「ほう・・・回復したか」

 「フ・・・それだけじゃねぇ。今のオレは一種のオーバーブースト状態だ。パワーアップした俺の力がてめぇを倒す!!」

 
ドンッ!!

 爆音。打ち出された様にパトリオットは鬼人に迫る。直後、顎に突き刺さるパトリオットの鉄拳。更にハイキックがそれを打ち落とし、落下してきた顔面に膝を併せる。

 
グシャァッ

 「ぬぐ・・・」

 
ミシィッ

 更に後頭部に肘が叩き込まれる。パトリオットは鬼人の髪を掴むと顔面を引きずり上げ、彼の腹に向かって何度も拳を撃ち込む。その都度に鬼人の胴は、くの字に歪む。パワーもスピードも明らかに先ほどとは異なる。重く、それでいて早い。
更に繰り出されるパンチ。

 
ガッ

 「?!」

 だがそれは鬼人によって受け止められる。

 「やるではないか」

 鬼人は受けた拳をつかむとそのまま背負い投げに移行し、パトリオットを背中から地面に落そうとする。だが、打ち付けられるより早くパトリオットの背中のブースターが作動し、彼の身体は反転する。

 「オオオオオオオオオオッ!!」

 気合一声と共に鬼人の後頭部に撃ち込まれるキック。鬼人はよろけるが倒れず、背後に回ったパトリオットに向き直り、それと共に手刀の一閃を振り下ろす。

 
ザンッ

 鋭利な刃となった鬼人の掌は、パトリオットの胸に一文字の切り傷を刻む。本来、それは首を掻き落とすための一撃。だが、バックステップが一撃必殺を完遂させなかったのだ。

 パトリオットは腰の脇についたボックスについたボタンの一つを押す。すると、彼の前にワイヤーフレーム状の走査線が走り、虚空から何かが出現する。

 「メタリックブレイカー!!」

 
ギュイイイイイイイイイイン!!!

 それは一丁の巨大なチェーンソー。パトリオットがつかむと同時に始動し、ブレード部に無数に並んだ刃が高速で回転を始め、禍々しい音色を上げる。

 「ウオオオオオオオオオオオ!!」

 咆哮と共に凶悪な破壊兵器を振り下ろすパトリオット。その一閃が、鬼人の胸を上下に引き裂く。舞い飛ぶ真紅の血飛沫。

 「ぐ・・・はあっ・・・」

 胴を深々と割られ、流石に呻きを上げる鬼人。だが、その容貌には未だ余裕に満ちた笑みが浮かんでいる。

 「どうだ! これがアメリカの正義の力だ!!」

 チェーンソーを構えるパトリオットを見据え、傷口を押えながら鬼人は呟く。

 「ふ・・・流石にこのままでは辛いな・・・」

 「負け惜しみか? 見苦しいぜ!!」

 「負け惜しみは負けてから言うものだ・・・力を解放するのさ・・・貴様がそうしたように」

 「何・・・?」

 訝しげな声を発するパトリオット。しかし鬼人はそれに応える事無く天に掌を翳して声を張り上げる。

 「我が名はダグザ!! 魔帝国六大魔王が一人、百鬼戦将ダグザ!! 魔界において至高なる神ベトニウスよ!! 我らが偉大なる主君、竜魔霊帝よ! 加護を!!」

 その瞬間、鬼人・・・百鬼戦将ダグザを中心に赤と黒が混沌と交じり合った空間が周囲に広がり、やがて視界の全てをその二色の揺らめきが覆ってしまう。困惑するパトリオット。

 「こ・・・これは・・・」

 「フ・・・」

 対する百鬼戦将は不適な笑みを浮かべた。





 同刻・・・ドイツ・・・シュバルツシルト近傍湖畔。

 湖畔の上に立つ二つの人影。一方は人のフォルムにバッタのディテールを備えた異形。全身を覆う外骨格は周囲の木々と同じ濃い緑。背中からは四枚の薄羽が開き、太陽光を受けて煌いている。

 「美しい自然を汚すことをオレは許さない・・・!」

 もう一方は女性・・・青みがかった白いマントで長身を包み、肩にはホルンを思わせる無数の金属パーツを備えている。彼女は薄い微笑を浮かべながら両手にリュートを抱え、先ほどよりそれを奏でていた。

 「・・・無粋ね。私は楽士・・・森に歌い小鳥と共に奏でることが、人生の旋律。それに・・・自然を汚している・・・なんて思うことこそが、そもそも人間の傲慢じゃなくて?」

 「何・・・?」

 「フフフ・・・貴方、仮面ライダーテラといったわねぇ? 大地と心通わせ、天然自然を守る戦士って・・・でもねぇ、フフ・・・貴方が聞いている声なんて、実はほんの囁き・・・それも貴方の無意識で取捨選択された、貴方に都合のいいものでしか無くってよ・・・」

 「・・・!」

 「図星・・・かしら? そうよねぇ・・・本来、この森は安らかに死を迎えるはずだった・・・でも、貴方たちは、自分の都合で、自分が殺しかけたこの森を、無理やり棺桶から引きずり出した・・・ああ、哀れなるは木々に宿るドライアドと妖精たち・・・ね」

 そう言って、ひときわ高い音色をリュートで奏でる女楽士。それに同調するように、森の梢がざわざわと音を立てる。

 「例えそうだとしても! その悪しき音色でこの森の生き物の在り様を歪めることは許されない!」

 「あらあら・・・可哀想に」

 「ほざくな! この森を歪めるその音色・・・止めないというなら、オレは貴様を倒す」

 「野暮な人ね・・・怒りに理由を付けて正当化してないで・・・思うがままに自己を表現したらいいじゃない・・・それが芸術よ」

 「行くぞ!!!」

 咆哮を上げる仮面ライダーテラ。次の瞬間、彼のいた場所が爆発したように水柱を上げる。強烈な脚力で水面を蹴り、跳躍を行ったのだ。空中高くに現れる黒緑の影。彼は背中より伸びる四枚の翅で大気を切ると、女楽士に向かって急速に降下する。

 「フライングマッハチョォォォォップ!!!!」

 肘から先に生えた無数の棘。それが、刃の輝きを放って女楽士の姿を映す。テラの腕は凄まじい破壊力を持った剣の一振りとなって撃ち込まれる。

 
ドオオオオオオオオオオォォォォォォォ・・・

 立ち上る巨大な水飛沫。テラの一撃に湖が割れ、轍が対岸へと延びる。音速を越えた攻撃に、空気が揺れて森がざわめく。

 「・・・ウフフ、騒がしいのね」

 真横から響く女性の声。テラは驚愕と共に声の方向を見る。そこには女楽士が平然・・・いや、悠然と佇み微笑んでいる。自身の目を疑うテラ。今ほど、彼は確かに一撃が学士を捉えたのを感じたのだ。

 「どうしたの? そんなに大きく目を見開いて・・・あら、いけない、元から大きかったわね。ウフフフ・・・御免なさい」

 「おのれっ!!!」

 拳を固め、それを繰り出すテラ。楽士はそれを避けようともせず、そしてパンチは彼女の腹部へと突き刺さる。肉の潰れる感触。その一撃は細身である女楽士を確かに貫いた。だが・・・

 「精が出るわね・・・シャドウボクシングですか?」

 「な・・・」

 だが、またしても拳は楽士の打つことなく傍の虚空を穿つのみだった。

 「馬鹿ね・・・」

 憐れむ様に嘲笑を浮かべる女楽士。テラの巨大な複眼が怒りの赤い色に一瞬で変わる。

 「このぉっ!!」

 更に繰り出される拳。そして蹴り。時には翅さえ使用した乱打が女楽士に撃ち込まれる。しかし何れも肉を抉った感触のみで、楽士に傷一つさえ付けることは出来ない。急激に消耗していくテラ。身体の捌きが空振り毎に如実に悪くなっていく。

 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 「どうなさったの? 大地の守護者・・・さん? 息が切れてるようだけど・・・」

 「く・・・幻惑・・・か」

 「あら・・・やっと気づかれたのね。そう、貴方は惑いの音色に踊っているの・・・滑稽なダンスをね。なぜなら貴方は道化だから」

 そう言ってまた、楽士はリュートを弾き鳴らす。ハッとして耳を押えるテラだが、嘲りの笑い声が再び響く。

 「馬鹿ね・・・耳なんて塞いでも、芸術を無視することなんて出来ないわ」

 「く・・・」

 「諦めなさいな・・・貴方では私に勝てないわ。ここで美しい死に様を得るのも一つの芸術よ」

 「だ・ま・れ・・・!!」

 怒声を上げるテラ。腹部に備わった風車状の器官が赤く輝きながら回転し、周囲の空気を吸収していく。それに伴う様に彼の姿が変わっていく。

 濃緑色だった全身は、若葉の様な鮮やかな黄緑へと変色し、やがて玉虫の様な虹色の金属光沢を帯びたものへと変わっていく。更に全体のラインも鋭角的に引き締まったものへと変化し、より人間に近いものとなる。そして最後に膝の外骨格が隆起し、其処に曲線を帯びた刃を形成する。

 「仮面ライダーテラ!! カラミティフォーム!!」

 
ブワァッ

 テラが叫ぶと同時に彼の全身から不可視のエネルギーが辺りに噴き出す。彼を中心に風が渦巻いて空気が低い唸りを上げる。

 「あら・・・」

 まるで他所事の様な声を上げる楽士。だが、直後、テラは瞬時に彼女の間近に迫っている。繰り出される拳。最初に放たれたそれとは比べ物にならない威力。彼女はそれを見て取ることが出来た。同時に、それが彼女自身を確実に叩くことを。

 「えいっ」

 リュートをかざし、テラの拳を受ける楽士。形容し難い超前衛的な音色と共に彼女の愛用する弦楽器は砕け散り、その後ろの楽士・・・までは貫かない。

 ふわり・・・という擬音が似合う柔らかさで後方に跳躍し、再び水面に彼女は降りる。全身から噴き出す強烈な風のエネルギーが催眠音波を完全にシャットダウンするバリアとなったのだ。

 「これはあまりいい具合ではないわねぇ・・・」

 「オレがこの姿になった以上、お前は確実に倒される! 行くぞ!!」

 跳躍し、再び楽士へと迫る仮面ライダーテラ。繰り出される拳。楽士はそれを避けようと動くが、間に合わない。鈍い音が響き、弾き飛ばされる。彼女の身体は何度も水面を跳ね、やがて岸を越えて木に衝突する。

 「ごめんなさいねぇ、精霊さん」

 拳の一撃が、遂に楽士を捉え、その上に痛打を与えた。余裕溢れる言葉を発するが、幹に寄りかかったまま、中々立ち上がることが出来ない。

 「流石にこの姿じゃ駄目ね・・・」

 苦笑を浮かべる楽士。彼女は静かに掌を空に翳すとまぶたを閉じる。

 「我が名はモリガン。魔帝国六大魔王が一人、妖麗楽士モリガン 魔界において至高なる神ベトニウスよ・・・我らが偉大なる主君、竜魔霊帝よ・・・加護を」

 何かを唱え始める楽士・・・妖麗楽士モリガン。それを好機と捉えたテラは、楽士の対岸に向かって飛び、同様にある木の幹を踏み台にすると、楽士に向かって一直線に飛ぶ。

 
キィィィィィィィィィィィィィィィィン!!!!

 発生した衝撃波が湖を激しく引き裂き木々を揺らす。

 「クルゥゥゥゥゥズキィィィィィィィック!!」

 音速の刃へとその姿を変えるテラ。だが、突如、彼の周囲の空間が赤と黒のマーブルに変わっていく。それは妖麗楽士モリガンを中心に周囲へ広がった謎の空間だった。

 
ドゴォッ

 交差の瞬間、身体を回転させて回し蹴りを放つ。モリガンへと撃ち込まれる必殺の一撃。高層ビルさえ真っ二つにする一撃の余波に凄まじい気流が生じる・・・だが・・・

 「いけませんね・・・」

 笑うように足の下から声が響く。

 「な・・・」

 「もし、森の中で使用すればひどい環境破壊ですよ?」

 テラの足はゆっくりと押しのけられた。





 同刻・・・イラク北部

 襲い掛かってくる、炎のような色の怪人たち。それが、マシンカノンの掃射によって爆発と共に吹き飛ばされていく。火炎が花と咲く砂塵の中、マントとターバンを帯びた褐色の甲虫を思わせる戦士が吼える。

 「お前たちを操っていたブラックジハードは滅びた! なのに何故未だむやみに戦いを広げようとする!! 暗黒傭兵団ゲヘナブレイド!!!」

 「フフ・・・わかってないわねぇ」

 応えるように炎を突き破って現れる大男・・・のようなもの。上段から唸りを上げて振り下ろされる日本刀を、褐色の戦士は二の腕に装備された三本のブレードで受ける。

 「良くとめたわねぇぇぇ!!! ジハード!!」

 「傭兵団司令ヌァザ!!!」

 歓喜の声を上げ甲虫の戦士を呼ぶ大男のようなもの。それに怒声で返すジハードと呼ばれた改造人間。のようなものといったのは、その姿が異様だからだ。二メートルに達する巨漢であるのに、その身体を包むのは炎を異称とした余りに鮮やかなドレス。着る男にも、この場所にもあまりに似つかわしくない。

 「戦うことをやめろ! お前たちの雇い主だった黒いジハードはもう滅んだんだ!!」

 「私達は戦うことが好きなのよ・・・弱い奴を踏みにじるのも強い奴と戦って血を熱く滾らせるのも・・・傭兵稼業なんてその口実にすぎないのよ」

 腕を振り、撃ち込まれたカタナを弾き飛ばすジハード。尚も切りかかろうとするヌァザとよばれた女装の男に彼は右手の指を向ける。

 ビュッ

 何か針のようなものが飛び出し、それが中空で巨大化し、結合して檻を形成する。だが、それは一瞬の時間稼ぎにもならず、叩ききられバラバラになる。

 「ただ戦うためだけの存在など・・・」

 怒りに満ちた声を上げるジハードに、ヌァザは嘲笑を持って応える。

 「無粋ねぇ・・・貴方のそのゴリゴリの身体だって、戦うためだけのものじゃない。貴方に他に何が在るって言うの・・・貴方が他に何をしてきたって言うのよぉ?」

 振り放った刀から衝撃波が放たれ、ジハードを襲う。ジハードはクラッシャー(牙)お開くと内蔵された超音波発振装置を作動させる。

 
ドォンッ

 爆発音。空気の塊が中空で衝突し、エネルギーが相殺される。

 「黙れオカマ野郎! 俺の身体は確かに兵器の塊だ・・・だが心までそうなったつもりは無い!! 心まで兵器に成る等・・・ありえない!!」

 拳を握り、それを撃ち込むジハード。しかしヌァザは軽やかに跳躍すると彼の腕に着地する。

 「何度いったら判るのかしら・・・私はオカマじゃないって。単に女装とオネェ言葉が好きなだけで、ちゃんと女の子が好きなのよ」

 「茶化すつもりか!!」

 腕を振るジハード。ヌァザの身体はその巨体から想像できない軽やかさで宙に飛ばされる。彼は空中で回転すると、体勢を整え、刀の切っ先を向けたまま急降下してくる。

 「あら・・・違うわよん。ただ、価値観は人それぞれねってハナシ。それだけ」

 ドゴォッ

 砂柱が立ち上がる。物理法則を無視したその一撃をジハードは背後に跳躍して避け彼は左腕をそこに向ける。肘から先が内部ギミックによって展開し、一秒足らずで大口径を備えた砲になる。

 「あら・・・抜けないわね」

 砂に食いつかれ、剣を抜くことに四苦八苦するヌァザ。エネルギーをチャージするジハード。砲口の奥に光が灯り、空気中の分子がイオン化してオーロラ状に輝く。

 「・・・プラズマブラスター!!」

 砲口部分の大気が急激に膨張し、直後、爆音となる。それと同時に、放射される光の帯。それは超高温・超高圧のプラズマのジェット流だ。地上に存在するあらゆる物体を貫くことが出来る光の弾丸・・・しかし・・・

 「なんの! プラズマ無刀取り!!」

 気迫の声と共に、ヌァザは両手で挟み込む様にプラズマジェットを受け止める。

 「な・・・」

 驚愕の声を上げるジハード。更にヌァザは、受け止めただけでも非常識なのに、それを投げ返してくる。逆に襲い掛かるプラズマ。超高温の弾丸の直撃を受け、彼の装甲表面で爆発が起きる。

 「うわああああっ」

 砂の上に倒れ伏すジハード。電磁的な加工が施されているため、内部機構の破壊は免れたが、直撃した部分の装甲は溶解し激しく爛れている。

 「く・・・馬鹿な・・・」

 「何時までそんなことやってるつもりぃ? 本気出さないとあんた死ぬわよ」

 ヌァザは引き抜いた剣を肩にかけると気だるそうに促す。

 「く・・・あまり気は進まないが・・・!!」

 彼はベルトに付いたポケットから二枚のディスクを取り出すと、それをバックルの脇についたスリッドに差し込む。高速で回転が始まり、データが彼の体内に流れ込んでいく。

 「ウオオオオオオオオッ」

 それと同時に彼の身体に変化が訪れる。足を包んでいた布の様な質感の装甲ははじけてとび、人工筋肉が膨張硬化して代わりに脚部を覆う。更に背中の装甲が弾け、内部からは四枚の長い羽が伸びる。修復用ナノマシンが、ジハードの新たなる本来の姿へと再構築を行っているのだ。

 ジハード・・・本来その名前は仮面ライダージハード単体を指す名前ではなかった。秘密結社黒いジハードが造り出した三体のトライアルタイプ、ジハードシリーズ・・・その一体が彼、仮面ライダージハード=ジハード・スカラベスなのだ。

 彼が装填した二枚のディスクは残り二体のジハードタイプ・・・ジハード・ホッパーキングとジハード・ドラゴンフライのデータディスクだ。ジハードタイプの改造人間は各々が持つ特化した性能を生かした戦闘による成長をデータとして記録し、それを統合することで最強の改造人間を生み出すことを目的としていたのだ。

 やがてジハードの変形は終わる。甲虫と蜻蛉と飛蝗の特性を併せ持ったキメラの改造人間の姿に。

 「はあ・・・はあ・・・」

 「すごいわねぇ・・・流石、最新技術の粋ってところかしら」

 「行くぞ!!!」

 「いらっしゃ〜い」

 跳躍・飛翔・・・強靭な脚力による凄まじい加速で上空に飛び上がり、更に翼が空を切り裂いて急降下する。迎撃するように剣圧を飛ばしてくるヌァザだが、そのことごとくがジハードの火器によって相殺され、迎撃を果たすことは無い。

 一気にヌァザへと肉薄するジハード。右膝を顔面に叩きつけ、そのまま太腿内部に格納されたミサイルを撃ち込む。

 「ミサイル白刃取り!!」

 それすらも挟み込み受け止めるヌァザ。だが投げ返すのをジハードは許さない。更に左ひざに格納されていたマシンカノンが火を噴きミサイルを強制的に爆発させる。炎に包まれるヌァザ。

 「やるじゃなぁぁい」

 爆発の中から現れるヌァザ。だが、彼の身体はおろか、ドレスにさえ焦げ目一つ付いていない。ヌァザは刀を振るう。逆袈裟に振り上げる斬撃。絶妙のタイミングで放たれた剣だが、それも空を切る。

 翅で空気を打ち、足で空気を蹴り、凄まじい速度で空を舞うジハード。

 中距離から常にマシンガンで牽制し、近付けば翅による高速機動で避け、遠距離からミサイルやプラズマを見舞っていく。ヌァザは攻防速を備えたジハードに対し、余裕の表情こそ崩さぬものの徐々に消耗を強いられる。

 「あらん・・・なんか不味いわねぇ」

 「このまま止めを差す!」

 空中に静止し、ジハードはヌァザのほうに身体を向ける。

 「ウェポンラング展開!!」

 その声に答え、彼の胸を覆う装甲が開いていく。そして内部から現れるのは無数の砲口。彼の全身のエネルギーが胸に向かって収束し、左側は赤く、右側は青白く輝く。

 「ハイブリッドブラスター発射!!」

 カッ

 砲口から迸る無数の光線。それらはやがて収束し、蒼と赤、二色の極大光線となる。

 「光線無形の位!!!」

 襲い掛かる二条の光。それをヌァザは剣で受け止めようとする。

 「こんなもの・・・こんなもの・・・ッ!!」

 莫大な光量の柱が立つ。闘気の込められたヌァザの刀は暫時の間、光線を押し留めていたが、やがて全体に皹が走り切っ先から崩れていく。超低温レーザーと、超高温のレーザーの照射・・・急激な温度差がもたらす熱疲労によって、分子レベルで崩壊しているのだ。

 「そんなに戦いが好きなら! 地獄でやれ!!」

 「ぎにやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 光に飲み込まれるヌァザ。赤と青の中でシルエットと化す・・・だが・・・

 「くぅぅ・・・我が名はヌァザ。魔帝国六大魔王が一人、煉獄剣王ヌァザ・・・! 魔界において至高なる神ベトニウスよ・・・我らが偉大なる主君、竜魔霊帝よ・・・加護を」

 超低音と超高温に晒されながら、そう叫ぶヌァザ。直後、彼を中心に赤と黒が不気味にマーブルした空間が、砂漠と夥しい死体を覆い隠していく。

 そして、視界一面をその赤黒い領域が覆ったとき、高らかにヌァザの声が響く。

 「秘儀! 光線一刀両断!!」

 ザン!!

 振りぬかれる何か。直後、あろう事か直進するはずの二条のレーザーは断ち割られたように軌道を変え、明後日と一昨日辺りの方角へと消えていく。

 「な・・・」

 「真打登場かしらん・・・文字通り、ね」

 やがて光の中から現れた異形の影は、ヌァザの声でそう言った。





 同刻・・・フランス・・・パリ郊外


 立ち塞がる黒い影。暗黒魔法によって人の形を得た邪悪な霊たち。組み込まれたスペルが発動し、魔力が紫色にぼうっと燃える。それは弾丸となり、黒々とした闇の塗りこめる廊下の上を走る。

 飛跡に燐光を残して飛ぶ、魔力の炎。それに照らされ闇の中に美しい騎士の姿が浮かび上がる。火球を手にした剣で薙ぎ払う騎士。彼ではない・・・その流麗なラインは女性のもの。淡いオレンジに輝く鎧と、スズメバチを思わせる精悍なマスクには鮮やかな茜色の複眼が光を灯らせる。首には身の丈ほども在るマフラーを巻き、それが背後に向かって伸び、独特のシルエットを成す。

 魔力から新たなる炎を紡ごうとする悪霊たち。だが、それより速く、彼らの首は胴から切り落とされている。

 一閃。

 剣の一振りによって、彼女は悪霊をあるべき死の世界へと還す。

 バン!

 勢い良く扉を開く。殆ど叩き割るように。樫で造られた扉の先は礼拝堂。美しいステンドグラスに彩られ、その教団の巨大なシンボルが掲げられた礼拝堂・・・

 彼女が・・・仮面ライダーエルがそこで見たのは、余りに凄惨な光景だった。

 「フフフ・・・」

 祭壇の前で、一人笑う女性。金糸の豪奢な刺繍が施された黒い法衣を身に纏っている。

 少女といってよいかもしれない。黒髪に黒い瞳。あどけない表情には無邪気な微笑を浮かべている。

 「遅かったのね、エル。もう、儀式は終わっちゃったわよ」

 「・・・よくも!」

 「ウフフ・・・残念ね・・・守れなくって。彼らは全てベトニウスの神の御許へ旅立ったわ」

 安らかな顔の信者たち。その胸には赤く彩られた短剣が突き立てられている。信者が自らの手によって突き刺したのだ。少女の名はダーナ・・・昨今、フランスを拠点としてヨーロッパ全土に勢力を拡大する新興カルト教団の長だ。

 「見なさい、エル。とても幸せそうな顔よね。平穏を不幸だと思っていた彼らにとって、ここでの生活はとても幸せだったのよ」

 「・・・!!」

 「でもバカよね・・・儀式の生贄に必要だっていったら、迷わず死ぬんだから。別に、儀式を行うなんて一言も言ってないのに」

 「貴方は・・・!!」

 「クスクスクス・・・バカよねぇ? 貴方を誘き寄せるための餌になってくれるんだから」

 「人を惑わせ暗黒道に導く邪神の使徒・・・私は貴方を許さない!」

 エルは怒りの声を発し、拳を構える。それを嘲る様に笑うダーナ。

 「くすくす・・・貴方たち正義の味方さんたちは前振りが長くて良くないわ・・・許さない、と思ったら既に行動は済ませてないと・・・ね」

 そう、ダーナが掌を翳した瞬間、エルが立つ場所が黒色の炎で爆発を起こす。だが、その黒い炎はエルを焼くことは無い。光の薄膜が彼女の身体を覆って炎を絶えず弾いている。

 「ダーナ!!」

 「あら・・・あらあら」

 額に張り付いたプレートに触れる仮面ライダーエル。するとプレート表面に刻まれた文字が発光し、彼女の掌に放電現象が起こる。

 【THUNDER‐COMMAND】

 何処よりか響く無機質な声。それと同時に彼女は掌を床に押し付ける。

 バリバリバリ!!

 エルの手に満たされていた電気エネルギーが床に向かって放射され、蛇の様に這いながら暗黒の神官へと襲い掛かる。

 「“黒の香”・・・」

 スッと人差し指を振り下ろす。と、闇の様な黒いものが迫る電撃の軌道上に現れ、電撃を吸収してしまう。だがエルは既に第二撃を繰り出している。朱の影がステンドグラスの輝きを遮り、空中から襲い掛かるエル。旋回し、彼女はダーナに踵落としを見舞う。反応が間に合わないのか彼女は防御すらしようとしない・・・だが・・・

 「!」

 エルの攻撃はダーナを捉えない。ダーナに至る寸前で衣の様な何かが押し留めている。無数の獣の姿が表面に亡霊のように浮かび上がった薄い布地・・・それがエルの強烈な一撃を防いでいるのだ。

 「“死出の鏑矢”」

 ドカドカドカ!!!

 一瞬、ダーナの影が蠢く。直後、其処から撃ち出される無数の黒い弾丸。それが、連続してエルに突き刺さり、彼女を撃ち落す。

 「くっ・・・」

 「“魔神の手”」

 更にダーナの背後の空間を突き破って巨大な黒い腕が現れ、エルに襲い掛かる。再び彼女は額のプレートに触れる。

 【OMEGA‐COMMAND】

 「はああああああああああああっ」

 エルの全身が激しく発光し、それが収束しあたかもレーザーの様になって迸る。それは、闇で構成された巨腕と衝突すると凄まじい衝撃を発し礼拝堂を激しく揺らす。法力が魔力に対して相克現象を起こし、魔力を物理的なエネルギーに変換して周囲に発散しているのだ。即ち、光線が黒い腕を引き裂いてダーナに迫る。

 「クス・・・」

 直前に迫る破壊の波動に対して微笑を浮かべるダーナ。

 「“宵色のウェディングドレス”」

 ふわりと右手を振るうダーナ。その瞬間、礼拝堂全体にベールのような黒い闇が舞い降りる。すると、先ほどまで死を迎え安らかな表情を浮かべていた信者の目に不気味な光が灯り・・・立ち上がる。

 「ネクロマンシー(死者蘇生)!」

 「そう・・・そして・・・」

 蘇った信者たちは既に死んだとは思えない瞬発力で跳躍し、あるものは光線の射線上に躍り出て、あるものはエルに組み付いていく。死者の身体で威力を減衰され弱まる光線。それは徐々に黒い腕に押し返され、組み付かれたエルは避けることに遅れ、飲み込まれる。

 「ああああああっ!!」

 闇が彼女の全身を締め付け、薄い朱のかかった鎧に無数の亀裂を走らせる。やがて、黒い腕は注ぎ込まれた魔力の全てを使い果たし、ボロボロになった彼女を放ると虚空へと消えていく。

 「く・・・」

 「意外とあっけないわ。ま、楽でいいけどね」

 黒衣の教母はそう言うと、六つの点を虚空に魔力の光で灯し、それを結ぶ様に星を描く。そして、ダーナは歌うように呪文を唱える。


 
大気に眠りし

 朽ちたる神の亡骸よ

 大地に眠りし

      原初の悪鬼の怨嗟の叫びよ

 集いて炎の標に因り

      地獄の扉の閂を外せ

 彼女の言葉と共に、床から、空気から、血の様な色をした光が染み出し無数の光球を形成する。

 「これは・・・」

 「地中や空中に存在する特定の物質を収束し、結界内で強力な炎を生み出す禁呪法・・・貴方たち人間には“核融合”といえば解り易いわね」

 「な・・・!」

 アデュー、仮面ライダーエル」

 驚愕するエルにダーナは別れの言葉を告げると、収束した魔力を解放する最後の呪文を発する。

 「“嘆きの太陽”」

 
カッ・・・!

 無数の魔力球は一瞬より更に短い時間で、エルに向かって集束し、その質量をエネルギーに変換する。赤は青白い光へと変化し、見えざる結界によって眩く輝く小さな太陽となる。しかし・・・

 「まけるもんかぁぁぁぁぁぁ!!!」

 あらゆるものを確実に電子と原子核まで分解してしまう膨大な熱量・・・にも拘らず、それを突き破ってエルの腕が現れる。

 やがて、光は急速に萎み出し、見る間に縮んで・・・やがて消える。そして魔力結界が打ち破られ、エルは再び現れる。だがその姿は、これまでのエルのものではない。先ほどまで薄くオレンジがかっていた全身はメタリックな黒に変色している。

 「その姿は・・・」

 「太陽は我が神! そして黒は太陽の力を余す事無く吸収する色・・・あなたの生み出した偽りの太陽は私が飲み込んだ!!」

 「嘘でしょ!!?」

 「私は偽りを吐かない。そして今、あなたが生み出した太陽の力が、私の力になっている!!」

 ぼうっと金色に輝くエルの拳。直後、いつの間にか彼女はダーナの眼前に現れている。繰り出される拳。先ほどと同様に虚空から布が現れそれを遮ろうとするが、金の輝きを帯びるその一撃を完全無効化できず、ダーナは吹き飛ばされる。

 「くうっ」

 蝙蝠を思わせる教団のエンブレムの表面に着地するダーナ。直ぐにでも追撃してくるだろうエルに備え、視線を四方に這わせるが、エルの姿はどこにもない。直後、ダーナの足元が裂けて漆黒の戦士が現れ、彼女を地面に叩きつけようと投げつける。

 「あなたも道連れ! “臓腑の蛇”」

 ダーナの眼前の空間が歪み、そこから肉を出鱈目に継ぎはいだ蛇のような生き物が現れ、エルに襲い掛かる。

 「ハアアアアアアアッ!!」

 だが、蛇はエルが気合の声と共に発した光によって泡となって消える。

 獣の布によって落下の衝撃を無効化するダーナ。だが、脅威は直ぐに直上から現れる。唸りを上げ襲い掛かる飛び降りざまのキック。かろうじてそれを避けるダーナだが、爆発の中に再びエルの姿が消える。

 「なら・・・“沸き立つ者”よ!!」

 掌を地面につくダーナ。そこを中心に魔方陣が礼拝堂内に画かれ、悪霊の様なものが染み出るように出現する。その悪霊のようなもの立ちは死体や礼拝用の長椅子、銀の燭台などそこら中にある様々なものを無造作に食い散らかし、そして、エルにも襲い掛かる。

 「煩ぁぁぁぁぁぁぁい!!!」

 【SERVANT‐COMMAND】

 無数の光の玉が彼女の全身から出現し、それらが自身の意思を持つように襲い掛かる悪霊たちを撃墜していく。

 【FIRE‐COMMAND】

 更に炎を噴き出すエルの右足。彼女は高く跳躍すると、空中で回転し、そこから右足をダーナに向けて滑空するように急降下する。

 「フレアーピアス!!」

 ゴォォォォォォォォ!!!!

 燃え盛る漆黒の火球となってダーナに襲い掛かる仮面ライダーエル。獣の布でそれを遮ろうと試みる黒衣の教母だが、その威力は余りに大きく布によって押しとどめることは出来ない。衝撃が彼女の胸に炸裂する。

 「ああああああああっ・・・」

 ドゴォォォォォン

 炎のキックを受けて爆発を起こすダーナ。仮面ライダーエルは炎を引きながら降り立つ。

 炎はやがて礼拝堂内に広がり激しい焔となって天井まで焼き払っていく。だが、その炎の中から足を引き摺る様にダーナは現れる。

 「油断したわ・・・」

 「・・・」

 「見せてあげる・・・私の本当の力」

 「!」

 すっと掌を燃え上がる天井にかざすダーナ。彼女は瞑目すると、呪文とはまた異なる音律で唱え始める。

 「我が名はダーナ・・・魔帝国六大魔王が一人、霊衣神官ダーナ。魔界において至高なる神ベトニウスよ、我らが偉大なる主君、竜魔霊帝よ・・・加護を」

 燃え上がる炎が、炎とは異なる赤にかき消されていく。深い闇が、闇とは異なる黒に塗りつぶされていく。赤と黒が混在した異様な領域が燃える礼拝堂を包み込んでいく。

 そして、すべての色が赤と黒に覆われたとき、ダーナを包んでいた炎は完全に消え去る。

 「・・・ショウの時間よ」





 同刻・・・ヒマラヤ山脈チベット近傍

 「・・・俺の城になんのようだ? このスカシ野郎」

 ぶっきらぼうに問う、青年の声。髑髏か、或は昆虫を思わせる二本の角がついた仮面。全身を覆う金色の皮膚。その上からは羽衣のような薄い衣服を纏っている。彼の名はルドラ。インドを中心に一定の勢力を誇る戦闘集団「シバの瞳」の現首領だ。彼は、彼が座る玉座の前に立った男に向かって、そう問いかけた。

 「野暮だな・・・わざわざ言わなくても判ってるだろう? 我が強敵(とも)・・・君との決着を付けに着たのさ」

 科学者風の白衣を身に着けた優男。濃いサングラスを帯びてその目は見えないが、代わりに目の形をしたアクセサリーを無数に付けている。

 「なのに誰も彼も邪魔をするもんだから、みんな石になってもらったよ。ライバル同士のバトルに茶々をいれたものには相応の罰を受けてもらわないと」

 ルドラは男の名を知っている。マナ=N=マックリール。狂気の魔導科学を研究する「秘密研究機関ティル・ナ・ノグ」の局長を務める男だ。この「秘密研究機関ティル・ナ・ノグ」と「シバの瞳」は敵対関係にある。即ち、両組織のトップが顔を合わせる形となった・・・

 「ふざけるな。お前がそんな仁義を弁えるタマか・・・単に殺しを楽しみたかっただけだろう」

 「ハハハ・・・ばれてたか。ま、本来の目的は他にもあってね。ボクの組織の今後のために、君らの活動源であるシバの瞳がどうしても欲しくってね」

 そう言ってルドラの額を指差すマックリール。其処には両の複眼とは別に三番目の単眼が埋め込まれており、それがぎょろりとマックリールを睨み返す。

 「シバの瞳を・・・?!」

 「そ・・・本当はレグナムクリスタルとか欲しいんだけど、あっちはそろそろ手に入れるのが難しくなってきたからね」

 「なるほどねぇ・・・てめぇの組織で造ってる化物どもにそいつを組み込むってわけか」

 「流石はルドラ・・・話が早い。というわけで、君の瞳ももらうよ」

 言うが早いか、マックリールは虚空から銀色に輝く一本のメイスを取り出す。対する様にルドラの掌にも光が収束し、武器を形成する。両端が何本かの刃になった手に握って扱う短い棒状の・・・独鈷、或はヴァジュラと呼ばれる武器だ。

 「いくよ!」

 「来い!!」

 マックリールの姿が一瞬消えて、不意にルドラの眼前に現れる。振り下ろされるメイス。それをルドラは独鈷で受け止め、蹴り返す。しかしマックリールは地面を蹴ると、撃ち合わせた武器を支点に跳躍し、天井へと着地する。両者、一瞬視線を交錯させ、武器に力を込める。

 「ライトニングハンマー!!!」

 「嵐の矢ッ!!」

 
ドゴォォォォォオオオオオオオオオン

 マックリールのメイスから巨大な雷が、ルドラの独鈷から凄まじい嵐が吹き出し、両者の間で激突する。

 電光が嵐を切り裂き、逆に嵐が稲妻を飲み込もうと渦をなす。二人は、二種の力が激突しあう其処に向かって同時に飛翔する。

 ガキィィィン

 風と稲妻が吹き荒れる中、再度ぶつかり合う武器。いや、再度だけではない。何度も何度も武器の交差が起こり、その度に鋭い金属音が辺りに響く。

 ぶつかり合う武器が発する電気と風を受けながら二人の男は歓喜の声を上げる。

 「たのしいねぇぇ、戦いはたのしいねぇぇルドラァァァァッ!!!」

 「これでおまえがぶっ飛んでくれれば最高だぜ!! なあっ!!」

 回し蹴りがマックリールの腹部を捉え、彼を後方に吹き飛ばす。そしてまた、武器に力を込めるルドラ。

 「行くぜ!! 嵐の剣!!!」

 全身から風を放射し、猛烈な速度で襲い掛かるルドラ。

 「甘いねぇ! インパルスビュート!!!」

 そう叫んで杖を振るうマックリール。メイスの先端から稲妻が鞭状に放射され、迫るルドラに撃ち込まれる。

 稲妻の鞭がルドラに絡みつく。閃光が彼の身体を包み、骨まで透けるが、しかし彼は突進をやめない。

 「っておい!」

 「おぉぉぉまぁぁぁえぇぇぇもぉぉぉしぃぃぃびぃぃれぇぇぇろぉぉぉぉ」

 「うぎゃーーーーーっ」

 組み付かれ、自身もまた電撃に晒されるマックリール。其処に更に嵐の塊が叩きつけられる。

 「ぐあああああああああ」

 ボロ布と化して天井高く舞い上がるマックリールの身体。

 「サンダーボンバー!!」

 しかしそれでも反撃は忘れず、行う。稲妻の塊が降り注ぎ、それが床の構造材をプラズマに変えて爆発させ、しっかりとルドラにダメージを追加する。

 くるくると舞いながら、落ちてくるマックリール。全身黒焦げのルドラも爆発で生じた瓦礫の下から這い出す。

 「やるねぇ・・・流石にこの姿では勝てないかな・・・負けもしないけど」

 「フフフ・・・同感だ。俺も負ける気はしないが、完勝出来るともおもえねぇ・・・奥の手を使わせてもらう」

 「そうかい・・・じゃあボクもだ」

 二人の首領は自らの力を全開にするための儀式を始める。

 「来たれ! 破壊神の威力!!」

 ルドラの額にある第三の目が輝き始める。そして彼は薄布を脱ぎ捨てると叫ぶ。

 「踊りの王(ナタラージャ)! 川を支えるもの(ガンガーダラ)! 恩恵を与えるもの(シャンカラ)! 偉大なる苦行者(マハータパス)!」

 脚部から順に、腰部、腹部、肩と鎧のようなものに覆われていくルドラの姿。

 「獣の王(パシュパティ)! 偉大なる神(マハディーバ)! そして・・・恐怖の殺戮者(バイラヴァ)!!」

 更に上半身と頭部も新たなる鎧に包まれ、最後に巨大な弓矢が彼の手に握られる。

 「ほう・・・これがシバ・モードか。ならば・・・!」

 感心の声を上げるマックリール。彼は真っ直ぐに掌を空にかざし、言葉を発する・・・が

 
ドキュウン!!

 「て・・・うわ、なに?」

 彼に向けて巨大なエネルギーの塊が撃ち込まれる。身を捻って辛うじてかわすが、腹に焦げ目が残る。

 「な・・・なにするんだぼけぇ!!」

 「ばぁか、わざわざパワーアップするのを待つかよ。このままズタズタにしてやるから覚悟しな」

 「ひ・・・卑怯だろそれは!!」

 「悪の親玉に名に言ってやがる! しねしね〜」

 ドカドカと撃ち込まれるエネルギー弾。一発でも当たれば消し炭は残るまい。かさかさと逃げ回るマックリール。

 「ぎゃーーす! 何でボクだけ三枚目ですか」

 「はははは! 死にたくなければ逃げ回れ!! ほうれほうれ」

 
ドカドカドカドカ

 爆発が連続し、それでも器用に逃げ回るマックリール。

 「ふははははは! そろそろ諦めろ! これでどうだ!! 破壊の雨!!」

 
カッ

 閃光が迸りエネルギー弾が雨あられと放たれる。最早、逃げ場はない。マックリールはため息をついて諦める。無駄な足掻きを・・・ではない。目を閉じることを・・・だ。彼は迫るエネルギーの波濤に対し、徐にサングラスを取り去った。

 「・・・解放!」

 マックリールは、両目を見開いて、エネルギー弾を、見た。

 
ぶわぁっ

 直後、光を放ってマックリールに迫っていたエネルギーの玉は、雲が吹き散らされるように消えてなくなる。

 「な・・・」

 遮るものが無くなった両者の間、マックリールの視線はルドラを正確に捉えていた。

 「さよなら」




 「先生!!」

 「セ・・・センセ!!」

 全身を血に濡らしボロボロになった院長を見て、その病院の看護士や患者たちが悲鳴を上げる。

 死天騎士ケルノヌスは、先ほどまで死闘を繰り広げた相手、シャオロン=ブリッドマンを寝台に寝かすと、無言のまま立ち去ろうとする。

 「待て!!」

 患者の一人がケルノヌスに掴み掛かる。巨漢の、厳ついが人の良さそうな男だ。彼は怒りに震える声で問う。

 「てめえがセンセをこんなにしたのか?!!」

 「もし・・・そうだとしたら」

 「センセは俺たちの命を救ってくれた恩人だ・・・てめえがセンセをこうしたってんなら、オレは絶対ゆるさねぇ!!」

 「・・・」

 大男の問いに沈黙するケルノヌス。

 「何とかいえよオイ!!」

 「・・・私と彼とは戦士の誇りの下に戦い、そして私が勝った」

 「てめぇ!!」

 掴み掛かり、殴ろうとする大男。だがケルノヌスはさっと足を払い彼を転ばせると、医院を出て行こうとする。

 顔を真っ赤に染める大男。彼の姿は一瞬で猪の怪人へと変わり、ケルノヌスへ突進していく。が・・・

 キィィン

 「ぐほっ・・・」

 うめき声を上げて倒れる猪の怪人。しかし、牙は折られているものの、血は噴き出さない。

 「嶺打ちだ・・・奴に助けられた命・・・大切にするのだな」

 そう言うとマントを翻し出て行くケルノヌス。ドアを越えた後には白いスーツ姿の紳士へと姿を変えている。

 「・・・死に神が見逃すなんて珍しいこともあるのねぇ」

 リュートの音色と共に、響く優美な女の声。妖麗楽士モリガンが雑踏の中から現れる。

 「否・・・死に神は慈悲深い神と聞く・・・」

 それに対するような、野太い男の声。天を突くような巨漢は、百鬼戦将ダグザだ。

 「クスクス・・・どうせ死ぬのにね」

 茶化すような少女の笑い。霊衣神官ダーナが黒い衣をふわふわと揺らしながら現れる。

 「ま・・・どうでもいいわよん。後で楽しませてくれるなら」

 百鬼戦将と同等の巨漢が赤いドレスをまとって現れる。煉獄剣王ヌァザである。彼は辺りをキョロキョロと見回して言う。

 「あら・・・まだ、マックリールが来てないわね」

 「お〜い・・・」

 少々情けない声。やがて繁華街のほうから白衣をボロボロにしたマックリールが現れる。それを嗜める様に死天騎士は言う。

 「遅いぞ、邪眼導師・・・魔王たるものがそれでどうする?」

 「いや〜ちょっと手間取っちゃってさ」

 そこで、ふと気づいてマックリール・・・邪眼導師マックリールは問う。

 「あれ? ガウルンは殺さなかったのかい?」

 「ええ、なんでんも戦士の誇りだそうね」

 嘲笑を浮かべて言う霊衣神官ダーナ。マックリールは少々、不満げな表情をする・・・

 「ま、仕方ないか。どうせ彼は改造人間じゃないんだし」

 そう言って諦める。やがて死天騎士は五人を見回すと問う。

 「各々、首尾は?」

 「・・・完璧よ」

 「手に入れた・・・間違いあるまい」

 「これでしょ?」

 「問題ないわ」

 「なんとか・・・ね」

 各々が、何か文字の刻まれた黒い結晶の様な物を取り出してみせる。そして、それを見回した後、死天騎士もまた同様のものを取り出す。

 「これで六つ・・・必要量は集まったな」

 「あとは、本隊の準備が整うのを待つのみ・・・」

 「フフフ・・・間も無く私たち魔帝国ノアの地上侵攻が始まるのね」

 「腕が鳴るわぁ」

 「好き放題に実験できそうだね」

 「では、魔帝国ノアの必勝を祈願して、万歳三唱と行くか・・・」

 「「「「「いや、それはない」」」」」

 百鬼戦将の言葉を否定する五人の声が、香港の闇空に木霊した。




 そして再び東京・・・

 先ほどの靴屋の路地裏。騒ぎを聞きつけた警察の事情聴取から逃れるため、京二とスキンヘッドの男は此方の方に向かって逃げてきた。

 「世話になったな」

 京二はそのスキンヘッドの男・・・仮面ライダーアスラに向かって言う。

 「ああ・・・こちらこそな」

 そう返すと京二はにやりと笑うと振り返り、すっと腕を伸ばして時計を見る。

 「あぁっ・・・ヤバイ!」

 待ち合わせの時間は既に五分を過ぎていた。彼は、慌てた様に走って行き、そのまま表通りに消える。スキンヘッドの男は京二の後姿を、笑みを浮かべたまま見ていた。が、彼のお姿が消えるとやおら表情が鋭くなる。

 『あの人、解毒しようとしたとき、殆どニャおりかけてた』

 「コウか・・・」

 何処より表れたのか、足元に白い猫のような生物が歩み寄ってきて、人間の言葉で喋る。

 『あの人、人間じゃニャい臭いが混ざってた・・・若しかしたら、アギトやオルフェノクに目覚めかけてたのかも』

 アギト・・・オルフェノク。何れも数年前、突然変異として発生した人間の進化系・・・らしい。彼らは人間を遥かに上回る身体能力を持つらしいが・・・

 「いくらなんでもオルフェノクはないだろう・・・」

 『そうかニャ?』

 「わからん。だが、だから、勘違いしちまったってわけか・・・」

 『ただ単に元宗の早とちりじゃニャいの?』

 「うるさい! だが、あいつに人間以外の要素が混ざっているのは確かだ」

 茶化され、叫ぶスキンヘッドの男・・・元宗だが、直ぐに落ち着くと冷静に思い返す。

 『まあ、心配はニャいんじゃニャい? あの人、イイ人っぽいし』

 「・・・既に目覚めていて、猫を被ってるとも考えられるがな」

 コウは元宗の言葉に呆れた様に瞳孔を開く。

 『ニャ・・・元宗は人を悪く見すぎニャ。そんにゃんだから、友達できニャイ』

 「うるさい・・・だが・・・今はあんなやつにかまってる暇はないな」

 『にゃ』

 ふっと姿を消すコウ。仮面ライダーアスラ・・・元宗は、闇に包まれた静かな路地裏を歩いていった。



 ・・・瞬! ゴメン、待っただろう?

 ・・・京二さん・・・どうしたんですか?

 ・・・いや、ちょっと靴紐が切れてしまってね。しかし、悪い。

 ・・・だったら仕方ないですね。

 ・・・そう言ってくれると助かる。

 ・・・でもちょっと心配でした。

 ・・・ん?

 ・・・京二さん、誰か綺麗な女の人見つけてついていったんじゃないかって。

 ・・・しゅ〜ん、あんた俺をなんだと思ってるんだ。

 ・・・京二さんと、思ってます。フフ

 ・・・こいつぅ。ま、ハゲとは会ったけどな。

 ・・・ハゲは差別用語ですよ。毛がない人っていわないと。

 ・・・それはそれで酷いと思うがな。

 ・・・フフフ。それじゃ、行きましょう。早く行かないと映画が始まっちゃいます。

 ・・・おう。しかしよかったのか? こんな怪獣映画で。もっとロマンティックな恋愛モノとかあるのに。

 ・・・私、怪獣映画大好きなんです。

 ・・・てか、特撮モノとか全般的にスキだろう・・・全く、自分自身特撮系の癖して。

 ・・・戦いの参考になりますから。

 ・・・じゃあ恋愛モノを見て、俺とあんたの恋愛の参考にってのは?

 ・・・ウフフフフ、それは自分が考え出さなきゃいけないことですから。

 ・・・成る程、な。

 ・・・それじゃ、急ぎましょ、京二さん。

 ・・・ああ、そうだな瞬。







幕は開く。再び幕は開く。

血で血を洗う。

火で火を洗う。

憎悪と悲しみの戦いが、再び幕を開ける。

各々の不安を隠しながら。

各々の恐れを隠しながら。

二人の新たな戦いの日々が、また始まろうとしている。

願わくば・・・幸あれ。



<つづく>



唸らせろ 必殺技を唸らせろ

脅威のハッタリ唸らせろ

呼ぶぜ混乱 誘うぞ怒り

嘘八百を並べ立て 美味しい所を掴みどれ

オ! オ! プロフェッサー!

プロフェッサー伊万里!



【次回予告】


 伊万里京二・・・かつて竜王であったもの。

 その正体を知った元宗は瞬と激しく対立する。

 望まれないライダー同士の戦い。

 そして蠢く闇は遂に悪の毒花を萌芽させる。

 西の空は赤く燃え、空を漆黒の雲が覆うとき、

 地底より邪悪な方舟が浮上する。

 次回、“帰ってきた”仮面ライダー鬼神

 「神野江瞬最期の日?! 鬼神VSアスラ!」請う御期待!!





【後書き・座談会】

邑崎:タイムリミィィィッタイムリミィィィッタイムリミィィィッはちぃぃかぁぁいぃぃ♪

アベル:タイムリミィィィッタイムリミィィィッタイムリミィィィッはちぃぃかぁぁいぃぃ♪

邑崎:止ぉめろ止ぉめろ地球を止めろぉぉぉ♪

アベル:コンピュゥタァァに悪魔が宿るゥゥゥ!!

邑崎:どうも、皆さん。ビジター1のウッカリマンこと邑崎九朗です。驚きましたか? 唐突なる鬼神の再開でございます。ヴァリアント十話公開前にお送りしたかったのですが、不肖ゆえに遅れてしまいました。

アベル:まあ、唐突にこんなグダグダしたのを見せられたら驚くだろうね。ってか、ここは何処だい?

邑崎:これはようこそ、アベル。ここは妄想科学図書館内にある後書きルーム第三分室。小説の後書きとして座談会を行う場所ですよ。ちなみに現在第一分室は血だらけで使用できないらしいですが。

アベル:それって、まさか真・・・

邑崎:おっと、それ以上は言わないほうがいいでしょう。憲兵に死ぬほど銃弾を叩き込まれますからね。

アベル:むう・・・それより何故、今回から座談形式をとってるんだい? 

邑崎:外伝の後書きはただダラダラと反省点を箇条書きにするだけでしたからね。読んでくださった方に不快感を与えるだけだったかな・・・と。それと、本編中に出てくるキャラクターを余り使いたくなかったんですよ。

アベル:ふ〜ん・・・ってオレ、今回は出ないの?!

邑崎:予定はありませんね。

アベル:な・・・なんでさ!

邑崎:タイトルを良く御覧なさい。今回、「仮面ライダーヴァリアント外伝」と付いていないでしょう? 貴方は使いやすいキャラクターなのですが、逆にあなたが登場すると完全に伊万里さんとあなたの独壇場になってしまいますからね。

アベル:成る程・・・でもさ、ちょいやくでも駄目かい? やっぱり「お前を倒すのはオレだ」なんてやりたいし。

邑崎:あなたはそれをやろうとして嘘企画で失敗しているでしょう。その上、本編にも出ているのだから諦めなさ・・・って、なにをやっているんですか?!!

アベル:フフフ・・・これが二話以降の企画書か・・・ほう!これは二話の一シーンで使用するイラスト・・・! な・・・なんてこった・・・! 瞬ちゃんが!!

邑崎:あぁっ、返しなさい!!

アベル:酷い・・・瞬ちゃんの×××が××に×××れて××××から××××が一杯溢れて・・・! こんなものを・・・よくも!!

邑崎:お・・・落ち着きなさいアベル!! 誤解を招くような言動になってます!!

アベル:更に瞬ちゃんを×××するために京二さんが××××に××××する?! な・・・何考えてるんだ作者!! 出せ! オレを出せ! オレが出たほうがまだましだ! 出さないとガルムで引き潰すよ!!

邑崎:恫喝は止めなさい。それから誤解されるような表現も。何も、出さないと明言しているわけではありません。物語を進めるのに詰まったら・・・あるいは、必要になったら、自ずと出ることができますから。

アベル:出さないと、情報を登場人物にリークするからね。

邑崎:・・・

アベル:なんだよその沈黙は!! ま・・・いいや。それより今回の敵さん・・・偉くぶっとんだところから引っ張ってきたねぇ。地底世界・・・ねぇ

邑崎:ええ。この敵組織・・・これが今回、ヴァリアント外伝でない理由の一つですね。余りに大規模な敵対組織ですから。とは言っても一応、世界観は“外伝”の時と同様ヴァリアント・ゼン・ζとは繋がっています。

アベル:しかしまあ、自分とこのキャラクターとはいえ、ライダーをかませ犬にするのは不味かったんじゃない? それに鬼神って作品がバトルがメインの話であるのはわかるけど、ここまで繰り返しちゃ気持ち悪くなるよ。

邑崎:それは今回の反省点ですね・・・ですが、ここで彼ら六人の魔王の力の一端を見ておいて頂かなければ成らなかったのです。人間形態で仮面ライダーを圧倒し、怪人になればパワーアップしたライダーさえも寄せ付けない・・・

アベル:ジャンプ漫画並みにインフレがきそう・・・

邑崎:おだまんなさい。その馬鹿強い奴らを知恵と勇気で倒していくのが今回の主軸の一つなのです。

アベル:馬鹿といえば、落天宗の人たちは?

邑崎:フフフ・・・彼らもまたキーとなってくるのです。“外伝”では貴方に食われて影が薄かったようですが・・・

アベル:ふ〜ん・・・そういえば、アスラの人も影が薄いね。

邑崎:彼の場合、仕方がありません。“帰ってきた”に出た時点で、彼は京二の引き立て役・・・シャンゼリオンで言えば速水の役所と決定してしまったのですから。

アベル:速見とは・・・不憫な。

邑崎:もともと、京二の役どころはアスラ=本韻元宗がやる予定だったのですが、ストーリー上の都合により、彼を“外伝”に出せなくなってしまいましたからね。それの代打として登場したのが京二だったんですよ。

アベル:それが今や彼のほうが強いキャラクターになったと・・・まるでバカボン

邑崎:そういうことです。

アベル:かわいそうにね・・・ププ

邑崎:ではビジターの皆様、つたなく周期の長いものとなるかもしれませんが、また暫らく京二と瞬の物語にお付き合いください。

アベル:ヴァリアント本編十話とリンクしているネタもあるから、探してみてね♪


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