細く尖った月。死に神の鎌を思わせる冷たい輝きを湛えている。風はこの季節の常か強く吹き荒び、星は涙に濡れた様に瞬いている。そして夜空に浮かび上がるのは灰色の建造物。それが地上に見せている階層は七階。表面は一般的なコンクリート地で覆われ、くすんだ佇まいは学校か、或いは何かの研究所のようだ。柵が張られ、門には「宮内庁皇室史編纂局」と書かれた看板が貼り付けてある。

 一見、何の変哲も無いビル・・・都心部から僅かに離れた位置に建てられたその施設は、表向きはその名の示す如く宮内庁の有する史料の編纂業務を行う部署である。だがそれは仮の姿に過ぎない。その実は陰陽寮の本部施設であり、外敵からの攻撃に備えた兵装と装甲を備え、十数層に至る地下階に様々な施設を有する、日本におけるオカルト技術管理運営の一大要塞。そして・・・

 ・・・前置きは止めておこう。その真実の姿はやがて物語と共に明かされるのだから。

 門が開き、施設の敷地内に黒塗りの車が入ってくる。その車は建物の前につけると、後部座席の扉を開く。中から気だるそうに現れる、大柄な男・・・一瞬、月かと思わせる頭だが、生憎と今日はフルムーンではない。顔中に痣やら擦り傷をこさえたその男は、本韻元宗だった。

 「畜生・・・あの野郎」

 彼は頬に貼り付けた絆創膏を恐る恐ると触りながら、月並みな言葉を吐いて相手の無い罵りを行う。彼は先ほどまで(ほぼ)無実の罪で警察に囚われ、十数人の屈強な警官に取り押さえられ留置所に放り込まれていたのだ。

 「むかつくぜぇ・・・伊万里京二」

 そして、姦計により彼をその事態に巻き込んだのは、超考古学の分野では第一人者といわれる日本を代表する科学者・・・元宗にとっては気に食わないだけの悪役面男、伊万里京二だった。

 「ファァァァァック!!」

 叫びと共に、バシンと激しい音を鳴らして片方の拳をもう片方の掌に撃ち込む元宗。

 『下品ニャ真似は止せ、元宗。迷惑だよ』

 と、足元から声が響き、元宗を嗜める。彼が視線を下ろせば其処にはネコに似た小動物、共星霊獣と呼ばれる人工生命体、コウが彼の顔を見上げている。

 「お疲れ。アレは渡してくれたみたいだな」

 『勿論』

 胸を張るように猫背の上体を逸らすコウ。別段、彼は牛乳を飲んで皮肉を言うために京二と瞬に張り付いていったのではない。元宗が所属する陰陽寮とはまた別のオカルト技術管理機関である退魔衆連会の最高責任者・・・大僧正と呼ばれる・・・の命で預かったものを陰陽寮の局長である神崎紅葉に渡すためであった。

 『まったくこの忙しいのに、って厭味いわれたよ』

 「オレの所為じゃねぇよ・・・ったく」

 説明するまでも無いが、元宗が速やかに留置所から出る事が出来たのは神崎が警察機関に手を回したからだ。

 「それにしてもムカつくぜ・・・伊万里京二!!」

 『どうした元宗、そんニャにカリカリして。らしくニャいニャ』

 東京に来てから三枚目な役所を演じてばかりいる元宗。だが、本来の彼は三枚目を演じつつも「冷静」と分類されるタイプの人間なのだ。だが、今の彼は何処か落ち着き無く、口数も多く、血圧も体温も高い完全な猪突猛進型になっている。そんな何時もと違う相棒の様子に、人間の感情の機微が今一つ旨く把握できないコウは心配そうに聞いてくる。

 『瞬があの女妖人を庇ったのが許せニャいのか?』

 「それも・・・ある」

 頷く元宗。

 「前はあんな甘い真似をする奴じゃなかった・・・だが、今日のアレは何だ? 人に危害を加えた以上、あの女は敵なんだぞ・・・」

 『だけど、死人は出てニャかったみたいだぞ?』

 実際、あのホールで起こった事件では誰一人負傷者は出なかった。操られ、意識混濁していた人々にも後遺症は見られなかった。恐らく、一定の時間が経過すると体内で分解される特殊な薬物を恵美は用いたのだろう。最も、元宗は知らぬことだが・・・

 「それは結果論に過ぎん。若しあれが油断させる為の演技だったらどうするつもりなんだ・・・あいつは。アレ以上の被害が出たかもしれないんだぞ」

 『それこそ推論に過ぎニャいかも知れんニャ〜』

 「可能性があるなら、それを潰していくのがあいつの仕事だった筈だ。あんな、感情に振り回されたやり方、あいつらしくねぇ」

 『昔のあいつはどうだったとか、今のあいつはどうだとか、ヒトを過去形で語る様ニャ言い方は感心しニャいニャ。ぶっちゃけ失礼じゃニャいか』

 「だがそれ以上に許せないのはあいつだ・・・伊万里京二だ」

 (駄目だ・・・人のはニャし聞いちゃいニャいし)

 げんなりとした様子でため息をつくコウ。だが、熱を帯びた元宗はそれに気づいて様子も無い。

 「瞬は何故、あいつを庇うんだ・・・! あんなド糞外道を! 例え百歩譲って竜王に目覚めてないとしても! あいつの腐って捻じ曲がった根性・・・どう考えても人間じゃねぇ!! 何故、瞬は気づかないんだ・・・!!」

 ・・・・・・

 「ぶぇっくしょい!!」

 「・・・大丈夫ですか? 京二さん」

 「ああ・・・何かお約束っぽいな」

 ・・・・・・

 『根性曲がってるのは五十歩百歩だと思うニャ・・・』

 「誰の話だ?」

 『・・・こっちの話』

 ジト目で見られ誤魔化す様に答えるコウ。元宗は暫らく彼を睨んでいたが、やがて気を取り直し、京二の誹謗中傷(六割以上は事実だが)を再開しようとする。

 「まあ良い・・・兎に角、何で瞬はあんな奴を・・・」

 『ま・・・蓼食う虫も好き好きと言うからニャ』

 「? 何のことだ? コウ」

 独り言の様なコウの言葉。それが妙に気にかかったのか元宗は改めて聞き返す。

 『苦い葉っぱ齧るのも虫の好みだって諺だニャ・・・そんニャことも知らんのかニャ』

 「・・・馬鹿にするな。オレはそれをどう言う意味で使ってるんだ・・・って聞いてるんだ」

 『瞬の男の好みにについて、だよ。自分、霊獣だから人間の好みニャんて良くわからんけど、ま、瞬が好き好んで選んだんだし、仕方ニャいんじゃニャいのかニャ』

 「え・・・? は・・・? 何のことだ・・・? 言ってる意味が解らんぞ? コウ・・・お前、何のことを言ってる・・・?」

 『は・・・?』

 困惑した様子の元宗。だが、人間の感情の機微を完全に把握出来ないコウは彼のリアクションに逆に疑問符を浮かべる。

 「好き好んで選んだって・・・どういう意味だ? 何を、誰を好き好んだって言うんだ・・・?」

 『わざわざ改めて聞くようニャことか? 瞬が伊万里京二を好きだから、ああやって庇ってるんじゃニャいのかニャ?』

 「な・・・ば・馬鹿なッ!!」

 叫ぶように言う元宗。しかしその顔は蒼白になり膝はワナワナと震え全身に鳥肌が立ち、まるでその様子は明日世界が滅ぶと告げられたかのようだ。

 「そんな・・・嘘だ・・・嘘に決まってる! そうだ!! 獣畜生風情のお前なんかに恋愛感情がわかる訳無い・・・! お前の勘違いだ・・・!」

 『失礼ニャやつだニャ〜』

 流石に気分を害したのか狭い額に皴を寄せるコウ。一方、元宗の動揺の度合いは刻一刻と深刻さを増していく。

 「そうだ・・・嘘だ・・・有り得ない。宇宙犯罪者より有り得ない。って言うかぶっちゃけ有り得な〜い? マジで、いやマジで」

 最早、錯乱、と言って良いだろう。本韻元宗はこの手合いのキャラクターの常として比較的ニブチンに分類されてはいたが・・・流石に察する所が在ったのだろう。理解し把握する思考回路と、それを認めたくない感情がせめぎ合い、既に動揺は錯乱へとシェイプシフトして彼の内側の堰を切りつつあった。

 『・・・見てられニャいニャ〜』

 そして感情の機微を理解しないこの白い小動物の一言で氾濫は起きる・・・

 『マジもニャにも二人が言ってたよ。付き合ってるって』

 ド・・・

 心象表現・・・

 登場人物の精神状況を視覚的に理解させるため、漫画などでよく用いられる手法だ。時に雷が落ち、時に豆電球が灯り、時に山が噴火する。そして、今回、本韻元宗が受けた激しい精神的驚愕により引き起こされたのは・・・

 ガ〜ンッ

 コウは、元宗の禿げ頭に無数のクレーターがついた隕石がぶつかるのを見たような気がした。激しい衝突音が響くと、そのまま元宗は倒れ伏してしまう。

 『・・・どうした元宗? 突然倒れたりして。瞬だっておんニャのこニャんだし、別段誰と付き合おうが問題ニャいんじゃニャいかニャ〜』

 「ぐほ」

 コウの言葉が矢印となって元宗の胸辺りを貫き通した・・・様に見えたのは恐らく気のせいだろう。其処に、不意に少女の声が響く。

 「あれ? 本韻さんじゃないですか。それにコウちゃんも。今晩は〜」

 『今晩はマリア〜』

 金髪に碧眼。英国系ハーフの陰陽師、新氏マリアが足音も無く其処に現れていた。

 『どうしたニャ? そんな格好をして』

 彼女の格好はこれからコンビニに出かけるような・・・そんな格好ではない。編みタイツの様なインナーに、袖の付いていない深い黄土色の野戦服。背中には十字に小太刀を背負っている。これは彼女独特の戦闘スタイルだ。

 「これから訓練所に行ってシミュレーションやろーと思って。この頃、みんな相手してくれなくてさぁ」

 『ふ〜ん』

 「ところで本韻さん、どうしちゃったの? こんな所で寝ちゃって・・・風邪引くんじゃないの?」

 改造人間も風邪を引くのか・・・という疑問はあるが、一応アスラ=元宗は引く。因みに人間状態でも能力が飛躍的に上昇している鬼神=瞬はほとんどの病気にかかることは無いが、同じタイプでも人間時の能力増加が鬼神ほどではないアスラの場合、油断したら風邪を引いてしまうのだ。・・・最も、現在の話の流れには関係ないことだが。

 コウは元宗が6500万年前の恐竜状態になっている経緯を話す。

 『・・・と言う訳で、ニャぜかショックを受けて倒れてしまったという訳ニャ』

 「う〜ん、まあ、驚くかもね・・・昔の神野江先輩を知ってる人なら・・・。私もびっくりしちゃったもん。先輩が男の人と付き合うなんてー・・・って」

 ビクン、と身体を痙攣させる元宗。驚いて其方を見る一人と一匹。よく見れば床が何かに濡れている。認めたくない事実の追補が成され、流した涙が染みを作っているのだ。

 暫らく元宗を眺めた後、マリアはコウに目を向けると引き攣った笑みを浮かべる。

 「う〜ん・・・じゃあ言わないほうが良いかな?」

 『どういうことかニャ?』

 「先輩、あの有田だか波佐見だかと一緒に暮らしてるっていったら、流石に立ち直れないかな〜って・・・あ」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 言ってしまっている。あっさりと、マリアは口を滑らせてしまっている。

 『あちゃ〜・・・』

 陰陽寮本部の建物が揺れているようだった。元宗の放つ怒りの闘気によって。実は本当に揺れてるのだが。

 そして彼の周囲の光景が歪に捻れていく。

 「あわわわわわ・・・」

 ゆらり・・・と立ち上がる元宗。彼の双眸には深い怒りの炎が灯り、激しく燃え、表情は正にアスラ、いや阿修羅の形相・・・その様は今にも怒りの王子に目覚めそうだった・・・と後にマリアは述懐する。

 「・・・マリア、二人は?」

 「に・・・屋上にいると思う・・・思います」

 「・・・許さん」

 轟!と風を引き裂いてマリアの眼前から消える元宗の姿。

 『ニャアアア・ア・ア・・ア・・ア・・・ア・・・ア・・・ア・・・・ア・・・・・』

 後にはドップラー効果で波長が長くなるコウの悲鳴だけが其処に残った。

 「・・・」

 後はどうしろと言うんだ・・・一人残された彼女は呆然と思った。






 風が吹く度に揺れる髪を、彼女は手で押さえ、星と月の空を見上げている。何処か寂しそうな横顔。京二はそれを見ながら、静かに問う。

 「・・・気づいていたのか? 瞬。俺の身体のこと」

 「・・・ええ。京二さんと暮らし始めてすぐ・・・」

 「そうか・・・ゴメンな」

 苦笑。少し照れた様な、珍しい京二の表情。それを見て微笑む瞬。

 「いいんです。わかっていますから。京二さんは大丈夫だって・・・」

 「ああ・・・俺は、俺だ」

 そう呟いて、京二は彼女に歩み寄り、肩を抱く。伝わってくる体温と、心臓の鼓動。

 「・・・こういうシチュエーションは、ロマンティックだが・・・ちょっと冷えるな」

 「もう、12月ですから・・・でもこうしてれば、暖かいです」

 京二の肩に頭を乗せ瞬は呟くように、言う。

 「24日は・・・どうなってる? 瞬?」

 「未だ判りませんけど・・・何も無ければ、お休みです・・・25日も」

 「俺達の始めてのクリスマスだからな。フフ・・・盛大にやろう」

 「ええ・・・」

 風は何時の間にか止み、静寂の中、星と月だけが二人を照らしている。やがて向き合った二人の影は徐々に近付いていき、そして・・・

 怒轟音!!

 甘いムードを完全に粉砕する爆音が、夜の屋上に響き渡る。流石に驚いたのか、京二は瞬と二人揃って目を丸くし屋上の入り口に目をやる。

 「忌ィィ魔ァァ離ィィィ狂ォォォ痔ィィィィィ!!!」

 ズゴゴゴゴゴゴ

 「な・・・ハゲ・・・?!」

 其処にいたのは目を激しく血走らせたスキンヘッドの男、本韻元宗だった。しかしその表情は激しい怒りの形相をとり、その背後から放射される地獄の火炎を思わせる激しいオーラは大気を歪めている。ぼとり、と床に落とされた白い塊は霊獣コウだろう。激しい運動に目をくるくる回している。

 「ルゥオオオオオオアアアアアアアアアアア!!!」

 そして彼は、その真っ赤な目で京二の姿を捉えると、暴走した某決戦兵器を思わせる、野獣のようなしなやか且つ荒々しい運動で跳躍し、京二に襲い掛かる。

 ドゴオオオオオオオオオオン!!

 上空から京二に向けて降り注ぐ拳。瞬でさえ止める暇が無かったその一撃は、コンクリートをまるで発泡スチロールの様に易々と粉砕して撒き散らす。

 「・・・トチ狂ったか? ハゲ」

 しかし、京二は恐らく例によって「見えた」のだろう。あっさりとその一撃を避け、涼しい口調で問う。

 「グヌアアアアアアアアッ!!!」

 だが、尚も憤怒の叫びを上げて襲い掛かる元宗。振り被った拳が京二に向けて一気に撃ち込まれる・・・が、今度は瞬が間に割り込み交差した腕でそれを止める。

 「止めてください・・・元宗さん!」

 「く・・・しゅ・・・瞬・・・!!」

 「一体、どうしたんですか・・・? そんなに取り乱して・・・貴方こそ、何時もの貴方らしくありません!! 少し落ち着いてください!!」

 「く・・・う・・・ぐう・・・」

 怒りの叫びをとめる元宗。瞬を前に幾分、落ち着きを取り戻したらしい。やがて荒い息を何度か吐いた後、瞬の肩を掴んで彼女に顔を向けてくる。

 「瞬・・・!」

 異常加熱を維持した視線に思わず一歩引きそうになる瞬だが、肩を捕まれ容易に逃げられない。殆ど変質者といった風情の元宗はそんな彼女の様子に気づきもせず言葉を続ける。

 「嘘だと言ってくれ・・・!」

 「はい?」

 突拍子も無く懇願され、思わず頓狂な声を上げてしまう瞬。そして、元宗の次なる言葉に更なる頓狂な声を出してしまう・・・

 「伊万里京二と一緒に暮らしてるなんて・・・嘘だと言ってくれ!!」

 「はぁ?!」

 「ははぁ・・・」

 流石に京二は元宗の言動の真意に気づき、薄く笑みを浮かべる。会心の・・・勝利者の愉悦の微笑を。だが、元宗の真意に未だ気づけずにいる瞬は、頭上に疑問符を浮かべたまま不用意に答えてしまう。

 「・・・本当ですよ。一応、職務としてですが・・・」

 ドガァァァァァン

 先ほどの1.5倍増しの隕石が元宗の頭に衝突する。

 「ウゾダドンドコドーン・・・」

 「元宗さん?!」

 最早、意識を失いかけ力なくふらふらと倒れ伏した元宗に驚き、瞬は心配そうにしゃがみ込むが・・・不意に伸びた手が彼女の手首を万力のような力で掴む。

 「な・・・何を」

 「許さんぞ!!」

 「え? ええっ?!」

 瞬の腕を掴んだまま勢い良く立ち上がる元宗。両目からは血が滝となって流れ落ちている。危うくバランスを崩しかける瞬だが、何とか踏みとどまり、怪訝な表情を元宗に向けて問う。

 「何を言ってるんです? 元宗さん?!」

 「そんなふしだらな真似・・・お父さん許しませんよ!!」

 「はぁ?!」

 最早、怒っているのやらボケているのやら。錯乱し熱暴走した彼の頭は最早支離滅裂になりつつあった。彼は目の幅に滝の様な涙を流しながら問う。

 「瞬・・・オレは猛烈に悲しい! 何時からそんなふしだらな女になってしまったんだ・・・?!」

 「だからふしだらって何ですか・・・? 誤解されるような言い方しないで下さい!!」

 「だって・・・男と・・・そんな鬼畜外道と一緒に暮らしてるんだろう・・・一緒の部屋で・・・うう・・・一つ屋根の下で」

 「だから京二さんをそんな風に言わないで下さいっ」

 語気が怒りで強くなる瞬・・・だが、最早元宗の頭には届いていないらしい。そして、彼はうわ言の様に、問う。その答えが自身を深く傷つけるとしても、最早聞かずにはいられない。

 「・・・るんだろう」

 「は・・・?」

 消え入るような声・・・瞬は聞き取れない。元宗は血管が激しく浮かび上がる頭を押えると叫ぶ様に問う。

 「だから、あんなことやこんなことを! そこにいる悪人面根性捻じ曲がり男と・・・ヤっていバシン!!

 平手打ちが元宗の頬に炸裂し、言葉が遮られる。元宗はなよなよとした腰つきで倒れ、呆然と彼女を見上げる。

 「げ・・・下品な言い方しないで下さい! セクハラです!!」

 激しく赤面し、元宗の発言を批難する瞬。そして照れながらも苛烈な雰囲気で言葉を続ける。

 「勿論、たまにし・・・シたりします! でも健全な男女関係ならごく普通のことじゃないですか!! 別に非難される様なことじゃありません!!」 

 ズキュ〜ン

 「ぐほあ・・・」

 彼女の言葉に胸を撃ち貫かれた様に再び倒れる元宗。最も、ああ言った彼女だが、それがごく普通か否かは個々人の判断に任せねば成らないところだが。兎も角、尚も瞬の言葉は続く。

 「大体、京二さんの何も知らない貴方が京二さんの人格まで攻撃するような真似は止めて下さい! 確かに京二さんはエキセントリックで、自分勝手で、とっても格好付けで、意地悪で、ずるくって、エッチで、セクハラ大好きで、放っておいたら直ぐ誰彼構わず声をかけちゃうような人ですが・・・」

 「しゅ・・・瞬?」

 「ほ・・・本当に好きなのか・・・?」

 「だけど本当は優しくって、誰かを助ける為には自分の命を平気で賭けちゃうような無茶な人で・・・何時も本当は苦しいのに何も言わないで我慢してしまうような・・・とっても格好いい人なんです!!」

 そして最後は惚気。京二も流石に照れたのか、微妙に頬を赤く染めている。一方、瞬の表情もまた徐々に変わっていく。怒りの表情から、

 「本当は京二さん・・・何時もずっと悪夢にうなされています。竜王にのっとられる恐怖と、京二さんはずっと戦っているんです! でも・・・本当はとっても辛い筈なのに・・・ずっと耐えて頑張ってるんです!! それなのに・・・それなのに貴方は・・・! 何も知らないのに・・・!!」

 深い・・・悲しみを湛えたものに。支え合う事は出来ても・・・決して同じ苦しみを共有できない事への苦悩が、その感情を生む。そして、何も知らぬものの、ただ繰り返される残酷な言葉が、彼女に同じように残酷な言葉を紡がせる。

 「元宗さんなんて・・・嫌いです」

 「な・・・」

 「許されるなら・・・もう、顔も見たくありません」

 もう、隕石も降って来ない。代わりに、奈落に落ちた様に元宗の視界は暗くなる。

 何も、そんなつもりで言ったわけではないのに。

 全ては、彼女を思った言葉なのに。

 思いの行き違いは、ただ、痛みだけを心の内側に残す。

 「何故だ・・・」

 嘆く様に言う。そして直後、猛烈な勢いで立ち上がった彼は、京二に掴みかかる。

 「何故だ・・・オレとお前と・・・何故・・・? オレは・・・オレはずっと・・・」

 言葉にならない、言葉。それでも、元宗は言葉を、思いをつむぎ続ける。

 「オレは・・・ずっと・・・ずっと瞬を・・・なのに・・・お前は! お前なんかが!!」

 不憫、京二は哀れみを覚える。だが、同情などは逆に、より残酷に、彼の心を抉るのみであることを、彼は理解する。故に笑う。嘲笑う。偽りの嘲りだ。そして言う。何時もの様に皮肉を。

 「フン・・・お門違いという奴だ。自分の甲斐性無しを俺の所為にされても困るぞ」

 「貴様!!」

 やれやれといった調子で両の掌を空に向ける京二。

 「フフン・・・大方、見守るだけでいい、なんて思っていたクチだろう」

 「止めろ! 言うな!!」

 拳が京二の頬を打つ。吹き飛ぶ眼鏡。瞬が悲鳴を上げる。

 「フ・・・ン」

 口の中が切れたらしい。唇の端から流れた血の筋を指で拭い、だが京二は嘲りを浮かべたまま、言葉を続ける。

 「馬鹿か・・・抱きしめる度胸も勇気も無い自分のチキン振りに理屈なんかつけているんじゃない。そんな臆病な真似やってるからポッとでの俺に・・・」

 ゴ

 「ッ・・・」

 鳩尾に拳が刺さる。こみ上げる激しい嘔吐感。脚が激しく笑う。だが京二は倒れない。そして鋭く睨み返す。

 「それ以上言うんじゃねぇ・・・それ以上言うと・・・オレはお前をぶっ殺す!!」

 激怒しながら、それで泣き出しそうな元宗の言葉。そして京二はもう一度嘲り、告げる。

 「・・・言っただろう。ぶっ殺す、そう思ったときはもう行動は終わってるってな、ペッシ。じゃないと、この口の軽い男はお前が瞬の・・・」

 「だ・ま・れぇぇぇっ!!」

 ガキィッ

 振り下ろされた手刀。鍛え抜けばブロックすら寸断する一撃・・・だが、それは瞬によって受け止められている。

 「・・・これ以上は、許しません」

 十字交差した腕を解く様にして元宗の腕を弾く瞬。そしてそのまま、両手を左右に伸ばす。

 「これ以上、京二さんに危害を加えるなら・・・貴方を、京二さんに近付く脅威と判断し・・・倒します!」

 それを告げると同時に、腰に浮かび上がる御鬼宝輪。

 「転化・・・」

 バックルの鬼の面が上下に割れて内部の大陰大極盤が高速で回転を始める。それと共に溢れ出す赤い粒子。

 「畜生・・・ッ!! 何故だ・・・」

 「・・・」

 だが瞬は答えない。最早、二人の間に深い轍は穿たれた。彼は意を決する。ならば戦うしかあるまい。

 元宗は胸の前で合掌を作る。すると、腰部が白く発光し虎の顔を思わせるバックルをつけたベルトが出現する。これが、霊獣コウの本体だ。

 「修羅・・・」

 元宗の全身に何か複雑な紋様が光を放ち、浮かび上がる。彼は胸の前で複雑な印を切る。

 紋様・・・それは霊力を帯びた墨で刻まれた肉体を変異させる経文。彼に魔を打ち払う姿を与える術・・・

 そして二人は同時に唱える。

 「変・・・身ッ!!」

 「・・・変身!!」

 最早、戦うしかあるまい。恋人を奪われ、勝ち目の無い戦いを挑んだ阿修羅・・・自身のもう一つの名の通り。ただ、戦いを挑む相手が帝釈天ではなく、帝釈天に奪われた恋人であるのは、些か皮肉な事であるが・・・

 やがて光が集束し、二人の姿は人間のものから、仮面ライダーの姿へと変わる。

 赤い光が結晶する様に生み出した真紅の生態装甲と漆黒の髪、緑色に燃える複眼を持つ鬼神。

 一方、内側より浮かび上がる様に現れた黄金と紫のボディに、六つの複眼を紫色に灯すアスラ。

 変身の際に生じた余剰のエネルギーが全身から蒸気となって立ち上り、未だ強い光を灯すベルトに照らされ、周囲の光景を幻想的に揺らめかせる。

 見詰め合う二人。こんな筈では。その言葉を無表情な仮面の裏に隠し、アスラは鬼神を見つめる。こんな筈ではなかった。見詰め合うなら、もっと、もっとロマンティックに・・・少なくともこの様な殺伐としたシチュエーションなど望んではいなかった。だが、最早、自分には戦うほか無い。アスラは決意する。

 「雄嗚!」

 雄叫びが響く。それと同時に床を蹴るアスラ。爆発的な踏み込み速度。アスラは僅か一歩で拳の届く距離に肉薄する。

 腰を深く落とすアスラ。力を込め固めた拳を天に向かって突き上げる。

 空気を弧に抉り取る一撃。しかしそれは逸らされる。僅か紙一枚の間を挟んで鬼神の顔面を掠める拳。そして鬼神の手刀が、斧を振り下ろした様な後を刻む。既にアスラが消え去ったその場所に。


第二話

「神野江瞬最期の日?! 鬼神VSアスラ!」
(後編〜決斗編〜)




 過去に起こった、仮面ライダー同士の戦いがそうであったように、アスラと鬼神、この二人の戦いも、又、熾烈を極めつつあった・・・

 そもそもの戦いの発端は、理解の不足に要因する。

 鬼神・・・神野江瞬は気づかなかった。元宗の言葉、行動が只、彼女のためを思ってのことだと。

 アスラ・・・本韻元宗は理解できなかった。瞬がどれほど京二を思っており、自信の言葉がどれだけ彼女を傷つけたかを。

 そんな思いとは裏腹に・・・戦場は人垣に囲まれていた。二人の激突に気づいた、特に物見高い陰陽師たちだ。

 一見、無責任な彼らの行動も致し方ないかもしれない。陰陽寮最強の戦士と、高野山最強の戦士のぶつかり合いを止められるものはいないのだから。




 「銀蜘蛛!!」

 夜の闇に無数に光の筋が走る。次の瞬間、空は鬼神の狩場。赤い残像が空中を縦横に駆け巡る。

 「反転キィィックッ!!」

 そして数度に渡り虚空を蹴った後、彼女はアスラに向けて襲い掛かる。糸を足場とした足元を除く全方向からの攻撃を可能とする立体攻撃。だが、アスラはそれを捕捉している。六つの複眼が生み出す広角動体視野。鬼神の複雑且つ俊敏な動きも彼の目は精密に捉え、速やかに反撃に移させる。

 鬼神の身体は真紅の弾丸。刹那の後には彼女の踵は無慈悲な破壊を齎す。だが、優れた反射神経が視力に応え、彼の身体を射線の軸から僅かに逸らさせると、彼は真横を通るしなやかな脚に腕を伸ばす。

 「ぬおおおおっ」

 掌から火花が飛び散り、両足がコンクリートに減り込む。だがアスラは全身のバネで運動エネルギーを殺し、鬼神の身体を空中に固定する。

 「はあああっ!!」

 静止は一瞬。咆哮を上げると、アスラは彼女の身体を屋上の床目掛けて振り下ろす。投げ飛ばせば糸を足場に反撃されるからだ。
鈍い、破裂音。鬼神の身体が叩きつけられ、床が砕けて抉れる。更にもう一度、振り上げて叩きつける。

 「大蛇崩!!」

 「?!」

 突如、足元から襲い掛かる無数の岩・・・いやコンクリートの錐。咄嗟にかわすアスラだが、鋭い先端が彼の体表を無数に切り裂く。自身の身体が床に叩き込まれたのを術の発動動作に代替した・・・そう理解するより早く、宙から赤い影が現れる。襲い掛かる鬼神の姿。だが、彼の目は左後方から迫る彼女の姿も捉える。同時に別の場所に存在する矛盾。

 (・・・二重霞か!)

 有り体に言えば、分身の術。幻を投影し、恰も二人居るように見せる撹乱の術。だが・・・

 「山紫水明!!」

 素早く複雑な印を結ぶアスラ。その拳から無数の光線が辺りに飛び散る。

 「破幻法!!」

 激しい光が辺りを一瞬、昼に変える。それは幻を射抜き、真実を映し出す、その名の通り幻術を打ち破る退魔の術法。幻は消え、アスラは真の鬼神へと攻撃を仕掛けるべく、反転。右後方の彼女へ向きなおるアスラ。上空から猛禽の様に襲い掛かった彼女は文字通り霞となって消える。

 「つぁあっ!!」

 鋭く繰り出される手刀だが、彼はそれを左手で受け止め、踏み込みの動作と共に右の掌底を彼女の鳩尾に撃ち込む。

 回転を加えた、抉る様な一打。打ち込んだ対象の内部に衝撃を留める発剄の打法。膝から崩れ落ちる鬼神・・・だが!

 バン!!

 「?!」

 砕ける、鬼神の顔が。一瞬の動揺。直後、襲い掛かるのは炎の鳥。焔飛燕!そう叫ぶより早く、衝撃と熱が彼を吹き飛ばす。

 「な・・・」

 「式神・・・」

 砕けた鬼神の後方から、更に飛び出す鬼神。アスラは宙返りして、着地したときには既に彼女は目前に迫っている。

 「切人舞ですよ」

 冷たく響く鬼神の声。何時かの彼女を思わせる・・・

 足元から掬い上げるように動く鬼神の腕。光が視界を一閃する。

 胸に穿つ虚無感、そして直後・・・

 「がああああっ?!」

 熱と痛み。焼け付く様な感覚がアスラの胴を引き裂く。激痛に仰け反り斬撃に吹き飛ばされそうになるアスラだが・・・

 「ぐおおおおおおっ!!」

 踏みとどまり、逆に鬼神の顔にハイキックを見舞って、彼女の身体を吹っ飛ばす。

 どうやら、本体らしい。彼女の身体は落下すると二転、三転とするが、直ぐに起き上がる。閉ざされた口の牙の隙間から、血が赤く滴っている。

 「浅かったようですね・・・」

 「金克木・・・高温のプラズマまでは防げないが、“金”の属性を持つオレに“木”の属性を持つ稲妻の術は致命傷にはならねぇ」

 「そうですか・・・なら、“火”の術で溶かすまでです」

 パチンと指を弾く鬼神。それを合図に十、二十と現れる無数の火の鳥。五行・・・陰陽術の根幹を成す元素思想には、相生と相克と呼ばれる概念が存在する。相生は増幅効果の働く関係性、逆に相克は働きを阻害する関係性。

 「不意打ちならまだしも・・・そんなものがオレに当たるか!!」

 アスラは強い語気で、うそぶく。鬼神はそれを聞き届けると、最早言葉を発さず、火の鳥たちに指示を下す。

 スッとアスラを指し示す鬼神。それだけで、戯れる様に舞い飛んでいた赤い破壊の女神の従僕達は、アスラを敵と認識し、翼の形を成した羽が空気を叩いて灼熱させ始める。

 「阿修羅神掌・・・」

 掌を胸の前で合わせるアスラ。同時に、彼の背中から噴き出す蒸気。それは、彼の背中に備わった、用途不明の四つの装飾品・・・その継ぎ目から噴き出したものであることが、彼の背後にいるものからは判った。そして・・・

 「起動!」

 直後それは、バネ仕掛けのカラクリ細工の様に四方に展開する。

 付け根、中間、そして先端と三つの間接を持ち、更に先端を成す最も短い節からは五本の指・・・

 彼が冠するアスラの名の如く、彼の背中より新たに四本の腕が姿を現す。

 「・・・天さん?!」

 「ボケてる場合ですか?」

 今回突っ込みを入れるのはマリア。発展の望める反応でないのは、別段、ツッコミ役を買いに来たわけではないからだ。

 とは言っても、他の連中同様に野次馬根性から来たのは間違いないのだが、それはこの二人の戦いを見物するためではなく、文字通りの「修羅場」を見届ける為。そして、最初に到着した彼女は、ただ一人、複雑な表情で二人の改造人間の闘いを見守る京二を見つけ、今に至る。

 「あれは阿修羅神掌・・・!」

 食い入る様に見ながら、興奮した面持ちで語るマリア。

 「単に腕が四本生えたんじゃないのか?」

 「ううん」

 京二の言葉に首を振るマリア。

 「高い強度とパワー、高速かつ精密な動作を兼ね備えた攻防一体の武器・・・それが阿修羅神掌」

 「手の数が増えても間合いが変わらなければ、飛び道具主体の瞬には余り意味がないと思うが・・・」

 京二が見る限り、アスラはほぼ完全な近距離戦闘タイプだ。使用する術も防御系のみで、恐らく攻撃系は無い。

 「あの腕がロケットパンチかファンネルみたいに飛ばないとあいつに勝ち目はないだろうな」

 そう言う京二だが、阿修羅神掌にそう言った機能が在る様には見えない。だが、マリアは固唾を呑んだままだ。

 「あれは、先輩にとって充分な脅威になる」

 「何・・・?」

 「あれには、術を弾く力が在る。だから、あの人の・・・アスラの動体視力を持ってすれば・・・」

 「・・・撃ち落しながら接近できるということか!」





 無数の赤い飛跡がアスラに収束していく。その、夜を裂く火線の一つ一つが、燕の翼に焼夷(ナパーム)弾の火力を宿した鬼神の破壊威力の顕現。

 同時にこれだけの襲撃を受ければ、自身の耐久能力では耐え切れぬことを知るアスラは、即座に行動する。彼の背中から生える四つの腕が、四方に掌を向け、ゆるりと弧を描く。

 「神掌・・・千手千眼の型!」

 空気を切る四つの鋭い音色が、同時に一重で起こる。直後、彼に襲い掛かっていた火の鳥達は、無残に翼を引きちぎられ、飛び散った羽を火の粉へ変えていく。並の人間では捉えきれぬ刹那の時間。超高速で、尚且つ複雑に動作した阿修羅神掌が、引き裂き、打ち抜き、或いは握りつぶしたのだ。だが、舞い散る炎の欠片の奥で、鬼神は既に拳を振りぬいている。

 「剣飯綱!!」

 彼女の言葉と、真空の刃は同時に彼の元へ届く。アスラは空気の揺らめきでその一太刀を見極め、鋭く旋回する腕によって引き裂くようにそれを弾く。彼は正面に鬼神を捉え、真っ直ぐに見据える。駆ければ一秒で肉薄する間合い。彼は床を蹴り爆ぜる様に飛び出す。

 「焔飛燕」

 再び指を弾く鬼神。十、二十、三十・・・五十・・・夜空を赤く染め、更にその羽数を増やしていく焔の鳥たち。見物する陰陽師達が慌てて結界を張るのが見える。これだけの量、余波の熱だけでも凄まじいだろう。

 僅かな戦慄。これほどまでの霊力を扱えるのか、と。しかしそれも一瞬で終える。舞い飛ぶ赤い鳥達は、纏わり付くように彼に対する弾幕へと変わる。

 「何匹でも来い! 不足はねぇッ!!」

 問題は無い。彼女の術が自分に当たることも。四本の腕が全てを打ち落とし、薙ぎ払う。その様は、まるで竜巻。だが、其処には理知がある。六つの複眼がえた情報を鍛錬によって得た反射的な判断力で分析し、逆巻く風の往く手を導く。

 鳥の群れを引き千切りながら侵攻していくその様は、或いはイージス艦に似ているかもしれない。圧倒的な迎撃力による攻撃の無力化。

 だが鬼神も不用意にアスラの接近を許しはしない。振り下ろされる腕、拳がコンクリートに突き刺さる。

 「大蛇崩!」

 蜘蛛の巣を思わせる亀裂が彼女を中心に広がった次の瞬間、コンクリートはその姿を無数の錐に変える。しかし、それが先程の様にアスラを傷つけることは無い。ほぼ予備動作無しで跳躍し、彼は空中へ。最も鬼神はそれを予測している。彼女と彼女の従僕はアスラを逃すつもりは無い。

 「大蛇崩!!」

 更にもう一度、拳が叩き込まれる。次の瞬間、屋上に立ち上がった灰色の錐たちは無数に砕け、無数の飛礫に姿を変えると凄まじい勢いで上空に放たれる。二連続発動による過負荷が起こす爆裂現象。散弾地雷を思わせるそれは大蛇崩クレイモアと呼ばれる技だ。かくして、後門の虎前門の狼ならず、上空から燕、真下から蛇。更に鬼神自らも稲妻の弓に雷光の矢を番えて引き絞り狙い定めている。摘み取られる逃げ場だが・・・

 「神掌・・・如意輪の型!!」

 それはアスラにとって大した問題にはならない。彼の身体は宙で回転を始める。

 ギュワウンッ!!

 異様な声で鳴らす風切の音色。アスラが空中で行った回転・・・それは錐揉みや宙返りの類ではない。ムーンサルトに似ているが・・・それよりもっと複雑で、高速の回転。一度の回転の都度に軸が目まぐるしく変化していく。しかしそれは決して出鱈目な回転ではない。高速で振り抜かれる彼の手足が襲い掛かる符術の弾丸の全てを打ち落としていく。それはあたかも拳撃の結界。そして・・・

 「つああああああっ!!!」

 「!!」

 遂に、アスラは鬼神の弾幕を突破する。鬼神は空中に展開していた銀蜘蛛の巣を絞り捉えようと試みるが、一瞬で切り裂かれる。

 ゴキャッ

 振り落とされる踵落とし。大剣か戦斧の一振りを思わせる一撃は、盾となった鬼衝角が遮るが・・・

 「零距離・・・取った!」

 「・・・ッ!!」

 砕け散る鬼衝角。凶器となった踵が彼女の胸を裂く。地を踏み締めるアスラ。最早、其処は拳の届く位置。

 「神掌・・・馬頭の型!!」

 そして直後、拳の雨が降り注ぐ。

 「先輩・・・ッ!!」
悲鳴にも似た叫び、それは新氏マリアの声。

 苛烈、猛烈、激烈、熾烈、強烈、壮烈、鮮烈、或いは熱烈。

 烈しさ・・・その意を冠する言葉の尽くが今のアスラに相応しい。そしてその烈しいアスラが繰り出す拳の嵐打を前に、鬼神は為す術無く晒されている。彼女の全身を真紅に染める生態装甲には無数の亀裂が走り、さらに量と数を増やしていく。

 「もう・・・ッ!!」

 逃れようとする彼女の肩は掴まれ、肉が引き千切られる。黒い強化皮膚に無数の傷が走って血飛沫が辺りに飛び散り、既にそれは一方的に嬲られている様なもの。彼女を先輩と呼び、姉の様に慕うマリアにとって、最早それは見るに耐えない光景。既に、踏み止まる限界・・・彼女は背に負った刀に手を掛ける。自身の力が二人に及ばない事は百も承知。だが、止めに入る事なら出来る。

 「やらせない・・・!!」

 大事な人を傷付けさせたくない。その思いが先走る。刃を鞘から引き抜こうとするマリア。だがそれをそっと止める、掌。見上げると、口の前で人差し指を振る京二。彼はその手をポケットに突っ込むと、マリアに微笑みかけて、告げる。

 「大丈夫だ」

 ただの一言。それ以上は何も言わず、再び視線を二人の仮面ライダーへと映す。その姿は呑気に、或いは悠長に映る。少なくともマリアの青い瞳には。そして込み上げた怒りが、思わず非難する響きを帯びて言葉になる。

 「どうして平気なんですか・・・!? 先輩があんなにされてるのに!!」

 この伊万里京二という男は、自分と同じくらい、いや、それ以上に神野江瞬を大切に思っている筈だ。だというのに何故、ここまで平然としていられるのかがマリアには理解できなかった。神野江瞬は、仮面ライダー鬼神は、圧倒され、今まさに倒されようとしているのに。

 「んー・・・」

 問われた彼は面倒そうに唸ると、空を見上げぽりぽりと頬を掻いていた。やがて、寒さからか掌に息を吹きかけポケットに戻す。

 「・・・科学的に答えると、時間の問題だからだな」

 「え・・・?」

 マリアのほうを見ずに発されたそれは、「答え」と言いながら回答には成って無い様に思えた。

 「文学的に答えると・・・そうだな、信じてるから・・・だな。少々、ベタだがね」

 彼は恥ずかしげも無く、そう答える。先の答えを説明するでもなく、使い古された様な青臭い言葉で、そう答える。

 そして彼はもう一度、マリアの顔を見て笑う。

 「ま・・・別に平気ってわけじゃないけどな」

 「それって・・・」

 不敵に呟く京二だが、またしても彼は続きを言わない。憮然とするマリア。

 しかしマリアは彼を見てふと気づく。先ほどから手を突っ込んでいるポケットが丸く盛り上がっていることに。

 「・・・」

 単に寒かったわけではない。悟られないよう拳を握っていたのだ。

 (相変わらず説明嫌いな人だな・・・)





 百度近い拳撃が鬼神を捉え、打ち据えていた。全身を覆う強固な生態装甲も、烈しい衝撃に幾度なく晒された為、無事な部位はもう無く、所々で脱落し内部組織が剥き出しになった部位さえある。また、重さと鋭さを兼ね備えるアスラの拳は強化皮膚を引き裂き、少なくない血液を損失させる。彼女の周囲を赤く染める血溜りも泉を思わせる量を湛え、その上に量を増していく。

 防御も攻撃も弾かれ、僅か十数秒でボロボロ。敵を間合いに捉えた彼の六腕は反撃も後退も許さない。ただ飲み込み、引き裂く無慈悲な竜巻。そして鬼神はそれに囚われた荒ぶる嵐神への生きた贄。これがアスラの力。敵無し、と言われるアスラの絶対領域、近接格闘のレンジ。

 だが、このまま殴られ続けるつもりは無い。

 高速連続攻撃に、十枚目の結界が破られる。両腕を交差して防御を固める鬼神だが、素早く繰り出される神掌がガードを弾き、更に彼女の顎を捉える。

 脳に伝わる衝撃に、そのまま倒れそうになる鬼神。そして追い討つべく仰け反った上体に撃ち込まれる神掌二本。大きな衝撃を連続して受けて、彼女は倒れ掛かった・・・様に見えた。跳ね上げられた両腕が頭上で交差している。その交差部を火花が散る程に擦り合わせ、降り抜く。霊力の発動、辺りに輝く花びらが舞い散る。

 「焔花風!!」

 彼女の身体を爆心に、急激に広がる焔。彼岸花を思わせる赤い色は、しかし竜巻によって弾かれる。紫と金色が渦を成す竜巻、アスラによって。

 「無駄だ!!」

 そう叫ぶ。何処か苛付いた様な叫び。踏み止まり鬼神。振り子の様に上体を戻してくる。そのまま倒れれば良いものを。呟いて、合わせる。彼女の体の戻りに自身の拳の振り抜きを合わせる。どんな術を使おうが、最早この一撃で終わり。これで完全に意識を立つ。だが・・・

 すぅ・・・

 何かを吸い込む音が聞えた。そして見えてくる彼女の顔・・・いや、仮面。なぜか彼女は耳に手を当てている。半開きになっていた口が、カチリと音を立てて牙が閉じる・・・そして次の瞬間、

 
喝!!

 「?!」

 アスラの至近距離で何かが炸裂する。襲い掛かる衝撃が彼の身体を激しく打ち震わせ、吹き飛ばす。それは六つの複眼から成る優れた動体視力でさえ捉えることが出来ず、また鉄壁の防御を誇った阿修羅神掌でさえ防ぐ事が出来ず、逆に衝撃を浸透させられていた。体内に染み込む様な衝撃・・・骨さえ震える様な感覚の中、アスラは目にした。ライトに浮かぶ木々がざわざわと揺れているのを。ギャラリーの観客が耳に手を当て、目を白黒させているのを。

 脳が揺れているのか意識が朦朧とするが、彼は何とか不可視攻撃の正体を察知する。

 (理解したようですね)

 その中に突然飛び込んでくる鬼神の声。見れば彼女の額に備わる第三の目が緑に点滅している。アスラは頭の中で言葉を紡ぎ、怒鳴り付ける様に彼女に送り返す。それと同時に彼の額にある金色の球体も点滅する。

 (耳元で馬鹿でかい声だしやがって・・・!)

 これは“彼ら”に備わる、送信専用の通信能力・・・平たく言えばテレパシーによる会話だ。大声に近い出力のアスラに対して鬼神は涼しい口調で返す。

 (貴方の身体の固有振動数に併せて合成・調律したので少し強く感じるだけです。そんなに大きな声は出していませんよ)

 この様な状況下でも説明を欠かさないそれが彼女のアイデンティティか。

 (いや充分でかいよ)

 と、不意に割り込んでくる、誰かの不満そうな声。

 (瞬・・・咄嗟に耳を塞げたからいいものの、俺じゃなかったら鼓膜が破れていたぜ)

 (・・・ご、ごめんなさい、京二さん)

 (って、何でてめぇが会話に参加してやがる?!)

 それは何故か伊万里京二の声だった。アスラの問いを、彼は以下のように答える。

 (フ・・・恋人特権の以心伝心だ。羨ましかろう)

 (もう・・・)

 (嘘つくな!! やっぱりてめぇ人間じゃねぇだろう!!)

 鬼神は照れた様な声を発するが、当然納得できないアスラは思わず咆哮(を思わせる様な波長)を放つ。だが、それに答えを返す声は無い。アスラの問いは二人によって完全に無視されていた。

 「うおのれえええええええええええええっ!!!」

 激昂するアスラ。しかし悲しいかな彼は怒号を上げても、水晶の輝きを持つ水にはなれない。ただ、愚直に殴りに往くのみである。

 「神掌ォ!! 竜頭の型ァッ!!」

 右の全ての拳を腰に引込む様に構え、左の全ての腕を胸に引き込むように畳み込む。腰を深く落とし、次の瞬間、左足で床を蹴り、右足を力強く踏み込む。

 ドンッ

 踏み込んだ左足にコンクリートが爆砕し、弾かれる様に飛び出すアスラ。

 「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 全身が鋭く旋回し、繰り出される三つの拳。神掌・竜頭の型・・・全身の回転を利用した強力な破壊力を持つパンチだ。だが、その一撃を前に、鬼神は構えも回避も試みず、徐にくるりと背を向ける。

 ドゴォッ

 重く鈍い音がして彼女の背に拳が三つ打ち込まれる。口から噴き出す血。だが、直後、彼女の黒髪が妖しく揺らめいて四方に広がり、その内側に赤い光が灯ると、それが襲い掛かってくる。

 「・・・切人舞か!!」

 縒り合わせた髪を寄り代に、式神を生み出しそれを操る術。

 「小細工が効くか!!」

 見えぬわけでも触れぬわけでもない。軌道の先を六つの目で見極め、光が結晶し小さな鬼神の姿をとったその直後に、彼の腕は粉々に引き裂く。ぱらぱらと舞い散る式神の残骸・・・だが、

 「何・・・?!」

 僅かな驚き。だが、それは彼にとって更なる驚愕の呼び水に過ぎない。黒く細い何かが、無数に彼の腕に絡みついていたのだ。そして、その黒い何かは背を向ける鬼神の頭部から伸びている・・・そう、それは彼女の髪だった。アスラは振り解こうと、腕に力を込める。

 「・・・?!」

 意外な重みが腕に掛かる。彼女の髪は、鋼の様に硬く、そしてしなやかに伸び、彼がどれ程力を込めようと振り解くことも引き千切ることも出来ない。

 「何故だ?! 何故、ふりほどけない!!?」

 腕に力を込めながら半ば叫ぶ様に言うアスラ。すると、鬼神は背を向けたまま、答える様に言う。

 「髪は女の子の命ですから・・・そう簡単には切れたりしません」

 「は・・・?!」

 ウィットに富む京二なら、そのジョークを理解できただろう。だが、今のアスラの精神状態ではそれを正確に把握する事が出来ない。

 「く・・・だが、この状態ではお前も攻撃できまい・・・!!」

 「そうでしょうか?」

 彼女にしては珍しい、皮肉めいた言葉の響き。そして彼女はアスラにとって“更なる驚愕”を起こさせる行動に出る。

 「そんなことはありません」

 夜空に翳す右腕。その掌に無数の放電現象が発生し、やがてそれは電光となって彼女の腕を包む。

 「天津・・・?!」

 剣も弓も、彼女とアスラの位置関係では攻撃できない。だが、彼女はその電光をそれらの形にしない。・・・高圧電流を帯び輝く右腕を、自らの胸に押し付ける。その瞬間、彼女の身体、頭部、髪を伝導し、凄まじい電気的衝撃がアスラの体内に流れ込む。

 「くガッ・・・」

 強烈な電磁パルスに全身が激しく痙攣を起こし、意識が遠のきかける。全身の間接の継ぎ目から吹き上がる煙。

 「瞬間的な衝撃が大丈夫でも、こうやって電源と繋げば結構効くでしょう?」

 そう、問いかけると同時に、後ろ回し蹴りが彼の顔面めがけて飛んでくる。咄嗟に神掌で防御を試みるアスラだが、反応が鈍く、迎撃速度を得られない。止むを得ず交差させ、顔面への直撃を防ぐ。だが、脚に力が入らず現状で立つのがやっとな彼はいとも容易く弾き飛ばされる。

 「く・・・」

 アスラは神掌を床に打ち込み、それを支点にして身体を回転させ着地しようと試みるが、力の入らぬ腕では充分な減速をかけることが出来ず、着地に膝をつき、滑走してしまう。そして彼は、鬼神を見上げる。末端所か殆どの組織に痺れと不快感が残るアスラに対し、鬼神は全身の傷口から湯気を上げているにも拘らず、平然とした雰囲気を維持している。

 「無茶な・・・真似を・・・!」

 一歩間違えば、例え改造人間でも死に至るような戦法。だが、鬼神は冗談とも本気ともつかない口調でこう答える。

 「そうですか? 結構、病み付きになりますよ」

 「な・・・」

 呆気に取られるアスラ。だが、次の瞬間、彼女はクスリと鼻でするように笑って言う。

 「冗談です」

 そして、再び掌に電光を生み、それを収束させ剣を象る。

 「私の義父は言いました。ヒーローたるもの七割はピンチを演じ、残り三割で逆転せよ・・・と」

 呟く様に、だが朗々とした声で言いながら、鬼神は剣の峰を柄から切っ先にかけて指先で撫で上げていく。それに従い、螺旋の渦を画く刃の形状へ変化していく電光の剣。

 「天津剣・超螺旋(スーパーサンダーボルト)・・・これで貴方を・・・!」

 「近接格闘でオレを・・・倒せるつもりかっ・・・?! 図に乗るなっ!!」

 そう言って胸の前で、印を刻むアスラ。

 「衆生を救う慈悲の御手が我が力となる! 臍下丹田!!」

 彼の腹部・・・ベルトのバックルがある位置を中心に、全身の霊的経路が発光する。

 「精力法!!」

 そして、その光が一瞬アスラの全身を包んだ後、彼の体の各部にあった焦げ目は消えてなくなり、度重なる鬼神の奇策で衰え気味だった彼の闘気も再び昂ぶりを見せる。法力により自身の意気を軒昂させたアスラは六本の腕を構えると再び鬼神に向かって暴風の如き突進を仕掛ける。

 「貴方のその手、封じさせてもらいます」

 「ぬかせ!!」

 鬼神の髪が揺らめく。再び式神の術だろう。人形大か、それとも等身大か・・・だが、アスラにとって、どちらが来ても同じことだった。隙を生む間も与えず破壊し、鬼神に肉薄する・・・筈だった。だが、襲い掛かってきた式神は、彼の予測していた何れとも異なっていた。

 「・・・切人舞! 真の姿を現せ!!」

 グワァッ

 「んな?!」

 何度目かの、驚愕の声を上げるアスラ。彼の目に映ったのは巨大な鬼神の姿。それは余りの闘気に彼女の姿が大きく見えたものだった。

 ・・・わけではない。大体、それは彼の真横から現れたのだ。屋上の淵から、上半身を現す巨大な鬼神。サイズは二十メートル近くあるだろうか。余りに唐突すぎるこの事態に、一瞬、アスラは反応が遅れる。ごうっと空気が穿たれる凄まじい唸りが辺りに響き、頭上に振り下ろされた巨大鬼神の掌を彼は避ける事が出来なかった。

 メメタァッ

 「がっ・・・」

 脚が、屋上の床に減り込む。凄まじい力で押さえつけてくる巨大式神。術を弾く作用を持った彼の阿修羅神掌だが、流石にこれは余りに巨大すぎる。凄まじい圧力から身体を守るのに精一杯で、全身の筋肉が張り裂けそうになり、骨格が悲鳴を上げる。

 「う、迂闊っ・・・! 何時の間に・・・こんな大技をっ・・・!!」

 「戦い始めたときからずっと、です。こっそり髪の毛を飛ばすなんて造作もありませんよ・・・伊達に派手な術を使っているわけじゃないんですから」

 手の中にあった天津剣・超螺旋を虚空に返すと、鬼神はそう告げる。彼女の足元に飛行せず歩いて近付いてくる小さな式神たち。攻撃に使う、彼女の等身を性格に模倣した物ではなく、二頭身にデフォルメされたタイプの別デザインだ。更に解説を続ける鬼神。

 「本来の姿を呼び出すには咒符が必要なんですが、そちら貴方の耳が聞こえなくなっていた時に用意させてもらいました」

 「・・・!」

 莫大な火力。音波攻撃。捨て身の電撃。テレパシー・・・何れも、広大な動体視野を有するアスラの注意を逸らす為のデコイ。派手に激しい鬼神の戦闘スタイル・・・それを知り、その先入観を持っていたアスラ故に通じた奇策だったのだ。

 やがて、鬼神はアスラに向かって言う。静かに、そして深い悲しみのこもる口調で。

 「元宗さん・・・今は退いて下さい」

 「恫喝する、つもりかっ・・・瞬?」

 アスラは問い返す。即座に潰れる事は無いが、しかし逃れる事も出来ない絶妙な圧力を加えてくる式神の腕を支えながら。

 「・・・お願いです、元宗さん。もうこれ以上、京二さんを傷付けないで下さい。あの人は・・・私の大切な人なんです」

 「く・・・ぐ・・・」

 必死に訴える鬼神。その言葉が重く、圧し掛かる。身体にも、心にも。そして彼女は目を伏せるように俯く。暫時して、顔を上げた彼女はこれまでよりはっきりとした口調で告げる。

 「若しもその時が・・・貴方の言う様な時が来たら、あの人は私が殺します・・・」

 「瞬・・・お前は・・・!!」

 それは残酷な覚悟に満ちた言葉。絶句を余儀なくされるアスラ。そして彼女は懇願する。

 「だから今は・・・分かってください、元宗さん」

 今度はアスラが俯く。苦悩が仮面の上にも浮かびそうで、彼は鬼神から目を逸らし、そして叫ぶ様に言う。

 「駄目だ! オレは・・・! そんなことは! 絶対に認めねぇっ!!」

 「何故・・・どうしてなんです!!?」

 慟哭に近い鬼神の叫び。

 「私は京二さんを守りたい・・・でも、だからって、これ以上貴方も傷付けたくありません!!」

 優しい響き。それはかつての、冷徹な退魔戦士だった頃の彼女には無い、暖かく優しい言葉。だが・・・

 「だから・・・だよ」

 「え・・・」

 苦悩に満ちた、声。迷いが、彼の心を戸惑わせ言葉を詰まらせる。・・・しかしアスラはその思いを切って棄てる。今更、退くことは・・・思いを変える事など出来ない。諦めることなど出来ない。何故なら彼は・・・

 「今のお前が・・・優しすぎるからだっ・・・!」

 或いは優しくあることは、女性として、いや人間として、幸せなことかもしれない。だが・・・彼女は人間ではない。

 グワッ

 「えっ?!」

 アスラの言葉、それと同時に、瞬は後方から何かに襲い掛かられ、押し倒される。

 『スマニャイ、瞬!!』

 グルカナイフを思わせる太い爪が、彼女の身体を押さえつける。凄まじい膂力を持ったしなやかな腕。顔を向けると、彼女の背に圧し掛かるのは、猫を思わせる体形の生き物。だが鬼神の身体の倍ほどもある体格を、模様の無い白銀の体毛を持った虎・・・の様な大型肉食獣。霊獣コウのバトルモード・・・先ほどまで気絶していたと思っていたが、何時の間にか接近していたのだ。

 「我が身は昂ぶる神将の威!! 堅甲利兵!!」

 高らかな詠唱の声が響く。メキメキと音を立てるアスラの身体。彼の両手が胸の前で組まれている。

 「元宗さん・・・?!」

 神掌だけで巨大式神の掌を支えているのだ。過負荷に耐え切れず、四本の腕に皹が走る。だが構わず、アスラは印を結び、術を唱える。

 「闘気法!!」

 アスラの身体から陽炎の様に黄金の光が立ち上る。そして発光するアスラの目。再び自らの腕も式神の掌に突き立てる。

 「ぐうううあああああああああっ!!」

 咆哮するアスラ。上から押しかかる凄まじい圧力と、自らが生み出す膨大な筋力により極限まで張り詰め、各部が裂けて血が噴き出す。

 「かあああっ!!」

 そして、遂に巨大式神の腕を弾き返し、素早く脱出に成功するアスラ。轟音と共に式神の腕が屋上に突き刺さる。

 「焔花風!!」

 『ニャアアアアアアアッ』

 そして、爆発する鬼神の身体。全方位への火炎術でコウを吹き飛ばす鬼神。その直後、襲いかかってくるアスラ。彼が繰り出した膝蹴りを掌で受け止める。

 「どうしてですか・・・? 何故、優しかったら駄目なんですか・・・!!」

 受け止め、もう一方の腕で彼の足を掴み、飛び蹴りの勢いのまま背負うように投げる。

 「優しさは・・・傷付けるっ・・・お前自身をっ・・・瞬!!」

 だがアスラは空中でスピンすると、素早く床を蹴り弾き返されるように再び迫る。繰り出される手刀。正し二本。ひび割れた阿修羅神掌は最早、自在には動かない。鬼神もまた、上腕に霊力を集中し、それに相対する。

 「それは私自身の問題です・・・! 私自身が選び・・・望んだ」

 「違う! そうじゃない!!」

 切り結ぶ手刀と、手刀。二人の腕がまるで刃物の様な音色を立てて擦れあい、火花が舞い散る。圧すのは、術により身体能力を高めたアスラ。

 「だったら・・・なんだって言うんです・・・?! 元宗さん!!!」

 だが、再び、音の衝撃。だが今度は先ほどに比べて威力が低い。彼の身体は僅かに吹き飛んだのみ。すぐに反撃を返してくる。L字を画いた右腕を鬼神の首筋に叩き込むラリアット。

 「オレは・・・オレはっ・・・!!」

 首筋を覆う、襟型の生態装甲が複雑に硬化と柔軟化を繰り返し、衝撃を分散吸収する。脇腹に打ち込まれる拳が、辛うじて作動した阿修羅神掌が防ぐ。

 「お前を守りたいんだよ・・・瞬!!」

 「えっ・・・」

 それは仮面ライダーアスラ、本韻元宗のエゴ。彼の、優しく悲しい我欲。彼は悲痛な叫びで、それを吐露する。

 「わ・・・わかりません・・・!!」

 だが・・・その言葉が鬼神に、瞬に与えたのは混乱。

 「・・・何故・・・そんなこと言うのに・・・攻撃を止めないんですか!!」

 「オレにも・・・もう・・・わけわかんねぇんだよ!!」

 そしてアスラも混乱している。いや、混線していると言うべきか。感情が複雑に絡み合って、最早、正常な思考をすることが出来ないのだ。

 「畜生ォォッ!!!」

 咆哮するアスラ。それに呼応するように阿修羅神掌がアスラの身体を軸に卍を画くフォームを取る。

 「ウオオオオオオオオオッ!!」

 そして、飛翔するアスラ。阿修羅神掌が高速で旋回を始め、彼の身体は空中で渦を画く。

 
ギュオオオオオオオオオオッ!!

 それは正に一陣の旋風。更に回転を増した彼は、やがて周囲の空気を巻き込んで激しい唸りを上げ、竜巻と化す。

 「あれは・・・!」

 アスラ最強の必殺技。それは真空の刃と凄まじい風圧を同時に帯びた巨大な風の凶器。タイプわけすれば、近距離格闘スタイル・決戦型の改造人間であるアスラの技の中で、数少ない広範囲に破壊力を及ぼす技。生半可な手段では防ぐことも避けることも出来ない。

 鬼神は、意を決すると、自らの内側に穿たれた穴・・・というより彼女が「穴」と認識する「鬼神の力の本体」と彼女がアクセスする部分を押し広げる。

 「くうあああああっ・・・」

 髪が根元から赤く変色し、静電気を帯びた様に広がる。全身に流れ込んでくる、強い破壊衝動を伴ったエネルギー。彼女はそれを圧縮し指向性を持たせ両足に収束させる。

 アスラとは対照的に遠距離射撃スタイル・殲滅型である鬼神の持つ強力な近距離攻撃の手段。彼女は、アスラを空中で迎撃するため、深く踏み込む。

 「やれやれ・・・」

 その様子に、呆れた様に嘆息する京二。

 「まったく不器用なやつ」

 「・・・なんかヤキモチ妬いてるみた〜い」

 一方、冷やかす様なマリアの視線。最早、諦念したらしい。

 「ウルサイ」

 京二は、そう言って口をへの字に結ぶ。と、そのとき・・・

 「そんな呑気そうにされても困るわ・・・プロフェッサー」

 「!」

 冷たく響く壮年の女性の声に、京二、そしてマリアも身を硬直させる。

 「・・・マリア、貴方もです。貴方なら、プロフェッサーと協力すれば、こうなる前にあの二人を止めれたでしょう」

 「で・・・でも・・・それは・・・」

 「言い訳は結構、次は気をつけなさい」

 「は・・・はい」

 しかし、返事を待たず駆けていく影。声の主は肩に太く長い何かを担いでいる。

 一方・・・

 
ギュオオオオオオオオオオオオオオ

 「修羅旋風脚!!」

 飛翔の頂点、屋上から更に五十メートルを越したところで重力加速と、プロペラのような腕の回転によって後方に弾かれた空気が彼を鬼神に向けて打ち出す。12月の冷たい夜気を熱風の嵐に変えながら急降下してくるアスラ。

 「夜猟襲!」

 腰を落とす鬼神。直後、彼女はエネルギーを収束させた足で踏み切り、飛翔する。

 
キィィイイイイイイイイイイイイン

 「シャトルキィィィィィィック!!」

 空気を真っ直ぐに引き裂いて、猛速で宙へと駆ける鬼神。後方に向けて噴射するエネルギーが、彼女の身体を加速する。

 赤い稲妻を帯びた烈風と、金色に輝く旋風が宙で交錯する・・・その寸前、飛翔した三人目の影を二人のライダーは気づかなかった。

 高速で飛翔する鬼神を追い抜く銀色の影。それは二人が気づいたときは、アスラの眼前にいた。

 「ばあさ」

 
ドカキィィィィン!

 それを言うより早く、物凄い勢いで振りぬかれた何かが、竜巻を突き破ってアスラの顔面を捉え、彼の身体を吹き飛ばす。そして・・・

 「きょ・・・きょくちょ?!」

 
グワキィィィィン!!

 そして返す刀が鬼神の顔面を打ち、彼女をアスラと逆方向に飛ばす。

 「・・・必殺、二重局長ホームラン」

 スタッと華麗に着地する影。そして重い音を立てて突き立てられる長く太い、二人のライダーを打ち飛ばした武器。やがて、ゆっくりと立ち上がる。軽いウェーブの掛かった銀髪、それをセミショートにした初老の女性。縁の無い眼鏡をかけた。彼女の正体、それは・・・

 「きょ・・・局長」

 全日本地球防衛組織協同組合主催の親善草野球大会では常に四番を務めるエース・・・もとい、宮内庁陰陽寮局長にして先代鬼神、神崎紅葉(くれは)だった。

 「全く・・・もう」

 二人の改造人間が夜空に消えた後に残った星を交互に見て、ため息をついた。






 「・・・貴方たちはもう一度、責任・・・というものの意味を理解しなければいけないようね」

 四人を床の上に正座させた神崎は、冷ややかな口調でそう告げる。左から京二、瞬、元宗、マリアの順番。彼ら四人の前を行ったり来たりしながら、掌に折檻用の棒を打ちつけ音を鳴らしている様は、さながら今は滅びつつあるスパルタ教師だ。ただし、手にする棒は、折檻用と言うには余りに凶悪すぎるデザインだが、誰も恐ろしくて突っ込めない。

 「神野江執行員、法師本韻」

 最初に振られるのは、当然騒ぎの中心人物であるこの二人。何時もは相手をファーストネームで呼ぶ神崎だが、組織の長として厳しい言葉を掛ける時は何時も、こうやって肩書きで呼ぶのだ。少々、萎縮した二人は静かに応える。

 「はい・・・」

 「お・・・おう」

 「法師本韻。返事は、はい、と簡潔に」

 そう言って先に小事への注意を下し、一拍おいてから彼女は続ける。

 「貴方たち二人はそれぞれ陰陽寮と退魔衆連会の最強の力を持った戦士として他の者達に範を示さなければならないというのに・・・今ほどの様は何ですか? 感情に囚われ、こんな大勢の前で鬼神、アスラの力を使った乱闘など論外に値する行為です。反省しなさい」

 「はい」

 「・・・はい」

 何処か不満そうな表情の元宗。しかし、神崎に睨まれ直ぐに表情を消す。

 「次に新氏隊員」

 「はい」

 マリアは少し上目遣いに応える。彼女自身は巻き添えを食ったようなものであった。

 「貴女に責任どうこうを問うのは少々酷かも知れません。ですが、貴女も鬼神には及ばぬとはいえ、“力”を持っているのですから、与えられた力に対する“責任”と、その使いどころ・・・忘れないように」

 「はい」

 故に、彼女へはそれ程厳しいものではない。だが、最後に京二に向けられた視線は酷く厳しいものだ。米神もピクピクさせている。

 「それから、プロフェッサー伊万里」

 「は・・・はい」

 流石の京二も、彼女に逆らうほどの無謀は冒さない。神妙に言葉を聴く。

 「未だ若いとは言え、貴方もプロフェッサー・・・人を教え導くことを生業としているのですから、その肩書きが伊達や酔狂に成らぬ様、良識と良心、そして深い見識で若い者たちを導いて上げなければいけません」

 「はぁ・・・」

 棒を杖の様に床に立てると、

 「・・・まあ、良いでしょう。もうこれ以上、貴方たちに責任云々は問いません・・・それから神野江執行員、貴方が妖人に対して取っていた行動の是非についても」

 「え・・・?」

 「な・・・なんだとっ?!」

 元宗は兎も角、瞬もまた聞き違えたかのように驚く。ぴくり、と眉の端を上げると神崎は彼の方へ視線を向ける。

 「何か御不満でも・・・? 法師本韻」

 「何かもハニワもねぇっ・・・!! 神崎局長さんよ!!」

 神崎に問いに対し、殆ど吼える様に叫ぶ元宗。直ぐ隣のマリアが喧しそうに耳に手を宛がう。

 「俺達の役目は化物どもをぶっ殺すことだ。だが、瞬は人を襲った化物を助けていやがった・・・それも今回だけじゃない。何度も、だ! 明らかに使命と矛盾しているぜ!!」

 「・・・それは飽くまで、貴方自身の使命と、でしょう?」

 「はぁ・・・?!」

 神崎は落ち着いた端的な口調で返す・・・が、元宗は何のことかと理解できないように眉根を幾重にも寄せる。

 「彼女に与えられた義務と権限・・・には何ら矛盾していないわ。特務派遣執行員・・・人間社会を脅かす危険性のある存在の元へと派遣され相対し、自己の判断により与えられた力を行使し、そのものの処刑・殲滅を執行するもの・・・或いは鬼神」

 其処で一旦区切ると、神崎は書類を机の上に於いて二人の改造人間を交互に見てから続ける。

 「でも必ずその力を行使しなければ為らない、と言う訳ではないの。若しも執行員が処刑の必要なしと判断すれば、それでも問題は無いの。力と、力を行使する判断、それを委ねられているのが特務派遣執行員なのですから」

 「しかし!」

 「・・・法師本韻。陰陽寮は殲滅機関ではないのよ。こう言う時勢だから排他能力ばかり偏重してしまっているけど、本来の目的は飽くまでオカルト技術の管理。我々は狩人ではなく防人なの。殺さずに済むならそれに越した事は無いわ」

 「く・・・だが・・・それでは余りに甘すぎる!!」

 「元宗」

 冷たく、静かな神崎の声が彼をたしなめる様に響く。

 「・・・陰陽寮と退魔衆連会は現在同盟関係に在りますが、基本的に別組織です。正式な場での抗議ならば考慮しますが、一組織員である貴方の個人的な感情による発言を汲むことは出来ませんよ」

 「く・・・」

 神崎の言葉は、遠回しに分を弁えろ、と告げているようだった。流石にこれは理解したのか、元宗はこの件については最早、口を噤まざるを得ない。だが次の瞬間、神崎は両手をパッと広げると、微苦笑を浮かべて言う。

 「と・・・言っても此れは組織としての建前に過ぎないわ」

 再び、棒を手に持ち上げる神崎。

 「問わない・・・というより、問えない、と言った方が妥当ね」

 「え・・・?」

 「緊急事態よ」
神崎は手にした棒を瞬に向かって投げる。突然の行動に瞬は少し狼狽しながらもしっかり受け止める、が、その重さに思わず前のめりになりそうになる。その黒い棒のような物は金属製の棍棒だった。それも御伽噺に出てくる鬼が使うような無数のスパイクがついた禍々しい代物だ。

 「その、“百貫”が必要なほどの、ね・・・」

 「百貫・・・」

 何やら妖気を放出し周囲の空気を歪めるそれを瞬は不安そうに見る。

 「そう・・・どうもそれが必要になりそうだったから封印を解いてきたの。鬼神専用対魔殲滅兵器、通称“百貫”。貴方なら使いこなせるはずよ」

 「・・・何故、突然こんなものを? 一体どういうことですか? 局長」

 瞬は不安を隠せない様子で、そう問い返す。彼女が神崎より手渡された武器は封印されていた様な、その上殲滅等と言う危険な言葉を帯びた代物。そして、自ら振るうまでも無く、その威力は絶大だということを身を以って体験している。この様なものが必要になる事態といえば・・・

 「まさか・・・」

 彼女が言いかけた直後であった。

 
ゴゴゴゴゴゴゴ

 「!!」

 地鳴りと共に足元が揺れ始める。本部施設も、木々も。この足元から突き上げてくる揺れは・・・地震だ。

 「これは・・・前触れね」

 揺れは直ぐに収まるが、隊員たちの間には突然の天変地異に未だざわめきが残る。だが、神崎の目の前に座った四人には、彼女の表情と言葉から、これが自然現象でないことが判った。今ほどの地震は何らかの人為的な手段による地殻変動・・・

 「局長・・・」

 「言ったでしょう・・・緊急事態よ」

 施設内に警報が鳴り響き、館内放送が隊長・副隊長クラスの戦闘陰陽師をブリーフィングルームに招集している。
そして、神崎は静かに告げた。

 「富士山が爆発するわ」





 寮内は俄かに慌ただしくなっていた。職員や陰陽師たちが足早に歩き回り、分泌されたアドレナリンの微妙な香りが鼻腔の奥を刺激する。目の前には伊万里京二が壁に背をもたれさせ、彼女の話を聞いている。瞬は自らの恋人に、これから起こる可能性の在る事、自身がそれを防ぐ為に任務に就かねば成らないことなど要点を絞って説明した。

 「・・・随分と唐突だな」

 陰陽寮の猛者達を驚かせた事実も、彼に衝撃を与えるには足りない。京二が示すのは精々、急な出張が入ったというのを聞いた程度の反応だ。

 「・・・25日には帰ってこれるのか?」

 彼にとって恋人の時間はイブが過ぎても許容範囲なのだ。瞬は少し笑うと答える。

 「ええ・・・大丈夫です。そんなに長くはかからないと思いますから」

 「そっか・・・じゃ、あんまり無理するなよ」

 任務に失敗する事は微塵も考えていない、信頼や信用というよりは、最早それが当然のことである、と言った風情の京二の表情。寧ろ、彼にとっては、瞬がどれだけ、怪我をしないか、の方が重要なのだ。だが瞬は、それに対して否も是も示さず言葉を返す。

 「京二さんも無茶しないで下さいね」

 「フフ・・・それは約束できない」

 京二にとって、日々の無茶はナンパやセクハラと同様に、最早デフォルトの行動なのだ。だが、瞬は自分という枷が無い時に、京二に無茶をさせるわけにはいかないので、こう切り返す。

 「じゃあ、私も無理しちゃいますよ」

 「・・・ずるくなったな、瞬」

 「京二さんの所為ですよ」

 そう言って、柔らかく笑う瞬。京二は「こいつぅ」と言った感じで彼女の額をつつき、そして艶やかな彼女の黒髪に触れる。
笑っていた瞬だが、ふと何かを思い出し、目を伏せる。

 「さっきは御免なさい」

 「ん・・・?」

 先に述べられた主語。何を指して謝っているのか判らず、首を捻る京二。

 「元宗さんのことです」

 「ああ」

 京二は全く予想していなかった様な様子で感嘆する。そして疑問。

 「なんでお前が謝るんだよ」

 「だって・・・もう少し私がちゃんと説明してれば・・・」

 「それはお前の所為じゃないさ」

 そう言って優しく微笑む京二。だが、瞬は尚も申し訳無さそうに言葉を続ける。

 「でも・・・あの人は、本当はあんな乱暴な人じゃ・・・悪い人じゃないんです」

 「フフ・・・解かってるよ」

 「え・・・?」

 驚きの声を上げる瞬。彼女は、京二が元宗に対し憤慨しているだろうと考えていた。だが、弁護に対する彼の答えは、意外にも肯定の言葉だった。京二は湿布の張られた頬を撫でながら言う。

 「・・・あいつは本気で殴ってこなかったからな」

 腫れてはいるが、歯の一本も抜けていない。京二が旨く身を逸らした所為もあるが、本職の戦士である元宗なら、拳の一撃で頬骨を打ち砕くことも出来た筈だ。それどころか頭蓋骨を破壊し死に至らしめる事も出来たかもしれない。だが、今、京二はこうやって瞬と語らっている。

 「あいつは良い奴だ。まあ・・・ちょっとした誤解があるみたいだが・・・俺は何も気にしちゃいない」

 「京二さん・・・」

 京二の言葉に瞬は胸を撫で下ろし、表情を柔らかくする。しかし、それに反し見る見る不機嫌な表情になっていく京二。

 「それより、瞬」

 「はい・・・?」

 駄々を捏ねる寸前の子供の顔をした京二に詰め寄られ、狼狽する瞬。やがて京二は酷く呆れた様に言う。

 「相変わらずお前は無粋だな〜・・・折角のスィートタイムにあんなムサイ男の話なんて」

 「す・・・すいません」

 慌てて謝る瞬。京二にとっては、元宗の暴挙の数々よりも、折角の二人の時間に他の男の話をされる方が、より気に障ることらしい。最も恋人の目の前で他の女性にナンパやセクハラをかます男がどうこう言える話ではない・・・のだが、誰も指摘しないため彼はやりたい放題だ。

 そして、瞬が下手に出ているのを良い事に、彼はにやりと悪役の笑みを浮かべ、ずるい交換条件を持ち出す。

 「フフフ・・・じゃあ、キス一回で許してやろう」

 「え・・・」

 驚き、顔を赤くする瞬。その反応に、京二は何処と無く拗ねた様な態度で問う。

 「ヤなのか?」

 「だって・・・誰か来たら恥ずかしいじゃないですか」

 辺りをキョロキョロと見回しながら、抗弁する瞬。だが・・・

 「フフ・・・何を今更。おまじないさ・・・景気付け、と言っても良いかな?」

 「もう・・・強引なんですから」

 抗弁しながらも満更ではない様子だ。

 「じゃ、頼むぞ・・・俺の仮面ライダー」

 「はい・・・貴方の分まで頑張って来ます」

 スっと自然に二人の顔が近付く。瞬が背伸びするのではなく、京二が腰を曲げるような形で。

 京二は左手で眼鏡を外し、右手を彼女の首の後ろに添える。

 不謹慎かな・・・と瞬は内心咎めるが、甘い感覚と、不安感に押し流され、目を閉じる。

 やがて唇が重なってお互いの体温が溶け合い、その感覚が心地よく全身に広がっていく。二人は暫時、お互いに身を委ねた。




 「行ってきます・・・京二さん」

 「ああ・・・行ってらっしゃい」




 「うぐぐぐぐぐぐぐ・・・」

 そして二人の会話とスィートタイムを影から覗き見、怒りによって顔に刻んだ激しい皴に深くハゲ落とす・・・もとい、影落とす男が一人。床に溜まった水溜りに赤いものが混じる。流しすぎた涙が血へと変わりつつあるのだ。

 鋭敏な感覚器を持つ瞬を欺いて、隠れ様子を見るハゲ・・・じゃなくて影が(好い加減しつこいですね)一つ。元宗だ。家政婦宜しく覗き見る彼を嗜めるように、押し殺した声を発するコウ。

 『勝敗は決まったようニャもんだ・・・あの雰囲気、獣自分でも入り込めニャいとわかる』

 「う・・・うるさい」

 血涙を流しながら小声で反論する元宗。そこに、呆れた様な響きで女性の声が響く。

 「出歯亀は感心しないわね・・・元宗」

 「! ばあさん」

 『紅葉ば〜ちゃん』

 背後から現れた神崎に、元宗は声を殺して驚く。神崎は肩に飛び乗ってきたコウの喉元を撫でて擦ってやりながらクスクスと笑い、問う。

 「・・・瞬の事、心配?」

 俯く元宗。彼は苦虫を潰したような表情を上げると逆に問い返す。

 「ばあさんだって、伊万里のことは気づいてるんだろう? あいつの身体はもう半分以上・・・」

 『人間じゃニャい』

 「ええ・・・」

 頷く神崎。やはり、と元宗は思う。彼女が気付いていない筈が無かったのだ。元鬼神であり、今尚優れた陰陽師であり、そして深層部分で瞬と記憶を共有する彼女が、伊万里京二の異変に気づいていないはずが無かったのだ。

 「判っていながらっ・・・何故?!」

 『声がでかい! 元宗』

 「あれは賭けかしら、ね」

 憤慨する元宗に、神崎は自嘲的な笑みを浮かべ、静かに言う。

 「人間ってそんなものでしょう。例え、理性で判っていても、信じたい・・・」

 「オレはっ・・・納得できん」

 「若いわね・・・元宗、愛は躊躇わない事・・・これが肝要よ」

 「そっ・・・」

 何かを、否定の言葉を吐こうとして、彼は止める。今更、彼女が気付いていない筈が無い。代わりに彼は問う。軽口に近い内容の問いを。

 「実体験に基づいてるのか・・・?」

 「躊躇わない事とデリカシーが無いことは別よ、元宗。そう言う所、あの人の若い頃にそっくりね」

 元宗の無遠慮な言葉に流石に憮然としながらも、後半は思い出し懐かしむ様に、呟く。

 「爺さんの事を言ってるのか?」

 元宗は聞いたことがあった。退魔衆連会の最高責任者である彼の祖父と、この陰陽寮の最高責任者である神崎が、かつて戦友であり、戦前から戦後にかけて妖怪や悪霊と戦っていたことを。

 「ええ・・・フフ、駄目ね。歳を取ると昔の事を振り返ってばかりで・・・あの子の事もそう・・・私が昔、躊躇ったばっかりに諦めざるを得なかった、悔やんでも悔やみきれない思いを・・・代わりに果たして欲しかったのかもしれないわ」

 「・・・瞬は、ばあさんじゃないんだぜ」

 元宗は忠告する。彼女が、神崎の人形ではないことを。彼女には彼女の人生があることを。

 「フフ、判ってるわよ。感傷だってね・・・」

 言われるまでも無い、と彼女は笑うが・・・

 「それよりばあさん・・・一つ気に成るんだが」

 「何?」

 「・・・何故、こんなギリギリまで判らなかったんだ?」

 「・・・・・・」

 沈黙する神崎。彼女は質問の意図を理解していた・・・が、敢えて答えない。焦れた様にアスラは重ねて問う。

 「富士山の爆発なんて事態・・・相当大きな予兆が出るはずだぜ。何故、こんなギリギリまで予知出来なかったんだ? 実際、去年のアレは夏頃には既に・・・」

 「流石ね・・・貴方になら・・・話しても良いかも知れないわね」

 熱っぽい眼差しのアスラ。損な役割を演じてはいるが、その洞察力は伊達にアスラを継いでいない。神崎はふう、と溜息をつくと、ジェスチャーで彼を誘う。場所を変えようというのだ。彼女は先導し、歩きながら話し始める。アスラである元宗ならばギリギリ拾える位の小さな声で。

 「ま・・・最大の要因は」

 ちらりと元宗を見て冷たい視線で刺す神崎。

 「貴方が迷子になった所為ね」

 グサ

 痛い所を突かれ胸を押える、元宗。

 「あ・・・あれは、あいつが・・・」

 「責任ある大人が、人の所為にしないの」

 「ぐ・・・は・・・はい」

 抗弁し様と試みるがばっさり切って落とされる。

 「ま・・・冗談はさておいて・・・」

 言いつつも、余り目が笑っていなかったりする神崎。兎も角、彼女は彼にしゃべり始める。

 「・・・『ヒミコ』・・・未来予測システムに異常が発見されたの。それもコア‐プログラムのね。貴方が高野山から持って来たのはそれの補正プログラムだったのよ」

 未来予測システム『ヒミコ』は、一応、陰陽寮のみが持つ装置だ。だが、万が一の事態に備え、ローマ法王庁(ヴァチカン)や高野山など同盟を結んでいる組織に補正プログラムや修理の困難なユニットのスペアパーツを預けているのだ。だが、元宗の中に疑問が生じる。

 「何故、そんな回りくどいことを? プログラムの補正ならここでも出来るだろう?」

 元宗の問いに、数秒間沈黙する神崎。だが、やがてその真相を重々しく語り始める。或いは・・・自ら口に出した内容を、彼女自身、未だ信じられないようでさえあった。

 「・・・その異常、というのが人為的なものだったのよ。非常に巧妙な、ね」

 「な・・・まさか・・・!」

 流石に此処までヒントを並べられれば察するに足りた。元宗の反応を見て、神崎は頷いて言う。

 「察しの通りよ・・・恐らく、寮内に敵の内通者がいるわ」

 「スパイ・・・じゃあ・・・!!」

 その第一候補は、直ぐに上がる。彼にとって、憎んでも憎みきれない、憎いアン畜生・・・

 「伊万里京二か!!!」

 「ええ・・・可能性もあるわね。ただ、何の確証もない、飽くまで推測に推測を重ねたものだという事を忘れないでね」

 直感が先行する元宗を嗜める神崎。しかし、元宗はそれに納得しない。

 「しかし、ばあさんっ・・・!」

 「今はそれを確かめている暇は無いの。でも、覚えておいて頂戴・・・もしかしたら、何か動きがあるかもしれないから」

 厳しい口調。こう、言われてしまえば、元宗には最早返す言葉は無かった。

 「・・・了解だ」

 彼は、納得できないながらも、渋々と返す。

 「・・・力を貸すって約束したからな」

 ・・・・・・・・・

 時間は僅かに前後する。数十分前、陰陽寮本部三階。第一ブリーフィングルーム・・・

 「「「「富士山が爆発?!」」」」

 先に結論を以って彼らに告げられた事実。それは明日にでも、「富士山が爆発する」可能性があるという些か突拍子も無いものだった。生じたのは驚愕。そして、“また十二月か”と、皮肉っぽい声も聞こえる。“来年は何処がやると思う”と、囁くものも。去年の丁度今頃も、同様に富士山でかなり大きな動きがあったのだ。「エニグマ」と共に「ゴルゴム・ネロス以来の二大巨頭」と呼ばれた地下組織の片翼、秘密結社ヴァジュラが、何らかの大型構造物(事後調査では要塞と判明)を建造していたのだ。去年は要塞、今年は爆発、来年当たり隕石が落ちるのではないだろうか。

 ざわ・・・
   ざわ・・・

 騒然とするブリーフィングルーム内。陰陽寮に所属する戦闘陰陽師たち全てに緊急コールがかけられ、中でも現在任務に就いている者を除いた隊長・副隊長及びトップ5の二人はこのブリーフィングルームに招集されていた。また、陰陽寮の隊員でない元宗も同席している。即ち、ここにいる者たちは月並みな言い方で言えば対オカルト・対異種生物・対地下組織の戦闘において百戦錬磨の猛者たちだったが・・・それでも彼らの内に走った衝撃は大きかった。それは、富士山の爆発(噴火ではない)・・・という余りに突拍子が無く、悪い冗談の類のようなそれが、“起こり得る事態”だという事を彼らが知っているからだ。

 火山活動を利用した作戦・・・それは、大規模な準備と労力・高い秘匿性を求められる反面、作戦が功を奏せば得られる効果は非常に高い。若しも大噴火が起こるようならば溶岩流や火砕流による周辺地域の破壊は言うに及ばず、立ち上る噴煙と火山灰は第一次産業・交通・通信・流通・健康など、インフラに与えるダメージは大きく、その際に発生する損失は億や兆とも言われる。だが、此度、本当に深刻なのはそれだけではなかった。

 「神野江執行員・・・説明を」

 「はい・・・」

 神崎の命に答え、書類を手に立ち上がる瞬。

 「本日1830、未来事象予測装置・ヒミコの演算結果、明日0630以降富士山が火山活動により爆発する可能性が高いことが明らかになりました。これは、周辺地層の観測データとの比較から人為的ものであることが解っています。よって現時点を以って陰陽寮全職員は第一級非常警戒態勢に移行。これより私達、特務派遣執行員・陰陽連戦闘陰陽師部隊は武力実行による富士山の噴火阻止作戦を展開します。ここまでで何か質問は?」

 「はい」

 陰陽師部隊隊長の一人が挙手する。

 「“ヒミコ”が算出したってことは、やっぱ落天宗の仕業なのか?」

 ヒミコとは、陰陽寮本部地下に存在する一種の未来予測システムの名前だ。人工衛星を始めとした膨大な環境計測装置によって得られた情報を集積し、それを陰陽道や占星術、風水を始め様々な「占い」のシステムに基づいて計算処理し、算出データを統合・解析することで、未来に起こる事態をある程度ではあるが予測することが出来る装置だ。陰陽寮はこれによって落天宗の活動を予測し、それを未然に防いだり或いは被害を最小限にとどめたりしていた。だが、瞬は首を縦にも横にも振らない。

 「結論から言えば、不明です」

 ざわめきが、再び起こる。未来予測・・・と言っても具体的な未来像が予測出来る訳ではない。事柄・その発生時期・規模が大まかに算出されるのみで、仔細となる部分まで正確に予測できるわけではない。寧ろ、今回の様に具体的な日付・日時まで判明する事の方が稀なのだ。

 「静粛に。要因となる事柄・首謀者は現在、諜報部が全力を挙げて調査中。“ヒミコ”も最大稼動で計算中です。ただ、現時点までで判っていることは、その噴火に“障壁”の安否が何らかの形で関わっている・・・ということです」

 「障壁が・・・!」

 ブリーフィングルーム内に更なる衝撃が走る。

 「みなさんには説明の必要はないと思われますが、改めて確認しておきます」

 瞬が手元のリモコンを取り、それを操作すると、大型ディスプレイに富士山周辺の地図が表示される。その地図上には富士山を重心とした正五角形の頂点に赤い光が点として表示されている。

 「これが障壁の要・・・結界の発生装置が配置された五つの地点です。この五つが相互干渉し五芒星を描く事で結界としての作用を高めています」

 ディスプレイの前に立った瞬は、その赤い点を指し示しながら、説明する。

 「この結界は、富士山及びその周辺地域の霊場を安定させると同時に、富士火口を門として地上進出を行うだろうと推測される“魔の国”或いは“ダウンワールド”と呼称される領域の住人の大規模侵攻を防ぐ目的で設置されています。我々陰陽寮は、高野山やローマ法王庁と協力してこのような結界を世界各地に設置してきました」

 装置の詳細構造などが次々と画面上に表示されていく。また、その役割の説明なども。彼女が説明し、示した“地底勢力の侵攻阻止”。それこそが、陰陽寮の猛者をして、驚愕させた要因である。

 「しかし、何故それの安否が関わってくるんだ?」

 「それはこれから説明します・・・まずはこれを」

 元宗の問いに、瞬は頷くと、ディスプレイに表示される映像を切り替える。富士山そのものと、その周辺地域の断面図。無数のラインが其処には刻み込まれている。また、腹部に輝く結晶石を帯びた怪人の画像も。

 「この様に富士山は数々の組織によって、最早全体の把握が出来ないほど手が加えられており、昨年の十二月にも秘密結社ヴァジュラによって要塞化が行われ、この火山そのものが既にかなり不安定な状況下にあります」

 更に画面が切り替わる。それは、やっと残骸の撤去が終わり再建工事中の東京タワーと、複雑な幾何学紋様の構成で画かれた魔方陣らしい図形、ギリシャやローマの神話に登場する怪物をモチーフにしたと思われる数体の怪人の画像だ。

 「四月に行われた落天宗の東京侵攻に伴い破壊された東京タワー・・・これは首都防衛用結界の中枢システムであると同時に、関東一円の霊的結界システムと連動し、それを安定させる働きを持っていました。しかし現在、タワーの破壊に伴いシステムは補助のものに切り替えられ、全体の機能は維持していますが、安定性は充分とはいえません。また、03年に出現した異次元勢力、今年出現した“魔の国”とは異なる地底勢力・・・彼らが地上出現の際使用した独特の技術を用いた空間転移により、少なくない量の歪みが空間内に蓄積しています」

 再び映像が変わる。システムの稼働率を表した表や、空間の歪曲値を曲線グラフに表したものなどが表示される。

 「結論として、現在関東一円は結界・霊場・地脈など、非常に不安定な状況にあるといえます。その為、一度富士山に大規模な爆発が起これば障壁に大きなダメージを与えることは間違いありませんし、逆に障壁が大きなダメージを受ければ、それが引き金となって爆発が起こるかもしれません」

 「つまり、爆発の阻止、障壁の防衛、両面を視野に入れた作戦になると・・・?」

 「その通りです。私達はその何れも防がなければなりません」

 「ですが、局長、執行員、幾らなんでも我々のみでそれらをカバーするには些か人員が不足しています・・・! 他の組織からの援護は無いのですか?」

 「現在、高野山から退魔法師が向かっています。ローマにも渡部、相模、両隊員を通じて連絡を取っていますが、あちらはあちらで「エニグマ」対策に追われているため余り期待はできません。国内の防衛機関の多くも現在・敵対組織との抗争が佳境に入っている為、援護は望めそうにありません」

 師走・・・と言うだけあって、12月に忙しい事は当然の事なのだが、地下組織に対抗する者達にとってその傾向はより顕著だ。原因は定かではないが、ここ十年程、年末から年始にかけて敵対組織との最終決戦に入るケースが多い。落天宗の活動が活発化する以前、この俄かに慌しく成る時期は、他の地球防衛系組織の援護に東奔西走することが多かったのだ。要するに・・・

 「本作戦はほぼ我々陰陽寮と退魔衆連会のみで行うと考えて頂かなければなりません」

 再び起こる不安のざわめき。敵の正体、数も判らないのに、起こるであろう事は強大・・・それは致し方ない事かもしれない。それを告げた瞬の顔も幾分、不安感を隠せない。一応、政府を通じてスマート・ブレインやBOARD(人類基盤史研究所)、SAUL、忍風館等、既に敵対組織との抗争に決着を見た組織にも協力を求めているが、スマート・ブレイン以外、速やかに充分な戦力を揃える事は難しいだろう。最もスマート・ブレインならば、かなりの戦力が常駐してはいるが、“彼ら”の特性上、余り無理を要求することは出来ない。

 「しかし・・・トップ5が二人しかいないのに・・・」

 そう気弱そうに漏らすのは、トップ5の一人渡部奈津が隊長を務める隊の副隊長を務める青年だ。彼の部隊の隊長、渡部奈津は生身でありながらその鍛え抜かれた剣術を駆使し単独で怪人を倒す力を持った強力な戦闘陰陽師だが・・・現在、『異端の吸血鬼』『バチカンの聖騎士』と呼ばれる二人の改造人間に協力し、対「エニグマ」の任務に就いている。一応、召喚命令を出してはいるが、作戦開始に間に合うかどうかは微妙なところだろう。

 そして他の二名についても同様だ。“アーティファクト使い”相模京子は現在ローマ法王庁で研修中。奈津以上に間に合う可能性は低く(もっとも、超音速機を使えば別だが)、“呪い師”役華凛は生まれながらに持っている幾つかの持病の一つが悪化して入院中・・・戦闘に参加できるコンディションではない。

 だが・・・

 「・・・大丈夫よ、みんな!!」

 明るい声が、暗くなり掛けた室内の雰囲気を吹き飛ばす。声の主は、新氏マリア。

 「今日は先輩と本韻さんでダブルライダーなんだから!! 昔から言うじゃない、ダブルライダーに敗北の二文字はないって!!」

 「マリア・・・」

 「そうだよね? 先輩!!」

 同意を求められ、一瞬答えに迷うが・・・彼女はこの場で選択すべき行動を、即座に把握し実行する。即ち、頷きと言葉による肯定。

 「ええ・・・新氏隊員の言う通りです。皆さんの中に私と元宗さんの“模擬戦”を御覧になられた方も多いと思いますが・・・本作戦では、あの力が一つに合わさるのですから。だから心配は要りません。どんな敵が現れても、私たち二人の揃い踏みが必ず打ち倒します。だから皆さんも信じて力を合わせて下さい。みなさんの大事なものを護る為にも!!」

 不安・・・だがそれを隠して、瞬は鼓舞する。そしてそれに答える陰陽師たち。自らの言葉に完全に自信があるわけではない。だが・・・鬼神である以前に、“仮面ライダー”を名乗り“ヒーロー”或いは“ヒロイン”である以上、自らを旗印に誰かを勇気付けることは必要なことだ。そして、その為にはまず自分を信じなければならない。

 彼女は不安を拭い取り、凛然とした表情で構える。

 「瞬・・・」

 その様子に見惚れた様に、少し頬を赤く染める元宗。瞬は微笑んで頷くと彼に告げる。

 「誤解は後できっと解きます・・・だから今は、力を貸して下さい」

 「・・・」

 その様な頼まれ方をされて、断れる元宗ではない。彼は即座に頷きたかったが・・・最後のプライドにより、数秒黙ったあと、徐に立ち上がり、陰陽師たちに告げる。

 「何も心配は要らない・・・っ!! 俺と瞬についてこい・・・っ!!」

 「「「「応!!」」」」

 拳を振り上げて呼応する陰陽師たち。

 全てを納得したわけではない。だが、納得出来ないからといがみ合いを続けられるほど、仮面ライダーは甘くは無いのだ。

 ・・・・・・・・・




 月の光を浴びて、冷たい色を跳ね返すレール。その上には、巨大なバックパックを背負った、真紅の戦士たちが出撃のときを待ち構えている。

 彼らは戦闘陰陽師・・・陰陽寮の中でも実戦に特化した能力を持つ者たちだ。彼らが身に纏うのは赤い装甲に黒のアクセントラインを持つ強化装甲服。六つの先端を持つ角を頭に持ち、やや吊り上った卵形の複眼状センサーアイ、メカニックにより構成されていながら、極度に洗練され生物と機会の中間的な印象を受ける全体のライン・・・警視庁に配備されている特殊強化装甲服G5に陰陽寮独自の技術で改良を加えた高機動型G5と呼ばれる強化服だ。

 異種生物の脅威が激化した01年以降、陰陽寮でもそれらに対抗するため、このような装備を採用することになった。最も、トップ5と呼称される五人の女戦士たちを始め、その限りでない者も少なくはないのだが。

 真紅の戦士たちはレールの上に設置された台座の上に両足を乗せる。すると、重量を感知してメカニックが作動し、彼らの両足を左右から挟み、固定する。それと同時に身体を前屈みにして、胴をレールと水平にする。発振口の脇に備えられランプに赤が一つ灯る。

 俄かに高まる緊張感。鋼の鎧を通して、彼らの呼吸が響いてくる。二つ目のランプが灯る。

 レールに飛び散る電光。空は晴れて濃紺に染まり、冬の冷たい大気に星が強く瞬く。そして、三つ目、青いランプが灯る。

 それは出撃のサイン。台座が急激に加速する。それは電磁加速で陰陽師を空へ打ち出すカタパルト。

 一瞬で音速に近い速力を得た彼らは空中へと身体を舞わせる。

 風を切る彼らの身体。そのままでは重力に引き寄せられるまま、落下する。だが、放物線の半ば、即ち投擲の頂点まで彼らの身体が飛翔した所で、彼らの背中に装備されていた巨大なバックパックが展開する。
翼・・・

 彼らの背中に開いた真紅の翼。金属のフレームと薄い繊維質の膜からなる、翼竜のものを思わせる皮膜の翼。戦闘陰陽師の背中に広がるそれは、今回のような作戦に対応する為の緊急展開用グライダーだ。往路のみの使い捨てだが、デンジ推進と呼ばれる特殊なフィールド航法により、自在に、そして速やかに作戦展開が可能である。

 月光の中に次々解き放たれていく戦士たち。そして、最後にカタパルト内に残るのは三人。瞬とマリア、そして元宗。彼らはグライダーではなく、自らのバイクで戦場へ向かう。瞬は真紅のオンロードタイプ、アークチェイサー。マリアが乗るのは白いオフロードバイク、SB−G7−V“ジャイロチェイサー”・・・アークチェイサー同様にG7用のバイクとしてスマート・ブレインで試作された戦闘用バイクの払い下げ品だ。そして元宗が乗るのは・・・ゼファー。色々と改造が施されているが、彼のものだけ市販のバイクである。

 バイクに跨ったまま、元宗は瞬を見つめている。ただならぬ気配と、視線。

 「・・・先に、行ってるね。先輩」

 「ええ・・・私も直ぐに行くわ」

 気を利かせたのか、金髪の少女は自らの愛車を発進させ先に目的地へと向かう。

 そしてカタパルト内に残ったのは、ライダー二人。暫時、二人は視線を交差させるが、やがて先に元宗が口を開く。

 「瞬・・・忠告しておく。あいつは止めておけ・・・あいつだけは!!」

 「・・・元宗さんには関係の無い事です」

 冷たくあしらわれる元宗。だが彼は尚も諦めない。

 「オレは・・・っ! お前のことを思って言ってるんだっ!! あいつとこのまま付き合えば・・・お前がっ!!」

 「私は、あの人を愛することで何か起こったとしても、後悔なんかしません」

 元宗は改めて思い知る。瞬の直向さを。そう、一度、自らの道を決めてしまえば後は突っ走る・・・よく考えれば何も変わっていない。ただ、走る道が変わっただけで、彼女自身は何も変わっていない。しかし、だからこそ、元宗は告げる。もう一度、あの言葉を。

 「オレは・・・お前を守りたいんだよ!!」

 思いを伝える精一杯の言葉・・・その言葉を受けて、彼女は微笑む。先ほどの様に混乱した状況ではない為、彼女はその言葉に混乱することは無く、自らの思いを整理し、静かに答えを返す。

 「有難う・・・御座います」

 「瞬・・・!」

 感極まる元宗・・・だが、彼は気づいていなかった。

 「元宗さん・・・貴方が“仮面ライダー”として、“戦友”として、何時も私の事を心配してくれているのは分かりますし、それには感謝しています」

 「え・・・?」

 「ですが、私のプライベートに関わることまで口を出して欲しくはありません」

 「しゅ・・・瞬・・・?!」

 そう・・・瞬が勘違いをしていることに彼は気づいていなかった。だが、彼女の言葉でやっと、察する。

 最早、お分かりだろう。この二人の間にお互いの認識に関する深い轍が横たわっていることを。

 元宗は瞬を鬼神である以上に、恋愛対象・・・即ち、神野江瞬という女性として認識していた。図式にすれば・・・神野江瞬>鬼神・・・である。

 対して瞬は、元宗を仕事上付き合いのある人間・・・つまり、退魔法師本韻元宗=仮面ライダーアスラ・・・としてしか見ていなかった。

 判りやすい類例を上げれば「隣に棲むお兄ちゃんに憧れる女の子と、その女の子を妹としてのみ見ているお兄ちゃん」に近い状況だったのだ。

 「大丈夫です・・・そんなに心配しなくても」

 ただ、類例に挙げたケースよりこのケースはより不幸であるといえた。それは紫外線・赤外線・霊場・磁力線・電磁波などに対する鋭敏な感覚器官をもつ彼女が“お兄ちゃん”に勝るとも劣らぬほどが鈍感であること以上に・・・

 「私は後悔したくないから、京二さんと歩く道を選んだんです」

 徐々にデッサンが崩れていく元宗。ピカッとソった頭でダリだか判らぬほどムンクの叫びのような顔をしている・・・と駄洒落てみれば大体想像はつくと思われるが・・・お粗末。兎に角、その彼を安心させるように、瞬が言った言葉は、留めの一撃となる。

 「大丈夫です元宗さん。私は負けたりしません。京二さんが支えていてくれる限り私は仮面ライダー・・・仮面ライダー鬼神ですから。仮面ライダーで在る限り・・・私は負けたりしません」

 プツンと何かが、切れた。彼の中で何かが切れた。決定的な何かが。

 「ウハハハハハハハハハハハ」

 そして笑い始める。

 そう・・・彼の不幸は此処にあった。

 人間関係において“鈍感”以上に厄介になるキャラクター性、“天然ボケ”を瞬が持っていることに気づかなかった点だ。それは致し方ないことだったかもしれない。元宗が好きになったのは、かつての“クールな神野江瞬”だったのだから。

 「では私、先に行きますね」

 そう言ってアークチェイサーを走らせる瞬。見る間にテールライトは遠ざかり、見えなくなる。

 そして彼は泣いた。笑いながら泣いた。

 『・・・完全に、失恋しちゃったニャあ・・・』

 出てきたコウが、そう呟く。だが、やがて彼は涙を拭い、腫れた目を隠すようにポケットからサングラスを取り出すと装着する。

 「未だだ! 未だ終わらんよ!!」

 『諦めが悪いニャあ・・・』

 やれやれ・・・とコウは呟くと、ゼファーの上に飛び乗った。

 だが・・・彼は想像すらしなかった。彼の口にした・・・しようとした言葉が・・・いや、彼が抱いた危機感が、現実のものになろうとしていたことを。

 細い月は地平に落ちようとしていた。






 事務デスクの上の内線ランプが光る。神崎がボタンを押すと、職員の声が、彼女に電話がかかってきたことを告げる。

 「局長、防衛省事務次官からです」

 神崎は半ば予測していたが、やはりか、の言葉の変わりにウィットの効いた冗談を告げる。

 「いない、と言っておきなさい。或いは流暢なイタリア語で“ママッコ”とでも言ってあげると良いわ」

 「了解しました。では後者で」

 「お願いね」

 職員は手馴れた様子で了承すると、通信を途絶する。

 わざわざ、話を聞くほどのものではない。富士山周辺、特に結界施設は自衛隊・・・防衛省の管轄だ。大方、自分たちの縄張りに勝手に部隊展開を行ったことが気に入らないのだろう。むしろ気に入らないのは此方の方だ。あちらの餓鬼かサルの様な縄張り意識と縦割りで硬直した下らないものの考え方の所為で、連絡が遅れ国の一大事に関わるような重要施設が占拠されたのだから。最も、これは今に始まったことではない。

 昭和三十年頃から頻繁に国家存亡の危機に晒されている日本だが、その発露が飽くまでアンダーグラウンド(ゴルゴム・クライシス事件などは政治的根回しにより殆ど海外のマスコミには漏れなかった)だったため、周辺国家・・・ちゅーか要するに人民共和国や、大根・・・じゃなくて大胆な役者揃いの民国に、その兄弟の一々挑戦的な民主主義人民共和国、それから元超大国の連邦、更に親方日の丸・・・ではなく日の丸の親方である例の合衆国との外交上の問題や、国内の過激な反軍事系圧力団体、英語にすると機動戦士や無敵超人の製作会社っぽくなる新聞などのマスコミとの兼ね合いもあり、日本は宇宙的外来技術や超考古学技術では世界最先端のものを持ちながら、“日本国軍”である自衛隊が、殺獣光線車や首都防衛要塞、メカなんたらなどの東宝映画に出てくるような超兵器で武装が出来ないのだ。

 それらによる無力感からか、国際空軍などの「国連直属の防衛機関」や、陰陽寮やレスキューポリスなどの「日本国に属する非公開機関或いは非軍事機関」、他にも「半民間の委託系防衛組織」など、国内の超科学兵器による武装で超常的脅威に対抗可能な防衛機関に少なからず僻みを持っており、査察やら縄張り主張やらの子供じみた嫌がらせを往々にして行ってくるのだ。2001年に行われた警視庁技術を盗用したあの悪名高き「G4計画」も、そう言った感情が絡んできている。(警視庁が対異種生物鎮圧用に開発したG3系列の強化装甲服は(陰陽寮では異なるが)、飽くまで在来の技術のみで造られた周辺諸外国や圧力団体、マスコミが目くじらを立てる“過剰武装”の範疇には入らないものだったので、その点を逆手に取ったものになる予定だったらしい)

 (まったく・・・10年ちょっと平和だったからって、これだから・・・)

 昔から・・・戦前から変わらない上層部の硬直振りに神崎は思わず嘆息する。

 バブルが崩壊するのと前後して、「小康」といえる状態になっていた日本のアンダーグラウンドだが、2000年の未確認生命体関連事件を境に再び活発化し、今年2005年は最大値を迎えた。先ず昨年から引き続きヴァジュラとスカルスコーピオンの潰滅に関わったと思われる複数組織の暗躍。年始早々に欧州で猛威を振るっていた「エニグマ」の上陸。野良妖怪の大量発生に、四月には落天宗の東京侵攻。西洋系魔道士が封じてきた地底国家も目出度く復活し、この日本を舞台に今尚、抗争中だ。他所でやれって感じである。

 そう言った危機的状況に直面し神野江瞬の“義父”を始め、かつて“英雄”と呼ばれた悪を知る者たちによって現場レヴェルでの対策は行われてきたが、法体制や政治家・官僚の意識レヴェルは今尚、不充分とさえ言えない様な酷い有様だ。或いは政界に潜り込んだ地下組織の手のものが意図的にそう仕向けているのかもしれない・・・というのは強ち冗談とは言えないだろう。ゴルゴムメンバーや桐原コンツェルンの息がかかったものの幾人かは未だあの中に潜んでいるのだから。

 (あら・・・こんなこと長々と考えるなんて、まるでζね)

 等と一人突っ込みをする神崎、と・・・

 「失礼します!!」

 激しく扉を開けて職員の一人が執務室に入ってくる。思わず眉根を顰める神崎。

 「何です騒々しい」

 「も・・・申し訳ありません。つい先ほどアメリカから映像データが送られてきたのです!!」

 「?」

 それ事態は確かに珍しいことだった。だが扉を壁に打ち付ける勢いで開くほどのことではないように思えた。だが、

 「署名は“OKI”、連邦宇宙局からです!!」

 「!」

 成る程、と神崎は理解し、そして問い返す。

 「・・・貴方の判断からして、それは今、見なければならない内容かしら」

 「はい! ヒミコも“犯人”の可能性が高い、と計算しています」

 「見ましょう」

 神崎がそう促すと、職員は頷いてメモリースティックを手渡す。神崎はそれを執務机上のパソコンに差し込み映像を展開させる。

 「・・・これは!」

 やがて映し出される凄惨な光景。

 それは、連邦宇宙局を襲う謎の機甲兵士とそれにより蹂躙される警備兵、研究員たちだった。

 だがやがて現れる、猛禽を意匠としたマスクとアメリカンフットボールのプロテクターを思わせる青い装甲に身を包み、星条旗を燦然と輝かせる機甲兵士。彼のハリケーンを思わせる獅子奮迅の戦いが敵機甲兵士を砕いていく。

 
「人類の夢・・・未来を踏み躙りやがって!! 許さん!!」

 天を突くような巨漢・・・彼は野太い声でそう告げる。

 「S−P3]−99・・・コードネーム:パトリオット3、通称“Masked rider Patriot”、マクガイア=フォーリン」

 合衆国国防総省特設セクションに在籍するサイボーグ・・・合衆国最大の機密の一つであり、神崎が知る“仮面ライダー”を名乗る戦士の一人だ。そして鬼神=瞬やアスラ=元宗の戦友でもある。だが、その前に一人の男が立つ。レンチコートに身を纏った、パトリオットより更に巨体を有する男。その頭部には鋭い二本の角が生えている。

 「・・・あれはオルグなどではありません! オルグは・・・」

 「知っているわ。少し黙ってなさい」

 興奮気味の職員を制する神崎。咆哮を上げて突進していくパトリオット。だが、角を生やし異常なほどの体格以外、通常人にしか見えないその男は、彼を軽く往なし、逆に一撃を見舞う。

 「!!」

 パトリオットが苦悶を上げる。神崎が知る改造人間の中でもトップクラスの耐久性能を持つパトリオット。熱核兵器の至近炸裂にも耐え得るとされるが、画面上では爆発や何らかのエネルギーも帯びないような、何の変哲も無い様なパンチの一撃で大きなダメージを受け悶絶している。

 
「ギャアアアアアアアッ!!」

 「・・・スペックノートが鯖を読んでいたか」

 それだけではない。彼は角を生やした大男に翻弄され、圧倒されている。そして、僅かに1分ほどでパトリオットの全身を覆う、核の直撃にも耐え得ると言う装甲は、ボロボロに劣化し、満身創痍に陥る。

 「或いは・・・」

 
「コール!!サテライトパワー!!」

 だが直後、パトリオットの全身は空から降り注いだ光に打たれ、見る見るうちに修復していく。そして、完全修復したあとの形勢は完全に逆転した。

 「こいつは凄いわね・・・パワーアップかしら。ブッ千切ってるわ・・・」

 何処かで聴いたような感嘆詞を呟く神崎。実際、彼が光を浴びた後の動きは、凄まじいものがあった。先ほどまでの数倍の速度、数倍のパワーで角の男を追い詰め、ダメージを与えていく。やがて彼は虚空に浮かび上がらせたワイヤーフレームを巨大なチェーンソーに実体化させ、それで切付ける。

 「あれなら神も真っ二つ。バラバラになる・・・はずだけど」

 だが・・・そうはならない。

 
「我が名はダグザ!! 魔帝国六大魔王が一人、百鬼戦将ダグザ!! 魔界において至高なる神ベトニウスよ!! 我らが偉大なる主君、竜魔霊帝よ! 加護を!!」

 凶器によって胸を半ばまで断ち割られながら、咆哮する角の男。その瞬間、彼を中心に赤と黒が混ざり合う霧のようなものが辺りに広がり、マクガイアごと周囲の風景を飲み込んでいく。

 (あれは・・・!!)

 神崎は直感的に気づいた。コウから報告を受けた、つい一昨日、元宗が戦ったというカラスの化物が発したらしい空間。それと同じものであると。その時、彼は幻や空間の異常を解消する法術で消滅させたらしい。だが、オカルト的能力を持たないパトリオットは、逃れる間も防ぐ間も無く飲み込まれる。

 「マク・・・」

 元宗とコウはそれを目晦ましの類と判断したらしかったが、それが早計である事が。やがて、霧が晴れる様に、辺りが元に戻る。

 「・・・!!」

 グロデスクな色彩の空間が退いた後、其処にはやはり角の男とパトリオットが居た。いや、パトリオットに限って言えば“あった”の方が正しいかもしれなかった。何故なら、彼の身体は、最早目を向けることさえ憚る様な、無残な姿を晒していたからだ。左足は千切れる寸前まで捻られ、在った筈の右足は股間の先から消えうせている。腹部は爆発した様に大穴が一つ開き、胸は一次装甲が完全に消滅し、二次も拉げ、場所によっては三次装甲までが穿たれ、剥き出しになった内部メカは火花さえ散らしていない。その両側についている両腕も、残酷な運命から逃れることは出来ない。右腕は縦方向に押し潰されてその長さを半分に減らし、逆に左腕は横方向からの力にプレスされ面積を三倍に増やしている。そして、つかまれた頭・・・羽をイメージするアンテナは左右共に根元から折れ、クラッシャー=口を覆うプロテクターも外れて血まみれになった彼自身の口が露わになり、仮面ライダーの大きな特徴である大きな複眼にも皹が無数に入り暗く光を灯さない。

 それは、最早、“マクガイア=マスクドライダーパトリオット”ではなく、“サイボーグ・S−P3]−99の残骸”に成り果てたかのようだった。

 「く・・・!」

 目を逸らす職員。

 腕が動きかけたのだ・・・が

 
「その意思・・・見事!!」

 地面に叩きつけられ、今度こそパトリオットは“だったもの”に変わる。最早、悲鳴すら上がらない。角の男は、パトリオットの残骸を肩に担ぐと、地面を穿って立っていた金属筒の中に入っていく。・・・と、そこで映像は途切れた。

 ・・・・・・

 場を暫らく沈黙が支配する。

 「・・・」

 「彼らの正体ですが、組織名は『紅蓮』。組織の規模は中程度ですが、強力な強襲戦艦と機甲部隊を擁し、世界各地の軍事関係の重要施設を主な標的にテロ活動を繰り返す謎の組織です。非公式ですが、日本も幾つかの自衛隊駐屯地が攻撃を受け、大きな損害を被っています」

 職員の説明が虚しく響く。

 「・・・彼らが“犯人”であると判断された最大の理由は・・・」

 職員は手に持った書類を読み上げ上げ始める。だが、サッと上げられた彼女の手がそれをとめる。

 「・・・言わずとも判ります。それより・・・」

 神崎は彼に告げる。最早、手段を選んでいる場合では無いと。

 「・・・二人を直ぐに呼び戻しなさい。それからスマート・ブレイン、警視庁にも協力要請。自衛隊には根回しして最悪の場合、救助活動へ速やかに移れるようにさせておいて」

 「は・・・」

 「もう・・・時間がない」

 神崎は、そう呟いて拳を握り締めた。






 「・・・」

 瞼を開くと、そこは開く前と変わらぬ暗闇。

 コールタールを思わせる、身体にべっとりと張り付いてくるような・・・闇。

 (よう・・・)

 ここ一月、見慣れた光景。其処に、広がる声。

 無視して、再び瞼を閉じても其処には同じ色をした、暗黒。嘲笑が広がる。

 (この頃、寝不足らしいな)

 声に応じて、石を投じた水面の様に揺らめく視界。その中に映る誰かの顔。

 (しっかり眠りを取ってもらわないと困るな・・・)

 光を映さない瞳が見据えている。

 笑みに反して、其処に映るのはドス黒い情念。

 飲み込まれそうな奈落の穴。

 (その身体は俺のものでもあるんだ・・・)

 拒絶の意思を叩きつける。しかし、其れは黒い水鏡に映る影。

 波紋の中に溶け、直ぐにその形は元へと戻る。腕が絡みつき耳元に囁く。

 (まあ、今日はそんなことを言いに来たんじゃないがな)

 内側に溶け込んで来る黒い意識。内側から染み出してくる黒い衝動。

 喉の奥に強い痛みがあり、内蔵が溶け落ちるような幻覚を覚える。

 (・・・あいつを守れ)

 背筋を抜ける冷たい感覚。それとは裏腹に腹の底は溶け落ちた内臓が燃え滾るような熱を発している。

 (どういうことだ)

 (あいつは俺のものでもある。だから、守れ)

 当然の言葉。だが、それは不快感と怒り、不安感を沸き起こすだけ。

 (・・・相変わらずこっちには鈍いんだな)

 不愉快そうに言うと同時に、それの姿は溶けていく。

 闇の中へ黒い中へ。それに併せて、蛇が絡みつく・・・否・・・蛇のような何かが絡みつき、只ひたすらに締め上げていく。

 (そんなんなら・・・俺がやる)

 逃れようと振り払おうと試みるも、塗り込められた闇の上を広がっていく。

 引き千切り、闇へ放る。だが、蛇は闇から再び生じ、絡みついてくる。

 何度も。何度でも。引き千切られる、その都度に。

 (あいつを守れ)

 やがて気づく。笑い声が自らの口から発せられていることを。

 闇に溶け込んでいるのは、自身の身体であることを。

 絡み付いているのは自分自身の身体であることを。

 絶叫が交差する。





 「・・・!」

 不意に寝てしまっていたらしい。京二は荒く息を吐く。ここは城北大学の彼の研究室。陰陽寮を出た後、ここに来て、しばらく前から続けていた研究の続きをやっていたのだ。瞬と元宗の戦いを見ていて不意に思いついた理論をまとめ、形にしていたら何時の間にか・・・という奴である。

 また、あの夢か・・・と京二は忌々しく思う。細かい内容まで覚えていないが、「もう一人の京二」が京二を飲み込もうとする夢だ。どうやら、あの竜王は、未だ諦めていなかったらしい・・・と、怒りと憂鬱を感じる。何時もはここまでなのだが、今日に限って妙に不安だった。いつも傍らに眠る瞬がいないからかもしれない。

 (・・・六時か)

 随分と長く寝てしまったらしい。窓から見える空は僅かに明るさを帯び、星が見えづらくなっている。

 京二は伸びと欠伸をして、眠気の残滓を飛ばすと再びパソコンに向かう。キーボードの上に軽やかに舞い始める京二の指。それに合せ、パソコンのディスプレイ上に組み上げられたプログラムが表示されていく。

 「伊万里君」

 「・・・フフ、ノックぐらい為さって下さい」

 早朝・・・講義が始まるような時間にもかかわらず、不意にかけられた声に京二は驚きもせず振り返る。

 「一応、これでも秘密の研究なんですから」

 彼にしては珍しい丁寧な口調。だが、それが皮肉っぽく響く。

 「悪い、悪い」

 見上げれば、がっしりとした体躯を白衣に包んだ男がいる。外見から見て取れる年齢は四十代前半・・・実際には五十半ばの筈だ。だが、還暦を後僅かに控えた齢に関わらずその容貌は精悍さというものを失っていない。京二はその男に問う。

 「・・・どうしたんです? こんな時間に」

 「私も君と同じだよ。さっきまで研究室に篭っていたのさ」

 ドスの効いた声、と言うのだろうか。深く、迫力のある声がそう答える。

 「で・・・一休みと思って歩いていたら君の部屋の明かりが付いていたからね」

 「ふと、俺の紅茶が飲みたくなった、と」

 「まあ、そんなところだ」

 男はそう言ってニヤリと笑う。

 「やれやれ、仕方ない」

 コキコキと首を鳴らすと、彼は立ち上がり、本棚の一角を陣取っている紅茶セットに手を伸ばす。紅茶用の急須と茶の入った缶、それから幾つかのティーカップが100円ショップで買ったバスケットの中に入れられている。机の上におかれたポットのお湯は充分。彼はかごの中に手をいれ、カップと急須を取り出そうとする・・・が、そのとき・・・

 パキン

 「しまった・・・」

 「どうしたんだい?」

 「いえ、カップが一つ割れてしまいましてね」

 それは、迎えになどで瞬が研究室に訪れるとき彼女専用として使っていたティーカップだ。彼の名に因んで佐賀県の伊万里焼で造った和風仕立ての珍しいティーカップで、京二が使っているもののペアになったお気に入りだったのだが・・・

 (ヒビでも入ってたのか・・・?)

 不良品だとしたら、文句を言って交換してもらわなければ・・・等とお金には不自由していない癖に貧乏臭いことを考える。

 「ところで研究はどうだね・・・ん、有難う」

 「順調ですよ」

 気を取り直して入れた紅茶を差し出しながら京二は答える。

 「先生からお借りしたデータが役に立っています」

 そう言ってパソコン上に別の画面を開く。それを目にして“先生”と呼ばれたその男は目を丸くする。

 「よく此処まで形に出来たものだ。流石だな」

 「フフ・・・ま、趣味が高じたものですからね。このデザインも」

 「というより君の思い・・・の形かな?」

 「そうかもしれませんね。貴方たちに憧れた、俺の思いの形・・・」

 京二は、そう言うと、再び彼を見上げた。かつて、幼き日、彼の命を助けた鉄の身体をもつこの男を。

 流し台の隅に置いたカップの破片が、カランと倒れて音を立てた。






 作戦開始から六時間。既に東の地平線には白い光が浮かび、空は藍の濃さを失いつつある。間も無く太陽が昇る。

 大方の予想通り、落天宗の護法妖怪軍団が結界発生施設を占拠。時限爆弾なども併用し施設の破壊を試みていた。それに対して陰陽寮は富士山の周囲に5つある施設にそれぞれに高機動型G5装着の戦闘陰陽師部隊を二小隊・・・30名ずつ派遣。また、本山の施設には神野江瞬、新氏マリア、そして高野山からの助勢として部隊に加わった本韻元宗の三名からなる精鋭部隊が向かった。

 結果から言えば、作戦の経過は概ね順調といえた。各施設(一見、税金の無駄遣い・・・と称される様な公的施設に擬装されている)には、首を二本に増やして攻撃力を高めた大百足、“双首大百足”や、体表からタランチュラの様に毒針を生やし、それを発射する能力を備えた土蜘蛛、“毒射土蜘蛛”等、比較的強力な護法妖怪の中でも更に強化が施されたものが配備されていたが、妖人は低度の術を使用できるクラスのものしか配備されておらず、負傷者は全部隊で合計して軽傷30名程度で意外に容易く制圧が出来た。既に派遣された部隊の半数が周辺地域の警戒調査に当たっているが、別段富士山の爆発に繋がるような物は発見されていない。

 そして残すは富士山本山の施設のみである。陰陽師二人は式神を、元宗は霊獣コウを放って情報を収集し、立ち塞がる護法妖怪を打ち倒しながら山頂へ向かい、間も無く到着しようとしていた。





 「思ったより楽勝だったね、先輩」

 気楽そうに呟くマリア。編みタイツの様な鎖帷子の上に半袖の野戦服を着た彼女の姿は、雪降り積もる山頂にあっては場違いな程に寒そうであるが、「秘伝の極意」により心頭滅却している彼女にとって、12月の富士山山頂程度の寒さや空気の薄さは何でも無いらしい。因みに瞬は人間時でもかなり高い身体能力を持つため、元宗の方は霊獣コウが霊力を燃やして体温と活力を生んでいるため、それぞれこの環境下でも平然としている。

 「心配して損しちゃった」

 彼女のその顔は笑っている・・・が、言葉や表情と裏腹に蒼い瞳から真剣な、何処か緊張感を帯びた光は消え去っていない。普段、軽い性格をしているが、彼女もまた陰陽寮の中では上位五名に入る戦闘陰陽師である。この山全体を包む異様な気配を肌で感じ、また余りに順調に行き過ぎる作戦に不気味さを感じているのだ。

 「よ〜し、このまま埴輪原人絶滅だ!!」

 だが、彼女は軽いノリで喋る事を止めない。自らのキャラクターを弁え、場を和ませる為か、或いは不安感を振り払うためか。それを察して、瞬も元宗も彼女の軽口を咎めない。最も元宗のほうは、何やら落ち込み気味で戦闘時以外は、誰かに気を使っている所では無い様子だが。

 やがて、三人は山頂・剣ヶ岳に到着する。雪を被ったかつての測量所が見える。冬というシーズンが幸いし、登山客は一人もいない。其処から火口を一望するとその巨大な擂鉢状の穴の中央に何らかの巨大な施設が見える。

 「でっかいなぁ〜」

 マリアは手で作った輪を目に当てると双眼鏡で覗く様に見ながら感嘆の声を上げる。それは温泉を掘る様なボーリング装置をひたすら大きくしたような巨大な装置だった。・・・といってもあれで岩盤を貫きマグマを誘引する訳ではないだろう。恐らくある程度まで掘削した所で地震系の戦呪術を使用し直接岩盤にダメージを与えるのだろう。

 「でもわかんないな」

 「え・・・?」

 「なんであいつら、こんなコトするのかなって。確かに富士山が爆発すればそりゃ、日本は大ダメージ! てな感じだけど、若しそれで結界が破けて西洋妖怪の皆さんが飛び出せドキュン!・・・なコトになったら、あの人たちだってヤヴァイと思うんスけど」

 「西洋妖怪じゃなくて、魔人、ね」

 「あれ・・・? あたしんちではそう呼んでたんだけどな」

 瞬はマリアがある忍者の末裔である事を思い出す。

 「そう言えば貴方の御先祖様は彼らと戦ったことがあったそうね」

 「ヤーです、御先祖様が追い払ったとです。新氏です、新氏です」

 既に古くなりつつあるギャグに瞬は愛想笑いに似た微笑で返す。

 「ま、考えても仕方ないんだけど・・・先輩はどう思う?」

 「・・・」

 マリアの問いに瞬は黙考する。その疑問は彼女の中にもあった。落天宗もまた、富士山を中心に張られたこの結界が地底勢力の侵攻を防ぐ為のものであることを知っている筈だ。また、結界が破られたことで起こるであろう危険性も充分承知している筈である。

 (まさか・・・)

 ふとした危惧と悪い予感が過ぎる。この間・・・京二を待っていた時に心に直接語り掛けて来た謎の声。魔族を名乗るその声は、彼女を招請していた。或いは・・・と考える彼女。だが・・・

 「・・・詮索は後にしましょう」

 瞬は問いを、そう切って捨てる。思わず不機嫌そうに頬を膨らませるマリア。

 「え〜」

 「気になるのは確かだけど、今の私たちの仕事は目の前の問題を片付けることよ」

 「ん〜・・・そだね」

 実務的に告げた瞬に、暫らく不満げな表情を向けていたマリアだったが、きちんと節度を弁える事が出来る彼女は直ぐに納得し、頷く。

 「では行きましょう。元宗さん?」

 「あ・・・ああ」

 上の空の元宗に声をかけ、火口内部への降下を促す瞬。

 ピリリッピリリッピリリッ

 「!」

 と、その時、辺りに鳴り響く電子音。それは瞬とマリアの胸辺りから響いていた。二人は胸のポケットに手を入れると其処から電子手帳のようなものを取り出す。それはSPD、スピリチュアル・ポインティング・デヴァイスと呼ばれる機器だ。主に特定の霊的波長を探査するレーダーとして使用されるが、本来は多目的霊子手帳であり、その機能の一つにエーテル波通信があるのだ。

 二人はSPDを開く。それと同時に響いてきたのは・・・

 「!!」

 『こ・・・こちらポイントアルファ! 未知の敵に襲われている!! きゅ・・・救援を!!』

 『こちらポイントブラボー! 助けてくれ・・・!! なんだこいつらは・・・!!』

 『こちらポイントチャーリーだ。正体不明の機甲兵士の襲撃を受けている。弾薬・エネルギーとも持ちそうにない』

 『こちらポイントデルタです! 畜生・・・!! 不意打ちを喰らいました!! やつら突然基地の中に!!』

 『ポイントフライデイだ!! まったくどうなってる・・・! あんな硬い奴ら聞いたことがないぞ!! 救援を頼む・・・!!』

 それは五つのポイントからの救援信号だった。余りに突然のことで詳細は判らないが・・・どうやら落天宗とは異なる別組織の襲撃を受けているらしい。

 「せ・・・先輩!!」

 「救援に行かなきゃ・・・!!」

 「馬鹿・・・っ!!」

 踵を返そうとする瞬とマリア、だがそれを回り込むようにして元宗が立ち塞がる。

 「何考えてんだ瞬!! お前さっき自分たちの仕事は目の前の問題を片付けるコトだって言ったばっかりだろう!!」

 「でも・・・」

 「デモもストもねぇ!! オレ達がここを離れたら、何が起こるか判らないワケじゃねえだろう?!」

 “ヒミコ”が予測した時間まで残り三十分を切っていた。救援に向かっていたら、間違いなく間に合わない。そしてそれ以上に・・・

 「私は・・・命を天秤になんか賭けられない・・・!! 目の前の仲間を見捨てることなんか出来ない!!」

 「今から行っても間に合わんっ!!」

 今から向かったとして、同時に五つのポイントが襲撃を受けている現状ではどう考えても間に合わない。例え、何処か一つに間に合っても、他の四つは間違いなく陥落するだろう。それは瞬も解っていた。だが・・・

 「私は・・・命を諦めたくない・・・だって!!」

 「また、仮面ライダー、だからか?!」

 「?!」

 瞬の言葉を先取る様に元宗が遮る。最早、彼は憤りを抑えきれないといった様子で言葉を続ける。

 「・・・オレは気に食わなかったんだ!! お前が・・・お前が仮面ライダーを名乗ってることが!! お前には冷徹な昔のままのお前でいて欲しかった!! 仮面ライダーなんか名乗って・・・弱さを、甘さを背負い込んで・・・傷ついて欲しくなかった!! だけどオレは知っていた・・・お前がずっと憧れてるって・・・」

 「!」

 「だから・・・お前の、そんな思いを肩代わりするために、オレは仮面ライダーを名乗ってたのに・・・お前は・・・何も気づかないで!!」
何処にぶつけ様も無い思いに拳を握り、唇を噛む元宗。

 「元宗さん・・・何故・・・そんなに・・・」

 だが、此処まで思いをぶつけても、瞬に彼の真意は伝わらない。自らの思いを率直に伝えられる言葉が、喉から先に出て行かない。ただ一言、「愛しているから」と、その言葉が出て行かない。伊万里京二は言った。自身の臆病を他人の所為にするな、と。それはある意味、正鵠を射る言葉だった。彼は内心、恐れていたのだ。その言葉を伝えたばかりに此れまでの関係まで崩れてしまうことを。

 「お前が行く位なら・・・オレが行く・・・っ!! お前は鬼神でいろ・・・っ! ただ、眼前の敵を打ち倒す鬼神でいろ・・・っ!! お前にそうさせるのが・・・オレの役目だ!! それが・・・オレがお前を守るってことだ・・・っ!!」

 「元宗さん・・・!!」

 答えを伝えぬ言葉に瞬は抗議の声を上げる。だが、最早、聞いている時ではない。彼女が若し救援に行ってしまえば、その時、確実に“神野江瞬”は居なくなってしまう。彼は、そう感じたからだ。そして気づいている。居なくなってしまうのは現実の瞬でなく彼が抱く幻想の瞬であることを。気づいているからこそ、彼は認めない。あのにやけた悪人面の男に瞬の運命を委ねるわけにはいかないから。

 「もう・・・聞かん!! コウ!!」

 問答無用、とばかりに元宗は霊獣コウを虎のサイズで出現させる。バイクは山の中腹に置いて来たので、エネルギー消耗は激しいがこちらで行くほか無い。

 だが、瞬の制止を無視し、元宗が山を降りようとしたその時である。

 『・・・行かせぬよ。どちらもな』

 「何・・・?!」

 虚空より響く声。それと共に闇が辺りを包む。不意に暗雲が空を覆っていた。

 やがて三人の眼前に凄まじい稲妻が落ち、それによって岩が砕け無数の飛礫を散らし爆発が起こる。辺りに立ち込める雪と土の混じった煙。その中に浮かぶ巨大な影。そして、三人はその姿を見ずとも、肌を以って感じる。その煙の奥に存在するものの脅威を。

 「瞬!!」

 「ええ・・・! 転化!!」

 呼応する瞬。両腕を左右に広げる。

 「修羅ッ!!」

 元宗も合掌したあと複雑な印章を胸の前で結ぶ。そして二人は同時に叫ぶ。

 「変・・・身ッ!!」

 「・・・変身!!」

 二人の腰に現れた巨大なベルトが作動する。赤く輝く粒子に包まれる瞬と全身に輝く経文が浮かび上がる元宗。光が彼らの姿を変えていく。

 仮面ライダー鬼神と、仮面ライダーアスラに。

 「・・・力を発動したか。無駄なことを」

 やがて煙は晴れ、瘴気とも殺気ともつかぬ強烈な波動を発する存在は彼らの前に姿を現す。

 「何れにせよ、うぬらは此処で死ぬのだから」

 巌・・・いや、山と形容するのが相応しい巨躯。太く逞しい骨格を厚い筋肉の鎧で覆った巨人・・・いや、鬼と呼ぶべきか。何故なら男の頭には二本の角が皮膚を裂き生えていたからだ。その鬼人は、トレンチコートを風に靡かせながら、その威容を其処に現していた。






 「・・・マリア」

 「エ・・・? な、何? 先輩・・・」

 瞬の呼びかけに我に帰るマリア。鬼人から凄まじい圧力で放たれる威圧感に気圧され、彼女は一瞬我を失っていたのだ。

 「・・・マリア、貴女は先に施設の破壊に行って頂戴。彼は、私と元宗さんが食い止めます。だからその間に・・・」

 「で・・・でも・・・」

 「戦闘主体の私たちより偵察や隠密活動に優れている貴女の方が適任です。だから・・・」

 「・・・うん、解ったよ、先輩」

 僅かに戸惑いを見せたマリアだが、瞬の真剣な口調に意を決すると、表情から怯えを消し去る。

 「忍法! 木の葉乱舞!!」

 指二本を口元に当て、そう唱えるマリア。するとその瞬間、何処からとも無く現れた大量の木の葉が風の渦を伴って彼女の身体を包み込む。やがて風が弱まり、木の葉が辺りに舞い散ると、マリアの姿は何時の間にか其処より消え失せる。鬼人はその様子を沈黙のまま見ていたが・・・

 「面白い術を使う。忍法・・・確かこの国に伝わる暗殺術の類・・・それに鉄の雑じった様なあの独特の香り・・・彼の一族の末裔か」

 感心する様な声を発する。

 「貴方は何者です・・・」

 瞬は正体不明の鬼人に対し、その正体を問う。少なくとも彼は妖人ではない。或いはネクロイドやBKJとも異なる。その額に頂くのは二本の角。その姿は伝承に語られる鬼そのもの・・・だが、鬼人が放つ波動は、邪悪な衝動が器物を寄り代に実体化した“オルグ”とも、特殊な鍛錬法によって自然界の霊的な波長と共振し変身することが可能になったTAKESHIの“鬼”とも異なる。

 彼女は、“鬼神”という力に蓄えられた知識から、彼が放つ波動と似たデータを呼び起こす。この波動は、かつて何度か日本を襲った・・・彼女が感じていた悪い予感は現実のものになる。

 「まさか・・・貴方は」

 「・・・死に逝くものに教える義理は無い」

 憤怒をそのまま固形化した様な顔を一切変えず、鬼人はそう言い放つ。だが・・・

 「いいじゃない。名前くらいケチケチしなくったって」

 不意にまた、声が響く。それは、二人の背後から。振り向くと、其処には炎が渦を成し、雪や岩を抉り、辺りに凄まじい蒸気を上げ始めているやがて炎が無数に千切れ薄い大気の中に掻き消えると、其処には鬼人に勝るとも劣らぬ巨躯の男が立っている。

 「な・・・」

 「・・・っ」

 二人は、鬼人が現われた時にも増して、驚愕の表情を浮かべる。それは単にもう一人の巨漢が放つ圧力が、鬼人と同等の凄まじさを持っていたからだけではない。そのもう一人の巨漢の格好というのが、炎を意匠としたフリルで飾られた、真紅のドレスだったからだ。顔には丁寧に化粧まで施してある。

 「まったく、何処ぞの拳法使いのお兄さんじゃないんだから」

 驚愕し固定する二人を無視し、オカマっぽい口調で鬼人に語りかけるドレスの男。鬼人は相変わらず無表情だが、何処と無く不機嫌そうに問い返す。

 「・・・何故、卿がここにいる」

 「ウフン・・・お手柄横取りしにきたの」

 気色の悪い笑みを浮かべ、濃くアイシャドーの塗られた瞼でバチリとウインクするドレスの男。

 「白々しい嘘をつくな。卿は単に戦いを求めてきたのであろう・・・このバトルジャンキーめ」

 「あらん・・・エコノミックアニマルのあんたに言われたくないわよ。あ・・・」

 憎まれ口を往復させた所で、ドレスの男は呆然としている二人のライダーに気づく。

 「あらあら、忘れてた! 紹介が遅れたわね。アタシは煉獄剣王ヌァザ。本名はゼクス=E=ヌァザ。こう見えてもオカマなんかじゃないのよ。このカッコと喋り方はアタシの趣味なの。一応、先に言っておかないと勘違いする馬鹿男が多くて困るのよね。あたしはムッサイ男なんかより、女の子のほうがスッごく好きなのに、ヤンなっちゃうわ。で、こっちのうすらデカイ、ブ男は百鬼戦将ダグザ。三度のメシより仕事好きのその名の通り、仕事の鬼さん。ほら、きちんと挨拶なさい。故郷のお袋さんが恥ずかしいわよ」

 「・・・」

 「まったくもう・・・これだから仕事中毒の馬鹿は。で、アタシたちが何かって話だけど、アタシたちは魔王。ゴンクエとかナルタジーとかのラスボスとして出てくるでしょう? むぉんの凄く強い奴ら。あたしらはそんな感じの、アンタたちが言う魔人や魔族とかの仲でも特に凄くって強い人・・・人じゃなかったわね。とにかく桁違いに強い魔人さんだって思ってくれれば結構よ。どれくらい強いかって言うと・・・そうねぇ、ピッコロ百人分くらいかしら」

 「ピッコロ百人分・・・?!」

 「そ、といってもNHKのほうのやつよ」

 「な・・・っ」

 微妙に判りづらい例えだがアスラには理解できたらしい。彼は戦慄とともに絶句する。

 「げ・・・元宗さん?」

 「・・・人間、其処は驚くところではあるまい」

 その珍妙なノリについていけぬ鬼二人はげんなりとしている。奇しくも二人とも仕事至上主義者なのは(瞬は“だった”、だが)偶然だろうか。

 「く・・・二百人分の暴れん坊ペンギンで貴様らは何をするつもりだ・・・?!」

 「フフ・・・決まってるでしょう。戦争のために次の戦争のために」

 「戯言はそれまでだ、煉獄剣王。卿は少々無駄口が多すぎる。此処は我が戦場・・・邪魔をするつもりならば、早々に立ち去るが良い」

 「大の男がそんな図体して細かいこと拘ってるんじゃないわよ。いいじゃない、ケチケチしなくても。どうせ二人一遍なんて手に余るんだし、あの赤い子を譲りなさいよ」

 「む・・・」

 「それとも地上侵攻を占う大事なこの作戦で仲間割れの失態を見せるつもりかしら?」
細い顎先に指先を当てると意地の悪い笑顔を浮かべて煉獄剣王は問う、というより百鬼戦将を恫喝する。

 「ヌァザ・・・!!」

 「フフン、決めるのはあなたよん♪ どうするの?♪」

 怒りの表情を浮かべる百鬼戦将。煉獄剣王の言葉とは裏腹に百鬼戦将は、この女装の大男の掌の内だ。拳を握り、歯を軋ませる百鬼戦将。

 「・・・致し方在るまい」

 「決まりね」

 だが、最早、抵抗は無駄だと理解すると、彼は煉獄剣王の提案を呑む。そして、最後のささやかな反抗。

 「だが、この事は総司令に報告するぞ」

 「お好きにどうぞ。バトルジャンキーはそんな細かいこと気にしないも〜んだ」

 所謂、あかんべ〜で馬鹿にして返す煉獄剣王。百鬼戦将の最後の抵抗も、馬の耳に念仏の故事の如く虚しく響くのみ。

 「フフ・・・じゃあ、アタシはさっきも言ったけど赤い子の方とやらせてもらうわね」

 「・・・何か企んでいるのか?」

 「根拠のない邪推はみっともないわよ。あんたの好きな戦略って奴よ、戦略。あの赤い子、私の見立てじゃ飛び道具系だからね・・・あんた苦手でしょ?」

 「・・・よかろう」

 煉獄剣王の浮かべる笑いは、未だ与り知らない何かを含んだものだったが、これ以上の詮索は無駄と悟ったのか百鬼戦将はそれ以上問うのを止めて、替わりに了承の言葉を返す。自らの思惑通りに事が進んだ煉獄剣王は満足げな表情を浮かべながらアスラを指し示して言う。

 「フフ・・・もう一人の紫の子はあんたの好きなオラオラ系よ」

 「ふむ・・・面白い」

 無表情のまま、アスラを見据える百鬼戦将。アスラはその視線に気圧され、ジリと後ずさりする。

 「く・・・」

 「往くぞ・・・アスラとやら」

 ヘビー級のボクサーを思わせる構えを取る百鬼戦将。臨戦態勢に入った彼の闘気はより一層に高まり、周囲の雪を溶かして気化させつつあった。

 「フフフ・・・」

 その様子を見て、妖艶に笑う煉獄剣王。そして彼は腰に刺したサーベルを引き抜くと鬼神に向けて言い放つ。

 「さあ、確か鬼神と言ったわね? 楽しいバトルの始まりよ!!」

 だが・・・

 し〜ん

 無反応。鬼神からの反応は何故か沈黙。其処に佇んではいるが、彼女は煉獄剣王に対し、何の反応も示さない。

 「?」

 ボン!!

 そして、突如炎を舞い散らし全身が爆ぜる鬼神。凄まじい炎を三人は三様に防ぐ・・・が・・・

 「・・・」

 火が消えた後、山頂の何処にも鬼神の姿は無い。彼女の変身前の神野江瞬の姿も。忽然とその姿を消している。そう、彼女は・・・

 「「「逃げた?!」」」

 ・・・のだった。そしてその瞬間、テナー二人にバス一人、三人の男の声が綺麗なハモりを見せる。

 「・・・中々やってくれるじゃないの・・・」

 柄を潰しそうなほど強く握りながら不敵に笑う煉獄剣王。彼は剣を鞘に戻すと額にびしっと二本指を当てて百鬼戦将に言う。

 「じゃ、後は頼んだわよ!!」

 そう、言うが早いかスカートの裾をたくし上げ網タイツを装着した脚を露にする。

 「見ないでよ、エッチィ」

 「死ね」

 「いやん、いげづぅ」

 言うが早いか渦を画く煉獄剣王の脚。彼は砂煙を背後に残すとそのまま山の斜面を駆け下りていく。取り敢えず、鬼神が言ったと彼の勘が告げる方へ。

 「中々に面黒いことをする・・・」

 爆走しながら山を降りていく煉獄剣王の後姿を見ながら百鬼戦将は、口元に微かな笑みを浮かべ、そう呟く。彼もまた、一瞬呆気には取られたクチだが、煉獄剣王の狼狽振りが愉快らしい。かなり満悦気味だ。

 「く・・・瞬!」

 忌々しそうに吐き捨てるアスラ。彼も鬼神を追いたかったが、今は一刻も早く施設の停止に行かなければならない。そして眼前には強力な敵。彼は百鬼戦将と相対し、拳を掲げながらも、逡巡し葛藤する。

 「クク・・・」

 アスラのその様子を見て百鬼戦将は唇の端を上げる様にして笑い、そして一言に評する。

 「・・・片腹痛いな」

 「何・・・?!」

 「失敬・・・貴様やあの女の在り様が余りに軟弱で滑稽だったのでな。思わず失笑してしまったのだ」

 「どう言う意味だ・・・っ!?」

 怒りを現すアスラ。百鬼戦将は悪意の篭る哀れみの目で彼を見下ろすと、アスラの問いに答える。

 「言葉通りの意味だよ。鬼神だアスラだ等と闘神の名を戴いて置きながら他者に気をかけ、戦いを二の次にするなど、如何にも軟弱ではないか」

 「!!」

 自身でも認識している問題点・・・所謂、痛い所を突かれ二の句を失うアスラ。やがて百鬼戦将の顔には嘲りがより濃くなっていく。

 「それに先ほどの会話・・・守るだの憧れていただの生ッちょろい事を・・・クク、恥を知るがいい。最早、滑稽を過ぎて喜劇ですらある。そして貴様がこれから言う台詞は『てめえ、馬鹿にするのか』、それから『何』と驚く」

 「!・・・てめぇっ!! 馬鹿にするのか!! ・・・!? なに?!」

 アスラは百鬼戦将の言葉どおりに憤り、そして狼狽する。

 「フ・・・こうやって安い挑発に乗り、容易に行動を読まれているようでは・・・馬鹿と呼ばれても止む終えまい」

 「ふざけやがって・・・!!」

 直接的に罵られた事で、遂に憤慨に至るアスラ。そして彼は大地を蹴る。同時に起動した阿修羅神掌が湯気を上げる。怒りを放つため、また恐怖を打ち消す為に攻撃を仕掛ける。それに対し、悠然と構える百鬼戦将。その目は遥かな高みから見下ろす目。

 「やはり馬鹿、か。感情の制御も出来ん愚か者が・・・貴様の様なモノは存在していても意味があるまい」

 直ぐ、眼前に六つの拳を構え、アスラが迫る。その動きは怒りと恐怖を原動力としながらも、鍛錬された技により、精密に動作をする。

 「ならばせめて私が砕いてやろう。意味在る物の苗胎となる様に」

 百鬼戦将は無造作に拳を振り上げ、それはやはり無造作に振り下ろされる。

 グバン!!

 何かが破裂する様な音。アスラの背筋に一瞬、冷たい何かが走る。それと同時に、彼は急停止し、逆に後方へと百鬼戦将から逃れるように跳躍する。

 ドゴン!!

 直後、空振りした拳は地面に突き刺さり、其処に爆発が起こる。一瞬で蒸発し、吹き飛ぶ雪。そして飛び散る弾丸のような石と砂粒。

 「な・・・」

 「フン・・・避けた、か」

 呟く百鬼戦将の呟きが穴の底から響く。その穴は半径五メートル、最早クレーターと呼ぶに相応しい莫大な破壊力の痕跡となっている。アスラはその凄まじい破壊力に戦慄を覚える。若し、あれを受けていたら・・・

 (爆弾か・・・拳にエネルギーを集中させたのか・・・? だがそんな気配は・・・)

 「・・・どんな手品を使ったか考えているのだろう?」

 破壊力の正体を詮索するアスラの考えを見抜く百鬼戦将。彼は、穴の中からゆっくりと姿を現しながらアスラに告げる。

 「下らん・・・鍛えぬいた力を以ってすれば・・・軟弱な技や小賢しい策など不要」

 トレンチコートの腕の部分が弾け飛び、赤銅色に輝く凄まじい筋肉に覆われた腕があらわになっている。

 そう・・・彼は純粋な腕力と肉体の頑健さのみによってこの破壊を齎したのだ。

 「では・・・此方から往くぞ」

 その言葉と共に、倍ほどに膨張する筋肉。百鬼戦将は身を捻ると戦艦の主砲を思わせる腕をゆっくりと後方に引き絞った。






 一方、富士山頂火口・富士爆破施設内部・・・潜入したマリアは、既に施設の中枢部に侵入していた。予想された妨害は、戦闘員どころか、怪人の一人さえない。静けさの中に響く、低い機械の輪転音。逆に不気味ささえ感じる。

 (一体何時の間に作ったんだろう・・・)

 マリアは周囲を見回しながら思う。この冬という季節が彼らに味方したのか。よく見れば建材や構造材に統一感が見られない。或いは、富士山の噴火を目論み、失敗した組織が残し、そのまま打ち棄てられた施設の残骸を転用しているのかもしれない。富士山は、登山客が出したゴミの為に世界遺産への登録が見送られているらしいが、まさか悪の組織までゴミを不法投棄しているとは・・・と哀れになってくる。

 (大体、なんでわざわざぶっ飛ばそうとするかな、こんな綺麗な山・・・)

 マリアは小さくため息をつく。と、その時である・・・

 視界の隅に、白い何かが映る。鋭く、そしてしなやかに宙を走る影。マリアは半ば反射的に側転し、その場から飛びのく。

 シュパンッ

 「・・・!!」

 一拍遅れる空気の避ける音。彼女が今先ほど居た場所の床の鉄板が抉り裂かれている。マリアはさっと、白く細長い何かが飛び来た方向を見据える。その方向は角になっており、白い細い何かは其方から来たようだった。

 「フフ・・・あら・・・よく避けた・・・わね。さすが・・・は・・・フフフ・・・新氏さん」

 響く声が彼女の名前を呼ぶ。

 (この声って・・・)

 陰気な、妙に拍を空ける特徴的な喋り方。マリアはこの声に聞き覚えがあった。だが・・・

 「・・・簡単に・・・フフフフ・・・死んでは・・・くれなさそうね・・・フフフ・・・でも」

 「まさか・・・」

 影が角から姿を現す。黒く長い髪。白い、何処か死に装束を思わせるワンピース。マリアは認めたくなかった。自分の目と耳が知覚する情報を。彼女はここに居る筈が無い。そしてこんなことをする筈が無い。最早、信じるまでも無く、それが当然のことであると疑いさえ彼女はしていなかったから。

 「フフフフ・・・どうしたの・・・新氏さん? フフ」

 「どうして・・・どうしてリンちゃんが・・・ここにいるの・・・?! 入院してた筈でしょ?!」

 目の下には隈を貯え頬はこけた病的な容貌。左手には白い謎の素材で作られた鞭が握られ、ゆらゆらと揺れている。

 「本当に・・・リンちゃんなの?」

 半ば確信に至りながら、それでも信じたくないという欲求が、彼女にそう問いかけさせることを止めない。その顔、その声は紛れも無くマリアが知る少女・・・彼女の同僚であり、陰陽寮の戦闘陰陽師で最も高い戦闘能力を持つと言われる五人の女戦士・・・トップ5の一人、役華凛だった。

 「ええ・・・フフ・・・まちがいなく・・・ね。貴女にはわかる、でしょ?」

 華凛は、空気の漏れるような声で笑うと、未だ驚愕の表情に囚われたままの彼女に告げる。

 「フフフ・・・あなた達の手伝いに来たのよ・・・貴方たちがフフフ・・・地獄に行くための、ね」

 「どうして? なんでリンちゃんが・・・嘘でしょ?! 死んでとか、地獄に行くとか・・・そんな・・・冗談だよね?! リンちゃん!!」

 突然の出現と死の宣告。マリアは自分を襲った突然の事態に精神の平静を保ちきれず半ばヒステリックに叫び、華凛に言葉の否定を求める。だが無気力な口調は残酷に彼女の期待を裏切り、静かに告げる。

 「私・・・嘘はつくけど、冗談って嫌いなの。フフ・・・新氏さんだって知ってるでしょう? ほら・・・証拠、見せてあげる」

 「・・・!!」

 ざわ・・・ざわ・・・

 華凛の身体が変化していく。彼女の姿をした革の内側で何かが蠢き、次第にそれは膨張していく。やつれていることを除けば、端整であった彼女の容貌が出鱈目に歪み、やがて裂けて破れる。

 「な・・・」

 華凛の姿を引き裂き、白い姿の化物が現れる。頭から一本一本が別個の生き物のように宙にのたうつ触手を十本早し、真珠の様な質感を持った白い素材で作られたマントを着た怪人。左手には華凛の姿のときから引き続き、白い鞭を握っている。

 「・・・フフフ、素敵でしょう? 私、貰ったの。力を・・・あの人なんて問題にならないような・・・素敵な力を・・・」

 「どうして? 何で? リンちゃん・・・!!」

 両腕を左右に広げ、見せ付けるようにする華凛だったもの。よく見ればマントの先は細く尖って返しがつき、全体のフォルムは肢を上に向けたイカに告示している。その彼女が嬉しそうに問う。だが、マリアは彼女の真意を理解できない。確かに彼女は鬼神の候補生であり、また彼女自身鬼神になることを望んでいた。だが、これは彼女が求めえいたものとは違うはずだ・・・と。

 「・・・憎かった・・・妬ましかった・・・あの人が・・・神野江さんが」

 やがて、ぽつり・・・ぽつりと述懐を始める白い怪人。それと同時に、振るわれる鞭。音速を超えた鞭打を、マリアは素早く体を屈め、かわす。

 「・・・いいえ・・・貴女も、渡部さんも・・・相模先輩も・・・憎かった・・・妬ましかった・・・ずっと」

 手首の回転によっって、今度は直角に真上から襲ってくる白い鞭を、マリアは忍者刀を抜いてそれで受け絡める。

 「嘘・・・でしょ? みんな・・・みんな仲良しだったじゃない!!」

 そんな話は一度も聞いたことが無かった。刀に絡めたままの鞭を引っ張る白い怪人。華奢な外見だが、やはり改造人間、その膂力は彼女をゆうに上回る。故に彼女は堪えるのを止め、海神に向かって飛ぶ。

 特に、彼女と奈津とマリアは歳が近かった事もあり、公私共に懇意で過ごした。だが華凛は、マリアはおろか他の三人の前でもそんな様子は一切見せたことが無かった。やがて白い怪人は声を押し殺し、肩を揺らして笑い、言う。

 「フフ・・・確かに友情は感じてた・・・でもね、マリア・・・私はそれ以上に憎悪を・・・嫉妬を抱いていたの・・・貴方達に・・・」

 眼前に迫る白い怪人。いや、マリアが怪人に迫る。怪人は鞭を両手で大きく振るい、天井に叩き付け様と試みる。だがマリアは身軽に宙で回転すると、脚を天井に貼り付け、その視線を華凛に向ける。

 「やめて・・・やめてよ・・・リンちゃん!!」

 頭を小さく左右に振る。それと同時に放たれる無数の木の葉。茶と緑のモザイクの渦が二人の間に生じ、お互いの姿をかき消す。尊敬し信頼するに足りる人物だと信じていた華凛の口からそんな台詞を聞きたくは無かった。

 「私はね・・・確かにトップ5と呼ばれていたわ・・・貴方達と同じように・・・でも・・・私は貴方たちより・・・確実に弱かった・・・」

 怪人の右手が空中に印を画く。その直後、彼女の背後に三叉矛を持った青い鬼のヴィジョンが現れる。

 「一之将・徴明よ・・・!」

 矛を振るう鬼、それと同時に、何処よりか膨大な量の水が現れて波濤を成し、木の葉の乱舞を切り裂く。だが、葉が落ちた後にはマリアの姿は無い。

 「それは、リンちゃんが病気だから!!」

 マリアはそう、華凛自身のことを弁護する。華凛は、生まれながらにして原因不明の免疫不全症など様々な難病を抱えており、陰陽寮に入寮してからも、入退院を繰り返していた。それでも彼女は努力と鍛錬を怠らず、遂にはトップ、と呼ばれるに至った。だが、病魔に冒された彼女の力は、やはり他の四人に比べると見劣りしていることが否めなかった。

 「マリア・・・私や奈津のところは・・・代々、陰陽寮に勤めている・・・家柄なの・・・私も・・・奈津も・・・小さい頃から・・・陰陽師となるための英才教育を施されてきた・・・厳しい訓練を施され・・・そして期待されてきた・・・鬼神になることを・・・鬼神の力を得ることを・・・」

 無造作に動いていた頭部の触手たち。それが、突然、全方位に向かって次々とその先端を繰り出していく。鋭い乱打が、施設の内部壁面に無数の穴を穿っていき・・・やがて・・・

 「リンちゃん」

 「役華凛は死んだの・・・今の私はレイスクラーケン」

 一枚の広い布が脚によって貫かれる。否、それは布ではない。無数の葉を繋ぎ合わせ布のように見せたもの。その表面には術によって壁面の光景が塗布されている。隠れ蓑術らしい。やがて力を失った木の葉はばらけて辺りに散る。そして隠れ蓑を失ったマリアもその姿を現さざるを得ない。くるくると回転し、華凛の眼前に着地するマリア。

 「でも・・・私は鬼神になれなかった・・・ずっと・・・期待されてきたのに・・・そして私も鬼神になりたかった・・・鬼神になれば・・・体が強くなるって・・・思ったから・・・でも・・・私はなれなかった・・・期待に応えられなかった・・・だから・・・あの人が・・・何も背負ってないような・・・あ人が・・・鬼神になったことが許せなかった・・・そして嫉ましかった・・・!!」

 黒い墨のような液体を吐き出すレイスクラーケン。咄嗟に後ろへ飛びのいて避けるマリア。だが、不意に彼女の背に何か硬いものが当たる。いつの間にか彼女の後方に、華凛の術のよって飛び出された青い色をした鬼が立っている。逃げ道を防がれるマリア。彼女の上に鞭が叩き落される。

 「そんな・・・別に良いじゃない!! 弱くったって・・・鬼神じゃ無くったって・・・リンちゃんはリンちゃんじゃない!!」

 鋭く肉を打つ音が連続して響く。だがマリアは悲鳴を上げない。代わりにマリアは恨み節を奏でる白い怪人に訴える。

 「貴女に・・・何がわかるというの? 私の苦しみが・・・悲しみが・・・解りはしないわ・・・貴女や、相模さんのように・・・生まれながらに力を持っている人も」

 マリアの言葉を彼女が着込む鎖帷子とともに切って棄てる怪人。白い肌に痛々しい蚯蚓腫れが浮かび上がる。

 「ううっ・・・」

 呻くマリア。彼女はその血筋の所為もあり、生まれて間も無く特別な力を与えられ、他の者に比べ、少ない努力でアドバンテージを得ることが出来た。だから、マリアには常々、負い目が在った。特に、生まれながらにハンディキャップを背負っている華凛に対しては。

 「神野江さんや奈津さんのように・・・努力に応えてくれる健康な身体を貰った人にも・・・」

 「リンちゃん・・・!!」

 振り下ろされる鞭。だが、マリアの中に、哀れみとは別の感情が芽生えてきた。自身の運命は嘆いても仕方ないのではないか?人の所為にしても仕方が無いのではないか。事実、マリアも、瞬も、奈津も、京子も生まれながらに過酷な運命をそれぞれ背負わされているが、何れもその運命に対して背を向けたことは無い。自分たちに出来ることなのに、何故、彼女には出来ない。その理不尽さが怒りの火を灯し、急激に燃え広がらせる。

 「でもね・・・もういいの・・・私は力を貰ったから・・・生まれ変わったから・・・今の私はレイスクラーケン・・・今の私はあのひと以上の力を持っている・・・あんな、下らない男に惚けているあの人なんか・・・問題にならないような・・・!!」

 「好い加減に・・・しろーっ!!」 

 爆発する感情が咆哮となる。鋭く刀を振るうマリア。彼女を捕らえる触手が一瞬で切り裂かれ、のたうち体液を拭きながら落ちる。

 「あ・・・うぎゃ・・・ああああっ」

 ゴキャ

 悲鳴を上げる怪人の頬に彼女は拳を一撃入れてから、言葉を吐き棄てる。

 「ウダウダとイジケてるんじゃねぇっ!! このスルメ女ッ!! あんたの本音なんて知らないわよッ!! だけどね・・・それをぶちまけるなら時と場所を選びやがれッ!! あんたの逆恨みに・・・何の関係も無い人間を巻き込むんじゃなぁぁぁぁいっ!!」

 「関係ない・・・そんなことはないわ・・・守るために・・・本当に血を吐いたのに」

 「黙れ!! 恩着せがましい真似をするなら・・・最初から遣るなっ!! あんたのその糞曲がった根性!! 私が! 叩きなおす!!」

 頬に手を当て、恨みがましい表情で見返す怪人。だが、それを途中で遮ると、マリアはもう一本の刀を引き抜く。

 ギラリ、と不気味に美しい輝きを湛える刃。彼女は意を決すると、その抜いた刀を再び鞘に戻す。

 「無駄よ・・・貴方如きに倒せる訳が無いわ」

 「そんなこと・・・私が知るかぁぁぁぁっ!!!」

 シャキィィィィン・・・

 刃が鞘を走る鋭い音色が辺りに響く。

 「啼けよ木枯し、木枯し、木枯し・・・」

 マリアの呼ぶ声とともに何処からとも無く凍るような冷たい風が吹き流れ、彼女の身体を包み、渦を成していく。やがて、木の葉がともに回り始め彼女の身体を一瞬覆い隠す。そして再び現れたとき、彼女の姿は大きく変貌を遂げている。

 頭を頂くのは先ほどより濃くなった金色の髪と、三角に尖った耳。顔は仮面舞踏会の覆面を思わせる赤いマスクが多い、緑色の眼が仄かな燐光を放つ。全身を覆うのはくすんだ金色のボディアーマーと黒い網タイツの様な鎖帷子に覆われ首にはマフラー。そして太い尻尾が尻から生えている。

 説明せねばなるまい。彼女は幼い頃、彼女の一族に伝わる特殊な秘術で鍛えられた針を脳下垂体に埋め込まれている。その針は、刀を鞘に戻す際の音に共振して脳に特殊な影響を与え、それによって脳内の道の器官が生む念動波や生成されるホルモン物質が急速な細胞変換を誘発し、彼女の身体を狐の化身忍者へと変貌させるのだ。

 「・・・変身忍者・・・木枯し・・・! リンちゃん、いえ役華凛!! ・・・あんたの根性、叩きなおしたやるっ!!」

 彼女はそう告げると、冷笑を浮かべる白い怪人に、再び抜き放った剣の切っ先を向けた。






 「此処までくれば・・・元宗さんもあのオカマさんも・・・」

 追ってこないだろう、と鬼神は口の中で呟いた。最近、京二に言動が似てきたのを実感する。無論、残してきた元宗のことは心配ではある・・・が、(大丈夫ですよね・・・あれだけ私に冷静になれって言ったんだから)と、希望的推測を行い、納得する。元宗はプロなのだから引き際は見誤らないだろうと。無論、それは飽くまで彼女の主観に基づいたものでしかないのだが。

 と、その時である。

 『オカマじゃないって言ったでしょう? 失礼なコねぇ』

 「?!」

 再び虚空から響く、女性的な口調で喋るには余りに低い声。鬼神(瞬)も女性の中では比較的低い方ではあるが、この声は更に低い。また、声と同時に彼女の目の前に激しい炎の渦が起こる。

 「呼ばれて飛び出てパパラパァ♪」

 炎が千切れると同時に、魔王は魔王なのだが何かごちゃ混ぜになったような登場文句を発し現れる煉獄剣王。鬼神は、それに対し即座に言う。

 「よ・・・呼んでません!!」

 「もう・・・そんなに嫌わなくてもいいじゃない。変態でも其処まで露骨に邪険されると傷つくのよ」

 白々しい言葉を返す煉獄剣王。その余りに煩わしさに鬼神は声を荒げる。

 「だ・・・誰もそんなこと言ってません!! 私は貴方と関わっている暇なんてないんです!!」

 「あぁ・・・助けに行くとか行ってたわね、アナタ。でもまあ、心配しなくても大丈夫よ、結局間に合いはしないんだから」

 冷酷な言葉を、まるで帰宅時間を破るのを勧めるような気軽さで言う煉獄剣王。対して強い口調で言葉を返す鬼神。

 「それでも私は・・・!!」

 「もう、頑固なコねぇ。これも仮面ライダーのサガかしら・・・でもまあ、そうやって逃げるのは無駄よ」

 「え・・・?」

 呆れた様な調子の後に、意味深い事を口にする煉獄剣王。彼は鬼神が、その引きに喰らい着いたのを見ると、嬉しそうな、そして意地悪な笑みを浮かべて一つの質問を投げかける。

 「あの金髪の女の子、マリアちゃんを何故、ダグザが逃がさなかったか・・・アナタ、どうしてだか判る?」

 「・・・!!」

 煉獄剣王の言葉はむしろ、問いと言うよりは答えを導く為のヒント。鬼神が察したのを見ると、煉獄剣王は再び笑う。邪悪な、正に人の不幸を嘲笑う悪魔そのものの笑みを浮かべて。

 「フフ・・・予想はしていたようね。・・・あの時、アタシも彼女を止めることが出来たんだけど・・・何故、そうしなかったか? そう・・・答えは簡単、例えあそこが壊されても、作戦には何の問題も無いから・・・てこと。でもまあ、壊されないんじゃないかしら。あそこにはあのコもいるしね」

 「・・・あの子?」

 問う様に呟く鬼神だが、煉獄剣王は意図的にそれを無視すると自身のお喋りを続ける。

 「フフフ・・・女の子の嫉妬心って怖いわよねぇ・・・。あのコ、誘ってみたら意外と簡単に仲間になったみたいよ・・・やっぱり病弱は辛いのかしら」

 「一体、誰の・・・ことです?」

 今度は本格的な問い。鬼神の内に正体のわからない不安感が過ぎって行く。それを見透かした様に答える煉獄剣王。

 「さあ・・・アタシ、魅力を感じないコの名前って覚えられないの・・・でも確かえ〜と・・・マルノだかエンノ」

 「・・・っ」

 鬼神は一瞬、髪の生え際が鳥肌の様にざわつくのを感じた。煉獄剣王が口にした名前、その珍しい苗字(神野江や新氏も充分に珍しいが)は彼女が良く知る人物のファミリーネームだったからだ。エンノ・・・役・・・修験者・役小角の子孫であり、現在の陰陽寮でもトップクラスの呪術使い・・・鬼神・神野江瞬の同僚でもある・・・役華凛のファーストネームだった。彼女は再び山頂に向かって走り出そうとする。だが直後、眼前に現れる煉獄剣王。彼は一瞬でサーベルの刃を首筋に突きつける。

 「行ったり来たりと大変ね。フフ・・・でも、行かせないわよ・・・って言うか、貴方、行けないわよ。何故なら行けない理由が有るんだから」

 「・・・どういう・・・ことです」

 霞の様に消える鬼神の身体。煉獄剣王は、本来の彼女の位置・・・一歩も動いていないもとの彼女のたち位置に目を向ける。其処には天津弓の術で稲妻をボウガン状に形成した鬼神の姿が。

 「アナタが防ごうとしている富士山爆発の鍵・・・それはアタシたちが持ってるからよ。フフフ・・・この作戦、実はねぇ、三段構えなの。第一段階は、落天宗をそそのかしてバリアを壊させる。それが駄目なら、富士山火口を爆破・・・それでも駄目なら、私たち六大魔王がバリアを抉じ開けるって具合になってるの」

 「まさか・・・そんな事が」

 煉獄剣王の言葉を瞬は俄かに信じることが出来ない。あの結界は富士山周辺のみならず、関東全域の地脈や霊脈の流れを利用した莫大な出力を有する超巨大結界なのだ。どれほど彼ら六大魔王の力が強力であろうと、改造魔人六人の出力で抉じ開けられるようなものではない。この結界があったからこそ、三十年前のデルザー軍団襲撃の際も、僅か十数名の魔人が地上に現れるに留まったのだ。

 「そう・・・普通は出来ないわね。だからソコで登場するのがこれ」

 煉獄剣王もまた、普通ならそれが不可能事であるのを認める。だが徐に彼は胸元に手を突っ込み、ゴソゴソやり何かを引っ張り出す。一瞬警戒する鬼神。ボウガンを構える手に僅かに力を込める。だが、彼女の警戒に対し、取り出したものは・・・

 「結果の要石〜」

 ジャジャジャジャジャン♪

 「!!!」

 何処からとも無く流れてくる軽快な音楽と、一瞬起こる謎のフラッシュ。煉獄剣王はどうやっているのかは知らないが、拳の先に黒くて丸い何かをつけており、それを誇らしげに高々と掲げる。彼が大仰な仕草で取り出したものは黒曜石に似た光沢を持つ以外は、一見何の変哲も無いようなただの石に見えた・・・並の人間程度の視覚能力なら。だが、彼女はそれがどれ程の危険性を孕んでいるか、即座に理解し、それ故に戦慄する。

 「それは・・・本来、地脈を安定させ人の住む場所を守る為、超古代の民が“賢者の石”を超高密度に結晶させたという秘宝! 一体何故・・・貴方が!! それを使ってどうするつもりです!!」

 例によって説明口調の鬼神。だが煉獄剣王はそれを好反応と受け取り、機嫌良さそうに言葉を返す。

 「フフ・・・物知りねぇ、鬼神ちゃん。どうしたかって? 勿論、川原で拾った、なんて言っても信じないでしょ?」

 「答えるつもりは無いということですか?」

 「フフフ、せっかちねぇ。誰も答えないなんて言ってないわ。今、関係ないことを言ってもつまんないでしょう? だから、貴方の興味あるトコだけ限定して教えちゃうわ。先着一名様でね」

 「茶化さないで下さい」

 「フフ・・・まじめねぇ。ダグザみたい。でも、この反応も女の子ならチャーミングね」

 「私には決まった人がいます!!」

 反応と同時に稲妻の矢のチャーミングならぬシューティング。左右に動きながら放たれるそれは計六発。

 「それは残念ね」

 だが、煉獄剣王は手首を回して素早くサーベルを旋回させ、峰を使って雷条をあっさり遮る。そして稲妻を帯びて閃光を発する刀身に舌を這わせ、電熱で舌先から煙を上げる。

 「じゃ、教えてア・ゲ・ル・・・手っ取り早く説明すれば、この秘宝の作用をアタシたち六大魔王のスーパーエクセレントな魔力でディストーション掛けてアナタ達が作ったあの激ファッキンシットな障壁を遮断するの。要するに結界の上にもう一つ逆向きの結界を作ってそれを遮断するってわけね」

 「な・・・」

 「フフフフフ・・・素敵だと思わない? 人を災いから守るための力が、今、災いを招く鍵となる・・・素敵でしょう? で・・・この石は・・・」

 驚愕、絶句。言葉が戻らぬうちに、再び驚愕を齎す煉獄剣王。彼は要石を蛇が鶏の卵を呑む様に丸呑みしたのだ。

 「かくして石は私のお腹。フフフ・・・結界は私たち一人が欠けても遮断できない。さあ・・・貴女には私と戦う理由が出来たわ!!」

 「く・・・」

 彼と戦えば救援には行けない。だが、戦わなければ確実に被害は拡大する。

 「さあ、どうするの? こうしてる間にプラン1かプラン2が発動するわよ・・・答えをハリー!」

 意地悪い口調で催促をする煉獄剣王。鬼神は拳を握る。

 (御免なさい・・・)

 心の中で彼女は謝る。それが偽善であることを彼女は理解している。故に彼女は口にする。自らがこれから戦う目的を。

 「解りました・・・私の大切な人を・・・大切な人たちを守る為に・・・私は貴方を倒します!!」

 彼女は自らの心に言って聞かせる。これは誰かの為に戦うのではない。この戦いは彼女自身の望み・・・自身が誰かを守りたいから戦うのだ、と。

 「いい答えね。フフフフフフ・・・じゃあ、お楽しみといきましょう!!」

 満悦そうに笑う煉獄剣王。それとともに、彼のサーベルが黒赤い炎を上げて燃え始める。

 「炎の・・・刀・・・」

 「見覚えがあるようね。フフ・・・実はね、アタシはアナタに個人的な因縁があったの」

 「まさか・・・」

 煉獄剣王の告白に、彼女はハッと思い至る。

 「三木咲はね、私の兄弟弟子だったの」

 三木咲誠也・・・落天宗の幹部であり、鬼神の心に今尚、深く留まっている、強敵。それを告げた煉獄剣王の顔には懐かしむ様な微笑が浮かんでいた。






 「秘剣! 乱れ影!!」

 変身忍者木枯しの姿が幾重にも分身する。それは霊力を纏った木の葉に投影された擬似的な実体を持つ幻影。木枯しの倍の数の刃が一斉に煌き、無数の光芒を描いて亡霊名を持つ怪人の周囲を舞い踊り始める。

 「・・・フフ」

 縦横無尽に、壁・天井を駆け巡る子狐の群れに目を細めるレイスクラーケン。かつての彼女なら、役華凛の頃なら、とても見切れる技ではなかった。だが、今は違う。マリアの圧倒的なスピードも、今の彼女なら捉えられる。迫る刃。次の瞬間には、十数に及ぶ木枯しが全方位から連続した斬撃を繰り出してくるだろう。だが、彼女はそれまで待つ義理は無い。

 「・・・出なさい、一之将、徴明よ」

 レイスクラーケンの命により、再びその実体を得る、青い鬼。矛を振るい、津波を招く式神・・・だが、彼女は鬼に攻撃を命じない。代わりに背後から胸に手を突き刺し、触手で全身を縛り上げる。

 「「「「ハァァァァァァッ!!」」」」

 重複する気合の声。それと共に木枯しはレイスクラーケンに切りかかる。

 「遅いわ・・・フフ」

 せせら笑うレイスクラーケン。彼女に貫かれ、縛り上げられた鬼が弾け、膨大な量の水が空中に解き放たれる。それと同時に旋回を始める触手が、水を絡め取り撃ち叩いて宙に大渦を作り出す。

 「・・・水神王衝嵐撃!!」

 「きゃあああああっ!!」

 ゴウッ

 周囲の空間を押し潰す様に解き放れた破壊水流が木枯しの身体を激しく打ち、飲み込んで壁に叩きつける。レイスクラーケンによって作り出された水は、破壊を行った後は排水溝へと流れ落ち、木枯しの小さな身体はそれとともに壊れた人形のように崩れ落ちる。

 「う・・・が・・・ハッ・・・」

 血を飛沫に変えて吐き出す木枯し。間も無く彼女の姿はもとのマリアへと戻る。濡れそぼたれたマリアを見下ろしながらレイスクラーケンは言う。

 「もう・・・変身解除・・・そこまでみたいね・・・マリア」

 「く・・・畜生・・・!!」

 口惜しむように下唇を噛み、目尻に涙を浮かべる。その様を見て、満足そうに目元を歪めるレイスクラーケン。

 「フフフ・・・ずっと、貴女をこうやって見下ろしたかった・・・貴女みたいな・・・純正な陰陽師でもないような人が・・・ずっと私の目の上にいるのが・・・ゆるせなかった・・・でも・・・今はこうやって、貴女は私の足元にいる・・・フフフ・・・素敵・・・なんて・・・素敵」

 ガッ

 尚も反抗的な目を向けるマリア。レイスクラーケンは何も言わず、表情も変えず彼女の頭を蹴り飛ばすと、床に打ち付けられた彼女の頭を更に踏みつける。

 「あう・・・う・・・」

 「じゃあ、名残惜しいけど、さようならね」

 鞭の先端から鋭い錐のようなものが現れる。金属製のその表面には不気味な紫色の光沢が張り付いており、毒が塗布されていることがマリアには判った。

 「きっと神野江さんはあの人たちに殺されると思うから、見せては上げられないけど・・・相模さんや奈津には貴女の変わり果てた姿を見せて・・・悲しませてあげようかしらね・・・フフフ・・・きっと素敵な顔で泣いてくれるわ」

 「こ・・・このっ・・・先輩たちや・・・なっちゃんを・・・やらせたり・・・しないっ!!」

 込み上げる怒りが彼女を尚、傷だらけの身体を突き動かそうとする。

 ゴキッ

 だが、それを踏みにじるレイスクラーケン。彼女の触手が伸びて、マリアの右腕を締め上げ、骨を砕いたのだ。

 「・・・ッ!!」

 「フフフ・・・無理をするのね」

 声に成らない悲鳴を上げるマリア。レイスクラーケンは甘美な音楽とでも言うような顔でそれに聞きほれる。

 「痛いのが好きなら、このまま・・・絞ってあげる。・・・骨が砕ける音と、内臓が潰れる音を聞きながら・・・ゆっくり死んでいくのがいいかしら」

 更に伸びる触手が彼女の四肢を捉え、腹に捲きつき、胸に絡み、首を絞める。

 「それとも・・・気持ちよく死にたい? 優しく愛撫されて・・・トロトロに溶けながら逝くなんて・・・どうかしら?」

 マリアに使われていない触手の一本が、近くから太い金属製のパイプを引き千切り、彼女の前に掲げる。やがて触手の表面にある吸盤から粘性の液体が染み出し、金属パイプは見る間に腐食して溶け落ちてしまう。

 「こんのぉぉぉぉぉっ!!!」

 尚も、抵抗を続けようともがくマリアだが、白い触手の群れは、彼女の意思に一切答えない。

 「フフフフフフフフ・・・」

 哄笑が辺りに響く。マリアのプロフィールの年齢欄が、今正に享年へと変わろうとしていた。だが・・・

 閃光が、一瞬、空中を裂く。

 「八之式、「白虎」ッ!!」

 通過した空間さえも断ち割りそうな鋭い一太刀が疾り、マリアを捉える触手は全てレイスクラーケンから切り離される。

 「な・・・ッ」

 「ストレイジッブラスタァァァァッ!!」

 驚いたのも束の間、更に真紅の光が一条の矢となって彼女の胸に突き刺さり、火花を上げて彼女は吹き飛ばされる。

 「な・・・何っ・・・!!」

 視線を上げるレイスクラーケン。目の前には既に、敵が迫っている。妖気を帯びて周囲の空間を歪める長大な刀を掲げたブレザー姿の少女。振り下ろされた一撃が、未だ再生の始まっていない胸を切り裂き、更に・・・

 「弐之式、「朱雀」ッ!!

 ドン!!

 切り傷が炎を吹き爆発を起こす。それにより更に吹き飛ばされた彼女は呻き声を上げ、倒れる。

 一方、床に落ちそうになったマリアの体は、硬い質感を持つ腕に抱きとめられ、これ以上の衝撃から守られる。その腕の先にいるのは、鮮やかなブルーの装甲に包まれたアンドロイド。女性を思わせるボディラインに、赤いストライプが無数に走っている。アンドロイドは赤く染まったカメラアイをマリアに向けると謝罪する。

 「遅れた。申し訳ない」

 「大丈夫ですか? 新氏隊員」

 そして油断無く刀を構えながら、マリアの無事を問うブレザー服女子高生姿の小柄な女剣士。

 「・・・あなた達は」

 「先輩! なっちゃん!!」

 危機に突如、正に颯爽と現れた二人のアンドロイドと女剣士を、それぞれそう呼ぶマリア。アンドロイドのほうが先輩・・・相模京子の戦闘形態であり、本来の姿、戦闘用アンドロイド、ロボット陰陽師K−C0(ケイシーゼロ=ケーコ)と、先祖から受け継ぐ征鬼流と呼ばれる剣術と妖刀「鬼切」を武器に戦う陰陽剣士、渡部奈津だ。

 K−C0は目の辺りのメカニックからチキチキと言う機械音を出しながら白い怪人・レイスクラーケンを見て問う。

 「文字通りマッハで帰ってきてみれば。どう言う事だ? あのイカ娘はお嬢か?」

 「わかんない・・・でも・・・鬼を召喚してきたよ」

 「そうか、わかった。本物がトチ狂ったか、パーにされたと考えるのが妥当だな」

 そう、ロボットにしてはアバウトな言葉で分析結果を出力するK−C0。

 「・・・フフフ、まさか貴方たちが間に合うなんてね・・・でも、束になっても・・・問題なんて無いわ」

 ゆっくりと立ち上がりながら忌々しそうに呟くレイスクラーケン。既に斬られた触手も、爆発した胸も修復が終了している。

 「役隊員ッ・・・!」

 「今は、レイスクラーケンよ・・・奈津」

 信じられない様な、先ほどのマリアとよく似た反応を示す奈津。レイスクラーケンは幽鬼の様にその姿をゆらめかせながら、先ずは切られた触手の恨みとばかりに奈津へと鞭を走らせる。奈津は鋭い刀捌きでそれを弾くが・・・

 ブシャアアアッ

 「くっ・・・」

 墨を吐きつけるレイスクラーケン。奈津は流石にそれを捌こうとはせず、身をかわす。だが、何時の間にか怪人の姿は虚空に消えている。

 『・・・スーパーステルス。見破れた頃には・・・貴方たちは死んでいる・・・わ』

 「そうかな?」

 不適に笑うK−C0。

 ドオン!!

 施設全体が激しく揺れ、衝撃音が伝わってくる。

 「・・・これは」

 「ここに来るまでに何もしてないと思うのか。上層施設のみ上手く吹き飛ぶように爆弾を設置してきたのさ」

 最初から、二人はここで戦いを続けるつもりなど無かったのだ。

 「すまない、囮につかってしまって」

 「はは〜ダイジョブだよ・・・先輩」

 謝罪するK−C0にマリアは力なく笑う。其処に奈津が緊張感を維持したまま問いかけてくる。

 「・・・相模隊員、彼女の扱いは?」

 「制限時間内での拘束は不可能だな。撤収しよう。無理しても仕方が無い」

 「・・・」

 K−C0の判断に複雑な表情を浮かべる奈津。彼女も状況が許せば、レイスクラーケンを問い詰めたかったが、任務遂行の義務感が欲求を上回り、速やかに納得すると、それを頷きで示す。だが、たとえ逃げる意思が整おうと、レイスクラーケンにはそれを許すつもりは無い。

 「逃がすと・・・思って?」

 「阻止を試みるだろうな。だが、問題は無い」

 不敵に言うK−C0。その直後、彼女の二の腕がギミックによって展開し、内部メカがあらわになる。

 「アーティファクト! アイオーンズリング作動!!」

 腕をレイスクラーケンに向けるK−C0。そこから輝く光のラインが発射され、レイスクラーケンを取り囲む。

 「これは・・・」

 「簡易式空間転移ゲート。これを通過すれば、もう一方のリングへと強制転送される。緊急時用に装備してきて助かった。この場から逃げるのは私らじゃない。お前だ」

 「なに・・・」

 光の輪の中に取り込まれていくレイスクラーケン。

 「リンちゃん・・・」

 「・・・まあいいわ・・・フフフ・・・どうせ貴方たちは死ぬのだから」

 心配そうに呟くマリアとは対照的に悪意の微笑を浮かべるレイスクラーケン。やがて彼女の姿も虚空へと消える。

 「・・・」

 「・・・」

 「・・・」

 後には沈黙が残ったが、やがて爆発音が激しくなると、K−C0が言う。

 「さて、脱出せねばなるまい。そして各ポイントの救援も。Bナツ、マリアの傷を治してやってくれ」

 「ですから相模隊員・・・その呼び方止めてください」

 「ああ、すまないBナツ。じゃあ、スカイセイルを呼ぶからつかまっててくれ」

 「・・・」

 複雑な表情を崩さない奈津。そんな彼女を無視してK−C0は通信機で何かを呼ぶ。暫らくして施設の壁面を破壊して現れた小型の飛行機のようなものが現れる。それを背中に接続すると、彼女は奈津とマリアをつかみ、そのスカイセイルと呼ばれる小型飛行機が進入してきた穴から脱出を図った。



 ドゴォッ

 凄まじい衝撃音とともに吹き飛ばされるアスラ。彼は全身を激しく回転しながら宙を舞い、受身をとることさえ出来ず、墜落する。
地に手を突いて立ち上がろうとするアスラだが、満身創痍の彼の身体は、アスラの意思に反し細かく痙攣するだけで、力を絞り出さない。

 「やはり脆弱」

 彼は、百鬼戦将の拳打を一度たりとも直撃させてはいなかった。力任せの大振りで隙の多い百鬼戦将の攻撃をアスラは受け流し或いはブロックするのは容易かった。だが、圧倒的な膂力が繰り出す肉弾攻撃は、僅かに掠っただけで彼の身体を弾き飛ばす威力を持ち、また腕を交差させて作ったブロックを簡単に貫通して彼の身体に衝撃を加えた。

 「やはり・・・非力」

 そして、アスラの嵐の様な、鬼神を追い詰めた打突の連打も、百鬼戦将の頑健な筋肉の鎧を切り裂くことはあっても、衝撃で破壊することは出来ず、逆に阿修羅神掌の指は無残に折れ砕けてしまっている。
内臓が幾つも傷ついているらしく、腹が煮える様に熱い。彼は呻き戸を吐き出す。

 「が・・・がハッ・・・畜生・・・」

 「その罵りは私に対してか? それとも無力な貴様自身に対してか?」

 「う・・・く・・・てめぇ・・・」

 冷笑し一瞥する百鬼戦将。彼のトレンチコートはボロボロに裂けて、上半身は剥き出しになっているが、僅かな切り傷から血を滲ませているのみで、大きな負傷らしい負傷は無い。両者の力の差は歴然としていた。

 そして其処に響く爆発音。火口の中から煙が上がっている。一瞬噴火かと思ったアスラだが、それにしては随分と小規模すぎる。どうやら施設が破壊されたらしい。

 「・・・妖麗楽士か。卿が見つけてきた女は失敗したようだな」

 と、虚空を見ながら誰かと喋り始める百鬼戦将。

 「了解した。次のフェイズに移る」

 やがて、誰かとの会話を区切ると百鬼戦将はアスラを見下ろし、ゆっくりと近付いてくる。

 「・・・そろそろ終いにしようか。どうやら、次の仕事に取り掛からねばならぬようなのでな」

 空を覆う様な巨大な掌が彼の視界に広がっていく。

 「・・・ッ!」

 頭を掴まれ、吊るし上げられるアスラ。万力など生ぬるい、大艦巨砲時代の戦艦の装甲でも抉り抜きそうな壮絶な握力が、彼の頭部からミシミシと悲鳴を上げさせる。

 「最期の言葉くらい聞いておこう。あの娘が未だ生きておれば伝えてやっても良い。お前の番なのだろう?」

 (クク・・・ッ)

 アスラは自身の頭が砕けそうになる音を聞きながら、内心で笑う。哀れな自分の姿に嘲笑。こんな弱い自分が守る等と大それた事を口に出すなんて、百鬼戦将ではないが片腹が痛かった。そして、自らの顔が仮面であることに喜悦。

 「・・・てめぇ・・・だよ」

 「何・・・?」

 「畜生(ファック)はてめぇだって言ってるんだよ!! 百鬼戦将!!」

 叫びによって、内臓に千切れそうな痛みが走るが気にしない。素早く印を切るアスラ。

 「!!?」

 「空即是色!! 破魔法!!!」

 自らの顔が仮面である事を彼は幸福に感じる。未だ、消えていない闘志が目に宿っているのを覆い隠せるから。そして、その闘志を鋭く尖らせ、一瞬に解き放つことが出来るから。

 アスラのベルトが光を放射する。金色に輝く巨大な剣の形をした光を。至近距離の百鬼戦将は、避ける事が出来ない。というより、此れまで避けるという「無駄」なことをしてこなかった彼は、剣が自らの体の厚みの半分を貫くまで、避けなければ、とさえ思わなかった。結果、光の剣は百鬼戦将を貫く。

 「がっ・・・?!!」

 血を吐く百鬼戦将。これまで、どれほど打撃を繰り返しても、まるで風の囁き程度にしか感じていない様だった百鬼戦将に、始めて痛打を与える。

 「ち・・・やっぱり・・・死なない、か・・・く・・・へへ・・・だが・・・一矢、報いてやったぜ・・・」

 「迂闊・・・くぅっ・・・まさか、この様な技を・・・」

 この技はアスラの奥の手・・・自らの魂そのものを明王の剣に変える高野山退魔法師の最終奥義の一つ。魂によって形作られる剣は、どのような強固なものでも切り裂き、貫くことが出来る。だが、そのリスクは決して低くは無く、熟練の浅いものが使えば死の危険すら伴う激しい消耗を術者に課す法術なのだ。

 「・・・ハハ、至近距離で喰らったから・・・効くだろう・・・」

 勝ち誇った笑い。既にアスラの姿は消え、元宗へと戻っている。百鬼戦将は胸を押えながら、正に鬼のような目でカッと元宗を睨みつける。

 「おのれ・・・ぬ・・・」

 だが、彼の手はアスラの卵の様な頭・・・ではなく、アスラの頭を卵のように砕くことが出来ない。そして百鬼戦将は自らの内に生じた感情に気づく。

 (躊躇い・・・この私が? 惜しむというのか)

 「・・・最早、抵抗する力もあるまい」

 そう告げ、百鬼戦将は元宗を放す。ボロボロの身体を大の字にして、それでも闘志を消さない容貌で元宗は睨み返す。

 「へっ・・・鼬の最後ッ屁だからな。もう手もうごかねぇ」

 その言葉に百鬼戦将は穏やかな笑みを浮かべると胸に穿たれた傷に手を当てて言う。

 「・・・最後の一撃、私以外の魔王が受けていれば・・・只では済んでいなかっただろう。自身の危地に勝機を見失わぬその眼力・・・見事。貴様へのこれまでの非礼な言葉、取り消し謝罪しよう」

 「・・・なんだよ、急に・・・」

 既に百鬼戦将の視線は先ほどまでの見下したものではない。元宗という一人の戦士、死を覚悟して最後の一瞬まで力を振り絞った彼に敬意を向けている。

 「貴様、いや卿の力、ここで失うには惜しい。どうだ・・・私の下に来ないか? そうすれば、今以上の力を卿に与えよう。私は無駄が嫌いだ・・・優れた人材を失うような無駄をしたくはない」

 「へっ・・・お断りだぜ」

 誘い・・・それは魅力的だった。男なら誰でも、より大きな力に憧れる。だが元宗はそれを即座に切って捨てた。力の象徴ともいえる百鬼戦将は、彼の真意を問う。

 「何故だ? 卿は既に人間の身ではあるまい。何を義理立てする必要がある?」

 その問いに嘲笑を浮かべる元宗。ただしそれは百鬼戦将だけに向けられたものではなく、幾分幾割自嘲が含まれている。

 「・・・悪いがオレは・・・女のために戦っててね・・・いくらなんでも浮気は出来ねぇ・・・」

 だが、その守るべき対象は、自分より強く、そして彼の思いを不要といっている。それゆえの自嘲。道化の如き自分への笑い。

 「そうか・・・」

 百鬼戦将からの返答は以外にも、あっさりしたもの。元宗は自らの運命を問う。

 「殺すのか? オレを」

 「私は無駄のことはしない。動けぬ卿を殺しても何の意味もあるまい」

 首を左右に振り、殺意を否定する百鬼戦将。振り返り、彼の背中に憎まれ口をぶつける。

 「生かすってことか・・・? 何時か寝首を掻きにいくかもしれねぇぞ・・・」

 「・・・考えるには時間が必要だろう。次に会うときまでに良く考えておけ」

 百鬼戦将は、元宗の言葉に応えない。そして、陽炎のように姿を揺らめかせると、瞬き一度の間に消えていなくなってしまう。

 「・・・けっ」

 舌を打つ元宗。やがて、目尻に熱いものが溜まるのを感じる。

 「どいつもこいつも・・・畜生ッ!!」

 敗北ばかり。京二に、瞬に、そして百鬼戦将・・・不甲斐無い自分を元宗は泣きながら罵った。





 「焔飛燕、吼朱雀(ジェットフェニックス)!!」

 弾いた指から生じる火花が無数の炎の燕となる。だがそれらは何時もの様に敵に向かって飛ばず、鬼神を燃え盛る羽で包み込み、真紅のベールとなる。彼女は炎を纏うと自らもまた火の鳥のようになって三木咲に突進する。

 「三木咲とはねぇ・・・ライバルでもあったのよ。破山剣千火・・・あなたには斬嶽刀と言った方が判り易いかしら? あの剣を取り合った、ね」

 鬼神はチョップを繰り出す。それは炎の翼撃となって煉獄剣王を襲うが、鋭く繰り出された剣がそれを弾く。宙へと打ち返される鬼神だが、彼女は炎を後方に向かって噴射すると今度はキックを繰り出す。

 「・・・」

 フェニックスの爪が襲撃する。だが、煉獄剣王はそれを事も無げに掴み取ると、その勢い・・・運動のベクトルを巧みに捻じ曲げ、投げ飛ばす。

 「中国の仙人ジジイのもとで修行したの・・・あの剣を手に入れるためにね。あいつったらクソ真面目でさぁ。ズルしないと絶対にクリア出来ない様な難問を、律儀に当たり前の方法で出来るようになるまで頑張ってるの。それが可笑しくってね」

 「貴方の目的は・・・仇討ちなんですか?」

 炎が千切れて消え、やがて空中にその身体を固定する鬼神。投げられた際、煉獄剣王の腕に糸を絡めておいたのだ。そして既に彼女の手の内には稲妻の弓が握られ、雷光の矢がそれに番えられている。次の瞬間、爆音とともに放たれる電撃。

 「いやぁねぇ、そんな湿っぽいことしないわよ」

 腕で円を画く煉獄剣王。稲妻が彼の眼前で弾けて宙へ四散する。空手で言う「廻し受け」に似た防御動作が超高温のプラズマを弾いたのだ。鞘に戻していたサーベルに再び手を掛ける煉獄剣王。彼は身を深く落とす。そして、踏み込み腰を回転させる。

 「大体、ちっとも楽しくなんか無いしね・・・。アタシは生涯唯一の敗北を喫した男がどんな女の子に殺されたか気になっただけ」

 剣は鋭く振りぬかれ、その切っ先から炎の弾丸が連続して打ち出される。お互いの身体を固定している為、回避行動はとれない。鬼神は天津弓をボウガンに変形させると稲妻の連射によりそれを迎撃する。

 「貴方は楽しみで戦うというのですか?」

 空中で衝突する稲妻と炎。爆発が起きて銀の蜘蛛糸が焼き切れる。爆風を利用して後方に飛ぶ鬼神。炎を突っ切って現れる煉獄剣王に剣飯綱の真空刃を四枚撃ち込むが、如何様な力によってか分らないが最初の一枚を掴み取ると、それによって後続の刃を叩き落し、更に投げ返してくる。

 「・・・楽しみは人生にとってとても大切なことよ。義務とか仕事とかを否定するつもりは無いけど、そればっかりでもね。ま・・・人それぞれでしょ? 戦う理由なんて」

 「私は・・・そういうのは、認めたくありません」

 身を屈めてそれを避ける鬼神。しかし髪の数束が刃の軌跡に残り、半ばより切り落とされる。袈裟切りにサーベルを振り下ろしてくる煉獄剣王。鬼神はそれをピンポイントに集中し手鏡のような輝きを放つ鏡宵明で受け止め、弾く。

 「・・・生真面目ねぇ。まあ、わからないでもないわ。非生産的な戦いを好き好んで起こすなんてクズのやることだって、ダグザも言ってたし。でもまあ、結局、生きてる以上、何かと戦わなきゃいけないんだし、メクソハナクソってやつじゃないかしらん?」 

 反発の勢いで、踊る様に回転する煉獄剣王。直後には右方向から火炎を帯びた凄まじい剛剣が唸りを上げてくる。

 「・・・」

 同時に、先ほど切り落とされた髪が、赤い光に変わる。直後、それは小さな鬼神の姿を取ると煉獄剣王に至近距離から全方位攻撃をしかけてくる。横薙ぎを踏みとどまり、その迎撃に切り替える煉獄剣王。先程の重い剣とは一転してくるくると回転する軽快な剣舞が式神達を切り払う。

 「話も詰まったところで、さ・・・お喋りは止めて真剣に戦いに打ち込みましょう。お楽しみはこれからなんだから」

 「いいえ・・・これで、終わらせます」

 そう、毅然と言い放つ鬼神。だが、煉獄剣王はその名が示す燃え盛る煉獄の様に下手に近付けばあらゆる物を焼き尽くす業火そのものだ。下策では文字通り此方が火傷をする。彼女の両目と額の第三の目がモザイク状にチカチカと光を放つ。

 (あのカウンター技に対抗するには、カウンター出来ない技或いはカウンターを押し切る威力・手数の技を使用するのが有効・・・!!)

 分析の終了、それは行動の開始と同時。地面に拳を撃ち込む鬼神。それによって大蛇崩を発動させる。

 「こんなことも・・・できるのねッ!!」

 煉獄剣王は地面から沸き立つ石錐に、炎を帯びた剣を打ち下ろす。

 (誘いに乗った!!)

 剣の炎が錐を砕く。その瞬間、吹き上がる膨大な量の“湯気”が白く視界を覆い尽くす。

 「・・・!!」

 「雪や地面が吸い込んでいた水分を槍の中に閉じ込めました!!」

 短く説明すると同時に掌を煉獄剣王に翳す鬼神。その瞬間、霧の中に細かい稲妻が走る。

 「これは・・・?!」

 「天津弓、星雲光(コズモフラッシュ)!!」

 更に稲妻の矢を放つ鬼神。だが稲妻は直進せず、霧の中を縦横に駆け巡り、稲妻の檻を煉獄剣王の周囲に形成する。これはかつて戦った妖人、「阿吽雷雲」と呼ばれた二人が使っていた合体技の模倣。

 「閉じ込めるつもり? でもそんなものは!!」

 一際強く燃える煉獄剣王の剣。その一振りに起こされた熱風が霧と稲妻を弾き散らす。だが、見よう見まね、即興の技が通じないことは判っている。

 「それは・・・アークチェイサーを呼ぶための時間稼ぎ!! 来いッ!!」

 「!!」

 鬼神の召喚に応えて現れる彼女の愛車、アークチェイサー。その後部座席には何時もとは異なり幾つも重火器が積まれている。それはアークチェイサーの拡張パーツの一つ、花・シンブリナと呼ばれる火力拡張モジュール。鬼神はハンドルを握り、火器管制システムを起動させる。

 「オールファイアリングシステムフルコンタクト!! アストラルデバイスコネクション!!」

 彼女の腕からバイクに、バイクから重火器に鬼神のエネルギーが伝達されていく。

 「シンブリナ、フルファイヤ!!」

 
ドドドドドドドド!!!

 六連装マイクロミサイルランチャー・30mmチェーンガン・90mmリニアレールカノン・50mm徹甲散弾砲が同時に火を噴く。

 「カァァァァァッ! そんなものが、菊も・・・もとい利くもんかぁぁぁい!!」

 嵐の様な勢いで振りぬかれる剣。煉獄剣王は更にもう一本、剣を虚空から取り出すと、二刀流を振るい始める。

 
ギギギギギギギギギギギン

 主力戦車すら一秒で木っ端に変えてしまう火力を、煉獄剣王は僅か二本のサーベルを超高速且つ超精密に振るう事でその火力の全てを遮断する結界を作り出す。更に剣の柄同士を接続し風車の様に剣を振り回しながら炎を遮っていく。

 「ウオオオオオオオオッ!! ぬ・る・い・わぁぁぁぁぁ!!!」

 「わかっています・・・だから・・・夜猟襲!!」

 ハンドルを握ったまま、バイクから降りる鬼神。彼女の髪が一瞬で赤く染まる。

 「おそろいねぇぇぇ!!」

 「お願い!! アークチェイサー!!」

 一気にバイクを担ぎ上げる鬼神。それでも尚、シンブリナの火器管制システムは煉獄剣王に弾雨を浴びせ続ける。

 「クラッシャーストーム!!!」

 そして彼女は、アークチェイサーを、火力を行使し続けるままに煉獄剣王に向けて投げつける。

 
ギュオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 「ぐぅぅぅ重火器の群れが襲ってくるですってぇぇぇ?! だけど・・・!!」 

 凄まじい破壊力の殺到を前に、煉獄剣王は防御の要である二本の剣を地に突き立て、手放す。ミサイルと弾丸を放ちながら迫り狂うアークチェイサーだが、彼は防御行動も回避行動も取らない。凄まじい勢いで襲い掛かる質量+火力の塊を彼は宙で掴み取る。

 「!!」

 「煉獄剣王!! 大爆炎!空気投げスペシャル!!!!」

 煉獄剣王の両腕が爆発する。それによって弾け飛ぶアークチェイサーの拡張モジュール。煉獄剣王は炎に包まれた腕でアークチェイサーを鬼神に向けて投げ返す。

 「ッ!!」

 驚愕する鬼神。まさか、夜猟襲のパワーで投げられたアークチェイサーを投げ返すとは。やはり魔王の名は伊達ではない、と。

 「さぁどうする?!」

 「こうしますっ!! 百貫よ!!」

 「金棒ですってぇぇぇ?!」

 何時の間にか彼女の両手に握られているスパイクの付いた凶悪な金棒、百貫。彼女は投げ返されたアークチェイサーを真っ直ぐに見据える。特殊な回転などかかっていない、彼女を狙う直球だ。片足立ちで立ち、金棒を振りぬく鬼神。

 「夜猟襲!! デュアルクラッシャー!!!」

 
カキィィィィィィン!!

 「カァァッァァァッァァアァ!!!」

 再び、煉獄剣王に襲い掛かるアークチェイサー。唸りを上げるマシンを彼は再び受け止めるが。最初のクラッシャーストーム+煉獄剣王が投げ返した力+百貫による打撃・・・この合計が生み出す膨大な運動エネルギーさえ、煉獄剣王は逸らしてしまおうとしている。

 だが・・・

 「更にッ!! 連打を!!!」

 「なんですってぇぇぇっ!!!」

 驚愕の声を上げる煉獄剣王。いつの間にかアークチェイサーのシートには鬼神がいた。打ち返すと同時に彼女はアークチェイサーを追走していたのだ。振りかざされる。更に追い討ちをかけようというのだ。

 「WRYYYYYYYYYYYAAAAAAAAッ!!!」

 (あ・・・こりゃ駄目ね)

 
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴ

 百貫を嵐の様に振るい、一気呵成にアークチェイサーを叩きつけていく鬼神。凄まじい威力の連打、16ビートの乱れ打ちに、遂に煉獄剣王のカウンター能力は押し切られる。

 「ガアアアアアアアアッ」

 煉獄剣王はラバーに顔を削られながら、自分の苦痛の叫びを聞いていた。





 「負けたわ・・・」

 かすれた声がそう呟く。煉獄剣王は剣を杖代わりに何とか立っていたが、それをつかむ腕も血管が弾けて血だらけ。胸が抉れて凄惨な様相を呈した内側を覗かせている。彼の上半身は殆ど裂けていると言っても良いだろう。顔面の左半分も、肉も削げて歯と骨がむき出しになり目は潰れてしまっている。人間なら、いや人間をベースとした改造人間なら、即死している様な傷だ。傷の部分は修復を始めているが、余りにダメージが大きいせいか、或いは修復能力がそれほど高くないのか、それほど芳しいものではない。

 「・・・貴方は本気を出していなかったみたいですが」

 鬼神は問う。確かに彼の防御・カウンター技は驚異的だったが、彼自身は積極的な攻撃は繰り出していない。だが、煉獄剣王は歯の隙間から息を漏らすようにして笑いながら頭を左右に振る。

 「馬鹿言っちゃいけないわ。勝負に本気も手加減も無い。ただ、戦いの過程と結果があるだけ」

 (このコはレベルを上げすぎて本来倒せない様なボスキャラ倒しちゃうタイプね・・・)

 心中で独白する煉獄剣王。事実、彼は様子見、力を試す程度の考えだった。しかし、引き際を見誤り、ここまでの痛打を受けてしまったのだ。

 やがて彼は残った右目で鬼神を見つめると催促をする。

 「さ、殺しちゃって頂戴。それが勝利者に与えられた権利であり義務・・・ってか凄く痛いの」

 「・・・ですが・・・」

 鬼神は自らがこの言葉を吐くことを予感していた。やはり、躊躇ってしまう。命を奪うより他に無いと理解はしていても、命を諦めるわけにはいかない、という理性が、理解と拮抗し彼女のうちに葛藤を呼び起こす。

 「・・・ちゃんと敗者の義務を果たさせて頂戴。そうしないと魔王だけに復活してアナタを襲うわよ」

 そんな彼女の迷いを察するかのような魔王の依頼と、少しふざけた様な脅迫。鬼神は拳を強く握ったあと、静かに首を振る。

 「・・・解りました」

 鬼神が、神野江瞬が、「命を諦めたくない」という生き方をしているのと同様に、彼らもまた「戦い美しく散る」という生き方を実行しているのだ。それを否定する事は、或いは命を侮辱することかもしれない・・・彼女は自身にそう、納得させる。

 「我侭を言うようだけど・・・出来れば痛くしないでね」

 手に生じるのは螺旋の渦を描く稲妻の剣。

 「努力します」

 今の煉獄剣王ならば、彼の容貌どおりこの一撃で死ぬことが出来るだろう。

 「じゃ・・・ね。楽しかったわ」

 「御免なさい」

 彼女は、何時も言うように謝る。

 彼女が命を奪う者へ。

 命を奪われる者を愛していたものへ。

 自分自身の内なる決意へ。

 その決意を与えてくれた大切な人へ。

 そして処刑執行の剣を振りかざす。



ドス



 「え・・・」

 冷たい何かが腹を通り抜けていく。

 ドスッドスッ




 続けて二度、冷たい何かが彼女を貫く。

 「あ・・・う・・・なに・・・これ・・・」

 なにが起こったのかまるでわからない。何かが割れる高く澄んだ音色が響く。そして、凍り始めた土の上に落ちる音。
冷たかった筈の腹部は徐々に燃える様な熱を発し、全身から力が抜け落ちていく。それとともに高くなっていく空。

 どさり・・・

 やがて、彼女は倒れ伏す。

 「お嬢ちゃん!!」

 叫ぶ煉獄剣王。それが妙に遠くに聞こえる。

 一瞬何が起こったか判らなかった鬼神だが・・・腹を見た彼女は理解する。突如飛来した黒い槍が、彼女の腹部・・・御鬼宝輪のバックルを砕き、貫いたのだ。

 「あ・・・う・・・」

 鬼神は短く、呻いた後、沈黙する。煉獄剣王の呼びかけに反応を示さない。

 「・・・危ないところだったな。煉獄剣王」

 しゃがれた様な低い声。声の方を振り向けば、其処には白いローブとフードを纏った髑髏面の騎士が立っている。

 「あんた・・・ケルノヌス!! なにしてんのよ・・・あんたは!!」

 「なにを言う。部下の危機を救うのが司令官の役目であろう」

 その髑髏の男・・・死天騎士ケルノヌスは激昂する煉獄剣王に対しあくまで淡々と答える。だが、煉獄剣王はそれに納得できる筈も無く再び叫ぶ。

 「誰もそんなものは頼んでないわ!! 勝手な真似しないで頂戴!!」

 「・・・勝手な真似をしていたのはお前だろう、ヌァザ。この作戦は百鬼戦将に任すと言った筈だ」

 「知ったこっちゃないわよ! アタシは陛下の部下であってアンタの部下じゃないの! 指図なんかしないで頂戴!!」

 「ならば、お前の言うことも私が聞く必要は無かろう」

 「ぐ・・・」

 熱くなっている煉獄剣王は言い返せず言葉に詰まる。その彼に、死天騎士は問う。

 「何故、“正体”を見せなかった。そうすれば容易かったはずだ」

 「独断専行である以上、アレはアタシの戦いよ。アタシがどんな風に力を出そうと勝手じゃない!!」

 やっとそう言い返す煉獄剣王だが死天騎士はあっさりとそれを切り捨ててしまう。

 「エヴィルアーク浮上は陛下が勅令を下された最優先事項だ。それに支障を来す様な行動は例えお前でも許すわけにはいかん」

 「とにかく、アレはアタシの戦いだったの! 個人的な!! それをジャマするなんて・・・あんまりよ!!」

 「命令を無視し、独断専行をした卿はどうこう言える筋合いではあるまい」

 「・・・ケルノヌス、アタシ、あんたは無口な骸骨野郎だけどそのあたりは判ってくれてると思ってたわ」

 ヒステリックな調子で叫んで無駄ならば・・・と、今度は人情に訴える煉獄剣王。

 「騎士道や仁義などより今は任務が優先するのでな」

 だが、それも三秒で即断される。肩を落とす煉獄剣王。その様子に死天騎士は無愛想に問う。

 「・・・何をそんなに気にしている?」

 「納得が出来ないのよ」

 「納得?」

 短いその言葉を鸚鵡返しする死天騎士。煉獄剣王は頷くと続ける。

 「アタシは自分の生き様に誇りを持ってたわ。だけどアンタのやったことは、アタシの誇りを傷付けた。だから納得できないのよ」

 「この世の不条理から生まれた我々に納得など在りはしない・・・ヌァザ」

 「だけど・・・!!」

 短く諭す様に言う死天騎士だが、それでも尚、煉獄剣王は食い下がる。だが、死天騎士の言葉がそれを遮って発される。

 「最早、泣き言を言っている場合では無い」

 「え・・・?」

 「・・・プラン1〜3、全てが失敗した」

 「プラン2は・・・! ダグザのところの奴らはどうしたの? 結構、優勢だったはずよ?」

 プラン1は落天宗内の協力者を焚付けて結界を破壊させる作戦。プラン2はプラン1が失敗した場合の保険。百鬼戦将ダグザが擁する突撃艦隊『紅蓮』の『突撃鬼甲部隊』による再制圧・破壊を行う作戦。プラン3は山頂火口に極秘裏に建造された爆破装置で直接富士山の噴火を誘発、連鎖反応による結界の破壊を狙う作戦だ。煉獄剣王はプラン1と3には余り期待はしていなかったが、プラン2は充分に信頼できる計画だったはずだ。だが・・・

 「騎兵隊が来た」

 答えをそう、告げる死天騎士。

 「騎兵隊・・・?」

 「援軍だよ。陰陽寮の司令官、中々切れるらしい。随分と根回しに立ち回ったようだ。兎に角、行くぞ。最早、時間がない」

 「・・・ったく、仕方ないわね」

 煉獄剣王は釈然としないものを感じながらも・・・今の所は死天騎士に従った。

 (・・・残念だけど、これも運命ね)

 最後に動かなくなった彼女の姿を見て、そう呟いた後、彼は其処を後にした。





 二人の魔王の気配が消える。

 「う・・・く・・・はあ・・・」

 起き上がろうと地面に付いた手に力が入らず、また冷たい大地に横たわる。

 「血が・・・止まらない・・・力が・・・入らない・・・」

 腹部に何か熱いものが入っている。其処から染み出す血液。身体の末端部分から痺れた様な感覚が広がっていく。激しい脱力感。力が漏れ出していくような。手を翳して見る・・・何故か鬼神の腕だが輪郭がぼやけて見える。御鬼宝輪が破壊された所為で、人間の姿に戻れないのだ。

 全身が重く、そして、とても眠い。

 「・・・でも・・・」

 ここで眠るわけにはいかない。

 「私は・・・帰るんですから・・・」

 鬼神は腹に刺さった槍の一本を握り、それを引きずり出す。槍・・・というよりは寧ろ銛。柄に付けられた返しに内臓を削がれ、失神しそうなほどの激痛が走る。

 だが、挫ける訳にはいかない。萎え始めた手を叱咤し、やっと一本を引き抜く。

 「は・・・はあ・・・はあ・・・」

 血がまた染み出してくる。意識が朦朧とするが、彼女は続けて二本目の引き抜きにかかる。

 彼女は未だ倒れるつもりは無い。

 「・・・一緒に・・・京二さんと一緒に・・・!!」

 彼女は、叫びながら、二本目の槍を抜き放った。






 六人の魔王が揃っていた。富士山の第一火口からほぼ正確に2500メートルの位置に、正六角形の頂点に立つようにして。其処は、人間が富士山を中心に張っていた結界の内側。巨大な五角形の内側に、新たに六角形が画かれている。

 『やれやれ・・・結局、こうなるんだね』

 気だるそうな声・・・南に座するのは邪眼導師。

 『・・・ごめんなさいね。甘く見ていたわ』

 それに答える音楽的な響きを持つ女性の声。その隣、南東のポイントに妖麗楽士。

 『我が失策。鍛錬が不足していたようだ』

 低い声。妖麗楽士の対角線上、北西の地点に立つのは百鬼戦将。

 『フフフ・・・だから私のところの信者をつかえばよかったのに』

 北東に立つ霊衣神官があざ笑うように言う。

 『・・・やってらんないわ』

 そしてつまらなそうな様子で南西に立つ煉獄剣王。

 「・・・揃ったようだな。では、儀式を始めよう」

 最後に北に立つ死天騎士がそう呼びかけると、各魔王は各々了解の意を示してくる。

 「では・・・」

 懐から黒い結晶を取り出す死天騎士。それは人界を魔から守る要の石であったが、今は魔を呼び寄せる篝火であり、門を開くための鍵。

 六人はそれを天にかざす。

 「律するものよ、その力を示せ!」

 それは魔界の門を開く儀式。石の内側に仄かな光が灯り、やがて石を中心に周囲の光景が少しずつ、陽炎のように揺らめき、或いはオーロラのように輝き始める。魔王の魔力により、石の持つ地脈の流れを制御する力が撓み、歪み始めているのだ。

 やがて・・・地面と水平の光の筋が、正確に60度角で二条ずつ放射される。その光は空中で他の石が発した光線と交差し、富士の周辺に互い違いに交差した二つの正三角形・・・即ち六芒星(ヘキサグラム)を描き出す。

 
『我らは六大魔王!! 魔帝国に忠誠を誓い、千の千倍、万の万倍の魔軍を統率する者』

 『我らは炎。命を焼き尽くす炎』

 『我らは巌。慈愛を拒絶する巌』

 『我らは嵐。恵みを刈り取る嵐』

 『我らは波。腐敗を浄化する波』

 『我らは光。偽りを切り裂く光』

 『そして我らは闇である。あまねく者に終焉の眠りを齎す闇である』

 『『『魔界において至高なる神ベトニウスよ!! 我らが偉大なる主君、竜魔霊帝よ! 加護を!!』』』


 唱和する魔王たち。

 赤黒い霧の壁が空に立ち上がる。そして・・・

 ゴゴゴゴゴゴ・・・

 大地が、鳴動を始めた。





 ゴゴゴゴゴゴ

 激しい揺れが始まる。富士山を覆うように聳え立った、ヘキサグラムを象る赤黒い霧の壁。

 スクリーンには富士山の刻一刻と変わり行く状況が映し出されている。それが、これまで富士山の周辺地脈を安定させていた結界を遮断しているのだ。

 五芒星・・・黒魔術の悪魔召喚などで悪魔を封じる際に使うことなどから判るようにペンタグラムは“内向きの力”を持つ。対して六芒星は、ホーリーシンボル・魔除けとして利用されることから判る様に外部から侵入してくる魔なる存在を退ける“外向きの力”を持っている。だが、本来“魔除け”として使われるその図形をその名の通り“魔”である魔人が使ってくる・・・というのは皮肉であり、盲点であるといえた。

 「・・・鬼神とアスラは?」

 神崎の問いに、しかし職員は首を振る。あの赤黒い霧の影響か、彼らとの通信もテレパシーも通じない。

 「仕方在りません。陰陽連全戦闘陰陽師、及び調査中の全諜報員に伝達。速やかに離脱せよ・・・と」





 ドオオオオオオオオン

 ・・・爆音が響き、魔界の門が開かれる。

 最初にどす黒い煙が天へと昇り、続いて赤い炎の飛沫が火口付近に飛び散る。そして、頂上から、山全体に走っていく亀裂。

 揺れは激しさを増し、亀裂は更に深くなっていく。出来た溝を沿ってゆっくりと流れ始める溶岩流。

 富士山は、三百年ぶりの目覚め・・・それも本意ではない、強要された目覚めに、遂に至った。

 山が脈動している。内側から競りあがってくる何かに、今にも破裂しそうになっていた。

 彼女の目はその姿を捉える。直径が5キロほどもあるかという、巨大な構造物。恐らくは巨大要塞。そんなものを、地上に出すわけにはいかない。

 そして理解する。何故、噴火ではなく爆発という予測結果だったのか。あんなものが地上に出ようとすれば、間違いなく富士山は内部から崩壊してしまう。

 やがて、滾るマグマの壷から・・・黒い何かが浮上してくる。

 豪奢なデザインを施された宮殿のように見えた。壁も、屋根も、全て漆黒に輝く材質で作られた、その漆黒の宮殿こそはエヴィルアーク。

 魔帝国が地上を侵攻する為の拠点となる移動要塞にして、地上支配の暁には、地上における皇帝の居城となることを予定された空中宮殿。

 炎と、煙と、赤黒い霧を纏いエヴィルアークは、富士・・・日本最大の火山に無数の亀裂を走らせながら、その天守閣を地上に晒す。

 「御免なさい・・・」

 彼女は山神へ謝る。守れなかったことへと。この山に命を根ざす全ての生き物へと。破壊者である彼女が、この破壊を謝罪する。

 彼女は、血とともに流れ落ちていく力を必死に身体の内側に留め、それを解放する。

 「全符術・・・同時発動!」

 髪が赤い稲妻に変わり、壊れた御鬼宝輪が虎狩笛のような音色を立てた。


 「ふむ・・・問題ないようだな」

 エヴィルアークの艦橋でその司令官、死天騎士は呟く。障壁遮断結界の完成後、彼ら魔王たちはこの空中宮殿に移っていた。

 既に全体の一割までが浮上している。超巨大飛行要塞エヴィルアーク・・・エヴィルアーク級戦略型飛行要塞一番艦。全長五kmに及ぶ超弩級空航戦艦だ。魔帝国ノアの地上侵攻作戦の総司令部として建造されており、内部には都市や兵器工場、更に空航(空中航行型)戦艦を最大二十隻まで収容・補修可能な艦船ドッグを持つ。艦体は幾つかのブロックに分けられており、分離しても各々が独立して移動拠点としての機能を果たすようになっている。装甲は積層加工アダマンタイトと超高比熱練成セラミックの十二層構造。次世代型の耐熱艦としての機能も有し、マントル内をマントル対流に左右されず航行が可能。尚、その兵装には地上の技術が多分に盛り込まれている。・・・が、余りに巨大なため、空間転移系の技術で地上に出現させることが出来ず、結果、この様な手の込んだ手段を取らざるを得なかった。だが、浮上さえしてしまえば全地球上を僅か七日間で制圧可能な圧倒的武力が満載されている。

 「・・・みんないないようだけど?」

 傷口を包帯でぐるぐる巻いた煉獄剣王が各人の行方を問う。

 「気ままな奴らだからな。火口でも見に行ったのだろう」

 「ふ〜ん」

 気の無い返事を還す煉獄剣王。

 その時である・・・要塞が突然、激しく揺れる。

 「何事だ!!」

 「エヴィルアークの浮上が停止しました!!」

 「何・・・?!」

 「映像出ます!!」

 「こ・・・これは・・・!!」

 絶句する魔王と艦橋スタッフたち。火口から噴き出す溶岩が巨大な鬼神の姿を象り、エヴィルアークにしがみ付いているのだ。

 「・・・執念だと・・・いうのか?!」

 「・・・」

 戦慄を声に表す死天騎士。やがて、抱きしめられた天守閣部分が折れ曲がり始める。更に・・・

 「障壁遮断結界に異常発生! あの巨大鬼神を中心に結界が消滅していきます!!」

 「攻撃態勢! 目標は巨大鬼神!」

 「了解」

 即座に攻撃指令を下す死天騎士。それに呼応して対空砲火が巨大な鬼神を襲うが、それらを飲み込み膨張する。

 「どうすんのケルノヌス!? このままじゃ要塞、大爆発起こしちゃうわよ?!」

 「く・・・浮上は中止! 既に浮上した部分は破棄する!!」

 「・・・まったく、何てこと」

 「致し方在るまい・・・各員、離脱準備!!」





 爆発が起こる。富士山に、ではない。富士山の上に浮上していた宮殿が、それを抱きしめる巨大鬼神とともに爆発して四散する。

 だが・・・一度目覚めた山の炎は今尚、納まらない。無数に入った亀裂・・・渓谷の底を溶岩が流れていく。

 「しゅーーーーーん!!」

 元宗の声が、溶岩が蠢く音の中に響く。彼はボロボロになった身体を引き摺り、瞬の姿を探していた。彼女を守るために。彼女を生還させるために。

 既に山中は蒸気とガスが立ちこめ見通しはひどく悪い。アスラの力が尽きた今、コウを呼び出して追跡させることも出来ない。捜索は困難を極めた。

 だが遂に、彼は鬼神の姿を見つける。倒れた彼女の身体は噴火の鳴動によって生じた亀裂に今にも落下しそうだった。

 全力で疾走する元宗。今にも折れそうになる脚。だが、そんなことは気にもかけず、元宗は走る。彼女を助けるため。守るため。亀裂が広がり、彼女の身体がその中に落ちかける。

 「瞬・・・っ!!」

 跳躍する元宗。ヘッドスライディングをかけた彼は、間一髪、落ちかけた彼女の腕をつかむことに成功する。

 「ぐ・・・しゅ・・・瞬!」

 「・・・元宗・・・さん」

 呼びかけに答え、朦朧とした意識を取り戻す鬼神。何時もなら容易く支えられる筈の彼女の体重も、今は酷く重い。彼は彼女を叱咤する。

 「しっかりしろ! こんなところで死ぬつもりか!!」

 「うふふ・・・大丈夫ですよ・・・ちょっと・・・疲れたから眠ってただけですから」

 力なく笑う鬼神。そして彼女は問う。

 「・・・それより・・・爆発は・・・」

 「大丈夫だ・・・お前のお陰で防がれた。流石だよお前は」

 「そうですか・・・よかった・・・」

 心底ほっとしたような彼女の声。だが、彼女を支える元宗の手は限界に近い。

 「く・・・瞬、登って来い・・・オレはもう・・・あんまりもたねぇ」

 そう、元宗は呼びかけるが鬼神はそれに首を縦に振らない。代わりにこう告げる。

 「・・・手を離してください・・・元宗さん。このままじゃ・・・あなたも落っこちちゃいます・・・」

 「馬鹿・・・! 何を言ってる? 瞬!!」

 それは、元宗にとって、あまりに考えられないことだった。だが、鬼神は微笑むような声を発して言う。

 「大丈夫ですよ・・・溶岩なんて・・・さっきも力を貸してくれたんですし・・・」

 「ふざけるな!! 瞬! しっかりしろ!!」

 「・・・私は・・・大丈夫・・・死にません」

 そういう彼女だが、到底元宗はそれを認められない。

 「馬鹿いうな!! そんなボロボロで・・・何言ってる!!」

 「もしも帰ってこれなかったら・・・・・・かわりに謝って置いてください」

 だが最早、彼女は元宗の言葉に応えず、そう告げる。それはまるで末期の遺言のようだった。元宗は涙を流しながら訴えるように言う。

 「ふざけるな・・・! 瞬・・・! オレに・・・オレにお前を守らせろ!! オレは・・・お前に言わなきゃならないことがあるんだ・・・!!」

 「・・・元宗さん・・・」

 勢いに飲み込まれたように鬼神は呟く。そして元宗は遂に直接彼女へと告白する。

 「オレは・・・オレはお前のことが好きなんだよ・・・前から・・・ずっと・・・! だから・・・お前に生きてて欲しいんだよ・・・瞬!!」

 「元宗さん」

 驚いた様な鬼神の声。

 「瞬・・・」

 悲痛に響きで答えを待つ元宗。鬼神は、ややあって、答える。

 「御免なさい」

 残酷な言葉を。それは、元宗が彼女を好きだということへの答えであり・・・

 そして、彼女はもう一方の手を、元宗の手へ伸ばす。

 バチッ

 「あうっ・・・」

 彼女が触れた瞬間、元宗の腕に閃光が弾ける。瞬間的な痛みと、一瞬の麻痺。直後、元宗は自らの手が開いていることに気づく。

 電撃・・・鬼神は彼の腕をつかむと見せて、掌に生んだ電撃を押し付けたのだ。

 「しゅ・・・瞬?!」

 伸ばした手は、もう届かない。

 やがて彼女の姿は赤い光を放つ其処へと消えていく。

 「瞬・・・!!」

 呼びかけに答える声も無い。

 「しゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううううん!!!」

 慟哭が山に木霊した。



改めて確認しよう。
仮面ライダー鬼神という物語は喜劇である。
悲しみ嘆く道化の仕草も、滑稽なものなのだから。
だが喜劇にはバッドエンドは似合わない。
不幸なままで終われば、それは悲劇なのだから。





<つづく>



【次回予告】

 新たな鬼神になりなさい・・・

 神崎が告げた命令は京二に瞬の仕事を継がせること。

 だがそれは、京二と元宗の対立の溝をより深いものとする。

 そして何処かへ消える京二。

 一方、方舟の浮上に失敗した魔帝国は、

 落天宗を操り、地上侵攻の脅威となる陰陽寮壊滅を目論む。

 瞬を失ったこと、そして疲弊により士気を落とした元宗たちは成す術がない。

 だが其処に現れる新たな戦士。

 二丁ライフルが撃ち、漆黒の剣が切り刻む。

 次回、第二話「謎の影」を御期待ください。



後書き反省会


アベル:オレしか見えない明日がある♪

九朗:誰にもやれない夢がある♪

九朗・アベル:だけど一人じゃな〜いんだぜ♪何時も傍にお前がいるから〜

九朗:や・・・やっと終わった

アベル:長かったねぇ・・・三ヶ月もかけ腐ってから、まったく。

九朗:今回、この一話につめなきゃならない内容が思いのほか多かった所為ですね・・・ちょっとキャラクターを出しすぎました。味方メインが三人に、その脇が五、六人。敵も第一勢力に六人、第二勢力に四人・・・久々津恵美さんのエピソードとか、当初はもっと短かったのですが、後の絡みの兼ね合いで、あんな風になってしまいました。

アベル:しかし、今回は非難ごうごうだろうねえ。オレは既に知ってたから遂にか・・・やっぱりか、って感じなんだけど。流石に瞬ちゃんを殺したのは不味かったんではないか?

九朗:何を言っているんですか、アベル? 彼女は死んでいませんよ。

アベル:ほ〜う・・・あれで死んでませんでしたってか・・・随分とご都合主義じゃないか。

九朗:いいえ、そうではありません・・・神野江瞬は皆さんの胸の中で永遠に生き続けるのです・・・!!

アベル:キミが死んでしまえ!!

九朗:お・・・落ち着きなさい!! とりあえず、アントニオはしまいましょう、ね!

アベル:ったく・・・不謹慎だなぁ。ビジターの皆さんの逆鱗に触れるよ?

九朗:フフフ・・・不条理が破られたとき、物語にカタルシスが生まれるのです。

アベル:ん〜・・・しかしまあ、今回はゼンと被りまくりだね。文章能力は雲泥の差だけど

九朗:う〜ん・・・そうなんですよね。せっかく、みなさんを、特にここまでの大まかな流れを知っている影月様を驚かそうと仕掛けていたんですが、二番煎じになってしまったのが痛いですね。

アベル:時間かけすぎだよ。それに流れとしてもあんまりにも唐突だし。

九朗:そうですか? タイトルでも「神野江瞬最期の日〜」って謳ってるし、元宗さんも散々「死ぬぞ」って言っていましたけど。

アベル:最期の日?!ッてなったときは普通、全然最期じゃないのがパターンなの!! まったくもう・・・

九朗:何人が見抜いたでしょうねぇ・・・

アベル:知らないよ。そういえば・・・今回は随分とネタが多いねぇ。ギャグ系シリアス系含めて随分とまあ・・・

九朗:これの中盤くらいを書いているとき、ジャスピオンやらギャバンやらメタル系のヒーローを借りてみていましたから影響受けたのでしょう。それから最後にアレを持ってくるわけだからそのインパクトで誤魔化せるかな・・・と。しかしまあ、やっぱり、ジャパンアクションクラブは良い! 京二を演じる俳優さんもきっと、ここの人でしょうね。

アベル:何いってるんだか・・・

九朗:ですが、これで大まかにばらしておかなければならないことはばらしました。

アベル:マリアちゃんとか華凛ちゃんとかは・・・

九朗:一応、マリアちゃんは伏線を張っていましたけど、確かに相模さんと役さんは唐突でしたね。それは今回の反省点なのですが、これ以上書く気力がないので、彼女らの掘り下げは次回以降に。因みに相模さんの名前が「京子」と書いて「けいこ」と読むのは、彼女の由来を表していたりするのですが、勘のいい人ならわかると思います。

アベル:「けいこ」なのはKからだろうけど、「京子」の方はちょっと判らないんだけど・・・

九朗:ではヒントを上げましょう。彼女の強化パーツは「スカイセイル」の他にあと一つ「グランセイル」というのが在ります。

アベル:ああ、なるへそ。

九朗:それからもう一つ判り辛いネタのヒントとして、悪の溜まり場“魔皇子亭”はある言葉のアナグラムになっています。最初は単純にひっくり返しただけにしようかと思ったのですがね。

アベル:だけどまあ、前回に引き続き、元宗君は随分屁たれになってるねぇ・・・速水+橘さんか?

九朗:ここ最近の作に頻繁に登場するヘタレ系のライダーはドードー作品では珍しいですからね。ちょっと挑戦してみようかと。ですが、ま、未だだ!未だ終わらんよ!!・・・って感じです。

アベル:やれやれ・・・

九朗:ではみなさん・・・また長くなるかもしれませんが、次回をお待ち下さい。それから最後に・・・

長い間、応援有難う御座いました。
何時までも瞬たんのことを忘れないで下さい。

アベル:あんた・・・さいてぇ・・・最後の最後までネタばっかり・・・

九朗:ですが私は謝りません! ま、何度も言いますが、勘のいい人ならタイトルに隠された意味が判る筈ですよ。さあ・・・今度は誰を不幸にしてやろうか。クククククク・・・

アベル:君が不幸になりますように・・・

九朗:御機嫌よう!!


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