第五話
(アスラ編第二幕)
「魁、殿」



 「諦めるな・・・ですか」

 嘲る様な呟きが夜空に響く。中空に浮かぶ幽鬼のような白い影。それの頭部から伸びる十本の触手の一つが伸び、道源・・・いや、ナイトメアバグの胸を貫いていた。咄嗟に魔人に姿を変え、ダメージを幾分なりとも緩和したようだが・・・

 「私も・・・諦めないその姿勢にこそ、美しさがある・・・と思うんです」

 触手が引き抜かれ、血が噴き出す。木枯しは即座に駆け寄り容態を確かめる。辛うじて、或いは故意だろうか、心臓は貫かれておらず未だ息は在ったが、この失血量では死に到るのも時間の問題だろう。ナイトメアバグは意識を失い再び道源の姿に戻る。

 「醜くとも、足掻き続ければ・・・きっと何か、輝くような美しい何かが・・・手に入るかもしれませんものね・・・」

 木枯しは止血作用のある秘伝の薬草を取り出すと傷口の周囲に貼り付け、更に応急用の治療パックを開いて包帯を取り出し手際よく巻いていく。だが、肺を貫通する様な傷である。応急処置程度ではどうにも成る訳ではない。

 「でも・・・きっとそれは誰もが耐えられないから・・・希少だから・・・美しいと感じるのかもしれない」

 「リン・・・違う、レイスクラーケン!!」

 その名の通り、幽霊の様でも、烏賊の化物のようでもある女魔人に向けて怒気の篭った声を上げる木枯し。レイスクラーケンはそれを見て、上品に、しかし嘲るように笑う。

 「どうしたの、マリア・・・そんなに怒ったりして。神野江さんの真似みたいなことしてたけど・・・もしかして、そのことで怒ってるの?」

 「いちいち台詞臭いことを! わかってることをわざわざ聞くなッ!」

 「フフフ・・・ほら、よく言うじゃない。裏切り者には死・・・って。だから、それは貴女の仕事でもあったのよ・・・? 手間を減らしてあげたんだから、恨み言なんかより、感謝をして頂戴な」

 確かに道源は人間側から見ても、魔帝国側から見ても離反者であることに違いない。幾多の神職者を自殺に追いやった所業は、決して許すわけには行かない。だが、木枯しはそれを理解しながらも、抗弁する。

 「この人は、これから償いをしなきゃならないのよ・・・それなのに!」

 「フフ、顔に似合わず残酷なのは、相変わらずね」

 しかしレイスクラーケンは木枯しのその言葉を笑い飛ばし、そして問う。

 「・・・あんな責め苦を味合わせておいて、未だ彼を責めようと言うの、マリア? これ以上、苦しむくらいなら、いっそ死んでしまったほうが楽だと思うわ。誰もが、絶望に耐えられるわけではないのだから・・・」

 「なっ・・・」

 そうやって、自らの力に絶望し、闇に力を求めたかつての同僚の言葉に木枯しは絶句しかける。忘れていた訳でも、知らない訳ではない。屈服と絶望を拒絶するあの軽薄な考古学者の様なスタンスを、誰もが貫けるわけではないのだ。心の弱い者にそれを強要する事は逆に傷付けることにも繋がる。

 だが、それでも彼女は・・・

 「わたしは・・・わたしのやるべきことを、やるだけよ」

 右手に刀を、左手に木の葉を構え、抵抗の意思を示す。例え、死に等しい罪を背負ったものでも、相手に最早戦う力が無いのならば、それを裁くのは彼女の務めではない。彼女は決意と共に決然と言う。

 「この人は許せない。だから、わたしは助けてみせる、絶対に・・・!」

 「駄目よ・・・彼も大切な、捧げものなんですから・・・」

 「?!」

 柔和な、しかし冷たい口調で木枯しを否定しながら、レイスクラーケンは掌を彼女に向ける。そして・・・

 「一之将、徴明。三之将、従魁。七之将、太一・・・逃がさないで」

 強烈な光が掌より放たれ、一瞬目が眩む。再び視界に色が戻ってきたとき、三体の生物が木枯しを取り囲む様に現れている。一体は三叉の槍を持った屈強な体躯を青白く染めた角を持つ大男。一体は大型の蛇程度の体格しかない、龍というには余りに小柄な龍。最後の一体は赤い衣を全身にまとう優男。何れも木枯しは見覚えがあった。奈津が使う巫式剣の十二神将とは対の存在、十二月将を式鬼として呼び出し使役する秘術だ。だが・・・

 「凄いでしょう・・・? あれから更に頑張って、同時に三体まで呼び出せるようになったの・・・」

 「・・・っ!」

 計算外、という奴である。十二月将の各能力は、当然かつて同僚だった木枯しの知るところでも有り、そのためレイスクラーケン一体と月将一体ならば逃げ得る公算もあった。だが複数体同時に出現させる、というのは彼女にとって完全な誤算。この状態では道源や元宗がいなくとも逃げ果せるのは難しい。

 「く・・・!」

 それでも、と木の葉を撒こうとする木枯し。だが、その手は素早く巻きついた龍・・・従魁によってとめられる。更に振り下ろされる徴明の槍が彼女の体を弾き、太一の赤い衣に突っ込ませる。その瞬間、太一の赤い衣に触れた部位から炎が吹き上がり、彼女を焼く。

 「あああああああっ!!!」

 「フフ・・・」

 更に、何時の間にか目の前に接近したレイスクラーケンの張り手打ちが、木枯しを雪の上に転がす。ナイトメアバグとの戦いで既に大きなダメージを負っていた彼女は、最早それだけで立ち上がる力を失う。

 「く・・・うう・・・」

 「・・・邪魔者もいなくなったことですし・・・猊下」

 触手で木枯しを絡め取りながらレイスクラーケンが虚空に向けて言う。すると・・・

 「任せて頂戴」

 虚空から声が響き、急に周囲の影が深くなる。やがて影はまるで吸い取られるように上空の一点に収束して行き、遂には物理的衝撃・・・即ち強烈な突風を起こしながら水風船のように破裂する。そしてその中から現れるのは、些か派手な巫女を思わせる姿をした若い女。だが、その目には僅かほどの光さえ入っておらず、視覚化された悪霊のようなものがケープのように彼女の上半身を覆っている。

 ゆっくりと降りてくる巫女。レイスクラーケンは木枯しを捉えたままの姿で膝を突きかしこまる。

 「および立てした無礼お許しを」

 「相変わらず根暗っぽいわね、レイス」

 「いえ・・・猊下のお力添えもあり・・・」

 「あら、マリアちゃん未だ生きてるのね」

 口上を上げるレイスクラーケンだが、巫女はそれを一切聞かず、問いによって完全に中断する。それに対して慌てた様に答えるレイスクラーケン。

 「はい・・・これから起こる事を見せ、絶望のうちに殺そうかと・・・」

 「面白そうね・・・でも、注意なさいよ。そういう余興って、大抵が敗因になるんだから。なにかあった時の責任はあなたが取ってね」

 「肝に・・・命じます」

 そう答えるレイスクラーケンに目もくれず、巫女は木枯しに近付き、その頬をつんつんと突く。

 「あ・・・あなたは」

 「あなたとは始めまして、になるわね、私は霊衣神官。魔帝国六大魔王の一人。短い付き合いだと思うけど、宜しく」

 締められ、殆ど動かない手をつかみ握手をすると妖艶に微笑む霊衣神官。そして、霊衣神官は元宗に眼を向ける。

 「フフ・・・いい具合に熟したみたいね」

 そう言って、霊衣神官が宙に円を描くとその内側が複雑な幾何学文様からなる魔方陣に変化する。直後、其処から伸びる無数の漆黒の腕。

 「“骸星の魔手”」

 「元宗さん!!」

 木枯しが叫ぶとほぼ同時に、腕は元宗の体内に潜り込む。だが、血は噴き出さず、まるで水面のように元宗の体には波紋を刻んでいる。やがて・・・

 
カアアアアアアッ

 「!!」

 腕が引き抜かれる。それと同時に、元宗の胸の中から取り出される球体。それは眩い光を発し、辺りを昼のような明るさに変える。

 「そ・・・それは・・・魂?!」

 「惜しい! けど違うわ・・・これは太陽。“一つの太陽”」

 「太陽・・・?!」

 霊衣神官は輝く球体を、まるで宝石の様にうっとりと見つめながら言う。

 「心の中で最も重要な部分・・・生きてる理由(わけ)。分かり易く言えば愛するもの・・・自分を捨てても守ろうという思い。それがこの、“一つの太陽”」

 「な・・・」

 「人は誰でもこの“一つの太陽”を持っている。だから、この辛く冷たく苦しい世界で、燃える魂を持ち続けられる。だから知性を輝かせ、困難に打ち克つことが出来る。だから・・・吹き飛ばせる。人生という道程に立ち込める闇を・・・!」

 まるで歌う様に言った霊衣神官は、“一つの太陽”から木枯しの方へ視線を向けると、ふと何かを気づいたような顔をする。

 「よく見れば貴女も良く熟した“太陽”を実らせてるみたいね・・・折角だから、頂きましょうか」

 「エ・・・任せると・・・」

 「心配しなくても大丈夫よ、小狐ちゃん」

 あっさりと木枯しの処遇を翻した霊衣神官に驚きを隠せないレイスクラーケンだが、霊衣神官は完全に彼女の存在を無視し、木枯しに言葉をかけ続ける。

 「う・・・く・・・」

 抵抗しようとも、もがく事さえ出来ず呻き声を上げることしか出来ない木枯し。彼女に霊衣神官はサディスティックな微笑を向けながら言う。

 「ナイトメアバグに与えた術は、彼にも使いこなせる様に組み直したから悪夢を見せるというワンステップが必要だったけど、私が使うオリジナルは痛みも苦しみも無く、一瞬で抜き取れるから・・・気づいたときは、貴女は既に死んでいるわ」

 そう言って魔力を集中させた指先を宙に舞わせる。そして、まさに円が完成しようとしたその時・・・

 「教えて・・・」

 木枯しの口から吐かれた懇願の言葉に霊衣神官は術の行使を止める。

 「なんで・・・こんなことを・・・?」

 「・・・冥途のお土産って奴かしら?」

 「猊下・・・!」

 止めを刺すのならば、早く・・・と急かすレイスクラーケンを、霊衣神官は当然のように無視し、楽しそうに頷く。

 「じゃあ、こんなのはどうかしら? この間、ヌァザから貰ったんだけど」

 すぅっ

 何処からとも無く現れる紙袋。霊衣神官は其処から紺色の地に白を帯びた何かを引っ張りだす。

 「今の貴女のイメージじゃないけど、きちんとコーディネイトすればきっと似合うと思うわ。ほら、フリルとかエプロンとか可愛いでしょ?」

 そう言って霊衣神官が取り出したものを見て、言葉を失いかける木枯しと突っ伏すレイスクラーケン。だが、木枯しは意識を失いかけるより早く、湧き上がった使命感に突き動かされるように叫ぶ。

 「それは・・・冥途の土産じゃなくって、メイドの土産!!」

 そう、霊衣神官が出したそれは紺色地のワンピースにフリルの付いた白いエプロンがセットになった、所謂、侍女と呼ばれる者達が身に纏う、一部地域や一部社会では殆ど民族衣装と化した服装だった。

 「しょ・・・しょうもない・・・ぎゃぐを・・・かまさないでください・・・猊下」

 「・・・フフフ、ちょっとベトニウス神からお告げがあったのよ」

 ピクピクと痙攣するレイスクラーケンに始めて視線を向けながら、何故か勝ち誇ったように言う霊衣神官。木枯しはそんな彼女に冷たい視線を送る。

 「解ってるわよ、冥途のお土産のほうでしょう?」

 メイド服を綺麗に畳んで袋にいれ、木枯しの腕に袋の持ち手を掛けながら、彼女の本当の要望に応え始める霊衣神官。

 「・・・貴女は。もうブラッディリゾートで三倍の力を手に入れた魔人や、魔物と戦ったことがあるでしょう? あれね、実は三倍になってるんじゃなくって、平時が三分の一にパワーダウンしているから、それが元に戻っているだけなの」

 「どうして・・・パワーダウンを?」

 「大気中の魔素・・・簡単に言えば、私たち魔の国の住人が生きて行く為に必要な特殊なエネルギー物質。それが地上は薄いのよ。だから、私たち魔の国の住人は地上では充分な活力を得られず、三分の一・・・爵位とか役職を持つような上級の魔人や私たち魔王に至っては更にそれより低い値の力しか発揮できないの。私たち魔王が、貴方達人間の姿をしているのはその為。本性を現したままだと急激に消耗しちゃうのよ」

 「要するに陸に上がった鯨か・・・」

 木枯しが言うと、嬉しそうに頷く霊衣神官。

 「フフ、そんなところかしら。まあ、三分の一でも普通の人間相手だったら何の問題もないんだけど、やっぱり貴女みたいな改造人間や大規模な軍隊相手だと苦戦しちゃうし、殉教しちゃうことも多いのよ。三十年位前に地上に出たデルザーの人たちは、大首領って人に貰った機械か何かで全力で戦えたらしいんだけど、結局彼ら全滅しちゃって技術も途絶えちゃったから、代わりに何を使うか・・・ってなったとき、皇帝陛下が考案されたのが、ブラッディリゾートだったの」

 「竜魔霊帝・・・」

 「そ・・・このブラッディリゾートはね、種を明かしてしまえば一種の光学幻影なの」

 光学幻影とは、要するに光などを利用し空間上に幻を投影するタイプの幻術だ。他にも対象の脳や知覚器官に電気信号や薬品・呪詛効果などで働きかける知覚幻影、精神に直接効果を及ぼす想念幻影などがあり、木枯しが行う影分身などは光学幻影、ナイトメアバグが見せた悪夢などは想念幻影に分類される。

 「そして貴方達の目には赤と黒の霧にみえるもの、あれね・・・実は二進法の信号で描かれた、図形自体が力を持っている・・・いわゆる魔術式なの。それも魔方陣や通常の数式、呪文なんかより遥かに膨大な情報量を持った、ね。貴女にはもう説明の必要は無いと思うけど、結論を言えば、この膨大な情報量を持つ魔術式で限定空間を組み替え、魔の国と同じ性質を持った空間であるブラッディリゾートを作り出し、全力で戦うために必要な魔素を確保しているのよ」

 其処まで言って、ふうと息を吐く霊衣神官。サッとレイスクラーケンが出すコップの水を飲み干すと、仕切りなおして言う。

 「さて、此処まではいいんだけど、問題はこれから。テスト段階では充分な効果を上げたこのブラッディリゾートなんだけど、実用の段階で大きな問題点が発生したの」

 「問題点・・・?」

 「フフ、しっかり覚えておきなさいよ。もし、私たちがミスったりしたら、反撃の糸口になるかもしれないんだから」

 「猊下・・・!」

 「はいはい・・・」

 咎める様なレイスクラーケンに、本当に嫌そうな顔をする霊衣神官。

 「で、続きね。問題点、それはね・・・貴方達の対抗手段とエネルギー問題」

 「対抗・・・私たちが・・・?」

 「忘れた? 其処の仮面ライダーアスラが法術でブラッディリゾートを破ったことを。勿論、並みの力じゃ破れないんだけど、若しも退魔法師のみなさんが力を合わせたら・・・不味いでしょう?」

 マリアは最早、霊衣神官の言葉の途中で気づいていた。

 「それが・・・元宗さんを狙い、道源さんを操った理由・・・?!」

 「そ・・・そして彼らを獲物にすることは、同時にエネルギー問題の解決にもなったの」

 「どういうこと・・・?」

 「ブラッディリゾートは、発生させる為にもすっごく沢山のエネルギーが要るのよ。今、本国のほうでは主に生贄って形で供給してくれてるんだけど、この間、莫大な特別予算かけて造った要塞がポシャっちゃったでしょ? だから、世論の風当たりが強くなってきて、これ以上無理に調達したら暴動が起きそうな勢いなのよ。こちらの人間じゃ生贄にしても得られるエネルギーは高が知れてるし・・・でもね、そこで目に付けたのが“一つの太陽”なの。この命より大切な思い・・・というのは生贄なんか比べ物にならない高出力高純度の代替エネルギーを無尽蔵に生み出してくれたの」

 再び、元宗の“一つの太陽”に目をやりにやにやと笑う霊衣神官。その光の弾に、ぎゅっと深く指を差し込むと、鬼哭にも似た絶叫が辺りに響く。

 「元宗さん・・・!」

 「で、ね・・・宗教家というのは大抵、信仰と言う、自分の命なんかより大切なものを持ってるでしょう? だから彼らに狙いを定め、“一つの太陽”を奪っていけば、邪魔者も殺せてエネルギーも調達できて・・・ほら、一石二鳥でしょ? というか、アスラくんも来たから三鳥かしら・・・フフフフ」

 「そんな・・・」

 愕然と呟く木枯し。

 「そんなもののために・・・」

 やがて言葉に怒気が篭る。そして、それは一気に咆哮と言う形で爆発する。

 「あんた一体ッ・・・! 人の命をなんだと思っているッ!!」

 「大切なものだと・・・思っているわ」

 「!!」

 「私も宗教家ですもの・・・愛くらい説くわ。それに、大切なものだからこそ、優れた価値を見出すんじゃない・・・」

 人の皮を被った悪魔、という表現があるが、このときの霊衣神官は正しくそのものであった。ゾッとするような冷たい笑みを浮かべ、彼女は告げる。

 「さ・・・少しお喋りが過ぎたようだし、レイスに怒られない内に仕上げましょうか」

 「く・・・うう・・・」

 三度円を描き始める霊衣神官。この円が完成したとき、彼女の中から、大切だった何かが消え去り、命を燃やす気力を失う。

 「やだよ・・・」

 木枯しのアイマスクの下から涙が頬に筋を引く。

 「未だ死にたくない・・・」

 だが彼女はなきながらも、殆ど残されていない力を振り絞り、抵抗を試みる。

 「フフ・・・健気で可愛い・・・。死んだ後はリビングデッドに改造して傍に置いておくのも良いかもしれないわね」

 間も無く円が完成する。脳裏に大切な人たちの顔が浮かび、木枯しは彼女らに助けを求めそうになるが、必死に堪える。

 「“骸星の魔手”」

 「畜生・・・畜生・・・畜生・・・!!」

 「・・・アデュー、マリア。そして、よろしく」

 円が完成する。湧き出す黒い腕が伸びて、木枯しに向かって伸びる。最早、逃れる手段は無い。なら・・・どうせ死ぬなら・・・

 「!!」

 驚愕の表情を浮かべるレイスクラーケン。木枯しの体が俄かに発熱と発光を始めたからだ。霊力を収束・増幅し更に暴走させ莫大な熱量に代えて放出する・・・即ち彼女は自爆しようとしているのだ。

 「あらあら大変ね、レイス。でも離しちゃ駄目よ」

 「猊下・・・!」

 腕が伸び、迫る。この腕が、胸の奥より太陽を取り出すと同時に、霊力は暴走し自爆が始まるだろう。

 「マリア・・・やめなさい・・・!」

 「・・・こんなことになっちゃったけどさ、あっちじゃ仲良くやろうよ・・・」

 「マリア!!」

 腕が、木枯しの胸に触れる・・・しかしその寸前、

 「未来ある少女を失うことは、世界で最も大きな損失である!」

 高らかに響く、何処かで聞いたことのある声。そして、それと同時に・・・

 
「護れ! 我が力! 輝精(シャイニングフォース)!!」

 木枯しの眼前に現れた鏡のような二つの円盤が、眩い光を放射し、迫り狂っていた闇の腕を散らす。

 「な・・・!!」

 驚く一同を前に、何処からとも無くガンメタリックの影が降り立っていた。







 闇。暗闇。光の差さない其処は一面の暗黒。凍て付く様に寒いのに、尚も冷え切っていく。

 何も見えず、何も聞こえない。いや、何も見ようとせず、何も聞こうとしていないだけだ。

 今まで、その中央に燃えていた光が急に失われた時、彼の中から全ての気力は枯れ果てた。

 あの光はなんだったか。そう、黒い髪の、綺麗な女だ。彼女の残像が瞼の裏に残っている。

 そう。あれは愛した女性。初めて見たその日から命を賭けて守ろうと誓った、唯一人の女。

 だが、彼女はあの日、彼の見ている前で死んだ。いや、彼が死なせた。守ると誓ったのに。

 逆に守られたのだ。無様に、哀れに敗北し、かつての決意を試されたとき、守られたのだ。

 彼女は思いを拒絶し、そして彼はその拒絶を理由に自らの決意を貫くことが出来なかった。




 そうだ。

 彼は理解する。自分は、既に失っていたのだ。もう随分前に、生きる意味を失っていたのだ。

 あの時から今日まで輝いていた太陽など、ただの燃え滓に過ぎなかったのだ。

 ならば何故、自分は生きてきたのだろう。意味など。理由など、もう何処にも無いのに。

 復讐、復讐心、だったろうか。今まで自分の心に火を灯していたものは。

 そんなもの果たしても、戻ってくるわけはないのに? 意味など無いのに?

 それとも使命感。自らのもう一つの名前、愛する者のもう一つの名前、それに込められた思いに応える為?

 だが、愛するもの一人守れぬ自分に、一体何が守れるというのか。

 今までは、戦うしかないから戦ってきた。

 疑問を抱いても答えなど出ないから、戦いにすがり、自分の生きる意味から目をそらしてきた。

 だが、一つだけわかったことがある。

 オレは疲れたのだ。

 もう疲れたのだ。

 だから、もう止めよう。

 生きる意味を失って、どうして生きていけるというのだ。

 「たんに、勝てニャいから言い訳つけて逃げてるだけだニャ」

 もう・・・いい






 青い大きな目と、クロスを描く胸。V字を描くアンテナを頭部に付けた装甲服の男が雪の上に降り立つ。そして、彼は胸の前でX字を切って咆哮する。

 
「俺は時空海賊・・・シルエッ! エェェックス!!

 不意に現れた時空海賊の名乗りに、霊衣神官は苦笑する。

 「話は聞いてたけど・・・まさか、こんなふざけたご都合主義者だとわね」

 「フ・・・ご都合主義笑止! 貴様の謀が我が手によって打ち砕かれるのは運命、いや摂理だ!」

 「なんですって・・・?」

 時空海賊の不遜な物言いに、不愉快そうに表情をゆがめる霊衣神官。シルエットXはざく、ざくと音を鳴らしながらゆっくり歩いていき、やがてレイスクラーケンを背に霊衣神官の前に立つと続けて言う。

 「今日、この場に立った時、既に貴様が敗北していたことを知るが良い!」

 カッ、と音さえ鳴りそうな凄まじい指差しと共に、そう尊大な口調で言う。

 「ウフ・・・」

 笑うのは、レイスクラーケン。

 「・・・未だ、マリアは私の腕の中にありますのよ・・・」

 既に自爆のときを、蓄えた霊力を萎ませていく木枯しを掲げながら、勝ち誇って言うレイスクラーケン。だが・・・

 パチィィィィィン

 高らかに弾かれる指の音。それと同時に、シルエットXは叫ぶ。

 「仕事の時間だ、エミー!!」

 
『アイ・サー!』

 鋭い返事の声と共に、周囲から湧き出るように現れる影。それは何れも緑色の戦闘服をまとった同じ姿をしている。海賊風の姿をした・・・胸に脹らみの有るボディラインから女性とわかる姿をしたものたち。何れも長い布で顔を覆っており表情は読み取れない。

 予想しなかった事態に、狼狽するレイスクラーケン。そして、狼狽は大きな隙を生む。

 「きゃあああああああああっ!!」

 木枯しを捕縛する触手の全てが、突如何者かによって輪切りにされる。それと共に噴き出す絶叫と体液。それが木枯しを襲うより早く、彼女の体は女海賊に抱きとめられ、雪の上に下ろされる。三対の月将も何処からかの砲撃、射撃により爆散する。

 「あなたは・・・」

 「黙っていろ。傷に障る」

 ぶっきら棒に言う、女海賊。その物言いを、木枯しは何処かで聞いたことがあった。

 霊衣神官は、境内を埋め尽くした女海賊たちを見回して、また苦笑を浮かべる。

 「まあ、貴方達が戦闘員を使っちゃ駄目だって決まりは、ないものね」

 「彼女は同志。雑魚ではない」

 「そう・・・彼女、ね」

 含みの有る表情を作って、それから霊衣神官は職種の大半を失い、その痛みに頭を押えるレイスクラーケンを侮蔑に似た表情で見下ろしながら言う。

 「・・・レイス、貴女はもう帰りなさい」

 「し・・・しかし・・・」

 何とか踏み止まろうとするレイスクラーケン。だが・・・

 「・・・これ以上、痛い思い、したくないでしょ?」

 「は・・・はい」

 無機質な霊衣神官の微笑みに気圧され、彼女はハイパーステルスを作動させると虚空に消える。

 「・・・キャプテン」

 「追わなくて良い」

 レイスクラーケンの消えた方向に視線をやる女海賊に、短く指示を出すシルエットX。その言葉とともに、エミーと呼ばれた女海賊たちの殆どは視線を霊衣神官に向ける。残りの数名は木枯し、元宗、道源の救護に当っている。

 「さて・・・貴方が何処の誰かは知らないけれど、誰もがみんな知っているように、こう言う時にジャマをして欲しくは無いわね」

 霊衣神官の周囲を巡る悪霊が更にその濃さを増す。

 「邪魔する奴は倒していくのが貴様たちの流儀だろう、霊衣神官ダーナ」

 シルエットXは女海賊の一人から受け取ったアタッシュケースを雪上に置き、蓋を開く。

 「歩み寄れるなら其れに越したことは無いと思うけれど」

 霊衣神官は虚空から現れた、禍々しい装飾の施されたワンドを手に握る。

 「そうだな」

 シルエットXはアタッシュケースから「聖煉(デスクリムゾン)」と「雷撃(サンダーストライク)」を取り出し歪な二挺拳銃を構える。

 そして―――

 バチィッ!

 火蓋は、両者の間に生じた電光によって切られる。ワンドの先から放たれた魔力弾(エナジーボルト)と「雷撃」から放たれた電磁徹甲弾が空中衝突して弾けたのだ。それと同時に、女海賊エミーたちがダガーや新月刀(シミター)といった如何にも海賊的な武器を手に霊衣神官に襲い掛かる。

 輝く無数の刃。霊衣神官はちらりとそれを一瞥する。

 「・・・貴方達に、私を倒せると思って?」

 撃ち込まれる刃の雨。しかし其れは、霊衣神官に到達せず、虚空で停止している。見れば、浮かび上がった亡霊の数体が歯で噛み受け止めている。固定される女海賊たち。霊衣神官は辺りにぶら下がる女海賊など無視してワンドを振る。すると先端から風を切る音が亡者の叫びの様に鳴り、黒い光の粒子のようなものが舞い散る。暗黒魔法を発動させようとしていたのだ。

 バシィッ

 だが、女海賊の間を縫う様に撃ち出された弾丸は、ワンドを霊衣神官の腕から弾く。

 「あら」

 「頂く!」

 素早く回り込みワンドをキャッチする女海賊の一人。それと同時に、切りかかり亡霊の群れに足止めされていた女海賊たちも武器を手放し、素早く後退する。それと同時に、霊衣神官に向けられる「聖煉」の砲口。火線が迸り、爆発が起こる。

 
ドゴオッ!

 爆音と閃光。だが、それも亡霊の群れが壁となり霊衣神官を傷つけることは無い。

 「・・・少し眩しいわね」

 怪しげに舞う霊衣神官の指が、空中に複雑な紋様を描く。

 「闇、堕ちて空、腐る」

 詠唱される呪文。その完成と共に、霊衣神官の指はワンドを持つ女海賊に向けられる。危機を感知したのか、咄嗟に手放し離脱しようとするが、それよりも早く見えざる何か、魔力が線となって指先から迸り、蝙蝠を思わせるワンドの装飾が錆色の光条を数本放つ―――

 「・・・“堕天使の臓腑”」

 「ッ・・・!」

 光が当った場所が歪み、捻れ、腐りながら崩れていく。至近距離の女海賊は無論、周囲に居たものも、雪も、土も、寺院の建材も。空気さえ澱ませながら、全てを分解し、残ったワンドは高速で回転しながら霊衣神官の手元に戻る。

 「無ければ困るというものじゃ、ないのだけど」

 そう言って振りぬくと、紫色の電光が矢となって先端から放たれ再び襲撃を駆けてきた女海賊に撃ち込まれ、炸裂する。右肩口に受けた一撃に、腕は千切れ一瞬で燃え上がって灰になるが、本体は平然と立ち上がり血さえ流れ落ちない。そればかりか、其処からライフルを生やし再び攻撃を仕掛ける。

 「・・・随分と頑丈なのね。何で出来てるのかしら?」

 「企業秘密だ」

 霊衣神官の軽口に短く応対する女海賊。他の女海賊たちも武器を時代がかった装飾の施された拳銃に持ち替え、更にシルエットXの二挺拳銃も加わり、時空海賊軍団の一斉射撃が始まる。響くシルエットXの高笑い。

 「フハハハハハッ!! これだけの砲火、耐えられるか?!」

 雷鳴を幾つも連ねた様な爆音が連続し、生じた巨大熱量が一瞬で霊衣神官の周囲の雪を蒸発させる真紅の火球を形成する。だが・・・

 「まだまだ・・・地獄の業火には程遠いわ」

 蠢く亡霊の量を更に濃く増しながら、炎を突き破り霊衣神官は平然と前へ進み出る。彼女は徐にしゃがみ込むと雪上に掌を付く。それと共に波紋のように広がる紫色の光が、無数の魔方陣を描いていく。そして・・・

 「“沸き立つもの”よ・・・御出でなさい」

 魔方陣の光の中に浮かび上がる闇の色のみで構成された、人影の群れ。彼らは断末魔に似た呻きを漏らしながら這うようにゆっくりと、雪と土を蝕みながら進んでいく。進路上の物体を食い散らしながら進む悪霊・・・速度は遅いが、その数は女海賊を上回り、人海によって彼女らの動きを妨げようとする。

 「反呪詛弾、装填!」

 シルエットXの号令と同時に銃のカートリッジを取り替えた女海賊たちの射撃は悪霊を一気に掃討していく。しかし、それこそが霊衣神官の目論見。ワンドが振り下ろされ、其処に収束した魔力が解放されると、シルエットXの背後の影が急激に膨れ上がる。

 「“魔神の手”」

 闇が空間を引き裂き、現れる黒い腕。振り返るシルエットXだが悪霊掃討に気を取られていた彼は、即座の対応が出来ない。だが、まるで反射的に飛んだ女海賊数体が彼の前に壁になる。闇から成る豪腕は、人の胴ほどある指で女海賊たちを掴むと、一瞬で握りつぶす。

 「キャ・・・プ・・・テン!!」

 「エミー、悪い!!」

 ドゴン!

 砕け散る女海賊の体。それが飛散するより早く、撃ち込まれた「聖煉」の迫撃弾が黒い腕ごと炎に変える。

 「これじゃ、攻撃できないわね・・・なら、やっぱり此処は、“宵闇の婚礼衣装”を」

 ふわりと右手を振るうと、薄いベールのような闇色の魔力が辺りに広がり、それは土と雪に宿っていく。やがて其処から無数の腕が生え、死人を思わせる人型が這い出してくる。殉教者の土(マーターマド)、殉教者の雪(マータースノウ)だ。

 「チッ、婚礼衣装は死に装束、というわけか」

 「解っているわね」

 ぶつかり合う女海賊と殉教者の土と雪。速度、攻撃能力では女海賊たちに分があるが、量では殉教者たちが倍以上に勝る。即座に各個撃破を狙うため戦力を集中させる女海賊たちだが、否応無く足止めされる。

 「一対一か。流石に簡単にはいかんか」

 「正義の味方が楽しちゃ駄目よ・・・“死出の鏑矢”!」

 笑いながらワンドを振ってくる霊衣神官。彼女の影から打ち出された暗黒魔力の弾丸を装甲に受けながら、シルエットXは電磁徹甲弾とグレネード弾を連射した。







 「ん・・・」

 肌に感じる雪の感触。目の前にはまるで星空の様な雪。

 朦朧とした意識。けだるい感覚。だがそれは、即座に消え去る。

 「元宗さん!!」

 跳ね起きるマリア。彼女はごく僅かな時間、意識を失っていたことを認識する。

 同時に、記憶中枢も完全に覚醒し意識を失う直前の状況が脳裏に鮮明に蘇る。

 元宗、道源は・・・? その疑問の答えは彼女の直ぐ目の前に提示されていた。女海賊、確かエミーといっただろうか。ただ、彼女は他のものと異なり、赤い戦闘服に身を包んでいる。彼女の掌に溢れた仄かに輝く水が滴となって道源の胸に零れ落ちると、既に先ほどに比べ何分の一にも小さくなっていた傷が完全に消え去る。そして、後を確認するように傷跡や心臓、手首に手を触れ、そしてやっと女海賊はマリアに視線を向ける。

 「目覚めたか。何処か調子が悪いところは無いか?」

 「う・・・うん」

 「そうか」

 明らかに女性の声だが、喋り方はぶっきらぼうで何処と無く男っぽい。その口調に既視感を覚えるマリア。問いが喉下まで昇ってくる。だが、それは口から言葉となって出る前に、女海賊の言葉に遮られる。

 「此方の退魔法師は心配ない・・・後は体力の問題」

 「そっか・・・良かった」

 そう、胸を撫で下ろしかけるマリアだが、女海賊が冷静に告げる事実はその暇を与えない。

 「しかし、本韻元宗の方は些か事態が深刻だ」

 「元宗さんは・・・」

 女海賊はマリアの言葉に答える様に指し示す。同じように雪の上に寝かされた元宗の姿は、マリアに深刻の度合いが如何に深いかを教える。彼の体には何かの機器から伸びる無数のケーブルやチューブが繋がれ、宛ら集中治療の様相を呈していた。

 「元宗さん・・・」

 青ざめるマリアに女海賊は静かな声で言う。

 「今のところ心配ない。薬を使って眠らせている。目覚めても、神経パルスも遮断しているから突発的に自殺を図ることはない。だが、生きる気力そのものを失っているからな・・・放って置けば、やがて衰弱して死に至るだろう」

 女海賊が告げた、絶望的とも言える事実に愕然とするマリア。

 「そんな・・・どうすれば」

 「手段が無いでもない」

 「え・・・?」

 だが、女海賊は意外な言葉を発し、元宗の脇に有る機械の一つから何か細長いものを引き出す。

 「これを使う」

 そう言って取り出したのは、真っ白い紙を蛇腹状に折り畳み片方をテープで縛って扇状にしたもの・・・要するにハリセンだ。

 「なに・・・これ?」

 「こんなこともあろうかとキャプテンが用意した直接接触型精神共感高揚装置だ。原理云々は省くが・・・要するに、これでシバいて気合を入れてやる」

 「ま・・・まんまじゃん」

 引き攣った表情を浮かべるマリア。これまで見たシルエットXの超未来的な装備一式に比べ、最早古臭い云々どころの話ではないような凄まじいデザインの物体に、マリアは大きな不安を抱く。

 「こんなので大丈夫なの・・・?」

 「さあな。だが、キャプテンは『あいつにはピッタリだ』と言っていたから、多分大丈夫だろう」

 「そ・・・そう」

 そこはかとない悪意のようなものを感じるのは気のせいだろうか。マリアは、以前にもよく似たタイプの悪意を感じたことがあったが、まさかと思い、その考えを否定する。そして、女海賊が差し出してくる直接接触型精神共感高揚装置を受け取ってしまう。

 「でも・・・本当に、元に戻るのかな?」

 不安を隠せないマリア。元宗の生きる気力=一つの太陽は霊衣神官の魔力によって奪い取られたのだ。それが、確かに伝統があるとは言え、このようなもので回復できるとは思い難い。と言うより、殆ど悪い冗談の類である。だが、女海賊は自信を持って誇る様に言う。

 「キャプテン曰く、『もともとああいうのは無尽蔵なのがお決まりだ』・・・らしい」

 「そんな乱暴な・・・」

 「・・・心なんて不確かなものがエネルギー源となるんだ。それぐらい不思議ではないだろう」

 「そりゃそうだけど・・・」

 乱暴な理屈で無理やり疑問をねじ伏せてくる女海賊は、尚も何か言いたげに口をゴニョゴニョさせるマリアに、苦笑と共に告げる。

 「不安は解らなくもない。でも、やるなら自信をもってやるんだ。形は確かにアレな感じだが、これは実験と実証に基づいた紛れも無い“精神を共感”させる装置だからな。強く不安感を感じたまま使用すれば、奴の絶望に引きずり込まれ、お前も気力を失いかねない」

 「!」

 マリアは告げられた事実に驚愕し、胸元にハリセンを握り締める。そこに伸びる女海賊の手。彼女の開いた掌は上に向けられている。

 「・・・自信がないなら私がやろう。これは体力や精神力も消耗するからな。傷が癒えたばかりのお前には辛いかもしれない」

 女海賊はそう申し出てから、マリアとは別の方向、シルエットXと霊衣神官が戦っている方向を見ながら言葉を続ける。

 「それに余り時間はない」

 「キャプテンさん、駄目なの?」

 「相手は魔王だ。キャプテンもしぶとい奴だからそれなりに粘るだろうが、・・・無理だろうな。だから、こいつの力が要る」

 そう言って指差す女海賊。彼女の言葉からは、力になれない自分を悔やむような表情が垣間見える。

 だが、マリアは頭を左右に振るとギュッと強く直接接触型精神共感高揚装置を握り締めて、きっぱりと言う。

 「・・・やるよ。だって、元宗さんも仲間だから。今のわたしにはそれしか出来そうにないから」

 「そうか・・・ならば」

 笑う様に言って、背を向ける女海賊。その視線の先には、“殉教者”たちの姿が。

 「私も出来ることをやろう」







 空になったカートリッジが雪に落ち、硬く重い音色と共に新たなカートリッジがライフルに装填される。戦闘中とは思えないほどリラックスした動作でそれを行うシルエットXを、何処かうっとりした様に見ながら霊衣神官は問う。

 「こう言うのって、千日手・・・と言ったかしら」

 「そうだな」

 無関心そうに、何処か不機嫌そうに言うシルエットX。配下の戦闘員は、両者とも既に壊滅状態に近い。だがそれとは裏腹に、頭領である霊衣神官とシルエットXは両者共にほぼ無傷である。霊衣神官の強力な暗黒魔法の数々も数百トンの破壊力にダメージを受けないシルエットXの装甲を撃ち抜くことは出来ず、一方でシルエットXの銃弾も霊衣神官が纏う亡霊の群れに遮られ掠めさえしない。

 「残留思念の超高密度集合体か」

 額のクリスタル内部を複雑に発光させながらシルエットXが言うと、霊衣神官はそれを否定するようにワンドを左右に振る。

 「怨念が澱み凝り固まった、といって欲しいわね」

 「人為的にそうなったものに、貴様の表現は相応しくないだろう。ま、言い方を変えたところで弾が通るわけでもないが」

 飽く迄も我を通すシルエットXだが、最後は何処か自嘲的な響きを帯びる。

 あの悪霊の群れは、夥しい“念”を集中することで造り出された“念動力の壁(テレキネシスウォール)”である。霊衣神官の無尽蔵の魔力をエネルギー源に数百、数千の悪霊が放つ強力な念動の前には反呪詛作用を帯びた弾丸ですら効果を失ってしまう。

 「無敵の筋肉、無敵の剣術、無敵の装甲に無敵の亡霊か。なんだかそんな奴ばかりだな」

 「フフ、あなたもその手合いでしょう?」

 皮肉を、逆に皮肉で返され、ばつの悪そうに頬の辺りを掻くような動作をするシルエットX。彼は暫らく何かを考えていたが、再びアタッシュケースを開くとその中に「聖煉」と「雷撃」を仕舞い込みながら言う。

 「たしかにな。だが、今回ばかりは無敵を無敵で無くす手段がある」

 二つの火器に替わってケース内から取り出されるもの。それは妙に細く長く、そして揺ら揺らと頼りなく揺れている。革の様な質感を持ったそれは優にシルエットXの身長を越え、三メートルに達そうとした所で漸く先端が現れる。まるで、錘の様に膨らんだ先端、それが一瞬ゆれたかと思うと・・・

 ピシィッ

 直後、澄んだ鋭い音色を上げる。雪の上に刻まれる裂かれた様な痕。そのしなやかな長い紐の形状と音、痕跡が示すその武器の正体は・・・

 「ウィップ・・・」

 霊衣神官の呟きに頷くシルエットX。

 「そう・・・時空海賊八大超兵器の一つ、破魔の鞭、懺風(リグレットオブウインド)」

 「ただの鞭に大層な名前を付けるのね」

 嘲笑。だがシルエットXは答えず、無言で腕を振るう。すると、鞭はまるで彼の体の一部の様に優雅に舞い、再び空気を切り裂く鋭い音色を上げ打ち付けられ、新たな傷跡を雪に刻む。そして、まるでその風切音に呼応する様に残る殉教者たちが女海賊との戦い半ばで突如、崩れ去る。

 「お前たちは船に戻っていろ」

 『アイ・サー!』

 シルエットXの指示に従い、速やかに後退・撤収していく女海賊たち。霊衣神官は興味深そうに鞭を見ながら言う。

 「只の鞭ではない、ということかしら」

 「如何にも。この鞭は吸血鬼ドラキュラ伯爵を幾度と無く倒し、中世ヨーロッパに名を馳せた退魔の一族『ベル○ンド家』に伝わる聖なる鞭、バンパイアキラーに超科学の粋を集め改良を施したもの。あらゆる魔物がこの鞭の前には等しく無力」

 シルエットXの解説に僅かな戦慄を表情に顕す霊衣神官。

 「ドラキュラ伯は、魔の国でも強大な闇の力を統べた魔王の一人として伝説になっているけど、でもまさかベ○モンドが実在したとは知らなかったわ」

 「ああ、それは当然だ。さっきの説明は、全部真っ赤な嘘だからな」

 ずる

 と滑りこけそうになる霊衣神官。

 「嘘なんだ」

 「本当の筈が無かろう、わざわざ説明するわけが無かろう! 行くぞ!!」

 相手が体勢を立て直すより早く、鞭を撃ち込むシルエットX。霊衣神官は姿勢を戻す動作を利用し、ボクシングのスウェーバッグのように身を逸らしながら避けようと試みるが、音速を超える先端は使い手の巧みな腕遣いによって毒蛇のように身をくねらせ、的確に追撃を撃ち込む。

 ビシィッ

 「あぐぅっ・・・!」

 初めて苦悶の声を上げる霊衣神官。これまで剣も重火器も遮断した悪霊の障壁を、シルエットXの鞭は遂に引き裂いた。そして遮るものの無くなった今、鞭は霊衣神官の肌を強かに打ち据えたのだ。更に・・・

 ビシィッ!

 「うあっ・・・!!」

 撃ち込まれ、叫ぶ霊衣神官。

 「そおぉれっ!!」

 バシィッ!!

 「あううっ・・・!」

 暗黒魔法で対抗すべく構えたワンドが叩き落され、

 「フハハハハッ!! 踊れ踊れ!!」

 シルエットXは悪役っぽく哄笑した。







 「目覚めんかいこの・・・」

 大きなテイクバックを取って、マリアの背に引き絞られるハリセン。それは、直後唸りを上げて大気を引き裂き・・・

 「ネボスケェェェェェ!!」

 パシィィィィィィン!!

 蓄えられた運動エネルギーと気合は、快音となって禿頭で炸裂する。だが・・・

 「・・・」

 元宗の外観に変化はない。それどころか・・・

 ピーッ ピーッ

 元宗に繋げられた機械の一つがアラームと共に赤い光を点滅させ、彼の肉体が刻一刻と死に近付いていくのを示す。

 「このままじゃ・・・」

 ハリセンの先を雪に突いて、肩を上下に大きく揺らし、荒い息を吐くマリア。ハリセンそのものでしかない外見とは裏腹に、この装置は一振りする毎に確実にマリアの体力を吸い上げていく。このまま行けば、あと五、六発打ったところで倒れてしまうだろうことを認識する。

 「元宗さん・・・」

 「新氏! 弱気になるな!!」

 女海賊から、叱咤が飛ぶ。攻め込んでくる殉教者たちを見えない何かで次々と切り裂いてたった一人で立ち向かう彼女の姿を見て、マリアは頷くと頭に巻いているバンダナを強く締めなおす。再び構えられるハリセン。

 「こんな美少女が必死で頼んでるんだから・・・」

 大きく弧を描くハリセン。そして・・・

 「起きなさいよぉぉぉぉっ!!」

 再び心地よい破裂音が響いた。






 「・・・いいのかなあ? 呼んでるみたいだけど」

 何故 オレが今更 戦わなきゃならない

 「戦えるからだと思うけど」

 あいつを失い 生きる気力を亡くしたオレが

 「マリアも言ってたけど、本当にそう思ってるのかなぁ?」

 どういう意味だ

 「言葉の通りだと思うけどな」

 何が言いたい

 「このまま本当に死ぬつもりかな?」

 ああ  もういい

 あいつは オレのすべてだった オレは全てを失ったあの日 死ぬべきだったんだ

 「自分には良くわからん理屈だなぁ・・・草津のお湯もというやつかな」

 あいつらには悪いが オレはもう良い

 「なあ」

 もう なにも言うことはない

 「確かに彼女はお前の全てかもしれないけど」

 ・・・

 「その彼女は、彼女の全てなのか?」

 なんだと

 「お前が見てた全てがあいつの全てだったのか?」

 オレは誰よりもあいつのことを

 「お前の目で見てきたんだろう。だけど多分、それはあいつの全てじゃない」

 馬鹿な

 「自分でも判ってるはず。ただ元宗、見てないだけ」

 何故 そんなことをしなければならない

 「それはお前自身の問題で、理由なんて自分の知ったこっちゃないな。自分は事実を有りの侭に言ってるだけだよ」

 何時も何時も何時も何時も何時も

 お前たちは人のことを何も知らないで 勝手なことを

 「それはお互い様だと思うな」

 なんだと

 「元宗だっていつもこうあるべきだ、とか、あああるべきだ、とか言ってるじゃないか。それこそ相手のことなんか何も考えずに。まあ、そういう風に育っちゃった手前、仕方ないかもしれないけどさ。人には人の生き方、見方ってのがあると思うよ」

 ・・・

 「お前がお前自身をどう思おうが勝手だけどさ、ほら、周りの人間は未だお前のことを駄目だと思っちゃいないみたいだ」







 「ああっ・・・! ああっ・・・! ああああああっ!!」

 ビシィッ!! バシィッ!! ビシィッ!!

 最早、どちらが悪役か判らなくなってきた頃、全身に赤い蚯蚓腫れを無数に走らせ霊衣神官は倒れる。シルエットXは器用に鞭を輪にして片手に持つと彼女の傍に歩み寄り見下ろすようにしながら問う。

 「どうした? 未だ楽しみはこれからだ。夜はこれからだ」

 「・・・随分と鞭捌きが上手なのね」

 霊衣神官が倒れ、仰向けになったままの姿で力なく感嘆の言葉を発するとシルエットXは頷いて答える。

 「元々、こちらが本職でな。無論、夜の仕事ではないが」

 「そう・・・」

 目を閉じて薄く笑い、そして霊衣神官は告げる。

 「フフ・・・その原理、体で受けて理解できたわ」

 「ほう」

 シルエットXは感心したような声を発し、続きを促す。霊衣神官はゆっくりと立ち上がりながら、ワンドを手元に引き寄せ、握る。

 「その鞭、相手の霊力の波長を読み取ってその波をプラスマイナス0にしてしまうような霊力の波を発生させている、と見たわ。波そのものが無くなってしまえば、どれだけ高い出力があっても力は紡げないものね・・・一種のディスペルマジックと言ったところかしら」

 「概ね正解だ。だが」

 再び鞭が空中に解き放たれる。空気を切りながら、それは蛇がとぐろを巻く様に空中で円を描き・・・

 「解ったところで避けられはせん!!」

 鋭く毒牙を走らせる。だが、霊衣神官はその一撃を最早、避けようともしない。

 ビシィッ

 「あぁ」

 「?!」

 痛々しい音色。だが、それによって霊衣神官から上がる声は先ほどまでのものと明らかに響きが違う。

 ビシィッ

 
「ああ・・・もっと」

 「な・・・」

 戦慄するシルエットX。霊衣神官から上がった声は、恍惚とし更なる一撃を求める声だった。即ち・・・

 「あら・・・もうくれないの・・・?」

 妖艶に微笑む霊衣神官。そして、彼女はシルエットXの最も恐れていた危惧を肯定する。

 「私・・・目覚めちゃったみたい・・・」

 「しまった」

 「だから、責任とってね」

 愕然とするシルエットX。鞭という武器は特殊な武器で、剣や棍棒などが切断力や重量による破壊を攻撃能力としているのに対し、鞭は基本的に皮膚の表層に与える痛みのみを攻撃能力としている。その為、鎧などで皮膚を遮断されると極端に攻撃力が低下するのだ。だが、霊衣神官は鎧などといった手段は用いず、自身の感性を進化させることで対抗してきたのだ。

 「流石は六大魔王」

 「こないなら・・・こっちから行くわよ」

 笑う霊衣神官。彼女は魔力の光で虚空に六つ点を押し、それぞれを結んで六芒星を描く。

 
大気に眠りし朽ちたる神の亡骸よ

 呪文の詠唱に従い、膨大なエネルギーが収束していくのをセンサーが知らせる。

 
大地に眠りし原初の悪鬼の怨嗟の叫びよ

 周囲のあらゆる物体からまるで染み出すように、血の色をした光の玉が現れる。シルエットXの視界に映し出されるアラートの表示。それは、この光球が彼を破壊できるエネルギーを秘めている事を示している。

 
集いて炎の標に因り地獄の扉の閂を外せ

 「チィィィ・・・!」

 アタッシュケースから新たな武器を取り出すシルエットX。取り出されたのは長剣。それは柄にも無論刀身にも一切の装飾が施されていない、極めてシンプルなフォルムのサーベルだった。

 「黒刃(ダークエッジ)起動!!」

 そう言って付け根から切っ先にかけて刃を撫でるとそれに従い刀身が黒い光の様なもので覆われていく。同時に刃の周囲に揺らめき始める黒い虹。それをゆっくりと、剣というよりは野球のバットのように両手で構えるシルエットX。

 何処からとも無く、オーケストラの勇壮な音楽が聞こえてくるような気がする。

 「・・・マックリールの玩具を壊した光と同じものみたいだけど、ちょっと少ないんじゃない? サービス悪いわよ」

 「燃費が悪くてこれだけしか用意できないのさ。だが、充分だ」

 うそぶいて強がるシルエットXを楽しそうに見つめる霊衣神官。

 「私も耐えたんだから、貴方も頑張ってね。シルエットX」

 「努力はしよう」

 幾度目かの、戦闘中とは思えない緊張感の無いやり取りが終わり、そして両者の切り札が解き放たれる。

 「“嘆きの太陽”」

 キーワードともいえる最後の言葉によって、無数の光球はまるで落下して行く様にシルエットXに向かって収束していく。

 嘆きの太陽・・・それは、対象周囲に結界を張り其処に地中や空中から抽出した重水素や三重水素などの核反応物質を終結させることで極めて限定的な核爆発を発生させる霊衣神官の暗黒魔法の中でも、いや恐らく六大魔王の中でも最強最大の破壊力を持つ技だった。

 一点に集中した光球が一瞬で青白く変色し強烈な発光を始める。それは核融合が始まり数十万度の高温が発生したことの徴(しるし)。

 「ウオオオオオオオオオオッ!! 必殺!!」

 超高温のプラズマ火球に振り下ろされる「黒刃」。この「黒刃」を覆う黒い光はエキゾチック物質と呼ばれる負のエネルギー質量を持つ物質。接触すればこの空間に存在するあらゆる物質を完全な静止状態、即ち凍結に至らしめる。だが・・・

 「エェックスゥゥッ! マァァァァダァァァァ!!!」

 袈裟斬り、そして交差する様な逆袈裟。二度の斬撃が光球を切り裂き・・・

 
ドゴオオオオオオオオオォォォォォォン!!

 聖夜に、爆音が轟いた。






 爆音が轟く数分前に時間は遡る。

 最後の殉教者が、その名に相応しく首を寸断され、粉々に砕け散る。たかが戦闘員とはいえ、並みの怪人と同等以上の俊敏さを備えた殉教者たちに彼女は苦戦を強いられていたが、何とか凌ぎ切ることに成功した。

 「はあ・・・はあ・・・」

 乱れる呼吸を努めて整えようとしながら女海賊はマリアの方向を見る。

 「目覚めてよ・・・! 目覚めてよ・・・! 目覚めてよっ!!」

 悲痛な叫びと共に更なる一撃を叩き込むが、元宗の意識は回復しない。

 マリアの掌には血が滲み、目の下には深い隈が刻まれ、頬は扱けている。既に先ほどから数えて十一回目を打ち据えており、彼女の疲労は極限に達しようとしている。だが、それでも尚、振り被ろうとするマリアの腕を女海賊は掴んで止める。

 「もうやめろ、新氏! これ以上はお前が・・・!」

 「でも、でも!」

 「もういい、こんなものに効果はないんだ。あいつの・・・キャプテンのはったりだ! だから!!」

 拒むマリアから女海賊は下手な嘘を吐き無理矢理にでも取り上げようと試みる。だが、遂にマリアは大きな瞳を濡らし泣き始める。

 「もう・・・ただ見てるだけなんてヤダよ!」

 「新氏・・・」

 「子供のときも、あの時も、見てるだけしか出来なかった。力が足りなかったから・・・助けられなかった。パパも、ママも、お姉ちゃんも、先輩も。だから、今度こそ助けたいの。もう、大切な人が死ぬのは・・・嫌だから。だからやらせて! お願い!!」

 「解った・・・だが」

 熱意に推された様に、頷く女海賊。だが直後、彼女はマリアが予想しなかった行動を取る。

 「え・・・なに・・・なに?」

 思わず狼狽するマリア。女海賊は背後に回り、まるで覆い被さる様にマリアの体の前に手を伸ばしてくる。やがて、女海賊の手はマリアの手の上からハリセンを握る。

 「ここからは私も一緒だ」

 「でも・・・女海賊さんも」

 疲れてる筈だ、そう言おうと振り返るが女海賊は苦笑を浮かべ頭を左右に振る。

 「私も以前この男のように生きる意味を失いかけてな。自ら死を選びそうになったそのとき、キャプテンとそいつの恋人に助けられたんだ。何時かその恩を返さなきゃならない・・・と思ってるんだが、生憎そう言った機会には巡り合えそうになくってね」

 そう言う女海賊は、何処となく嬉しそうで惚気の様にも聞こえる。

 やはりこの人は・・・

 「女海賊さん・・・」

 「だからせめて、こいつを助けることが返しの足しになるなら、やらないわけにはいかんだろう」

 その決意に満ちた言葉に頷くマリア。

 「やろう・・・! この寝坊助を叩き起こそう!」

 「ああ・・・女二人にせがまれているんだ。断ったら・・・男が廃るだろうさ」







 『やろう・・・! この寝坊助を叩き起こそう!』

 『ああ・・・女二人にせがまれているんだ。断ったら・・・男が廃るだろうさ』

 こいつらは ただ 自分のために やってるだけに過ぎない

 「だとしても、必要にはされてると思うけど。必要とされるなら、それに応えれば価値があるんじゃないのか」

 答えたとして オレは何を理由に 活力に生きていけばいい

 「あのなあ・・・生まれてきたばかりの子供に生きる理由云々があるか? 成長していく過程で色々見つけていくもんだ。それに、そんなもん無くったって、自分ら畜生道はしっかり生きてるよ。ンなもん無くして生きていけない〜ってのは人間の妄想だよ」

 そうなのか

 「そうさ。でもそれでも、無いなら寂しいってんなら・・・」






 「う・・・」

 「く・・・」

 霊力を、体力を吸い取られ、足をふらつかせるマリアと女海賊。元宗の心を覆う闇は注がれる気力をまるで乾いた砂の様に吸い取り、既に二人の意識を朦朧とさせ始める。最早、上体の姿勢を維持できず、倒れかけたその瞬間、二人の体は誰かに支えられる。

 「お嬢さん二人が、無理をしてはいけない」

 「道源さん・・・」

 優しい男の声。それをかけたのは意識を回復した退魔法師道源。

 「これが、罪滅ぼしになるとは思わない。だが、せめて・・・!」

 そう言うと、彼もまたハリセンを握り元宗の頭を叩く。彼もまた既に消耗著しい為、それだけで足をふらつかせるが、それでも倒れるのを堪えて更に撃ち込もうとする。

 「見えてる・・・? 元宗さん!! 聞こえてる・・・元宗さん? こんなに頑張ってくれてるんだよ・・・だから、元宗さんも頑張ってよ!」

 一撃。ぴくり、と指が動く。動き始める。

 「大切なものをなくせば絶望もするだろう。私もそうだった。だが・・・」

 更に一撃。全身に血の気が戻り、打ち据えた場所が真っ赤に染まり始める。

 「なくしたのなら、もう一度探せ! 生きていれば見つかるはずだ!」

 「それこそ『諦めたら終わり』だよ!!」

 カッと目を開く元宗。そこに混信の一撃が叩き込まれる。

 
バシイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!

 そして、悲鳴は上がった。

 「もう目覚めてるわぁぁぁぁぁい!!」







 残留放射線はゼロ。中性子線の外部漏洩も完全に遮断されている。

 「・・・流石、見込んだだけは在るわ」

 見下ろしながら嬉しそうに言う霊衣神官。

 「先人も耐えれたんだ。これくらい、どうということも無い」

 疲れたように腰を下ろすシルエットX。軽口を叩いてはいるが、今の互いの立ち方が、如実に優劣を示していると言って良いだろう。胸に薄く×字傷が刻まれているだけの霊衣神官に対し、シルエットXの全身は焼け爛れ、両目を覆うグラスプレートも割れて内部のセンサーが剥き出している。

 「実際、大したものね」

 「褒めても何も出さんが」

 憎まれ口を叩くシルエットXをうっとりした表情で見ながら言う霊衣神官。彼女は次の瞬間思いがけない台詞を吐く。

 「私の愛人にならない?」

 「は?」

 思わず素っ頓狂な声を上げるシルエットX。

 「あなたのこと、気に入っちゃった。あの鞭使いも、癖になりそう」

 「シルエットXの中身は物体Xかもしれんぞ」

 先ほどのことを思い出したのか恍惚とした表情を浮かべる霊衣神官に、シルエットXはそう忠告する。だが彼女はニヤリと笑って言う。

 「構わないわよ。そんな人、こっちには一杯いるんだし」

 成る程、魔物巣くう地底世界ならば物体XでもエイリアンXでもサムライXでもそう変わりはないのかもしれない。だが、シルエットXは首を左右に振ると霊衣神官の申し出を断る。

 「答えはNONだ。生憎と俺は誠実なんでね」

 「ふぅん、決まった人がいるんだ。誰?」

 「これから死ぬ奴が聞いても仕方ないだろう?」

 「それって逆じゃない?」

 何も答えないシルエットXに霊衣神官は笑うとワンドを振り上げる。杖の先から迸る黒い光。やがてそれは収束して剣の形状を取る。

 「“昴斬剣”。フフ、あなたの剣を真似して即興で組んでみたの。切れ味、確かめさせてね」

 「たいした奴だよ、実際」

 呟く様に感嘆するシルエットX。

 「フフ・・・楽しかったわ。じゃ、アデュー、時空海賊さん」

 そう言って霊衣神官は闇の剣を静かに振り下ろした。だがその瞬間、光がその場を走る。

 パキィィィィン

 辺りに響く澄んだ高い音色。折れて、砕ける闇の剣の刃。それは地に落ちるより早く霜と霧に変わり文字通り霧散する。

 「え・・・?」

 驚きの声を上げる霊衣神官。そのとき既に、彼女の前に殺到している紫色の影。

 「神掌・・・竜頭の型!」

 ゴボォッ!!

 「か・・・え・・・う・・・」

 凄まじい破壊音と共に、三つの正拳が叩き込まれる。

 「う・・・うそ・・・あなたは・・・! だって・・・!!」

 霊衣神官は嗚咽と吐瀉物を吐きながら膝をつき、倒れそうになるのを堪える。そして、彼女はワンドに魔力を収束し、逆襲の魔法を叩き込もうとする。

 バキィィィン

 「え・・・」

 走る閃光。鋭い衝撃を受けて、弾き飛ばされるワンド。光の先には「雷撃」の銃口を青白くスパークさせるシルエットX。それを認識した直後、彼女は背後から肩を掴む手によって、空に向かって抱え上げられる。

 「な・・・なによこれ・・・?!」

 空中へ拘束された彼女は身を捩り、そこから逃れようと抵抗するが、四肢は万力のような四本の腕に完全に固定され動かすことは出来ない。だが、首だけ捻り、彼女を拘束するものの姿を横目に見ることが出来る。背中から伸びる四本の腕と、彼女を見据える顔の三方に一対ずつ付いた大きな複眼。顔面は髑髏の様にも昆虫の様にも見えるマスク。全身は小豆色に近い紫に金のラインが各所に入れられ、呪文が刻まれている。

 「仮面ライダーアスラ・・・あなたが・・・どうして!!」

 信じられぬものを見て、混乱の声を上げる霊衣神官だが、アスラはそれに気迫の咆哮を以って答える。

 「修羅旋風!!」

 高速で唸りを上げ、霊衣神官の体を回転させ始めるアスラの神掌。

 「きゃあ・・・ああああああ・・・ああああああああああああああ・・・あああああああああああああああああああッ!!」

 
ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 即座に色彩が交じり合い、まるでヘリコプターのように空気を巻き込みながら唸りを上げ始める霊衣神官。彼女を覆う悪霊の群れも、神掌の前ではその念動力を発動させることは出来ない。やがて、濃密に雪の混じる竜巻が空に向かって立ち上がる。

 「ウオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 
ドギュウウウウウウウウウウウン!!

 獣の怒りの咆哮。それと共に拘束から解き放たれ、空に向かって打ち出される霊衣神官の体。彼女の体は抗うことも叶わず、激しく錐揉みし、猛烈な風の渦に刻まれながら大気圏を突破するような勢いで天高く舞い上がっていく。

 「ああああああああああああああっ!!」

 
グオオオオオオオオオッ

 だが、やがて上昇速度は低下し、ゼロになった直後に落下が始まる。上昇したときと同じ様に回転しながら落下してくる霊衣神官を、しかし彼は待たず迎え撃つ。深く腰を落とし、直後全身を振り子の様にスイングさせ拳を突き上げながら跳躍する。

 空に上る紫金の流星と螺旋描く黒い巫女が空中で交差する。

 「金剛拳・・・!」

 バキィッ

 重く、しかし鋭い破壊音が響く。即ち、拳が霊衣神官の胸に突き刺さったのだ。

 ミシ・・・ミシミシ・・・

 奇遇か或いは狙い定めたのか、そこは丁度エックスマーダーで刻まれたX字の交差点。その一点を中心に彼女の全身に急速に亀裂が走っていく。

 ドゴォン!!

 そして爆発。衝撃が突き抜ける様に霊衣神官の背中が裂け破れ炎が噴き出す。更に拳は霊衣神官の胸を深く抉っていき・・・

 ズボォッ!!

 アスラは遂に霊衣神官を貫く。やがて霊衣神官の全身の亀裂から光が筋状に噴き出し、直後―――

 「ウアアアアアアアアアッ!!」

 
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオン!

 再び空中に爆発が起こり、空が赤く染まった。







 空中で何度も回転した後、雪埃を上げて着地するアスラ。

 「無事復活か。一撃とは見事だな」

 そう言って歩み寄るシルエットXにアスラは目を向ける。彼の全身を覆う装甲にも自己修復機能が備わっているのか、先程までひどく爛れていた部分も、今は消えて元の状態に回復している。アスラは暫し、沈黙した後、その頭を深く下げる。

 「また、世話になっちまったな」

 「礼を言うならあいつらに、だ」

 そう言って親指で後ろを指すシルエットX。其方にはマリアや女海賊、そして道源が酷く疲労困憊した様子で、しかし満足そうに歩いてくる。

 「ほんと・・・世話かけるんだからぁ」

 「重ね重ね、すまん」

 頬を膨らませるマリアに、アスラは頭の後ろを掻く様な仕草をしながら謝罪する。そして顔を上げると、変身を解除し、厳つい表情に爽やかな笑顔を浮かべながら彼は言葉を続ける。

 「だが、おかげで気づけたよ。オレは、今まで伊万里に嫉妬していたんだ」

 「何を今更」

 「茶化すなよ」

 マリアのからかう様な言葉に顔を赤くする元宗。そして、彼はぽつりぽつりと語り始める。

 「・・・あの日、瞬がもう伊万里のものになったのを知っちまったあの日、オレは多分気づいてたんだ。瞬がもう、オレのものに成らないってことを。だが・・・頭では解かっていても、心は納得してくれなかったらしい。あんな奴は相応しくない、瞬が変わっちまったって思って、な。だから・・・オレは瞬が生きてるかもしれねぇって聞いたとき、心に光が差したのに、オレはその言葉を信じようとしなかった。どうせ生きてても、あいつは伊万里のものになっちまうから。だったら、このまま死んでいて・・・もう、誰のものにもならないほうが良いって思ったんだ」

 そう一息に言ってしまってから、彼は自嘲的な笑みと共に少しだけ俯き、問うように言う。

 「飛んだ卑怯者だろ・・・? 口では偉そうなこと言ってさ。だけどもう・・・」

 「吹っ切れた?」

 「多分な」

 顔を覗き込む様に問いかけてくるマリアに、元宗は苦笑して答える。そして彼は女海賊のほうにも目を向けると、同様に頭を下げる。しかし彼の言葉より早く、女海賊は腕を組みぷいと顔を背ける。

 「別に貴様のためではない。私のためにやったんだ」

 「だが・・・それでもオレは助かった。だから、礼を言う」

 そう感謝の言葉を告げる元宗に、女海賊はつかつかと詰め寄り、そして襟を捻り上げるようにして言う。

 「私はただ、自分が一番不幸だって顔をしている奴を見たくないだけだ。次ぎ若しもこんなことがあるようなら、面倒くさいから私がお前を処分するぞ」

 「・・・解った」

 強い迫力で言う女海賊にたじろいだ様に元宗は頷いて言う。

 そして、最後に道源の方に顔を向ける。

 「私は・・・これで償われたとは思っていないよ」

 「はい」

 そう、表情を曇らせる道源。元宗は、彼の言葉を否定せず、頷いて言う。

 「道源さん。オレも裁かれるべきだと思う」

 確かに道源は元宗復活に力を貸し、また背信行為にも理由があった。だが、それでも彼が行ってきた行為は彼に厳しい罰を与えるのに充分なものだった。マリアは不安そうに元宗の顔を見る。彼女もそれを理解していたが、完全に納得できるかと問われれば、それは否だったからだ。

 やがて、元宗は次の台詞を吐く。

 「だが・・・裁かれるのはナイトメアバグであって、あなたじゃない」

 「元宗」

 意外な元宗の言葉に、驚きの声を上げる道源。マリアもまた、意外そうに彼の顔を見る。未だ竜王を復活させていない伊万里京二でさえ滅ぼそうとした彼が、これほど柔軟な対応を見せたことが彼女にとっては驚きだった。

 「あなた自身は、ナイトメアバグが殺した人の分まで家族を守ってやるべきだ・・・」

 そう言って、自分の言った台詞に笑う元宗。

 「ちょっと月並みだけど、まあ王道だから、これでいいでしょう」

 「・・・有難う」

 泣き崩れる道源。そしてシルエットXが前に進み出て言う。

 「・・・変身機能の封印については俺に任せてもらおう。良い、医者を知っているんでね」

 「頼む」

 深く頷く元宗。そしてシルエットXは、彼に向けて言う。

 「さっき、君は君が好きな女の子が伊万里京二という男のものになったといったが、一つ忠言しよう。女の子は誰かのものじゃない、女の子は女の子自身のものだ。だから君も諦めなければ何時か振り向いてくれるときが来るかもしれない。それを忘れないでくれ」

 「ん・・・ああ解った。肝に銘じるよ。オレも伊万里の言葉を信じるわけじゃないが、あいつが生きてると思って、それを励みにするよ」

 親指を立てる元宗。マリアはそれを見て満足そうに笑って、そして大きく息を吐き楽しそうに言う。

 「さて・・・これにて一件コンプリート。メガロポリスは・・・相変わらず雪景し・・・」

 
カッ

 雪景色、そう言い掛けて空を見上げた瞬間、頭上から円が広がるように雲が一瞬で晴れていく。そして、その中心には禍々しく仄赤く光る太陽のような光の球体が。やがてその太陽が発する光は夜を血のような赤に染めていく。

 「なに・・・これ・・・?!」

 「・・・あれこそが、“一つの太陽”の集合体」

 響く女性の声に戦慄する一同。振り返ると其処に立つのは・・・

 「“日本占領計画”の先陣、“『魔界都市東京』計画”の中枢よ」

 上半身の半分を失った霊衣神官が、狂気を孕む笑顔でそこに立っていた。






 「ぶっちゃけ、ツートンカラーの女の子の歌、歌いたくなったよ」

 呆然と、そして愕然と呟くマリア。

 無数の毒虫が這う様に光が揺らめいている。その色は、流れ落ちたばかりの血にも似た濃く深い赤。天頂に座し禍々しく蠢く光球。それは数多の人の思いを集め、邪悪な呪法で溶け合わせた、極小の恒星。人が生きる為に最も大切だった筈の思いは、醜く変貌し、世界を歪める基と化していた。

 そして因果律の捻れ行く根源の直下、その場所に相応しい光景が展開している。

 霊衣神官。アスラの一撃に屠られたかと思われた彼女が、再びその姿を現したのだ。

 「よく生きていられるものだな」

 「死にそうなほど痛いけれど、ね」

 シルエットXの言葉に、にたりと笑う霊衣神官。その姿から判断すれば、人間ならば先ず生きてはいられない。胸を中心に胴体の左側が吹き飛び、全体の質量のほぼ三分の一が彼女の体から消失しているのだ。だが、それにも関わらず彼女は生態活動を維持している。少女の様ですらある姿形から、惑わされてしまうが、彼女が魔王であることを一同は改めて認識させられる。

 「止めを刺す!」

 変身態勢に入ろうとする元宗。だが、その前にシルエットXの黒い鉄腕がそれを制する。

 「霊衣神官、貴様はこの“『魔界都市東京』計画”を“日本占領計画”の“先陣”と言ったな」

 「フフ・・・ええ、その通りよ、シルエットX」

 「ならば、この様な事を日本全土でやるつもりか?」

 「!」

 シルエットXの問いに、彼と霊衣神官を除いた全員に衝撃が走る。“『魔界都市東京』計画”。それが、“一つの太陽”により強力且つ無尽蔵なブラッディリゾート・・・今の東京を形成する計画だということは、元宗にさえ察することが出来た。そして、もしこの様な事が全国レベルで行われれば・・・どうなるかは火を見るより明らかだ。即ち、日本の各地に文字通り魔界の住人の“血塗られた楽園”が築かれることになる―――

 「フフ、その心配、取り越し苦労じゃないわよ」

 そして、その危惧は頷く霊衣神官によって肯定される。

 「・・・本来、私たちの前進基地に成る筈だった“方舟”が壊されちゃったからね、それに対するサブプランなのよ。各地各都市を私たち魔人の住みよい場所に作り変え、最終的にこの日本そのものを魔界化するのが計画の全容」

 「そんなことは・・・この俺が許さん!!」

 お決まりの台詞を叫ぶ元宗。霊衣神官は憐憫の表情を浮かべ、余裕に満ちた声で言う。

 「相互の理解が出来なくて残念ね。なら食い止めて御覧なさい」

 「そんな身体で何が出来る!? いや、何も出来るはずがない!!」

 「あら・・・反語表現。私はまだこれでも貴方達全員より百倍は強いつもりよ」

 からかうような口調、だがその中に確かな自信が込められている。だが更に尊大な台詞を吐くのがシルエットX。

 「具体的な数字を言うと死亡フラグが立つから止めておけ、霊衣神官」

 「心配してくれて有難う、愛しい人。大丈夫よ・・・自分の力くらいちゃんとわかっているから」

 ごおっ・・・

 「!!」

 強い、風が吹きつける。それは、或いは威圧感を覚えた体が無意識に反応したものかもしれない。

 「・・・出鼻を挫かれる訳には行かないのよね」

 そう言うと同時に、彼女を取り巻く悪霊の群れがその濃さを急激に増し、それは最早、影の塊のようなものと成って覆い尽くす。

 「まずい。元宗!! エミー!!」

 「え? なに? なにいいいいいいいいい?!」

 その声と同時に女海賊がマリアを抱えて素早くその場を離れ、一拍置いて元宗が頷き咆哮する。

 「コウ!! 来い!!」

 ギュオオオオオオオオン!!

 元宗の召喚に応じるようにバイクが唸りを上げ、疾走してくる。白い、虎を模した様なフォルムを持つ大型バイク・・・ストームファングだ。

 『まったくヒト使いが荒いニャ』

 「人じゃないだろ」

 そんなやり取りと同時に、シルエットXも空に手を翳し、声を張り上げて呼ぶ。

 「サイドクルゥゥザァァァァ!!」

 シュオオオオオオオオオオオ

 空気を裂く鋭い音色とともに、空中を無人で疾走してくるサイドカーが一台。色彩はシルエットXと同じガンメタリックとメタリックブルー、リフティングボディと思しい扁平な流線型を描く車体前面、メイン・サイド両方の車体下部にはスリット状のエアインテイクのようなものが刻まれている。やがてそれは車体下部からエアを発してブレーキをかけ、雪を舞い上げて着陸する。

 アスラ、シルエットX両者のマシンが揃う。だが、彼らはそれに乗ろうとしない。戻ってくる女海賊とマリア。二人の肩にはそれぞれ律子とミサトがおぶられている。彼らがマシンを呼んだのは戦いに使うためではない。彼らを逃がすためだ。

 ストームファングは道源がライダーでタンデムにはマリア。サイドクルーザーには女海賊がライダーでサイドに律子とミサトが乗せられている。

 「頼むぞ・・・コウ!」

 『任せニャ!』

 その言葉と共に再び疾走していく二台のバイク。そして、二人は再び霊衣神官へ目を向ける。

 『お別れはすんだかしら』

 霊衣神官を包む悪霊は更に濃さと量を増しており、彼女の姿は嵐を巻くような激しい闇の中に隠され、見えない。やがて、闇は柱の様になって天に向けて立ち上がり、頭上の太陽に突き刺さる。

 「くるぞ!」

 「ああ・・・修羅・・・!」

 胸の前に法印を結んでいく元宗。それと共に、彼の全身に経文が浮かび上がり発光していく。そして・・・

 「変身!!」

 カッ

 光は急激に膨らみ、彼の身体の内側から広がるようにその姿は現れる。紫と金のボディ。全身を覆う経文。三つの仮面に一対ずつの複眼。額から伸びる金の角。そして背中から伸びる二対を合わせた六本の腕。仮面ライダーアスラはその姿を現す。

 どくん

 (ん・・・?)

 何か、違和感を覚えるアスラ。背中・・・阿修羅神掌が何か脈打つような感覚。だが、状況はそれを確かめる間を与えない。

 『可愛いことを』

 くぐもった、しかし確かに霊衣神官の声。直後、闇の柱の中から現れる腕。それを見て、驚愕の色を僅かに見せる二人。現れた腕は、その先端には四本の指しか付いていない人間のものとは異なる掌。だが、驚くべきはそんなところではない。その手の横幅が寺院の屋根の高さより更に長いのだ。

 『教えてあげましょう』

 それは柱の左右の端に手を掛けると、まるで裂け目を押し広げる様に闇の柱を膨張させていく。

 『魔王の何たるかを』

 「こいつは・・・凄いぜ」

 思わず感嘆の言葉を発してしまうアスラ。闇の中より這い出てくるそれは、一瞬正常な思考を停止させるだけの凶悪さを備えていた。

 『魔王とそれ以外の魔人は三つの要素によって、一線を隔している。先ずは一つ目、他を圧倒する強大な力の顕現』

 それが、巨大なのは何も手だけではなかった。その後の腕も、顔も、乳房も、胴も、腹も全てが先程までの霊衣神官に比べ、十数倍以上に巨大化していた。

 「逃げろッ!」

 「おうよ・・・!!」

 迫り出してくる巨大な姿に、迷わず背を向けると二人は猛然と戦略的撤退を始める。押し寄せる霊衣神官の巨大な顔面。しかし、それは先ほどまでの様な整った容貌に冷ややかな笑みを浮かべたようなものではなく、髪を逆立て、無数の牙を並べた口を耳元まで裂いた鬼女を思わせる形相。

 ドゴォッ

 出現に巻き込まれた寺が半壊し、更に周囲の家屋も巻き込まれ粉砕していく。アスラは逃げながら、周囲の住宅に人がいないことを認識する。恐らく、この戦いに参戦する以前にシルエットXが何らかの手段を取ったのだろう。だが、それでもアスラは些か心が痛んだ。この近辺は比較的人口が少ないことが不幸中の幸いであるが。

 『二つ目は他を寄せ付けない絶対的な恐怖』

 やがて立ち上がる霊衣神官。彼女は顔だけでなく身体の各部もその姿を大きく変貌させている。

 まず、衣服は既になくなり、代わりに上半身の大部分を黒色の剛毛が毛皮を成し、左右の肩口からは同じ色の毛に覆われた狂犬病に冒された様な凶悪な面の犬・・・或いは狼だろうか・・・が生え、吼え狂っている。

 胸の中央には縦に裂けた口のような器官があり、鋭い牙が生えて閉じられている。

 背中の肩甲骨があった辺りからは蝙蝠の翼を何百倍にも拡大したような黒い翼が生え、天を突くように広がる様は正に悪魔のそれ。

 そして、やっと這い出てくる腹より下は蛇。例によって真っ黒の鱗に覆われており、上半身の五倍はある長い尾の先端には幾つもの返しが連なり、それはガラガラヘビのそれによく似ていた。

 「こいつはまるで目が防具」

 「変換ミスしてるぞ! それを言うならメガボ・・・じゃねぇっ」

 見上げ、余りの巨大さを評してボケるシルエットXとそれにノリツッコミをかますアスラ。やがてシルエットXは思い付いた様に口走る。

 「というか、ありゃリリスか?」

 「リリス? ゲリオンしんちゃんに出てきたあれか?」

 「お前もボケるか、アスラ」

 どうやらアスラの回路が何処かで一本切れたらしい。

 「大体、そっちのリリスならロンギヌスの槍が要るだろう。幾らなんでも俺は持っていないぞ。ブリューナグとグーングニルなら在るが」

 「なんでンなもん持ってんだ」

 「深夜の通販で購入した。19,800円の大特価で今ならもう一本付いてくるという優れものだ」

 「絶対、贋物だ!!」

 『残念ながら・・・』

 掛け合いを中断するように、シルエットXの問いに対する答えが意外にも霊衣神官より発せられる。

 『私は、そんな伝説に出てくるような旧い存在ではないわ。私は夢魔インキュバスの父と、海魔スキュラの間に産み落とされたもの』

 「成る程、その姿の理由は二種のモンスターのハイブリッドによるものか。なるほど、言うなれば貴様は」

 シルエットXは巨大な霊衣神官の顔を見上げ、そして断言口調で言う。

 「インキュバスキュラ・・・!」

 『そんなポマトだかトリノイドみたいな名前は止めて頂戴ッ!』

 カッ・・・

 
どっごおおおおおおおおおおおん

 「ぬおおおっ」

 「うぐわぁっ」

 怒りの咆哮と共に口腔の奥より放たれた闇色の弾丸が至近距離で炸裂し、爆発を起こす。

 「く・・・」

 『私は飽く迄、私。今まで通り、霊衣神官か、それがいやならダーナって呼んでね。まあ、もっとも』

 ぐおおおおおっ

 腕が唸りを上げて振り下ろされ、

 ドギャギャギャギャギャ!!!!

 地面を抉りながら彼らを吹き飛ばす。

 『こっちでそう呼べるのは後ちょっとだろうから、その後は呼んじゃ嫌よ? 私、未だ人生楽しみたいんだから』

 「勝手なことを・・・」

 土砂の山の中から這い出す二人。ここまでパワーの物量が違いすぎると、二人とも防御こそ何とかなるが、反撃に関しては絶望的だ。
差し向けられる指、その先端から爪がミサイルのように連続して放たれ、周囲で爆発を起こす。

 「ち・・・四月を思い出すぜ」

 忌々しげに呟くアスラ。彼が言うのは今年四月、落天宗が“黄泉孵作戦”において陽動のため行った東京侵攻作戦のことだ。その時現れた“がしゃどくろ”は、それこそ霊衣神官の三倍近い体格だったが、あの時は彼意外にも数名の仮面ライダーと、それに加えスマートブレインのRTS、警視庁のSAUL=G5部隊が居た為、どうにか撃破することに成功した。だが・・・

 ゴオオオオオオオオオオッ

 今度は黒い炎を吐き出してくる霊衣神官。

 「「輝精」!!」

 それをシルエットXが射出した盾から防御光波を発生させ遮断する。

 どうやら今回は、そう言った救援が入る雰囲気は無い。無理も在るまい。何度も言うように十二月は彼ら人類を守る者達にとって最も忙しい時期なのだ。特にこの二十四日は、各地下組織が一斉にクリスマスに因んだ凶悪な作戦を展開してくる日だ。何処も彼処もてんやわんやだろう。

 「ちっ・・・メニィ苦しみます」

 「サンタクロースならず、魔王(サタン)来るっすだな」

 ひゅう

 駄洒落を言う二人の周囲に吹き荒ぶ冷たい風。

 『下手な洒落は』

 かぱぁっ・・・

 霊衣神官の胸の口が開き、其処に周囲から湧き出してきた青白い稲妻が収束していく。やがて、その口の奥に青い光が球体となって生じる。

 『止めな洒落・・・なんちゃって』

 
ドゴオオオオオオオオオオオオン!!

 発射された光球は直後、光の壁に衝突して爆発する。周囲一体が炎になって吹っ飛び、空気が揺らいで屈折率が変わったことで、衝撃波が球状に広がっていくのが見える。やがて、炎が煙に変わる。

 『ねぇ、死んじゃった?』

 煙の中を覗き込む霊衣神官。直後、煙が内から破られ、二つの影が飛び出してくる。

 「うおおおおおおおおおっ!!」

 「はあああああああああっ!!」

 蹴り足を揃えたダブルキック。巨体となった霊衣神官はそれを交わすことが出来ず、顎に直撃を受けてしまう。

 『ああ、良かった』

 だが霊衣神官は、何の痛痒も感じていないかのように笑い、口を開く。

 『その三を教える前に死なれちゃつまらないものね』

 「!!」

 「なっ・・・」

 開かれた口から、魔人と思しきものたちが無数に這い出してくる。

 『三つ目は完全なる服従を生む、支配力。つまり・・・単独で眷属を生み出し支配する能力』

 現れ出でるのは、多くが蝙蝠の翼を持ったもの。そして、其処に人間の女性や犬の頭、蛇などの要素をランダムに取り合わせた姿をしている。

 『それが、最後にして最も重要な魔王を魔王足らしめる要素』

 空中で攻撃を受け、地球重力に落下を強いられながら攻撃を仕掛けられる二人。彼らは各々の武器で迎撃していくが、人工的とはいえ相手は魔人だけあり個々の能力は“殉教者”より遥かに高く、着地までに二人合わせて五体しか撃破できない。

 「くそっ・・・数が多すぎる!! どうする?! このまま増え続けりゃ、やばいことになるぞ!!」

 「安心しろ。大量生産で命を創れるものか。恐らくこいつらは女王様が死ねば一緒に滅びる」

 「はっ・・・忠義モノだな。だがどうする? この間みたいに時間を稼ぐか?」

 先日の、陰陽寮本部で「凍咎」を発射する間を稼いだことを指すアスラ。だが、彼の期待に反しシルエットXは首を振る。

 「アレは壊れて修理中だ。仮に使えたとして、こんな大質量を凍らせることは出来ん」

 「じゃあどうす・・・うっ?」

 どくん

 再び脈動。血が昂ぶるような感覚。

 シュパッ!

 それに気をとられた隙を突いて襲ってくる魔人の頭が、「雷撃」により吹き飛ばされる。

 「すまん」

 「どうした? 気分が悪いなら早引けしろ」

 「馬鹿な!!」

 『ギャアアアアアアッ』

 そう言って封縛法の鎖で拘束した魔人を振り回し、シルエットXの死角から襲ってきた別の魔人にぶつけ両方とも破壊する。

 「それよりもどうするつもりだ? シルエットX! 悪いが俺は何も思い付かん!」

 「心配するな。手は打ってある。こんなこともあろうかとな」

 
ドゴドゴドゴドゴ!!

 『『『ギャアアアアアアアアアアアアアア』』』

 そう言って回転しながら「聖煉」を打ちまくり、周囲の魔人を一掃したところで、彼は片手を上げて高らかと叫ぶ。

 「カムヒアァァァッ! タイクーンス「やめいっ!!」

 ズビシッ

 言いかけたシルエットXの後頭部にローリングソバットが炸裂する。

 「何をするっ!!」

 当然のように反論するシルエットXに、アスラは叫びながら突っ込む。

 「そう言う露骨な真似は止めろ」

 「ええい、我が侭な。仕方ない・・・来い! フェザータイクーン!!」

 改めて高らかと叫ぶシルエットX。それは召喚の呼び声。彼の声は高らかに響き、晴れ渡っていた筈の空の一角に、稲妻を散らす濃厚な黒雲が湧き出してくる。そして、それを突き破って巨大な飛行物体が現れた。






 全体の大まかなフォルムはやや歪な二等辺三角形。前部・中央・後部の三ブロックが組み合わさった細長い本体と、その左右に骸骨旗のマークが付いた巨大なスラスター、更にその左右には穴の開いたデザインの大きな翼、全体は大体そのような構成で成り立っている。更に細かいところを見ていけば、本体では一番前部ブロックが長く、続いて後部、中央の順。前部ブロックの先端は衝角になっているらしく周囲とは微妙に異なる質感。更に前部と中央の接続部分の上には主砲と思われる二連装砲塔が左右に一基ずつ。中央ブロックはほぼまるごとカタパルトになっており、射出口が見える。また、両側には巨大なミサイルランチャーらしきものが見える。それから後部はV字を立体的にレリーフしたような装甲がつき、三角形の中央が膨らんでいることからその中がブリッジなのだろう。その後ろには細長い尾翼のようなものが二枚付いている。翼もスラスターも各部にシャッターらしきものがあり、それが開いて現れる砲口からミサイルやレーザーが宙にばら撒かれている。一応、本体部分はリフティングボディに近い形状をしているが、ごつごつとした細部から判断すれば、現在の航空力学では絶対に空を飛ばない形状だ。即ち、それは現在の航空力学で飛んでいるわけではない。

 以上、解説の間にシルエットXの呼び出した超時空海賊船フェザータイクーンは、その威容とも異様ともいえる姿を旋回させながらミサイルとレーザーの弾幕により魔人たちを次々に撃破していく。

 「乗り込むぞ!」

 「わかった!!」

 そしてフェザータイクーンは対空・対地攻撃を行いながら二人にトラクタービームを照射し、船内へ引き寄せる。やがて二人の体が船体に近付くと装甲の一部が長方形に発光し、液中に飛び込むように彼らは船内に入る。その先は細長い通路で、床はベルトコンベアー式になっており二人を自動的に通路の奥に運んでいく。

 「随分とレトロな造りなんだな」

 船内に入ってアスラは開口一番、そう感想を漏らす。レトロ、と言ってもそれは大航海時代の海賊船のような、というクラシカルな、と言う意味ではない。船の外部と同じ雰囲気で作られた内装・・・何に使うのか、何を表示するのか解らない様な無数のパネルや計器が壁、床と関係なく無数に張り付いた、言うなれば一昔前の近未来的・・・或いは宇宙的デザイン、という意味だ。

 アスラの感想に対しシルエットXはこう述懐する。

 「ちょっと古臭いのが好きでな。反対を押し切って凝ってみたのさ」

 やがて、何故か明朝体で書かれた『第一艦橋』の四文字が書かれた壁が通路の先に見えてくる。彼らが近付くとプシュとエアを噴き出す音が響き、自動的に左右に分かれ、その先に広がる空間への扉となって開く。

 「状況は?」

 空間に入るなり、シルエットXが落ち着いた声で問うと、周囲から報告の声が返る。

 「現在エンジン出力72パーセント、第一戦闘速度で航行中」

 「敵魔人、現在残存戦力173体」

 「自衛隊の本隊の到着予想時刻まであと7分」

 「全兵装稼働率67パーセント」

 「全艦正常稼働率55パーセント」

 その声は何れも同じ姿をした女海賊たち。彼女らの報告にシルエットXは満足そうに頷くと艦長席と思しい椅子に腰を掛ける。しかし、アスラは女海賊の報告に疑問を覚え、シルエットXに問う。

 「55パーセントってのは随分低いんじゃないか? もう、そんなにやられたのか」

 「エミー、説明頼む」

 だが、シルエットXは答えず女海賊にその責務を丸投げする。

 「もともとこの船は骨董品で、それを修理しながら使っている」

 「だから最初からその程度の稼働率にしかならない」

 「本来、一人でも運用できるオートマ艦なのだが、ガタがきているからこれだけのブリッジ要員が必要になる・・・」

 「・・・と、言いたいところだが、半分はキャプテンの趣味だ」

 「・・・」

 恐らく仮面の奥は冷たいジト目なのだろうと思われる視線をアスラは発するが、シルエットXは目を逸らしてそれを無視する。やがて、沈黙に耐えられなくなったのか、号令を発する。

 「主砲一番二番、発射準備。目標は霊衣神官頭部!」

 「アイ・サー。エネルギーバイパス接続、安全装置解除」

 「薬室内出力上昇・・・」

 「自動誤差修正、計算終了。何時でも発射できます」

 「よし、プラズマショックカノン! 撃て!!」

 その号令とともに、ドン、と思い衝撃が船内に響いた。そして、

 ドクン

 「?」

 アスラの体内でまた、何かが脈打った。






 『へぇ・・・航空戦艦とは用意がいいわね。でも・・・』 

 笑う魔王。巨大な戦艦も今の彼女の前では少し大きなミニチュアに過ぎない。だが、それが放つ無数の火器の威力は流石に戦艦のそれで、突き刺さるレーザーやミサイルは彼女に僅かずつだが、しかし確実にダメージを与えている。やがて甲板上の主砲塔が砲を彼女の方向へ向け、その砲口内部を青白く光らせる。そして、船外に外部音声で響くシルエットXの号令、それと共に光条が彼女に放たれる。

 
バシュウウウゥゥゥン

 バシュウウウゥゥゥン


 突き刺さる光の槍。それが彼女の体表に当って爆発し、皮膚の表面に焦げ目を付ける。

 『後でエステが大変そう・・・』

 そう言う彼女は、言葉どおりに殆ど痛手を感じていないように見える。だが、撃たれるばかりでは些か癪なのか、ゆっくりと手を動かし反撃に移る。肩から生える犬が戦艦を追うようにその顔を動かし、周囲の大気を吸い尽くす様に息を吸い込み、吼え声を上げる。

 『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』

 放たれる凄まじい音波、それは過たずフェザータイクーンを捉え、破壊衝撃波となって船体各部に爆発を起こす。それはもう、船全体が煙で隠れてしまうような、遣り過ぎではないかと思うほど、爆発が。それは単に音波が大出力によるためだけではない威力に基づいている。





 「神通力、というか念動力だな」

 揺れる船内で冷静に分析するシルエットX。それに相槌を打つ女海賊。

 「吼え声に霊力が宿る、というのは洋の東西に関わらないらしい」

 何にせよ、先ほどから女海賊たちが伝えてくる被害報告から判断して何度も喰らって良いものではない。シルエットXは指示を下す。

 「巡航ミサイル発射装置起動、主砲照射二秒後に発射する」

 「何番を?」

 「全部だ。全発射装置にミサイルを装填、0.5秒間隔で発射だ」

 「予算オーバーするぞ」

 女海賊は冷静に指摘をするがシルエットXはそれを押し切る。

 「構うか、やれ」







 再び放たれる主砲。それが先ほどと同じところに当って爆発する。どうやらプラズマを圧縮して撃ち込んでいるらしい。あらゆる物質を蒸発させる超高温の塊。シンプル故に強力。物理的な抵抗力の高い、彼女のボディにも焦げ目が付くのはこの為らしい。

 更に中央ブロック左右のミサイルランチャーが起動。五段になった発射口の上段から順次大型のミサイルが発射される。船自体が円を描くように飛行しているため、ミサイルは旋回するように飛んだ後に、真っ直ぐ目標に向かう。彼女はそれを回避ではなく、翼で体を覆う防御体制で対抗する。

 
ゴオオオオオオオオン

 ゴオオオオオオオオン


 着弾するミサイルが大きな爆発を起こす。それは些か霊衣神官にも予想外だったのか、その巨体を大きくよろめかせる。迫る後続弾は回避しようと試みる彼女だが、ホーミングはそれを予測した軌道をミサイルに取らせ、次々と計十発の巡航ミサイル全てが炎の威力を発揮する。






 炎はきのこ雲にかわり、空に立ち上がる。

 「・・・やりすぎじゃ・・・ないの・・・か?」

 その有様を見ながら呟くアスラにシルエットXは暫し無言だったが、何か良い言い訳を考え付いたらしく、手をぽんと打って答える。

 「緊急回避だ。法律上、問題ない。大丈夫、保険が降りるから」

 「そういう・・・問題じゃないだろう・・・おまえ」

 詰め寄るアスラだが、彼には何時もの覇気が見られない。心なしか、疲れているように見える。

 「大丈夫か? 何やら辛そうだが」

 「・・・オレの方こそ問題ない」

 或いは先ほどの後遺症かもしれない、と考えるアスラ。だが、今彼の体の中では、彼の予想もしなかった現象が起こり始めていた。

 「敵は?」

 「現在、魔人はレーダー内に21体。魔王は熱で確認できないが、恐らく健在だ」

 その予測は、ほぼ即座に実証される。内側から拡散されるきのこ雲。漆黒の翼を再び広げ、魔人の女王は姿を現す。

 全身の毛は焼けて縮れ、翼には無数に穴が開いている。だが、霊衣神官の体そのものは焦げ目が付いただけで質量の殆どを維持しており、大きなダメージを受けたようには見えない。

 「これは、あと五、六体は要るな。それから熱血か魂も、だ」

 そう、冗談を言うシルエットXだが当然、場違いなそれは笑いを誘うことは出来ない。

 「効いていないわけじゃない。一点集中で攻撃するんだ」

 故に、彼はそう、指示を下する。しかしそれより早く、反撃を仕掛ける霊衣神官。

 『あら、次はこちらの番よ・・・』

 空に向かって両の掌を向け、腕を伸ばす霊衣神官。

 『熱というのはね・・・こう、使うの』

 その掌の上に、無彩色の光が収束し球体を成していく。

 「不味い・・・あの霊力の波長は!」

 オペレートを行う女海賊の一人が悲鳴のような声で言う。

 「どうした?!」

 「あれは“ディスインテグレイト”だ!!」

 「なんだそりゃ?」

 「分解消去・・・! 原子そのものを分解して消滅させる西洋型魔術系最上級の破壊力を持つ魔法だ!!」

 素早く、懇切丁寧な説明に危険性を即座に承知するシルエットX。彼はすぐに指示を出す。

 「機関全開! 回避運動容易!!」

 「アイ・サー、機関全開、前身全速!」

 ブースターから放つ光を高めながら、霊衣神官より遠ざかっていこうとするフェザータイクーン。だが、霊衣神官はにやりと笑う。

 『狙う必要なんて無いわ。貴方は自ら当たりに来るんだから・・・行くわよ、“深遠の星”』

 そう言うと共に、一瞬、光は一点に向かって集束し、直後、上空に向かって無数の光の針に変わり放たれる。

 「馬鹿な・・・! 対複数目標?!」

 そして光は、空の一点でその進行の向きを地上に向かって曲げ、高速で降下してくる。だが、それはタイクーンに向けてではない。まだ、人が要るはずの市街地に向けて、だ。

 「シルエットX!!」

 「解っている!! 全速!! 本艦を盾にする!!」

 「・・・! アイ・サー!!」

 タイクーンは鋭くターンすると、光が注いでくる方向に向かって飛ぶ。

 「エミー、敵弾軌道中心に到達と同時に全揚力カット、デンジバリアーを防御に回せ!」

 「だが、それでは!!」

 「俺達は外に出て防いでくる。頼むぞ!!」

 反論する間も与えず、シルエットXは椅子ごと床に引き込まれ、アスラも足元に出来た穴に落っこちる。

 「うあああああああああああっ!!」

 悲鳴。だが、落下はすぐに終わり、次は急上昇。それとともに二人は甲板に射出される。

 「く・・・何の前触れもなく、かよ」

 「ぼやくな、来るぞ!!」

 既に眼前に迫る魔力の光弾。

 「「輝精」起動!!」

 「神掌・・・千手千眼の型!!」

 盾を射出し、腕を広げ最大限の防御姿勢をとる二人。

 「全揚力カット! デンジバリアー防御モード100パーセント!!」

 タイクーンもこれまで揚力発生に使用していたバリアの全出力を防御の方向に収束する。

 そして・・・降り注いでくる光の雨あられ。

 「ウオオオオオオオオオオオオオッ」

 「クアアアアアアアアアアアアアッ」

 『無駄無駄!!』

 濃密な、殆ど物質とさえ言えるような光の壁が遮る。だが、それさえも強力な魔力の前には砕かれ、打ち貫かれていく。アスラは、それを神掌で弾いていくが、凄まじい量で振り注ぐ雨の全てに対抗することは出来ない。光の雨がタイクーンを貫いてゆく。

 
ドゴオオオオオオン!!

 そして、爆発。重要な部分はガードし切った為大破には遠いが、タイクーンは遂に墜落・・・いや、ギリギリのところでバリアを使いブレーキをかけて着陸する。

 「く・・・う・・・」

 「無事か、アスラ」

 「・・・なんだか、全身がガタガタ言ってるが・・・大丈夫だと思う」

 大出力の魔力を打ち返した反動からか、先ほどからの違和感が、更に程度を増しているのを感じるアスラ。自分の体に、何かが起こりつつある。

 「ブリッジ、そっちは?」

 【あっちこっちから火花が出ている】

 恐らく手持ち花火か噴水のような感じなのだろう。見なくとも大体、雰囲気がわかった。

 「飛べそうか? エミー」

 【無理だ。さっきので、翼がいかれた。バイパスもいくつか切れたらしい。サブ・レビテイターの方も出力が上がらん】

 『フフ・・・張子の虎、石の狸とはこのことね』

 飛び立てないタイクーンを見下ろしながら、楽しげに笑う霊衣神官。

 【キャプテン! どうするんだ!! このままじゃいい的だぞ!!】

 「ぐ・・・うう・・・ああっ・・・」

 状況とは関係無しに、本格的に苦しみだすアスラ。体の中心が乾いた様に熱く、何かを渇望している。

 (力を・・・力を・・・力を・・・)

 (何が言いたい・・・何をおれにさせたい・・・)

 (力を・・・太陽を・・・手で・・・人の・・・思いを)

 「アスラ!! どうしたアスラ!!」

 「ぐ・・・」

 何時の間にか膝を突いていたらしい。胸の奥が酷く熱く、全身が今にも分解してしまいそうな感覚。だが、その一瞬で、アスラは何をすべきか理解する。

 「オレが・・・あの太陽をどうにかする。あそこまで、オレを打ち上げてくれ」

 「馬鹿を言うな!! 表面温度は六千度を超えてるんだぞ! 一瞬で・・・分かった」

 シルエットXは、何かを悟ったように制止するのを止め、頷く。

 「すまんが、少し時間が要るかも知れねぇ。時間を稼いでくれ」

 「分かった。何とかしよう」

 シルエットXは、そう頷いた。







 「変形する!!」

 ブリッジに戻ったシルエットXが最初に口にした言葉がそれだった。そして、最早パターンどおりに女海賊がそれを止めようとする。無茶だ、と。予算がかかる、と。巧く稼動しないかもしれない、と。だがそれを、一蹴するシルエットX。

 「的になるよりは良い!!」

 そして、彼の指令は実行される。

 「兵装の制御系を俺に。変形のサポートを行う」

 「アイ・サー!」

 シルエットXの椅子の両側に、黒い球体状のものが付いた制御装置がせり上がってくる。彼が掌をその球体の上に置くと、内側に無数の光が筋となって走る。

 「主砲、コンデンサー充電完了。ガンシップモード起動!」

 シルエットXが朗々と言うと、球体に浮かぶ光が強くなり、連動するようにタイクーン外部でも変化が起こる。主砲塔の基部から蒸気のようなものが上がり、上部と左右に翼のようなものが現れる。

 『何をするつもりかしらないけど・・・』

 迫る霊衣神官。開いた口の中に黒い炎が再び灯る。

 「発進!」

 強く球体を押し込むシルエットX。それと同時に、主砲はタイクーンから垂直に離陸する。そして・・・

 「行け!!」

 シルエットXの声に従うように、空を滑り出すガンシップ。それは猛烈な勢いで霊衣神官に迫り、

 「見える!!」

 シルエットXの額から迸る稲妻。呼応して、ガンシップはプラズマ弾を霊衣神官の口内に叩き込む。

 『あうああああああああっ!!』

 口内を爆発させる霊衣神官。流石に、ダメージが大きく巨体をのたうたせ悶絶する。

 『小細工を!!』

 「ガンシップ・オールレンジ攻撃!!」

 叩き落そうと腕を振るい、魔力を放つ霊衣神官だがガンシップは素早く宙を駆け、それらの攻撃から逃れながら死角に回り込み、プラズマ弾を撃ち込んでいく。

 無論、いずれも致命打にはならず、飽く迄もこれは霊衣神官の言うように小細工、小手先に過ぎない。シルエットXはガンシップを操りながら、時間稼ぎの本命を始動させる。

 「フェザータイクーン、チェェェェンジ! バトルタイックゥゥゥゥン!!」

 「アイ・サー。飛行モードから陸戦モードへ変形開始」

 レバーを引き、ボタンを押し、女海賊たちは命令を遂行する。全艦にブザーが鳴り響き、艦全体の状況を示すディスプレイに、非常シャッターが閉じていく様子が表示される。

 「脚部展開開始」

 「セミ・オートバランサー作動確認」

 前部ブロックが前方に向かってスライドを始める。中には前部ブロックより一回り小さい直方体ユニットが入っており、前部ブロックが完全にスライド仕切ったところで、中心線を描くラインに電光が迸り、左右に分かれる。

 「艦首固定ロック解除。踵部サーボモーター、稼動開始」

 更に艦首部分から船体が上方に向かって折れ、やがて直角に立ち上がる。艦中央・後部ブロックを支えて立つ前部ブロックは、即ち脚部への変形を遂げる。

 「炸裂ボルト作動! 左右トリガウイング・パージ!」

 「デンジ誘導装置作動」

 翼の付け根に連続して爆発が起こり、ボロボロに穴の開いた翼が切り離され、それはタイクーンより発射された稲妻のようなものに誘導され、ゆっくりと地面に降りる。

 「各サーボモーター、安全域」

 「腕部展開開始」

 ブースターが髑髏マークの下辺りから艦の前方に受かってスライドし、先端から握られた拳が現れ腕となる。

 「巡航ミサイル発射装置、旋回開始」

 中央ブロック両脇のミサイルランチャーが艦前方から艦上方に向かって、つまり現在の正面に回転し、固定される。

 「艦橋部装甲展開」

 「ブリッジ移動開始」

 後部ブロックの装甲が左右に開いていく。その中から現れるのは、レ・ドームを思わせる球形に近いユニット。それが前方に向かって突き出したかと思うと、艦後部・・・即ち上方に向かって回転し、九十度の扇を描いたところで固定。そのレ・ドームの表面には明らかに顔、それも骸骨をモティーフに・・・とは言っても仮面ライダーとは異なるデザインアプローチだが・・・した仮面が張り付いている。そして・・・

 「胸部装甲閉鎖」

 「主砲塔、接続完了」

 「各部伝達系作動率54パーセント」

 主砲が戻ってきて膝の部分に装着される。更に内側に見えた主機関と思しい装置を隠すように装甲が閉じ目に光が入る。それと同時に今まで人形のようでしかなかった全身が、大地を踏み締め、全身に力を漲らせるように拳を振り上げる。

 
「完成! 時空海賊巨人!! 戦闘大君(バトルタイクーン)!!」

 外部に、凄まじい音声で響き渡るシルエットXの声。タイクーンは拳を振り下ろしてXを描き、腕を組んだ仁王立ちのポーズを取る。髑髏に似た顔。額にはVマーク。胸にも装甲がVを描いているが、射出口などを合わせてみるとカラーリングの所為も在り、Xにも見える。全身はマッシブな印象で、両肩には髑髏のマークが敵を睨みつけている。言うなれば、その姿は巨大シルエットX。

 
ドゴオオオオオオオオオン!!

 何故か爆発もないのに無意味に起こる爆発音。

 「・・・タイクーン、陸戦モードで作動開始する」

 冷静な女海賊の声とともに、時空海賊船フェザータイクーンは巨大ロボット、時空海賊巨人バトルタイクーンへと変形を遂げた。





 「ウオオオオオオオオオッ!! 海賊Oに俺はなるッ!!」

 武器選択。ターゲッティング。安全装置解除が女海賊の手によって速やかに行われる。弓を引き絞る時のように後方に引かれる右腕。その四面に付いたスラスターが炎を吐き始める。

 「喰らえ!! ゴムゴムの波動砲!!」

 「ヴォルケーノパンチ、発射」

 
ドゴオオオオオオオン!!

 爆音と共に肘から先が分離し、撃ち出される。ふざけた叫びとは裏腹に凄まじい勢いで飛翔する、文字通りの鉄拳。空気の壁を何枚も貫いた末、それは霊衣神官の胸に命中するが・・・

 『レディの胸に手を伸ばすなんて・・・失礼しちゃうわ。なんてね』

 大きな質量と運動エネルギーを帯びたその塊を、容易く弾き飛ばす。

 『まさかロボットまで持ち出すなんて。インド人もびっくりね』

 「これで地上戦は対等!」

 ばればれのハッタリをかませるシルエットX。変形したはいいが、各部には大きなダメージが幾つもあり、既に立っているだけでもやっとの状態だ。今もブリッジ内はあちこちから火花が飛び散っている。あくまでこれは陽動なのだ。

 「アスラ、ミサイル攻撃に交えてお前を打ち出す。いいな」

 【ああ・・・いつでもいいぜ】

 アスラの応答は、爆薬の外されたミサイルの一つの中から。だが、彼の様子は先ほどより更に、消耗しているように見える。しかし今は、彼の言葉に賭ける以外ない。シルエットXは頷く。

 「よし。行くぞ!!」

 戻ってきた腕を再接続し、轟音を上げながら霊衣神官に向かうタイクーン。

 「くらえっ!!」

 空気を抉る音とともに鋼鉄の拳は打ち下ろされる。

 ガシィィィン

 『貧弱、貧弱ゥゥ!! ってやつかしら』

 だが、それは半分以下の細さしかない霊衣神官の腕に簡単に弾かれ、直後に繰り出された掌底がタイクーンの胸を捉え、突き飛ばす。

 「ハイクルーズミサイル発射ァァァ!!」

 「アイ・サー!!」

 距離が離れた瞬間、腰のランチャーから発射される大型ミサイル。それは即座に音速に至り、目標に突撃していく。しかし、霊衣神官はそれさえも難なく両手で手づかみ、受け止める。そして、そのままミサイルを投げ返してくる。対して、タイクーンの額のVが赤く発光する。

 「ハロゲンッメェェェザァァァァッ!!」

 カァァァァァッ!!

 Vの字から放たれる朱色の光線。それが照射されるとミサイルは一瞬で融解に至り、爆発する。だが、直後に煙を貫いて伸びてくる太く長い物体。それはしなやかにのたうちながら、タイクーンの全身に絡み付いてくる。

 ミシ・・・ミシ・・・

 激しい締め付けに、ボディ全体が軋みを上げ始める。

 『ウフフフ・・・どうかしら? 痛いかしら? でもチョークは無しよ?』

 「ならば・・・フルファイアアタック!」

 「アイ・サー。全対空ミサイル及びレーザー、一斉発射!!」

 タイクーンの全身に備わる全ての発射口が開き、ミサイル・レーザーが解き放たれる。タイクーンを中心に連続して爆発が起こる。

 
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴ!!

 キュンキュンキュンキュン!!


 『あ・・・痛い・・・ああっ』

 恍惚とした声を上げながらも尾を緩めてしまう霊衣神官。流石に至近距離で、連続して砲火を受ければダメージが大きくなるのを避けられない。

 「行け! ガンシップ!!」

 更に、膝から主砲塔がパージし、ガンシップとして空中を飛び交いながら尾が離れても尚続くフルファイアアタックに火力を加える。

 ドドドドドドドドドドドドドド

 殆ど地鳴りの様な轟きを上げながら、凄まじい量の火力が霊衣神官をじわじわと後退させていく。

 「よし、今だ! アスラ!!」

 【応!!】

 機を確かめたシルエットXの声に、力を無理やり込めて応えるアスラ。

 「特別製ミサイル発射だ! エミー!!」

 「アイ・サー。目標“一つの太陽”・・・発射!」

 アスラを乗せたミサイルが“一つの太陽”に向けて打ち出される。一見、狙いの逸れた流れ弾のように。それは迷走した後、やがて一直線に空を走っていく。だが、サディスティックに霊衣神官の笑う声が響く。

 『何を企んでるのかしら?』

 「しまった!」

 サッと、アスラのミサイルに目を向ける霊衣神官。その瞳が金色に光り始める。

 「逃げろ!! 元宗ッ!!」

 『残・念』

 ピシュッ

 霊衣神官の目から放たれる、レーザーのような光。それが一瞬でミサイルを切り裂き、直後、空中に爆発を起こす。

 
ドオオ・・・ン

 「元宗ッ!!」

 『ウフフフフ・・・“一つの太陽”を狙うなんて馬鹿ね・・・アレは私たちのものよ』

 「く!」

 拳を強く握り締めるシルエットX。爆発から逃れたとしてもあの高さからの落下では改造人間の強度でも耐えられはしない。そんな冷静な分析結果が脳みその内側で反響している。それを否定しようと頭を振るが。

 『ある日、ギリシャのイカロスは、螻で固めた鳥の羽・・・駄目ね、モリガンみたいに巧く歌えないわ』

 厭味っぽく、太陽に立ち向かい地に落ちて死んだ古代ギリシャ人の歌を口ずさむ霊衣神官。だが・・・

 「あの思いは・・・みんなのためのものよ!!」

 響くその声は、マリアのもの。

 『!!』

 「どっこい生きてたド根性ってやつか?」

 そして、元宗の声も響く。空に舞う、三角形の翼。それをグライダーのように操る木枯しと、サーフボードのように上に立つ元宗の姿。

 「・・・間に合ってよかったよ、元宗さん」

 マリアの操る翼はロボット陰陽師K−C0のフライトユニット「スカイセイル」。彼女は道源一家を安全な場所に避難させた後、大急ぎで陰陽寮本部に戻り、全ての手続きを無視して相模京子から借りてきたのだ。

 「・・・あの太陽に行くんだよね?」

 「ああ。京子には、代わりに謝っといてくれ」

 「・・・駄目だよ。自分で謝りにいかなきゃ」

 「そうだな」

 頷くアスラ。それと共に、木枯しはスカイセイルから飛び降り、彼女専用の緊急展開用グライダー「大凧」を背中に広げ、風に乗って降下していく。

 「コウ・・・戻っているな?」

 『ニャ』

 猫の声を発し、現れる霊獣コウ。

 「頼むぞ」

 『合点』

 コウは元宗の言葉に全てを察し、スカイセイルにもぐりこむ。元宗はスカイセイルを操縦できないため、彼の憑依合体能力を使って制御するのだ。大きく旋回すると、スカイセイルは“一つの太陽”に向かって飛んでゆく。

 『さ・せ・な・い・わ!』

 アスラを阻止しようとする霊衣神官。無駄だと頭では分かっているが、神官としての予知能力が彼女に危機を知らせているのだ。だが、彼女の行為は、逆にタイクーンに乗る者たちによって阻止される。

 「何度も同じ轍を踏むか!! トリガウイング! 来いッ!!」

 電光がタイクーンの掌から迸り、それに誘導されて直後、パージされていた翼が飛んでくる。それは、タイクーンの手に握られた瞬間、接続部で合体完了し、巨大な三角形を作る。

 「行けッ!! トリガウイングッブゥゥゥゥメラン!!」

 そして、タイクーンは大きく振りかぶり、トリガウイングを投げ放つ。更に、

 「ガンシップ!! オールレンジ攻撃!! いけぇッ!!」

 主砲が発進し、一見出鱈目に見える複雑な軌道を描き、プラズマを発射しながら突撃する。だが、攻撃は未だ終わらない。

 「ウオオオオオオオオオッ! ヴォルケーノパンチだ!!」

 咆哮するシルエットX。彼の頭上からは無数の火花が飛び散っている。それは、感覚的なものではなく、頭部に内蔵されているコンピューターが高速演算によりスパークしているのだ。

 「キャプテン、無茶だ!!」

 「構うか!! いけぇっ!!」

 発射される両腕。今度は拳ではなく、手刀の形で飛翔し、指先からミサイルを機関砲のように連射しながら霊衣神官に遅いかかる。

 『うわあああああああああああああっ』

 苦悶とも、怒りともつかない声。デンジ誘導されるブーメランが連続して引き裂き、プラズマとミサイルの雨が超高温の火柱で包み、速度と質量により巨大な運動エネルギーを持った拳が打ち据えていく。その一撃毎に大きなダメージはないが、確実に、確かに霊衣神官の膨大な生命力を削ぎ取っていく。

 「ぬおおおおおおおおおっ」

 だが、シルエットXもまた苦悶を上げ、頭から無数の火花と蒸気を上げている。シルエットXの頭部に搭載されたコンピューターは、タイクーンの火器官制の中枢でもあり、シルエットX本人の頭脳と機能連結して稼動するため、五つの遠隔攻撃兵器を同時に扱うと過負荷によりオーバーヒートが起こるのだ。

 「ロボットこんじょぉぉぉぉぉっ!!」

 脳味噌がアプリケーションエラーを起こしかけている。だが、彼は引かない。新たに魔人を吐き出す霊衣神官の反撃に、更なる機動速度と砲火の量を持って立ち向かう。

 そして、“一つの太陽”に向かっていたスカイセイルは、遂に光球面の間近まで迫る。本物の太陽に匹敵する輻射熱はスカイセイルの各部を沸騰させ、装甲が至る所で剥げ落ちていく。アスラは、直ぐにでも燃え尽きてしまいそうな高温の中、腰を深く落とし跳躍の姿勢をとる。

 (誰が呼んだか知らんが・・・今、行ってやるぜ!!)

 ジェネレーターが熱暴走を起こし、爆発を起こす。直後、スカイセイル全体が弾けるが、それよりも僅かに早く飛び立つアスラ。人の思いを溶け合わせた、赤く禍々しい太陽の中に。






 「ここは・・・」

 光が、周囲に溢れている。暖かく、心地よい光が。あの禍々しい太陽の外側からは信じられないような、穏やかで優しい光・・・そして柔らかな意識に満たされた空間。だが、其処は紛れもなく、“一つの太陽”の中だということが、彼にはわかった。

 「・・・そうか、ここは」

 霊衣神官は言った。僧や神父などの神職者を標的にした、と。彼らを狙えば、より高純度な“命より大切な思い”を手に入れられるから、と。神職者のもっとも大切な思い。それは、多くの人々の為に神へ祈りを捧げること。多くのものの幸せを願う心。祈る相手に違いは在っても、その心だけは殆ど代わることはない。だから、ここは、暖かく、柔らかく、穏やかで、そして優しい。

 (あんたたちの思いは・・・!)

 だが、だからこそ、怒りが湧き出す。そして、悲しみも。

 「誰かを傷つけるものじゃないだろう・・・」

 やるべき事は、わかっている。

 「だが、今は力を貸してほしい」

 それは呼びかけること。この思いを、在るべき所に返すこと。

 「オレには、敵を倒すことしか出来ないが・・・あんたらの思いは・・・誰かを護る為に在ったはずだ! だから!!」

 アスラは拳を突き出す。思いを繋ぎ止める魔力の鎖を断ち切るように。

 その瞬間、光が、光の中の意識が、アスラに向かって押し寄せてくる。

 「な・・・なんだ・・・これは?!」

 血が沸き、魂が昂ぶる。同時に、流れ込んでくる無数の思いと祈りと願い。それと共に、彼の全身に描かれた経文が強く発光を始め、阿修羅神掌が急激に発熱し、今にも砕けてしまいそうになる。

 「く・・・なんだ・・・なんの・・・つもりだ・・・あんたらの思いは・・・あんたらのもだろう・・・だから・・・」

 (元宗さん・・・心配しないで)

 不意に、響く声。それは、よく聞き覚えのある声。そう、それは紛れもなく・・・その名を思い浮かべた瞬間、彼の前に現れる声の主の姿。長い黒髪と緑を帯びた黒い瞳。整った顔立ちに、切れ長の目・・・

 「瞬!!」

 光の中に、幻のように現れる神野江瞬の姿。彼女は元宗に向けて微笑むと、静かな口調で告げる。

 (心配しないでください。彼らは、思いを果たす場所を、貴方の腕と定めたんです)

 「オレが・・・この思いを・・・? そんなことが出来るのか?」

 (はい。その為の準備は、もう貴方の体の中に出来ています。死の間際からの復活、それが貴方の中にある生命エネルギーと魂に秘められた潜在能力を解放し、更に修羅転化経に隠された力・・・この隠された力というのは、心技体の三つの要素が不完全な状態では、大きな危険を伴う可能性があるので封印されていたんですが、それが解除されたんです。さらに、貴方に注ぎ込まれたあの二人の気力が)

 「ちょ・・・ちょっと待ってくれ、瞬。折角の説明は有難いんだが、時間がないんだ。結論だけ教えてくれ」

 アスラのその要望に、露骨に不満な顔をする瞬。アスラも、何もこんなときに説明マニア振りを発揮しなくても良いじゃないか、と思うが致し方ない。

 (はい。彼らの意思を受け入れ、共に戦ってあげてください)

 「解った」

 短い言葉で頷くアスラ。許されるならば、ずっとこの場にいたい。そんな衝動が確実に胸の中にある。だがそれは多分、今よりも前に来ていたら、もっと大きかっただろう。彼は問う。

 「お前が、ここに呼んだのか?」

 (呼んだのはここにいる皆さん。私は、それを手伝っただけです)

 「そうか・・・最後に聞かせてくれ。お前は・・・いや」

 アスラは、何かを聞こうとして、首を振り止める。不思議そうな顔をする瞬に、彼は仮面の裏に泣き笑いを浮かべながら言う。

 「ここで聞いたら、折角決意したのに鈍っちまいそうだ。だから、オレはもう、いく」

 (・・・ごめんなさい。元宗さん)

 瞬の言葉に声を上げて笑うアスラ。

 「やっぱり、お前は何時も謝ってばかりなんだな」

 そして、彼はそれを告げると、意を決したように腕を左右に広げる。自らの両手だけでなく、阿修羅神掌も。

 「・・・オレの身体で足りるというのなら、遠慮なく、使ってくれ! オレは、あんたらの思いと共に、戦う!!」

 光が、彼の中に集まっていく。それと共に全身が黄金の光を発し、やがて阿修羅神掌が無数のパーツに分解していく。

 そして・・・






 『カアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』

 霊衣神官の胸が開き、そこから迸る雷光の鎚がタイクーンの胸部装甲で炸裂し、爆発する。ボロボロになったトリガウイングはビルに突き刺さり、主砲は左が大破、右は砲身を捻じ曲げられている。手も指のほぼ全てが折られ、拳を握ることは出来ない。

 「無事か?」

 『アイ・サー』

 ブリッジ内では其処彼処で弾ける火花。ディスプレイの大半は破裂し、残ったものもEMERGENCYやDENGER、CATION、ENPUTYしか表示していない。全体のコンディションを表すカラーバーは真紅。辛うじて立って動くのが精一杯といったところだ。

 あの後、タイクーンは霊衣神官によって凄まじい逆襲を受けた。彼女も肩口の犬を分離してガンシップのように操り、タイクーンの遠隔機動兵器に対抗し、魔人を一気に数百まとめて弾丸のように撃ち込み、対空砲火を突破して近接攻撃を仕掛けて各砲台を潰した。更に、暗黒魔法の治癒術でそれまでのダメージを帳消しにすると、接近戦・遠距離魔法戦を蛇の体に相応しい柔軟さで使い分け、タイクーンを追い詰めた。

 『フフフ・・・もう、これで終わりかしら? やっぱり短い付き合いだったわね。シルエットX』

 「そうらしい。無論、消えるのはお前だが」

 名残惜しむ様に言う霊衣神官に、尚も強がるシルエットX。

 『フフ、アスラくんを期待しているんだろうケド、無駄だと思うわ。あの中に入る前に、もう溶けてなくなってると思うから』

 「馬鹿め。仮面ライダーというのは、死体が確認できないうちは、必ず生きているものだ」

 『残念だけど、強がりはあちらで言うと良いわ』

 魔力を集中するため、掌を天に向けて翳す霊衣神官。だが、その瞬間、辺りを赤く照らす光が一瞬蔭り、更に暗くなっていく。

 『な・・・なにっ?!』

 小さくなっていく“一つの太陽”。光の中に浮かぶ、大きな翼を広げた影。“太陽”は影の体の中心に向かうように落ち込み、萎んで行く。

 『そんな・・・なんで・・・うそ・・・?』

 やがて、太陽は消える。しかし、太陽の輝きは、天頂に尚、輝いている。光を放つそれは仮面ライダー。

 仮面ライダーアスラ。

 彼自身の姿は、太陽に突っ込む前となんら変わらぬが、彼の背に帯びるものは阿修羅神掌ではなくなっている。

 巨大な、黄金の翼。恐らく、阿修羅神掌が変形を遂げたのだろう。神掌の各部の面影を多分に残す金色の翼が彼の背中に広がっている。

 『イカロス・・・いえ、あれは太陽に立ち向かい、打ち勝つもの。ダイダロス』

 「あれは不死の神鳥ガルーダ・・・いや、奴に相応しい名で言えば、天竜八部の一、迦桜羅(カルラ)」

 霊衣神官は呆然と見上げ惚けた様に、シルエットXは楽しそうに嬉しそうに各々評し、アスラの新たな姿の命名者となろうとする。だが、アスラはその何れも否定するように首を左右に振り、言う。

 「この力、この姿は、託された思いを、より速く果たすためのもの」

 翼が一度大きく羽ばたき、風が起こる。

 「故に魁(さきがけ)!」


「名づけて仮面ライダーアスラ魁だっ!!」

仮面ライダーアスラ魁!


 ごうっ

 起こる、風。誰もが一瞬言葉を失う。

 『何が・・・』

 暫時の沈黙、それは霊衣神官によって破られる。

 『何が魁よ! 返しなさい!! それは・・・その光は・・・!! 私のものよぉぉぉぉぉっ!!!!』

 怒りの形相で、数百の魔人を再び吐き出す霊衣神官。最早、漆黒の塊とさえいえる怪物たちの殺到に、しかしアスラ魁は僅かほどの同様も見せない。初めて翼を持ち、空を飛ぶにもかかわらず、迷いの無い羽ばたき。尾羽から光の粒子をジェット状に噴き出しながら、彼は魔人の怒涛に向けて、突撃する。

 一瞬。

 光の筋が、魔人の群れを駆ける。アスラが魔人の群れを背に、力を確かめるように拳を握り締める。よく見れば、何れの魔人も穴。頭、胸、或いは腹に。急所から光の筋を漏らしている。直後、爆発。数百に及ぶ魔人が一瞬で消滅する。

 『うそ・・・うそよ・・・』

 
こーん・・・こーん・・・こーん

 愕然とした霊衣神官の呟き、それと同時に響き始める鐘を鳴らすような音色。それは彼女の体の内側から響くもの。よく見れば、心臓の辺りが赤く点滅を始め、全身が老化していくように枯れて萎んで行く。“一つの太陽”が失われても、空気中に魔素は残留していたが、それが今完全に消耗されてしまったのだ。魔王は―――魔素の薄い地上世界では急速にエネルギーを消耗するのだ。

 『まずい・・・このままじゃ・・・』

 このまま消耗に任せれば、彼女の体は全てのエネルギーを失い、自らの質量を支えることが出来なくなって崩壊し、やがては腐敗し消滅に至る。その前に、この体が蓄えたエネルギーの全てを食いつぶしてしまう前に、人間の姿に戻らなければ。彼女は翼を羽ばたかせ、空へ逃げようとする。まずは後退しなければならない。だが、アスラ魁は見逃さない。

 「逃がすものか!! 悪鬼を捕らえる不動の索条! 活殺自在! 封縛法!!」

 ギュイイイイイイン!!

 『う・・・あ・・・うそ・・・なに?!』

 アスラ魁の右腕から伸びる数百本の稲妻の鎖が、霊衣神官の全身を縛り上げ、拘束する。当然、彼女は抵抗するが、既に萎み始めた彼女の力では“一つの太陽”の力を得たアスラ魁の術を破ることが出来ない。再び地に落とされる霊衣神官に、アスラ魁は音速で迫り突撃する。一瞬に無数の筋で描かれる金色の光の檻。直後、響く絶叫。

 『きゃああああああああああああああっ!!』

 ブシュウウウウウウウウウウッ!!

 全身が切り刻まれ、どす黒い血液が噴き出していく。

 
こーん、こーん、こーん

 鳴り響く周期の早まる鐘の音。最早、エネルギーが完全に消失してしまう瞬間は近い。霊衣神官の体全体が、発光を始める。

 『こうなったら・・・貴方も道連れよ』

 自爆―――このまま、醜く萎んで消えるよりも、彼女は花と散ることを選ぶ。ただし、周囲を炎に巻き込みながら全てを消滅させる散華をだ。

 『参ったわ、人の思いに。成る程ね、理解したわ。次の人生の参考にするわね』

 光はやがて、彼女の中心である心臓に集結していく。その光の集結が完了したときが、自爆の準備が完了したときなのだろう。

 「地獄へは、貴様一人を案内するぜ・・・霊衣神官!!」

 だが、アスラ魁はそれを許しはしない。翼を羽ばたかせると、彼は遥か高空へと一瞬で到達する。

 「南無遍照金剛!!」

 経文を唱えるアスラ魁。それは太陽の顕現たる仏の王。全てのものに遍く光と慈悲を与える大日如来を唱える経。直後、彼の黄金の翼は無数の部品や繊維に分解しながら、彼の腕に巻きついていく。やがて、形状を安定させたそれは、アスラの右腕を覆う巨大な鎧に姿を変えている。

 「この力、思いを護り、最後の一瞬まで貫き通す為に!!」

 黄金の右腕を引き絞るアスラ。それはまるで太陽のように輝き、炎のように燃え、稲妻のように迸る。

 「故に、殿(しんがり)!!」

殿

「名づけて仮面ライダーアスラ殿だぁぁぁぁっ!!」

仮面ライダーアスラ殿!





 
どごおおおおおおおおおおおおおん

 まるで爆発音のような凄まじい轟きと共に急降下するアスラ殿。

 「霊衣神官よ知れッ!! 生きながらッ! 生きる意味を奪われた奴らの!! 怒りをぉぉぉぉぉッ!!」

 『きゃあああああああああああああああっ!!!!』

 繰り出された拳が、口腔に突入し、喉を貫き、器官を引き裂いて、心臓に至る。彼の黄金の拳は、其処に集中した魔力の全てを一瞬で弾き散らし、内臓を破裂させながら、背中を突き破り、霊衣神官の尾の上に着地する。

 「修羅・・・」

 ピシ

 「烈風・・・」

 ピシピシ・・・

 「金剛崩し」

 
シャリーーン

 まるで、ガラスが割れるような音と共に、砕ける霊衣神官の体。落下していく残骸は途中で無数の砂に変わり・・・
やがて全てが空気に溶けて、消えた。






 「あら、皆さんごきげんよう」

 マリアが掛けた招集により、一同が集まった先に見たものは、流石に予想を上回っていた。霊衣神官が撃破された近傍の公園。その芝生の上に横たわるのは確かに霊衣神官。だが、彼女の姿は、魔王の真の姿に変貌する前の右半身を失っていたあの姿より、更に深刻なダメージを受けていることがわかる。服は剥げ落ち、なくなっているが、それが全く問題になっていない。即ち、胸から下が完全に無くなっているのだ。

 残されているのは頭部に加え、左腕が肘までと、どういう原理かわからないが未だ脈を打っている心臓のみ。だが、何れも既に石化していくように色彩を失い、ひび割れていく。

 「存外、しぶといものだな」

 感心するようでも、あきれた様でもあるシルエットXの声。

 「安心して良いわ。もう、私は死ぬから」

 既に死期を察し、開き直ったように笑う霊衣神官。そこに、真剣な表情でマリアが近付く。

 「なにかしら?」

 「教えて欲しい事が在るの」

 緊張に、ごくりとつばを飲み込むマリア。その様子を楽しそうに眺めながら聞き返す霊衣神官。

 「何かしら?」

 「質問は二つ。まず一つは、どうして地上侵略なんかしようとしたかってこと。今まで見てたけど、色々とリスクが多いみたいなのに」

 「そうね・・・貴方の言うとおりかしら」

 自嘲するように笑う霊衣神官。そして彼女は思い出すようにしながら言う。

 「生き物が、苛酷な環境に移動する理由の一つは、もと住んでいた環境がより苛酷になったから。私たちの祖先が、下に移り住んだときも同じだったみたいね。過酷な環境に耐えるために自らを改造したり、環境を改造したりした・・・つまり、そういうことよ」

 「地底世界に、一体何の脅威が?」

 アスラの問いに、しかし霊衣神官は首を振る。

 「残念だけど、そこまでは教えられないわ。ただヒントは・・・ドラゴン」

 「ドラゴン?!」

 龍。だが、その言葉だけでは真意は察する頃が出来ない。だが、霊衣神官はその疑問を払拭しようとはせず、マリアに次の質問を促す。

 「さ、次は何かしら?」

 「この・・・女の人を知らない?」

 そう言って、財布から一枚の写真を取り出すマリア。それは、瞬の顔が写されている。霊衣神官はその写真を見て一瞬、驚いたような顔をした後、興味深そうに暫らく凝視する。やがて、答えを待ちきれないようにマリアが付け添えて言う。

 「この人は、神野江瞬。仮面ライダー鬼神」

 「へぇ、この娘がそうだったの。私たち、ライダーの姿しか見たこと無かったし、資料にも顔写真が付いてなかったからどうしてかと思ったんだけど、成る程こういうことね。調査不足じゃなかったんだ。わざとだったのね」

 「どういうこと・・・?」

 霊衣神官の言葉を殆ど理解できないマリア。それはここに居合わせた者たちも同様だ。だが、霊衣神官は一人で楽しげに納得している。やがて霊衣神官はその顔をマリアに向けると言う。

 「だって、彼女の顔・・・まるで」

 『そこまでだ、霊衣神官』

 「!!」

 そこに響く、風が岩穴を抜ける時に起こる唸りの様な声。直後、周囲に異変が起こる。凄まじい圧迫感。大気がまるで液状化したような感覚を覚え、直後、彼らの目の前に何かが出現する。

 急激な地面の隆起。

 高熱を伴う紅蓮の旋風。

 泡立ち周囲の草を枯らす毒液の噴出。

 美しい旋律を響かせる竜巻。

 そして、地を引き裂いて登る光の柱。

 「う・・・うそ・・・」

 愕然と呟くマリア。やがてそれらの中から現れる者達を見て、ぺたんと尻餅をつく。

 ・・・用心深い卿らしくない損害だな」

 そう言って現れる、二メートルを遥かに超える超巨漢、百鬼戦将ダグザ。

 「うっそ、だいじょぶ?」

 続けて現れるのは、同じく二メートルを超える、しかし真紅のドレスに身を包んだ剣士、煉獄剣王ヌァザ。

 「ふふん、僕を馬鹿にしたわりには、いいざまじゃないか」

 サングラスと無数の目型アクセサリーを帯びる科学者風の男、邪眼導師マックリールも現れる。

 「みなさん、はじめまして〜♪ 私の名前は、妖麗楽士モリガンです」

 そう、お辞儀をしながら現れる鮮やかな水色のジプシー風の服に身を包みリュートを構えた女性、彼女の名は妖麗楽士モリガン。

 「そして、こちらが私たち六大魔王のリーダー格、このごろちょっと太り気味の死天騎士ケルノヌスです〜♪」

 「下らん、紹介はいい」

 妖麗楽士の紹介と共に現れるのは白いフードとマントを身にまとう、騎士風の男。だが、その顔は〜の様な、ではなく文字通り髑髏そのもの。

 魔帝国地上進攻艦隊最高幹部にして、個々人が超越的な戦闘力を有する魔人、六大魔王が何の変哲も無い公園に集結する。だが、夜の公園を殆ど異次元に変貌させる威圧感は未だその全容を見せていないように、アスラは感じる。

 「冗談、でしょ・・・ホログラムかなんかだよね、こういう場合」

 マリアは涙声で言う。彼女は目の前に起きている事態を、そう理解したかった。だが、それは絶望の根源によって容易く否定される。

 「少女よ、残念ながら我らは今確かに汝らの前に存在する。幻影などではない。そして、それを光栄に思うが良い」

 ざっ・・・と道を作るように二列に別れ、跪く魔王たち。その道の間の空間が捻れ、まるで全ての色の絵の具を出鱈目に混ぜ合わせたようなマーブルを描き、最後には灰色の光を描き出す。

 「まさか・・・」

 六大魔王さえ、更に圧倒する様な凄まじい魔力の波動を放ちながら、それは降臨する。

 ガシャ・・・

 硬質な音色。それの全身を包むのは新月の闇より更に深く濃い色の黒い全身鎧。其処には血のようにも、炎の様にも見える揺らめくような不思議な赤でアクセントラインが入れられている。肩の付け根からは鴉のものに良く似た黒い羽が生え、地を擦るマントは両面純白。手には柄の部分に巨大な黒水晶が埋め込まれ、細緻な装飾の施されたグレートソードが握られている。そして、悪魔を思わせる兜をつけた、その者の正体は死天騎士によって告げられる。

 「控えよ、人間ども。皇帝陛下の御前である」

 マリアは、そう命じられるまでも無く、その姿の前に体が動かない。見れば女海賊も同様で、アスラは僅かに体がこわばる程度。そして何故かシルエットXは平然と腕組などをしている。それに怒りを覚えたのか死天騎士が檄を発する。

 「無礼者! 控えよというのが解らぬか!!」

 「構いません、ケルノヌス」

 だが、それをやんわりと止める声。それは皇帝が発したもの。

 「今日、出向いたのは権勢の示威を行うためではありません・・・それよりもダーナ卿」

 皇帝は視線を霊衣神官に向けると穏やかな声で言う。

 「随分と手酷くやられましたね」

 「このような姿で申し訳ありません。少々、見通しが甘かったようです」

 苦笑する霊衣神官。そして彼女は問う。

 「何時、此方へ御出でになられたので?」

 「先ほどです。着いて、一休みの間も無く此処へきたのですよ」

 「左様で。ですが、一体何事で? これほどの顔ぶれ、ただ事ではないようですけど」

 「勿論、有能で代え難い部下の命を救出するためですよ」

 「!」

 皇帝の言葉に驚きの表情を浮かべる霊衣神官。皇帝が告げた言葉に、嘘を含んだような響きは見られなかったが、それゆえに驚きがあった。

 「魔の国では比肩するものの無い、最強の魔力と戦闘力を持つ存在・・・魔王。即ち貴方を、イレギュラーな事態が幾つか在ったとは言え、彼らは倒したのです。ならば、少しばかりの用心も無駄とはいえないでしょう」

 「いえ、そうではなく、何故、私を捨て置かないのです。私は魔王とはいえ、既に敗れ、力を失った身。このまま滅び行くのが我ら魔人の摂理であり、私を倒したものへの敬意だと、私は考えるのですが・・・」

 そう、自らの死を求める霊衣神官。だが、皇帝はそれを肯定しない。

 「・・・貴女の力は未だ魔帝国に必要です。貴女の心意気、解らなくも有りません。ですが、今、貴女の意志を尊重している余裕は無いのです」

 「ですが・・・!!」

 「今は暫らく傷を癒しなさい。マックリール卿」

 「は・・・」

 邪眼導師は畏まり、呪文を唱える。それと共に霊衣神官の体の下に無数の芒星からなる魔方陣が現れる。

 「待って下さい・・・もう、私は! ああっ・・・!!」

 四肢の全てと魔力を失った彼女は、何の抵抗も出来ないまま、邪眼導師の魔力を浴び、やがて僅かな全身を金属のようなものに変えていく。

 「・・・“停滞化”完了いたしました」

 そして、完全に銅像と化した霊衣神官を百鬼戦将が脇に抱える。

 「ふう・・・」

 皇帝はそれを見届けてから、ため息を一つ放つと、死天騎士に向かって言う。

 「ケルノヌス。私は十五年まえ、貴方たち六大魔王を地上に送り出す際、『人間に力を学べ』と命じました」

 「は・・・」

 「ですが、残念ながら、少し勘違いをしてしまったようですね」

 「陛下・・・それは?!」

 皇帝の言葉に脅えた様な声を発する死天騎士。

 「貴方たち自身で答えを見つけ出さねば、意味は在りません。では、取り敢えずの住処へ戻りましょう」

 踵を返そうとする皇帝。だが、その瞬間、金色の光が駆け抜ける。

 「逃がすものか・・・!」

 「!」

 五人の魔王の何れも反応できず、「魁」へと姿を変えたアスラが一瞬で皇帝の眼前まで肉薄する。拳を振り上げた瞬間、彼の姿は一瞬で「殿」に変わっており、黄金に光り輝く拳が皇帝の顔面に撃ち込まれる。

 カ――――ン

 澄んだ音色を上げて、皇帝の顔を覆う兜が割れ落ちる。

 「陛下!!」

 悲鳴地味た魔王たちの叫び。それと共に、ふわりと広がる艶のある黒く長い髪。そして、皇帝はアスラの拳を受けながら、平然と立ったまま声を発する。

 「・・・素顔を見せるのは久しぶりです」

 (この声は・・・)

 それは耳に覚えのある、それも深く誰よりも良く知っている声。

 (まさか・・・)

 細面の輪郭。白い肌。アスラは拳を引く。まさか、そんな筈は無い。その思いを、彼の目と耳が捉える情報が否定していく。そして、アスラ殿の巨大な右腕が引き戻されたとき、皇帝の素顔は明らかになる。

 「貴方、お名前は?」

 奥二重になった切れ長の目。緑を帯びた黒い瞳。通った鼻筋に薄い唇。其処に在ったのは、美女の造詣であり、同時に・・・

 「瞬!!」

 『瞬!!』

 「神野江先輩!!」

 「神野江・・・瞬!」

 アスラが、マリアが、女海賊が、各々にその名前を叫ぶ。そう、彼らがその名を呼ぶとおり、鉄兜の割れた先にあった皇帝の素顔と放たれる声は、彼らが記憶する神野江瞬のものと同じとさえ言えるほど、極めて酷似していた。そして、先ほど霊衣神官が瞬の写真を見せたとき、見覚えが在る様な反応をしめしたことに得心する。

 やがて、皇帝は瞬の顔に微笑を浮かべ、今正に攻撃態勢に移ろうとする死天騎士を手で制しながら言葉を発する。

 「フフ・・・違いますよ、みなさん。そうですね・・・名を問うときは、先ずこちら側から答えるのが礼儀ですね」

 そう言うと、彼女はその巨大な剣を大地に突き立て、朗々とした声で名乗りを上げる。

 「私は―――魔帝国ノア元首、竜討万魔霊長皇帝グレイ=ベトニウス=エオニマク=ヌワイエス=ノア。人は私を竜魔霊帝と呼びます。どうか以後、お見知り置き下さい」

 「陛下・・・」

 そっと耳打ちしてくる妖麗楽士。彼女の言葉に竜魔霊帝は二度三度頷くと、表情を俄かに曇らせて言う。

 「貴方たちのお名前も伺いたい所ですが、残念ですがこれでお暇させて頂きますね」

 「ふ・・・ふざけるなっ!!」

 「私は真面目ですよ。だって、はやくしないとダーナ卿が亡くなられますから」

 怒声を上げ、再度突進するアスラ。だが彼は、殴りたいのか止めたいのかさえわからない。突然、目の前に起こった現象に困惑を抑えられないのだ。そして、一瞬竜魔霊帝の目に冷たい光が筋となって走る。

 「ネク・ニスネテ」

 響く、耳慣れぬ言葉。それと共に、空に翳されるグレートソード。切っ先から一条の雷が天に向かって走る。

 ガアアアアアアアン!!

 直後、アスラの眼前に落下する紫色に輝く、巨大な雷光の剣が突き刺さり、彼の進路を阻む。

 「な・・・ッ?!」

 「私は、別に貴方たちを倒したり滅ぼしたりしにきた訳じゃ在りません。でも、戦いになれば、被害が大きくなるでしょう? 私はそれを臨んでいませんから、その辺りご理解くださいね・・・では、ごきげんよう、さようなら皆さん」

 やがて・・・稲妻が消えうせたとき、竜魔霊帝も、六人の魔王も、その気配ごと消え去っていた。







 神野江瞬が生きている。伊万里京二を中心にマリアら陰陽寮のトップ5がこれまで唱えてきた説は、その可能性をより高めた。だが、それは彼らの予想もしなかった事実によって、衝撃と悲しみと共に、だ。

 『にゃ・・・』

 「いったい・・・どういうこと? なんで、先輩が・・・?」

 頭を抱え涙声で言うマリア。この中でもっとも混乱しているのが彼女だろうか。役華凛の先例から考えれば、裏切ったか、或いは洗脳されたか。可能性から言えば後者・・・というよりマリアは後者であってほしかった。だが、しかし・・・

 「あれが神野江瞬とは限らない」

 と、冷静な声で響く女海賊の声。そう、あの竜魔霊帝は単に神野江瞬に瓜二つであるだけの、全くの別人、という可能性も大きいのだ。時系列的にも矛盾が生じるし、第一、彼女を皇帝の座に据える理由が無い。だが、それでも出てくる疑問を彼女は口に出す。

 「しかし・・・この狭い業界内でそんなことが起こるものだろうか」

 本来、日常生活を行っていても、瓜二つどころか似た様な顔の人間に合うことさえ稀なのだ。それに対し、頷く様に言うのシルエットX。

 「ああ、この業界ではそんなに珍しい事じゃない。詳しい事例は後からファックスで送るが」

 「要らん」

 そう、断じる元宗。そして、かれは強い意志の篭った声で言う。

 「あいつが・・・あの竜魔霊帝が、誰だろうと関係ない。奴が瞬なら・・・目を覚まさせて助け出すだけだ。違うなら、倒してまた探せばいい」

 「元宗さん・・・」

 涙を拭って嬉しそうに言うマリア。だが、それに水を射す様に言うシルエットX。

 「だが、もし神野江瞬が自らの意思で皇帝になったとしたら、アスラ、あんたはどうする」

 「!」

 それは、ある意味最悪のシナリオ。役華凛のように、今の状況を自ら望んでいるとしたら・・・

 「やつは、こちらに戻ることを拒絶し、人類の敵に回るかもしれない。そのとき、あんたはどうする? あんたは、神野江瞬という女を愛しているのだろう? 愛する人間を、あんたは殺せるのか?」

 詰め寄り、半ば責める様なシルエットXの問いかけに、元宗は暫時、瞑目していた。だが、やがて目を見開くと深く頷いて言う。

 「・・・ああ、殺す」

 「元宗さん?!」

 悲鳴のような声を上げるマリア。だが、元宗はすぐに彼女に笑いかけ、そして柔らかな金髪を撫でながら言う。

 「安心しろ、マリア。そんなことには、絶対しねぇよ。もし瞬の奴がそんなことになってりゃ、オレが命をかけて改心させてやる」

 「約束、だよ?」

 「ああ。まかせとけ」

 『心配だニャ〜元宗は肝心なときに役に立たないからニャ』

 「うるせぇっ!! お前こそサボってばっかりいやがって!!」

 水を差されて憤慨し、コウを投げ飛ばす元宗。それを見ながら笑うマリア。

 彼らを見つめながらボロボロになったシルエットXと女海賊はゆっくり振り向いて去ろうとする。しかし、元宗は背後からそれを呼び止める。

 「もう、行くのか?」

 「ああ、そろそろな」

 「フロくらい、入っていかないか? ウチ、結構でかいぜ?」

 そう誘う元宗だが、シルエットXは首を振って言う。

 「いや、遠慮するよ。ちょっとマスクを外すわけにはいかんからな」

 「そうか。裸の付き合いってやつが出来ると思ったんだが」

 しかし、そう言いながら恐らく空気とかの問題だろう、とシルエットXの正体を異星人と決め付けて納得する元宗。

 「では、な。またピンチになれば駆けつけよう」

 「それなりに頼りにしてるぜ」

 そう言葉を交わしたのを最後にシルエットXと女海賊はトラクタービームを受けて上空に待機するタイクーン内に吸い込まれていく。

 やがて、静寂が戻ってくる。既に、空は薄く明かりが広がり始め、空の端が赤く染まっている。実に、一週間ぶりの日の出だ。

 「知ってるか、マリア」

 「ん?」

 ぽつりと言う元宗に、マリアは冷えた手を息で温めながら見上げる。

 「クリスマスってのは、もともと太陽神の祭りをキリスト教文化に取り込んだものらしいぜ」

 「へぇ〜、元宗さんも知ってたんだ。意外〜」

 「馬鹿にするな。オレだって一応、オカルト方面はちゃんとやってるんだぞ!!」

 必死に言う元宗を、マリアはジト目で見る。

 「なんか、説得力無いな〜」

 『大体、元宗にウンチクニャんて似あわニャい』

 「うるせぇぇぇぇっ!」

 再び戻ってきたコウの突っ込みに、絶叫する元宗。

 「でも・・・なんだか今年のクリスマスにはぴったりかも」

 そう言ってにっこり笑うマリア。

 「あ〜あとはお風呂に入れれば最高かも」

 「その前に、道源さんとこだ」

 「そっか、後のことちゃんとしなきゃね」

 そんなことを言いながら、二人は朝日の中を歩いていった。

 (あの時現れた瞬は・・・確かに・・・)

 不安や、恐怖は尽きないが、光の中を、確実に。






 「あ〜全身が余すところ無く痛い〜」

 紅茶を燻らせながら、シルエットXは親父臭く呟く。彼の傍らには外されたヘルメットが置かれている。

 「無茶をするからだ、キャプテン」

 「もう若くはないんだ」

 「もう少し、体に気遣え」

 女海賊たちは一斉にそう言うが、誰一人としてシルエットXのほうに顔を向けず、自らの作業に専念している。

 「しかし、随分と塩を送ったものだな。キャプテン」

 傍らに立つ赤い服の女海賊が笑うような声で言う。

 「あんなに焚き付けてよかったのか? あいつのこと、後で面倒になるぞ」

 「なぁに、充実した人生を送るための対価さ。何事も、それなりに張り合いが無いとつまらないだろう? 奴には立派なライバルに成って貰わないと、色々と困るからな」

 「愉快犯め・・・お前が一番の悪人じゃないか?」

 とがめる様子でもなく女海賊が問うと、しかしシルエットXはチッチッチと舌を鳴らしながら指を振って、

 「俺は偽善者、さ」

 「自分で言う奴も無いと思うがな。さ、午後からは長崎で学会だろう。それ飲んだらさっさと休め」

 「ふぁい」

 そう、ぼんやり言ってから紅茶を一気に飲み干すと、シルエットXは椅子を倒して、直ぐに寝入った。

 「まったく・・・」



<つづく>





後書き

邑崎:君が来る〜稲妻の中を〜♪

アベル:君が〜見据える〜正義の視線で〜♪

邑崎:風を〜切る〜JPカ〜ド〜♪

アベル:吹き荒ぶ、怒りの、旋風ぇぇぇぇ〜♪

邑崎:おっしっえってっくれっ 君はっ誰だっ? 

アベル:どっこっかっらきてっ そしてどぉこぇぇぇ〜?

邑崎・アベル:君の謎は僕たちの夢さぁぁぁ〜♪ 特捜ロボジャンパーソン〜♪

邑崎:というわけで、何時にも増して御無沙汰しております。帰神、四ヶ月ぶりの登場です。

アベル:長すぎ。毎度毎度、どうして君はこんなダラダラしてんだか・・・まあ、久々登場できたけど。

邑崎:申し訳ありません。今回、日常生活のほうがちょっと色々立て込んでたり、四話の最初のほう書いてた五月、六月ごろになんか物凄いイライラしたりで考えが纏まらなかったり。

アベル:言い訳は見苦しいね。

邑崎:しかし五話のほうは、もう四話のほうを書いてるあたりで、もう書きたくて書きたくて仕方ないネタばかりだったんで、ホントノリノリでかけました。四話のほうが三ヶ月ちょっとかかったのに対し、五話は全体で二週間かかってません。

アベル:その分、アラだらけ、無茶だらけ、説明不足だらけ、説明台詞だらけだけど。

邑崎:うははははは

アベル:笑ってるんじゃないよ。大体、瞬ちゃんがラスボスって、今度は外伝のときの逆じゃないか。ワンパターンな。

邑崎:ぐ・・・皇帝陛下が神野江さんなんて私は言ってませんし、それに彼女が・・・

アベル:彼女が?

邑崎:これ以上はネタばれになるので伏せておきます。まあ、ラスボスについてはもう、考えが纏まってます。次回あたりに載せる魔の国の伝説で、ラスボスがどういうものなのか、というのが判ると思いますよ。

アベル:ちゃんと伏線回収しなきゃ駄目だよ。

邑崎:分かっています。しかし、悩みの種が一つあるんですよね。

アベル:なんだい?

邑崎:第六話はなにをするか決まってるんですが、それ以降から最終エピソードまでをどうするかってことなんですよ。一応、大筋で二通りのルートを考えていて、一方は各地を遍歴して日本占領計画を阻止して回らせるか。もう一方は、直接魔の国に殴り込んで帝都に攻め込むか、なんです。前者は筆者の住処である長崎を舞台に隠れキリシタンや原爆被害者の霊が跳梁跋扈する「死霊都市長崎計画」を阻止する話です。仔細は伏せますが、天草四郎時貞のオモシロ新解釈や、旧財閥系の絡みも出てくるネタを考えてます。後者は地上では出来ないような更にひどいロボットバトルや大魔法合戦、ファンタジーならではのRPG展開、今正に明かされる魔の国の真実!とかやりたいんですがね。

アベル:う〜ん、悩みどころだねぇ・・・いっそ、分けてやっちゃえば? 元宗・マリア組に地上、時空海賊組に地下ってかんじ。

邑崎:それだとちょっと困るんですよ。恋愛ネタもちゃんと盛り込まないといけませんから。

アベル:シルエットX×アスラ?

邑崎:まあ、それも面白そうですが・・・まあ、仔細はおいおい。多分、折衷案になると思うんですが、どちらに重点を置くかはビジターの皆様の意見をお聞きしたいところです。何か良い案があれば、お聞かせ願えないでしょうか?

アベル:馬鹿か! そういうのは自分で考えるもんなんだよ!!

邑崎:だってぇ〜

アベル:まあいい。しかし、後者になったらより一層、仮面ライダーじゃなくなるね。ただでさえ今回、ロボットまで出し腐ったのに。

邑崎:いやぁ、楽しかった。まあ、変形プロセスがしょっぱいのは勘弁してください。三段変形する以上、シンプルにならざるを得なかったんです。

アベル:単に考えるのが面倒だっただけじゃん。

邑崎:ぎくり・・・

アベル:けど、三段変形ってことは・・・最後は戦車?

邑崎:ダイターンじゃありませんって。戦車は艦載機ですよ。まあ、メタルヒーローといえば、というやつです。あれですよ、あれ。

アベル:? ドルギラン?

邑崎:違います。わざと間違えてるでしょう?

アベル:ぬははは

邑崎:では、疲れたので皆さんごきげんよう。

アベル:次回予告は?

邑崎:ああ、ちゃんと今回は考えてありますよ。


【次回予告】
新たに手に入れた力、「魁」と「殿」。だがアスラは、巧く扱いきれず苦戦を強いられる。
彼のピンチにまたしても現れた謎の男、シルエットXは彼に特訓を提案する。
了承する元宗に、時空海賊が用意したものとは?


落天宗本拠で新年会が開かれた。それは同時に魔帝国歓迎祝賀会でもあった。
泥酔し暴れ まわる死天騎士を五人の魔王は、木亘理は止められるのか?
そして、皇帝の素顔を知った華凛はどうするのか?


襲撃を受ける陰陽寮本部。アスラも時空海賊も駆けつけぬ危機の前に木枯しは追い詰められる。
局長神崎の決意と共に本部が炎に包まれるとき、蘇りし戦士が現れる。
暗躍を始める第三の敵。果たしてその正体は・・・?!

次回、帰ってきた仮面ライダー鬼神第六話は、
「アスラよ、大特訓だ! 俺が地獄を見せてやる」
「恐怖の宴会パニック。ここは冥府の一丁目」
「陰陽寮崩壊?! 黄泉より帰るものたち」
の三本立てでお送り致します。次回も必ず見てくださいね〜♪


アベル:ふざけるな!! バキ(ハイキック)
邑崎:ばたんきゅう


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