第6→7話

「インターミッション」





 左右に視線を向けると、高速で流れていく風景。

 前に視線を向けると、広く大きな男の背中。

 「大丈夫か? エミー」

 背中越しに聞いてくる低い男の声。疲れて、少し腕の力が弱くなったのかもしれない。改めて力を入れ直し、彼女は頷く。

 「・・・あぁ。お前こそ、もう良いのか? 元宗」

 「オレはアスラだからな。なんてこたぁない」

 「・・・そうか」

 決してそんなことは無い筈だ。改造人間とはいえ、万能ではない。無尽蔵に体力が湧き出す筈は無い。だが、彼女は知っている。男がこう言って強がるときは、たとえ見抜いても気づかぬ振りをしてやるべきだと言うことを。

 「しかし・・・」

 エミーははにかむ様に目を細め、呟くように言う。

 「お前が心配してくれるなんてな・・・妙な気分だ」

 「馬鹿・・・お前に何かあったら、奴に悪いだろ。っつうか、逆じゃねぇのか? コレ」

 照れた様に受け答えてから、何かに対してぼやく元宗。しかし、やがて詮無き事と悟ったのか、彼は口を噤む。

 男は、ただマシンを疾走させていた。目的地に向かって淡々と二輪駆動を回転させていた。

 背中・・・背丈こそ彼女の主とそう変わらないが、付いている肉の厚さの違いからか随分と広く見える。

 その背中に、エミーは声を掛ける。男にとっては、唐突な、だが彼女にとっては溜め込んだ問いを投げかけるべく。

 「なぁ」

 「・・・なんだ?」

 「どうして聞かないんだ?」

 「何をだ?」

 頓狂な声で質問を返してくる元宗。その瞬間まで彼女は失念していた。この男の、主語を推測できない鈍感さを。彼女の主は、それを効果的に利用していたが、今の彼女にとっては気まずさを助長する以上の意味を為さなかった。

 彼女は一度、息を大きく吐いて気分を改め、その上で問いの主語となる部分を言葉に変える。

 「・・・どうして落天宗の術が使えるんだ、とか。お前たちの正体は何だ・・・とか」

 「・・・・・・」

 沈黙。男の問いに対する答えは、ただ沈黙することだった。正面のみを見据え、色の濃いバイザーの付いたヘルメットを被る彼の表情を伺い見ることは出来ない。言葉を選んでいるのか。或いは答える意思が無いのか。この血の巡りの悪い男ならば、運転と思考を同時に出来ないという可能性も有るが・・・彼女は沈黙に耐え切れず、問いを重ねる。

 「気にならないのか?」

 「まぁ・・・気にならねぇって言ったら嘘になるわな」

 強がるような言葉。だがエミーは、そこに煮え切らなさを感じる。

 「なら・・・!」

 「確かにあんたんトコのキャプテンは信用ならねぇし、あんたも怪しさで言えば充分だ」

 「う・・・!」

 そう指摘され、思わず顔に手を当てそうになる。目の回り以外、頭の前面を覆うマスクを着けた今の自分の姿は、確かに不審者以外の何者でもない。コンビニや銀行に行けば即座に通報されるだろうことは火を見るより明らかだ。

 元宗は彼女の動揺を感じ取ったのか、押し殺すように笑ってから言葉を続ける。

 「何時もの、いや昔のオレなら間違いなく問い詰めてるな」

 「だったら・・・!」

 問うべきだろう。その言葉が口に突いて出かけた。自分が何に拘っているのか分からなかった。ただ、この男が自分たちに疑念を持ったままで居られるのが酷く我慢できなかった。しかし、ヘルメットの内側から男の声が響き、彼女の言葉を遮る。

 「確かにオレはあんたらのことは“信用”しちゃいない。だがな、“信頼”はしているよ」

 「!」

 「ま・・・これ以上は勘弁してくれ。照れ臭いしオレのキャラじゃあないし、な」

 少ない言葉数こそこの男らしかったが、随分変わったようにも思える。初めて会ったときの、あの頑なな独善家と誰が同一人物だと思うだろうか。だが、彼女は思いを口にせず、ただ皮肉っぽい笑みをマスクの下に薄く浮かべる。

 「・・・馬鹿。格好いいつもりか?」

 「茶化すな、バカ」

 拗ねた様な台詞も軽やかで、責める様な響きは無い。彼は左手をハンドルから離し、親指を立てて言う。

 「まぁ、あんたが話したいってんなら何時でも聞くぜ、オレは」

 「ああ、頼む」

 微笑を浮かべ、答える―――顔だけは。心中は罪悪感で苛まれている。この鈍い男は恐らく自分たちの正体に気づいていない。真実を知ったとき、彼は今の彼のままで居られるのだろうか。その危惧が、彼女の心に深い罪悪感と、そして形容し難い恐怖の影を色濃く落としていた。

 「だが、今は―――」

 そんなことを知ってか知らず、か。元宗の言葉が彼女の思考を中断させる。

 「マリアたちだ」

 「! ・・・ああ!」

 そうだ。今、目の前にある危機はそれだ。シルエットXからの通信によれば、既に手は打たれているらしい。故に、少しばかりの休息も許容範囲内だ・・・とは言っていたが。数少ない友の危機にのんびりと休んでいる暇は無い。元宗もまた、仲間の危機を前に惰眠を貪れる様な男ではない。

 『ところでお二人さん』

 のんびりとした口調で、猫に似た声が響く。

 「ん?」

 「どうした? コウ」

 声の主は元宗・・・アスラに共生する人工生命体、コウのものだ。バイクを走らせてから此方、今まで一言も喋らなかった彼が珍しく声を発した。

 『そろそろ教えてとかニャいと、本気で間に合わニャいからニャ』

 「どういうことだ?」

 『道、間違ってるよ』

 猫に似た白い生き物がヒョコリとカウルの上に現れて顎をしゃくって頭上を示す。そこに在った文字に2人は仰天した。

 【長野へようこそ。市内まで〜キロ】

 「「ながのぉぉぉぉぉぉっ?!」」

 2人は方向音痴だった。




 ぴか・・・・・・・・・・・・




 どん


 急激に膨張した熱量の大部分が閃光に、残る殆どが爆風に変わり、周囲のものを薙ぎ払う。時間にして一秒未満。

 瞬き程の時間が過ぎた後、其処は過去形が用いられる場所となっていた。即ち、“大広間”だった場所・・・と。

 「むぅ・・・」

 そう、寝惚けた様な声を発して起き上がった影がある。顔は髑髏。これは比喩的な表現ではない。文字通りの意味で皮や肉どころか筋さえなく骨のみで顔面が構成されているのだ。今ほどの炎で蒸発したわけではない。この髑髏の顔が間違いなく彼、死天騎士ケルノヌスの素顔なのだ。

 「これは一体、どういうことだ・・・?」

 周囲の惨状に困惑する死天騎士。最も髑髏の顔に感情が映し出される事は無いが、空洞となった眼窟の奥に灯る光がチカチカと明滅する。

 「・・・そなたの責任だぞ。死天騎士」

 声が響く。視線をゆっくりと動かしていくと、破壊の痕跡から爆心地に程近いと思われる地点に焼きなました金属の塊の様な物体が胡坐をかいて座っている。

 その頭頂部分から二つの鋭い角が天に向けて突き出している。

 「ダグザ卿・・・か?」

 「うむ」

 頷くと表面の黒い部分が一瞬で剥がれ落ち、中から出てくるのは百鬼戦将の巨躯。

 「しかし、何が起こったのだ? 敵襲でもあったのか・・・何時の間に?」

 「相変わらず呑むと記憶が飛ぶのね・・・」

 傍らから響く女の声。目を向ければ巨大な毬藻のような物体があった。よく目を凝らせば、毬藻の下には見知った女の顔がある。整った中性的な雰囲気を持つ顔は、妖麗楽士の顔だ。

 「あなたが炎魔人(ヌァザ)に火酒なんか飲ませるから引火したのよ・・・」

 「なに?!」

 よく見れば、まだ爆心地にチリチリと燐火を燃やす灰の塊の上に一振り、黒焦げになった剣が突き立っている。やがて、周囲の灰が剣に纏わり付いていき、ボロボロになった煉獄剣王の姿となる。

 「・・・だから、お酒は苦手って言ったのよ」

 そう一呻きすると彼は再びグシャアという音を立てて崩れ落ちる。

 「・・・そうか、炉に引火したのだな」

 「どういうことだ? 死天騎士」

 「うむ・・・炉というのはな―――」

 「ストーブの近くでスプレー使うなって事よ」

 「ふむ」

 長く成りそうにすらなる前に、簡潔に説明を終わらせる、歌う様な声色。死天騎士は何かを言いたげに骨と歯だけの下顎をかち合わせるでもなく中途半端に上下させていたが、やがて、より重要な事に気づき風音の様な声を高くする。

 「それより陛下はご無事か?!」

 「・・・いらっしゃらぬようだぞ」

 上座を一瞥して告げる百鬼戦将。

 「なに・・・?」

 「・・・陛下ならあなたが酔っ払う前に席を外されたわよ」

 「何ゆえ・・・?!」

 「・・・女が席を外す理由を聞くなんて野暮よ、ケルノヌス」

 訝しむ髑髏の騎士に対し女楽士は露骨に軽蔑の眼差しを向ける。

 「失礼!」

 スパーンと軽やかな音を上げて焦げた襖がスライドする。

 「団長・・・! って、うわ!! なにこれ」

 部屋に入ってくるなり惨状に驚く鮮やかな羽毛に包まれた魔人。妖霊楽士率いる宮廷楽団の団員の一人、魔道指揮者ヒクイッド子爵だ。ヒクイッド子爵は明らかな困惑の色を浮かべた鳥面を自らの楽団長に向ける。

 「ど・・・どぉしたんですか、これ」

 「ああ、気にしなくて良いから。で、どうしたの?」

 「ああ、そうでした大変です」

 促され落ち着きを取り戻すと彼は同時に任務も思い出し、告げる。職人芸を凝らした楽器の音色を思わせる彼の優雅な声色は、僅かほども危急を感じさせなかったが。

 「お達しの通り、邪眼導師閣下をお呼びしに行ったのですが、研究室はもぬけの殻。例の六体も持ち出された後でした。更に“ティル・ナ・ノグ”旗艦、『永遠の青春号』も出撃しております」

 「なに! なんだと?!!」

 本日幾度目かの驚嘆の声が死天騎士の空洞の肺から吐き出される。それまで鋼か何かの様に眉一つ動かさなかった百鬼戦将も唇を内角の小さいへの字に曲げて山鳴りか遠雷のような唸りを上げる。

 「それは不味いな。あれは・・・」

 「うむ。万が一あれが奴らの手に渡るような事があれば・・・!」

 不味い事になる。それは口に出さずとも、其処にいた魔王達には理解できていた。

 「どうする?」

 「奴を追う! すぐ足の用意を・・・お・・・おぶっ」

 ガバッと立ち上がり、拳を握ろうとした髑髏の騎士。だが、その手は口元に当てられ、腰は深く曲げられ嗚咽が漏れる。大酒を摂取した飲酒者に暫時の後見ることができる現象だ。生分解能力を上回る量で摂取されたアルコールが体機能に様々な悪影響を与える・・・要は二日酔いだ。

 「む・・・斯様な時に」

 「それより・・・先に話を聞いてみれば? はい」

 妖麗楽士の言葉と共にヒクイッド子爵が差し出したのは携帯電話と一杯の水だった。

 無論、何処で酔っ払い、何処で二日酔いし、何処で水を飲んでいるか突っ込む人間はこの場には皆無であった―――




 マニュアルに規定された量に従い彼は汁を鍋に注いで行く。味噌による味付けを好む彼にとって、関東風に薄口しょうゆで味付けられたこのおでんは邪道とも言える代物だったが・・・これも仕事であると割り切り、続けてテキパキと具材を入れて行く。

 どぉぉぉぉぉん・・・

 遠くから轟いてくる何かの音。大量の雪が木から落ちたのだろうか。雪崩にならなければ良いが。もし、雪崩になれば青年会総出で対処に当らねばならない。年始早々、面倒なことだ。そんなことをとめど無く考えていると、電子音のチャイムが店内に響き、冷たい外気が暖房で暖められた店内に侵略してくる。

 「おお、さむい。さむい」

 「いらっしゃい、おお、柿本か」

 入ってきたのはよく見知った顔だ。赤ら顔の、やや太り気味の男。スーツの上に着た厚手のジャンパーの肩辺りには薄らと白いものが乗り、再び雪が降り始めたことを彼に教える。

 「オス、霧崎。うひぃぃぃ・・・さむさむ」

 「なんだ、ずいぶん早いじゃないか。幹部連中は新年会だろ?」

 大きな体を抱きかかえて震える男を見ながら霧崎が問うと、柿本は細い目を更に細めるようにしながら心底嫌そうな顔をする。

 「あぁ、だめだ、だめだ、あんなの。むかつくから気分わりぃっていって上がってきたぜ」

 「いいのか、お前。一応、幹部なんだろ?」

 苦笑を浮かべながら、緩やかに咎める霧崎。

 「あぁ、問題ねぇよ実際。どうせオレは末席も末席だしな」

 「おいおい。守衆に入りたくて入れない奴は山みたいにいるんだぜ?」

 「知るか。嘘で飯が美味くなるか。駄目なもんは駄目だ」

 唇を尖らせ憮然とする柿本の顔は、やがて寂しげな表情になる。諦念、とでも言うのだろうか。

 「つーか、もう駄目だよ。実際・・・」

 「どうしたんだ?」

 聞くべきなのだろう。呟いたまま窓の外を眺める男に霧崎は問い返してやる。

 「やっとノロマな年寄りどもがいなくなったと思ったら、今度のボス猿はボンボン木亘理ときた」

 「・・・」

 「ったく、あんなやつら引き込んでアイツ、いったい何するつもりなんだか」

 あんなやつら。そう扱き下ろした連中を知らない妖人はいない。現在の落天宗を取り仕切る木亘理が招聘した「地底の悪魔」と呼ばれる者、魔帝国ノアの改造魔人たちのことだ。現在、彼ら妖人は全て帝国の傘下に下り、公式的には魔帝国皇帝の臣民とされている。そのことについて、霧崎は賛否様々な意見を聞いた。が、あまり好評価は聞かない。店に訪れる多くの妖人・・・特に年配者に多い・・・が不満を彼に述べて行く。

 しかし、彼個人の意見は・・・

 「・・・あの人には、あの人なりの考えがあるんだよ。きっと」

 複雑な表情を浮かべ、含むような口調で霧崎が答えると、柿本は信じ難いものを見るような目つきで声を高くする。

 「おいおい、幾らお前、アイツに恩があるとは言え、分別ってもんは大切だと思うぜ、俺は」

 「・・・判ってるよ。だけど俺は、そういうのは好きじゃない」

 箸で摘んだ糸コンニャクを汁の中に静かに沈めていく。感情を押し殺すように言う彼の様子を見ながら柿本は些か呆れたような声を出す。

 「生真面目も過ぎれば問題だぜ、霧崎。大体、あちらさんの皇帝陛下ってのはありゃ・・・」

 「他人の空似だよ。この世に良く似た人間は三人いるってよく言うじゃないか」

 「それでも納得いかねぇよ」

 柿本はそう言って舌を打つ。薄い色の網膜が散大し、黒い面積が広がって行くのは怒りのためか。霧崎は、彼の怒りの理由を知っていた。

 「この里に家族を殺された人間はゴマンといる。あの顔を憎んでる奴は幹部どものなかにも多い。感情的に納得できるもんじゃねえよ」

 「やめろ、柿本」

 「やめねぇよ。お前だって・・・! 憎かねぇ筈がないだろ」

 そう言われ、霧崎は即座には返答できない。暫し俯き、ただ具材を鍋に移すだけだったが、やがて、

 「ああ・・・悔しいさ。あんな奴でも弟だったんだ」

 「ならよォ・・・!」

 顔を上げて、彼は頷く。それを受けて、柿本は我が意を得たり、と言った風情だが霧崎は釘を刺すように言葉を続ける。

 「だが、家族を殺されて悲しい人間だって、俺たちだけじゃないだろ? ・・・理不尽だと思うぜ。身に覚えの無い―――」

 「霧崎」

 冷静さに立ち返った柿本の言葉に、霧崎ははっとする。

 「そりゃ、言っちゃ駄目だ。それを言っちゃ、駄目だ。オレたちの存在の根幹に関わる」

 「ああ・・・すまん。そうだな」

 「ったく、そんなことだからお前は何時まで経っても出世できないんだよ」

 おない年の要領の良い幼馴染のぼやきを霧崎は苦笑を浮かべて受け止める。

 「俺は今の状況に満足しているよ。親父から継いだ酒屋は・・・こんなになっちまったけど、やっぱ、俺には客商売が性に合ってる」

 「かぁ〜・・・ったく、おまえなぁ」

 呆れた声は何時ものことだ。

 「ま、いい。え、と何を話してたんだっけ」

 「皇帝、でしょう?」

 「そうそう。それだ」

 相槌を打って頷く柿崎。

 「そんなに似てるんですか?」

 「ああ、もう瓜二つなんて生易しいもんじゃない。はっきりいって、馬鹿にされてんのかって思うくらい同じ顔だ」

 「馬鹿にされてるんじゃないですか?」

 「ハハハ! 意外とそうかもな。オレ達、からかわれてるだけかもしれねぇな」

 柿本は腹を抱えて楽しそうに笑う。寧ろ、それは上層部に向けられた嘲笑だろうが。

 「だとしたら、酷い人ですね」

 「ああ、まったくだぜ。まさに外道! って奴・・・だ?」

 「外道、ですよね・・・ごめんなさい」

 振り向いて、柿本は凍りつく。いや、霧崎もまた、一瞬にして思考回路の全てを凍結させられた。振り向いたらそこで頭を下げて長い黒髪を垂れさせる女の姿があったからだ。やがて、頭をあげると、女性にしては高い位置に、その顔が上がってくる。その顔は・・・

 「こ、ここここ・・・」

 無論、鶏に成ったわけではない。霧崎は一旦、唾を飲み込むと改めて女性の顔を見直してから声に出す。

 「皇帝陛下?!」

 「おじゃましています」

 もう一度、丁寧に御辞儀する竜魔霊帝。其処に魔王を始め数万に上る問い改造魔人の軍勢を率いる皇帝の威厳など微塵ほども存在しない。だが、理性が二人の体を硬直させた。

 「な・・・あ・・・ご、ご無礼を!!」

 「ああ、お気になさらないで。ごめんなさい」

 平伏しようとする2人を止めるように言って逆に謝罪する皇帝。

 「外道なのは、本当ですから」

 「いや、それは・・・陛下が、ではなくて」

 儚げに表情を曇らせる黒衣の皇帝。その姿からは心底、申し訳なさそうな感情が見て取れる。対する柿本も同様なのだろう。呂律が巧く回らないのか、しどろもどろと不明瞭な言葉を喋っている。霧崎はトレーナーの袖で額に浮いた汗を拭うと、平静を保つことに努めつつ店舗経営者の責務を果たす。

 「し・・・しかし陛下、このようなところに、一体どのようなご用件で?」

 「お買い物ですよ」

 「は・・・?」

 「可笑しいですか? でも、ここは、コンビニエンスストアーでしょう」

 皇帝は、やや不安そうな表情で問い返してくる。無論、二人の妖人は、彼女の言葉を理解できなかったわけではない。彼女が言う通り、この店は確かにコンビニエンスストアー、ファミリーメイト菱木村店だ(最も夜十一時には閉店するが)。ややあって、霧崎はお互いの認識に微妙なずれが生じていることに気づき、こう告げる。

 「いえ・・・決して。ですが、なにもわざわざ、陛下ご自身が出向かなくとも」

 「魔の国では―――長となるものが率先して行動することが美徳とされています。狩にせよ、民人を守る戦いにせよ、上に立つものは力を持つ者。常に先陣に立ち、示していかなければなりません。左様、お酒のお受けに雀の卵がほしいと思うなら、私自身が買いに出向くことは至極当然のことなんです」

 「な・・・あ・・・はい?」

 冗談とも本気ともつかない皇帝の言葉に、次の句を出しかねる霧崎。余りにも情けない理由の来訪だが、生真面目な表情を浮かべる魔帝国の主が冗談を言っているようには、とてもではないが見えない。だが、耐え切れず柿本は恐る恐ると問い返す。

 「ま・・・マヂですか?」

 「嘘です」

 「嘘かよ!!」

 しれっと返され、反射的に切り返してしまう柿本。自分の口から吐き出された言葉が無礼極まりないことに気づき、赤ら顔を奇妙な色に青褪めさせるが、対する皇帝は憤慨するでもなく、柔和な微笑を浮かべている。

 笑いとは、本来攻撃的なものである。そんな言葉が頭に過ぎった。霧崎は、一瞬、友の死を覚悟する。

 だが、数秒待っても、店内には血煙が舞う気配は無い。よくよく皇帝を見れば、彼女は緑を帯びた黒い瞳に寂しげな光を映し、ガラスの外の雪景色を眺めていた。やがて、薄い唇が上下に動き、囁く様な言葉が漏れる。

 「おもてなしは嬉しかったんですが・・・あまり賑やかなのは得意じゃなくて、ちょっと一人になりたくて散策していたんです」

 そう言って少し困った様に苦笑する皇帝。どうやら、来訪の理由を答えているらしい。

 ふむ、と鼻を鳴らし唸る霧崎。魔人の皇帝と呼ばれるような人物でも感傷的な部分はちゃんと持っているらしい。

 「そうしたら、ここを見つけたんで雑誌でも買っていこうかと」

 「は、はぁ」

 結局、情けない理由を落とし所にされて肩透かしを食らった様に溜め息にも似た返答をしてしまう霧崎。皇帝は相変わらず柔和な、それでいてどこか翳りの在る微笑を浮かべている。彼女は既に興味の移っている雑誌棚の方を指しながら問いかけてくる。

 「少し読ませてもらっていいですか?」

 「あ、はぁ、どうぞ」

 「有難う。ではお言葉に甘えて―――」

 嬉しそうに頷き、小走りに雑誌のほうへ向かう竜魔霊帝。妖人二人は、その後姿を形容し難い表情で見つめていた。






 厚紙を折って作られた薄く平たい箱。その蓋を開くとふわりとトマトとチーズの香りがあたりに漂う。

 「ピザはいいねぇ・・・イタリア文化の極みだよ(CV:石○彰」

 そう言って邪眼導師は、トマトをベースにした赤いソースと薄く焦げたチーズ、色鮮やかなサラミやピーマンの輪切りなど様々な具材でトッピングが施され程よく焼き上げられた円盤から、扇状の一片を摘むと零れ落ちそうになるチーズを舌で掬い上げるようにしながら口に運び、そして美味そうに頬張り始める。それは待ち時間の慰みに彼が注文したデリバリーのピザだ。代金を受け取った際の、馬鹿に無表情な配達員の顔が印象に残る。

 隣の人はなにする人ぞ―――東京都民の多くが隣人に対する関心を失って久しいが、この爆心地にも似た惨状を前にああ迄平然と出来る人間も些か珍しいだろう。正月二日に都内の僻地まで呼び出されたアルバイターは辟易した表情を浮かべながら帰っていった。

 「マリアちゃんもどう? 美味いナリよ」

 心と心の疎遠を内心で嘆いていると、斜め下から軽薄な声が響く。見れば、似合わないサングラスをかけた優男が人懐っこい笑みを浮かべ箱の乗った手を差し出している。自分より幾らか背の高いこの男を見下ろしてるのは、彼女が十字架に磔されているからだ。

 「う・・・」

 マリアの最初の反応は躊躇だった。幾らなんでもみっともないと思ったのか、或いは何らかの薬剤を警戒したのか。しかし、実のところは腹の虫が鳴かない様に腹筋に力を入れたら、逆に変な声が漏れてしまっただけだ。朝食はこの優男率いる怪生物軍団の襲撃によって中断したため、彼女の胃袋にはいなり寿司一個しか入っていなかったのだ。それも、数時間を経た今、完全に溶けて十二指腸方面より先へ流れ果てている。

 太陽の傾きは僅かに西へ。時刻は既に正午を回っている。彼女は他の戦闘陰陽師たちと供に必死になって戦い、怪生物軍団を退けることに成功した。だから、そのまま事が終了していれば今の時間は食堂なり外食なりでメニューを選んでいるか、或いは同僚の弁当のオカズをせびっているかしている頃だ。だが、それが阻まれたのは、彼女の前に突如として五体の強敵が現れたためである。

 髑髏の仮面を帯びた改造人間―――即ち、“彼ら”だ。

 忍術を駆使し仲間を撤退させることには成功した。だが、その後、既に疲労困憊著しかった彼女は抵抗虚しく倒され、こうして虜囚の身と貶められる以外の道はなかったのだ。そして今、新たに彼女は新たな支配者の虜囚に陥りつつある。

 (うぅっ・・・)

 濃いオリーブ色の野戦服を迷彩柄のように彩る黒い染みは、数刻前まではトマトソースのように赤かった血が乾いて変色したものだ。その姿は一見すると些か痛々しく見える。“彼ら”との戦いは彼女の身体に大小様々な傷を無数に刻みこんだ。あるものは骨を砕き、あるものは筋を断ち、あるものは太い動脈に傷をつけた。しかし、

 (おぉなかが減ったよぉぅ・・・)

 だが、今彼女が感じている痛みは胃袋における胃酸過多くらいだ。彼女を十字架へと張り付ける拘束具も内側には丁寧にフリースが貼り付けてあり、肌に優しい仕様になっている。また、先ほどの戦いで受けた傷も、ほぼ全てが跡さえも残らず塞がっており、血糊を除けば以前より肌理の細かい瑞々しい肌がそこに在る筈だ。人体、或いは医学の常識から外れた治癒。・・・無論、それは彼女の改造人間としての能力のみによるわけではない。

 (どうしてなんだろ・・・?)

 彼女が複雑な表情で観察するのは、奇跡の治癒の実行者。年甲斐も無く口一杯に食べ物を詰め込みリスの様に頬張らせる男。
彼女の傷を完治まで至らせたのは、邪眼導師の力に拠る所が大きい。彼が施術した治癒の魔法(マジックヒール)が、通常では考えられない速度での回復を為さしめたのだ。もっとも、自然とは言い難いその現象に少なからず代償を要したが。

 「・・・」

 差し出された箱をじっと見つめるマリア。じわりという感触が口の中に広がる。傷の治癒に要求された代償。それは彼女の身体に蓄えられていた糖分と脂肪とカルシウムとその他諸々、即ち栄養素。邪眼導師の使用した魔法は無から欠損部分を補う物質を作り出すような代物ではなく、飽く迄も人体の“治癒力”を促進するもの。即ち―――

 (クッチマイナー)

 (クッチマイナァー)

 (クッチマイナァァー)

 (クッチマイナァァ――――♪)

 彼女の胃袋と全身が、栄養補給の訴えを大唱和していた。

 「・・・いただきます」

 それでも流石に躊躇いを見せていたマリアだったが、色気より食い気の乙女18歳。結局のところ漂うトマトソースの香りに抗うことが出来ず、金色のくせっ毛を

 揺らし、頭を縦に振る。

 全ては思い通り。自らを虜囚と貶めた少女を見て心底楽しそうな顔を向ける邪眼導師。程なく切り取られた扇形の欠片が彼女の口に運ばれる。

 「おいひぃ」

 「ふむぅ」

 もごもごと動かされる口から漏れるのは涙声。美味に感涙しているのか、或いは情けなさに咽び泣いているのか。それを見ながら邪眼導師は唸る様に声を発し更にもう一枚口に咥えると徐に問う。

 「はむはむ・・・もしかして見捨てられちゃった? マリアちゃん」

 「む・・・むぐっ?」

 思いがけない問いかけに、マリアは思わずむせ返る。しかし、白黒させながらもその目にはしっかりと否定の色を乗せてくる。

 「だって、誰も助けに出てこないジャン」

 だが、邪眼導師は落ち着いた声でお茶を差し出しながらそう言葉を続ける。

 磔にされた新氏マリア。だが其処は首都圏近傍において磔・十字架・怪人墓場として名高い地獄谷などではなく、宮内庁皇室史編纂局・・・即ち陰陽寮の敷地内なのだ。順当に行けば同僚の誰かが助けに来ても良さそうなものだが。

 お茶で炭水化物の塊を飲み下したマリアは、どうにかこうにか落ち着きを取り戻す。

 「あ・・・あたりまえじゃん。・・・わたしは忍者だよ。刺客を放たれないだけお情けだよ」

 「仮にも正義の組織がねぇ・・・」

 邪眼導師は嘆くように呟くと、強がる少女を複雑な表情で見上げる。相変わらず頬は冬眠前のげっ歯類だが、横顔には些か寂しそうな表情が浮かんでいる。

 「ふつうさ、キミを慕う少年ボーイが命を散らしにくるのがパターンだけど・・・いないの? そういう奴」

 「・・・」

 マリアは沈黙を以って魔王に返答し、そして拗ねた様に顔を背ける。口の中で呟くのは『わざとらしい』の一言。まるで居た堪れなさに耐え切れず、という演出をしたいのだろう。彼女は邪眼導師の言動をそう理解する。だが見抜かれて尚、邪眼導師は臭い芝居を続ける。

 「うう・・・可哀想なマリアちゃん。キミみたいなイイコを見捨てるなんて、今の世の中はどうなってるんだ・・・!」

 「テラトン級のお世話、ほっといてよ。大体、そういうキミこそどうなの。どうせ、そんなマッド振りだから、年齢イコール彼女イナイ歴なんでしょ」

 「ハハ・・・そんなこたないさ。僕だって恋人の一人くらい居たよ」

 「う、うそだ―――」

 少女の声が上ずる。マリアを襲った衝撃は、恋人にアブノーマルの趣味を告白された時のそれに似ていたかもしれない。彼女には目の前のマッド科学オタクを好きになるような異性の存在をまともに想像することが出来なかった。

 一方、変態と同列扱いを受けた邪眼導師は微苦笑を浮かべると弁明するように答える。

 「僕だって、木の又から生まれてきたわけじゃない。二、三百年も生きてれば好きなコの一人くらい出来る」

 彼の声は相変わらず軽い調子だったが、僅かにトーンが下がったようにマリアは感じた。そのまま邪眼導師は懐かしむ様に言葉を続ける。

 演技・・・果たしてこれは演技なのだろうか。目は口ほどにものを言う、そんな言葉がある。だが、閉ざされた彼の双眸は彼の内なる心の声を何も語らず、何も見せない。低く落ちるように音の韻を踏む邪眼導師の言葉は果たして何を意味しているのか―――

 「丁度、キミくらいの年の頃、僕にも好きなコがいたんだけどさ。もう、ずいぶん前に」

 「あんまりそういう話・・・聞きたくないな」

 僅かに曇った表情が彼の言葉を止める。邪眼導師は不快な顔もせず、どうして、と短く問い返すと少女は頬を膨らませた顔で非難の声を上げる。

 「情が移ったら思い切り戦えないよ」

 「フフ・・・」

 少し鼻に掛かったような声で笑う邪眼導師。

 「キミは正直なコだな。そして優しいんだね。大切にするべきだよ。それは人間の美徳なんだから」

 諭す様な物言いに、また口を尖らせるマリア。嫌いな人間には何を言われても反発するという例の心理だ。

 「マッドサイエンティストの癖に、生意気」

 「科学者にノーマルなやつなんていないよ。僕はこれでも人格者のつもりさ」

 「人格者は普通、いたいけな美少女をはりつけにしないと思うけど」

 「キミが僕と来てくれるなら何時でもおろして上げられる」

 見上げるように顔を上げる邪眼導師。目は閉ざされサングラスで覆われているが、本人としては上目遣いのつもりなのだろう。そして彼は両手を左右に広げると
 演説調の声で言う。

 「それに美味しいもの沢山、食べさせてあげられる。流行の服は嫌いかね? お給金だって弾もう。今なら月給500万ガバス」

 「2000万」

 ぷいと顔を背けられ、提示された好条件もにべなく断ち切られる。邪眼導師は思わず唸るが、程なくして白衣の内側からメタリックに輝く札束のようなものをガ
 バっと取り出す。

 「ん、じゃあ2000万ガバスだ。はい落札!」

 「パワーの正義超人って、言おうとしただけ」

 大幅な譲歩も中途半端なプロレスラーの存在によってスープレックスを決められ、マットに深々と沈められる邪眼導師。

 「おぉう・・・そんなに嫌か、マリアちゃん」

 「うん。花京院の命を賭けて」

 「そんな即答しなくても・・・」

 涙声で未練がましく言う邪眼導師だが、対するマリアの返答は冷たい。

 「ピザもう一切れ頂戴。サラミがいっぱい乗ったやつ」

 「はいはい・・・サラミたっぷりね。はいアーン」

 それでも彼はお人好しにも言われた通り、一際具が多く乗った一片を忍者少女に咥えさせてあげる。

 「やれやれ。あむ、もぐもぐ」

 彼もまた、更にもう一枚、自分の口に運びゆっくりと味わう。

 「はむはむ・・・」

 「・・・もぐもぐ」

 暫らく咀嚼の音のみが周囲に響く。

 マリアはピザを食みながら首の動く範囲で周囲を見回す。惨状が彼女の大きな青い瞳に飛び込んでくる。

 辺りには異様な白骨が散乱している。無数の肢をもったもの。長い角を持ったもの。眼窩を一つしか持たぬもの。それはマリアたちが撃退した怪物の成れの果てだ。大部分は倒せば爆発四散するのだが、中にはそのまま死骸を横たえるものもいる。そういう奴も僅か数分で肉が分解し骨のみ残る。邪眼導師の説明によれば、彼らが体内で飼っている細菌やバクテリアの働きによるものらしい。それらは宿主が生きている間は抗体やホルモン分泌などの生理作用によって抑制されているが、宿主が死に生理作用が停止すると地上のものより遥かに獰猛な微小生物群は急速に宿主の死骸を食い荒らし、骨だけに変えてしまうらしい。尚、それらの魔界微小生物は、魔人などに比べ遥かに魔素濃度の影響を受け易く、また嫌光性、嫌気性を持つため地上の大気中では長時間活動できないらしい。

 等と徒然に思っていたマリアだったが、何か思い立ったのか徐に彼女は口を開く。

 「ねぇ」

 「なに?」

 話を振られ、嬉しそうな顔を向けて振り返る邪眼導師。何処ぞの大尉のようなクールなサングラスもまるで台無しな表情だ。それを見て思わず大きな溜め息をひとつついていると、悩み事があるのかと問われる。マリアはもう一度溜め息を吐いて辺りを見回す。百近い数の魔かも・・・ではなく、魔界生物の軍団に加え、“彼ら”、髑髏仮面の戦士を五体。これは、本格的に陰陽寮本部を潰しに来たのではなかったのか? だが、彼女の予想とは裏腹に、目の前の優男はマリアを捉えて以降、こうやって雑談を交わす以外、ただぼんやりとくつろいでいるだけだ。

 (いくらなんでもおかしい)

 という彼女の疑問。もっとも、魔界の生物に地上の常識が当てはまるはずも無いのだが。それでも彼女は口に出して問う。

 「こんなことしてて良いの?」

 「こんなことって?」

 ぬるく響く青年の声。場所が十字架の上でもなかったら、恐らくずっこけていたところだろう。しかし、拘束具がその役を果たし彼女を直立姿勢に保ってくれたので、即座に突っ込みに入ることが出来る。

 「用があるんじゃないの? 陰陽寮に」

 「ん〜まあ、どうだろ?」

 優男は直毛の黒髪を後頭部辺りで掻き混ぜるようしながら、どこか曖昧に答える。マリアは男のそんな態度に些かイライラとする。

 「はっきりしないなァ。ふつー、怪人とか怪獣とかもっと投入して本部攻略しよう・・・とか思うモンでしょ?」

 「ンー、そうかもねぇ。でも、ボク個人としては特に用は無いし、別に命令もされてないのに正月早々からそんな手間も金もかかるようなことしたくないよ」

 あっけらかんと言い放ち邪眼導師はカラカラと笑う。だが、それが逆にマリアの疑念を掻き立てる。

 「じゃあ、どうしてこんなことを?」

 「まあ、仕返しっつったら子供っぽいかな」

 「へ・・・?」

 真意を測れず首を捻る彼女に邪眼導師は人差し指を立て、さながら熱心な教師がするように自分の言葉に解説を加える。

 「ホラ、ああいう手合いってヒロインがピンチのとき、颯爽と現れるのがパターンじゃない。『そこまでだ!』とか『その汚い手を離せ!』とか『この俺が許さん!』とかいってさ」

 「ああ」

 頷くマリア。具体的な情景が頭の中に浮かぶ。青空をバックに高い所に颯爽と立つ彼らの姿を。凡その狙いが把握できた。自分が扉を開くための鍵ではなく、大物を釣るための餌だということを。

 最早、憤慨する気力も湧き上がらなかった。知り合いの男どもならば「そんなくだらないことのために」等と激怒するところだろう。何時もの自分も多分、それに順ずる筈だ。だが、数時間に渡る生理的嫌悪しか覚えない男との会話は彼女から気力を萎えさせていた。

 「だけど・・・」

 渋い顔で首を左右に振る邪眼導師の言いたいことは即座に解った。

 「こない、よね」

 「うん。放映に換算すれば一ヶ月とちょっと分。大体、三分の一クールくらいかな。流石にエピソードも別の話に移って良い頃だろ? だからさ、もうどうでも良くなっちゃった」

 言わんとする事は分からないでもなかったが、納得し難いものがあった。マリアには無論、体験談など無かったが、男にとって件の場所へのダメージとそれに伴う屈辱は相当のものであるらしい。霊衣神官曰く魔王は「プライドの塊」であるらしい。そんな彼らが易々と忘れ得るものなのだろうか。

 「そんなもんなの・・・?」

 「ウン、キミの顔見たら吹っ飛んじゃったよ」

 予想もしない答え。だがマリアは驚きも狼狽も浮かべず、僅かに肩を落とし、それから深い溜息を吐く。

 「・・・どっかの誰かみたいなことを」

 彼女の喉の奥から漏れ出したのはひどく憔悴したような、聞こえるか聞こえないかの程度の細い声だった。だが、サングラスの男はなかなかに耳聡い。

 「誰かって?」

 「キミのそっくりさん」

 更に、キミが大嫌いな・・・と続けようかとも思ったが、確証が無いので口を噤む。彼女が一番好きな人間のことを任せた相手ではあるが、正直、思い出すのもはばかり在る人物だ。しかし、彼女の言葉は込められた悪意は抜け落ちて音だけが邪眼導師に届く。

 「じゃあ、ナイスガイなんだ」

 同属嫌悪という言葉が脳裏によぎる。しかしマリアは、「そう言う所も似ている」とは口に出さなかった。ギャグは繰り返しが基本らしいが、幾等なんでも同じやり取りをもう一度、というのは流石に堪えられなかった。だから代わりに冷たく―――同僚の小さな少女が命乞いをする怪人に止めを刺す瞬間をイメージしながら
 ―――呟く。

 「キミ、馬鹿なんだね」

 「つぅめてぇぇぇぇぇ!!」

 悲鳴を上げる邪眼導師。まるでカキ氷を掻き込んだときのようにこめかみを押さえながら、しかし何処か嬉しそうに叫ぶ。どうやら、彼の心の琴線の何れかに触れてしまったらしい。彼女は自身の迂闊さを呪う。

 「ツンデレ? もしかしてツンデレ?」

 「はいはい、シンデネ シンデネ」

 悪意をこめて、しかし飽く迄も平板に返答する。彼女が言った「馬鹿」は、決して友達以上或いは幼馴染以上恋人未満の異性が、頬を赤らめながら言う類のものではない。パレットに出したカーマインの絵の具の色を、ただ「赤」と言って表現するような、一切の感動を省いた言葉だったはずだ。

 「ウッヒョォォォォ! トゥンディェェレェェェェ!!」

 ハイテンションに吼える魔王。魔王は魔王でも殆どシャザーンやらハクションやらのノリだ。

 マリアは改めて変体にはついていけないと悟る。そして何でもかんでも一括りに分類するマスコミに対する怒りにも似た感情を覚える。自分もかなりマイペースな人間のつもりだが、流石に彼らには勝てない。

 しかし・・・マリアのうちに落ちた疑念の影は尚も払拭されていない。

 「やっぱりおかしいよ」

 「何がだい? マリアちゃん」

 「だって・・・生きるか死ぬかを賭けて来てるんでしょ? 君たちって」

 それは、霊衣神官が話した言葉をマリアなりに解釈したもの。彼ら魔人が力の大部分を喪失してまで住み慣れぬ土地へ訪れねばならない理由。顎に手を当てて鋭角を描く先端をゆるゆると撫で回す邪眼導師。苦笑を浮かべた彼の顔は質問の真意を理解していた。

 「・・・真剣みに欠ける、そう言いたいんだろう?」

 「ウン」

 「まあ、僕ら魔王にとっては、実際、遊びみたいなものだからね」

 「・・・やっぱり」

 噴飯ものであったが、マリアは驚く気にも憤慨する気にもなれなかった。やはり、ああそうか。そんなものだろう。ただ、確実に怒りが蓄積していくだけだ。

 「僕らは条件さえ揃えば地上でも単性で生殖できるからね。それにこの姿でも外敵からの攻撃で死ぬ可能性は皆無といって良い。だから極論しちゃえば、僕ら魔王は自分の身一つあれば後は余暇を潰す手段があれば良いんだ」

 「だから、霊衣神官の人も君もそんなに適当なんだ。でも・・・だったら、わざわざ・・・」

 言いかけてマリアは口を噤む。自分が言おうとしたことが、どれほど愚かな事か気づいたからだ。そして邪眼導師も彼女の喉元に留まった言葉を読み取って柔らかい口調で彼女を評する。

 「やっぱり、やさしいんだね。マリアちゃんは」

 「別に、改造魔人全滅だ、なんて思うほど頑なじゃないだけだよ」

 ここで一発、照れた顔でも見せるべきかと考え、しかし思いとどまる。思い遣り云々で口を閉じたわけではない。自身を軽蔑しないためだ。だが、目の前の男は、そんなことまるで気にかけた様子も無く嬉しそうに言葉を続ける。

 「良いんだよ。君の思いは全うだ。僕も若い頃はそう思ってた。魔王になったばかりの頃はね」

 「どういうこと?」

 「力と責任はワンセットって話だよ。ま、僕らの場合、責任って言うか宿命?って感じだから。僕が僕でいる以上、『ある程度の犠牲』は兎も角、『見捨てて一人で逃げる』ってのはやっちゃ行けないキマリなのさ。誰が決めたのかは知らないけどね」

 「なるほど・・・」

 何処か神妙な口調で説明する邪眼導師の言葉を、マリアは細部が酷くぼやけてはいるものの、大まかに理解することが出来た。

 魔王―――神代の世界の称号を冠された彼ら。その力を比喩して“天変地異のような”と言う。だが、実のところ、彼らは天変地異、或いは自然現象と本質的に同じ、自らに与えられた宿業ともいえる鎖により強く縛られている存在なのだ。

 (ホントは・・・かわいそうな人たちなのかも)

 そう、同情の念を感じるマリアだったが―――

 「ね? どう格好いい? 僕って格好いい? 責任取れる大人で格好いい?」

 「・・・スゴイスゴイ」

 ヘラヘラとした表情を浮かべて言う邪眼導師の顔に裏切られた様な感情を抱き、落胆しながら相槌を打つマリア。

 [オレの名は♪ オレの名は♪ ハカァ〜[ピッ]

 その時、邪眼導師の懐から音楽が響く。彼は素早く白衣の内側に手を突っ込むと其処から携帯電話を取り出す。

 「ゴジカ?」

 『時報ではないッ!!』

 マリアにも聞こえるほどの大音量で響いたのは風が洞穴を吹き抜けるようなしゃがれた声。彼女はその声に聞き覚えがあった。確か、魔王六人が終結したときに居た、あの骸骨男―――死天騎士というやつだ。

 『私だ!! ケルノヌスだ!!』

 「マジカっ!!?」

 『嘘をつく理由などない!!』

 「・・・ゴーゴーゴルディーロ」

 『ええい!! キサマ何を言っている!!』

 「うざっ・・・・・・ウル・ザザード」

 邪眼導師は、復縁を求める元恋人に相対する様な冷淡さと速やかさで通話ボタンを押そうとする。

 『待て、邪眼導師!! 貴様、何を考えている!!』

 だが、大音量で嗄れ声が響き、なんとかそれを思い留まらせる。単に、彼の悪戯っ子根性が燃え上がっただけかもしれないが。邪眼導師は気だるげなOLを思わせる仕草で髪を弄くりながら殊の外煩わしそうに携帯電話を顔の横に当て直し、通話機の向こうに向けていけしゃあしゃあとこう答える。

 「世界のみんなが平和に暮らせますようにって」

 『何を企む、邪眼導師! なぜ、あれを持ち出した! あれは今後の計画にとって重要なものだ!!』

 電話の声は冗談にまるで打て合わない。その当り身近な人間より上手だと思う。

 「知ってるよ、ケルノヌス。だから許可は貰ってるよ。っつーか、命令だし」

 『何?』

 驚いた様な声が電話から漏れ聞こえる。その予想外の事態に対する反応に、それまで退屈そうな雰囲気を全身から発していた邪眼導師は、ようやく微苦笑を浮かべると、マリアに向かって親指を立てて見せ、そして少しだけ楽しそうに、からかう様な調子の声を電波に乗せる。

 「あ、やっぱり聞いてないんだ。そうだと思ったよ。流石は陛下」

 『陛下・・・? 陛下だと!? 卿は陛下の命令で動いているというのか?!』

 「そういうことになるかな。ちなみに、場所は陰陽寮本部前でぇす」

 『本部攻略作戦というのか、馬鹿な! 何故、卿がそのような勅命を・・・! よもや・・・』

 「ハハハ、作戦には守秘義務が伴いまァ〜ス。詳しい事は君が敬愛奉る皇帝陛下に直接ご下問なされば宜しかろう、なんちゃって。じゃ、忙しいから今度こそ切るよ。アディオス、愛してるよ〜」

 『ちょ・・・ま・・・』

 「ザザレ〜」

 皮肉っぽい言葉を気の済むまで送った後、邪眼導師は一方的に電話を切り、更にそのままボタンを長押しして電源を切るとポケットの中にしまい直した。






 雑誌を物色する魔帝国元首の後姿。二妖人は暫時、固唾を飲む様にして見守っていたが、やがて柿本が引き攣った表情を寄せ、耳打ちするように問いかけてくる。

 「お、おい、霧崎よ。こりゃ、なんかのドッキリなのか?」

 「俺が知るかよ・・・」

 友人の自意識過剰な発言に、そうコメントする霧崎だったが、一方で友人の言いたい事はよく理解できた。

 (たしかにこれは、そんなかんじだ・・・)

 納得しがたい現実だが受け容れるほか無い。常識と非常識の妥協点を探す霧崎だったが、

 「あのぅ、店員さん」

 「は・・・はい、なんでしょう?」

 不意に声を掛けられ、声が上擦りかける霧崎だったが、彼は商店経営者の誇りと根性にかけて平静に切り返す。

 「“ホビージャパン”ってまだ入っていませんか? 確か25日くらいが発売日でしたよね」

 女皇帝は少し照れ臭そうに頬に朱を入れる。何故、という疑問が無い訳では無かったが、この際、意味が無いと割り切って霧崎は答える。

 「ああ、ここらへんじゃ一週間くらい遅れて入ってくるんですよ。なんせ山のど真ん中ですから。その上、この雪ですから四日くらいじゃないですかね」

 「そうですか。じゃあ、“アスカ”と“ドリマガ”も未だですよね」

 「すいません、それはうちでは入れてないんですよ」

 霧崎はそう言ってから、軽く会釈する様に頭を下げる。彼は既にこの珍妙な状況に順応しつつあった。

 「少女向けは“コミック”と“フレンド”、それから“フラワー”に“マーガレット”くらいしか入れてないんですよ。ゲーム誌も“ファミ通”と“電撃プレイステーション”だけです」

 「そうですか・・・」

 田舎ゆえの貧相なラインナップを聞き、皇帝は残念そうな表情を浮かべる。

 「本当、申し訳ないです」

 「あ、お構いなく」

 頭を下げる霧崎に皇帝は苦笑を浮かべながら答える。だが、糾弾する声は別の方向から上がる。

 「ったく、だから言っただろ? ドリマガ入れとけって」

 声の主は柿本だ。親の敵を獲ったように言う友人に霧崎は睨む様な視線を向ける。

 「無理言うなよ。捌けなくて痛いのはうちなんだぜ」

 「そこはソレ、勇気で補うのが良いコンビニ店員じゃねぇか」

 「勇気で飯が食えりゃ働く必要が無いだろ」

 「ふふふ・・・」

 「ん・・・!」

 ふと気づき、振り返ると其処には皇帝がいる。楽しそうに、どこか懐かしそうに笑う顔は幾百幾万の魔人の王にはとても見えない。無論、彼らが仇敵と狙う陰陽寮の処刑執行の鬼とも。柿本は照れたように鼻の頭を撫でながら口を開く。

 「しっかし驚いたな。皇帝陛下がまさかドリマガとは。やっぱ、老舗ですよね、老舗」

 「知人の影響を受けただけですよ。『アウトローの雰囲気が良い』って言ってました」

 「お、判ってますね。その知人ってのも。ファミ通はあの大衆に迎合したつくりが好かんのですよ」

 そう言って得意満面の表情を浮かべる柿本。確かにマイノリティは陽食一族の民族性に合ってはいるが。熱弁を語る友人に水を挿すようにため息交じりの言葉を告げる霧崎。

 「ゲーム談義を遣り出すとすぐこれだ・・・まったく、何時までもオタクだなァ、お前も」

 「いいじゃねぇか、今や皇帝陛下もご公認だ!」

 「そんなこと仰ってないぞ・・・と言うか、お前、掌返しすぎ」

 大体、公認ならばマイノリティでは無いだろう、と思う霧崎だが、調子良く口の回る男は彼がそれを口に出すのを待たない。

 「フッフッフ・・・食わず嫌いってやつでしたよ陛下。ご無礼をお許しください。貴女様は信頼に足る我らが盟主だ」

 「そ・・・そうですか、有り難う」

 熱っぽい視線を向けて手を握ってくる赤ら顔の男に引き攣った笑顔を浮かべて答える皇帝。

 「ったく・・・」

 ノリと調子の良さで若くして幹部に上り詰めた友人を辟易として眺める霧崎だったが・・・ふと、窓の外に雪煙が柱の様に立っているのを見出す。

 「?」

 「ふぇいくぁぁぁぁっ!!」

 
ドガッシャァァァァアアアアアン!!!

 それが何であるかを確認するより早く、奇声とともに何者かがガラス扉をぶち抜いて店内に侵入してくる。

 「!! んな?!」

 「おわ・・・」

 驚き狼狽しつつも、霧崎は素早くカウンターを飛び越えて皇帝の前に立ち彼女を護る様に侵入者に対し構える。振り返ったときは柿本も既に気配をざわつかせ、何時でも妖怪態に変われるようスタンバイしている。

 雪を孕んだ白い風の中に浮かび上がるのは白い影。髑髏の顔。ターバンとマント。全身を覆う包帯。何れも純白。

 (あれ・・・)

 その姿は見覚えがあった。確か―――

 「・・・ケルノヌスではありませんか・・・もう酔いは醒められたんですね」

 至福の時に別れを告げさせられ、残念そうに呟く皇帝。彼女の言うとおり、突然の乱入者は六大魔王の筆頭、死天騎士ケルノヌスであった。

 皇帝は彼の死人と変わり無い顔を案ずるように見ながら柔らかな口調で問いかける。

 「どうかなさったのですか? そんなに慌てて」

 「そんなに慌てて、ではありませぬ! 陛下、なぜマックリール卿にあのようなご下命を?! 理解できませぬ」

 「出撃の許可のことを言っているのですか? 何をそんなに慌てているのです」

 「あれらは地上侵攻計画における我が軍の重要な駒、しかしなれど未だ十全なものには御座りませぬ。今、濫りに失うような事があれば、我が軍が被る損失は極めて大きいものに・・・! 即刻、マックリール卿に撤退の命を御下し頂きたい!」

 突然現れ、一息に捲くし立てた最高幹部の言に対し皇帝が浮かべた表情は些か不愉快そうなものだった。

 「・・・なんの為に私が許可したか、そのことについて考えましたか?」

 「理解出来ぬゆえ、このように申し上げております! 陛下、陛下が下された命ゆえ、私には撤回できませぬ。なにとぞ、あのものたちが再び敵に回れば、地上の支配どころか、この日本すら・・・」

 「ケルノヌス」

 「は・・・」

 思わず息を呑む髑髏の騎士。短く、低い皇帝の言葉からは此れまでの柔和さが欠けて失せ、代わりに険が際立っていた。彼女は女教師が出来の悪い生徒に教え込むように、冷然とした表情を浮かべながら言葉を紡ぎ始める

 「“彼ら”が五人、いえ六人。それに変身忍者、アンドロイド、魔王、時空海賊。これだけのものたちが集まっているあの場所は、今、日本中に存在する組織の視線が集中しています。今、この時が好機だとは思いませんか? 貴方の作戦を大きく進めるための」

 「ですが、陛下。しかし・・・」

 説明を受けても尚、承服しかねるのか反論しようとする死天騎士の言葉を翳した手のひらで遮り皇帝は言葉を続ける。

 「それに、私は、あのものたちを使うべきではないと考えています」

 「な・・・まさか、では!」

 表情こそ変わらぬが、騎士の声は如実に彼の驚愕を教えていた。其処には裏切りに対する非難の色が濃く混じっている。それに対する君主の声は飽く迄も淡々と一定の調子で言葉を音声に変えていく。

 「無論、戦力が維持できればそれに越したことはありません。ですがケルノヌス、よく考えてください。“彼ら”は“人類の味方”。私たち闇に属する者達にとっては“絶対の敵”だったもの・・・。何時また裏切り牙を向けるか不安に駆られる者もいるでしょう。友の、親の仇と殺意を抱くものもいるでしょう。事実、私のこの顔さえも憎悪と疑心の種になっているのです。例え調整が完璧に行われたとして、それらの不安や恐怖、怒りまで全てを払拭できるわけではないのです。無論、人を束ねる上でそれらの感情は無用のものとは言いません。ですが過ぎたるは及ばざるが如し、とも言うでしょう。何にせよ、信用無き所に組織は成り立ちません。確かに“彼ら”は戦力として大きな貢献をなしてくれることは想像に難くありません。ですが、彼らの存在が結束の亀裂となっては意味がないのです。ですから、若し、万が一、私たちの手を離れるようなことがあっても、それほど大きい問題ではありません。そう判断し、私はマックリール卿に使用の許可と命令を下しました。何か不服があればどうぞ」

 「・・・御座いません」

 促され、死の騎士が返したのは苦しげな承服の言葉だった。だが、彼は骨だけの顎を開き風の抜けるような声を発する。

 「し・・・しかし、恐れながら」

 「安心なさい。保険の用意は命じておきました」

 尚も抗弁を諦めない騎士の言葉の先を読むように皇帝は短く告げる。

 「わかりましたか? わかったのなら、結束を固めるためにも、貴方の作戦を成功させなさい。良いですね、ケルノヌス」

 「承知いたしました。ですが、お言葉ながら陛下、今後、作戦行動への介入、ご助言は先ず地上侵攻艦隊の司令官たる私目に通して頂きたい。作戦部で吟味した上で最大限にご意向を発揮できるよう努力致します故」

 命令を下す皇帝に、死天騎士は忠臣の言葉を以って答える。だが、その内に込められたのは明らかな嫌味とチクリとした棘。大人気が無い・・・と、思わず呆れる霧崎。確かに上の人間に勝手知った現場で好き勝手をやられるのは不愉快だろうが、そう言う判り易い形で反抗は、余り媚び諂いが好きでない霧崎にも眉を潜めるところがあった。

 だが、それ以上に不快そうな表情をする男がいる。

 「不遜だな」

 唇の片方だけを歪に吊り上げ、小太りの男は低い調子で呟くように言う。明らかな敵対心を浮かべた声に、じろりと向けられた黒い眼孔の奥が赤く警戒色を点す。

 「なに? なんと言った?」

 「不遜だって言ったんだ。死天騎士閣下サマよぉ」

 柿本はポケットを手に突っ込むと、顎を突き出し眉間に皺をこれでもかと寄せ、上目遣いに睨み上げる。

 「お、おい!」

 流石に不味いと感じ、霧崎は止めに入ろうとするが髑髏の騎士が売られた喧嘩を買う方が早い。

 「不遜を言うならば貴公であろう。妖人が口を差し挟む問題ではない。黙っているがいい」

 「悪いが語らせてもらう。騎士を名乗るなら主人の言葉がどれだけ正しいものか吟味する義務があるのは理解できる。だが、今のあんたは縄張りを犯されてささやかな抵抗をしたいだけだ。そういうガキみたいな態度が不遜っていうんだよ。それとも何か? あんたには陛下を侮っていい理由があるのか?」

 「・・・頭に乗るなよ、“なり損ない”が」

 「!」

 殻の眼窩に燃える焔が赤みと光度を増す。ここに至り、やっと脅威を思い出したのか柿本の顔には汗がこびり付き、土気色に変わっている。近くにいた最高権力者が余りにもフレンドリーだったことから、うっかり失念していたらしい。

 「・・・おいおい、なにやってんだよ、馬鹿」

 本日二度目となる諦念の言葉を霧崎は呟く。しかし今度は友人に向けてではない。自分の命運についての諦念だ。

 「ぬ・・・」

 霧崎は徐に柿本の前へと歩み出る。友人を庇うように両手を小さく広げて。

 「もう止めにしませんか。大の大人がコンビニの店先で喧嘩なんて、みっともない」

 「・・・貴様、私に意見するつもりか?」

 「助言ですよ。まったく、魔王とも在ろう方が」

 顔には微笑を浮かべて、だが目は真っ直ぐに死者の王を見据える。恐怖を感じない訳ではない。

 「ふむ・・・木亘理は下のものの教育もろくに出来ていないと見える」

 「いえいえ、俺が不器用なだけです。あの人は、良くやってくれてます」

 何処で鳴らしているのか、死天騎士は舌打ちを一つして霧崎を見据え返す。

 「一々、癇に障る。どのような結果を招くか理解しているのか?」

 「自分、不器用ですから。・・・ところで貴方、カルシウム足りてないんじゃないですか? 骨がスカスカですよ」

 そう言って額を小突いてやるとカランカランと乾いた音が響く。一瞬、硬直する髑髏の騎士。怒りの余り思考が一時的にオーバーフローしているのだ。そして、沈黙と緊張によって保たれていた均衡を破ったのは―――

 「ははははははははははっ!!」

 「・・・く・・・フフフフフフ・・・」

 「くっくっくっく・・・」

 笑い声。柿本は爆笑し、皇帝は控えめな笑いを浮かべ、霧崎は押し殺すように笑う。

 「貴様ら・・・」

 怒りの矛先は既に喉元まで突きつけられているのが実感として解った。激怒の余り発散された熱が周囲の空気を歪ませ陽炎となって死天騎士の周囲を覆っている。だが、死神による神罰執行は寸での所で阻止される。

 「ケルノヌス、お止めなさい。彼らは私の友人です」

 涼やかに響く声が怒りの火に水を注ぐ。声の主は無論、魔王の更に上に立つ者、魔帝国皇帝のものだ。

 「しかし・・・!」

 「聞こえなかったのですか? 魔帝国ノア地上侵攻艦隊エヴィルアーク総司令官、死天騎士ケルノヌス」

 「・・・は、申し訳ありません」

 二度目の抗弁は、最早、警告へと変わった皇帝の声音の響きに中断せざるを得なかった。畏まり、しゃれこうべを下げる魔王。それを見届けた後、皇帝はやっと満足そうに頷く。

 「結構。ケルノヌス、貴方の考えも、忠義も私は充分に理解しています。確かに此度の決定には組織の構造上、私自身、反省すべき点が多かったようです。以後、このようなことがないよう気をつけましょう。ですが、既に下した命令を撤回するつもりはありません。マックリール卿にはこのまま作戦を遂行させます」

 未だ二、三言言いたそうに口をぱくぱくとさせた死天騎士だが、皇帝は軽やかに黙殺すると演技がかった所作で西の空を指すと彼に告げる。

 「貴方も貴方の作戦を進めるため、式典が終了次第任地に赴きなさい。あなたの言う最大限の努力を見せて頂きます」

 「御意・・・」

 苦々しげに答えた髑髏の騎士は、テレポートを使用したのか、空中に溶けるように姿を消した。

 暫時、沈黙が店内を覆っていたが・・・

 「御免なさいね」

 不意に、そう言って謝罪するのは皇帝である。

 「うちのものが迷惑を掛けてしまって。ちょっと生真面目すぎるんです、彼」

 「いえ、いえ。俺もコイツも分を弁えずに・・・」

 照れた様に頭を掻きながら答えかける霧崎だが、

 「そんなことは在りませんよ。弁えていないのは彼のほうです。力の差が貴賎の差であると誤認する・・・私たち魔人の悪癖です」

 「魔界とは・・・そういうものではないのですか?」

 少なくとも、魔界の貴族と呼ばれる連中は何れも強大な力を持つ魔人であると聞く。だが、皇帝は首を左右に振って否定する。

 「私たちは只、力に相応しい役割を与えられているだけ。役割と人間性は同一のものではない・・・そう、私は考えています」

 「人間性が駄目な奴にゃ、誰も付いてはきませんよ、陛下」

 「じゃあ、私は皇帝失格ですね。だって、外道なんでしょう?」

 そう言って彼女が浮かべた笑顔には、初めて楽しそうな感情が篭っている様に見えた。慌てて彼女の言葉を否定しようとする柿本だが・・・

 「だから、それは違うって・・・」

 「フフフ・・・良いじゃないですか。こんな人間が皇帝なんて可笑しいでしょう?」

 「自分で言うものじゃないですよ」

 お茶を濁す様に答える霧崎。確かに、彼女の気質は君主のそれとは思えなかったが、先ほどの死天騎士に対するものを見る限り断言しがたい。

 「さて・・・じゃあ、そろそろ行かないと」

 「宴会の続きですか?」

 「いいえ・・・約束があるんです」

 「約束?」

 鸚鵡返しに問い返すと、皇帝は懐かしそうに、そして嬉しそうに肯いた。

 「ええ、約束です」





 「ウソツキ」

 ぽつりと響く少女の声。何が世界平和だ。何が仕事はない、だ。

 邪眼導師が顔を上げると視線の先には、軽蔑するようなジト目のマリアが居る。身竦められ、気まずそうな照れ笑いが青年の顔に浮かぶ。

 「ウハハハ・・・ま、いいじゃん。折角の和尚が2なんだし、働いたら負けッスよ」

 「キミって、なんか何時もそんな感じ」

 鍛える事が日常の一部、というより生活習慣化している彼女の小さな友人が聞いたらさぞかし憤慨する台詞だろう。マリアは思わず呆れた様な声を吐く。無論
 、マリアも自身を鍛える事に余念無い日々を送っているため、この駄目人間魔王の言動には思うところあった。

 そんな、物理的な位置のみならず見下ろす様なマリアの視線を受けた邪眼導師は、しかし、存外なことに怒りもせず、苦笑を浮かべ髪の毛をくしゃくしゃと掻きながら、自らを弁解する言葉を紡ぐ。

 「そんな顔しないでよ、マリアちゃん。女の子に軽蔑されるのは男としてこれ以上無く辛いことなんだよ。それに」

 ふふっと短く照れたような笑いを浮かべる邪眼導師。その邪気の無い顔はとても彼が恐怖の魔王の一人とは思わせない。

 「折角、キミとこうしてお喋り出来るんだ。こういう時間は大事にしないとね」

 「やっぱり、似てる」

 嫌いな男に。幾ら何でもこの手合いが三人は多すぎる。優男も一人だけなら平和な日常の適度なアクセントになるが、戦いが続く日々にこの密度だといい加減ウンザリして来る。

 「・・・わたしは、キミとなんかもう一分一秒でも会話したくないよ」

 「つれないなぁ。でも、そういうとこも、かあいいよ、マリアちゃん」

 「キモイ」

 殆ど嘔吐する様に吐き捨てるマリア。それは色目を使う優男に対しての心からの感想だった。

 マリアのその感情を察したのか魔王は寂しげに表情を曇らせて問う。

 「・・・マリアちゃん、もしかして男嫌い?」

 「うん、キライ」

 即答するマリア。

 「どうしてさ?」

 「だって、わたしのまわりまともな男の人いないし」

 脳裏に浮かぶのはろくでも無い男ども。故に、彼女は結論する。

 幼少期において既に忍者の技術を修得していた彼女にとって、異性は篭絡すべき術の対象であり、恋愛対象ではなかった。また、養育施設時代、周囲の人間が女性ばかりだったことも決して無関係ではないだろう。この異性に対する世間ずれした感覚は、同じように育った神野江瞬や相模京子にも方向性こそ違え共通する事項だった。

 「アハハハハハ」

 それに対し大口を開けて笑う邪眼導師。やがて、邪眼導師は口を押さえ込み上げる笑いを押さえながら、忠告するように言う。

 「そういえばカリンちゃん情報にもそんなこと書いてあったな。駄目だよマリアちゃん。それは生物学的にも倫理的にも間違ってる」

 「うるさいな・・・」

 僅かでは有るが語気が強まる。無論、彼女は自身の性癖が一般的な物でない事を知っている。だが、知っているだけに敵から受ける正論の指摘は彼女の神経の肌理を逆さに撫でた。その上に、情報の発信源は元同僚の裏切り者、その事実がまた、頭に来る要素でもあった。暴言が口を突いて出る。

 「背徳の極北に居る様な下衆野郎に、どうのこうのと言われたくないよ」

 「背徳って、ソレ、ボクのことかい?」

 問い返す邪眼導師にマリアは深い頷きを以って返す。もっとも、そんな反応を示しながら、彼女の言葉は彼だけに向けられたものではない。自分だって同じ穴の狢、いや、同じ園の百合とでも言うべきかタイプでありながら、自身を棚に上げた女にも向けられている。

 そんな忍者少女の中で燻る炎などお構い無しに邪眼導師は気の抜けたサイダーのような甘ったるい声で批難をしてくる。

 「・・・酷いなァ、マリアちゃん。ボクらだって好きで魔王に生まれたわけじゃないのに」

 「・・・」

 顔色がコロコロと変わる男である。口元を酷く怨めしそうに歪めた彼の顔は何も知らない人間ならば容易に同情を引けただろう。だが、本性を知る人間から見ればまるでピエロのそれだ。今に及んでおどける魔王の姿は滑稽を通り越して醜悪ですらあった。

 「わたしだって好きでこんなに口が悪くなったわけじゃないよ。仕方ないでしょ? 馬鹿じゃない」

 「ハハハ、そりゃそうだ。可愛らしいこと言うようじゃ君らしくない」

 痛烈な解答にも無痛症の如くニコニコとした表情を崩さない男にマリアは確信を抱く。

 彼は弄んでいるのだ。

 好意を示す素振りも、殺さず捕らえて置くのも、全て自身の楽しみの為の。

 魔王、そう呼ばれるものの力ならば、実力の片鱗をはずかに見せるだけで中途半端な改造人間など容易く殺せるのだから。

 暴言を吐いても、軽く受け流す。或いは子供の戯言と、虫の囀りと楽しんでいるのだ。

 「ところで、寒くないかい? 寒けりゃ毛布でも用意するけど」

 「いいよ。どうせ、消毒液っぽい匂いがするんでしょ」

 だが、時折見せる、細やかに気を配ってくれる青年の姿は、自分の考えが果たして正しいものだったのかと疑問符をぶつけてくる。

 彼は言った。キミが僕と来てくれるなら・・・と。条件などつけなくとも彼の力ならば力尽く自由に出来る筈だ。あの仮面の戦士たちと同じように。

 だが彼は飽く迄も自らの意思で下る事を求めている。

 其処にある感情は、本当に愉快犯の心理だけだろうか。

 あの軽薄な教授に似た口で言うように、好意が含まれているというのだろうか。もし、そうだと言うなら・・・

 ・・・・・・

 「・・・私らしく、ない」

 彼女は思い至る。いや、思い切るといったほうが正鵠かもしれない。

 何を考えているのだ。自分はこのように思い悩むタイプの人間ではない。

 「どうしたの? 急に」

 心配そうに覗き込んでくる男。マリアは見つめ返すと用意していた質問を彼に問う。

 「わたしはキミの敵だよね」

 「・・・」

 邪眼導師は、一瞬、口ごもる。その問いは発声源から考えれば、随分と低く空気を震わせた。最初に聞いた時、邪眼導師は彼女が何を意図しているのかをまるで理解する事が出来なかった。だが、数秒で平常心を取り戻すと、彼は端正な顔に柔和な微笑を浮かべ頷き返す。

 「うん、まあそうなるかな。・・・残念だけどね」

 「・・・テキってのは、相手の嫌がることするやつのことを言うんだよね」

 「明確な害意をもって行うなら、ね」

 但し文を付け加える邪眼導師。その静かな口調には、何処か含むように響いた。対する少女の顔には、不敵な笑みが浮かぶ。深い青を湛えた瞳は、彼女の心からの満足を如実に語り、そして、十字架の上には些か不釣合いな、諦念を拒む強い決意の光が灯っている。

 「・・・」

 光を見返す視線が、羨望の眼差しである事を、おそらく彼女は気付いていないのだろう。閉ざされた両の目の替わりに視力を代行するアミュレットに、感情を映すことはない。それを幾度、もどかしく感じたことか。ぽつりと呟く様に彼は言葉を続ける。

 「ボクはキミの敵だよ」





 「ごほごほ・・・」

 咳き込み立ち上がる痩せた男。襤褸切れと化した浴衣に、頭髪は明らかに元より毛の量が増えたアフロヘアー。無論、その特異な髪型は自らの趣味や生まれついてのものではない。勺をしていた木亘理も、当然のことながら業火に晒された一人だった。

 意識を取り戻したとき、広間に居るのは自分と同じく髪型をアフロに変えた陽食の民ばかり。

 「・・・くう・・・ギャグでなければ死んでいた」

 実際、先ほどの爆発は奥義クラスの戦呪術数発分に匹敵する火力を有していた。このような珍奇な状況でなければ、この場に居た妖人全員が影まで燃え尽きていただろう。また、この広間も万が一に備え、かなり強力な結界を敷き霊的に隔離していたため事なきを得たが、場合によってはホテルそのものが崩壊していてもおかしくはなかった。

 「く・・・」

 焦げた畳に拳を打ちつけ様として、止める。八つ当たりが駄目押しにでもなれば、滑稽過ぎて目も当てられない。彼は怒りを飲み込んで、それに堪える。

 この事態・・・ひとつ間違えば「惨事」どころでは済まなかったこの事態。原因は、彼らの悪ふざけに拠るものだ。つまり、自分たちは悪ふざけのとばっちりで死に掛けたことになる。その上、事態の収拾に努めるでもなく彼らは早々に引き上げている。それらのことは意味するのは即ち、彼らにとって自分たちが如何に軽い存在であるか、ということだ。

 (・・・堪えねば。堪えねば)

 しかし、彼は自分に言い聞かせる。同胞達が目覚めれば、責は全て自分にあることを告げよう。魔帝国に対する不満がこれ以上高まることだけは避けねばならない。今、帝国の庇護を離れることは民の滅亡を意味するのだから。実際、酒を勧めたのは自分、なのだし。だが・・・

 「・・・くぅっ」

 不安と恐怖が押し寄せ思わず近くの焦げた酒瓶を取る。呷れば口の中に広がるのは温く濃い甘味。熱でアルコールの大部分が揮発し単なる砂糖水と変わらなくなっていたが、それでも飲まないよりは幾らかマシである。

 「酒に逃げるのはよくないわよ」

 「・・・! 煉獄剣王閣下!」

 不意に声をかけられ木亘理は狼狽する。声をかけられるまで彼は、この派手な男の存在に、まるで居ることに気づいていなかったのだ。

 「止めときなさい、酒で気を紛らわそうなんて」

 「は・・・」

 「酒なんかに頼ってたら、そのうち、酒飲むために辛い事を求めるようなマゾになるわよ」

 苦笑を浮かべながら忠告する炎の魔王。大男でありながら、彼の顔には妖艶な色気が張り付いている。しかし、木亘理の心中に生まれるのは魅了ではなく憤慨。一体、どの口がその台詞を言うのか。心労の原因が誰にあるかも分からないのか。だが、黒々と煮えた感情を腹の下に抑え、彼は努めて穏やかな口調で言葉を返す。

 「恐れ入ります・・・閣下。ですが私は自分の弱さを知っております。だからこそ、こうやって逃げ場が無ければ心の均衡が取れません」

 「辛い事があれば女の子に甘えなさいよ。そのほうが健全だと思うわ」

 如何にもこの人物らしい答えだ。木亘理はそう思う。彼らがここに来て数日。その短い期間に、彼ら魔王六人の個性は充分に彼の知るところと成った。煉獄剣王は度を越えた女好き。彼の仮住まいとなっている屋敷には、何処からつれてきたのか、連日複数の美女が出入りしている。

 「フフ・・・男やもめでしてね。甘えられるような伴侶がおらんのです」

 「何言ってんの? あんた何人も女の子囲ってるって聞いたわよ」

 好色そうな笑みを浮かべた魔王の瞳が、狩猟者の瞳に変わっている。じっとりと背に湧き出る冷たい汗。彼は表情の維持に並々ならぬ努力を強いられた後、掠れ掛けた声で言葉を返す。

 「さ、流石は閣下、耳がお早い。ですが、誤解なさらないで頂きたい。・・・あれは囲ってるというわけではないのです」

 「あら、じゃあ何よ」

 「彼女らは―――私の、娘です」

 言い切ったところで、表情の引き攣りを抑えきれなくなる。

 それを見て、煉獄剣王は何かに気づいたように目を大きくした後、腕を組んで大きなため息をつく。

 「何よ。折角、ご相伴に預かろうと思ったのに。そんなコ達じゃ無理じゃない」

 「な・・・」

 言葉を失う木亘理。魔王に対し、弱肉強食に生きる魔の生物の長―――その先入観を少なからず持つ木亘理にとって、煉獄剣王の発言は余りに意外すぎた。その心中を察したのだろう。煉獄剣王は口を尖らせ拗ねた様に言う。

 「何驚いてんのよ。あたしだって分別の何たるかくらいわかるわよ」

 「は・・・恐れ入ります」

 木亘理は恐縮するしかなかった。虎か獅子のように思っていた相手が人間だったのだから。これ以上の不興を避けるためにも彼は恐縮するより他、取りうる道が無かった。しかし、魔王の口を次いで出たのは更に意外な言葉だった。

 「ま、良いわ。じゃあ、ここ汚して悪かったわね。修理代、あとで傭兵団(ウチ)の経理の方に請求しといて。弁償するから」

 「いえ・・・しかし」

 「何よ、面子をつぶす気?」

 ジロリと見据えられ、木亘理は最早、この場で逆らう気力を失う。

 「滅相もございません」

 「なら、ちゃんと請求するのよ。いい?」

 「御意」

 しつこく確認する煉獄剣王を納得させるため、取り繕った気迫を以って応える。

 「よろしい。じゃーね」

 「・・・」

 そして、煉獄剣王も退室する。直後、へたり込む木亘理。足がガタガタと震え、暫くは立ち上がれそうに無かった。やがて、再びふすまが開き、痩せた女性が感情を感じさせない凍った微笑を浮かべたまま入ってくる。

 「・・・気まぐれな方々ですね」

 「・・・覚悟はしていたことだ」

 胃薬を買わねば。木亘理は腹部を抑えながらそう思った。







 彼の顔が苦しげに歪んでいる。アジアとヨーロッパが混ざり合って生まれたアラブ系の、彫りの深い綺麗な顔立ちが。
歪ませたのは自分だ。歪んだ思い故に彼の顔を苦悩で歪ませた。

 懊悩の末、辛そうに決意する彼の答えを自分は既に知っている。

 「悪いけど、俺はこれ以上、君を愛することは出来ない」

 「やっぱり・・・?」

 もしかしたら・・・そんな、淡い期待は裏切られる。覚悟は既に出来ていたし、答えはもう知っていたから涙は出ない。

 ただ、胸に開いた穴を風が通る音が聞こえるだけ。身を縮めるように腕を抱く。何故か少し寒く感じたから。

 「すまない、ケイコ。俺は神に仕える戦士なんだ。仲間のためにも・・・信仰を裏切ることは出来ない」

 「わかってるよ、わかってる。悪いのは私なんだ。キミが気にすることじゃない」

 笑う。顔の表面だけで笑う。笑うしかない。喜劇でしかないのだから。

 ピノキオは人間になれた。

 だから人に愛される。

 「私も、もう頃合だと思ってたしね」

 だが・・・

 「・・・ケイコ」

 「御免・・・人間じゃなくて」

 自分は、ピノキオじゃない。





 夢を見ていた。

 こんなことを言えば、電気羊の夢かと問われるが、そんな奇妙なものを夢見た記憶は彼女には無かった。

 何のことは無い。原理は人間の夢と同じものだ。メモリバンク内に蓄積された過去の記録を整理する際に、感情を司るプログラムが見る電子の幻影。
最も、人間が見る夢の様に、支離滅裂でファンタジー地味た素敵な空想を構築してくれるほど愉快な余裕の有る作りには成っていないが。

 恋人の、夢だ。

 いや、恋人だった男の夢だ。

 身体を弄った日は高い確率で、この夢を見る。

 イヤと言うほど、自分が人間でないことを思い知らされるから。

 この世には、どうにもならないことが有る。

 生まれなんかは際たるものだろう。

 「ん・・・」

 光を感じる。いや、これまで光を感知しなかった訳ではない。外的な知覚機能と精神的な部分が切り離されていただけだ。

 感じるのは光だけではない。音。臭い。温度。味・・・は、流石に感じないか。要するに、意識が覚醒する。

 自分の場合、「システム再起動」とでも言った方が良いのだろうか―――等と下らないことを考えながら、彼女は上体をベッドの上に起こす。

 ボリボリと頭を掻き回し、周囲を見回す京子。擬態語で表すなら、軽快な感じのあるキョロキョロは似合わない。あえて言うならボンヤリ、と言ったところか。

 「・・・う〜ん・・・えと・・・」

 プラチナホワイトを基調にした室内は一見して医務室を思わせる。但し、其処に漂う香りは消毒に使われるエチレンではなく、ナノテクで合成された潤滑剤の独特の臭気。同様に、そこいら中にあるのは人間を治療するために医療器具などではなく、機械を修理するための工具等。それも一つがウン十万ウン百万と言う訳の解らない値打ちの代物ばかり―――総額にすればヒルズ族のゴージャスな応接間も泣いて逃げ出す様な殺風景な部屋だ。自分専用のメンテナンスルーム。

 たかが一隊員である自分にこれほどの施設が与えられているのは、自分の身体が都の年度予算に匹敵するような額で開発された実験機だからだ。陰陽寮は、未だに機械の呪士を量産する計画を諦めていない。去年の夏、つくばの養成施設が潰滅してからは、一層に力を入れているように思う。自分の身体は既に母体なのだ。人に代わり魔と戦う防人たちの。

 (・・・せめて旦那くらい用意して)

 母と言うのが便宜上の例えであれ、未婚のまま、そのように呼ばれるのは見っとも無く感じて何だか嫌だった。

 もっとも、そんな気楽な事をぼんやりと考えていられるほど、ホストコンピューターからリアルタイムで送られてくる外部の状況は余裕のあるものではなかった。可及的速やかに・・・を求められる程には逼迫していない様にも見て取れたが、随分と奇妙な展開にはなっている。

 彼女はベッドから降りると各部の最終的なチェックを行いながら、あまりメリハリの無い身体の上に戦闘服―――ユニクロで購入したタートルネックのセーターにホットパンツ、膝上まで届く黒のハイソックス、ダブルの白衣で身を固める。どうせ、戦闘になればアンドロイド形態に移行するのだが、流石に裸で出て行くほど恥知らずではない。

 セルフメンテナンス。人工皮膚上に設置された数万のセンサーが服装の乱れをチェックする。

 『髪型を整えてください』

 「よし」

 車検終了、衣装も完璧。あとは出陣あるのみ。そう考えていると・・・

 『京子クン、いるかい?』

 「はい」

 インターホンから響く聞き覚えのある声。彼女がベッドの枕元にあるボタンの一つに触れると、ぷしゅ、と空気圧ポンプの作動音が響き、扉が自動的に開く。高分子素材製の板の向こうに立っていたのは長身に、様々な特徴を備えた男だった。

 「やあ、お早う。調子はどうだい?」

 そう、友好的に聞いてくる男の格好は中々にロックな出で立ちだった。先ず目と髪の毛は緑色。髪型こそ普通だが、随分と珍しい髪の色だと思う。服装に至っては更にハイセンスだ。白衣を羽織るまでは彼女と同様だが、その下に着るのは浅い緑の色が上品な和装。しかも生地の質から見て、相当良い品を使っているのは見て取れる。

 こんな珍奇な格好をする人間のデータは、彼女のメモリバンクの中にもたった一人しか記録されていない。最も、アクセスする必要等、微塵も無いが。

 「ども。ま、普通ですね。桐生先生」

 「普通かい」

 苦笑を浮かべ、問い返す男の名は桐生春樹。陰陽寮技術部に顧問研究員として籍を置く科学者であり、エンジニア・・・陰陽寮風に言えば陰陽博士だ。本来は世界的にも著名な超考古学者であり、清明院大学で教鞭をとる立場にあったのだが、諸般の事情により現在はここの仕事を兼任して貰っている。

 「そんなことより先生、大丈夫なんですか? 局全体に退避命令が出てますよ」

 「そうみたいだね。みんな大慌てで資料とか機材を箱詰めしているよ」

 桐生は違う河岸の話でもするように落ち着いた口調で語る。この男に慌てる、と言う言葉ほど似合わないものは無かったが、それでも些か呑気過ぎる様にも思えた。現在、宮内庁皇室史編纂局、即ち本部施設全体に緊急退避命令が発令されている。過分な判断にも思えたが、年末の戦いを考えれば警戒し過ぎるに越したことはないのかもしれない。

 「まあ、心配しなくても、未だ大丈夫だよ」

 若き天才超考古学者は落ち着いた口調で言葉を続ける。恐らく、彼がそう言うからには大丈夫なのだろう。そんな気分にさせてくれる。

 「それに無責任な仕事はしたくないからね。術後の経過を見るのも主治医の務めだろう?」

 「それこそ、心配されなくても大丈夫ですよ」

 京子は答えて言う。本来、彼女の主治医・・・専属の整備士は物部菫子という名前の中年の陰陽博士だ。だが、その役割は昨日からこの超考古学教授が代行している。何故かと言えば・・・

 「ふむ・・・君はあの男を甘く見ているね」

 少々、憮然とした口調で桐生は告げる。

 「彼は並みの詐欺師より遥かに信用に足らない人間だからね。『お年玉』等と称しながら一体、どんな悪ふざけを仕掛けているか分かったものじゃあない。それを理解していながら君に処方せざるを得なかった以上、きちんと責任を持つのは良識ある大人として当然の義務だろう?」

 「そうですね」

 妙に熱弁する桐生に京子は愛想笑いで答える。暗に自分は彼とは違う、と言うことを言いたいのかもしれない。

 桐生春樹が京子の主治医・・・メンテナンススタッフを代行する理由となったのは、彼が言った『お年玉』が原因である。それは、昨日、皇室史編纂局宛に届けられたコンテナ一杯の荷物。そして、同梱された手紙にはこのような一文が書かれていた。

 〜キュアブラウンよりキュアグリーンへ〜

 「しかし、本当に良かったのかい? これほど大掛かりに入れ替えてしまって。電池の交換とは訳が違うんだよ?」

 「悪かったら変えようなんて思いませんよ」

 処置の前に聞いた問いを改めて繰り返す考古学者に京子は薄く笑みを浮かべた表情を向けて返す。

 「メカニックとしては、私はロートルも良い所ですから。流石に換え時でしょう」

 広げた掌を小指から閉じて行き拳に作り変え、今度は親指から開いていくと言う所作を繰り返す。以前はかすかに響いたモーターの駆動音も、今はもう聞こえない。スムーズさまで変わっていないが、静粛性が格段に向上している。並の人間では、先ず機械人形であることを見抜けないだろう。

 だが、それでも皮膚は形状記憶プラスティックであり、骨は強化チタンのフレームであり、血は潤滑剤と冷却液だ。人間にそのようなものは入っていない。どれほど精巧に出来ていても機械であることに違いはないのだ。

 (・・・)

 嫌な夢を思い出しかけ気分が落ち込みそうになる。話を変えるように、問うようにポツリと呟く京子。

 「・・・教授はこんなもの、何処で手に入れたんでしょうね」

 伊万里京二は科学者としては確かに有能であり、万能に近い科学力を持つが、全能ではない。造詣が無いとは言い切れないが、ロボット工学や人間工学の分野は専門外のはずだ。その疑問に、同じく万能に程近い目の前の科学者が答える。

 「彼は学者としての良識が欠けている上に手段を選ばない人間だからね。手は長く、コネクションは広く深い。まあ、だけど、これほどの精度のものを造れると成ると自ずと限られてくる。整体プログラムの方もそうだね。彼の行動パターン、交友関係をプロファイリングすれば考えるまでも無く明善だ」

 コンテナの中に入っていたもの。それは、発掘物と思しいオーパーツ、或いはアーティファクト、最近の流行ではプレシャスなどと呼ばれる“力を持った器物”の数々。最も、その大部分が“リモコンサンダル”や“どこかのドア”、“空中元祖固定装置”、“仏の手”など死ぬほどバッタ臭い仕様意図が不明な、或いは判明しても逆にガッカリ感が増すようなガラクタアイテムばかり。

 だが、その中には明らかに古代の遺物ではない物品も含まれていた。それは―――

 「恐らく、スマートブレインにでも頼んだんじゃないかな。あそこが持つ事業所の中には伊万里君が持つパテントの幾つかも管理しているところもあるらしいからね。あの大企業が・・・とも思わないでもないけど、彼の強引さを考えれば、動いたとしても不思議じゃない」

 「そう、ですね。国内でこれほどの精度で部品を造れるとなると、あそこしかないですからね。流石にバイクに変形するギミックは付いてないみたいですけど。・・・ばるるん」

 片手でVサインをしながらエンジン音の口真似をする京子。ガラクタの中に紛れ込んでいた“本物”。それは京子・・・ロボット陰陽師KC−0用の補修パーツ。いや、それは寧ろ新たなボディと言ったほうが正鵠であろう。頭脳と心臓が無い以外、ほぼ全身の部品が完備されていた。

 更に、加えてカセットテープ数百本。

 「そう言えば、何故にカセットテェプ?」

 「昔の・・・三十年近く前の家庭用パーソナルコンピューターでは記憶媒体として使用していたのさ。まあ、最も本来は、事務用じゃあなくテレビゲーム用につくられたパソコンの、なんだけどね。まったく・・・今時、MSXとは恐れ入るよ。彼らしいと言えば彼らしいんだけど」

 最後の一言は、苦虫を噛み潰したような顰め面で告げる。京子もアンドロイドの例に漏れず、余り人の感情を推し量ることが得意ではなかったが、彼の表情からは、様々な苦労が見て取れた。

 「ま、なんにせよ、上手く作動したみたいだね」

 古い記憶媒体数百本に収められていたのはフランス語で外科医を意味する『メーストル』と名付けられた自動整体プログラムとでも言うべきものだった。これは本来、一ヶ月以上の時間を要するアンドロイドのボディ交換後の調整を僅か半日で実行してしまう代物だった。

 「まあ、さっきは不安だった・・・と言ったけど、解析してみて途中からは安堵したよ。彼が堅実に仕事をする筈が無いとは思っていたけど、どうやら僕の予想は当たっていたらしい」

 「どういうことです?」

 「データの解析中、このプログラムとよく似たプログラムを見た覚えがあるのに気づいてね。気になってチェックしてみたら、案の定共通するパターンが幾つも見つかったよ」

 「それは?」

 再び問い返す京子。もう一人の考古学者と違い、丁寧で解り易くはあるのだが、持って回った説明をするのが玉に瑕だ。

 「つまり、自動整体プログラムの基になっているのはG5用のオートフィット機能の管理プログラムってことだよ」

 「なんと! ・・・せいけん」

 「いやはや、盲点だったよ。まさか、あのプログラムをアンドロイド用に組み替えるとは。恐らくこのアイディアは・・・製作者本人に相談したんだろうね」

 あごに手を当て、興味深そうに考察する桐生。オートフィット機能とは、強化外骨格G5に組み込まれた自動で装着者への最適化を行なう機能だ。この最適化というものは、サイズの差異に対する調整のみではなく、個々人ごとの運動能力や反射能力に適応したパワーアシストの調整も含まれている。G5が正式採用され広範に配備されるようになったのは、このオートフィットシステムに拠るところが極めて大きい。そして、このオートフィットシステムを組み上げたのは確か、伊万里京二と同学のカメラマン、いや嘗て警視庁の科学警察研究所に勤めていた女性エンジニアだったはずだ。

 「・・・人間に使ったものを、ロボットに応用する。人間工学の観点から見れば逆なんでしょうけど」

 思わず自嘲が口から漏れる。本来、自分達の様に人間に酷似したアンドロイド、いやアンドロイドを形作るロボット工学や人体工学というものは、「労働力」や「義肢」など人間を補うモノを創り出すために存在している。それが、人間の為の技術でアンドロイドを補うなど本末転倒も甚だしい様に思えたのだ。

 「京子君・・・」

 「あ、気にしないで下さい、先生。手間の掛かる体に生まれた私が悪いんですから」

 「そういう風に卑下するものじゃないよ。京子君」

 「つもりは無いんですけどね」

 照れた様な苦笑を浮かべる京子。無意識に同情を買う様な台詞を口にしたらしい。無論、自分の体にコンプレックスを持っているわけではないが。

 「まぁ、楽しいこと半分ってやつですよ」

 そんなことは、誰だって同じことだろう。彼女はそう考え、割り切る。

 「・・・」

 考古学者は暫く、この奇特な星の下に生まれついた娘を複雑な表情で見つめていた。やがて、彼女は立ち上がり、告げる。

 「じゃ、私はそろそろ行きますね。後輩が待ってるんで」

 天井を見上げながら、天井ではなく、その上にある何かを見透かすように京子は言う。

 「そうか・・・じゃあ、武運を祈っているよ」

 「はい。じゃ、ちょっと行ってきます」

 額に手刀を当て、敬礼のポーズを取ると彼女は自室の出入り口に向かう。だが・・・

 ぷしゅ・・・

 「・・・おっと、それは困るな」

 扉が開き、見知らぬ男が入ってくる。背の高い男だ。黒いジャケットを身に付け、直毛の金髪を肩まで伸ばした、一見してミュージシャン風の男。その男は端正な―――いや、些か整いすぎている表情に友好的な微笑を浮かべていたが、応える様に京子が浮かべるのは、敵意だ。

 「・・・ここはプライベートだぞ。勝手に入ってくるな」

 「そう言うなよ、姉さん。俺たち兄弟だろ?」

 「姉さん・・・?」

 青年の言った言葉を疑う様に桐生は言葉を反芻するが、良く観察すれば、顔の造型に京子とよく似た特徴が見て取れる。更に関節、眼球、表情、毛の質などに、一般人ならば先ず見分けが付かないレヴェルの微妙な違和感が含まれている。青年は、桐生の言葉を肯定するように告げる。

 「そ、姉さん。お久しぶり。と言ってもねえさんはおぼえてないかもね。なんたって二十年以上前に生き別れたきりだしね」

 「いや・・・」

 京子は首を振って青年の言葉を否定する。そして、数秒口を閉じた後、ゆっくりと問うように言う。

 「ジュン、だろう。合ってる筈だ」

 「ハハ・・・流石は血を分けた兄弟だ。一目で判ってくれるんだ。感動だなァ」

 満面の笑みを浮かべる青年、ジュンの表情。感動の再会系のバラエティ番組を思わせる何処か在り来りさを含んだ表情は、機械故か単に皮肉だからか。一方、京子は元より表情の変化の乏しい顔から、更に感情の色を拝し、徹底的に敵意の色のみを視線に込めて弟を名乗るアンドロイドに応える。

 「何言ってるんだ? 識別番号で分かるに決まってるだろ。K−M06」

 「そういうエスプリに欠けた受け答えはどうかと思うよ? 俺たちは単なる工業製品じゃないんだ」

 「そんなことはどうでも良い」

 姉は弟の言葉をバッサリと切り捨てる。ジュンは一瞬、不愉快そうな表情を浮かべたが・・・

 「それよりも、あんた達は死んだ筈、って言いたいんじゃないか? ねえさん」

 直ぐに不敵な微笑を顔に浮かべると、ねちっこく絡みつくような口調で聞いてくる。桐生は資料で、相模京子の出生に関して幾ばくかの知識があった。機械でありながら人間と同じく「生命のエネルギー」を持つアンドロイドを量産する計画が在った事を。だが、計画は廃止され、量産試作機である京子と幾らかのパーツが陰陽寮に引き取られた以外は、全て廃棄処分されたらしい。

 だが目の前に立つ青年は、もはや存在しない筈の京子の弟を名乗っている。京子も流石にそのことに付いては幾らか訝しんでいた。

 「ハハハ、拾われたのさ。姉さんがここに拾われたみたいに」

 「あぁ、そう。で何? 私、忙しいんだけど。今から仕事があるから」

 何処と無く肩を落とした感の在る京子。余りにも捻りの利かない落ちで落胆したらしい。だが、ジュンはその反応を全く違う受け取り方をする。

 「冷たいな。まるで機械みたいだ」

 「もしかして、馬鹿なのか・・・?」

 廃棄された時にAIに何らかの問題が在っても不思議ではない・・・もっとも、自分も他人をどうこう言えるほど優秀な機械ではないので、声を大にして言うことは無い。

 「あぁ、御免よ姉さん」

 と、突然、思い出したように謝罪するジュン。

 「僕も仕事があってね。そこの桐生博士を連れていかなきゃならないんだ。依頼主(クライアント)がお求めでね」

 「へぇ・・・君は配達人というわけか」

 これまで話の蚊帳の外に立っていた桐生が、久しぶりに楽しそうな唸りを上げる。平和主義だとか荒事は性に合わないだとか、なんだかんだと言って、挑戦には受けて立つ男なのだ。無論、陰陽寮局員として全力を尽くして護らねばならないが。すると、ジュンは釘を刺す様に告げる。

 「それから、邪魔をする奴がいたら斬れ・・・とも言われてる。もっとも、俺にとってはこっちがメインなんだけど・・・ね」

 
ドォン!!

 「!!」

 耳たぶと頬に薄く細い傷が生じ背後の壁に弾丸が減り込む音が響く。血液を模した皮下循環剤が溢れ、混入された修復剤が人工皮膚の損傷を修復していく。

 銃は何時の間にか引き抜かれ、トリガーは絞られていた。発射モーションは完全に彼女の画像分解能力を超えている。弾丸を避けられたのは殆ど“勘”に拠るところが大きかった。

 銃を握る弟は目を丸く見開き驚いたような表情を浮かべている。

 「よく避けれたね。自信あったのにな・・・まぁ、流石だよ。姉さん」

 「先生」

 「分かってる。じゃあ、退散させてもらう」

 天才、そう呼ばれるだけ理解が早い。緑髪の科学者は速やかにもう一つの扉を開いて室外に退避した。





 第一発令所。

 最終的な承認を問うてくる画面上の表示。神崎はOKをクリックするとディスプレイから顔を上げる。

 薄い明かりに照らされる顔には、何れも同様に沈痛な面持ち。

 あの夏の―――黄金の巨人像が猛威を振るったあの日から、来ることが予測されていた日。無論、自分たちは、この日の為の準備は入念に進めてきた。

 だが出来れば、出来る事ならば、訪れて欲しくない。不要な骨折りであって欲しい。そう願っていた。

 「局長」

 副局長の堀江が厳かな口調で呼ぶ。

 「我々も退避しましょう」

 「そう・・・ですね」

 今日、この日を以って、この陰陽寮本部、宮内庁皇室史編纂局は破棄される。

 特務機関の本部としては、余りにも所在が明らかに為り過ぎた。昨年八月、「エニグマ」と呼ばれる秘密結社に位置を特定されたのを初め、魔帝国との戦いでは本部の、それもかなり高い地位に居た人間の離反から内部情報は筒抜けとなり、挙句、此度を含め二度に渡る直接攻撃により、もはや秘密は公然以外の何者でもなくなった。

 現在、この本部施設内に居るのは敵を除けば2人の戦闘陰陽師と物好きな考古学者。そして組織の中枢を担う目の前の総司令部のメンバーのみである。

 「・・・みなさん。お疲れ様でした」

 中には涙ぐむものも居る陰陽寮幹部に彼女は労いの言葉をかける。彼らの幾人かは、この本部で生まれこの本部で育てられてきた者も居る。名残を惜しむのも無理は無い。斯く言う彼女も既に半生以上をここで過ごしてきた。60、いや70年以上の間にここも幾度と無く様変わりしてきたが、それでも老いを迎えたこの年まで、慣れ親しんだこの土地を離れることに、感傷を覚えずにはいられなかった。

 「これより我々も当基地を破棄します。総司令部はルート337を通って速やかに退避。その後、呪化結晶カーボナイト凍結により本部全区画に封印処理を施します」

 局員全員が指定のポイントまで逃れ内部が無人になった後、この地下施設は時間経過によって硬化する特殊な薬剤で満たされ外部から遮断される。より確実に、爆破を行なう、という案も在ったが周囲の被害と、避難が間に合わない可能性から一時的な処置として封印が選択された。

 「・・・では、参りましょう」

 そう言って立ち上がるのは厚生課長。総司令部の中では最も若く、年齢は三十台の半ば。表情の乏しい顔はドライな性格というより、常に現実を正面から受け止めようとする彼のスタンスが表に出ているからだ。彼に即発される様に、それまで椅子に深く腰を落としていた他の幹部たちも立ち上がる。残念ながら昔のSFアニメのように椅子が床に引き込まれて移送という便利な設備は無い。飽く迄も徒歩での移動となる。だが、神崎はその僅か後に後悔する。無理矢理にでも予算に捻じ込むべきだったと。

 扉の前に立つ厚生課長。個人認識装置が作動する高い電子音が響き、セラミック製の扉が自動的にスライドする。そして―――

 パンッ

 乾いた音が響き、厚生課長の身体が赤い飛沫と共に吹き飛ぶ。一瞬で「何が起こったか」を理解することが出来た。

 見慣れた光景。60年前から、幾度と無く見てきた光景。

 口径の大きな銃から撃ち出された弾丸が上半身に命中し、運動エネルギーが突き飛ばしたのだ。

 だが、解ったからこそ、何故?という疑問が生じる。彼がくぐろうとしたのは―――避難経路へ繋がる扉なのだ。

 疑念が晴らされないまま、厚生課長の身体は床に落ち、直ぐに赤い染みが広がり始める。

 「・・・」

 悲鳴は上がらない。前線を離れても、彼らは特務部隊の構成員。彼らの言葉は悲鳴ではなく沈黙。表情は怯えではなく緊張。視線は悲痛ではなく警戒。そして身体は萎縮ではなく臨戦。同僚が撃たれる。その事実が示す意味を彼らは速やかに理解し対応しようとする。

 「疾走術・・・麒麟脚(きりんきゃく)!」

 諜報部長の袖口から飛び出した札が詠唱によって光の紋様に変わり、彼の脚に張り付く。直後、彼は倒れた厚生課長を抱きかかえた姿で、神崎のすぐ傍に現れる。符術を使用した超高速移動だ。

 「息は・・・未だ在るみたいね」

 「不幸中の幸いです」

 銃弾は心臓を幾らか逸れ、厚生課長の左肩に当たっていた。だが口径が大きく、肋骨も数本粉砕している。副局長堀江は彼の傷口に掌を翳し札も詠唱も為し
 に治癒の術を施し始める。

 「「飛蝗弾(ひこうだん)!!」」

 経理課長と作戦部長が胸元から取り出した符を閉じかけた扉の向こうへ投げつける。薄い紙製の札は、しかしナイフの様に鋭い音を立てて空気を切る。そして、何かに突き刺さった音とくぐもった悲鳴。金属的な倒壊音が続く。更に―――

 「「「老亀甲(ろうきっこう)!!」」」

 扉の前に現れる六芒星の光。各頂点には札が配置され、放出される霊力が結界を結んでいる。技術部長、広報課長、事務課長によって展開されたものだ。これにより、発令所は外部から遮断された。“敵”は侵入してくることは出来ない。最も、此方も予定されていたルートでの脱出は出来なくなるが・・・

 「さあ、今のうちに行きましょう」

 「何処に・・・ですか?」

 そう受け答えたのは、耳に覚えの無い声だった。

 「!」

 絶句する。総司令部の全員が、今度こそ動揺に言葉を失い、身体を硬直させる。

 銀色の部隊が展開していた。

 銀色のメカニカルな鎧に身を包んだ戦士たちの部隊が、第一発令所内に展開し、総司令部スタッフ全てに銃口を向けていた。

 誰もが、まるで認識できなかった。彼らが侵入し指に僅かな力を込めることで殺害できる位置に現れるまで、誰もが気づくことが出来なかった。

 「ちょっとどいて下さいねェ・・・」

 丁寧だが、妙に鼻に掛かった様な声が響き、銀の部隊の人垣が割れる。

 「・・・」

 彼らの奥から現れるのは奇妙な格好をした男。いや、似つかわしくないと言うべきか。近未来的な強化装甲服を身にまとう一団の中にあって、男の姿は異様に時代がかっていた。一見して学生を思わせるのは学帽と詰襟の所為か。だが、丈の短いマントを帯び腰にサーベルを佩いた出で立ちは明治か大正辺りの警官にも似ている。

 「どうも始めまして、陰陽寮総司令部の皆様」

 軍帽を脱ぎ、腰を折って丁寧に頭を下げる男。そして、上げてきた顔を見て総司令部の中の数名が驚いた様な表情を見せる。

 「伊万里・・・京二?」

 男の顔は、陰陽寮最大の懸案事項とされる超考古学者の顔に良く似ていた。が、神崎はその名を口にしなかった。

 違う。まず体型が異なる。あの考古学者は190を越える長針のような男だ。対して目の前の詰襟男の身長は高く見積もっても170半ば。低いとはいえないが決して高くは無い。顎や目のラインも柔らかい曲線を描いており、本人に比べて中性的なイメージが強い。そして、当の詰襟男自身も否定する。

 「フフフ・・・ご安心を。私はあの御仁の様な変態ではありません。私の名は・・・残念ながら本名を明かすことは出来ませんが、近しいものからは“侯爵”或いは“W世”と呼ばれています」

 「こうしゃく・・・? よん・・・せい?」

 「こうしゃく、とは言っても蝶の人ではありませんよ? “そうろう”に似た字の方です。もちろん“早い”が付く“そうろう”でもありませんがね。フフフ」

 そう言って笑う詰襟男。冗談の積りだろうが場を読まない下品さに誰も笑わない。一瞬、美容整形でもして青春を取り戻したのかと思いかけた神崎だが。

 「魔帝国・・・いつの間にここまで」

 「いやぁ、骨が折れましたよ。なかなかチャンスが掴めませんでしたからね。邪眼導師閣下には感謝せねば」

 事務課長が呻く様に呟くと、男は軽い調子で答える。だが本部地下施設は現在、隔壁により外部からの侵入を遮断した状態にあり、言うほど侵入は容易ではないはずだ。

 「・・・・・・魔帝国への転向者、半機械人間」

 鎧を身に纏う軍勢の様子は容易にある者達を想起させる。人類側から魔帝国へ寝返り、力を授かった者たち。恐らく彼らの様子から、突撃鬼甲部隊の麾下だろう。だが・・・

 「フフ・・・フフフフフ・・・フハハハハハハハハ!!」

 途端に笑い始める詰襟の男。まるで狂った機械のように笑い続ける。しかし、やがて目じりに溜まった涙を拭うと丁寧に頭を下げる。

 「これは失礼。笑い上戸でして・・・一度つぼに入ると・・・」

 「答えられる範囲で私の疑問に答えて頂けるかしら? 質問は言わなきゃ分からない?」

 憮然と問う神崎に、詰襟男は馴れ馴れしささえ感じさせる温和な笑顔で答える。

 「ええ、無論、皆様の心中はお察ししていますよ。先ず、どうやって入ったか? 詳しくは答えられませんが蛇の道は蛇・・・ということです」

 そう言って蛇を真似る様に腕をくねらせる。むしろ笑うことで三日月状に裂ける男の口の方が、余程、蛇を連想させたが。

 「二つ目、我々は何者か? 取り敢えず彼らの名前だけでもお教えしましょう。彼らは特務機動装甲部隊、通称“V−NEEDLE”」

 「V−NEEDLE・・・」

 「V−NEEDLEのVは勝利(VICTORY)のV、対抗(VERSUS)のV、猛毒(VENOM)のV、コンバトラーのV、ああ! 犠牲(VICTIM)のVというのもありますね。ま、どれで受け取って頂いても結構ですよ。深い意味はありませんから。重要なのは“針”・・・我々は“針(NEEDLE)”、ということです。現在の状況から言えば猛毒の針と言った所でしょうか。フフフ」

 毒針というより寧ろ毒蛇だろう。滑りの良い舌が獲物を前にチロチロと動く蛇のそれを思わせる。だが、針を強調する彼の言葉から、この銀色の兵団の役割が簡単に理解できた。彼らは拠点内部への強行潜入・威力制圧に特化した強襲部隊なのだ。

 「三つ目、我々の目的。まあ、死んでもらいます! ・・・って訳じゃありませんよ。まあ、殺すつもりなら『フリーズ!』なんてやらずに手っ取り早く撃ってるはずだから判ってはいると思いますが、まあ、勘違いされてる方が『殺すなら殺せ』とか『平和の為ならこの命惜しくない』とか涙ぐましい台詞を言って泣かされても困りますし。一応、ねんの」

 「・・・早く言ったらどう?」

 「ああ、失礼。ついつい話が横道に逸れてしまうのが悪い癖だと部下から何時もどやされるんですよ。ねぇ、光山クン」

 「早くして下さい、“侯爵”」

 冷淡な女性の声が、一体の装甲服の中から響くと、詰襟男は嘆くような声を出す。

 「ああっ・・・冷たいなぁ、光山クンは。でも分かってますよ? それが愛情の裏返しだって」

 「張っ倒しますよ」

 飽く迄も淡々と答える光山と呼ばれた装甲歩兵に対し、尚も『君になら押し倒されても良い』などと怪しげな雰囲気を振りまき続ける詰襟男。

 「どうでも良いですから、とっとと話を進めてください。それでなくても忙しいのに」

 うんざりとした口調ながら、酷く手馴れた感じもするのは何時ものことだからだろう。似た様な苦労臭を纏わせる人間がこの陰陽寮にも何人もいる。

 「分かりましたよ。で・・・四つ目でしたっけ?」

 「三つ目です、侯爵」

 「ああ、そうでした。三つ目、我々の目的はあるものを譲渡して頂く、ということです。下品な言葉を使えばかっぱらって来い・・・ということです」

 「一体何を・・・」

 そう問う様な呟きを漏らすのは技術部長。彼の管轄にある管理編纂課では、そう多くない点数ではあるが、世に出せば国家転覆も成りかねない危険な器物を保管している。しかし、彼が所望したのは、ある意味、それらより危険性の高いものだった。

 「“御神体”・・・そう言えば解る、と聞いています」

 「・・・!!」

 「な・・・」

 総司令部スタッフにどよめきが広がる。そして、彼らの一人が口走るように言う。

 「赤雷石を・・・?!」

 「ほう、セキライセキ・・・そう呼ぶのですか。参考になります」

 ・・・赤雷石。それは陰陽寮本部の地下神殿内に祭られている赤い結晶体。陰陽寮最強の改造人間を生み出す要となる物質。こう、説明すればどれほどの人間が拳大の水晶珠のようなものを連想するだろうか。確かに球体である事には間違いない。だが、それは腹部に収まるようなサイズではなく、直径にして2メートルを超える巨大な石、というよりは岩だ。この岩休は。言わば「鬼神の力の本体」と鬼神適合者を繋げる媒介、或いは扉といえる存在であり、乱暴に要約すればこの赤雷石との契約により適合者は鬼神の力を得る。

 「何故、そんなものを! 鬼神には誰でもなれるわけではないぞ!!」

 「別に我々が作ろうというわけではありませんよ。あなたがたに造らせない為に、頂いて行くのです。厄介でしか在りませんでしたからね、先代鬼神殿の力は」

 叫ぶように言う作戦部長に詰襟の男は冷ややかな笑みを浮かべた顔で答える。

 「出来る事ならば、無断で拝借して行きたかったのですが、どうやら運び出された後だったようですしね。ですから、こうやってお願いに参上したんです」

 どういうことだ。一瞬、疑念が過ぎる。石を移送する命令は誰にも下していない。あれは余りに大きすぎるため、移送する際は入念な準備と長い時間、そして多くのスタッフを必要とする。今回の基地破棄に於いて石の移送は見送られていたのだ。だが、神崎は動揺を顔に出さず答えようとする。

 「言われて、『はいそうで」

 「ストップ! お願いは未だ終わっていません」

 「なに・・・?」

 意外な言葉で制止され、目を白黒とさせる作戦部長。

 「まあ、ぶち上げた話をすれば、石はどうでも良いんです。在れば嬉しい位のものですから。本当に欲しいのは、もう一つ・・・“国防省の遺産”です」

 「こくぼうしょうの・・・いさん?」

 「なんだ・・・それは」

 どよめく総司令部。無理も無い。彼らはその言葉を始めて聞くのだから。しかし、中に2人、青ざめた表情を浮かべる人間がいる。局長神崎と、副局長堀江だ。

 「何故・・・あなたが知っているの?」

 「言ったでしょう? 蛇の道、と。余り楽しい道のりではありませんが」

 そう言って懐かしむように宙を眺める詰襟の男。

 「本当に骨が折れましたよ。当時の記録を探っても末端の構成員は記録さえ残っていない。解るのは国防省の立ち上げに関わった中心人物の名前だけ」

 『国防省』、それは『防衛省』とは似て非なる―――

 その名前は社会の教科書を開いても、政府の公式な記録を紐解いても名前が出てくることは無い。だが、30年以上昔、日本政府は確かに『国防省』と呼ばれる軍事機関を設立し、彼らは存在していた。彼らの名が封じられたのは、彼らの持つ兵器と兵力、そして、その軍事力を振るう対象に起因している。

 彼らが持つ兵器・・・それは、当時の科学水準から大きく逸脱した先進的な技術の数々が用いられていた。

 例えば飛行母艦。航空力学に頼らず独自の手段で巨体を宙に浮かせる巨大な戦艦には、今尚、正規の軍隊では正式採用されていない光学兵器。

 例えば巨大ロボット。“武術”の動作まで正確にトレースする柔軟性の高い人型機動兵器。

 しかし、その武力は同じ人間に向けられる類のものではない。

 彼らが戦っていたのは当時、活動を活発化させ始めた超国家的地下組織や、或いは非人類勢力。彼らはそう言ったものたちの侵略活動を未然に防ぐ為に軍事力を保有・統括していた組織だった。

 そして、その設立の中心人物となったのが―――

 「旧海軍中将倉間鉄山、嵐山大三郎博士、風見志郎、そして陰陽寮局長神崎紅葉、あなただ」

 「・・・!」

 「いやぁ・・・倉間さんは既に鬼籍、嵐山さんは行方がわからない。風見さんに至っては手のつけようがありませんからね」

 「一番与し易そうな私を選んだ・・・と」

 「まあ、そういうことです。言うほど楽ではないと心得てはいますが」

 いけしゃあしゃあ、という言葉は彼のためにあるのだろう。そんな顔で彼は言う。

 (遺産・・・)

 遺産、その言葉からも解る様に、既に国防省と呼ばれる組織は国内に存在しない。九十年代初頭、異星人や異次元人、地底人などの「外来勢力」への対抗を主目的とした軍事機構「地球平和守備隊」が「国際連合軍」として再編成された際、吸収合併されたからだ。その際、其処に属していた殆どの人間のパーソナルデータが抹消されている。だが、立ち上げに関わった人間まで、特に彼らのような目立つ人間まで行き届かなかったらしい。

 (そりゃ、まあ仕方ないわよね・・・)

 風見志郎は言うに及ばず、前者二人も相当に破天荒な人物だった。彼らのデータを消すなど・・・

 「太陽に“消え去れ”と言うようなものね・・・」

 「なんのことです?」

 「・・・ペンギンの話よ」

 ため息とともに告げられた神崎の回答に詰襟男は頭を捻ったが、すぐに理解を諦める。

 「まあ、いいでしょう。我々の依頼人(クライアント)は所望しています。国防省の遺産・・・いえ、MBF級生産プラントと言うべきでしょうか? それを」

 つぅと頬に汗が伝う。神崎は戦慄していた。詰襟男が指すモノは総司令部スタッフでさえ、部長クラスの三名しか知りえない最上級の機密扱いだ。“彼ら”に情報を齎した役華凛は一体どれほどまで陰陽寮の機密を把握していたというのか。状況によっては新基地まで把握されている可能性もある。八月の対「エニグマ」戦で後手に回った経験から、今回は早い段階で“起動”させたのが裏目となったか。

 (いえ・・・)

 しかし神崎は自らの推測を否定する。新基地が把握されているならば、既に自分たちが生かされている理由は無くなる。何故ならば・・・

 ちらり、と堀江に目配りする。副局長は視線で彼女の意思を汲み取る。神崎は笑う詰襟男に微笑を以って返す。

 「残念ながら、と答えたら?」

 「残念なことになりますね」

 「じゃあ、残念ながら」

 冗談のようなやりとり。そして詰襟男は右手を顔の前までゆっくりと上げ・・・

 「・・・アタック!」

 指が弾かれる鋭い音色、それとともに銀色の戦士たちの姿が消える。

 
ドゴォン!!

 直後、響くのは轟音。銀色の戦士たちは、ことごとくその身体を壁に減り込ませていた。彼らは何事かも理解できぬまま、苦悶の声を途切れさせる。だが・・・

 「・・・侯爵、これは」

 「ははぁ・・・あなたの仕業ですね副局長殿」

 「な・・・」

 驚愕に表情筋が引き攣りを見せる。その声が発せられるのは、先ず在り得ないと確信していたからだ。

 「やれやれ、彼らは“TURBO・UNIT”を装着していて目にも留まらぬ早業で投げる手裏剣ストライクだったんですけどね。まったく驚かせてくれます。やはり、道具に頼り切り自己啓発を怠った歪んだ根性がいけなかったのかもしれませんが。まあ、誰にでも厳しい努力を求めるのは酷ですかね。そのあたり戦前生まれのあなたはどう思われます?」

 「なんだと・・・」

 振り返った其処には詰襟男が銀色の戦士一人を抱きかかえて立っている。彼は人を食ったような笑顔を浮かべると問い返す。

 「・・・何を驚いていらっしゃる? 驚かせるのは貴方のほうでしょう、堀江副局長殿。いえ、あなたがその力を使ったのならこう呼ぶべきですかな」

 くくっと嘲る様な声を発して笑い、詰襟男は一拍溜めてから言う。

 「旧陸軍、『超人計画』第一管理官にして第十五術式被験体・・・人造超能力者あるいはプロトタイプデスパーサイボーグ、堀江方介大尉・・・と」

 「!!」

 数度目かのざわめきが辺りに起こる。堀江の表情は苦悶に歪む。

 「何故それを・・・」

 「蛇の道は以下略、ですよ。もっとも、デスパーサイボーグと言っても脳みそに機械を埋め込んだだけでしたか」

 「・・・ッ」

 陰陽寮では彼自身以外には局長神崎しか知らない事実。それは機密事項であり、同時に触れられたくない古傷だからだ。

 『超人計画』・・・それは旧日本海軍の『超人機計画』と対を成す陸軍の計画。『超人機計画』が人間の姿をした超兵器を造る事を目的としたのに対し、『超人計画』は人間そのものを超兵器に作り変えようとする計画だった。そして彼は『超人計画』における数少ない生存被験体の一人。脳内に埋め込まれた特殊な器物で念動力・・・テレキネシス能力を強化された人造エスパーだった。

 更に戦後、『超人機計画』が頭脳流出によって様々な地下組織の技術の土台となったように、『超人計画』の技術も『デスパー軍団』と呼ばれる超能力を利用した秘密結社の根幹を成した。つまり、ある意味で『プロトタイプデスパーサイボーグ』という呼び方は的を射ている。

 閑話休題。つまりV−NEEDLEが吹き飛んだのは、堀江が使用した念動力を受けたからである。脳内思考を即時的に物理的破壊力に変換するテレキネシス能力の前に、“思考”する生物で防御や回避の暇を得られるものなどいないはずだった。

 だが・・・

 「しかし余りに面食らわれているから種明かしをしてあげましょう。どうやって私が貴方のPKアタックから逃れたか・・・」

 疑念を見透かす様に厭味な親切心を見せる詰襟の男。彼はまるで教師か何かに様に語りを始める。

 「ご存知のように、人間というのは感覚器官で手に入れた周囲の情報を脳で処理し、それに応じた行動を取るわけです。まあ、“判断”という奴ですね。ですが、この“判断”というやつがネックで、こいつはどう頑張っても認識から実際の行動に移すまでのタイムラグとなって現れます。まあ、複雑なシステムですからね、人間の脳みそというのは。彼らがしてやられたのも同じことです。考えたことが直接結果になる念動力のほうが、考えてそれから体を動かして結果を得る彼らより早いのは当然です。だったらどうすれば良いか? 答えは簡単。考える前に行動すれば良いんです」

 「・・・馬鹿な。不可能だ」

 それは、殆ど戯言のレヴェルであった。だが、詰襟の男は高らかに嘲笑する。

 「ハハハハ!! 貴方達が“不可能”を口にしますか。私より余程、“不可能など無い”ということを知っていると思いましたが。やれやれ、これは飛んだ見込み違いという奴でしょうか。いいですか? 人間、最も愚かなのは自らの知識に己惚れる事ですよ? 人間とは全生物中、知識を収集することが出来る生き物。そんな我々が自らの判断基準だけで人を計るのは愚の骨頂です。ここまで言えば、人間が強くなるために、不可能を可能にするために何が最も重要か、お分かりでしょう? 生体改造? ノン! 薬物投与? ノン! 超生命体との融合? ノン!」

 挑発的な顔は自ら上げた要素を次々に否定していく。其処に満ちた自負心は己惚れでは無いというのか。

 「不可能を可能にする秘訣・・・それは、“努力と根性”ですよ。あなたたちもご存知でしょう」

 「な・・・」

 「“判断”ではなく“反射”を鍛えるんですよ。文字通り努力と根性で。考える前に動く。それも昆虫的、機械的な“反射運動”ではなく、理知(ウィズダム)と戦術(タクティクス)が伴った“知性的動作”が可能なレヴェルまでね。馬鹿なと、仰りたいのですか? それとも在り得ない、ですか? しかし貴方達は知っている筈ですよ? 中国拳法然り、古流武術然り・・・武術を修め超人的な反射神経を持ちえた人間のことを。だいたい、私に言わせて貰えば、貴方達のほうが在り得ない。常識の範疇から越えている。何故、人間の癖に人間の能力を使わないのです? 超科学の力に、神代の力に頼るのです? 人間はこれほど素晴らしい力を秘めていると言うのに。神崎局長。オオタ中佐も仰っておられた。努力と根性は無限だと」

 朗弁に、そして極めて誇らしげに語る男。そして、その事は神崎達にある疑念を想起させた。それは、魔帝国の尖兵と思しきこの男が―――

 「半機械人間ではないと言うの・・・? 貴方は」

 蛇の様に裂け不吉な弧月を描いて歪む口蓋。見るものに不快感を覚えさせる笑みは神崎の言葉を肯定する。

 何故、人間が―――その疑問は浮かびはしたが、誰も口には出さなかった。既に彼ら陰陽寮も答えを、いや、正答と思しい答えを持っていたからだ。

 力が在れば良い。アンドロイドや改造人間。自分たち人間側の組織が“人に在らざる存在”を戦力として数えているのだ。彼ら魔帝国が生身のままの人間を軍門に下らせない、と断定するのは甚だ不自然なことだ。だが、そのとき誰も、その『理解』こそが、『真実』から遠ざかる最大の要因となっていることに気づきはしなかった。

 「しかし、加速装置を上回るスピードなど」

 「・・・そのための努力と根性ですよ。鍛え足りねば鍛えるのみ。月並みですが、そう言う事です。人は鍛えれば通常の256倍の力が発揮できるのですよ。まあ、筋肉痛や神経痛は免れませんけどね。ですから肉体疲労時の栄養補給にオロナインC!」

 そう言って緑色のチューブをポケットから取り出し、内容物をチュウチュウ啜り始める。それを唖然とした表情で総司令部の面々は見ていたが・・・

 「納得されましたか?」

 問い返してくる詰襟の男。その顔は満足感に彩られている。既にチューブは啜り終えて空になり、それは再びポケットの中にしまわれる。

 対する神崎の表情に鮮やかな暖色の要素は無くなり、コバルトを思わせる色彩が冷たく凍て付いた彼女の心情を描き出している。

 「ええ、あなたの講義は実にわかりやすかった。だけど」

 「・・・準備は整いましたか?」

 「もう・・・え?」

 次の句は、お喋り好きの声に邪魔され吐き出されなかった。男は悪戯が成功した少年の様に嬉しそうに問う。

 「わざわざ私にお喋りさせていたのはそのためなのでしょう? 私がお喋りに興じている間に術を展開する。実に良い手です。いいでしょう、お使いなさい。王手に待ったを掛けるほど私は無粋ではありませんよ」

 ギリ、と誰かが歯を軋ませる。詰襟男の『読み』は的中していた。未だ倒れたままの厚生課長を除き、残る全ての総司令部スタッフは、密かにこの不届きな闖入者を捕らえる為の『結界』を行使する準備を進めていたのだ。この発令所は、空間自体が術の作用を高める増幅装置になっている。一度結界が発動すれば、どのような速度を駆使しようと、逃れ得る前に結界が彼を封殺する。

 地の利を得ない敵地の只中に踊りこんできた時点で、彼の敗北は決定している。だが、と再び沸く疑念。いや、不安。この男の余裕の表情は何か。一手で自らの命運は決するというのに。

 「ところで副局長殿」

 不意に呼ばれる堀江だが、彼は無言の視線を以って彼に応える。

 「私はヴァイオリンの音色が好きでしてね。あの少ない弦からあそこまで複雑で、かつ洗練された音色が出ることに感動的ですらあります」

 「何が・・・言いたい?」

 汗の粒が一筋のラインを頬に描くのが見て取れた。

 「奇遇なことに御息女殿もヴァイオリンを嗜むとか・・・。確か今、彼女は海外留学中でしたね」

 「貴様」

 「・・・前年、大変な目に会われたそうですね。その折は無事助かられたようで私も安堵したものです」

 薄く目を閉じ、胸の辺りに手を当て深く息を吐く詰襟男。そして、彼は上目遣いに堀江を再び見つめ返す。

 「脅すつもりか・・・」

 「待ったをかけるつもりはない? どの口がその台詞を言う!!」

 激昂の声を上げるのは作戦部長。無論、詰襟男には非難の声も立て板に水といった様子だ。そして彼は冗談の様に温和な表情を浮かべて告げる。

 「帝王学は目的の為に手段を選ぶなと・・・教えています。手段を選ぶのは皆さんですよ。それより作戦部長殿・・・里心にかられるのではないですか? 東北は今冬、雪が深いと聞き及んでいますが・・・」





 「マリア・・・無事でいてくれ」

 爆音を上げる大排気量のエンジン。既に焼きつく寸前だ。その真上のタンデムシートで祈る様に呟くエミー。

 「く・・・急げ!!」

 ハンドルを握る元宗の声にも深い焦りの色が見える。猛然と圧し掛かってくる空気の壁もまるで気にかけていない。

 「くそ・・・くそ・・・っ!」

 予想さえしなかった失態。ライダーが道を間違えるなど既に滑稽を通り越している。しかも、指摘されて始めて気づくとは。後から解ったことだが、このタイムロスは元宗の体力回復を図るためコウが画策したことだった。

 だが、根から生真面目な二人にとって、仲間が危機的状況に陥っている時に休息を取ろう等と言う発想自体浮かびえなかった。

 これ以上、一分一秒のロスがどれほど戦友の命を縮めるか、あるいはどれほどの辱めを受けるか、想像するだけで彼らの背筋は悪寒に支配された。
実際はこんな状況なのだが。

 『マリアちゃ〜ん、ババ抜きやろ! ババ抜き!』

 『手が塞がってるから後でね』

 まあ、神ならぬ身でその様な珍妙極まりない光景を知る由も無い彼らは、ただ急ぐ以外、取り得る手段を持たなかった。

 だが・・・

 ぼんっ

 きゅるきゅるきゅる・・・ぷすん

 空気の抜けるような破裂音とともに黒煙が吐き出され、エンジン音が弱まっていく。それとともに急激に減速していくバイク。元宗が慌てて路肩に寄せたとき、エンジンは完全に沈黙している。

 「な・・・こんな時にエンストかよ!!」

 『違う。エンコだよ』

 どろん、とコウが姿を現し、猫パンチでガソリンタンクをペシペシ叩きながら言う。

 「ゆ・・・指か?」

 『ぶっ壊れたんだよ。乱暴に扱った上に全力疾走ニャんかするから』

 指先を押さえながら呻く様に問う主人に、呆れた様な口調でネコ型人造生物は答える。

 『市販のバイクを瞬みたいに扱って壊れニャいほうがどうかしてる』

 「あ・・・あの時は仕方ないだろ! オレは飛び道具なんて持ってないんだから!」

 喧しく叫ぶ元宗。その傍らでエミーが申し訳なさそうに俯く。彼女を助けるため、元宗はこのバイクを鬼神の「クラッシャーストーム」のように投げつける、という暴挙とも緊急避難とも取れる手段をとったのだ。だが、コウは飽く迄も不服そうな表情を崩さない。

 『仕方ニャい・・・ニャんて言葉で済ますから拗ねるヤツが出るんだ』

 「・・・すまん」

 ヘルメットを外したスキンヘッドを真っ直ぐ下げる元宗。コウは小さな溜息を一つ吐いて横目で見るようにしながら言う。

 『自分に謝ってもらっても仕方ニャいよ。それよりどうする? 自分の見立てじゃ簡単にはニャおらニャいよ』

 「むぅ・・・」

 しかし、走って到底間に合うとは思えない。

 近場で新しいバイクを調達するか・・・そう思っても財布の中の持ち合わせでは到底足りない。無論、カードなど持ってきているはずも無い。非常事態だと言って強引に拝借するのも『誰か』を思わせる行為のため、些か気が引けた。

 ごぉぉぉぉぉぉぉ・・・

 轟音にふと目を上げる。すぐ頭の上、といえる低い高度を旅客機が滑る様に飛んでいった。恐らく近くの空港に降りるのだろう。

 「あいつみたいな船があればな・・・飛んで行けるのに」

 「無いものねだりは虚しいだけだ、元宗」

 宇宙戦艦を求める仮面ライダーの男を、そう言って諌める女海賊。元宗も冗談だと呟き肩を落とす。もはや手、いや代わりの足は無い。

 「許してくれよ・・・相棒」

 「すまなかった・・・わたしのために」

 酷使したバイクに短く謝罪して二人は走り出そうとする。が・・・

 『アホ』

 痛烈な一言が猫から飛び出す。それは二人に向けて放たれた言葉。それを察した元宗とエミーは踏み出した足を止める。

 「なんだと・・・?」

 「なにが言いたい? コウ」

 『・・・元宗、飛べただろ?』

 敵意をむき出す愚直な二人と、冷静極まりない猫一匹。静かに告げられた猫の言葉に二人は暫時固まっていたが、やがて・・・

 「ハ・・・ハハハハハ! 無論、覚えているさ!! なあ、エミー」

 「あ、ああ。当然だろう元宗。早速、変身するんだ」

 『やれやれ・・・』

 真面目と能天気を組み合わせても駄目だが真面目と真面目を組み合わせても駄目だとコウは悟る。そうしている間に、元宗は印を結び変身ポーズを決めて姿を仮面ライダーアスラに変える。走っている車の中から携帯のフラッシュが焚かれるのを感じるが、この速度では問題ないだろう。

 「アスラ魁、変身!」

 更に二段変身により背中から生える四本の腕が巨大な翼に変わる。

 「じゃ、いくぞエミー」

 「ああ、マリアを頼む」

 友の命運を委ねようとする女海賊をアスラは小豆色の目で怪訝そうに見返す。

 「ナニ言ってるんだ? お前もくるんだよ」

 「エ・・・?」

 「ほら、力抜け」

 言うが早いか強引にエミーを抱きかかえるアスラ。すると途端にマスクから覗くエミーの素肌が真っ赤に染まる。

 「ば・・・ばか、何考えてる!! おろせ!!」

 「お前が呼ばれたんだ。お前がいかないでどうする」

 「だからってこんな格好・・・!」

 じたばたと手足を振り回すエミーだがアスラはまるで聞き届けない。

 「背中に乗せるわけにはいかねぇだろう? おら、口閉じてると舌かむぞ」

 「話をきけぇぇぇぇっ」

 大きく一度翼を羽ばたかせると、アスラは一瞬で空中へと飛び上がった。

 『結局置き去りだし・・・』




 つづくっ!!




後書き

 アベル:オレが殺らなきゃ誰が殺るのか。今に見ていろハニワ幻人、全滅だぁぁぁぁぁっ!!

 グサァァァァ!!!

 邑崎:ぎにゃああああああああああああっ!!

 アベル:伸ばしに伸ばした挙句、この有様は何事かぁぁぁぁっ!!

 邑崎:すいませんすいません!! 色々と心身的に不安定で続きを書けるような状況じゃなかったんです。

 アベル:血を吐いてでも書くんだよ!! もっと他の投稿作家さんを見習え!! このダメ人間!!

 邑崎:ぐふう・・・本当、申し訳ない。しばらくぶりに続きを出したかと思えばこんなもので。本当は第七話はバトルだらけにしようかと思ったのですが、八話以降のストーリーを考えた結果、張っておかなければならない伏線がポロポロ出てきたので会話のみを纏めて一篇拵えてみました。その結果、鬼神初のバトルがない話になってしまいました。

 アベル:最後のほうで変人さんと陰陽寮の人たちが戦ってたみたいだけど。

 邑崎:あんなものはバトルのうちには入りません。

 アベル:ふぅん・・・で、彼らっていったい何者なワケ? 京二さんに似てるって話だけど・・・

 邑崎:何の捻りもなく京二の従兄弟です。

 アベル:えぇっ?! もうバラしちゃうんだ。

 邑崎:ええ。隠しておく必要がありませんからね。今後、伊万里京二の親類縁者が何人かキーパーソンとして登場します。

 アベル:・・・京二さんって主人公なのにバックボーンとか殆ど語られていなかったからね。どんなんだろう・・・

 邑崎:一応、実の御両親は健在なんですが、既に離婚されてます。一応、父上殿は古生物学者らしいんですが、プロフェッサーと比べて余り有名ではないようですね。「ティラノサウルス・スカベンジャー説はロマンが無い」という論文を発表したロマン主義の学者で「学者としての伊万里京二」に大きな影響を与えたそうです。母上殿に関しては物語にも関わってくるので今後、劇中で。

 アベル:へぇ〜・・・そういえばオレの家族ってどうなんてるの? 確か姉さんはいたと思うけど・・・

 邑崎:設定上、あなたは幼い頃に両親を無くし、歳の離れた姉上の手で育てられた・・・という裏設定が在ります。

 アベル:・・・そういえば。改造手術とかで記憶が飛んだのかな?

 邑崎:さぁ。ただ姉上殿は実に誠実な人柄だったそうです。逆にそのことが悲劇を呼び、今の貴方の歪んだ性格を生み出す要因になったわけです。

 アベル:悲劇ってなんだよう・・・

 邑崎:ご想像にお任せします。ただ、人前で言うには余りには差し障りあることですよ。

 アベル:い、生きてるよね、姉さん。

 邑崎:ええ。ご存命ですよ。健在とは言いませんが。

 アベル:ぬなっ・・・! じゃあ、一体・・・

 邑崎:おや、黄色い救急車が・・・珍しいですね。

 アベル:うわあああああああああああああああああああああっ!! この悪魔ぁぁぁぁぁっ!!

 邑崎:何の話ですか? ローマ法王庁に悪魔認定されているのは貴方たちのほうだったと思いますが。

 アベル:・・・今に見てろよ、このダメ人間。ああ、家族といえば今回登場した霧崎って人、もしかして。

 邑崎:貴方が二回も殺したあの霧崎さんの兄上ですよ。

 アベル:・・・作中では瞬ちゃんが殺したことになってたみたいだけど。

 邑崎:ミスじゃありませんよ。祭司達による情報操作です。自分たちが招いた連中に味方を殺されたとあっては非難は必至ですからね。

 アベル:あざといことを・・・

 邑崎:どのくちがその台詞を言うのです。

 アベル:はいはい、オレは悪人ですよ。・・・ところで今回、新しいキャラクターが脈絡も無く登場したけど、彼らは?

 邑崎:一応、数名は今後のキーパーソンとなってきます。色々と無茶な設定を広げましたが、一応、広げるのはここまで。新キャラクターも未だ登場していないライダー2人と更に二、三人。あとは地道に畳んで行くだけです。

 アベル:たためるのかなぁ・・・

 邑崎:うう・・・申し訳ありませんが、地道にお待ちください。浮気根性で“ヴァリアント外伝”以前の話や“外伝”と“帰神”の間のエピソード、アスラの話を書くかもしれませんが、まあ、そのうちということで。



邑崎:あと、今回登場した新キャラクターの設定をちょこっと。


堀江方介(ほりえ ほうすけ)

 陰陽寮の副局長。陰陽寮において神崎に次ぐ地位に就く要職に就く男。局長不在時の指揮を代行するほか、現場職上がりの局長に代わり事務系の仕事を取り仕切る。外見年齢は40代後半から50代前半。ロマンスグレーのナイスミドル。クラシック、特にヴァイオリンを愛好する。
 元は、旧陸軍の特務部隊に所属する軍人であり、戦時中は『超人計画』と呼ばれる人造エスパー製造計画に携わり、彼自身も被験体として人工ESP能力を得た“プロトタイプデスパーサイボーグ”といえる存在。もっとも、改造処置はESP強化のための脳外科手術と増幅装置の埋没を行ったのみで、少年同盟・新人類帝国・デスパー軍団などのミュータントのような変身能力は持たない。日本の敗戦後、計画が破棄され改造手術の後遺症から廃人に成り掛けた彼は、存在が明るみに出ることを恐れた政府によって存在自体を抹消されかけた。だが、神崎に救われた彼は陰陽寮の呪術的医療技術によって一命を取りとめ正気を取り戻す。一度は使い捨てられた形になる彼だが、元来、献身的な性格をしていた彼は国の平和と秩序の為ならば止むなし、と納得こそしていないが、それを理解し陰陽寮で防人として再び戦うことを決意。


詰襟の男。

 侯爵、或いはW世と呼ばれる謎の人物。強化装甲服に身を包んだ特殊部隊、「V−NEEDLE」の指揮官を務める男。性格と顔立ちが伊万里京二によく似ているが、彼より背が低くまた幾らか中性的な印象が強い。明治・大正時代の警官のような奇妙な装束に身を包む。口調は慇懃無礼そのもので、人を小馬鹿にした様な台詞を吐く。人間の姿でも超常的な怪力と敏捷さを発揮し、相手を撹乱する。コンセプトは「特撮世界に紛れ込んだグラップラー」
 精神コマンドでいえば、加速 撹乱 努力 ど根性 見切り 直撃 魂と言ったところか。


光山

 詰襟の男の副官を務める、恐らく女性。V−NEEDLEの一員。性格は冷静で無感情。歯に衣着せないタイプの性格で、上司である詰襟の男にも痛烈な言葉を投げかける。詰襟の男のお気に入りらしく、何かと彼に絡まれている。顔は並み程度。眼鏡にソバカス。


V−NEEDLE部隊

 
銀色の特殊装甲服に身を包んだ潜入工作部隊。百鬼戦将率いる突撃鬼甲部隊の一員と予測されているが詳細は不明。全員が加速装置を装備し超高速で部隊展開が可能なほか、優れた装甲貫徹能力と体内停止能力を併せ持つニードルガンを装備する。



霧崎範仁(きりさき よしひと)

 落天宗に属する妖人の一人。二つ名は「白牢」。空を舞う布に似た妖怪「一反木綿」の魂を体内に組み込まれた妖人である。菱木郷に唯一存在するコンビニエンスストアー「ファミリーメイト」の店長を勤める男。痩せ型で背が高い。性格は温和で控えめ、実直で生真面目な性格をしており、堅実な商売をしている。鬼神に倒された妖人、霧崎省吾の実の兄であり、幼い頃、天才ともてはやされた弟と何かと比較されたことから、自己主張が弱い性格となった。努力家だがアピールの弱い性格をしているため、出世に縁がない。経営するコンビニは本来、霧崎酒店という祖父の代から継ぐ酒屋だったが、郷の過疎化に伴い経営が悪化。木亘理の援助を受けてコンビニエンスストアーとなった。その為、木亘理には深い恩義を感じている。柿本とは幼馴染。



柿本楽太(かきもと らくた)

 落天宗に属する妖人の一人。二つ名は「爆撃雪崩」。柿木に似た入道の妖怪「たんころりん」と融合している。若くして守衆の補佐を勤める落天宗幹部。妖人としての実力は中程度だが、口と世渡りが上手く、実務能力にも優れるため、若いながら幹部となった。背は余り高くなく小太りで赤ら顔。性格はお調子者で、弱気を挫き強気を助ける典型的な小者。また、ゲームオタクでもあり、「黄泉孵り」作戦中、囚われた伊万里が興じていたテレビゲームは彼の私物である。小心者では在るが、義理人情には厚く、一度気に入った人間には強く肩入れする。霧崎とは幼馴染。純粋な菱木の人間だが、ヤマト民族に対する復習の意識は薄い。現在の落天宗には嫌気がさしているらしい。



邑崎:それから、今回登場した総司令部のスタッフが登場したことから、陰陽寮の組織のシステムを突っ込んで設定してみました。前に発表した奴とは矛盾があると思いますが、そのあたりは勘弁を。そのうち設定資料集にまとめます。


総司令部
 陰陽寮の活動方針を決定する統治機関。陰陽寮局長が最高責任者を務め、陰陽寮を構成する各部署の長が構成員となる。通常、週に一度の定例会議が行われるほか、大規模な事件に対応する際は第一発令所に集まり即時的な支持を下す。

・経理課
 組織の予算管理を司る部署。年間数百億を越える莫大な予算が与えられている陰陽寮だが、オカルト犯罪・災害の対応の為にはそれでも充分といえる額ではないため、常に予算配分には悩まされているらしい。最も資金を要するのは人材育成関係。八月のつくば養成施設の潰滅は陰陽寮にとって大きな打撃となった。

・事務課
 組織の内部運営の要。基本は収集されたデータの処理や先頭スタッフをはじめとした局員のスケジュール管理。また、備品の調達・発注なども彼らの任務となる。基本的に雑務全般を引き受ける。縁の下の力持ちといえば聞こえは良いが・・・

・広報課
 昨今の陰陽寮の活動において最も重要な部署の一つである。広報、と言っても一般に対する広報ではなく組織間の横の繋がりに於ける広報を行い、ローマ法王庁など、外部の協力組織との折衝・交渉なども務める。要するに陰陽寮の外務省といえる部署。渡部奈津は聖ゲオルギウス教会との接触時は書類上、この部署の所属となる。

・厚生課
 局員の健康管理と風紀維持を管理する部署。局員寮も厚生課の管理下にある。また、治癒術や医療技術に優れた後方支援に長けた陰陽師が多数所属し、『厚生支援部隊』を構成しているため、“課”と付く部署の中で二番目に人員が多い。作戦部と密接な関係にある。

・史料課
 組織の表向きの顔と言える部署。陰陽寮の隠れ蓑である『皇室史編纂局』の一般業務を取り仕切ることが基本的な役割だが、他にも政府や警察庁、警視庁、防衛省など国内の身内の組織との協力や連携を行う際の交渉役となる。一般的に、閑職。

・作戦部
 オカルト犯罪や災害の早期的解決を図るための実行戦力を管理・運営する部署。各地にある戦闘陰陽師要請所もこの部署の管轄下にある。現在の陰陽寮の主要部門といえる部署。

・特務派遣執行員
 『絶対の権限』と『絶対の義務』を併せ持つ特殊な戦闘陰陽師。独自の判断で処刑執行を下すことが可能な絶対的な権限と戦闘能力を与えられているが、同時に与えられる命令に対しては絶対帰属を強いられている。陰陽寮では組織最強の戦士である『鬼神』にのみ与えられている役職。また地位的にも作戦部長と同格以上であり、限定的ながら「陰陽連」を指揮する権限も持っている。

・基軸戦闘対応部隊「陰陽連」
 作戦部の中枢戦力となる部署。オカルト技術の悪用流出を実行戦力で防ぐ部隊。構成員は戦闘陰陽師養成所で訓練を積んだ戦闘陰陽師たちによって構成されるが、他の部署の陰陽師でも高い戦闘能力を持っていれば移籍することや、また逆に戦闘陰陽師が他の部署に移動する場合もあり、人事はきわめて流動性が高くなっている。「陰陽連」というネーミングの由来は陰陽寮の「陽」の部分である技術部、「陰」の部分である諜報部、何れの部署の人員だったものも所属しているため「陰と陽が連なった」という意味合いから、このように名づけられている。
 以前は霊的に強化された裃が戦闘服だったが、数年前から高機動型G5が配備され、殆どの戦闘陰陽師はこれを利用している。『陰陽寮式符術』と呼ばれる修得が容易で、かつ発動に手間がかからない特殊な呪術を使用した集団戦法が基本だが、トップ5を初めとする一部の陰陽師は彼らの家系に伝わる独自の術を使用する。なお、部隊構成は一単位二小隊を基本として「隊」を組み、12隊が所属しており、全部署の中で最大の規模を有する。
 また、隊ごとに大まかな特性がある。

1  渡部隊・・・剣客集団。刀や槍を用いた白兵戦闘を得意とし、「抜刀隊」の名でも呼ばれる。闇に向かいて闇を切る。奈津が小隊長を務め、彼女自身が隊員の稽古を務めている。全隊中、最も士気と指揮が高い。

2  剣峰隊・・・狙撃部隊。遠距離支援を得意とする。渡部隊をライバル視している隊員が多く渡部隊を「なっちゃんファン倶楽部」と揶揄する。

3  閂隊・・・召喚術に長けた部隊。華凛はここの所属。面制圧に長ける。陰陽道だけでなく西洋魔術を扱うものも属する。

4  赤城隊・・・元諜報部が多く所属する隊。高速展開・遊撃・諜報をこなす。マリアはここの所属。

5  古暮隊・・・機械化部隊。アーティファクト使いの元技術部が多く所属する隊。京子はここの所属。

6  堅山隊・・・拠点防衛部隊。防御系の結界陣を得意とする。現在、隊長以下、大部分が倒れ、隊としての活動は行なっていない。

7  流川隊・・・高速侵攻部隊。バイクを駆使した高速展開を得意とする部隊。

8  仙道隊・・・ベテラン揃いの万能部隊。悪く言えば器用貧乏。どんな事態にも対処可能。

9  満井隊・・・教導部隊。後述の戦術研究室と深く連携し、新戦術の開拓を行なう仙道隊同様のベテラン部隊。

10 御厨隊・・・後方支援部隊。厚生課と連携し他隊の支援を行なうことが主任務。

11 伊豆見隊・・・肉体派集団。自己強化系の術を駆使し、接近戦を展開する部隊。士気は高いがワンマンプレーの人間が多い問題集団。

12 黛隊・・・儀式呪術を得意とする集団。予見・呪詛などで戦場での優位を確保してから、戦闘に移るテクニカルプレイヤー。

 なお、隊の構成メンバーは流動的に移り変わるようになっている。

>トップ5
 
神野江瞬、相模京子、渡部奈津、新氏マリア、役華凛の五名を指してこのように呼ぶ。瞬が鬼神になる以前、彼女らが陰陽連最強の戦闘陰陽師だったことからこのような名前が付けられたが、特別な部署として「トップ5」があるわけではなく、あくまでも彼女らの異名に過ぎない。神野江瞬は特務派遣執行員になった時点で陰陽連から籍を外しているため、正確にはトップ4であるはずだが、響きとしての通りのよさから現在もトップ5と呼ばれる。何れも各隊長以上の戦闘力を持っているが、性格的な問題から隊長職を持つのは渡部奈津ただ一人である(瞬は余り人を使うタイプではない。京子は個人主義者。マリアは精神的に幼い。華凛は内向性が強すぎる・・・など)。また、鬼神になる以前の瞬を除いて、四人とも彼女ら独自の術を用いるため、そこからの分類とも言われている。

・大規模変災対応部隊「五行戦隊」
 オカルト技術による大規模災害を最小限に防ぐ部隊。その扱いは極秘であり、一般の隊員はその存在を知らされていない特殊な部隊。その性質上、どちらかと言えば諜報部に近い性質を持っている。2004年中ごろ、地球圏防衛バリアーの崩壊によって侵入してきた、宇宙風水を操る異星人集団に対抗する形で本格的な活動をはじめ、一年をかけてこれを撃退。現在は活動休止中に在る。「陰陽連」とは桁違いのサイズを持つ機器を装備し、戦闘服も高機動型G5とは異なる特殊なものを身にまとう。設定倒れになったマンサーファイブの成れの果て・・・

・諜報部
 陰陽寮の活動に必要となる情報を収集する部署。能力の高いものは作戦部へ移籍することが多いため、常に人手不足である。

・内偵調査課
 危険性のある組織、個人の動向を調査する部署。陰陽寮の活動を阻害する原因となるものを早期に発見、報告することが彼らの役割。潜入には様々な呪術が用いられる。

・特殊工作課
 敵対組織の活動を内部から妨害することを主任務とする部署。術士として能力の高さだけでなく身体能力や電子機器への対応力の高さも重要なファクターとなる。マリアは以前、この部署に在籍していたこともある。

・技術部
 世間一般に知られる陰陽寮にイメージ的に最も近い部署。オカルト技術をはじめとした様々な技術の研究や開発、或いは危険な器物の封印処理などを主要な活動内容とする部署。なお、桐生春樹はこの技術部全体の技術顧問といえる役職についているのでは無いだろうか。

・新技術開発課
新たなオカルト技術の開発や研究を行う。技術部の中で最も規模が大きく、全部署の中で三番目の規模を有し、大まかな研究の方向性によって4つの研究室に分けられている。

>式術研究室
 主に戦闘陰陽師が使用する符術の研究を行う部署。陰陽連の隊員を兼任しているものも多く、瞬も以前はこの部署に在籍していた。

>霊化兵装研究室
 妖人など霊的な存在に対して有効な武装の開発や研究を行うことを目的とした部署。G5を強化するアストラルデバイスやSPD、反呪詛弾などの開発や生産を行っている。

>戦術研究室
 開発された技術や兵器を有効に利用する手段を研究する部署。常駐しているわけではないが、その性質上、陰陽連の各隊長・副隊長はここの研究員を兼任する形になっている。

>収得技術解析室
 敵対組織を潰滅させることで得られた技術や陰陽寮が独自に入手したロストテクノロジーを解析し、利用可能な技術に転用することを目的とした部署。道の技術を解析する必要があるため、当然、危険な部署である。なり手はあまり多くない。京子は現在もこの部署に在籍している。

・技術編纂管理課
 恒常的に使用するには危険度の高い、或いは現在の技術レヴェルでは扱いきれない器物や技術の封印と、その管理を行う部署。重要な職務であるが、それらの器物・技術は、物理的にも侵入の難しい地下深くに封印されているため、閑職中の閑職といえる。


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