未だ、大地を竜が支配していた頃、

人々は竜の加護を得ながら繁栄の時を過ごしていました。

自然と文明はともにあり、

精霊の力が土と風を満たしており、

僅かな争いこそあるものの、

人々は平和に、静かに暮らしていました。

繁栄は長く続き、それは永遠に終わることがないかと思われました。

ですが在る時、それは突如として終わりを告げます。

空から降りてきた二柱の神によって、大いなる災いがもたらされたからです。

神々の名は「邪悪な命」と呼ばれる男神と

「暗闇の雲」と呼ばれる女神。

彼らは命を食らいながら星の世界を旅する崇神でした。

既に幾千幾万の星を滅ぼしてきました。

大地に降り立つ直前、

二柱の神は、大地を己がものとすべく、戦いました。

両者、その力は拮抗していましたが、

僅かに「暗闇の雲」が上回り、

「邪悪な命」は無数に砕かれて大地に降り注ぎました。

ですが、「邪悪な命」は力を振り絞り、大地を半分に分け、

二つに分かれた大地の間に大きな柵を巡らせ、

自分と自分が認めたもの以外、

通り抜けられない様にしてしまいました

そして「邪悪な命」は、

必ず戻ってきて残り半分の大地も頂くと言い残すと、

竜の多くと人の中でもより竜に近い者たちとともに、

分かれたもう一つの大地へ移りました。

「暗闇の雲」は少数の竜と人々の大部分、

更に無数の獣たちとこちらの大地に留まりました。

これが今の大地の成り立ちです。

「暗闇の雲」は、地上に残った生き物を刈り取るために、

無数の悪魔を生み出しました。

世界は悪魔に冒され、

竜も、人も、獣も、成すすべなく殺され、

「暗闇の雲」の僕に変えられていきました。

すべての生き物が絶望し、途方に暮れました。

ですが、そのとき立ち上がるものがありました。

緋と蒼に輝く美しい宝玉を持ち

黒と銀に煌く鎧を纏い

紅玉を磨いた剣を持ち

風の如く疾走する鉄馬に跨る戦士

彼の名は「太陽と月の王」

天上世界に住まわれる神、

「黒きもの」と「白きもの」より知恵と力を与えられた、

ある一族の王でした。

 

「太陽と月の王」は与えられた知恵と力を人々にも分け与え、

人々にも、悪魔に立ち向かえる力を与えました。

王は人々に獣の様なしなやかさや力強さ、

硬い鱗や鋭い牙を与えたのです。

彼らは「獣の人」と呼ばれました。

「太陽と月の王」は「獣の人」を先導すると悪魔たちと戦いを始めました

戦いは長く続き、やがて「獣の人」も悪魔も、

どちらもその数を減らしていきました。

そして、暫らく経ったあるとき、長きにわたる戦いに決着をつけるべく、

「太陽と月の王」と「暗闇の雲」が直接戦いを始めました。

毒霧を吐き、闇を生み出す巨大な「暗闇の雲」に、

「太陽と月の王」も天と海と大地に生きる

すべての生命の力を味方につけ、

巨大な姿となって戦いました。

戦いは七日七晩に渡って続きました。

大地は腐り、海は枯れ、風は澱み、

世界は混沌に支配されようとしていました

ですが、戦いの結末は意外な形でつけられます。

空を切り裂いて「大いなる神の龍」が現れたのです。

「大いなる神の龍」

彼は、宇宙の秩序を守護する調停者でした。

「大いなる神の龍」は「王」と「暗闇の雲」が、

大きすぎる力を振るい争うことを、

宇宙全体の秩序を乱す存在と判断し、

炎による裁きを下しました。

「大いなる神の龍」がもたらした裁きの炎は、

二人を焼き尽くしましたが、

「王」は身体を四散させ心臓だけとなって眠りにつき、

「暗闇の雲」は身体の大部分を失って、星の世界に帰りました。

戦いは終わりましたが、大地も海も荒れ果てました。

生き残った人々は悲嘆に暮れ、

やがて星々の海に新世界を求めるものと、

大地にしがみ付きともに生き続けようと願うものにわかれました。

星々の海に新世界を求めた者たちは、

大きな船を作り、大地を去っていきました。

その後の、彼らの行方はわかりません。

大地に残った人々は、大地を復興させるために、

地に無数に横たわる竜の亡骸を組み合わせて、

「大いなる神の龍」を模した「青き竜」を創り出そうとしました。

竜の持つ大きな生命の力により、

大地の精霊の力を蘇らせようとしたのです

ですが、ここで予想もしなかったことが起こります。

「青き竜」には死んだ竜の無念や悪魔の怨念が混じり、

「青き竜」は「暗闇の雲」さえ超える、

悪魔たちの王として完成してしまったのです。

「青き竜」は無数の魔物を生み出し、

荒廃した世界を魔物の世界とするべく蹂躙しました。

今度こそ終わりの時が来た・・・

人々の心の中に絶望が宿りました。

「青き竜」は絶望の闇にさえも入り込み、

人々を魔物へと変えて互いに争い合わせ始めました。

絶望こそが「青き竜」の最大の好物だったのです。

すでに「太陽と月の王」はおらず、

「獣の人」も尽く魔物へと姿を変えていく中、

立ち上がるものがいました。

彼女は「猛き真紅の女神」。

彼女は炎の神々の加護を受けた巫女でした。

彼女は歪んでしまった「青き竜」の

「生み出す力」を止めるべく、

多くの仲間を引き連れ、全力で戦いました。

死闘の末、彼女は「青き竜」の力を七つに分断し、

「青き竜」本体を地の奥底に封印することに成功しました。

彼女もまた力尽きましたが、

意思を継ぐ仲間たちが封印の司として地底に移り住みました。

そして「猛き真紅の女神」は、

彼らを守る守護神として天上世界に転生されました。

ですが「猛き真紅の女神」は最後に一つの予言を残しました。

封印された「青き竜」が、何時の日か蘇ることを


〜ベトニウス教魔界創世神話より     


第六話
「Rebirth〜アタラシイオモイデヨミガエルチカラ〜」
(アスラ編第三幕)





 >2,006年1月2日午前10時8分 某採石場〜


 「オオオオオオン!!」

 犬か、或いは狼のそれに良く似た咆哮。だが、それは三つに連なっている。それと共に、胴の上に三つ並んだ犬の顔から、螺旋を描く槍状の炎が吐き出される。真紅の筋を中空に描く火炎槍が向かう先は、三面六臂の仮面の男、アスラ。その名を体に顕す四本の神掌が起動し、猟犬に良く似た動きと共に襲い掛かる炎を弾いていく。しかし、火線の空隙を縫うようにして、飛び来る黒い塊。

 ごおう

 それは無数の棘を備えた鎖付の鉄球。気づいた瞬間には眼前。回避は間に合わない。その瞬間、アスラの全身が鋭く発光し、姿が変異する。背中から生える四本の神掌が分解し、右腕に集まって巨大な腕を、「アスラ殿」を象っていく。だが完成を待たず、彼はそのまま突きの一撃を鉄球に放つ。両者の質量に相対速度が加わり、破壊力が生じる。直後、粉砕するのは鉄球の方。

 「ギエエエエエエエッ!!」

 鳥に似た気色の悪い叫び。声の主は鷲の頭にライオンに似た脚を持つ怪人・・・いや、魔人。名は爆闘グリッシャー。両腕が鎖付鉄球(モーニングスター)になっており、先ほどは左手側の鉄球をぶつけてきたのだ。どうやら鉄球は身体の一部だったらしい。

 「奇妙な構造を・・・!」

 上空で悶える狩猟者を打ち落とすべく、踏み込み跳躍しようとするアスラ。その瞬間、背後から来る殺意と影。彼の目は捉え、迎撃しようとする。

 「遅い」

 振り返り放たれる巨大な拳。だが、それを擦り抜けるようにかわし、アスラの胸に一筋の傷。血が溢れ、直後に噴き出す。

 「くっ・・・」

 目で追う事は出来る。獅子の身体に蝙蝠の羽、サソリの尾の先には毒針の変わりに刀、顔は醜悪に歪んだ老人のもの。それが彼の胸に傷を付けた魔人、闇剣士アンティラの姿だ。アスラはアンティラを追い、拳を放つが突き立つのは何れも大地か大気かのみ。敏捷に動く魔人を捕捉出来ない。アスラは再び姿を変えようと試みる。重攻撃スタイルの「アスラ殿」から、高速戦闘スタイルの「アスラ魁」へ。

 「??!!」

 しかし、再構成されたパーツが為したのは「アスラ魁」ではなく、「中庸」とでも言うべき通常のアスラの姿。

 また、だ。アスラ・・・いや、仮面の奥の元宗は臍を噛む。先ほどにも、「魁」から直接「殿」に変わろうとして失敗した。どうしても通常形態を一度経てから出ないと変身する事が出来ない。初めてこの形態への変身を習得した霊衣神官との戦いでは、何の苦もなく出来たのに。

 (理由は判っているんだが・・・っ!)

 今出来ないものを求めても仕方ない。改めて、「魁」に変わりアンティラを追撃しようとするアスラ。だが、それより速く、再び火炎の槍が放たれてくる。

 「易々と」

 「やらせや」

 「しねぇ!」

 三つの首が順に喋る。横に三つ並んだ犬の頭とクロススピアを持つ黒色の魔人、炎魔槍ケルベレントだ。彼が放った炎の槍は高いホーミング性を持って追跡してくる。しかも連続して放つことが出来るため、確実に弾いていかないと、無数の火線が籠となり逃げ場そのものを失いかねない。

 「ちぃぃぃ」

 炎槍を迎撃するため通常形態でいることを強いられるアスラ。

 (やる・・・ッ)

 舌を打ちながらも内心、感心を覚えるアスラ。三体のコンビネーションが、フォームチェンジと各々のフォームの隙を巧く突いている。結果、個々の相手に対し責めあぐねてしまうのだ。

 「だが・・・ッ! 負けるかよッ!!」

 グリッシャーの右鉄球を“如意輪の型”で受け流し、更に腕を四本使って鎖を掴むと、そのまま逆に敵の身体をハンマー投げのように振り回し始める。

 「うぬおおおっ?!」

 「ローストチキンに・・・なっちまいなッ!!」

 異形の鳥獣が宙に赤い格子を描く炎に激突して、羽だらけの身体を炎上させる。更に絶妙のタイミングで疾走してきた白いバイクが跳躍し、高速回転する前輪の餌食に変える。肉の内部で骨の砕ける嫌な音が響き、僅かの後、二つの物体が地上に到達する音が響く。

 『元宗が気の利いた台詞吐くニャんて雨がふるニャ』

 「遅れてきといてその台詞か・・・!」

 憎まれ口が猫科の動物をモティーフにしたと思しきカウルから響く。憑依合体する事で市販のバイクを仮面ライダーアスラ用の戦闘バイク=ストームファングにメタモルフォーゼさせるアスラの使い魔的存在、共生霊獣コウの声だ。

 「・・・油断したな、グリッシャー」

 「おのれぇ・・・!!」

 心配すら皆無の冷ややかな味方の視線の中で、黒焦げに成ったグリッシャーが怨嗟の声を上げながら立ち上がる。

 「ククク・・・グリ」「てめぇはパワーと速度ばっかり頼りすぎで動きが単調なんだ」「だから痛ぇ目見る」

 冷笑で歪めた三つの顔で、左から順番に忠告していくケルベレント。しかし明らかに蔑む様な口調がグリッシャーのプライドを逆撫でする。

 「うるせぇっ・・・! てめぇが鬱陶しい火遊びしていなけりゃ、逆に奴を」

 「・・・負け惜しみは後にするのだな。来るぞ」

 淡々と、時代劇に出て来る用心棒さながらの口調で発せられるアンティラの声。それは正確な意味での、忠告。既にその瞬間、アスラの騎乗したストームファングがエンジンの咆哮を上げながら三体の魔人の直前に迫っている。

 「け・・・ティラ、てめぇの剣を貸せ!! レントォあれをやるぞッ」

 「承知」

 「仕方ねぇ」

 グリッシャーの呼びかけに、全てを理解したように二体の魔人は頷く。そして、直後に襲い掛かるホイールを避けて散開すると、これまでとは異なる攻撃態勢をとる三体の魔人。

 「行くぞ・・・剣の雨」

 低い呟きと共にアンティラの全身が、蓋を開くように機械的に展開し、中から無数の剣や刀が飛び出し空中に向けて打ち出される。

 「何をするか知らんが・・・ッ!」

 アンティラに向けてアクセルを入れるアスラ。だが、次の瞬間にはブレーキとターンを余儀なくされる。明らかに行く手を阻もうとする悪意を以って炎の柱が林立したからだ。炎はアスラの周囲に幾重にも円を描くように、地面の上を滑っている。そして、響くのは悪意の篭るケルベレントの声。

 「くははは」「燃える森・・・」「抜けられやしねぇッ」

 「勝手に決めるな!!」

 神掌を使って巧みに炎を逸らしながら進んでいくアスラとストームファング。だが、炎は一度弾かれても何度となくアスラの周囲に纏わり付き、まるで個々が意思を持つように進路を妨害してくる。

 「鬱陶しい・・・ッ!」

 神掌を「殿」に収束させ一気に打ち抜こうと決意するアスラ。しかし彼は全身を発光させ始めた瞬間、上空から響く鋭い音色に気づく。先ほどアンティラの身体から打ち上げられた刃が落下してきたのだ。それも、彼の頭上に。知らず、炎によって落下地点に誘導されていたのだ。

 『迂闊、ニャ』

 「うっせぇっ!!」

 炎を突破して安全圏に退避しようとするアスラだが、既に時は遅い。何とか形態を通常に維持し、落ちてくる刃に向かって高速で神掌を繰り出していく。

 「ウオオオリャアアアアアアアっ!!」

 シュガガガガガガガガガガガガ!!

 千手千眼の型による高速連打が雨粒となって降り注ぐ刃を尽く弾き飛ばしていく。しかし、それさえも魔人達には予定調和の内であった。

 シュッ

 黒い鎖がアスラの周囲に円を描く。アスラはそれを認識していたが、降り注ぐ刃への対応を迫られる彼は、手の届かぬ位置のそれを見過ごさざるを得ない。その上、破壊力の主体であった筈の鉄球が付いていない左手側の鉄鎖。しかし、直前まで実害は僅かほどだったそれが、次の瞬間、グリッシャーの手により強い殺傷力を帯びる兇器へ変貌を遂げる。

 「武装合体!!」

 鎖が宙をのたうち、刃をその身に絡め取っていく。

 「何・・・ッ?!」

 「喰らえッ! 必殺! エッジヴァイパァァァァッ!!」

 グリッシャーの言葉どおり、鎖は無数の刃を生やした蛇と化し、凶悪なそのフォルムでアスラに襲い掛かる。

 ズシャァァァァッ

 「ぐうっ・・・!」

 神掌で弾こうとしたアスラだが、鎖は巧みに捻れて彼に白刃を突き立て引き裂いてくる。そして息を吐く暇も無く、眼前に迫る黒い影。それは宙を不規則に跳ね回る刃を足場に、槍を突き出して突進してくるケルベレント。更に後方からも、鎖を掻い潜りながら疾駆してくるアンティラ。

 「コオオォォォウッ」

 『ガアオオオオオオオッ!!!』

 ゴオッ

 その姿に相応しい、虎の様な咆哮を放つストームファング。大気が唸り、押し寄せる鎖と刃がケルベレントに向けて筒状に砕け散っていく。ストームファングの吼え声はハウリングプレッシャーと呼ばれる破壊音波となるのだ。だが、ケルベレントも胸を膨らませて空気を吸い込むと・・・

 「アオオオオオオオオオオウウッ!!」

 同様に、吼え声を上げるケルベレント。三つの口から放たれた遠吠えにも似た鳴き声は、ハウリングプレッシャーと衝突し、空中で爆音と衝撃波のみを発して相殺する。

 「く・・・」

 ざく

 「!!」

 「直撃は避けたか、だが」

 爆発に気を取られた一瞬、冷たい殺意が脇腹を抉る。視線を下ろせば、赤と紫に濡れた刃が左脇腹の浅い位置を背のほうから前に向けて貫いている。冷気は吸う瞬で引き、替わりにじわじわと広がる熱。

 「未熟よな」

 抑揚を抑えたアンティラの声が響く。刃は彼の尾の先から生えるレイピアに似た剣。刃の色と形、傷口から広がる熱に似た痛みが示すように、毒が塗布されている。即効性の毒ではない。だが・・・

 「・・・我が身は昂ぶる神将の威」

 法術の詠唱。それと同時に、「殿」への変身。神掌が右手に収束して巨大な腕を象っていく。

 ドゴォッ

 「ぐうっ・・・」

 “腕”が完成する直前、彼の左側から襲い掛かった巨大鉄球がストームファングの上から吹っ飛ばす。

 「ヒャアッハァァァッ!! やらせるかよぉぉぉぉっ!!」

 グリッシャーの哄笑が耳に障る。だが、そのような事を気に留めている場合では無い。

 アスラは再構築の完了した「殿」の右腕で着地すると同時に唱える。

 「堅甲利兵! 闘気法!!」

 その言葉と同時に体から湯気の様な光が立ち上り、全身に力が漲る。傷と毒の痛みも幾分和らいでいく。更に、脚力を上回る右腕を使って、空中に向けて反転跳躍するアスラ。彼の紫金の身体が弾丸となってグリッシャーに放たれるが、

 「遅い」「遅い」「遅ぉぉぉい!!」

 「!!」

 三方向から襲い掛かる炎の槍。一瞬、神掌を使って弾こうとするが、今は「殿」になっていることを思い出す。今から元に戻そうとすれば、変身完了までに確実に三本を受けてしまう。ならば、とアスラは大きく腕を振るう。

 バシュウッ

 正面から迫っていた一本を殴り砕き、

 「うおおおおっ」

 チリッ・・・

 背中の焼ける感触・・・身を逸らして背後から狙ってきた一本を避ける。だが、

 ドゴォッ!!

 「ぐあああああっ!!」

 最後の一本が、アスラの右太腿を撃つ。咄嗟に振り上げた右腕で槍を砕くが、同時に抉った槍が爆発を起こし、彼はその衝撃で吹き飛ばされる。

 『コウ!!』

 「猫は黙ってな!!」

 サポートするべく走ってくるストームファングだが、鋭く放たれたグリッシャーの鎖が彼の前輪に巻き突き、無数の刃でラバーを切り刻む。

 「これでまた、三対一」

 『ウニャァァァァァァァ!!』

 「コウ!!」

 転倒し、そのまま崖に激突して沈黙するストームファング。

 「・・・奴よりも」

 両手の指、肘、肩、膝、脛、踵、尾、翼から大小様々な刃を生やし剣山と化したアンティラが降り注いでくる。

 「自分のことを気にするのだな」

 神掌で防ぐか、「魁」で避けるか一瞬の判断の迷い。その瞬間には、既に刃は眼前に迫っている。だが―――

 「それは独り言か?」

 ドゴォン!!

 涼やかに響く新たな声、同時にアンティラが爆炎に包まれて吹き飛ばされる。

 「ぐおおおおっ・・・」

 アンティラは全身を燃やしながらのた打ち回る。不意の一撃に、残りの魔人二人は唖然としていたが、アスラの六つの複眼は飛び来た火線を確かに目撃していた。彼がその方向に視線をやると、気づいたようにケルベレントとグリッシャーも追随する。崖の上、丁度太陽を背に負う様に其処に立つのは、長身の影。魔人はその影に向かってお決まりの問いを問う。

 「何者だ?!」

 「フハハハハハハ」

 憎悪の篭る声。だが、それに対する答えは、高笑い。そして影はマント、或いはコートだろうか。その裾を華麗にはためかせながら魔人達を指差すと、尊大な口調で告げる。

 「貴様らの連係プレイ笑ォ止! 優等民族を語りながら三対一を仕掛けるそれは、正しく卑怯者の所業!!」

 「我ら煉獄三人衆に向かって無礼な!! 貴様ぁぁ、何様のつもりだ!!」

 「フッ、装鉄!!」

 【system set-up】

 嘲笑。それと共の唱えられる言葉。呼応して機械的な音声が辺りに響く。

 直後、影の腹部から前方に向かって放たれる青い光の壁。

 「トオッ」

 髑髏の紋章が浮かび上がるそれに影が飛び込むと、光は影の全身に纏わり付いていく。

 シュタッ

 そして、着地。すっと立ち上がると何処よりか吹いてきた風が、首に巻きつけられた青いマフラーをたなびかせる。ガンメタリックとブルーで彩られた重厚な鎧。髑髏を模した鉄仮面に、額にはVサイン。

 「時空海賊シルエッッ!! エェェックス!! 参上!!」

 胸の前で腕を振り下ろし、X字を描いて大見得を切る時空海賊シルエットX。

 シルエットXは僅か一ミリ秒で装徹を完了する――― 

 では、そのプロセスをもう一度見てみよう。全宇宙を満たす波動エネルギーが変身ベルト「ヘルメス」に収束する。圧縮された波動エネルギーは青い光粒子の壁アダマンフォースに転換され、彼がそれを通過することで漆黒のシルエットスーツが完成するのだ。

 「何が時空海賊だ!」「何が卑怯だ!!」「不意打ちを仕掛けてくるような」「奴が言えた台詞か!!」

 アンティラを抱き起こしながら激昂の声を上げるのはケルベレント。しかし、シルエットXはその指摘に一切動じもせず、ただクックと肩を揺らすような嘲笑を発して言葉を返す。

 「フ、馬鹿め。不意打ちというのは、こういう風にするものだ」

 シルエットXは、そう言うと3×3Dバッグと呼ばれるアタッシュケース型超空間武器庫を地面に置き、蓋を開いてゴソゴソやり始める。

 「何をするつもりかしらんが・・・」

 ケルベレントの手から自力で起き上がるアンティラ。人間に似た容貌には明らかな怒りの色が。

 ジャキン!

 再び全身に剣を生やしたアンティラが猛スピードでシルエットXの周囲を飛ぶように駆け始める。

 「報告によれば貴様の動きは素人同然! 我が剣の舞についてはこれまい!!」

 「こいつはすごいぜ」

 棒読みで感嘆の台詞を吐くシルエットX。彼は、アンティラを目で追おうとすらしていない。その態度が、アンティラの怒りの火に更なる油を注ぐ。

 「貴様ッ!」

 「アンティラ、落ち着け!!」

 ケルベレントの制止の声も聞かず、アンティラは全身に闘気を漲らせ、それを刃の切っ先に集中し、解き放つ。

 「魔闇霆虚羅流暗殺剣奥義!! 髑斬(どくぎり)! 時空海賊、覚悟!!」

 ヒュガッ

 刹那、影が走る。強い衝撃に仰け反るシルエットX。思わずアスラは叫ぶ。

 「シルエットX!!」

 「ほう、確かにこいつはすごいな」

 相変わらずゴソゴソやっているが、今度は感情の篭る声で感嘆の声を上げるシルエットX。

 直後、ピシリという音を立てて額のクリスタル状物質に亀裂が走る。着地したアンティラは、それを見て驚愕に表情を歪める。

 「馬鹿な・・・我が奥義を以ってしても断てぬというのか?!」

 「だがね、暗殺剣なのに名前を叫ぶのはどうかと」

 嘲笑。そして同時に、彼はバッグの中から何かを取り出す。黒く、途方もなく巨大な塊を。

 「技名とか武器名とかは、こういうのを使うときに叫ぶもんだぜ」

 
ズズズズズズ・・・

 「な・・・!!」

 絶句するアンティラ。全長が十メートルを越す巨大な塊が、シルエットXの頭上に掲げられる。その形状は、一言で言えば、腕と拳。時空海賊が自らのアタッシュケースから取り出したのは人間の肘から先の部分を百倍弱に拡大したような物体・・・即ち、

 「必殺、ヴォルケーノパンチ!」

 「!!」

 シルエットXは、タイクーンの腕を、ただ無造作に投げ下ろす。その余りに無茶苦茶な光景に、誰もが一瞬が思考停止して、咄嗟の反応が遅れてしまう。アンティラが意識を取り戻したとき、数十トンを超える鋼の塊は文字通り目と鼻の先にあった。

 ズウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン

 重い低音と、凄まじい土煙を舞い上げて、大地に突き立つ巨大なヴォルケーノパンチ。

 ボム

 直後、拳と地面の間で小さな爆発音が起こり、鋼の腕は地響きをあげながら、ゆっくりと倒れていく。殆ど文字通りのメガトンパンチを食らって、闇剣士は敢え無く絶命した。

 「アンティラアアアアアアアアアアアア!!!」

 「・・・なんつう無茶苦茶」

 「!!」

 絶叫を上げるグリッシャーの背後から、ぼやく様な声。振り返ると眼前には金色の巨大な拳。

 「馬頭の型」

 ドグシャァッ

 血の飛沫と、砕けた肉や骨、内部メカの破片が当たりに飛び散る。振り下ろし気味の「アスラ殿」の拳は、グリッシャーの頭から鳩尾辺りにかけて抉る様に叩き潰した。シルエットXの殆ど反則技に近い攻撃に気を取られている間に、傷を法術で治癒し、背後に回りこんでいたのだ。

 「馬鹿な・・・グリッシャーまで?!」

 「選べるほど偉くはねぇからな」

 殆ど一刀両断、といって良いような鳥魔人の亡骸を放るとアスラ殿はケルベレントに向き直る。

 「卑怯とは言うまいね?」

 そしてシルエットXも歪な二挺拳銃を構えている。

 「く・・・くく・・・」

 ケルベレントは顔を引き攣らせながら二、三歩交代した後、

 「覚えていろ!!」

 お決まりの棄て台詞を放って背を向けて走り出す。

 「逃がすか・・・ッ!」

 「来いッ! サイドクルゥゥゥザァァァッ!!」

 何処からともなく疾走してくるシルエットXと同じカラーリングのサイドカー、サイドクルーザー。二人はそれに乗り込むと、爆音を上げてケルベレントを追跡する。

 「く・・・馬鹿な!!」

 「地獄の番犬は相応しい地獄へと還るがいい!!」

 漆黒のマシンの猛スピードは先行していた三つ頭の魔犬に直ぐに追いつく。

 「アスラ!!」

 「おう!!」

 シルエットXの声に呼応し、サイドの上に乗っていたアスラ殿が飛び立つ。彼の姿は上空で発行しながらノーマルアスラに戻ると、阿修羅神掌を旋回させて高速で回転を始める。それとともに、彼を中心に生じる空気の渦。

 「修羅旋風脚!!」

 ギュオオオオオオオオオオオッ

 空中から地面に向けて撃ち出されるアスラ。真空の刃を纏いながら彼はケルベレントに迫る。

 「絶対に復讐してやるッ!!」

 フウッ・・・

 だが、ドリルと化したアスラの足が肉を抉る直前、ケルベレントの身体は霞のように消えうせる。目標を失ったアスラは地面を抉りながら着地する、が、

 「逃がしたか・・・」

 「避けろアスラ!!」

 ドゴォッ

 後ろから走ってきたサイドクルーザーに跳ね飛ばされ、大岩に激突するアスラ。

 「ぬぐおおおおおっ?!」

 「おおい、大丈夫か?」

 彼は、シルエットXが近付くまで足をピクピクさせていたが、直後、

 「殺す気かっ!!」

 ドゴオォッ

 「ふげぇっ?!」

 突如、起き上がり振り向き様に「殿」の拳でシルエットXを殴り飛ばす。

 「ウ・・・ググ・・・」

 呻き声を上げるシルエットX。だが、怒りのオーラを立ち上らせるアスラは彼の眼前に仁王立ちしている。やがて徐に拳を振り上げるアスラ。

 「ま、待て! ギャグだから死にはしない!!」

 「だれが伊万里京二だ!!」

 再びハンマーのようなパンチを叩き込むアスラ。

 「や、やめろ!! ヘルプ、ヘルプミー!」 

 「てめぇが泣くまで、殴るのを、やめねぇッ!!」

 どごどごどごどご

 制止を求めるシルエットXを無視して連続して殴りつけるアスラ殿。シルエットXのボディは壊れこそしないが、徐々に地面に埋まっていく。

 「く、このビチグソがぁぁぁぁっ!!」

 どごぉぉぉん!

 爆風が起こり、吹き飛ばされるアスラ殿。至近距離から「聖煉(デスクリムゾン)」が炸裂したのだ。

 「てめぇ・・・」

 グレネードの炸裂を辛うじて右腕で受け止めたアスラは、穴から這い出してくるシルエットXに憤怒の視線を向ける。

 「やるつもりか? この俺と?」

 アスラの敵意に呼応して、シルエットXは「雷撃(サンダーストライク)」の銃口をアスラに向ける。一方、ノーマルを経て「魁」に姿を変えるアスラ。一触即発の緊張した空気が周囲に立ち込める。

 「お前たちは!!」

 「いつまで!!」

 「遊んでいるッ!!!」

 スパン!スパァァァァン!!

 しかし、張り詰めた糸は両者の後頭部を襲う予想すらしない衝撃でぶった切られ、アスラとシルエットXは同時に張り倒される。

 「なにをやっているんだ、キャプテン! アスラ、お前もこんなアホに一々、つきあってるんじゃない!」

 厳しい言葉とともに、二人を取り囲む無数の緑色の影と、一人の赤い影。シルエットXの配下の(?)女海賊、エミーの一同だ。それぞれの背後に立っているものが手にハリセンを握っている。

 「まったく・・・突然、いなくなったと思ったら、スペアの腕まで持ち出して。この放蕩船長が!!」 

 赤のエミーは自らの船の長へとは思えない台詞をはくと、シルエットXの腹部に目掛けてハリセンで突きを打ち込み、そして緑のエミーたちに指示を下す。

 「やれ!!」

 「「アイ・マム!」」

 「うぎゃあああああっ」

 ハリセンを手に殺到する女海賊に飲み込まれるシルエットX。後は折檻の音と絶叫だけが響く。

 「く・・・ぐう」

 「・・・まったく、お前も馬鹿正直に相手をするな」

 呻きを上げながら立ち上がるアスラに、赤い女海賊が忠告の様に言う。アスラは変身を解除して元宗の姿に戻ると、不満そうな顔をして反論する。

 「あいつが轢き逃げ食らわしやがったんだ・・・非は明らかにあっちにあるんだぜ?」

 「そうか、それは済まんな」

 「・・・ったく」

 今ひとつ、誠意の篭っていない様な女海賊の言葉に舌を打つ元宗。

 「まあ、キャプテンはあんなやつだ。細かいところを気にしてたらもたないぞ」

 「どっちにしろ、あんまり長持ちしそうにねぇよ」

 元宗はぼやく様に言ってから、赤の女海賊を見上げるようにしながら言う。

 「しかし、あんたはまあ、よく耐えてられるな」

 「・・・自分で選んだことだからな」

 少し、照れたような風に言う女海賊。その答えに元宗は鼻を鳴らして笑う。

 「はっ・・・あんた、奇特な奴だぜ」

 「余計なお世話だ。大体、仮面ライダーなんかやってる奴にそんなこと言われる筋合いはない」

 「そりゃ・・・そうだな」

 指摘され、自嘲的な苦笑いを浮かべる元宗。

 「ま・・・なんにせよ、少しは感謝しないとな。あんたらがやってくれたおかげですっきりしたよ」

 「そうか、じゃ、止め」

 「「アイ・マム」」

 赤の女海賊の指示により、ピタリと折檻行為を停止する緑の女海賊たち。彼女らは糸の切れた人形のようになったシルエットXを担ぎ上げる。

 「じゃ、わたしたちはこれで」

 「あ・・・ちょっと待ってくれ!!」

 去ろうとする彼女らに制止を願い出る元宗。その声に、女海賊エミーの一同はピタリと立ち止まり、くるりと振り返る。

 「なんだ?」

 「いや、なんつーか、シルエットXに頼みがあんだけど」

 「俺に?」

 ムクリと起き上がり、訝しげな声を上げるシルエットX。先ほどシバかれまくったのに、ギャグゆえか、単に倒れたフリをしていただけかタフな男だ。直後、地面に落とされたところを見て、恐らく後者だろう。

 「むう」

 「おきろ、キャプテン。リアクションに困ってるぞ」

 暫らく蛙の様に地面に張り付いていたシルエットXだったが、女海賊に小突かれて渋々と言った感じで起き上がる。

 「なんだ? 頼みって?」

 「ああ」

 頷く元宗。その表情は、何時も深刻そうだが今回は何時にもまして更に深刻そうに影が差している。

 「オレを、しごいて欲しい」

 「はあ?!」

 思いがけない元宗の言葉に、シルエットXは素っ頓狂な声を上げた。





 薄暗い室内。漂う冷気に、薬品と鉄の臭いが混じる。目を凝らせば、意外なほど広いその空間は、手術室を思わせる。幾つか・・・いや、合計で六つある手術台の上には男が四人と女が一人、性別不詳の人物一人が横たえられている。そして、その脇の作業機械を熱心に操作する男が一人。静寂に包まれたこの空間の中で彼だけが動き続けている。彼女は、その部屋の主に声をかける。

 「マナ卿」

 「! これは皇帝陛下」

 驚いて、振り返る白衣を着たサングラスの男、邪眼導師マナ=N=マックリール。外見は二十代半ばから三十代前半に見えるが、実際の年齢はその十倍を下らない。彼女、竜魔霊帝は微笑むと、目を伏せ小さく頭を下げて言う。

 「御免なさい、勝手に入ってしまって」

 「ああ・・・いえ、お気に召さないで下さい」

 頭を振る邪眼導師。彼女の大国の皇帝とは思えない腰の低さ、物腰の柔らかさは時として、その配下のものに逆に動揺を与える。敗北し主従関係を結んだ後、彼女と初めて喋った時、ひどく面食らったものだ。本来、彼女のような存在は、尊大な口調で他者を威圧し、暴力によって君臨すべきなのに。彼が慌てて椅子を用意しようとすると、竜魔霊帝は苦笑とともに手をひらひらと振る。

 「あ、いいです。お仕事、続けてください。忙しいんでしょう?」

 「は・・・仰せのままに。では、適当にくつろがれてください」

 皇帝の命に従い、再び研究・開発に取り掛かる邪眼導師。竜魔霊帝は、先ほど彼が用意したパイプ椅子―――ほとんど研究資材と資料を置く棚となった―――の前に立つと、そのシートの上に無造作に詰まれた研究資材を一つずつ丁寧にデスクの上に並べ、そして、ようやく何もなくなると、今度はデスクの上を整理し始める。

 (むぅ・・・)

 邪眼導師は科学者の性として、研究資材に勝手に触られるのはあまり言い気分ではなかったが、皇帝自ら行うことに面と向かってけちをつけるわけには行かない。それゆえ、横目で静観していたが、どうやら資材各々について理解しているのか、かなり正確に系統分けして分類・整理されていく。

 (そう言えば・・・)

 彼は竜魔霊帝の出自について思い出す。彼女は最初から皇室に産まれ付いた訳でなく、幼い頃はバンパイア一族の盟主・オルロック大公家に仕えた侍女だったと言う。その後、力を見出され先代オルロック大公を後見人として皇室に入り、当時、大国ではあったが最強国と言う訳ではなかったノアを、現在の地位にまで高めたのだ。恐らく彼女の口調や物腰は、彼女が侍女であったころの名残なのだろう。妖麗楽士の話では、彼女が皇帝に即位して間もない頃は、死天騎士は、それはもう必死に喋り方を皇帝らしい威厳のあるものに矯正使用と尽力したらしいが、結局、彼女は頑なにこの口調を変えなかったらしい。

 (あれ・・・)

 ふと気になり、邪眼導師は振り返ると皇帝に問いを投げかける。

 「どうされたのです? お供もつけず」

 常ならば、死天騎士と妖麗楽士が随行しているが、その二人は今、どこにも見当たらない。竜魔霊帝は微笑むと彼の質問に答える。

 「玉座に座っているだけというのも退屈なので、あちこち散策してるんです。ケルノヌスには内緒で」

 「後で、ケルノヌス卿に怒られても知りませんよ。陛下」

 苦笑を浮かべながら問い返すと、彼女はチッチッチと舌を打ちながら顔の前で指を振って言う。

 「大丈夫ですよ。私は皇帝ですよ。皇帝のすることは何でも肯定されるんです」

 「・・・笑わなきゃ駄目ですか? 陛下」

 引きつった表情を浮かべる邪眼導師。駄洒落が滑った事に、少し照れた表情を浮かべる竜魔霊帝はまた手をひらひら振る。

 「フフフ・・・無理しなくていいですよ。それよりどうです? 調整の具合は」

 「まずまずですね」

 一転して、不敵な表情を浮かべる邪眼導師。そして彼は、手術台の上に寝かされた・・・よく見れば無数の拘束具で締め付けられた六人を見ながら、自信に満ちた声で言葉を続ける。

 「これならあと一月、いや半月も在れば完全に陛下の僕になりますよ」

 「彼らが・・・」

 感慨深そうに呟く竜魔霊帝。邪眼導師はやや興奮したように言葉を続ける。

 「楽しみじゃ在りませんか? 有史以来、姿形を替え、我々に仇為し続けたこの者達が! 我々の! 魔族の! 完全な僕となるのです!」

 「フフ・・・楽しそうですね、マナ卿」

 「当然です。大興奮ですよ」

 そう言って拳を握る邪眼導師。竜魔霊帝は、手術台を見ながら思い出したように言う。

 「そういえば・・・六人目もちゃんといるんですね。モリガンは、ケルノヌスが逃がしたと言っていましたが・・・」

 「いえいえ、あれはボクのオリジナルですよ。もっとも、彼ら五人の技術は参考にはさせてもらいましたけど」

 「名前は?」

 「正式名称は未だ決まっていませんが・・・開発コードは“タイラント”」

 「・・・成る程。どのような過程で造られたのか、目に浮かぶ様な名前ですね。ですが」

 彼女の言葉の先を理解したように頷く邪眼導師。

 「ええ。いろいろ問題があって、流石にこのままの名前で出すわけには行きません」

 「エルメス・・・と言ったところかしら」

 「そういうことです」

 頷きながら、マニアックなことを、と内心思う邪眼導師。まあ、地上の文化研究に熱心で“人に学べ”と彼らに伝えるくらいだから、そう言った事情を知っていてもなんら不思議ではないのだが。しかし、邪眼導師は取り敢えずそう言ったことは於いて置き、彼女に問う。

 「ですので宜しければ陛下、彼の名付け親になられませんか?」

 「私ですか? いいでしょう・・・じゃあ」

 頷くと、竜魔霊帝はしばらく考え込んだ末、顔を上げて聞き返す。

 「REX−US、レクサス・・・でどうです?」

 「“私たちの王”ですか」

 「ええ。彼ら五人だけじゃなく、世界中にいる彼らの・・・と思って」

 竜魔霊帝の説明に邪眼導師は納得し、頷く。

 「成る程、良いですね。それにしましょう。・・・喜べ。陛下よりお前の名を賜ったぞ。お前の名はレクサス!」

 ・・・

 静寂、というか沈黙。

 「・・・ここで“ガオーン”とか言ったら、格好良いんですけどね」

 未だ起動すらしていないため、そう言ったお約束がないのが余りに寂しい。邪眼導師が、そう言ったあと、手術室には暫時、沈黙があったが、やがて竜魔霊帝がふとなにかを思いついたように言う。

 「ところで、あの五人のことですが」

 「は・・・?」

 「良い事を閃きました。すぐに、使いましょう」

 「え・・・しかし、さっきも申し上げた通り、未だ調整は不完全で・・・」

 「それが、良いんじゃないですか」

 竜魔霊帝はそう答えるが、疑問は晴れず邪眼導師の表情は戸惑いの色が未だ強い。彼女は人差し指を立てると説明を始める。

 「・・・良いですか? 今、我々が最重要課題として推し進める“日本占領計画”の中で、最も進行状況が芳しいのはケルノヌスが指揮する“死霊都市長崎計画”です。ですが、この“死霊都市長崎計画”も未だ実行には多くの時間を要し、恐らく、その間に陰陽寮ならば察知が可能でしょう。現在の進行艦隊の状況を鑑みれば、この作戦は失敗する訳には行きません。確実なる実行を期する必要があります。ならば・・・今、我々が実行すべきは、彼らを完膚なきまでに叩き潰すか、或いは時間を出来るだけ稼ぐこと」

 邪眼導師は竜魔霊帝の言葉によって、あの言葉を彼女がどのような思惑で発したのか理解する。

 「もし倒せたならそれで良し。だけど若し回復されたら・・・そうか、成る程、スイッチ、ですね」

 「流石ですね。理解が早い。それなら、もし万が一、不測の事態が起こったとしても・・・」

 「成る程・・・しかし、奴等は引っかかりますかね?」

 その疑問に対しても、皇帝は頷いて答える。何処と無く自信に満ち溢れているように見える。

 「大丈夫ですよ。彼らは、絶対に見過ごせませんから。彼らは、仮面ライダーは、放ってはおけないんです」

 「ふむ・・・じゃあ、それならば、こういうのはどうでしょう」

 感嘆とともに頷くと、邪眼導師は一冊のカタログのようなものを持ってきてページをめくり、それを竜魔霊帝に見せる。

 「成る程・・・良いですね。それにしましょう」

 満足そうに頷く竜魔霊帝。邪眼導師はカタログを閉じると頭を下げて言う。

 「承知しました」

 「作戦実行は私が許可しましょう。がんばってください」

 「ええ。全身全霊を以って御身のために」

 無論、言葉半分は建前だが、彼はそう言って再び頭を垂れた。






 ・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・

 「地獄ぅ?」

 「地獄じゃない、しごく、だ。キャプテン」

 シルエットXのボケに律儀に突っ込みを入れる女海賊は、随分と自分の事は棚に上げているようだが、当然の如く元宗はそんなこと気づいてはいない。元宗は女海賊の言葉に相槌を打って頷くと言葉を続ける。

 「オレに特訓をつけて欲しい。シルエットX、あんたの手で」

 そう言って頭を下げる元宗。シルエットXは頬の辺りを掻く様な仕草をしながら聞き返す。

 「随分と急だな? 一体、どうした」

 「・・・魁と殿が、巧く使いこなせないんだ。どうしても形態変化がスムーズに行かない」

 「? 霊衣神官との戦いではキッチリできてたようだが?」

 更に質問を投げかけるシルエットX。初めて「魁」と「殿」に変身した魔王との戦いでは、元宗は自らが言ったことを何の問題なくやっていた筈だった。元宗は僅かに苦い表情をするとその疑問に答える。

 「あれは、“一つの太陽”の力のサポートが在ったからだ。だが、あの後、成仏させちまったからな」

 「成る程」

 シルエットXはぽんと掌を打って納得する。元宗の僧侶としての一面を考えれば、確かに合点が行く話しだった。

 「サポートがなくなった分を努力で補う。そういう寸法か」

 「ああ・・・」

 元宗は深く頷くと、真剣な眼差しをシルエットXに向ける。

 「魁と殿の力を手に入れて一週間、使いこなすために色々特訓をやってみたんだがどれも巧くいかねぇ」

 彼の脳裏にここ一週間の数々の特訓が浮かぶ。鉄球クレーンを使ったシャドーボクシング。大量の荷を積んだトラックの生身での牽引。腹筋を固めて疾走するバイクの加重に耐える。針山の上での座禅。“様な”ではなく、文字通り血が滲む様々な荒行を陰陽寮のサポートの下、行ってきた。だが、そのどれもが彼に望む成果を与えなかった。鍛錬が足りなかった訳ではない。

 「理由は判ってる・・・形態変化に必要なのは柔軟性。だが、オレにはその柔軟性が足りねぇ!」 

 そう、熱く訴える元宗。そして彼は懇願する。

 「だから、シルエットX・・・! オレにあんたの柔軟性を伝授して欲しい!!」

 「ぬぅ」

 「頼む」

 渋る様な声を発する時空海賊に、熱血退魔法師は詰め寄るように言う。やがてシルエットXは困ったように周囲を見回しながら「あー」だの「うー」だの言った後、大きく一つ溜息を吐いてから返答の言葉を語り始める。

 「ぶち上げて言えば、だ」

 「ああ」

 「俺は特訓というものは余り好きではない。いや、嫌いだ、と言っても良いな」

 「な・・・?」

 シルエットXの言葉が意外だったのか、目を白黒させる元宗。そして、絶句する彼が問いを投げかけるため言葉を取り戻すより早く、シルエットXは先読みして気難しげな口調で告げる。

 「何故と聞かれても説明は面倒だ」

 「・・・キャプテン」

 そう、声を発したのは赤エミー。彼女は胸の前で腕を組むと、嗜める様な口調で海賊船長に向けて言う。

 「あなたのポリシーは充分理解しているが、ここはきちんと説明すべきだ。絶対誤解を招いて好感度を下げるぞ」

 彼女の言葉にピクンと反応するシルエットX。心なしかクリスタル内の発光量が上昇したような気がする。

 「やれやれ、仕方ない」

 やがて彼は僅かに項垂れると、酷く気乗りのしない様子で喋り始める。

 「あんたにもわかるよう、簡単な事例で説明しよう」

 ぴん、と指を立てくるくると回し始めるシルエットX。

 「俺はロープレで詰ったらレベル上げするよりも、必勝法で華麗に倒すのが好きなんだ。要するにそういうことだ」

 「・・・つまり、なんだ・・・?」

 そう言った後、元宗は頭を捻り抽象化されたシルエットXの言葉を自分なりに理解しようと努めていた。やがて彼は、そこそこ整理が出来たのか、たどたどしい口調で言葉をつむぎ始める。

 「とってつけた・・・努力よりも、今ある材料で工夫しろ・・・と、そういうことか?」

 「別段に、特訓自体を否定しているわけではないんだがね」

 頷きながらそう返すシルエットX。だが、元宗はそれでも納得しかねるのか尚も食い下がる。

 「あんたの言うことはわかる。しかし・・・」

 「大体さ、そんなのは実戦の中で掴むもんだ。無理して焦っても仕方ないだろう」

 そう、断言口調で告げるシルエットX。だが元宗は引き下がれないわけがあった。

 「それも解っている! だが・・・俺には時間が無い! あいつのためにも・・・」

 「・・・神野江瞬のことか」

 元宗の必死な言葉の様子に、シルエットXは察したのかその名前を口に出す。元宗は頷くと神妙な面持ちで言う。

 「ああ。だがあいつのためだけじゃねぇ。敵は強い・・・今日の戦いもそうだ。あんたが来てくれなきゃ死んでたかもしれねぇ・・・そうしたら、オレはオレにあの力を与えてくれた人たちに、あの世で合わす顔がねぇ・・・!」

 徐々に熱を帯びてきた元宗の言葉は、やがて昂ぶりを増し彼の背景に燃え上がる炎を映し出す。

 「だからオレは! 今すぐにでも使いこなせる様にならなきゃいけねぇんだ! あの思いに応える為にも!!」

 「やれやれ。これだから熱血漢は」

 苦笑に似た呟きを漏らすシルエットX。彼はやれやれと言った調子で首を振ると、3×3Dバッグを地面に置いて中で手をゴソゴソさせ始める。

 「まあ仕方ない、俺も同じ穴の狢だしな。じゃ、こんなんでどうだ?!」

 パーッパ パーッパ パラララ〜 ジャンジャン♪

 何処かで聞いたことのあるような奇妙なファンファーレとともにバッグの中から取り出されるのは、例の如く、明らかにバッグの容積を上回る巨大な物体。椅子やら円盤やら電飾、電線、ハンマー、テレビ、クレーン、上半身だけの人形その他諸々がまるで“街の発明家”が作った何に使うか判らない機械のように出鱈目かつ無節操に張り付いている。

 「こ・・・これは!!」

 「フフフ・・・これこそが今週のギックリポッキリメカ!! 世界はショーバイタイム電流ショックイライラ平成教育マジカル頭脳これができたらミリオネアマシーンだ!!」

 些か長く、胡散臭い名前を誇らしげに叫ぶシルエットX。その異様を前に元宗は言葉を失いポカンとしていた。

 「きゃ・・・キャプテン!!」

 一方、エミーは・・・ワナワナと震えていた。

 「どうした、エミー?」

 そして、彼女の怒りはシルエットXの素っ頓狂な声に爆発する。

 「お前はッ!!」

 ゴス

 「あれほど!!」

 メキ

 「無駄遣いするなと!!」

 ズバ

 「言ったのに!!」

 ドシュ

 「こんなものを!!」

 ビイイイン!

 「つくるなぁぁぁぁぁぁっ!!」

 見えない糸がシルエットXを宙に吊り上げる。赤エミーが肩の辺りにあると思しい糸をピンと弾くと、シルエットXは・・・ここより先は同じパターンの繰り返しなので省略する。ややあって、復活してくるシルエットXに更なる折檻を加えようとするエミーだが、慌てて彼はそれを制止する。

 「落ち着けエミー。これは、あれだ。宴会ゲーム用に以前から造っておいたものだ!」

 「って、そんなものでオレを・・・?!」

 「落ち着け。これは要するに、ほい、マニュアル」

 メカの珍妙な出自に今度は元宗が切れかけたので、シルエットXは急いで小冊子を取り出してエミーに渡す。彼女は「またか・・・」とぼやきながらも、表紙をめくりそのメカの解説を始める。

 「何々・・・これはクイズの出題とバツゲームを一括して行う画期的マシンです・・・」

 「クイズなんかやらせるつもりかっ?!」

 結局、半ば激昂する形となる元宗。シルエットXはそれを、まあまあと宥め賺しながら答える。

 「ああ。クイズって言っても知識系のやつじゃない。知恵系の奴、つまりはナゾナゾだ」

 「子供じゃねぇんだぜ、おい」

 「文句言うなら強要はしない。野垂れ死にするがいいさ」

 流石に繰り返し拒否反応を示されて愉快でないのか、シルエットXは踵を返そうとする。それを見て慌てて頭を下げる元宗。

 「ぐ・・・説明を続けてくれ」

 「フ、ナゾナゾを甘く見ないでもらおう」

 「ウ・・・む」

 ほくそえむ口調に、嵌められている様な危機感を隠せない元宗。だが、時空海賊はそんなものを無視して自ら語り始める。

 「かの仮面ライダー1号も自著で、それを裏付ける述懐している」

 「“おやっさん”が・・・?!」

 驚きの声を上げる元宗。仮面ライダー1号といえば、その「1号」の名が示すとおり、全ての仮面ライダーの中で最も古い存在であり、同時に最も偉大と言われる存在だ。今はある喫茶店のマスターを演じる傍ら、後進の仮面ライダーを始めとした人類の自由と平和を守るために戦う戦士たちの道標として「おやっさん」と呼ばれて親しまれている。斯く言う元宗も、仮面ライダーの一人として彼と面識があった。

 シルエットXは頷いて言葉を続ける。

 「そう。結論から言えば、重要なのは『散漫なる集中』・・・即ち力の入れ所、抜き所を見極めることだ、とな。その点に於いてナゾナゾは正に打ってつけだ。常に集中していても答えは見えてこないが、逆に集中力が不足していても答えには辿り着けない」

 「成る程、一理在る・・・しかし」

 そう告げられれば、シルエットXの出したこの粗大ゴミのような塊も、強ち場違いではないように思えた。だが元宗の心中には一つの疑問が蟠っていた。シルエットXは、それの発言を促すように問う。

 「なんだ?」

 「“おやっさん”がそんな本を出してたなんて知らなかったぜ」

 仮面ライダー1号の名は、確かに有名で在ったが、それは飽く迄、自分たちのような影で戦う存在にとってだ。一般社会で彼の知名度は「緑色の髑髏仮面に白いバイクのライダー」という都市伝説程度のものでしかない。それに元々、自らを公にすることを嫌う仮面ライダーの代表とも言える彼がそのような著作を発表するとは考えづらかった。だが、その疑問にシルエットXは頷くと、自らの言葉を肯定する説明を行う。

 「ああ、ぶんか社出版『仮面ライダー 本郷猛の真実』という本だ」

 「キャプテン・・・」

 冷えた女海賊の声がシルエットXの背後から響く。それに応える様にゆっくり振り返る彼だが・・・

 「ん?」

 「それはふじお・・・じゃなくって“中の人”の本だ!!」

 すぱーん

 ハリセンの一撃がシルエットXの首を在り得ない様な方向に捻じ曲げる。だが、それでも尚、彼は叫ぶ様に言う。

 「中の人などいないッ!!」

 「うるさいっ!!」

 すぱーん

 更にもう一撃を受けて地面に張り付く時空海賊。それを見ながら元宗は不安そうな面持ちをエミーに向けて問う。

 「他に・・・方法はないのか?」

 「無い」

 「んなっ?!」

 だが、元宗の問いに答えたのは蘇ったシルエットX。徐々に復活までの速度が速まっているのは気のせいだろうか。彼はまたアタッシュケースを開くと、一冊の辞書のような厚手の本を取り出す。

 「ここに「仮面ライダー用強化特訓要綱」というものがあるのだが・・・」

 「なんじゃそりゃ・・・」

 「エミー」

 シルエットXの要請に応じて、女海賊はその本についての説明を始める。

 「これは1号から12号までの歴代の仮面ライダーがパワーアップのために行ってきた特訓の内容を纏め、更にそれを分析し、編纂されたものだ。主に新・必殺技の習得、新たなフォームへの変身、隠された機能の発動パワーアップなど目標ごとに最も適切な特訓法が記されている」

 「って、そんなものがあるんなら、それを!!」

 掴みかかる様な勢いで求めるアスラだが、シルエットXはお手上げといった風なポーズを取りながら告げる。

 「生憎と柔軟性を養うなんて珍妙な特訓カリキュラムはここにはかかれていない」

 「馬鹿な!」

 「ふはは、残念だったな」

 耳を疑う元宗にシルエットXは悪役っぽい哄笑を以って答え、そして敬礼のようなポーズを取りながら告げる。

 「では、さらば!!」

 「って、何処に行く?!」

 素早く踵を返し走り出すシルエットX。彼の頭上には、時空海賊船がその巨体を異空間から現出させつつあった。

 「これから所用があってな。後の面倒はそこの赤エミーが見てくれる」

 「ええ?! わたしがか?!」

 俄かに慌てるエミー。どうやら其処まで打ち合わせはされていなかったらしい。

 「エミー、我が戦友を頼んだぞ」

 だがシルエットXは、彼女の同様などまるで気に留める様子もなく勝手なことをのたまう。

 「ちょっと待て、キャプテン!! ちょ・・・また・・・!!」

 「フハハハハ!! エミーにお任せ!!」

 追い縋る暇もなく、トラクタービームによって船内に吸い込まれていくシルエットX。直後、フェザータイクーンは眩い閃光を放ちながら消え去る。

 「あ・・・あいつ・・・」

 呆然とする元宗。エミーはやがて諦めた様に溜息をつくと、緑のエミー達を撤収させながら投げ遣りに聞いた。

 「・・・で、どうする?」







 「きぃぃぃぃっ! この馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!!」

 大広間に響くヒステリックな煉獄剣王の金切り声。

 「申し訳」「ありません」「お許しを剣王さま」

 「お黙り! この一人三馬鹿犬!」

 平伏して許しを請う三つの犬の頭を持った魔人・ケルベレント。だが、煉獄剣王は罵りと鉄扇によって打ち据えることでそれに答える。そして彼は両手で鉄の扇子を握ると、それをギリギリと軋ませながら怒りの言葉を続ける。

 「陛下の御前に仮面ライダーアスラの首をお捧げすると息巻いて出て行きながら、敗走して戻ってくるとは何事よ!!」

 「・・・随分と説明口調ねぇ〜ヌァザ」

 「うっさいわよ、モリガン!」

 既に大分出来上がったような口調で突っ込んでくる妖麗楽士に鋭い睨みを以って返す煉獄剣王。

 「兎に角、いい恥をかかせてくれたわ・・・! この償い・・・どうしてあげようかしら?」

 バキンと音を立て遂に扇子が真っ二つに折れる。

 「ひ・・・ひいい」「お・・・お助けを!」「煉獄剣王さまぁぁぁ!!」

 「ウフフフフ・・・それが辞世の句で良いのかしら?」

 狂気の孕む笑顔。彼は腰に下げた剣の柄に手をかける。恐怖に絶叫を上げるケルベレントだが、この宴席に出席する魔人たちは何れも事の成り行きを酒の肴代わりに楽しみ、妖人も只、見て見ぬ振りを決め込んでいるのみ。絶体絶命・・・だが、其処に響く威厳に満ちた女の声が彼(彼らというべきか)の命を救う。

 「ヌァザ卿、そこまでで御止しなさい」

 「・・・陛下」

 「陛下ぁぁぁ」

 声の主は、大座敷の最上座で浴衣に身を包んだ黒髪の美しい女性。彼ら魔人の言葉を借りれば、陛下=魔帝国元首、竜魔霊帝その人だ。彼女は柔らかな微笑を顔に浮かべると、その表情どおりのやんわりとした、それで居て威厳を失わない口調で煉獄剣王に告げる。

 「折角、落天宗の皆様が歓迎の宴を用意して下さったのです。今日、この時は怒りを忘れ、楽しみましょう」

 「・・・陛下がそうおっしゃられるなら」

 最高権力者の命に、渋々ながら恩赦を出す煉獄剣王。だが、ほっと息を吐き安堵するケルベレントを無罪放免に等しない。

 「でも・・・」

 鋭く睨み付けると、彼は代替の刑を申し渡す。

 「あんたは後でゴーレム背負って腕立て五千回よ!」

 「ひ・・・ひぃぃぃぃっ」

 「ったく・・・三人衆とか呼ばれて天狗になってるツケよ。精進なさい!!」

 尚も悲鳴を上げ続けるケルベレントだが、煉獄剣王は顔を背けて胡坐をかいて座り込む。

 「荒れているわねぇ・・・ま、飲みなさいよ。飲んでヤなこと忘れましょ〜」

 「ったく・・・それにしてもダグザとダーナとマックリールはどうしたのよ。なんで魔王では私だけ出席なのよ」

 猪口で酒を勧めてくる妖麗楽士に不満を漏らす煉獄剣王。

 「・・・私達二人が計算に入ってないみたいだけど〜」

 「あんたらは毎回出席だから数には入んないわよ・・・はぁ、こんなんなら紅白歌合戦でも見てれば良かったわ」

 煉獄剣王が不機嫌な理由は、彼が口にした辺りの言葉が大凡の理由だった。本来、祭りごとは寧ろ好きなほうだったが、新年三が日は地上に出てから十五年ほぼ毎年寝正月を決め込んでいたのだ。どうやら彼は、それが邪魔されたのが気に入らないらしかった。そんな彼の心境を知ってか、妖麗楽士は小さな溜息を吐きながら言う。

 「・・・有意義じゃないわねぇ」

 「こんな宴会よりは百倍マシよ。新たな技のイマジネーションとなるしね」

 「フ・・・隠し芸等、合理性に対するものの極北だな」

 と、背後から響く重低音。振り返ると、額から生える角が天井に届かんばかりの超巨漢の姿が。百鬼戦将だ。

 「あら、ダグザ。何処言ってたの〜?」

 妖麗楽士が問うと、百鬼戦将は頷いて答える。

 「ああ・・・妻と少々、な。新年だというのに帰れぬのだ。声くらいは聞かせてやらねばな」

 「妻ってたしか、ゼネラル・フランシア? はぁ、ご馳走様ってかんじ」

 ノロケ話に気だるそうに返す煉獄剣王。百鬼戦将の妻と言うのは、聖位大将フランシアと言う魔人で、魔帝国本国で最高評議会の議員と帝国正規軍の最高司令官を兼任する女傑だ。煉獄剣王に知る限り、夫婦互いに劣らぬ堅物だが、こう言う一面も在るらしい。まあ、永い時を生きる魔人でも十五年という歳月は決して短いものではない。声が恋しくなるときも在るだろう。

 最も煉獄剣王には、そんな事よりも遥かに気に障る事柄があった。彼は不機嫌の度を強めた口調で問う。

 「・・・それより、聞き捨てならないわね。かくし芸が無駄だなんてどういうことよ」

 「知れたこと。どれほど派手な見栄えがしようが、所詮あれは宴会芸の域を出る代物ではない」

 対する百鬼戦将も何処か不機嫌な口調。更に彼は紅白に分かれて珍芸を披露する正月恒例番組の非難を続ける。

 「それどころか日常生活の応用にも利かぬような余りに珍奇なものばかり・・・大体、隠し芸を修得する為に訓練を積む等、本末転倒も甚だしい」

 「意外と見てるんじゃないの、ダグザ?」

 「というより、奥さんとなにかあったの〜?」

 「・・・この酒を樽ごと持ってきてくれ」

 百鬼戦将は二人の突っ込みを逸らす様に給仕に酒の追加を依頼するが、二人の魔王には何が在ったかはバレバレだった。

 「・・・当たりみたいね」

 苦笑いを浮かべる煉獄剣王。まあ、十五年も離れていれば恋しいのも在るだろうが、不満も募るというものだろう。暮れは兎も角、盆には毎年帰省している煉獄剣王だが、このくそが付くほど気真面目な大男は恐らく一度も戻ってはいないのだろう。

 「侵略ってのも大変ねぇ」

 「うむ・・・」

 「単身赴任だからね〜」

 三人は三様に酒を煽って、骸骨面の彼らの上司を見る。その視線にはそこはかとない不満と妬みの色が込められている。六大魔王の中で唯一、死天騎士のみが自由に魔の国と地上を自由に往来できる。しかし、他の五人の場合、余りに力が大きすぎて通常の結界の綻びでは抜けられないため、盆やハロウィンなど、所謂“常世の国”の門が開く一時期にしか行き来が出来ないのだ。

 「はぁぁぁ」

 仮にも魔王と呼ばれるような者たちがこんな事では、と思わず情けなさを感じる煉獄剣王。最も嘆いても仕方のない話なので、彼は百鬼戦将が帰ってきたことで始まった閑話を休題させて、改めて当初の疑問を口にする。

 「で・・・残りの二人は何処行ったの?」

 「さあ」

 しかし、霊衣神官の返答は彼の期待を裏切るやる気の無さも甚だしいその一言。恨みがましい目で睨まれ、彼女はもう少し詳しく喋るが・・・

 「ダーナは病み上がりだから、そんなに動き回れないと思うけど、マナのほうは良くわかんないわ〜」

 「・・・職務怠慢じゃないの、あんた」

 「なんのことかしらぁ〜」

 「・・・またしらばっくれて。まあ良いケド」

 結局は殆ど変わらず、非難してものらりくらりとかわされるのみ。もっとも、深く気に留めるべきことでもないため、彼は簡単に割り切ると更にもう一つの本題を切り出す。

 「それより兎も角、問題はあれね、アスラ。・・・どうしましょっか?」

 「そうなのよねぇ〜、悩み所なのよねぇ〜、ダーナがやられちゃったのが痛かったわねぇ・・・。その所為で、彼女のトコのコは揃いも揃って臆病風に吹かれちゃってるのよねぇ・・・」

 様々な悪条件が重なったとは言え、正体を見せ全力を出した魔王が大敗を喫したのだ。その事実は魔人達、特に霊衣神官の配下である悪霊魔人たちに大きな動揺を与え、現在、地上侵攻艦隊全体の士気は目に見えて落ちている。

 「うむ・・・我が突撃鬼甲部隊も同様だ」

 「あんたんとこは生粋も多いからねぇ・・・」

 もともと、魔人たちは何度も言うように大部分が十五年と言う歳月を敵地で過ごして精神的に疲労しており、その上、侵略拠点であったエヴィルアークの浮上失敗もあって不安が広がっていた。更に追い討ちをかけるような魔王の敗北で、実は侵攻艦隊は最早、内部崩壊寸前という危機的状況に在ったのだ。竜魔霊帝の地上視察は半ば唐突であったが、彼女の存在が無かれば、組織としての機能を立て直すのに多くの時間を割かねばならなかっただろう。

 「行幸で僥倖・・・か」

 「面白くないわよ、ダグザ」

 真顔で親父ギャグをかます百鬼戦将に、冷たく突っ込みを入れる煉獄剣王。そして彼は頬に手を当てて唸るように言う。

 「・・・でも困ったわね。ウチで今、活きの良い奴らってあの三人組くらいだったのに。ねぇモリガン、あんたのトコからは出せないの?」

 「楽団には荒事が似合うコなんていないわよ〜」

 「ったく、良い御身分ねェ」

 再び、はぐらかされ不機嫌な表情をとる煉獄剣王。妖麗楽士が、楽士とは名ばかりの秘密諜報機関の長だというのは半ば公然の事実なのだ。事実、彼の配下である煉獄傭兵団の中にも彼女がスカウトしてきた、即ち半機械人間タイプの魔人が何名か居たが、何れも明らかに傭兵団の内偵監査を行っている。更に、煉獄剣王が独自に外部委託した調査報告によれば、戦闘員「鴉魔」を始め、かなり強力な戦力を揃えているらしいが・・・

 「ひみつの聖子ちゃん♪」

 「なによその替え歌」

 飽く迄、秘密機関を貫く心算らしい。まあ、それらの存在は煉獄剣王ら四人の魔王の反乱抑止を担っている為、下手に動かせないのは解る。勿論、彼は納得などしてはいなかったが。再び唸り、頭を捻る煉獄剣王。と、その時、脇のほうから声が響く。

 「・・・それならば、お任せ下さいませ」

 「あらぁ・・・」

 振り返ると其処に菱木観光ホテルのロゴが入った半纏を身につけた神経質そうな顔をした痩せた男が畏まっていた。確か、この観光ホテルの支配人であり、同時に現在の落天宗の代表を務める祭司だったはずだ。名は・・・

 「相変わらず辛気臭い顔ねぇ、木亘理ィ」

 「御戯れを」

 そう、引き攣ったような苦笑を浮かべる木亘理。或いは本人にとっては精一杯の営業スマイルなのかもしれない。

 「それより、いい子いるの?」

 「ええ、それはもう・・・おい、入ってきなさい」

 言って、拍手を打つ木亘理。何処となくその様子は時代劇のワンシーンを思わせたが、兎も角、襖が静かに開き、複数の年齢の男女数名が入ってくる。それを見て、煉獄剣王は直ぐに気づく。何れの目に宿る同様の眼光、いや寧ろ、瞳の奥の深い闇に剣呑な気配が宿っていることを。何かの占いで、最も悪い方角を暗剣殺というが、彼らの目の闇は正にそれ。一突きに人を殺すため研ぎ澄ました刃を隠した深淵のような暗黒。

 それを見て、煉獄剣王は内心舌なめずりをするとともに、にやりと楽しげな笑みを浮かべる。

 「・・・へぇ。成る程ね、言うだけ在る錬度じゃない」

 「それは、もう」

 「彼らはぁ?」

 一体、どういう出自なのか。それを霊衣神官が問うと、木亘理は自信に満ちた表情で答える。

 「この者達は落天宗最精鋭とでも言うべき者たち、武衆。右から“火の車”の妖人“大火”の列火幸丸(れつか ゆきまる)」

 「宜しく頼むぜ! 魔王様がた!!」

 紹介され、顔を上げたのは黒い髪の青年。荒い毛質で炎のように逆立った髪は薄い赤を帯びている。眉は太く、濃く、如何にも日本男児的な顔立ちだ。

 「その隣は“化け蟹”の妖人、“大潮”三水朝(さんずい あさ)」

 「ヌァザ様も、ダグザ様も、素敵。わたし、幸せです」

 続いて顔を上げるのは紅一点、とでも言うべき、この中ではただ一人の女性。人形のような無表情さと鉛色の目が特徴的な美しい女だ。煉獄剣王、更に百鬼戦将と向けられる視線に、何か同属的な雰囲気を感じた煉獄剣王だが・・・

 「次は“韋駄天”之繞刀(しんにょう やいば)。彼は“べとべとさん”の妖人です」

 「ククク・・・期待にはお答えしますぜ」

 細面、切れ長の目をした男が顔を上げる。真っ黒の髪はオールバックにしており、この五人の中で最も背が高く手足の細いその姿は“韋駄天”のなに相応しい素早さを感じさせる。

 「続いて“サトリ”の妖人、“覚者”立心吾(りっしん おのれ)。彼の仮面は・・・言わずともお分かりでしょうか」

 「ご機嫌麗しう・・・」

 鉄仮面を被った男が顔を上げる。この中では最も小柄だが、肉体は最も引き締まった印象を受ける。“サトリ”の名から推測して、恐らくその仮面は読心術のリミッターとなっているのだろう。

 「最後に“大腕(おおかいな)”の大邑牙(おおざと きば)。“だいだら法師”の妖人に御座います」

 「よ・・・よろしぐおねげぇします」

 鈍りのある日本語。それを発しながら顔を上げたのは、五人の中で最も巨漢の男。その巨体は、与えられた古き国津神の力に相応しく、百鬼戦将と変わらぬほどある。

 「ふぅ〜ん・・・いいんじゃない。強そう」

 満悦した声を上げる煉獄剣王。恐らく魔人の中にもこれほどのものはそう居ないだろう。妖麗楽士と百鬼戦将も、武衆五人の錬度に感嘆の表情を浮かべている。

 「お気に召しましたか」

 「うん。とっても」

 煉獄剣王は木亘理に向けて頷くと、立てた人差し指を宙に舞わせながら言う。

 「じゃあ、誰に相手をしてもらいましょうか? 個人的には“妖怪戦隊ブシ」

 「私が参ります」

 言葉の途中で、名乗りを上げるのは紅一点の三水。足元に注がれている視線が気になるが、取り敢えずそれは於いて置き、煉獄剣王は許可を下す。

 「いいんじゃない、それで」

 「は、では散れい!」

 それを受けた木亘理が指示を下すと、一瞬で姿を消す五人の妖人。それを満足そうに見届けてから、煉獄剣王は皇帝の傍で飲酒に没頭する死天騎士を親
 指で差しながら言う。

 「じゃ、あの酔っ払いには私があとで言っとくわ」

 「は、承知いたしました」

 百鬼戦将が疑問の声を差し挟む。

 「・・・卿が先に言ったとおり、五人全員で攻めたほうが確実ではないのか?」

 「無駄よ、彼らプライド高そうだしィ〜」

 合理主義者にそう答える快楽主義者。恐らく無理に組ませても、ギクシャクするだけだろう。それに、彼らの死は侵攻艦隊にとって何の痛痒でもないのだ。と、その時上座のほうから不機嫌そうな声が響く。

 「貴様たちは・・・何をぶつくさ言っておる。今は宴席だと陛下も申されたろう」

 「は・・・これは申し訳御座いませぬ」

 声の主は死天騎士だ。既にかなりの量を呷っているらしく、随分出来上がっている。確か、彼は身体も骨そのものだった筈だが一体何処で吸収しているのか今ひとつ謎だ。だが、煉獄剣王は死天騎士の様子から、彼にある状態が訪れかけているのに気づいた。これは不味い。妖麗楽士と相槌を取り合い、声を発そうとした。だが、それより早く動くものがあった。

 「では、閣下。お酌いたしますので一献」

 木亘理である。その手には「肉斬骨断」と筆で大書されたラベルが貼られた一升瓶が。彼は止める間も無く、死天騎士の杯に瓶の中身を注ぐ。

 「これはすまぬな・・・では」

 「ああっ・・・」

 悲鳴を上げかける煉獄剣王。事情を知る妖麗楽士も酔いが覚めたのか青ざめた表情をしているが、一方で事情を知らぬ百鬼戦将は今一、ぴんと来ない顔をしている。杯に口をつけ、一気に煽る死天騎士。彼は熱い息を吐いて言う。

 「く・・・ふぅーっ。ふむ・・・これは美味い」

 「お褒め戴き感謝の極み。この地が産んだ米と水で醸造した地酒に御座います」

 「もう一杯頂こう・・・うむ・・・五臓六腑に染み渡るようだ」

 「あ・・・ああっ・・・」

 そんなもの無いだろうと、突込みを入れる余裕すらない。更に此れまで料理に専念していた竜魔霊帝も、興味を持ったのか顔を向ける。

 「おいしそうですね」

 「は・・・」

 木亘理の元より強張った様な顔が更に強張る。無理もない。竜魔霊帝の顔は、遂先日まで宿敵としてきたものの素顔と同じなのだから。その事実を知ったとき、煉獄剣王は疑問を感じていたのだが、今の彼にそんなことを気に留めている余裕はない。

 「陛下の御口に合うか解りませぬが、宜しければ一献」

 「いただきますね」

 幸せそうな顔をして杯に口をつける竜魔霊帝。

 一方、煉獄剣王と霊衣神官は、地酒を既に瓶から直接飲んでいる死天騎士を見て、顔を青ざめさせる。

 「なんてことをぉ〜」

 「・・・何を言っているのだ、モリガン。今は宴席なのだぞ。出された酒を飲まぬなど、無為の極み」

 樽から酒を飲みながら、そう告げる百鬼戦将を、煉獄剣王は鋭く睨み返す。

 「あんたは知らないのよ・・・! こいつは!!」

 「・・・ヌァザ」

 言いかけた言葉は死天騎士によって中断される。煉獄剣王は悟る。彼のスイッチが入ってしまったことに。何時もは“煉獄剣王”と呼ぶ彼が、“ヌァザ”と呼んだのがその証だ。ギギギギ、と錆びた扉のような音を上げて振り返る煉獄剣王。

 「う・・・」

 眼前には骸骨の弩アップ。目の奥が焔の様に赤く爛々と輝いている。

 「わたしの酒が飲めぬというのかぁァァァ!」

 「あたし、あんま強くないっていってるでしょ!!」

 「だったらのめぇぇぇ!!!」

 「話がつながぼがぼがぼがぼ!!」

 押さえ込まれ、口に無数の酒瓶を突っ込まれる煉獄剣王。一気に流れ込む酒が彼の足元をふら付かせる。

 「つまり・・・凄く酒癖わるいのよ〜」

 「成る程」

 妖麗楽士の説明に、引きつった表情で納得する百鬼戦将。所謂、絡み酒というものらしい。酒を好む鬼族に生まれた百鬼戦将にとって、泥酔は縁がなかったが、そうも行かない煉獄剣王は酒に狂った骸骨騎士から逃げ惑う。

 「へ・・・陛下ぁぁぁっ!」

 堪らず煉獄剣王は、助けを請う。だが、彼女の返答は残酷極まりないものだった。

 竜魔霊帝は朱に染めた顔でにっこり微笑むと、彼にこう、継げる。

 「良いじゃないですか。無礼講ですよ」

 「陛下も酔ってるぅぅぅ?!」

 悲鳴が上がる。

 「飲まんかぁぁぁぁぁぁっ」

 そして絶叫も。

 「うぎゃああああああああああああああっ」

 程無くして宴会場は、死神が酒瓶を持って暴れ狂う地獄と化した。







 「やるのか?」

 その問いに、元宗は頷いて答える。

 「・・・まあ、兎に角、やってみねぇとな」

 「解った。取り敢えずその椅子に座ってみてくれ」

 「オーケー」

 元宗はあまり乗り気ではなかったが、それでも自ら言い出した手前もあるので、エミーのその言葉に従い、座席に着く。すると、シートベルトやジェットコースターのロックのようなものが自動的に彼の身体を椅子に拘束する。

 【回答者の固定を完了】

 響く温かみの無い電子音声が不安を掻き立てる。それを見透かす様に問うエミー。

 「やめるか?」

 「いや・・・」

 「・・・よし。では始めるぞ」

 頷くと、エミーは手にした黄色と黒のストライプが斜めに入った、まるで発破用のものを思わせる有線式リモコンを操作する。それとともに、メカは重いエンジン音を鳴り響かせ、遊園地のような各部のギミックの作動を開始させながら鮮やかに発光を始める。

 パンパカパンパンパーン♪

 エレクトーンで合成した様なファンファーレが響き、直後、先ほどと同じ電子音声が言葉を紡ぎ始める。

 【第一問・・・】

 「?」

 予告どおり、それはナゾかけ・・・だったのだが、元宗の硬直気味とさえ言える硬い頭では、それのどの辺りが問題なのかさえ分からなかった。画して、回答に窮しているその間に・・・

 【タイムオーバー】

 「!!」

 刻限は訪れる。それと同時に、メカ全体が強烈に発光する。

 ビリビリビリビリビリ

 「うぎゃああああああああああああああああっ」

 直後、絶叫。凄まじい電撃が彼の全身を駆け抜け、レントゲンのように絶叫する骸骨が光の中に浮かび上がる。それが数秒。電撃が停止すると、椅子の上には全身から湯気とも焦げて出た煙ともつかないものを吹き上げる元宗の姿が。

 「! だ、大丈夫か?」

 やや離れた位置から心配そうに声をかけるエミー。元宗は口から煙を吐きながら虚ろな目で問うように言う。

 「なんなんだこりゃ・・・?」

 【不正解か、三秒以内に回答しない場合、千キロボルトの電流が流れます】

 「千キロボルト?!」

 驚愕の声を上げるエミー。流石に、其処までの電圧は彼女の予想の範疇から超えていたらしい。

 「き・・・聞いてないぞ・・・殺すきか?!」

 元宗が呻くように声を上げると、機械は相変わらずの淡々とした口調で答える。

 【安心してください。ギャグだから死にません】

 「またそれかぁぁぁぁっ!!」

 激昂の叫びを上げる元宗だが、メカの応答は無論・・・

 【では第二問・・・】

 無い。そればかりか新たな出題をかましてくる。

 「うるせぇぇぇぇっ!!」

 【不正解】

 当然のように、解りやすい激怒を示す元宗。だがそれは、このように受け止められる。

 「あ・・・」

 気づいたときは遅い。

 「うぎゃあああああああああああああっ!!」

 再び彼を高圧電流が襲う。

 『付き合いきれニャいニャ・・・』

 そう、他人事の様に呟いて白い猫のような生物は元宗の腹から飛び出して地面の上で丸くなって眠りに就いた。






 雪が仄混じる、冷たい風が吹きつける。山も田畑も白いものに薄く覆われ、今は枯れの時を迎えている。三角形が特徴的な合掌造りの古い民家も数件見受けられるが、土地柄的に降る雪がそれほど多くないためか、他はあまり何の変哲もない平屋ばかりだ。

 ここは東北地方、某県の山間部に位置する過疎を迎えた農村。ここは表向き、というより公的にはそのように認識されている。村の名は菱木村菱木郷。“陽食”とよばれる非ヤマト系民族の隠れ里のような場所だ。だが、彼らは同じ非ヤマト系民族でも、アイヌや琉球民族とは大きく異なる。彼らは民族それ自体が、落天宗と呼ばれる呪術結社の構成員なのだ。故に、その地下には呪術的な技術で築かれた要塞とも言えるような広大な基地施設が広がっており、外観とは大きくかけ離れた本質を、当たり前な田舎の風景の中に隠している。

 人影は殆ど見えない。多くのものが、この里の中枢とも言える大屋敷に出向いているからだ。だが、影が一つ白と灰色の世界をゆらゆらと歩いている。それは、白いコートを纏った美しい女性・・・いや、まだ少女と呼ぶべき年頃だろうか。しかし整った上品で大人びたな顔立ちには生気がなく、目の下は隈で落ち窪み、死を臭わせる様な不吉な気配を漂わせている。更に長い黒髪は、柔らかな毛質で先端はロールを巻いているが、前髪が顔にかかるように下がっており、幽鬼の類を思わせる。

 だが、無論彼女は写真に写ったり画面から這い出したりするような類ではなく、飽く迄も生きた人間だ。但し、その身体には魔なる力と様々な機械類が組み込まれ、完全な生身とは言い難い。要するに改造人間・・・いや、正確な呼称を用いれば彼女は“半機械人間”である。これはは魔の国で生まれた生粋の魔人が生態改造を受けた者達を“改造魔人”と呼ぶのに対する呼称だという。

 即ち彼女は、地上の人間、ホモサピエンスでありながら、魔道に堕ち魔の国のものとなった離反者だ。名は役華凛。かつては魔なる存在と戦う秘密の組織、陰陽寮の一員であったが、さる理由から仲間たちを裏切り、今はかつての敵の側に立っている。

 ふと、思う。果たしてこれでよかったのか。友に涙を流させ、傷つけ、殺そうとまでして選んだこの道が、果たして自分にとって正しい選択だったのか。始め、力を得た当初はそんなことは僅かほども思わなかった。力に浮かれ、そしてより強い力を目指そうと盲目的になっていた。だが、一週間ほど前、彼女を強い衝撃で襲った事実は、彼女に深い悩みを齎していた。その事実とは・・・

 「・・・猊下」

 ふと、彼女は目の前に探していた人間がいることに気づく。其処は小高い丘の縁に近い部分。車椅子に腰をかけた女性が、ただ、ぼうっと遥か山の先に視線を向けている。少女を思わせる面立ちの女性。かつてこの女性には、不敵な微笑が浮かんでいたが、今の彼女にはそのようなものはなく、少し不機嫌そうに口を結び、ただ静かに、何も見ていない。

 彼女は霊衣神官ダーナ。魔帝国ノア地上侵攻艦隊の四分の一を占める「宗教結社ベトニウス教団」の長だ。だが、彼女の身体の至る所に包帯が巻かれ、車椅子から伸びたチューブが何かの液を彼女の体内に循環させており、力強き魔王の姿は殆ど見る影も無い。彼女は一週間前の戦いで敗れ、力の大部分と肉体の60パーセントを失うような死に至る寸前の重体まで追い込まれたのだ。

 「・・・猊下、このような場所に・・・いらっしゃったんです・・・か」

 「・・・」

 華凛は声をかけるが霊衣神官ダーナは何も答えない。だが、華凛はかまわず言葉を続ける。

 「・・・総司令閣下がお探しに・・・なられ、御立腹でした・・・よ?」

 「・・・」

 「皇帝陛下も御参加される・・・歓迎式典に・・・姿を現さぬとは・・・どういうことか、と」

 「・・・」

 「・・・出過ぎたこととは思いますが・・・余り風に当られすぎると、お体を壊しますよ? まだ、本調子に戻られては・・・いないのですから」

 そう、心配そうな表情で告げる華凛。数日を費やした修復措置により彼女は奇跡的に命を取り留めたが、彼女はあの戦いで失った力の大部分をまだ回復できていないのだ。だが、彼女の反応は相変わらず・・・

 「・・・」

 何もない。だが、華凛は彼女をそのままにしていくわけにはいかなかった。華凛は車椅子の後ろの握りを掴むと、囁くように告げる。

 「さあ、暖かい中へ・・・」

 「・・・」

 無言。だが、霊衣神官は首を振ってそれを拒絶する。ふうと、短く溜息を吐く華凛。

 「・・・」

 「・・・」

 暫らく沈黙が続くが、ややあって、華凛は何かを思い出したようにコートの裏側から細長い何かを取り出す。それは銀色の魔法瓶だ。彼女は蓋を外し、瓶の中身を注ぐ。それは湯気をあげる黒い液体。途端に、香ばしい香りが辺りに広がる。

 「・・・ホーリィ様に豆を頂いて、入れてみたんです。・・・宜しければ、どうぞ」

 「・・・ありがとう」

 華凛が差し出すと、今度は素直に受け取り、静かに珈琲に口をつける。それは砂糖のみが入れられていたが、

 「美味しい。多分、モリガンよりも、美味しい」

 「・・・いえ、そんな」

 少し頬を赤くして控えめに謙遜する華凛。そんな彼女を見ながら、霊衣神官は呟く様に言う。

 「ねぇ・・・無視されても喋り続けるって、寂しいと思わない?」

 「いえ・・・私は・・・ホーリィ様に、猊下のお世話を仰せ付かって・・・いますから」

 そう答える華凛に、苦笑いを浮かべ、見透かしたような目を向ける霊衣神官。

 「・・・建前なんか言わなくても良いわよ。どうせ、監視のつもりでしょ?」

 「・・・」

 口を噤む華凛。その沈黙は、霊衣神官の推察が的を射ていることを意味していた。だが、霊衣神官は気に留めた様子もなく言う。

 「気にしてないわ。当然だもん。私やマックリール、ヌァザはケルノヌスにとっては危険人物だから、ね」

 自嘲的に言う彼女に、華凛は答える言葉を持たない。霊衣神官は見え隠れする野心から、邪眼導師は科学者としての偏執的な狂気から、煉獄剣王は強者との戦いを求める闘争心から、組織の中枢に大きなダメージを与える可能性を常に危惧されていのは事実だからだ。

 やがて霊衣神官は、自嘲的に顔を綻ばせて言う。

 「・・・でも、今の私は一度敗れて、力は並の人間に毛が生えた程度。貴女でも造作無く殺せるわ。どう・・・? 下克上狙ってみない? 魔人の社会というのは基本的に、そんなものよ」

 「・・・そんな、滅相も・・・ありません」

 半ば挑発するような霊衣神官の言葉に首を横に振る華凛。それは、彼女の本心からの言葉だ。たとえ、霊衣神官を暗殺できようと、自分より強い魔人達は他にも何人もいるのだ。そんなことをしても三日天下さえ築けない。

 「遠慮しなくて良いのよ。どうせ、本当は死んでなくちゃならない命なんだから」

 霊衣神官もそれは解かっている筈だった。だが、それにも拘らず彼女は尚も繰り返す。まるでからかう様に。だが、華凛は彼女の本意を見抜く。

 「どうして・・・そこまで自棄に・・・?」

 言われ、とたんに寂しげな表情を浮かべる霊衣神官。

 「元人間の貴女には、解らないかもしれないわね」

 「・・・」

 「・・・私達、魔人というのはね、言ってしまえば“カタチのあるプライド”なの。弱肉強食の摂理を是として、勝者に栄光、敗者に従属、或いは死を・・・一度は、皇帝陛下に敗北して僕となり、更に人に敗れて力を失ったとなれば、プライドはズタボロ。生き恥も良い所なのよ」

 「・・・」

 「それにね、私、こう見えても神官でしょう? ベトニウス神って、破壊神の側面が強いから、出来るだけ死を在りのままに受け入れたかったのよ」

 「・・・」

 「・・・でも、いざ、自殺・・・というのは無理ね。何だかんだ言っても、死ぬのは怖いわ。だから、自分への嘲りも込めて、こうしてここで黄昏てるのよ」

 「・・・」

 華凛は、霊衣神官の言葉を静かに聞いていた。彼女は喋り終えると長く白い息を吐き出し、今度はしっかりとした視線で山を眺める。暫時、そうやって見つめていた後、彼女は空になった魔法瓶の蓋を華凛に返しながら言う。

 「じゃあね、珈琲有難う。こうやって話が出来て、少し、楽になったわ」

 そう言って自分の手で車椅子を回しながらその場を後にしようとする霊衣神官。だが、華凛はそれを引き止めようと声を発する。

 「すいません・・・猊下・・・お聞きしたいことが、あります」

 「なに?」

 ぴたりと停まり、振り返る霊衣神官。華凛は真剣な表情で頷くと、投げかけるべき質問を口にする。

 「あの方の、ことです」

 「あの方?」

 鸚鵡返しの言葉。だが霊衣神官は直ぐに察した様に問い返す。

 「もしかして、陛下のこと?」

 「はい・・・あの方は、一体?」

 「・・・魔帝国ノアの国家元首、竜討万魔霊長皇帝陛下よ」

 そう答える霊衣神官。だが、華凛が知りたいのはそのような“事実”ではなかった。

 「いえ・・・そうじゃなくて・・・あの方の顔・・・まるで・・・」

 「そういえば、貴女の元お仲間さんも、そんなこと言ってたわね」

 華凛の言葉に思い出したように言う霊衣神官。

 「神野江瞬・・・だったかしら? 写真、持ってたりする?」

 「はい・・・ここに」

 言われ、にわかに慌てながらポケットをごそごそやる華凛。

 「フフ・・・律儀なのね。やっぱり・・・」

 「いえ・・・そんな」

 華凛は財布を取り出すと、その中から一枚の写真を取り出す。それはトップ5と、局長・副局長の七名で写った写真だった。華凛は、その人物を指差そうとしたが、既に霊衣神官の視線は一人の人物に注がれていた。

 「へぇ・・・そっくりなのね。瓜二つ・・・というか、殆ど同じ顔に見えるわ」

 「はい・・・」

 「で・・・貴女は、陛下が彼女じゃないかって、思ってるの?」

 真意を見透かした様に言う霊衣神官。華凛はその問いに周囲を見回して気にしながら、小さく頷く。

 「はい・・・私・・・あの人が嫌いで・・・あの人を見返したいから・・・人の身まで棄てたのに・・・」

 「それなのに、裏切った先のボスが彼女だった・・・というのは流石にショックよね」

 「はい」

 もう一度頷く華凛。その表情を見て、霊衣神官は楽しそうに笑う。

 「・・・フフ、安心なさい。少なくとも彼女は15年以上前からあの顔よ・・・」

 華凛がホッとしかけるのも束の間、彼女は意地悪な笑顔を浮かべる。

 「勿論、十五年前の陛下と、今の陛下が同じ方、か、とは保障できないけど」

 「え・・・?」

 「・・・もう聞いたと思うけど、私達魔王が地上に派遣される直前、皇帝陛下は眠りに就かれたの。便宜上、力を蓄える為の、ね」

 華凛は妖麗楽士の言っていたことを思い出す。確か、皇帝は一定の周期ごとに眠りに就き力を蓄える種族の魔人だということを。霊衣神官は、微笑を浮かべたまま言葉を続ける。

 「それから十五年間は、少なくとも陛下は公の場に出てはいない。そして、15年後・・・ついこの間の話ね。陛下の“そっくりさん”が事実上の死を迎えると時を同じくして、入れ替わるように陛下は姿を現した・・・もし、今の陛下と“そっくりさん”が同一人物だと仮定すれば、そこから導き出される答えは・・・」

 にやり、と笑う霊衣神官の表情を見て華凛はハッとする。

 「!・・・神野江さんは、見かけより年増・・・!!」

 「そう、ああ見えて実は・・・わたしのトリプルスコア・・・って違うわよ!!」

 素早く、ノリとツッコミをこなす霊衣神官。場を満たしていた、邪悪な雰囲気が一瞬で台無しとなり、華凛は頭を下げる。

 「す・・・すいません、つい」

 「貴女も随分、染まってきたわね・・・まあ、良いわ」

 疲れたように深い息を吐くと霊衣神官は言う。

 「つまり、ここから導き出される答えは、今の陛下が本人ではない・・・という可能性があるということ。どういった理由があるかまではわからないけど、替え玉・・・偽者、という可能性は高い」

 「そんな・・・もしそうだったら・・・許せない」

 戦慄と、怒りを表情に顕す華凛。何故、何時も彼女なのか。戦闘陰陽師時代の戦績も、鬼神への選抜も、そして此処でも。何故、彼女は常に自分の欲しいものを先に取って行ってしまうのか。華凛のその怒りを察したのか、霊衣神官はそれを和らげる様な口調で言う。

 「・・・勿論、今までの話は推論に推論を重ねたものでしかないわ。重要な証拠は何一つない。それにあの力・・・あれは間違いなく皇帝陛下のもの」

 「・・・」

 沈黙し、赤面する華凛。一瞬、強い思い込みが心を支配しかけたが、霊衣神官が言うように飽く迄も憶測でしかないのだ。だが、霊衣神官は何処か楽しそうな表情を浮かべると彼女に告げる。

 「けれど、調べてみる価値は在るわ」

 「え・・・?」

 戸惑う華凛に、挑発的な笑みを浮かべて問う霊衣神官。

 「下克上、狙ってみない? 女王様って憧れるでしょ?」

 「そんな・・・どうして急に・・・?」

 突然の誘惑。彼女の半身に流れているというインキュバスの血が尚更、強調しているのだろうか。だが、華凛は即答できない。無論、魅力を感じないわけではない。だが、この霊衣神官の性癖を考えた場合、それを額面通りに受けとめるには幾分、気が引けた。

 「安心なさい。罠じゃないから。もともと、私だって似たようなこと狙ってたんだし・・・貴女に夢を託すというのも、なかなか面白そうじゃない?」

 「・・・」

 「どう・・・?」

 沈黙し考え込む華凛に、質問を繰り返す魔族の王。

 人を棄てた時と同じように踏み出せば、また戻れぬ道が目の前に延びている事に気づく。

 「あります。あの人を、越えたいです」

 だが、彼女は踏み出す。満足そうな笑顔を浮かべる霊衣神官。

 「じゃ、決まりね」

 「でも・・・」

 尚、ためらう華凛を見て訝しげな表情を浮かべる霊衣神官。

 「なに?」

 「どうして、私・・・なんかを?」

 本来なら、それは自分でなくても良かったはずだ。別段、聞かなくとも良いことだが、今の彼女には強く気になった。やがて、霊衣神官は少女のような愛らしい笑顔を浮かべると彼女に告げる。

 「気に入ったからよ。その心のあり方に、ね。それに私はもう死に体。だから、残った命、誰かに賭けてみようかな・・・と思ってね」

 「・・・」

 巧く誤魔化されたのかもしれない。頭はそう判断していたが、彼女の心はそれが霊衣神官の本意から発された言葉であるように感じていた。

 「じゃあ、私は本国のほうから探りを入れてみるから、貴女は巧くカムフラージュをお願いね」

 「わかりました・・・やってみます」

 故に、彼女は最後の契約をこの魔王と交わす。自身の目的を果たすため。

 「それから・・・猊下」

 「え・・・なに?」

 改まった華凛の言葉に問い返してくる霊衣神官。華凛は内心で頷くと、心に不意に浮かんできた言葉を口にする。

 「思ったのですが、死を免れたというのなら・・・あの時の死は、貴女にとってのありのままではないと・・・神が御判断になられたのではないのでしょうか」

 それは、半ば自分にも向けられたもの。どのような恥を晒しても、目的を達するまでは生き抜いてみせる、という決意。しかし、それは霊衣神官も感化させたらしく、何度か彼女は頷いて言う。

 「・・・そうね。そうかもね。ああ・・・!」

 「え?」

 「成る程ね。陛下の言っていた、人間の力・・・なんとなく、解ったような気がするわ」

 勝手に納得する霊衣神官。しかし、彼女の言葉に憮然とする華凛。華凛は口を尖らせて言う。

 「わたしは・・・もう、人間じゃありません」

 「フフ、有難う、救われた気がしたわ」

 だが、華凛の言葉を無視して礼を言う霊衣神官に、最早このマイペースな人に何を言っても無駄だと判断し、車椅子を押し始める。

 「もう・・・さ、風が出てきましたから・・・中に戻りましょう・・・」

 「ええ、お願いね。華凛」

 「レイス・・・クラーケンです。猊下」

 「じゃあ、私のこともダーナと及びなさいよ」

 霊衣神官は再び楽しそうに笑い始めた。







 【コンデンサーの冷却と再充電のため、五分間の小休止に入ります】

 「はあ・・・はあ・・・」

 ランプと駆動音が止まり、元宗は椅子の上で激しく肩を揺らす。

 「だ・・・大丈夫か?」

 心配そうに問うエミー。しかし彼の黒焦げの全身を見る限り、答えは問うまでも無いように思える。だが元宗は、坊主頭にパリパリと細かい稲妻を走らせながら、焦燥した笑顔で強がりを言う。

 「まあ・・・な。大分、喰らう回数も減ってきたし、な」

 「・・・お前は、なんでこんな訳のわからないことに真剣になれるんだ?」

 エミーのその問いは、既に答えを知りながら、尚も問わずにはいられないものの、それ。

 このメカは連続二十問正答すればクリアとなるらしいのだが、既に元宗は二十数回の電撃を受けていた。幾ら改造人間でも、特に人間時の身体能力が飛躍的に上がる訳ではない彼ならば、間隔が開いてきているとは、いえこれほどの回数で高圧電流を受ければ本来ならば意識を保つことさえ難しいはずだ。

 『・・・元宗も実はマゾ』

 「違うっ!!」

 起き上がり、ボソリと呟くコウの言葉を叫ぶように否定する元宗。そう、彼の心中に渦巻くものは、その様な性癖の類とは明らかに異なっていた。

 彼は表情を穏やかなものに戻すと苦笑を浮かべながらエミーの問いに答える。

 「最近、解ってきてね。自分が馬鹿だってことに。馬鹿は結局、愚直にやるしかないだろう?」

 「こんなことを、か?」

 繰り返す、同じ調子の問い。元宗は、それに深く頷いて言う。

 「・・・自分じゃ巧いこと考え付かないからな。だったら信じた奴の言った通りにやるだけさ」

 「神野江のためか?」

 今度の問いに、元宗は即答をしようとはしない。やがて、彼は首を縦にも横にも振らず、微かに寂しげな笑みを浮かべながらその問いにも答える。

 「・・・さっきも言ったが、それだけじゃない。オレは、今、守りたかったのに、守れなかった人たちの代わりに戦ってるからな」

 そう言って拳を握る元宗。そして、彼は思い至ったような表情をエミーに向ける。

 「それに・・・そうだ、マリアとあんたの思いもだ」

 「わたし?」

 「・・・オレがへたばってた時、気合入れてくれただろ? オレは、その分も戦わなきゃならねぇと思ってな」

 『くさ・・・』

 「だから黙ってろ!!」

 茶化すように言うコウに再び怒りをぶつける元宗。その様子を眺めながら苦笑を浮かべるエミー。だが、彼女の表情には狼狽や困惑以上に、何処と無く嬉しそうなものも見て取れる。

 「・・・欲張りな奴だな」

 「勤勉、といって欲しいぜ。あんたんとこのキャプテンと違って」

 「フ・・・自分の思い位、自分で果たす。余計なお世話というんだ」

 皮肉った言葉の押収の後、二人はクスクスと笑う。

 「・・・ところで」

 やがて、元宗は何かに思い至ったのか、改まって言う。

 「なんだ?」

 「あんたは何で、あんなやつと一緒に戦ってるんだ?」

 一瞬の沈黙と硬直。すぐにそれは解けて、エミーは逆に問い返す。

 「どうして・・・そんなことを?」

 「戦友としてみれば、頼りになるやつだ。だが・・・人間性は、ちょっとアレな感じじゃねぇか。よくあんなのに付き合ってられるな」

 元宗は時空海賊一味の頭領への微妙な感情を述べる。エミーもその評価に同意するところもあるのか「そうだな」と短く頷いてから語る。

 「・・・わたしは、あいつのために戦わなきゃならないんだ。それが・・・わたしのけじめだから」

 「けじめ?」

 更に問いを投げかける元宗に、エミーはやや憮然とした表情を浮かべる。

 「無粋だな。女の過去をあれこれ詮索するな」

 「ん・・・すまん。だが」

 【充電完了。出題を再開します】

 元宗の言葉を遮る様に響く機械音声。

 「もうかよ・・・じゃ」

 溜息を吐きながらも律儀に姿勢を正す元宗。それを見てエミーは呟くように言った。

 「・・・頑張れよ」







 【おめでとう御座います。連続20問正解しました】

 イルミネーションが無意味なほど派手に煌く。それと共に鳴り響く、盛大なファンファーレ。

 「ぜぇぜぇ・・・これで・・・クリアか」

 元宗は疲労困憊しきった表情で問うように言う。

 「・・・お疲れ。大丈夫か?」

 「ああ・・・なんか、だるい。悪いが外してくれないか?」

 労いの言葉を掛けてくるエミーに、彼は強がりの一つさえ返せない。体育会系である元宗にとって、二百数十問に及ぶ謎かけとの格闘は並みの修行や特訓より大きな疲労を強いられた。

 「はぁぁぁぁ・・・脳みそが筋肉痛になりそうだぜ」

 実際にはそんなことは無いのだが、糖分と酸素を大量に消費した所為か、頭がボゥッとして熱っぽい。そんな彼の台詞を受けてエミーがマスクで覆っている口元に笑みらしき皴を寄せながら言う。

 「フ・・・お前ならモノの喩えじゃなさそうだな」

 「うるせぇ・・・あんたまでコウみたいなこと言うなよ」

 苦笑を浮かべながら言葉を返す元宗。そして催促するように彼は言う。

 「良いから早く外してくれ・・・日が暮れちまうぜ」

 「ああ。えぇと・・・外し方は、と」

 『・・・』

 自分のときとはあからさまに異なる対応をする元宗を白い目で見るコウ。

 エミーは暫し、マニュアルを読みながらメカのリモコンをカチャカチャと弄っていた。だが、中々解除されず、元宗は痺れを切らしたように問う。

 「おい・・・まだか・・・?」

 「少し待て。えぇと・・・え・・・解除用パス? そんなの聞いてないぞ・・・」

 「おい・・・」

 不穏な言葉に不吉な予感が過ぎる。異変が起こったのは、それとほぼ同時であった。

 ごうん、と低い音を立ててメカが再び作動を始める。何事かを問う間も無く合成音声が相変わらずの淡々とした口調で語りだす。

 【では、続けて第二ステージに移行します(笑)】

 「は・・・?」

 【第二ステージは推理問題です。表示されたヒントから犯人を・・・(笑)】

 怒りが湧き上がる。

 「人を・・・」

 【推理してください(笑)】

 御丁寧に「かっこわらい」と音読するメカ。流石に我慢の限界だった。

 「おちょくってると・・・ッ」

 【第一問(笑)】

 謎かけならば、辛うじて未だ納得することが出来た。だが、これは間違いなく特訓の名を借りた弄り倒しだ。エミーも、彼の行動を予見したが、同時に怒りに同意を示したので制止の言葉を発さない。

 「ヴッ飛ばすぞ!!」

 怒りの言葉に反応し、ブザーを鳴らすと共に電流が迸る。だが、それと同時に元宗の身体も変身していく。

 この珍奇なゲームを終わらせるべく、「アスラ殿」の姿へ。彼の巨大な右腕は即座に拘束を引きちぎる・・・が、

 カァン

 「あうっ」

 不意に飛び散った破片の一つがエミーの額を直撃し、彼女は転倒する。直後、響く警報の声。

 【アラート。機体内の電圧上昇・・・爆発します】

 「しまった・・・」

 メカが各部から光の筋を無数に放ち始める。本来ならば元宗の体内に流れるはずだった電流が機械内に残留し、暴走を始めたのだ。

 なんという適当なものを・・・と思うアスラ殿だが、それを口に出している暇は無い。目の前には脳震盪を起こしたエミーがいるのだ。

 熱が来る・・・それを背に感じた瞬間、彼はエミーに向かって飛んでいた。

 ドカアアアアアアアアン

 大爆発。

 下手な怪人を倒した時よりも派手な爆炎が火柱となって立ち上がり、やがてきのこ雲を象る。

 「ほ・・・本韻!!」

 やがて意識を取り戻し驚いたような声を上げるエミー。彼女の目の前には金色の翼を広げたアスラが。

 彼は変身を解除すると、荒い息を吐きながら安堵したように言う。

 「ハァ・・・ハァ・・・大丈夫みてぇだな」

 「ウ・・・!」

 不意に、エミーは何かに気づいたように目を見開き、直後、露になっている目の周囲を赤くする。

 「流石、良いプロテクターを付けてるらしい・・・」

 「ちょ・・・」

 そして、同時に眉間に皴が寄り、見る見る強張った表情に変わっていく。元宗も流石にそれには気づいたのか、心配そうに問う。

 「・・・やっぱり何処か痛いのか?」

 「人の・・・」

 「ん?」

 ワナワナとしたエミーの全身の震えが、元宗の身体にも伝わってくる。そこで、初めて元宗はとんでもない体勢をとっていたことに気づく。仰向けに倒れたエミーの上に覆い被さる様な自身の身体。要するに、これは押し倒しのポーズ。しかも右手は胸の上。それを悟った直後、凄まじい衝撃が股間を襲う。

 「胸を鷲掴んでおいて! 言う台詞かぁぁぁっ!!」

 ドグシャアアアッ

 何か、かなり不味い音が、鋭く且つ鈍い衝撃とともに脳天を駆け上がる。悲鳴すら上げることも出来ず、彼はバネ細工のように飛び起きる。

 「オ・・・おおおおお・・・」

 苦悶の声。前かがみになりながら、何度も跳ね回る元宗。一応、武術の訓練で急所対策は習得していたが、完全に不意打ちのこのタイミングでは、なす術がなかった。やがて、痛みが和らぎ始めたころ、彼はしなくても良いような反論をしてしまう。

 「掴む・・・? そんな、掴めるほどは盛り上がって」

 「失礼なことを言うなァァァ!!」

 ズバアアアン

 再び衝撃。脛を思い切り蹴飛ばす一撃に、再び跳ね回る元宗。

 「う・・・ぐぐ・・・」

 「うぅッ・・・死んでしまえ。男なんてみんな死んでしまえ・・・」

 両者涙目。原因は身体的ダメージと心因的ダメージと異なるが。元宗は即座に自身の否を認め、頭を下げる。

 「ぐぐ・・・す・・・すまん・・・つい」

 「喋るな・・・思わず殺したくなる」

 鬼のような形相に沈黙を余儀なくされる元宗。

 「・・・」

 「・・・」

 暫時、気まずい沈黙が流れる。だが不意に、元宗は灰になりかけた皮ジャンを脱ぐと、次いでインナーの白いタンクトップを脱ぎながら、エミーに向かってずんずんと歩み寄っていく。それに気づき、彼女は再び表情を強張らせる。今度は怒りでなく・・・恐怖に。

 「な・・・なんだ?!」

 睨む様な形相の元宗。元より厳つい人相をした彼は真剣な表情になるとこうなるのだが、其処まで彼のことを熟知していないエミーにとって、それは一瞬、鬼気迫るようなものに見えた。

 「ま・・・まさか」

 ぬるりとしたものが彼女の額から流れ落ちる。目の前には自分より遥かに屈強な半裸の男。周囲は岩だらけ、誰もいない。「仮面ライダーだって人間だ」という如何にも彼女のキャプテンが言いそうな台詞が、妙に生々しい響きを以って脳裏に響く。

 伸びてくる手。

 「や・・・」

 悲鳴が喉の近くまで昇ってくる。

 ビリリッ

  しかし、彼女の半ば妄想に近い危惧は、タンクトップの裂ける音で中断される。元宗がシャツの一方を噛み、細長く引き裂いたのだ。

 「え?」

 「・・・血が出てる」

 「あ・・・」

 エミーは額に手を当ててそのことに気づく。破片がぶつかったときに出来た傷から血が流れ出ていたのだ。元宗は細く裂いたシャツを包帯のように彼女の頭に当て、それで巻きながら言う。

 「すまんな・・・女の顔に傷をつけちまって」

 「・・・き、気にするな」

 エミーは小さな・・・ではなく、小さく胸を撫で下ろしながらそう答え、続いて憮然としながら言う。

 「それより、そんなので傷の手当てをするなよ。破傷風になるだろう」

 「・・・そんなに不潔じゃねぇよ」

 半ばムッとしながらそう答えながら、布の端を歪な蝶結びにする元宗。やがて彼は苦笑を浮かべると、少し照れたような表情でらしくない冗談を言う。

 「・・・責任なら取るぜ」

 「ふざけるな・・・似合わないぞ」

 「・・・すまん」

 また、気まずい沈黙。だが、今度の口火を切るのはエミー。彼女は元宗とは逆の方向を見ながら、ぽつりと呟くように言う。

 「・・・成功してたみたいじゃないか」

 「え?」

 「殿から魁への変身だ」

 相変わらずの良くないレスポンス。エミーが明確な指摘をすることで、元宗の表情にやっと理解の表情が浮かぶ。

 「あ・・・」

 「気づいてなかったのか?」

 「そうか・・・そういえば」

 元宗の反応を見て、疲れたような表情で大きく溜息を吐くエミー。

 「・・・新氏の言うとおり鈍い奴だな」

 「ぐ・・・」

 明らかに馬鹿にした口調だが、今の彼には反論できない。

 「・・・まったく、覚えてないようじゃ、もとの木阿弥だな」

 「面目ない・・・」

 俯いて言う元宗。3歩進んで3歩下がったわけではないが、限りなくその表現に近い状況であることに落胆を隠せない。その様子にエミーは苦笑を漏らすと、やや高い位置にある彼の肩を叩きながら激励の言葉をかける。

 「まあ、頑張れ。なんだかこればっかりだが、諦めるな」

 「ん・・・そうだな」

 頷く元宗。そして彼は思い立ったように彼女を見つめる。また、思わずたじろぐエミー。

 「なんだ・・・?」

 「いや、あんた、良い奴だな・・・と思ってな」

 「な・・・」

 絶句しかけるエミー。だが、慌てて叫ぶように言う。

 「ば・・・馬鹿なことを言うな。わたしはただ、これが自分の仕事だからやってるだ」

 「そうか」

 その言葉に、納得し頷く元宗。心なしか、落胆の様子が見えるのは、言葉を額面通りに受け止めている所為か。

 『ボーイズビーかニャぁ〜・・・アンビシャスはいらニャいニャ・・・』

 そんな光景を眺めながら無気力に呟くコウ。

 ピピピ・・・

 と、その時、鳴り響くのは電子的な発信音。エミーのポケットの中からだ。

 「携帯? Eメールか」

 携帯電話を開き、送られてきた内容を見て、エミーは顔色を変える。スマートブレインの社名ロゴの施されたそれを折り畳んでポケットに仕舞い込みながら、彼女は元宗に深刻そうな表情の浮かぶ顔を向ける。

 「・・・マリアからだ」

 エミーが口にした名前に、疑問符を浮かべる元宗。

 「なんであいつがあんたの番号を・・・?」

 「メル友だからな。それより・・・陰陽寮が、不味いらしい」

 「なんだと?!」

 驚きの声を上げる元宗。

 「何時の間にアドレス交換を・・・?!」

 「じゃ、ないだろう」

 スパン

 真剣な表情で的外れな所に驚く・・・即ちマジボケをかます、元宗の額に平手を撃つエミー。彼女はメールに添付された写真を開いて元宗に見せながら言う。

 「・・・魔帝国の襲撃を受けているらしい。しかも大軍勢の」

 彼女の言うとおり、ディスプレイには以前に襲撃されたときを上回るだろうと思われる怪人・怪物の群れが犇いている映像が映し出された。何処にこんな写真を撮る暇が有ったのか疑問であったが、彼は掌型に赤く染まった部分を擦りながら声を上げる。

 「く・・・いそがねぇと!」

 「ああ。わたしも付き合おう。お前だけに任せるもの偲びない、というか不安だからな」

 「・・・なんかムカつくが、頼む。コウ!!」

 『合点』

 パッと目覚めると、コウはバイクの方へ跳ねる様に走っていく。

 パァンッ!!

 しかし、それを遮るように進路上の地面が勢い良く爆ぜる。咄嗟に跳ね避けるコウ。二人と一匹は同時に崖の上を睨む。

 「いかせない」

 冷たく、無機質に響く女の声。採石場を見下ろす様なその位置に、一人の女性が佇み、そして大きな瞳で見据えていた。








 大きな鉛色の瞳。髪はショートカットで端は綺麗に切り揃えられている。美女といえる顔はやや幼い雰囲気を残しているが、身体の特徴は二十代半ばの成熟した女性のものだ。最も、実年齢が外見どおりとは限らない。

 「何者・・・?」

 問う元宗だが、薄々その正体に気付き始めていた。澱み、ぶれた様な魂の気配。薄く漏れる妖気。幾度か戦ったことの在る気配だ。やがて、その女は口を開き、元宗の問いに答える。

 「三水朝(さんずい あさ)」

 その名前に元宗は聞き覚えがあった。そして続けて告げられる、彼女の出自。

 「妖人よ」

 やはり、と内心で頷く元宗。一方、彼女の姿を見たときからエミーが驚きとも戦慄ともつかない表情(と言っても目の周囲しか見えないのは相変わらずだが)を浮かべているのに気づく。三水は元宗のほうだけを見据えながら、静かに告げる。

 「仮面ライダーアスラ、本韻元宗。貴方を殺しに来たわ」

 言葉に明確で且つ鋭い殺意が込められているのを感じる。不意に、額を流れる冷たい感触は汗。未だ人間の容を保っているが、たおやかとさえ言える女性の姿が、見せ掛けだけのものであるのを身体が感じている。恐らく・・・

 「ち・・・素通りさせてくれる雰囲気じゃねぇな」

 『元宗らしく、敵は全てブッ倒すのが吉かニャ?』

 「いや・・・」

 首を振り、エミーは元宗とコウの判断を否定する。

 「お前はマリアを助けに行け・・・お前では、あいつの相手は無理だ」

 先ほどからのエミーの様子から判断し、元宗は殆ど確信に近いものを含めて問い返す。

 「・・・奴を知ってるのか? エミー」

 「あの女は、“化け蟹”の妖人、“大潮の三水”―――」

 「“大潮の三水”! 武衆か!」

 元宗の言葉に深く頷くエミー。その名前は妖人の名は今年四月、落天宗の「黄泉孵り計画」の陽動作戦において、地方都市でG−5システムを装着した戦闘陰陽師と手練の退魔法師数十名を殺害、或いは再起不能にした妖人の名前だ。被害の大きさに彼もその名前は記憶していたが、まさかこの様な若い女性とは考えていなかった。何故ならば・・・

 「武衆は妖人の中でも、戦呪術ではなく妖怪元来の力を鍛え、特化させた一団だ」

 それは元宗も知っていた。故に、彼は三水という妖人を少壮の男であると勝手に思っていたのだ。フェミニズムというものを殆ど意識しない彼にとって、敵が男であろうと女であろうと関係のないことなのだが。

 エミーは更に付け加えるように言う。

 「その実力は落天宗最高幹部である祭司さえ上回ると言う」

 「馬鹿か? そんなこと聞いたら尚更あんた一人に任せられねぇよ!」

 叫ぶ様に言う元宗。だが、その言葉は逆に返される。

 「馬鹿はお前だ、本韻。話を聞いていなかったのか? 言っただろう、奴は“化け蟹”の妖人だと・・・」

 「!!」

 指摘され、ある噂に思い至る元宗。ここ最近、“化け蟹”、即ち「蟹」と妖人、つまり「怪人」・・・この二つのロジックが揃った時、奇妙な化学変化を起こし、ある種の趣向をもったものが誕生するという噂、だ。同じようなもので「猫科の怪人は苦労性」というのもあるが、「蟹の怪人」の持つ「趣向」というものは、苦労性などという生半可のものではない。

 『つまり・・・』

 絶句する元宗だが、対してコウが恐る恐る口にする。

 『つまり・・・変た』

 ゴロゴロゴロ・・・

 響く遠雷がコウの言葉をかき消す。雨が来るのだろうか。だが、最早全てを告げたと同じ。エミーは頷いて言う。

 「・・・それも、お前みたいなタイプには、一番、相性の悪い・・・な」

 「・・・!」

 驚愕する元宗。彼は脅えを振り払う様に大きな声を出して問うが、

 「一体、どんな性癖を持ってるってんだ・・・エミー?」

 「ッ! あんな・・・あんな破廉恥なコト、口に出せるものか!!」

 「な・・・?!」

 エミーもまた叫び、答えようとしない。彼女は口の辺りを手で押さえ、顔を赤く染め、汚物・・・いや、核廃棄物を見るような目を三水に向ける。しかし、その反応は逆に元宗の恐怖心を掻き立てる。

 視線を、三水に向ける元宗。恐怖ゆえの探究心が彼にこの動作をさせる。彼の視線に気づいたように、少し目を細める三水。笑っているのだろうか。視線を合わせると、彼女は上唇を少し上げて、問う。

 「・・・知りたいの?」

 「!!」

 ぞくり、と背筋に嫌な感触が走る。それは、薄く若葉の色を帯び始めた桜の木の下を歩いているときに、上空から襟口に侵入し、背中へ至るあの感覚に良く似ている。ざらつき、全身を毛羽立たせるあの感覚。元宗が口を噤んでいると、再び三水が口を開き、淡々とした口調で言う。

 「知りたいなら、教えてあげる。けど・・・」

 「・・・え、遠慮する」

 小さく顔を横に振ってそう答えると、ほんの僅かだけ唇の端を上げて三水は微笑し、静かに告げる。

 「そうね・・・知らないほうが良いわ。知ったら、きっと後悔すると思うから」

 (脅えている? このオレが?)

 寒気に両腕を抱くように組む元宗。そして彼は、目の前に立つ女の放っていた気が、妖気より狂気が大きくなっている事に気づく。そして、自信が妖気などより、この狂気を恐れていることを。

 「それに予め知ってたら、きっと警戒しちゃうからね」

 「く・・・」

 先ほどまで何をどう言われ様と先ずは三水を倒そうと決めていた心に葛藤が生まれる。彼の脳裏に明確な敗北のビジョンが浮かんだからだ。今、心の萎えかけた状態で戦えばほぼ確実に負けるだろう。何も知らずに戦えば、辛うじて勝てたかもしれないのに・・・そう考えかけて、彼は気づく。エミーが彼を行かせるために、敢えて士気の落ちるような事実を告げたことを。

 「早く行け! わたしが食い止めているうちに!!」

 「大丈夫なのか?!」

 急かすエミーに聞き返すと、彼女は真剣な表情で頷き、そして答える。

 「安心しろ・・・わたしもキャプテン同様、シルエットスーツを持っている。食い下がるくらいはやってみるさ!!」

 「無茶は・・・するなよ、エミー」

 「・・・お前にそっくり返してやるよ、本韻」

 その言葉と同時に、三人と一匹が同時に動く。

 バイクに向かって走る元宗とコウ。

 彼に向かって走る三水。

 そして立ち塞がるエミー。

 ざわ・・・ざわ・・・ざわ・・・

 何かが蠢く様な不気味な気配とともに三水の姿が変貌していく。

 顎が左右に割れ、全てが黒目となった眼球が飛び出し、全身が青白い甲殻に覆われ、両腕が左右でサイズの異なる鋏に変わる。そして、衣服が脇腹の辺りで裂けて八本の足が飛び出し、腹部を覆うように畳まれる。それが、“大潮の三水”の“化け蟹”としての姿だった。

 三水は口を開くと其処から無数の泡を、泡とは思えない様な速度で連射する。だが、

 「逃がさない」

 「・・・その台詞も、返させて貰う!」

 パパパパパパパパン!!

 空気中に無数の破裂音が響く。同時に空中に濡れた糸が光に当って煌いているのが見える。エミーが繰り出した極細の戦闘用ワイヤーが泡の群れを切り裂いたのだ。元宗はそれを横目で見ながら自らの愛車に乗り込み、印を結ぶ。

 「修羅変身!」

 光が溢れ、アスラの姿が浮かび上がる。それと同時に、

 「コウ! ストームファングだ!!」

 『ニャ!!』

 コウが憑依合体し、市販車だったバイクは白い虎の様なマシンへと変貌を遂げる。アクセルを全開する元宗。

 「・・・」

 無言のまま、走り追おうとするが、辺りから無数に緑色のエミーたちが現れ、進路を塞いでいく。

 「迂闊」

 爆音を上げ、走り去っていくアスラ。その音を聞きながら、さして悔しくも無さそうに呟く三水。やがて、彼女は取り囲むエミー軍団を一瞥する。

 「仕方ないわね」

 そう、口にすると同時に、エミー軍団は三水に襲い掛かった。






 腕や脚が、辺りに飛び散る。それだけではない。顔や胸、腹、乳房といった、若い女性の身体を象るあらゆる部分が、各々が本来あった場所から引き千切られ、辺りに散りばめられている。だが、本来なら凄惨極まりない筈のその光景も、奇妙な非現実感に包まれている。それらの破片を繋ぎ合わせれば、女性の人体は優にダース単位で揃えられるだろう。だが、本来ならば周囲を赤く染める筈の血は僅かに飛沫が岩肌に張り付く程度で、明らかに少なすぎるのだ。

 蟹に似た姿をした怪人が、足の一本を拾い上げると、その破断面を覗き込む。其処には本来有る筈の肉も筋も無く、代わりに空洞に保たれた外皮の中心に木製の骨と、白い無数の糸が走っているのみ。やがて、興味を無くしたのか蟹の怪人は足を放る。

 かん、と乾いた音色が響き、再び地面に転がる、かつて足だった塊。

 「強がっただけは、あるのね」

 発せられる声。それは無機質で冷たい、何かが欠落した様な音色。その声が向けられたのは、人型が人を保たぬこの空間の中で、ただ一人、人の姿を維持するもの。赤い戦闘服に身を包んだ女戦士。即ち女海賊エミーの長、赤のエミー。しかし彼女も無数に手傷を負い、跪いたまま、立ち上がる事が出来ない。

 「く・・・」

 「ところで、さっき言っていたシルエットスーツはどうしたの?」

 言葉に殆ど抑揚が無いのは相変わらずだが、しかしそれが皮肉を含ませた言葉である事は即座に理解できる。
エミーは表情を歪めると、吐き棄てる様に答える。

 「そんなものは・・・ない」

 「そう。健気なのね。でも」

 含みを持たせ、一端区切る“化け蟹”の妖人、三水。やがて、彼女は首を振ると静かに語り始める。

 「きっと、あっても、勝てない。道具に頼っている様では、私には勝てない。あなただけじゃない。貴方の主も、アスラも、同じ」

 「何・・・?」

 「力というものは、何年も、何十年も鍛錬の繰り返しによって見極め、磨き上げて行くもの。貴方の主の様に、道具の力のみで戦っているような人や、仮面ライダーアスラのように道具を使って一朝一夕に力を高めようとする人では、私たちの力は崩せない」

 「あいつらを・・・馬鹿にするな・・・!!」

 「馬鹿にしてなんかいないわ。ただ、事実を述べただけ」

 声を荒げるエミーに、静かに応答する三水。

 だがエミーは首を左右に振り、その言葉を否定する。

 「わたしも以前はそう思っていた。でも違う・・・違うんだ! 奴等は必死なんだ! 大切なものの為に、直向きで、振り返ってられないから! 目的を、思いを果たす為に手段なんか選んでられないんだ!! あいつらは、貴様なんかに負けたりしない・・・! ただ、闇雲に・・・その振るい道すら見失い・・・力だけを目的に生きてきたような貴様には・・・! 手段と目的を取り違えた・・・力に取り込まれたような貴様には・・・!!」

 「でも彼は逃げたわ。勝てないと思ったから」

 「あれは勝利を期す為の、戦略的撤退だ!」

 そう弁護するエミーに返される、薄い嘲りの混ざった声。

 「真顔でそれを言う人、始めてみたわ。ところで・・・そろそろ用意は出来たかしら」

 「!」

 妖人は、既に見抜いていたのだ。エミーが細工を弄していたことを。驚愕の表情を浮かべるエミーに返される更に嘲笑の色を強めた声。

 「私、何時もはこんなに多弁じゃない。ただ、溜飲を下げようと思って」

 「舐めるなッ!!」

 怒声とともに腕を振るうエミー。その瞬間、空気の裂ける細く鋭い音色が響き、三水の四肢が硬直する。周囲に張り巡らせていた“糸の結界”が収束し、三水の全身を拘束したのだ。

 「やっぱり、この程度なのね」

 しかし、青い甲殻の内側から漏れ出す声は、平然とした声。同時に振り下ろされる巨大な鋏。直後、壊れた弦楽器のような音色を上げて、無数の糸は一瞬で引きちぎられる。

 「く・・・くそぉ」

 呻くような声を上げるエミー。倒せるとは無論、思っていなかったが、これ程に力の差が有るとは思っていなかった。

 (やはりこのままでは・・・)

 彼女は、何かを思いかけて止める。出来る事ならば、“あの姿”にはもう成りたくは無かった。なれば、この状況を打破出来るかも知れない。だが、あの男はもう変わらなくて済むように、と新たな力を与えてくれたのだ。故に・・・彼女は変わりたくなかった。

 「貴方の名前、エミーよね」

 やがて、思い出した様に確認する三水。意図の分からぬ質問に、怪訝な表情を浮かべる三水。

 「なんだ・・・?」

 「私のこと、良く知ってるみたいだけど・・・もしかして、あなた」

 含みの在る言い方。彼女は、既にこの妖人が自分の正体を察している事を悟る。当たり前といえば、当たり前だ。これ程あからさまにヒントを与えられて解らない方が逆におかしい。彼女の主、シルエットXにしてもそうだ。名前や顔を隠しているが、あれで変装が通じているなら最早、冗談の類でしかない。だが、それでも彼女は首を振り、告げる。

 「わたしは女海賊エミー・・・今は、それ以外の何者でもない」

 「それなら別に構わない」

 だが、三水からの返答は、不自然なほどにあっさりとしたもの。逆に、彼女は問い返す。

 「詮索しないのか」

 「別に、興味のある事柄じゃないし」

 心の起伏が一切、反映しない三水の声は、嘯きとも本心とも付かない。

 「でも、彼には興味ある」

 顔を赤くするエミー。三水が指す、「彼」が誰なのかを察したからだ。そして、三水が興味の対象に対し、一体何をするのかについても。

 「っ・・・」

 「きっと、凄く太くて逞しい」

 僅かに恍惚とした響きを言葉に混ぜる三水。エミーはそれを見ながら吐き棄てる様に言う。

 「変態め」

 「その言葉は、自分で自覚している人間には罵りとはならないわ」

 そう言って、小さな嘲笑を漏らす三水。鬱積する怒り、それをエミーは堪え切れず、声を荒げて嘆く。

 「ち・・・バイセクシャルの“阿吽雷雲”と言い、ハードSの“地獄沼”といい、落天宗にはどうしてこう、変態が多いんだ・・・!」

 「さあ」

 両の鋏を広げる無関心そうな反応。しかし・・・

 「だけど。いえ、だからこそ」

 やがて広げられた鋏の、エミーに向けられ、光を細く放つ四つの切っ先。淡々とした口調とは裏腹に、妖人の青白い甲羅の内側で、殺意が高まっていくのを強く感じる。

 「邪魔をした貴方を、許さない」

 「だまれぇぇっ!!」

 パン!パン!パン!!

 一瞬で拳銃が引き抜かれ、トリガーが絞られる。鋭い、早撃ち。三発の反呪詛弾は間違いなく、間接に撃ち込まれた筈、だったが・・・

 「・・・足りないわね」

 パラパラと落ちる金属の破片。呪力を遮り物の怪の力を引き裂くはずの力の成れの果て。それは振るわれた鋏によって切り刻まれていた。

 「く・・・ッ」

 エミーは宙にワイヤーを飛ばし、撤退しようと試みる。最早、留めておくことは出来ない。

 ボン! ボン!! ボン!!

 だが、彼女の目論みは、宙に舞う、不可視の機雷群によって阻止される。突然、爆発的に燃え上がる彼女の足や腕。ワイヤーも焼かれ、彼女は再び地面に叩きつけられる。

 「な・・・」

 「・・・反射率を極度に落とした泡に、純度90パーセント以上の高濃度の酸素を込めたの。触れただけで、有機体は燃焼するわ」

 「馬鹿な・・・」

 そう、驚愕するエミーを嘲笑して、三水は言う。

 「やはり足りない。技も、力も、心も」

 冷淡に告げられる残酷な事実。エミーは膝を折り、俯く。まだ、耐えられるほど強くは成れない。

 「くそ・・・」

 鋏が、咽喉に向かって伸びてくる。

 「・・・とどめよ」

 後僅かほどで、彼女の首は掻き切られる。だが、そうは成らない。

 「やらせるかぁぁぁぁぁっ!!」

 不意に響く野太い男の声。それに振り返る三水とエミー。

 彼女らの視線の先には、バイクを歪に巨大な右腕一本で抱え円盤投げの選手の様の構えた紫金色の戦士が。

 「クラッシャァァッストォォムファングッ!!」

 直後、それは三水に目掛けて投げ放たれる。

 『猫まっしぐらニャアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 ギュオオオオオオオオオオオオオオッ

 高速で回転する円盤となって襲い掛かるストームファング。

 「つ・・・く」

 ギィィィィィン

 甲高い音を立てて三水の後方へ飛び去り、ブースターを使用した制動により着地するファングクラッシャー。

 「ち・・・巧くそらされたか」

 崖の上から舌を打ちつつ降りてくる仮面ライダーアスラ。バイクを直接叩きつける大技も、見れば三水に与えたダメージは甲殻の表面を薄く削ったのみ。ほぼ、不意を打った一撃も、甲殻の曲面と全身の回転運動により、ほぼ完全に受け流されてしまったのだ。鬼神の夜猟襲クラッシャーストームならば、掠っただけで装甲を完全に引き裂いてしまうほどの威力を発揮するのだろうが、やはり付け焼刃では巧く行かない様だ。

 舌をもう一度打つと、アスラは殿からノーマルへと形態を戻す。やはり変態であることを差し引いても充分な実力があることは確からしい。三水と対峙しながら、そんなことを考えていると、不意に後ろから衝撃が襲う。

 パシン!

 「な・・・?」

 それは、ハリセンによるエミーの一閃。アスラが正面の顔を彼女に向けると、其処には怒った様なエミーの顔。

 「馬鹿・・・! な、なんで戻ってきたんだ?!」

 彼女の目は信じ難いものを見る目。何故、あれほど言ったのに、と如実に語っている。それに対してアスラは顎の辺りを親指で撫でながら困った様な仕草を暫時した後、何か唸りながら言葉を選び、答える。

 「女置いて逃げたりしたら、余計に馬鹿になりそうなんでな」

 「な・・・く・・・余計なことをっ」

 「そんなの、知ったこっちゃねぇよ・・・ったく」

 彼らの声の響きは、紡いだ言葉ほどに不快さが篭っていない。

 一方、蟹の妖人は・・・

 「戻ってきてくれたの、そう」

 僅かに声のトーンが上がり、腹を守る様に閉じていた足が興奮した様に蠢く。先程は、エミーに対する殺意を膨らませていた彼女が、今は再び狂気の発振体に変貌していく。心を萎えさせる、その衝動への恐怖を振り払う様に意識を下腹部に集中し、高めた声を発するアスラ。

 「時間がねぇ! とっとと死んでもらうぞ!!」







 阿修羅神掌が巨大な翼に変わる。その直後、アスラ魁は三水の直ぐ背後に出現している。再び阿修羅神掌に姿を戻す翼。旋回する六つの腕が、鋭く激しい回転運動を生む。

 「神掌! 馬頭の型!!」

 三水の背に撃ち込まれる拳。しかし、元宗は撃ち込んだ拳ごと彼女の体を擦りぬけ、逆に背を彼女に晒してしまう。蟹としての装甲の強固さだけではない。インパクトの瞬間、体を回転させ、衝撃を受け流したのだ。

 背後から迫る、青い蟹の化け物。巨大な左の蟹爪が振り下ろされてくるのが見える。アスラは阿修羅神掌を二本、背後に回すと、左右の刃をそれぞれ掴み、受け止める。ギリギリと音を立てて押し込まれる鋏。神掌の掌が削れ、間接部分が軋みをあげる。彼は素早く前につんのめるようにすると、押し込まれる力を利用して、三水を前方に向けて投げ飛ばす。

 「かあ・・・はぁぁぁぁ!」

 空中で体を回転させる三水。彼女は回転しながら口より何かを吐き出してくる。それは透明な球体。即ち泡だ。エミーが警告を発してくる。それは高圧酸素が込められた爆弾だと。その程度ならば、問題ない。彼は四方に腕を広げる。

 「神掌! 千手千眼の型!!」

 アスラは迫る泡の群れに高速で腕を突き出していく。弾ける泡。酸素と結びついて生態走行の表面に燃焼が起こるが、それは僅かなもの。彼にとっては問題のあるものではない。だが、三水が着地後、更に放ってきた泡を砕いたとき、体に起こる異変。

 「く・・・これは・・・?!」

 左右の手と阿修羅神掌の動きが突然鈍くなる。見れば粘液のようなものが張り付いて、それが徐々に硬度を増しているのだ。高濃度酸素は飽く迄、目晦まし。本来の狙いはこちらだったらしい。三水はそれを見定めると、一気に迫ってくる。

 「蟹の癖に・・・正面歩きを!!」

 形態を「殿」へと変化させるアスラ。だが、粘液の抵抗が何時ものタイムラグを増加させ、三水に眼前までの接近を許してしまう。巨大な拳が唸りを上げ、蟹の妖人に撃ち込まれる。だがそれは目標を砕かず、虚しく虚空を抉るのみ。三水は、腰を落として一撃を避けたのだ。そして、足払いがアスラの右足を掬い、彼は転倒させられる。

 「バランス悪いから」

 「人のことが言えた義理か!!」

 追い討ちをかけるように打ち込まれた突きの一撃を足で跳ね上げるアスラ。更に彼は三水に向かって掌を突き出す。

 「悪鬼を縛る不動の索条! 活殺自在! 封縛法!!」

 呪文が力を生み、力はアスラの掌を発光させる。一瞬の目眩まし。視界が戻った直後、三水の眼前には光によって形を成した鎖。鎖が獲物を見定めた蛇の様にのたうちながら襲い掛かると、彼女は咄嗟に後方へ跳躍する。無論、それで逃れたわけではない。

 縛鎖の蛇は尚も執拗に追い縋ってくる。三水は傍に落ちていた岩を鋏で刺して拾い上げると、光に向けて投げ放つ。無論、アスラに操られた蛇は岩など避けて再び三水に向かうが、岩を迂回した一瞬に隙が出来る。

 「はぁぁぁぁっ!!」

 そして三水は投げ放った岩を追走している。彼女は鋏を開くと、そのまま岩に追いつき、すれ違い様に岩ごと鎖を下ろし切りにする。

 「おおおおおおおっ」

 アスラに向かって突進していく三水。その後方に、鎖の形を維持できなくなった法力が無数の光の粒に変わりながら飛び散っていく。彼女はそのまま迫り打ち下ろす様にその鋏をアスラの胸に繰り出す。

 ギィィィィン

 金属音に似た甲高い音色が鋭く響く。跳ね飛び、宙を独楽の様に回転し、着地する三水。彼女の青い筈の切っ先の先が今は赤に染まっている。そして、アスラの胸の中央も。辛うじて、「殿」の右腕で跳ね除けたが、斬・打・刺突、三種の性質を併せ持つ彼女の一撃はあと、ほんの一突きでアスラの心臓の肉に達するところだった。

 「痛い・・・」

 一方で、三水も無傷ではない。「殿」の強烈な一撃を完全に受け流すことが出来ず、受けた左肩の部分で服が破れ、生態装甲に亀裂が入っている。

 「やっぱり、そんなに安易じゃない」

 彼女はそう確認すると、直後、口から泡を吐き出す。それも一個や二個ではなく、無数に。七色に輝く薄膜の球体は風に乗って漂うようにしながら徐々に周囲を埋め尽くしていく。

 「これは・・・」

 カムフラージュ。そう気づいた時、三水の姿は泡の中に溶け消えている。

 攻撃は、不意に襲い掛かる。結界の一角が揺らめいたと思うと、泡球が急激な速度で彼に迫ってくる。間髪入れずにそれを避けるアスラ。だが、流れ弾の当たった場所を見て僅かな戦慄を覚える。地面がジュウジュウと音を立てて溶け始めている。どうやら強酸性の液体を泡に変えて放ってきたらしい。

 「く・・・」

 シュボボボボボボッ!

 次々放たれてくる泡球。アスラは辛うじて避けて行くが、無数の泡の中で襲い掛かる泡を見分けるのは容易ではなく、徐々に対応に遅れが生じる。

 バシャァッ

 そして遂に泡球の一つが彼の体を捉え、強酸液が彼の上半身を冒し溶解させる。

 「うぐ・・・あああっ!!」

 焼ける様な強烈な痛み。そして痛みに体を止めた瞬間を狙い、次々、四方八方から泡球が襲い掛かってくる。

 「コォォォォウウッ!!」

 全身を爛れさせながら、そう叫ぶアスラ。直後、爆音を上げてストームファングが彼の下に走ってくる。

 『世話が焼けるニャ』

 「すまん。行くぞ!!」

 そう言うが早いか、アスラはストームファングを頭上に抱え上げると、それを高速で回転させ始める。

 『まったく、扱いが荒いニャ』

 そうぼやく様に言うストームファングだが、直後、彼のエンジンマフラーからジェットが噴出し、回転に伴って周囲に気流の渦を描いていく。

 ゴオオオオオオオオオオッ!!

 生み出される強風。嵐の様なそれは空気と同じ軽さしか持たない泡を容易く吹き散らし、結界を崩壊させていく。やがて、視界を覆う泡は失われ、顕わになる妖人の姿。一瞬の間もおかずアスラはそこに目掛けて抱えているものを投げ放つ。

 『猫まっしぐら、再び!!』

 ギュオオオオオオオオオオオッ

 高速回転する白い円盤となって再び三水を襲撃するストームファング。そのホイールは裂けて内側から無数の刃を突き出すチェーンソーに変わり、彼女の生態装甲を内側の肉諸共に引き裂こうと迫るが・・・

 「そんなものに・・・っ」

 ガキィィィィン

 『ギニャアアアアアアアアッ!!』

 繰り出された鋏が逆にストームファングを撃ち落す。だが、それは飽く迄、予測どおり。一度見せ、その一度目を破られた技の二度目が、この手練の妖人に通用するとは無論アスラも、

 「思っちゃいねぇよ」

 「!!」

 声に驚き頭上に振り仰ぐ化け蟹。ストームファングは飽く迄、フェイク。「魁」の姿となったアスラは、既にその間に三水の真上に現れている。

 「衝ォッ!!」

 ドムッ!

 アスラは通常形態に戻りながら腕を突き出す。繰り出すその一撃は、打拳ではなく内部に衝撃を浸透させる掌底打。

 「ッ・・・!」

 肩口に打ち込まれたそれが、三水を大きく仰け反らせると同時に、アスラはもう一度、あの術を放つ。

 「悪鬼を縛る不動の索条! 活殺自在! 封縛法!!」

 ギュルルルッ

 超至近、零距離から放たれる光の鎖。避け遂せる暇など無く、術は彼女を捕らえ縛り上げる。

 そのままアスラは「殿」に姿を変えると、その強烈な腕力で三水を振り回し始める。彼女の青白い姿は、すぐに高速回転の中にそのディティールを溶かし込んで行き、十分に加速がついた時点で、その勢いのままに彼女は地面に叩き付けられる。

 バウンッ

 鈍い破裂音。地面に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、砕けた石片と砂埃が舞上・・・がらない。装甲に細かい亀裂が走っているものの、三水は平然とした様子で立っている。その足元は濡れて泡立っており、アスラは泡を放ち衝撃を緩衝させたことを悟る。直後、鎖につながれたまま、アスラ目掛けて走ってくる三水。

 「くっ・・・」

 アスラは再び、振り回そうとするが、彼女はその引きに合わせて体を回転させ、自身の体に鎖を巻きつけながら逆により素早くアスラに接近してくる。

 ギュガッ!!

 回し蹴りがアスラの側頭部を捕らえる。硬い装甲に覆われた彼女の脚は正に鈍器の一撃。頭蓋の内側に浸透する衝撃に、一瞬、意識が飛びかける。集中力が途切れ、消えうせる光の鎖。だが、それでもアスラはほぼ反射的に拳を繰り出し、三水を激しく打ち据える。

 ドゴォォォッ!

 吹き飛ばされる三水。だが彼女はまたしても体を巧みに回転させながら、何事もなかったように着地する。しかし、彼女のその姿は何事もなかった者のそれとは些か言い難い。上半身を覆う衣服は殆ど破れ、甲殻を覆う亀裂もより太く多くなっている。「殿」の腕力は確実にダメージを重ねさせているのだ。

 「ふぅー・・・っ」

 やがて、三水は疲れた様に長く息を吐いて、アスラを見る。

 「やっぱり強い。全力でないと、倒せない」

 「フン・・・本気じゃねぇってか。安易なパターンだな」

 「ええ・・・だって、かたちが無くなると、後で楽しめないから」

 三水は淡々とした口調で告げると、ぼろ布と貸した上着を毟り取り、放る。彼女の体から染み出す妖力がその量と濃さを増していく。大技を繰り出すつもりだろうか。アスラは柔軟な対応が取れるよう「殿」から、通常の姿へと戻ると油断無く構える。

 やがて―――

 アスラの背中に翼が広がり、金の残像が宙を駆ける。技を繰り出される前に、カウンターさえ不可能な速度で一撃を叩き込む、その一念とともに。

 ヒュガガッ

 殆ど金属的な音を上げながら、空中を複雑に駆けるアスラ。三水もかなり敏捷な怪人だが、音に迫るアスラの速度には対応しきれない。そして、彼はいくつもフェイントを仕掛けた後、三水の右後方に出現する。

 左の大鋏を避け、対応が確実の遅れるその一点。全身強固な彼女の全身で、辛うじて脆弱といえるその一点の防備が限界まで薄くなっている。極限の高まりを見せている三水の妖気。もはや、躊躇う理由も時間も無い。アスラは全身を大きく捻りながら通常の姿に戻る。

 「ッ!!」

 「竜頭の型!!」

 三水が気取り、振り返ろうと判断を下した瞬間は、既に攻撃は終わっている。脚・腰・六本の腕の各関節が生む回転運動が連動し生み出される加速が、強力な三連打を彼女の脇腹に突き刺す。

 (このまま打ち抜く!!)

 更に「殿」にチェンジし最強打で止めを刺そうとするアスラ。だが直後、彼は拳の先に未だ硬い何かがあるのを感じる。

 (二重装甲・・・ッ!?)

 気づいたその瞬間、三水の妖気が急激に膨張する。それは一瞬で熱を帯び―――

 「真・甲羅崩し!!」

 ドオオオオオオオオオオオン!!

 三水が、爆発する。いや、正確には三水を覆う青い甲殻が無数の破片に砕けながら爆散してくる。既に剛腕に変化しつつあった神掌を、咄嗟に通常形態に維持するアスラ。神掌を高速かつ連続で繰り出す千手千眼の型が、それを弾いて行くが・・・

 「ぐうっ・・・」

 砕けた甲殻の散弾は、夕立の様にその降雨を直ぐに止める。だが、僅かほどの時間でもアスラには十分なダメージを与えていた。

 ボタボタと零れ落ちる大量の血液。それは阿修羅神掌から流れ出たものだ。無数の青白い破片が、神掌に突き刺さっている。

 「な・・・なぜ・・・」

 これまであらゆる種類の呪術・魔術の類を弾き返して来たのに。

 「甲羅自体は私の体の一部だから。爆発には妖力は使ったけれど」

 爆発により十分な加速を得た硬い甲殻は、至近距離でそれを受けた阿修羅神掌に深手を負わせるのに充分な威力を発揮したのだ。破片はやがて青白い炎となって燃え尽きていく。

 「以前、この技を使った人は甲羅を自ら踏み砕いて投げつけた。けれど、この技は本来、積極的にダメージを与える反応装甲のようなモノ」

 「く・・・」

 血を滴らせながら立ち上がるアスラ。

 「最初から、あの大きな腕で撃抜かなかったのが失敗」

 感情の起伏が感じられない声。だが、おそらく内心は勝ち誇っているのだろう。敗因を語るのは、その何よりの証だ。

 だが、アスラは三水のそのような台詞などまるで聞こえていないかのように背を向けると、そのまま歩いていく。

 「逃げるの?」

 やはり、アスラは答えない。彼の前に、蹲る赤い人影。

 「ううっ・・・」

 エミーだ。顔は青白く、彼女の赤い戦闘服は、流れた血によって更に赤く染まっている。恐らく、流れ弾となった破片を受けてしまったのだろう。全身に大小様々な裂傷が生じている。アスラはそれを見て意を決したように頷くと、法術を行使する。

 「衆生を救う慈悲の御手が我が力となる。臍下丹田・・・精力法」

 唱えると、アスラの体は仄かに光り始め、やがてその柔らかい光がエミーに移り、それとともに彼女の全身の傷は徐々に塞がっていく。やがて光が消えた後、彼女の体には跡さえ残っていない。

 「く・・・ふぅ・・・」

 疲労感、というより脱力感。他者への治癒は、自身を治癒する場合とは異なり、相手に自分の生命力を注ぎ込んでやる必要があるため消耗が激しいのだ。その上、この戦いに入る前に魔人三体と戦い、数十回の電撃を受け、本来なら彼はもうグロッキー寸前なのだ。

 「・・・ば、馬鹿なことを」

 意識を取り戻したエミーもそれを察したのか、弱々しい口調で怒ったように言う。

 「私なんか・・・気にしている場合か」

 「喋るな。多分、中のほうの傷は治りにくいんだ」

 アスラは話も半ばに立ち上がり、静かに三水の方へ振り返る。

 「・・・わざわざ待っててくれたのか。いい所あんだな、変態の癖に。見直したぜ」

 「私は、失望したわ」

 そう、憮然と告げる三水。

 「戦いの半ばで、敵以外の人間に意識を向けるなんて。もう少し、骨のありそうな戦士(ヒト)と思ったのに」

 「はっ・・・無脊椎動物みてぇなあんたに言われたくねぇよ。大体、仕方ないだろう。オレの責任なんだし」

 「どうせ、傷を癒しても彼女は役になんか立たない。それなのに」

 「無駄だって、か? 確かにそうかもな。オレも昔はそんな風に割り切って戦いたかった」

 懐かしむ様に言うアスラ。彼は思いを馳せる。嘗て憧れ、しかし追いつく前に、彼の目標であることを止めてしまった女性を。

 (そう・・・か)

 「だがオレには無理だね。やっぱ、オレは・・・不器用にしか戦えないからな」

 「格好いいつもりなの?」

 三水の問いに、アスラは苦笑で答える。

 「は・・・ある男が言ってたよ。『伊達も酔狂も無い奴がヒーローをやるな』ってな」

 「そう。残念ね。出来れば貴方とは戦士として戦いたかった。でも仕方が無いわね。なら、そういう貴方みたいな人向けに私も戦うわ」

 言ってから、再び仕掛けてくる三水。彼女は左右の鋏を広げて疾走してくる。

 ヒュオッ

 空気が裂ける鋭利な音色とともに急所に目掛けて次々振り下ろされる鋏。アスラはそれを避け、或いは大きなダメージに成らないよう逸らしていく。

 ボコボコボコ・・・

 再び、視界を覆う泡。至近距離から彼女は泡の幕を広げていく。

 「くっ・・・」

 泡に包まれれば、再び集中砲火を受けるのは目に見えている。「魁」となって、空へ逃れるアスラ。泡球の攻撃は対空砲火となって連射されるが、アスラは封縛法の光鎖で反撃を繰り返しながら攻撃の届かない上空へと昇っていく。狙いは泡の届かない上空で加速と高速回転を行い、必殺の一撃を撃ち込むこと。

 「そんなところにいて、いいの?」

 だが、そこに響く冷酷な響きを帯びた三水の声。彼女はおもむろに巨大な左の鋏を頭上へ掲げると、ゆっくり振り下ろす。

 ざ・・・ざ・・・ざぁぁぁぁ

 「!」

 何処よりか響いてくる波打ち寄せる音色。更に三水が振り上げ、下ろすという動作を幾度も繰り返すと、その誘う様な一振り毎に、辺りに響く潮騒の音は大きさを増していく。やがて・・・空気に湿気と塩の香りが強く混じり始める。

 「まさか・・・」

 「“高潮招き”」

 ごうっ

 唸り。それと共に出現する、青い壁。頂上部が崩れ白い泡となったそれは、莫大な量の海水。擂り鉢状になった採石場を多い尽くすような巨大な波の壁が、三水の招き手によって出現する。

 一瞬直後には自分の前に圧し掛かって来るそれを前に、彼の中で時間が一瞬止まる。莫大な水の量。崩れ落ちればその圧力が生むダメージは自身のキャパシティを大きく超えるだろう。避ける事は容易い。上へと逃れればそれで良いのだ。だが、無論、アスラも三水の問い掛けを理解している。

 「ッ! エミーッ!!」

 彼女の名を叫ぶアスラ。エミーが未だ、波の下にいる。体力を消耗した今の彼女が飲み込まれれば、溺死は免れない。だが、今戻れば、もはや逃げる時間も場所も残らないだろう。

 「来るなぁぁぁぁっ!! 元宗ゥゥゥゥッ!!」

 静止を求めるエミー。だが、アスラは彼女の下へ急降下していく。それこそが三水の狙い。例え、逃げ場が無かろうと、自らを壁にし、エミーを助けようとするだろうアスラの行動を読んだ妖人の罠。アスラがエミーの下に辿り着いたその瞬間には、巨大な高波は崩れ、その膨大な質量を彼ら目掛けて落下させ始めている。一秒後には、彼らを飲み込むだろう。だが―――

 ごごごごごごごごご

 「守って・・・みせるさ!!」

 アスラの翼が無数のパーツに分解し、右腕に収束、巨大な腕となる。一瞬で彼は「魁」から「殿」への変身を完了する。初めて、この姿を手に入れた闘いの時と同じように。崩れ来る波に目掛け、真っ直ぐに拳を繰り出される。

 ドゴオン!

 爆音。同時に、水がトンネル状に抉られ、吹き飛ぶ。

 妖力によって呼び出された水が、阿修羅神掌の力を収束したアスラの右腕によって弾き散らされたのだ。

 「げ・・・元宗」

 「やっぱ・・・あいつの判断、正しかったぜ」

 言うと、アスラは三水を見据える。最大の奥義だったのだろう、それを破られ彼女は動揺を見せていた。その隙を彼は見逃さない。

 「変身!! アスラサキガケッ!!」

 カッ

 閃光と共に翼を纏うアスラ。一瞬直後、アスラは三水の眼前に詰め寄っている。

 「!!」

 「変身! アスラシンガリッ!!」

 三水は再び波を呼ぼうと腕を振り上げていたが、それは巨大化したアスラの右腕によって掴まれている。その圧倒的な腕力は彼女の腕をピクリとも動かさないが、逆に彼の握力でさえ握り潰す事は出来ない。

 「こうなら・・・どうだ?!」

 だがアスラ殿は、腕を握り潰すのではなく、捻る。腕を本来ならば回らない方向に向けて思い切り、捻ってやる。

 グキャグキャ・・・ッ!!

 「うあああああああああああっ!!」

 響く、嫌な音と共にあがる絶叫。直後、間接の継ぎ目から体液が染み出していく。

 「変身! ライダーアスラ!! 行くぜ、三水!!」

 片腕から力が無くなったのを見計らい、再び通常形態に戻るアスラ。彼は六本の腕で三水を捉えると頭上に抱え上げ、高速で旋回させ始める。

 ギュオオオオオオオオオオオッ

 「あ・あ・あ・あ・あ・あ!!」

 周囲の空気を巻き込み、巨大な渦をなす。そして、十分な加速と風速が生み出されたところで―――

 「修羅旋風金剛弾!!」

 ドギュウウウウウウウウウウウウン!!

 上空に打ち出される三水。激しく錐揉みしながら彼女は舞い上がっていく。

 「変身! アスラサキガケッ!!」

 再び、黄金の翼を広げるアスラ。彼は空気を叩いて一気に加速し、先に上空で舞う三水に更なる追撃をかける。

 「く・・・う・・・ああっ!!」

 回転から逃れようと三水は全身を捻り慣性を相殺しようとしている。だが、それが完了するより早く、アスラは彼女に迫っている。

 「か・・・仮面ライダーアスラ!」

 「そうだ! 行くぞ!! 修羅烈風無間斬ッ!!」

 気合の声を発した直後、アスラの姿は紫金の残像となって三水の周囲を駆け巡り始める。超高速で繰り出される攻撃で全身の装甲を引き裂いていく。

 「悪鬼を縛る不動の索条! 活殺自在! 封縛法!!」

 伸び来る鎖を、もはや避ける事も適わず容易く雁字搦めにされる三水。アスラはそのまま彼女を一旋廻、振り回すと、そのままハンマー投げの要領で、更に上空へと投げ放つ。それを、再び翼で以って追跡に移るアスラ。彼は、即座に三水の前に現れると最後の変身を行う。

 「変身! アスラシンガリ!!」

 翼を失い、落下を始めるアスラ。目の前には三水がその青白い姿を迫らせている。彼は拳を背後に向かって引き絞る。

 「く・・・真・甲羅崩し!!」

 三水の生態装甲が砕けて、再び襲い掛かってくる。だが、アスラもまた、拳を繰り出す。

 「・・・修羅疾風金剛崩し!!」

 襲い来る散弾。それを貫いて、拳が三水の胴に撃ち込まれる。

 ドゴオオオオオオオオオオオオオオン

 既に其処には新たな装甲が完成していたが、それも打ち貫き、更に恐るべき速度でその下に構築されていた装甲も、更に貫き、遂に、胸を抉って背中から突き出す拳。それは、同時に彼女の体を、アスラの腕が地面に縫い付けるのと同時だった。

 「・・・せめて・・・」

 殆んど潰れた肺から、搾り出されるように響く三水の声。

 「脚で・・・倒してほしかった・・・」

 全身に走る亀裂。アスラは問う。

 「・・・満足なのか? あんたはこれで」

 「私が死んでも・・・かわりが・・・」

 やがて、訪れた死と共に彼女の命に囚われていた“化け蟹”の力が彼女の肉を食らい、青い炎を爆発させて飛び散った。








 「馬鹿! 来るなって言っただろう!!」

 「・・・怒鳴るなよ。いいじゃないか、結果オーライで」

 苦笑いの表情を浮かべる元宗だが、エミーの怒りは収まらない。彼女は元宗をビシビシと指差しながら言う。

 「そんな問題じゃない。お前まで死んだら、誰がマリアたちを助けに行くんだ?」

 「すまん・・・」

 「もういい」

 しゅんと頭を垂れる元宗。それを見て、ばつが悪そうな表情をして溜息を吐くエミー。折角、今回は美味しい所を獲って行く様な人間がいなかったのに、この有様では些か報われないのではと思い、同情してしまう。だがそれでも未だ言い足りず彼女はぶつぶつと言う。

 「ったく、どうして男ってのはこう、行き当たりばったりなんだ」

 そして彼女はふと思い出したように問う。

 「どうせ、さっき巧く行ったのも、覚えちゃいないんだろう?」

 「いや・・・」

 「え?」

 だが帰ってくるのは意外な答え。

 「何と無く、コツがつかめた」

 「ほう?」

 「・・・あの瞬間、あんたを守らねぇとって思ったんだ」

 「!」

 驚き、狼狽とともに顔を赤く染めるエミー。そんなことも構わず、元宗は熱弁する。

 「そうだ・・・オレのこの腕は、守るためのものだ! エミー、有難う。あんたのお陰だ」

 「ば・・・馬鹿を言うな。わたしは単にキャプテンの言葉に従っただけだ。何度も言わせるな」

 照れた様に言うエミーだが元宗は飽く迄、言い張る。

 「いや、あんたが居てくれたから、オレは力を使いこなせる様になったんだ」

 「だ・・・だからわたしに感謝するな! ほら、いくぞ! マリアが待ってるんだ!!」

 半ば怒ったような声で促すエミー。その言葉に元宗も追随し、倒れているバイクを引き起こすと、彼女をタンデムに乗せてエンジンを蒸かす。やがて爆音と共に走り去っていくバイク。

 結局、二人は移動中、三水のことについては一言も触れなかった。エミーが戦慄した彼女の変態的性質は闇に葬られた、かに見えた。だが・・・

 水と塩気を帯びた採石場。戦いの後には燃えカスとなった三水だったもの。不意に、その灰の塊がざわめき、其処からはいだす子蟹。それが、一匹、二匹と這い出して、やがて・・・







 同刻・陰陽寮本部

 燃えている。炎を上げて本部ビルが燃えている。

 「秘剣・乱れ影!!」

 火影の中、少女の気迫の声と、閃く剣光。無数の影に分かれた白い忍者が敵陣に踊りこみ、切り裂いて血飛沫を上げていく。最後の一匹、ムカデに似た生物を頭から真っ二つに切り裂き、断末魔をあげさせる。やがて息の根が止まると後に待つのは静寂。大何波の増援だっただろうか。既にマリア・・・変身忍者木枯しは百近い数の魔界生物を屠っていた。既に溶解を始めた亡骸が辺りに累々と横たわっている。

 「はぁ・・・はぁ・・・」

 全身がだるく、特に腕が痺れる。いくら彼女が生態改造を受けた人間であるとは言え、これほどの量の敵と相対すれば、消耗は免れない。だが、見回せば、周囲の戦闘陰陽師達は彼女以上に消耗している。未だアドヴァンテージがあるのだと、彼女は自己啓発して再び気合を高め、残る敵を見据える。

 「やるじゃぁないか。マリアちゃん、だったかな?」

 サングラスに白衣、薄ら笑いを浮かべた男、邪眼導師。いつかと同じように、魔界生物の大群を投入してきたのは、この魔王。仮面ライダーアスラと時空海賊シルエットXに絶望を与えるため、絶望を与え、雪辱を果たすための、生け贄を調達しに来た、と彼は言った。

 「甘く・・・見て」

 刀を構えなおす木枯し。

 まだあそこには、相模京子が、多くの仲間たちがいる。

 まだあそこには、渡部奈津が、多くの仲間が帰ってくる。

 あそこは守らねばならない場所だ。

 「負けるわけには・・・いかないんだから!」

 「頑張るねぇ」

 楽しそうにニタニタと笑う邪眼導師。一片も、彼は負けるとは思っていない。それは慢心というより、殆んど確信に近い感情。事実、彼女は今の自分では「魔王」を倒せるとは思っていない。よしんば、人の姿をしている彼を倒せても、その後に待っているのは、更なる化け物との対決だ。

 (せめて、なっちゃんがいれば・・・)

 もう少し楽が出来るのに、と思う。陰陽寮最強戦力、トップ5もいまや事実上トップ3。しかし、その内の二人は今この場に居ない。一人は完全に生身でありながら、猛烈な修練により改造人間を上回る戦闘力を有し、鬼を屠る妖刀を携えたブレザー服美少女剣士、渡部奈津。

 彼女は例によって、出向中。あちらも色々、大変らしくこちらの状況は一応伝えているが、未だ戻ってこない。

 (まあ、なっちゃんも理不尽なやつらと戦ったりで色々忙しいしね・・・)

 考えても先の無いこと。場違いに呑気な言葉を浮かべて諦める。だが、もう一人は時間を稼げば何とかなるかもしれない。もう一人は陰陽寮で唯一のアンドロイド陰陽師、相模京子=K−C0。彼女は先月半ば破損して以来、交換部品や技術者の不足から遅々として修復が進んでいなかった。だが、つい今朝方、あらゆる問題を解決するようなものが届けられたのだ。それに・・・

 「何か、よさそうなことがあるみたいだね」

 「!」

 見透かした様に言う邪眼導師。彼の表情に、邪悪なものが浮かび上がる。

 「折角だけど、君には悲しそうな顔が似合ってるよ」

 そう言うと、彼は腕をゆらりと顔の横に上げ、指を弾く。それに呼応するように・・・

 ごごごごごご・・・

 地鳴りがあたりに響く。やがて邪眼導師のすぐ前の地面が無数にひび割れ、盛り上がっていく。そして、大量の土砂を撒き散らしながら現れる白い巨体。

 「な・・・あ・・・!!」

 「ぎーぎぎぎぎぎ・・・」

 仮面ライダーに似た化け物の顔。いびつなほど長い両腕と、白い奇妙な質感のボディ。これまでもあの時と同じなのか。

 それはAMR。アンチマスクドライダー。凶悪な殺人破壊兵器、ライダーハンターだ。

 「少々、ワンパターンだけど・・・なかなか効果的に驚いてくれたね」

 嬉しそうに笑いながら言う邪眼導師。

 「ラッキーだねぇ♪ 君たち、僕と戦わなくてよくなったよ」

 「そんな・・・」

 愕然とする木枯し。今更、この戦力で倒せるはずがない。あの時は、アスラとシルエットXが連携して辛うじて倒せたのだ。あの機械の内側には核爆弾が積まれているが、そもそも、今の自分たちには核爆弾を作動させられるほどの破壊力は持っていない。

 「じゃ、やっちゃえ」

 「ぎ!」

 奇妙な声を上げて腕を振り上げるAMR。だが、そのとき・・・

 「待てぃ!!」

 「邪悪な魔帝国!」

 「貴様らの企みも」

 「其処までだ!!」

 「これ以上は許さん!!」

 朗々と響く声。そして燃える陰陽寮の屋上に仁王立ちに立つ影。一瞬、覚えるデジャビュ。だが、声は五つ。影も五つ。

 「何者だ・・・!!」

 お決まりの台詞を吐く邪眼導師。其処に立つのは五人の男女。

 薄いブルーの野戦服を身に纏う白人、アメリカ人と思われる金髪の巨漢。

 白いブラウスと浅緑のスラックスを履いた、おそらくゲルマン系の優男。

 薄汚れた黄土色のローブを纏う中東系の顔立ちの男。

 薄紫の布を体に巻きつけたインド風の少年。

 そして、黒いコートを羽織ったユダヤ系の顔立ちの女性。

 「われらは」

 「悪しきものたちの敵」

 「そして人類の味方」

 「自由と平和の守護者」

 「お見せしましょう・・・」

 次々に告げていく五人。そして、彼らは各々、ポーズを取る。腕を伸ばし、あるいは力を蓄えるように折り畳み。やがて、光と共に彼らの腹部に現れるのはベルト。巨大なバックルを持つベルトが彼らの腹部を覆い、眩く光り始める。そして、彼らは唱える。

 「変身<TRANS−FORMATION>!!」

 「地精召喚・・・変身!」

 「変身!」【Open‐ARM】

 「シバ変神!!」

 「聖・変・身!」

 光が一際強くなり、一瞬、その姿が見えなくなる。そして、再びその姿を現したとき、彼らの姿は変貌を遂げている。

 「か・・・仮面ライダー!!」

 呻く様に言う邪眼導師。彼の言う様に、各々意匠は異なるが、其処に現れたのはいずれも仮面ライダー。

 「マスクドライダーパトリオット!!」

 青い生態装甲に包まれた、アメフトの選手を思わせる仮面ライダーがそう名乗る。

 「仮面ライダー・・・テラ!」

 続けて、飛蝗を人型に造り替えたような、最も人間離れした姿の仮面ライダーの名乗り。

 「仮面ライダージハード!!」

 ターバンとマントを纏う、黒に近い茶色の装甲を纏う無骨なライダーはそう名乗る。

 「仮面ライダールドラ・・・参上!」

 そう名乗るのは薄い布を纏ったような、ひどくシンプルなデザインをしたライダーだ。

 「仮面ライダーエル・・・神の御名のもとに」

 そして最後に名乗るのは、以前写真で見たローマ法王庁最強の退魔士によく似た雀蜂を思わせる顔をした仮面ライダー。

 彼らは跳躍すると、そのままAMRに攻撃を仕掛ける。

 「ぎ」

 左腕を上げ、カノンを五人に向けるAMR。それに対し、仮面ライダージハードが同じように腕を向けると、機械的なギミックで上腕が展開し、砲身が内部よりスライドして現れる。両者の砲口が電光を発し・・・

 「プラズマブラスター!!」

 そして放たれる。ジハードが放ったのはプラズマの弾丸。それはAMRの徹甲弾を蒸発させてカノンに命中、爆発させる。

 「御霊よ、来たりませ」

 【OMEGA−COMAND】

 更に続けてエルの全身から放たれるビーム状の光が右手を、手にもつ武器ごと溶解させる。

 「ぎ・・・ぎぎ・・・?!」

 「オラオラ! こっちからも行くぜ! 化けモン!!」

 AMRの足元に着地するルドラ。彼が持つ独鈷状の武器が風を集め、渦を描き始める。

 「オラァァァァッ! 嵐の剣だァァァ!!」

 強烈な魔力の風がAMRを飲み込み、その巨体を上空へ舞い上げ錐揉みさせる。其処に襲い掛かるのは緑の影、テラ。

 「このような忌まわしい機械など!」

 「ぎ!」

 AMRの口が開かれ、歯列の奥から現れるミサイル。だがテラは背中の羽を広げて空気を撃ち、一気に加速する。

 「クルゥゥゥズソバットォォッ!!」

 グシャァァァァ

 発射直前のミサイルに刃の様な膝蹴りを打ち込むテラ。その瞬間、AMRの頭部は爆発を起こす。

 炎を上げながら落下してくる。このままでは自爆が起こる・・・そう思ったときには、既に対応策をパトリオットは用意していた。

 「アブソリュートフリィィィザァァァァァッ!!」

 巨漢のライダーの腕に装着された、パラボラアンテナを砲口にしたようなカノンのような武器。そのアンテナ状の部分から、青白い光線がほとばしり、AMRを撃つ。爆発は起きない。代わりに、AMRの体表には霜が降り、凍り付いていく。

 ガシャアア・・・ン

 硬い音色を立てて墜落する凍ったAMR。

 「す・・・すごい」

 感嘆の声を漏らす木枯し。五人のライダーはほんの僅かで、あの強力だったAMRを無力化してみせた。

 「次は貴様だ! 邪眼導師!!」

 「く・・・おのれ、仮面ライダー!!」

 詰め寄っていくライダー。邪眼導師は引きつった怒りの表情を浮かべている。対照的に木枯しは安堵する。ライダーが五人も居れば、と。だが不意に、違和感が頭によぎる。何か大切なことを忘れているような。

 たしか、あのパトリオットは・・・

 「な〜んてね」

 思い出そうとした瞬間、響くのは邪眼導師の人をからかう様な声。それとともに、くるりと振り返る仮面ライダーたち。先程まで光を湛えていた彼らの複眼は、今は黒ずんだ色に変わっていた。

 「な・・・」

 「察したようだね、そう」

 ほくそえむ邪眼導師。悪魔のそれ、そのものの表情を浮かべて。

 「彼らは、僕の玩具さ」

 「な・・・」

 そうだ。パトリオットは連れ去られて以来、未だ行方不明になったままだったのだ。

 嘘だ、と思う間も無く、目から光を失ったライダーたちは敵意を放ちながら、ゆっくりと向かってくる。まるでその様は、蘇った死者のそれ。

 今度は、木枯しの表情が引きつる。それを見て、嬉しそうに笑う邪眼導師。

 「その顔だよ・・・その顔が見たかった」

 そして、彼はゆっくりと空を仰ぎ見る。

 「きっと、彼らもいい顔してくれるよ。君と・・・敵になった彼らを見て。フフフ・・・ハハハ・・・ハァーハッハッハッハッハッハ!!」

 邪眼導師の高笑いが乾いた空気に響いていった。





「フフフ・・・ハハハ・・・ハァーハッハッハッハッハッハ!!」





 「やれやれ」

 その様子を遥か遠くから眺める影があった。

 「・・・まったく、キャラ被ってるよ」

 ぼやくように言うのは青年、あるいは少年か。彼は癖のある金髪をヘルメットの中に押し込むと、顎の下でベルトを締める。

 「じゃあ、そろそろ行こうか。久々の、仕事だ」

 『WAN!』

 彼の乗るバイクバイクはまるで犬の様に主人に答えると、自動的にエンジンを作動させる。

 「よし・・・騎兵隊の援軍だ」

 そう、青年は楽しそうに言うと、アクセルを開けて疾走させた。


<つづく>


あとがき

アベル:愛を知らない悲しい暴魔〜♪

邑崎:正義のパワーで、はるかな眠りの旅を捧げよう〜♪

アベル:・・・相変わらずふり幅が広いねぇ、キミは。

邑崎:いきなりなんですか。いいじゃないですか、遅いよりは早いほうが良いじゃないですか。前回が長かった分、その間にネタの練りこみが出来たんで、今回ずいぶん早く仕上がったんですよ。

アベル:ということは、次回はまた間が空くのか・・・折角、

邑崎:おっと、そこまで。一応、「彼」の正体はシルエットX同様、「謎」なんですから。

アベル:ふぅ・・・しかし、キャラクターを出しすぎじゃないかな。管理できてるの?

邑崎:う・・・

アベル:まったく、しっかりしてよ。居るだけキャラほど寂しい存在は無いんだから。

邑崎:わかってます。

アベル:ほんとうかなぁ・・・あれだけひどく怒られたのに、またライダーハンターを噛ませ犬にしてるし。

邑崎:いや、このほうがインパクト出るかな・・・と

アベル:まったく、キミはそればっかりだな。

邑崎:当然でしょう。私はほかの執筆陣の皆様方に比べて文章力が足りないんですから、その分はネタで勝負しないと。誰も考えないような、考えても躊躇う様なギミックを遠慮会釈無く投入することにこそ、この鬼神の価値はあるんです。

アベル:・・・そうなの、かなぁ。

邑崎:間違いありません。フフフ・・・ビジターの皆様方が掲示板で書く驚きの感想、あれを見る度に私の心は打ち震えるのです!

アベル:まあ、いいけど。ところで、三水ってコの趣味って結局なんだったの?

邑崎:安心して良いですよ。設定上、貴方は興味の対象外です。

アベル:は?

邑崎:多分、他の作品で興味があるのはpredawnの小隈隊長と楢崎さん、ヴァリアントの浦上神父、ゼンの和馬君、Tのゼフィール、あと本郷のおやっさんとかでしょう。

アベル:??

邑崎:色黒で太くて濃いと良いようです。

アベル:え・・・

邑崎:・・・何を想像するかは、皆さんにお任せしましょう。一応、ここは一般サイトですからねぇ・・・フフフフフ

アベル:あ・・・あんたが一番、変態じゃないのかっ?!

邑崎:・・・どうでしょうねぇ。ケケケケ

アベル:・・・うぇ。そういえば冒頭に掲げたあの伝説についての解説は?

邑崎:「すごい科学的東映特撮大統一理論」の邑崎的解釈ですね。まあ、わかる方はどれが何を指しているのか簡単にわかるでしょう。まあ、あくまでエッセンスですからオフィシャルとは異なる部分も多いです。そこら辺は、まあ、違うものと解釈してください。更に時系列についても、どれほどの期間であの伝説が行われたのか・・・というのは説明いたしません。多分、本編でも。ですので、ご覧になられたビジターの皆様、申し訳ありませんが、細部は適当にご想像なさってください。

アベル:相変わらずの投げっ放し様・・・

邑崎: まあ、あくまでそんなことがあったのかぁ、って程度で受け止めてください。

アベル:まったく・・・

邑崎:では次回予告です。




 蘇った仮面ライダー。彼らは邪眼導師の僕と化し、陰陽寮を攻撃する。

 果たしてマリアは彼らの猛攻をしのぐことは出来るのか?

 急行するシルエットX、そのまえに現れるのは邪眼導師の僕、巨大魔界ロボット。

 そして、ピンチに現れる新たな戦士。彼の正体は?

 果たして仮面ライダーたちの運命は? ハリセンが唸りを上げる!



次回、第七話は
「新たな戦士、その名はフリーナイト」
「激突、超ど級の巨人!」
「アスラ、あらゆるボケを突っ込め!」
の三本でお送りいたします。お楽しみに



アベル:いいかげんにしろぃ・・・

邑崎:最後に謝罪を。間津井店長様、相変わらずああゆう役どころをやらせてしまってすいません。それから、影月様、登場させるといったアメンラー、結局本編登場は彼ら五人より後に成ってしまいました。多分、次回か、九話での登場になると思います。


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