【おしらせ:この番組は全編日本語吹き替えでお送りしております】

第七話
「FIGHT IT’S OUT!」


A面“絶望の宴”
(アスラ編最終幕)




 癖の強いフワフワとした金髪の少女と、直毛の黒髪を両分けにしたサングラスの男が対峙している。

 睨み合う。その言葉は些か語弊があるかもしれない。何故なら男の方は、サングラスの奥にある目は常に閉じた状態にあり、視力は耳や額などに装着したアミュレットが代替しているからだ。

 金髪の少女は、陰陽寮に所属する陰陽師であり忍者少女、マリア。しかし彼女の格好は、何時ものように野戦服とメッシュ状に仕立て上げられた鎖帷子を組み合わせた“現代風くの一”コーディネイトではなく、薄い水色を背景に真っ白なキタキツネが躍動するように描かれた生地を仕立てた振袖。

 対するサングラスの男は暗黒の科学者にして魔帝国六大魔王の一柱、邪眼導師。何時もは明らかに特注品と判る派手なデザインの白衣を着ているが、やはり彼も今日はその姿ではない。彼が纏うのは真っ白い紋付袴。もっとも胸元に輝くマークは家紋などではなく、人間の目を形象化した彼のシンボルだが。

 そして両者に共通するのが、右手に握る縦に細長い台形型の鉄板。表面には鉄に似た金属を鋳造して造られた様々な形の装飾品が嵌め込まれている。

 「・・・」

 「・・・」

 空気が鋭く張り詰める。その緊迫感は、矢を打ち放つ寸前の弦を想起させた。正に一触即発。

 やがて、宛ら西部劇ワンシーンのように乾いた風が寂しげな泣き声を上げて吹き抜けていくと、機は満ちたと言わんばかりに悠然と動きを始める両者。差し出されるマリアの左手。何時もの天真爛漫さを何処かに落とし忘れて来たかのような緩やか且つ優美な動き。その上には羽毛が植えつけられた黒い飛礫のような球体が乗せられている。邪眼導師も柔らかく膝を曲げて腰を落として行き、背後に隠すように鉄板を構え、迎撃体制を整える。

 彼女は手の上の羽毛付の珠――所謂、羽根をふわり、と頭上に放り上げると、右手に持っていた鉄板を振り被り、大きく身体を逸らす。

 「大火球サァァァブ!!!!」

 ドゴォン

 優美さから一転、火山の噴火を思わせる重い爆音と黒い炎がマリアの頭上で弾け、撃ち出される火山弾を思わせる燃え盛る火線が邪眼導師に向けて撃ち出される。音が大気を伝道する早さと凡そ同じ速度で振りぬかれた鉄板が羽根を打ち据え、その瞬間、マリアは霊力を火遁の術を応用して練り上げ、羽根を包み込んだのだ。大きな衝撃と摩擦を得た炎の霊力は羽根の表層物質を急激に燃焼させ、爆発を発生させたのだ。

 「やるね・・・だけど」

 並みの弾丸などより遥かに大きな脅威を延焼させながら高速で迫る羽根に対し、飽く迄も余裕の相好を崩さない。だがそれが邪眼導師クォリティ。足元まで下げられていた鉄板が床を削り、火花を撒き散らしながら振り上げられる。

 「ブゥゥゥゥメランサンダァァァァァ!!」

 眩い稲妻が彼の傍らに美しい弧を引き、床を発射台に力を蓄えた鉄板は充分な速度を持って燃え盛る羽根の迎撃に成功する。

 バシュゥゥゥゥゥゥッ!!

 焔は僅かな抵抗も出来ないまま稲妻に蹂躙され、今度は雷光を纏った羽根が恐ろしい脅威を体現しながらマリアに向かっていく。

 ドゴォォォォッ

 「く・・・う・・・くぅぁ・・・ッ」

 鉄板を立ててブロックを試みるマリアだが、羽根が纏う稲妻が鉄板を通電して彼女の身体に流れ込み、痺れ苛む。霊的な特性として木気に偏りが大きく、本来ならば電撃にはそれなりの耐性を持っているはずだが、恐らく邪眼導師の魔力が付与され文字通り毒電波と化したのだろう。

 「負けるかぁっ!!」

 鋭痛に神経を刺激されながら、それでも根性を腹の底からかき上げ搾り出し、踏み込んで撃ち返す。

 「甘い、甘いよ!」

 しかし、力の発露が十分に行われていない一打は正に狙い目。蛇が獲物を前に下をちらつかせる様に、舌で唇をなめずりバックハンドで鉄板を振るい、斜めに角度をつけた鉄板で切る様に羽根を一撃する。

 「ホワイトスネイク!!」

 「!!」

 打ち返された羽根の軌跡を見て驚愕する。

 邪眼導師が返した羽根はまるで見当違いにマリアの右方に撃ち出された。これではアウト、そうマリアが思いかけた瞬間、羽根は飛翔軌道をくの字に曲げ、マリアに向けて正に蛇のように襲い掛かる。

 「――しまった」

 ドゴォッ

 異様な軌道を描いて迫るレシーブに一瞬、見竦められ、左手側に飛び込んだ羽根に彼女は咄嗟に反応できなかった。

 コロン、コロン・・・

 地面に落ち、乾いた音を立て転がる羽根。早くもワンミス。

 「く・・・」

 口惜しげに歯噛み、肩を落とすマリア。目の前には長く見つめ続ければそれだけで妊娠してしまいそうなほど嫌らしい笑みを浮かべた魔王。彼の手には墨壷と筆。解したばかりの真新しい毛先に丹念に墨を染込ませている。

 「さあ、覚悟はいいかい?」

 「さっさとしてよ」

 黒く滴る先端が顔に向けられ迫ってくる。思わず目を閉じ、唇を強く噛むマリア。冷たい感触が目の周りを一周する。

 「はい、完成!」

 「ん・・・」

 「ぷっ・・・ははははは!!」

 いきなり、爆笑。目を開けると目の前で邪眼導師が筆の先を揺らしながら笑っている。

 「さあ、次だよ次。次は君のサーブだよ」

 「ハハハ・・・わかったよ。わかった」

 そう言いながら彼は羽根を拾い上げる。羽毛を握り、鉄板を後ろに引く構えから見てサービスエースではなくセカンドで来るようだ。目の周りを黒く塗られたマリアは対戦相手の一挙手を慎重に注視する。

 もう、お分かりだろう。

 彼らは羽根突きをしていた。もっとも、魔帝国風に言うならば“フェザーブレード”だが――

 しかし、どうして彼らがこのような正月の定番の遊戯に興じることになったのか・・・少し、時を巻き戻して見てみよう。





 一見、ゴミの様に見える様々な物体が小中学校の体育館程度の広さをもった空間に散乱している。夢の――と冠された埋め立て廃棄物処理場に似ていなくも無いが、目を凝らせば投棄されているゴミの種類は明らかに普通の処理場とは異なる。知識の無い人間には一見してどのような機能を果たすか判らないメカニック。掠れて大部分が読み取れない魔術書。溶けかけた生物の死骸。

 中には「伊■里京■■末殺■画書」なるファイルまである。複数人の共同所有物で「■申崎糸■葉」「■氏マ■ア」「シ■部奈シ■」などの署名がされているが、何れも汚損や破損により完全には読み取れない。

 (なるほど、やはり)

 それを見て、彼は納得し頷く。去年の夏に入る前の一時期、彼の奇行が猛威を振るったことが在ったが、案の定、彼女らの怒りは天誅を下す寸前まで燃え高ぶっていたらしい。最後のページを捲ると日付は十二月二十日で途切れている。計画が実行に移される前に姿を消したと言う訳である。実に残念な事だ。

 「ふぅ・・・」

 彼は対NBCM(Nuclear biochemical andMagic=核・化学・生物及び魔術兵器)防護服の中で声に出して溜息を漏らす。

 ここは陰陽寮本部、廃棄物一次処理施設。ここは研究の副産物として生じた霊的汚染された廃棄物や、何の価値も無いと判断された物品が一時的に集約され種類ごとの分類を受けるのを待つ場所。

 「さて・・・」

 彼は風防を通した薄暗い視界の中から周囲を見回す。彼がこのような場所に訪れたのは、あるものを探すためである。

 先日、ある超考古学者からお年玉と称して送られてきた巨大なコンテナ。その中に詰まっていた粗大ごみの数々。使用不能、意味不明と断定されたそれらの殆どは、この場所に廃棄処分された。だが・・・

 「あった、あった」

 暫らく見回して、彼は目的のものを見つけ出す。それは一見して扉である。握り取手が付いて引き開くタイプの。だが、壁に装着するなりしなければ何の用途にも使用できない、強いてあげるならば漂流時のイカダ程度にしか役に立たない、ショッキングピンクに染められた扉だ。

 「何処で手に入れたんだろうね。こんなもの――」

 さほど頭を働かせずとも凡その出所は予想できるのだが、敢えてそれを行わないのは彼なりの良識だ。例えて言うならば、某大型テーマパークのキャラクターを描いたり名前を出したりすることを避ける・・・そんなところだろう。

 「まあ、いい」

 彼は扉を立てると半開きになっていた扉を閉める。

 カチリ

 内部で錠前が下ろされたような硬い小さな音が響く。そして、

 とんとん

 「!」

 ノックをする音が響いてくる。先ほどから、この空間には彼以外は無人。日に三度、浄化処理が行われているため心霊現象でもない。文字通り、扉板を挟んだ向こう側から確実に響いてきているのだ。やがて彼は風防を扉に当てると、扉の向こうにこう囁き掛ける。

 「・・・『ぶぶ漬けでも食べなはれ』」

 「『おいとまさせていただきますわ』」

 誰も居ない筈の扉の向こう側から返答の声が響く。ハスキー、と言うほどではないが、やや低目の女性の声だ。ギィと軋む音を立てて扉が独りでに開く。いや、向こう側からノブを捻り押し開いてきたのだ。戸板一枚向こうにありながら、ここではない場所から。

 「・・・やはり、君だったんだね」

 扉から出てきた人物を見て防護服の男は呆れたような声で言う。

 「余り驚かれないんですね、先生は」

 「残念なことに彼との付き合いが長いものでね。感受性が最近磨耗している気がするよ」

 「申し訳ありません」

 「なに、気にすることでは無いよ」

 節目正しく頭を下げる影に対し、彼は首を左右に振り全てを理解しているような口ぶりで答える。

 「・・・色々と聞きたいことが山ほどあるけど、今は何も語れないんだろう?」

 「ええ・・・私は、“帰ってきた”わけではありませんから。ここに来たのも、今日は仮初め・・・」

 ある種の感情を堪える様な寂しげな声。そして果敢無げな微笑。

 「あのコたちには教えてあげなくて良いのかい?」

 居た堪れない思いが彼に問いを告げさせる。例え仮初めでも一時の再会を喜び合うべきではないかと。

 「――君のコト、凄く心配していたよ」

 「お心遣い有り難う御座います。けど」

 感謝の意思を表明しながら、彼女は控えめに頭を左右に振る。

 「出来れば、先生の胸に収めておいて頂けませんか? 今、会うと心が揺らぎそうで怖いんです。それに混乱の種になってもいけませんから――」

 「・・・・・・理解したよ。君がそう判断するのなら、僕から言うことは何も無い」

 「有難う御座います、先生」

 告げられる感謝の言葉を聞きながら、彼はあの男には勿体無いと思う反面、成る程確かに御似合いであるとも思う。それが幸福なことか不幸なことであるかは当人たちにしか判らないことであろうが。

 「主任!」

 背後から声が響く。それが自分を呼ぶものであることは即座に察することが出来た。彼が声を顧みて振り返ると、彼と同じように防護服で身を包んだ陰陽寮の職員が小走りに駆け寄ってきていた。ハッとして再び正面に視線を向けると、影は既に幻となって消えうせている。

 「主任! まだですかぁ?!」

 「ん・・・? もう時間かい?」

 急かし付ける職員に、彼はまるで何事も無かった様な素振りで聞き返す。その平静の装い方は並みの俳優では及びも付かない自然さであった。

 「はい。ですから主任、早く退出されて下さい。浄化中は流石に危ないですから」

 「了解、わかったよ」

 本来は浄化前後の一時間は立ち入りを禁止されているのだ。既に無理を聞いて貰っているので彼はそれ以上に職員の頼みを聞き入れる。

 「じゃあ、行こうか」

 「はいっス」

 頷いた職員を伴って彼は一次処理施設を後にした。



 少々、時間を巻き戻しすぎたようだ。

 再び時間を早く流そう。一次処理施設の一件から、約六時間後へ――





 「マリアちゃんは財布とかどんなの使ってるの? グッチ?」

 「百均で買ったやつ」

 女の子が好みそうな流行のブランドものの話も軽くあしらわれる。

 「じゃあ最近、何か映画とか見た? 僕は・・・」

 (・・・閣下)

 お気に入りの映画のタイトルを幾つか挙げようとした矢先、不意に耳の奥深く、三半規管よりも更に深い位置から声が響く。彼がごくプライベートな通信を行う為に脳内に埋め込んでおいた電子念話(エジタルテレパス)装置が通信用念波を受信したのだ。

 (なんだい? 今、愉しいトコなのに)

 表層意識上に現れた感情を言葉に組み上げ念の送信者に送り返す。やや、不快感に彩られた感情言語。それはデジタライズされても何らイメージを変えることなくレスポンスとなる。しかし、送信者からの再返信は謝罪の言葉などではなかった。

 (問答無用だクソ魔王)

 (な・・・お前、オーサマに向かって)

 (申し訳ありません、バカ王様。m9(0∋0)プゲラ)

 傍若無人な言葉遣いの挙句、顔文字まで使って送信者は煽ってくる。教育を間違えただろうか。しかし荒らしに反応するのも荒らしとされる昨今、下手に激昂してもネチケット違反だ。見ぬ振りせよがマナーとは嘆かわしいことではあるが、ここは堪えて捨て台詞だけで済ませておく。

 (てめぇ、あとで見とけよ)

 (了解。後ほど観察させていただく)

 言葉遊びでは向こうが上手らしい。完膚なきまでに打ち負かされる。

 (で、用件は何よ)

 (・・・時空海賊が近くまで来ている)

 それとともに送信されてくる画像データ。圧縮されたそれを念話装置が解答すると、脳内に展開されるのは関東近辺の地図だ。その一点に時空海賊の母艦を示すマークが打ち込まれている。

 (へぇ・・・)

 邪眼導師の表情が俄かに変わる。嘲りを強く帯びる冷たい笑み。特殊なステルスシステムと水中への潜航能力によりこれまでは捕捉出来なかったが、何時までも隠れ果せると思ったのか。脅威のメカニズムを駆使するのは自分たちも同じなのだ。だが、流石に随分とあざとい位置に停泊している。

 (長距離雷撃戦を選択する確率78パーセント。もし雷撃戦に持ち込まれれば我が方の勝率は21パーセント。条件付勝利は4パーセント。痛みわけの可能性は17パーセント。敗北の可能性は58パーセント)

 (それは面白くないね)

 長距離雷撃――即ち長射程のミサイルの打ち合いになれば此方は圧倒的に不利だ。何故ならば相手が100メートルクラスの宇宙戦艦に対し、こちらは1000メートルの移動要塞だ。的の大きさも機動力も桁数に差が出るほど負けている。しかも此方の要塞は、戦闘要塞と言うよりは移動実験場としての意味合いが強く戦闘能力もそれほど高くない。その上に相手は海の上。危険が迫れば膨大な量の海水が彼らの盾になる。

 もし、現在の位置関係を維持したまま戦えば――そこまで考えて、彼は時空海賊の思惑に気づき、舌を打つ。

 (・・・なるほどデコイか)

 気づけたのではない。気づかされたのだ。あえてステルスを解除し、こちら側に気づかせることで出向かざるを得ない状況を作り出すつもりなのだ。

 面白い。だが気に入らない。

 (では指令を)

 彼の感情を察したのか念話が魔王の命を求めて言葉を紡ぐ。受けた挑戦は正面から叩き潰すのも悪くはない。だが、魔王を呼び立てるとは身の程知らずにも程がある。何様のつもりだろうか。

 (旦那様のつもり、とか)

 (なんのことだい?)

 (・・・さあ)

 まだ思考にバグが残っていたのだろうか。この電波っぽさをどうにかすることが今後の課題といえるだろう。もっとも、ベースになった人間が人間だけにある意味、リアルなトレースかもしれないが。まあ、そんなことより、だ。

 地図を眺めながら彼は問い、というよりは現状の確認作業を行う。

 (確か近くに彼女らがいたよね)

 (肯定する。現在、東京湾にて海底堆積物(ヘドロ)のサンプルを回収中)

 (ベネ。お迎えは彼女らに任そう。細かいトコは任すってことで)

 それは抵抗された際の対応は自己の判断、場合によっては破壊することも許す、そう言うオーダー。

 (彼奴に執心していたのではないのか?)

 (なに・・・今はもっと面白い玩具があるからね)

 目の前には十字架にかけられた少女。むさ苦しい男より可憐な少女と戯れている方が楽しいに決まっている。彼に流れる血の半分は蛇の王の血。蛇は執念深い生き物でもあるが、同時に享楽的な存在の象徴でもある。

 (それに万全も期しておきたいし。今日のところは目的の為に手段を選ぼう)

 (了解)

 その言葉を最後に途切れる念話。これでお楽しみに気合を入れて取り組むことができる。

 「・・・ん?」

 邪眼導師は目の前の少女がどんな話題ならば食いつくのか思案しながら首を上下に振っていると、ふと、目の機能を代替するアミュレットが視界に何か妙なものを捉えたのに気づく。

 (なんだ・・・アレ?)

 地下空間内の生命反応が増えている。つい十数分ほど前までは時間経過と反比例して減少していたのに。彼が地下施設への強攻を避けたのは、“陰陽寮”という組織を攻撃するに当たり、もはや十分な効果を得られず骨を折るだけ損であると確信したからだ。だが、今は最後に確認したときより明らかに数が増えている。救援の為に戻ってきたのだろうか。だが、それにしては動きが微妙すぎる。全ての生命反応は地下の一点で密集し動こうとしない。

 (ここからだとよく見えないなぁ・・・)

 焦点調節用のつまみを回すが、対象物が地下深く、それも呪術的結界に守られた場所に存在する為、画像は鮮明とは程遠い。サーモグラフィのように生命反応が発する体温程度しか視認できない。ただ、その体温からも把握できる事実が在った。

 (緊張している・・・?)

 地下にある生命反応のうち、幾つかに見られる兆候。それは明らかに火急の事態を告げられ動揺する者の体温の変化だ。

 (な〜んか、妙なことが起こってるな・・・)

 プチリと音を立てて親指の爪を噛み千切る邪眼導師。何が起こっているかは知らないが、『面白そうなこと』に違いはあるまい。折角の来客に持て成しもせず、内輪だけでのお楽しみなど言語道断も良い所だ。ここは一つ、魔王の恐ろしさを見せてやらねばなるまい。

 「どうしたの? 邪眼導師さん」

 邪眼導師が決意を固めていると、忍者少女は目ざとく心境の変化を見つけ問いかけてくる。

 「いや、そろそろ扉を開けて貰おうかと思ってさ」

 「エ・・・?」

 彼女の困惑に十分な説明を以って応える事無く、発言は行動に移される。開いた右の掌が緑と紫色を混ぜた不気味な光を帯び始める。やがて光は凝集して無数の線を紡ぎ上げ、それらが彼の目の前で充分な訓練が施されたバックダンサーのように複雑にしかし精緻に舞い踊り六芒星を基礎とした複雑な構造の魔方陣を構築していく。

 「な・・・なにする気?」

 「・・・楽しいことさ」

 マリアが顔を青褪めさせたのを見て、邪眼導師はやっと彼女に応えてやる。ただし、サディスティックな悪魔の微笑を浮かべながらだが。

 やがて光が強まり、更に魔方陣の中央部の空間が裂け始める。まるで紙が破られる様に裂け目が生じ、その向こう側には形容し難い何か紫色の物体が大量に、無数に蠢き合っている。数瞬後、其処から溢れ出す魔力の所産は恐るべき魔界生物か、はたまた凄まじい破壊のエネルギーか。だが、其処から現れたのは、マリアの予測とは大きく異なる物体だった。

 「出ておいで。僕のペット」

 ずるるっ・・・べちょ

 粘性の高い音を立てて紫色の生き物が地面に落ちる。

 「た・・・タコぉ?」

 膨大な魔力を使用し、空間を裂いて現れたのは一見、ただ顔色が悪いだけの何の変哲もない蛸(のような生き物)だった。

 「そ、僕のペット。カトリーヌちゃん(嘘)」

 そう頷いて邪眼導師が手を差し出してやると、彼女(?)は、八本の触手を巧みに操って這い上がってくる。それを見てマリアは脱力の余り小さな溜息を一つ吐く。それは落胆か、或いは安堵の溜息だろうか。やがて、邪眼導師に向けられた彼女の目には明らかに嘲笑の色が映っていた。

 「タコ一匹でどうするつもり? たこ焼きでも作るの? 私、そんな毒々しい色のタコなんか食べたくないけど」

 「酷い事を言うなぁ、マリアちゃん。カトリーヌは僕が手に塩かけて育てた血統書つきの魔界タコなんだよ。それに知らないね? タコってとっても器用で力もちなんだ。硬く締められたビンの蓋だって簡単に開いちゃうんだから」

 「いくら何でも地下シェルターはこじ開けられないと思うよ」

 「フフフフ・・・そこは、それ。タコとハサミは使いよう! 行け! カトリーヌ!!」

 八本の触手を悪魔が翼を広げるように伸ばし、主の手から飛び立つ不気味な魔界蛸。

 べちょっ

 「うわっ!!」

 思わず悲鳴を上げるマリア。その声は魔界の頭足類が信じがたい筋力で地盤を打ち破ったからではない。その湿り気を多分に含んだ身体が彼女の胸元に飛び降りてきたからだ。

 「な・・・なななNANA・・・なな、ななにんのナナ?!」

 狼狽の声を上げるマリア。魔界生物の触手はまるで各々が異なる生き物であるように、マリアの肢体に複雑に絡みついていく。

 「うひゃうっ!!」

 更に吐き出される布を裂く様な悲鳴。八本の触手がマリアに何の抵抗も許さぬまま、服の内側に侵入したのだ。骨格を持たない柔軟な肉の塊は襟や袖といった細い隙間もものともせず、先端を肌の上に到達させ思うままに這いずらせる。冷ややかな湿度と無数の凹凸が、彼女の未だ肌理の細かい肌を無遠慮に舐め上げていく。彼女が怯えに満ちた表情を蹂躙者の主に向けるのは、今から魔界生物の行うことが何か知っているからだ。

 「う〜ん・・・いいよぉ。タイトルは『THE北斎・狐娘の触手地獄』これだね」

 「ななななななななな!!!???」

 声は言葉に成らず悲鳴としてのみ効果を発揮する。視線を向けた先の男は冷徹に輝く機械の目を構えていた。どのような有様も、どのような事態も、ただ淡々と正確に、それ故、無慈悲に映し出し蓄えていく機械、即ちビデオカメラを。

 「・・・な・・・何・・・するのさ・・・」

 既にマリアの口周りは不如意になりつつあった。それは動揺が原因か、あるいは・・・

 「やだなぁ、マリアちゃん。僕の口から言わせる気?」

 邪眼導師は呂律の回らない彼女の様子を下品極まりない表情で観賞しながら言う。

 「何って言ったらナニさ」

 「なにぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 「大丈夫! カトリーヌはテクニシャンだから、きっとマリアちゃんも満足してくれると僕は確信してる。う〜ん、これはマニアに売れるぞぉぉぉぉ」

 邪眼導師の言動はまるでマリアの不安を祓わない。それどころか彼女の表情を戦慄のブルーで染め抜く。

 「ちょ・・・そ・・・そんなことしたら・・・この・・・話自体・・・」

 「ハハハハハ。当然、僕らは因果地平の彼方だろうね。この“世界のルール(お約束)”を元に考えれば」

 「ぬなぁっ?!」

 彼女の叫びは殆ど悲鳴染みていた。それは触覚細胞の鋭敏な部分に触れられたからか、或いは邪眼導師の発言が余りに危険なものだったからか。

 「ぐふふ・・・でもね、だけど、それこそが狙いなのさ」

 「え?」

 「君の命にこの世界。門戸を開かせるには充分な人質でしょ?」

 「そんな・・・もし、ダメだったら」

 邪眼導師の言動は、それこそ賭けであると言えた。例え返答が在ったとしても、少しの遅れでこれより先の描写があれば・・・

 だが、彼の表情は世界の命運を握るものとは思えない、まるでギャングスターを目指す若者のような爽やかさを帯びていた。

 「大丈夫。信じれば夢はかなうよ。まあ、ダメだったときは来世でまた会いましょう。来世があればだけど」

 「ぎにゃあああああああああああっ」

 「さぁ夜はこれからだ♪ お楽しみはこれからだ♪」

 少女の悲鳴に耳を酔わせながら歌う様に呟く毒蛇の魔王。侵略者の魔手は、遂に危険な領域への侵入を試み、無機質に輝くレンズはその一挙手一投足を逃すまいとかどわかされた少女の姿を映し続ける。

 「あ・・・やばい・・・やばいよぉぉぉぉぉ」

 「フフフフフフフフ・・・いいよいいよマリアちゃん。世界が狙えるよ。ピューリツアもアカデミーも金熊もラズベリーも!! 総取りだ!!」

 「や・・・やだぁ・・・」

 弱々しい悲鳴を上げ、羞恥で顔に朱を挿す少女忍者。それを見て胸の辺りに湧き上がった熱い感覚を、興奮気味に魔王は吐き出す。

 「ハハハハ!! 萌える、いや燃える!! リビドーに火がつく!! どうだい? 正に背徳の極北って感じだろう」

 「ううっ・・・あぁぁっ・・・!!」

 混乱と恐怖を前面に押し出し狼狽する一方で、マリアは内心で冷静に状況を分析していた。

 (このままでは不味い)

 現在の状況はそれほど長くは続くまい。何故なら核心に至る前にイデの発現(強制終了措置)が行われるだろうことは、想像に難くないからだ。

 「く・・・あうっ」

 この状況を打破する為に必要なファクターは一つ、蛸を取り除くことである。しかし、手足の自由が利かない今の彼女には自分の力で目的を達する能力が無い。また、仲間の救援も、要請から二時間以上経つが余り多くの期待は出来ない。

 「や・・・やだ・・・やめて・・・!!」

 邪眼導師が、この卑劣な「手段」を採るための「目的」である本部も、当初の予定を考えれば無人のはず。どれだけ呼びかけても開くことはまずありえない。どうやら、このまま行けばマニアックな感触を強かに与え続けてくれる軟体動物は、どうやら世界が終わるまでは離れることはなさそうだ。

 (戻らない時だけが何故輝くんだろう・・・?)

 「あぁっ・・・あぁっ・・・!!」

 落天宗との本格的な戦いが始まる以前のことを思い出し、口の中で疑問をつぶやく。大好きな友人たちと、ただ訓練に明け暮れるだけで満足だった日々。何時までも続けば良いのに、そう願っていた幾千の夜。今は、やつれきった心までも壊れそうな、終わらない戦いの日々。

 ・・・・・・

 (なーんて走馬灯見てる場合じゃないよ)

 まだ試合終了ではない。試合は九回裏、カウントはツーアウト。点差は3点。絶体絶命だが、この状況は考えようによっては逆転満塁ホームランのチャンス。代打がいないなら、自分が打つしかあるまい。場外までふっ飛ぶような奴を。

 「・・・ま、マナくん」

 はぁはぁと息を吐きながら潤んだ目で上目遣いに彼を見据えるマリア。

 「おほっ、良いね色っぽい。なんだい、マリアちゃん」

 初めて名前で呼ばれ、上機嫌で問い返すカメラマン兼監督、もとい毒蛇の魔王。

 「あのね・・・わたし・・・実は・・・」

 そう言って照れた顔を背ける様に俯かせるマリア。こうすれば、洞察力、いや妄想力に優れたこの男なら何を言いたいか即座に理解できよう。

 しばらくポカンとしていた邪眼導師だが、やがて何かに悟ったように、嬉しそうに頷き始める。

 「ふむ・・・なるほどね。うん・・・よしよしわかった」

 「だから――」

 「わかってるよ。最初は肝心だからね・・・ウフフフ、初物かぁ」

 かかった。

 マリアは感情が顔に出るのを抑えるのに多くの努力を払った。案の定、この男はかかってくれた。

 「カトリーヌ、ゴーホーム」

 何も言っていないのに、勝手に蛸を還してしまう邪眼導師。

 「マナくん・・・」

 「わかってるよ・・・もう、我慢できないんだろう?」

 答えず、不安そうに潤んだ目だけを向ける。

 「フフフフ・・・いいこだ、マリアちゃん。大丈夫、優しくするから――」

 そう言って、ことの成就の為に脚を十字架に繋ぎ止める拘束を外す。まさにそれは、マリアの思い通り。

 彼は目的の為に手段を選ばなかった。それは彼が悪、そして非道と背徳の極北にいる魔王だからだ。

 瞬や元宗は目的のために手段を選ぶだろう。それは彼らが正義、自由と平和を守るために戦う仮面ライダーだからだ。

 そして自分は、忍者。影に向かいて影を斬り、光に向かいて光を切る忍者。忍者が採るべきは――

 「勝てば良かろうなのだぁぁぁぁぁぁっ!!」

 「何っ?!」

 バオッ

 拘束が解けた。その瞬間を逃さず、下半身のバネのみを駆使したハイキック。

 ガシャーン

 横腹を打ち据えられたカメラが無数の不燃ゴミに変わって地面に飛び散る。だが、無理な体勢から放たれた一撃は辛くも鼻先三寸を掠めるのみ。だが、これは予定調和のうち。

 「この目潰しをくらえぃっ!!」

 足の指で靴の内側についているボタンを押す。

 ブシュウウウウウウウウッ!!

 内部のギミックが作動して毒霧――CM(Counter-Magic)ガスが噴出す。このCMガスは桐生春樹率いる研究チームが作り出した反呪詛弾のヴァリエーションの一つ、特殊な霊媒に封じ込まれた呪詛を阻害する作用は魔人の様な超自然的な存在にもダメージを与えることができる。

 「いたい・・・いたいぃぃぃぃぃ!!!」

 毒ガスを顔面に食らったため、みっともなく苦鳴を上げる邪眼導師。無論、致死に到る様な強烈なものではないが、鼻先に凄まじい圧力で噴き付けられれば、その痛みは押して知るべし、であろう。もっとも、その痛がり方には未だ余裕があるようにも見える。大体、玉ねぎの微塵切りに顔面を突っ込んだくらいか。

 「思い知った? このド変態!!」

 不敵に笑って身体を折り畳むマリア。直後、彼女は全身をバッタの様に躍動させ、爪先を魔王の鼻の下に叩き込む。

 ドゴォッ!!

 「うごああああああああああっ」

 ゴミクズみたいに吹っ飛んでいき、ぼとりと地面に落下する。

 「はぁ・・・はぁ・・・」

 変態でよかった。彼女は一頻り胸を撫で下ろした後、運命の導きという奴に感謝した。相手が変態でなければ、誘惑に引っ掛かる様なことは無かっただろう。故事成語を使って表現すれば『死中に活を見出す』、或いは『災い転じて福となす』と言った所か。

 (サンクス、桐生センセ)

 普段はあまり好きなタイプの人間ではないが、こう言うときは素直に感謝せねば。このギミックシューズを拵えてくれた人物なのだから。しかし真っ白なボロを纏うゴミの固まりは、彼女の意に反して起き上がる。

 「や・・・やったね、マリアちゃん」

 サングラスに霜が降り、皮膚は引き攣り爛れている。液体に冷却されて封入されているガスを噴射口の近くで浴びたため凍傷になったのだ。

 「よ・・・よくも」

 (まずい)

 一時的な場凌ぎには成功したマリア。しかし、それは脅威を先延ばしただけに過ぎない。彼の堪忍袋はもはや限界間近であろうことを考えれば、状況は更に悪化したはずだ。だが、魔王の怒りはマリアが予測するものとはまったく別の事柄に向けられていた。

 「よくもハーフパンツなんかでハイキックしてくれたね?」

 「は・・・?」

 「昔からハイキックはミニスカって決まってるんだ!!」

 ぽかんとしていると、突然、暑く語りだす邪眼導師。

 「『見えそで見えない』、『見える・・・』、『見えたはずだ!!』。これこそチラリズムの醍醐味なのに!! そんなアンパイも安牌なハーフパンツでやるなんて、フェティシズムというものを理解してない!! この世の半分はフェティシズムで出来ているのに!!」

 奇妙な講釈を聞かされる少女の額に大きな青筋が幾つも浮かび上がる。

 「僕らはその絶対領域に! 神をォミドゥドバッ!!」

 「いいかげんにしろぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 眉間、鼻の下、顎に鋭く蹴りを打ち込まれ、熱弁の最中に宙へ舞う邪眼導師。彼が撃ち込まれたのは人体の急所。十分な速度の乗った彼女の三連撃は一般人なら三回意識を断ち切るに足るものだった。だが、

 「こいつはくせぇぇぇぇぇ!! 毒のにおいがプンプンするぜ!!」

 完全に気化したガスが逆に気付けとなったのか、或いはエンドルフィンが漏れ出すほど大量に出ているのか邪眼導師は空中で回転して着地する。

 「ミニスカートが駄目なら!! せめてブルマーで!!」

 「うぎゃああああああっ!!」

 黒いホームベース型の布地はもはや特殊な趣向の人間を対象にした店にしか置いていないような体操着。邪眼導師は何処から取り出したのか両手にそれを構え、鼻息も荒く再びズンズンと迫ってくる。

 「いぃやぁぁぁぁぁぁっ!!」

 「ブルマーが嫌ならスパッツでも可ッ!! 魅惑の太股ライン!! 草冠に月二つッ!!」

 状況は悪化した。だがマリアの予測とはまったく異なるベクトルで、だ。これだから変態は始末に負えない。これで彼が蟹の魔王だったらと考えると寒気がする。最もこの状況下ではどれほども違いは出ないだろうが。

 ささ、マリアちゃん。僕が着替えさせてあげるから。大丈夫、目は閉じとくから!」

 「って、いっつも閉じてるジャン!!」

 蹴りで追い払おうとするマリアだが、魔王に二度、同じ攻撃は通じない。いや、軽やかに回避されているわけではない。邪眼導師は、彼女が繰り出す蹴りのことごとくを顔面で受け止め、それに耐えている。むしろ楽しんでいる。鼻から血を滝のように出しながら歌など口ずさんでいる。

 「ブルマには〜♪ タマがない〜♪ チチにも〜♪ タマがない〜♪」

 「助けてぇぇぇぇぇぇ」

 マリアの心は崩壊寸前。

 バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 だがその時、少女の声に応える様に高らかに、そして誇らしげに響き渡る爆音!

 「来たッ!!」

 ブルマーが投げ捨てられる。その音に、誰より嬉しそうに振り返るのは誰あろう邪眼導師。遠い向こうから土煙を巻き上げて猛然と突っ込んでくる騎影が一騎。それまで背景と化していたライダーたち――人間の姿に戻っている――が、機械的な敏捷さを発揮し、轍を止めるべく立ち塞がる。

 素早く動き、その前に立ちふさがる。

 『Woooooooooooooon!!!』

 「え?」

 威嚇する様に猛れる狼の咆哮が上がる。だが、それは初めて耳にする声色。そのように鳴くバイク彼女の知る限り一台しかない。

 マリアの同僚、渡部奈津が共に戦う仮面ライダー。悪の組織からは『異端の吸血鬼』と仇名される漆黒のライダーの無二の戦友にして、彼に仕える執事。だが、聞き知った彼の特徴とは明らかに違う点が一つ。そのバイク、『異端の吸血鬼』の相棒は欧州の伝説に現れる“黒妖犬”をモティーフにした、即ち主と同じ漆黒を纏ったバイクであるらしい。だが、今、眼前に迫りつつある鉄馬の色は黒ではない。赤。それも戦場の大地を染める、黒味を帯びた血溜まりのような深い紅に包まれていた。

 「なに・・・?」

 疾走物の期待や予測と異なる姿に邪眼導師も、その顔色を変える。

 『Wuhhooooooooo!!!』

 突撃の寸前、更にもう一度上がる咆哮。それと同時に狼同様、血の様に赤く燃える炎の塊がライダーたちに向けて放たれる。

 ドゴッ ドゴッ ドゴッ ドゴッ ドゴォォォォォン!!

 連続して放たれた火球は着弾と同時に炸裂し、急激に膨張する炎と熱風で仮面の戦士たちを吹き飛ばす。炎を放ったのはバイクだった。赤い、歪なフロントカウルを持つ大型のバイク。だが鉄の騎馬の上に、それを駆る騎士の姿は無い。バイクは更に落下してきたライダーたちを丁寧に一人一人跳ね飛ばしていく。その執拗な様は、遠隔操作ではなく自らの意思を持っているようだった。

 「な・・・」

 予期せぬ闖入者に言葉を失うのは毒蛇の魔王。ライダーたちが蹴散らされて行く様を呆然と見ていた彼だが、更なる驚愕が襲い掛かる。

 ドゴッ

 「ッ!!」

 鼻先を掠める様に突き立つ一本の長槍。

 「間違いなさそうだね」

 そして楽しげに響く若い男の声。

 「ここだろ? 祭りの場所は」

 音源に注意を向ければ、天に向けて伸びる石突の上。曲芸士のように片足で其処に立つのはデニム地のジャンパーを着た青年。頭に被ったフルフェイスのヘルメットは彼の顔を仮面のように覆い隠し、容貌を把握させる事を頑なに拒んでいるが、僅かにはみ出した襟足の色はマリアより幾分濃い金色だ。

 「あ・・・あなたは・・・」

 「オレかい?」

 荒い息で上擦る様に問うマリア。青年は軽い調子で応答しながらジャンパーのポケットから細長い金属製の箱のようなものを取り出す。それはマリアにも見覚えがあるものだった。確かあれは、時空海賊のベルトのバックル部分。彼が、そのバックルを下腹部に押し当てると、両端からベルトが伸び、彼の腹部に装着される。

 「オレは自由騎士(フリーナイト)」

 青年は高らかに自らの名を語る。わざとらしい程の誇らしさを込めて。それに呼応し、バックル内部に込められた超科学のギミックが作動を始める。表面に配された無数のランプが鮮やかに明滅し、モーターが駆動する音と回路に電流の流れる音が初めは低く、やがては高らかに唸り始める。

 「装徹!!」

 【System Set−Up】

 そして、気合一声。ありったけの熱情を注ぎ込んだ青年の声と、鮮やかな程対照的に響く涼やかな女性の声。バックルの中央に備わるシャッターが左右に開き、其処から赤い光が放射され、蜻蛉を意匠とした紋様が刻まれたエネルギーの壁が空中に展開される。

 「ハアァァァ―――ッ!!」

 石突を踏み蹴り光の壁に飛び込む青年。光は水面のように彼の体に張り付き、次の瞬間、金属の質感を持つ物質に変換される。

 「天を駆けるは自由の風。勇気(“Y”uki)と若さ(“Y”ung)の大爆発!」

 槍が引き抜かれ、それを風車の様にくるくると回しながら、赤い影が地面に降り立つ。

 
「自由騎士Y−BURN(ワイバーン)!」



 名乗りを上げる赤い影。光を纏った青年は、全身鎧(フルアーマー)を纏う深紅の騎士、そうとしか形容できない姿へと変身を遂げていた。

 「只今参上」

 
――自由騎士Y−BURNは僅か1ミリ秒で装徹を完了する。

 では、その原理を説明しよう。

 自由騎士Y−BURNは変身ベルト『ヘルメス』から放射されるアダマンチウムを纏い、僅か一ミリ秒で装徹が完了するのだ。


 「ワイバーン・・・?」

 マリアはそう反芻し、自由騎士、そう名乗った男を観察する。真紅の装甲は全体的にシンプルな流線型で纏められたフォルム。竜をモティーフとした兜の中央に白いYのラインが走る。右手には先ほどの長槍、左前腕を覆う手甲は右手のそれより大きく平たい形状を取り、バックラーとなっている。そして腰部を取り巻くベルトには時空海賊によく似たバックル。

 「な・・・」

 数秒間、言葉を失っていた邪眼導師だったが、やがて目覚めたように顔に表情が戻る。そして彼は叫ぶように言う。

 「なんだキミはッ?!」

 「なんだキミは・・・ってか」

 まるで問われたことが存外であるかのように反駁する自由騎士。もっともマリアにとっては余程、魔王の叫びの方が共感し得た。助かりこそしたが、この唐突に現れた人物は一体何者なのか。装備の具合から見て“時空海賊”の一味であることに疑う余地は無い。

 (はぁ・・・)

 声に出さず溜息を吐くマリア。最近、友人関係になった恵・・・ではなくエミーが属する謎の集団、時空海賊一味。一応、その船長である時空海賊シルエットXは正体不明・・・そう、正体不明の人物ではあるが少なくとも対魔帝国において利害が一致しており共闘関係にある。彼を時空海賊の一味と仮定すれば、支援戦力が増加したことになるが。

 (また、この手合いか)

 以前、基礎訓練をサボっていた時、同僚の小さな少女に忠告された言葉を思い出す。『悪貨は良貨を駆逐する』――ギャグだからと死なない連中も居る位である。真面目な人間が割りを食うこの世界、強ち冗談ではないかもしれない。

 そんなことを考えていたマリアだが、ふと、自由騎士が得意そうにほくそえんでいることに気づく。やがて、彼は奇妙な訛りの有る口調で喋る。

 「フフフ・・・そうです。わたずが、へんなオヅさんで・・・ってあれ」

 「・・・ショボォーン」

 「はぁ・・・」

 突き出した自らの顎を指差すように名乗りかけた自由騎士だが、観衆の沈み具合に狼狽した様子を見せる。気づけば邪眼導師も膝を抱えて座り込み、背を丸めて小さくなっている。その姿は、先ほどまで絶好調で彼女を弄んでいた人物と同じ人間には見えない。

 エントロピーの維持限界まで醒めた雰囲気を漂わせる二人を、一人ハイテンションな自由騎士は糾弾するように声を上げる。

 「へ? なに? なんだよ?! 折角、久々の登場だってのにこの反応!? 寒くないかい?」

 「絶望したァッ!!」

 「ふへ?」

 天に訴えるような魔王の叫び。深紅の騎士は意表を突かれ素っ頓狂な声を漏らす。

 やがて邪眼導師がゆるりと立ち上がると、彼の背からは負の色合いも強いオーラが黒々と周囲のコントラストを歪める。そして、顔を自由騎士の正面に向けると、温和を通り越して軟弱ささえ漂わせていた彼が、すさまじい苛烈さで咆哮をあげる。

 「折角・・・折角!! 素敵なシチュエーションを用意したのに!! ライダー同士が戦う素敵なシチュエーションを用意したのに!! そのために、わざわざ本物の仮面ライダーを用意したのに!! 『ライダー同士殺しあうが良い! アスラ!』とか『同胞を傷つけることなど出来まい、時空海賊!!』とか格好いい台詞用意してたのに・・・! それなのになんでいきなり、唐突に、キミみたいなのが来るんだ!! まったく台無しじゃないか!! 仮面ライダーでもなんでもないキミみたいなやつが出てきちゃ!! 折角の醍醐味が台無しじゃないかぁぁぁぁぁっ!! 唐突に新ヒーローを出す玩具メーカーの販売戦略に絶望したぁぁぁぁっ!!」

 「・・・っ」

 叫び終え、はぁはぁと荒く息を吐く邪眼導師。一方、自由騎士は雷に打たれた様に衝撃を受け、硬直していた。

 「ご・・・ごめんよ」

 やがて申し訳なさそうに落とした声のトーンで謝罪する。

 「そんな意図が有ったなんて知らなかったんだ。ただ仕事で『絶対楽しいから引き受けろ』って言われてさ」

 「知らないで済めばジャッジメントタイムはいらないよ」

 平謝りする自由騎士と、拗ねた様に顔を背ける邪眼導師。子供じみた二人の青年をぼんやり見ながら、マリアは一人、時空海賊の意図に気づいた。おそらく、時空海賊は既に邪眼導師の意図と企みに気づいていたのだろう。即ち、洗脳したライダーをぶち当て、自分たちの『仲間意識』を利用して戦意を削ろうとしていることを。彼らに対し実力の劣る自分には考える暇など無かったが、伯仲する実力を持ったアスラやシルエットXらにとっては大きな足枷として働くだろう。この自由騎士が送り込まれたのは、そう言った感傷に支配されない人材ゆえに、だろう。多分。

 「申し訳ない。そんな楽しそうなことを企んでるとは知らなかったんだ」

 「ほう、わかるかい?」

 謝罪を続ける自由騎士の言葉にピクリと反応する邪眼導師。

 「ウン、超燃えのシチュエーションだよ。先に知っていたらオレも邪魔なんかしなかったさ」

 「フフフ、解ってる奴もいるじゃないか。そう、僕の書いたシナリオは完璧だったんだよ! それなのにキミってやつは・・・」

 「いや! まだ間に合うよ!!」

 「エ・・・?」

 マリアには自由騎士が何語を喋っているか理解できなかった。もともと、諜報部所属の優秀な諜報員であった彼女は別の世界の英語が苦手な彼女と違い、六ヶ国語くらいは読み書きが出来るのだが、それでも彼らの会話の内容は理解することが出来なかった。ただ、空気が妙なことになっているのだけは理解できた。

 「キャプテン・・・シルエットXを呼ぼう! 流石のオレも一対六じゃ倒せないって。で、あの人がノコノコ来たところを背後からオレが討つんだ!!」

 「なるほど、二重落ちか」

 「だろ? 『ふっふっふ・・・悪いねキャプテン、オレ、最初からこの人たちの仲間だったんだよ』ってね」

 「うん、なかなかナイスシチュエーションじゃあないか・・・」

 赤い騎士の提案に、邪眼導師は唸る様な声を上げる。どうやらこの二人は意気投合したらしい。類は友を呼ぶというが、随分早いのではないか。だが、直後、マリアは自らの危惧が尚早であることに気づく。

 「よーし、じゃあ・・・」

 「ああ、悪いけど却下」

 意気を挙げる自由騎士。だが、唐突に飛び出す冷めた声が、あっさりと出鼻を挫く。

 「キミの提案も悪くないけど、それは却下だ。不採用。ダメぽ」

 「へぇ、どうしてだい?」

 問い返す自由騎士の語調は相変わらずの柔和なものだった。だが、その声の響きに、刃が震える音に似た鋭く冷たい音色が僅かに混じる。

 邪眼導師も、その顔に嘲る様な冷笑を浮かべ答えを返す。

 「悪いけどキミの名前が気に食わない。自由(フリーダム)、なんて掲げる根性もね。それに、君の姿(キャラクター)は僕に似ている」

 近似した二人の男の交感は、結局のところは局という形に落ち着いた。最悪の事態を迎えず胸を撫で下ろすマリア。それを考えながらも彼女の心中には一つの思いが浮かんでいた。

 (近親憎悪ってやつかな)

 謡う様に言う魔王の言葉をマリアは自らの言葉で理解する。彼女には余り経験のあるものではなかったが、近しい人間に自分と同じ様な特性があると対抗心を燃やし、或いは憎しみにまで到るらしい。

 (華凛も・・・そうだったのかな)

 名門に生まれ、自身も才に溢れた陰陽師であったかつての友。彼女の周りにも、同じように名門に生まれた人間や、同じ目標を目指した人間がいた。彼女らへの憎しみの根は或いは近親憎悪だったのだろうか。

 「そ、それに求人なら間に合ってる。リクルート活動はほかでやるんだね」

 「心配無用、ちゃんと扶持は貰ってる。ま、仕方ないかな」

 魔王が言い捨てると、騎士はあっさりとそれを承諾する。そして、徐に彼は声を張り上げる。

 「ロートヴォルフ!」

 『WOON!』

 自由騎士に応えるのは犬か狼の鳴き声。それと共に、先ほど返信前のライダーを跳ね飛ばしたバイクが主の下に戻ってくる。その様子は何と無く、投げたボールを取って来た犬を思わせた。それは実際、犬・・・いや狼に類する獣の頭部を模してフロントカウルを成型した赤い大型のバイクだ。

 ロートヴォルフ・・・確かドイツ語。意味は赤い狼。なるほど、名は体を現している。

 「まさかとは思うけど、冥府の神・・・じゃあないよね?」

 「そんな大それたものじゃあ無いよ。自由の風の元に生きる、しがない傭兵さ」

 「・・・安心したよ。苛められるかと思った」

 言いながらも魔王の表情は微塵もその言葉を語っていない。そして彼は不適な表情のまま問いを返す。

 「さて、そんな傭兵君、君のお仕事ってのはなんだい?」

 騎士は槍をチアがステッキでそうするようにくるくると回転させ、構えを取る。そして、細く鋭い目に灯る緑の光を向けると不敵に答える。

 「キャプテンは言っていた・・・祭りがあれば、それを盛り上げろ・・・と」

 「成る程ね」

 くくと笑う邪眼導師。やがて彼は何度か頷くと、右手をサッと翳す。同時に、これまで彫像の様に静止していた五人の男女が呼応し、動き出す。

 「良いだろう。主役が来るまでのお慰みだ――スペクタクルを、見せてもらおうか」

 五人の男女は、各々に異なる構えを取る。そして彼らが次々に口にするのは何れも、


 変身――


 力強く、しかし魂の篭らぬ声が唱える。直後、彼らの腹部から強い力を帯びた光が放たれ、そして全身を包み込んだ。






 辺りを目映く照らしていた光も、やがて吸い込まれる様に消えていく。そして、光が消えた後に現れる者は各々、まるで異なる意匠を与えられながら、ただの一目で“それ”と判る姿へと変貌、否、変身を遂げている。胸を覆うのは筋肉の構造を模した装甲。腹部には巨大なバックルを備えるベルト。頭部を覆うマスクは髑髏か昆虫を思わせ、巨大な眼球は複眼構造を有している。そして額には対となって生える触角と小さな単眼が一つ。
彼らの姿は紛れも無く――

 「仮面ライダー・・・軍団」

 悪夢のうわ言の様に呟くのはマリア。彼女を十字架に磔にしたのは彼らである。邪眼導師が投入した百近い数の魔界生物を、陰陽連の戦闘陰陽師と共に退けたマリアだったが、『彼ら』の力は有象無象の雑兵たちと比べるべくも無かった。

 今更、一を逸に、千を閃と誤字するのは流行りに乗り遅れているだろうか。その言葉が、何より相応しい戦士が眼前に五人。

 それに対峙するのは、深紅の騎士と、彼の騎馬たる鋼の狼。両者を見比べ、マリアの心中に去来するのはこれ以上無い不安。彼の力がどれ程のものか未知数にも程があったが、只の一人で五人の仮面ライダーに抗するのは余りに荷が勝ちすぎるように思えた。だが、

 「シュフ・・・」

 歯の隙間から息の漏れる様な声。

 「シュフフフフフ・・・」

 それが自由騎士の口から発されたものと気づくのにマリアは暫時の時間を要した。

 「シュファファファファファファ!」

 やがて、高らかに発されるように成るにつれ、その音が笑い声であることに気づかされる。

 「シュファファファファ!!! シュファァァァファファファファファファファファファファファファファファ!!!!!!」

 身体をくの字に折り、酷く嬉しそうに、酷く楽しそうに。そして彼は唐突に笑うのを止める。

 「素晴らしい!!」

 五人のライダー、邪眼導師、マリアと視線を向けた後、自由騎士は天を仰ぎ見、待ち侘びたプレゼントを喜ぶ少年の様に声を上げる。

 「待っていた・・・待っていたんだよ! これを! こんな戦いを!! 人生に有難う!! 生きてて良かった!!」

 「フフ・・・面白い事を言う。死を前に生を喜ぶとは滑稽な話だねェ」

 嘲笑混じりに評する魔王。だが、マリアには自由騎士の高揚が判らないでもなかった。

 バトルジャンキー。

 戦うこと・・・本来ならば手段である行為そのものに価値を見出し、求める者たち。マリアも自らに、敵と、それを打ち倒すことを求める性癖が在る事を認識していた。故に、自由騎士の興奮に少なくない共感を覚えていた。やがて自由騎士は槍の石突で地面を叩く。

 「シュファファファ・・・よく言うじゃないか。経過より結果が大事だって」

 「それを言うなら結果より経過、だろ」

 「そうとも言う」

 平然と言い返す自由騎士。対して邪眼導師も憤りを見せるでもなく薄い笑みを浮かべる。

 「まあ、いいや」

 そう呟いた彼の表情の裏側に、飢えた何かが鎌首を擡げた様にマリアには見えた。やがて、毒蛇の魔王は静かに右手を頭上に翳す。

 「シュファファ・・・そう、どうでも良い」

 楽しそうに佇みながらも、自由騎士は自らの発する殺気の密度を高めていく。

 やがて邪眼導師は裁断の剣を下ろすように、腕を振り、そのまま深紅の騎士を指し示す。

 「・・・ライダー闘え(ファイト)!!」

 雄々、と吼え声が上がる。

 それは悲鳴か、或いは理性の枷が外された獣の雄叫びか。否、魔王の殺意を移す鏡と成り果てた仮面ライダーの声だ。

 「イイね。ゾクゾクする・・・!」

 殺到する髑髏のシ者。それに対峙しながら自由騎士の口からは恍惚の声。両手が長柄を握り絞め、腰が深々と落とされる。そして、制空圏内に近づく彼らをまるでショーウィンドウに並ぶケーキを見つめる様に、楽しげに眺める。

 「決めた」

 やがて、彼はライダーの一人を見定め満足そうに頷く。最初のお楽しみを決定したのだ。 

 背中に、四枚の翼・・・いや、翅が開く。羽虫を思わせる、透き通った翅が。

 イイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィン

 小刻みに震える翼。響く羽音は徐々に高くなり、やがて可聴音域を越えて聞こえなくなる。

 「!!」

 気が付けば深紅の騎士の姿は消えうせている。何時の間にか、何の予兆も為しに、さり気無く。直後にマリアの知覚に触れるのは、削岩機が岩を抉る様な掘削音と、厚い胸板を激しく撓ませ、膝から崩れ落ちる褐色の戦士。

 ドゴォッ

 更に戦車がその火砲を放つ時の爆発音と共に虚空に打ち出される錐揉みする影が二つ。バッタに似た深緑の戦士と薄い布を纏った三つ目の戦士。そして、自由騎士は何時の間にか上空に。悠然と構え、そして振り下ろされた長物が二人の戦士を地面に叩き落す。

 【Satellite-link,Five arms system on-line,GENOCIDE‐SPREADER open】

 呪文が詠唱される。遥か星の海に浮かぶ天の門を経て殺戮兵器を召喚する電子の呪文が。パトリオットの広く大きな肩に現れる、テレビの走査線を思わせる幾条もの光と、細かい稲妻。やがて光は明確な像を結ぶ。現れたのは、薄黒い金属で出来た直方体。正面には碁盤状にパネルで閉じられてある。

 『セイフティリリース・・・G・Sミサイル、ファイア!!』

 引き金が絞られる。それと同時にパネルは爆音を放って弾け、その内側より兵隊蜂が巣より飛び立つように、無数の小型ミサイルが発射され、噴煙で中空に幾何学模様を描く。

 「彼は仮面ライダーパトリオット。アメリカ合衆国を護る“正義の戦士”さ」

 「・・・知ってるよ」

 何処か皮肉っぽい台詞。言葉の裏に潜められた悪意にマリアは表情を歪める。

 「核爆発にも耐えうるように設計された超々硬度の装甲にタキオン通信を利用して転送される五つの超兵器が彼の武器さ」

 だが、彼女の不快などまるで気にも留めず、楽しそうに説明する邪眼導師。

 『聖霊よ・・・』

 一方で、祈り願う声。呼応する様に額に光るのは埋め込まれた小さな石版。やがて青白いオーラが立ち上り、それが幾つかの球を象っていく。

 「彼女は仮面ライダーエル。君も良く知っている“ローマカトリック最強戦力”であるセラフとほぼ同じ技術で生み出された“ユダヤ教会最強戦力”さ。セラフ君が神聖な退魔武器を得物とするのに対し、彼女は十種の神通力、通称“テン−コマンド”を操る」

 「先輩、みたい」

 「そうだね。彼女は欧州の鬼神と言えるかもね」

 頷く邪眼導師。

 【SLAVE COMMAND】

 『避けて・・・』

 懇願する傀儡の聖騎士。意思でそうすることを拒みながら、魔王の虜囚となった彼女は、光球をとどめ置く事は出来ない。既に描かれた噴煙の軌跡を縫うように、破壊の光は飛び立っていく。

 「避けて、かな」

 自由騎士の進路を阻むのは生体反応を追跡する対人殲滅用ミサイルと、神の意思を代行する僕の星。破壊力の怒涛、奔流。だがそれを前にしてあくまで余裕の相好。ふふんと鼻で笑う。出鱈目に撃っておいて良く言うものだ。普通なら避ける事は出来ない。普通ならば、だ。

 「お言葉に甘えたいところだけど」

 「!!」

 言葉とは裏腹に弾幕に向かって飛び込んでいく自由騎士。自由とは愚か者の行為を意味したものだったか。当然の如く、破壊光は飛跡を曲げる。獲物に襲い掛かる瞬前の猛禽の様に。殺到する膨大な光量。

 「こういう時言う台詞は・・・」

 群れ成す火と光とが、深紅の騎士に収束する。

 逃げ場は無い。

 「『“これ”が良いんじゃないか』・・・かな」

 破壊の下僕が集結する瞬間、深紅の騎士は急制動をかける。そして、ほぼ同時に後退。四方から一点に迫っていた火線は一点で収束する。

 直後に生じるのは赤い大輪。後続の弾も次々焔に飲まれ、新たな花を咲かせていく。ひきつけて、かわす。自由騎士がやったのはただそれだけ。しかし、シンプル故に確実。特に、0か1かで判断するメカニズム相手ならば。

 (・・・)

 『オオオオオッ!!』

 雷撃は軽くいなされたが、しかし襲撃は未だピリオドどころかカンマすら打っていない。飛び込むように目の前に現れる緑の影。トノサマバッタか、或いはイナゴを思わせる全体のフォルム。カブトムシやクワガタムシなどの甲虫目が主流の昨今において、古典である直翅目をモティーフに選んだ彼の姿は逆に目新しい。

 「彼の名は仮面ライダーテラ。バイオケミカルとアニミズムの融合によって生み出されたバッタの改造人間さ。技術的にはマリアちゃんに一番近い類のものかもしれないね」

 「・・・」

 「テラ・ガーディアンズと言う地球環境保全を目的に掲げた組織に属し、戦っていたらしい。彼のミソは体内に流れるバイオスフィアリキッドと呼ばれる人工血液。お腹にある風車状の器官から周囲の精霊力を取り込んで活力に転換できるんだ」

 そう言って指差す邪眼導師。テラの腹部にある風車が猛烈な勢いで回転し、周囲の空気を掻き集めていた。

 「!」

 一方、驚いたような反応を見せる自由騎士。補足された事にではなく、その回復力に。ジハードとルドラは未だ立ち上がってもいないのだ。彼の耳には、超回復の種明かしが届いていないらしい。僅かな動揺は一瞬の遅れを招く。

 『スラッシュハンド!!』

 振り上げられた右腕は深緑の処刑刀、それが空気を抉る不気味な擦過音を上げて、深紅の騎士を肩から腹にかけて切り裂いたように見えた。存外に呆気ない、そういう顔をしているのは邪眼導師。大きな眼を更に見開いて愕然としているのはマリア。

 「自信なくすなぁ。結構、重くしておいたのに」

 しかし自由騎士は、ぼやくような声で呟いて、彼らが見たものが錯覚である事を教えてやる。両断された深紅の影は、蜃気楼のように消えて失せる。マリアが彼の姿を見出したのは、その直後のテラの背後。残像か、或いは光学的なホログラフィか。いや、彼はずっと其処にいた。深緑の戦士が腕を振り上げた時から既に、深紅の騎士は其処にいたのだ。直感的にそう思うマリアだったが、理由までは見当がつかない。改めて思い返してみれば確かに其処に居た様に思えるのだ。そんなことを考えていると、徐に邪眼導師が口を開く。

 「分身・・・じゃあないな。立体映像でも」

 「・・・」

 見透かすような言葉も、流石にそろそろ馴れてきた。どうせこんな人間ばかりなのだから。

 「面白い。あんなものが有るなんて」

 直後、魔王の口から発された言葉にマリアは僅かに落胆する。どうせ口を開くなら、もう少し実のある話をすれば良いのに。

 「・・・愛のシッタカブッタって知ってる?」

 「あ、ああ知ってるよ。ゴッドの悪人怪人だろ?」

 ぎくりと殊更に判りやすい効果音を上げる邪眼導師。彼の頬に、マリアは確かに冷や汗を見た。

 『オオオオッ』

 テラの背中の翅が四方に延びる。薄く脆弱なそれは飛行用ではない。空中での姿勢制御用だ。彼はそれを羽ばたかせ振り返ろうとする。しかし、僅かに早く、自由騎士の槍が穂先を肩甲骨の間の肉に撃ち込まれる。

 バシュウッ

 「・・・二重の螺旋(ドッペルトクーゲル)!」

 生態装甲が粉末に変わり、肉が爆ぜて飛沫となった血に混じり、骨を砕く。しかし、工程に要した時間は刹那の三分の一。その僅かな時間に一本の串刺しが完成する。バッタの串刺しが。

 「・・・ぁっ!!」

 悲鳴が、声にならない。血飛沫が自由騎士に注ぎ、深紅の鎧を更に赤へと染めている。だが――

 『ウゥ・・・オォォオオオオオオオオッ!!』

 口元を複雑に覆う牙が開き、テラの口腔から吐き出されるのは血と叫び。だが、それは死を前にした鬼哭というには余りに力強い。

 少々慌てた様に槍を引き抜く自由騎士。肉が締まり獲物を奪われることを避けたのだろう。しかし同時に噴出す血量が急激に増える。

 「・・・ん」

 血にきらきらと光る何かが混じっている。砂粒より遥かに小さい、粒子状の何か。それが徐々に光を強めていく。

 「なるほどね・・・なら」

 得心する自由騎士。血に混じる光の粒子が深緑の戦士の力の根源であることに気づいたようだった。そして、対抗手段にも。

 「スペルエミュレーション、起動!」

 即ち、修復速度を上回る破壊を行うか――

 『黒の破壊者、銀の狩人、陽の悪霊、幻影の将の名に於いて現出せよ』

 槍が肉から引き抜かれ、再び血が大輪の花を咲かせる。同時に自由騎士の口から漏れる奇妙な言葉の羅列。独特の音韻を持つそれは日本語ではない。

 『天より生じる針。針先には毒。もたらすモノは勝利と爛れ。英雄は堕ち、炉に溶ける』

 槍の穂先がぼうと赤く輝く。それは血にも炎にも似た禍々しい災いの色。そして、災禍の光は一条の流星となって深緑の戦士に撃ち込まれる。

 『軍神の仇敵(コル・スコルピオ)・・・!』

 七割修復が終わった傷口に、再び差し込まれる刃。その音はさくりと果実を切るように弱く、背を抉り胴を貫いた先の一撃に比べ、如何にも軽い。しかし、しかしその一撃で、テラの全身は弛緩する。四肢から力が抜け去り、人形か何かの様に力なく落ち、動かなくなる。

 「呪――!」

 「いや」

 寸前まで修復していた傷が、今は壊疽し爛れている。それを見て上がりかかったマリアの声は邪眼導師によって留められる。

 「魔力だよ、マリアちゃん。魔力付与(エンチャンテッド)系の魔術だ。成る程、そんな技も使えるのか」

 軽い感嘆が声に混じる。

 「魔力を刃に込め、テラの霊的経路(チャクラ)を寸断するように、それを差し込んでやったんだ」

 「偉大な勇者も其処だけは弱いからね♪」

 歌う様な呟き。まずは一人。苦悶を搾り出す深緑の戦士を一瞥し、次なる標的を探す赤い狩猟者。その瞬間、彼の眼前で唸る大気。嵐の塊の様なものが彼を掠める様に飛来したのだ。チラリと細い目を向けて見やるY−BURN。アプローチは相手の側――褐色の戦士。

 「仮面ライダージハード。かの“秘密結社ショッカー”に連なる地下組織、『黒いジハード』が造りだした三体のエリート改造人間の一体。甲虫類の強靭なパワーと装甲、更に2005年度最高水準のナノテクノロジーでマイクロ化された無数の武器を内蔵した“地上戦艦”の異名を持つ仮面ライダーさ」

 ジハードはギミックによって右腕装甲を上下に展開し、径の奥から無数の電光を散らす砲身を向けている。

 砲口を閃かせ、嵐の塊を連続して撃ち込んでくるジハード。自由騎士は軽やかにそれを避けながら急降下、接近を試みる。

 ドウ、ドウ!

 轟音は砲声。空気を抉るそれもまた、空気。空気の塊と言うと心許無いかもしれない。だが、極度に圧縮されたそれは、触れれば肉が潰れ、血が血液のままに煮える高圧高温の凶器。無論、触れれば、の話だ。かつて神と崇められた天才ボクサーの格言の如く、翅に風を孕み蝶の様に舞う自由騎士に、見えざる大気の牙も本来の効果の幾分すら効果を発しない。

 「行くぜ、V−MAX!! エネルギー全・開!」

 そして彼は二又の切っ先を前に突き出すと、猛烈な速度で空を滑りくる。雀蜂が刺す様な鋭い突撃(チャージ・アタック)だ。

 『スラッシュプリズン・・・』

 対して徐に左手を広げ五つの指先を向けるジハード。刹那、鋭光が閃く。無数の光点に拡散しながら迫ってくる煌き。待ち構え、至近から放たれたそれが、無数の針だと把握できたのは、自由騎士の頭上を通過した瞬間。

 (・・・?!)

 奇妙な光景だった。マリアには少なくとも自由騎士が回避行動を行った様には見えなかった。超速の動作ゆえ、か。そう仮定しつつも、彼女は何かが腑に落ちない。光景同様の奇妙な違和感を覚える。

 「気付いたかい?」

 問うような邪眼導師の声。相変わらず彼の“目”は何れも、Y−BURNを見ている。

 上からの攻撃に交差された両腕。しかし、槍の棹はその下に出現し、ジハードの肩を打ち据え、叩き伏せ、右の膝を突かせる。

 「・・・へん」

 「不思議だねぇ」

 立てた膝の皿が開き、其処から現れるのは黒光りする八つの径。それが機関砲である、と認識するより早く、火と爆音と弾丸がばら撒かれ始める。

 降り注ぐ飛礫の雨に、砕けて砂になったアスファルトが飛散する。だが、其処に肉や血の欠片は一片も混じってはいない。

 自由騎士は、また“いなくなって”いる。既に其処にはいないのだ。

 赤い影が聖戦士の頭上に翻る。打ち据えた反動を利用した跳躍。瞬発力と身軽さの為せる技か。背中合わせに降り立つ自由騎士。彼の得物である長柄の槍は、いつの間にか前方に向けて長く棹を突き出している。

 「破っ!」

 グキィッ

 裂帛の気合、咆哮と鈍い破砕音が重なる。猛烈な勢いで引き戻された石突がジハードの背面を襲ったのだ。ビクンと一度、全身を痙攣させると褐色の戦士はそのままうつ伏せに倒れ伏す。

 「物足りない・・・この程度?」

 呟きが聞こえた。酷く不満げな問いが。対する答えは閃光。横薙ぎに襲う雷光の一撃に、自由騎士は避雷針代わりと槍を立て、棹の半ばで弾いて止める。風になびく長いマフラー鮮やかな赤。撃ち込んできたのはエル。彼女が一本の槍に束ねた神の雷だ。直後、二本の槍は乱舞して苛烈な打ち合いが繰り広げられる。上に下に突き出される穂先。或いは舞う様に振るわれ、ぶつかり合う。それは、二つの竜巻が互いを飲み込もうとする様を想起させる。周囲のライダーたちは刃が烈風となって吹き荒れる間合いの中に踏み込むことが出来ない。

 「前言撤回・・・いいねぇ」

 互いに技巧を重ねあう中で、場違いな程に安穏とした声。二人の騎士の技量は互角、いや、ほんの僅かだがエルが上回っている様に見える。だが、両者に刻まれた槍傷は明らかにエルのものが多い。それは、速度において圧倒的な分を持つY−BURNが余裕を以って捌く事が出来るためだ。しかし・・・

 【ACCELERATOR COMMAND】

 声が響く。低いようにも、高いようにも聞こえる不思議な声が。同時に、エルの額で石版が強い光を放ち始める。音の速さで後退するY−BURN。何が起こるか判らない。その為、一度間合いを放そうとしたのだ。だが、エルの追撃は追いつく。音の速さで後退するY−BURNに神の雷槍は追いついてくる。

 「やるね」

 感嘆の声。だが、その響きには『やっと当然のことが出来るようになった』とでも言いたげにマリアは聞こえた。空気のみならず爆音までも貫いて、雷は自由騎士に撃ち込まれる。

 「何処を見て・・・いるんだい?」

 しかし、突き出された槍に赤い鎧は串刺されていない。Y−BURNがからかうように耳元で問う。エルが反応するより早く、左腕が振り下ろされて、盾が雷を砕き、そして何処から取り出したのか、サイのような武器で、開ききった無防備なエルの身体にダビデの星を刻み込む。

 「やっぱり・・・か」

 鮮血を噴出しながら倒れるエル。一方、俄かに落胆の様子を見せるY−BURN。

 (やっぱり・・・)

 そして、自由騎士と同様の言葉を心中で呟き、マリアは確信に至る。自由騎士が、単に速度のみでライダーの攻撃を避けているわけでないことを。

 「ロートヴォルフ!!」

 『WOOOOOOON!!』

 狼の咆哮。それと共に走り来る自らと同じ色の鋼の狼に、自由騎士は軽やかに跳躍し、騎乗する。その手には、何時の間にか、何処からか、再び現れた長柄の槍が握られ、騎馬兵そのものの姿となる。向かう先に待つのは、ブルーの巨躯。星条旗を模したショルダーガードと、合衆国の名を刻んだブレストプレート。パトリオットだ。彼は突撃してくる赤い騎兵を前に、僅かほども避ける素振りは見せず、両腕を広げ迎え入れる様に待ち構える。

 「・・・フ、無理だな。ジハードの身体は対NBC仕様。吹っ飛ぶのは彼のバイクのほうさ」

 そう、評して邪眼導師は鼻で笑う。だが、

 「スリークォーターズドライブ!!」

 『WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!』

 ロートヴォルフが上げる咆哮は、獲物にありつく獣のそれによく似ていた。より近く、より速度が遅ければ、マリアや邪眼導師にもハンドルグリップから突き出した棘が自由騎士の指を裂き、そこから流れ出た血を飲み込んでいく様子が見えたかもしれない。そして、ほぼ同時とさえ言える次の瞬間、赤い狼は更なる加速を得る。

 「!」

 「必ッ殺!! ディザスタァァァァッファランクスッ!!」

 吼えるY−BURN。パトリオットに襲い掛かる深紅の狼より、槍衾が生じる。流星雨の如き、幾重もの閃光を孕む槍衾が。

 シュガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!

 槍衾の正体、それは恐るべき速度で撃ち込まれた槍が数百数千の残像を残し、あたかも槍兵団の突撃のように見せているのだ。超高速、いや神速で放たれる槍は刹那を要さず務めを完了する。連打は装甲を削り、亀裂をいれ、地上最強火力に耐え得る筈の青い装甲を劣化させる。

 『グオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 「続けてッ!!」

 どごぉっ

 苦悶を上げるパトリオットが燃え上がる。狼を模したロートヴォルフのフロントカウル。それが口を開き、炎の弾丸を吐き出したのだ。それと同時に、前輪が反動を受けたように浮き上がる。即ちウィリー走行。

 「技をお借りするヨ――我が好敵手ッ!!」

 浮き上がったタイヤは、無数のスパイクを突き出す凶器に変貌し、肉食昆虫の囀りを想起させる不快な鳴き声を奏でている。

 「フルドライブ――ナスティホイール!!」

 GYAGIGAAAGIGYYYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!

 凶器は猛烈な勢いで振り下ろされる。裁断の一撃というには余りに蛮性の強い一撃。チェーンソーとモルゲンステルンの合いの子を思わせる凶悪な作用を以って、槍衾と炎に晒され弱りきった装甲を抉り取っていく。

 『ガアアアアアアアアアッ??!!!』

 上がる声は最早、悲鳴。其処に知性や理性は無く獣性のみが現れている。

 『アッ、ガ・・・・・・グォ』

 やがて引き千切られた装甲が紙屑の様に辺りに舞い、内部メカが拉げる音も止む。それと同時に人が持つ『屈強』というイメージを物質化した様な青い重戦士は、膝から力を失い、爆破されたビルが崩れるように重厚な音色を上げながら倒れ伏し、動かなくなる。

 「・・・・・・」

 後に残るのは沈黙。エンジンの唸り声だけが、妙に大きく響く。仮面の戦士たちは動かない。心音、循環器系の音色から死んでいないことは確かだったが、彼らの受けた外傷から判断し、辛うじて、の一線で留まっていると言ったところか。やがて――

 パン、パン、パン、パン・・・・・・

 掌を叩き合わせる乾いた音色。邪眼導師が放つその音はどこか機械的で感情が込められていない。倒れて動かない五人を見ながらも、邪眼導師は眉を上げる様な僅かほどの狼狽も見せず、ただ楽しそうにニヤついている。

 「やるもんだね」

 「なにが、さ」

 憮然とした声がマスクの奥から響く。バイクから降りた自由騎士は、胸の前で腕を組むと彼を評価する白衣の男を見据える。

 「どうしたのさ? キミの勝ちだよ。もっと嬉しそうにしたらどうだい? 喜びは生きるための重要な糧だよ」

 「冗談は存在だけに願うよ。あんなのに勝っても全然、嬉しくないね」

 「腐っても鯛。彼らに勝ったんだ。誇っていい。キミの技、キミの速さを」

 讃える様に言う邪眼導師の言葉を、しかし自由騎士は不快そうに首を左右に振って拒絶する。

 「あれが? 違うね。あんなものは、違う。オレが知る限り彼らはこの程度で折る様な膝は持ってはいないよ。あんなものは偽者だ」

 「ハハハハ・・・」

 乾いた笑い声を上げる邪眼導師。

 「随分と過大評価するじゃないか、自由騎士。それは勘違いってもんさ。単に彼らが弱かっただけさ。存外にね」

 「違うね。存外なのはキミさ。キミの屁垂れ具合さ」

 「聞き捨てならないね。どういうことだい?」

 邪眼導師の声色が僅かに低くなる。小さな溜め息を吐く自由騎士。仮面を被っていても、彼の姿からは濃い落胆の色が見える。

 「わからないかい? 原因はキミなのさ。間違いない。キミが彼らを再生怪人風情に貶めてるのさ。洗脳によって、ね」

 「なんだって・・・?」

 「彼らの真の強さってのはね、その自由意志に起因してるんだよ。いいかい? 彼らは“風”なんだ。何者にも縛られない。ただ、自由と平和の為に吹く“風”なのさ。“風”を縛り留めようとすれば、もうそれは“風”じゃあない。単なる“空気”だ。“空気”じゃあ俺には勝てない。そう、キミが彼らを勝てなくした・・・・・・そう言う訳さ」

 誇るでも無く淡々とした調子で自由騎士は言う。だが、確かにその言葉の端々に、怒りが見え隠れする。

 「・・・成る程。フフ」

 笑みを含んだ呟きを漏らす邪眼導師。大きく裂けた口は更に大きく、蛇の様に深く頬を裂いていく。そして、まるで堤防が決壊する様に、奔流が噴出す。

 「ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 高らかな笑い。侮辱の言葉を受けて、尚、笑う魔王。自由騎士はいぶかしむ様に真意を問い質す。

 「何が可笑しいんだい?」

 「いや、失礼。可笑しいんじゃない。嬉しいんだ」

 「?」

 答える魔王だが、それでも尚、彼の心中は察し難い。マリアが首を捻っていると、邪眼導師は横目でチラリと見るように顔を一瞬彼女のほうに向けた後、改めて自由騎士を、これから購入する高価な品を改めて値踏みするように見ながら、言葉を続ける。

 「・・・君は強い。そして実に良い目を持っている。やっぱり、君の姿は僕に似ている」

 「余り嬉しくないな。同じようなキャラクターが増えるとその分だけ影が薄くなる。言っとくけど、オレは振られた光(スポットライト)を易々渡すほど、親切じゃないからね。まあ、進んで光の当たる場所に出ようとは思わないけど」

 「そう連れない事を言わないでよ。余り共感できる人間って多くないからさ・・・キミみたいなヒトに出会えて僕は純粋に嬉しいんだ」

 「それで?」

 感動の薄い回答に甚だ不満そうな表情を浮かべる邪眼導師。

 「なんだい、付き合いが悪いなぁ・・・」

 「付き合ってやる義理なんてオレは持ってないからね。結論は簡潔にお願いするよ」

 そう告げてから、深紅の騎士はフンと小さく鼻を鳴らす。邪眼導師も小さな溜息を吐いて親睦を深める努力を諦めると、サングラスで上半分を覆った顔に平時のスタンダードである冷笑を浮かべながら答えを声に出す。

 「・・・キミの御想像の通りさ。彼らの力はリミットが仕掛けてある。洗脳のためにはね、どうしても必要なことだったんだ」

 「どういうこと?」

 思わず声を出すマリア。頭の回転速度は悪くはない、程度の自負は持っていたマリアだが、それでも魔王の説明を理解するには随分と不足していた。彼女の頭の中では未だ力の制限と洗脳の等号が入れられずにいた。

 「ヒトのヒトたる強さは心に起因する」

 「え?」

 それを告げたのは邪眼導師ではない。

 「・・・つまり心の強さこそが仮面ライダーの強さの基本ってわけさ。言うだろう? 健全な肉体は健全な心を創るって。それは逆もまた然り、ということだよ、新氏マリアちゃん」

 「そう言う事」

 頷いて自由騎士の言葉を肯定する邪眼導師。

 「呪術に深い関わりを持つマリアちゃんに今更こんな説明するのも野暮だけど、“心”というものが肉体に与える力というのは、決して古臭い精神論なんかじゃあ無い。流石に物理的な限界があるから『無限に』と言う訳には行かないけれど。それでも心というものは計り知れない力を秘めている」

 確かに言われるまでも無い事だ。呪術や魔術というものは、そう言う“心”が生み出す計り知れない力の一部を任意に扱うための技術なのだから。

 「だけど心をそのままにしておいたら上手く操れないからね。本当なら、心の強さを保持したまま洗脳を完了したかったんだけど、時間が足りなくってね。だから今は内分泌系と電子的な処理で脳と肉体を切り離し機械的に制御している・・・これがまあ、リミッターの真相だね」

 「・・・!」

 邪眼導師の説明にマリアはあることに気づく。解説が真実であるのなら、五人のライダーの制御は彼らの脳に依存しているものではない。つまり――

 「下らない事するな。彼らは“正義の味方”だから強いんだ」

 「!」

 嘲りの混じる声が一刀の下に、そう断じる。

 「滅んだ悪の組織のこと、知らないんだな。洗脳はいつも臆病者が始めるが、犬みたいな従順さを求めてやるから何時も過激なことしかやらない。しかし洗脳の後では優れた知能指数だって個人主義と無茶な計画に飲み込まれていくから、怪人はライダーを上回るスペックを与えられながら無駄ばかり出て死に体となる。・・・だったら」

 「僕は奴隷なんか求めてないよ・・・フフフ、いいだろう」

 「なに?」

 「・・・リミッターをカットして、心を戻してあげよう」

 「そんなことをすれば・・・」

 洗脳は解除され、邪眼導師は手駒を失う。紛れも無くそれは自殺行為の筈だ。だが・・・

 「未完成、とは言ったけど全く出来ていない・・・とは言ってないよ? 自由騎士」

 「さあ、もう一度立ち上がるんだ! キミたちは不屈の戦士なんだろう?!」

 自由騎士を指差し――

 「こんなヤツにいいようにやられて・・・っ!」

 更に彼は自らの胸に手を当て、

 「・・・それでも“仮面ライダー”かッ?!」

 訴えかけるように両手を広げ、彼は吼える。



 ――――

 強く激しい感情の込められた一喝。



 『ぐ・・・クフゥ・・・』

 『ウォ・・・ォ』

 『か・・・ァァ』

 『ウルォォ・・・』

 『あ・・・アァ・・・』

 呻き、或いは鬼哭か。口腔の奥より漏れ出す声を吐きながら立ち上がる五人の影。彼らの放つ気配は先ほどまでの起死人(ゾンビ)の如きそれから、手負いの獣の放つ殺気となって、手傷を負わせた深紅の騎士に向けられている。背後に再び湧き上がる好敵手の気配にY−BURNは例の奇妙な笑い声を上げ歓喜する。

 「・・・応えてくれると思ったよ。流石、だ」

 「シュファファ・・・これは素敵だ。全てが台無しだ!!」

 (真紅の秘伝説だ)

 マリアは口の中で呟く様に言った。目の前の光景が余りに、余りに奇妙だったからだ。

 悪の帝国の幹部がライダーの復活に喜び、それに敵対する奇妙な騎士もライダー復活に喜んでいる。

 ふと、頭に過ぎるのは“矜持”――或いは“男のロマン”という言葉。それは時に“拘泥”と断じられる感情。無駄と切り捨てられるモノ。

 だが、マリアには理解することが出来た。いや、理解というより、もっと漠然的な、共感と言うべきか。

 (あぁ・・・)

 漏れそうになる熱い吐息を彼女は苦労して堪える。眼前にいるのは好敵手を得た戦闘狂と、被造物の支配を望む狂科学者。修羅道に喜悦を感じる者達の世界。だが、彼らに思いを馳せた時、彼女が覚えるのは腹の其処から沸き上ってくる熱が全身を駆け巡る臨戦時の恍惚感。数百年続いた“コロシヤ”の血が滾っているのだろうか。

 「さあ、お楽しみはこれからだ!」

 楽しそうに、とても楽しそうに言うと、自由騎士は再び髑髏仮面の戦士たちとの戦いに没入していく。

 「ライダァァァァァパンチ!!」

 ジハードが繰り出すのは空気を掘削する重い音色の拳撃。

 「!」

 捉えた。その一打は確かに自由騎士の鳩尾を捉え、彼の身体の芯を衝撃が貫いた。直後に深紅の騎士は崩れ落ちる――少なくともマリアには、いや、その場にいた自由騎士以外の者達には、“そのように”考えたはずだ。だが、倒れ伏す筈の自由騎士の姿は何時の間にか褐色の戦士の拳の先から姿を消している。これまでと同様に、何の予兆もなしに。

 「・・・!」

 どうやら、ライダー達が自由騎士を捉えられないのは、単純にスピードだけの問題ではない様だ。時折。まるで見当違いの方向へ放たれる攻撃。いや、正確に言えば、見当違いだった方向へ放たれる攻撃。その直前まで、其処に確かに存在していた筈の彼が、ほとんどタイムラグ無しに、まるで瞬間移動した様に別の空間に現れているのだ。高速と急制動に伴う残像現象の類か。忍者少女はそうも思いかけるが、微かな違和感に首を捻る。よく思い返せば、直前まで居た様に感じたその空間にY−BURNの姿は無かった様な気がする。恐らく五人のライダーも同様なのだろう。何も無かった空間に、彼の気配を感じ、攻撃を誘発されているのだ。

 「シュファファファファ!! 最強! 最速!! MAAAAAAAXッ!!」

 勝ち誇る様に高笑いとキャッチコピーをぶち上げるY−BURN。

 「EX奥義!!」

 ゆらり、と赤い影が揺れる。

 「黄昏流星(トワイライトスター)!!」

 シュガガガガガガガッ!!

 直後、光の筋が檻を造り、ライダーたちが引き裂かれていく。“瞬間移動”によって常に死角に回り込むようにしながら刺突を繰り返しているのが彼女の目には見えた。だが、その一撃一撃が本当に打ち込まれているかさえ確信を抱けない。放たれる筈の空間から攻撃は放たれず、しかし誰も居ない筈の空間から攻撃が来る。それは宛ら逢魔が時の幻影。地に揺らめく陽炎。ライダーたちの巨大な複眼で以ってしても、正確な捕捉は成しえない。だが、

 『来たれ! 嵐よ!!』

 吼えたのは薄布を纏ったライダー。その右手には鈍く金色に輝く独鈷が握られている。

 ごおうっ

 まるで龍の咆哮を思わせる大気の唸り。直後、白昼に現れた陽炎は、見えざる拳に打ち据えられたように薙ぎ払われ木の葉の様に舞い飛ぶ。癖毛の金髪がゆらゆらと揺れ、強い風が顔に砂埃を押し付ける。そのライダーは魔術的な力を使い、強烈な突風を巻き起こしたのだ。

 「・・・彼は仮面ライダールドラ。額に埋め込まれた霊石が分泌する特殊な物質の作用により嵐の神ルドラの力を引き出し使用することが出来る。実は悪の秘密結社、『シバの瞳』の元主催者で僕のライバルだった男でもある」

 「なんでそんな人が仮面ライダーって・・・」

 敵対する組織によって改造されたことが仮面ライダーになる切っ掛け、という事例は余り珍しくない。鬼神やアスラ、それにローマ法王庁の“セラフ”など、陰陽寮と関わりのあるライダーには例外のほうが多いものの、全体として見れば今も尚主流である。だが、それでも悪の組織の主催者が、というものは先ず聞かない。組織の尖兵として戦っていたものこそ居るらしいが、それでも首領と仮面ライダーを兼任したものの話はマリアも始めて聞く事柄であった

 「悪の秘密結社とは言っても遣ってたのは悪徳商人から宝を盗むとか、他の秘密結社の活動を妨害するとか、殆んど義賊というか自警団みたいな活動だったからね。詳しいことは知らないけど、そんなことやってる内に目をつけられたんじゃないかな」

 懐かしむ様な口調。思い馳せるのは戦いの日々だろうか。

 「はぁっ」

 吹き飛ばされた深紅の騎士は空中で自らの身体に制動を駆け、一瞬停止すると、再びライダーたちに突進する。地面と垂直に、落下するように。凄まじい速度に、彼を象るディティールは少しずつ消え、赤い光が残り、やがて、それも空気に溶ける。改造人間の動体視力を上回ったのだ。だがライダーは彼を迎え撃つ。深紅の竜騎士を迎え撃つのは赤土色の聖騎士。エルは、地面を蹴って後方に飛ぶ。本来ならば、感知し得うる道理が無い。それにも関わらず、彼女は避ける。いや、自らの攻撃ポジションに、彼女は進軍したのだ。

 ぎゅううぅぅっ

 悲鳴にも似た引き絞るような高い音色とともに、地面より僅かに上で停止する自由騎士。彼が繰り出したのは急降下攻撃。だが、それも虚空を穿つのみに終わり、獲物を地面に縫いとめない。槍が地面を抉る寸前に、翅で大気を叩き跳ねる様に宙に逃れる自由騎士。だが、空気の反作用が彼の肉体を持ち上げるより速く、エルは神より与えられた奇跡の技を行使している。

 【ACCELERATOR COMMAND】

 急加速するエル。彼女は再び大地を蹴ると、彼女の身体は質量弾と化して飛び立つ直前の自由騎士を一撃する。人間魚雷、いや人間トマホークというべきか。運動エネルギーは質量掛ける速度の二乗。大きな負荷が胸部装甲に加わりミシリと亀裂が走る。

 「ぐ・・・ッ!!」

 苦悶の声。彼は咄嗟に後方へと飛び、衝撃を幾分受け流した。だが、自由騎士の身体は細身を極める。単純な体当たりさえ充分なダメージとなる。翅の震えが停止して、浮力が消えうせる。しかし、彼は地面に堕ちる直前、石突で地面を打ち、その反動で回転しながら中空に戻る。

 シュバババッ!

 「なっ?!」

 しかし飛び立った直後、無数に切り刻まれるY−BURNの装甲。彼は、目を凝らして自らの迂闊さを呪う。宙にうっすら黒く極細の針の様なものが漂っている。

 「く・・・」

 裂かれたその場所から噴出すどす黒い血。黒い返り血に染まるのはた、空中に停止する極細カッター、スラッシャープリズン・・・ジハードの兵装だ。予め逃れる方向を予見して先行して放出、設置していたらしい。だが、そんな状況分析をしている暇は彼に与えられていない。眼前には既に巨大なトンファーのようなものを右手に装着したパトリオットが迫っているのだから。

 『ウウオオオオオオオオッ!!』

 捻った上体を高速で旋回させ撃ち込んでくる合衆国兵士。マリアの知るスペックデータが正しければ、彼が握るL型の格闘武器は、掠っただけで自由騎士をブリキ細工のように引き裂ける破壊装置だ。

 「チィッ・・・!!」

 無論、自由騎士もそれを理解している。稲妻を纏う雷神のハンマーのような鉄塊を確実に避けなければならないことを。そして確実に回避できる先がライダーテラの狩猟場だったということも。其処こそが被害を最小限に留める唯一のスイートルーム。

 ギ・・・イィィィィィン

 テラが放つのは弾丸の様な貫手。しかし、それは見慣れぬ武器によって受け止められている。いや、武器がマリアにとって既知でない、と言う事ではない。彼の手に先程まで握られていたのは槍。それも斧槍(ハルバード)に似た長柄の槍。だが、深緑の弾丸を受け止めたのは槍ではなく手斧(フランシスカ)、いや手斧に似た小柄な武器。

 「Y−BURN、グラップコンビネーション!!」

 自由騎士の咆哮が切り結びに終わりを告げる。弾かれる互いの武器(オノ)と武器(テ)。一瞬、引き戻されるお互いの武器。だが、直後に再び衝突。やはり再び弾きあい、三度、四度と繰り返され、

 ギギギギギギギギギギィン

 やがて彼らを中心に、幾重にも幾重にも甲高い音が重ねられていく。それは互いの高速連打が打ち落とし合う音色。だが、自由騎士はこの命(タマ)を取り合うラリーを続けるつもりは無かった。周囲には彼との約束の相手が四人も迫っているのだ。

 「こぉぉぉぉぉいッ!! ロォォォォトヴォルフッ!!」

 『WOOOOOON!!』

 赤いバイクが主命に応えて突進してくる。彼の鋼の顎は上下に開かれ、口腔の遥か奥から地獄より取り出されたように猛り燃える炎の塊を発射する。

 【REFLECTION COMMAND】

 だが、火線の軌跡に割り入る赤土色の騎士。エルの全身は薄い緑を帯びた光の膜で包まれている。地獄の君主が貸し与えた獄炎は、しかし唯一神の加護を打ち抜くことは出来ず、契約者たる深紅の狼に打ち返される。

 「・・・ガル、じゃなくてロートヴォルフ!!」

 悲鳴に似た声を上げるのは自由騎士。無論、冥府の番犬の名を冠する赤い狼は、機敏に蛇行して自らの放った獄炎に焼かれることなどない。だが、其処に生じた隙をライダーたちは逃さない。褐色の影がマントを翻しながらロートヴォルフに覆いかぶさる。

 『Wu・・・OOOOOON!!』

 直後、響くのは悲鳴の様な鳴き声。よく見ればジハードのベルトのバックルが開き、そこから伸びた無数のコードがまるで蛇か百足のように蠢きながらロートヴォルフの装甲内部に潜り込もうとしている。

 「相棒に・・・ッ」

 自由騎士は一瞬斧を大きく引き、腰を深く落とす。そして、ほぼ同時と言って良いほど間の無い直後、屈伸によって溜められた全身のバネを解き放ちながら槍を捻り込む。

 「ソロ・ブレットォォォォッ!!!」

 急激に伸展する柄と螺旋を描く穂先。ドリルを思わせる一撃は胸に狙いを定めた必殺の一撃。

 ギィィィィィィン!!

 耳障りな異音。肉が弾け、血が飛沫となって飛び散り、それらが焦げ付く異臭が瞬間的に広がる。

 「!」

 だが、弾けたのは手の甲、それに胸に僅かに抉り傷。テラは刃が胸に達するより僅かに早く、上体を逸らしながら踏み込んで、交差した手の甲で棹の部分を挟み込み、跳ね上げたのだ。そして大きく開いた自由騎士の身体を見逃さず脇腹に目掛けてミドルキックを繰り出す。

 ゴウッ

 唸る一閃。だが不自然な姿勢から放たれた為、切れ味に欠ける。自由騎士は跳ね上げられた槍に身を任せ、受け止められた部分を支点に飛び上がり、温い蹴撃を悠々と避け果たす。

 「相棒に手を出すんじゃねぇぇぇっ!!」

 何時の間にか自由騎士の姿はジハードの前に現れていた。テラはもはや影も残らぬ空間に突きを繰り出してバランスを崩している。トリックオアスピード。何の手品か或いは単に速いだけか。目を凝らせども未だに見切れない。吼えながら繰り出された突きが、更に伸びる。

 グゴッ

 鈍い音がジハードの胸に響き、彼を落下させる。石突を向けて放たれた突きに貫通能力は薄い。だがその回転と速度はジハードをバイクの上から突き飛ばすに足りるものだった。しかし、既に彼がいる場所は、彼の支配領域ではなくなっていた。

 「?!」

 異変を感じ狼狽するY−BURN。翅が、叩くべき空気を捉えない。彼を押し包むのは即ち真空。ルドラが放った大気の魔術が彼の周囲から大気を構成する分子のすべてを取り払い、飛翔を封じ込めたのだ。一瞬の戸惑い。だが一秒に満たないタイムロスさえ致命となる。一瞬の間に、空気は再び彼の下に戻ってくる。

 ゴオオオオオオオオオオッ

 「ぐあああっ」

 ただし、凄まじい気流を伴って、である。莫大な量の空気の塊が、巨人の手が握り締める様に自由騎士に襲い掛かる。

 「スペルエミュレーション起動!! 万象遮る幻魔の灯火は乾坤の理法によって弾かれ返るッ! 輝けッ! ウィルガァァァァドッ!!」

 激しく錐揉みする自由騎士。だが彼の左腕で円盤状に何かが輝く。それは前腕に備えられた小型の盾だ。彼が盾で殴りつけると気流の渦は一瞬で砕け散り、深紅の騎士は風の縛鎖より解放される。

 「くぅっ・・・!」

 が、慣性までは如何ともし難く、吹き飛ばされ、地面をこそぎ取るように滑って止まる。

 「フフっ・・・手強い!」

 「だ・・・大丈夫? 自由騎士さん」

 不時着地点は十字架の直ぐ近く。紛いなりにも自分を助けてくれている深紅の騎士に彼女は声をかけるが、

 「ノープロブレム!! ハハハ・・・楽しいッ!!」

 血を流し傷つきながらも、自由騎士が上げるのは歓喜の声。サディズムとマゾヒズムの綯い交ぜになった感情、いや官能。翅を甲高く震わせると、再び、戦いに没入していく。そしてまた、消えては現れ、現れては消える深紅の影。幻惑的でありながら、無邪気さを多分に含む空中舞踏。それを見ながら邪眼導師は喉を鳴らすように小さく笑う。

 「くくっ・・・キミもやるねぇ、自由騎士Y−BURN。だけど残念ながら、キミの『謎』はもはや僕の舌の上さ」

 「謎?」

 「そう・・・ライダーたちが意味も無く攻撃を外した『謎』を、さ」

 勿体ぶった台詞で勝ち誇ってみせる邪眼導師。見ていて余り愉快なものではない。マリアは先を促すように言う。

 「わかったの?」

 「フフフ・・・マリアちゃん、邪眼の力を舐めるなよ」

 「その割りに、時間掛かったみたいだけど」

 「う・・・」

 痛いところを突かれたのか呻き声を上げ、うずくまり掛ける邪眼導師。だが彼は直ぐに空元気を振りまいて立ち上がる。

 「まあ、兎に角! 種明かしするよ」

 「・・・誤認能力、でしょ?」

 「ゥえ?!」

 先んじて告げたマリアの顔を邪眼導師は意外そうな顔で見返す。忍者少女は小さな溜息を一つつくと言葉を失う魔王に答えを返す。

 「・・・わたしのこと甘く見てない? “見る”ことはニンジャの仕事の一つなんだから。ライダーさんたちの動き。自由騎士さんの移動パターン。その不自然さを見れば、そろそろ見えてくるよ。そういう術だってあるんだし」

 「・・・なるほど。そういえばキミは陰陽寮トップ5って言われてたね」

 「最近、自分でも忘れてるンだけど」

 自嘲的に笑うマリア。最強の五人――昨今の己の働きを省みれば、その称号が如何に分不相応であるかを痛感できるからだ。

 「それよりも」

 言葉で区切るのは、寧ろ暗い底へと向かいそうになる思考。一旦、その場しのぎ的に自らの感情を割り切り、彼女は生じた疑問を口にする。

 「どうして――あんなに上手く戦えるんだろう?」

 「なにが、だい?」

 「ライダーさんたちが、だよ。だって彼ら、結局、半分は暴走してるのと同じでしょ?」

 それが先ほど行なわれた説明に対するマリアなりの解釈だった。邪眼導師はふむと感心したように頷いて答える。

 「洗脳、とは言っても、意識の書き換えは行っちゃいない」

 「じゃあ・・・一体」

 「簡単さ。深層意識と表層意識の連絡を絶って“物事を考えられなくした”のさ。後はまっさらな表層意識に“敵を倒せ”という命令を送ってやれば、目の前の敵に自動的に襲い掛かる」

 「本能的に・・・ということ? でも」

 マリアは納得できず食い下がる。ライダー達の本能的な攻撃は、余りに理知と技巧に溢れ、マリアが本能というものに抱く原始的なイメージとはかけ離れていたからだ。邪眼導師は温和な表情を浮かべると諭す様な口調で説明を続ける。

 「本能と技能の差なんて曖昧なものさ。武術では心技体と人間の身体を分けているけど、本来は明確な区分なんて無いんだし。動物を御覧よ、マリアちゃん。彼らに人間のような情動や知性は無いけど、彼らの活動には確かに理知があるだろう? それに何より彼らは改造人間。動植物の性質を組み込まれた存在。そして百戦錬磨の戦士・・・理知的な本能、なんて簡単なものさ」

 「・・・」

 疑問は新たに湧いてくる。

 「でも、やっぱりおかしいよ! じゃあなんでキミに襲い掛からないのさ?!」

 彼の言葉が正しければ間違いなく邪眼導師を最初の標的とするはずだ。彼らが『仮面ライダー』ならば尚更に悪しき怪人を優先して襲うはず。

 「簡単さ」

 含むような笑いを浮かべてあっさり言う邪眼導師。嘲笑に似た笑みを向けるのはマリアにではない。

 「僕より彼のほうが“敵っぽい”からだよ」

 「敵・・・?」

 「そ、仮面ライダーの敵。つまり、怪人さ」

 「エ・・・?!」

 それは一体どう言うことなのか。与えられた情報は余りに不足しており、マリアには邪眼導師の言葉が何を意味しているのか理解できない。だが、彼はそれ以上、深紅の騎士について語ろうとする素振りは見せない。

 「さて・・・」

 一見、場違いにリラックスしているように見えるが、背中から伸びる二対の翅が小刻みに震え始め、また、発する闘気も鋭く研ぎ澄まされていく。

 「まあ、食い下がってみようかね」

 自由騎士の有様は危地にあってそれを楽しむ様にさえ見える。歪んだ闘志。何かを得る手段としての闘いではなく、闘いそのものに価値を見出し、悦びを感じる生物として破綻した、歪んだ闘志。その彼に向けられるのは敵意。本来ならば、自由と平和を犯す者に向けられるべき燃えるような熱い、敵意。だが、邪悪な者の手で歪められた敵意。歪んだ闘志と歪められた敵意。歪み同士がぶつかり合い、戦場には更なる歪みが広がっていく。

 ギュオオオオオオオオオッ

 砂や塵の粒を巻き込み、白く濁った空気の渦が高速で迫る。ルドラの射撃――弓状に変形した独鈷から放たれた旋風の矢だ。膨大な量の空気が、一転に捻り込まれている。だが、周囲に生じた真空の刃で無数の風紋を刻みながら音速で接近する弾丸も、自由騎士には容易く避け得る攻撃。破壊の風に押し包まれるより一拍速く、彼は空中へと深紅の姿を舞わせている。

 『トォオオオオオオオオオッ!!!』

 しかし、襲撃は間を置かず繰り返される。襲い掛かるのは再び風。だが空気の塊ではない。甲殻の鎧を身に纏う、深緑の風。深く青く輝く目を持つ彼の名は仮面ライダーテラ。巨大な大腿が生み出す脚力と背中の翅が生み出す揚力が生む強烈極まる瞬発力が、深紅の風の肉薄する速度を生み出している。

 「キミは彼に似ている。彼のコンセプトに。姿はまるで違うけど」

 懐かしむ様な呟きが自由騎士の口から漏れていた。無論、誰も真意を問わない。自らの姿に漆黒の面影を見られた戦士も、機械的な敵意を以って彼の言葉に答える。

 ギィン!!

 空気を抉る貫手は盾で逸らされ、手刀も槍の穂先で受け弾かれる。その都度に飛び散るのは鮮やかな火花。射抜くように、叩き落す様に振るわれるテラの四肢。それは極めて正確だった。鍛錬の末、筋繊維、骨格、脊髄反射のレベルで習得した極めて正確な攻撃の連打。だが、理知に欠く今の状態では、練り上げた技を柔軟に繰り出すまでには至らない。更に拳撃、回し蹴りと繰り出された攻撃も、全て自由騎士は避け、或いは打ち落としていく。

 キュイン!

 (光――レーザー?)

 マリアは視界に映ったそれを、即座に断定できなかった。それは目で追うことが出来る程に遅く、何よりまるで生き物のように、空中で飛跡を捻じ曲げていたからだ。

 「なっ・・・」

 自由騎士も、自らに襲い掛かる光の筋に気づく。薄く、空を切るように展ばされた無数の光条。それは一瞬停止すると、急激に光量を高め、“光本来の速度”即ち光速で自由騎士に襲い掛かる。

 「な・・・なんとぉぉぉっ!!」

 空間を複雑に区切獲って行く光。しかし自由騎士は、恐怖の叫びを上げながら、それさえも軽やかに空中を舞いながら避けていく。厄介極まりないその攻撃を前にしても飽く迄も余裕の相好を崩さない。そして、彼は未だに宙に残るレーザーの飛跡を追い、その光源を見据える。

 「ホーミングレーザーか? いや・・・」

 光はジハードの背中・・・・・・マントの内側から伸びていた。だが、光は明らかにマントに触れているが、殆ど襤褸にしか見えない褐色に汚れた布はまるで焦げた様子が無い。そして、空中に巡らされていたレーザーの網は、マントの裏側に引き戻される。

 「流石は最新型・・・! いいものをもっている♪」

 鼻歌交じりに呟く自由騎士。マリアも「曲がるレーザー」の正体について凡その見当が付いていた。無論、強い重力の場を使ってレーザーを曲げる・・・等といった非効率極まりない手段を使ったのではない。

 「光ファイバー・・・」

 「うん。当たりだよ、マリアちゃん」

 嬉しそうに頷いて正解を告げる邪眼導師。

 「筋繊維の性質を併せ持つ光ファイバーに回転をかけて射出することで“歪曲するレーザー”を演出しているのさ。まあ・・・一発限りのドッキリ武器だけどね」

 「すごい・・・」

 凄い、無駄だ――マリアはその思いは敢えて口に出さなかった。それほど技術畑に詳しい人間でもなかったが、この意表を突くためだけの武器にどれほどの最新技術が使われているか、くらいは理解することが出来た。

 【ACCELERATOR COMMAND】

 「!!」

 自由騎士に肉薄する風がテラに続いてまた一陣。神聖な力でその身を超加速させた朱色の聖騎士。

 【FIRE COMMAND】

 鮮やかな赤を帯びる炎がエルの掌より溢れ、燃え盛る刃を持った一振りの剣を構築する。それは“ヴァチカンの聖騎士”が持つ炎状刃の聖剣とは似て非なる実体を持たない神聖力の収束体。焔の赤い残影を引き摺って、聖騎士は熱情の神の威力を飛竜の騎士に撃ち込む。

 ギィィィィィィィン

 甲高い音色が響き、Y−BURNの左腕で炎の剣が停止する。左上腕に帯びた盾が幾重に波紋を描く光を放ち、炎の威力を弾いているのだ。アンチマジックシェル。大量のエネルギーと引き換えに、あらゆる種類の超自然的なエネルギーを反射する機能を備えられている。

 「く・・・っ!」

 だが、超高速で撃ち込まれてきた一撃は、膨大な運動エネルギーを帯びており、彼の盾ではそれまで弾き返す事は出来ない。衝撃を受け流す様に、運動のベクトルに逆らわずはねるように飛ぶY−BURN。

 「あ・・・!」

 直後、マリアは理解する。ジハードの放つ烈光の投網も、エルの超高速追撃も、飽く迄も照準を絞る為の囮。わざと逃げ道を与え、自由騎士の回避方向を誘導していたのだ。既に愛国心を名に冠するライダーは、その強大な火力を解き放っている。

 「・・・やっぱ、桂馬(ナイト)一駒じゃダメみたいだね」

 最終撃、そして追い詰められたY−BURNに降り注ぐのは殲滅用広域ミサイルの雨。

 「騎士道は、死ぬことと見つけたり!」

 「自由騎士さん!!」

 「そりゃ武士道って突っ込んでよ!! ギャグじゃなかったら――」

 ドドドドドドドドドドド!!

 深紅の騎士の言葉は爆風に掻き消され、マリアの耳には届かない。巨大な焔の花が無数に連なり、乾いた大気から更に水気を奪い去っていく。炎はやがて黒煙に変わり壁となって視界を覆う。生身ならば灰すら残らない凄まじい熱量。果たして自由騎士は、それに耐えうるのか――

 「・・・・・・やれやれ」

 弱々しい声が薄れ行く黒い壁の向こうから響いてくる。

 「フー・・・ヘルメットが無かったら即死だった」

 そこに佇むのは、何時の間にか再び鋼の愛犬に騎乗した自由騎士の姿だった。しかし、無事とは言い難い。深紅の鎧は所々が焦げて黒ずみ、彼自身、肩で荒く息を吐いている。

 「フフフハハハハ・・・やるじゃあないか、自由騎士!」

 賞賛の言葉が邪眼導師の口から発せられる。だが彼の毒蛇のような表情は、言葉と内心に明らかな齟齬があることを物語っている。

 「感心したよ。だけど流石に後悔したんじゃあないかい? でも許しては上げないよ」

 「シュファファ・・・お気遣い痛み入るね。まあ、要らないお世話かな。どう考えても負ける理由が見つからないからね・・・所詮、彼らは抜け殻だよ」

 「それはキミの眼鏡が曇ってるからそう感じるだけだよ、自由騎士」

 「オレの眼鏡は空色眼鏡さ・・・曇り一つ無い綺麗な夕焼け色だよ。目を伏せてる所為で現実を見れなくなったんじゃないかい?」

 「どうかな? 僕の閉じた瞼の裏には地べたに這い蹲るキミの姿しか見えないけどね」

 「シュフフファファ・・・良いだろう。キミの予想、この自由騎士が覆させて貰うッ!!」

 ガオンと大きなエキゾーストの音色を響かせるロートヴォルフ。深紅の魔狼はライダーとの戦場に主を導く。

 「フフフ・・・自由騎士、か」

 楽しそうに呟く邪眼導師。

 「全然、“自由”なんかじゃあ、ないじゃないか。戦う事に縛られている」

 「・・・おんなじだ」

 ぽつりと呟くと、邪眼導師は、いぶかしむ様に振り替える。

 「マリアちゃん?」

 「戦ってなきゃ、自分を見つけれない。居場所を保てない・・・そんな不安感が。誰かと戦ってないと、誰かと繋がっていられない・・・あの人は、多分そんな人だと思う。きっと、本当は辛い・・・ううん、辛かったはず。なのに、今じゃ悦びさえ感じちゃってる」

 「わかるのかい? 彼のことが」

 「・・・ううん。そうじゃないかって、思っただけ。わたしも、わたしも多分、一緒。おんなじ血が、戦い好きの血が流れてると思うから」

 「・・・マリアちゃん」

 邪眼導師は複雑な表情を浮かべて少女の名を呼ぶ。魔、為す者の王というには余りに無力感溢れる声で。

 マリアは、初めて微笑を返す。ただし、ひどく寂しく、そして自嘲的な、乾いた微笑を。

 「ダメだってわかってるんだけどね。本当は止めなきゃって思ってる。あの人達が、本物の仮面ライダーなら、敵じゃない。殺しちゃいけない。殺させちゃいけない・・・解ってるんだよ。でも、ダメ。止められない。見ていたいもん・・・あの人達の戦いを。ううん・・・出来るなら、わたしも加わりたい。多分、全然適わないだろうけど、もう一度、わたしも戦いたい」

 訥々と言葉を連ねた後、ただ無言で耳を傾けていた邪眼導師をじっと見つめるマリア。

 「・・・」

 毒蛇の王は、何も答えない。ただ、沈黙を維持している。胸の前で組まれた腕。引き結ばれた唇の筋は山形。その有様が告げるのは明らかな苦悩。一体、彼が何に苦悩するというのか。マリアの想像にも及ばない。いや、彼女はこのとき既に、自ら意図的に想像の余地に制限を課していたのだ。

 「囚われたまま言っても仕方ないけどね・・・だから」

 ゴキン

 「エ・・・?」

 耳慣れぬ鈍い痛音に驚いた表情を浮かべる邪眼導師。彼の人工視力が捉えたのは十字架の上で苦悶の表情で顔を歪ませ、全身を奇妙に捻じ曲げる忍者少女の姿だった。彼女の姿は更に異様な音を上げ、まるで軟体動物か何かの様に蠢いていく。

 ボキ・・・パキ・・・ゴキッ・・・!

 「だから正式に、勝負を申し込むよ」

 ひゅッ――

 マリアの姿が十字架から消える。直後、邪眼導師の首筋に押し付けられるのは白銀に輝く一振りの小太刀。

 「キミに」

 「・・・」

 左に持った刀が首を、右腕と左足が邪眼導師の両手を抑える。彼女は一瞬で魔王の背後を獲っていた。邪眼導師は少し困ったような表情を浮かべる。

 「ふー・・・」

 「受ける? 受けない?」

 脅迫する様に問いかける忍者少女。そう言えば彼女も忍者を名乗っている。それも特務機関の中で最強の五人に数えられる一人だ。全身の間接を外して拘束から脱出するなど造作もないことだろう。

 「・・・もう動いて大丈夫なのかい?」

 「お陰様でね。治療してくれて有難う。お陰で元気になれたよ」

 「そいつは結構。君が元気なら僕も嬉しい」

 「嬉しついでに快気祝いが欲しいな」

 「積極的でお兄さん嬉しいなァ。でも、一応聞くけど、彼らじゃなくて良いのかい?」

 邪眼導師は細い顎をしゃくって戦場を指す。刃が僅かに皮膚を裂き赤が滲むが、彼はまるで気にした様子がない。柔らかい色をした金髪が邪眼導師の背後で左右に揺れる。答える少女も、僅かほども動揺を浮かべていない。

 「あれは自由騎士さんのお楽しみだから――」

 「どうして、そう思うの?」

 「見れば、わかるよ。あの人は、きっと、ずっと、待っていたんだよ。今日の、この日の戦いを。だから――わたしは横取りしちゃいけない。待ち侘びたプレゼントを取り上げられるのは、すごく辛いと思うから」

 「つまり、僕は代わりと言うわけか」

 自虐的な分析をマリアは頷いて肯定する。それを見て浮かぶのは道化の笑み。

 「――期待に応えられるとは思えないな。自慢じゃないけど僕、“六人”の中で一番弱いんだよ」

 「エ・・・」

 発せられたのは意外な言葉。自分を貶める言葉が、自尊心の塊といえる魔王の口から出るものなのだろうか。まして、自分が最弱などと――
だが、マリアは言葉のトリックに気づく。彼は“六人”の中で最も弱いといった。しかし、

 「でも、わたしより強いんでしょ?」

 挑戦的に、そう問いかける。邪眼導師の頬には、気づかれたか、と言いたげなバツの悪い表情。

 「やれやれ、仕方ない。但し、戦う場所とルールは僕が決めさせてもらう。それが決闘ってやつでしょ?」

 マリアが頷くと邪眼導師は満足そうな笑顔を浮かべた。



 視界を包んだ虹色の光が消える。

 「ここは・・・」

 見回しても四方は空。雲が近く、空気が薄く冷たい。ただ、空の色は未だ昼を過ぎた頃であるにも拘らず、薄く紺色の幕が掛かったように妙に薄暗い。
足場を成すのは錆付き薄汚れた金属製の床。その下からは鈍く耳障りな唸り声が聞こえてくる。機関が駆動する音色だろうか。
目の前に立つ魔王がホテルボーイのように丁寧に頭を下げ彼女に告げる。

 「ようこそ、僕の空飛ぶ実験場へ。この船は実験母艦“永遠の青春”号。僕が責任者を務める秘密研究機関のフラグシップさ。現在、“不可視潜行モード”で陰陽寮本部の上空約1000メートルをホバーリング中」

 「実験母艦――空中要塞なの?」

 「そう。そしてここはその第四甲板。本来は製作した生物兵器の性能を確認するための実験場さ」

 「つまり――」

 魔王の解説に、マリアは彼が何を言おうとしているかを察する。

 「どれだけ暴れても大丈夫・・・ってこと?」

 「理解が早くて詰まらないな。もう少しくらい説明させてよ」

 苦笑を浮かべ依頼する邪眼導師。だが、マリアの返答は相変わらず頑なだ。

 「やだねよ。キミの声なんか一秒だって聞いていたくないんだから」

 「おーあーるぜぇぇぇっと・・・・・・相変わらず冷たいなぁ、マリアちゃんは。でもクールビューティーって言葉は似合わないんだよね、これが」

 「はぁ・・・」

 疲れた様に吐き出された息を返答に代えるマリア。相変わらずの前置きの長さに、好い加減辟易とする。

 「・・・やるんならさっさとはじめようよ」

 「あわてる乞食はもらいが少ないって言うけどね。まあいいや。

 急かすマリアに皮肉で返しながらも彼女の望みにこたえてやる邪眼導師。

 「コンテナ、Aの108を開けて」

 『・・・了解』

 指を打ち鳴らし彼が命じると機械的な女性の声が響き、それと同時に足元の鋼板が開いて、中からコンテナのようなものが現れる。

 「・・・よし。じゃあ、マリアちゃん受け取ってね」

 そう言うなりコンテナから何か細長い板の様な物体を取り出してマリアに向けて放る。彼女は危なげなく受け止めるが――

 「って、うわ・・・おも・・・」

 無事受け止めた後、右手に掛かった思いがけない重量に軽く狼狽するマリア。何とか取り落とさず両腕で支え、その板を凝視する。細長い台形の板には金属製の装飾が施されている。細く狭まった先端にはラケットのグリップを思わせる握り。やや無骨な造りでは在るが、それはあるものにしか見えなかった。即ち正月の定番スポーツ。

 「・・・これなんて羽子板?」

 「本国ではフェザーブレードと呼ばれているね。今、魔の国じゃ一番エキサイティングなスポーツさ」

 「フェザーブレード・・・それってバードマ――」

 「しゃらっぷ、マリアちゃん」

 「むぐ・・・」

 口を突いて出かけた某捜査官の名前は素早く接近した邪眼導師の指先によって封じ込められた。

 「ちょっと!!」

 「ごめんごめん」

 腕を振るい魔手を払おうとする忍者少女。しかし魔王は上気した顔から逸早く怒りを察知しており、唇に宛がっていた指先を退けるのは彼女のささやかな制裁よりも僅かに早い。手の甲が空を空しく切る。マリアは暫らく不満そうな顔で邪眼導師を睨み付けていたが、蛙の面に――と言った様子でにこやかな表情を浮かべる彼を見て大きな溜め息を一つ付く。やがて、落ち着きを取り戻すと鉄製の羽子板を繁々と見ながら独り言を呟く様に言う。

 「なるほど・・・フェザーブレードねぇ。ふぅん・・・なるほどねぇ」

 それから大きく頷いて彼に願う。

 「うん、解った。貸して」

 「マリアちゃんが先攻か。良いよ」

 マリアが手を出すと邪眼導師は素直に黒い球に飾り羽が施された羽根を放り投げる。弧を描いて彼女の手に収まったそれは、板の重量から想像した通り、普通に使用する物より随分と重たかった。彼女は何か仕掛けが施されていないか様々な角度から一頻り観察した後、

 「うん」

 自分なりに納得するマリア。そして――

 宙に真っ直ぐに放り投げられる羽根。そして逸らされるマリアの全身。サービスエースの構え。やがて、羽根はくるくると回転しながら落下してきて、

 ドガッ

 「が・・・あがっ?」

 板が額に突き刺さる。鈍器による衝撃は頭蓋骨を貫けて脳内に達し、激しい振動を内部に起こしたのだろう。

 驚愕の混じる断末魔を上げて彼は転倒した。

 「始めるかこのブァァアカ!!」

 そして死に体となった彼の上に汚い罵り言葉が投げかけられる。要はマジックと同じだ。宙に舞う羽根に注意が集まった隙を衝き、マリアは分厚い鉄板を投擲された凶器に変えたのだ。だが、

 「ぐおおおおお・・・」

 苦悶の声が上がり、魔王はふら付いた覚束無い足取りながらも立ち上がる。常識から考えれば頭蓋が砕けても不思議ではないはずだが、彼が帯びた負傷は、その額からテニスボール大のコブを茸の様に生やしている程度だ。二重の意味で有り得ない話だが、「ギャグ」という物理法則より厚い壁の前にはどのような予測も推論も意味を成さないらしい。

 「・・・な、なにするのさマリアちゃん。ギャ」

 「ギャグじゃなくて良いから死んでよ。っていうかシネ」

 上がりかかった定番の抗議は、オホーツクより流れ着く流氷を思わせる少女の声に、冷たく閉ざされる。

 「ううぅ・・・なにが不満なんだ」

 「わかんないかな・・・」

 涙声で鼻をスンスンさせる魔王を冷徹な視線で見下ろす少女。忍者とは刃の心を持つ者――と書くが、今の彼女の横顔は正にそれ、研ぎ澄まされた刃の美しいその切っ先によく似ていた。

 「何が悲しくて羽根突きなんてしなきゃいけないのさ? ほら、言ってみな? お? このクソ魔王が? あ? 東京湾沈むか? コラ?」

 「え・・・だって、ホラ、年中行事を拾うのは基本じゃないか! クリスマスだってしっかりやったんだし!」

 「幾らなんでも時期が外れすぎてるの! 何時まで正月気分に浸ってるな!」

 「あれ? 正月って一日だけで終わったっけ・・・?」

 「もう、半年以上過ぎてるの! 現実世界では!! 誰かさんの所為で!!」

 「誰かって・・・? 誰?」

 「自由騎士さんにでも聞きなよ!!」

 「??」

 頭上に幾つもクエスチョンマークを浮かべる邪眼導師。彼は暫く思考を巡らすようにブツブツと呟いていたが、やがて掌をポンと叩くと、吹っ切れたように表情が晴れやかになる。

 「ま、いいや。兎に角、何を言おうがされようが、勝負はフェザーブレードで決まりだよ。嫌なら観戦モード再びだよ」

 「だからどうして何なのその超展開? 何を企んでるの? それとも私との戦いは遊びだってこと?」

 「そうだよ。遊びだよ。それが?」

 彼のあっけらかんとした対応は、周知の事実をさも驚愕に価するものであるように告げられた昼時に御馴染みのサングラスの男を思わせた。冷たくも鋭くもないが、敢えて言うならば「醒めて」いる回答。だが、少女は忍者とは名ばかりに、お笑い芸人達の様な賞賛に値する忍耐力を持ち合わせていない。

 「どうして・・・?! どうしてちゃんとやってくれないの?」

 「無理にやっちゃうと、マリアちゃん・・・壊れちゃうよ?」

 「やってみないとわかんないよっ!!」

 口から飛び出す声は怒りに割れ震えている。そんなマリアに受け答える魔王の声は決まっている。諭す様な穏やかな口調だ。

 「マリアちゃん、掌をごらん」

 「エ・・・」

 思わず言われるがままに握っていた拳を開くマリア。

 「指が、五本あるね?」

 そう聞いて彼もまた、自らの掌を開いて見せる。

 魔人、魔族と呼ばれる彼らであるが、そこに在るのは過も不足もない人間と同じ五本の指。

 「これが一体」

 「その数は君の攻撃能力、スピード、防御力から換算した僕との戦力の差だよ」

 「五倍・・・?!」

 絶望的な数字を突きつける魔王の口調は別段、誇るでも無い自然なものだった。だが、マリアの脳裏には瞬時に深紅の騎士の姿が過ぎる。地上で未だ五人の仮面ライダーと戦い続けているだろう自由騎士Y−BURNの姿を。彼もまた自分の五倍の戦力に立ち向かい、そして戦況を拮抗させている。無論、自身の実力を彼と同列させる心算は無かったが、

 「でもそれなら」

 「ああ、マリアちゃん。違うよ、違う」

 言い掛かった「食い下がってみせる」の一言は盲蛇の口から吐き出される更なる絶望に機制を先んじられる。

 「五倍じゃなくて五桁。つまりラディッツとフリーザ第三形態フルパワーくらいの差があるんだ。だから普通に、真剣に、全力で戦えば、正しく、“万に一つ”も勝ち目は無いんだよ。マリアちゃんには。当然、本気を出すつもりは無いけど、それだと真剣勝負にはならないでしょ?」

 マリアは自分の迂闊さを呪った。無論、彼ら魔王の姿が目の前に見せているものだけではないことを忘れていたわけではない。何処かで高をくくっていたのだ。「使うはずが無い」「見せるはずが無い」と。対戦者を侮る――マリアは真剣勝負に応えない相手を批難しながら、自らがより不誠実だったことを強く恥じずにはいられなかった。だが、そんなことを気にした様子も無く邪眼導師の声は明るい。

 「それなら・・・どうせ全力でやり合えないなら、遊んだほうが楽しいだろ?」

 「・・・ぅ」

 お茶を濁されているのだろうか。自分の無力さを理解していなかったわけではない。自分は弱い。それは熟知していた筈の事実だ。それでも、ここまで明白に突きつけられて平然と振舞えるほど心の頑丈さに自信は無かった。

 「心配は要らないよ」

 「え・・・?」

 「賞品はちゃんと用意している」

 俯いている少女にかけられる優しい言葉。声の主を見返すと目を除いた満面の笑み。豊か過ぎる表情の所為で大型のサングラスがまるでその意味を成していない。その笑みが詐欺師の笑みに見えるのは悪意のフィルターが強すぎるからだろうか。

 「遊びでも勝負だからね。・・・僕が負けたら潔く撤退しよう。ライダー五人を元に戻す方法も教えてあげるよ。地上侵攻作戦からも手を引こう」

 最初から掛け金(bet)は最大。だが、対するマリアは勿論、無表情(ポーカーフェイス)。

 「気前、いいんだね。でも・・・わたしが負けたら?」

 「マリアちゃんが僕のものになる・・・ってのはちょっと欲張りすぎかな。じゃあ、デェト一回で」

 「控えめなんだ」

 そう言いながら表情の奥にあるものを探ろうとするマリア。これほどの好条件を突きつけている以上、実力に相当の自身を持っているか、或いは何らかの裏があるか、だ。

 「これでも導師だからね。勿論――」

 ひゅん、と鋭い音を上げて舞い上がるのは羽根。そして、当の魔王は鏑矢を射ち放つ寸前の大弓の様に、全身を大きく逸らせている。直後、振り下ろされた板が落下してきた羽根を捉える。

 「フェザーブレードは只の遊びじゃ・・・無いッ!!」

 キュガッ

 「!!」

 「・・・必殺サーブ、“黒き太陽の息吹(スピキュール・ブレイズ)”」

 一瞬、焔と見紛う様な黒く輝く筋が奔った。背後から響くのは鈍い金属音。一拍を置いて振り返ると、打ち落とされた羽根が隕石の衝突か何かのように、装甲の表面に丸い撓みでクレーターを描いている。若し、今の一閃が胸を捉えていれば、人間の華奢な肋骨など間違い無く粉砕していただろう。

 「基本ルールは地上の羽根突きとおんなじで至ってシンプル。地面に落とすか相手の身体に当たると失点で、先に顔が真っ黒になったほうが負け。それから――当然、死んだほうが負け」

 「・・・!」

 「どうだい? ワクワクするだろう?」

 怪しげに揺らめく招き手。背筋の産毛が波を打つように粟立つのは、恐怖によるものではない。

 やはり好きになれないと、マリアは改めて確認する。何だかんだと言いながら、捻くれた男である。

 「・・・・・・――俄然」

 マリアは小さく呟くと足元の鉄の板を拾い上げた。




 そして話は冒頭から繋がる。


 「ウォォォォオオオオッ!! ライジングコメットォォォォッ!!!」

 ドシュゴォォォォォォォォォォォォッ!!!

 羽根に稲妻を纏わせ、上空から叩き落してくる邪眼導師。閃光を尾と引きながら降り注いでくるそれは、宛ら怒れる彗星のようであった。

 「なんのぉぉぉぉっ!!」

 しかし一瞬たりとも怯みを見せず、華麗に振袖を翻すマリア。彼女は吼えつつ雷光の一撃を迎え撃つ。

 「投ァァげる手裏剣はァァァァッ! ストライクゥゥッ!!」

 彼女の瞳に宿るのは決闘者の眼差し。猛烈な速度で振り抜かれた鋼の板は周囲の空気ごと稲妻の衣を引き裂き、羽根を打ち据える。

 ヒュ!ヒュン!!

 甲高い音色と共に迫り来る黒い影。

 「プラズマライトニングゥゥゥゥッ!!」

 稲妻が鉄板から放射され、巨大な電光の羽子板を形成する。

 それで打ち返そうと試みるが、羽子板に突き刺さったのは手裏剣。振りぬく瞬間に袖から打ち出したのだ。

 「ファウルは二回まではストライクよね」

 「しまった・・・」

 「強襲斬打トルネードッ!!」

 間近まで接近しているマリア。彼女は周囲に木の葉乱舞の風を舞い起こし、羽根を自分の周囲に維持しながら接近してきたのだ。

 「実に、トロンベッ!!」

 「ゥオシャレッ!!」

 羽根を彼の顔面に直接鉄板で叩き付けると奇妙な声を上げながら落下して行く。だが、顔から剥がれ宙に舞い上がった羽根をそのまま放置しておくマリアではない。唐竹割の要領で鉄板を振り下ろし、邪眼導師の上に急降下していく。

 「マキ割りダイナミック!!」

 ドゴオオオオオオン

 邪眼導師の墜落、羽根の顔面への落下、鉄板の振り下ろし、この三つのアクションはほぼ同じタイミングで、かつ完全に同じ緯度経度で行われた。即ち、文字通り乾いた木の欠片に鉈や鉞を叩き込むが如く、フェザーブレードは魔王の顔面に突き刺さっていた。

 「ぐ・・・ぐっぱぁ・・・・・・」

 「これで、4−4のイーブンね」

 そう告げて半分まで割れた邪眼導師の顔に墨を入れる。

 両者の顔は、その三分の一近く墨が塗られ黒く変わっていた。

 「やるね、マリアちゃん」

 「運動神経には自身があるから」

 「じゃ、こちらも本気を出していくよ・・・!」

 「!」

 「T−ゾーン!!」

 「これは・・・」

 邪眼導師を中心に生じた歪みの様な何かが周囲の空間を浸食していく。高位の術士や優れた超能力者のみが展開できるという、イッシュノブ・ラック・ホール効果、即ち術者の術法行使に有利で都合の良い空間特性を持つ固有領域――要するにこの中では絶対的にマリアの不利だ。だが、甲板上という移動が限定された空間内に展開する固有領域、彼女に逃れる術はない。

 「・・・なせばなるッ! 新氏マリアは女の子!!」

 フゴーッと猪だか闘牛を思わせる荒い鼻息を吐いて天高く羽根を放り上げるマリア。彼女自身もそれを追うように跳躍する。

 「必殺!! ハイジャンプ魔球!!」

 ドシュゴオオオオオオオオオオオオオッ

 「フフ・・・」

 猛烈な勢いで迫る羽根。だが地の利を完全に自分のものとした魔王は表情を小揺るぎさえさせない。

 「百万馬力だッ!!」

 背後霊だろうか。尖った奇妙な髪型の少年がマナの傍らに立つのが見えた。そして振りぬかれる鉄板。正確に、そして凄まじい膂力を伴って。上空から打ち落とされてきたサービスエースは、いとも容易く打ち返される。

 「そんな・・・!」

 驚愕しながら必死に打ち返すマリア。彼女は木の葉手裏剣を同時に打ち出し、撹乱を図るが――

 「そんなもの・・・! シュリっとお見通しだ♪!」

 背後に立つ幻影が姿を変える。マタギか狩人を思わせる、灰色の髪をした熊の様に大柄な男。幻影は構えたライフルを構え、羽根を撃ち落していく。そして、無防備になった羽根は当然ながら馬力に押し負けた、パワーもスピードも不十分なストレート。更に幻影は大男からまるで女性の様な美しい騎士に変貌を遂げ、腰から細身の突剣(レイピア)を抜き構えると、傍らに立つ主が鉄板を繰り出す動作と完全に同期して鋭い突きを繰り出す。

 ズキュゥゥゥゥゥゥン

 「あうっ・・・!」

 小口径の銃弾に撃たれた様な衝撃がマリアの左肩を襲う。打ち返された羽根の速度はもはや、音を越えている。いくら速度に自信がある彼女でも、超音速で飛来する物体を切り払うことは容易ではない。

 筆が彼女の顔に入れられ、落書きが占める割合が更に増える。セットカウントは4−5

 「さあ・・・どんどん行くよ!!」

 邪眼導師のサービスエース。背後に現れるのは頬の扱けた白衣の男。左目は眼帯で覆われ、長い髪は真っ白に染まり、その姿は正に幽鬼そのものだ。

 「楽にイかせてあげるよ!!」

 キュイイイイイイイイイン・・・

 羽根が打ち据えられる瞬間、耳に奇妙な音色が響いてくる。

 「?!」

 キュイイイイイイイイイイイン・・・

 音が身体に染み込むとともに、力が蒸発する様に抜けていく。フェザーブレードと羽根が接触した際、摩擦によって特殊な音域の超音波が発生し、それが彼女の体機能に変調を誘発させているのだ。抵抗しなければならない――頭ではそう判っているが、全身を包む脱力感は余りに心地よく、拒絶しがたい。

 それでも必死に拾いに行こうとするが、足が縺れて上手く走れない、どころか無様にも地面に這い蹲ってしまう。

 「うう・・・」

 コロン、コロンと虚しい音色を上げて転がる羽根。カウントは4−6。

 更に引き続き死に神を傍に立たせ超音波で脱力させながら攻め続ける毒蛇の魔王。見る間に彼女の顔は白い部分の方が圧倒的少量へと転じていく。

 カウントは既にダブルスコア。このままでは敗北は確実。だが、魔王が告げた条件を考えれば決して負けて良い戦いではない。

 「さあさあさあさあ!!」

 キュイイイイイイイイイイイイイイン・・・

 再び襲い掛かってくる音波。全身から力が抜けてゆく。

 だが――

 彼女の左の袖から拳大の塊が零れる。それが地面に落ちた瞬間、強烈な光とそして凄まじい高周音域の爆音が辺りに解き放たれる。特殊部隊御用達の閃光音響弾、いわゆるスタン・グレネイドだ。その凄まじい破壊音が甘やかな安らぎを誘う死に神の子守唄を掻き消す。

 「うおおおおおおおおおっ」

 咆哮するマリア。自律神経が再び高ぶり、全身に淡い痺れを残しながらも力が回復する。

 「分身魔球ッ!!!」

 打ち返すことに成功するマリア。だが、絶叫とは裏腹に羽根は分身することなく、ただストレートに打ち返されるのみ。

 「じゃあ、これだっ!!」

 再び現れる男装の麗人を思わせる美騎士。放たれるのはマリアでも容易には打ち返せない超高速のストロークだ。マナは名前通りの効果を現せなかった魔球に向かって踏み込むと、フェザーブレードを突き出し、

 「んなっ!!」

 そして驚愕する。

 ズキュゥゥゥゥゥン

 撃ち出される高速弾。この場所でそれを迎え撃てるのはマリア唯一人しかいない。だが対戦者の姿は今、彼の目の前に総勢六名でフォーメーションの布陣を済ませている。そう、分身したのは打球ではない。打つ人間である「彼女」が「彼女ら」に分身したのだ。

 「B−クイック!!」

 その号令とともに前衛のマリアが木の葉を舞わせて気流を生み出し羽根の勢いを弱め上空へと跳ね上げる。更に、

 「Xアタァァァァァック!!!」

 更に後衛左右の二人が落下してくる羽根に向かって飛び、交差する一点で同時にスイングする。

 ドキャアアアアッ

 マリアが作り出す分身は半実体を有している。その上、彼女と完全に連動しているため息もピッタリ。完全同時に叩き込まれたフェザーブレードは二倍の速度、二倍の回転数、二倍の球威を持って邪眼導師の胸に突き刺さる。

 「ぐぼぉぉぉぉっ・・・!!」

 どさっ

 血を噴水の様に吐きながら倒れる邪眼導師。即ち二倍の速度×二倍の回転数×二倍の球威=八倍の破壊力! さしもの魔王も大きなダメージを受けざるを得ない。周囲の風景を歪める固有領域も彼に向かって収束し消滅する。

 ポイントは5−8。逆転に一歩の前進。

 「ぐふっ・・・やるねぇ」

 顎を吐いた血で濡らしながら不敵な表情で立ち上がる邪眼導師。だが彼の膝はガクガクと笑いフェザーブレードを握る指の力も弱く、満身創痍にほど近い有様だ。しかし、その何かを企む様に見える表情は気にかかる。未だ何か奥の手を隠していると言うのだろうか。若し、そうならこの場は慎重を期すべきか。

 (いや・・・)

 ビリビリッ

 布の裂ける音色。二振りの刀と木の葉で代用出来る為、何時もは使用する機会の無い忍者の必須アイテム=苦無(クナイ)で、和服の裾を切り裂いたのだ。即席のスリットから覗くのは白くて細い足。一見して華奢なようでもあるが引き締まった筋肉で充分に覆われ健康的だ。守りに入ることは性に合わない。攻め続けることが新氏マリアの醍醐味だ。

 「ならばッ!!」

 宙に舞う六つの羽根。マリアの分身に合わせて羽根もまた分身したらしい。

 「真・分身魔球――グランドスラムサァァァァァブッ!!!!」

 バコンッ!!!

 バキンッ!!

 パンッ!!

 スパンッ!!

 Clap!!

 ドゴンッ!!

 六人が六様のタイミング、フォームで羽根を打ち据える。

 邪眼導師に迫る六つの羽根は獲物に群れを成して襲い掛かる肉食鳥の有様を想起させた。だが、目には明確な脅威として迫る死の翼も六つの内、五つは忍術で生み出された幻影。即ち正解を打ち当てることができる確率は約15パーセント。絶望的な数字ではないが、決して高い数字ではない。果たして彼に見極められるか。

 「真実は常に一つ!! なら全員殺しちまえばッ!!」

 しかし邪眼導師が選択した手段は「めくら撃ち」、或いは「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」とでも言うべきか。心眼や見切りといった洗練された技術とは程遠い、乱暴である意味合理的で其れ故に確実な手段。だが、既に忍者少女は予見済みだ。

 「ショォォォタイム!! オォォプン−トゥギャザァァァッ!!」

 「!!」

 シュババババババババ!!

 六つの羽根が、更にそれぞれ二十以上に分裂する。即ち邪眼導師を襲撃するのは総計100を超える数の羽根、羽根、羽根。

 「クゥウウウアアアアァァァァッ!!!!」

 シュガガガガガガガガガガドガガガガガガヅギャギャギャギャギャ

 悲鳴の絶叫は、弾雨さながらの羽根の嵐に掻き消される。分身とはいえ、マリアの霊力によって半実体を持った言わば呪力の矢(マジックミサイル)。連続した衝撃に邪眼導師は後退を余儀無くされ、徐々に甲板の端に追い詰められていく。

 一気に押し切れる――

 「堕ちろッ!! 堕ちて滅びろッ!!」

 黒く塗り尽すのを待たず、TKOで勝てる。マリアはそう確信しかけた。だが、問屋はそのような卸を行わない。

 ガキョッ・・・!

 「つぅかまぁえた・・・♪」

 「な・・・!」

 キュルキュルキュル・・・

 高い音色を立てながら、魔王のフェザーブレードの表面で高速回転を続ける羽根。あの百を越える幻影の中からたった一つの真実を見抜いたというのか。

 「僕は君を捕まえた」

 高い音色を上げながら、摩擦熱のためか、徐々に羽根とブレードが赤く燃え輝き始める。そして、撃ち返されるのは一閃――

 「“黒き太陽の眼光(スピキュール・サンダー)”!!」





 「あ・・・あうッ・・・!!」

 一瞬、何が起こったのか解からなかった。偶然、構えていたフェザーブレードに羽根が当たって跳ね返ったのは確実に幸運な出来事であった。それは凄まじい一撃。振りぬかれると同時に、超高温を帯びた羽根は空気を切り裂き、超音速さえ生温く感じる様な六人のマリアをもってしても捕捉可能な終局的極高速で迫ったのだ。

 ボシュウゥゥゥゥ・・・

 光に達する一撃を掠めた分身の一体が煙の様に崩れて解けていく。後に残るのは実体化の触媒となった木の葉が焼き抉られた物のみだ。

 「うかうかしてると・・・ッ!」

 「!!」

 キュルルルルルッ

 またフェザーブレードの表面で羽根が回転し、勝利を掴むべしと赤く燃えている。二度目は防ぎ得ない。本体が見破られているのは今の程の一撃を見ても明白だ。

 (なら・・・ッ!!)

 「スピキュー・・・えっ?!」

 正に撃ち込もうとした瞬間、驚愕の声を上げるのは邪眼導師自身。マリア――正確にはマリアの分身四体――が、彼の撃ち返しを待たずに直接襲撃を掛けてきたからだ。そして、熱量チャージ中で身動き出来ない邪眼導師に抱擁、というかアームロックをかける。

 「んがっ・・・!」

 「秘剣、乱れ影――超霊神風撃っ」

 バオオオオオオオオオッ

 抱き着いたマリア四人が赤く発光し、瞬間的に燃え上がる。木の葉に込められていた霊力を分身の維持から熱量発生に変換させた、無論、即興の忍術だ。燃え上がる忍者少女四人に抱きしめられ、魔王もまた燃える。その様は地獄の底で責め苦に在っているようで、正に魔王の名に相応しい。

 「くぉぉぉっ・・・ッ」

 それでも炎に焼かれながら根性を振り絞り、打ち返す(というよりは放り投げるに近いが)邪眼導師。しかし、炎に苛まれた彼の打球に先ほどの神速は宿っていない。今がチャンス。目指せチャンピオン。

 「オォォォレッ!!」

 ぶわっと木の葉が辺りに舞い散り、それを依り代に再び姿を現す分身。霊力の都合上これが限界だが、これで十分だ。二体の分身は羽根の飛び来る軌道を挟み込むように立ち、両者の間に火遁の術と木の葉乱舞で炎の旋風を起こし、羽根を炎の風で縛り付ける。

 「なに・・・ッ!!」

 「螺旋弾ッ!!」

 荒れ狂う炎に包まれた羽根を打ち据えるマリア。

 ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

 炎は風を、風は炎をそれぞれ圧縮し合い、凄まじい破壊のエナジーが一点に収束しながら迫ってくる。それは宛らブラックホールへ爆縮寸前の超新星!

 「うおああああああああああああああああああっ!!」

 ヒュカッ――

 激しく狼狽しながらも邪眼導師は打ち返そうとした。しかしインパクトの瞬間、彼までの道のりの間、圧縮され続けた熱量+空気圧=破壊力は衝撃を受けたニトロが暴発するように、或いは満杯となったダムが決壊するように炸裂し、凄まじい閃光と――

 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

 爆発に昇華する。生じた火球は、余りの巨大さに二人の決戦の場である「永遠の青春号」さえ吹き飛ばすとさえ思われた。が、炎が空気中に溶けて消えた後には空中実験要塞は、ほぼ無事な姿で顕在する。

 ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ・・・

 黒煙が風によって吹き払われた後、そこに立つのは二人のアスリート。お互い手にしたラケットは手放していない。

 果たして勝負の行方は――






 槍を構え猛烈な勢いで突進してくる仮面ライダーエルの姿は正に神の雷そのものだ。法力によって超・加速状態に突入した彼女のチャージアタックを避け得る戦士の数はそう多くは無いだろう。だが、対抗するY−BURNはその僅かな戦士の中に名を連ねている。彼は今、長時間に戦いで疲労困憊していたが、それでも最高速度はユダヤの聖騎士を上回っている。1ON1の戦いならば今の状態のエルならば容易く倒せただろう。だが・・・

 ガツン

 「しま・・・ッ!!」

 稲妻の一閃に対し、体を逸らし後方へ跳ねる様に飛んだY−BURNだったが、彼の回避運動は予定の半分の移動距離にも達する事無く受け止められる。振り仰げば、見下ろすのは五人のライダーの中で二番目に速い最高速度を、平常の速度においては最も早い仮面ライダーテラだ。風を読み風に乗る深緑の戦士はY−BURNの翅が巻き起こす空気の乱れを捕捉することで、自由騎士の自慢である強力な偽装機能を突破してくる。

 ガキュッ

 「・・・・・・ッ!」

 胸を絞られ、声にならない空気が喉から漏れ出る。テラが行使したのは背後からの抱擁、アームロック。強く靭な筋力を持って自由を標榜する騎士を束縛し支配下に置く。その様はモウセンゴケと呼ばれる食虫植物が、その触手で獲物の昆虫を絡め捕る様を思わせた。

 「ロート・・・!」

 愛車の名を呼びかけて留まるY−BURN。彼の従者、ロートヴォルフもまた必死の攻防を続けている最中。嵐を操る仮面ライダールドラに対し無数の火炎弾を撃ち込みながら応戦しているが、どのような贔屓目で見ても劣勢といって間違いないだろう。今、こちらに呼べばバランスは一気に崩れて荒ぶる風の牙が彼を破壊するだろう。

 「く・・・っ」

 逃れえる手段を見つけられず、そうこうしているうちに眼前に溢れかえる鮮やかなブルー。津波、一瞬そう思わせるのは自由の国のサイボーグ戦士が有する圧倒的質感を伴った巨体。彼が襲い来る迫力は単独での突進でありながら「殺到」と複数形に用いられる言葉がよく似合っている。彼の手にはL字に曲がったレアメタル製の武器。電磁加速で杭を打ち込むトンファー型バンカーバスター。突き立てられれば形も残らない。

 「うおおおおおおおおおおおおおおおっ」

 「・・・アマイ」

 だが、その巨大な破壊力が大きな弱点だ。打ち込まれる瞬間、巻き添えを避ける為に拘束を解き放つ仮面ライダーテラ。杭の先端がY−BURNに到達するまでに消費される時間は彼の変身時間とほぼ同じ。殆ど「無」と言って過言ではないが、極めて僅かな「有」も彼には充分すぎる。

 ギャギャギャギャ!!

 左手のバックラーで撃ち込まれる杭と拳を受け流し、いや曲面を使って滑走しながら仮面ライダーパトリオットの懐に潜り込む。Y−BURNは槍を手斧サイズに縮小すると、脇腹を狙って一撃を振り下ろそうとする。

 ビキィィィィン

 「これは・・・!!」

 彼の体を何かが縛り付ける。細く透明な何かが。

 「・・・光ファイバー!!」

 Y−BURNが気づくと同時に巨大なパトリオットの影から姿を現す仮面ライダージハード。彼の背中から伸びるレーザー誘導用の光ファイバーが彼の体に巻きつき、動きを封じ込めているのだ。そして、気づいたときには光は発射寸前まで充填を終了している。

 シュカッ

 「うわああああああっ」

 近距離からレーザーを見舞われ、全身を焼き切られ或いは焼き貫かれる。機動性に特化して開発されたY−BURNのシルエットスーツは、桁外れに重厚なシルエットXのスーツとは対照的に非常に薄く脆いのだ。

 「う・・・うぅ・・・ぐ・・・」

 倒れ伏すY−BURN。ロートヴォルフもルドラが放った空気の塊に吹き飛ばされ動かなくなる。

 「R・メルカバー」

 「V−ハーケン」

 「カイザーDBC」

 「サンドストーム」

 「トリシュール」

 ガオオオオオオン!!

 何処からとも無く高らかなエンジンの咆哮が響く。やがて砂煙を巻き立てながら出現するのは六台のバイク。彼らは仮面ライダー。当然ながらバイクを持っている。ライダーなのだから。考えてみれば当たり前のことだ。

 エルの下には黒檀の様な深い闇色に金と赤のアクセントラインを引いたオンロードタイプのバイク――R・メルカバー。もう一人の聖騎士の愛馬たる失踪する十字架とは随分と対照的なカラーリングだ。

 パトリオットの所にはタンデムの部分にコンテナを乗せたハーレータイプ――V−ハーケン。主人の巨体を支える鉄馬もまた巨体を誇っている。

 テラが呼び出したのは飛蝗型のバイク――カイザーDBC。排気を吐く為のマフラーも無く、間接の継ぎ目からもメカニックは見えず、耐えず生々しく脈動している様から判断して飛蝗型、というより半分以上、実際に飛蝗で出来ているらしい。

 ジハードの下に駆け付けたのは、主人の地味目のイメージに相応しい砂色のバイク――サンドストーム。ライダー自身に強大な火器が備わっている為か、観たところ武装はされていないが砂漠地帯での使用を主眼に置いてあるらしくシーリングは完璧のようだ。

 ルドラのバイクはトライデントを思わせる鋭い三つの先端を有するバイク――トリシュール。銀色に輝く鋭いフォルムは槍の他にも、獲物を狙う猛禽類を強くイメージさせる。

 彼らは五人のライダーの半身。ライダーが彼らに跨る事は単に騎乗するという意味を超える。人馬一体――その姿こそが彼ら仮面ライダーの本来あるべき姿なのだ。

 「壮観だ――」

 高鳴るエキゾーストに自らの身に確実に迫りつつある破壊の時さえ忘れ胸を高鳴らせるY−BURN。だが、彼は単に死を享受するのではない。

 「WAN!」

 バオオオオオオオオン!!

 彼の愛犬、ロートヴォルフもまた主の下へ駆け寄り、自らに騎乗する事を望む。

 「宴もたけなわ・・・往こうか」

 ロートヴォルフに跨り槍を構えるY−BRUN。切っ先は真っ直ぐに迷い無く“宿敵”たちへと向けられている。無謀は承知。この状況、このセットマッチで勝てる方がどうにかしている。だが、最後の一瞬まで抵抗して、その果てに倒される事にこそ意味があるのだ。

 「シュファファファファファ!! 来いッ!! 仮面ライダー!!!」

 ガオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

 敵対者の呼び声に応え唸りを上げる撃ち払う者達。直後、彼は爆発的なエンジンの出力を漆黒の車輪に直結させ猛烈な速度で押し寄せてくる。それは正に疾風怒濤。大地を抉り、あらゆる敵を薙ぎ倒し得る恐るべき暴風達の進軍。

 グオオオオオオオオオオオオオオオオン

 対抗するのはたった一陣の熱風。燃え盛る焔を刃へと研ぎ覚まし、ただの一閃、焼き撃ち貫くことのみに全てを賭けた深紅の竜騎兵(ドラグーン)。

 「メルカバー・ブレイク!!」

 「ハーケンストライク!!」

 「シュバルツシュトゥルム!!」

 「フレイミングプレッシャー!!」

 「タイフーントリシュール!!」

 「ヘルファイヤーストォォォォォォォム!!」

 風と風が恐るべき速度で迫り合い、そして激突する。

 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォッッッ!!!!!!

 直後、周囲100メートル四方の空間を支配するのは荒れ狂う風のみ。凄まじい爆風が破壊神の腕となって周囲を薙ぎ払い、陰陽寮本部はズタズタに引き裂かれ、葉の落ちた木々は根から引き抜かれ宙へと投げ放たれ、地面を覆うモルタルは跡形も無く砂となって飛び散る。

 後に残ったのは――

 ヒュルルルルル・・・

 グシャ!

 「ぐ・・・くはッ・・・」

 荒野と化した地面の上に襤褸の様な姿のY−BURNとロートヴォルフが墜落してくる。辛うじてどちらも生きているが五人のライダーによるマシン・アタックを受けた彼らは既に満身創痍どころか瀕死に近い重傷を負っている。対して、五人のライダーは――

 「・・・」

 「・・・・・・」

 バイクから降り、冷戦とY−BURNの姿を見据えている。自由騎士が受けたのが五人の必殺攻撃であるのに対し、彼らが受けたのは必殺の五分の一。毛ほどの傷とは言い難かったが、それでも痛打には至っていない。やがて、五人のライダーは次なる技を構える。身を沈め、両足から腰にかけて深く折り曲げ全身をバネに変える。腹部に輝くベルトは彼らが全身の力を最大限まで高め、更にそれを蓄えようとしている証だ。

 「凄い・・・!」

 感極まる自由騎士。たとえどれ程の戦士でも仮面ライダー五人からマシン・アタックと彼らの代名詞たる必殺技を受けたものはいないだろう。この一瞬の後には彼らは空へと舞い上がり、裁きの鉄槌、或いは死に神の大鎌となって破壊を注ぎ込んでくるのだ。走馬灯などにこの大事な一瞬を奪わせはしない。刮目してこの栄誉を一心に受けきるのだ、が――

 「勝手に死ぬな、馬鹿モノ!」

 女の声が空から響く。自由騎士にとってそれは聞き覚えのある声。直後、そらから降り注ぐ銀色の何か。だが、ライダーたちは、そんなものを意にも介さずに飛び立とうとする。だが、空に舞い上がった瞬間、彼らの速度が急下落して行く。まるで見えないトリモチに囚われた様に、その挙動に粘性を帯びながら飛翔速度が重力加速度の影響以上に低下していく。

 そして、自由騎士の眼前に巨大な黄金の鳥が降り立つ。いや、それは鳥ではない。黄金に輝く翼を背に広げた紫色の仮面ライダーだ。そして、彼の胸の前には赤い戦闘服に身を包んだ見知った顔の女性が抱かれている。

 「最近は糸を使って切断する技が流行っているが――わたしは好かん」

 「流行り廃りはしかたねぇと思うがな」

 苦笑の混じる仮面ライダーの受け答え。彼は胸に抱いていた赤い戦闘服の女戦士を降ろすと、ゆっくりと宙を滑りながら向かってくる五人の仮面ライダーたちに向き直る。

 「仮面ライダーアスラ、遅ればせながら只今参上。そして・・・ッ!」


 黄金の翼が無数のパーツに分解し、再び集合しながら別の形を成していく。それはアスラ・・・即ち阿修羅の名に相応しい背中から生える四本の腕。

 ブチ・・・ブチブチッ!!

 何かが千切れる音。それとともに再び、本来あるべき速度へ戻り降り注ぎ始める五人のライダーたち。だが――

 「修羅神掌――起動ォ! 更に千手千眼の型!!」

 ガシガシガシガシガシィィィィッ!!

 「!!」

 背中から生える四本の腕と、彼自身が最初から持つ二本の腕が五人のライダーキックを受け止める。いや、受け止めたのではない。空中から襲い掛かってきた衝撃エネルギーは、彼の六本の腕のバネの様な間接部に蓄えられ、弾力によって跳ね返される。

 ブゥウオオォォン!!

 空中に投げ返す・・・いや、押し返される五人のライダー。

 「・・・ふーっ、だいぶ力が削がれてたぜ。グッジョブというやつじゃねェか、エミー」

 「べ、別にたいした事じゃない。結局、途中で切れてしまったんだし」

 どさどさと地面に落下する五人のライダー。彼らに注意深く視線をやりながらも、軽いやりとりをする二人。

 (こんなキャラクターだったかな・・・)

 どうも何時もと異なる印象に違和感を覚えるY−BURN。アスラの方は初対面だが、聞いた話ではもっと糞真面目な人間だったはずだ。

 「二人とも、本物? 中身、虫じゃないよね」

 「何を言っているんだ、お前は」

 そう言ってジト目で見返してくるエミー。自由騎士は何処からかジッポーのライターを取り出すと、彼女の目の前で火を付け揺らしてみる。しかし、ゆらゆらと左右に踊る炎を前にして彼女の目に浮かぶのは単に怪訝そうな色彩のみ。

 「ゴチャ混ぜにしてないか? お前」

 「あれ?」

 「お前の考えることは解らん」

 愛想無く告げるとエミーはロートヴォルフの下に歩み寄り、しゃがみこんでフロントカウルに手を当てる。

 「良く頑張った。まったく、変な主を持つと苦労するな」

 「QUU――N」

 彼女が細く繊細な指で撫でてやると、その赤いバイクは飼い主に甘える子犬の様な鳴き声を発する。

 「おいおい、オレには何も無し? 一応、頑張ったんですけど」

 「ご苦労様」

 「つ・・・冷たいなァ」

 飼い犬同様の労いを求めるY−BURNだが、女海賊は一瞥すらしようとしない。好事家にかける情けは無いと無言で伝えている。どうにか起こした上体だったが、直立させる気力も無く、ぐったりと項垂れさせる。

 「誰か知らんが、助かった」

 しかし彼の労苦を報いる言葉は、彼の同僚以外の人間から告げられる。彼の前に立つ三面六臂の改造人間が正面の顔を彼に向け、そして頷く様に小さく頭を下げる。

 「オレは・・・仮面ライダーアスラ。あんたは?」

 「フリーナイト・・・自由騎士Y−BURN」

 右手を差し出すと、アスラはそれに答えて握り返してくる。Y−BURNは彼の腕の力を借りて覚束無い足取りで立ち上がり、彼もまた頭を下げて言う。

 「こちらこそ助かったよ、有難う。お陰で死に損ねた」

 「ン・・・? ああ、まあお互い様って奴だろう?」

 頭を掻きながら答えるアスラ。一応、違和感は覚えている様だが、それが何に対する物なのかまでは把握できないらしい。皮肉を織り交ぜ、感謝しているのか文句を言っているのか解らなくしようとした彼の目論見は、血栓でも詰まっているかの様に巡りの悪い元宗の脳内血流を前に打ち砕かれる。

 「やれやれ、だぜ・・・」

 「ぐ・・・ウォォ・・・」

 「セェェェェェ・・・」

 「かぁあぁぁはぁぁぁ・・・」

 自由騎士が腹の底から吐き出した溜め息の音色と獣の様な唸り声が重なる。見やれば先ほどアスラによって投げ返されたライダー達が機能を充分に快復できたのか起き上がり、再び戦闘態勢をとりつつある。彼らの様を見て、漸くエミーはY−BURNに視線を向けてくる。

 「奴等は、仮面ライダーなのか?」

 「うん・・・なんでもアスラ、君やキャプテンを苦しめるのが目的らしいよ」

 「オレ・・・?」

 問い返すアスラ。Y−BURNは頷くと、邪眼導師が暴露した彼ら五人のライダーの投入目的を簡潔に説明する。それを聞いて不安そうな表情を浮かべるのは、当然ながら三人の中で只一人、素顔の一部が露になっているエミー。彼女は不安、というよりアスラを心配する様な表情を向けて問う。

 「どうする・・・? 元宗」

 「助ける」

 即断即決。今の仮面ライダーアスラに最も相応しい言葉であり、今、この瞬間、この言葉に最も相応しいのが仮面ライダーアスラだっただろう。彼はその短い返答さえ言い終わるのを待たずに、大股で前進を始める。それに対し、慌てるのはエミー。

 「ちょっと待て、今の自由騎士の話、理解してないのか? 罠があるかもしれないんだぞ」

 「在った時に考えてくれ。オレはそこまで頭が回らん」

 「な・・・っ」

 言葉を失うエミー。アスラの発言は愚直さが突き抜けある意味で柔軟であった。

 「・・・同じ仮面ライダーでも面識なんて無いんだろう?」

 「オレがそう決めた。この仮面ライダーアスラが!」

 最早、問答無用と言った風情か。この手合いは、決めてしまえば梃子でも動くまい。

 「全く・・・」

 自由騎士に比べ、より深く仮面ライダーアスラ=本韻元宗の人となりを知るエミーも、既に諦めた様子で呆れた呟きを漏らしている。

 「行くぞ、エミー!!」

 「勝手に巻き込むな!」

 ジリジリと迫る五人のライダーに対し、まだるっこしいとばかりに突進する仮面ライダーアスラ。エミーも、彼の招呼の声に反発しながらも気力を高め、何時でも猪武者の支援が出来るように態勢を整え始めている。

 「マスタ=エミー」

 「なんだ?」

 呼び止められたエミーから返って来るのは当然ながら不機嫌そうな声。本来ならば精神集中を戦いに傾けねばならない時故に致し方ない。因みにマスタ=エミーとは海賊船タイクーン内で雑務に従事する多くのエミーの中で、赤い戦闘服を身に纏った彼女のみを指した名称だ。頭に付くこの「マスタ」という言葉は多くのエミーたちを統べる「マスター」という意味以外にも他のエミーと異なる彼女の特殊性も現している。それは兎も角、Y−BURNはロートヴォルフのシートを開くと、その中から金属製の箱の様なものを取り出し彼女に投げて渡す。

 「これは・・・」

 「キャプテンからの預かり品だよ」

 エミーが受け止めたそれはシルエットXやY−BURNが腰に帯びている、旅や智慧の神の名をとった変身ベルトのバックル部、ヘルメスだった。もっとも、そのデザインは二人のものに比べて洗練された印象が強く、スッキリしたラインで全体が纏められサイズも一回り小さい。

 「・・・わたしは『いい』と言ったのに」

 「まあ、使って損は無いと思うよ」

 「全く・・・故人曰く、朱にまじわれば、と言うやつだな」

 その物言いに思わず苦笑するY−BURN。彼もまた、彼女と同じ様にシルエットスーツを無理矢理押し付けられた口だからだ。

 「エミー? どうした!!」

 「すぐ行く!!」

 既に殴り合いを始めているアスラが催促してくる。彼女も直ぐに答えると、ヘルメスを握り締め戦いの場へと駆けて行く。

 「では・・・有難く使わせて貰う!」

 受け取った瞬間は余り良い顔をしなかったエミーだったが走る彼女の眼差しは何処か嬉しそうにも見える。

 (貰ったことがか、一緒に戦えることが・・・かな)

 走り行く彼女の背中を見ながら間違っても直接本人には聞けそうも無い問いを心の中に思い浮かべるY−BURNだった。

 「来たか、エミー!!」

 「またお前は考えなしに・・・」

 僅か数分の間に既に戦いは泥仕合の様相を呈していた。五人のライダーがアスラに殺到し、五対一の殴り合いが繰り返されている。アスラのスペックから生半可な飛び道具は余り有効でないと判断し、更に二つの強化フォームを使わせないため、地道に近距離からの連続攻撃で六本の腕による防衛ラインを突破しようと試みているらしい。六つの目と六つの腕を一つの意思で操るアスラだったが、流石に五人のライダーが振るう十本の腕に対抗するには荷が勝ち過ぎるらしい。追い詰められこそしていないが、防戦一方でやや劣勢だ。

 「仕方ない・・・」

 エミーは額に手を当てて溜め息を吐くと、意を決し腹部――臍の下辺りにヘルメスを当てる。すると自動的にベルトが伸びて腰の周りを一周し、彼女の腹部に固定、俄かに内部からメカニックが唸りを上げる音色が響き始める。

 「装徹!!」

 【System Set−Up】

 バックル中央のシャッターが左右に開き、其処から放射される光が彼女の前方に銀色に輝くエネルギーの壁を形成する。蜘蛛をモティーフにした紋章が刻み込まれた畳一枚サイズのそれは微粒子化された形状記憶合金の塊。エミーがそれに向かって飛び込むと、光は在るべき姿を取り戻す為に彼女の身体に張り付いていく即ち

 ――変身ベルト=ヘルメスのメインコンピューターが装徹指令をキャッチ。

 装徹システムが作動しアダマンチウムがエネルギーフィールドとなって放出・展開される。

 展開されたアダマンチウムはエミーの身体で再構築しシルエットスーツが完成する

 と言うわけだ。

 光が彼女の身体に定着し、シルエットスーツの形に固定される。自由騎士のものと同様に細身、だが全体のラインは女性らしくより柔らかな曲線を描いている。全体的にデザインはシンプルで、鎧と言うよりは先進的な宇宙服を思わせる。最も特徴的なのは、合計四本のマジックハンドだろう。彼女の腰部から伸びた機械の腕はスカートの様相を呈している。そして時空海賊はX、自由騎士はYとアルファベットをモティーフにしたデザインが施されているが、彼女の胸と額に刻まれているのはWのマークだ。

 「エミー、それは?!」

 「わたしも、お前たちと一緒に戦える・・・!」

 高揚感に満ちた声が銀色の仮面の奥から響く。そして、左右のマジックアームが肘の関節で折れ曲がってV字を描き、左右を併せてWを現す。

 「アルケニーウィザード!!」

 「ちょ・・・エミー」

 猛烈な勢いで転がってきたアスラが、空中で器用に身体を旋回させて彼女の傍に着地する。パトリオットの剛腕から繰り出される破壊力を完全に受け流し切れず、弾き飛ばされてきたのだ。

 「流石にその名前、やばいんじゃないか?」

 「・・・仕方ないだろう? “スカート”にならなかっただけ評価してくれ」

 実際にネーミング決定会議(と言っても参加者は四名なのだが)において、時空海賊は直球勝負の名前を撃ち出してきたのだ。それを今の名前に落ち着かせたのは偏に彼女の努力が大きい。良識と常識をブチ撒けた船長相手にどうにかもぎ取って来たのだ。

 「それより・・・彼らについてだ」

 最早、ネーミングについての話題は不毛であると判断したエミー、いやアルケニーW(ウィザード)は本来必要になる話題を持ち出し強制終了させる。

 「彼らに対し攻撃指令を下す制御中枢が存在する可能性が高い。五人の中か、或いはこの近くの何処かにだ。恐らく其れは彼らの行動・知覚を常にモニタリングして、敵に対する有効な攻撃パターンを編み出してゆく学習機能を持っているものと推測できる」

 自由騎士がもたらしたモノを始めとした様々な情報から紡ぎ出した糸が分析結果という形に編み上げられていく。彼女のシルエットスーツにも額部分に、スーパーコンピューター「MEGA−NEX」が組み込まれているが、シルエットXがマシンの制御、Y−BURNが偽装能力に使用されるのに対し、オペレーターとしての性格の強い彼女のものは高い情報統合・分析能力を備えている。そして彼女はこう結論する。

 「論理的に攻撃に対する彼らの反応から制御ユニットの位置を特定し、ソレを破壊することが有効だ」

 「いや・・・そんな面倒なことはやらねェ」

 「な・・・っ?!」

 しかし、知能指数がマイナス600は在りそうな彼の返答は最新鋭の技術力の成果を僅かほども活かそうとはしない。

 「じゃあ、どうするんだ! お前!!」

 この道具を使うだけ原始人の方が未だ利口に見える男に向かって思わず声を荒げてしまうアルケニーW。だが彼女は叫んだ一瞬後に後悔してしまう。頭空っぽの男に今後の予定を聞いてしまった自分の頓狂さを、ではない。少しばかり辛い言い方だったろうか、という後悔だ。

 「なに、安心しろ」

 だが、そんな後悔もこのバイメタル男にはするだけ無駄らしく、まるで気兼ねた様子もなく気安い口調でアスラは彼女の質問に回答する。

 「こう言う時のお決まりは『魂に呼びかける』・・・って奴らしいぜ」

 「馬鹿も休みを入れて言え。面識も無いわたしたちがどうやって・・・・・・あ!」

 アスラの案を一蹴しようとしてアルケニーWは思い出す。

 「あるだろう? あんたがオレを助けてくれたアレがよ・・・!」

 その問いに頷くアルケニーW。確かに“あれ”を使用すれば何とか光明が見えるかもしれない。『魔王の呪縛から仮面ライダーを救出する』――という状況も良く考えれば状況も酷似している。

 「何をすれば良い?」

 「纏めてくれ!」

 「了解・・・抜かるなよ!」

 「応よ!」

 後は最小限の言葉を交わすだけで良い。

 荒れた地面を踏み蹴って飛び出すと、六本の腕を持つ仮面ライダーと六本の肢を持つ女海賊は、迎え撃つ構えを取る五人のライダーに自分たちから仕掛ける。

 「アルケニーW、参るッ!!」

 四方に展開する機械の腕。五人のライダーは間も無く肉薄寸前という距離で迎撃態勢に入る。彼らにとってアルケニーWは未知数の敵、先ずは情報を集め効果的な戦術を編み出そうと何処かに在る何者かが算段を組んでいるらしい。だが、それは彼女にとっても追い風となって働く。相手が此方の攻撃手法を認識していないこのタイミングこそが絶好の好機なのだ。

 『はァァァァァァッ!!』

 背中に薄翅を広げた深緑の影が飛び掛る。インターセプト(早期警戒迎撃)に打って出るのは瞬発力・機動力に優れた飛蝗をモティーフとするバイオ改造人間、仮面ライダーテラ。猛烈な速度で繰り出される両手が凶器となって襲い掛かる。

 「軽いッ!!」

 ギギィィィン!!

 耳の奥にある三半規管が痛くなる様な鋭い金属音。繰り出されたクロス・チョップはしかし、アスラの背中から延びる手の二本で受け止められ、彼の身体は静止を余儀なくされる。そして、上体のガードの要を拘束されたテラは反則気味に腕を持った男の連続拳撃をしこたまレバーに撃ち込まれ、止めにアッパーカットで吹き飛ばされる。だが、その瞬間既に本陣からの後方支援は完成している。

 『かぜよぉぉぉ!!』

 ギュボォオオアアアアアアアア!!

 巻き上げた砂と土を飲み込んでベージュに染まった風が巨大な螺旋を描きながら迫ってくる。ルドラの魔力によって解き放たれた大気に宿る嵐の精霊たちが与えられた破壊の使命を果たす為に荒れ狂っているのだ。アスラの阿修羅神掌には超自然的な力を打ち返す能力が備わっているが、流石に空気自体に干渉し広範囲に効果を及ぼしながら襲い掛かってくるものを反射するのは難しい。

 「ならばッ!!」

 展開したマジックアームが稼動を始める。五本の指の先端からは糸が飛び出し、腕が複雑に交差して高速で糸の密度を高めていく。そして僅か数瞬で複雑な紋様が描かれた四メートル四方の巨大な布地が完成する。アルケニーWは襲い掛かる風に対し、それを斜めに向ける。

 「WIZARD vol.3:“帆(セイル)”・・・!」

 ヒュゴオオオオオオオオオオ!!

 荒れ狂い彼女らを噛み砕こうとした風の猛獣は、しかし糸繰りの魔術師が生み出した魔法の布によって後方へと受け流され、獲物を食らう事無くマタドールに往なされた闘牛のような情けない姿を遥か背後で晒している。そして役目を果たした“帆”は生み出されたときと同様、一瞬で糸に分解されると各々の限りない細さ故に目には映らなくなる。

 「ウオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 『オオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 踏み込むアスラ。立ち向かうのは先ほど打ち負けたパトリオットだ。距離はクロスレンジ、撃てば確実に当たる距離。アスラの六本の腕が一様な旋回運動を行い、彼の上体がスクリュー、或いはプロペラのように凄まじい勢いで渦を描く。

 「神掌ッ!! 馬頭の型ァ!!」

 ドゴンッ

 拳が両者の胴体に――いや、パトリオットの腹部にのみ突き刺さる。アスラの一撃がより速く命中し、より重い打撃が、拳のレンジ外にパトリオットを叩き出したのだ。余裕を持って打ち合えば速度に上回るアスラが有利なのだ。そう・・・

 自在に宙を駆け変幻自在に襲い掛かる光球。肩から猛烈な勢いで噴射するニードルなど、その後も五身一体という有様で連携しながら更に多様な攻撃を仕掛けてくる五人のライダー。だが、それらの悉くは捌かれ往なされていく。アスラの対応力は元より高い。五対一で戦っていた時は流石にオーバーフロー気味であったが、的にされる頻度が二分の一に半減した今では、それが十分に生きるようになったのだ。

 『?!』

 『!!!』

 そして、五人のライダーそれぞれが、アスラに何らかの攻撃を受けたあと、“彼ら(或いは“彼”単体)”はやっと自らが後手に回ったことが失策であることに気付く。薄く宙に煌めく細い糸。それは一本などではなく、数十数百と放たれ宙を通ってアスラを経て、そして五人のライダー全員に絡み付いている。アルケニーWはアスラを“糸通し”代わりに利用して五人のライダー全員を拘束してのけたのだ。

 「・・・・・・WIZARD vol.4:“知恵の輪(リング)”」

 糸の包囲に気付いたライダーたちは、逃れ様と試みる。だが、動作の瞬間、糸は彼らの体を強く締め付け、更に力を込めるほどに厳しく全身に食い込んでいく。この糸繰りの魔術はその名の通り知恵の輪である。永久に動き続ける時計を思わせる複雑に交差した糸の群は、そのマトリクスに与えられた機能を以って逃れ様ともがく力を逃すまいと締め付ける力に転換しているのだ。

 「紡ぎ、結わえ、織り、繋ぐ。敢えて言おう。糸による切断など邪道であると!」

 ギュパッ

 そして、指揮者が曲のフィニッシュを決めるようにアルケニーWが雄雄しく腕を振るうと五人のライダーは一斉に宙へと釣り上げられる。彼女が放った糸は注意力が深ければ気付く類のもの。だが意識を奪われ攻撃衝動のみを与え続けられている五人のライダーには気付けない。遠隔操作を行っていることを逆手に利用したのだ。そして、彼女はサッと背中に右手を回し、何かを引き抜く。白く細長いものだ。一瞬、先ほどまでそんなものは付いていなかったが細かいことを気にしてはいけない。ハンマーと同じ場所から現れるのだから。そう、これが勝利の鍵だ。

 「アスラ! 受け取れ!!」

 その細長い何かはアスラに投げ渡される。彼が一方の端を握ると、蛇腹をなすもう一方が半月型に開く。そう、それは――

 「何時までも寝ぼけているな!!」

 振りかざされるのは直接接触型精神共感高揚装置。その形状は、白く輝く最強の突っ込みアイテム、ハリセン。そして、二人のオペレーションの鍵を握る最終兵器ハリセン。紛う事無く誰が見ても間違いなくハリセン。兎にも角にもハリセン、ハリセン、ああハリセン。その歴史は古く、古代中国で行われていた「針千」と呼ばれる荒行が元になっているといわれる(民明書房「現代文化に見る古代中国の影響」より)。

 「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ」

 ビシィ!!

 心地よい音色と共に打ち下ろされるハリセン。

 「む・・・う・・・ぐおお・・・」

 そして、乾いた音色が高く鳴り響いた瞬間から、五人のライダーの様子が明らかな変化を起こす。酷く苦しそうに呻き、悶絶を始めたのだ。それはハリセンを通してアスラの魂が彼ら五人の仮面ライダーに注ぎ込まれたからだ。注ぎ込まれぶつかり合った仮面ライダーと仮面ライダーの魂はやがて熱を発し激しく燃え上がる。それはあらゆる敵を焼き尽くす炎。敵とは物質的な肉体を持つものに限らない。自らの内側に巣食う邪悪な存在すら焼き尽くす、無敵の炎!

 更に――

 ビシィ!!

 「むおおおお!!」

 炎の素が注ぎ込まれ、仮面ライダーの特徴である大きな複眼に変身ベルトに強く激しい光がともる。燃え高ぶる余熱が光となって漏れ出しているのだ。

 ビシィ!!

 「う・・・ぐぅ・・・?」

 ビシィ!!

 「ぬあ・・・ああっ」

 ビシィ!!

 「くあ・・・」

 だが、強烈な炎は自らをも焼き尽くす。それも魂の炎となれば血も肉も骨も、そして霊魂さえ焼き尽くすヘルファイア。だが悶絶の声は痛みに耐えるものたちの雄雄しく勇ましい叫びだ。

 ビシィ!!

 「んあっ?!」

 ビシィ!!

 「おうっおうっ」

 魂を削り撃ち込んでくるアスラに対し、彼ら五人も魔王の施した邪悪な束縛を打ち破ることで応えようとする。

 ビシィ!!

 「って、いてぇ!! いてぇよ、オイ!!」

 ビシィ!!

 「やめ、痛い! 何かすごく痛い!!」

 ビシィ!!

 「オ・・・オンドゥル・・・ムッコロスゾ・・・!!」

 高らかに響く歌声は魂から溢れ出す人間賛歌であり生命賛歌。生きることを、生きて行く事を喜ぶ全てのモノへの賛美の歌声。

 ビシィ!!

 「うおおおおっ!! シビレル・・・」

 ビシィ!!

 「オゥマイガッ!!」

 ビシィ!!

 釣られて団子になった仮面ライダーを、同じく仮面ライダーが狂ったようにはたき続ける。途中から悲鳴に人間としての言葉が混ざっているがアスラは気付かない。中身の本韻元宗に果たして日本語以外の言語が理解できようか、いや、出来まい。つまり、そういうことだ。奇妙な晩餐は賑やかに続く。
暫くの間、国際色豊かで同時に貧しい異様な光景は続いたという。お粗末。







 黄金に輝き燃える九つの尾を持つ巨大な獣と、辺りを毒素に満ちた闇で蝕みながら迫る百頭の蛇が空中でぶつかり合う。それは神話や伝承に語られる大いなる聖獣魔獣の戦いか。いや、二人のアスリートが放つ極限まで高められた闘気と闘志が圧倒的質感を伴って超現実世界の幻を周囲に垣間見せているのだ。そして、終局的な激突が遂に起こる。狐と蛇が互いを食らい合いながら中空を高速で回転し戦場となった空中戦艦を凄絶な勢いで削り取っていく。やがて彼らの姿は渦巻き捻り合う二色の光へと変わり――爆発する。やがて、放出された膨大なエネルギーは大気の圧倒的空白部に飲み込まれ解けて消えて、後に残るのは新氏マリアと、邪眼導師只二人。

 膝を着き、肩を激しく上下させるのは新氏マリア。一方、邪眼導師は彼女を見下ろし、仁王立ちしていたが――やがて、

 ドサ

 力尽き、仰向けに倒れ伏す。

 「あ・・・かは・・・ごばぁ・・・」

 彼の顔面は黒一色に塗り込められ、決戦は彼の敗北で幕が下ろされたことを物語っている。あの、マリアの必殺魔球が放たれた後、二人にはもう奥義の応酬を続ける余力は残されていなかった。後は純粋に身体能力の勝負。そうなれば、幾ら魔王と言え理数系偏重の彼では体育会系最先鋒である忍者少女には抗し得なかったのだ。

 「じゃあ、約束だよ。約束通り――」

 「OK、わかってる・・・」

 以外にあっさりと自らが敗者であることを認めた邪眼導師は白衣のポケットから白く輝く金属で出来た鍵のような物を取り出し、マリアに手渡す。

 「これは・・・?」

 「見ての通り、鍵さ。心閉ざす錠前のね」

 「これを使えば・・・」

 ホッとしたのかマリアは胸に鍵を抱くと、ぺたんと腰を地べたに落とす。それを見て邪眼導師の口元に浮かぶ笑みは愛おしむような色彩を帯びている。

 「フフフ・・・その通り。じゃ、戻ろうか」

 だが、マリアは果たして気づいただろうか。“愛おしむ”という行為が、全て健全なものでは無いという事実に。





 「こんなこともあろうかとぉぉぉぉ!! 今週の! ギックリ、ポッキリメカ!」

 ぱっぱらぱーっぱぱー♪

 死ぬほど嬉しそうにロートヴォルフのシートの下から、また何かを取り出すY−BURN。色は曇った様な鼠色の地に散りばめられた小さな黒い粒。形状は平べったい直方体で取り出した際の勢いでプルンプルンと波打っている所を見ると、剛性より弾性に優れた物体らしい。日本人ならば誰もが一度は目にしたことがある食材。主におでん等、煮物系の料理に使用される。彼は頭上にそれを掲げると高らかな声でその名を呼ぶ。

 「翻訳蒟蒻ゥゥゥゥゥ!!」

 「直球勝負だな、オイ」

 ある一線を越えたボケは突っ込みのヤル気を摘み取る。今回はその好例と言えただろう。余りにネーミングに捻りが無さ過ぎたのだ。

 「大丈夫なのかよ、ヤヴァイんじゃねえの? だいたいそんなもん、どっから」

 「さぁ。キャプテンからは『お裾分けで貰った』ってしか聞いてないけど」

 「誰にだよ」

 「まぁ、いいから食べさせて上げなよ。はい」

 そう言ってY−BURNは元宗にその胡散臭い食べ物を手渡す。しかし不信感からか彼は余り愉快そうな顔をしない。

 「なんでオレが・・・」

 「キミが誤解を解くのが筋ってもんだろう」

 「それなら・・・仕方ねぇ、か」

 仕方が無かったとは言え、無知ゆえに必要以上の暴行を振るったのは紛れも無く彼自身である。元宗もそのことを理解しているのか不承不承ながらY−BURNの説得を承服し、既に人間の姿に戻ったライダー五人へ向かう。

 「じゃあレディーファースト、あんたからどうだい?」

 そう言ってプルプル震える食べ物を差し出したのは紅一点、エル・・・に変身していた少女。だが、言葉の通じない人間に差し出された見慣れぬ物体にそう易々と手を伸ばせるものではない。特に蒟蒻の様なごく限られた地域でのみ消費される食品については尚更のこと警戒が強くなる。

 「・・・」

 「食べるんだとよ、ホラ」

 手を拱いている彼女を見かね、元宗は手本を見せるように蒟蒻の端を小さく千切り取り自分の口に放り込んでみせる。その後、モグモグと奥歯で噛み締め飲み下すが彼に異変は見られない。どうやら安心できるものと確信すると彼女は手を伸ばす。

 「!」

 モグモグモグ

 少女は口に含んだ食べ慣れぬ感触に目を白黒させるが、ややあって充分に咀嚼できたのか小さくコクンと喉を鳴らし飲み込む。この儀式さえ済めば彼女もまた日本国語を巧みに操るバイリンガルへと生まれ変わるはずだ・・・元宗は確かめるために彼女に声を掛ける。

 「言葉、わかるかい?」

 「え、ええ」

 頷く少女。しかし何故か彼女の頬は僅かに薄紅がかり、大きく見開いた目はキラキラと光っている。無論、表情の違いを見分けられない疑いのある元宗は正面にいながら彼女の異変に気づく様子は無い。

 「オレは本韻元宗、仮面ライダーアスラだ」

 「元宗さん・・・」

 少女は深く噛み締めるように男の名を繰り返す。そして、充分に心に刻みつけたあと、名乗り返す。

 「わたしは、エリア・・・エリア=アルティーナです。仮面ライダーエルを名乗っています・・・あの」

 蒟蒻の機能を考えれば流暢に喋れる筈だが、少女の口調は何故かたどたどしい。まるで緊張で舌が上手く回っていないようだ。

 「ん? なんだ? アルティーナ」

 「エリア・・・と呼んでもらえません?」

 「いいけど、それで?」

 モジモジとまるで酷く照れている様子の少女に訝しげな表情を浮かべて続きを促す元宗。因みに彼は、この少女が赤面しているのは先ほどの暴行に対する怒りを抑えているため、と認識されている。

 「少し唐突かもしれないんですけど・・・」

 「え?」

 突然、元宗の手を握るエリア。唐突過ぎる事柄に驚く間も狼狽する間も与えられぬまま、彼は少女から更に驚愕すべき言葉、願いを告げられる。

 「結婚してください!!」

 「あ?」

 「イ?!」

 「ウ?」

 「えぇぇぇ?!」

 「お!」

 「ちょ、なにを考えてるんだ! あんた!!」

 思い思いの驚きの声が上がる、が、いち早く正気を取り戻したのはエミーだった。彼女の声に触発されて意識を失いかけていた元宗もどうにか持ち直すことに成功する。しかし、彼が返した答えは先ほどのエリア以上にどもり、しどろもどろになっていた。

 「そ、そうだ。いきなり・・・ちょっと、そんなこと言われても、困る。なんで、唐突に・・・」

 「理由なんて、無い。ただ、すごく貴方と結婚したい・・・お願い。駄目ですか?」

 「急に、そんなこと言われたってなぁ・・・」

 戦闘時は対応力に優れた仮面ライダーアスラも、唐突に放り込まれたこのような奇妙な状況下では対応を即断即決することが出来ない。

 「だ、駄目に決まってるだろう!」

 しかし、エミーは半ば怒りの混じった声でエリアの願いを却下する。

 「不謹慎にもほどがある!!」

 「なんでお前が怒るんだよ、エミー」

 「そ・・・それは・・・その・・・良識ある人間としては当然じゃないか!」

 そうして遂には甘酸っぱい臭いを漂わせながら、呂律が回らない人間が三人に増える。ソレを見て――というか、先ほどからずっと愉しそうに、其れでいて笑うのを堪える様に腹を押さえる影がある。元宗は漸くそれに気づく。

 「・・・? 自由騎士、お前――」

 「おっと、こりゃ遺憾!」

 呼びかけられた瞬間、まるでこのタイミングを狙ったかのように声を上げ、額をピシャリと叩く深紅の騎士。そして、彼は驚愕すべき事実を彼らに告げる。

 「これ翻訳蒟蒻じゃなくって婚約蒟蒻だった!!」

 「な、なんじゃそりゃあっ!!」

 思わず元宗はジーンズ製のズボンを愛用する刑事のように叫んでしまう。

 「じゃあ、お前、さっきの蒟蒻が・・・」

 「そういうことになるね」

 ケロリと悪びれる事無く肯定する自由騎士。当然、その悪い冗談は真面目な二人の怒りの炎にハイオク並みの油を注ぐ。

 「なるねって、お前ぇぇぇ・・・!」

 「シュファファファファ・・・やっとオレらしく自分らしくなってきたァァァ!!」

 「自由騎士ィィィ!!」

 「結婚してください」

 「こら、くっつくな! 公衆の面前で貴様らは何を考えてる!!」

 「・・・」

 愉悦に満ちた声。憤怒に満ちた声。思慕に満ちた声。置いてけ堀に忘れられた哀寂に満ちた声にならない声。それが渾然一体となり宛らあたりはケイオス。だが、愉快で珍奇で好き勝手絶頂の不思議な時空はそう長くは維持されない。

 ドクン・・・

 「え?」

 最初は困惑の声。

 「う・・・」

 それは呻きに変わり、

 「ぐああああああああああっ!!」

 悲鳴となって木霊する。エリアを始めとした五人のライダーたちの叫びに困惑の色を隠せない元宗。直ぐさまエミーが疑いの目をこの場で最も怪しい人物に向けるが、Y−BURNも想定の範囲外の事態に動揺しているらしく慌てて顔を左右に振りまくる。元宗は倒れそうになったエリアを支えると励ましながらも彼女に問いかける。

 「気をしっかりしろ! どうした、一体どうしたんだ・・・エリア?!」

 「わからない・・・だけど、身体が・・・頭が・・・割れそう・・・」

 額に手を当てると焼けた鉄のような感触が返って来る。体温が異様に高く、滲んだ汗は即座に乾いて塩に変わり、呼吸も心拍も早鐘を打つように早く、そして酷く乱れている。目は焦点がぶれ始め、更に全体が赤く充血している。何かの熱病か何かを思わせたが、強靭な改造人間をここまで苛む病原体の話など聞いたことがない。

 「一体、何が」

 生命が燃え、そして焼き尽くされ様としている。彼がハリセンで叩き過ぎた所為で魂に中てられたか、或いは邪眼導師の実験場で何か凶悪なウィルスに感染したか。だが、数十秒後、それ以外の答えが彼らの前に提示される。

 「はははははは!!」

 そう、高笑いとともに邪眼導師が現れたからだ。彼の顔は何故か真っ黒に染まり、ボロボロになった和服を着ている。また、彼の傍にはやはりボロボロになった青い振袖を着た忍者少女マリアの姿がある。こちらも顔は黒く塗りつぶされているが、頬の一角に白い素肌が見えている。

 「最後のトラップに引っかかったようだね!!」

 「こ・・・これって」

 五人のライダーたちの異変に気づきマリアの顔色が青く変色する。それは期待を裏切られ絶望を余儀なくされた人間の顔。

 「貴様、貴様の仕業か!! いったい何をした!!」

 「安全装置さ。ブービートラップとも言うね。正規の手段以外で洗脳を解除した場合、発動するよう仕掛けておいたのさ」

 悪戯が成功したやんちゃな少年のような無邪気な顔で周囲の様子を一度見回し、彼は満足そうに笑う。

 「お見事! 実にお見事! 見込んだ甲斐があったよ。キミは素晴らしいヒーローだ。自ら道を切り開いていける・・・其処が地雷原だとも知らずに」

 ニタリと吊り上げられた唇の間から不気味なほど白く輝く歯列が覗く。まるで人を喰った様な表情を見せた後、彼は袂から取り出した手拭で顔をゴシゴシと拭い始める。そんな彼に強い敵愾心を向ける者が一人。顔を黒く塗りこめた忍者少女だ。

 「嘘を・・・ついたって言うの?」

 「人聞きが悪いなぁぁ、マリアちゃん」

 半ば演技じみた大げさな口調でマリアの言葉が心外且つ意外なものであるかをアピールする邪眼導師。彼は木綿の布によって綺麗に墨が綺麗に拭き取られた顔を思う様にいじり倒した少女に向けると言葉を続ける。

 「ボクは約束を守ったじゃないか。ただ、キミの仲間が所謂一つの「頑張り過ぎ」だっただけさ。そんなキミたちに、愛情一本血帯びたドリンク!」

 「わたしが・・・弄ばれた?」

 信じられない様に愕然と呟くマリア。本当の意味で意外極まりなかったのだろう。

 「そうさ・・・楽しかったよ」

 彼女は邪眼導師の持つ「魔王としての矜持」を巧みに刺激し、分が悪いながらも勝ちの目が在り得る勝負に持ち込み、ギリギリで勝ちを得てこの場を切り抜けようと考えていたらしい。

 「決して報われない努力を続けるキミの直向な姿はボクの胸を熱くしてくれた」

 だが、邪眼導師マナ=N=マックリールは蛇の王であり邪眼の王。“見る”という事柄に関しては誰より優れている自信がある。この忍者少女の目論見などお見通しなのだ。

 「可愛そうなマリアちゃん。折角の頑張りが仲間と思って戦ってた連中の所為で全て台無しに。もう、見限ってボクのところに来るしかないね」

 「さいってぇ・・・」

 「こういう書き方されるとアブノーマルみたいじゃないか・・・」

 マリアの青い瞳に映る冷たい光は吐瀉物以下の臭いを帯びる生まれついての悪に向けられる、最大級の軽蔑を太く捻じ込んである。だが、それを正面に受けても彼の表情は蛙の顔に小便。まるで堪えた様子が無い、どころか寧ろ嬉しそうだ。

 「く・・・・・・活水(いかしみず)が効かないだと」

 「クソ・・・法術もだ!」

 元宗とエミーの悲鳴にも似た声が響く。傷病を治癒する術で五人の回復を試みた二人だが、彼らの術は苦しむライダーたちに対し気休めほどの効果も生まない。

 「フフフ・・・当然さ。彼らの体内に埋め込まれているのは改造人間分解装置! かつてデストロンと呼ばれた組織が造り出した改造人間処刑装置の改良版さ」

 「なんだって・・・!」

 「今、彼らの中では“本来の人間の部分”と“改造人間の部分”が乖離し、激しく争いあっている。治癒術なんて無意味どころか促進するだけさ!! 間も無彼らは凄まじい激痛の中、バラバラに崩れて果てる」

 「やめろ!! やめさせろ邪眼導師!!」

 半ば懇願するように静止を要求する元宗。だが、毒蛇の魔王は彼が予想もしなかった理由で願いを拒む。

 「無理だね。分解装置が発する振動波は周囲の改造人間にも効果を及ぼす。一度、起動したが最後、ボクじゃあ取り出すことは出来ない」

 「そんな・・・」

 愕然とするマリア。邪眼導師もまた魔王とはいえ改造魔人。五人のライダーに埋め込まれた処刑装置が彼の言葉どおりのものならば、確かに間違いなく設置した本人にも解除が不可能だ。

 「だけど朗報。助ける手段が無い訳じゃない」

 「言えッ!! 今すぐに!!」

 掴み掛かろうと猪の様に突進する元宗だが、お道化るクラウンの如く軽やかに舞う邪眼導師は彼に服の端も掴ませない。

 「ボクみたいな人間がそれで答えるわけないって、キミが誰より知ってるだろう?」

 「いや聞き出す! 力を尽くしても!!」

 拳を握り強い攻撃性を帯びた怒りを視線に込める元宗だが、対する邪眼導師は彼を茶化すように告げる。

 「時間が無いんだから問答無用で殴りかかりなよ」

 「貴様ッ!!」

 「もっとも・・・殴れれば、の話だけど」

 ス・・・と腕を空に掲げる邪眼導師。魔王が真の姿を現す――霊衣神官戦の例から判断して、巨大な怪物の出現に身構える元宗たち。だが、邪眼導師が行使せんとする力は、異空間に隔離された魔人の盟主が有する天変地異に匹敵する暴力的魔力では無い。

 「見せてあげよう・・・ボクの最高傑作を」

 パチン、と乾いた音色で彼の指が弾かれる。その合図に答え、動き出したものは彼らにとって以外極まりないものだった。

 『ギ・・・ギギギ・・・GHI・・・ぎぎ・・・巍巍・・・』

 ガラスを擦り合わせる様な禍々しい鳴き声。それは少なくともマリアと元宗は聞き覚えが在った。以前に邪眼導師が襲撃を仕掛けてきた際にも投入された対仮面ライダー用としてのみならず、あらゆる戦局下で強大な戦果を上げ得るだろう恐るべき兵器。ライダーへの悪意が形となって現れたような白いナイトメア。即ちAMR、ライダーハンター。

 『ギギギギギギ・・・!!』

 それは此度の戦いにおいて再び投入されながら、半ばデモンストレーションの為に腕を溶かされ全身を凍り付かされ放置されていたAMR。その白い化け物は全身を覆う氷を砕きながら目に赤い光を灯し、再び忌まわしき鳴き声、いや、泣き声を上げ始める。ミシミシと、全身を苦しげに軋ませている。

 「・・・キミたちとともにいる五人のライダーを始め、戦いの果てに散っていった多くのライダー、今も尚、一線で戦い続けるライダー・・・それらのデータを参考に、魔の国が誇る最新鋭技術を集めて生み出した最強の改造人間」

 「なに・・・? AMRが・・・割れる?!」

 やがて全身に亀裂が走り、表皮を刻む皹の隙間から白い光が薄く漏れ出す。

 「出ておいで、ルー・R・ルーフ・・・コードネーム『TYRANT』またの名も!!」

 ドゴオオオオオオオオオン!!!

 邪眼導師の呼び声に応えるように内側からの爆発によって吹き飛ぶAMR、いや正確にはAMRを模して寸分違わず同じ姿に造り出された、1/1着ぐるみ。

 そして、爆発の中から現れるのは――



 中から現れた影は思いのほか小柄だった。恐らく身長は170に届いていないだろう。陰陽寮が誇る少女剣士の小ささに比べれば、大きいとは言えたが、170後半から180がざらである仮面ライダーの中において、その体格は明らかに小さいと言えるだろう。無論、身体の大きさがイコール戦力の大きさではないことは少女剣士の小ささを見れば明らかだ。

 身体は白骨のように真っ白で、且つ丹念に磨き上げたような滑らかな体表で包まれている。顔にはクラッシャー(口蓋部装甲)が付いておらず、窪んだ穴の奥に灯る目の光は、嵐を予感させる暁の色。首で止めた白いマントは随分と長く裾を余らせているが、その裏地が地面に触れることは無く微かに浮かび上がっている。

 ブゥオア!!

 空気を裂くように鋭く翻されるマント。その瞬間、マリアは強い戦慄を覚える。鋭い殺気に似た気迫の牙が圧倒的な量感をもって周囲に襲い掛かったのだ。対人関係においては鈍感な元宗も戦いに於いては鋭敏なセンサーを持った一介の戦士だ。彼も発される闘気から凡その脅威を把握したらしい。頬に一筋汗が流れ落ちている。

 「さあ・・・絶望の宴へようこそ」

 装甲発破時の爆風で髪をアフロに変えた邪眼導師が格好をつけてそう告げると、その白い仮面ライダーは虚空から二本の曲刀(シミター)を取り出し、元宗たちへと向かっていった。


B面へつづく







【あとがき】
ご無沙汰しています。もう、本当、遅くなって申し訳ありません。久方ぶりの鬼神本編新作です。また、好き勝手絶頂やってしまいました。
今回、アベル君は諸事情であとがきに参加できないそうです。何があったのでしょうね。無事だと良いのですが。
一応、解説すれば、同時にお送りしたX面とK面はほぼ同時進行のお話です。では、もう書くパワーが切れかかっていますので、今回はこれで。
近いうちにライダーファイブのスペックノートをお送りいたします。では


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