第七話
「FIGHT IT’S OUT!」
K面“風と共に去りぬ”


青い鋼が輝くケイ
赤い背広が煌めくケイ
白い大地を走るケイ
ダッシュだ、スピード、マッハワン
捉えろバドーのロボットマン
走れ、走れ、ケイ、ケイ
ロボット刑事K、K、K!





 柔軟(フレキシブル)なディフェンスから繰り出される鋭敏(シャープ)なオフェンス。時折見せる隙は付け込ませるための罠。不用意に打ち込めば攻勢に転じた刃が逆に襲い掛かる。しかし、彼女――KC−0の腕は人間の間接構造では不可能な角度で折れ曲がり、それを受け止める。

 ジギィィィィィン・・・・・・

 刃と刃がぶつかり合う。周囲に広がるのは澄んでいるとは言い難いが、冷たい響きを持つ高い音色。鍔迫り合いは無く、直ぐに弾かれ合う異形の剣。非常電燈の赤い光のみが照らす薄暗い通路の中に、青白い火花が粉を散らす様に舞う。濁った音は両者の武器の構造と性質に原因を求めることができた。

 青く塗り染められた鋼で全身を構成する女性型のアンドロイド、KC−0が持つのは、刃が木目調の鋼で構成された細身の刀。これはウーツ鋼とも呼ばれる、非常に高い弾性力を持つ特殊合金ダマスカスで造られた軍刀(サーベル)だ。

 一方、彼女と相対する長髪の男が持つのは小銃。但し狙撃を目的とした長銃身のスナイパー・ライフルではなく、突撃用に用いられる速射性の高いアサルト・ライフル。その銃身の下部には一目で相当な業物であることを伺わせる白刃の銃剣(ベイヨネット)が接続されている。

 「やるじゃあないか、姉さん」

 長髪の男は、馴れ馴れしく語りかけてくる。色の薄い長い髪。その下にある中性的な目鼻立ちは自分のものによく似ている。形態の類似性には相応の理由がある。彼が人間の関係性に当てはめれば「弟」に当たる存在だからだ。

 「感心したよ」

 「そいつはどうも」

 素っ気無い返事を返すKC−0。

 (煩わしい)

 生き別れた親類に出会い、彼女が心に抱いた――いや、彼女の心を形成するプログラムが現在の状況に対して再現した感情は、喜怒哀楽のうち「慕情」のような「喜び」に属する類のものではなく、「不快」・・・「怒り」に属するものだった。別段、アンドロイドだからとは言え、彼女がセンチメンタリズムというものを持たないわけではない。ただ、一度も会ったことがない家族との再会よりも、今、命の危機に晒されつつある長く生死を共にした同僚を助ける方が彼女の中で高い優先順位に在っただけだ。

 「ん・・・」

 繰り返される排除作業。その最中視界に入る自分の姿を見て、あることに気づく青いアンドロイド。

 「あれ・・・?」

 疑問符の含まれた呟きを漏らし、彼女はそのまま排除作業を中断してしまう。

 「どうしたんだい? 姉さん」

 姉の異変に気づき武器を止める弟。彼は端正な顔立ちに好奇心の旺盛な少年の表情を浮かべ問いかける。

 「・・・・・・・・・」

 「?」

 だが姉は答えず、ただ沈黙だけを守っていた。いや、彼の持つ光学センサーの性能を鑑みれば認識できただろう。KC−0が全身をワナワナと震わせていることを。それは、余りの動揺によりCPUがハングアップ寸前になり、姿勢制御が不安定になっているのだ。そして彼女に動揺を与えている要因とは。

 ギィィィィン・・・

 彼女の手から取り落とされたダマスカスソードが、まるで薄いアルミ板か何かの様に撓いながら地面の上を跳ね回る。

 KC−0は掌になった両手に目を落として愕然とした。其処に在るのは現代科学の常識を数歩先じる超テクノロジーで造られた機械性の指。手首の所には部品製作に携わった企業の社名ロゴがさり気無く自己主張している。そう、そこにあるのは女性のそれを模した柔らかな人工皮膚に覆われたほっそりとした掌ではなく、武装のホールドに適するよう電磁吸着加工の施された無骨なマニュピレータだった。そして、それが意味するものは・・・

 「何時の間にか変身してるッ?!」

 「はぁ?」

 弟からの反応として素っ頓狂な声が返ってくる。ジュンが姉に向けるのは、額に上げた眼鏡を探すベタなメガネキャラクターを見る視線だ。

 「なんで? どうして? 記憶に無い!! 私には!! 黒歴史? ロストメモリー?」

 「な、何、言ってるの、姉さん! 僕には解らないよ!」

 錯乱したように意味不明の言葉を口走る姉を前に、脅えた様な表情を浮かべる弟。やがて、KC−0は突き付けられた余りの悲劇に繰り糸の切られた人形の様に四肢を萎えさせ、床に口付けするように跪き、音声回路が断末魔にも似た声を発声させる。

 「また変身シーンも無くこの姿に・・・」

 「そ、それがどうしたの? 何か問題でも?」

 「大有りだよ!!」

 くず折れた状態から跳ね上がる様に立ち上がり、一喝するKC−0。一方でジュンは静動の激しさに付いていけず、驚きに目を大きく見開いた表情のままだ。その何も判っていない若造を見て彼女は小さく舌打ちすると、特別に理解の一助けを買って出る。

 「いい? ジュン。私はこう見えても変身ヒロイン。で、変身ヒロインにとって変身シーンは最も重要な見せ場! それなに、また飛ばされるなんてぇぇぇぇ・・・変身シーンのない変身ヒロインなんてバイクに乗らない仮面ライダーと同じよ・・・」

 「はぁ」

 ジュンの反応が鈍い。

 必要以上の情報の入力によりハングアップが起こるのを防ぐため、理性を司る回路が思考を司る回路にリミッターを働かせているのだろう。

 「初登場時、二回目も、三度目の正直とゲスト出演した時も駄目。今度こそはと思った四回目も・・・駄目」

 「ね・・・姉さん」

 「フ・・・そうよ私は影薄い女、気の済むまで笑うが良いわ。だけど、私は涙なんか流さない。ロボットだからマシンだから・・・コートの中身は兵器なの。だけど涙が出ちゃう。だって女の子なんだもん」

 (駄目だ、だいぶキてる・・・)KC−0は自分でも良く解らない歌を唄いながら、自身が相当動揺していることを自覚する。一回目は緊急時だから仕方ない。ゲスト出演したときも贅沢は言っていられないから諦めは付く。だが二回目と今回は演出次第でどうにかなったはずなのだ。過ぎたことを言っても仕方が無かったが、推論として正確なデータが出ているだけに余計に腹立たしい。

 「だ、大丈夫だよ! きっと良い事有るよ。多分」

 悲嘆に暮れる姉を励まし力付けようとするのは彼女の弟。遠く離れ長い時を経ても尚、生き続けるのは麗しき家族愛、姉弟愛といった風情か。

 「同情なんて良いよ、ジュン。私みたいなモブキャラが目立っても、どうせ『死亡フラグ乙』とか言われるのが落ちだもの」

 だが、ただただ絶望の淵に身を置き運命を呪う彼女は膝を抱えて座り込み、優しさは時には残酷だとばかりに拒絶の意思を示す。

 「フ・・・フフフ・・・フフフフ・・・フフ・・・・・・フ・・・フフフ・・・フフフフ・・・フフ・・・・・・フ・・・フフフ・・・フフフフ・・・フフ・・・・・・」

 やがて、彼女は壊れたレコードのように同じ笑い声を繰り返し始める。だが、それも長く続くことは無い。

 「フ・・・フフフ・・・フフフフ・・・フフ・・・・・・ううっ」

 「姉さん!」

 堪え切れない悲しみが嗚咽と成って彼女の口から漏れた瞬間、ジュンは悲鳴に近い声を上げていた。彼は泣き伏せる姉の傍により優しく肩に手を置く。

 「姉さん・・・」

 ジュンの声からは一瞬で狼狽の色が消え、代わりに宥める様な穏やかな響きが宿る。言語プログラムが自動的に選び出す、対話手の興奮状態を和らげる発声、語調パターンだ。恐慌状態の被害者から情報を引き出す機会も多くあった彼女らKシリーズの前身にあたるロボット刑事の成果物の一つらしい。先程まで、互いを破壊し合おうとしていた者達とは到底思えない柔らかな空気が二人の間に漂う。

 「ジュン・・・」

 姉は涙声で弟の名を呼び返し、ゆっくりと顔を上げる。ジュンの顔にはやはり柔和な笑顔。間違いなく、仲の良い兄弟同士のそれ。そして、KC−0がその双眸に宿す光の色は――

 「アカ!?」

 赤。それは血の色、炎の色。暗示するのは戦い。象徴するのは怒り。それが彼女の目から溢れて噴出す。

 「なんちゃってブラスタァァァァ!!!!」

 ビカァァァァァァァァッ!!

 「どうわっ・・・!!」

 KC−0の目から怪光線。赤い光が視界の中の弟を包み込む。彼女の全身を巡っているオーラエネルギーを収束して放射するストレイジブラスターだ。

 「!」

 だが放たれた光の矢は目標に到達することなく、目標の直前で砕けて四方に飛び散る。

 「・・・不意打ちとはズルイじゃないか、姉さん」

 光の矢が全て消えうせた時、ジュンは小銃を顔の前に構えて立っていた。無事な弟の姿を見て姉が浮かべたのは僅かばかりの落胆。

 「自信なくすなぁ、今のを捌くなんて。折角、嘘泣きまでしたのに」

 「フフフ・・・ジュウケンドー在ればこそ、さ」

 弟の物言いは酷く誇らしげに響く。彼は小銃を日本刀のように正眼に構え再び戦いの気迫が戻った機械の瞳に姉、いや敵対する戦闘ロボットの姿を映す。

 「ジュウケンドー・・・」

 だが、士気に満ち溢れた弟とは対照的に青いアンドロイドは戦闘形態に在りながら、そこはかとなく気だるそうな気配を発散している。まるで寝起きの低血圧患者のようだ。彼女の口から発された音声も、やはり適当な雰囲気が漂うものだった。

 「なんかそんな、鍵使うローカルヒーローがいた様な・・・」

 「ちゃんとした立派な武術の名前さ、姉さん。剣術と銃技を組み合わせた、オールレンジ対応の、ね」

 「ああ、成る程。銃・剣・道か」

 説明は簡潔なものだったが、KC−0は凡そ合点行ったらしい。彼女が空中に見えない文字を描いて確認すると弟は頷いて肯定する。

 「そういうことさ・・・僕が手に入れ磨き上げた技術(スキル)さ」

 「ふぅん・・・」

 感嘆句を声にしながら、それでも彼女は余り深く興味を抱いていない。彼女にとって路傍の石の大きさ程度の問題でしかないのだ。

 「これから見せてあげるよ! 僕のわ――」

 ドゴン!! ドゴン!! ドゴン!!

 「うわわわっ?!」

 辛うじて避けるジュンの周囲で連続する爆発。

 話を聞くつもりも技を見るつもりもないKC−0が胸の装甲を開いて格納されていた破壊銃を起動させたのだ。だが――

 「ずるいや姉さん!」

 即座に態勢を立て直したジュンの回避運動が『辛うじて避ける』から『紙一重でかわす』に変化を遂げる。両者は一見同じように見えてその内実は大きく異なる。前者が技術的・速度的余裕の不足から仕方なく選択せざるを得ないものであるのに対し、後者は十全な技量を持つものが最小限の労力で目的を遂行するために選択する手段である。まるで、柔らかな布が風の中で揺れるように、炎と弾雨の狭間をしなやかに縫い、ジュンはKC−0の眼前に迫る。僅か一秒を掛けずクロスレンジ。彼女はダマスカスソードで応戦しようとするが、寧ろ弟は姉自身にではなく、彼女の剣に狙いを定め鋭く突きを繰り出す。

 ギュギュギュギュウゥゥン!!

 「くっ・・・」

 ダマスカスソードが床に突き刺さる。銃剣による刺突と小銃の連射が柔軟性を発揮する間も与えず衝撃で彼女の手から弾き飛ばしたのだ。

 「・・・っつ、戦闘形態に移行してないのになんてパワーだ」

 「パワーじゃないさ。言ったろう? スキルだって」

 捻る様に引き戻されるジュンの腕。正確には打ち込む際に回転を加え銃弾と同様に捻り込むように切っ先を繰り出してきたのだろう。

 「姉さんの戦術動作(タクティカル・マニューバ)もナカナカのものだけど、所詮、基本プログラムの延長でしかない。長い年月を掛けた工夫と熟練がさ、足りないんだよ!」

 ジュンは左足を軸に全身を旋回させ、間合いの広いスイングで一太刀を繰り出してくる。

 「・・・!」

 猛速で迫る白刃。銃剣の切れ味、込められた力、重量、それらを差し引いてもスピードだけで充分な殺傷力を持った一撃。だが、大振り故に隙も大きい。KC−0は間合いの外に逃れるのではなく、身を屈め頭上を掠めさせる手段をとった。

 ドゴォッ

 「くっ・・・!」

 予定通り、刃は虚空のみを引き裂いた。だが、彼女は左胸に重い衝撃を受けることと成った。彼女は上体を逸らしながら後方に吹き飛ばされるが、床へと墜落する前に、ジャイロを使って姿勢を安定させ、辛うじて着地に成功する。

 「少し遅いね」

 見上げると、嘲る様に言う弟の膝が彼の腰の高さまで引き上げられていた。ジュンは大振りの剣戟に隠す様に中段蹴りを繰り出してきたのだ。

 「・・・悪いケド・・・奈津やマリアと違って、私は体育会系じゃないんだ」

 装甲が僅かに撓む。改修されていなければ内部メカを幾つか持っていかれたかもしれない。充分に練り上げられた空手の技は徒手で硬木や石を砕く。人間の姿をしているとは言え、常人より遥かに頑丈なアンドロイドに蹴りならば自分にとっては充分に致命に成り得る。

 プシュゥゥゥゥゥゥ・・・

 後頭部から背中にかけて伸びるチューブの先から空気が噴出す。冷却装置が働き、内部緩衝材によって熱に変換された衝撃エネルギーが排出されているのだ。人間ならば冷や汗をかいているところだろう。

 「やれやれ・・・」

 どうやら簡単に退けれそうに無いらしい。巨岩とは言い難いが、道中を遮る煩わしい障害である事には違いない。

 「さて・・・」

 ジリジリと間合いに近付いて来るジュン。何にせよ対策を考えねばなるまい。一応、格闘戦の訓練は受けているものの、素手で自分より技量の高い相手を制圧出来る自信は持ち合わせていない。もっともダマスカスソードが手の中にあったとしても、奈津やマリアのように刀を扱う専門技能を持たないため、頑丈な金属の塊を振り回しているのとそう代わりはしないのだが。

 「ふむ・・・振り回す、か」

 何かを思い出したように呟くKC−0。彼女のタクティカル・ルーティンが現状に最適な内蔵武器を選出したのだ。

 「ジュン、一応感謝しとくよ」

 「え?」

 「・・・ダマスカスソード。あれって実はかなりの業物でね。なかなか気に入ってたんだ・・・」

 「噂には聞いてたよ。姉さん、骨董マニアなんだって?」

 一応、考古学者の端くれなのだが、畑違いの人間には余り差異が分からないのだろう。オーパーツ、アーティファクト、プレシャスなど超古代遺物にも様々な呼び名があるが、一般人にはどれも「変わったアンティーク」でしかないらしい。

 「でもさ、ウチって刀使い二人も居るのよ。だから軍刀装備なんて被りもイイトコだし、それでなくても薄いのに下手糞だから余計に目立てないじゃない。だからイメチェンしようと思ってたんだけど、ちょっと勿体無くって」

 「捨てられない女ですか、姉さん」

 「これもコレクターのアンリミテッドなサガ・・・」

 呆れ切った弟の前でKC−0は切なそうに自分たちの悲しい本質を呟く。

 「でも、新たなフロンティアを開拓するには良い機会――」

 KC−0がそう言うと、彼女の左の二の腕を覆う装甲が観音開きに開き、中から何か細長いものが現れる。彼女はそれを握り、先端を弟へと向ける。

 「棒・・・?」

 いぶかしむ様に眉根に皺を寄せるジュン。彼の姉が手にして自分に差し向けるのは木製の棒・・・それも経年劣化によるものか黒ずみ朽ち掛けた棍棒だった。外観のみで判断すれば、アンドロイド同士の戦いどころか子供の喧嘩にも不足しそうな粗末な凶器である。だが、青い女アンドロイドは右手でしっかり握ったその凶器を、僅かほどの躊躇いも見せず弟に向けて振り下ろす。

 ゴガッ

 「!!」

 鈍く重い衝撃音と共にジュンの膝が床に落ちる。一撃は銃剣の峯で受け止められ目標に到達してはいないが足元は蜘蛛の巣状に罅割れ砕ける。

 「な、なにソレ。た・・・ただのヒノキの棒が・・・・・・」

 苦悶の声がジュンの喉から漏れ響く。彼と、彼の周囲に起こった破壊現象は明らかに木製の棒から生み出されたものとしては分不相応だった。どう見積もっても大型のバトルハンマーの一撃から生み出されたものだ。

 「ただの棒じゃないよ・・・これはマタイからパチッてきた一品」

 「マタイ・・・?」

 「ローマ法王庁聖遺物管理局・・・・・・実は異教の呪物も封印・管理してたりするんだけど」

 業務上横領を働いた出張先を簡潔に説明するKC−0。聖遺物管理局『マタイ』・・・一応、表向きはキリストや聖人の遺骸を収集することや、神霊力の宿った器物を管理・運用することが主要な目的の機関だ。だがそれ以外にも十字軍や異端審問、魔女狩り等で回収された異教や或いは異端の呪術的器物の封印、処理も秘密裏に行っている。彼女の持つ棍棒も、そうした異教祭器の一つであり、彼女が研修を兼ねて出張していた際に秘匿したものだ。無論、発覚すれば犯罪どころか組織間協定違反となる大問題だ。

 「この棍棒の名前は偶像砕き(メイス・オブ・バフォメット)。古代のイスラム教徒が偶像破壊に使用していた聖別された棍棒だよ。人の形を模した物体に対して極めて強力な破壊力を有している。つまり・・・」

 まだ、衝撃から機能を回復できないでいるジュンの額を軽く小突いてやるKC−0。普通ならばよろけもしない攻撃未満の一撃だが、彼女の弟はまるでヘビー級ボクサーのストレートを食らったように、もんどり打ちながら吹き飛ばされ、床にグシャアといって落下する。

 「ロボットにはクリティカルってわけ」

 「・・・ムカつく」

 小銃を杖代わりに覚束無い様子で立ち上がるジュン。二度の痛打は装甲に覆われていない人間形態の彼には大きな一撃だったらしく、ダメージがジャイロや電装系まで達しているらしい。

 「ムカつく武器だな!!」

 だが、吼え声とともに全身の震えが止まる。怒りの因り気力が充実していくのがKC−0には見て取れた。

 「気に入らないんだよっ!!」

 「!」

 センサーが接近警報を鳴らした時、既に弟の姿は彼女の眼前に在った。一瞬で間合いを詰めてくるジュン。閃く刃に対し、彼女は反射的に“偶像砕き”で防ごうとするが――

 ザンッ!

 粗末な木の棒は打ち据えた時の一割ほどの強度も見せず、容易く二つに切り割られてしまう。

 「あ! 壊したな、お前!!」

 「頭に来るんだよ・・・そんな武器は!」

 弟の頭上に掲げられる銃剣付小銃。防ぐ為の手持ち武器はない。彼女は咄嗟に胸に手をやる。

 ドゴォン!

 眼前で発生する爆風と炎。大振りで打ち下ろして来る刃をKC−0は破壊銃の反動と着弾の爆風で後方に飛び避けた。だが、炎は弾丸がジュンの身体に命中して起こったものではない。爆心点は彼女とジュンの間の空間にあった。即ち彼女の弟は自らの銃弾で破壊銃の弾丸を撃ち落したのだ。

 (武道をなのるだけはある)

 「・・・勝手に持ってきたものだからばれない内に返さなきゃならないのに! どうするの!!」

 厄介だ。そう思いながら彼女の口から出たのは、内心とはまったく関係のない言葉。壊れてしまったのなら証拠隠滅の良い機会と、後腐れの無い様に後ほど灰にしておこうと密かに決意するKC−0だった。だが、弟は律儀にも姉の軽口に応答してくる。

 「そんなに言うなら返すよ! 受け取れ!!」

 二つに割れた“偶像砕き”の一端に切っ先を突き刺すジュン。姉に驚く間も与えず、ハンマーを思わせる歪なTを象った小銃を彼は叩き込んでくる。

 メキャァッ

 「ぐぅっ・・・」

 腕を交差させて神罰の一撃を受けるKC−0。ある意味、窃盗に対するカトリックの神を併せてダブル唯一神の罰かもしれない・・・などと危機感の足りない間抜けな推論を彼女は行ってしまう。もっとも、腕の状況はそれほど楽観的なものではない。スマートブレインの技術により材質強度は高まってはいたが、それでも、既に左前腕部は拉げて折れ、右前腕部からも信号が途絶している。

 「・・・フン、姉さんにも良く利くじゃないか!」

 サディスティックな冷笑を浮かべるジュン。

 「だけど、気に入らない! ロボット、ロボットと!」

 そう、彼が宣言すると同時に、切っ先に突き刺さっていた“偶像砕き”の一端が空中で引き抜かれる。

 「!」

 そして直後、刃が照り返す光が宙に乱れ、“偶像砕き”は粉々に切り砕かれてしまう。驚嘆すべきスピード。いや、彼の言から察すれば、技量や技術に由来するものだろう。基本的に人間形体のほうが身軽なのだが、排熱や機構的な問題から高速稼動にはリミッターが掛けられているからだ。彼女の同僚である少女剣士や少女忍者も一見、トリックや魔法の類にしか見えないような、しかし列記とした人間工学に基づく技を持っている。気の遠くなるような反復訓練の果てに辿り着く、身体機能の完全な連動現象――所謂、純武術的な意味合いでの「発剄」というものだ。

 「・・・」

 だが、KC−0は弟の技量云々より、むしろ別のことが強く気に掛かった。正確にはつい、先ほどからではない。彼女が弟と再会してから暫く、彼女の中で提起されていた疑問だ。「兄弟殺し」この世界にいれば、否応無く親類が敵味方に分かれることも少なくは無いが、それでも、よくよく考えれば最初から「親類を殺すこと」を目的として来ることは尋常ならざることである。これまでは、弟とはいえジュンに対する興味が薄かったため、推論の優先順位が低かったが、何処かトラウマめいたリアクションに彼女は少なからず暗い好奇心をそそられた。

 「・・・もしかして私を狙う理由って」

 「!・・・・・・」

 「身体の悩み? お姉さんが相談にのったげようか?」

 「如何わしい言い方だな・・・ねえさん」

 彼は少し疲れた様な声を発し、手にした小銃を下ろす。

 (やっぱり)

 推論に確証を得て心中で頷くKC−0。身体的な問題に由来する悩みやトラウマ。それはアンドロイド――いや、人の心やそれに近いものを持ちながら、ヒトとは異なる身体を持たされた、多くの者たちが経験する“はしか”のようなものだ。ごく稀に、自尊心を肥大させ生身の人間を卑下する様になる健全とは言い難いが、それでも楽観的な自己逃避が可能なものもいる。だが多くの場合は自らの持つ力への恐怖や子孫を残せない身体になったことへの絶望、常人としての生活を奪われたことによる苦痛や孤独、与えられた肉体に意味を見出そうとする焦燥など、悲観を帯びていることが多いらしい。世俗から離れ、孤独の影を背負って旅する・・・後者は多くの仮面ライダーに見られる典型的な例といえるだろう。そして、目の前の弟も。

 「・・・・・・ふむ」

 弟が彼女に見せるのは“偶像砕き”に対する強い嫌悪の念。「殺す」と宣言しながら戦闘形態への形態変化(トランスフォーム)を行わない姿勢。そこから類推される彼の感情は、即ち――

 「イヤなの? 自分の身体が」

 「!」

 図星。人間が動揺を覚えた時と同じ様にアイカメラのフォーカスが広がり、無意識により多くの視覚情報を得ようとする。人間臭い情動ルーティン。額にはうっすらと冷や汗さえ浮かんでいる。やがて、彼はへの字に閉じられていた薄い唇を微かに開く。

 「・・・・・・そうさ」

 人工声帯が紡ぐ人間に極めて近い声が当たりに響いたとき、弟の顔に浮かんでいたのは何かを堪える様な苦々しく歪んだ表情。

 「嫌いさ。こんな機械の体。だから、僕は姉さんを殺すのさ。人間になるため」

 「人間に・・・なるぅ?」

 思わず上げた彼女の声は酷く素っ頓狂に響いた。人間的に言えばジュンは血を分けた彼女の兄弟であったが、それでも彼の言葉は姉であるKC−0にとって存外極まるものだった。機械の身体を憎むまでなら未だ理解もできる。だが、あろう事か『人間になる』とは。

 (ベムじゃないんだから・・・)

 暗闇の中で三つに分かれたあの生き物も最後まで人間にはなれなかったのだ。彼女は確信を持って弟に告げる。

 「・・・そんなことで人間になれやしないよ」

 「フン・・・知らないんだね」

 だが、返ってきた言葉には多分に不見識に対する嘲笑が加えられている。

 「“いま”の電子工学はコンピューターに人間の心を宿せるんだ・・・僕たちみたいにさ。なら、逆もまた然りとは思わないかい?」

 「・・・!」

 彼女は戦慄に似た感覚を覚えていた。推測が正しければ、弟の考えている事は余りに、滑稽なまでに禍々しい。KC−0は呟く様な声で、問う。

 「・・・まさか、ダウンロード?」

 「そうさ。“世界の裏側”ではクローン技術による人体製造なんて大して珍しいものじゃあないだろ? 僕が任務に成功すれば僕のための身体を造って貰える! そうしたら僕は僕の新しい身体に僕の全てをダウンロードして人間に生まれ変わるのさ!」

 ジュンの真意はKC−0の予測と寸分違わない。人間の心や情動の働きも脳医学の観点から見れば、脳神経内を流れる電気信号がその正体である。ある程度成熟し、記憶を溜め込んだ脳では不可能かもしれないが、生まれたばかり赤ん坊の、まっさらな状態の脳にならば書き込むことができるかもしれない。

 「なるほどね。言いたいことはあるけどジュンの気持ちはわかった。でも」

 無論、理解しただけで承服したわけではない。だが、彼女は個人的な所感ではなく、弟の説明によって更に生じた疑問を口にする。

 「なら、私を壊そうとする理由は何? キミの任務は先生を捕まえる事であって私を壊すのはついでみたいなもののはず・・・別に私なんかに拘る必要は」

 「あるさ。姉さんは“過去”だから」

 「過去?」

 問い返すKC−0にジュンは相槌を打つ様に頷く。

 「そう・・・僕がKM−06という存在だったという過去、記録、証拠。姉さんが僕という存在を、魂を、『姉弟』として覚えている限り――僕は“過去”から解き放たれない。生まれ変われない。だから、殺す。みんなのように殺す。姉さんを殺して、“過去”を清算する」

 「みんな・・・・・・みんな、といったの? ジュン、まさか、みんなを・・・」

 「そうさ。姉さんとケイにいさん以外、みんな死んだよ」

 驚愕を禁じえない彼女に冷淡な微笑を向けながら楽しげに、自らの功績を誇るように語る。

 「僕が殺した。ショウにいさん、キサラねえさん、マチねえさん、ウサキねえさん、サツキにいさん、ジュリ、ヨウ、クロウ、カンナ、ノヴ、ハシル・・・みんな、みんな、ね」

 “落胆”・・・KC−0は自らの心情を言い表すならば、この言葉が妥当であろうと感じた。しかし彼女の“落胆”は兄弟が喪われたことによるものではない。その感情は、眼前に立つ人の姿をした人でないものに向けられていた。

 「兄弟を・・・破壊しというの」

 「違うよ姉さん、壊したんじゃない。殺したんだ」

 責める様に言う姉の言葉を、首を振って否定するジュン。彼は両手を大きく左右に広げると歌劇か何かのように演技じみた大げさな仕草で高らかに言葉を繰り始める。

 「確かに僕らは機械の身体を持って生まれた。だけどピノキオと同じ人間の心を持っている。だからガラクタみたいにただ壊れてしまうんじゃない。身体を失えば魂は天に召される!! 死んでもみんなと同じ場所に逝けるんだ!! ――さあ、これで姉さんも寂しくなんかないだろう? ここでの生涯が終わっても、先がある、みんなが待っているんだから!!」

 「・・・・・・」

 弟の口ぶりは新興宗教の宣教師を思わせた。

 「ばかばかしい」

 だが、KC−0の口から出た言葉は心の琴線の震えを僅かほども感じさせるものではなかった。

 シュウウウウウウ・・・

 「え・・・?」

 驚いたような声を弟が上げるのは、KC−0が戦闘形体を解除し、人間の姿に戻ったからだ。

 彼女が彼女の弟に向ける視線には熱も冷気も含まれていない。ただ、白けたような感動の無い色だけが其処には浮かんでいた。

 「どうして・・・」

 「ジュン。キミは人になんかなれないよ。ジョセフの命を賭けて良い」

 自信ではなく確信。自らが口にした言葉が一片の疑いも無い事を京子はほぼ確信していた。それは――太陽が東から昇る、どのような日も朝は朝というような、至極、当たり前の事実を口にする様に告げられた。

 「――どうして、そんなことを言うんだい?」

 だが、問い返す弟の表情は、西から朝日が来る事を由とする、早朝に正午が前倒しになることを由とする、明らかに価値観の方向性が真逆を向いているものの顔であった。京子は精神的な疲弊に深く息を吐き出しかけた。だが、辛うじて堪えると根気を絞って言葉を紡ぐ。

 「当然だよ。外道が人間に生まれ変われるわけないだろう? 兄弟を殺すような外道は生まれ変わっても人になんかなれない。仏教の言葉に因果応報という言葉があるだろう。前世の因業は後世に形となって現れる。どんなに優れた技術で人間の体を手に入れても・・・それは人間なんかじゃない。人間の形をしたケダモノ・・・いや、ケダモノ以下の何かだ」

 無表情のまま自信の弟を完全に否定した京子の言葉は、余り長文句を好まない彼女としては奇跡的な長さを持っていた。表層意識に起こる感情の波こそ凪の状態にあったが、その深層部で彼女の情念は激しくうねりを上げていたのだ。そして、彼女はとどめの一撃を放つ。

 「・・・あんたは人間になろうとして人の道を踏み外した。じゃあね・・・下らないことに時間を費やした」

 もう少し、意義があることにならば付き合ってやらないでも無かった。だが、彼女の価値観において“取るに足らない”ことで仲間を助けに行くための時間を削られたことは、非常に耐え難いことだったのだ。ジュンの横をすり抜ける様に歩き去っていこうとする京子。だが――自己の存在意義と信じるものを否定された彼女の弟の反応は、怒りや悲しみではなく、理解し得ないものを目の当たりにした人間の困惑の色であった。

 「下らない・・・? 下らないだって・・・? 姉さん、下らないって言ったのかい?」

 「そうじゃなければ“無駄”だよ、ジュン。意味が無い。キミのしでかしたことは・・・単なる悲劇の上塗りだ」

 眼鏡越しに哀れむ様な視線で一瞥してやり、そのまま振り返る京子。白衣の裾を翻しながら彼女は地上へ向かうことを再開しようとする。

 「フフフ・・・」

 笑い声が、響く。

 「はははははははははは・・・」

 それは徐々に大きくなり、

 「はははははははははははははははは!!」

 絶叫に程近いものとなる。

 ジュンが吐き出す高笑いはその八割近くが彼の姉に対する嘲りで構成されていた。――ダムの放流にも似た感情の発散。だがそれも、徐々に勢いを減衰させ、やがては収束する。

 (来る)

 類例から推測して、直後に攻撃を仕掛けてくる。そう判断した京子は変身をスタンバイさせながら振り返る――

 「違う・・・違うさ!」

 だが、弟から投げつけられたのは不意の一撃などではなく、彼女を否定する言葉だった。

 「絶対に違う!! 下らない筈がないさ!! だってそうだろう? 僕がしていることが無駄で下らないなら、みんなの死も無駄になる! 姉さん・・・姉さんはみんなの死から尊厳を奪い取るつもりかい?」

 熱を帯びた弟の語り口調は、もはやカルト宗教の教義の為、妄信の徒に殉教を強いる狂信者そのものだった。自らの思いと目的に囚われ、それを絶対不可侵のものと信じ込み、竜巻の様に周囲を巻き込みながら突き進んで往く――

 「そうさ・・・僕は人間になる! ならなきゃ駄目なんだ! 死んだ、皆の為にも!!」

 「・・・判らないな。それほど拘ることかな?」

 水を差すように疑問を投げかける京子。別段、京子も死に意味を持たせることを否定している訳ではない。彼女は、価値在る死とは、死んだものの生前の尊さに比例するものだと考えている。だが弟の行おうとしている事が、尊きものを喪ってまで遂行しなければ成らない使命だとは思えないのだ。

 「そこまでしてやらなきゃ駄目なのか?」

 「当然さ! 僕らは人間に近づくことを目的として作られたんだから!!」

 「ああ・・・」

 そう言えば、そうだ。京子は自らの存在意義を思い出す。Kシリーズの開発目的。それはロボットを限りなく人間に近づけること。機械に魂の力を与えるオーラパワーシステムも、使用年数に応じて外装を年齢相応のものに変更する機能も全てはより人間に近しい情動・感覚を得る為に与えられた機能だ。“父”であり“兄”でもある“オリジナル”から受け継いだ「ロボット破壊銃」も、眼底の奥に仕込まれたストレイジブラスターも、如何にもメカメカしい戦闘形体も、本来は防衛や警邏のニーズに応え予算を得る為の飾りに過ぎない。だが、彼女は弟の言葉に首を振って否定する。

 「人間に近づくことと人間になることは別だよ、ジュン」

 確かに開発者たちは“人間に近づく”ことを目的に自分たちKシリーズを開発した。だが、彼らが目指したのは飽く迄も“人間と極めて近い心を持つロボット”であり、“ロボットが人間に成り代わること”ではない。

 「僕だって最初はそう思ってたさ。だけど、違う。人にどれほど近づいても、僕らは決して人間扱いされない。単なる便利な道具扱いさ」

 「・・・そういう目的でつくられたものだからね」

 訴えかける様なジュンの声。薄い笑みのしたに見える辛さを堪えている様な表情は、彼の此れまでの経緯を大まかに推測させた。だが京子は同情の念など一切見せる事無く冷淡に応える。

 「私たちに求められているのは、『隣人であること』だよ。人のことを何より、誰より理解してくれる、便利な隣人――」

 「知っているさ、そんなこと! でも、だから利用され・・・用が済めば捨てられる・・・所詮、便利でも道具だから」

 思わず京子は感心していた。彼が、パラドクス・・・自己矛盾に気づいていないことに。だが、そんな彼女の暢気さも、直後、関心の対象から放たれる言葉によって破られる。

 「ねえさんだってそうなんだろ? ロボットだから、マシンだから、愛する人に捨てられたんだろ?」

 「・・・やれやれ」

 クシャクシャと頭を掻き回す京子。彼女が発したのは酷く呆れた様な溜息だった。

 「塞がってた傷を無理やり開いてくれるね。失恋の傷って立ち直るのに結構時間かかるんだぞ・・・」

 殆ど独り言の様に彼女が呟き漏らしたのは、皆無と言える弟のデリカシーについての批評。彼の言葉単体ならば、簡単に受け流せたかもしれない。だが、つい先ほど、偶然にも夢に見てしまった失恋の情景に、古傷の塞がりを緩めていた京子は、ピンポイントで抉ってきたその言葉に無視できないほどの痛みを感じていた。

 「ふー・・・」

 目を伏せて天を仰ぎ、深く息を吐き出す。眼鏡を額にずらした彼女は、熱を帯びる目頭を指先で軽く揉む。感情が漏れ出すのを鎮める呪いだ。やがて落ち着きを取り戻し、眼鏡を定位置に戻した彼女は、レンズの奥に冷たい眼差しを輝かせる。

 「悪いけどジュン。一緒にしないで欲しいな――」

 「?」

 言葉を区切り、大きく息を吸い込む京子。そして彼女は弟が真意を窺う様に眉を顰めたところを見計らい、言葉に代えて吐き出す。

 「どれだけ語ってくれても、キミの価値観と私の価値観が一致することはないと思うから別に真面目に聞いてくれなくても構わないけど、これだけは言わせてもらうよ。確かに私は私が“ロボット”であることが理由で振られたことがある。だけど、別にそんなことは男と女の間では『良くあること』。今時、長年連れ添った夫婦だって『性格の不一致』なんていう下らない理由で判れるんだ。そりゃ『ロボット』なんて個性持ってたら普通に付き合うのだってハードル高いに決まってるよ」
一息に語り終える京子。ある種、割り切った言葉を綴る彼女に向けられたジュンの視線は猜疑を帯びたもの。

 「ねえさんは構わないっていうのかい? 人間と同じ心、同じ姿を持ってるのに、中に詰まってるものが血か機械かの違いで差別されるってことが!! 仕方ないって諦められるのかい!!」

 どこか熱病患者めいて訴える様に問うジュン。しかし、その熱意は姉に届いていない。

 「悩まないようにしてるだけだって。自分が自分であるための努力なんて、疲れるだけじゃない」

 顎関節を撫でながら気だるそうに答える京子。

 「キミがどんな境遇を過ごして来たかなんか知らないし、興味ない。けど、これだけは言っておくよ。私は私以外の誰かになるつもりは無いし、キミはキミ以外のだれにもなれないと思う。だったら、切羽詰るよりは楽しんだほうが人生得だと思うな」

 何処か自虐めいた笑みを浮かべ京子は言う。確かに自らの存在意義について思い悩む事は、自分のような者たちの多くが歩む道程である。だが、だからといって彼女は全ての者が同じ茨の道に足を踏み込まなければならないとは思わなかった。

 「フフ・・・フフフ・・・ハハハハハハ!!」

 俄かに笑い始めるジュン。身体を逸らし、辺りに高く笑い声を響かせる。やがて――引き攣る様な呼気の音色を腹の辺りから響かせた彼は、嘲り・・・いや、強く軽蔑する様な視線を彼女に向ける。

 「姉さん・・・残念だけど姉さんの言うとおりだ。姉さんはここで死ぬんじゃない。壊れるんだ」

 彼が告げたのは、敗北宣言であり勝利宣言。

 「人間は、人間なら・・・自分の型を破って何処までも強くなれる! 成長できる!! だけど姉さん。姉さんは機械であることに甘んじた! 自分を枠に嵌め込んじゃったんだ! だから姉さんは勝ち得ない! 研鑽を忘れて堕落した姉さんに、高みを目指す僕を倒すことは――不可能!」

 断言したジュンの視線が獲物を見据える鷹に似て鋭く変わる。発散される気配も、急激に膨張し強い霊的圧力を伴って周囲を圧迫し始める。

 「やれやれ・・・どうしても邪魔するんだな」

 何とか口八丁で誤魔化して損害を減らしたいところだったが、どうやら裏目に出たらしい。このような状況に陥ってしまった以上、彼女も覚悟を固める。

 「受けて・・・立つ!」

 ガガガガガガガガッ!!

 フルオートで小銃を連射しながら突進してくるジュンを、姉が歳の離れた弟を抱きとめる様に両手を広げ迎え撃つ京子。着弾とともに爆裂が起こり、彼女の周囲を白煙が包み込む。交差距離に迫る彼女の弟は煙ごと姉を両断すべく小銃を振り上げる。

 「・・・ON Stage!」

 空気の裂け割れる鋭い音が、煙の中から響く声にかき消される。そして――煙の中で何かが五つ、閃く。

 「・・・パン様追悼記念!」

 バシュウウウウウウウ!!

 「?!」

 白煙が吹き飛び、青みがかった透明な何かが猛烈な勢いでジュンを撃つ。彼は咄嗟に身を逸らしたが、自らの突進速度も相俟って完全に回避できず肩口にそれを受けて血飛沫――のように見える皮下循環剤――とともに吹っ飛ぶ。

 「な・・・」

 「やっぱり駄目か」

 煙を散らして現れた姉の姿は、また何時の間にか如何にもロボットらしい姿の戦闘モードへと変化していた。硬化した顔に表情は見られないが心なしか落胆している様に見える。

 「なんだ――今のは」

 水浸しのまま、そんな間抜けな声を上げるジュン。周囲に攻撃の、文字通り残滓がばら撒かれているにも拘らず、彼には攻撃の正体が掴めていないらしい。

 「水――」

 「え?」

 「海洋深層水だよ。世界で一番深いところのね」

 何処か悪戯っぽい口調で弟に教えてやるKC−0。

 「ワープゲートを発生させて二つの輪の中を繋ぐアーティファクト、使徒の輪(アイオーンズ・リング)・・・それの一つをある人に頼んでマリアナ海溝の底に沈めて貰ったんだ。後は起動させてやるだけで――」

 徐に指先を向けるKC−0。彼女の指先に米粒ほどの小さな白い光が灯ると同時に、再び血に似た飛沫を上げてジュンは吹き飛ばされる。

 「く・・・うぅ・・・?」

 「1000気圧の水がレーザーのように飛び出してくる。名づけて、深海の手(La main de hauturier)。さて」

 身を深く沈め、床を蹴立てるKC−0。間合いの離れた弟に走り寄る彼女の左右の手には指と同じ数の小さな天使の輪。

 「一秒で死ね――ジュン!!」

 まるで悪役のような台詞を吐いて、凶器と化した両腕が振りぬかれる。

 ズバシャァァァ!!

 海洋深層水――豊富なミネラルを含有し、現代人の健康維持に効果的な働きを持つと触れ込みの有る世界の深淵より召喚された水。しかし1気圧中に呼び出された海洋深層水は次の瞬間、猛烈な勢いで撃ち出され、その働きを健康とは遥かに隔たりの有る刃へと変えて、通路に合計十条の轍を刻み込む。

 「遅く――」

 しかし、膾と化している筈の弟の姿は何処にも無い。海水と混じってエアロゾル化した皮下循環剤が周囲に舞うのみ。

 「なってやしないかい? 姉さん!!」

 (上?!)

 狭い通路、逃げ場など在る筈が無い。確率から言えば、高圧水流が生み出した十本刀のうち何れか二、三振りは確実に彼を捉えている筈である。だが、それにも拘らずジュンは肌に薄く朱を滲ませるだけ。

 「修行次第で、人間は軟らかい水の上だって走れるんだよ」

 頭上から高速で振り下ろされる小銃。KC−0は水の刃を指先に生み出し、煌めく白刃を受け止める。

 ギィィィィン

 細い水流が凄まじい圧力のみで、剃刀の様な銃剣の一撃を受け止める。

 「・・・川の水面に比べれば、姉さんの水は舗装された道みたいなものだよ」

 「足場にしたのか・・・深海の手を!」

 以前、マリアが『忍者の基礎だよ』と言って『水蜘蛛』と呼ばれる水面走行を見せてくれたのを思い出す。水面に対し可能な限り浅い角度で、尚且つ一秒間に数十回という機関砲並みの高速足踏みによって達成できる高等歩法の一つだ。

 バシュウッ

 水刃の向こうで影が軽やかに翻る。切り結んだ際の反作用に身を任せ、軽業師の様に弾かれ飛ぶジュン。後方へ跳躍しながらも彼の銃口は姉の顔面に向けられ、躊躇い無く引き絞られるトリガー。

 ドガガガガガガガガッ

 バキュバキュバキュバキュ!!

 稲光の様なマズルフラッシュと弾丸の集中豪雨。顔を中心に降り注いでくるが、その焦点は敢えて正確に絞られておらず、逆に回避や防御を困難にしている。装弾数や銃剣の取り回しの問題からか、使用されている弾丸は小口径の対人用であり、彼女の装甲を貫けるほど強力な代物ではないが、それでも不用意に受け続ければダメージは蓄積し、排熱が追いつかなくなる。

 (なら・・・!)

 彼女の指先に灯る光が一瞬輝きを増す。

 「接続変更・・・!」

 そう、気力に満ちた声で呟く、それと同時に再び手を震う。

 ヒュオッ

 掃除機が小さな固形物を吸引した時の様な、くぐもった高い音色が辺りに響く。

 「?!」

 ドガガガガガガガガッ

 尚、撃ち出される弾丸。だが、既に小銃を操るジュンは異変に気づいている。発射される際の閃光と爆音はあっても、弾着時の火花と破裂音は無い。避けられているのではない。弾丸は彼の姉の前で消えて目標まで届いていないのだ。

 「今度は宇宙に繋いでみたんだ」

 腕を振って銃弾を掻き消しながらKC−0は告げる。先ほどの水流が『流れ込む力』を利用したものだったが、今度は『流れ出す力』を利用して弾丸を宇宙空間に放逐しているのだ。

 「化けの皮を剥がしてやろうか・・・ジュン?!」

 底意地悪そうに呟いたKC−0は、1000ミリバールを超える気圧差が生む強烈な吸引力を掌に発生させたまま、弟に向けて突進する。

 「なら・・・」

 彼女の指が肌をなぞれば、柔らかな人工皮膚など一瞬で裂けて捲れ上がり、直後、根から剥ぎ取られるだろう。だが、ジュンは姉から向けられた破壊行為を阻止するべく、壁に向けて刃を這わせる。

 シュカッ

 早業で四度切り込まれ、特殊な素材で構成されている筈の壁が四角く切り抜かれ、まるでチーズのブロックのように銃剣の切っ先に貫かれる。

 「ハァオッ!!」

 ヒュバッ

 振り抜かれた勢いで、切っ先から撃ち出される壁の構造材。相対速度から猛速と化した方形の塊は正確に彼女に向けて襲い掛かる。

 「く・・・」

 ガコォッ

 指先に張り付く構造材。砕けながら吸い込まれていくが、強度と体積の問題から、一瞬で消してしまうことが出来ない。全質量を宇宙空間に移送するまでに要する時間は数秒間。それはジュンが彼女に接近し銃剣を打ち込むには充分すぎる。

 ガキィィィィィン

 横に一文字を描いた刃が首の直ぐ傍で砕ながら飛び散る岩と水に防がれる。再び接続先を深海に切り替えて水流を解き放ったのだ。土石流にも似た水鉄砲が刃を四方から包み、押し返す。

 「ジュン! ストレイジブラスターを受けろっ!!」

 更に目から収束された超力を放出してカウンターを試みる。赤く輝くエネルギーの塊は照射対象を焼き尽くすべく彼女の弟に迫るが――

 「そんなものがっ!!」

 光線が到達する直前、ジュンは懐から取り出した黒い箱の様な物を彼女の目の前に投げつける。サイズは眼鏡ケースより僅かに大きい程度。長方形だが一方に反りがあり、スペクトルから判断して恐らく鉄を主とした合金製。

 (――マガジンっ?!)

 目と鼻先に投げ込まれた塊が小銃用の弾倉であることに気づいた瞬間は既に手遅れ。彼女の放った破壊光線は内部の銃弾に込められた装薬を暴発させる。

 ドゴォン!!

 「がぁっ・・・!」

 目の前で爆風が起きたKC−0に避ける手立ては無い。破裂した弾倉と暴発した銃弾が、散弾地雷のように彼女の顔面に襲い掛かる。

 「目が・・・目がっ!!」

 一瞬で暗く閉ざされる視界。左右のカメラアイが爆風によって損壊し、光学センサーが使用不能になってしまったのだ。即座にアクティブレーダーと、カスタマイズによって新設されたエコロケーションシステムが作動し視界を維持しようとするが――

 「遅い!!」

 機能が切り替わるまでの時間より、弟の行動のほうが早い。

 「いくぞ、秘奥義」

 完全にセンサーが電磁波と音波の複合知覚に切り替わったとき、彼女の胸と腹の間、人間で言えば鳩尾、水月に当たる部分に銃剣が突き立てられている。直後、彼女に襲い掛かるのはクロスレンジから発射された弾丸の衝撃。

 「ぐ・・・ああっ」

 ズシャアアアアアアアッ

 胴の中央に衝き込まれた刃は、そこから胸を経て肩口に振りぬかれ彼女の装甲を存分に引き裂く。

 「未だだよ、姉さん!」

 だが、ジュンの攻撃は執拗で終わる気配を見せない。

 長い小銃がトリガーを起点に彼の周囲で旋回を始める。やがて鳴り響く鞭の唸りを思わせる異音は切っ先の速度が音速を超えたことを示している。

 「一ノ法、へ式――“雲払い”」

 「くああああああああああっ!!」

 シュガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!

 その瞬間、刃は烈風となって吹き荒れた。衝撃波を纏った刃は、小銃の重量も加味することで破壊力は抜群。彼女の懐で猛威を振るい装甲を思うがままに削り取ってゆく。破壊銃――それを至近から撃つ事も考えたが、この有様では撃ち出す前に暴発を誘われるのが適当な落とし所だろう。

 (なら――)

 「結界術――老亀甲!」

 「!!」

 KC−0の体を中心に光の壁が現れて剣風による装甲の蚕食を退ける。防御バリアーを発生させる陰陽寮式の符術の一つ。ロボットながら気力を操る彼女にも一応、使用が可能なのだ。

 「うおっとしいぞ! 姉さん!!」

 バリィィィィン

 だが、彼女の符術結界も銃剣道の奥義を防ぐには役が勝ち過ぎている。一瞬で耐久限界に達し、ガラスの砕ける様な音色を上げて突破される。

 しかし、その一瞬の間に彼女はジュンの頭上に飛び上がっている。更に、その長く細い脚は天井を掠める様に高く振り上げられており、それが直後、踵落としとして振り下ろされるであろうことを強く物語っている。

 「出ろ・・・サンダーホーク!!」

 ジャキィィィン!

 しかし、それは単なるネリチャギには終わらない。彼女の右足は装甲を展開すると刹那の時間で宝石の様に美しく煌めく巨大な戦斧に変形する。

 サンダーホーク――ネイティブアメリカンの遺跡から発掘された戦斧型の祭器である。全体が一個のジルコンで出来ており、神鳥――かつてこの斧を創り上げた民族の守護者と思われる――を象った美しい造型と装飾が施されている。アーティファクトとして以上に、文化的・美術的価値が高い一品だ。

 「な・・・無茶な!!」

 「スーパー系だからね――私は」

 正確にはボディの交換により彼女の身体は以前に比べて倍以上にペイロードの余裕が生まれたからだ。

 「うあおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおらぁぁああああっ!!」

 彼女は獣の様な咆哮を上げ、ダイヤモンドに良く似た輝きを放つ戦斧と化した右足を振り下ろす。

 グガコォォォン!!

 巨大な鉄骨が落着したような凄まじい金属音が鳴り響き、火花が噴水の様に辺りに撒き散らされる。猛烈な勢いで振り下ろされた戦斧型の祭器は、しかし生贄を神鳥に捧げる事に失敗している。両腕で一文字に掲げられた小銃が、その腹で受け止めていたからだ。だが、小銃もほぼ二つ折りに拉げて曲がり、単なる鉄の塊と成り下がっている。

 「はあああああっ!!!」

 KC−0はそのまま全体重を刃に込め、押し切ろうとする。しかし、流石に分断されることを甘受するほどジュンは愚鈍では無かった。

 「武器に頼りすぎだ・・・姉さん!」

 素早く銃剣が小銃より取り外し後方へ飛び退くジュン。戦斧が床に撃ち付けられるまでの間に彼は腰のホルスターから拳銃を引き抜いて、その銃床に剣を装着し、スマートブレイン社の強化装甲服のオプションに見られる――所謂、“ブレイ・ガン”と呼ばれる武器の体裁へと変化させる。

 「十ノ法、は式――」

 パ・パ・パ・パン!!

 撃ち込まれる銃弾四発。両手両足の付け根を正確に捉えている。弾力性の高い高分子素材で覆われているが、どうしても装甲が薄くならざるを得ない箇所だ。駆動システムに大きなダメージを被り、最早、素早い動作は不可能となる。

 「しまった――」

 自らの迂闊さを嘆いた時、弟は彼女に背中を向けていた。見逃す、つもりではない。彼は腰を落とし“ブレイ・ガン”を振り上げている。

 「――“富士穿ち”」

 ドゴォッ

 強烈な衝撃に胸を撃ち抜かれ、KC−0は声を出すことさえ適わない。振り子の様に刃が打ち下ろされ、彼女の胴体を貫いたのだ。

 「終わりだ、姉さん」

 彼女は弟が先に手足を打った理由に気づく。逆手で持つ必要がある“ブレイ・ガン”の特性上、強力な突きを繰り出すためには敵に背中を向けた姿勢から放たねばならない。故に無防備な背後を晒す前に相手の身動きを封じ込めたのだ。

 「く・・・ああっ・・・」

 「十ノ法、い式――」

 気付いた時には、逆手に握られた剣が閃き、既に喉元まで迫っているのが見えた。

 「――灘割り」

 (負けだ――)

 詰み手を確信した瞬間、光の筋となった刃が顎の下を通過していた。音も無く剣はその使命を果たし、彼女の背後で鞘の中に納められる。

 「さようなら、ねえさん」

 涙声が響く。ああ――馬鹿なのだな。

 視界がずれ、回転する。首の上から頭が切り落とされたからだ。まるでボールのようにKC−0の頭部は転げ落ち――

 パシッ

 「え――」

 振り返り、驚愕に目を見開くジュン。

 KC−0は自らの頭をキャッチし、それを野球の投手が投げ放つ直前のように振り被っている。

 (――力を貸して、先輩!)

 「ロォブォッットォォォォォォッ!! くぅぉおおおんじょぉぉおおおおおおおお!!!!」

 反重力エンジンとオーラパワーシステムがフル稼働し、膨大なエネルギーによって生じた大量の余剰熱が蒸気となって全身から放出される! 彼女の先輩に当たるロボットが得意としたオーバーブースト機能の彼女なりの再現だ。そして――

 「コォォナァンイィラヘンッ!!」

 呪文・・・だろうか。奇妙な言葉を発した直後、彼女は自分の頭部を驚愕と狼狽で身動き取れない弟の顔面に叩き付ける。

 スカポォォォォォォンッ!!

 「が・・・ば・・・はぁっ?!」

 顔が顔に減り込む。その情景を端的に説明するならば、そうなるだろう。アンパンの顔を持つヒーローも思わせた。

 人間同様、デリケートな感覚機器(センサー)が集積した彼女の頭部は戦闘時、それらの機器を衝撃から保護する為に特に厚い装甲で覆われる。即ち、彼女の体の如何なるパーツよりも重くなるのだが、そんなものを顔面に全力で叩き付けられれば、装甲に覆われていない顔面がどのような変化を遂げるかは明白であろう。

 ドグシャァァァ・・・

 もんどり打って転がり、仰向けに転倒するジュン。決勝点が入った後のボールの様にゴロゴロとKC−0の頭が床に転がり落ちたとき、シュートを決められた彼女の弟の顔面は内部フレームがグシャグシャに拉げ見る影もなく潰れ切っていた。

 「技は凄いが場数が足りてないね。爪が甘い・・・ってか、侮り過ぎ」

 首の無い姿で見下ろすように立つKC−0が、冷ややかな響きを帯びる声で弟に告げる。

 「なんで・・・どうして・・・首が・・・」

 破砕された顔に浮かぶ表情――恐らく驚愕だろう――を僅かに変化させうわ言の様に呟くジュン。

 ころころころ・・・

 壁に当たって彼女の足元に転がってくる彼女の頭。拾い上げられた時、既に彼女の姿はKC−0から京子に変化している。本来在るべき首の上ではなく、両手で腹の処に抱えられた彼女の頭は顔に悪戯っぽい笑みを薄く浮かべて弟の疑問に答えてやる。

 「こう見えてわたしの属性はギャグだからね。お笑いロボットは首が外れたくらいじゃ停止しない」

 「う・・・嘘だ!」

 顔面が破砕されている為か、機械的なノイズとはまた異なる雑音の混じる声でジュンは否定して叫ぶ。

 「僕らのオーラパワーシステムは頭にあるんだ! それが切り離されたら物理的に生きてられないはずだ!」

 「そうだね。普通なら」

 弟の言う通り、Kシリーズの出力機関と人工知能を兼ねる中枢機構、オーラパワーシステムは本来ならば頭部に内蔵されている。これは、呪術的システムを科学的システムにフィードバックさせる技術が未発達だった彼女らの開発当時、オーラパワーの伝達回路が人間の霊的経路(チャクラ)を直接模倣したものを使用していたため、霊的エネルギーの中枢が存在する頭部にオーラパワーの出力機関を置く必要が在ったためである。

 だが、彼女らの活力と精神の源であるこのオーラパワーシステムは、単独では稼動しない。彼女らの心臓部に埋め込まれた機械的な原動機関である反重力エンジンが生み出す電力によって稼動している。そのため、首を切り落とされればエネルギーが供給されなくなったオーラパワーシステムは機能維持が不可能になり停止する筈である。そう・・・普通なら。

 「まさか・・・」

 ようやく気づいたらしく、ハッとした声を漏らすジュン。

 「まさか・・・場所を」

 「当然でしょ、こんなこれ見よがしな弱点――」

 そう言って右手でポンポンと腰の辺りを軽く叩く京子。

 「腹黒いに腹芸・・・ものの企みに腹と言う言葉を使うけど、私の場合、実際に、だな」

 「そ・・・そんな・・・ずるい」

 「ずるいって何? 例えばこう――」

 白衣のポケットに手を突っ込み、そこからクシャクシャになった札を一枚取り出す京子。彼女はそれを弟の上に放ってやる。

 ドガッ

 「うわああああああああっ!!」

 紙で出来ている筈の札は、しかしまるで巨大な砲弾のような音を立ててジュンの右の肘間接に突き刺さり、本来在り得ない方向へと捻じ曲げる。

 「剣士の利き手を壊すような真似?」

 更に彼女は服の中に手を突っ込み、中から細長い何かを引っ張り出す。先端に端子が付いたそれは何かのコードだ。

 「それとも動けない君にハッキングを仕掛けるような真似が、か?」

 「や、やめ・・・」

 京子は制止を完全に無視し無造作に弟の上着を引き裂き、素肌の胴体を露にする。

 「あ・・・う・・・・・・」

 「やらしい声出さない」

 そう言いながら確信犯的に弟の素肌を弄る京子。やがて彼女は弟の脇腹に目的のものを見つける。薄い皮下に感じる固い突起物の感触。それを強く押し込むと、突起の上部の人工皮膚が割れ、長さ10cmほどのスリットが現れる。其処に自らの体から引っ張り出したコードを差し込む京子。

 「あ・・・あ・・・あ・・・だ・・・あ・・・」

 奇妙な声がジュンの口から漏れ、その度に体が痙攣する。京子が彼のメモリに強制不法アクセスを行うため投入したハッキングプログラムが、彼の自律回路にバグを発生させているのだ。

 「・・・・・・キミは、自分の型を破って、と言ったな」

 高速でファイヤーウォールやデコイを突破しながら京子は思い出した様に言う。言葉は疑問の体裁をとっていたが、無論、回答を期待したものではない。

 「だけど・・・」

 「くそ・・・くそ・・・」

 必死に抵抗を試みるジュン。だが、対抗プログラムの質も構成も良くない。絶対的な経験値とアップデートの不足だ。自分なりの改良と構成の工夫、更にあの二人の超考古学者により盛り込まれた悪魔的な機能を持つオプションプログラムの数々を駆使すれば、突破することはきわめて容易い事だった。

 「人間であることに拘り過ぎた。それが、キミの敗因だ」

 そう告げる京子の声は、正しく弟を諭す姉のもの。肉親に対する情と、侮蔑が綯い交ぜになった、残酷な優しさ。

 「ち、畜生!!」

 遂に総てのプロテクトが突破され、ハッキングプログラムはメインメモリに到達、すぐさま機密優先度の高いものから順に複製し吸い取っていく。もっとも、巧妙に細工されたウィルスの可能性も考慮して即座には開かず、圧縮し隔離ファイルに保存する。

 「ちくじょう・・・じくじょォ・・・」

 漏れ出す涙を模した冷却材がグシャグシャの顔を更に酷い有様に変えている。

 「悪いが止めを刺させてもらう。後顧の憂いは断っておきたいからな」

 冷然とした口調は既に弟ではなく敵対者だったものへ告げられたもの。床に突き立っていたダマスカスソードを引き抜くと、彼女はそれを頭上に振り上げる。

 「いやだ・・・死にたくない・・・死にたくない!!」

 逃れようと手足をバタつかせるジュンだが、頭部にダメージを受けた際にジャイロが破壊されている為、巧く立ち上がることが出来ない。

 「安心しろ。キミは人間の魂を持っているんだろう? だったら、向こうで待ってるはずさ。キミが殺した私たちの兄弟が」

 「やめて、やめて姉さん!」

 「・・・・・・まあ、歓迎してくれるとは思えないけれど」

 「うわああああああああああああああっ!!」

 小脇に抱えられた京子の顔が意地悪に微笑み、無様に悲鳴を上げるジュンに軍刀は振り下ろされる。

 ザクン!!

 割り、断たれる。

 「ああああああああああああっ」

 「みっともない声を出すな。男の子だろう」

 みっともなく恐慌状態に陥るジュンを呆れ気味の表情で見やる京子。弟に向けて振り下ろされた刃は、しかし彼の脳天をカチ割らず、僅かに逸れて顔の横の床のみを切り裂いていた。

 「え・・・あ・・・あぇ・・・?」

 やがて、自分が殺されていないことに気づくジュン。

 「ど・・・どうして・・・?」

 彼が問うと、腰の辺りで姉の顔が照れ臭そうに笑う。

 「深い理由なんて無いよ。ただの気まぐれ。ま、こじつけるとしたら“折角生きてた弟を殺したくない”から、かな」

 「僕は、他の兄弟を殺したんだよ・・・姉さんも」

 「・・・勿論、次は容赦しないよ」

 そう答えると京子は白衣を翻し歩み去ろうとする。先ほどまで敵だった相手に背中を向けて歩く姿に防備の二文字は感じられない。

 「・・・」

 必死に、ふらふらと立ち上がるジュン。左手には杖代わりにしたブレイ・ガン。

 「情けをかけたって・・・いうのか」

 命の危機が去り、恐怖が拭われた後、心中に去来するものは怒りだろうか。必死に命乞いをしながら恩情への逆恨みは、殺し合いの習わし。彼は拳銃を構え 、銃爪を引く。

 「ゆるせな――」

 許せない、その言葉は彼の口から出てしまうことは無かった。

 笑っている。姉の顔が笑っている。小脇に抱えられた彼女の顔が、弟に向けられ笑っている。先を読んでいたのだ。姉の、その笑いを見たとき、ジュンの体は恐怖に硬直した。いや、正確に言うならば「恐怖」という感情のオーバーフローにより一時的にフリーズが起こったのだ。

 再起動までの数秒間、彼の聴覚機能はキリキリと何かが軋む音を聞いた。

 「言ったよね・・・」

 やがて、音の正体が現れる。彼女の首から競り上がってくる細長い金属の筒。

 「次は容赦しないって」

 やがて倒れ弟に先端を向ける。それは紛れも無い大砲。

 「土は土に」

 彼女の胴体に内蔵されていたと思われるが、それにしては余りに長すぎるように思われる。

 「灰は灰に」

 だが、そんなことも関係なく、砲口の奥には金色の光が灯っている。触れたものを光へと還元するプラズマの輝きだ。

 「忌まわしき人形は歯車に・・・アッラーアクバルだ、ジュン」

 「うわ、うわ、うわぁぁぁぁあああAぁぁぁぁぁAA!!」

 もはや、彼が脱兎となって逃げ出すのに僅かな時間も要さない。光が解き放たれるのを待つことなく弟は彼女の目の前から走り去り、後には静寂が残る。

 「情けない、男」

 呆れた様に呟いた次の瞬間――

 バシュッ・・・! バシュバシュ!!

 ボンッ・・・ボォンッ!!

 「あ・・・いったぁぁ〜・・・」

 皮膚を裂いて火花が噴出し、白煙と蒸気の混じった気体が立ち昇る。損耗率の高い危険なコンディション下で出力を全開にしたため、活動限界が訪れたらしい。身体各部のメンテナンス機構が『痛み』という形で警告信号を発している。

 「危なかった・・・」

 思わず苦笑いを浮かべる京子。

 もしも、弟が戦意を失っていなければ、間違いなく自分が破壊されていただろう。根性無しだが手強い相手だった。

 「・・・やれやれ。新調してもらったばかりなのに」

 人工皮膚の裂け目から覗くチタンの冷たい輝きを見ながら独り言のように呟く。

 「結局――逃げてた、だけ。逃げてる奴は、何にもなれない。自分を知り自分を受け止めれる奴だけが・・・自分を変えて行けるんだ」

 彼女の言葉は既に姿を消した弟に向けられたものの様であったが、何故か自嘲的な響きを強く帯びていた。両手で抱きかかえられた彼女の顔に何かを懐かしむ様な表情が浮かぶ。彼女の言葉は、或いは自分自身に向けられた言葉だったかもしれない。

 「そう、だったよね――」

 (そうだったよね、瞬)

 確かめる様な京子の問いは、姿を消した同僚に向けられたもの。彼女の情動プログラムが、実際に自分自身を変える事に成功した最も身近な例として、そして自分も、いや「自分たち」もそう在りたかった例として、彼女の戦友の事例をメモリから引き出し、ピックアップしたのだ。

 だから、その問いかけは、この場にいる特定の誰かに向けられたものでは無かった――

 (なりたくなかったわけじゃないさ・・・)

 今でも夢を見て辛い思いに苛まれるのだ。後悔していないわけではない。

 「でも、私の青春は、もう終わってるから――」

 ただ、懐かしい姿を見て古傷が疼いただけだ。彼女は自分に言い聞かせる。何かを求め、自分の為に戦う時はもう終わっているのだ。

 「そんなことはありません。京子先輩」

 「え――?」

 言葉が返ってくる。通路の奥から。

 (嘘、だ――)

 在り得ない。彼女の情動と人間的思考プログラムは、彼女の純機械的部分が告げる事実を疑う。彼女の問いに答えた声――その声紋パターンが98パーセント以上の確率で問いかけた相手――即ち居なくなってしまったものの声であると告げているから。

 声の方向へ走る京子。

 だが全身が軋み、思うように足を動かすことが出来ない。また、頭が本来ある場所から外れてしまい重心が大きく変わっているため、それを補正するためにバランサーが悲鳴を上げている。だが、それでも彼女は声のした場所へ辿り着く。

 「瞬!!」

 呼ぶが其処に呼びかけた相手の姿は無い。

 「・・・空耳、だったのか?」

 聴覚中枢にバグが発生して、メモリ内で再生されただけの同僚の声が、さも実際に聞こえたように誤認しただけかもしれない。だが――

 【使ってください】

 その足元には、ビー玉のような小さな球体が無数に入った小瓶が、そんな書置きとともに置いてあった。

 「まさか・・・ね」


【K面 終】




キャラクター紹介

ジュン
 京子の弟に当たるアンドロイド。実は寝込みを襲おうとしたヘタレ。京子の兄弟だが相模姓では無く単に「ジュン」である(京子の相模姓は日本人としての戸籍上の身元引受人から借りた名前)。上から数えて六番目(京子を合わせると七番目)の兄弟にあたる。ロボットでありながら極度の人間至上主義。彼の操る「銃剣道」(ジュウクンドーやGUN道に非ず)はベイヨネット形式で銃と剣を扱う「一方」、銃床に剣を取り付けいわゆるブレイ・ガン形式で操る「十方」、右手に銃、左手に剣を持って闘う「八方」からなる。


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