第七話
「FIGHT IT’S OUT!」


X面“幕引き”

 擬音語にすると「シュイイン」或いは「キュイーン」だろうか。わざとらしいほど甲高いドアの開閉音は百パーセントこの船の主の趣味によるものだ。

 「待たせた。ん?」

 そう言ってブリッジに入ってくるのは髑髏を模した鉄仮面の男。この時空海賊船フェザータイクーンのキャプテン、時空海賊シルエットXだ。彼が奇妙な声を上げたのは、艦橋内に異変が起こっていたからだ。異変、と言っても扉を抜ければ一面銀景色だった、などという愉快な類のものではない。

 「・・・」

 「・・・」

 「・・・」

 「どうした? ぼんやりして」

 シルエットXは問いかける。何故か、一様に放心しているエミーたちに。常ならば働き者の彼女らは、ブリッジ内では常に鋭い緊張感に満ちて様々な仕事に従事している筈なのに。まるで上の空と言った様子で、彼女の中の誰も主がブリッジに戻ったことに気づいていない。

 「どっこいしょ・・・」

 まるでくたびれた中年のように、重そうにキャプテンシートに腰を下ろすシルエットX。それからキャプテンシートの右側に立つ青い服のエミー・・・赤エミー=マスタ・エミー不在時の副官の代理を務めるエミー・・・に声をかける。

 「おい、どうした? 調子悪いのか?」

 「あ、い、いま・・・じゃなくてキャプテン!」

 始めて彼の存在に気づいたのか、傍らに現れたメタルスーツの男の姿を見て青エミーは酷く狼狽する。

 「なんだ? 慌てたりして」

 「な、なんでもない」

 そう言いながら、顔を背ける様子は明らかに言葉とは裏腹の事実を物語っている。

 「そうか? なんかヤラシーことでも考えてたんじゃないのか?」

 「・・・わ、私たちはお前みたいに破廉恥じゃないぞ!」

 強い語調ながら、僅かに言い淀むあたり、図星とは言わないが近しいものを臭わせる。

 「リビドーは人間の正常な欲求だぜ、エミー。それを否定するのかい?」

 「と、取り違えるな。私は程度の問題を言っているんだ。お前は少々、度が過ぎている」

 「誰かみたいな説教だな、全く」

 呆れ辟易とした声でぼやく様に呟くシルエットX。

 「俺は自分に正直なだけさ。お前も正直に成れよ」

 「そんな格好しておいて冗談でも言っているつもりか? 正直だと? ふん・・・見得の塊が良く言うものだな」

 「方便も好く生きる為には必要なことだよ、エミー。ペラペラ舌を回せば良いってもんじゃない」

 「・・・」

 殆ど苦言に近い言葉も手練の艦長の前にはサラリとかわされ、逆に反撃の一刺し。副官は次の句に詰まりかけるが、

 「人生談義は結構だ。それより・・・何時までこんなことをしているつもりだ?」

 辛うじて態勢を立て直し、問いを投げかける。

 「こんなこと、ってどんなことだ?」

 「・・・っ」

 小さく、舌を打つ音。確かに彼女の問いは確かに抽象的な設問であったが、この男ならば意図するものが何か言葉にせずとも理解出来ている筈だ。それにもかかわらず、はぐらかしているのは、彼が真意を語ることを拒んでいるからだ。何時もならば、ここで折れるのはエミーで、これ以上の問い詰めるを諦めるのだが、今日の彼女は頑なに食い下がった。

 「魔帝国と陰陽寮の戦いへの介入を、だ。この船や、鎧を用意したのは、そんなことをするためじゃないんだろう?」

 「なんだ、随分と今更な事を聞くんだな」

 「お前の目的は、奴を、あいつを奪い返す事が目的なんだろう? 違うのか?!」

 答えに確信を持った問い。寧ろ、彼女の言葉には疑問よりも再確認と強調の意が強く含められている。だが、男が返す言葉は彼女の予想に反している。

 「あんたはどう思う? エミー」

 「・・・ッ」

 質問に質問を返すシルエットX。

 誤魔化している。エミーは直感的にそう思う。この男の常套手段だ。言葉を削り、意味を曖昧にすることで、自身の本音と意図を覆い隠す。敢えて真実の一部だけを伝えることで、逆に全体の把握を困難にする。この男は遠まわしに「自分で理解しろ」と言っているのだ。だが、

 「目的を果たすならば、今が好機ではないのか? 今、本部に目が集まっているこの時が」

 「エミー」

 彼女の名を呼ぶ声は、決して語気強くはなかった。だが、エミーは言葉を続けられなかった。獅子を宥める獣使い(テイマー)を思わせる低い男の声に、瞬間的に戦意を奪われてしまっていた。

 「あんたの友達なんだろう? マリアは」

 「・・・」

 問われてエミーは僅かに口籠る。強く顰める様に閉じられた目と、眉間に寄せられた皴。僅かに露わになった彼女の顔に浮かぶのは葛藤。だが暫時の後、彼女が見開いた目には選ばれた選択肢が映っている。

 「確かにマリアは私の友だ。出来るならあいつを助けてやりたいと思う。だが・・・」

 「じゃあ、躊躇う必要は無いだろう」

 友情、一種の青臭ささえ纏う彼女の言葉を肯定し、促そうとする男の言葉は、しかし逆にエミーを苛立たせた。

 「他人事のように言う・・・わたしは、お前のことを案じているんだ!」

 「俺の――?」

 「白々しいコトを!」

 さも意外そうに問い返すシルエットXの声を彼女はそのようにしか受け取れなかった。もう、エミーは彼がそのような――人の思いに気づいていながら敢えて知らぬ振りをする――人間であることを知っているから。

 「・・・キャプテン、お前には、お前の身体には時間が無い筈だ! 闇雲に戦いを続ける時間など!」

 故に彼女は言葉に何の飾りも纏わせず、ただ直線的に投げつけることを選ぶ。対する時空海賊の答えは、沈黙だった。

 長い時間の沈黙。逡巡する様な気配が鉄の仮面の奥から微かに漂ってくる。だが、やがて、冷たい髑髏の中で口が微かに開かれ男の声が響く。

 「知って、いたのか?」

 「気付かない、筈が・・・・・・無いだろう?」

 混み上がった感情が喉の奥に詰まっている。言葉が巧く纏まらない。それでも彼女は不器用に吐き出すように問いかける。

 「何故? どうして? もっとやりようが有るだろう? 何故、何も話してくれないんだ・・・? まだ、お前にとって信用に足らない人間なのか? 私は」

 この男が自身の心情を多く語りたがらない人間だと言う事はエミーも良く知っている。それでも彼の肉体に起こりつつある異変を知ったときは心が裂かれたような悲しい痛みを胸に覚えた。

 「エミー」

 静かな声が彼女を呼びかける。エミーも数えるほどしか聞いたことの無い、柔らかい優しい声色。その声で自分の名前を呼ばれる度に、どれほどこの男を卑怯者だと思っただろう。表情と表情の間にある差(ギャップ)の使い分けを心得た狡猾な男。

 「悪いと思っている。結果的に、あんたを利用する形になっているからな」

 「それは・・・それは良いんだ」

 頭を左右に振り、そう言いながらも、謝罪の言葉を利用したい、心の深い部分に生じる後ろ暗い欲求が彼女の言葉を僅かにどもらせる。

 「私たちは自分の意思でお前についてきているから。だから、それは言わない約束だろう?」

 「有り難うエミー。だが心配はいらない」

 感謝の意思を示す時空海賊。だが彼はエミーの譲歩に譲歩を重ねた言葉さえ受け入れようとしない。

 「俺も同じだ。コレは間違いなく俺がやろうと思ってやっていることだ。この仮面を被り、時空海賊を“装う事に徹した”時から決めていた、『時空海賊シルエットXがやるべきこと』なんだよ。エミー」

 「そんな・・・」

 決して言葉が足りている訳ではない。だが、説明を嫌うこの男にとっては随分と朗弁といえた。しかし、彼の意思はエミーにとって愕然と消沈以外の感情を僅かほども喚起してはくれなかった。

 「エミー、俺はあんたの事は信用しているよ。信頼も、だ。だから、そういう心算で隠していたわけじゃない」

 「じゃあ・・・」

 思わず漏らしてしまう自分の声を聞いて、彼女は内心で自己嫌悪に陥る。

 「何時もの理由さ。『面倒くさかった』――悪いが、今はそういうことにしておいてくれ」

 「お前という奴は・・・」

 呆れた様に呟くエミーに時空海賊は頭を低く下げる。

 「重ね重ね、すまんな」

 「・・・バカ」

 「甘んじて受けよう」

 自嘲気味に受け入れる時空海賊。だが彼女の呟きはこの男だけに向けられたものではない。案じて貰う事を期待している、優しい言葉や感謝の言葉ではなく自分も案じて欲しいと、報われない期待を抱いている自分に対してだ。

 「さて」

 海賊船長はそう改まるとブリッジ内を見回すようにゆっくり頭を左右に振る。

 「状況はどうなっている? 馬鹿にも判るよう詳しく教えてくれ」

 「アイサー」

 皮肉めいた問いかけに、エミーは業務的に答える。もはや、おしゃべりの時間は終わりらしい。釈然としないものを感じながらも彼女は職務に対し忠実に使命を遂行する。コンソールの上で細い指先が軽やかにステップを踏み、下されたコマンドによって正面のディスプレイに表示される画像。それは現在、騒乱の只中にある『宮内庁皇室史編纂局』の状況に判りやすくフィルタをかけたものである。

 「1403時、予定より23分遅れで自由騎士が陰陽寮本部に突入。敵性体との交戦状態に入った」

 「敵戦力については?」

 「1200時のデータと変化なし」

 三次元映像として表示された『編纂局』の施設周辺に表示される幾つかのアイコン。

 「邪眼導師以下、仮面ライダータイプの改造人間が五体。それから空中要塞が一隻だ」

 「本部の状況については?」

 「ロートヴォルフの生体ソナー及びインプ(半自動偵察端末)からのデータから判断して、本部上層施設内に生体反応は無いと思われる。おそらく撤収が完了したか、或いは残存人員が殲滅されたか、或いは自決したかの何れかだろう。地下施設も最深部に僅かに残す以外、反応は見られない。だが・・・」

 画像が切り替わり、表示される構造物の全体像が不明瞭になる。強力な不可視フィールドを展開しているため、現場にあるセンサー能力では明確に全体を補足仕切れないのだ。そして、その雲の様な空中浮遊物の中に輝く「DL−06」と「M.A」と名づけられた光の点。それぞれ邪眼導師と新氏マリアのことを意味している。それを見てシルエットXは低く唸る。

 「成る程、あのコは邪眼導師とともに空中要塞か。少々、厄介だな」

 「どうする? 海上に誘い出して叩く予定だろう。これでは下手に攻撃できない。無論、見殺しにするつもりも無いんだろう?」

 エミーの問いかけは寧ろ確認作業に近い。時空海賊は僅かほどの逡巡の時間も要さず首を縦に振る。

 「先ずは救出が先決か。出来るならば自力脱出を期待したいが」

 「魔王相手では些か酷だろう。まったく・・・自由騎士め、何をやっている」

 忌々しげに傭兵の名前を吐いて舌を打つエミー。だが、シルエットXからの言葉は寧ろ彼女を嗜める類のものだった。

 「あいつに頼んだのは飽く迄も時間稼ぎだからな。それに興奮しているんだろう。絶世の美女を目の前にして、な」

 「まったく・・・道楽で闘っている様な奴はこれだから困る」

 「いやいや、あれで奴は仕事の鬼だ。ただ、熱意の掛け方が普通と異なるだけさ。ま、納得いかないなら俺達が頑張れば済むことだ。それが仲間だろ?」

 「・・・仲間、ねぇ」

 時空海賊が口にした甘く青臭い台詞を反復してからエミーは何処か気恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな複雑な視線を返す。やがて、彼女は深く頷いて納得の素振りを見せる。

 「成る程な。では、具体的にはどう頑張るつもりだ?」だが、仕草に反して直後に彼女の口から突いて出るのは皮肉めいた問いだった。

 「“ワルツ=ギア”を送り込む」

 即座に返された答えを聞いて余り愉快ではない様子で眉を潜めるエミー。

 「・・・もう、使ってしまうのか?」

 「最適だろ?」

 ワルツ=ギア・・・先日受けた補給で納入されたばかりのタイクーンの艦載機だ。ワルツの名前が示す様に三機あり、それぞれが陸・海・空に対応している。確かにカタログスペックだけ見ればシルエットXの言葉は賛成できたのだが・・・

 「・・・あれに幾ら予算割いたか良く思い出してもらいたいな」

 彼女は首を縦に振らない。弾薬や装甲、各種パーツと、それでなくてもスーパーロボットの運用には高い金が掛かるのだ。

 「折角、高い金出しても使い渋ったらカツが乗るνガンダムと同じだろ?」

 「“高い玩具”で済まされるような額じゃ無いんだ。それが判ってるのか? キャプテン」

 「金で買える友情は無いと思うが」

 正論とも屁理屈ともとれる言葉は常ならば反論を容易に封じる。だが、エミーも毎度この男に容易く言い逃れをさせるつもりは無い。

 「・・・免罪符を貼って言い逃れする心算か? キャプテン、私は惜しんでくれと言っているんだ。あんたのいう通り、確かに友情は買えないかもしれないが、あれば少なくとも友情を護る事は出来るだろう?」

 「う、うまいことを言うようになったじゃないか」

 思わぬ反撃にたじろぐ時空海賊。もっとも、

 「小言は帰ってからゆっくり聞かせてもらうよ。取り敢えず十人くらい準備させといてくれ。装備は任せる」

 「・・・了解」

 小さなため息の後、頷くエミー。結局、焼け石に数滴の水を差すような、ささやかな反撃にしかなら無いことを彼女は知っている。

 「じゃ、後はたの――む?」

 コンソールを操作して艦橋を後にしようとしていたシルエットXは突然、奇妙な声を上げて額に手をやる。

 ピキュゥゥゥゥン・・・!

 「来る!」

 「エ・・・?」

 彼が呟いた直後、仮面の中央に嵌め込まれた菱形のクリスタルから細かい稲妻が飛び散ったのをエミーは見た。それは、仮面内部に組み込まれたスーパーコンピューター“MEGA−NEX”が、シルエットXの意思に答え、高速演算を始めたときに見られる現象だった。

 「敵だ! 七時方向!! 回避ッ!!」

 「接近警報!!」

 シルエットXの声は、レーダー担当官の警告より僅かに早い。

 「くっ・・・面舵だ!!」

 「だめだ、間に合わん!」

 操舵士が思い切り舵を右に切るが、レーダー内の超高速飛来物は正確に艦を捕捉し音速の数倍以上の速度で襲い掛かる。

 「デンジバリアーカット! バリアー防御圧最大! 総員、対ショック用意!! 急げ!!」

 指令が下されると同時に、推力と揚力の維持に振られていたバリアーエネルギーの全てが防御用に注がれる。これにより防御能力は飛躍的に向上するが、同時にタイクーンは飛行能力も失う。だが、その飛行能力喪失は今回、逆に功を奏した。

 ギャギャギャギャギャ!!

 金属の削れる耳を劈く様な擦過音。

 爆音や粉砕音でないのは衝突直前に高度を急激に下げたため、掠めるという形になったのだ。だが、バリアーを破り艦本体に直接ダメージを与える衝撃はブリッジ内にも激しい衝撃を及ぼす。

 「くぅぅぅっ!!」

 ブリッジ各所から上がる押し殺された悲鳴。

 「無事か?!」

 「すまない・・・反応が遅れた」

 「構わん。それより損害は?!」

 「左翼中破! デンジバリアー維持不能! 推力低下。サブ・レビテイターきど・・・」

 「いや」

 反重力ジャイロによる補助飛行装置を起動させようとするエミーだが、シルエットXの一声がそれを制止する。

 「このまま着水させる!」

 「なに?」

 「第二波が来る! 間に合わん!!」

 「目標、一時の方向、相対距離5000、相対速度マッハ6・・・ほぼ真上から来るッ!!」

 再びレーダー群が敵の急速接近を告げる。敵が繰り出してくるのは先ほどに続き、質量と運動速度を利用した特攻もどきの体当たり攻撃。原始的で野蛮だが、それ故にシンプルで小細工では防ぎ難い。

 「! 対空攻撃準備! 敵捕捉急げ!!」

 「機関全開! バリアー最大出力!! 主砲、発射準備!!」

 「アイサー!」

 青エミーが下した指令に即座に応える火器管制と機関管制に従事するエミー。

 「薬室内圧力臨界! システムオールグリーン! 発射準備完了!」

 「主砲、撃て!!」

 ドシュゥゥゥッ!!

 主甲板上に二基装備された二連装プラズマショックカノンから高圧のプラズマ球が閃光と共に迸り、タイクーンの上空に迫る円盤状の影に命中する。

 ドゴォッ

 高密度の陽子が空気中の電子と結びついて水素分子の体裁を成し、直後、生成された大量の水素分子は高熱により急激な酸化反応――即ち、爆発を起こす。殆ど物質的な質感を持つ濃密な炎に遮られ、円盤の姿は一瞬掻き消える。だが、飽く迄も一瞬は一瞬。炎は見えざる巨大な斧に打ち据えられた様に両断され、円盤はまるで速度を落とした様子もなく急降下を続行する。

 「く・・・止まらん!」

 「不味い!」

 (バリアーは持たん)

 敵の速度、質量から換算される破壊力とタイクーンが持つバリアーの性能を照らし合わせ、そう結論付けるエミー。このまま手を拱いていれば、直撃を受けたこの船は、氷山に激突して沈没した巨人の名を冠する豪華客船の様に半ばより折れて沈むだろう。だが、主推進システムであるデンジバリアーを展開できない以上、高速で迫る敵機をかわす手立ては無い。

 「緊急変形!!」

 「えっ・・・?!」

 鋭く飛ぶ船長の号令に耳を疑うエミー。シルエットXの号令はブリッジ要員に告げられたものではない。タイクーンのメインシステムに直接下されたものだ。そして、号令が意味する内容を彼女らが理解するより早く、タイクーンは主に応え全身を激しく震わせる。

 「必殺!!」

 そして、その叫びが響いたとき既にタイクーンの姿は超時空海賊船(フェザーモード)から超時空海賊巨人(バトルモード)に変形を遂げている。

 「タイクーン! オーバーヘッド!!!」

 そして、仰向けに落下を始めていたタイクーンは脚部のアポジキックモーターを作動させる。

 「うわわわあわああああああああっ」

 ギュオオオオオオッ

 バランスを欠いた推進力の加味により、タイクーンの巨体は重心である腰部を定点に急激に旋回する。それは、人間で言えばバク宙、つまり空中宙返りによく似ていた。そして、高速で振り上げられた機械巨人の脚は落下してきた円盤を正確に捉える。

 「シュゥゥゥゥゥトッ!!」

 ガキコーン

 プロのサッカーリーグでも、いやプロのサッカーリーグだからこそ中々見られない見事なまでのオーバーヘッドキックが炸裂し、円盤は弾かれる。絶妙に計算された一撃は高速で襲い掛かった巨大質量の運動エネルギーを綺麗に逸らし、明後日の空へと突き飛ばす。

 「くうっ・・・」

 上下左右と襲い掛かる激しい揺れにエミーたちは細身の体で耐えながらも呻き声を漏らす。宇宙空間での準光速・光速での活動も視野に入れたこの船には当然ながら船内の慣性制御を行う機能が備わっていたが、それでも大気圏内・惑星重力圏内で行われる120メートルの巨人によるアクロバティックアクションまで完全に中和することができなかったらしい。もっとも「船は揺れて当たり前」と言って伊達と酔狂好きの船長が、そのあたりの便利な機能の修理を後回しにしていることも大きな理由の一つなのだが。

 シュオオオオオ・・・

 やがて姿勢が安定し、水面を波立たせてゆっくりと着水する。着水と言っても反重力ジャイロによるホバーだが。

 「!」

 ふと、円盤による次の攻撃が来ない事に気づく。

 『フン・・・やるもんだナ。流石は時空海賊ってトコか』

 声が響く。高い男の声にも低い女の声にも聞こえる中性的な音程。光学センサーが前方海上で海面に向けた平面部から四つの光を放ちながら回転している円盤を捕らえる。どうやら噴射式の推進システムらしい。円盤はタイクーンの正面でホバリングすると徐々に減速し、やがて細部のディティールを明らかにしていく。

 それは時空海賊たちにある生き物を強く連想させた。

 空に向けた平面部は緩い曲面を描いたドームを状の装甲。濃緑色に染められ、無数の短く太い刺を生やしている。機体の正面中央に突き出す細長い一対の突起物はおそらくアイセンサーだろう。先端に結晶状の物体が埋め込まれている。そして、最も特徴的なものは、最大の武器であろうと思われる左右の巨大なマニュピレータだ。円盤が生やす二本の腕、それは巨大なハサミ――交差させた二枚の爪を重ね合わせる事で、高い切断能力を発揮する、紛れも無いハサミだ。そう、円盤の姿は即ちあるものを連想させた。それは・・・

 「「「「また蟹かッ!!」」」」

 うんざりと、そして呆れた様な声がブリッジ内に響く。そう。生物学的見地に立って正確に表現すれば、その円盤は動物界・節足動物門・大顎亜門・甲殻網・エビ亜網・エビ下網・ホンエビ上目・エビ目(十脚目)・エビ亜目・カニ下目(短尾下目)に分類される・・・即ちへんた――もとい“カニ”と呼ばれる海国日本では非常に馴染み深く、そしてある意味馴染み薄い生き物に良く似ていた。





 「UFOか?」

 「いや、特撮だから円盤生物だろう?」

 「東映なら円盤獣でも良くないか?」

 「というか、私たちは何を言っているんだ?」

 分類学従って表記すれば殆どエビにしか見えない生き物に良く似た浮遊物体を見て、時空海賊一味は緊張の面持ちで呟きあう。

 『・・・こいつは・・・導師様が御造りに・・・なられた生体メカ』

 ブリッジ内に罅割れた声が響く。女声というには低く太いが、男声として聞くにはやや甲高い印象を覚える声。時折、ノイズがかかるのは敵機から送られてくる通信電波内にウィルスが紛れ込んでないか解析を行っているからだ。

 『名前はメガ魔獣ガニラ』

 「ストレートなネーミングだな、オイ」

 脊髄反射でつけた様な敵機動兵器の名称に対するコメントを行うのとほぼ同時に、メインディスプレイに浮かび上がる円盤のクルーと思しき人間の顔。

 「・・・!」

 月並みな言葉を用いれば『美少年』という言葉が相応しいだろうか。柔らかい顎のラインに鮮やかな色味を帯びたふっくらとした唇。鼻梁は然程高くは無いがシャープなラインを正中線に描き、目は大きいが切れ長で彩る睫毛も長い。眉も美しく整えられ一分の隙も無い。髪は短く切り纏められているが、全体的な印象としては声同様、やはり中性的な雰囲気を帯びている。

 『ボクは導師様からあんたたち時空海賊の案内役を仰せ付かった半機械人間。名前はフクロムシ』

 「むう」

 見目美しい少年の顔を見て、何故か唸るシルエットX。珍しく動揺しているように見える。

 『以後、お見知りおきを』

 「同性愛者の知り合いなどキャプテンにはいらん!」

 画面の中で「フクロムシ」が一礼すると同時に、殆んど吼える様な調子でエミーは叫ぶ。時空海賊の反応、少年の容姿、蟹・・・この三つの状況証拠から彼女はそう判断し、断固たる確信を持って即座に宣告した。だが、

 『フン・・・』

 それに対する少年の反応は、蔑み――文明社会の住人が未開の蛮族に向ける軽蔑に似た――に満ちた含み笑いだった。

 『つれないことだ。召使さんはそう仰っていますが船長さんは如何です?』

 「すまないがエミーと同感だよ、フクロムシ」

 シルエットXの答えは妙に疲れて響いた。

 「これ以上、特殊な趣味の人間とお近付きになりたくない」

 額に掌を当て俯いている彼の様子は、気分が優れない様に見える。対する同性愛者は意外そうに目を大きく見開いている。

 『フン・・・正義の味方の癖に信じられないナ。少数派を蔑ろにしてよくも』

 「マイノリティを主張するならもっと控えめにやってもらおう」

 目元に強く苦みばしらせながら睨み付けるエミー。「フクロムシ」はそれを正面から受け止めると、何処かは儚く寂しい自嘲気味の笑顔を浮かべる。

 『フフ・・・所詮、正義などと言うものは時の勝利者が決めることなのかナ。悲しいコトだ・・・』

 「大仰なことを」

 小さく舌を打ち吐き捨てるエミー。画面に向けられた敵意は殆ど憎悪に近い。

 『・・・あんたらにとって下らないことでも、ボクにとっては重要なコト。尺度を同じにしないでくれる?』

 対する画面から帰ってくる視線にも、同僚の敵意。顔は表情こそ笑っているが、アイシャドーの下の黒い水晶体の奥には強い怒りの炎が燻って見える。

 「もういい、退け、魔帝国に与したものよ! 我々は貴様らの言いなりにはならん」

 『ということは、一緒に来てはもらえない、ト? 時空海賊殿?』

 要求を告げたのは語気も強いエミーだったが、「フクロムシ」が回答を求め視線を向けたのは船の主、シルエットXに、だった。海賊船長は暫時、沈黙を守っていたが、やがて微かな困惑を孕ませるように頬の辺りを指で掻きながら要求者に意思を伝える。

 「――断るのは大好きなんだ」

 『捻くれ者』

 不満の声を漏らしながら、その目に驚きの色は浮かんでいない。当然ながら人となりが伝わっているからだろう。

 『じゃあ・・・』

 画面の中の男の顔が狂気を帯びて変貌する。目は鋭くとがり、口は大きく開かれて。

 「くるぞ・・・。どうするキャプテン?!」

 「あ、ああ」

 対応を請う乗組員に常に明瞭で在らねば成らない筈の船長の声が、今は妙に歯切れ悪い。エミーは訝しむように視線を向ける。

 「・・・どうした? 妙にテンションが低いぞ」

 「すまん。悪いが適当にやっておいてくれ。俺はその、なんと言うか気持ち悪い」

 「まさか・・・」

 一瞬、強い危惧がエミーの心を支配しかける。もっとも最留意事項が今のタイミングで生じるというのか。

 「ああいう手合いは苦手でね。うぅっ、気力が減退する〜」

 だが現実はよりくだらない方向へと進む。

 「馬鹿なッ!! 自分でもあんな変な・・・」

 「自分でやるのと人がやるのを見るのは大違いだッ!! 気色悪いッ」

 「身勝手な男めッ・・・」

 『何を揉めているか知らないケド、“力尽く”、だ!!』

 「くうっ、直球勝負か!!」

 「仕方ない。火器管制システム、マニュアルモードに変更。レーザーファランクス、発射!!」

 装甲の各部で重い目蓋が開かれる様にハッチがスライドし、タイクーンの全身に赤く煌く無数の瞳が現れる。人工紅玉製のレンズから成る眼球は熱い視線で敵を射抜く対空戦闘用のレーザー発射口だ。外気に触れたとき、赤い結晶体の奥には既に強い光が宿っており、それは直後、宙に舞う巨大な蟹との間に仄光る赤い軌跡を描いている。光の矢衾に晒される巨大な超硬合金の塊。しかし、無数の光熱の焦点とされているにも拘らず、深緑の装甲は赤熱すらしない。

 『ハハ・・・! そんな豆鉄砲では、このメガ魔獣ガニラのエヴィルニウム製の装甲は破れないッ!』

 「ならば! これならどうだっ!!」

 ドゴォッ

 肘から先が切り離され、ロケットブースターで射出されるタイクーンの右腕。古来より戦に於いて重装甲の敵に最も有効な手段は一つ。それは貫通力でも切断力でもなく、質量による粉砕力。ヴォルケーノパンチと呼称される空飛ぶ鉄拳が分厚い緑色の装甲に襲い掛かる。

 『おっと危ない・・・フフ、だけどそんなものが!!』

 しかし、高速で回転しながら迫るガニラは、殆んど物理法則を無視したように直角にカーブして迫る鋼の拳を避け果せる。更に、

 『こちらから行くよ・・・! そこぉっ!!』

 バシュウ! バシュウ!

 ガニラの突き出した目の先から青い稲妻のようなものが走る。

 ドゴオッ!!

 「くうっ・・・」

 それはバリアーを突き破ってタイクーンに突き刺さり装甲の表面で爆発を起こす。

 「直撃・・・!? だが、まだっ・・・!!」

 『そらそらそら! どうした? その程度っ?』

 タイクーンの全身に配備された対空攻撃機能を展開しマイクロミサイルとレーザーファランクスで応戦するエミー。濃密な火線が空を覆う。だが、空を自在に翔る敵機は僅かに生じた弾幕の隙間をも軽々と擦り抜ける。更に蟹をモティーフとしているだけあり装甲は極めて重厚。掠める程度の打撃では痛打にはとても至らない。逆に擦り抜け様に青い稲妻でタイクーンに痛手を与えていく。

 「く・・・! タイクーンは図体が大きすぎる!!」

 思わず毒つくエミー。一般的な、というと些か語弊もあるが、戦闘ロボットの身長は約50メートル強程度が平均値だ。それに対し120メートルもあるタイクーンは余りに巨大すぎる。二倍近いサイズの差は、そのまま被傷率の上昇と動作の鈍化を意味している。総合的な出力では恐らくタイクーンが勝るだろうが、耐久性・機動性・被傷面積、戦闘に重要な要素、何れをとってもガニラの方が上回っている。

 「まるでオーラバトラーだな」

 次々に表示されていく分析データを見ながらシルエットXは場違いに暢気な声を上げる。

 「ジェリルが乗ってなくて助かったな。ハイパー化されたら手も足も出ない」

 「下らんこと言ってる余力があるなら真面目に手立てを考えろ!!」

 気分が優れないのでは無かったのか。そう思いながら睨み付けると、逆にチラリと視線を返し男は告げる。

 「安心しろ。ちゃんと考えている。主砲の管制を俺に」

 「・・・了解」

 自信に満ちた声。それが虚栄やハッタリだとしても、殆んど無条件で安心してしまう自分にエミーは気づいていた。

 キュルキュルと空気を引き裂く音色を上げながらUターンして再び突進してくるガニラ。飛翔軌道・速度から判断して恐らくはカミカゼ・モドキの体当たりだろう。直撃を受ければタイクーンの巨体でも無事では済むまい。

 「来るぞ・・・しっかり狙えよ!」

 「わかっているさ」

 ドシュウゥゥッ!!

 そう、不敵に呟いた男の額から稲妻が矢の様に飛ぶ。それと同時に、甲板上の主砲から迸る四条の閃光。しかし、放たれた雷光の砲弾は迫撃する円盤ではなく、それより手前の水面を抉る。

 「って、何処を狙って・・・え?」

 四つのプラズマはそれぞれ水面を破裂させ、小高い丘を思わせる巨大な飛沫をガニラの進路を横から薙ぐように撒き散らす。遮るのは高が水。ガニラは僅か程にも物ともせず、打ち貫いて時空海賊巨人に迫る。だが、

 ごおぉう!

 高速回転する円盤は、タイクーンに突き刺さることなく、その横を僅かに逸れて後方へと飛び去る。

 「逸れた・・・?」

 『うぅん・・・逸らされた?』

 奇術師の傍にいた者より、奇術を掛けられた者のほうが余程、事態を理解していた。

 「ジャスト計算通り。俺の頭脳に狂い無し」

 仮面の下はしたり顔。唇の端を僅かに持ち上げる悪人地味た微笑。直接見えているわけではないが、エミーには確信があった。

 『まぐれをさも当たり前のようにッ!』

 「フフ、無駄だ。プラズマショックカノン、発射ぁぁッ!!」

 ドシュゥゥゥッ!!

 大気を引き裂き再び迫るガニラ。だが、やはり先ほどと同じ様に水面を叩いたプラズマが横薙ぎ、より正確に言えば斜め前から降り注ぐ波濤の壁を作り出し、マタドールのように突進の方向をタイクーンから逸らす。

 「一体どうしているんだ?」

 「空中に水面を作ってやっただけさ。水切りの原理と言えばわかるだろう?」

 請われて解説された手品の種明かしは極めて簡略化したものだった。つまりは敵機の運動速度を逆に利用し、浅い角度で投げ出された石が水面を跳ねる、所謂「水切り」の原理を応用したらしい。更に数度、突進を繰り返すガニラだが何れも波の壁に阻まれぎりぎりの所で避けられてしまう。

 『だけど・・・』

 やがて業を煮やした「フクロムシ」は水平方向からの攻撃を断念する。即ち――

 『だけどっ! 上からなら!!』

 「無論、そうくる。ならばッ!」

 大きく弧を描いて急上昇するガニラ。深緑色の円盤は太陽の中に消える。だが、それもシルエットXには予想の範囲内。

 「緊急変形! チェェェェンジフェザータイクーン!! アァァァンドダァァァァイヴ」

 四肢が胴体に閉じられ再び艦船形態に戻るタイクーン。更に海賊船は水飛沫をばら撒いて、そのまま水中へと突入する。だが、ガニラもそれを追って頭上の水面を突き破る。今回は予め水中への侵攻を目的とし、ほぼ直角で突入している為、弾かれる様なことは無い。蹴立てた水を幾重にも泡立たせ真上から襲い掛かるメガ魔獣。

 『フフ・・・ガニラはその名の通り、蟹のメガ魔獣。水中戦も・・・』

 「だが、流石にスピードは落ちるだろう?」

 『何・・・?』

 気付いた時には遅い。既にガニラの周囲数メートルの位置を無数の水雷が取り囲んでいる。無数の刺がついたボール型という実に古典漫画的なデザイン。だが、パッシブソナーにより敵を自ら捕捉し自走する「賢い機雷」だ。水中で四方八方から襲い掛かる水中機雷を逃れる術など無い。

 「Bomb! Bo!Ba! Bomb!」

 古い。シルエットXが歌うように口ずさむ独り言を聞いて古さを感じずにはいられないエミー。

 ゴォォ・・・ン ごぉぉぉ・・・ん

 接触、爆発。鈍い振動がタイクーンのブリッジにも伝わり口底がジリジリと震える。

 「ハイ・クルーズミサイル発射!!」

 更に駄目押しとばかりにタイクーンが搭載する通常火力の中でも最大の威力を持つ大型巡航ミサイルを発射する。本来、水中での使用を前提としていないため、水中での追尾・誘導は不可能だが、現在のタイクーンとガニラの相対距離ならば狙うまでも無い。

 『し、しまった・・・!!』

 がおおおおぉぉぉぉぉ・・・・・・ん

 一際大きい振動が来る。二機の距離は僅か百メートル足らず。地上ならば余波に巻き込まれる距離だが、周囲を埋め尽くす莫大な量の水が衝撃の大部分を遮ってくれる。それ故、爆発の直撃を受ければ収束したエネルギーが甚大な破壊をもたらすのだが。

 「メーンタンクブロー。浮上する」

 「アイサー、メーンタンクブロー」

 「それと・・・」

 タンク内の海水が排出される鈍い音色が響く中、幾つかの指令を下すシルエットX。総重量が減り、体積が小さくなったことでタイクーンは潜水艦としての機能を停止し海面へと浮上、そのままサブ・レビテイターが生む反重力場を利用して離水する。見下ろした海上には大きな水柱が無数の雨粒を撒き散らしながら屹立していた。

 「死んだか?」

 【! いや、未だだ!!】

 『ふふふふはははははっ!!!!』

 シルエットXの警告とほぼ同時に海面を突き破って飛んでくる深緑の円盤。直下の海面を突き破って現れたそれはタイクーンの左舷を強烈に打ち据える。

 ドゴォォォォッ!!

 「なにぃっ・・・!?」

 『ミサイルなんかで死ぬかッ!! ミサイルごときでッ!!』

 獣を思わせる「フクロムシ」の叫びと共に現れたガニラは無数の破片を纏いながら、全体が一回り小さくなっていた。

 「く・・・ミサイル「ごとき」? 謝れ!! フォン・ブラウンに謝れッ!!」

 エミーも叫びながら対空ミサイルで応戦する。だが、マイクロミサイルの弾幕は、ガニラのアイセンサーから迸った青い稲妻により薙ぎ払われる。

 『飛び道具はぁぁぁ! こぉうっ! 使ゥんだぁぁぁっ!!』

 更にアイセンサーの間に青い稲妻が収束し、青く輝く光球を形成していく。

 「!!」

 『ライトニングボンバァァァッ!!』

 ドシュウウウウウウ!!

 解き放たれる青い雷球。それは猛烈な速度でタイクーンの右主砲塔に命中し、

 ドゴォォォオオオオオオン!!

 大爆発を起こす。

 「くうぁああっ・・・!!」

 【アラート】【アラート】

 【アラート】【アラート】

 艦の全体が激しく揺れ、ディスプレイ上に無数の警告文が表示される。

 「ぐうっ・・・隔壁閉鎖! 消火急げ!! 変形も、だ!」

 「つぅ・・・了解!!」

 全体を展開させながら海上に再び立ち上がる海賊巨人。敵が立体的な攻撃を仕掛けてくる以上、タイクーンの変形システムでは艦船形態であろうが人型形態であろうが被傷面積は殆ど同じ。ならば高速機動が不可能なフェザータイクーンよりも四肢を使うことが可能なバトルタイクーンが有利であると判断したのだ。

 『無駄、無駄無駄、無駄ァァ! そんなものは、無駄無駄よぉぉぉぉっ!!』

 だが、一回り小柄になった分、先程から驚異的だったガニラの機動力は更に向上していた。最早、「波の壁」を立てる間さえ与えず連続してヒットアンドアウェーを繰り返していく。もっとも質量が減少した分、体当たりの破壊力も減少していたが。

 「なんてスピードだ・・・サイズが違うとはいえ、有人タイプがここまで・・・!」

 『アハハハハ、シュトロハイム少佐曰く以下略ゥゥゥ!』

 驚愕するエミーを小ばかにするような「フクロムシ」の声。

 「ええい・・・! パロディに手を抜くな!!」

 『気合入れても怒るでしょ、あなた?』

 「突っ込みと言え、突っ込みとぉぉ!!」

 被傷による怒りでテンションが上がっているのかエミーは最早、自分でも何を言っているのか良く解らない、要するに最高にハイの状態になっていた。

 「ヴォルケーノミサイル発射ぁぁぁぁっ!!」

 音声入力も既にシルエットXさながらである。彼女の叫びに応えタイクーンの両手の指から発射される中型ミサイル。

 『無駄だとぉぉぉ言ってるんだよぉぉ!!』

 ドゴォォォン!!

 無数の火線を描いて円盤を追尾したミサイルの群れは、やはり青い稲妻に薙ぎ払われ尽く撃ち落される。

 『・・・どうやら死に体♪ なら、そろそろ必殺ゥゥゥ!』

 「く・・・」

 水上に停止するガニラ。再びアイセンサーの間に青い雷球の形成を始める。次、あれを受ければ最早タイクーンは持つまい。

 (まったく・・・でかい割には脆い・・・!)

 何処の伝説巨神だとエミーは内心毒づく。敵を一掃可能な強力な武器を持たない分、より役立たずだが。

 二本の触覚の間に生じた雷光の塊は先ほど主砲を破壊したときよりも更に巨大に膨れ上がっている。そして、興奮したような声がブリッジ内に響く。

 『海賊よ、藻屑となれぇぇぇぇぇッ!!』

 「キャプテン!!」

 エミーは叫ぶ。それは恐怖に震えた悲鳴の類ではなく、期を報せる毅然とした声。それに応える様に、ガニラの真下の水面が吹き飛ぶように爆ぜる。

 【ナイス、アングル。気分は最悪だが】

 通信機から響くのはシルエットX。彼の姿は先程よりブリッジ内から消えうせていた。その声が何処から送信されているかといえば――

 『な・・・?』

 シャバァァァァァン!!

 海面が盛り上がり、直後に内側から破れる。突き破った海面を砕けた飛沫の渦に変えながら現れたのは戦車――少なくともキャタピラを備えた本体部は戦車か、或いは工業用重機を思わせた。だが、そのキャタピラ車のトピックとして備え付けられているのは砲塔やショベルなどではなく、進行方向に向かって鋭く突き出した、螺旋状の切れ込みの入った巨大な錐――

 【貫けッ!! ゴーン・ドリルッ!!】

 即ちドリルは高速で回転しながらガニラの下部平面、それも青白い炎を噴出す噴射口に突き刺さる。完全に不意を突いた一撃はクリティカルヒット! 即座に起こる大きな爆発。黒煙と炎が混じったものを吹き上げる巨大蟹。

 『く・・・ブースターをやられた?! 一体、何時の間に?!』

 「タイクーンに気を取られて“ワルツ・ギア”の接近には気づかなかったようだな、フクロムシ!」

 確かにタイクーンは被傷面積が非常に大きい。それは兵器としては大きなハンディキャップだ。だが巨大な分、囮としては有能だ。


 本来、スーパーロボットと呼ばれる類の戦闘ロボットには多分に「囮」という要素を求められている。よく人型ロボットは「人型」「巨大」「派手な色彩」等、被弾面積を上げる要素を理由に兵器として疑問視、或いは非論理的と断ぜられることが多い。だが、それは飽く迄も「普通の人間同士」による戦争での常識である。現行兵器、及び現行兵器の運営思想は、基本的に「一度の被弾=破壊」を前提としている。火力が装甲強度を遥かに上回っているからだ。だから「避ける」「逸らす」「撃たせない」「狙わせない」を重視しなければならない。だが、殆どのスーパーロボットの装甲は現代の工業技術の常識を遥かに上回る強度を持った素材で全体を構築されている。この脆いタイクーンでさえ第二次大戦における世界最大最強の戦艦と呼ばれた大和級の数倍以上は頑丈に出来ている(ハズだ)。また、運用思想自体が「都市の破壊を防ぐ」など防衛を主な目的としている場合が多い。そのため、始めから建築物などより狙われ易い様、最初から「わざわざ目立つよう」に派手なデザインを施されているのだ。良くスーパーロボットの戦闘の揶揄として「ロボットプロレス」という言葉が用いられるが、ある意味でこの言葉は的を射ている。戦闘機や戦車など現行兵器が『攻撃回避の要素』を重視した、所謂『格闘技スタイル』ならば、スーパーロボットの運用思想は「撃たせる」「狙わせる」「耐える」「防ぐ」ことを重視した『プロレススタイル』だからだ。スーパーロボットは別段、意味も無く人型や派手なデザインを施されているわけではない。飽く迄も被害を最小限に留めるために苦心を重ねた結果があの姿でもあるのだ。


 閑話休題。

 ブースターの一つを破壊された事でバランスを崩し傾くガニラ。だがドリル戦車は尚も噴射口に突き刺さったまま、ドリルを回転させ続けている。あれは“ワルツ・ギア”と呼ばれるタイクーンの艦載マシンの一台、地底戦車ランド・ゴーン。先ほど、タイクーンが海中に潜行したとき艦影に隠れるよう水中に投下しておいたのだ。

 『くぅっ・・・そんな羽虫みたいなメカでぇぇぇぇっ!!』

 【おっと、一匹だけだと思ったのか? 残念ながら考え違いだ! 来いッ! ジェット・カルナック!! アクア・ウォルス!!】

 『なに・・・?!』

 ドガガガガガッ

 機関砲による上空からの攻撃。弾雨がガニラの装甲に降り注ぎ無数の火花が弾け咲く。直後、澄んだ風切り音を立てて赤いリフティングボディ形状の戦闘機が急降下してくる。やはりこれも“ワルツ・ギア”の一機、戦闘爆撃機ジェット・カルナックだ。ガニラの真上を掠め飛んだジェット・カルナックは交差の瞬間、無数の爆弾を投下している。

 ドゴォン! ドゴォン!!

 『生意気っ!!』

 バシュウゥゥ!

 怒りに任せて放たれる青い稲妻。だがジェット・カルナックの翼長は僅か10メートル。これまで10倍以上の目標を攻撃していた「フクロムシ」には容易に捕捉できるものではない。軽やかに、機敏に舞う戦闘爆撃機が稲妻をかわす様は先ほどとは正に逆転と言った風情である。

 『おのれぇぇぇぇ・・・!! なら! 拡散だッ!!』

 稲妻の放射形態が変化する。これまでは太い電光を一条ずつ発射していたが、打って変わり、細い枝葉を伸ばすように稲妻を周囲に放射する。明らかに威力は減衰しているようだったが、流石にカルナックも面を覆う攻撃には対抗できず被雷してしまう。

 『とどめぇぇぇっ!!』

 被弾による機動力低下を認め再び稲妻を収束させるガニラ。だが、青く輝く閃光が戦闘爆撃機を打つことは無い。

 ドオォォン!!

 ガニラの突き出したアイセンサーが爆発を起こして半ばより折れる。

 更に真下からの攻撃。巨大な蟹の真下の海中にはイッカククジラを思わせる細長い角を持った紡錘形の船影が漂っている。そして、爆発は突如、ガニラの全身で突然起こり始める。目で、口で、鋏で、レーザーの光もミサイルの軌跡も残さず次々に爆発は起こる。

 『これは・・・?!』

 【エミー、説明してやれ!】

 「アクア・ウォルスの超音波メーザーだッ!!」

 やはり“ワルツ・ギア”の一台である潜水探査艇アクア・ウォルスには超音波ソナーが備わっている。この超音波ソナーから放たれる複数のアクティブソナー波を、対照内部を焦点に交差させることで、対照物を内部から急激に加熱することが可能なのだ。これが超音波メーザーの正体である。

 【更に合体! ワルツッ!フォォォォォッメイショォォォォン!!】

 水中から跳ねる様に飛び出すイッカククジラ型の鮮やかなブルーの潜水艦と、高空から急降下してきた真紅の戦闘機。二台は未だにガニラに突き刺さったままになっているドリル戦車、ランド・ゴーンに向かって突っ込んで行く。

 『・・・!』

 衝突、そう思われた矢先、三台のマシンはボディの各部を展開し合体する。現れるのは、額に一本の角を生やした西洋の鎧騎士のようなロボット。サイズはガニラより更に、遥かに小さく20メートルに僅かに足らない程度か。左腕には人間と同じ五本指のマニュピレータが備わっているが、右腕はランド・ゴーンのドリルがそのまま代替している。

 【完成! クリスタニア!!】

 エミーは一度、試運転の際にこの合体シチュエーションを見ていたが、二度目の今回も結局、どこがどのように組み合わさっているのか理解できなかった。タイクーンの変形はかなりシンプルな部類に入るが、この小型スーパーロボット「クリスタニア」の合体・変形は複雑怪奇極まっている。腰部や脚部の細身具合など明らかに合体前より質量が減少しているようにしか見えない。

 『合体ロボ・・・王道だな。でもそんな小型でどうにかなると?!』

 【言うだろ? 戦いは数だとな。一人より二人が良い。二人より三人が良い。1足す2足す3、バァァァルカァンッ!】

 ドガガガガガガガッ

 爆音が轟きクリスタニアが胸部から連続して銃火を吐く。カルナックに備わっていた機関砲だ。カタログスペックによれば主力戦車でも数秒でスクラップに変えてしまう対戦車ガトリングカノンである。

 ドガガガガガガガッ

 だが、ガニラの甲殻に与える影響を見る限り、とてもそのようには見えない。弾丸は正に歯が立たないと言った風情で、薄く曲面を描いた装甲の上を敢え無く弾かれて行く。

 『そんな武器はぁぁっ!! 豆鉄砲ォォォ!!』

 【なに?!】

 弾雨をものともせず突進したガニラは鋏を使ってクリスタニアの両腕を挟み小柄な機械巨人を拘束する。

 『あんたみたいなのはぁぁぁぁっ!!』

 破壊されたアイセンサーが内部に引き込まれ、替わりに現れるのは砲口。

 ゴバアアアアアアアアアアッ

 【うおおおおおっ?!!】

 真っ赤な炎が砲口から凄まじい勢いで噴出してくる。至近距離から襲い掛かる超高温によって火炙りにされるクリスタニア。

 『どぉ? 熱い? あついかぁぁぁぁっ??!!』

 【なんの!! オープンクリス!!】

 しかしクリスタニアを操る時空海賊は何時までも炎に曝させて置くような酔狂な人間ではない。炎のスクリーンの中で鋼鉄騎士の影は三つに分裂し、猛烈な速度で空と海へ逃れる。

 『分離?!』

 合体を解除し、より身軽になって離脱したのだ。前方広範囲に攻撃可能な火炎放射だが、三機の小型メカを追撃可能なほど長い射程は持ち合わせていない。それでも条件反射的に目標を追った瞬間に大きな隙が生じる。

 【エミー!!】

 「ああ・・・」

 整えられているスタンバイが好機の瞬間を逃させない。空間中に満ちるエーテルの波動からメインエンジンが取り出す秒間40ギガワットに相当する莫大なエネルギーがタイクーンの頭部に集められ、額に輝くVマークを更に赤く輝かせている。

 「エネルギー充填120パーセント!」

 「ハロゲンメーザー砲発射!!」

 ビカァァァァァァァァッ!!

 摂氏数万度に達する赤い熱光線がガニラを襲う。岩石を数秒で気体に昇華させる焦熱の光を浴びて、無数の火脹れが生じ赤く染まるメガ魔獣の体表。

 『あ・・・あつい! 熱い!!』

 『茹で蟹になるがいい! フクロムシよッ!!』

 このハロゲンメーザーは物体内の水分子を激しく振動させる働きを持ったマイクロ波を多量に含む光線であり、その性質はナバロン砲、或いは東宝特撮映画に頻出する超兵器・メーサー殺獣光線に近い。即ち一種のサイボーグであり生態パーツを多く内蔵すると考えられるメガ魔獣には極めて高い効果を発揮するのだ。だが・・・

 『なんちゃって・・・』

 「なに・・・?」

 『バブル・チャフ展開!!』

 「しまった!!」

 ガニラから放射される銀色に輝く無数の泡。その泡が弾けて銀色の飛沫が飛び散ると、それまでV字を描いて直進していたメーザーは、極端に減散をはじめ、目標に到達する頃には太陽光の中に溶け込んでしまっている。そして、光線が弱まった隙にガニラはタイクーンに襲い掛かる。

 『ガニラ・ピンチ!!』

 「うわあああああああぁっ」

 鋭く繰り出された鋏が装甲を突き刺し、そのまま深々と切り裂く。更に突き出したアイカメラより放射された電撃がタイクーンの各所に爆発を起こす。

 「電子攪乱でメーザーを乱反射させたのか!」

 『その通りよ! そして沈みなさい、海賊船!!』

 裂けた装甲の間から露わになる巨人の胸中。拉げたメカが火花を散らし、その奥でジェネレーターが鈍い輝きを灯している。ガニラは、其処に眼孔から生える火炎放射用ノズルを差し込もうとしている。

 【させるか!! クリスタニア合体スイッチオン!!】

 ガシィィィィィィン!!

 再び集合し、三機のマシンは人型ロボットに合体する。更に、そのままガニラに降り注ぎ真横から回し蹴りの一撃を見舞い弾き飛ばす。

 「キャプテン、未だか!?」

 今はブリッジにいない船長に向けて問うエミー。

 「これ以上は長くは持たないぞ!!」

 【あと四、五発だ。もう少し粘ってくれ】

 通信機から返って来るのは暗号めいた返答。相変わらず無茶を要求してくる。手動操艦では更に稼働率が低下するというのに。

 『羽虫のようなメカが合体したところでッ!』

 回転と三基のブースターで空中に静止するガニラ。そのまま高速回転状態に入り、クリスタニアに向けて突進を敢行する。

 『ガニラに勝ことは不可能!!』

 【不可能笑止! 蜂はその一刺しで大男も死に至らしめる。貴様を倒せぬ道理は無い!!】

 迎え撃つのは右腕のドリル。四倍以上の質量を持つ物体に対し、クリスタニアはドリルを突き立てるのではなく回転軸を並行に合わせてドリルの表面を滑らせるように往なし、かわし切る。

 『ならば貴方が倒れぬ道理も無い!』

 突進を避けたクリスタニアを背後から包む高温の火炎。火砕流の風合いで四方を熱で埋め尽くす紅蓮の渦に、しかし海賊が操る鋼の騎士は捉われ焼き晒されることはない。前後左右上方を塞がれたクリスタニアの逃げ道は足元の水の中。何の躊躇いも無しに飛び込み、炎を頭上に遣り過ごす。

 『!』

 【男を捨てた貴様に勝利の女神は微笑まないッ!!】

 一角の騎士は直ぐに海上に現れる。ただし、先ほどと同じ場所ではなくガニラの背後に。左手には細長い刀身を鞭の様に撓らせた剣を握っている。無数の刃を強靭なケーブルで連接させた所謂ウィップソードと呼ばれる剣。

 【切り裂け! シン=リッパー】

 キュウゥウン!!

 振り下ろされた刃は巻き付く様に刃を突き立て、引き抜かれればチェーエンソーのように焼け爛れた甲羅を削り裂く。更に、連続して打ち込まれるウィップソード。高速で振り抜かれる刃は、文字通り剣風となって荒れ狂い、熱損したガニラの装甲に無数の傷を刻み込んでいく。

 『差別主義者・・・! ボクたちに神などいない! 最初から!』

 シュゴオオオオオオオオオオッ!!

 振り返り、再び火炎を放つガニラ。クリスタニアはウィップソードを振り回し弾き飛ばそうとするが、刃の耐熱限界より炎の温度が僅かに高い。程なくアダマンチウム製の刃は飴かガラス細工のように赤熱し飛沫となって飛び散る。しかしガニラの火炎も触媒が底を尽きたのか、放射口から黒い煙を吐き出し、それ以上吐き出されることはない。

 【ならばフクロムシよ! 大海原の闇に抱かれて眠れ!!】

 猛る怪鳥の群れを思わせる禍々しい唸りを上げて、クリスタニアは右腕の凶器に鋼を衝き抉る螺旋の破壊力を与える。

 『眠るのはお前だ! 忌々しい男ッ!!』

 対するのは、巨大な鋏。眼前の脆弱な機械人形程度ならただの一度で首を泣き別れに出来そうな巨大な、そして鋭い二枚の刃。

 【貫けッ!! ゴーン・ドリルシュゥゥゥゥゥトッ!!】

 『切り裂け!! ガニラ・ピンチィィィイイイイ!!』

 正拳として撃ち込まれるドリルと手刀として振り下ろされる鋏。“掴む”という手が持つ本来の機能から著しく離れた形状を持つ異形の腕同士が互いを破壊しあうべく、相当の速度を以て交差させられる。

 ガァキィィィィィン!!

 高く鳴り響く金属音。同時に宙に舞うのは汚れた赤味を帯びる赤みの刃。鋏はドリルの一突きによって半ばより折れ砕けていた。だが、クリスタニアの衝角はガニラの装甲を抉るどころか、本体にその先端を到達すらさせていない。

 質量で圧倒的に劣るクリスタニアは、メガ魔獣の武器を破壊することに成功しながら、衝突時の衝撃で後方に跳ね飛ばされていたのだ。

 『フ・・・効かないッ! 効かないぞ海賊!』

 今が勝機とばかりに突進するガニラ。残った左の鋏が掬い上げるように鋼の騎士の胴体を挟み拘束する。逃れようともがくクリスタニアだが、装甲を裂いて食い込み始めた刃を軽量スピード重視型の機体には逃れる術がない。

 パシュッ・・・

 何かが空中を駆け抜ける。

 『もはや手詰まりだな! ならばとどめ・・・』

 キュオオオオオォォォォォ・・・ン

 『な・・・』

 しかし、クリスタニアの胴体は分断されることはなかった。ガニラが、まるで風船が萎む様な音を上げながら空中で鋏を強張らせたからだ。装甲に僅かに刃を立てたまま、それ以上に切り込むことはない。まるで金縛りに在った様に停止している。

 【言っただろう? 一刺しが大男を倒すと】

 声が響く。だが、それは通信機を介したものではなく、拡声器を使った周囲に響く声。音源を追えば、タイクーンの肩の上に黒光りする人影に辿り着く。

 『ば、ばかな・・・』

 【どんなに固かろうと、弱点を攻められれば脆い】

 人影は紛れも無くシルエットXのもの。彼はクリスタニアに搭乗していたのではない。クリスタニアを介して通信を行うことで、あたかもクリスタニアに搭乗しているように見せかけたのだ。そして彼の手には長大なライフルが一丁。彼の身の丈ほどもある銃身に、微かな電光を纏わせたそれは「雷撃(ライトニングボルト)」と呼ばれるシルエットX専用のリニアレールライフルに長距離狙撃戦仕様のアタッチメント・バレルを装備したものだ。

 『そんな・・・弱点なんて、ありえない・・・』

 【確かにガニラの装甲は完璧だった。だが弱点が無いならば此方で創ってやれば良い。それだけのことだ】

 軽く言ってのけるシルエットX。だが彼の奇術魔術のアシスタントでもあるエミーはトリックの種の仕込みがどれほど困難であるかをしっていた。

 彼が敢行したのは十数回に渡るワン・ホール・ショット。即ち同じ箇所を正確に連続して射撃すること。確かにガニラの装甲は極めて堅牢だった。空飛ぶ鉄拳。ミサイルとレーザーの弾雨。機雷。メーザー。それらの全てを受け切り、そして退けた。だが、余りにも堅牢過ぎたのだ。

 「一刺しじゃないじゃないか!!」

 【スイマセェェェェン・・・俺、嘘付いてましたァァ】

 シルエットXが「電撃」に用いる銃弾の径は僅か16ミリメートル。タイクーンやクリスタニアが繰り出す破壊兵器と比較すれば、蚊が刺す程度でしかない。だが、ささやかだからこそ、気づかれることは無かった。繰り返し、繰り返し同じ箇所に撃ち込まれてさえ、ガニラはダメージをダメージとして認識することが出来なかったのだ。そして、最後の一発が装甲を貫通し中枢神経層を打ち抜いたとき、初めて自覚症状として発覚する。彼は脳波による遠隔操作を行いあたかもクリスタニアに搭乗しているように見せながら、その実タイクーンの肩の上から狙撃を繰り返していたのだ。

 【フクロムシ、脱出しろ。わざわざ止めを刺す心算は無い】

 『残念ながら、そうは行かない。ボクは、“この人”を捨てるわけにはいかない・・・』

 自嘲的に響く「フクロムシ」の呟き。直後、ガニラは下部のブースターを噴射させタイクーンに突進する。

 ガシィィィィン!!

 「何・・・?!」

 回転を伴わない体当たりは先程までとは段違いに貧弱な破壊力であった。だが、殆んど動くことの出来ないタイクーンは上体に一撃を食らったことで、海面に倒れこみ、瀕死の蟹に組み伏せられる。

 『せめて・・・道連れに!』

 怨嗟にも似た鬼気迫る声。それと同時にタイクーンの各種センサーがガニラの内部に起こりつつある変化を捉え、数値化・映像化したデータを画面上に表示する。それを見て、サッと顔色を変えるエミー。

 「キャプテン!! 敵内部の魔力係数が増大している!」

 【自爆する心算か! エミー!! 離脱しろ!!】

 それは下されるまでも無い命令。言われずとも判っている。強大な魔力発生装置を持つものが採り得る玉砕覚悟の終局的攻撃手段、自爆。生み出される莫大な魔力が熱エネルギーに転換されたとき、生じる破壊力は想像を絶する。至近距離で巻き込まれれば図体の割りに脆いタイクーンでは一たまりも無いだろう。だが、エミーは首を振りその命令が遂行不可能であることを船長に告げる。

 「駄目だ! 動力伝達回路がやられてサブ・レビテイターの出力が上がらん!! それに緊急変形の影響で全身のサーボがイカレてるんだ!!」

 「なんてこった。こいつは大ピンチ」ぱちんと手のひらで額を叩くシルエットX。

 「暢気に言ってる場合か! キャプテン!」

 「手は打つ! そっちは爆発のタイミングに合わせてバリアー圧を最大に!!」

 「・・・アイサー。しかし、どうするつもりだ?!」

 「乗り込む!!」

 端的に告げられた回答にエミーは戦慄を禁じえなかった。

 「やめろ――無茶だ!!」

 言いながら、エミーは自らの言葉が受け入れられるとは考えていない。

 「来い!! サイドクルゥゥゥゥザァァァァ!!!」

 案の定、シルエットXは彼女の声に応えることはない。彼はタイクーンの腰部カタパルトから射出された青黒色のサイドカーに飛び乗ると、そのまま熱量を増大させつつあるメガ魔獣へと突入していった。




 海賊を標榜するシルエットXにとって、一度取り付くことに成功すれば、後は内部に侵入することは然程難しい問題ではなかった。半生物の体裁を取ってはいるが、有人制御機構を始めメカニック部分が多いガニラにとって、メンテナンスハッチは必要不可欠のものである。無論、堅牢な装甲を最大のセールスポイントとしている以上、非常に強固に閉じられていたが、彼の手癖に掛かればそれを開くことなど造作も無いことなのだ。

 ガガガガガガッ

 浮遊する球体がシルエットXに体当たりを繰り返す。狭い通路の中にばら撒かれた無数の金属球。それはガニラの侵入者迎撃システム・・・人間で言えば白血球に相当するものらしい。

 ガガガガガガッ

 だが、銀色の守護者たちは何れも与えられた務めを果たせぬまま、あるものは貫かれ、あるものは砕かれ、あるものは拉げて動くことを止める。

 長距離狙撃戦仕様のアタッチメント・バレルを外し迫撃戦仕様となった「雷撃」と、遮蔽空間内での使用であるため弾丸を通常の小型グレネード弾から内部破壊力の強いダムダム弾に交換した「聖煉(デスクリムゾン)」。歪な二挺拳銃から放たれる弾丸が迎撃を遮蔽しているのだ。

 更に弾雨の壁を突破した“白血球”の特攻も、時空海賊の全身を固めるシルエットスーツの限定的とは言え核爆発にも耐える出鱈目な頑丈さの前には、無意味な自殺行為以上のものではなく、自らの速度によって破壊されるしかないのだ。

 迎撃システムを退けながらシルエットXはガニラの中枢へと急ぐ。残された時間は余り多くない。

 「いくぜ」

 『こないで! こないでよっ!!』

 悲鳴と共に繰り出される白血球。だが、其処は既に失陥寸前の要塞内部。たった一人の侵攻部隊はメガ魔獣の守護者たちを、ただただ殺戮し駆逐していく。

 そして、シルエットXは開けた空間に出る。どうやら目的地らしい。見上げ、呟くシルエットX。半球状の空間の中央には無数のケーブルやパイプが絡み合い心臓の様な塊を形成している。額のクリスタル内部に輝くセンサー群が、その“心臓”の中に生体反応が存在することを告げる。

 「フクロムシ、無益なことは止めろ。死を賭すなど馬鹿げている」

 「わかっていないな・・・時空海賊」

 彼が呼びかけると、それに応え蠢動を始める巨大な心臓。やがて、内部から“フクロムシ”と思しい人間の上半身だけが生えて来る様に現れる。だが、その姿は通信画面に表示されていた少年のものではない。いや、確かにその顔は少年と全く同じだ。だが、その胸には乳房の膨らみがあり、身体全体のラインも未成熟な少年のものではなく、発育し柔らかなラインを得るようになった女性のものだ。

 「・・・女の子、だったのか」

 画面からでは見抜くことが出来なかったが、“フクロムシ”は彼ではなく彼女、女性のような少年ではなく、少年のような女性だったのだ。

 「ボクはフクロムシ・・・その名の通りガニラに寄り添うことでしか生きられない寄生虫。彼女の死は即ちボクの死。フフフ・・・生きた制御中枢として埋め込まれた半機械人間、それが私の本当の姿」

 「なんてこった」

 シルエットXは思わず愕然と呟いていた。だが、彼の驚きはすぐさま慄然とした怒りとなり“フクロムシ”を問いただす。

 「そんな姿にされておいて、それでもどうして忠義立てする?!」

 「・・・エゴイストなヒーロー、導師様を侮辱したら許さないよ」

 侮蔑の込められた答えが“フクロムシ”より返される。

 「ボクはあの人に感謝している。命尽きかけていたボク、ううんボクたちたちに新たな人生を与えてくれた」

 言葉の最後は何かを懐かしむ、寂しげな声色。

 「たち?」

 複数形を指し示す言葉を訝しむように反芻するシルエットX。だが今、この場に居るのは“フクロムシ”と彼の二人。無論、時空海賊は自身の事を指しているのではないことを知っている。

 (そうか)

 フクロムシの視線は周囲の空間に向けられている。シルエットXは「私たち」が指すもう一人を直感的に悟った。

 「ボクはね――」

 やがて彼女はぽつりと呟く様に自分の心と体の秘密を告白する。

 「女の子の体に男の心をもって生まれてきたんだ」

 「・・・性同一性障害か」

 「よく知ってるね」

 感嘆の言葉だが、そこに込められている感情は酷く薄い。

 「ボクの父親は偏愛家でね、母さんを早くに亡くして男手一つで面倒を見てくれたことも在って、ボクはとても可愛がられ大事に育てられたんだ。勿論、女の子としてね。だから、ボクがボクであることを認めてくれなかった。男としてのボクの心を許してくれなかった。だけど、居たんだ・・・どうしても結ばれたい女の子が。生まれて始めて相思相愛になってくれた女の子が。ボクと同じ悩みを抱えた女の子が! 長く辛い孤独の中で、支えになってくれた初めての女の子が!!」

 「それで駆け落ち、か」

 先を読むように短く呟く時空海賊に、フクロムシは頷いて言葉を続ける。

 「そう。だけど父は許さなかった。凄い執念でボクを追いかけて・・・そして、ボクを殺そうとしたんだ。失うくらいなら殺して一緒に死ぬ――って。今思えばボクに母さんの影を見てたのかもしれないねでもボクは死ななかった。彼女が身を呈して守ってくれたんだ。気付いた時はボクが父さんを殺してた」

 言葉に含まれた意味の重さとは裏腹に、彼女の顔に浮かぶ表情は希薄でまるで平然としているように思える。だが違う。その表情は深く暗い感情を心の奥底に沈めることで現れる情動を欠落させられた顔だ。

 「ボクも死のうと思った。大事な人を二人も喪って生きて行けやしないから。だけど、其処に導師様が現れたんだ。そして言ってくれた。『君たちを君たちのまま強くしてあげよう』『好きだと思う気持ちを貫けるように』と・・・」

 (やはり、か)

 シルエットXは自身の予測が正しいことをほぼ確信する。

 「このガニラは、あんたの――」

 「察しの通りだよ、時空海賊」

 自嘲的な表情が“フクロムシ”の顔に浮かぶ。

 「ボクの彼はこのガニラに組み込まれている。私たちは常に一緒。これまでも、これからも本当の意味で一心同体。もう、ボクたちは帝国から離れては生きていけない。知ってしまったから・・・例え他者と違っても、認められる世界があることを」

 物理的な問題よりも寧ろ心情的な問題、そう告げたフクロムシは言葉に一拍をおいた後、再び語り始める。

 「時空海賊、確かにボクたちは変態だ。世間一般の常識から相対的に見れば、間違いなく。だけど、それが何? 変態であることの何が行けない? あんたたちの何処に笑う権利が、否定する権利がある? 違うということが、そんなに行けないこと?! 多くの人間と異なる価値観がそんなに恐ろしい? ボクたちは、ただ愛したいだけ。自分の好きなものを好きといいたいだけ。それなのに理不尽に奇異と好奇の目を向け、蔑み囃し立てる。あんたは、そうやって否定された人間のことを考えたことがある?」

 繰り返される問いかけ。シルエットXは暫時の間、言葉を発さず沈黙を維持していた。だが、やがて・・・

 「悪いが同情するつもりは無い。困難の無い愛があるとでも思っていたのか?」

 「!」

 冷たく、まるで鉄仮面それ自体が喋っている様な感情の表現の乏しい、淡々とした声で言い放つ。

 「万人から認められる愛など在りはしない。誰かを愛する者は、障害を覚悟しなければならない。まして、あんたは好んで険しい道を選んだのだろう。だったら、フクロムシ。あんたが口にしているのは逃げた人間の唯の恨み言だ」

 「フフ・・・そうだね。そう答えるだろうね。あんたみたいに、力で捻じ伏せられるような人には」

 彼が浮かべた嘲笑は誰に向けられたものか。

 「だけど忘れないで欲しい。人は、誰もがあなたみたいに強くなれない」

 「力を振るったあんたに詰られる言われは無い」

 抑揚の消えていた声に、苛立ちで僅かに起伏が戻る。彼の感情を見透かす様な、フクロムシは何処か満足そうな表情を浮かべる。

 「そうだね。そうかもね・・・だけど、もう終わりだよ」

 周囲から火花が飛沫の様に飛び散り、センサーが熱量の増大を告げる。機関が臨界に達しつつあるのだろう。現時点で、自爆を止める手段は、もう無い。

 「悪いが、同伴するつもりは無い。行くなら、二人で逝けばいい」

 だが、それでも尚、シルエットXは僅かほどの恐慌も浮かべず、ただ静かにそう告げると、手にしたブリーフケース・・・超空間を利用した携帯武器庫「3×3Dバッグ」を開いた。



 爆発。強靭を極めるガニラの装甲を粉砕しながら広がった巨大な炎の玉は、上空に向かって急激に膨張した。

 燃え上がる大輪の炎の有様は、かつて激しく輝いた末に自らの質量を支えきれず、超新星爆発によって吹き飛んだ星の残骸――かに星雲に良く似ていた。
それは、世間に認められなかった悲しいサガを持つもの達の精一杯の自己主張だったのかもしれない。

 炎はやがて出現したときと同様に、急激に縮み始め、やがて一点に収束するように消えていく。

 彼らが呟き願う、泡沫の夢の様に。



【X面 幕】


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